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Fate/clockwork atheism 針音仮想都市〈東京〉Part3
100
:
LIVE A LIVE(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/03/06(木) 13:28:33 ID:pH7EOQgU0
(……へへ。そっか)
(もっとも技術面で言えば依然として変わらず落第点です。
シャウトのしすぎで曲の良さが損なわれていましたし、ダンスに至ってはミスを力技で誤魔化したシーンが一分半の曲で計四回。
昆虫に見抜かれるような未熟が人間の観客にバレないわけがありません。落ち着いたらレッスンの予定を増やします。決定事項です)
(ウッ。……も、もうちょっと喜びに浸らせてくれてもよくない……!??)
メフィストフェレスは、ゲオルク・ファウストという"人間"を知っている。
彼は優秀だったが、愚かな男だった。どこか哀れな人間だった。
それでもその死に際に、悪魔に一矢を報いるような奇妙な輝きを持っていた。
煌星満天――暮昏満点は率直に言って、ファウストは似ていない。
アレは此処まで愚鈍ではなかったし、愉快な人間性もしてはいなかった。
純粋な能力値だけで言えば前回の契約者に比べ、数段以上は劣っているだろう。
愚かな女だ。哀れな女だ。いつか破滅することが見えている、蝋翼の娘だ。
しかし神話と違うのは、彼女が行う不器用な羽ばたきには、不思議な力があること。
たとえ太陽に翼そのものを溶かされてしまっても、"もしかすると"空の彼方まで跳べるのではないかと、そんな不可解を抱かせてくること。
(――悪魔と手を繋いだのは、俺の方だってか?)
(え?)
(失礼。何でもありません)
光に灼かれるつもりはない。
それでは意味がないのだ。
少なくとも、契約が成就するその時までは。
故にメフィストフェレスは、一切の狂気を拒絶する。
光には灼かれぬまま、星を育てるという難業に臨む。
悪魔が人間に染められるなど最大の屈辱。
これを良しとできるほど、メフィストフェレスは恥知らずにはなれない。
故に不変を誓い、一瞬だけ露出した地の口調をすぐに霊基の裏側へ隠すのだ。
彼は詐称者(プリテンダー)。本当の顔を見せるその時は、それこそ魂を頂く時でいい。
「録画機材は……、この様子だと大半は壊れていそうですね。
あの魔術師のことだ。映像を撮った端からバックアップするくらいの備えはしているでしょうが」
「うー、ごめんなさい。私が考えなしにぶっ飛ばしたから……。
ていうかこれ、どうするの……? 流石に取材継続とかできる状況じゃなくない?」
「考えます。煌星さんはその間に少しでも休んでおいてください」
それにしても――まったく面倒なことをしてくれた。
が、ノクト・サムスタンプへの義理立てならこれでも十分だろう。
〈蝗害〉の戦闘能力に、彼が頼んでもないのに漏らしてくれた幾つかの情報。
これを手土産にすれば、あの狡猾な傭兵も文句はあるまい。
……"次"の要求が来るかどうかには細心の注意を払う必要があるが。
101
:
LIVE A LIVE(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/03/06(木) 13:29:16 ID:pH7EOQgU0
とにかく、今は少々思考に時間を割きたかった。
派手に戦った都合、この場所からはなるべく早く離れるべきなのは明白なので、あまり時間はかけられないが。
さて、どうしたものか。早速思案に没入せんとするメフィストフェレスと、座り込んで休憩を始めた満天。
そんなふたりに、事の元凶である虫螻の王は伸びをしながら言った。
「うし。じゃあ話も纏まったことだし、余計なのが寄ってくる前に出発するか。ついて来いよ、案内するぜ」
「……? え、どこに……?」
唐突な発言に満天が小首を傾げる。
当然の疑問を受けたシストセルカは一瞬「ん?」と訝しんだ後、「ああ、そっか。言ってなかったわ」と手を叩いた。
「おあつらえ向きのライブ会場があンだよ、この近くに」
「ライブ会場」
「で、そこにウチのと……もう数人、マスターが集まってる」
「すうにん。ますたー」
「俺さ、常々思うわけよ。イイもんはひとりでガメるんじゃなくて皆で共有した方が楽しいってな」
そういうわけで、と、シストセルカはニッコリ笑って。
「案内するから、あいつらにも何曲か歌ってやってくれや。な!」
そんなことを、言った。
……シストセルカ・グレガリアは起源(はじまり)からして人間とはまったく違う生き物だ。
あるがままに食らう。あるがままに殺す。ただあるがままに生きている。
どこまでも自然体で、そこには感情という名の血が通っていない。
誰彼構わず暴力と食欲でねじ伏せるくせに物言いはどこかフランクで、親しみさえ感じさせる。
そのアンバランスさはまさしく、ヒトとは違う生き物がこちらの在り方を模倣し振る舞っているかのようで――だからこそ。
――虫螻の王シストセルカ・グレガリアは、とっても気まぐれで、自分勝手である。
「………………はい…………??????」
結果を示せば、新たな仕事がやってくる。
駆け出しアイドル、煌星満天。
次の仕事先は渋谷区某所、高層ホテル。
――夜空の月と紙面の星が列び、未練の狂人が休む伏魔殿。
◇◇
102
:
LIVE A LIVE(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/03/06(木) 13:29:59 ID:pH7EOQgU0
【渋谷区・路上/一日目・日没】
【煌星満天】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(大/『メフィストの靴』の効果で回復中)、宇宙猫顔
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:?????????(←このへんに宇宙空間でなんとも言えない顔で虚空を見つめる満天の顔)
1:えへへ。……はじめて、うまくできたや……。
2:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
3:輪堂天梨を救う。
4:……絶対、負けないから、天梨。
[備考]
聖杯戦争が二回目であることを知りました。
ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:疲労(大)、肩口に傷(解毒・処置済)
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:……一難去ってまた一難、だな。
1:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
2:ノクトとの協力関係を利用する。とりあえずノクトの持ってきた仕事で手早く煌星満天の知名度を稼ぐ。
3:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
4:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
5:俺は灼かれねえぞ――人間めが。
[備考]
ロミオと契約を結んでいます。
ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。
【バーサーカー(ロミオ )】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、恋、超ごきげん
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
0:ジュリエットはいつだって素敵なんだなぁ……。(ろみを)
1:ジュリエット!! また会えたねジュリエット!! もう離しはしないよジュリエット!!!
2:キミの夢は僕の夢さジュリエット!! 僕はキミの騎士となってキミを影から守ろうじゃないか!!!
3:ノクト、やっぱり君はいい奴だ!!ジュリエットと一緒にいられるようにしてくれるなんて!!
4:虫螻の王には要注意。ボディーガードとしての仕事は果たすとも、抜かりなくね。
[備考]
現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
ファウストと契約を結んでいます。
[満天組備考]
※取材中に〈蝗害〉の襲撃を受けたことで撮影機材が破壊されました。
ファウストはノクトなら映像をリアルタイムでバックアップする備えをしていると踏んでいますが、正確なところは後続に委ねます。
※同伴しているスタッフ達はNPCですが、ノクトによって『自身の常識の閾値を超えた事態に遭遇した瞬間に思考回路がシャットダウンされ、事前に設定された命令を遂行し続ける』魔術が施されています。
※今のところ死人や、命に関わるほど重大な怪我を負った者はいないようです。
【ライダー(シストセルカ・グレガリア)】
[状態]:規模復元、ごきげん
[装備]:バット(バッタ製)
[道具]:
[所持金]:百万円くらい。遊び人なので、結構持ってる。
[思考・状況]
基本方針:好き放題。金に食事に女に暴力!
0:さ、派手にやろうぜ! アイドルライブ!
1:相変わらずヘラってんな、イリス。
2:祓葉にはいずれ借りを返したいが、まあ今は無理だわな。
3:煌星満天、いいなァ〜。
[備考]
※イリスに令呪で命令させ、寒さに耐性を持った個体を大量生産することに成功しました。
今後誕生するサバクトビバッタは、高確率で同様の耐性を有して生まれてきます。
※イリスに過度な負荷を掛けない程度のスピードでロキとの戦闘で負った損害を回復中です。
※イリスのもとに防衛用の個体を配置しつつ、暇なので散歩していました。
103
:
LIVE A LIVE(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/03/06(木) 13:31:02 ID:pH7EOQgU0
【渋谷区 高層ホテル・廊下/一日目・日没】
【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(中)、静かな激情と殺意、魅了(自己核星)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
0:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
1:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
2:高天小都音たちと共闘。
3:仁杜さんについては認識を修正する。太陽に迫る、敵視に相応しい月。
4:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
5:同盟からの離脱は当分考えていない。でも、備えだけはしておく。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。
→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。
『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。
『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。
※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化して彼女自身の身体を灼き、心が折れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。
104
:
LIVE A LIVE(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/03/06(木) 13:31:25 ID:pH7EOQgU0
【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(小)、複数の裂傷、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
0:―――おお、共に征こう。My Fair Lady(いと気高き淑女よ)。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
2:やはり、“奴ら”も居るなあ。
3:“先住民”か。この国にもいたとはな。
4:やるなあ! 堕落者(ニート)のお嬢さん!!
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
※シッティング・ブルの存在を確信しました。
※エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。
【キャスター(ウートガルザ・ロキ)】
[状態]:ごきげん、右半身にダメージ(大/回復中。幻術で見てくれは元通りに修復済み)
[装備]:
[道具]:飲み物(お部屋に運ぶ用)
[所持金]:なし(幻術を使えば、実質無限だから)
[思考・状況]
基本方針:享楽。にーとちゃんと好き勝手やろう
0:君は"神殺し"に、そして俺達の敵になれるかな? 茨の木星ちゃん。
1:にーとちゃん最高! 運命の出会いにマジ感謝
2:小都音に対しては認識厳しめ。にーとちゃんのパートナーはオレみたいな超人じゃなきゃ釣り合わなくねー? ……でも見る目はあるなぁ。
3:薊美に対しては憐憫寄りの感情……だったが、面白いことになっているので高評価。ただし、見世物として。
4:ランサー(エパメイノンダス)と陰陽師のキャスター(吉備真備)については覚えた。次は殺す。
[備考]
※“特異点”である神寂祓葉との接触によって、天枷仁杜に何らかの進化が齎される可能性を視野に入れています。
105
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/06(木) 13:31:58 ID:pH7EOQgU0
投下終了です。
106
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/07(金) 14:41:01 ID:1d7hjYgw0
ごめんなさい!
こちらのお話ちょっと収録時に加筆するので、もう少しリレーは待っていただけると幸いです。
収録後(明日の夜くらい)に一応こちらでまた連絡します。
107
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/09(日) 02:34:48 ID:Lx1MosH20
wiki収録をしました。
薊美パートがだいぶ大きく読み味変わっているので、あっちでもう一度読んでもらえると嬉しいです。
108
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/13(木) 00:36:00 ID:ebPZnfnE0
蛇杖堂寂句&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)
山越風夏
ノクト・サムスタンプ 予約します。
109
:
◆A3H952TnBk
:2025/03/14(金) 20:47:44 ID:sxsm7g0c0
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
周凰狩魔&バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)
予約します。
110
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/19(水) 00:59:41 ID:8rXm0Amw0
ライダー(ハリー・フーディーニ) 追加予約します
111
:
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:22:36 ID:qkMzV3ig0
投下します。
112
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:23:46 ID:qkMzV3ig0
◆
『なあ、大戦士シッティング・ブル』
過去の断片。過去の残滓。
『やはり、そんな眼をしているのだな』
脳裏に蘇る、“ある騎兵”の呼び掛け。
周囲に横たわるのは、無数の屍の山。
皆等しく、蒼い騎兵服を纏っている。
白い肌は血潮に染まり、金色の髪は皮ごと剥ぎ取られ。
光を喪った青い目は、絶望と恐怖の色に染まり切っていた。
星条旗を担う開拓の使徒、述べ二百余名。
その全てが、物言わぬ肉へと成り果てている。
誉れ高き栄光は、もはや闇へと回帰している。
河流の傍らの平野。つい先刻まで、戦場と化していた土地。
――後に語り継がれる、リトルビッグホーン。
かの第七騎兵連隊が玉砕した、伝説の死地。
『智慧と武勇を備えた、気高き“ラコタの戦士”。それこそが貴殿だというのに』
その中心にて、“大戦士”は――“将軍”と相対していた。
満身創痍の“将軍”は仰向けに倒れながら、傍らに立つ“大戦士”を見上げていた。
幾つもの銃創から絶えず血を流し続け、荒い息を整えながら言葉を紡ぐ。
『その目に湛えているものは何だ?』
そしてせせら笑うように、“将軍”は問いを投げる。
“大戦士”は何も言わない。巌のような顔を、微動だにさせない。
ただ沈黙のまま、死にゆく怨敵を見下ろし続ける。
『君は余りにも敏いのだろう。自分達が辿る運命を、とうに理解しているのだ。
文明という怪物がこの荒野の“神秘”さえも喰らい尽くすことを、既に悟っている』
“将軍”は、粛々と言葉を突きつける。
“大戦士”が背負う諦念を見抜くように。
『しかし――それでも君はひどく慈悲深く、自らの責務に対して誠実なのだ。
だからこそ、戦わねばならないのだろう。己の先祖や土地、そして今を生きる同胞達の為に』
――“座する雄牛”は、優れた霊力を備える。
――祈祷によって啓示を授かり、運命を“幻視”することが出来る。
神秘に等しいその伝説は、白人社会にも届いていた。
多くの白人達は“まやかし”として笑い飛ばすか、“怪しげな魔術の類い”と捉えた。
『あの日の“果てなき荒野”は戻ってこないと、君は知っているのにな』
されどこの“将軍”は、確信していた。
眼前の“大戦士”が備える、神秘の力を。
『無に帰す戦いに身を投じる恐怖とは、如何なるものかね?』
死地にて対峙を果たしたからこそ。
それが決してまやかしではないことを、悟っていた。
113
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:24:41 ID:qkMzV3ig0
『君は、奪われゆく物のために戦うのだ。
君は、喪われゆく物のために戦うのだ。
――――何も得られないというのに』
だからこそ、“将軍”は理解する。
“大戦士”が抱く、虚無と諦念の意味を。
彼の深い絶望が示すものを、騎兵は看破する。
『果たしてそれは、未来への祈りか?
あるいは、虚無への足掻きか?』
死にゆくはずの“将軍”の眼が、“大戦士”の魂を覗き込む。
賢者としての仮面の内側に秘める、深淵の闇を抉り出していく。
“大戦士”は――――何も、答えない。
沈黙だけが、この場を支配し続ける。
答えは無い。何一つ、返ってはこない。
『難儀な男だ』
そんな“大戦士”を見上げて。
にやりと口の端を吊り上げて。
“将軍”はただ、嘲笑う。
『君はいずれ、壊れるだろうよ』
そう告げた、次の瞬間。
――――たぁん、と。
乾いた銃声が、響き渡った。
脳天に、風穴が空いた。
赤い鮮血が、吹き出した。
蒼き騎兵の“将軍”は。
その一発で、容易く事切れる。
撃ったのは“大戦士”ではなく。
彼の同胞の一人である先住民の男だった。
“奇妙なる馬”――“クレイジー・ホース”。
かの大戦士と肩を並べる盟友である。
騎兵の死体から奪った拳銃を、その右手に握り締めている。
“大戦士”が半ば意識を囚われていた中。
この同胞は彼の傍へと歩み寄り、迷わず“将軍”を撃ち抜いたのだ。
『……“座する雄牛”。もういいんだ』
“将軍”が吐き続けていた呪詛を断ち切るように。
同胞は“大戦士”を守るべく、死にゆく怨敵を沈黙させることを選んだ。
『耳を傾ける必要なんかない』
沈黙を続ける“大戦士”に、同胞は言葉を掛ける。
その面持ちに、勝利への歓喜は無い。
『これ以上、呪われる必要もない』
既に“大いなる神秘”へと還っていった多くの者達を弔うように。
これまで“大戦士”が背負ってきた痛みを分かち合うように。
同胞は淡々と、その言葉を紡いでいく。
『俺達は……もう十分なんだ』
同胞より手向けられる慈悲。
その言葉を聞き届けながら。
“大戦士”は、静寂の中に佇む。
彼は変わらず、何も答えない。
その瞳に憂いを湛えながら、空を見上げた。
ああ――――ひどく、澄み切っている。
何処までも続く青に、飲み込まれそうな程に。
◆
114
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:25:25 ID:qkMzV3ig0
◆
「――――手筈は済んだのですね?キャスター」
新宿・歌舞伎町のライブハウス。
十字の意匠を備えた出で立ちをした“十字軍のバーサーカー”、ゴドフロワがテーブルを挟んで問い掛ける。
相対するのは“先住民のキャスター”ことシッティング・ブル。
両者のマスターは、この場から席を外している。
じきに訪れる戦いの前に、互いに話し合うことがあったが故だ。
この会談はあくまで確認の為にあり、後にそれぞれのマスターや覚明ゲンジ達にも内容を伝達する手筈である。
「ああ、バーサーカー。こちらの準備は整えた」
テーブルの上には歌舞伎町一帯の地図が敷かれ、シッティング・ブルはペンを用いて“施設”へと印を付けていく。
シッティング・ブルは、北米における“最後の神秘”のひとりである。
産業革命の到来はアメリカを大国へと導き、そして魔術や心霊術の大多数を荒野から駆逐した。
以後残されたのは、僅かなる神秘の残滓か――あるいは近代化の影に潜む“新時代の秘術”のみだった。
19世紀末より稀代のイリュージョンで名を馳せた“脱出王”ことハリー・フーディーニもまた、そのひとりである。
英霊としてのシッティング・ブルの霊格は、宿敵たるジョージ・アームストロング・カスターより優れている。
文明の使徒として荒野を開拓し、神秘の終わりを担ったカスターとは違う。
彼は優れた霊力を持ち、神秘の存在たる精霊たちとの交信を行う祈祷師だった。
現代において、人道的な観点から信仰が揺らいだカスターとは異なり。
シッティング・ブルは今なお北米の英雄――白人の侵略に立ち向かった先住民の大戦士として名を馳せている。
故に彼は神秘の薄い他の近代英霊と比較して、優れた霊格を備えていた。
「君達の組織が所有する縄張りの各地を“霊獣”に見張らせている。
彼ら自身が“生命”や“魔力”を察知する力を持ち、そして私もまた彼らの感覚を借りることが出来る」
シッティング・ブルは地図上に印をつけた施設――“デュラハン”の各所の拠点を中心に、説明を行う。
「“聖なる獣達”は優れた霊力を備えるが故に、五感のみに頼ることなく“気配”を認識する。
魔術行使は勿論、外部より踏み込んできた者達の存在を鋭く感知するのだ」
「……成る程。頼もしい限りですね」
じきに訪れる抗争。強大な英霊と強固な結束を擁する“刀凶聯合”。
彼らと対立するうえで、“デュラハン”が得ている戦術的なアドバンテージとは何か。
その一つはシッティング・ブル――即ち、魔術師(キャスター)のサーヴァントを自陣営に引き込んだことである。
115
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:27:00 ID:qkMzV3ig0
聖戦の使徒たるバーサーカー、ゴドフロワ・ド・ブイヨンはその狂信と軍勢を武器にして最前線で戦うことを得意とする。
大義による自己暗示や聖十字の剣が示すように、彼の領分はあくまで前衛を務めることにある。
滅びし原人であるバーサーカー、ネアンデルタール人はあくまで弱小の英霊。
文明の無効化や自身の増殖を駆使し、戦局の撹乱や番狂わせを狙う存在である。
彼らはそれぞれの得手不得手を持つが、手数や芸に長けたサーヴァントではない。
故に、搦手によって戦術の幅を拡張することが出来るキャスターの存在には明確な価値があった。
「敵には“魔術の傭兵”が加わっていると聞きます。その使い魔達を逆に利用される可能性は?」
続けてゴドフロワが示した懸念に対し、シッティング・ブルはあくまで首を横に振る。
「“霊獣”はあくまで私に“力を貸すものたち”。
私が使役し、支配しているのではない――彼らは大地と共に生きる“聖なる獣”。
人の手による魔術では決して縛れぬ」
その説明を聞き、ゴドフロワは“自然崇拝の類い”として納得する。
自然そのものを神秘の存在と見做し、信仰の対象として扱う。
――全てを神の被造物として扱う“聖書”とは異なる観念だ。
やはり相容れない信仰ではあるものの、今はあくまで実利と合理を優先した。
「そして、各所の施設は既に“陣地”化している」
シッティング・ブルは説明を続ける。
覚明ゲンジが“戦力拡張”のために外部へと出向いている間、彼もまた抗争へと備えて行動に出ていた。
デュラハンの拠点が入った各施設を転々と移動し、自らの術によって“陣地”へと変えている。
呪術による敵の攻撃と妨害、精霊達による撹乱。
都会の底の掃き溜めは、シャーマンの手によって魔術空間へと変貌したのだ。
「あの奇術師曰く、刀凶聯合のサーヴァントは“領域に影響を齎す力”を備える。その点は承知していますね?」
「……ああ。敵の能力の規模は定かではないが、これらの“陣地”も何らかの形で無効化される可能性は十分に考えている」
その上で“陣地”はあくまで戦術の要とは考えない。
シッティング・ブルとゴドフロワ、両者は同様の懸念を共有していた。
「故に、大規模な“陣地”は築いていない。あくまで敵の行動に対する感知、および妨害を目的としている。
敵の陣営に少しでも不利益や撹乱を与えられれば良しとする」
刀凶聯合のリーダーが従えるサーヴァントは、広範囲の領域に影響を与える力を持つとされる。
シッティング・ブルが築いた“陣地”が無効化される可能性は十分に考慮し、即時の放棄も視野に入れていた。
「……奴らに味方した魔術傭兵とやらが、どれほどの手練であるかも気になる所ですが。
何より気掛かりなのは、やはりその“喚戦のサーヴァント”でしょうね」
そしてゴドフロワらは既に、港区方面での魔力の激動は掴んでいた。
シッティング・ブルの霊獣による探知・偵察は既に行っている。
日中に千代田区でゴドフロワが感じ取った気配との一致から、それが“刀凶聯合のサーヴァント”の戦闘によるものと結論付けた。
116
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:28:08 ID:qkMzV3ig0
「それに、港区の騒乱……あの“白い少女”の気配も感知されたそうですね?」
「……ああ」
それからゴドフロワが、シッティング・ブルへとそう切り出す。
シッティング・ブルは、神妙な面持ちで返答する。
「仮に“聯合のサーヴァント”が、その“白い少女”にさえ匹敵する戦力だとすれば――」
「この戦いは“迎撃戦”ではなく、敵の大将を早急に獲らねばならない“短期決戦”へと変わる」
「ええ。悪国征蹂郎を即時に叩くことの重要性が一気に増すでしょうね」
港区で“聯合のサーヴァント”が交戦へと至ったことは明白であり、気配が確認された“白い少女”がその相手であると予想される。
それは即ち、件のサーヴァントが“極星”との交戦を成立させるほどの特記戦力である可能性を示している。
仮にその推測が正しければ――この抗争を長期戦へと持ち込むことのリスクが一気に高まる。
ゴドフロワとシッティング・ブルは、共に“軍勢召喚”の宝具を備える。
シッティング・ブルの呪術や“原人のバーサーカー”による援護も含めれば、敵の集団に対する足止めや妨害は十分に見込める。
戦局次第では、その隙に乗じて大将首――“悪国征蹂郎”を早急に討ち取る必要があった。
互いに下準備と懸念を共有した後。
ゴドフロワは一呼吸を置き、シッティング・ブルに目を向ける。
「それと……他にも訊ねておきたいことがあるのですが」
――そうして、ゴドフロワが告げた言葉。
それはこの死線へと向かう前に、シッティング・ブルという賢者に対して“ある一石”を投じる問いかけだった。
「貴方達のことは、大丈夫ですね?」
その一言に対し、シッティング・ブルは微かに表情を険しくした。
それから少しの間を置いて沈黙した後、彼は絞り出すように答えた。
「……悠灯は、私が支える」
賢者の脳裏に浮かぶのは、自らを召喚したマスターのこと。
華村悠灯。彼女は今、葛藤の瀬戸際に立たされている。
あの“白い少女”と接触を果たしてから、悠灯の心は揺らぎ続けていた。
自らを蝕む“死の病”を克服できる可能性。
絶えず焦がれてきた“生きる道”への早すぎる切符。
その代償として何を得て、何を失うのか。
“白い少女”の無垢な笑みは、悠灯を“一線の先”へと導く。
何の悪意もなしに、心からの善意で、死にゆく少女に“永劫の祝福”を与えんとする。
――悠灯は、迷い続けている。
苦悩を背負い、揺らぎ続けている。
そんな彼女を支える役目を担うべきなのは、サーヴァントである己なのだと。
シッティング・ブルは、自らに言い聞かせるように決意を固める。
「今はあの“白い少女”との邂逅によって揺らいでいるが、その件に関しても――」
「懸念は、彼女だけではない」
しかし、そんなシッティング・ブルに対し。
ゴドフロワは、更に言葉を続けた。
「貴方自身についてもだ」
まるで突きつけるようなゴドフロワの一言に、シッティング・ブルは沈黙した。
巌のような顔が、微かな動揺と共に歪む。
騎士の眼差しは、ただ淡々と賢者を貫くように見据える。
117
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:29:09 ID:qkMzV3ig0
「利害関係という点において、貴方のことは十分に信頼しています。
貴方は合理を理解し、我々との結託を受け入れている。抗争へと向けた下準備に関しても申し分ない」
ゴドフロワは、あくまで“同盟者”としてはシッティング・ブルに一目を置いている。
忌まわしき異教徒であり、肌の赤い蛮族である。しかし、確かな叡智を備えている。
冷静沈着にして聡明。術師としての技量も大いに価値がある。
現状においても“まじない”を用い、的確に陣営の地盤を固めているのだから。
それは彼自身や原人のバーサーカーには出来ない“搦め手”だった。
そして異なる信仰を持つゴドフロワとも利害関係で割り切り、粛々と連携を取り続けている。
ゴドフロワにとって、シッティング・ブルとは“申し分のない相手”だった。
「そのうえで、問わせて頂きたい」
それでも尚、ゴドフロワには気になることがあった。
類い稀なる叡智で自らを律する賢者に、問わねばならないことがあった。
「ゲンジによる“虐殺”を、貴方は受け入れられていないでしょう」
あの一件。周凰狩魔が覚明ゲンジに与えた指示。
高齢者や孤児に対する殺戮による“原人のバーサーカー”の戦力増強。
それは不安定な状態に陥っていた悠灯には伝えられなかったものの。
シッティング・ブルには戦術的な意味合いもあり、既に伝達済みだった。
その指示について、彼は何も異論を言わなかった。
ただ粛々と受け止めて、自らの仕事を果たすだけだった。
しかし――ゴドフロワは、シッティング・ブルの抱える悲嘆を察していた。
聡明であろうとするが故に、この賢者は寡黙を貫く。
そんな彼の在り方を、十字の騎士は見抜いていた。
英霊シッティング・ブルは、老若男女の虐殺を目の当たりにしてきた。
蒼き騎兵隊による蹂躙劇を、その目で見続けてきた。
生き延びた老人や子供達も、貧しい保留地の中で次々に飢えていった。
刻々と瘦せ細り、満たされることもなく、病に倒れていく同胞達。
彼らの死にゆく姿は、今なお賢者の脳裏に焼き付いている。
「それに」
微かな動揺を、瞳に滲ませるシッティング・ブル。
そして、矢継ぎ早にゴドフロワは問いかける。
「ユウヒが“あの白い少女”に誘われた時、貴方は力づくで彼女を止めに行けた筈だ」
淡々と、ゴドフロワは言葉を紡ぐ。
それはシッティング・ブルという英雄が、そういう性質の者であるが故だとあの場では認識していた。
「だが、貴方は止められなかった。
それから先も、貴方は彼女を支えられていないように見える」
しかし実態は恐らく異なっていると、騎士は考える。
多くの騎士達、信者達を従え、聖地への遠征へと率いた守護者であるからこそ察する。
そうして告げられた言葉は、シッティング・ブルの本質を突くことになる。
「貴方はまるで――自分に誰かを導く力はないと、諦めているかのようだ」
大いなる賢者は、ただ無言で沈黙した。
何も答えず、何も告げず。
祈祷の戦士は、静寂の中で佇む。
その巌のような表情は、苦悩と葛藤の中に沈む。
琥珀のような瞳に、悲哀と諦念を静かに湛える。
シッティング・ブルは、騎士の投げかけに対して“反論”をしなかった。
まるで、あるがままを受け入れるように。
まるで、その言葉を受け入れざるを得ないかのように。
まるで、奥底に抱えていた意思を無言で肯定するかのように。
かの賢者は、視線を落としたまま言葉を喪失する。
そんな彼の姿を、ゴドフロワは静かに見つめる。
やがてその口から、率直な感想を口にした。
「ユウヒが貴方を召喚した理由が、何故だか分かる気がしますよ」
◆
118
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:30:00 ID:qkMzV3ig0
◆
“リトルビッグホーンにシッティング・ブルは参加しなかった”。
後に米国へと投降したインディアン達は、口々にそう証言した。
彼らは偉大なる戦士の魂を守るべく、真実を奪うことを選んだのだ。
カスター将軍との最期の邂逅を、未来へ語り継がれる“呪い”へと変えないために。
◆
119
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:30:45 ID:qkMzV3ig0
◆
“デュラハン”の縄張りの一つであるライブハウス。
その雑居ビルの屋上にて、シッティング・ブルは自らの霊体化を解いた。
春の風が、静かに肌を撫でていく。
街に蔓延る災いや争いなど、知る由も無いかのように。
つい先刻、港区の方角で巻き起こった”闘争の濁流”さえも――存在しなかったかのように。
夜空は相も変わらず、闇の中で輝き続ける。
街の光に遮られながら、星々が微かな輝きをちらつかせている。
暫しの間、賢者は空を見上げていた。
先程バーサーカーから問われたことを振り返りながら、彼は息を吐く。
自らの胸の奥底に眠る葛藤を看破されて、シッティング・ブルは確かに心を揺さぶられていた。
――まるで”己には誰かを導く資格がない”と。
――初めから諦めているように見える。
ゴドフロワは、シッティング・ブルへとそう投げ掛けた。
己のマスターを誘わんとする白い少女を、賢者は止めることが出来なかった。
それは彼が穏健な存在であるが故に、というのみならず。
心の奥底で、悠灯を支えることを諦めているのではないか。
彼女を導くに足る存在ではないと、自らに諦念を抱いているのではないか。
十字軍の騎士は、祈祷の賢者へとそう突きつけていた。
その言葉の前に、シッティング・ブルは何も答えることが出来なかった。
自らの絶望と虚無を見抜かれたような言葉に対し、反論さえもすることが出来なかった。
その上でゴドフロワは”あくまで同盟者としての貴方の価値は理解している”とし、以後問い質すことはしなかったが。
彼から問われた意思は、シッティング・ブルの中で葛藤として尾を引き続けていた。
やがて賢者は、視線を下ろす。
屋上の中央に立つ自らに対し、端のフェンスに持たれ掛かる影があった。
数メートルほど離れた距離に立ちながら、その人物は口元から煙を吐いていた。
「おう、キャスター」
手すりへと寄り掛かって、少女は夜に黄昏れていた。
その口には馴染みの銘柄の煙草が咥えられている。
この一ヶ月で、すっかりと慣れ親しんだ匂いだった。
暇を持て余した時や、苛立ちを紛らわせる時。
香りが欲しくなった時や、物思いに耽りたい時。
少女(マスター)は常に懐から煙草を取り出し、気怠げな香りを揺蕩わせる。
「……悠灯」
華村悠灯という17歳の少女は、いつだって煙の匂いを纏っている。
それが彼女にとって己の孤独を癒やすための手段であることを、シッティング・ブルは知っていた。
120
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:31:29 ID:qkMzV3ig0
「報告ありがと。悪いな」
シッティング・ブルが行っていた会議の内容は、既に念話を通じて共有していた。
狩魔も同じように十字のバーサーカーから伝達を受けているのだろうと、悠灯は察する。
それから悠灯は、ポケットからもう一本の煙草を取り出す。
その煙草を、悠灯が虚空へと向けて差し出した直後――小さな野鳥の“霊獣”が姿を現し、それを咥えて飛んでいく。
やがて野鳥はシッティング・ブルが突き出した左腕の上に止まり、彼へと煙草を渡した。
シッティング・ブルは悠灯と霊獣へと一礼をし、その煙草を口に咥えた。
掌から呪術によって小さな灯火を生み出し、紙に巻かれた葉を燃焼させる。
「君も、終わったのか」
「うん」
互いに煙を漂わせながら、シッティング・ブルは悠灯へと問いかけた。
悠灯は想いに耽るように、静かに答える。
「狩魔さんとの話、済ませてきた」
空を見つめながら、悠灯は呟く。
自らの不安と憂鬱を包み込むように。
タバコの煙を、静かに吸い込んでいた。
◆
121
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:32:20 ID:qkMzV3ig0
◆
「悠灯」
暫し前の遣り取り。
言葉と共に部屋を揺蕩う、煙の匂い。
小さな火が灯り、仄かな霧が漂う。
「俺がお前を気に掛けてたのは、打算でも上っ面でもない」
シッティング・ブルとゴドフロワが今後の戦術を確認し合っていた時。
ソファに踏ん反り返った周鳳狩魔は、タバコの煙の中で少女に語りかける。
気怠げに混ざり合う香りが、狭い部屋の中で浮遊する。
「そこに嘘はねえ。誓っても良い」
テーブルを挟み、向かい合って座る少女――華村悠灯。
狩魔と同じように煙草の味を嗜みながら、神妙な面持ちで彼の言葉を聞く。
「そのうえで、言っておくがな」
ふう、と狩魔は煙を吐く。
その言葉と共に、眼差しが悠灯を射抜く。
「ゲンジは腹括ったぜ」
つい先刻、自らの成すべきことへと向かった覚明ゲンジを追憶しながら。
狩魔は、迷いの最中に立ち続ける悠灯へと投げかける。
「悠灯。お前はどうする」
その一言を前に、悠灯は息を呑む。
煙の味と交わるように、緊張が肺へと飲み込まれていく。
「お前は戦争(ケンカ)のために、俺のところへツラ出した」
聖杯戦争の同盟軍としてのデュラハンは、決して狩魔に忠誠を強いる集団ではない。
故に悠灯の葛藤に対して無理強いはしないし、狩魔の意向に従うことを強要したりもしない。
「俺もお前を頼りにして引き込んだ」
しかし――あくまで“同盟”だ。
この戦争に勝ち抜くための、利害関係による結びつきなのだ。
だからこそ、あの白い少女との対峙を経て彷徨い続ける悠灯に対し、改めて問う必要があった。
「――――その意味だけは、忘れるなよ」
ゲンジは覚悟を決めた。
ならばお前はどうだ。
続けるのか、抜けるのか。
此処から先は命懸けの闘争だぞ、と。
狩魔は、悠灯の意思を問う。
そんな彼の言葉と、視線に対し。
悠灯は、何も返すことは出来ず。
ただ沈黙の中で、力なく頷くことしか出来なかった。
恍惚とした白煙の匂いが漂い続ける。
時間さえも留まりそうな、緩やかな快楽の中で。
少女は、苦悩へと身を置き続けていた。
◆
122
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:33:10 ID:qkMzV3ig0
◆
「アタシさ」
煙草を咥えながら。
夜空の下で、悠灯は呟く。
「どうすりゃいいんだろうな」
自らの心の奥底。
今なお渦巻く葛藤について。
悠灯は、静かにぼやく。
「死ぬのは怖いって思ってんのに」
死にたくない。生きたい。
自らの余命を告げられて、ようやく自覚した願い。
自分を壊し続けてきた少女が抱いた、ようやく掴んだ切実なる想い。
「“あいつ”に手を差し伸べられて、ずっと不安になってる」
その願いへの切符が、まさに目の前に突きつけられた。
神寂祓葉。この世界の黒幕である、あの白い少女によって。
焦がれ続けてきた未来への権利を、極光にも似た輝きと共に差し出された。
「あの手を掴んでいいのかさえも……分からないんだよ」
悠灯は、ぽつりぽつりと呟き続ける。
その瞳に憂いを宿しながら、夜空を仰ぐ。
あのとき悠灯は、シッティング・ブルによって制止された。
駄目だ、その甘言に耳を貸してはならない。
それは魔性の誘いだ、悪魔の囁きだ、と。
彼は祓葉を強く拒絶し、否定しようとした。
分かっている。その意味は、理解している。
それでも悠灯は、酷く惹きつけられてしまう。
あの圧倒的なまでの、生命の輝きに。
自らが求めていた、生きることの喜びに。
あの脱出王から告げられた言葉が、脳裏をよぎる。
残された時間はもう長くないと、彼女は突きつけてきた。
周凰狩魔との対話が、鮮明に蘇る。
ゲンジは腹を括った、お前はどうすると、彼は問いかけてきた。
まるで自らを焚きつけるような後押しを、悠灯は改めて振り返る。
きっと自分は、今なお迷いの渦中に居るのだろう。
葛藤と苦悩の中で、未だに立ち尽くしているのだろう。
悠灯は自らの置かれた立場を俯瞰して、それ故に思案する。
これから自分に必要なことが何なのか。彼女はそれを悟る。
今の自分は、踏み出さなければならない。
そんな単純なことが、こんなにも恐ろしいことなのだと。
煙草の香りのように、悠灯は想いを浮遊させる。
123
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:34:14 ID:qkMzV3ig0
「キャスターもさ」
そうして悠灯は、自らの後方。
屋上の中央に佇むシッティング・ブルへと呼び掛ける。
「死ぬのは、怖かったんだよな」
死を恐れるのは、普遍的な意思である。
如何に勇敢な戦士と言えど、その根底には恐怖を抱く。
祓葉と出会う直前、シッティング・ブルはそう語っていた。
眼の前に突き出された切符に迷いを抱いている今だからこそ、悠灯は改めてそのことを問いたかった。
「……怖かったさ」
シッティング・ブルは、目を伏せながら呟く。
インディアンの世界は、”大いなる神秘”によって形作られている。
動物も、自然も、この宇宙も、全ては一つの神秘として等しく繋がっている。
死もまた神秘の摂理であり、在るべき循環に過ぎない。
例え肉体が朽ち果てようと、我々はこの世界に還っていくのみ。
それが大地と共に生きるインディアンの信仰だった。
「皆、怖かったのだ」
それでも、それでも尚。
彼らは命ある人間であるが故に。
その根底には、確かなる恐怖があった。
恐れがあったからこそ、抗い続けてきた。
誰もが皆、恐怖と絶望の中で藻掻いていた。
「私は……」
そんなインディアン達の精神的支柱として、シッティング・ブルは立ち続けてきた。
彼らを纏め上げる賢者として、偉大なる戦士として、その道筋を示し続けてきた。
「君を支えると誓った」
だからこそ、その背中には。
余りにも大きな重圧が伸し掛かっていた。
そして同志達は、皆散っていった。
「しかし」
シッティング・ブルは、淡々と呟く。
声を震わせながら、言葉を紡いでいく。
「君を導く資格が、私にあるのか」
この聖杯戦争に召喚された時から、胸の内に押し込めていた葛藤。
「今なお、分からないのだ」
シッティング・ブルは、それを吐露するように打ち明けた。
「この魂は、罰されて然るべきなのだから」
己は、白い少女の在り方を否定した。
なれば、己に悠灯を導くことが出来るのか。
悠灯の未来を指し示す資格が、己にあるのか。
シッティング・ブルには、それが分からなかった。
124
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:34:46 ID:qkMzV3ig0
悠灯は、何も言わずに振り返った。
枯れ木のように佇むシッティング・ブルへと、視線を向けていた。
その姿から滲み出る悲哀を、その言葉から垣間見える葛藤を、少女は無言で噛み締めていた。
「悠灯よ」
そうして僅かな間を開けて、シッティング・ブルは呟く。
「君には、見せたことが無かったな」
この一ヶ月の間、悠灯は殆ど直接的な戦闘を経験していない。
シッティング・ブルもまたあくまで小競り合いや遊撃に徹し、全力の戦闘を行っていなかった。
「私の……“宝具”を」
それ故に悠灯は、シッティング・ブルの宝具を目にしたことがなかった。
彼が如何なる経緯を背負い、如何なる顛末を迎えた英雄なのか。
そのことは理解しながらも、彼の神秘の具現を未だに見ていなかった。
既に魔術によって”人払い”は済ませている。
霊獣の見張りによって、周囲に偵察や監視の目がないことも確かめている。
故に賢者は、自らの宝具を開帳する。
宝具とは、サーヴァントが背負う伝説の象徴。
その英雄が背負う逸話や物語が、形を成したモノ。
それを解放するということは、自らが如何なる存在であるのかを示すことである。
「――――『謳え、猛き紅馬(グリージー・グラス)』」
シッティング・ブル。
彼は、自らの魂を解き放つ。
己が背負う全てを、少女へと曝け出す。
◆
125
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:35:23 ID:qkMzV3ig0
◆
『この命を懸けてでも』
『最後の時まで、戦い抜こう』
『我らは死を畏れない』
『例えこの肉体が朽ち果てようとも』
『ただ“大いなる神秘”へと還るだけだ』
『この大地も、我らの魂も』
『白人のカネで買われるものではない』
『我らは、我ら自身を守るために』
『未来を紡ぐ子供達を守るために』
『奴らを打ち払わなければならない』
『そして、だからこそ』
『君には、礼を言わねばならない』
『その叡智と勇気によって――』
『多くの同志を集めてくれたのだから』
『君がいたから、“長い髪の男(カスター)”も倒せた』
『故に』
『“座する雄牛”よ』
『君と共に戦える今を』
『我らは誇りに思う』
◆
126
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:35:58 ID:qkMzV3ig0
◆
――――それは。
――――血の海のような。
――――赤黒い泥だった。
シッティング・ブルの足元。
彼が佇む周囲の床が、赤と黒に染まりゆく。
まるで、血肉が撒き散らされるかのように。
まるで、臓物が弾け飛んだかのように。
腐敗に満ちた色彩が、ぬらりと姿を現す。
夥しい死臭が、瘴気の如く立ち昇る。
煙草には似ても似つかぬ、恐慌の硝煙。
吐き気を催す香気が、この場に浮遊する。
蛆に食い荒らされたような、退廃の匂いだった。
破滅と腐乱。死と崩壊。不可逆の終焉。
掻き混ざる絶望。果てなき荒廃。
悪夢にも似た気配が、その場に顕現する。
酷く虚しい異臭を纏った風が吹き抜ける。
賢者の周囲に展開された、赤黒い血肉の泥。
其処には――――数多の屍が横たわっていた。
幾人もの事切れた死体が、地に伏せていた。
その死屍の全てが、等しく“頭部”を喪っている。
ある者は馬の蹂躙により、潰れた果実となり。
ある者はサーベルの斬撃で、首を斬り落とされ。
ある者はライフルの掃射によって、脳髄ごと弾け飛んだのだ。
皆、頭を亡くしている。
皆、個を喪失している。
皆、人の証を砕かれている。
全てが等しく、名もなき亡骸。
やがて首無しの遺体達が、ぬらりと起き上がる。
まるで生きる屍のように、彼らは武器を手に取る。
そして、ごう――――と。
彼らの首の断面から、鬼火のような焔が灯る。
まるで怨念や絶望が遺骸を駆動させるかのように。
頭無き戦士達は、濁った焔を揺らめかせていた。
“死の松明”のように、彼らはこの戦争の地に顕現する。
悪霊の群れの如く、その影は揺らめいて佇む。
これがシッティング・ブルの宝具。
これが『謳え、猛き紅馬(グリージー・グラス)』。
彼が生前に同志として共に戦った“インディアンの戦士達”――その幻影を軍勢として召喚する。
「……これが、私という英霊だ」
そして、この情景こそが。
シッティング・ブルの脳裏に焼き付く。
絶望と虚無の残像だった。
127
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:37:41 ID:qkMzV3ig0
「彼らは、私を信じてくれた」
彼らは皆、散っていった。
彼らは皆、飢えていった。
彼らは皆、朽ちていった。
「だが私は、彼らを支えられなかった」
シッティング・ブルは多くの同志と共に白人に抗いながらも、その戦いが実を結ぶことはなかった。
数十年に渡る抵抗の中で、シッティング・ブルは数多の同胞達が死にゆく姿を見つめてきた。
戦わぬ子供や老人達の顛末も、その目で目の当たりにしてきた。
彼らは蒼き騎兵に蹂躙され、生き延びてもなお疫病と飢餓で命を枯らしていった。
「そう。皆を支えられなかったんだ」
喪われた同胞達と、果たせなかった大義。
余りにも鋭い幻視を備えていたが故に、部族が辿る結末を半ば悟っていた苦悩。
死してなお、彼の魂は後悔と無念に蝕まれている。
その絶望は、自らの宝具さえも歪ませる呪縛と化したのだ。
「支えられなかったんだよ」
この大戦士は、決してただの温和な賢者ではない。
類稀なる叡智と理性によって、己を律しているだけに過ぎない。
寡黙なる表情の奥底に、絶望と後悔を閉じ込めているに過ぎない。
「私は……呪われるべき者なのだ」
シッティング・ブルは、とうに壊れているのだ。
故にこそ彼は、“散っていった同胞達を救う”という未練に駆られている。
それだけが、この賢者に残された唯一の執着だった。
悠灯はただ、茫然と佇んでいた。
言葉を失い、何も言えぬまま。
目を見開いて、沈黙をしていた。
――しかし、それでも。
彼女の眼差しは、じっと賢者を見つめていた。
自らの絶望と呪縛を形にした英霊から、決して目を逸らさなかった。
「悠灯よ」
そうしてシッティング・ブルは、悠灯へと呼び掛ける。
「私を、信じなくてもいい」
己自身を否定するように、彼はそう呟く。
「君が“あの白い少女”の手を取りたいと言うのなら、私は止めはしない」
例えその選択が、過ちであったとしても。
悠灯がそう在ることを望むならば、彼は止められない。
何故ならそれは、聖杯に縋る己と同じ仰望なのだから。
「生きたいと望むことは、罪ではないのだ」
生を望み、奇跡へと縋る想いを、誰が否定できるのか。
呪われて然るべき己に、その願いを止める資格があるのか。
故に彼は、あくまで悠灯の意志に委ねる。
君が望むならば、己は引き留めることはしない。
あの輝きに縋ってでも生きたいと願うのなら、彼女の手を取っても構わない。
己には君を咎める資格はないのだから、と。
シッティング・ブルの眼差しは、悠灯に訴えかける。
128
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:38:42 ID:qkMzV3ig0
静寂が、夜を包み込む。
退廃と死臭が、場に漂い続ける。
破綻の硝煙が、沈黙を生み出す中。
やがて踏み出したのは、悠灯の方だった。
一歩、一歩と。彼女は歩み寄っていく。
足元の赤黒い泥のことも、意に介さず。
悠灯の眼差しは、シッティング・ブルを見つめ続ける。
不安と動揺、そして悲哀のような想いを湛えながら。
その奥底に、仄かな決意にも似た感情を宿しながら。
悠灯は、朽ちし賢者の前へと立つ。
「……キャスターもさ」
ぽつりと、言葉を紡ぎながら。
少女は、切なる想いを馳せる。
「ずっと、思ってたんだな」
――ああ、そうか。
――アンタも、そうなんだな。
悲嘆と焦燥。諦念と虚無。
自らを罰し、灼き続ける苦悩。
彼女はそれを、知っていた。
「“自分は生きるに値しない”って」
その呪いの意味を、知っていた。
だから悠灯は、その言葉を告げた。
だから悠灯は、賢者の手を握った。
「あいつとは……もう一度、会いたい」
そうして悠灯は、自らの意思を告げる。
”あいつ”――即ち、白い少女。神寂祓葉。
どんな想いを交わして、何を伝えるのか。
その答えは、まだ見つからずとも。
彼女と対峙しなければ、きっとこの先も自分は前へ進めない。
悠灯はそう悟っていたからこそ、決意していた。
「けど。けどさ」
そして、そのうえで彼女は言葉を続ける。
祓葉の手を取るのか、否か。
悠灯の心を絶えず苛み続けていた、自問と葛藤。
「アタシは……」
その迷いは、今なお悠灯の心に燻る。
それでも彼女は、ただひとつだけ。
確かな祈りを抱いていた。
「あんたの手を取る」
悲嘆と哀愁を携えた、賢者と少女の瞳。
夕陽のような色彩を湛える、二人の眼差し。
その視線が、交錯をした。
途方もない夜の下で、二人は意志を通わせた。
それは果たして、終わりゆく運命を背負う二人の道筋に射した夕焼けの光なのか。
あるいは、二人をいよいよ破綻の螺旋へと導く終焉への狼煙なのか。
聡き賢者にさえも――その答えは、見出だせなかった。
129
:
コヤニスカッツィ
◆A3H952TnBk
:2025/03/23(日) 12:39:43 ID:qkMzV3ig0
【新宿区・歌舞伎町のライブハウス/一日目・夜間】
【周鳳狩魔】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:拳銃(故障中)
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
1:刀凶聯合との衝突に備える。
2:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。当分は様子を見つつ、決戦へ向け調整する。
3:悠灯。お前も腹括れよ。
4:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
5:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
[備考]
【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)】
[状態]:健康
[装備]:『主よ、我が無道を赦し給え』
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩魔と共に聖杯戦争を勝ち残る。
1:神寂祓葉への最大級の警戒と、必ずや討たねばならないという強い使命感。
2:レッドライダーの気配に対する警戒。
[備考]
【華村悠灯】
[状態]:動揺と葛藤
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたい。
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
[備考]
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:健康、迷い
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:神寂、祓葉……。
1:今はただ、悠灯と共に往く。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
130
:
名無しさん
:2025/03/23(日) 12:40:11 ID:qkMzV3ig0
投下終了です。
131
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/03/24(月) 08:38:56 ID:1nj4yoQU0
アーチャー(天津甕星)
ランサー(カドモス)
雪村鉄志&アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)
キャスター(オルフィレウス)
予約します
132
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:53:32 ID:Epy5/tbw0
投下します。
133
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:54:15 ID:Epy5/tbw0
蛇杖堂寂句は、数刻前の激戦などなかったように平然と車に揺られていた。
嚇炎の悪鬼との交戦は彼の身体に浅からぬ傷痕を刻み込んだが、たかだか腕一本焼かれた程度で弱音を漏らす暴君ではない。
確かに想定外の事態ではあったが、それも含めて彼にとっては想定内。
神寂祓葉に触れ、一度は命を落とし、そして蘇った狂人どもが以前のままの容易い存在であると考える方が彼に言わせれば愚かしい。
赤坂亜切。あの忌まわしい葬儀屋も、やはり狂気の深化に伴う相応以上の変容を見せていた。
暗殺者としての機能美を排し、代わりに正面戦闘の能力値を底上げする。
そんな相手に対して完全に先手を許しながら、この程度の傷で済んだのはむしろ儲け物だったとすら言えるだろう。
無論欲を言えば亜切を殺しておきたかったが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
一画が欠損した右手の令呪を見下ろしつつ、蛇杖堂寂句は思考を前へと進める。
目黒区での交戦から離脱し、すぐに代わりの運転手を用立てた。
勝手知ったる人材でないのは多少面倒だったものの、寂句も魔術師の端くれとして暗示の術は会得している。
タクシー運転手を呼び付けて暗示を施し、穏便に職務放棄させた上で即席かつ場繋ぎの運転手に変え、その車に乗って今に至る形だ。
向かっている先は品川区。有事を見越して拵えておいた、都内に複数あるスペア拠点の一軒である。
……車内に垂れ流されているラジオ放送が、切羽詰まった声で惨劇の勃発を告げていた。
港区にて原因不明の爆発事故が勃発。爆心地となった六本木はほぼ壊滅状態。生存者の発見は絶望的。
現場で高濃度の放射性物質が検出されたとの未確認情報もあり、当面の間該当地域は警察と自衛隊により封鎖される見通し。
要するに、またどこぞで馬鹿が"やらかした"というわけだ。
これは寂句にとって、少なからず悪い知らせであった。
東京の治安だの民間人の被害だのはどうでもいいが、問題は場所である。
港区。幸いにして爆心地からは外れたものの、そこは蛇杖堂寂句の邸宅がある土地だ。
戦争用の物資を少なくない量備蓄しているあの屋敷の戦術的価値は先刻〈蝗害〉に潰された病院よりも遥かに高い。
放射能どうこうは寂句にとってさしたる問題にはならないものの、煙に惹かれてまた別な馬鹿が誘引される可能性が出たのは面倒だった。
もし流れ弾であの量の備蓄を吹き飛ばされるようなことになれば、さしもの彼も眉くらいは顰めるだろう。
――都市の終わりが近付いている。未だ、少なくとも二桁は主従が残っているというのに。
運命の加速、という言葉を老人は思い出していた。
前回、忌まわしい奇術師が頼みもしないのに語ってくれた戯言だ。
アレの戯言を認めるのは癪だが、今回もやはりそうなっているのだろうと思う。
だがそれもその筈、この都市には神寂祓葉がいる。
彼女は特異点。唯一無二の太陽であり、そこには破壊的な引力が付随している。
祓葉の無垢に引かれるように、運命そのものがねじ曲げられているのだとそう思わずにはいられない事態が今日だけで幾つも起きていた。
日付が変わるにはまだ数時間あるが、その頃一体見慣れた街がいかなる姿になっているのか。蛇杖堂の宿老をしても察しがつかない。
が。
ある意味では、こうも考えられた。
よくもまあこの程度で済んでいるものだ――と。
〈はじまりの聖杯戦争〉。
そこで生まれた、六人の狂人達。
いずれもが非凡。いずれもが、人畜有害この上ない狂気の衛星。無論蛇杖堂寂句もそこに含まれる。
およそ正気とはかけ離れた獣達が野放図に放たれていながら、都市機能が一月弱も持続しているのは奇跡と言ってもいい。
劇薬同士を雑に適当にかけ合わせた結果、奇跡のようなバランスですべての毒素が支え合い、均衡らしきものを作り上げているのだ。
であれば如何にすればこれを崩せるのか。答えは、上に述べた通りだった。
134
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:55:02 ID:Epy5/tbw0
――やはり、いずれかの衛星を間引くべきだな。
――最低でも次の朝日が昇るまでには、無能をひとり排する必要がある。
――次に事が動いた時。そこが勝負、か。
蛇杖堂寂句もまた、狂人である。
冷静の仮面の下に、燃え上がるような狂気を隠し持った残骸である。
その彼が運命の加速なる異常現象に恐れをなして縮こまるかと言えば、当然否。
むしろ彼としても早急に事が進行するのは臨むところだった。世界が壊れれば壊れるほど、寂句が切望する"その時"は早まるのだから。
都市など、幾ら滅んでもいい。
人類など、幾ら亡んでもいい。
己の命さえ――この大義の前には些事でしかない。
であれば望むべきは間違いなく混沌大渦の大戦争。
あの忌まわしい、おぞましい小娘が嬉々として前線を駆け回り出すような状況。
欲を言えば祓葉の興を掻き立てて、注射針をねじ込む隙が生まれてくれれば更によい。
そうして、念願叶ってこの〈畏怖〉に別れを告げられたなら。
後はもう、命があろうがなかろうが、心の底から、どうでもいい。
神寂縁を唆して楪依里朱へ差し向けることには成功したが、狙いを彼女だけに絞るつもりはなかった。
改めてホムンクルスを踏み砕くのもいいし、葬儀屋にこの腕の恨みを晴らすのも悪くない。
どの道切り時を見極めたい相手だ、盟約を反故にしてノクト・サムスタンプを攻め落とすのもいいだろう。
先手ではなく後手を選ぶと決めたからこその余裕。
後の先という言葉があるが、暴君が狙っているのは常にそれだ。
道は常に開かれている。そして寂句には、あらゆる道を選ぶ準備がある。
狂気のままに狂気を狩り、この都市を維持している生態系を突き崩す。
神寂祓葉という美しき獣を討つためならば、蛇杖堂寂句はいかなる選択肢でも涼しい顔で選んでみせよう。
だが、強いて。
強いて、特に抹消したい敵をひとり挙げるとすれば……
「着きました」
「ご苦労」
暗示で人形に変えた運転手の無機質な声に、心の籠もらない労いで応える。
窓の外には、築百年を優に超える侘び寂びに溢れた日本家屋が建っていた。
西麻布の本居に比べれば敷地面積こそ劣るが、侮るなかれ、こちらも寂句が自ら"改築"した立派な拠点だ。
此処で物資を補給しつつ、本格的に次の動きを決める。その腹積もりだったのだが――
「……マスター・ジャック」
「ああ」
剣呑を隠そうともしない、己が従僕の張り詰めた声。
寂句の眼差しも、彼女と同じ点に向けられていた。
135
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:55:30 ID:Epy5/tbw0
明治の始まりに建築され、大戦の本土空襲をも逃れたという歴史ある木造住宅。
文化財に指定するべきでは、という話すら一度は出たその門構えに。
異物が――混ざっている。その静寂にそぐわない外郎が、憎たらしい顔で笑っている。
ボーイッシュなベリーショートスタイルに、冗談みたいなタキシード。
顔立ちは中性的で、少女のようにも少年のようにも見える。
どちらの印象も正しいことを、蛇杖堂寂句は知っている。
少なくとも彼の知る"彼女"は男性だったが、この輩に限ってはいつ何時いかなる事態を起こしてみせても不思議ではないのだ。
前回、複数の主従によって包囲網を敷かれながら、その悉くを火の輪でも潜るようにすり抜けてみせた一番の異端。
祓葉という規格外の影に隠れていただけで、冗談抜きに、聖杯戦争を如何様にでも凌辱できる危険性を秘めていた笑う道化師。
車から降りた寂句に、女(おとこ)は手を振った。
もちろん、振り返してやる義理はない。
葬儀屋の襲撃を受けてさえ表情を変えなかった寂句の顔に、微かな嫌気が差していた。
「久しぶり。元気だったかい、ジャック先生」
「そういう貴様はタイにでも行ってきたのか? 奇人め」
〈はじまりの六人〉。
いずれも人畜有害、油断できる手合いなんてひとりもいない魔人狂人の見本市。
だが、強いて。
願望の成就を主目的としない蛇杖堂寂句が強いて、特に抹消したい敵をひとり挙げるとすれば、それは――
「相変わらず目障りな下種だ。摘み取るが、構わんな? 〈脱出王〉」
――〈脱出王〉。
名をハリー・フーディーニという、享楽の宿痾に囚われた怪人である。
◇◇
136
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:56:04 ID:Epy5/tbw0
"無害"とは、時にひとつの才能だ。
害あるものと害なきものが並び立った時、まともな思考能力があるなら誰でも前者を選んで攻撃する。
直接的にこちらの生命を脅かしてくる生き物と、鬱陶しいだけで別段心の臓に迫ってこない生き物。
握った蠅叩きをどちらに振り下ろすかは考えるまでもなく明白。そこに、〈脱出王〉という存在の悪辣さの真髄がある。
彼――もとい彼女は、すり抜けるのだ。
あらゆるものを、さもそこに壁などないかのようにすり抜ける。
それはヒトの敵意や認識でさえ例外ではない。
だからこそ〈脱出王〉の実体は、今まで誰ひとり捕らえることができなかった。
ただひとり、すべての遊び相手を分け隔てなく平等に見つめていたあの少女を除いては。
寂句には、そしておそらく他の五人にも、それができない。
何故なら彼らは誰しも、無駄に頭がいいからだ。
無垢がない。純潔がない。狡賢く状況を見極める力を持って"しまって"いるからこそ、〈脱出王〉の手管に弄ばれ続けてしまう。
故に、潰せる機会があるのなら是が非でも潰しておきたい。
そうでなければ、もう二度とその機会が巡ってこない可能性すらある相手。
少なくとも蛇杖堂寂句にとって〈脱出王〉とは、ハリー・フーディーニとは、そういう生物だった。
「やだなあ、よしてよ先生。今の私はサーヴァントも連れてない丸腰だ。交戦の意思がないことなんて見れば分かるだろ?」
「貴様にとってはいつものことだろう。何ひとつ信用する理由に値せんな」
「じゃあ君だって分かってる筈だよ。"此処では私は殺せない"」
不敵に言い放たれる言葉に眉の角度がより厳しく吊り上がる。
誰が見ても分かる丸腰。英霊すら連れていない、丸裸も同然の有様。
それなのに、彼女が口にする言葉には不思議な説得力が伴って響く。
「私を殺せるのは今も昔もあの子だけさ。私も、そして君も大好きだろう愛しの星。神寂祓葉、我々のカミサマだけ」
「戯言はいい。貴様、何故此処に現れた? 同盟だの協定だの、そんな利口な真似ができる性分ではあるまいに」
寂句の〈脱出王〉に対する認識は、一言。
――狂人、である。
祓葉が頭角を現し、全員を撫で切りにする前からそうだった。
そんな狂人が突然姿を現し、何やら対話をしたがっていると来れば警戒するのは当然のこと。
もっとも、彼女が何を口にしたところで聞く耳を持つつもりはない。
たとえ殺せずとも、少なくともこの視界からは消えて貰う。
詐欺(マジック)への一番の対策は一切の見聞きをしないこと。
御年九十になるこの老君は当然、そのセオリーを弁えていた。
137
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:56:41 ID:Epy5/tbw0
「いやー、ちょっとね。耳の痛いことを言われちゃってさぁ」
そんな寂句の魂胆が分からないわけでもあるまいに、〈脱出王〉はへらへら笑って肩など竦めてみせる。
「それこそただの戯言なら聞き流すけど、如何せん相手が相手でね、そうもいかない。
私自身ミロク……ホムンクルスの彼に偉そうなことを言った身だから余計にねぇ」
「ほう。あの生まれ損ないを狂わせたのは貴様だったか」
「あー、違う違う。私が会った時には彼、もう保護者諸君らをブチ殺しちゃってたから。
まあでも、"狂わせた"って意味じゃ間違いでもないのかな。だったら上手く嵌ったようで何よりだけど――って、それは置いといて、だ」
狂人は我も彼も同じ。
だが、それにしてもホムンクルス36号の乱心は度を越しているように見えた。
発端は違えど、そこに〈脱出王〉の関与があったとすれば寂句としても納得できる。
無垢な幼子を騙すのはマジシャンの得意分野。ましてそれが世紀の〈脱出王〉ともなれば尚更だ。
わけのわからない事象に理屈の線が通るのは良いことである。では、眼前の彼女が今抱える"理屈"は何なのか。
「自分探しの旅も兼ねて、ちょっと同胞の声ってやつを聞いてみたくなってね。遠路はるばる足を伸ばしてみたってわけ」
「そうか、帰れ。できればそのまま死んでくれるとありがたい」
「つれないなぁ。同じ釜の飯もとい、同じ星の光に灼かれた仲じゃない」
「言葉の通じる他の連中ならばまだしも、貴様のような変質者に開示する情報などひとつも思い付かん」
「だーかーらー、そういうのじゃないんだってば。まったく……君も大概人の話聞いてくれないよねぇ」
困ったように肩を竦める〈脱出王〉。
そんな彼女を見ながら、寂句のサーヴァント……アンタレスは静かに困惑していた。
(これが……あの赤坂亜切と同じ、狂気の衛星……?)
〈はじまりの六人〉を相手に容赦が不要なことは先の一戦で理解した。
だが、だからこそ拍子抜けだったのだ。
己の主が亜切に対して向けたよりも色濃い嫌悪感を滲ませながら対峙するこの少女が、ただ一瞥しただけでも分かるほど弱いことが。
弱い。
そう、弱いのである。
今は山越風夏と名乗っているこの奇術王は、あまりに弱い。
生物としての強さをまったく感じさせず、佇まいもどこをどう見ても隙だらけのそれに見える。
寂句は何やら忌まわしげにしているが、アンタレスの所見で言えば何のこともない。
この場で自分がちょっと槍でも振るってやれば、簡単に目の前の命を摘み取れるのではないかとそんなことさえ考えてしまうほど。
もちろん実行に移すつもりはないが、蛇杖堂寂句という男の実力と思慮の深さを知るアンタレスをしてそう思わせるほどに、〈脱出王〉という怪人はひときわ異質に写った。
と、そこで。
「その子が、今回の君のサーヴァントかい?」
「っ」
内心の困惑が表情に出ていたのだろうか。
〈脱出王〉のくりくりとした双眸と、視線が合った。
思わず反応してしまうアンタレスをよそに、寂句は憮然と返す。
138
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:57:17 ID:Epy5/tbw0
「答える意味は思い付かんな」
「ありゃりゃ。"見て分かれ。無能が"って言われると思ったけど、見ない間にずいぶん嫌われちゃったみたいだなぁ。
まあいいや――ふん、ふんふん。なるほどね、そっか。それがドクター・ジャックの新しい"やりたいこと"ってわけだ」
何か得心行ったという風に手を叩く、奇術師。
寂句は何も言わない。言う筈がない。第一次の戦争で死に損なった亡霊達は、決して互いの存在を認めないのだから。
「そういう貴様はお笑いだな。輪廻が進むと情操まで退化するのか?」
その証拠に、返す刀で繰り出された診断は容赦なく相手の懐(パーソナル)を抉る言葉のメス。
奇術師とは違い、医神は合理で他人の傷口を暴く。故に彼は、暴君なのだ。
「"自分探しの旅"など、今日び餓鬼でも口にするまいよ。命と一緒にユーモアまで枯れ果てたか、奇術師」
「うん、そういうこと。後半は全力で否定するけど、ちょっとばかし他の狂人諸君の偵察がしたくてさ。
具体的に言うと皆はどう変わってるのか、それともまったく変わってないのか……そこが知りたかったんだ」
「して? 成果はあったのかよ」
「バッチリさ。あの〈暴君〉サマでさえこの変わりようと来たんだ、流石に私も箴言を受け入れることにするよ」
それでも、かつての彼を知る仇敵はこう言う。
蛇杖堂寂句は変わったと。そしてそれを、彼自身も否定しない。
自覚があるからだ。己の狂気をひた隠しにするほど恥知らずなこともない。
誰あろう、同族の前ならば尚のこと。彼らは互いの存在を決して認めない故、対峙すれば必ず不合理が生じる。
「さしずめ〈畏怖〉か、君のは」
「ならば貴様は〈再演〉だな。全くもってらしいことだ」
互いの狂気を開帳し、通じ合うことで殺し合う。
彼らに限っては、対話は友誼を意味しない。
存在レベルで許し難い外敵の生態を知る行為だ。
得体さえ分かれば、駆除のしようも浮かび上がってくる。
少なくとも寂句にとっては、そうであった。
だが〈脱出王〉にとっては、己の停滞(マンネリ)を打ち破るための切欠だった。
「用向きは済んだか? であれば今一度言おう、帰れ。
享楽でしか動かん変態に時間を食われるほど非生産的なこともないのでな」
「あれ、いいの? 帰っても。私を病巣として摘み取るんじゃなかったっけ?」
くすくすと、けらけらと、少女の姿をした道化が笑っている。
寂句は確かに彼女へそう告げたし、実際、こうしている今この瞬間もそのための思考を続けていた。
そう――狂気を曝け出し語らっている間じゅうずっと、暴君の殺意は冷徹に奇術師という腫瘍を摘み取る手段を模索していたのだ。
139
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:57:52 ID:Epy5/tbw0
このわずかな時間で、百と十一の抹殺法を思索した。
にも関わらず、蛇杖堂寂句は不動のままでいる。
その理由は実に明快だ。
失敗するのが目に見えている手術を引き受ける医者はいない。
九十年の研鑽を蓄えた不世出の天才の脳でさえ、目の前の道化を殺せると断言できる手段を思い付けなかった。
それこそが彼女の強さ。
〈脱出王〉は確かに弱い。
だが、死なない。殺されない。
すべての袋小路から"脱出"する。
魂までもをマジックショーに束縛された天性のマジシャン。相手が起源を覚醒させた輪廻の魔人ともなれば、いかに現代の医神であれども確殺するには時間と準備を要する。それだけのことだった。
飄々と跳ね回るが能の〈脱出王〉の中からさえ滲む、同胞であり宿敵である暴君に対しての悪意。
見えざる火花が散る。爆発寸前の活火山を、天蠍の少女は自然と連想した。
もちろん、公然と主を嘲弄されて思うところがないわけはない。
命令ひとつあれば即座に不遜な下種を都市から排除するための行動に移らんと意識を深めたところで、その集中を断ち切るように、場違いな音が鳴った。
――ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。ぷるるるるるる。
携帯電話の着信音だ。
音の出所は、寂句の懐からだった。
「……なんてね。ちょっと意地悪言ったけど、私としても助かったよ。
せっかく遠出してきたんだし、成果はなるべく多い方がいいからね」
寂句はまだ、端末を取り出してもいない。
だというのに奇術師は、着信の主が誰か知っているように言う。
神算鬼謀は蛇杖堂寂句と"彼"の領分。
〈脱出王〉は逆立ちしても彼らに並べないが、彼女は理屈でない己だけの視点でそのロジカルを超えてくる。
今回のこともそうだ。まるで最初からこのタイミングで、この人物による着信があることを知っていたかのように、芝居がかった態度で奇術師は暴君に一礼してみせる。
だからこそ、かつて彼女が男性であった頃、その跳梁はあらゆる策謀の網を掻い潜れたのだ。
彼女はある意味で、知恵ある者達の天敵。
世界の法則を、その普遍性を寄る辺に策を捏ねる強者に、笑いながら否を唱える者。
"そんな筈がない"という固定観念を覆すことを生業とするステージスター、そのハイエンド。
「出なよ。三人仲良く同窓会と行こうじゃないか」
――神寂祓葉の存在を除けば。
彼/彼女は間違いなく、あの聖杯戦争における一番の特異点だった。
道理では捉えられぬ者。はじまりからして、常軌を逸している存在。
故に彼女はこうして、定められた運命の"流れ"を狂わせる。
幼気ではなく悪戯心(ユーモア)で。
運命を、加速させることができる。
140
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:58:07 ID:Epy5/tbw0
◇◇
「――やあノクト! 久しぶりだね。元気してたかい?」
『……うげ。なあ爺さん、切っていいか?』
「貴様が掛けてきたのだろうが」
◇◇
141
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:58:36 ID:Epy5/tbw0
一触即発、いつ弾けてもおかしくない狂気の相克。
それからせいぜい数分しか経っていない。
だというのに、状況は劇的に変貌していた。
家屋の古めかしさにそぐう、恐らくは元の持ち主が置いていたものをそのまま放置しているのだろう卓袱台。
その前に胡座を掻いて座り、いつも通りの鉄面皮を保っている〈暴君〉――蛇杖堂寂句。
彼の対面に座るのは中性的な美貌を宿した不敵な奇術師、〈脱出王〉――山越風夏。
自分で勝手に淹れた茶をずじ……と啜っている姿はさながら元々この家の住人であるかのようだが、無論、完全な部外者である。
そんなふたりのちょうど中間の位置に、乱雑にスマートフォンが置かれていた。
画面が示すのは通話状態。そこには、『N』の文字が記されている。
N――Nocto Thumbstamp。かつて現実の東京を蹂躙した策士であり、今は蛇杖堂寂句と協定を結んでいる詐欺師の名前であった。
『分かっちゃいたが、相変わらずみてえだなおたくは』
ノクト・サムスタンプ。彼は、〈はじまりの六人〉の中でも随一と言っていい危険人物。
非情の数式。夜の虎。命が惜しければ彼と言葉を交わしてはならないと、誰もがそう口を揃える鬼人。
しかし今、端末の向こうから聞こえるその声には隠しきれない嫌気が滲み出ている。
そう――かの傭兵にとっても〈脱出王〉の名は厄ネタなのだ。
戦力だけで見ればまるで脅威ではないものの、その躍動は綿密に整備した盤面を土足で踏み荒らす。
〈継代〉のハサン・サッバーハが隣にいた頃でさえ遂に捕らえること叶わなかった異端児。
ノクトが今回その動向を掴めたのすら、結局は彼女のショーの一環でしかない。
結果としてまんまと、彼は舞台の上に引きずり出された。
彼自身にとっても益ある形だとはいえ、予定外のアドリブを強いられた形には違いない。
「そういう君も辣腕は健在みたいじゃないか、ノクト・サムスタンプ。
そりゃ多少煽りはしたが、期待に応えて愚連隊くん達に取り入ったのは流石の腕前だね」
『そいつはどうも。誰かさんが丁寧にお膳立てしてくれたんでな、ありがたく乗らせてもらったよ』
さりとて――日が沈めば、夜が来る。
夜は彼の時間だ。
夜に親しむ力を持つ、人の姿をした鬼の独壇場だ。
決戦の時は午前零時。
赤き地平に復讐者(リベンジャー)は並び立つ。
刀凶の鬼子と首無しの騎士団。
狂人の介入が確定した時点で、もはやそれは不良グループ同士の抗争の枠では決して収まらない。
ノクトはそう理解した上で、そのすべてを自身が総取りする可能性は非常に高いと結論づけていた。
いつかと変わらず飄々と笑うこの奇術師だとて例外ではない。
マジックショーに付き物なのは、驚きと喝采。
そして、思いがけない悲惨な事故だ。
今宵、躍動するステージスターはどこにも逃げられず無念のままに頓死する。
夜の闇に潜む卑劣な虎が、虎視眈々とそんな喜劇を狙っている。
――ただ、それはそれとして。
142
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:59:18 ID:Epy5/tbw0
『……ダメ元で聞くんだが、席を外せって言ったら消えてくれるか?』
「へへん。仲間外れはやだよぅ」
『だよなぁ。はぁ……つくづく思うが、厄日だな今日は』
今このタイミングだけは勘弁してほしかった、というのが本音だった。
〈脱出王〉はセンスの怪物。ノクトが頭脳でやることを彼女は感覚で行う。
故にムラはあるが、上手く嵌まれば稀代の策士さえこうして出し抜ける。
――ノクト・サムスタンプが蛇杖堂寂句に連絡を取るタイミングを読んで後者に接触し、強引に"三者会談"の場を作り出すなど……それこそノクト級の知恵者でなければ絶対に不可能だろう。〈脱出王〉を除いては。
「私の時間は有限だ。貴様らの毒にも薬にもならない心理戦に付き合うつもりはない」
ノクトと寂句は協定を結んでいる。
但し、互いに誠意など欠片も抱いていない破綻ありきの関係だ。
現にノクトが協定締結以降、寂句へ連絡を取ってきたのはこれが初めてである。
神を撃ち落とし得る〈悪魔〉。
ホムンクルスが見出した〈天使〉。
いずれも普通なら真っ先に伝えるべき重大事項だが、寂句にそれらを伝えるつもりはない。
理由は明快だ。ビジネス未満の悪意飛び交う関係性の渦中へ、自分のアキレス腱になるかもしれない情報を投下する意味など皆無である。
しかし逆に――提供することで自分に益が生じる話もある。だから、ノクトは寂句へ電話を掛けたのだ。
「巷を騒がす愚連隊どもの存在は、私も聞き及んでいる。それを念頭に置いて、簡潔に私の問いに答えろ」
現在、血で血を洗う抗争状態に入っているふたつの半グレ組織。
ノクト・サムスタンプはその片割れ、刀凶聯合に知恵を貸している。
逆に〈脱出王〉はもう片方、デュラハンに協力して目的を果たさんとしている。
狂人同士の因縁を除いても、彼と彼女は不倶戴天の宿敵同士。ノクトが彼女の予期せぬ登場に渋い声を出すのも納得というものだろう。
ましてそこに、何らかの思惑が介在しているのなら尚のこと。
「――貴様らは、私に何をさせたがっている?」
蛇杖堂寂句は前回の聖杯戦争における、文句なしの"最強"だ。
彼が介入したならば、何も起きずに終わるなんてことはあり得ない。
その存在は必ずや盤面を震撼させるジョーカーになる。
なればこそ、来たる決戦の時に彼が現れるという情報を敵に悟られたくないと思うのは当然の心理であった。
だから〈脱出王〉は、ノクトがそう考えることを読んで、自分探しのついでに彼の計略を挫いたのだ。
奇術師は祓葉になれなかったモノ。故に彼女は、すべての役者を分け隔てなく取り扱って尊重する。
ノクト・サムスタンプならば、確実に初手で蛇杖堂寂句に接触し関係を作ると信用していた。
何故なら夜の虎は堅実で狡猾。目的を達成するためならば恥も外聞も何食わぬ顔で捨て去れる生粋の合理主義者。
そんな男が――前回の因縁などに囚われて、目先の最善手をフイにする筈がない。
そこまで読めれば、実際に行動するタイミングを察することなど、天才たるステージスターにとっては朝飯前である。
奇術師はほくそ笑み、傭兵は鬱陶しい跳梁に懐かしさすら覚える。
彼らだけに許される次元での暗闘は、もはや常人には理解さえ及ばぬ境地。
であれば、それに即座に適合してのけるこの老人もやはり規格外と呼ぶべきなのだろう。
かつて天星を弓とした賢者を従え、東京全域を自身の射程圏内に収めた暴君の問いに、ふたりは口を揃えて同じ言葉を述べた。
「『何も』」
何も望まぬと、そう答えたのだ。
享楽に生きる〈脱出王〉のみならず、ノクトまでもが。
させたいことなど何もないと、迷いなくそう言い放ったのである。
143
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 01:59:50 ID:Epy5/tbw0
『……まあ、あんたの察してる通りだ。
俺とそこのクソ手品師は、半グレどもの抗争に一枚噛んでる。もちろんお互い、正反対の陣営でな』
「そういうこと。陣営も逆、目指す目的も逆。だけどジャック、君にも舞台へ上がってほしいという点では共通してる。そうだろ? ノクト」
『この際素直に認めるよ、いかにもそうさ。
何しろ欠伸の出るような停滞がブッ壊れる絶好の機会だ。祭りが派手であるに越したことはない』
胸襟を開いて、思惑を明かして、ふたりは輪唱のように言う。
祭りがあるぞ、と。お前も来い、と。
――それは必ずや、この戦争を次のステージに推し進めるターニングポイントになる筈だからと。
すなわち、均衡の崩壊。
ギリギリで保たれていた秩序は崩れ去る。
溢れ出した混沌は都市のすべてを戦乱で呑み込む。
もはや安全地帯など存在しない、死を隣人とした本物の戦争がやってくる。
"何も起こらない"なんて肩透かしはあり得ない。それを稀代の詐欺師と奇術師が共に断言している。
故に彼らは暴君を誘い。誘いを受けた暴君は、確認作業のように予想可能な言葉を返した。
「簡潔に述べろと言った筈だぞ。
この期に及んで勿体付けるな、真に私を動かしたいならば。
貴様らの思惑に乗ってやることで、私に何のメリットがある?」
ノクト・サムスタンプは策士である。
〈脱出王〉は異端である。
そんな彼らの計略、思惑は余人には到底読み切れない。
だが、蛇杖堂寂句は傑物である。
当然のように彼はその例外。
詐欺も奇術も、肥大化した叡智の化身を浚えない。
彼もまた合理の徒。納得がなければ決して動かず、びた一文生み出しはしないのだ。
そして無論、そんなことは〈はじまり〉の残骸達であれば誰もが知っていること。
「――おいおいジャック。君ともあろう者がそれを聞くのかい?」
手を叩いて笑う、〈脱出王〉。
「考えても見なよ、天下分け目の大戦だよ?
私達からしたら他人事でも、"彼ら"にとってはまさしく関ヶ原の戦いさ。
勝てば生き残る。負ければ滅びる。生き残った方だけが正しくて死んだ方は負け犬に終わる。
だからお互いすべてを賭ける。プライド、人員、備蓄、目に見えるものから見えないものまでオールイン!
そしてそこに私とノクト、〈はじまり〉の残骸がふたりも混ざるんだ。問おう――その時何が起きると思う?」
芝居がかった言い回しはいつものことだが、これに限っては意図的だ。
彼女も、ノクトも。誰も本気で蛇杖堂寂句が耄碌したなどとは思っていない。
分かった上で問うている。そう知っているからこそ敢えて乗る。
彼らは狂っている。誰も彼もが、共通の光に狂わされている。
であれば愚問。〈脱出王〉の問いは、そもそも命題でさえなく。
「"来る"な」
『ああ。必ず"来る"』
「そう、"来る"んだ」
――その解答を誤る者は、星空の中に存在しない。
144
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:00:25 ID:Epy5/tbw0
それは〈はじまりの六人〉全員の共通事項。
この場にいない白黒、人造生命、悪鬼も必ず同じ結論に至る。
彼らの星は、決して祭りの気配を無視できない。
都市が揺れるなら、喜色満面にあの白色は現れる。
神寂祓葉が、やって来る。
畏怖の狂人へ介入を求めるにあたり、これ以上の誘い文句は存在すまい。
その上で、彼らは暴君へ何も求めない。
どちらに着けとも、着くなとも言わない。
あるがままに踊ってくれとそう依頼している。
考えてみれば当然のことだ。彼らには身を置く陣営が確かに在るが、狂人の歩みを星ならざる者達に抑制できる筈などない。
重要なのは混沌。
そして決戦の地に現れる"赤き騎士"。
均衡を打破し、都市を戦争に染める合図になるだろう大祭。
星が来る。星が降る。であればそこに流れる血の量は、多い方がいいに決まっている。
「……私は、貴様ら無能と同じ価値観で動いてはいない」
数秒の静寂を経て、寂句が口を開く。
そう――彼の見据える未来は六衛星の中でも無二のものだ。
だからこそ彼は〈畏怖〉の狂人。その祈りは狂気六種の中でもひときわ逸脱していた。
「私の目的は私だけのものだ。譲歩も迎合も有り得はせん。
貴様らは、あわよくば私を戦火を広げる材料にでも使おうと思っているのだろうが――」
負の方向で祓葉を想う狂人には、彼以外にも楪の魔女がいる。
が、敵意の陰に未だ拭えない懸想を燻ぶらせる彼女では比較対象となり得ない。
蛇杖堂寂句は唯一無二。唯一、祓葉を遠ざけるべきものと認識している男。
祓葉との出会いさえなければ残りの人生で、いくつ世界を揺るがす発見ができたか分からない大人物。
その彼が全力、身魂のすべてを注いで現人神の放逐に燃えている。
それが意味することはひとつだ。彼の狂気が見据える未来、その間に立ち塞がるなら、何人であろうとも……
「――私に好機を与えることの意味を、知らずに言っているわけではあるまいな?」
蛇杖堂の老蛇は、あぎとを開いて呑み殺す。
決して派手ではない、しかし確かに滲み出て空間を満たす殺気。
〈脱出王〉さえ小さく汗を流し、通信の向こうのノクトまで苦笑いさせる王者の威風。
そう、傲ってはならない。
傲慢(それ)は彼だけの特権だから。
蛇杖堂寂句は利用できる。
彼の力とその頭脳は糧になる。
などと己の有能を過信すれば、気付いた時には彼の胃袋の中である。
145
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:00:59 ID:Epy5/tbw0
『……怖え爺さんだ。誰もあんたを手のひらで転がせるなんて思っちゃいねえさ』
〈はじまりの六人〉ともあれば、無論全員知っている。
だから寂句の問いに答えるならば、それは"言われるまでもない"の一言だ。
ノクトとはタイプが違うが、彼もまた命が惜しければ近付くべきでない類の人種。
卒寿を迎えて尚衰えぬ妖怪に知恵比べを挑むなど自殺行為も甚だしい。
『もちろん、腹に一物抱えてることは否定しない。
だからあんたに知ってる一切合切を提供して媚びる真似もしねえよ。
俺はただ"誘ってる"だけだ。"声をかけた"だけだ。〈脱出王〉、てめえもそうだろ?』
「まあね。私にも目的はあるけれど、その遂行を君に頼るつもりは現状ないよ。
君は自分で、自分のやりたいように考え動き戦ってくれればそれでいい。
もっとも何のかんの言いつつ、この賑わいに一枚噛まない"暴君"サマじゃないと思ってるけどね」
彼らは三人ともが狂人。
人面獣心を地で行く、それでいて決して互いの輝きを認めない厄災。
全員がそのことを深く理解しているからこそ、一時とはいえ肩を並べて戦うなんて恐ろしくて出来やしない。
「本当にあの子が来るようなお祭りになるのなら、必ず他の主従も寄ってくる。だよね、ノクト」
『まあ、そういうこったな』
「成程。露払いでもさせられれば御の字というわけか」
噛み合っているようで、噛み合わない。
一貫性があるようで、どこか致命的にズレている。
それが彼らだ。それが狂気という病のカタチなのだ。
どれほど有能な傑物でも、ひと度罹れば二度と治らない魔の熱病。
「もしも私が貴様らの目的とやらに価値を見出し、奪い取りに動いたら?」
『その時はまあ、仕方ねえさ』
「うん。それはもう仕方ない――みんなで仲良く泥沼と行こうか」
あくまで煮え切らない答えを返し続けている寂句だが、一方でノクトと〈脱出王〉は既に来たる決戦に彼が登場することを確信していた。
彼らは人心のエキスパート。形は違えど、共に人の心を詳らかに暴いて掌握することを生業とする身。
読み解けぬ筈がない。この老人が、神寂祓葉が"来る"と悟った時に見せたわずかな声音の揺れ。
そこには執着があった。自分達が抱くのと同じ、星に対する渇望の念があった。
午前零時の決戦は必ずや破滅的なものになる。老練なる大蛇に興味を抱かれたその時点で、安穏な幕引きに終わる確率は絶無と帰した。
「その言葉が聞きたかった」
老人の口元が、微かな弧を描く。
思わず、怖気の立つような笑みを。
ぴゅう、と〈脱出王〉が口笛を鳴らした。
完全に、悪戯の始末を諦めた子供の顔だった。
「招待状の礼だ。赤坂亜切と楪依里朱の情報を、貴様らにくれてやる」
『ほう、そいつは大盤振る舞いだな。いいのかい?』
「クク――怯えるなよ、夜の虎。構いはせん。どの道奴らに利用価値などないからな」
◇◇
146
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:01:35 ID:Epy5/tbw0
「はー」
帰り道。
とうに日が落ち、街灯の明かりが照らし始めた街並みを、胸撫で下ろしながら歩く少女がひとり。
「死ぬかと思った」
少女の名前を、山越風夏という。
魂の名はハリー・フーディーニ。
遠い昔の時代に生まれた、喜劇狂いの起源覚醒者の成れの果て。
前髪の下に滲んだ汗を手の甲で拭う少女の隣に、何食わぬ顔で少年が具現した。
「いつもの洒落っ気じゃないみたいだね」
「そりゃねー。いくら私でもジャックの腹の中に入るとなったら肝は冷えるよ。
大体お話の最中もあのお爺ちゃん、隙あらば私を殺そうと目光らせてたし」
少年の名もまた、ハリー・フーディーニ。
愚かな男が九生を辿った、風夏とはまた別な意味での"成れの果て"だ。
猫耳を生やしたメルヘンチックな外見は見る者の毒気を抜くが、その五体には風夏が修めた以上の技と才能が横溢している。
「それで? うまくいったのかい」
「まあね。あの様子ならジャックは来てくれるだろうし、ノクトも軽くからかえた。
三人もいればキャストは十分でしょ。あの子をもてなすなら、やっぱりこのくらいは揃えないとね」
狂気の病に罹患しても、〈脱出王〉の抱える宿痾は変わらない。
根っからの享楽主義者。他人の鼻を明かすのが好きで好きで堪らないトリックスター。
かつて聖杯戦争の脱出と、それを合図に降りる破滅の緞帳という大仕掛けに興じた時から彼女は何も変わっていない。
山越風夏は他の狂人たちに比べれば、掴みどころがないだけで幾らか穏当な存在に見える。
が、その認識こそが一番危険だ。魂まで歪めるような狂気を宿して踊る愉快犯を既存の物差しで測ろうとするなど愚かにも程がある。
現に彼女は反目し合う半グレ組織の片割れ・デュラハンに身を置きながら、勝手に蛇杖堂寂句という災害を呼び込んでのけたのだ。
そういうことを、この女は一切の悪意ないままやってのける。
なまじ悪意がないから読めない、悟れない、事によっては起きた後でもそれが彼女の仕業と気付けない。
恐るべきステージスター。
舞台座の怪人。
そんな"かつての自分"に、猫耳少年は問いかける。
「それもそうだけど、もうひとつの方さ。あまりうるさく言うつもりはないけどね」
147
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:02:10 ID:Epy5/tbw0
「そっちも含めて、"まあね"だよ」
山越風夏は不変である。
が、不変すぎた。
祓葉が未知を愛すると知り、説いておきながら、他でもない自分自身が過去の殻に収まっている。そんな陥穽を抱えていた。
「ジャックは見違えてた。ノクトは一見すると私の知る彼のままだったけど、よ〜く観察してみるとやっぱり微妙にらしくなかった」
「つまり?」
「君の言う通りだったよ、ライダー。未来の私、ハリー・フーディーニ。
私としたことが舞台の仕込みが楽しすぎて、肝心のマジックを怠っていたみたい」
これじゃミロクのことを笑えない。
けらりと笑って、くるり、ターン。
後ろの"自分"を振り向いて、いたずらっぽく舌を出す。
ボーイッシュな美貌でそれをやるからこその、小悪魔めいた色気が滲む。
「他人事のように思っていたけど、体感してみるとこいつはなかなか厄介だ。
なるほど――これが"狂気"か。これが太陽に近付いた代償か。いいじゃない、実に面白い!」
『ハリー・フーディーニ』は、悪意を知らない。
常に奇術の実践と限界からの脱出に腐心する彼女達にとっては、何かを憎み恨むという発想そのものがなかったのだ。
だから我が身で味わって初めて気付いた己の狂気の根深さにも、苛立つどころか諸手を挙げて歓迎してみせる。
自分が自分のまま、いつの間にか自分でなくなっていた事実。
それを未来の自分とはいえ、他人から気付かされたその屈辱。
すべて愛おしい。不確定要素(イレギュラー)は怒りでなく喜びで出迎えるものと決めている。
それにこれもまた――"彼女"が自分へと刻んだスティグマなのだ。
ならばどうして忌み嫌うことができようか。鼻を明かされたあの感覚から、どうして目を逸らすことができようか!
「……楽しそうで何よりだけど、結局これからどうするんだい?」
確かに、此度の聖杯戦争は前回にもまして異常づくめの地獄篇。
これを素材に紡ぐ舞台は、さぞや華々しく意外性に溢れたものになるだろう。
しかしそれだけでは足りないのだと、山越風夏は知った。
ならばどうするのかと、猫のハリーが当然の問いを投げる。
風夏はそれに対して、よくぞ聞いてくれましたとばかりにウインクした。
「マジックとは意外性だよ。君に言うのは釈迦に説法ってものだろうけどね。
ただ盛り上げてどんちゃん騒ぎするだけなら、ステージに立つのがマジシャンである必要はない。
そこで私は考えたんだ。あの子が、いいやあの子達が、いちばんびっくりすることってなんだろうって」
148
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:02:44 ID:Epy5/tbw0
くるくる、くるくる。
回る、周る、廻る。
舞台は回る。衛星は周る。運命は廻る。
その帰結として、この聖杯戦争は開催された。
ある筈のない、起こる筈のない"二度目"。
祓葉のゲーム盤、願いたちのヴァルハラ。
祓葉はそれでいいのだろう。でも、それだけではない筈だ。
神寂祓葉が存在するのならこの世界には当然、その相棒も顕現している筈。
祓葉の願いが永遠に続く遊戯舞台だとしても、"彼"の願いは絶対に違う。
だってそうでないのなら、わざわざこういうカタチを取る必要がない。
そも聖杯戦争とは、本懐を遂げるための看板として用立てる建前だ。
聖杯に魂を溜め込んで。聖杯を起動させ、願いを叶える/大義に至る。
黒幕は祓葉ではなくそのサーヴァント。彼女を真の恒星に変えた科学者、オルフィレウス。
だとするならば、彼の計画に孔を空けることは必然、共犯者たる祓葉の度肝を抜くことにも繋がるのではないか。
「それってさぁ。全部台無しにされちゃうことだと思うんだ」
山越風夏は、そう考えた。
蛇杖堂の拠点を出てわずか数分で結論に至った。
勢い任せの早合点と笑うならば愚かだ。
彼女は奇術師。そしてそのマジックは、ある一点に究極まで特化している。
彼女が"それ"の達人だったからこそ、〈はじまり〉のマスター達は祓葉以外誰もその存在を捉えられなかった。
策をすり抜け、暴力を躱し、視られた時点で終わりと謳われる必滅の焔さえも空を切らせる。
「例えば聖杯に焚べて薪にする予定の魂が、急に何個か消えちゃったりしたら――あの子達、すっごくびっくりしてくれると思わない?」
〈脱出王〉――――それが彼女の称号(な)だ。
あらゆる檻を自由自在にすり抜ける奇術の達人。
その才能を自分以外の誰かに使えないなんて、彼女は一言も言っていない。
149
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:03:26 ID:Epy5/tbw0
「…………、………………呆れた。君、世界を壊す気なのかい」
「それが必要とあらば、喜んで」
「具体的なプランは浮かんでいるのか?」
「さっき思い付いたことだからねぇ。そこら辺はこれから、かな」
「もっかい呆れた。二割増しで」
「じゃあさ、逆に聞くけど――」
オルフィレウスの陰謀、その実体は未だ光の彼方。
されど彼は確実に、この聖杯戦争を何かの踏み台に用いようとしている。
これはそのために創造された世界。いわば都市そのものが彼の巨大な工房なのだ。
そこに孔を穿ち、あまつさえ孔の向こうに貴重な演者を放り出してしまったら?
勝利することなく元いた処に還ってしまうという横紙破りを、彼らの知らないところで誰かがやらかしてしまったら――?
「――私(ぼく)にできないと思うかい?」
山越風夏が。
七生のハリー・フーディーニが九生の己へ問う。
九生、一瞬の沈黙。
その後、静かに答える。いや、応える。
「不可能では、ないだろうね」
「ぶー。そこは"できる"って断言してほしかったな」
「今のぼくにそれほどの自信はないよ。
けれど情熱に燃えるかつての私(きみ)と、九生の果てたるぼくの"共演"ならば」
――不可能では、ないだろう。
相棒の答えに、風夏は満足そうに微笑んだ。
聖杯戦争がその意味を失ってしまえば。
必然、都市のすべては茶番に堕ちる。
世界が壊れるのだ。被造物にとって意味の喪失は死と同義。
土台を失い、砂の城は崩れ落ちていく。
かつて悪徳の狩人と共演していた時と同じように。
〈脱出王〉が至った結論は、此度もまた同じ。
聖杯戦争を辱め、その運命を凌辱する。
それはある者にとって、希望となるだろう。
またある者にとっては、絶望となるだろう。
世界を創造した神々にとっては、最悪の破滅となるだろう。
〈脱出王〉は悪意を知らない。
だが同時に、善意も知り得ない。
彼/彼女にとってそれらは等しく不必要。
いつだってその躍動は舞台のために。
奇術の映えに必要ならば、ハリー・フーディーニは世界だって焼き捨てる。
「さあ、忙しくなるよ」
物語のピースが、またひとつ埋まる。
〈この世界の神〉。
〈はじまりの六人〉。
〈恒星の資格者〉。
〈神殺し〉。
そして、この時生まれ落ちたのは――
「共に踊ろう、ハリー・フーディーニ。
九生の果てへと至り、それでも脱出の宿痾から逃げられなかった哀れな私。
これが私達が挑む、最後にして最高の檻だ」
――〈世界の敵〉。
◇◇
150
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:04:04 ID:Epy5/tbw0
「ドブネズミめ。相変わらずあの野郎だけは好かねえな」
通話を切り、ノクト・サムスタンプは奇術師の憎たらしい笑い声を反芻しながら悪態をついた。
まったくもって予想外の展開だったが、そういう輩だったと思い出せたのはある意味では得かもしれない。
最優先事項を除いても、やはり決戦においては何とかしてあの鼠の排除を試みるべきだろう。
改めて確信できただけでも収穫だ。それに、得られたものは他にもある。
(ジャックは必ず顔を出す。聯合の秘密兵器を知られるのは具合悪いが、そうなったらなったで問題ねえ。
夜は俺の時間だ。あのクソジジイにだってそう遅れは取らねえさ――それに)
まず、蛇杖堂寂句の参戦を事実上確約できたこと。
思っていた形ではないにしろ、最初の目的は遂げられた。
ノクトも狂人だ。同じ星に目を灼かれた残骸(レムナント)だ。
だからこそ分かる。蛇杖堂寂句は必ず来ると。であればこの時点で、もう賭け金は回収できたも同然。
(思わぬオマケが付いてきた。イリスはともかく、赤坂の変化を知れたのはでかすぎる。
アレの魔眼をとりあえず警戒しないで済むなんて、いやはや"狂気"様様だな)
その上で、〈はじまりの六人〉のうちふたりの現状についてまで聞けた。これはまさに嬉しい誤算だった。
特に赤坂亜切。彼の魔眼は前回、ほぼほぼ必殺に等しい暗殺兵器であった。
しかし寂句によれば、恐るべき嚇炎の魔眼は既に壊れているらしい。
暴君はそれ以上を語らなかったが、推察するに、大方精密性を失った代わりに辺り構わずあの嚇炎を撒き散らすスプリンクラーに成り果てているのだろう。
言うなれば壊れた嚇色、ブロークンカラー。
だとしても亜切の力量・出力を鑑みれば十分に脅威ではあるが、視線ひとつで確殺されるリスクが消えてくれた事実が大きすぎてお釣りが来る。
楪依里朱についても、煌星満天の調査結果次第ではこれで限りなく正體に迫れる筈。最も警戒すべき五人のうち、ふたりの手の内が透けたわけだ。
(ホムンクルスについては知ってるのか知らないのか……
あの爺さんなら知った上で、俺が奴と邂逅したのを見抜いた上であえて伏せて来たとしても不思議じゃねえな。
だがいい、今のアイツはただの人形だ。優先順位はやはりイリスと赤坂、そして爺に〈脱出王〉。
暴いておきたい連中の内情が粗方透けてくれやがった。嬉しいねぇ、ワインでも開けたい気分だぜ)
すべては順調に転がっている。
不確定要素の出現は世の常。
煌星満天や〈脱出王〉がそうだが、ノクト・サムスタンプは稀代の策謀家である。
イレギュラーさえ噛み分けて、柔軟にプランを修正し、最後にはすべてを持っていく。
それができるのが彼だ。だからこそこの男は、〈はじまりの聖杯戦争〉で脅威の双璧として君臨することができたのだ。
通話の切れたスマートフォン。
画面を見て、時刻を確認する。
予定より会談が長引いてしまったが、それでもまだまだ決戦までは時間がある。
これだけあればひとつふたつは手を打てる。既存の策の補正に走る余裕さえあろう。
で、あるのならば――。
151
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:04:38 ID:Epy5/tbw0
ノクトは画面をタップし、事前に記録しておいた数字の羅列を呼び出した。
「今の内に片付けておくべきだな。憂いを抱えたまま祭りに臨みたくはねえ」
その電話番号は、メモ帳アプリに記録されていた。
つまり、実際に連絡したことはない番号だ。
何故そうしたのか。策謀家を謳うにしては、あまりに手が遅いというものではないか。
そんな疑問への答えは、この一言で事足りる。
「はてさて、鬼が出るか。それとも」
――本格的に夜が深まるまで、できれば"この存在"とは関わり合いになりたくなかったのだ。
・
「蛇が出るか、だな」
ノクト・サムスタンプは、東京の芸能界をほぼほぼ掌握している。
テレビ局はもちろん、そこにタレントを送り込む芸能事務所も目ぼしいところは大体押さえている。
彼にとってそれは、来たる修羅場に備えて擁した事前準備のひとつでしかないが。
それでも人形の街において、非情の数式の頭脳はあまりに劇物。
瞬く間に彼はこの国の、エンターテイメントの中枢に根付いた。
その彼が唯一、確かな戦果を残せなかった会社がある。
ノクトをして不可解と呼ぶ他ない不測の失敗が重なり、今に至るまで根を張り切れなかった場所が。
――しらすエンターテイメント。
数多の芸能人を輩出してきた名門事務所だ。
大御所から、毎日のようにSNSを賑わせる活きのいい新参まで幅広く育成する芸能拠点のひとつ。
そこにも当然ノクトは手を伸ばしたが、結果は先に述べた通りだ。
配置した人形がどういうわけか機能不全に陥って、制御が利かなくなる。
得た情報がことごとく間違っている。かつてない不明な状況に、さしものノクトも首を捻るしかなかった。
結果的に此処からだけは手を引きつつ、動向を見守ることにしたのだったが。
どうにも怪しい名前は既に浮かんでいる。奇妙奇怪が渦巻くしらすエンターテイメントの中で、最もその正確な実体を測れない闇の存在。
代表取締役社長……『綿貫齋木』。
ノクトはこれを、最大限に警戒すべき名前のひとつとして頭の中に埋めていた。
長きに渡り、策謀ひとつで世を渡り歩いてきた傭兵。
その勘が告げていたのだ。これは、安易に首を突っ込めば痛い目を見るヤマだと。
だから秘めてきた。この番号を今の今まで塩漬けにしてきた。
されど都市は戦乱に揺れ動き、均衡の崩壊は確実となり、そして時刻は夜を示している。
今が最善である。そう考えて、ノクト・サムスタンプは電話番号をペーストし、発信ボタンを押した。
電波の先で待つのは暗きもの。
星の対極、最大の闇。
〈支配の蛇〉が、そこにいる。
竜虎相打つ。巨大なる蛇は時に、竜に擬えられるものだ。
◇◇
152
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:05:09 ID:Epy5/tbw0
「ク――――」
〈脱出王〉が去り。
〈夜の虎〉の声が消えた、日本家屋の中で。
〈暴君〉たる老人、蛇杖堂寂句は笑みを浮かべていた。
不敵な笑みだ。
世界のすべてを恐れもせず、神さえ踏みしだく者の顔だった。
それもその筈、彼はまさしく神に否を唱える者。
〈この世界の神〉たる少女に挑戦する、嗄れた挑戦者(チャレンジャー)。
であれば傲慢な破顔をすることに一体何の躊躇いがあろうか。
ましてや、自身にとって願ってもない霹靂が訪れた後であれば尚のことだ。
「褒めてやるぞ、無能ども。よくぞ舞台を用立てた。アレが舞い降りるに足る戦場を作ってくれた。
かねがね状況は窺っていたが、よもやこうも早くその時がやって来るとは思わなんだ。
認めよう、〈脱出王〉。そしてノクト・サムスタンプ。貴様らは今間違いなく、この私の役に立ってみせた」
半グレの決戦、それ自体に興味はない。
寂句は賢人でありながら、しかし今は〈はじまりの六人〉の中で最も視野が狭いと言っていい。
されどそれは愚か故ではない。世界を見ることよりも、単一の目標を見ることこそ肝要と彼はその頭脳でもって導き出したのだ。
すなわち、神寂祓葉。
空の太陽、白き神、理の破壊者、天地神明の冒涜者。
己に恐怖を教えた者であり。己が天へ導かねばならぬ者。
言ってしまえば寂句の目的、願いと呼べるものはそこにしかない。
すべては、恐るべき太陽を地上から放逐するために。
それだけのために彼は考え、行動し、武力を遣うのだ。
だとすればああまさに、十二時過ぎの決戦は願ってもない最高の舞台であった。
「征くのですか、マスター・ジャック」
「ああ。打って出る」
そう――蛇杖堂寂句に、この機を逃す選択肢は存在しない。
ノクト・サムスタンプが噛んだ戦場に顔を出す意味とリスク。理解している。
理解しているが、それよりも優先すべき事項が在るのだから是非はない。
白い少女は、祭りの気配を見逃せない。
何故ならアレは、都市の誰より幼いから。
都市の誰より無垢で、純真そのものの生き物だから。
「貴様も備えておけ、ランサー。我々の意義のすべてがじきに来る」
病院で邂逅した時は、まだその時ではなかった。
アレが最も燃え盛り、輝きを放つのは鉄火場の中だ。
命燃え尽き、悲劇咲き乱れるそんな惨憺たる地獄篇の中。
そういう場所でこそ、白い少女は最大の花を咲かせる。
三人の狂人が揃い踏み、数多の因縁が交差する深夜零時。
これはまさしく、現状考えられる中で最大の据え膳となるだろう。
この世界の主役が降臨し、そのおぞましさのすべてを発揮する大舞台。
大祓の時が来る。あらゆる願い、因果を祓い、神の色に合わせる神話の時間が。
なればこそ。
蛇杖堂寂句は打って出る。
星を相応しい場所へと還す槍を背負って。
疼き焼け付く畏怖/狂気と共に迎える決別の時が、そこにあると信じて。
「私が診る。私が診す。その上で過たず施術を下せ。
輝く病巣を除く時だ。その一点においてのみ、私は貴様に期待している」
――すべては午前零時、決戦の時へ。
因果が収束する。運命が収斂する。誰かにとっての終わりが来る。
「勝つのは、我々だ」
◇◇
153
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:05:39 ID:Epy5/tbw0
【品川区・路上/一日目・日没】
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:健康、うきうき&はりきり
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:――いいじゃないか、やってやろう!
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:世界に孔穿つ手段の模索。脱出させてあげる相手は、追々探ろう。人選は凝りたいね。
3:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
4:うんうん、いい感じに育ってるね。たのしみたのしみ!
5:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
6:祓葉が相変わらずで何より。そうでなくっちゃね、ふふふ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:健康
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
0:我ながら呆れた馬鹿だけど……まあ、悪くないか。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
【???/一日目・日没】
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:『綿貫齋木』に通信で接触する。鬼が出るか、――蛇が出るか。
1:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
2:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
3:とりあえず突撃レポート、行ってみようか?
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
前回の聖杯戦争で従えていたアサシンは、『継代のハサン』でした。
今回ミロクの所で召喚された継代のハサンには、前回の記憶は残っていないようです。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
154
:
聖戦の断章
◆0pIloi6gg.
:2025/03/26(水) 02:06:17 ID:Epy5/tbw0
【品川区・蛇杖堂寂句の拠点(スペア)/一日目・日没】
【蛇杖堂寂句】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に大火傷
[令呪]:残り2画
[装備]:コート姿
[道具]:各種の治療薬、治癒魔術のための触媒(潤沢)、「偽りの霊薬」1本。
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:他全ての参加者を蹴散らし、神寂祓葉と決着をつける。
0:――時は定まった。であれば備えるのみ。
1:神寂縁とは当面ゆるい協力体制を維持する。仮に彼が楪依里朱を倒した場合、本気で倒すべき脅威に格上げする。
2:当面は不適切な参加者を順次排除していく。
3:病院は陣地としては使えない。放棄がベターだろうが、さて。
4:〈恒星の資格者〉は生まれ得ない。
[備考]
神寂縁、高浜公示、静寂暁美、根室清、水池魅鳥が同一人物であることを知りました。
神寂縁との間に、蛇杖堂一族のホットラインが結ばれています。
蛇杖堂記念病院はその結界を失い、建造物は半壊状態にあります。また病院関係者に多数の死傷者が発生しています。
蛇杖堂の一族(のNPC)は、本来であればちょっとした規模の兵隊として機能するだけの能力がありますが。
敵に悪用される可能性を嫌った寂句によって、ほぼ全て東京都内から(=この舞台から)退去させられています。
屋敷にいるのは事情を知らない一般人の使用人や警備担当者のみ。
病院にいるのは事情を知らない一般人の医療従事者のみです。
事実上、蛇杖堂の一族に連なるNPCは、今後この聖杯戦争に関与してきません。
アンジェリカの母親(オリヴィア・アルロニカ)について、どのような関係があったかは後続に任せます。
→かつてオリヴィアが来日した際、尋ねてきた彼女と問答を交わしたことがあるようです。詳細は後続に任せます。
赤坂亜切のアーチャー(スカディ)の真名を看破しました。
【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、消沈と現状への葛藤
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:――征くのですね、マスター・ジャック。
1:蛇杖堂寂句に従う。
2:ヒマがあれば人間社会についての好奇心を満たす。
3:スカディへの畏怖と衝撃。
4:霊衣改変のコツを教わる約束をした筈なのですが……言い出せる空気でもなかったので仕方ないですが……ですが……(ふて腐れ)
155
:
名無しさん
:2025/03/26(水) 02:06:42 ID:Epy5/tbw0
投下終了です。
156
:
◆0pIloi6gg.
:2025/03/28(金) 00:45:16 ID:AK8RZhb.0
神寂縁
神寂祓葉
レミュリン・ウェルブレイシス・スタール&ランサー(ルー・マク・エスリン) 予約します。
157
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 21:59:10 ID:zKnSYNjs0
投下します。
158
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 21:59:52 ID:zKnSYNjs0
――――神寂祓葉は、"彼"にとって姪にあたる。
弟夫婦が長い不妊治療の果てに授かった子。
神寂の家は美男美女の家系だったので、彼女もまた例に漏れず天性の美貌を持って生まれてきた。
色の抜けた白髪。発育のいい身体。ひとたび微笑めばそのかんばせは満開の向日葵のよう。
たとえそのケがない人間でも思わず虜になるような絶世を彼女は持ち合わせていたが、一方で"彼"はこれをそれほど評価していなかった。
"彼"は筋金入りの小児・少女性愛者だ。
が、見てくれだけで獲物を選ぶのかと言えばそうでもない。
"彼"には"彼"の評価基準があった。
魂の味わいは時に美醜を超える。
無論見目が麗しいに越したことはないのだが、如何に眉目秀麗でも内面次第で食指が動かないことも往々にしてある。
神寂祓葉もまた、そのひとりだった。
無邪気。快活。可憐にして純真。
だが、彼女の振る舞いはどこか虚ろだった。
もっと言葉を選ばず言うなら、チープな演技のように見えたのだ。
『祓葉ちゃん――君は今、楽しんでるかい?』
いつの会話だったか、正確には覚えていない。
重要度が低い故、正しく記憶しておく意味がないから。
それでも、惜しいと思う気持ちはあったのだろう。
だから問いかけた。実家の裏庭で、ひとり花冠を作る白い少女に。
善良な叔父の仮面を被ったまま、その虚ろの向こうへと石を投げかけたことがあった。
問われた少女は、きょとんとした顔で"彼"を見上げる。
それが数多の可能性を喰らい蓄え、世を裏から掌握する〈支配の蛇〉とは知らぬまま。
優しく裕福な叔父のことを、在りし日の祓葉は見つめていた。
『君はなんだかいつもつまらなそうだ。
野山を駆け回っていても、テレビを見ていても、美味しいご飯を食べていても。
その硝子玉のような瞳の向こうから、どこか冷めた眼差しで世界を見ている。違うかな』
『え、と……?』
『ははは、叔父さんの考えすぎだったらいいんだ。僕はどうもそういうことを気にしてしまうタイプでね。
ほら、子どもは元気が一番って言うだろう? もし何か心から笑えない理由があるのなら、僕に聞かせてほしいと思ったのさ』
蛇は狡猾だ。一挙手一投足、言動のひとつにさえ気を配る。
そんな男がこうまで露骨に踏み込むなどそうそうあることではなかった。
まして相手は身内である。低い確率とはいえ、藪中に潜む蛇の得体に繋がる足跡になる可能性だってゼロじゃない。
なのに此処までしたのはきっと、それだけ惜しいと思っていたから。
なんとか純真を覆う諦観のヴェールを剥がし、中身の味を検めたいと願っていたからに他ならない。
159
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:00:22 ID:zKnSYNjs0
だが蛇の期待とは裏腹に、少女は一拍の間を置いて、いつも通りの微笑みで言った。
『楽しいよ。お母さんは優しいし、お父さんは楽しい人だし。
友達もいっぱいいるし、叔父さんだってこうして私にかまってくれるし』
『本当に?』
『うん、本当。だから私のことなんか心配しないで、叔父さんもこっち来て一緒に遊ぼうよ!』
向けられた笑顔に、こちらも常のままの笑顔で応えながら。
一方で蛇は、心に湧いた欲望の熱を急激に冷ましていった。
――駄目だな。これじゃあまるで食いでがない。
捕食者にとって最も無益な獲物は、喰ったところで腹の膨れない手合いである。
身内の子を殺すというリスクと天秤にかけてまで喰いたいと思わせる魅力が祓葉にはなかった。
なまじ見た目が最上に近いからこそ、その空虚な有り様は痩せこけた大魚を思わせた。
ちょうど当時、並行して取り掛かっている"上物"がいくつかあったのも手伝って――蛇・神寂縁は此処できっぱり幼い姪から手を引いた。
興味がない相手にはとことん関心を抱かないのがこの欲深な生命体だ。
その後も顔を合わせる機会は何度かあったが、これ以降蛇が祓葉を捕食対象として見たことは一度もない。
およそすべてに恵まれて生まれてきた彼女をそうさせる要因は、まあ多少気にならないでもなかったが。
それでも執着するほどではない。単に可愛いだけの、身入りの弱い娘。
神寂縁にとって神寂祓葉という少女は、所詮その程度の存在だった。……この世界に訪れ、舞台の筋書きを知るまでは。
あの殻に籠もりきった娘に何があった?
何が、白い徒花を都市の造物主に変えた?
疑問は尽きない。誰より人間の輝きを理解する捕食者をして溢れる疑問符が止められない。
人は変わるものだ。出会い、悟り、成功と挫折。あらゆる転機でその正體は劇的に変わる。
だが限度というものがある。少なくとも神寂縁は、これほどの躍動を果たした人類種を他に知らなかった。
仮想都市の造物主。あまねく運命を支配し、踊らせるもの。
その在り方は端的に言って度し難い。愚かだとさえ思う。
何故なら支配者とは天地にひとり、この己以外には存在しないのだから。
しかしそれはそれとして――いつか透かされた分、興味が鎌首を擡げているのは否定できない。
ぜひ検めてみたいものだ。
あの日できなかった分まで、今度こそ。
神となった姪の尊厳を、舐(ねぶ)ってみたい。
天の太陽が熱を帯びて脈打つように。
藪の蛇神は欲を抱いて胎動する。
収まることを知らない熱情という点で、同じ血の流れる彼らは共通していた。
そしてだからこそ。悪戯な運命は当然のように、因果の糸を撚り合わせる。
港区を揺らし六本木を消し飛ばした赤き戦禍の余波も消えやらぬ東京で、邂逅の瞬間は訪れた。
◇◇
160
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:00:56 ID:zKnSYNjs0
「ごめんなさい〜……! お待たせしましたっ」
ぱたぱたと忙しない足取りで戻ってきた"彼女"に、レミュリンは「大丈夫ですよ」と会釈した。
女の名前は蛇杖堂絵里。先刻、蝗害の魔女との激戦を終えたレミュリンの前に現れたマスターである。
レミュリンは絵里と連れ添って、赤坂亜切へ迫るべく彼女の祖父――狂人・蛇杖堂寂句の許を目指していた。
その道中で絵里が用を足すために数分ばかし離脱し、戻ってきたのがちょうど現在だ。
どんな状況だろうと生理現象は構わずやってくる。それを咎めるほど、レミュリンは狭量ではなかった。
「あの、絵里さん」
「あ――もしかしてレミュリンちゃんも、見ました? ニュース……」
「……うん。ついさっき見て、びっくりしちゃって」
それに。
もはや、そんなことに思考を割いている場合ではないというのもある。
その理由はつい先ほど、速報で東京中を駆け巡った惨禍の報せ。
港区・六本木が原因不明の爆発事故により、ほぼ壊滅状態に陥ったというニュースに起因していた。
爆発事故という見出しではあるが、これに騙されるほど馬鹿ではない。
ひとつの地区を消し飛ばすほどの被害を出せる存在達を、既に彼女は知っている。
間違いなくこれは聖杯戦争絡みの事件だ。どこかの誰かが、ちょうどこれから向かおうとしている港区で"やらかした"。
だからこそ、このニュースは単なる悲惨さ以上の意味合いを持って彼女の心を揺らした。
蛇杖堂寂句が院長を務める記念病院は港区にある。つまりこれからレミュリン達は、爆心地に自ら近付いていかなければならないのだ。
ただでさえ一か八か、命の危険を多分に伴う旅路だったにも関わらずである。これを悪い報せと言わずして何と言おうか。
ましてやついさっき、今自分達がいる渋谷区の某所でも、大規模な〈蝗害〉が吹き荒れたという報せを受けたばかり。
なまじ一度会敵した、顔を知った相手が惨劇を生み出し続けている事実。
そのショックも手伝って、レミュリンの心には重いものがのしかかっていた。
「ならよかった……いや、ぜんぜん良くないんですけど。
凄い音と震動だったから何かあったのかなって話してましたが、まさかこんなことになってるなんて思いませんでしたね……」
「……、……」
「――レミュリンちゃん。どうします?」
問いかけの意味は理解できる。
どうするか。このまま進むか、それとも一度立ち止まるか。
絵里はそう訊いているのだ。彼女に問われるまでもなく、レミュリンも同じ問題に直面していた。
161
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:01:47 ID:zKnSYNjs0
「確かに、わたしもお爺さまに会いたい気持ちはありますし。
レミュリンちゃんはわたしなんかの比じゃなく、寂句先生の知見を求めていることはわかってます。
だけど、此処まで来るとやっぱり……リスクも無視できないですよ。バカと煙は何とやらじゃないですけど、騒ぎを聞きつけた暴れたい人たちがどんちゃんやってても不思議じゃありません」
町がひとつ消えた。
既に聖杯戦争は一ヶ月以上に渡って続いているが、これほどの被害が刻まれたのは間違いなく初めてだ。
これを好機として出撃し、同じ考えで寄ってきた敵手と揉めたがる輩は確実に存在する筈。
すなわち、今の港区は近付くだけでリスクのある危険地帯へと変貌してしまった。
仮令それが杞憂だったとしても――六本木を死渦巻く荒野に変えた元凶がのうのう闊歩している可能性も残っている。
そして現在、蛇杖堂寂句へ接触を図る上での目的地は彼が院長を務める『記念病院』。その所在地も、港区である。
選択肢はふたつだ。
このまま渦中の街に飛び込んで、蛇の巣穴を目指すか。
それとも一度足を止め、方針を練り直すか。
絵里は具体的に提示することはしなかったが、オブラートで包まれた二択がレミュリンへ届いたことは、彼女の返す沈黙が物語っていた。
「わたしはサーヴァントともうまくいってないし、正直言ってレミュリンちゃんほど切実な"やりたいこと"もないですしね。
だからわたしに配慮するみたいなことはしないで、レミュリンちゃんがどうしたいかを言ってくれて大丈夫ですよ」
絵里は子どもをあやすようにひらひらと両手を振って、努めて軽薄にそう言った。
自分が突き付けた問いかけがレミュリンに対してどんな意味を持つかを分かっているからこその、少しでもメンタルに負担を掛けまいとする配慮。
レミュリンがそこまで理解できてしまう"優しい子"だったからこそ。罪悪感の暈が、ようやく炎を灯した稚い心の上を覆う。
(ランサー……)
(こればかりは、俺が口出しすべきことじゃない)
とっさに自分の英霊へ助け舟を求めてしまうのは、未成熟の証。
レミュリン・ウェルブレイシス・スタールは未だ蛹、あるいはそれ以前の幼年期の中にいる。
いわば大いなる流れに揺られて、自動的に運命の俎上へ載せられてしまった子ども。
その精神性は、他人を貧乏籤に付き合わせながら利己的に進むことを良しとできるほど発達してはいない。
(……なんて心を鬼にして突き放そうと思ったんだが、やっぱりどうも性に合わねえな。
かと言っておんぶに抱っこで君の炎を弱めちまうのも本懐じゃあねえと来た。
だからひとつ、ヒントくらいで許してくれるか?)
(うん。……ランサーがわたしのことを考えて言ってくれてることは、よく分かってるつもりだから)
(そっか。伝わってたんなら嬉しいぜ、レミュリン)
それでも、もう守られるだけの自分でいたくないという想いは人一倍にあった。
身を灼かれる痛みと、希望の方へ往きたいと願う気持ちが少女に殻を脱ぎ捨てさせた。
その成長を知っているからこそ神代の槍兵は敢えて心を鬼にし、彼の親心を少女は理解する。
(正確に言うなら、そいつはもう"俺が言うまでもない"ことだ)
(……、……)
(レミュリン。君は俺が思ってるより遥かに強く、大きくなった。
あの恐るべき魔女に手前の価値を認めさせ、戦利品までもぎ取ってみせたんだ。
誰にも文句は言わせねえよ――それほどまでに君は見違えた。ならその君に、俺みたいな野蛮人でも導ける答えが解らん道理はない。
違うか?)
……そう、"やりたいこと"は解っている。
世界の誰よりも、レミュリン自身が識っている。
なのにその答えを、守ってくれる他者に求めてしまう弱さ。
醜さにも似た幼気に嫌気すら覚えるが、それさえ打ち消すように眩い言葉が心の耳朶を打つ。
(ごめんね。でも、ありがとう)
(いいってことよ。少しは背中を押してやれたかい?)
(うん。ランサーらしいなって思った)
(そいつは良かった。まあ、なんだ。時にはワガママになるってのもいいもんだぜ。ガキの頃はなんでも色々やってみるもんだ)
少しだけ笑みを浮かべて、すぐに消して。
レミュリンは、絵里に向き直る。
伝えるべき、示すべき答えは決まっていた。
「わたしは、行きます」
162
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:02:26 ID:zKnSYNjs0
――『退くも進むも、あんた達の勝手。その代わり、相応の覚悟はすることね』
魔女は、炎の遺児へそう言った。
未だに、彼女が自分へ向けた情の意味は介し切れない。
単なる合理か、それとも彼女にしか分からない何かがあったのか。
それでも、魔女の口から授けられた言葉は強くレミュリンの中に残った。
燻る過去に背を向けて逃げ出そうとも。
地獄と知ってそこへ踏み出そうとも。
この狂った都市に、その行動を咎める法規はない。
少女の躍動を縛るものはなく、故にすべてが自己責任。
すべてが許される。父母と姉のように、燃え滓になる覚悟があるのなら。
覚悟はあるのかと、心に染み付いた白黒が問う。
答えは決まっていた。もしかするとそれは、ただの過信かもしれないけれど。
――覚悟はある。あるに決まっている。
胸の中に未だ灯り続ける祝祭の火を仰ぎ、夢見るようにそう信じる。信じられたなら、もうその心に震えはなかった。
「わたしは、アギリ・アカサカに会いたい。そのために、ジャクク・ジャジョードーと話したい」
「……うん。そうですよね、やっぱり」
「でも、エリさんにまでそれを強要はしません。
危ないのは確かだし、何かあったらわたしじゃ責任取れないし……。
エリさんが付き合いきれないって思っても、仕方のないことだと思うから」
たとえひとりでも、独りじゃない。
今日まではどこか抱ききれなかったその実感が、今のレミュリンにはある。
依存ではなく信頼。庇護ではなく共存。踏み出した一歩はあまりに大きく、だからこそ彼女は一本芯の通った覚悟を持てていた。
自分は今も、"熱の日々"の中にいる。
背を向けるチャンスは何度もあった。
過去は過去、過ぎたこと。そう諦めるのを望まなかったのは自分自身だ。
真実を知りたい。そこに辿り着いた自分が、その時何を願うのだとしても。
この胸の奥で燃える熱源を抱いて戦うのだと決めた。だからもう、足は止めない。
「わかりました。じゃあ、わたしもやりたいようにしますね」
「……はい。あの、短い間でしたけどお世話に」
「やっぱりわたしも行きます。港区」
「へ」
きょと、とした顔で目を見開くレミュリンに。
絵里はちょっと照れくさそうに笑って、ぽりぽりと頭を掻いた。
「いやあ、わたしもこんなんでも一応医者の卵ですから。
年下の女の子をひとりで危ないとこに行かせるとか、ちょっと無いなーって」
「で、でも……危ないですよ、エリさんの方こそ。
わたしのせいで危険なことに巻き込まれちゃったりしたら――」
「それに、一応わたしにも行く理由はあるんです。
レミュリンちゃんほど切実な訳じゃないですけど、お爺ちゃんに会ってみたいって気持ちはちゃんと本当。
そう考えてみると……えへへ。レミュリンちゃんを手助けしつつ、そこのランサーさんに守ってもらうって、結構合理的かなって思うんですけど」
ずるい話ですけど、と言ってばつが悪そうに目を逸らす絵里。
その仕草に毒気を抜かれて、気付けばレミュリンはぷっと吹き出していた。
163
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:03:41 ID:zKnSYNjs0
「あっ、ちょっと! 笑わないでくださいよぉ……!」
「ごめんなさい、でも……なんか、ちょっと安心しちゃって」
「もうっ。わたしも一応真剣に考えて話してるんですからね……!?」
思えば久しく、肩肘張らない会話というものをしていなかった気がする。
年上のお姉さんで、物腰柔らかで、だけど少し俗っぽくて頼りない。
そんな絵里の存在は、大いなる目的に向けて歩き出したレミュリンにとって思いの外大きかった。
どんなに大層な覚悟のもと腹を括っていても、ずっと渋面で休みなく戦い続けるのは難しい。
それがレミュリンのような、これまで争いと無縁の生涯を送ってきた少女であればなおさらだ。
他者との気兼ねない関わりは給水所のようなもの。
休みなく走り続けるよりは、適度に心を潤しながら歩いていった方がいいに決まっている。
年の離れた姉妹のようにも見えるふたりは、笑みを交わし合ってどちらともなく頷いた。
「……じゃあ、行きましょっか」
「はい。行きましょう、エリさん」
されど――少女は知らぬ。
己が心を濡らし潤してくれた癒しの水が、得体の知れない化物の涎であることを。
〈支配の蛇〉はそこにいる。
それは、現代にてこの世総ての悪を体現せんとするもの。
悲願を追うスタール家に葬送の嚇炎を招き寄せた元凶。
赤坂亜切とも異なる、もうひとりの仇は友達のような顔をして笑っている。
「あ、そうだ」
「? どうかした……?」
思い付いたようにぽんと手を叩いて、指を立てる。
不思議そうに見つめるレミュリンに、蛇女は言った。
「さっきふと思い付いたんですけど……レミーちゃんって呼んでもいいですか?
ほら、わたし日本人なので。レミュリン、ってちょっと長くて言いにくくて」
「……あはは、いいですよ。好きに呼んでください。
ちょうど同じニックネームで呼んでくれる人がいるので、慣れてるし」
「やった。じゃあ改めてよろしくお願いしますね、レミーちゃん」
本当に、かわいい。
そう思う。
前々から獲物として上々の値打ちを有していたが、少し見ない間にずいぶんと立派になった。
人は変わるものだ。
出会い、悟り、成功と挫折。あらゆる転機でその正體は劇的に変わる。
たとえ切欠が悲劇だろうとも、加えられた刺激は蛇の獲物を甘美の果肉で肥え太らせてくれる。
今のレミュリンを咀嚼すればきっと、さぞや極上の味を堪能することができるだろう。
開花した魔術の才能も興味深い。単なる娯楽の領域に留まらず、己の魔道を支える新たな顔になってくれること請け合いである。
幸いにしてレミュリンは純粋で善良な子だ。
捕食する側に言わせれば、こういう"いい子"が一番苦労しない。
信用を擦り込んで、親愛を与えて、縋り付くことに何の躊躇いも覚えない隣人になって。
あとは頃合ひとつでパクリと丸呑み。今まで、何百回とやってきたお決まりのパターンだ。
164
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:04:24 ID:zKnSYNjs0
が、やはり面倒なのは彼女を守護する"英雄"の存在。
クランの猟犬の父であり、邪視の怪物と医術の神を祖父に持つ英雄。
神としての側面を捨て、零落とわずかな反則技で少女のもとに顕れた偉丈夫。
(やれやれ、思ったより隙がないな)
すなわち、ルー・マク・エスリン。
切り落とし削られて尚、此度の聖杯戦争の最上位格に肉薄するハイエンド。
この男の存在だけは、神寂縁という魔人を以ってしても厄介と呼ぶ他なかった。
(というかよくもこんな難物を引っ張り出せたものだ。
ガイアの飼い犬というわけではないようだが、だとすればルール違反スレスレだろう。
騙すだけなら造作はないけれど、追い落とすとなると僕でも至難だなぁ)
真名の特定にまでは至れていないが、それでも人智を超える大蛇である。
ひと目見ればその完成度の高さは理解できた。
共に行動して、城塞のように揺るぎない存在感を実感した。
故に認める。間違いなくこの男は、一筋縄ではいかない障害だと。
この手の大英雄は、時に理屈ではない勘の良さを持っている。
様々な神話や叙事詩を見ても、天啓めいた直感で逆境を打破した英雄の逸話は枚挙に暇がない。
これは陰謀と卑劣な人心掌握で獲物を刈り取る蛇にとっては、きわめて面倒な性質だった。
綿密に計算して組み上げた犯罪計画を直感で台無しにされては敵わない。
恐るべしは長腕のルー。蛇の悪意には気付けずとも、ただそこにいるだけでレミュリンを危険から遠ざけている。
迂闊に踏み込めば痛い目を見るとその完成された強さで以って喧伝し、〈支配の蛇〉を牽制していた。
(ま、いいさ。僕としても、レミーが何処に行き着くのかは多少興味がある。
本気で喰いにかかるのは仕上がりを見てからでも遅くはない。このデカブツの対処もそれまでにのんびり考えておくとしよう)
蛇は、待つことができる。
腹鳴を押し殺しながら虎視眈々と獲物を狙い続けることができる。
そうすることで確実に価値が搾り出せる手合いに対しては特に。
レミュリンは見違えるほどに成長したが、彼女の真価はむしろこの先だ。
〈葬儀屋〉、赤坂亜切。彼と対峙することで少女はいかなる答えを出すのか。
復讐。赦し。あるいはそのどちらでもない彼女だけのユニークな回答。
己が運命の始原たる悲劇に答えを示した瞬間にこそ、彼女という幼羊は最上の肉を蓄えるのだ。
それまでは演じよう、善き隣人を。
少し抜けていて頼りなくて、でも親身になって支えてくれる優しいヒトを。
蜷局の中に絡め取るように依存させ、自分という存在が隣にいることを当たり前にしてやろう。
悪巧みの種と期待は尽きない。ついては蛇杖堂寂句、あの暴君に対してどう挑むのかも実に楽しみになってきた。
儘ならぬこともあるがそれ以上に胸の高鳴る、狩りの時間が流れている。
法悦の念を絵里の仮面の下に隠しながら、神寂縁は前方を見て――――
「…………、…………ほう」
――――そこに立っていた見覚えのある白い生物を前に、擬態を忘れて感嘆の息を漏らしていた。
◇◇
165
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:04:57 ID:zKnSYNjs0
レミュリン・ウェルブレイシス・スタールは、それを"妖精のようだ"と思った。
幼い頃に寝物語で聞いた、もしくは学校の図書館で読んだ美しい絵本の住人。
清く儚く、それでいて天真爛漫。絶世の美を宿した幻想の生き物。
生まれてこの方、美に圧倒されるというのは初めての経験だった。
真に美しいものを見ると人は身動きはおろか、呼吸さえ忘れてしまうのだと初めて知った。
蛇杖堂絵里を名乗る蟒蛇は、それを"エデンの林檎だ"と思った。
楽園の蛇が原初の人間を誑かし、破滅へ追いやったその道具。
見ているだけで涎が溢れ、ひとたび齧り付いたらどれほど甘美だろうかと想像が止まらない欲望の象徴。
あらゆる魂を噛み分けた悪食家の彼にとって、この時抱いた感情はいつかの衝動にも等しい大きさを秘めていた。
喰いたい。今すぐ、すべての計画を反故にしてでもあの首筋を食い千切ってみたいとそう考えた。
「――動くなよ、レミュリン。絵里」
自失と衝動。対極に等しい反応を示すふたりをよそに。
前に踏み出したのは英雄、ルー・マク・エスリンであった。
既にその右腕には槍が、『第一の槍』が握られている。
それは彼が眼前の、妖精の如き少女を、果たし合うべき"敵"と認識していることを示していた。
「は、っ…………ラ、ランサー……? なにを――」
「悪い、今は黙って俺の言うことを聞いてくれ。
情けない話だけどな、何かあった時に庇ってやれる自信がねえんだ。
だからせめて俺の後ろにいるんだ。そこだけは、死守してみせるからよ」
――長腕のルーは、それを"世界を呑み込む星だ"と思った。
どこに逃げ隠れようが関係なく、天地のすべてを呑み込んで灼き尽くす光の極星。
太陽とは眩いもの。故に少女は美しく、美しいが故に万物万象の大敵であると物語っている。
神を知り、恐るべきものを知り、英雄譚を響かせた光の英雄が魂まで激震する感覚に打ちのめされた。
これは善でも悪でもない。そんな価値観では推し測ることのできない、もっと大いなる存在であると瞬時に理解した。
だから彼は、こうして武器を握り立ったのだ。
『常勝の四秘宝・槍(ランス・フォー・ルー)』。勝利を誓い、手繰り寄せる英雄の槍。
英雄と呼ばれ、そう在らんとする者にとって武器を握ることの意味は重い。
立つからには勝たねばならぬ。吠えたからには守らねばならぬ。それが戦争の宿業。呪いにも似た輝く泥濘。
「よう、嬢ちゃん」
初めて、邪視のバロールに射竦められた時を思い出した。
全身を這い回る死、それより恐ろしい結末の気配。
生物として格の違う存在と対峙した時特有の"これ"を、人理の影となって尚覚えることになろうとは。
166
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:05:54 ID:zKnSYNjs0
「――名を、聞かせてくれるかい」
道の先にきらびやかに咲き誇ったネオンライトが逆光となって少女を照らしている。
まるで逢魔が時、夕日を背に佇む正体不明の誰か。
暴いてみるまで真の怪奇か、それとも滑稽な枯尾花かは分からない。
白い影として佇む娘が、確実にその口元を歪めた。
邪念など微塵も混じり込む隙間のない、恐ろしいほどうつくしい微笑みだった。
「神寂祓葉」
「いい名前だ。嬢ちゃんによく似合ってる」
だからルーも同じ顔をする。
敵が誰であれ何であろうと、笑顔には笑顔で応えるものと決めている。
雄々しく破顔しながら、静かに槍を構えた。
そのアクションに、今度は少女――祓葉の方が、応えるように武器を握る。
右の手のひらに出現するは、夜闇を照らす〈光の剣〉。
影が晴れ、少女の得体を白光のもとに曝け出させる。
エデンの林檎たる妖星が、真に三人の前へと姿を晒した。
女神を知る英雄をして、気を抜けば見惚れ、抱いてはならない情動を覚えそうになる蠱惑の神秘。
蛇のように手足へ絡む欲望を、彼は英雄であるが故に、消えやがれと勇気ひとつで消し飛ばす。
「――――一合、付き合ってくれよ」
そう言って槍を構え、臨戦態勢を取る。
言葉はなかった。その代わりに光剣が、斜に構えられる。
それが開戦の合図。
一秒弱の静寂を空けて、正々堂々、何ひとつの謀もなく。
夜の都心、その真ん中で――――神と英雄が激突する。
◇◇
167
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:06:13 ID:zKnSYNjs0
踏み込みの速さは、言わずもがなルーに軍配が上がる。
守るものを背中に置きつつ、あらゆる不測に備えつつ。
それでも光の英雄は無敵にして盤石である。
一足で距離を消し飛ばし、続く二足で大地を揺らす。
侮るなかれ、長腕のルーを。
侮るなかれ、クー・フーリンの父親を。
邪視のバロールを穿ち殺した英雄譚を見縊るなかれ。
レミュリンが眼を瞠り。
絵里が口元に手を当て、蛇の眼で冷徹にそれを視ていた。
両者の想定、認識を遥かに超える初速。
仮に祓葉が何か奸計を弄していたとしてもこれなら関係ない。
圧倒的な速度と馬力で突き破り、引きちぎる。
前進の究極とも呼ぶべき彼の進軍を罠ごときで阻める筈がなかった。
祓葉もそれに驚きつつ、しかしすぐに歓迎の笑みを貼り直す。
この時点で可怪しい。蛇はともかく、レミュリンには今のルーは一条の閃光にしか見えていなかった。
なのに彼女はただの人間の身でルー・マク・エスリンの本気を見切っている。
常軌を逸した動体視力。故に初見殺しは期待できない。刹那遅れて、白い彼女も地を蹴った。
六本木を焦土に変えた爆弾が、もう一度投下されたのかと見紛う衝撃。
路面に巨大なクレーターを生み出しながら現人神、悠然と迎え撃つ。
紛れもなく後手に甘んじているのに、微塵も弱さを感じさせない。
英雄譚がねじ曲がる。世界を喰らう星を討つ物語が、少女が過去の残照を超える物語にすり替わっている。
ルーに守られている彼女達でさえ、気を抜けばどちらが主役か分からなくなってしまいそうだった。
生物が持つ華というのは、こうも理屈なく認知を超えてくるのか。
――斯くして両者、開戦から一秒を要さず肉薄する。
挑むは光の英雄、ルー・マク・エスリン。
受けて立つのは白き神、神寂祓葉。
常勝の槍と必勝の剣、奇しくも両者は"勝利"に愛された者同士であった。
剛槍が切り込む。光剣は、その神速に合わせた。
結果として生じる、激突。衝撃波がふたりを中心に、同心円状に広がって凶悪な風圧を生む。
此処で初めて、ルーの顔から笑みが消えた。眉間に寄った皺が想定外の事象に遭遇したことを示す。
168
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:07:10 ID:zKnSYNjs0
重すぎる。硬すぎる。決して侮っていたわけではないが、祓葉の膂力はあまりに彼の想像を超えていた。
ルーの筋力ステータスはA+。額面の数値がすべてではないものの、これは驚異的なランクだ。ほぼ、最上位と言っていい領域である。
ではその彼が破れないと判断する目の前の少女の怪力は、一体どんな次元に達しているというのか。
そう、破れない。この壁は越えられない。長腕のルーが、そう悟った。力で押し勝つという未来を捨て去らざるを得なくなったのだ。
そんな苦境を察してか、祓葉の口角が更に上がる。此処ぞとばかりに強まる出力に、常勝を謳うルーの槍が悲鳴のような軋みをあげた。
――神寂祓葉という超越生命体が持つ特性の最たる部分。
それは、相手の力量に応じて強くなるというものである。
言うなれば後出しジャンケン。彼女だけは、相手の手を見てからそれに勝てる力を引き出せるのだ。
神のジャンケンに"あいこ"は存在しない。グーとグーがぶつかったとしても、祓葉だけは後出しを適用できる。
相手の拳を粉砕する力を引っ張り出して勝利する。そんな子どもの妄想みたいなことを、大真面目に実現させられる。
理不尽。無茶苦茶にして滅茶苦茶。これぞ横紙破りの極み。
これを指して知識ある者は、天地神明の冒涜者と呼ぶ。
ひとえに彼女はそういうモノだ。彼女の存在を前に、世界の理屈は等しく狂う。
ルーは祓葉を知らない。
だが彼は今、身を以てその恐ろしさを体感していた。
時間にしてみれば開戦から未だ数秒足らず、それでも分かる。
これは"勝者"だ。存在そのものが、勝利という概念を体現している。
対処法など、そもそも戦わないという以外にまるで思い浮かばない。
戦いとは無法のようで、この世の何よりもルールに保護された営みである。
その最たるものが勝敗。生死であれ尊厳であれ、戦いが起こった以上そこには必ず勝者と敗者が生まれる。
弱者の匹夫が武勇溢れる英雄を討ち倒すこともあろう。
逆にごくごく順当に、強い者が弱い者を蹂躙して勝つことも、当然あろう。
確率の大小はあれど、勝利と敗北、ふたつの未来は平等に開かれている。
それこそが戦いのルール。誰もが勝ち得負け得るからこそ互いに全力を尽くす。そうする価値がある。
――そのルールを無視して、戦いが始まった時点から"勝利"の未来の中にいるような存在が居たとしたら、その時点で闘争は成り立たない。
神寂祓葉とはそういう生き物だ。
ひとえに、競い合うこと自体に意味がない。甲斐もない。
ルーはそう理解した。同時に、自分が何故ただの少女にああも戦慄したのかも解した。
存在意義の否定だ。
これは、あらゆる英雄を否定する。
逸話、武勇、技術に信念。何もかもが関係ない。
どうせ負けるのなら、高らかに謳ったすべても道化の戯言に堕ちる。
神の要素を削がれて尚、英雄の頂に存在するルーだからこそ、認識した瞬間にその致命を悟れた。
169
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:07:39 ID:zKnSYNjs0
一合だけの殺し合い。
それですら"勝てない"と悟るにはあまりに十分。
むしろ定めた形式が彼女に味方しているのが分かる。
世界が歪み、道理が狂う。勝つべき者を勝たせるために収斂している。
故に特異点たらぬルー・マク・エスリンは勝てない。
これまで彼女の前に立ったその全員と同じく、敗者となって敗れ去る。
哀れ、光は蹂躙される。
彼女の方が眩しいから。
熱の日々は冒涜される。
彼女の方が熱いから。
そこに理屈は必要ない。
ただ"そういうものだから"、結末は平等に訪れる。
「もーらいっ」
祓葉が言葉を紡いだ。
瞬間、均衡は崩れ始める。
光の剣が、槍を押し返す。
拮抗は長く、崩壊は一瞬。
ルーの肉体を両断する光剣は、悪夢となって彼の英雄譚を否定する。
――成る程。
――成る程なあ。
――やはり"これ"か、この都市の根源は。
走馬灯のように引き伸ばされる思考の中で、ルーが覚えたのは納得だった。
幼気、純粋。それでいて悪魔より悪く、聖女より善く、神より眩しい。
まさしくこれは"混沌"だ。誰にも制御不能の光で、手の付けようなどとうにない。
あるいはこうなる前に誰かが道を示してやれたなら違ったのかもしれないが、今となっては無意味な空想だ。
神寂祓葉は、成ってしまった。白き神は誕生してしまった。その時点で、あらゆる運命が敗北している。
この都市は失敗の帰結だ。
誰もが、神寂祓葉に対して失敗してきた。
賢者も、愚者も、当事者も、部外者も、それ以外も。
それは向き合い方であり、戦い方であり、見方であり、関わり方であり。
比喩でなく数百数千の失敗の積み重ねの果てにこの第二次聖杯戦争が広がっている。
言うなれば世界一絶望的な敗戦処理。希望はおろか妥協案の未来もありはしない。
矛を交えたからこそ分かること、伝わらぬことがある。そしてルーはそれを解せる英傑であった。
170
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:08:17 ID:zKnSYNjs0
ならばこそ、この敗北に対して抱く感情は『納得』。
最初から勝ち目の存在しない勝負であったのだから、嘆きも悲憤もない。
あるのはむしろ、少女の姿をした神、神のカタチをした少女への憐憫だった。
なあおまえ、なんでそうまでなっちまったんだ。
なんで、こうなるまで誰にも見つけて貰えなかったんだ。
あとひとつ、ほんのひとつでも何かが違えば。
おまえはきっと、人並みの幸福ってやつを噛み締められただろうにと。
そう感じ入りながら敗残の淵より転落する。
運命だ。さだめだ。覆し得る余地はない。
光の英雄、ルー・マク・エスリンは敗北し消滅する。
世界が認め、少女が望んだ終着点へ真っ逆さま。
頭から墜落しながら、光剣の裁定を待ちながら――彼は、しかし。
「ふざけんじゃねえ――見縊るなよ、小娘ッ!!」
吠えた。歯を剥き出して、獅子のように哭いた。
敗北を前に停滞しゆく運命が、これを皮切りに再起動する。
驚いたのは祓葉。笑うのは、ルー。一秒前までの構図が忽ち反転し。
彼の『第一の槍』は光剣の側面を滑り、必滅だった一振りを超えて閃いた。
「独りなら負けてもやれる。だが今の俺には、導きたい後進がいる」
これもまた道理の否定、ひとつの奇跡。
ルー・マク・エスリンの『第一の槍』――『常勝の四秘宝・槍(ランス・フォー・ルー)』は勝利を手繰る得物だ。
敵手の防御と地の利を無効化し、あらゆる戦況を己の側へと傾ける。
が、言ってしまえばそれだけ。祓葉の性質を否定して捻じ曲げる、そんな魔法めいた効き目は持たない。
だからこそ奇跡なのだ。この局面でそれを引き起こせるからこそ、ルーは英雄なのだ。
「悪いが此処は格好付けさせて貰うぜ。英雄の年季を、舐めんじゃねえぞぉ――――ッ!!!」
閃いた槍は、光剣の太刀筋を軽やかに抜けて。
呆けた面を晒した〈この世界の神〉の胸元へと吸い込まれた。
わずかの後に、水風船を叩きつけたみたいな生々しい音が響く。
飛び散る鮮血、弾け飛ぶ心臓。命の終わりそのものの手応えと、光景。
白き神の崩れ落ちる光景を以って、神と英雄の対決は驚くほど静かに幕を下ろした。
171
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:08:37 ID:zKnSYNjs0
◇◇
現人神の身体が、べちゃりと落ちる。
その胸に空いたのは、ひとつの風穴。
英雄の槍は過たず、生命の急所を貫いた。
あれほどの激戦であったにも関わらず、狙いには一分の狂いもない。
華々しい英雄性と、いかなる時でも過つことのない究極まで研ぎ澄まされた戦士性。
この両方がルー・マク・エスリンを英雄の中の英雄、武勇溢れる神性たらしめる支柱。
結末は定まり、物語は終わり、運命は調伏された。
誰もがそう信じる、信じる他ない光景。
されどその結果までもが、この都市では狂い果てる。
ゆらり。
崩れ、命を失った筈の少女が。
いたた、と間の抜けた台詞を漏らしながら立ち上がる。
空いていた風穴が瞬く間に塞がって、生命を喪失させる全要素が遺失していく。
数秒とせぬ内に、死にゆく神はすべてが元通り。
一合きりの殺し合いの終着は、されど神殺しに至らず。
神寂祓葉は当然のように――エンドロールをねじ伏せ、復活した。
◇◇
172
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:09:10 ID:zKnSYNjs0
「駄目だ。やらん。断固として断る」
「ねーえーえーえーえーえー!!! もっかいやーろーうーよ〜〜〜〜〜〜!!!!!
な〜〜〜んでそんないけずなこと言うの〜〜〜〜!!!! もっかい! もーっーかーい〜〜〜〜〜!!!!!」
「お前なぁ! あんな無茶苦茶やっといてよくそんなぴーぴー駄々捏ねれるもんだな!? 恥も外聞もねえのかてめえには!!」
レミュリンは、この上なく微妙な顔で目の前の光景を見つめていた。
腕組みをして、頑固親父のようにぶんぶんと首を横に振るルー。
そしてその前で、文字通り駄々をこねる子どものようにぴーぴー言いながら再戦を申し入れる少女……祓葉。
ついさっきまでの息も詰まるような攻防が嘘みたいな、どこにでもある休日の家庭めいた絵が間近で展開されている。
これで微妙な顔をするなというほうが無理な話だった。少なくともレミュリンには不可能であった。
(さっきのは、なんだったの……?)
少なくともこうしている分には、自分と同い年くらいの女の子にしか見えない。
ていうかなんなら背丈はレミュリンのほうが頭ひとつぶん無いくらいは高い。
妖精みたいな可憐さは健在でも、纏う気配や美しさの意味合いがまるで違った。
それに――
「あの、エリさん。さっきの、見ました……?」
「……、……」
「エリさん?」
「――あ。ご、ごめんなさい。ちょっと呆然としちゃってて。
うん、わたしも見ました。あんまり言いたくないですけど……死んでましたよね、彼女」
「……だよね。わたしもそう思った」
先ほど、確かにレミュリンは見たのだ。
見逃す筈がない。ルーの槍が、少女の胸を貫いたあの瞬間を。
自分のサーヴァントが人を殺した、命を奪った衝撃は大きかった。
けれどそれに打ちのめされる間もなく、奇跡は起きた。
貫かれた傷を、まるでなかったことのように再生させながら。
神寂祓葉は、レミュリンの目の前で蘇ってみせた。
死者の蘇生。魔術と関わらず育ってきたレミュリンにも、それがこんな簡単に行われていい芸当でないことは分かる。
ああ、やっぱり特別なんだ――そう思った。
彼女の死には衝撃を受けたのに、黄泉還りはするりと呑み込めた。呑み込めてしまった。
とはいえ、絵里はそうでもないらしい。
今話しかけては悪いと思い、レミュリンは念話のチャンネルを開く。
駄々をこね続ける祓葉を横目に、ルーへ語り掛けた。
173
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:09:51 ID:zKnSYNjs0
(ランサー……いい?)
(ああ。まずは勝手な真似をしたことを詫びさせてくれ。
結果的に思ったよりだいぶ……その、アレな奴だったから良かったが、あっちから仕掛けてくる可能性を考えるとどうしてもな。ああするしかなかったんだ)
(うん、びっくりしたけどそれは大丈夫。それよりも――話してもいい、かな。その子と)
祓葉を通してヒトが感じ取るものは十人十色。
自我の吹き飛ぶような恐怖を抱く者もいれば、恋にも似た傾倒を示し出す者もいる。
が、幸いレミュリンはそのどちらでもなかった。
ルーが勝ってくれたのが良かったのだろう。そうでなければ彼女も只では済まなかったかもしれない。
レミュリンは、彼女と話したいと感じていた。
確信めいたものがあったのだ。理屈ではなく、言うなれば啓示にも似た直感が。
(分かった。いつ何が起きても対処できるように構えておくから、好きに喋るといい。ただ)
(ありがとう。……ただ?)
(何があっても呑まれるな。俺が守ってやれるのは現実的な暴力からだけだ)
ルーらしくない言葉に、自ずと気が引き締まる。
そうだ。あのごく短い、されどすべての常識が吹き飛ぶような戦いを見たなら誰でも分かる。
神寂祓葉は、極めて異常な存在であると。
それを肝に銘じた上でレミュリンは、喚くのに飽きて拗ねたように唇を尖らせている白い少女に一歩近付いた。
近くで見ると思ったよりもあどけなく見えた。
少女の幼さと大人の綺麗さに、神秘のしずくを一匙垂らして作ったみたいだと思った。
「――――あの」
意を決して話しかける。
祓葉が顔を上げ、目が合った。
どくんとそれだけで跳ねる心臓。
落ち着け、呑まれるな、とルーの言葉を反芻して。
レミュリン・ウェルブレイシス・スタールはまた一歩、世界の秘密へ踏み出していく。
「フツハさんは、イリスさんのお友達ですか」
「イリスを知ってるの?」
知っている。
骨の髄まで恐怖を叩き込まれた。
でも、蝗害の魔女・楪依里朱はずっと何かに怒っていた。
レミュリンであってレミュリンでない、その向こうの誰かに激怒していた。
174
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:10:24 ID:zKnSYNjs0
『ハナから"真実"なんか求めなければ――自由のままでいられたのに』
『あんたが出会った"脱出王"に、あんたが追ってる"赤坂亜切"。
あいつらに連なる奴らは、他にも存在する』
リフレインする、魔女の言葉。
彼女や赤坂亜切に連なる存在が、イリスを含めて六人存在することを聞いた。
魔女からもたらされたのではない、あくまで考察の域にある情報だが、この聖杯戦争が"二度目"である可能性も耳にした。
横の繋がりは分かった。では、縦の繋がりは?
六人の魔術師を蘇らせた者は誰なのか。
前回の聖杯戦争を制し、戴冠を遂げた者。
それについてイリスは、一切を語らなかった。
高乃河二から共有された情報の中でも、そこだけが不自然なほどぽっかりと抜け落ちていた。
蝗害の魔女は、いったい何を知ったのだろう。
あの人は、いったい"誰"に怒っていたのだろう。
その答えが今、目の前に在る。
魔女や〈脱出王〉にあった特有の匂いがしないことも逆に、レミュリンの推測に信憑性を与えている。
「そうだよ。イリスは私の大事な、大好きな友達なんだ。まあこれ言うとあの子、怒るんだけどね」
"熱の日々"は、続いていく。
炎の街を歩む少女は、空の太陽を識る。
◇◇
「へえ、イリスと戦ったんだ。
レミュリンはすごいねぇ。今のイリス相手に食い下がれるんだったら、それってだいぶ強いと思うよ」
「ううん、わたしは見逃してもらっただけだから……」
「そんなこと言っちゃって〜。こんな強いサーヴァント連れてるんだもん、イリスもきっと内心結構びっくりしてたって絶対。
あのね、此処だけの話。あの子態度こそあんなんだけど、実はすっごい真面目ちゃんなんだよ。
悪ぶって擦れた態度取ってるだけ。そう分かって付き合うとかわいいんだから。
そうそう、イリスとの思い出話と言えばね。これは私が売り言葉に買い言葉であの子のことを妖怪オセロウィッチって呼んじゃった時の話なんだけど……」
「あっ、えっと、その話は今度会った時のお楽しみに取っておこうかな……!」
和気あいあい。
一言で言うと、そんなムードだった。
エフェクトを付けるならシロツメクサの咲き誇る草原が似合うだろうか。
175
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:10:58 ID:zKnSYNjs0
実際――祓葉とレミュリンのやり取りに剣呑なものはまったく見て取れない。
当のレミュリンも気を抜けば毒気を抜かれそうになるほどだ。
ルーに事前に言い含められていなければ、まんまと彼女へ好意を抱かされていただろう。
(かわいい人だなあ……)
神寂祓葉は万華鏡。
見る者によってその輝きは模様を変える。
レミュリンには、彼女は可憐の極みとして映った。
純朴で純真、無垢と言ってもいい混じり気のなさ。
これに敵意を抱く人間なんて、この世の果てまで探してもいないのではないかとそんなことまで考えてしまう。
だからこそ、彼女が〈はじまりの六人〉と縦の縁を持つ、かつての戴冠者であるかもしれない可能性が殊更異様に思えて仕方ない。
警戒できないというのはいちばん怖いのだと、初めて知った。
蝗害の魔女のように敵意を剥き出しにしてくれていた方がまだずっと安心できる。
妖精の顔をした地獄。今感じているものが熱かどうかすら判然としないまま、すべてを灼き滅ぼす光の恒星。
ぐっと拳を作り、少しだぼついた服の裾を握りしめた。
「……あのね。フツハさんにもうひとつ聞きたいことがあって」
「ん? いいよ、なにー?」
「"アギリ・アカサカ"のこと、知ってるよね」
「アギリ? えっ、なになに。レミュリンはアギリにも会ったの?」
「いや……まだ会えてはない、んだけど。ちょっと訳あって、探してるの」
意を決して投げかけた問い。
わずかの葛藤と逡巡。
今更だけれど、口にしたら引き返せなくなるような気がした。
けれどそんなレミュリンの心など知らず、祓葉は事もなく事実上の肯定を返してくる。
パズルのピースがカチリと嵌まる音を聞いた。やはり、〈はじまりの聖杯戦争〉を制したものは――。
「知ってるよ。ていうか友達。前は一緒に戦ったんだ。
私と、イリスと、そしてアギリ。なかなかいいチームだったと思うんだよねえ」
"前"。
その言葉が、訊く前からレミュリンの疑問にまた解を与える。
息が詰まった。喉がひりついていた。まるで、火事の只中で大きく吸い込んだみたいに。
「……そっか。じゃあ、さ」
祓葉がアギリの居場所を知っていれば、事態は一足飛びに進んだだろう。
しかしそう何もかも上手くは運ばない。
どうやら彼女はアギリとは会えていないようで、その点では現状を前進させる要因にはなりそうもなかった。
が、それでも聞けること、聞きたいことはある。
彼女が赤坂亜切の"友達"だというのなら。肩を並べて共に戦った仲であるというのなら。
176
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:11:36 ID:zKnSYNjs0
一歩、迫れる。
謎に包まれた煤だらけの暗殺者。
――死を超えて蘇った、家族の仇の実像に。
「アギリ・アカサカは……どんな人だった?」
「かわいい人だよ」
「……、かわ、いい?」
予想だにしない答えに身体が固まる。
額に滲んだ脂汗は、真冬の水滴みたいに冷たかった。
「あの人もイリスと同じで、ほんとは真面目なんだろうね。最初はなんも面白くないみたいな顔しててさ、態度もぶっきらぼうで。
でも会うたびに笑ってくれるようになって、心の奥を見せてくれるようになって――」
黒い影のように想像していた灰かぶりの男。
その輪郭に、"人間"の血肉が肉付けされていく。
枯尾花も同然の名前に付け足される得体は思っていたのとは違っていて。
最後の対面もできなかった家族の在りし日の笑顔が、それと入れ代わり立ち代わりに脳裏に浮かんでは消える。
テレビ番組をザッピングするように流れる人、人、人、人。
「アギリはかわいいねって言ったら、ちょっとだけぽかんとしてさ。
それから、『そっか』って嬉しそうに笑ってくれて。
イリスは横で呆れてて、ヨハンもおんなじで……うふふ。あの時はすっごく楽しかったなぁ――」
知りたくなかった、そう思わなかったと言えば嘘になる。
同時に、自分が心のどこかで赤坂亜切という仇に期待していたことに気付く。
こうあってほしい、こうであればいい、そんな希望があった事実に愕然とした。
アギリ・アカサカとは血の通わぬ殺人鬼であり。
殺した命の数も覚えていない、恐ろしい存在で。
人並みの幸せになど興味はなく、心からの笑顔なぞ浮かべない闇の肖像であると。
彼を知りたいと望みながら、一方でそう願っていたことを祓葉の微笑みが突き刺すように指摘したのだ。
そこには嘘がない。神寂祓葉は、嘘を吐いて人を騙せるような人間ではない。
その彼女が語る葬儀屋との思い出は、下手な悪意よりよほど鋭い棘となってレミュリンのあどけない心を刺した。
「でも気を付けてね。アギリは強いよ。すっごく強いし、私やイリスよりずっとしつこくてねちっこい。
簡単には逃げられないし、逃げられたとしてもずっと追っかけてくる。
ランサーのおじさんがいれば多少は大丈夫だと思うけど、でも……本気のアギリは手強いよ」
そう語り、忠告してくれる顔までどこか楽しそうで。
少なくとも神寂祓葉という人間にとって、赤坂亜切は本当に"よき友人"であったのだと理解する。
肝要である筈の強さの情報さえ、気を抜けば耳をすり抜けていきそうだった。
忘我にも似た思考の空白。それでも――「わ」と声をあげられたのは、きっとレミュリンが大きくなった故のこと。
退いてはいけない。止まってはいけない。歩き続けないと、熱に巻かれる。
炎の世界は、今もすぐそこにある。隣であり、後ろであり、あるいは心臓のなかに。
祝祭の灯火を破滅の篝火に変えるかどうかは自分自身。
ならばと、レミュリンは力を入れ直した。この世界の神たる白色に、言葉をぶつける。
177
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:12:11 ID:zKnSYNjs0
「わたしは――アギリ・アカサカに、家族を殺された」
それはもはや、問いでさえなかった。
言うなれば、忘れ得ぬ原点(オリジン)を言語化して投げつけているだけ。
不格好、稚拙。ともすれば首を傾げられても不思議ではないディスコミュニケーション。
もしくは。止まりそうな身体にエンジンをかけ直す、ある種の儀礼。
真実を想うのなら、背を向けるべきではないと恩人が言った。
過去に呪われたままでは、人間は決して前には進めないと。
わたしは、この"熱の日々"を終わらせたい。だから答えが必要なのだとレミュリンは静かに、彼女なりの形で吠える。
「知りたいの。あの日、わたしの家族に何があったのか。
なんで殺されたのか。なんで、殺されなくちゃならなかったのか。
殺してどう思ったのか。死んだ皆を思い出したことはあるのか。
聞きたいことが無数にあるんだ。だからわたしは、アギリ・アカサカを探してる」
そして改めて、未熟な自分を奮い立たせるのだ。
灰の殺人鬼は自分が望んだような人間ではないかもしれない。
逆に、もっと酷い醜穢を湛えた怪物かもしれない。
でも――進んだ先に何が待っていたとしても。
その時、考えることを諦めたくはないと。
熱を制するために熱を抱く。スタールは火を愛し、火に真の理を求めた家系。
奇しくもレミュリン・ウェルブレイシス・スタールは、形は違えどそのアプローチをなぞっていた。
「負けたくない」
「そう」
「絶対に――わたしは、灰になんかなりたくないんだ」
響いた宣誓。
それは、宣戦。
聞き届けて、神は笑う。
にこやかに、そしてたおやかに。
「うん、うん。レミュリンならきっとできるよ」
祝福であり、呪いでもある言葉を吐いて。
彼女は手を伸ばして、自分より背の高いレミュリンの頭を撫でた。
ぽんぽん、というその優しい手触りに心が揺れる。
――魔女が何故怒っていたのか、すこし分かった気がした。
◇◇
178
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:12:52 ID:zKnSYNjs0
蛇杖堂絵里。
神寂縁。
そう名乗り、そう呼ばれる蛇(モノ)。
彼は彼女の顔で感心していた。
心から感嘆し、そして溢れ出さんばかりの衝動に震えていた。
これまでに、数多の少女を見てきた。
幼くは一桁前半。最高では十八歳。
見初め、貪り、喰らい、腹に収めた。
その結実が今の彼だ。支配の起源と、社会の網目を掻い潜る天賦の才能。
それを併せ持って生まれた鬼子は今や人間の範疇にさえない。
都市と国を統べる大食らいのフィクサー。数十年の暗躍と千を超える暴食。このいずれもに誓って、神寂縁は断言する。
神寂祓葉は異常だ。
これほど完成された少女は見たことがない。
やや物足りない幼ささえ、この出来栄えの前ではまるで問題にならなかった。
こうなる前の彼女を知っているからこそ、数倍では利かない欲望が濁流(よだれ)の如くに溢れて止まらない。
無垢にして破滅的。
純粋善であるがこその純粋悪。
網膜を灼く白色と、失明で体現する黒色。
これぞまさしく〈太陽〉だ。支配したいと思う。組み伏せて、貪って、すべてを思うままにしたいと願いがやまない。
――欲しい。
これはまさしく、僕に相応しい器であり珠玉の餌だ。
――欲しい。
素晴らしい。
出来損ないの弟は素晴らしいものを産んだものだ、褒めて遣わそう。
ああ今すぐにでも欲しい。
――欲しい。
その喉笛を柔肉をすべての甘露を、口を付けて啜りたい。
嗚呼これならばいっそあの時、手足を千切って土蔵にでも繋ぎこの手で育てていればよかったか。
いやしかしそれではこの輝きは得られなかったのだろうか?
おお何と儘ならぬものだろうこの常世は。この僕でさえ手に入らないものがあろうとは罪深く度し難い。
――欲しい。
寄越せ。
すべて欲しいと〈支配の蛇〉は仰せだぞ、であれば疾く跪いて贄を捧げろよ貴様ら。
――欲しい。
ああ、喰らっても喰らっても満たされぬ。
すべてすべてすべてすべてをエデンの林檎のそのすべてを。
神々の叡智さえすべて寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ。
天地総ての美あらゆる可能性は僕に愛でられてこそ真の価値を発揮するのだから直ちに今すぐさあ一切合切そのすべて
179
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:13:25 ID:zKnSYNjs0
(黙りなさい)
荒れ狂う感情を一言で黙らせる。
〈支配の蛇〉はとうにヒトではなく、その精神構造は異形に至っている。
であればこのように、自分自身さえ彼にとってはたやすく"支配"できる被造物でしかない。
しかし、こうも欲望が噴き出したのは久方ぶりだ。
最後に此処まで焦がれたのはいつのことだったろう。
まだこの身にも"はじまり"のあの日のような青さが残っていたという事実は妙に感慨深かった。
内界に支配を布き終えて、改めて視線の先で微笑む姪っ子を見つめ直し。
彼女がレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと語らう様を見届ける。
どうせ、此処で自分が口出しをして良いことはひとつもない。であれば沈黙は金なりだ。
祓葉の美と、かわいいレミーの青。ふたつ並べて鑑賞できるだけでも恐ろしく眼福である。ワインが欲しいなあと思った。
そう思っている間に話は終わり、祓葉はルーとの再戦に名残惜しさを示しながらも、手を振って去っていった。
ふうと一息つく。
初めてオーロラを見た日のような感動と感慨があった。
後にも先にも、あれほど完成された少女を見ることはないのではないかと思う。
見つけた以上はいずれ必ず腹に収めたいものだが、欲を抜きにして言うなら、最上級の面倒事が出来たなという感想だった。
「……なんか、嵐みたいな子でしたね」
絵里の口でそう漏らす。
レミュリンが、肺の空気を全部吐き出すような深いため息をついていた。
「あ、っ……ていうかレミーちゃん、大丈夫ですか……!?
あの子に頭触られてましたけど! 頭蓋骨とか脳挫傷とか、えぇっとえぇっと……!」
「え、エリさん……! 大丈夫、大丈夫だから……!
むしろエリさんの力の方で頭がみしみし言ってる感じだから、ちょっと落ち着いて……!」
アレは凄まじい。
というか、凄まじすぎる。
黒幕であることは早い内から知っていたが、それにしてもだ。
予想を超えている。あそこまで、手の付けようのない存在に成っているとは完全に予想外であった。
「む、むぅ……。大丈夫ならいいんですけど。あ、何かあったらすぐ言ってくださいね……?」
「はぁ、はぁ……。き、気持ちだけ受け取っておくね。
ていうか――それより、ランサー……!」
レミュリンがぱたぱたとランサーのもとへと駆け寄っていく。
目立った手傷はないが、それでもやはり主として心配だったのだろう。
無理もない。自分が彼女の立場でも、負傷はないかの確認を急いだ筈だ。
時間こそ数秒。されどあの数秒には、凄まじい次元の密度が伴っていた。
それこそ――神話を目の当たりにした気分だ。この都市が地獄であることを理解する上で、あれはきっと最良の教材になるに違いない。
180
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:14:05 ID:zKnSYNjs0
「心配要らねえ。まだちょっとばかし腕が痺れてるが、三十分もすれば治るだろうよ」
蛇はレミュリンのランサー……ルー・マク・エスリンの真名を知らない。
だが彼が最上級の格を持つ英雄、英傑であることは容易に想像がついていた。
そのルーが、一度鍔迫り合っただけで腕が痺れたと言う相手。
一体あの時、神寂祓葉はどれほどの膂力で武器を振るっていたのか。驚嘆を通り越して呆れそうだった。
「それよりレミュリン。ちゃんと話は出来たかい? ……なんて言いつつ、絵里と一緒に一部始終聞いてたんだが」
「……うん。正直もう少し心の整理をする時間がほしいけど、聞きたいことは聞けたし、言いたいことも言えたよ。
でもあの子のことはコージさん達に連絡しておかないといけないよね。なんかすごいこと、たくさん言ってたし」
「あー、そうだな。ったく、俺も正直泡食ったぜ。バロールのクソジジイ以来だよ、あそこまで肝が冷えたのは」
蛇は万能である。ゆくゆくは全能にも舌を届かせるだろう。
その彼は祓葉の美に感嘆しながらも、彼女の得体のすべてを見ていた。
「ランサー。ランサーには、あの子がどう見えてたの?」
「星だ。地球を呑み込み、神も人も一切合切喰らい尽くす、そういうモノだ。
故に焦った。勝手もした。まさかあそこまでアーパーの馬鹿だとは思わなかったが……いや、だからこそあそこまで至れてるんだろうな」
元より知っていたことであるが、対峙してみて確信した。
この世界を生きて出るためには、あの少女との対決は避けられない。
あれを乗り越えて踏み越えること、それが明日を迎える絶対条件。
故にこそ、蛇はあの美の極星を指して"面倒事"と称したのだ。
「……正直、君にこれ以上重荷を背負わせるのは本懐じゃないんだが。
しかしこうなった以上は言わねばならん。レミュリン、君が己の宿命を乗り越えたその先の話を」
蛇は強い。怪物と言っていい。たとえ藪を暴かれたとして、それでも誰にも負けないだけの強さがそこにはある。
従僕として従えている星の悪神でさえ、真っ向から討とうと思えば身を粉にするような難題となるだろう。
その彼が〈この世界の神〉を直に観察して至った結論。
それは、レミュリンの従える光の英雄とまったく同じものであった。
「はっきり言うぞ。今の俺たちじゃ、アレはどうにもならん」
――うん、現状ではどうしようもないね。お手上げだ。
ただ強いだけならどうにでもなる。
だが、アレはそれだけじゃない。
それよりも厄介な要素が存在している。
181
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:14:44 ID:zKnSYNjs0
例えばだが、どれほど強くても心臓を貫かれると死ぬなら脅威ではない。
ルーにとっては。そして蛇にとってもそう。
生きているなら神であろうが魔であろうが、殺すことはそう難しくない。
されど何をどうしても死なないと言われたら、それはもう強い弱いの次元ではない。よって、話にならないのだ。
不死。更にルーとの一合で垣間見えたその先の不条理。
定められた概念を切り裂き。横たわる事象を破却する。
"無敵"だ。誰にもあの娘は倒せないし、超えられない。
そもそも超えるという概念を適用できない。
そういうシステムのもとに守られた絶対者である。
故にルーと蛇の結論は同じだった。神寂祓葉は倒せない。少なくとも今の時点では、そう結論づけるより他にない。
「どうにもならない、って……」
「言葉のままの意味だな。勝てん。ありゃ誰でも無理だ。"そもそも倒せるようになってない"んだから、倒せるわけがないんだよ」
「で……でも、さっきランサーはあの子に勝ったでしょ。あんな感じでどうにか――」
「正直、一目見た瞬間から嫌な予感がしててな。
だから無理やり一合だけってルールを作って型に嵌めて、勝ったって体を作って切り抜けた。
神話なんかでよく聞くだろ? 手の付けようがない怪物や神を鎮めるためにトンチを効かせて落着させる、アレだ」
ルー・マク・エスリンは本当に優秀な男だ。
祓葉に先手を取り、封じ、調伏してその災厄を遠ざけた。
無法に無法で相対した結果が六本木の消滅である。
蛇もその手腕は素直に評価する。見事だ。まさに彼こそ英雄の中の英雄、智暴併せ持つ益荒男であると断ずる。
「だが打つ手がないってわけでもない。俺やあのイナゴを見りゃ分かる通り、この聖杯戦争はいつにもまして蠱毒の壺だ。
座からまろび出てきたロクでなし共、あるいは奴に引き寄せられた可能性の卵の中に、もしかするとアレを引き摺り下ろせる奴がいるかもしれない。星を落とす方法に頭を悩ますのは、どうもそれからになりそうだな」
――うむ、素晴らしい。百点満点の解答だ、僕もそう思うよ英雄君。
蛇の意見もやはり同じだ。
今の祓葉は倒せない。考えるだけ無駄で、天災にでも遭ったと思って諦めるが吉である。
しかし未来なら分からない。誰かが、何かが、神を零落させる可能性がある。
太陽が地上に落ち、手の届く存在となったところでようやくスタートライン。
恐らく、あの蛇杖堂寂句も同じ結論に至っているのではないか。
いや、ともすればあの男ならば既に……〈神殺し〉の手立てへ辿り着いていても不思議ではないが。
「……つまり、今はあれこれ考えず、目の前の問題だけ見ておこうって話ですよね?」
「そういうことだな。要約助かるぜ、絵里」
「いえいえ。……よし、じゃあレミーちゃん、気を取り直して頑張りましょ!」
にぱっ、と少女に微笑みかける、かつて少女だった魂の成れ果て。
「わたしもちゃんと最後まで付き合いますから。ね?」
「っ、はい。えと、ありがとう――エリさん。こんな頼りないわたしだけど、こちらこそ……今後もよろしくお願いします」
口にした言葉に嘘はない。
最後まで付き合うとも、それが一番具合がいいから。
たとえ、その炎が葬儀屋に届かずとも。
真実に辿り着くことなく絶望の中に途絶えようとも。
いいやあるいは少女の躍進が、地底に広がる蛇の楽園へ至ることがあったとしても。
蛇は獲物を逃さない。
レミュリンも、祓葉も、彼は等しく狙っている。
そして。
誰もその蠢く音を聞き取れない。今は――まだ。
その証拠に。
『――――初めまして、ノクト・サムスタンプ。悪名高き〈夜の虎〉よ』
彼はこの時既に、何食わぬ顔の下で、次の状況を開始していた。
◇◇
182
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:15:16 ID:zKnSYNjs0
神寂縁は、千を超える幼子の魂をその身に取り込んでいる。
特殊な起源を有し、それを覚醒させた超越者。
彼の体内構造はもはや、比喩でなくひとつの異界と化していた。
現実的な面積を無視して広がる異形蛇の胃袋。
触れれば狂死する毒素を充満させ、人体とは乖離した数多の特殊器官を独自に生成・運用している。
そんな彼の体内に一切の常識は通用しない。
その証拠に、此処でひとつ、〈支配の蛇〉の謎を明かすとしよう。
蛇は数多の顔を持つ。
数多の顔で、あらゆる場所に偏在している。
彼は天性の犯罪者だ。怪しまれず、気取られない立ち回りというものは最高レベルで心得ている。
されど不可解。如何に彼が怪物であろうと、その肉体はひとつだけだ。
にも関わらず何故、蛇は誰にも気取られることなくすべての顔で社会生活を送れているのか。
最高位の犯罪者と言えども、数十年に渡り一切の陥穽なく『存在しない人間』を演じ続けられるものなのか?
現代の機械文明は目まぐるしい発展を見せて久しい。
特に通信技術は、もはや百年前の人類では考えられない領域に達している。
例えば、スマートフォン。手のひらに収まるサイズで地球の裏とも通話ができる、現代人の必需品の代表格。
蛇はそれを予め無数に、通常の人体であれば確実に内臓が破裂するほどの数呑み込んでいる。
お手洗いに行くと装ってノクトからの連絡を確認。
腹中の異界に取り込んだ携帯電話の一台を体内で操作し、折り返しを掛けたのが今だ。
声帯などその気になればいつでも量産できる。そして異界の中で発せられた音は遮断され、外には漏れ出さない。
蛇の頭脳にかかれば――"蛇杖堂絵里"を装いつつ、別な顔で智謀飛び交う交渉に顔を出すなど児戯に等しい。
蛇杖堂絵里。善良で可愛げに溢れた医師の卵。暴君を祖父に持つ、レミュリンの善き理解者。
そして"綿貫齋木"。数多のテレビスターを排出した大手芸能事務所の社長。夜の虎と対峙する蛇の化身。
ふたつの顔で、ふたつの運命を歩む。
いいや――千の顔で、千の運命を歩む。
日は沈み夜は訪れ、都市が更なる闇へと沈む中。
最大の闇たる男は少しずつ、しかし確かに、いつか来る収穫の時へ備えていた。
◇◇
183
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:15:52 ID:zKnSYNjs0
【渋谷区・路上/一日目・夜間】
【レミュリン・ウェルブレイシス・スタール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、決意
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:6万円程度(5月分の生活費)
[思考・状況]
基本方針:――進む。わたしの知りたい、答えのもとへ。
0:フツハさんのことは不安。……でも今は、やるべきことを。
1:胸を張ってランサーの隣に立てる、魔術師になりたい。
2:ジャクク・ジャジョードーの情報を手に入れ、アギリ・アカサカと接触する。
3:神父さまの言葉に従おう。
4:フツハさんのことを、暇を見てコージさん達へ伝えたい。
[備考]
※自分の両親と姉の仇が赤坂亜切であること、彼がマスターとして聖杯戦争に参加していることを知りました。
※ルーン魔術の加護により物理・魔術攻撃への耐久力が上がっています。
またルーンを介することで指先から魔力を弾丸として放てますが、威力はそれほど高くないです。
※炎を操る術『赤紫燈(インボルク)』を体得しました。規模や応用の詳細、またどの程度制御できるのかは後のリレーにお任せします。
※アギリ以外の〈はじまりの六人〉に関する情報をイリスから与えられました。
※〈はじまりの聖杯戦争〉についての考察を高乃河二から聞きました。
※アギリがサーヴァントとして神霊スカディを従えているという情報を得ました。
※高乃河二、琴峯ナシロの連絡先を得ました。
※右腕にスタール家の魔術刻印のごく一部が継承されています(火傷痕のような文様)。
※刻印を通して姉の記憶の一部を観ています。
【ランサー(ルー・マク・エスリン)】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に痺れ
[装備]:常勝の四秘宝・槍、ゲイ・アッサル、アラドヴァル
[道具]:緑のマント、ヒーロー風スーツ
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:英雄として、彼女の傍に立つ。
1:レミュリンをヒーローとして支える。共に戦う道を進む。
2:神寂祓葉についてはいずれだな。今は考えても仕方ねえ。
3:今更だが、馬鹿じゃねえのか今回の聖杯戦争?
[備考]
予選期間の一ヵ月の間に、3組の主従と交戦し、いずれも傷ひとつ負わずに圧勝し撃退しています。
レミュリンは交戦があった事実そのものを知らず、気づいていません。
ライダー(ハリー・フーディーニ)から、その3組がいずれも脱落したことを知らされました。
→上記の情報はレミュリンに共有されました。
184
:
死が僕らに恋してる
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:16:49 ID:zKnSYNjs0
【神寂縁】
[状態]:健康、ややテンション高め、『蛇杖堂絵里』へ変化、『綿貫齋木』の声帯及びスマートフォンでノクト・サムスタンプと通話開始
[令呪]:残り3画
[装備]:様々(偽る身分による)
[道具]:様々(偽る身分による)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:この聖杯戦争を堪能する。
1:蛇杖堂絵里としてレミュリンと共に蛇杖堂寂句に会いに行く。
2:蛇杖堂寂句とは当面はゆるい協力体制をとりつつ、いつか必ず始末する。
3:蝗害を追う集団のことは、一旦アーチャーに任せる。
4:楪依里朱に対する興味を失いつつある。しかし捕食のチャンスは伺っている。
5:祓葉は素晴らしい。いずれ必ず腹に収める。彼女には、その価値がある。
[備考]
※奪った身分を演じる際、無意識のうちに、認識阻害の魔術に近い能力を行使していることが確認されました。
とはいえ本来であれは察知も対策も困難です。
※神寂縁の化けの皮として、個人輸入代行業者、サーペントトレード有限会社社長・水池魅鳥(みずち・みどり)が追加されました。
裏社会ではカネ次第で銃器や麻薬、魔術関連の品々などなんでも用意する調達屋として知られています。
※楪依里朱について基本的な情報(名前、顔写真、高校名、住所等)を入手しました。
蛇杖堂寂句との間には、蛇杖堂一族に属する静寂暁美として、緊急連絡が可能なホットラインが結ばれています。
※赤坂亜切の存在を知ったため、広域指定暴力団烈帛會理事長『山本帝一』の顔を予選段階で捨てています。
山本帝一は赤坂亜切に依頼を行ったことがあるようです。
→赤坂亜切に『スタール一家』の殺害を依頼したようです。
※神寂縁の化けの皮として、マスター・蛇杖堂絵里(じゃじょうどう・えり)が追加されました。
雪村鉄志の娘・絵里の魂を用いており、外見は雪村絵里が成人した頃の姿かたちです。
設定:偶然〈古びた懐中時計〉を手にし、この都市に迷い込んだ非業の人。二十歳。
幸は薄く、しかし人並みの善性を忘れない。特定の願いよりも自分と、できるだけ多くの命の生存を選ぶ。
懐中時計により開花した魔術は……身体強化。四肢を柔軟に撓らせ、それそのものを武器として戦う。
蛇杖堂家の子であるが、その宿命を嫌った両親により市井に逃され、そのまま育った。ぜんぶ嘘ですけど。
→蛇杖堂絵里としての立ち回り方針は以下の通り。
・蝗害を追う集団に潜入し楪依里朱に行き着くならそれの捕食。
→これについては一旦アーチャーに任せる方針のようですが、詳細な指示は後続の書き手にお任せします。
・救済機構に行き着くならそれの破壊。
・更に隙があれば集団内の捕食対象(現在はレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと琴峯ナシロ)を飲み込む。
※蛇の体内は異界化しています。彼はそこに数多の通信端末を呑み込み、体内で操作しつつ都度生成した疑似声帯を用いて通話することで『どこにでもいる』状態を成立させているようです。
この方法で発した声、および体内の音声は外に漏れません。
【神寂祓葉】
[状態]:健康、わくわく、ちょっとご不満
[令呪]:残り三画(永久機関の効果により、使っても令呪が消費されない)
[装備]:『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン)』
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:さあ、次はどこに行こう?
1:結局希彦さんのことどうしよう……わー!
2:もう少し夜になるまでは休憩。お話タイムに当てたい(祓葉はバカなので、夜の基準は彼女以外の誰にもわかりません。)
3:悠灯はどうするんだろ。できれば力になってあげたいけど。
4:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
5:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
6:アンジェ先輩! また会おうね〜!!
7:レミュリンはいい子だったしまた遊びたい。けど……あのランサー! 勝ち逃げはずるいんじゃないかなあ!?
[備考]
二日目の朝、香篤井希彦と再び会う約束をしました。
185
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/06(日) 22:17:04 ID:zKnSYNjs0
投下終了です。
186
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:01:04 ID:SMFFUfMU0
遅れてしまい申し訳ございません。
予約分投下いたします。
187
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:03:17 ID:SMFFUfMU0
男は神の意思に振り回されるばかりの人生だった。
理不尽な指令によって過酷な旅路を行き、道中で失ったものは計り知れない。
尊き母を、大切な部下たち、帰るべき故郷。課せられた指名を果たせぬまま、無駄な血ばかりが多く流れていく。
遂に故郷に戻ることを許されず、またしても告げられた神の指令。
その道中、恐ろしく狡猾な竜との対面。
部下を殺され、怒りのままに奮戦する男。
それが原初の過ちであると気づかぬままに。
血に染まった泉の中心で、男は深く慟哭する。
もういい。もうたくさんだ。これ以上何を奪う。
己は充分失ってきた。疲れ切っていたのだと。
そんな彼に、神は告げる。
まだだ、まだ物語(やくわり)は尽きていない。
さあ、血濡れた手に握る竜の歯を撒くがいい。
お前の国を興すがいい。
お前は、この地で王になるべき男なのだ。
何を馬鹿な。もうこんな運命からは開放してくれと嘆きながらも。
男は神に逆らえない。
地に撒かれた竜の歯は深く埋まり。
そして、男は刹那の間隙に、その先の景色を見た。
骨の戦士が現れて、殺し合いが始まる。
五人にまで減った戦士はしかし、やがて肉を得て子を持つだろう。
子は人を増やし、人は文明を作り、文明は国を盛り立てる。
そんな、自らが始めた物語の過程。
七つの門に囲まれた強き都市国家。
荘厳なる景色を夢想して、国を作った男、建国の王は思ったのだ。
ああ、やっと、己の人生(ものがたり)を始められるのだと。
神の指示によって操られる人形ではない。
自分自身で決めた、これが自分で勝ち取る物語だ。
良き国にしよう。そう思った。
強き国にしよう。そう誓った。
皆が幸せになれる、そんな国を作りたいと。
誇りと決意を込めて、建国の王は鉄槍を地に突き立てる。
身勝手な神達の時代ではない、やがて訪れる人の時代の為に。
人の国を、ここに興さん。
◇
188
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:07:16 ID:SMFFUfMU0
巨大なる純白の機械天使。
今、雪村鉄志の目前に現れた存在を一行で言い表すならば、そのような表現になる。
6階建てのビルに並ぶほどの巨大な人型機械。
その頭部にある赤い発行体の放つ光が、無機質でありながら確かな脅威を乗せてこちらに向けられていた。
「さて」
そして、天使の頭頂に立つ薄い青髪の少年は、事も無げに言ったのだ。
「終わろうか、エウリピデスの空想」
襲い来る目眩に、雪村は崩れそうになる体勢を必死に維持していた。
事の発端である老王との決着は未だに着いていない。
乱入してきた星の悪神の脅威は今も目の前に在る。
脅威に次ぐ脅威、イレギュラーに次ぐイレギュラー。
そんな中、新たに現れた巨大なロボット、のようなもの。
極めつけに降り立った、今日一番の異常値。
それこそが、雪村にとって、今日一番の災厄であると。
嫌な予感が告げていた。
そして悲しいかな。雪村は、この手の勘を外したことがない。
「マキナ……あのガキが新手のサーヴァントって事は俺でも分かる。
分かるが……にしたって、あのバカでけえ巨人はなんだ……?」
『あい・こぴー。スキャン、再執行しました!
やはり……あのちいさいサーヴァントの使い魔としか……。
ですが一体どうやって、あんな巨体の動力を維持しているのかは当機にも……あっ!?』
耳元に、一体化したマキナが息を呑む気配が伝わった。
そうして、神を目指す少女の口から、その核心がこぼれ落ちる。
『あの……針音』
巨体の駆動音に混じって、僅かに聞こえる時計の針の音。
つい先程、彼らはそれと同じ音を聞いたばかりだった。
マキナの声によって察した雪村も、その方向を見る。
滅びた杉並区の町並み、中程で折れた電柱の上に立つ悪神の少女。
アーチャー、天津甕星は先程の槍撃によって抉られた脇腹を擦りながら、青髪の少年へと気だるげな態度で話しかけている。
「ねぇキャスター。あんたが自分で出てきたってことはさ、私もう引き上げていいんだよね?」
「ふん、それはこの後の展開次第だな」
対してキャスターと呼ばれた少年は少女に一瞥もくれぬまま素っ気なく答え、こちらを見下ろすばかり。
雪村は乾いた笑いを浮かべながら、自らに降りかかる災厄の枠組みを理解した。
否応なく、理解させられたのだ。
「―――は、ふざけんじゃねえよ。こんなもん、推理する以前のハナシじゃねえか」
アーチャーの備えていた不可解な出力、無限に在るかに見えた魔力保有量。
それと一致する針音の調べと、無限の動力という共通点。
などという、状況証拠を並べるまでもないことだった。
そもそも彼らは関係を隠していないのだから。
「なんなんだテメエらは……!」
敵だ。間違いなくアレはこちらを害するために現れた。
そして先程から堂々と交わされる会話を聞くに、悪神のアーチャーと通じている。
いや、そもそもあの少年こそが、アーチャーを差し向けた張本人であり、ともすれば―――
「なぜ俺のサーヴァントを狙う? なぜ蛇のことを知ってる!?」
目前の脅威を現実のものと受け入れる事と並行して、雪村の頭にスパークする疑問の連鎖。
なぜ、これほど凄まじい出力を無制限に動かせる。
なぜ、蛇の情報を知り得る。
この東京の一体どこに、アレほどの巨体を隠し得る工房を作り得たのか。
そして理屈を飛ばして走る勘は、恐ろしい事実を予告する。
これまでの推理、これまでの推測、積み重ねた様々な想定と思考材料。
その一切合切を、目の前の存在は今に台無しにしてしまうぞ、と。
「テメエは―――まさか―――」
「うるさいな。ボクが"黒幕"だ。
そう答えたら後は黙るのか? 雪村鉄志」
「―――――な」
絶句する雪村を見下ろしながら、少年は心底めんどくさそうにため息を吐いた。
「ボクは〈前回〉の勝者にして〈今回〉の舞台の創立者。よって、この街でボクの手から溢れる情報は一つも無い。
ほら、この答えが欲しかったんだろう、愚鈍な探偵。 だからくれてやっている。
満足したら黙ってくれ、ハッキリ言って、おまえにはまるで興味が無いんだ」
彼の言葉は不遜であり、気怠げであり、故に欺瞞は一つも無いように感じさせる。
確かに、その存在は雪村の想定の一つにあった。
始まりの六人、前回の敗者が参戦する戦場に、勝者が立たぬ道理などない。
そして勝者が存在するということは、其の者こそが、黒幕と呼ぶに相応しい聖杯戦争の発起人で在ることは、想像に難くないだろう。
189
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:10:20 ID:SMFFUfMU0
しかし、存在を仮定できたとて、想定できるはずがない。
その存在がこうもあっさりと身を晒し、あまつさえこちらを名指して会いに来るなど。
「随分あっさり自白するじゃねえかよ……」
「勿体ぶってほしかったのか?
くだらないな。ただの事実に何の意味がある?」
事実として、彼は心底興味がないようであった。
黒幕が黒幕であることに、それが自ら動くことに、まるで特別性を見出していない。
舞台の風情も、話の流れも、挟むべき伏線も、その全てに価値があるとは思えない。
ページを捲れ。章を飛ばせ。望む終わりをさっさと見せろ。
運命の加速。
彼はそれを望んで執り行う。
そしてこの舞台において、最も明確な変速とは。
「一切の過程(ストーリー)に意味などない。
最後の一頁、その結末が全てだ。――なあ、そうだろうが、〈救済機構〉?」
時を刻む瞳が、黒い鉄騎を見下ろしている。
その視線は最初から、一切ブレることはない。
雪村は今度こそ理解した。
キャスターはここに至るまで、一度も己を見ていない。
彼の言ったように、彼は雪村に全く興味が無いのだ。
彼が見ていたのは、用があったのは、最初からずっと、一人だけ。
今は黒き装甲と変じ、雪村と一体化している存在。
アルターエゴのサーヴァント。
『……なる。つまり――』
デウス・エクス・マキナ。
エウリピデスの空想にして、人造の神霊。
神を目指す少女。
『貴方の目的は、あくまで当機だったのですね』
「ああ、ボク自身が出向いたのはセラフシリーズの試用テスト、そのついでに過ぎないけどね」
彼は何でもないことのように、素っ気なく告げる。
だが、ほんの少し、雪村に向けた言葉には無かった何かが、そこには含まれていた。
『識別名称を伺ってもよいですか? それとも、針音のキャスターと呼称しても?』
「きみの好きに呼ぶといい」
それは人嫌いの彼が、他者に向けるには珍しい色波。
相棒たる白の少女に向けるものとはまた違う。
「どうせすぐに……」
ぱちん、と。少年の指が鳴り、それを合図に人型機械が駆動する。
三対六枚の翼が展開され、頭部の発行体が強烈な光を解き放つ。
臨戦態勢に入ったのだと、誰の目にも明らかだった。
「名乗る意味なんて、消え失せるだろうから」
彼が誰しもに向ける嫌悪感とは、少し違ったなにか。
在る種、意外なまでの穏やかさを伴って発せられるそれが。
至極珍しい彼なりの、敵意の発露であったとしたら。
『――のん、この邂逅を、当機は決して、無意味にはしません』
黒の鉄騎は火花を散らしながら自動修復を続けている。
しかし全快にはまだ遠い。連戦によって疲弊した現状。
詳細は未だ不明ながら、黒幕が名指しで襲いかかってくるという絶望的な状況。
絶体絶命の危機に見舞われながらも、雪村はなんとか立ち続けることが出来た。
「まだ、やれるか? マキナ」
『いえす、ますたー。切り抜けます』
なぜなら、まだ相棒は諦めていない。
追い詰められていくばかりの状況で、神を目指す少女は前を向いている。
一体化した今、隠しきれない動揺が伝わってくる。それでも、懸命に前を向いて、立とうとしている。
だから雪村もまた、折れるわけにはいかないと、そう思えたのだ。
「――――おい」
そうして開かれようとしていた戦端に、しかしここで、割り込む声があった。
「――――不敬者どもが、先程から誰の御前で許可なく口を開いている?」
地に突き立つ絢爛の鉄槍。
静かなる老王の喝が、夜の街に響き渡る。
190
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:13:04 ID:SMFFUfMU0
ランサー、カドモス。
ここまで趨勢を見ていた彼の声音は落ち着いたものであったが。
内に隠しきれぬ激しい憤怒が立ち昇っていた。
「なんだおまえ、まだ居たのか」
針音のキャスター、オルフィレウスはここで初めて、マキナから視線を外した。
夜の街に君臨する王を、面倒くさそうに睨めつける。
目線と声音は、再び雪村に向けられたものとさして変わりない、鬱陶しげなものに戻っていた。
「ええっと……あんた、ちょっとさあ……あの手のタイプにその言い方すると……」
アーチャーがなにか言いたげに声を上げかけるが、お構いなしに彼は続ける。
「悲劇の源流たる老王、カドモス。
良くも悪くも、おまえに対して特段興味はないが……まあいい、好きに選べ、ランサー。
今すぐ失せるか、そこの救済機構の排除に協力するか。
後者を選ぶなら働きに応じて報酬も恵んでやる」
「ああっこの……コミュ障……っ!」
あっちゃあ、と片手で顔を覆うアーチャー。
何がだ、と言いたげに首をかしげるオルフィレウス。
そして王の裁断は実に簡潔なモノだった。
光の一閃が走る。
放言からノータイムで射出された魔力の螺旋が機械天使の頭部に飛来する。
それは少年に直撃する目前にて、巨大な腕部に阻まれて四散した。
一撃をもって立ち位置を表明したランサーは、鉄槍を担ぎ上げながら苛立たしげに宣言する。
「なるほどな、身の程を弁えぬ白痴であったか。
よかろう、愚か者に相応しい最期を馳走してやる」
「なぜそうなる? どう考えてもこっちについた方が得だろうに……。
なあアーチャー、あいつはボクの話を聞いていなかったのか? それとも理解する頭がないのか?」
「あーもうこっちに振るな!
どう考えてもあんたの言い方が悪かったでしょうが」
「そうなのか? まったくプライドの高いサーヴァントは御しがたくて厄介だな」
「あんたそれ鏡見て言ってみ?」
敵対を宣言する老王を前に、少年はやれやれと面倒くさそうに肩をすくめて嘆息する。
しかしすぐに、まあいいかと思い直したのか。
不意にアーチャーへと視線を向けて。
「つまり、おまえの仕事が出来たということだな」
「……げ」
「アーチャー。ランサーを抑えろ」
「……断ったら?」
「どうなるかいちいち説明させるのか? その程度の想像もできないのか?
これ以上ボクの貴重な時間をバカとの会話で消費させないでほしいのだが?」
「あーもーわかったっての! やりゃいいんでしょ!?
なんか、こうなる気がしたのよね……」
「わかっているなら、なぜ無意味な言動を発するのか……理解に苦しむ」
「ねえ殺るならさっさと始めない? これ以上あんたと会話してると私も敵にまわっちゃいそうだわ」
いずれにせよ、これより行われる戦闘の構図は明確となった。
総勢4騎による2対2のタッグマッチ。
タッグの組み合わせはキャスターとアーチャー、そして――
「手を貸してくれるって認識でいいのかよ、爺さん」
「思い上がるなよ無礼者が」
アルターエゴとランサー。
「言ったはずだ。これは優先順位の問題に過ぎない。奴らを討ち果たした後は、予定通り貴様らの処刑を執り行う」
「へっ、そうかよ。だったら、あのアーチャー相手に簡単にやられんなよ」
「黙れ凡夫め。誰に向かって物を言っている。
だが、この場においては凡夫に相応しき王令をくれてやろう。
儂が弓兵を討つまで、あの機械人形の相手をしていろ。あるいは見事討ち果たせば褒美をくれてやる」
「へえ、褒美って?」
「決まっているだろう、慈悲のある最期だ」
「ま、そんなこったろうと思ったよ」
黒の鉄騎が肩部と腰部のスラスターに魔力を滾らせる。
老王の槍が強烈な光を収束させる。
星の悪神がその弓に矢を番える。
そして遂に、白き機械天使が針音と共に起動する。
―――これより、もう一度、杉並の夜に、人知を超えた戦いの幕が上がる。
◇
191
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:18:22 ID:SMFFUfMU0
「《Seraph=Ζήνων》試験運用―――開始」
起動する天使。白の巨人が両腕を伸ばし、備えた武装を展開する。
開放された砲門は九つ。
頭部の発行体、三対六枚の羽、そして両腕部の先端。
そこから鮮やかな真紅の魔力流が同時に吐き出され、東京の町並みを貫きながら多方向に放射される。
鉄騎と老王を同時に狙った初手。
彼らもまた同時に別方向へ回避行動を取り、迫りくる光線の束を凌ぎ切る。
『フォーム:ヘラクレスを再実行! 全スラスターの修復を確認! 離陸可能です、ますたー!』
「了解。行くぜマキナ、引き続きサポート頼む」
『いえす! 魔術回路の本線は最優先で機動力へ回し、余剰分で装甲の修復を続行します!』
地を蹴って数秒も経たず、雪村は共闘対象(カドモス)の存在を意識から外した。
正確には、意識することが出来なくなったのだ。
九本のレーザー光はその放射を持続し、巨人の腕や翼の振りに合わせて薙ぎ払うように襲いかかる。
その全ての矛先は今、黒の鉄騎、つまり雪村とマキナへと向けられている。
敵はその宣言通り、マキナを狙っているようだった。
カドモスをも射程に入れた攻撃は初手のみであり、そこから先は鉄騎への集中砲火。
現時点で、老王との連携を考慮する余裕は無かった。一心同体となった主従は以心伝心の即断により、目前に迫る脅威の対処に全神経を傾けることを合意する。
肩部スラスターから放出する魔力の生み出す推進力が、鉄騎の装甲を空中へと跳ね上げ、追尾するレーザー光の軌道から逃れ出る。
超高速で夜を往く蒼光の軌跡、それを追う九束の紅光。
冗談のような破壊規模と攻撃持続時間に、雪村は改めて舌を巻くしかない。
右肩の装甲を掠めたレーザーが僅かな熱を残しつつ、傍らのビル壁を溶解させながら過ぎていく。
真紅の光が滅びた街を更に蹂躙する。高層ビルを呆気なく両断し、路上のアスファルトを砕き散らしながら駆け巡る。
唯の一撃も被弾は許されない。
装甲の修復は未だ途上、今喰らえばそれだけで敗死は免れぬ。
アーチャーの速射に比べれば、まだ回避が可能な速度域であることが救いだったが、威力と攻撃範囲だけで論ずれば、その剣呑さに大きな差異は無いだろう。
そしてこの敵がアーチャーと同等以上の動力を保持していると仮定すれば、燃料切れを狙うのは望み薄だ。
持久戦ではいずれ、こちらの魔力が先に尽きるのは明白であった。
高燃費と高出力を両立させた神機融合モードにあっても、決して魔力は無限ではない。
カドモス、天津甕星と、強敵との連戦によって、燃料(まりょく)にも装甲にも限界が迫っている。
故に攻勢に出る必要があったのだが、
「よお、天下の黒幕さんよ」
レーザー光の弾幕を抜け、鋼鉄の機体は天使の頭部に肉薄する。
そこに立つ小柄な少年へと、今度は同じ高度で会話を試みる。
「わざわざ御自ら殺しに来るたぁ、俺のサーヴァントを随分買ってくれてるじゃねえか」
黒の鉄騎はその手に握る武装を振りかぶる。
『熱し、覚醒する戦闘機構(デア・エクス・チェンジ)』
フォーム:ヘラクレス。主武装、棍棒。
今、彼らが振るうそれは、灰色の鉄塊に似た無骨な長物である。
「そんなに怖えのか。この救済機構(お嬢ちゃん)が!」
武器からの魔力放出を組み合わせ、横薙ぎの軌道で渾身のフルスイング。
口撃を織り交ぜて繰り出した一撃に容赦はない。
相手が子どものような見た目のサーヴァントだからといって、躊躇できる状況でないことは分かりきっていた。
にも関わらず、その攻撃軌道はキャスターに直撃する手前で静止する。
(―――くそっ、そりゃそうだよな、んな簡単に殴らせてくれるわけもねえ)
心中で歯噛みしながら、再度棍棒を振りかぶり、縦方向の振り下ろし。
異変は連続する。今度は直撃の寸前に軌道が変わり、鉄騎の身体ごと横方向に流された。
制止と屈折、どちらの現象も雪村の意思ではない。ましてマキナの不具合でもなく。
『……これ……は、まさかっ』
現象を解析したマキナが息を呑むと同時、彼らの目前で赤い光が瞬いた。
キャスターの眼前に翳された巨人の腕からレーザー光が照射される。
すんでのところで身を躱したマキナの装甲を、猛烈な衝撃が襲っていた。
至近距離での直撃だけは避けたものの、機体の中心から放射状に広がった電撃が筋肉の動きを硬直させる。
「ぐ―――お――――」
全身を襲う痛みと痺れ。
墜落しながらも雪村は己の意識を手繰り寄せる。
『解析でました! ギリシャ神話、ゼウスの権能、その再現――!』
「―――権、能だと?」
『いえす、あの機体にはゼウス神の雷、そして重力操作の一部が搭載されています!』
192
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:21:45 ID:SMFFUfMU0
地面に激突する寸前になっても雪村の筋肉は痙攣を続けていた。
よってマキナの自動操縦が一時的に機体操作をハックし、スラスターを吹かして路上を滑るように後退する。
「くだらない勘違いをさせてしまったなら、そこは詫びておこうか」
再び、見上げる者と見下ろす者。
その構図こそ正しいと告げるように、キャスターはマキナを見下ろしている。
「怖い? おまえ達がか? まるで笑えない冗談だな。
ボクがここにいるのは、ゼノンの試運転にちょうど良かったからに過ぎない」
彼我の差はまさに天と地。
勝負のようなやり取りを演出させているに過ぎないと言うように。
「こいつでさえ、過ぎた火力だ。
理論上は、アーチャーに持たせた動力だけでも、充分破壊できるだろうからね」
しかし彼は元来から無駄を嫌う性分である。
ならば此度の降臨にも必ず意味があるだろう。
「セラフシリーズはシナリオ短縮(スキップ)の要点になる。
量産に向けたテストケースとして、丁度いい場だったというだけさ」
針音のキャスターは僅か一ヶ月で戦略兵器級の『発明品』を構築した。
根本の疑問。
これほどの巨体、これほどの出力を誇る機体を作成する工房が一体どこに存在したのか。
そしてその存在が証明された今、絶望的な未来が暗示されている。
「嫌な響きだぜ。まるでそこのデカブツが、これから何体も増えるみてえに聞こえるが」
「…………? 他に何か解釈があるのか?
バカにも分かりやすく『諦めろ』と説明するのは骨が折れる」
戦略的見地において、敵に回すのならば"時間"を与えては為らぬ者達が存在する。
主に知略を武器に立ち回るタイプの手合だ。
サーヴァントであればキャスターやアサシンに多く、マスターであればノクト・サムスタンプや脱出王などが該当する。
すなわち搦め手、土壌の形成、有利な場を構築する為の仕込みの時間。
陣地の形成を終えた巧者は半端な火力では突き崩せぬ砦と砲を得る。
前回におけるノクトや蛇杖堂の陣営がそうであったように。
そして、現在、第二回における今回において。
最も時間を与えてはならない者とは誰だったのか。
完成してしまえば、整ってしまえば、何もかも終わってしまう。そんな反則級の工房を抱えた陣営とは誰か。
「―――聖杯戦争開始から1ヶ月。
ボクはその時間を"振るいの段階"と定めた。
云わば予選期間だったわけだけど。今、言ってる意味がわかるかい?」
男は淡々と、何でもないことのように絶望を語り続ける。
なぜ、1ヶ月だったのか。
何をもって振るいだったのか。
その数値が、目の前の巨大な機神と無関係である筈がない。
「ボクにとっては、救済機構の危険度なんて、他の参加者と比べてたった1%程度の差でしか無い。
そして1%の差をもって、完成した『発明品』の試用テスト、その最初の被験者として指名したってだけのことだ」
少年のような気怠さと、老人のような諦観を佇まいに同居させたまま、厭世の発明家は否定する。
人の歩み、人の過程、人の積み上げる物語、人の不完全性を。
1ヶ月生き抜いたものを正式な参加者として認める。
それは彼らに生贄としての値打ちを認めるという意味合いではない。
至極単純に、『発明品』の実用性の担保と生産ラインがある程度確保されるまでの期間。
速やかに事態を収束させる準備が整う、動き出す理不尽な暴力を投下するに足る強度であったと認めるという。
それだけの話なのだ。
「だから別に、自らが特別だなんて、思い上がる必要はないよ、救済機構。
きみはボクにとって、他の参加者とほとんど変わりない。聖杯に焚べる一騎に過ぎない。
たった1%分鬱陶しくて、その分、ほんの少しだけ他より脱落する順番が早まったってだけさ」
そして黒幕たる科学者は認めない。
その実在を。恒星の資格者。始まりの六人の内、幾人かの者が提唱し、また幾人かは否定したその存在。
針音のキャスター。オルフィレウスもまた、明確にそれを否定する者だった。
赤坂亜切と蛇杖堂寂句の二者と同じく、それは決して現れ得ないと。
神寂祓葉に並び立つ存在は生まれ得ない。
彼が信じる星の光は唯一つ。
あの日出会った、たった一人のヒーローだけ。
故に再度、彼は心中で否定する。こうして直接相対した上で、もう一度。
救済機構は、戴冠を済ませた主役(フツハ)の敵には成り得ない。
再び放射される赤い雷光。
弾速に変化は無く、本数も九束から増えているわけではない。
にも関わらず、明らかに先ほどまでよりも鉄の装甲に迫っている。
攻撃側に変化がないならば、異変は受け手にあるということになる。
193
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:25:07 ID:SMFFUfMU0
事実、鉄騎の動きは徐々に鈍っていた。
要因は積み重なった疲弊か、それもあるだろう。
しかし根本的な要因は他にあった。
(―――くそっ……身体が……どんどん重くなっていきやがる……)
全身を襲う負荷に耐えながら、雪村は回避行動を継続する。
機神の攻撃は今も躱せないスピードではない。
9つの砲門による同時射撃。回避に徹すればあと暫くは戦闘を継続できる目算だった。
しかしここに来て、自身の機動力が大幅に削られているのを感じる。
理由は全身を覆う痺れ。
赤い雷撃が身体にまとわり付き、運動能力を引き下げていく。
それは砲撃そのものの威力を目眩ましにして、常時浴びせられている電磁波であった。
分かっていても、全方位に面で広がるこれは躱せるものではない。遅効性の毒のように、確実に自由を奪われ、やがては機動力を殺される。
『運動性能70%まで低下! ますたー、長期戦は不利です……!』
「みてえ、だな……!」
ジリ貧の戦闘を続けていてもしょうがない。
抗うすべが残っている内に、攻勢に出るしかないことは雪村にも分かっていた。
しかし、半端な攻めが何の効果も上げないことは、先ほど思い知ったばかり。
雷撃による攻。重力制御による防。
突き崩せぬ牙城を前に、手をこまねいていることしか出来ない。
「順当に続ければ、だいたいあと十分程度で機能停止か。
諦めろとは言ったけど、予定していた試走時間の半分にも満たないぞ?
もう少し役に立ってもらわないと困るんだが……」
言葉とは裏腹に、敵は攻めの手を緩めず、機械的に追い込んでくる。
既にスラスター軌道だけでは躱しきれないまでに機動力を下げられていた。
障害物を盾にする戦法を絡めるも、場を更地に変えられてしまえば続けられない。
「みっともない有り様だな……」
遂には常時飛行する余裕すら失せ、地面を転がってでも回避を敢行していた。
繰り返された破壊光によってアスファルトを剥がされ、土壌の露出した路上にて、泥だらけで膝をつく鉄騎。
血と土に塗れた無様な姿を見下ろして、少年は呆れたように溜息を付いた。
「まさかここまで、見どころが無いとはね。もう少しマシな相手を被験者に選ぶべきだったか」
後はもう時間の問題だろう。
マキナの運動機能は損なわれる一方であり、雪村の体力も限界が近い。
回避行動のロスを補うために、随分前から装甲の修復を止めざるをえない状況に陥っている。
未だにスラスターに込める魔力を温存してはいるが、やがて躱しきれない一撃がやってくる。
そしてここまで戦い続けて尚、結局、雪村は一撃すら通せていない。
機神の装甲と勝負する以前に、重力制御の壁を突破することすらままならないのだ。
(……マキナ……まだ、やれるか……?)
戦闘開始前と同じ台詞。
ただし、その声音はより疲労と苦痛に塗れたものに変わっている。
連戦によって積み重なったダメージ。
規格外の強敵に狙われ続けた精神的な負荷。
何一つ突破口の見えない現状に、じわじわと心を蝕む水音。
それは絶望という澱の沈む音だった。
雪村をして、腹の底を食い破ろうとする諦念に屈したくなる。
立ち続ける苦痛に対して、その魅力は抗い難く、それでも尚―――
『……いえす……切り抜けます……!』
共に在る少女がまだ、ここに立ち続けている限り。
『……ますたーが……ここに立ち続けている限り……!』
今、痛みを、苦しみを、絶望を共有する半身が、諦めない限り。
『当機は……目標の達成を諦めませんっ……!』
彼は、彼女は、戦い続けると決めていたから。
血を流しながらも、鉄の装甲を持ち上げる。
泥に塗れながらも、再び戦うための構えを取る。
(――分かってるよな、マキナ)
『いえす、生存重視! 作戦りょかいです、ますたー』
危機的状況を前に、彼らは示し合わせる。生き延びるための方策を。
辛うじて2対2の状況に持ち込めたとは言え、この場において本質的に彼らの味方は存在しない。
カドモスすら、近い内には敵に戻る、敵の敵に過ぎないのだ。
そして蓄積したダメージと限界の迫る燃料。
これらを押して、3騎の敵を打倒する事など、どう考えても現実的ではなかった。
期を見て離脱。それだけが、状況を打開する唯一の道。
しかし現実問題、目前の敵から逃げ出す方法など考えつかない。
194
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:27:50 ID:SMFFUfMU0
救援も見込めない状況下で使える手札は限られている。
『Deus Ex Machina Mk-Ⅴ』。
装甲を纏うことによって雪村にも共有された、この機体に登録されている英霊外装。
中距離バランス型、フォーム:ヘラクレス(主武装:棍棒)。
遠距離特化型、フォーム:アポロン(主武装:弓)。
防御特化型、フォーム:アテネ(主武装:盾)。
そして、"もう一つ"。
その"もう一つ"こそが、状況を打開する切り札になることは確信している。
と同時に、それだけでは足りないことも分かっていた。
ならば足りないパーツ、その欠片を、ここで拾い集めるしかない。
現実感に乏しくとも、極々細い糸であろうとも、渡り切るしか道は無いのだ。
(――さっき言ってた、『解析』の調子はどうだ?)
『だいたい60……ええと、63%ほどですが……進めてます。実用に足るには……まだ少し心もとないです。すみません……』
(いいさ、作戦に組み込むにはちと不安が残るが、選択肢は多いほうがいい。そのまま進めててくれ。俺も考え続ける)
『……それから、えと、その』
そこでふと、マキナが何かを言い淀んだ。
バイザー越しの雪村の視界では機械解析された周辺環境が浮かび上がり、気温や湿度など幾つかの数値がピックアップされている。
照準は先程まで常に聳え立つ機神をロックしていたが、今は何故か路上のアスファルト、否、アスファルトの下にあるモノを捉えていた。
雪村の纏う黒き装甲にも多く付着した、それはただの土くれだったが。
『解析結果とは少し違うのですが、一つ、気付いたことがあって……いやでも、今はあんまり関係ないかもですが……』
(……? いや、気づいたことは言ってくれ。何かのヒントになるかも知れねえ)
そして、目前では機神が今まで見せたことのない挙動を開始した。
展開されていた翼が更に拡張され、何かを抱きしめるかのように両腕を大きく広げた。
(――――なるほどな、上手くいきゃ黒幕野郎の鼻を明かしてやれるかもだ)
『そうなのですか?』
(ああ、よく気づいてくれた。流石だぜ)
『ふむ……まだ当機の理解が追いついていませんが、お役に立てなら嬉しいです。えっへん』
ゆっくりと、巨大な脚部が持ち上がる。
機神の装甲が、戦うために動こうとしている。当然と言えば当然のことだった。
天使を模した機神は固定砲台にあらず。人型である意義、機動力を備えていない筈がない。
雷撃による攻、重力による守、ここにダメ押しの走が加わろうとしている。
「……このままでは実験にならない。工程を一つ切り上げるか」
キャスターにしてみれば、機動力は敵が動けなくなる前に使わなければ実験にならないという。
ただそれだけの理屈なのだが。
はたから見れば、弱る一方の相手に対してなんとも大人げない、情け容赦ない行為であった。
「来るぞマキナ、ちゃんと合わせろよ!」
『いえす、ますたー! 当機はちゃんと合わせます!』
しかし鋼鉄の主従の意思も未だ折れず。
襲い来る白の機神の巨体を、漆黒の鉄騎が迎え撃つ。
その時、並行していたもう一つの戦端は、実に対象的な様相を呈していた。
◇
195
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:30:09 ID:SMFFUfMU0
闇の中を飛び回る、夜よりも深き黒が在る。
和装に貼り付けられた大量の札がはためき、ぱたたと軽い音を鳴らす。
軽快な挙動に反し、内在するエネルギーと計測される速度はジェット機もかくやと言うほどの超高速。
横切るだけでビル壁の窓ガラスがまとめて弾け飛び、立ち並ぶ街灯が次々とへし折れていく。
星の弓兵――悪神・天津甕星は最初から一切の加減無く、フルスロットルで攻勢に出た。
標的は路上に佇む槍兵、老王カドモス。
最高速で死角に回り込み、急所に向けて矢を引き絞る。
反応など許さない。視覚情報に頼った手合であれば、撃たれたことに気づかぬまま脊髄を穿たれ、仰向けに倒れ臥すだろう。
事実、この時も、老王は振り返ることすら出来ていなかった。アーチャーの視線の先では未だに無防備な背中が晒されている。
現状、オルフィレウスによって戦闘に付き合わされている彼女は兎に角やる気がなく。
しかし、それは消極的であることを意味しない。
オルフィレウスが救済機構を破壊するまで、のらりくらりと戦闘を続ける選択肢も捨てていないが、カドモスとていずれは敵となる聖杯戦争の参加者であることに変わりはない。
ならばむしろ速攻で仕留め、義理を果たしたうえで早々に離脱するのが一番楽で手早いだろうと。
彼女はそう考え、先手必勝の一射を放ったのだが―――
「――――いぃ!?」
あり得ざる現象。
突如跳ね返ってきた自らの矢を、仰向けに倒れ込むようにして回避する。
よろけながらもめげずに、そのまま逆立ちの姿勢で飛行しながら二の矢、三の矢を放ち。
「――――ちょっと! なに……それっ!?」
再度、跳ね返った二射を急上昇によってなんとか躱し切り、朽ち果てたビルの上に着地した。
偶然ではない、敵は3発立て続けに、射撃を打ち返してきた。それも、振り向かぬままにだ。
身体の向きを変えぬまま、老王の左腕のみが跳ねるように動き。
後方に回された鉄槍の芯が完璧なタイミングで矢を受け止め、あまつさえ反射させたのだ。
なんという戦闘勘であろうか、死角からの攻撃にも完璧に対応された。
まるで背中に目が付いているかのように、王の佇まいに隙はない。
「―――だったら、これで!」
敵の前後左右を囲う多方面射撃に加え、上下の角度差を追加した立体包囲網。
ビルの屋上を飛び回りながらの釣瓶打ちは、王の見上げた夜空を既に矢で埋め尽くしている。
「オマケにもってけ――!」
締めの一撃は真正面から、最大まで引き絞った最速の一射を叩き込む。
視界を覆う矢の豪雨が新たなる死角となり、取り囲まれた槍兵へと闇色の光が一閃する。
アーチャーの指にも手応えがあった。
滝の如き矢の濁流、更にそれごと横合いから吹き飛ばす渾身の一射。
その全てが致死の威力であり、そして、その全てを、
「雑だ」
王は淡白な嗄れ声を発すると共に、一動作でまとめて砕き散らした。
「――――は?」
カドモスの為した動作は先程の反射よりも更にシンプルで最低限の動きでしか無かった。
両腕に握る鉄槍を足元の地面に勢いよく突き刺しただけの。
たったそれだけの動作によって発せられた衝撃が、2百発を超える矢の雨を纏めて吹き飛ばしたのだ。
王を中心に、へし折られ弾け飛んだ矢の跳弾が全方位に撒き散らされる。
路上を穴だらけにし、ビルの外壁を蜂の巣に変え、咄嗟にビルの内部に転がり込んだアーチャーの頭上を通り抜けていく。
「い……たぁ……」
転がった表紙に先ほど受けた傷口をぶつけたのか、脇腹を擦りつつビル壁に穿たれた穴から地上を覗き込むアーチャーの視線を、地の老王は正面から捉えていた。
ぞく、と。星神の背中に寒気が走る。
「そして、やはり鈍い。
一撃が軽く、囲いは薄く、決め切るには詰めが甘い。
不興だ。曲芸がやりたいなら見世物として仕上げてこい、星の娘」
「あんた……なんなの……?」
強い。アーチャーは無限の動力を手にした今であっても、対面する敵を強敵と認めざるをえなかった。
敵の守りは強固だが、決して無敵の存在ではない。
最初に救済機構ごと巻き込んだ宝具による負傷。
アーチャーがここに着くまでに行われた、救済機構との戦闘による負傷はそれぞれ今も老王の肉体に刻まれたままだ。
しかし、ランサーとの直接戦闘が始まってからここまで、アーチャーは一撃たりとも入れられていなかった。
技工の面で負けていることは認めよう。
それでも、速度面では比較にならないほど上回っている筈なのだ。
生半可な戦闘経験、小手先の戦闘技能などで補われるようなスペック差ではない。
まさしく天地ほどの速度差がありながら、突き崩せぬ堅牢さに、逆に追い詰められているような圧迫感すら感じている。
196
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:34:02 ID:SMFFUfMU0
アルターエゴとキャスターの戦闘に対して、こちらは実に対象的な様相を呈していた。
高機動を活かして攻勢をしかけるアーチャーに対し、ランサーはどっしりと地に足を付けたまま、不動の構えで迎え撃つ。
「言っても無駄だと思うけど……」
そう前置きして、アーチャーは地上のランサーに声をかける。
「あの口の悪いキャスターも言ってたけどさ、プライド捨てて一旦こっちに付いたら?
王様だかなんだがしんないけど、どっちが優勢かなんてバカでもわかるでしょ?」
「浅はかな娘だな。儂が王の矜持だけで貴様らに相対しているとでも考えているのか?」
「え、違うの?」
「先程も言ったろうが、多人数戦は出る杭から討つものだ。
三つ巴だろうが四つ巴だろうがな。
そして今や最も厄介な敵は、あの無礼な魔術師よ」
故に手を組むなどありえない。
老王にとって最も警戒し、誅するべき敵であろうと。
「だけど、今はまだ、そんなこと言う時期でもないでしょうに」
アーチャーの手の中にある懐中時計。
無限の動力を生み出す、針音の炉心。
彼女とて分かっている。
オルフィレウスもまたカドモスと同じように、討ち果たすべき敵。
しかし今はまだ―――利用価値がある、この時計のように。
戦いがより佳境に入るまでは―――まだ。
「痴れ者め、貴様は根本的に勘違いをしているのだ」
カドモスはそこで、ようやく身体の向きを変えた。
「時期だと……?
貴様は今が、どういう時期だと認識している?
アレが黒幕を名乗り地に降り立った今、なにか策を弄する猶予でも在ると思っているのか?」
アーチャーを正面から俯瞰し、その在り方を嘲っている。
「いまは既に、策を実行するべき時期に在る。
此処から先はそれを自覚できず、遅れたものから追いつかれ、振り落とされていくのだろうよ。
覚えておくがいい……貴様がこの地から生きて出られればの話だがな」
運命は加速する。それを自覚せぬままに、自らの運命に追いつかれる。
それは誰の身にも降りかかる不可視の現象。
針音の街に招かれたマスター達、サーヴァントとて例外なく。
ならばアーチャー、天津甕星にとって、それが今でないとなぜ言い切れる。
「そしてもう一つ、勘違いを正しておく。
儂はあのエウリピデスの仔の側に立つつもりもない。
儂にしてみれば、貴様ら三騎は纏めて屠るべき敵なのだ」
「なにそれ? ここで全員皆殺しにしてやるって言いたいわけ?
そんなこと―――」
「できるとも。儂を誰だと思っているのだ、不敬者。
では話は終わりだ。そろそろ死ぬか、愚かな星の娘よ」
197
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:35:31 ID:SMFFUfMU0
槍を持ち上げ、いよいよ攻勢に転じようとしている王者。
対し、既に弓兵も新たな矢を番えている。
「……あんたが誰とか、別にどうでもいいよ爺様」
そして今度こそは、本当に加減無しの一射だ。
黒光が矢に込められ、対敵を屠らんと唸りを上げている。
宝具、開帳。『神威大星・星神一過(アメノカガセオ)』。
それは今のアーチャーが可能とする、最高出力かつ実に無法の最強戦術。
握る懐中時計、与えられた無限の動力によって、本来は霊基を削る宝具のデメリットを踏み倒し、対城クラスに迫る威力を無償で乱発する事が出来る。
「私にも私の望みがあって、そのために此処で、未だに続けてるんだ」
嫌で嫌でしょうがない、神様の役を。
黙し語らぬ殉教の徒を抱えたまま、神でありながら神と敵対する肉体を動かし、まつろわぬ者たちの最期の寄る辺として流離った。
望まれた星神にもなれず、望んだ人の生も得られず。
八つ当たりのように続けた、狂おしき神楽の果てに。
「これさ、なんかズルしてるみたいな気分になるから、あんまりやりたくなかったんだけど」
一人ぼっちの神様に、最期に残った。
後ろ向きな願い、それでも。
「イケズなジジイにかますなら、別に良心も痛まないから助かるね」
「ぬかせ、悪神。さっさと撃って来い、踏み砕いてやろう」
天より、引き絞った矢が、下方へと解き放たれる。
地より、構えた鉄槍が、上方へと突き出される。
もはや出し惜しみは不要。
両者ともに、敵の撃滅を果たすべく開放する宝具、その真名を解き放った。
「―――神威大星・星神一過(アメノカガセオ)」
「―――我過ちし栄光の槍(トラゴイディア・カドメイア)」
◇
198
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:37:30 ID:SMFFUfMU0
純白の鉄腕が唸りを上げ、高層ビルを殴り飛ばす。
壁面のコンクリートに網目状に走る罅、直後、粉砕される人の文明。
轟音とともに跳ね上がった瓦礫と土煙が瀑布の如くに落下する。
現実感を根こそぎ吹き飛ばすような暴挙に、雪村は一瞬だけ瞠目し、直ぐに意識を切り替える。
驚くな、揺れるな、今更常識に囚われて動きを止めるな。
当たり前は覆る。そういう物だと思わねば、この先の戦いを生き残ることは出来ない。
巨大なる機神は、その見た目に似合わぬ高機動をもってこちらに襲いかかってくる。
九門の砲の乱射に加え、遂にはその両椀を振るい、近接戦闘を織り交ぜてきた。
左の鉄腕によって邪魔な高層ビルを払い除け、次いで右腕によって叩き潰さんと振り上げる。
対して、空中で身を捻る黒の鉄騎。
落下してくる瓦礫と敵の右腕を縫うような軌道で躱しながら、回り込んで急上昇。
敵の上空に位置取り、その反撃を実行する。
「マキナ―――神機変装(フォームチェンジ)!」
『あい・こぴー!
コード:オレステスより、アポロン実行……!』
鉄騎の主武装であった鉄塊の棍棒が強烈な閃光を発しながら弾け、新たな武装に変じていく。
同時に漆黒の装甲が一部再構築、合わせてカラーリングも組み変えられていく。
現れたるは銀の大弓、それを掴む腕部には同じく銀の鉄籠手が装着されていた。
黒の機体、その右腕部籠手から頭部右眼に至るまで、ラインを引くように刻まれた銀色。
フォーム:アポロン。
神機融合モードにおける、遠距離特化形態である。
『即時、仮想宝具起動回路励起――All's well that ends well(終わりよければ全てよし)!』
「是――――『汝、地平を穿つ白銀(シューティングアース・ディロス)』」
天より落とされし銀閃。
換装から間を置かず、地を砕く仮想宝具の一射が機神へと放たれた。
巨大天使はその速度から回避は不能と判断したのか、両腕をクロスし、胎児のような防御態勢に移行する。
展開していた六枚の翼が前方に突き出され、巨体を包み込むように閉じられた。
白の翼と銀の矢は数秒ほど拮抗。そしてバウンドするかのような不可解な挙動で、まるで表面に弾力でもあるかのように、あらぬ方向に矢が弾かれる。
『敵機、損傷無し!
やはりこの仮想宝具では、重力障壁を突破できません!』
「―――ちっ、これでも駄目かよ!」
戦闘開始から、ただの一撃も与えられていない現状。
仮想宝具という、大量の魔力リソースを吐き出して尚、打開策は見えぬままタイムリミットが迫りくる。
機神は羽を格納し、お返しとばかりに再び九門の砲を開いていた。
乱れ飛ぶ赤い雷撃と鉄腕の追撃。
それらを躱し、余波による筋肉痙攣に蝕まれながらも、雪村はマキナへと笑いかけた。
「だが、敵さん初めて"防御"しやがった。意味がなかったわけじゃねえな」
『いえす、ますたー。ひんとを基に解析、あんど自己改造を続行します!』
199
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:39:23 ID:SMFFUfMU0
巨人は常に重力制御の守りを展開しており、通常の攻撃では押し切れる気配もない。
仮想宝具を使用して尚、体勢を変えさせただけに過ぎない。
それでも男は良しと断ずる。一向に答が示されずとも、僅かな挙動から真相を深掘る。
今までもずっとそうしてきた。それしか出来ないから、それをやるのだ。
窮地にありながら、このとき男の意思は聖杯戦争が始まって以来、最高の過熱を見せていた。
まだ死ねない、死ぬわけには行かない。
黒幕との邂逅、そして遂に触れた"蛇"の手がかり。止まっていた針が、漸く進もうとしているのだ。
マキナにもその意思が伝わったのか、彼女もまた弱音一つ吐かず、男に並び立つ闘志を発揮していた。
『ますたー、近接戦闘を開始して以降、敵機の重力壁が一部脆くなっています。
よって精度を突き崩す余地はG加速度の過多、或いは対処するGの方向過多にあると推定』
「理屈は分かんねえが、結局どうやったらアレを破れる!?」
『制御を突き破る威力の攻撃を持続的に行う。
あるいは、複数方向からの自然重力に晒すことができれば、一時的ですが重力壁を無力化することが可能かと!』
前者、力ずくの貫通は―――高威力と貫通性を備えた宝具によって、たった今試した。
結果は示された通り。
そして後者はつまり、敵を複数方向の重力に晒し、制御を失わせるという試み。
例えば、あの巨体を遥か上空に打ち上げることが出来れば、落下の際は姿勢制御の為の重力操作で手一杯となり、防御に回すリソースを一時的に奪うことが出来るだろう。
しかしそのような手段があるとは思えなかった。
白の巨体は鉄の両脚でしっかりと大地を踏みしめている。
その総重量を持ち上げる程の攻撃が可能であれば、そもそも前者の方法で突破を試みればいい。
「だったら、いよいよプランBしかねえな!
試してる余裕はねえし、ぶっつけ本番だ! 腹ァくくれよ、マキナ!」
『がんばりますっ!』
残る魔力はあと僅か。
仮想宝具に回せるリソースは、おそらく一回が限度だろう。
いよいよ目前に迫る終末に、神と人は、合一された意思をもって挑みかかった。
◇
200
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:42:12 ID:SMFFUfMU0
二つの戦場で白と黒が相克する。
一つは、白の機神と黒の鉄騎、二つの機構が織りなす螺旋。
そしてもう一つは―――
「くーーーーたーーーーばーーーーれーーーーーーーージジィーーーーーーー!!!!」
黒き流星群が飛来する。
ソニックブームを炸裂させながら夜空を飛行する星神。
天津甕星は災厄の雨を投下する。
小手調べは既に終えた。
これは掛け値なしに本気の攻勢、なんなら常時の本気を上回るほどの程の全開だ。
身を削って放つ事で成り立たせていた高火力の宝具を、何のデメリットもなく乱発する。
本人曰くズル。どこかのニートな少女が表現するならばチート。
そういう無法のコスト踏み倒しでもって、避け得ぬ破滅を顕現させる。
「二度も言わせるな―――雑だ」
で、あれば、真に異様たるは、それを前にも動じぬ者だ。
応ずる槍兵は尚も不動。
己が二足で大地に悠然と立ち、落下する凶星を俯瞰する。
行うは必要最低限の動作のみ。
建国の王者は無駄を削ぎ落とした流麗な所作で槍を取る。
老いてなお鍛え抜かれた頑強な上腕、回旋鍵板が唸りを上げて引き絞られる。
全身を腰だめに構えた鉄槍。
氾濫する魔力が一瞬、後方に立ち昇ったと見るや、輝きの軌跡が夜を貫いた。
「――――――なッ!?」
連鎖爆発する黒光と白光。
杉並の空が二色の華火に塗りつぶされていく。
下方で咲き続ける光の花々に、アーチャーは己が眼を疑った。
一発一発が城を崩す宝具の乱射を、槍兵もまた自らの宝具、神速の槍撃をもって全て撃ち落としているのだ。
言葉にすればそれだけの、しかし驚嘆するべき結果が現実として目下に在る。
「あんた……なんなの……?」
先ほどと全く同じ台詞。
しかし、込められた感情はより強い。
「おかしい……絶対におかしい……なんでこんなデタラメが可能なわけ?」
割と自分のことを完全に棚に上げた発言だが、彼女の疑問もまたむべなるかな。
アーチャーは己の無法がある種の特例であることを自覚している。
無限の動力。正直に感想として、それをフル稼働させた今、恐怖すら感じたのだ。
普通に考えれば、こんな代物を、おいそれと渡していい筈がない。
黒幕に対して使えないという制限を加味しても、こんなデタラメなアイテムがあっては、聖杯戦争という儀式の体裁が破綻しかねない。
ならば、黒幕は、あのキャスターは、"それならそれで構わない"と思っているのか。
―――貴様は今が、どういう時期だと認識している?
運命の加速。タイムリミット。
先ほどの老王の言葉が過る。
いずれにせよ、これは特権だった筈だ。
あり得ざる運営用アイテムの齎した天災を、何故、ただの槍兵が自力のみで受けきれるのか。
「―――片腹痛し。先程の神霊の小娘といい、神が聞いて呆れるわ。
視線、指、なにより気配。何もかもが愚直で芸が無い。
貴様らは戦というものを、まるで理解していないと見える」
「そんな話してない!」
技の精度、戦の理解によって弓兵の攻撃が捌かれ続けている。
それはしかし、根本的な疑問の回答には成り得ない。
不条理の前に現れた不条理。アーチャーは黒き光と落とし続けながら憤慨する。
「なんであんた――――未だにっ―――そんなっ―――元気いっぱいなのっかってっ―――聞いってんっのッ!」
宝具を撃ち落とすために放たれる宝具。
弓兵の無法は永久機関によって説明がつく。
しかし槍兵の拮抗は、一体どう説明すればいい。
無限の動力も持たず、陣地形成スキルを持つクラスでもない。
今に至ってマスターのフォローすら受けていない一介の槍兵が、どうやってこれほどの魔力を維持している。
いや、それどころか―――
「分からぬか? だから雑だと言うのだ。弓兵」
「嘘でしょ―――」
天に咲き乱れる華火を突き破り、白き一閃がアーチャーの脇腹を掠めた。
直撃を避けたにもかかわらず、逃れきれぬ破壊力の奔流が星神の身体を撃ち落とした。
「なんで、急に―――!?」
ランサーの宝具、その出力が上昇している。
槍撃のレンジが不意に拡張され、対空する弓兵を撃ち落とすまでに伸び上がったのだ。
201
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:47:41 ID:SMFFUfMU0
「急だと? 別にこの程度なら最初から出来たぞ。
駆け引きと呼ぶ域ですらないが、つまるところ戦とはこうやるのだ」
墜落しながら、アーチャーは地上で待ち受ける敵の姿を改めて睥睨する。
宝具の撃ち合いを継続しながらも、消耗を伺わせるどころか頑強さを増していく槍兵の霊基。
遭遇した時点よりも明らかに強化されている。なんらかの補正が掛かっているとしか思えない。
それも現在進行系で効果を増し続ける、不可解な現象だった。
「では―――王令を下す。処(ころ)せ、スパルトイ」
そして、落下する弓兵を待ち受ける者は王一人に非ず。
命を受けた二体の従者が、高層ビルの屋上から星の神に飛び掛かる。
ランサー、カドモスの第二宝具。
『我が許に集え、竜牙の星よ(サーヴァント・オブ・カドモス)』。
サーヴァントに伍する性能の竜牙兵、その総勢五体。
内、此処に推参する兵(つわもの)は二体。
他の三体は臣下の少女に貸し与えている為不在であるが、王はこの状況になんら不足を覚えていない。
黙し語らぬ人格なき青銅の兵団。
一体は剣を抜き放ち、もう一体はその背後から矢を放つ。
「ちか……よんなッ!」
高度を落としたといえども、空は未だに星神のテリトリー。
アーチャーは空中で身体を捻り、体勢を地面に対して逆さにすると同時に腰部を旋回。
両脚をぐるんと乱暴に振り回して、近接の間合いに入っていた竜牙兵を蹴り飛ばす。
更に続く動作で矢を引き絞り、後方のもう一体を撃ち落とす。
ほぼ同時に二体の竜牙兵が空中で弾き飛ばされ、高層ビルの壁に打ち込まれるようにして姿を消した。
それを横目に、アーチャーは懐の炉心を強く握りしめる。
無限の動力が素早く霊基の修復を開始する。適合者ほどの即効性はないものの、脇腹の傷口は徐々に塞がっていく。
ものの数分も経てば、跡も残らず消え去ろうだろう。
しかし――――
「何故、手を止める? どんなカラクリか知らぬが、そんな物に頼っているから鈍るのだ」
「―――――!?」
三度目の衝撃が脇腹を襲う。
今度こそまともに槍撃を受けてしまったアーチャーは、スパルトイの軌跡をなぞるようにビル壁へ打ち込まれた。
「敵の姿が見えなくなったときにこそ、警戒し身構えるものだろう」
その槍撃は、建造物一棟を隔てた場所から放たれていた。
壁抜き為らぬビル抜き。死角からの攻撃は弓兵の特権ではない。
そして、同じ場所に三回も被弾したのは偶然ではないだろう。
「やはり硬い。しかし、2、3ほど間を開けずに突けば流石に堪えるか?」
「あ〜〜〜〜もう! ムカつく〜〜〜このジジィ!」
追撃に差し向けられた竜牙兵を迎撃しながら、アーチャーは憤慨しかけていた。
だが一方で、今このとき相対する竜牙兵ですら、星神と正面戦闘が可能な性能を発揮している事実に、ぞわりと冷ややかな予感を得る。
ランサーは強敵だ。流石に認めざるを得ない。
不可解な強化は現在進行系で続いている。このまま戦い続けることに、潜在的な脅威を感じている。
高速戦闘を継続しながら、アーチャーは考えていた。
どうするべきか。
キャスターに異常を伝え、連携を図るべきか。
いっそのことランサーの相手を取りやめ、救済機構を集中狙いした方が仕事が早く済むかも知れない。
早々に二対一の構図を作ってしまうべきなのでは。
と、丁度このように思考した矢先のことであったのだ。
「思ったより早かったな」
202
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:50:01 ID:SMFFUfMU0
老王の声が発せられた、数瞬の後。
アーチャーとランサーの間に聳えていた建造物を数軒纏めて轢き潰し、巨大なる機神が現れる。
間を置かず開かれる九つの砲、真紅の雷撃がカドモスを狙って放たれた。
躱す素振りも見せぬ老王は握る鉄槍を一振りし、
「―――神機変装(フォームチェンジ)!」
『コード:ヒケティデスより、アテネ実行!』
代わりに雷撃を受け止めた黒の鉄騎、大盾に換装したデウス・エクス・マキナと入れ替わるようにして、神速の槍撃を撃ち返した。
「―――我過ちし栄光の槍(トラゴイディア・カドメイア)!」
レンジの拡張された光の放射は、白の機神の前面装甲に直撃。
やはり重力の壁の前に弾かれたものの、その巨体を数歩後ろに下がらせていた。
「余計なことをするな無礼者。邪魔だ」
「せっかく助けてやったのに、酷え言い草だな爺さん。そろそろちゃんと連携しようぜ」
『当機からも! こんびねーしょん、を推奨します』
悲劇の老王と救済の鉄騎。
ここに、相反する属性を持つ2騎が並び立っている。
「連携だと? これは異なことだ。貴様らは儂と共闘でもしているつもりだったのか?
だとしたら勘違いも甚だしいな。せいぜい役に立ってから死ぬことを許可したに過ぎん」
「役に立つ前に死ぬなよってことか。激励痛み入るね」
「喧しい。儂の邪魔になるようであれば、戦の最中であろうが即座に打ち捨ててやろう。肝に銘じておけ」
向かい合うは悪なる星神、そして―――
「情けない。炉心を握りながら何をしている? アーチャー。
バカ火力だけがおまえの取り柄だろうに」
針音の術者、永久機関の発明者。
オルフィレウスの時を刻む両眼が、機神の上からアーチャーを見下ろしていた。
「あのねえ、見て分かんない? あのランサーどう考えてもおかしいでしょうが!」
「そのようだな」
「そのようだな……じゃないっての!
あんた黒幕名乗ってんだから、あいつの正体とか分かってるんでしょ?
一体どういうカラクリなワケ?」
理不尽な誹りに全力で抗議するアーチャーへと、全てを掌握する筈の黒幕は、軽く顎に手を当てて呟いた。
「さてな」
「―――はあ!?」
「だが、今に分かるだろう。実験はもうすぐ終いだ」
そうして合流する二つの戦場。
状況はいよいよ混戦に至り、この戦場における最終局面が近づいていた。
◇
203
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:56:39 ID:SMFFUfMU0
「では、《Seraph=Ζήνων》試験運用―――最終段階に移行する」
オルフィレウスは実験の締めくくりを宣言する。
もう充分、取るべきデータは蓄積した。
救済機構にも、老いた王にも、もはや利用価値は見いだせない。
ぱりぱりと耳障りな音が鳴る。
機体から発せられる電磁波が街全体を覆っていく。
デウス・エクス・マキナ、カドモス、ついでに天津甕星も巻き込んで、運動性能を蝕む赤い電磁場が拡張される。
「ちょっ……とぉ、私までビリビリしてるんですけど……!」
「炉心の自動修復で補える範囲だろう。いちいちうるさいな」
次いで開かれる砲門。赤き雷撃の放射に、今度は弓兵の射撃も重なっては手が付けられない。
遂に運動機能の限界を迎えたマキナは防御特化フォームを解くこともままならず。
砲撃を受け止めた盾ごと押し流されて地面を転がっていた。
星の悪神に対して互角以上の立ち回りを見せていたカドモスでさえ、全身に纏わりつく雷撃を払えず、片膝をついている。
あっけないな、と。
拍子抜けた様子で、アーチャーは状況を俯瞰していた。
あれほど強固な存在に感じた槍兵も、機神を相手に粘り続けていた鉄騎も、いとも簡単に動きを止めてしまった。
とはいえ考えてみれば当たり前のことだった。
永久機関、そのフル稼働する炉心を二つも戦地へ同時に投入してしまえば勝負が成立する筈もない。
「無様だな」
理不尽を押し付ける術者は、泥まみれの鉄騎を見下ろしている。
彼は今も、雪村鉄志をみていない。
男の纏う装甲、そこに宿る神霊のみを見つめている。
「こんなものか、救済機構」
お前など取るに足りない。
「人類(ひと)はボクが救っておく。ボクなりのやり方でね。
最期には全部が報われるんだから、安心して盃に溶けろよ救済機構。
きみの物語(ごつごうしゅぎ)は、それで帳尻が合うだろう」
歯牙にも掛けぬと宣言していながら、どことなく落胆を滲ませる声。
「どこがだよ……」
「なに……?」
「俺達のどこが……無様だって聞いてんだ」
誰が見ても満身創痍の様相で、男は遂に膝をついている。
「泥だらけで、血まみれで、それで掴めるもんがあるなら、構わねえよ俺は。
なんにも分かんねえ内に、全部取りこぼしちまうことに比べりゃな」
魔力は底を尽きかけている。
体力は限界に差し掛かっている。
「一つ推理を披露してやるよ」
204
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:58:03 ID:SMFFUfMU0
それでも彼は笑っている。
傷ついても、痛んでも。それでも求めるものに近づけるならば喜んで受け入れる。
「俺は一ヶ月、ある程度この街を調べてきたつもりだ。
だから、テメエのデカブツがどこで作られてるか、大体は検討ついてるぜ」
針音の主は答えない。
言葉の続きを待っているのか。そもそも興味がないのか。
「結論を言っちまえば、こんな物を隠せる場所は、この街にはねえ。
だったら、まあ、そういうことだろ?」
所々装甲が剥がれ、生身の除く指先を一本、上に向けた。
「天上だ。テメエの工房はそこにある。
高いところからのゲーム盤を見下ろすのは楽しいかい、黒幕気取りが」
「言いたいことはそれで全部か? ならばもう終わらせるが。
結局、予想通りの実験結果だったな」
少年の腕が上がる。
残酷な科学者の決定が、物語(ページ)を読み飛ばす。
同時に、悪神の弓が引き絞られていく。
長時間磁場に晒された鉄騎に、それを躱す余力はない。
雪村鉄志の運命、至るべき筋書き、辿るシナリオを中断する。
デウス・エクス・マキナの運命、その小さな胸に抱えた夢、科学者の望みと対極に位置する到達の道程を切断する。
「何が推理だ。それを知ったところで何ができる?
土に塗れて消えるが本望なら好きにしろ。規定通りの最期を迎えればいい」
オルフィレウスは興味を持たない。
彼の救済は個人の運命に向き得ない。
腕が下ろされ、彼らの物語が終わる、その間際に。
「―――土を食ってこそ分かることもあんだよ。
テメエこそ、たまには高えところから降りて泥に塗れてみろよ。
そんなだから、大事な事を見落としちまうんだ」
あり得ざる開門が行われた。
「―――"第三宝具"、開帳」
鉄槍が地に突き立つ。
「待ちくたびれたぜ、爺さん」
そのとき、杉並の大地が、なんら誇張なく、砕けて散った。
「―――『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』」
205
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 12:59:38 ID:SMFFUfMU0
「――――な、なにそれっ!?」
「――――おまえ」
巻き起こる異常事態に、アーチャーの表情は驚愕に包まれ。
「おまえ、いったい、なにをしていた?」
このとき、この日、初めて針音のキャスターの表情に、怒りの筋が走っていた。
視線の先は、救済機構ではなく、膝をついたように見えていたランサー、地に触れていた一人の老王。
「……揃いも揃って、礼儀を知らぬ愚物共が」
重苦しい声が夜天に向けて放たれた。
都市の真ん中に穴が開いている。杉並区の路上、その半径7キロメートルにもわたる範囲が、円形にえぐり取られていた。
地面も、その上に立つ建造部も、円の内側の空間に吸い込まれるようにして落ちていく。つまり一瞬の地盤沈下。
穴の中心は杉並区西端の寺院、その地下。
聖杯戦争開始以降、そこから広がり続けていた青銅の地下空間。
それがこのとき、既に杉並の街の地下、その半分以上を飲み込んでいたのだ。
「……もう一度問う。
貴様ら、一体誰の領土で許可なく呼吸している?」
突如発生した地盤崩し。全員が巻き込まれていく。青銅の地下空間へと落下する。
不意に襲った浮遊と墜落。誰もが平等に意識を持っていかれる。
そしてそれは、彼らが待ちに待った瞬間なのだった。
『―――アポロン実行!』
空中の鉄騎が、銀の弓を構える。
狙いは一つ、突然の地盤落下に巻き込まれ、予想外の重力に囚われた白の機神。
「―――神機変装(フォームチェンジ)!」
今なら重力制御による防御は正常に作用しない。
乾坤一擲の宝具、光明の一射が過たず機神の頭部を捉え―――
「"令呪をもって命じる"」
たかに、見せかけた、
「"『第五の外装』を強制開放せよ!"」
宝具ではない、ただの射撃が不完全ながらも展開された重力壁に阻まれる。
『――あい・こぴー!
令呪承認。充填された予備動力をもって、試作段階の外装、その一部を限定解禁します!
――コード:バッカイ及びボイニッサイより、カドモス限定実行!』
雪村鉄志の令呪(オーダー)にマキナが応える。
鉄騎の右半身が白き装甲に変じていく。
主武装は弓から槍へ。
此処で育て上げた、マキナの解釈が結実する。
『解釈一致率、70%に到達!
令呪による加算を行い、仮想宝具起動条件を満たします!』
「行くぜ爺さん!」
『時の氏神は、掲げる慈悲を此処に示す。
仮想宝具起動回路励起――All's well that ends well(終わりよければ全てよし)!』
「合わせてくれよ!」
落下の渦中、神速の槍撃が迸る。
二つ同時に、背中合わせに、全くの逆方向へと。
「―――――――『我過ちし栄光の槍(トラゴイディア・カドメイア)』!」
「是――――――『我過ちし栄光の槍(トラゴイディア・カドメイア)』!」
鉄騎によって胸部装甲を撃ち抜かれた機神が体制を崩す。
老王によって脇腹を四度抉られた星神が弾き飛ばされる。
206
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:01:55 ID:SMFFUfMU0
そして、この瞬間のみ、二機の炉心が、全くの同時に動きを止めた。
「今しかねえッ―――連続、変装ッ!!」
これが彼らの作り出したかった隙。
ただ一つの活路。
是と定めた、待ちに待った、離脱の好機だったのだ。
「……キツイだろうが、頑張ってくれ嬢ちゃん!」
『―――コード……イピネゲイア……より、アキレウス実行……!!』
装甲に緑色のラインが走る。
白鉄の槍が弾けて消え、代わりに現れた主武装は――――
『仮想宝具起動回路励起――!!』
大型の二輪戦闘車両。
それ即ち――――
「是――――――『『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)』!」
重力に逆らい、天への飛翔を為さしめる。
最速の仮想宝具(オートバイ)である。
「さあ突っ走るぜ! 星の如くなッ!」
『たーぼ全開!!
―――このまま戦域を離脱します!!』
凄まじい負荷によって青銅空間へと飲み込まれていく三騎を置き去りにして、黒の鉄騎は空へと昇っていく。
作戦通り、追撃を躱し切り、ものの数秒で杉並区のエリアを脱出する。
そうして今まさに、隣の区の境界に差し掛かる。
その、直前のことだった。
『―――前方に障害物ッ!?
ますたー、回避を――――!!』
「――――な―――あ――ッ!?」
夜空に、真っ赤な華が咲いた。
星神の黒光ではない、老王の白光でもない。
それは鉄の装甲が大破したことによって巻き起こった華火。
成功する筈だった離脱劇。
その目前で、戦車は不可視の壁に激突したのだ。
「これ――は―――?」
熱に包まれる装甲の内側で、警告音(アラート)が鳴り響く
全身を切り刻まれるような衝撃の最中で、雪村は気づいた。
「――――虫――――?」
白き機械の群れが、杉並の境界を包囲するように覆っていた。
それは薄く張り巡らされた、まさしくぶつかるほどに接近しなければ分からない悪辣な壁。
『ますたー! 墜落します! しっかりしてください! ますたー!!』
薄れゆく意識の中で。
雪村は見た。自らを絡め取った敵の正体を。
空中に張り巡らされた純白の機械甲虫が羽音を響かせている。
まるでこの街に巣食う蝗害を模したような。
その表面に小さく、銘が刻まれていた。
――――《Seraph=Ψυχή》。
◇
207
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:03:58 ID:SMFFUfMU0
「逃がすと思うのか、間抜け」
オルフィレウスの腕が下ろされ、裁定は下された。
「それでボクの裏をかいたつもりだったか?
甘いんだよ救済機構、実験機が一機だけだと誰が言った。
分かりきった逃げ道を塞がぬ理由がどこにある」
指先で自分の膝下を忙しなくつつき、彼は忌々しげに吐き捨てた。
東の空で散りゆく存在へ、続けて容赦ない追撃を加えんとし。
「鉄くずになれ。《Seraph=Ψυχή》、試験運用―――開」
「なんか、随分必死じゃん」
隣の少女の一言に、その動きを止めた。
「なんだと?」
「いや、随分とムキになっちゃってさ。
ホントに必死なんだなって、思っただけだけど」
起動しようとしていたセラフシリーズの二号機を静止させ、聞き捨てならない言動を咎める。
「それはボクのことを言っているのか?」
「他に誰がいんの?
あっちのデッカイのやつ使って。これだけで充分だ、既に過剰火力だがね……。
とか言ってたくせに、あくまでついでじゃなかったの?
前言撤回してでも殺しにかかるなんて、よっぽどあの子が怖いんだ」
「……………」
しばし、仏頂面で黙りこくった後、オルフィレウスはゆっくりと腕を降ろし、大きな溜息をついた。
恒星の資格者は現れ得ない。それが彼の一貫した結論だった。
ただし、仮にそう呼べる候補を想定するならば。
資格要件の一つとは、一度目を知り、太陽の光を知る者の推挙。
であるならば枠は最大6つであるはずで、しかし、ここに番外が存在するとしたら。
オルフィレウス。
サーヴァントでは唯一、一度目を記憶し、太陽を知る者。
もしも、デウス・エクス・マキナが資格者であるならば。
その擁立者は、他ならぬ彼以外にありえない。
好意でもない。まして共感ではない。
利用しようという打算ですらない。単なる同族嫌悪。
そして今の彼が、太陽を絶対と信じる彼こそが、敵であると定め。
敵に成りうると手を下そうとした、その事実こそが―――
「実験終了だ」
「もういいの?」
「当たり前だろう、必要なデータは揃ったんだ。
ならば此処にいる意味もない。それに―――」
二騎は正面に向き直る。
そこに未だ立ち続ける、老王の姿へと。
「あくまで事は実験のついでに過ぎない。
最初からずっとそう言っているだろうが、バカバカしい。
対処するべき課題が見えた。どうやらセラフシリーズには改善の余地があるようだからな。さっさと工房に戻って作業に入る」
青銅門の奥、そこに座する王。
それはただの老いさらばえた王ではない。
「一つ、見えたわ。愚かなる科学者よ」
建国の王。カドモス。
今は、そう呼ぶのが正しい。
「この催しに目的を持つのは貴様だが、一方で、儂を呼んだのは貴様ではないな?」
建国王カドモスの第三宝具。
『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』
その本質とは、侵食型固有結界。
「目的のある貴様が、よりにもよって儂のような存在を招く筈なかろうものなあ」
取り分け、土地霊脈への侵食にある。
第二宝具、『我が許に集え、竜牙の星よ(サーヴァント・オブ・カドモス)』との発動と当時に、その宝具は静かに起動していたのだ。
従者(スパルトイ)の出現と同じく、召喚直後に回りだす歯車。
建国の王。
真髄は卓越した槍術でもなく、サーヴァント級の従者5体でもなく。
彼が、ただ一人から国を始めた。
その伝説。カドモスの現界とは、王の遠征を意味しない。
その宝具は国始まりを再現する。
つまり、彼の召喚とは、
「この地は既に、我が国土である」
古代都市国家テーバイの出現に等しいのだ。
208
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:06:42 ID:SMFFUfMU0
「あの、お気楽馬鹿女め……どれだけ厄介者を呼び込むつもりだよ」
オルフィレウスは此処に居ない自らの主を思い浮かべ毒づく。
一ヶ月かけて、地中深くで侵攻を続けた青銅領域は既に杉並区全域を覆っている。
今やこの地域は土地補正含め建国王のフィールドであり、放っておけば更に他の国まで侵食は広がるだろう。
「どうするの?」
「さっきから言ってるだろ、引き上げる」
「嘘でしょ、逃げんの?」
「好きに言え。ボクは意味のない行為に時間をかけない。意味のない思考にもだ」
テーバイの地で戦うにおいて、王は無双の強さを発揮する。
正面戦闘で打倒することは至難を極めるだろう。
たとえ天上に陣取る黒幕であろうとも。
これが杉並区におけるカドモスの強さ、向上し続ける王の出力の真相であった。
「好きに土地を耕していればいい。
猶予はセラフの改良が終わるまでの間に過ぎない。
それまで、限定された土地でのお山の大将を気取りを許してやる」
「御託は終わりか?
ならば処断する。首を差し出して並べ」
槍撃の過ぎた後には、幾つかの機械部品が散らばるのみ。
子どものような科学者も、星の悪神も、巨大な機神ですらも、青銅の大穴から姿を消していた。
「逃げ足の早い……」
地下に広がる青銅空間の中心にて、孤独な建国王は一人、歩き出す。
壁面をびっしりと青銅に囲われた回路はどこか、墓所のような静けさを湛えていた。
「しかし、針音の科学者か……厄介なことよな……」
空洞の最奥。
そこには一席の玉座がある。
聖杯戦争の最初期、陣取った寺院の地下、王を呼び出した少女の始まり地。
それはきっと、再び腰掛けた彼にとっても。
「どうやら、あまり猶予はないようだ。
……アルマナよ、おまえは如何にする?」
◇
209
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:08:10 ID:SMFFUfMU0
「―――ご―――は―――」
窓ガラスを叩き割って転がり込んだビジネスホテルは、既に廃墟と化していた。
『ますたー……』
「心配すんな……俺は……大丈夫だ………マキナ……」
雪村はボロボロになりながらも杉並から脱し、隣の区に逃げ延びた。
蝗害の避難地域指定されていたそのホテルは、もう何週間も人が入っておらず。
手入れは行き届いていなかったが、今の彼らには無人であることが何より都合良かった。
傷と血に塗れたその姿は、誰がどう見ても正常な様相ではない。
魔力の現界を迎え、強制解除される鉄甲。
サーヴァントと分離した雪村鉄志の身体は吐き出されるように、ホコリまみれのベッドの上に倒れ込んだ。
『ますたー! ああ、どうしよう! どうしたらっ……!』
戦っている最中は落ち着いていたマキナも、極度の集中から解き放たれた反動か、オロオロと取り乱している。
「そんなデカい声出さなくっても……大丈夫だっての……すぐに動けるようになる……」
事実、雪村には寝ている暇などなかった。
遂に掴んだ蛇の手がかり、そして黒幕との遭遇。
すぐにでも調査を再開しなければならない。
いや、その前に、河二とナシロ、二人の同盟者に情報を共有しなければ。
いやいや、もっと以前に、身を隠さなければならないのだ。
今、黒幕やその息のかかった敵に遭遇しては、今度こそ切り抜ける自身はない。
「あれ? おかしいな……全然、起き上がれねえや……悪いマキナ、ちょっとだけ、寝かせてくれ」
浮かんでは消える、次の行動指針。
不思議なことに、身体は指一本動かすことが出来なかった。
「多分、ちょっと寝たら、また動けるように……なる、だろ……から……」
ぱたぱたと水を持って駆け寄ってきた小さな少女が、耳元で何かを叫んでいる。
「悪いけどさ、後で……起こしてくれよ…………」
小さな手が、雪村の傷だらけの手を握って、何かを伝えようとしている。
けれどもう彼の意識は微睡みに溶けて、上手く聞き取ることが出来なかった。
「ちゃんと……起こして……くれよ…………絵里……」
男の意識はゆっくりと沈んでいく。
深い、深い、闇の底へと。
【世田谷区・ビジネスホテル(廃墟)/一日目・夜間】
210
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:09:51 ID:SMFFUfMU0
【雪村鉄志】
[状態]:気絶、疲労(極大)、全身にダメージ(大)
[令呪]:残り二画
[装備]:『杖』
[道具]:探偵として必要な各種小道具、ノートPC
[所持金]:社会人として考えるとあまり多くはない。良い服を買って更に減った。
[思考・状況]
基本方針:ニシキヘビを追い詰める。
0:――。
1:アーチャー(天津甕星)は、ニシキヘビについて知っている……?
2:今後はひとまず単独行動。ニシキヘビの調査と、状況への介入で聖杯戦争を進める。
3:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
4:〈一回目〉の参加者とこの世界の成り立ちを調査する。
5:マキナとの連携を強化する。
6:高乃河二と琴峯ナシロの〈事件〉についても、余裕があれば調べておく。
[備考]
※赤坂亜切から、〈はじまりの六人〉の特に『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』の情報を重点的に得ています。
【アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)】
[状態]:疲労(大)
[装備]:スキルにより変動
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターと共に聖杯戦争を戦う。
0:マスターを治療する。
1:マスターとの連携を強化する。
2:目指す神の在り方について、スカディに返すべき答えを考える。
3:信仰というものの在り方について、琴峯ナシロを観察して学習する。
4:おとうさま……
5:必要なことは実戦で学び、経験を積む。……あい・こぴー。
[備考]
※紺色のワンピース(長袖)と諸々の私服を買ってもらいました。わーい。
◇――――マテリアルが更新されました
『熱し、覚醒する戦闘機構(デア・エクス・チェンジ)』
新たな英霊外装が確認されました。
・機動力特化型、フォーム:アキレウス(主武装:二輪戦闘車両)
・中距離攻撃特化型、フォーム:カドモス(主武装:鉄槍)
※フォーム:カドモスについては、令呪『第五外装を強制開放せよ』による限定仕様。
今後、更にマキナによる英霊カドモスへの理解が進めば、形態が変更される可能性がある。
211
:
肇國のトラゴイディア
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:14:19 ID:SMFFUfMU0
【杉並区・廃寺跡/一日目・夜間】
【ランサー(カドモス)】
[状態]:全身にダメージ(中)、顔面にダメージ、君臨
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
1:当面は悪国の主従と共闘する。
2:悪国征蹂郎のサーヴァント(ライダー(戦争))に対する最大限の警戒と嫌悪。
3:傭兵(ノクト)に対して警戒。
4:事が済めば雪村鉄志とアルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)を処刑。
[備考]
本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
→青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。
◇――――マテリアルが更新されました
『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
建国の王、カドモスの伝説。テーバイという都市国家の興りを再現する。
正確に分類すれば第二宝具は第三宝具の効力の余波であり、こちらの方が祖にあたる。
第二宝具を使用した瞬間に同時起動する侵食型の固有結界。
召喚された際に召喚者が優れた地脈を押さえていれば、撒かれた歯から生じた小規模な結界が地下から地脈へと根を張り、世界の修正力を相殺する。
これにより固有結界として派手さはないものの、じわじわと広がり続け、気がつけば手の付けられない規模の"国土"が誕生することに。
逆に言えば、召喚時に地脈の確保に失敗すればこの宝具は使用できない。
カドモスの治めたテーバイの国、その国内に立つ限り、カドモスは土地補正を受けながら地脈のマナを吸い上げることが出来る。
現在のところ、仮想都市におけるテーバイの国土は彼の拠点とした寺院の地下から、杉並区の地下全域にまで根を広げ、更に隣接する区にまで侵食を続けている。
【???/一日目・夜間】
【アーチャー(天津甕星)】
[状態]:脇腹に損傷(修復中)
[装備]:弓と矢
[道具]:永久機関・万能炉心(懐中時計型)
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:優勝を目指す。
0:立ち回りかあ、どーしよっかなあ……。
1:当面は神寂縁に従う。
2:〈救済機構〉なるものの排除。
[備考]
※キャスター(オルフィレウス)から永久機関を貸与されました。
・神寂祓葉及びオルフィレウスに対する反抗行動には使用できません。
・所持している限り、霊基と魔力の自動回復効果を得られます。
・祓葉のように肉体に適合させているわけではないので、あそこまでの不死性は発揮できません。
・が、全体的に出力が向上しているでしょう。
【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康
[装備]:無限時計巨人〈セラフシリーズ〉
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
0:セラフシリーズの改良を最優先で実行。
1:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
2:〈救済機構〉や〈青銅領域〉を始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
[備考]
◇――――マテリアルが更新されました
『無限時計工房(クロックワーク・ファクトリー)』
新たな発明品が確認されました。
・無限時計光虫〈機体名:セラフ=プシュケー〉
蝗害を模して作られた機械虫の集合体。戦闘機能意外にも色々と仕事があり、東京の監視と情報収集を担っている。
212
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/04/07(月) 13:23:54 ID:SMFFUfMU0
投下終了です。
すみません名前欄で前編後編を区分けできておりませんでした。
>>197
までが『肇國のトラゴイディア(前編)』
>>198
以降が『肇國のトラゴイディア(後編)』になります。
213
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/09(水) 00:56:54 ID:9Q0xlt5A0
アーチャー(天津甕星)
キャスター(オルフィレウス) 予約します。
214
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:50:46 ID:wmjqoAtc0
投下します。
215
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:51:29 ID:wmjqoAtc0
『ごらん、巳花。綺麗だろう。私達を生み、育み、導いてくださる偉大なお空だ。両手を合わせて、父さん達のように拝みなさい』
――――お星さまが嫌いだった。
だって星が出てる日は、みんなおかしくなるから。
私が生まれ育ったのは、どこにでもあるようなちいさな集落だ。
年寄りばかりで子どもなんて数えるほどしかいない、物寂しい集落。
そこで助け合いながら暮らす部族の一員として、私は生まれた。
名前は今も覚えてる。巳花(みか)。かわいい名前だと思った。ちっちゃい頃から、ちょっと自慢だった。
部族の中で争いなんて滅多になく、あっても子どもの喧嘩ぐらいのもの。
血の繋がりは生まれを区別するだけのものでしかない。
みんなが家族で、みんなが仲間。今思うとちょっとクサいくらい、私の故郷は優しさで溢れていた。
のびのび成長させてもらったと思う。
イタズラもしたし、年相応にわがままも言った。
季節外れの桃が食べたいと駄々をこねて父親を命がけの冒険に出かけさせてしまったこともある。
木の棒一本だけ持って、嫌だ怖いとべそをかく弟を連れて化物が住むと噂の山に乗り込んだりもしたっけ。
それでも、そういう理由で怒られた記憶はない。そのくらいみんな優しくて、何かに怒るくらいなら肩寄せあって歌おうって感じで。
私はそんな人達が好きだった。そんな優しくて楽しい人達に、仲間の一員と思ってもらえてることが嬉しかった。
でも、ひとつだけ嫌いなことがあった。
星の見える夜は必ず外に出されて、お祈りをさせられる。
カガセオ様、カガセオ様。何卒我らを高き御空へお導きください。
不参加なんて許されない。一度お祈りなんてつまんないと言った時には、初めてお母さんに殴られた。
なんでも、星空の向こうにはカガセオ様ってとても偉い神さまがいるらしい。
正直ピンと来ない話だったけど、それでもちゃんと信じてたつもりだ。
私はみんなに倣って、誠心誠意お祈りを捧げた。捧げながら、大きくなった。特別な子しかなれないっていう、部族の巫女にもさせてもらった。
慣れ親しんだ故郷を離れねばならないって話が挙がって、みんな泣いたり怒ったりしてる時にも、カガセオ様は助けてくれなかった。
その頃になると、もうみんな怒っていない日がなかった。
天の傲慢はもはや許せぬ。天津神何する者ぞ、このまま奴らに奪われるばかりでいいのか。
何かがおかしくなっていくのを、肌で感じていた。
今にきっと、何かとてもひどいことが起きる。そう分かった。
だから必死にお祈りした。カガセオ様、カガセオ様、どうか我らをお救いください。欠かした日はなかった。星の出てない日でもひとり祈った。
それでも、カガセオ様は助けてくれなかった。
216
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:52:21 ID:wmjqoAtc0
集落はちゃんとおかしくなった。
なんでもみんなで死ぬらしい。
私にたましいを束ねて、みんなでお空に昇るらしい。
馬鹿になったのかと思った。
ふざけてるのかと思った。
もう誰も怒ってはいなかった。
みんな、壊れたみたいに笑ってた。
なんでも、これで全部救われるらしい。
故郷の土地は守られて、傲慢な天津神は滅ぼされ。
星の教えを守る敬虔な信徒達は星空に昇り、永久に幸せに暮らせるらしい。
――――狂ってると思った。
儀式の前の日、寝ている弟を叩き起こした。
三つ下の弟は、私の宝物だった。
いろいろ連れ回したりやんちゃに付き合わせたりしたけど、世界の誰より大事に思ってた。
だから起こした。伝えるためだ。一緒に逃げよう。こんなの絶対、間違ってる。
感情任せに全部叫んだ。
巫女の立場もあって誰にも言えなかったこと。
それとなく言っても、聞き入れられずに流されたこと。
故郷の土地なんてくれてやればいい。
どうしても嫌なら天津神にみんなで土下座でもすればいい。
こんな辺鄙な土地のために死ぬなんて、誇りなんかのために死ぬなんて、絶対におかしい。
弟は寝起きなのも相俟ってか目に見えて戸惑っていた。それでも構わず叫んだ。
みんなおかしい。狂ってる。
何も起きなかったらどうするんだ。カガセオ様が助けてくれなかったらどうするんだ。
第一今まで、一度でも助けてもらったことがあった?
私達が辛い時や悲しい時、一回でも神さまが手を差し伸べてくれたことがあった?
不作で明日の食べ物にも困ってる時。先代の長老が咳が止まらなくて一晩中苦しんで死んだ時。
川で遊んでた小さい子がいなくなった時。天津神の平定にみんなで頭を悩ませてた時。
星空の神さまは何かした? 何もしてくれなかった。星はただ綺麗なままで夜空にキラキラ輝いているだけだった。
溢れ出した"きもち"は止まらない。
今まで抱いてた違和感、感じてた不安、全部ぶちまけて。
そして。
――――カガセオ様なんて、本当はいないんじゃないの?
言ってはならないことを、言った。
後悔はなかった。だってそれも、今までずっと思ってたことだから。
綺麗な夜空には神さまなんていなくて。あの星々は単なる自然のひとつでしかなくて。
私達は吹く風や降る雨を指して"神さま"と呼ぶような、意味のないことをしてきたんじゃないかって。
ぜんぶ伝えた。伝えて、手を引っ掴んだ。逃げるためだ。そうすればきっと少しでも違う明日が来ると信じてた。
だけど。
引いた手は、頑なに拒まれて。
『お姉ちゃん』
『カガセオ様を悪く言ったら、駄目だよ』
困ったように笑いながら、弟は嗜めるみたいにそう言って――
そこで私は、逃げ場なんてどこにもないんだとわかった。
217
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:52:49 ID:wmjqoAtc0
◇◇
――――ねえ、私は?
◇◇
218
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:53:21 ID:wmjqoAtc0
「あんたの相棒ってさ、もしかしてめちゃくちゃバカなの?」
「否定はしかねるな」
治癒の完了した脇腹をなぞりながら、天津甕星は傍らの科学者にそう言った。
眉根は寄り、目は細められている。現代で言うところのジト目である。
それに対し、厭世家の科学者は彼女の視線などどこ吹く風といった様子で答える。
そう、否定はできない。アレが死ぬ程バカで、向こう見ずで、どうしようもない女なのは彼がいちばんよく知っている。
「あのランサーは国父、建国王だ。この国で言えばイザナギが近いだろう。
杉並区は奴の言う通り、カドモスの都市国家という概念を帯びてしまっている。
本腰入れて潰すならまだしも、セラフシリーズの試験運用段階で事を構えるにはやや手に余る。そう思ったので、退いた」
「だから最初から呼ぶなよそんな奴。黒幕が自前の土地奪われてどうすんのよ」
「それは……、……ボクもまったく同じことを思っているので如何とも答え難い。
たまさか言葉を離せてまともな見目を持った類人猿が神になった場合の弊害を見せられた気分だ。実に不愉快な心地だよ」
「あんたのマスターってゴリラなの?」
「否定はしかねる」
本日二度目の回答をしながら、科学者――オルフィレウスは嘆息した。
そう、老王カドモスの推測は当たっている。
オルフィレウスはまごうことなき都市の黒幕だが、その実参加者の選定には一切携わっていない。
如何に彼が天才なれど、東京都ほどの面積の仮想世界の構築とセラフシリーズの考案、そして未だ伏せられた主目的に向けての下準備。
これらのタスクを抱えた上で、優先度の比較的低い作業にまでかかずらう暇はなかったのだ。
大方、祓葉は大した選定も行わず来る者拒まずで全通ししたのだろう。
もっとも、その悪影響をオルフィレウスも考慮しなかったわけではない。
にも関わらず選定に携わらなかった理由はひとつだ。
「だがまあ、さしたる問題ではない。勝つのはボク達で、その一点は決して揺るがないからな」
神寂祓葉と自分が並び立っている以上、万にひとつも負けはない。
その圧倒的自負。不合理の極みのような、されども一度でも"彼女"に関わった者なら誰もが納得する究極の合理的思考。
それの下にこの第二次聖杯戦争は成り立っており、現にひと月の時間を経ても仮想都市は揺らぐ気配を見せぬままだ。
科学者の断言を聞いた偽の星神は嘆息し、皮肉るように悪態をついた。
「あんたって本当に他人の心とか分かんないのね。そのノロケじみた思考に付き合わされる私は堪ったもんじゃないんだけど?」
「不満か? なら貸してやった歯車を今すぐ返せ。君がいなくても此方は何とでもなる」
「ほらそういうとこ。何か凄い苦労人みたいな空気出してるけど、あんたも大概バカだと思うわよ私」
もちろん、天津甕星としてもこの時計を回収されては敵わない。
どうしても返せって言われたらのたうち回って駄々とか捏ねる。捏ねに捏ね倒す。
はっきり言って、天津甕星は欠片もプライドだとかそういうもののないサーヴァントである。
たとえ借り物の力だろうが便利なら使うし、生き延びるためなら躊躇なく背中を向けて全力で逃走できる。
なのでなんとなく話を逸らした。ほら見ろ力なんてあっても本質は変わんないのよ、と体内の同胞たちに意味のない悪態をついた。
219
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:54:22 ID:wmjqoAtc0
手を結んではならない奴と組んだ感は未だに否めないが、初めての実用でその有用性は十分わかった。
現に反則のカドモスはともかくとして、〈救済機構〉相手には終始圧倒したまま追い詰めることができたのだ。
あのいけ好かない老王に再三指摘された雑さ、自分が戦士ではなくあくまで巨大な力を振り回すだけの子どもである事実。
この時計は、それを解消してくれる。一番足りなかったものと言っても過言ではない。
天津神相手に暴れていた頃にこんなものがあったなら、ひょっとすると本当に連中の平定を止められていたかもしれないと思うくらいには。
(……まあ、今更そこに未練はないけどね)
重要なのは今この時、この戦いだ。
何の値打ちもない託されただけの願いではなく。
自らが抱え続けてきた、されど満たされることは決してなかった"願い"。
その成就こそが天津甕星、偽の星神が掲げる至上命題。
どんなに不格好でも失敗だらけでも、それを叶えるためならば自分はいくらだって戦える。
改めて手の中の時計を握り締めた少女神は、もう一度科学者へと視線を向けた。
「で。私は逃げた子連れを追っかければいいわけ?」
「ああ……それだがな、当分はおまえの目的を優先して構わない。ご苦労だった」
「は? ……え、排除したいんじゃなかったの? あのお子ちゃま神を」
「したいさ。極小だろうが危険分子の存在は無視できない。
偶然紛れ込んだ一匹の虫が巨大な農園を枯らした例など歴史上ごまんとある。
だが、実際に観測してみて優先度が低下した。可及的速やかな処分を目指すよりも、自然に淘汰されるのを待つ方が利口だと思い至った」
実のところ――天津甕星はこの後、頼まれなくても〈救済機構〉とそのマスターを追うつもりでいた。
理由はひとつだ。先の戦いの最中、自分は大きなミスをした。己の背後に〈支配の蛇〉がいることを悟られてしまった。
あの支配者気取りの変態はまったくもって気色が悪く、できるならこの手で殺してやりたいくらいには辟易させられている。
が、聖杯を狙う上でアレ以上に優れた要石は存在しない。
認めるのは癪だが、間違いなく神寂縁は今回の聖杯戦争における"最強"の一角だ。
であればその勝ち馬に乗らない理由はなかった。
だからこそ、藪中の蛇の正体に迫りかねない、オルフィレウスの言葉を借りるならば危険分子を捨て置くのは具合が悪い。
しっかり追撃して、しっかり排除する。そうして後顧の憂いを断つ気でいたのだ。
それだけにオルフィレウスがあっさりと〈救済機構〉破壊の任を解いてきたのには拍子抜けさせられた。
「雪村鉄志とそのサーヴァント、〈救済機構〉デウス・エクス・マキナ。
彼らは蛇に呪われている。そこまでは知っていたが、ボクが思っていたよりも遥かに根が深いようだ」
「……、……」
「あれでは飛んで火に入る夏の虫も同然だ。
神寂縁を追って藪を分け入ってくれるなら好都合。
探偵殿には存分に役目を果たして貰い、名誉の殉職を遂げて貰うとする」
「あの子達じゃ、うちの変態ジジイには勝てないって?」
「当然だろう。試作段階のゼノンに蹂躙されるような有様では影も踏めまい。
個人的な感情を排除しても、勝率は0.1%を遠く下回るだろう。おまえも同じ考えだと思っていたが、違うのか?」
違わない。
天津甕星もまったくの同意見である。
神寂縁の真髄は犯罪者としての狡猾さでも、無数の顔を持つ異形性でもない。
異形の身体と精神の奥に秘めた、ひたすらに圧倒的な暴力だ。
天津神など問題にもならない。彼らへトラウマを与えた自分でさえ、恐らくは凌駕されている。
言うなれば彼が隠れ潜むのを選んでいること自体がひとつの壮大な罠(トラップ)に等しい。
蛇の正体を暴いた者は、その時最悪の現実に直面することになる。
どれだけ手がかりを揃えても、緻密な推理を演じ、犯人はお前だと突きつけても。それだけではあの蛇は斃せない。
220
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:55:27 ID:wmjqoAtc0
――ただ、あれほどあの幼い機神に執着していた彼がこう言うのは少々意外だった。
心境の変化でもあったのか。少し考えて、あ、とそれらしい事柄に思い当たる。
「もしかしてあんた、さっき私に言われたこと気にしてんの?」
そんなにあの子が怖いのか。
確かにさっき、自分は機神の討伐を急ぐ彼にそう言った。
別に煽りとか説教とかじゃなく、純粋に疑問に思ったから出た科白だったのだが……
「そうかもな」
これまた意外なことに、オルフィレウスは素直に認めた。
てっきり不機嫌な顔で小難しい罵倒でも飛ばしてくると思っていたので、二重で驚かされる。
「……いや、私そこまで深いこと考えて言ったわけじゃないよ?
認めたくないけど、たぶん私よりあんたの方がずっと頭いいだろうし。別にそんな引きずんなくても」
「言われるまでもない。ボクとおまえの知能指数には大きな差があるし、学識や判断力にかけては特にそうだ。
だから万一にでもボクを言い負かせたなどと思わないでほしい。自慢とかしないでほしい。想像しただけで非常に屈辱的だ」
「つい反射的に気遣っちゃった三秒前の自分をぶっ殺したいわ」
青筋を立てながら口元を引きつらせる天津甕星をよそに、オルフィレウスは遠くを見ていた。
その視線を追って、彼の見ているものに気付く。
星空だ。自然と、怒りではない感情で眉が動く。
星を見上げるのは嫌いだ。
この世にこれより無益なことはない。
「……ただ、バカに気付かされるということも時にはある。
その点、あの時のきみの発言はそれなりに有意だった」
ふぅん、と天津甕星は返す。
およそこの尊大な少年らしからぬ発言だったが、要するに以前、彼へそれを教えた人間がいたということなのだろう。
徒花の科学者を花開かせた、彼の運命。
都市を創世し、二度目の聖杯戦争を主催したもうひとりの神。
神寂祓葉という顔も知らない少女のことを、偽の星神は思い浮かべていた。
「あのさ、じゃあお礼代わりに一個聞かせてよ」
「……、……」
「ハイ沈黙は肯定とみなします。
前にあんたに、何が目的なんだって聞いたでしょ。
そんであんたはこう答えた。"人類文明の完成だ"、って」
こいつ図々しい奴だな……と言いたげな顔で見てくるオルフィレウスに、構わず続ける。
221
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:56:45 ID:wmjqoAtc0
文明を完成させるのだと彼は言った。
それはすなわち人類の救済と呼んで差し支えない大偉業。
今を逃せば次にこうして語らえる機会などいつ訪れるか分からない。
何せ相手は黒幕だ。聞きたいことは聞ける内に聞いておこうと、天津甕星は思ったのだ。
「あんたの言うそれって――――何を以って"完成"とするわけ?」
目的は確かに聞いた。
では、その定義は?
どのようにして、どんなカタチで文明の完成という理想に至るのか。
問う天津甕星に、オルフィレウスは少し黙った。視線は再び星空の方へと戻っていた。
「報酬と呼ぶには過ぎた要求だ。本来なら黙殺して然るべき、だが」
この理知の化身のような男に、感傷ほど似合わないものはない。
であればこれは、郷愁とか懐古とか、そういう言葉で定義するべき気紛れなのだろう。
「首尾よく〈救済機構〉と接敵し、アレの本質を引き出した働きに多少は報いよう。いいだろう、話してやる」
天津甕星もだいぶこれのことが分かってきた。
思うにこの物言いは、彼なりの照れ隠しのようなもの。
つくづく生きにくそうな性格だなと思うが、此処で怒らせてせっかくの気紛れを台無しにしては本末転倒だ。
だからただ隣に立ち、何も言わないまま先を促した。
「人類は愚かだ。しかしその文明には価値がある。
ホモ・サピエンスが地球上に現れたのが今から40万年前。
わずか40万年の時間で、ヒトの文明は地上から暗闇を消した。彼らは夜に勝ったんだ」
「いや……それは充分長くない……?」
「ヒトとして見ればな。種として見れば驚くべき早さだ」
その月日は、一個体の目線ではあまりにも膨大な時間に思える。
しかし数十億年の歴史を持つ星の上で綴られた歴史としては、確かに瞬きほどの時間に等しいだろう。
それだけの年月で、ホモ・サピエンスは夜を制した。
不動の霊長として君臨し、無数の国を生み、星の海にまで手を届かせた。
「初めてこの時代に顕れた時、率直に感動したよ。
最低限の豊かささえあれば、誰でもベッドに寝転びながら地球の裏側で起こった事件についてリアルタイムで知ることができる。
遠く離れた異国の人間と、大した労苦もなくインターネットを通じてやり取りを交わすことができる。
ボクやきみが生きていた頃じゃ誰も想像しなかった技術革新だ。人類の叡智は、もはや神の領域に入ったと言って差し支えない」
かつて魔法と呼ばれた絵空事が、万人が使える技術となって社会全体に共有されている。
今こうしている間にも星のあちこちで新たな理論が構築され、未来の実用化を待っている。
日進月歩という言葉はまさに人類文明の凄まじさを体現していた。
日ごと進んでいずれ月をも歩む。現に月の大地を踏んだ種族が語っているのだ、大袈裟でも何でもない。
222
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:57:29 ID:wmjqoAtc0
「故に認めよう。人類はいつか、自力でボクの境地に辿り着く。
永久機関は開発され、あらゆるエネルギー問題は過去のものとなる。
醜い争いと目を覆うような悲劇を星の数ほど積み上げながら、ヒトは完成の時へ近付いていくだろうさ」
それは、厭世の科学者が贈る最大級の賛辞であった。
彼は基本的に他人を評価しない。美点より汚点をあげつらって毒を吐く。
にも関わらず、その彼にこうまで言わしめるのが人類という霊長で、文明なのだ。
認めよう。
おまえたちは優れている。
おまえたちはいずれすべての問題を克服し、超越者の位階に到達する。
魔術も神秘も、世界の裏側に隠れた神々でさえもいつかはヒトの後塵を拝するジャンク品に成り下がるだろう。
拍手喝采でオルフィレウスが太鼓判を押す。その上で――
「だが、そこまでに一体どれほどの時間がかかる?
一体どれほどの無駄を許容し、喪失に目を瞑るつもりだ」
やはり人類は愚かなのだ、と手のひらを返した。
確かに評価はできる。しかしそれは彼に言わせれば地獄の天蓋。
多少の評価点があるというだけで、底であることには変わらない。
40万年を費やして人類は夜を征し、世界を繋いだ。
星の視点で見ればごくわずか。されど先に天津甕星が指摘したように、ヒトの視点で見ればその時間はあまりにも長い。
――では人類は、いつまで荒野を歩けばいい?
一体どれほどの世代が交代しただろう。
どれほどの賢人が、夢を次代に託したのか?
テラフォーミングが実行段階に移るのはいつだ?
永久機関を開発し、それを巡る争いを根絶するまでは?
荒ぶる人心を均し、完成の段階へ踏み入るまでに何千年かかる?
人類が紡ぐあまりに長く迂遠で無慈悲な過程(シナリオ)に、素晴らしき文明はいつまで付き合えばいいのだ?
「まったく理解し難い観念だが、一般にヒトは意思を継承することを美徳と捉えるらしい。
自分が敗北したとしても、いつか子々孫々が成し遂げてくれればそれでいいと考える。
そうして紡ぎ上げる未来にこそ価値はあるのだとしたり顔で己の無能を慰める恥知らず共の温床。
少し考えれば餓鬼でも分かることだ。失敗など、試行錯誤など、しなくて済むならそれに越したことはないんだよ」
オルフィレウスは効率を愛し、無駄を嫌う。
日進月歩という言葉も、彼に言わせれば馬鹿どもの言い訳でしかない。
目的地までの歩数など、短ければ短いほどいい。すべての美談を彼はそうして切り捨てる。
「耳触りのいい人間讃歌も、世代を越えた継承も必要ない。
ハッピーエンドを願うのならば、本を最後の頁まで読み飛ばしてしまえばいい」
それがボクの願いで、祈りだ。
オルフィレウスは言う。
謳うように、抱えてきた野望を宣誓する。
「ヒトは不完全な生き物だ。もちろん、かつてのボクも含めてね」
「……まるで、今の自分は違うみたいな言い方ね」
「そうだとも。冠を戴いたこの身はもはや、星空を仰ぐだけのヨハンなんかじゃない」
星の照らす影が、不気味に蠢いた。
あるいは、神々しくさえあったかもしれない。
水髪の少年の頭を覆う、双角の"王冠"。
そして彼の身体から生える異形の尾と、背を覆う巨大な翼。
都市を生み出し、針音を響かせる真の根源。
黒幕を名乗る少年の秘めたる一端を、星空の下で伸びる影の中に少女神は見た。
「――ボクはオルフィレウス。人類世界を救うモノだ」
◇◇
223
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:58:18 ID:wmjqoAtc0
丘の上で、ひとり星を眺めていた。
顔にはまだじんじんとした痛みが残っている。
心の中に渦巻く憤懣が、雄大な星を見ていると薄れていく気がした。
代わりに浮かんでくる感情は、飢えに似ていた。
なぜ、この手はあの星のどれひとつにも届かないのか。
いつになったら、自分はあの天上の海へと漕ぎ出せるのだろう。それにはいつまでかかるのだろう?
考えるだけ無駄と頭じゃ分かっていても、幼い脳は合理的に動いちゃくれなかった。
「――――やあ、ヨハン。また星を見てるのかい?」
声がする。
鬱陶しげに視線を遣ると、やっぱり見知った顔だった。
「その顔……ははあ、また喧嘩してきたな?
弱いんだから無茶なことはやめなさいって、お姉ちゃんいつも言ってるのに」
「うるさい、黙れ。バカがバカ同士群れているのが滑稽だったから、思ったことを伝えただけだ。
それに――こっちの科白だ、リズ。きみみたいな変人の姉を持ったつもりはない」
リーゼロッテというこの女は、近隣でも有名な変人として知られている。
歳こそボクより三つ四つ上な程度だが、どんな大人でも彼女の奇行を抑えられない。
そんな札付きの狂人のこいつは、なぜかボクをよく構ってくる。
こうしてひとりで星を見上げているとどこからともなく現れて、頼んでもいない会話を持ちかけてくるのだ。
「いいじゃない。ヨハンは友達いないんだから、たまには人と喋んないと退屈でしょ?」
「ボクときみ達凡人の精神構造を同じ物差しで測らないでくれ。
言っておくが、ボクは生まれてこの方人恋しさなんて無益な感情は覚えた試しがない。
それにきみやあいつらみたいな何の役にも立たない無能に囲まれたところで、そもそも迷惑なだけだ」
「あちゃー、こりゃ殴られもするわ。つくづく思うけど、きみってとんでもないひねくれ者だよね」
リズの言う通り、ボクには友達などいない。
物心ついた頃からずっとひとりだったし、たまに構ってくる輩も二度三度罵倒してやればもう顔を見せに来なくなる。
よほど暇なのか悪意をぶつけてくる奴は多かったが、鬱陶しくは思えど助けてくれる他人が欲しいと思ったことはなかった。
両親は魔術師という、非効率の化身のような人種だった。
錬金術師を名乗る詐欺師に騙されて地位と信用を失い、再起を図って落ち延びた先で産んだ子は魔術回路を持たずに生まれ。
いよいよ万策尽きたのか、ボクの首が据わる前に絶望して首を括ったと聞いている。
その後は親類の元で数年育てられたが、扱いきれないと判断されたのか結局元の誰もいない生家に戻された。
以降はずっと、両親の遺産を使いながら細々と暮らしている。
確かに人から見れば孤独な寂しい子どもなのかもしれないが、孤独は苦どころかボクにとって稀有な友人だ。
少なくとも、こうして周りでちょろちょろ蠢かれて集中を削がれるよりかはずっとありがたい。
224
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 01:59:16 ID:wmjqoAtc0
何度もそう伝えている筈なのに、このリズだけは懲りずにボクのところへ現れる。
最近ではもうどうにかしようという気さえ失せていた。根負けというやつだ。
耳元で蝿が飛んでいるとでも思って、無視とぞんざいな扱いを決め込んで対応することにしている。
それでもこうして会いに来ては益体もない話をしたがる辺り、こいつも掃いて捨てるほどいる暇人のひとりなのだろう。
「今日はお別れを言いに来たんだ」
――そう思っていつも通りやり過ごす気でいた矢先に、思いがけない言葉が飛び込んできて驚いた。
リズは普段と変わらない何も考えてなさそうな笑顔で、ボクにこんなことを言った。
「いろいろ試してみたんだけどね、どうにもこの辺りが潮時らしい」
「……驚いたな。何があったか知らないけど、きみにそんなしおらしい科白を吐ける繊細さがあるとは思わなかった」
「あたしだってちゃんと物事考えて生きてるんだよ? なのにそう思うのは、ヨハンがあたしのことを理解できてないからさ」
見くびったような物言いにムッとする。
なまじ自分を優秀な人間と自覚しているからこそ、こういう侮りには敏感だった。
雑魚の囀りなど無視していればいいと頭では分かっていても、それを実行し続けるのはなかなか難しい。
思えばそういう意味でも、この頃のボクは子どもだったのだろう。
「なら最後に聞いてあげるよ。リズ、きみは何を考えてこの町にいたんだ?」
「あたしは、逃げたかった」
逃げたかった?
この素っ頓狂な、誰もが認める変人が、何から逃げたいというんだろうか。
ボクの反応を待つこともなく、リズは隣で星を見上げながら口を動かしていく。
その姿にはおおよそこいつらしくない、感傷のようなものが滲んで見えた。
「どうにもじっとしていられないんだ。そうしてたら捕まってしまう気がしてね。
でも困ったことに、自分が何から逃げたいのかが分からない。だから逃げようもない。難儀な話さ」
「……意味がわからない。きみ、その成りで哲学者だったのか?」
「そうかもね。まあ答えは何でもいいんだ。見つかってさえくれたなら」
まったく理解のできない話だったが、それがこいつが町を去る理由なんだろうことは察しがついた。
じっとしていられない女。逃げたいという衝動に取り憑かれた奇人。
馬鹿げていると思うのに、いつもみたく辛辣にこき下ろす気にならなかったのは何故だろう。
「あたしなりに頭を捻って、手を尽くしてもみたんだけどね――まあその甲斐あって、ひとつだけ分かったことがある」
「……それは?」
「少なくとも"この"あたしじゃ、どうしたってそこに辿り着けないってことさ」
理由はすぐに分かった。
辿り着けないどこかに焦がれる気持ちは、ボクにも分かるものだったから。
225
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:00:18 ID:wmjqoAtc0
「あたしは早すぎた。生まれる時代を間違えたんだ」
伸ばした手が必ずどこかに届くなんて限らない。
太古の学者が地動説の発見に辿り着けなかったように。
人は生まれ、苦しみ、間違って、そのまま死んでいく。
生き様を礎に変えて、次代の誰かに繋いで灰になる。
「恐らくもう数回の積み重ねが要る。劇的な何かがあれば、案外次あたりでどうにかなるかもだけど」
「きみが仏教なんて信じてるとは意外だね」
「救いが欲しいだけさ。この煩悶を抱えたきりでお終いだなんて、それじゃあんまり報われない」
ボクも恐らく、いつかはそうなるのだろう。
この身に抱えた理想、信念、思考、疑問、すべて遠い未来の誰かに託す羽目になる。
輪廻転生。人は死んだら生まれ変わり、また次の生を始めるのだとかの国の先人は言ったらしい。
「あたしは、何にも捕まりたくない」
「……、……」
「だから捕まる前に、とりあえず保留で逃げておこうと思ってね」
なんだかんだ、付き合いは長かったろう?
あたしはきみのことを気に入ってたんだ。
ほんとはひとりで消えるつもりだったけど、きみにだけは挨拶をしてもいいと思った。
リズは言う。
ボクは黙って聞いていた。
どうでもいいし、興味もない。
こいつが消え、煩わしいちょっかいをかけられなくなるなら万々歳だ。
なのにどうして、そのどうでもいい相手の告白がこうも胸に詰まるのか。
その答えへボクを導くように、隣で安座をした奇人は問いかけた。
「最後にひとつだけ聞かせてよ。ヨハン・エルンスト・エリアス・ベアラー、きみのことだ。
この星空の下で、きみが言うところのバカ達が楽しげに笑っている傍らで。
いつも難しい顔をして、何を考えているのか……ふふっ、実を言うとずっと聞きたかったんだよね」
「教える義理がボクにあると思うの?」
「ないよ。だからまあ、"お願い"だね。普通は流れ星に祈るんだろうけど、あたしはきみに祈ってみよう」
芝居がかった言い回しが鼻につく。
ボクは押し黙った。思えばこの時、ボクはこいつに共感していたのかもしれない。
リズはいつも通り軽薄だったけど、そこには人としての絶望が見えた。
今生では辿り着けないもの。届くことなく空を切るばかりの右手。
その嘆きは、ボクにも多少理解できることだったから――この鬱陶しい女に、ほんの少しシンパシーを感じていた。
だからボクも、己の絶望と怒りを打ち明けたのだ。
「……"時間"が憎い。それを受け入れて笑ってる愚図共もすべて」
226
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:00:59 ID:wmjqoAtc0
人は死ぬ、必ず死ぬ。
そこに例外はなく、与えられた時間には限りがある。
不老不死は存在しない。アムリタは存在せず、神の垂らす甘露は夢物語。
人は一代において果てへは至れない。人類史という物語の中に投入されながら、ラストページを見ることなく消えていく。
「どうして"辿り着けない"ことを許せるのか分からない。
自分が歩んだ道のりを他人に略奪されて、我が物顔で受け継がれることは屈辱以外の何なんだ?
なんで誰も――――自分が物語を終わらせようと思わない。そんなにも死は、受け継ぐことは尊いのか?」
リズに語るというよりも、これは自問に近かった。
自己思想の言語化。燻るばかりの怒りを言葉にして出力する。
顔を殴られた時なんかとは比べ物にならない憤懣で体温が上がっていくのが分かる。
顔が熱い。ああ、そう――ボクもリズと同じだ。いつも絶望していて、いつも怒っている。
「ボクはそうは思わない。死とは敗北で、未完とは恥ずべきことだ。終わりなくして、すべての生き様に価値はない」
だから、考えてきた。
苦も楽も捨てて脳を動かすことだけに腐心し、ずっとそうやって生きてきた。
リズは逃げたいのだという。ならボクはさしずめその反対。
「ボクは――辿り着きたい。そうでなくちゃ、生まれてきた意味がない」
近付きたいんだ、結末というものに。
人類に与えられた物語の最後の頁に。
長く話したのは久しぶりだから息が切れた。
肩を上下させるボクに、リズは笑って。
「そっか。ヨハンは優しいね」
「……なんで、今の話を聞いてそうなるんだ」
「きみは自分のためだけに怒ってるんじゃないだろう?
誰も彼もを罵倒しながら、その実彼らの分まで背負おうとしてる。
きみは、人類を代表して怒っているんだよ。あたしはそれ、とっても優しいことだと思うな」
そんなことを言うものだから、胸の奥の何かが跳ねた。
見透かされた気がした。自分でも見ないようにしていた本音を、この奇人に暴かれた気がしたから。
リズが立ち上がる。くるり、とターンして、腰で両手を組んでボクに顔を近付けた。
「あたしはもういなくなるけど、応援だけはしてあげる」
「それこそボクの唾棄する思想だ。敗北者の負け惜しみだろ」
「くす。そうかもね。でもあたしは自分勝手だから、そんなのお構いなしに押し付けちゃう!」
どこへ行くの、とは聞かなかった。
そうすることには意味がない。
答えの分かりきったことをわざわざ聞くことを、ボクは無駄と呼ぶ。
「――ばいばい、ヨハン。願わくばあたしも、いつかきみの結末を見れるといいな」
……最後の最後まで言いたいことばかり言って、リズは去っていった。
ボクはため息をついて、もう一度視線を空へと移す。
空を覆う無数の星々。毎日のように見ているそれを、なぜだか今日はもっと見ていたかった。
美しい星が、人類の手が届かぬ光年の果てが、煌びやかに散りばめられている。
時折空を走る流星は、この景色をただ見上げるしかないボクらを憐れんだ涙のように思えた。
月のない夜空には星が映える。風景美に興味はないけれど、今宵のそれはやけに心を打って。
「――あ」
その時、なにかが、ボクの頭に閃いた。
息を忘れた。思い出した時には、もう駆け出していた。
……この日、こうして。
ボクは理想への一歩めを踏み出したのだ。
世界を救う旅。文明のすべてに報いる旅。
そしてボクが、己の夢を叶えるための旅。
リズは翌日、近所の川で見つかった。
死因は聞かなかった。無駄なことに興味はない。
ただボクの脳の片隅にはいつまでも、あの女の言葉が貼り付いていた。
――きみは、自分のためだけに怒ってるんじゃないだろう?
◇◇
227
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:01:38 ID:wmjqoAtc0
「人類文明の有する既存技術のすべてを、『時計じかけの方舟機構』に強制換装する」
"あの日の少年"は言う。
それは彼の見出した真理。
いつかの怒りと絶望への答えだった。
「これは文明の歯車たる現行人類、ホモ・サピエンスも例外ではない。
彼らの心臓もひとつ残さず永久機関式にアップグレードする」
「…………は?」
「全人類は不死不滅の存在と化し、あらゆる陥穽を改良される。
善性はなく、悪性はなく、終わりはなく、課題はなく、弱さはなく、突出した強さも消滅するだろう。
争いは根絶され、すべての人類種は完成された文明の歯車たり続ける存在に生まれ変わる」
極限の技術革新を実現したとしても、人類が人類である以上は必ず闘争という課題に直面する。
核兵器ひとつの扱いにも苦慮している現行人類に、永久機関などという黄金の果実は過ぎたものだ。
必ず戦争が勃発し、大勢の人間が死ぬだろう。数百年単位の長い争いは、その間人類の完成を遠ざけてしまう。
だからオルフィレウスは、生ける歯車達にもメスを入れる。不要なすべてを切除して、ひと足先に彼らを部品として完成させる。
「そこに生まれるのは完全なる大文明だ。
誰もが過ちを冒さず全体のために奉仕し続ける、新人類の地平に隙はない。
神話の神々でさえ及びもつかない、至高の機構(マスターピース)が完成する」
「……、……」
「宇宙のエネルギー問題さえ超克し、事象の剪定にも打ち勝って大団円を成すだろう。
それで物語は完結だ。迂遠な回り道も、意思技術を受け継ぐ過程も、ボクの名の下にすべて読み飛ばそう。
"人よ、歩みの垓てへ至るべし"。これが、この都市でボクが挑む大偉業のカタチだよ」
「――――、は」
天津甕星は笑っていた。
身体の芯から出た、乾ききった笑いだった。
これが、都市の真実。
この都市が生まれ、在ることの意味だという。
それは、なんて。ああ、なんて――
「あんたさ、狂ってるよ」
――救い難く狂った話だろうと、偽の星神は断じた。
228
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:02:26 ID:wmjqoAtc0
当然の反応だ。こんなもの、誰だって到底受け入れられない。
狂気的なほど一点に収束した全体主義、ワン・フォー・オール。
異論は許されず、誰もが強制的に即時の完成を押し付けられる。
汝、一個の歯車たれと望まれて。その通りの在り方しか持てない、輝きの地獄がやって来る。
「別に理解して貰おうとは思わないよ。それも含めて、今の地上は不完全すぎる」
「はー……何か、すんごい話聞いちゃったわ。
これマジの忠告ね。あんた、それ他人にあんまり言わない方がいいよ。
都市の全権握ってる黒幕がそんなヤバい思想持ってるとか、笑えなすぎるから」
「言ったろう、理解は求めていない。ただ、少し意外だな」
時計の瞳が、天津甕星を見つめる。
微かな驚きの色が、そこには確かに滲んでいた。
「予想よりも反応が穏当だ。きみはもっと無様に取り乱すものと思っていた」
「……私のこと何だと思ってんのよ」
理解不能な思想である、その一点を譲るつもりは毛頭ない。
彼の語る未来を世界の完成と呼ぶのなら、人類の結末はバッドエンドの一言だ。
それこそ、真っ当な英霊ならば聞いた時点で殺しにかかるのが普通と言っていいほどの。
しかしその点、天津甕星の反応はあまりに淡白だった。
驚きはする。引きもする。が、そこには爆ぜる敵意がない。
オルフィレウスは実際、彼女が瞬時に敵対する可能性も考慮していたのだろう。
視界の彼方にちらちらと飛蚊のように飛ぶ銀色が見える。
熾天使の機械虫(プシュケー)が、万一の可能性に備えて主を守るべく配備されているのが分かった。
「私は、ただ――」
完成された無謬の地平。
そんな世界は地獄だ。
何故なら、文字通り生きる価値がない。
死がない代わりにひとつの個性も許されない世界。
誰もが合理を押し付けられて、オルフィレウスの信じる光のために尽くす未来。
永劫解放されない事実に疑問を抱くことさえ許されない、正真正銘の無間地獄。
あってはならない、と思う。
でも、ああ、だけど。
「――どうせ地獄なら、そっちの方がちょっとはマシかもって思っただけ」
みんなずっと一緒にいられる地獄というのは、この今に比べたら少しは良いものかもしれない。
だって、離れ離れになることは辛いから。置いていかれるのは悲しいから。
誰も彼もが平等に光に呑まれるのなら、それはそれでいいかもしれないと、天津甕星は思うのだ。
◇◇
229
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:03:15 ID:wmjqoAtc0
丘の上で、ひとり星を眺めていた。
着の身着のまま、金目の物すら持っちゃいない。
もうすべてがどうでもよかった。
初めて経験する決定的な挫折は、ボクの心を完全に夭折させていた。
何が足りなかったのだろう?
思いつくひとつは、やはり時間だ。
憎らしい、ボクをいつも邪魔立てする時の呪縛。
永久機関は完成していた。
が、実用性がないならただの手品に過ぎない。
ボクの歯車は人智を超えた代物だったが、制御性というものを欠いていた。
せめて人体に移植して反応を観測できれば飛躍的にそこの研究が進むのだったが、生物への搭載がこれまで一度も成功していない現状の中で、その役を買って出てくれる命知らずはいなかった。
……いや、違う。
一番の問題はそこじゃない。
その陥穽に、転げ落ちるまで気付けなかったこと。
ボクの発明を手伝いたいと志願した人間がいた。
使えない奴らだった。記録ひとつまともにできない、名誉欲しさの愚図どもばかりだった。
けれどもしかすると、彼らはボクの見落としに気付いていたのかもしれない。
気付いた上で黙ってた。足元の落とし穴に気付かず得意げに空回りを続ける間抜けをせせら笑っていたのだ。
要するにボクは、それだけ嫌われていたのだろう。
別に悲しいとは思わない。
自分は人が嫌いなのに、他人は己を好きであるべきだなんて恥ずかしいことを主張する気はなかったが。
ただただ――虚しかった。
あれほど滾っていた怒りも、今はもうさっぱり湧いてこない。
涸れた泉のように見窄らしく、かつて感情だった泥が溜まっているだけだ。
夢想家。詐欺師。誰もの嗤う声が脳裏に反響している。
あるものは失望だった。どこまでも不完全を地で行く衆生と、そして己に対しての。
不全を呪い、過程を憎んだ男がまさしくそれに足を引かれて失脚した。
なんて笑い話だろう。ボクが聞かされても鼻で笑うだろう。
語り継ぐには陳腐で、しかし聞き流すには滑稽すぎる物語。
未来へ託すことを憂いた時点から道化だった。
笑い者の詐欺師の志など、いったいどこの誰が継承してくれるというのか。
無用な心配に心を焦がし、盛大に時間を無駄にしただけの三文劇。
この身が夢見た結末に辿り着くことはない。ヨハンのラストページは、今此処だ。
230
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:03:59 ID:wmjqoAtc0
空を見上げている。
あの日のようだと思った。
リズの終わりで、ボクのはじまり。
あれから時が止まったように身の丈も顔立ちも変わらなかった。
不老の科学者が打ち出す無限の歯車という触れ込みもハッタリに一役買っていたのかもしれない。
遠からぬ内、ボクは誰かに殺されるだろう。消される、と言った方がいいか。
永久機関は詐欺と断じられたが、分かる者ならあれが現行人類の手に余る代物だと気付く筈だ。
逃げたいとは思わなかった。自分の生にすら、もはや興味がなかった。
ボクが死ねば、オルフィレウスの永久機関は遺失する。
次にどこかの誰かが閃くまで、何百年か何千年か。
オルフィレウスの名はペテンの代名詞に堕ち。
生涯も、研究も、すべては心配性な誰かの作ったカバーストーリーに塗り替えられて伝わっていく。
死んでしまった後のことなんて、それこそどうでもいい。
好きにしろ、と思いながら星に手を伸ばした。
幼い頃そのものの行動を恥じる気も起きず、ボクはそうして。
「……………………嫌だ」
呻くように、最後の熱を吐き出していた。
なぜ、ヒトはひとりでは生きられないのだろう?
あるいはそれさえ埋めることができれば、ボクは完璧になれたのか。
「嫌だ、ボクは――誰か、ボクを――」
視界が潤む。
産声をあげた日以降、一度も流したことのない何かが溢れる。
慟哭と呼ぶにはか細い声が星空の下に木霊する。
孤独は怖くない。でも、それすら無知の賜物なのかと。
思えば液体はもう止まらなかった。知りたい。知らねばならない。でもそれを学ぶには、もう何もかもが遅すぎる。
「ボクを、見つけて――――」
……こうして、長く無駄な旅路は幕を閉じ。
暗転した劇場が照らされることは二度とない。
継いで歩むことを嫌った男は、望み通り未来の何処にも繋がれることなく。
無念と絶望の中で、朽ち果てるように生涯を終えた。
231
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:04:29 ID:wmjqoAtc0
◇◇
――――少女を見た。
流星のように眩しいモノが、光を湛えて佇んでいた。
未来の街、悠久の果て。
ボクは――――それを見た。
この手が触れた胸の真ん中から、白い極光を溢れさせて。
失われていく命を、時を戻すように逆行させながら。
満天の微笑みを湛えて佇む少女を見た。
「きみ、は……」
光景に名を与えるならば、それはきっと"奇跡"。
破綻した理論と潰えた理想の残骸を胸に埋め込んで。
その激烈なエネルギーをか細い身体の内側に押し留め。
頭頂から爪先まで、全身に余すところなく横溢させて立つ。
そんな奇跡を、ボクは間抜けのように呆然と見ていた。
気付けば力が抜けて、へたり込んでいた。
情けないと思う余裕もないボクに、彼女は手を差し伸べて。
「私? 私はね――――祓葉。
神さまが寂しがって祓う葉っぱって書いて、祓葉」
いつか潰えた夢のカタチそのままの顔で。
星空みたいに、笑ったのだ。
「ねえ、あなたの、お名前は?」
その日――――ボクは、運命に出会った。
◇◇
232
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:05:16 ID:wmjqoAtc0
「喋りすぎたな。時間を無駄にした」
「あんたって考えてるようで、結構ライブ感よね」
とんでもないことを聞いてしまった。
聞いているこっちの方が疲れたくらいだ。
天津甕星は伸びをして、ため息をついた。
「はー。それじゃ、これからどうしよっかな……」
「イリスを狙うんじゃないのか? ボクが任を解いた以上、そう動くのが必然に思えるが」
「まあね。ただいろいろこっちも考えなきゃならないなーと思って。
あのジジイに指摘された通り、考えなしでぼっこんぼっこんやってるだけじゃその内痛い目見そう。……ていうかもう何回か見てるし」
何にせよ、これからの立ち回りはよく考える必要がある。
楪依里朱のこともそうだし、〈救済機構〉のこともそう。
そしてマスターであるあの蛇を巡る、運命じみた因縁のこともだ。
考えるだけで頭が痛いが、聖杯を得ようと思うなら思考は必須とよく分かった。
「あんたはどうすんの?」
「機神(ゼノン)に多少の改良点が見つかったので、当座はそれに取り掛かる。
並行して他のセラフシリーズを時計巨人中心に調整し、備える。といったところだな」
「うげ……まだあんのかよあのデカブツ」
つくづく出鱈目な奴、と思いつつ。
なんとなく悪く思えなくなっているのは、親近感でも感じているからなのか。
「もしイリスに会うことがあれば伝えてくれ。
君の虫からは大変良いインスピレーションを貰った、と」
「それ伝えてどうなんのよ」
「そうだな。煽りというやつだ」
「あんたと祓葉って、絵に描いたような割れ鍋に綴じ蓋よね」
つくづく救えない男だと思いながら、手のひらの時計に目を落とす。
当たり前の話だが、抱えながら戦うというのはなかなかに面倒だった。
かと言って服が服なので、上手くしまえる場所もない。
戦闘中に落としてしまったらどうなるかと思うとゾッとするし、どうしようかと少し考えて。
233
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:05:36 ID:wmjqoAtc0
「……ま、仕方ないか」
天津甕星は時計を、自分の胸に当てた。
途端、少女の身体が部分的に変容する。
ぐぢゃり、と粘っこい音を立てて、イソギンチャクのように開く胸部。
その奥に時計を押し込めて閉じれば、これで時計が邪魔になる心配はもうない。
「ほう。それは――」
「何見てんの。セクハラだよ」
「馬鹿を言え。感心しただけだ」
「そりゃどうも」
天津甕星の身体は、あの日からヒトでも神でもないモノに変わってしまった。
皮肉にも在り方としては蛇・神寂縁のそれに近い。
百を超える同胞の魂を取り込んで変容した異形の肉体。
信心という名の汚濁で穢れた呪わしいカラダ。
彼らは今も、自分の中で生きているらしい。
実際、時折闘争に駆り立てる蠢きの音色が聞こえてくる。
――口を利かず、意思らしいものを送ってくるだけの肉を指して"生きている"と言うのなら、それは確かにそうかもしれない。
「あのさぁ、オルフィレウス」
この身体のどこが尊い神なのか。
来る日も来る日も祈りを捧げた神がようやく寄越した福音がこれならば、やはり星神など存在しなかったのだ。
「私ね。世界なんて、どうなってもいいんだ」
――戦え。
――殺せ。
――勝て。
――奪い返せ。
今も響く成れ果て達の鼓動を聴きながら。
こんなに憎んでいてもまだ耳を傾けるのをやめられない自分の弱さを恨みながら。
かつて蛇の星座にちなんだ名を与えられた少女は、くしゃりと笑った。
「ひとりぼっちじゃなきゃ、なんでもいいの」
置いてかないで。
連れていって。
寂しいよ。
たすけて。
そんな声を聴いてくれるものは、この穢い身体のどこにもなく。
人理の影となって尚、少女はあの夜のままの顔で、哭いているのだ。
◇◇
234
:
聖者の落角
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:06:21 ID:wmjqoAtc0
【中野区・ビルの屋上/一日目・夜間】
【アーチャー(天津甕星)】
[状態]:健康
[装備]:弓と矢
[道具]:永久機関・万能炉心(懐中時計型。現在は胸部に格納中)
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:優勝を目指す。
0:世界なんて、どうなってもいいよ。
1:当面は神寂縁に従う。
2:〈救済機構〉なるものの排除。……だけど、優先度が落ちたらしい。なんじゃそりゃ。
3:今後のことを考える。
[備考]
※キャスター(オルフィレウス)から永久機関を貸与されました。
・神寂祓葉及びオルフィレウスに対する反抗行動には使用できません。
・所持している限り、霊基と魔力の自動回復効果を得られます。
・祓葉のように肉体に適合させているわけではないので、あそこまでの不死性は発揮できません。
・が、全体的に出力が向上しているでしょう。
【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康
[装備]:無限時計巨人〈セラフシリーズ〉
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
0:セラフシリーズの改良を最優先で実行。
1:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
2:〈救済機構〉や〈青銅領域〉を始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
[備考]
235
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/14(月) 02:06:44 ID:wmjqoAtc0
投下終了です。
236
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/15(火) 17:54:45 ID:KhDri.JM0
アンジェリカ・アルロニカ&アーチャー(天若日子)
ホムンクルス36号&アサシン(継代のハサン)
輪堂天梨&アヴェンジャー(シャクシャイン) 予約します。
237
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:19:16 ID:2RDDVOsg0
投下します。
238
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:20:01 ID:2RDDVOsg0
(……ポーン、ポーン、ポーン、ポーン♪)
(プンプンプンプーン♪ プンプンプンプーン♪ プンプンプンプーン、プーン、プン♪)
「輪堂天梨の、勇気りんりんラジオ〜〜〜〜〜っ!」
(ラジオー…… ラジオー…… ラジオー……)
(エコー)
◇◇
239
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:20:36 ID:2RDDVOsg0
◇◇
「さあ今週も始まりました、『輪堂天梨の勇気りんりんラジオ』〜!
MCを務めます、Angel Marchの輪堂天梨です。現在ニューシングル『彗星のラピス』発売中! 皆さんぜひ買ってくださいね〜っ」
「今回の放送ぶんは録音でお届けしております。
何かとつらいニュースの多い昨今ですが、みんなで乗り切っていきましょうね」
「私はただのしがないいちアイドルですけど、私の声がリスナーの皆さんの心を少しでも元気にできたら嬉しいです。
タイトルにもなってますが、勇気りんりん、ってことでね。改編も乗り越えたことだし、また一年間わいわいやっていけたらなって思います」
「……いやー、最近身の回りでいろいろ大変なことが多くて、なんだかてんやわんやしてるんですよね実は」
「えっ。お前はいっつも大変なことになってるだろって?
や、やかましわー! そういうのじゃなくて、えぇっと……あーうー、なんて言えばいいんだろ」
「自分の常識ががらっと変わるような出会いがここ最近だけで何回もあって。
お仕事だったり、プライベートだったり、いや〜世界って広いんだなあって思うことばっかりです」
「前から気になってた子と偶然仲良くなれて、実は今も心がほわほわしてたり。えへ」
「一応名前は伏せときますけど、同じアイドルの子です。だから友達であると同時に、ライバル。ふふっ、なんか少年漫画みたいでいいよね」
「たぶんこれ放送してる頃には情報出てるのかな。
近々いっしょに仕事することになってるので、みんな楽しみにしててね。
私も個人的に推しちゃってるくらいおもしろい子なんだけど、私も先輩として負けられないですから。ガチで行きますよ、その時は」
「――エンジェのセンターが最強なんだってこと、見せちゃいます」
「……なんて。これで負けたらかっこ悪すぎますけどね」
「さ、それじゃコーナー行きましょー!
天使がなんでもズバッとお答え! エンジェリック・お悩み相談のコーナー!!」
「えー。東京都在住、ラジオネーム『うすめのレモンサワー』さん。
"最近ゴールデンレトリバーをお迎えしました。よかったら天梨ちゃんに名前を付けてほしいです"」
「いやハガキ出す前に名前付けてあげなさーい!? 逆にいまなんて呼んでるの!?
あと今回録音だから放送までもっとラグあるからね? ……ってツッコんでも届かないのか。録音だから」
「えーっと、ワンちゃんのお名前ですね。皆さん知っての通り私、ネーミングセンスがその……アレでしてぇ……。
最近も友達にあだ名を付ける機会があったんですけど、ふだんクールなその子に一瞬"マジかこいつ"みたいな反応させちゃって……。
まあ、でもでもこの天梨さんに名付けをご所望とのことですからね。付けますよ。え〜、え〜……」
「…………『わんこくん』! とかどうでしょうか〜! 女の子だったら『ちゃん』で! あれ? これ結構いいのでは?」
「うふふ、えへへ。
いいことすると気分がいいですね。さっ、次のお便りに参りましょー!」
◇◇
240
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:21:09 ID:2RDDVOsg0
「…………吐き気を催すほど面白くないんだけど、和人はこれを聴いて喜ぶのか?」
『トークの質が平均を大いに下回っている。この内容で人々を魅了できるのは流石と言う他ないな』
新宿区、某ラジオ局で天梨のラジオ収録は行われていた。
情勢がこの有様なのに決行するのかと思わないでもなかったが、それを言うなら大体の都市機能がそうだ。
大方、聖杯戦争の趨勢がNPCの動向に左右されないように何かしらの強制力が働いているのだろう。
天梨が収録している向かい側のパイプ椅子にシャクシャインが足を組んで座り、隣にはホムンクルス36号のフラスコがちょんと載っている。
スタッフのいる中で実体化している異様な状況だが、特に彼らが騒いでいる様子はない。
天梨は反対したものの、これはホムンクルスが彼女を説得して押し通させた形だった。
詐称者を従える悪魔との"勝負"。それがもたらした成長の度合いを推し測るために、この人造生命は一計を案じた。
『だが十分な収穫だ。
今の天梨は、NPC程度ならいとも簡単に言うことを聞かせられるようだな』
「…………」
言うなれば、彼女が無自覚に撒き散らしている魅了魔術に指向性を持たせる実験である。
本来なら収録現場に部外者、それも明らかに一般人(カタギ)とは思えないギャラリーが侵入するなど言うまでもなく言語道断だ。
だが現に今、シャクシャインとホムンクルスは平然とそこに同席できており、そのことを周りが不思議に思っている節も見えない。
これは、輪堂天梨の魅了が今や"不可能を可能にさせる"領域の力に達していることを示していた。
対人でどの程度活きるかは未知数であるものの、少なくともNPC程度ではもはや天使の声に逆らえない。
天梨にしてみれば複雑だろうが……、一般人まで戦略に組み込む手合いが存在するこの東京聖杯戦争で、彼ら相手に無条件で優位を取れるという事実はかなりの戦術的価値を持つ。
シャクシャインがこれ見よがしにイペタムを取り出してみても、やはり反応は変わらなかった。
天使の意思はあらゆる事象に優先して彼らの脳を魅了し、染め上げているようだ。
魔術師の世界ではこの程度基礎技能の延長でしかなかろうが、魔術に覚醒して半日足らずで此処まで到った前例は恐らくないだろう。
『愚かなりノクト・サムスタンプ。あの男が凡夫と嗤った天使は、今や立派にその天敵だ。ふむ、これが"愉快"という感情か』
「根暗人形君は算盤弾きがお好きなようで。つくづく君らのことは好きになれそうにないね」
微笑みはせずとも嘲りを弄してみせるホムンクルス。
それに嫌気混じりの嘆息をしながら、シャクシャインはマイクに向けて明朗に喋る天梨の姿を見ていた。
『い……いい!? くれぐれもヘンなことしちゃダメだよ、絶対ダメだからね……!!』とか『ほむっちも! スタッフさんたちにこれ以上迷惑かけたら後でお説教! わかった!?』とか喚いていたのが嘘のように、その喋りには淀みがない。
シャクシャインがさり気なくイペタムを抜いていることに気付けば流石にぎょっとするが、それでも一瞬も声を詰まらせない。
ジェスチャーで『しまって! 早く!!』とわちゃわちゃ指示してくる間もお便りを読んでは、つまらないトークを繰り広げ続けている。
惜しむらくは神が彼女にトークセンスを与えなかったことだが、年単位で続いているらしい辺り、これはこれで需要があるのだろう。
241
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:21:49 ID:2RDDVOsg0
無論、シャクシャインにはまったくもってどうでもいいことであった。
アイドルだの芸能活動だの、はっきり言って一寸ほどの興味もない。
それどころか目に見えて戦況が加速した今日、こんな何の得にもならない時間に精を出したがる気持ちが欠片も理解できないほどだ。
この様子だと長くても数日で都市は燃え尽き、聖杯戦争は終演を迎える。
そのことが分かっていないのか、それとも分かった上で無駄に興じ続けているのか。
冷めた眼で、シャクシャインは己が主を見つめていた。とんだ茶番だ。文字通りの意味で、である。
「――受け手がいないと分かっていながら、よくもああまで愛想振り撒けるもんだ」
輪堂天梨は、常に炎の中にいる。
顔の見えない誰かの悪意が、いつだとてその一挙一動を嘲笑っている。
そんな状況で、こんな和気藹々とした番組など成り立つわけがないのだ。普通に考えて。
そして事実――、この『輪堂天梨の勇気りんりんラジオ』の実情は様々な配慮に裏打ちされて成り立っていた。
『群馬県在住、ラジオネーム『わんタンメン』さん!
えー、"今年の花粉症が今から怖すぎます。天梨ちゃんは毎年どういう対策を行っていますか"とのことで――』
アイドルのラジオ番組であることを踏まえても、あまりに当たり障りのない質問。
これは番組側からの彼女への配慮だ。それを天梨が喜ぶかどうかは別として。
今、天梨が読んでいるメールはすべて制作スタッフ達が事前に用意したものだ。
それを責めることはできない。今の彼女の状況で舞い込むおたよりなど、その大半が悪意に塗れていよう。
アイヌの復讐者は現代の世俗になどさらさら興味がなかったが、それでも分かるほどに天梨の現状と読み上げるメールの牧歌的さはちぐはぐだった。
日向の天使は光届く範囲を照らすもの。故にその光明は、顔の見えない遠い相手には及ばない。
無論、それが分からない天梨ではないだろう。トップアイドルとして芸能界を歩んできた彼女は、炎上の当事者は、シャクシャインなどより余程早く違和感に気付けている筈だ。
だというのに精神的動揺を一切外に出さず、平常通りの笑顔とテンションで、パーソナリティの立場に徹しきる。
演者としてはさぞかし立派なのであろうが、シャクシャインに言わせればその姿勢は憐れなほどに痛ましい。足のもげた猫が餌をねだって鳴いているような惨めさがあった。
『苛立っているのか?』
眉が動く。
殺意を込めて今しがた納めたばかりの妖刀の柄に手を掛ける。
その行為に意味がないことは、彼が誰より分かっている。
令呪の命令がホムンクルスへの加害を禁止している以上、どんな脅しも虚仮威し以上の意味は持たない。
「……別に。クソつまらない無駄話を延々聞かされてたら、そりゃ気悪くもなるだろ」
強制力を引きちぎるほどの憤怒を引き出せれば話は別だが、そうなれば天梨も黙って見てはいないだろう。
わざわざ自分から不快な思いをしに行くこともない。陰気な人形の戯言など、好きに言わせておけばいい。
そう自分に言い聞かせて会話の兆しを打ち切り、シャクシャインはか細い舌打ちをひとつ鳴らした。
何かがおかしくなっている。
ずっと前から分かっていたことだ。
和人に対する憤怒も殺意も微塵たりとて衰えていないのに、そこにあの少女の姿が並ぶだけで途端に取るべき選択ができなくなっていく。
何故? 決まっている。少し露悪的な言葉をぶつけて揺さぶってやれば落ちると思っていたあの娘が、いつまで経っても穢せないからだ。
今日を迎えるまでおよそ一ヶ月。悪魔の囁きは、一度たりとて実を結ばなかった。
女を口説くのと一緒だ。落とす自信があればあるほど、落とせなかった時の焦燥はより強くなる。
絶対に落としてやると息巻いて相手を注視する。眼差しを注ぎ、陥穽を探し、その深淵を覗き込む。
そうしている間に――いつの間にか、復讐者のどこかが狂っていた。
無様な背伸び、空元気とばかり思っていた輝きが、汚泥のような怨嗟で満たされた脳裏で一縷の光となって存在感を持ち始めた。
242
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:22:21 ID:2RDDVOsg0
――あなたも、私と、勝負してくれる?
言われるまでもない。
穢してやる。おまえは花だ、大和にただ一輪咲く日向の花だ。だから摘み取らねばならない。
なのにああ何故、それが貶められている光景にこうも不快を覚えてしまうのか。
醜悪な民族の末裔の尊厳など墜ちていけばいくほどいいというのに、この腕は隙あらば刀を抜きたがる。
――輪堂天梨は貴殿にとって、もはや他の者とは違う、例外の存在と化している。
分かっているさ、そんなこと。
だから穢すんだ。だから挑むんだ。
あの女より尊いものはこの世に存在しない。
ならばそれを踏み躙れば、俺の憎悪に焼き尽くせないものはないだろう?
穢れてくれよ、輪堂天梨。
日の丸を背負う日向の天使。もっとも白く、もっとも優しいおまえ。
心ではそう祈っているのに、その飛翔が翳る瞬間に立ち会うたび何故こうも不可解な熱を覚えるのか。
解らない。解らないが、解ってはならない気がした。
自分と彼女の"勝負"において、この不可解の名を理解することは決定的な敗北になる確信がある。
恐ろしい女だ――改めてそう思う。もはや、シャクシャインは欠片も己の要石を舐めていない。
日向の天使は誰も灼かない。
その輝きは満天の慈愛。この世のすべてを抱擁して受け入れる、御遣いの翼。
間違いなく優しさの極北だが、それ故に心の闇を骨子として生きるモノにはこれ以上なく極悪だ。
天梨の光は、彼らの憎しみを破綻させてしまう。この怒りも哀しみも、何もかもが輝きの中に溶かされ消える。
"聖人"だ。だから悪魔にとっては、それが"怪物"よりも恐ろしい。
純善なる純白の洗礼は、悪魔をさえも赦してしまう。
赦し抱き留めて、神の身許へと連れ去ってしまう。
――憎むべき和人に救われて、アイヌの悪鬼が魂を保てる筈がないのだから。
知るな、想うな、この違和を魂の裡に閉じ込めろ。
剣だけでは殺せぬ女。そうしては意味のない宿敵。
ホムンクルスの介在など、狂人どもの諍いなど此処の戦いには微塵も関係ない。
243
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:22:48 ID:2RDDVOsg0
輪堂天梨はシャクシャインの地獄へ堕ちてはならない。
シャクシャインは輪堂天梨の翼に抱かれてはならない。
それだけ。それまで。天使と悪魔の戦争は、煌星満天の登壇する前から既に始まっている。
アイヌの悪鬼にとって、これは生前の戦いの続きなのだ。
百度鏖殺しても飽き足りない醜穢なる大和民族。
時代は違えど、場所は違えど、大和と蝦夷の戦いは地続きの線上にある。
だから負けられない。それは、歩んだ道筋と抱いた悲憤すべての否定になるから。
(……なら見なきゃいいだろ、って話なんだけどな)
目を閉じ、耳を塞ぎ、一方的に悪意だけ叩き付けて勝てばいい。
理屈では確かにそうだ。しかしそうして勝っても、自分はそれを誇れないと確信があった。
(――鬱陶しいことに、あいつは俺を"見て"やがる。
なら俺もそうしてやるよ。見て、理解して、その上で天から引きずり下ろしてやる)
触れれば砕ける雑魚を相手にお利口な最善策など取って勝ったら笑い者だ。
なんだおまえ、そんなに天使が怖かったのかと嗤われることは請け合いである。
だからシャクシャインは、完全に勝つために、不合理に徹するのだ。
天梨を見る。輝きを見る。自分の陥穽には目を向けず、さりとて敵のことは理解する。
彼の好敵手であった男が聞けば、何だそれはと鼻で笑うような回り道。
要するに――このシャクシャインという男は、堕ちて尚、不器用な男だったのだ。
天梨のことを笑えないくらいには、己の在り方に縛られた男なのであった。
『次が最後のおたよりです。
大阪府在住、ラジオネーム『匿名希望』さん』
そんな復讐者の考えなど知らぬまま、天使は仕事をこなし続ける。
相手に見えもしないのに笑顔を浮かべて、弾んだ声でメールを読む。
されど、運命の悪戯とは時に盤面の外から訪れるもの。
あらゆる思惑とも、因縁とも関係なく――
『ファンも仲間も悲しませながら稼いだお金で食べるご飯は美味しいです、か――……』
――白い翼を穢す悪意が、無垢な偶像の視界へ飛び込んだ。
◇◇
244
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:23:17 ID:2RDDVOsg0
周りの大人達が、急にざわめき出した。
それを見て、ああ、ミスがあったんだ、と思った。
私だって分かってる。
今の私が天使のままアイドルを続けるには、番組なんてやるには、優しい嘘が不可欠だ。
当たり障りない内容のおたより。所在地も、ラジオネームも、全部でたらめ。
優しいスタッフさん達が用意してくれた、私を天使たらしめるための嘘の文章。
事前に聞かされてはいたし、寂しいけれど自分が悪いんだから仕方ないと思うことにしてた。
実際、番組側で用意してるだろって疑いの声はあちこちからあがっていた。
嘘をつくのは心苦しかったけど、その分少しでもみんなに楽しんでもらえるように頑張ってきたつもり。
今日もその筈だった。でも、どこかで"本来の"おたよりが紛れ込んでしまったんだろう。
嘘偽りのない生の声。輪堂天梨に対して向けられる、本物の感情。――――悪意。
(一旦収録中断かなぁ。あ、スタッフさん怒られてる……後で私から謝っておかないと)
別に怒ってるわけじゃない。
誓って本当だ。ミスは誰にでもあるものだし、元を辿れば嫌われ者の私が悪いんだから。
でも――私の中にあった熱が急速に冷めてくのを感じてしまってるのは否めなかった。
いろんなことのあった一日だった。
後にも先にも、今日ほど濃厚な一日はなかったかもしれない。
なんだかすごい子と会って、満天ちゃんと電話して。
怖い思いをして、ほむっちに会って、友達になって。
それから――満天ちゃんと、勝負をした。
嬉しいことより怖いことや緊張したことの方が多かった気がするけど、それでも楽しかった。
友達ができたのなんて久しぶりだった。私に"勝負だ"なんて言ってくれた人は、はじめてだった。
あの子に勝ちたい。越されたくない。いつまでも、あの子の憧れの天使でいたい。
自分の中にそんな欲望があること自体びっくりで。でもその天使らしくない"熱"が、なんだかやけに嬉しくて。
……でも別に、私の何が変わったわけでもないんだと。
今、この手の中にある一通のメールは、私の幼稚な思い上がりを一言で糾弾していた。
きっと、こうなる前にできることはあった筈なんだ。
輝くことは楽しかった。ちやほやされると、もっと頑張ろうって気分になった。
やればやるほど上達していく歌とダンスが誇らしかった。
視界の果てまで続く握手会の列に笑みがこぼれた。エンジェの不動のセンターと呼ばれて、踊り出したくなるほど嬉しかった。
私の後ろにいる人たちが、どんな顔で自分を見ているかなんて、考えたこともなかった。
245
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:23:37 ID:2RDDVOsg0
何かを変えられたかもしれない。
私が、成功に酔っていなかったら。
私の影に隠れた人たちの顔を見られていたら。
エンジェの中で炎があがった時に、"みんな"を守るだけじゃなく、一人ひとりの心に寄り添ってあげられていたら。
そんなひとつひとつを、何もうまくできなかった先が今の私だ。
仲間に嫌われて。社会に嫌われて。笑われて、叩かれて、ズルをしなくちゃステージにも立てない。
私に憧れてくれるあの子には口が裂けても言えないけれど。
こんな人間になんか憧れないほうがいいよって、冗談でもなくそう思う。
"天使のままでいたい"。
それは、私の最後の逃げだ。
だってそれさえなくなったら、私には本当に何もない。
勉強ができるわけじゃない。芸能活動のために、そっちは蔑ろにしてしまったから。
人に好かれるのは得意だったけど、こんなに悪名が広がっちゃったらこれも無いのと一緒だ。
私には、天使であること以外何もない。
この翼をもがれてしまったら、後に残るのは嫌われ者の女の子ひとり。
ちやほやされるのは気持ちよかった。好きって言ってもらえるのは嬉しかった。
自分がそれしか持ってないことに、こうなるまでついぞ気付けなかった。
みんな、勘違いしてる。
私は、そんな強くなんかないんだよ。
むしろ逆。私は何も持ってない。
それでも私は、きっと誰より馬鹿だから。
ちょっと運命的な出来事や、楽しいことがあるだけで、簡単に酔っぱらえてしまう。
つらい現実も、自分の愚かさも忘れて。思い上がって、千鳥足で歩いて、すっ転んで、そこでようやく思い出す。
手の中にあるこのメールが、そのいい証拠。
今日の現実、のぼせを冷ますバケツ一杯の氷水。
胸の奥が、きゅうっと苦しくなる。
息がうまく吸えなくなって、頭もくらくらしてくる。
そして、心のなかにじわりと黒いものが広がっていく。
決して委ねちゃいけない色。私の最後に残った翼を、奪い去ってしまう闇色の墨汁が。
息をしよう。
すう、はあ。すう、はあ。
ステージでターンをするように。
ステップを踏んで、次の歌詞に備えるように。
言い聞かせよう。私を保とう。誰も傷つけない優しい光を。
慣れた処理法。感情の分別のつけ方。汚いものはゴミ箱に。綺麗なものだけ、後は要らない。
そうして、曇りかけた表情を律して。
まばたきの難しくなった瞳を、なるべく溢れないように閉ざして。
そして、そして――
『君はもう少し、自分のために怒ることを覚えてもいいのではないか?』
頭のなかに、声がした。
大事な、友達の声だった。
収録を中止しようと駆け寄ってくるスタッフさんを、気付けばすっと手で制していた。
心臓が、聴いたこともないような早さで高鳴っている。
怖い。死ぬほど怖い。本当に死にそうになった時よりずっと怖かった。
でも――だけど――。
「…………みてて」
録音回ってるのに、私は知らず呟いていた。
満天ちゃんと同じ、私なんかを褒めてくれた子。
ちっちゃくて、ちょっと変わった新しい友達に向けて。
そしてきっと、私が勝たなくちゃいけないもうひとりのライバル、つまり"彼"に対しても。
――息をしよう。
すう、はあ。すう、はあ。
ステージでターンをするように。
ステップを踏んで、次の歌詞に備えるように。
いや――新しい一歩を踏み出すように。
「――――――――この際だから、ちゃんと言っときます」
246
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:24:01 ID:2RDDVOsg0
◇◇
「私、輪堂天梨は、アイドルをしてただけです。
誰かとそういう関係になったことなんて一回もありません」
「みなさんが聞いたり言ったりしてる噂は、ぜんぶ事実無根です。
ほんっっっとうに迷惑してます。正直、ちょっとだけ、怒ってます」
「私の噂で悲しんでる人、傷ついてる人、たくさんいると思います。
たとえ噂が嘘でも、私がみなさんを悲しませちゃったのは事実です。なので、それは心から謝ります。
私のせいでつらい思いをさせてごめんなさい。みなさんを笑顔にできなかったのは、私の責任です」
「でも、少しだけ」
「ほんの少しだけでいいので、私も怒ったり悲しんだりするんだってこと、考えてもらえたら嬉しいです。
嘘の話で笑われたり、叩かれたり、ひどい言葉をぶつけられたりすると、ちゃんと傷つきます。
今までは事務所の方針で発言を控えてましたけど、今日は少し言わせてください。ごめんね」
「私の噂を信じるのはいいです。ぜんぶ調べて証拠を出せとか、そんなことは言いません。
でも、心のなかにちょっとでいいので、私のことを信じる気持ちも持ってほしいなって」
「ごめんね。ほんとに、ごめんなさい。
みんなに楽しんでもらうためのラジオでこんなこと、言いたくないんです。
だけど――自分のために怒ってもいいって言ってくれた友達がいるから」
「少しだけ、今日は生意気なこと言っちゃいます。
天使だって、怒るときはあってもいいかなって」
「今日の放送で私を嫌いになった人、心から謝ります。引き止めることなんてできません。
でも、誰かを推すって……何かを好きになるって、とっても素晴らしいことだから。
私じゃなくてもいいので、いつかまた誰かのことを好きになってあげてください。その時は、顔は見えなくても、心から応援します」
「はい、じゃあ真面目なお話は終わり!
もうこれ以上は言わないです! ていうか私頭悪いので、こういうこと言うのヤなんですほんとは!
ぜんぶ事実無根って言ったけど、私がめっちゃ馬鹿なのだけは合ってます! 英語はbe動詞でやめました! そんくらい!」
「ちなみにごはんは毎日おいしいです! 私ひつまぶしが大好きなんです。
えへ。どんなにつらい時でも、ついついごはんは食べちゃいますよね。
なんか最近ストレスもあっておなかむちむちしてきた気がして……や、ダイエットとかほんとできないんですよ私。
レッスンしてたら自動で痩せるでしょー! の精神で騙し騙し女の子の尊厳を保ってる感じで。ふふ」
「というわけで次のコーナー行ってみましょう! えー、『天使の"これ良すぎ!"』のコーナ〜〜〜!!!」
◇◇
247
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:24:37 ID:2RDDVOsg0
『ふむ。外的刺激を貪欲に取り込んで昇華させることも才能の一つということか』
スタジオ内は大わらわだった。
それもその筈だ。
これは完全に、輪堂天梨の暴走である。
魅了されていて尚――いや、魅了されているからこそだろう。
日向の天使が一歩踏み出し、安全のヴェールから抜け出した事実にスタッフ諸氏はてんやわんや。
そんな光景を横目に、ホムンクルス36号は感心したように独りごちていた。
『大局に影響を及ぼすほどの変化とは言い難いが、一歩は一歩だ。
感情なき我が身ではあるが、私の稀有な友が顔のない有象無象どもに嬲られているというのはいい気はしない。
無抵抗のまま穢されるだけの翼から害虫を振り払えた事実は素直に評価しよう。うむ』
「……君さぁ、本当に余計なことしてくれるよな」
ホムンクルスは、きっと本気で言っているのだ。
それが分かるからこそシャクシャインは舌打ちを禁じ得ない。
本当に余計なことをしてくれる。鬱屈を優しさで補い続けるだけの生き物が、不器用なりに放出のすべを覚えてしまった。
ホムンクルス36号が確認した、輪堂天梨の"成長"。
魅了に指向性を持たせ、NPC程度であれば従順に従わせられる力。
この程度なら、ある程度修練した魔術師なら誰でも到れる程度の境地。
――されど太陽に対抗し得る〈恒星の資格者〉が、それしきで止まる筈がない。
煌星満天というもうひとつの星と競い合った成果を、ホムンクルスの助言は意図せず引き出してしまっていた。
証拠に、見える。
天梨の背中から伸びる回路の翼。
淡く輝く光の天翼が、あの時よりもっと大きく伸びているのが見て取れる。
十二時過ぎの悪魔が艱難辛苦を前にした時、その爆音を巨大化させるように。
日向の天使もまた、それに応じるように翼を肥大化させていく。
〈恒星の資格者〉はせめぎ合う。在り方の清濁はどうあれ、競い合い高め合っていることには変わりない。
彼女達は太陽とも月とも違う。他者を必要とせず完成される星ではなく、他者を踏み台として磨き上げられていく星。
なればこそ、ひとつの接触が万に通じる天変を生む。
もはや天梨も、恐らくは満天も先ほどのままの存在ではない。
彼女達はシンデレラ。どちらが舞踏会の主役かを、笑顔のまま爽やかに争い合って成長する。
『心外だな。私とて、友の一挙一動に声をあげるだけではないぞ』
ホムンクルスは、自分が友として投げかけた言葉が天使に進化を与えた事実を正確には認識せぬまま、そう言った。
『――アサシンがアンジェリカ・アルロニカらを捕捉した。
天梨の収録が完了次第、会談の場を拵え、今後の指針を正式に定めるとしよう』
忘れるなかれ。
これはアイドル達のサクセスストーリーではなく、あくまで聖杯戦争だ。
そのことを、天使の友人たる人造生命体は当然弁えている。
物語は続く。誰も無関係ではいられない。新たな縁の結ばれる場所が、静かに設けられようとしていた。
◇◇
248
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:25:04 ID:2RDDVOsg0
「おいおい」
アサシン――〈継代〉の山の翁は、その惨状を前に立ち尽くしていた。
港区・六本木。かつてセレブのお膝下として知られた都市は、今や廃墟と焼け野原の広がる死地となっている。
聖杯戦争の過熱化は充分に予想できることだったし、彼もそれを想定した上で動くよう心がけてはいた。
だがこれには流石に言葉を失うしかない。どんな馬鹿が何をしたら、こんなことになるというのか。つくづく不味い仕事を受けてしまったものだと自分の運命を呪わずにはいられなかった。
けたたましく響くサイレンやヘリコプターの飛行音を尻目に、継代のハサンは影の如く身を躍らせる。
顔を捨てた結果である筈の髑髏面に、苦虫を噛み潰したような渋い表情が浮かんで見えた。
(空気が悪いな、そこかしこに毒素が充満してやがる。
呪い……いや、そういう兵器でもぶちかました結果かね。何にせよ、"やらかした"野郎は相当な厄ネタだなこりゃ)
規格外の火力と、それを一切の配慮なく炸裂させられる精神性。
この時ばかりは自分が戦士でなく暗殺者であることに感謝した。
こんな真似が可能な輩と正面切って揉めるなど断じて御免だ、命がいくつあっても足りやしない。
無辜の民の犠牲など気にする柄じゃないのは彼も同じだが、それでも何が起きたかも知らぬまま蒸発させられた此処の住民達には同情を禁じ得なかった。
いずれにせよ、長居は禁物と見て間違いない。
目立った気配こそないが、火に誘われてやって来た新手とかち合う危険は否定できまい。
利用できるNPCが死に絶え、遮蔽物も瓦礫同然の廃墟しか見当たらない今の六本木は己にとってあまりにもアウェーだ。
それに、今はこなすべき主命(オーダー)もある。正直あまり会いたくない手合いなのだが、主の意向とあっては仕方がない。いつの世も無理難題を押し付けられるのは暗殺者の常だなあ、と暗殺教団の中興の祖たる男は肩を竦めた。
(キナ臭い兆しがある。本当はそっちに首を突っ込みたいんだが……ま、優先順位って奴さな)
――アンジェリカ・アルロニカの主従と、ホムンクルス36号の尖兵〈継代〉のハサン。
病院戦で別れたっきりの彼らが再会を果たす、およそ半刻ほど前の一幕である。
◇◇
249
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:25:32 ID:2RDDVOsg0
港区での激戦を、命からがら生き延びて。
心に生の実感と、わずかな寂寞を抱えながら。
アンジェリカ・アルロニカとそのサーヴァント、天若日子は千代田区に逃げ延びていた。
流石にあの後も港区に留まり続ける気にはなれなかった。赤騎士も祓葉も去ったが、次がないとは限らないのだ。
休息も兼ねて今後の見通しを話し合おうということでふたりは一致した。
都市の真実と、本当の主役。蛇杖堂寂句を狂わせ、アンジェリカの脳にも消えない記憶を刻み込んだ白き神。
アレを深く識った上で、今まで通りの聖杯戦争を続けるなんて不可能だ。少なくともアンジェリカは、そこまで強い人間にはなれそうもなかった。
どこか軽食でも取れそうな場所を探して、腰を落ち着けながら話そう。
そう考え、なるだけ人混みを避けながら裏路地を歩いていた時のことだ。
(――アンジェ)
(ん。正直もうちょっとタイミング考えてほしかったけど、手間が省けたね)
天若日子の警戒の声に、アンジェリカも念話で応える。
その人物は、あまりにも当然のように待ち構えていた。
電線の上、鴉の並ぶそこに立つ、黒尽くめの怪人。
髑髏の仮面という分かりやすすぎる特徴があるにも関わらず佇まいは自然そのもので、ともすれば"見えているのに"背景の一要素と流してしまいそうなほどに違和感がない。
もし彼が本気で世界に紛れようとしていたならば、きっとアンジェリカ達は此奴が行動を起こすまで一切気付くことが出来なかっただろう。
それほどまでに卓越した暗殺者。生涯をその生き方に捧げ、身を粉にして暗闇に紛れた一体の死神――
「誰かと思えば、久しぶりではないかアサシン。息災のようで何よりだ」
「悪かったって。そう怒るなよ。言っとくが、アレに関しちゃこっちにも言い分があンぞ」
――〈山の翁(ハサン・サッバーハ)〉。ホムンクルス36号という狂人が従える、暗躍の怪物である。
数時間前、忘れもしない蛇杖堂記念病院での激戦。
そこで別れたきりになってはいたが、ホムンクルスの陣営とアンジェリカ達は同盟を締結している。
この陰謀蠢き暴力飛び交う針音都市の中で、数少ない背中を預け合える相手というわけだ。
もっともこのアサシンに背後を渡す気など、この通り彼女達にはさらさらないのだったが。
「つーかよく生きて帰れたもんだよ。
前門の暴君、後門の飛蝗。正直生き延びてるにしても四肢の一本はイカれてるもんだと思ってたんだが」
とはいえこれに関しては、彼――継代のハサンの主張にも一理ある。現に天若日子が「ぐむ……」って顔をしてる。
あの状況でホムンクルスの言に従わず、撤退どころか進撃を選ぶなんて狂気の沙汰だ。
さりとてもしアンジェリカがあそこで退いていたなら、彼女は今頃飛蝗の毒でとっくにあの世に召されていただろう。
そう考えると結果オーライと言う他はない。現に雷光の継嗣は生を繋ぎ、暴君から知見を授かって此処に立っているのだから。
閑話休題。
「積もる話もあるだろ。周囲には人払いを敷いておいた。此処でなら、お互いゆっくり久闊を叙せるってもんさ」
同盟と言えば聞こえはいいが、絆ではなく打算で結び付いた関係である。
ホムンクルスの凶手が単なる安否確認のために骨を折るわけがない。
彼には彼の要件があって、こうしてわざわざ接触を図ってきたと判断するのが利口だ。
そしてそれは、アンジェリカの側も同じである。
こうして口では不満を言いつつも、実際確かに手間は省けたのだ。
250
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:26:02 ID:2RDDVOsg0
「……ドクター・ジャックにいろいろ聞いたよ。
あいつは"ホムンクルスを頼れ"って言ってた。自分なら語らないことを伝えるだろうって」
「うんざりするほど正確なアドバイスだな。まぁ確かに、ウチの大将はそういう御仁だ」
ガーンドレッドの庇護を捨てて、自らの意思で歩き出した無垢の狂人。
その不安定さまで見越した助言に仮面の裏で舌を巻く。
実際継代も、彼のめちゃくちゃな歩み方にはずいぶん胃壁を削られた。
アサシンクラスが数時間の内に複数回も正面戦闘をさせられてきた時点で言うに及ばずという話である。
とはいえ、此処までは継代からしても予想していた範疇の内容だ。
蛇杖堂寂句の膝下から生還した時点で、あの魔人に何か吹き込まれていることは確実。
であれば自軍の大将、ホムンクルス36号について話が伸びるのは容易に想像できた。
が――それも此処までの話。アンジェリカの続く言葉には、さしもの継代も一瞬言葉を失った。
「あと、神寂祓葉に会ったよ」
「…………、マジ?」
「マジ。会ったし、話したし、一緒に戦った。六本木の件はあんたも知ってるでしょ?」
その名を知らない筈がない。
三十六番目のホムンクルスを灼き、死を超えて歩む狂人へ変生させた始原の太陽。
継代のハサンは未だ都市の神の顔を知らないが、それでも規格外の存在であるということは嫌というほど分かっている。
だから驚くと同時に納得した。六本木を消し飛ばしたどこぞの誰かの大戦(おおいくさ)。
馬鹿げていると呆れたあの惨状に、世界の神が一枚噛んでいたというなら納得できる。
そこに巻き込まれながら生き延びたアンジェリカ達の幸運には慄くしかなかったが、思いがけない拾い物をした気分だった。
「……オーケー、オーケー。
その話は大将同伴で聞いた方が良さそうだな。焦らすようだが、後でじっくり聞かせてくれ」
アンジェリカの顔を見るに――どうやら灼かれている様子はない。
これは継代にとって幸いだった。如何に利害の一致で結ばれた共闘関係とはいえ、狂人の身内などひとりで充分だ。
祓葉については、継代も興味はある。
というより、知っておかねばならないと思っている。
対峙したことがなくとも分かる。この都市の主役は件の娘だ。
そこを見誤れば確実に何処かで地雷を踏む。神の顔を知らぬままでは、その箱庭は馳せられない。
その点、アンジェリカ・アルロニカの持ち帰ってきた情報はまさに得難い果実であった。
これは是が非でも聞かねばならない。実のところ、彼の中でアンジェリカら主従の持つ価値は決して高くなかったのだが、こうなると話は別だ。
「満足したなら、次は貴様が聞かせよ。何のために手ずから我らへ逢いに来た? 安否を案ずるような殊勝な質ではあるまいに」
「辛辣すぎて涙が出そうだが……まあ間違っちゃいない。お察しの通り大将のご命令だよ。
こっちもあの後いろいろあってな――結論から言うと、新しく同盟相手が増えた。大将はお前らとそいつを会わせたがってる」
「何?」
天若日子が眉を顰めるのも頷ける話だ。
自分達に同盟を申し入れた舌の根の乾かぬ内に、一言の相談もなく見知らぬ誰かと手を結んでいたというのだから、義理を重んじる誇り高い神が不快に思うのは詮無きことである。
露骨に剣呑な眼差しを向けてくる彼をどうどう、と制しながら、継代のハサンは続けた。
251
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:26:37 ID:2RDDVOsg0
「輪堂天梨って娘だ。歳はアンジェリカ嬢と同じか一個下ってところだな。
職業はアイドル。この国で一ヶ月過ごしてきたんだったら、名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?」
「輪堂、って……なんかすっごいネットで叩かれてる、あの?」
「おう、それだ。とはいえ人柄は心配しなくていい。ウチの大将が友と呼んでべったり懐いてるって言えば伝わるだろ」
「……えっ。あの祓葉大好きっ子クラブ代表みたいな奴が……?」
天若日子はともかく、アンジェリカにとってそれはだいぶキャッチーな人物紹介となったらしい。
無理もない。祓葉を知り、それに灼かれた狂人達を知る者からすれば、彼らが他の誰かに好意を抱く事態は想像すら出来まい。
実際継代自身、未だにどういう理屈なのかピンと来ていないくらいなのだ。
しかし、事実としてホムンクルス36号は輪堂天梨を友と呼び、彼女もその親愛に応える姿勢を示している。
どれほど信じ難くとも事実は事実だ。狂人の心理というやつは、どうあがいても正気のままでは分からないのである。
「おい貴様。まさかとは思うが、私やアンジェの話をその娘にべらべら吹聴したわけではあるまいな?」
「そうする気なら流石に止めたさ。名前だけは教えちまったが、そこはこうして遠路はるばる伝えに来たのを汲んで大目に見てくれ」
いかんせん、ホムンクルスは人の心が分からない。
更に彼の"友"も、心は分かるが人が良すぎる。
そういう点では、"大将"が名前の開示程度に留めてくれたのはひと安心だった。
流石に天梨へ全部明かしていたなら、アンジェリカ達との今後の関係性は望めなかったろう。
アンジェリカ・アルロニカは未熟で青いところのある娘だが、彼女を護る天津の神はそうではない。
というか、彼が居なければ話はもっとずっと容易いのだ。天若日子は見事に、暗殺者の悪知恵を阻む防波堤として機能していた。
とはいえ、そこで頭を悩ませずに済むのはありがたい。
継代のハサンから見ても、この同盟の新たな参加者は信に足る人物であった。
「大将の言をそのまま借りるが、あんたらと輪堂天梨は多分馬が合う。
天梨は卑劣を嫌い、素朴な善心を抱き、不合理に傷を負うことを良しとできる人間だ。
サーヴァントの方はちょっと難物だが、それを除いても相性なら俺達以上だろう。そこについては、重ねて言うが心配無用だ」
――そう、およそ肩を預け合う人間として、この都市で輪堂天梨の右に出る善人はまず居ない。
そして彼女の持つ"資質"も見逃せない。もっとも其処に関しては、一言忠告しておく必要はあったが。
「ただし気を付けろ。あいつは、神寂祓葉の"同類"だ」
恒星の資格者。
太陽に迫り得るもの。
盲目の狂信を寄せ続ける筈の〈はじまりの六人〉、その一角を誑かした日向の天使。
その光は誰も灼かないが、光自体に害がなくとも、星の存在感が良からぬモノを引き寄せる可能性までは否定できない。
これは誠意ではなく"保険"だ。
後になって聞いていないと憤られては敵わない。
大成した天使が世界に何をもたらすか、継代やホムンクルスはおろか、当の彼女自身さえ理解していないのだ。
故にこの警告は大きな意味を持つ。祓葉を知る少女には、その意図が過不足なく伝わった。
強すぎる光は世界にとって毒になる。蠱毒の都市が誕生したように、彼女達の存在は有るだけで理を否定し、狂わせる。
その証拠に、アンジェリカは一瞬黙った。継代の言葉を噛みしめるように沈黙し……こく、と重々しく頷いた。
そう、分からない筈がない。分かるに決まっている。何故なら彼女は既に、原初の極星を知っているから。
「――――分かった。案内してくれる? アサシン」
理解した上で一歩、足を前に出す。
進むために。祓葉の箱庭を、あの哀しき神の物語を生きるために。
(……あめわか。いいよね?)
(アンジェが良いと思うのなら、私はその決断に寄り添おう。
……いや、こいつは本当に相変わらず気に入らんが。許されるなら三発くらい殴りたいが)
(ありがと。まあ殴るか蹴るかは、コインが落ちてから決めよっか)
――――無垢を知り、暴君と死合い、神を憐れんだ少女は、天の御遣いへと歩み寄る。
◇◇
252
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:26:59 ID:2RDDVOsg0
【新宿区・ラジオ局/一日目・夜間】
【輪堂天梨】
[状態]:健康、胸がどきどき、だけどちょっとだけすっきり
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:やっちゃったぁ……。
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"を行使できるようになりました。
持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
【アヴェンジャー(シャクシャイン)】
[状態]:苛立ち、全身に被弾(行動に支障なし)、霊基強化
[装備]:「血啜喰牙」
[道具]:弓矢などの武装
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死に絶えろ、“和人”ども。
0:――上等だよ、天梨。
1:鼠どもが裏切ればすぐにでも惨殺する。……余計な真似しやがって、糞どもが。
2:憐れみは要らない。厄災として、全てを喰らい尽くす。
3:愉しもうぜ、輪堂天梨。堕ちていく時まで。
4:青き騎兵(カスター)もいずれ殺す。
5:煌星満天は機会があれば殺す。
6:このクソ人形マジで口開けば余計なことしか言わねえな……(殺してえ〜〜〜)
[備考]
※マスターである天梨から殺人を禁じられています。
最後の“楽しみ”のために敢えて受け入れています。
※令呪『私の大事な人達を傷つけないで』
現在の対象範囲:ホムンクルス36号/ミロクと煌星満天、およびその契約サーヴァント。またアヴェンジャー本人もこれの対象。
対象が若干漠然としているために効力は完全ではないが、広すぎもしないためそれなりに重く作用している。
【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(小)、肉体強化、"成長"
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし。
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:天梨の収録終わりを待ちつつ、アンジェリカ・アルロニカとの再会に備える。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:アサシンの特性を理解。次からは、もう少し戦場を整える。
3:アンジェリカ陣営と天梨陣営の接触を図りたい。
4:……ほむっち。か。
5:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
[備考]
※アンジェリカと同盟を組みました。
※継代のハサンが前回ノクト・サムスタンプのサーヴァント"アサシン"であったことに気付いています。
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、わずかに肉体が成長し始めています。
どの程度それが進むか、どんな結果を生み出すかは後の書き手さんにおまかせします。
※継代のハサンをアンジェリカ達と合流させるために放出しました。
253
:
輪堂天梨の勇気りんりんラジオ
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:27:25 ID:2RDDVOsg0
【世田谷区・路地裏/一日目・夜間】
【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:ダメージ(小)、霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:アンジェリカ・アルロニカ達を案内する。
1:正面戦闘は懲り懲り。
2:戦闘にはプランと策が必要。それを理解してくれればそれでいい。
3:神寂祓葉の話は聞く価値がある。アンジェリカ陣営との会談が済み次第、次の行動へ。
4:大規模な戦の気配があるが……さて、どうするかね。
[備考]
【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、罪悪感、疲労(大)、祓葉への複雑な感情、〈喚戦〉(小康状態)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:アサシン(〈継代〉のハサン)についていく。
1:なんで人間なんだよ、おまえ。
2:ホムンクルスに会う。そして、話をする。
3:あー……きついなあ、戦うって。
4:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。できれば名前も聞きたくない。ほんとに。
5:輪堂天梨……あんまり、いい話聞かないけど。
[備考]
ミロクと同盟を組みました。
前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
外見、性別を知り、何をどこまで知ったかは後続に任せます。
蛇杖堂寂句の手術により、傷は大方癒やされました。
それに際して霊薬と覚醒剤(寂句による改良版)を投与されており、とりあえず行動に支障はないようです。
アーチャー(天若日子)が監視していたので、少なくとも悪いものは入れられてません。
神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。
【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
0:アンジェを支える。
1:アサシンが気に入らない。が……うむ、奴はともかくあの赤子は避けて通れぬ相手か。
2:赤い害獣(レッドライダー)は次は確実に討つ。許さぬ。
3:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
[備考]
254
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/20(日) 04:27:43 ID:2RDDVOsg0
投下終了です。
255
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/21(月) 16:54:33 ID:FtdWt9pg0
香篤井希彦&キャスター(吉備真備)
雪村鉄志&アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ) 予約します。
256
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:36:03 ID:yRy058g.0
投下します
257
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:36:56 ID:yRy058g.0
順風満帆。僕の人生を評するならば、その一言で事足りる。
衰退しゆく陰陽師の名家に生まれ落ちた不世出の天才。
与えられる知識を真綿のように吸収し、十歳になる頃には既に父を超えていた。
扱う者の才覚が足りず、事実上の失伝状態になっていた秘術をこれまでに五つ再生させた。
祓いの仕事をしくじったことはなく、来る日も政財界の要人達が手土産引っ提げて僕を頼りにやってくる。
のぼせでも思い上がりでもなく単なる事実として、香篤井希彦は麒麟だったのだ。
思い通りにならないことなど何もない。神に愛され仏に愛でられ、成功者になるべくして生を受けた絶世の美男子。
そう、僕には華があった。
巷にごまんと溢れる非才の輩に付け入らせない、彼らの鳴き声のすべてを持たざる者のやっかみに落としてしまう圧倒的な輝きが。
文武と美を兼ね備えた麒麟に隙は皆無。結果として誰も僕に並べない、誰も僕を追い越せない。
まさに薔薇色の人生。ただひとつの不満を除けば、僕の人生は齢三十を前にして完成されていた。
来る日も来る日も伝承の死蔵と使い途のない研鑽。
たまに実践の場が舞い込んだと思えば物好きな金持ちや政治家相手の占星術。
秘術なぞ使うまでもないチンケな除霊に、やれどこそこの土地で地鎮祭。
金は増える。才能があるから余暇も工面できる。名声はうなぎ登り。僕の三倍近く齢を食った爺さん連中がぺこぺこ頭を下げてくるのは痛快だ。
――――で? これは、わざわざ僕がやらなきゃいけないコトなのか?
昔は目を輝かせて修行に励んでた。
知識を蓄えるのは楽しかったし、身に着けた秘術で周りを驚愕させるのも快感だった。
一人前の陰陽師として大成すれば、きっと息吐く暇もない激動の毎日が待っているのだろうと信じていた。
闇夜に犇めく魑魅魍魎。国家転覆を目論む大陰謀。国防のため前線にひとり立ち、迫る強大な厄災を颯爽祓う僕。
安倍晴明のように伝説を刻み、蘆屋道満のような悪党どもとしのぎを削っては、やれやれ休む暇もないなと苦笑する。
いつかは弟子を取って子孫を残し、されど誰もが僕を頼ってくるから隠居も出来ず、この身朽ち果てるまで陰陽師として戦い続ける。
歩みを止めて荼毘に臥された後も希彦の名は永遠に残り、香篤井家は誰もが畏敬の念を以って崇め奉る名家となって続いていく。
そう信じて研鑽に励み、遊びを覚えながらも齢を食っていった。
やがて父に代わり現場に出て仕事を行うようになり、満を持してその才をお披露目するに至って。
そこで僕を待っていたのは、しかし――
なんともつまらなく。
なんともありふれていて。
なんともしみったれた、現実だった。
舞い込む仕事はすべて、誰でもできるような歯ごたえのない無味乾燥。
失敗はしないが、代わりに劇的な成功もない。
当然だ、そんなもの起こり得るわけがない。だって誰でもできる仕事なんだから。
食品にラベルを貼るにも上手い下手はあるかもしれないが、それだけで歴史に名前を残すなんて不可能だろう。
考えてみれば当然のことだ。
神々が去り、神秘が薄れ、昼夜を問わず人工の光が大地を照らすこの現代。
晴明や道満が生きた平安時代のような霊的事件などそうそう起こらず、故にほとんどの人間は陰陽師なんて必要としない。
要するに平和すぎたのだ、僕が生まれた時代は。
ドラマを望もうにも発生の余地がなく、業界の中では天才だの神童だのと褒めて貰えるが、一歩でも外に出れば時代遅れの骨董品扱い。
一度本職の魔術師と顔を合わせた際、露骨に見下した態度を取られた時は憤慨したけれど、今にして思えば気持ちが分かる。
死蔵と現状維持だけが取り柄の、世俗に堕して小金稼ぎに明け暮れる"伝統"など――いったい誰が本気で畏れ、敬うというのか。
258
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:38:15 ID:yRy058g.0
酒の席で父に訴えたことがある。
陰陽師(ぼくら)は舐められていると。抜本的な改革を行わなければこの世界に未来はないと。
魔術師の爪の垢を煎じ飲んででも、かつての栄光を取り戻すため尽力すべきではないのか――我ながら大層な熱弁を振るった記憶がある。
しかし聡明なる親父殿は頷くでも、怒るでもなく、へべれけになった赤ら顔で困ったように笑ってこう言ったのだ。
『別にいいだろう。現にこれで食えてるんだから、細々のんびりやっていこうじゃないか』
『魔術師の小僧どもに倣うなどそれこそお笑いだ。儂らは儂らの山の上から、徒労好きの莫迦どもを笑っていればいいんだよ』
殴りたいとすら思わなかった。
ただただ、自分がこんな玉無しの子であるという事実に失望した。
気位ばかりを肥え太らせて、目先の金稼ぎに邁進する村社会。
天才だろうが神童だろうが、誰でもできる仕事をこなしては空寒い喝采に満足するしかない時代。
女を侍らせ、酒を飲み、美食に明け暮れ、増えていく通帳の数字を見て悦に浸るのが身の丈というもの。
いっそ魔術師どもの総本山に殴り込んでやろうかと思ったこともあるが、実行はしなかった。
意味がない。異国に行って土人どもを啓蒙してやるぞと珍奇な行為に走る阿呆と同列にされておしまいだ。
人生は楽しい。苦楽の苦を取り、楽だけで舗装された道を悠々歩むだけのイージーモード。
なのに胸の奥に燻る飢えは、どれほど贅を尽くしても失せることはなく。
だからこそ――聖杯戦争という絶好の土俵に巡り会えた時には、遂に運命の女神が自分へ微笑んだのだと小躍りした。
……そこまでだ。
そこから、僕の人生は急に色を変えた。
『できれば殺してほしいですが、まあお任せしますよ。もし殺せるなら上々、殺せなかったらやっぱりね、という感じなので』
薄ら笑みを浮かべて見下す魔術師の言葉が今も耳から離れない。
赤坂亜切。〈はじまり〉の六凶が一。炎の葬儀屋。
されど、彼だけじゃない。この都市には、思い通りにいかないものが多すぎた。
僕を馬鹿にして笑う"先人"の鼻を、ひと月あっても明かせなかった。
青銅の連隊に拠点を包囲された時、僕だけで生き残れたか判断がつかない。
いざ目の当たりにした〈蝗害〉は背筋が凍るほど恐ろしく。
その蝗どもを幻ひとつで相手取る幻惑の奇術師に至っては、理解しようとさえ思えなかった。
259
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:39:03 ID:yRy058g.0
「…………くそ」
足元の石ころを蹴り飛ばし、思わず悪態を漏らす。
そういう態度は揶揄の種になると分かっているのに止められない、自分の幼稚さにも腹が立った。
この数時間で一生分の辛酸を嘗めた気がする。
ただ軽んじられるだけなら、そうか僕を僻んでいるんだなと逆にせせら笑ってもやれるだろう。
だが、赤坂亜切のあの態度はやっかみの悪態とはわけが違った。今の僕にはそれが分かる。分かってしまう。
――渋谷の一角を数分にして無人に変えた"本物"の怪物どもを知った今だからこそ、その実感は冷水のように僕の心を濡らしていた。
自信家の自覚はある。それでも、僕は目の前の現実も分からないほど馬鹿じゃない。
あの〈蝗害〉や奇術師に比べれば、僕など路傍の石にも等しい端役だと分かる。
路傍の石。つまらない端役(モブ)。この都市は、そう嘲り笑っているのだ――この香篤井希彦を。
「おう、希彦」
「……なんですか。お局みたいに目敏いですね、貴方は」
この"先人"――吉備真備も僕に言わせればそのひとつだった。
僕を弟子のように顎で使って、それを鼻にもかけない不遜なクソジジイ。
腹が立つし見返してやりたいと思うのに、いつまで経っても底が知れない。
僕にできないことを、こいつは平然とやってのける。
それは戦闘でもそうだし、大局を見極める頭脳という意味でもそう。
晴明などものの敵ではないと吹かれた時には老人の戯言と思ったが、今同じことを言われたとして、果たして否定できるかどうか。
真備もまた本物だ。僕が知らなかった、僕の前には現れなかった、本物の天禀であった。
また揶揄われるものとばかり思って悪態をついた僕に対し、真備はいつもの憎たらしい笑みを浮かべなかった。
その眼は前を見据えている。どこか遠くを眺めている。僕には見えない何かを、視ている。
僕の子どもじみた悪態など、こいつにはもののそよ風にもならないようだった。
「人類悪という言葉に覚えはあるか」
「……いえ。知りませんが」
こいつや、あの怪物達を指して本物と呼ぶのなら。
じゃあこの僕は、偽物だとでもいうのか。
「そうか。なら教えてやるから、暇な今の内に覚えとけ」
――違う。僕こそ本物だ。香篤井希彦が偽物などである筈がない。
そう断言して終わるだけの話なのに、胸の中の苛立ちは腫瘍のように疼いて存在感を増すばかり。
この疼きこそが、他の誰より僕を嘲笑っているように思えた。
馬鹿め、道化め。お前もお前が見下してきた洞穴の狢どもと何も変わらない。
受け入れろ、分を弁えて頭を低くしやり過ごせ。裸の王様の童話も知らないのかと、耳触りな笑い声が幻聴のように木霊している。
260
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:39:46 ID:yRy058g.0
そして、そんな僕の煩悶など知らぬ存ぜぬと。
いや……知った上で気にかける価値もないと判断しているのか。
吉備真備は、僕を苛立たせる要因のひとつは、和尚のように話し始めた。
「いつの世も考え過ぎる奴ってのは居るもんじゃ。
ままならないことをままならないままにしておけない難物が、時にひょっこり顔を出す。
お前さんも一人二人は顔が浮かぶじゃろう? 知り合いであれ、テレビで見かける有名人であれ」
――人類悪。その言葉に覚えはなかった。
僕は陰陽師であって、魔術師の世界にはそう詳しくない。
その点、今真備が言っているのは後者の話のように思えた。
「大概の場合、そういう連中ってのはまぁ普通に転けて終わるのよ。
物を柔軟に考えられん輩ってのはいつの時代でも出る杭じゃ。
排斥されるか、笑い者にされるか……あるいは単純に能が足りなくて失敗するか。
時代の徒花って奴じゃな。ナントカの乱って雑に括られて、敗者として歴史書に数行綴られて終いよ」
「……、……」
「だがの。たまに、たま〜〜に、死んでもそれを捨てられん阿呆が出て来る。
誰に笑われようが阻まれようが、拗らせた憂いを支柱に進めちまう狂人が涌いて出る。
それだけなら悪霊、魍魎……厄災の括りに押し込めば済む話じゃが、此処でそいつの執念のカタチが問題になるわけじゃ」
真備は足を止めない。
だから、僕も止まらない。
こいつの背中を見たくはなかった。
今は、特に。たとえ気休めでも、一歩も譲らない強さってものを体現したかった。
「香篤井の麒麟君に問題を出してやろう。さて、その感情とは何だと思う?」
「悪意、とかですか。人類を滅ぼすためにすべてを注ぎ込める、桁外れの悪意……とか」
「はいハズレ。答えはむしろ、その逆よ」
真備は言う。
僕の、眉が動く。
ほらまただ。また、僕は――
「――――それは"愛"じゃ。ヒトを愛しながら、ヒトを害せる真のケダモノ。これ以上厄介なモノはこの世におらん」
こいつの前で、間違えた。
己自身の真贋を証明するように。
いつか青い心で夢見た未来を、今自分の行動で否定している。
「これを指して人類悪と呼ぶ」
もっとずっと早く、この事実を直視するべきだったのかもしれない。
なのにそれができなかったのは、僕もまた平和ボケしていたからなのだろう。
玉無しの雑魚どもと侮蔑した父や、現代の陰陽師達のように。
過去の栄光と現在の安定を寄る辺に、言い訳にして、見ないふりをしていた。
261
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:40:36 ID:yRy058g.0
「これが顕現(あらわ)れちまえば、もはやその世は終わりも同然よ。
ヒトなどものの敵にもならん。境界記録帯さえ有象無象の塵芥。
誰も勝てん。止められん。出て来る前に芽を摘み取るしかないわな」
「……それが」
聖杯戦争を知った時には心が躍った。
やっとこの才と能を活かせる運命が巡って来たのだと無邪気に喜んだ。
しかし蓋を開けてみれば、どうだ。
培った知識は活きない。極めた秘術は後塵を拝するばかり。
あれほど切望していた"厄災"の気配を前にしても、僕はせせこましく現状の維持を選び続けるしかなく。
騙し騙し繋いできた自負はあの瞬間、白い光の前に灼き尽くされた。
「――――神寂さん達だとでも、言うつもりですか」
そう。
すべてはあの瞬間に壊れ、始まったのだ。
純粋無垢を絵に描いたような美貌と、魂に訴えかけるような可憐さを秘めた女(ひと)。
神が寂寞に耐えられず、鬱屈を祓うために葉を振るったような、青天の霹靂。
この身は、それを"恋"だと思った。
恋慕。弾けるような、遊びではない恋など思えば初めてだったから。
彼女に倣って無垢に信じた。今もその気持ちは嘘ではないと信じている。
自分の聡明を呪ったのもまた初めてのことだった。なまじ頭がいいからこそ、自分の陥穽に気付けてしまう。
優れているということが己の絞めることもあるのだと、この歳になって初めて知った。
あの時――
彼女を知り、灼かれた時。
僕はきっと、見ないふりしてきた現実に追い付かれたのだと思う。
この都市の主役は、僕ではない。
香篤井家に生まれた麒麟は、此処では一匹の小鹿に過ぎない。
主役ではなく、それどころか端役。掃いて捨てるほどいる路傍の石のひとつ。
運命に選ばれた者たちに翻弄され、彼らを引き立てるために敗北を重ねる凡夫。
吉備真備を知り、自身の介在を受けながら揺らぐことのない都市の趨勢を見て。
合理的思考が導き出したその答えを、見ないようにただただ努めてきた。
その嘘を暴き立てたのが彼女の輝きだ。太陽の、網膜まで灼く白光だ。
それでも僕は、麒麟と呼ばれた希彦は、駄々を捏ねるように目を塞ぎ。
されど閉じた瞼の裏側にまで光は浸潤し、僕の実像を暴き立てようとするものだから。
だから僕は、逃げたのかもしれない。
そうでなければいいなと思う。
でももはや、見ないふりで逃げるのは限界だった。
――現実を拒んで。
――狂おしい恋慕(ヒカリ)に逃げた。
それが真実だろうと、僕の中の僕が言っている。
262
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:41:22 ID:yRy058g.0
「今度は半分当たりで、半分ハズレじゃな。儂が見るに獣は奴さんの相棒の方じゃ」
「じゃああの人は何だというんです。神寂祓葉が、あの"ヒカリ"が誰かの引き立て役だとでも?」
「そう、それなのよ。そこが現状の最も面倒で、厄(やば)い点でなぁ」
目を瞑っても思い出せる顔がある。
花咲く笑顔、ほころびひとつで心臓を鷲掴みにする天真爛漫。
女は美しいだけでなく、最低限の知性も不可欠だなどと知った口で語っていた過去の己が恥ずかしい。
教養など、品格など、本当に美しいものを前にしては気にする余裕すら与えられないのだと知った。
そしてきっと同時に、悟ったのだ。
僕は今、願った神話の前にいる。晴明の再来として名を轟かすための試練を課されていると。
「まろび出るなり世を覆い、悪性で閉ざさんとする邪悪な害獣。その横に、何やら訳の分からんもんが並んどる。
儂は時を超える千里眼を持たん。だからややもするとそういうこともあるのかもしれんが、まぁ、普通に考えたら有り得ん話よ。
どこかで道理が狂っとる。こうなると既存のやり方……当世じゃ"セオリー"っちゅうんじゃったか? それが、まったく通らん可能性がある」
荒唐無稽を地で行くような真備の言葉が、するりと頭に入ってきた。
そうだろうな、と納得している自分がいることにすぐさま気付く。
気付いた上で、その判断を疑えない――疑おうとも思えない。
あの人ならそうだろうなと、納得に納得が重なる。
神寂祓葉という存在を、常識の物差しで測ろうとする方が可笑しいのだと。
ともすれば真備の愚鈍を笑いそうになる。
それをすんでで止められたのは、僕のなけなしのプライドが奏功した結果なのかもしれない。
それでも、嗚呼。
この老人に何から何まで上を行かれた挙句に教鞭まで振るわれている現状は、やはり僕には受け入れ難いもので――
「話は分かりました。貴方が言っていた意味深な言にも筋が通って、僕もひとつ憂いが消えた気分です」
ですが、と。
僕は懲りもせず、劣等感を掻き立ててくる"本物"に疑義を呈していた。
「矛盾している。一度顕れれば世界が終わる厄災だというのなら、何故、貴方ごとき一介の英霊がそれを知れているのですか」
「わははは、言うのう。だが良い着眼点じゃ、説法するならこうでなくちゃの。
では答えようか。人理――この文明を取り纏める理も、そう無能じゃあねえのよ。
ただひとつこの星は、人類悪を討つ手段を持っとる。病に対する抗体のようなもんじゃ」
「……、……」
「一体の獣につき七体の英霊が引っ張り出され、偉大な役目を果たす。
それを以って獣は討たれ、人理は存続する。額面上は、そういうことになっとる」
だがの、と、真備。
「だからこれがどうしたことなのか、未だに儂も分かっておらん。
何故"冠位"の片鱗さえ出て来ていないのか。抑止が失敗し続けているのか。
おおそうだ、お前の溜飲をちょっとばかし下げてやろうか。
―――なーんも分からん。さっぱりじゃ。一足す一は千だの零だの言われとる気分よ、気持ち悪くて敵わんわ」
263
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:42:15 ID:yRy058g.0
青筋の立つ感覚があった。
見透かされた気がしたからだ。
僕の飼う、ひた隠しにしている感情を。
迷いも。悩みも。驕りも。痛みも。
「……やっぱり、晴明を喚べばよかったです」
なんて幼稚。
分かっていても言わずにはいられなかった。
人類悪という言葉に覚えがなかったように。
冠位という言葉にも、まるで覚えはない。
だが、どうやら隣に立つ彼がそうではないらしいと分かったから。
わずかな隙間に飛びつくように、僕は諧謔を弄していた。
さあどうだ。怒れ。苛立て。そのムカつくニヤけ面を歪めてみせろよと。
そう思う僕とは裏腹に、このクソジジイは、またニヤリと笑って。
「――そうじゃのう。お前さん、貧乏籤を引いたかもなぁ」
そんなことを、言ってのけるものだから。
僕は止めぬと誓った足を、反射的に止めていた。
「奴は儂に言わせれば小僧よ。正面から揉めるとなれば難儀じゃが、負けてやるつもりはない。
しかし奴が持っていて儂には無い物がひとつある。
先も言うたが、平安にて令和を見通す眼。人理に於ける王冠。そうさな、本来ならばお呼びが掛かるのはあやつの方だったやも――」
「……黙ってください」
「冗談じゃ、そう怒るな。誰かさんがあんまりショボくれた面しとるから、ちょっとからかってみただけよ」
からからと笑う真備に、そして。
自分で毒を吐いておいて、いざ受け止められると動転してしまう己の浅はかさにひどく腹が立った。
此処に来てから、腹の立つことばかりだ。
「希彦よ。人間誰しも手落ちってのはあるもんじゃ」
この爺の腹の底が、いつになっても読めない。
好き勝手振る舞ったかと思えば師父の真似事をしてみたり、孫か何かに接するような子ども扱いをしてみたり。
それこそ賽の目のようだ。吉備真備という賽子が示す目は、その回転が止まるまで分からない。少なくとも今の僕には、まだ。
「この世のあらゆる秘術を修めた儂にさえ、持っとらん物は星の数ほどある。
逆にお前さんが言った晴明の小僧は、儂ほど多くの知識を貯蔵しちゃおらんじゃろうな。
世の中そういうもんよ。儂は魑魅魍魎跋扈し、英傑や曲者が山程溢れる愉快な時代を生きたが……それでもついぞ、完璧な人間っちゅう奴には出会えずじまいじゃった」
「貴方が言うと嫌味にしか聞こえませんね」
「茶化すなよ、坊主。この真備が珍しく気紛れ起こしてやったんじゃ、ありがたく耳穴かっぽじって聞いとかんかい」
――また癇の虫が騒ぐのを感じたが、此処で喚いては情けなすぎる。
僕は押し黙り、真備の説法に少し真剣に耳を傾けてやることにした。
264
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:42:52 ID:yRy058g.0
僕はすべてを持って生まれてきた。
顔も、家柄も、才能も、人に望まれるすべての美点を、香篤井希彦は余さず所有している。
だがそんな僕にもきっと、持っていない物はやはりあるのだ。
頭の中に白い少女が浮かんだ。あの星が持つ輝きを、僕はきっと持っていない。
「無論、そうなろうと追いかけて研鑽する分には構わんが。
これに取り憑かれたとなると、一転ぜぇんぶ徒労に変わるのが厄介なところでな。
世の中、結局図太い輩が一番強ぇのよ。自分の不足を呪って病むなんざ、儂に言わせりゃ時間の無駄。自分の尻尾追い回しとる馬鹿犬と同じじゃ」
「ッ――」
それが僕のことを指しているのは、すぐに分かった。
ああそうだ。僕は今、とても焦っている。
僕は挫折を知らない。手に入れなくていいものを、この都市で拾ってしまった。
この歳になるまで、その味など知らなかった。
だが今なら分かる。これは、呪いのたぐいだ。
人が人に施す呪い。堕ちた地祇が撒き散らす呪い。そんなのいずれも及びもつかない。
心臓を焦がし、脳髄を灼いて苛む焦燥の呪詛。
麒麟と呼ばれたこの身さえたやすく狂わせる、曇天のような鉛毒。
「……無いものは無いで諦めろ、ということですか」
「なんじゃお前、そんな玉無しじゃったのか?」
「はっ……?」
我ながら柄にもなく曇っていたところで、予期せぬ言葉が返ってきたものだから声が上ずる。
見れば真備は僕を振り返り、またニヤリと笑っていた。
ムカつく笑みだ。僕がこいつを嫌いな理由が全部詰まったような顔だった。
「手が届かんから諦める。身の丈に合った生き方とやらに迎合する。
利口ではあるが男の道としちゃ下の下よ。男児一匹天下に生を受けたなら、いつまでも壮んに飢えてねえとな」
……心の中の泥濘に雫が落ちて、波紋が広がるのを感じた。
だってそれは、僕がかつて社会に抱いていた怒りを肯定する言葉だったから。
「要するに、やり方を間違えるなって話じゃ。
初志とは貫徹するもの、首尾とは一貫してナンボ。
馬鹿な奴ほど阿呆みたいにこれを見誤る。蘆屋の餓鬼の末路はお前も知っとるじゃろうが」
――自分の実力を、天下に示したい。
――陰陽道の香篤井家には麒麟がいるぞと慄かせたい。
それが僕の初志。貫徹するべき最初の願い。
再び思い返してハッとする。自分があらぬ方向に向かいかけていたことをようやく自覚した。
「希彦よ。お前が目指すのは本当に――」
265
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:43:35 ID:yRy058g.0
「説教ならもういいです。僕は、貴方の弟子になったつもりはない」
自覚すると、次に湧き上がってきたのは気恥ずかしさだった。
多感な時期の黒歴史をひょんなきっかけで思い出したような、むず痒さ。
ああそうだ。やっぱりまったくもって柄ではない。
よりによってこの僕が劣等感だなんて、これほど似合わないものはなかろうに。
「――僕は、星なんか目指しちゃいない。
そんな座に興味はありません。たとえ"彼女"が極星だとしても、僕は僕。香篤井の希彦だ」
はっきり言うが、僕は天才と呼ばれる人種だ。
自分なら陰陽道でなくとも、魔術や呪術、どんな世界でも最高の結果を出せた自信がある。
それでも陰陽師の香篤井希彦として在り続けたのは、僕の初志がそこにあるから。
僕が僕のまま、何も変わらずありのままの形で栄冠を掴むことにこそ意味があるのだ。
僕でない何かに成り果てて浴びる喝采など、栄光など――そんなもの、敗北宣言と何が違う。
僕は、香篤井希彦として。
陰陽師の神童として――我此処に在りと示してみせる。
相手が誰であろうと関係はなく。星でさえ、その野望の例外ではない。
本物? 偽物?
馬鹿馬鹿しい、僕が本物でないなら一体どこの誰がそれを名乗れるというのか。
それに、これはそのことを証明するための戦いだろうが。
たかだか一度や二度出鼻を挫かれたくらいで下を向いて、女々しいことこの上ないぞ希彦。
――舐められたなら、目に物見せろよ。
あの日僕は親父の奴に、そう言ってやったんじゃなかったか。
「神寂さんに会う、それは変わりません。
この気持ちが果たして狂気なのか、もしくは違った何かなのか。
答えを得て、その上で目指す途を決める。でもたとえ、そこで何が待ち受けていたとしても――」
すぅ。
息を吸い込む。
吐き出す。
嘆息ではなく、啖呵を。
「――勝つのは僕だ。それだけは、あの星にだろうが譲らない」
宇宙(そら)の惑星になんて興味はない。
僕は僕、人間だ。陰陽師の香篤井希彦だ。
そのままで天下を取る気だし、できなきゃ嘘だろうと信じている。
266
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:44:13 ID:yRy058g.0
けれど恥ずかしながら、僕はこいつに知った風な説教を垂れられるまでそれを見失っていて。
だからこそこうやって格好つけてる間も、少し居心地が悪かった。
まったくもって屈辱だ。この失態は、必ずや結果で返上してみせる。
「ま、立ち直りが早いのはお前さんの数少ない美点じゃからのう」
「は? 数少ないって言いました今? かなり聞き捨てならないんですけど」
「いつでも撤回してやるぞ。儂の度肝を抜いてさえくれりゃ、いつでもな」
「……あぁそうですか、そりゃ良かった。言っときますけど僕、まだ全然本気なんて出してませんからね。これからですよこれから」
まだ約束の時間までには猶予がある。
その前に神寂さんに、あの星にもう一度会おう。
そうすれば分かるだろう。僕が彼女に抱く想い。
それを〈恋慕〉としたこの自認(こころ)が、正しいのか間違っているのか。
心機一転、気分一新。
情けない鬱屈は啖呵と一緒に吐き出した。
今に見てろと真備に告げて、僕は聖杯戦争を"再開"する。
「……ところで、本当にいいんですか? こっちに向かうって判断で」
「半々ってとこじゃの。半分が吉、もう半分が凶」
「50%の賭けで傷心中の人間を連れ回すのやめてくれません?」
……それはさておき。
僕らは今、杉並区に向かっていた。
何故そこを目指すのか。
決めたのは真備だが、僕にも理由は分かった。
分からない筈がない。
それほどまでに露骨に……件の方角からは、剣呑な気配と震動、そして轟音が響いていたからだ。
「仕方ないじゃろ。下向いてショボくれてる奴に配慮なんざ出来るかい。
お前さんが使い物にならなそうじゃったから、儂は儂の判断で動いた。それだけよ」
そう言われると返す言葉がない。
というか、何を返してもダサくなりそうで憚られた。
それに――僕としても考えはないわけじゃない。
"彼女"のサーヴァント。真備曰くオルフィレウスなる英霊。
永久機関の発明者と言えば聞こえはいいが、いざ調べてみて驚いた。
単なる詐欺師。少なくとも公の歴史には、そうとしか綴られていない男。
正直に言って、英霊を呼び寄せ戦う場には不適格と言う他ない存在だった。
267
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:45:28 ID:yRy058g.0
が、真備の言動から察するに、彼こそが"獣(ビースト)"なのだろう。
人類悪。愛を拗らせて、世界の敵に成り果てた愚者の極み。
されど如何に愚かでも、最大の脅威であろうことは変わりない。
であれば情報を得ておくに越したことはなく、また、それを通じて神寂さんとの再会を早められるのではないかという打算もあった。
それにもうひとつ。目下の標的である〈脱出王〉は享楽の徒と聞いている。
その上で奴は〈はじまりの六人〉。であればひょっこり顔を出しに来る可能性も否定できない。
だから僕はおよそ正気とは思えない、"キャスター陣営が激戦の爆心地に近付く"という手をこうして是認しているのだ。
「この都に、"冠位"は喚ばれていない。少なくとも現状、儂はそう見ておる」
真備が言う。
当然お前は自分の話をすべて理解しているだろう、というその姿勢は鼻についたが、とりあえず今は黙って首肯することにした。
「抑止は超越され、此度の獣は天敵のいない状態で顕現している――もしもそうなら概ね詰みじゃ。出来ることは皆無に等しい」
「そんな無責任な。言っておきますけど、だとしても僕は諦めませんからね」
「ンなことは前提じゃアホ。儂だって黙って白旗揚げるつもりはないわい。
が、何にせよ情報は集めておかんとの。結局、実地調査に勝る備えはないってことよ」
抑止力という言葉の意味は、陰陽道の世界にも伝わっている。
世界を存続させようとする見えざる力。霊長の願望、その結晶。
チープなエンドロールを回避するため、星に用意された安全装置。
曰く魔術師は、目指す悲願の成就のためにこれへ挑む必要があるという。
その尖兵である冠位なる存在が、真備の見立てではこの都市には不在である。
それが意味することは何か。問うまでもない。かつてない、人類存亡の危機だ。
尋常じゃないし、そもそも起こり得る筈のない事態であるにも関わらず、けれどやっぱり心のどこかで納得していた。
だって〈この世界の神〉は、あの白き極星。神寂祓葉なのだから。
彼女がいるのなら、まあ、そういうこともあるだろうと不合理な納得を抱いている。
たかが地球ごときが、世界ごときが、あんなに美しく絶対的な生き物を縛れるものかよと。
疑いもなくそう思えている自分が少し恐ろしかった。あるいはこれが、赤坂亜切らが患う"狂気"の類型なのか。
「……と、まあ。最悪儂ゃあさっき宜しく首突っ込むことも想定しとったんじゃが――」
真備は、その先を言わなかった。
またしても「言わなくても分かるだろ」と言わんばかりに。
そして事実、僕は時を同じくして感じ取っていた。
この――全身を突き刺すような、恐らくは英霊であろう何某かの気配を。
「どう見る?」
「……威嚇、ですかね。ここから先には近付くなとか、そんな感じの」
「珍しく見解が合ったの。だがまあ、来るなっちゅうのは探られたくない腹があるってことよ」
「ええ。だから、此処で引き返す選択肢はない」
僕は大きめの歩幅で前進して、一度は引き離された真備との距離を強引に合わせた。
餓鬼の背伸びと揶揄されてもいい。こいつの横に立てない自分を想像するだけで嫌だった。
だからこうして並んで、ふたり揃って、気配の方を見据える。
「行きましょう、キャスター。遥々来たからには成果をぶん取ります」
「生意気言いやがって、餓鬼が。まぁ精々儂の陰に隠れとくんじゃの」
選ぶは前進。
向かうは、虎の巣穴。
◇◇
268
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:46:10 ID:yRy058g.0
失意と焦燥だけが、鋼の心を占めていた。
怒りはない。憎しみもない。ただ身を焦がすような感覚だけがあった。
鋼の娘は迷子のようにそこにいる。主の、相棒の、ないしは父のような男の眠る廃墟の前で。
主人の帰りを待つ番犬のように、その矮小な身体を晒し存在している。
都市の黒幕であり、人類悪たる終端(オメガ)の獣。
未だ幼体なれど、既に世界を滅ぼす敵としての素養を開花させつつあるオルフィレウス。
その発明たる機神・ゼノンとの正面戦闘を演じた代償は大きかった。
少女の身体も、鉛のような疲労と眠気に似た損耗に現在進行形で苛まれている。
それでも、彼女は休息を選ばずこうして立っていた。
すべては主を守るため。彼の言伝てを果たすため。
性能(スペック)を考えれば無謀と言う他ない寝ずの番を務め上げているのだ。
「……起こさないと、いけません」
起こしてくれ、と彼は言った。
大丈夫だと。すぐに動けるようになると。
ならその間、彼を守るのは相棒である自分でなければならない。
心配無用。彼は嘘を吐かない。だから問題はない、少し休めばきっと元気になる。
病床の親を横目に不安を隠そうとする幼子のように、機神の娘――デウス・エクス・マキナは自己暗示めいた言葉を繰り返していた。
「当機は、そう、仰せつかったのです」
他でもない、自分自身を律するように声を放ち。
マキナは、主の寝床に迫るふたつの影を威嚇する。
ひとりはどんな女も振り向くような甘いマスクの青年で。
それに付き従う英霊(もうひとり)は、白髭を蓄えた痩せぎすの老人だった。
「――ですので、此処から先には通せません。お引き取り願います、名も知らぬおふたかた」
マキナは毅然と告げる。
当人としては、そのつもりであった。
……たとえ他人から見ると、それが親とはぐれた子どもの強がりみたいに見えたとしても。
彼女の中でだけはそうだった。主の休息を守る従者として、眼前のふたりの行く末を阻む。
そういうものとして存在する機神少女の姿を見つめ、白髭の老人はただ一言。
269
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:46:56 ID:yRy058g.0
「…………ほう」
まずは、そう呟いて。
そして、凝視。
「――――成程成程、なるほどのう。
なかなかどうして涙ぐましい真似をするもんじゃ。あちらさんも必死って所かの、くく、うははははは!!」
何が可笑しいのか、これは傑作とばかりに腹を抑えて笑い出す。
マキナはそれを見て、当然訝しむように眉を顰めた。
だが老人――吉備真備は意にも介さない。
彼の挙動へ最初に否を唱えたのは、その主である青年。香篤井希彦の方であった。
(何笑ってるんです。ついに中身までボケたんですか。寄る年波にこんなところで負けないでくださいよ)
(おう、すまんすまん。あんまり傑作だったんでの。堪忍してくれや)
(彼女は英霊だ。おまけにひどく疲労している。
恐らく杉並の戦いから逃れてきたんでしょうが、間違いなく絶好の狩り時ですよ。――この機を逃すわけにはいかない)
希彦の判断は正しい。
彼は、マキナの疲弊をひと目で見抜いていた。
狩れる。何があったか知らないが、今なら大した労苦なく大将首を掲げられると。
進言したその判断は間違っていない。が、それに陰陽の始祖は応答しなかった。
代わりに――、困憊の身で臨戦態勢を取って健気に敵意を示す機神の少女に向け、一歩踏み出した。
「な……っ、キャスター、何を……!」
希彦の動揺は至極尤も。
更には敵手であるマキナも、これには疑義の目線を向けるしかなかった。
何故なら真備は一歩踏み出した上で、降伏を示すかのようにその両手を挙げていたからだ。
「……何のつもりですか?」
「見て分からんか? 此方に戦う意思はない、そう示しとるのよ」
また勝手な真似を、と希彦は顔を顰める。
確かに、情報を引き出す余地はある。それは間違いない。
目の前の少女の損耗の具合と、杉並から極めて近いこの座標。
その二項は彼女が、今まさに自分達が向かおうとしていたかの区の戦いに何らかの形で関与していた可能性を示していた。
「嬢ちゃんよ、お前さんも分かるじゃろ。
今此処で儂らと事を構えればどうなるか、どれほどお前さんにとって致命的な結果を生むか。
だからよく考えて選択せい。お前さんが何処のどんな英霊かは知らんけどよ――後ろに瘤背負って戦うんは辛いぞ? 何せこいつぁ戦争じゃからのう。"それしかない"となりゃあこっちも当然、おたくの後ろの奴を狙って仕掛けることになるんじゃ」
「……ッ……!」
希彦が口を挟む間も、判断の意図を問う間もなく、真備は笑みと共に畳み掛ける。
彼の言が効果覿面であることは、対峙するマキナの表情が如実に物語っていた。
吉備真備は傑物である。陰陽道の始祖、その肩書きには何の偽りも湾曲もない。
その彼にしてみれば……マキナの背後に聳えるホテルの一室で生死を彷徨う男の存在など、呼吸ほどの手間もなく見抜ける泣き所であった。
270
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:49:03 ID:yRy058g.0
「分かったら大人しく案内せぇ。優しくしてやってる内が華じゃぞ」
「ふ――ざけないでください……! 当機は、当機は……!
そんな根拠もない脅しに屈して大義をなげ、投げ出すほどっ、惰弱な英霊ではありません……!!」
されどマキナは引き下がらない。
彼女も分かっている。如何に未熟なれど、エウリピデスの仔は馬鹿ではない。
未だ全身に疲労を引きずり。精神(メンタル)には莫大な無力感という病痾を抱えた己が、目の前の英霊と本気で競い合う羽目になれば。
きっとその時、結末はふたつにひとつ。敵を殺すか、自分が"彼"諸共に滅びるかであるということは分かっていた。
それでも、彼女に選択肢はなかったのだ。主の寝込みを守れと命じられた幼子には、策士のような機転も、戦士のような自信もなかった。
だからただがむしゃらに、赤子の駄々めいた愚行であると分かっていても、こうして立ち塞がるしかない。
それ以外に術がなかった。今にも泣き出したくなるような不安を抱えながら、それを懸命に隠して、虚勢を張るしかなかったのだ。
だって偉大な父は、こんな時どうすればいいかなんて教えてくれなかった。
英霊の肩書きなど名ばかり。その情操は今も古の幼年期と地続き。
そう――マキナにあるものは大義だけだ。だってその証拠に、傷ついたマスターひとり救えない。
Deus Ex Machina Mk-Ⅴに、他者に対する治療機能は搭載されていない。
何故なら彼女の役目は悲劇の迎撃者。
起こり得る全ての悲劇を迎撃するのがコンセプトなのだから、"起こってしまった後"のことなどエウリピデスは想定しなかった。
敗北を、救世神の陥穽を前提とした機能にリソースを割くのを、かの詩人は嫌ったらしい。
どだいから雲を掴むような計画。だからこそ、削げる部分は削がねばならなかった側面もあるのだろう。
だからマキナは瀕死の雪村鉄志が約束を守ることを信じて、その眠りを守ることしかできずにいた。
できたのは最低限の応急処置。医術の心得などあるわけもなく、外から見える傷の止血と安静に眠れる状況の構築に留まった。
途方もない無力感で今にも泣き出しそうだ。けれど神は泣かない。特に今は、その自戒を破ったらすべてが壊れてしまいそうで。
引き下がらないようなら本当に実力行使に出ると、拳を向けて精一杯の気勢を放つ。
そんな彼女に老人は、ニヤリと口元を歪めて言った。
「手前んところの傷病人、治してやると言ってもか?」
「――――っ……!」
効果は覿面である。
マキナは、その言葉を無視できない。
「そういう青臭いノリは嫌いじゃないがの。
もう少しポーカーフェイスの練習をした方がいいぞい」
希彦に向けるような顔で、からからと笑う真備。
普段ならからかうなと噴飯するところだが、今の彼女にその余裕はなかった。
唇を固く結び、されど動揺は隠し切れないまま、真備を睥睨する。
271
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:49:37 ID:yRy058g.0
「……当機に、そんな話を信じろと?」
「別に信んじなくてもええぞ。その時は交渉決裂、残念無念。
不本意ながら"予定通り"、お前らを摘み取ってそれで終いじゃ」
事実上、お前さんに選択肢なんざありゃせんのよ。
真備の眼光が鋭く、妖しく光る。
マキナの眉間に深い皺が刻まれ、数秒の沈黙が下りた。
「で、どうする。儂らはどっちでも構わんぞ?」
見るからに怪しい二人組だ。
特にこの老人は、自分より一枚も二枚も上手の古狸だと分かる。
本来なら慎重になるべき相手。熟考に熟考を重ねた上で関わらねばならない手合い。
けれどマキナの横に今、未熟な彼女をいつも助けてくれたマスターはいない。初めて、心細いと思った。
(ますたー……、……当機、は――)
危険かもしれない。
自分のせいで、全部が台無しになってしまうかもしれない。
父の夢も。彼の夢も。何もかも、誰かの手のひらで握り潰されてしまうかもしれない。
怖い。それは、とても怖いことだ。考えただけで鋼の機体の奥にある、心という名の不可解がちいさく震える。
でも。
それでも――
「……りょ。分かり、ました」
マキナは、どうしても、雪村鉄志を助けたかった。
神らしい合理で物事を分別するには、彼女はあまりに幼すぎた。
何より。鉄志と一緒に過ごしたひと月という時間は、長すぎたのだ。
◇◇
272
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:50:04 ID:yRy058g.0
吉備真備は数多の秘術をその身に宿す超人だ。
こと陰陽道に属する術であれば、彼にできないことはほとんどない。
その数少ない例外が、時空の向こうを見通すことである。
魔術王ソロモン曰く、冠位の資格を持つ魔術師は優れた千里眼を持つという。
過去、あるいは未来。
もしくはその両方を見据える千里眼。
これを持たぬが故、吉備真備はグランドキャスターたり得ない。
それはいい。知の希求には欲を示せど、人理の小間使いなど御免である。
やりたい奴にやらせておけばいいというのが真備の感想だ。
しかして疑問がひとつ。何故この都市には、冠位英霊の兆しが存在しないのか?
オルフィレウスは〈人類悪〉で間違いない。
未だ成体に羽化していないのは僥倖だが、その時はいずれ必ず来よう。
だからこそ道理に則るならば、未来の顕現を予期して冠位が派遣されていなければおかしいのだ。
にも関わらず、針音の都市にはそれがなかった。
奇妙だと思う。解き明かしたいと思う。知識欲と好奇心が擽られるのを強く感じる。
――神寂祓葉が異変の根源ってのは、まあ間違いないじゃろうが。
まだ仮説の段階だが、あの少女には何か、存在するだけで人理をねじ曲げる力があるのではないか。
例えば、抑止力という理(ルール)の干渉を強力に弾く、だとか。
一度会っただけではあるものの、そうでなければ説明の付かないことが多すぎた。
言うなれば歩く特異点。悠久の時間と無数の事象の枝葉の中で、たまさか産まれた新生物。
そんな存在が、何の因果か人類悪の幼体と遭遇してしまった。
ふたりは意気投合し、共に滅びの未来へ歩む同胞となった。
誰もその運命的物語を止められず、失敗した結果がこの仮想都市。
オルフィレウスは着々と準備を整え、彼に迫る抑止の妨害は祓葉が弾く。
もしこの推測が当たっているなら、連中を破る手段などない。
完成された人類悪は冠位なくしては斃せないし、隣にあの白い怪物が寄り添っているなら尚更不可能だ。
人理は敗北した。
抑止は超えられた。
未来は存在せず、誰も星の神話を止められない。
――――本当に?
273
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:50:57 ID:yRy058g.0
「希彦、後はお前がやっとけ」
「はぁ!? 貴方が言い出したことなのに何で僕が!!」
「ちょっと考えたいことがあんのよ。
万一危なくなったらちゃんと仕事するから安心せぇ」
急に仕事をぶん投げられた希彦は噴飯した。
真備は既に部屋の隅で胡座をかき、すっかり思案に耽る構えである。
「おや、それとも――」と口元を歪め、ダメ押しにもう一言。
「香篤井の麒麟とやらは、医者の代わりも務まらんボンクラなのかのう?」
「あ゛ぁ!?」
こうやって発破をかけられると、希彦は弱い。
なまじ自分が天才だという自負を人一倍持っているから、絶対に聞き逃がせないのだ。
馬鹿にしないでください、やってやりますよ――!
さっきまでの悪態は何処へやら、早速ベッドの上に寝かされた"彼"の方へ肩を上下させながら向かっていった。
そうして患者を覗き込む。
まったくもって不本意な仕事だが、やると決めたら真剣なのも希彦の美点である。
とにかくまずは容態の確認だ。術を用いて人体の構造を解析し、微かに眉を動かした。
「……、なるほど」
「……どう、なのですか。ますたーは、治るんですか?」
「急所は外しているようですが、折れた骨がいくつかの内臓に刺さってますね。深刻な状態です」
マキナの顔が目に見えて曇る。
実際、解析してみて驚いた。
サーヴァントならまだしも、マスターがこれほどの負傷をするというのは相当な状況だろう。
肝臓、恐らく脾臓にも骨が突き刺さっている。
当然出血も見られ、放置しておけば命に関わるのは間違いなかった。
基礎的な応急処置は施されているが、はっきり言って焼け石に水だ。
真備が治療を買って出なければ、この男は遠くない内に死亡していたに違いない。実際に治療するのは何故か希彦になったが。
「他にもあちこち損傷が見られる。この様子だと脊椎も痛めてそうなので、病院に運んでも助かるかどうかは五分五分でしょう」
容態は分かったので、視線を外す。
ちら、と横目にマキナを見た。
遭遇した時にも思ったが――なんとも妙なサーヴァントだと思う。
鋼鉄の四肢を持つというだけなら"そういう存在"と納得できなくもないが、全身の随所から微小な機械音のようなものが聞こえる。
英霊になれるほど有力な逸話を持つ機械、なんてあったろうか。
ともすれば、未来の英霊という可能性もあるのかもしれない。そんな変則召喚が成立し得るのかは別として。
希彦の推測は結論から言うとまったくの的外れだったのだが、こればかりは仕方のないことだ。
ギリシャの詩人が古代の機神を参考に設計した人造の神霊なんてぶっ飛んだ答え、考えつく方がおかしい。
274
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:51:51 ID:yRy058g.0
「…………がい、します」
「え?」
「――おねがい、します……。
当機にできることなら、なんだってしますから。
だから、ですから……。当機のますたーを、助けてください……っ」
「……、……」
ぺこりと、深く深く頭を下げて少女は言った。
相手は英霊だ。そんな存在に頭を下げられているのは、正直悪い気はしない。
ただこうも、まるで見た目通りの幼子がするような必死さで"お願い"されると、流石にやや据わりの悪いものもあった。
「……いや、まあ。
もともとそういう話ですからね。なんで僕がやることになってるのかは今でも不明なんですが」
なんというか、調子の狂う相手だと思う。
良くも悪くも、とにかく英霊と接している気がしないのだ。
そう、"らしくない"。これに比べればひたすら自由で老獪な真備の方が余程真っ当に英霊をやっているだろう。
「――言われなくても、仕事はちゃんとやりますよ。後であのジジイにネチネチ嫌味言われるのとかホント嫌なんで」
満を持して、患者の身体に手を触れる。
呼吸は浅い。目を覚ます気配はない。
反応も示さないところを見るに、かなり深い気絶状態にあると推測できた。
祈祷師の真似事などいつぶりだろう。が、希彦は実のところ、緊張などはまったくしていなかった。
275
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:52:34 ID:yRy058g.0
そも。
陰陽とは、森羅万象のすべてを陰と陽に大分して考えようという思想である。
相対する両極を以って世界を観る。陰陽は互いに支え合って成っており、これを前提として物事を捉えるのが彼ら陰陽師の骨子だ。
此処から派生して産まれたのが、陰陽五行という考え方だった。
陰陽を更に五つの元素に分割し、そこに関係と縁を見出す。
木・火・土・金・水。これを指して五行と呼ぶ。
陰陽がそうであるように五行も互いに影響し合い、相生と相克を通じて森羅を律している。
これを人体に適用して科学しようと考えたのが俗に言う東洋医学。
つまり人を癒やす治療術と陰陽術は、似て非なるようで非常に近しい関係にあるのだ。
体内の五行、その狂いをひとつひとつ収める。
希彦の術は治療に特化した魔術師に比べれば慎ましいものだったが、これを適切に運用すれば効果は倍どころでは済まない。
最低限の干渉と消費で、最大限の結果を生み出す。
言うなれば非常に効率がよく、無駄に乏しい。
傷を塞ぎつつ、体内という世界を陰陽と五行の観点から整えていく。
刺さった骨は除去しつつ、元の場所へ戻して嗣(つな)ぐ。
抉れた肉は成長を部分的に異常促進させて補う。
この上で、失われた生命力を補填するのが前述の考え方だ。
医術というにはあまりに抽象的。されどオカルトというには、あまりにシステマチックな作業が行われていた。
そして此処で、忘れてはならないことを改めて付記する。
香篤井希彦は天才だ。
現代の陰陽師で、彼に並ぶ才気を持つ人間は皆無に等しい。
雪村鉄志は重体だった。現代医療の粋を尽くしても、確実に救命できるとは言い難い瀕死状態だった。
だが希彦に言わせればそれも、"思っていたより面倒だな"程度の感想で済む問題でしかなかった。
希彦は陰陽道のあらゆる分野に精通し、そのすべてで才覚を発揮している。
その彼が、対人治癒などという基本的な領域を修めていないわけはない。
彼が手を離した時、マキナは「えっ」と思わず声をあげた。
希彦が鉄志に触れてから時間にして約十五秒。たったそれだけの時間で、彼は治療をやめてしまったからだ。
「思ったより手間取ったな。くそ、重病人なんて滅多に会わないから鈍ってたか……」
「え、え。あ、あの、その――?」
「治療は終わりましたよ。
主要な傷は塞いだし気力も整えておいたので、少し待てば目を覚ますでしょう。当面は安静をおすすめしますが」
事実、鉄志の顔色は希彦が触れる前に比べて明らかによくなっていた。
血の気の引いた青ざめた肌が、今では健康体と変わらない血色を取り戻している。
呼吸のリズムも平常に戻り、傍目にはとてもさっきまで生死の境を彷徨っていたとは思えない。
「手抜かりはありません。僕に限って、この程度の仕事でそれはない」
希彦は断言する。自分の手際に不満があったのかその顔はややむくれていたが、断ずる言葉に淀みはなかった。
276
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:53:17 ID:yRy058g.0
「――キャスター! 言われた通りやってやりましたがー!? 手前で命じたんだからせめて確認くらいしてくれませんかーっ!?」
今になってさっきの物言いがまた癇に障ってきたのだろう。
青筋を立てながら、無駄にでかい声で希彦は真備を呼ぶ。
が、そんな彼の服の袖が小さく引かれた。
まだ何かあるのかと振り向いて、そこで思わずぎょっとする。
振り向いた先には、唇をぎゅうっと固く結んで、何かを必死に堪えている機械少女の姿があった。
その顔があまりにも、英霊どころか希彦の思う"聖杯戦争"にそぐわないものだったから。
真備への怒りも一瞬忘れて、固まってしまった。
「……ありがと、ございました」
「え、いや……あの」
「ますたーを、助けてくれて……っ、ありがと、ございました……! 本当に――っ、う、ぅ」
「そ、そんな大したことしてないですから。こんなの僕じゃなくても誰でもできるようなことですし……ちょ、泣くのはやめてください。あのジジイに何言われるか分からないのでッ」
「な、泣きません。泣いてません。
神は笑わない、神は怒らない、神は泣かない、神は怠けない…………、ので…………」
瞳に涙をたっぷり貯めて、表面張力さながらのせめぎ合いを繰り広げながらわなわな震えるマキナ。
女の扱いには長けている希彦だが、流石にこの歳の幼子は守備範囲外である。
まして相手は英霊。まさか幼女めいた姿の英霊に目の前で泣かれそうになるなんて想定外も想定外。
ああくそお菓子の持ち合わせは今無い……! とかズレたことを考えるほど対応に苦慮している希彦の姿を愉快げに見つめながら、真備は小さく苦笑した。
そして希彦とマキナには聞こえぬ程度の声色で独りごちる。
277
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:54:21 ID:yRy058g.0
「確認なんぞせんでも分かるわ、アホ。
儂を喚べるような術師が、今更それしきの仕事でしくじるかい」
デウス・エクス・マキナ。
真備の目から見ても、雪村鉄志のサーヴァントはひどく異質に見えた。
英霊らしからぬ不完全性。ただの童女のように幼気でいじらしく、されど何故だか視線を外せない煌めきがそこにはある。
希彦は気付いていないのだろう。彼女の輝きが、あの白き神のそれとよく似通っていることに。
すなわち星に、酷似していることに。
(抑止は敗北した。だが、諦めたわけではない……ってところか)
人類悪の兆しは既に都市の深層に根付き、羽化の時を待ちながら針音の調べを悠々奏でている。
抑止力は彼に付き従う相棒、異形の極星を前に敗北。
よって冠位英霊、グランドサーヴァントは顕れない。少なくとも現状、真備の観測している限りではその兆候は皆無。
されど世界は今も戦っている。星の輝きに灼き焦がされながらも、悪あがきとでも呼ぶべき抵抗を続けているのだ。
「――しかしお前ら、相変わらず勝手よなぁ。そんなだから皆に嫌われるんじゃぞ。星の管理者ヅラするんだったらええ加減自覚せぇよ」
くつくつと、老陰陽師は笑う。
笑わずにはいられなかった。
なんて無理難題。なんて傍迷惑。
「目には目を、歯には歯を。ならば星には星を、か」
デウス・エクス・マキナは、〈恒星の資格者〉だ。
そして恐らく、彼女だけではない。
不毛の大地に種を蒔くように、都市にはいくつかの原星核が配置されている可能性が高い。
冠位なき世界で、獣狩りを成すために。
そう、すなわち、〈恒星の資格者〉とは――
「冠位(グランド)どもの代替品。極星を超え終端の獣を調伏するための、希望……」
星を慰める者(てんし)。
星を超える者(あくま)。
星を統べる者(めがみ)。
そして星を穿つ者(マキナ)。
都市は廻る。
星は瞬く。
「良かったのう、希彦。どうやら今宵の宴、お前さんの望んだ以上の誉れを確約するやもしれんぞ」
――――これは、世界を救う戦いである。
◇◇
278
:
boyhood
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:57:03 ID:yRy058g.0
【世田谷区・ビジネスホテル(廃墟)/一日目・夜間】
【雪村鉄志】
[状態]:気絶、疲労(小)、回復中
[令呪]:残り二画
[装備]:『杖』
[道具]:探偵として必要な各種小道具、ノートPC
[所持金]:社会人として考えるとあまり多くはない。良い服を買って更に減った。
[思考・状況]
基本方針:ニシキヘビを追い詰める。
0:――。
1:アーチャー(天津甕星)は、ニシキヘビについて知っている……?
2:今後はひとまず単独行動。ニシキヘビの調査と、状況への介入で聖杯戦争を進める。
3:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
4:〈一回目〉の参加者とこの世界の成り立ちを調査する。
5:マキナとの連携を強化する。
6:高乃河二と琴峯ナシロの〈事件〉についても、余裕があれば調べておく。
[備考]
※赤坂亜切から、〈はじまりの六人〉の特に『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』の情報を重点的に得ています。
【アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)】
[状態]:疲労(大)、安堵とか情けなさとかいろんな感情で心がぐっちゃぐちゃ
[装備]:スキルにより変動
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターと共に聖杯戦争を戦う。
0:神は泣かない。神は泣かない……
1:マスターとの連携を強化する。
2:目指す神の在り方について、スカディに返すべき答えを考える。
3:信仰というものの在り方について、琴峯ナシロを観察して学習する。
4:おとうさま……
5:必要なことは実戦で学び、経験を積む。……あい・こぴー。
[備考]
※紺色のワンピース(長袖)と諸々の私服を買ってもらいました。わーい。
【香篤井希彦】
[状態]:魔力消費(中)、〈恋慕〉、やけくそ
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:式神、符、など戦闘可能な一通りの備え
[所持金]:現金で数十万円。潤沢。
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉の選択を待って、それ次第で自分の優勝or神寂祓葉の優勝を目指す。
0:もーーーー!!!!(何も思い通りに行かないことへの叫び)
1:僕は僕だ。僕は、星にはならない。
2:赤坂亜切の言う通り、〈脱出王〉を捜す。
3:……少し格好は付かないけれど、もう一度神寂祓葉と会いたい。
4:神寂祓葉の返答を待つ。返答を聞くまでは死ねない。
5:――これが、聖杯戦争……?
[備考]
二日目の朝、神寂祓葉と再び会う約束をしました。
【キャスター(吉備真備)】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:『真・刃辛内伝金烏玉兎集』
[所持金]:希彦に任せている。必要だったらお使いに出すか金をせびるのでOK。
[思考・状況]
基本方針:知識を蓄えつつ、優勝目指してのらりくらり。
0:〈恒星の資格者〉について――
1:希彦については思うところあり。ただ、何をやるにも時期ってもんがあらぁな。
2:と、なると……とりあえずは明日の朝まで、何としても生き延びんとな。
3:かーっ化け物揃いで嫌になるわ。二度と会いたくないわあんな連中。儂の知らんところで野垂れ死んでくれ。
[備考]
※〈恒星の資格者〉とは、冠位英霊の代替品として招かれた存在なのではないかという仮説を立てました。
279
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/27(日) 00:57:29 ID:yRy058g.0
投下終了です。
280
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/28(月) 18:31:41 ID:jhPbLQFg0
高乃河二&ランサー(エパメイノンダス)
琴峯ナシロ&アサシン(ベルゼブブ/Tachinidae) 予約します。
281
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:48:18 ID:ejsrldDc0
投下します。
282
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:50:06 ID:ejsrldDc0
"カスター将軍"は去っていった。
人間も英霊も、共に困憊の状態。とはいえ戦場となった付近にそのまま留まることは憚られた。
疲れた身体に鞭を打って少しだけ移動し、ようやく腰を落ち着けることができた。
それが、琴峯ナシロと高乃河二の現在である。
「……ちょっとヤバいかも。今頃になって疲れがどっと来てる」
ナシロはコンビニの脇で座り込み、げっそりした顔で呟いた。
命の危機に次ぐ命の危機。
死ねるタイミングなど何度もあった。
生まれてこの方、これほど濃厚に死を想った日はない。
傍らにはエナジードリンクの缶が鎮座している。正直この手のドーピングにはあまり頼りたくないのだが、健康を気にしていられる状況ではない。
一方河二の方はブラックコーヒーだ。チョイスの理由は概ねナシロと同じ。気休め程度でもいいから、素早く活力を補充しようという腹である。
「仮眠しても構わないぞ。君ひとりならおぶって行動できる」
「いや、大丈夫だ。真剣にヤバくなってきたから相談するから、その時は相談に乗ってくれると嬉しい」
日頃の運動を欠かさなかった自分を褒めてやりたい気分だった。
もし不摂生を繰り返し、堕落に身を窶していたら確実に潰れていただろう確信がある。
ずっしりのしかかる鉛のような疲労と、キャパオーバーで重たい頭。
それを引きずりながら、ナシロは少しでも体力を回復できるよう努めていた。
河二にはこう言ったものの、この先いつ休める機会があるかは不明だ。
負担をかけるのは憚られるが、潰れて足を引っ張ってしまうのが一番の最悪。
故にそういう状況になったら迷わず頼ろうとナシロは決めた。
人は誰しも持ちつ持たれつ。独力で踏ん張るのが必ずしも美徳とは限らない。
「ところで……ちょっと話しても大丈夫か?」
「問題ないだろう。店の傍だが人気はないし、使い魔や伏兵に盗聴される危険性は正直今更だ。気にし過ぎても仕方がない」
河二は周囲に視線を巡らしながらそう言う。
それもそうだな、とナシロは疲れた顔で苦笑した。
今やこの都市に安全な場所などどこにもない。
そのことをつい先刻、自分達は心底思い知らされたのではなかったか。
例えば、こうしている今も誰かの宝具が狙っているかもしれない。
背にしているコンビニが急に爆発して、炎と衝撃に全身を蹂躙されるかもしれない。
巻き添えを食う第三者を勘定に含めない奴らの殺し合いに巻き込まれ、何も分からぬまま消えてなくなるかもしれない。
普段なら神経過敏の妄想と笑い飛ばすような突飛な展開が、此処ではいつでも当たり前に起こり得る。
針音の仮想都市はそういう場所なのだ。
すべてを警戒しきるなど到底不可能。
命を奪う脅威に備える程度が、自分達に赦された身の丈であろう。
――よってナシロは緊張を解き、河二へと口を開く。
283
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:50:44 ID:ejsrldDc0
「さっきの戦いについて、互いに意見を交換しておきたい」
此処に来るまでの道中、ランサー・エパメイノンダスから話は伝え聞いていた。
彼が臨んだ都心の戦い。蝗と幻が乱れ舞う、あまねく生命を否定する地獄めいた大戦について。
言わずと知れた脅威の筆頭、〈蝗害〉シストセルカ・グレガリア。
白黒の魔女が従える暴食の砂塵。滅びを識らぬ、破滅の軍勢。
そしてそれと真っ向から戦い、一時は圧倒さえしたという"幻術のキャスター"。
世界を欺く幻の使い手。神話の獣や戦乙女を予備動作もなく呼び出して、無尽蔵に使役する怪物。
エパメイノンダスをして、幾度となく死を覚悟したという魔域の攻防。
あの場を離れる選択をしたのは正しかったと、ナシロも河二も心からそう思ったものだ。
もし選択を誤っていれば、今頃自分達は都市から死体も残さず消える羽目になっていただろう。
今日ずっとその頼もしさを肌で感じてきた"将軍"が語る地獄の話はあまりに現実離れしていて、それでいて怖気立つほど生々しかった。
されど、いつかは必ず向き合わねばならない時が来る。
この都市を生き、聖杯戦争に挑み続ける限り。
此処で何か/誰かのために戦い続ける限り――厄災からは逃げられない。
そう肝に銘じた上で、今真っ先に議題とするべき内容。
それは得体の割れた〈蝗害〉ではなく、もう片方。
「まず、そうだな……"幻術のキャスター"について、お前はどう考えてる?」
すなわち、幻術のキャスター。
〈蝗害〉の圧倒的物量も変わらず脅威だが、得体の知れなさで言うとこっちが圧倒的に勝っていた。
キャスタークラスは本来正面戦闘を不得手とする。入念な準備と盤石の布陣を敷いて初めて真価を発揮できる、言うなれば曲者のクラスだ。
少なくともナシロの頭に埋められた知識はそう語っている。が、エパメイノンダスから伝え聞いた件の英霊は、その点明らかに異質だった。
「先に私のを言うが、正直、話で聞く分にはまったくピンと来なかった。
強いのは分かるし、危険な奴なのも分かる。けど幻は幻だろ? 嘘と分かって挑んだら、ものの敵じゃないような気がするんだが……」
「普通の幻術使いなら、確かに琴峯さんの言う通りだと思う」
頭を掻きながら言ったナシロに、河二は重々しく言った。
神話の住人を再現し、あらゆる理不尽を意のままに操り行使する。
なるほど確かに凄まじい敵だ。しかし、もう自分達はそれが絵空の類だと知っている。
であればその時点で、例の奇術師の危険度は数段落ちるのではないか――とナシロは言うのだ。
284
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:51:22 ID:ejsrldDc0
「が、"世界そのものを欺く幻術"となると話は別だ。
何故ならそれは、魔術の限界を超えている。魔法にも等しい芸当だ」
それに対して河二は、冷静に答えた。
優秀だった兄に比べれば劣るとはいえ、彼も魔術師の端くれである。
そしてその程度の知識量でも、エパメイノンダスが伝えた奇術師の御業に驚愕するには十分すぎた。
「話の前に、少しだけ説明をしておこう。
僕は魔術師としてはそれほど知見の深い方じゃない。申し訳ないが、そのことを念頭に聞いて貰えると助かる」
こく、と頷くナシロ。
河二も頷き返して、続ける。
「僕らの生きるこの時代、この世界は敷物のようなものなんだ。
父はテクスチャと呼んでいた。世界の在り方を示す版図、そう思えと」
「……テクスチャ。今こういう喩えをするのは微妙に嫌だが、ゲームのフィールドみたいなもんか」
脳裏にどこぞの成人女性の顔がよぎって若干嫌な顔になる。
それはさておき、初めて聞く話だった。
今まで自分が普遍のものと信じてきた世界への認識が揺らぐ瞬間は、何度味わっても慣れない。
「世界を騙すということは、厳密にはこのテクスチャそのものを騙すということだ。
僕らが幻と認識できても、踏みしめている世界の方が騙されていたら意味がない。
こちらの認識如何に関わらず、幻はそこにある脅威となって僕らを襲うだろう」
「あー……何となく分かってきた。そりゃ確かに、やりたい放題だな」
「ああ。これを踏まえて貴方の問いに答えるとすれば、"最大級の脅威"だ」
河二の表情はいつもと変わらぬ沈着冷静なものだったが、どこか苦く見える。
その印象が、エパメイノンダスの遭ったキャスターの恐ろしさを物語っているように思えた。
ナシロもこう聞かされたら、もう口が裂けても容易い相手だなんて言えないし思えない。
とはいえそれでも疑問は残る。ので、それを早速口にした。
「でも、ランサーが言うにはこっちの気の持ちようで多少はなんとか出来るって話じゃなかったか?」
「それは桁違いの幻術を精神感応じゃなく、明確な攻撃として運用する都合上の陥穽なんだと思う」
「……なるほどな。万能ではあっても、全能じゃないってことか」
「恐らくは。――そう、本当ならもっと不自由じゃなきゃ可怪しいんだ。そこが不可解で、僕もずっと考えていた」
世界を欺く幻術。
河二が述べたように、これは並大抵の芸当ではない。
ましてや、そうして出した幻を攻撃に転用するなど無茶苦茶すぎる。
285
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:51:54 ID:ejsrldDc0
「……君の前で、こういう形容をするのは本懐じゃないんだが」
そこに、河二は疑問を抱いていた。
百歩譲ってそういう芸当が出来ることはいいとして、あまりにも"強すぎないか"と。
先ほどナシロが自分でした喩えで嫌な顔をしたように、今度は河二が眉を動かした。
「伝え聞く幻術のキャスターの所業は、神の如きものだ。
この聖杯戦争が異質なものだということを踏まえても、一介の英霊がやっていい範疇を超えすぎている」
サーヴァントとは――不自由なものである。
彼らは現界にあたり、時にその身の丈を削ぎ落とされる。
英霊の規格に合わせるためだ。時を遡り、出自が神秘溢れる神代に近付けば近付くほど、それは顕著になっていく。
エパメイノンダスは奇術師の名を〈ロキ〉と言った。
河二はもちろん、ナシロでさえ知っている名前だ。
北欧神話最大のトリックスター。現代じゃあらゆる創作物で引っ張りだこのビッグネームである。
ナシロ達の知る彼に"幻術"の逸話がないことはこの際一度脇に置くとして。
兎角それほどの強大な英霊が、何故か此度の聖杯戦争では神にも迫る万能をあるがままに振るえている。
これは一体如何なる道理か。ナシロは固唾を呑んで、続く河二の考察を待った。
「推測だが、手品みたいなものなのかもしれない。奇術師ロキの強さには、何かタネがあるんだと思う」
――そう、その推測は当たっている。
"もうひとりの(ウートガルザ)"ロキは夢の隣人。
夢見る心、底知れぬ幼気。それなくして彼は最強たり得ない。
だから本来。北欧の奇術王は、夢のないこの現代においてとても弱い。
それを破綻させた存在がいる。
その女こそ、ウートガルザ・ロキの冗談じみた出力(マジック)の根源(タネ)。
高乃河二達が"彼女"と関わった時間は、そこに至るにはあまりにも短すぎた。
だからこの場では辿り着けない。されど嘘みたいな手品に対し、仕掛けの疑念を抱けたことは確かだった。
「なら、次戦う時はそこを解き明かすことを考えないとだな。
……まあ、その機会が来ないに越したことはないんだけど」
ナシロはそう言って、ため息を吐く。
ロキは〈蝗害〉ほど直球に迷惑な存在ではないが、脅威度ではこれを上回り得る化け物だ。
手品のタネの有無、加えてそれが何であるにせよ、関わればどうしても破滅の二文字が付き纏う相手なことには変わりない。
願わくば、"次"がないといいのだが――。
そう溢したナシロに、河二は少し考えるように沈黙してから、「それなんだが」と言った。
286
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:52:52 ID:ejsrldDc0
「ロキのマスターは恐らく、楪依里朱を庇ったあの小柄な女性だと思う。確か、"にーとちゃん"とか呼ばれていたな」
「まあ……だろうな。余ってる役者はアレしかいない」
眉根を寄せながら、ナシロは思い出していた。
イリスを友達と呼び、倫理と配慮に欠けた主張を撒き散らしていた幼稚な女。
背丈こそ小柄だったが、雰囲気が子どものそれじゃなかった。
見た目と心だけは子どものまま、大人になってしまった"落伍者(フリークス)"。
彼女を除けば、代々木公園にいたサーヴァントの主従関係は既に推定が済んでいる。
となると消去法で――やはりあの女が、ロキを従えるマスターなのだろう。
ナシロが改めて確信を深めたところで、河二は予想外な一言を口にした。
「――彼女達とは、現状積極的に敵対しなくてもいいかもしれない」
「……え?」
どういうことだ、とナシロが顔を顰める。
今、散々ロキの脅威性を共有したばかりだというのに、何故そんな話になるのか。
理解できなかったが、高乃河二という人間は考えなしに世迷い言を叩く男ではない。そこについては信頼している。
だから無言のまま、先を促す。わけを聞かせろ、という意思が訝しげな視線から滲んでいた。
「すまない、言葉が足りなかった。
正確にはロキのマスターであろう"にーとちゃん"と、彼女が"ことちゃん"と呼んでいたセイバーのマスターだ。
このふたりに関しては、交渉次第で敵対を避けられるかもしれないと僕は思っている」
「……いや、だとしても私にはさっぱりだぞ。セイバーってあの褐色のガキだろ? 明らかに私らに敵対的だったじゃないか」
ナシロの疑問はもっともである。
"カスター将軍"と並び立って、自分達に立ちはだかった剣の英霊。
ヤドリバエの眷属を一太刀で無数の肉塊に切り分け、剣呑な殺意を滲ませて立つ姿は今も脳裏に焼き付いている。
あの恐ろしい殺意を味わって何故そういう結論が出るのか、ナシロにはとんと分からなかった。
そんなナシロに対し、河二は表情を微塵も変えることなく。
それだけに素面で言っているのだと分かる説得力で、ナシロが抱く"認識"を切り捨てる。
「いや。あのセイバーが本当にその気だったなら、少なくとも僕はこの場にいない」
高乃河二は――魔術師である以上に、武人である。
厳しくも優しかった父・辰巳が認めた武術の才能。
それを復讐の刃として研ぎ上げ、一七歳の河二は此処にいる。
武に親しみ、武を隣人とする彼だからこそ分かった。
未だ真名の片鱗も分からぬ、剣持つ殺戮者の本質。
幼い身体の内側に秘めたその在り方を、理屈でなく魂で理解できたのだ。
「事が動くまで、一瞬も視界から外せなかった。
それほどまでに恐ろしかった。情けない話と承知で言うが、心胆(こころ)から震えたよ」
いち武人として敬意すら抱かせる、圧倒的なまでの完成度。
佇まいのひとつ、息遣いのひとつまで余すところなく研ぎ澄まされた殺意。
全身はおろかそれを用い行う一挙一動、存在そのものが凶器として完成されていた。
287
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:53:52 ID:ejsrldDc0
故に河二は魔女を穿ったあの一瞬を除き、すべての時間を件の凶手への警戒に費やさざるを得なかった。
武に精通するからこそ分かる強さ。そうでなければ少々物騒な幼子と片付けてしまいそうな自然さ。
これを河二は"怖さ"だと思った。父の仇に巡り会うその前に、これを知れて本当に良かったと感謝の念さえ抱いている。
「僕らが公園を離脱する瞬間……いや、それに限らずともだ。
僕らにはずっと隙があった。僕にも、君にも、アサシンにも。
あれほどに極まった殺人者ならばいとも容易く突ける隙が、無数にあったと断言できる」
だが、セイバーは動かなかった。
正確には動きこそしたが、自分達に一度も本気で刃を向けなかった。
逃亡の瞬間などは特にそうだ。背を向けて逃げる猪口才な小僧と小娘など、英霊の存在を込みにしたって彼女なら殺せた筈なのだ。
それこそ息を吸って吐くくらい当たり前に。なのにその凶刃は届くことなく、自分達は今もこうして五体満足で呼吸することを許されている。
その不可解から導き出せる答えとは何か。
「それが、マスター……"ことちゃん"なる女性の意向だと考えれば、諸々の辻褄が合う。そのことにさっき思い至った」
「いや――待て。理屈は分かった。でもおかしいだろ、なんでそんなことを命じる必要があるんだ?
私達はあの時、明確にあいつらよりも劣ってた。わざわざ深追いを禁じる理由がない。
仮に楪の奴をその"ことちゃん"が排除したがってたとしても、それでも目先の敵を逃す道理はないだろう」
「確かにそうだ。でも、最初から僕や君が、"ことちゃん"にとって"敵"じゃなかったのだとしたら?」
――ひとつだ。
あの場で、自分達はセイバーのマスターから"敵"と認識されていなかった。
「"にーとちゃん"は楪依里朱を友人のように扱っていた。
そして"ことちゃん"のことも愛称で呼び、アサシンによる予想外の攻撃を受けた際には互いに慮り合う姿も見えた。
だが、"ことちゃん"から楪依里朱に関しては、さほどの執着は見えなかった」
「……、……」
「察するに、あの同盟の骨子は"にーとちゃん"と"ことちゃん"のふたりで構成されているのではないだろうか。
少なくとも僕はそう思った。
そして都市の演目は聖杯戦争。優勝者の席はひとつで、敗れた者達は消滅を余儀なくされる」
「――そういうことか」
「ああ。考える価値は十分にある」
この聖杯戦争にはその異質さを除いても、ひとつ特筆すべき特色がある。
それは、サーヴァントを失ったマスターが一定時間の猶予の後に消滅するということだ。
時間の長短に差はあれど、英霊なくして生き続けることは絶対にできない。
そんな舞台で、元々深い仲にある友人同士がたまさか巡り合ってしまった。
どちらかの死なくしては収まらない不条理な現実に直面したふたり。
友情の破綻という在り来りな決裂が、少なくとも現状起きていないと仮定した場合。
矛盾した友誼に縛られたふたりが選び取る選択肢と言われたら、否が応にも浮かぶものがひとつある。
「聖杯戦争からの脱出、優勝を経ずしての元世界への帰還……そういうわけだな?」
ナシロも、此処でようやく河二の言いたいことを理解し、そして納得した。
確かにそれなら道理は通る。自分達を殺さなかった理由、あえて逃がしたその訳。
――最初から真っ当な勝利を前提としていないのなら、一切鏖殺の原則は必ずしも成り立たない。
288
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:54:41 ID:ejsrldDc0
「"ことちゃん"はいい人かもしれない。少なくとも話のできる相手だとは思う。
脱出という横道を選ぶなら協力可能な人材は多いに限るだろう。
君や僕が無辜の犠牲に憤るような人間であることを理解し、敵として討つのではなく、生かして先に備える方を選べる人間だ」
先は協力はおろか理解すら困難な敵に見えたが、もし河二の言う通りなら話は変わってくる。
勝利よりも互いの生存を優先して考え、そのためなら手段に固執するつもりのない女達。
おまけに彼女達ふたりが保有する戦力だけでも充分過ぎるほど甚大なのだ。
もし敵対以外の道を選ぶことができれば、冗談でなく聖杯戦争を制圧する一枚岩の新陣営を構築することも可能かもしれない。
……そして河二がナシロにこの話をしたのは、戦略的な理由だけではなかった。
これから聖杯戦争に臨んでいくにあたって、これは自分などよりも、琴峯ナシロにこそ必要な情報だと思ったのだ。
「琴峯さん。貴方もまた、いい人だ。
せいぜい数時間の付き合いだが、それでも君の人間性はとても気持ちのいいものだと思う。好感を覚えると言ったのは嘘じゃない」
「急になんだよ。おまえが朴訥なのは知ってるが、反応に困るぞそういうの」
「だからこそ、僭越ながら助言しておきたい。君は僕とは違う。今の内から、最終的な身の振り方を想定しておくべきだ」
耳の痛むような静寂が一瞬、ふたりの間を満たした。
この風変わりな友人が自分に何を言わんとしているか理解したからだ。
「知ったようなことを言う。許してほしい」
「いいよ。……言ってくれ」
「君には、聖杯戦争を勝ち抜くことはできないと思う」
一見すると侮りにも聞こえる台詞。
が、彼の実直な眼差しは、そんなつまらない優越で紡がれた言葉でないことをどんな言い訳よりも雄弁に示していた。
それに、そうでなくてもナシロ自身、その言葉は的を射ていると思った。
もっと言うなら、図星だった。自分でも薄々気付いていた陥穽。気付いた上で、後回しにしていた問題。
「――――だって君は、あまりにも優しすぎる」
琴峯ナシロは、必要な犠牲というものを許容できない人間だ。
聖職者故の潔癖。神の教えに親しみ、民の敬虔を愛するからこその不合理性。
これを自覚していたからこそ、あの時ナシロは魔女の友人に反論できなかった。
言い返せず、負け惜しみめいた拒絶を示して力技に打って出た。
その無様な記憶が、河二の言葉に無二の説得力を与えている。
復讐という安易な選択肢を選ぶことなく。
魂なき人形の涙にさえ共感する。
尊いことだ。人間として、彼女の在り方はきっと正しい。
されど死地に放られた戦士としては、落第点も甚だしかった。
人形の一体も壊せない理想家に、命ある誰かを蹴落とすなんてできる筈もないのだから。
289
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:55:20 ID:ejsrldDc0
「そうだな」
ナシロは、河二の言葉に首肯する。
ケミカルな味わいの液体を嚥下して、息を吐いた。
慣れない不健康な後味が呼気に混ざって抜けていく。
「返す言葉もないよ。そのせいでお前にもずいぶん迷惑かけてるしな」
「すまない。責めているわけではないんだ」
「謝んないでくれ。分かってるさ、ちゃんと」
聖杯戦争からの脱出――それは現状、荒唐無稽という他ない指針だが。
この世界がそもそも一個の巨大な被造物である以上、そこにある種の"ほつれ"がないとは言い切れない。
それに加えて、同じ道を目指す同志を確保することまでできたなら。
絵空の大団円は額縁を飛び出して、現実のものとして未来を包んでくれるかもしれない。
きっと、自分には合っている道だ。
少なくとも賭けてみる価値は絶対にあるだろう。
そう承知した上で、ナシロは言葉を投げた。
「高乃は……、一緒に悩んじゃくれないのか?」
河二は、"君は僕とは違う"と言った。
それ自体は合っている。河二は善人ではあれど、ナシロとは決定的に違った価値観を有している。
復讐という大義を抱き、そのために誰かを殺めることのできる人間だ。
しかしそんな彼にだって、復讐を遂げた後の未来というものはある筈ではないのか。
なのに河二の言葉では当たり前のように、彼自身が勘定に含まれていなかった。
過去の呪縛を超克し、新たな地平が開けた未来。そこで自分は、ナシロの隣には居ないと悟っているように。
ナシロの問いに、今度は河二が黙る番だった。
が、その口はやがて開く。
彼らしからぬわずかな逡巡の後に、答えは紡がれる。
「……先のことは考えないようにしているんだ。
父の仇を討つという目標を置いて皮算用に走れば、きっとこの拳も覚悟も、錆びついたように鈍ってしまうだろうから」
高乃河二は、過去に呪われている。
いつかの喪失(いたみ)を、引きずり続けている。
敬愛する父に訪れた理不尽な死。どこかの誰かが糸引いた、"運命"。
それを良しとして納得することが、彼にはどうしてもできなかったから――。
高乃河二という純朴な少年は、覚悟を固めて針音の地を踏んだのだ。
彼の未来は閉ざされている。今もなお。彼自身が、わざと視野を狭めて『無いもの』としているから。
290
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:55:55 ID:ejsrldDc0
されどナシロの問いかけに、そんな答えだけで応じるのは不誠実だと思ったのだろう。
河二もまた、優しい男なのだ。人の誠実な想いには同じだけの誠で報いたい、そんな不器用な善性を抱く者だった。
「だが、もしも。
仇討ちを遂げ、父の無念を晴らして歩き出す、そんな日がこの身に訪れたなら――」
故に少年は、答える。
己の抱える誠を、吐露する。
少しだけ哀しげに。あるいは、どことなく爽やかに。
「――その時は改めて、僕も一緒に考えるさ」
河二の本音は端的で、それだけに口を挟む余地のない重さを纏っていた。
ナシロは何も言えない。彼女もまた、彼と同じ痛みを知っている人間だから。
たまたま自分は、彼のように灼かれることなく、起きてしまった悲劇を呑み込めただけ。
そんな手前の幸運を棚に上げて、受け入れられなかった人間の覚悟へ否を唱えるなんて、恥知らずも甚だしい。
復讐に生を捧げた人間が辿り着く結末は荒野だ。
仇の消えたその先には、見果てぬ茫漠の地平が広がる。
そこで初めて、復讐者は己の人生というものと対峙するのだ。
河二もきっと例外ではない。荒野を拝むか、本懐果たせず死ぬかの二つに一つ。
「そっか、じゃあ仕方ないな。フラれちまったや」
「……君も君で、反応に困ることを言っていないか?」
「わざとだよ。いつも振り回されてばかりは癪だからな」
へへ、と、ナシロは珍しくいたずらっぽく笑った。
その顔を見て、河二も微かに鉄面皮の口元を緩める。
コンビニの前で屯してる姿は、どこか夏場の不良少年のよう。
そんな構図を非の打ち所ない優等生同士でやっているのだから、なんだか奇妙だった。
「でも、気にかけてくれてありがとな。こう言っていいのかわからんが……素直に嬉しいよ」
ん、と、そう言ってエナジードリンクの缶を突き出す。
河二は意図を測りかねてか、小さく首を傾げた。
「……これは?」
「なんだよ、鈍いやつだな。……私達、酒飲めないだろ?」
やや気恥ずかしそうにしながら、ナシロは言う。
そこまで聞いてようやく、河二も言わんとすることを理解したらしい。
次にいつ、こうしてふたり並んで休める時が来るか分からないのだ。
であれば優先度の低い、だけど出来るならやっておきたいことなんかは今の内済ませておくに限る。
291
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:56:18 ID:ejsrldDc0
「景気付けに乾杯しよう。こういうのって、意外と馬鹿にできないと思うんだよ」
「そういうことか。……分かった。慎んでお受けしよう」
「堅苦しいなぁ。上司と部下じゃないんだぞ」
「すまないが、知っての通りこういう性格なんだ」
すなわち、ふたりきりの決起集会。
いつ終わるとも知れないこの都市で。
それぞれの戦いを、悔いなくやり遂げようと祈りを込めて交わす誓いの儀礼だ。
形だけの祝福。カフェインより気休めな祝杯。
それでも、確かに意味はあると信じたかった。
信じるというのは尊いことだ。
想いを込めて祈るのは素晴らしいことだ。
琴峯教会のシスター・ナシロはいつもそう思っている。
「じゃあ――乾杯」
「乾杯」
かしゃん、と風情も何もない、アルミ缶同士のぶつかる音。
続いて少女と少年が、各々の飲み物を嚥下する音。
最後に、ぷは、と口から酸素を吐き出す音。
三つの音が連続して、乾杯の儀はあっけなく終わった。
「……やっぱり、エナドリとコーヒーじゃ格好付かないな」
「奇遇だ。僕も今、そう言おうと思ってた」
ふたりは控えめに笑った。
くだらない、でも悪くない心地だった。
休息と呼ぶにはつかの間すぎて、けれど無駄と呼ぶには名残惜しい時間。
それを共有しながら、きっと善い人であろう子どもたちは、確かに笑っていたのだ。
◇◇
292
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:56:50 ID:ejsrldDc0
ところで。
少年少女が祝杯をあげた頃、彼らの英霊達が何をしていたかというと。
「――で、嬢ちゃんは何をもじもじしてんだ?」
「うるさいです。むさ苦しいおじさんには関係ありません」
彼らの姿はコンビニの裏手の、なんてことない空き地にあった。
土管の上に座って落ち着かなそうにそわそわし、時々「あー!!!」とか叫んで頭を掻きむしるヤドリバエ。
その姿をエパメイノンダスはしばし不思議そうに見つめていたが、やがて合点行ったらしい。
ぽんと手を叩くと、得意げな顔で悪魔の奇行の理由を言い当ててみせる。
「ははあん、そういうことか。
らしくもなくデレたところを見せちまったもんだから、ナシロちゃんに顔を合わせるのが恥ずかしいと」
「うあーーーっ!! やめてください言わないでください思い出しちゃうでしょうがー!!
っていうか英雄様があんまデレとか言うもんじゃないですよ! 解釈違いって言葉が現代にはあってですねぇ!!」
先の戦いで、ヤドリバエは大きな功績をあげた。
悪名高き騎兵隊を相手に大立ち回りを演じ、敵方にあった主導権を一気にイーブンのところまで奪い返したのだ。
あの働きがなかったなら、今頃は命があっても相当な不利益を被らされていたことだろう。
エパメイノンダスとしても彼女には惜しみなく感謝している。もっとも当のヤドリバエにしてみれば、いろいろ思うところがあるようだった。
「堂々としてりゃいいと思うがなぁ。あの嬢ちゃんはそういう所でからかってくるタイプじゃねえだろ」
「いや……まあそれは、そうなんですけども……。
時間が経ってハイな気分が冷めてくにつれてむくむくと、こう……枕に顔を埋めて転げ回りたい感じのアレが……」
「ヤドリバエちゃんといいマキナちゃんといい、今回はずいぶんお子様英霊が多いんだなぁ。思春期の悩みだろそういうのは」
「はぁあぁあぁ!? あのおちび神とだけは一緒にしないでください! あんなのどうせ今頃どっかでぴーぴー泣いてるに決まってます!!」
そういうところを言ってんだけどな……と苦笑するエパメイノンダス。
が、ヤドリバエはそんなこと知る由もなくふんすと鼻息荒げて腕を組んでいた。
「ところで、あなたこそこんなところで油売ってていいんですか?」
「そこは問題ない。目と鼻の先だからな、何かあればすぐすっ飛んでって対処できるように気ィ張ってるよ。
……それに、あいつらだって俺がいたら話しにくいこともあるだろうからな。今風に言うと、空気を読んだってわけさ」
「ほーん。さすが、テーバイの将軍様はサポートが手厚いことで」
「だろ。自分で言うのも何だが、些細なとこにまで気を遣えることが名将の秘訣なんだぜ」
得意げに白い歯見せて言われると、さいですか、と返すしかない。
空振りする皮肉ほど虚しいものはなかった。
なんというか、この英雄とはどうも相性が悪い気がする。
こっちがあれこれ考えて出した言葉とか行動が、それこそ大人が子どもをあやすみたくあしらわれる感じ。
後ろ向きな発言なので決して声には出さないが(悪魔は、ポジティブでナンボだから)、こいつが敵じゃなくてよかったなぁとヤドリバエは思った。
293
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:57:36 ID:ejsrldDc0
「ところで、ひとつ聞いてもいいかい」
「もうさっき一個聞いたじゃないですか。欲張りはだめですよ」
「硬いこと言うなよ。むしろ俺がもじもじ中のヤドリバエちゃんに会いに来たのは、"これ"が聞きたかったからでな」
――誰がもじもじヤドリバエですか。
未来の蝿王様なんですよちょー強いんですよ。成長性:超スゴイなんですが。
不満を込めて睨みつける視線を意にも介さず、エパメイノンダスは問う。
世話焼きな親戚のおじさんめいた顔と声が、カタチはそのままに切り替わる。
すなわち戦士。戦いを知り、ともすれば他者へそれを享受する、"英雄"のそれに。
「戦いの方はどうだった。満足の行く結果になったかい?」
「それはもう。代々木公園でも大活躍だったんですよ? わたし」
嘘は言っていない。というか、本当のことだ。
蝿王の眷属としての力を駆使し、敵方の英霊達を戦慄させる一撃を炸裂させた。
その後もまあ、乱射という形ではあったが、ナシロ達の逃走を助ける役目を見事に遂げてみせた。
充分に胸を晴れる戦果である。なのにいつもほどテンションが高くないのは、彼女自身分かっているからなのだろう。
当てられたのは一撃きり。
掴んだ手応えは、直後の高揚でまんまと取りこぼしてしまった。
それからの体たらくはエパメイノンダスも知っての通りである。
当たらない大砲。種が割れれば抑止力にもなりゃしない見かけ倒し。
ヤドリバエとしてもそのことは、多少気にしている点だったらしい。
無理からぬことだった。もし彼女が"当て勘"を失念していなければ、空飛ぶ騎兵隊の猛攻にももう少し食らい付くことができた筈なのだから。
しかしエパメイノンダスは、彼女の落ち度を指摘することはしなかった。
むしろその逆だ。ヤドリバエの返答を聞いた"将軍"は、柏手を打って破顔した。
「はっはっは、そうかそうか! そいつは良かった、やるじゃねえかヤドリバエちゃん!!」
「……、えっ」
「ん、どうした? 肩透かしを食ったみたいな顔して」
「いや、えと……ナシロさん達の話、聞いてなかったんです? 確かに公園では活躍したと思いますけど、でもそれからは、そのぅ……」
さっきとは違った意味でもじもじしてきて、ヤドリバエは所在無げに手の指を絡め合わせた。
これは単純なサーヴァントである。褒められるのは大好きだし、お世辞だろうと構わず胸を張れる質だ。
とはいえ、自分で落ち度が分かってるところを凄い凄いと褒められると流石にちょっと気まずくなるらしい。
歯切れの悪いヤドリバエを見て、エパメイノンダスは可笑しそうに肩を揺らした。
「なんだ、そんなこと気にしてんのか?」
「そ、そんなことって……!」
「いいんだよ。ちょっとコツ覚えた程度ですぐ手練れになれるなら、誰も苦労はしねぇさ」
あんまりな言い草に抗議するヤドリバエへ、将軍は冷静に言う。
そう返されると、噴飯する悪魔も「む」と黙る他なかった。
294
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:58:04 ID:ejsrldDc0
「むしろ思ったより筋がいい。蝿王の眷属って触れ込みは伊達じゃねえな」
「……参考までに聞きますけど、どうなると思ってたんですか?」
「最初に当てられるまでには、もう一〜二戦はかかると踏んでたよ。
とはいえ正直に伝えてもやる気を削ぐだけと思ったから、焚きつける意味であえて伏せた。
死中に活ありとは言うが、まさか初戦でとはなぁ。立派な戦果だよ、誓って世辞じゃない」
エパメイノンダスがヤドリバエに授けた秘訣は、そう大したものではない。
"相手をよく見ろ"。実際、最初にこれを聞いた時はふざけてるのかと思った。
が――実際に助言は生き、まさに死中で活を掴むことに成功したのだ。
とはいえ、先に述べたように後はからっきし。
掴んだ手応えは一瞬で遺失し、元のクソエイムに戻ってしまったのだが。
しかしそんな体たらくを知って尚、エパメイノンダスは立派なりと賞賛する。
その理由が分からず、ヤドリバエは答えを求めて彼の眼を見た。将軍は頷き、言葉を紡ぐ。
「何事も、ゼロを一にするのが一番難しいんだ。
そしてそこから先に進むことは、実はそんなに難しくない。
君はゼロに戻ったと思ってるかもしれないが、絶対にそれはねえと断言する。
自分の頭で考えて、自分の手で勝ち取ったもんは、何があろうと決してゼロにはならない」
「……、よくわかんないです」
「とはいえ後退しちまったのは事実みてえだから、今度は別なアドバイスをやろう。よくできましたのご褒美だ」
土管の上、ヤドリバエの隣にどっかりと腰を下ろして足を広げ。
本来なら優勝の座を競い合うべき敵へと、将軍は師父のように教えを授ける。
戦士の一歩を踏み出した悪魔の娘。彼女が次にやるべきこと、それは――
「守りたいものを思い浮かべるのさ」
「なんか急にふわっとしましたね」
「馬鹿言え。正直な、これより大事なことはねえぞ?」
不服そうな顔の少女悪魔に、エパメイノンダスは力強い腕組みを見せる。
確かに抽象的だ。敵をよく見ろ、という単純ながら即効性のある指南に比べるとどうしても説得力に欠ける。
が、テーバイの英雄は至って大真面目。"それ"で戦ってきた戦士達の筆頭である男が、酔狂で愛を語る筈がない。
「いいか。愛って奴は、結局この世で一番強力なエネルギーなのさ」
愛の女神の遠い子ども。
人を愛し、愛することを愛した栄光の国の大英雄。
彼は、"神聖なる愛"を知っている。
その感情がもたらす強さと、生き様の美しさを知っている。
愛なくしてエパメイノンダスの不敗伝説はあらじ。
だからこそ、彼が遠い異教の悪魔にそれを授けるのは必然だった。
295
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:58:47 ID:ejsrldDc0
「別に色恋じゃなくたっていいんだ。友誼、目標、意地に因縁、縁はなんだって愛になる。
そいつを胸に抱いて戦う限り、百万の軍勢だって敵じゃない。
遥か悠久の神獣が相手だろうと一歩も退かず、栄光を勝ち取って凱旋できるんだ」
ま、そいつは手品仕掛けのニセモノだったけどな――。
冗談めかしておどけるエパメイノンダスの横で、ヤドリバエは眉間に皺を寄せる。
そんな精神論でどうにかなるなら苦労しない、と言いたいのに妙に腑に落ちるのが癪だったからだ。
思い出す。君臨する騎兵隊の王に、敢然と立ち塞がった時のこと。
あの時胸にあったのは、いつもののぼせ上がった高慢なんかじゃなかった。
そこには"想い"があった筈だ。
強情で頑固者、口を開けば正論しか言わない聖職者。
悪魔の天敵、水と油の間柄。絶対相容れることのない敵の筈なのに、どうしてか彼女のことを考えていた。
結果、かつてなく引き出せた蝿王の力。
現実をねじ曲げるような、恐怖の兆し。
正直に言うと今も少しだけ、頭の奥がぽわんとしている。
この"違和感"もきっと、先の戦いで得られた功名の一部なのだろう。
――"守りたいものを思い浮かべるのさ"。
今しがた受け取った助言(レッスン)の値打ちを、既に自分は知っている。それは本当に、とても認めたくないことだったが。
「……ま! 恥ずかしがんないでナシロちゃんにもっとバリバリいいトコ見せちまいなってことだな! わっはっはっは!!」
「はああああああ!?? そんなんじゃないですけど!! アレはその……iPhoneが欲しくて頑張っただけですから!!! 最新機種の魅力舐めんじゃないですよ野蛮人がーーっ!!!!」
むきゃー! と吠えて背中の双翅をぱたぱた動かすヤドリバエ。
それを愛い愛いと受け止めながら、テーバイの将軍は彼方を見遣った。
おもむろに、片手を動かす。
そうして、北の方角を指差した。
向かう先には何もない。ありふれた都市の光景が広がっているだけだ。
少なくとも視覚的には、そのように見える。
だが。
「気付いてるだろ。あっちの街に、バケモノがいる」
「……そりゃ、まあ。分かんないわけないですよ。一応サーヴァントですからね、わたしも。
ていうかバケモノなんて言い草していいんですか? あなたとおんなじ匂いがしますよ、"アレ"」
エパメイノンダスも、そしてヤドリバエも。
指差す方角――杉並の方から漂う、異質な兆しを認めていた。
296
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:59:21 ID:ejsrldDc0
最初は、戦いの気配があった。
気配だけではない。地鳴りのような響きに、破砕の轟音がこの距離でさえ聞き取れた。
河二達もそのことは知っている。だからこそ此処で一旦足を止め、休憩の後にこれからの動向を話し合う手筈で纏まったのが二十分ほど前。
今はもう、戦の兆しは感じられない。代わりに、この世のものとは思えない異様の風が吹いている。
「俺なりの敬意みたいなもんさ。
仮に伝わらなくても、クソガキの無礼くらい偉大な王は許してくださるだろうよ」
いや。
正確には、"この時代のものとは思えない"と言うのが正しいだろう。
ずっと蓋され隠されていた何かが、さっきの激震を皮切りに溢れ出したようだ。
「――――――アレはカドモスだ」
エパメイノンダスは、迷いなく断言した。
カドモス。その名は、栄光の象徴である。
戦神の泉を守る竜を殺し、女神から広大な土地を授かり。
調和の女神を妻に娶り、テーバイを建国した。
英雄を生む土壌。勝利に愛され、愛を愛した戦士達の国土。
そこで栄光のままに君臨し、妻と共にエリュシオンへ旅立った古の大英雄。
北方より香ってくる懐かしき故郷の風に髪を揺らしながら、将軍はその顔に畏怖と喜びを同居させる。
「会いてえ戦いてえとは言ってきたが、聞きしに勝る偉大さだ。
この距離でも強さが分かる。命を懸けて、それでようやくだろうな。
そのくらいの覚悟と意地がなけりゃ、勝負の土俵にすら上がれはすまい」
「……わたしヤですからね、そんな化物とやり合うの」
「心配すんな。さしもの俺も、憧れだけで死地に飛び込むほど勇み足じゃないさ」
――今はな。
笑みと共に言ってのける将軍の瞳は、言葉とは裏腹に、いつか来るかもしれない未来を見据えているようで。
ヤドリバエはため息をついた。
聖杯戦争を舐めてたわけじゃない。
だが、もっとこう、イージーにやっていけるものだと思ってた。
でも蓋を開ければ難題に次ぐ難題、化物に次ぐ化物。
琴峯教会の居住スペースでぐーたら過ごしてた時期がもう懐かしい。
「なんか、アレですね」
蝿王の眷属達には、誰しも抱える夢がある。
偉大なる大悪魔・ベルゼブブの襲名。
その夢を諦めるつもりは毛頭ない。
が、それはそれとして。
葉っぱについてる芋虫やら何やらに後ろから忍び寄って奇襲するだけの虫螻にとって、初めて経験する"本物の戦争"は、あまりにもだったから。
……騎兵隊が追いついてくる少し前に。
自分のマスターが言っていた言葉を反芻して、口に出してみた。
「たいへんですね、戦うのって」
「わはは、だな。俺も未だにそう思う」
奇しくも、エパメイノンダスも河二と同じ答えを返した。
彼はあの会話を知らない。たとえそうでなくとも、答えは同じだったろう。要するに、本心から出た言葉であった。
難しく、そしてままならない。
このもやもやしたものをずっと抱えたまま生きていく。生き残っていく。
それが――戦うということなんだろうと。
ぼんやりそう思いながら、ヤドリバエはしばし、将軍と一緒に北を見つめていた。
◇◇
297
:
Acacia
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 21:59:55 ID:ejsrldDc0
【世田谷区・コンビニ周辺/一日目・夜間】
【高乃河二】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:『胎息木腕』
[道具]:なし
[所持金]:それなり(故郷からの仕送りという形でそれなりの軍資金がある)
[思考・状況]
基本方針:父の仇を探す。
0:たまにはこういうのも悪くない、か。
1:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
2:琴峯さんは善い人だ。善い報いがあって欲しいと思う。
3:ニシキヘビなる存在に強い関心。もしもそれが、我が父の仇ならば――
4:『ことちゃん』とは話ができる可能性がある。が、楪依里朱とライダー(カスター)のマスターには依然として警戒。
[備考]
※ロールとして『山梨からやってきた転校生』を与えられており、少なくとも琴峯ナシロとは同級生のようです。
※雪村鉄志から『赤坂亜切』、『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報と推論を共有されています。
※レミュリンから『イリス』に関する情報を得ました。
※レミュリンと“蛇杖堂絵里”の連絡先を得ました。
【ランサー(エパメイノンダス)】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージや傷、多数の銃創
[装備]:槍と盾
[道具]:革ジャン
[所持金]:なし(彼が好んだピタゴラス教団の教義では財産を私有せず共有する)
[思考・状況]
基本方針:マスターを導く。
0:さて、どうしたもんかね。
1:よく頑張ったな、みんな。
2:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
3:〈蝗害〉とキャスター(ウートガルザ・ロキ)に最大級の警戒。キャスター(吉備真備)については、今度は直接会ってみたい。
4:琴峯ナシロは中々度胸があって面白い。気に入った。
5:カドモスと会ってみたいなぁ!
[備考]
※カドモスの存在を確信しました。杉並のテーバイ化にも気付いているようです。
【琴峯ナシロ】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、複数箇所に切り傷、ちょっと持ち直した
[令呪]:残り二画
[装備]:『杖』(3本)、『杖(信号弾)』(1本)
[道具]:修道服、ロザリオ
[所持金]:あまり余裕はない
[思考・状況]
基本方針:教会と信者と自分を守る。
0:迷いは晴れない。けれど今は、とにかく前を向く。
1:信者たちを、無辜の民を守る。そのために戦う。
2:楪及び〈蝗害〉に対して、もう一度話をする必要がある。
3:ダヴィドフ神父が危ない。
4:ニシキヘビ……。そんなモノが、本当にいるのか……?
5:アサシン……?
6:身の振り方、か。……確かに、考えるべきなのかもしれないな。
[備考]
※少なくとも高乃河二とは同級生のようです。
※琴峯教会は現在、白鷺教会から派遣されたシスターに代理を任せています。
※雪村鉄志から『赤坂亜切』、『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報と推論を共有されています。
※ナシロの両親は聖堂教会の代行者です。雪村鉄志との会話によってそれを知りました。
※レミュリンから『イリス』に関する情報を得ました。
※レミュリンと“蛇杖堂絵里”の連絡先を得ました。
【アサシン(ベルゼブブ/Tachinidae)】
[状態]:疲労(大)、脇腹に刀傷、各所に弾丸の擦り傷、高揚と気まずさ(時間経過につれ後者がむくむく肥大化中)
[装備]:眷属(一体だけ)
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れ本物の蝿王様になる!
0:あああああああああああ!!!!!(枕を抱えて悶絶したい気持ち)
1:ナシロさんが聖杯戦争にちょっと積極的になってくれて割とうれしい。
2:あんなチビっこ神霊には負けませんけど!眷属を手に入れた今の私にとってもはや相手にもなりませんけど!!
3:ウワーッ!!! せっかく作った眷属がほぼ死んだ!!!!!
4:ナシロさん、もっと頼ってくれていいんですよ。
5:守りたいもの……かぁ。
[備考]
※渋谷区の公園に残された飛蝗の死骸にスキル(産卵行動)及び宝具(Lord of the Flies)を行使しました。
少数ですが眷属を作り出すことに成功しています。
※代々木公園での戦闘で眷属はほぼ全滅しました。今残っているのは離脱用に残しておいた一体だけです。
※“蠅の王”の力の片鱗を引き出しました。どの程度操れるのか、今後どのような影響を齎すのかは不明です。
[全体備考]
※レミュリン・ウェルブレイシス・スタールからの連絡が近い内にあるかと思いますが、確実ではありません。
どうなるかは後の話に委ねます。
298
:
◆0pIloi6gg.
:2025/04/30(水) 22:00:16 ID:ejsrldDc0
投下終了です。
299
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/01(木) 23:12:28 ID:O1pzbYA.0
高天小都音&セイバー(トバルカイン)
楪依里朱&ライダー(シストセルカ・グレガリア)
伊原薊美&ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)
天枷仁杜&キャスター(ウートガルザ・ロキ)
煌星満天&プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)
バーサーカー(ロミオ) 予約します。
300
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:25:37 ID:heUWQ7pI0
投下します
301
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:26:27 ID:heUWQ7pI0
悲劇と戦禍に揺れた渋谷区。
その一角に聳える高層ホテルのエントランスに、四人のマスターとそのサーヴァント達が結集していた。
傍から見れば異様な光景である。
女四人だけなら姦しくて宜しいが、彼女達に付き従う男衆が異彩を放つ。
ホスト風の優男に、時代錯誤な装いに身を包んだ白人の伊達男。
果てにはフードを目深に被り、ギター片手にご機嫌な音色を奏でる、暴力の匂いがする青年。
美男美女の集まりというだけでは誤魔化しきれない、キワモノの存在感がむわりと立ち込めている。
彼ら彼女らこそが、これから始まる夜宴の賓客。
悪魔の舞台を値踏みする、悪夢みたいな四主従であった。
「アイドルライブかぁ……。わたし、アイドルってあんまりいいイメージないんだよねぇ」
アルコールの影響か、若干顔を赤くしながらため息をついたのは天枷仁杜。二十四歳無職のお姫さま。
「かわいいからちょっと音程外しても許してね〜とか、ああいうノリがどうも。
でもそういうののファンってみんな盲目全肯定が基本だから、下手くそでも上手い! 流石! とかちやほやしちゃうじゃん。
お金もらって仕事してるんだし、そういうのってわたしよくないと思うんだよ。やるならベストを尽くさないとさ〜」
「お姉さんはまず仕事をしてないですけどね」
三つ並んだ座椅子の真ん中に、仁杜。
酔っ払いの管めいたひとり語りにぴしゃりと冷水を浴びせたのは右隣、伊原薊美である。
背丈でも雰囲気の大人っぽさでも、仁杜よりよほど成熟して見えるのは言うまでもない。それだけでなく、今の彼女は、どこか……
「ねー薊美ちゃん、さっきからなんかご機嫌じゃない?」
「そう見えますか?」
「うん。前はもっとイライラしてたっていうか」
「まあ、確かにそうかも。お姉さんが魔女っ子と遊んでる間にこっちもいろいろありまして」
・・・・・・・
垢抜けて見えた。
茨の王子たる彼女は元々年齢離れした気品を放っていたが、さっきまでと今では明らかにその乗り方が違う。
微笑みひとつ見ても粗がない。これまで時折見せていた焦りや苛立ちのような雑色が完全に消えていた。
その理由を仁杜はもちろん解せない。良かったねぇ〜、なんてのほほんとしている。薊美もそれ以上何も言わず、たおやかに笑っている。
「それより高天さん、一個質問いいですか?」
「大体予想つくけど、なに?」
「私達、なんでこんな状況になってるんでしょうか」
「うん、本当に私が聞きたい」
仁杜を中心に、右隣に薊美。
彼女が投げた質問に、左隣の高天小都音はこめかみを押さえながら答えた。
302
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:27:14 ID:heUWQ7pI0
ちら、と三者の視線が一点に向く。
少し離れた位置の椅子に、いつにもまして不機嫌な顔で腰掛けている白黒の少女。
もとい、魔女。楪依里朱は、改めての説明を求める視線を厳として黙殺していた。
もし直接聞いてきたら容赦なく色彩をぶち込むぞ、という無言の警告があった。
そんな彼女の代わりに、陽気なる害虫の王がジャーンとギターを鳴らして答える。
「散歩してたらとんでもねえ金の卵を見つけちまったのよ。
良い音楽ってのは独り占めするもんじゃねえ。皆で共有してぶちアガってこそ……だろ?」
「なんかめっちゃボコボコじゃない? 顔……」
その顔は仁杜の言う通り、見るも無残にボコボコだった。
事実上の捕虜状態であるマスターの護衛に飽きて勝手に散歩に行き、戦闘した上結構な損害まで負って帰ってきた虫螻の末路である。
もちろん治そうと思えばすぐにでも治せるのだが、それをするとイリスはもっと怒るので、あえて治していない。
彼なりの処世術なのだ。バッタだってたまには学習するのだ。生き物だからね。
「はははは、いいじゃないか音楽祭。
我が令嬢(マスター)ほどではないが、私も今は結構上機嫌でね。
演者が黄色人種らしいのはやや減点だが、盛り上がり次第では戦勝会で鍛えた秘蔵のダンスが飛び出るかもな」
「ムサ苦しいから絶対やめろな。手が滑って膾切りにしちまうかもしれん」
ホテルのボーイに用意させた瓶ビールに直接口付けて傾けながら言うのはカスター。
仄めかされた騎兵隊ダンス(カスター・ダッシュに倣って、カスター・ダンスとでも言おうか)に殺意で以って難色を示すのは、トバルカイン。
そう――これから此処で執り行われるのは、時間外れな上に情勢外れな、ゲリラライブであった。
シストセルカ・グレガリアが散歩という名の索敵中に発見した"金の卵(アイドル)"。
自身に決して少なくない損耗を与えた敵を演者として招き、歌って踊らせるというのだから実に酔狂な発想だ。
困惑、あるいは期待。
二分された反応を繰り広げる一同を見ながら、奇術王ウートガルザ・ロキは静かに佇んでいた。
軽薄と悪辣を生業とする彼にしては珍しく軽口を叩かず、溺愛する仁杜に絡むでもなく、静かにライブの開演を待っている。
まるで彼だけは、これから現れる偶像の本質を既に悟っているかのように。
「なぁに寒いツラしてやがんだよロキ野郎。
テメェカスだけど音楽の趣味は俺と一緒だろ? ブッたまげる準備済ませとくのをおススメするぜ」
「失敬だな。言われなくてもちゃんと期待してるよ」
此処は伏魔殿。
魔性達の集ったパンデモニウム。
悪魔の少女は、遂にそこへと到着する。
まず眼鏡の似合う知的な男が姿を見せ。
彼にアイコンタクトで促され、宴の主役がそれに続いた。
「――――いったい何を魅せてくれるんだか、まったく楽しみで仕方ない」
主役の名は、煌星満天。
見るからに緊張した様子に、いささかの疲労感を滲ませて。
よたよたもたもたと歩いてくると、こうしたイベントごとの際にはステージの役目を果たすのだろう広めのスペースへ、意を決したように踏み出し――
「……わぎゃっ!!?」
ずっこけた。
盛大に、どてーんとすっ転んだ。
障害物はおろか段差もない平地だった。
「いたた……、……――――あっ」
しらーっ……という擬音が聞こえてきそうな空気。
エントランスに集まった曲者集団、その全員の視線が這いつくばった悪魔アイドルに集中していた。
満天のどちらかというと色白な顔が、一瞬にして熟れた林檎のように赤く染まる。
「え、えーっと、あー、その……お、お集まりいただきありがとうございます……。
本日は急遽、ですね。こちらでライブの方させていただくことになりました……煌星、満天っていいます。アイドルです。ハイ、エー、ソノアノ……」
捨てられた子猫を見る目。
もしくは珍妙な謎生物を見る目。
居た堪れない空気に耐えかねて、満天はひったくる勢いでスタンドからマイクを抜いた。
スイッチをONにし、もうどうにでもなりやがれの精神で、シャウトする。
「よ――――よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁすッッ!!!!」
半分ほど裏返った大音量が、閑散としたエントランスホールで反響(エコー)。
ついでに背後でぼごーん!と、明らかに演出ではない爆発が一発。
「…………サマーウォーズ?」
ある意味とても劇的な登場を果たした満天に、陣営のお姫さまはこてんと首を傾げた。
◇◇
303
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:27:54 ID:heUWQ7pI0
――いいですか、煌星さん。今回のライブは我々にとって、非常に重要な意味を持ちます。
なんでこんなことになったんでしょうか。
〈蝗害〉レポの撮影が始まったと思ったら、通りすがりの元凶に襲われて。
それを死ぬ思いで切り抜けたら、今度はその〈蝗害〉にライブしろとか無茶振りされて。
疲労と魔力消費でくたくたのまま、ろくに休む暇もなく私こと煌星満天は今ステージに立っています。
すっ転んでしたたかに強打した額がヒリヒリしてるし、衣装の下はヘンな汗かいてるし、当然心の準備なんてできてないので心臓はわけわかんないペースでばっくんばっくん言ってるし。
何なら今でも『えっ。本当にやるの? マジで?』とあんまり優秀じゃない脳みそが困惑全開です。
はっきり言って逃げたい。めちゃくちゃ帰りたい。この際ロミオにお姫様抱っこされてもいいのでなんとかこの地獄みたいな状況から逃してほしい。
……でももちろん、そんな願望を行動に移す度胸なんかあるわけもなく。
それどころかいきなりトチってテンパってもうめちゃくちゃな私は、やけくそ気味にキャスターへ念話を飛ばす。
(音楽流して! 早く! そうじゃないと私このまま羞恥心で焼け死んじゃう!!)
(落ち着いてください。とにかく冷静に。貴方らしく行きましょう、煌星さん)
(保証は!! しかねます!!!)
此処で冷たい視線を浴び続けるよりはまだ、さっさと歌って終わらせた方がいい。
なけなしの冷静さでそう判断して、プロデューサーに巻き進行を懇願。
本当はもうちょっとトークとかするべきなんだろうけど、今回は流石に許してほしい。
幸い、そっちの願いは速やかに叶えられた。
取材用の車に一応積まれていた機材。それらはもうスタッフさん達の手で搬入済みだったから。
さっきの件以降、彼らは一言も喋らずキャスターの指示に従っている。
この場に〈蝗害〉――シストセルカがいることで、まだ"蝗害の実地調査"という名目が維持されているのかもしれない。
とにかくだ。
キャスターの合図で、スピーカーからイントロが流れ出した。
私の持ち曲は片手の指で数えられる程度しかない。なので一曲目は他人の歌だ。
名前を聞いたら誰でも知ってるような、有名アイドルのヒットナンバー。
無難だけど、流れを作りつつ、この乱れ散らかした調子を戻すにはちょうどいいと思う。……セトリは此処に来る前にキャスターが三分で作ってくれた。
――〈蝗害〉のマスターにして、ノクト・サムスタンプらの"同類"楪依里朱。
――更には彼女と関係を築いている複数の主従。それらと一気に関わる事態になった。
――想定外の展開ではありますが、ある意味ではコネクションを作れる好機だ。逆に失敗すれば、冗談でなく命の危険も伴うでしょう。
――貴方に失望した〈蝗害〉が再び襲いかかってくるという、最悪の可能性です。
道中でキャスターに聞かされた言葉が、頭の中をずっとリフレインしてる。
確かに私は、シストセルカを認めさせることができた。
嬉しかったし、ついさっきまで殺されかけてた相手だってのにちょっと心だって開きかけた。
でも違う。何が違うって、アレは人間じゃない。比喩とか差別とかじゃなくて、本当の意味でヒトの道理が通じない存在なんだ。
だから当然あり得るだろう。このライブの結果次第で、さっきの好意が失望に反転することだって。
忘れちゃいけない。さっきのは勝ったんじゃなくて、ただ見逃してもらっただけだ。
依然として私の、私達の命はシストセルカ・グレガリアの掌中にある。
そこを履き違えたら今すぐにだって死ねると、頭に残る恐怖の記憶が告げていた。
304
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:28:56 ID:heUWQ7pI0
怖い。
やりたくない。
逃げたい、……でも。
――脅かすのは此処までです。煌星さん、貴方は本当に大きくなった。
私の憧れるあの子なら、こんな状況でも投げ出したりしないと思うから。
大好きで、だけどこの世の何より恐ろしい〈天使〉の光を思い浮かべて、怖がる気持ちを脇に追いやった。
それに。たとえ人間じゃなかろうが、ファンになってくれたお客さんに失望されるのはやっぱりちょっと嫌だ。
――自信を持ちなさい。形はどうあれ、貴方は。
――貴方は、〈蝗害〉に自分の価値を認めさせたのです。
――この都市の誰も真似できない偉業を、成し遂げたのですよ。
正直、強くなった実感なんてないけれど。
自分に自信なんてこれっぽっちも持てないし。
ドジだしコミュ障だし、歌も踊りも下手っぴのまんまだと思ってるけど。
それでも。
――あの厄災や天使に比べれば、観客なんて実に容易い相手でしょう?
私は歌う。
あの日の暗闇に、追い付かれたくないから。
暗がりに沈む泥濘じゃなく、光を放つ極星(アイドル)になりたいから。
こんなところで止まってべそかいてるような奴が、天梨に勝てるわけない。
あの天使に勝てなければ、私の魂は契約に基づいて暗闇に堕ちる。
闇の先を私は知らない。地獄なのか、それとももっと恐ろしい処なのか。
仮にも悪魔が言うべき言葉じゃないけれど。私は、できれば善い処に行きたいと思う。
なら選択肢はひとつだ。握るマイクに力を込める。万が一にでも、手汗で商売道具を落とさないために。
喉を動かし、声を張り上げる。
覚悟は決めた。やけっぱちでも覚悟は覚悟だ。
そこに嘘も誠もないんだから、どれだけだって無様になろう。
死物狂いで勝ち取ったつい先刻の成功体験。
それをなけなしの自信(ねんりょう)にして、私は吠えるように歌い出した。
「――――――――えっ」
そんなちっぽけな覚悟と自負を嘲笑うように。
次の瞬間私の視界は、一縷の光もない暗闇のなかに閉ざされた。
◇◇
305
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:30:24 ID:heUWQ7pI0
「……? 何これ、トラブル?」
「なのかな。でも曲止まってないよ? なんだろね」
小都音が怪訝な声でそう言った。
仁杜も不思議そうだ。
その反応も無理はない。いざ始まった煌星満天のアイドルライブは、開始一分としない内からもう破綻の様相を見せていた。
まず、歌唱が途切れた。
ダンスは始まりすらせず、アイドルは怯えたような顔で棒立ちしている。
なのに曲は止まっていない。ライブカメラがない以上厳密には不適当だが、放送事故という単語が脳裏をよぎる。
何かが起きている。
アイドルの彼女にとって、不測の何かが。
それを最初に察したのは、彼女のプロデューサーであろう眼鏡の優男。
――の隣に立って陶然とステージを見つめていた、目も眩むような美形の青年だった。
「何をした?」
絶世と言っていい美貌が憤怒に染まっていた。
睨み付けた先には、彼に負けず劣らずの造形美を体現した金髪の男がいる。
青年――ロミオを光の美男と呼ぶのなら、その男は闇の美男と呼ぶべき存在であった。
間違いなく華々しいのだが、表情、いや佇まいから滲む雰囲気にさえ仄暗いものが付随している。
墜落。美麗を称えるのに並行して、そんな言葉を弄したくさせるモノ。
「何だい、藪から棒に。ライブ中のおしゃべりはご法度じゃないのかな?」
「とぼけるな、外道。君のドブのような眼を見れば分かる」
すなわちウートガルザ・ロキ。
ロミオの直感は正しい。満天の不調の原因は、冷たい嘲笑を浮かべて舞台を見つめるロキ以外にはあり得なかった。
「僕としても、愛するジュリエットの晴れ舞台に泥を塗りたくはない。
だから一度だけ、警告してやる。彼女を涜すのを今すぐやめろ。さもなくば――」
「何のことだかさっぱり分からないな。
まあ落ち着きなよ優男、愛しのアイドルちゃんが悲しむぜ。ライブを台無しにしたいのかい」
幻術使い。神々さえ欺き、あらゆる存在を踊らせて笑う奇術王。
ロキは精神への干渉を得意としない。が、まったくできないわけではない。
ましてや相手は英霊でもなければ、精神干渉への抵抗力もろくに持たない、未だ一般人に毛が生えた程度の小娘。
その主観を一面の闇で塗り潰し、舞台に砂をかけて陵辱するなど、彼にとっては朝飯前の芸当である。
「……貴様……」
挑発の意思を隠そうともしない物言いに、ロミオは青筋を立てて殺意を示す。
ロミオはバーサーカーだ。一見すると理性的に見えるが、その実、彼の行動原理は狂気に支配されている。
そんな男の前でこれみよがしに愛する者(ジュリエット)を侮辱するなど、愚の骨頂も甚だしい。
実際、この美しき活火山はもういつ噴火しても不思議ではなかった。
にも関わらずロキが彼を挑発し続けていられる理由は単純明快。
ロキにしてみれば、彼に暴れられたところで痛くも痒くもないのである。
満天が潰れて終わるのも、ロミオが暴れて終わるのも、悪辣なる巨人の王に言わせれば同じだ。
だから、それならそれでいい。戦闘に発展したとしても、一向に構いやしない。
むしろ目障りな有象無象を摘み取れる分、そうなった方が得でさえある。
神をも恐れぬ物言い。唯我独尊を地で行く傲慢。その悪徳を許されるだけの力が、ウートガルザ・ロキにはあった。
306
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:32:10 ID:heUWQ7pI0
……が。
この場に限って言うならば、ロキの悪辣に憤るのはロミオだけに非ず。
怒れる美青年(ロミオ)の賛同者が、不興を以って殺意を示す。
「おいテメェロキ野郎。何冷める真似し腐ってんだよ、食い殺すぞ?」
ぶぶぶぶ、という威嚇するような羽音は、こと彼に関しては幻聴ではない。
虫螻の王は荒ぶる厄災。その不興を買うことは、いつどんな状況であろうと破滅を意味する。
ロミオとシストセルカ。二体の災害が向ける殺意に射抜かれて尚涼しい顔で舞台を笑覧しているロキは、やはり只者ではないのだろう。
「やれやれ……。どいつもこいつも過保護でいけないね。
俺は賤しい僭称者になんて興味ないんだが、推すと決めたなら少しは信じてあげたらどうなんだい」
一触即発。当事者でない面々にさえ緊張が走る。
無理もない。此処の成り行き次第では――このホテルが数秒後には戦場になる可能性すらあるのだ。
その気になればいつでもすべてを台無しに出来る、人の形をした大量破壊兵器。サーヴァントとはそういう存在なのだから。
「蝗どもを調伏し、鳴り物入りで現れた妖星の歌姫。
それがこの程度のアクシデントでヘタレるような屑星だって言うんなら、そっちの方がよっぽど失望甚だしいじゃないか」
どこか芝居がかった調子でそう言って――
満天の世界から灯りを消した張本人は、いけしゃあしゃあと水を向ける。
「――と、俺は思うんだが。君はどう思う? かぼちゃの馬車の魔法使いくん」
相手は言わずもがな、シンデレラストーリーの仕掛け人。
夢を抱いて燻るばかりだった少女に、十二時過ぎの魔法をかけた怜悧なる悪魔だ。
ファウストの眼光と、ロキの粘つく視線が交差する。
奇術王のその正體を、既にファウストは見抜いていた。
当然だ。生物の分類は違えど、在り方が同じなのだから分からない筈がない。
この男は――悪魔だ。
人心を揺らす術と、何処へ付け入ればいいかを見抜く才覚。
地獄の住人が持つべき素養のすべてを、完璧と言っていい位階で有している。
だからわずか数分足らずの観測で満天という人間の陥穽を見抜き、彼女だけの奈落に落とせた。
恐ろしいまでの手腕。腸の煮えるような悪辣の手管。ともすれば、〈蝗害〉よりも厄介な存在とすら言えるだろう。
そう正確に見抜いた上で、ゲオルク・ファウストは、否。
悪魔メフィストフェレスは静かに、その指先で眼鏡の位置を直しながら言った。
「特段、何も」
307
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:32:35 ID:heUWQ7pI0
論戦に付き合うつもりはない。
悪意を較べ合うつもりもない。
もしその気があったのなら、とっくにミュージックを止めている。
ライブを中断し、敵対を念頭に置いて行動を開始しているところだ。
忘れてはならない。多少人に絆されたとはいえ、悪魔は悪魔。
メフィストフェレスは正真正銘、本物の悪魔である。
悪意を餌にした揺さぶり、脅し、それらはむしろ彼にとって独壇場。
ましてや同類同士の争いならば尚更だ。如何にロキが卓越した悪意の持ち主であろうとも、その一点だけは覆らない。
「第一、ステージにアクシデントは付き物です。ただの照明トラブルなど、いちいち慌てるにも値しない。
それとも」
だからこそ彼は今、プロデューサーとしての視点で目の前の状況について一考し。
問題ない、と冷ややかに断じてみせた。
そして、その上で。
「弊社のアイドルに潰れて貰わねば困る理由でもおありなので?
・・・・・・・・・・
ウートガルザ・ロキ殿」
悪魔の先達として、舐めるなよ若僧がと言葉で中指を突き立てる。
ロキの笑みが深まった。いつも通り不敵で、しかし攻撃的な貌(かお)だった。
そう、メフィストフェレスもまた気付いている。
この伏魔殿に何食わぬ顔で坐す、星の存在に。
煌星満天、輪堂天梨――彼女達と同等の資格を有するモノを既に認めている。
元々、失敗できないライブではあった。
だが今はそこに別な理由が加算された。
このライブをしくじれば、満天の星核は格を落とすと分かるのだ。
故になんとしてもやり遂げて貰わなければならない。
さりとてメフィストフェレスは、苦し紛れの強がりで大口を叩いたわけでは決してなく。
(さあ、魅せてやれ。
予行演習には丁度いいだろう、お前の宿命を乗り越えるための――――)
たかがまがい物の暗闇如きで、己が星の飛翔は途切れないと確信していた。
ライブは続く。不格好でも、無様でも、諦めない限り続いていく。
静かなる星間戦争。月と妖星の対峙は、双方にその自覚がないまま始まった。
◇◇
308
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:33:07 ID:heUWQ7pI0
ずたぼろだった。
闇が消えない。
光が、見えない。
観客達の顔も、キャスターやロミオの顔も、彼らがどこにいるかさえ分からない。
目が見えないから踊れないとか、そんな話じゃないのだ。
もちろんそれもしんどいけれど、私にとってその理由は一番じゃない。
一面の、出口のない暗闇。
手を伸ばしても、足を踏み出しても、消えず途切れぬ黒い暗幕。
私のいちばん怖いものが、此処にはあった。
「は――ぁ――――ひ、ぅ」
過呼吸みたいな息遣いで、私は歌になっているかも怪しい不協和音を吐き続ける。
意地なんかじゃなくて、がむしゃらにでも声を出し続けてないと発狂しそうだったからだ。
少しでもこの闇の中に、私以外の要素を作りたかった。
形なんてなくてもいいから、私を孤独にしない何かが欲しくて堪らなかった。
遠くに見えるあの光に、追いつけたなら私の勝ち。
背後から迫るあの闇に、追いつかれたなら私の負け。
それが私の、暮昏満点のルール。
"足を止めてはならない"。
だから逃げるように進んできた。進むように、逃げてきた。
此処に来る前もそうだし、来てからもそう。なのに今、私の前には一面の敗北が広がっていて。
夜に外に出てはいけないらしい。
悪魔に出会ってしまうから。
じゃあ、世界のすべてが闇ならば?
どこにも光が見えないのなら、私はどこへ逃げればいいのだろう?
「――――っ、ひ、ぃ」
ああ駄目だ、闇の向こうから何かが迫ってくる。
分かるのだ。だって私は、こいつに魅入られてしまったから。
遠い彼方の幼い日、契約を交わしてしまったのだから。
私にとって死よりも恐ろしい、暗がりの世界。
解けない魔法は呪いになって、私のすべてを蝕んでいく。
309
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:33:35 ID:heUWQ7pI0
脳裏に浮かぶいくつかの顔。
好きな人、負けられない人、苦手な人、怖い人。
でもそのどれも、すぐ闇に呑まれて消えていく。
おまえはずっとひとりきりだと、情けない私を闇が笑っている。
……そうしている間に、曲が終わりに差し掛かった。
そこで少しだけ、ハッとした。
自分が取り返しのつかない失敗をしていることに気付いたからだ。
(だめ、だめ、だめだめだめだめ……!
やらないと、ちゃんと歌わないと……っ、今、ライブ中なのに……!)
リスタートなんてありえない。
なら、次の曲で取り返すしかない。
でも……、……どうやって?
この暗闇の中で、何をどうしろっていうんだ。
もう、全部終わっているのに。
光がないということはつまり敗北で。
私の夢は、物語は、とうに終わってしまったということで――。
我ながら根性がなすぎると思うけど。
でもしょうがない。こればっかりは、しょうがないんだよ。
ぐるぐる、ぐるぐる。
走馬灯のように、今までの人生の追憶が脳裏を巡っていく。
楽しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと、悔しかったこと。
いいことより悪いことの方が圧倒的に多いのが虚しい。
後悔だ。はじまりから終わりまで、私の人生は後悔ばっかり。
ああ。こんなことなら、もっといろんなことしておくんだったな。
私なんかには似合わないってうじうじもじもじしてやらなかったこと、行けなかったとこ、今になってすっごい恋しい。
それに、意地張ってないでお父さんお母さんにももう一回くらい会っておけばよかった。
まあ、会ってくれたかどうかは疑問だけど。最後ひっどい別れ方しちゃったし。ていうか勘当だったしアレ。
――もういい。非才なれど我が子は我が子と、好きに生きさせてやった私達が愚かだった。
――消えなさい、満点。私達は、もうおまえに何も期待しない。
今思い出してもひどい言い草だと思う。実の子に言うことかこれが? こんな状況なのになんか腹立ってきたな。
まあいいけどね、別に。お兄ちゃん達に比べれば私が味噌っかすだったのは事実だろうし。
けどそれはそれとして、あんなこと言って放り出しておいていきなり懐中時計送ってきたのはやっぱりどのツラ案件ではなかろうか。
……なんて益体もないことを、現実逃避みたいに考えて。
そんなろくでもない思い出達すら、今はなんだか恋しく思えていて……
310
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:34:20 ID:heUWQ7pI0
(…………、…………。あれ?)
そこでふと、違和感を抱いた。
(――そうだ。いたじゃん、お兄ちゃん)
・・・・・・・・・・・・
暮昏家は三人きょうだいだ。
私はその末っ子。いちばん才能のない味噌っかす。
だから好きに生きさせて貰ったし、多少のやんちゃも許された。
ていうかそもそもウチは魔術師の家で。
小さい頃は私も、お父さんにあれこれ教えられていた筈だ。
結局私があまりに才能がないので匙を投げられたし、何を教わったかもろくに覚えちゃいないけど。
私には、お兄ちゃんがいた。
それもふたり。なのに私はどういうわけか、今の今までそのことを綺麗さっぱり忘れていたのだ。
仲がよかったのか悪かったのか。
優しかったのか厳しかったのか。
彼らがどういう名前だったのか。
なにも思い出せない。記憶に靄がかかったみたいに、頭の引き出しそのものがぼやけて情報を引き出せないことに気付いた。
(え……? これ、なに……?)
困惑に次ぐ困惑。
不意に見つかった記憶の欠落は、けれど今の私には麻酔になってくれた。
(っ、違う、そんなことより……!)
心を支配していた暗闇への恐怖が、降って湧いた不可解への疑問でわずかに薄らいだのだ。
今しかない、と思った。手の中に、感覚だけ残ってる商売道具。
手汗でべとべとのそれを砕けんばかりに握りしめる。
アイドルにとってマイクは剣だ。剣がなければ戦えない。でも剣さえあるのなら――目が見えなくたって、戦える。
魔術師の子どもであること、なんで今まで気にしてこなかったんだっけ。
お兄ちゃんがいたこと、なんで今まで忘れてたんだっけ。
分からない。分からないけど、そんなことどうでもいい。
過去を気にして首を捻るよりも、今真っ先にやるべきことがある!
――息を吸い込む。
失点を取り返すために、今度もまたありったけの大声が必要だと思ったから。
相変わらず光は見えない。
世界は闇に包まれている。
だけどセトリは覚えてた。
実は、記憶力にはちょっとだけ自信がある。学生時代のテストとかだいたいそれで乗り切ってたし。
だから叫べ。
叫ぶしかない。
だって私は、まだ負けてないんだから。
暗闇野郎の横紙破りくらい、殴り飛ばせなくてどうするんだ――!
「――――――――『ファナティック・コード』ッ!!!」
さあ、取り返すぞ。
私の名前は、煌星満天。
満天の星はいつだって、暗い夜空にあるもんだろうが!
◇◇
311
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:35:23 ID:heUWQ7pI0
「"――ファナティック・コード、さあ開闢(はじ)めよう"」
ぐだぐだの放送事故状態。
共感性羞恥さえ抱かせる恐慌と焦燥。
一曲目は惨状のままに幕を閉じた。
もはや取り返しようもないそれが、急激に流れを変える。
「"燻るように歩いてた 「どうせ無駄さ」と愚痴を吐いて"
"フツウの方には背を向けて 夢見るように逃げ出したんだ"」
〈鋼の恒星(ペーパー・ムーン)〉――伊原薊美は眉を動かした。
魔人の域へ一歩踏み出した彼女は、もはや狼狽を浮かべない。
それでも無感ではいられなかったことを、その微かな表情の機微は物語っていた。
無理もない。薊美はきっとこの場の誰よりも、それに敏感な人間だったから。
最初は、なんとも思わなかった。
ロキの言動を見るに"そういうこと"なのだろうとは感じていたが、とても脅威とは思えなかった。
だってそこには、あまりにも華がなかったから。
能力もない、自信もない。天枷仁杜のような無自覚の超越性もない。
いじらしく、そして惨めな石ころ。ロキがいなければ注視さえしていなかったと断言できる。
しかしその認識が、今の叫びを聞いた瞬間一気に変わった。
さながら夜空を切り裂いて咲き誇る、大輪の花火を目の当たりにしたように。
「"喝采の声が聞こえてる 拍手、喝采、万雷、才媛"
"私にじゃないのは分かってる 非才、凡庸、陳腐、石槫"
"今に見てろと眉寄せて 私は走る、醒めない夢へ……!"」
非才の星。そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。
焦りはない。ただ納得だけがそこにはあった。
なるほど、と。天枷仁杜のような星が在るなら、そういうモノがあっても不思議ではないか、と。
薊美の心は静かだ。自己すら魅了することを覚えた茨の王子は、平静と余裕のままに憤ることができる。
「"ファナティック・コード、私を見ろよ"!
"革命前夜の誘蛾灯 最凶の歌を魅せてあげる"」
これの根幹にあるものは、反骨心であろうと薊美は思う。
追い詰められ軽んじられて崖っぷち、滑落の瀬戸際でなにくそと咲き誇る一輪華。
その光は弱い。弱くて、淡い。だがひとたび爆ぜれば、その輝きは世界を吹き飛ばすが如し。
良くも悪くも冷めている自分にはない眩しさを、煌星の偶像(アイドル)は持っていた。
「"ファナティック・コード、私を見てよ"!
"目移りなんて許さない、オマエは私に見つかったんだ"」
故に知れば知るほど、目移りできなくなっていく。
窮地にて爆ぜる悪魔の星光を目の当たりにすれば、誰もがそのカタルシスに取り憑かれる。
312
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:35:50 ID:heUWQ7pI0
……シストセルカ・グレガリアを虜にできた理由が分かった。
世俗を愛するあの虫螻が、こんな劇物に心動かされない筈がない。
これはそういう星。言うなれば、弱さをこそ取り柄に据える妖星だ。
「"こちら悪魔の独壇場、行きはよいよい帰りは怖い"」
行きは、誰もが侮る。
しかし触れれば帰れなくなる。
まさしく、悪魔の如き罠がそこにある。
彼女自身は気付いていないのだろうが、引いてしまうほど極悪な仕組みだ。
そこまで理解したから薊美は、過去の侮りを捨てて認めた。
これもまた、まさしく眩き星であると。
人を魅了し、世界を狂わせ、我こそ光なりと恥知らずに輝く資格者であると。
天を目指して駆ける己が、この足で踏み潰すべき怨敵であると。
「"観念しようぜ、さあ人間ども――アナタは私に魅入られた"!!」
度し難い。
そんな本音を、不敵の裏に押し込めて。
いずれ討つべき敵の名前をひとつ増やす。
されども、恨めしくはなかった。
何しろそういう段階は既に卒業している。
事実を事実として受け容れ飲み干し、静かに牙を研ぐは神殺しの君。ラグナロクの王子。
「――――次、いきます! さっきはカッコ悪いとこ見せちゃったけど、しっかり付いてきてくださいね……!」
針音都市のスルト。
神々に黄昏を齎す凶星。
茨の君は、静かに事の行く末を見守る。
隣で「おおぉ……!」と唸っている呑気な月をちらりと横目で見て苦笑した。
太陽を超えて耀くならば、いずれこのすべてを呑み込まねばならない。
――臨むところだ、と。誰にも聞こえぬ声量で、薊美は言った。
「『愛されるべき光(スターライト)』ッ!!」
◇◇
313
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:36:26 ID:heUWQ7pI0
「"We are the starlights,born to be loved"――――」
『ファナティック・コード』は煌星満天の肝煎りだった。
が、この『愛されるべき光』を紡いだのは満天ではない。
彼女のプロデューサーが、持ち曲の少ない満天へ提供したものだ。
愛すべからざる光(メフィストフェレス)が唱える、愛されるべき光(スターライト)――。
その意味を満天は未だ解していない。
解さぬままに、彼女は歌う。
「"見上げれば広い星の海、仰ぐワタシはきっと一番星"」
鬱屈は狂信の法典(ファナティック・コード)で破壊した。
斯くして夜空を覆う雲は晴れ、闇に包まれたままで星は自ら輝き出す。
「"弾けるように、爆ぜるように"
"夜空に花を咲かせましょう、満天の一輪花を"」
ぱちん――。
満天が、指を鳴らす。
驚くべきことだ。本来のダンスには含まれていない筈の動きを、要領の悪い彼女がアドリブで行ったのだから。
今の満天に計算づくで何かする余裕はない。
その視界は、変わらず敗北の暗黒で覆われている。
本来ならこうして歌い続け、踊り続けられている時点で不可解なのだ。
誰より惰弱な少女が、脳ではなく魂/本能で紡ぎあげる妖星のライトステージ。
理屈を経由しないからこそ、迷いが挟まる余地なく炸裂したアドリブは、夜空を彩る大星雲を咲き誇らせた。
――微笑む爆弾・星の花(キラキラボシ・スターマイン)。
〈蝗害〉に使った鏖殺兵器とはわけの違う見かけ倒しの爆発だが、それだけに演出としての効果は抜群である。
「"そう、きっと誰も愛されるために生まれて"
"ナミダで始めた物語、笑って終わるが華だから"」
星が、瞬いている。
星が、踊っている。
誰もが目を奪われる。
一番星の輝き、万華鏡のような妖星の軌跡に。
現にライブとしてのクオリティは、蝗どもを調伏した時の比ではない。
彼女にとって死より尚恐ろしい破滅のカタチ。ウートガルザ・ロキが与えた暗闇のヴェールが、奇術王の予測を超えた超高域に悪魔を飛翔させた。
そう、ロキは読み違えたのだ。
満天を潰したいと思うのならば、そこに露悪的なドラマをあてがうべきではなかった。
煌星満天の強さとは爆発力。追い詰められ、泣き喚いて転がって、泥だらけになりながらそれでも叫ぶイノセント。
この世のあまねく理不尽は、灰かぶりの悪魔にとって起爆剤である。
月の浮遊に魅了された奇術王は、己が神を愛する故に判断を誤った。
314
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:36:47 ID:heUWQ7pI0
「"We are the starlights,born to be loved"
"天使みたいに輝いて、悪魔みたいに笑おうぜ"」
そしてメフィストフェレスも、静かにそれを見ていた。
かつて自分が彼女にかけた言葉を、不意に思い出しながら。
――煌星さん、あなたにはアイドルの才能があります。
まだ彼が、都市の真実を知らなかった頃。
無論、己の契約者が星と呼ばれる存在であることも知らなかった頃に。
悪魔は少女へ、確かにそう告げた。
誓って嘘やお世辞ではなかったが、それでもこの光景を見れば感じ入らずにはいられない。
「"We are the starlights,We are the so cutest"
"カミサマだって止められやしない 星くず達のパンデモニウム"」
――ああ、確かに神にだろうと止められないだろうよ。
――計算を超え、予定調和を蹴り飛ばし、泣きじゃくりながら宇宙に昇るじゃじゃ馬なんざな。
満天は気付いていないのだろう。
自分が今日成し遂げてきたことが、如何に驚異的な成果であるかを。
天使との縁を引き寄せて共鳴し、英霊同士の諍いを癇癪ひとつで仲裁した。
死の絶対的象徴である黒騎士の原型に損害を与え、迫る死の運命を歌声で打ち払った。
今だって月の眷属たる奇術王の悪意さえ燃料に変え、その星光を更に強力無比なものへ昇華させてみせた。
悪魔メフィストフェレスは、今になって自分の慧眼に惚れ惚れさえした。
やはり彼女だ。彼女でなくては、都市の結末は変えられない。
白き神が支配し、偽りの星々が廻るこの街で、十二時過ぎの悪魔だけが何かを変える可能性を秘めているのだと。
胸中でそこまで言い切ったところで我に返り、俺まで灼かれかけてどうするのだと苦笑交じりに認識を修正して。
「"――お願い、時間よ止まって"」
なあ、ファウストよ。
お前あの時、マジで何を見たんだ?
今頃は天上で福音に包まれ暮らしているのだろう旧い契約者を想い、少しだけ遠い目をした。
「"ワタシのために、止まっちまえ"」
契約の成就は未だ彼方。
されど、決戦の時は着実に迫っている。
このちいさな悪魔が、真に星として――否。
夢を叶え、十二時を超えて耀くトップアイドルになった未来。
その時にようやく、彼と彼女の戦いは幕を開けるのだ。
契約者の名は『愛されるべき光(スターライト)』。宵の空を照らす、絶望の大敵。
◇◇
315
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:37:21 ID:heUWQ7pI0
――やられたな。
ウートガルザ・ロキは珍しく敗北感を抱きながら、唇を突き出して嘆息した。
ライブは終わった。そう、無事に終わってしまった。
煌星満天は膝を折らぬまま、公演をやり遂げたのだ。
ロキの企ては大失敗。偽りの星の泣きっ面は見られず、それどころか逆にその輝きを強めてしまったのだから目も当てられない。
こうなっては足掻いたところで恥を上塗りするだけだ。
好きな子の前で格好悪い姿を晒したくないのが男の性である。
潔く満天の闇を解き、ロキは不貞腐れたように頭の後ろで両手を組んだ。
「ようよう、恥ずかしいなぁクソ野郎。したり顔で嫌がらせしといてよ、空振りもいいとこじゃねえか」
「まあね。今回に関しちゃ素直に認めよう。あーあ、面白い見世物にできると思ったんだけどなぁ」
うりうり、と肘で小突いてくるシストセルカが鬱陶しいが、空振ったのは事実なのでこれはもう仕方がない。
奇術師を名乗っておきながら、勘所の見極めを誤った自分が悪いのだ。
その失態を口先八丁で誤魔化すのは一流としての美学に悖る。
悪意というものにも質はあるのだ。ロキはそれを理解している。
だからこそ上手く行かなかった時は素直に手を引き、萎えと辛酸を併せ呑むようにしていた。
もっとも彼がそんな思いをしたのは、まだ手管の未熟だった幼少期以来のことであったが。
「ありゃ妖星だな。ある意味じゃ一番原種(たいよう)に近いんじゃないか?」
「何言ってっか分かんねえけどよ。だから俺言っただろ? あのメスはマジでヤベえって。
やっぱり技術がどうとか音程がどうとか訳知り顔で難癖付ける奴らはなんにも分かってねえんだよな。
本当に大事なのはハートよハート。全員ブチ殺してやるよォ〜!? って気持ちさえありゃ、下手も上手もないってワケよ。うんうん」
「あ、うん。君に話した俺が馬鹿だったわ。もういいよ」
不条理をぶち壊し、強引に己のヒカリをねじ込むその性質。
ロキはそこに、かの白き神と同様の理不尽性を見出していた。
となれば、やはり認めざるを得ない。
煌星満天は〈恒星の資格者〉であると。
今はまだ粗削りだが、都市において稀なる価値を持つ、いつか宙へ至る可能性を秘めた原星核。
そのことが持つ意味は大きい。少なくともウートガルザ・ロキは、この事実を決して無視できない。
何故ならそう、彼もまた――星の眷属なのだから。
316
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:37:57 ID:heUWQ7pI0
「ねえ! ねえねえ! なんか……なんかこう……! すっごくなかった!?」
己が相棒の抱く想いなど露知らず。
天枷仁杜はライブが終わるなり、貧弱な語彙力でさっそく両隣の友人達へ共感を求めた。
とにかく一秒でも早く、この感動を共有したかったのだ。
「最初はなんだよ放送事故かよ、鳴り物入りで出てきてめっちゃ興ざめじゃん、これだから若いだけでちやほやされてる女どもはよ〜、ヘンに色気出さないでウチで受験勉強でもしてればいいのに、は〜お部屋帰ってお酒飲みたいなぁって思ってたんだけど」
「お姉さんってほんとにちゃんとクズですよね」
「でも二曲目のとこでぶわーってなってさあ! 花火みたいなのがぼんぼんぼーん! ってなって! そこから最後までノンストップですごかったっていうか〜……あっ、そうそう! ジェットコースターみたいな感じだったよね!!」
前半で下げすぎて微妙に取り返しきれてない褒め言葉だったが、仁杜は鼻息荒げて興奮していた。
この成人女性の感性は見かけ通りの年代で止まっている。すぐ感動するし、すぐ熱くなるし、すぐ泣く。
故に彼女がいくら熱弁奮って良さを語っても正直説得力は微塵もない。
が。今回に限っては薊美も、言葉にこそしないが、彼女の弁に同意するしかなかった。
「ねえねえ、ことちゃんもそう思うでしょ!?」
「……まあ、そうだね。確かにすごいライブだったよ」
小都音と視線が合う。
頷きこそしなかったが、思っていることは同じだろうと思った。
すなわち――煌星満天は星である。宇宙にて輝く逸脱者である。
地平の暴風、ガイアの厄災が連れてきた破綻なき理不尽の星。
やがて極星を射つ悪魔(メシア)ともなり得る、可能性のシンデレラ。
「ていうか今思い出したんだけどさ。煌星満天ってアレだよね、SNSでバズってた爆発アイドル!」
「あ。……あー、それか。どっかで見た顔だと思ってたけど、やっと思い出した」
辛口な大御所審査員に啖呵を切ってオーディション会場を吹き飛ばしたあの映像も、今思えば伏線のようだ。
祓葉の時同様に、既に月の眷属である小都音は満天の輝きに灼かれることこそなかったが。
それでも、彼女の秘めた可能性とバイタリティに気付けないほど愚鈍ではない。
薊美に至っては言うに及ばずだ。その瞳は怜悧に細められ、悪魔への認識を観察対象からひとつ格上げしている。
恐らくこの後、小休止を挟んでから会談に移行するのだろう。
現在でさえ過剰戦力なきらいのある此処に、果たしてあのアイドルも加わるのか。
どちらでもいい。事がどう転ぼうと、薊美がやるべきこと、目指すべき処は変わらないから。
「話し合いはおまかせしますね、高天さん」
「え。いいの? せめて同席くらいした方が――」
「大丈夫ですよ。にーとのお姉さんのことはともかく、あなたのことは信用してますから」
満天という新たな敵を見つけられた時点で、薊美はひとまず満足していた。
狡辛い駆け引きに興味はないし、今の彼女はそれを不毛と断ずる。
この同盟の戦力は飽和状態だ。煌星満天は稀有な素質を秘めているが、現状を直ちに大きく飛躍させるものではない。
会談が実を結び、月の一軍にひとつ星が増えようと。
逆に決裂し、妖星と悪魔が自分達の下を去ろうと。
薊美としてはどちらでもいいし、どうでもいい。そういう目先の事情に一喜一憂する段階はもう過ぎた。
それよりも、今の彼女が重要視していたのは……
317
:
パンデモニウム・ソサエティー(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:38:47 ID:heUWQ7pI0
「……あれ、いーちゃん?」
不意に席を立ち、自分達へ背を向けたイリス。気付いた仁杜がすかさず呼び止める。
舌打ちしながら、イリスは意外にもすんなり足を止めた。
が、振り向くまではしない。シストセルカはもう霊体化を済ませているようだ。
「どこ行くの? いーちゃんもこっち来て、みんなで感想会しようよ」
「誰がするか莫迦。付き合いきれないから、私は先に部屋戻るわ」
「えー。もう、相変わらずつれないんだから……」
ぶぅ、と唇を尖らせる仁杜だったが。
ふと違和感を抱いたのか、こてんと首を傾げる。
「いーちゃんは満天ちゃん達とお話しなくていいの?」
「必要ない。驚かされたのは否定しないけど、別に予想の範疇は出なかったし」
天枷仁杜はぼんくらだが、そこには理屈ではない聡さがある。
イリスがぶっきらぼうなのはいつものことだ。
しかし仁杜はいつも通りの態度に滲む、彼女らしくない後ろめたさのような感情をうっすら感じ取っていたのかもしれない。
だからだろう。眉をハの字にして、不安げな顔で白黒模様の背中に問いかけた。
「……ねえ、どっか行っちゃったりしないよね?」
姿も言葉も、さながら親かきょうだいと離れるのを厭う幼子のよう。
とてもじゃないが年上とは思えないそれに、イリスは背を向けたまま深く嘆息する。
呆れたように片手を挙げて、魔女はひらひらと手を振った。
「此処にいればいいんでしょ。分かったっての」
「そ、そう!? えへへ、だったらいいんだけど。あー、安心したぁ……」
「はいはい良かったね。じゃあ、私は消えるから」
胸を撫で下ろしてにへ……と笑う仁杜ではあったが、もちろん"信じている"のは彼女だけだ。
現に小都音は何とも言えない顔で双方を交互に見つめ、さっそく今後の対応に思いを馳せ始めた。
ある意味ではこの後に控えている満天のサーヴァントとの会談以上に厄介な案件だ。
わんわん泣く大人を宥め慰めるというのは、とっても大変なことなのだから。
「またね、クソニート。私が言うのもなんだけど、あんたちょっとは大人になんなさい」
せっかく煙に巻けたのだから、黙って立ち去ればいいものを。
なのにわざわざ一言残してしまったのは、つまりそういうことだ。
仁杜以外は理解している。
分かっていないのは、いつまでも幼気なままのお姫さまだけ。
イリスの背中が見えなくなるまで、仁杜はのん気に手を振って見送っていた。
その、見ようによってはある種切なさすら覚えそうになる光景を見届けてから。
伊原薊美もまた、おもむろに席を立ち上がる。あるいは、満を持して――と言うべきだったかもしれないが。
「私も少しお手洗いに。後で話し合いの結果、聞かせてくださいね」
茨の王子は演技派だ。薊美の骨子はそこにこそある。
白黒の魔女のような大根役者とは訳が違うので、その嘘を見抜くことは容易ではない。
されども小都音は既に、薊美のそれを看破していた。
最古の眷属を侮るなかれ。彼女はまごうことなき凡人、超越を諦めた只人だ。
誰より自分の月並みを自覚しているから、小都音はいつだって考えている。観察している。この針音都市で、己の月と再会してからは特に。
「気を付けてね」
「言われるまでもありません」
釘を刺すような言葉に、薊美は眉ひとつ動かさずに頷いた。
口にした用向きが本当なら、やや違和感のある物言い。
あえてそれを選んだのは、小都音がすべてを察しながら、なのに自分を引き止めなかった意味を分かっているからだ。
伊原薊美は、楪依里朱を追う気でいる。
ではそこで、天目指す茨の王子が何をするのか。
何をしようとしているのか。考えるまでもない。
悪魔のステージは無事に幕を下ろした。
しかし此処は依然として、数多の思惑が渦巻く伏魔殿。
物語はめでたしめでたしで終わるどころか、更なる混沌へ向かっていく。
――星を巡る戦いは、むしろこれからが本番なのだ。
◇◇
318
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:39:39 ID:heUWQ7pI0
「…………、…………」
「…………、…………」
自己紹介の意味も兼ねたライブステージをなんとか切り抜け。
視界も回復し、達成感と少しの疑問を得て、満天はようやく椅子に腰を落ち着けることができた。
のだが、今度は隣に座る女との気まずい沈黙に心を擦り減らす羽目になっていた。
ファウストは今、高天というマスターと話し合いを行っている。
話の内容は微妙に聞き取れないが、彼なら上手く纏めてくれるだろうからそこは心配していない。
彼の傍にはロミオ。自分を守る役目である筈だが、高天の傍に彼女のと思しきサーヴァントが控えている以上、流石に丸腰で会談に臨むのは憚られたのだろう。どうにかして丸め込んだらしい。狂戦士相手にも臆さずそれができるのが、ゲオルク・ファウストという男の凄いところだと思う。
そう、それはいい。問題は――この状況だった。
(き、気まずい……!)
今日の満天は本当にがんばってきた。
しかし忘れないであげてほしいことがひとつ。
煌星満天という人間は、アイドルだとか恒星の資格者だとか、そういう以前に重度のコミュ障である。
そんな満天にとって、見知らぬ人間と共有する沈黙というのはすなわち針の筵とイコールだった。
いま、満天の隣にいるのは小柄な少女だ。少なくとも満天はそう思っている。
長い黒髪にあどけない顔立ちと雰囲気。自分より七つも年上の大人だとは知る由もない。
女は"にーとちゃん"とか呼ばれていた。それはもうふつうに悪口ではなかろうか。どんなあだ名だよと心の中で突っ込んだ。
その"にーとちゃん"はというと、こっちもこっちで満天の隣でずっとなんだかもじもじしている。
こういう態度をされると満天みたいな人間は弱い。もしかして何かやらかしたのではと不安になってくる。まして今はライブの後なのだ。
アクシデントがあった割にはなんとか頑張れたのではと、内心抱いていた達成感が一気に不安と後悔で上塗りされ始める。
やっぱり私ってミジンコ以下……へっぽこアイドル……これからは草むらでバッタ相手にライブして生きていくしかないのかも……
そんなネガティブモードに突入するまでも早かった。が、見る間にしおしお萎れていく満天に、"にーとちゃん"がおずおず話しかけてきた。
「あ、えぇっと……満天、ちゃん……だったよね?」
「ひょぇっ?! ひゃ、ひゃいっ!!」
「わひゃぁ!? び、びっくりしたぁ……。いきなり大声出すのやめてよぅ……」
弾かれたように反応した満天と、それに驚いてすっとんきょうな声をあげる"にーとちゃん"――天枷仁杜。
小動物と小動物のミラーマッチ。お互い気の強い方では決してないので、このようになんとも情けない光景が展開されるのは道理だ。
「ゴ、ゴメンナサイ……。それで、あの、何かご用でしょうか……」
「う、うん。さっきのライブなんだけどさ……」
「――――っ」
来た。ほら来た。
待ってまだ心の準備が。
ちいさく身を縮こまらせた満天に、仁杜がかけた言葉は、しかし。
「めっっっっちゃ……よかったよ……!」
「えっ。…………え、えっ? そ、そう……?」
「うん……! なんかこう……、演出も歌もすっごいよくてびっくりしちゃった……。
最初は正直大丈夫なのかな、って不安だったんだけど、途中からはもうそんなの忘れてアガっちゃってた……!」
満天のネガティブな予想に反して、何の含みもない大絶賛だった。
319
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:41:16 ID:heUWQ7pI0
緊張しているのか、途切れ途切れなつたない言葉ではあったものの、身振り手振りを駆使してわちゃわちゃとライブの感想を伝えようとしてくれる仁杜の姿に、満天は身構えていたところをスカされた脱力感もそこそこにだんだん口角を上げ始める。
自分のパフォーマンスを評価されて嬉しくない演者なんて、ひと握りの変人だけだ。
そしてこの煌星満天というアイドルはそういうタイプではない。むしろ真逆。
――褒められ慣れていない彼女は、貰った高評価には遠慮なくでれでれしてしまうタイプである。
「そ、そうかなぁ……。
だったら良かったっていうか、めちゃくちゃ嬉しいんだけど……ヘヘ、エヘヘ……そっかぁ……。そんなに良かった? 私のライブ……」
頭をぽりぽり掻いて、そわそわ身体を揺らしながら、ぽっと頬を染める。
ちょこざいにもテンション上がってるのを悟られまいとしているのか、すまし顔を装ってるのがなんとも小賢しい。
しかし口元もほっぺたも緩みに緩んで、全体的にだるんだるんになっているので誤魔化しはまったく奏功していなかった。
そんな満天に仁杜もうっすら顔を赤くして、ありったけの笑顔で「うん、よかったよー……!」とこくこく頷く。
「わたし、ああいうちょっとカッコいい系の曲すっごい好きで……!
実は現地でライブ見るのこれがはじめてだったから、サビのところでわぁって言っちゃった……へへ」
「か、カッコよかったかぁ。んふ……むふふ……」
「バッタさんがあんなに褒めちぎってたのも分かるなぁって。ねぇねぇ、CDとか出してたりする? 落ち着いたらポチっちゃうかも……!」
あっ、これ、駄目だ。
これ、駄目になる。
麻薬ってこんな感じなのかな――満天は褒めの過剰供給でもうあっぷあっぷ言っていた。
満たされてはいけない。
ちょっと認められたくらいで情けない、あの日の涙をもう忘れたのか煌星満天。
悪魔の少女は自分を叱咤していたが、無理からぬことではある。
人生ではじめてのソロライブ。それを曲がりなりにも完遂した熱も冷めやらぬ内にこうして惜しみない賛辞を送られているのだ。
創作者然り演者然り、あらゆるエンターテイナーは"感想"の持つ魔力と無縁ではいられない。
緩んだ顔をどうにか律そうと努力しつつ、隣の少女(満天はそう思っている)のぶきっちょだけど真摯な感想に耳を傾ける。
これで満たされたら駄目どころか終わりだと頭じゃ分かってる。
それでも、やっぱり嬉しいものは嬉しかった。
自分は、褒められたくて頑張ってるんじゃない。
けれど、誰にも認められないアイドルなんかが頂点へ行けるわけがない。
その当たり前を改めて理解できたことは、ずっと一人で走ってきた彼女にとってきっと大きな"成長"で。
輝きを増す妖星の胸の内など知らないまま、この世の誰より幼気な女は言葉を紡ぎ続ける。
「実はさ。わたし、今までアイドルってあんまり好きじゃなかったんだ。
でもさっきのでイメージガラッと変わっちゃった。やっぱり木を見て森を見ず、ってよくないね」
煌星満天は、この日大きな成長と躍進を遂げた。
もはや昨日までの彼女と今の彼女は別物と言っても過言ではない。
ホムンクルス36号の眼は曇っていた。別の星を擁した彼ではやはり、異教の星を正しく評定することができなかったのだ。
改めて断じよう。
煌星満天は、まさしく〈恒星の資格者〉である。
ただただひた向きに駆け抜け、爆発で壁を粉砕する躍動の妖星。
誰より忙しなく、誰より予測のつかない嵐みたいな熱狂の偶像(アイドル)。
そして。
「ほら、あの輪堂なんとかって子みたいな? ちょっとかわいいだけで自分は何しても許されるんだーって思ってる痛い子。
そういう子ばっかりだと思ってたけど、満天ちゃんみたいな子もいるんだって新しく知れたよ。……えへへ、なんだかちょっと楽しいや」
――――天枷仁杜は彼女の真逆を行く、停滞と堕落の満月である。
その純真無垢な悪徳は、時に悪意ないまま牙を剥く。
◇◇
320
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:41:58 ID:heUWQ7pI0
頭が痛い。あと胃も痛い。
高天小都音は今、許されるなら叫び出したいほどプレッシャーを感じていた。
元は自分と仁杜のふたりで始まった同盟だが、そこに薊美が加わり、それだけならまだしも一時的とはいえ蝗害の魔女・楪依里朱まで同行する事態になってしまった。
戦力的には至って申し分ない。それどころか、正直どこの誰が来ても返り討ちにできるだけのが揃っていると思う。
だがある意味、小都音の悩みの種はそこだった。贅沢言うなと怒られてしまうかもしれないが、自分達は少々強くなりすぎた。
現状、小都音にとって無条件で信用できる存在は天枷仁杜だけである。
彼女のサーヴァントはウートガルザ・ロキ。最強の奇術師。正直いけ好かない男だが、彼と自分のトバルカインが合わされば大概の敵は鎮圧できると踏んでいる。しかし逆に言えば、その範疇を超えた爆弾を抱えてしまえば足が出る。危険の二文字が付きまとい始める。
楪依里朱と〈蝗害〉はまさにそれだ。鎮圧自体は出来たものの、二度目も同じように行くとは限らない。
仁杜の手前邪険にはできないしする気もないが、かと言って警戒を解くわけにはいかない相手である。
もっともイリスはどうやら自ら進んで離脱してくれるようなので、そっちの心配は消えた。
が……懸念はもうひとつ生じていた。ついさっきイリスを追ってエントランスから消えた伊原薊美の"変化"についてだ。
『――――コトネ。あのガキ、妙なこと掴みやがったぞ』
ライブの話を聞かされてエントランスへ向かう道中。
トバルカインは怪訝な声音で、小都音にそう念話を送ってきた。
言われるまでは気が付かなかったが、注視してみると確かに少し違和感があった。
これまでに輪をかけて仕草、表情、あらゆる所作に淀みがない。
すべてが円滑。美しいまでに整っていて、時折垣間見えていた少女性さえ鳴りを潜めている。
たかだか注視した程度で茨の王子の異変に気付ける時点で、小都音も常人の外側に片足を突っ込み始めていると言えたが、それは置くとして。
『それに……、ロキのクソ野郎から何か受け取ったみてえだ』
『……何か、って?』
『"死"だ。今の薊美からは、とんでもなく濃い死の臭いがする』
……こんなことを言われてしまったものだから、彼女に対しても改めて注意を払わねばならなくなってしまった。
個人的には、正直信じたい気持ちもある。が、陣営の事実上の長として、私情と合理性は切り離して考えなければならない。
仁杜に心酔しているロキが無策に危険物を渡したとは思えないので当座は大丈夫だろうが、それでも不穏は不穏だ。
やっぱりあの高校生ふたりに、何かしらアクションを起こしておくべきだったか……と今になって後悔した。
――そして。そんな高天小都音は今、隣にトバルカインを侍らせて、およそサーヴァントらしからぬ身なりの男と対峙している。
321
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:42:37 ID:heUWQ7pI0
「困りましたね。彼女……楪依里朱についても、できれば議題に挙げたかったのですが」
「すみません、そこは諦めてもらえると。私が言ったところで聞いてくれる子じゃないですから、彼女。
なんだったら追いかけて貰ってもいいですよ。どうなるかは保証できませんけど」
煌星満天の"プロデューサー"と名乗った男は、キャスターのサーヴァントであるという。
黒縁眼鏡にぴっちりとした七三分け。眼光は怜悧だが、その実ひどく暗い。死んだ魚のようとも、泥濘んで底の見えない沼のようとも思えた。
英雄らしさなど微塵も感じさせない、当代風の装いで身を固めたインテリじみた男。一言で言うと、ビジネスマンにしか見えない青年。
外装名、ゲオルク・ファウスト。真名をメフィストフェレス。ある少女との契約でこの世にまろび出た、詐称者(プリテンダー)である。
「失礼、本気で言っているわけではありませんよ。ちょっとした軽口です」
「……もしかしてあなた、結構いい性格してます?」
「ご想像におまかせします。お互いに実りのある話し合いができれば何よりと思っていますよ、高天小都音さん」
「こっちこそ。……じゃあすみません、まず私からいいですか?」
小都音が彼に対して構えている警戒のハードルは高い。
無論、聖杯戦争が殺し合いの儀式である以上、誰に対してもそう当たるのが当然ではある。
が。それ以前にひとつ、明確に警戒せねばならない理由があった。
「――――そのバーサーカー、どこで拾ってきたんです?」
自分の隣で、トバルカインがそうしているように。
会談の席に着いた彼を守るように立つ、目を瞠るような美形の男。
見間違えるわけがない。というか、この顔は一度見たら死ぬまで忘れられないだろう。
先日遭遇し、交渉を持ちかけられた厳つい刺青の"傭兵"。
トバルカイン曰く"話のできない狂人"。"生かしておいてはならなかった男"。
その懐剣であった美男子、何なら真名まで予想のつく狂戦士を、会談相手が何食わぬ顔で連れているのだ。警戒しない理由がない。
猜疑心を隠そうともせず見つめる小都音に、ファウストはまったく動じなかった。
高天小都音が狂戦士・ロミオと面識を持っていたという新事実でさえ、彼の眉を動かすには役者不足だったようだ。
「驚きましたね。ノクト・サムスタンプと面識がおありで?」
「……顔とやり口は知ってます。追い返しましたけど」
「それは幸運だ。そちらのセイバーには感謝した方がいいでしょう」
チラリと視線を向けられたロミオは、『懐かしいな。また機会があれば踊っておくれよ、お嬢さん』とトバルカインにウインク。
振られたトバルカインは眉間に巌のように深い皺を浮かべて、『死ね』と一言で袖にする。
実に"らしい"やり取りだが、そこに突っ込んでいる余裕はあいにくない。
小都音は怪訝な顔をあえて崩さぬまま、ファウストに突っ込んだ。
「ヘンな言い方するんですね。仲間じゃないんですか?」
「関係を持っているのは事実ですが、仲間と言うのは語弊がありますね。
むしろこちらは強請られている立場でして。彼が狂戦士でなければ、こんなやり取りも怖くてできません」
単純だと言われれば返す言葉もないが、少し安心した。
同時に、あの時トバルカインがノクトらを徹底的に拒んでくれたことに今更ながら感謝する。
この知的を絵に描いたような男でさえ、隙を見せればやり込められてしまう危険な詐欺師。
ノクト・サムスタンプという傭兵に対する危険度の認識を小都音は二段ほど引き上げた。
次にまみえることがあれば、即座に全戦力を使って排除するべきだと確信した。
322
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パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:43:30 ID:heUWQ7pI0
「とはいえ、バーサーカーに関しては警戒なさらずとも大丈夫です。経緯は省きますが、彼に関してはこちらがイニシアチブを握っている」
「握られている。フフ、我がジュリエットのプロデューサー殿は実に優秀でね」
……(推定)ロミオがビジネスマンの横でピースサインしてる……。
小都音は頭がくらくらしたが、今更こんなことで動じるなと自分の惰弱に鞭打った。
「それはさておき。
今のお話で分かっていただけたと思うのですが――我々は今、いささか不自由な状況にありまして。
〈蝗害〉に導かれた奇妙な縁ではあるものの、可能ならこの機会を有効に活用したいと思っていました」
そう――身なりがどうであれ、相手はサーヴァントなのだ。
歴史が違う。年季が違う。持っている知見もひり出してくるアイデアも、たかだか二十年ちょっとしか生きていない小娘が敵うわけがない。
だからせめて油断なく、ない頭を絞ってベストを尽くし人理へ挑め。
自分がポカをやらかせば、みんなが割を食うことになる。もちろんそこにはあの大事な親友も含まれる。
兜の緒を締め直す。油断なく己を見つめる小都音に、ファウストは容赦なくその年季を見せつけた。
会談・交渉の基本とは何か。こればかりは、世界にその概念が生まれた瞬間から現代に至るまで不変だ。
「しかし残念ながら、我々はあなた方とは組めない。
ライブとその前後だけのわずかな時間ではありましたが、そちらの陣営を信用できない理由は十分に見出だせました」
相手に決して主導権を渡さないこと、である。
常に自分が場を牽引し、話題を作り、相対する論敵を受けに徹させる。
その上で後の先を取らせない。無論これは言うだけなら簡単な理屈の典型例で、普通はそう上手くなんていかないのだが、その理想論を素で実現できる智慧がゲオルク・ファウストという男にはあった。
「ウートガルザ・ロキ。あのサーヴァントは駄目でしょう。失礼ながら、〈蝗害〉並みに質が悪い」
そう来たか、という気持ちと。
やっぱりそうなるよな、という気持ちがふたつあった。
あまりにもごもっとも。何せかく言う小都音も、未だにあの奇術師には良いイメージをひとつも抱けずにいる。
悪辣。奔放。そしてそれらの悪癖が生む弊害を、すべて自分ひとりで何とかできてしまう圧倒的な実力。
「彼が弊社のアイドルに働いた狼藉もそうですが、それ以前の問題です。
只でさえノクト・サムスタンプに悩まされている現状で、これ以上隙あらば背中を刺してくる手合いを抱えたくはない。
――無論、あなた方が彼という戦力を放逐すると誓うなら話は別ですが。その場合、喜んで再度検討させていただきますよ」
できるわけがない。論外だ。
陣営の最大戦力であることもそうだし、何よりロキは仁杜のサーヴァント。
相棒であり、親友である、あのウルトラ社会不適合者がどっぷり依存し信頼している存在なのだ。
自分が彼女に何を言ったところでロキを放棄することはないだろうし、仁杜をロキ共々放るのは言うまでもなくあり得ない。
小都音は、間違いなくこのホテルに根を張った同盟体(コミュニティ)の中で最も"まとも"な人間である。
無辜の犠牲を拒みはしないが、それでも進んで払うことには抵抗を覚える。
その時点で、この伏魔殿では十分すぎるほどまとも。唯一の良心と言っても過言ではない。
323
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:44:50 ID:heUWQ7pI0
「……それは、できない」
しかし――それでも、高天小都音には譲れない優先順位というものがあった。
彼女の最優先は天枷仁杜。夜空の月たる、十年来の親友だ。
仁杜を害するあらゆる選択を、小都音は何があろうと絶対に拒否する。
たとえそこに人の命や、はたまた自分自身の命が懸かっていたとしても、小都音は仁杜を第一に考える。
そんな美しい友情も、今この時は弱点になる。ファウストの続く言葉が、それを鋭く指摘していた。
「そう、そこです。
理由の第一はウートガルザ・ロキですが、第二はあなただ」
悪魔の慧眼は、目の前の一見すると巨大に見える同盟の欠陥点を見抜いている。
天枷仁杜とウートガルザ・ロキ。
伊原薊美とジョージ・アームストロング・カスター……ファウスト達が未だその得体を知らぬ〈将軍〉。
そして高天小都音とトバルカイン。
楪依里朱とシストセルカ・グレガリアの存在を除いても、彼女達の同盟は非常に強大だ。強大すぎる。
状況を正面戦闘に限ったなら、ロミオの存在ありきでも、自分達では百度挑んでも勝てないだろう。
それほどまでの巨大陣営。が――完全無欠ではない。少なくともファウストは、そう思っていた。
「あなたは聡明ですが、価値観や感性に限って言えば実に月並みに見える。
私との会談にあなたが出てきたのも納得の行く話です。あなたを除いて、他の誰にもそちらの頭脳(ブレイン)は務まらない」
「買いかぶり過ぎですよ、私は――」
「いえ、間違いなくあなただけが適任だ。
楪依里朱を追ったあの少女はなかなか非凡に見えましたが、見たところどうも厄介な性を抱えている。
優秀ではあっても指揮官には向かない。そしてあちらの女性……天枷さんでしたか? は言うまでもなく論外だ。たとえ得難い資質を有していても、彼女は人の上に立てる人間ではないでしょう」
つまり。
「高天小都音さん。あなたの身に何かあれば、そちらの陣営は崩壊を免れない」
まともな人間がひとりであるなら、それが欠ければもはや集団は立ち行かない。
統率を取れる人間が消えた時点で、後に残るのは力と狂気に溢れた恐るべき烏合の衆だ。
こうなると、もう外側から何か力をかけて壊そうとする理由もない。十中八九、勝手に自壊する。
「言わずもがな、それは組むかどうかを考えるにあたってあまりにも巨大なリスクだ。
よってこちらから会いに来ておいてなんですが、あなた方と直接的には組めないという結論に至りました」
ただでさえ、ノクト・サムスタンプという目の上の瘤を抱えている身で。
誰にだろうと牙を剥く悪意の狂犬を飼い、その上死人ひとつで崩壊するリスクまでも秘めていながら、力だけは恐ろしく大きい集団という"見えている地雷"を抱え込むことに意義はないと。
ファウストはそう判断し、突きつけた。完膚なきまでの正論であったことは、言われた小都音の苦い顔が物語っている。
そんな顔になるのも当然だ。何故ならそれは、小都音が此処まで常に抱え続けてきた悩みの輪郭を正確無比に言い当てる言だったから。
天枷仁杜。彼女は、友達には優しいし義理立てもできる。
が――逆に。
"どうでもいい"人間に対しては、どこまでも杜撰で配慮がない。
もしも自分があの時、仁杜に会いに行くことを選ばなかったら。
今頃彼女はロキの戦力を振り翳し、立ちはだかる敵のすべてを遊び感覚で撃滅していただろう。
使命なく、覚悟なく、他者への尊重など欠片も見せることはなく。
それこそゲームの雑魚敵を蹴散らして経験値を稼ぐみたいに、惨事を生み出し続けていた筈だ。
自惚れと言われても構わない。この世で、天枷仁杜という人間を一番理解しているのは間違いなく自分だ。
だから断言できてしまう。自分以外に、天枷仁杜を制御できる者は存在しないと。
よってぐうの音も出ない。
まさにいちばん痛いところを突かれた形だ。
この"プロデューサー"は、本当に頭のいい男なのだなと思う。
そこで小都音が選択したのは――変に足掻かず、食い下がらないことだった。
324
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パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:45:29 ID:heUWQ7pI0
「わかりました。じゃあ、残念だけどそっちはお流れということで」
「ご理解いただけて助かります。その方が、お互い不要な心労を被らずに済むでしょう」
「ええ、はい。ぶっちゃけ例の詐欺師(ノクト)が絡んでくるかもしれないってなると、こっちも色々面倒ですし」
ちら、と隣のトバルカインを見る。
ガキ扱いすんじゃねえ、という視線を向けてくるが、この人斬りは一度殺意を覚えたら抑えられない質だ。
ノクトという厄ネタが関与している以上、いつその"職業病"が発揮されて屍山血河を築くか分からない。
……実のところ、ロミオの姿を認めた時点で、小都音もファウスト達と直接的には組みたくないと思っていた。
バックに反社がいる人間と関わってはいけない。現代における人間関係の鉄則である。
「――私達が陣営レベルで蜜月やるのは確かによくない。じゃあ、私達ふたりで個人的に、だったらどうですか?」
その上で、今度は自分から踏み込んだ。
ファウストの眼鏡の奥の眼光が、キラリと光った気がした。
「勘違いだったらごめんなさいだけど、プロデューサーさんって、聖杯のために戦ってないですよね」
「……ほう、何故そう思うのです?」
「あの子……満天ちゃんにずいぶん寄り添ってあげてるから。
正直、街がこんな有様なのにアイドルをさせ続ける理由ってないじゃないですか。
なのにあなたは"プロデューサー"の役目を果たして、満天ちゃんのライブを邪魔したロキにもちょっとだけ感情を滲ませてた。
それを見て、考えて、思ったんです。あなたと満天ちゃんのゴールは、聖杯を手に入れることなんかじゃないのかなって」
歴史が好きだった。小説ではミステリが好きだった。
だから、与えられた情報を元に何か考えるのは得意な方だ。
考察と構築。非凡なりに身に着けた数少ない特技。
それに加えてもうひとつ。この世界、この状況だけのエッセンス。
「私も"そう"だから、なんとなく分かっちゃって」
――自分も同じだ。正確には歩む道はまったく違うのだが、聖杯の獲得を主目的にしていない点では共通している。
「……、……」
ファウストは、一瞬、何かを思案するように沈黙。
その後、机の上に置かれていたシャーペンを手に取ると、手帳の一頁を千切り取って筆を走らせた。
音に聞く自動書記かと見紛うような速筆。されどお手本のような読みやすい筆致で、悪魔からのメッセージが紙面に躍る。
『みだりに言うものではありません。誰が聞いているか分からない』
ノクト・サムスタンプのように、使い魔や人を使って監視盗聴しているケースはごまんとある。
ファウストの指摘に、小都音は自分の迂闊を恥じつつ、手渡されたペンを用い文字を記した。
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パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:46:17 ID:heUWQ7pI0
『私は、生き残れるなら"脱出"でもいいと思ってる』
『成程、生還枠の数が問題と。となるとお相手は』
『にーとちゃ(横線で消す) 天枷仁杜。彼女と私を最優先で、そこがクリアされるなら他のマスターの生還に力添えしても構わない』
一見すると流暢に筆を走らせているように見えるが、その間も頭の中ではずっと思考を回している。
ゲオルク・ファウストにこれを明かすことのメリットとデメリット。
この男はノクト・サムスタンプと繋がっている。しかし、ノクト陣営と満天陣営の関係が良好なものでないのはたぶん間違いない。
ノクトは狂人だ。神寂祓葉に灼かれている以上、どんなに知恵者ぶっていても彼の行動は最終的にそこへ帰結していく筈。
煌星満天という"星"を見初め、育てることに専心しているこの男にとって、ノクトのそんな悪癖は煩わしいものだろう。
彼と組み続けることで得られる恩恵を踏まえても、目指す到達点がズレている以上、可能ならどこかで蹴落としたいと考えているのではないか。
詐欺師の計略に、大切なアイドルを利用される前に。
『カムサビフツハって女の子のこと、知ってますか』
『ええ。もしや交流がおありで?』
『戦闘しました。楪イリスに関しても、望むなら情報提供はできます。一応停戦を結んでるので、あんまりヘンなことはしてほしくないけど。
逆にこっちも情報がほしい。私達は今、カムサビフツハにもう一度会う方法を探してます』
以上の理由をもって、小都音は眼前の"プロデューサー"を一定の信用を置いていい相手と判断した。
それに、あらゆる可能性を視野に入れたい都合、組む組まないを度外視してもコネクションの幅だけは広げておきたい。
無論リスクは最小限に押さえる。開示する情報は"前回"絡みの話に留めて、こちらの手の内は少なくとも今はまだ明かさずにおく。
『とりあえずこの場では情報を交換するに留めて、お互い何かあれば必要に応じて連絡を取り合う。そのくらいのゆるい関係で、どうですか?』
そんな文面で小都音は筆を置き、話を結んだ。
現状ではこれ以上提供できるものはない。
よって後は彼の出方次第だ。頷いてくれれば僥倖、断られたならそれはもう仕方がないと諦めよう。
ファウストは置かれたシャーペンをなかなか取らず、此処まで綴られた文面に目を落としていた。
考えている。自分なんかが英霊相手に一考の余地を生めた事実は、正直ちょっとだけ誇らしかった。
時間にして数秒ほどだろうか。
息の詰まるような静寂の果て、ファウストの手がとうとう筆を握った。
さあ、どうなる。小都音の視線の先でさらさらと、黒芯は文字を綴り始め。
『話は分かりました。では』
いつの間にか交渉に形を変えていた、この会談の成否を記さんとして。
「――――、まずいな」
文が核心に触れる直前で、ファウストが顔を上げた。
眉間に皺が寄っている。苛立ちの混じった、厳しい顔だった。
どうした。何か問題でもあった――いや、何か起きたのか。
そう焦ったところでようやく、小都音の耳は言い争うような声を捉えた。
振り返るまでもなく事の仔細を理解して、思わず髪の毛を掻き乱した。
しくじった。心の中でそう呟く。今日は何もかも上手くいっていたので、つい警戒を怠ってしまった。
そう、高天小都音は知っている。
……あの大切な親友が、如何に"人の心がわからない"かを。
◇◇
326
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:47:44 ID:heUWQ7pI0
脳みそがぐわんぐわんと揺れるのを感じた。
人に本気で殴られたことはないけれど、あったとしたらこんな感じなのかもしれない。
あまりの衝撃で感情が鈍麻しているのか、そんな間の抜けた感想さえ抱いてしまう。
隣に座っている少女が、どんな気持ちで聞いているかなど一顧だにせず。
彼女より干支半分ほど年上な"お姫さま"は、ご機嫌に語り続けていた。
「満天ちゃんも迷惑だよねぇ。ああいうのが業界にいるとさ、みんなおんなじように見られちゃうでしょ」
仁杜の主戦場はアニメとゲームだが、SNSなんかに常駐していると嫌でも旬のゴシップが目に入ってくるのが令和のインターネットだ。
なので彼女の耳にも、天使と呼ばれるトップアイドルの醜聞は入っていた。
ファンと関係を持っている。大物芸能人とそういう仲で、金を貰ってメンバーを斡旋している。
裏垢で気に入らない後輩の誹謗中傷を繰り返し、個人情報を横流しして遠回しな排除を画策している――いずれも根も葉もない噂、デマゴーグの類なのだったが、見知らぬ誰かの名誉のためにファクトチェックしてやるほどこの社会不適合者は他人に優しくない。
仁杜にとって親しくない他人とは、生きた人間でないのと同じである。
漫画を読んで、嫌いな登場人物について厳しく寸評するように。
仁杜は得意げな顔をして、あくまでも満天を褒める一環として罵詈雑言を並べていく。
「ねえねえ、実際どうなの? やっぱり業界の中だと、そういう噂とかって聞こえてきたりする?」
「ぁ……あー……。人気になると、どうしても変な人って出てくるから。
愉快犯とか、妬み嫉みとか……。ニュースや週刊誌が言ってることが全部正しいってわけじゃ、ないと思うよ……?」
「え〜? でもでも、火のないところに煙は立たないって言うじゃん」
内心の不快感と動揺を堪えながら、当たり障りなく窘めようとする満天。
そのたどたどしい口調から、彼女が"この話題"を快く思っていないと見抜ければ話は此処で終わった筈だ。
――だが仁杜は逆に、これ幸いとばかりにアクセルを踏み込んだ。
「ほんとにみんなから好かれてる子だったら、庇ってくれる人のひとりふたり出てくるでしょ。
なのに出てこないってことは、やっぱり元々そういう子だったんじゃない? 嫌われる人ってやっぱり、相応の理由があると思うんだよ」
満天は、視界が赤くなっていく錯覚すら覚えていた。
後ろ手に隠して握った拳が、今にも砕けそうだった。
くらくらする。息が、うまくできなくなる。
だからこそ自制が必要であった。そうでないと、今にも取り返しの付かないことをしてしまいそうで。
「…………違う、よ。天梨ちゃんは、本当にすごいアイドルなんだよ。
ファンと繋がるとか、誰かを貶めるとか、そんなプロ意識のないこと、絶対しないから」
「へ〜……? そうなんだ。んふふ、でもさ。もうホントとかウソとか、どっちでもおんなじだよね。こうなっちゃったらさ」
煌星満天は、輪堂天梨の長年のファンである。
だからこの都市に来る前も来てからも、彼女にまとわり付く心ない噂にはずっと腹を立ててきた。
でもそれはあくまで他人、ステージと客席の距離感で抱く怒りで。
その点、今の満天が抱くものは質が違う。何故ならもう、満天はあの天使と"他人"ではないのだ。
327
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:48:47 ID:heUWQ7pI0
「シロでもクロでも人生終了だよ、ああなっちゃったら。有名税って怖いよねぇ。わたしは一生引きこもりでいいや」
ライバルで、友達。
同盟相手で、ラスボス。
闇の先で待っている、光。
もう、ステージと客席なんかじゃない。
天使の舞い踊る舞台(フィールド)に立つ資格を得て、そうして改めて触れる、光を穢す悪意は、あまりにも。
「えへへ……。満天ちゃんさ、よかったね」
そう、あまりにも――――吐き気がするほど、許しがたくて。
「席も空いたんだし、満天ちゃんならいつでもトップアイドルになれるよ。きっと」
その言葉を聞いた時が、限界だった。
目の前の壁を吹き飛ばすための、燦然と煌めく爆発とは違う。
ただどこまでも鈍く熱く、自傷行為で流す血のようにどす黒く紅い怒りが弾けた。
理性は感情に追い付けない。気付けば隣に座るちいさな女の胸倉を掴み上げ、床に引き倒していた。
「えっ――ぅ……ぁ……!?」
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
生まれついての気弱と人見知り。
要領も悪ければ度胸もないので、人を殴ったことなんて一度もない。
それでも今だけは、この時だけは、もう理屈じゃなかった。
「――――なにが、わかるの?」
「ひ、っ……!?」
涙を浮かべて怯えた顔をしている仁杜に、満天は震えた声音を絞り出す。
微妙に舌が回っていない。感情の制御が利いてない証拠だ。
格好は付かないが、だからこその生々しさがそこにはあった。
「会ったことも、ないくせに。喋ったことも、ないくせに。
どうせあの子のライブも歌声も、見たことも聴いたこともないくせに……!」
「ぇ、や、ちがう、ちがくて、えっと、えっと……」
ただ推しているだけじゃ分からない強さがあるんだと、彼女の"敵"になって初めて分かった。
輪堂天梨はすごいアイドルだ。彼女がトップアイドルであることを、それに触れたら二度と疑えない。
だからこそ超えたいと思った。あの子を超えることこそ、自分の目指した光に辿り着くことだと信じた。
友として語らい、悪魔として追いかける、もっとも優しき光の星。
彼女が自分に向けてくれた言葉、笑顔、魅せてくれた光のひとつひとつまで余すところなく覚えている。
「なのに――――」
それは満天にとって、きっと何物にも代えられない宝物で。
このいつ終わるとも知れない白昼夢を生きていくための、戦う理由のひとつで。
誰にも譲れない、触れられたくない、心のいちばん柔らかいところ。
天枷仁杜は、そこに土足で踏み入った。踏み入って、踏み荒らした。故にその無粋は、悪魔の怒りを買ったのだ。
「――――知った風な口で、私の友達を、語るなぁぁぁッ!!」
頭じゃ駄目だと分かってる。
でも、身体はそれで止まっちゃくれなかった。
左手で仁杜を床に押さえつけ。右手で拳を握り、掲げる。
こいつだけは、この女だけは、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
ぶん殴って、謝らせてやる。
誰より優しくて、誰より傷ついてて、なのにそんなことまるで無いみたいに笑ってるあの子に――絶対、謝らせてやる!
後は振り下ろすだけ。そこで――
(……煌星さん、駄目ですッ!)
沸騰した脳さえ一瞬で冷ます、"プロデューサー"の声が聞こえたから。
ハッとして、ようやく止まる。その咄嗟の判断が自分の命を救ったことを、次の瞬間には思い知る羽目になった。
328
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:49:52 ID:heUWQ7pI0
「あれ。やめちゃうのかい?」
底冷えするような声が、響いて。
満天の肩に、誰かの手が触れた。
弾かれたように振り向けば、そこに立つのは金髪の優男。
ホストを思わせる甘いマスクと微笑み。あらゆる女の警戒心を刹那で解体できるだろう慈愛の貌の中で、両の眼だけが笑っていない。
「ムカついたんだろ? 殴ってもいいよ、別に止めない」
「ぁ……」
「どうしたの? やれよ。ほら、やれって」
本能が告げていた。
この男に逆らえば、自分は必ず殺される。
同時に確信もしていた。
さっき、自分にあの"闇"を与えたのは、この男だと。
「石ころの分際で、俺の星に汚ぇ手で触りやがったんだ」
背丈は精々百八十あるかないかという程度だろう。
長身だが、逸出しているとまでは行かない体格だ。
なのに満天の眼から見上げる彼は、天を衝く巨人の如く強大な何かに見えた。
分かるのだ。これは、ヒトが手を出していいモノではないと。
可能なら視界にも入らぬよう努め、生涯をかけてやり過ごすべき魔性であると。
「当然、酸鼻を極めた死を迎える覚悟もあるんだろう?
なら俺もその志を尊重しよう。さぁ、殴るといい。見ててやるから、命を懸けた勇気って奴を魅せてくれよ」
「ぅ――ぁ、……ひ――」
「ほら」
語りかけるその声が、否応なしに記憶の中のソレと重なる。
悪魔の声。暗闇から来る、破滅と絶望の象徴。
あの形なき影の声と、これの発するそれはひどく似ていた。
「早くしろよ。なあ」
戦え。
逃げろ。
思考中枢が下すいずれの指示も意味を成さない。
蛇に睨まれた蛙のように、全身の節々が硬直し固まっているからだ。
結局満天は、組み敷いていた女に力ずくで跳ね除けられるまで、振り上げた拳を一寸たりとも動かすことができなかった。
「ふ……、……ふええぇぇええぇえん……!! ロキくぅぅぅぅん……!!!」
「――――っ、あ……」
「こわかった、こわかったよぉ……! びぇえぇぇえぇぇん……!!」
不意の衝撃に押し出され、さっきまでの威勢が嘘のように情けない姿で床に転がった。
見上げる視界には、変わらず死の象徴として佇む英霊と、その背中に抱きついて泣きながらこちらを窺う仁杜。
憶えた怒りも捨て去らざるを得ず。ただ見上げるだけの満天を、仁杜のサーヴァントは鼻で笑って。
「よしよし、もう大丈夫だよにーとちゃん。俺の麗しの月、お姫さま。
ごめんな、怖い思いさせちゃったなあ。でももう大丈夫。ニセモノの星は俺が綺麗さっぱり掃除しとくからさ」
その悪意を隠そうともせず、穢いものを見るように見下ろした。
翳した右手に魔力が横溢していく。虚空に刻まれる異形は北欧のルーン文字。
「ヘタレ女が。一丁前にキレてんじゃねえよ、みっともない」
星を覆うものはいつだって闇だ。
こと煌星満天という星に関しては、特に。
ロキはそれを理解していた。だからこそ、刻まれたルーンが呼び出したのは生命を呑み喰らう深淵の常闇。
満天の四肢を臓腑を眼球を、抉り貪るべく無数の手々が殺到する。
満天も反撃しようと『微笑む爆弾・星の花』を放つ構えを取るが間に合わない。
為す術なく蹂躙される運命が確定した哀れな星は、手を突き出した格好のまま迫る闇に喰われかけて――
「無礼な。貴様――誰の許可を得て我が伴侶(ジュリエット)の前に立っている?」
肌に触れるか否か、その寸でのところで。
横から割って入った美男子の剛剣に助けられた。
329
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:50:32 ID:heUWQ7pI0
闇の腕々が一太刀にて断ち切られ、末期の蠢きだけ残して消える。
彼――ロミオは己が星の命を救った功績を誇るでもなく、美術品のような顔を赫怒で染めながらロキに斬りかかった。
振るわれるは恋の細剣(レイピア)。
受け止めるはウートガルザの王、その指先。
鬩ぎ合いは一瞬。すぐさまロミオが後ろへ退き、ロキは片腕に北欧の神器を現出させる。
「あー大丈夫大丈夫。心配無用だよ、愛する女を遺して早合点で死んだ間抜けの美男子くん。誰もそんなニセモノに横恋慕なんてしないからさ」
「――取り消せ」
「ああ、君ってそういう性癖なのかな? そっかそっか、なら仕方ない。素敵じゃないか応援してるよ。守られるしか能のないつまんねー雑魚じゃないと愛せないんだもんね。そんでもって、それを守る自分に酔い痴れるなんて実に高度な変態だ。
俺には到底真似できないや。割れ鍋に綴じ蓋とはまさにこのことだな。世の中には色んな趣味があるもんだなァ」
「黙れと言っているッ! その薄汚い口で、我が最愛のジュリエットを語るなど笑止千万だぞ――悪魔めッ!」
一触即発、いやそれを三歩は飛び出た崩壊の状況。
口角泡を飛ばすロミオの顔にもはや理性の兆しはない。
恋は盲目。想いを寄る辺に戦う狂戦士にとって、ロキの吐いた侮辱は決して聞き流すことのできないものだ。
一方のロキも発された気勢に臆するどころか、臨むところと悪なる凶念を編み上げて立ち塞がる。
片や妖星。片や月。
別の星の狂信者同士が対峙している以上、火蓋が切り落とされればもう穏便な結末を期待するのは不可能だ。
最悪、このホテルそのものが都市から消えることになる。
それぞれの星は、どちらも今まともに動ける状況ではない。
仁杜はロキに泣きついているし、そもそも彼女はこれを止めるタイプの人間性をしておらず。
満天は依然として忘我の境。得意の爆発も、この精神状態では轟きようがない。
すべてを台無しにして骨肉の争いが勃発する。それはもはや不可避かと、そう思われたところで。
「――――やめろカスども。誰の目の前で殺意撒いてやがる」
地獄の底から響くような、低く鋭い少女の声。
ロキ、ロミオ。眷属両者の瞳が咄嗟に声の方を向く。
瞬間迸ったのは斬撃だった。一切の容赦なく、首筋を切り裂かんと閃いた銀の軌跡。
防がない選択肢はない。
男達はまさに竜虎と呼ぶべき強者二柱であったが、その彼らでもこれを素で受けるのは分が悪すぎた。
ロミオは剣身で防ぎ、一歩下がり。
ロキは神殺しのヤドリギでつまらなそうに受け止める。
肉薄した状況に、英霊一体分の空白地帯が生まれた。
そこに躍り出、ふたりを物理的に阻む障壁となったのはトバルカイン。狂気も幻も、斬れば同じと豪語する殺戮の求道者。
330
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:51:39 ID:heUWQ7pI0
「この場の元締めはウチのマスターだ。そこのクズ女が使い物にならねえからな。
そのメンツ潰すような真似してンじゃねえ。警告するぞ、双方、それ以上一歩でも動けばこの場で解(バラ)す」
無駄口のひとつさえ許さないと警告する声音そのものが剣である。
更に言うなら、警告の対象は二騎の英霊のみではない。
仁杜に満天。事の発端になった星々にさえそれは向けられている。
「ガキじゃねえんだからよ、いちいち面倒起こすなやボケが」
チッ、と舌打ちをし、指で"下がれ"とジェスチャー。
本来ならロキもロミオも、この程度の脅しでは引き下がらないだろう。
特にロミオはバーサーカー。話の通じる相手では当然ない。
しかし守るべき星、麗しの君が射程圏内に収められているとなれば話は別だ。
狂戦士でさえ、いや或いは、恋に生きる益荒男だからこそより強く感知できる死の気配。
ジュリエットの鮮血という最悪の未来は、言葉も武力も物ともしない彼にさえ圧力として機能した。
やり口としては完全にヤクザ者のそれだが、だからこそ破局へ向かう熱狂を沈静化させるには最適だったらしい。
「――失礼。弊社のアイドルが場を乱したようで」
「……いや、今のはこっちが悪いです。すみません、後でよく言っときますから」
場が収まったのを確認し、ファウストと小都音が互いに詫びを入れる。
これでひとまず、この場は手打ち。
そうしなければどちらにとっても損しかないと分かっているから、双方共に異論はなかった。
「話し合いに関しては先の形で落着としましょう。
こちらはあなた方と組まないが、しかし協調の余地は残しておく」
小都音は気まずさを感じながらも、ええ、と頷いた。
話は通せた。アクシデントはあったが、心象を理由に判断するタイプでなかったのが救いだ。
仮にファウストがロキやあの魔女のように過激に灼かれている手合いだったなら、小都音の努力はすべて水泡に帰していただろう。
――とはいえ、満天との間に遺恨を残す形になってしまったのはやはり少々具合が悪い。
此処に関しては、今後の時間と関わりで解決していけることを祈るしかなかった。
「ついては、我々は此処を去ります。
当て付けのような物言いにはなりますが、いささか危険な状況ですのでね」
「それは……うん。重ね重ね本当にごめんなさい」
「こちらに私用のアドレスを記載しておきました。
状況が落ち着いた時で構いませんので、後ほどご連絡いただければ幸いです」
ファウストが差し出してきた紙を受け取る。
心臓が何個あっても足りないような綱渡りだったが、とりあえず成果は得られた。
この聖杯戦争において、〈はじまりの聖杯戦争〉の関連人物に関する情報は値千金の価値を持つ。
祓葉を中心に廻る運命の役者ども。彼ら彼女らの攻略なくして、都市で未来を語ることは不可能だ。
「行きましょう、煌星さん。それにバーサーカーも」
「……、……」
ファウストに促され、満天は俯いたまま立ち上がる。
ぺこ、と小都音の方に頭を下げ、足早に彼へ続いた。
ロミオはその背中を守るように歩き、最後に一度だけ、ロキ達の方を振り返る。
「剣士のお嬢さんに感謝することだ、下郎。
君は僕の"愛する者(ジュリエット)"を愚弄した――――次は討つ」
「おーこわ。さっさと尻尾巻いて帰れよ三下。
ロミジュリ担当は俺達でもう間に合ってんだ。シェイクスピアの骨董品がいつまでものさばってんじゃねえっての」
チャキッ、と、トバルカインの刀が苛立たしげに音を鳴らす。
一触即発、眷属達の諍いは火事になる前になんとか収拾した。
悪魔たちは踵を返し、万悪蠢く伏魔殿を生きて後にする。
それが、蝗害の導いたゲリラライブの顛末。
互いに少しの益と、断絶の傷を残して――双星の接近というビッグイベントは、互いに相容れぬまま幕を閉じた。
◇◇
331
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:52:37 ID:heUWQ7pI0
「……で、ファンの前で散々に"推し"をこき下ろしてブチ切れさせたと」
「うん……」
「バカだねぇ……本当に、あぁもう本当に、めちゃくちゃバカだねぇ……!!」
「ひぎゅぅううぅ……。で、でもでもっ、ぜんぜんそんな素振りなかったんだもん……!
煽るつもりとかなくて、満天ちゃんはあの炎上アイドルよりすごいよーって褒めてあげるつもりで……」
「何かを褒める時に何かを下げるのはやめなさいバカ!! そんなだからしょっちゅう炎上するんだよ!!」
むにーーん……と、仁杜の両頬を左右に思いっきり引っ張りながら小都音はキレていた。
成人女性とは思えないもちもちほっぺはとってもよく伸びる。
もういっそどこまで伸びるか試してやろうか、そう思うくらいには今の小都音はお冠だった。
今回ばかりは多少の体罰も許される。いいや許して貰わなきゃ困る。
何せ、本当に生きた心地がしなかったのだ。
人が英霊相手に胃の痛い交渉をしてる横で、まさか相手のマスターの地雷原でタップダンス踊り出すとは思わなかった。
交渉が破談になるだけならまだ良し。最悪、完全に決裂して殺し合いになっていた可能性さえある――というか事実そうなりかけていた。
トバルカインがあの魔人どもに割って入れる強者だったから何とかなったようなもので、そうでなければ冗談抜きに終わっていただろう。
少なくとも煌星満天の主従とは今後一切友好的な関係を築けず、それどころか討つべき集団として敵視を食らったことは想像に難くない。
となれば彼らが狂人ノクト・サムスタンプをこちらにぶつけようという発想になるのは自然な流れであり、一体どれだけ不毛な戦いをする羽目になっていたことか考えただけでも恐ろしい。
なので今回のやらかしに関しては、殊更に厳しく行くことに決めた。
べちんべちんとメモ帳で頭を嬲りながら、小都音は日頃の恨みもそこそこ込めて折檻に勤しむ。
「ひぃ〜〜〜ん……! ロキくん助けてぇ……!! ことちゃんに殺されるぅ〜……っ」
「すぐ保護者に頼らない! 大人しくべちべちを受けなさいこのクソニート!!」
「あっ、うぁ、へぶっ、うぶっ、んびゃっ、ぴゃふっ」
とにかく、最低限丸く収まってくれてよかった。
自分を褒めてやりたい。後、トバルカインには後で何か好きなものを奢ってあげようと思った。
安堵と怒りに荒ぶる小都音に、肩を竦めながら近付く影がひとつ。
「おいおい、そんなに叩いてにーとちゃんの頭がバカになっちゃったらどうしてくれるんだい?」
「もうバカだから少しでもマシになるように叩いてるの」
「はぁ〜、これだから野蛮人は……。よしよし、今助けてあげるからねラブリースウィートマイハニー」
「あっ、ちょっと!」
ひょいと仁杜をお仕置きの渦中から抱えあげ、よしよしとあやし出すロキ。
不満を顔中で表明しながら、小都音は彼を睨みつけた。
ロキはもちろんどこ吹く風だ。えーん;;と縋ってくる仁杜を愛でながら、白々しくぴろぴろ口笛を吹いている。
332
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:53:25 ID:heUWQ7pI0
「ていうかあなたにも言いたいことあるんだからね、キャスター。すぐ喧嘩売って事大きくするのやめて欲しいんだけど」
「職業病。でもさっきのはそれ以前にまずライン超え。自分のマスターが手あげられて動かない英霊はいないよ」
「……それはそうだけど。でも、そもそも悪いのはにーとちゃんの方でしょ。もうちょっと穏便に諌められたんじゃないかって言ってんの」
「俺にそんな殊勝さ期待されてもな。大体、俺が出るようなコトになってた時点で君の監督責任じゃない? 大変だね、引率役はさ」
許されるなら横っ面を一発ぶん殴ってやりたい気分だった。
恐らくその発言が、ファウストの評を聞いた上でのものだと分かってしまうから尚更だ。
何が質悪いって、これを言われると小都音としては言い返せない。
ファウストが指摘した通り、この集団には致命的な欠点がある。
各々の個我が強すぎる一方で、それを監督できる人間が圧倒的に足りていない。
多少社会経験があるというだけの自分以外に、集団を引率できる者がいないのだ。
いかに強大な戦力があっても、そこに付け込まれれば一気に瓦解する不安定さを秘めている。
さっきの騒動などまさにその顕れだ。小都音にもう少し能力があれば、仁杜の暴走とロキの蛮行を諌めつつ、もっとつつがなく話を進められただろう。そうなればもっと議論を深め、予想もつかない成果を得ることもできたかもしれない。
「それに、ことちゃんの考えはズレてる」
「……どういうこと?」
「良いとか悪いとか、そんな話じゃないんだよ。
空が曇って雨が降ってきたとして、そこに責任を求める奴がいたとしたら馬鹿だと思って笑うだろ?
真の星が何をしようが、人はそれを善悪を以って論ずることなんかできない。
〈恒星〉っていうのはそういう存在だ。にーとちゃんの取った行動がすなわち法となり、理になるのさ。その存在と影響にあらゆる異論は認められない」
……またわけの分からないことを言い出した。
小都音の感想としてはそれだったのだが、ロキにふざけている様子はなかった。
いつもの薄笑みを浮かべながら、至って真剣に、星とは何ぞやを説いている。
「俺達の眼で見れば蛮行だろうが、この子にとっては関係ないんだ。
夜空の月に限界は存在しない。
際限がないからこそ、月は極星に並び得るんだよ」
「……それは」
問おうとして、一瞬躊躇した。
軽率に口にできる言葉ではない。
相手は月の眷属。自分と同じ、されど仁杜の敵をあまねく鏖殺する力を秘めた巨人王。
もしその地雷を踏ん付ければ、殴られるくらいでは済まないと分かる。
しかしそれでも、やはり訊いてみることにした。
知りたかったのだ。
このウートガルザ・ロキが、"彼女"についてどう思ったのかを。
「さっき、煌星満天がやってみせたみたいに?」
「――――」
誇張でなく小都音の命運を分かつ沈黙が流れる。
されど幸い、その問いが彼の逆鱗に触れることはなかった。
それどころか、身構えていた側からすると拍子抜けするほど穏やかに。
あっさりとロキは、小都音の質問に頷いてみせたのだ。
「そうだね。さしもの俺も、少し認識を改めた」
333
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:54:25 ID:heUWQ7pI0
「……そっか。やっぱり"そう"なんだね、あの子も」
「あの子"も"っていうのは違うな。
アレは贋物だ。ただし、本物に迫るほどの可能性(かがやき)を持っている」
ウートガルザ・ロキは天枷仁杜の狂信者である。
彼がどれほどこのお姫さまと共鳴しているかは、その異常な強さが証明していた。
夢見るが故の全能。生まれ落ちた月の落胤、いつかの可能性を先んじて物語るが如く。
その彼が他者を、ましてや競合の星を高く評価するなど些か不自然に思える。
少なくとも小都音にとってはそうだった。
「茫洋と夜空に在りて理を狂わせる宵の月とは違う、破壊と躍動の妖星だ。
この聖杯戦争のはじまりが神寂祓葉であるならば、煌星満天はきっと一番オリジナルに近い」
白い極星・神寂祓葉が、あまねく理を破断するように。
闇の妖星・煌星満天は、自分に迫った現実を爆破する。
言われて気付くその類似点。月に焦がれながら、巨人の王は油断なく銀河の彼方を見つめていたのだ。
「もし完成すれば脅威だよ。ああいうタイプは俺のやり口と相性が悪い。
許されるならさっき殺しておきたかったんだけどね、誰かさんが怒りそうだから」
「……そりゃね。あなたも知ってるだろうけど、私は別に聖杯戦争を勝ち抜きたいわけじゃない」
「重々承知さ。にーとちゃんの手前許してやってるが、本当なら笑っちゃうほど度し難い腑抜けた考えだからな。それ」
「はいはい、甘ちゃんで悪うござんしたね……」
とはいえ、ロキの言うことも一理ある。
〈蝗害〉の反発が怖いが、あの時満天を殺しておくべきだったのではないか――という考えは実のところ小都音にもあった。
もっともそこへ踏み切れないのが、高天小都音という女の月並みな部分。
星の眷属でありながら、ロキやイリスのような狂信に至らないという稀有な才能であるのだったが。
「ところで、なんかずいぶん優しくなったね」
「ん? 何が?」
「あなたがにーとちゃん以外の誰かを褒めるなんてないと思ってた。
正直ちょっと疑ってるんだけど。"また"ヘンなこと企んでるわけじゃないよね?」
「非道い言い草だな。まあ言われても仕方ないけど」
ロキは依然として傲慢の極致。
仁杜以外の星を贋物と断じ、己以外の英霊を骨董品と侮蔑することも憚らない。
底なしの悪意で万物万象を嘲弄する者。それがウートガルザ・ロキという英霊だ。
が。その彼がどういうわけか、他者への評価なんてものを口にするようになった。
一体どんな心変わりだと、小都音が怪訝な顔をするのも無理からぬこと。
ロキのような男がそんな殊勝な姿を見せてくるのは、率直に言って不気味である。改心などするタマでもあるまいに。
正面からそう指摘されたロキはからからと笑い、答えた。
「別に大した理由でもない。
俺だって必要なら警戒するし、万全も期すよ。
普段ビッグマウスやってるのに、いざって時に油断慢心でやらかす男なんて幻滅モノだろ?」
「……じゃあ、いよいよそういう状況になってきたってことか」
「正解。ことちゃんも気付いてるだろうが、悪魔ちゃん以外にも面白いことになってる奴はいる。俺達のすぐ近くにね」
魔女を追って出ていった、威風堂々という言葉の似合う少女の顔が脳裏に浮かぶ。
トバルカインの認識は正しかった。既に変調は兆しどころでなく顕れている。
願わくば、それが獅子身中の虫にならないことを祈るばかりだったが――ロキがその気になっているという時点で、そこの望みは薄いかもしれない。
「あっちが期待に応えてみせた以上、此処で出し渋るのはエンターテイナーとしての矜持に悖る」
ウートガルザの王はステージスターだ。
神すら騙し、世界をも意のままに踊らせる奇術師の極み。
どれだけ悪魔じみた所業・言動を繰り返そうが、彼の骨子はそこにこそある。
三日月を描く口元は世界が終わるその日でさえ不変。誰にもロキの邪悪を崩せない。
「――――だから此処からはガチで行こう。月の相棒らしく、我らが姫の敵を鏖殺してみせるともさ」
これまで見せた跳梁など所詮は序章に過ぎない。
星間戦争の過熱を歓迎して、月の奇術師は己が神代(ユメ)を開帳する宣言をした。
334
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:55:08 ID:heUWQ7pI0
小都音は呆れたように息を吐く。
どうやら、自分の心労は当分尽きてはくれないらしい。
酩酊に加えさっきの出来事ですっかり疲れ果てたのか、月の姫はロキの腕の中ですやすや寝息を立て始めていた。
起きたらもう一発くらいひっぱたこうと思う、小都音なのだった。
◇◇
無料提供の珈琲を啜り、心と身体を休める。
考えることはいっぱいだ。が、考えすぎても仕方ない。
この状況だからこそ休める時にはしっかり休むのが肝要だ。
そう思っていると、小都音の隣にトバルカインが座った。
行儀悪く足を組み、もちゃもちゃとキャラメルの入ったチョコバーを頬張っている。
此処に来る前コンビニで調達したものだ。
この刀鍛冶はすっかり現代の甘味にハマっているらしく、こうしていると見た目通りの幼女にしか見えない。
「なあ、コトネ」
「んー……?」
ずじじ……と、珈琲をまた一口啜りながら答える。
いつもはブラック派なのだが、今回は多めに砂糖を入れている。
少しでも頭の回転を助けてくれるのを期待してのことだ。
プラシーボ効果も意外と馬鹿にならない。頼れるものにはなんでも頼ってみようという腹である。我ながら凡人らしい発想だと思う。
「やめるなら今の内だぞ、これ」
「……これ、って?」
「お前がやれって言うなら、すぐにでもニートも薊美もブチ殺してやるよ」
まるで世間話でもするみたいに発された物騒な発言に背筋が強張る。
ロキと同じだ。英霊の言うこの手の発言は、冗談か本気か分からない。
「さっきのアイドル女も今から追いかけて殺してやる。
色ボケバーサーカーをバラして、眼鏡野郎の首刎ねりゃ星だろうが何だろうが丸裸同然だろ。
私なら全員十分でやれるよ。そうすりゃお前は自由だ。もうバカ共のために腹痛める理由もねえ」
「一応聞いとくけど、冗談だよね?」
「本気だよ。伊達や酔狂でこんなことは言わん。お前にいつ命令されてもいいように、ずっと準備だけはしてるからナ」
もちゃもちゃ。もにゅもにゅ。
可愛らしい咀嚼音と共に紡がれる殺人計画。
原初の鍛冶師(トバルカイン)。人を殺すということの極みに達した女のそれには、魂の凍るような説得力があった。
自分が一言でも頼めば、彼女は本当にそれを実行へ移すだろう。
一切鏖殺、待ったなし。
錬鉄された死は都市を蹂躙し、数多の命が露と散る。
彼女にはそれができる。生き竈の剣が未だ血に濡れていないのは、マスターが小都音だからだ。
そして小都音には、いつでも彼女という暴力装置の起動スイッチを押すことができる。
それはこの世界でただひとり、高天小都音にだけ許された権利だった。
335
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:58:06 ID:heUWQ7pI0
「どしたのさ、いきなり。無茶させすぎて怒らせちゃった?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、お前がこんな背負う必要があるのか疑問でね」
「――にーとちゃんのこと?」
「それもそうだし、薊美やロキ野郎のこともそうだよ。
どいつもこいつも好き勝手やりやがって、そのくせ面倒は全部お前任せ。
見てて気分いいもんじゃねえ。私も人のことは言えねえけどナ、とんだクズどもが集まったもんだよ」
これは大変だぞと思って理由を聞いてみて、思わずぽかんとしてしまう。
「……心配してくれてたの?」
「は? 違うし。そんなんじゃないが?」
「心配してくれてたんだ」
「おい、あんま言うとお前から殺すぞ」
実際、大変であることは否定しない。というかできない。
やりたい放題な彼女達に言いたいことは山ほどある。
自分に何かあれば全体が立ち行かなくなるのだと改めて他人から指摘され、プレッシャーも正直すごい。
全部投げ出して自分のために戦えたらきっと楽だろうなとも思う。
けれど、それでも、トバルカインに返す言葉は決まっていた。
「ありがとう。でも、今はこれが私のやりたいことだから」
「……ま、言うと思ったよ。そんなに良いかね、あのクソニートが」
「あれで結構いいとこあるんだよ」
「人間誰でも美点のひとつふたつはあるだろ。ねえのはロキ野郎くらいのもんだ」
「それに――私がいないと、あの子ひとりになっちゃうから」
星とか、眷属とか、そういう話は実は結構どうでもいい。
だから自分は、彼女に狂わされていないのだろう。
天枷仁杜。夜空の月、自堕落なお姫さま。
あの子を嫌う人間はたくさん見てきた。
理解しようとした結果、ふるい落とされた人もだ。
最高学府に一夜漬けでフルスコア入学した頭脳を見初めて、かいがいしく世話を焼いていた教授はある日突然大学をやめてしまった。
私には、彼女のすべてが理解できない。職を辞す前日、肩を落としてそう言った恩師の顔は今も忘れられない。
仁杜は普通の人間ではない。
そういう範疇の、はるか外側で微睡む存在。
何故自分のような凡人が振り落とされず、狂いもせずにその隣に居続けられてるのか、理由は皆目分からないが。
「親友なんだよ。私の、世界でいちばん大事な相棒なんだ」
ならその分不相応な幸運を、命尽きるまで甘受しよう。
――天枷仁杜の友達として、孤独なお姫さまの傍にいたい。
せめて自分の隣でだけは、あの子がいつまでも笑えるように。
クズでもわがままでも何でもいいから、ありのままのカタチで過ごせるように。
「あの子のためなら、私は星屑にだってなっていい」
与えられた、選択の権利。
身の丈に合わない"責任"か、すべてを投げ出す"自由"か。
高天小都音は、改めて前者を選んだ。
月の光に照らされながら、星辰の物語に身を投じることを決めた。
トバルカインの喉が動く。
チョコバーの最後の一欠を嚥下して、甘ったるいため息をついた。
救いようのない馬鹿に呆れるように、そしてそんな馬鹿を見捨てられない自分自身へもそうするように。
「後悔すんなよ」
「しないよ。振り回されるのは慣れてるから」
――何せ、中学からの付き合いだからね。
そう言った小都音に、トバルカインはもう何も言わなかった。
彼女は刃で、仕事人だ。クライアントの意向がそれであるなら、後は殉ずるのみ。
(あーあ。つくづく、面倒な職場に呼ばれたもんだナ――)
優しい女の暴力装置は独りごちる。
手には凶刃。その刃はまだ今暫く、頑固で不自由な片割れのために。
面倒だなんだと愚痴を垂れても、結局なんだかんだで、このお人好しな依頼人のことを見捨てられない。
トバルカインは自他共に認める人でなしの殺人鬼だが、彼女も大概、"義理"という不自由に縛られた生き物なのだった。
◇◇
336
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:59:30 ID:heUWQ7pI0
うまく抜け出せてよかったと、楪依里朱は安堵していた。
色間魔術は万象を二色の色彩で定義し、そこに神秘を見出す思想の結実。
これを利用した土地そのものから魔力を吸い上げての自己回復は、イリスが自ら開発した虎の子だ。
まさかこんな序盤で使う羽目になるとは思わなかったが、やはり備えあれば憂いなし。
シストセルカの無茶でごっそり持って行かれた魔力を全快とは行かずとも、粗方補うことができた。
高乃河二に撲られた腹はまだ痛むが、それでもだいぶマシになっている。
これならもう庇護下に置かれずとも、十分に聖杯戦争を続行できる――となれば、あの伏魔殿に長居はもはや無用だった。
「煌星満天。本名、暮昏満点……」
歩きながら片手で弄ぶスマートフォンの画面には、アイドルの情報を羅列したwebサイトが表示されている。
昨今ではプライバシーの観点で本名までは出てこないことも多いのだろうが、『煌星満天』は活動歴だけならそれなりだ。
だからか、検索すればそれほど労なくパーソナルな情報に辿り着くことができた。
「……暮昏。はあ、なるほどね。
またけったいな名前が出てきたというか、なんというか」
聖杯戦争に参戦するにあたり、現地近郊の魔術師の家柄は粗方調べた。
その際に目にした名前のひとつに、『暮昏』の名はあった。
イリスは最初、暮昏は恐らく候補として名乗りを上げると思っていたし。
それは何も彼女に限った話ではないだろう。もっとも、蓋を開けてみれば〈はじまり〉に集った七人の中にその名前は存在しなかったわけだが。
「――――ふざけやがって」
吐き捨てるように毒づく。
この都市は、どこまでも自分をおちょくるのが好きらしい。
星、星、星。それが何かも知らず好きに語る恥知らずばかり。
あれしきの輝きで、癇癪任せの躍動だけで、あの祓葉に対抗できると考えるその浅はかさに虫唾が走った。
楪依里朱は煌星満天という、第三の資格者を受け入れない。
ノクト・サムスタンプが輪堂天梨を否定し、蛇杖堂と赤坂が資格者は現れずと断じたように。
ホムンクルス36号がそうしたように――魔女は、悪魔を認めない。
アレが星などであって堪るものか。
浅はか、ああ浅はかの極みだ。
いずれ現実を知るだろう。その時こそ、あの恒星気取りの小娘は跪いて絶望に喘ぐだろう。
滅びるがいい妖星。おまえはどこにも辿り着けないし、尊いものなどである筈もないのだから。
じゃあ。
あの、月のような女は?
「あ。良かった、間に合った」
不愉快な思考に脳を回しかけたその時だった。
裏口からホテルを出て、いざ立ち去らんとする背中を呼び止める声があった。
仁杜のものではない。小都音のものでもない。
凛とよく通る、自信と自負に磨き上げられた声音。
「どこに行くんですか、いーちゃんさん。お姉さんがまた泣いちゃいますよ」
伊原薊美。
代々木公園で、自分に神寂祓葉とは何者なりやと問うてきた女。
イリスは内心の不快を隠さずに、振り向いた先の彼女へ口を開く。
337
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:00:15 ID:bH7DGun.0
「私がどこに行こうが勝手でしょ。あんなぬるま湯みたいな空間に長居なんてできるかっての」
「でしょうね。私があなたでもそうしたかも。そのくせ戦力だけは馬鹿げたくらい充実してるから厄介ですよね」
「そうね。で? 無駄話は趣味じゃないんだけど」
白黒の魔女は誰もが認める激情家である。
祓葉に灼かれてからは、特に酷い。
何気ない会話の中に無数の地雷が隠れていて、ひとつでも踏み抜いたら魔女は容赦なく殺しに来る。
薊美もその危険は承知しているだろうに、今、茨の王子に臆した様子は微塵もなかった。
「勘違いしないでほしいんですけど、別に引き止めに来たわけじゃないですよ。
私としても正直、あなたと〈蝗害〉は時限爆弾みたいでぞっとしなかったんです。
なので消えてくれるのはむしろありがたい。どうぞご自由に、どこへなりと行ってください」
「そりゃ何より。じゃああんたは私のお見送りにでも来てくれたってわけ? はっ、そんな殊勝なタイプには見えないけどね」
「ええ。お察しの通り、違います」
イリスの眉がぴくりと動く。
彼女は戦争を知る者だ。だからこそ、既に気付いていた。
伊原薊美。少なくとも先刻は、ごくありきたりな"あてられた"人間のひとりでしかなかった彼女の総身から滲む――
「いーちゃんさん。いえ、楪依里朱さん」
――闘志のようなものを、感じ取ったのだ。
普通に考えれば、それはあり得ないこと。
まず、そうすることに意味がない。
まったくの無益。百害あって一利なしと言う他ない行動。
だが薊美はその常識を、林檎のように踏み潰して。
「私と、勝負してくれませんか?」
緊張など欠片も感じさせない微笑みと共に、あり得ない申し出を告げた。
沈黙が流れて、次に響くのはイリスの乾いた笑い声。
「はっ。何を言うかと思えば……」
元の造形がいいから、魔女の笑顔は実に絵になった。
薊美も弩級の美形だが、イリスのそれはまた種別が違う。
より少女的で、初々しい青さを感じさせる顔だ。
しかし次の瞬間。チャンネルを切り替えたように表情は消え、能面のような無表情で魔女の眼光は薊美を貫いた。
「死にたい――ってことでいいのよね?」
響き渡る羽音が、破滅の到来を静かに告げる。
怒り、殺意、あらゆる負の想念がオーラとして滲み出たかのように、イリスの背後に生じる黒茶二色の旋風。
大地を都市を人を神を、視界のすべてを餌と認識して食い尽くす暴食の軍勢が展開されようとしている。
338
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:01:02 ID:bH7DGun.0
〈蝗害〉の物量は、この聖杯戦争において並ぶ者のない頂点だ。
ロキや満天と、相性を活かして彼らに食い下がったものは確かにいる。
だが逆に言えば、そうした一芸でもない限り正攻法での〈蝗害〉攻略は依然として不可能に等しい。
イリスが黒き死を解放すれば、悪名高き騎兵隊はまさしく波打ち際の砂の城同然だ。
少なくとも現状では万にひとつも勝機はない。薊美もそれは分かっている。分かった上で――茨の王子は動じない。
「まさか。ちゃんとした殺し合いでイリスさんに勝てるなんて思ってないですよ。
理想と現実は分けて考えないと。私の手持ちの戦力じゃ、逆立ちしても蝗さん達には勝てないでしょう。
無駄です、無駄。無駄なのは嫌いなんです。なんかこういう漫画の主人公いましたよね。お姉さんなら知ってるかな」
「おちょくってんの?」
これ以上無駄口を叩けば、それすなわち開戦の合図とみなす。
イリスは端的な言葉で、そう示した。
薊美が肩を竦める。代々木公園の時とはまるで立場があべこべだった。
「殺し合いじゃなくて、あくまでお遊びの"勝負"ですよ。
私とあなたで一対一、サーヴァントの介入はお互い無し。
ただそうですね、遊びの範疇を超えると彼らが判断したその時だけは、止めに入ってもいいものとする。これでどうですか」
「…………お前、何考えてんだよ」
薊美の説明は、かえってイリスの困惑を深めさせるだけとなった。
それもその筈だ。何から何まで意味が分からない。
何故このタイミングで、マスター同士で命も懸けない勝負などしなければならないのか。
第一彼女は昼間の喫茶店で、自分が英霊相手にも抗戦できるだけの力を持つことを知っている筈だ。
百歩譲って上記二点はいいとしても、イリス側にルールを守ってやる理由が欠片も存在しないのは不可解すぎた。
どうあがいても薊美とカスターでは〈蝗害〉に勝てないのだから、話など聞かずにすり潰すと言われたらそれでおしまいではないか。
何なら今この瞬間にそうしてやってもこちらはいいのだ。不都合なんて何ひとつありはしない。
怪訝な顔をするイリスの考えを見透かしたように、薊美は続ける。
「大丈夫。私は、イリスさんがズルいことなんてしないって信じてますよ」
だって。
王子の口元が、にぃ、と吊り上がった。
爽やかな気風と、女の情念を綯い交ぜにした――魔女のような、顔だった。
「それをしたら、認めることになる。
神寂祓葉を知り、その輝きに灼かれ、取り憑かれた燃え殻のあなたが。
私という新たな星/主役(スター)が現れたって――認めることになるでしょう?」
瞬間。
イリスの放つ殺意の桁が、目に見えて危険域まで跳ね上がった。
339
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:01:37 ID:bH7DGun.0
肌を突き刺し、鳥肌を粟立てさせ、心拍数を加速させる本物の殺意がそこにある。
噴火寸前の活火山のような災厄の気配は、薊美の言葉が魔女にとって無視できない棘であったことを雄弁に物語っている。
「……思い上がってんなよ、端役の雑魚屑が。
祓葉にビビって震えてたモブ女が、誰に何を認めさせるって?」
これに限っては、相手がイリスか否かは関係ない。
〈はじまりの六人〉は呪われている。賢者も愚者も破綻者も、誰もが白き光に取り憑かれている。
故に彼らの感情、行動は意図の有無に関わらず根源たる太陽の方に引き寄せられていき。
太陽たる神寂祓葉の名前が話に絡んだ瞬間、彼らは途端に狂人の顔を出す。
そういう生態なのだ。その点、薊美の挑発は最短ルートでイリスを乗らせる妙手だった。
「始める前にひとつだけ。
あなたがこっそり私達の前から消えようとしたのって、本当にただ居心地が悪かっただけですか?」
無論――薊美としても、見かけほど涼しい心境で臨める勝負ではない。
何しろ相手は本物の魔人。死を超えて黄泉返り、都市を闊歩する狂気の衛星が一。
言葉の楔がちゃんと機能して、〈蝗害〉を封じられたとしても、これが死線であることに変わりはないのだ。
カスターが止める間もなく、白黒の秘儀が自分の身体を千々に引き裂くかもしれない。
今まで臨んだどの舞台よりも緊張する。
失敗を許容したことなど人生で一度たりともないが、今回はそれとは次元が違う。
だからこそ意義がある。薊美は虚空に手を伸べ、封じていた刀身を引き出した。
破滅の枝。取り出しただけで周囲の空気が塗り替わるのを感じる。
神殺しの王子たる自分に相応しい、巨人王からの贈り物だ。
これを片手に担って、我が身はスルトの偉業を再演する。
「違いますよね。これ以上あそこにいたら、好きになっちゃうからでしょ」
イリスの顔に、単なる激情でない緊張が走る。
薊美が抜いた"神造兵装"の脅威を感じ取ったのももちろんあるだろう。
でもそれだけじゃないんだろうなと、薊美は思っていた。
観察眼は女優に求められる必須技能。青臭い癇癪持ちの娘ひとり見誤るようでは、茨の王子は務まらない。
「お姉さんのこと、大事に思っちゃうから抜けたんでしょ。違いますか?」
まあ、仕方ないですよ。
綺麗ですもんね、あの人。
本当に、見惚れちゃうくらい。
面白いですもんね――――月のお姫さまは。
340
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:02:08 ID:bH7DGun.0
嘲りでなく、どこか同情するように言う薊美に。
イリスはもう一度沈黙し、くしゃりと髪の毛を握った。
刹那、地面の色彩が侵食されていく。
無骨なアスファルトに展開される黒と白のチェスボード。
姿を現しかけていた蝗の群れは引っ込み、代わりに魔女の秘儀がヴェールを脱ぐ。
「ああ、認めてやるよ。あんたは本当に見違えた。
公園で泣きべそかきそうな顔してたのが嘘みたい。
だからそうだな。自分でもらしくないと思うけど、敬意って奴を示してあげる。
見事だよ、凡人どもの王子さま。その躍進に敬意を評して――」
怒りという感情は、一周回ると逆に激しさを失うらしい。
薊美自身、それは知っている概念だったが。
改めて目の当たりにすると、やはり戦慄を禁じ得なかった。
あんなに怒っていたイリスの顔に、静かな笑みが浮かんでいる。
とても穏やかな顔なのに、ああどうしてだろう。
それが、今まで見た彼女の顔の中でいちばん怖い。
「――肉片も残さず殺してやるよ。かかってきな、雑魚が」
勝負は成立した。
聖杯戦争においては異例も異例、英霊を排して行う一対一のタイマン勝負。
賭けるのはプライド。己を己たらしめる魂の屋台骨。
故に今宵の敗北は――命よりも重い。
挑むは茨の王子。受けて立つは白黒の魔女。
その戦いは伏魔殿の裏手にて、燃え上がるように幕を開けた。
◇◇
341
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:03:03 ID:bH7DGun.0
一歩を踏み出し、踵を鳴らす。
それを以って回路を開く。
魅了するためでなく、戦うための炎を引き出す。
呼応するように、右手に担う剣が感光した。
神殺しの王子のみが振るうことを許される、黄昏の剣。
かつてひとつの神代を終わらせた一振りが、鋼の恒星(ペーパー・ムーン)の求めに応える。
次の刹那、魔女に向けて薙ぎ払うことに躊躇はなかった。
大気が焦げる音。焼殺の炎が、夢見るままに現実を侵蝕する。
「――――なるほどね」
迫る火を阻んだのは、やはりと言うべきか色彩の壁だった。
白と黒。魔女は色彩(いろ)に愛されている。
網籠のように隙間なく組み合った黒白が、薊美の炎を阻んでいた。
「悪魔と契約したのね、あんた。
酔狂なこと。そんなにもこっちの芝は青く見えた?」
が……その拮抗は程なくして崩れ始める。
鋼鉄も超高温の溶鉱炉では形を失い出すように。
強靭な壁として立ち塞がった筈の黒白に、やがて赤色が混ざり始めたのだ。
これには薊美の方が驚いた。
疑っていたわけではないが、やはりこうして実際目の当たりにすると圧倒されるものがある。
――本物だ。ロキの言葉に嘘はなかった。この剣は、すべてを叶える力を秘めている。
自分が望むすべての願いを。この身が描くすべての夢を。夢見る限り際限なく実現させる、破滅の枝(レーヴァテイン)。
「爆ぜて、スルト」
躊躇はない。
そんなものを残しておけるほど自分が月並みだったなら、そもそもこんな舞台に立ってなどいないのだから。
主の命を受けた炎剣は、速やかにそれを果たした。
刀身から放たれる炎が、まるでガソリンでも注がれたように爆発的に強化され、激流と化して目の前の白黒を打ち破ったのだ。
まさに圧倒的火力。
これを放たれて生き延びられる魔術師の方が少ないと断言できる。
茨の王子がその心に飼う激情を形に起こしたような、破滅そのものの大火炎。
人体など消し炭どころか、原型も残さずこの世から抹消できるだろう灼熱を揮っておきながら。
しかし薊美は当然のように確信していた。
まだだ。まだ終わっていない――その直感は的中し、王子の命を救う。
焔の波を切り裂いて、視界すべてを覆うような白黒の波濤が薊美に向けて殺到したからだ。
342
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:03:37 ID:bH7DGun.0
「ッ……!」
咄嗟にレーヴァテインを水平に構え、炎を吐かせながら波を凌ぐ。
夢幻なれど神造兵装。薊美が薊美である限り、剣は担い手の彼女へ応え続ける。
そうして凌ぎ切った瞬間、薊美は自分へ迫ってくるイリスの姿を認めた。
「舐めんなよ」
その手に握られているのは、白黒の大剣だった。
昼間、喫茶店での戦闘でも垣間見せた創造。
宝具の域にさえ手を掛ける、色間魔術のひとつの極致である。
何とか打ち合うことには成功したが、代償は大きかった。
(重い……!)
そう、重い。
腕が痺れる、骨が軋む。よもや折れたのではと杞憂したくなるほどの重量。
イリスの細腕から出力されたとは思えない威力に、薊美は歯噛みした。
魔術だけでなく、剣まで使えるとは想定外だ。
だが、どこか違和感のある動きだった。
あまりにも動作のひとつひとつが最適化され過ぎている。
無駄がなすぎて人間味が感じられない。不気味の谷という言葉を思い出した。
このまま相手のペースで戦い続けるのは分が悪いと判断し、力任せにレーヴァテインを叩き付けて後ろへ飛ぶ薊美。
その判断は正しい。更に言うなら、何かおかしいと気付けたことも見事であった。
「色間魔術って言ってね。楪(ウチ)の魔術は色に親しむの。
すべては白か黒か――つまり陰陽道の派生みたいなもんね。
この世は白黒ふたつに分かたれた二元の世界だからこそ、その狭間にこそ神秘はあるとご先祖様は考えたみたい」
「ッ、ずいぶん前衛的な思想ですね。それ、私に言っていいんですか?」
「いいに決まってるでしょ。だって」
イリスが迫る。
剛剣を片手に見せるその挙動は、相変わらず常軌を逸した精度に裏打ちされていた。
「このくらいのハンデがなかったら、勝負なんて成り立たないもの」
楪の魔術師は世界を二色で定義する。
それは自身の体内でさえも例外ではない。
身体を巡る神経、筋肉、細胞――そのすべてに色を与えて操作すれば。
人体の限界を超えない範疇であれば、思い描いた理想の挙動を出力することだってできる。
薊美に対してイリスが見せる超高精度の剣技と体術の正体は、つまるところそれだった。
343
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:04:11 ID:bH7DGun.0
激情家のイメージそのままの、力任せの直情的な斬撃。
本来ならば隙と陥穽に溢れているだろうそれを、イリスは色彩によるプログラミングで勢いそのままに最高精度まで高めている。
よって薊美が防戦一方になるのは必然だったのだが。
しかし、彼女も彼女でなんとか食らいついている。理想値で出力される魔女の剣戟を、劣勢ながらも確実にレーヴァテインで捌いていた。
「後悔しますよ」
「するかよ馬鹿」
――芝居には、殺陣というものがある。
乱闘、格闘、筋書きのままに行う擬闘。
薊美はこれを、時代劇の舞台に立つにあたって学んだ経験があった。
彼女にそれを教えたのは現代日本で最高峰とされるその道の達人。
彼が指南した技法を三日で修めた結果、どうか弟子になってほしいと頭すら下げられたのが二年前のこと。
今では師の名前さえ覚えていないし、その舞台を公演したのも一年以上は前になるが、薊美は何ひとつ欠陥なく、かつて学んだ技術を引き出していた。
それどころか。あくまで演技上の技術として教わった剣術を即興(アドリブ)で目の前の実戦に転用、最適化さえして。
そんな離れ業をもって、迫る魔女の色彩と打ち合いを成立させているのだ。言うまでもなく人間業ではなかったが、薊美はそれを誇りもしない。
「ふ……ッ!」
「死ね」
彼我の力量差は歴然である。
この通り常に余裕はなく、故に死ぬ気で臨むばかりだ。悦に浸っている暇などない。
対するイリスは常に理不尽。力の差を突きつけるように、大上段から怖じることなく君臨する。
(駄目だな。このままじゃドツボに嵌まる)
此処まで耐え凌げただけで儲けものだ。
薊美は打ち合いながらも後退し、距離を稼ぎつつ飛び道具代わりに炎を放つ。
まともに当たるとは思っていない。現にイリスは全弾を撃墜しながら進んでくるが、幸いにして距離を取るという目的は果たされていた。
「意外とダサい真似すんのね。手前で喧嘩売っといて逃げんのかよ」
「ご心配なく。それより、貴女の方こそ大丈夫ですか」
「あ?」
迫るイリスの眉間に皺が寄る。
対して薊美は足を止めた。
剣を構え、それ以上逃げない。
「――さっき私のこと、見違えたって言ってくれましたけど。
具体的にどう伸びたかまでは、流石に掴んでないでしょう?」
逃げる必要がないからだ。
踏み込んできたイリスを見て、集中しながら魔術を行使する。
次の瞬間、薊美の魂胆をようやく魔女は悟ったらしい。
驚愕したように目を見開きながら、イリスはそれを見る。
――自身の専売特許である筈の、白黒の世界。
それが己の意思とは関係なく地表に生まれ、槍衾のように棘を突き出して自分を挟み込んでくる光景を。
344
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:04:56 ID:bH7DGun.0
「ッ――――な……!?」
驚くのも無理はない。
幻かと一瞬疑ったが、違うとすぐに否定する。彼女だからこそ、それができる。
何故なら今まさに、己を抹殺せんと襲いかかってくるこの白黒は。
世界を二元の色彩にて定義し、操るこの魔術は――!
「再演・色間魔術(Re-Screening:Two-Tone)」
楪家の秘奥、色間魔術――その模倣(コピー)!
一度は性に合わないと放り捨てたが、ことこの魔術師と戦うならばこれは虚を突く奇策になり得る。
それに、格好の学習教材が目の前にあるのに見逃すだなんてあり得ない。
薊美の判断は正しかった。イリスは刹那、確かに思考を空白に染めた。
魔術師とは生涯を自身の秘術と共に過ごす生き物。彼らはそれを研ぎ上げ、高め、研鑽と共に理解を深めていく。
だからこそ、自分の相棒と呼んでもいい術理を他人が我が物顔で使ってくるという状況に無感動でいられる筈はない。
そして、魔女が見せたわずかな隙を無駄にする茨の王子ではなかった。
「ッ、お前……!」
「――あは」
迫る白黒の槍衾を、イリスは自身の色彩で堰き止める。
色間魔術は万能、しかし全能には程遠い。
想定外の事態への対応のため、魔女は大剣を消し防衛に集中を注がねばならなくなった。
場馴れした判断力は確かに彼女を助けたが。優勢だった状況がこの瞬間、確かに崩れ出した。
「やっと焦ってくれた。その方が可愛いですよ、"いーちゃんさん"」
あからさまな挑発も、すべては計算づくだ。
茨の王子は喜悦の中にいる。されど、彼女は愚かを冒さない。
付け焼き刃の色彩が、魔女の本家本元に押し流された。
薊美は怯まず、レーヴァテインを振り翳して突撃する。
さながらその勇猛さは、彼女が相棒とする騎兵隊の将校が如く。
勇猛果敢、雄々しく華々しくそれでいてとびきり残酷に――我が敵死せよと望み祈る。
イリスが虚空に呼び出したのは、無数の剣。
先の大剣ほど武装としての質は高くないが、それだけに数を用立てることができる。
これを用いて魔女は、迫る茨の王子を圧殺せんとした。
薊美はやはり動じず、破滅の枝の出力に飽かして一薙ぎで剣波を打ち払う。
ただ剣を振るったことで、そこにどうしても一瞬の隙が生じてしまうのは避けられなかった。
薊美がイリスへそうしたように、白黒の魔女もまたそのわずかな間隙を見逃さない。
この刹那のためにあらかじめ準備されていた、追加の一振りが。
白と黒の軌跡を残しながら、音に迫る速度で薊美の眉間へ放たれた。
射殺のような刺殺。此処に観客がいたのなら、薊美が脳漿を撒き散らして死ぬ光景を誰もが想像しただろう。
しかし――先が読めぬからこそ、初見の舞台とは面白いのだ。
「再演(Re-Screening)――」
「……?!」
薊美は、迷うことなくレーヴァテインを宙へ放った。
それは言うまでもなく、誰が見ても分かる自殺行為。
破滅の枝あってこそ魔人との戦闘に堪え得る身であったというのに、戦闘の柱を投げ出してしまったらどうにもならない。
素人でも分かることだ。だが故に、その行動はイリスの度肝を抜けるだけの"意外性"を持っていた。
「――胎息合一(Co-Starring)」
『自己核星・茨の戴冠』。
薊美の魅了は二色。片や他者、片や自己。これは、その後者。
己自身を精神レベルで深く魅了し、狂信的な自己愛をもって限界を超える。
先ほど、イリスの魔術を模倣したのもこの力によるものだ。そして薊美は今、名前も得体も知らない魔術師の技を借り受けていた。
345
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:05:44 ID:bH7DGun.0
高乃河二。
代々木公園で会敵し、不意打ちとはいえ蝗害の魔女に一撃与えた少年。
彼が成し遂げた功績は、当時の薊美の度肝をすら抜く想定外のものだった。
だからこそ記憶に残った。思い出そうとすれば精細に、一挙一動の流れまで反芻できるほど正確に引き出せる。
過去は今に繋がる。役者ならば特に。積み重ねたものは決して無駄にならないと説いたいつかの講師の言葉が金言であったことを、薊美は生の実感と共に深く理解した。
薊美は、高乃家の魔術のカタチを正確には知り得ない。
彼女が見取れたのは彼がしていた特殊な呼吸と、その身のこなし。
高乃の真髄は一子相伝の生体義肢にこそあり、それを手に入れないことには模倣など到底不可能だ。
しかし――動きだけなら真似られる。
足りない部分は他の魔術・技能を引き出して補ってやればいい。
それができるのが茨の戴冠。己を星と信じ疑わぬ自己核星。
薊美は河二の呼吸と体術のみを模倣し、その上で自身の肉体に白黒を貼り付けて即席のブーストとすることで、魔女が不覚を取ったあの一瞬を再現することに成功した。
頬を白黒剣が掠める痛み。九死に一生を得た事実にさえ、躍動する少女は見向きもしない。
「この技に覚えはあるか、でしたっけ」
「――お前、ッ!」
イリスは当然、防ぐ。
防がないわけにはいかない。
たとえ嘘偽り、見様見真似の猿真似だとしても、伊原薊美が魅せるそれは単なる虚仮威しではないと既に知ってしまっているから。
既知の楔は、ともすれば未知を警戒するよりも深く、大きな障害となって人間の行動を束縛する。
人として当たり前の心理だ。言うは易いが、命の懸かった勝負の土俵でそこを念頭に置いて立ち回ることがどれほど至難か。
されど薊美はやってのける。イリスは応じるしかない。力の差は歴然であるというのに、天秤は緩やかに茨の王子へ傾き始める。
――同じ失態は繰り返さない。
が、イリスがそう考えるのも含め薊美にとっては予想通り。
放った拳は白黒の壁に防がれたが、そのタイミングで右手を掲げる。
「おいで」
宙へ放ったレーヴァテインが、主の声に応じるようにそこで手中へ収まった。
間髪入れずに繰り出すのは、激情家な魔女のお株を奪う力任せの唐竹割り。
爆発的火力をブースターにして、先ほど打ち合っていた時とは比にならない威力を実現し粉砕に臨む。
劇的。そう呼ぶしかない、茨の王子が奏でるドラマチック。
もしこれが演劇ならば、悪なる魔女は王子の剣に討たれて命を落とすだろう。
拍手喝采、カーテンコール。勧善懲悪は成され、熱狂のままに緞帳は落ちる。
が――
「……っ。やっぱり、そう簡単には行かないか」
勝負を決めるつもりだった乾坤一擲は、魔女の御業によって防がれる。
346
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:06:30 ID:bH7DGun.0
再度創造した白黒の剣。それが、薊美の炎剣をしっかりと受け止めていた。
力で押し切ることも叶わない。均衡は成立し、今度は魔女がこれを破る。
鍔迫り合いの最中に繰り出す前蹴りが、薊美の腹を打ち抜いたからだった。
「ぐ、が……!」
咄嗟に身を後ろに引けたことが幸いした。
そうでなければ内臓のひとつふたつは潰されていただろう。
生きた心地がしないとはまさにこのことだ。薊美は頭の中で独りごちる。
やけに呑気な思考だと、一拍遅れてそう思ったが。
命の危機が迫って脳が鈍麻しているのだと分かるから、笑う余裕は生憎なかった。
楪依里朱は超人だ。改めてそう実感する。何故今ので倒せないのか、疑問すぎて呆れそうなくらいだ。
「お前さあ。さっき、私になんか言ってたよな」
勝利を狙った奇策は、素のスペックという何とも無体な壁に阻まれて不発に終わる。
腹を蹴られた拍子に溢れた涎を拭う暇すら、薊美には与えられない。
次の瞬間、白黒の凶器が織り成す刃の雨が容赦なくその五体へ押し寄せたから。
「好きになりそうだから抜けたとか、なんとか。ずいぶん知った口叩いてくれたじゃん」
目が見開かれる。集中の余りに、顔には王子の称号に似合わない青筋が浮かんだ。
見目を取り繕っている余裕もまたなかった。
一瞬でも、迫り来る"死"への警戒を緩めれば即座に自分は死ぬと。
確信があったからこそ、薊美は言葉を返せない。
炎を吐く神殺剣だけを味方に、白黒の嵐を打ち払うのに全力を注ぐしかなかった。
「――確かにそうかもね。だってあの女、"あいつ"に似てるから」
なんとか、迫る雨霰を凌ぎ切った。
と思った瞬間に、脇腹に衝撃を感じる。
がッ、と鈍い声を漏らしながら吹き飛ばされて地を転がった。
喧嘩殺法めいた体術(ステゴロ)。魔術に依らない不測の一手が、魔女の王子の優劣を更に広げる。
「取るに足らないなら無視でもすればいいのに、バカ正直に付き合っちゃってさ。
軽口叩いて、距離感縮めて。漫才みたいに関わって、我ながらみっともないことこの上ないよな」
剣を取り落とさなかったのは僥倖。
復帰しようと顔を上げて、そこで思わず喉が鳴る。
日本には、古来から伝わる吊り天井という罠(トラップ)があるが。
今まさに薊美を押し潰さんとしているのは、白黒で編まれた棘だらけの"天井"だった。
剣を天に向け、落ちてくるそれを炎で受け止める。
見事な対応力だったが、薊美の表情は芳しくない。
分かっているからだ。両手を用いて剣を握り、真上の死を防いだら。
その時胴体は無防備のまま、怒り猛る白黒の魔女の前に晒されてしまうと。
「ぎ、ぁ……!」
先の意趣返しとばかりに、薊美の胴へイリスの拳が炸裂した。
強烈な衝撃に肺の空気が逆流する。地面を転がり、口端から吐血が垂れていた。
そこに追撃が迫る。魔女は靴底を振り上げ、王子の専売特許を奪わんとする。
――踏み潰す。道に転がる林檎のように、その存在をこの世から除去してやる。
347
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:07:12 ID:bH7DGun.0
「ああホント――反吐が出る。自分にも、あいつらにも、お前らにも」
無論ただの足技などではない。
色彩に愛された魔女の一撃は人体程度、文字通りの意味で踏み砕く。
衣服が汚れるのを気にしていられる状況ではなかった。
地を転がり、一秒前まで自分の頭があった地面が爆ぜる音を聞く。
体勢を立て直すなりレーヴァテインを一閃。当然のように、色の壁がそれを阻む。
「私がイラついてるって、知ってて喧嘩売ってきたんだろ?
ならせめてなるべく派手に死んでくれるかな。それくらいの役目は果たせや、出来損ない」
虚空から槍が突き出した。
光の英雄ルー・マク・エスリンを相手にさえ防戦を成立させた、白黒織り成す暴風雨(ガトリング)。
至近戦で抜くには過剰な火力だが、それだけイリスは薊美を警戒していた。
〈はじまりの六人〉の最右翼。白黒の魔女に"敵"と認識されている事実、その恐ろしさが如何程のものかは語るにも及ばないだろう。
が、理解した上でそれでも薊美は笑っていた。
血、泥。それらにメイクされた姿は悲惨ですらある筈なのに、役者が薊美ならこれでも映える。
「気持ち悪いな。何笑ってんだよ」
火力を一点に集約させ、炎の壁を形成して強引に飽和射撃と競り合う。
夢見る力とは凄いもので、薊美はまるで長年連れ添った愛剣のようにレーヴァテインを使いこなしている。
しかし、如何に奇術王謹製の〈神殺しの剣〉と言えども、扱うことで生じる魔力消費までゼロにしてはくれない。
相手が相手なので出し惜しみはできないが、景気よく炎をぶち撒けてきたことの代償は確実に薊美の身体へのしかかっていた。
あまり長くは戦えない。少なくとも現状の自分では、これ以上はあるべき美麗を保てない。
持久力ですら遅れを取っているのが浮き彫りになり、いよいよ戦況は絶望の様相を呈してくる。
なのに何故だろう。こんな状況だってのに、煌星みたいなインスピレーションが次から次へと湧いてきて止まらないのは。
「笑いもしますよ。私を"普通"と笑ったあなたが、今こんなに私を見てくれてるんですから」
白黒と紅炎。
異様と荘厳の激突が不意に終わった瞬間、イリスも薊美も同じタイミングで次の手を打った。
「抜かせ、クソ女」
イリスが打ち込んだのは全長三メートルを優に超える、白黒の大鎌だった。
それを六つ、躱すとした場合の軌道を計算して巧みに配置し放つ。
対処するには正面突破しかないが、そのためには再度大火力を用立てる必要がある。
イリスはずっと怒っている。なのにとても冷静だ。
薊美がこんな規格外の武装を有しているのは流石に想定外だったが、人間の身でこれほどの力を発揮し続けて消耗しないわけがない。
これ以上小癪なしぶとさを発揮してくるなら、出力を上げないと防げない攻撃を繰り出し続けて削り殺してやる。
魔女らしい悪辣を赫怒の攻勢に忍ばせて、白黒の魔女は変わらぬ理不尽さで君臨し。
348
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:07:52 ID:bH7DGun.0
一方で、薊美は。
「戴冠(Stage Lighting)――」
自己へ施した基本形の魅了を、更に重ねがけした。
自信は力となり、茨の王子に限界を踏み潰させる。
効果は明快、身体能力向上(フィジカルブースト)。
強化された膂力と得物の強度に任せて、炎の斬撃が死の六枚羽を三枚まで粉砕。
残る三枚は火力で焼き切らねばならなかったが、これなら消費は単純計算半分で済む。
そうしてまたも艱難を超え、イリスの姿を視界に捉えた瞬間に。
「――跪け(Kneeling)……!」
自己核星から他者彩明へ。
瞬間、イリスを襲ったのは重力――そう錯覚するほどの圧力だった。
無論、物理的なものではない。
伊原薊美という茨の王子が放つ、敵を平伏させるための魅了魔術だ。
攻性に関しても、薊美の魅了は非常に優れている。
自己魅了によるバフで敵の攻勢を突破し、他者魅了によるデバフで封じ込めて決着へ持ち込む。
彼女にだけ許される必殺の連撃が、遂に白黒の魔女を丸裸に……
「おい」
しない。できない。
地の底から響くような憤激の声が、見えかけた安直な終わりを否定する。
「――――そんなに死にたいかよ、格下ぁッ!」
魅了の縛鎖を力ずくで引きちぎり、色彩の怪物が咆哮する。
英霊にさえ効果を及ぼす薊美の色香(チャーム)。
されど魔女に対しては、ほんの一瞬動きを縛るほどの仕事も果たせない。
何故ならその魂は、星の輝きでとっくに丸焦げだ。
星の眷属と狂人どもには、あらゆる魅了は意味を成さない。
ましてや相手は本家本元、はじまりの太陽に灼かれた六衛星のひとつ。
薊美の算段は失敗するどころか、未練の狂人を更に荒れ狂わせる最悪の結果を生み出した。
イリスが地面を蹴り、薊美へ失敗の代償を払わせるべく迫る。
右手には白黒の剣。レーヴァテインとさえ打ち合う宝具類似現象。
更に大地は波打ち始め、針山地獄のように白黒二色の剣山を生成し、薊美から逃げ場を奪う。
そうでなくとも――既に駆け出した足を止めるには、どうしても一瞬の停止が必要になる。
そしてその一瞬は、伊原薊美を破滅に追いやるには十分すぎる須臾であった。
349
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:08:34 ID:bH7DGun.0
茨の王子は読みを違えた。
自慢の威風は空を切り、信じた己を否定されて無様に散る。
そんな結末が確定するまでせいぜい数秒。
少なくとも白黒の魔女は、そう信じた。
しかし、死地に立たされた薊美の顔に浮かぶ表情(いろ)は――やはり笑みで。
「やっぱり。怒ってくれると信じてました」
「……?!」
次の瞬間。
楪依里朱の顔面に、何度目かの驚愕が浮かぶ。
薊美は、足を止めていた。
迫るイリスと失われていく安全圏。
そんな破滅の只中にて、怖じることなく停止したのだ。
「"怒って"」
アスファルトを砕き、楔のようにレーヴァテインを突き立てる。
命令は端的。一見するとイリスへの皮肉のようにも聞こえる。
されどそれは、この終末剣が最も得意とする命題だ。
故に生じた結果は劇的だった。突き刺した地点を中心に、大地が極大の熱に溶かされて、炎の海に変わっていく。
地を這い押し寄せる白黒の侵掠さえ焼き切りながら、逆に迫る魔女の安全圏を奪ってのけた。
驚くべきは、魔女が同じ手を使った時よりも格段に速く大地の簒奪に成功している点だ。
神殺しの剣(レーヴァテイン)は、茨の王子を愛している。
それもその筈。鍛えたのがウートガルザ・ロキである以上、彼に生み出された幻想は夢見る心に何より強く共鳴する。
(ちっ、不味い……! このままじゃ、呑まれる――!)
焦燥と共に、咄嗟にイリスは空中へと跳んだ。
そうでもしなければ炎の海に巻かれ、重篤な手傷を負うと悟ったからだ。
レーヴァテインの熱量は優れた魔術師であるイリスをしても脅威。
まともには食らえないと考えての行動だったが、薊美はそうして逃げた魔女を満足げに見上げる。
――薊美は、星に狂わされた者に自身の美点が通じないことを既に知っている。
ウートガルザ・ロキとの会話が活きた。あの男に助けられた形になるのは癪だったが、結果としていい空気を吸えているので良しとする。
その上で、楪依里朱のパーソナリティにも着目した。
イリスは祓葉に強く強く懸想している。かの太陽に〈未練〉を抱き続けている狂人が、自分の認めない輝きをこれ見よがしに浴びせかけられて激高しない道理はないと踏んだのだ。
350
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:09:09 ID:bH7DGun.0
彼女の発想は正しく、実際こうして実を結んだ。
イリスをあえて怒らせることで、短慮な攻撃に走るよう誘導できた。
〈はじまりの六人〉は強大だが、それ故に彼らは神寂祓葉から逃れられない。
白い太陽に魂を灼かれた怪物達には、こうした単純な挑発が存外よく効くらしい。
「再演・色間魔術(Re-Screening:Two-Tone)」
「――――ッ!?」
空に足場はない。
色彩を司る魔女が如何に万能でも、空間そのものにまで色を定義することは不可能。
薊美は悠々と、詰めの一手を開帳した。
再度の模倣(コピー)。地面に広げた炎の海を、イリスのお株を奪って白黒二色に染め上げる。
さすればこれ即ち、茨の王子の随意に動く鏖殺の大瀑布!
逃れる先のない空中の魔女に照準を合わせ、薊美は躊躇なく命令を下す。
「蹂躙命令・一斉射撃(Glorious Garry Owen)…………!!」
銃眼のように、あるいは蓮の種のように。
白黒の波に無数の孔が穿たれ、魔女は標的となる。
放つ弾丸の数も妥協しない。
数百を用立てて、この場で魔女狩りを成すと薊美は決めていた。
いざ滅べ、未練の狂人。
その強さを踏み越えて、私は先に行く――!
狂喜にも似た高揚を抱いて、女将軍は号令を下す。
斯くして彼女の詰めは発動され、いざ超越を成し遂げんとして……
「――――――――――――――――」
ぷつん。
薊美は、火花が散るような音を聞いた。
自分の頭の中で響いたその音は、続いて強烈な頭痛を運んできた。
目を見開いて硬直した薊美の鼻から、どろりと鼻血が垂れ落ちる。
同時に、辺りに広げた色彩の波がボロボロのスポンジ状に崩壊していく。
何が起こったのかを理解できず、薊美は血を滴らせながら呆然と立ち尽くす。
高熱を出した時のように頭が重く、思考が鈍い。
それは茨の王子らしからぬ愚鈍で、魔女はそんな薊美を冷ややかに見下ろしていた。
351
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:09:56 ID:bH7DGun.0
「言ったでしょ。舐めんなよ、って」
イリスが何かしたのか。
いや、たぶん違う。これはおそらく――、
疑問符を浮かべながら立ち尽くす薊美の胸板を、地上へ復帰したイリスの蹴撃が打ち抜く。
人形のように力なく転がるその姿を見送りながら、白黒の魔女は呆れたように嘆息する。
「……ま、付け焼き刃にしては大したもんだけどね。
真似するもんじゃないよ、こんな縛りばっかりのクソみたいな力」
色間魔術。
空間に存在する生命体と物質を白黒いずれかに定義し、操る術式。
ただしその性能はピーキーの一言。何より、要求してくる処理の数が尋常でなく多いのだ。
例えば地面に小規模な陣地を展開するにも、座標と配置する色彩、生じさせる現象の指定。
機能を付け足すならその都度計算と再配置。動かして武器にするなら、リアルタイムで途切れることなく演算をし続けなければならない。
なので普通は扱えないし、それだけの才覚がある人間はわざわざこの魔術を選択しない。
そうまで頑張って習得しても、他の魔術で容易に代用が利く程度の現象しか起こせないのだから。
武器を作りたいなら物質操作の魔術を覚えればいいし、回復など基礎技能の範疇であるし、せいぜい見どころは空間置換くらいのもの。
初志貫徹に固執して外界を見ない楪家の老人達は狂ったように色間の秘術を極め続けているが、彼らの現状が極東の辺境でお山の大将を気取り続けるどまりなのを見ればそれが誤った選択だったのは明らかだろう。
――――しかし。
イリスが扱う場合に限っては、話がまったく変わってくる。
長い迷走と緩やかな没落の果てに生まれ落ちた色彩の申し子。
女である以外に欠点がないと称された、不世出の輝き。
伊原薊美は天才だが、色彩を遣うことに関して、彼女は楪依里朱に大きく劣る。
上記した、狂った数の演算工程。
それを呼吸のようにこなし、スーパーコンピューター並みの処理数にも表情ひとつ動かさない。
コマ打ちにも似た独特の処理を膨大な回数行い、その毎回で最適解を叩き出せる抜群の配色センス。
神寂祓葉という特異点との接触で更に底上げされた能力値(パラメータ)は、とうに人間の領域に非ず。
薊美の失敗とは、そんな超越者を教材に使おうと考えてしまったこと。真似られると、思ってしまったこと。
凡人が天才の真似をすればどうなるかなど、彼女が誰より知っているだろうに――気付かぬまま茨の王子は愚を犯してしまった。
薊美を襲った急な失調の正体は、なんてことない"処理落ち"である。
魔女の無法が感覚を狂わせた。"自分にもできる"と考えてしまった。
そうして身の程を超えた色彩操作に踏み切った結果、閾値を超えた処理数は過負荷をもたらし、迎えた結末は過重駆動(オーバーヒート)による自壊。
「――さよなら、凡人崩れ。最後にちょっと認めてあげるわ、思ったより手こずったよ」
決着は順当に、年季の差。
手本のように大地を白黒に染めて隆起させ、そこから無数の剣槍矢を生成しての集中砲火。
薊美に避ける術はない。
唯一の星になることを夢見た少女は呆けた顔のまま、その全身を色彩に蹂躙されて蜂の巣と化した。
352
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:10:47 ID:bH7DGun.0
……べちゃり。
薊美が崩れ落ちて、命の終わった音がする。
イリスは汗ばんだ額を拭い、ようやく力を抜いた。
「はぁ。なんで今日はこう妙な奴にばっかり絡まれ――」
苦労人めいた独り言を漏らそうとして。
そこで、違和感。
(――――ジョージ・アームストロング・カスターは?)
薊美は言った筈だ。
これは殺し合いではなく、あくまで"勝負"であると。
想像以上の猛攻で途中から忘れていたが、最初はそういう建前で始まった戦いだった筈。
"遊びの範疇を超えると彼らが判断したその時だけは、止めに入ってもいいものとする"。
ならば何故、あの騎兵隊どもは介入してこなかった?
事前にこんな取り決めが成されていたにも関わらず、何故自分のマスターをむざむざ目の前で死なせた?
おかしい。
考えれば考えるほど不可解だ。
イリスは、薊美の死体の傍に転がる剣に注目する。
破滅の枝、レーヴァテイン。
この剣は間違いなく、あの忌まわしいロキに授けられたものだ。
彼は〈蝗害〉の物量とさえ真っ向から打ち合える規格外の奇術師。
蝗どもを死滅させるニブルヘイムすら再現できるあの男ならば、神話の兵装を創り出して授けることなど至って容易い芸当だろう。
――――伊原薊美の魔術は、"模倣(コピー)"である。
.
353
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:11:29 ID:bH7DGun.0
(幻、術――――!)
戦慄。
瞬時に脳を回す、色を構える。
が、さしものイリスでさえ間に合わない。
その両目は、既に懐まで潜り込んだ王子の姿を捉えていた。
「バレちゃった。やっぱり付け焼き刃じゃ駄目ですね」
「ッ、ぐぁ……!?」
見舞われた拳が、イリスの顔面を殴り付けて瞼の裏に花を咲かせる。
ぐわんと脳が揺れる感覚。溢れ出す鼻血の熱。痛みと屈辱が込み上げるが、それ以上に焦りがあった。
薊美の死体が消えている。転がっていたレーヴァテインもだ。
であれば。あの〈神殺しの剣〉は、今――!
「私の勝ちです、蝗害の魔女」
伊原薊美の、手の中にある!
尻餅をつかされたイリスに向け、薊美は迷わずそれを振り下ろした。
迫る刀身、炎熱の極み。
此処までの戦いで最も濃厚な"死"の気配に、魔女は歯を軋らせ。
「――伊原、薊美ッ!!」
「あは。やっと名前で呼んでくれた」
叫んだ。
白と黒が決まろうとしている。
魔女の扱う理としてではない、勝利と敗北を定義する色分けが。
セット フルパレットオープン
「全色解放、獣化術式駆動…………!」
イリスの顔に、髪と同じ白黒のブロックノイズが走る。
勝利を確信した薊美の眼が見開かれる。
来る。魔女の真髄が。
背筋の凍る悪寒と本能レベルの警鐘、さりとて薊美ももはや不退転。
最後の一瞬に魔女と王子の戦いはもう一段深い領域に潜行しようとして、そして――
「「そこまでだ」」
まったく同じタイミングで。
英霊の声が響き、羽音と銃火がそれに続いた。
真横から、軍馬を駆る軍人が薊美を掻っ攫い。
羽音を背にしたツナギ姿の怪人が、イリスをひょいと抱き起こす。
「無粋とは思ったが、この先は"戦争"になる。そうなれば後戻りは出来ないぞ」
「熱くなりすぎだぜ、イリス。ま、俺はそれでもいいんだけどよ」
ジョージ・アームストロング・カスター。
シストセルカ・グレガリア。
双方の"保護者"が、遂に女達の激突へ介入したのだ。
◇◇
354
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:12:17 ID:bH7DGun.0
「身体中痛くて死にそうなんですけど」
「自業自得だろ」
ホテルの裏手。時刻はちょうど、天枷仁杜がロキの腕の中で寝息を立て始めたのと同じ頃。
縁石に腰を下ろして、少女たちは並んで座っていた。
さっきまで殺し合い同然の勝負に興じていたとは思えない、どこか青春らしさすら感じさせる光景。
「改めて思ったんですが、イリスさんのあれズルすぎませんか。
色間魔術とか呼んでるけど、"なんでもできます魔術"に改名した方がいいと思う」
「私に言わせればあんたのコピーの方がよっぽどズルだわ。
私がアレだけ使えるようになるまで何年かかったと思ってんのよ」
無論、ふたりの間に友情なんてものは微塵もない。
いつか殺す/踏み潰す相手であり、ともすればこの後会うことは二度とないかもしれない。
そんな関係。だがだからこそ、この会話には意味があると、少なくとも薊美はそう思っていた。
「ねえ、イリスさん」
「……何」
「聞いてもいいですか。
私って、〈はじまり〉の人達と比べるとどのくらいなんです」
答える義理はない。
ないのだが、それを言うとまたしつこそうな気がした。
仁杜のようにぴーぴー駄々をこねるタイプも面倒だが、こいつはあの手この手で絡み付いてくる。
言うなれば貪欲。自分の欲するモノを手に入れるためならば、どれだけだって手を尽くせてしまうタイプの人種。
魔術師に向いているとも、向いていないとも言える。
向上心の塊なのはいいことだが、恐らく薊美がそうだったなら、根源到達のジレンマに耐えられないだろう。
そう考えるとやはり後者かもしれない。イリスはそんなことを思いながら、やや間を空けて答えた。
「厳しいんじゃない」
「やっぱりですか」
「私だって、今からもう一回戦ったら簡単に勝てる。
あんたが私に食い下がれたのは、私があんたの手の内を知らなかったから。
あと他の連中は、私みたいに直情型じゃない。妖怪みたいな曲者どもの集まりよ」
薊美としては、予想通りの答えだった。
茨の王子は己への自信を常に切らさないが、現実問題、まだ手の届かない境地というものはある。
魔術を覚醒させ、力を手に入れはした。それでも、経験というステータスだけは埋め合わせが利かない。
楪依里朱は激情家。常に感情のままに戦うし、精神的にも幼さを多分に残していた。だからそこに付け込めば、判断を狂わせることができた。
もしイリスに冷静に戦われていたなら、カスターの介入はもっと早く行われていただろう。
「まずジャックは厳しいな。ノクトは不意さえ突けたらもしかするかもね。
アギリは――比較的ちゃんと戦ってくれるだろうけど、火が点くと私よりヤバいから微妙。
あとのふたりはまあ、考えなくていい。ノクト以上に直接戦ったりするタイプじゃないから」
「……、……」
「答えてやったんだから、お礼のひとつでもしろよ」
「いや。なんか思ったよりちゃんと教えてくれたのでびっくりして……イリスさんって、意外と真面目ですよね」
「そういうあんたは本当いい性格してるわ。ぶっ殺したいくらい」
要するに、足を止めてはならないということだ。
星を落とすと豪語する者が、その衛星風情に苦戦していては話にもならない。
もっと場数を踏み、才を吸収し、輝きを鍛える必要がある。
それこそ――あの"妖星"のように。立ちはだかった壁を強引にでもぶち破る歩みが必要だと薊美は理解した。
355
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:13:06 ID:bH7DGun.0
「お前さあ」
イリスが言う。
薊美は無言のまま、夜空を見上げた。
続けていいですよ、の合図だ。
「祓葉に会いたいんだって?」
「ええ、まあ。理由は言わなくても分かりますよね」
「ま、でしょうね。そこまで灼かれたら、大源に向かわずにはいられないか」
灼かれた、という表現には不服があったが、それを言うほど子どもでもない。
幼気は捨てた。現実を生きる人ではなく、舞台にて生きるヒトとなる道を選んだ。
「――別に、あんたがどうなろうが私はどうでもいいけど。
確かに、あんたはあいつに会うべきかもしれない」
それを理解したならば、一番の助言はこれだった。
地に足つけて歩く人間をやめ、絵空にこそ我ありと決めたなら。
誰も、あの太陽と無関係ではいられない。
この都市、この世界における最大の絵空事。
絶対的主役にして造物主の片割れ。
勝利するべくして生まれ、救われてしまった白き御子。
「あんたの一番の正念場はたぶんその瞬間。
所詮ただの木偶なのか、本当にそういう生き方を貫ける人間なのか」
太陽の光はすべてを詳らかに暴き出す。
眩しすぎる彼女の振る舞い、その言葉には、良くも悪くも一切の嘘がない。
神寂祓葉への挑戦は伊原薊美にとって究極の試練。
薊美自身そう認識していたが、誰より祓葉を知るこの魔女にそれを肯定された事実は大きかった。
「――あんたさ、人にあんなこと言っといて、自分ももう結構あのニート女のこと好きでしょ?」
「……、……」
「ロキに魂胆を明かしたのなら、もう演技をする必要はない。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
なのに軽口叩いて、漫才みたいなやり取りして。
それってまるで"友達みたい"だって気付いてる?」
356
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:13:38 ID:bH7DGun.0
イリスにしては珍しく。
そこに、嘲笑の色はない。
どちらかと言えばそれは、共感。
自分自身に語りかけているようでも、あった。
「月光は生きている。私達が拒もうとも、あの星は常にこちらを照らしてくる。
常に自覚しておきなさい。あの日私達は、誰もそれに気付けなかった」
太陽の重力を拒む。
月の重力も同じこと。
私は、誰のものにもならない。
木星にはならない――そう誓い、踏み出したこの足。
されど。
重力に抗おうとも、光は常に照らされ続けている。
そのことを忘れればどうなるか。モデルケースは目の前にあった。
太陽網膜症。魂にまでこびり付いた恒星の輪郭。
「私は、あなた達にはなりませんよ。
私は私、伊原薊美。私が何かに狂うとしたら、それは私自身を除いて他にない」
「そ。さっきも言ったけど、私はあんたがどうなろうと一向に構わないから。
だってあいつを、祓葉を殺すのはこの私。
その権利だけは、誰にだろうと渡さない。もちろん、あんた達にだってね」
イリスが立ち上がった。
薊美は、もう引き止めない。
聞くべきことは聞けた。
話すべきことは話せた。
そして、予期せぬ収穫もあった。
だから、去る背中に声をかける必要もないのだ。
(ねえ、イリスさん)
友人でもない。
仲間でもない。
薊美はそれを必要としていない。
(あなたに、殺せるんですか?)
故にその問いを、薊美は胸に留めておくことにした。
(そんな、好きな人の話するみたいな顔して――――本当にあなたは、神寂祓葉を殺せるの?)
◇◇
357
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:14:08 ID:bH7DGun.0
伏魔殿を出て、車の後部座席で揺られながら。
煌星満天は、先ほどの出来事を回想していた。
その顔色はやはり浮かない。
あんなことがあったのだ。曇りきった気分は、まだ当分晴れてはくれそうになかった。
(煌星さん。少しお話があります)
頭の中に響いた声に、ぐっと息を呑む。
反射的に身が縮んだ。返事の代わりに漏らした言葉は、我ながら非常に情けない。
(ごめん、なさい。
私、わたし、あんなことして――)
自分が感情のままに取った行動は、彼やロミオのことまで危険に晒した。
ファウストと、あちら側の高天という女性。そしてそのサーヴァントが場を収めてくれたからよかったが、そうでなければどうなっていたか。
馬鹿なことをしたと心から悔いていたし、見放されてもおかしくない行動だったと思う。
が、叱責を覚悟していた満天の予想に反して、ファウストの言葉は。
(怒ってはいません。
軽率な行動だったことは事実ですが、元を辿ればプロデューサーである私の監督責任だ。
むしろ私の方こそ申し訳ありませんでした。輪堂天梨がああいう人間だったこともあって、少し油断していたようです)
輪堂天梨。
その名前が何故、此処で出てくるのか。
そんな当然の疑問はしかし、不思議と湧いてこなかった。
わかるのだ。
ライブ後に満天が対話し、あわや殴りつけるところだったあの女性。
"にーとちゃん"と呼ばれていた小動物じみた彼女が、天梨と同類の存在であることが。
理屈でなく魂で理解できた。もっとも内面は、〈天使〉とは大違いだったが。
(ですから、恐縮する必要はありません。
心も体もリラックスして、今からする質問に答えてください)
一拍遅れて、こく、と頷く満天。
それを確認してから、ファウストは言った。
(あなたは、あの天枷という女性についてどう思いましたか?)
息が詰まる。
嫌でも思い出してしまうからだ、さっきあったことを。
いっそ、剥き出しの悪意だけだったなら手までは出なかったかもしれない。
でも違った。天枷仁杜の言葉は、不可思議な矛盾を孕んでいた。
天梨という他人のことは聞くに堪えない言葉で扱き下ろすのに、目の前の自分に対しては嘘偽りのない百パーセントの好意を向けてくる。
その親愛を。浮かべる微笑みを。それを見て抱いてしまった己自身の血迷った感想を、煌星満天は許せなかった。
(きれい、だった…………すごく)
――――きれいだと、思ってしまったのだ。
358
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:14:39 ID:bH7DGun.0
死ぬほど腹が立って仕方なくて、怒りを堪えるだけで手一杯になるくらいだったのに。
目の前で光を侮辱する女の姿に、あの日向の天使の微笑みを重ねてしまった。
だからこそ吐き気を覚えた。この女を許してはいけないと、強い衝動が噴き出した。
満天の答えを聞いて、ファウストは一度こめかみを叩く。
困った、というよりも、面倒なことになった、という顔だった。
(キャスターは、どう思った……?)
(私ですか。私は)
そうであろうと思っていたが、やはりアレも資格者。
だが何より面倒なのは、自分が彼女に対して抱いた所感だ。
どういうわけか知らないが、己は、天枷仁杜を――
(自分でも驚くほど、魅力を感じませんでした)
――その非凡を理解した上で、"それほどか?"と思っている。
これは由々しき事態だった。
目が曇っている。正常な判断を下せていない。
(え。……じゃ、じゃあキャスターの方が正しいのかも。ごめんね、ヘンなこと言って)
(いや。煌星さんはその視点と感性を持ち続けていてください。灯台があってくれるとありがたいので)
(……??? よくわかんないけど、わかった……)
まったくもって認めたくないことではあるが。
やはり己にも、影響は生まれ始めているらしい。
ルームミラー越しに見える、げっそりした顔で膝を抱く少女。
自分で見初めた人間の輝きに、少なからず干渉されていると気付いた。
この段階で自覚できたからまだいいが、やはり由々しき問題である。
星はこうまで価値観を喰むのか。灼かれずとも、関わるだけで悪影響を及ぼす存在なのか。
既にゲオルク・ファウスト/悪魔メフィストフェレスは、星に灼かれた者の末路を見ている。
ああなってしまえばもはやプロデュースだの契約だの、そんなどころの騒ぎではなくなる。
(高天小都音は間違いなく天枷仁杜の眷属だが、付き合いの長さに反して灼かれている様子がなかった。
恐らくあの女は俺と同じ……このタイミングで関係を結べたのはある意味幸運だったな。奴からは情報以外にも得られるものがあるかもしれない)
ひとまず、何とかなった。
〈蝗害〉レポの仕事は完遂。
情報を得つつ、アクシデントじみたライブは満天の成長材料に活用できた。
その上で意味のある人脈も作れたのだから、結果だけ見れば非常に有意義な時間だったと言える。
……もちろん良いことばかりではなかったので、そこのところの始末を付ける必要はあるが。
がたん、ごとんと。
車は、ふたりの悪魔を乗せて進んでいく。
大きな戦いの気配をにわかに漂わせ始めた針音都市。
都市はいまだ、星の輝きに囚われている。
◇◇
359
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:15:15 ID:bH7DGun.0
【渋谷区 高層ホテル・エントランス/一日目・夜間】
【天枷 仁杜】
[状態]:健康、寝ちゃった
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数万円。口座の中にはまだそれなりにある。
[思考・状況]
基本方針:優勝して一生涯不労所得! ……のつもりだったんだけど……。
0:Zzzz……。
1:ことちゃんには死んでほしくないなあ……。
2:薊美ちゃん、イケ女か?
3:ロキくんやっぱり最強無敵! これからも心配なんてなーんにもないよね〜。
4:この世界の人達のことは、うーん……そんなに重く考えるようなことかなぁ……?
5:アイドル怖い……。急にキレる若者……
[備考]
※楪依里朱(〈Iris〉)とネットゲームを介して繋がっています。
必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来ます。
【キャスター(ウートガルザ・ロキ)】
[状態]:右半身にダメージ(中/回復中。幻術で見てくれは元通りに修復済み)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし(幻術を使えば、実質無限だから)
[思考・状況]
基本方針:享楽。にーとちゃんと好き勝手やろう
0:ま、そろそろ本気でやりますか。
1:にーとちゃん最高! 運命の出会いにマジ感謝
2:小都音に対しては認識厳しめ。にーとちゃんのパートナーはオレみたいな超人じゃなきゃ釣り合わなくねー? ……でも見る目はあるなぁ。
3:薊美に対しては憐憫寄りの感情……だったが、面白いことになっているので高評価。ただし、見世物として。
4:ランサー(エパメイノンダス)と陰陽師のキャスター(吉備真備)については覚えた。次は殺す。
5:煌星満天は"妖星"。アレは恐らく、もっともオリジナルに近い。
[備考]
※“特異点”である神寂祓葉との接触によって、天枷仁杜に何らかの進化が齎される可能性を視野に入れています。
【高天 小都音】
[状態]:健康、とっても気疲れ
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:トバルカイン謹製のナイフ
[所持金]:数万円。口座の中身は年齢不相応に潤沢。がんばって働いたからね。
[思考・状況]
基本方針:生き残る。……にーとちゃんと二人で。
0:それでも、私は。
1:伊原薊美たちと共闘。とりあえず穏便に収まってよかった。
2:ロキに対してはとても複雑。いつか悪い男に引っかかるかもとは思ってたけどさあ……
3:アレ(祓葉)はマジでヤバかった……けど、神様には見えなかった。
4:脱出手段が見つかった時のことを考えて、穏健派の主従は不用意に殺さず残しておきたい。なるべく、ね。
5:楪依里朱については自分たちの脅威になら排除も検討するけど、にーとちゃんの友達である間は……。
6:満天ちゃん達とはできるだけ穏便にやりたい。何やらかしてくれてんだこのバカニートは?
7:キャスター(ファウスト)に機を見て情報を送りつつ、あっちからも受け取りたい。
[備考]
※“特異点の卵”である天枷仁杜に長年触れ続けてきたことで、他の“特異点”に対する極めて強い耐性を持っています。
【セイバー(トバルカイン)】
[状態]:健康
[装備]:トバルカイン謹製の刃物(総数不明)
[道具]:
[所持金]:数千円(おこづかい)
[思考・状況]
基本方針:まあ、適当に。
1:めんどくせェけど、やるしかねえんだろ。
2:ヤバそうな奴、気に入らん奴は雑に殺す。ロキ野郎はかなり警戒。
3:あの祓葉は、私が得られなかったものを持っていた。
4:このカスどものお守りいい加減面倒臭いんだけどどうにかならん?
[備考]
360
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:15:55 ID:bH7DGun.0
【渋谷区 高層ホテル・裏手/一日目・夜間】
【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(大)、頭痛と疲労(大)、胴体にダメージ、静かな激情と殺意、魅了(自己核星)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
0:いい勉強になりました。色んな意味で、ね。
1:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
2:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
3:高天小都音たちと共闘。
4:仁杜さんについては認識を修正する。太陽に迫る、敵視に相応しい月。
5:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
6:同盟からの離脱は当分考えていない。でも、備えだけはしておく。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。
→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。
『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。
『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。
※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化し、夢見ることを忘れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。
【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(小)、複数の裂傷、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
0:―――おお、共に征こう。My Fair Lady(いと気高き淑女よ)。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
2:やはり、“奴ら”も居るなあ。
3:“先住民”か。この国にもいたとはな。
4:やるなあ! 堕落者(ニート)のお嬢さん!!
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
※シッティング・ブルの存在を確信しました。
※エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。
361
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:16:29 ID:bH7DGun.0
【楪依里朱】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中/色間魔術により回復中)、顔面にダメージ、未練
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:優勝する。そして……?
0:この場を去る。じゃないと、戻れなくなりそうだから。
1:祓葉を殺す。
2:薊美に対しては微妙な気持ち。間違いなく敵なのだが、なんというか――。
[備考]
※天枷仁杜(〈NEETY GIRL〉)とネットゲームを介して繋がっています。
必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来るでしょう。
※蛇杖堂記念病院での一連の戦闘についてライダー(シストセルカ)から聞きました。
※今の〈脱出王〉が女性であることを把握しました。
【ライダー(シストセルカ・グレガリア)】
[状態]:規模復元、ごきげん
[装備]:バット(バッタ製)
[道具]:
[所持金]:百万円くらい。遊び人なので、結構持ってる。
[思考・状況]
基本方針:好き放題。金に食事に女に暴力!
0:もうちょいゆっくりしてもよかったんじゃねえかァ〜?
1:相変わらずヘラってんな、イリス。
2:祓葉にはいずれ借りを返したいが、まあ今は無理だわな。
3:煌星満天、いいなァ〜。
[備考]
※イリスに令呪で命令させ、寒さに耐性を持った個体を大量生産することに成功しました。
今後誕生するサバクトビバッタは、高確率で同様の耐性を有して生まれてきます。
362
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:16:52 ID:bH7DGun.0
【渋谷区・路上(移動中)/一日目・夜間】
【煌星満天】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中/『メフィストの靴』の効果で回復中)、落ち込みモード
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:はぁ。やっちゃったなぁ……
1:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
2:輪堂天梨を救う。
3:……絶対、負けないから、天梨。
4:天枷仁杜には苦手意識。でも、きれいだった。
5:私、なんで忘れてたんだろ?
[備考]
聖杯戦争が二回目であることを知りました。
ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※過去について少し気付きを得ました。詳細は後続に委ねます。
【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:疲労(中)、肩口に傷(解毒・処置済)
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:俺は灼かれねえぞ――人間めが。
1:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
2:ノクトとの協力関係を利用する。とりあえずノクトの持ってきた仕事で手早く煌星満天の知名度を稼ぐ。
3:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
4:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
5:高天小都音とは個人的にパイプを持っておく。
[備考]
ロミオと契約を結んでいます。
ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。
【バーサーカー(ロミオ )】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、恋
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
0:ジュリエットの敵は僕の敵だ。次は許さない。
1:ジュリエット!! また会えたねジュリエット!! もう離しはしないよジュリエット!!!
2:キミの夢は僕の夢さジュリエット!! 僕はキミの騎士となってキミを影から守ろうじゃないか!!!
3:ノクト、やっぱり君はいい奴だ!!ジュリエットと一緒にいられるようにしてくれるなんて!!
4:虫螻の王には要注意。ボディーガードとしての仕事は果たすとも、抜かりなくね。
[備考]
現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
ファウストと契約を結んでいます。
[満天組備考]
※取材中に〈蝗害〉の襲撃を受けたことで撮影機材が破壊されました。
ファウストはノクトなら映像をリアルタイムでバックアップする備えをしていると踏んでいますが、正確なところは後続に委ねます。
※同伴しているスタッフ達はNPCですが、ノクトによって『自身の常識の閾値を超えた事態に遭遇した瞬間に思考回路がシャットダウンされ、事前に設定された命令を遂行し続ける』魔術が施されています。
※今のところ死人や、命に関わるほど重大な怪我を負った者はいないようです。
363
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:17:17 ID:bH7DGun.0
投下終了です。
364
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 23:32:37 ID:bH7DGun.0
神寂縁
レミュリン・ウェルブレイシス・スタール&ランサー(ルー・マク・エスリン)
蛇杖堂寂句&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)
ノクト・サムスタンプ 予約します。
365
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/17(土) 03:53:50 ID:Q/w8O4IQ0
赤坂亜切&アーチャー、山越風夏&ライダー予約します
366
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/17(土) 06:34:01 ID:3nYaJnQ60
アルマナ・ラフィー
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
覚明ゲンジ&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)
予約します
367
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:00:45 ID:VcFvccHg0
投下します
368
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:01:20 ID:VcFvccHg0
「町が揺れているね」
自身が元凶の一端を担っている事を棚に上げて、少年のような少女は言った。
どちらの形容も正しい。
今やこのマジシャンは男女の区別等無意味な領域に到達しているから。
山越風夏。
はじまりの六凶の中ですら異端と侮蔑されるその魂の銘はハリー・フーディーニ。
"脱出"の起源を覚醒させ、九生の果てまで世界に蔓延る事を選択した陽気な愚者の名前だ。
風夏は不安を抱えて揺れる町を楽しげな顔で笑覧しながら目的地へ向かっていた。
向かっている先はあるライブハウス。
自他共に認める自由奔放な彼女にも、決戦前に大将の下へ顔を出す位の義理は存在するらしい。
「午前零時の決戦、絆と非情の絡み合うダンスマカブル。いや実に楽しみだ、これで盛り上がらない訳がない!」
「随分とご機嫌だね。我ながら節操が無さ過ぎてちょっと呆れるな」
「私は君ほど擦れてないんだよ、少なくとも今はね。
そっちが主目的って訳じゃなかったけど、ジャックの参戦が確約されたのは最高だ。こうなると他の連中の介入にも期待出来る」
山越風夏は非情なるデュラハンに肩入れする事を決めている。
刀凶聯合の赤騎士を排除するという大義名分あっての選択だったが、やはりどうもシリアスには生きられない質らしい。
遠足の前日のような高揚感を隠そうともせず肩を揺らして歩くタキシード姿の少女というのは少々異様な光景だった。
相応に通行人の目を引いていたが、羞恥心等ステージに立ったその日からずっと無縁だ。
逆に手を振り返してやる余裕すら見せる主を他所に、隣を歩く少年が呟く。
「柩の準備が必要だな。小道具じゃなく本来の用途で」
「違いない。いつの時代も人死には戦争の花だからねぇ」
その言動は他の狂人に比べると平凡に見える。
彼らを知った人間がこのマジシャン達を見たなら、此奴らとは上手く付き合えるのではと思っても仕方ない。
されどこれは元から魂の構造が捩れている、ある意味では六凶の中で最も正常からかけ離れた生物だ。
只でさえ劇物同然の精神性に垂らされた一滴の狂気は、当然のように化学反応を引き起こした。
狂い過ぎて一周回ってまともに見えているだけ。
それが山越風夏、三世のフーディーニの真実である。
マジシャンが言う"種も仕掛けもありません"程信用に値しない物はないのだ。
「ところで、算段はあるのかい」
「ないよ? 当たり前じゃないか」
「…だろうね。言うと思ったよ」
ハリーは我ながらこの無鉄砲さに辟易した。
若いというか青いというか。
自分にもこんな時期があったのだと思うと恥ずかしくなってくる。
「適度に狩魔達のサポートをしながら、悪国側に嫌がらせして…。
それと並行して"本命"の方も進める感じかな。まずは人材探しだね」
風夏の本命とは聖杯戦争の破綻である。
つい先刻、彼女が到達した最悪の回答。
この世界に穴を開け、前提条件を破壊する。
死の国から逃げ出すよりも難しい、神の箱庭からの"脱出"だ。
「やるからには役者も拘りたい。私の眼鏡に適う子が居るといいんだけど」
未知の結末を見たオルフィレウスは、そしてあの白い少女はどんな顔をしてくれるだろうか。
369
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:01:56 ID:VcFvccHg0
考えただけで心が躍る。
無粋な舞台装置の破壊なんて義務めいた労働より余程モチベが出るのは当然だった。
「デュラハンの仲間達じゃ駄目なのかい?」
「狩魔にそんな提案したら殺されちゃうよ。ゲンジ君は祓葉にお熱だし、華村悠灯はきっとそれどころじゃない。
あ、サーヴァントを失った悪国征蹂郎は悪くないかもね。彼って結構ガッツの人だから。候補が見つからなかったら声くらい掛けてみようかな」
浮き浮きしながら話す言葉に不安の色はない。
それは彼女が、これから始まる戦いの勝敗を全く疑っていない事の証だ。
酔狂な享楽主義の中に潜んだ不動の傲慢。
山越風夏もまた狂っている、その根拠がこうして示される。
「まぁ、そこら辺は始まってから考えようか。
その為にも狩魔のプランを聞いておきたいし、彼らが出発しちゃう前にサクッと――」
揺るがない不敵で常に己が存在を誇示する。
その精神性は六凶の象徴で同時に病痾だ。
拭い去る事の出来ない悪癖。
特に、この脱出王はそれが顕著だった。
だからこそ――
「…拙いね」
「ああ」
隠れ潜む気のない兎を、空の狩人は見逃さない。
風夏の足が止まった。
ハリーもだ。
同じ魂を持つ二人なのだから、其処に一秒の差もありはしない。
「見つかったみたいだ」
呟くのと、誰かの悲鳴を聞くのとは同時だった。
間に聳える建造物を事もなく貫いて迫る剛弓の一射。
狼吼の女神の暴力が、運命さえ躱すマジシャン達を遂に射程へ収めた。
◆ ◆ ◆
370
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:02:30 ID:VcFvccHg0
「お? 何だい、思ったより可愛らしいのが出て来たね。
もっと憎たらしいツラした奴を想像してたんだけどな」
完全な不意討ちである上に、女神の矢は初速で音を超える。
サーヴァントでさえ反応困難な速度とシチュエーション。
だと言うのに風夏とハリーはどちらもひらりと躱した。
遊び抜き、殺すつもりで撃ち込まれたにも関わらずだ。
その事実に憤慨するでもなく、寧ろ愉悦を湛えながら女神スカディは姿を現す。
脇の傷からは今も血が滴っているが、堪えている様子は全くなかった。
それどころか不覚の証明である筈の血糊さえ彼女の美貌を彩る化粧品のように見えるのが恐ろしい。
凄惨な美で君臨する女神の前に立つのは猫の耳を生やした少年。
九生の果て。
遠未来のハリー・フーディーニである。
「参ったな。こういうシチュエーション、実はあまり得意じゃないんだが…」
ルー・マク・エスリンと戦わされた時にも思ったが、風夏は意外と人使いが荒い。
現に今も、ハリーを放り出してさっさとスカディの前から逃げ去ってしまった。
我が身可愛さで逃げた訳でないのは解っている。
いや…だからこそ質が悪いと言うべきか。
「くっはは! そうかいそうかい。素性は知らないが同情するよ。えらい難物を引いちまったようだね、アンタ」
「君に同情されてもな。マスターから聞いてる感じ、君の所も大概だろ」
「否定はしないが、アタシはあのくらい毒のある男の方が好きだよ。お高く止まった狡辛い野郎よりかはよっぽど良い」
「流石は音に聞く狩猟の女神。悪食なようで何よりだ」
腹の探り合いは必要ない。
スカディ側は勿論の事、ハリーだってそうだ。
蛇杖堂寂句、ノクト・サムスタンプ、ホムンクルス36号。
現時点で山越風夏は前回のマスター達の大半と顔を合わせている。
そして先刻、蛇杖堂から聞かされた残り二人の現状に纏わる情報を以って情報網は完成した。
それを参照すれば目前の巨女の素性も容易く透ける。
女神のアーチャー。真名をスカディ。
"嚇眼の悪鬼"赤坂亜切に仕える最恐の狩人。
「実は直近で用事が控えていてね。一応聞いてみるけど、見逃してくれたりするかい?」
「そりゃ大変だ。アタシも心苦しいよ、待ち惚けを食う何処かの誰かに同情しちまうや」
真紅の唇が好戦的に歪む。
狩人と言うよりはケダモノの笑みだ。
話の通じる相手の顔ではない。
「……ま、だろうね。期待はしてなかったよ」
ハリーは嘆息する。
こうなると食い下がるだけ無駄、逆に疲労を増やすだけ。
よって穏便な未来を空想するのは諦めて、大人しくダンスの誘いを受ける事にした。
371
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:03:11 ID:VcFvccHg0
「『棺からの脱出(ナインライブズコフィン)』」
彼の九回の生を象徴する九つの棺。
釘で厳重に閉ざされた棺が七つ、ハリー・フーディーニの背後に並ぶ。
次起こる事の予測が付かない光景にスカディはへぇと唸った。
「繰り返すが、予定がつっかえてるんだ」
並んだ棺の右から三番目。
その蓋が、錆びた蝶番のような音を鳴らして開く。
釘はするりと抜けて地面に転がった。
からんという音が聞こえたかどうかのタイミングで、スカディは気付く。
「手短に終わらさせて貰う」
既に攻撃は始まっている、と。
棺の中から溢れ出したのは赤い血潮の濁流だった。
決壊したダム宛らの勢いで押し寄せるそれは盛んに湯気を立てている。
只の血ではない。沸騰状態まで熱された、血の池地獄の鉄砲水。
ハリー・フーディーニは死後の国に精通していて、その上猫というのは手癖が悪い。
命あるものが必ず辿り着く結末、その更に一つ先。
冥界とも、或いは地獄とも称される領域から持ち帰った戦利品。
それが、英霊ハリー・フーディーニの商売道具だ。
「ほう、ヘルヘイム――フウェルゲルミルの泉か。懐かしいね、温泉代わりにはなったっけな」
「ヘルはヘルでも仏教徒の地獄だよ。似て非なる物だ」
「ふーん。ま、どっちだろうと同じ事さ」
人体等瞬きの内に骨まで黒焦げにするだろう贖罪の血水。
それを前にしてもスカディは動かなかった。
女神の巨体が赤き激流に呑まれていく。
過酷極まる地獄の裁きを受けているにも関わらず、大地を踏み締めたその両足は微塵程も揺るがない。
「で? えらい格好付けてたが、まさか頼みの綱がこのぬるま湯ってオチはないよな」
風変わりなシャワーでも浴びたように前髪をかき上げ、滴る血の滴を退けながら。
言ったスカディの口調には有無を言わせない威圧感が宿っていた。
彼女が攻撃に移っていないのは只の気紛れだ。
興が冷めればすぐにでもその暴威は目の前のマジシャンを蹂躙すると解る。
「まさか」
然しハリーも動じない。
「せっかちは悪癖だよ、雪靴のお嬢さん」
「…! おぉ……!?」
言葉通り、事態は次の瞬間に動いた。
透明度が零に等しい血の池地獄。
その氾濫は物を隠すにはうってつけである。
激流に潜ませていた冥府の鎖が、スカディの全身を絡め取ったのだ。
嘗て死の神を戒めたシーシュポスの鎖。
引き千切ってやろうと力を込めるスカディだが、試みが実を結ぶ気配はない。
「啜れ、カマソッソの眷属よ」
呼び出したのはミクトランの蝙蝠。
死者の全身を切り刻んで血を啜るカマソッソの眷属だ。
身動き取れない所にこれをけしかけ、世にも悍ましい踊り食いの刑に処す。
先刻、神寂祓葉に対し用いたのと同じやり口だ。
人を驚かすが生業のマジシャンが、その発想力を加害の為に用いればどうなるか。
命題の答えが此処にある。美しい女神の体を以ってそれを体現せんとする。
が。
「おいおい子猫ちゃんよ。ちょっと思い上がりが過ぎるんじゃないかい」
372
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:04:16 ID:VcFvccHg0
シーシュポスの鎖は確かに強靭無比。
されどその攻略法は既にルー・マク・エスリンが示している。
スカディは自分の手首へ繋がった鎖を物ともせず、拘束されたまま弓を構えた。
戒めて来る以上の剛力を用意出来るのなら、あらゆる縛鎖は存在の意義を失う。
「獣の分際で誰に鎖繋いでやがる。猫の仕事は媚びる事だろうがよォッ!」
一喝に合わせて放たれた、放たせてしまった穿弓。
不遜にも狩人の血肉を求めた命知らずな蝙蝠達が次々に弾け飛んでいく。
必中なのは当然として、一矢一矢に込もる威力が狂っていた。
着弾した蝙蝠は勿論の事、その近くに居た個体までもが拉げ捻れて血袋と化す。
矢とは穿ち貫く物。
そんな常識を崩壊させる兵器めいた火力を実現させながら、とうとうスカディの進軍が始まった。
「…今日はこんなのばっかりか」
ハリーの嘆息には哀愁が滲む。
ルー・マク・エスリン、神寂祓葉。
そしてこのスカディ。
都市有数の怪物達と次々戦わされている状況は確かに哀れだったが、忘れるなかれ。
ハリー・フーディーニは此処まで只の一度も手傷を負っていない。
お世辞にも強力とは言い難い二流の霊基で、九生のフーディーニは主人から科される無理難題をこなし続けている。
針山地獄の剣刃を取り出してスカディを迎撃しつつ、蝙蝠の群れを補充してけしかけ。
シーシュポスの鎖を更に伸ばし、身動ぎ一つ出来ない次元まで拘束を強めんと試みる。
棺に収めた道具を状況に合わせて取り出すという性質上、ハリーが戦闘に費やす労力は極端に小さい。
目前の敵に合った"死後"を釣瓶撃ちのように叩き付けるだけの仕事なのだから、その分手数には事欠かないし余力も残せる。
それどころか戦いが長引けば長引く程にこれらが増えていく。敵手との差は歴然に開いていく。
針山と蝙蝠、そして鎖。
三種の死後に囲まれたスカディを見ればそれがよく解る。
ハリーは剣を握らない。
接近して技を競い合う事もしない。
だから傷を負うリスクに乏しく、何なら撤退だっていつでも簡単に出来る。
一方でハリーの敵は、彼が出して来る傾向も性質もバラバラの冥界道具にどんどん囲い込まれていくのだ。
「猫の仕事は媚びる事、か。確かにそれも一理あるかもしれないが、ぼくは違うと思ってるよ」
次の棺が開く。
中から飛び出したのは、一匹の犬であった。
但し馴染み深いそれとは何もかも違い過ぎる。
その犬は、大型トラックよりも巨大な体躯を持っていた。
その犬には、首が三つあった。
口から炎を吐きながら。
耳を劈く声をあげて咎人へ襲い掛かる姿は、嗚呼まさに。
「猫の仕事は振り回す事だ。気紛れに皆を翻弄して、疲れ切った奴等を横目に眠りこけるのさ」
地獄の番犬・ケルベロス!
不徳な亡者を貪り食う冥府神の飼い犬が、苦境のスカディへの駄目押しとして棺を飛び出し駆け出した!
「君は見事に"脱出"出来るかな。お手並み拝見だ、お嬢さん」
こうなるとスカディの状況は本当に地獄じみている。
体は鎖で雁字搦めにされ、足元は灼熱の血の池が満たし。
針山の剣刃が迫る中、空からやって来る悪食な蝙蝠達にも注意しなければならず。
挙句の果てには英霊でさえ手を焼くタルタロスの猛犬。
ハリー・フーディーニは脱出狂い。
あらゆる苦難は"彼ら"にとって、その性を満たす晩餐となる。
我々なら出来るぞ、我々ならやれるぞ、さぁ抜け出してみせろ。
脱出を極めたい余り、自分用の地獄を形成する自傷行為に九生腐心した生粋の破綻者。
その行き着く果てたる九番目が造る檻は当然のように悪逆無道の難攻不落。
外道の檻に閉じ込められた女神の美貌は哀れ恐怖と絶望に歪む――
「"脱出"? 何だいアンタ、アタシを檻に入れた気になってたのかよ」
――事はなく、響いたのは愉快さを隠そうともしない声だった。
373
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:05:06 ID:VcFvccHg0
ハリーの眉が動く。
常に老人のような諦観を湛えた彼の顔に浮かんだ、確かな驚きの感情。
「だとしたらアンタはやっぱり媚びるが仕事の猫さんだ。世を知らないにも程がある」
スカディを頭から貪らんと飛び掛かったケルベロス。
その巨体が、次の瞬間もんどり打って吹き飛んだ。
折れた牙が、飛び出した眼球が、空中に散っていくのが見える。
誰が信じられるだろうか。
獰猛で強靭な地獄の番犬を襲った災難の正体が、武器ですらない只の拳であったなどと。
ケルベロスを殴り飛ばしたスカディは臆する事なく剣刃犇めく針山地獄に踵を下ろす。
硝子の割れるような音がした。
女神に足蹴にされた針山が、霜柱のように砕け散った音だ。
「アタシを閉じ込めたいんなら――」
首に噛み付こうとした蝙蝠を逆に噛み返す。
ぐぢゃりと上下の歯で潰し、咀嚼し。
生焼けの肉料理のようになったそれを吐き出して。
怖気立つような血塗れの美貌で、女神は猫に言う。
「――せめてこの三倍は持って来るんだね」
地獄が反転する。
囚えたのではなく、囚われていたのだと理解が追い付いた。
理屈で生きるマジシャンらしからぬ行動と解った上で、反射的に煉獄の炎を引き出し放つ。
だが止まらない。
止められない。
「すぅ――お お お お お お ォ ォ ッ !!」
息を吸い込んだスカディが吼えた。
威嚇ではなく迎撃行動としてのシャウト。
猛烈な勢いで吐き出された空気が立ちはだかる炎を吹き散らす。
これで良し。
進軍は問題なく続行される。
「莫迦か君は…!」
「くっははははは! 褒め言葉にしか聞こえないねぇ!」
マジシャンである筈の己が、気付けば猛獣使いの真似事を強いられている。
ハリーの口からもう溜息は出なかった。
数多の難業を攻略し尽くした最高峰の脱出狂をして、全神経を注がなければ死ぬと直感したのだ。
自らが狩られる側である事を悟った獣は、押しなべて生存本能を活性化させる物だから。
「さぁさお返しだよ。踊って見せなァ!」
矢が女神の手元から解き放たれる。
耐久に悖るハリーでは一撃の被弾すら許されまい。
全身を駆け巡る危機感。
それが、枯れて尚逃れられない脱出狂の性を喚起する。
「――――」
「やっぱり本領は逃げ足か! 良いよ受けて立とう、兎狩りなんていつ振りだろうねェ!」
ハリーが刻むステップは実に奇妙だった。
目を瞠る軽やかさはない。
巧みな、超次元的な避け方をする訳でもない。
寧ろやっている事自体はごくありふれた、普通の域を出ない物だ。
374
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:06:00 ID:VcFvccHg0
なのにどういう訳だか、"当たらない"。
降り注ぐ矢のどれ一つ、その稚拙な足取りを捉えられない。
それだけならば矢避けの加護にでも助けられているのだと邪推も出来よう。
だが、矢の着弾に伴い生じる衝撃波。
冥界の蝙蝠を次々と蹴散らした破壊の力場。
これさえ回避しているのは、一体全体どういう訳か。
雨霰のように押し寄せては吹き荒ぶ致命の矢。
二本の腕で成されているとは思えない超高密度の弾幕の中には人独り分の隙間も見て取れない。
だとしてもハリーの動きに淀みはなかった。
完璧な回避を積み重ねながら、一瞬の隙を見てバック宙で致死圏を抜ける。
こうなれば後は只逃げるだけ、退くだけ。
万事それで罷り通るかに思われたが…、
“困ったな、ちょっと強すぎる”
どうも逃げられそうにない。
と言うより、逃がしてくれそうにない。
逃げを専門とする者だからこそ解る。
スカディの双眸と放つ殺気は、相手を地の果てまででも追い掛けてやると告げていた。
それに――理由はもう一つ。
“視線を感じる。散漫と見られている内は解らなかったけど、監視装置の類かな。
此処を退いて風夏を回収した所で、これがある限り当分は追跡されてしまう……か。どうにも分が悪いね”
ハリーの推測は当たっている。
正確には監視装置ではなく、目だ。
嘗てスカディが傲慢な神々から奪い返し、天へと奉じさせた父スィアチの両目。
ハリーが考える通りの監視索敵機能と、獲物の急所を暴く統制装置の役目を一手に担う第一宝具である。
言うなれば一度見つかった時点で既に駄目。
彼らはもう、スィアチに目を凝らされてしまった。
手品の小細工等、巨人の天眼は児戯のように見破ってみせるだろう。
如何に箱から抜けるのが上手くても、抜け出した先で捕まってしまえば元も子もない。
"前回"気の向くままに全方位を苛つかせ続けた酔狂者の奇術師。
女神スカディというサーヴァントは、まさしく彼らを捕らえる上での一つの答えだった。
そして。
「ご覧よ、今夜は星がよく見える。狩りをするにも酒を飲むにも、澄んだ星空の下が一番と決まってる」
天の眼で逃げ道を押さえたその上で。
女神スカディは、悠々と狩りを遂行する。
手足に鎖を巻き付けたまま、それを物ともせずに進軍し続ける巨女。
その体躯が一歩毎に大きくなって見えるのは果たして気の所為だろうか。
いいや違う。実際に大きくなっている。
彼女に追われる獲物の認識の中では、確かにそうなっている。
「今宵はきっと良い夜になる。長い事狩人やってるとね、狩場に立っただけで何となく解るのさ」
375
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:06:30 ID:VcFvccHg0
ハリーは考えた。
はて、今は何月だったか。
答えは五月。春が終わり初夏が来て、俄に暖かくなり出す頃。
なのに今、彼の背筋は真冬の雪原に立たされたように冷え切っていた。
生体機能としてではなく、魂の内側から這い上がって来るような凍え。
曰く人は、この耐え難い悪寒を戦慄と呼ぶ。
「その証拠に、早速こうして上物と巡り会えたんだ。嬉しくて、ちょっと景気付けがしたくなった」
不敵であるべきマジシャンの心胆をさえ寒からしめる圧倒的な破滅の気配。
ハリーの認識上では、スカディの背丈は倍を超えて三倍、四倍以上にまで至っている。
荒唐無稽な程の巨大化は、つまりそれだけ彼(えもの)が迫る狩人を畏れている事の証左。幻像だ。
「アタシはね、アツいのが好きだよ」
冬司る雪靴の女神。
でありながら、彼女は込み上げるその熱を歓迎する。
北欧に神は数あれど、彼女程熱のままに生きた者は居ない。
関わった全ての神にトラウマを刻み込んだ圧倒的暴力。
神代を終わらせた"白い巨人"にも通ずる物のある、絶対の進軍者だ。
「で、そんなアタシは今まさにアツくなってる。この意味が解るかい、子猫ちゃん」
「…さっぱりだね。答えを聞かせてくれるかい?」
「今度はアンタが地獄(ヘルヘイム)を見るって事さ」
嘗ては怒り。
されど今は高揚の儘に。
「天に坐す父上様よ、今日もアタシに教えておくれ。
体が熱くて堪らないんだ。こいつをアタシは、何処の誰に向けたらいい?」
天の星が娘の求めに応える。
「――"お前か"」
スィアチの娘は幾つになっても気儘なじゃじゃ馬。
故に一度火が点いたなら、彼女を止められる者は三千世界の何処にも無し。
狩人の眼光が改めて、逃げる子猫の姿を認めた。
「――『夜天輝く巨人の瞳(スリング・スィアチ)』ッ!」
かくて恐怖は顕現する。
全ての獲物にとっての悪夢。
只一匹の猫を射殺す為に、赫怒の巨人が立ち上がった。
376
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:07:05 ID:VcFvccHg0
拙い、と思った。
心底から死を感じた。
幾度の死を経験し、其処からも逃げ遂せた男が狼狽さえした。
シーシュポスの鎖が嘗てない勢いで放出される。
それは猛る巨人を今度こそ縛り無力化するべく迸り、女神の肌へと触れたが。
「邪魔だ」
次の瞬間、悲鳴のような音色を奏でて崩壊した。
これを皮切りに、今まで辛うじてスカディを束縛出来ていた鎖達も一箇所また一箇所と砕け散っていく。
純粋な怪力の前に敗北する冥界の獄(タルタロス)。
ハリー・フーディーニを襲う悪夢の本当の始まりはこの時だったと言っていい。
「なんて、出鱈目な……ッ」
スカディは特別な行動などしていない。
只歩いているだけだ。
人が偶にする気分転換の散歩。
それのスケールを巨人サイズに拡張しただけ。
なのにその一歩一歩が、ハリーが打つ全ての仕掛けを粉砕する。
地獄の辛苦が踏み潰され。
冥府の生物が小蠅でも払うように撲殺される。
この世の全てに有無を言わせない歩みは宛ら、凹凸な地面を均すよう。
「逃げてもいいよ。逃がさないけどね」
女神スカディの第一宝具――『夜天輝く巨人の瞳』。
索敵と統制を一挙に兼ねる、天に昇った父親の双眸。
但し其処には"平時は"という補足を付記するべきだ。
有事。娘の昂りが頂点に達したその時、天の双眼は姿そのままに形を変える。
「猫如きがこのアタシに首輪付けようとしやがったんだ。罰としてその耳引きちぎって、暖炉で干し肉にでもしてやるよ」
サーヴァントの十八番。
生前成した逸話の再現。
スカディの場合は、神々を震え上がらせた激怒の進撃。
見る者全てに格別の恐怖と戦慄を。
そして進撃する巨人には格段の情熱を。
共に約束しながら成し遂げる至高の狩り。
種も仕掛けも介在する余地のない、何処までも純粋な"強さ"という理不尽が具現する。
「さぁ行くよ。何時もみたいに避けてみな」
地で惑う猫を見下ろす、父神の双眸。
口角を好戦の形に吊り上げながら、娘神は矢を番える。
装填された矢の数は、あろう事かたったの一本きり。
取るに足らない。
気を張る必要もない。
先のような弾幕射撃ならいざ知らず、単発の矢などたとえ光速だろうが軽々避けられる。
ハリーの経験はそう告げている。
だがその生存本能は、けたたましいまでの警鐘をあげて迫る危機に叫喚していた。
377
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:07:38 ID:VcFvccHg0
“駄目だ、これは”
マジシャンの誇りを目の前の現実が超えて来る。
“これを放たせてはいけない”
九度の生涯の中で、間違いなく一番であろう緊張。
“放たせてしまったら、その時ぼくは”
神の恐ろしさを九生の先で初めて知る。
靴底で地を蹴り、逃避の為に全神経を研ぎ澄ます。
“ぼくは――逃げ切れるのか?”
絶望にしか聞こえない自問。
が、こんな時でも魂の病痾は抜けないらしい。
少なくともスカディにはそれが解った。
ハリーの浮かべた顔を見てしまったから、この状況でつい吹き出してしまう。
「何だいアンタ。さっきまで悟ったみたいな澄まし顔してた癖に」
感情に乏しい幼顔。
見ようによっては老人のようにも見える諦観と辟易の相。
その口元が、期待するように緩んでいるのを。
確かに、スカディは見た。
「死が迫って来た途端――随分と楽しそうじゃないのさ」
刹那、破滅が解き放たれる。
『夜天輝く巨人の瞳』の真髄は只この一瞬に。
感情とはこの世で最も強大なエネルギーで。
それを素に進撃した巨人が放つ一矢は、まさに究極と言っていい破壊を秘める。
敵の霊核に向けて放たれるその矢に"技"はない。
スカディの技量を考えれば稚拙も良い所の射撃だが。
されど其処には、先のとは比べ物にならない程純然たる感情が宿っている。
殺意。必ず殺すという強い意思。
一念鬼神に通ずと人は言うが、ならば神がそれに倣った結果起こる事象は尋常の域には到底収まらない。
敢えて全ての"技"を排して衝動の儘打ち込むからこそ、巨人の激昂は遍く敵を捻じ伏せるのだ。
無駄多く、技なく、理屈なく。
故にこの世の何事よりも絶対的。
あらゆる利口を贅肉として削ぎ落とすからこそ、この矢は狩猟の真理に届く。
理屈で常識を騙すが生業の奇術師からすれば、その在り方はまさに対極。
そして、天敵。
「――――!」
ハリーが何かを叫んだ。
言葉だったかもしれないし、断末魔だったかもしれない。
何にせよその朧気な音が女神の耳に届く事はなかった。
矢が着弾し、隕石でも落ちたのかと見紛うような衝撃と轟音を響かせたからだ。
粉塵が巻き上げられ、大地が無惨に捲れ上がった"爆心地"の姿が晒される。
「ふう。景気付けとしちゃこんなもんかね」
風に揺れる髪を片手で抑えながらスカディは漸く弓を下ろした。
「アギリから聞いちゃいたが、まさか主従揃って此処までの逃げ上手とは。
とはいえ相手が悪かったね。アタシは狩人だ……逃げる獲物は追わずに居られない性分なのさ」
巧みな逃げ、窮地からの脱出。
それを見せ付けられる程に狩人の性は昂る。
どれだけ弾を使っても必ず躱し、煽るように躍って見せる獣。
狩りを生業にする者にとっては極上以外の何物でもない。
その点やはり、スカディはハリー・フーディーニにとって天敵だったのだ。
彼が見せる全ての逃げ、全ての技は彼女の興を掻き立てる肴になってしまう。
彼はスカディの逆鱗に触れた。
怒りとは違う形で、雪靴の女神の真髄を呼び起こしてしまった。
ハリーの落ち度は其処だけ。
詰まる所は相手が悪かった、悪過ぎた。
脱出を極め尽くしたからこそ待ち受けていた彼専用の地獄の門。
哀れな子猫は露と散り、最早肉片も残っていないだろう。
「…耳で燻製でも拵えようと思ったんだけどねぇ。昂ると加減出来ないのは悪い癖だな」
スカディは己の短腹に苦笑しながら、一応検分くらいはしておくかと足を前に出した。
378
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:08:40 ID:VcFvccHg0
「――うお」
その矢先。
頬を掠める弾丸の熱に、女神は声を漏らした。
「……、」
伝い落ちるルビー色の雫。
擬似的な地獄巡りの中でさえ流れなかったスカディの血。
それが今、たかが一発の銃弾によって流された事実。
彼女自身でさえ信じ難いと思う流血を指で掬いながら。
スカディは土煙の向こうに立つ痩せぎすの影を見つめていた。
「こんなのばっかりか、はこっちのセリフだよ。今日は妙な英霊によく会うもんだ」
猫耳の少年、ではなく。
軍服姿の老人が立っている。
右手には煙の昇る突撃銃。
「なぁお爺ちゃん。アンタからさっきのガキと同じ匂いがするんだが、アンタらどういう関係だい?」
スラッグ弾の薬莢を排出しながら、彼は辟易の表情でスカディを見た。
「――ヴァルハラか?」
「はい?」
「ヴァルハラの手の者だな貴様。ヴェラチュールの小僧め、そんなにも吾輩にしてやられた事が悔しいか」
「いや、あの…。話聞いてる? もしもーし」
「惚けおってこの吾輩の目は騙せんぞ。ワルキューレでは手が足りぬと踏んで巨人族に声を掛けるとはな。
良い度胸だ、ならば何度でも袖にしてやろう。吾輩はエインヘリヤルになぞ決して戻らん」
「……」
「貴様らと来たら口を開けば吾輩を英雄だ何だと褒めそやすがな、第四次大戦で吾輩が立てた武勲は全て敵前逃亡の副産物だ。
殺し殺されの戦場が嫌で逃げ回り続けて、漸く床の上で死ねたと思えばあのような地獄に案内された吾輩の身にもなってみろ。
帰らぬぞ、戻らぬぞ。石に齧り付いてでも断固として拒否するぞ。解ったら疾く荷物を纏めて帰れ小娘。吾輩は忙しいのだ」
「ダメだボケてるわこの爺ちゃん」
支離滅裂な言動にスカディは眉間を押さえる。
全く以って不可解な状況だった。
消えた猫耳のサーヴァント。
それと入れ替わりで現れた、この痴呆の入った軍服老人。
されどスカディの佇まいに油断は皆無だ。
たとえ姿が変わろうと狩人の鼻は誤魔化せない。
先程指摘した通り、"猫耳"と"老人"は完全に同じ匂いを放っていた。
つまり同一人物の可能性が非常に高い。
だが逆に言えば其処以外は何もかも違う。
骨格は勿論の事、霊基も恐らく全くの別物だ。
極めつけに今しがたの発言。
老人の発言は一から十まで支離滅裂だったが、中でも群を抜いて奇妙な単語が一つ混ざっているのを、スカディは聞き逃さなかった。
「第四次ってのは、"世界大戦"の話かな」
令和六年五月三日現在。
世界大戦は二度しか行われていない。
「だとすりゃアンタ――いつの時代の英霊なんだい?」
スカディの問いに老人は答えなかった。
返答の代わりに、その突撃銃を静かに向ける。
シーシュポスの鎖やミクトランの蝙蝠に比べれば実にありふれた武装だ。
だがこの時スカディは、"彼ら"との戦いが始まってから随一の重圧を感じていた。
「吾輩は行かねばならんのだ。吾輩の代で…たかだか五生でフーディーニを終わらせる訳には行かぬ」
向けられた黒い銃口。
それが冥府まで続くトンネルのように見える。
死だ。死が其処にはある。
死の国の門が口を開けて誘っている。
「それを邪魔立てするというなら、吾輩は……」
気付けばスカディは笑っていた。
笑わずにいられるものかと誰にともなく言い訳する。
「――神であろうと殺してくれるぞ」
猫を追い回して入った暗い森の奥に、怪物が居た。
猫を狩るのも乙ではあるが、やはり強い獲物程唆らせてくれる物はない。
「いいね。やろうか」
弓を番える。
怪物は怯えない。
老いさらばえた鹿のように震える両足で大地を踏み締め。
時が止まったようにミクロ単位のブレもない右手でショットガンを構える。
「アンタ、名前は?」
「…神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属……"ハリー・フーディーニ"………」
怪物戦線、継続。
九生は棺に戻り、代わりに起こされたのは最も人を殺めた狂乱の老兵。
心神喪失の逃亡者。
――第五生のハリー・フーディーニ。
◆ ◆ ◆
379
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:09:17 ID:VcFvccHg0
一方その頃。
もう片方の戦線も、勿論地獄の有様を呈していた。
炎が舞う。
爆発力さえ伴って弾けた紅蓮が少女の周りを囲い込む。
起爆剤を必要とせずに急燃焼を起こすそれがどれ程熱いのか等考えるまでもない。
一度でもこれに巻かれればヒトは決して生存出来ないだろう。
呼吸しただけで気道が焼け爛れる本物の焦熱地獄だ。
そんな嚇炎に包まれた少女が炭になるまで焼き尽くされる未来は最早確実。
そう見越されたが、然し。
炎の渦からタキシード姿の少女がくるりと躍り出る。
肌は愚か気取り尽くした衣服まで僅か程も焼けていない。
そこまではいい。そういう事もあるだろう。
だが煤さえ被っていないのは一体如何なる道理か。
解らないし、解ろうという気も起きない。
それが赤坂亜切の素直な感情だった。
ひと度戦い始めれば狂気の儘に燃え盛るが性の葬儀屋の顔は酷く冷めている。
退屈な映画でも見るような顔で少女のダンスを見つめていた。
其処にあるのは呆れと苛立ち。
相変わらずの目障りさを存分に発揮する怨敵も然る事ながら、未だにこの不愉快な生物一匹に手を拱いてしまう自分への不満もあった。
そんなアギリの心理を見抜いたように脱出王、三生のフーディーニは言う。
「アギリは相変わらずだね。舞台ってのはもっとワクワクしながら楽しむもんだよ?」
「相変わらずは君の方だろオカマ野郎。どうせなら玉じゃなくて頭去勢して来いよ」
「やだ下品。ほらあれやってもいいんだよ? お姉ちゃん力がー、妹力がーってお得意の奴」
ひらひら手を振って脱出王が言う。
次の瞬間、山越風夏の五体は爆炎の中に消えた。
攻撃の意思決定から現象の発生まで一秒を遠く下回る。
アギリは荒れ狂う炎の中に躊躇なく自ら飛び込んだ。
そうして、大火事の中で当たり前のように無傷で寛ぐマジシャンへ右手を伸ばす。
「糞に姉も妹もあるかよ」
「く、糞ぉッ!? 流石に言われた事ない悪口なんだけど!」
「あぁそう知らないようなら教えてやるよ。君の事好きな人間なんてこの世に一人も居ないからな」
魔眼の破損はアギリを真の魔人に変えた。
今の彼は己が肉体を火元にして燃え盛る炎の化身である。
であればこうして接近戦に持ち込む事も当然可能。
寧ろ対脱出王に限れば魔眼が壊れてくれた事は僥倖ですらあった。
見てから燃やすという葬儀屋のスタイルでは脱出王に猶予を与えてしまう。
視認し、収斂させ、発火を起こす。
不可能を可能にする驚異の奇術師にしてみれば欠伸が出る程長大なタイムラグだ。
その点今のアギリは工程の一と二をすっ飛ばして即発火に持ち込む事が出来る。
更に言うなら、このムカつくマジシャンを直接自分の手で触れて燃やせる点もアギリ的には高ポイントだった。
380
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:10:11 ID:VcFvccHg0
「はーあ。ジャックといい君といい、皆私にも心が有るって事をもうちょっと気にして欲しいね」
とはいえ、それでも彼女に当てるのは至難を極める。
原理等そもそも存在するのかさえ怪しい究極の脱出術は、こと避けるという事に限ればどんな宝具より高性能だ。
実際アギリは今、ほぼ顔を突き合わせるような間合いまで近付いて燃え続けているが、炎も振るう手足も彼女に掠りさえしていない。
死んで姿が変わっても脱出王の特性は健在。
いや、それどころか前以上に冴え渡っていると言って良かった。
“アーチャーの方も手こずってるな。前回のシャストルじゃないが、やっぱり碌でもない奴には相応の糞が寄り付くらしい”
その言葉がブーメランになっている自覚は勿論アギリにはない。
我も人、彼も人。狂人達はそんな高尚な倫理とは全く無縁だ。
「だけどアギリってさ、捻くれてる風に見えて実は結構素直だよね」
「…何が言いたい?」
「あれ、解らない? 現にほら、割と簡単に私と一対一になってくれたじゃないか」
不快感に眉間が歪む。
気付いたからだ。
狂人同士の1on1というこの状況は、他でもない脱出王の意図で組まれた物であると。
「あの場で話すには君のサーヴァントが邪魔でね。全くえらいの呼んでくれたもんだよ、見た所彼女、私の天敵だろ?」
「どうだかね」
「ランサーも草葉の陰で泣いてるよ。あんなに健気に君を人の道に引き戻そうと頑張ってたのに」
「そうだね、確かにあいつには気の毒な事をしたかもな。それで? 遺言は終わったかい、脱出王」
火力上昇。
巨大な火球と見紛う程の規模でアギリが殺意を燃やす。
「終わってないし遺言じゃないよ。折角会えたんだから、君にも教えてあげようと思ったんだ」
「教わる? ハッ、言うに事欠いて僕が君にか」
電柱やガードレールを溶かしながら炸裂した嚇炎の中から変わらず響く声。
アギリはその言い草に嘲笑を返すが、次の言葉を聞けば押し黙るしかなかった。
「祓葉が来るよ」
「…――おい」
燃え上がるような殺意とは違う。
低く凍て付いた静謐の殺意が迸る。
「君如きが気安くあの子の名前を口にするなよ。引き裂いて黒焼きにするぞ」
「嘘じゃないよ」
煽りだとすれば話題が悪過ぎた。
彼らの前でその名前を出す事は自殺行為にも等しい。
然し。
"脱出王"山越風夏もまた、彼と同じくその名に憑かれた狂人である。
「君達だって、何か察したからわざわざ新宿に来たんだろう?
それとも何か突き止めたとか。例えば"半グレ組織の抗争"とかね」
その読みは当たっていた。
アギリは嘗ての職業柄、ある程度裏社会の人脈を有している。
デュラハンと刀凶聯合…残忍で知られる二つの組織が揉めている話を仕入れるのは難しくなかった。
デュラハンは兎も角刀凶についてはその残忍さも然る事ながら、明らかに一介の半グレ組織が持てる筈のない重武装を所有していると聞く。
恐らく其処にはサーヴァントの介在がある。
であれば両組織の抗争は勢力争いの皮を被った英霊同士の戦いである可能性が高いと踏み、様子見も兼ねて遥々新宿まで足を運んだ訳だ。
「祓葉の性格は君も知ってるだろう。祭りの匂いに釣られない訳がない」
381
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:11:02 ID:VcFvccHg0
「君もお祭りの当事者って訳か、脱出王」
「御明察。私はデュラハンなんだけどね、刀凶さんちじゃあのノクトがケツモチをやってるらしい」
「そりゃまた莫迦な奴らだな。好んで時限爆弾を傍に置きたがるなんて」
「それは私も同感。でも悪国君のサーヴァントは凄いし酷いよ。私も全貌を知ってる訳じゃないが、奴は恐らく黙示録の赤騎士だ。レッドライダーって奴だね。六本木が核爆弾で吹っ飛んだのは聞いてるだろ?」
とはいえ流石に聖杯戦争絡みの情報は流通して来ない。
風夏が世間話感覚で言った悪国のサーヴァントの話も、アギリは初耳だった。
…これが本当なら確かにとんでもなくでかい祭りになる。
それこそ、神を呼ぶにはこれ以上ない規模の祭りに。
「君等だけかい? 交ざるのは」
「イリスとミロクは解らないけど、ジャックは多分来ると思うよ。他に質問は?」
はじまりの六人の過半数が集う戦争。
前回の規模にも劣らない大惨事となるだろう。
ともすれば超えて来る可能性だって十分にある。
少なくとも翌朝、この新宿の町並みが原型を留めている可能性は非常に低い。
それがアギリの見立てだった。
「いいよ、十分だ。そういう事なら僕も出る。というか出ない理由がない」
「だよね。君ならそう言ってくれると思ってたよ」
「君等クズ共に先を越されちゃ堪らない。お姉(妹)ちゃんの家族として、しっかり一番槍を切らせて貰わないとな」
言うアギリの声色にはあからさまな喜悦が混ざっている。
祓葉が来る、祓葉に会える。
それは彼にとって生き別れた家族との再会を意味する。
少なくとも彼の中でだけは、誰が何と言おうとそうなのだ。
「情報料は私達を見逃してくれるだけでいいよ。一応は仲間だからね、デュラハンに顔出しくらいはしておきたいんだ」
「心配しなくても今の話聞いてこれ以上君にかかずらおうって気は起きないよ。時間の無駄だ」
「助かる助かる。私も貴重な令呪を開演前に減らすのは嫌だったからさ」
アギリはあんなに燃え盛ってた炎をあっさり引っ込めた。
彼の感情が、もう脱出王に対し昂ぶっていない事の証だ。
祓葉という念願を前にして、他の事に割ける情熱等ない。
今は目前の怨敵を殺すよりも、早くスカディと合流して祭りの始まりに備えたい気で一杯だった。
相変わらず傷一つ、煤汚れ一つない風夏はアギリに手を振って踵を返す。
「またねアギリ。生き延びられたら、今の祓葉と遊んだ感想を聞かせてよ」
「考えとくよ。さよなら、ハリー・フーディーニ」
その背中に躊躇なく右手を向けて。
刹那、嚇炎の火炎放射を吐き掛ける。
惜しみなく火力を注ぎ込んでの一撃は、二人の対峙する路地を埋め尽くす勢いで広がっていった。
軈て炎が晴れた時。其処にもう少女の姿はない。
代わりに四隅が焦げた白紙が一枚、ひらひらと舞ってアギリの手元にやって来る。
『P.S.
君は必ず立ち去る私の背中を撃つだろう(然しそれは決して当たらないだろう)! :)』
…読んだ瞬間に握り潰した事は言うまでもない。
次は何が何でも絶対殺そうと心に誓った。
◆ ◆ ◆
382
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:11:36 ID:VcFvccHg0
巨人の矢が空爆のように降り注ぐ。
その中を老人は虚ろな足取りで進む。
当然のように矢は当たらない。
回避の意思すら見て取れないのに、全てが空を切る。
業を煮やしたスカディが突撃した。
スキー板を振り翳してのインファイト。
彼女のクラスはアーチャーだが、射手が接近戦を不得手とするなんて常識も巨人の身体能力は容易く捻じ伏せる。
セイバーやランサーのクラスと比較しても引けを取らないだろうパワーとスピード。
剛柔併せ持つ壮烈の暴風。
「ヴェラチュールの牝犬め、喧しいぞ」
老人が舌打ちをした。
足を止め、ショットガンを構える。
ダン!! という鋭い破裂音。
放たれたスラッグ弾は針の穴を通すようにスカディの暴乱の網目を掻い潜り、彼女の喉笛に駆けていく。
「牝犬って……まぁ間違いじゃないか。奴さんもよく嘆いてたしな、とんだケダモノを娶っちまったって」
懐かしむように言いながら、スカディは迫る凶弾を首を横に倒して回避。
たかが弾丸を避ける等凡そ彼女らしからぬ行動だが、それだけ老人の技巧が油断ならない物であるという事だ。
次弾を装填する隙を与えまいと至近距離から矢を放つ。
三射同時の拡散射撃を受けて、老人は漸く逃げ以外の行動を取った。
シーシュポスの鎖。
ハリー・フーディーニの最も愛用するそれを引き出し、撓らせて展開し即席の盾に用いたのだ。
「…冥界の鎖に番犬、仏教徒の地獄、南米の冥府、おまけにボケてるとはいえヴァルハラがどうこうって言動。
全く呆れたもんだ。本当に死の国から抜け出してくる奴があるかよ」
脱出王の真名はハリー・フーディーニ。
異常な生存能力を有する傾奇者の魔人。
其処まではアギリから聞いていたが、正直に言って想像を超えた奇天烈ぶりだった。
死の国から脱出しただけでは飽き足らず、輪廻転生を重ねて歴史に名を刻み続ける怪人。
未来の英霊という時点で特級のイレギュラーだというのに、自分自身の転生体を呼び出す等聞いた事もない。
素直に感心さえしているスカディだったが老人は意に介する事もなく。
何を思ったか鎖を蝸牛のヤドのように渦巻かせ、しかもそれを何層にも重ね出していた。
譫言のように何か呟きながら。
重ね造った鎖渦に銃口を合わせ、引き金を引く。
ボケも極まった無駄撃ちだ。
最初はスカディでさえそう思った。
然し次の瞬間、彼女は心からの驚愕に目を見開く事になった。
「――ッ! おいおい嘘だろう……!?」
放たれたスラッグ弾。
それが、鎖の渦をすり抜けていく。
超常的な現象等何も起きていない。
折り重なった鎖の層の中で唯一向こう側へ通じている空洞。
鎖の丸環で繋がった"孔"に弾丸を通しただけだ。
孔の中を通っていく中で弾は研磨され、削られ、鋭く鋭く変形する。
383
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:12:17 ID:VcFvccHg0
要は――研いでいるのだ。
弾を研ぎ、より殺傷能力に長けた魔弾に至らせようとしている!
“癪だが、防ぐしかないね…!”
直撃すれば霊核まで貫通されかねない。
そう直感したスカディは屈辱さえ覚えながら防御に出た。
スキー板を構えて、自分のお株を奪う近距離射撃に対応する。
僅かという表現では足りない程短い猶予。
その中で彼女は出来る最善を尽くしたが……。
「――ッチ。やるじゃないのさ」
板面には風穴。
穴の向こうには血の色が見える。
穿った場所は脇腹だ。
蛇杖堂の天蠍との交戦で受けた不覚。
今も癒えないままの傷口に銃創を追加して穿り返した。
口から溢れた一筋の血を拭いながら、スカディは全力でスキー板を薙ぎ払う。
老人はたたらを踏むような動きで後ろに下がって避けた。
痴呆症特有の虚ろな目付きを泳がせながらも次弾を装填する動作には一切の無駄がない。
五生のフーディーニは職業軍人。
九生の中で最も、そのマジックを攻撃へ転用して生きた異端の脱出王。
彼の魂もまた脱出を希求し続けているが、彼はその為に流血を生む事を躊躇しない。
"果て"の猫が窮地で彼の棺を開けたのはそういう訳だ。
最も適役のハリーを出して命を繋ぎつつ、迫る死からの脱出の望みを懸けた。
「猫に伝えときな。ちょっと見直したってね」
スカディは言うなり板を背負ってしまう。
これ以上の交戦意思がない事を物語る行動だった。
「アンタらの逃げ足を攻め落としてみたい気はあるが、何やら獲物の群れが来るらしい。
少々惜しいが此処はお預けにしておくよ。そら、何処にでも逃げなボケ老人」
「………………」
シッシッ、と手で払う動作をすると。
老人は虚ろな目と足取りのまま、空に溶けるように霊体化した。
「やれやれ、今日は取り逃がしてばっかりだね。本番は此処からみたいだし、まぁ良いけどさ」
不満も露わに眉を顰めてスカディは言う。
アギリからの念話は既に伝わっていた。
直に町が揺れる。
血湧き肉躍り獲物群れなす、火祭りの時がやって来る。
つまり夜の本番という訳だ。
三度に渡って相手を取り逃している現状は腹立たしかったが、この情報に免じて良しとする。
「――退屈だったら承知しないよ。解ってんだろうねぇ、アギリ」
狩りを続けよう。
肉を射抜こう。
命を屠ろう。
猫も獣も人間も、神や化生さえ全てが彼女の獲物。
その手に弓と矢が握られている限り、この世の誰も雪山の摂理からは逃れられない。
384
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:13:19 ID:VcFvccHg0
【新宿区・信濃町/一日目・夜間】
【赤坂亜切】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、左手に肉腫が侵食(進行停止済、動作に支障あり)
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:新宿の戦いに介入し、お姉(妹)ちゃんを待つ。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉? 寝言は寝て言えよ。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。
【アーチャー(スカディ)】
[状態]:脇腹負傷(自分でちぎった+銃創が貫通)、蛇毒による激痛(行動に支障なし)
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:夜の本番が来る。ワクワクするねぇ。
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)は――もっと育ったら遭いに行こうか。
4:変な英霊の多い聖杯戦争だこと。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:健康、うきうき&はりきり
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:〈デュラハン〉の所に顔を出す。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:世界に孔穿つ手段の模索。脱出させてあげる相手は、追々探ろう。人選は凝りたいね。
3:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
4:うんうん、いい感じに育ってるね。たのしみたのしみ!
5:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
6:祓葉が相変わらずで何より。そうでなくっちゃね、ふふふ。
7:決戦では刀凶に嫌がらせしつつ脱出者の候補探しをしたい。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第五生のハリーと入れ替わり中
五生→健康
九生→疲労(大)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
宝具『棺からの脱出』を使って第五生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
・神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
・スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
・ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。
385
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:13:38 ID:VcFvccHg0
投下終了です
386
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/25(日) 15:07:01 ID:nFrTlvJQ0
アンジェリカ・アルロニカ&アーチャー、ホムンクルス36号&アサシン、輪堂天梨&アヴェンジャー予約します
387
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 22:59:53 ID:QX2HSDzY0
投下します。
388
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:00:23 ID:QX2HSDzY0
『――――初めまして、ノクト・サムスタンプ。悪名高き〈夜の虎〉よ』
電話の向こうの声は、開口一番そう言った。
一瞬の驚き。だがすぐに、去来した納得がそれを塗り潰す。
自分が唯一落とせなかった芸能事務所。
そこに這う、得体の知れない気配――その主が平凡という方がかえって不気味だ。
「そういうアンタは綿貫さんかい? 光栄だな、天下のしらすエンターテインメントの代表取締役殿に認知されてるとは。俺もでかくなったもんだ」
情報が追えないだけなら予想の範囲内。
むしろ当たりを引いたと言ってもいい。
少なくともそこには介入を察知し、拒める誰かがいる。それが分かったなら後は本格的に仕事の時間と洒落込むだけだから。
だが。
『見くびってもらっては困るな、君が東京に入った情報は随分前から感知していたよ。
私は君に比べれば非才の身だがね、情報網だけは良いものを持っているんだ』
引き出した情報がことごとく、人を小馬鹿にしたように歪曲されていたとなれば話は別だ。
自分の人形と使い魔を壊し、狂わせ、挑発じみた返しを送り付けてくる何者か。
謀略戦は臨むところだ。その分野でなら時計塔のロードや上級死徒にだって引けを取らない自信がある。
にもかかわらずノクトが二の足を踏んだ理由は、強いて言うなら"本能的な警戒"。
『例えば、君が"二周目"であることも既に知っている。
君の手管は厄介だからな。いずれこっちから会いに行こうと思っていたので、正直手間が省けたよ』
臆病は美徳だ。
力のない人間が鉄火場を渡り歩く上で、これ以上の才能はない。
それがまた、こうして証明される。
得体の知れない怪物は当然のようにすべてを知っていた。
自分の名はおろか、この聖杯戦争における立ち位置までも。
であれば恐らく彼は、その情報が値千金の価値を持つことも分かっているのだろう。
そして無論。都市の中核たる、あの白い少女のことも。
『それで? 何用かな、はじまりの狂人。
君のことだ、私にこうして進んで関わろうとすることのリスクは承知しているね。
それとも幻想種(おとくいさま)の庇護が利く今ならば……と思ったかな? 夜の女王は寛大らしい。家名に泥を塗った魔術使いの野良犬にさえ、変わらぬ寵愛を下さるとは』
「ハッ、あの化け物どもにそんなお優しい心なんざあるかよ。
大事なのは契約を正しく履行することだ。それさえ抜かりなくこなしてりゃ、別に文句は言われないさ」
所詮電話越し。
されど、一瞬の油断も許されはしない。
怪物と関わる時はいつだって緊張するが、今感じているのは完全にそれと同じだった。
ノクトは現時点でもう既に、通話の向こうの相手を同じ人間と思うことをやめている。
可能なら取引(ディール)でさえ関わりたくはない相手。
だからこそ彼は慎重を期し、機会を先延ばしにし続けてきた。
そんな男が、決戦を控えた今このタイミングで、わざわざ破滅と隣り合わせの勝負に臨んだ理由。
――――ノクト・サムスタンプは、『夜の女王』と契約を結んでいる。
「で、用件か。
そうだな、その前にひとつ無駄話に付き合って貰ってもいいかい」
夜を見通す力。
夜に溶け込む力。
夜に鋭く動く力。
これら三種を統合し、『夜に親しむ力』と呼称する。
現在時刻は二十二時を回っている。
夜は深まり、陽光の兆しなぞとうにない。
であれば、それは。
「率直な疑問なんだが――――アンタ本当に、綿貫齋木なんて人間か?」
夜の虎、非情の数式。
そう呼ばれた傭兵の、独壇場(キリングフィールド)である。
◇◇
389
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:01:26 ID:QX2HSDzY0
激烈なまでの存在感を放って、老人はレミュリンの眼前に座っていた。
長い白髪が目についたが、逆に言えばそれ以外に老いぼれらしい部分はひとつもない。
灰一色のスーツとコート越しにも分かる、鍛え抜いたラガーマンを思わす筋骨隆々の肉体。
この男を前にして衰えの二文字を想起する者がいるとしたら、それは其奴の眼が衰えているのだと言わざるを得まい。
――おじいちゃんって言ってなかったっけ……?
それが、彼を見たレミュリンがいの一番に抱いた感想だった。
絵里の話では相当な高齢ということだったが、目の前で話す男はどう見ても五十〜六十代にしか見えない。
白髪さえなければ"老人"と言われても疑問符が付くかもしれない。そのくらい、強壮なバイタリティに溢れた男であった。
大規模な戦闘が行われたばかりの港区を横断するのは心配だったが、あの後は幸い何事もなく目的地まで辿り着くことができた。
レミュリン・ウェルブレイシス・スタールの現在地は蛇杖堂記念病院。
〈蝗害〉の襲撃を受けたことで、夜も深まった今でさえ医師や看護師が忙しなく動き回っている。
そんな状況でも、受付で一言『ジャック院長の親戚です』と伝えると慌てた様子ですぐに通してもらえた。
今、レミュリンがいるのは記念病院の院長室。
客人用の座椅子に座らされて、少女は〈はじまり〉を知る暴君と対面していた。
「スタール夫妻の忘れ形見か。随分と貧相なナリだが、困窮でもしているのか?」
「……えっ」
名乗る前から言い当てられて、思わずびっくりしてしまう。
名前のことではない。"スタール夫妻の忘れ形見"と、寂句は言ったのだ。
つまり彼は自分が家族を失い、ひとり残された身の上であるのまで知っているということになる。
咄嗟に絵里の方を見るが、彼女も戸惑ったような顔をしていた。
「絵里さん、受付でそこまで言ってた……?」
「言ってません言ってません! 流石に私とレミーちゃんの名前くらいは伝えましたけど、それ以上は――」
「何をコソコソやっている。私の下へ乗り込んでくる胆力があるのなら、せめて虚勢くらい張り通してみせろ。まったく……」
ひそひそと相談し合うふたりに、寂句は呆れたように溜息を吐く。
彼はレミュリンから視線を移し、絵里の方を見た。
「……どいつもこいつも、実に見下げた無能どもだ。忙しい中わざわざ時間を割いてやった厚遇に精々感謝するのだな」
「は、はい……! えと、それについては本当にありがたいと思ってます……っ」
傲慢さを隠そうともしない、威圧感たっぷりの物言い。
レミュリンは思わず気圧されて、ぺこぺこ頭を下げた。
相手が年長者とはいえ、本来なら初対面で無能呼ばわりされたことに怒るべき場面なのだろうが、レミュリンにその度胸はなかった。
寂句の言葉と、彼が絵里に向けた視線の意味を真に理解することないまま、恐縮した様子で寂句に遜る。
390
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:02:01 ID:QX2HSDzY0
(レミュリン)
(……大丈夫。ちょっと緊張してるけど、頑張るよ)
(そっか、ならいい。
いざとなれば俺がこの身に代えても君達を守ってやる。
大船に乗ったつもりで、聞きたいこと全部どーんとぶち撒けちまいな)
(うん、ランサー。……ありがとね、頼りにしてる)
レミュリンも必死だ。何せ相手はやっとの思いで掴んだ情報源。赤坂亜切の人となりを知る人物なのだ。
それを除いてもこの男はただの老人ではない。あの白神と共に〈はじまりの聖杯戦争〉を囲んだ、始原の六人。そのひとり。
不興を買って蹴り出されるならまだ穏当。最悪、この場で戦闘に発展する可能性すら優にあり得る相手。
そうなれば自分ひとりの不利益じゃ済まない。善意で此処まで付き合ってくれた絵里の身にまで危険が及びかねない。
だから兎にも角にも、目の前のいかにも気難しそうな老人を刺激しないことに全力を注ぐ。
そんなレミュリンの健気な姿をつまらなそうに見つめ、寂句はふんと鼻を鳴らした。
「それで、あの……」
「いい。時間の無駄だ」
「――えっ、いや」
「スタールの遺児が遥々訪ねてきた時点で想像は付く。
大方、燃やされた家族の仇について聞きたいというところだろう?
さっきも言ったが、私は多忙なのだ。貴様の糞にもならん身の上話に付き合う気はない」
想定していた段取りが崩壊する。
レミュリンは、蛇杖堂寂句という男の聡明を侮っていた。
いや、この場合に限っては――博識を、と言うべきだろうか。
「根拠なく私に辿り着いたとは考え難い。
葬儀屋・赤坂亜切――その名前はもう探り当てているな?」
「……は、はい。そうです、ドクター・ジャクク」
「相手の善意に期待して敵陣に乗り込むなど無能の極みだが……運が良かったな。
私はこれから大きな仕事を控えている。その前に無益な争いで消耗する気はない」
蛇杖堂寂句もまた狂人である。それは先に述べた通り。
が、彼は件のアギリや、レミュリンが数時間前に会敵した"蝗害の魔女"に比べれば幾らか理性的だ。
寂句の狂気はただひとつの太陽にのみ向けられていて、彼ら特有の宿痾を刺激しない限りは多少話が通じる。
暴君との戦闘という最悪の展開を避けられたことは、レミュリン達にとって間違いなく幸運だったと言えるだろう。
「して貴様、奴の何を知りたいというのだ?」
胸を撫で下ろしかけるが、無論、まだ安心するような局面ではない。
本題は此処からなのだ。幾つかの幸運と寂句の寛大に助けられてようやくスタートラインに立てた形。
気を緩めるな。頭を回し続けろ。自分に言い聞かせながら――レミュリンは、口を開いた。
391
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:04:25 ID:QX2HSDzY0
「ドクター・ジャクク。あなたは、アギリ・アカサカとしのぎを削ったって聞いてる」
「……、……」
「あなたの口から、彼の話を聞きたい。内容は何でもいいけど、できるだけ多く」
「見かけによらず贅沢な童だ。あんな異常者の人となりなど、知ったところで毒にしかならんというのにな」
贅沢にもなる。この機を逃すわけには絶対にいかないのだから。
聖杯戦争はこうしている今も進んでいる。港区で起きたようなことが、今後自分達の身に降りかからない保証はどこにもない。
すべての出会いが一期一会。ひとつでも疎かにすれば家族の仇に対面することも、あの日の真相を知ることもできないまま終わってしまうかもしれない。
その最悪を避けるためなら、レミュリンはどれだけだって欲張る気だった。
まして今目の前にいるのはかの葬儀屋と命を懸けて殺し合い、彼を深く理解しているだろう男である。
そして寂句は、いじらしい少女の願いを受けて――
「赤坂亜切。元・職業暗殺者。通称は葬儀屋。魔術師としては非才の部類だが、凶悪な魔眼を有する発火能力者(パイロキネシスト)」
「………っ」
「元は強烈な眼光束を用いて標的を直接発火させる代物だったが、既に奴の魔眼は故障している。
以前ほどの必殺性はないものの、代わりに攻撃範囲と奴自身の戦闘能力に大幅な向上が見られた。
人格もまた然り。完全に破綻している。神寂祓葉という女については知っているな? 奴は其奴の虜だ。もし顔を合わせる機会があったなら、その話題は徹底的に避けるべきだな。家族の後を追いたいのなら止めはしないが」
「……、……」
「――メモを取らなくていいのか? 後で聞き返しても私は答えんぞ、無能が。そこまで面倒を見る義理はない」
「あっ。あ、はい……! ちょ、ちょっと待ってくださいね……あれ、うあ、どこにしまったっけ、わたし……!」
矢継ぎ早。立て板に水。
そう呼ぶに相応しい速度で捲し立てられる情報の洪水に、レミュリンは完全に圧倒されてしまっていた。
あたふたと慌ててメモ帳(此処に来る道中コンビニで調達)を取り出し、急ぎ乱れた筆致で聞いた内容を記録していく。
「レミーちゃん、書記はわたしがやっときますから。今は先生とのお話に集中してください」
「……ごめんなさい。お願いしてもいいですか、絵里さん」
「もちろん! ……あっ、でもわたし字汚いので……、読みにくかったらごめんなさいね?」
見かねた絵里が進言してくれたので、レミュリンはお言葉に甘えて彼女に記録を任せることにした。
寂句はそんなふたりの様子を、心底馬鹿馬鹿しいものを見るような目で見つめている。
レミュリンが「……失礼しました。続けてください」と言うと、彼はもう一度溜息をついてから、話を再開。
「現在のサーヴァントは真名『スカディ』。北欧神話に綴られた狩猟女神だ。
戦闘能力も脅威だが……スカディには、父スィアチの両眼を天に奉じさせた逸話が存在する。
先ほどの交戦では看破できなかったが、天からの射撃宝具か――ないしは地上監視宝具のようなものを所持していても不思議ではないな」
それは既に聞いていた情報ではあったが、物言いが可怪しい。
何故雪村鉄志が実際に会敵して得た情報を、この男がもう知っているのか?
「現在、って――戦ったんですか。今の、彼と」
「痛み分けに終わったがな。これが証拠だ」
灰色のコートの袖口を捲り上げる、寂句。
曝された右腕には、無残な火傷が痛ましく残っていた。
思わずレミュリンは息を呑む。
まだ蛇杖堂寂句という男と対面して数分しか経過していないが、それでも彼が類稀な才覚を有した人間であることは伝わった。
そんな寂句でさえもが、これほどの手傷を負わされる相手。
自分がどこかで家族の仇、葬儀屋と呼ばれた魔人を甘く見ていたことを思い知らされる。
392
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:05:16 ID:QX2HSDzY0
「額面上の情報はこんなところだろう。他に聞きたいことは?」
「……ドクター・ジャククの眼から見て、アギリ・アカサカはどんな人間だった?」
「先も述べた通り、破綻者だ。異常者とも言い換えられるが、まあ大意は変わらん。
あの男は既に救いようなく捩れ果てている。付ける薬がないとはまさにあのことだ。
もし有意義な対話など期待しているのなら諦めろ。奴にそれを求めることは、獣相手に議論を吹っ掛けるようなものだからな」
――狂人。そんな言葉が、改めて脳裏をよぎる。
同時にレミュリンは、もうひとつ思い知った。
家族の仇、赤坂亜切。
彼と実際に対峙したその時、"話ができる"とそう思い込んでいた浅はかな認識。
それがどうしようもなく幼稚な希望的観測だったことを、寂句の言葉を受け痛感した。
「前回の奴は、どちらかと言えば虚無的な側面の目立つ男だったのだがな。
祓葉に出会ったのが運の尽きだ。その正気はすべて、白光の前に焼き尽くされて消えたらしい。
奴の中に人間味のようなものが一欠片残っていたとして、それを引き出せるのは事の当人以外にはあり得まい。
少なくとも貴様でないのは確かだろう。レミュリン・ウェルブレイシス・スタール」
「そう……、……ですか」
虚無感と喪失感。
ふたつのむなしさが、心の中を満たす。
そんなレミュリンのことなど一顧だにせず、寂句は話を結んだ。
「話は終わりだ。これ以上、私が奴について知っていることはない」
「分かった……ありがとう。忙しい中、わざわざお話をしてくれて」
「用が済んだならさっさと帰れ。私の気が変わらない内にな」
想像していたよりもずっとあっさり終わったが、聞きたいことはすべて聞けた。
赤坂亜切の情報と、その人となり。
寂句が語るそれには、レミュリンを納得させるだけの説得力があった。
「奴へコンタクトを取る手段はないか、などとは聞くなよ。
私とあの男は互いに不倶戴天。穏当な関係など万にひとつもあり得ん間柄だ」
アギリのもとまで辿り着く足がかりを貰えないかという期待を先読みしたように寂句が釘を刺す。
こうなると、これ以上この場所に長居する理由はなかった。
の、だが――
「……あの、ドクター・ジャクク」
「まだ何かあるのか?」
もうひとつ、レミュリンには聞きたいことがあった。
赤坂亜切の話とは違う。此処に来て、彼と対面してから込み上げた疑問だ。
しかし今聞かねばならないと、それこそこの機を逃してはならないと、自分の魂はそう叫んでいる。
だからこそレミュリンは、わずかな逡巡の後に口を開いた。
聞きたい欲求。そしてそれと相反する、"聞けば取り返しのつかないことになる"という奇妙な予感のせめぎ合いが生み出した一瞬(せつな)。
知りたい気持ちが、不穏に勝った。
「あなたは……わたしの家族のことを、知ってるの?」
受付で絵里が言ったのは、レミュリン・ウェルブレイシス・スタールという名前だけだ。
なのに寂句は、自分のことを"スタール夫妻の忘れ形見"と呼んだ。
393
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:05:47 ID:QX2HSDzY0
その一握の不可解に今更ながら問いを投げる。
それを受けた寂句は、はじめてわずかに黙った。
そして。
「スタールは名門だ。歴史も長く、その道では有力者の一角に数えられる。
私の分野とは異なるが、……古い知り合いにうんざりするほど絡まれたことがあってな。その兼ね合いで少し調べた」
男は、話し始める。
ある女から聞いた、ある家の話を。
「知りたいのか」
言われて、レミュリンは予感の意味を理解する。
これは、自分にとってのパンドラの箱だ。
頭じゃ分かっているのに見ないふりをしてきたこと。
だって思い出は、綺麗なままの方が嬉しいから。
あの日消えてしまった家族の笑顔を、せめて記憶の中でだけは美しいままにしておきたかったから。
けれどそれは、真実を求める姿勢とは真逆の逃避行動だ。
夢を見続けるか。現実に目を向けるか。
レミュリンが選んだのは、後者だった。
「……うん。教えて、ドクター・ジャクク」
斯くして閉じられ、伏せられ、燃やされたアルバムは開かれる。
灰になったスタールの魔術師達が思い描いた理想(ユメ)の片鱗。
ある一条の光を通じ、暴君と呼ばれる男の知るところとなった誰かの悲願。
――――時を超える炎を求めた人々の、愚かな憧憬。
◇◇
394
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:06:15 ID:QX2HSDzY0
冴え渡る頭脳が、記憶の海に溶けた断片的情報を直ちに整理し繋ぎ合わせていく。
"夜に鋭く動く力"とは、何も肉体的なものだけを指すのではない。
脳を動かす――つまり、思考速度の向上にも極めて大きな影響を与える。
平時でさえ誰もに警戒を強いる策謀家が。
半ば人智を超えた域まで強化された頭脳を携えて、闇に紛れながらやって来るのだ。
夜のノクトはまさしく鬼人。その推理は名探偵のようにバラバラのピースをかき集め、怪物の輪郭を暴き立てる。
「スタールという家名を知ってるか」
『さて。どうだったかな』
"綿貫齋木"の答えを無視して、ノクトは続ける。
その口はいつにもまして淀みなく動く。
「アンタも知るように、俺は前回の聖杯戦争に列席した経験者なわけだが――参戦にあたり、もちろん競合相手のことはひと通り調べたんだ。
中でもひときわ警戒していたのがある殺し屋の男。葬儀屋・赤坂亜切」
危険度で言えば蛇杖堂や、大勢力を擁するガーンドレッド家も大概だったが。
カタログスペックで見た場合、やはり赤坂亜切は群を抜いて恐ろしい存在だった。
何しろ原則、一度見られればそれで終わりなのだ。
警戒を怠ってうっかり遭遇でもしてしまったら目も当てられない。
故にノクトは、徹底的に調査を重ねた。
彼の出自、手口、後ろ盾。そして、過去に行った"仕事"の実績までもを。
「こいつがまた実にタチの悪い仕事人でよ、調べれば調べるほど戦慄したよ。
相手の身体そのものを火種にして燃やしちまうから、後には一切証拠が残らないんだと。
手口が手口だから野郎の犯行だってこと自体は分かるんだけどな、じゃあ何故それが派遣されたのかって経緯に関しては、状況証拠から推測するしかないんだ。依頼する側からすりゃ、こんなに都合のいいことはねえよな」
――そこで見つけた。
「スタール家暗殺事件。魔術師の夫婦と、その後を継ぐ筈だった長女。生き残ったのは当日不在だった次女ひとり。
俺がそいつらの件を記憶に残してたのは、この事件だけ、どうやっても納得の行く"推測"が立てられなかったからだ」
証拠が残らないと言っても、被害者の人間関係や背景情報を漁れば推測だけは立てられる。
実際、ノクトが漁った事件の被害者たちは、概ね何かキナ臭い背景や目に見えて分かる恨みを抱えていた。
過去の恨み、権力闘争。そうした諸々の理由のもと、灰と化したのだろうケースがほとんどな中で。
スタール家の事件は異質だった。調べれば調べるほど、突き止めれば突き止めるほど、ホワイダニットがぼやけていく。
「調べる中、日本のヤクザ者の名前が出てきたときは流石に頭を抱えたよ。
しかもそいつが、暗殺者養成組織の経営をシノギにしてたって話まで出てくるじゃないか。
もう情報の大渋滞って感じだった。何もかもがチグハグで線が通らない。こうなると、俺みたいな人間は弱くてな」
推理を深めていけば、そこに浮かび上がるべきはヒトガタのシルエットである筈。
なのにどんどんその輪郭が歪んでいく。腕がない。足がない。身体が長い。奇妙な流線型を描いている。
何か、いる。そう思った。情報という藪の中に隠れ潜んだ、得体の知れない何者かの存在を、確かにノクトは幻視した。
395
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:06:56 ID:QX2HSDzY0
「結局匙を投げたよ。別に探偵の真似事がしたいわけじゃねえからな。
世の中いろんな奴がいるもんだって折り合いを付けて、それで終わりだ。
けどアンタの会社に人形を送って、得体の知れない現象に直面した時、何故かあの時のことを鮮明に思い出した」
『何を言うかと思えば……とんだこじつけだな。策謀を究めるのは結構だが、考えすぎるのは身体に毒だよ』
「ジェームズ・アルトライズ・スタール」
通話越しにも分かる、意味の違う沈黙が流れた。
ノクトが牙を剥き出す。
獲物を見つけた虎のような、そんな顔だった。
「どうした? 俺はただ、話の続きをしようとしただけだぜ」
『……、……』
「まあいい。引き続き無駄話に付き合ってくれよ」
まるで、チェスの名人が勝利を確信して手を重ねるように。
ノクトの言葉が、顔も知らない誰かの足取りを克明に暴き出していく。
「ウェルブレイシスの名を冠してない辺り、殺されたスタール夫妻とは遠縁だったんだろうな。
残された次女の後見人を買って出て、あれこれ支援してやってたらしい。泣かせる話だよ」
『それで?』
「しかしジェームズ氏の脛には傷がある。
というか疑惑だな。こいつは冬木の聖杯戦争が終結した後、かの地に入った魔術師のひとりなんだが。
その折に調査を笠に着て、触媒に使われたとある物体を盗み出したんじゃないか……って疑惑だよ」
冬木の聖杯戦争。
過去の運命。まだ白い神が生まれていない時代に起こった、第五次の戦い。
未だに全貌は明らかにされてはいないものの、"あった"こと自体は魔術を齧った者ならば誰もが知っていると言っていい。
「御三家の一角が死蔵してた、"この世で最初に脱皮した蛇の抜け殻の化石"。
これを盗み出したって疑惑がジェームズ氏にはあった、らしい。俺もツテを辿って聞いた話だから、真偽の程は断言できないけどな」
『匙を投げたのではなかったかな?』
「おいおい、出すカードの順番を選ぶのは当然だろ?
此処までは、スタール家暗殺の黒幕を突き止める道中で調べ終えてたよ。
そして順番を選んだ甲斐はあったみたいだな。声のトーンが少し、ほんの少しだけど変わってるぜ。綿貫さん」
後ろ暗い疑惑の付きまとう男は、スタールの末席を汚していて。
ウェルブレイシスの名を冠する本家筋の血族は、ひとりを残して抹消された。
不穏と猥雑を極めた混沌が、嚇炎の中に消えた魔術師達の周りに集約されている。
これが推理小説の告発劇なら落第点。
されども。ノクトは探偵ではなく、傭兵だ。
かの"魔術師殺し"にさえ通ずるもののある――非情の数式。
その証拠に、彼が抱いている確信の材料はかき集めた証拠だけでは終わらない。
夜のノクトは魔人。暗闇に潜んで躍動する虎柄の獣。
「アンタ今、誰かと一緒にいるな?」
彼を単なる策謀家と侮った者の末路は、常に共通している。
396
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:07:56 ID:QX2HSDzY0
「電話口から環境音が一切聞こえない。
完全なる無音だ。あらゆる音の消えた凪の中で、アンタの声だけが響いてる。
サーヴァントと念話してる時に近いな。頭の中に直接声だけが流れ込んでくるあの感じ。
防音室の中にいるとか興醒めな言い訳するのは止してくれよ? 怪物にも怪物なりに、プライドのひとつふたつはあるだろう」
夜に親しむ――夜を聞き分ける。
超強化されたノクトの聴力ならば、通話越しに相手の遥か後方で行われた会話の内容を聞き分けることさえ造作もない。
その彼が太鼓判を押す"完全なる無音"。
綿貫齋木を名乗る得体の知れない男の声だけが聞こえ続ける空間。
言うまでもなく、これは異常なことだった。衣擦れや家鳴りの音すら聞こえない場所など、仮にノクトの言うような防音室を用意したって簡単には実現できないだろう。
何らかの異常な手段を使って、この通話は発信されている。
では何故、そうする必要があるのか。
如何に情報痛とはいえ、ノクト・サムスタンプが夜の女王から得る恩恵の仔細まで把握しているわけでもあるまいに、何故そうまで徹底することを選んだのか?
夜の虎は、こう考えた。
内容はもちろん、誰かと話しているという事実すら知られたくない"同行者"。
そんな他者と、この綿貫某は――そう名乗るナニカは共に行動している。恐らくは"綿貫齋木"ではない顔と名前で。
「……ま。ひと通り格好つけてはみたが、流石にそれが誰かまでは分からねえから安心しな。
挨拶としてはこのくらいでいいか? これだけやってみせれば、アンタに俺の価値って奴は示せたと思うんだが」
ひとしきり推理を披露し終えたところで、ノクトはあっけらかんと笑ってみせた。
実際、確証が持てているのは此処までだ。
これ以上は情報が不足しすぎている。推測を通り越して、ただの山勘で物を言うことになる。
だから、その続きは言わなかった。
――――アンタ、今、スタールの忘れ形見と一緒にいるんじゃないか?
その言葉は伏せた。
策謀で戦うのなら、一番避けるべきは憶測で空回りすることだ。
今開示できる限りの手札で価値を示し、不敵ぶった相手の輪郭を可能な限りで暴き立てる。
そこまでやって、ノクトにとってはようやく"ご挨拶"。
鬼が出るか、蛇が出るか。それとも仏か。
ノクトの鼓膜を揺らしたのは、実に愉快げな笑い声であった。
『うん、やられたね。そこまで優秀だとは思わなかったよ、ノクト・サムスタンプ』
声色が違う。
比喩ではなく、本当に別人の声が流れてきた。
強化された聴力が、完全に違う人間の声紋であるという分析結果を叩き出す。
ノクトの推測は正しい。綿貫齋木。そんな人間、最初からこの世のどこにもいない。
『偽りの名で欺いた非礼を詫びよう。
綿貫齋木は世を忍ぶ仮の名、そのひとつ。
"僕"の本当の名前は――――』
さあ、来たぞ。
てめえの顔(ツラ)を見せてみろ。
ノクトは、夜の隣人たる彼はほくそ笑み。
続く言葉を待って、そして……
『――――神寂縁という。姪と仲良くしてくれてありがとうね、ノクト君』
描いていた算段も、悪巧みも。
その何もかもが、ただ一言で粉々に消し飛ばされた。
◇◇
397
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:08:55 ID:QX2HSDzY0
「根源への到達。それはすべての魔術師にとっての悲願であり、誰もが到達する絶望のカタチだ」
蛇杖堂寂句は言う。
レミュリンは、静かにそれを聞く。
「その道程はあまりに長く、遠い。蓄えた知識も極めた魔術も、描いた未来のヴィジョンさえも、多くは子々孫々に託して果てることになる。
よしんば当代で成し遂げられる好機を得たとして、歓喜のままに進んだ先には抑止力という最大最凶の障壁が待ち受ける。
それでも魔術師という生き物は、そう成った時点で彼方の根源を目指さずにはいられない。愚かだが、そういう習性なのだ」
講義(じゅぎょう)のようだと、レミュリンは思った。
熟練の講師を思わせるほど堂に入った語り口、佇まい。
「聖杯戦争の現在の様式を確立した冬木の戦いもまた、初志はそこにあったとされている。
目指す手段は文字通り千差万別。正誤はさておき、家の数だけアプローチの手段があると言っても大袈裟ではない。
そしてその中には、この世において最も普遍なる森羅(げんしょう)――"時間"に目を付けた者がいた」
なまじそうであるからこそ、これから語られるのが自分の家の話であることをともすれば忘れそうになる。
「ある魔術師を例に挙げよう。
その男は、自らの固有結界の内側で流れる時間を操作することに長けた魔術師だった。
彼はそこから発想を飛躍させる。己が魔術の要領を転用し、時間を無限に加速させようと目論んだ。
そうすれば理論上は、宇宙の終焉すら生きたまま観測することができる。これを以って根源へ到達できるのだと、男は信じた」
話のスケールに、頭がくらくらしてくる。
亡き姉は、こんなものと向き合いながら暮らしていたのか。
そう考えると頭が下がる。ただの生まれた順番が、ふたりをこうまで隔てていたのかと、そう思った。
「だが無能は無能を呼ぶ。
男は欺瞞で表舞台を追われ、舞台の端でつまらない死を遂げた。培った魔術と理論は遺失し、今はその思想が遺るのみだ。
されど時を手段に据えたのは彼だけではない。彼と似て非なるものながら、根本的には同一の考え方で、根源へ迫ろうとした者がいた」
「――――それが」
「そう。貴様の両親だ、レミュリン・ウェルブレイシス・スタール。
私が推測するに、貴様の親が目指した到達手段は『燃焼時計』。生まれた燃え滓の量で時間を観測するやり方だ」
衛宮矩賢は失敗した。
彼の研究は遺失したが、志を同じくする者は残っていた。
そのひとりもとい一家こそ、スタール家。
そしてレミュリンとその姉ジュリンを設け、十数年後に灰と消えた夫婦である。
398
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:09:37 ID:QX2HSDzY0
「炎と、それを燃焼させる触媒を用いることでの時間加速。
衛宮のように停滞までは得手としない代わりに、火力と加速を両立させる優れた魔術であったと聞いている」
もちろん、レミュリンはそれを知らなかった。
だって彼女は"次女"だ。
魔術とは関係のない世界で、安穏と育ってきた。
なまじ姉が優秀だったから、スペアとして調整されることもなく済んだ。
そこにあったのが徹頭徹尾ただの合理だったのか、それとも親の情というやつだったのか、それを知る術はもはやない。
「が、アプローチの手法はやはり衛宮に限りなく近い。
奴の理想を正当に後継できる者は魔術界広しと言えども、まさしくスタールの魔術師だけであったろうな。
私に言わせれば疑義の余地は多分にあるが……、赤坂の介入さえなければ正否を占う時は間近だったものと推察できる」
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
この先を聞いてはならない。
本能がそう告げているのが分かった。
「体内時計という言葉は知っているな?」
……どくん。どくん。
判断を急かすような鼓動。
それでも、頷く。
頷くしかない。
「ヒトの体内にも時計はある。衛宮矩賢が着眼したのがこれだ。
正確性に悖るのは難点だが、それは外的処置で幾らでも穴埋めが利く」
どくん――。
ひときわ激しい鼓動に、胸が鈍く痛んだ。
「されど計測に燃焼を用いるからには、時を記録するための燃え滓が必要だ。
しかしこれについては容易い。ヒトは命ある限り無限に成長し、無限に考え、無限に行動する生物である。
無論、定命の生物である時点で真の意味で無限とはとても言えないが――今ある細胞のすべて、成長過程で新たに生まれる細胞のすべて。その他体内で生じる信号を始めとしたあらゆる要素を有意数として数えるのならば、それはもはや事実上の無限数だ。
要素ひとつを一秒とするならば、延命に延命を重ねて限界寿命まで生きるのを前提とするならば、記録される数値(びょうすう)は宇宙の終焉にも届き得るだろう」
今すぐにでもこの場を逃げ出せと、内なる己が言っている。
「改良や軌道修正はあったろうが、この思想自体は私の調べた限り、スタールの初代から連綿と受け継がれてきたものだ。
すなわち初代(ウェルブレイシス)。私が貴様の家について知ったのは他人伝手だが、この名に関しては別でな。
学ある魔術師ならば誰もが一度は耳にし、思いを馳せたことのあるだろう先駆者。そして歴史に残る、偉大なる"失敗例"」
――生家に飾られていた肖像画を、レミュリンは思い出していた。
優しげな微笑を浮かべた、どこか自分や姉に似た面影のご先祖様。
父が、母が、いつも言っていた。この人は偉大なお方なのだと。
だから魔術について無知な身でも、なんとなく、ときどき絵に向かってお辞儀したりなんかしていたっけ。
399
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:11:10 ID:QX2HSDzY0
「ウェルブレイシスの落ち度は、生まれる時代を間違えたことだ。
人体を燃焼時計とするには素体の念入りな調整と改良が要る。
魔術的処置はもちろん、無能どもが忌み嫌う科学の粋にも助力を得なければならない境地だ。
が、彼女の時代にそれはなく――魔術を極めるために科学を頼るという発想からして今以上に日陰のそれだった」
「……、……」
「よって当然の如くに彼女は失敗した。
記録の手段を用立てることにこそ成功したものの、観測に堪える自我を維持する点で仕損じたのだ。
観測者がなければただの寿命の長い時計。永遠に等しい歳月を背負って廃人化した白痴の人形。
斯くしてウェルブレイシスの叡智と理想は、徒花として失墜した」
されどその理想は、悠久の歳月を経て現代の子孫まで受け継がれていた。
更には、彼女の冒した失敗も。
「此処からは更に推測の割合が増えるが」
レミュリンは知らないことだが、スタール家の魔術刻印は既に衰退期に入っていた。
魔術師にとって回路の質とは命。ひとたびこれが毀損されれば、比喩でなく地位すら失うアキレス腱だ。
故に当代のスタールは焦っていた。
せめて娘の代で結実させなければ、ウェルブレイシスの悲願は遠からず水泡に帰す。
大義を失い、歴史を失うこと。歴史ある家であればあるほど、その現実に耐えられない。
過熱した使命感はアクセルを踏み込ませる。たとえレールの先が、人道を逸した領域に繋がっていると分かっていても。
「貴様の両親は、自分達が生きている間に初代超越を成し遂げんと目論んでいたのだろう。
燃焼時計理論の肝は寿命だ。後で調整を加えるとはいえ、素体は若ければ若いほどいい。
よって恐らくは次代。一番上の跡継ぎを素体に使い、根源へ挑もうとしたのだろうな」
「――え」
次代。一番上の、跡継ぎ。
頭の中のアルバムがぱらぱらと開く。
笑顔、怒り顔、呆れ顔。今でも昨日のことのように思い出せる、"家族"と過ごした日々の記憶。
いつも優しくて、だけどたまに厳しくて、更に時々年相応な。
姉の顔を、レミュリンは想起した。聞きたくない。聞いてはいけない。この先は、もう。
「具体的な手段までは流石に専門外だが……初代の失敗と、以後数百年に渡る研究成果。
衛宮矩賢のアプローチ法。時を経て加速(ねんしょう)に特化させた魔術形態。
後は若く優秀な素体さえあれば、成否はともかく"挑む"ラインまでは辿り着けたと看做せなくもない。
最上の"時計"をもってして観測を始め、残された者達で調整と延命を重ねながら終焉観測を続けさせる。
まあそんなところだろうよ。門外漢の私が此処まで推測できるという時点で、上手く行ったかどうかは非常に怪しいと言わざるを得んが」
ジュリン・ウェルブレイシス・スタールは、いつもレミュリンにとって理想の姉だった。
父と母も、厳しくも優しく、姉と区別することなく愛情を注いで育ててくれた。
記憶の中の家族写真。あんなにも色鮮やかに輝いていたそれが、途端にセピアを通り越して白黒に褪せていくのがわかった。
400
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:12:36 ID:QX2HSDzY0
息がうまくできなくて、思わず胸元をぐっと押さえる。
はぁ、はぁ、と痛ましい呼吸を繰り返すレミュリンを、眼前の医者はただ冷ややかに見つめていた。
魔術師も人である。
しかし彼らは人のまま、大切なものを切り捨てることができる。
そこに矛盾は存在しない。彼らはいつだって一貫している。それが、魔術師という人種の生態/原罪なのだ。
「私は貴様の家に興味などない。
が、所見だけは告げてやろう――――いや、それすら最早不要か。
凡才ではあっても地頭には恵まれているようだな。そう、"その通りだ"」
初代ウェルブレイシス。
時の彼方を夢に求めた偉大な先人。
最初に生まれた『燃焼時計』。
そして、彼女の理想と失敗を学んで大義を目指した当代のスタール。
初代の優れた部分は継承し、逆に劣っていた部分は改良を加える。
目指すのは新たなる時計。今度こそ陥穽のない、生きながらに時の最果てを観測できる至高の完成品。
若く、才覚に溢れ、それでいて使命に殉ずる気高い志を秘めた素体。
たとえ自分を待ち受ける未来が、ひどく緩慢で終わりのない、報われる保証もない無間地獄だとしても。
それを誉れと、生まれた意味だと受け入れてくれる、そんな――
「レミュリン・ウェルブレイシス・スタール。真に家族を想うなら、貴様は赤坂亜切に感謝するべきだ。
奴が現れたからこそ、貴様の姉は人間として死ぬことができたのだから」
――決して救われることのない"誰か"が、スタール家には必要だったのだ。
気付けばレミュリンは口に手を当て、部屋の外に走り出していた。
込み上げてくるものに耐えられなかった。
溢れてくるそれを、手のひらで必死に堰き止めながら。
走り去る彼女の背中を、苦々しげに歯噛みした英雄が追っていく。
「……あちゃあ。レミーちゃん、大丈夫かな」
絵里は眉をハの字にしながら、開け放たれたままの扉を見つめて言う。
サーヴァントなき状況で、悪名高き〈はじまりの六人〉の中でも最強と称される男の前に取り残された形。
如何に寂句が戦闘の意思を見せていないとはいえ非常に危険な状況だったが、絵里に怯えた様子はなかった。
401
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:13:29 ID:QX2HSDzY0
「あなたも、もうちょっと言葉を選んで伝えてあげてくださいよ。
あの子、優しい子なんですから。あんなマシンガントークでいろいろ教えられたらパンクしちゃうでしょ」
「知りたいと願ったのはアレ自身だろう。私はそれに応えただけだ。
肝は据わっているようだが、メッキが剥げれば所詮年相応の無能だな。話はまだ途中だったというのに」
蛇杖堂の姓を持つふたりだけが、院長室に残された。
片や恐るべき〈畏怖〉の狂人。無限の叡智を蓄えた、神をも恐れぬ暴君。
そしてもう片方は、彼の支配を嫌って市井に逃され、それでも宿命から逃げ切れなかった非業の娘。
「次代の末路については概ね推測通りだろうが、不可解な点は残る。
まず第一に、勝算の脆弱さだ」
「あれ。さっきスタートラインには立ててるって言ってませんでした?」
「根源を目指す者として最低限の基準は満たせているというだけだ。
根源があの程度で辿り着けるほど近郊にあったなら、今頃とうに真理は解明されているだろうよ。
抑止力への対策も明らかに不十分。端的に言って、記念受験のようなものと看做さざるを得ん」
辛辣な指摘だったが、蛇杖堂寂句は傲慢ではあっても、根拠のない罵倒をする男ではない。
彼の言葉は事実、的を射ている。
スタール夫妻の勝算が寂句の推測通りだとすると、それはあまりに稚拙な挑戦だ。
迫るタイムリミットを前に狂ったのだと安易な解釈に逃げることもできるだろうが、もしそうでないとするならば?
「思うに、外部からは推測もできんような隠し玉を抱えていたのだろう。
スタール夫妻の切り札はそれで、真の勝算はそこにあったとするのが妥当だ」
「なるほど。
それこそ、供給を必要とすることなく永遠にエネルギーを生み続ける炉心とか?」
「そうだな、案外答えはそんなところかもしれん。
興味はないがな。考察したところで当事者も器も今や物言わぬ灰になって墓の下だ。不毛に尽きる」
「あはは、それもそうですね」
「続いて第二だが。何故、葬儀屋がスタール家に差し向けられたのか、だ」
寂句は言う。
絵里は聞く。
女の顔には、それこそ親戚のお爺ちゃんの昔話を聞くみたいな人懐っこい笑みが浮いていた。
「此処だけは、どう考えても線と線が繋がらん。
スタールの秘策を知り、欲しがった何某かが差し向けた可能性はあるが」
「じゃあそれがすべてなんじゃないですか?
あ、じゃあこんなのは? アリマゴ島の悲劇を受けた協会は、実は時間系の魔術師に警戒を強めててー、みたいな」
「無能め、協会があんなキナ臭い男になど頼るかよ。
まあ、現状で考察するにはあまりにも論拠が足りなすぎる。
現状では秘儀の強奪を狙った同業者の差し金とするのが妥当ではあるだろうな」
「あらら。先生らしくないですね、それじゃ今までの話って無駄だったんじゃないです?」
「再三言っているように、私個人はこの話に特段の興味などない。
だが、多少の好奇心が生まれたことは否定せん。
せっかくの機会だ。大仕事の前の暇潰しがてらに、ひとつ謎解きに興じてみるのもいいかと思ってな」
寂句の眼光が、鋭く研ぎ澄まされる。
絵里は変わらず微笑みながら相対していて、そこにはわずかな怯みも見て取れない。
「――――なあ、〈少女喰い〉よ。孤児の涙は旨かったか?」
一見すると脈絡のない問いかけ。
されど絵里は、蛇杖堂の末席を汚す女は。
そういうカタチを選んだ怪物は、見惚れるほど可憐に微笑んだ。
「ええ。とっても」
◇◇
402
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:14:28 ID:QX2HSDzY0
――こいつは、何を言っているんだ?
ノクト・サムスタンプは、柄にもなく忘我の境に立っていた。
彼を愚鈍と罵るのは間違いだ。嗤うなら彼ではなく、その身を蝕んだ狂気を嗤うべき。
彼は、彼らは、決してその言葉を聞き流せない。正しくはその名前を、無視できない。
怪物の見本市、〈はじまりの六人〉。彼らが共通して抱える唯一の欠陥が此処に表出する。
『綿貫齋木。山本帝一。ジェームズ・アルトライズ・スタール。
お察しの通り、すべて僕だよ。
見抜いたのは君で二人目だ。ちなみに一人目は、蛇杖堂のご老体』
神寂縁。
神寂。
"彼女"のことを、これは姪と呼んだ。
『強いて指摘するなら、少し情報が古いかな。
ちょうど君達が東京で乱痴気騒ぎしている頃、ジェームズは死体になってテムズ川に浮かんだよ。
遠坂からくすねたあの抜け殻の話を突っつかれたくなかったものでね。何せアレ、もうとっくに取り込んじゃったからさ』
考えてみればそれは当然のこと。
あの白神も一応は人の子として生まれ落ちたのだから、同じ血を宿す親類は必ずこの世のどこかに存在している。
なのに今突き付けられるまで、欠片もそのことを想定できていなかった。
神寂祓葉に同胞がいるなどと。自分達六人が出会う前の彼女を知る誰かが存在することを。
ノクトほどの知恵者が、一度たりとも想像すらしなかった事実。
これはどんな罵倒よりも痛烈に、夜の虎を打ち据えた。
奇しくも今日の昼間、蛇杖堂寂句が"その名"を聞いただけで動転した声をあげたように。
『じゃあ用件を聞こうか。同盟? 交渉? 取引? よい返事を約束はできないが、聞くだけは聞いてあげるよ』
動揺はすぐに落ち着き。
やがて、失笑に変わった。
己の体たらく、決して拭えぬ宿痾を負った事実に自嘲が止まらない。
小賢しさだけが取り柄の落伍者から、その美点さえ取ったら何が残るのだと嗤った。
されど――すぐに切り替える。
そうしてノクトは、不定形の蛇に向き合った。
「じき、新宿で大きな戦いがある。俺はそこに参ずるつもりなんだが、その後のことを考えていてな」
『港区も大変なことになっちゃったしなぁ。いよいよお祭りだね、楽しそうで実によろしい。それで?』
「ドクター・ジャックのことは知ってるんだろ?
じゃあ説明は省くが、俺はあの爺さんほど楽観的にはなれない。祓葉をこんな序盤で討てるなんて夢想、とてもじゃないが出来ねえんだわ」
『ふむ』
「新宿の戦いが落ち着いた後、俺は本格的に対祓葉を見据えて動き出すつもりだ。
ついてはその時計算に加えられる要素がひとつでも欲しい。
……縁さんよ、アンタはもう今の祓葉(アレ)と遭ったのかい?」
403
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:15:08 ID:QX2HSDzY0
問い掛け。
答えは、すぐに返った。
『ああ。遭ったよ』
「なら話が早い。凄まじいだろ? あいつ」
『まったくもって同感だ。少なくとも現状じゃ、まともにやってたら誰も勝てないだろうね』
「だからこそ、使えるものはひとつでも多く確保しておきたい。必要なら一筆書くぜ」
『ははは、面白いジョークだな。サムスタンプの名前を聞いて契約に同意する人間はいないだろう』
「だろ。俺も最近乗ってくれる奴がマジでいなくて困ってるから、まあ自虐ネタみたいなもんと思ってくれ」
ははは。
はははは。
乾いた、一ミリの親愛も窺えない笑い声が木霊する。
片や無音の中に。片や雑踏の中に。
『いいだろう。実際僕も、あの娘のことは何か考えないといけない頃だと思っていたのでね』
声が止むと同時に。
蛇の、囀りが響く。
『新宿の大戦、実に結構だ。今のところ馳せ参じる気はないが、それはそれとして興味深い。
ついてはノクト君。かの地で、君の同胞――〈はじまりの六人〉をひとり落としてはくれないかな』
次はノクトが、沈黙を返す番だった。
その言葉は、伊達や酔狂で口にしていいものではない。
少なくとも、現人神が誕生したあの聖杯戦争を知る者以外は。
決して軽々しく口にするべきではない、それほどの値打ちと重さを持つ言葉。
『ご老体に啖呵を切られてしまってね。
なんでも、君等の権利を奪わなければ、僕は同じ高さには上がれないのだとか。
僕は統べるのは好きだが、誰かに統べられるのはとても嫌いなんだ。
よってこのルールは速やかに崩したい。僕も僕で頑張るが、君が手伝ってくれるのならそれはとっても嬉しい』
彼は黒幕(フィクサー)。
邪魔なものがあれば退けるが、それは何も、彼自ら行うとは限らない。
これの真髄は暗躍者。圧倒的に肥大化させた力をその身に蓄えながら、ただの一度もヴェールを脱いだことがないのがその証拠。
「そいつは俺も臨むところだが……足元見られたもんだな」
『確かにいささかアンフェアな取引なのは否めないか。
そうだ、じゃあこうしよう。君が見事に成し遂げたら、その時はこちらから一筆したためる』
「……へえ」
『無論内容の精査は必要に応じて行うが、多少はこちらも譲歩しよう。
これをどう受け取るかは君次第だがね』
ノクト・サムスタンプには、狙っているものがある。
それは道具だ。それは兵器だ。
刀凶聯合の王が抱える戦略兵器(レッドライダー)。
血染めの騎士。黙示録の赤。いつか来る神戦に備えて抱えたいもうひとつの武器。
その過程で、狂人のひとりを落とすのは彼にとっては既定路線。
神寂縁との取引があろうがなかろうが、やるべきことは何も変わらない。
だというのに追加で、そこにひとつ旨味が転がってきた。
人界の魔王との契約。神を撃ち落とす矢、神を焼き払う炎、そして神を貪り喰う悪。
「分かった。戦況が落ち着き次第、追って連絡入れるよ」
吐いた唾、飲むんじゃねえぞ――。
嗤うノクトに、蛇もまた。
『そっちこそ。くれぐれも僕の期待を裏切らないように頼むよ、ノクト君』
傲慢を隠そうともせずにそう言って、通話が切れた。
……蛇杖堂絵里(カムサビエニシ)がスタール家の忘れ形見と共に蛇杖堂記念病院を訪れる、数十分前の攻防であった。
◇◇
404
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:15:53 ID:QX2HSDzY0
「貴様には失望したよ。いや、元より期待もしていなかったが。
やはり貴様は無能以前の、単なる下等な畜生らしい。
"権利"をもぎ取ってこいと命じた筈だがな、まさか趣味にうつつを抜かして遊んでいるとは思わなかった」
「んー……まあそう言われると返す言葉もないんですけど。
だってしょうがないじゃないですか、あなた達調べれば調べるほど中身スカスカの燃え滓なんですもん。
一応ウチのアーチャーには捜索を続けさせてますよ? でもこっちもモチベの維持に苦労するっていうか」
蛇杖堂の魔術師は、この世界ではすべて東京を退去している。
その事実に対する当て付けのように選ばれた番外の顔。
魔術師の運命から放逐された、善良で幸の薄い娘。
すなわち蛇杖堂絵里。レミュリンは知らない。そんな人間、この世のどこにも存在しないことを。
「ていうかわたしのレミーちゃんをあんまりいじめないでくださいよ。
そりゃ曇らせれば曇らせるほど出汁の出る子なのは分かりますけど、何事にも段階ってものがあってですね。
今は成功体験を積ませながら、少しずつ育てていく段階なのに。いきなり全部ネタバラシしちゃうなんてエンタメが分かってなさすぎです」
「知るか、気色の悪い。貴様に比べればあの娘の方が幾分マシだ。少なくとも会話を交わす意義がある」
「可愛いですよね、あの子。いじらしいっていうか、初々しいっていうか」
蛇杖堂絵里など存在しない。
その顔(ガワ)は、ある男の亡き娘が持っていた可能性である。
「――知らんと言ったぞ、神寂縁。まったく救えないことだ。神寂の血はどこまでも呪われているらしい」
殺し、貪り、取り込んだ魂を自在に被る異形の怪物。
起源覚醒者の成れの果て。死徒に非ずして、それに限りなく近く。
ともすれば上回り得る、暗黒と欲望のフィクサー。
闇の大蛇。支配の蛇。この都市において最も尊く、最も忌まわしい姓を冠する生き物。
真名、神寂縁。
最大の悪意。今も尚世界を蝕み続ける、命ある呪いである。
「ひどい言い草ですね、まったく」
絵里のロールを崩そうとはせずに、美女の顔で蛇の悪意を覗かせる。
レミュリンと彼女の英霊が戻って来ていないことは常時確認済み。
不遜としたたかさを共存させた姿は、まさに傲慢。
畏怖の狂人の同類と呼ぶべき、傍若無人の性がそこには宿っている。
405
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:16:33 ID:QX2HSDzY0
「むしろわたしは、あなたのことをちょっと見直したんですけどね。
さっき燃え滓と言いましたけど、正確には生焼けの焼死体って表現が正しいのかな。
ふふ、うふふ。実にいじらしいことじゃないですか。ジャック先生?」
「何が言いたい」
「いえ、そのね。ずいぶんとお優しいことだと思って。
如何に自分には関係がなく、ともすれば競合相手の狂人を追い詰める種にもなることとはいえ――悩める女の子にわざわざ懇切丁寧、この世の残酷さを教えてあげるなんて。天上天下唯我独尊を地で行く蛇杖堂の御大も、若い子にはついつい甘くなっちゃうのかな」
ええ、ええ。
わかってますよ。
違いますよね。
絵里は言う。
蛇は、言う。
「アレは義理でしょ。あなたなりの、此処にはいない"誰か"への」
寂句は、答えない。
答えぬまま、静かに眼前の異物を見据えていた。
現世への異物。社会への異物。太陽とは似て非なる藪底の怪異。
これは聡い。これは敏い。特に、付け入る隙を見出すことには。
「いやね? 実はわたし、ずぅっと首をひねってたんです。
それこそ線と線が繋がらない。あなたがどうして、アンジェリカ・アルロニカを助けたのか」
それは、この女(おとこ)が知らぬ話だ。
あの狂騒病棟に、蛇の姿は確かになかった。
あったら寂句が気付かないわけがない。
だが、絵里は当然のようにその話を口にした。
寂句も、いちいち動じたりなどしない。
この怪物を相手にそうすることの無意味さを、既に知っているからだ。
「ようやく分かりました。分かった上で、微笑ましく聞き届けさせてもらいましたよ。
スタールは燃焼。アルロニカは電磁。どちらも衛宮矩賢亡き後、時間制御の両翼と呼ばれた家々です。
わたしはこの都市でスタールの遺児に出会ったけれど、あなたはアルロニカの遺児に出会っていた。
そしてわたしと違って――あなたにとってアルロニカは、そもそもまったくの他人ではなかった。違います?」
女の顔で蛇は笑う。
ちろりと口元から覗かせた舌は蠱惑的(セクシー)ですらあって。
誘うような色気とは裏腹に、どうしようもないほどの破滅を予感させる。
唆されて林檎を齧ったアダムとイヴがそう堕ちていったように。
奈落の爬虫類は、藪の王は、いつだって人の弱みに敏感だ。
406
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:17:21 ID:QX2HSDzY0
「わたしね、運命っていうのは本当にあると思うんですよ。
それは引力のようなもので、誰の意思とも無関係にただそこにある無形の渦潮」
「倒錯の果てに詩人気取りか。つくづく見るに堪えん生き物だな、貴様は」
「哀れ志半ばで夭折したアルロニカの雷光。
魂を灼くとまでは言わずとも、あなたはそこに何かを見たのでしょう、ジャック先生。
わたしが思うにその体験は、先生があの子――祓葉ちゃんに敗れた理由にどこかで通じておられるのでは?」
そして燃え尽きたあなたのもとに、過去が引き寄せられてきた。
雷光の継嗣。彼女の旧友の忘れ形見。
時を操らんとした魔術師達の落とし子が、次々と現れ始めた。
蛇は語る。
嗤うように。
「ぜんぶ推測ですけどね。
でもその顔を見るに、そんなに的外れなこと言ったわけでもないのかな」
ゆっくりと椅子を立ち上がった〈蛇〉。
その言を聞き終えた寂句は、静かに口角を歪めた。
「抜かせ。あの聖杯戦争に列席することもできなかった半端者が、何を芯を食ったつもりになっているのだ」
蛇杖堂寂句は稀代の鉄人。
文武併せ持ち、清濁を併せ呑み、そうして君臨する霊峰めいた壁だ。
故に暴君。彼の君臨は死を超えて尚盤石であり、今もその存在は誰もの脅威であり続けている。
すべてが合理で構築された彼の内界にただひとつ残ったブラックボックス。
何故、蛇杖堂寂句は神寂祓葉を救ってしまったのか?
それは大義のためにあらゆる無駄を削ぎ落とした男が向き合うべき最後の命題なのかもしれない。
だが。だとしても。
「説法など貴様には似合わんだろうよ、化け物。
おまえはこの都市で最も、ある意味では祓葉よりもヒトからかけ離れた存在だ」
――ヒトですらあれなかった"怪物"の言葉に心を動かされるほど、蛇杖堂の暴君は若くない。
「あなたからお墨付きをいただけるなんて光栄ですね。
わたしも自覚はしてますよ。自分にひたすら正直に生きてる内に、気付けばこんな風になっちゃいまして」
「――ク。なんだ、光栄と言ったのか?
流石は化け物だな。称賛と罵倒の区別も付かんらしい」
寂句の言葉に、女の顔をした蛇は微笑んだままだ。
が、その表情に微かな疑問の色が滲んだのを寂句は見逃さなかった。
恐らく、本当に何を言われているのか分からないのだろう。
化け物にとって、自分がヒトではないと言われることは賛辞以外の何物でもないから。
自分の診断が正しいことを確信して、人間の医者は成れ果ての怪物を心から憐れんだ。
407
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:17:58 ID:QX2HSDzY0
「貴様は自分を何か途方もなく高尚な存在とでも信じているのだろうが、医者としては同情のひとつもしたい気分だよ。
なあ、かつて神寂縁という人間だった名無しの化け物。
私に言わせれば、貴様はとても憐れな生き物だ」
「……? 驚きましたね。負け惜しみです? それ」
「自分でも似合わない台詞だと思うがな、今の私はそれなりに機嫌がいい。
よってレミュリン・ウェルブレイシス・スタールにしてやったように、貴様にも講釈を聞かせてやろう」
レミュリンとそのサーヴァントが去った今。
この部屋には、二体の怪物がいた。
比喩表現上の怪物と、正真正銘の怪物。
奇しくも共に"蛇"の字を冠した、恐るべき者達が。
「今まで正常だった人間の性格が突如として変化することは、特別珍しい事例でもない。
統合失調症に代表される精神疾患。アルツハイマー病や脳腫瘍などの進行性脳疾患。
他には頭部外傷の後遺症としての高次脳機能障害などが挙げられるな」
人体の仕組みは複雑怪奇。されどその分、わずかな理由でバグが生じる脆さを内包している。
特に脳。そこに不測の事態が起きた場合、時に人は元あったカタチをたやすく失う。
穏やかな人間が暴力的に。活発な人間が無気力に。その人の美点を食らいながら、それは無慈悲に誰かの日常を破壊する。
「この世に存在するあらゆる物事は、"起源"という正體を必ず持っている。
人間も例外ではないが、九割九分の人間にとっては単なる生き様の指向性以上の意味を持たない。
しかし時折、これを拗らせる者が現れる。起源覚醒者。つまり貴様のような存在だよ、神寂縁」
医学上の問題ならば、それは悲劇と呼ぶべきだ。
だが、科学の領分を超えたところで生じる同種の現象は、もはやその域では収まらない。
魂の裡から呼び起こされた原初の衝動。
起源を覚醒させた人間は超人へ至るが、代償として精神までもがヒトの構造からかけ離れていく。
「誰もが起源を抱えている以上、これはもはや人間を構成する要素のひとつとするべきだろう。
であればそれが原因で生じる異変を、医学に通じた者としてなんと呼ぶか? そう、"病気"だ」
「……ほう」
「伝わったかな、神寂縁。
医師として診断を下そう。貴様は病人だ。
不運にも不治の病に罹ってしまい、誰にも救われることなく自己を失った憐れな人格荒廃者だ。
ヒトを超えた超越者ではない。ヒトであり続けることすらできなかった、ただのみすぼらしい怪物だよ」
斯くして、診断は下る。
超越者の自負を一刀の下に切り捨てる医学的所見。
ぱち、ぱち、ぱち、と。拍手の音色が響いた。
「面白い。実に興味深い内容でした。
悪魔とか異常者とか呼ばれたことはあるけど、流石に病人扱いされたのは初めてだなぁ」
〈支配の蛇〉は感想を口にする。
どこか他人事のように、その性を微塵も揺らがせることなく。
語る一方で、愉悦の眼光をもって寂句を見据えている。
先ほどまでよりも一段、蛇は暴君に対する認識を引き上げた。
「ま、心の隅に留めておきますよ。
祓葉ちゃんに挑むんでしょう? 頑張ってくださいね、応援してますから」
この怪物に評価されることの意味を理解しながら、それでも寂句は怯まず不敵な顔でこれに応える。
「貴様に言われるまでもない。
そして為すべきことを為し、それでもまだ私の命が残っていたならば……次は貴様だ、化け物。今そう決めた」
神に挑み、あるべき場所に還すこと。
それが寂句の至上命題だ。
そのためなら命さえ賭ける覚悟だし、成し遂げた先に自分の命が残らなくても構わないと覚悟している。
されどもしもこの身に未来が残ったなら、貴様は殺す。寂句は、神と同じ姓を持つ忌まわしき生物にそう告げた。
「憐憫を以って、その心臓に白木の杭を突き刺してやろう。
せいぜい今の内に欲を満たしておけ。私は最期の晩餐を許すほど寛大ではないのでな」
「ふふ、それはいい。楽しみにしてますよ」
蛇は殺意を受け入れて、艶やかに舌を出した。
受けて立とうと、同等以上の不敵が示される。
これは、この世で最も救い難きモノ。
星座の対極、奈落の怪物。
「その時は"僕"としてお相手しましょう。――――ではご武運を、人間・蛇杖堂寂句」
都市最悪の醜穢はそう言い残し、素知らぬ顔で、レミュリンを追って院長室を出ていった。
408
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:18:30 ID:QX2HSDzY0
「……、よかったのですか。マスター・ジャック」
蛇の退室を見届けて、天蠍・アンタレスが霊体化を解く。
その顔は相変わらず表情の起伏に乏しいが、微かに苦々しく見える。
彼女の言わんとすることは、寂句なら当然分かる。
無理もない。あの怪物は蠢く害虫のようなもの。他者を不快にさせることにかけて、神寂縁は随一と言っていい生命体だ。
抑止の派遣した機構(システム)からさえそういう情緒を引き出してのける辺り、やはり蛇は怪物なのだろう。
「要らん気を回すな。あれしきの戯言で腹を立てるほど、私が餓鬼に見えるか?」
「いえ……、……ですが」
「それに、……クク。存外に有意義な会話だった。
義理。義理か。この私にそんな概念を見出したのは生涯で奴が初めてだ。
化け物と語らうというのも悪くないな。率直に言って、知見が広まった気分だよ」
一方で寂句は、上機嫌さえ滲ませていた。
アンタレスにはその理由が分からない。
彼女でなくとも、誰であろうと理解できなかったに違いない。
何しろ他でもない寂句自身さえ、それは蛇の嘲りを聞くまで視界に収めてさえいない観念だったのだから。
「私は祓葉へ挑む。これは確定事項だ。誰にも譲らんし、何があろうと此処を揺るがすつもりはない」
そこが、ノクト・サムスタンプと蛇杖堂寂句の最大の差異。
ノクトもまた祓葉に強く懸想しているが、寂句のそれは性質が違う。
彼は祓葉を畏れている。畏れるが故に、祓葉天送に懸ける情念は狂気の域に達して余りある。
ノクトならば、まだ祓葉には挑まない。
だが寂句は挑む。
彼は、神寂祓葉という恐るべき超越者が地上に存在している事実に耐えられないから。
誰が無謀と謗ろうと、道を阻む何かに出会おうと、何人たりとも蛇杖堂寂句の足を止めるには能わぬ。
そう、そしてそれ故に。
「暫く話しかけるな。少し、思索を深めたい」
畏怖の狂人は此処で、取り零したピースを拾い上げる行程に着手した。
数理の如き合理性で突き進んできた彼がその生涯に残す唯一の謎。
星を葬れる絶好の好機に、自らの手でそれを投げ捨てた最低最悪の愚行の意味。
これを解明することこそが、来たる大祓の時に対する一番の備えになると確信したからだ。
「――――失点をそのままにしておくのは、我慢ならん質でな」
己はきっと、大きな陥穽を抱えている。
その確信を胸に抱き、賢者は聖戦を前にして思索を開始した。
何故自分はあの日、あの時、あの星空の下で――――神寂祓葉を殺せなかったのか?
◇◇
409
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:19:07 ID:QX2HSDzY0
魔術師とは、冷酷な生き物だと。
そう聞かされたことは確かにあった。
レミュリンは魔術師の子であるが、しかし彼女はそれとほぼ一切関わりを持つことなく育った。
だから、聞いても今ひとつ現実感を持てなかった。
しかしそれもついさっきまでの話だ。
かけがえのない思い出はすべて、無情な現実というインクでべとべとに汚されてしまった。
恐らくもう二度と、元の色合いに戻ることはない。
便器に胃の中のものを全部ぶち撒けながら、レミュリン・ウェルブレイシス・スタールは初めて選んだ道を後悔した。
自分からすべてを奪ったあの日、炎の日。
葬儀屋・赤坂亜切による殺戮の日。
あれさえなければと思った回数は両手の数じゃとても利かない。
けれど。彼の凶行があろうがなかろうが、欠点は絶対に生まれていたという。
根源への到達というまったくピンと来ない"大事なこと"のために、姉の笑顔は失われることが決まっていたのだと。
97点か99点か。違いは、それだけ。
汚れた口元を洗うこともしないまま、よろよろおぼつかない足取りで廊下へ出ると。
ルーと絵里のふたりが、心配そうな顔をして待っていた。
絵里が駆け寄ってくる。背中を擦りながら、ハンカチで口を拭ってくれた。
ありがとうございます、と呟いて、自分でもびっくりする。
自分のものとは思えないほど枯れきった、生気のない声だったからだ。
ふたりが何か語りかけてくれている。
優しい言葉なのだろうと、思う。
けれど、それに応える余力がない。
言葉がうまく入ってこないし、出てきてもくれない。
(レミュリン)
頭の中に響く声は、彼女がいちばん信頼する相棒のもの。
彼を父のようだと思ったことは、正直なところ何度もあった。
失ってしまったものと重ねて見るなんて彼にも本当の父にも失礼だと思っていたけれど、今はそれとは違う意味で、自己嫌悪の念に囚われる。
(ごめん……ごめん、ランサー、わたし、わたし、は……っ)
――自分がいかに、見たいものしか見ていなかったのかを知ってしまった。
スタール家の光の部分。
楽しくて優しい団欒だけを見て。
その裏にある悲劇を、何も見てこなかった。
だから無知のままに、彼と亡き父を重ねていたのだ。
410
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:19:26 ID:QX2HSDzY0
なんて弱いのだろう、私は。
込み上げる嫌悪はまたしても吐き気を伴った。
しかしそんなレミュリンを、ルーは優しく慰めるでもなく、かと言って厳しく糺すわけでもなく。
(少し、話をしようか)
共に星を見上げながら語らうような、どこか望郷に似た感傷を漂わす声色で、そう言った。
(俺の話だ。まあ、昔話だな)
導く者。それが此度のルー・マク・エスリン。
彼は英雄である。そして本来、神でもある。
光の象徴、長い腕の太陽神。
されど。たとえ神であろうとも、闇を持たないモノはこの世に存在しない。
そうしてルーは、紐解くように語り始めた。
失墜した赤紫(マゼンタ)の子に、闇の中を照らす標をもたらすように。
◇◇
問。
ジュリン・ウェルブレイシス・スタールは何故、〈古びた懐中時計〉を持っていたのか?
――無回答。欠点1。
◇◇
411
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:19:52 ID:QX2HSDzY0
【港区・蛇杖堂記念病院/一日目・夜間】
【蛇杖堂寂句】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に大火傷
[令呪]:残り2画
[装備]:コート姿
[道具]:各種の治療薬、治癒魔術のための触媒(潤沢)、「偽りの霊薬」1本。
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:他全ての参加者を蹴散らし、神寂祓葉と決着をつける。
0:――時は定まった。であれば備えるのみ。
1:神寂縁は"怪物"。祓葉の天送を為してまだこの身に命があったなら、次はこの血を絶やす。
2:当面は不適切な参加者を順次排除していく。
3:病院は陣地としては使えない。放棄がベターだろうが、さて。
4:〈恒星の資格者〉は生まれ得ない。
5:運命の引力、か……クク。
[備考]
神寂縁、高浜公示、静寂暁美、根室清、水池魅鳥が同一人物であることを知りました。
神寂縁との間に、蛇杖堂一族のホットラインが結ばれています。
蛇杖堂記念病院はその結界を失い、建造物は半壊状態にあります。また病院関係者に多数の死傷者が発生しています。
蛇杖堂の一族(のNPC)は、本来であればちょっとした規模の兵隊として機能するだけの能力がありますが。
敵に悪用される可能性を嫌った寂句によって、ほぼ全て東京都内から(=この舞台から)退去させられています。
屋敷にいるのは事情を知らない一般人の使用人や警備担当者のみ。
病院にいるのは事情を知らない一般人の医療従事者のみです。
事実上、蛇杖堂の一族に連なるNPCは、今後この聖杯戦争に関与してきません。
アンジェリカの母親(オリヴィア・アルロニカ)について、どのような関係があったかは後続に任せます。
→かつてオリヴィアが来日した際、尋ねてきた彼女と問答を交わしたことがあるようです。詳細は後続に任せます。
→オリヴィアからスタール家の研究に関して軽く聞いたことがあるようです。核心までは知らず、レミュリンに語った内容は寂句の推測を多分に含んでいます。
赤坂亜切のアーチャー(スカディ)の真名を看破しました。
【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、消沈と現状への葛藤
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:大義の時は近い。
1:蛇杖堂寂句に従う。
2:ヒマがあれば人間社会についての好奇心を満たす。
3:スカディへの畏怖と衝撃。
4:霊衣改変のコツを教わる約束をした筈なのですが……言い出せる空気でもなかったので仕方ないですが……ですが……(ふて腐れ)
412
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:20:21 ID:QX2HSDzY0
【レミュリン・ウェルブレイシス・スタール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、精神的ショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:6万円程度(5月分の生活費)
[思考・状況]
基本方針:――進む。わたしの知りたい、答えのもとへ。
0:わたし、は。
1:胸を張ってランサーの隣に立てる、魔術師になりたい。
2:ジャクク・ジャジョードーの情報を手に入れ、アギリ・アカサカと接触する。
3:神父さまの言葉に従おう。
[備考]
※自分の両親と姉の仇が赤坂亜切であること、彼がマスターとして聖杯戦争に参加していることを知りました。
※ルーン魔術の加護により物理・魔術攻撃への耐久力が上がっています。
またルーンを介することで指先から魔力を弾丸として放てますが、威力はそれほど高くないです。
※炎を操る術『赤紫燈(インボルク)』を体得しました。規模や応用の詳細、またどの程度制御できるのかは後のリレーにお任せします。
※アギリ以外の〈はじまりの六人〉に関する情報をイリスから与えられました。
※〈はじまりの聖杯戦争〉についての考察を高乃河二から聞きました。
※アギリがサーヴァントとして神霊スカディを従えているという情報を得ました。
※高乃河二、琴峯ナシロの連絡先を得ました。
※右腕にスタール家の魔術刻印のごく一部が継承されています(火傷痕のような文様)。
※刻印を通して姉の記憶の一部を観ています。
※高乃河二達へ神寂祓葉との一件についての連絡を送ったと思われます。
※蛇杖堂寂句からスタール家に関する情報と推測を聞かされました。
寂句の推測も混ざっているため、必ずしもこれがすべて真実だとは限りません。
【ランサー(ルー・マク・エスリン)】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に痺れ
[装備]:常勝の四秘宝・槍、ゲイ・アッサル、アラドヴァル
[道具]:緑のマント、ヒーロー風スーツ
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:英雄として、彼女の傍に立つ。
0:レミュリンと、話をする。
1:レミュリンをヒーローとして支える。共に戦う道を進む。
2:神寂祓葉についてはいずれだな。今は考えても仕方ねえ。
3:今更だが、馬鹿じゃねえのか今回の聖杯戦争?
[備考]
予選期間の一ヵ月の間に、3組の主従と交戦し、いずれも傷ひとつ負わずに圧勝し撃退しています。
レミュリンは交戦があった事実そのものを知らず、気づいていません。
ライダー(ハリー・フーディーニ)から、その3組がいずれも脱落したことを知らされました。
→上記の情報はレミュリンに共有されました。
413
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:20:49 ID:QX2HSDzY0
【神寂縁】
[状態]:健康、ややテンション高め、『蛇杖堂絵里』へ変化
[令呪]:残り3画
[装備]:様々(偽る身分による)
[道具]:様々(偽る身分による)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:この聖杯戦争を堪能する。
1:レミーはかわいいね。
2:蛇杖堂寂句とはゆるい協力関係を維持しつつ、いずれ必ず始末する。その時はどうやら近そうだ。
3:蝗害を追う集団のことは、一旦アーチャーに任せる。
4:楪依里朱に対する興味を失いつつある。しかし捕食のチャンスは伺っている。
5:祓葉は素晴らしい。いずれ必ず腹に収める。彼女には、その価値がある。
6:ノクト・サムスタンプの戦果に期待。衛星を落とすのは、何も僕自身の手でなくても構わないだろう?
[備考]
※奪った身分を演じる際、無意識のうちに、認識阻害の魔術に近い能力を行使していることが確認されました。
とはいえ本来であれは察知も対策も困難です。
※神寂縁の化けの皮として、個人輸入代行業者、サーペントトレード有限会社社長・水池魅鳥(みずち・みどり)が追加されました。
裏社会ではカネ次第で銃器や麻薬、魔術関連の品々などなんでも用意する調達屋として知られています。
※楪依里朱について基本的な情報(名前、顔写真、高校名、住所等)を入手しました。
蛇杖堂寂句との間には、蛇杖堂一族に属する静寂暁美として、緊急連絡が可能なホットラインが結ばれています。
※赤坂亜切の存在を知ったため、広域指定暴力団烈帛會理事長『山本帝一』の顔を予選段階で捨てています。
山本帝一は赤坂亜切に依頼を行ったことがあるようです。
→赤坂亜切に『スタール一家』の殺害を依頼したようです。
※神寂縁の化けの皮として、マスター・蛇杖堂絵里(じゃじょうどう・えり)が追加されました。
雪村鉄志の娘・絵里の魂を用いており、外見は雪村絵里が成人した頃の姿かたちです。
設定:偶然〈古びた懐中時計〉を手にし、この都市に迷い込んだ非業の人。二十歳。
幸は薄く、しかし人並みの善性を忘れない。特定の願いよりも自分と、できるだけ多くの命の生存を選ぶ。
懐中時計により開花した魔術は……身体強化。四肢を柔軟に撓らせ、それそのものを武器として戦う。
蛇杖堂家の子であるが、その宿命を嫌った両親により市井に逃され、そのまま育った。ぜんぶ嘘ですけど。
→蛇杖堂絵里としての立ち回り方針は以下の通り。
・蝗害を追う集団に潜入し楪依里朱に行き着くならそれの捕食。
→これについては一旦アーチャーに任せる方針のようですが、詳細な指示は後続の書き手にお任せします。
・救済機構に行き着くならそれの破壊。
・更に隙があれば集団内の捕食対象(現在はレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと琴峯ナシロ)を飲み込む。
※蛇の体内は異界化しています。彼はそこに数多の通信端末を呑み込み、体内で操作しつつ都度生成した疑似声帯を用いて通話することで『どこにでもいる』状態を成立させているようです。
この方法で発した声、および体内の音声は外に漏れません。
※神寂縁の化けの皮として、レミュリンの遠縁の親戚であるジェームズ・アルトライズ・スタールが追加されました。
元の世界で夫妻と姉の死後、後見人を買って出た魔術師です。既に死亡済み。
神寂縁はこの顔を使い、第五次聖杯戦争終結後の冬木市は遠坂家から『この世で最初に脱皮した蛇の抜け殻の化石』を盗み、取り込んでいます。
414
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:21:21 ID:QX2HSDzY0
【???/一日目・夜間】
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:悪魔との契約、か。笑えねえな。
1:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
2:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
3:とりあえず突撃レポート、行ってみようか?
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
前回の聖杯戦争で従えていたアサシンは、『継代のハサン』でした。
今回ミロクの所で召喚された継代のハサンには、前回の記憶は残っていないようです。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
415
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◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:21:38 ID:QX2HSDzY0
投下終了です。
416
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:25:30 ID:6kUGLvpA0
投下します
417
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:32:32 ID:6kUGLvpA0
撒き散らされた鉄の礫が肉を穿つ。
吹き上がった爆熱の風が骨を弾く。
吐き出された暴力の波が人を呑む。
乱れた映像を映す画面(スクリーン)の内側で、破壊の旋風が吹き荒れている。
銃撃、爆撃、その他、非人道的な兵器諸々が振るう暴力のオンパレードが、人間と建物とを一緒くたに薙ぎ倒す。
栄えた繁華街の中心にて、ばら撒かれていく鉄火の飛沫。
BGMもなく、兵器が奏でる甲高いSEだけを背景に、文明が壊されていく様をただ記録したような映像。
六本木という一つの街を滅ぼした、それは戦争の記録だった。
千代田区、北部。
新宿区との境界縁辺に位置する雑居ビルの一室。
対立組織デュラハンとの決戦を前に。
中央区のアジトから移動してきた悪国征蹂郎は、剥き出しのコンクリートに背を預けて座ったまま、その映像を観ていた。
無感動に、垂れ流される破壊の記録を俯瞰している。
どれだけの血が流れようが、どれだけの理不尽な殺戮が繰り返されようが。
彼にとっては日常の景色であったが故、眉一つ動かすことはない。
そして、それを日常としていた者は、ここにもう一人。
「……アグニさんのライダーは原則として、マスターからの魔力補給を必要としないのですね」
隣に慎ましく座る少女、アルマナ・ラフィーはそう、ポツリと呟いた。
「どうして……そう思った?」
征蹂郎は平時の低いトーンのまま言葉を返す。
しかし視線は一瞬、スクリーンから外れ、少女の表情を横目に見た。
「戦闘規模に対し、アグニさんの負担が軽すぎるからです」
対して少女は画面を見つめたまま、一切視線を動かすことなく会話を続ける。
成人であっても、まともな感性であれば目を覆いたくなるであろう凄惨な戦争の記録を、少女は平然と直視する。
征蹂郎と同じように、無表情のまま眺めている。
その周辺には、色とりどりのお菓子が無造作に転がっていた。
女児受けの良さそうな、沢山のチョコレート、キャンディー、ガム、ラムネ、エトセトラ。
集結する聯合のメンバー達が、挨拶ついでに次々と置いていったモノだった。
「軽い負担……このザマで……か?」
「その様で、です」
映像を見せるにあたっての心配など、やはり杞憂だったのだろうか、と。
なんら臆することなく殺戮映像を見つめ続ける少女を認め、征蹂郎も正面に視線を戻す。
「アルマナには、アグニさんの魔力保有量が大体分かります。ので、分かります。
サーヴァントがこの規模で破壊活動を継続し、かつその荷重がすべてマスターにかけられた場合。
アグニさんの魔力量では、とても生命活動が維持できません」
「ふむ、そうなのか……?」
聞き返した声に、すぐに返答は返されない。
代わりに、ポソポソ、と。うるち米の塊が砕ける音がしばし。
少女は小さな口でかじっていた煎餅をこくんと飲み込んでから、同じトーンで続きを話す。
「……はい。なのに、一時的な不調程度のフィードバックで済んでいる。
つまり、サーヴァント自身が魔力を蓄える、或いは外部環境から収集するスキルを有していると推測します」
「おそらく正解だ。キミは凄いな……。オレは魔術ってものをよく知らないから……なんというか、参考になる」
故郷を血に染めた戦争も、その要因の一つであった征蹂郎についても、何も思うことはないと。
運命に責任や罪悪を感じること、そういった感性を無駄であるとさえ、アルマナは言い切った。
かつて少女の全てを奪った戦争の情景を、こうして再見しても、何一つ揺らがない冷然とした在り方。
心を守るため、前に進むため、生きていくため、少女が身につけた一種の強さ。
いや、そう在らねば、生きていくことすら出来なかったという、自然に作られた心のカタチ。
「レッドライダーのスキルは……戦場から糧を啜る。
加えて他人の頭にも影響を及ぼす、らしい。先に謝罪しておく。こいつがもし、キミを不快にさせていたら……すまないと思う」
「…………不可解ですね」
「…………?」
少女の在り方を悲しいと、憐れむような感性を、征蹂郎は持っていない。
彼にとっても、戦争によって形つくられる精神性は、なんら特別なものではなかったから。
「……いえ、別に、アルマナはいいのですが」
「どういう意味だ?」
だから、そこにあるのはきっと、ほんの少しの共感だった。
418
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:35:10 ID:6kUGLvpA0
「……私の推測をあっさり認められたので。それに聞いていない情報まで口にされた。
アルマナとアグニさんは、あくまで一時的な協力関係であって、本質的には敵同士です。
一方的に情報を渡されても、こちらに返せる対価がありません」
少女は変わらず、揺れぬまま、画面から目を逸らさぬままに滔々と話す。
控えめに、征蹂郎の価値観に疑問を表明する。
「それもそうだ……オレの不注意だな。やはり、キミの言葉は参考になる」
そこで漸く、ぴく、と。アルマナはほんの一瞬だけ、表情を動かした。
視線を向けることなく、少女の疑念が伝わってくる。
目の前の男が迂闊でもなければ、一般的な感性に甘んじているわけでもないと、知っているからこそ。
未来の敵にあっさりと情報を与える言動を、不可解であると述べているのだ。
「……対価なんて考えなくていい。一時的だとしても、連携のために必要な情報だと思ったから話した。
キミだって、この程度のこと……オレがバラさなくても気づいていたのだろう」
「それは……そうですが……」
未だ、疑念を向けてくる少女の鋭さに、征蹂郎は観念したように肩をすくめて言った。
「……正直なところ……キミに対しては少し、口が軽くなるというか……あまり敵視しにくい節があるようだ」
「というと?」
「キミを、あまり他人だと思えない」
自分の居場所を失った者。
いつか、征蹂郎が経験した陥穽。
この街で再会したその時。
目の前の少女は今、その只中にいると分かったから。
「言葉の意味がわかりません。アルマナとアグニさんは他人です。そして、いずれ聖杯を巡って対立する関係性です」
「そうだな……キミが正しい。だからこれも、きっとキミの言う"不自由"なんだろう」
感じなくてもいい感情。必要のない感性。
それらに囚われる様を指して、少女は不自由と評した。
征蹂郎はその見方を認め、受け入れている。
「……」
「……」
会話は途切れ、再び沈黙が場を支配する。
無機質な部屋の中、無機質な二人は見続ける。
戦争を知る男と少女は、目の前の凄惨を眺め続ける。
最後まで、揺らがぬまま。
そう、思われた。
変化があったのは、その光が何度か瞬いた時だった。
『――私はね、神寂祓葉! 神さまが寂しがって祓う葉っぱって書いて――』
征蹂郎は改めて直視する。
映像の中で華々しく駆け回る少女。
先の戦闘で、戦争の概念と正面からぶつかり、あまつさえ打ち払って見せた、極光。
光の剣。不滅の肉体。際限のない運動機能。
男は思考する。戦いの歯車として研ぎ澄ました、冷たい戦闘理論をもって考察する。
どうすれば、アレを殺せるのか。
首を飛ばす。肉体を粉微塵にする。敢えて殺さず運動機能だけを奪う。
全て、レッドライダーが試し、失敗に終わった。
現状、方法は見えていない。
核爆弾を薙ぎ払う程の存在を、単純な暴力で下すことは不可能に思えた。
一方で、彼は確信してもいた。この聖杯戦争に置いて、彼女を無視して勝ち残ることは出来ない。
「……キミは……どう思う?」
よって、いま隣にいる少女に、意見を求めようとして。
「…………ぅ……」
「……?」
彼はその異変に気付いた。
「……ぅ……ぁ……」
ぽろりと、少女の指から煎餅の欠片が零れ落ち、床に転がる。
小さな手が自らの胸元を掴み、苦しげに震えている。
俯いた表情こそ読めないが、その額には発汗が見られた。
戦争の情景を見ても表情一つ変えなかった少女が、〈喚戦〉の影響すら己の精神防御で遮断していた少女が、明らかに動揺している。
「大丈夫か?」
「いえ……なんでも……ありま……せん……」
征蹂郎にとっては、アルマナのそんな姿を見たのは初めての事ではない。
今日、東京で再会した時、最初に征蹂郎の姿を見たときも、少女は酷くうろたえていた。
しかし、その時と同じように、徐々に肩の震えが収まり、凪いだ表情を取り戻していく。
少女の心の防壁は強固なモノだ。
揺らぐことは滅多になく、たとえ崩れたとしても、すぐさま硬直を取り戻してみせる。
「キミは彼女を見て……何を感じた?」
少しずつ呼吸を整えていくアルマナへと、征蹂郎はあえて問うた。
「何も……ただ……」
「ただ?」
「戸を、叩かれているようだ……と」
419
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PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:40:54 ID:6kUGLvpA0
何かを感じる前に、きつく閉ざす。何故なら、開かれてしまえば手遅れだから。
〈喚戦〉が鳴り響く不協和音だとするならば、それはもっと強引で、暴力的な原理であろう。
誰もが、それと無関係ではいられない。心の戸口に直接触れてくる、運命の光に。
「情報の共有、ありがとうございました」
表面上はすっかり平時の無表情を取り戻したアルマナが、にわかに立ち上がる。
正面のスクリーンは既に黒一色。気づけば、戦争記録の再生は終わっていた。
「……アルマナは、そろそろ行動を開始します」
「もう、そんな時間なのか……」
「はい。事前の取り決め通り、日付が変わる前に戻ります。
戻らなかった場合は、取り決め通りに動いてください」
「本当に……一人で大丈夫なのか?」
「はい。単独行動だからこそ、可能な役割なので」
ゆっくりと傍を離れ、出口に向かって歩いていくアルマナへと、征蹂郎は少しだけ迷うように視線を送り。
また目を逸らして、黒いスクリーンに向き直る。そして結局、
「キミは……」
小さく声を発した。
その声は、平時の彼の低いトーンをより細くした、とても小さなもので。
ぱたん、と。
閉まるドアの音にかき消される。
「……」
溜息をついて、傍らに残された煎餅の袋を拾い上げる。
刻限まで、あと数時間。
少しくらい、何か腹に入れておくかと考えたとき。
「なんでしょうか?」
顔を上げれば、ドアの前に、まだ少女は立っていた。
「行ったんじゃなかったのか」
「はい。出ようとしましたが、声をかけられましたので」
「そうか、すまないな……引き止めてしまって」
「いえ……ただ、手短にお願いします。役割がありますので」
「そうしよう」
姿勢を正し、もう一度、異国の少女に向き直る。
「キミは……どこを目指しているのだろう」
「質問が抽象的すぎて、意図がわかりません」
そうだろうなと思う。
征蹂郎自身、何が聞きたいのか、いまいち分かっていなかった。
「さっき言ったように、オレは、キミにどこか通じるものを感じている。
その一方で、決定的に違う部分もあるように思う」
手短にすると言っておきながら申し訳ないな、と自嘲して。
けれど、言葉を重ねることで、なんとなく問いの本質が見えてきた。
420
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PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:41:15 ID:6kUGLvpA0
「オレの目的地はここだ。ここから揺らぐことはない。
キミの王には塵の山だと言われてしまったが」
刀凶聯合。凶暴な半グレ組織も、最初は社会の爪弾き者共の集まりでしかなかった。
少しずつ規模を拡大し、曲がりなりにも秩序ある組織となり。
彼が頭に就いたのは、単なる成り行きであり、偶然であり、しかし運命でもあった。
「たとえ塵の山でも、オレは既に此処の王だ。
それを自覚させてくれたのも、キミの王さまだったな」
聖杯への願いなど、己には無いと思っていた。
降りかかる火の粉を払えばいいと。だが違った。彼は勝ち残らねばならない。
敗北は許されない。戦い抜いて、居場所を守らねばならない、王である限り。
「キミの目はずっと……どこか、遠くを見ている」
対して、アルマナは此処でないどこかを目指している。
征蹂郎は、少女に己と近しいモノを感じ取りながらも、決定的な違いを見ている。
その正体を知ることで、間接的に、大事な何かを知ることが出来る予感があったから。
「アルマナは……ただ……」
そして返された少女の答えは、意外なほど彼の胸に落ちた。
「……生まれた場所に、戻りたいのです」
あの戦争を思い出す。
一つの村落が戦火に焚べられた日のことを。
「望郷か……それが、キミの選ぶ、辿り着きたい"居場所"なのか?」
「わかりません……王さまは、愚かで無意味な願いだと」
「そうだろうか……オレにとっては……少しだけ羨ましく思える」
「なぜ……?」
「それはオレにとって……今や持ち得ない願いだからだ」
故郷、始まりの場所。
自らの意思で選ぶ、自らの居場所。
帰り道を忘れてしまった征蹂郎には、既に王となってしまった者には、許されぬ望み。
国を守る者、旅に出ること叶わぬ。
この先、自らの選択を悔いることはきっとない。
塵の山で王を名乗ったことに、後悔などあろうはずもない。
けれど同時に、少女の歩む悲しき旅路を、征蹂郎はこう評する。
「キミは、自由だな」
放物線を描いて放られた赤茶色の塊。
「もう少しくらい、腹に入れておいた方が良い」
アルマナが両手で受けたそれは、包装された醤油煎餅だった。
「……道中、気を付けて」
「はい……行ってまいります」
◇
421
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:42:06 ID:6kUGLvpA0
「あっれえ〜。お嬢じゃん」
部屋を出たアルマナ・ラフィーの視界に、プリンヘアーの青年が映り込む。
数人の仲間を引き連れ、廊下に立つ彼は中央区のアジトでもよく見た顔で、征蹂郎の周囲でいつも賑やかに騒いでいる印象だった。
所謂取り巻き、聯合のメンバー、即ちNPC、作られた存在、本物に非ず、しかして同位と言えるほどの再現性。
いくつかの情報が思考を走り、特になにを思うこともなく、アルマナは彼らの横をすり抜ける。
「嬢、お出かけ? 征蹂郎クンに差し入れもってきたんだけどさぁ〜」
「アグニさんは、まだ中にいらっしゃいます」
「おっけ、せんきゅ」
聯合に同行する異国の少女を、半グレの若者達は意外にもあっさりと受け入れていた。
征蹂郎(正確にはライダー)が近頃使い始めた手品(まじゅつ)を、精巧に使える客人(ゲスト)。
などという荒唐無稽な肩書を飲み込み、誰が言い始めたのかふざけ半分にお嬢お嬢と親しげに呼ぶ始末だった。
それは彼らの知能が低いというよりも、アルマナの暗示にあっさりと騙されたというよりも、ただ、征蹂郎が『そうだ』と言ったから受け入れるという。
ボスに対する絶対的な信頼の現れに見えた。
「んで、嬢はどこ行くん?」
「新宿区の偵察です」
「そっかあ、気ぃ付けてな。デュラハンのクソ共に捕まんなよ〜?」
賑やかな声に、アルマナは答えることなく、テクテクと廊下を進んでいく。
しかし彼らの言葉は、更にその背中を追って届いた。
「お嬢は征蹂郎クンを手伝ってくれるんだろ? 期待してるぜ、俺達」
廊下の突き当り、引き戸の窓を開く。
吹き抜ける夜風を浴びながら、窓枠を掴み身体を引き上げ、アルミのサッシに足をかけ。
あっさりと、段差を超えるような気軽さで、アルマナは雑居ビルの八階から夜の空に身を踊らせた。
「うおおおおお! すっげ、オイ見たか今の!? やっぱ征蹂郎クンの言ってたことマジだったん―――」
背後で沸き立つ粗野な歓声が、あっという間に遠くなっていく。
隣のビルの屋上に着地したアルマナは、その勢いのままに駆け出した。
たったったっと一定のリズムで回転する脚の動き、不安定なコンクリート足場をものともせず。
小柄な体躯からは考えられない速さで直進する少女は、あっという間に屋上の端にたどり着き。
そして勿論、一切の躊躇なく、蹴上を踏み越え跳躍した。
「――――」
口内で数節の詠唱を諳んじる。
吹き抜けるビル風が少女の身体を押し流し、11歳の少女が挑むには些か無理のある幅跳びを成功に導く。
質素なワンピースをはためかせながら、更に隣の建造物に飛び移ったアルマナは依然として無表情。
当然のごとく、ビルからビルへと、軽やかなパルクールを継続する。
少女にとってすればこの程度の動作、かつて兄弟や友人たちと興じた追いかけっこよりも容易い。
東京の摩天楼など、故郷の群峰に比べればなだらかなものだった。
アルマナ・ラフィーは山育ちの魔術師である。
その村落はかつて、小国の山岳部にひっそりと隠れるように、自然に溶け込むように存在していた。
機械文明を極限まで断ち切り、外界と関わらず、当たり前のように魔術と共に在る生活環境。
現代魔術における、秘匿の概念から開放さた世界。
近年、廃村跡地を調査した魔術師に『局所的に再現された神代』とまで評されし化石文明である。
つまり彼らが扱っていた魔術の在り方は、現代の者達とは一線を画する。
422
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:42:42 ID:6kUGLvpA0
アルマナは軽やかに夜の空を闊歩する。
驚くべきは、そのスピードに加えて、ハイレベルの隠形を同時並行で実践していることだった。
スパルトイの従者を付けられているとはいえ、この局面に至っても単独行動を続けるマスター。
アルマナの仕える尊大なる王は、そのぐらいできて当然と考えているが。
彼女のレベルで幅広い魔術を実践運用できる者は、現代魔術師にもそう多くないだろう。
「――――警戒、10時方向」
霊体化状態のスパルトイを統制し、意識を精鋭化させていく。
千代田区のアジトからノンストップで走り続けた少女の動きが止まった。
たった今、神田川を超えた。
つまり、新宿区に侵入したのだ。
視線、風の流れ、精霊の気配を探り、安全と危険を見通し、再び行動を開始する。
このまま可能な限り新宿区の中心まで浸透する。しかして補足されることなく時間内に引き上げる。
迫る決戦を前にした偵察行動。
敵の配置情報を収集し、聯合側に持ち帰り、戦いを優位に進めるための。
アルマナの潜入は聯合との役割分担の結果であると同時に、アルマナ自身の戦術的判断でもあった。
これは彼女にしか出来ない任務である。
敵に関する情報収集は既にノクト・サムスタンプの辣腕が発揮されている。
マスターの名前と数時間前の時点における拠点情報など、それらは破格であるものの、あくまで戦略面における情報であった。
最新の陣地構成や戦力配置など、戦術面の情報はどうしてもこのタイミングでリスクを承知で確認したい。
加えて直近では、新宿区においてノクトの使い魔(しかい)が急激に数を減らしていた。
ノクトを知る手合、おそらく脱出王と思しき存在の入れ知恵と思われる。
結果として、おそらく敵に多くの情報が伝わっておらず、サーヴァントを伴わないため気配が希薄であり、単独で動ける。
そういった条件を満たすアルマナが、最も適任と判断されたのだ。
しかし実のところ、何よりもっとも大きな理由は別にある。
ノクト・サムスタンプからもたらされた情報だけを鵜呑みにして動く事への警戒心。
この点は、アルマナ・ラフィーと悪国征蹂郎の二者の間で共有されていた。
(……敵の配置が変わってる)
1時間前に消息を経ったという新宿区東側の使い魔が齎した敵の拠点。
アルマナの予想通り、状況は更新されていた。
敵陣地いくつかは既に破棄されており、いくつか新たな要所と思われる場所を確認できた。
敵も間抜けの集まりではない。
直前になって戦力配置を変更する程度の戦術は練ってくる。
あまつさえ、道中には偵察を警戒して張り巡らされた網を確認することができた。
簡単に気付けるような生半可な偽装ではない。むしろ嗅ぎ取り、回避したアルマナの嗅覚こそ凄まじい。
(都市の中心を囲むように、3つ以上の施設に常駐する精霊の気配……。
この短時間で急激な堅牢化。
……ダミー、キャスタークラスの陣地作成、あるいは侵入者を誘い込む罠?)
新宿に入って以降、既に敵陣の内側である。
アルマナは無表情のまま、しかして最大限の警戒でもって、張られた網をすり抜ける。
そうして、暫くの間、少女は新宿のビルの上を駆け回り。
暫定的な拠点の一つと目されるライブハウスの数キロ手前にて、漸く足を止めた。
(――――)
少女はここが潮時と判断する。
ある程度は敵の配置情報を掴むことが出来た。
幾つかは偽装であろうし、敵サーヴァントやマスターの情報を拾うことまでは出来ていない。
しかし、変更された拠点の大まかな位置や、勢力の規模感など。
これらの情報を持ち帰るだけでも大きな収穫である。
念には念を、行きとは別ルートで撤退を開始したアルマナは、しかしまたしても足を止めた。
(……これは……視線?)
見られている。アルマナの感覚がそう告げていた。
周囲のどこにも人の気配はない。
消音透過魔術の併用で自身の気配も最小限に留めてきた。
偽装は未だ完璧であり、下方からパルクールを見られるヘマも踏んでいないはず。
にも関わらず、アルマナには確信があった。
恐ろしい何か、巨大な何かの視界に入ってしまっている。
視線の発生源は―――
「………そら」
地の光、街のネオンではなく、天上の星々から。
デュラハンのサーヴァントか。あるいは全く関係なく、アルマナと同じく新宿に侵入した第三者か、
どちらにせよ、その何かはアルマナを見ている。アクションがないのは、今は他のことに意識を寄せているから、と考えるのが自然だった。
逆に言えば、他のことがなければ、それの関心はアルマナを対象とする可能性がある。
そらに煌々と輝く星の光が、やけに重苦しく感じた。
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PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:43:14 ID:6kUGLvpA0
隣の屋上に飛び移る跳躍の角度を斜め下に変え、開かれた窓から屋内に侵入する。
剥き出しの屋上を行く限り、あの目線からは逃れられない。
回り道にはなるが安全第一で屋内を、窓から窓へ、建造物の内側を通って新宿を脱出する計画だったが。
「……………」
撤退を開始してから3つ目の建造物に侵入したとき、その異常は現れた。
アルマナは今、暗い廊下の先を見ている。
侵入した建造物は、どうやら総合病院であるようだった。
既に消灯時間が過ぎていたのか、窓から身を滑り込ませた廊下は光量に乏しく薄暗い。
不鮮明な視界。しかし違和感は顕在化していた。施設に入ってから、まるで人の気配がない。
確信を得たのは廊下の角を曲がった時だった。
薄っすらと血の匂いが鼻につく。
廊下や壁のいたるところに僅かな血痕が飛散している。
アルマナの進む廊下の先、先回りするように床に血の線が真っ直ぐ続いている。
「……………なにか、いる」
その雰囲気からして、空からの視線の主ではない。
全く別の、湿り気のあるベッタリとした気配が肌に纏わりつく。
ゆっくりと歩を進め、施設の東端に至る。
あとは目の前の窓から外へ脱出するだけでよかった。
なのに足元の血痕は丁寧に、窓横の部屋へと続いていて。
「……………」
細い指が傍らのドアノブにかかる。
きぃきぃきぃと甲高い音をたてて開くドア。
吹き抜ける空気の中に、乾いた血の匂い。
薄暗い室内。そこは、六人程度の患者が入れる大部屋だった。
入院患者たちが横たわっている筈のベッドは全てカラで、代わりに部屋の真ん中に奇妙なオブジェがある。
ぶよぶよとした赤茶色の塊、硬直した肉の集合体。
積み上がる死体で作ったモニュメント。そうとしか言い表せない、非現実的な光景だった。
屍をツギハギにした墓標は酷く不安定で、周囲に添えられた萎れた花々が気色の悪い鮮やかさをまぶしている。
オブジェの周りにはサルかチンパンジーのような毛むくじゃらの原始人が数人集まり、皆一様に手を組んで祈っていた。
―――ごぽ。
それは儀式であったのか。
花は枯れながら散り、オブジェはぐずぐずと崩れ落ちる。
積み上がった5つの死体が溶け合わさり、消えた後に現れた1体の人影。
新たな原人が緩慢に立ち上がり、取り囲む赤茶色の波は新たな仲間の誕生を歓迎する。
悪夢のような光景から漸く我に返ったアルマナは、大部屋のドアを閉め、身体の向きを変えて窓枠に手を添える。
そのまま身体を持ち上げ、介護施設から離脱しようとした、その直前。
「はは…………おまえ……まだ、さびしいのか……?」
背後、廊下の闇の向こう。
這いずるように追ってきた掠れ声が、アルマナの肩を掴んでいた。
◇
424
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:43:50 ID:6kUGLvpA0
覚明ゲンジはそれを運命だと思った。
「おれはさ……もう、さびしくは、ないんだ」
周鳳狩魔に出会ったこと。
華村悠灯に出会ったこと。
神寂祓葉に出会ったこと。
そしていま、目の前の異国の少女に再び出会えたこと。
今日最後の狩り場となった病院で、偶然巡り合ったこと。
全て、定められていたのだと。
「みんなが、おれに期待してくれたから。おれも、期待したいと思えたから」
少女にしてみれば、意味不明な言葉の羅列を垂れ流している自覚がある。
それでも別によかった。伝わらなくても良かった。少なくとも、ゲンジには伝わっていたのだから。
褐色の少女の、揺れ動く小さな<矢印>が。
少女の感情の、まだ生きている証が。
押しつぶしたように小さな文字で、「さびしい」と、自覚なく今も発する心が届いている。
こいつは昨日までのおれだ、と彼は思った。
かわいそうだと、救ってやりたいと。
だって少女は訴え続けている。
声の出し方を忘れても、感情の作り方を忘却に沈めても、心だけは偽れない。
ゲンジだけは、その小さな声を読む事が出来るから。
「……期待」
少女は噛み砕くように、その単語を反芻する。
期待、期待、と。
何度も、何度も、舌の上で苦いものを味わうように。
「どうして……そんなモノを欲するのですか?」
問いはどこに向けられていたのか。
小さな身体から伸びる感情の矢印はゲンジを逸れ、どこにも届かず墜落する。
「不毛で……余分で……無意味です。
そんなモノを抱くから雨に打たれて、手の動きが鈍って、痛みが足を止めて……辛くなるのに」
まるで虚空に向かって喋っているようだった。
互いに、致命的に、ズレたやり取りの行き着く果ては、チグハグな喜劇めいていて。
「でも、そんなモノがなければ……おまえはいま、ここにいないだろ」
醜い男の粘ついた言葉に、少女の瞳が僅かに揺らぐ。
「おれもそうだったんだ。おれにはもう、意味なんて、どこにもないと。でも、違った」
期待なんて、希望なんて、己からは絶えて久しいと。
だけど、ここで見つけた真実がある。
たくさん殺してみて、少し分かったことがある。
「おれは、おれの『楽しみ』のために、この悪意(かんじょう)を、使えたんだ」
そうしてみたら、不思議とさびしくなくなった。
「おれは、おやじのようには生きられない……さびしさを埋めるために、他人のために……生きられない。
だけど、おれは、おれに期待をくれるみんなのために、おれ自身の期待ために、頑張ることが出来ると分かった」
期待を持たぬものが、希望を手にせぬものが、この場所に居るはずがない。
聖杯戦争、唯一つの希望を勝ち取るための生存競争。
あるいは唯一つの希望を、握りしめる白き少女から簒奪するという冒涜。
ならば目の前に居る少女もまた、その筈だ。
自覚があろうと無かろうと、細い期待を捨てきれていない。
その前提だけは、心を見るまでもなく分かるのだ。
「おれはいくよ」
白き少女のいる舞台(ステージ)へ。
極光の望む遊び場へ。
己が卑小で汚れた存在であろうと、与えられた役割が醜く愚かなものであったとしても。
それを期待する誰かがいてくれるから、何より自分自身が期待しているから。
「なあ、おまえは……どうする?」
ゲンジが腕を振り上げるのと、少女が足を持ち上げるのとは、全くの同時だった。
廊下の左右、両サイドの扉が吹き飛び、大量の原人が殺到する。
少女の踏みしめた足元、翻るワンピースの影から3体のスパルトイが出現する。
425
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:45:10 ID:6kUGLvpA0
衝突は一瞬だった。
スパルトイの振るう剣尖が閃き、原人の腕が数本、千切れ飛んで廊下の天井を掠めて落ちる。
急速に刃毀れした剣が後方に弾け飛ぶ。
壁ごと粉砕された窓枠をくぐり、褐色の少女はバックステップで屋外の空中に飛び出した。
下方から突風が吹き、少女の身体を巻き上げる。
その周囲には様々な色の光弾が現れ、身体の周りを旋回し始めた。
ほんの少しの間、ゲンジと空中に浮かんだ少女の視線が交錯する。
アルマナの指令によって拡散し、殺到する光弾の嵐。
機関銃のように連射された魔力の弾丸は強烈な光を伴い、ゲンジの視界を覆い尽くした。
「…………」
ゆっくりと、ゲンジは目の前に翳した手を下ろす。
放たれた光弾の全てが、彼の身体に届く前に霧散していた。
サーヴァント、ネアンデルタール人のスキル、〈霊長の成り損ない〉。
魔力すら人の文明と捉えかき消す、滅びた者の抵抗力。
ゲンジの傍らに控えた原人が仕事を終え、霊体化によって姿を消した。
「逃げたのか……」
目前、廊下の端の壁には、ぽっかりと開いた大穴だけが残されている。
異国の少女も、スパルトイの姿も、既にない。
隣の建造物に飛び移ったのだろう。
吹き抜ける外気にさらわれるように、原人達も姿を消し、異質な空気が薄れていく。
歓楽街の雑踏、車のクラクション、音響式信号機が奏でる間の抜けたサウンド。
急激に押し寄せる現実感に、ゲンジは乾いた表情を浮かべていた。
崩落した壁から、目前に広がる新宿の夜景に目を凝らす。
遠いビルの向こう、小さな少女が妖精のように、夜の街を舞う幻想が見えた気がした。
耳に届く喧騒に首を動かす。
何らかの野外イベントでもあるのだろうか、ハロウィンでもないのに街には人がごった返していた。
彼らが見つめる先、その頭上あるものを認めて、なるほどと彼は独りごちる。
そうして、ゲンジもまた帰路に着くことにした。
あの少女と再び会えたことに、少しの高揚を抱えたまま。
もう少しだけ、話したかったけれど、まあいいだろう、と思う。
多分どうせ、また近いうちに会えるだろうから。
新宿、夜の街、雑踏の中を醜い少年が歩いている。
不意に、すれ違う誰かが彼の肩にぶつかり、舌打ちとともにその顔を覗き込む。
不均衡な顔貌を見、侮蔑も露に表情を歪めながら悪態をついて去っていく。
「クソ、気持ちわりぃな。どこ見てんだサル野郎」
いまも、多くの者が覚明ゲンジを見下げ、嫌悪する。
しかし少年はもう、そこに何の痛みも感じていない。
むしろどこか滑稽で、哀れみすら覚えていた。
「…………は」
雑踏の中、不気味に笑い始めた少年を、通行人が怪訝な目で見ながら通り過ぎていく。
新宿駅東口交差点。
聳え立つ摩天楼、四方のビルの壁に埋め込まれた大型のビジョンが、華やかな広告を大音量で拡散している。
そこに、かつてゲンジが憧れた2つの偶像が映っていた。
『――最強VS最凶!! 対決イベント遂に実現!!
輪堂天梨VS煌星満天!!』
近々行われるという対決、という形式での対談イベント、そのプロモーション映像。
綺羅びやかな二人の少女が、ビジョンの中で向かい合っている。
軽い懐かしさと共に思い出す。
煌星満天は無名な頃の泥臭く、這いずるような生き方が推せたのに。
ここ最近のメディアの持ち上げ方に、どこか冷めてしまった。
それが解釈違いという感情によるものだと、ゲンジが知ったのはごく最近のこと。
426
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:45:28 ID:6kUGLvpA0
そして、もうひとり。
輪堂天梨、彼女に関しては、少し苦い思い出があった。
あのスキャンダルの前、まだ彼女が、名実ともに誰からも愛される完璧なアイドルだった頃。
ゲンジが彼女のグッズを集めていたことを、同じファンのクラスメイトに見られたとき。
クラスメイトの彼女への感情までもが、嫌悪に変わったこと。
ゲンジは思い出す。たしか、あの頃は自分を責めていた。
おれが好きにならなければ、彼女まで嫌われずに済んだのにと。
おれなんかが感情を向けたから、彼女に呪いをかけてしまったのだと。
だが、今は違う。
呪いを抱えていたのは、自分だけじゃないと思えた。
それを証明するように、今、雑踏の人々から伸び上がる歪な〈矢印〉の束が見える。
―――嫌悪、嫌悪、嫌悪、嫌悪、嫌悪。
映像を目にした人々の胸元から、夥しい数の矢印(あくい)が、広告の中の輪堂天梨に向かって伸びていくのが見える。
何故、いつの間に、大衆の中でこれ程の悪感情が渦を巻き、それが一人の少女に集中していったのかは分からない。
ひょっとすると、それは街に縛られた彼らの防衛本能。
作られた生命でありながら、確かな感情を持たされた人々の、ある種の逃避先なのかもしれなかった。
聖杯戦争の脅威は、仮初の東京に生きる人々の肉体だけでなく、精神をも蝕み続けている。
蝗害は渦巻き、日夜不審な殺人事件が多発し、遂には大量破壊兵器まで使用され、無数の命が犠牲になった。
それでも彼らは、この街から逃げることが出来ない。
聖杯戦争の表面、日常を回すために配置された彼ら。
舞台のエキストラであろうとも、舞台から逃げることなど、その本能が許さない。
そんな中で、確かな感情を与えられてしまった彼らが、無意識にはけ口を求め続けていたとしたら。
日に日に肥大化する不安と憎しみ、行き場のないそれらの向かう先として、彼らは分かりやすい社会の悪(てき)を欲していた。
すると輪堂天梨は、この上ない偶像だったのかもしれない。
暴走する処罰感情。膨れ上がる恐怖と狂気。
ここまで巨大化した悪意と害意は最早、歯止めが効かない。
いずれ濁流となって溢れ出すだろう。
その帰結を、大衆の感情を視認できるゲンジは知っていた。
結局、人間は悪とされるものを敵視する。
少年の外見と、偶像の内面。
醜きもの、美しきもの、別け隔てなく、その呪いからは逃れられない。
箱庭に閉ざされ、尋常でないストレスに晒され続けた人々は、今や呪いを撒き散らすだけの存在に変貌しかけている。
「気持ちわりぃのは、おまえらだろ」
ゲンジはずっと思ってきたことがある。
老いて、心身の機能を失って。
人がプラス感情を受発信出来なくなったとき、自然と死ねる世界になればいいと。
あるいはそれが、聖杯に託す願いになり得るとすら。
であれば、今、すれ違う模造品ども。
NPC、作られた生命、世界を構築するためのパーツたち。
呪いを撒き散らす餓鬼の群れに変貌していく彼らに関しては、老いも知能も身障も関係ない。
全てにおいてプラスの要件を満たさない。なんて無意味な存在なのだろうと彼は思う。
少女のおもちゃ箱は自壊していく。
いずれ世界とともに消え去ることが決定している人形たち。
少女が望むステージを賑やかす、社会機能を回すための舞台装置。
張り付けられた者達の無意味な肉体と精神の活動、悪意の発露。
「…………はは」
そのマイナスが、今や100を超えるプラスの意味となって、原人の葬列に加わっている。
これはゲンジにしか出来なかったことだ。
彼に与えられた役割であり、意味であり、運命だと思った。
もしも、この街の全部を、原人に変えてしまえたら、それはどれほどのプラスになるのだろう。
「…………はははは」
ずっと前から、脳裏に浮かぶ光景がある。
無人の街を、赤い毛むくじゃらの原人がゆっくりと列をなし、厳かに死にゆく星の葬儀を執り行う。
「…………ははは、はははははは」
想像するとなんだか愉快で、自然と口元が綻ぶのが分かった。
◇
427
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PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:47:23 ID:6kUGLvpA0
新宿区・歌舞伎町、雑居ビルの屋上にて。
シッティング・ブルの眉間に深い皺が刻み込まれた。
賢者は東の方角を凝望した後、瞑想するかのようにゆっくりと瞳を閉じる。
「キャスター?」
自身のサーヴァントが見せた僅かな反応に、傍らに立つ華村悠灯は小さく声を上げる。
少女には具体的なことは分からないが、何かが起こったことは伝わった。
先の一瞬、キャスターが見つめた方向に向き直る。
東京の夜空と街明かり、路地を歩く僅かな人影、視界に特に変わった者は映らない。
しかし、従者は言い切った。
「敵だ」
端的に、その単語を口にした。
「……!」
悠灯の身体にも緊張が走る。新宿区に敵が来た。
東の方角に、どれだけ目を凝らしても、悠灯の視界には何も見えない。
予告されていた聯合の襲撃時間にはまだ少し早い筈だ。
それでも賢者が言うのであれば真実なのだろう。
「まだ構える必要はない。おそらく偵察だ。
加えて、既に私の霊獣が警戒を固めている。これ以上の勝手は許さん」
その言葉に悠灯は少しだけ緊張を解くも、キャスターの空気は硬いままだ。
「想定通りの動き。だが、想定よりも手練れだ。
これまで散見された使い魔による探りではない。
さりとて、領域に干渉された形跡もない……」
鳥の霊獣が数体、東から飛んできて、キャスターの肩に止まる。
「数カ所の陣地、張っていた網を的確に避けて浸透した形跡がある。
霊獣に対する知識、自然と調和する魔術に対し、極めて深い造詣を備えていたとしか思えない。
とても、この時代の魔術師とは思えぬ」
刀凶聯合、魔術の傭兵。
確認されてきたどのタイプのやり方とも一致しない。
つまり、これまで極端に情報が少なかった3人目の敵(マスター)である可能性が高い。
「逃げたな……どうやら引き際も心得ているようだ」
キャスターが閉じていた目を開く。
どうやら今すぐに戦闘に発展する様子はないようだった。
悠灯もようやく緊張を解き、敵が居たと思しき方角から視線を外す。
「大丈夫なのか?」
「首尾で言えば五分、だな。
ある程度の情報は抜かれたが、こちらも敵マスターの情報を得られた」
いよいよ目前に控えたデュラハンと刀凶聯合の対決。
その形式は非常に分かりやすい。
デュラハンがディフェンス。刀凶聯合がオフェンス。
言い換えれば、チャレンジャーは刀凶聯合の側となる。
428
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:47:58 ID:6kUGLvpA0
襲撃の予告があった時点で予見された状況でもあった。
つまり率直に言えば、分はデュラハンの側にある。
基本的には地盤を固められるディフェンスの側が、圧倒的に有利であるからだ。
加えて、デュラハンは陣地形成を可能とするキャスターを引き込んでいる。
これは圧倒的な差と言っていい。
「おそらく敵にとっても、これが最後の小手調べになったろう」
一方で、攻め側の刀凶聯合も侮れない。
不均衡を埋め合わせる策やワイルドカードの一つや二つ、準備していることだろう。
その点で言えば、この偵察行為も、非常に有効であったとキャスターは認めている。
守り側が最早、配置を変えることが不可能なタイミング。
つまり戦闘開始直前での偵察。それもリスクを承知でのマスター単独潜入による情報収集。
失敗すれば最悪マスターの死、とんでもない損害を被る恐れすら飲み込んで、実践した胆力は確かな結果を出している。
陣地を形成していたのがシッティング・ブルでなければ、より大きな成果を上げていた可能性が高い。
「……そっか」
悠灯は小さく溜息をつき、軽く伸びをしながら呟いた。
「もう……始まっちまうんだな」
「ああ、もはや時はない」
対決の時は目前に。
二人にとっての正念場が迫っている。
生への執着と、死への諦観。
白の少女が差し伸べた手に、どのような答えを返すのか。
先は未だ、見えない。悠灯にも賢者にも。
けれど共に、同じ場所へと、立ち向かうことだけは決めたから。
「まずはここを生き延びる。じゃなきゃ始まらない。
なにも決められないまま終わっちまう。それは、やっぱり嫌だ」
階段に向かって歩き始めた悠灯を、賢者は静かな眼差しで見つめ続け。
そして不意に、その目を鋭く南の空へ向けた。
「……悠灯」
「……なんだ?」
「南方から、別の気配が侵入した。同時に、天上から巨大な目線が落ちている」
キャスターの像が解け、霊体に変わりながら、声だけが屋上に響く。
「忘れるな。敵は正面だけではない……」
「ああ、肝に銘じとく」
429
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:48:44 ID:6kUGLvpA0
鉄の音を鳴らしながら、悠灯は階段を降りていく。
休憩は終わりだ。
いよいよ、デュラハンは最後の備えに取り掛かる。
そうして、ライブハウスの入口まで戻ってきた時だった。
悠灯は背後に、自分以外の足音を聞いた。
不意に鼻につく血の匂い。
無意識に拳を握りしめ、警戒と共に振り返る。
「――――っ!」
「あ……ごめん、おれだよ」
そこに、覚明ゲンジが立っていた。
ちょうど彼も、周鳳狩魔の考案した『ツアー』から帰ってきたらしい。
ずんぐりとした体型が、ライブハウスの外灯によって、ぼんやりと照らされている。
「驚かすつもりじゃなかった」
「…………」
悠灯はすぐに言葉を発する事ができなかった。
不意に背後に立たれたから、という理由ではない。
彼を視界に入れた瞬間に、鼻腔を突き抜けた凄まじい死臭。
そして否応なく脳裏を過った生理的嫌悪感への戸惑いに、しばし硬直してしまったのだ。
「あ、ああ、いや、……アタシもちょっとぼーっとして」
なんとか言葉を繋ぎつつ。
しかし、何やってんだと、顔を覆ってしまう。
取り繕った所で無意味なのだ。
悠灯はゲンジの能力を知っている。
彼は完全でなくても心が読める。
つまり今、悠灯が感じてしまった全ては筒抜けになっている筈だ。
「ごめん、ゲンジ。アタシ……つい」
「いいんだ、当たり前のことだから」
初めて会ったときも、ライブハウスで話した時も、こんな直感的な嫌悪は抱かなかった。
個性的な顔も、体型も、少なくとも悠灯にとっては、それだけで忌避するものではなかった筈なのに。
ゲンジが先ほどまで何をしていたのかも、狩魔から聞いている。
けれど、どの理由もしっくりこない。
先程感じた嫌悪は、そういう事実情報だけによるモノではないように思えた。
だからこそ悠灯は困惑する。
己は今、彼の何を忌避したのだろう。
「当たり前なんだ。おれをそう思うのは。
だから悠灯さんが、そんな顔しなくていい」
だっておれは、醜いんだから、と少年は笑う。
「それに加えて今は臭いだろ。だから、そう思うほうが、自然なんだ」
表情は言葉と裏腹に晴れやかで、吹っ切れたような清々しさを湛えている。
それはもしかすると、己の汚濁を受け入れた者にのみ、許された境地であったのか。
「悠灯さんの準備は終わったのか?」
「……ああ」
「なら、いい。おれもおれの準備を終わらせてきた。
シャワー、浴びてくるよ。そのくらいの時間は残ってるよな」
立ち尽くす悠灯の脇をすり抜けて、ゲンジはライブハウスに戻っていく。
「……ゲンジ」
弾かれたように振り向いた悠灯が彼を呼び止める。
扉の前で歩みが止まる。
振り返らぬままの背に、少女はかける言葉をもたない。
「……いや、やっぱり、なんでもないよ」
そのまま、ドアノブに手をかけ。
去っていくかに見えたゲンジが、しかし首だけで悠灯を振り返った。
430
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:49:08 ID:6kUGLvpA0
ぼさぼさに伸びた太眉の下、細く垂れ下がった目が少女を見ている。
その視界に、どのような感情(やじるし)を受け取ったのか。
彼は薄っすらと微笑んで言った。
「"生きる意味"について、考えたことは何度かある」
それは単なる当て推量か。
「おれにとっては無意味な時間だった。
始まりから間違っていたのに、過程や終わり方に悩むなんて贅沢だろう」
言葉が奇跡的に噛み合っただけの偶然なのか。
「おれが欲しかったのはきっと……こんなおれが、"生まれてきちまった意味"なんだ」
ひょっとすると感情だけでなく。
本当に心を読まれたのかも知れないと、悠灯は思った。
「でも、それすら無価値だったと、今はわかるよ」
生まれるに値しない命とは、どんなカタチをしているのだろう。
醜悪な見た目をしているのか、邪悪な魂を抱えているのか。
あるいは、
「おれにとって必要だったのは、"意味"じゃなかった」
その両方を備えているのか。
「生まれた意味、理由なんて、結局おれには最初から、与えられてなかったとして。
それでも、"目的"なら見つけられたから」
死臭に塗れた少年は、黄色い歯を剥き出しにして破顔する。
「ありがとう、悠灯さん。
あんたはやっぱり、悪い人じゃないよ。少なくとも、おれにとっては」
「…………そっか」
「後でまた、タバコ一本くれよ。今なら……美味く感じられる気がするんだ」
「構わねえよ……じゃあ、そろそろ行こうぜ」
悠灯もゲンジもそれ以上の会話はなく。
共に、ライブハウスに入っていく。
中で待つ周凰狩魔の元へ向かうために。
そうして鉄製の扉を開き、外と内、その境界を超えるとき。
悠灯は微かに聞いたのだった。
どこか遠くから押し寄せる。
紅い、潮騒の音を。
◇
431
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:51:21 ID:6kUGLvpA0
その男は疲れていた。
今日、彼がそこに居たのは激務に軋む全身を労るためであり。
溜まりに溜まったストレスを解消するためであり。
たまたまチケットが安かったからであり。
つまるところ、偶然だった。
ライブハウスから一歩外に出ると、涼しい夜風が彼の全身を撫でるように包みこんだ。
この一瞬、心ゆくまで音楽に浸った後の開放感と、一抹の切なさを感じるときを、男は気に入っている。
彼は自宅の方角へと足を向け。
そしてたったいますれ違った二人組、入れ替わりでライブハウスに入っていった男女を、自然と目で追っていた。
大した理由はない。ただ、妙だなと彼は思った。
頭頂がプリンになっている金髪の少女。
北京原人のように不細工な、毛深い少年。
やさぐれた見た目に加え、こんな時間からライブハウスに来る時点で、典型的な不良たち。
注意するべきだろうか。警察や学校に通報するべきか。
なんて、彼の大人としての責任感がほんの少し鎌首をもたげ。
しかし、まあ、面倒事はいいか、とすぐに萎える。
今日はもう、疲れてしまったのだ。男は何も見なかったことにして、結局黙って帰路につく。
ただ、やはり少しの疑問は残った。
ライブハウスはもう、閉店時間の筈なのに、あの子どもたちは何をしに来たのだろう。
男は賑やかな新宿の街を歩きながら、今日の出来事を振り返る。
いつもに増して、最悪な1日だった。
始業時間よりも早く働き始めるのはいつもの事で、残業代が出ないのもいつもの事だ。
朝から殺人事件のニュースが飛び込んできて、昼から千代田区で爆発事故の連絡があって、夕方にはイナゴの群れが病院一棟を食い散らかしたらしい。
そういった怪事件の報告が挙がる度に、彼は取材のために駆けずり回っていたが、その程度は最近ではよくあること。
しかし、そこから先はいつも通りでは済まなかった。
渋谷で発生した大規模災害は未だに発生した死者の数を特定できていない。
そして、こちらは報道管制が敷かれているが、港区で大量破壊兵器が使用されたらしい。
狂っている。
彼は端的にそう思う。
東京の街は、この世界はおかしくなってしまった。
既に学校を初めとした公共施設はいくつか運営を停止している。
このままでは、飲食店やインフラだって営業停止に追い込まれかねない。
政府は外出禁止令の発令を真剣に検討しているとの噂だ。
それは困る。そうなってしまえば、遂に仕事が出来なくなってしまう。
いや、待て、と男は己の思考に異議を唱える。
そもそも何故、政府は未だに外出禁止令を出していないのだろう。
いやいや、もはや、そういう段階ですらないように感じる。
この東京(くに)はどうしようもなく壊れ初めている。
閣僚共に少しでも冷静に考える機能が残っているなら。
社会機能を■■てでも、とっくに■京から民■を■■させてしかるべき―――
「――――あれ?」
気づけば、男は見知らぬ路地に入り込んでいた。
益体もない思考を止め、もと来た道を引き返し、大通りへと戻って来る。
そうしている間に、先ほどまで何を考えていたのか、霞が掛かったように思い出せなくなった。
「……ああ、仕事のことだっけ。そうだ、明日の仕事だ」
男には悩みがあった。
彼は記者として20年のキャリアを積んでいるが、こんなことは初めてだった。
「どうすっかなあ……」
記事のタイトルが決まらない。
大手ニュースサイトの管理とライターを兼務している彼は、明日の朝一番にアップする記事をカタチにしなければならなかった。
所謂ワンオペ、雑な仕事の割り振り。ブラック企業によくある破綻した采配である。
「しかし、いくらなんでも色んな事件(こと)が起き過ぎてる」
ネタは在りすぎるくらいある。
だからこそ難しい。何を書いてもどこか陳腐でしっくりこない。
この街で起こる殺人事件も、死亡事故も、全部、今や彼には在り来りに思えてきた。
不幸な人は幾らでもいるのだ。不幸を広めてもしょうがない。見せかけの希望も必要ない。
432
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PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:52:13 ID:6kUGLvpA0
欲しいのは目に見える敵だ。
どうして世界(まち)がこんなことになってしまったのか。大衆がそれを問いただすべき敵だ。
後手に回り続ける行政機関への批判は書き尽くした。
時事ネタなら渋谷の一件か、政府の隠蔽や無能さを改めて書き綴るか。
敵といえば、芸能ゴシップならば、やはりここ最近は輪堂天梨の叩き記事の受けが良い。
有名な男性アイドルを何人もアテンドさせた。グループのメンバーに陰湿なイジメを繰り返した。
マネージャーはパワハラによって精神を病み、退職に追い込まれた。等々、紙面の上で、今や彼女は世紀の悪女である。
映画監督に枕営業をしていた、という噂を元に書いた回は、凄まじい反響が得られたものだった。
男にとって、噂が真実かどうかはどうでもよかった。ただ人々の恐怖やストレス、狂気を受け止める器があれば、どちらでもよかった。
興味深いのは、ここまで激しく燃えて尚、彼女が何故か燃え尽きず、メディアに出続けていること。
結果として出演し続けるからこそ、中傷はエスカレートし続ける。燃え尽きないからこそ、火の勢いは止まらない。
バグのような挙動で無限のエネルギーを生み出すように、天使の名を冠するアイドルは燃えながら飛び続けている。
まるで、永遠に続く焦熱地獄に落とされたように。
――ああ、そうだ、いっそ、厄ネタ同士を組み合わせて陰謀論的な記事でも作ってみるのもいい。
「い……てぇ……」
目まぐるしく事が起こりすぎて、男は思考を纏める事ができていない。
加えて、夕方頃からずっと続く頭痛と耳鳴り。蓄積されたストレスを解消すべく。
仕事を抜けて行った趣味のライブ鑑賞によって、少しは気が晴れたと思っていたのに。
「あーくそ、まただ」
こめかみの辺りから金属の擦れるような音が聞こえ始めている。
彼は知らぬ。人々を攻撃的に変えているモノは、恐怖やストレスだけではない。
―――■え、■え、■え。
誰かが、ずっと呼びかけてくる。
耳を塞いでも、どこまで逃げても、声は追いかけてくる。
―――■え、■え、■え。
「うるせえなあ……なんなんだよずっとぉ……」
頭を抑えながら、男はフラフラと夜の街を歩いている。
―――■え、■え、■え。
陰謀論、悪くない着眼点に思えた。
そういえば、蝗害被害に関するルポ記事も安定した閲覧数を稼いでいる。
一体何故、あんな恐ろしい災害が発生し続けるのか。
戦慄するほどの理不尽。今や、この都市にとって悪の代名詞になっている。
加えて、ちょうど先程、気になる情報が入ってきたのだ。
―――■え、■え、■え。
「……っ、ぐああ……い……てぇ……」
「おい」
「ちょっと、あんた」
「しっかりしろよ、気分悪いのか?」
交差点の中心で、男は頭を抱えながら蹲る。蹲りながら考え続けている。
駆け寄ってくる通行人が煩わしい。
いまやっとアイデアが降ってきたところなのだから、邪魔をしないでほしかった。
―――■え。
「……うぅぅぅぅ!」
「おい、大丈夫か? おい!」
蝗害の発生地点では、必ずと言っていいほど、怪しげな十代の少女が目撃されているらしい。
怪物を操る黒幕。怪物の正体とも噂される。
しかしその証言は奇妙なことにまるで統一性がなく。
曰く、モノトーンのコーデで統一された少女だった。
曰く、マゼンタの炎を操る外国人の少女だった。
曰く、修道服を来た短髪の少女だった。
曰く、アイドルの輪堂天梨だった。
曰く、アイドルの煌星満天だった。
少女ということ以外、まるでバラバラで荒唐無稽だ。
だったら、それはもう、少女だったら誰でも良いということにならないか。
幸い数多の目撃証言の中に、その名は含まれている。
そう、例えば、いまこの都市で最も嫌悪されている偶像が、災害の原因かもしれない。
なんてストーリーは、どれほど大衆の心を捉え――――
「ぐ……あああ……ああああああ……っ!」
「誰かっ! 救急車を呼んでくれ!」
―――■え。
「人が倒れて……」
「う………だ」
「え?」
―――戦え。
433
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PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:53:09 ID:6kUGLvpA0
「うるせえ邪魔だ、っつてんだよ!!」
咆哮と共に、彼は偶然最も近くにいた者の顔面を、思い切り殴りつけた。
一片の躊躇なく振り切られた拳は相手の頬骨を砕き。
鮮血が飛び散る。
路上に転がった身体、開けっ放しの口から数本の歯が飛び出し、砂利の上を転がった。
拳から血を流しながら、男は倒れた者の上に馬乗りになって、容赦のない殴打を続ける。
「なにしてんだあんた! やめろって!」
周囲の者達が悲鳴を上げ、繁華街にどよめきが広がっていくが、彼はまるで気にならない。
むしろ、意識はとてもクリアになっていた。
脳みそに直接、清涼剤を直接ぶち込んだような清々しさ。
鬱陶しい何かをぶん殴るほどに、耳鳴りが収まり、頭が冴えていく。
「て……めえ! いい加減に!」
誰かに突き飛ばされ、路端にいた別の誰かにぶつかる。
邪魔だったので、ぶつかったそれに思い切り膝蹴りを入れた。
蹴られた誰かは隣りにいた誰かを巻き込んで倒れ、頭から血を流して喚きながら、見当違いの誰かに殴りかかる。
倒れていた男がおもむろに起き上がり、狂乱しながら近くにいた無関係な誰かに掴みかかっている。
その様子を眺めていると、後ろから頭を殴られたので、振り返ってそこに居た誰かに飛び掛かる。
「痛え! なんで俺が殴られなきゃいけねえんだよ!」
「はあ!? あんたが先に手ぇだしたんでしょ」
「俺じゃねえアイツが……」
「テメエら纏めて邪魔くせえ!」
「いったい何なんだよ!」
「おい、そんなもん仕舞えって! 冗談じゃすまな―――」
小競り合いが乱闘になり、乱闘が暴動に近づいていく。
混乱が広がっていく。
もう既に誰が誰を殴っているのかも分からない。
「あ……ぁ……何が起こった……?」
「車が……車が突っ込んで……!」
「お、おまえら警官だろ……なんでそんな、冗談やめろよ、まさか本気で撃―――」
今や誰も彼もが支配されていた。
その内側から猛る声に。
―――戦エ、戦エ、戦エ。
既に誰も、最初の諍いがどんなカタチだったか憶えていないだろう。
それは引き金を退いた彼も同じ。
誰とも分からない頭に噛みつきながら、男は足元に違和感を覚える。
下を見ると、紅い液体に足が踝まで浸かっていた。
ふと、疑問に思う。
どうして繁華街の交差点に、汚れた水が流れているのだろう。
神田川が氾濫したのだろうか。雨も降っていないのに。
首を傾げているうちに顔を殴られ、路上に仰向けに倒れる。
飛沫が上がったけれど、別に冷たくもなかった。
数度、瞬きをしてみると、紅い液体はもうどこにも見えない。
周囲には、未だに殴り合う人々の雄叫びが轟いている。
幻覚を見ていたのだろうか、と。
彼は口元から滴る血を指で拭って立ち上がり、ゆらゆらと歩き出しながら思った。
―――オヲ――――タタカエ。
まあ、なんにせよ。
今日はとても、良い記事が書けそうだった。
◇
434
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:54:57 ID:6kUGLvpA0
Tuba mirum spargens sonum, / 奇なる喇叭の音が響き。
per sepulchra regionum, / 各地の墓所に鳴り渡るとき。
coget omnes ante thronum. / 全ての者は寳坐の下に集められん。
◇
【新宿区・歌舞伎町のライブハウス/一日目・夜間】
435
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:56:02 ID:6kUGLvpA0
【華村悠灯】
[状態]:動揺と葛藤
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたい。
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
[備考]
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:健康、迷い
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
1:今はただ、悠灯と共に往く。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
【覚明ゲンジ】
[状態]:疲労(小)、血の臭い、高揚と興奮
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:3千円程度。
[思考・状況]
基本方針:できる限り、誰かのたくさんの期待に応えたい。
0:祓葉を殺す。あいつに、褒めてほしい。
1:抗争に乗じて更にネアンデルタール人の複製を行う。
2:ただし死なないようにする。こんなところで、おれはもう死ねない。
3:華村悠灯とは、できれば、仲良くやりたい。
4:この世界は病んでいる。おれもそのひとりだ。
[備考]
※アルマナ・ラフィーを目視、マスターとして認識。
【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)】
[状態]:健康(残り108体)、一部(10体前後)はライブハウスの周囲に配備中
[装備]:石器武器
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:今のところは、ゲンジに従い聖杯を求める。
0:弔いを。
[備考]
※老人ホームと数軒の住宅を襲撃しました。老人を中心に数を増やしています。
436
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:56:38 ID:6kUGLvpA0
【千代田区・北部アジト/一日目・夜間】
【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(中)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:周鳳狩魔――お前は、お前達は、必ず殺す。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
[備考]
異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:損耗(中/急速回復中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
1:神寂祓葉を殺す
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。
※現在、新宿区にスキル〈喚戦〉の影響が拡大中です。
【アルマナ・ラフィー】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。
※新宿区を偵察、情報収集を行いました。
デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。
437
:
名無しさん
:2025/05/30(金) 04:57:05 ID:6kUGLvpA0
投下終了です
438
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/01(日) 23:55:30 ID:EtvVHMko0
アルマナ・ラフィー
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
覚明ゲンジ&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)
周鳳狩魔&バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)
神寂祓葉 予約します。
439
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/06/04(水) 00:17:31 ID:mcH9oP5U0
予約を破棄します。
長期の拘束申し訳ありませんでした。
440
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:32:03 ID:D5Ika2WY0
投下します。
441
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:33:03 ID:D5Ika2WY0
――夜の闇が、彼らの集まった廃墟の中を無言で覆っていた。
吹きすさぶ風が鉄骨を鳴らし、冷たく湿った空気が兵たちの肌を刺す。
そこに集まったのは、今まさに東京裏社会の覇権を争おうとしている両翼の片割れ、デュラハンの兵隊達だ。
電気も通っていない廃ビルの薄闇に身を潜めるようにして、それぞれが無言で与えられた武器を整えていた。
これだけ見れば本当の開戦前夜のような凄みがある光景だが、これより死地に向かう彼らの顔には緊張と不安がにじみ出ている。
誰もが知っていた。これから向かう抗争の相手――刀凶聯合は、自分達以上に一介の半グレ組織などではない。
連中は狂気の塊だ。ロケットランチャー、グレネード、重機関銃。
まるで戦場の兵器がそのまま市街地に持ち込まれたような装備で、手加減など一切見込むことのできない相手。
「……勝てるわけ、なくねえか?」
ぽつりと誰かが言った。
場の誰も、それを否定しなかった。
確かにこちらも銃は与えられている。手榴弾もあればスタングレネードだってある。だが、それでも"戦える"ことと同義ではない。
デュラハンの武装はあくまでちょっと過激なヤクザレベル。対する聯合は先に述べた通り、実際の戦地でも十二分に通用するような盤石さだ。
自分達が弾を詰め替えている間に、対戦車を想定した超威力兵器の砲撃を見舞ってくるような連中。それを相手に拳銃とわずかな小細工で挑むなど、木の枝で戦車に立ち向かえと言われているようなものだった。
「俺達の強みなんて、せいぜい数が多いだけ。連中よりちょっと人数揃えてるだけだ。その数だって、あんな火力の前じゃ何の意味もねえだろ」
言葉にすることで余計に不安が強くなる。
それでも吐き出さずにはいられないほど、場の空気は重かった。
いつ始まるか分からない抗争を前にして、どんどん胃の底が冷えていく。
誰も彼もが、恩義や絆に命を懸けられるわけではない。
そんな当たり前の現実を、彼らの煩悶は痛ましいほどに物語っていた。
彼らは所詮被造物。〈この世界の神〉たる白色に創造された、仮初めの器でしかない。
それでも彼らにしてみれば今此処にある人生が、命がすべてなのだ。
恐怖がない筈がない。迷いがない筈がない。造物主の創造は、いっそ残酷なまでに精密だった。
よってこれは当然の恐慌、当然の軋み。決戦を前にして、デュラハンの士気は大きく揺らいでいる。
ともすれば今すぐにでも、逃げ出そうと言い出す者が現れても不思議ではないほど。
事此処に至るまでそうさせていない辺り、周鳳狩魔という頭(ボス)が如何に非凡な将であるかが窺えるというものだったが――それにも限界はある。
なんたる体たらく。悪国や聯合の兵隊が見れば、きっと失笑しただろう。
首なしの騎士とはよく言ったものだ。これでは玉なし、意気地なしの集まりではないかと。
ああ無情。彼らの戦いは始まる前に破綻して、見るも無様に総崩れの様相を呈する――
……その瀬戸際で。場の混迷を断ち切るように、"誰か"の足音が響いた。
442
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:33:38 ID:D5Ika2WY0
規則正しく、鋭い靴音が床を打つ。
状況にそぐわない不思議な品格を伴った響きだった。
それは一歩ごとに空気を変え、やがて兵たちの視線を一点に引き寄せていった。
「や、どうも。うん、みんなちゃんと集まってますね。感心感心、それでこそ狩魔の集めた兵隊です」
――――そうして現れたのは、目が潰れるほど美しいひとりの青年であった。
金髪。凛とした顔立ち。けれどその姿は、ただ"美しい"と表現するにはあまりに異質で、現実感すら希薄だ。
理知的な眼差しと、誰もが自然に膝を折りそうになるほどの威厳。
デュラハンのボス・周鳳狩魔が呼び寄せた"サーヴァント"。
ゴドフロワ・ド・ブイヨン。組織内ではゴドーと呼ばれる、暴力の象徴のような人外がそこにいた。
彼が姿を現した瞬間、場の空気は文字通り一変した。
さっきまであれほど充満していた不安が、一瞬にしてどこか遠くへと押しやられていく。
誰もが言葉を失って、呆けた面を晒しながらその存在に圧倒される。
ゴドフロワは一歩進み、全員を静かに見渡す。もはや騒がしい話し声は一切ない。在るのはただ足音と耳鳴り、そして。
「大丈夫。恐れることなど、何もありませんよ」
彼の放った一言が、無に戻された場の空気を、改めて根本から塗り替えた。
語気は柔らかく、だが確固たる信念に満ちている。
慰めでも、鼓舞でもない。ただ事実として、そこに在るものとして言葉が投げかけられた。
ある種軽薄とも取れるほど何の飾り気もないその一言に、兵たちは不思議と息を飲んだ。
武器の性能でも、戦術の優劣でも、ましてや将の器の大小でもない。
そんな些事よりもっとずっと根源的な何か。
この場に居合わせた者すべての内面を、単なる口先八丁で揺さぶる何かがそこには確かに存在していた。
虚ろな兵隊達は誰も気付いていない。ゴドフロワがこの場に来ただけで、自分達の背筋が自然と伸びたことに。さっきまではわななき空を掴むばかりだったその拳に、わずかに、されど確かに力が込もったことに。
ゴドフロワはその変化を認識しながら、しかしそれを指摘するでもなく。
更にもう一歩だけ、緩慢な動作で前に出る。包み込むようなおおらかさに溢れた所作だったが、その眼は決して優しさだけを語ってはいなかった。
「いい機会だ。出撃の前に……少し話をしましょうか」
◇◇
443
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:35:51 ID:D5Ika2WY0
「そうか、覚明ゲンジが……」
アルマナからの報告を受けて、聯合の王・悪国征蹂郎は呟いた。
ノクト・サムスタンプを通じ、デュラハンの主要構成員の情報は既に得ている。
中でも外見的特徴に関して言えばひときわ異質なのが、今しがたアルマナが遭遇したという"猿顔の少年"だった。
覚明ゲンジ。北京原人に酷似した風貌を持つ醜い少年。独居老人の集団失踪が起きた団地に住まう、聖杯戦争のマスター。
『撤退時、牽制のつもりで魔術を放ちましたが……手応えはまったくありませんでした。
というより、命中する前にかき消されてしまったような感覚です。警戒が必要かと』
「そういえばキミは……、あの"猿顔"と面識があると言っていたな……」
『面識というほどのものではないです。アグニさんと同盟を結ぶ直前、一度顔を見たというだけで――ただその点で言うと、以前の彼とさっきの彼はまったく別人だったように思います』
「……、……」
アルマナの声に微かな動揺が滲んだのを、悪国は見逃さなかった。
この冷静沈着な少女らしからぬ、揺れ。
それこそ初めて出会った時に見た恐慌の片鱗らしきものが、そこには窺えた。
『迷いと……たぶん、苛立ち。
前の彼にあったものが、さっきはまったく消えていた』
一皮剥けた、なんて可愛らしい表現をするべきではないだろう。
此処に来て存在感を増すのは、覚明ゲンジの居住地が集団失踪の起きた団地であるという情報だった。
朧気に繋がっていた点と点。それを結ぶ線の色が、不気味に濃くなっていくのを感じる。
『もし相対することがあったら、どうか警戒を。ややもすると周鳳狩魔は、恐ろしい切り札を手に入れたのかもしれません』
次いでアルマナは、ゲンジの連れていたサーヴァントについて語った。
"複数の原人"。具体的に特定はできなかったものの、石器武器を携行していたと彼女は言う。
猿顔の奇怪な少年が召喚した、原始人の群れ。
なんとも酔狂な縁だが、アルマナの魔術を無効化したカラクリは一体どちら側にあるのか。
悪国は静かに爪を噛む。この情報に関しては、ノクト・サムスタンプにも共有しておくべきだろう。
今のところ新たな連絡は来ていないが、決戦の時刻が来た以上、あの信用ならない策士も動き出す筈だ。
「……とりあえず、分かった。して、どうする。一度こっちに戻るのか……?」
『存在を認識されてしまった以上、アルマナ単騎での作戦行動は危険と判断しました。
今はチヨダ区に戻ってきています。状況を見て、このまま戻るか別所に向かうか決めようかと』
「分かった……。何かあれば、追って連絡する……くれぐれも気をつけて、行動してくれ……」
『……アグニさんに言われるまでもありませんが、ありがとうございます。そうします』
そこで通話が切れ、悪国も端末を置く。
短時間の偵察だったが、やはりアルマナは驚くほど優秀だった。
敵陣の大まかな配置に、覚明ゲンジという要注意人物の話まで持ち帰ってくれたのだ。
加えてキャスタークラスの陣地が形成されていたこと、精霊を活用した独自のセキュリティ体制を確立していたこと。
元が魔術師でない悪国だ。理解しかねて聞き返す場面もあったが、その甲斐あって現状への理解度は相当に向上した。
開戦前の成果としては上々だろう。であれば後は、実際に事を始めるだけだ。
レッドライダーが加減のできるサーヴァントであったことは僥倖だった。
見敵鏖殺、二言はないが、何事にも事の順序というものがある。
デュラハンは烏合の衆だが、頭である周鳳狩魔と彼の集めた英霊達は脅威だ。
切るカードと必要な出力を誤れば、いつどこで地獄に落ちるか分からない。
エナジードリンクの残りを飲み干して、悪国は窓越しに戦場の方角を見た。
覚悟は決めた。後戻りなどできないし、する気もない。
時刻は午前零時。刻限の到来と同時に、刀凶の将は宣言する。
「――――さあ、開戦だ」
同時に身体を襲う強烈な緊張感と熱感。
脳が沸騰したように熱くなって、巡る血流が隅から隅まで煮え滾る激情に置換されていく。
魔術回路に漲るのは炎。地を焦がし、空を焼く、人類の原罪が悪国の内界へ共有される。
我らは刀凶聯合。
流血で繋がれた絆の聯隊。
この絆、この縁を裂く者あるなら神であろうと許さない。
首なしの騎士何するものぞ。おまえたちは、超えてはならない一線(レッドライン)を超えた。
――独り残らず皆殺しにしてやる。塵塚の王・悪国征蹂郎の宣誓を合図にして、黙示録の第二楽章は開戦する。
◇◇
444
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:37:30 ID:D5Ika2WY0
夜の新宿に、異変は静かに、だが確実に満ち始めていた。
タワー群の狭間に流れる風が重く淀み、ビルの壁面を撫でる音が、まるで獣の呻きのように変わる。
街灯のひとつがふと赤く染まり、そして瞬時に爆ぜた。赤――それは血の色でも、警告の色でもない。
これはただ、世界そのものを塗り替える破滅の兆し。
まず現れたのは水だった。
アスファルトの隙間から、コンクリートの割れ目から、天から地へ、逆巻くように溢れ出る液体。
水と呼んだが決して広義の水ではない。飲用などできる筈もない血塗られた汚水だ。
赤く粘性を帯び、見た目は血そのものでありながら、それ以上に嗅覚が拒絶する何か。
染み出したそれは川となり、やがて道を覆い、気づけば一帯を赤い海へと変えていく。
ぬめりとした音が、産声のように響く。
その中心より、"それ"は姿を現した。
紅蓮の戦士。赤き騎士。
――レッドライダー。
黙示録の赤、その顕現である。
それは生物ではなく、兵器でもなかった。
騎士の姿を取ってはいるが、騎士というハリボテを模って顕れたモノと呼んだ方が正確だろう。
赤く燃える二足が地を踏みしめ、どろどろと溶解しながら人型を保つ。あらゆる理屈と矛盾したその影が、理性なき眼光を街へと向ける。
そこには言葉も意志もない。ただ存在ひとつでヨハネの預言を体現する。
すなわち戦争と死を齎す者。
黙示録の第二の印。
人類のドゥームズデイ、その一形態。
赤騎士の進軍を合図にしたかのように、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
信号は赤のまま固まり、もう永遠に他の色を示すことはない。
逃げ惑う人間の姿さえここにはなかった。
なぜならこれの到来が起こってしまった時点で、特別な理屈を持たない伽藍の人形達はほぼ全員が赤の狂気に染められ、理性を飛ばしてしまったからだ。
であれば後は争い惑うばかり。たとえ手足がもげようとも、もう彼らは闘志の奴隷として生きるより他にない。
地を覆った赤水に仄暗く写る無明のビル群が、騎士の歩みにより生まれた波紋によって、まるで異界の塔のように歪む。
破滅の気配は羊水を踏みしめるような音を供に、新宿の夜を侵食していく。
そして。
高層ビルの彼方にひとり、それを見つめる男がいた。
445
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:38:31 ID:D5Ika2WY0
粗末な衣を纏い、頭に羽飾りを差した老戦士。
彼は【赤】の凶兆を目の当たりにしながらも微動だにしない。
しないまま、彼は静かに呟いた。
「――来たか」
シッティング・ブル。
アメリカ先住民、スー族の大戦士。守護者にして呪術師(シャーマン)。
時代も場所も超えて彼は再び、憎み忌み嫌う戦争の世界へと立つ。
ぬるついた風が彼の頬を撫でる。赤き騎士は、依然彼の存在を認識さえしないまま足を進める。
赤き戦禍は、歩みを止めない。
無言にして無機質、だが止まることなき黙示の機構。
その躯体より滲み出す赤い水は、地を染め、建物の基礎を蝕み、都市の輪郭を現在進行形で塗り替えていた。
騎士は黙して語らぬ。
強いて言うならば、これの歩みそのものが"大いなる意思"だ。
火種を撒き、命を刈り、土地を焦がす。
人が作りしすべての文明と倫理観を、まるで最初からそれが「こうなるべくして在った」と示すみたいに踏み潰す。
――だがその時。ガイアの設計したこの終末に異を唱えるべく大地が揺れた。
低く、重く、腹の底を揺るがすような震動。
レッドライダーの前方、朽ちた街路の先に無数の黒い線が走る。
土とアスファルトの狭間を踏みしめ、角を掲げ、巨体を揺らしながら、それらは姿を現した。
無数の黒い巨体……バッファローの群れである。
額には神聖なる紋章が淡く輝き、その眼はいずれも野生を超越した神秘の光を宿していた。
これは喚ばれたものだ。乞い願われ、それに応じたものだ。
霊獣。そう呼ばれる、大自然の神秘が具象した存在。
彼らの声を聞き、意思を通わせ。
混沌と大義が相克する戦場に招き寄せた者とは、すなわちシッティング・ブル。
彼の意志が、闘志が、或いは絶望が。
アスファルトを蹴り砕きながら走る一頭一頭の筋肉に確と宿っている。
「厄災を薙げ。大いなる神秘の触覚、我らが同胞(とも)よ」
静かなる号令をもって、獣達の突撃は始まった。
シッティング・ブルは自然と親しみながら育ち、そのように生きた者。
この大戦士の頼みに応えない精霊など、彼らの土地には一匹もいない。
バッファローたちが地を裂くように走る。その進撃はもはや津波に等しかった。
一頭につき十トンを超える巨体が突進し、疾走の余波だけで停められている車を跳ね飛ばし、建物の外壁を崩し、街路樹を塵に変える。
赤騎士を見据える無数の瞳は群れの"意思"として、交信者たるシッティング・ブルのそれを共有していた。
446
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:39:41 ID:D5Ika2WY0
対するレッドライダー。
彼はやはり一歩たりとも退かない。ただ黙して、立ち尽くす。
だがこれを無防備と呼ぶのはあまりに迂闊だ。
迫る神秘の津波を前にして、赤騎士の躰が変形した。
肉の中から、銃口が伸びる。
赤い体表(みなも)の下、肩から、肘から、腰から、背から――まるで皮膚を割って生える花咲き癌のように、無数の砲身が蠢いた。
ライフル、機銃、ロケットポッド。現代兵器の坩堝が、生物の枠を超えて"発芽"していく。
次の瞬間、それらが一斉に火を噴いた。
爆音。閃光。弾丸と爆裂。
砕ける空気はそれそのものが灼熱で、仮に吸うものがいれば刹那にして気道を焼き尽くされたに違いない。
夜の街に、地獄のオーケストラが鳴り響く。
弾丸は雨となって降り注ぎ、ロケット弾が群れの中心を爆風で撫でる。
霊獣とてこうしてまろび出た以上は肉製の器。
砲火と衝撃波の洗礼に血飛沫が上がり、直撃などしようものなら自慢の巨体すら容易く消し飛ぶのは避けられない。
しかし、それでも自然の化身達は止まらなかった。
炎に焼かれながら仲間の死体を踏み越え、それでも尚、彼らは走った。彼らは単に"命令"で動いているのではない。
赤騎士討つべし。
これは確かに神聖な者の御使いであるが、故にこの世にあってはならぬものだと、霊獣達は同じ認識を共有していた。そこには無論、シッティング・ブルという戦士の気持ちも含まれている。
されど。
それすらも――届かない。
銃火は止まぬ。レッドライダーの体躯は変質を続け、装備された兵器はキャパシティを無視して増殖し続ける。
身体ひとつで扱える火力の限界点が、目に見える形で悪い冗談のように更新されて止まらない。
バッファローはやがて、すべて倒れた。
吹き飛ばされ、焼かれ、撃ち貫かれ。
最後の一頭がその巨体を地に沈めるまで、彼らは一度も怯まず、不退転のまま戦い抜いたが――当の赤騎士が依然健在であるという事実は、彼らの勇猛な生き様に冷や水を浴びせるが如き冷淡さでそこにある。
沈黙が戻る。
やはりそこに、騎士は立っている。
――赤き滅び(レッドライダー)。
煤を纏い、血の霧を浴び、なお一歩も退かぬ姿。そこにあるのは勝利でも優越でもない。
あるのは大義。ただそれだけ。預言の成就というプログラムで動く騎士に陥穽はなく、よって誰にもこれは倒せない。
底知れぬ黙示の影。その姿を遠くから見据え、シッティング・ブルは息を整えた。
第一陣は惨憺たるものに終わったが、それでも大自然の戦士は敗北を認めぬ。
戦いはまだ始まってさえいない。これはただの第一波であって、それ以上でも以下でもないのだから。
男は静かに目を閉じ、風の声を聴く。地の鼓動に耳を澄まし、次なる霊獣の気配を手繰る。
赤き戦車は、次の進撃のために体内で砲弾を生成し始める。
死の匂いが、爆炎と硝煙の余燼の中に広がっていく。
バッファローの群れは既に沈黙し、焼けただれた大地には、赤い霧と焦げた毛皮の臭いが漂っている。
赤く泥濘んだ肉体に幾百もの銃口を孕み、兵器達の集団墓地めいた姿になりながら、赤騎士が進軍を再開する。
447
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:40:23 ID:D5Ika2WY0
その時――今度は空が裂けた。
一閃。
黒き夜を、銀の刃のような光が走る。
鷹だ。
いや、これもまた鷹のカタチを取った大地そのもの。
本来ならば肉体をもたぬ精霊の具現。風を裂き、空を斬る使者。シッティング・ブルが呼び寄せた、鋭利なる粛清の翼。
鷹の霊獣は、騎士の暴虐に踏み潰されたすべての命を代弁するが如く翔び――しかし鳴かない。
射殺す眼光を尖らせながら、双翼で空気を斬る快音だけで雄弁にその意思を告げる。
赤い巨影に銀の線が一筋、閃光のごとく走った。
レッドライダーの巨躯が、真横から両断される。
断面から赤い水が吹き上がり、血で虹の弧を描いた。
膝をつき、崩れる黙示録の騎士。硬質でも軟質でもない不定形の身体が飛び散るように砕け、黒い血管のような中身が地に晒される。
もちろん、これで終わるなどあり得ない。
「悍ましいな」
沈黙の中、異音が響く。
泡立つ音だ。切断面から滲み出た赤い水が、腐敗と再生を同時に孕んだ奇怪な動きで蠢き始める。
溶けるでもなく、再構築するでもなく、ただあるべき姿に戻ろうとする原初(ガイア)の意志。
傷口らしき裂け目が閉じる。輪郭が接続され、これらの隙間が塞がっていく。
皮膚のように柔らかく、水のように淡く、そして鋼のように硬い物質が……泡の中から蛆のように蠢き、かつての姿を再生させる。
赤い霧の中から、レッドライダーが立ち上がった。
まるで今この瞬間に生まれ落ちたかのように、静かに。だが有無を言わさぬほど荘厳に。
その無貌の頭部が、空を見上げる。
鷹は旋回しながら戻っていく――交信者のもとへ。
軌道の先、遥か彼方。ビルの残骸の陰に立つ、羽飾りを風になびかせ佇む戦士の影。
赤騎士の貌が、その方向へと僅かに傾いた。
そして見た。確かに捉えた。敵を。獲物を。
「見ツケタ ゾ」
黙示の影は、ついに己が標的を認識した。
448
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:41:06 ID:D5Ika2WY0
視線に熱が籠もった瞬間、戦場は再び脈動を取り戻す。
レッドライダーの赤黒い身体がわずかに蠢く。
のっぺりとした頭部に刻まれた眼窩を思わす二孔が、遥か彼方、ビル群の彼方に佇むシッティング・ブルを確かに捕捉していた。
その刹那。彼の身体に巣くう"兵器の胎"が集団越冬する足の多い蟲のようにひしめき始める。
泡立つ体表の隙間、肩口、脇腹、脊髄の延長線……あらゆる場所から微細な機構が浮かび上がる。
それは虫の翅を思わせる金属の羽であり、赤黒く光る機関部であり、鋼鉄の小さな外骨格(パーツ)だった。
すなわち――無数の超小型戦闘機である。
宿主の体内から湧き出す寄生虫のように、それらは赤い霧を引いて空へ舞い上がる。
レッドライダーは兵器を生む赤い沼。いわば活動する空母のようなものだ。
一斉に旋回、俯角をとり、敵影へと降下開始。
街路は瞬時に新たな形の地獄に染まった。
爆撃、銃撃、ミサイル砲撃。空から降り注ぐそれらの攻撃はいつかの戦火をなぞるが如し。
命死せよと猛る雷火に隙はなく、これに標的と看做された者が生き延びられる確率は真実皆無。
「いつの時代も同じだな。何も変わらん」
が――そのさだめにさえ否を唱えるが如く。
地が唸った。風が舞った。
草木なきコンクリートジャングルの只中に、"大地"の気配が漲った。
「厭なものだ。戦争というのは」
現れたのは、バッファローに続く精霊の獣たち。
まず、ビル群の外壁を足場にしながら跳躍し疾走するコヨーテが四方から機影へと跳びかかった。鋼の外殻をものともせず、神秘の牙で喉元を喰い破る。
かと思えば路地裏から這い出たグリズリーが咆哮し、爆裂で以って十を超える小型戦闘機を撃墜。
先ほど赤騎士を両断した鷹が旋空飛行で制空権を奪い、霊的な風のうねりで科学の小鳥達を撹拌して粉砕する。
霊獣たちはシャーマンの呼び声に応じ、厄災討つべしと各々の意思を示し続けていた。
彼らに号令を下すシッティング・ブル。その目は、静かに冷たい。
戦場の混沌の中心で呼吸し、彼は全てを視ていた。
両手には、祈りと戦いの象徴――トマホーク。
白銀の刃を握り、もうひとつ息を吸う。
次の瞬間、厳しい顔の男が目を見開いた。
吹き抜けたのは一陣の風だった。身のこなしは驚くほどに軽やかで、地と空と霊とを纏って一直線にレッドライダーと相対する。
赤騎士もまた、迎え撃つ。戦場を彩る爆裂の中、彼の躰はすでに新たな兵器形態へと変質を始めていた。
腹部から突き出した重機関砲の砲身が、空気を揺らす重圧を発しながら殺意を充填していく。
「シィィッ――――!」
しかし間に合わない。
シッティング・ブルのトマホークが、騎士の行動を待たずして振るわれた。
風すら裂く一撃。レッドライダーの頭蓋が、トマホークの一閃に触れるなり風船さながら弾け飛ぶ。
有機とも無機ともつかない不定形の構造が千切れ、赤い雫が鮮血のように空を舞う。
霊的な理論と肉体的な習熟の融合が、黙示の影をもう一度、こうして確かに斬殺した。
449
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:42:30 ID:D5Ika2WY0
彼は呪術師だが、同時に戦士でもある。
宿敵であるジョージ・アームストロング・カスターさえそれは認めるところ。
であれば当然、釣瓶撃ちが能の機械なぞに遅れを取る道理はない。
――もし相手が通常規格の英霊だったなら、此処で戦いは決着していただろう。
断面からまたしても、赤い泡が膨れ出す。破損という概念がそもそも存在しないかのように、赤騎士は再生を開始する。
復元の最中、レッドライダーの喉笛を引き裂いて、ぬらりと新たなメタルが出現した。
突き出たのは巨大な砲身。対戦車砲――否それ以上の、文明ごと吹き飛ばす迫撃兵器。
発射。
爆音。閃光。衝撃。
世界が今一度、白に塗り潰された。
灰と炎が風に舞い、吹き飛んだ瓦礫が空を覆う。
射線上に存在したビルは敢えなく倒壊し、黒煙が巻き上がる。
……長い残響の後、白煙の中に影が立った。
揺らぐ煙を裂いて、シッティング・ブルの姿が現れる。
無傷。その身に焦げ跡ひとつなく、彼はただ静かに立っていた。
深い、聡明なる視線を湛えて健在を保っている。
「――狩魔に聞いた通りだな」
濃煙の向こう、未だ熱を帯びて荒ぶ暴風を切るようにして囁かれた声。
シッティング・ブルはその淡々とした語調の中に、しかし微かな畏れを隠さなかった。
これが赤騎士。黙示の化身。血の潮を呼び、街を塗り潰す者。
終末装置の名に恥じぬ破壊力を携えながら、定められた刻限を待たずして顕現した【戦争】。
そんな無慈悲なる異教の滅びに、まったく無感でいられるほどシッティング・ブルは怪物ではない。
目の前の風景は、現実とは思えぬほどに逸脱していた。
騎士の身体が蠢くたび、現実を破却するような光と音の奔流が吹き出してくる。
現にこうしている今も、騎士の体内という兵器庫から次々と現れる銃眼が、まるで神経節のように彼を見据えていた。
450
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:43:18 ID:D5Ika2WY0
またも空が裂かれる。
ただし今度は、レッドライダーの手によって。
銃撃。秒間千発を遥かに超えるそれはもはや弾幕などではない。死の嵐そのものだった。
頭上に羽ばたく鷹の翼が空を裂き、風を呼ぶ。
純白の風が荒れ狂う銃弾の流れを逸らし、局所的な乱気流を発生させて弾道を狂わせる。
幾千の銃弾が空を食い破るたびに、時に打ち払い、時に逸らし、受け流し、シッティング・ブルは己が存在を譲らない。
大いなる神秘――ワカン・タンカ。
大自然の理。精霊の声。それと深く親しんだ者のみが知覚できる、世界を形作る見えざる秩序。
その恩寵を最も強く感じ取り、第六の感覚として手繰れるのがこの男だった。
神秘に接続した六感が、霊視の眼を開かせる。
レッドライダーの弾道、動作予測、魔力の震動を、一瞬先に読み解く。
その上で、彼は撃つ。シッティング・ブルの手には、彼にとって負の象徴(トラウマ)でもある得物……ライフル銃が握られていた。
見えない風の隙間を縫って、銃口が一閃。
放たれた銃弾が、まっすぐに赤騎士へと飛ぶ。
だがレッドライダーもまた、既に機構を展開し次弾を放っていた。
空中で激突する、ふたつの魔弾。
弾丸同士の相殺など常識では有り得ぬ。
しかし現実としてそれは起こった。
生み出されるのは壮絶な衝撃波。空気が鳴り、ビルのガラスが崩れ、地面さえ撓む。
それでも尚、騎士の肉体は変化を止めなかった。
次々と異なる武装を身に宿し、対人地雷、火炎放射器、迫撃砲――一瞬ごとに戦術を変化させる。
赤い水をごぼごぼと吐き出し、撒き散らし、飛び散らせながら今ある戦場への最適化を繰り返す"黙示録の騎士"。
一方、神秘との結びつきと持ち前の戦闘勘を活かして、防戦一方ながらも驚異的な食い下がりを見せるシッティング・ブル。
彼は第一陣の防衛線として出陣する前、悠灯達共々、狩魔から港区の出来事と眼前の騎士の性質について伝え聞いていた。
情報の出どころは言うまでもなく山越風夏だろう。あの奇術師はシッティング・ブルをしてまったく正體の読めない怪人だったが、だからこそ彼女が提供する話には常識では考えられないほどの価値がある。
これが――"人を滅ぼすもの"。
周鳳狩魔が語った、"災厄そのもの"。
その事実を、シッティング・ブルは魂で受け止めていた。
彼は動じぬ瞳で、次の一手を選ぶ。
淡々と、粛々と。国も大陸も違えど、同じ大地の上で生きた人間として。大いなる神秘の代弁者として。
――逃げる。それがこの瞬間、最適にして唯一の選択と判断した。
451
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:44:17 ID:D5Ika2WY0
霊獣を通じて分析した経路を辿り、シッティング・ブルは街並みを縫うようにして退いていた。
撤退とは敗走ではない。次なる布陣を整えるための戦術的転進だ。
恥じることなどどこにもないし、それを気にする誇りなどとうに膿んでいる。
その背後に、【赤】が迫る。
粘つく赤い水を滴らせながら進む姿は、まさしく滅びの預言そのものだ。
尚も食い下がる霊獣どもを物理的に吹き散らしながら、兵器群が甲高い金属音とともに姿を見せる。
対人、対戦車、対要塞――あらゆる規格に適応した兵装の群れが、シッティング・ブルを八つ裂きにするべくその銃口を向けている。
コヨーテが足元を駆け、グリズリーが朋友(とも)の背を預かる。
鷹と鷲が夜風を裂いて舞い、地を這う蛇は弾幕をすり抜けながら敵影の一挙一動を探り続けている。
強靭な突進力を持つバッファローの群れが深夜の街通りを埋め尽くし、霊気と共に突進しては騎士の進軍をわずかでも押し留めるべく粉骨砕身の働きを為す。
――――開戦(ドゥームズデイ・カム)。
銃砲、ミサイル、火炎放射器にマスタードガス。
兵器達が咆哮を上げる。あらゆるカタチの破壊が、旧時代の神秘を薙ぎ払おうと迫る。
しかし霊獣たちもまた、ただの幻ではない。
コヨーテは跳ねるように弾丸を避け、隙を突いて脚部を狙う。グリズリーが負傷などものともせずに咆哮とともに迫り、兵器の砲身を殴り砕く。
勢いのままに赤騎士へ剛撃を叩き込んだが、嘲笑うように赤い水が弾けた。
血ではない。破壊と再生を繰り返す、呪いの血糊だ。飛沫はすぐにまた形を整え、神を冒涜するかのような姿の騎士が復元される。
霊獣は力強い。だが彼らも無限に呼び出せるわけではない。
少しずつ、されど確実に、シッティング・ブルは詰み始めていた。
有限と無限。如何に役者が優秀なれど、比べ合うには相性が悪すぎる。
赤騎士の腹が、ヤドリバエに食い破られたバッタの腹のように惨たらしく裂けた。
そこから解き放たれるのは、大型トラックほどもある巨大なミサイルだった。
超音速、超高推力。英霊規格に強化されたそれは、同族に向けるにしても明らかな過剰火力だ。
火力で言うなら、対城宝具の域へ優に到達していよう。
――熱。
――衝撃。
――そして音。
夜を包むはずの静寂が、一瞬で跡形もなく消し飛んだ。
着弾点を中心に街並みは音を立てて砕け、風景そのものが蒸発したかのような光景が広がる。
硝煙と火霧。超常と兵器の狭間で何もかもが均され、生命の残る余地はそこにない。
やがて、霧が晴れる。
452
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:44:59 ID:D5Ika2WY0
そこに――――立っているものがいた。
レッドライダーは空洞の目を向ける。
焦点を結ばぬ無形の赤い眼窩が、やがて一つの影を捕らえる。
いたのは、シッティング・ブル……ではなかった。
焼け焦げたアスファルトの上、風の中、そこに立っていたのは。
北京原人に似た顔をした、ひどく醜い少年だった。
みすぼらしい少年だった。
全身は煤け、髪は荒れ、眼光はどんな野獣よりも昏い。
だが何より不気味なのは、やはりその顔貌だろう。
滑らかさを欠いた骨格。過剰に発達した眉弓と、粗雑に削り出したような面構え。
それはヒトではありながら、現行の人類とは似つかない醜さを湛えていた。
レッドライダーは静かに腕を上げた。
赤い躰から咲き誇るように生える機銃群は、いずれも戦場で血を吸い、骨を穿った人類の叡智の結晶だ。
高速回転する銃身はただちに熱を帯び、殺意を伝えるべく標的に照準を合わせる。
対象はひとり。眼前の"原人"である。
「滅ビヨ。コレゾ預言ノ成就デアル」
銃口が並ぶ。
発射された殺意が、すべてを撃ち抜かんとする。
――だが、その瞬間。
金属の軋む音が途切れた。
機銃は回転を止め、砲身がぐらつき、まるで骨のように砕けていく。
鋼が錆びた鉄屑に成り果て、自分が数万年前の忘れ去られた遺物だったことを思い出したかのように、その場で崩壊した。
「………………?」
レッドライダーの口から、奇妙な音が漏れた。
それはなにか、想定しなかった未知と直面した存在の、純粋な"驚き"だった。
騎士の崩れる兵装を、少年はまじまじと見つめる。
その顔が、歪んだ。
にたぁ、と、笑った。
酷く、醜く。
人相の美醜を除いても決してヒトの枠組みには収まらないだろう、異様な、汚濁のような笑み。
ヒトの顔と呼ぶには余りにも原始的で、卑屈で、反知性主義の結実めいたアルカイックスマイル。
そんな悍ましい顔をして――――覚明ゲンジはそこに立っていた。
◇◇
453
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:45:42 ID:D5Ika2WY0
周鳳狩魔の予測は的中していた。
悪国征蹂郎は、必ず初手からレッドライダーを戦線に投入してくる。
六本木を短時間で焦土に変え、情報を信じるなら大量破壊兵器に匹敵する武装も所持しているサーヴァント。
そんなカードを温存しておく理由は、まったくと言っていいほど思いつかない。
耐えて耐えて土壇場で秘密兵器を出すよりも、最初から開帳して敵の戦力を削りながら恐怖を与えた方が理に適っているからだ。
それで自分達(デュラハン)が戦意喪失とまでは行かずとも、士気減退して総崩れになってくれれば儲けもの。
大袈裟でも何でもなく、初手の戦果だけで勝敗を決せる可能性すらある。
そして悪国の性格上、奴は叶うなら自軍の戦力を失いたくない筈。
何せ末端の構成員ひとり惨殺された程度で怒り心頭になって、こんな決戦を持ちかけてくるほど身内への義憤に溢れた男なのだ。
最小限の犠牲を理想としているのは間違いない。なればこそ、レッドライダーを動かしてくるのは確実視された。
よって狩魔は防衛線としてキャスター・シッティングブルを配置。
進撃する赤騎士を押し止めつつ、その強さが実際にどの程度のものか見極めるという択を取った。
更に、狩魔が的中させた読みはもうひとつある。
レッドライダーを投入はしても、六本木で用いたような規格外の火力までは抜いて来ないだろうという憶測だ。
サーヴァントとはそれこそ兵器のようなもので、よほどの例外でもない限りエネルギー……魔力抜きでは動かせない。
普通に戦わせるだけならいざ知らず、宝具の開帳など大掛かりなことをやれば、やらかした無茶に合うだけの出費を求められる。
都市の一区画を文字通りの焦土に変えられるような力を用いておいて、まさか負担がゼロだなんて話はなかろう。
恐らく、悪国征蹂郎にとって六本木の一件は試運転。
自分の英霊が実際どの程度やれるのか確かめるために、あえて動かしたのだろうと狩魔は思っている。
であれば悪国は既に、レッドライダーを無計画に動かせばどうなるのかを知っている筈。
是が非でも自分達に勝ちたいあの男が、いきなり余力を全部吐き切らせる無茶はすまい。
初手の削りの重要性は先に述べた通りだが、臆さず仕掛けるのと後先考えないのとではワケが違う。
そして実際、今回聯合の赤色が繰り出した兵器は今のところ"たかだか"ビルを吹き飛ばす程度。
十分すぎるほど破格ではあるものの、せいぜい並の対城宝具の域を出ない破壊力だ。これなら勝負は成立する。
「……やっぱ凄いっすね、狩魔サンは。全部読み通りじゃないですか」
現在の戦場から遠く離れた、デュラハンのフロント企業が複数入った雑居ビルの屋上で。
隣に立ち、双眼鏡で戦場の様子を見つめる華村悠灯に言われ、狩魔は煙草片手に呟いた。
「此処までは前提みたいなもんだ。こんなところでコケてたら勝てる抗争も勝てねえよ」
狩魔は戦いに矜持(プライド)を持ち込まない。
すべては殺すか殺されるかであって、自負だの流儀だのは等しく動きを縛る邪魔な枷。
重要なのは主観ではなく客観的事実。人間は簡単に嘘を吐くが、データはいつでも正直者だ。
故に彼は、ごく当たり前の事実として理解していた――額面だけを見るなら、劣勢なのはこちらであると。
「あの不死身野郎もそうだが……聞く限り、聯合の協力者は相当な切れ者らしい。
お前もアレの変人ぶりは知ってんだろ? そんな変態が大真面目に警戒を促すような野郎が、何企んでんだか、悪国の顧問をやってるんだ。安心できる理由がない」
454
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:46:31 ID:D5Ika2WY0
悪国側も、六本木でやったような真似はそうそうできない。
それに加えてこちらには秘密兵器がある。ともすれば、レッドライダーに比肩し得る鬼札だ。
想定以上の仕上がりを見せてくれた彼らの活躍次第では、戦力面の格差はかなり縮められるかもしれない。
が、だとしてもまだ問題は残っている。
〈はじまりの六人〉のひとり。都市の根幹に通じる者。極悪なる虎の存在だ。
「ノクト・サムスタンプ――でしたっけ」
「お、よく覚えてんじゃねえか。俺はファーストネームしか覚えてなかったよ」
「え」
「外人の名前覚えんの苦手なんだわ。サムスって言われても、スマブラのアイツしか思い浮かばねえもん」
「……狩魔サンスマブラなんてやんの? 今日イチの驚きなんすけど」
「やるよ。持ちキャラはカービィな。カフェの抽選落ちまくって本気で落ち込んだわ」
狩魔は戦術家ではあるが、策士ではない。
彼自身それを自覚している。
草野球のエースとプロ野球の四番では話も格も違う。
故に敵方の頭脳――ノクト・サムスタンプが本格介入し始めるまでは前座だと狩魔は踏んでいた。
とはいえだ。
前座とはいえ戦争は戦争。
そこで魅せる結果に意味がない筈もなく。
「それより始まるぞ。しっかり見とけよ、悠灯」
狩魔は隣の少女へ、兄のようにそう促す。
これから起こることをよく見ておけと。
告げて、自分が開花させた/破壊した少年の躍る舞台を指差すのだ。
「ちゃんと見てねえと、いざって時に殺せねえぞ」
聯合の秘密兵器がレッドライダーならば。
デュラハンのそれは、間違いなく"彼"だ。
最初に邂逅した時から、狩魔は彼がそう成ることを確信していた。
だから育てた。迷いに答えを与え、燻っていた黒い衝動にガソリンを注いでやった。
すべての過程は、今この時のために。
これより戦場、新宿の街で――〈神殺し〉が産声をあげる。
◇◇◇
455
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:47:25 ID:D5Ika2WY0
街が静寂を取り戻したかに見えた刹那、今度はそれが異様な重さを帯びていく。
ビルの崩れた瓦礫の隙間。
排気ガスで煤けた下水道の入口。
看板の裏、信号機の上、路地裏の陰影――都市のあらゆる裂け目から、それらは静かに現れ始めた。
足音すらなく、あたかも元々そこにいた生物であるかのように。
無数の人影。だが、それはいずれも現代の人類ではなかった。
逞しく盛り上がった胸郭、短く頑強な四肢、隆起した眉と平たく押し潰された鼻梁。
岩肌の彫像のような肉体に、原始の呼気が宿る。毛皮に包まれた肩から伸びる手には、それぞれ石器が握られていた。
加工の痕跡すら素人目に見ても粗雑な、殴打という本能の延長にある道具が。
――ネアンデルタール人。ホモ・ネアンデルターレンシス。
歴史から消えた筈の原始の申し子達が街のあらゆる裂け目から這い出し、【赤】の支配する戦場に大挙する。
歓声も叫びもあげることなくただ静かに、しかし確かな殺意を孕んで。赤騎士の前に、太古の軍勢が出現した。
その群れに守られたゲンジの姿は、まさしく理性の光を拒む異端そのものだった。
瓦礫の街にひとり立ち、肩を揺らして笑うその顔。
醜悪に歪んだ口元から覗くのは、まばらで黄ばんだ歯。
汚れに染まり、研磨の行き届いていないことが一目で分かるそれは、まるで清潔が支配する今の時代そのものを嘲笑うようだ。
原初の暴威を統べるのは、少年の皮を被った異形。
太古の影を侍らせて立つその姿には、神秘でも怪物でもない、ただ純然たる"拒絶"があった。文明そのものへの、原始的とも呼べる拒絶が。
「――――愚カシイ」
レッドライダーの発する言葉に、微かな憤りが覗いた気がした。
これは人類を滅ぼす者。預言のままに、然るべき役目を果たす機構。
空洞の眼窩に、確かに瞳と呼ぶべき螺旋を描いて。
赤き騎士が見つめるのはゲンジではなく、その従僕たる原人達だった。
主神(ガイア)の怒りを体現する被造物が滅ぼすのは増長しきった霊長とその文明である。
にも関わらず、今目の前に立ち塞がっている奴らは何か。
彼らは旧い時代の遺物達だ。慎ましくも雄々しく、罪業とは無縁の営みを送っていた弱き者達。
ネアンデルタール人の信仰は原始的で敬虔だが、これはヒトの敬虔さに報いない。
何故なら、黙示録の騎士とは装置であって、聖者などではないからだ。
慈悲という報いではなく、ただ応報のみを届けるからこその終末装置(アポカリプス)。
あるべき預言の時を歪める"過去の人"達に不興を示しながら、騎士は体表を泡立たせる。
〈この世界の神〉とすら互角以上の戦いを成り立たせる、人類史という武器庫の開門だ。
無論、石器などを頼みの綱にしている原人どもに対処できる火力ではない。
核兵器など用いずとも、機関銃のフルオート射撃だけで彼らを鏖殺するには十分すぎるほど事足りる。
だが――
456
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:48:09 ID:D5Ika2WY0
「はは、は……どうしたよ、おい。随分不細工だなぁ……?」
先ほどの出来事を再生(リピート)するかのように、再度の不条理が赤騎士の暴虐を挫いた。
自らの身体を槍衾に変えて生み出した機銃、短銃、砲口のすべてが刹那にして錆び付く。
それどころか不出来な石器のようにひび割れ、ぱらぱらと粉塵を零しながらひび割れていく。
弾丸は発射すらされない。引き金を引く音だけが虚しく、かちゃ、かちゃ、と連続していた。
「無駄、だよ」
そして次の瞬間、レッドライダーの頭蓋に穴が空いた。
ネアンデルタール人の投石が直撃し、脳漿さながらに赤い血糊を飛び散らせる。
"過去"の原人が、"未来"にやって来る終末へ否を唱えた。
もはや冒涜にも等しいだろう偉業を見届けながら、覚明ゲンジは悍ましい顔で破顔する。
「おまえじゃ、おれたちには、勝てやしない」
『霊長のなり損ない』。
サーヴァント・ネアンデルタール人が持つスキルだ。
その効力は、あらゆる文明と創造行為の否定である。
中期旧石器時代を基準とし、強引に設定を合わせる原始人の呪い。
銃や砲など"かれら"の時代には存在しないのだから、であればすべては無価値な棒や粗雑な石細工に置き換わるのが道理。
レッドライダーがどれほど凶悪な兵器を識っていて、なおかつそれを取り出すことができたとしても、ネアンデルタール人の存在はそのすべてを片っ端から無為にしていく。
周鳳狩魔の推測した通り、レッドライダーは此処へ投入されるにあたって、六本木で用いたような過剰火力の使用を制限されていた。
だが仮にその事情がなかったとしても展開は同じだったろう。核兵器。衛星兵器。摩訶不思議な機械兵器や生物兵器。いずれも"彼ら"の時代には存在しない。
原初の戦争とは石と棒による比べ合い。そこには街を消し飛ばす大火力はおろか、音速で敵を穿つ弾丸さえ介在する余地がない。
――もっとも実際は、ゲンジが思っているほど単純ではなかった。
ネアンデルタール人の呪いにはいくつかの例外がある。
高ランクの神性、カリスマ。文明の発展に関わるスキル。
これらを持つ者は原始の世界に対抗でき、そしてレッドライダーは最後の条件を満たせる英霊だ。
『星の開拓者』。戦争こそ人類を最も進歩させた営み。その擬人化たる赤騎士がこの号を持たない理由はない。
であれば原人の世界観はただちに否定され、未来文明の暴力に蹂躙されて散るのが道理。
なのに何故赤騎士は不細工な創造を強いられ、足を止めているのか。
彼はあくまでも人類史の集大成、集積された情報を再生するレコードのようなものであり、実のところそこに一切の創造性はなかった。
自動拳銃を開発したのはサミュエル・コルト。ダイナマイトを発明したのはアルフレッド・ノーベル。
原子爆弾開発を主導したのはJ・ロバート・オッペンハイマー……赤騎士は名だたる才人達の"成果"を引き出し、自らの宝具として行使する。
想像を絶する芸当であることは言うまでもなく、故に赤騎士が持つ『星の開拓者』のランクはEX。規格外を意味する外れ値だ。
されどその一点が、中期旧石器時代(ネアンデルターレンシス)の呪いが滲み入る隙になった。
あくまで機構であるレッドライダーは言うなれば一体の、途方もなく巨大な機械のようなもの。
戦争を呼び出し、取り出し、使う神の機構(システム)。これ自体が『霊長のなり損ない』の効果対象であると、石世界の呪いは言っている。
だからこそ起きた番狂わせ。霊長のなり損ない達が布く法則と赤騎士の戦場は、今まさにせめぎ合いの渦中にあった。
「殺せ――――バーサーカー」
ゲンジの宣告と共に、ネアンデルタール人の群れが影の波となって襲い掛かる。
457
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:48:54 ID:D5Ika2WY0
棍棒、槍、投擲武器に槌。多種多様な武器はしかしそのすべてが石。
鉄ですらない旧時代の遺物達だが、今まさに塗り潰されつつある【赤】を相手取るならこれでも十分。
「■■■■■■■■――――!!」
原人達は皆狂暴な野猿のように猛り狂っている。
彼らの単純な脳構造はレッドライダーの〈喚戦〉の影響を実に受けやすかったが、それもこの状況ではむしろプラスに働いていた。
いわば狂化の二重がけ。一体一体では貧弱なステータスを喚起された戦意で底上げし、目の前の獲物を狩り殺すドーピングに変える。
恐れはない。ひとりなら怖くても、ふたりなら怖くない。それでもまだ怖いならもっと大勢になろう。
みんなで挑めば、何が相手でも怖くない――"いちかけるご は いち(One over Five)"。束ねられた矢の強さを、原人達は誰より知っているから。
更に――
原人達の突撃を彩るように、指笛の音が響く。
瞬間、現れたのはまたしても獣の群れだった。
シッティング・ブルの霊獣。鷹が、鷲が、バッファローが、コヨーテが、次々と現れては原人達をその背に乗せていく。
彼らは霊獣、人類が繁栄する遥か以前からこの地球に在る"大いなる神秘"のひとかけら。
ある意味では原人達以上に野生の存在だから、彼らに触れようと知能も強さもわずかほどさえ劣化しない。
仮に呪いの全解放……ネアンデルタール人の第二宝具が展開されたとしても、霊獣達は何の問題もなく"零"の大戦に適応するだろう。
野生の原人と、大自然の神秘。周鳳狩魔の仕込んだ防衛線は、恐ろしいほどの相性を実現しながら獰猛な侵略者を獲物に変えていた。
(これほどか)
シッティング・ブル自身もまた鷲の背に騎乗しながら、彼は戦慄にも近い感情を覚えていた。
狩魔の辣腕に対してではない。今、自分が轡を並べて戦っている原人達。彼らを従える、醜い顔の少年へ向ける畏怖の念だった。
(恐ろしい。強い者、狡猾な者、許し難い者……様々な戦士を見てきたが、これほどまでに――)
――これほどまでに不気味な者を見たのは、初めてのことだ。
人の形に、猿に似た顔。卑屈さの滲む言動は小動物のようでさえあるが。
今やそんな特徴すら、内に眠る悍ましいナニカを誤魔化すための擬態に思える。
羽に目玉模様を浮かべた巨大な蛾。草花に溶け込んで獲物を待つ蟷螂。
いや、もっと下だ。もっとずっと下、人が営みを築く大地の更に下の下の下の下の……
「…………奈落の、虫」
遥か奈落の底で口を開け、美しいものの墜落を待つ蟻地獄。
シッティング・ブルは、覚明ゲンジをそういうものだと認識した。
周鳳狩魔が見出し、開花させた破滅の可能性。
思うところがないではなかったが、義だの情だのを戦争に持ち込む段階は過ぎている。
すべては己が理想、悲願を成就させるため。
壊れた心の内から滲出する液体を泥の接着剤で塞ぎながら、大戦士もまた【赤】を討つべく空を翔けた。
◇◇
458
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:49:42 ID:D5Ika2WY0
「本当にどこまでもブッ壊れられる奴ってのがたまにいるんだ」
周鳳狩魔は、煙草の二本目に着火しながらそう言った。
今まさにレッドライダーが猛攻を激化させているところだというのに、そこに焦りは微塵も窺えない。
かわいがっている後輩に訓示するような口調と、声色だった。
「ゲンジはそれだよ。今こそ俺の指揮下にいるが、いずれ手の付けられない怪物になる」
覚明ゲンジは狩魔に懐いている。
路傍の捨て犬だった彼を拾い上げたのは、他でもない狩魔だ。
この男に拾われて、ゲンジは初めて居場所を手に入れた。
だから今もああして、恩人である狩魔のために粉骨砕身戦っているのだ。
なのに当の飼い主は、自分を慕う彼のことをこうして冷淡に語る。
別人のようだと悠灯は思った。事あるごとに後輩を気にかけ、助けてくれる面倒見のいい先輩というイメージと、今の狩魔の姿がどうしても似つかない。
「卑屈なツラして、心の中じゃずっと牙を研いでるんだ。今までも、これからもな。あいつに首輪を付けることは誰にもできない」
「……、……」
「だからお前も、命ある内に考えとけ。あのバケモノをどう殺すのか、どうやって切り捨てるのか。じゃないといつか、お前もあいつに喰われるぞ」
「……そんな言い方、なくないですか。今あいつ、狩魔サンのために戦ってるんすよ」
悠灯は眉を顰めて抗議する。
最初は得体の知れない、不気味な奴だと思っていた。
初対面でいきなり仕掛けてきた、いけ好かない野郎だとも。
でも言葉を交わし心を通わせたことで、いつの間にか彼に対してもそれなりの仲間意識が生まれていたらしい。
信頼する先輩の口から、そんな彼を厄介者のように呼ぶ言葉は聞きたくなかった。
だが狩魔は悠灯の方を見ることもなく、わずかな沈黙を挟んでから続ける。
「ゲンジだけじゃねえよ。俺だってそうだぞ」
「……、」
「俺達は今こそ同じチームでやってるが、それは決して永遠じゃない。
お前が俺のために命を捧げて、最後まで仕えるってんなら別だけどな」
忘れてはならない。
これは、抗争である以前に聖杯戦争なのだ。
生き残りの椅子はひとつ。願いを叶える権利もひとつ。
その過程で築く関係性は一時のつながりに過ぎず、いつかは必ず決裂という形で終わりを迎える。
それこそ、命を賭して/願いを諦めてでも相手に尽くす気概を持った異常者でもない限りは。
「お前らは可愛い後輩だ。だから面倒も見るし、困ってれば助けてもやる。
でも俺の命とお前らの命が天秤にかけられたなら、俺は迷わず自分を選んでお前らを殺せる」
曰く、指先と感情を切り離して行動できるのは、稀なる才能であるという。
周鳳狩魔は、それができる人間だった。
だから彼は誰でも殺せるし、どんな非道にも顔色を変えず手を染められる。
彼に殺せない人間は存在しない。たとえ付き合いの長い悠灯が相手だったとしても、取るに足らない敵ひとりと同じ感覚で殺すことができる。
「お前、永くねえんだろ」
459
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:50:17 ID:D5Ika2WY0
「おたくのバーサーカーから聞いたんですか」
「多少な。でもツラ見てれば分かるよ。先のある人間の眼じゃねえ」
――『君に限って言えば、多少急いだ方がいいかもしれない』。
――『保ってあと数日ってところだろう。君の終わりは、きっと糸が切れるように訪れる』。
――『今のままではいけないよ、悠灯。明日に辿り着きたくば、君はいち早く"何者か"にならなきゃいけない』。
〈脱出王〉の言葉が脳裏にリフレインする。
この言葉を思い出すと、いつも胸が苦しくなった。
身体のことを知られているということは、つまり祓葉と交わしたやり取りも筒抜けなのだろう。
こんな状況だというのに、それはなんとも言えず気恥ずかしいものがあった。
取る手は決めた。後悔はしていない、筈だ。とりあえず、今のところは。
狩魔は、あえてそこについて言及することはしなかった。
面倒見がいいが踏み込みすぎない。彼のこういう部分も、野良犬だった自分が心を許せた理由なのかもしれない。
そう、華村悠灯もまた野良犬だ。
都会の隅に打ち捨てられた、孤独と怒りを抱えて生きる獣(ジャンク)。
ゲンジと悠灯が違うのは、彼は悠灯を置いて、さっさと何者かになってしまったこと。
たとえそれが悍ましい怪物のようなカタチであろうとも……ゲンジは今幸せなんだろうなと、悠灯は思う。
「狩魔サン。アタシね」
とくん、とくん。
慣れ親しんだ心臓の鼓動が、日に日に小さくなっている気がするのは錯覚だろうか。
最近は息切れもしやすくなってきた、気がする。
終わりは近い。山越に言われるまでもなく、死神の気配はずっとどこかで感じてた。
ただ、それを見ないようにしていただけで。
「死にたくないんすよ。笑っちまいますよね」
悠灯は言った。
「ずっと探してた。生きることは無駄だって確かめたくて」
生きるに値しない、その烙印を求めていた。
けれど待ち望んでいた答えはそこにはなくて。
あったのは真逆の渇望。現実になった終わりがようやく、ゴミの中に隠された本当の心に気付かせてくれた。
「荒れて、暴れて。気付いた時にはにっちもさっちも行かなくなってて」
〈脱出王〉曰く、自分は何者でもないのだという。
こんなに願ってもまだ、この舞台で価値を示すには足りないというのか。
気の遠くなる話だった。でも、噴飯ものの侮辱に今じゃ心の底から納得が行く。
あの白い少女と比べたら、自分などさぞかしちっぽけなガラクタだろう。
それでも生きている。生きていく。死にたくないから。生きるしかない。
――覚明ゲンジは、生きる"目的"を見つけた。
――じゃあ、自分(アタシ)は?
460
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:51:22 ID:D5Ika2WY0
「こんなところに流れてきても、まだ下向いてる」
は、と笑った悠灯に。
狩魔は紫煙を燻らせながら、口を開く。
「いくつだっけ? お前」
「……十七」
「ならそんなもんじゃねえの? 十七なんてケツの青いガキだろ。命がどうとか考える歳じゃねえんだから」
「――狩魔サンって、結構デリカシーないトコありますよね」
「なんだよ。女扱いされたいタマには見えねえぞ」
「ほら、そういうとこ。まあそれは事実ですけど」
既に戦争は始まっている。
だというのに、それを微塵も感じさせないやり取りだった。
傍から見ればガラの悪い先輩と、ワルにかぶれた学生という構図にしか見えないだろう。
悠灯はなんだか可笑しくなってしまった。
この人のことは、信用している。
でも、"いい人"だと思ったことは一度もない。
彼の身体からはいつも暴力の匂いがしていたし。
さっきだって、いつかお前も殺すと殺害予告をされたようなものだ。
だろうな、と思った。
なのにそんな相手のことを、今もまったく嫌いになれない。
此処にゲンジがいないことが、なんだか無性に惜しく感じた。
「ま……、俺の言ったこと、心の片隅にでも置いとけ。説教は趣味じゃねえからな、二度は言わねえよ」
言いながら、狩魔はスマートフォンを取り出した。
来ている通知は一件。メッセージングアプリの通知だった。普通のものより機密性が高く、裏社会の住人からは重宝されている。
「そういや、さっきは言わなかったけどな」
首のない騎士の団長が、画面に指を躍らせる。
「――――俺も死にたくはねえんだよ。だから敵は、その都度キッチリ潰すことにしてんだ」
461
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:52:00 ID:D5Ika2WY0
『 作戦開始だ。皆殺せ、ゴドー 』
.
462
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:53:04 ID:D5Ika2WY0
◇◇
風の音が微かに止んだ。
男たちはただ黙って、今の今まで弱音を吐いていたことを誤魔化すのも忘れ前に立つ異邦の騎士を見上げていた。
ゴドフロワ・ド・ブイヨン。歴史の彼方より召喚されし、聖地を制圧せんと剣を掲げた十字軍の先達。
その背筋は凛と伸び、金髪は月光を帯びるように輝いていた。
狩魔の付き人。デュラハン最強の暴力装置。物言いも振る舞いも気安いが、どこか得体の知れない迫力のある男。
彼はしばし、これから率いる兵士達の顔を見渡した。
怯え、緊張し、それでも歯を食いしばっている者。
叱責を恐れるように、弱々しく視線を泳がせている者。
撤退を進言したいが度胸はなく、口をまごまごさせている者。
ゴドフロワは、彼ら一人一人の瞳へ静かに視線を落とし、やがて穏やかな声で語り始めた。
「この戦いに、意味はあるのか――そう思っている者もいるでしょう。
暴力に暴力を重ねて、血で血を洗う果てに、残るのは自分達の死体かもしれない。
そんな戦いに命を懸けて何になる。今すぐにでも退き、すべて忘れて元の暮らしに戻るべきなのではないか……」
語調は柔らかかったが、その言葉はひとつひとつが石のように重く、故に鋭く聴衆の胸を打った。さながら咎を暴く聖者の説法のように。
ゴドフロワが更に一歩、皆の前に進み出る。
「実はね、私も最初は恐れたものです。
初めての出撃の前夜は震えが止まらなかった。食事はおろか、水さえ喉を通らず何度も吐き出しましたよ。
思わず私は己に問いました。剣を振るう意味を。なぜ戦わねばならぬのか。神は何を望まれているのか……」
彼の眼差しは遠い戦場を見ていた。
聖地への進軍。砂と血と祈りが混ざり合った、いつかの記憶。
しかしすぐに彼の視線は現在に戻り、鋭く兵たちを見据えた。
「答えはひとつではありません。何故なら正義とは多面である。
殉ずる教えの解釈にさえ人は割れるのですから、そこを確定させるなどできる筈もない。
でも唯一確かだったのは――何かを護り、勝利するためには、己自身が率先して立たねばならぬということ」
風が吹き抜ける中、ゴドフロワの声は力を帯び始める。
誰もが息を呑み、静かに耳を傾けた。
「ここに集ったあなた方は、ただの無頼者ではない。
弱き者を脅すだけの徒党ではない、少なくとも今は。
己の信じるもののために立ち上がる、素敵な資格を持つ者たちだ」
その言葉に、何人かの眼差しが揺れた。
「私がここに来たのは、力を貸すためではありません。導くためでもまたない。理由はひとつ、あなた方と共に戦うためだ」
彼は胸に手を当て、重々しく誓いを立てるように声を続ける。
「今宵私はこの剣を、あなた方の誇りのために振るいましょう。
臆することはない。私はこの身を以て、地獄の底に至るまであなた方の盾となろう」
その瞬間、空気が変わった。
たった一言で、たった一人で、ゴドフロワは此処に充満していた不安と恐怖を一蹴したのだ。
463
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:53:43 ID:D5Ika2WY0
「敵は凶暴で残虐だ。悪魔の如く獰猛で、異教徒の如く強大だ。
それは疑いない。だが理なき力とは脆いもの。互いの大義の差はすぐに、必ずや目に見える形で顕れましょう」
男たちの目の色が次第に変わっていく。
怯えの色が引き、代わりに心の奥に潜んでいた何かが、ゆっくりと姿を現していく。
闘争心。原初の野生。狩魔やゴドフロワが、"狂気"と呼んで重用するもの。
「見せてやるのです。力とは奪うためでなく、誇りを守るためにあるのだと。そして人の誇りとは、恐怖を前にしても消え去らぬのだと」
彼の声は今や、空間の全体に響き渡るほどに強くなっていた。
誰もが背筋を伸ばし、拳に力を込め、無言で頷く。
恐慌を顔に浮かべていた、どこにでもいるありふれた"人間"達が。
首のない――恐怖を知らない、"騎士(デュラハン)"へ変わっていく。
その様を見ながら、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは、見惚れるような微笑(かお)をした。
「神は願われる。私ではなく、私達が信じた正義を。故にこれから、あなた方の手で掴み取れ。私の剣はその先陣となりましょう」
応、応、応、応!!
誰かが叫んだ。呼応するように、聖戦を前に猛る聲が広がって反響する。
恐怖が拭い去られてまっさらになった場を次に支配するのは、喚起された戦意だった。
刀凶の蛮人何する者ぞ。討ちてし止まん、討ちてし止まん。殺せ、殺せ、皆殺せ。
我らはデュラハン、首のない騎士。東京の覇権は我らと周鳳狩魔にこそ相応しい。
此処は騎士の王国。それを不法に占拠し、王を気取る冒涜者がいるというのなら。
殺せ、殺せ、奪え、奪え。抗争だ、戦争だ。奴らのすべてを奪い取れ。奴らのすべてを踏み躙れ。
この旗の下に、あまねく敵を抹殺するのだ。
「さあ、共に参りましょう」
工場跡に一斉に鳴り響く、装填の音。
先ほどまでの鬱屈が嘘のように、誰もが迷いなく銃を取り、構えを定めていた。
金の髪を風になびかせ、ゴドフロワ・ド・ブイヨンはゆっくりと歩を進めた。
彼の背に、幾十もの命が続いていく。
「――――開戦です。皆で元気に、野蛮な異教徒を滅ぼしましょう」
464
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:54:14 ID:D5Ika2WY0
ゴドフロワ・ド・ブイヨンは、カリスマのスキルを持たない。
十字軍を率いた聖戦士ではあれど、そこに歴代の英雄達のような類稀なる求心力はなかった。
彼にあったのは、ただ血湧き肉躍らせる狂気(つよさ)。
大義の奴隷として粛々と、時に揚々と、為すべきことを為す。
必要ならばなんでもできる。男も女も、母の腕に抱かれた幼子も、誰でも殺す。
その圧倒的な狂気は、時に伝播する。ただでさえ戦場とは生死の狭間、誰もが殺意と恐怖の間で揺られる空間なのだ。
そんな非日常の只中において――ゴドフロワという狂戦士(バーサーカー)は、恐ろしくも美しい花であった。
彼は魅力ではなく、狂気で他人を沸き立たせる。
何よりたちが悪いのは、彼自身もそれを自覚していることだ。
何かを護り、勝利するためには、己自身が率先して立たねばならぬ。
そんなこと、ゴドフロワは微塵も考えていない。
考えたこともない。彼はいつだって、必要なだけバルブを開いてきただけだ。
そうやって狂気という水を、これまた必要な分だけ引き出せばいい。
ヒトはどこまでも目的のために残酷になれるのだから、これを利用しない手はないとゴドフロワは思っている。
死地に向かう恐怖に慄き、"正しい選択"をしようとする若人を死の未来に誘導することもそれの一環だ。
十字軍を指揮して虐殺を働き、聖地制圧を成し遂げた偉大なる聖墳墓守護者にとって、泰平の世を生きる悪ぶった子供を操るなど造作もない。
狂気の列車の運転手として先陣を切り、ゴドフロワは首のない騎士達の王として夜を駆ける。
◇◇
465
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:54:54 ID:D5Ika2WY0
夜の帳が下り切り、張り詰めた空気が満たす千代田区はその一角。
アジトとは違う、あるビルの屋上に刀凶聯合の兵隊たちは屯していた。
リーダー格の一人が缶ビールを放り投げると、薄暗い空を割って金属音が響く。
「……おい、あれ見ろ」
哨戒に立っていたひとりが、路傍の向こうから歩いてくる人影を指差した。
黒ずんだ路面を蹴って、荒っぽい足取りで進む彼らは、武装と風体からして――言うまでもなく。
刀凶聯合の不倶戴天。皆殺しを誓った敵。デュラハンの外道どもに他ならなかった。
良くも悪くも聯合らしい、緩く撓んだ雰囲気が一気に緊張とそれ以上の殺気に染め上げられる。
「飛んで火に入る夏のナントカだな。へへ、丁度いいじゃねえか」
「夏の牛だよ、馬鹿。征蹂郎クンに報告入れろ。返事あり次第即撃つぞ」
「はぁ? 何ヌルいこと言ってんだよテメェ。仲間の仇だぜ。ンな悠長なこと言ってねぇでよぉ――」
ニヤリ、と。
「"こいつ"でぶち殺しちまえば早いだろうがぁッ!」
牙を剥き出して笑うなり、聯合の一人が肩に担いだロケットランチャーのトリガーを引いた。
照準の先は言わずもがなだ。赤騎士の力で生み出された"戦争"の狂気(凶器)を、一瞬の躊躇いもなく仇の隊列へと打ち込む。
轟音。一拍置いて白煙が上がり、着弾と同時に地響きが起こる。突然の凶行に呆れたように、彼の隣の男が言った。
「うっしゃ、命中ゥ! 見ろよ、初めてにしちゃ筋良くね!?」
「馬鹿。先走りやがって、後で征蹂郎クンに詰められても知らねえぞ」
「その時はその時さ。……へへ、これであいつらバラバラになったろ。拷問とか陰険な真似するより、俺らはこういうド派手が性に合うよな」
デュラハンが非道なら、刀凶聯合はひたすらに獰猛だ。
彼らは暴れる。時も場合も考えないし、後先なんて知ったことではない。
"ムカついたから殺す"という狂った理屈が、彼らの中では大真面目に正道になるのだ。
限られたごく狭い家族(コミュニティ)の中で、煮詰め濃縮された暴力性。
ひとたび解放の大義名分が与えられれば、もはや聯合の進撃を止めることは誰にも出来ない。
そんな事実を物語るように、ロケット弾の着弾した地点からは炎と煙が上がり続けていたが……
「――あ? 何だ、ありゃ……」
続く言葉は、一瞬前までの高揚を忘れたかのような困惑だった。
爆煙の向こうから、何かが近付いてくる。いや、迫ってくる。
「お、おい――おいおいおいおい、ッ……!?」
最初は靄か幻かと思った。
爆炎に照らされ、歪んで見えるだけの視覚の錯覚だと信じたがった。
だってそうだろう。こんなものはあり得ない。ロケットランチャーを撃ち込まれて生きていることとか、そんな以前の話だ。
夜闇を切り裂いて、空中を足場のように踏み締めながら自分達の方へ迫ってくるモノがいる。
今日び怪談話でも聞かないような荒唐無稽を前にして、どれだけ蛮族を気取っても、結局のところただの人間でしかない刀凶の兵隊達はあまりに無力だった。
光の騎士。首(こじん)のない頭部。身の丈、動き、鎧の継ぎ目までも全て同一。
漆塗りの闇を晴らすほど眩いのに、その光はあまりに暖かみに乏しかった。
白熱灯の輝きに心を照らされる人間はいないだろう。これは、これらは、ひとえにそういうものと無条件に理解させる。
無機質な光輝。誰かを照らし癒やすのではなく、ただ己が厭う闇を消し去るためだけに存在するヒカリ――
「ぁ、あ……駄目だ――――逃げるぞ、お前らッ!!」
誰かが叫んだ。けれど、もう遅かった。
光の騎士が、高低差など無視して聯合の蛮人達のもとへと到達する。
手には長剣。体と同じく黄金の光で編まれたそれが、須臾の猶予もなく振り抜かれる。
次の瞬間。さっきまで高笑いしながら戦勝を誇っていた射手の肉体が、斜め一直線に割断された。
残された者達は叫び声さえあげられない。
恐怖に、ただ喉が凍りついていた。
それでも彼らもまた兵士。悪国征蹂郎という頭に共鳴した、赤き衝動に生きる者。
なんとか自失の鎖を引きちぎり、裏返った声で必死に吠える。
「撃て! 撃て撃て撃てぇッ!!」
半ば咄嗟に引き金を引き、構えていたマシンガンが火を噴く。
しかし弾丸は、騎士達の光体をすり抜けて彼方へ消えていく。
決死の反撃は、そもそも届きさえしなかった。
――騎士たちは微動だにせず、寸分たがわぬ足並みで迫るのみ。
一切の感情がない。一切の意思がない。ただ、統一された大義だけがそこにある。
故にこの後起こったことは、戦いと呼ぶにも値しないごく退屈なものだった。
単なる処理であり、虐殺だ。後に残ったのは壊れた人形みたいに千切れ、圧し切られた残骸(パーツ)の群れだけである。
466
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:55:45 ID:D5Ika2WY0
「『同胞よ、我が旗の下に行進せよ(アドヴォカトゥス・サンクティ・セプルクリ)』」
亜音速で迫るロケット弾を一刀のもとに斬り伏せたことを誇りもせず、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは小さく呟いた。
彼が呼び出した光の騎士。彼らは、聖地エルサレムの制圧を果たした第一回十字軍の再現体だ。
ゴドフロワの意思と大義だけに従い、それ以外一切の余分を持たない効率化された虐殺者達。
デュラハンの展開に合わせてゴドフロワの光剣は群れを成し、無力な兵隊をデコイにしながら迎撃に出てきた聯合兵を殺戮していく。
「狩魔のノリに合わせて言いましょうか。知恵者の真似など無駄ですよ、あなた達の拠点(ヤサ)は割れている」
悪国征蹂郎は、現在千代田区にいる。
"協力者"によりもたらされた情報(タレコミ)が、最速のカウンターを成り立たせた。
先に火蓋を切ったのは聯合の方だが、そうでなくてもデュラハンは同じやり方で仕掛けただろう。
新宿での決戦? 守るわけがないだろう阿呆が。
デュラハンには誇りだなんて鬱陶しい重りは皆無。
勝つために、取るべき手段を粛々と重ねるだけだ。
そう示すように、ゴドフロワと首無しの十字軍は千代田で聖戦を開始していた。
「あなた方は絆で戦う。家族を愛し、それを害するものを決して許さない。
素晴らしいことです。野蛮な異教徒の集団とはいえ、そこだけは正当に評価しましょう」
聯合は強い絆で繋がっている。
それこそ、ひとりの犠牲で全体が怒りに震えるくらいに。
ゴドフロワをして見事と、素晴らしいと評する美しい家族愛。
だがそれは。こと誇りなき戦いの場にあっては、これ以上ない弱点になる。
「さあ大変だ、あなたの家族が殺された。早く仇討ちに来ないと逃げられてしまいますよ」
デュラハンも狩魔のカリスマで成り立つ組織だが、聯合のそれは次元が違う。
血縁ではなく流血で結ばれた絆。故に凄まじい爆発力を持つが、その分"喪った"時の痛みは自分達の比でないほど大きい。
悪国征蹂郎は千代田区にいる。なら、そこに聯合の兵力の大多数がいるのは自明。
これを殺し、死体を餌に次を呼び寄せて殺し、まず聯合の兵隊を毟り取る。
過程上で悪国が出てきたならそれも良し。短期決戦は臨むところなのは、先刻のシッティング・ブルとの会話の通りである。
これはそのための進軍だ。
白騎士は――悪魔のような顔で、笑った。
◇◇
467
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:56:38 ID:D5Ika2WY0
地と空の両方で仕掛ける徹底的な集団戦。
原始的だが、故にそこには無駄がない。
喚戦する病魔さえ戦意高揚に活用しながら、大地の戦士達は騎士狩りに挑む。
武器を封じられ、数の暴力で嬲られる状況は言うまでもなく絶望的なものだ。
ヨハネの預言が崩れる。ヒトを滅ぼすガイアの騎士は、他ならぬヒトの手によって滅ぼされ、超克される。
「――弱イ」
その安易な確信を、地獄から響くような声が短く切って捨てた。
次の瞬間、何体かの原人の頭部が爆裂するように消し飛んだ。
それだけではない。鷹の翼が千切れ、グリズリーが風穴を開けられて崩れ落ちる。
目を瞠るシッティング・ブル。彼は誰よりも早く、この現象の正体に気付いた。
「投石か……!」
銃は封じられ砲は石細工に堕した。
ああだが、だからなんだというのか。
原初の戦争を求めるならば応えてやろう。
騎士(われ)にはそれができる。
レッドライダーの全身から、音速を軽く超える速度で石が射出されている。
戦争を司る騎士が、要求された時代設定に合わせ出した結果だ。
彼が持つ規格外のスペックに物を言わせて放てば、ただの石でさえ対戦車砲並みの威力を持つ。
【赤】の戦場に嵐が吹く。
石の嵐だ。最高効率で示される、石器時代戦争(ストーンウォーズ)の最適解。
だがそれだけに留まらず、赤騎士は右腕に無骨な刃を出現させる。
黒曜石の塊だった。これを騎士は、膂力に任せて虚空へ一振り。
空気抵抗を砥石に用いて凹凸を削ぎ落とし、瞬時に大剣の形に成形された黒曜を片手に、突撃してきた原人の打撃を受け止めれば。
鍔迫り合った格好のまま足を前に出し、得物ごと圧し切ってその胴体を両断する。
バターのように滑らかな切り口で切断された原人の血飛沫を自らの赤色に溶かし込みながら、レッドライダーは静かに健在を誇示していた。
「はは…………バケモノ、だな」
思わず呟いた覚明ゲンジが、尚も嗤っているのは何故だろう。
恐怖も不安も、最初からそこにはなかった。
「そうで、なくっちゃ」
吹き荒ぶ石の砲火が掠めただけで即死するようなか弱い命。
なのにゲンジは、この状況を愉しむかのように破顔し続ける。
喜びよりも悲しみの方が圧倒的に多い、幸薄い十六年だった。
その幸福の最高値が、今まさに激烈な勢いで塗り替えられている。
過剰分泌されたアドレナリンで鼻血さえ垂らしながら、ゲンジは呪いの指揮者として預言を犯す。
片や燦然たる滅び。
片や暗澹たる滅び。
君臨する者と引きずり下ろす者。
ふたつの滅びは共に健在で、故に戦争は終わらない。
「滅ぼして、やるよ……!」
ゲンジの呪詛が、轟音の中でも確かに響いて。
そして――
468
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:57:22 ID:D5Ika2WY0
「――――――――――――――――」
三者三様の戦慄が、荒れる戦場を駆け抜けた。
最初に気付いたのは、スー族の大戦士だった。
いや、正確には彼に応えた霊獣達だ。
赤騎士の暴威を前にしても、微塵も怖じ気付くことなく奮戦し続けていた野生の住人達が怯えている。
シッティング・ブルはそれを見て、そして肌を伝う寒気を受けて理解した。
何が起きたのかを。いったい何が、この新宿に踏み入ってきたのかを。
原人達が、ネアンデルタール人が震えていた。
本能がもたらす怖気であった。彼らは信仰を持たないが、原野に生きるが故に大いなるものの気配には敏感である。
彼らの主たる少年も、それを見て口角を震わせた。
ただし震えの意味が違う。前者が畏れによる震えなら、こちらは間違いなく歓喜の呼び水としての震えだった。
そしてレッドライダーは、沈黙していた。
動きを止め、原人の攻撃で乱れた輪郭を修復することも忘れて佇む。
彼の本質は無機。ガイアの怒りを体現するべく造られた、預言の使徒。
故にこの挙動は不可解だった。精密なコンピューターが、内部に紛れた一粒の砂によって予期せぬ動作をするように。
そんなありふれた誤作動(バグ)のように固まって――【赤】の騎士は、まず口を作った。
彫りのないのっぺりとした顔に浮かび上がったひとつの裂け目。それが開き、声を発する。
「――――来タカ、フツハ」
そう、来てしまった。
この都市における最大の光。
"彼女"にとって戦いとは祭り。
そして祭りとは、これを惹き付ける誘蛾灯。
赤騎士の進撃。
白騎士の蛮行。
それぞれのきっかけを経て、新宿の決戦は拓かれた。
されど。
されど。
都市の真実を知る者ならば、誰もが解っている筈だ。
あまねく前提。あまねく事情。あまねく要素。
そのすべてを台無しにできる"個人"が、この地平には存在している。
事の精微を保てるのは、彼女に見つかっていない間だけ。
もし見つかってしまえばその瞬間、すべては白き混沌の中に堕す。
よって此処からが、此処からこそが、本当の決戦の始まりと言えた。
悪国征蹂郎が始め、周鳳狩魔が応えて幕開けた新宿英霊大戦。
今この瞬間を以ってそれが、更に制御不能の領域へと加速度的に沈降していく。
神が来る。
彼女が来る。
神寂れたる混沌の子が、やって来る。
◇◇
469
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:58:08 ID:D5Ika2WY0
白い何かが、歩いていた。
口笛響かせながら、高揚を隠そうともせず肩を揺らして。
るんるんと、テーマパークにでも来たみたいに足を踏み入れる。
それが持つ意味など、もたらす影響のでかさなど、まるで理解せぬままに。
光の剣を片手に携えて、無垢の化身のような娘は新宿へ入った。
何故? 楽しそうな気配がしたから。
これは遊びの気配を見逃さない。
楽しいことをしているのなら、私も混ぜてと無邪気に申し出て首を突っ込む。
あの頃のままだ。神の資格を持った幼子が、世界さえ滅ぼせる力を片手にひたすら歩く。
彼女が、侵入(はい)ってしまった。
新宿に白き神が顕れた。
この時点ですべての定石がひっくり返る。
あまねく状況はリセットされ、石と棒の戦いが始まるのだ。
――そしてこの瞬間、〈はじまり〉の残骸達もまた、己の星を認識する。
彼らは狂人。
彼らは焼死体。
焼け爛れたまま起き上がり、熱のままにそれを見つめる。
誰にもその律動を止められない。台本の破棄された舞台は、無軌道(アドリブ)のままに混沌へ堕する。
此処は針音聖杯戦争。
そしてこれはその歴史に刻まれる、第一の大破局。
「――――へへ。私も交ぜてよ、みんなで遊ぼう!」
午前0時15分34秒。
神寂祓葉、新宿区に現着す。
投げられた賽が、砕け散った。
◇◇
470
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:59:04 ID:D5Ika2WY0
【新宿区・南部/二日目・未明】
【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:損耗(中/急速回復中)、出力制限中
[装備]:黒曜石の大剣
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
0:来タカ、偽リノ白。
1:神寂祓葉を殺す
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。
※『星の開拓者』を持ちますが、例外的にバーサーカー(ネアンデルタール人)のスキル『霊長のなり損ない』の影響を受けるようです。
※現在、新宿区にスキル〈喚戦〉の影響が拡大中です。
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(小)、迷い、畏怖
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:来たか。"孔"よ。
1:今はただ、悠灯と共に往く。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
【覚明ゲンジ】
[状態]:疲労(小)、血の臭い、高揚と興奮
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:3千円程度。
[思考・状況]
基本方針:できる限り、誰かのたくさんの期待に応えたい。
0:祓葉を殺す。あいつに、褒めてほしい。
1:抗争に乗じて更にネアンデルタール人の複製を行う。
2:ただし死なないようにする。こんなところで、おれはもう死ねない。
3:華村悠灯とは、できれば、仲良くやりたい。
4:この世界は病んでいる。おれもそのひとりだ。
[備考]
※アルマナ・ラフィーを目視、マスターとして認識。
【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)】
[状態]:健康(残り104体/現在も新宿区内で増殖作業を進めている)、一部(10体前後)はライブハウスの周囲に配備中、〈喚戦〉、畏怖
[装備]:石器武器
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:今のところは、ゲンジに従い聖杯を求める。
0:弔いを。
[備考]
※老人ホームと数軒の住宅を襲撃しました。老人を中心に数を増やしています。
471
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 22:59:39 ID:D5Ika2WY0
【新宿区・歌舞伎町 デュラハン傘下のビルの屋上/二日目・未明】
【華村悠灯】
[状態]:動揺と葛藤、魔力消費(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたい。
0:身の振り方……か。
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
[備考]
【周鳳狩魔】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:拳銃(故障中)
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
0:皆殺しだ。
1:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。当分は様子を見つつ、決戦へ向け調整する。
2:悠灯。お前も腹括れよ。
3:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
4:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
5:死にたくはない。俺は俺のためなら、誰でも殺せる。
[備考]
【千代田区・北部アジト/二日目・未明】
【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(中)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:皆殺しだ。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
[備考]
異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
472
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(開戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 23:01:10 ID:D5Ika2WY0
【千代田区・路上/二日目・未明】
【アルマナ・ラフィー】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:さて、これから……
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。
バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)らの千代田区侵入を感知しているかはおまかせします。
※新宿区を偵察、情報収集を行いました。
デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。
【千代田区・西部/二日目・未明】
【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)】
[状態]:健康、『同胞よ、我が旗の下に行進せよ』展開中
[装備]:『主よ、我が無道を赦し給え』
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩魔と共に聖杯戦争を勝ち残る。
0:さあ、慣れた趣向と行きましょうか。
1:神寂祓葉への最大級の警戒と、必ずや討たねばならないという強い使命感。
2:レッドライダーの気配に対する警戒。
3:聯合を末端から削る。同胞が大切なのですね、実に分かりやすい。
[備考]
※デュラハンの構成員を連れて千代田区に入り、彼らを餌におびき出した聯合構成員を殺戮しています。
【新宿区・???(他区との境界線近く)/二日目・未明】
【神寂祓葉】
[状態]:健康、超わくわく
[令呪]:残り三画(永久機関の効果により、使っても令呪が消費されない)
[装備]:『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン)』
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:やろうか!
1:結局希彦さんのことどうしよう……わー!
2:もう少し夜になるまでは休憩。お話タイムに当てたい(祓葉はバカなので、夜の基準は彼女以外の誰にもわかりません。)
3:悠灯はどうするんだろ。できれば力になってあげたいけど。
4:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
5:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
6:アンジェ先輩! また会おうね〜!!
7:レミュリンはいい子だったしまた遊びたい。けど……あのランサー! 勝ち逃げはずるいんじゃないかなあ!?
[備考]
二日目の朝、香篤井希彦と再び会う約束をしました。
新宿区に到着しました。どの辺りに出たかは後の話におまかせします。
473
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/10(火) 23:01:32 ID:D5Ika2WY0
投下終了です。
474
:
◆di.vShnCpU
:2025/06/12(木) 23:13:56 ID:PGHEpvgs0
華村悠灯
周鳳狩魔
ノクト・サムスタンプ
山越風夏(ハリー・フーディーニ)
予約します。
475
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/12(木) 23:36:11 ID:8vKl.CfA0
赤坂亜切&アーチャー(スカディ)
アンジェリカ・アルロニカ&アーチャー(天若日子)
ホムンクルス36号&アサシン(継代のハサン)
輪堂天梨&アヴェンジャー(シャクシャイン) 予約します。
476
:
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:25:50 ID:UmoXCZ7A0
投下します。
477
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:26:32 ID:UmoXCZ7A0
……へぇ、高浜先生の所でも、ですか。
ならいいかァ。
あっ、これ厳密には守秘義務とかに引っ掛かりそうなんで、ここだけの話でお願いしますよ。
ええ、まあ私も医者ですからね。
いわゆる『パニック値』……数字を見ただけで即座に命の心配をする必要のある患者さんは、過去に何人も見てきましたよ。
「ちょっと最近クラクラする」とだけ言ってた女の子が、極度の貧血でほとんど水みたいな血液で何故か生きてたりとか。
「最近肌が黄色っぽい気がする」って言ってた中年男性が、とっくにとんでもない肝硬変で生体肝移植に回されたりとか。
「ここんとこ階段を登ると息切れをする」と言ってたヘビースモーカーが、極度の肺気腫で肺がスカスカだったりとか。
色んなものを見てきましたよ。
助けられた人もいるし、残念ながら手遅れだった人もいます。
でも……ねえ。
やっぱりあの子が一番の驚きでしたねぇ。
当直をしていた時に運ばれて来た女の子。
たぶん軽い脳震盪だったんでしょうけどね。女の子だってのに不良たちと殴り合いのケンカをして、気を失っていて。
でも万が一ということもあるじゃないですか。一通り基本的な血液検査と、頭部と腹部のCTを撮って……
ほんと、人間って、あんな状態でも生きてられるんですねぇ。
いや、怪我の方は本当にかすり傷だったんですよ。脳内出血とかもありませんでした。
でも、CTで見えたあの無数の影と、クレアチニン、ナトリウム、カリウム、カルシウム……血液ガスもとんでもなかったし……
あれ本当は人工透析にでも回した方が良かったんですかね?
朝になるまで死んでなければ、腎臓内科の先生にコンサルテーションをお願いするつもりだったんすけどね。
とにかく本人はケロッとしてるんですよ。
とりあえず取り急ぎ検査結果を知らせても「えっ知らなかった」って。
「そんなことになってるなんて思ってもいなかった」って。
自覚症状が何一つなかったらしいんですよ。
いくら何でも、って思いましたよ。
意識戻ってからは元気いっぱいって感じで、いやまあ多少は貧血っぽい顔色なんですけどね。
流石にショックを受けてたようではあったんですけど、少し目を離した隙に、脱走されちゃいました。
たぶん病院の事務は、治療代も貰いそびれたんじゃないかなぁ。
それで実はこの話、後日談がありましてね。
すっかり忘れた頃に、ウチの病院の系列の『本院』から、連絡が来たんすよ。
いったいどこで救急で一度見ただけの患者さんのことを嗅ぎ付けたのかは分からないんですけど。
「もしその不良の女の子がまた運ばれてきたら、何を差し置いても『本院』の『名誉院長』に連絡しろ」ですって。
私がいる所は、普通のどこにでもあるような、二次救急までの総合病院ですけどねぇ。
同じ医療法人の中心になっている病院の方には、ほんと魔法でも使うのかっていうような名医の先生方が揃っているんですよ。
本院の先生なら、あの子もなんとか治せちゃったのかなァ……?
いやコレは比喩じゃないって言うか、噂では本院の方には本当にオカルトな呪術に精通している人らもいるって話です。
カウンセラーってことになってる人が部屋で魔法陣描いて呪文を唱えてたとか、怪しい水薬を飲んだ患者が急に良くなったとか。
そんな話が山のようにあるんですよね。
噂では、名誉院長は、現代医学とそういうオカルトの、双方に通じているんだとか。
なので……
ちょっと異例なあの命令も、ひょっとしたら『そっちの方』の話なのかな、って少しだけ思うんですよね。
まともな医学の領域の話ではなくって、魔法とか魔術とか、そういう世界の話。
だって、私が診たあの子。
ギリギリで死んでないというよりも……
呪いか何か不思議な力で、死体が動いてるって言われた方が腑に落ちるくらいの有様でしたもん。
……え、名誉院長の名前ですか?
あー高浜先生は御存知なかったですか?
あるいはウチが同じ系列って知らなかったとかですかね?
蛇杖堂ですよ。
あの有名なジャック先生。
黒じゃなくて灰色の方です。ええ。
478
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:27:17 ID:UmoXCZ7A0
◆◇◆◇
深夜の雑居ビルの片隅。
少し汚れの目立つ洗面台で手を洗い、女子トイレの外に出る。
薄暗いビルの廊下。切れかけているのか、蛍光灯が少しの間隔を置いて音もなく明滅する。
「ふぅ……」
いま新宿の街では、既に戦争が始まっている。
緒戦の衝突は、華村悠灯も双眼鏡越しに実際に見た。
双方の組織の一般構成員も含めれば、もう犠牲者は出ている頃合いだろう。
そんな時にもちゃんと出るものは出る自分が、少しだけ可笑しく感じられてしまう。
しかし、まあ……全くの嘘でもなかったとはいえ。
お手洗いを口実に逃げてきたようなものだった。
たぶん最初に会った時点では、覚明ゲンジは、華村悠灯と、大雑把に言って同格くらいの位置だったはずだ。
決して舐めていたつもりはないけれど、ことケンカという一点であれば悠灯の方が上だったとの自負もあった。
そのゲンジが、この短時間の間に、こうも見事に化けた。
あの周凰狩魔にあそこまで言わせるほどの存在になった。
比べても仕方のないことだと分かっている。
焦っても仕方のないことだと分かっている。
けれど、狩魔との会話が途切れてしまえば、どうしたって考えずにはいられないし……
狩魔の隣にいることに、息苦しさも覚えてしまう。
頭上で蛍光灯が明滅する。
無音の狭い廊下の中、世界の全てに見捨てられているような気分になる。
「戻らなきゃ、な……」
悠灯は視線を頭上に……フロアひとつ上の屋上にまだいるはずの周凰狩魔の方向に向ける。
この戦争において、少なくとも序盤の攻防において悠灯の役割はない。
万が一にもキャスターが想定外の危機に陥るようなら令呪を用いて呼び戻すとか、その程度の仕事しかない。
むしろ敵に各個撃破されないように、狩魔と一緒にいて互いの死角をカバーしあうのが一番の役割だ。
気まずかろうと、息苦しかろうと、戻るべきなのだ。
悠灯はそして、廊下の一端にある階段の方に歩き出そうとして…………ふと気づいた。
最初に感知したのは、妙な生暖かさだった。
首から上だけが、人肌くらいの温度に包まれている。
次に、体臭。
ほんの僅かな、ほとんど察知できないくらいの、しかし間違いなく男性の汗の匂いと、男物の香水の香り。
己の髪が擦れる微かな音も聞こえた。
誰かに触られているような、撫でられたような、ほんの小さな音。
ぼんやりと黒い影が、視界の端にやっと見えた。
あまりにも近くてぼやけて見えるが、それは服を着た人の腕のようにも思える。
最後に……それはあまりにも異常な知覚の順番だったが。
最後の最後に、やっと触覚が己の肌に触れる者の存在を伝えてきた。
首から上、頭を包み込むように、抱きしめるように、しかし決して逃がさない強さで捕捉する、誰かの手。
体温を感知してからおよそ一呼吸。
状況を理解できた時には、既に手遅れだった。
(誰かに頭を抱え込まれてる)
(いったい誰が)
(狩魔サンじゃない、キャスターじゃない、もちろんゲンジでもないしゴドーってサーファントでも)
(つまり敵)
(そういえば敵には要注意の傭兵が)
(狩魔サンがめちゃくちゃ警戒していた)
(サムスじゃない、ノクト・サムスタンプ)
(向こうも出来るならこちらを狙ってくるはず)
(でもここはキャスターが陣地を作ったから安全だって)
(まさかキャスターも気づいていない? 狩魔サンも?)
(じゃあつまり)
一秒にも満たない時間のうちに、華村悠灯の脳裏に電撃のように断片的な思考が走って……
しかし、そんなことを考えている時間すらも、無駄であり裏目であった。
無意識のうちに悲鳴を上げるべく息を吸い込む、しかし、その息を吐く間も与えられることもなく。
『君の終わりは、きっと糸が切れるように訪れる』
ゴキッ。
華村悠灯の頸椎がへし折れる音が響いて……
生きている者にはありえない角度に首を曲げた彼女の身体は、なすすべもなく床へと崩れ落ちた。
【華村悠灯 死亡】
479
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:28:53 ID:UmoXCZ7A0
◆◇◆◇
崩れ落ちる少女の手元の指輪から、遅まきながらも、音もなく鷹の姿をする精霊のヴィジョンが飛び出す――
が、それは無言で立つ人影に向けて反転するよりも先に真ん中から真っ二つになって、空中に霧散する。
詠唱もなく放たれた真空の刃に、頭から突っ込んだのだ。
鷹を狙って風の刃が放たれたというよりも、鷹の飛び出す軌道を読み切って進路上に「置かれた」、そんなコンマ数秒の攻防。
鷹の姿の精霊が戦いにもならぬ戦いで消失したその後に、少女の亡骸は床に到達し、小さな音を立てた。
少女が直前に用を足していたのは、少女の尊厳にとってささやかな慰めであったろう。
無様な失禁などを伴うことなく、少女はそのまま動かなくなる。
ピクリとも動かない。呼吸のための胸の動きすらも起きない。
華村悠灯は、どうしようもなく、死亡していた。
「……こんなものか」
少女の背後には、大柄なスーツ姿の男性が立っている。
褐色の肌。顔にまで刻まれた刺青。
夜の虎。ノクト・サムスタンプ。
その本領発揮。
ただ静かに忍び寄って、徒手にて相手の首を折る。
頸椎ごと脳幹を破壊し、呼吸中枢を破壊する。単純明快にして確実な戦場の技。
アルマナが強行偵察で敵の目を引いているうちに、別方向から静かに陣地に侵入して、敵が一人になったタイミングで仕掛ける。
策そのものは極めてシンプル、しかしそれを成立させる隠密性の高さこそが異常。
『夜に溶け込む力』。
夜の女王の加護、その真骨頂。
暗い廊下で蛍光灯が明滅する。
前触れもなく銃声が鳴る。
既に気づいていたかのように、ノクトは巨体をヒョイと傾けて避ける。銃声を聞いてからでは到底間に合わないような動き。
『夜を見通す力』と『夜に鋭く動く力』の合わせ技は、それくらいの芸当は可能とする。
「……ユウヒッ!?」
嫌な予感、という程度の違和感を根拠に、階段を駆け下りてきた周凰狩魔の直観力と行動力は超人的ですらあったが。
それでも遅かった。
状況を把握するよりも先に放たれた初弾は外れて、そうしてやっと、己のチームの一員が既に息絶えていることを知覚する。
とっくに見慣れてしまった人間の死。
あの角度で手足が曲がって倒れている時点で、もう見込みなんてないと分かってしまう。
動揺を抑え込み、追悼の言葉を発する間も惜しみ、狩魔の手元の拳銃から次弾が発射される。
これも大男は簡単に避ける、が、狩魔はその結果を認識するより先に、力ある言葉を発する。
「……『曲がれ』!」
巨漢のすぐそばを通り過ぎた弾丸が、ヘアピンカーブを描いてまた戻ってくる。
元より狩魔が手にしている拳銃には尋常の弾丸は入っておらず、それどころかとっくの昔に故障している。
放たれていたのはいずれも狩魔の魔力で構築された魔弾。手にした拳銃はそのイメージを補佐するための道具。
この聖杯戦争が始まってから身に着けた、狩魔の魔術だった。
背中側から迫る弾丸を、これまた見もせずに侵入者は避けるが、さらに弾丸は狭い廊下の中でもう一度ターンをする。
きりがないと見たか、ここで褐色の巨漢は初めて口の中で呪文のようなものを唱える。
「『風よ、壁となれ』」
ドガンッ!
狭い廊下に、まるでトラックが衝突したかのような衝撃音が響き渡る……が、しかし、大男は無傷。
これには狩魔も、攻撃的な笑みを浮かべたまま、一筋の汗を垂らす。
「……マジかよ」
「なるほど、当たれば威力はあるみてぇだな。ただまあ、『真空の壁』を越えられるような種類の攻撃じゃない」
侵入者、推定名、ノクト・サムスタンプ。
ついさっきの華村悠灯とのやり取りのおかげで、辛うじて記憶に残っていた。
周凰狩魔が初期から想定し、警戒していた、規格外の特記戦力(バランスブレイカー)のひとり。
あの〈脱出王〉と同等の厄介者。
その介入は周凰狩魔も想定していた。
警戒していた。
もしも来るなら自分の首を直接取りに来るだろうとも踏んでいた。
しかし、これほど早い段階で、これほど近い距離に踏み込んできて、そして……
そして、これほどまでに実力の差があるのか。
魔術の世界ではまだ未熟、知識も技術もないのは承知の狩魔だが、実はこの魔弾の威力に限っては密かに自信を持っていた。
今日この日まで何度も試射を重ね、密かに訓練も続けている。
その気になれば自動車一台くらいは軽く吹っ飛ばせる、ミサイルランチャーじみた威力の魔弾だ。
それがこうも簡単に止められるとは――!
「アグニの坊やには悪いが、ついでだ、ココでトップの首も獲っちまうか。今から『ボーナス』の中身が楽しみだ」
「〜〜〜〜!」
480
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:29:34 ID:UmoXCZ7A0
ニヤリと笑う巨漢の姿に、思わず狩魔は魔弾を乱射する。
今度は最初から大きく曲げた軌道。四方八方からノクトを包み込むような攻撃。
ドガガガガッ!!
先ほどと同等の衝撃音が立て続けに響き、しかし全く意に介することなく、大男は大股でゆっくりと迫ってくる。
足止めにもなっていない。
どうする。狩魔の頭脳が高速で回転する。
この期に及んで〈脱出王〉の介入はない。
お前の担当だろうと言いたくもなるが、あの自由人にそれを言っても仕方がない。
陣地を構築しているはずのキャスターの介入もない。
流石に異常は察知しているはずだが、ひょっとしてマスターが死んでは動けないのか。
ゴドーは別行動中で攻勢に回っているはず。
そちらを途中で止めるのは惜しいが、それでもここは自分の命が最優先か。
「れ――」
そして狩魔は令呪でゴドフロワを呼ぼうとして、その判断すらも遅かったことを悟った。
ノクト・サムスタンプは既に前傾姿勢。今まさにダッシュで掴みかかってくる体勢。
令呪に載せた命令を全て発しきる前に捕獲されるのは明らかで、そして。
「……っざっけんなァ!」
甲高い少女の叫びと共に、ノクトも狩魔も、まったく予想していなかった介入が、その緊張を断ち切った。
ノクト・サムスタンプの背後から放たれた、見事な跳び回し蹴り。
側頭部にそれを食らった巨漢は狭い廊下の壁に叩きつけられ、そして……
「流石にこれは想定外だ。退くか」
蹴られたダメージ自体はほとんど無いようではあったが。
男はあっさりとそのまま、近くにあった窓をたたき割って、ビルの外の虚空に身を投げた。
あまりにも思い切りのいい、あまりにあっけない、逃走だった。
割られた窓から、一陣の風が吹き抜ける。
「……大丈夫っすか、狩魔サン?」
「いや……それはこっちの台詞だ。
お前こそ、『それ』、どうなってる」
窓の外に警戒し、拳銃を構えたまま、狩魔は少女に問う。
頭上で蛍光灯が瞬きをする。
ありえない光景だった。
間違いなく確認したはずだった。見間違えなんかではなかったはずだった。
けれども、現に。
首を折られて死んでいたはずの、華村悠灯は、自分の足でそこに立っている。
それどころか、あの夜の虎を相手に、跳び回し蹴りまで放ってみせた。
チームのリーダの危機を救ってみせた少女は、よく分からないまま微笑んで……
その笑顔が、ガクン、と傾いた。
「わわっ、これどうなってるのっ、えっ」
「……いやほんと、どうなってんだ」
生きている人間には絶対にありえない角度に首を曲げて、あたふたと慌てる少女。
折れたままなのだ。
首の骨が折れたままで、ちょっとした拍子に本来あるべき位置からズレてしまっているのだ。
自分の両手で頭を掴んで、ああでもない、こうでもないと安定する位置を探している。
そんな状態で人間が生きている訳がない……
よしんばギリギリで絶命は免れたとしても、激痛で立ってなどいられないはず。
魔術師としてはまだ未熟、ゴドフロワから基本的な部分を断片的に聞いただけの狩魔は、なので、まだ気づいていなかった。
華村悠灯の全身を包む不穏な魔力の気配に、まだ、気づくことはできなかった。
【華村悠灯 再稼働】
481
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:30:47 ID:UmoXCZ7A0
◆◇◆◇
「〜〜〜〜〜ッ!! やった、『目覚め』た、間に合ったッ!!」
デュラハンのトップたちが陣取るビルから、少し離れた歌舞伎町の細い裏路地のひとつで。
あまりにも場違いな少女が、声にならない喜びを噛み締めながら飛び跳ねていた。
タキシード姿の少女である。それも舞台用に思いっきりアレンジのされた、ド派手なラメ入りのタキシード。
山越風夏。
またの名を、〈現代の脱出王〉。
狭い裏路地には動く者の気配がない。
常であれば不夜城たる歌舞伎町は、その末端にまで人が絶えることはないのだが。
この大戦争に際して、勘のいい者はとっくに逃げ出しており。
そして勘の悪いものは、とっくにレッドライダーの『喚戦』の影響下に呑まれ、無意味なケンカに夢中になっていた。
この裏路地でも何人か、早々にノックアウトされた者がひっくり返っており、勝者は次の相手を求めて大通りへと駆けだしていた。
「あの子からは『慣れ親しんだ匂い』がしていたんだよ! 私たちに似た匂い!
死から逃げ続ける者の匂いだ! 避けようのない死をそれでも避ける者の匂いだ!
なので『ひょっとしたら』と思っていたんだ!!」
開戦前にもう一度彼女たちと会って確認しておきたい、という願いは、炎の狂人と氷の女神の乱入でとうとう果たせなかった。
相棒たるライダーとの合流もまだ果たせていない。
けれど一番肝心な場面だけは、ギリギリで見ることができた。
向こうから察知されることもなく、盗み見ることが出来た。
「デュラハンが『賢く』判断してサーヴァントだけを前線に出すのなら、ノクトがその隙を見逃すはずがない!
彼は間違いなく速攻で忍び寄ってマスターを殺そうとするだろう……!
それも可能なら、最初は悠灯からだ! 狩魔も狙うだろうけれど、彼は決して順番を間違えない! 両方倒すならこの順番だ!」
一回目の聖杯戦争で散々にやりあった仲である。
魔術の傭兵、非情の数式、夜の虎。
そのやり口は嫌というほど知り尽くしている。
駒がこう配置されている、そうと分かれば、ノクト・サムスタンプが取りそうな手段は容易に想像がつく。
「華村悠灯、あの子の魔術は、たぶん『死を誤魔化す力』だ。『無理やり生にしがみつく力』だ。
よく知らないけれど、死霊魔術って方向の才能になるのかな?
身体強化とか、痛覚の軽減なんて、どんな魔術師でもやろうとすればやれる基本だって聞くしね」
これは一種の賭けだった。山越風夏にとっても、確証なんてない危険な賭けだった。
土壇場でも才能に目覚めず、華村悠灯がただ無為に死ぬ可能性も十分にありえた。
けれどこの、他人の命を勝手にチップにした非道極まりない賭けで、〈脱出王〉は見事に望みの賽の目を出した。
「生きている〈演者〉は、この箱庭から出られない。
死んでしまった〈演者〉は、聖杯にリソースとして取り込まれてしまう。
では……『どちらでもない者』は?!
そう!
生きてもないし死んでもいない者だけが、『ここから出られる』!!
ひょっとすると、それと契約を結んでいるサーヴァントだって、揃って一緒に出られるかもしれない!」
最初からそのつもりでデュラハンに近づいた訳ではなかった。
そもそもその『世界の敵』としての方針だって、ついさっき思い至ったもの。
けれども、そのずっと前から、「何かに使えるかもしれない」と思って手札に入れていたカードだった。
皆の運命を加速させて、そのブレの中で新たな才能が芽生えることに期待する。
この〈脱出王〉の基本方針は、なにもレミュリン・ウェルブレイシス・スタールひとりに向けられたものではない。
例えば覚明ゲンジの急激な化け方だって、狙い澄まして放たれた〈脱出王〉の一言がきっかけなのだ。
「そしてノクトなら、一度退くと決めたら思いっきり退く! 予想外のモノを見たら一旦仕切り直す!
あいつは何度でも似た真似を繰り返せるからね、安全なところまで下がってから次のことを考えるはずなんだ!」
「……御機嫌なようだな」
「そりゃあそうさ! 何もかもが私の思う通りに…………って、えええっ!?」
482
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:31:20 ID:UmoXCZ7A0
うっかりそのまま答えかけて、山越風夏は慌てて振り返った。
居るはずのない男が、そこにいた。
褐色の肌。
顔にまで及ぶ刺青。
逃げ場らしい逃げ場もない裏路地で、あまりにも近くまで接近を許してしまった相手。
ノクト・サムスタンプ。
「俺もちっとばかし機嫌が良くってな。なんでだか分かるか?」
「さ、さあ……?」
「何もかもが俺の思う通りに動いているからだよ。多少のイレギュラーと驚きはあったけどな」
ノクトは笑う。小柄な風夏を見下ろして鼻先で笑う。
遠くに逃げているはずの彼が今ここに居る意味を、答え合わせする。
「お前とは『前回』何度もやりあった仲だ。
俺の行動がお前に読まれることは、俺にも読めていた。
にも関わらず、あの二人のマスターは無防備に俺の手の届く位置に置かれたままだった……
即座にピンと来たね。『ああ〈脱出王〉はこいつらを見殺しにする気だ』ってな。
お前の企みの中身は分からなかったが、何かお前の企みに必要な犠牲なんだろう、ってな」
「た、企みって言い方はひどいなァ……!」
「そしてそうであれば、お前は自分の目でその結末を見届けることを、我慢できない。
必ず、どこかあの場所を見ることのできる場所に現れる。
そしてそこからの逃走ルートだって、限られる」
「…………っ」
ノクト・サムスタンプは一歩踏み出す。
山越風夏は一歩下がる。
ノクトが長々と喋っている間に、風夏はとっくに数十通りの逃走方法を検討している。
けれども逃げ切れない。逃げ切れるイメージが沸かない。
そもそもこの距離に詰められていること自体が、既に失敗である。
夜のノクト・サムスタンプは、かの〈脱出王〉にとってすらも、それほどの難敵である。
「御明察の通り、『本命』がデュラハンとの闘争だったのなら、もう少し遠くまで退いてた所だがな。
ぶっちゃけちまうとな。
今回の闘争における俺の『本命』は、『お前』だ。
〈脱出王〉、お前にいまここで確実に退場願うのが、俺の一番の望みだ」
ノクトは身構える。風夏は機を伺う。
自由自在に飛び回っているように見えて、〈脱出王〉の舞台は事前の仕込みが命だ。
今回のこの場での遭遇は想定外。仕込みが全然足りていない。
現地調達で使える材料も、どれほどあることやら。
強がりでしかない笑みを浮かべて、〈脱出王〉はそれでも言った。
「では、見事達成できました暁には、拍手喝采でお応え下さい。
今夜の演題は――『夜の虎の顎の中からの脱出』!」
半グレたちの大戦争を背景に。
太陽に目を焼かれた狂人同士の死闘が、いま、小さな路地裏から、始まる。
【新宿区・歌舞伎町 デュラハン傘下のビルの廊下/二日目・未明】
【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折。混乱中(まだ自分の身に起きたことを理解できていない)
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたかった……はずなんだけど。
0:混乱中。いったい何がどうなってるの?
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
5:あの刺青野郎ってば最悪!!
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。
華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。
この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
【周鳳狩魔】
[状態]:健康、魔力消費(小)、軽い混乱と動揺(悠灯の現状を正しく把握しきれていない)
[令呪]:残り3画
[装備]:拳銃(故障中)
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
0:待て、悠灯……お前それ、どうなってる?
1:魔術の傭兵の再度の襲撃に警戒。深刻な脅威だと認めざるを得ない
2:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。
3:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
4:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
5:死にたくはない。俺は俺のためなら、誰でも殺せる。
[備考]
483
:
アンデッドアンラック
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:32:14 ID:UmoXCZ7A0
【新宿区・歌舞伎町 細い路地裏/二日目・未明】
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:健康、ちょっと冗談抜きで少し焦ってる
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:いやマジでこれどうしよう! ここからノクトをなんとかしなきゃならないの?!
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:華村悠灯がいい感じに化けた! 世界に孔を穿つための有力候補だ!
3:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
4:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
5:祓葉も来てるようだからそっちも見に行きたいけど……!
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
今のこのノクトとの遭遇は、流石の彼女にとっても予想外で準備不足であるようです。
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋、やる気マンマン
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:ここは絶対に逃がさねェぞ、〈脱出王〉!
1:デュラハン側のマスターたちを直接狙う。予定外のことがあれば素早く引いて何度でも仕切り直す。
2:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
3:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
[備考]
この話の間、それぞれのサーヴァントが何をしていたのかは後続の書き手にお任せします。
特にキャスター(シッティング・ブル)は、華村悠灯の身に起きた異常をある程度は察知しているはずです。
(張っていた陣地や、主従を繋ぐ霊的なリンクから)
484
:
◆di.vShnCpU
:2025/06/16(月) 00:32:34 ID:UmoXCZ7A0
投下終了です。
485
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:23:22 ID:GmQ3YvAM0
投下します。
486
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:24:20 ID:GmQ3YvAM0
新宿区内の、とある個室スタジオ。
ラジオ収録を終えた輪堂天梨と愉快ななかまたちの姿はそこにあった。
部屋の真ん中には腕を組んで仁王立ちし、眉間に皺を寄せた天梨。
視線の先には退屈そうに胡座を掻いて欠伸するシャクシャインと、床に置かれたホムンクルス36号の姿がある。
「ふたりとも。正座」
「誰がするかよ」
『応えたいのは山々だが、機能上の問題で出来ない。許してほしい』
「うぐぐ……」
天使がご立腹の理由は、言わずもがな先ほどのラジオ収録である。
やれ実験のために我々を収録に同伴させろとか言い出すわ、大人しくしてるように言ったのに現場で妖刀を抜き出すわ。
そんなカオスの極みのような状況でもしっかり仕事をやり遂げた天梨のプロ意識は大したものだが、内心は心臓が口から飛び出そうだった。
あんなにスリリングな収録は生まれて初めてだった。今後更新されないことを切に祈っている。
「しかし、実際に有意義な成果を確認できた。
天梨、御身の魅了はもはや我がアサシンの宝具にも匹敵する人心支配を可能としているようだ」
「……みたいだね。ふたりで好き勝手してくれたおかげで私もよ〜〜くわかったよ。あんまり嬉しくないけど」
あわや大パニックが起きても不思議ではない状況だったが、結論から言うと無事に終わった。
スタッフ達はホムンクルスとシャクシャインの存在を背景のように扱い、誰も彼らの言動を不自然とは認識していなかった。
輪堂天梨の魅了魔術。同じく魅了を生業にする少女がこの都市にはもうひとりいるが、天梨のは彼女のとまったく質を異にしている。
あちらが"支配"なら、天梨のは"色香"に近い。心を絆し、納得を勝ち取る、まさにアイドルチックな魅惑の光だ。
悪魔・煌星満天との小競り合い以降、その輝きは格段に強まっていた。
「でもああいう人に迷惑かけるようなのはもうなし! 次はほんとに怒るんだからね!」
「小煩え女だな。まずあの箸にも棒にもかからないクソつまらんトークを聞かされた俺らに謝罪しろよ」
「はぁああぁ!? に、人気番組なんですけど! 視聴率良いって局でも評判なんですけど!!」
「ほう、あの低次元な話でそれほどの人気を。流石は我が友だ。欠点など認識もさせない輝きがあると見える」
「ほむっちさん……? 嘘だよね……?」
じり……、とのけぞってショックを受ける天梨。
シャクシャインは噛み殺す努力もせず、大欠伸をして気怠げな視線を隣の人造生命体へ送った。
「で? いつ来るんだよ、君の待ち人は」
『そう急くな。トラブルが起きた旨の報告は受けていない』
「あっそ。何でもいいが、時間は有限だってことだけは覚えといて欲しいもんだね」
それはさておき――現在、天梨達がわざわざこんな場所で待機しているのには理由があった。
アンジェリカ・アルロニカ。かねてから名前だけは聞いていた、ホムンクルス陣営の同盟相手。
彼女達と落ち合い、会談をするためにこうして手持ち無沙汰な時間を過ごしているのだ。
テーブルの上には此処に来る前に買った軽食が、これから来る客人達の分も並べられている。
どうもあまりピリピリした展開にはならない相手らしいので、夕飯も兼ねつつ和やかに話せればと思って天梨が気を利かせた形だ。
487
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:25:36 ID:GmQ3YvAM0
(どんな子なんだろ。満天ちゃんの時はばたばたしちゃったからな……私もあの子くらいしっかりしないと)
そうは言うものの、何しろ先の会談がアレだったので、天梨は結構緊張していた。
シャクシャインは爆弾のようなもの。いつどこでスイッチが入るか分からないし、そうなったならマスターである自分が止めないといけない。
(満天ちゃん、すごいよなぁ……。今なにしてるんだろ……)
思考とは連鎖するもので、ふと自分のライバルであり、友達でもある彼女のことを考えてしまう。
未だに彼女からの連絡は来ていない。会談の結果決まったことだ。やり取りはすべて、天梨と満天のふたりの間でのみ行うと。
けれど恐らくそろそろだろう。街がこの有様なのだ、あまり悠長に時間を空けるわけにいかないのは天梨にも分かる。
幸い――と言っては不謹慎だが、今日起きたあちこちの凶事によって明日のスケジュールは大幅なリスケが入っていた。
いつ連絡が来ても、恐らく予定は合わせられる。何かといいニュースの少ない天梨にとって、彼女との戦いは現在いちばんの楽しみだった。
次は何を見せてくれるのか。
どうやって、度肝を抜いてくれるのか。
魅せられたいとそう思う。
そして、それを超えて羽ばたきたいと闘志が燃える。
勝負事にムキになるなんていつ以来だろう。
輪堂天梨は、戦いを楽しむにはあまりにも強すぎた。
天使の輝きは圧倒的で、挑もうと思う者がまずいなかったから――煌星満天というライバルの出現は実のところ、本人が思っている以上に大きな刺激となっていたのだ。
「ちょっと連絡してみよっかな、仕事のことじゃなくても軽い雑談とか……、……ううん、でも迷惑になるかもしれないし。だめだめ」
ふるふるとかぶりを振って独り言を漏らす天梨に、きょろりとホムンクルスの視線が向いた。
「やや認識を改めよう。先は凡庸と評したが、起爆剤(ふみだい)としては確かに稀なるモノのようだ」
「む。そういう言い方好きじゃないな」
「であれば詫びるが、事実だ。
あの贋物が持つ性質は爆発。一瞬の熱量でしか光を体現できない、ダイナマイトのような在り方をしている。
爆発は衝撃波を生み、タービュランスを引き起こす。天を舞う御身の背を押す乱気流だ」
恒星の資格者は唯一無二。
よって、ホムンクルスが天梨以外の器を認めることは決してない。
だが事実として、あの"対決"を経た天使の能力は無視のできない上昇を見せていた。
真作はひとつ。後のすべては贋作に過ぎない。それでも、贋作だからと言ってまったくの無価値ではないということか。
「御身の言葉を借りて言うなら、私はあの娘のことが嫌いだ。
先に述べたようにこの身はその類の感情を持たないが、便宜上こう表現しよう」
「……、……」
「しかし、御身とアレの勝負とやらには興味が出た。
いや――私は天梨、君に勝利してほしいと思っている」
「それは……、ほむっちに私が必要だから?」
「半分はそうだ。もう半分は純粋に、友たる君の飛翔を見てみたい」
天梨としてはなんとも複雑な気分だった。
応援されるのは嬉しいが、好き嫌いとかなく自分達の結末を見届けてほしい気持ちもある。
ただ、この無機質な友人にそうまで言わせたことの大きさは実感できる。
そこでふと思い立ち、天梨は前々から思っていたことをぶつけてみることにした。
488
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:27:24 ID:GmQ3YvAM0
「ほむっちってさ」
「どうした?」
「実は結構、人間臭い性格してたりしない?」
「……私が?」
瓶の中の赤子が、微かな怪訝を顔に浮かべる。
それもその筈。彼は被造物(ホムンクルス)であり、しかも特に気を遣って情動を排されたガーンドレッドの飼い犬だ。
そんな人形を捕まえて人間臭いだなんて、本来なら的外れもいいところの形容であるが。
「ご主人様に一途だったり、友達をバカにされて怒ったり。嫌いなものの話をする時はちょっと早口になったりさ。
魔術の話はさっぱりだけど、私はほむっちのこと、あんまり無感情なタイプには思えないかも」
天梨は魔術師ではない。
あくまでも、針音の運命に導かれそうなっただけの新参者だ。
だからこそ先入観なく、率直な印象だけで物を考えることができた。
「御身の言葉でなければ世迷言と流すところだが、興味深い見解だ」
ホムンクルスはわずかな沈黙の後、そう応えた。
「かつて私は主に出会い、そこで決定的な変質を来している。
私を製造した魔術師(おや)ならば構造上の破綻と看做すような陥穽だ。
天梨が私を"ヒトのようだ"と思うのは、恐らくその延長線上に生まれたバグだろう」
人形は狂わない。
にもかかわらず、三六番目のホムンクルスは狂人として〈はじまり〉の衛星軌道に並んでいる。
大いなる矛盾だ。そう考えれば、天梨の指摘もあながち的を外したものではないと思えた。
「我が主――神寂祓葉は、すべての不可能を可能にする存在。
故に我らは狂おしく彼女に焦がれている。いつか見た奇跡を追いかけずにはいられない」
「……うーん。難しいことはよくわかんないけどさ」
運命の日だ。
すべてはそこから始まっている。
ガーンドレッドの悲願が未来永劫に途絶え。
盲目の筈のホムンクルスが、光に目覚めた。
あらゆる運命を破壊する白き御子を前にしては、構造(スペック)の限界など瑣末な問題に過ぎない。
話を聞いた天梨は口に指を当てた。言葉を纏めるように中空を見つめ、そして。
「今のほむっちが祓葉さんのおかげで生まれたっていうんなら、私はやっぱり嬉しいよ」
言って、にへらと笑う。
「さっきも言ったけど、私友達少ないからさ。私からも祓葉さんにありがとう、だね」
「――――」
ホムンクルスは沈黙した。
その沈黙には、ふたつの理由があった。
489
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:28:17 ID:GmQ3YvAM0
ひとつは、天使の二つ名が何故付けられたのかを証明するような物言い。
すべての始まりは神寂祓葉であって、彼女がいなければ自分がこんな血で血を洗う戦場に参戦させられることもなかったというのに。
ただ目の前の自分と出会えたことだけを喜び、混じり気のない善意でそう表明してくる。
はじまりの狂人達の一角であり、すべての元凶に忠を誓っている事実を隠そうともしていない自分を友と呼び、尊重してのけるその無垢さ。
改めて実感する。輪堂天梨を除いて、"彼女"に追随し得る恒星の器は他にない。
他の候補を擁立して勝ち誇る者は目が見えないのかと疑わずにはいられない。
この純粋さ、この寛容さ。まさしく、神寂祓葉の生き写しがごとき輝きではないか。
それでこそ我が友。私が見出し、友誼を結んだいと尊き唯一無二。主たる祓葉へいつか魅せたい、可能性の卵。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
多少の言語化できない感覚には目を瞑りながら、ホムンクルスは声にこそ出さねど喝采さえした。
これぞ吉兆、脱出王が指摘した既知の呪いを破棄する新しい可能性なり。そう思う一方で、ではもうひとつの理由は。
「アヴェンジャー」
ガーンドレッドの魔術師達が、製造にあたり彼に与えた解析と感知の生体機能。
数理の悪魔さえ出し抜く神経延長は、迫る敵の気配をつぶさに見抜く。
天使の祝福を受けてもたらされた成長は、彼の"その"機能さえもをより高く昇華させていた。
だからこそ彼は、英霊であるシャクシャインを押しのけて真っ先にそれを認識できたのだ。
「天梨を守れ。私のことは気にするな」
理解が遅れているのは天梨だけ。
シャクシャインの眉が剣呑に顰められる。
説明したいのは山々だったが、その時間はなかった。
「"来るぞ"」
言葉が発せられたのと同時に、穏当に進むかと思われた現状が崩壊する。
飛び出したのはシャクシャイン。彼が押しのけた天梨は、何が何だか分からぬままに対面の瓶を抱き締めて床を転がった。
スタジオの壁が崩壊し、炎と熱気が急激に流入してくる。
飛来したひときわ大きな炎塊は、アイヌの魔剣が両断し爆砕させた。
復讐者の眼光が、崩れた壁の向こうを睨め付ける。
その先で彼らを見据えるのは、嚇く揺らめく禍つの瞳。
「やあ。久しぶりじゃないか、引きこもりが直ったようだからわざわざ会いに来てやったよ」
くつくつと、けらけらと。
嗤いながら現れる、ダークスーツの青年。
490
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:29:10 ID:GmQ3YvAM0
眼鏡を外すなり露わになった糸目。その向こうから射抜く眼光は、天梨に抱かれるホムンクルスだけを見つめていた。
自分達の初撃を防いだ復讐者すら一瞥たりともしていない。
自信と、現実的な実力に裏打ちされた傲慢。
それを隠そうともせずに、その男は生きとし生けるすべてを焼き焦がす炎と、巨躯の鬼女をしもべにしながら立っていた。
「保護者をわざわざ切り捨てたんだって? 驚いたな、たかが被造物が狂気もどきの感情を萌芽させたってだけで驚きなのに。
あの子は君に自殺願望まで植え付けたのか、いやはや本当に大したもんだ。それでこそ僕のお姉(妹)ちゃんに相応しい」
「来るとは思っていたが、思いの外早かったな」
饒舌な炎鬼に、瓶の中の小人はさしたる驚きもなく応えた。
何故なら彼らは共に不倶戴天。必ずや討つと誓っていればこそ、相手が自身を察知して現れることに驚きなど抱く筈もない。
「サムスタンプも呆れた体たらくだったが、貴様もその例には漏れないらしい。
天が憐れんで恵んだ魔眼を景気よく台無しにできる短慮さには恐れ入るばかりだ。見違えたな、赤坂亜切よ」
「うわ、何だよ自分の口で喋れるようになったのか?
気持ち悪いからやめてくれよ、まるでオマエと僕が同じ生き物みたいじゃんか。ご主人様の命を聞くしか能のないカスが色気づいてんじゃねえよ、ホムンクルス」
すなわち――〈はじまりの六人〉。
妄信と無垢。葬儀屋と人造生命。
「問うが、わざわざ自ずから私の前に現れたのだ。死にたいという意思表示と受け取ったが、相違ないか?」
「〈脱出王〉然り、お前らみたいな根暗のクズは殺せる内になるべく早く排除しときたくてね」
赤坂亜切。ホムンクルス36号。
「――ってわけで皆殺しだ。同じ光に灼かれたよしみだ、お姉(妹)ちゃんへの遺言くらいは聞いてやるから、諦める気になったら言ってくれ」
情念に猛る炎と変容しゆく無機の戦争。
時は禍時。これより戦場に変わる街の片隅で、捩れた運命は喰らい合う。
◇◇
491
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:29:52 ID:GmQ3YvAM0
異様な巨躯の女だった。
ひと目見た瞬間に、シャクシャインの背筋を冷たいものが伝う。
彼はアイヌの戦士。
物心ついた頃から野山を駆け巡り、自然とそこにある神秘に親しんで成長してきた野生児だ。
故に分かる。見てくれこそヒトの体を取っているが、本質は断じてそんなものではない。
これは神(カムイ)だ。世界に根付いた神秘が生き物の形を取った、自然の摂理そのもの。
だが彼らの大地に存在したものとは端的に言って格が違う。
神秘の衰退が進行しつつあった彼の時代よりも遥か以前に誕生し、異邦の神話で猛威を奮った本物だ。
何故こんな存在が聖杯戦争に呼び出されているのか、そこからしてシャクシャインには想像も付かない。
命知らずにも程がある――万一にでも零落の楔が抜ければ、ともすれば現行の世界を覆うほどの事態をもたらしても不思議ではないというのに。
「ほう、なかなかの色男じゃないか。噛み癖ありそうなのが難点だがね」
「雪原の女神(ウパシカムイ)に褒めて貰えるとは光栄だね。俺も男として鼻が高いよ」
さて、どうするか。
シャクシャインは苛立ちながらも考える。
間違いなくこれまでで一番の難敵だ。
逃走は期待できず、後ろで控える魔眼の男も嫌な匂いがする。
神と魔人。この二人を相手に、自分は足手まといを抱えながら対応しなければならない。
「――上等だ。流石にそろそろ、気兼ねなく斬れる相手が欲しかったんでね」
獰猛に牙を剥いて、凶念にて理屈を切り捨てる。
元より己は泣く子も黙るシャクシャイン。
カムイも恐れぬ、悪名高きアイヌの悪童。
イペタムを抜刀し、戦意を横溢させて受けて立つぞと宣言した。
刹那、彼の妖刀はそれでこそだと嗤いながら斬撃を迸らせた。
明らかに間合いの外にいる女神とそのマスターへ、距離を無視して殺到する禍津の銀閃。
数にして数十を超える逃げ場なき殺意の鋼網を前に、やっと女神が動く。
「ははッ、景気がいいね。アギリよ、アンタも気張っとけよ?
多少の面倒は見てやるが、手前の体たらくで死んでもアタシは責任持たないからな」
「気を張る、ね。はは。リップサービスが過ぎるんじゃないかい、アーチャー?」
彼女の行動は単純だった。
迫るイペタムの斬撃を、スキー板の一振りで文字通り一蹴する。
鎧袖一触。剣戟の数だけ命を啜る筈の死剣が、ただの一撃で粉砕された。
それに驚くでもなく、シャクシャインは前に出る。
妖刀を握る手は万力の如く力を込め、その膂力を遺憾なく乗せて放つ本命の剣閃。
技を力で補い、更に煮え滾る復讐心で異形化させた"堕ちた英雄"。
彼の剣は理屈ではない。考えられる限り、そこから最も遠いカタチでシャクシャインという英霊は成立している。
在るのはただ殺すこと。恨みを晴らし、思うがままに屍山血河を築くこと。
そのためだけに偏向進化した魔剣士の剣は故に読み難く、一度でも攻勢を許せば嵐となって吹き荒れる。
そんな彼を相手に、射撃を生業とするアーチャークラスが近接戦を挑むなど本来なら愚の骨頂。
間合いに踏み入らせた時点で致命的と言って差し支えないのだが、しかし――
「残念だけど格が違いすぎる。赤子の手を捻るようなものだろう」
憐れむようなアギリの台詞の通り、起きた結果は絶望的なまでに一方的だった。
492
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:30:37 ID:GmQ3YvAM0
「うーん」
荒れ狂うシャクシャインの剣が、一太刀たりとも通らない。
手数でも速度でも圧倒的に劣っている筈のスカディが、手にした板を軽く振るうだけでその全撃を無為にしている。
「速さは悪くないんだが、軽いな」
そう、あるのはただ単に力の差。
女神の優位を成立させる理屈の正体は、彼女が持つ圧倒的な筋力にあった。
A+ランクの筋力に加えて、巨人の外殻が持つ常軌を逸した対物理衝撃への耐性。
この壁をシャクシャインは超えられない。如何に数と速さで勝っていても、蜂の針では象の皮膚を破れないのだ。
「まさかとは思うけど、これで全力なんて言わないよねえ」
暫し不動のまま受け止めて、女神スカディは興醒めを滲ませて眉を動かした。
舐め腐った物言いにシャクシャインの矜持が沸騰する。
目に見えて斬撃のギアが上がり、ただでさえ超高速だったその剣がもはや目視不能の領域に達した。
並の英霊であれば、自分が斬られたことにさえ気付かぬまま全身を断割されていることだろう。
しかし相手はスカディ。アースガルドの神族達すら戦慄させ、恐怖させ、機嫌取りに奔走させた北欧きっての鬼女である。
躍るシャクシャインの凶剣を受け止めながら、遂に女神が一歩前に出た。
それだけで、一方的な攻撃により辛うじて保っていた均衡が崩壊の兆しを見せ始める。
斬撃の数がただの一歩、わずかに押しに転じられただけで半減し、逆にシャクシャインが一歩後ろへ下がった。
「あんまりヌルいことやってるようなら――こっちから行っちまうよ」
「ッ……!」
刮目せよ、女神の進撃が開闢する。
歩数が重なるにつれ、スカディの振るうスキー板が爆風めいた衝撃で次々剣戟を蹴散らし出した。
やっていることはシャクシャインのそれよりも更に、遥かに単純。
ただ握った得物を薙ぎ払っているだけであり、そこには技術はおろか、殺意の類すらまともに介在していない。
言うなれば寄ってくる鬱陶しい小虫を払うような動きで、しかし事実それだけでシャクシャインはあっさりと勢いを崩された。
分かっていたことだが、落魄れたとはいえ神の力は伊達ではない。
基礎性能からして違いすぎており、腹立たしいが正攻法での打倒は困難と見る。
シャクシャインは狂おしく怒る中でも冷静に脳を回し、ならばと次の手に切り替えた。
「舐めてんじゃねえぞクソ女。輪切りにして塩漬けにでもしてやるよッ!」
地を蹴り、加速し、場を廻るようにして縦横無尽に駆動する。
これによって斬撃をより多角的なものに変化させ、急所狙いで必殺しようという魂胆だ。
高速移動中の不安定な姿勢と足場では正確に剣を振るうなど困難に思えるが、そこは彼の相棒である妖刀が活きる。
イペタムは自らの意思で敵を刻む魔剣。担い手がどんな体勢、状況にあろうとも、勝手に命を感知して迸る死剣の業に隙はない。
そうして、戦場は剣の駆け回る地獄と化した。
文字通りあらゆる角度からスカディとアギリ、二体の獲物を目掛けて凶刃が襲いかかっていく。
眼球、首筋、蟀谷に喉笛、心臓に手足。斬られてはいけない箇所のみを徹底的に狙い澄ました貪欲の啜牙が雨となって吹き荒ぶ。
その壮絶な光景を前に、スカディの顔にようやく微かな笑みが浮かんだ。
493
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:31:27 ID:GmQ3YvAM0
「いいね、このくらいはしてくれなきゃ面白くない。
ヒヤヒヤさせないでくれよ、アヴェンジャー。危うく得物要らずで終わっちまうかと思ったじゃないか」
相変わらずスキー板で防御していた彼女が、何を思ったかその長大な盾を宙に擲つ。
当然、無防備な姿を晒す立ち姿へとイペタムの剣戟は殺到するが――
「今日は獣によく会う。猫の次は狂犬狩りと洒落込もうか」
次の瞬間、爆撃と見紛うような衝撃の雨霰が迫るすべてを撃滅した。
目にも留まらぬ速さで矢を番え、放ったのだと説明して一体誰が信じられるだろう。
少なくとも戦いを見ているしかない輪堂天梨には、とても信じられなかった。
それほどまでに速かったし、何より、矢と呼ばれる武器が生み出す威力をあまりに逸脱していたからだ。
「そぉら、逃げろ逃げろ! アタシの喉笛を食い破るか、アンタの脳天を撃ち抜くか、根比べと行こうじゃないか!!」
そんな矢が、惜しげもなく無尽蔵に放たれては世界を衝撃で塗り替えていく。
もはやスタジオは原型を留めておらず、直撃を避けても無体な衝撃波がシャクシャインの全身に損耗を蓄積させる。
チッ、と焦燥に溢れた舌打ちが響いた。根比べ自体は臨むところだが、今の彼には思う存分戦えない理由があったのだ。
「あ、アヴェンジャー……っ」
「喋るな。じっとしてろ、雑魚共」
輪堂天梨――ホムンクルス入りの瓶を抱いて、怯えたように蹲る彼女を守らねばならない。
スカディに相手のマスターへ配慮する優しさがあるとは思えなかったし、事実彼女の射撃は天梨の存在などお構いなしに放たれている。
これによりシャクシャインは攻勢を維持する以上に、天梨の防衛に神経を集中させる必要があった。
そして無論。そんな"無駄"を抱えて動く獲物は隙だらけであり、そこを見逃すスカディではない。
「ははははッ、アタシが言えたことじゃないが、サーヴァントってのは不便なもんだねぇ!
意外とお優しいじゃないか狂犬の坊や! そんなに刺々しく荒れ狂ってても、飼い主様が傷つくのは承服しかねるのかい!!」
「よく喋る婆様だなぁッ! 今に喉笛抉り出してやるからよ、大人しく待ってろやゴミ屑がッ!!」
辺り構わず弓を乱射する一方で、その中に狙いを定めた精密射撃を織り交ぜる。
シャクシャインが主を守るために動く一瞬の隙を、意地悪く突くように矢が迸っていく。
これをアイヌの狂犬は、イペタムの一振りで両断。
そうするしかないのだったが、弓射に優れた女神を相手にそれをやった代償は大きかった。
「ッづ――」
重い。想像を超えた衝撃に両腕の筋肉が悲鳴をあげ、ブチブチと危険な音を立てる。
それでも意地で叩き割りはしたものの、シャクシャインがそこで見たのはアルカイックスマイルを浮かべる女神の貌だった。
弱みを見つけた顔だ。
どうすれば目の前の獲物を狩り落とせるか、天啓を得た禍々しい狩人の表情があった。
本能的な怖気が走り、シャクシャインは決死の行動に出る。
「わ、っ……!?」
「掴まってろ。袖でも噛んどけ」
天梨をホムンクルスごと抱え、そのまま再び地を蹴ったのだ。
このまま逃げる選択肢もあったが、それは愚策と判断した。
何故なら、屋内にいた自分達を的確に発見し襲撃してきたことへの説明が付かないままだから。
494
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:32:19 ID:GmQ3YvAM0
「――正解だ。此処で逃走することに意味はない」
「ムカつくから喋んないでくれるかな。元を辿れば君の招いた事態だろ、クソ人形」
「貴殿の読み通り、赤坂亜切のサーヴァントは監視用の宝具を持っているらしい。
上空彼方に不審な魔力反応が確認できる。恐らく偵察衛星のようなものだろう。
少なくとも区内にいる限りは、奴らの追跡を逃れることは困難と見るのが賢明だ」
ホムンクルス36号の解析能力は、輪堂天梨の魔術を受けて"成長"してからというもの明らかな高まりを見せていた。
だから彼は気付ける。アギリのアーチャーが天に擁する、父神の双眼の存在に。
「……悪い冗談だな」
馬鹿げた組み合わせにシャクシャインは苛立ちを禁じ得ない。
強靭凶悪な狩人が、獲物の居所を探知する索敵宝具まで持ち合わせているというのだ。
こうなるといよいよもって腹を括る必要が出てくる。
少なくともこれまでのように、なあなあで茶を濁してどうにかできる相手ではないと判断した。
「あいつら、君を投げつけでもしたら満足するか?」
「望みは薄い。赤坂亜切は"我々"の中でも最も話の通じない殺人鬼だ」
「そうかよ。つくづくカスみたいな集団だなお前ら」
ホムンクルスにアサシンを呼ばせたとしても、あの髑髏面では大した足しにはならないだろう。
神との殺し合い自体は上等だが、荷物を抱えて戦うとなると話は別だ。
非常に旗色は悪く、厳しい。そしてこの相談も、すぐに物理的な手段で断ち切られてしまう。
「作戦タイムは終わったかい?」
スカディの剛弓が、破城鎚を遥か超える威力で閃いたからだ。
シャクシャインは回避に専念し、身を躍らせて何とか凌ぐ。
凌ぎつつイペタムを振るい、女神死せよと憎悪の凶刃を降り注がせた。
だが相変わらず、成果は芳しくない。無傷で佇むスカディの姿がその証拠だ。
弓という得物の弱点は、攻撃の合間に矢を番える動作が必ず挟まる点である。
どんなに類稀なる使い手であっても、そこで絶対に攻撃の流れが途切れてしまう。
されどスカディには、そんな子どもでも気付けるような弱点は存在しない。
というより、単純に素のスペックだけで克服してしまっているのだ。
思い切り速く番える、という子女の空想めいた所業で、実際にほぼ切れ目のない射撃体制を完成させている。
シャクシャインが跳ねるように駆ける。
これを時に追い、時に先回りして配置される巨人の剛射。
天梨は目を瞑り、必死に服の袖を噛み締めて耐えていた。
ジェットコースターの何倍も荒く激しい高速移動に相乗りしている状況だ、そうでもしないと舌を噛み切ってしまう。
(――――致し方ないな)
忌々しげにシャクシャインは眉根を寄せ、決断する。
瞬間、彼の戦い方が一気にその質を変えた。
495
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:34:24 ID:GmQ3YvAM0
「ん?」
スカディもすぐそれを見取り、声を漏らす。
もっとも、この変化にすぐ気付ける時点で彼女の戦闘勘の鋭さは凄まじいと言えよう。
何故なら変わったのはスタイルそのものではなく、放つ斬撃の性質だ。
今までは剣呑そのもの、復讐者の名に相応しい殺意満点の剣戟で攻め続けていたシャクシャイン。
しかし今、彼の剣は命を奪うよりも、相手を脅し縛るものへと姿を変えている。
言うなれば剣の檻だ。暴れる獣から逃げ場を奪い、抑え付けて型に嵌めるやり方。スカディのお株を奪う、"狩り"の手管である。
シャクシャインは誇りを棄てた者。堕ちた英雄、いつかの栄光の成れの果て。
彼にとっての誉れとは殺すことであり、その過程に固執する段階はとうに過ぎた。
だからこそ、彼が見出した活路はスカディの相手をしないこと。
その上で、彼女もまた抱えている"足手まとい"から斬り殺して陣営を崩そうという算段だった。
「……ああ、なるほどそういうこと。まあそっちの方が確かにクレバーさね、別に否定はしないが」
すなわち、標的はもはやスカディにあらず。
堕ちた英雄の妖刀が狙うのはその主、赤坂亜切。
妄信の狂人へと、怒り狂う呪われた魂が押し迫る。
女神の矢を躱し掻い潜りながら、衝撃波の壁を蹴破って。
いざアギリの全身を断割せんと、血啜の喰牙が襲いかかる――
「そんな浅知恵がうまく行くと本気で思ってんなら、アタシのマスターを舐め過ぎだよ」
――寸前で、シャクシャインの視界は一面の業火に塗り潰された。
「ッ、ぐ、ォ……!?」
赤坂亜切は、炎を操る魔眼を遣う。
その情報は、既に確認済みの筈だったが。
(ち――ッ、こいつは、不味い……!)
だが火力の次元が想定を超えている。
スタジオの壁を破って襲撃してきたあの一撃など、アギリにとっては児戯に等しいものだったのだ。
それは彼のみならず、アギリを知る筈のホムンクルスにとっても誤算だった。
破損した魔眼は、とうに馬鹿になっている。
視認するだけで命を奪う必殺性も精密性も、もはやない。
今のアギリはただ単に、己を火種として一切合切焼き尽くすだけの傍迷惑な放火魔だ。
しかし魔眼も担い手も狂っているが故に、そこから出力される熱量はかつての彼の比でなかった。
「とくと味わえよ、ホムンクルスとその走狗ども。
記念すべき最初の脱落者になるだろう君らには、いっとう惜しみないのをくれてやる」
あらゆる命の生存を許さない、葬送する嚇炎の大瀑布。
火炎でありながら激流の如く押し寄せるそれは、炎という性質も相俟って力技で押し退けるのは困難な災害だ。
よってシャクシャインは、踵を返して退くしかない。
496
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:34:58 ID:GmQ3YvAM0
「――よう、どこに行くんだい色男」
しかしそんな真似をすれば、袖にされて怒り心頭な女神の殺意に追い付かれる。
迫る炎を前にして、腕の中に要石を抱え、不自由な身で奔走するしかない憐れな狂犬の。
「上等だと抜かしたのはアンタだろう? なら男らしく最後まで踊ってみせてくれよ、なぁッ!」
「ごァ、がッ……!!」
その側頭部を、スキー板の一撃が打ち据えて荷物ごと地面へ叩き落とした。
これで今度こそ、もう完全に逃げ場はない。
見下ろすふたり、四つの視線が、ひとつの運命の終わりを酷薄に告げる。
(畜生、が――――――)
天梨が何かを叫んでいた。
刹那、五体に力が漲る。
だが間に合わない。すべては遅きに失していた。
すべてが炎に呑まれていく。
狂おしい熱の世界に、流されていく。
こうして呆気なく、天使の軍勢は敗北したのだ。
◇◇
息が切れていた。
身体中が痛い。うう、と声を漏らしながらのたくるように身を捩る。
全身から滲んだ脂汗が服と擦れて気持ちが悪い。
這いずりながら、煤と汗で汚れた顔を拭った。
視界が晴れる。その向こうに、誰かが立っていた。
「やあ。アヴェンジャーに感謝した方がいいよ、アイドルは顔が商売道具なんだろう?」
声を聞いた瞬間、比喩でなく全身が総毛立つ。
途端に焦って空を抱き、あ、あっ、と情けない声をあげた。
我が身が可愛いからではない。腕の中に抱いていた筈の瓶が、どこかに失せてしまっていたからだ。
497
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:35:48 ID:GmQ3YvAM0
「ほむっち……!」
「"ほむっち"? なに、君アレのことそう呼んでるの?
笑えるなぁ。あんな根暗を捕まえて親愛を見出すなんて、もしかして君変態?
一度でもあのへそ曲がりと絡んだら、とてもそんな気にはならないと思うんだけどなぁ」
よれたダークスーツを着た、華奢な青年だった。
若白髪の目立つ黒髪を熱風に遊ばせながら、糸目の底から鋭い眼差しを覗かせて天使と呼ばれた少女を見下ろしている。
赤坂亜切。はじまりの六凶のひとりにして、ホムンクルス曰く、最も話の通じない殺人鬼。
そんな男が今、這い蹲った輪堂天梨の前に立っていた。これほど分かりやすい"詰み"の光景が、果たして他にどれほどあるか。
「輪堂天梨。注視してはいなかったが、黙ってても聞こえてくる名前だったからよく覚えてるよ。
いやはや、まさか天下に名高い炎上アイドル殿がガーンドレッドの人形と付き合ってるとはね。俺に言わせればすぐ股開く以上の幻滅案件だ」
ほむっち、ほむっち――
譫言のように呟きながら辺りを探る天梨の脇腹を、革靴の爪先が蹴り飛ばした。
「ぁ、ぐ……!」
打ちのめされるその身体には、驚くべきことにアギリの炎による損傷がほぼない。
煤に汚れてこそいるものの、彼の禍炎に焼かれた形跡は皆無と言ってよかった。
理由は単純だ。炎の津波がシャクシャインを包む寸前、堕ちた英雄は己が主を文字通り投げ出した。
彼の火の蹂躙を避け、なんとか目先の生だけは繋げた無力な娘。
蹴りつけられた彼女の視線が、ホムンクルスに先んじて己が相棒の姿を視界に捉える。
シャクシャインは、天梨にとって常に恐るべき存在であった。
堕落へと囁きかける悪魔。復讐に猛り、和人を憎む疫病神。
何度その声に心を揺らされたか、黒い炎を煽られたか分からない。
けれど、誰も灼かない日向の天使にとっては彼もまた尊び重んじるべき隣人で。
だからこそ……視線の先に捉えた姿には、ひゅっと息を呑むしかなかった。
「あ……ゔぇん、じゃー……っ」
片膝を突いて、息を切らしながら、天梨の悪魔はそこにいた。
右半身には赤く爛れた火傷の痕が痛ましく広がっている。
銃創を作って帰ってきた時とは比にならない被弾の痕跡が、彼の逞しい身体に刻まれているのを認めた。
「心配しなくても、彼も君の友達もすぐに殺してやるさ。
とはいえ、少しばかり興味はあってね。君、察するにホムンクルスが見出した〈恒星の資格者〉ってヤツだろう?
いやはやまったくがっかりだよ。気に食わない連中とはいえ、まさかそこまで終わり果てた思考に至る奴がいるとは思わなかった。
真の恒星はただひとつで次善も後進もありはしない。"彼女"を知っていながら、そんな当たり前すら分からない莫迦がいるなんて……情けなくて涙が出そうだ」
アギリの言葉はろくに耳に入らなかった。
痛む身体を引きずって、彼のところに這いずっていこうとする。
その左手を、悪鬼の靴底が容赦なく踏み抜いた。
498
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:36:44 ID:GmQ3YvAM0
「ぎ、ぃぃいいいっ……!」
「あれ、みなまで言わないと分かんない感じ? あのさ、要するにムカついてるんだよ僕」
指が奇怪な音を立てている。
小枝を踏み締めるような、発泡スチロールを握り砕くような。
悶える天梨を足蹴にするアギリの顔は、恐ろしいまでに冷めていた。
とてもではないが嚇炎と恐れられた男のそれとは思えないほどの、冷たい殺意がそこにある。
「運命っていう言葉を軽々しく使うやつは性根が卑小な屑野郎だ。
あの日あの時あの街で、僕らは同じ奇跡に出会いそして散ったんだよ。
言うなれば運命共同体なのさ。なのにいかがわしいまがい物に傾倒してるカスがいると来た」
〈はじまりの六人〉とひと括りに呼んでも、彼らの信奉のかたちは多岐に渡る。
赤坂亜切は狂信者だ。彼ほど純粋に祓葉を尊んでいる存在は他にいない。
つまり彼こそが最右翼。他の恒星など決して許さない、地獄の獄卒だ。
「た、ぅ……け……っ」
「"たすけて"? そこは恐怖なんて感じずに、微笑んで語りかけてくるべき場面だろうがよッ。えぇ?」
助けを乞うてしまった天梨は責められない。
が、シャクシャインの救援は臨めない状況だった。
スカディが目を光らせているし、令呪を使ってこれを打破しようにも、アギリの足は頼みの綱の刻印を踏み締めている。
もし天梨が令呪を使う素振りを見せたなら、アギリは瞬時にこれを踏み砕くだろう。
つまり、彼女は完膚なきまでに詰んでいた。
嚇炎の悪鬼に隙はない。祓葉との再会を後に控え、最高峰に昂ぶっているアギリの脅威度は先刻の暴れぶりが可愛く見えるほどだ。
「はぁ、もういいよ君。心底興醒めだわ」
所詮はホムンクルス、生まれぞこないの奇形児が見た白昼夢。
みすぼらしいハリボテの神輿などこんなものだ、聖戦の前座に添える価値もなかった。
アギリの魔眼に光が灯り始める。熱は全身に横溢し、天使に送る火葬炉を構築した。
「燃え上がるのが好きなんだろう? だったらとびきりのをくれてやる。
僕らの光を僭称した罪、君らしく火刑で償うといい」
まがい物の星を焼き殺したら次はホムンクルスだ。
同じ運命に巡り会った幸運をその手で汚した罪は実に重い。
瓶から引きずり出して、末端から少しずつ炭に変えてやろう。
そう思いながら、いざすべてを終わらせようとして。
そこで――
「にげ、て……アヴェン、ジャー……っ」
アギリの眉が、微かに動いた。
些細な違和感に気付いたように。
499
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:37:24 ID:GmQ3YvAM0
「はや、く……。令呪を、もって、命じ――」
「させるわけないだろ」
「う、ぁ……!」
足に力を込めて、天梨の行動を阻害する。
既に骨のひび割れる音が明確に響き始めていた。
だというのに、足元の娘は泣き濡れた瞳でアギリではないどこかを見ている。
炎に灼かれて跪き、狩人の殺意に抗い続けている己が相棒だけを見つめて。
「……だめ、だよ……。こんなところで、終わったら……」
何かよく分からないことを囀るこれに価値などない。
早く燃やしてしまえばいい。誰より自分がそう理解している筈なのに、ああ何故。
「――――――――?」
何故自分は、炎を出すのを渋っている?
「わたしも、あなたも……」
この矮小な命ひとつ踏み潰すことに、何を躊躇っているのだ?
「い、やだ…………」
死にかけの地蟲のように小さくのたくりながら、哀れな言葉が漏れる。
「しにたく、ない………終わりたく、ない………わたし、まだ…………」
誰がどう見ても死にかけ、終わりかけの命。
鼓動はか細く、呼吸は消え入りそうで、いっそ笑えてしまうほど。
だというのに、存在感だけで言えば天梨は現在進行形でその最大値を上乗せし続けていた。
膨れ上がっていく。偽りの星、燃える偶像の輝きが、臨界寸前の融合炉のように増大していくのが分かる。
ならば尚のことすぐに殺すべきなのは明白だったが、アギリは訝るようにそれを見下ろしていて。
「………………なんにも、やりたいこと、できてない…………!」
葬儀屋が晒したらしからぬ逡巡。
それが、神話の流れ出る隙を生んだ。
「なに……?」
アギリの口から、とうとう動揺(それ)が声になって漏れる。
踏みしめている少女の背から、機械基盤を思わせる魔術回路が拡大した。
500
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:38:19 ID:GmQ3YvAM0
だが、赤坂亜切が声まであげて驚いた理由はそこではない。
彼はそんなもの見てすらいない、目に入ってなどいない。
「馬鹿な――――あり得ないだろ、なんだこれはッ」
アギリは天梨から足を退け、たたらを踏んで後ずさる。
顔は驚愕に染まり、壊れたる魔眼がわなわなと揺れていた。
信じられないものを見た、いや、"見ている"ような顔で、葬儀屋は震える口より絞り出す。
「点数が、上がっていく……! 一体、どこまで……ッ!?」
赤坂亜切は家族に、正しくは女きょうだいというものに執着している。
生まれる前に引き離された半身。誰を殺しても消えることのなかった喪失感。
二十余年抱いてきた虚無感は、運命の星と出会い爆発した。
求めるものは唯一無二の半身。アギリは常にそれに焦がれているから、運命を知った今も習性として計測を続けずにはいられない。
すなわち、姉力と妹力。
彼の独断と偏見を判定基準として行われる適性試験である。
当然、輪堂天梨も女である以上強制的に試されていた。
しかし点数は見るも無残。〈恒星の資格者〉などという分不相応な増長を見せていたことが大きな減点事由となったことは言うまでもない。
哀れ不合格。恒星の資格なぞ、あるわけもなし。
よって末路は焼殺以外にあり得なかったが、点数記載済みの答案用紙が光と共に書き換わり始めた。
姉力、妹力、共に爆発的な加算を受け数値上昇。
脳細胞が狂乱し、心臓は瞬間的な不整脈さえ引き起こす。
(見誤ったってのか、この僕が……?!)
神寂祓葉以外に、己の半身は存在し得ない。
そう信じながらも、何故か止められなかった姉/妹の判定作業。
祓葉こそは至高の星で、その資格を他に持つ者などいる筈がないと断じた言葉がブーメランになって矜持を切り裂く。
誰より激しく祓葉に盲いた彼だからこそ衝撃はひとしお。
真実、この都市で負ったどの手傷よりも巨大な一撃となってアギリを打ち据えていた。
されど、天梨はそれを一瞥すらせず。
地に臥せったままの状態で、両手を突いて復讐者を見つめる。
広がる羽は神秘を体現し、聖性のままに少女は祈る。
ただし、それは――――
「あ、ゔぇん、じゃー……」
痛い。苦しい。
死にたくない――まだ終わりたくない、こんなところで。
501
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:39:13 ID:GmQ3YvAM0
それは少女にとって、生まれて初めて抱く我欲だったのかもしれない。
輪堂天梨は一種の破綻者だ。玉石混交の人界を生きるには、彼女はあまりにも優しすぎる。
シャクシャインという憎悪の化身を従えながら、一ヶ月に渡り変心することなく耐えられていた時点で異常なのだ。
不幸だったのは、そんな素質を持ってる癖に、心だけは人間らしい柔らかなものを持っていたこと。
だから誰かの助言がなければ、自分のために怒るということすらできなかった。
自分が感じた不服を言葉にして表明することを"大きな一歩"と思えてしまうほどに内省的な少女。
そんな彼女は本物の死に直面し、此処でまたひとつ、人として当然の感情を知ることができた。
"死にたくない"。
"終わりたくない"。
輪堂天梨にとって、此処数ヶ月の人生は悲しみと恐怖に満ち溢れたものだったけれど。
それでも、いいやだからこそ、今日という一日は本当に楽しかったのだ。
だってライバルができた。対等に話し合える素敵な友達ができた。
死んでしまったら、もう戦えない。終わってしまったら、もう話せない。
そして――大嫌いでしょうがない自分のために、あんなボロボロになって戦う彼を救ってあげることも、もうできない。
最初は、怖くて怖くて仕方なかった。
事あるごとに殺せ殺せと囁いてくるのは鬱陶しかった。
だけど、過ごしている内に分かってきた。
その深海よりも深い憎悪の沼の底には、きっとそれよりも尚底の知れない"哀しみ"があることが。
地獄には堕ちたくない。
天使のままで、生きていたい。
でも、ああでも、すべてを失ってしまうのならば。
運命も、友も、相棒も、夢も、何もかも此処で炎の中に溶けてしまうというのなら……
「いいよ……」
抱いた決意が、悪魔との決戦で萌芽した超然を遥かの高みに飛翔させる。
淡く輝く回路の翼が、刹那だけ、赤色矮星を思わす極光を放つ。
彼女は誰も灼かない光。愛されるべき光。その在り方が歪めばすなわち、光は封じられていた第三のカタチを取り戻す。
光とは照らすもの。
温め、癒やすもの。
――灼き尽くすもの。
「あなたのために、そして……」
ううん。
それだけじゃない。
嘘は吐きたくなかった。
だって今、天使(わたし)の中にあるのは思いやりだけじゃない。
ぐるぐると渦巻いて、封じ込められてた黒色が終わりを拒む願いと共に回路へ混ざる。
「私のために――――――――燃やして、全部」
告げられた言葉と共に、いざ、都市(ソドム)の定石は変転した。
「【受胎告知(First Light)】」
聖然とした祈りが、ただひとりの相棒のために捧げられる。
彼は剣。天使を蝕みながら、しかし同時に守る懐剣だ。
少女が初めて、天/己の意思として彼へ捧げたその祈りは。
光景の神聖さとは裏腹の、禍々しい災害を呼び出した。
◇◇
502
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:39:59 ID:GmQ3YvAM0
スカディの眼が、明確にその色を変える。
圧倒的優位に立ち、目の前の主従を殺戮する筈だった女神が今。
たかだか島国の片隅で生まれ落ちた狂戦士を前に、確かな危機の気配を感じていた。
「――つくづく面白い街だねぇ。どいつもこいつも驚かせてくれるじゃないか」
膝を突いていた復讐者が、目の前で緩やかに立ち上がる。
彼の総身からは、炎が立ち昇っていた。
アギリのような赤く燃える紅蓮ではない。
絞殺死体の鬱血した死に顔を思わせる、毒々しい真紫色。
しかし近くで見ると、その表現もまた間違いだと分かる。
様々な色の絵具を混ぜると黒に近付いていくように、数多の毒や病が混合し絡み合った結果たまさか紫色に見えているだけに過ぎない。
「死毒の炎か。しかもそれ、自分を火種に生み出してるね。
ウチのアギリと同じ原理だが……驚きを通り越してちょっと引いちまうよ。
如何に英霊とはいえ、人間のたかだか延長線。そんな霊基でよくその地獄に耐えられるもんだ」
人間を殺すには過剰と言っていい死の毒。
体内を今も駆け巡るそれが、炎となって立つ魔力に滲み出しているのだ。
当然、扱う側は地獄と呼ぶのも生ぬるい苦痛に襲われる筈。
なのに二本の足で立ち、剣を握り締める堕英雄(シャクシャイン)の姿に翳りはなく。
その姿をスカディは惜しみなく、勇士として称賛する。
「敵ながら天晴だ。形はどうあれ好きだよ、そういう雄々しさってヤツはね」
惜しみない喝采を送り、そして殺そう。
刈り取ってやろうと笑う女神に対し、青年は静かだった。
「さあ来なよ、アヴェンジャー。お姫様の望み通り、存分に狂犬の勇壮を――」
「ごちゃごちゃうるせえ」
一蹴と共に、俯いて隠れた目元から紫炎の眼光が鈍く煌めく。
燃え盛る蝦夷の産火は、祝い事とはかけ離れた憤怒の一念に燃えていた。
ザ、と動く足。一歩前に出るそれだけで大気が死に、彼の炎に中てられていく。
望んだ瞬間、その筈だ。
輪堂天梨が自らの意思で破局を望み、己に悪魔たれと希う日をずっと待ちかねていた筈だった。
なのに何故だ、苛立ちが止まらない。
脳の血管が比喩でなく何本も千切れているのが分かるのに、それと裏腹に思考はクールでさえあった。
それは彼が今抱く感情が、不倶戴天の敵である和人達へ向けるのとは意味の違う怒りであることを物語っている。
503
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:40:37 ID:GmQ3YvAM0
「俺は今、最悪に機嫌が悪いんだよ」
ああ――認めよう。最悪の気分だ。
待ち侘びていたご馳走に、目の前で泥をぶち撒けられたように心が淀んでいる。
これは俺と彼女の対決だ。
そこに割って入った無粋な異人ども。
こいつらの手で、火は灯されてしまった。
天使は穢されたのだ。
願い求めた純潔から滲む破瓜の血が、今全身を駆け巡りながら己に力を与えていると考えるだけで腸が煮えくり返る。
要らないことを吹き込んだホムンクルスにも、対抗馬気取りで意気がっている悪魔の少女にも腹は立っているが、目の前のこいつらに対するのはその比でない。
そして何より腹が立つのは――輪堂天梨をそうさせた祈りの中に、自分への哀れみが含まれていたその事実。
契約で繋がれたふたり。
だからこそシャクシャインには、分かってしまった。
天梨の背中を押した最後のきっかけは、みすぼらしく傷ついた自分の姿であると。
彼女は和人だ。憎むべき、恥知らずどもの末裔だ。
その中でひときわ大きく輝く、稀なる娘だった。
殺すのではなく、穢さねばならないと思った。
この光を失墜させることができたなら、それ即ち大和の旭日を凌辱したのと同義だ。
天使を堕とし、聖杯を奪取して、すべての和人を鏖殺して死骸の山で哄笑しよう。
そうすればこの胸の裡に燃える黒いなにかも、少しは安らいでくれるだろうから。
だから囁いた。
幾度でも悪意をぶつけ、地獄へ誘って嗤ってきた。
天使を堕落させるのは、かつて和人(こいつら)に穢された自分の声であろうと信じて。
そうしてようやく踏み出させた最初の一歩が、これだ。
無様に焼かれ、痛め付けられ、地に跪いた自分の姿が。
そんな生き恥が、これまで手がけてきたどの工程よりも強く天使の背を押した。
念願は叶った。輪堂天梨は他の誰でもない自分の意思として、俺に命を燃やせと命じたのだ。
「――――ふざけやがって。てめえら全員、欠片も残らず焼き滅ぼしてやる」
生涯二度目の屈辱に狂鬼の相を浮かべ、シャクシャインは炎の化身と成った。
それこそ赤坂亜切の戦闘態勢のように、全身から紫の毒炎を立ち昇らせて。
あらゆる負傷と疲労、痛みと理屈を無視し、雪原を汚染する猛毒の写身として立ち上がる。
504
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:41:53 ID:GmQ3YvAM0
泣き笑いのように祈る声を覚えている。
いいよ。燃やして。あなたのために、私のために。
違う。俺が望んだのは、こんな情けない運命などではない。
死ぬほど腹が立つのに、その何倍も遣る瀬なくて。それが怒りを止めどなく膨れ上がらせていく負の無限循環。
魔剣の刀身さえもが、死毒の業火に覆われる。
地獄の魔神めいた姿になりながらも、彼の姿はどこまでも雄々しく勇猛だった。
当然だ。これは善悪、害の有無で区別するべきモノに非ず。
目の前のスカディがいい例だ。雪原の女神は矜持を持つが、しかし足元の犠牲になど気を配らない。
醜悪であり美麗。禍々しくも雄々しく、灼熱(あつ)いのに冷たくて、悍ましいのにやけに哀しい。
人智を超えた者はどこかで必ず矛盾を孕む。衆生を救う慈悲深い人外が、捧げられた生贄を平然と平らげるように。
だからこそ、ヒトは彼らを畏れた。
そしてかの北の大地では、畏怖と敬意を込めてこう呼んだのだ。
神(カムイ)、と。
「……相分かった。君が望むなら、魅せてやろう」
英雄・シャクシャインは裏切りの盃に倒れた。
気高い勇姿は醜く穢され、もう戻ってくることはない。
これは悪神だ。
ヒトから自然の世界へと召し上げられた祟り神だ。
神性など持たずとも、彼の在り方、その炎は彼がそうであることを力で以って証明する。
「しかと見ろ。見て、その網膜に焼き付けろ」
――――ああ。
俺は、本当に美しいものを見た。
認めよう。
お前は、この薄汚れた大地を踏みしめる誰よりも美しい。
ホムンクルスの言葉は、実際正しいよ。
君はもっと怒っていいし、呪っていいだろ。
なのになんでそうやっていつまでも笑ってられるんだ。
〈恒星の資格者〉。奴らのノリに乗るのは癪だが、確かに言い得て妙だろうさ。
少なくとも俺は、君以上に星らしい在り方をした人間を知らん。
そしてだからこそ俺は、君に勝たなきゃいけない。
そうでなくちゃ俺の魂は、決して報われないんだよ。
故にしかと見ろ。そして焼き付けろ。
美しい君に、ずっと魅せたかった己(オレ)の憎悪のカタチ。
「これがお前の絶望――」
目の前の女神などどうでもいい。
すべては塵芥。殺し排するべき虫螻の群れ。
いつも通りだ。でもその中で、相変わらずひとりだけが眩しかったから。
他の誰でもない宿敵(きみ)へと、俺は告げよう。
地獄の底から、天の高みまで貫き穿つほど高らかに。
されど思いっきり、見るに堪えず目を潰したくなるほど醜悪に。
「――――メナシクルのパコロカムイだ」
刹那、穢れたる神は君臨した。
505
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:42:42 ID:GmQ3YvAM0
暴風のように吹き抜ける、死毒の炎。
あらゆる悪念を煮詰め醸成したような高密度の呪詛が、高熱を孕んで炸裂する。
『死せぬ怨嗟の泡影よ、千死千五百殺の落陽たれ(メナシクル・パコロカムイ)』。
シャクシャインの第二宝具。すべての誉れを捨て、沸き立つ憎悪に身を委ねた復讐者の肖像。
女神、狂人、上等だ。
もの皆纏めて滅ぼしてやる。
お前らすべて、この憎悪(ほのお)の薪になれと。
撒き散らされる破滅の嚇怒と共に、天使の剣が唸りをあげた。
◇◇
「ッ、ぐぅ――――!?」
次の瞬間、まず響いたのはスカディの驚愕の声だった。
咄嗟に受け止めたスキー板、それどころか握る両腕さえも軋みをあげる。
想像の数倍に達する膂力で振るわれた魔剣の斬撃が、彼女に初の後退を余儀なくさせた。
苦渋に、引き裂くような笑みを浮かべる女神だが。
穢れたる神(パコロカムイ)はお怒りだ。
その間にも彼の妖刀は、目視し切れない数の後続を用立てていた。
四方八方、百重千重。隙間なく殺到する剣戟の火花がスカディの肌を裂く。
刹那、押し寄せる激痛は先刻受けた〈天蠍〉の毒にも何ら劣らない壮絶なものだった。
血液を、細胞を、筋肉までもを一秒ごとに毒の塊に置換されている気分だ。
いやそれどころか、不変である筈の神の玉体が腐り落ちていく感覚さえある。
これが比喩で済むのは、ひとえに彼女が神霊のルーツを持つ存在だからに他ならない。
「や、る……ねぇッ!」
スカディは反撃の矢を放ち、とうとう本気のヴェールを脱いだ。
威力は据え置き、だが狙いの正確さと弾速が先の倍を超えている。
先ほどまでのシャクシャインなら、為す術もなく早贄に変えられていただろう。
だが。
「邪魔だ」
シャクシャインはこれを、刀の一振りで叩き落とした。
余波で生まれた炎が、イチイの矢を瞬く間に汚染された黒炭へと変えていく。
膂力も、放つ魔力も、いいようにやられていた時の比ではない。
506
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:43:34 ID:GmQ3YvAM0
スカディの眼は、彼に起きている変化の正体を正確に看破する。
気合? 根性? 違う、断じてそんな浮ついた話などであるものか。
アイヌの堕英雄を文字通りの神に達する域まで高めあげている道理の正体。
それを彼女が理解すると同時に、その片割れの声が上ずって響いた。
「君が、やったのか……?」
アギリの眼には、シャクシャインのステータスが見えている。
端的に言って別物だった。あらゆる数値が劇的に上昇し、その霊基が今や神代に出自を持つ己が女神に比肩し得る性能に達していると告げている。
詰みを覆し、互角の状況にまで押し返した劇的なまでの逆転劇。
なまじ"こういう光景"に覚えがあるからこそ、アギリは動揺も狼狽も隠せない。
そう、彼だけは決して素面でなど受け流せないのだ。
祓葉へ誰より強く懸想する彼が――そのデジャヴを無視できる道理はないから。
対する天梨は、息を切らしたまま、朦朧とした眼差しでシャクシャインの戦いを見つめていた。
そこに宿る感情の意味を理解できるのは彼女だけ。
薄く涙を滲ませたままの瞳で、這い蹲ったまま、翼を広げて自らが招いたちいさな破局を観る。
「……………………ごめんね」
意識があるのかないのかも判然としない口が零した声に、アギリは背筋の粟立つ感覚を禁じ得ない。
悪寒。高揚。それとも別な何かか。分からないし、分かってはいけないと思った。
理解してしまえば帰れなくなるというらしくもない後ろ向きな予感が込み上げた瞬間、葬儀屋は舌打ちと共に回路を駆動させる。
冷静になれ、こんなまやかしに惑わされるな。
至上の光はただひとつ。奉じるべき星もただひとつ。
なればこそ、目の前の得体の知れない何かは塵として燃やし葬るべきに決まっている。
そう考えるなり、アギリはすべての傲りを捨てて破損済の魔眼を輝かせた。
刹那起動するブロークン・カラー。覚醒したとはいえシャクシャインはスカディの相手で忙しく、無力な少女を守れる余力はない。
よって生まれたての光はそれ以上強まることなく焼き尽くされる……その予定調和に否を唱える声がもうひとつ。
「――――解析、並びに介入完了。
もう一度言うぞ、"見違えたな"。以前の貴様ならば、私ごときに介入を許すほど愚鈍ではなかったろうに」
己の口で紡がれた、無機質な声。
共に、今まさに天使を焼き尽くさんとしたアギリの魔眼が誤作動を起こす。
次の瞬間、彼を襲ったのは回路の熱暴走とそれがもたらす激痛だった。
507
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:44:20 ID:GmQ3YvAM0
「ッづ……ぉ、ぉおッ!?」
ホムンクルス36号は自発的に魔術を行使できない、そういう風に造られた存在だ。
だが解析に関しては元々、生半な魔術師を凌駕する機能性を秘めていた。
だからこそ煌星満天を見初めた正真の悪魔の嘘も見抜けたし、彼らとノクト・サムスタンプの内通も見抜くことができたのだ。
そんなホムンクルスは既に、天使の光を浴びている。
彼の生みの親が許す筈もない"成長"すら果たした彼の機能は、ガーンドレッドの小心を超えて拡大していた。
解析能力。それに加え新たに得たのは、解析したモノに対して自らの思考を挟み込み、介入し掻き回す情報侵食(クラッキング)。
ガーンドレッドのホムンクルスは無垢にして無能。前回を経験しているからこその先入観が、嚇炎の悪鬼に隙をねじ込む。
「が、ぁ……! てめえ……クソ人形……ッ!」
「貴様といいノクト・サムスタンプといい、ある意味感謝が尽きんよ。
サムスタンプは憎悪を教えてくれたが、貴様も私に感情を教えてくれるのか。
ああ。実に、実に胸がすく気分だ。友が宿敵を驚かせ、唸らせる光景というのは――悪くなかったぞ」
本来、一級品の魔眼は簡単に介入などできる代物ではない。
だが赤坂亜切の魔眼は既に壊れている。
破綻し、崩壊し、売りだった精密性をすべて攻撃性に回した成れの果てだ。
直接戦闘を可能にした代わりに、精彩を著しく欠いたブロークン・カラー。
他者加害の形に最適化された宝石は、対価として拭えぬセキュリティホールを抱えた。
だからこそホムンクルスの一矢は成ったのだ。魔眼の無力化とまでは流石に行かずとも、これで少なくとも向こう数分の間は、アギリはまともに嚇炎を遣えない。
「善因善果、悪因悪果。
仏の教えに興味などないが、なるほどそういうこともあるらしい。
年貢の納め時だ、赤坂亜切」
ホムンクルスは悪意を識らぬ。
だが、今の彼の言葉は限りなくそれに近かった。
競い合い、殺し合った旧い敵に向けるこれ以上ない意趣返し。
「我々の勝ちだ。妄信の狂人よ、せいぜい地獄から我らの聖戦を見上げて過ごすがいい」
508
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:45:07 ID:GmQ3YvAM0
――スカディとシャクシャインの激突は、早くも最高熱度に達しつつあった。
圧倒的な性能で上を之かんとするスカディに、追い越さんばかりの勢いで喰らいつくシャクシャイン。
放たれる弓を、振るわれる暴力を、万物万象死に絶えろと祈る死毒の炎が穢し抜くことで撃滅する。
さしものスカディも、こうなってはもう不動を保てない。
頻繁に位置を変え、時に前進し時に後退しながら、天使の祈りを授かって躍る穢れたる神と息の詰まるような交戦を続けていた。
死と死、殺意と殺意の応酬。
飛び交う一撃一撃が比喩でなく致死。成り立つ筈のない交戦を、天使の加護と復讐者の執念が可能とさせている。
【受胎告知(First Light)】。それは一言で言うなら、彼女が既に覚えていた感光(コーレス)の強化形だ。
与える加護の範囲を絞る代わりに、等しく照らすのとは次元の違うレベルの強化を与える。
それが、アイヌの堕英雄が北欧の巨人女神と互角に殴り合うという異常事態を成立させる理屈の正体だった。
勝って、負けないで、生きて、笑って――
あらゆる祈りが一点に束ねられ、祝福となって突き動かす。
何も灼かず傷つけないという、元ある天使の在り方から"一歩"踏み出した光のカタチ。
恒星の熱量を有する器が放つ本気がどれほど強いかは、神寂祓葉を知る者なら誰でも理解できるだろう。
そこに理屈はあるが、限界はない。
言うなれば究極の理不尽だ。彼女たちは世界に散りばめられた神明の器。抑止力さえ認める、世界を如何様にでもできる素質の持ち主。
輪堂天梨はこの時、他の候補者に先んじてその可能性を体現していた。
パコロカムイの炎は、その猛毒は、神をも穢す熱となって巨人の暴威と真っ向から拮抗し続けている。
「熱いね、アツいねぇ――――唆らせるじゃないか、もっと猛ろよおいッ!」
「黙れ、死ね。喋るな糞が、今すぐハラワタ穿り出して踏み潰してやる」
雪と炎。真の神性と偽神の瞋恚。
ぶつかり合う度に景色が、背景に変わって散っていく。
スカディは毒に、シャクシャインは暴力に冒されているが共に気になど留めない。
剣と矢。
自然を、世界の理を知るふたりが共に最短距離で殴り合う。
地面を、周囲を、微塵に砕きながら冷気と熱気を入り混じらせる。
片や腐敗。片や狩猟。死と生は共に相容れず、だからこそ戦況の過熱に歯止めは存在し得なかったが。
ことこの状況に限って言うならば、その手段を持っているのはホムンクルスの側だった。
「……チ。間に合わなかったか」
言葉とは裏腹に、どこか歓迎するように笑うスカディ。
次の瞬間、彼女の右手は飛来した一本の矢を掴み取っていた。
「呆けてんなよアギリ。今度こそ気引き締めな」
そう、彼女だけはこの狩りに時間制限があることを認識していたのだ。
『夜天輝く巨人の瞳(スリング・スィアチ)』。
広範囲の索敵機構である第一宝具を持つスカディは、最初からこの場所に向け移動してくる英霊の姿を認めていた。
509
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:45:45 ID:GmQ3YvAM0
それまでにシャクシャインを狩ってホムンクルスを討つ算段だったが、結果はご覧の通り。
天梨の祈りと、これがもたらしたシャクシャインの覚醒。
怒り狂う狂獣に手を拱いている内に、いつの間にかタイムオーバーを迎えてしまったらしい。
時間超過の代償は嵐。遠くの方に浮いていた黒雲は、災いの風を運んでくる。
「さもないと、アンタでも余裕で死ぬぞこりゃ」
からからと笑う声が響いた刹那。
ビル群の隙間を縫いながら、百では利かない数の剛矢がアギリとスカディの両者に殺到した。
苛立たしげに眼を押さえ、血涙を流すアギリが飛び退く。
スカディが矢を放ち、彼を狙った矢雨をねじ伏せた。
射撃の精度は彼女から見ても一級品。一撃一撃の威力なら自分には到底及ばないが、精度なら上を行くだろう。
いやそれよりも。この矢に宿る、神核を震わせるような威圧感と荘厳さは……
「ほぉう。今度は本物か」
神。シャクシャインのような贋物とは違う、正真正銘の高き者。
スカディが看破するや否や、羽々矢の主は颯爽と炎の覆う戦場に参上した。
「――――おい、ホムンクルス」
上品だが身軽そうな直衣。
少年でも少女でも通るような、中性的で、雄々しくも美しくもある絶世の美貌。
片手に握るは天界弓。相手がスカディだから相殺を許しただけで、余人ならば防ぐこともままならない名うての剛弓だ。
これを持って地上に下り、かつ同族殺しの素質を持つ神など長い日本神話の中でもひとりしか居ない。
「時間も暇もない。迂遠なのは避けて、端的に答えよ。
どういう状況だ?」
高天原より天下りて、荒ぶる地祇の平定を仰せ遣った天津の一柱。
天若日子――その見参である。
しかし状況は、ひと目では理解できないほどに混沌としていた。
待ち合わせ場所は火災現場と化しており、己の矢すら容易く凌ぐ異邦の神がいる。
かと思えば、悍ましい毒色の火を爛々と輝かせて狂奔する見知らぬ英霊も見受けられる。
"案内人"の指示に従って前者を狙撃したはいいが、どちらが敵か味方かも判然としない状況だった。
問うた相手は、地面に転がって薬液の中で揺れているホムンクルス。いまいち信用ならない同盟相手。
天若日子の問いを受け、ホムンクルス36号は注文通り、なるだけ簡潔に、それでいて不足なく回答した。
「あの巨女とダークスーツの男が敵だ。
アンジェリカ・アルロニカに渡した資料は見ているな?
奴は赤坂亜切。私と同じ〈はじまりの六人〉のひとりで、中でも最も凶悪な男。
対話の余地はない。貴殿の主義を考えて助言するなら、何をおいても討つべき相手だ」
「分かった。今はそれでいい」
神の双眸がアギリを見据える。
チッ、と嚇炎の悪鬼が舌打ちをした。
次の瞬間、彼を狙う矢が音さえ引きちぎって迸る。
510
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:46:23 ID:GmQ3YvAM0
「アーチャー!」
「やれやれ、世話の焼ける餓鬼だね」
もっとも、容易くそれをやらせるスカディではない。
地を蹴るなり、神獣もかくやの速度で射線上に割って入り。
スキー板の一振りで、天界弓の凶弾を粉砕した。
「お、なかなか美形じゃないか。惜しいね、もう少し大人びてたら"アリ"だったんだが」
「光栄だが、慎んでお断りしよう。操を立てた妻がいるのでな」
互いに弓手同士。
弓手といえば距離を取り合って、互いに技を競いながら殺し合うもの。
しかしそんな常識は、この二柱の神の前では通用しない。
先に仕掛けたのは天若日子。
野猿もかくやの身のこなしで跳び、空中で矢を放ちながら微塵も精度を落とさない。
受けて立つのはスカディ。
剛力任せに矢を払いながら、一瞬未満の隙で彼女も矢を射り天津の神と拮抗する。
牛若丸と弁慶の戦いをなぞるが如き、敏の究極と剛の究極のせめぎ合いであったが。
無論――戦の美しさだの流儀だの、そんな些事を気に留める"彼"ではなかった。
「何処見てやがる糞婆。てめえの相手はこの俺だろうがぁッ!!」
狂炎・シャクシャインは、流れ弾が身を掠めるのも厭わず堂々とふたりの間を引き裂き乱入した。
途端に敵も味方もなく、己が肉体を起点として死毒の炎を放射状に爆裂させる。
「ッ……! おい貴様、味方ではないのか!?」
「あっはっはっは! その手の配慮を期待するのは無理筋だよ、若いの。こいつはとびっきりの狂犬なのさ!」
敵? 味方? 知るかそんなものどうでもいい。
殺す。燃やす。引き裂いてしまえばすべて同じだろうがと、穢れたる神は傲慢に宣言していた。
それに、天若日子は彼が憎み恨む大和の神。
その時点で穏当な判断は期待できない。結果、事は三つ巴の様相をさえ呈し始める。
「ああくそ、あやつらと絡むといつも面倒が待っているな!
言っておくが加減はできん。巻き込まれて死んでも文句は言うなよ、紫の!」
「こっちの台詞だ。死にたくなけりゃ離れてろ、大和の腐れ神が」
「――ッくくく! ああ愉快だね、これでこそ座から遥々呼び出されてやった甲斐があるってもんだ!」
大和の神が、八艘飛びよろしく躍動しながら害滅の天意を降らせ。
蝦夷の悪神が、野生めいた直感でそれを掻い潜りつつ呪いの火剣を荒れ狂わせ。
そして北欧の女神が、圧倒的な力だけを武器に己に迫る天地両方の瞋恚を涼しい顔で薙ぎ払う。
まさに神話の戦い。これぞ聖杯戦争。造物主が生み出した仮想の都市にて、三柱の神が燦然と乱れ舞っていた。
511
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:47:17 ID:GmQ3YvAM0
「はぁ……はぁ……ッ。やってくれるじゃないか、ホムンクルス……!」
その光景を見つめながら、アギリはようやく機能の戻り始めた魔眼の血を拭う。
よもやあんな形で一杯食わされるとは思わなかったが、あくまで一時的な不調に過ぎない。
猫だましを食らったようなものだ。魔眼を封じられ、一般人同然に堕した時は本当に心胆が凍ったが、乗り越えてしまえば笑みを浮かべる余裕も戻ってくる。
「癪だが……認めてやるよ。
ガーンドレッドの引きこもりが、ずいぶん油断ならない敵になったもんだ……!」
むしろ――アギリを最も焦らせたのは、彼が見出した〈恒星の資格者〉の方だった。
輪堂天梨。己の目の前で、"彼女"に迫るほどの劇的な可能性を魅せた美しい少女。
天梨が翼を広げながら、天使のように祈る姿が今も瞼に焼き付いて離れない。
敗北感さえあった。祓葉を至上と、唯一無二の半身と認めた自分が、彼女以外の誰かに魅入られかけたのだ。
姉力、妹力、共に超絶の高得点。あんなただの片鱗でさえ、歴代第二位の成績を記録したダイヤの原石。
もしも。
もしもあの天使が、真にその翼を広げてしまったならば。
それを目の当たりにした自分は、どれほどの感動と衝撃に貫かれるのか。
考えただけで恐怖が募る。そう、赤坂亜切は恐怖していた。同時に、蛇杖堂寂句が何故自分にあんな質問を投げてきたのかを理解した。
――〈恒星の資格者〉について、貴様はどう考えている?
――貴様は、そんなモノが存在すると思うか?
――いや。存在し得ると思うか?
要するにあの老人は、恐ろしかったのだろう。
怒りさえ覚える荒唐無稽。だが、なまじ本物を知っているからこそ拭えない不安。
"神寂祓葉という極星は何も唯一無二などではなく、あれに比肩する可能性の卵もまた存在しているのではないか"
"ただ、目覚めていないだけで。そうなるためのきっかけに出会っていないだけで"
……小心と笑う気には、もはやなれなかった。
笑えるわけがない。何故なら自分は、その実例に遭遇してしまったのだから。
「君は殺すが、少しは敬意ってやつを込めてやってもいい。
お姉(妹)ちゃんに未知を魅せたいその気概、しかと見せてもらった」
血涙の痕を顔に薄く残しながら、赤坂亜切は歩み始める。
魔眼が鳴動し、再び彼の魔術回路に熱を灯す。
さっき介入を食らったのは、やはり隙があったからだろう。
輪堂天梨という未知を前に忘我の隙を晒してしまった、だから付け込まれた。よって同じ轍は踏まない。
今度こそ一寸の油断もなく、完璧な葬送を執り行ってやる。
間隙の消えた放火魔は今度こそ最大の脅威として、巻き返した筈の戦況に投下される。
だが。
赤坂亜切は、まだ完璧には理解していない。
ホムンクルス36号が何故、我々の勝ちだと言ったのか。
その答えが今、再起した悪鬼の前に示された。
「そうかい。大将にはちゃんと伝えとくよ」
ぱぁん。
そんな、軽い音がして。
512
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:48:26 ID:GmQ3YvAM0
「…………なに?」
アギリは、自分の頬に熱感が走るのを感じた。
それだけで済んだのは、たまたまだ。運が良かっただけ。
拭えば、そこには涙ではない血糊がべっとり貼り付いている。
すぐに起きたことを理解して、振り返りざまに炎を放った。
放たれた紅蓮は、ただちに下手人の全身を炎で巻く。
悲鳴をあげながら崩れ落ちていったのは、どこにでもいるような、草臥れた顔の中年男性だった。
なのにその手には、拳銃が握られている。
装いも雰囲気も、とても"殺せる"側の人間とは思えないのに、持っている得物だけがひどくアンバランス。
不可解が、鍵になって記憶の引き出しを開かせる。
まさか――思った瞬間、アギリは怖気と共に地を蹴っていた。
赤坂亜切は殺し屋だ。
殺し殺されの世界に深く精通しているが故に、彼は殺気や迫る死の気配に敏感である。
にもかかわらず掠り傷とはいえ不覚を許した理由は、そこに殺気と呼べるものが存在しなかったから。
まったく殺気を出さずに事へ及べる人間は、それすなわち超人に等しい。
ほいほいと産まれる存在ではない。だというのに、またも銃声が鳴った。ただし今度は、無数に。
「く、っ……!」
殺気がない。あるべきものがない。
人の意思というものが、此処には介在していない。
下手人は探すまでもなかった。火事場を遠巻きに眺める野次馬達、そのすべての手に拳銃が握られている。
そう、"すべてに"だ。主婦、サラリーマン、老人、子供……文字通り老若男女あらゆる人種が当たり前のように帯銃した上で、殺気を出さず仕掛けるという超人芸を披露しているのだ。
「――アーチャー! 退けッ!!」
「あぁ? なんだいだらしないね。こっちはせっかくイイところだってのに」
「緊急事態だ。頭なら後で下げるから、僕の援護に全力を注いでくれ……!」
かつての東京と、今目の前にある仮想都市の景色が重なる。
自分も、イリスも。蛇杖堂もガーンドレッドも、あのハリー・フーディーニでさえまったくの無視とはいかなかった"最悪の脅威"。
文字通り都市ひとつを手駒とし、自分以外誰も信用できない疑心暗鬼の世界を作り出した英霊。
よもやとは思うが、こうなってはもう否定などできなかった。
これが出てきた以上、戦場で丸腰の姿を晒すなど自殺行為に等しい。
「……懲りずにまた地獄から這い出てきたか、ハサン・サッバーハ……!」
〈山の翁〉。前回では、ノクト・サムスタンプの秘密兵器だった百貌の暗殺者。
人心を操るその御業は百万都市・東京という舞台において、この上ない脅威として悪名を轟かせた。
元凶であるノクトを含めて、前回の戦いを知る人間の中で彼を軽んじる者はいないと断言できる。
アギリに言わせれば悪夢であった。二度とお目にかかりたくないあの暗殺者が、よりによって不倶戴天の一角であるホムンクルス36号の走狗として再び顕れているというのだから。
主の命令に渋々従い、スカディは最前線を離れて彼の傍に戻る。
放った矢は立ち並ぶ"人形"達をすぐさま鏖殺したが、それでも油断の余地はない。
斯くして混沌の戦場は、一旦の小休止を迎えた。
513
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:49:17 ID:GmQ3YvAM0
「どうした? 笑顔が曇っているぞ、赤坂亜切」
「驚かされたのは否定しないがね。勝ちを気取るにはまだ早いだろ、ホムンクルス」
視線と視線が、交錯する。
瓶の中の小さないのち。
もの皆焼き尽くす炎の狂人。
〈はじまりの六人〉が出会えばどうなるかの答え、そのすべてがここに存在している。
焼き尽くされ、蹂躙され、死骸と瓦礫が広がる末法の一風景。
彼らは共に殺し合うしかできない残骸なのだから、故にこうなるのは自明の理であった。
「しかしやられたよ。まさか君がここまでやるとは思わなかった」
「貴様相手に謙遜するつもりはないが、助言があった。祓葉は未知を求めていると。変わらぬ限り、おまえでは彼女の遊び相手として不足だと」
「その結果が、輪堂天梨だと?」
「そうだ。私は、本当に美しいものを見た」
今まさに殺し合っているとは思えない、どこか気安いやり取り。
「天梨は私の友で、至らぬこの身が主君に献上する珠玉の未知だ。
これに比べれば都市のすべて、芥に等しいと断ずる」
だが――本人も気付いていないのだろう。
自分の口で言葉を紡ぐ、赤子の顔に、その眉に。
厳しく、憎らしげに皺が寄っていることに。
「貴様は私の恒星を育ててくれた。その背中を押し、一線を踏み越えさせてくれた」
「はッ、だったら礼のひとつも言ってほしいもんだけどな。そんなに殺気立って、まったくもってらしくないじゃないか」
「そうだな。だが許せ。私自身、今抱いている"これ"を言語化できていないのだ」
天使が飛翔するなら、翼の色にこだわるつもりはない。
それが白であれ黒であれ、星に届くならなんでもいいのだと。
先刻自分は、確かにそう言った。
なのにああ何故だろう。いざ実際に有意な一歩を踏み出した彼女を見た時に、途方もない悪感に身が震えたのは。
「――――赤坂亜切。私は今、無性に貴様に死んで欲しい」
彼女と出会い、それを罵る者と再会して、憎悪を知った。
であればこれは、やはりそう呼ぶべき感情なのか。
分からないので、今すぐにでも教えを乞いたい気分だった。
「奥の手があるのか? 切り抜けるアテでもあるのか?
ならば示してくれ。我が手札のすべてを以って受けて立つ。
その上で、どうか無惨に死んでくれ。何も成さず何も残さず、何もかもを否定され消えてくれ」
「は」
ホムンクルスの率直な殺意に、アギリは鼻を鳴らして笑う。
「いいだろう、君はずいぶん立派になった。
そんな顔ができるなら、玉無しの評価は撤回してあげよう。
けれど生憎だな、僕も君にはとても死んで欲しい。なのでその末路は、僕でなく君に体現してもらおうか」
小休止が終わる。
交錯する殺意と殺意。
止まらない、止まる筈がない。
むしろ静寂を挟み、息つく暇を設けたことでこの続きはより破滅的で地獄的になるのが確定していた。
「死ね。赤坂亜切」
「消え失せろ。ホムンクルス」
世界ごと弾けるような殺意の応酬の結果として、彼らが共に抱える爆弾は起爆の時を迎えんとし、そして……
514
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:50:20 ID:GmQ3YvAM0
ホムンクルスが。
アギリが。
天若日子が。
スカディが。
シャクシャインが――――全員、示し合わせたわけでもないのに、目を見開いて硬直した。
「…………おい。ホムンクルス」
「ああ――――来たな」
今の今まで互いに殺意を突きつけ合っていたふたりが、急に共感を示して頷き合う。
その意味するところはひとつしかない。
これまでの戦いが児戯でしかなかったと断ずるようにあっさりと、世界の色が変わった。
混沌の七色から、秩序の一色へ。虹から白へ。ジャンルが、切り替わる。
小休止。からの混沌開戦。そんな流れを塗り潰して、本命が来た。
もう誰も矢を射らない、剣を握らない。
殺意を示さず、悪罵を交わし合うこともない。
新宿に、神話とも比喩表現とも違う、〈この世界の神〉が侵入(はい)ってきた。
その事実の重さを、これまでの経緯を思えば不気味なほど静まり返った戦場が、無言の内に物語っているのだった。
◇◇
515
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:51:00 ID:GmQ3YvAM0
どこか現実感なく、その光景を見つめていた。
瞳の光景。それは、暴力による蹂躙の合戦だった。
迫っていた死を打破し、皆死ねよとすべてを燃やす己の相棒。
自分の祈りが招いた結果を見て、輪堂天梨はぼうっとしていた。
既にその背に広がった翼は縮んでいる。
当然だ。さっきのはあくまで一瞬一線を超えただけであって、真の堕天というにはあまりに質が浅い。
それでも、日向の天使が自分の口で、他者加害の祈りを口にした事実は大きかった。
純潔は散ったのだ。祈りを捧げたあの瞬間、確かに輪堂天梨は赤坂亜切達の死を祈っていた。
そのことを、誰より天梨がよく知っている。だからだろう。危険が一段落した今も、地に臥せった格好のまま覚束ない視線を揺蕩わせているのは。
そんな彼女のもとに駆け寄り、そっと抱き起こす女の姿があった。
「……っ。ねえ、大丈夫……!?」
抱き起こされ、支えられて、それでも礼のひとつも出てこない。
言葉を口にするには、まだもう少し時間が必要だった。
疲労や痛みとは無関係の朦朧を抱えて、天使は白痴めいた相を晒している。
口の端からつぅ、と一筋の涎が垂れた。拭う余裕も、もちろんなかった。
「…………ごめん、なさい」
代わりに漏れたのは、ひとつの言葉。
続いて涙がぼろぼろと、とめどなく溢れてくる。
「わ、っ……!? ちょ、ちょっと……!
怪我してるの? 痛いところある? ねえ、天梨さん……!」
「ごめん……ごめんね、ぇ……。
ほむっち、アヴェンジャー、…………満天、ちゃん……っ」
ぐす、ぐず、と。
目の前の女の胸にぎゅっと縋りながら、天使と呼ばれた娘は泣いていた。
自分自身の愚かさを、弱さを心底悔やむような。それでいて、そんな言葉では語り尽くせないような。
天使ではない、"輪堂天梨"というひとりの人間のすべてが流れ出たような涙だった。
少女は星だ。それでも人間だ。
少女は人間を。それでも星だ。
そのジレンマから、自己矛盾から、決して彼女は逃げられない。
星となる素質を踏まえながら、他者を灼いて押し退けるのではなく思いやる道を選んだ時点で。
彼女は永劫に続く、癒えぬ苦難を抱えることを運命づけられている。
――たすけて。
そう求めた声に、手が差し伸べられることはなく。
星たる天使の少女性をよそに、都市の運命は廻り続けていた。
◇◇
516
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:51:25 ID:GmQ3YvAM0
【新宿区・個室スタジオ跡地/二日目・未明】
【輪堂天梨】
[状態]:疲労(大)、左手指・甲骨折、全身にダメージ(中)、自己嫌悪(大)、意識朦朧
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:……ごめんね。
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"(【感光/応答(Call and Response)】)を行使できるようになりました。
持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
→魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※一時的な堕天に至りました。
その産物として、対象を絞る代わりに規格外の強化を授けられる【受胎告知(First Light)】を体得しました。この魔術による強化の時間制限の有無は後続に委ねます。
【アヴェンジャー(シャクシャイン)】
[状態]:半身に火傷、疲労(大)、激しい怒り、全身に被弾(行動に支障なし)、【受胎告知】による霊基超強化
[装備]:「血啜喰牙」
[道具]:弓矢などの武装
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死に絶えろ、“和人”ども。
0:殺す。
1:鼠どもが裏切ればすぐにでも惨殺する。……余計な真似しやがって、糞どもが。
2:憐れみは要らない。厄災として、全てを喰らい尽くす。
3:愉しもうぜ、輪堂天梨。堕ちていく時まで。
4:青き騎兵(カスター)もいずれ殺す。
5:煌星満天は機会があれば殺す。
6:このクソ人形マジで口開けば余計なことしか言わねえな……(殺してえ〜〜〜)
7:赤坂亜切とアーチャー(スカディ)は必ず殺す。欠片も残さない。
[備考]
※マスターである天梨から殺人を禁じられています。
最後の“楽しみ”のために敢えて受け入れています。
※令呪『私の大事な人達を傷つけないで』
現在の対象範囲:ホムンクルス36号/ミロクと煌星満天、およびその契約サーヴァント。またアヴェンジャー本人もこれの対象。
対象が若干漠然としているために効力は完全ではないが、広すぎもしないためそれなりに重く作用している。
517
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:52:00 ID:GmQ3YvAM0
【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(中)、肉体強化、"成長"、言語化できない激しい苛立ち
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし。
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:来たか――我が主。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:アサシンの特性を理解。次からは、もう少し戦場を整える。
3:アンジェリカ陣営と天梨陣営の接触を図りたい。
4:……ほむっち。か。
5:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
6:赤坂亜切は殺す。必ず。
[備考]
※アンジェリカと同盟を組みました。
※継代のハサンが前回ノクト・サムスタンプのサーヴァント"アサシン"であったことに気付いています。
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、わずかに肉体が成長し始めています。
どの程度それが進むか、どんな結果を生み出すかは後の書き手さんにおまかせします。
※解析に加え、解析した物体に対する介入魔術を使用できるようになりました。
そこまで万能なものではありませんが、油断していることを前提にするならアギリの魔眼にさえ介入を可能とするようです。
【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:目の前の状況への対処。俺が見てない間になんてことになってんだこいつら。
1:正面戦闘は懲り懲り。
2:戦闘にはプランと策が必要。それを理解してくれればそれでいい。
3:神寂祓葉の話は聞く価値がある。アンジェリカ陣営との会談が済み次第、次の行動へ。
4:大規模な戦の気配があるが……さて、どうするかね。
[備考]
※宝具を使用し、相当数の民間人を兵隊に変えています。
518
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:52:33 ID:GmQ3YvAM0
【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:混乱、魔力消費(中)、罪悪感、疲労(中)、祓葉への複雑な感情、〈喚戦〉(小康状態)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:何がなんだかわからないけど、とりあえずこの子(天梨)は助けないと。
1:なんで人間なんだよ、おまえ。
2:ホムンクルスに会う。そして、話をする。
3:あー……きついなあ、戦うって。
4:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。できれば名前も聞きたくない。ほんとに。
5:輪堂天梨……あんまり、いい話聞かないけど。
[備考]
ミロクと同盟を組みました。
前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
外見、性別を知り、何をどこまで知ったかは後続に任せます。
蛇杖堂寂句の手術により、傷は大方癒やされました。
それに際して霊薬と覚醒剤(寂句による改良版)を投与されており、とりあえず行動に支障はないようです。
アーチャー(天若日子)が監視していたので、少なくとも悪いものは入れられてません。
神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。
【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
0:敵を討つ。渋々だが、ホムンクルスとその協力者に与する。
1:アサシンが気に入らない。が……うむ、奴はともかくあの赤子は避けて通れぬ相手か。
2:赤い害獣(レッドライダー)は次は確実に討つ。許さぬ。
3:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
[備考]
519
:
産火
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:52:54 ID:GmQ3YvAM0
【赤坂亜切】
[状態]:疲労(大)、動揺、魔力消費(中)、眼球にダメージ、左手に肉腫が侵食(進行停止済、動作に支障あり)
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:ああ、遂に来たか。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉? 寝言は寝て言えよ。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
7:輪堂天梨に対して激しい動揺。なんだこのお姉(妹)ちゃん力は……?
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。
【アーチャー(スカディ)】
[状態]:疲労(中)、脇腹負傷(自分でちぎった+銃創が貫通)、蛇毒による激痛(行動に支障なし)
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:ますます面白くなりそうで何よりだ。いよいよアタシも、此処の神とお目見えかな?
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)は――もっと育ったら遭いに行こうか。
4:変な英霊の多い聖杯戦争だこと。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。
520
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/22(日) 21:54:12 ID:GmQ3YvAM0
投下終了です。
521
:
◆0pIloi6gg.
:2025/06/26(木) 01:15:17 ID:pNbo2EoE0
香篤井希彦&キャスター(吉備真備)
雪村鉄志&アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)
ランサー(カドモス) 予約します。
522
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/09(水) 23:58:18 ID:7KJ8azEQ0
投下します
523
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/09(水) 23:59:59 ID:7KJ8azEQ0
ザリ。と、その区に入ってしばらくしたところで老人は足を止めた。
長い白髭の小柄な老人だった。迫力という言葉とは無縁で、強い風が吹くだけでも倒れてしまいそうなほどか弱く見える。
そんな印象が、足を止めた瞬間にがらりと一変した。
口にはニヤリとニヒルな笑みを浮かべ、傲岸さを隠そうともせずにぎらついた眼光を飛ばす。
深夜の街にそんな老爺がひとり立っている絵面は妖怪、ぬらりひょんとかそういう類のものを思わせたが。
この杉並に起きていることの全貌と、巣食っているモノの大きさを知れば、誰も彼になど注目していられなくなる筈だ。
「予想はしとったが、思った以上にエラいことになっとるのう。
郷に入って郷に従うどころか、こっちの国を手前の郷に塗り替えよるとはな」
陰陽師とは魔術師以上に地脈霊脈の流れ、土地の気というものに精通した人種だ。
よってその極峰に達している彼――吉備真備には、今この街がどのように冒されているのかが手に取るように分かっていた。
仮想とはいえ元世界のそれとほぼ違いない精度で再現された土地霊脈。
何者かがそこに横溢している気の流れ、マナの性質を汚染して、自らの色で塗り潰している。
公害による土壌汚染を霊的なやり方で、もっと大規模かつ深刻に行っているといえばイメージしやすいだろうか。
少なくとも、現時点でさえもうここは"杉並区"と呼ぶべき土地ではなくなっていた。
この領域の内側にあっては、たとえ神霊の類でさえも本来の実力差に胡座を掻くことはできないだろう。
"侵食固有結界"。
派手さでは王道のものに劣る分、気付かれなければ水面下で何処までも拡大していくのが悪辣だ。
杉並の戦いで一旦の開帳を見せてくれたのは幸いだった。そうでなければ真備といえど、こうして実際足を踏み入れでもしない限り、異変を感知することさえできなかった筈だ。
「まずったのう、いつかの時点で気付くべきだったわ。これじゃ耄碌爺呼ばわりされても言い返せんわい。
"青銅の発見者"が何を興したか、何を生み出したのか。ちょっと考えりゃあ厄ネタなことくらい想像付くじゃろうが阿呆」
自罰する言葉とは裏腹に、真備の顔はますます愉快そうな笑みに染まっていく。
こんこん、と中身を確認するように自分の頭を小突きながら。
おもむろに足を振り上げ、そして靴底から振り下ろした。
それと同時に、老人の周囲一帯を覆っていた異国の気配が風に流されたように薄れる。
あくまで気休めだが、既にある王の国土と化した今の杉並でそれができた事実は無視できない。
今真備が見せたのは、中国は道家に起源を持つ禹歩という技法だ。
作法省略、我流改造済み。真備流に最適化されているので他の誰が真似しても無意味だが、彼が使う分には源流を完全に凌駕した効果をあげる。
陰陽を調和させ邪気を祓うという神道の柏手のエッセンスを取り入れ、より簡潔かつ効果的に運用した一歩。
しかし真備の意図は、この異界化された区を少しでもどうこうしようとか、そんな常識の物差しには収まらない。
その証拠が、彼の前方数メートル先に生まれた、陽炎のような空間の歪み。
そしてそこから姿を現す、白髪の老君の存在だった。
524
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:00:29 ID:kI9b2Ge20
「誘うような真似をせずともよい。どの道、こちらから向かおうと思っていたのでな」
重ねた年嵩で言えば、恐らく真備より更に上。
なのに生命力の壮んさでさえまるで真備に劣っていない。
研ぎ澄まし絞り上げられた筋肉は、痩せているのではなく引き締まっていて。
瞳に揺らぐ王気の輝きは鈍く、それでいて鋭く相対する者を射貫く。
「わはははは。そりゃあ何より、勇み足で赴いたはいいがアテがなくてですなぁ。
わざわざ一から探すというのもかったるいんでの、無礼は承知でひとつ誘いをかけてみた次第じゃ」
「よく言うものだ。我が領土に踏み入るなり、すぐさま粗相めいた魔力を撒き散らしていただろうが」
「歳を食っても悪戯坊主は治りませんでな。
尊い御方のお膝元と知るとどうにも、少しからかってみたくなるのですよ。まあ勘弁してやってくださいや」
「呆れた男だ。貴様の要石はさぞや苦労しているのだろうな」
老君、老獪、青銅の国にて相対す。
真備はらしくもなく遜った態度を示していたが、それが諧謔の一環であることは言うまでもない。
マスターも伴わず、キャスタークラスでありながら単身敵地に乗り込む不遜。
これに対し王が示す反応は、こちらもやはり、言うまでもなくひとつだった。
「――――それで。死にに来た、ということでよいのだな?」
王の名は老王カドモス。
神の眷属たる泉の竜を殺し、栄光の国を興した英雄王。
竜殺しの槍を片手に青銅の大地を踏み締める、嘆きの益荒男。
王は不敬を赦さない。相手が誰であれ、彼の前で不躾を働いた者の末路は決まっている。
堕ちた天星の嘶きさえ一蹴したテーバイの王を前にし殺意を浴びながら、しかし吉備真備は不変だった。
「確かに儂の国じゃ自害も美徳。されどそりゃ、切腹に限った場合の話でしてな。
ましてや人様の国に我が物顔で陣を張り、ここは我が国ぞとほざく異人に介錯を頼んだとあっては先祖も子孫も報われませんわい」
どっかりとその場に胡座を掻いて、懐から一杯の酒を取り出す。
ガラス容器に包まれたそれを、自分とカドモスの間に置いて。
そうして陰陽師は、吹き付けた殺意など何処吹く風で言ってのけた。
「儂は死にに来たわけじゃねえが、かと言ってあんたとドンパチやりに来たわけでもねえ。
――なぁに、相応の土産話は用意しとります。てなワケで一献どうですかのう、王様よ」
◇◇
525
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:01:07 ID:kI9b2Ge20
意識が、浮上する。
泥のようにまとわりつく眠気を振り払って、雪村鉄志は目を開けた。
気絶する前のコトがコトだ。激痛と苦悶を覚悟していたのだが、予想に反してその目覚めは清々しさすら感じさせるものだった。
「……、まき、な……?」
正確に容態を把握できてたわけじゃないが、全身痛くない場所を探すほうが難しい有様だったのは確かだ。
息をするだけでどろついた血が唾液に混ざり、肺は穴の空いたゴムボールみたいな音を立てていた。
なのに今は痛みがないどころか、あのひどく重い疲労感すらほとんど完璧に消えている。
信じがたいことだが、"清々しい朝"というやつだった。窓から見える外の景色は、明らかに深夜だったが。
「! ――ますた! 目が覚めたのですね、っ……!!」
「わぶぅっ!!」
記憶を辿る――杉並での戦闘。
このままリソースを注ぎ込み続ければ泥沼だと判断し、一瞬の隙を突いて逃げ出した。
だが逃げた先で、白い、無数の機械虫達にその行く手を遮られたのだ。
這々の体で手近な廃墟の窓をかち割り、文字通り転がり込んだのまでは覚えている。
そこで線が切れたように力が抜けて、そして……と、思い出しが佳境に入ったところで胴体に衝撃が走った。
ベッドに寝かされたままの鉄志の胴体に、マキナがびょーん!と飛び込んできたためだ。
ここでおさらいしておこう。
デウス・エクス・マキナの見た目はどこぞのベルゼブブ(偽)と然程変わらない実にミニマムなそれだが、彼女の手足は鋼鉄製の義肢だ。
よって外見からは想像できないほどの重量がそこには宿っている。もっとデリカシーなく言おう、マキナは重いのだ。
ロリィな体躯に搭載されたヘビィな体重が、全力の飛びつきで無防備な病人のボディに炸裂した。
血を吐くかと思った。冗談抜きに白目を剥きかけた。三途の川の向こうで亡き妻が手を振ってるのが見えた。
「よかった、よかったです……! このまま目覚めなかったらどうしようかと、当機は、当機は、う、ぅ……!!」
「わ、悪かった! 心配かけてすまん! 謝るからとりあえずどいてくれ、こ、今度こそ死ぬ、ギブ、ギブ……!!」
「〜〜っっ! そ、そーりー。失礼しました、ますたー!!
だ、大丈夫でしょうか……。せっかく戻った顔色が心なしかまた青く……、も、もしや、さっきの治療に不備が……!?」
「恐れおののきながらこっちを見るのやめてもらえませんか???」
おろおろと慌てるマキナ、げほごほと咳き込む鉄志。
が、はたと気付いた。マキナの言葉に対して、誰かの返事があったからだ。
「――――あんたが、助けてくれたのか?」
「ええ、まあ」
声の主は、目を瞠るような美形の青年だった。
黒い短髪は無駄なく整えられ、割れた窓ガラス越しの夜風を受けて自然に流れている。
テレビの中から飛び出してきたかのような整った顔立ちは、人となりを知らなくても、あぁこいつモテるんだろうなと納得させるものがあった。
「そうです、ますた。この方がますたーを助けてくれたんです。
当機も一部始終を見守っていましたが、ちょっと手を翳しただけであっという間に顔色がよくなっていって――」
「その割にすぐヤブ医者認定しようとしましたよね、今」
「そ、そそ、そんなことはありません。当機は礼節を重んじます。
断じてそう、まずいと思って反射的に責任をなすりつけそうになっただとか、そんなことは……」
「はぁ……。スキンシップが激しいのは結構ですけど、二回目はやりませんからね絶対。僕としても、タダ働きとか趣味じゃないので」
「む……ぅ。気をつけます。ごめんなさい」
「わかればよろしい」
漫才(やりとり)に淀みがない。どうやら自分が寝ている間に、ずいぶん色々あったようだ。
半身を起こしてこめかみを叩きながら、鉄志は難しい顔で青年を見つめた。
縋りついたままの格好でしゅんと萎れるマキナの頭を撫でてやりつつ、快気した探偵は口を開く。
「どういう風の吹き回しだ?」
526
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:02:01 ID:kI9b2Ge20
「……いえ、ますたー。あの方は――」
「悪い、マキナ。ちょっと黙っててくれ」
まずは礼を言うのが筋というのは鉄志も分かっているが、この街で行われてるのは聖杯戦争だ。
誰が何を考えてるのか分からない以上、たとえ命の恩人だからってすぐには信用できない。
というかそもそも、敵の命を助けるような真似をするのがまず不可解だ。
治療の際に何か埋め込まれてはいないか。命を助けてやった恩を理由に、不平等な契約を持ちかけてくる手合いではないか。
警戒すべきことは山のようにある。鉄志の発言は人としては仁義に悖るが、マスターとしては間違いなく正解だった。
そんな鉄志に、青年は心底うんざりした様子で前髪をくしゃりと握って言う。
「ずいぶんな言い草ですね。言っときますけど、僕が助けてなかったらあなた今頃この世にいませんでしたよ?」
「かもな。けども魔術師から施される"無償の善意"ほど不気味なものはないのも事実だ。あんたも魔術師なら分かんだろ」
「――はあぁあぁあぁ……。僕だってねぇ、助けたくて助けたわけじゃないんですよ!
ウチのサーヴァントが、あのクソジジイがやれって言うから仕方なく! し・か・た・な・く、死にかけの中年オヤジに救いの手を差し伸べてやったんです!!」
「……お、おう。まあ落ち着いてくれ。話なら聞くからよ」
返ってきた返答があまりにやけっぱちだったものだから、鉄志も思わず毒気を抜かれてしまう。
がんがんと苛立ちを堪えられない様子で机を叩く姿は、否応なしに苦労人というワードを連想させた。
詰問から宥めモードに移行した鉄志を一瞥し、青年は腕組みして、もう一度深い溜息をつく。
「大体、僕は魔術師なんかじゃありません。内輪揉めと貴族ごっこが趣味な連中と一緒にしないでください」
「……魔術師じゃない? いやでも、あんたの治療はこりゃ完璧な手腕だぞ。
俺もそれなりに魔術師の顔見知りはいるが、これだけやれる奴なんてそういない。魔術師じゃないってんならおたく、いったい何者だ?」
「陰陽師です。まあウチも、よそ様の悪口を言えるほど高尚な業界じゃあないですけどね」
陰陽師。そう聞いて、鉄志は素直に驚いた。
存在自体は有名だが、言葉を選ばずに言うなら、現代の陰陽道はその規模でも実情でも大きく魔術師の後塵を拝している。
拝み屋や占い師に毛が生えた程度の技量で小銭稼ぎをやっているのが大半で、実力のある陰陽師はそもそも滅多に前線に出てこず重鎮気取りに明け暮れている……言ってしまえば腐敗した業界だ。
舐めていたわけではないが、まさか現代の陰陽師にこれほど腕の立つ若者がいるとは思わなかった。
そんな鉄志のリアクションを見て多少は溜飲が下がったのか、青年は彼に名を明かす。
「僕は香篤井希彦といいます。
ああは言いましたが、不審な真似をしたのは承知の上なので疑うならどうぞご自由に」
「香篤井……? っていうとまさかお前――希豊さんのせがれか?」
「…………え。父を知ってるんですか?」
今度は希彦が驚く番だった。
確かに、彼の父は香篤井希豊という。希彦のような突出した才能は持たない、現代陰陽師の例に漏れず術の行使よりも金稼ぎの方が上手な男である。
なので希彦は内心父を軽蔑していたが、彼も彼で、まさかこんなところで肉親の名を聞くとは思わなかったのだろう。
さっきまでの擦れた態度はどこへやら。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする希彦に、鉄志はいくらか警戒を緩めて言った。
「仕事で何度か世話になったんだ。魔術使いはたとえ末端でもガードが固いが、近代兵器然り、常識外のアプローチってやつに弱くてな。
俺達じゃお手上げの魔術犯罪者でも、別分野の専門家から見ると実は意外とボロを出してたりするんだと。
は〜、懐かしいな……。元気してるか? あの人酒豪だろ、身体壊してないといいんだが」
「変わらず健康そのものですが――仕事、っていうのは?」
「あー……ま、もう守秘義務もクソもねえか。公安機動特務隊って言ってな、対魔術師用の秘密警察みたいなもんだよ」
「特務隊……、……というともしかして貴方、雪村さん?」
「お。もしかして親父さんから聞いてるか? ったく、特務隊はメンバー構成からして重要機密だってあれほど言ってたのになぁ」
あわや一触即発の空気はどこへやら。
予期せぬ知己(ではないが)の邂逅に、すっかり緊張は緩和されていた。
527
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:03:09 ID:kI9b2Ge20
希彦も、特務隊の存在については知っている。というかまさに、父・希豊からオフレコとして聞かされていたのだ。
香篤井家は室町時代から続く名門だ。魔術界の外の知恵を欲した特務隊が頼る別分野の専門家としては、なるほど最適な人選だろう。
金さえ払えば協力してくれるし、腕はそこまででも積み重ねてきた経験と知識は活かせる。
希彦にしてみればそういう賢しらなところが気に入らないのだったが、現代最高峰の知識を持つ"専門家"を頼って公安の人間が仕事を持ってくるという話を、酔った父はよく自慢げに語っていた。
曰く、魔術を悪用した犯罪者を制圧するために組織された秘密警察。
基本は魔術使い以下の味噌っかすが相手だったというが、中にはそれなりに骨のある捜査対象もいたと聞く。
そう考えると、治療の際に覚えた疑問にもいろいろと合点が行った。
魔術師にしては鍛えすぎている。猪口才な肉体強化(ドーピング)ではなく、弛まぬ鍛錬で培われた肉体だ。希彦はそこが不可解だった。
術と並行して身体も鍛えるというのは、物心ついた時から才能で困ったことがない希彦にはまったく分からない考えだ。実際、酔狂な魔術師もいるものだと思った。
しかし、彼が特務隊の一員だというのならそれも納得だ。
「父がよく言ってましたよ、特務隊には骨のある奴がいるって」
「それ腕じゃなくて酒の強さのこと言ってねえか? 俺、あの人のせいで何回二日酔いになったか分かんねえよ」
「かもしれないですね。息子としては、その爪の垢でも煎じて飲めよって感じでしたけど」
「ははは。あの人ケチだったからなぁ。口開けばカネのことしか言わねえし、報酬の釣り上げでずいぶん難儀したよ」
「うわ、マジですか? 知りたくなかったなぁそれは……」
マキナは鉄志と希彦の顔を交互に見ていた。
ついさっきまでふたりがいつ揉め出すかと気が気でなかったものだから、この急激な穏和ムードについていけないのだろう。
「ま、ますた、ますた。希彦さんとお知り合いなのですか……?」
「直接の知り合いってわけじゃないが、ちょっと色々あってな。ありがとよ、マキナ。お前が頭下げてくれたんだろ?」
「ぅ…………」
ぽふぽふ、と頭に手を置かれて、張り詰めていたものがいよいよ限界になったらしい。
うるうると眼を潤ませるマキナを支えているのは、彼女が胸に抱くモットーだった。
神は笑わない、神は怒らない、神は泣かない、神は怠けない。
父の教えを寄る辺にいじらしく耐える少女をややばつ悪そうに見つめる希彦。さしものプレイボーイも、恋愛対象外の幼女には弱い。
ごほん、と咳払いをして、彼は鉄志に問いかけた。
「――ところで、特務隊は解散されたと聞いていましたが……」
「……色々あってな。今は俺も無職だよ、紆余曲折あってこんなきな臭い街に呼ばれちゃいるが」
「なるほど。深くは聞きませんが、公僕が魔術の世界に踏み込んだならそうなっても不思議ではないですね」
「ま、そんなとこだ。ところで希彦くんよ、お前はこの聖杯戦争でどういう立場を取ってんだ?」
緊張は和らいだが、それでもふたりの間柄が敵同士であることに変わりはない。
聖杯戦争とは最後の一座を争うバトル・ロワイアル。自分以外、誰であろうと手放しに信用はできないのだ。
「僕は普通に乗ってますよ。僕なりに戦う理由があってここに立ってる。
あなたを助けたことに他意はありませんが、決して味方ってわけではないですね」
希彦の言葉に、緩んだ空気が多少締まる。
そう、聖杯戦争とはそういうもの。
希彦の発言は別に特別なものではない。むしろ、特殊な立場を取っている鉄志の方がおかしいのだ。
確かに香篤井希彦は雪村鉄志を助けたが、だからと言って彼が鉄志にとって無害な人間であるとは限らない。
528
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:04:14 ID:kI9b2Ge20
その事実を改めて噛み締めた上で、鉄志は抱いていた疑問を口にした。
「だろうな。で、おたくのサーヴァントは何処にいるんだ?」
「…………、…………いません」
「え?」
「だーかーら! いないんですよ、今! あなたが目覚める前にひとりで出ていっちゃったんです!!」
「…………え、えぇ……?」
英霊らしき気配がないことには、目覚めた時点から気付いていた。
だが如何に助けた相手とはいえ、敵主従の前に自分のマスターをほっぽり出したまま席を外す英霊など普通に考えている筈がない。
だから鉄志は、希彦のサーヴァントは気配遮断に秀でたアサシンか何かだろうと思っていたのだが……
「そういう奴なんです、僕のサーヴァントは。あなたを助けたのも、あいつが助けてやれって偉そうに命じ腐ったからですし」
「その結果命を救って貰った身で言うのもなんだが……アレだな。気苦労察するよ」
「ありがとうございます。この一ヶ月で初めてですよ、僕の苦労を分かってくれた人は」
なんだか、思った以上に訳アリな主従らしい。
鉄志としてはとりあえず話せそうな相手に救われたようでひと安心だったが、はてさて彼のサーヴァントはどこへ行ってしまったのか?
「いざとなったら令呪で呼び戻せ、とは言われてますけどね。
それにしたって本当、我が下僕ながら正気とは思えないですよ。よりによって今の杉並にひとりで向かうなんて。
戦闘向きの英霊でもない癖に、どっちが井の中の蛙なんだか……」
「――は? いや、おい待て。おたくのサーヴァント、杉並に行ったのか!?」
「そうですよ、あの杉並に行ったんです。……っと、その様子を見るに、やっぱりあなた達はあそこから逃げてきたんですね」
杉並区。否応なしに先刻の出来事を思い出して、鉄志の顔が驚愕に染まる。
ありえない。今あの街がどうなってるか分かった上で、ひとりで向かったというのか?
だとしたら希彦の言う通り、本当に正気ではない。
先ほど自分達を散々に脅かしてくれた青銅王の膝下に顔を出すなど、たとえ万全の備えを期していたとしても自殺行為だろうに。
「こりゃ驚きだな……。今日は敵も味方も、妙な奴らによく会うぜ」
「そんなボケ老人からの言伝てがひとつありましてね。
儂が戻る前に情報交換を済ませておけ、ついでに議事録を簡潔に纏めて提出するように、だそうです。
あの雪村さん、謝礼とか払うので一回あいつぶちのめして貰えませんか? 死なない程度にボコボコにするとかできません?」
笑顔に青筋を立てながら言う希彦に、鉄志は改めて同情した。
まだ顔も名前も知らない相手だが、どうやら彼は相当なキワモノを引き当ててしまったようだ。
キワモノという点ではマキナを連れてる自分も人のことは言えないが、彼のところの"ボケ老人"に比べれば幾分マシなのは間違いあるまい。
「まあまあ、落ち着いてくれ。情報交換はウチも臨むところだ。というか、ぜひさせて貰いたい。
ちょっといろいろあってな……同盟だの協定だの抜きにしても、いろんな人間の意見が欲しくてよ」
「その割には開口一番から棘を向けられましたけどね」
「悪かったって。職業病でな、素性の分からない相手のことはまず疑ってかかるようにしてんだ」
「冗談ですよ。ちょっとした皮肉ですから、本気にしないでください」
窓辺のテーブル。希彦の対面の席に、鉄志が座る。
ぴょこぴょことマキナも歩いてきて、その脇にちょんとしゃがんだ。
サーヴァントとして自分だけ蚊帳の外というのは許せないのだろう。こういうところは実に健気だ。というか、勤勉なのだろう。
「――じゃあ始めましょうか。まず聞かせてほしいんですが、あなた達、杉並で一体何を見たんです」
希彦の問いに、鉄志は沈黙した。
答えるにしても、どう説明すればいいものか言葉を纏めている様子だ。
やがてその口は開き、大袈裟でもなんでもない、"見てきた者"としての率直な感想を述べた。
「バケモノ共の乱痴気騒ぎだ。分かっちゃいたがこの聖杯戦争、どうも思った以上にきな臭え」
◇◇
529
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:04:54 ID:kI9b2Ge20
いつの間に用意したのか、ふたり分の器を並べて、そこにカップの酒を注ぐ。
透明な液体からは、いかんせん王との会席にはそぐわない、遠慮のない酒臭さが漂っていた。
まずは真備がそれを手に取り、口元へ運んで慣れた調子で嚥下する。
ごきゅごきゅと飲み干し、かぁ〜っ、と声をあげてみせる姿は傍から見ると酒飲みの老人そのものだ。
「ほれ王様、毒など入っちゃおりません。あんたもどうぞ一杯、ぐいっと」
「……、……」
促され、カドモスもそれに続いた。
吉備真備は間違いなく彼にとって処断すべき不敬者だが、こうも堂々踏み入られた挙げ句、差し出された酒を断れば王の恥になる。
盃と呼ぶには無粋すぎる当代風の器を手に取り、ちび、と一口呑んだ。
途端に眉間へ皺が寄る。苦虫を噛み潰したような顔とはまさにこのことか。
「酷い悪酒だ。味も何もあったものではない」
「これが当代風の味ですぞ、王よ。証拠にこの街の何処でも買えまする。疑うならばコンビニの一軒でも訪ねてみればよろしい」
「二口目は要らん。泥水でも呑んでいる方がマシだ」
旨いのに……と真備がしょんぼり唇を尖らせる。
全国のコンビニで、だいたいどこでも数百円で買える逸品である。
真備もあれこれ酒の遍歴はある筈だが、一周回って今はこれが気に入っているらしい。
もちろん異国の王族の口にはまったく合わなかったようだ。
彼が王でさえなければ唾でも吐き捨てそうな勢いだった。
今とは比べ物にならない銘酒、神酒が溢れていた時代の王族であるカドモスにしてみれば尚更、現代の"酔うための酒"という概念は理解できないのだろう。
「やれやれ。酒宴でいけずは嫌われますぞ」
「黙れ。貴様の国では宴の席でこれを出すのか?」
「今宵は天気が好いですなぁ。月見酒、月見酒っと」
「そうか。やはり貴様、死にたくて此処に来たのだな?」
スチャ……と槍を取り出そうとするカドモス。
どうどう、と宥める真備。
今更言うまでもないが、事を始められて困るのは彼の方である。
如何に真備が陰陽師の極峰のひとりであるとはいえ、敵方の陣地の内側で暴れるランサーと真っ向から喧嘩などすれば勝率は一割を下回る。
それを分かった上でおちょくるような振る舞いをできるのが、彼の非凡な点であるのだったが――それはさておき。
「冗談ですわい。先にも言ったように、土産話を用意しておりましてな。具体的に言うと、二つほど」
「言葉は慎んで選べ。どちらが上でどちらが下かが分からぬほど蒙昧ではなかろう」
「ええ、ええ。よ〜〜く分かっておりますとも。ではさて、まずは貴殿が先ほど相見えた糞餓鬼の話から致しましょうか」
カドモスの眉がぴくりと動いた。
先ほどこの地に現れ、狼藉の限りを尽くした不敬者。
530
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:05:29 ID:kI9b2Ge20
「アレは所謂〈人類悪〉です。ビースト、とも言えますな」
「……ほう。何故断言出来る?」
「職業柄ですね、臭いには敏感なのですよ。
あの餓鬼はカマトトぶっちゃおりますが、真っ当な英霊と呼ぶには少々ケモノ臭すぎる。
七つの人類悪か、何かしらのイレギュラーで生まれた番外位。まあ、ざっとそんなところでしょうなぁ」
人類悪――それは人類愛を謳いながら、愛する人理を滅ぼすモノ。
救いがたき獣性に憑かれた破滅の器、一が確定すれば七まで連なると謂われる、最も忌み嫌われたる生物。
先に己が相対した存在が"そう"であると迷いなく断言されれば、さしものカドモスも無感ではいられなかった。
物腰こそ静かだが、目に見えて食いついてきたのを感じて、真備は口角を更に歪める。
「カラクリ細工の娘にも会いましたかな?」
「会った。四肢を鋼に置き換えた小娘だな? 正当な英霊とは言い難い、大分奇怪な存在と見たが」
「なら話が早い。アレが恐らく、本来で言うところの冠位英霊に相当する役者の一柱です。殺さなかったのは賢明でしたな」
続いて話に出したのは、デウス・エクス・マキナ……雪村鉄志のサーヴァント。
ここに来る前、偶然杉並から逃げ果せてきた彼女と遭遇した、なんて経緯をもちろん真備は語らない。
さながらあまねく距離と時空を超越する千里眼で見通しているかのように、何食わぬ顔で言い当ててみせる。
無論カドモスはすんなり騙されるほど愚昧ではなかったが、それでもその堂々たる物腰は真備という英霊の確かな価値を示す。
怯え、震えながら何やら進言する格下と。
堂々胸を張り、虚勢交えながらそれを匂わせもせず貫き通す格下。どちらの言が傾聴に値するかは明白だろう。
「では、神寂祓葉という娘についてはご存知で?」
「名だけなら。だがそれ以前からも、妙な気配は感じ取っていた」
「ああ、はいはい。分かりますよ、分かりますとも。
何しろ儂も貴殿と同じようにアレの存在を感知したクチですんでの」
何か、道理の通じないモノが居る/在る。
そのことは、カドモスもちゃんと感じ取っていた。
喩えるならば、いちばん近いのは恐らく地震だ。
定期的に揺れが訪れるものの、では何処のなにが引き起こしているかを突き止めるのは何も知らない身では至難。
カドモスがずっと抱いてきた不可解のひとつに、此処で答えが示される。
「この舞台の黒幕は人類悪の餓鬼と、その祓葉っちゅう小娘です。
言うなれば胴元が憚りもなくイカサマをしながら、ありったけの金貨をちらつかせてるような状況でしてな。
儂もほとほと困り果てとるのですよ。手前で主催しておきながら実際は誰に勝たせる気もない、恥も外聞もない出来レースですわ」
「ふむ。大方そんなことだろうとは思っていたが……」
納得を抱いた上で、カドモスは自らもそこに辿り着いていたと示す。
テーバイの王は暗愚に非ず。神の気配を察知し、その上であの明らかに度外れた玩具を駆使する英霊を見れば推理のひとつも出来上がるのは当然だ。
「――それで? 貴様はこの儂に、神殺しの手伝いでもしろと言うつもりか?」
531
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:06:05 ID:kI9b2Ge20
「そうまで直接的じゃありませんがね。まあ、頭の片隅にでも入れておいてくれりゃ万々歳って具合です。
アレらを討たない限り何をどうやっても願いは叶わない、それどころか一寸も顧みられずに総取りされる。
胴元が進んで横紙破りをやってるんです、せめてその話くらいは周知させておくのが、知った者の責務かと思いましてな。どうじゃ、誠実でしょう」
「よく言う。貴様の眼が語っているぞ、舌の浮くような白々しい科白を宣っていると」
「わははは、こりゃ手厳しい。猪口才な奸計は無駄のようですなぁ」
実際、これは上手いやり方だった。
示すのはあくまでただの事実。されどそこに、すべてが詰まっている。
神寂祓葉とそのサーヴァントといういわば"主催陣営"が勝算を独占している以上、そこをどうにかしない限りは未来などありはしない。
聖杯に縋ってでも叶えたい願いがあるのなら、その障害物は無視できないだろう? と。
真備は遜りながらも示し、道を狭めているのだ。老王カドモスが選ぶべき道、討つべき敵を。
「ええ、いかにもそうですわい。儂はあんたに、あの餓鬼共を討つ助けをしてほしいと思っとる」
「それは――、貴様も聖杯に掲げる願いを持つ故か?」
「半々じゃな。半分は確かにそうですが、もう半分は純粋に先人としての最低限の責務ってやつです。
儂はオルフィレウスにも、神寂祓葉にも"遭って"ますがな……奴らは真実、本当の意味でただの糞餓鬼ですわ。
あんな砂利共に世界の覇権なんざ握らせたら、まずろくなことにならんのは明々白々。
まだ学び切ってない教本を落書き塗れにされちゃ敵わんでしょう。理由としちゃこれで十分と思うんですがね」
吉備真備は生前も死後たるイマも変わることなく探求者だ。
だからこそ彼には、オルフィレウスの陰謀に刃向かう理由がある。
彼はかの科学者の思惑の全貌を知らないが、だとしてもあの幼稚なふたりの陰謀に自分の愛する世界を汚されては敵わないと思っているのだ。
汚され、歪められた世界地図を探求することにいったい何の価値があるのか。
神の支配など不要、世界統一などますます不要――世はただあるがままに在ればいい。
そう思うからこそ彼は粉骨砕身を惜しまない。その熱はおどけた殻の内側からでも、相対する老王へと伝わっていた。
「で、お返事は如何に? カドモス王よ」
「可能性のひとつとしては踏まえておこう。
儂は聖杯を求めている。それを阻む謀があるのなら、この槍で打ち砕いて無に帰すのみだ」
「はっはっは、それでこそ。いやはやまったくテーバイは善き王を持った。神をも恐れぬ貴方が味方に着くというなら百人力です」
真備の口にする言葉はすべてが皮肉だ。
カドモスも、それを理解した上であえて今は怒らずにいる。
これも真備の狡いところだ。牙を剥けば己の株を下げる状況というものを、一見無軌道な無作法めいた振る舞いの中で巧みに作り出している。
カドモスは英雄王。故に格の縛りに逆らえない。それをすれば、己の国と子らすべての名誉を穢すと分かっているからだ。
「では、王の聡明を喜ばしく思いながら二つ目を。
現在、ああまさに今頃でしょうな。新宿で大きな戦が起きている」
「見くびるな。とうに知っておるわ」
「ええ、承知で話しておりますよ。
儂も自ら目で見て確認したわけじゃないですがの、戦いの大きさからして、祓葉もその取り巻き共も顔を出してるに違いありませんわ。
つまりこれは最初の分水嶺。都市の真実たるモノ達が動き、殺し合う祭りになるわけです。
どう転んでも役者の誰かしらは死ぬでしょうし、その死が後に残される我々に無関係であることはあり得ない」
真備はそれを知っている。
それが起こす事態も、後に残るだろう影響も把握している。
その上で一枚噛むこともせず静観を選んでいる。
何故か。その先にある混沌の果ての勝ちだけを狙っているからだ。
「で儂が思うに、あんたの小鳥はそっちに赴いてえっちらほっちら働いている。違いますかな?」
「――――」
途端に強まる殺意。
その桁は、これまでのとは一線を画する。
ここにいるのが真備だからよかったが、そうでなければ腰を抜かすか、ともすれば即座に心臓発作を起こしていても不思議ではなかった。
532
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地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:06:53 ID:kI9b2Ge20
「そう怒らんで下さいな、ただのちょっとした意趣返しですよ。
何しろ儂とウチの要石へ最初に喧嘩を売ったのはあんたらの方じゃ。
機会があればやり返そうと思ってたんです。しかしその反応を見るに――く、くく。弁慶の泣き所ってやつだったみたいですのう、王様?」
「貴様……」
「おっと、荒事は勘弁してくださいや。今のは確かに多少他意のある物言いでしたが、あくまで本意は親切心ですからな。
このまま捨て置けばきっと事態はあんたの想定の外に出る。そうなっては神殺しを目指す我々としても面倒なんですわ。
後になって嘆かれるくらいなら、いっそ起き得る最悪を阻止するため御大直々に足労願った方がいいかと思い、進言させて貰ってる次第ですよ」
吉備真備は腕の一振りで岩を砕き、神をねじ伏せる豪傑ではない。
彼にあるのは知恵と経験。探究心の赴くままに生き、大義の中にあっても我侭を見失わなかった男だからこそ、その視野と思考範囲は実に広い。
だからこそ、彼は当然に見抜いていた。
青銅の兵を率いる者というファクターからテーバイの国父カドモスの名を暴き、栄光と悲劇に呪われた男という情報を糧に、王の情念にまでも推理の網を届かせる。
かつて自分達のもとに攻め入ってきた青銅兵、それを率いていた幼い少女の存在。
それと王のバックボーンを重ね合わせた上で行った推論の結果――老王カドモスは、か弱い小鳥を見逃せない。
そこまで分かった上で事のすべてを俎上に載せ、不敬承知で自分に利のある話を進めていくのだ。
「儂が見るに、あんたの小鳥は長生きできないでしょう」
先の煽りと何が違うのかと思うような物言いだが、これは知見と人心理解に基づく的確な助言だった。
真備は老獪だ。若者のバイタリティと宿老の見識を併せ持つことが彼という英霊の最大の強み。
晴明とも道満とも違う、真備にしか選べない道というものがその眼前には常に存在している。
「なんたって眼が曇ってる。ありゃ過去に呪われ、痛みに縛られた者の眼じゃ。
そういう顔をして戦場に立つ者の末路は決まっとります。
なのでやり方は任せますが、あんたなりに助けてやりなされ。あの娘っ子に死なれると、儂らも困っちまうんでの」
「なるほど。では問おう」
だからこそ、彼が行う助言には値千金以上の価値があった。
逆鱗に触れる物言いをされたにも関わらず、カドモスが激昂していないのがその証拠だ。
王には人を見極める眼が不可欠。遥かテーバイの王から見ても、この老術師の慧眼は類稀なるものだった。
されど。それも続く彼の言動次第では、ここで終わる。
「その前にひとつ付け加えておく。
今から儂がする質問に対し、わずかでも含みのある答えを返した場合、この先貴様らとの交渉には一切応じない」
王はたとえ不敬者であろうとも、能力を示せたならば時に寛大だ。
しかし、不実と謀は決して赦さない。
「した時点で貴様と要石、更にそれに連なるすべての存在を敵とみなして誅戮する。例外はないと心得よ」
「……おーおー、おっかないことを仰る。そう殺気立たないで下さいや、酒の味も消えちまう」
おどけたように言う真備だが、この時ばかりは彼も緊張を感じていた。
この王が本気になれば、自分など吹けば飛ぶような三下でしかない。
建国王の故郷でその怒りを買うなど、比喩でなく神罰が落ちてくるのと変わらない。
希彦に令呪を使わせても、果たして撤退が間に合うかどうか。
天津甕星や雪村鉄志達が味わったのとは次元の違う、竜殺しの英雄の真髄を見ることになるだろう。
「慎んでお答えしましょう。儂も命は惜しい」
「そうか。では問うが、キャスター。――貴様、儂に何をさせようと目論んでいる?」
神殺しの片棒を担がせたいのは分かった。
が、真備の自分に対する執着は異常に見えた。
逆鱗の存在を分かった上でアルマナの話題を出し、あまつさえ助けてやれと進言までするくらいだ。
そうまでしてでも、自分達に当面生き残って貰わねばならない理由とは何か。
533
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:07:35 ID:kI9b2Ge20
放たれた問いに、真備は盃を置いて、正面から王を見据えながら言った。
「カドモス王、あんたの宝具は格別です。侵食固有結界、つまり世界を冒す御業だ。
儂も少し探ってみたが、はっきり言って凄まじい。いや凄まじすぎる。
今ある大地の表層を塗り替えるなんぞ、本来神霊がやる所業ですよ」
「世辞など望んでいるように見えるか?」
「話は最後まで聞くもんです、王よ。あんたの固有結界はつまるところ癌細胞なわけじゃ。
これが普通の聖杯戦争だったら、まあ迷惑極まりない御力ですがの。
しかし神なるモノが支配する、外道の聖杯戦争というなら話は大きく変わってくる」
この世界は、針音の仮想都市は被造物だ。
造物主が創造し、今も神たるオルフィレウスが俯瞰している願いの箱庭だ。
天津甕星を飼う闇の大蛇の真名すらも、彼は当然のように知っていた。
ここで疑問がひとつ生じる。
――何故オルフィレウスは、カドモスによる地脈侵食に気が付けなかったのか?
地上の手段では監視できない、地中での事象だったから? 確かにそれもあるかもしれない。
だが、もしもそうでなかったなら。カドモスの芸当が真の意味で、オルフィレウスの箱庭の道理を超えたものだったとしたら?
「あんたは唯一、オルフィレウスの箱庭で領土を持てる。
神にさえ冒されず暴かれない、栄光の国を拡げることができる」
カドモスの第三宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』。
自動拡大する領土という目に見える強さに隠れているが、真に脅威的な要素はその奥にこそ潜んでいる。
この宝具は世界の修正力を相殺する。言うなれば、現存の法を打ち消しながら侵食し続ける国産み兵器だ。
たとえ聖杯を戴く造物主に創世された亜空の仮想都市であろうと例外ではない。
現杉並を始めとし、カドモスの領土はテーバイという名の独立地帯と化している。
青銅の英雄王が実効支配する新しい地図。そこで起こること、生まれる事態は、この世界の神々達にすら易々とは見通せないのだ。
緻密な計算のもとにプログラムされた仮想世界に紛れ込んだ青銅製のコンピュータウイルス。
敵として相対するなら脅威だが、利用しようと考えるならそこには計り知れない値打ちが付く。
戦に勝つために最も肝要なのは、敵に主導権を握らせないこと。あるいは一度握られたそれを奪い返すこと。
「――――神殺しの拠点として、これ以上に優れた場所はねえでしょう」
そのための準備をする上で、東京のテーバイは実に使える。
戦力を結集させるという意味でも、対神の備えを編むという意味でもだ。
534
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:08:19 ID:kI9b2Ge20
「さっきも言ったが、この聖杯戦争はそもそも挑む側が勝てる仕組みになっとらんのですよ。
あんたも解らんわけではないじゃろう。神様気取りの餓鬼共をどけんことには、にっちもさっちも行かん」
「だから我が国を使わせろと? 侮られたものだ。不敵と驕りを履き違えているようだな」
「その手の禅問答に興味はねえ。あいにくこの性格は幼時分からの悪癖でしてなぁ。やりたいようにやる、生きたいように生きる以外の選択肢を知らんのですよ。儂という男は」
だが、真備は最初からそれを目当てに杉並くんだりまでやって来たわけではない。
最初はただの興味本位。杉並の現状を確認しつつ、異変の主の顔をひと目見れれば万々歳。
そんな軽い見通しで足を踏み入れ、土地霊脈に起こっている異常の仔細を見抜くなりすぐこの発想を萌芽させた。
であれば後は思いついたが吉日。王の逆鱗に触れることも、それで誅殺されるリスクも何のその。
「とはいえ、今すぐに赦してくれとは言いませんわ。
新宿のいざこざが片付いた頃にでも、こちらから文を飛ばしましょう。その時に最終決定を下して貰えればそれで善き」
「……断ると言ったなら?」
「その時はそれ、やけ酒の一杯でも呷ってから次を考えるだけじゃ。
博打の勝ち負けなんざ、呑んで忘れて切り替えるのが一番ですからな。わっはっはっ」
吉備真備は、畏れは抱いても恐怖などしない。
彼は常に生粋の探求者。振った賽の出目が悪かったなら、また次を振ればいいと考える質だ。
希彦が彼を理解できないのも当然の話。
その精神性は術師よりも、むしろ冒険家や科学者に向いている。
カップの酒が消えると同時に、真備の気配が朧気に薄れ始めた。
カドモスは一瞬槍に手を掛けたが、……結局振るいはしなかった。
それをしても無駄だと判断したのだろう。この老人は交渉が破談になる可能性も、常に視野に入れて行動している。
であれば空振りの苛立ちを進んで抱えにいく意味もない。
「願わくば息災でまた会いましょう、遠い異国の英雄王よ。
次は互いの要石も同伴で、楽しく宴でもできるといいんですがの――」
今も遠い戦地で働いている王の小鳥の幸運を祈るような言葉を残して、真備はカドモスの視界から消失した。
後に残るのは空のカップだけ。まるで白昼夢でも見ていたかのように、不遜な陰陽師の姿は消え去っていた。
「……、ふざけた男だ」
小さく息を吐き、カドモスは厳しく目を細める。
ここが神の箱庭で、自分達が聖杯という林檎を餌に踊らされていることには気付いていたが、それでも王は勝負を捨てられない。
英雄達の始祖という殻の内側に隠した悲憤の嘆き。それは今も、老いた戦士の心を苛み続けている。
悲劇は潰えねばならない。たとえすべての栄光を無に帰してでも、流れる涙を根絶しなければならない。
王は今も迷いの中。
その証拠に、視線を向けた先は遥か彼方新宿の都。
――あんたの小鳥は今のままでは長生きできないでしょう。
――やり方は任せますが、あんたなりに助けてやりなされ。
老人の残した言葉がぐるぐると、彼の頭の中を廻っていた。
◇◇
535
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:09:05 ID:kI9b2Ge20
「……と、いうわけなんだが……」
「……、……」
「いや、分かる。そんな顔になるのも分かるぞ。
分かるんだが、えっと、大丈夫か?」
「――大丈夫です。ええ大丈夫なんですけど、念のため確認させてもらいますね」
雪村鉄志の話が終わって。
香篤井希彦は、なんだかものすごく微妙な顔をしていた。
だが鉄志も言った通り、その反応になるのも無理はない。
彼が語って聞かせた内容は、そのくらい荒唐無稽極まりない内容だったから。
「杉並の異変を起こしているのはギリシャ神話のカドモスで、雪村さん達はそいつに襲われて」
「ああ」
「雪村さんはマキナちゃんの宝具で変身してなんとか持ち堪えて」
「うん」
「そしたら何かやたらとやけっぱち気味な和風の美少女が飛んできて、びゅんびゅん飛び回りながら対城宝具を連射して」
「そうだな」
「やばいと思ったら突然巨大ロボに乗った謎のサーヴァントが現れて、そいつが多分この聖杯戦争の黒幕で」
「やばかった」
「で、変身した雪村さんと、実は杉並自体を巨大な自国領にしてたカドモスがふたりがかりでそれを撃退したと」
「そうなんだよ」
「……、……」
「……、……」
「――――ごめんなさい。あの、何を言ってるんですか?」
「じ、事実なんだから仕方ないだろうが! 俺だって話してて"何言ってんだろ俺"って思ってるわ!!」
ツッコミどころが多すぎる。
特に重要なのはカドモスの宝具と、突如乱入してきた機神兵器の二点なのだろうが、部外者の希彦からすると鉄志が変身して戦う下りからして既におかしい。
人間を戦闘要員にして前線で戦わせるサーヴァントなど、普通に考えたらまずあり得ない話だ。
よしんばそれが可能だとして、得られるメリットに比べてデメリットが大きすぎる。
ちょっと魔術使いとの戦闘経験がある程度の元刑事が武装した程度で相手になれるほど、境界記録帯は脆弱な存在ではない。
相手がアサシンやキャスターだったならまだしも、バリバリの三騎士クラスにそれをやるなど荒唐無稽以外の何物でもなかった。
「希彦さん、希彦さん。ますたーは嘘を言っていません。当機の名誉にかけて保証します」
「……いや、なんか色々あって忘れてましたけど、このマキナちゃんもなんかおかしいですよねそういえば」
鋼鉄の四肢を持つ、なんだかサイバーチックな見た目の少女英霊。
マスターを変身させ、共に戦うという奇抜どころではない宝具も含め、まったくと言っていいほど真名の見当がつかない。
強いて言うなら手がかりは"マキナ"という一人称にあるのだろうが……希彦が難しい顔をした瞬間、鉄志が頭を掻きながら「あー」と切り出した。
「正直、バレてどうこうなる真名じゃねえから言っちまうがな。
マキナの真名はデウス・エクス・マキナだ。いわゆる、"機械仕掛けの神"ってやつだよ」
「は?」
「はい。
クラス名:アルターエゴ。機体銘:『Deus Ex Machina Mk-Ⅴ』。製造記号:『エウリピデス』。
ますたーに紹介いただいた通り、真名を『デウス・エクス・マキナ』といいます。よろです、希彦さん」
「な、に、を、言ってるんだ貴方達はぁぁ……っ」
助けてもらったことへの礼もあるのだろう。
今後の円滑な関係性にも期待して、鉄志が打ち明けマキナが認めたその名は、希彦の混乱に拍車をかけた。
536
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:10:08 ID:kI9b2Ge20
「"機械仕掛けの神"ってのはアレでしょう? それこそエウリピデスが好んだっていう演出上の技法じゃないですか。
何をどうしたらそれが英霊になるのかさっぱり分からない。イカれてるんですかこの状況で……!」
「のーぷろぐらむ。……あっ、ちがくて、のーぷろぶれむ。その反応は正しいものです。
当機は我が父が願いを込め、全人類を幸福にすべく生み出された人造神霊ですから、厳密には正当な英霊ではありません。
その証拠に今も当機は成長の過程上にあります。ゆくゆくは人類を救済する真の機神として羽ばたくつもりですが」
「…………わかった。わかりましたから、ちょっとだけ思考を整理する時間をください。脳がキャパオーバーを起こしてるので」
眉間を押さえた希彦が部屋の隅っこにとぼとぼ歩いていって、俯きながら何やらぶつぶつ独り言を言い出した。
どうなってるんだ、何もわからない、胡乱すぎる、みんな真備(アレ)とおんなじに見えてきた……漏れ聞こえてきたのはこんなところ。
そのまま十分ほど思考整理に時間を費やすと、こころなしかげっそりした顔で希彦は戻ってきた。
流石は天才と呼ばれる男。一時は宇宙を背景にしたあの猫みたいな顔になったものの、なんとか折り合いってやつを付けられたらしい。
「お待たせしました」
「お。思ったより早かったな」
「うるさいですよ。……まあ、納得できたかというとまったくそんなことはないんですけどね。いつまでもぴーぴーやってても始まらないので」
もう一度深いため息をついてから、希彦は続ける。
「ウチのバカキャスターが戻ってきたら、改めていろいろ質問させてもらいます。
とりあえず情報交換を済ませろって注文はこなせたので、僕らの付き合いの今後についてはその時で。いいですか」
「構わない。……ただその前に、急ぎでひとつ知見を伺いたいことがあるんだが」
鉄志としても、今後の話は役者が全員揃ってから行うのがいいだろうと思っていた。
しかし、今すぐにでも聞きたいことがひとつあった。
自分達全体のための話ではなく、どちらかというと個人として知りたいことだ。
ただし鉄志にとっては、ともすれば他の何よりも重たい価値を持つ命題。
「さっき話した、俺達を襲った和装のアーチャーについてだ」
「ああ、天津甕星についてですね。正直これも相当ぶっ飛んだ名前なんですが、ロボだの何だの聞かされた後じゃどうしても印象が薄れちゃいますね」
「……、天津甕星?」
「え。あれ、『神威大星・星神一過(アメノカガセオ)』って宝具名だったんですよね?
だったらそれ以外ないでしょ。まあ普通に天香香背男の方が真名って可能性もありますが」
希彦は、何を当然のことを言っているのかというような顔で指を立てる。
鉄志としては灯台下暗しを突きつけられた気分だった。
確かに考えてみれば当然の話。思わず頭を抱えたくなる、ご丁寧にもあっちから答えを明かしてくれていたなんて。
「天津神の葦原中国平定に抵抗して大暴れした、かなり武闘派の悪神ですよ。
光の矢を放ちながら飛び回るって特徴も補強になります。
天津甕星は星神ですからね。夜空の星が信仰を得て擬人化された神格なら、高速移動も流星の矢も"らしい"と言えます」
「――じゃあ、そいつが何か"蛇"に絡む逸話を持ってるってことはあるか?」
「蛇?
……香香背男の"カガ"は確か蛇を意味する古語ですし、まあないことはない、かもしれませんが。どうしてそんなことが気になるんですか?」
蛇の名を持つ神が、鉄志の追う〈ニシキヘビ〉について知っている。
偶然とは思えない符号に、男は思わず拳を砕けんばかりに握りしめていた。
こみ上げるのは焦燥。しかし、脳裏には一縷の光明が射し込んでいる。
537
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:11:21 ID:kI9b2Ge20
これまでずっと、ただ一握の手がかりも見つけられなかった正体不明の犯罪者。
それが現実に存在する"誰か"なのだという確信が、今の鉄志の胸の中にはあった。
「俺は〈ニシキヘビ〉という犯罪者を追ってる。そして恐らく、そいつはこの街にいるんだ」
「……それは、特務隊が解散したことと何か関係が?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。だが少なくとも俺は、そのクソ野郎に一人娘を奪われてる」
「この街にいるという根拠は」
「今日だけでふたり、不自然な形で家族を喪ったマスターと出会った。
詳しくは後で話すが、どうにも偶然とは片付けにくい話でな。
何しろ片方は武道を収めた魔術師。もう片方は聖堂教会の代行者の夫妻だ。
後者に至ってはつまらない交通事故って形で命を落としてる。おかしな話だろ」
思わず早口になっていたが、彼にはそれを自覚する余裕もない。
希彦がぶつぶつ言っている十分の内に、高乃河二達からのメールを確認した。
まだ完全に精査はできていないものの、流し見しただけでも目玉の飛び出るような内容ばかりだった。
自分がのん気に気絶していた時間がひどく惜しい。
その分だけ自分は出遅れた。切望した運命の結実がようやく影の先端程度見えてきたというのに、何をしているのかと自責のひとつもしたくなる。
「なるほど。痕跡を残さず人を消し、かつ社会的な根回しにも長けた弩級の犯罪者――といったところですか」
「少なくとも俺はそう睨んでる。というか、そうでなかったら説明の付かないことが多すぎてな」
でも、僕らには関係ない話ですよねそれ。
そう言われてしまえば終わりだったが、しかしそうはならない。
何故なら蛇の存在はもはや単なる思考上の仮想存在ではなく、少なくとも"そういうモノがいる"ことは証明されているのだ。
天津甕星がニシキヘビの単語に反応してくれたことは、そういう意味でもあまりに大きな分岐点だった。
砂漠の砂をふるいにかけるような途方もない話が、現実に存在する犯罪者を追う追走劇へと変わった。
そしてそうなれば、もうこれは鉄志達遺族だけの問題ではなくなる。
「……実在するとすれば、確かに厄介ですね。
わかりました。そこに関しても、キャスターが戻り次第もう少し詳しく聞かせてください」
蛇は実在する。
少なくともNPCのような都市の背景としてではなく、魂と英霊を携えた演者(アクター)として今もどこかの藪中に潜んでいる。
そんな厄介な敵対者の存在を、"どうでもいい"と切り捨てるなど賢明な選択とは言い難い。
雪村鉄志が天津甕星から引き出した手がかりは、〈ニシキヘビ〉を狩りの場へ引きずり出した。
特務隊が成し遂げられず、鉄志自身も心血枯れ果てるまで戦って、それでも叶わなかったステージ。
これからだ。何もかもが、これからだ。血が滲むほど唇を噛んで、鉄志は自分に言い聞かせるように頷いた。
◇◇◇
538
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:12:09 ID:kI9b2Ge20
【世田谷区・ビジネスホテル(廃墟)/二日目・未明】
【雪村鉄志】
[状態]:疲労(小)
[令呪]:残り二画
[装備]:『杖』
[道具]:探偵として必要な各種小道具、ノートPC
[所持金]:社会人として考えるとあまり多くはない。良い服を買って更に減った。
[思考・状況]
基本方針:ニシキヘビを追い詰める。
0:希彦のキャスター(真備)が帰投次第、これからの話をする。
1:アーチャー(天津甕星)は、ニシキヘビについて知っている……?
2:今後はひとまず単独行動。ニシキヘビの調査と、状況への介入で聖杯戦争を進める。
3:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
4:〈一回目〉の参加者とこの世界の成り立ちを調査する。
5:マキナとの連携を強化する。
6:高乃河二と琴峯ナシロの〈事件〉についても、余裕があれば調べておく。
7:今の内に高乃達からの連絡を見ておくか。
[備考]
※赤坂亜切から、〈はじまりの六人〉の特に『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』の情報を重点的に得ています。
※高乃河二達から連絡を受け取りました。レミュリンが彼らへ伝えた情報も中に含まれていると思われます。詳細はお任せします。
※アーチャー(天津甕星)の真名を知りました。
【アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)】
[状態]:疲労(中)、安堵
[装備]:スキルにより変動
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターと共に聖杯戦争を戦う。
0:よかった。よかったぁ……。
1:マスターとの連携を強化する。
2:目指す神の在り方について、スカディに返すべき答えを考える。
3:信仰というものの在り方について、琴峯ナシロを観察して学習する。
4:おとうさま……
5:必要なことは実戦で学び、経験を積む。……あい・こぴー。
[備考]
※紺色のワンピース(長袖)と諸々の私服を買ってもらいました。わーい。
【香篤井希彦】
[状態]:魔力消費(中)、〈恋慕〉、頭の中がぐっちゃぐちゃ
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:式神、符、など戦闘可能な一通りの備え
[所持金]:現金で数十万円。潤沢。
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉の選択を待って、それ次第で自分の優勝or神寂祓葉の優勝を目指す。
0:なんだかとんでもないことになっていないか? ええい、さっさと帰ってこいあのバカキャスター!!
1:僕は僕だ。僕は、星にはならない。
2:赤坂亜切の言う通り、〈脱出王〉を捜す。
3:……少し格好は付かないけれど、もう一度神寂祓葉と会いたい。
4:神寂祓葉の返答を待つ。返答を聞くまでは死ねない。
5:――これが、聖杯戦争……?
6:〈ニシキヘビ〉なるマスターが本当に存在するのなら脅威。
[備考]
二日目の朝、神寂祓葉と再び会う約束をしました。
539
:
地図にない島
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:12:33 ID:kI9b2Ge20
【杉並区・区境近辺/二日目・未明】
【キャスター(吉備真備)】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:『真・刃辛内伝金烏玉兎集』
[所持金]:希彦に任せている。必要だったらお使いに出すか金をせびるのでOK。
[思考・状況]
基本方針:知識を蓄えつつ、優勝目指してのらりくらり。
0:さて、さて。面白くなってきたわい。
1:希彦については思うところあり。ただ、何をやるにも時期ってもんがあらぁな。
2:と、なると……とりあえずは明日の朝まで、何としても生き延びんとな。
3:かーっ化け物揃いで嫌になるわ。二度と会いたくないわあんな連中。儂の知らんところで野垂れ死んでくれ。
4:カドモスの陣地は対黒幕用の拠点として有用。王様の懐に期待するしかないのう。
[備考]
※〈恒星の資格者〉とは、冠位英霊の代替品として招かれた存在なのではないかという仮説を立てました。
【ランサー(カドモス)】
[状態]:全身にダメージ(小)、君臨
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
0:神殺し、か。
1:令呪での招聘がない限り自ら向かうつもりはないが、アルマナに何らかの援護をする?
2:当面は悪国の主従と共闘する。
3:悪国征蹂郎のサーヴァント(ライダー(戦争))に対する最大限の警戒と嫌悪。
4:傭兵(ノクト)に対して警戒。
5:事が済めば雪村鉄志とアルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)を処刑。
[備考]
本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
→青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。
カドモスの宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の影響下に置かれた地域は、世界の修正力を相殺することで、運営側(オルフィレウス)からの状況の把握を免れています。
540
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/10(木) 00:13:02 ID:kI9b2Ge20
投下終了です。
541
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/11(金) 01:16:37 ID:RhzTLIIA0
アルマナ・ラフィー
蛇杖堂寂句&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
山越風夏&ライダー(ハリー・フーディーニ)
キャスター(シッティング・ブル)
ノクト・サムスタンプ
覚明ゲンジ&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)
バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン) 予約します。
542
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 22:55:58 ID:tyr1M99Y0
投下します
543
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 22:58:05 ID:tyr1M99Y0
〈脱出王〉は焦らない。
ステージスターにとって目の前で起きるすべてはエンターテインメント。
たとえアクシデントがあったとしても、それすら乗りこなしてウケを取ってこその大道芸人だ。
だからこそ彼女は前回、ある意味では誰よりも厄介な存在として思い思いに跳躍し、盤面を掻き回したのだったが――
「っひぃ! わっ! ひゃあっ!?」
そんな彼女にも、苦手な相手というものはいる。
一言で言うと、ノリの悪い人間だ。
こちらがどんなおちょくりで揺さぶりをかけても、そうか死ねと真顔で殴り付けてくる相手。
その上実力も頭脳も完備、難攻不落を辞書で引いたら類例として出てきそうなエリミネーター。
こういう連中との正面戦闘はどうにも骨が折れる。ともすれば、下手に英霊と戦うよりもよほど心と身体をすり減らしてくる。
だから"前回"、彼女は好き放題やっているようで、徹底して二名のマスターとの無策な邂逅を避けていた。
ひとりは蛇杖堂寂句、言わずと知れた怪物老人だ。これと戦いたがる人間はまずいないだろうし、さしもの〈脱出王〉もその例外ではない。
とはいえ彼に関しては、触れられさえしなければある程度立ち回れる。
純粋なスペック差が開きすぎているのでまず勝ちをもぎ取ることはできないが、少し遊んで逃げるくらいなら然程難しくない。
先刻彼のもとを堂々と訪ねられたのはそれが理由だ。
恐るべしは〈脱出王〉。あの蛇杖堂を相手にこんな科白が吐けるマスターは、針音都市の中でも彼女か祓葉くらいのものだろう。
しかし一方で二人目の男。
こちらに関しては、そうもいかない。
「相変わらずちょこまかと鬱陶しいな〈脱出王〉。今更言うまでもないだろうが、みんなお前のことは嫌いだったぜ」
ノクト・サムスタンプ。
関わること自体が悪手と称される極悪な策謀家だが、彼の真髄はむしろその先にある。
夜。日が沈んで月が出れば、星空が照らす暗黒の空の下にて、彼は超人と化すのだ。
「ちょ、待っ……いや、いくら何でも容赦なさすぎだろ君ぃッ! こっちにもいろいろと、段取りとかそういうものがだね!?」
「させるわけねえだろ莫迦が。それをさせないために、わざわざこうして出てきてやったんだよ」
夜の女王との契約。それが、ノクトを魔物に変える。
〈はじまり〉の星々の中で条件を問わず最大値だけ比べ合うのなら、最大値は間違いなくサムスタンプ家の落伍者だった。
死を経験し、太陽への妄執に囚われたことで急激に化けた白黒の魔女でさえ、今のノクトと関わるのは二の足を踏むだろう。
それほどだ。それほどまでに、時を味方にした契約魔術師は圧倒的な強さを秘めている。
地を蹴り、ひと飛びで人間の身体能力では考えられない高度まで飛び退いた〈脱出王〉に同じく一足で追いつく。
彼女とて無抵抗ではない。すんなり逃げられないならと、相応に抵抗も試みている。
なのにされるがままで圧倒されて見えるのは、あまりに身も蓋もない理由。
何をしようとしても、試みた端から目の前のノクトに潰されているからだ。
544
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 22:59:21 ID:tyr1M99Y0
「お前は無軌道な莫迦のように見えて狡猾だ。
ショーを成功させる確証がある時は調子がいいが、都合悪い時には穴熊決め込んで、どれだけ探しても出てきやがらねえ」
"夜"のノクト・サムスタンプの強さは、最優のマスターである蛇杖堂寂句さえ優に凌ぐ。
五感、運動神経、反応速度に肉体強度――あらゆる能力値が人間の限界点を突破する。
防戦に重きを置くなら英霊とすら張り合えるスペックを、非情の数式と称される最高峰の頭脳で駆使してくる。
「正直、性格の悪さならホムンクルス以上だよ。
どいつも揃って俺を極悪人呼ばわりするが、真に腐ってるのはテメェだと思うぜ〈脱出王〉」
彼は暗殺者であり、殺人鬼であり、武芸者であり、野獣である。
夜と契った男の跳躍から逃れるのは、たとえ人類最高のマジシャンだろうと容易ではない。
ノクトは、影を踏みしめていた。
ビルの壁面を覆う影に、両生類のように貼り付くことで万有引力を無視している。
その状態で初速から自動車の最高速度を超える吶喊を叩き出すため、彼の猛追は意思を持った突風と変わらない。
「だからここで殺す。ガキ共の戦争ごっこに噛む上でも、テメェみたいなのが跳び回ってるのは具合悪いんでな」
"夜に溶け込む力"が三次元の縛りを無視し。
"夜に鋭く動く力"が彼を魔人にする。
そして"夜を見通す力"は、〈脱出王〉のすべてを見抜く。
これらのすべてが、逃げの天才たる彼女が真価を発揮できていない理由だった。
「嫌われたもんだなぁ……! でも君だって知ってる筈だよ。昼だろうが夜だろうが、ハリー・フーディーニは誰にも捕まらないってね――!」
タキシードの裾をはためかせると同時に、飛び出させたのは閃光弾。いわゆるスタングレネードだ。
閃光は夜の闇を塗り潰す。影が消えればノクトの影踏みは無効化され、たちまち自由落下の牢獄に逆戻りする。
現在彼らが戦っている高度は二十メートル超。ビル壁を足場に鬼ごっこを繰り広げているため、落ちれば墜落死の運命は避けられない。
"夜に溶け込む力"さえ無効化できれば、足場のない高所は山越風夏の独壇場だ。
けったいな力に頼らずとも風夏は垂直な壁を登れるし、何ならそこで踏み止まることもできる。
よってこの一手は追撃を撒きつつ同時に致死の墜落を強いる、破滅的なそれとして働く筈だったが――
結論から言うと。
〈脱出王〉の返し札は、開帳することさえ許されなかった。
「大口叩く割にずいぶんセコい手使うじゃねえか。器が知れるな、えぇ?」
「ッ……!」
裾から出した瞬間、ノクトが掴み取って握り潰す。
それでも炸裂はする筈が、彼の右手に渦巻く夜色の闇が爆ぜる光を咀嚼し呑み込んでしまう。
"夜に溶け込む力"のひとつ。ノクトは、自分の肉体の一部を夜そのものに変えることができる。
やり過ぎれば夜に喰われ命も危ぶまれる危険な手だが、四肢の一本程度なら制御も利く。
(やばいな――分かっちゃいたけどめちゃくちゃやりにくいぞこれ。天敵って感じだ)
しかし〈脱出王〉に舌を巻かせたのはその驚くべき芸当ではなく、昏く沈み込むノクトの双眸だった。
"夜を見通す力"が彼に与えている力は、大まかに挙げると二種だ。
いかなる闇をも見通す暗視。闇の中で何も見逃さない超視力。
厄介なのは後者である。
敵の筋肉の微細な動きまでつぶさに見取る凶眼は、あらゆる動作の"起こり"を暴き立てる。
ヒトが肉体を持つ生き物な以上、筋肉に頼らず動くことは不可能だ。
脳で考え、信号を伝達して筋肉を動かし、身体を駆動させる――つまり身体の前に筋肉が動作するのが人体のルールであって、ノクトはここを見ている。
545
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:00:13 ID:tyr1M99Y0
対人戦闘における、実質の未来予知だ。
いかに〈脱出王〉が超人的な逃げ技の持ち主といえど、次どうするか常に読まれていては精彩を欠くのも避けられない。
単に先読みされるだけなら彼女はそれを込みにした曲芸で抜けてみせるだろうが、相手は〈夜の虎〉なのだ。
奇術師の技を暴く瞳。視た未来を確実に潰す圧倒的暴力。このふたつを併せ持つ夜のノクトは、まさしく彼女にとって天敵といえた。
「どうした。笑顔が引きつってるぜ」
「……は。言ってくれるじゃないか」
だが――だからどうした。
分泌されるアドレナリン、供給されるモチベーション。
逆境は脱出の王を成長させる促進剤。故に彼女は不測を愛する。
「そうまで言われちゃ魅せないわけにはいかないね。さあさお立ち会い、ここまでおいで〈夜の虎〉!」
事もあろうに〈脱出王〉は、足場にしていた壁を蹴飛ばした。
するとどうなるか。先ほどノクトを追いやろうとした自由落下の世界に、彼女自身が囚われることになる。
(二十三メートルってところか。さすがの私もまともに落ちたら死ぬ高さだけど……)
リスクはある。それでも袋小路を脱するためにはやらなきゃいけなかった。
あのまま戦い続けていればいずれは詰め将棋、削り切られるのは確実にこちらだ。
賭けではあるが、空中はノクトの追跡を振り切る絶好の場所。
空に影はない。ここでなら、猛虎の影踏みを無効化できるというわけだ――そういう算段、だったのだが。
「……、……へ?」
〈脱出王〉は一瞬、自分は幻覚でも見ているのかと疑った。
落ちる自分と、高みのノクト。彼我の間合いがいつまで立っても広がらない。
「お、おいおいおい! 嘘だろ、そりゃ流石にデタラメすぎないか……!?」
いやそれどころか、引き離した筈の距離が徐々に詰まり出している。
理由は単純だ。ノクトが、追いかけてきているからである。
我が物顔で空を踏みしめながら、逃げる〈脱出王〉に猛追しているからである。
Wunggurr djina Walaganda, ngarrila ngarri.
「――モンスーンの雲、天空なりしワラガンダの眷属へ乞い願う」
夜の女王との契約が活きるのはその名の通り夜天の下。
ならばそうでない時、ノクト・サムスタンプは無力な凡人なのか?
違う。彼はその証拠に、もう一体の幻想種と契約を結んでいる。
大気の精。
オーストラリアの原住民族に伝わる大精霊ワンダナを原典とし、神秘の薄れた現代まで存在を繋いできた上位者だ。
いくつかの誓約と引き換えに得たのは大気、つまり風を操る力。
平時のノクトはこれを戦闘手段としており、今見せている空中歩行もその一環である。
546
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:01:11 ID:tyr1M99Y0
「驚くほどのことかね。俺が風を操れることは知らなかったか?」
「いや……っ、知ってたけども! だけど、だからって空を歩けるとは思わないじゃん普通!?」
「空を逃げ場に使う阿呆なんてそうそういねえからな、見せる機会がなかった。
おまけに目立つ。できるなら俺だってやりたかねえよ」
大気に足場を構築し、空を歩く。
が、それだけではない。
そこには色が宿っていた。本来大気にある筈のない微細な濁りが満ちており、そこに夜の暗黒が降り注いでいる。
すなわち影だ。
空に影を作るという芸当を以って、ノクトは"夜に溶け込む力"を維持している!
「ましてやこんなもん、あちらさんに知られたら指詰めじゃ済まねえ不敬だからな。
精霊から借り受けた風に女王の夜を溶かすなんざ、やってるこっちもぞっとしねえ」
勝算を取り上げられた〈脱出王〉の喉が、ひゅっと音を鳴らした。
思惑は失敗、それどころか自分だけ足場を失った格好だ。
ノクトの手が届かない距離感を維持できている今のうちに手を打たなければ、ここですべてが終わりかねない。
「バケモノめ……!」
「こっちの科白だよ、大道芸人」
風夏が再び袖をはためかせると、そこから無数の糸が伸びた。
鋼線(ワイヤー)だ。目を凝らしても常人では視認不能の極細だが、数十トンの重さでも千切れない特注品である。
彼女はこれを伸ばし、聳えるビル群の一軒に触れさせる。
くるくると巻きつけて固定し、糸を急縮させることでその方角へと高速移動した。
英霊顔負けのウルトラCだが、逆に言えばさっきの閃光弾と今使ったこれで仕事道具は品切れ。
準備ができていないところにカチ込まれたものだから、余裕らしいものはまったくなかった。
そしてこの渾身の離脱すら、ノクトにしてみれば予想可能の範疇でしかない。
「逃がすかよ。往生しろってんだ、もう十分生きただろうが」
逃げる〈脱出王〉を追いかけて、無数の風刃が打ち込まれていく。
掠めただけで骨まで切り裂く凶刃が、惜しみなく数十と放たれた。
〈脱出王〉は絶妙な身のこなしから成るワイヤーアクションで、紙一重でそれを躱す。
「……ちぇっ」
その頬から、一筋の赤色が垂れ落ちた。
血だ。〈脱出王〉が、山越風夏が、ハリー・フーディーニが、血を流したのだ。
手傷を与えたノクト自身、一瞬思考を空白に染められた。
547
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:02:09 ID:tyr1M99Y0
それほどまでに信じがたい事実。前回、祓葉を除き誰ひとり得られなかった戦果。
「――く、は」
この奇術師にも赤い血が流れている、命が脈打っているという事実を。
改めて噛み締め、ノクト・サムスタンプは嗤った。
「はぁッはッはッはッ! いいじゃねえか〈脱出王〉、初めてテメェを好きになれそうだ!」
「いたいけな少女の顔を傷物にして高笑いかい。聞きしに勝る極悪非道だね、ノクト!」
「ああすまねえな。許してくれや、あんまり愉快だったもんでな!」
夜空に躍る、奇術師と鬼人。
ドラマチックでさえある絵面だったが、実情はまったくそんなものではない。
交錯する殺意と、そして因縁。
彼らは生死を超えた、狂気という縁で繋がっている。
「安心したよ。結局テメェも、俺達と同じ――あの可憐な星に魅せられた、ひとりの人間だったわけだ」
笑みを絶やさぬまま、ノクトが疾走する。
それを迎え入れる〈脱出王〉の顔は、掠り傷を残しながらも不敵だった。
彼女はこれ以外の顔を知らない。いや、舞台に立つ限りこの顔を崩してはならないと矜持に誓っている。
「もういいぞ、そろそろ休めよハリー・フーディーニ。後のことは俺が引き継いでやる」
「はは、やだね! 猫に九生ありて、今の私は所詮その道中。こんなところで死んだら、誰が後世の観衆諸君を驚かせるんだい!?」
ここで〈脱出王〉が、初めて攻撃に出た。
目的地のビル壁に着地するなり、その手で摘んだワイヤーを瞬と振るう。
奇術師の無茶にあらゆる形で応える見えざる糸は、風を切り裂きながらノクトを射程に捉える。
やる気になれば高層ビルを細切れにすることだってできる魔域の手品道具だ。
いかに今の彼が超人と化していようが、これに絡め取られれば肉片と化すのは避けられない。
「娯楽なんざいつの時代も飽和してんだ。未来にテメェの居場所はねえよ、型落ちのステージスター!」
「ちっちっち、分かってないなぁ契約魔術師! ニーズは手前の腕で作るもんだろうッ!」
銀閃が、風を裂き。
風刃が、躍る奇術師を狙う。
空中の攻防戦はあらゆる固定概念を無視していた。
極限の技と無法、その二種を揃えていなければ成り立ちすらしない人外同士の激突。
性能だけで見るなら勝っているのはノクトだが、脱出のための技を攻撃に回す屈辱を呑んだ〈脱出王〉は難攻不落だ。
彼女は生き、逃れることに究極特化した突然変異個体。
それが本気で生存のために行動したのなら、〈夜の虎〉と言えども攻略するのは並大抵のことではない。
「ていうか君はさぁ、なんていうんだろ、なんか女々しいんだよね!
すましたしたり顔でべらべらくどくどと語ってるけど、ホントはイリスに負けず劣らず祓葉に灼かれ散らかしてるクセに!」
何故、当たり前に垂直の壁に立てるのか。
その上で秒間にして数十という精密操作を続け、夜のノクトを相手に拮抗できるのか。
「うじうじしてないで好きって言っちゃえよぉ!
さっきミロクを喩えに出してたけど、私に言わせれば彼の方がよっぽど男らしいと思うけどなぁ!?」
「何を言われてるのかさっぱりだな」
「ほらそういうとこー! 中年男が女子高生に欲情してる時点で終わってるんだから恥なんかさっさとかき捨てとけよッ!」
が、異常なのはノクトも同じだ。
常人なら数秒で即死している鋼線曲芸の中で、風と肉体を寄る辺に前進を続けている。
その甲斐あって、着実に距離は詰まっていた。
548
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:03:24 ID:tyr1M99Y0
まるで腐れ縁の友人同士のように舌戦を交わしながら、いつ首が飛んでもおかしくない激戦に身を投じるふたりの"人間"。
ここまで手を変え品を変えの命のやり取りを続けているのに、未だ手傷らしい手傷が〈脱出王〉の掠り傷くらいしかないのも異様だ。
〈はじまり〉の凶星達は、こうまで人間を逸しているのか。
彼らが脅威たる理由が、その狂気だけではないことを証明するに足る論拠が、この数分間で嫌というほど示され続けてきた。
しかし、どれほど戦況が膠着して見えても――戦いの本質は残酷なまでに明確だ。
互いに不敵そのものの顔をしてはいたが、山越風夏は汗に塗れ、対するノクト・サムスタンプはそれを滲ませてすらいない。
「悪いな。こっちも後が詰まってんだわ」
よって、結末はごく順当に訪れる。
銀閃の波を風の砲弾で押し開き、強引に安全圏を作り出し。
次の瞬間、ノクトは疾風(はやて)と化した。
「――多少分かり合えて嬉しいが、時間だから死んでくれ」
魔力を惜しみなく注ぎ込んで、自らの背部を起点に暴風を生み出す。
風の推進力を利用した、見敵必殺の超高速駆動(ロケットブースト)。
ノクトの魔力量では長時間の持続は難しく、あくまで瞬間的加速の域は出なかったが――それでも、苦境の〈脱出王〉へ使う手としては十二分。
「ッ……!」
堪らずワイヤーを引き戻すが、しかし遅い。
落下で地上まで下り、神業の受け身で衝撃を殺し。
迫るノクトから逃れようと試みた〈脱出王〉は、そこで鬼に追いつかれた。
着地を完了したその時、既に目の前には〈夜の虎〉が立っており。
殴れば鉄すら砕く魔拳が、獰猛な笑みと共に放たれていて――
「が……は、ぁッ……!!」
それが、容赦なく少女の腹筋を打ち抜いていた。
奔る衝撃に臓器が揺さぶられ、脳天ごと意識が撹拌される。
紙切れのように吹き飛んだ〈脱出王〉は、路上駐車された軽自動車のボンネットに叩き付けられた。
浮かび上がった人型の凹みが、彼女を襲った衝撃の程を物語っている。
「やれやれ、往生際の悪さは筋金入りだな。殺すつもりで殴ったんだが」
「ッ――は、ぁ。そりゃ、残念だったね……」
即死には至らなかったし、致命傷もどうにか避けた。
脱出の過程で身につけた受け身の技能。遥か上空から落下しても、それを取る余裕さえあれば墜落死せずに済む極限の神業。
それを目の前の拳に応用することで、山越風夏はぎりぎり、紙一重のところで生を繋いでのけたのだ。
呆れるほどの生への執念。しかし、単に生き延びただけでは状況は好転しない。
〈脱出王〉の声は濁っていて、痛ましい水音が混ざっていた。
袋を破いたみたいに溢れてくる血が、奇術師の胸元をべっとり汚している。
そのらしくない汚れた姿が、彼女の負った手傷の程を物語っているようで。
「共に運命へ狂したよしみだ。祓葉(アイツ)に伝えたい言葉があれば聞いてやる」
「はは、なんだよ。結構優しいじゃんか。
じゃあ、そうだな……君のために準備してたのに、道半ばで死んで残念だ、って」
喘鳴のような声を響かせながら、〈脱出王〉は口を開く。
ノクト・サムスタンプは、誰も手折れなかった躍動の華を見下ろす。
新宿の大勢が決着するのを待たずして、遂に六凶のひとつが墜ちる。
誰の目から見ても明らかな破滅を前に、脱出の貴公子は笑って言った。
・・・・・・・・
「もし避けられたら、伝えておくれ」
549
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:04:13 ID:tyr1M99Y0
悪意に溢れた破顔を前に、ノクトは背筋を粟立たせる。
思わず咄嗟に飛び退いたが、それがなんとか幸いした。
ぱぁん。そんな軽い音と共に、一発の銃弾が闇の中を駆けたからだ。
たかが銃弾。しかしノクトはその一発に、〈脱出王〉の曲芸を前にしてさえ抱くことのなかった、死のヴィジョンを見た。
舌打ちをひとつ。
弾丸の飛んできた方向に目を向ける。
視線の先、路地の裏側……奈落めいた闇夜の底から、ぬらりと這い出してくる影があった。
「……ぁ……おぉ…………で…………し………………、……ぅ…………ず…………」
痴呆老人のように、いや事実そうなのだろう、うわ言と判別のつかない声を漏らして。
まるで脅威性を感じさせない物腰のまま躍り出たそれに、ノクトが抱いたイメージはひとつ。
"死神"だ。死の国から這い出てきた、深い狂気に冒された怪物だ。
彼にはそれが分かる。何故なら彼自身が、それ"そのもの"だから。
ぎょろりと、萎びた眼球がノクトを睨んだ。
いや、見つけた――というべきか。
兎角この瞬間、彼はこれの逃走経路(しかい)に入ってしまったのだ。
「――――ヴァルハラか?」
スラッグ弾のみを適正弾丸とするショットガンを抜く影は無防備。
なのにそれが、獲物たるノクトの眼からすると一寸の隙もない狩人のものに見える。
故にもう一度の舌打ちを禁じ得なかった。
素直に殺せるなら万々歳。そうでなくとも、令呪の一画程度は使わせるのを最低保証として見据えていたが。
「クソペテン師が。なんてもん喚んでやがる、ゴミ屑」
「お互い様だろう。ここからが本番だよ、非情の数式」
これは駄目だ。
こいつを前に、人間は張り合えない。
これは、九生の五番目。
未来の大戦にて、数多の屍を築いた怪人物。あるいは英雄。
神聖アーリア主義第三帝国、この時代には存在しない国。
ナチスドイツの再来という悪夢の先陣を切った怪物射手(フラッガー)。
心神喪失の逃亡者。
ハリー・フーディーニ。
550
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:04:52 ID:tyr1M99Y0
(プランの立て直しが要るな。
このクソ女は是が非でもここで殺してえが、これを相手にどれほどやれる?
最悪ロミオの野郎を呼びつけるとして、それで勝率はトントンまで持っていけるか?
多少の無理は承知するしかないが、そこまでやって果たして〈脱出王〉の首をもぎ取れる確率は――)
スラッグ弾を搭載したショットガンは単発銃。
手数こそないが、それが問題にならない剣呑をノクトは感じ取っていた。
単なる魔術師としてではなく、傭兵として世を渡り歩いたからこそ分かる、関わってはならない相手の匂い。
だから考える。脳を全力で回転させて、ただひたすらに思索する。
夜のノクトは肉体のみならず、脳髄も平時以上に冴え渡る。
わずか一瞬の内に限界まで思案を深め、目の前の不測の事態に対する向き合い方(アイデア)を引き出して。
そうしているその最中のことだった。新たに新宿中へ配備した使い魔が見取った情報が、脳裏になだれ込んできたのは。
「――――」
伝えられた情報は、二度目の絶句をさせるには十分すぎるものであった。
最悪の展開だ。あらゆる意味で、ノクトが避けたかった事態のすべてがそこに詰まっていた。
苦渋に歪んだ面持ちで契約魔術師は瀕死の奇術師を睨み付ける。
するとちょうど、どういう手を使ったのか彼女も"それ"を知り及んでいたようで――
「……さあ、どうする? 〈夜の虎〉」
にたり、と。
虫唾の走るような顔で、意趣を返すように、嗤っていた。
◇◇
551
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:05:21 ID:tyr1M99Y0
報告を聞くなり、征蹂郎は複雑な顔で動き出した。
複雑、というのは読んだ通りの意味だ。
怒り。動揺。狼狽。そしてそのすべてを凌駕するほどの殺意。
それらに彩られた顔で、悪国征蹂郎は部屋を飛び出していた。
あれこれ思考するのは後だ。今、それに時間を費やしている暇はない。
既に事は起きているのだ。取り返しのつかない被害が、こうしている間にも重なり続けている。
『――逃げてくれ征蹂郎クン! デュラハンの野郎ども、新宿を放っぽってこっちに攻め込んできやがっ――ぁ゛……』
そこで通話は途切れたが、何が起きたのかを察するには十分すぎた。
同時に自分の考えの甘さを自覚し、数刻前までの己を殺したい気分になる。
要するに、敵方の頭脳は――その悪意は、自分の遥か上を行っていたというわけだ。
決戦の土俵になど固執せず、卑劣に非道に勝ちを狙いに来た。その結果がここ、千代田区で起こっている惨劇だった。
「……、くそ……!」
刀凶聯合。征蹂郎にとって家族にも等しい同胞たちに持たせていたGPSの反応が、次から次に途絶えている。
現時点で確認できるだけで五割を超える反応が消えていた。デュラハンに対し数で劣る聯合にとっては、言うまでもなく壊滅的な被害である。
決戦の地を指定したのは征蹂郎だ。
天下分け目の地は新宿。刻限も場所も彼が決めた。
だが、敵手――首のない騎士団を統率する凶漢・周鳳狩魔は流儀など一顧だにもしない。
だから何ひとつ構うことなく、聯合が居を構えていた千代田区にこうして兵を送ってきた。
これだけならば半グレ同士の抗争における横紙破りの一例で済むが、周鳳狩魔はマスターなのだ。
であれば当然、送り込まれる刺客は彼が呼び寄せたサーヴァント。
境界記録帯の暴力に対し武装した人類が可能な抵抗など、大袈裟でなくそよ風にも満たない。
(そこまで卑劣なのか。そこまで恥を知らないのか――周鳳狩魔)
食いしめた歯茎から滲み出た血が、口内に鉄錆の味を広げている。
許さない。殺してやる。絶対に――誓う殺意はしかし目の前の現状を何ひとつ好転させない。
そんな絶望的状況の中でも、しかし征蹂郎の判断は合理的だった。
敵はこちらの本拠を狙ってきた。であれば、こちらも同じことをする以外に手はない。
すなわち新宿へ向かう。
己自身も敵地に乗り込み、正面から姑息な奴原どもを根絶やしにする。
それが最も被害を抑止でき、かつ聯合の勝利に近づく手段だと悟ったから征蹂郎は迷わなかった。
幸い、レッドライダーはもう新宿に投下してある。かの赤騎士と合流さえ叶えば、デュラハンなどものの敵ではない。
昂り荒れ狂う激情を理性で押し殺しながら走る征蹂郎の前に、ちいさな影が馳せ参じた。
552
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:06:21 ID:tyr1M99Y0
「――アルマナ」
「アグニさん。ご無事で何よりです」
「いや……キミの方こそ、無事で良かった。その様子を見るに……今起こっていることは理解していると思っていいか?」
「はい、把握しています。……聯合の皆さんが、アルマナにまで連絡をくれましたから」
白髪。褐色。遥かギリシャの青銅王を従える少女、アルマナ・ラフィー。
従者のように颯爽と参じた彼女は、迷わず征蹂郎に細腕を差し出していた。
「火急の事態と見受けます。護身は請け負うので、行き先をお伝えください」
「……新宿だ。オレはそこに向かわねばならない」
「分かりました。ではそちらへ急ぎましょう」
幼子に手を引かれる、それは普通に考えればこの歳の男としては沽券に関わるものであったろうが。
無論、そんな些事にいちいち眉を顰めてなどいられない。
征蹂郎の中にあるのは、悪逆を地で行くデュラハンの総大将に対する憎悪のみ。
既に持ち場を離れて退くようにとの指示は出してある。
であれば後は、今度こそ己が先頭に立って怨敵打倒の鬨の声を唱える以外ない。
その筈で、あったが――
「おや」
進む道の前に、現れた影がひとつ。
視認した瞬間、反射でアルマナが足を止めた。
征蹂郎は、意識しなければ呼吸することさえできなかった。
それほどの存在感と、そして死の予感を、立ち塞がる影は孕んでいた。
「ああ……よかった、手間が省けました。
正直虱潰しにやるのも覚悟していたのですが、そちらから出てきていただけるとは」
それは――白い騎士だった。
白銀の甲冑。靡く金髪。
男女の垣根を超越して、"美しい"の一語のみを見る者へ抱かせる顔貌。何よりも、死を直感として感じさせる災害めいた活力。
征蹂郎は理屈なく悟る。
これが、この男こそが、デュラハンの牙。
己の同胞(とも)を虐殺した、忌まわしき首なし騎士の総元締めであると。
噛み締めた奥歯が軋む。砕けんばかりにそうしたからか、歯肉からの出血が口内に鉄の味を広げた。
「お目にかかるのは初めてですね、聯合の王」
「お前が……」
「ええ、私はデュラハンのサーヴァント・バーサーカー。
ゴドーと呼ばれている者ですよ。そこまでは突き止めていますでしょう?」
今にも爆発しそうな怒りを湛えて臨む征蹂郎に対して、騎士――ゴドフロワ・ド・ブイヨンはどこまでも軽薄だった。
絵に描いたような慇懃無礼な態度が、愛する仲間を蹂躙された王の逆鱗を逆撫でする。
553
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TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:07:27 ID:tyr1M99Y0
「お前が…………」
この時征蹂郎は、レッドライダーを令呪で呼び戻すことも考えていた。
周鳳狩魔の英霊を落とせば、デュラハンの主戦力を削ぎ落とせたも同然だからだ。
建前を除いて言うなら、自分の目の前にこの冷血漢が一秒でも存在し続けることが許せなかった。
殺す。地獄を見せる。仲間が味わった苦しみを万倍にして叩き返さなければ気が済まない。
沸騰した思考を冷ましてくれたのは、袖を強く引くアルマナの手。
「――アグニさん!」
二メートルに迫る屈強な長身が、少女の細腕にたやすく動かされる。
が、それに驚く暇はない。つい先ほどまで征蹂郎が立っていた座標を、神速で踏み込んだゴドフロワの光剣が切り裂いていた。
煮え滾る憤激の中ですら骨身が凍る、隣り合わせの死。皮肉にもそれが、彼の頭をいくらか冷ましてくれた。
「……すまない。我を忘れかけた」
「お礼は後にしてください。一手でも誤れば、アルマナ達はここであのバーサーカーに殺されます」
「……認め難いが、そのようだな……」
カドモスの青銅兵と一戦交えた経験など、"本物"の前では活かしようもない。
現に征蹂郎は今、ゴドフロワの動きを断片見切ることすらできなかった。
速すぎる。殺すというコトにかけて、眼前の怨敵は文字通り人外魔境の域にある……!
「おや、優秀な相棒(バディ)を持っているようだ。
これなら狩りくらいにはなりそうですね。あいにく"同胞"はゴミ掃除にやっていて、ここには私だけなのですが」
聞くな。相手にするな。揺さぶられるな。
言い聞かせながら、征蹂郎はいつでもアルマナを庇えるように拳を構えた。
五指には青銅兵(カドモス)戦でも用いた、レッドライダー謹製のメリケンサック。
この程度で実力差を埋められるとは思っていないが、こんなものでもないよりはマシな筈だ。
「……ライダーを喚ぶ。令呪を更に削る羽目にはなるが……、背に腹は代えられない」
「駄目です。賢明な判断とは思えません」
感情を抜きにしても、それ以外に目の前の窮地を乗り切る手段は思いつかない。
マスターふたりで雁首揃えて英霊の前に立ってしまっている時点で、出し惜しみする状況でないのは明白だ。
だがアルマナは淡々とした口調にわずかな緊張を載せて、征蹂郎の判断をぴしゃりと切り捨てた。
「これはもうアグニさん達だけの戦争ではないのです。
あのノクト・サムスタンプのように、善からぬ輩がこの戦いに興味を示し始めている。
であればギリギリまで出し惜しむべきでしょう。貴方のソレには、アルマナ達のとは比較にならない価値があるのですから」
理路整然と並べられる論拠に、征蹂郎はぐっと息を呑む。
「……確かに、理屈は分かるが……、……状況が状況だ。それこそ、今が価値を示すべき場面じゃないか……?」
「問題ありません。アグニさんはただ、舌を噛まないようにだけ気をつけていてください」
「……舌……?」
――次に起こった事態を、悪国征蹂郎は後にこう述懐する。
あの時自分は、生涯二度と味わえない経験をしたと。
ひょい。
そんな擬音が似合う軽い動作で、アルマナが征蹂郎を抱き上げた。
物語の王子が姫にやるような、いわゆるお姫様抱っこだ。
これにはさすがの征蹂郎も、思わず沈黙。というか絶句。
生まれてこの方こんな扱いをされたことはないし、そもそも十歳そこらの幼女に抱えられるような体重ではない筈なのに。
「き、キミは……だな……その、もう少し……」
しかしそんな彼の動揺をよそに、アルマナはただ騎士を見据え、淀みのない口調で宣言した。
554
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TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:08:42 ID:tyr1M99Y0
「ここはアルマナがなんとかします。無茶をするので、失敗しても恨まないでくださいね」
そう言って、たんと地面を蹴る。
軽やかな動きで跳ね、電柱を蹴って更に跳躍。
満月の下で、少女が青年を抱いて跳んでいく。
その現実離れした絵面に、ゴドフロワもぽかんと口を開けていた。
「……、なんと。これがアレですか、若者の人間離れってやつですかね?」
もちろん、手品の種はアルマナの会得している魔術だ。
攻撃から治癒まで幅広い分野を修めている彼女は、当然強化魔術も高水準で身につけている。
幼い肉体を限界まで強化して、一時的だが人外に迫る力と速度、それに耐えうる耐久性を得た。
ゴドフロワをして敵ながら見事と思う他ないスマートな離脱手段だったが、しかしみすみす取り逃す白騎士ではない。
「面白い。付き合ってあげましょう」
彼は何の外付けもなく、素の身体能力でアルマナの挙動をそのまま真似た。
深夜の街を縫うようにして逃げる少女と青年、それを追うのは美しき白騎士。
ジュブナイルと喩えるには奇天烈すぎる光景に、しかし少なくともふたり分の命が載っている。
鬼ごっこの先手を取ったのはアルマナだったが、じきに構図が破綻するのは見えていた。
魔術界の常識に照らせば天禀の部類に入るアルマナでさえ、サーヴァントにしてみればまさに小鳥に等しい。
人型の戦略兵器とも称される彼らは、宝具やスキルの存在を抜きにしても十分に異常。
同じ鬼ごっこの構図でも、両者の差は奇術師と傭兵のそれ以上に開いている。
「――――」
アルマナはしかし焦ることなく、小さく何かを諳んじた。
彼女の魔術は、虐殺された集落に連綿と伝わってきたいわば独自進化の賜物だ。
詠唱ひとつ取っても、地球上のどの言語とも一致しないから文字にすら起こせない。
征蹂郎を抱えたまま、迫るゴドフロワに向け手を伸ばす。
そこから射出されたのは、目を焼くほど強く輝く光球の流星群だった。
覚明ゲンジと邂逅した際に使ったよりも数段上、正真正銘本気の火力である。
光球の性質はプラズマに似ているが、一方で雷でもあり、嵐でもあり、吹雪でもあった。
創造した光球のすべてにそれぞれ別な色の魔力を込めることで性質をばらけさせ、敵に攻撃への適応を許さない仕組みになっている。
対人戦では過剰と言ってもいい火力だったが、しかし相手はサーヴァント。
現に結論を述べると、アルマナの攻撃などゴドフロワに対してはちょっと派手な目眩まし程度としか取られなかった。
555
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TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:09:30 ID:tyr1M99Y0
「お上手です」
駆けながら聖剣を振るい、剛力に任せて光の雨霰を破砕させていく。
相当な熱が押し寄せている筈なのに、彼の顔には汗の一滴も流れていない。
「その年齢でよくぞここまで練り上げたものだ。
生まれる時代が違えば、歴史に名を残す魔術師になっていたやもしれませんね」
光熱を、雷を、嵐を、吹雪を、ゴドフロワはすべて剣一本で薙ぎ払う。
じゃれつく子どもをあしらうように懐の深い微笑を浮かべ、微塵の労苦も窺わせずそうする姿は美しいまでに絶望的だった。
これがサーヴァント。これが十字軍のさきがけ、狂戦士ゴドフロワ。
彼は美しい。美しいままに、恐ろしい。アルマナの眉が震え、胸の奥がきゅっと縮み上がった。
彼女の虐殺(トラウマ)を刺激する存在として、この白騎士は間違いなく過去最大の脅威である。
映像で見たレッドライダーのように、無機質に戦禍を振り撒く存在ではない。
この男はこうまで人間離れしていながら、しかしどこか月並みだった。
アルマナや征蹂郎のような"人間"の延長線上に存在する、ヒトの心が分かる怪物。
それを理解した上で、目的のためなら仕方ないと笑い飛ばせてしまう破綻者だ。
――あの集落を襲った侵掠者達のように。
「は――、ッ――ぁ――」
呼吸がおぼつかない。
ぐらぐらと揺れる意識、頭蓋の内側、いやもっと深いところから封じ込めたなにかが溢れてきそうだ。
鳴りかけた歯をなんとか抑えられたのは幸いだった。仮にこの情動に身を委ねていたなら、自分はもうそれ以上戦えなかったろうから。
攻撃の手を絶やしてはならない。
一発でも多く撃ち込んで、一瞬でも長く敵を遅延させろ。
令呪を使うのは最終手段。王さまに面倒をかけるわけにはいかない。
(だから、ここは……)
わたしが、アルマナが、やるしかないのだ。
そう思ったところで、少女は左手に小さな熱を感じた。
「……アグニさん?」
征蹂郎は何も言わなかった。
ただアルマナの眼を見て、小さく頷いた。
それはまるで、揺れる心へ何事か言い聞かせるように。
懐かしい感触だった。いつかどこかで、こんなことがあった気がする。
556
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:10:15 ID:tyr1M99Y0
きっと今よりもっと幼い日。
眠れないとぐずる自分の手を握ってくれたのは誰だったか。
わからない。覚えていない。思い出さないように蓋をしているから。
そんな曖昧な記憶なのに、かけてもらった言葉だけは鮮明に覚えていて。
『――――大丈夫だ、アルマナ。ひとりじゃないぞ、みんながいる』
蓋の隙間から溢れてきた優しい誰かの声が、アルマナから震えを吹き飛ばした。
右手に光を集め、それを武器の形に創形する。
一本の槍だった。投影ではなく、あくまでも光を使った粘土遊びだ。
そういえば自分は粘土遊びの好きな子どもだった。
あの集落では質のよい粘土がちょっと掘るだけで出てきたから、それで人形を作っては父様に焼いてもらっていたっけ。
より大きく。より強く。どんな強者の眼からも見過ごせないほどハッタリを利かせて。
少なからず魔力を注ぎ込んだせいで全身を張り付くような疲労感が襲っているが、無視する。
距離は既に無視できないほど詰まっている。
失敗は許されない――創り上げたそれを、アルマナは異教の騎士に向け超高速で撃ち放った。
「なんて顔をするのです」
ゴドフロワは光の槍ではなく、生み出したアルマナを見て言った。
聖者のような哀れみと、殺人鬼のような嗜虐を滲ませた、矛盾した声音だった。
「まるで傷ついた小鳥ですね。
幼子らしく縋りついて、泣きじゃくっていればいいものを」
アルマナの渾身の一撃に対しても、彼が見せる対応は大きく変わらない。
光の槍と相対する光の剣――『主よ、我が無道を赦し給え(ホーリー・クロス)』の刀身が滑らかに肥大化する。
そして激突。案の定、一瞬の拮抗すら成し遂げることはできなかった。
槍は光という性質を保ったまま砕かれ、あっけなく虐殺の白騎士に踏み越えられる。
最終防衛線の崩壊が彼女達に何をもたらすかは明らかで、結末は決まったかに思われた。
しかし……
「――爆ぜて」
アルマナの命令が、甲高い激突音に紛れて響いた。
瞬間、今まさに砕かれた光の槍が、壮絶な大爆発を引き起こす。
『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』という技法がある。
宝具を自壊させ、その喪失と引き換えに莫大な破壊力を生むそれと、アルマナが今やった攻撃はよく似ていた。
魔力で形成した武器という情報は罠。アルマナは最初から爆弾のつもりで放っており、ゴドフロワはまんまとこれを斬り伏せてしまったのだ。
557
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:11:00 ID:tyr1M99Y0
短慮の報いは夜の闇をかき消すような爆発。白騎士は、ほぼ中心部でこれに曝された形になる。
人間だったなら万全に備えをした魔術師でさえ、原型を保てれば奇跡という次元の威力を持っていたが――それでも。
「なかなか効きました」
涼やかな顔で、爆風の中から姿を現す聖墳墓守護者。
多少の煤を被った程度で、手傷らしいものは皆無に等しい。
ゴドフロワの肉体は、英霊基準でも異常な強度を有している。
狂気の如き信心で補強された玉体を傷つけるには、現代の魔術師の全力程度では大いに役者不足だった。
「それで? よもや聯合の王に侍る近衛が、これで全力というわけはありませんね。
老婆心ながら助言しますと、格上の敵を相手に出し惜しむことは禁物ですよ。
ある筈もない未来を空想して勘定に耽るくらいなら、目の前にある現実に金庫を捧げた方がいい」
たかがマスターでは、現代の人間如きでは、ゴドフロワ・ド・ブイヨンを倒せない。
何故なら彼は十字軍の筆頭。多くの誇りと多くの血に濡れた行軍の第一回、それを牽引した虐殺の騎士。
技、肉体、何より抱く狂気(オモイ)の桁が違う。
よって、この無謀な逃亡劇に最初から勝ちの目などなかった。
征蹂郎に令呪を使わせず切り抜けるなんて最初から不可能。
アルマナ・ラフィーに、彼を無傷で守り抜けるだけの強さはない。
誰の目にも分かりきっていた事実が改めて証明された瞬間だったが、一方で当の小鳥は、動じた風でもなく。
「更に飛ばします。酔わないように踏ん張ってください」
そんな割と無茶な命令を出しながら足場を蹴飛ばし、宣言通りに急加速した。
焼け石に水もいいところ。この程度でどうにかできる相手なら、そもそもこんな状況には陥っていないのだから。
ゴドフロワももちろんそう思う。そう思って駆け出す。小鳥と、それに守られたゴミ山の王を摘み取るために。
――その行方を遮るように、飛び出した三つの気配が彼へ衝突した。
「……これはこれは。何か企んでいるのは予想していましたが」
青銅の兵隊だ。正しく呼ぶのなら、スパルトイ。
アルマナは征蹂郎を救援するにあたり、意図的にこれらを自分から遠ざけて隠していた。
不意の事態への対応力が低下するリスクは承知の上で、伏せ札として使う場合の利点を考慮していたのだ。
その甲斐あって、今老王の従者達は彼女の渾身で作った隙を縫うように、伏兵となり騎士の行方を阻んでいる。
「舐められたものだ。いかにかの青銅王の靡下といえど、私の足止めがこんなガラクタで務まると?」
これを見て、アルマナのサーヴァントの真名に思い至れないほどゴドフロワは愚鈍ではない。
ギリシャはテーバイ、栄光の国の王。竜殺しの英雄にして、"青銅の発見者"。
すなわちカドモス。英霊としての格で言えば彼をも上回る難物だが、しかしたかが走狗風情でこの狂える騎士を超えることは不可能だ。
結末は見えている。ただ、この場に限ればアルマナの作戦勝ちだった。
558
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:11:32 ID:tyr1M99Y0
「とはいえ面倒には面倒だ。こうなると、煙に巻かれてしまうのは避けられませんね」
千代田にデュラハンのサーヴァントが侵入していると察知した時点で、アルマナは意図的にスパルトイ達を散開させていた。
その上で征蹂郎に接触。ゴドフロワがこうも早く聯合の王に辿り着くのは想定外だったが、初手でスパルトイを隠したのは正解だった。
英霊を連れず絶望的な撤退戦に挑む少女を演じながら、乾坤一擲の一撃をあえて派手にぶちかますことにより、潜ませて追従させていた"かれら"への突撃の合図としたのである。
傍に侍らせなかったこと、消耗を度外視した魔力の連弾。
命がけのカモフラージュの甲斐あって、満を持しての突撃はゴドフロワをして意表を突かれる奇襲攻撃と化した。
現にスパルトイ三体の同時攻撃を受けたゴドフロワは地面へ落とされ、アルマナ達の姿はとうに視界の彼方まで遠のいている。
追おうにも道を阻むのは英雄王の青銅兵。大した相手ではないが、だからと言って一撃で蹴散らせるほど脆くもない。
これらを片付けた上で改めてアルマナ達に追いつくというのは、さしものゴドフロワでもいささか難題だった。
「まあいいでしょう、本懐は雑兵狩りによる勢力の減衰だ。
野良犬以外に寄る辺を持たない裸の王など、この先いつでも摘み取れますしね。
仕方ない、仕方ない。では、それはそれとしまして――」
思考を切り替える。
逃げられたものは仕方ない、今回は相手が一枚上手だったと賞賛しよう。
だが、それはそれとして。
「大義(わたし)の邪魔をする古臭い人形共は、壊しておきましょうか」
爽やかなスマイルを浮かべながら、光の狂気は目の前の粛清対象達を見やった。
重ねて言うが、結末は見えている。
アルマナは命を繋ぐため、自分を守る大事な手札を手放してしまった。
光が舞う。青銅の忠義が、これに応じる。
刃と刃が奏でる鋭い音と、次いで重厚な何かが砕け散る音。
暴力による暴力のための狂想曲が、暫し千代田の裏路地を揺らした。
◇◇
559
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:12:39 ID:tyr1M99Y0
「――よかった、のか……?」
「よかったのかと言われると、よくはありません。後で王さまから大目玉を食らうでしょうが、甘んじて受け入れるしかないでしょう」
スパルトイ達には足止めに全力を費やすことと、全滅だけは避けることを言い含めている。
つまり、何体かを"持っていかれる"ことは承知の上での奇策だ。
言うまでもなくそれは、王を連れず行動しているアルマナにとって大きな損失。
スパルトイが全騎揃っていてもてんで足りないような魑魅魍魎が跋扈するこの東京で、彼女が捨てた手札の価値はあまりに大きかった。
悪国征蹂郎が倒れれば、それすなわち刀凶聯合の敗北を意味する。
今まで彼らにかけた時間も手間もすべて無駄になるのは当然として、最もまずいのは彼のサーヴァントが野放しになる事態だ。
レッドライダー。あの戦禍の化身が要石を失い、他の誰かの手に収まる可能性。
これこそが真の最悪だと、アルマナは港区での交戦の映像を観た時に理解した。
アルマナに言わせれば征蹂郎はまだ穏健派のマスターだ。
だから事はまだこの程度で済んでいるのだと、果たして彼は気付いているのか。
規格外の戦力。魔力補給に頼らない燃費の良さ。周囲に精神汚染を撒き散らす災害性。
本来なら一騎で聖杯戦争を終わらせかねない特記戦力だ。少し考えただけでも極悪な使い方が山程思いつく。
誰もが恐れる筈だ。そして誰もが、欲する筈だ。
赤騎士を征蹂郎以外の手に渡らせてはならない。
そのリスクを排せるなら、スパルトイの損失など決して惜しくないと断言できる。
「……キミには、世話になりっぱなしだな」
「いえ。アグニさんの方こそ、先ほどはありがとうございました」
「……、……? 何のことだ……?」
「――――手を。握っていただきましたので」
「……ああ……。そんなことか……」
アルマナは、こう考え始めていた。
悪国征蹂郎は、自分の手でコントロールできる。
彼の人生は刀凶聯合という共同体に縛られている。
虚構の家族を居場所と信じ、そのために戦う愚かな道化(ピエロ)。
その上、部外者である自分にまで思い入れのようなものを示し始める単純さだ。
手綱を握るのは容易い。彼を傀儡に変えられれば、あの赤き騎兵も自分達の支配下に置ける。
アルマナ・ラフィーは優秀だ。
魔術師として必要な素養をすべて満たしており、それは精神面も例外ではない。
(ノクト・サムスタンプのような男に奪われるくらいなら、いっそアルマナが手中に収めてしまおう)
彼が向けてくる信頼すら、道具として弄んでみせよう。
最後に勝つために、アルマナは手段を惜しまない。惜しんではいけない。
他人を信じることを美徳とする人がどんな末路を辿るのかは、自分が誰より知っている。
だから、そう。
今の言葉だって、ただの方便だ。
560
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:13:42 ID:tyr1M99Y0
まだ熱が残る左手を、きゅ、と小さく握りしめた。
線となって消えていく夜景を横目に、少しだけ俯く。
それから首を横に振り、降って湧きそうな何かを蹴散らした。
「ところでアグニさん、ひとつ進言があるのですが」
「……ああ、分かってる」
アルマナの腕に抱かれた格好のまま、征蹂郎はスマートフォンを取り出す。
考えていることは同じだった。こうまで状況が動いた以上、もはや四の五の言っていられない。
「ノクト・サムスタンプを問い質そう。事と次第によっては……、……もはや信用するに値しない」
こちらの提示した条件の進捗も不明な状況だ。これ以上は信用問題である。
ただでさえ見え透いた獅子身中の虫、外患に加え内憂にまで胃を痛めるのは御免だった。
アルマナは無言で、それにうなずく。
あの"傭兵"に関して、彼女は征蹂郎以上に不信を抱いている。
レッドライダーを欲しがる意思を隠そうともしなかった時点で、信を置ける相手では断じてない。その上"王さま"のお墨付きだ。
それに胸に秘める思惑を実行に移す上でも、征蹂郎と先約を結んでいる彼の存在は目の上の瘤でしかない。
いざとなればそれこそ、征蹂郎をノクト排除に誘導することも視野に入れねばなるまい。
征蹂郎が、端末を耳へと当てた。
スピーカーモードにして貰う必要はない。そんなことせずとも、今のアルマナなら通話の一切を聞き分けられる。
『――おう、大将か。悪いな、色々立て込んでて連絡の暇がなくてよ』
そうして響いた声は、あの時と同じ鼻持ちならないものだった。
征蹂郎が眉根を寄せる。無理もないことだと、アルマナは内心思う。
「言い訳はいい……それよりも、状況を伝えろ」
『デュラハンのひとりを殺った。だが、こいつが予想外な隠し玉を持っててな。殺せはしたが、死ななかったってとこだ』
「……どういう、ことだ……?」
『言葉のままだよ。新手の死霊魔術か知らんが、首をへし折ったのに動きやがった。リサーチ不足だったな、弁解の余地もねえ』
不死者(アンデッド)――。
征蹂郎とアルマナの脳裏に、同じ少女の姿が浮かんだが。
『ああ、違う違う。安心しな、アレとは比べ物にもならねえよ』
ノクトは、さながら思い浮かべたものを見通したようにすぐさま否定した。
そのレスポンスの速さと、有無を言わせない語調には、この男らしからぬ私情が覗いているように思えた。
『不死なんて大層なもんじゃ断じてない。単なる手品だ。次の機会があれば、きっと問題なく殺せる』
取るに足らない獲物に対して語るには、過剰と言っていい否定と侮蔑。
合理の怪物めいた傭兵が垣間見せた人間性らしきものが、却って妙に不気味だった。
踏み込んではならない禁足地の入り口を思わせる不穏な静寂が通話を通して満ちる。
征蹂郎もそれを感じ取ったのだろう。彼は訝る声音はそのままに、話を変えた。
561
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:14:25 ID:tyr1M99Y0
「周鳳狩魔のサーヴァント……"ゴドー"による、襲撃があった。被害は、……甚大だ」
『へえ、本拠襲撃か。敵さんの情報網もなかなかのもんだな』
「とぼけるな」
征蹂郎の語気が強まる。
無理もない。今の物言いは、仲間を何より重んじる彼にとっては決して許せないものだったから。
「お前が予測できなかった筈がない……。天秤にかけたな、オレの仲間を……」
『おいおい、ちったあ信用してくれよ。
まあ確かに可能性のひとつじゃあったが、前もって伝えなかったのは何も陥れたいからじゃない。
最前線(フロントライン)から厄介な戦力が退けてくれるなら、それはそれで好都合だと思っただけさ』
「――ッ」
『大将にはアルマナの嬢ちゃんが付いてる。マジでやばくなったらカドモスも出張ってくるんだろ?
そら見ろ、リスクヘッジは万全だ。優先して潰すべき可能性とは言い難い』
ノクト・サムスタンプは悪国征蹂郎と契約を交わしている。
どんな理由があろうとも、刀凶聯合の仲間を意識的に犠牲にするような策は許さない。
それを初手で破ったのかと罵ってやりたいのは山々だったが、征蹂郎はそうできなかった。
彼も王である。一軍の将である。戦争に勝つというのがどういうことかは、分かっているつもりだ。
『薄情者と言われりゃ返す言葉もないが、別に捨て駒にしたわけじゃあねえ。
あくまで優先順位の問題で、より勝ちに近付ける方を取っただけだ。
嬢ちゃんがちょうどよく強行偵察に出てくれてたんでな。お陰で楽な仕事だったぜ』
ノクトは聯合の兵士を捨て駒になどしていない。
彼らと征蹂郎に及ぶ危険よりも、目先の勝ちを狙いに行ったというだけ。
聯合を勝たせるための合理的な思考が、契約に悖らない範囲で冷血に傾いただけのことである。
その結果、夜の虎は敵陣に堂々と踏み込み、暗殺を遂行できた。
結果だけ見れば失敗でも、標的が持つ稀有な体質を暴き立てたという成果は大きい。
これを横紙破りだと罵れば、それは征蹂郎の王としての沽券を毀損する。
そう分かってしまったから、征蹂郎はそれ以上何も言えなかった。
『納得してくれたか? じゃあこっちの話をさせて貰うぜ。
今、俺は〈脱出王〉と交戦してる。どうにも旗色が悪くなってきたが、それでも一撃重たいのを叩き込んでやった。
化けの皮を一枚剥いでやったよ。私情を挟むのは自分でもどうかと思うがね、正直胸がスッとした』
「……、……」
『それと、アンタ新宿にライダーを投下したな?
期待通りに暴れてみせたようだが、悪いことは言わねえ。そっちも一回退かせろ』
「――理由は」
『巡り合わせだ。厄介な奴が、よりにもよって俺達の稼ぎ頭のところに出てきたらしい』
そこで、ノクトの声にまた感情が垣間見えた。
ただし今度のは、さっきのような偏執的なものではない。
もっと月並みでありふれた、そう、喩えるならば。
『蛇杖堂寂句の出陣だ。もう一度言うぞ、一度退け。あの爺さんと戦場で出会って、碌な目にあった奴を俺は知らん』
どう扱っても角の立つ厄介な人間に対するような、辟易の念。
ちょうど、ノクトが吐き捨てるようにそれを告げた瞬間。
征蹂郎は身体を突き抜けるような熱に、発しようとした声を奪われた。
◇◇
562
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:15:12 ID:tyr1M99Y0
霊獣を駆る原人の軍勢と、その中心でひとり立つ異形の騎士。
この世の始まりとも終わりともつかない混沌の戦場は、神の到来を受けて尚変わらず続いていた。
だが、違った点がひとつある。
黒曜石の大剣を振り翳して戦うレッドライダーの動きが、"それ"の前と比べて目に見えて向上しているのだ。
原人の突撃を、それを載せた隼ごと両断して。
投石を受け止め、十倍以上の威力で投げ返し投手を粉砕。
その間も身体を砲台代わりにして巨石を撒き散らして接敵を許さず、更に警戒すべき敵の優先順位も忘れていない。
シッティング・ブルの呪術が、赤騎士の足元に陣を出現させる。
底なし沼を再現して引きずり込み、動きを奪おうとするが無駄だった。
陣が完成する前に地面ごと踏み砕いて、放たれていた矢の剛射を事もなく掴み取る。
瞬時に、返品とばかりにそれを持ち主へ投げ返した。
音の壁を突破して迫る矢が、鷹を駆るシッティング・ブルの眉間を狙う。
咄嗟に身を反らして回避自体には成功したが、右の耳朶がちぎり取られた。
霊獣の扱いに、少なくともこの場の誰より親しんでいるタタンカ・イヨタケ。
そんな彼でさえあわや脳漿を散らす羽目になっていた事実が、"戦禍の化身"がどれほど規格外な存在であるかを物語っている。
(こうまで型に嵌めて、まだこれか――)
ネアンデルタール人のスキルによる、作成可能武装の制限。
原人と霊獣による数的優位まであって尚、まるで攻め落とせる気配がない。
厄介なのはやはり不死性。原人の呪いでもそこまでを奪い去ることはできなかったようで、現にレッドライダーはシッティング・ブル達が与えたすべての傷をまったく無視して暴れ続けている。
しかし不可解なのは、これが神寂祓葉の気配に呼応して強くなった事実だ。
更に言うなら、あの時赤騎士は確かに"フツハ"と呼んでいた。
自我など持っている風には見えないこの怪物が、例外的に有する他者への執着。
(先が見えん。ゲンジにまだ切り札があるなら、そろそろ使うよう打診すべき頃合いだな)
嫌な予感しかしなかった。
状況だけ見ればそれでもまだこちらが優勢な筈なのに、心に立ち込めた暗雲が晴れない。
ゲンジだけではない。自分も、宝具の解放を視野に入れるべきだろう。
それでも好転しないなら、その時は一度この戦いを捨て、異なるアプローチで敵軍を削るべきだ。
……と。まるで戦争屋のようなことを考えている自分に気付き、シッティング・ブルが静かに自己嫌悪に駆られたちょうどその時。
――身を貫くような、最悪の感覚が走った。
563
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:15:55 ID:tyr1M99Y0
「悠灯……!?」
その意味するところはひとつ。
周鳳狩魔と共に後方で控えている筈の華村悠灯に、何かが起きた。
彼女の身を、命を脅かすような事態が、今まさに起こっている。
(馬鹿な……ッ)
主要拠点および周辺には結界を張り巡らせてあるし、ゲンジの原人達だって配備されていた筈だ。
にも関わらず、事が起きるまで侵入を悟らせることなく、襲撃をやり遂げてのけた凶手がいるというのか。
にわかには信じ難い話だったが、悠灯の身に危険が及んだのは事実。
生命反応は消えていない、それどころか弱まってすらいないのが不可解ではあったが――由々しき事態には違いない。
どうする。
悠灯が危ない。もしも侵入者が英霊、ないしその域に迫るモノであったなら狩魔でも庇い切れないだろう。
シッティング・ブルは聯合に加担してこそいるが、彼にとって最優先すべきはもちろん悠灯の生存だ。
自分がこの場を離れれば、霊獣に指揮を飛ばせる者も不在となる。
未熟なゲンジと、理性なき原人達では任を果たせないだろう。
戦線は瓦解し、聯合は切り札を失う。だが、悠灯を守ることに比べればそれが矮小な問題であるのも事実。
葛藤。
逡巡。
しかし下すべき回答は分かりきっている。
シッティング・ブルが断腸の思いでそれを選び取る、すんでのところで。
偉大なる戦士と呼ばれた男は、その乱入者達を視認した。
「――――幸先が悪いな。いや、あるいは良いのか?」
レッドライダーの存在は、それだけで大地を汚染する。
この新宿南部に貼っていた結界は、既に半壊状態にあった。
だからこそ"彼ら"はその孔をすり抜け、誰にも気取られることなくここまで辿り着けたのだろう。
灰色のスーツに、季節外れの灰色のコートを纏った老人だった。
長い白髪。酸いと甘いを噛み分けた者特有の鈍い眼光。
だが老いぼれと呼ぶには、あまりに宿る生命力が暴力的すぎる。
巨漢と呼んで差し支えない体躯に無駄はなく、年齢相応な要素はそれこそ先に挙げたものしか持っていない。
老人は現れるなり、独り言をひとつ呟くと。
目の前の地獄に怯むでもなく、悠々とその足を進めた。
傲慢と、確固たる自負の滲む足取りの先。
原人達が、石器武器を片手に敵愾心を示している。
564
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:16:58 ID:tyr1M99Y0
無数の、理性をもぎ取られた瞳達が老人を見つめていた。
原始的な知性のみで動く彼らは、ほぼほぼ獰猛な獣と変わらない。
現住人類のアーキタイプのひとつ。更新世の祈り人。
ホモ・ネアンデルターレンシスという、先人達の眼差しに囲まれて。
老人はそれでも足を止めぬまま、その悪癖を隠そうともせず言い放った。
「邪魔だ。退け」
それをもって、敵対の意思表示と看做したらしい。
原人の一体が、石槍を振り翳して彼へ向かう。
「ああ済まん。猿に言葉は通じんか」
原人は、一体一体の戦闘力で言えば確かに惰弱だ。
しかしそれでもサーヴァントはサーヴァント。
人類最高峰の格闘家を連れてきたとしても、戦ったならまず間違いなく彼らが勝つ。
聖杯戦争について、境界記録帯について知る者であれば誰もが理解している当然の道理。
だがこの"灰色の男"は、当たり前のようにこれを否定していた。
「赤毛と碧眼、寸胴の体格に太い手足……ホモ・ネアンデルターレンシスの特徴に一致する。
要石はそこの醜男だな? またずいぶんと珍しい英霊を呼んだものだ」
受け止めたのだ。
片腕で、汗ひとつ流すことなく、原人の石槍を掴み取って封殺した。
もちろん押し込もうとはしているが、老人が血の一滴も流さず健在なことがその奮闘の進捗を示している。
「サンプルとしては興味深いが……私は言ったぞ、邪魔だと」
次の瞬間、原人の頭蓋が中身(ミソ)を散らしながら粉砕される。
やったのは老人ではない。その隣にて像を結んだ、赤い甲冑の英霊の仕業だった。
「マスター・ジャック。僭越ながら忠言いたしますが、ここは危険です。迂回した方がよろしいかと」
「必要ない。念願を前にして時間を浪費しろと?
臆病は無謀に勝るが、時と場合を見誤ればただの無能だ。私の英霊を名乗るならそのくらいは弁えておけ」
レッドライダーのものに似通った、毒々しい赤色と。
甲冑の背部から生えた、虫を思わせる三対六本の金属脚。
美しい少女の見目が、それを上回る奇怪さに相殺されている。
彼女の握る赤槍が音もなく瞬き、礼儀知らずな原人の頭を砕き散らしたのだ。
これは、天の蠍。
抑止力を超越した造物主と人類悪に対し、ガイアが送り込んだせめてもの刺客のひとつ。
そしてそんな彼女を従える男の名こそ、蛇杖堂寂句。
蛇杖堂記念病院、名誉院長。蛇杖堂家、現当主。
御年九十にして未だ衰えを知らぬ妖怪。
〈はじまりの六人〉のひとり。〈畏怖〉の狂人。かの星が生み出した闇、哀れなる衛星の一角である。
「とはいえ、確かに言いたいことは分からんでもない。
だから"幸先が悪い"と言ったのだ。あの無能どもめ、喚んでいいモノとそうでないモノの区別も付かんのか」
565
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:17:49 ID:tyr1M99Y0
呆れたような眼で寂句が見据えたのは、やはり戦場の中心に立つ赤騎士だった。
寂句という異分子の出現に呼応している原人はごく一部で、残りのほとんどは騎士との交戦を続けている。
総数数十にもなる英霊の群体と、それに力添えしている呪術師(シャーマン)の搦め手。
そのすべてを単騎でしのぎ、ともすれば押し潰さんとしている様子は明らかに異常だ。
それにこの領域に踏み入った以上、寂句の脳にも赤き呪い――〈喚戦〉の気配は這い寄っている。
明らかに一介の英霊ではない。異端の中の異端、悍ましい災厄の擬人化。
祓葉に似た不死性も垣間見えており、どう考えても籤運の範疇で済ませていい範疇を超えていた。
しかし妙なのは、どうも本来の力を発揮しきれていない節があること。
これほどの力を持つ存在でありながら、何故ああも原始的な攻撃手段で戦っているのか。
違和感の正体に気付いた時、寂句は初めて表情らしいものを浮かべた。
笑みだ。
「そうか。この猿共が、アレを抑え込んでいるのか」
寂句の聡明は、純粋な知識量だけを指した評価ではない。
知識などあくまで栄養素。いかに多く取り込んだとて、活かせないのでは意味がない。
溜め込んだ智慧と九十年の経験。
そのすべてを余さず搾り尽くして打ち出す超人的な判断力こそが、この男の最も恐ろしい点である。
「――おい、小僧。光栄に思え、貴様に恩を売ってやる」
老人の眼球が、鷲に跨り空にいるゲンジに向けられた。
アンタレスが新たに蹴散らした原人の肉片が吹き荒んでいるのも気にせず、寂句は言う。
昏い高揚の中にいたゲンジも、これには流石に顔を顰める。
「………………ッ」
だが次の瞬間、その表情は驚きと、そして動揺に彩られた。
覚明ゲンジには、覚明ゲンジだけの視界がある。
フィルターを切り替え、彼は彼の視点から、蛇杖堂寂句を見たのだ。
であれば理解できない筈はない。寂句が何者で、何処を目指しているのかを。
されど、蛇杖堂の医神はどこまでも傲慢で、他者を顧みない。
よってゲンジには選択の余地も、対話の猶予さえ与えられはしなかった。
猿顔の少年が口を開こうとした時には既に、主を脅かす原人の粗方を屠り終えた天蠍が、次の標的へ駆け出しているところだった。
566
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:19:02 ID:tyr1M99Y0
「なるほど。やはり、そういうことでしたか」
何か得心行ったように呟く天蠍・アンタレス。
彼女の槍を黒曜石の剣で受け止め、赤騎士は無言のまま彼女と相対する。
散る火花は、共に赤色。
アンタレスは六脚を駆使して縦横無尽、変幻自在の攻撃を加えていくが、レッドライダーは一歩も動かぬままそのすべてに対応していく。
この一瞬の攻防を見るだけでも、突如始まった戦闘の天秤がどちらに傾いているかは明らかだ。
アンタレスも弱くはない。軽やかな体躯と外付けパーツの利点を活かし、速度に飽かして技の限りで赤騎士を圧倒している。
しかしそれはあくまでも、手の数に限った場合だけの話。
赤騎士の応戦は無理なくその手数に追いつき、受け損じて負った傷もたちまち癒えてしまうのだから、彼我の戦力差は残酷なほど明確だった。
だが、アンタレスは冷静に言う。
彼女が寂句に迂回を勧めた理由。
視認した瞬間からあった疑念が、矛を交えたことで確信に変わっていた。
「貴方、当機構の同郷ですね。ガイアの尖兵、……いえ。さしずめ意思表示とでも言うべきでしょうか」
天蠍アンタレス。
レッドライダー。
激戦を繰り広げる両者は、共にガイアに連なる由緒を持っている。
アンタレスは、ガイアの猛毒。
「ガイアの感情、恐らくは"怒り"。ヒトに愛想を尽かした母の意思を代弁する、四色の終末装置……」
そしてレッドライダーは、ガイアの怒り。
抑止力と終末装置、在り方は違えどルーツは同じだ。
ある意味では兄妹喧嘩と言えなくもない構図。
さりとて、たかが尖兵の一体と感情そのものでは話もまったく変わってくる。
アンタレスの槍先がレッドライダーの喉笛を抉り、力任せに首を刎ね飛ばす。
頭と胴を泣き別れにされても、しかしレッドライダーは止まらない。
大剣を超高速で振り抜き、衝撃だけでアンタレスを数メートルは後退させた。
彼女が体勢を立て直す暇もなく、蓮の種を思わせる無数の砲口が赤き身体に開く。
次の瞬間、石を弾代わりにした砲撃の嵐が吹き荒れて彼女を狙う。
圧倒的。すべてにおいて、ただひたすらに強すぎる。
ガイアの仔としての格の差を示しながら、不滅の闘争は君臨を続けていた。
567
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:20:19 ID:tyr1M99Y0
「ぐ……っ、ぁ、く……!」
小さな悲鳴を漏らし、徐々に押し切られていく天の蠍。
彼女に六本の脚がなかったなら、この時点で無残に挽き潰されていた可能性すらあろう。
だが、なんとか場を繋げていたとしても大勢は何ら変わらない。
砲撃を放ちながら、大剣を握った赤騎士が距離を詰めた。
すべてを終わらせる黒い大太刀が、原始の殺意が――妹たる蠍を押し潰さんとする。
規格が違う。
役者が違う。
たかだか怪物の一匹。
たかだか抑止の名を冠しただけの英霊。
それでは、星の終末装置は斃せない。
黙示録の四騎士。四色の【赤】を司るもの。
それがレッドライダー。これが人類を終わらせる赤の騎士。
故に倒せない。
誰にもこれを超えられない。
これは、未来に訪れる因果応報。最後に辻褄を合わせる存在だから。
だから――
「そこだ。打て、ランサー」
――この天命(どく)からは逃げられない。
アンタレスが、乾坤一擲の一撃を受け止める。
裂帛の気合という表現を使うには無機質すぎる相手だが、受け止めただけで両腕が持っていかれそうになったのは事実だった。
故にアンタレスは、大袈裟でなく死ぬ気で防御をこなす必要があった。
その甲斐あってなんとか生を繋げた。激戦の中、状況を顧みず要求された主君の命令(オーダー)。
前提条件は殺人的だったが、だからこそそれを満たせたこの瞬間が、千載一遇の好機と相成る。
「――はい。了解しました、マスター・ジャック」
わずかな体幹のずらしで、懐へと潜り込んだ。
歩みは速く、それ以上に狡く。
獲物を狩る時の蠍に似た、合理と狡猾を併せ持った足取りが確定しかけた死線をすり抜けさせる。
そうして得た一瞬の隙は、彼女が槍を振るうだけの時間としては十分過ぎた。
「その身、その霊基(うつわ)、もはや地上へ存在するに能わず」
或いはこうなって初めて、レッドライダーは彼女を脅威たり得る存在と認識したのかもしれない。
だが、だとすればあまりに遅すぎた。
既に攻撃は放たれ、不滅の筈の身体は槍の目指す行き先に在る。
「然らば直ちに天へと昇り、地を見守る星となりなさい――」
開く砲口。
爆速と言っていい速度で動き、大剣にて迫る穂先を防がんとする両腕。
すべて遅い。蠍の一刺しは常に神速、あらゆる驕りを認めない天の意思。
なればこそ。蛇杖堂寂句という今宵の天に命ぜられたアンタレスがそれを遂げるのは、ごく当然の理屈と言えた。
「――『英雄よ天に昇れ(アステリズム・メーカー)』」
突き穿ち、刺し穿つ赤槍の一突きが。
過つことなく――、赤騎士の胸を貫いた。
◇◇
568
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:21:39 ID:tyr1M99Y0
黙示録の【赤】。
レッドライダー。
それは、ガイアの怒り。
人類に愛想を尽かした惑星が下す最後通牒の終末装置。
戦争という原罪を司り、そこから人類が解脱できないからこそ不滅である騎兵。
倒せない。超えられない。ヨハネの預言により、遥か遠未来まで人類は闘争を超克できないと証明されているから、誰にもこれは滅ぼせない。
しかしそこにこそ隙がある。
そも、黙示録の赤騎士とは遥か先の未来に顕現する存在なのだ。
今この時代にまろび出ている時点で、これの存在は地上にとって正当ではない。
預言を無視して地上へ顕れた終末装置。ガイアの意思にも、世界の規範にも背き跳梁するイレギュラー。
――であればその横紙破りを、星が差し向ける猛毒蠍(アンタレス)は見逃さない。
「ォ、オ……!? グ、オ、オオオオオオオオオオオオオ――――!!!」
人類が飽和と腐敗を尽くした未来時代に顕現すべき赤騎士。
預言の使徒たるこれ自体が誰より預言に叛いている事実を痛辣に指摘して、母(ガイア)は追放を断じた。
よって毒は回る。不滅の筈の玉体(カラダ)を冒す。
汝、地上へ存在するに能わず。直ちに天へと昇り、地を見守る星となれ。
そう命じ導く猛毒が、レッドライダーに慟哭を余儀なくさせていた。
「オ、ノレ……! 貴様、屑星ノ一端、ガァッ……!!」
天に昇れ、天に昇れ。もはやおまえは地上に不要である。
増長者へ破滅を求める猛毒は、現代に非ざるべき超越者に対する特効薬。
ただし良薬としてではなく、その存在を根絶する殺虫剤として、これの薬毒は覿面に効く。
「貴方はやり過ぎました。ついては、跡目は当機構が引き継ぎます。
疾く消えてください、母様の"怒り"たる御身よ。この時代は、この運命は、貴方を必要としていない」
原人の呪い。
天蠍の宣告。
二種の毒を受ければさしもの赤騎士も、もはや在るべきカタチなど保てない。
英霊の座を通じたイレギュラーな召喚で、在るべきでない時にまろび出た戦禍の化身。
今ここに存在していること自体が地上のルールを無視している。
であればそんな赤騎士が、星の猛毒が働く条件を満たさない筈がなかった。
569
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:22:35 ID:tyr1M99Y0
「預言の時は未だ彼方。それまでお眠りくださいませ、お兄様」
赤騎士の全身が、これまでとは違った様子で崩れ始める。
例えるならそれは、風化した岩石のようだった。
半流動体の体躯が末端から凝固して、ぱらぱらと地面に落ちていく。
更に体表も不規則に波打っては微細な伸縮を繰り返しており、不滅を超えた想定外が起こっているのは明白。
それでも悪あがきのように蠢きながら、赤騎士は天蠍へと踏み出した。
黒曜石の剣も形を失い始め、もう刀身を失ったただの鈍器と化している。
恐るべし戦争の厄災。この有様になっても己が使命に殉じ続ける姿は雄々しささえ感じさせたが……
「否、否、断ジテ否……!
預言ノ時ハ訪レタ。我ハ、私ハ、俺ハ、僕ハ、儂ハ、アノ醜穢ヲ討チテ――」
「見苦しい」
所詮は、消えゆくモノの悪あがきに過ぎない。
天蠍の槍が目にも留まらぬ速度で閃き、蠢く騎士の総体を文字通り八つに引き裂いた。
それが最後。不滅に見えた赤騎士は無残なバラバラ死体と化し、再生することなく夜風に溶けて消えていった。
唖然。呆然。
理性なき原人達を除き、シッティング・ブルも覚明ゲンジも、ただその光景を無言で見送ることしかできなかった。
自分達が死力を尽くし、それでも打倒の糸口をついぞ見つけられなかった刀凶聯合の切り札が、こうもあっさりと消滅させられたのだ。
この英霊は、この主従は、一体何者なのか?
自分達の繰り広げていた戦争が児戯に思えてくるほどの圧巻を魅せたふたりはしかし、誇るでもなく冷静だった。
「殺せたか?」
「いえ、恐らくは逃げられました。
あの者は母なる大地の"怒り"、当機構よりも抑止としての級位が上なのだと思います。
致命傷には違いないでしょうが、即時の天昇とまではいかなかったようです」
「まあいい、十分だ。例外の存在は重大な陥穽だが、それを補うピースの目星も付いた。
クク。たまには散歩などしてみるものだな、予期せぬ拾い物があった」
何やら遠い先を見透かしたように言い、蛇杖堂寂句の眼差しが猿顔の少年に戻る。
驚くべきことに、この男はもはや原人も霊獣も、牽制の意思を露わにしているシッティング・ブルさえ眼中に入れていなかった。
彼が見ているのは原人共の主、要石。覚明ゲンジただひとりである。
「餓鬼。貴様、所属は"どちら"だ?」
「デュラハン、だけど……」
「そうか、それは何よりだ。
同じ烏合の衆でも、ノクト・サムスタンプの手札を奪うのは要らん危険を孕むからな。
――助けてやった礼をして貰うぞ。貴様はこれから私と来い」
「…………おれの話、聞いてなかったのか? おれはデュラハンの一員で、周鳳狩魔の部下だ」
ゲンジの言い分ももっともだ。
寂句が戦場を収め、デュラハンの損害を限りなく零に近い形で収めたのは確かにまごうことなき功績。
しかしだからと言って、陣営の切り札である原人達の手綱を握る彼を引き抜かせろというのは要求として度が過ぎている。
570
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:24:06 ID:tyr1M99Y0
そんな当然の反論に、寂句は愚問を前にしたように鼻を鳴らした。
「勘違いしているようだが、これは要求ではなく決定だ。貴様に首を縦に振る以外の選択肢はない」
義理も理屈も関係ない。
己がそう決めたのだから、お前は従うしかないのだという暴君らしい傍若無人。
「それに、この会話自体が甚だしく無駄だ。
強制的に頷かせる手段などいくらでもあるが、そんな労苦を払わずともどうせ貴様は頷く」
「……ずいぶんな、自信だな。おれの弱みでも握ってるってのか?」
「弱み? クク、確かに言い得て妙かもな。
新参といえど、焦がれたモノを目にすることもなく横取りされるのは我慢ならんだろう」
覚明ゲンジは、視認している人物が何かへ向けている感情を矢印として視認することができる。
寂句が乱入してきてすぐ、彼はスイッチを切り替え目の前の老人に向かうそれを見た。
そこには、遥か彼方へと伸びる極太の矢印があった。
抱えているだけで理性が犯され、発狂してもおかしくないほどの圧倒的感情(グラビティ)。
それを向けられている人間にも、逆に向けている人間にも、ゲンジは既に会っていた。
だから分かる。本当は、既に分かっている。
彼が一体何者で、何に灼かれた人間なのかを。
ただ、その口から聞きたかった。
「私はこれから、神寂祓葉を終わらせに向かう」
息が止まった。
心臓が跳ねた。
脳の奥底から、過剰なアドレナリンが溢れ出てくるのが分かる。
ゲンジが目の前の老人の得体を察していたように、寂句もまた、ひと目見た瞬間から彼の病痾を見抜いていたのだ。
「手は揃えてあるが、相手は空前絶後の怪物だ。
よって貴様も協力しろ。アレに灼かれた以上、後は遅いか早いかの違いでしかない。
期待してやるから、死に物狂いで応えるがいい」
寂句がゲンジを"新参"と呼んだのはつまりそういうこと。
極星に灼かれ、魂を狂わされた哀れな残骸のひとつ。
彼はもはや、〈はじまりの六人〉の同類だ。
極星は引力を有している。
よって衛星は、どうあっても宇宙の中心たる彼女に向かっていくしかない。
寂句の言う通り、その時がいつ訪れるかの違いがあるだけだ。
「は、は」
気付けばゲンジは、嗤っていた。
狂ったように、壊れたようにそうしていた。
571
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:24:47 ID:tyr1M99Y0
運命が自分を迎えに来たのだ。
こちらの事情など知らず、手前勝手極まりない傲慢さで手を引いてきた。
普通なら死神にドアを叩かれたような心地になるべきなのだろうが、ゲンジは違う。
自分という存在が欲されている。神話の住人のような怪物達が、他でもない覚明ゲンジ(おれ)という役者の登壇を望んでいる。
その事実が、何者にもなれず燻っていた少年にはひどく心地よかった。
同時に納得する。この老人の言っていたことは正しい。こいつと遭った時点で、自分には拒む選択肢など残されちゃいなかったのだ。
「――――狩魔さん達のことは、裏切れない」
ただ、そんな彼の中に唯一残った人間性がひとつ。
彼は他の誰よりもデュラハンという組織に執着している。
ドライな狩魔と、一時の居場所として身を置く悠灯のどちらとも違う。
自分を見て、認め、共に語らってくれたそのふたりに対し、それこそ恩義にも似た絆を感じていた。
狩魔は、ゲンジはいずれ自分達を食い尽くす真の怪物になると予想していたが――少なくとも今はまだその時ではないらしい。
「あんたに付いていくのは、いい。
だけどバーサーカー達を全員連れて行くのは、ナシだ」
「選択権はないと言った筈だがな」
「なら、あんたをぶん殴ってでも作り出すよ」
「――は。無能が、出来もしないことをほざきおって」
ゲンジはあくまでも要石。
ネアンデルタール人達だけでも戦闘は行えるし、作戦の肝である神秘零落の呪いも使用できる。
蛇杖堂寂句と共に神殺しの本懐を果たしに行くことと、周鳳狩魔とデュラハンを裏切らないことは両立可能だ。
そう唱えて譲らないゲンジに対して、珍しく暴君が折れた。
「ここにいるのがすべてではないな。原人共の総数はどの程度だ」
「……百人弱だ。あんた達に殺されたぶんを含めても、まだそのくらいはいる」
「では五十体を寄越せ。それ以上は譲らん」
ゲンジが、目線をシッティング・ブルの方へと移す。
呪術師は既に地へ降り、ただ交渉するふたりを監視していた。
寂句だけでなく、ゲンジのこともだ。
半グレ同士の抗争の行く末に興味はないが、悠灯を脅かし得る可能性は摘み取る必要がある。
もしも覚明ゲンジが自分の役割をすべて放棄し出奔するというのなら、多少強引にでもこの場から連れ去るつもりだった。
「悪いな、悠灯さんのキャスター。狩魔さん達には、あんたから伝えてくれよ」
ゲンジ自身、不義理な真似をしているとは思う。
それでも寂句と行くと決めた理由は、第一に裡から沸き起こる耐え難い衝動。
そして、周鳳狩魔という男への信頼だった。
572
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:25:38 ID:tyr1M99Y0
おれが頭を振り絞って思いつくようなことを、あの人が考えつかない筈がない。
あの人は、おれが祓葉に傾倒してるのも知ってる。
ならそのおれが、こうして"あいつ"に近付ける機会を得た時、どうするかなんて分かってる筈なんだ。
きっとおれの勝手な行動なんか織り込み済みで策を作ってある。おれ如きが、あの人の計算を狂わせるなんてありえない。
であれば何も問題はない。
おれはおれのまま、おれのやりたいことをしよう。
そう決めた少年に、偉大な戦士は口を開く。
「……理解ができん。
君はその老人の言っている意味を、本当に解っているのか?」
引き止めようとして出た言葉ではない。
嘘偽りのない、シッティング・ブルの本心だった。
「ゲンジ。君が仰いでいるあの少女は、決して清らかなモノなどではない」
知ったようなことを言っているのではなく、現に知っているのだ。
シッティング・ブルは、タタンカ・イヨタケは、それを見た。
この世界の神。天地神明の冒涜者。空に開いた孔、そこに向けて辺りすべてを吸引するブラックホール。
恐ろしいと思った。あんなに恐ろしい神秘がこの世に存在するなどと、あの瞬間まで彼は知らなかった。
「触れれば、近付けば、身も心も灼き尽くす鏖殺の星だ。
今の君は、蛾が燃え盛る炎に引き寄せられているようなものだ」
「……そうかもな。でも、はは、あんたにはわかんないよ。おっさん」
――灼かれてもないあんたじゃ、分かるわけがない。
――ヒトを本気で好きになるって、すごく怖いコトなんだ。
ゲンジはそう言って、シッティング・ブルに背を向けた。
その去り際の視線には、やはり奈落の底から覗くような禍々しいものが蟠っていて……咄嗟に、ライフルに手が伸びた。
それは反射的な行動だったが、少年は振り向きすらせずに。
「何かあったんだろ。早く、悠灯さんのとこに戻ってやりなよ」
朴訥とした優しさを滲ませて、言った。
本来美徳である筈のそれが、今はひどくアンバランスなものに見える。
土中に潜む多脚の虫が、何やら他者へ慈悲らしいものを示しているような。
そんな生理的嫌悪感を、今のゲンジは匂いのように周囲へ放っていた。
573
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:26:08 ID:tyr1M99Y0
――シッティング・ブルは飛び去っていった。
去りゆく気配を見送って、ゲンジは再び寂句の前に立つ。
ゲンジも身長以外はそれなりに体格のいい男である筈だが、それもこのむくつけき老人の前では霞んでしまう。
「あんた……山越さんとは、ずいぶん違うんだな」
「あのような変態と一緒にするな。奴は我々から見ても異質な屑だ」
同胞を殺された憤りからか、未だに敵愾心をむき出しているネアンデルタール人を片手で制す。
最初の内、ゲンジと彼らを繋ぐものはわずかな仲間意識だけだった。
それが今や令呪を用いずとも、こうしてゲンジに従うようになっている。
同胞の仇など、原人達にしてみれば嬲り殺しにしても飽き足らない怨敵であろうに。
その事実をゲンジは認識していたが、した上で、別にどうでもいいと思っていた。
「手筈は道中で説明する。一度しか言わんから、死ぬ気で頭に叩き込め」
歩き出す寂句と、それに続くゲンジ。
少年の後ろをぞろぞろと付いていく、数十人ものネアンデルタール人。
彼らは信仰を持たない。彼らは、神の存在を知らない。
しかしそんな彼らにも、その感情は備わっていた。
――――畏怖だ。
この世には、理解の及ばない恐ろしいものがいる。
それだけは、遠い石器時代にも共有されていた概念だった。
◇◇
574
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:26:48 ID:tyr1M99Y0
ゴドフロワ・ド・ブイヨンの襲撃を振り切って、やや時間が経ち。
征蹂郎はアルマナに抱かれるのではなく、自らの足で彼女と共に夜の街を駆けていた。
既に両者とも、新宿区に入っている。
敵地である以上、目立つダイナミックな移動を続ける理由はない。
結界の内情はアルマナが分析し、なるべく安全なルートを通って潜入している形だ。
そんな征蹂郎の顔色は悪く、額には脂汗が浮かんでいる。つい先刻感じ取った――レッドライダーの異変に起因するものだった。
港区で試運転した時の、あの暴力的な消耗とはまた違う。
例えるなら身体の中に他人の血が混ざり、拒絶反応を起こしているみたいな感覚だ。
訓練を受けた屈強な肉体を持つ彼でなければ、とても活動を続行するなど不可能だろう。
もっとも今の彼は、それどころではなかった。
彼が気にしているのは自分の身体のことなどではなく、奇怪な状態に陥っているレッドライダーのことだ。
新宿で交戦状態に入ったことまでは把握している。
恐らくそこで、何かがあったのだ。
認め難いことだが赤騎士は不覚を取り、現在ひどく不安定な状況にあると推察される。
「見たところ、契約は生きているようですが……正直、よくわからない状態ですね」
専門家であるアルマナでさえこうなのだから、門外漢の征蹂郎に現状を分析するのは困難だった。
無理もないことだ。レッドライダーはそもそも正当な英霊ではなく、常識もセオリーも通用しない相手。
征蹂郎自身、己が従えるあの騎士のことなどまったく分かっていない。
意思疎通も困難なため、ただの兵器と割り切って使ってきたが、ここに来てそのツケを払わされている気がしてならなかった。
「…………消えていないなら、それでいい」
だが征蹂郎の心には、臆する気持ちなど皆無。
殺された仲間達の無念が、彼らの遺志がその背中を突き動かし続ける。
「オレはただ、勝つだけだ……。たとえここで燃え尽きるとしても、討たなきゃいけない敵がいる……」
既にこの新宿には、刀凶聯合の構成員が自分と同様に怒り心頭で乗り込んでいる。
神秘を宿した重火器で武装した武装集団だ。装備は拳銃がせいぜいだろうデュラハンの連中とは比べ物にならない突破力を持つ。
結界を壊せ。雑兵を殺戮しろ。好きなようにやれ。暴れたいように暴れろ。お前達にはその権利がある。
「決着(ケリ)を着けるぞ――――周鳳狩魔」
そして無論――オレにも。
必ず殺す。貴様のすべてを否定する。
もはや待ったはない。倒されたドミノは、行くところまで行くしかないのだから。
よってここからが戦争の本番。両軍の将が並び立ち、命を懸けて命を奪い合う地獄変。
街は赤く、赤く彩られている。
熱狂が波になって、都市を呑み込んでいく。
それはまるで、厄災のように。
◇◇
575
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:27:44 ID:tyr1M99Y0
深夜の新宿。ネオンの灯す赤が、赤で塗り潰されていた。
交差点の中心に、その存在はあった。
赤騎士――レッドライダー。元より異形の英霊であったが、いよいよ騎士の面影など微塵もない。
輪郭を持たぬ半流動体。血にも似たそれは、ただ一箇所に留まることを知らず、膨れ、崩れ、滴り落ちては地面を濡らしている。
硬質な骨のようなものが断続的に浮かび上がり、しかし定着する前に溶けて消えるのを繰り返す。
ぐしゃ、にぢゃ、と何かを踏み潰す音。
粘っこい足音と共に爆ぜる液体。ただでさえ静けさを失った街は、異常の中心にあるそれの発する現象によってさらに混沌を極めていた。
赤い。
赤すぎた。
道路、ビルの壁面、車や家屋の屋根、信号機、歩道、ショーウィンドウ――レッドライダーの撒き散らすそれは重油のように粘り、血管のように街を犯している。
壊れたポンプが延々と吐き出すように、あるいは決壊したダムから水が際限なく流出するように、【赤】の氾濫は止まらない。
逃げ惑う人々がその奔流に飲まれ、悲鳴をあげて転び、水の中に沈んでいく。
「ァアァアァアアアアアァア…………!」
レッドライダーの身体の一部が突如として激しく膨張した。
風船のように膨れ上がったかと思えば、圧壊するように潰れて新たな奔流を生む。
創世と滅亡の輪廻だ。
黙示録の赤き騎士。世界が戦いを望む限り不滅の怪物。
それが今、消えろ去れ天に昇れと求める大いなる意思に蹂躙されている。
『英雄よ天に昇れ(アステリズム・メーカー)』。
アンタレスの毒針は、確かにこれの霊基を貫いていた。
現世にあってはならぬ遠未来の災厄。預言の矛盾を突き崩す一撃が、今なおレッドライダーを死へ誘い続ける病態の正体である。
今や赤騎士はこの世すべての運命に嫌われた真の意味での孤立無援。
言うなれば消毒液の海に垂らされた一個の細菌のようなもので、不死だろうが不滅だろうが存在を保ち続けられる道理はない。
にも関わらずレッドライダーは、破滅への抵抗を続けていた。
これは過去から現在までに起きたありとあらゆる戦争を貯蔵した武器庫のようなもの。
個にして群、群にして個。天昇させられた端から失った箇所を別な戦争の記録で修復し、血塗られた歴史そのものを材料に自分自身を延命治療しているのだ。
よってこうしている間にも、赤騎士の中からはどんどん武装の残数が削られている。
病状は一秒ごとに進行していたが、一回のカウントでどれほどの貯蔵が失われているのかは騎士自身にしか分からない。
ただひとつ確かなのは――終末の赤騎士は、もはや不滅の存在ではなくなったということ。
576
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:29:52 ID:tyr1M99Y0
瀉血によるテセウスの船なら既に試した。
だが無駄だ。あの毒はスカディのようにすぐ患部を切除すれば大した効き目をなさないが、一度回ってしまうと根が深い。
レッドライダーの霊基にまで浸潤した星の強壮剤は、人類の罪業を担保に滅びを遠ざけていた星の機構(システム)を零落させた。
戦争の厄災は討てる。人類は、戦争を根絶できるのだ。星はこの場に限りそれを望んでいる。
「――――ォ、オ――――ァ、アァ――――ギ――――グ――――」
悲鳴とも慟哭ともつかない声をあげて、その【赤】は何を思うのか。
これに自我はない。これに感情はなく、他者と理解し合うことも永遠にない。
当然無念などという情も、概念ごと持ち合わせていなかった。
あるのはひとつ。
ガイアの怒りとしての、使命の遂行。
ヨハネの預言をなぞって、救いの前の終末を運ぶ赤い運び屋。
わななく四肢が、漏れ出す悲痛な声が、瞬時にして凍りつく。
その瞬間、今まであれほどに荒れ狂っていた赤騎士が嘘のように静寂を取り戻した。
「――――理解シタ。デハ、ソノヨウニシヨウ」
起伏のない機械音声じみた発声が、突如として何事かへの納得を独りごちる。
依然その総体は泡立ち、膨張と萎みを繰り返していたが、それでも今のレッドライダーは過去どの瞬間よりも理知的だった。
「預言ハ成就サレネバナラナイ」
赤い液体で構成された暴走状態の身体が、外側から無数の殻に包まれていく。
肥大も収縮も生まれた殻の内に秘められ、圧殺され、騎士は死の概念を付与された現状に適応する。
「死ハ溢レ返ラネバナラナイ」
まず構築されたのは鱗だった。
全身をくまなく何層にもなって覆う真紅の鱗。
最高峰の対戦車防壁を参考に設計、その上で材質を神話戦歴から参照した特殊鉱石(レアメタル)数種に限定。
外側はもちろん、内側からの破裂さえ力ずくで押さえ込める特殊な構造を実現させ。
「醜穢ハ流サレネバナラナイ」
頭部は伸長し増設され、四肢は変形の上で同じく増設。更に肩甲骨に相当する部位がせり上がった。
尾底からぬるりと這い出した尾は、それだけで数メートルに達するほど巨大だ。
尾が出現した頃には、レッドライダーはもはや完全に"騎士"の風体を失っていた。
「過チハ――繰リ返サレネバナラナイ」
元あった手が脚に置換され、その上で更に左右一本ずつの脚が新設され。
尾が薙がれれば、間に存在した街並みは容易く砕き流される。
変態した肩甲部は皮膜を備えた巨大な両翼と化し、頭部は細長く、鰐や蛇のたぐいを思わせる形に伸長した上で七つに増えた。
鱗に包まれ、翼と尾を備え、六本の足にそれぞれ鋭い鉤爪を備えて空を切り裂く。
そんな赤騎士の成れの果ての体長は、二十メートルを超えている。
異形の外見。巨大な体躯。背に備えた一対の翼と、世界を薙ぎ払う尾。そして、全身を覆う鱗。七頭に煌めく七つの王冠。
その姿は、ああ、そう。まるで……
――――竜(ドラゴン)のよう。
「是非モ無シ」
これは、赤き騎士の預言の更に先。
七人の天使が喇叭を吹いたその後の災厄。
地上に零落れた、ある愚かな魔王の断末魔。もしくは、古き悪しき蛇。
燃え盛る炎のように赤く、存在そのもので神の教えを冒涜する救い難きモノ。
――――〈赤き竜〉と呼ばれる神敵の、似姿であった。
577
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:30:33 ID:tyr1M99Y0
◇◇
黙 示 録 変 調
A D V E N T D R A G O N
◇◇
578
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:31:09 ID:tyr1M99Y0
「……どうなってんだ、こりゃ」
刀凶聯合に身を置く青年が、街の惨状を見て思わず呟いた。
その足は脛の辺りまで、赤い洪水に浸かっている。
今や新宿は地獄絵図だった。
赤、赤、赤、赤。どこを見ても一面の赤色だ。
この色は彼らにとっては慣れ親しんだものだったが、それでもこれを見て常軌を逸していると思わないほど馬鹿ではない。
「征蹂郎クンの"サーヴァント"……だよな? これやってんの」
「まあ、多分そうなんじゃねえかな……。征蹂郎クンなりに考えがあんだろ、多分」
戸惑いを隠せない様子で言葉を交わす青年達は、各々が現代日本の都心には見合わないえげつない武器を担いでいた。
ロケットランチャー。重機関銃。火炎放射器に即死レベルの改造を施されたテーザー銃、ショットガンetc。
しかもそれらが皆神秘を帯びており、当てられさえすれば英霊にも理論上は傷を負わせられる代物だというのだから凄まじい。
たかが街角のゴロツキにそんな代物を与えた張本人こそが、街を変貌させた【赤】の源流。
悪国征蹂郎が従える、ライダーのサーヴァントであることを彼らは知っている。
「つーかそれよりデュラハンだよデュラハン。お前らも聞いてんだろ、千代田で何があったのか」
ここにいるのは皆、この世界の造物主が生み出した仮初の人形でしかない。
それでも彼らには彼らの人生があって、守るべきものと、譲れない信念がある。
征蹂郎が刀凶聯合を何より重んじているように、その愛すべき民である彼らも、同様に聯合の仲間達を愛していた。
先遣隊として新宿に入っていた彼らが、千代田区で起こった殺戮の報せを受けたのがつい先刻。
許せない。許せるものか。怨敵デュラハンはまたも俺達の一線を超えたのだ。
皆殺しだ。ひとり残らず殺すしかない。八つ裂きにして、生まれてきたことを後悔するくらいの地獄を見せてやらなければ道理が通らない。
そうして猛り、兜の緒を締め直し、聯合の兵隊達はデュラハンの本丸を目指していて。
その矢先に、この異界めいた光景に遭遇した。
明らかに征蹂郎のライダーのものであろう赤い水。それが見慣れた新宿の街並みを犯している様を、見た。
「征蹂郎クンはすげえ奴なんだ」
「ああ。マジですげえ人だよな」
刀凶聯合の名を聞けば、半グレはおろかヤクザ者でさえ顔を顰める。場合によっては逃げ出す。
話の通じない狂犬集団。どこの組織にも持て余された、つける薬のない馬鹿の集まり。
かつて彼らはひとりの例外もなく、行き場のない野良犬だった。
家庭環境の荒廃、社会への失望、人間関係の縺れ、犯してしまった罪からの逃避。
三者三様の理由で燻っていた野良犬達が、ある風変わりな王のもとに集まって。
そうしてできたのが刀凶聯合だ。打算ではなく、本能で惹かれ合い、出来上がった共同体。
579
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:32:00 ID:tyr1M99Y0
故にその結束は強く。彼らはいかなる理由があろうとも、仲間の犠牲を許容できない。
血縁ではなく流血で結ばれた絆。それが、彼らにとっていかなる現世利益にも勝る戦う意味になる。
「征蹂郎クン、悲しんでるだろうな」
「優しい人だからな、あの人。あんな仏頂面してるけどよ、いっつも俺らのこと考えてくれてんだ」
「聞いたことあんだ。征蹂郎クンはさ、泣けねえんだってよ。
泣き方を知らねえんだってさ。だからどんなに悲しくても辛くても、ただ噛み締めるしかないんだろうな」
「はは。あの人らしいなァ」
「征蹂郎クン、クールなツラしてっけど誰より不器用だからな」
聖杯戦争。
肩に担いでいる兵器を総動員しても倒せるかどうか分からない、怪物と魔人の巣窟。
デュラハンの半グレ達さえ臆病風に吹かれる修羅場に、聯合の彼らは二つ返事で身を投じた。
命など惜しくはない。仲間のためならば。
死など怖くはない。俺達が奉じた"王"のためならば。
青春に似た狂信は、正體なき人形を熱を持つ戦士に変えていた。
故に彼らは勇ましく戦う。命を惜しまず、死を恐れず、果ての果てまで突き進む。
「――そんな人を悲しませる連中、マジ殺したくね?」
その、見方によっては美しい旅路が。
死へのはばたきだとしても、きっと満足しながら死ねる運命が。
【赤】い衝動の前に、醜く穢される。
「ああ。殺さなきゃダメだな」
「ブチ殺すしかねえだろ。手足全部もいでよぅ、目玉抉ってそこに小便してやろうぜ」
「物足りなくね?」
「ああ。物足りねえな」
「つーかさ、今更だけどよ。なんで俺達が悪人みたいにされてんだ?
征蹂郎クンと出会うまで燻って、這い蹲って、そうやって生きるしかなかった俺らがさ。
半グレとか呼ばれて、社会の裏側に押し込められて、一緒くたにされてクズ扱いされてんの、マジ許せなくね?」
「ああ。許せねえな」
「だよな。前から薄々思ってたけどよ、俺らの敵ってデュラハンだけじゃねえよな」
「ああ。全員ブチ殺さねえと気が済まねえよ」
「こいつら、俺らがどんな思いで生きてきたかも知らないでのうのうと被害者面してやがる」
「ああ。俺達や征蹂郎クンの味わってきた気持ちの、多分一ミリも分かってねえんだろうな」
「やっぱ殺さなきゃダメじゃね? こいつらも」
「ああ。殺さなくちゃダメだ」
「そうだよな」
「ああ」
「殺すか」
「殺そうぜ」
「殺しながら行けば一石二鳥だろ」
「弾が足りなくなったら、ライダーさんに貰えばいいもんな」
「じゃあやるかぁ」
「どうせやるなら競争にしようぜ」
「賛成。その方がモチベ出るわ」
「一番多く殺せた奴が勝ちな」
「やべ。俺、なんか知らんけど今メチャクチャムカついててよ。俺より多く殺されたらそいつのことも殺しちまいそうだわ」
「あー……俺もだわ。じゃあさ、俺名案浮かんだんだけどよ。殺された奴のスコアは殺した奴に足されるとかどうよ?」
「うわ、それマジ名案。そうしようぜ」
「よし、じゃあ決まりな。容赦しねえぞ俺は」
「誰に物言ってんだよ。後から泣きつくなよ? そん時はゲラゲラ笑ってやるからな」
「なら笑ってるお前らを殺すわ」
「征蹂郎クン以外は別に死んでもいいしな」
「俺らってそういうモンだろ。聯合はあの人のためにあるんだから」
「だな。あー、気楽でいいわ。じゃあ早速始めっかぁ!」
580
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:33:16 ID:tyr1M99Y0
赤騎士は戦を喚び起こす。
たとえ泰平の世であろうとも、一度それが顕現すればたちまち【赤】の一色に染まる。
レッドライダーは確かに悪国征蹂郎のサーヴァントで、刀凶聯合の切り札であるが。
かの騎士は征蹂郎もその同胞達も、あらゆる生き物を何ひとつ区別していない。
台風に人格を見出し、進路を予測しようとする行為が無駄であるように。
厄災たる赤騎士に区別や配慮のたぐいを期待する方が愚かなのだ。
「鏖殺(みなごろ)し!」
【赤】はとめどなく溢れ出し、広がっていく。
もはやその存在の終わりを以ってしか止めることはできない。
復讐者達の雄叫びは、今や戦意に染められた狂戦士の奇声に堕した。
皆殺しのクライ・ベイビー。
血が広がる。戦が弾ける。神の民が愛した秩序は棄却され、黙示録の時が訪れる。
――――成就ノ時来タレリ。預言ハ叶イ応報ハ地ヲ覆ウ。
――――今コソ境界(レッドライン)ヲ超エル時。
◇◇
581
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:33:46 ID:tyr1M99Y0
【新宿区・歌舞伎町/二日目・未明】
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:疲労(大)、腹部にダメージ(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:――さあ、お楽しみはこれからだよ、ノクト。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:華村悠灯がいい感じに化けた! 世界に孔を穿つための有力候補だ!
3:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
4:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
5:祓葉も来てるようだからそっちも見に行きたいけど……!
6:やばいなこいつちょっと強すぎる。助けて私のハリー・フーディーニ!
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
今のこのノクトとの遭遇は、流石の彼女にとっても予想外で準備不足であるようです。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第五生のハリーと入れ替わり中
五生→健康
九生→疲労(大)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
0:『――ヴァルハラか?』
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
宝具『棺からの脱出』を使って第五生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。
582
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:34:15 ID:tyr1M99Y0
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋、やる気マンマン
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:相変わらずしぶといな〈脱出王〉。さて、此処からどうするか。
1:デュラハン側のマスターたちを直接狙う。予定外のことがあれば素早く引いて何度でも仕切り直す。
2:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
3:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【新宿区・南部/二日目・未明】
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(中)、右耳に軽傷、迷い、畏怖、動揺、霊獣に騎乗して移動中
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:悠灯の元へ向かう。
1:今はただ、悠灯と共に往く。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
583
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:34:50 ID:tyr1M99Y0
【覚明ゲンジ】
[状態]:疲労(中)、血の臭い、高揚と興奮
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:3千円程度。
[思考・状況]
基本方針:できる限り、誰かのたくさんの期待に応えたい。
0:……待ってろよ、祓葉。
1:祓葉を殺す。あいつに、褒めてほしい。
2:抗争に乗じて更にネアンデルタール人の複製を行う。
3:ただし死なないようにする。こんなところで、おれはもう死ねない。
4:華村悠灯とは、できれば、仲良くやりたい。
5:この世界は病んでいる。おれもそのひとりだ。
[備考]
※アルマナ・ラフィーを目視、マスターとして認識。
※蛇杖堂寂句の要求を受諾。五十体の原人を用いる予定。
【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)】
[状態]:健康(残り95体/現在も新宿区内で増殖作業を進めている)、一部(10体前後)はライブハウスの周囲に配備中、〈喚戦〉、ゲンジへの畏怖
[装備]:石器武器
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:今のところは、ゲンジに従い聖杯を求める。
0:弔いを。
[備考]
※老人ホームと数軒の住宅を襲撃しました。老人を中心に数を増やしています。
584
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:35:14 ID:tyr1M99Y0
【蛇杖堂寂句】
[状態]:右腕に大火傷(治療済み)
[令呪]:残り2画
[装備]:コート姿
[道具]:各種の治療薬、治癒魔術のための触媒(潤沢)、「偽りの霊薬」1本。
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:他全ての参加者を蹴散らし、神寂祓葉と決着をつける。
0:祓葉を終わらせる。
1:神寂縁は"怪物"。祓葉の天送を為してまだこの身に命があったなら、次はこの血を絶やす。
2:当面は不適切な参加者を順次排除していく。
3:病院は陣地としては使えない。放棄がベターだろうが、さて。
4:〈恒星の資格者〉は生まれ得ない。
5:運命の引力、か……クク。
6:覚明ゲンジは使える。よって、可能な限り利用する。
[備考]
神寂縁、高浜公示、静寂暁美、根室清、水池魅鳥が同一人物であることを知りました。
神寂縁との間に、蛇杖堂一族のホットラインが結ばれています。
蛇杖堂記念病院はその結界を失い、建造物は半壊状態にあります。また病院関係者に多数の死傷者が発生しています。
蛇杖堂の一族(のNPC)は、本来であればちょっとした規模の兵隊として機能するだけの能力がありますが。
敵に悪用される可能性を嫌った寂句によって、ほぼ全て東京都内から(=この舞台から)退去させられています。
屋敷にいるのは事情を知らない一般人の使用人や警備担当者のみ。
病院にいるのは事情を知らない一般人の医療従事者のみです。
事実上、蛇杖堂の一族に連なるNPCは、今後この聖杯戦争に関与してきません。
アンジェリカの母親(オリヴィア・アルロニカ)について、どのような関係があったかは後続に任せます。
→かつてオリヴィアが来日した際、尋ねてきた彼女と問答を交わしたことがあるようです。詳細は後続に任せます。
→オリヴィアからスタール家の研究に関して軽く聞いたことがあるようです。核心までは知らず、レミュリンに語った内容は寂句の推測を多分に含んでいます。
赤坂亜切のアーチャー(スカディ)の真名を看破しました。
"思索"と"失点の修正"を終えました。具体的内容については後にお任せします。
【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:大義の時は近い。
1:蛇杖堂寂句に従う。
2:ヒマがあれば人間社会についての好奇心を満たす。
3:スカディへの畏怖と衝撃。
4:よもや同郷がいるとは。
585
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:35:38 ID:tyr1M99Y0
【新宿区・東部/二日目・未明】
【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:――ケリを着けよう、周鳳狩魔。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
5:ライダー(レッドライダー(戦争))の容態を危惧。
[備考]
異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、無自覚な動揺
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。内二体破壊、残り一体。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:アルマナはアルマナとして、勝利する。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:悪国をコントロールし、実質的にライダー(レッドライダー(戦争))を掌握したい。
4:アグニさんは利用できる存在。多少の労苦は許容できる。それだけです。…………それだけ。
5:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。
※新宿区を偵察、情報収集を行いました。
デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。
586
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(降星)(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:36:10 ID:tyr1M99Y0
【新宿区・南部付近/二日目・未明】
【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:『英雄よ天に昇れ』投与済、〈赤き竜〉
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
0:預言の成就。
1:神寂祓葉を殺す
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。
※『星の開拓者』を持ちますが、例外的にバーサーカー(ネアンデルタール人)のスキル『霊長のなり損ない』の影響を受けるようです。
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』を投与され、現在進行形で多大な影響を受けています。
詳しい容態は後にお任せしますが、最低でも不死性は失われているようです。
※七つの頭と十本の角を持ち、七つの冠を被った、〈黙示録の赤き竜〉の姿に変化しています。
※現在、新宿区にスキル〈喚戦〉の影響が急速拡大中です。範囲内の人間(マスターとサーヴァント以外)は抵抗判定を行うことなく末期の喚戦状態に陥っているようです。
部分的に赤い洪水が発生し、この洪水は徐々に範囲を拡大させています。
【千代田区・西部/二日目・未明】
【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)】
[状態]:健康、『同胞よ、我が旗の下に行進せよ』展開中
[装備]:『主よ、我が無道を赦し給え』
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩魔と共に聖杯戦争を勝ち残る。
0:まんまと逃げられてしまったが、はてさてどうしたものか。
1:神寂祓葉への最大級の警戒と、必ずや討たねばならないという強い使命感。
2:レッドライダーの気配に対する警戒。
3:聯合を末端から削る。同胞が大切なのですね、実に分かりやすい。
[備考]
※デュラハンの構成員を連れて千代田区に入り、彼らを餌におびき出した聯合構成員を殺戮しています。
587
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/20(日) 23:36:46 ID:tyr1M99Y0
投下終了です。
588
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/24(木) 01:15:35 ID:KcF31/9Q0
アルマナ・ラフィー
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
周鳳狩魔&バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン) 予約します。
589
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:31:21 ID:/xo8QoUQ0
投下します
590
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:33:49 ID:/xo8QoUQ0
新宿・歌舞伎町、あるライブハウス。
新進気鋭ながら巨大な勢力とシノギを抱える半グレ組織〈デュラハン〉の息がかかっているここは、此度の決戦における事実上の拠点となっている。
その一室、普段は特別な来客に対してのみ使っている応接室の中に、英霊シッティング・ブルの姿はあった。
いつも通りの渋面に、普段に輪をかけて苦々しいものを滲ませながら。
彼は、椅子に座った"彼女"の処置を行っていた。
華村悠灯。地毛の覗いた金髪、痣だらけの身体、いかにも不良少女といった風体。
対レッドライダー戦線を抜け出したシッティング・ブルが駆けつけた時、その姿を見て絶句した。
人間の形をしていなかったからだ。正しくは首から上が、あらぬ角度に折れ曲がっている。
「……あ、もう動いていいか?」
「その筈だが、しばらくはあまり動かすな。私も初めて遭遇する事例だったから、どこまで処置が効いているか解らない」
彼を襲ったのは悠灯をひとり残してしまったことへの後悔と、それ以上の激しい困惑。
頚椎骨折という明らかな致命傷を負っているにも関わらず、悠灯は惨たらしい姿のままで平然と喋り、動いていたのだ。
狩魔が何かをしたのかと疑った。場合によっては関係が反故になるのを覚悟で、殺そうとすら思った。
だが他でもない悠灯自身がその憶測を否定した。曰く、ここを強襲してきた刺青の魔術師にやられたらしい。
十分に結界を展開し、ゲンジの原人も配備した万全の警護体制をすり抜けた凶手にも懸念はあったが、まずは目先の問題だ。
シッティング・ブルは混乱する頭をどうにか落ち着けながら、悠灯の傷の修復を始めた。
呪術とは他者を害するだけの力ではない。
呪(のろ)いである以前に呪(まじな)い。正しく使えば傷を癒やし、命を生かすことができる。
彼の技量の高さもあり、幸い、悠灯の折れた首はとりあえず修復することに成功した。
ただ依然彼女の胸は上下しておらず、体温も死体のように冷たいままだ。
――死んでいる。華村悠灯の肉体は、間違いなく生命活動を停止している。
なのに何故、彼女は生きて動き、話せているのか。
尽きぬ疑問の解を、シッティング・ブルはこの場に同席する"もうひとり"に求めることにした。
「……狩魔」
戯言を交わしている暇はない。
更に一切の嘘も、虚飾も許さない。
見据える瞳には、大戦士の冷徹な側面が覗いていた。
「何があったか、詳しく説明してもらおう」
591
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:34:52 ID:/xo8QoUQ0
「もちろんそのつもりなんだが……経緯はさっき話した通りだ。
ノクト・サムスタンプ。山越の奴が言ってた、聯合側の"協力者"だろう。
そいつがどういうわけか、あんたの結界と原人どもの警備を掻い潜って悠灯に接触した」
こめかみに指を当てながら話す狩魔の様子には、冷静沈着な彼らしからぬ当惑が滲んでいる。
ノクトの襲撃自体はまあ、そういうこともあるだろうと納得できないこともない。
想定が甘かった。〈脱出王〉の忠告の重さを見誤っていた。
魔術師でありながら、怪物の域に片足を突っ込んだ想像以上の難物だった――それで咀嚼できる。
が、悠灯の件に関しては狩魔としてもまったく意味不明の事態であった。
「俺も、悠灯は殺られたもんだと思ったよ。
首ってのは人間にとって最大の急所だ。そこが折れ曲がって生きてられる人間なんざこの世にはいねえ。
だから正直ぶったまげたぜ。とはいえそのおかげで令呪を節約できたから、俺としては貸しを作っちまった形だな」
「……ノクト・サムスタンプが何かしたという可能性は?」
「ねえな。奴さんも悠灯が動き出したのを見て驚いてたよ。
演技って可能性もあの様子じゃまずないと思う。想定外に直面した奴の顔だった」
あの後、狩魔は悠灯を連れてすぐさまライブハウスに退いた。
ノクトの再襲撃に備え、臨戦態勢を取った上であらゆる事態に備えた。
狩魔としても、悠灯に対しては多少の情がある。
シッティング・ブルが駆けつける前に彼女の容態確認を行ったのは、他でもない彼だ。
「最初に見た時もたまげたが、軽く触診してもっと驚いた。
体温が人間のそれじゃねえ。心臓も脈も止まってるし、瞳孔も開きっぱなしだ。
誰がどう見ても、死体だった。なのにこうやって平然と喋り続けてんだ」
「…………こんな時に言うのもなんですけど、狩魔サンはもうちょっとデリカシーを身に着けた方がいいっすよ。いやマジで」
「しゃあねェーだろ。俺だってガキの乳なんざ触りたくなかったよ」
ジト目で見つめる悠灯に、狩魔は煙草片手に肩を竦める。
緊急事態故踏み躙られた乙女の尊厳(そういうガラじゃないのは、悠灯がいちばん分かっている)はさておくとして、狩魔とシッティング・ブルの見解は一致していた。
華村悠灯は死んでいる。死んでいる筈なのに、生きている。酷薄に聞こえるかもしれないが、生ける屍という他ない状態だ。
「私見を聞かせろ、キャスター。俺にも関わる話だからな、できれば正しい認識ってやつを持っておきたい」
「……君が何もしておらず、手にかけた凶手も然りだというのなら、可能性はひとつだろう」
要するに、自分達は勘違いしていたのだ。シッティング・ブルはそう思った。
己も、悠灯も。彼女の身体に宿っている力、ないし魔術の正體を履き違えていた。
「悠灯自身が持つ力。天命に逆らってでも、現世に留まろうとする魔術……」
肉体強化。痛覚の遮断。そんなもの、ただの表層に過ぎなかったのだ。
むしろ本質はこちら。実情を問わず、そこに命があり続けているという結果だけを希求する力。
「さしずめ――"死を誤魔化す力"とでも言ったところか」
肉体が死ねば魂はそれを抜け出す、これを人は"死"と定義する。
しかし悠灯の力は、その当たり前をすら拒む。
魂の離脱に抗い、既に役目を失った肉体にそれを留め置く。
そうやって宿主の生存を証明し続ける、そういう力だとしか考えられない。
592
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:36:01 ID:/xo8QoUQ0
死を破却するといえば聞こえはいいが、実情はまったくそんなものではなかった。
実際に触れ、治すにあたって容態を把握したシッティング・ブルにはわかる。
少なくとも悠灯に宿っているこの力は、神寂祓葉のようなご都合主義の不死ではない。
これはあくまで誤魔化して、しがみつくだけの力だ。
子どもの駄々、悪あがき。
点数の悪かった答案を机の奥に隠して、当座の安寧を得ようとしているようなもの。
その証拠に悠灯の心臓は止まったままだし、人としてあるべき体温のぬくもりも消えたままである。
死んだ肉体を、死体のまま動かして生者を演じているだけ。
生きたいのだろう? 死にたくないのだろう? なら叶えてやろう、ほらおまえはまだ生きている。
傷は治らない。抜け落ちたものが戻ることもない。死者というカタチのまま、無理やり世に蔓延り続けるリビングデッド。
噛み締めた奥歯はもはやひび割れそうだった。所構わず当たり散らしてしまいたいほどの、やりきれない気持ちが胸中に広がって消えない。
そして、何よりそれに拍車をかけているのは。
「……悠灯。君は、本当に大丈夫なのか」
「え? ああ……まあ、大丈夫だと思うよ。
いつも通り痛くはないし、キャスターのおかげで首も元に戻ったし」
当事者である悠灯の、奇妙な冷静さ。
命を奪われ、自分が生者とも死者ともつかない何かになったことを知った。
狂乱しても責められない状況にありながら、悠灯はむしろこうなる前より落ち着いて見えた。
「それに、なんかさ。大変なコトになってるのは分かってるけど、気分はさっぱりしてるんだ」
生きたい。生きたい。死にたくない――そう狂い哭き続けていた少女の顔に、わずかな安堵が見て取れる。
無理からぬことだ。形はどうあれ、その恐怖は彼女の中から取り払われたのだから。
ノクトの件がなくとも、いずれ悠灯はこの状態に辿り着いていただろう。
脳死と心停止を超えて生き永らえる"超常"。未来を願う少女から不安を除去する、出来損ないのご都合主義。
シッティング・ブルは、心穏やかでなどとてもいられなかった。
これならいっそあの時祓葉の手を取り、彼女と同じ無限時計の使徒になってくれた方がよほどマシだったとすら思うほど。
「だから、アタシは大丈夫だよ。心配かけてごめんな、キャスター」
華村悠灯は"成って"なお不死者などではない。
誤魔化しの力が、どの程度の損傷まで補ってくれるのかも不明なままだ。
首を切り落とされたら? 脳を破壊されたら? 全身を原型を留めないほどに粉砕されたら?
それで死ねるならまだいい。
どんな治癒も意味を成さないほどに肉体を壊され、それでも残った肉片に対しても、力が適用され続けてしまったら?
593
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:36:51 ID:/xo8QoUQ0
厭な可能性など、山のように思いつく。
けれどそれを口にする勇気は、シッティング・ブルにはなかった。
それをしてしまえば、今目の前にある不器用な微笑を惨たらしく壊してしまいそうで怖かった。
だから何も言えない。何も言えないまま沈黙する彼に、次は狩魔から切り込む。
「心中察するが、俺からもあんたに聞きたいことがある」
――話題は移り変わる。
赤騎士を迎撃するために打って出た彼らは、確かに一定の戦果をあげた。
だが、そこまでの経緯は決して順風満帆なものではなかったようだ。
この場にとある人物が不在である事実が、そのことを物語っている。
「ゲンジから詫びの連絡があった。
あいつを問い質してもいいんだが、知っての通り不安定なガキだからな。ここは客観的な意見が欲しい」
「……ゲンジのバーサーカーは、君の予測通り聯合のライダーを大きく弱体化させた。
しかしあくまで弱くしただけだ。根本の不死性を解決できないまま、我々は膠着状態に陥っていた。
そこに現れたのが白髪の老人。おそらくは山越風夏の同類であろう、"ジャック"と呼ばれる男だ」
「その名前は聞いてるよ。蛇杖堂寂句、山越お墨付きの怪物だな」
二本目の煙草に火を点けながら、狩魔は〈脱出王〉の話を思い出していた。
曰く化け物。人間の常識が通じない怪物老人。ノクト・サムスタンプとは別な意味で、絶対に関わるべきではない相手。
狩魔の口にした"怪物"という評に、シッティング・ブルさえ納得を禁じ得ない。
英霊の彼から見ても、あの蛇杖堂寂句という男は常軌を逸していた。
実力もそうだが、何より語る言葉に宿る力が異様だった。
一言一句すべてに他一切をねじ伏せるような強さが宿り、明らかに歪んでいるのにその歪みも含めて法だと断ずるような、狂的な傲慢さがあった。
「我々が手を拱いていたあの厄災を、蛇杖堂寂句のサーヴァントはわずか一撃で撃退した。
詳細までは不明だが、発言から推測するに抑止力の尖兵らしい。
更に言うならあのライダーも、どうやら彼女の同族……この星の意思に近しい存在であるようだった」
「門外漢だが、そりゃずいぶんとけったいな話だな。よくあるのか? そういうことは」
「無論、イレギュラーだろう。兎角そうして赤騎士は撃退され、その働きを担保に蛇杖堂寂句がゲンジに同行を迫った」
「無理やり連れて行ったのか?」
「いや。同伴したのは、ゲンジの意思だ」
ふう、と狩魔がため息を吐き出した。
漏れた紫煙が、ゆらゆらと応接室の中に漂っている。
「思ったより早かったな」
「……想定していたのか?」
「あいつはとっくに神憑りだ。俺達にどれだけしおらしい姿を見せてても、結局いつかは手前の信仰に向かっていくと思ってた。
できれば悪国のライダーを排除してからにしてほしかったが、起きたことにああだこうだ不満言っても仕方ねえ」
ゲンジが祓葉に傾倒しているのを、狩魔はとうに知っていた。
同時に、その狂気が既につける薬のない域にあることも。
周鳳狩魔は狂気を道具として扱いこなし、物事を進めてきた人間だ。
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:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:38:01 ID:/xo8QoUQ0
だからこそ分かった。分かった上で、あえてゲンジの中のバルブを開くように仕向けた。
山越風夏を彼と接触させたのもそれの一環。
効果は予想以上。燻るだけだった少年は、人道倫理を踏み砕く奈落の虫へと化けてくれた。
「原人の動員を要求されただろ。どのくらい持ってかれた感じだ?」
「五十人。それ以上は譲らないと蛇杖堂は言っていた」
「上手いな。過半数を持っていきつつ、絶妙に譲歩を感じさせる数字だ。
やってくれるぜ。傍若無人なようで、手前の大将のメンツは立ててやると暗に示してやがる。
できればもう少し人数の交渉をしてほしかったが、相手が悪すぎたな。ゲンジが駆け引きできる相手じゃねえわ」
嘆くようなことを言う一方で、狩魔にさほど動じた様子はなかった。
覚明ゲンジが想像していた通り、彼の出奔は狩魔の想像の域を出なかったのだ。
問題はタイミングと、持っていかれた原人の数。
ただしそれも、決して彼の描く筋書きを破綻させるほどの不測ではない。
「ありがとな、報告助かった。
野郎が無事で戻ってきたらヤキ入れるとして、聯合の化け物を無傷で追い払えただけでも上出来だ」
この場合の無傷とは、人員の欠損のことを指す。
シッティング・ブルは軽傷で戻り、ゲンジも手元は離れたが生きている。
原始の呪いを振り撒くネアンデルタール人達ももちろん健在で、デュラハンは一方的に情報だけを勝ち取って退けた形だ。
「キャスター。残り、そうだな……十五分でどれだけ結界を補強できる?」
「聯合のライダーとの交戦に際し、霊獣達の多くを戦場へ向かわせていた。それを呼び戻せば、大体倍程度の強度には仕上げられるだろう」
「今すぐ頼む。俺もゴドーを呼び戻して備えるよ」
聯合の赤騎士は、原人の呪いである程度まで零落させられる。
そう分かっただけでも戦果としては十分すぎる。
その上で蛇杖堂寂句のサーヴァントが打ち込んだ傷もあるのだ、聯合と揉めるにあたって不安点だった戦力面の格差はだいぶ埋められたと言っていい。
五十人の損失はでかいが、残り五十人弱もいれば立て直しは十分できる。
そも、狩魔はネアンデルタール人達に武力としての貢献をそれほど期待していない。
あくまで利用価値は彼らが持つ"呪い"の方にあり、だからこそゲンジの在不在は問題ではなかった。
むしろ分かりやすいアキレス腱であるゲンジが現地を離れてくれたのは見方によってはプラスでさえある。
後輩を気にかけながら、同時に駒として冷淡に評価し、必要に応じて使う。
それができるからこそ周鳳狩魔は不動の王なのだ。首なしの騎士団を従えて、若くして現代の裏社会に版図を広げることができたのだ。
「――なあ、キャスター。もしかして……」
「ああ」
おずおずと問うた悠灯に、シッティング・ブルは苦い声色のまま答えた。
マスターである狩魔が把握していることだ。サーヴァントの彼が、感知していない筈がない。
今、この新宿で起きていること。それは、各地に散っている霊獣達の視覚を通じて解っている。
蛇杖堂寂句の英霊から手傷を受けて撤退した赤騎士。アレの司る赤色の魔力が、異常に拡大していることも。
その拡大と並行して、街に住まう人々があらぬ狂乱に駆られ、筆舌に尽くし難い凶行に及び出していることも――すべて、解っていた。
更に言うなら。
追い詰められた赤騎士が、先の戦場で見せたのとは比較もできないほどの強大なナニカに変じ、大いなる破局を齎さんとしていることも。
「案ずるな。君のことは、今度こそ私が守る」
悠灯に、そして自らに言い聞かせるように、シッティング・ブルは言った。
「――君に喚ばれた意味を果たそう。私だけは、何があろうと君の味方(とも)だ」
鼓動が潰え、温度の失せたマスターの肩に手を載せて。
かつて偉大なる戦士と呼ばれた男は、決意を新たにする。
もう迷いはしない。どれほどの過酷があろうとも、決して守るべきものを見失いなどしない。
壊れた心を、使命感という名の糸で繋ぎ止めて。
継ぎ接ぎの戦士は、来たる厄災と向かい合う。
あるいはそれは、運命。戦争という人類の原罪に、居場所も尊厳もすべてを奪われた男としての宿痾。
奇しくも、彼の宿敵たる少年将校とは真逆の顔で。
シッティング・ブルもまた、己が恐怖の象徴と向き合うのだ。
◇◇
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:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:38:44 ID:/xo8QoUQ0
「――令呪を以って命ずる。戻ってこい、ゴドー」
三画の刻印が、ひとつその数を減らす。
光は空気に溶けて消え、程なくして馴染みの気配が形を結んだ。
「はい、どうも。さっきぶりですね、狩魔」
「使い走りをさせて悪いな。予想通り情勢が変わったから呼び戻した」
「それが私の仕事ですから。
君の命令通り、千代田に残っていた雑魚はなるべく殺しておきましたよ。
ただ、悪国征蹂郎を取り逃しました。情けない話ですが、彼に付いていた幼い魔術師にしてやられまして」
ゴドフロワ・ド・ブイヨン。
帰投した彼の身体は多少の土埃を浴びてはいたが、傷らしいものはほとんど負っていなかった。
アルマナ・ラフィーに加え、彼女が足止めに差し向けたカドモスの青銅兵三体を相手取った上でこの状態だ。
しかもゴドフロワは、数の限られたスパルトイのうち二体を破壊している。
聯合構成員の虐殺然り、短い時間ではあったものの、十分以上に仕事を果たしてきたといえるだろう。
「いいよいいよ。元々今回のは悪国のガキに揺さぶりをかけるのが目的だったからな。
逆鱗が分かりやすくて助かった。今頃は怒り心頭で、こっちの庭に乗り込んできてるだろうさ」
外は、もはや人界とは思えない有様になっている。
空は赤く染まり、そこかしこで喧嘩の範疇を超えた殺し合いが勃発し、紛争地帯もかくやの轟音がずっとどこかから聞こえてくる始末だ。
「勝ったとして、もうこんな街には住みたくねえな。拠点移さねえと」
「悪国のライダーが消えた後も影響が残留するのかは未知数ですが、同感です。
この地は穢れすぎている。正直に言って、呼吸するのも憚られるレベルですよ」
禍々しい。一言で言うなら、今の新宿はそういう状態だった。
老若男女、人種も国籍も問わず、あらゆる人間が不明な焦燥感と希死念慮に突き動かされている。
演者の資格を免疫と呼ぶならば、それを持たない一般人達にとっては罹ると発狂するウイルスが逃げ場なく埋め尽くしているようなものだ。
まさしく、末法の世。誰もが下劣な闘志を燃やして諍いに明け暮れる、地獄界曼荼羅の真っ只中。
特に――かの教えの信仰者であるゴドフロワは、これが如何に致命的な事態であるかを深く理解していた。
「到来と共に、世へ戦乱を運ぶ赤き騎兵(レッドライダー)。
黙示録が到来した以上、もう誰も引き返せはしません。
我々はもちろん、引き金を引いた彼らもそうだ」
赤騎士が本気で預言の成就に取り掛かり始めた時点で、もう悠長に権謀術数を楽しめる段階は終わった。
事前の予測通り、短期決戦の様相を呈し始めたわけだ。
狩魔がこのタイミングでゴドフロワを呼び戻したのも、それと無関係ではない。
596
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:39:29 ID:/xo8QoUQ0
「よって、恐らく勝敗はここで決します。
デュラハン(われわれ)か、聯合(かれら)か、負けた方はこの世界から消滅する。
この国では、天下分け目のセキガハラと呼ぶのでしたっけね。兎に角、正念場というわけです」
「一ヶ月でずいぶん日本の文化に馴染んだよな、お前」
「勤勉な質でして。八百万なる無神論思想には正直未だに虫酸が走りますが、そこを除けばこの国のことは好きですよ。特に食事が素晴らしい」
「ま、勝ったらまた馴染みの鮨屋でも連れてってやるよ。悠灯もゲンジも呼んで盛大にやろうぜ。
あいつら回らない鮨とか食ったことねえだろ。下手すりゃ腰抜かすんじゃねえか?」
「やれやれ、君の方は変わりませんね。相変わらずの世話好きぶりだ」
「歳食うとな、若い奴に高ぇ飯食わせるのが楽しみになってくンだよ。
俺も昔は手前の金で餌付けして何がいいんだか分からなかったが、あの頃先輩方もこんな気持ちだったのかもなぁ」
デュラハンと聯合が創った混沌が、どれだけ長く続くかは分からない。
しかし、少なくとも彼ら二陣営の戦いは間違いなくここでひとつの区切りを迎える。
狩魔か。征蹂郎か。どちらかの首が落ちて、どちらかの組織が東京から消えるのだ。
そんな大一番を前にして、この凶漢達は平時と変わらぬ落ち着きを有していた。
彼らは狂気の申し子だ。人間を怪物に変える手段の存在に気付き、それとうまく付き合う生き方を見出した冷血漢ふたり。
彼らには恐怖も、緊張もない。いつも通り、為すべきことを為すだけだと肝を据わらせている。
友人のように気安く語らい、当たり前みたいに戦いが終わった後のことなんか考えて。
いつも通りの自分達のまま、迫る赤き怒りの軍勢を打ち払う。
「もう兵隊も集めてある。どいつも酷く興奮してたが、敵が聯合だってことはちゃんと判ってるらしい。
あの様子なら駒として申し分ない。いや、むしろ正気の時よりよっぽど役に立つかもな」
「それは頼もしい。陣形の方はもう決まっているので?」
「とっくだ。これから悠灯も呼んで伝達する」
「今更ですが、君のような男がマスターでよかった。私は殺し合うのは得意でも、緻密に策を練るのはどうも苦手でして」
「どの道、狂戦士(バーサーカー)なんて肩書きの野郎に采配なんて任せらんねェよ」
「はは、それもそうだ――ところで、ついでにもうひとつ今更の話なんですが」
ゴドフロワは、つい先刻まで千代田にいた。
ひとりで、ではない。彼は数十人の兵隊を従えて虐殺に臨んだ。
「聯合征伐に遣わした彼らのことはいいのですか?
ある程度の兵は殺しましたが、それでも全員潰せたわけではありません。
惰弱な武器しか持っていない彼らでは、怒り心頭の敵方に敵うと思えませんよ」
ゴドフロワが令呪で帰投してしまった以上、その数十人は今も千代田区、聯合のお膝元に取り残されていることになる。
当然宝具は解除しているし、彼らを助けてくれる存在はいない。
拳銃と、後はせいぜいナイフの一本二本。それだけで各々、怒り狂った聯合の兵隊に対処しなければならないのだ。
悲惨な結末になるのは見えている。ゴドフロワに問われた狩魔は、しかし平然と答えた。
「運良く帰ってこれた奴がいたら、まあ多少は詫びとくよ」
後輩を可愛がる楽しさを説いた舌の根も乾かぬ内に、その犠牲を許容する。
周鳳狩魔は面倒見のいい男で、恐れられながらも人望厚く、下の者のため身銭を切ることも厭わない。
だが、彼は決して善人でもなければ、義侠の漢だなんて柄でもない。
人並みの人情は持っている。義理も重んじるし、理屈抜きに人を助けることだってある。
されど必要なら、自分で拾った小鳥だろうが淡々と犠牲にできる。
何故なら世の中、どうしたってどうにもならないことはあるのだから。
運命を呪う?
がむしゃらにあがく?
我が身を呈して、結末が見えていてもひたむきに立ち向かう?
人をそれは無駄と呼ぶ。
少なくとも、周鳳狩魔はそうだった。
そういう男だからこそ――彼は、決して悪国征蹂郎と相容れない。
◇◇
597
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:40:03 ID:/xo8QoUQ0
◇◇
小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。
そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得えようとして出かけた。
小羊が第二の封印を解いた時、第二の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。
すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互いに殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。
◇◇
598
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:40:42 ID:/xo8QoUQ0
異形の竜が、空を駆けていた。
巨体は天を衝くが如しで、それには頭が七つあった。
全身が鋼よりなお硬い鱗に覆われ、七頭に煌めくは同数の王冠。
燃え盛る火のように赤く、滑空の風圧だけで台風の到来に匹敵する被害が新宿を襲っている。
だが人々はそれを意に介すでもなく、ただひたすらに各々のやるべきことへ邁進していた。
怒号、絶叫、ヒステリックな泣き声が絶え間なく響き、時々鈍い音がする。
人々が隣人を愛さず、互いに殺し合う世を到来させる役目を、赤い馬の騎士(レッドライダー)は担うという。
まさに今、新宿はその通りになっていた。
騎士の変転により異常拡大された〈喚戦〉は、現在進行形で影響範囲を広げ続けている。
赤き呪いの射程に収まった者は戦意に呑まれ、自我、思想、渇望の類を暴力的なカタチに歪曲される。
そうなった者が取る行動は必ずしも一律ではないが、辿る経緯に差はあれど、最後に起こる事態はひとつだった。
我で以って我を通す、殺し合いである。
赤騎士が自ら手を下すまでもなく、新宿は殺人事件の集団群生地と化した。
トリック、アリバイ工作、証拠隠滅、そんなまどろっこしい真似は誰ひとりしない。
ただ感情の赴くままに殺すのだ。ムカつくから、許せないから、殺したいから殺す。
後先なんて誰も考えない。殺せ、殺せ、内から囁きかける声が迷える子羊達に道を示してくれる。
――――来たれ、眩き戦争よ、来たれ。
大魔王サタンの写し身を更に写した〈赤き竜〉は、半グレ達の殺し合いになど欠片の興味も持っていない。
更に言うなら聖杯戦争そのものさえ、この呪わしいモノにとってはどうでもよかった。
求めるものは預言の成就、役割の遂行。常にそれだけ。
だが、そんな機械じみた存在にも転機があった。
白き醜穢・神寂祓葉との邂逅である。
天蠍は騎士の不滅を破綻させたが、そうでなくても、その前からこれは壊れていた。
悪国征蹂郎の最大の失策。それは間違いなく、試運転の場に港区を選んだことだ。
大義に殉ずる精密機械を、この世界の神という不確定要素の化身に接触させてしまった。
その時点で、これはもはやあるべき姿を失い始めていた。蠍の毒は最後のひと押しに過ぎない。
自我を得た機械とは赤子のように拙く、支離滅裂なものだ。
光を目にした蛾のように、初めて知った感情へひた走らずにはいられない。
まるでかの神に魂を灼かれた、あの六人の魔術師のように。
599
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:41:26 ID:/xo8QoUQ0
〈赤き竜〉は、世界を滅ぼす神敵にならんとしている。
不浄な神を玉座から蹴落として、彼女とその箱庭を焼き尽くすことで預言の成就とする。
そしてその遂行は、もう既に始まっていた。
異常拡大する〈喚戦〉は、たとえ新宿の全域を呑み込んだとしても止まらない。
次は隣接する豊島区、中野区、文京区、千代田区、渋谷区、港区。
そこも終われば次は練馬、板橋、北、荒川、台東――……と、赤騎士が存在する限り広がり続ける。
その意味するところは何か。語るまでもない。
東京という都市(セカイ)の、事実上の滅亡である。
デュラハンと聯合の戦いは、とっくに彼らだけの問題ではなくなっていた。
これを倒せなければ都市は死に、安息の地は消え失せる。
今でこそ演者達は〈喚戦〉の影響を微々にしか受けていないが、全域がそう成ってしまったなら時間の問題だろう。
そうなれば聖杯戦争の存亡をすら左右する。事はもはや、この針音都市に存在する全員の問題に昇華されているのだ。
竜が、歌舞伎町と呼ばれる街の一点に焦点を合わせる。
感じ取る気配、要石から伝わってくる憎悪と執念。
数多の闘志の矢印で槍衾と化しているそこへ向け、竜の七頭があぎとを開いた。
禍々しいまでに赤い魔力が、渦を巻いて収束していく。
悪竜現象(ファヴニール)発生。
使命を、役割を超えた願望が赤騎士の霊基を崩壊しながら歪めている。
であればこれはもう、竜の似姿などと呼ぶべき存在ではない。
ガイアの怒りとして造られ、ヨハネの預言に綴られ、そしてその両方を逸脱した最新の邪竜。
赤い夜空を、その更に上を行く【赤】き光で染め上げながら。
レッドライダーの竜の息吹(ドラゴンブレス)が、空を引き裂いた。
七つの光条が絡み合い、螺旋を描いて一本に束ねられる。
狙うのは地上。決戦の地、これに敵も味方もありはしない。
既に陣を敷いている首なしの騎士達を平らげ、彼方への飛翔の糧にせんとして――
600
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:42:50 ID:/xo8QoUQ0
眩い黄金の光が、否を唱えるように飛び出した。
それは、実体を持たない光の軍勢。
信仰のために人倫を排し、虐殺と蹂躙を大義と呼んだはじまりの聖者たち。
顔はない。背丈も武装も、個人を区別できる様子は皆無。
指導者の意思を、その信心を、つつがなく遂行するための聖なる暴力装置ども。
しかし、光軍の先陣を切るひとりだけが違った。
白銀の甲冑。輝く十字剣を握り、十倍では利かない巨体に向け魁を担う騎士がいる。
大意の剣が、竜の吐息と正面から激突する。
次の瞬間、瞠目すべきことが起こった。
狂戦士の一刀が、赤き破壊光を圧し切り、弾き飛ばしたのだ。
どう見積もっても対城級の威力を秘めている筈の一撃。
いかに攻撃力に優れたバーサーカーといえど、正面からの力比べで打ち破るなど不可能な筈。
なのにこの白騎士は、それを事もなく成し遂げた。
成り立つ筈のない番狂わせ。その発生を招いた理由は、ひとつ。
本来の力が発揮できていない。
この感覚に、赤騎士は覚えがあった。
〈赤き竜〉とは、人類史の武器庫たるレッドライダーがアクセス可能な武装を継ぎ接ぎにして構築したいわば巨大な機械竜だ。
今見せたブレス攻撃も、火薬や爆薬、古今東西の化学兵器に神話由来の神秘武装を溶かし込んだ合成兵器(キメラ)である。
そこに悪竜現象を発現させ概念的竜化を果たしたことによるブーストが入り、火力は驚天動地の域に達していたが――
「うん、ちゃんと効いてますね。アテが外れたらタダじゃ済まなかったでしょうが、ゲンジには感謝しなければ」
明らかに、用いた武装(ねんりょう)の大部分が機能を果たしていない。
神秘殺しならぬ叡智殺し。"ある時代"より後に生まれた文明を否定する、古き者達の呪いだ。
ホモ・ネアンデルターレンシス。
デュラハンのジョーカーたる彼らの呪いが、再び赤騎士の戦いを大きく阻害していた。
姿は見えないが、恐らく巧妙に隠した上で歌舞伎町一帯に配置してあるのだろう。
彼らを全滅させない限り、その生存を脅かさんとする侵略者は否応なしに文明の叡智を剥ぎ取られる。
「それにしても」
地に降り、白騎士――ゴドフロワ・ド・ブイヨンは嘆息した。
改めて見上げれば、さしもの彼も気が遠くなる。
七つの頭と冠を持った、真紅の鱗の巨竜。
悪魔と殺し合う覚悟はしていたが、よりによってこんな大物が出てくるとは思わなかった。
「長生きはするものですね。よもや直でお目にかかる機会があろうとは」
たとえ模倣(コピー)だとしても、ゴドフロワはこれを無視できない。
狩魔が己にこの役目を与えた時は改めて人使いの荒さに呆れたが、彼の判断がどうあれ、これの相手は自分がせねばならなかったろう。
非情の白騎士。鏖殺の十字軍指導者。
いずれも正しい評価だが、それ以前にゴドフロワはひとりの信仰者なのだ。
神の教えを知り雷に打たれたような衝撃を受けた。
教えに親しむのは快感だった。そのために生きるのは誉れだった。
そんな男がああ何故、この竜/神敵を見逃せるだろうか。
「使徒ヨハネが伝えし〈赤き竜〉。
たとえ着包みだろうと、あなたのような冒涜者は見過ごせません。
よって未熟者の出しゃばりは承知で、ここに為すべきことを為しましょう」
針音の都市に神はいない。
あるのは偽りの、おぞましき造物主(デミウルゴス)だけだ。
であれば不肖この身、畏れ多くも尊き御方に代わって大義を果たそう。
天には〈赤き竜〉。
地には狂気の白騎士、光の十字軍、イマを呪う石の原人達。
「――死せよ神敵。我ら十字軍、ここに魔王(サタン)を誅伐する」
新宿血戦、第一局。
〈赤き竜(レッドライダー)〉に相対するは、ゴドフロワ・ド・ブイヨン率いる第一回十字軍。
◇◇
601
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:43:41 ID:/xo8QoUQ0
「撃て! 撃て! 根絶やしにしてやれ、はぁッはァ――!!」
刀凶聯合がデュラハンに対して持っていた強みに、武装の優位がある。
レッドライダーに生み出させた重火器の数々。
アサルトライフル、ロケットランチャー、火炎放射器、その他多種多様な近代兵器。
いずれも実際の戦場、その第一線で使用されるシロモノばかりだ。
一介の半グレが有していい範疇を超えており、あって拳銃程度がせいぜいのデュラハンではどうしても遅れを取ってしまう。
が――そんな大前提は、覚明ゲンジのサーヴァントの存在によってあっけなく崩壊した。
戦場を縫う網のように配備された原人達。
狩魔の辣腕で組まれた布陣が、本来直接向けられた武器にしか作用しない筈の"呪い"をデュラハン軍を守る城壁として機能させている。
「がっ、ぐぅ……!」
「クソが……!」
歌舞伎町に集結した聯合の兵隊達と、それを迎え撃つデュラハンの兵隊。
衝突の天秤はむしろ、デュラハンの方に傾いていた。
彼らは原人に敵対しない。だから銃を使えるし、その上で数の有意もある。
放たれる弾丸が聯合の不良達を抉り、血風を散らしていく様は残酷極まりなかったが。
では聯合が、原人を擁するデュラハンの軍勢にまったく為す術ないのかというと、それも違った。
「おいてめぇらッ! "気持ち"萎えてねえだろうな!?」
「あたぼうよ! むしろイイ気合入ったぜ、ブッ殺す!!」
「殺せ! 殺せ! 征蹂郎クンのために、死んでいった奴らのためにこいつら"全殺し"キメてやれぇッ!」
彼らは驚くべきことに、命中した弾丸のほとんどを無視している。
腹を抉られ、腕や足を撃たれ、どう考えても身動き取れない状態であるというのに平然と特攻する。
痛みなど感じていないかのようだったが、そんなことはない。感じた上で一顧だにしていないだけだ。
漲る戦意、昂り、眼前の怨敵達へ燃やす闘志。
レッドライダーの影響をかれこれ一ヶ月、緩やかに受け続けてきた彼らは例外なく〈喚戦〉の最終段階に達していた。
殺す、殺す。殺して勝つ。刀凶聯合に勝利を、デュラハンに破滅を、そして悪国征蹂郎に安息を。
青く美しい流血の絆が、赤騎士の変転によって完全に決壊し、彼らを聯合の敵を駆逐するまで止まらないちいさな怪物に変えている。
流石に脳や心臓に被弾した者は死んでいたが、逆にそうでもない限り平然と動き続ける。
人体の可動域を無視して動き、後に押し寄せる反動や代償などまったく顧みない。
そんな状態の聯合だから、人数差と武装差という圧倒的不利をすらねじ伏せて首なしの騎士団に食いつけているのだ。
「気色悪い奴らだ。まるで猿だな」
「害獣共はさっさと駆除して、狩魔さんに褒めてもらおうや。そしたら俺達みたいな木っ端でも昇進できるかもしれねえ」
「そうだな。せっかくこんなに身体が軽いんだ――たまには男見せるぞ、お前らッ」
さりとて。
〈喚戦〉に背中を押されているのは、聯合だけではない。
敵である筈のデュラハンもまた、湧き上がる闘志に少なからず身体能力を底上げされていた。
程度で言えば聯合に劣るものの、だとしても前述の優位を加味すれば猛る戦奴達と張り合える、そんな狂気の兵隊になれる。
602
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:44:40 ID:/xo8QoUQ0
命ない身体で、命を懸けて殺し合う。
赤く、赤く、どこまでも【赤】く。
互いの組織の存亡は自分達に委ねられているのだと信じて、痛ましいほど無垢に喰らい合う騎士と凶戦士。
そんな地獄めいた戦場の一角に、その男は立っていた。
「思ってたよりゴツいな。さすがは純粋培養のヒットマン」
デュラハンの元締め、狂気を道具と呼ぶ凶漢。
金髪のオールバックに黒のメッシュ、両腕に刻まれた双頭の龍。
いずれも片割れの頭のみを切り落として描かれた、彼の生き方を象徴する紋様だ。
周凰狩魔は当然、原人の呪いを受けない立場にいる。
彼はこの戦場の支配者。そんな男を射殺さんばかりに睥睨する青年は、長身の部類である狩魔以上に大柄だった。
「テメェの素性を洗うのにずいぶん金を使ったよ。正直痛手だったが、手間をかけた甲斐があったぜ」
白いコートを靡かせて、巨木のように頑と立つ黒髪の青年。彼もまた凶漢。
服の上からでも分かる分厚い体躯は、彼がどれほどの研鑽を積んできた人間かを物語っている。
「わざわざ事をデカくしてくれてありがとな、悪国征蹂郎。正直、お前に闇討ちされてたら為す術もなかった」
とある老獪で邪悪な蛇が創った"果樹園"、そこで育てられた恐るべき"道具"。
悪国征蹂郎という男のバックボーンはそれだ。
日本の裏社会などよりずっと粗暴で血腥い世界から、わざわざ半グレという月並みな土俵にまで下りてきた男。
上機嫌そうにさえ見える狩魔に反して、征蹂郎はひたすらに静かだった。鈍い鋼鉄のような威厳を孕んでそこにいた。
「――――周鳳、狩魔」
名前を呼ぶ。満を持して、面と向かって。
吐いた声には、万感の思いが宿っていた。
怒り。怨み。合わせて憎悪と呼べる感情、そのすべて。
浴びせられるそれは大の男でも腰砕けになるほどの気迫を伴っていたが、狩魔はあくまで涼しい顔だ。
「嫌われたもんだな。言っとくが、そいつは責任転嫁ってやつだぜ」
顎を突き出して、侮蔑の念を隠そうともしない。
顎を引いて睨め付ける征蹂郎とは、どこまでも対照的だった。
「手は差し伸べてやった。拒んだのはあくまでテメェだ。
お前が頭下げて、俺に忠誠を誓えばこうなることはなかった。
多少の冷水さえ我慢すれば、お前は大好きな仲間ともう暫くのんびり暮らせたんだよ」
頭下げて、腕一本詰めて詫び入れろ。
それでチャラにしてやる――狩魔は確かにそう伝えた。
蹴り飛ばしたのは他でもない征蹂郎だ。
そうして決戦は始まり、こうして血戦に至っている。
「見ろよ。お前の家族は、どいつもこいつも狂っちまった」
聯合とデュラハン、そのどちらかが今宵でこの世から消える。
されどこうまで事が破滅的になってしまった以上、刀凶聯合に未来はない。
603
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:45:23 ID:/xo8QoUQ0
何故なら彼らは、デュラハンと違って少数だから。
千代田に今も留まっている仲間の数はごく少なく、大多数の兵隊をこの新宿に投じている。
そして動員された彼らは〈喚戦〉の赤色に呑まれ、未来を度外視して闘う戦奴と成り果ててしまった。
「全部お前の失策だ。お前のつまらねえプライドと仲間意識が、こいつらを殺す。
勝っても負けてもテメェはすべてを失い、死体の山を見ながら虚しい結末に酔うんだ。
悲しいなぁ、悪国よ。テメェは強くはあっても、王(ヘッド)の器じゃなかったらしい」
答え合わせのように、痛辣に指摘される瑕疵。
「作り物の部下に信頼されるのは楽しかったか?」
この対峙の背景で殺し合う彼らは、敵も味方もただの人形だ。
魂はない。命もない。それらしいものがあるだけの張りぼて、舞台装置。
学芸会の舞台に設置された木のオブジェクトと変わらない。
「俺が壊してやった人形の姿は、そんなにもお前の心を打ったか?」
聖杯戦争という戦いに囚われ、その先に辿り着くことは決してない仮初め未満の命もどき。
「その時点でテメェは負けてンだよ。
いい歳して現実も見れねえガキ、図体だけは立派な情けねえボス猿。
この地獄は全部テメェの責任だ。しっかり見て、噛み締めて、嘆き悲しみながら地獄に逝け」
スチャ――、と。
狩魔が、首なしの騎士団長が遂に銃を抜く。
銃口は視界の向こう、絆以外知らないゴミ山の王へ。
彼は〈魔弾の射手〉。断じて頭脳仕事だけが得手ではない。
ここまで一度しか開帳する機会のなかった銃弾が、遂にヴェールを脱ごうとしている。
征蹂郎は身じろぎひとつせず、不動のまま……揺らがぬ殺意を浮かべて狩魔を見据えていた。
その口が、ようやく動く。
「分かっているとも」
射殺す眼光とは裏腹に、嘲りへの回答は自罰的でさえあった。
「貴様に、言われるまでもないんだ。
オレが一番、そんなことは……分かってる」
見ろ、この惨状を。
これのどこが、望んだ未来だというのか。
結局のところ悪国征蹂郎は、殺人者としては一流でも王としては三流以下なのだ。
604
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:46:04 ID:/xo8QoUQ0
刀凶の在り方は矛盾している。
命なき舞台装置に絆を見出し、その死を戦う理由にしてしまった。
弔い合戦に全面戦争という形を選んだのもまた、あまりに不合理である。
狩魔の言う通り、デュラハンを終わらせる最適解は征蹂郎単独での暗殺だった。
機を伺い、耐え忍んで待つことになら慣れている。
息を潜め、地を食み泥を啜ってでも闇に溶け入り。
長い雌伏の末に見えた一瞬で、標的(ターゲット)を殴殺する。
あの養成施設では、そういうことを教えられたのではなかったか。
なのに征蹂郎は、周りの足手まとい達が無邪気に向けてくる信頼に応えてしまった。
その時点できっと、結末は決まっていたのだろう。
勝とうが負けようが、刀凶聯合は破壊される。
狩魔の手によって。そして他でもない、悪国征蹂郎の愚かさによって。
「オレより貴様の方が……よほど、将として、そして王として、優秀だろうさ」
あまりにも対極な、ふたりの王。
片や合理のために絆を使い。
片や絆のために、合理を棄てた。
首なしの騎士を従えた、絢爛豪華な裏社会の王。
何も持たない孤独な友を連れた、みすぼらしいゴミ山の王。
「今更泣きを入れても遅えよ。
お前はあの時、俺の温情に従うべきだった」
絢爛の王が、底辺の王に言う。
その言葉には、憐れみがあった。
描いた理想に固執して愚かに破滅した者を見る眼差しだった。
周鳳狩魔はそういう人間を、これまで山ほど見てきた。
「それでも……」
征蹂郎が、拳を握り、構える。
対面して改めて分かった、狩魔という男の恐ろしさ。
怒り狂い、下手の横好きで策謀家に挑んでしまった末路がここにある。
確かに自分は愚かな男だ。
言い訳などできないし、するつもりもない。
悪国征蹂郎は、最初から破綻している。
殺し殺されの世界しか知らない男が、人並みの幸せなど夢見るべきではなかったのだ。
認めよう。おまえは強く、そして正しい。
だが、そう、それでも……
「――――それでも、オレの家族はまだ戦ってる」
どれほど狂おしく歪み果てても、征蹂郎の愛した家族はここで生きている。
血まみれになりながら拳を握り、信じた王に勝利を運ぶため、戦っている。
征蹂郎クンのため。死んでいったあいつらのため。必ず勝つぞと吠えながら、命を懸けて猛っている。
605
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:46:47 ID:/xo8QoUQ0
ならば、戦う理由などそれだけで十分だ。
オレに生きる意味と、その楽しさを教えてくれた同胞(とも)。
彼らからまたひとつ学ぼう、人間の生き方というものを。
何度失敗しても、泥にまみれて這い蹲っても、歯を食い縛ってあがき続ける無様を尊ぼう。
「馬鹿な野郎だ」
「お前の言う通り、育ちは悪いんでな……」
「俺もだよ。俺も、クソみてえな家で育った純粋培養さ」
よって本懐、依然変わらず。
刀凶聯合は、デュラハンの王・周鳳狩魔を討ち取り仲間の無念を晴らす。
こみ上げるこの戦意すら愛して、勝利のための燃料に用いよう。
「刀凶聯合。悪国征蹂郎」
「デュラハン。周鳳狩魔」
いざ尋常に、などという文句は彼らには似合わない。
正道も邪道も入り乱れ、手を尽くし合うからこその総力戦。
「皆の仇だ。滅べ、周鳳」
「やってみろよ。来いや、悪国」
これまでのすべて、すべて、この瞬間までの前哨戦に過ぎぬ。
面と向かっての宣戦が終わると共に、極彩色の光弾が嵐となって殺到した。
攻撃の主は、戦場に颯爽降り立った銀髪褐色の少女。
アルマナ・ラフィーの魔術が、色とりどりの色彩で蹂躙を開始する。
が、やはりというべきかそれは原人の呪いに阻まれた。
数十人のネアンデルタール人に近付いた途端、あらゆる光が途端に形を失う。
されど、アルマナもそんなことは承知の上。
彼女は原人の呪いがいかなるもので、何を条件に発動するのかもとうに見抜いている。
「やはり、あくまでもバーサーカー自体を守る力のようですね」
放たれた総数のざっと八割以上が消されていたが、逆に言えば残りの二割は狙いを果たしていた。
着弾し、原人にダメージを与え、巻き込まれたデュラハンの兵隊を爆死させる。
「これならアルマナも多少は仕事ができるでしょう。
武運を祈ります、アグニさん。ただしあまり期待はしないでください」
「ああ、十分だ……ありがとう、アルマナ」
本来、ネアンデルタール人のみを守る形で展開されている呪い――スキル・『霊長のなり損ない』。
狩魔はこれを綿密に練られた陣形の要所要所に絶妙な間合いで原人を配置することで、無理やり防壁として利用している。
カラクリは単純で、デュラハンや狩魔を狙って放った兵器や魔術の攻撃が、高確率で原人を巻き込む風にしているのだ。
たとえ故意だろうがそうでなかろうが、原人に攻撃が及ぶと判断された時点で呪いは発動する。
デュラハンを守る対文明・対神秘防衛圏の正体はこれだ。
なので原人を範囲に含まないよううまく攻撃できれば、アルマナがやってみせたように文明防御の理を貫通することは可能。
それには極めて高い攻撃精度が求められるが、アルマナ・ラフィーにとってそこはさしたる問題ではない。
むしろ彼女が警戒しているのは原人達よりも、もっと別な存在だった。
「主役のご到着だ。あんたもそろそろ暴れろ、"キャスター"」
狩魔の指揮に合わせて、ともすれば原人以上に絶望的な役者が顕れる。
獣革の衣服を纏った、壮年の英霊だった。
自然と親しみ、神秘を知覚して生きる、そういう者の装いをしていた。
顔に貼り付けた表情は憂い。瞳には底のない虚無を飼い、戦士は出陣する。
大戦士シッティング・ブル。
英霊を持たずに立つ青年と少女にとって、彼こそはまさに大いなる絶望。
「魅せてみろよ悪国征蹂郎――――これが首なしの騎士団(デュラハン)だ」
新宿血戦、第二局。
拳握る餓狼達に相対するは、絢爛なる首なしの騎士団。
◇◇
606
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:47:39 ID:/xo8QoUQ0
【新宿区・歌舞伎町 決戦場・Ⅰ/二日目・未明】
【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:『英雄よ天に昇れ』投与済、〈赤き竜〉
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
0:預言の成就。
1:世界を〈喚戦〉で呑み干し、醜穢なるかの神を滅ぼさん。
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。
※『星の開拓者』を持ちますが、例外的にバーサーカー(ネアンデルタール人)のスキル『霊長のなり損ない』の影響を受けるようです。
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』を投与され、現在進行形で多大な影響を受けています。
詳しい容態は後にお任せしますが、最低でも不死性は失われているようです。
※七つの頭と十本の角を持ち、七つの冠を被った、〈黙示録の赤き竜〉の姿に変化しています。
※現在、新宿区にスキル〈喚戦〉の影響が急速拡大中です。範囲内の人間(マスターとサーヴァント以外)は抵抗判定を行うことなく末期の喚戦状態に陥っているようです。
部分的に赤い洪水が発生し、この洪水は徐々に範囲を拡大させています。
〈喚戦〉は現在こそ新宿の中でのみ広がっていますが、新宿全土を汚染した場合、他の区に浸潤し広がっていくでしょう。
【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン)】
[状態]:健康、『同胞よ、我が旗の下に行進せよ』展開中
[装備]:『主よ、我が無道を赦し給え』
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩魔と共に聖杯戦争を勝ち残る。
0:天よご覧あれ。これより我ら十字軍、〈赤き竜〉を調伏致す。
1:神寂祓葉への最大級の警戒と、必ずや討たねばならないという強い使命感。
2:レッドライダーの気配に対する警戒。
3:聯合を末端から削る。同胞が大切なのですね、実に分かりやすい。
[備考]
※デュラハンの構成員を連れて千代田区に入り、彼らを餌におびき出した聯合構成員を殺戮しました。
※バーサーカー(ネアンデルタール人)を連れています。具体的な人数はおまかせします。
607
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:48:29 ID:/xo8QoUQ0
【新宿区・歌舞伎町 決戦場・Ⅱ/二日目・未明】
【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:周鳳を殺す
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
5:ライダー(レッドライダー(戦争))の容態を危惧。
6:王としてのオレは落伍者だ。けれど、それでも、戦わない理由にはならない。
[備考]
異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、無自覚な動揺
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。内二体破壊、残り一体。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:アルマナはアルマナとして、勝利する。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:悪国をコントロールし、実質的にライダー(レッドライダー(戦争))を掌握したい。
4:アグニさんは利用できる存在。多少の労苦は許容できる。それだけです。…………それだけ。
5:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。
※新宿区を偵察、情報収集を行いました。
デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。
608
:
TOKYO 卍 REVENGERS――(血戦)
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:49:03 ID:/xo8QoUQ0
【周鳳狩魔】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[令呪]:残り2画
[装備]:拳銃(故障中)
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
0:悪国を殺す。
1:魔術の傭兵の再度の襲撃に警戒。深刻な脅威だと認めざるを得ない
2:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。
3:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
4:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
5:死にたくはない。俺は俺のためなら、誰でも殺せる。
[備考]
※バーサーカー(ネアンデルタール人)を連れています。具体的な人数はおまかせします。
【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折(修復済み)、離人感
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたかった……はずなんだけど。
0:……なんだろ。なんか、あんまり怖くないや。
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
5:あの刺青野郎ってば最悪!!
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。
華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。
この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(中)、右耳に軽傷、迷い、悠灯への憂い、目の前の戦場への強い諦観
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:……、……。
1:悠灯よ……君は。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
609
:
◆0pIloi6gg.
:2025/07/28(月) 00:54:37 ID:/xo8QoUQ0
投下終了です。
バーサーカー(ネアンデルタール人)が登場していますが、ゲンジのパートのことを考えると複雑になりそうなので、今回状態表は省略してあります
610
:
◆di.vShnCpU
:2025/07/31(木) 22:48:41 ID:ym.IC6Iw0
赤坂亜切&アーチャー(スカディ)
アンジェリカ・アルロニカ&アーチャー(天若日子)
ホムンクルス36号&アサシン(継代のハサン)
輪堂天梨&アヴェンジャー(シャクシャイン)
予約します。
611
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/01(金) 00:24:17 ID:xKCRoX520
蛇杖堂寂句&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)
山越風夏&ライダー(ハリー・フーディーニ)
神寂祓葉&キャスター(オルフィレウス)
覚明ゲンジ&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)
ノクト・サムスタンプ 予約します。
612
:
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 00:57:36 ID:rqHqikmI0
投下します。
613
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 00:58:21 ID:rqHqikmI0
かつて組んでいたランサーも、大柄な女だった。
背丈だけであれば、2回目の相棒たるスカディよりは少し低い。
しかし腕の太さや太腿の太さ。身体全体の厚み。全てがスカディを上回っていた。
女でありながら僧兵のような服に身を包み、手には長大な薙刀。
髪の生え際からは2本の角。
鬼種の血を受けて生まれながらも、ヒトとしての最期を迎えた英霊だった。
「俺は細けぇことは分からねぇ」、というのが、彼女の口癖だった。
決して愚鈍ではなく、むしろ直感力に優れた英霊だったが、どこか大雑把な所のある女だった。
「俺は細かい理屈とか苦手なんだよ」
「だから考える仕事は小僧に任せるぜ」
「小僧が言うなら俺はどんな仕事でも請け負うぞ」
「笑えよ、小僧。辛気臭い顔してんじゃねぇよ。こういう時は笑わなきゃ損だ」
最後の言葉だけは亜切を困らせたが、それ以外の部分ではおおむね相性のいいパートナーだった。
性格の面でも、能力の面でも、悪くない組み合わせだった。
豪快な見た目とは裏腹に、派手な攻撃能力を持たない英霊ではあった。
だが、その耐久力、頑健さと、防戦に回った時の粘り強さは一級品で。
そして、亜切にとってはそれでよかった。
なにしろ前回の聖杯戦争において、亜切の本命の攻撃手段は亜切自身。
嚇炎の魔眼。
見れば殺せる、必殺の熱視線。
英霊同士の戦いには最初から期待せず、ただマスター狙いの暗殺だけに勝ち筋を絞っていたのが亜切陣営だ。
亜切本人の判断ではなかったが、依頼主がそのように企図して、触媒を用意し、狙い澄ましてその英霊を召喚したのだ。
亜切が他のマスターを視認できる距離に近づくこと。
その距離で相手のサーヴァントの攻撃を防ぎきること。
うまく行かないようであれば、撤退して次のチャンスに繋げること。
それだけが求められていた性能だったから。
蛇杖堂のアーチャーが雨と降らせる爆撃のような矢を、延々と撃ち落とし続けたことがある。
〈脱出王〉のライダーが放った獣の群れを前に、一歩も引かずに耐え凌いだことがある。
ガーンドレッドのバーサーカーの暴威を前に、短時間とはいえきっちり持ちこたえたこともある。
「俺には細けぇことは分からねぇ。
暗殺者ってのはなるほど良くないことなんだろうな。
ただ、標的と、最低限の護身だけに留めるってアギリの方針は、俺は好きだぜ。
みんな、気軽に派手な戦争にしちまうから。
どうしても争いごとが止まらないってなら、泣く奴はできるだけ少ない方がいい」
善人ではあったのだろう。
だが彼女は亜切の生業を否定しなかった。
独特の、どこか突き放した死生観の持ち主であった。
無辜の民の犠牲を憂うのも、亜切の仕事を止めないのも、彼女の中では矛盾なく両立するようだった。
「笑えよ。
どっちを向いてもろくでもない世界だからこそ、せめて笑って生きるんだ」
笑え。
しかめ面をしていないで、笑え。
その求めだけは鬱陶しかったけれども、それでも、亜切の数少ない理解者であるはずだった。
614
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 00:58:55 ID:rqHqikmI0
だが――
聖杯戦争が進み、暗殺に失敗し、当初の想定を超えた停滞に突入した頃。
静かに歯車が、狂いだした。
「おい小僧、その気味の悪い笑い方やめろ」
「……僕は笑っていたのか」
「自覚もなかったのかよ。
確かに俺は『笑え』って言ってたけどな、そいつは良くない笑い方だ。
ひょっとして『あの女』のことを考えてたのか?」
「……嫉妬か?」
「違ぇよ」
実際に亜切が微かな笑みを浮かべるようになった途端、ランサーはその笑い方を嫌がった。
亜切の変化を、一方的に良くないものと断じるようになった。
「小僧のその笑い方をみると、思い出しちまうんだよ、俺の相棒を。俺の主人を。
あいつがおかしくなっていった時のことを」
「…………」
「あいつも兄貴が生きていると知ってからおかしくなった。
実際に会ってもっとおかしくなった。
誰よりも自由だったはずのあいつが、変わっちまったんだ。
アギリ、お前もそうなのか」
「……知らないな。
それに、『彼女』は僕の兄ではない」
「そういうことじゃねぇ」
些細なケンカをすることが増えた。つまらないミスも発生するようになった。
それでもランサーは、文句を言いながらも、赤坂亜切に従い続けた。
最後の最後まで、彼女は亜切の前に立ち続けた。
そんな義理堅い英霊だった。
彼女の光剣に背中から貫かれるまで、ランサーはとうとう、亜切を見捨てず、裏切らなかった。
真名、鬼若。
一般に広く知られている、武蔵坊弁慶という名で呼ばれることを、何故か彼女は嫌っていた。
「その名前にはもっと相応しい奴がいる」と、よく分からないことを言い続けていた。
「アギリ、やっぱりてめぇは牛若に似てるよ。
いや性格も見た目も全く似てねぇんだけどな。
牛若の奴がおかしくなった頃と……頼朝公と会ってからの様子と、そっくりだ。
何もかも違うのに、本当に嫌なところだけ似てやがる」
知ったことか。
それに僕だってこの胸の内に溢れる気持ちが理解できないんだ。
君が何を指して悪いことのように言っているのか、全然分からない。
「このままだとお前は、死んでも『あの女』に囚われるぞ。
牛若が兄貴に心奪われて、ちぐはぐで歯止めの効かない『忠義の武士』とやらになったように。
きっと牛若の奴も英霊の座にいるんだろうが、おそらくそれは頼朝公と遭った後のアイツだろう。
生前の功績でもって座に刻まれるというのなら、きっとそうなっちまう。
だから俺は聖杯を――いや、俺と牛若のことはどうでもいい。
アギリ、お前もこのままだと、壊れて歪んで、取り返しがつかなくなる。
細けぇ理屈は分からねぇが、俺には分かるんだ」
今になって思えば、それは赤坂亜切にとっての祝福に他ならなかった。
死をも超えて刻まれる狂気。死してなお忘れえぬ〈妄信〉。その保証。
あの頃の亜切にはまだ分かっていなかった。
分かったのは亜切の死の直前、ランサーが倒された後。
だから言い返せなかった。ただ黙ることしかできなかった。
牛若丸……つまり源義経については、一般常識と、鬼若の語る人物像しか知らない。
なので推測にしかならないのだが。
赤坂亜切には、奇妙な納得があった。後になってから理解ができた。
生死も不明だった兄の、生存と挙兵を知った牛若丸が、急に人が変わったようになったという話。
そりゃあそうだろう。
それまで居ないと思っていた兄弟姉妹の存在を確信できたなら……そりゃあ、人も変わるというものだ。
己の生きる前提が何もかも変わってしまうのだから。
……ねぇ、そうだろう、僕の大事な、お姉(妹)ちゃん?
◇ ◇
615
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 00:59:40 ID:rqHqikmI0
その夜、深夜にも関わらずロビーに踏み込んできたその一行の姿に、夜間帯の担当だったホテルスタッフは顔を強張らせた。
一行の先頭に立って入ってきた紳士はいい。
無精髭こそ生やしているが、きちんとしたスーツに身を包んだ中年男性である。
野性的な太い眉が印象的だ。ハンパに伸びた髭も、むしろ狙い澄ましたように似合っている。
だが、その連れがどう見ても訳アリ過ぎる。
黒髪の、しかし西洋人であろう少女は、髪の色があまりにも個性的だ。
右側にだけ黄色の毛が混じるメッシュで。インナーカラーとして藍色も刺してある。
太腿剥き出しのホットパンツにブーツ姿で、どこぞの過激なバンドの熱心なファン、みたいな第一印象だ。
そんな少女に肩を預けてぐったりしているのは、もう一人の少女。
紫色のショートカットは、どこかで見たことがあるような気もするが、伏せられている顔はよく見えない。
それよりも、土に汚れたその服装の方が気になった。よくみればだらんと垂らした左手には怪我を負っているようだ。
さらにそんな少女たちの後方には、もっと目を疑うような人物がさらに2人。
ひとりは何かのコスプレなのか、神社の神職か、平安貴族かといった服装の人物。
服装からすると男性なのだろうが、顔はびっくりするほどに整っており、ともすると女性とも見間違えそうになるほど。
だが真に異様なのは、そのコスプレ和装の人物の肩の上に、ぐったりとしたもう一人の人物が担がれていることだ。
二つ折りにするかのように肩に載せられたその人物は、フロントの方には尻を向けており、顔も見えない。
どうも血や泥にまみれていて、何か派手なケンカの後といった風情だ。
「やあ、深夜に驚かせて済まないね。ちょっと事情があってね」
「な、何か御用でしょうか……」
一行の代表らしき紳士が、にこやかに声をかけてくるが、それに対する返答は少し声が震えてしまっていた。
よく見れば紳士が小脇に抱えていた。大きな荷物は……大きな瓶の中に浮いていたのは。
眠るように目を閉じる、裸の赤ん坊である。
どう見ても、ホルマリン漬けの赤子の遺体。なんでそんなものを剥き出しで持ち歩いているのか。
もちろんこんな客がこんな時間に来る、なんて予約は入っていない。
深刻なトラブルが発生する可能性を念頭に、ホテルマンはそれでも辛うじて笑顔を維持した。
客の側からは見えない、カウンターの裏側にある押しボタンに指をかけておく。
これを押せば屈強な警備員が即座に飛んでくることになっている。宿泊客を守るための当然の心得だった。
だが――そういった警戒は、紳士の次の一言で、杞憂に終わる。
「『アインス・ガーンドレッド』だ。部屋を使わせてもらう」
名乗りひとつで、ホテルマンの顔から恐怖と混乱が消える。
どこか機械的な対応に、自動的に切り替わる。
「ガーンドレッド様で御座いましたが。失礼ですが、御要望などはおありですか?」
「ミネラルウォーターを3本用意してくれ。朝は起こさなくていい。来客があっても取り次ぐな」
「了解しました。最上階にどうぞ」
知らないと符丁であることも気づけないような、そんな簡単な符丁の確認。
それだけを済ませると、ホテルマンは最高級スイートルームのキーを取り出し、紳士の前に差し出した。
それを受け取りつつ、紳士は思い出した、といった風に言葉を続ける。
「そうだ、あとこれはついでなんだが。
救急箱とか、借りれないかな? こっちは本当にいま必要でね」
◇ ◇
616
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:01:08 ID:rqHqikmI0
「うわ広い部屋っ! ベッドルームも複数あるのっ!? 夜景もすごっ!
……じゃなくって、天梨をとりあえず、手当てして……いやこれは汚れを落とすのが先かな。
シャワーでも浴びさせるとして、着替えは……とりあえずこのバスローブでいいか。うわ、ふわふわっ!
男性陣、覗くんじゃないぞ! それじゃ!」
「ごめん……ごめんね……」
「あんたも謝らない! 汗と汚れ流して手当したら寝るよ! もう少しだけ頑張って!」
渋谷区に建つ外資系ホテルの最上階、最高級スイートルーム。
普通に宿泊しようとしたら、一泊だけでも3ケタの一万円札が飛んでいくような部屋。
アンジェリカ・アルロニカはせわしなく驚きつつも、室内の施設と備品を一通り確認して。
未だ意識朦朧とした様子の輪堂天梨の手を引いて、バスルームへと消えた。
誰に言われずとも自然に、消耗と精神的ショックの激しい輪堂天梨の世話を、積極的に焼いていた。
後に残されたのは男たちだけ。
大きなソファの上に放り捨てられて、なお動かないのはシャクシャイン。
とん、とテーブルの真ん中に置かれた瓶は、ホムンクルス36号。
それを置いたスーツ姿の紳士は、腕の一振りで普段通りの仮面の暗殺者の装いに戻る。
その全てを呆れたように見ていたのは、天若日子。
「聞きたいことは山ほどあるが……お互い別行動していた間のことは、アンジェが行水から戻ってからにしよう。
それで、この場所は何なのだ」
「私を創造したガーンドレッドの魔術師たちの、遺産と言うべき拠点のひとつだ」
瓶の中から声を返したのは、ホムンクルス36号。
「彼らの遺産の半分以上は私にもアクセスできないが、こういった仮の拠点をいくつも彼らは押さえていた。
あの場所から一番近くにあり、私も符丁を知っていた場所が、このホテルだ。
多少の魔法的な防御や隠蔽もされている。金銭的な問題も気にしなくていい」
「休めるのであれば、確かに有難いな。アヴェンジャーもこの有様だし」
天若日子は倒れ伏したまま動かない男をチラリとみる。
霊体化する余裕もなく、気絶している英霊。
「このアヴェンジャーについても教えろ。結局なんなのだこいつは」
「貴殿より後の時代の、今で言うなら北海道に相当する地域に生まれた英雄だ。
一言で言えば、南方から勢力を広げた日本人と衝突し、手酷い裏切りを受け、復讐者の霊基にまで至った存在だ」
「……おいアサシン。
難物なんて表現で収まるような相手ではないではないか。よりによって、よくこの私と引き合わせようと思ったな」
「俺様に言われてもな」
「幸いと言っていいのかどうか、彼は令呪にて縛られている。
天梨が戻ってきたら、一言言質を頂いておこう。
貴殿とアンジェリカ嬢、ともに彼女の『大切な人』だとの一言があれば、アヴェンジャーは手出しが出来ない」
「そこまでの首輪が要るような狂犬か……」
溜息とともに、先の死闘での共闘相手を見る。
頼もしくもあり、また厄介でもあった狂戦士は、今はまったくの無防備な姿を晒している。
先の戦い――炎の魔人と氷の女神との、どちらかが滅びるまで終わらないと見えた戦いは。
あっけなく、吹雪と爆炎に視界を遮られ、襲撃者側の撤退という形で終了した。
反射的に追撃しようとしたアヴェンジャーも、悪態をつきながら膝をつき、そのまま気絶して。
なし崩し的にこちら側の3陣営も、そこから南方にあったガーンドレッドの拠点、この超高級ホテルに撤退することになったのだ。
今なら分かる。
あの絶大な力を持っていた、敵の女アーチャー。
それに迫る力を発揮していた、北方の毒刃のアヴェンジャー。
何らかの強化はあったのだろうが、何のことは無い、アヴェンジャーは後先考えずに持てる力を振り絞っていただけだった。
復讐者の強い情念は、時に実力以上の出力を発揮させるが、いったん気持ちが途切れると途端に反動が来る。
英霊であれば誰でもできる、霊体化をする余裕すら残らないほどに。
617
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:01:47 ID:rqHqikmI0
「まあ、赤坂亜切も似たようなものだがな。
直接対峙して分かったが、あいつこそ、後先を考えずに己を燃やすことであの戦力を維持している。
燃料は奴自身の魂。
そんなものは無限ではない……今後の奴の行動次第でもあるだろうが、遠からずどこかで現界に達する。
おそらく我々『はじまり』の六人のうちで、最も終わりに近い位置にいるのがあやつだ。
もっとも、燃え尽きる前に潰してやろうという私の目論見も、空振りに終わったが」
「本当に迷惑な存在だな、お前たちは……あの老人もそうであったが……」
「赤坂亜切とそのライダーのお陰で我が友とそのサーヴァントは飛躍的な成長を遂げた。
しかしどうやらどちらも消耗が激しい。
どう楽観的に見積もっても、明日の朝までは使い物にならないだろう。
我が主人がやる気になっているというのに、これは口惜しい」
「なあホムンクルスよ、それはどう考えても、友と呼ぶ相手に向ける思考ではないぞ……」
アーチャーは何度目になるかも知れぬ溜息をつく。
いい加減に慣れたつもりではあったが、このホムンクルス、どうも人の心というものがない。
本当にこんな連中と組んで良いものなのか。天若日子の胸にこれも何度目とも知れぬ疑念がよぎる。
と、アーチャーとホムンクルスの会話が途切れたタイミングを見計らって。
スッ、とひとりの人物が手を挙げた。
「大将、俺様からも質問ひとつ、いいか」
「なんだ、アサシン?」
それはアインス・ガーンドレッドを騙ってチェックインした後、ずっと静かに一歩引いた所にいた人物。
顔には髑髏の仮面。仮面の下半分からは無精髭の生えた顎が覗く。
継代のハサン。
彼はそして、何気ないような口調で、とんでもないことを言い出した。
「これは質問っていうか確認なんだけどな――
俺様もまた、2回目の参戦。
そうだな、大将?」
◇ ◇
しばしの沈黙。
「おい……アサシン。それはいったい。」
「――素晴らしい。
これで最後の懸念が消失した。
極めて低確率とはされているが、私としては無視して事を進める訳にはいかなかった」
「んあァ?
……ああ、なるほど、そういうことか。
大将の性格ならその可能性も無視できねぇか」
「察しが良くて助かる。
語れずに居たことは謝罪する。そしておそらく、全て貴殿の想像した通りだ」
「本当は、もうちっと怒ってみせようかと思っていたんだがな、
相変わらず大将は、肝心な所でタイミングを外してくれるよ」
意味が分からずにいるアーチャーの前で、アサシンとホムンクルスの主従ふたりだけが、勝手に納得して頷き合っている。
これには温厚な天若日子も声を荒げて。
「おい、訳が分からないぞ、説明しろ」
「簡単な話だ。
そちらのアサシンは、『前回』の英霊戦争においても召喚されていた。私とは違うマスターの下で。
そして今回召喚されたアサシンには、その時の記憶がない。そうだな?」
「ああ。
そして大将は、俺様に『前回』の記憶が残っていて、『前回』のマスターのために動く可能性を警戒していた。
最も内側から裏切られる可能性を懸念していた。そうだな?」
「一般的にサーヴァントは召喚される度に記憶をリセットされるものだが、例外もいくつか報告されている。
極めて低い確率と言われているが、何しろ今回の聖杯戦争は異例尽くしだ。何が起こってもおかしくはない」
「そもそも同じ英霊が続けて呼ばれること自体、レアケースだろうしなァ。
そりゃ、そっちの立場なら、記憶引継ぎの可能性は警戒するわな。
だけどさっきの俺様の不用意な質問で、大将は『それはない』と確信できた。そういうことだろう?」
「これで私の目が節穴だったのなら、私の負けだ。
そうであればもう仕方がない。素直に寝首を掻かれるほか無いだろう」
「この大将、こういう割り切りの良さが、どうにも憎めないんだよな……」
618
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:03:25 ID:rqHqikmI0
過去にあったという、1回目の聖杯戦争。
そこに呼ばれていたという、髑髏のアサシンの存在。
本人にも伏せられていたその過去が、今、この場で明かされた――ということらしい。
「違和感は最初からあったんだ。
一応、俺様の能力は、最初に全部一通り説明したんだがな。
聞いたばかりだってのに大将の指示は全て適切で、無茶振りと思える命令も全部ギリギリ可能なことばかりだ。
でもなるほど、前回、敵として知っていたのであれば、納得もする」
「蛇杖堂寂句の言動もヒントにはなったろうが、最後の決め手は、赤坂亜切の一言だろう?」
「ああ。『懲りずにまた地獄から這い出てきたか』、だったっけな。あれがトドメだった」
「前回のパートナーの名前は分かるか?」
ホムンクルスからの問いに、仮面の暗殺者は少しだけ考え込む。
「そうだな。
まだ理屈だけでは完全には絞り込めねぇんだが、しかし大将が現時点でも想像がつくはずだ、と言うのなら……
ノクト・サムスタンプ。
魔術の傭兵、契約魔術師にして稀代の詐欺師。
なるほど、そんなのが俺様と組んだとしたら、そりゃあひでぇことになりそうだな」
「念のために警告しておくが。
万が一私を見限るとしても、奴と再び組むことだけはお勧めしない。
確かに能力面であれば驚異的な噛み合いの良さを見せるだろう。
だが前回の聖杯戦争において、ほとんど他の主従との接点を持たなかった私にすら、貴殿の嘆きは聞こえてくる程だった」
「そこまでかよ。不穏過ぎてかえって気になっちまうな、それは。
これも確認だが、大将も、他の『はじまり』たちも、ノクトって奴に俺様の存在がバレないよう、立ち回ってたな?
てか、大将もそれを期待して手札を切っていたって訳だ」
「その通り」
怒涛の勢いで答え合わせが進んでいく。
全ては咀嚼しきれないアーチャーを置いてきぼりのまま、そしてホムンクルスは決定的な決断を下す。
「そして、最後の懸念が払拭されたので、私はこの手段を選ぶことができる。
アサシン。
『西新宿に確保しておいた戦力』を、新宿で発生しているはずの、犯罪組織同士の闘争に投入しろ。
攻撃対象は『デュラハン』、および『刀凶聯合』。その双方の構成員。邪魔をするなら英霊たちも。
終わった後に何も残させるな」
「ノクトとやらに、俺様の存在が察知されるのは、もういいんだな?」
「構わない。
貴殿の能力を活かそうと思えば、いつか覚悟しなければならない事ではあった。
ただ、貴殿のマスターが私であることは、可能ならばもう少し隠蔽しておきたい。そこは留意して欲しい」
「了解した。今すぐ指示を出す」
「……なあ、『西新宿の戦力』って、何だ?」
アサシンは早速スマートホンでどこかに連絡を取っている。
会話に取り残されたアーチャーの、至極もっともな問いに対し、瓶の中のホムンクルスは端的に答えた。
「貴殿らの主従と遭遇するよりも前に、予め仕込んでおいたものがある。
東京の裏社会を仕切る2大勢力の衝突は予想されていたし、その双方の陣営に聖杯戦争のマスターが居ることも予測できた。
聖杯戦争を知る者も、知らぬ者も、備えていたのだ……それを今、ここで投入する。
どうせ、出し惜しみしていても巻き添えで損なわれるであろう戦力だ。上手く行かなくとも痛くはない」
説明をされても、それでもアーチャーには意味が分からない。
ただ、底知れぬ射程の思考に、訳も分からぬままに戦慄する。
このホムンクルスは、どこまで先を見据えていたのか……
そして、そんな迂遠で綿密な仕込みをする一方で、必要と思えばあんな捨て身の策も取れるのか!
「本当は我が友・天梨の存在を我が主人にお披露目したかったのだが、今すぐという訳にも行かなくなった。
そもそも我が主人が新宿に来たのも、私と亜切の衝突に惹かれてではあるまい。
現時点の我々の対決には、それだけの価値はないということだ。
仕方ない、それは受け入れよう。
だが。
『我々以外』の誰かが、彼女の興味を引くということには、言いようのない不快感を感じる」
「つまりなんだ。
大将は『八つ当たり』で不良どもの祭りを台無しにしたい、ってことか」
「そういうことになるのか。
感情の言語化というものは難しいな」
電話を終えて会話に復帰したアサシンの言葉に、瓶の中の赤ん坊は逆さまのままで何度か頷く。
表情だけであれば相も変らぬ無表情。
しかしうっすらと開かれた蒼い眼には、かすかに感情らしきものの色が見えた。
619
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:04:05 ID:rqHqikmI0
「奴らの価値を喪失させる。
愚連隊同士の衝突という基本構図から破壊する。彼らの『天敵』をここで投入する。
ただし、精密な操作は必要ない。
アサシン、貴殿が出て指揮をする必要はないが、出たいというのなら止めはしない」
「ふむ。どうするかね」
仮面の暗殺者は、無精髭の生えた顎を撫でる。
だだっ広いスイートルームには、微かにシャワーの水音だけが響く。
◇ ◇
新宿駅と代々木駅の中間くらいの位置に、どこまでも広い緑地がある。
芝生が広がる空間もあれば、手の込んだ日本庭園が造られている一画もある。
新宿御苑。
深夜ともなれば閉鎖されており、もちろん人の気配はない。
そんな都会のポケットのような空間に、降り立った人影がふたつ。
片や、身長2メートルの巨躯を誇る、吹雪の女神。
片や、眼に狂気の炎を灯す、魔眼の暗殺者。
「ここまで来れば、まあ大丈夫だろうね。やれやれ、生きた心地がしなかった」
「らしくないじゃないか、アギリ。こっちはまだまだやれたってのに。
そんなにあのアサシンが怖かったのかい?」
「アサシンが厄介なのは確かだがね。
それ以上にあのホムンクルス、そのアサシンにとんでもないことを命じやがった」
赤坂亜切は弱気をからかわれても怒ることもせず、ポケットからとあるものを取り出した。
それは……先の戦いの中、継代のハサンの操り人形になっていた人々が手にしていた拳銃。
あの混乱の中、目ざとくひとつ拾ってきたもの。
亜切の懸念の、その理由。
それは最大装弾数5発の、小ぶりなリボルバー。
スミス&ウェッソン社の名銃、M360……の、国と販売先を絞った、とあるローカルモデル。
シリアルナンバーの下には、「SAKURA」との刻印が光る。
「そもそも日本で拳銃なんて手に入る場所なんて限られてるんだ。
あの根暗め、ノクト・サムスタンプですら手を出さなかった相手に、がっつり手を出しやがった」
「でもそんなちっぽけな飛び道具、来ると分かってればアギリなら何とでもなったろう?」
「拳銃だけならね。
ただ最悪、狙撃銃を持ったスナイパーまで出てくる可能性まで考える必要があった。
流石にそうなったらお手上げだ……僕の考えすぎだったのかもしれないけどね」
亜切は嘆息する。
あるいはこれが「前回のランサー」と組んでいたなら、それも含めて全てを防いでくれていたのかもしれないが。
その場合、スカディの圧倒的な攻撃力も無かった訳で。
なんともままならない。
スカディはいまいち理解できないといった風のまま、それでもニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「説明されても、まだよく分からないんだけどさ。
でもアンタのことだ、ただ逃げ出したって訳じゃないんだろう?」
「当然だ。
あそこでホムンクルスを殺しきれるなら、それでも良かったんだけどね。
残念ながら、他にも殺したい相手が出てきてしまったよ」
あの戦場に居た全員が、見ずとも聞かずとも察知した、この箱庭の神の介入。
しかしホムンクルスだけでなく、亜切たちもまた、瞬時に理解してしまっていた。
神寂祓葉は、別に赤坂亜切とホムンクルス36号の衝突に惹かれて、新宿に来たのではない。
彼女の視線は、もっと他の所に向けられている。
おそらくは、新宿歌舞伎町あたりを中心とした、半グレ集団同士の本格抗争。
『はじまり』の六人には、まさにその事実そのものが、我慢ならない。
「腹立たしいんだよねぇ、僕たち以外の存在が、お姉(妹)ちゃんに気を掛けられてるなんて。
なので、横から丸焼きにしてやろうと思うんだ」
「誰をどう狙うんだい?」
「どうせホムンクルスのことは、たまたま見つけたから襲っただけの、ついでの用事だったんだ。
狙って殴るなら、騒ぎの一番の中心だ。
事前に集めた情報によると、どちらの組織のトップも、相当な武闘派らしい。
なら、きっと派手な大将戦が起きる。そこを叩く」
炎の魔人は嫉妬の炎を燃やす。
期せずして〈妄信〉と〈忠誠〉、ふたつの狂気が、ほとんど同じ方向の出力に至る。
半グレたちの闘争を、台無しにする。
神寂祓葉の気を引いたことを、後悔させる。
まずはそうしないことには、気が済まない。
「どっちにしようかな。
決闘のつもりで殴りあってる所に横から乱入するか、それとも、決着がついた所を横から張り倒すか。
まあ、そこは臨機応変って所か。
アーチャー、君もその時は出し惜しみはなしだ。宝具くらいは使っていい」
「使うだけの相手がいるかねぇ。まあ、遠慮はしないけどね」
◇ ◇
620
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:05:02 ID:rqHqikmI0
山手線を挟んで、歌舞伎町から西側。
東京都庁のツインタワーに通り一本挟んで隣接する形で、その建物はあった。
新宿警察署。
管轄内に世界でも最も乗降客の多い新宿駅を抱え、繁華街である歌舞伎町も半分ほどを担当している。
実に、日本でも最大の警察署である。
ただでさえ大規模な警察署の前には、さらに現在、何台もの大型車が鎮座していた。
青と白に塗られた特徴的な大型バス。側面と背面には、窓の上から頑丈そうな金網が貼られている。
機動隊……それも他の警察署からもかき集められた、応援の部隊である。
その中には、立てこもり事件などで使われることもある、狙撃手のチームも含まれている。
デュラハンと刀凶聯合。
半グレと呼ばれる、ふたつの巨大組織の正面衝突の気配は、もちろん警察も察知できていた。
NPCとはいえ、彼らは彼らなりに自らの意思で動き判断する存在である。
いずれ大混乱が起きると分かっていて、ただ座視するような警視庁ではない。
具体的な開戦の時期までは絞り切れていなかったが、いつ何が起きても介入できる備えはしていたのだ。
その備えを、継代のハサンの御業は、全て掌中に収めた。
一か所に集まっている、魔術の心得のない一般人の群れなど、かのアサシンには良いカモだった。
鴨がネギを背負って整列しているようなものだった。
その数、およそ千人。
かのハサンの催眠術は、その気になればさらに一桁上の人数まで支配下に置くことができる。
実に彼は、警察署に集っていた人員を全て支配下に置き、待機させたまま、ここまでの戦い全てを踏み越えてきたのだ。
「攻撃指令、発令!
全隊、出動せよ! 繰り返す、全隊出動せよ!
攻撃対象、『デュラハン』、および『刀凶聯合』! それを邪魔する者も容赦をするな!
全ての武器の使用が無制限に許可される! 捕縛ではなく、殺害せよ!」
待機していた機動隊員たちが、次々と金網張りの人員輸送車に乗り込んでいく。
武器庫を開けさせて、警官の制式拳銃を外に持ち出すなんてことは序の口だ。
訓練を重ね武装もした、規律ある群れ。
レッドライダーの起こした混乱にも、二大組織の抗争開始にもろくに反応せず、ほとんど丸ごと温存されていた警察力。
それが今、無垢なる嫉妬に応えて、混沌の新宿に解き放たれる。
全てを台無しにするために、
全ての争いを、勝者なき結末にするために。
621
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:05:30 ID:rqHqikmI0
【渋谷区・超高級ホテル 最上階スイートルーム/二日目・未明】
【輪堂天梨】
[状態]:疲労(大)、左手指・甲骨折、全身にダメージ(中)、自己嫌悪(大)、意識朦朧、シャワー中、アンジェリカのなすがまま
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:ごめんね……アンジェリカさん……
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"(【感光/応答(Call and Response)】)を行使できるようになりました。
持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
→魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※一時的な堕天に至りました。
その産物として、対象を絞る代わりに規格外の強化を授けられる【受胎告知(First Light)】を体得しました。この魔術による強化の時間制限の有無は後続に委ねます。
【アヴェンジャー(シャクシャイン)】
[状態]:半身に火傷、疲労(極大)、気絶中
[装備]:「血啜喰牙」
[道具]:弓矢などの武装
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死に絶えろ、“和人”ども。
0:殺す。
1:憐れみは要らない。厄災として、全てを喰らい尽くす。
2:愉しもうぜ、輪堂天梨。堕ちていく時まで。
3:以下の連中は機会があれば必ず殺す:青き騎兵(カスター)、煌星満天、赤坂亜切、雪原の女神(スカディ)。また増えるかも
4:ホムンクルスも殺してぇ……
[備考]
※マスターである天梨から殺人を禁じられています。
最後の“楽しみ”のために敢えて受け入れています。
※令呪『私の大事な人達を傷つけないで』
現在の対象範囲:ホムンクルス36号/ミロクと煌星満天、およびその契約サーヴァント。またアヴェンジャー本人もこれの対象。
対象が若干漠然としているために効力は完全ではないが、広すぎもしないためそれなりに重く作用している。
【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(中)、肉体強化、"成長"、
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:とりあえず新宿で争う連中を、全て台無しにする。ダメで元々。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:……ほむっち。か。
3:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
[備考]
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、わずかに肉体が成長し始めています。
※解析に加え、解析した物体に対する介入魔術を使用できるようになりました。
622
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:06:04 ID:rqHqikmI0
【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:八つ当たり、ねぇ……大将もだいぶ人間臭くなったもんだな
1:さて、新宿に行ってみるか、それともここに留まるか。
2:大将の忠告を無視する気もないが……ノクト・サムスタンプ、少し気になるな。
[備考]
※宝具を使用し、相当数の民間人を兵隊に変えています。
※OP後、本編開始前の間に、新宿警察署に集まっていた機動隊員たちを催眠下に捉えていました。
※自身が2回目の参加であること、前回のマスターがノクト・サムスタンプであることを知りました。
※この後、彼が新宿に向かって機動隊員たちを指揮するか、ホテルに留まるかは後続の書き手にお任せします。
【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、疲労(中)、シャワー中
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:とりあえず天梨の面倒をみる。放っておけない。
1:天梨のシャワーと手当が澄んだら、ホムンクルスから色々聞き出さないと。
2:神寂祓葉に複雑な感情。
3:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。
[備考]
※ホムンクルス36号から、前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
※蛇杖堂寂句の手術を受けました。
※神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。
【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
0:本当に何をどこまで考えているのだ、こやつらは。
1:アサシンもアヴェンジャーも気に入らないが、当面は上手くやるしかない。
2:赤い害獣(レッドライダー)は次は確実に討つ。許さぬ。
3:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
[備考]
※アサシン(継代のハサン)が2回目の参戦であることを知りました。
623
:
再走者たちの憂さ晴らし
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:07:05 ID:rqHqikmI0
【新宿区・新宿御苑/二日目・未明】
【赤坂亜切】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、眼球にダメージ、左手に肉腫が侵食(進行停止済、動作に支障あり)
[令呪]:残り画
[装備]:『嚇炎の魔眼』、M360J「SAKURA」(残弾3発)
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:とりあえず新宿で争う連中の、大将戦を台無しにする。歌舞伎町の争いに参戦する。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉? 寝言は寝て言えよ。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。
※ホムンクルス36号の見立てによると、自身の魂を燃やす彼の炎は無限ではなく、終わりが見えているようです。
ただしまだ本人に自覚はないようです。
具体的にどの程度の猶予があるかは後続の書き手にお任せします。
※一回目の聖杯戦争で組んでいたランサーは、鬼若(いわゆる武蔵坊弁慶)でした。
【アーチャー(スカディ)】
[状態]:疲労(中)、脇腹負傷(自分でちぎった+銃創が貫通)、蛇毒による激痛(行動に支障なし)
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:なるほど、八つ当たりねぇ。アギリも可愛いもんだ。いいよ、付き合うよ
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)は――もっと育ったら遭いに行こうか。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。
[備考]
NPCとして、千人ほどの機動隊員が、継代のハサンの催眠術の影響の下で、デュラハンと刀凶聯合を攻撃対象として放たれました。
基本的に一般構成員を狙って動きますが、英霊やその他の戦力が邪魔をするようなら攻撃対象とします。
624
:
◆di.vShnCpU
:2025/08/03(日) 01:07:23 ID:rqHqikmI0
投下終了です。
625
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:14:50 ID:GedZXUQk0
展開的にキリがいいので、先に前編のみ投下します。
626
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:15:47 ID:GedZXUQk0
『いいか? ゲンジ。人間どんなに辛くても、正しく生きてりゃいつか幸せになれるんだ』
おれのおやじは、やはり馬鹿な男だったのだと思う。
どんなに貧しくても寂しくても、正しいことをしていればいつか必ず報われるのだと、子どもじみた説法をいつも滾々と説いていた。
おやじにとっての"正しいこと"とは、困っている他人に手を差し伸べること。
本来なら自分も何らかの支援を受けるべき立場なのに、自分とその息子だけ勘定から外して、文字通り一銭の得にもならない慈善事業に邁進する。
その結果守るべき弱者に刺されて死んだというのだから世話はない。
本当の弱者は助けたくなるような姿をしてないのだと誰かが賢しらに言ってたが、正直それは真理だと思う。おれもおやじも、あの哀れな老人達もそうだったから。
『この間、息子さん偉いですねって褒められたよ。
あれは俺も鼻が高かったな。
神様ってのは意地悪に見えるが、ちゃんとこうして帳尻合わせてくれるのさ』
おやじ曰く、この世でいちばん強いのは他人の気持ちに寄り添える人間らしい。
ちゃんちゃらおかしな話だ。寄り添った結果糞垂れのじいさんに一突きにされてたら世話ないだろう。
それでも当時のおれは、ある種の諦観と共におやじの説法に頷いてやっていた。
学習性無力感というやつだろう。終わりの見えない不幸は人を鈍感にさせる。あるいはせめてもの、肉親への情か。
『おまえはいい男になるぞ、ゲンジ。顔は俺に似ちまったけど、人間は見てくれより中身さ。
そうじゃなかったら俺みたいな冴えない男が所帯持つなんてできるわけがねえからな。
……ま、冴えなすぎて捨てられちまったが』
けどもう、おれを縛り付ける閉塞のしがらみは存在しない。
おやじは死んだ。団地は壊した。おれを必要としてくれる人に出会えた。
本当に強い人間というのは、狩魔さんのような人を言うのだ。
力のない人間が振りまく優しさは過食嘔吐やオーバードーズと同じだ。
一時の幸福感に耽溺して、すぐ揺り戻しの不幸で自傷する。そんな、まったく意味のない行為。
だから要するに、おやじは死ぬべくして死んだのだろう。
同情する気もないし、今となってはどうでもよかった。
おれはもうあの肥溜めみたいな世界から解き放たれている。
おかげで身体はかつてないほど軽く、臓腑の底に蟠ってた汚れが全部どこかへ行ってしまったようだ。
そんな愚かなおやじが一度だけ、らしくないことを言ったことがあった。
『お前も年頃だ。そのうち好きな女のひとりもできるだろう』
嫌味かと思った。道を歩いてるだけでクスクス笑って指を差されるおれに何を言ってるのか。
息子がそうやって笑い者にされてても、顔を伏せて見て見ぬ振りするだけの冴えない男がおれのおやじだ。
そんな男に今更芯を食ったようなことを言われても、正直どう受け取っていいのかわからない。
627
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:16:40 ID:GedZXUQk0
『その時はよ、なりふり構わずやってみな。
もちろん道を外れるようなことはしちゃいけないが、恥も外聞も掻き捨てちまえ。
そうやって情熱持って伝えれば、案外高嶺の花だって振り向いてくれるもんさ』
確かに、おれの母親は若い時相当な美人だったらしい。
とんでもない売れっ子のホステスで、男が次々貢物を持ってきたのだと酔った赤ら顔で語っていたのを覚えている。
そう考えると、おやじは文字通りなりふり構わず頑張ったのだろう。
頑張った結果の家庭がああなって、捨てられたおれ達がこうなってるのを除けば、いい話だと思った。
『母さんは気が強かったろ?
お前にもあいつの血が流れてるんだ。お前は、俺なんかよりずっと強い男になれる筈だよ』
自分を捨てた女の血が流れていると言われて、おれが嬉しい気持ちになると思ったのか。
だとしたら、あの女がおやじを捨てた理由が分かった気がした。
おやじは優しい。優しいが頭が悪くて、根っこの部分でどこか自分に酔ってる。
だからこの時おれは、いつもの戯言の一環として軽くあしらって終わらせたのだが。
あれはおやじが俺にかけた言葉の中で唯一の金言だったのかもしれない。
確かにおれはおやじとは違う。おれの中にはおやじの弱さと、あの女の貪欲さが同時に存在している。
おれは自分のために誰かを犠牲にできる。内に湧いた"欲しい"を叶えるために、すべてを踏み躙れる人間だ。
狩魔さんがおれを見出したのは、最初からおれがそうだと気付いていた故なのかもしれない。
――おやじ。あんたの言う通り、おれにもその時ってやつが来たよ。
好きな女といったら語弊があるかもしれない。
けど、たぶんそれよりも上の感情だ。
――欲しいんだ。
焦がれている。灼かれている。
心の奥深くをじりじりと炙られて、肉汁みたいに欲望の汁が滲み出してくる。
――神寂祓葉に、褒めて欲しい。
そのためなら、おれは鬼にも悪魔にもなれる。
それはきっと、おやじがおれに望んだ未来とは違うのだろうけど。
死人に義理立てする理由もない。
おれはおれだ。覚明ゲンジなのだ。周鳳狩魔が認め、山越風夏が期待し、蛇杖堂寂句が重用する"猿の手"だ。
じゃあな、おやじ。
じゃあな、じいさん達。
おれは行くよ。あの団地を出て、行きたいところに行く。
――星を、見に行くんだ。
◇◇
628
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:18:01 ID:GedZXUQk0
「一番槍は譲ってやる」
光栄に思えとでも言わんばかりの不遜な口調で、ジャックは俺にそう言った。
正直に言うと驚いた。てっきり共闘するものだと思っていたからだ。
そんなおれの感情が伝わったのか、老人は鼻を鳴らす。
「祓葉は怪物だ。正攻法ではどうすることもできないから、必然切り札を使うことになる。
すなわち覚明、貴様が先程話した"例の宝具"もだ」
それを聞いて、おれはこいつの意図を理解した。
確かにそうだ。それを前提にするのなら、おれ達は共闘など到底できない。
バーサーカーには、第二の宝具がある。
使ったことはなかったが、感覚として知っていた。
あのデタラメな赤騎士にすら通用した"原人の呪い"の、更にもうひとつ先だ。
むしろ、バーサーカー達が普段纏っている呪いは第二宝具の片鱗のようなものなのだろう。
「私は貴様らの特攻の成否を見て行動を選択する。
共闘がありえるとすれば、バーサーカーの宝具があの小娘に通り、なおかつお前達が生き残っている場合のみだ」
「……本当に傲慢だな、あんた。
おれを捨て駒にする魂胆を、隠そうともしてない」
「慮ってやる義理も、その必要もないのでな」
おやじを殺した入れ墨のじいさん然り、おれはあの団地でいろんな老人を見てきた。
性根の腐った奴、そもそも狂ってる奴。中には溌剌として元気に生きてる奴もいたが、共通してたのはどいつも弱っていたことだ。
こればかりは責められることじゃない。
歳を取れば弱くなる。衰えて、頭も身体もぼろぼろになっていく。この世に存在するすべての生き物の共通項だ。
でも、このジャックというじいさんは違った。
弱っていないどころか、今までおれが出会ったどの人間よりも生命力に溢れている。
身体だって老人とは思えないほどゴツい。
ラガーマンとか力士とか、そういう本職の人間を彷彿とさせるむくつけき肉体をしていた。
こいつなら、あの入れ墨のじいさんにドスで襲われても表情ひとつ変えずボコボコにしてしまうのだろう。そもそもドスが刺さらなくても驚かない。
医者ってなんだっけ、と思わずにはいられなかった。
「おれがあんたの星を倒しちまっても、知らないぞ。後で話が違うって駄々捏ねるのだけは、なしにしてくれよ」
「それならそれで構わんとも。
私は極星の末路に固執しない。アレを放逐するのは己の手でなくてはならないなどと気色悪い傾倒をしているのは一部の無能共だけだ」
こいつは、どうしてそんなに祓葉を殺したいのだろう。
おれみたいに、あいつに評価されたいわけでもないだろうに。
いったい何がこの怪物老人を突き動かしてるのか、おれには分からない。
「貴様は思う存分、胸を灼く狂気のままに戦えばいい。
ただし奥の手を使う間もなく殺される無様は晒すなよ。
死んでも構わんが、せめて役に立つ死に方をするように」
「……じゃあ教えてくれよ、お医者様。あいつと戦う時、おれはどういう風に挑むべきなんだ?」
皮肉めいた言い方になってしまったが、実際ここの部分は智慧がほしかった。
何しろおれは、神寂祓葉という人間の強さを正確には知らないのだ。
とんでもない奴だってことは分かってる。でもそれだけ。そこには経験が欠如している。
629
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:19:00 ID:GedZXUQk0
おれだって、瞬殺なんてしょうもない末路は御免だ。
ジャックに媚びるつもりはないが、死ぬにしたって爪痕くらいは残したい。
問うたおれに、ジャックは一瞬の逡巡をしてから口を開いた。
嘲りの色はない。厳しい仏像のような迫力があった。
「先程も言ったが、正攻法では勝てん。
強い弱いの問題ではなく、そういう風になっている」
心底忌まわしいものについて言及するような口振りだった。
「神寂祓葉は、存在するだけで世界の理を狂わす劇物だ。
だから目の前の相手より必ず強くなるし、足りない力は無から引き出して補塡してくる。
よって考えられる有効打は件の宝具のみだが、それでも貴様のバーサーカーは多少アレと相性がいい筈だ」
バーサーカーのスキルが否定する文明は科学技術だけじゃない。
魔術もまたホモ・サピエンスの文明の産物だ。ネアンデルタール人達は、その存在を認めない。
祓葉がどういう力を持っていてどのように戦うのかはもう聞いていた。
心臓に埋め込んだ永久機関。不死の根幹。
宝具級の神秘を持つ光の剣。神の鞭。
光剣の正体が不詳な以上過信はできないが、うまく呪いが効いてくれれば確かにある程度張り合えそうだ。
「損害は承知で原人どもを突っ込ませ、なるべく祓葉を削ることだな。
あの馬鹿娘は喜んで付き合ってくれる。サーヴァントそっちのけで貴様を狙う無粋もすまいよ」
神寂祓葉は、聖杯戦争を楽しんでいる。
だからつまるところ、彼女はノリがいいのだろう。
おれみたいな路傍の石相手でも手抜きなく全力で、正々堂々戦ってくれるらしい。
それはおれにとって実にありがたい話だった。
どんなに超人ぶったって、おれ自身は人の心が向かう先を眺められるだけの凡人だ。
祓葉が狩魔さんのように合理性で動く手合いだったなら、おれに勝ち目はなかったろう。
「そうして適度に乗らせ、奴が覚醒したタイミングで永久機関の破壊を試みろ。それが唯一の勝ち筋だ」
「は……なんだ。今度は隠すのか」
平然と言うジャックだったが、おれもそこまで馬鹿じゃない。
ネアンデルタール人の第二宝具でしか祓葉を倒せないのなら、初手からやればいいだけの話だ。
おれには、バカ正直にあいつと相撲を取る理由がない。
なのにこの老人がそう促してくるのは、つまりそういうこと。
「おれを使ってデータを取りたいんだろ、あんたは」
「無能め。貴様は餓鬼にしては多少聡いが、肝腎な部分を見落とす悪癖があるようだな」
バーサーカー達との戦闘を通じて、"今の"祓葉を分析したい。
おれはどこまでも、ジャックに試金石と見られている。
そう思って指摘したのだが、灰衣の老医者は呆れたように言った。
630
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:19:44 ID:GedZXUQk0
「確かに祓葉は阿呆だ。しかし、奴の背後には偏屈な保護者がいる」
「……あ」
「気付いたか? 間抜け。初手での切り札の開帳は、自殺志願でもないなら絶対に控えるべきだ。
都市の神となったオルフィレウスが本気で警戒し出したなら、勝率は限りなくゼロに近付く」
……言われてみればそうだ。
祓葉は〈この世界の神〉だが、これが聖杯戦争である以上あいつだってひとりじゃない。
原人達の無駄死にという茶番を用立ててでも苦戦を演出しなければ、最悪オルフィレウスの介入を招く。
おれは顔が熱くなるのを感じた。
北京原人似の男がそうしてる様は、さぞかし不気味だったに違いない。
「それに……貴様も新参とはいえ、奴に灼かれた燃え滓なのだろう?」
恥じ入るおれにかけられた次の言葉には嘲りと、わずかな憐れみが覗いていた。
「勝つにしろ負けるにしろ、奴との対峙は一度きりだ。
焦がれた神との対話で狂気を慰めるくらいは赦してやる」
――実際、これもジャックの言う通りだった。
名探偵を気取ったおれだが、実のところ初手で終わらせるなんてする気はなかったのだ。
だってそれこそあまりに無粋だろう。
おれは祓葉と話したいし、もっとあの白い少女のことを知りたい。
口元が歪むのを感じた。卑屈なのに欲深い、きっととても気持ち悪い顔。
それが見えていないわけでもないだろうに、ジャックは引く様子も見せない。
ただ足を進めていく。歩幅はおれのおやじよりも大きくて、小柄なおれは付いていくだけでやっとだ。
「欲望を満たし、そして役目を果たせ。
私が貴様に望むことも、貴様がこれからすべきことも、それだけだ」
ジャックは、この先に星がいることを確信してるみたいだった。
引力というやつだろうか。だってあいつは、ブラックホールだから。
星も、そうでない物質も、すべて引き寄せて呑み込む巨大な宇宙現象。
コズミックホラーの主役のような存在が、おれ達のすぐそばにいる。
なのに不思議と緊張はなかった。遠足の前日のように、胸が高鳴っているだけだ。
なあ、おやじ。
おれもとうとう、気になる女ができたよ。
付き合いたいとかセックスがしたいとかそういうのじゃないけどさ。
話したくて堪らないんだ。見て欲しくて、褒めて欲しくて仕方ないんだ。
あんたのことは、正直好きでも嫌いでもない。今も。
でも、やっぱり親子だからさ。
あんたにだけは、これからおれが挑む戦いを見ててほしいな。
だってたぶん、勝っても負けてもこれがおれの最大瞬間風速なんだ。
覚明ゲンジが生まれてきた意味が、これからようやく実を結ぶ。
どんなに不細工でも、悍ましい外道の所業でも、おれは全力でそれに臨むよ。
正しく生きていればいつか報われるんだとあんたは言った。
おれにとっては、これこそが正しい生き方だ。報われると信じて、おれは挑む。
――だから見てろ、おやじ。
あんたの息子はこれから、神さまを殺す。
◇◇
631
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:20:30 ID:GedZXUQk0
深夜二時を回った新宿。
赤く染まる空が、死した太陽の残光のように頭上を灼いている。
人の気配はすでに絶え、静寂に包まれた街路が、まるでこの世の終焉を告げる舞台装置のように広がる。
そんな異様な光景のただ中に、ひとりの少女が立っていた。
白。すべてを拒絶するような純白の髪が風もないのに微かに揺れ、頭頂では滑稽とも神聖とも映る曲毛が天を差す。
さながら現世に降り立った奇跡だった。汚れを知らぬ光が、少女の輪郭を縁取っていた。
覚明ゲンジは、それを見る。
息ができない。心臓が止まったようだと思った。
だが、次に浮かんだのはやはりあの黄ばんだ笑みだった。
胸の奥で何かが爆ぜた。
下半身に血液が集中するのがわかる。
美しい。けれどこれは、性愛を向けるべき対象ではない。
歓喜と畏怖と憎悪が渦を巻く。
祓葉、と彼は譫言のように呟いた。
その存在を穿ち、嘲り、堕とし尽くしたい衝動を抱えて破顔する彼をよそに。
〈この世界の神〉は、惚れ惚れするような人懐っこい笑顔で言った。
「――――こんばんは。あなた、だあれ? 私のこと知ってるの?」
言われて初めて、自分達の間に面識がないことを思い出した。
ゲンジはあくまで一方的に見ただけだ。祓葉からすれば、急に現れて気色悪い笑みを浮かべた北京原人似の不審者も同然だろう。
「……ゲンジ。覚明ゲンジ。
あんたのこと、一回だけ見かけた。それだけだよ」
「カクメイゲンジ?
かっこいい名前だね! なんか漫画のキャラみたい」
なんてことのない褒め言葉でさえ、悦びで頭がどうにかなりそうだった。
ゲンジは初めて自分の名前と、先祖が名乗った苗字に感謝する。
いつもは名前負けにしか思えなかった己が名の響きさえ、祓葉が認めてくれたというだけで、金銀財宝にも匹敵する素晴らしいものに思えた。
「私はね、祓葉。神寂祓葉。えっとね、神さまが――」
「神さまが寂しがって祓う葉っぱ……」
「わお、先回りされたのって初めてかも。
もしかしてゲンジって相当私のオタク? アギリと仲良くなれそうだね。今度紹介してもいい?」
ゲンジの背後の薄闇には、五十の影が得物を持って追随していた。
脊柱を湾曲させ、石斧を手にした、獣じみた原始の群れ。
彼らは吠えもせず、雄叫びも上げず、ただ目の前の白色に慄いていた。
理を捻じ曲げる劇毒の神。その存在に晒されただけで、原人たちは奥底の本能を呼び覚まされる。
632
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:21:24 ID:GedZXUQk0
――これは災厄だ。
――ヒトの手では触れられぬモノだ。
唸り声は喉の奥に飲み込まれ、五十体の肩が小刻みに揺れている。
あの白は、災厄だ。信仰を知らぬ原人達でさえそのように理解する。
であればそんな存在を前にして喜色を隠せない様子のゲンジは、やはり彼らとさえ根本から違う生き物なのだろう。
「軍団型のサーヴァントかぁ。
珍しいね。前の時はいなかったタイプだからちょっと新鮮。クラスは?」
「……バーサーカー。見ての通り、ほとんど意思疎通はできないよ」
「おー、阿修羅の王さまみたいな感じだ。
でもガーンドレッドさんちのとはずいぶん様子が違うね。ちゃんと躾ができててすごいや」
ゲンジが視界を切り替える。
祓葉からの矢印が、自分に向かって伸びていた。
『楽しみ』。
その感情を認識した時、大袈裟でもなんでもなく腰が抜けそうになった。
見て欲しかった。おれはこいつから向けられる、この感情をずっと欲しがっていた。
覚明ゲンジは感激しながら、小さく片手を挙げる。
祓葉が期待してくれている。なら、それを裏切りたくないと思ったからだ。
「じゃ、早速やろっか。先攻は譲ってあげる」
祓葉の右手に、光の剣が出現する。
あれが、蛇杖堂寂句や山越風夏を終わらせた神の鞭。
現実をねじ伏せて、道理を冒涜する、大祓の剣。
「祓葉。おれは……」
死ぬほど怖いはずなのに、怖いことすらも嬉しかった。
覚明ゲンジという奈落の虫が、今この瞬間に羽化を果たす。
蛹を破り、透明な羽を持った悍ましい羽虫になって、空の彼方に向け飛び立つのだ。
何のために? 決まっている。
「――――おれはおまえを、犯(ころ)したい」
それが、それだけが、おれがおまえに伝えられる求愛だ。
よって刹那、原始の住人と現代の神の闘争は始まった。
◇◇
633
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:22:06 ID:GedZXUQk0
一体目が飛んだ。
祓葉が踏み出した。
風もなく、音もなく、ただ一陣の光が奔っただけだった。
その白光が原人の頭部を撫でたのか、首から上がぽろりと落ちる。
あまりにも綺麗に、あまりにも呆気なく魁のネアンデルタール人が死ぬ。
右足の軌道が跳ね上がり、残光の帯を残しながらもう一体の胸板を蹴り抜いた。
肋骨が内側から破裂するように砕けて吹き飛ぶ。
軽い。すべてが軽い。
少女の華奢な体から繰り出される暴威に、重力も肉も悲鳴を上げる暇がない。
だけど、仲間の死で火が点いたらしい。
こいつらは戦士だ。おれのバーサーカーどもは獣であり、兵であり、こいつらなりの愛と絆で結ばれた群れなのだ。
二体が飛びかかり、石槍と石斧で祓葉の首を狙う。だが石器は空を切り、その先にいた筈の祓葉はいなくなっていた。
違う。いなくなったんじゃない、視線の追跡を振り切る速度で動かれただけだ。
次の刹那には別の一体が胸を裂かれ、そのまま真っ二つにされている。
三体目の死に原人たちが憤激と鼓舞の雄叫びをあげる。
鼻孔を鳴らし、牙を剥き、唾を撒き散らして、次々に突っ込む。
半円を描くように展開し、包囲と乱打を同時に成立させる。
こいつらなりの狩りの陣形なのだろう、証拠に動きに無駄がない。
「あはは! やるねえ!」
けれど祓葉は、笑っていた。
まるでお気に入りの遊具に囲まれた子供のように愉しげな顔で剣を振るう。
振るわれた光剣が原人の腹を裂く。肩を穿つ。脛を断つ。
周囲を囲まれた状況で大立ち回りをした代償に、ようやく原人の石器が祓葉を捉えた。
石斧が、美顔の半分を叩き潰したのだ。
飛び散る血と脳漿が、しかし次の瞬間には砂時計をひっくり返したように巻き戻っていく。
「やったな〜? もう、治るとはいえちゃんと痛いんだからね――!」
ジャックのじいさんが言った通りだ。
世界そのものがこいつに味方している。
その事実と、それがもたらす絶望のでかさを、おれはようやく理解した。
何人もの命を使って増やした原人が次から次へと薙ぎ払われていく。
腕を落とされ、顎を吹き飛ばされ、地に伏して。
唐竹割りにされて、爆散するように弾け飛ぶ。
634
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:23:03 ID:GedZXUQk0
――神だ。やはりこいつは、神なのだ。
〈はじまりの六人〉は正しかった。
こいつに触れて狂わず、畏れずにいられる方が異常者だ。
おれももう、あいつらみたいな狂人のひとりなんだろう。
けれど、その狂気さえ祓葉がくれたものと思えば幸福だった。
欲望が、またひとつ膨らんだ。
――もっと、近くで見たい。もっと、おまえを知りたい。
俺は叫ぶ。五十の戦士に命じる。
「殺しちまえ、バーサーカー……!
おまえ達の仲間の仇は、そこにいるぞ……!」
群れの統率者たるおれの言葉に応えるように、原人たちは再び祓葉に向かって吼えた。
もう、恐怖はないようだった。便利な絆だ。ありがたい。
「――ずっと、おまえに、会いたかった」
自分でも驚くくらい、それは恋い焦がれた女に対する声色だった。
感動と倒錯。欲望と衝動。崇敬と憎悪。あらゆる矛盾を内包しておれの感情は奈落(こころ)の底から溢れ出る。
「おまえに、見て欲しかった。期待して、欲しかったんだ」
おれは自分の身の程というものを理解している。
おれが思い上がることを許さない世界で生きてきたんだから、嫌でもわかる。
そんなおれが今、すべての慎みを捨てていた。
むき出しの感情だけをぶつけるなんてことは、物心ついてから初めてかもしれない。
「おれを魅せてやるから、おまえを魅せてくれ」
祈るように願い。
願うように祈った。
血風が頬に触れて、水滴が滴る。
腥い肉片の香りでさえ今は恍惚の糧だった。
「ゲンジはさ、自分のことが嫌いなの?」
高揚の絶頂の中に、冷や水のように声が響く。
祓葉は微笑みながら殺し、そしておれを見ていた。
おれも、原人達も、こいつはすべてを見ている。
世界の何ひとつ見逃さない、底なしの"欲しい"がそこにある。
「見て、とか。期待して、とか。
それって誰かにお願いするようなことじゃないよ」
ジャックは、こいつを阿呆と言った。
まあ、たぶん実際そうなのだろう。
知性よりも感情。理屈よりもパッション。
そうやって生きてきた人間であることは、このわずかな時間の邂逅でも十分に読み取れた。
635
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:23:42 ID:GedZXUQk0
なのに、いいやだからこそ、拙い言葉で的確に心の奥へ切り込んでくる無法さに言葉を失う。
仏陀やキリストと対面して話したらこんな気分になるのだろうか。
神は知識でも理屈でもなく、生きてそこに在るだけですべてを見通す。
「いっしょに遊ぶなら、お願いされなくたって見るし期待するよ。
楽しく遊ぶってそういうことでしょ? だからゲンジは、そんな卑屈にならなくていいと思うな」
それに――。
祓葉は言って、にへらと笑った。
「もう、どっちもしてるよ。
私はもうあなたを見てるし、何を魅せてくれるのか期待してる」
白い歯を覗かせて向ける微笑みに、おれは絶頂さえしそうになった。
同時に自分の愚かしさに、やっぱり顔が熱くなる。
おれは勘違いしていたのだ。拗らせた劣等感というのは、そう簡単に消えるものじゃないらしい。
美しい極星の女神にこんな指摘をさせてしまった事実は恥ずかしく。
でも次いでかけられた言葉は、その羞恥心の何倍も何百倍も嬉しくて……
「だから遊ぼう、全力で。私達(ふたり)だけの時間を過ごそうよ」
「ああ――そう、だな」
おれは、差し伸べられた手に自分のを伸ばした。
もちろん、彼我の距離的に握手するなんて不可能だけど。
それでも確かに手は繋がれたのだとおれは信じたかった。だからそう信じた。
であれば、もう。
地底で鬱屈する時間は終わりだ。
おれも、羽ばたこう。
そこに、行こう。
「やって、やるよ……!」
すなわち空へ。
おまえのいる宇宙(ところ)まで。
燃え上がるように駆けていき、この一世一代の遊びにすべて捧げてやると誓った。
右手に熱が灯る。刻印の一画を惜しげもなく切って、おれは命じる。
「令呪を以って命ずる……!
おまえらも楽しめ、バーサーカー!
命の限り、魂の限り、踊り明かして笑って逝け!!」
命令がどう通るかなんてどうでもいい。
大事なのは、原人達が祓葉をより楽しませる存在に成ること。
言うなれば全体バフだ。ゲームなんて家にあった時代遅れのファミコンでしかやったことないけど、おかげで日常生活からじゃ出ない発想を出せた。
636
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:24:26 ID:GedZXUQk0
石器時代に娯楽はないだろう。
そんなこいつらに、おれが娯楽を教えた。
生存のための手段でしかない"戦い"に、それ以外の意味を付加した。
神を畏れる感性はなくても、大いなるモノを畏れる本能はある。
そんな石器時代の先人類達が抱く〈畏怖〉が、令呪の輝きの前に変質していく。
畏れは楽しみに。怖れは憧憬に。おれの抱く感情をこいつらにもくれてやる。
こっちの水は甘いぞと誘う魔の誘いに侵されたストーンワールドの猿達は、次の瞬間どいつも叫び出した。
「■■■■■■■■■■――――!!!」
咆哮は劈く勢いで、赤い夜を揺らす。
叫ぶ原人達には表情が生まれていた。
口角を吊り上げ、涎を垂らし、バーサーカーの名に違わぬアルカイックスマイルを湛えて走る。
猿に自慰を教えると、一日中快楽に狂い続けるのだと聞いたことがある。
では、感情ではなく大義で行動する原人へ娯楽の概念を教えたら?
結果は案の定。"同じこと"になった。
美神に殺到する原人達はもう、仲間を殺されて抱いた憎悪すら『楽しみ』の三文字で塗り潰されている。
いわば狂化の重ねがけ。
果たしてその効果は、覿面だった。
「わ、っと……!? うぐぅ……!」
見違えるほどに、一体一体の凶暴性と動きのキレが増した。
秩序を排し我欲を覚えたからこそ、今の原人達は狂獣に等しい。
祓葉が石の槍で槍衾になり、鈍器で頭を潰れたトマトみたく変えられていく。
その光景を見ながら、おれはジャックの言葉を思い出していた。
曰く神寂祓葉は、目の前の相手より必ず強くなるという。
そんな怪物に何故、ネアンデルタール人ごときで張り合えているのか。
こいつらはサーヴァントとしては弱い部類の筈だ。
持ち前の呪いがあって初めて他に比肩し得る、あまりにもピーキーな性能のサーヴァント。
なのに祓葉がこいつらごときに手を拱いている事実は、おれにある確信を抱かせていた。
「神さまでも、万能ってわけじゃないんだな……?」
こいつはあくまで、目の前の敵より強くなるだけだ。
つまり、上昇した能力値は次の戦いに引き継がれない。
毎度毎度まっさらな状態から、拮抗とそこからの覚醒をやって勝利を掴み取る。
遊びを愛するこいつらしい陥穽だと思った。そしてそれは、おれみたいな雑魚にとってこの上なくありがたい。
637
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:25:08 ID:GedZXUQk0
ジャックと共闘で挑まなくてよかったと心底安堵する。
あいつら基準で戦力を上げられていたら、ネアンデルタール人では相手にならなかったろう。
神寂祓葉を相手取る最適解は一対一のタイマンだ。
あの化け物みたいな医者は、とっくにそんなこと見抜いているだろうが。
「神さま?
あはは、やだな。そんな大層なものなんかじゃないよ。
私は祓葉(わたし)、それ以上でもそれ以下でもない。
ゲンジやみんなと同じ、ただの人間だよ」
再生を完了しながら、神さまがヒトのようなことを言っている。
「ヒトは、おまえみたいに強くないよ」
おれが苦笑している最中も、原人達の袋叩きは続いていた。
こいつらの取り柄は数だ。一体一体では弱くても、単純な足し算だけでその兵力をどんどん増させていく。
再生した端から潰す。笑いながら殴って、刺して、へし折る。
その上で原人の呪いだ。たぶん祓葉はこれでも、いつも通りのパフォーマンスを発揮できてない。
おれは普段の祓葉を知らないから断言はできないけど、光の剣とやらの出力がだいぶ落ちているんだと思う。
祓葉がこの程度の奴だったなら、ジャックや山越さんが負けるとは思えないからだ。
原人の文明否定。ジャックの言った通り、その一要素がおれの命綱になっている。
「ねえ。ゲンジって、もしかしてジャック先生といっしょにここに来た?」
「……、……黙秘、かな」
「やっぱりそうなんだ! だよねだよね、いかにもジャック先生が言いそうなことだもんそれ。
ふふー、そっかそっかー。イリスの次は誰が来るかなと思ってたけど、ジャック先生かあ……!」
こんなに自己評価の低いおれなのに、この時はマジで腹が立った。
おれが目の前にいるのに、なんで他の奴の名前を言うんだと。
怒ったその意思が、契約を伝って原人達に伝わったのかもしれない。
「わ、ぶ……! ぐ、ぅ、ぅう……!?」
攻撃が冴え渡る。
おれの見る前で、おれの憧憬が肉塊に返られていく。
いい気味だ。そうだ、それでいい。
ジャック? 山越? 全部どうでもいいだろ、今おまえと遊んでるのはおれだぞって教え込んでしまえ。
「あ、は……! 強いね、ゲンジ――!」
祓葉が肉塊のままで後ろに飛び退いた。
油断はできない、こいつは目の前の敵より必ず強くなる。
現に飛び退くために地を蹴った衝撃だけで原人が五体ほど弾け飛んだ。
祓葉はもうすでに、おれが出会った時より格段に強くなっている。
638
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:26:14 ID:GedZXUQk0
「ふぅ。ごめんね、欲張りは私の悪い癖でさ。
目に見えるもの、頭でわかってるもの、ぜんぶ欲しくなっちゃうんだ」
「あぁ……別に、いいよ。おまえがそういう生き物なのは、おれもわかってる」
苛ついておいてなんだけど、こいつはそうじゃなきゃ嘘だとも思ってた。
身勝手で、自分本位で、幼気(きもち)のままに周りすべてを振り回すブラックホール。
そこにおれは惚れたんだ。なら、ぜひそのままの無理無体をやってほしい。
腹が立つのに嬉しいなんて初めてだ。
ああ、ああ。おれは今、生きている。
「だから、いいさ。見ないなら、他を見るんなら――」
原人達に意思を伝える。
バーサーカーにどれだけおれの意向なんてものが伝わるかは分からないけど、それでも。
おれにできる限り、生み出せる限り全力の矢印(ココロ)を、あいつらに向けて叫んだ。
「――無理やりにでも、こっち向かせてやるだけだから」
「あは! あはははっ! いいじゃんいいじゃん、それってすっごく最高だよゲンジ!!」
意思が、群れなす原人/亡霊を強くする。
より激しく、より苛烈に、祓葉を襲う嵐と化させる。
今だけは、北京原人めいた自分の顔に感謝した。
もしかしたらこの顔も、ある種の先祖返りとかそういうものなのかもしれない――でも今はどうでもいい。
おれの声が原人を動かし、燥がせて、祓葉の視線を力ずくでこっちに向けさせる一助を成している事実に無限大の絶頂(エクスタシー)を禁じ得ない。
祓葉は殴られ、潰され、砕かれながら笑っていた。
ヒトの原型を失ったまま、祓葉は輝く剣を振るう。
原人が二桁単位で消し飛んだ。光が晴れた先で、少女は元の姿を取り戻している。
「なら私も、もっとワガママになっちゃおうかな」
にぃ、と、神の口元が歪んだ。
好戦的。それでいて、この世の何よりも寛容。
戦神と聖母、そのどちらでもある顔で、見惚れるほど可愛く美しく。
「――全部よこせ」
その上で、たぶん精一杯だろう、慣れない悪人面をして。
神は言った。すべて捧げろ、と。
「私のために、ぜんぶ出して。
ジャック先生なら、ここで惜しんだりはしないよ」
下手くそすぎる演技。
けれど、それに付属した事象は伊達や酔狂で片付けるにはあまりにも奇跡(あくむ)すぎた。
639
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:27:07 ID:GedZXUQk0
――来た。
ついに来たのだ、ジャックの言っていた覚醒が。
今ここにあった現実が、戦況の天秤が少女の気のままに破却される。
総体からすれば申し訳程度でも確かに効いていた原人の呪いが砕け散る音を聞いたのは、たぶん幻聴ではないだろう。
だってその証拠に、祓葉の光剣は何倍もの寸尺に膨張していた。
迸る熱に、おれの原人(しもべ)達が生きたまま炙り焼きにされていく。
気が遠くなる。なんでたかがマスターの気分ひとつで、サーヴァントが焦げ肉になるんだよ。
道理が通らない。法則が通じない。これが神寂祓葉。〈はじまりの六人〉を狂わせた、宇宙の極星。
「さあ。見て欲しいんでしょ? 魅せてくれるんでしょ?」
来る。
いや、もう来てる。
目の前で現実が、理が調伏される。
文明否定の呪いを破壊して星が瞬く。
祓葉は笑っている。純真に、無垢に、この世の何より凶暴に。
「言われ、なくても、そのつもり、だよ……!」
覚醒だ。
前座(ちゃばん)は終わり、彼女だけの時間がやってくる。
この舞台の誰ひとり、こうなった祓葉に勝つことはできない。
そういう仕組みになっているのだと、蛇杖堂寂句は言っていた。
そして、もうひとつ。
「全部持っていけ、バーサーカー」
この瞬間だけが、おれにとって唯一の勝機であると。
星が瞬き、現実が消し飛ぶ感光の一瞬。
そこにこそ、虫螻(おれ)が神殺しを成す活路があるのだと。
残りの令呪をすべて捧げる。
どうせおれが持ってたって大した意味はない。
原人共にできることはたかが知れてるし、温存するよりもこの一番大切な戦いに賭けるべきだと思ったから。
令呪二画。先にくれてやった狂気深化(ブースト)の一画も含めれば、三画。
おれの持てるすべてを注いで、おれはバーサーカー達に命令した。
――刹那、荒れ狂い哄笑しながら星へ突撃していた原人達の動きが、ピタリと止まって。
640
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:31:04 ID:GedZXUQk0
「■■s■d■■■qe■■■■r■n■■■■■■w■■a■■■qa■」
一斉に手を合わせた。
拝み、祈るような仕草だ。
信仰を戴けなかったこいつらが、まるでクリスチャンみたいなことをしている。
鼓舞だろうか。
呪詛だろうか。
たぶん、どっちも違うだろう。
これは、こいつらなりの餞なのだと思った。
花びらの円の中で葬儀をする時も、こいつらはこんな素振りを見せていたから。
聖典やありがたい預言などに依らない、宗教なき世界で示す冥福の祈り。
「a■■sa■■a■■uer■■d■――――」
呻きや唸り声以外聞いたこともないおれは、耳に入るノイズのような音が声であることに最初気付かなかった。
言語としての形など到底成していない、でも確かに意味はあるのだろう、原人達の歌が聴こえる。
輪唱は荘厳ですらあるのに、総毛立つほど恐ろしかった。
現生人類の知らない領域が音色に合わせて広がっていくのがわかる。
そしておれは、ホモ・サピエンスは、こいつらの世界に歓迎されていない。
細胞のひとつひとつが悲鳴をあげて、恐怖に身を捩っている気がした。
「――■■■s■■■a■r■■iz■」
これが、零の時代だ。
霊長の成り損ない達が、自分達を排除した現世界に贈る逆襲劇。
バーサーカー・ネアンデルタール人の第二宝具。
こんなおれが唯一、美しい神を殺せるかもしれない最後の切り札。
身の凍るような恐怖の中でそれでもおれは笑った。
辛いときこそ笑え。そう教えてくれたのは誰だったか。
世界から、音が消える。
嵐の前の何とやらと呼ぶには短すぎる静寂のあと、滅びは一瞬でやってきた。
――――『第零次世界大戦(World War Zero)』。
◇◇
641
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:32:09 ID:GedZXUQk0
零の大戦が、かつての繁栄を飲み込んでいく。
閃光も爆音もない。ただ確実に、静かに、確定的な滅びだけが広がった。
最初に崩れたのは高層ビルだった。
鉄骨の網が意味を失い、コンクリートは脆弱な乾燥した泥と化す。
滑らかな鏡面を描いていたガラス張りの外壁は薄い石塊へ変わり果て、音もなく地へと還った。
次に、道路が割れた。アスファルトはただの岩屑に、橋梁は小枝のように哀れな軋みを上げて落ちた。
信号機も標識も、文明の徴はことごとく石へと還元されていく。
知性の積み木細工達がひとつまたひとつと砕け、砂塵に埋もれていった。
電気も消えた。
電線を満たしていた光は瞬く間に喪われ、灯火のない新宿は闇の奈落に沈む。
都市そのものが、知性の火を失った夜の洞窟と化したようだった。
高層のマンション群が石塔と化し、重みに耐えきれず次々と倒壊していく。
そこには怒りも、悪意もない。ただ理としての否定があるだけだ。
電光掲示板は判別不能な記号が躍った石板に変わり、自動販売機はただの穴あき岩と成り果てる。
コンビニも銀行も白く風化した古代遺跡のような廃墟に堕ち、そうやって"現代"のテクスチャは一方的に剥奪されていった。
名もなき旧石器時代の黄昏が、ここに甦ったのだ。
そして次の瞬間に、おれの待ち望んでた事態がやってきた。
「――――ぁ、う?」
胸を押さえて、祓葉の足がもつれた。
心不全を起こしたような、いや事実その通りの姿を晒して、白い少女が目を見開いている。
「これが、おれの、全部だ」
『第零次世界大戦(World War Zero)』。
普段は鎧として纏うに留まる原人の呪いを周囲一帯に拡大する、侵食型の固有結界。
ホモ・サピエンスの文明に依るすべての構造物を、強制的に零の時代まで退化させる。
とはいえおれが無事でいられてるように、これ自体は人間に対して害を及ぼすことはない。
でも、その身に着けてる道具については話が別だ。
例えばそう、ペースメーカー。
心臓の機能を補佐する"文明の利器"なんかは、容赦なく零時代の影響を受けることになるだろう。
642
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:32:57 ID:GedZXUQk0
それこそがおれの勝算。
虫螻のようなおれがこの綺麗な星に魅せられる唯一のヒカリ。
永遠の輝きを穢し、地の底に貶める闇色の超新星だ。
「永久機関、だっけか?
おれには正直、よくわかんないけどさ……でも、機械は機械だろ?」
おれはたぶん今、すごく醜悪なカオをしている。
嫌いで嫌いで堪らなかった不細工な顔面に、ありったけの悪意を貼り付けて。
「か、はっ、あ、ぅ――ッ」
「辛いよな、苦しいよなぁ。
神さま専用の心臓発作だよ。人間の気持ちってやつ、久しぶりに思い出せたか?」
さっきのお返しに、こっちも慣れてもいないマイクパフォーマンスでせめて主役の退場を盛り上げるのだ。
だってこれは舞台。祓葉という主役のために用意された至高の演目。
たとえバッドエンドだとしたって、見る者の心に永久残るような鮮烈さがなくちゃ嘘だろう。
おれだって役者なんだ。演者(アクター)なんだ。
だからせめて、おまえの始めた舞台に見合う演技をやってのけようじゃないか。
「もう十分輝いただろ。
さあ、いっしょに堕ちよう――――奈落の底まで……!!」
おれは原人達に、最後の突撃命令を下した。
祓葉はとても苦しそうで、剣だって取り落としそうになっている。
針音都市の神は、古の先人類達に殺されるのだ。
それがおれがこの世界へ贈るエンドロール。
バーサーカーの群れが、一斉に地を蹴って石を振り上げる。
おれがおまえの運命だ。
あのすごい人達が信じて、託した、〈神殺し〉の奈落の虫だ。
魂ごと吹き飛びそうな歓喜と共に、おれは吠えた。
祓葉の青ざめた顔が、蹌踉めく華奢な身体が、無数の猿の中に隠されていって、そして――
『――――ネガ・タイムスケール』
どこかの誰かが、憐れむように呟いた声を、聞いた気がした。
◇◇
643
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:33:55 ID:GedZXUQk0
神寂祓葉の心臓は、永久機関――『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン=Mk-Ⅱ)』に置換されている。
言うなれば不滅のコアだ。
あらゆる破壊や汚染を跳ね除けながら、祓葉の全身に尽きることない活力を送り続ける。
祓葉を絶対的最強たらしめる要因のひとつであることは疑いようもない。
覚明ゲンジのサーヴァント、ホモ・ネアンデルターレンシスの第二宝具はまさしくこの不落の城壁を攻略し得るワイルドカードだった。
いかに絶対の再生力を持つ炉心といえど、構造そのものが別質になるほど劣化させられてはひとたまりもない。
ゲンジの言う通り、永久機関も所詮はひとつの機械なのだ。
未来文明の最新科学技術を、石器文明の孤独が否定する。
祓葉は空前絶後の超生物ではあるものの、生物としてはまだ人間の域に留まっている。
心臓なくして生存できる人間は存在しない。よって『第零次世界大戦』の最大展開を受けた時点で、神寂祓葉の敗北は確定していた。
〈はじまり〉の彼女にであれば、覚明ゲンジは勝てていただろう。
六人の魔術師の誰もできなかった偉業を成し、熾天の冠を戴く王になれていたに違いない。
だが。
「一時でも夢を見れてよかったな。
端役の分際で、彼女に勝てると思い上がれたのは僥倖だろうよ。
おまえのような男が、何かになれるわけもなかろうに」
遥か上空に位置する"工房"の中で、時計瞳の科学者は吐き捨てた。
前回の彼らと現在の彼らにはいくつかの違いがある。
本格的に手のつけられない存在になった祓葉も、確かにそのひとつ。
しかし最大の違いは彼女が出会ったはじまりの運命、オルフィレウスの変質だ。
644
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:34:45 ID:GedZXUQk0
――〈ネガ・タイムスケール〉。
獣の冠を得るにあたって、科学者に萌芽した否定の権能。
オルフィレウスは人類の不完全性を嫌悪している。
すなわち歩み。すなわち過程。改良改善の余地を残すすべての力は、終端の獣に届かない。
ネアンデルタール人とは、古き時代の先人類。
彼らの血と営みは未来に繋がり、近縁であるホモ・サピエンスの未来を築く礎になった。
なればこそ、彼らは存在そのものが現在への『過程』である。
オルフィレウスの永久機関を蝕んだ時間逆行の呪いは、この獣の権能(ルール)に抵触する。
「奈落へはひとりで堕ちろ、下賤の猿。おまえは宇宙(ソラ)に届かない」
つまり。
覚明ゲンジは、祓葉へ焦がれたその瞬間から詰んでいた。
奈落の虫は青空の先へ届かない。
太陽を守る巨大な獣の存在が、苦節十六年の果てに見つけた存在証明を零にする。
これが、醜い少年の結末。
結局ゲンジは、定められたバッドエンドに向けて疾走していただけだったのだ。
否定される〈神殺し〉の物語。
悪役の野望は砕かれ、主役の敗北は訪れない。
では、次にやってくるのは? ああその通り。
燦然たる、ヒーローショーが幕開ける。
◇◇
645
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:35:27 ID:GedZXUQk0
硝子が砕けるような音がした。
街並みの劣化が止まり、細胞まで凍てつくような恐怖が鳴りを潜め出す。
零の戦火が、消えていく。
懐古の波を押し退けて、最小単位の文明が再興する。
それはおれにとって、敗北を告げる鐘の音に他ならなかった。
消えかけの蝋燭の火みたいに揺れていた光の剣が、確たる形を取り戻す。
光剣を握りしめた白い神は、今まででいちばん楽しそうに笑っていて。
彼女が剣を掲げた瞬間、その高揚に応えるように、闇夜をねじ伏せる輝きが膨張を始めた。
「奏でるは、星の調べ」
もはや、いかなる呪いもこの輝きを阻めない。
おれは絶望するのも忘れて、呆然と見つめるしかできなかった。
蛇杖堂寂句が言っていたことの意味がわかった。
おれは、こいつの何も知らなかったのだ。
知った気になって、自分の尺度で勝手に推し測って勝算を見出した。
おれごときの物差しで、星の全経なんて測れるわけもないのに。
「戯れる、星の悪戯」
おれは何事か叫んでいた。
殺せ、とか、かかれ、とかだったかもしれないし。
もしかしたら、野猿のように吠えただけだったかもしれない。
が、おれの想いはバーサーカー達に号令として伝わったようだ。
生き残っている全員が、今度こそ神を討ち取るために駆け出していく。
飛んで火に入る夏の虫という言葉が脳裏に浮かんだ。
たぶんこいつらも、みんなわかっているんだろうなと思う。
だっておれとバーサーカーは、同じ孤独を抱えた生き物だから。
おれにわかることが、こいつらにわからない筈はないんだ。
わかるだろ、ちょっと考えたら。
もう、どうしようもないんだってことくらい。
卑劣な奸計を破られた悪者が、次のシーンでどうなるかなんて、子どもでもわかることだ。
「時計の針を、廻せ――!」
空へ掲げた光の剣が、臨界に達して爆熱を宿した。
その一振りを、おれの憧れた神さまが振り下ろす。
赤い夜すら白む極星の輝き。
奈落の虫は蠢くことすら許されない。
「――――界統べたる(クロノ)、」
ああ、これが。
これが、太陽、か。
「勝利の剣(カリバー)――――!!!」
こんな状況だってのに耳惚れるほど美しい声だった。
やっぱり、おれなんかにはもったいない相手だ。
自嘲し、笑いながら、おれは。
人生で何百回目かの、けれどいちばん悔しい敗北を噛み締めながら、夜の終わりに呑み込まれた。
◇◇
646
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:36:02 ID:GedZXUQk0
――――おれは自分の身の程というものを理解している。おれが思い上がることを許さない世界で生きてきたんだから、嫌でもわかる。
だけどそれは、まだどこかで自分の可能性を信じてた頃にやらかしてきたいくつもの失敗の積み重ねだ。
おれの十六年は、挫折と失敗のカタコンベだった。
ちいさな頃から、人よりうまく行かないこと、悲しいことが多かった。
人なら誰にでもある心の凸凹した部分を、平らになるまでハンマーで延々ぶっ叩かれ続けるのだ。
ようやく相応しい生き方というのを見つけたと思ったら、予期せぬところで突然ハンマーが降ってくる。
だから正直、こうして有頂天からどん底に叩き落されるのも慣れっこだ。
おれは、いつかのことを思い出していた。
当時中学生だったおれは日陰者なりに、ちゃんと分を弁えた生活をしていた筈だ。
悪目立ちさえしなければ、不細工な貧乏人でもそれなりに平穏な暮らしができる。
たまに教室の隅から聞こえてくる陰口は聞こえないふりをすればいい。
そんな風に慎ましく暮らしてたおれの下駄箱に、一枚のメモ紙が入っていたことがあった。
土曜の夕方、体育館の裏まで来てほしい。
伝えたいことがあるから――そんな文面。末尾には、同じクラスの女子の名前が書いてあった。
色恋沙汰とは縁のないおれでも、これが所謂ラブレターの類なのだというのは分かった。
その女子の顔は、正直好きでも嫌いでもなかったけれど、おれを求めてくれる誰かがいることが嬉しかった。
ガキの頃からちまちま小銭を入れてきた豚の貯金箱を割った。
ひとりで服屋に行ったのは初めてだった。おれにとっては大金と呼べる額を叩いて、店員曰く今シーズンの流行りらしい服とズボンを買った。
そうして迎えた土曜日、約束の時間。
体育館裏には、誰もいなかった。
一時間待って、何かあったのではと思い携帯を取り出して、連絡先を知らないことに思い至る。
しばらく悩んだ末に、おれは直接彼女の家を訪ねてみることにした。
幸い、その女子とは小学校の通学路が一緒だったので、どこに住んでいるのかなんとなく分かっていたのだ。
金がないので徒歩で数十分。家の垣根を潜ろうとしたところで、おめかしして出てきた彼女と目が合った。
絶叫された。
半狂乱で扉を閉められ、ドア一枚越しに「覚明」「無理」「追い帰して」「キモい」と叫んでる声が聞こえてきた。
どうやら仲間内の悪ふざけ、罰ゲームのたぐいだったらしい。ニヤついたクラスメイトが後日教えてくれた。
やっぱり涙は出なかった。
悲しいなんて気持ちもなく、まあそうだろうなという納得だけがあった。
勝手に舞い上がったおれが馬鹿だった。この顔しといて騙される方が悪い、それだけの話だ。
なんでだか今、おれはそんなことを思い出していた。
647
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:36:51 ID:GedZXUQk0
……空が赤い。
まるで血の膜がかかってるみたいだ。
おれはそれを、仰向けになって見上げている。
もう初夏ごろだってのにひどく寒い。
おまけにすごく眠たくて、気を抜くと目を瞑ってしまいそうだった。
下半身の感覚がない。
起き上がれないのでどうなってるのか確認もできないが、視界に入る右腕は肩の手前辺りで途切れていたので、なんとなく想像はつく。
どうやらおれは、あの光の剣から生き延びてしまったらしい。
とはいえ未来はない。何十秒か何分か、ともかくわずかなオーバータイムが与えられただけだ。
右腕がなく、たぶん下半身も同じで、身体は動かせず、令呪も連れてきたバーサーカーも全部使ってしまった。
つまりこれはおれに何ももたらすことのない、苦しいだけの時間というわけだ。
「いん、が……おうほう、だな……」
哀れな老人を自動的に葬送するシステムを願望した。
おれ自身が、そうなった時に苦しまず済むように。
その結果、おれはこうして苦しみに満ちた死を馳走されている。
まあさんざん殺してきたので、文句を言う資格はないだろう。
哀れな者も、未来ある者も、プラスの感情を残している者も。
手当たり次第に殺して、捧げて、増やしてきた。
おれはもう立派な殺人鬼だ。行き先はきっと地獄に違いない。
そんなおれに、近付いてくる足音があった。
霞み出してた視界が、そいつの顔が飛び込んできた瞬間にパッと晴れ渡る。
死に行く肉体が残りの命を振り絞って、美しいものを視界に収めようと全力を尽くしているのか。
だったらスケベもいいとこだなと、おれは無性におかしくなって、笑った。
「よかった。まだ生きてたんだね」
「よか、った……? は……どこが、だよ……」
「これも悪い癖でさ、熱くなると周りが見えなくなっちゃうの。
もっとおしゃべりしたかったのに、つい本気出しちゃった。ごめんね」
648
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:37:46 ID:GedZXUQk0
あの時、何が起きたのかはわからない。
でも、すうっと身体の熱が引いていく感覚はあった。
いつものやつだと、そう思った。
見えないハンマーが降ってきて、思い上がったおれを叩いて潰す。
おれはたぶん、今回もいつも通りに空回りしていたのだろう。
本気で勝てると思っていたのはおれだけだ。
そして最初から、おれに勝ち目なんて一パーセントもありゃしなかった。
そんな当たり前のことに、あの時ようやく気付いたのだ。
「でもびっくりしちゃったよ。
すごい宝具だったね、ほんとに心臓が止まっちゃったみたいだった」
「でも、生きてるじゃんか……」
「んー。たぶん、ヨハン――私のサーヴァントが助けてくれたんだと思う。
あの子、ぶっきらぼうなように見えて実は結構過保護だから。
今頃怒ってるんじゃないかな。後で私はお説教だろうね、たはは」
困ったように笑う少女の身体には結局、傷ひとつ残っちゃいない。
おれの戦いに意味はなかった。
神殺しなど、絵空事、子どもの妄想に過ぎなかったんだ。
この期に及んでも涙は出てこない。
やっぱりおれの中のそれは、小学生時分のあの日に枯渇してしまったらしい。
その代わりに、ただただ虚しかった。
痛みも、死への恐怖も、こみ上げる虚しさの前ではそよ風みたいなもの。
結局おれは、何者にもなれなかったということ。
顔に見合うだけの道化で、笑い者。
力を手に入れて抱いた願いは叶えられず、降って湧いた狂気に身を委ねる暴走すら完遂できない。
「ゲンジ?」
祓葉が、小首を傾げて問うてくる。
「どうして、そんな悲しそうな顔してるの?」
どうしてって、死にかけの人間は大体そんな顔だろう。
ジャックも言ってたが、やっぱりこいつは阿呆らしい。
強さはあっても知性がない。失血とは別な理由で力が抜けそうになる。
649
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:38:30 ID:GedZXUQk0
なるほどあの怪物じいさんにとっちゃ天敵だろうなと、なんだか納得がいった。
「おれは……たぶん、生まれてくるべきじゃなかったんだと思う」
最後だ。墓まで持っていくようなことでもない。
おれはずっと、心のどこかでそう思っていた。
五体満足、先天的疾患なし。顔の悪さはあるものの、生存に影響する瑕疵ではない。
それでもおれは、自分は生まれぞこないの命であると思う。
「自分が、おれみたいな人間が、生きて動いて成長してる理由がわからない。
誰からも愛されないし欲されない、他人をあっと言わせる才能も、ない。
"欠陥品"だよ。はは……おれ自身がきっと、どんな奴より哀れだったんだ」
人の心が半端に視認できる力なんてのを持ってしまったのも不幸だった。
心の矢印に載せられた感情を見れることが、おれから馬鹿になるという逃げ場さえ奪っていった。
人生は生きるに値しない。少なくともおれにとっては、心底そうだ。
"必要でない"人間ほど、意味のない生き物はこの世にいないと思う。
口にすれば差別的だと罵られるだろうが、他でもないおれがそうなんだから許してほしい。
あの老人達に抱いた哀れみも、思えばどこかで同族嫌悪を含んでいたのかもしれない。
「だけど、せめて……おまえにだけは、勝ちたかった。
でも、勝てなかった。おれは、その器じゃなかった」
思えば、誰かに勝ちたいと本気で思ったのはきっと初めてだった。
祓葉。美しい星。感情を吸い寄せて、すべて呑み込むブラックホール。
性欲でもなく、つまらない劣等感でもなく、ひとりの人間としてこいつを超えることを望んだ。
結果は、これだが。
「おれじゃ、宇宙(そこ)には、いけなかった。
そのことが、ただ、さびしいんだ」
吐露する言葉は、我ながらなんとも情けない泣き言だ。
ごぷっ、と口から滝みたいな量の血が溢れてきた。
どうやら、もうすぐ時間らしい。
狩魔さんには悪いことをした。
せめて、一言だけでも謝りたかったな。
悠灯さんとは、もっと話したかった。
少しの時間だったけど、友達と過ごしてるみたいで、悪くなかった。
650
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:39:47 ID:GedZXUQk0
ひとりで死ぬのは、とてもさびしい。
手を伸ばしたいけれど、伸ばす手がない。
辛うじて残ってる左手も、腱が切れてるのか蠢かせるのがやっとだった。
「うーん。そんな自虐的にならなくてもいいんじゃない?」
そんな、死にかけの虫より尚惨めなおれに。
祓葉は、口に指を当てながら口を開く。
「私は、ゲンジを欠陥品だなんて思わないよ。
短い時間だったけど、あなたと遊ぶのはすっごく楽しかったし」
はは、神さまの慰めか。
ありがたいけど、余計に惨めになるだけだ。
伝えたかったが、もう口すらまともに動いちゃくれない。
晴れ渡った視覚だけが、死にゆく感覚の中で唯一明瞭だった。
「ゲンジが生まれてこなかったら、今の時間はなかったわけでしょ?
だったらやっぱり、ゲンジは生まれてくるべきだったんだよ。
生まれてくるべきじゃない人間なんて、この世にはひとりもいないんだから」
いい人、悪い人。
強い人、弱い人。
いろんな人がいるからこそ、私の世界は面白い。
祓葉の言葉は、おやじを思い出させた。
理屈の伴わない、耳通りがいいだけの綺麗事だ。
「私はちゃんと、あなたに魅せてもらった」
生きていたらいつか報われるなんて幻想だ。
力のない言葉に価値はなく、弱い者の人生はいつだって冷たい。
なのにどうして、枯れた眼球から涙が溢れ出すのだろう。
"それ"は捨てたとばかり思ってた。
でもこの涙の価値は悔しさでも、やるせない悲しみでもなくて。
「あのね。さっきの、すっごく」
赤い星空の下で、神さまがおれを見下ろしている。
とびきりの笑顔は、咲き誇る向日葵を思わせた。
夜空の花、舞台の花。
ならそのこいつがくれる言葉は、世界でひとり、おれだけのカーテンコール。
「――――かっこよかったよ、ゲンジ」
651
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:40:52 ID:GedZXUQk0
生きることは苦痛だった。
終わりのない迷路を歩いてるみたいだった。
なあおやじ、あんたもこんな気持ちだったのか?
もっと話しとけばよかったよ。
うんざりするほど顔突き合わせてきたあんたと、なんだか無性に話したい。
おれにもさ、好きな女ができたんだ。
競争相手の山ほどいる高嶺の花さ。
馬鹿で、自分勝手で、だけど死ぬほどきれいなんだ。
結果はダメだったけど、その代わりにおれには余る報酬をもらえたよ。
かっこよかったんだってさ、このおれが。
おやじ、おれさ、初めて知ったよ。
好きな人に褒めてもらうのって、こんなに嬉しい気持ちになるんだな。
おれのやったこと、あんたはきっと認めないだろう。
大勢殺した。手前の願いのために、たくさんの命を踏み躙った。
それでもさ、おれにとっては正しい道だったんだ。
おやじには、正しく生きてれば報われるって教えられたけど。
惚れた女にはなりふり構わず行けって教えたのもあんただろ。
屁理屈言うなって怒られそうだけど、おれはちゃんとその通りにしたよ。
おれはあいつらの空には届かなかった。
でもいいんだ。不思議と無念じゃない。
おれ達の住むどん底にだって、射し込む光があるって知れたから。
……じゃあ、おれもそろそろそっちに行くよ。
誰だって、さびしいのは嫌だもんな。
待たせてごめんよ。
そっちで会ったら、また話を聞いてほしいな。
伝えたいことが山ほどあるんだ。
好きな女だけじゃなくてさ、頼りになる先輩もできたんだよ。
こっちはあんたの慈善事業に散々振り回されたんだから、息子の長話にくらい付き合えよな。
あ――――最後に、もうひとつ。
おれ、さ。
生まれてきて、よかったよ。
ありがとな、おやじ。
【覚明ゲンジ 脱落】
◇◇
652
:
心という名の不可解(前編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:42:24 ID:GedZXUQk0
「――――クク」
奈落の少年は、安らかな顔で息絶えた。
原人の一掃された石造りの街並みに、響く嗄れた声がある。
祓葉は歓喜のままに、声の方に目を向けた。
革新的な論文でも読んだように、その手は拍手を打っている。
灰色のコートを、吹き抜ける夜風にはためかせ。
真の怪物は、傲慢な笑みと共に現れた。
〈はじまりの六人〉。
畏怖の狂人。
現代の医神。
人を治す怪物。
「――――見事だ、覚明ゲンジ。その輝きは記憶してやろう」
男の名は寂句。
不世出の天才と呼ばれながら、見上げてはならない星に呪われた老人。
「せいぜい奈落で眠っていろ。此処からはこの私が執刀する」
〈神殺し〉は頓挫した。
されど舞台は目まぐるしく激動する。
「さあ、最後の手術を始めようか。神寂祓葉」
「へへ、臨むところ。おいで、ジャック先生」
これより始まるは、不滅を解(ほろ)ぼす外科手術。
653
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/03(日) 23:43:08 ID:GedZXUQk0
以上で前編の投下を終了します。
残りも期限までには投下します
654
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 00:58:40 ID:FWuHOWGU0
中編・後編を投下します。
655
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 00:59:53 ID:FWuHOWGU0
彼にとって、人の心とは不合理の塊であった。
彼は物心ついた時から才気の片鱗を滲ませていたが、だからこそ子どもの時分から数多の"心"に曝されてきた。
例えば嫉妬。己より優れた幼子という存在を許せず、なんとかして蹴落とそうとしてくる輩だ。
凋落しゆく家に稀代の新星が生まれたのならどう考えても皆で一丸となって支えるのが合理的だろうに、何故かそうしない馬鹿がいる。
そうでなくとも、純粋に疑問だから口にした指摘に顔を真っ赤にして噴飯したり、落涙して何やら情けない感情論をぶつけてきたりする。
何故やるべきことを粛々やれないのか。
現状の誤りを指摘されたなら速やかに改善すればいいものを、なぜ理屈の話を個人の感情の話にすり替えて無駄な時間を費やすのか。
幼く純粋だった彼にはそれがまったく不明だったが、ある時少年は悟りに達した。
"――――そうか。つまりこいつら、そんなにも能が無いのか"
それが、傲慢の目覚めであった。
この日を境に、蛇杖堂寂句は他者を無能と謗るようになる。
わずか十三歳にして、寂句は現在の人格をほぼ完成させていた。
自分以外の全人類は愚か者であり、慮るに値しない下等生物であると信じた。
その生き方は多くの敵を作ったが、彼はいつも誰より優れていたので問題はなかった。
次第に逆らう者は減り、無能呼ばわりされてでも自分に媚びへつらう人間が増えてきた。
気色は悪いが、都合のいいことだ。
同じ無能でも、身の程を弁えているなら使いようがある。
そうして彼は分家筋の生まれでありながら、わずか一代にして落ち目の本家を経済面・技術面の両方で立て直した。
本来なら時計塔に顔を出すなりして名声を上げるべきなのだろうが、好き好んで無能どもの権力闘争にかかずらう意味が分からなかったので、寂句は先代と同じ日陰者の道を行くことを選んだ。
数多の叡智を蓄積し、それに見合った実績を積み上げながら、蛇杖堂寂句は気付けば老年に入っていた。
表でも裏でも知られた人となった。
知識ある者は、蛇杖堂の名を畏敬するようになった。
若い頃の喧騒は今や遠く、家を継がせる子孫を誰にしたものかと思い悩むようになった頃。
『はじめまして。不躾な訪問ごめんなさい、ジャクク・ジャジョードー。
正面からお願いしても絶対会ってくれないって聞いたので、勇気出してアポなしで来ちゃいました』
ひとりの若い女が、蛇杖堂の本家を訪ねてきた。
追い返そうとも思ったが、この手の輩は袖にしてもしつこく食い下がってくる。
何が目的か知らないが、今ここで受け入れることで未来の時間の浪費を防ぐ方が有益かと、その時彼は思った。
656
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:00:35 ID:FWuHOWGU0
女は、オリヴィア・アルロニカと名乗った。
アルロニカの名は知っている。スタール家と並び、時間制御分野の両翼と謳われる家柄だ。
先駆者・衛宮矩賢の死後、根源到達に時間を用いようと考える魔術師達の注目は少なからずこの両家に集まっていた。
『頼る相手を間違えている。
極東くんだりまで足を運ぶ予算と時間は、ロードの一人二人と面会するために使うべきだったな』
『先輩から助言をいただいたんです。あなたはもっと広い世界を見たほうがいいって。
人づてにいろいろ調べている時にジャクク氏の名前を知りました。
分家から成り上がり、一代にして本家を立て直した"暴君"のお知恵をぜひ借りたいなと』
『勤勉は富だが、使い方を間違えればただの時間の無駄でしかない。
日本語は苦手と見えるな。仕方がないので、分かりやすく伝えてやろう』
美しい女だった。
少女のような活力と、熟女のような度胸を併せ持っていた。
とはいえ色香に惑わされる歳でも柄でもない。
愛想よく微笑むオリヴィアに寂句が伝えたのは、もはやお馴染みのあの文句。
『帰れ、無能。
貴様のために割く時間など、私には一秒たりとも存在しない』
これを言われた魔術師の反応は、おおよそ二分だ。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするまでは一緒。
そこから猿のように赤くなって憤慨するか、逆に気圧されてそそくさと立ち去るか。
が、オリヴィア・アルロニカはそのどちらでもなかった。
『加速させた思考を限界まで収斂させ、根源を観測するんです。
でもどうにも手詰まりが否めなくて。
そりゃ私の代で到達できるとは思ってないですが、どうせならよりよい形で遺したい』
『おい』
『構想はあります。名付けて〈電磁時計〉。
全容も固まってないのに名前だけ付けてるなんて我ながら馬鹿みたいですけど、不思議と手応えみたいなものはあるんですよ。
ただ次の工程に移るにあたって、三点ほどどうにも解決できない問題があって』
『何のつもりだ貴様』
寂句の宣告を無視して、勝手にぺらぺら自分の要件を語り始めたのである。
これには寂句も怪訝な顔をした。
世に無能は数いれど、こんな無法で自分を丸め込もうとした人間は初めてだったからだ。
『イギリスから日本までの旅費、高かったんですよ? はいそうですかで帰るわけにはいきません』
『蹴り出すぞ』
『なら抵抗しながらでも話を聞いてもらいます。
でも私、自慢じゃないけど防戦に回らせたらめんどくささ随一な魔術師ですよ。
すばしっこいネズミ追いかけるのに時間を浪費するなら、素直にこのちょっぴり失礼な客人をもてなす方が合理的だと思いません?』
意趣返しのつもりなのか、オリヴィアはいたずらっぽく舌を出して笑った。
その日蛇杖堂寂句は、得難い経験をした。
後にも先にも、他人の熱意に根負けしたのはあれが最初で最後だ。
――暴君はこうして、後に〈雷光〉と呼ばれる魔術師と出会った。
◇◇
657
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:01:13 ID:FWuHOWGU0
宣戦布告の完了と、戦線の開幕は同時だった。
寂句の背にする空間から実体化し、赤い甲冑の英霊が疾走する。
天の蠍(アンタレス)。蠍座の火。
三対六本の脚で加速したその実速度は音に迫る勢いであった。
勇猛果敢を地で行く吶喊を見せながら、しかし少女の顔には焦燥と苦渋が貼り付いている。
(よもやこれほどとは――当機構の愚鈍をお許しください、マスター・ジャック)
覚明ゲンジとそのしもべ達を一太刀にて屠った、白い少女。
神寂祓葉の姿を視界に収めた瞬間、アンタレスは己の現界した理由を理解した。
こいつだ。間違いなく、この娘だ。
己はこれを放逐するために喚ばれたのだと、魂でそう理解する。
それほどまでの、圧倒的すぎる存在感。
超人だなんて生易しい形容では到底足りない。
これはもう、この時点で神の領域に達している。
聖杯戦争を、いや星を、いいや地球を、ともせずとも世界そのものを思い通りにする力を持っている。
天昇させなければならない。
生み出されて以来最大の使命感が、彼女の五体を突き動かす。
閃く槍の鋭さは、スカディやレッドライダーと戦っていた時の比ではない。
漲る使命感が現世利益として強さを後押しする理不尽を引き起こしながら、しかしそれは何のプラス要素にもならなかった。
「わお。結構速いね、まだ目で追えるけどギリギリだぁ」
「ッ……!」
防がれる。鍔迫り合う互いの得物。
英霊と人間という圧倒的な違いがあるにも関わらず、それがすべてあべこべになっていた。
押し切れない。己が槍の穂先を受け止めた光の剣を、小揺るぎすらさせることができない……!
「あのね、私いま結構アガってるんだ」
覚明ゲンジが魅せた生き様が、初動から祓葉のギアを上げている。
相手に応じて強さを増す特性、そして気分の高揚がそのままパフォーマンスに直結する精神性。
激戦の熱冷めやらぬ今の祓葉は初段からトップギア。
アンタレスの放つ剛槍の乱舞を一発余さず迎撃しているのがそれを物語っていた。
658
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:02:06 ID:FWuHOWGU0
「あなたはどんな宝具を持ってるの? どうやって私を倒すの?
楽しいね、楽しいね楽しいね! 全部見せてよ、出し惜しみなんか許さない!」
「――その手の倒錯に付き合うつもりはありません!」
言われなくても、出し惜しんでいる余裕などない。
アンタレスは多脚を駆動させ、近距離の攻防の中でさえ一秒たりとも停止しないよう心がけていた。
神寂祓葉は個の極致。力比べで勝てる道理はないし、そこに持ち込まれればドツボに嵌る。
よって可能な限りあらゆる角度から攻撃を加えつつ、無駄な被弾を避けるのが肝要だ。
蛇杖堂寂句の助言のひとつ。
祓葉は最強の生物だが、そこには繊細な技というものが一切介在しない。
言うなれば子どものチャンバラだ。打ち合うとなれば至難だが、避けるだけならそれほど難しくはなかった。
「ひと目見て確信しました。
貴女は存在するだけで世界を、あるべきカタチを狂わせる。
当機構の全霊を懸けて、その穢れた神話を葬送しましょう……!」
「いいね! やってみなよ、できるものなら!」
光を躱しながら、実現できる最速で刺突を重ねる。
祓葉は避けない。その必要が彼女にはない。
肉が散り、眼球を抉られても止まらず光の剣舞を撒き散らす。
災害だ。なのに見惚れそうなほど神々しい。
抑止の機構であるアンタレスでさえ、気を強く持っていないと魅了されてしまいそうだった。
赤い蠍が神を葬るべく躍動し、百を超える火花を散らして踊り舞う。
大義があるのは間違いなくアンタレスの方だというのに、端から見ると善悪すらあべこべに見えるのが皮肉だ。
祓葉の光剣が、大きく真上に振り上げられる。
避けるのは容易だが、すぐに意図を理解して退いた。
その判断は正しい。渾身の唐竹割りが振るわれた瞬間、爆撃もかくやという衝撃波が彼女を中心に轟いた。
(勘がいい。実戦の中で活路を探し出す嗅覚がずば抜けている)
敵が回避に執着しているのなら、拮抗ごとぶち壊してしまえばいい。
実際それが適解だ。現にアンタレスは後退し、構築した戦闘体制を手放すのを余儀なくされた。
祓葉が地面を蹴る。天蠍の移動速度に匹敵する速さで迫り、神速の一閃で破壊光を飛ばしてくる。
原人戦では見られなかった、事実上の飛び道具だ。
刀身の延長線上に光を飛ばして切り刻む――原人どもを一掃した対城攻撃の片鱗を引き出している。
野性的な戦闘勘と奔放な無法が噛み合った最悪の猛獣。
襲い来る光閃の網を掻い潜りながら、アンタレスが再び間合いを詰めた。
刺突と斬撃が織りなす狂おしい交響曲。
千日手を予感させる再びの拮抗。しかし今度は、天蠍がそれを破壊した。
「わ……!?」
ここまで移動にのみ使っていた蠍の脚が突如振るわれ、鉤爪のように祓葉の肉を引き裂いたのだ。
当然有効打になるような攻撃ではないが、不意を突けたのは事実。
そしてこの少女は、あらゆる感情にとても素直だ。
驚けば動きが乱れるし、ただでさえ盤石とは呼べない佇まいが総崩れになる。
原人達との戦いを観測して、アンタレスはそれを見抜いていた。
659
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:02:56 ID:FWuHOWGU0
――くるり。ひらり。
その場で宙返りをし、空へ舞い上がる。
そこで蠍の多脚は、あろうことか風を掴んだ。
祓葉が力任せに暴れたことで吹き荒れた強風を利用し、洞窟の天井を這い回るように空を伝って祓葉へ迫る。
戦闘の優位は常に上方にある。
縦横無尽を地で行くアンタレスはその恩恵に自在に預かることができる。
降り注いだのは、赤いゲリラ豪雨であった。
そう見紛うほどの、赤槍による怒涛の刺突。
(覚明ゲンジがそうだったように、普通に戦ったのでは勝ち目など皆無。
必要なのは『英雄よ天に昇れ(アステリズム・メーカー)』の投与。
もとい、そのための前提条件を満たすこと――!)
主から賜った策を反芻しながら、アンタレスは眼下の少女を肉塊に変えていく。
"叩き"にされた豚肉のようにぐちゃぐちゃの塊と化すまではすぐだった。
やはり予想通り。死なないだけで、強度自体は人間の域を出ない。
再生する前に潰し続ければ、神寂祓葉は封殺できる。
ひとしきり打ちのめし、原型を完全に失わせたところで、アンタレスは槍を引いた。
勝負を決める。この状態なら、"狙い"を外すこともない。
かつて超人を夜空へ送った一刺しを放たんとし、そこで天の蠍は、自分の想像がこれでもまだ甘かったことを思い知った。
「な……ッ」
「つ、か、ま、え、た♪」
肉塊の中から、腕だけが伸びて赤槍を掴んでいる。
戦慄に身が硬直した。
そのわずか一瞬の間にも、ひしゃげ潰れた挽肉の中から神が甦ってくる。
吐き気を催す光景だった。
腕の次は顔が再生し、その次にはもう片方の腕。
胴の修復が始まった時点で、アンタレスはようやく我に返る。
槍を振るい再殺しようとするが、得物がぴくりとも動かない。
「何か、しようと、してるよね?」
女怪のように、肉の中から上半身だけを生やした祓葉が微笑む。
次の瞬間、アンタレスは文字通り、地に引きずり降ろされた。
なんのことはない。ただ力任せに天から地へ、引っ張ってやっただけだ。
アンタレスが英霊であることを考慮しなければ、微笑ましい戯れにも見えたろう。
「が、ぁッ……!」
「ゲンジのことがあるからね。我ながららしくないけど、ちょっと警戒してみようかな」
叩き付けられただけで地面が抉れ飛ぶ。
喀血し、腕一本で圧迫されている姿は猿に遊ばれる蠍に似ていた。
660
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:03:27 ID:FWuHOWGU0
「ふふ」
その間に再生は滞りなく完了し、いつしか立ち位置は逆転。
アンタレスを押さえつけたまま、祓葉が光剣を振り翳す。
もちろん彼女も無抵抗ではなく、六脚を振り乱し祓葉を切り裂いていたが、臓物を撒き散らしてやった程度でこれが止まるわけもない。
「かわいいね」
告げられる死刑宣告。
天の蠍が背負わされた任務はあまりに難題だった。
何しろ相手は〈この世界の神〉。
人類悪と友誼を結び、自由気ままに理を踏み砕く絶対神。
アンタレスひとりの双肩で討ち取るには荷が勝ちすぎる。
よって結末は予定調和、誰もの予想通り。
神寂祓葉は勝利する。蠍は踏み潰されて、オリオンの神話は再現されない。
「――――ぶ、ぐぇっ」
戦うのが、彼女ひとりであったならば。
「え……」
「無能が。何を呆けている?」
横から割って入った老人の拳が、祓葉を紙切れのように吹き飛ばしていた。
アンタレスの驚きも無理はない。
"彼"は、自身も参戦するなんて一言も伝えていなかったから。
「光栄に思え、無能な貴様の尻拭いを務めてやる。
この期に及んでめそめそと謝るなよ、元より貴様一人でどうにかできるとは思っていない」
彼は時間の浪費を嫌う。
アンタレスに参戦の旨を伝えたなら、彼女は頑として反対しただろう。
それはサーヴァントとして当然の反応だが、暴君にとっては煩わしいタイムロスだった。
だから介入を行うその時まであえて黙っていたのだ。
味方をも騙して決行された不合理な奇襲攻撃は神の王手を突き崩し、敗色濃厚の盤面をリセットする。
「お前もさっさと立て、祓葉。化物が堪えたふりなぞするな、おぞましい」
「……ジャック先生、なんかちょっと変わった?」
「お前がそれを言うのか? クク、ありがとうよ極星。どうやら今回は、同じ轍を踏む心配はなさそうだ」
彼の狂気は〈畏怖〉。誰より星を畏れているから、死ぬことなんて怖くない。
蛇杖堂寂句は静かに拳を構え、アンタレスの横に立って、因縁の白神を見据えていた。
◇◇
661
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:04:05 ID:FWuHOWGU0
オリヴィアはその後も幾度となく蛇杖堂本家を訪れた。
死ぬほど嫌そうな顔をする寂句はお構いなしに、イギリスの手土産片手に門を叩くのだ。
頻度はまちまちだったが、大体年に一〜二度のペースだった。
『ようやく雛形ができてきました。なんだか感慨深いですね、えへへ』
『六年だぞ。私ならとうに完成させ、実用段階に持ち込んでいるところだ』
『先生と一緒にしないでくださいよ。
自虐は好きじゃないんですけど、さすがに私と先生じゃ頭の出来が違いすぎます。
いっそ正式に共同制作者になってくれたら助かるんですけどね? ちらっ、ちらちらっ』
『興味がない。第一、私はただ貴様の話に相槌を打っているだけだ』
オリヴィアの厄介なところは、疑問が浮かぶとそれを掘り尽くさなければ気が済まないところだ。
こうなるともうなんでなんでの質問攻めで、寂句はその気質を知って以降、彼女の話は作業の片手間に聞くようにしていた。
今日も寂句は机へ向かい、オリヴィアはその背中へ、座布団に座り粗茶を啜りながら話しかけてる格好である。
『先生。今日はね、設計図を持ってきたんです』
自動書記かと見紛う速度で筆を走らせていた寂句の手が、ぴたりと止まった。
振り向きはせず、そのままの格好で口を開く。
『雛形が"できてきた"と聞いた筈だがな。相変わらず日本語は不得手と見える』
『まあまあ、固いこと言わないでください。
実はまだ誰にも見せてないんです。もちろんこれからいろいろな知人に意見を求めて回る予定ですけど、やっぱり最初は先生がいいなって』
背を向けているので顔は分からないが、さぞや鬱陶しい笑顔をしているのだろうと思った。
手荷物をまさぐる音。鞄から、書類の束が取り出される音。
音が止んだかと思うと、オリヴィアは立ち上がって言った。
『――――診て、くれますか。先生』
数秒、音のない時間が流れる。
それを切り裂いたのは、暴君のため息だった。
万年筆を机に置き、されど振り向かぬまま、腕だけを後ろへやった。
『貸せ』
『……! はい!!』
受け取った紙束は、どの頁も無数の図形と数式、彼女の研鑽と受け継いだ叡智の結晶で埋め尽くされていた。
662
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:04:54 ID:FWuHOWGU0
当然、内容はきわめて難解だ。
時計塔の講師陣でさえ、読み解いて咀嚼するには相応の時間を要するだろう。者によっては、完読すらできないかもしれない。
だが蛇杖堂寂句は、小説本でも読むようにすらすらと読み進めていく。
その上で前の頁に戻らない。初読で理解し、噛み砕いて、嚥下していた。
時間にして四十分ほど。落ち着かない様子のオリヴィアの視線を背中に浴びながら、寂句は束を置く。
『ど……、どうでした……?』
『設計書に希望的観測を盛り込むな、無能め。
理論の陥穽をパッションで誤魔化してどうするのだ、貴様は出世が目的でこれをしたためたのか?』
『う』
『それと可読性にも多大に難がある。
私だから問題なく読み解けたが、構成がとっ散らかりすぎだ。
この有様では実際これを元に何かを成す時、間違いなくつまらんミスをやらかすぞ』
『そ、そこは、ほら。私はちゃんと要点押さえてますから。大丈夫ですよ、…………たぶん』
『ほう、"たぶん"とは具体的に何パーセント大丈夫なのだ?
八割か九割か、それとも大きく出て九割九分九厘とでも言ってみるか?
私に言わせればそれでも論外だが。己の手落ちで時間と資源を浪費するリスクは甘んじて飲み込むと? であれば実に大したものだが』
『――ごめんなさい。飲みません。ちゃんと直します』
『最初からそう言え。つまらん意地で私に食い下がるな、青二才が』
辛辣。
痛烈。
オリヴィアががっくり肩を落としている姿が見なくても想像できる。
『……だが』
そんな彼女に、寂句は鬱陶しそうに続けた。
『それ以外は概ね、よくできている』
『……!』
『初めてここに押しかけてきた時の稚拙な発想と比べ、見違えていると言っていい』
寂句は誰に対しても辛辣だし、見下すことに憚りもない。
が、それはプライドや慢心から来る悪癖ではなかった。
様々な観点から評価して、自分より劣っていると看做した上で罵倒するのだ。
逆に言えば、評価に値するものは正しく評価する。
彼は他人を慮れない男だが、かと言って真実を隠してまで貶し倒す真似はしない。
『実際に根源へ到れる可能性は零に等しいだろうが、それはどこの家も同じだ。
〈電磁時計〉は確実にアルロニカの歴史を変え、時計塔に轟く"発明"になるだろう』
以上をもって、寂句は評価を結んだ。
663
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:05:24 ID:FWuHOWGU0
耳栓を買っておくべきだったなと後悔した。
この女のことだ、さぞやうるさく喚くのだろう。
しかしそんな予想に反してオリヴィアは静かで。
『う……ぐす、ひっく……』
歓喜の代わりに響いてきたのは、ちいさな嗚咽だった。
『ご、ごめんなさい。
その……気が、抜けちゃって。
よかったぁ……よかったよぉ……』
『人の家で泣くな、煩わしい。荷物を纏めてとっとと失せろ』
『ありがとう、ございました……。
ジャック先生のおかげで私、わたし、ここまで来れた……』
六年、この部屋で議論を交わした。
おかげでアルロニカ家の魔術を深く理解してしまったほどだ。
秘密主義を是とする魔術師の世界では、それは自分の急所を晒す"無能"めいた行いだったが。
オリヴィアはそれを承知で足繁くここに通い、理論を編み、遂にこの偏屈な暴君に太鼓判を押させたのだ。
『勘違いするな。
貴様が私の元へ通い詰めている事は既に多くの同業者が知るところとなっている。
にもかかわらず貴様が不出来を露呈すれば、私の名声にも傷がつくだろうが』
追い返そうとするのが億劫になったのもあるが、三年目辺りからはそんな理由もできていた。
不本意にも恩師になってしまった以上は、大成して貰わねば沽券に関わる。
寂句としてはそれは正当な動機で、だからこそこうして堂々告げたのである。
けれどオリヴィア・アルロニカは、泣き濡れた目元を拭いながら――
『……ジャック先生は怖いくらい優秀だけど、少し真面目すぎるみたいですね』
呆れたように、それでいてとても嬉しそうに。
そんなことを、言った。
◇◇
664
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:05:56 ID:FWuHOWGU0
光剣の軌跡は、既に英霊基準で見ても異常な速度に達していた。
空を切り裂くだけでソニックブームめいた衝撃波が発生し、粉塵を舞わせ著しく視界を損ねる。
アンタレスが前線で祓葉を相手取り、寂句は隙を見て彼女を削る――というのが彼らにとっての理想形。
しかし案の定、祓葉はそれをさせてくれる相手ではなかった。
まず攻撃を受け止めることができない。よって隙を見出すことも叶わない。
神のやりたい放題を前に、天蠍と暴君は早くも圧倒的な劣勢に追いやられていた。
「ぐ、ぅっ、う……!」
「あは、ちょっと軽すぎるんじゃない?
速いのはいいけど、ちゃんと削らないといつまで経っても終わんないよ?」
「不死身の貴女に言われても、嘲弄にしか聞こえませんね……!」
鍔迫り合いで場を凌ぐことも不可能になって久しい。
赤槍と光剣がぶつかれば、衝撃だけでアンタレスは吹き飛んでしまう。
そこで毎回攻めのリズムを破壊されるため、結果として彼女の手数は大幅に目減りしていた。
「ごまかさなくてもいいのに。
あるんでしょ? 私を殺せるかもしれない、そんな素敵なジョーカーが」
覚明ゲンジの奮戦は見事だったが、彼の特攻は祓葉にとある気付きを与えてしまった。
この世には、不滅を超えて迫る死が存在する。
祓葉にとって未知とは悦びである。
よって焦るどころか、祓葉はますますそのギアを上げていたが。
アンタレスの分析した通り、彼女は馬鹿だが並外れた戦闘勘を持っている。
〈神殺し〉という概念を知られたあの瞬間、寂句達のプラン遂行の難易度は途方もなく跳ね上がったと言っていい。
「教えてくれないなら、ジャック先生に直接聞いちゃお」
健気に向かってくるアンタレスを光剣のフルスイングで跳ね飛ばし、地面を蹴る。
向かう先は暴君・蛇杖堂寂句。
祓葉は手加減のできる性格ではないし、そもそも彼女はそれをとても失礼なことと捉えている節があった。
一緒に遊ぶのなら、どんな相手だろうとみんな平等。
誰が相手でも差別せず全力で戦うからこそ楽しいのだと信じる。
そんな神の純真は聞こえこそ立派だが、相対する者にとっては最大の絶望を意味した。
英霊でさえ手に余る速度とパワーで迫ってくる祓葉を、人間の身で捌かなければならないのだ。
至難なんてものではない。ほぼほぼそれは"不可能"と同義だ。
できるわけがない――――寂句(かれ)でなければ。
「舐めるなよ小娘。たかだか一度まぐれ勝ちした程度で、格付けが済んだと思っていたか?」
瞠目したのは、祓葉も、そしてアンタレスもだった。
英霊の彼女でさえ対処に苦心する神の斬撃を、寂句は見てから避けたのだ。
665
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:06:44 ID:FWuHOWGU0
それがまぐれでないことは次の瞬間実証される。
なにくそと振るわれる剣閃の嵐の中でさえ、蛇杖堂寂句は致命傷を躱し続けた。
無論掠り傷なら無数に負っていたが、逆に言えばその程度。
本気の祓葉を人間の身で相手取り、損害をそれしきで抑えることがどれほど難しいか。
「……嬉しいよ、ジャック先生。
この前はのらりくらりと躱されちゃったけど、今日は本気で来てくれるんだね」
「これが望みというならうまくやったな。
まんまと私は貴様の希望通り、未来を捨てる羽目になったのだから」
祓葉は慌てるでもなく、嬉しそうに笑った。
それに対する寂句の言葉が、その常軌を逸した挙動の種明かしだ。
「マスター・ジャック……あなたは、やはり――」
「言ったろう、私は"この先"に興味などない。
今この時、この瞬間こそが、私の焦がれた聖戦なのだ」
暴君は傲慢に人を治し、壊せる。
その対象には無論、彼自身も含まれている。
「手持ちの薬剤の中から有効なものを数十種以上手当たり次第に投与した。
おかげで地獄のような苦痛だが、不思議と気分は悪くない。やはり私も狂っているのだと実感するよ」
明日(みらい)を度外視した極限量のドーピング。
九十年の叡智をすべて注ぎ、人間はどこまで神に迫れるのか人体実験した。
成果はこの通りだ。時間制限付きだが、今の寂句は英霊の域にさえ足を踏み入れている。
代償として彼の身体には神経をやすりがけされるような激痛が絶え間なく駆け巡っていたが、暴君はそれを気にも留めない。
痛みも時にはある種の麻薬だ。耐えられる精神力さえあるのなら、持続時間の長い気付け薬として戦闘を助けてくれる。
「さあ来い、祓葉。
さあ行くぞ、ランサー。
他の者など待ってはやらん。今此処で、我らの運命に決着をつけるのだ」
蛇杖堂寂句は狂っている。
合理を棄て、畏怖を纏い、そして〈はじまり(オリジン)〉を取り戻した暴君に陥穽はない。
死をも超えて演じあげるは、至大至高の逆襲劇。
◇◇
666
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:07:37 ID:FWuHOWGU0
〈電磁時計〉が完成したことで、オリヴィアが蛇杖堂本家を訪ねてくる理由はなくなった。
それでも彼女は、毎年季節の変わり目には欠かさず絵葉書を送ってきた。
結婚した。娘が生まれた。スタール家の"先輩"と激論を交わしすぎて喧嘩になった――そんなどうでもいい文章を添えて。
会いに行きたいが多忙でどうにもならないらしい。寂句としては、煩わしい客人が来なくなって大層清々しい気分だった。
最後の訪問から、二桁の年数が経過したある年の春。
オリヴィア・アルロニカは、あの頃と同じように突然訪ねてきた。
『ぜんぜん変わらないですね、ジャック先生』
『貴様は変わったな。窶れて見えるぞ』
以前に比べ雰囲気の落ち着いた物腰と、たおやかな笑顔。
しかし寂句は対面するなりすぐに、彼女の身に起きていることを理解した。
病んでいる。心ではない、身体の話だ。
不健康な痩せ方、血色の悪さ、ほんの微かに漂う死臭と腐臭の中間のような匂い。
いずれも、現場で何度となく出会ってきた重病人の特徴である。
この時点で寂句は、オリヴィアが深く冒されていると悟っていた。
『目的が診察なら正規のルートを辿れ』
『あはは。ごもっともですね。
でも、診てもらうならやっぱり先生がよくて……』
オリヴィアは、ぽつりぽつりと語った。
腕を動かすと違和感を覚えるようになったのが最初だった。
疲れだと思って放置していたら、どんどんひどくなってきた。
友人から譲り受けた薬を服用して誤魔化すうち、次第に息切れや頭痛が増えた。
今ではもう、全身が痛くて鎮痛剤なしでは起き上がるのもままならない。
不定愁訴の放置は無能の証だ。
そう吐き捨てながらも寂句は結局、オリヴィアの診療を承諾した。
結果は――
『手遅れだ、来るのが遅すぎる。この無能が』
手の施しようがない。
彼をしてそう罵るしかない容態であった。
667
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:10:22 ID:FWuHOWGU0
『恐らく骨肉腫だろう。
全身に転移した末期状態だが、私なら素材と手段に固執しなければ治せる。
しかし貴様のは最悪のケースだ。腫瘍が突然変異を起こし、魔術回路へ浸潤し絡みついている』
寂句でさえ、実例を見るのは初めてだった。
彼の知る限り、記録上数える程度しか観測されていない希少癌。
魔力という埒外のエネルギーにあてられ、腫瘍が魔的に変異する症例。
一般の病院はおろか、治癒に精通する魔術師でも実態に気付ける者は稀だろう。
"なんてことのない、どこにでもある病気"と看做し、その上であまりの進行度に匙を投げる筈だ。
しかし寂句に言わせれば、そんなありふれた病の顔をして這い寄った彼女の死病は、禍々しい呪詛の塊のようでさえあった。
『言うなれば腫瘍自体が一種の魔物と化している状態だ。
回路の摘出を試みようが、瞬時に転移して末期多臓器不全を引き起こすだろうな。
それ以前にその弱りきった体では手術自体に耐えられない。どうあがいても詰んでいる』
寂句は言葉を濁さない。
手の施しようがないなら、率直にそう伝える医者こそ優秀と彼は考える。
そんな気質を知っていたからだろう。
オリヴィアは泣くでも青ざめるでもなく、ほころぶように笑った。
『先生が言うならそうなんでしょうね。
そっか、これで終わりかぁ』
『そうだな。来世があれば不養生は慎むことだ』
『ふふ。あとどのくらい生きられそうですか、私?』
『半年といったところだろう。
奇跡が起きればもう少し伸びるかもしれんが、それでも一年は無理だ』
人の死にいちいち胸を痛める感性は持ち得ない。
この時点でも尚、寂句にとって"心"とは不可解な不合理の塊でしかなかった。
あらゆる才能を自在に修めてきた男が、唯一得られなかったもの。
『ありがとうございます、先生。
……ううん、今まで、ありがとうございました』
『珍しいこともあるものだ。もう帰るのか』
『はい。残りの時間は少しでも、娘と一緒に過ごしてあげたいので』
娘なら寂句にもいる。
無論、愛情など抱いた試しはない。
しかしオリヴィアにとっては違うようだった。
仮に寂句が彼女の立場なら残り時間はすべて後継への引き継ぎ作業に使うだろうが、こういう辺りも彼女は"らしくない"女だと思った。
『あんまりいいお母さんをしてあげられなかったのは、ちょっとばかり心残りですけど。
だからこそ、できる限りは取り返そうと思います』
『そうか。せいぜい励むことだ』
最後の最後まで変わらない寂句に、それでもオリヴィアは親愛の微笑を向ける。
思えばこれほど長い時間、この己に向き合い続けた人間は初めてだった。
血を分けた子孫でさえ畏怖を以って臨む暴君へただひとり、何度払いのけられても食らいついてみせた女。
『……先生からは、本当に多くのことを学ばせていただきました。
先生なくしては今の私もアルロニカの魔術もありません』
オリヴィアもオリヴィアで、最後の最後まで恨み言のひとつもこぼさなかった。
『さようなら、ジャック先生。
あなたは私にとって最高の恩師で、そして誰より信頼できる友人でした』
そう言って、〈雷光〉は暴君のもとを去っていった。
オリヴィア・アルロニカの訃報が届いたのは、それからちょうど一年後のことだった。
彼女は奇跡を前提に告げられた刻限さえ超えてみせた。
最後まで、ただの一度も、思い通りにならない女であった。
◇◇
668
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:11:14 ID:FWuHOWGU0
「無意識制御(Cerebellum alter)―――」
アンタレスが駆ける。
祓葉が喜悦の形相で剣戟を繰り出す。
生と死の狭間めいた状況で、蛇杖堂寂句は世界を遅滞させる。
出陣前――寂句は小脳に作用する薬物を魔術的製法で"改悪"し服用。
該当部位への甚大な損傷と引き換えに一時的(インスタント)な異能を創造した。
後先のことを考えなくていいのなら、彼にとっては朝飯前の芸当である。
ましてやこの分野。脳に鞭打ち思考を加速させる手法なら、頼んでもいないのに飽きるほど聞かされてきたのだ。
「電信速(neuro accel)―――!」
運動を制御し、無意識を無意識のまま最適化して運用させる小脳を刺激し。
思考と命令のプロセスを吹き飛ばし、無駄を極限まで削ぎ落とすことで加速を成す。
まごうことなき付け焼き刃だが、現時点でさえ〈雷光〉の娘の速度を超えている。
二倍速の世界にいる人間をシラフで圧倒できる男が同じ世界に踏み込んだなら、もう誰がこの暴君を止められるというのか。
「ッッ……! 速いね、先生……!」
「貴様からの賛辞ほど虚しいものはない」
踏み込みと同時に、剣を振るう間も与えず胸骨を粉砕する。
鉄拳一閃、常人なら即死だが無論神寂祓葉にその道理は適用されない。
喀血しながらたたらを踏み、文字通りの返す刀で寂句を狙う。
が、今度はそれを追いついたアンタレスの赤槍が阻んだ。
「マスター・ジャック!」
「今更狼狽えるな。
英霊の貴様で持て余す相手だ、当然私だけで敵う筈もない。
補ってやるから、お前も私を補ってみせろ」
未だ葛藤はあったが、四の五の言ってられる状況ではない。
アンタレスは頷くと、再び祓葉との絶望的な接近戦にシフトした。
速く、重い。やはり打ち合うことは不可能と言っていい。
多脚での高速かつ不規則な移動ができるアンタレスだからこそ、まだギリギリ対抗できている。
並の英霊であれば武器ごと押し潰されて終いだろう。
戦慄の中でますます大きくなっていく使命感。これを放逐できないなら、当機構(わたし)が生み出されたことに意味などない。
大袈裟でなくアンタレスはそう考え、その切迫した焦燥が天蠍の槍をより鋭く疾く冴えさせた。
(だんだん慣れてきました。極めて凶悪な敵ですが、しかし捌けないわけではない)
神寂祓葉は依然として全容を推し量ることもできない災害だ。
しかしやはり、その攻撃は稚拙に尽きる。
確かに悪夢じみた強さであるし、無策に競べ合えば確実に潰されると断言できるが、冷静に目を凝らして分析していけば生存圏を見つけ出すことは十分に可能と判断する。
669
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:12:05 ID:FWuHOWGU0
熟練のサーファーは天を衝くような大波であろうとボードひとつで乗りこなし、踏破する。
それと同じで、祓葉はきわめて巨大な津波のようなものであるとアンタレスは認識していた。
たとえ力で勝てなくとも、頭と技を駆使すれば、凌ぎ切るだけなら何とかできる。
九割九分の臆病に、わずか一分の裂帛を織り交ぜて戦うこと。
寂句の守護もこなさねばならないアンタレスが辿り着いた境地はそこだ。
休みなく振り翳され続ける光の暴虐を目にも留まらぬ高速駆動でくぐり抜けながら、天の蠍は死力を尽くして神を翻弄していく。
「悪くない」
「っ……!?」
寂句の小さな微笑と共に、祓葉の首筋に一本の注射器が突き刺さった。
暴君が投擲したこれには、彼が調合した即効性の神経毒が含まれている。
蛇の毒液をベースに精製し、自身の血を混ぜ込んだきわめて凶悪な代物だ。
耐性のない人間なら一瞬で全身麻痺に陥り、三十秒と保たず死に至る上、魔力に反応して毒性が増悪するおまけ付き。
魔獣や吸血種の類でも行動不能に追いやれる、今回の聖杯戦争に際して蛇杖堂寂句が用意していた虎の子のひとつである。
赤坂亜切との戦闘では彼が超高熱の炎を纏う都合、相性的に使うことができなかったが、祓葉相手ならその心配もない。
「甘いよジャック先生。薬なんかで私をやっつけられるとか思ってる!?」
「思うかよ」
もちろん、この怪物に想定通りの効き目が出るとは思っていない。
現に祓葉は首の動脈から件の毒を流し込まれたにも関わらず、わずかによろけた程度だった。
やはり根本から肉体性能が逸脱している。祓葉に対して使うなら、最低でも神話にルーツを持つ宝具級の強毒を持ってこなければ話にもなるまい。
が――
「それでも、一瞬鈍る」
"わずかによろけた程度"。
その程度でも効いてくれれば、寂句としては上出来だ。
「無意識制御(Cerebellum alter)―――電迅速(high neulo accel)!」
二倍速から三倍速へと更に加速して踏み込む。
祓葉の剣が迎え撃たんとするが、ここで彼の作った一瞬が活きた。
アンタレスの赤槍が閃き、迎撃の剣戟を放たんとする彼女の右腕を切断したのだ。
「やはり、四肢の切断は有効なようですね」
「く……! あは、やるじゃん……ッ」
静かに御し方のレパートリーを追記するアンタレスと、頬に汗を伝わせながら口を歪める祓葉。
後者の間合いに踏み込んだ寂句が、拳ではなく、五指を開いた掌底で祓葉の腹部を打ち据える。
670
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:12:48 ID:FWuHOWGU0
「ぎ――が、はッ」
骨の砕ける音、筋肉がひしゃげる音、内臓が潰れる音。
どれも祓葉に対しては有効打にはなり得ない。
が、重ね重ねそんなことは百も承知だ。蛇杖堂寂句の狙いはそこではない。
「捉えたぞ」
「ぇ……、ぁ、ぐ……!? ぐぶ、ご、ぉあッが……!!??」
掌底の触れた箇所から、祓葉の身体が膨張を始めた。
肉が盛り上がり、骨格や臓器の存在を無視して華奢な少女のシルエットを歪めていく。
この手管は祓葉も知っていた。
何なら食らうのも初めてではなかったが、しかしかつて受けた時とは増殖の速度が違いすぎた。
増えるべきでない細胞を活性化させ、急速に腫瘍を発生させる蛇杖堂寂句の十八番。
明日を捨て去るオーバードーズにより強化されたのは身体能力だけではない。
治癒魔術の性能も異常な域に高められ、それを攻撃に転換したこの邪悪な魔術も当然のように強化の恩恵を受けていた。
腫瘍発生速度の驚異的向上。わずか数秒の接触でありながら、既に祓葉の全身は人間のカタチを失っている。
肉の風船めいた有様になり、四肢も腫瘍の下に隠されて、剣を握ることすら物理的に不可能な様相だ。
「これでは得意の光剣も振るえまい。
ようやく実践の機にありつけて嬉しいぞ。実のところこうして貴様を潰すプランは、前回からずっと頭にあったのだ」
「ァ゛…………ご、ァ゛ッ……――!」
わななく、というよりもはや"蠢く"と形容した方がいいだろう。
か細い抵抗をする祓葉の胸に、寂句は右腕を潜行させる。
策が通じた形だが、この拘束がそう長く続いてくれるとも思えない。
であれば直ちに本命を遂行し、穢れた神を葬ってしまうのが先決なのは言うまでもなかった。
「――マスター・ジャックッ!」
「……チ。ああ、分かっている」
が、アンタレスの叫びを聞くなり、寂句は目前にあった勝利を捨てて腕を引き抜く。
真の意味での肉塊と化した祓葉の体内から、破滅的な量の魔力反応を感じ取ったからだ。
名残惜しくはあったが、道理の通じぬ相手に深追いするほど無能なこともない。
そしてその判断が正しかったことを、寂句はすぐさま思い知る。
――祓葉自身を起点として、純白の爆発が夜を揺らした。
飛び散る五体、肉片。かつて命だったもの。
まったく意味不明な状況だったが、寂句とアンタレスだけは起こった事象の意味を理解していた。
671
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:13:30 ID:FWuHOWGU0
「なんて、出鱈目な……」
「それがこの娘だ。分かったら胸に刻んで切り替えろ」
身動きを封じられた祓葉は、肉腫に埋もれた自分の手……つまり肉の内側に光剣を生み出したのだ。
その上で自壊を厭わず魔力を注ぎ込み、過重状態(オーバーヒート)を引き起こさせた。
永久機関から供給される無尽蔵の魔力でそれをやれば、暴発の規模は洒落にならない。
自分自身を跡形もなく爆散させ、鬱陶しい肉を除去した上で、まっさらな状態で新生する。
不滅の神が握る光の剣は凶悪な兵器であると共に、自分自身をゼロに戻すリセットボタンでもある。
まさに出鱈目。まさに理不尽。
幼気のままにあらゆる策を蹴破って進軍するからこその、神だ。
「来るぞ」
粉塵が晴れ、爆心地に佇む白神の姿が再び晒される。
腫瘍はおろか傷ひとつさえない玉体で、彼女は剣を握っていた。
嬉しそうな。本当に楽しそうな笑みを浮かべて、刹那……
「界統べたる(クロノ)――――」
その純真が、すべての敵を薙ぎ払う。
「――――勝利の剣(カリバー)!」
魔力枯渇の概念がないということは、一切の戦略的制限が不在であることを意味する。
つまり祓葉に奥の手などというものは存在しない。
その場その場で状況と機嫌に合わせてぶちかまし、敵をねじ伏せる"通常攻撃"だ。
爆裂した白光が、寂句達の優位を一瞬で奪い去った。
原人を彼らが纏う呪いの鎧ごと一掃する、あらゆる意味で規格外の爆光閃撃。
呑まれれば人間だろうが英霊だろうが、まず跡形も残らない。
アンタレスが寂句を抱え、最高速度で退避する。
『第零次世界大戦』の展開によって崩壊した街並みが、次は神の威光を前に蹂躙されていく。
閃光。轟音。いやそれだけではない、祓葉は今回『界統べたる勝利の剣』を横薙ぎに放っている。
つまり対城級の爆撃が、より広範囲を薙ぎ払う形で炸裂したのだ。
それでもアンタレスは、死線の中でできる限り最大の働きをした。
甲冑が灼け溶けるほどの熱を感じながら、しかし足を止めない。
「く――!」
さながら絵面は怪獣映画。
恐ろしい巨大怪獣が美しい少女に置き換えられただけで本質は同じだ。
672
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:14:10 ID:FWuHOWGU0
劣化して崩れたビルの瓦礫が蒸発し、巻き込まれた人間の生死など問うまでもなし。
鏖殺のクロノカリバーは、地上には神がおわすのだとその厄災で以って証明する。
祓葉の極光が解放されていた時間はせいぜい十秒前後。
だがその時間が、アンタレスには永遠のようにすら感じられた。
「凌いだ……!」
「いや」
網膜を灼く光が消えたところで、思わず漏らした安堵。
されどそれを、他ならぬ守るべき主の口が否定した。
「まだだ」
「な――!?」
アンタレスの視界が、今度は光ではなく影に覆われる。
思わず見上げ、絶句する。
空に祓葉がいた。赤い夜空を背に、両手で光剣を振り上げ、神が見下ろしている。
「貴女は……っ、どこまで……!」
「界統べたる(クロノ)」
女神の口が、破滅の音を紡ぐ。
時とは界、界とは時。
その法則で廻る針音都市における、絶対の破壊が感光し。
「勝利の剣(カリバー)!!」
上空から下へ、天の神から人へと、無邪気な粛清が降り注いだ。
連発だからなのかは定かでないが、火力自体は先程よりも低い。
しかしそれでも、直撃すれば即死を約束する神剣なのは変わらない。
「く、あ、あああああああああ――!」
ふざけるな。
論外だ、こんなところで殺されてなどやるものか。
アンタレスは赤槍で神剣の一撃を受け止めたが、それだけでどこかの骨がへし折れた。
そうでなくとも皮膚が直火焼きされているかのように熱く、霊基が阿鼻叫喚の悲鳴をあげているのが分かる。
長くは保たない。
悟るなり、彼女は思い切った行動に出た。
673
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:14:51 ID:FWuHOWGU0
「申し訳ありません……落とします!」
「ああ、それでいい」
寂句を抱えていた腕を緩め、彼を地へと放り落としたのだ。
そうなった経緯に思うところはあるが、今の寂句はこれしきの高度からの転落では死ぬまい。
神の爆光で消し炭にされるよりは、一か八かせめて爆心地から遠くに逃した方がいい。
その判断は、寂句にとって期待通りのものだった。
「すごいね。ジャック先生に褒められてる人なんて、ケイローン先生以外見たことないよ」
とはいえ無茶の代償は、アンタレス自身が払うことになる。
「お名前を聞かせてほしいな。後で思い出した時、名前がわからないと寂しいからさ」
「そう、ですか……! そういう理由でしたら、謹んでお断りします……!!」
解放された祓葉の神剣を単独で、その上至近距離で相手取らねばならないという最悪の状況。
が、アンタレスは必死の形相ながらも冷静だった。
(先程の真名解放に比べて、明らかに出力が弱い。
さっきの規模で放たれていたなら、拮抗など許されず蒸発していた筈――ッ)
推測でしかないが、この〈光の剣〉はエネルギー兵器のようなものなのだろう。
無限の供給源がある時点で理不尽ではあるものの、察するにチャージ時間が要るのだと思った。
覚明ゲンジ達を屠った一刀から街を消し飛ばした"薙ぎ払い"まで、時間にして三分も経過していない。
この通りリチャージの速度も化け物じみているし、威力を問わないなら矢継ぎ早に連発できるのも間違いない。
ただ、頭抜けた火力を出すためにはそれなりの充電が必要なのは恐らく確実だ。
であれば――『界統べたる勝利の剣』を凌ぐことは、決して不可能ではない。そう賭けることにする。
それすら的外れな勘違いだったとしたら、もはや自分に未来はない。
一か八か、運否天賦。
己を産んだガイアに、この時アンタレスは初めて祈った。
「つれないなぁ! じゃあいいよ、後でジャック先生に聞くからさ……!」
「ぐ、ぅうううううう、ぅ、ぁ――!」
光が、天の蠍を失墜させる。
水柱と見紛うような土砂の塔が噴き上がり、祓葉は悠然と地に降り立った。
「はい、まずはひとりね」
共に戦う者にとっては、祓葉はその純真さの通りの、麗しく素敵な神さまに映る。
だが敵として挑む側にしてみれば、彼女は白光の魔王でしかない。
674
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:15:34 ID:FWuHOWGU0
すべてが無茶苦茶。すべてが理不尽。
寛容な顔をして、その実そこに一切の慈悲もない。
きゃっきゃと騒ぎながら蟻の手足を毟る子どもが、そのまま大きくなったような生命体。
神とは本来純粋なもの。ヒトの穢れを知らず、故に行動のすべてに嘘がない。
そういう意味では、まさしくこれは現代の神なのだろう。
神が地を蹴り、光の軌跡を残しながら友(てき)の元へと駆けていく。
蛇杖堂寂句。
一足先に地へ降り、二発目の神剣から難を逃れた傲慢な暴君。
彼の目前に、ひと足跳びで祓葉は到達していた。
「そんでもって」
いかなる加速も妨害も、この間合いでは間に合わない。
人間の身で祓葉とわずかでもやり合えたのは奇跡と呼ぶべき奮迅だったが。
奇跡とは、何度も起こらないからこそそう呼ばれるのだ。
「これで二人目」
あらゆる反応を許さぬ、神速の一突きが放たれた。
光剣は切っ先から暴君へ吸い込まれ、その胸を穿っていた。
飛び散る血潮、溢れるか細い呻き声。
そして、誰かの絹を裂くような悲鳴。
笑っていたのは、ひとりだけ。
◇◇
675
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:16:05 ID:FWuHOWGU0
オリヴィアの葬儀にはもちろん参列しなかった。
そも、弔いという行為に寂句はまったく興味がない。
そこに合理的な意味を見出だせないのだ。
無駄に長い時間と費用を使って、死んだ人間のために骨を折ることに何の意味がある。
息子が幼くして死んだ時にすら、彼は欠片ほどもそれを弔わなかった。
なのに今更、赤の他人のために道理をねじ曲げる意味もない。
訃報を受け取ったその日も、寂句は筆を走らせていた。
オリヴィアと何度も何度も語らった書斎の中で、彼はいつも通りだった。
作業を終え、顔を上げた時。
ふと、視界の隅に一本のガラス瓶を認めた。
手の中に納まる程度のサイズ。
コルクで栓をされたその中には、微かに輝く液体が収まっていた。
『偽りの霊薬(フェイク・エリクサー)』。
蛇杖堂家の研究成果、その最たるものだ。
素材の厳選、精製の複雑さと難易度、精製にかかる所要時間。
すべてが冗談のように困難で、それだけ諸々費やしてようやくこれだけの量が得られる。
まさしく、蛇杖堂の家宝だった。
生きてさえいるのなら、たとえ半身が吹き飛んでいても脳が飛び出ていても全快させられる究極の傷薬。
死を破却したアスクレピオスの偉業に、人間の知恵で極限まで迫って創り出したちっぽけな奇跡。
"ご、ごめんなさい。
その……気が、抜けちゃって。
よかったぁ……よかったよぉ……"
――もしも。
"ありがとう、ございました……。
ジャック先生のおかげで私、わたし、ここまで来れた……"
――あの時。
"さようなら、ジャック先生。
あなたは私にとって最高の恩師で、そして誰より信頼できる友人でした"
――これを使っていたなら、あの女は今も書斎(ここ)で煩く囀っていただろうか。
蟀谷を押さえて、吐き捨てるように嘆息した。
その一息で、降って湧いた不可解を振り払う。
『私の物欲も大概だな。今になって電磁時計が惜しくなったか』
クク、と苦笑して、寂句は作業へ戻った。
◇◇
676
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:17:12 ID:FWuHOWGU0
「――――クク」
笑っていたのは、蛇杖堂寂句。
心臓を貫かれ、串刺しにされたままで喉を鳴らしている。
「え……?」
「貴様の阿呆さは底なしだな、無能娘が。
バケモノなりに情でも湧いたか? 敵を殺すと決めたなら、胸ではなく首を刎ねろよ」
確かに心臓を破った筈なのに、何故寂句が生きている?
疑問の答えを知る前に、祓葉はその腕を掴まれていた。
奇しくもそれは、さっきアンタレスが彼女にされたのと同じ光景だった。
「無能どもの多くに共通する特徴だが、視野が狭い。
せっかく情報を得ても、それを多面的な角度から考察する勤勉さを持ち合わせない。
何を呆けている、祓葉。貴様とその相棒のことを言っているのだぞ?」
「……はは。ごめんね、知ってると思うけど私って頭悪くてさ。
どういう意味なのか、バカにも分かるように説明してもらってもいいかな」
「貴様は私の魔術を、前回の経験で知っていた。
加えて先程もその身で受けた。つまり、気付く機会は明確に二度あったわけだ」
蛇杖堂寂句の有する攻撃魔術――名を〈呪詛の肉腫〉。
かつて彼が診断した希少症例、"魔力に触れて突然変異した肉腫"を参考に開発した治癒の反転。
手で触れ、掴んだ部位に腫瘍を発生させ、接触時間に応じて増悪させる。
「少しは頭を使えよ。自分自身には使えないなどとは、私は一言も言っていないぞ」
寂句はアンタレスの機転で地に降りるなり、まず己の胸元に五指をねじ込んだ。
その上で体内に肉腫を生成。発生させた腫瘍で押し退けることにより、心臓の位置を元ある場所からズラしていたのだ。
いま光剣の貫いている位置に、彼の心臓など存在しない。
それでも主要な血管が何本か焼き切られてはいたが、その程度なら寂句は瞬時に治癒できる。致命傷と呼ぶには程遠い。
「そんな、コト――思いついてもやる、普通……?!」
もし祓葉の狙いがわずかでも狂っていたら?
突きではなく、単純に割断されていたら?
そんな"もしも"、寂句は微塵だって考慮していない。
「貴様が狂わせたのだろうがよ」
なぜなら、彼もまた狂人だから。
死など恐ろしくも何ともないし、失敗の危険など足を止める理由にならない。
寂句の腕に力が籠もり、再び祓葉の身体に肉腫が萌芽する。
老人の口が、ニタリと邪悪な形に歪んだ。
「共に踊ろう、我が最愛の畏怖よ。
――――最高速度(トップスピード)だ」
677
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:17:54 ID:FWuHOWGU0
無意識制御(Cerebellum alter)―――雷光速(over neulo accel)。
いま薪木となるエモーション。
脳が弾け不可逆に損傷する、全身の血管と筋肉が弾けて体表から皮下組織の花が咲く。
正真正銘の最高速度、究極の加速と共に廻る魔術回路。
祓葉の身体は、一秒を待たずして再び原型を失った。
「っ、あ、ああああああああああああああああああああ!!??」
肉腫は魔獣のあぎとのように彼女の体内を噛み潰していく。
内臓は全損し、脳は圧潰。骨も筋肉もすべてが肉腫の密度に圧されて搾り滓と化す。
それでも祓葉は死なないだろうし、じきにさっき見せた"新生"が来る。
「く、ろ、の――――」
どんな速度で肉塊に変えても意味はない。
神寂祓葉は、この世の誰にも殺せない。
不滅の神。悍ましき白光。
されど。
――蛇杖堂寂句は最初から、神寂祓葉を殺すことなど目指していない。
「今だ」
彼の腕がようやく、祓葉の手を離す。
刹那、先程の焼き直しのように、その拳が肉塊の胸部に埋まった。
達人も裸足で逃げ出す練度で磨き上げられた、傲慢なる暴君の鉄拳。
それが肉腫の層を貫き、そして、彼女の不死の根源へとうとう触れた。
永久機関――『時計じかけの歯車機構』。
〈古びた懐中時計〉そのままの形をした時計細工が体外へと押し出される。
今度は間に合った。祓葉の新生が発動する前に、寂句は彼女の心臓を露出させることに成功した。
結論から言うと、成功したところで意味はない。
祓葉は永久機関の最高適合者。
オルフィレウスの時計と彼女は魂レベルでの融合を果たしており、引き離したところで問題なく再生は続行され、時計も体内に戻っていくだろう。
意味はない。そう、意味はないのだ。
678
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:18:48 ID:FWuHOWGU0
「――――――撃ち抜け、ランサー!」
増長した生命体を死以外の手段でこの世から放逐できる、そんな協力者(パートナー)でもいない限りは。
「マスター・ジャック」
声が響く。
ごぼりと、肺に血が溜まっていることを窺わせるものではあったが、確かにその声は戦場に響いた。
闇を切り裂くのは、何も光だけの特権に非ず。
「その命令――――――受領いたしました……!」
赤き甲冑が、それを纏った蠍が、主君に倣う最高速度で躍り出た。
甲冑は溶け、砕け、傷だらけ。
神剣を浴びた代償は決して安くない。
だとしても彼女は確かにそこにいて、この赤に染まった夜の中で尚燦然と輝く紅を体現していた。
「…………かりばぁあああああああああああッ!」
祓葉の肉体が弾ける。
光に包まれ、寂句さえもがそれに呑まれる。
だが、時計はまだ空にあった。
肉体の爆散と、その再生の間にはわずかなれど時間がある。
ならば成し遂げられない理由はない。
いいや、あっても当機構がねじ伏せてみせる。
(届くか? ……いいや、届かせてみせる――!)
アンタレスが、静謐をかなぐり捨てて駆けていた。
赤槍と時計(しんぞう)の距離が、瞬く間に縮まっていき。
そして……
「…………英雄よ(アステリズム)、天に昇れ(メーカー)ぁぁぁぁッ!!!」
確かに蠍の毒針は、神の心臓に触れた。
◇◇
679
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:19:22 ID:FWuHOWGU0
〈はじまりの聖杯戦争〉にて、蛇杖堂寂句は台風の目のひとつだった。東京を襲ったその台風は多眼であった。
都市を弄ぶ傭兵ノクト・サムスタンプ。
神をも恐れぬ爆弾魔ガーンドレッド家。
その二陣営と並んで恐れられるだけの武力を、寂句は単独にして有していた。
ギリシャ神話に伝わる"大賢者"。
数多の英雄を門下に有し、自身も最高位の技量を持つ最強クラスのサーヴァント。
真名ケイローン。
彼と寂句が組んだことで生まれたのは、ただでさえ無双の賢老だった寂句がケイローンとの議論を糧に日を追うごと強化されていくという悪夢だ。
軍略までもを生業に加えた寂句が、星を穿つ究極の弓兵を従えるのだ。
勝てる理由がない。そも、それと張り合える陣営が複数存在していたことがおかしい。
もしこれが普通の聖杯戦争だったなら、間違いなく彼らの勝利で早々に決着していただろう。
『禍津の星よ、粛清は既に訪れた』
"その時"、神寂祓葉の脅威性を正確に認識していたのはまだ全員でなかった。
散っていった者。生き永らえ、彼女の破格さを目の当たりにしたもの。
ケイローンは後者だった。文字通り星を穿つために、彼の宝具は開帳された。
『星と共に散るがいい――――"天蠍一射(アンタレス・スナイプ)"』
弓からではなく、星から放たれる流星の一撃。
瞬足の大英雄でさえ逃げ遂せることの叶わない、最速必殺の究極矢。
当然、避けられる筈もない。
迎撃することも無論不可能。
祓葉は撃ち抜かれ、地に伏した。
『貴様は横槍に備えろ、アーチャー。祓葉(ヤツ)は私が摘む』
『ええ、お願いします。ですが――我が友よ、くれぐれもお気をつけて。
祓葉……あの少女は私をして、未知と呼ぶ他ない危険な存在です。
何が起きるかわかりません。あらゆる事態を想定してください』
『言われるまでもない。獣は死に際が最も恐ろしい』
唯一、朋友(とも)との呼称を否定しないほど優れた英雄に背を向けて。
寂句は、倒れ伏して動かない白い少女へ歩を進めた。
680
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:20:16 ID:FWuHOWGU0
思えば、その存在は最初期から認識していた。
楪依里朱が見つけてきた、不運にも巻き込まれた少女。
オルフィレウスの永久機関などという絵空事を寄る辺に戦う、無知で蒙昧な娘。
だが、やはりさしたる興味はなかった。
むしろ寂句は彼女よりも、その心臓に埋め込まれた永久機関(ペースメーカー)の方に関心を抱いていたほどだ。
されどそれも、長い観測の末に実用に値せぬと判断した。
であれば惜しくはないし、恐れることもない。
完全に適合を果たせば脅威だが、こうしてそうなる前に潰すことができた。
後はとどめを刺すだけ。それで、永久機関を宿した少女の猛威は永遠に失われる。
『無能め。だが同情するぞ、神寂祓葉。
過ぎた力を与えられ、幼稚な万能感のままに成功体験を積み重ねてしまった哀れな娘』
死んでいるならそれでよし。
まだ生きているなら、念入りに踏み躙るまで。
単なる確認作業だ。勝利はすでに確定している。
『恨むなら貴様の相棒を恨め。
恨まぬというなら安心しろ。すぐに冥土で再会できるだろうよ』
足を止める。
そして見下ろす。
そこにあるのは、倒れ臥して動かず、か細い呼吸を繰り返すばかりの少女の姿。
『……、……』
胸元が上下している。
わずかだが、まだ生命が身体に残っている。
ならば終わらせてやるまで。その筈だった。
なのにその時。もはや記憶の屑籠に放り込んだ筈の、いつかのことを思い出した。
"はじめまして。不躾な訪問ごめんなさい、ジャクク・ジャジョードー。
正面からアポを取ったんじゃ絶対会ってくれないって聞いたので、勇気出してアポなしで来ちゃいました"
思い返せば、実によく似ていた。
人懐っこくて、物怖じしない。
無能かと思えば、妙なところで芯を食ったことを言う。
何度振り払っても懲りずに、喧しく囀りながら寄ってくる。
いつも笑っている。嬉しいときも、悔しいときも、悲しいときも。
自分の死を前にしてすら、切なげに笑ってみせる。
『――――――――――――オリヴィア』
気付けば、呟いていた。
眠る"それ"の顔が、記憶の中にしかいない"あれ"のと重なった。
681
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:21:20 ID:FWuHOWGU0
初めて訪ねてきた時は正気を疑った。
二度目は辟易した。五度を超えた辺りから風物詩になった。
いつしか袖にするのを諦め、挑まれる対話に応じるようになっていた。
吐露される疑問に意見を返し、その度議論を交わしてきた。
納得いかない時はできるまでめげずに噛み付いてきた。
実力で蹴り出すことなどいつだって可能だったのに、自分でも気付かない内に選択肢そのものが消えていた。
蛇杖堂寂句にとって、心とは理解の及ばぬ不可解だ。
すべてを理屈と、それを参照した合理で判断する彼には、いつだってヒトの心が分からなかった。
なまじ自分の中にはそう呼べるものがなかったから、他者の心に阿るという道は存在しない。
彼には心がなかった。
有象無象の無能どもが恥ずかしげもなくひけらかす情動を、彼は知らずに生きてきた。
例外はただの一度だけ。オリヴィア・アルロニカの死を聞いた日、書斎で『偽りの霊薬』が収まった瓶を見たその日だけ。
――もしも。
――あの時。
――これを使っていたなら、あの女は今も書斎(ここ)で煩く囀っていただろうか。
――私は。
――オリヴィア・アルロニカを、救えたのだろうか。
蛇杖堂寂句は不合理を許さない。
だからその感情を放逐し、忘れ去った。
だが因果とは巡るもの。報せとは応えるもの。
この時彼の目の前には、ひとつの〈未練〉が転がっていた。
.
682
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:22:16 ID:FWuHOWGU0
『……クク』
似ている。
本当に、よく似ていた。
『すまんな、ケイローン。貴様が正しかった。なるほど確かに祓葉(これ)は、地上にあるべきでない怪物だ』
失って初めて気付き。
故に忘れた、生涯初めての"後悔"。
それを思い出させ、すでに確定した結末をねじ曲げたこの白色が、怪物でなくて何だというのか。
ああ、吐き気がするほど恐ろしい。
這いずって、恥も外聞もなく逃げ出してしまいたい。
なのに心は歓喜に震え、眼輪筋が痙攣している。
『いいだろう。今回は私の負けだ』
気付けば手が、懐から虎の子の家宝を取り出していた。
『偽りの霊薬』。
そこに命が残っているならば、いかなる病みもたちまちに癒してしまう叡智の結晶。
あの日自分が差し出せなかった、最大の〈未練〉。
『貴様はこの戦争を制するだろう。
そうして聖杯を手にした貴様が何をするのか、私には想像がつく。
私は甦り、貴様の舞台を彩る走狗として恥を晒し続けるのだろうな。
まったくもって、笑い出したいほどに最悪だ。"おまえ達"は、いつも人の都合などお構いなしだ』
コルク栓を抜き。
中身を、目の前の瀕死体に向けて傾ける。
淡く輝く液体が、祓葉/オリヴィアに注がれていく。
それは自分の詰みを意味していたが、止める理性は働かなかった。
きっとこの時、蛇杖堂寂句の魂は真に灼かれたのだろう。
『私の脳髄はいつだって合理的だ。
未練(こ)の不具合は忘却の彼方に葬り、貴様を葬るために有用な狂気を被るのだろう。
さしずめ、そうだな――〈畏怖〉といったところか。ちょうどいい。喜べよイリス、〈未練〉はお前に譲ってやる』
瓶の中身が、すべて注がれた。
白い少女の、閉ざされていた瞼が開く。
右手に握られる、網膜を灼くように眩い〈光の剣〉。
それが、彼の末路を端的に示していた。
『だが忘れるな。私は、決して敗けん』
祓葉が立ち上がる。
記憶の中の彼女と、その微笑みが重なる。
『貴様がいちばん、それを知っているだろう。
私は誰より私の頭脳と、重ねてきた月日の値打ちを信じている』
剣が、振り上げられた。
死が目前にある。ケイローンであろうともはや間に合うまい。
だが、恐れはなかった。
あの時の彼女はこんな気持ちだったのかと、思った。
『あの世で見ておけ、愛弟子(オリヴィア)よ。貴様の師は神をも挫く男であると、遅い餞別を魅せてやる』
そうして訪れた、最後の一瞬。
助けてしまった少女は、後に神となる極星は、さびしそうに微笑んで――
『さようなら、ジャック先生』
愛弟子と同じ科白を吐いて、壊れた暴君を終わらせた。
◇◇
683
:
心という名の不可解(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:23:22 ID:FWuHOWGU0
一瞬、意識が飛んでいた。
瞼を開き、己のあまりの有様に苦笑する。
「……これでまだ生きているとはな。私も他人のことは言えんようだ」
左の視界がない。
それもその筈だ、寂句の左半身は完全に焼け焦げていた。
仮に余人が見たなら、焼死体が歩いていると絶叫されても不思議ではないだろう。
そんな有様で、寂句はなんとか生を繋いでいる。
充填の浅い神剣ならば、平均的な英霊級の強度を持っていれば死寸前の致命傷程度で済む可能性もあるらしい。
などと新たな知識を補充しながら、寂句は視界の先にその光景を捉えた。
それは――無慈悲なる現実であり、神々しい奇跡そのものだった。
結論から言おう。
蛇杖堂寂句と天蠍アンタレスは、神寂祓葉を天昇させることなどできなかった。
「な、ぜ……」
這い蹲って、アンタレスは絶望の表情でそれを見上げている。
神は再生していた。時計は再び心臓へ収まり、世界からの放逐が始まっている気配もない。
平時のままの微笑を携えて、神寂祓葉は天蠍の少女を見下ろしている。
無傷。肉腫はすべて吹き飛び、血の一滴も流すことなく、再臨した神はそこにいた。
アンタレスの問いに、祓葉は何も答えない。
その無言が却って、彼女の神聖を引き立てて見える。
断じて毒を食らわされた者の顔ではなかった。
彼女の涼やかな健在が、寂句達の奮戦がすべて無駄だったことを静かに、そして無情に物語る。
「……なぜ……っ」
鉄面皮こそが天蠍の在り方だ。
なぜなら彼女はガイアの尖兵、粛清機構。
そこに感情があれば贅肉となるし、だからこそ彼女はその手の余白を生まれながらに排されていた。
そんなアンタレスの顔はしかし、今だけは無感とは程遠かった。
失意と無力感。絶望と憤怒。交々の感情が、やるせなさでコーティングされて美顔に貼り付いている。
「なぜ、まだ、此処にいるのですか……!」
「ごめんね。私、そういうのは卒業してるんだ」
祓葉がようやく返した答えは、しかしすべての答えだ。
彼らの計画は、そのスタート地点からして失敗していたのだ。
奇しくもそれは、覚明ゲンジが到達したのと同じ結論。
最初からこの戦いに意味などなかった。
自分達は勝手に、届きもしない星の光に焦がれて、夜空を舞う虫螻の如く踊っていただけ。
「私の勝ちだよ、ジャック先生。そしてランサー。
遊んでくれてありがとね。ゲンジもあなた達も、とっても楽しく私を満たしてくれた。
だから、さようなら」
神のギロチンが静かに掲げられる。
アンタレスはその現実を受け入れられず、気付けば槍を振るっていた。
確定した結末を拒む、惨めで無様な幼子の駄々。
不格好な赤槍が、この夜で最も情けなく煌めいた。
◇◇
684
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:24:10 ID:FWuHOWGU0
天蠍アンタレスの宝具、『英雄よ天に昇れ』。
それは地上に在るべきでない存在を、その外側へ放逐する粛清宝具。
彼女を召喚したのは蛇杖堂寂句だが、人選したのはこの惑星そのものだ。
神寂祓葉は、もはや、地上にあり続けるべき存在ではない。
ガイアの意思、抑止力の決定で以って、天の蠍は再び現世に遣わされた。
そしてその段階から、この結末は決まっていたのだ。
「愚かしいな蛇杖堂寂句。おまえともあろう者が、まさか彼女の根源すら見誤っているとは思わなかったぞ」
神寂祓葉は理の否定者である。
生まれつき、抑止力の介入を受け付けない。
抑止の邪魔を受けずに二度目の聖杯戦争を開き、やりたい放題ができている時点でそれは推察できて然るべき事柄だった。
あらゆる魔術師が一度は抱く"抑止力からの脱却"という夢物語を、祓葉は産声をあげた瞬間から達成していた。
止められない故に際限がない。裁かれない故に自然体のまま奇跡を起こす。
そんな怪物を放逐するために、蛇杖堂寂句は抑止力の尖兵を起用させられてしまった。
その上で彼自身も、これこそ祓葉天昇に必要な力であると信じてしまった。
惑星の失策、寂句の失策、天蠍の失策。三種の失策が折り重なって、彼らは最後の最後で最大の絶望を味わう羽目になったのだ。
「おまえは間違いなく、〈はじまり〉の屑星どもの中で最も危険視すべき器だった。
今となっては恥ずべきことだが、このボクもおまえには警戒を寄せていたよ。
しかしすべては杞憂だった。論外だ、おまえに比べればイリスやアギリの方が余程見どころがある」
オルフィレウスの嘲笑が、彼だけの天空工房で静かに響く。
されど反論の余地はない。
寂句の失態は明らかなもので、その戦いは今となっては道化以外の何物でもなかったから。
「抑止などという古き法が、最新の神たる祓葉に通じると思うな。
英雄は天に昇らず、神は永久に地上に在り続ける。
それが真理だ。それが新たなる法だ。弁えろ、端役どもが」
愚かなり蛇杖堂寂句。
愚かなり天の蠍。
神寂祓葉は誰にも止められない至高の星だ。
再認するまでもない絶対の答えを論拠として、深奥の獣が彼のお株を奪う傲慢な勝利宣言を謳う。
「――おまえこそ真の無能だ、ドクター・ジャック。先に地獄へ行き、無限時計楽土の完成を見るがいい」
その声は、誰にも届くことはない。
獣は針音都市にあって、常に隔絶されている。
彼が自ずから舞台に干渉しない限り、誰もオルフィレウスの真意を解し得ない。
そう、その筈だった。
だからこれはただの偶然、単なる噛み合いに過ぎない。
『感謝するぞオルフィレウス、星の開拓者になり損なった無能の極み。貴様のおかげで、我が本懐は遂げられた』
地を這う狂人の言葉が、奇しくも時を同じくして、天上の造物主を無能と嗤ったのは。
◇◇
685
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:24:58 ID:FWuHOWGU0
振るわれた赤槍が、祓葉の左腕をもぎ取った。
光剣を握っている方の腕ですらなく、よってこれは確定した結末を遠ざける役目すら果たせない"空振り"だ。
祓葉を殺すどころか、その微笑を崩すこともできない。
なんたる無様。まだ静かに敗北を受け入れて消える方が英霊の沽券は保てただろう。
どうせ誰も祓葉には勝てないのだから、いかにして去り際に美を魅せるかを希求した方が余程いい。
そんな嘲笑が聞こえてきそうな光景だった。
そうして祓葉の光剣は、哀れな天蠍の首を刈り取らんとして……
「……、……あれ?」
その途中で、突如停止する。
疑問符を浮かべたのは祓葉だけでなく、アンタレスも同じだった。
悪あがきの自覚はあった。だからこそ、光剣が落ちてこず空中で止まった理由に見当がつかない。
「え? え? あれ、なんで……」
答え合わせは、他ならぬ祓葉の肉体が示している。
アンタレスの"悪あがき"で切り飛ばされた左腕。
そこが、数秒の時間を経てもまだ再生していないのだ。
いや、正確には再生自体はちゃんと行われている。
問題はその速度だ。
明らかに遅い。元のと比べれば、見る影もないと言っていいほど遅い。
「――まさか」
アンタレスは知らず、呟いていた。
思っていた形とは違う、しかしそうとしか考えられない。
「効いて、いる……?」
『英雄よ天に昇れ』は、神寂祓葉に効いている。
即時の天昇も、運命と偶然による間接的殺害も起こっていない。
が、だとしても明らかな異変が祓葉の玉体を揺るがしているのは確かだった。
祓葉は腹芸を不得手とする。そんな彼女が動揺し、狼狽にも似た反応を見せているのだ。
白き神は嘘を吐けない。純真無垢を地で行く彼女だからこそ、超絶の難易度を超えて刻まれた不測の事態を自らの顔で認めてしまう。
「ッ――!」
「っ、わ、わわわ……!」
次の瞬間、アンタレスは疲弊した身体に鞭打って攻撃へ転じていた。
686
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:25:59 ID:FWuHOWGU0
それに対する祓葉の迎撃は、先程までに比べあからさまに鈍い。
元々の稚拙さが、動揺のせいでより酷い有様になっている。
天蠍ごときの攻勢に防戦一方な時点で動かぬ証拠だ。ガードをすり抜けた穂先が彼女の頬を裂いたが、その傷もやはり、瞬時には再生しなかった。
「ちょ、待っ……な、何!? 急に、こんな……!」
祓葉は、自分の体質を正確に自覚などしていない。
だがそれでも、何かありえない事態が自分を見舞っていることは理解できていた。
これまで不滅を前提として暴れてきた彼女だからこそ、そこに楔を打たれた動揺は凄まじい。
一転攻勢と呼ぶに相応しい潮目の変化を前に、暴君はひとり破顔する。
「――ク。クク、ククク……くは、ははは、はははははははははは……!!!」
九十年の人生の中で、かつて一度でも彼がこうも抱腹した日があったろうか。
寂句は笑っていたし、嗤っていた。
大義を遂げた者特有の凄まじい高揚感が彼にそうさせる。
「感謝するぞオルフィレウス、星の開拓者になり損なった無能の極み。貴様のおかげで、我が本懐は遂げられた」
神寂祓葉は理の否定者である。
生まれつき、抑止力の介入を受け付けない。
故に『英雄よ天に昇れ』では、どうあっても彼女を滅ぼすことは不可能だった。
オルフィレウスは、おまえはそんなことにすら気付いていなかったのかと嘲ったが――愚問である。
気付いていないわけがない。
彼は暴君、蛇杖堂寂句なのだ。
「最初から、祓葉に対し打ち込むつもりはなかった。
その心臓、不死の根源――"おまえ"が授けた永久機関を狙い撃つつもりだったのだ」
アンタレスが寂句に課されていた条件とはそれだ。
祓葉ではなく、彼女の心臓/永久機関に対して『英雄よ天に昇れ』を投与する。
祓葉は明らかに抑止力の支配下から解脱している。
なればこそ付け入る隙はそこしかないと考え、プランを練っていた。
「だが懸念はあった。それは覚明ゲンジとおまえ達の戦闘で現実のものとなった。
永久機関は祓葉と高度に融合しており、仮に時計だけを狙ったとして、そこに対しても祓葉の体質が適用されるのではないかという懸念だ。
正直、もしそうであったらお手上げだったよ。しかし覚明ゲンジが、その岩壁をこじ開けてくれた」
祓葉の体質、抑止力の否定が心臓たる永久機関にさえ及ぶのならばもはや打つ手はない。
実際そうであったわけだが、その袋小路を破壊したのは覚明ゲンジであった。
彼のサーヴァント、ホモ・ネアンデルターレンシスの宝具はあまねく科学を滅ぼし、且つ抑止力に依らない破滅のカタチを備えていたからだ。
「原人の宝具は、祓葉を滅ぼせるモノだった。
だからおまえは堪らず天の高みから介入を決断したわけだ。
獣の権能を以って原人どもの呪いを跳ね除け、祓葉を救った。いや、"救ってしまった"」
そうして、覚明ゲンジは敗れた。
だが彼を下すためにオルフィレウスが取った行動が、巡り巡って寂句を救う。
不可能と確定していた手術計画が、他でもない敵の親玉のおかげで可能に変わった。
なぜなら、人類悪たるオルフィレウスが手ずから介入してしまったから。
祓葉の内臓のひとつと化していた永久機関に、獣の権能という形で己の色を付け足してしまったから。
「神の心臓は、獣として成立する前のおまえが埋め込んだものだ。
そこに今のおまえの、その醜穢な獣臭が付け足された。
最後だから種を明かしてやろう。私の助手(ランサー)の宝具は、今あるこの世にそぐわない超越者を放逐する猛毒だ」
クク、と。
寂句は今一度、それでいてこれまでで最も深く笑った。
687
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:26:42 ID:FWuHOWGU0
「――人類悪(ビースト)がこの世に在っていい瞬間など、後にも先にも現在にも、一秒たりとて存在しない」
人類悪の獣とは、ガイアにとっても無論のこと不倶戴天の敵である。
よって条件は達成。祓葉の体質がある以上本来の薬効とまではいかないが、それでもオルフィレウスの介入した部分に関しては毒を回せる。
そうして引き起こされたのが、この"機能不全"。
不死性の零落。再生の遅滞、そして恐らくはそれだけではない。
そのことは、アンタレスの猛攻を徹底的に防御している祓葉の姿勢が証明していた。
彼女は幼稚で稚拙だが、野性的な戦闘勘は水準以上のものを持ち合わせている。
分かるのだろう、己に死の概念が付与されたことを。
かつて手放したそれが、戻ってきてしまったことを。
再生が遅くなったのなら。
命が肉体を離れる前に巻き戻すことが不可能なのは道理。
つまり。
「喝采しろ覚明ゲンジ。噴飯しろオルフィレウス。我らの〈神殺し〉は此処に成った」
神寂祓葉は、今後"即死"を防げない。
それは絶対神の零落の証明として十分すぎる、最新最大の陥穽であった。
「はは、ははは、ははははははははは――――!!」
暴君は、誰にもできない偉業を成したのだ。
その狂気は畏怖。奥底に隠したのは未練。
清濁を併せ呑み、恥を晒すことを許した傲慢の罪人は遂に神を穢した。
響く哄笑は積年の鬱屈をすべて発散するが如し。
たとえ死に体であろうと、彼の悦びを止められる者はどこにもない。
「ああ、本当によくやってくれたよ蛇杖堂寂句。
俺としてもあんたが最強で異論はない。
だから歓喜のまま、ここで死んでくれ」
そんな老人の胸から、彼のものでも、神のものでもない腕が生えていた。
溢れ出す鮮血、零れ落ちる喀血。
祓葉の二の轍は踏まず、位置のずれた心臓を刺し貫いて。
――かつて寂句と並び最大の脅威の一角と称された、〈非情の数式(ノクト・サムスタンプ)〉がそこにいた。
◇◇
688
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:27:24 ID:FWuHOWGU0
時刻は、神寂祓葉の零落と蛇杖堂寂句の死の少し前に遡る。
「夢幻の如く面妖に揺れ動きおって。貴様、よもやウートガルズの王が遣わした尖兵か。
あぁおぉ許せぬ、何故吾輩を解放せぬのだヴァルハラの愚神ヴェラチュール。
我が奔放を許さぬならば疾く死ね神話よ、帝国の威光を貴様らに見せてやる」
「……話長ェーよ、ボケ老人が……」
〈脱出王〉ハリー・フーディーニのサーヴァント、〈第五生〉のハリー・フーディーニ。
彼の出現は、ノクト・サムスタンプの計画を大いに狂わせた。
強すぎる。たかが手品師が示せる力量ではない。
まったく強そうには見えないし、実際やっているのはスラグ弾の射出という分かりやすい攻撃だけであるというのに、ノクトは焦燥させられている。
(クソ面倒臭ぇ。逃げの技術を殺しに転用するのはいいとして、このジジイそれを究極まで極め切ってやがる)
英霊ハリー・フーディーニは九生にて成る。
その中でも、戦闘能力にかけて第五生の右に出る者はいない。
理性を犠牲に、あらゆる殺人技術をスラグ弾の射撃で体現するリーサルウェポン。
スカディを相手に一時とはいえ互角を誇った通り、彼の力量は神話の領域に到達して余りある。
夜のノクト・サムスタンプは確かに怪物だが、それでも手に余る相手がこの痴呆英雄だった。
「ヘイヘイどしたのよノクト。まだ〈脱出王〉はぜんぜん健在だぜ?」
「黙ってろよおんぶに抱っこのオカマ野郎。血ィ吐きながら言われても説得力ねえぞ」
ソレに加えて、敵陣には〈脱出王〉、狂気に冒されたハリー・フーディーニもいるのだ。
あちらは満身創痍。それに比べれば未だノクトは無傷に等しい。
スラグ弾の銃撃のみでしか攻めてこない手数の少なさは、敏捷性に優れる夜の彼にとっては多少やりやすい。
(とはいえ、どうしたもんかね。
〈脱出王〉が半グレどもの戦場に直接介入できなくしただけで御の字として損切りするべきか、もう少し試行回数を増やしてみるべきか……)
〈脱出王〉は涼しい顔をしてはいるが、苦悶が隠せていない。
少なくとも当分の間、彼女が前線であれこれ飛び回るのは不可能と見ていいだろう。
できるならここで排除し、彼女の死を以って均衡を壊したかったが……保護者が来てしまった以上は深追いするだけ不利になる。
689
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:28:23 ID:FWuHOWGU0
(どうも、厄介なヤマに首を突っ込んじまったみてえだな……失策だ。
悪国征蹂郎のライダーをどこかで掠め取る算段だったが、そっちも雲行きが怪しくなってきやがった)
赤い空は、ノクト達が戦うその頭上にも例外なく広がっていた。
これがレッドライダーによる影響なことは明らかだし、だとするなら赤騎士は既に制御不能に陥っている可能性が高い。
港区で祓葉と戦ったと聞いた時から懸念していた事態が現実のものになった。
狂わされた戦争の騎士は走狗の枠を超え、この世界の終末装置に化けてしまった。
(放射能の塊をぶん取ったって仕方ねえ。やれやれ、貧乏くじを引かされたと諦めるしかなさそうだな)
いっそ〈脱出王〉打倒に全霊を尽くし、煌星満天のキャスターに嫌味言われるのを承知でロミオを呼び戻すか?
ノクトは考える。
彼は策士であり、それ以前に職業傭兵だ。
少なくないリソースを費やして臨んだ以上、得るものなしで帰るのは絶対に御免だった。
落ち武者狩りで生存者の頭数を減らすのも悪くはないが、いささか物足りないのは否めない。
さて、どうするか。思索する鼓膜を、サイレンの音が叩いた。
かなりの音量だ。新宿を見舞う惨事の鎮圧に警察組織が動くのは当然だったが、夜に親しんだその聴覚は単なるサイレンの音色からさえも無数の情報を読み取れる。
ドップラー効果の影響を受け始めるまでの秒数がやたらと速い。
時速120kmを超える速度で走っていなければおかしい計算だ。
緊急事態とはいえ、公道を無数のパトカーがそんな速度で走るだろうか?
何かが起きている。
そこまで考えて、ノクトは喉に小骨がつっかえたような違和感を抱いた。
(――――妙に引っかかるな。俺は何か見落としてるか?)
警察までもが〈喚戦〉にあてられていると考えれば、まあ想定の範囲内を出ない話だ。
しかしノクトは理屈ではない、ある種本能的な違和感を感じていた。
「なあ、〈脱出王〉よ。これは煽りでも心理戦でもないただの疑問なんだが」
「ん。どうしたんだい、らしくもない。君が私に質問をぶつけるなんて」
「お前、なんか知ってるよな?」
〈脱出王〉は答えなかった。
なんのことだか、とばかりに両手をひらひらと掲げてみせる。
その反応を見て、ノクト・サムスタンプは確信する。
自分は何かを見落としている。気付かねばならない、知らねばならない何かを。
690
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:29:05 ID:FWuHOWGU0
漏らすはため息。
次の瞬間、ノクトは地を蹴って大きく跳躍した。
ただし〈脱出王〉の方に向けてではない。
むしろ彼女に対し背中を向けて、虎は夜の彼方へと消えていく。
「あー、追わなくていいよ。どうせ追い付けないしね」
咄嗟にショットガンを掲げた第五生に、〈脱出王〉はそう言う。
「私がこのザマな時点で分かるだろうけど、夜のノクトは只者じゃないんだ。
正々堂々戦えばもちろん君が強いよ? けどバカみたいなスペックに嫌らしい悪意を織り交ぜてくるのが夜のあいつなわけ。
せっかく見逃してもらえたんだし、ここは大人しく行かせてあげようよ」
「……………………」
「それに」
実際に戦ったのは初めてだが、正直言って死を覚悟させられた。
たぶん内臓が潰れているので、開腹して縫合する必要があるだろう。
医術に優れているのは何生のハリーだったかと考えながら、〈脱出王〉は仇敵の去った方角を見据えにんまりと破顔した。
「どうもその方が面白そうだ。予想だにしない未知が見られるかもしれないよ、楽しみだねぇ」
「……未知……。それにその意味深長な物言い……。貴様、よもやヴァルハラの追手に取って代わられているのか? であれば度し難い。実に度し難いぞ第二生よ。フーディーニの魂の螺旋をあのような穢らわしい神族に売り渡すとは。説教をくれてやるから首を出せ。撃ち抜いてくれる」
「あーはいはい、おじいちゃんご飯はさっき食べたでしょ。
ていうかあの、そろそろ九生の私に戻ってくれない? それか医者の私を呼んでくれると嬉しいんだけど。
たぶんこれ肝臓かどっか潰れてるんよね、実はめちゃくちゃ死にそうなんだよ私」
無論――。
ノクトも、〈脱出王〉も、既に気付いている。
この新宿に自分達の神が顕れ、恐らくもう事を始めていると。
夜と同調しあらゆる力を底上げされているノクトならば、正確な位置を特定するのも難しくはないだろう。
さて、彼はそこに向かい、何をするつもりなのか?
考えただけで、〈脱出王〉は高揚が止まらなかった。
自分も案外、祓葉と似た者同士なのかもしれない。
そう思いながら糸が切れたように座り込み、だぼー……とバケツをひっくり返したみたいな量の血を吐く。
あまりスマートな幕切れとはいかなかったが、斯くしてハリー・フーディーニは虎の巣穴から脱出を果たせたのであった。
◇◇
691
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:29:53 ID:FWuHOWGU0
「悪いな、爺さん。
正直俺は、あんたは勝手に自滅するもんだと思ってた。
真っ先に祓葉に挑んで、何も成すことなく光剣の露と消える。
だからそれまでせいぜい利用してやろうって腹であんたに接触し、協力関係を取り付けたんだわ」
ぐじゅり、ぐじゅりと、突き刺した腕を回して傷口を押し広げる。
手刀は心臓を一突きにしているので、その動きに合わせて穴の空いたそれがひしゃげた。
蛇杖堂寂句は超人である。急所を貫いたとしても、最後まで油断するべきではない。
「あんたの狂気は読みやすかった。
あんたは明らかに祓葉を畏れていて、だからこそ誰より先に事を起こすと分かってたよ。
怖ろしいものを怖ろしいままにしておけるタイプじゃない。むしろ手ずから排除しなきゃ気が済まない手合いだろ、あんたは」
――ノクト・サムスタンプは、蛇杖堂寂句の末路を彼に接触したあの瞬間から予見していた。
卓越した人心把握能力。暴君は並々ならぬ怪物であったが、サムスタンプの傭兵の慧眼はそれをも超える。
蛇杖堂寂句は、"死へのはばたき"だ。
狂気の実験が生んだ哀れな一匹の蛾だ。
光に向かうしかないのは〈はじまりの六人〉共通の原罪だが、彼の狂気は最も破滅的である。
誰より祓葉を畏れているからこそ、彼女に挑まずにはいられない矛盾。
そして神寂祓葉を倒せる人間など存在しないのは自明であり、よって寂句の死は最初から確定している。
その上で利用し、死にゆく老人から出る搾り汁を多少啜れば御の字。
それがノクトの魂胆だったわけだが、実際起こった事態は彼の予想を遥かに超えていた。
結局のところノクト・サムスタンプすらも、蛇杖堂寂句という男の本気を見誤っていたのだ。
「だからこそ、腰が抜けるほど驚いたよ。
こんな真似しといてなんだが、同じ戦場で戦ったひとりとして心から敬意を示したい。
あんたは最高の男だ、蛇杖堂寂句。暴君の傲慢は宇宙(ソラ)に届き、俺達の神を引きずり下ろした」
彼を知る者は言動の一切を信用するなと口酸っぱく言うが、それでも今口にした科白は本心だった。
確かにノクトは冷血漢だが、決して無感の機械ではない。
神に挑み、地上に引きずり下ろした偉業は、卑劣な契約魔術師の心さえも揺るがした。
彼がやったことは、世界の常識を変える行いに他ならない。
不滅の神は打倒可能な存在となり、出来レースじみた遊戯に興じさせられていた演者達の全員に、神を超え戴冠するチャンスが生み出された。
今この瞬間を境とし、聖杯戦争のセオリーは大きく変化する。
祓葉は殺せる。滅ぼせる。箱庭の外に出られる可能性が、小数点以下の低確率だろうと確かに在る。
ゼロとイチの間を隔てる距離は無限。
蛇杖堂寂句は、その無限を切除したのだ。
――故にこそ、ノクト・サムスタンプが次に取るべき行動も自動的に決定された。
692
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:30:41 ID:FWuHOWGU0
「けどなぁ。そうなると、あんたが生き延びる可能性が生まれちまうわけだ」
今の寂句は、神殺しに挑んだ代償として誰が見ても半死半生の有様を晒している。
だがこの老人に常人の基準は適用されない。
半身を焼き焦がされた程度なら、摩訶不思議な薬や備えを用いて復活してくる可能性は十分にある。
「それは困るんだよ。俺はあんたが敗けて死ぬのを前提に盤面を組んでたんだ。
神を落とした暴君が今後も好き勝手暴れ続けるとか、悪いが考えたくもねえ。
よって無粋は承知で、こうして確実に殺しに来たってわけさ」
己が狂気を乗り越えた寂句が仮に生き延びたなら、それはこれまでとは比にならない次元の脅威となる。
彼に抱いた敬意は事実だ。蛇杖堂寂句、その生き様は永遠に記憶に残るだろう。
されどそれはそれ、これはこれ。
神殺しの英雄には、築いた栄誉を胸に永眠して貰う。
罷り間違ってもその栄光を次に繋げさせなどしない。
確実に殺す。確実に潰す。
それにどんなに耳触りのいい言葉で取り繕っても、やはり心の奥に燃え盛るものはあるのだ。
「ありがとよ、ドクター・ジャック。よくぞ祓葉を堕としてくれた。
そしてふざけるなよ、ドクター・ジャック。よくも祓葉を汚してくれたな」
ふたつの感情をさらけ出すノクトの姿は、微塵の合理性もなく爛れていた。
彼もまた狂人。祓葉という太陽に灼かれ、狂おしく歪められた衛星のひとつ。
なればこそ、許せる筈がない。
たとえその偉業が自分を助ける希望になるとしても、彼らは皆、自分以外の狂人が星を汚した事実を許せない。
そういう意味でも、ノクトがこの行動を取るのは必定だった。
蛇杖堂寂句は狂気の超克を遂げた瞬間から、〈はじまりの六人〉共通の不倶戴天の敵に成り果てた。
いわばノクト・サムスタンプはこの場にいない彼ら彼女らの代弁者でもあるのだ。
「なんて言っても、もう聞こえてねえか」
寂句は、もう完全に沈黙していた。
神殺しの英雄は、背後からの凶手に倒れるというあっけない末路を辿った。
無情ではあるが、結末としては妥当なところだろう。
何故ならこの舞台の主役は祓葉。不滅が翳っても、その大前提は依然まったく変わっていない。
むしろ、そういう意味では"厄介なことをしてくれた"と言えなくもなかった。
祓葉は確かに不滅を失った。再生は全盛期に比べれば見るに堪えないほど遅くなり、頭部も心臓も"急所"に堕ちた。
絶対不変の主役に終わりの概念が付与されてしまった。
それが何を意味するのか、どういう事態を招くのか、ノクト・サムスタンプだけが理解している。
頭が痛いし胃も痛い。
起こってしまったルールの激動には、彼女を深く知る者にしか分からない地雷が混ざっている。
知らずに踏み抜いてしまったが最期、足どころか全身跡形もなく消し飛ぶ核爆弾だ。
故にノクトは狂気云々を度外視しても憂いを抱きつつ、屠った老人の骸から腕を引き抜こうとして――
693
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:31:43 ID:FWuHOWGU0
「…………あ?」
抜けない。
そう気付いた刹那、彼の全身が総毛立った。
「ッ――まさか、てめえ……!?」
思わず漏れた言葉には、不覚を悟ったが故の失意が滲んでいる。
その声を受けて、もう二度と響かない筈の声が応えた。
「功を焦ったな、ノクト・サムスタンプ。
つくづく今宵の私は運がいい。よもや最後の心残りが、自ら目の前に現れてくれるとは」
ノクトは、確かに寂句の心臓を貫いた。
寂句がいかに超人でも、祓葉でもないのだから心臓を破壊されて生き永らえられるわけがない。
勝利を確信して気を緩めてしまった彼は責められないだろう。
これは単に、蛇杖堂寂句の組んでいた想定が、策士のそれをすら上回ったその結果だ。
「実を言うとな、貴様に対しての備えではなかったのだ。
祓葉との戦いが至難を極めることは予測できたからな……我が身を裂いて秘策を仕込んでいた」
くつくつと笑う寂句に戦慄する時間も惜しい。
ノクトの背を、本能から来る焦燥が強く焦がしていた。
脳内で喧しく警鐘が鳴っている。
致命的なミスを自覚した時特有の肝が凍てつくあの感覚が、契約魔術師の脳髄を苛んでいる……!
「『偽りの霊薬(フェイク・エリクサー)』。そうか、貴様に明かしたことはなかったな」
蛇杖堂寂句が持つ、正真正銘真の切り札。
死以外のあらゆる病みを棄却する、アスクレピオスの劣化再演。
彼は此度の戦争に、一本だけそれを持ち込んでいたのだ。
だが祓葉との戦いでさえ使われることはなく、なおかつどこかに隠している素振りもなかった。
仮に忍ばせていたとしても、至近距離で祓葉の爆光を浴びた時点で容器が割れるか中身が蒸発するかしていた筈だ。
ならば何故、暴君は今ここで、虎の子の存在を明かしたのか。
「私が志半ばに死亡した時のために。そしてもう二度と、同じ過ちを繰り返さぬように。私はそれを自身の心臓に縫い付けていた」
『偽りの霊薬』は、常に寂句と一心同体だった。
彼は己の身体をメスにて開き、霊薬を収めた試験管を心臓に縫合していた。
694
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:32:43 ID:FWuHOWGU0
「所詮は贋作だ。死をも覆すというアスクレピオスの真作には届くべくもない代物。
だが、心臓が停止し命が抜け落ちるまでのわずかな時間さえ逃さなければ蘇生は間に合う。
ならば最初から心臓そのものに縫い付けておき、魔術的な仕掛けで心停止および損壊に合わせて自動で薬液が撒き散らされるようにすればいい」
結論から言うと仕掛けは不要であった。
ノクトが心臓を貫いた瞬間、試験管は割れ、中の霊薬は寂句の心臓にすぐさま触れた。
「簡単なトリックだよ、ノクト・サムスタンプ。
興味本位の質問なのだが、今どんな気分なのだ?
得意の知恵比べでさえ無能を晒すようでは、貴様など何の価値もなかろうになぁ」
「蛇杖堂、寂句……ッ!」
瞬間、偽りの霊薬はただちに仕事を果たし始める。
破られた心臓は再生し、祓葉の剣に灼かれた身体も、彼女のお株を奪う勢いの速度で元のカタチを取り戻していく。
疲労はゼロに還り、寂句がこの時までに背負っていたすべての不調と異変が、神の奇跡に触れたみたいに治り続けて止まらない。
寂句の手が、自らの胸を貫いたノクトの腕を掴んだ。
その意味するところは、当然彼にも分かる。
刺青の刻まれた精悍な貌が、一気にぶわりと青褪めた。
「貴様にはずいぶん煮え湯を飲まされた。
今だから言うがな、私も私で、いつ寝首を掻こうかずっと思案していたのだ。
このめでたい時に私怨を晴らす機会まで与えてくれて感謝が尽きんよ。
ありがとう、ノクト・サムスタンプ。御礼にこの世で最も無様な死を贈ってやろう」
「ぐ、ォ――ッ、が、あああああああああッ……!!?」
呪詛の肉腫が寂句の掌を起点に増殖し、ノクトに腕が圧潰していく激痛を届ける。
漏れた絶叫は心からのそれだった。
だが、目先の激痛などこの先に待つ最悪の事態に比べれば些事だ。
(やべえ……ッ、このままじゃ、呑まれる……!)
寂句の扱う肉腫は、接触時間に応じてその版図を醜悪に拡大する代物だ。
であればこの状況はまさに最悪。全身を腫瘍に食われて肉達磨と化して死ぬとなれば、確かにそれは最も無様な死に様であろう。
判断を迷っている暇はなかった。
ノクトは自由の利く左手を、肉腫に呑まれゆく右腕に向けて振り下ろす。
「づ――ッ、あ……! やって、くれるじゃねえか……! これだからッ、てめえは、嫌いなんだよ……!」
片腕が寸断され、どうにか暴君の侵食から抜け出すことに成功する。
しかし、勝ち誇った顔などできるわけがない。
夜に親しむ力がどれほど強力でも、失った身体部位を補うような働きはしてくれないのだ。
この序盤で片腕を"捨てさせられた"事実は言うまでもなく痛恨。
睨み付けるノクトの前で、遂に心臓の風穴をも修復して振り返る寂句。
トレードマークでもある灰色のコートは無残に焼け焦げていたが、逆に言えば陥穽と呼べる箇所はそれだけだ。
肌には傷ひとつなく、厳しい顔面に貼り付けた表情にも苦悶の名残さえ見て取れない。
万全な状態に復調し、回帰した蛇杖堂寂句が、暗殺を完遂するどころか癒えぬ欠損を負わされたノクトを笑覧していた。
「お互い、余白を抱えて戦うのは辛いなサムスタンプ。
同情するぞ、本心だ。かく言う私も"それ"にはずいぶん困らされた」
「――は。先輩風吹かすんじゃねえよ、老害が……!」
寂句の言う通り。
もしもノクト・サムスタンプに一切の陥穽がなかったのなら、こんなミスは冒さなかっただろう。
〈はじまり〉のノクトも、文字通りすべてを警戒していた。
その上で判断を一切乱すことなく、常に最善手のみを打ち続けたのが前回の彼だ。
だから寂句も手を焼いた。結果だけ見れば、ただの一度も寂句は彼を出し抜けなかった。
しかし今のノクトは違う。
彼もまた祓葉に殺され、精神をその輝きに灼かれている。
付与された狂気は生来の聡明を無視して、気まぐれに肥大化して理性を圧迫する。
寂句が祓葉を堕としたことへの激情。それが、狂わない筈の判断を誤らせた。
蛇杖堂寂句が策を布いている可能性を考慮せず、功を急いた行動に踏み切らせた。
片腕の欠損という痛恨の事態は、間違いなく狂気に背を押された結果のものだ。
「てめえは此処で殺す。名誉はくれてやるから、満足しながら地獄に堕ちろ」
「月並みだな、サムスタンプ。貴様ともあろう者が、出来もしないことを喚くとは……端的に失望を禁じ得んぞ」
かくして、神の失墜を経て尚狂人たちは殺し合う。
ノクト・サムスタンプ。〈渇望〉の狂人。
蛇杖堂寂句。〈畏怖〉を超え、狂気を超絶した暴君。
その激突が熾烈なものになるのは確実で、どちらが死ぬのも可笑しくない対戦カードなのは間違いなかったが……
695
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:33:12 ID:FWuHOWGU0
(――とは言ったものの、此処までだな。どう考えても私に勝ち目はない)
暴君はごく冷静に、この激突の結末を見据えていた。
『偽りの霊薬』は、確かに彼が負ったすべての傷を癒やした。
ただし、その中には彼が未来を度外視して施したドーピングの効能も含まれている。
命をすり減らしやがて失わせるオーバードーズだったのだから当然だが、それを取り払われた寂句の戦力は数分前までとは比べるべくもない。
それでも常人基準であれば、十分すぎるほど強靭である。
しかし相手は"夜の"ノクト・サムスタンプ。最高峰の逃げ足を持つ〈脱出王〉をいいように圧倒し、やり方を選べばサーヴァント相手にすら応戦を可能とする正真正銘の魔人だ。
相手が悪すぎる。どう頑張っても、自分に勝ち目はない。寂句の算盤は一切の誤差なくその結末を導き出す。
(クク。つくづく難儀なものだ、結末が分かっているのに本能が敗北を良しとしない)
にも関わらず、寂句は目の前の凶手に勝ちを譲る気など欠片もなかった。
それどころか必ず殺す、踏み躙るのだと祓葉と相対した時に何ら劣らない闘志がとめどなく沸き起こってくる。
狂人を卒業しても尚、かつての同類へ抱く同族嫌悪の情は健在らしい。
難儀だ。面倒だ。死に際ですら殺し合いの中に在らねばならないとは。
だが――暴君は、嘆くということを知らない。
(さて、では戦いながら考えるとするか。
本懐を遂げ、死を目前にした私が、この先の世界に何を遺せるのかを)
死を前にしていようが、停滞(とま)ることなく考える。考え続ける。
それが彼だ。それが蛇杖堂寂句だ。
生きている限り、そこに彼の自我がある限り、蛇杖堂の暴君に停止はあり得ない。
混沌は既に最終局面。
だとしても尚、激動は止まらない。
◇◇
696
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:33:45 ID:FWuHOWGU0
天蠍アンタレスは、蛇杖堂寂句の"最後の策"を念話で聞かされていた。
それはまさしく、ノクト・サムスタンプの腕が彼を貫くわずか前のことだった。
耳を疑ったし、事此処に至るまで知らせて貰えなかったことに不甲斐なさを感じもしたが呑み込んだ。
そんなことよりも大切な使命が、彼女を突き動かしていたからだ。
すなわち神の葬送。己が堕とした神を、今度こそこの地上から排除する尊い大義。
「神寂、祓葉ぁぁぁッ!」
「っ、く……!」
祓葉はやはり、自分に死の概念が戻ってきたことを自覚しているようだった。
その証拠に、これまで事もなげに受け止めてきた些細な攻撃にさえも光剣で迎撃してくる。
改めて実感する。目の前の現人神が、もはや不滅ではなくなったことを。
なのに天蠍の少女は未だ余裕のない顔で、攻め続けねばならないという強迫観念に突き動かされ続けていた。
(恐ろしい。何故、一撃も通らないのです)
明らかに動揺し、狼狽している祓葉が、しかしまったく殺せない。
これまでひたすらに稚拙だった太刀筋が、ここに来て一気に冴えを増している。
「はぁ、はぁ……!」
神寂祓葉の超越性を語る上で、不死も不滅もわずか一側面でしかないのだと思い知らされた。
祓葉はもう、不死が消えた現在に緩やかながら適応し始めている。
〈この世界の神〉を難攻不落たらしめていた絶対の不死性。
だがそれが抜けたとしても、彼女は依然圧倒的に舞台の主役である。
あれほど不死に頼って戦っていたにも関わらず、なくなった途端に祓葉は終わりのある器という設定に順応を開始した。
本来人間が数十年、ともすればその一生を費やして得る研鑽を無から生み出して、即興で駆使してくるのだ。
そのため、単純な彼我の優劣だけで見ると、先ほどよりもむしろ状況は悪化して見えていた。
けれど付け入る隙は、少なくとも今ならあった。
不敵に、無邪気に笑って戦っていた彼女が、今は息を切らしながらアンタレスの槍を捌いている。
おそらくこの聖杯戦争が始まって以来初めて見せる、動揺。
これが抜ける前に祓葉を屠れなければもはや未来はないと、アンタレスは本気でそう考えていた。
「――逃がしは、しません」
覚明ゲンジが道を作った。
蛇杖堂寂句がそれを切り開いた。
現代を生きるふたりの"人間"が、各々命を呈して〈神殺し〉に挑んだのだ。
697
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:34:29 ID:FWuHOWGU0
そうして見えたこの光明を掴めずして、何がガイアの抑止力。
初めて抱く情熱が血潮に乗って全身を巡り、アンタレスに全力以上の全力を発揮させる。
機関銃の如く迸る刺突の雨で、祓葉の肉体を確実に抉っていく。
まだ致命打は与えられていないが、それでも時間の問題だろうと感じる。
脳の破壊。斬首。心臓破壊。道は三通りだ。何とかして、刺し違えてでもこの白神を即死させねばならない。
「それが当機構の遣わされた意義。
そして我がマスター・ジャックから託された使命」
百の刺突が九十九凌がれた。
それでも一発は再生した腕を再び落とし、立て続けに身をねじ込んで神の腹に膝を叩き込む。
「が、っ……!」
漏れる悲鳴の意味も、今やさっきまでとは変わっている。
潰れた内臓だって、瞬時に再生できないとなれば足を引く要因になるだろう。
勝てる。倒せる。その確信を前に、天の蠍は魔獣(ギルタブリル)の奮迅を実現させていた。
「ぐ、ぅあ……! ――――『界統べたる(クロノ)』、」
だが、手負いの獣が最も恐ろしい。
血を吐きながら後退した祓葉の剣が、再び極光を蓄えた。
最後の解放からもう十分な時間が経過している。
つまりこれから放たれるのは、今度こそ防ぐことなどできない全霊の神剣。
「『勝利の剣(カリバー)』――――ッ!」
大地が張り裂け、赤い夜空をも貫く光の柱が立ち上がった。
都市最高の火力のひとつが、このわずかな時間で幾度放たれたか。
隻腕での解放でありながら、驚くべきことに欠片ほども威力の減衰はなかった。
たとえ地に堕ちようとも主役は主役、神は神。
天の蠍何するものぞ、地母神(ガイア)の圧力などとうに克服している。
よって無用、速やかに太陽の熱で溶け落ちろ。
そう裁定する爆光が晴れるのを待たずして、しかし神の敵は血に塗れながら飛び出した。
「な……!」
「意義も使命も、何ひとつたりとも!
当機構は、譲るつもりはありません!」
蠍の足を用いた超高速移動と立体起動。
それらに加えて、祓葉をここで討つという限界を超えた意思の力。
すべてがアンタレスの背を押した。
必滅の神剣が撒き散らす破壊の中から標的に繋がる道筋を探り出し、遮二無二辿って好機を得る。
698
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:35:19 ID:FWuHOWGU0
驚愕する祓葉に向け、〈雷光〉の如く疾走。
握り締めた骨が砕けるほど力を込め、赤槍を神へと放つ。
「――滅びの時です! 現人神・神寂祓葉!!」
祓葉が再び、光の剣を激しく感光させる。
連発であれば威力は落ちる。とはいえ、まともに受ければ今度こそ自分は死ぬだろう。
それでも足を止める理由にはならない。
赤の光条と化したアンタレスが、疾走の果てにとうとう零落した神の肉体を穿ち貫いた。
飛び散る飛沫。
頭の上から降り注ぐ、神の喀血。
が――天蠍の少女が浮かべたのは、己の無力を呪う表情(かお)だった。
「……か、は。惜しかった、ね。ランサー」
心臓を、貫けていない。
最後の一手で、外してしまった。
これまでの無茶で積み重なった疲労、ダメージ。
そのすべてが、よりによってこの瞬間に牙を剥いた。
それでも、胴をぶち抜けている時点で致命傷だ。
しかし相手は永久機関の最高適合者、〈この世界の神〉、神寂祓葉。
「ッ……まだです、まだ――が、ぁッ!?」
失意に手を止めるな。
一度で駄目だったなら二度、それでも駄目なら何度でも挑み続けろ。
そう自らを叱咤しつつ槍を抜き、後退するところで神の光剣が追いついた。
甲冑が裂かれ、胴体から血が飛沫をあげる。
霊核まで届いていないことは幸いだったが、この重要な局面で傷を負ってしまった事実はあまりに大きかった。
倒れ伏しそうなところを踏み止まれたのは奇跡。
が、そこが今度こそ本当に限界だった。
膝から力が抜け、かくんと落ちる。
胴に風穴を空けて見下ろす祓葉を討たねばならないのに、もう足がわずかほども動いてくれない。
「すごいよ。ゲンジも、ジャック先生も、あなたも……。私のために、本当に、ほんとうに頑張ってくれたんだね」
空の赤色を背景に佇む少女は、こんな状況だというのに魂が蒸発するほど美しく見える。
ありったけの尊さとありったけの悍ましさを煮詰めどろどろにして、少女の鋳型に流し込んだかのようだ。
これを指して神と表現することすら、きっと適当ではないのだろう。
まさしくこれは、星だ。何もかもが巨大で推し測れず、ありのまま輝くだけで生きとし生けるものすべてを灼いてしまう超巨大な惑星だ。
「忘れないよ。あなた達のことは、絶対忘れない」
「当機構は、まだ……!」
「ううん。もう終わりなんだよ、ランサー」
祓葉が、両の腕で光剣を振り上げる。
神々しく煌めくそれが、アンタレスには断頭台に見えた。
「こんな、ところで……」
実際、間違った形容ではないだろう。
神は不遜な小虫の叛逆を赦し、最高の栄誉を与えて審判を下す。
蠍の戦いは神話として永久に記録され、幾千年の未来にまで語り継がれるのだ。
「こんな、ところで、終わったら」
――ふざけるな。敗北は敗北だろう、そのどこが名誉なのだ。
抑止の機構は、予期せぬ不具合に視界を曇らされる。
眼窩部の奥から体液が滲出していた。
機構(システム)の少女にはあるまじき誤作動の副産物なのか、思考回路に泥のような悪感情が広がっていく。
悔しい。感情のままに、アンタレスは握った拳で地を叩いた。
「あの人達の戦いは、一体、なんだったというのですか……!!」
滂沱と流れる涙と、込み上げる激情で鉄面皮を崩壊させながら、少女は全身で敗北を噛み締める。
699
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:36:12 ID:FWuHOWGU0
(――勝手に人の物語を終わらせるな。早合点は貴様の悪癖だと何度も言ったろうが)
(っ……?!)
その時。
不意に脳裏に響く、慣れ親しんだ声があった。
(ま、マスター・ジャック……!? どうか戦いを放りお逃げください。当機構は、その……)
(失敗した、だろう? フン、言われずとも分かっている。
我々は錠前を壊しただけだ。不滅を剥ぎ取った程度で、あの小娘が簡単に斃れるものかよ)
ノクト・サムスタンプと交戦している筈の蛇杖堂寂句。
彼の身に起きていること、今その肉体がどうなっているのか、いずれもアンタレスは把握している。
だからこそなおさら、祓葉に届かなかったことに絶望を禁じ得なかった。
お逃げください、などと言いつつ、天の蠍はもう己が主の未来を分かっている。
彼は確かに超人だが、それでも地に足のついた人間だ。
傷を癒やし、不滅のように振る舞うことはできても。
結局のところ、迫ってくる死そのものを破却することはできない。
しかし当の寂句はと言えば、平時と変わらない不遜さで言葉を紡いでいた。
ひょっとするとここで戦っている彼は影武者か何かで、本物はあの病院で今も安楽椅子に座りながらほくそ笑んでいるのはないか。
ともすればそんな希望さえ抱きそうになる。
無論、そのような都合のいい話などある筈もないのだったが。
(貴様も分かっているだろうが、私はじきに死ぬ。
神殺しのついでに憎たらしい小僧に吠え面もかかせられて気分は爽快だが、流石に生身でどうにかできる相手ではないようだ)
蛇杖堂寂句は嘘を言わない。
いつも通り淡々とした調子で放たれた"諦め"に、アンタレスは奈落に突き落とされるような感覚を覚える。
(…………申し訳ありませんでした。当機構はあなたのサーヴァントとして、あまりにも無能だった。
実はどこかで夢見ていたのです。神を葬る戦いがどれほど熾烈でも、あなたは傲慢な顔をして、平然と神の消えたその先の世界を生きていくのだろうと)
『英雄よ天に昇れ』を与えられたのが、自分よりももっと優秀な存在だったなら、こうはならなかったのではないか。
神殺しを成し遂げた上でマスターも守り、見事に使命を完遂することもできたのではないか。
(どうかいつものようにご叱責ください、マスター・ジャック。
あなたにはその権利があり、当機構にはそれを噛み締める責任が……)
(ならば言ってやろう、この大馬鹿者が)
吐露し、心の中で頭を垂れたアンタレスを寂句は容赦なく一蹴した。
無能が、とは言わなかった。
それどころかその声は、どこか上機嫌そうにさえ聞こえる。
(貴様の仕事はまだ終わっていない。
私は死ぬが、それでもお前がその労苦から逃れることは許さん)
(それは……、どういう……?)
(解らんか? では、間抜けにも分かるように伝えてやろう)
クク、と、暴君は笑って。
700
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:36:51 ID:FWuHOWGU0
(令呪を以って我が傀儡に命ずる。
ランサーよ、貴様は引き続き己の使命を果たし続けろ)
(っ……!?)
(令呪を以って、天の蠍へ重ねて命ずる。
失敗は許すが、諦めは許さぬ。その霊基燃え尽きるまで、貴様は私亡き後も戦い続けろ)
走狗の困惑を無視して、大上段からふたつの命令を刻みつけた。
ただの命令ではなく、令呪によって刻む拒否権なき『遺命』だ。
精根尽き果てた残骸同然の身体に灯火が宿る。
それを認識したのか、寂句は含み笑いを漏らし続けていた。
高揚に身を委ねているようでも、どこか自嘲しているようでもあった。
(令呪を以って、我が助手に重ねて命ずる)
最後の輝きが。
敗残者と化した"助手"へ、傲慢に重荷を押し付ける。
蛇杖堂寂句は暴君だ。故に末期の瞬間でさえ、彼が他人を慮ることは決してない。
(――――神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ)
三画目の命令が刻まれた瞬間、アンタレスは死にゆく主を放り捨て、戦線を離脱していた。
臆病風に吹かれたのではない。既に遺命を刻まれた彼女の霊基は、暴君の助手だった蠍に弱さを許さない。
むしろ逆だ。主の命令を果たすためにこそ、アンタレスは逃げねばならなかった。
逃げて、生き延びねばならなかった。この場に留まり、主なき身で挑み続けたところで、祓葉に勝てなどしないのだから。
(マスター・ジャック。聞こえていますか。まだ、私の声が聞こえますか)
アンタレスの胸中を満たすのは、死にたいほどの無力感と、絶対にこのまま消えてやるものかという業火の闘志。
当機構は生きねばならない。生きて、挑み続けねばならない。
次こそ神を討つのだ。
主が命を懸けても届かなかった、本当の意味での神殺し――極星の運命を破壊するのだ。
当機構(わたし)は、そう命じられた。
けれど、それでも。
(ありがとうございました。あなたは当機構にとって素晴らしき主であり、得難い恩師でありました)
別れの言葉くらいは、若輩のわがままとして許してほしい。
本来アンタレスはその手の贅肉を解する機構(もの)ではないのだが、今は自然とそれが出てきた。
自分もまた、あの白き神と、彼女が振り撒いた狂気の器に触れてどこか狂わされてしまったのかもしれない。
実に遺憾だ、不甲斐ない。しかしこの感情がもし狂気だというのなら、それはなんだか……悪くなかった。
(さようなら、マスター・ジャック。ヒトの身で神に報いた、厳しくて優しいあなた)
斯くして蛇と蠍は永訣する。
それは短くも長かったこの聖戦の、その幕引きを物語っていた。
◇◇
701
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:37:32 ID:FWuHOWGU0
「――聞こえているぞ、出来損ないめ。
つくづくお前達は、ろくに噂話もできぬらしいな」
アンタレスの去った戦場で、蛇杖堂寂句は死体同然の有様で佇んでいた。
夜と契りを交わした魔人と、反則技のドーピングが抜けた正真正銘生身で決闘したのだ。
損傷の程度で言うならば、『偽りの霊薬』を用い疑似蘇生する前と大差ない。
破れていない内臓はなく、それどころか腹に空いた穴からその残骸がこぼれ落ちている始末。
あまりに惨たらしく、思わず目を背けたくなる惨状。
なのにそんな状態で立つ彼の姿には、見る者を圧倒する気迫があった。
修羅。彼をここまで破壊した魔術師は、これを内心そのように形容した。
「……唐突だな。それが遺言でいいのか、ジャック先生よ」
「気にするな、独り言だ。今更遺したい言葉などない」
「死ぬことは否定しねえんだな?
は……なら良かったよ。俺も流石にこれ以上は割に合わん」
――冗談じゃねえ。化け物なのは知ってたが、ここまでやるかよ。
"夜"のノクト・サムスタンプは、自他共に認める規格外の魔人である。
〈脱出王〉ですら、持ち前の逃げ技をすべて尽くしても完全には逃げ切れなかった。
それほどの男が息を切らし、呼吸の合間に喘鳴のような音が混ざり、片腕の欠けた有様を晒している。
容態で言えば全身に複数の打撲、大小数箇所の骨折、それに加えて右腕欠損。
このすべてが、目の前の老人によって負わされたものだ。
死を覚悟した瞬間も何度もある。明日を捨て、温存を捨てた暴君の強さをノクトは嫌になるほどその身で思い知った。
だが安堵もあった。蛇杖堂寂句を確実に排除する自分の判断は間違っていなかったと再確認する。
少なくともこの先、自分は彼という男の存在を勘定に含めず戦うことができるのだ。
それだけで今回負ったすべての傷と比べてもお釣りが来る。高い買い物ではあったが、大枚叩く価値は確かにあった。
「ジャック先生」
響いた声に、ノクトは全身が総毛立つ感覚を覚える。
巨大なオーロラを見た時のような畏怖と、それと同じだけの歓喜。
渇望の狂気が刺激され、思わず足が縺れそうになった。
けれどこの時ばかりは、彼の極星はノクトの方を見ておらず。
己の灯火を走狗へ譲渡し朽ちることを選んだ、枯れゆく暴君に視線を向けていた。
「……クク。ずいぶんなザマではないか、無能め。いつまでも胡座を掻いているからそうなるのだ」
「あはは……だね。ちょっと反省しなくちゃだ」
「やろうと思えばそれが本当にできてしまうのが、貴様の最悪なところだよ――祓葉」
長い付き合いというには短い。
前回を含めても、二ヶ月にも満たないだろう。
だが、暦の上の数字だけでは推し量れない深い縁がそこにはあった。
702
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:38:21 ID:FWuHOWGU0
「先生、なんかちょっとスッキリしてる?」
「そのようだ。煩わしい狂気(もや)が晴れ、実に清々しい気分だとも。
欲を言えばこれが死に際でさえなければ、酒の一献でも呷るところだったのだが」
「え。ジャック先生ってお酒飲むの? なんか意外」
「下戸に名医は務まらん。何かと機会が多いのでな。まあ、とはいえ偏食だ。具体的には日本酒しか呑まん」
「あはは、なんかぽいかも。私はほろ酔いが好きだよ」
「貴様はジュースで満足しておけ。どうせ酒の味など分からんだろう」
命を懸けて殺し合い、生死すら超えた歪んだ因縁を育んだふたりとは思えない牧歌的な会話。
こうしているとそれこそ、先生と教え子のように見えなくもない。
「覚明ゲンジは見事だった。我がサーヴァントは最上の仕事を果たした。
私の認める相手など、オリヴィアとケイローン以外には現れぬものと思っていたが……世の中は広いものだ」
「すごいでしょ、私のゲーム盤は」
「確かにな。だが、必ず崩れる。貴様の遊戯は二度目で終わりだ」
そのために、自分はあの蠍を生かして野に放ったのだから。
マスター不在の英霊は弱体化するが、令呪を三画も使ってブーストしてやれば多少は長持ちするだろう。
あるいはどこぞで英霊に先立たれて途方に暮れるマスターを見つけ、其奴と再契約したっていい。
此処からは彼女自身の戦いだ。己はそれを、黄泉からのんびり鑑賞するとしよう。
「ねえ、ジャック先生」
「なんだ」
「オリヴィアさんって、どんな人だったの? あの時も言ってたよね、私を助ける前に」
「……聞いていたのか」
「えへへ。けっこう地獄耳なんだよ、私」
つくづく鬱陶しい娘だと、寂句は辟易したように肩を竦める。
だが、まあ、墓場まで持っていくような話でもない。
703
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:38:49 ID:FWuHOWGU0
「私にはないものを持った女だった。
有り余る才能で満足せず、常に先へ先へと、稲妻のように駆けることを望む奴だったよ。
そういう意味では、やはり貴様に似ていたな」
「ふうん。だからジャック先生は、あの時私を助けたの?」
「我が生涯で最大の失態だが、恐らくそうなのだろう。
しかしアレには参った。やはり人間の心というものは、不可解な不合理さに満ちている」
妻子にも愛情など抱いた試しのない男だ。
無論、孫や曾孫もその例外ではなかった。
だが、自分にも世に溢れる孫に甘い顔を見せる老人と同じ素養がどこかに眠っていたのだろう。
だからオリヴィア・アルロニカを忘れられなかった。
星を滅ぼす絶好の機会に際して、彼女と祓葉を重ねてしまった。
蛇杖堂寂句の敗因は、つまるところ彼が早々に理解することを諦めた、ヒトの心によるものだったのだ。
「そっか。
あのね、先生。実は私さ、あなたにずっと言いそびれてたことがあって」
「手短に済ませろ。流石にそろそろ限界のようだ。末期の時くらいは生涯の総括に使わせろ」
「ありがと。じゃあ簡潔に、一言だけ」
あの時寂句が"失敗"していなければ、神寂祓葉はそこで終わっていた。
誰が聖杯を握るにせよ、この針音の箱庭も、〈はじまりの六人〉などという狂人集団が生まれることもなかった。
傲慢な暴君が犯したたったひとつの失敗が、今この瞬間につながっている。
多くの嘆きがあった。
多くの歪みがあった。
そしてこれからも、あらゆる命があの日討ち損ねた少女によって引き起こされていく。
けれど、それはあくまで狂わされる側の視点であり。
狂わせる側の極星が彼に対して抱く感情は、ひとつだけ。
「あの時助けてくれて、ありがとう」
「…………、…………は」
一瞬、愕然とした顔をして。
それから暴君は、呆れたように失笑した。
「やはり貴様は最悪の生き物だよ、祓葉」
◇◇
704
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:39:25 ID:FWuHOWGU0
あまりに長い歳月を生きた。
失敗よりも成功の方が遥かに多い人生だった。
よって、何ひとつ悔恨などありはしない。
唯一の悔いは自らの手で濯ぎ、未来へ託せた。
自分で言うのも何だが、大往生というやつだろう。
十分すぎるほど、自分はこの世界に生まれた意味を果たした。
――いや。ひとつだけ、惜しく思うことがある。
不合理の一言で片付け、ずっと一顧だにしなかったブラックボックス。
心という名の不可解には、きっと自分が思っている以上の開拓の余地があった筈だ。
もしももっと早くそれに気付けていたら、解き明かせる真理は十や二十で利かないほど多かったかもしれない。
何せ完璧と信じたこの己にすら、ちゃんと心があったのだ。
死後があると仮定して、どこぞに流れ着いたなら今度こそ改めてそれを探求しよう。
手始めにまずは研究材料が欲しい。実験動物でも、先駆者でも、なんでも構わない。
だがこれを調達するのは難儀そうだ。ともすれば同じ轍を踏むことにもなりかねないから厄介である。
天国だの地獄だのに興味はなかったが、今になって前者がいいと思い始めた。
さんざん研究に付き合ってやったのだから、今度はお前が私に付き合う番だろう。
まずは家を建てよう。
そして書斎を作ろう。
そうすればお前はどこからともなく聞きつけて、呼んでもいないのにやって来るだろうから。
――安息になど浸っている暇はない。
さあ、次だ。私はどこまでも進み続ける。
私を破滅へ追いやった、いつかの〈雷光(おまえ)〉のように。
【蛇杖堂寂句 脱落】
◇◇
705
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:39:59 ID:FWuHOWGU0
命を失った老人の身体が、仰向けに倒れ伏した。
ひとつの時代の終わりをすら感じさせる、威厳と気迫に溢れた死。
〈はじまりの六人〉、狂気の衛星が遂にひとつ宇宙から消えた。
これを以って、混沌の時代は到来するだろう。
均衡は崩れ、天蓋は破壊されたのだ。
神の零落すら霞むような、誰にも予測のできない世界がやってくる。
それはきっと、〈はじまり〉を知っている彼らでさえ例外ではない。
「ノクトはどうするの?」
「俺はそこのご老人ほどクソ度胸しちゃいないんでね。流石にお前とは揉めないさ」
ノクトが、祓葉の問いに苦笑いで応える。
「今はまだ、な。それに、俺も俺でノルマは達成できた」
新宿の戦いは、所詮日常が崩壊するきっかけに過ぎない。
デュラハンと刀凶聯合の戦争がどう終わったとしても、問題はその先にこそあるとノクトは踏んでいた。
これまでどうにか辛うじて、恐らくは運営側の都合で存続していた社会機能も、もう今まで通りとはいかないだろう。
六本木の災禍とは比較にならない。新宿決戦で流れた流血はやがて氾濫し、本物の世紀末を引き起こす洪水になる。
問題はその時、変わり果てた世界をどう生き抜くかだ。
そこで使えるカードの一枚を、既にノクト・サムスタンプは確保している。
蛇杖堂とはまた違った、もっと狡猾で悪辣な大蛇。
手痛い出費にはなったが、彼に取り入る手土産は用意できた。
神寂縁。あの存在は、間違いなく今後巨大な嵐を引き起こす。
ともすればレッドライダーを取り逃すことと比較しても勝り得るかもしれない、そんな災厄の祭りを。
「お前こそどうすんだ? 流石に今までほど無茶苦茶できねえだろ、縛りが付いたんだったら」
「んー、特に変えるつもりはないけど……まあでもノクトの言う通り、ここからはもうちょっと色々考えて行動しないとだよねぇ。
いっそ前の時みたいに仲間でも作ってみようかな? ていうわけでどう? 私といっしょに聖杯戦争頑張らない?」
「遠慮しとくよ。お前といると色んな意味で心臓が保つ気がしねえ」
だからきゃるんきゃるんした眼で見てくるな。
眼のやり場に困るんだよこっちは。可愛い顔しやがって。
平静を装ってはいるが、この男もまた狂人なのだ。
それも寂句とは違い、祓葉を望む形の狂気を抱かされている。
そんな彼にとってこの状況は、言うなれば天下一の推しアイドルとふたりきりで語らっているようなもの。
戦闘終わりで鼓動の早い心臓はぎゅんぎゅん言ってねじれているし、こころなしか体温もえらく上がっている気がした。
ここまであからさまに異変が起きているのに、自分がロミオと同類であるとは未だに気付く気配もない。
誰もが忌み嫌う詐欺師ではあるが、そういう思春期の少年のようないじらしさも、ノクトは持っているのだった。
「じゃ、またな。次会う時までにせいぜい残りの頭数を減らしといてくれよ」
「うん、善処する。"みんな"に会ったらよろしく言っといてね」
「こっちはできれば会いたくねえんだよ」
そうして契約魔術師も去れば、残されたのは白い少女ただひとり。
物言わぬ亡骸となった旧友を一瞥し、その隣に体育座りで腰を下ろした。
「……ヨハンに怒られそうだなぁ」
神は、終わりある存在になった。
神の箱庭を絶対たらしめる錠前が壊された。
よってこの先のことは、もう彼女達にすら予測しきれない。
――さあ、星が欠けたぞ。
均衡は崩れ、混沌の世界がやってくるぞ。
最後に笑うのは神なのか、ヒトなのか、それとも別なナニカか。
戦争の時代を告げる赤い騎士の預言をなぞるように、針音の運命は新たな局面へ踏み入った。
◇◇
706
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:40:42 ID:FWuHOWGU0
【新宿区・新宿/二日目・未明】
【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:移動中、疲労(極大)、胴体に裂傷、全身にダメージ(大)、甲冑破損、無念と決意、マスター不在、寂句の令呪『神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ』及び令呪による一時的な強化
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:マスター・ジャックの遺命を果たす。たとえこの身が擦り切れようとも。
[備考]
※マスターを喪失しました。令呪の強化を受けていますが、このままでは半日は保たないでしょう。
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:疲労(大)、複数の打撲傷、右腕欠損、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:均衡は壊し蛇への手土産は用意した。さて、次はどうするか。
1:デュラハン側のマスターたちを直接狙う。予定外のことがあれば素早く引いて何度でも仕切り直す。
2:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
3:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
7:何か違和感がある。何かを見落としている。
8:相変わらず可愛いぜ(心の声)。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【神寂祓葉】
[状態]:不死零落、軽度の動揺
[令呪]:残り三画(再生不可)
[装備]:『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン)』
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:さようなら、ジャック先生。
1:にしても困ったなぁ。ヨハンに怒られそうだなぁ……。
2:結局希彦さんのことどうしよう……わー!
3:悠灯はどうするんだろ。できれば力になってあげたいけど。
4:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
5:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
6:アンジェ先輩! また会おうね〜!!
7:レミュリンはいい子だったしまた遊びたい。けど……あのランサー! 勝ち逃げはずるいんじゃないかなあ!?
[備考]
二日目の朝、香篤井希彦と再び会う約束をしました。
ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』によって、心臓部永久機関が損傷しました。
具体的には以下の影響が出ているようです。
・再生速度の遅滞化。機能自体は健在だが、以前ほど瞬間的な再生は不可。
・不死性の弱体化。心臓破壊や頭部破壊など即死には永久機関の再生を適用できない。
・令呪の回復不可
『界統べたる勝利の剣』は連発可能ですが、間を空けずに放つと威力がある程度落ちるようです。
最低でも数十秒のリチャージがなければ本来の威力は出せません。
707
:
心という名の不可解(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:41:18 ID:FWuHOWGU0
【新宿区・歌舞伎町/二日目・未明】
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:疲労(大)、腹部にダメージ(大)、内臓破裂
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:ますます面白くなること請け合い。腕が鳴るねぇ。
1:それはそうと流石にこのままじゃ死ぬので治療が必要かも。
2:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
3:華村悠灯がいい感じに化けた! 世界に孔を穿つための有力候補だ!
4:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
5:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
6:祓葉も来てるようだからそっちも見に行きたいけど……!
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第五生のハリーと入れ替わり中
五生→健康
九生→疲労(大)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
0:『――ヴァルハラか?』
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
宝具『棺からの脱出』を使って第五生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。
九生の中には医者のハリー・フーディーニがいるようです。
【座標不明・天空・無限時計工房/二日目・未明】
【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康
[装備]:無限時計巨人〈セラフシリーズ〉
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
0:???
1:セラフシリーズの改良を最優先で実行。
2:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
3:〈救済機構〉や〈青銅領域〉を始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
[備考]
※覚明ゲンジに同伴していたバーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルタール人)50体は全滅しました。
マスターであるゲンジが死亡したため、再契約しなければ数時間で全個体が消滅します。
残る個体は歌舞伎町・決戦場にいるもののみとなるため、今回状態表は記載しません。
708
:
◆0pIloi6gg.
:2025/08/10(日) 01:41:55 ID:FWuHOWGU0
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