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Fate/thanatology ―逆行冥奥領域―

1 ◆HOMU.DM5Ns:2024/04/06(土) 23:56:15 ID:5viFYo4Q0


  

                                      .
 ───そこで陀多かんだたは大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。
 その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。ですから陀多もたまりません。あっと云う間まもなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
 後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

                                                     ───芥川竜之介『蜘蛛の糸』



 ◆

852 ◆pIWINZZCPM:2024/05/06(月) 19:24:28 ID:xvnYZky20
以上で投下を終了します

853 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:35:00 ID:JgXaWaX.0
投下します

854地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:37:01 ID:JgXaWaX.0
 その戦場に、善悪の概念はなかった。
 正誤も、罪罰も、因果応報も考えないでよかった。
 少なくとも、戦場を縦横無尽に駆ける彼女にとってはそうだった。
 
 刺客たちはこちらを悪だと見定めており、それに伴なっての憎悪はある。
 少なくとも、眼前の敵集団は『幕府の犬』だの『狂犬』だのと、耳慣れた罵倒を口走ったまま抜刀を見せている。
 この哨戒に連れ立ってきた背後の同志たちには、それで動揺した者もあったようだが。
 先頭でそれを受ける己が胸の内に、余分な感情の揺らぎはいささかもない。
 ただ、臨戦態勢を取る集中と、必殺の気合があるのみ。 

 殺すつもりで向かってこられた以上は、斬る。
 戦端が開かれてから先に、それ以外の道理があるだろうか。
 
 地面を蹴りつけ、一歩目を飛ぶ。
 着地点にいた敵集団の先陣は、それで袈裟懸けに胴を割られていた。
 仕掛けてきた側だというのに、何が起こったという鈍さを顔に表したまま一人目が斬られる。
 返り血を浴びながらも視界は保持。
 二歩目の到達点にいる、敵と視線が合った。
 眼光を受けた相手が幽霊でも見たような慄き方をする。やりやすい。
 懐に入った勢いのままに二人目の上体を蹴り上げ、後ろへと仰け反ったその首を一刀に刎ねる。
 頭部がぼとりと落下している死体を踏み台にしてさらに跳び、 三人目を上空から襲う。
 愛刀を振りぬくではなく振り下ろし、のどの気道を貫いてずぶりと突き立てた。
 刺突であればそこに穴をあけた時点で、人間は例外なく絶命する。
 背後から、■■さんに続けと味方を鼓舞する声に続いて。
 そこに混ざる、聞き慣れぬ声質のどよめきが耳に引っ掛かった。
 
 そう言えば、今宵の見回りには新入りも数名いたのだったかと思い出した。 
 ならば斬り合いは『こういうもの』だと見せておくに越した事はないだろうと。
 刀を抜いたばかりの遺体を引きずり起こし、押し出す。
 さらに向かってくる敵集団へと、その刺突を妨害する障害物として。
 仲間の身体を盾に利用されたことへの、躊躇と動揺が露骨な者。
 怒りの気配を纏うも、表面上は冷静さを崩さない者。
 その差異によって、先に倒しておくべき輩、警戒を割り振るべき取捨選択は読める。
 もっとも熟練だと判明した侍へと向かい、率先して難敵を引き受ける。

 怖気づき、後悔する、そんな余白など彼女の戦いにはどこにもない。

 逃げれば、士道不覚悟。
 進めば、斬れる。

 世界はとても単純明快にできている。
 主張など要らぬ。ただひたすらに斬るのみ。

 大勢は決し、戦いのありようが囲みの突破から掃討へと移った頃合いだった。
 己の身体に違和感を覚えたのは。
 息切れとは別に、のどもとをせり上がるつかえがあった。
 忌んだのは、その違和感がこれまでにもあり、心当たりがあるものだったこと。

855地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:38:09 ID:JgXaWaX.0
 斃れながらも息のある敵に捕縛の指示を出す仲間の群れを抜け出す。 
 独り、戦場から逃げのびようとする首領格の男を追った。
 合理としては、討ち漏らしを出すつもりはなかったから。
 本音としては、この違和感の先に急変を、他の者に見せたくは無かったから。
 戦わなければ、長生きできるものを。
 これは、医師からはそう言われるものだ。
 刀を奮えば奮うほど彼女は死に近づく。
 それは自明でありながら、しかし心の内に恐れはない。
残敵が龕灯に当たらず、夜闇に溶けそうであることにいささか安堵して、終わらせるために地を蹴る。

 ――――ドッ

 一歩目で、踏み込みが音越えをする。
 景色から不純物が消えて彼我だけが残る。
 己の鼓動の音、生者の証さえ置き去りに聴こえなくなる。不要になる。
 斬るためには刀身をぶつけるのではなく、身体ごと一刀と化してぶつけるものだから。
 
 ――――ヒュッ

 二歩目で、『間』が無きものと化す。
 
 踏みしめる地が縮み、位置取りを自在にする。
 距離を詰め、正面に回り込まれるという本来であれば敵の視界に追われる手順が省略される。
 剣術のしのぎ合いで決闘に勝つためではない、暗殺の為に研ぎ澄ませて一方的に命を獲るための奇襲。

 三歩目で、全てが断たれる。

  
 ――絶刀(slash)。
 

 剣戟は、単なる刺突に留まらない粉砕破壊と化す。
 三連瞬いた刀身が抜かれると、人体の局部は形を崩す。
 幽鬼でも見たような顔をした敵が、その顔のまま眼の光を失う。
 返り血は大輪の華と化し、刀身と手先はねっとりと濃い血糊をかぶる。 

 残心を解くと同時に、違和感は咳となった。
 返り血を呑んで噎せたという振り。 
 しかし己のそれだと分かり切った命脈が、肺から喉元を越えて体外にあらわになった。
 刀の柄から外れた片手の手のひらに、彼女自身の血潮の一部だった雫が落ちる。
 それは手のひらを、闇夜を、三千世界を、絶望的なまでの真っ赤に色付ける。

 どんな時代も、どんな戦い方をする世の中でも、深紅とは不吉な警告の色だ。 
 回顧的な心情と視界だけを借りた傍観者の身の上でも、悟ることができた。
 彼女はそう長くは生きられない。
 その時代においては例外なき死をもたらす病魔に呪われている。
 
 ――逃げればいいのに。

 戦場を放棄することは敵前逃亡であっても、『病休』という安全な逃げ道はこの世界にもあったはず。
 しかし 『赤い液体を吐いたとは知られないように秘そうとした』時点で、彼女がそれを望まなかったことは明らかだ。
 きっとその女性に、最後まで『逃げる』という選択肢はなかった。
 逃げれば何より大事なたったひとつ、己の寿命が守られるのだとしても。

856地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:39:09 ID:JgXaWaX.0
 いや、そもそも逃げたいという感情さえ持つことはなかったのだろう。
 逃げたかったのに逃げなかった、何も手に入らないと分かっていても奪おうとした、あの女とは違う。

 逃げればいいのに、という独白に反論したのは、過去夢の彼女ではなくあの女だった。
 彼女に似た声音をした、でも違う少女の声は、夢ではなく己の耳に残っている。


 ――逃げて……その次はどうするの?

 
 地球の人斬りではなく、地球の魔女が言ったことだった。 
 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 

「――とまぁ、こんなものをお見せすることになりましたが、いかがでしょうか?」

へにゃり、と力の抜けた笑顔で手を差し伸べられた。
返り血は既にぬぐわれた後の、若い女性の色白ですべらかな手のひらだった。
淡雪を思わせる白い色彩を宿した立ち姿に、少女性を強調するように後ろ髪で揺れる大きな飾り布(リボン)。
西日を浴びた木の葉色のような、ほの暗さと透明感をどちらも併せ持った双眸。
第一印象の儚さと清らかさだけなら、あのベネリットグループの総裁令嬢にさえ引けは取らないかもしれない。

逆に、第一印象以外は全くそうではない女性だった。
地面に様々な濃淡の血の海ができあがる中で、彼女が絶命させた葬者(マスター)を足元に転がして。
その光景にいささかも心揺れることなく、手甲脚絆や浅葱色の羽織を緋色に濡らしても平然と微笑している。
地面に腰をついていたところを、容姿にそぐわぬ力強さで引き上げられて立たされた。
緩んでいるのは、頭頂部で跳ねたアホ毛と、その発言のみ。

「感想を言ってもいいなら……返り血は控えめにしてほしかったな。
 どうやって目立たないように帰ったものか、悩んでるところだよ」

動揺を封じ込めるためにもと、憎まれ口で返した。
サーヴァント・セイバーの呼び名を持った女は、はっと真顔になりぺこぺこと頭を下げる。

「しまった……辻斬りの横行する京(みやこ)の夜道を歩くようなものと心得ていました。
 この時代では、人斬り包丁だと露見するような恰好で路地を歩くのは憚られることでしたね」
「返り血だらけで歩いても通常営業扱いかよ。旧時代は地獄かな?」

857地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:40:09 ID:JgXaWaX.0
 もっとも、たった今絶命したばかりの男からしてみれば、再現された過去の地球、東京という都で過ごしたここ数日だってまさに地獄の日々だったのかもしれない。
 もともと『サーヴァントとしての実力を見せてくれ』とセイバーに要望したのは、ほかならぬ自分だ。
 だが、街と冥界の境目へと到達した矢先に、ここで遭ったが運の尽きとばかりに使役された死霊や屍蝋鬼(グール)達に囲まれたのは想定外だった。
 すぐさまセイバーが冥界への境を越えて数歩のところで、神速の剣技によって死霊たちの越境を食い止めた。
 眼にもとまらぬ速さで死霊たちの霊格や腐乱死体を次々と斬り伏せ、再殺の血だまりに周囲を一変させていく。
 その速攻を境界の手前で目の当たりにしながら、それにしたって自然発生したにしては頭数が多くなかったかと疑問を抱いたその時だった。
 刃物を振りかざした、浮浪者然とした服装の成人男性が襲い掛かってきたのは。

「それに、マスターのお手も煩わせてしまったことは、重々すみません。
 けれどマスターが躊躇わずに得物を奮える方で、本当によかった」

 それは明確に落ち度だったと、やや歯噛みした面持ちで謝罪してくる。
 
 それについて言えば、こちらも『死霊たちを逆利用して襲撃する敵性葬者(マスター)』まで想定しなかったという反省点がある。
 なるほど、サーヴァントの性能試験や戦闘資源の確保、あるいはシンプルに逃走しようとして冥界に踏み込むマスターは序盤であれば他にもいるだろうと、警戒はしていたつもりだった。
 そういった『初めて冥界に踏み込んだ者』を、自然発生の死霊たちのみならず『魔術によって使役した霊魂』でもってサーヴァントを過度に包囲し、やや孤立したマスターを乾坤一擲に奇襲する。
 まだ冥界に踏み込み慣れない主従であれば、『いくら何でも死霊が多すぎる』とはすぐに気付かれないのも併せて、博打ではあれど賢明に勝ち筋をつくろうとした上での襲撃だった。
 ……と、まで想像がついたのは、刃物を握った遺体の手先が血の気をなくした、屍蝋のそれに変質していたからだ。
 つまりサーヴァントを失い、残り6時間の余命になったことで追い詰められた葬者だった。
 であれば交渉の余地もないと、問答無用でマスターを殺してセイバーを奪おうとしたのだろうとも察せる。
 使役した死霊たちは、サーヴァントが遺した置き土産か。この男が持ち合わせていた最後の切り札だったのか。
 どちらにしても、セイバーは死霊の全てを投入してやっと足留めが叶うぐらいに手練れだった。そして、男の白兵戦能力はそこまで高くなかった。その二つが生き残る葬者を分けた。

「いつもこういう風にはいかないさ。魔術師でも何でもない学生一人に制圧されたこともあるよ」

 いまだにバチバチと火花を散らす、スタンガンの電源を切った。
 振り下ろされる刃を交わし、背後に回り込んで男の総身に電気ショックを与える。
 それだけの反撃を終えた時点で、セイバーはもう囲みを突破して男を袈裟斬りにしていた。

 逆に言えば。
 襲撃したマスターが、いつかのトマト菜園のように白兵戦の訓練を経た工作員をものともしないポテンシャルを秘めていれば。
 この戦いの生死は入れ替わっていたかもしれない。
 それを実感してしまったからこそ、憎まれ口で紛らわせても、心はぞっとしたままだった。

「腕前ではなく。マスターが血と人の生き死にに慣れていることです。
 恐怖だけでなく確かな順応がある。戦場では、そうできない者から順に死んでいきますから」

 しかし、そんなおぼつかない緒戦であっても、セイバーからすれば及第点であったらしい。
 そこには確かに、生前に『慣れ』を覚えられずに命を落として行った戦場の駒を数多く見てきたという実感があった。
 
 しかし、セイバーに何ら皮肉はない、素直な賞賛だったとしても。
 彼女にとっての戦場とは順応すれば生きていける場所であるらしいことが、今だけは、いささか棘のように感じた。
 彼――モビルスーツ操縦士兼、特殊工作員の強化人士5号にとって、命を安いものと扱うのは慣れたことだった。
 そのはずだったのに。

858地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:41:06 ID:JgXaWaX.0
「僕が見てきた戦場では、死にやすい奴はもっと別にいたよ」

 彼がごく最近まで触れ合っていた、戦場育ちの少女は。
 戦場に慣れ、奪う生き方に慣れ過ぎて、それ以外を閉ざしたせいで死に向かってしまった。
 表層ではセイバーのように冷たい狂犬として振る舞いながらも、殺し合いに向かない本質を手帳の中だけに隠していた。
 本当なら戦場を生き場所としても死に場所としても選びたくないと、怯えて嘆いていた。

「戦場に慣れきっていたのに戦場では生きられなかった、君とぜんぜん似てない女の子だった」

 冷たい狂犬のような振舞いだけは同じであっても、彼女たちは全く違う。
 戦場を己の生きる場所だと定めて。
 憎悪や恐怖の揺らぎもなく、淡々と血の雨を降らせて。
 あまつさえ他人(マスター)の為に命を捧げることも受け入れる。
 ただただ己の殺戮の成果を、どうだったか、役に立てたかと感想を求める。
 そんな死者(サーヴァント)の在り方は、強化人士5号が共感するにはあまりに遠かった。

「死にたくないのが本音だったのに、絶対に死ぬような戦場に飛びこんで行った。
 僕なんかより、よっぽど人生のやり直しを懸けて聖杯戦争に来てもよさそうな奴だったよ」

 こんな場所に堕ちこむとしたら、自分ではなく彼女の方では無いのかと疑った。
 たしかに自分は生まれて初めてパーメット・スコアを危険域にまで上げた経験をしたばかりだが。
 それなら彼女の方が、よほど積極的に死に向かっていたし、死にたくないとも怯えていた。
 何より、死んだも同然の人生じゃなくて、ちゃんと生きたかったと言っていた。

「マスターにとって、大切な人だったのですか?」
 
 刀を鞘に収め、まっすぐにこちらを見つめてセイバーは問いかけてきた。 
 斬り合いで見せていた、明度と彩度の一切が欠落した無の眼光はもう無い。
 尽くすと定めた相手には、もう心を向ける相手がいるのかという興味。そして、心を見透かしてくるような無垢。
 冷徹さと狂犬のような暴力性を二重塗りにして、内面を隠していた地球の魔女には無かった素朴さだった。
 返り血をしっかりと拭ってから手を伸ばす真っ当さも、かえって捉えどころがない。

 ともあれ、今の少女はただ少しだけ首をかしげて、好奇心と一抹の寂しさを覗かせていた。

859地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:41:51 ID:JgXaWaX.0
「いいや、まだ何も始まってない奴だよ」

 彼女を取りもどすために戦う。
 そんな目的を振りかざすには、彼女は元から彼のところにいなかった。
 まだ、彼女に本当の名前を教えていない。
 彼女がいなければ、あの絵の場所に行ってみるのだって何年かかるか分からない。 
 生きるのも死ぬのもどっちつかずな命の安い者同士だって、生きていいんだと証明できてない。

「僕は僕の為に最後まで生き残る。彼女に還ってきて欲しいと願うのは、その後のことだ」

 だからこれは、彼女に再び人生を与えるための戦いではなく、自分のための戦いなのだ。 
 同盟だろうと潜伏だろうと奇襲だろうと手を尽くして、ただ生きのびる為に聖杯を掴む。
 そして願いが叶うというなら、また会えた彼女に嫌味っぽく言ってやろう。
 どうだ、命の安い捨て駒だって生き延びていいと証明されたじゃないか、と。

「ええ、そうです。マスターがすぐにいなくなってしまっては、私も『最後まで』戦えません」
「君も最後まで勝ち抜き狙いなの? マスターに命を捧げる割に、願いはしっかりあるんだね」

 嫌味だと受け取らなかったらしく、セイバーはこくりと頷いた。
 言葉の代わりに賛同を告げる、狂人ならざる瞳だった。
 
 あるいは。
 彼女に似てないセイバーであっても。
  一緒にいれば、ヒントぐらいは掴めるのかもしれないと思った。 
 死の恐怖や奪おうとする敵への憎悪とはまったく別の境地で戦っている彼女であれば。
『誠』などという己には聞いたことのない概念を宝具になるほどの信条に据えている彼女であれば。

 ――じゃあ!逃げるだけのあなたは!?
 ――ただ息を潜めて!目をそらして!そんなの死んでるのと同じ!

 死の恐怖を超越して人を動かすものを、知っているかもしれない。
『死んでないだけ』から『生きてる』へと、からっぽの人間を満たすもの。
 もしも、それを示せていれば真の意味で彼女を救えたかもしれないもの。
 時に人間の余命を縮めて、しかし本当にそれを持った奴がいれば、羨ましいと仰いでしまいそうなもの。


「ただ、最後まで『ここに』、『ともに』……その二つで、私は満たされます」


 一人にしないでほしい。

860地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:42:44 ID:JgXaWaX.0
 そういう風に聞こえたのは、『一人にしないで』と懇願する彼女に会っていたせいだろうか。

 あるいは、まるで私心なく命を捧げる少女よりも、そういう少女の方が理解しやすいという願望かもしれない。
 彼は今でも『自分が生きてさえいれば、他のことは二の次でいい』という考えは変えていないから。
 進めば何かが手に入るとか、殻を破って進めば世界が広がるとかよりも。
 まず生き延びなければ全てを失うことになるから。

 ただ一つだけ、彼女が死ぬ前と後とで、決定的に変わったところがあるのだとすれば――。 

「そうは言っても、年相応の服ぐらいは欲しがってほしいんだよなぁ……」
「当世風の服、ですか? そ、それは気が惹かれないと言えばウソですが、ああでも、この流れで欲を出すのは……」
「まず自分の恰好を客観視してから言ってくれよ」

 彼女の生きていた時代の常識は知らないが、それでも『極めて彩度の強い空色で、袖口だけぎざぎざに白く縁どられた服』が真名バレ余裕なぐらいに特異だというのは分かる。
 短絡的なところはあの地球人二人と同じかと、将来に不吉さを抱かずにいられないことにまで、既視感を持ちたくはなかった。 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――もう、逃げることはしない。


【クラス】
 セイバー
【真名】

 沖田総司@帝都聖杯奇譚 Fate/type Redline


【ステータス】
 筋力C 耐久E 敏捷A+ 魔力E 幸運D 宝具C
【属性】
 中立・中庸
【クラススキル】
 対魔力(E) セイバーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。神秘の薄い時代の英霊の為、『対魔力』は殆ど期待出来ない。

 騎乗(E) セイバーのクラススキル。乗り物を乗りこなす能力。彼女に限らず、新選組に馬を駆って活躍したという逸話はないので、こちらも申し訳程度のクラス別補正。

861地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:43:19 ID:JgXaWaX.0
【保有スキル】
心眼(偽)(A) 直感・第六感による危険回避能力がスキル化したもの。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。同時に視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

病弱(A) 生来の虚弱体質。生前の病に加えて後世の人々からのイメージを塗り込まれた結果、『無辜の怪物』に近い呪いを受けている。発動する確率こそ低いものの、あらゆる行動に急激なステータス低下のリスクを伴い、特に戦闘中だと致命的な隙を生む危険がある。生前患ったのが肺結核だった為か、劇中では度々吐血する。

縮地(B→B+) 瞬時に相手との間合いを詰める技術。多くの武術、武道が追い求める歩法の極致。単純な素早さではなく、足捌き、体捌き、呼吸、死角など幾多の条件が複雑に絡み合う事で成立する。Aランクともなると、最早テレポーテーションの類であり、人の身では届かない仙術の範疇である。その為、人間が実現出来る技術の最高峰に相当するのがBランクと思われる。後述する『無明三段突き』の要ともなる技術。

無明参段突き
種別:対人魔剣 最大捕捉:1人
稀代の天才剣士、沖田総司が誇る必殺の魔剣。「壱の突き」に「弐の突き」「参の突き」を内包する。
平晴眼の構えから“ほぼ同時”ではなく、“全く同時”に放たれる平突き。超絶的な技巧と速さが生み出す、防御不能の秘剣。
FGOのみ宝具扱いとされているが、それ以外の媒体ではスキル扱いされている。

【宝具】
『誓いの羽織』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
幕末に京を震撼させた人斬り集団「新撰組」の隊服として有名な、袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織。
サーヴァントとして行動する際の戦闘服と呼べるもので、装備する事によりパラメータを向上させる。
また通常時のセイバーの武装は『乞食清光』だが、この宝具を装備している間、後年に「沖田総司の愛刀」とされた『菊一文字則宗』へと位階を上げる。

 『誠の旗』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:1〜200人
最終宝具。新選組隊士の生きた証であり、彼らが心に刻み込んだ「誠」の一字を示す一振りの旗。
帝都聖杯奇譚本編ではまだ使用していないため、性能は『Fate/KOHA-ACE 帝都聖杯奇譚』などの他媒体に準拠する。
(当人に最終宝具を使用できる自覚がないらしいところは、他媒体と共通している)
使用者本人も気付いていなかったが、一度発動すると、かつてこの旗の元に集い共に時代を駆け抜けた、近藤勇を始めとする新選組隊士達が一定範囲の空間内に召喚される。
各隊士はそれぞれ全員が独立したサーヴァントで、宝具は持たないが全員がE-ランク相当の「単独行動」スキルを有しており、短時間であればマスター不在でも活動可能となる。

【weapon】
 乞食清光(→菊一文字則宗)

【人物背景】
 ぐだぐだしてない時の沖田さん。
 FGOのみを頼りに把握しようとすれば痛い目を見るので要注意。
 少女の心から人でなしの刃を生やした壬生の狼。
 死ぬのは怖くなかったが、置いて行かれることには耐えられない狂人ならざる病人。

【サーヴァントとしての願い】
 戦争の最後まで、主(マスター)のそばで戦い抜くこと。

 【マスターへの態度】
 忠犬。
 姿勢きりっ。尻尾ぱたぱた。外敵に対しては威嚇がるるる。
 これらの態度を豹変ではなく同時に両立させる。

862地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:44:03 ID:JgXaWaX.0
【マスター】
 エラン・ケレス(強化人士5号)@機動戦士ガンダム 水星の魔女

 【能力・技能】
 MSの高い操縦技術。それに付随する(作中のパイロットに共通の特徴として)単車などの運転技術。
 工作員として相応の白兵戦能力は持ち合わせており、特に拳銃射撃についてはプロスぺラおよびハロ二機を相手に足止めをする、ヘルメットだけを撃ちとばして殺さずに制圧するなどかなり戦い慣れている。
 しかしスレッタを篭絡しようとして(以前と別人のように変わったという違和感もあったとはいえ)盛大に滑ったり、失敗が許されない焦りから雑な実力行使に及んで失敗したりと、驕りや焦りによる行動のムラもある。
 ただ基本的には口八丁にも長けており、ふてぶてしくもちゃっかりした立ち回りをする。変わり身も早い。

【人物背景】
 アスティカシア学園パイロット科3年。学籍番号「KP002」。
 ペイル社が擁立するパイロットで、寮の筆頭にして決闘委員会所属……という肩書、名前、声を借りて学園に潜入した特殊工作員。その5代目。
 天使のような笑顔を見せる一方で、本物と同じくらい性格が悪いと評される。
 パイロットとしての力量も高いが、「死ぬのは御免」という理由からGUNDフォーマットの使用を避けようとする。
 同じく『命の安い少女』『死を恐れるガンダムパイロット』と出会い、短い期間ながらも同室で暮らして影響を受ける。
 20話終了時、機体離脱後から参戦。
 設定(ロール)は某国からの留学生扱い。名義はエラン・ケレスとなっている。

【マスターとしての願い】
 奪うだけでは手に入らないと身に染みた。
 それでも命『ひとつ』を抱えて生還する為に、進む。
 ただし、奇跡がつかめるならば『ふたつ』を手に入れる。

 【サーヴァントへの態度】
 共感できない、分からない奴。
 隣にいるだけでいいなら、それはやぶさかではない。

863地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 19:44:14 ID:JgXaWaX.0
投下終了です

864地球の侍 ◆Sm7EAPLvFw:2024/05/06(月) 22:01:41 ID:JgXaWaX.0
>>861
>縮地(B→B+)
すみません、こちらを『縮地(B)』に訂正させていただきます

865 ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:36:14 ID:..Ccx8Bw0
投下させていただきます

866人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:37:13 ID:..Ccx8Bw0

 
 運命というものが、もしも本当にあるのなら。
 自分はそれに、選ばれなかった人間だと。
 少年は、そう自己評価していた。
 
 最初は、ただほしかった。
 のけ者にされたことが、悔しかった。
 羨ましかった。運命に選ばれたあの子のように、なりたかった。

 ほしいとねだったものが手に入らなかった時、人が取る選択肢はふたつだ。
 残念だけれど仕方ないと、悔しい気持ちを切り捨てて前を向く。
 そしてもしくは、その悔しさをずっと抱えたまま生きていく。
 少年の場合は、後者だった。

 自分が弱いから、手に入らなかった。
 自分が弱いから、選ばれなかった。
 自分が弱いから――負けてしまった。
 絶対に負けちゃいけないバトルに、惨めに敗れ去った。

 少年は決めた。強くなろうと。
 二度と負けないために。
 いつも強くて格好いい、誰からも頼りにされる"選ばれたあの子"のようになるために。
 血反吐を吐く思いで努力した。弱さを罪と呼んで、強くあることだけを正しさと据えた。
 弱さなんてものは、何かを得るためには重荷でしかない。
 だから捨てた。誰に何を言われようと、すべてに聞く耳を持たなかった。
 強く、強く、強く、強く――いつかの悔しさを濯ぐために。
 少年は、強くなった。
 とても。とても、強くなった。


 そして、当たり前のようにもう一度敗れ去った。


(――ああ)


 なぜ、自分の手はいつも届かないのだろう。
 こんなにたくさん、努力をしたのに。
 強くなって、みんなに嫌われてきたのに。
 それでも、必死で伸ばしたこの手は届かない。
 何かを掴むこともなく、惨めに空を切るばかり。

 どうして。
 なんで。
 自分だけが、いつもこうなのだろう。

867人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:37:57 ID:..Ccx8Bw0


(――なんで、俺は)


 羨ましい。
 羨ましい。
 羨ましくて、たまらない。
 強い人が。選ばれる人が。手の届く人が。
 誰にでも好かれて、愛されて、何も変えることなくどこにでも歩いていける人が。
 羨ましい。何故、どうして。こんなに焦がれているのに、どうしてこんなにも差があるのだろう。
 どうして、どうして――


(――なんで、俺は、ああじゃないんだ)


 膝から崩れ落ちたその瞬間、世界までもが崩れていくのがわかった。
 慌てふためく気にもなれず、どこかへ墜落していく感覚に身を委ねた。
 見上げる空、さっきまで自分がいた世界はどこまでも明るく照らされていて。
 ますます、自分という存在が惨めでたまらなくなってくる。
 あっちは、いつだってあんなにも明るいのに。
 なんでこっちは、こんなに暗いんだ。
 
 羨ましい。
 ほしい。
 あんな風に、なりたい。
 俺も、俺だって、俺だって――。

 堕ちていく願いの星は、ただ昏く。
 暗がりに埋もれるように、死骸の沼へ沈んでいく。
 裂けた酸塊(すぐり)の実が、水面に落ちる。
 ぽちゃん、と泣き言のような音を立てて波紋が広がり。
 溶けるようにして消えていく、その今際に。


 どうしようもなく冥い運命(なにか)が、落ちた果実を水底から見上げていた。

868人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:38:27 ID:..Ccx8Bw0
◆◆



 死が満ちる、敗者の集う、骸の世界。
 積み上がった億万の髑髏が、大地を成して。
 その骨肉から出た臭気のような未練が、空を騙る。
 
 そこで、わけもわからないままに少年は死にかけていた。
 何も得られないまま、失意のまま冥界に落ちてきた哀れな敗者。
 彼の前には今、一体の怪物が立っている。
 どのポケモンよりも屈強で、そして恐ろしい気配を漂わした巨人だった。

 少年はそれを、情けない格好のまま見上げることしかできずにいた。
 それもその筈だ――彼はポケモントレーナーとしては確かに強い。いや、強くなった、というべきだろうか。
 弱さや甘さ、そして優しさ。
 そうした人として大切なものを全部贅肉として排除した彼は、努力の甲斐あってとても強くなっていた。
 今の自分なら"あの子"に勝てると、そう思い上がってしまうくらいには。
 けれどそんな強さも、一個のモンスターボールも道具もないこの状況では何の意味はない。
 所詮彼はポケモントレーナー。共に並んで戦ってくれる仲間たちがいなければ、単なる弱くて脆い五体がそこにあるだけだ。

 尻餅をついて、歯の根が合わないまま自分にとっての死神を見上げる。
 死者を死に還すもの。サーヴァント。
 この圧倒的な"強さ"を前にしては、少年がこれまで磨き上げてきたなけなしの"強さ"など何の役にも立たなかった。
 強さの象徴として変えた外見も、今じゃ余計に惨めさに拍車をかける役割しか果たしていない。
 
(ああ……死ぬんだ。死んじゃうんだな、俺)

 なんて皮肉だろうと、そう思う。
 いらないものを何もかも捨てて、そうやって強くなった気でいた。
 そんな自分が、今は世界から見捨てられてこうしてゴミ溜めのような場所で終わろうとしている。

 自分は、どこで間違えたのだろう。
 リーグ部の皆にひどいことを言ってしまった時だろうか。
 自分なんかが強くなろうと思ってしまった時だろうか。
 それとも、あの子にバトルを挑んだ時?
 あの夜に、あの子たちの会話を盗み聞きしてしまった時?
 真実(ほんとう)なんて何も知らず、無邪気に憧れてしまった時?

 ああ、そうだ。
 きっと、強くなろうとなんてしなければよかった。
 欲しがったりなんか。上を見上げたりなんか、しなければよかったのだ。

 人には、生き物には、身の丈というものがある。
 弱いなら強いものの後ろに隠れていればいい。
 特別なことなんて望まずに、うたた寝したくなるような穏やかな日々に浸かっていればいいのだ。

869人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:40:46 ID:..Ccx8Bw0
 井戸の中のポケモンが大海原を知らないのは悪いことじゃない。
 弱いなら、弱いなりに自分の世界だけで生きていればいい。
 何も欲しがることなんてなく。
 何かに憧れることも、せず。
 ただ与えられた幸福を噛み分けて、日々の安らかさに微笑んでいればそれでよかった。

(考えなくても、わかってたことじゃんか。俺が、おれなんかが……)

 あの子に敵うはずも。
 鬼さまに見合うはずも、なかった。
 頭ではわかってたことだ。
 なのにそれを見ようとしなかった、見ないふりをした、だからこんなことになっている。

(ごめん、ねーちゃん。おれ……バカだったよ)

 振り上げられた、大剣を見上げる。
 刀身が反射した太陽の光がやけに眩しい。
 それはまるで、誰からも愛される、強くて格好いいあの子のようで。
 
(おれなんかが、手なんて、伸ばすべきじゃなかった……)

 網膜へ無遠慮に降り注ぐその光は、どこまでも無神経だった。
 見上げるものの気持ちなんて、何ひとつわかっちゃいない。
 きっと人を羨んだことも、手を伸ばしても手に入らなかったことなんてなかったのだろう。
 まるで物語の主人公(ヒーロー)のようなあの子のことを、少年は、思い出して。
 そして――

(おれ、なんかが……)

 なんだか。
 無償に。

(……………………ふざけんな)

 無償に――すごく。
 すごく、苛ついた。


「ふざ、けんな……!」


 気付けば吠えていた。
 そんなことをしたって無駄だって、わかりきっているのに。

870人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:41:27 ID:..Ccx8Bw0

「羨ましかった……! おれだって、おれだって、あんなふうになりたかった!
 鬼さま、ほしかった……! だから強くなった、それの、なにが……!!」

 それの何が、悪いことなのだと。
 弱いものは、下から見上げるしかないのかと。
 そうやって羨んでは、自分じゃ届かないからと諦めていればいいのかと。
 少年は、吠えていた。目の前の巨人に対してじゃない。
 それはきっと、自分を見放した運命への咆哮。
 理不尽に自分を裏切り続けた世界をこそ、彼は今際の際で呪っていた。

 どうしておれはああじゃない。
 おれだって、ああなりたかった。
 あんな風に、なってみたかった。
 だから強くなった。
 強くなりたい。もっと。こんなところで。まだ。

「くそ、ぉ…………っ」

 顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、土を握りしめた。
 されど、落ちてくる死の振り子は止まらない。
 少年の命運は、ここで断たれ。
 結局最後まで、彼は誰にも選ばれない。

 それが、彼に与えられた結末で。
 彼に許された、身の丈だった。
 井の中の蛙は蛙のまま井戸で死ねと神が言っている。

 強さを追い求め、焦がれた末の末路。
 身の程知らずの身体は断ち切られ、その無力な五体は死骸になって冥界に朽ち果てる。
 

 ――その、運命を。
 ――否と切り捨てる、小さな陰(かげ)が、あった。


「え……?」


 恐る恐る開いた視界の先で、少年は、信じられないものを見た。
 天を衝くような巨体で、自分の背丈の倍以上もあるような大剣を振り下ろした巨人。
 その一撃を、何分の一かの小柄なシルエットが受け止めていた。
 巨人の動揺が伝わってくる。大山のような巨躯をどれだけ駆使しても、ものの数センチさえ小人の棍棒を動かせない。

871人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:42:06 ID:..Ccx8Bw0

 緑色の半纏を羽織った、ちいさな子どものような姿。
 武器にするのは、なんてことのないただの棍棒。
 そこに蔦を巻きつけて、思いきり殴りつける。
 その姿を、そのかたちに――少年は、スグリは、きっと誰よりも憧れていた。

「あ、ぅ。え、ぁ」

 声が、うまく声になってくれない。
 尻もちをついたまま、ただ見つめるしかできない。
 何故。どうして。ここに――。
 感情が喃語のような音声になって漏れていく。
 そんなスグリの前で、影が、ゆらりと振り返った。

 鬼が、そこにいた。
 ちいさな、ちいさな鬼が。
 棍棒を片手に、そこにいた。
 忘れるはずもない、その姿。
 欲しくて、焦がれて、どうしても捨てられなかった憧れ。
 せわしなく開閉を繰り返す口で、それでも、スグリは呼んだ。



「……………………、鬼、さま………………?」


  
 それは。
 あの日、彼を選ばなかった運命。

 伝説の鬼、悲しいポケモン。
 夢にまで見た憧れが、そこにいて。
 今にも終わる筈だったスグリの物語を、その棍棒で文字通りつなぎ止めていた。

 見たことのないお面を被っていた。
 白い、どこまでも白い"きつねのめん"だ。
 ずっと見上げることしかできなかった憧れが、今は対等の目線にいる。
 そこに立って、自分のことを見つめている。
 この出会いに名を与えるとしたならば、やはりそれは"運命"と呼ぶべきなのだろう。

 スグリの言葉に、小さく頷いて。
 鬼さまは、小さく鳴いた。
 その鳴き声は、いつか聞いたのとは違って聞こえたけれど。
 そんなこと、大した問題であろう筈もない。
 大事なのはこの鬼がここにいて、自分を守ってくれているということ。
 自分の腕に煌めく狐の顔を模した三画の刻印が、呼応するように赫く輝いていること。

 スグリの、運命が。
 想い馳せ、そして夢破れた憧憬が。
 キタカミの里に伝わる、太古からの伝説が。
 ツタこんぼうを片手に、大地を駆けて戦った勇敢な鬼が。


 ――"お面の者"が、そこにいた。

872人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:42:37 ID:..Ccx8Bw0


「鬼さま……おれを、選んでくれたのか……?」

 巨人が、怒り狂って雄叫びをあげている。
 その轟音すら、今のスグリの耳には届かない。
 彼にあるのは困惑と、そして胸の奥から確かにこみ上げる喜びだった。
 渇ききっていた何もかもが、ゆるやかに癒やされていくのを感じる。
 キズぐすりを使ってもらったポケモンはこんな気持ちでいるのかもしれないと、そんなことを考えた。

 スグリの問いに答えることなく、鬼は無言で再び彼に背を向けた。
 けれどそれは、拒絶の意思を示しているわけじゃない。
 スグリだって、ポケモントレーナーだ。
 ポケモンが自分に背を向ける意味。
 背を向けて、敵に向かい合う意味。
 それはもちろん分かる。分からない、はずがないから。

(っ――なにしてんだ、おれ……!!)

 腑抜けた心に喝を入れて、座り込んだ地面から立ち上がる。
 何を呆けている。そんなことしてる場合か。


(おれだって……! ポケモントレーナーだろ!!)


 鬼さまが、指示を待っている。
 トレーナーの言葉を待って、大きな敵に立ち向かっている!
 その事実が、スグリの震える手足に力をくれた。
 震えが止まる。歯の根が噛み合う。
 回らなかった舌は、もう落ち着いた。
 乾いて貼り付いた唇を、皮が剥けるのも構わず一気に開いて。
 そして、そして――スグリは生まれてこの方出したこともないようなありったけの大声で、叫んだ――!


「オーガポン……鬼さま! 『ツタこんぼう』だ――――!!」

 
 ……キタカミの里に伝わる伝説。
 お面を被った、鬼のポケモン。
 その名はオーガポン。
 
 それがどう戦うのかなんて、よく知っている。
 だから叫んだ、スグリは吠えた。
 その命令(オーダー)に応えて、小さな鬼が駆け出した。
 嵐と、雷。ひこうタイプと、でんきタイプ。
 ふたつのタイプを兼ね備えるが如く輝いた『ツタこんぼう』が、真正面から巨人の剣に打ち込まれて。
 

 天を衝くようなその巨体を、紙切れみたいに吹き飛ばした。

873人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:43:10 ID:..Ccx8Bw0


「……はは」


 スグリは、笑った。
 笑うしかなかった、と言ってもいい。
 まるで夢のような光景だった。夢にまで見た、光景だった。
 
 願い、焦がれた鬼さまがここにいる。
 自分の声に応えて、こんな遠くの世界まで駆けつけてくれた。
 今度は、今度こそ、自分のことを選んでくれた。
 その事実に涙がこぼれる。恐怖から歓喜に変わった涙を恥じる必要は、もうない。

「ありがとう、鬼さま……っ」

 ありがとう。
 おれを、えらんでくれて。
 強くなる。強くなろう。もっともっと。
 おれを選んでくれた鬼さまに見合う、もっと強くてすごいトレーナーになろう。
 滂沱の涙を流しながら、スグリはそう決心する。
 そしてもう一度、声を張り上げた。
 今はもう、憧れて見上げるだけの無力な少年としてではなく。
 共に並んで強敵に挑む、ひとりのポケモントレーナーとして、スグリは叫んだ。

「鬼さまっ――行っっけぇえええ! もう一発、『ツタこんぼう』だ……!!」

 有無を言わさぬ連撃で、死神だった巨人を視界の端まで追いやっていく。
 そのちいさな背中を見つめるスグリの眼には、確かな希望の光が灯っていた。
 もう、彼が餓(かつ)えることはない。
 彼は運命に選ばれたのだから。
 今度こそ、もう誰にも負けることはないのだとそう信じる。
 そう、それこそ、皆に愛される強くてすごい"あの子"にだって。

 ひ、ひ。
 スグリは笑った。
 心のままに思いっきり、笑った。

 かつて手の届かなかった誰かに、見せつけるような。そんな、満面の笑顔だった。

874人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:43:36 ID:..Ccx8Bw0
◆◆



 男は、息を切らして駆けていた。
 柄ではないと思いながら、それでも足を止めることだけはできなかった。

 男は、お世辞にも褒められた人間性を持ってはいなかった。
 魔術の名家に生まれながら才能に恵まれず、優れた兄姉を羨んで過ごすばかりの日々。
 使うあてもない知識ばかり蓄えて、才能さえあれば、才能さえあればと苦虫を噛み潰すだけの人生だった。
 いつだって優れた誰かを見上げ、俺だって俺だってと羨むばかりの数十年だった。
 だからこそ男は、この冥界に迷い込んですぐさま歓喜した。
 今こそ俺の可能性を示す格好の機会だと有頂天になって、自傷行為のように積み上げてきた知識を総動員して勝利を目指した。

 もう一度言うが、男はお世辞にも褒められた人間ではなかった。
 そう、たとえば。サーヴァントを召喚もできていない少年葬者を見つけるなりすぐさま自分のサーヴァントに殺害の命令を下せる程度には、自分のために他人を犠牲にすることのできる人間だった。

 なのにそんな男が、今はまごうことなき使命感を胸に駆けていた。
 何のために? 決まっている。
 自分がさっきまで殺そうとしていた少年を助けるためだ。
 いや、それだけではない。この世界に生きるすべての人間、そしてこの世界の外にいるすべての生物を救うためにだ。

 男は、合理的な思考回路を有していた。
 だから相棒(トレーナー)のように、サーヴァントの戦う場所までわざわざ繰り出していったりなどしない。
 ある程度離れた位置に身を置いて、なけなしの魔術回路で使える遠見の魔術を使って戦場を監視しながら念話でサーヴァントに指示を下す。
 そんなスタイルを取っているから、すぐに言葉を届けることができなかった。
 今ほど自分の小心を悔やんだことはない。
 もしもあの場に自分が居合わせていたならば、すぐにでも声を張り上げて自分の見たものをあの少年に伝えることができたのに。

 ……あの少年は、"あれ"を鬼と呼んでいた。
 鬼。おに。確かにそうだろう。
 棍棒片手に巨人をなぎ倒す姿は確かに鬼と呼ぶに相応しい。
 だがきっと、いや絶対にそれは真実じゃない。
 断言したっていい。あれが。あんなものが、鬼(オーガ)なんて易しいものであっていいはずがない!


 あれは笑っていた。
 いや――嗤っていた。

875人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:44:11 ID:..Ccx8Bw0


 この世のすべて。
 あらゆる命を生き物を、みな平等に嘲笑っていた。
 そういう顔をしていた。白い、死人のように白いお面で。
 
 自分の英霊たる巨人を文字通り打ち砕いた、"あれ"の顔。
 それは今も男の脳裏に貼り付いて離れなかった。
 こうしている今も歯の根は合わず、股下は失禁でみっともなく汚れている。
 それでも駆けるのは、落伍者なりに、屑なりに持っていた一抹の善性の発露だった。

 あれを、野放しにしておいてはいけない。
 今すぐ、ああ今すぐに死を命じこの冥界を去らせなければならない。
 あれは違う。あれは、この冥界に掃いて捨てるほどいる英霊どもとはまったく話の違う存在だ。
 間違っても、間違ってもあれが聖杯に、かの奇跡に指先でも触れるようなことがあってはいけない。
 そうなった時に何が起こるか、一意専心に知識を蓄え続けたこの脳でさえまったく判断がつかないのだ。

 反英霊?
 シャドウサーヴァント?
 違う、それなら笑えるほど穏当だ。

 あれは絶対に、普通の尺度で測ることのできる存在ではない。
 もっと違う、もっと絶対的に終わっているものだ。
 英霊だとか何だとか、そういうものでさえまずなくて。
 例えるならそう、泥。痰壺。路地裏にぶち撒けられた汚物が腐敗して蝿や蛆が集っているような、そんな救いようのないもの。
 何かを穢すことしかできない、汚泥のような存在。
 だからこそ、男は駆けずにはいられなかった。
 あれが万一にでも、この冥界の外に出ないように。
 あれを自分を選んでくれた運命の鬼(オーガ)だなどと無邪気に信じている少年に、その真実を伝えるために。

 あれが何なのかは、未だにまったくわからない。
 でも断言できることは、やはりひとつだ。
 あれは鬼などではない。絶対に、そんなものではない。
 そう、強いて。強いて言うならば。
 
 獣そのものの眼を、お面に描かれた眼を細めて笑う貌は。
 鼻がもげるような獣臭を漂わせて、わざわい色の魔力を振りかざす姿は。
 言葉にして形容するのもおぞましいあれは、あれは――――




 どこまでも醜く、そしておぞましい。
 ただの、きつねのばけものだった。



.

876人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:44:53 ID:..Ccx8Bw0

































「あ」




 何かにぶつかった。
 すっ転んで、それを見上げた。
 ちいさな影が立っていた。
 白い、白いお面を被っていた。

 お面のはずなのに、ただの仮面のはずなのに。
 その口元を、まるで身体の一部のように"にたぁ"と歪めて。
 きつねのばけものが、笑っていた。


 ――――"白面の者"が、そこにいた。



◆◆

877人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:45:23 ID:..Ccx8Bw0



 この世には、陽と陰のふたつの気があるという。
 いわく、世界は原初の混沌が陰と陽の気に分離することで形成された。
 陽の気は、その名の通り上へ。輝きの方へ。
 そして陰の気は、下へ。遥か地の底へ沈み、淀み、わだかまって渦巻いていた。

 そこから、生まれ落ちたいのちがひとつあった、という。
 それは、この世の陰を司るもの。
 この世の陽、輝くすべてを羨むもの。
 恐るべき、恐れられることしかできない、きつねのばけものだった。

 かつて。
 ある少年と妖怪と、その旅路に呼応したすべての光に敗れたばけものは、肉体を失って"世界"そのものへと溶け落ちていった。
 故にそれは、今この時でさえ何のかたちも持っていない。
 陰の気そのもの、完全な純度の悪意と嫉妬で構成された莫大な容量の悪性情報と化して揺蕩っていた、そのはずだったのだ。

 けれど冥界の聖杯戦争は、あらゆる可能性を死者/葬者として招き寄せる。
 死骸の水面にぽちゃりと落ちた酸塊(すぐり)の実は、輝くものを羨んでいた。
 その羨望は、輝きを見上げて肥え太る幼い果実の香気は、揺蕩う陰の気を引き寄せた。
 少年は、魅入られたのだ。運命に、選ばれてしまったのだ。
 本来の未来ならば辿り着く筈もない、決別を果たす筈だった運命に。
 彼の中で育まれてきた悪徳に、いつか光に照らされて昇華されるはずだった陰(かげ)。
 それに滲み入るようにして、ばけものは這い寄ってきた。

 オーガポンは、彼に寄り添って笑っている。
 真実に気付くこともなく、あってはならない形で餓えを肯定された少年の横で有邪気に嗤っている。
 その愚かを、その幼さを、死人の顔に通ずる青さを、嘲笑っている。
 にせもののオーガポンが、鬼に化けたきつねが、哂っている。


 人類悪などであるはずがない。
 これは、愛など欠片も抱いていないから。

 鬼などであるはずがない。
 これは、九つの尾を持つばけものだから。

 でもきっと、運命ではある。
 これは、確かにスグリを選んだのだから。


 "白面の者"は今も眠っている。
 夢見るようにまどろんで、尾のひとつだけを水面に出していつか来るその時を待っている。
 あまねく恐怖と、あまねく絶望。あまねく陰の気が、この白面を染め上げるその時を、待ち焦がれている。
 そしてその時が来たならば。
 すべての陽(ひかり)を覆う陰(かげ)が、ぬらりと水底から這い上がってくるのだ。
 誰もが恐れ、言葉を噤み、真実をさえ覆い隠したくなるようなおぞましい伝説(かたち)を引っ提げて。
 それは、水底からやってくる。地の底、陰の澑まるところから。おぎゃあおぎゃあとそう哭いて、その尾を幽世に靡かせるのだ。

878人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:46:06 ID:..Ccx8Bw0


 狐は化かす。人の眼を。
 狐は化かす。人の心を。
 

 そして見上げる。
 輝くすべてを。
 羨み、嫉み、いつだって叫んでいる。
 名もなきけだものは、今もそこから世界を見上げているのだ。


【CLASS】
アヴェンジャー
【真名】
白面の者@うしおととら
【ステータス】
筋力A+ 耐久A 敏捷B 魔力A++ 幸運E 宝具EX
【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
復讐者:A++
 復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。怨み・怨念が貯まりやすい。
 周囲から敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。

忘却補正:EX
 人は忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
 時がどれほど流れようとも、その憎悪は決して晴れない。
 晴れるはずもない。彼はそれ以外のものを知らないのだから。

自己回復(魔力):A++
 復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を毎ターン回復する。
 破格の回復量により魔力切れという概念が存在しないに等しい。 

【保有スキル】
悪性情報:EX
 現実を犯す泥。領域を侵食する穢れ。
 恨み、嫉み、悪意、未練……あらゆる悪念の塊。人に害を及ぼすだけの存在。
 アヴェンジャーは原初の混沌から分離した陰の気から誕生した妖怪であり、更に敗北して肉体を失ったことで陰気のみの存在に堕ちた。
 サーヴァントならぬ悪性情報。実体のない、データとしてだけの存在。尾の一本をテクスチャ越しに出すのがせいぜいである。が――

879人形(ひんな) ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:46:37 ID:..Ccx8Bw0

九つの尾:E
 九尾の狐。それがアヴェンジャーの持つ本来の姿であり、この尾は彼にとっての宝具でもある。
 しかし今の彼は実体のなき悪性情報。九つの尾は内の一つを具現化させるのが精一杯。
 きつねのめんを被った、小さな鬼(オーガポン)。
 運命になれなかった少年に微笑む相棒。
 白面の者。

魔力放出(災):A++
 武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。
 絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないが、アヴェンジャーの場合性質上そのデメリットがほぼ消滅している。
 扱う魔力は嵐、そして雷。
 都を脅かし、不幸を振りまく、災いの魔。 

【宝具】
『悪性情報・白面の者』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 白面の者。それは陰の化身たる存在であり、白面を恐れる心はかの者の力に変わる。
 負の感情を内包した攻撃を一律で無効化し、他者からの恐怖を受ければ受けるほど強化され、際限なく強くなっていく。
 実体なき悪性情報である白面は、この恐怖を糧に肥え太り、血と肉を殖やして羽化の時を待つ。
 形なき泥が形を得るほどに恐怖が満ちたその時、陰気の雫は現実へと滲出する。
  
 ―――大妖怪、陰の王。白面の者、降臨の時である。

【weapon】
『ツタこんぼう』

【人物背景】

 白面の者。
 憎悪。嫉妬。
 名もなき、きつねのばけもの。

【サーヴァントとしての願い】
 冥界に蘇り、すべての願いを糧に再び生者の国へ踏み出す。

【マスターへの態度】
 利用対象。
 良き、餌。


【マスター】
 スグリ@ポケットモンスタースカーレット・バイオレット

【マスターとしての願い】
 元の世界へ帰りたい

【能力・技能】
 勝利への執着。幼く、濃密な嫉妬心。
 陰の気を強く宿した、きつねの餌。

 かなめいし。

【人物背景】

 ブルベリーグチャンピオンとして主人公と戦い、敗北した直後からの参戦。
 運命に選ばれなかった少年。

【方針】
 当分は調査と、降ってくる火の粉を払ってまわる。
 無差別に誰彼かまわず殺し回るのにはさすがに躊躇がある。

【サーヴァントへの態度】
 鬼さま。自分を助けにやってきてくれたことに強い感謝と充実感を抱いている。
 その戦いぶりはスグリの心を打ち、自分はもう"選ばれなかった者"なんかじゃないのだと実感させてくれる。
 少しの違和感はあるけれど。まあ、些細なことだ。

880 ◆0pIloi6gg.:2024/05/07(火) 02:47:10 ID:..Ccx8Bw0
投下を終了します

881 ◆C0c4UtF0b6:2024/05/07(火) 20:35:15 ID:uprDQVDk0
投下します

882■■■■■の肖像 ◆C0c4UtF0b6:2024/05/07(火) 20:35:47 ID:uprDQVDk0
鉄の子守唄(ララバイ)に魘されて。



東京、23区のどこかの高層マンション。
富裕層の多くが住む所に、その男は居た。

ホームシアターで何かを見ている、戦争映画だ。
情熱を滾らせた志願兵が散っていく、無辜の民が犠牲となっていく。
しかし、主人公は死なない、まるで、異能に包まれたか如く。

聖杯戦争――願望機の醜い争い。
彼もその一人だ、しかし、付添のサーヴァントは今はいない。
それは、どこにいるか?

答えは――外にあった。



赤色の機体が、猛スピードで敵の間合いを侵略する。
相手取るのは、なんと三騎士。
セイバー、アーチャー、ランサー。
最優と呼ばれるクラス3人を相手取るのは裁定者(ルーラー)の男。

弓兵の射撃を交わし、左側面からきた槍兵も素早く交わす。
そして正面から来た剣士を迎え撃つ。

(…間に合わないな…なら、これだ)
鉄の魔神のシールドから、ビーム刃が出る、まるで斧の如く、セイバーの剣先とぶつかり合う。
鍔迫り合いは互角、なら、素早く終わらせる。

「そろそろ決着とさせていただこうか!」
セイバーを蹴りで突き放す。
ビーム刃を解き、シールド下から出したのは、バズーカ。
正確無比の射撃が、ランサーを襲う、持ち前のスピードを凌駕し直撃、塵芥と化した。

仲間の仇!と言わんばかりに、アーチャーの弾幕が激しくなる。
しかし、ルーラーは余裕を崩さない。
「射撃戦は君の専売特許だろうが、私も負けてはいない」
懐からビームライフルを取り出し、バズーカと同じく正確無比の射撃を放つ。
荒々しいアーチャーとは異なり、球数は少ない、しかし、それは確実に狙いを定めていた。

弓と弓の合間を抜き、アーチャーに直撃する。
もちろん、結果は物言わぬ躯だ。

「締めは君だ、やらせてもらおう」
今度はアックスを展開しながら、片手にビーム・サーベルも持つ。
そして、セイバーの間合いを急速に侵略する。
「トドメだ」
セイバーの反応を凌駕して、剣と斧を叩き込む。
両断され、セイバーは消滅していく。

「…これより帰投する!」
残されたのは、何もできない、三騎士のマスター達であった。



戦争映画のエンドロールを見ながら、男は思う。
「異能生存体…彼のような傑物を…もう一度目にしたい…」
男・ヨラン・ペールゼンは軍人だ。
あらゆる可能性を見出し、探求する狂人。

「ならそのための過程を…聖杯に願うのも…悪くない…」
男は目を閉じた。
エンドロールに流れる、子守唄(ララバイ)を聞きながら。



――可能性の器。

ルーラー・フル・フロンタルとはその命を定められて生きていた。

赤い彗星の再来、そうもてはやされて来た。

しかし――かの少年との出会いで運命の軸は変わった。

(私も…君のように…なることはできりのであろうか…)
シャアの亡霊――自我を封殺された存在――希望の旗印とされた存在。
しかし、その全体に帰った男は、今、ここに英霊として生きている。

なら。
(私も…私なりの生き方を…模索しよう…)
巨人――シナンジュのスラスターを加速させていく。
冥界の東京に――煌きながら。

883■■■■■の肖像 ◆C0c4UtF0b6:2024/05/07(火) 20:36:06 ID:uprDQVDk0
【CLASS】ルーラー
【真名】フル・フロンタル@機動戦士ガンダムUC
【ステータス】
筋力D+ 耐久D+ 敏捷D+ 魔力E 幸運E 宝具EX
【属性】混沌・悪
【クラススキル】

対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
本来、ルーラーのクラスの対魔力は高いものが付与されるが。
ルーラーは魔術などが形骸化した世界に生きていたため、最低限のランクとなっている。

真名看破:C 
 ルーラーとして召喚されると、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。
 ただし、隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては発揮されない。
【保有スキル】

単独行動:B
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

強化人間:A
人為的に体を改造され、新人類へと模倣された存在。
直感:Aと同じ扱い。

赤い彗星の再来:A
かつて一世を風靡した男、シャア・アズナブル。
そんな男の再来と呼ばれた男がルーラーだ。
同クラスの戦闘続行、カリスマを内包する。


【宝具】
『可能性を断つ彗星(シナンジュ)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
ネオ・ジオンがアナハイム・エレクトロニクスとの裏取引の元、開発した機体。
ガンダムのデータを流用されて開発されており、高速で圧倒的な破壊力を出すことを実現している。
武装はビームライフル、ビームサーベル、ビームアックス、バズーカなど。

『新世界のための器(ネオ・ジオング)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
『可能性を断つ彗星(シナンジュ)』をコアにすることで動かすことができるMA
メガ粒子砲などの多数の大型装備を内蔵しており、単騎で艦隊を相手取ることも可能。
ただ、魔力が大量に必要であり、令呪一画分を要する。

『意思を削ぐ光(サイコシャード)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:∞
『新世界のための器(ネオ・ジオング)』を使った戦闘の際、敵機の「殺意」を感じ取り、武器などを破壊、抵抗できなくしたことから由来する宝具。
すべてのサーヴァント・マスターから敵対意識を削ぎ、意志のない存在へと変えていく。
会場全域を覆えるほどを宝具である事から、多量の魔力要求される。
おおよそ令呪3画分が必要。

【weapon】
『可能性を断つ彗星(シナンジュ)』
【人物背景】
器として制作された男。
赤い彗星の再来。
【サーヴァントとしての願い】
生きる意味を探す
【マスターへの態度】
ビジネスパートナー、特に気にしてることはなし

【マスター】ヨラン・ペールゼン@装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ
【マスターとしての願い】
不死身の兵士の軍団を作り出す
【能力・技能】
卓越した頭脳と指揮能力。
悪辣だが、高いカリスマ性を持ち、彼についていくものも少なくはない。
【人物背景】
異能生存体に魅入られ、不死身の軍隊を作ろうとした男。
その野望は、彼と交わった一人の男から始まった。
【方針】
聖杯獲得、そのためにもルーラーをうまく扱う。
【サーヴァントへの態度】
少なくとも今は良き関係を築けている
何を考えているかは謎だが…

884 ◆C0c4UtF0b6:2024/05/07(火) 20:36:18 ID:uprDQVDk0
投下終了です

885 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:19:46 ID:fauZzspA0
投下させていただきます。

886救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:20:31 ID:fauZzspA0



「あなたにひとつ忠告せねばならないことがある」

 歌舞伎町の一角、クラブ・バー。
 若くは背伸びしたい年頃の未成年から、老いたるは若さを失った事実を受け入れられない中年まで幅広く足を踏み入れては踊り明かす酒盛り処。

 このバーにはしかし、裏の顔がある。
 色街で店を持つのは簡単なことではない。 
 利権、勢力図、ありとあらゆるしがらみが雁字搦めに張り巡らされた日の沈まない魔境の街。
 その一角で老若男女を問わず客として吸い込んでは、知性をなくしたように踊らせてきたこの店。
 そのケツを持っているのは、年々強くなる取り締まりにも臆さず稼業を継続しているとある暴力団組織。つまるところの、極道であった。

 オーナーと癒着し、麻薬や"まだ"合法なドラッグ、果てには有名ブランドのコピー製品の卸売なども行っているまさに犯罪者達の巣穴。
 知っている者は当然、知っている。
 だからこの店には近づかない。
 けれど知らない者は、歓楽の気配に吸い寄せられて間抜け面でネギを背負ってやってくる。

 実態に気付いた時にはもう遅い。
 所持金だけで済むなら超幸運。
 銀行口座の中身全部で済んでも、まだ幸運の部類。
 最悪なら土地の権利書、家族の身柄に本人の臓器。
 そんなものまで残さず吸い上げられて、ゴミ同然に捨てられる。
 ここはそういう店なのだ。
 だからその男を見た時、知っている者は誰もが一様にこう思った。
 ああ、またバカなカモがネギを背負ってやってきた、と。

 言葉巧みに店の奥、秘密裏に行われる違法ギャンブルの賭場に誘い出して。
 そして勝負を引っ掛ける。もちろん、素人が勝てる仕組みにはなっていない。
 チンチロひとつでもダイスは巧妙なイカサマに支配されていて、百回やっても勝てる道理などありゃしない極悪極まりない処刑場。
 今日も、すべてがいつもの通りだった。
 その、筈だった。
 少なくとも、最初は。

「あなた達の土俵で勝負をしている時点で、何らかのイカサマが行われているリスクは承知している。
 それについてをとやかく言うつもりはないし、それくらいのハンデがなければ私もつまらん。
 なのでこれは良しとするが」

 ゲームはポーカー。
 カードには巧妙なマーキングがされ、ディーラーから他のプレイヤー達まで全員がグルなので万に一つもカモが運勝ちする可能性はない。
 
 だというのに、その男を含めて卓を囲む誰ひとり笑ってなどいなかった。
 ディーラー。勝負師の顔をしたサクラ達。
 そのどれもが、まるで何か化け物でも見るような顔で男を見つめ青ざめている。
 彼らの手元に、チップは一枚たりとも残っていない。
 ディーラーの元にさえ、一枚の通貨も見て取れない。
 それが、今この賭場でありえない事態が起こっていることを証明していた。
 カモが猟師の身ぐるみを剥がして食い尽くすという、起こるはずのない番狂わせが。

「引く客はよく見て選ぶのを薦める。
 そんなこともできないマヌケだから、あなた達はこんな目に遭っているのだ」

 ロイヤル・ストレート・フラッシュ。
 文句の付けようもない最高役。
 男がそれを出したのは、これで三度連続だった。

 賭場に怒号が響き渡る。
 痺れを切らしたディーラーが、吠えた。
 イカサマだ。ありえない。連れて行け。
 それに呼応して、事の成り行きを見守っていたケツモチの極道達が男に近付いていく。
 ちゃぶ台返しは胴元の特権だ。
 胴元に嫌われたギャンブラーは、勝とうが負けようが破滅するしかない。
 
「見る目がないのは悪徳だと、たった今そう伝えた筈だがな」

 男は深く、とても深くため息をついた。
 その瞬間だ。賭場に居合わせた、男以外の全員が。
 みな一斉に、息を呑んだ。

887救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:21:07 ID:fauZzspA0
 何故、ここまで誰もそれに気付かなかった。
 何故、こんなにも分かりやすい"異常"を見落としていたのか。
 賭場の隅。そこに、異様なモノが立っている。

「ンフフ。葬者(カレ)の言う通りよ? アンタ達。
 一般人(カタギ)に負けてちゃぶ台返すのなんて極道(わたしたち)の十八番だけどォ――食い物にする相手は選ばなくっちゃ。
 逆に食われても、知らないわよぅ?」

 左右で、あらゆるカラーリングが反転していた。
 胸元を大きく開いた白衣と、形まで左右非対称の髪型。
 爬虫類を思わす長い舌をでろりと垂らして笑う顔は凶悪だが、そんなもの一々問題にしてはいられない。

 その男は、あまりにも。
 あまりにも、巨躯(デカ)かった。
 長いのだ、縦に。
 まるでそれは、そう。
 人間をふたり、縦に繋ぎ合わせたみたいに。
 白衣に浮かぶ奇妙奇怪な膨らみの位置が人体の一般的な構造とまるで一致していない。
 その巨体は、その風体は、ああまるで怪人のようで。
 いや――

 怪獣(モンスター)の、ようで。

「勘違いしているかもしれないが、私は賭場の色気に惹かれて足を踏み入れたマヌケな勝負師気取りとは違う。
 私は医者だ。よっていたずらに暴力を振るうことは主義に反する」

 怪獣を従えて、自称医者のギャンブラーが眼鏡を小さく指で動かした。
 その奥で光る眼光は冷静、怜悧の具現のようでありながら。
 しかし、明らかに常人のそれではない。
 据わっているだとか、狂っているだとか、そういうのではなく。
 単純に、見ている世界が違いすぎる。見ているモノが、違いすぎる。
 もはや素人目にも理解のできる威容を放ちながら、医者は次に口を動かした。
 怪獣ならぬ怪物が、静かに口角を緩めて。言った。


「素直に負債を払え。何、払い切れないのなら相談には乗ってやる。
 私への借金は様々な形で返済できるからな」


 ――冥界・東京都に伝わる真実(マジ)のお伽噺。
 裏社会で賭場(ギャンブル)かますと怪獣が来襲(く)る。
 
 裏カジノ、裏パチスロ店、更にはネットカジノに至るまで。
 あらゆる場所に、怪獣医は現れる。
 一度現れたならその過ぎ去った後には、多額の負債が残るのみ。
 無数の眼を宿した化け物だったとか。
 異常に体躯の巨躯(デカ)いオカマがいただとか。
 様々な尾ひれと共に語られる、現代日本は色街の怪獣伝説。
 死を糸に編まれた虚構の街に立ち上がる怪獣の威容は、確かな震撼を轟かせ続けていた。

888救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:21:36 ID:fauZzspA0
◆◆



「ちょっと暴れすぎなんじゃないのォ? ヤクザ者は敵に回すと怖いわよ、葬者(マスター)?」
「問題ない。私はミスをしない。すべていずれ来る手術(オペ)に備えてのことだ」

 暗い、薄暗い、正式な認可など得ているとは到底思えない闇医者の診療所(ラボ)にて。
 二体の怪獣が、手術台を囲んで語らっていた。
 手術台の上には、彼らに喰われてすべてを失った患者が横たわって腹の中身を文字通り開け広げにしている。
 そこにメスを入れ、胃袋を開きながら、葬者たる百目鬼(どうめき)は白黒の怪獣医へ答えた。

「何をするにも先立つモノがなくては始まらない。
 人脈然り、金銭然り。私としても実に退屈な時間だったが、あなたの存在を知らしめるためにも極道のシノギを荒らすのは必要不可欠だった」
「まあ、儲かりはしたわねェ。両方とも」
「私が診療の合間を縫って手ずから赴いたのだ。そうであってくれなくては困る」

 結果的に、その本懐は過不足なく果たされたと言っていい。
 今のところ、すべてはこの医者の計算通りに進んでいた。

 東京の闇賭場を荒らし回り、多額の金銭を負債として搾取する。
 そして負債で立ち行かなくなったところに、"交渉"を行って支配する。
 ランサー……『怪獣医』という最強の極道を後ろ盾(ケツモチ)にして、影響力を強化し続けた。
 その結果、今では百や二百では利かない数の極道がランサーの影響下に置かれている。
 いつの世もそうだが、ならず者は強い者の影にいることに安心感を抱くものだ。
 ランサーの支配を煙たがって反旗を翻すどころか、その存在に依存し、喜んで働く者が今では大多数を占めている始末であった。

「連中の使いどころは私が指示するが、活かすか殺すかの判断はあなたに任せる。
 私は所詮ただの医者だ。餅は餅屋に任せるに限るからな」
「無欲な人ね、アナタって。そんなに頭がいいんだもの、自分で前に出て顎で使ってやればいいのに」
「性に合わん。私は好き好んで暴排法の締め付けを受けに行くようなマヌケ達と一緒にされたくない」
「あらやだ辛辣ゥ〜。事実だからしょうがないけど」

 今や東京の極道で、怪獣医の名を知らない者はいない。
 そう言っても決して、過言ではなかった。
 ただでさえ社会に抑圧され、法に縛られ、孤独を味わい続けてきた極道達だ。
 彼らにとって二匹の怪獣はある種、閉塞した現実を破壊する救世主のようにさえ見えたのだろう。
 
「それに、戦争などという前時代的な催しに精を出すのは私も初めての経験だ。
 キープしておく手札(カード)は多い方がいいし、使える術式も然り。
 金と人。序盤戦を制するには恐らく、その両方を抱えておく必要性がある」
「序盤戦、ね。まるで遠からぬ内に、金だの人だの言ってられるステージは終わるみたいな言い方」
「逆に聞くが、都心を舞台にして行う戦争などというマヌケな趣向がいつまでも保つと思うか?
 調停役(ディーラー)でも出てくれば話は別だが、だとしても長続きするとは私には到底思えんが」
「いいえ? まったくの同感。じきにブッ壊れるでしょうねェ……いろいろ。ウフフ、厄介だけど少し楽しみ」

 彼らは、世界の脆さを知っている。
 社会とは、世界とは、よくできているように見えてまったくお粗末な砂上の楼閣なのだと知っていた。
 例えば、一部の異常者(ギャンブラー)の気まぐれで簡単に人命や人権が吹いて飛んだり。
 例えば、抑圧を超えて踏み出した孤独な者達の怒りが秩序を紙切れみたいにブチ壊したり。
 そういうことが起こり得る薄氷の積み木細工こそが、皆がこぞってありがたがる社会とやらの実像なのだと知っている。

889救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:22:19 ID:fauZzspA0

 だからこそ彼らは、世界が長続きすることを端から想定に入れていない。
 冥界化の進行が完全に回るよりも早く、おそらくこの社会は破綻する。
 であれば、たかだか序盤のイニシアチブを握るために手駒を揃えて基盤を作ることは無駄だと思うだろうか。
 ならば彼らは、二匹の怪獣はこう言う。


 マヌケめ。逆だ、と。


「世界は既に末期状態(エンドステージ)だ。直に多臓器不全を起こす」
「ええ。だからこそ、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)の確保が急務」
「世界が壊れるまでを如何にして過ごすか。そこでババを引くか、引かないか。これが来たる危篤の日において、必ず差になる」


 世界は壊れる。
 虚構の街という患者は必ず死ぬ。
 病は骨髄に入り、もう助けようはない。
 だからこそ準備が要るのだ。
 いずれ来る死を幸福に迎えられるのは、早期発見をして準備を重ねていた者の特権なのだから。

「我々は極道と麻薬で"死"を制する。そのためにはあなたの働きが必要だ、怪獣医(ドクター・モンスター)」
「ええ、承りましょう。何しろ得意分野だもの。一度やったことが二度できないだなんて、そんな無能ではないのよ私。
 ――その命令(オーダー)。しっかりこなさせていただくわ、Dr.村雨」

 村雨と呼ばれたこの医者は、あまりに優秀な闇医者(ドクター)だった。
 数多の極道を見てきたし、表裏を問わず数多の医者を見てきた怪獣医。
 その彼をして、太鼓判を押す。

 恐らくこと他者を観るということにおいて、自分はこの男以上に優れた人間を見たことがない。

 間違いなく、怪物。
 間違いなく、怪獣。
 百の眼を持つ、恐るべき鬼だ。
 否応なしに思い出させられるのは、かつてランサーが心酔したある極道者の顔だった。
 人の心が分からない。その一点において彼らは共通していた。
 空洞を飼い慣らすか、受け入れられずに腹を開くか。
 ふたりの違いはランサーの見る限りそこだけだ。奇縁もあったものだと、心底そう思わされる。

「時にだが、ランサー」
「あら。なぁに?」
「診断が確定するまであえて言及は避けていたが。実に素晴らしい肉体だな、あなたの"それ"は」
「……フフ。まあ、そりゃそうよねェ。アナタほどの医者が気付かないとも思えない。別に隠してたワケでもないケド」

 胃袋の中に根付いた腫瘍。
 その輪郭に添ってメスを這わせながら言った村雨に、ランサーは引き裂くような笑みを浮かべてみせた。

890救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:23:04 ID:fauZzspA0


 ――常人の文字通り倍ほどにもなる、巨躯。
 ――白衣越しに浮かび上がる、人体の構造を無視した奇怪な輪郭。
 ――村雨という稀代の医者をもってしても、その全貌を読み解くのには時間を要した。
 

 何故か? 決まっている。
 こんなものは、本来あり得ないからだ。
 あらゆる道理、常識、そして倫理に背いている。
 医者と一口に言っても玉石混淆いろいろいるが、それでもこんな発想に至る者などまずいない。
 そう断言できる。少なくとも村雨は、迷わず断ぜられる。

 これは狂気の産物だ。
 だがだからこそ、常軌を逸して美しい。
 前例などあるはずもなく。
 構想を語っただけで、狂人の誹りは免れない。
 
「キレイでしょう。私の『驚軀凶骸(メルヴェイユ)』。私の人生、そのすべてを体現する怪獣躯体(モンスターボディ)」
「ああ。まったくもって素晴らしい。この卓越した技術の粋を介せない医者などいないと断言する」

 辛辣、冷徹を地で行く男でさえ断言する。
 これは、美しく。そして、掛け値なしに素晴らしい神業であると。
 同じ手術をしろと言われたとして、自分ではきっと逆立ちしたとて不可能だろう。
 そう認めて尚欠片の敗北感すら抱けないほどに、これは完成された一種の芸術品だった。
 医術を志した者であれば、これを見て何も思わないはずがない。
 これを認めずにいられるはずがない。
 だからこその驚軀凶骸(メルヴェイユ)。ひとりの男の、狂気の結晶。そしてふたりの兄弟の、絆の顛末。

「……繰田孔富。あなたは素晴らしい医者だ。
 私はこれまで同業者にこの手の言葉を吐いたことはないが、それを恥とも思わない。
 あなたは間違いなく稀代の名医(ゴッドハンド)だ。
 形はどうあれ同じ道を志した者として、率直に敬意を禁じ得ない」
「ウフフ。嬉しいわねェ――鉄面皮の不思議ちゃんに褒められるってとっても素敵。これだけでも現界した甲斐、あったわァ」

 村雨を知る者がもしこの場にいたなら、すわ槍でも降ってくるのかと身構えたことだろう。
 この男が、最悪を絵に書いたような医者である彼が、他人をこうまで褒めそやすなど滅多にあることではない。
 それこそ天地がひっくり返りでもしない限りはあり得ないと断ぜられる、それほどの異常事態である。

 その賞賛を受けた怪獣医――ランサーのサーヴァント。極道・繰田孔富はニヤニヤと破顔した。
 驚軀凶骸を成し遂げた名医、闇医者の神。
 人に生まれながら。間違いなく、恵まれた環境にありながら。
 それでも英雄ではなく、怪獣に憧れた男。
 誰もが認める名医から極道の闇医者に堕ちた、ある悲劇の主人公。
 それが、繰田孔富。百の眼を持つ医者/葬者に召喚された、サーヴァントであった。

 村雨は認める。いや、認めざるを得ない。
 自分に、驚軀凶骸(これ)は作れない。
 
 これを成し遂げるまでにどれほどの研鑽があったのか。
 そして、一体どれほどの執念があったのか。
 考えを及ぼしただけでも気が遠くなる。
 医者としての敗北宣言を承知で、作れないと言う他なかった。
 繰田孔富は素晴らしい医者だ。
 間違いなく、医を生業にする者のひとつの到達点だ。

「だが」

 そう理解し、認識し、称賛し、その上で。

「その"救済(りそう)"を除けば、だ」

 村雨は、腫瘍を切り離しながら孔富の願望に触れた。

891救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:23:40 ID:fauZzspA0


「……ふぅ。上げて落とすにも程があるって感じねェ。私、アナタに話したことあったかしら?
 こっちは本格的に戦争が始まるまで、秘め事(ナイショ)にしておくつもりだったんだけど」
「見くびるな。私も医者だ。あなたという英霊の能力と、そしてその言動に滲む影。表情の機微。それを見れば、自ずと理解はできる」


 繰田孔富は、医者である。
 だがそれ以前に、極道である。
 社会に排斥され、運命に裏切られた孤独な者。
 故にその願いが、順当なものであるなどあり得ない。
 その思想が、世に理解されるものであるなどあり得ない。
 その思想、その根源。
 それを、村雨は既に見抜いていた。

「全人類を麻薬に漬けて幸せな夢の中で殺す。語るまでもない、論外だ。あなたは狂っている」
「――そうかしら。狂っているのはこの世界の方じゃない? 私はそう思うけどねェ」
「否定はしない。私や、"あの銀行"に集うマヌケ共を生むような世界がまともである筈はないからな。
 世界は皆病んでいる。救いようはなく、どんなに医療が発達しても根本の解決には到底なり得ない。
 そこは私も認めるところだが」

 この世に、救世主(メシア)はいない。
 救済(すくい)はなく、故に慈悲とは幻覚の中にしか存在しない。
 だからこそ麻薬を投与して中毒に陥らせ、夢を見せて幸福のままに死へ至らしめる。
 それこそが、孔富の理想。彼が率いた、救済なき医師団の求める最終到達点。
 そしてそれは、彼が英霊となった今でも変わっていない。
 そのことを承知の上で、村雨は一言で断じた。

「夢などというクソの値打ちもない幻影を指して救いと呼ぶほど、私は愚かにはなれん」

 ……手術室に、沈黙が流れる。
 それを破ったのは、怪獣の笑い声だった。
 くつくつと、引きつるような笑い声。
 それと共に紡ぎ出されたのは、問いであった。

「言うじゃない。アナタに私がどう見られてるのか気になってきちゃったわ」
「問いかけはそれでいいのか? ならば一言、答えてやる。
 背負う荷物の重さも分からなくなったマヌケだ。
 医者としてのあなたは考えるまでもなく偉大だが、一個人としてのあなたはどこまで行っても愚か者でしかない」
「……ンフフ。じゃあもうひとつ。ちょっとズルい質問だけれど、答えてくれる? Dr.村雨」

 繰田孔富は、救世主にあらず。
 その言葉は、その麻薬は、確かに多くの孤独な者達を導くだろう。
 だがそれだけだ。あらぬ方へと導くだけで、結局最期まで救えはしない。
 彼の求める理想の絵図も、夢に描く大海嘯も、決して例外ではなかった。
 だからこそ、村雨は医者である以前にひとりの人間として。 
 答えを求めて彷徨う求道者として、こうも辛辣にそれを否定するのだ。
 少なくとも、それが答えである筈などないと。
 マヌケの落伍者が抱く妄想に過ぎないと、そう断ずるのだ。

892救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:24:16 ID:fauZzspA0

「――アナタなら、この病んだ世界をどう救う?」
「私も今、それを探している」

 怪獣が、問う。
 怪獣が、答える。

「……私の兄は実に偉大な人間だった。
 決して聡明ではないが人望があり、常に他人のことを考えながら"幸せ"に過ごしている」
「ステキなコトじゃない。それがどうしたのかしら?」
「私は兄の腹を開いた。兄の腹は、幸せとは縁遠い苦痛で満ちていた。
 この言葉の意味はあなたなら分かるだろう、繰田孔富。
 他人のために自らを犠牲にして尽くした人間の体内がどんな色を帯びているか、名医であったあなたなら」

 そう、世界は病んでいる。
 誰も彼も、幸せな顔をして病みを抱えている。
 なのにその病みを、矛盾を誰もが噛み殺して生きている。
 おぞましい苦痛と疲弊の渦、そこから時たまこぼれてくる沈殿物を指して"幸せ"と呼び。
 そのわずかな、本当にわずかな成果を得るために誰も彼もが自分を痛めつけ、そしてそれを立派と褒めそやして称える。
 その先にいつか訪れるだろう破綻など、一時のぬくもりを麻酔代わりに見ないふりをして。
 そうして、今日も世界は回っている。

「私は世界の正常を証明するために病みを暴き、世界が救われていることを確かめ続けている」
「…………お兄ちゃん。ね」
「感じ入るものがあるか? ……まあ、私もそこまで悪趣味ではない。これ以上は掘り下げないが」
「アラ。意外と優しいのねェDr.村雨は。……でも、そうね――つくづく奇縁だわ。
 私達の縁はてっきり他人の空似だけだと思っていたけれど、まさか"ソッチ"の方が本命の縁だったなんて、ね」

 かつて操を立てた、心酔した"極道の希望"に似ている男。
 人の心の分からない、空洞を隠して生きている男。
 だからこそ、縁(よすが)はそこにあると思っていた。
 だが違ったのだ。少なくとも、それだけではなかったのだ。
 
 恐らくは。
 自分達を真に結びつけた縁の形は、きっと――――――


「じゃあどうする。止めてみる? 私の救済(すくい)を」
「興味はない。そちらの世界でやるだけならば私は知らん。マヌケはマヌケで勝手にやっていろ」
「なぁんだ。じゃあ最初から角の立つようなコト言わなきゃいいのに」
「そこまでマヌケだったのか? 私もあなたと同じで医者を稼業にしている。
 目の前に患者がいるのなら、その腹を捌かずにはいられない」


 彼らは片割れ。
 共に、片割れ。
 血より深い絆で繋がれた家族に、その生き方を狂わされた男達。


「どの道最後に勝つのはこの私だ。
 私が聖杯を手にする前に、あなたはその複雑怪奇な腹の内を私の手術台でさらけ出せ」
「セクハラはやぁよ、Dr.村雨。――フフ。どうしてもって言うのなら、お得意の眼で暴いてみなさいな」


 悪魔のような。
 怪獣二匹。

893救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:24:58 ID:fauZzspA0
◆◆



 彼らは怪獣。
 人の世界では生きられない、妄執に取り憑かれた怪物たち。
 
 共に、人を救うことを志していながら。
 どうしようもなく、人を破滅させることに長けている。
 故に"葬る者"。
 怪獣としてあるがままに人を破滅させ、死骸の山を歩いて患者を探すそういうモノ。
 百目鬼は、異形の獣を呼び寄せた。
 救済を謳う大海嘯の主を呼び、正義の味方(ネビュラマン)の敵たる驚軀凶骸(メルヴェイユ)を使役したのだ。

 救済の証明者にして葬者。
 医者にして、ギャンブラー。
 名を、村雨礼二。

 破壊の八極道、大海嘯の主。
 今はもう、ゴッドハンドに非ず。
 怪獣医、繰田孔富。

 半殺し(ハーフライフ)では収まらぬ皆殺し(ワンヘッド)。
 手術台の怪獣が、冥界という名の賭場に入場を果たした。



【CLASS】
 ランサー
【真名】
 繰田孔富@忍者と極道
【ステータス】
 筋力B 耐久A 敏捷A 魔力E 幸運D 宝具B+
【属性】
 混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:D+
 一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【保有スキル】
外科手術:A
 マスター及び自己の治療が可能。
 医術が高度に発達した21世紀において、世界的名医とされたほどの腕前。
 既存の術式を用いた手術から、表の医者が生涯通じて見聞きすることもないような外道の手術に至るまで広くこなすことができる。
 その腕は、もはや神業と呼ぶにも値する。

薬物製造(違法):A
 薬物を製造する。ランサーの場合、麻薬を始めとする違法薬物の製造に秀でる。

孤独な者:A
 極道。
 ランサーは社会から排斥され、運命に見捨てられた者である。
 サーヴァントとして感知されず、発する魔力もごく小さいものとして認識される。
 後述する宝具を"服用(キメ)"た瞬間、このスキルの効果は薬効が切れるまで沈黙する。

救済のカリスマ:D++
 救済を求める者たちの声を聞き、それを導く資質。
 世界に深く絶望していればいるほど、ランサーの声は強くその胸を打つ。
 ただし、救世主(メシア)にはなることができない。

894救いの在り処 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:25:29 ID:fauZzspA0

【宝具】
『驚軀凶骸(メルヴェイユ)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:1〜10 最大捕捉:1〜50
 ランサーの生涯最大にして、彼のあり方を怪獣(モンスター)へと決定づけた大手術。その成果たる、繋がれた肉体。
 ランサー自身の胴体に彼の兄の肉体を物理的に接合させた狂気の産物で、ランサーは四本の腕と常人の倍の身体能力・機能を持つ。
 人間の限界を超えた多角的な戦闘技法を用いる他、内臓の機能も倍なためそれを活かしたブレス攻撃などが可能。
 だが聖杯戦争におけるこの宝具の真価は、ランサーが"ふたりでひとつ"であるという点。
 魔術に対してやその他各種あらゆる抵抗判定において、ランサーの達成値は常に二倍として換算される。
 この特性により、彼は霊核ひとつの英霊ひとりという常識を完全に超越している。

『地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
 ランサーが開発した奇跡の麻薬にして、極道が一方的に殺戮される時代に終わりを告げた最高傑作。
 服用者の身体能力を超人のレベルにまで引き上げる他、普通なら致命傷になるような大怪我でも数秒で回復させる異常な回復能力をもたらす。
 この麻薬をランサーは魔力消費で製造することが可能。
 基本的にサーヴァントが服用しても意味は得られないが、ごく一部の極めて身体能力の低いサーヴァントや、またランサー及び彼と孤独を共にした"極道"のサーヴァントだけは例外的に効果を得られる。
 ただ服用するだけでも高い強化作用を得られるが、これを二枚同時に服用した場合、更に爆発的な戦闘力を獲得することができる。
 反面デメリットとして二枚服用から五分後に確実に死、あるいは霊核の崩壊に至ってしまうが、ランサーは前述した第一宝具『驚軀凶骸』の特性上、これを無視する。その上で更なる強化の余地を残すなど、怪獣の躯体はこの宝具ときわめて親和性が高い。

【weapon】
 『驚軀凶骸』

【人物背景】

 救済なき世界に、救済をもたらそうとした闇医者。
 怪獣医(ドクター・モンスター)。

【サーヴァントとしての願い】
 人類の救済。
 聖杯を用いた全人類の麻薬漬けを実行する。

【マスターへの態度】
 意外とカワイイところのあるイイ男。
 能力も申し分ないので気に入っている。


【マスター】
 村雨礼二@ジャンケットバンク

【マスターとしての願い】
 聖杯戦争という勝負(ゲーム)に勝利する。

【能力・技能】
 医者である。そのため、外科を中心にした各種医術に精通している。
 だが真に恐ろしいのは仔細な人体観察に基づく超人的な読心。
 一対一であれば無敵に近いとまで称される、狂気的なまでに優れた診断力を持つ。
 
 ちなみに。最近、問診することを覚えた。

【人物背景】

 世界の醜さを許せなかった男。
 他人の心に寄り添うことを知り、弱点のなくなった怪物。

【方針】
 聖杯戦争に勝つことは前提として、しかし銀行のような元締めのいないこの賭場を見極めることも重要だろうと踏んでいる。
 最終的にどんな形であれ勝利する、そのために行動する。

【サーヴァントへの態度】
 背負う荷物の重みも分からなくなったマヌケ。
 相容れない、と思っている。
 彼の語る救済論については論外。……だが、同時に興味深くもある相手。

895 ◆0pIloi6gg.:2024/05/08(水) 03:25:52 ID:fauZzspA0
投下を終了します。

896 ◆FTrPA9Zlak:2024/05/08(水) 22:13:23 ID:HPCIvT460
投下します

897Before Regained ◆FTrPA9Zlak:2024/05/08(水) 22:15:03 ID:HPCIvT460
人の夢を守ろうとした。
大きな夢を、戦友と共に歩んでいきたいと思った。

だけど戦友達は皆戦いの中で消えていった。

守るものを守ることもできず孤独に死んでいった男。
夢を失い道を違え、最後の瞬間だけは通じ合ったかもしれない男。

それでも大きな理想のために戦って。

全てが終わって自分の最期の時が近づいた時に、この手の中に何が残ったのだろうか。

死が目前に迫って夢や希望、自分を覆っていた鍍金が剥がれた時。

自分の中に残っていたのは死を恐れる心だけだった。





「あっつ…」

テーブルの上に置かれたコーヒーに口をつけて叫ぶ。
湯気の上がる温度の飲み物は、猫舌の男が口に入れるには熱すぎた。

「口に合わなかったか。
 すまない、豆を磨り潰して湯を入れて抽出する。それだけの工程だが、所詮は人間の調理法を真似ただけのものでしかなかったようだ」
「いや、味は問題ねえよ。ただ、熱いのがダメなだけだ」

息を吹きかけながら珈琲を啜る。
味が分かる方ではないが、熱いことを除けば決して悪いものではない。

「…乾巧だ」

思い返すのは、この場所に呼ばれる前。
人間とオルフェノクの未来をかけた様々な戦いが終わり、たまに現れる人を襲うオルフェノクを倒しつつ、クリーニング屋として働く日々を送っている中で。
オルフェノクとなった体が限界を迎えていることに気付いて、働いていた西洋洗濯舗菊池から一人立ち去り。
とある川岸で、限界を迎え灰となっていく体を見つめながら目を閉じて。

気がついたらこの場所にいた。

聖杯戦争。サーヴァント。願い。
色々と聞いた気はしたが、どれほど内容が理解できたか。

それでも分かったことはある。

また、死に損ねたのだと。

898Before Regained ◆FTrPA9Zlak:2024/05/08(水) 22:15:40 ID:HPCIvT460

「私はセイバー。剣を武器とするサーヴァント。
 真名は―――」
「いや、言わなくていい。知ってたら何かの拍子に呼んでしまいそうだからな」
「なら、こう名乗らせてほしい。
 ”妖精騎士ガウェイン”。生前に呼ばれた騎士としての名だ。こちらであれば問題はない」

そう言って、横に立つ女の姿を見る。
自分の体よりも一回り大きい巨体。その体は銀色の鎧で覆われている。
その身から感じられる覇気は、女だと思えるようなものではなかった。
もし彼女の敵意がこちらを向けば、抵抗もままならず殺される。そんな直感があった。

「そう怯えなくてもいい。
 今の私はお前のサーヴァント――主従関係にある存在だ。
 剣になりこそすれ、剣を突き立てようとは思わない」
「別に怖がっちゃいねえよ」

そんなことを考えたのが読まれたように言われた言葉を慌てて否定する。
少しだけ気恥ずかしいところがあっただけだ。



「早速だがマスター、これから主従としての付き合いとなっていくが。
 その上でマスターについて色々と知っておかねばならないことがある」
「……」
「マスターは、この戦いに何を願う?」

戦いへの願い。
生き残って得られる聖杯に対し、何を願うのかが問われている。


「願いってよ、何でも叶うものなのか?」
「ああ。死者を生き返らせたい、過去をやり直したい。
 どのような願いも叶うものだ、と聞いている」

一瞬だけ、頭の中にチラついた顔が見えて。

「ねえよ。何も」

それをすぐに振り払った。

「ただ、死ぬのが怖い。それだけだった」

手のひらを見る。この場に来る前の最後の記憶の中にあったように灰となっていく体はなかった。
綺麗な状態のままだ。

「ならばマスターの願いは生きたいということで正しいか?」
「…いや、何か違うな。
 生きたいって言うよりは、ただ、死にたくない」

何が違うのかは自分でも分からない。
だがそういう方が、今の自分には合っているようにも感じた。

「なるほど。いいだろう。
 私の願いは、騎士として弱き者を守るためにこの剣を振るうこと。
 マスターが死にたくないと願うのであれば、その命を守り抜くために戦おう」

そう宣言するセイバー、妖精騎士ガウェイン。
セイバーの顔を見る。
何故だろうか。
そう口にする彼女の顔がどこかに影と虚無をまとっているように感じられ。
どこか、かつて失った仲間たちのそれと、重なるように感じられた。


そんな感情を拭い去るように飲みかけの珈琲に口をつける。
冷めたそれはすんなりと喉を通っていった。




899Before Regained ◆FTrPA9Zlak:2024/05/08(水) 22:16:48 ID:HPCIvT460

まだこの形が保てていた時に見た最期の記憶。
それは自分が収めるマンチェスターで、妖精達が人間を殺戮する光景。

――なにって、領主さまのマネゴトさ!
――毎日とっても楽しそう!ボクらもマネをしただけさ!

――バーゲストは食べちゃった!屋敷の奥で食べちゃった!


妖精たちの行動は、かつての自分の罪が撒いたもの。自分の責任。
だから、責任を取らなければならなかった。

妖精を牙で食らう感覚を覚えている。
妖精を爪で斬り裂いた感覚を覚えている。

そして。
まだかろうじて息のあった人間を踏み潰した感覚も覚えている。


獣の厄災と成り果てた体に、もう自我はなかった。

ほんの僅かに記憶に映っている、全てを滅ぼす怪物と化した自分を討ち滅ぼした円卓の騎士の姿。
それはかつて話に聞いた、憧れの騎士の姿そのものだった。
怪物となった自分を円卓の騎士が倒してくれるのであれば、これ以上の最期はないだろう。




ならば。
何故私はこの場所に呼ばれたのだろう。
何故妖精騎士としての姿で顕現してしまったのだろう。

いっそ災厄・バーゲストとして呼ばれればよかった。
暴れ狂うだけの獣であれば、こんなに苦しむ心を持つことはなかった。

妖精達を殺した感触を。巻き込んだ人間たちの悲鳴を。
この手で喰らった愛した人たちのことを。
思い出すことはなかっただろうに。

これはかつての願いをやり直せということなのか。
あるいはその罪を心に背負って戦えということなのか。

分からない。
だがもし望むことが許されるのであれば。

この戦いにおいては、厄災ではなく騎士として戦いたい。
あの罪を心の奥に覆い隠して、妖精騎士ガウェインとして。
いや、もしこの名を名乗る資格もないのであれば、ただの一人の騎士として、本懐を遂げたい。

それが、ただ一つの願い。




【CLASS】セイバー
【真名】妖精騎士ガウェイン(バーゲスト)@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力B+ 耐久A 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具B+
【属性】混沌・善
【クラススキル】
対魔力:C
セイバーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。
どのようなクラスであっても、妖精騎士は高い『対魔力』スキルを保有している。

狂化:A+
本来はバーサーカーのクラススキル。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
精神に異常は見られない■■■■■だが、定期的に■■を■■しなければならない。
衝動に襲われた後、速やかに解決しなければ発狂、見境なく殺戮を繰り返すバーサーカーとなる。

妖精騎士:A
妖精の守護者として選ばれた加護を表したスキル。
対人・対文明に特化した自己強化であるが、他の『妖精騎士』達への攻撃行為はタブーと定められており、妖精騎士を殺めた妖精騎士は自己崩壊する。

【保有スキル】
ワイルドルール(A)
自然界の法則を守り、その恩恵に与るもの。
弱肉強食を旨とし、種として脆弱な人間は支配されて当然だと断言する。
自らの角が変じた妖精剣ガラティーンで相手を噛み砕き捕食して能力を奪う事が出来る。

聖者の数字(B)
汎人類史の英霊、ガウェインから転写されたスキル。
日の当たる午前中において、その基本能力(ステータス)が大幅に増大する。
バーゲスト自身は夜間の活動の方が得意なので、あまり相性は良くない。

ファウル・ウェーザー(A)
コーンウォールに伝わる、一夜にして大聖堂を作り上げた妖精の力を表すスキル。
味方陣営を守る強力な妖精領域を展開可能となる。

900Before Regained ◆FTrPA9Zlak:2024/05/08(水) 22:17:08 ID:HPCIvT460

【宝具】
捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:1〜100
最大捕捉:100人

自身の剣であり燃え盛る角でもある「ガラティーン」を用いての巨大な一撃を放つ。
バーゲストの額に生えている角は自身の霊基成長を抑制する触覚であり、これを引き抜くとバーゲストの理性は死に、残った本能が肉体を駆動させる。
角を引き抜いたバーゲストは「先祖返り」を起こし、黒い炎をまとって妖精体を拡大させ、ガラティーンを相手の陣営に叩き降ろす。
振り下ろされたガラティーンによって地面から燃え立つ炎は敵陣をかみ砕いて捕食する牙のように見える。

【weapon】
妖精剣ガラティーン
噛み砕いた相手を捕食し、バーゲストの力に変えることができる。

ブラックドッグ
バーゲストの眷属。
モースの王の呪いより生まれた妖精を食らう妖精。


【人物背景】
凶兆の妖犬、「バーゲスト」
妖精國においては、人間に限りなく近い姿をもって誕生した黒犬『獣の厄災』。
迫害を受けながらもそれに負けることなく騎士に憧れ努力を続け、妖精騎士ガウェインの名を受けることとなった。

なお妖精國でのことは覚えているが、カルデアのサーヴァントとしての記憶は持っていない様子。


【サーヴァントとしての願い】
生前の行いもあり、かける願いは持っていない。
ただ、騎士として有ることができればいい。

【マスターへの態度】
弱き者なので騎士として守る。それだけでいいと思っている。






【マスター】
乾巧@仮面ライダー555 パラダイス・リゲインド

【マスターとしての願い】
無い。とにかく今は生きていたい。


【能力・技能】
ウルフオルフェノク
狼の特性を備えたオルフェノク(人間から進化した形態)への変身が可能。
最高時速300kmと狼さながらの俊敏な動きと高いジャンプ力を誇り、全身から生えた剣のような鋭い突起で敵を斬りつける。
身体中の鋭い突起を伸ばして相手に突き刺し、使徒再生(人間の心臓に突き刺すことで適合者をオルフェノクに、そうでないものを灰化させ死に至らしめる)を行うことができる。
生半可な銃火器の攻撃にも耐え、高所から飛び降りても命に別状はないなど耐久力も人間のものを超えている。

なお、参戦時期の関係でファイズギア、ファイズギアNEXTが現在手元にないためファイズへの変身は不可。


【人物背景】
幼少期、事故により一度死にオルフェノクへと覚醒した。
その後は夢もなく全国を回っていたが、ある出会いを境に仮面ライダー555として人を襲うオルフェノクと戦うこととなる。
友や仲間、多くのものを失いながらも人間のために戦い、オルフェノクの王の打倒も成し遂げるも、体の崩壊が進み寿命を感じ取ったことで一人静かに姿を消した。

パラダイス・リゲインドにて体が灰となる直前、スマートブレインに保護される前より参戦。



【方針】
分からない。
とにかく死にたくない。


【サーヴァントへの態度】
何か隠していることがあるようにも見えるが、悪いやつではないと思うので信じてみる。
ただどこかその雰囲気に木場勇治や長田結花のような、かつて失った仲間たちに似たようなものを感じている。

901 ◆FTrPA9Zlak:2024/05/08(水) 22:17:31 ID:HPCIvT460
投下終了します


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