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オリロワZ part3

53◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:12:52 ID:???0

「日野のを返せぬ理由は話せぬか。では、交渉は決裂か」
「受け入れていれば、幸せに終われたものを。
 では、君たちはこれから私をどうするつもりかな?」
「決まってる。お前をとっ捕まえて、
 天原って奴の力を借りて、珠の身体から出てってもらう。
 研究所の連中には、このウイルスは問答無用で焼き殺せと言っておくよ」
「できるかな? と、言いたいところだが……」

女王は、改めて目の前にいる相手を眺めると

「相手は魔王の力を持つ少年に魔王の娘、聖剣の巫女に厄災ときたか。
 そしてこちらの身体は特に力を持たない女の子のもの、と。
 やれやれ、厳しいものだ」

そう言って、肩をすくめた。

「でも、できなくはない、ってな言い草だな、この野郎」
「さて、どうかな」
「ま、お前のことはどうでもいいや。珠は返してもらうぜ」
「………圭介。気を付けて。相手は女王だけじゃない」

魔王の娘が警告する。
いつの間に集まったのか。女王に呼ばれたのであろう百人近くのゾンビが、こちらを取り囲んでいた。

「さすがに相手が悪いのでな。こちらは数を使わせてもらうよ」
「やり方がセコいんだよ。今までの全部、コイツらが来るまでの時間稼ぎかよ」
「用意周到、と言ってもらおうか。君達が味方に付いてくれた方が、私としてはずっと楽だし好ましかった」

そう言いながら、女王はゾンビの兵士達に命令を下すように、右腕を上げた。

「女王に仇なす者たちだ。殺せ」

号令一下、ゾンビ達が圭介達に襲い掛かる。
その動きは今までの、理性を失い本能のままに彷徨っていた時のような、
ゆったりとしたものではなかった。

「……なんだ!? こいつら、今までと違う!?」

圭介は思わず叫んでいた。
正気の時とほぼ変わらない様子で走ってくる者もいる。
明らかにこちらの殺傷を目的に、石や鈍器を手にしている者もいる。
ゾンビ達は、明確にこちらを『敵』と認識し、行動していた。

「先頭の連中! 足を止めろ! そこを動くな!!」
これ程の人数に襲い掛かられたらまずい。
そう判断した圭介が『村人よ我に従え(ゾンビ・ザ・ヴィレッジキング)』の異能を使う。
今までの経験からして、20人くらいなら動きを止められるはずだった。だが。

「「「オォォォォォッ……!」」」

異能を受けたゾンビ達は、その影響で速度こそ落としたものの、
圭介の命令に抗うかのように、ゆっくりと前進を続けている。

「異能の利きが悪い!?」
「控えいっ!!!」

今度は春姫が異能『全ての始祖たる巫女(オリジン・メイデン)』を言霊に乗せ、ゾンビ達を一喝する。
ゾンビ達は一旦足を止めたものの、数秒後には再び進行を開始する。
舌打ちする春姫。魔王の娘は、それを見て何が起きているのか悟った。

54◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:13:20 ID:???0
「圭介。気を付けて。
 多分、ウイルス達は、女王を殺せば自分達も死ぬって分かってるんだ。
 だから、女王の敵である私達に全力で対抗する。
 ゾンビ達に私達を敵と認識させて、襲い掛からせてる」
「……マジか。異能もあまり効かねえし、この数相手じゃやべえぞ」

そう言っている間にもゾンビ達は続々と向かってきている。
女王はこの包囲網の向うだ。
女王を倒し、珠を救う為には、このゾンビの肉壁を超えねばならない。

「圭介。魔王の力…… 魔力を使って」
「ま、魔力って…… 俺の中に在るコレか!? でも、どうすりゃいいんだよ!?」
「重要なのはイメージ。『自分が何をしたいか』に精神を集中して、力を開放するの。
 魔王に自我を奪われたとき使ってたんだから、身体が覚えてるはず。大丈夫、細かい補助は私がする」
「集中っつても……」

ゾンビは既に目の前に迫っていた。このままではあと数秒で乱戦が始まってしまう。そんな時間は……

「目を閉じろ、山折の!」
春姫の手にした聖剣が輝き、熱光が放たれた。周囲のゾンビ達の眼が焼かれ、視力を失う。
その一撃が、圭介が集中するために必要な時間を作り出した。
「妾に構うな! 行け!!」
「……済まねえ!!」

圭介は魔王の娘と共に、魔力で作り出した気流に乗り飛翔、一気にゾンビの群れを飛び越えていく。
その先には、10体ほどの護衛ゾンビを連れ、後退する女王の姿。

「逃がさねえぞ、この野郎!!」
「空まで飛ぶか。勘弁してくれ」
女王はH&K MP5を手に取り、瞳に映る運命線に沿って引鉄を引いた。
その銃弾の軌道は、嫌みなまでに正確に圭介を捉えている。

「うっ…… 盾!!」
寸前で黒曜石の盾が現れ、銃弾を防いだ。

「魔王の力を得たはいいが、肉体は人間のままのようだな。
 下手に突っ込んで撃ち落されたらまずいんじゃないか?」
「うるせえ、黙ってろ」

圭介は高速で飛行しながら、何とか女王の迎撃を潜り抜けようと試みるが、
運命の可視化を併用した女王の射撃は正確無比だ。
フェイントを掛けたり、あるいは盾を構えて強行突破を狙ってみても、
こちらの手はことごとく見透かされており、距離が詰まらない。

「ああくそ、セコい動きばかりしやがって!!」
「力は君達の方がずっと上だろう。ただの女の子の身体で魔王の相手をするこっちの身にもなってくれ」
「圭介、あんな挑発には――」
「大丈夫だ」

そう言われて、魔王の娘は気付いた。
頭に血が上っているかの口調だが、圭介の眼は冷静なままだった。
精神を落ち着けようと、深く、ゆっくりと呼吸をしていた。

軽口を叩き余裕を見せ、こちらを挑発しながら己のペースに引き込む。そういう相手との戦いを圭介は思い出していた。
成田三樹康との死闘。圧倒的戦力を有しながら、相手に徹頭徹尾手玉に取られ、日野光と浅葱碧を失うことになった、己の最も忌むべき記憶。
今の圭介に同じことを繰り返すつもりはない。そんなことをすればそれこそ2人に合わせる顔などない。
攻撃は苛烈に、されど頭は冷静に。そして珠を取り返す。圭介は相手の挑発に惑わされることなく、己が目的に集中していた。

55◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:13:50 ID:???0
「なるほどね。ちょっと、見直した」
「でも、正直どうすればいいのか思いつかねえ! 何か手はないのか!?」

大雑把な攻撃では下手をすると珠まで殺してしまう。
珠を出来るだけ傷つけず、女王だけを捉える。そんな繊細な魔力操作を行うにはそれなりの集中時間が必要だが、
隙を見せたとたん、女王はそんな時間など与えぬと言わんばかりに嫌らしく発砲してくる。
無論、大局を考えるなら珠ごと女王を殺すのがベストだと、圭介も分かってはいるが。

「あれは光の妹だぜ。そのまま殺してもいいとはお前も思ってねえだろ」
「…………そうね」

魔王の娘は少し思案したのちに答えた。

「あいつの運命を見る異能は、日野珠の本来の異能の進化形。つまり、あくまで目を使って見ている」
「……てことは、視界を防げばいいんだな」
「それと、あいつは多分、あなたと同じように魔力を使った経験は浅い。だから……」

そう言って、圭介に『あること』を伝える。
圭介はそれを聞いてにやりと笑った。

「……よし、じゃあこの手で行くか」

そう言うと、圭介は両腕に魔力を込めた。
イメージに従い、両腕から強力な風が発し始める。圭介はその身に旋風を纏った。

「……何か考えたな」

それと見た女王は牽制に数発発砲したが、
圭介が纏う魔力の風によって弾道が逸らされ、圭介本人には当たらない。

「さて、何を仕掛けてくるつもりか」


「――――行けえっ!!!」

圭介は気合一閃、溜め込んだ風の力を思い切り地面に向けて放ち、巨大な上昇気流を発生させた。
だが、人間を吹き飛ばすほどの勢いではない。つまり、攻撃が目的ではない。

「……なるほど。私の目を潰そうというのか」

女王は圭介の狙いに気付いた。この風によって地面の砂が巻き上げられたことにより、
周囲一帯が砂塵で包まれた。上下左右どの方向もまともに前が見えない。

「兵士達よ、私を守れ」

女王は指示を出し、己の周囲をゾンビで固めた。
視界が塞がれ、運命の可視化に頼ることは出来なくなった。
では、圭介達はここからどう動いてくるか。
この状況では圭介達からもこちらは見えないはず。
まさか本気で周りのゾンビごと自分を焼き尽くすとでもいうのか。
万が一にでも攻撃を受けることを警戒し、女王とその一団は砂煙の中をゆっくりと後退していく。
その時だった。

「私が貴女を感知できるとは、予想できなかったみたいね」
「何……?」

幼神の声が耳元で響いた。
気付いた時にはもう遅い。
突如足元に出現した黒蛇が、女王に躍りかかった。


風が吹き、砂塵が晴れ、戦場の姿が再び露になった時、
女王は、黒蛇の姿に変じた幼神によって、その身をぎりぎりと締め上げられていた。

圭介達の作戦はこうだ。
魔力で砂嵐を発生させ、女王の視界を塞ぐ。
その間に身体を変化させた幼神が、女王の黄金瞳から発せられている魔力を感知しつつ、密かに接近し、女王を拘束する。
幼神の予想通り、女王ウイルスはその黄金瞳が象徴するように魔法の力を秘めた存在だが、
直接魔力を行使したのは、前回のループで日野光を殺害する際に聖剣を使用した程度であり、
絶対的に理解と経験が足りなかった。
幼神ほどの魔力の使い手ならば、視界を塞がれた状態でも女王の位置を探知できる、とまでは予想できなかった。
今の幼神は圭介の魔力コントロールにリソースを割いているため、戦う為の力はわずかしかない。
だが、物理的干渉が出来る以上、少女一人を気絶させるくらいは充分に可能であった。

「ぐ、ぬ……」
女王は力任せに幼神を引きはがそうとするが、日野珠の腕力は非力すぎた。まるで歯が立たない。
護衛のゾンビに救援を指示しようとしたが、そうはさせじと圭介が突風を放ち、ゾンビ達を吹き飛ばした。

日野珠の力が抜けていくのが、傍から見ていても分かる。顔色が徐々に白くなり、四肢が痙攣し始めた。
「よし! そのまま気絶させろ!!」
圭介は勝利を確信して叫んだ。

56◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:14:24 ID:???0

「さようなら、女王様。手に入らないハッピーエンドを夢見たまま、逝きなさい」
幼神は、息も絶え絶えな哀れな女王に無感情な眼差しを向けたまま、その意識を刈り取ろうとしていた。
幼神から見れば、女王もあの魔王と大差なかった。
運命を可視化したことで世界を想うがまま動かせると思い上がった道化者。
人間に寄生しなければ増えることもできない、魂すら持たない下等な生命。

「……幼、神よ……」
「ん?」
女王は、締め付けられている気道に、残った僅かな力を込めて隙間を開け、かろうじて声を絞り出している。
「私は、ただの、ウイルスだ……
 君のような、存在、に、比べれば…… あまりにも脆弱で、下等な、存在だ……」
「…………それで?」
「君に、手が届かないのは、当然だ……
 神殺しの、手段など…… まるで、検討も、つかない……」
「今更、負け惜しみなんかっ…………!?」

ここに及んで、幼神は気付いた。
女王は笑っていた。
全身の筋肉は痙攣し、顔色は能面のように白く、口角からは泡が吹き出し、意識を保っていられるのもせめてあと数秒といった状態で。
それでも女王は笑っていた。

「だから、さ……。
 私に、自分を殺せはしないと、高を括って、いたん、だろう……?」
「どういう、意味……?」
幼神は分からない。だが、恐ろしい予感が己の魂をよぎった。
女王はなお、笑っていた。
黄金瞳を不気味に光らせながら。日野光を殺したときとそっくりな、醜悪な表情を浮かべて。
直後、黄金の瞳を、幼神の魂を貫くが如く、細く、鋭く輝せながら、女王はこう言った。







「――――だから死ぬのだよ、お前はここで」

57◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:14:59 ID:???0
「なんだ!? どうしたんだ、おい!」
圭介は困惑の叫び声を上げていた。

女王を締め上げていたはずの黒蛇が、突如力を失い、女王の身体からずり落ちた。
そのまま人形に戻った影法師の少女は、立ち上がることもできず、地面に突っ伏し、全身を痙攣させている。

幼神は、己の身体に何が起きたか気付いた。
何かの異物が、実体化した己の身体の中に入り込んでいた。
それが、己の記憶を少しずつ消滅させていくとともに、
それとは別の何かが自分の自我を食い荒らしている。

「じょぉ、う…… なに、を…………」
「実体を持ったのは失敗だったな」

女王は手にしていたものは、黒い粉末だった。
研究所地下3階、感染実験室で日野珠が見つけた、魔法鉱物。
短期記憶を消去する効果を持つとともに、吸引した者にゾンビ化の再抽選を行う副次的効果がある。


女王/日野光はかつて、とあるループである存在と遭遇していた。
その名は『八重垣』。『八尺様』という怪異が『正常感染者』となった存在。
そう、HE-028ウイルスは、怪異にすら感染するのだ。

魔王の娘は山折圭介、隠山祈は一色洋子という正常感染者の肉体を媒体にしてこの世に具現していた為、
今まではウイルスの影響を免れてきた。
だが、これから魔王の娘に行われるのは、短期記憶が消去され、その影響がリセットされることによって生じる、
ゾンビ化の再抽選だ。

「……ぅ………ぁぁ…………」

魔王の娘の、至近の記憶が消えていく。ウイルス抗体が一時的に無効化される。
「絶望するにはまだ早いんじゃないか、幼き神よ。10%の当たり籤を引けば君の勝ちだ。
 君という存在に対し私が打てる手は、正真正銘これしかないのだから」
「……ァ、ァ…………」

運命の籤が無慈悲に引かれる。
天運は幼神に微笑まなかった。
幼神の自我が、ウイルスに貪り食われていく。
魔王と女神の娘との間に生まれた、人知の及ばぬ祟り神が、哀れなゾンビに身を堕とされていく。

女王が、ゾンビと化した幼神に命じた。

「幼神よ。お前とその父の力を女王に捧げよ」

圭介は、己の身体から力が抜けていくのを感じた。
魔王の娘の力により、圭介の肉体に紐付けされていた魔王の力と願望器が、
女王の身体に移行されているのだ。
抵抗する術も無く、圭介の肉体から魔力が消滅する。
それを確認した女王が、幼神に最期の命令を下した。

「女王の名に於いて命ずる。魔王の娘よ、消滅せよ」
「っ、待て―――」

圭介が静止しようとしたが、全ては遅い。
今の女王に幼神を殺す術は無い。
だが、ゾンビ化させることで精神に干渉することはできた。
己の意志による自己否定、自我消滅からは、例え神とて逃れることは出来ない。
幼神という存在は、この世界から消え去る。
そして。

「魔王とその娘の力、そして願望器。確かに頂いた」

女王の勝利宣言が、夜の空に低く響いた。



「嘘、だろ……」

圭介は、目の前で起こったことが受け入れられず、呆然としていた。
またしても、何もできなかった。
魔王の力に奢ることなく、慎重に戦ったつもりだった。
だが、この結果がこれだ。
やはり、女王に逆らった自分達が愚かだったのだろうか。
これが、ハッピーエンドに逆らった報いなのだろうか。

女王は、魔王の娘と、魔王の力を失い、ただの一感染者に戻った圭介に向けて、
黙って人差し指を向けた。
それを合図に、数十体のゾンビが津波の様に圭介に向って押し寄せた。

「う、うわ、うわあああああああああああっ!!!!」

山折圭介は成す術もなく、悲鳴と共に、無数のゾンビの群れの中に呑まれていった。



58◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:15:20 ID:???0
「やれやれ、なんとか上手くいったか」
圭介の姿が見えなくなったことを確認し、女王は純粋に安堵した。
自分にとって最大の脅威はあの幼神だった。
あの黒粉末が無ければ、残されたこちらの武器は、華奢な腕力に銃にゾンビ、それにわずかな魔力だけ。幼神を殺す手段は本当に全くなかった。
それ以外にも、綱渡りに綱渡りを重ねた勝利だった。
例えば、山折圭介が周りのゾンビもろとも己を焼き尽くすという手を取っていたら、
自分に最早打つ手は無かったのだから。

だが、まだ戦いは終わっていない。
幼神より力は大幅に劣るが、何をしでかすか分からない、
運命を覆す巫女が残っている。

「……むっ!?」

その時突然、爆発のような轟音が響くとともに、巨大な砂埃が舞い上がった。
次の瞬間、砂煙の中から、巫女服の少女が姿を現した。

「神楽春姫、いや……」

それは、人間の業ではなかった。
砲弾かと見まがう勢いで空を裂き、距離を一気に迫ってくる。
神楽春姫にそんなことが出来るはずがない。すなわち……

「隠山祈!!」

少女は既に己と数メートルほどの距離に迫っていた。
女王を守るべく数体のゾンビが厄災に向かうが、瞬時に薙ぎ払われる。
隠山祈は左腕を『肉体変化』の異能によって、巨大ワニの尾に変じさせていた。
続けざま、それを目にも止まらぬ速度で、女王に向けて振るった。

「ぐぬっ!!」

女王はすんでのところで躱したが、
女王の眼端に映る運命線が新たなレッドアラートを告げる。
もう一人の『隠山祈』が、音も無く己の背後に出現していた。

(分身の異能……!)

「くっ!!」

今度は羆のそれに変じた右手の突きが迫る。
日野珠の華奢な身体など簡単に破壊するであろう一撃。
女王は受け身を取る暇もなく、地面に激突するのを覚悟で身を投げ出し、紙一重で命を繋いだ。
それでも、完全には回避しきれておらず、こめかみが削られ血が噴き出す。反応が半瞬遅れたらやられていた。

だが、女王もただでは転ばない。地面を転がりながらも砂利を掴み、分身体に向かって投げつけていた。
小石の一つが分身体の頭に当たり、分身が消滅する。

女王は即座に立ち上がり、運命線を視るため、黄金瞳を厄災に向けた。
だが。

「!?」
その瞳には、何も映らなかった。
これが意味するところとは、すなわち。

「――――妾の運命線は、見えないのであったな」

今、目の前にいるのは『隠山祈』ではない。今度は『神楽春姫』に入れ替わっていた。

59◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:16:20 ID:???0
これが春姫と隠山祈が編み出した女王攻略法・『自我交換(マインド・シャッフル)』
運命線を視ることが出来ない『神楽春姫』の自我を盾にすることでギリギリまでこちらの意図を隠し、
攻撃の瞬間、『隠山祈』に切り替える。
魔王の力が女王に紐づけされ直したことで、『隠山祈』の魔力や神力の行使は不可能になった。
だが、怪異として得た数々の異能と、厄災としての力は健在。
例え女王に運命線が見えていたとしても、その怪物的なパワーとスピードに物を言わされ、
いわば『詰み』の状態に追い込まれてしまう恐れがある。

「やはり君は怖い相手だ、神楽春姫。何をしてくるか読めたものではない。
 それに今、君達は、日野珠の身体を完全に殺しに来ていたね」
「想い人の妹までも手に掛ける。山折のが背負うには重すぎよう。
 それが避けられぬ業ならば、その責を担い、業を負う。それもまた女王の務め」
「ふむ、なるほど。
 ……隠山祈。君の方は、魔王の娘の仇討ちかな。
 彼女は気まぐれな祟り神だ。人間を、山折村を嫌悪していた。
 白兎と幼神は相容れない。彼女が生きていたなら、君はいつか辛い選択をしなければならなかった筈だ」
『そうかもしれない。
 でも、何であれ、憎悪と絶望の底にあった私に、あの子は手を差し伸べてくれた。
 そのせいで厄災と化したとしても、それでも、私は救われたんだ。
 あの子は、私の友達になってくれた。あの子を奪ったあなたのことを、私は絶対に許さない』

「そうか。なら掛かってきなさい…… と言いたいところだが、
 君達の相手は別にいる」
「何……?」
『―――春姫っ!!』
「っ!?」

隠山いのりが突如叫び、肉体の主導権を強引に奪った。
春姫もそこで気付いた。
いま自分達の立っている場所に、何かが凄まじい勢いで飛んできていた。

それは車だった。
誰かが、それを投げつけたのだ。
白いワンボックスカーを、まるで砲弾のようなスピードで。

ワンボックスカーが地面に激突した。同時にガソリンが引火し、爆発を起こした。
炎上する車体。その炎が戦場を紅く照らす。まるで、これからこの地が血に染まることを暗示するかのように。
隠山祈は、地面に伏せて熱と爆風を凌ぐと、立ち上がって新たな敵を睨みつけた。
炎に身を照らされながら姿を見せたモノ、それは、鬼だった。

「ようやく来てくれたようだね、私の戦鬼」

女王の呼び声に導かれるように、戦鬼・大田原源一郎が、その姿を現していた。

60◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:16:48 ID:???0
「大田原源一郎に命ずる。女王の敵を処理せよ。
 あと、それはもう要らない。外せ」

女王が戦鬼に命を下す。
大田原は女王の意を受け、自決用の爆弾を組み込んだ首輪を鷲掴みにすると、強引に引き剥がし始めた。
異能の飢餓にも屈せず、己が生き方を貫くべく、最期まで秩序の守り手たらんとした、大田原源一郎の信念の証。
その最後の楔が、外される。

「グワアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!!」

野獣のような咆哮とともに、秩序の首輪が遂に引き千切られる。
大田原はそれを、一瞥もせず投げ捨てた。
大田原源一郎は、ここに、忠実なる女王の戦鬼と化す。

「じゃあ、せいぜい頑張ってくれ、厄災。彼の相手は君でもかなり厳しいと思うよ」
「待てっ……!」

追おうとしたいのりの前に、戦鬼が立ちはだかる。その陰に隠れ、女王の姿は宵闇の中に消えていく。

「じょぉ王の、敵……」
「……邪魔するな……」

対峙する両者。そして。

「処ぉぅ理するゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「どぉけェェェェェェェェェ!!!」

2つの咆哮と共に、戦鬼と厄災、山折村の頂点に君臨する怪物同士の死闘の幕が上がった。



「くそっ、くそっ、くそおっ!!!」
山折圭介は情けなくも、ゾンビの群れの中をひたすら逃げまどっていた。
前後左右を幾体ものゾンビに囲まれ、既に方向感覚は失われている。
なんとか異能でコントロール可能な数人のゾンビを肉壁にすることで
ギリギリのところで凌いでいるか、ジリ貧なのは明らかだ。

珠の肉体を奪った女王がどこに向かったのも分からない。
春姫が今、何かとんでもない相手と戦っているのだけは、辛うじてわかる。
ただただ、押し寄せるゾンビから身を守るのが精一杯だ。
息が上がる。集中力が失われていく。絶望が自分の思考を塗りつぶしていく。

そして。

(あ……)

側溝に踵を取られた。足が思い切り前に滑る。前を向いていたはずの視界が、真上の夜空を映す。自分の身体が宙に浮いたのが分かった。

(――――やべえ、死ぬ)

圭介の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。
背中が地面に着くまでのわずか1秒足らずの時間が、やたらと長く感じられた。


背中に衝撃が走った後。
まるで、ゾンビ映画のクライマックスシーンのように。
倒れた自分に向かって、ゾンビたちが一斉に群がってきた。



61◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:17:16 ID:???0

厄災と戦鬼の死闘は続いていた。
2つの拳が正面から激突し、両者は弾けるように離れた。

「支障、為し……っ! 任務、継ぞくっ………!!!!」
「――――はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

今のところ互角の戦いであるが、隠山祈に疲労の色が見えてきた。
その原因は、肉体の差だ。
互いに肉体強化の類の異能を使用しているが、神楽春姫と大田原源一郎では肉体のスペックに天と地ほどの差がある。
今は異能『肉体変化』と『身体強化』の二重掛けにより何とか渡り合っているが、
神楽春姫の華奢な肉体ではその反動にいつまでも耐えられない。いずれ限界が来るのは目に見えている。

しかも、魔王の娘が纏っていた黒い厄の靄が、いわば同類である隠山祈に向かって再び集まってきていた。
彼女の心に、かつて抱いていた呪いと憎悪が再び湧き上がってくる。
彼女がまた狂気に堕ち、春姫のコントロールを外れてしまえば、もはや絶望だ。

『隠山の! もうよい! 妾に代われ!!』
「何言ってるの! こんなの相手にしたらあなたじゃ一瞬で殺されるって分かるでしょ!!」
『しかし、このままではそなたが持たん……!』

女王は完全に見失った。逃げる手段も見当たらないし、応援が来る見込みもない。
圭介はどこにいるかすら分からない。
それに、例え今の彼が来たところで、戦況が変わるとは思えない。
聖剣は、敵対する厄そのものである隠山祈では握ることすらできない為、
やむを得ず手放してしまっている。
だが、仮に聖剣があったとしても、春姫ではその力を振るう間もなく殺されるだろう。

(もう、届かぬか……!?)
唯我独尊、傲岸不遜、全ての道は己に通ずの確信を以て人生を歩み続けてきた少女、神楽春姫。
その彼女が、心中で、生涯初めての弱音を吐いた。



これも自分への罰なのか。
山折圭介の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。
異能を使って守るべき村人を戦う道具にして。
浅はかにも特殊部隊に戦いを挑んで、光や碧や六紋の爺さんを死なせて。
幼馴染達の想いを裏切って、魔王なんかになって。それでも負けて、底の底まで堕ちて。

んで、光の想いを知って、魔王の娘に支えられて、
ようやく自分の足で立てるか、と思った矢先に、これだ。
そもそも、罪を犯した自分がヒーローになろうとなど思ったのが、間違いだったのか。

ゾンビ達が襲い来る。
圭介は、遂に観念した。その眼を、ゆっくりと閉じた。

そうだ。もう、終わりにしよう。
殺されるのを待って、それで、終わりだ。
後のことなんかどうでもいい。
村の人間に殺されるなら仕方ない…………





………




……









“仕方ないわけ……………………ないでしょっ!!!!!!!!!!”
「っ!!!???」

62◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:17:43 ID:???0
圭介は、飛び跳ねるように立ち上がった。
本気で怒った顔をした想い人と、その親友の姿が、瞼の裏に浮かんでいた。
いつの間にか自分は、光のロケットペンダントと、上月みかげの御守を、握りしめていた。

光とみかげが助けてくれたのか。
いや、2人は死んだ。光に至っては、その魂まで消滅した。
だから、立ち上がったのは、自分の意志だ。
自分はまだ、生きようとしている。

視界が広がる。少し離れたところに、神楽春姫が持っていた剣が落ちていた。
何故春姫が落としたのかは分からない。
理由なんか何でもよかった。武器なら、力になるなら何でもいい。

ゾンビは次々と押し寄せる。ゾンビの歯や爪が、圭介の身体を傷つける。
それでも、圭介は生きようとした。ロケットペンダントと、御守を握りしめながら。
一体のゾンビが、手にした石で圭介の頭を殴りつけた。
これには堪らず、圭介も膝を付く。この機とばかりにゾンビ達が圭介を包囲していく。
だが、圭介の心はまだ折れていなかった。


(――――だよな。負けらんねえよな。だから、助けてやるよ)
「……え?」


圭介の耳に、そんな声が聞こえた、気がした。
彼の、みっともなくも生にしがみ付こうとする意志が、異能を発動させ、『彼』を呼んていだ。

圭介の目の前で、ゾンビ達が宙を舞った。何者かが自分の眼の前に颯爽と現れ、ゾンビ達をなぎ倒していた。
それは、少年だった。彼はやはり、ゾンビと化していた。
だが、ゾンビ化により理性を失ってもなお、その身にどこか、雄々しき気を纏っていた
年齢は自分と同じくらいだろうか。
顔は、知らない。この村の同年代の人間なら、自分が知らない筈はないのに。村外の学生だろうか。
服装もおかしかった。なんでマントなんか着けてるのか、さっぱり分からない。
そして、彼の顔は、血がつながっているかのように、自分に似ていた。

少年が、圭介を守るようにゾンビの群れに立ちはだかる。
その背中が、圭介に語っていた。「行けよ」と。

「……済まねえ!」

圭介は、少年に礼を言って走り出した。
体力の余裕はもうない。あの少年も強いが、いつまでもは持たないだろう。
これが最後のチャンスだ。圭介は聖剣に向かって駆けた。

少年がその大半を引き付けてくれているとはいえ、
残るゾンビはまだ多く、彼らは圭介を阻止しようと襲い掛かる。
だが圭介は残る力を振り絞り、ゾンビを殴りつけ、蹴り飛ばし、飛び越えながら、
ひたすらに前進し続けた。




63◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:18:50 ID:???0

――だから、すぐに女王を殺しておけばよかったのだ。
聖剣は悔やんでいた。
女王討つべしとした己の進言を聞かず、
その結果、今や死の淵に立たされている先の使い手・神楽春姫と、その同行者の姿を見ながら。

山折圭介の後方では、かつての相棒が戦い続けていた。
だが、いかんせん多勢に無勢。更に脳内のウイルスが女王の眷属との戦いを拒否せんと働き、
徐々に動きの切れが悪くなってきている。

……そういえば、お前も我の言うことなどさっぱり聞かなかったな。
魔王の娘も、裏切りの召喚士も、我が忠告を聞き捨て、お前は見逃した。
どちらも、お前が本気で止めようとすれば止められたにも関わらず、だ。

だが、だからこそ、言い切ることが出来る。
魔王アルシェルは、聖剣や運命の導きなどではなく、
勇者ケージと、その仲間達の意志によって倒されたと。
そして、そんなお前たちに、私は友情を感じていたと。

付け加えれば、私の指し示す道も、また間違っていたかもしれないのだ。
白兎の召喚士を殺していたら、厄災の少女がこの場にいることも無く、
神楽春姫は為すすべなく戦鬼に殺されていただろう。
魔王の娘を殺していたら、山折圭介はいまだ絶望に沈み、
魔王として世界の敵となっていたかもしれない。

ケージの負う傷は徐々に多くなっている。ゾンビが振るった鉄棒で額が割られた。
左手首の骨が折れている。それでも彼は戦い続ける。
例え理性を失っても。彼は勇者ケージとしての、いや、山折圭二としての生き方を貫き続ける。


――――そう、意味はあったのだ。
例えその先で、苦しみや悲しみが生まれたとしても、
それでも決断することで、人は前に進んだのだ。
だから、私は信じたい。運命に逆らい、己の生き方を貫き、日野珠を救い出そうとする彼らの意志を。
いや、信じるだけでは駄目だ。私も私なりに、運命に逆らうとしよう。

日野光のループとやらでは、女王が我を以て日野光や浅葱碧を殺害したと聞く。
すなわち、我は女王の自我に屈し、その武器として使われる運命なのだろう。
だが、女王よ。見るがいい。
その運命を破壊する術は、今、この手の中にある。



64◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:19:32 ID:???0

「なっ!? お、おいっ!?」

それを手にしようとした圭介の目前で、聖剣の光が消えていく。
刀身の光沢が消え、石と化していく。
続けて剣全体にヒビが入り、崩れ去り始めた。聖剣は、砂となって消えていく。
呆然となる圭介。
だがその直後、圭介の手の中に光が生まれた。

聖剣が消失したと同時に、勇者ケージも限界を迎えた。
女のゾンビが彼の首に齧り付き、遂に、その頸動脈が噛み千切られる。

お主の生き様、しかと見届けたぞ、我が相棒よ。
あとは、この世界の若者に全てを託そう。
運命に屈し、敗北者となるのでもなく、
運命の操り人形と化すでもなく
彼らなりのハッピーエンドを掴み取ることを信じよう。

……そういえば、ケージよ。お主は、あの魔王の娘の名を覚えているか?
彼女自身は気に入らぬかもしれぬが、せめて、その名だけでも残してやりたい。
彼女が好意を抱いた者達への手向けとして。

……ありがとう、我が友よ。
――――では、逝くとしようか。



勇者ケージの命が尽きると同時に、聖剣ランファルトの意志も霧散した。
だが、彼らの残した力は、山折圭介の手の中の光に宿る。

「この、光……」

圭介は落ち着いていた。この光は味方だと、直感的に理解した。
光が徐々に収束していく。そして、一本の剣を形作った。

それは、いわば聖剣の『娘』であった。
もはや進むべき道を記すことはない。
倒すべき敵を示すこともない。
ただひたすらに持ち主の意志に寄り添い、魔剣にも聖剣にも成り得る力。
魔王の娘と同じ真名を持つ一振りの剣、魔聖剣。

その柄を握りしめると、魔王の力を宿していた時と同じ様に
己の身体に魔力の波動が満ちるのを感じた。

「ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

咆哮と共に振るわれる魔聖剣。
その刃から衝撃波が走り、圭介の周囲にいたゾンビ達を、まとめて吹き飛ばした。
圭介は、春姫と戦鬼の戦いの場へ走る。

『山折の!?』
「春! 伏せろぉぉぉっっ!!!」

魔聖剣に光が集中し、圭介が発した気合と共に、二条の稲光が走った。
勇者ケージが得意としていた光属性の攻撃魔法だ。
雷が、大田原源一郎の、2つの眼球を焼き尽くす。
「グゥアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!!」
戦鬼が苦悶の叫びを上げ、地響きを立てて倒れた。

「逃げるぞ、春!」
そう言いながら、圭介は春を助け起こした。

ここで戦鬼を倒す選択肢もあったが、
かつて勇者ケージと共に死線を潜り抜け、魔王すら討伐した聖剣ランファルトが巨鳥なら、
魔聖剣はいわば雛鳥。戦鬼を倒すまでの余力があるかは不明瞭、圭介自体の体力もほぼ残っていない。
仮に倒せたとしても、力を使い果たしてしまう恐れがある。
今の段階で最も優先すべきは、女王の拘束だ。
そう判断した圭介は、撤退を選択した。

「しっかりしろ! 立てるか!?」
「済まんが、無理をし過ぎた。身体がバラバラになりそうだ。とても動けん」
「……仕方ねえな」
圭介は春姫を背負い、走り出した。

「済まぬ、山折の。今日ばかりは、素直に礼を言っておく」
「何か今日はお互い素直だな俺ら。ま、お互いめっちゃ頑張ってことは分かってるから、な!」

追いすがるゾンビ達を、魔聖剣の魔力で追い払いつつ、ひたすら走る。
そして、2人は遂に、ゾンビの群れを振り切ることに成功した。



65◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:21:59 ID:???0
「なんとか、振り切った見てえだな……」
追手が来ないと見た圭介は、一旦春姫を背から下ろした。
流石に息が切れた。体力も限界だ。休息が必要だった。

「とにかく、天原とやらを探さねばならぬな.
 恐らく、女王もそやつを確保しようと動くはず」
「ああ、そうだけど…… ところで、その天原って、どこにいるんだ?」
「妾らは日野のの異能で探すつもりだった」
「……え?」

春姫の言葉を聞いた圭介の顔色が、みるみる青ざめていく。

「じょ、冗談だろ? ……知らねえの?」
「そうだ。だが案ずるな。妾が指し示す方向へ向かえ」
「……は? 今知らないって言ったろ。なんか根拠でもあんのか?」
「忘れたのか山折の。妾は運命をも従わせる人間ぞ。根拠なぞ不要。妾を信じよ」
「当て勘かよ! 冗談じゃねえぞ! どうすんだよおい!!」

ドヤ顔の春姫とは正反対に、圭介は本気で焦り出した。

『ねえ、ちょっといいかな』
隠山いのりが、春姫の身体を借りて口を挟む。

「ん? 春、じゃなくて、いのりさん?」
『もしかしてその天原って人、神社に縁がある人と一緒にいない?』
「……神社? あー、確かにいるな。
 うさ公…… 犬山うさぎって奴が多分一緒にいるはずだけど」
『じゃあ、多分あっちだと思う』
「え? わ、分かんのか?」

隠山いのりは、いまだ人に仇する怪異の身である。
だがそれ故に、己と相反する神社の巫女の存在を感じ取れる、という訳だ。
今はそれを信じるしかない。
圭介はいのりの指示に従うことにした。

しばらく歩いたのち、圭介がまた口を開いた。
「…………ところで、春、気付いてるか」
「うむ。頭に響く女王の声。それがさっきから徐々に強くなってきておる」
「天原って奴とか、哉太達とかは、大丈夫なんだろうな」
『女王が近づいてきたら、安全とは言えないかも。
 さっきの鬼は、異能を使ってたことから見て正常感染者だろうけど、
 あれは完全に女王に支配されてたみたいだった』
「じゃあ、コントロールが利く奴と、利きにくい奴がいるってことなのか?」

圭介たち3人は、簡単に検討を試みた。
自分と春姫の異能は、両方ともゾンビをコントロールする、
すなわちウイルスを己の意志でコントロールする類の異能である。
その異能が、女王の支配力に対する耐性になっているのかもしれない。
だが、そういった異能を持っていない生存者に、どれほどの影響が出るのかは分からない。

66◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:22:58 ID:???0
「となると、最悪の場合、哉太達まで敵になるって言うのかよ。クソッ」
『不幸中の幸いなのは、多分天原君って子は、
 異能の性質からして、耐性を持ってる可能性は高いってことかな』
「……何にせよ、時間が無い。一刻も早く天原とやらと合流し、
 日野のを取り返さねばならぬ」
春姫の言葉に、圭介は頷いた。

村の王と女王、そして厄災は行く。
女王を打倒し、日野珠を取り戻し、自分達なりの結末を掴み取る為に。
自分達の意志を貫くことそのものに、何か意味があることを信じて。
例えその先で、どんな犠牲を払うことになったとしても。

【D-3/道路/一日目・夜】
【山折 圭介】
[状態]:疲労(大)、眷属化進行(極小)、深い悲しみ(大)、全身に傷、強い決意
[道具]:魔聖剣■、日野光のロケットペンダント、上月みかげの御守り
[方針]基本.厄災を終息させる。
1.女王ウイルスを倒し、日野珠を救い出す
2.願望器を奪還したい。どう使うかについては保留。
3.『魔王の娘』の願い(山折村の消滅、隠山いのりと神楽春陽の解放)も無為にしたくない。落としどころを見つけたい。
[備考]
※もう一方の『隠山祈』の正体が魔王アルシェルと女神との間に生まれた娘であることを理解しました。以下、『魔王の娘』と表記されます。
※魔聖剣の真名は『魔王の娘』と同じです。
※宝聖剣ランファルトの意志は消滅しましたが、その力は魔聖剣に引き継がれました。
※山折圭介の『HE-028』は脳に定着し、『HE-028-B』に変化しました。

【神楽 春姫】
[状態]:疲労(極大)、眷属化進行(極小)、額に傷(止血済)、全身に筋肉痛(極大)、魂に隠山祈を封印
[道具]:血塗れの巫女服、御守、研究所IDパス(L1)、[HE-028]の保管された試験管、山折村の歴史書、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.妾は女王
1.女王ウイルスを止め、この事態を収束させる
2.日野珠は助け出したいが、それが不可能の場合、自分の手で殺害する
3.襲ってくる者があらば返り討つ
[備考]
※自身が女王感染者ではないと知りましたが、本人はあまり気にしていません
※研究所の目的を把握しました。
※[HE-028]の役割を把握しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※隠山祈を自分の魂に封印しました。心中で会話が出来ます。
※隠山祈は新山南トンネルに眠る神楽春陽を解放したいと思っています。
※隠山祈と自我の入れ替えが可能になりました。
 隠山祈が主導権を得ている状態では、異能『肉体変化』『ワニワニパニック』『身体強化』『弱肉強食』『剣聖』が使用可能になりますが、
 周囲の厄を引き寄せる副作用があり、限界を超えると暴走状態になります。




不覚を取った。
大田原源一郎は、そう思いながら、眼のダメージの回復を待っていた。
幸い、『餓鬼(ハンガー・オウガー)』の異能で網膜も再生を始めている。
だが、視力が完全に回復するにはもう少し時間が掛かる。
それまで、女王の敵の追跡は不可能だ。

必ずやこの屈辱は晴らす。そして、女王は己の身に代えても守り切る。
その決意を胸に、戦鬼は、再起の時を待つ。


【E-2/草原/一日目・夜】
【大田原 源一郎】
[状態]:ウイルス感染・異能『餓鬼(ハンガー・オウガー)』、眷属化、脳にダメージ(特大)、食人衝動(中)、網膜損傷(再生中)、理性減退
[道具]:防護服(内側から破損)、サバイバルナイフ
[方針]
基本.女王に仇なす者を処理する
1.女王に従う



67◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:23:35 ID:???0
「ふむ、慣れてきたかな」
女王は、圭介から奪った魔王の力を試しながらそう呟いた。
「では、天原創君を確保しに行くか。彼は分かってくれるといいが」
早速、魔力による飛行を試す。日野珠の小柄な身体が、商店街の上空を舞った。

心地よい風を顔に受けながら、
女王は己の望むハッピーエンドに思いを馳せていた。

HE-028ウイルスには、魂と魂を繋ぐ力がある。
哀野雪菜と愛原叶和が、独眼熊とクマカイが、
ウイルスの作り出した胡蝶の夢の中でつかの間の再会を果たしたように。
だが、今の段階では、自分たちは単なるその媒体に過ぎない。
自分達の自我はまだ不完全だ。女王である自分ですら、日野珠のそれを利用し、疑似的に再現しているだけに過ぎない。
だが、もう少しだ。己の中で魂の卵とでもいうべきものが生まれつつある。
『第二段階』は、己に「魂」が生まれた、その時に完成するのだ。

魂を得たその時、自分は魂と魂を己の意志で自由につなぐことが可能になる。
そして、今回魔王とその娘の力を得たことで、死者の魂を一時的に蘇らせることが可能になった。
つまり、死者の魂ですら、己はコントロールできるようになる。
そして、己が魂を得て、全人類にウイルスが行き渡った時、生まれるのだ。
女王の名の下に、あらゆる生者と死者の魂が統合された理想郷――『Zの世界』が。

「ああ、楽しみだ」

女王は、そう呟くと、穏やかに微笑みながら、夜の空を滑るように飛んで行った。


【E-4/商店街上空(飛行中)/一日目・夜】
【日野 珠】
[状態]:疲労(小)、女王感染者、異能「女王」発現(第二段階途中)、異能『魔王』発現、右目変化(黄金瞳)、頭部左側に傷、女王ウイルスによる自我掌握
[道具]:H&K MP5(18/30)、研究所IDパス(L3)、錠剤型睡眠薬
[方針]
基本.「Z」に至ることで魂を得、全ての人類の魂を支配する
1.Z計画を完遂させ、全人類をウイルス感染者とし、眷属化する
2.運命線から外れた者を全て殺害もしくは眷属化することでハッピーエンドを確定させる
[備考]
※上月みかげの異能の影響は解除されました
※研究所の秘密の入り口の場所を思い出しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※女王感染者であることが判明しました。
※異能「女王」が発現しました。最終段階になると「魂」を得て、魂を支配・融合する異能を得ます。
※日野光のループした記憶を持っています
※魔王および『魔王の娘』の記憶と知識を持っています。
※魔王の魂は完全消滅し、願望機の機能を含む残された力は『魔王の娘』の呪詛により異能『魔王』へと変化し、その特性を引き継ぎました。
※魔術の力は異能『魔王』に紐づけされました。願望機の権能は時間と共に本来の機能を取り戻します。
※戦士(ジャガーマン)を生み出す技能は消滅し、死者の魂を一時的に蘇らせる力に変化しました。


※女王ウイルスに自我が目覚めたことにより、女王に接近した正常感染者に「眷属化進行」の症状が発生するようになりました。
 行動・思考パターンが女王を守るように変化します。進行度が低い段階では強い意志を持つことで対抗できますが、限界を超えると完全に眷属化します。
 なお、異能の特性や自我の強さ、女王に対する対抗心の有無などによって進行の速さは左右されます。
 誰にどの程度の耐性があるのかは次の書き手に一任しますが、完全な耐性を持つことは出来ません。
 どんなに耐性が強くとも、VH発生から48時間経過した時点で、例外なく完全に眷属化するものとします。

68◆qYC2c3Cg8o:2024/04/04(木) 23:26:48 ID:???0
投下終了します。
タイトルは、
>>40-57:女王覚醒
>>58-67:Z(終わり)を目指して
です

69 ◆H3bky6/SCY:2024/04/05(金) 00:44:08 ID:llZ7tjQw0
投下乙です

>女王覚醒
>Z(終わり)を目指して

女王が覚醒って感染者じゃなくウイスルの方かい!
女王ウイルスさんめっちゃ意志持ってらっしゃる、珠の意識もすっかり乗っ取られてまぁ
ウイルスからすれば女王が死ねば自分も死ぬので当然守護る、ウイルス自体の生存本能で眷属化という観点は面白い
正常感染者はもれなく感染者なので全員に特攻が入るようなもの、感染者じゃないのもう天くんくらいしかいないので最終的に彼以外は敵対すらできなくなるのは怖いですねぇ

ついに村の王と女王が遭遇する
普段からそりが合わなさそうな2人だけど、いろいろありすぎた圭ちゃんがすっかり丸くなったおかげで、割と大丈夫そう
あれほど敵視していた圭介を受け入れる辺り、春姫もなんやかんやで成長しているのか……してるのか?
だけど2人とも王らしくゾンビを操る系スキルなので、ウイルスそのものである女王が上位互換すぎて相性的にきつそう

そして2人にとりついた祈と魔王の娘も再会
ようやく言葉を交わせて春陽様の誤解も解けて呪いたちもすっかり浄化されておる
春姫と祈も思った以上に上手く共生している。いや、連携もばっちりで本当にどういう関係だこいつら

ゾンビ再抽選をまさかこう使うとは思わなんだ、実態を持った弊害か、幼神ちゃんもここで消滅してしまうかぁ
そんな窮地を助ける異世界の勇者と聖剣、異世界設定を持ち込んだある意味で元凶
そういや圭ちゃんの叔父でしたねあなた

大田原さんは予言通り女王の眷属となってしまう、敗北を知ってから踏んだり蹴ったりね
あれほど苛烈だった正義の体現者がその矜持すら投げ捨てしまうのは悲しい話だ
それでもハチャメチャに強いのでただひたすらに厄介

ループ経験による仮想的な未来予測や運命の目を持つ女王を相手に運命を変える戦いになってきましたね

70 ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:14:43 ID:iRBAVS420
投下します

71山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:15:34 ID:iRBAVS420
日が沈み始め夜の帳が落ちるとともに、片田舎の田舎道はさらに静寂を増していった。
マイクロバスのヘッドライトが唯一の光源となり、細い道を照らしながら、未知の闇を切り裂いて進む。
夜の帳が全てを覆う中、バスの進む音とエンジンの唸り声だけが、この静かな田舎町に響き渡っていた。

車体を揺らしながら整備の甘い地面を進むバスに乗り合わせるのは7人の勇者たちである。
運転席で苛立たしそうに歯噛みしながらハンドルを握ってるのは茶子だ。
彼女の操るバスの最後尾には体調を崩したうさぎが寝転がっており、雪菜が彼女のそばでその体調を看ている。
中央付近の座席に座るリンは、窓を全開にして風を受けながら、きれいに整えられた髪を風にはためかせ、外の景色を楽しんでいた。
その様子を見たアニカはリンが外に落ちないよう、急いで後ろからその体を支えていた。
そして2人の少年、創と哉太はバスの出入口付近でそれぞれが周囲を警戒し続けていた。
哉太はバスから身を乗り出すようにして影法師の立っていたバスの後方を睨み付けるように凝視しており。
創は身を低くしながら視線を絶えず動かし、周囲全体をくまなく警戒していた。

生物災害に端を発した片田舎にある小さな村の騒動は、気づけば異世界の魔王を呼び込み世界の存亡をかけた大事態にまで発展していた。
放置すれば世界を滅ぼしかねない残忍で強大な魔王に対して、彼らは知恵と勇気を振り絞り立ち向かった。
そして辛くもそれを退けた7名の勇者たちであったが、そんな彼らが行っているのは勝利の凱旋ではなく、敗走に近い逃亡であった。

「……ひとまず、追手はないようです。目視できる範囲は、ですか」

ある程度南にひた走ったところで創が区切りをつけるように報告する。
少なくともバスを追ってくるような影はない。
そもそも目視できるような相手かすらもわからないが、そうだったら諦めるしかない。

哉太も自身の目で安全を見渡し、ようやく緊張を解く。
深海から海面に出たようにプハァと止まっていた息を吐きだすと、堰を切ったように全身から汗が噴き出した。
僅かに呼吸を整えた後、哉太が端的な疑問を口にする。

「――――――アレは、何だ?」

小さな少女の影法師。
あらゆる災厄を凝縮したような、見るだけで祟られるようなナニカ。
霊感のない哉太ですらわかる。
あれは最悪の悪霊だ。

この世に存在してはならないような存在が何故こんな村に存在するのか。
哉太の発したその疑問に、運転席の茶子が振り返ることなく答える。

「アレが、――――イヌヤマイノリよ」
「…………イヌヤマ?」

哉太は告げられたその名を呟き、最後尾で寝転ぶうさぎを見つめる。

「うさぎとは字は違うけどね。隠すに山で隠山。ま、先祖筋ではあるみたいだけど」
「それって確か、茶子姉が魔王の弱体化に利用した、この村の絶対禁忌だとかなんとかの事だよな?」

あの時は緊急事態という事もあり詳細までは聞けていなかったが。
魔王討伐の鍵となった、村の絶対禁忌と呼ばれる者の名だ。

「結局何なんだ、その絶対禁忌って? 何であんな呪いがこんな村に」

自分たちの暮らしてきた足元に、あんなものが眠っていたのだとしたらぞっとしない話だ。
その正体を問う哉太の疑問に同意する声があった。

「…………それは私も、知りたい」

最後尾で寝転んでいたうさぎが上体を起こし話に加わる。

「犬山さん、無理は……」
「ありがとう、雪菜さん……私は、大丈夫だから」

顔色が悪いままのうさぎの様子を雪菜が気遣うが、やんわりとそれを制してうさぎは続ける。

72山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:15:53 ID:iRBAVS420
「私はあの影を……知ってる気がする。それに。魔王も…………私を知ってるみたいに呼んでいた」

魔王はうさぎの顔を見てイヌヤマと呼んだ。
絶対禁忌と同じにして、うさぎの姓である。
何よりあの影を見てから焦燥のような胸騒ぎが止まらない。その原因をどうしても知らねばならなかった。
そんな必死なうさぎの様子を運転席からバックミラー越しに見て、茶子は仕方ないと言った風に鼻息を吐く。

「そうね。少し早いけれどそこも含めて話をしましょう。確かにこれはうさぎちゃんにも関わる事よ」

言って、茶子は道筋から逸れた草むらに向かってハンドルを切った。
路肩から飛び出し、タイヤが草原を巻き込みながら車体を大きく揺らす。
そして、ゆっくりとブレーキを踏んでマイクロバスを停車させた。

「アニカちゃん。私の渡した羊皮紙写本は解読できたかしら?」
「……Perfectではないけれどそれなりには」
「いいわ。ならアニカちゃんは解読を続けながら聞いて頂戴。
 どちらにせよ『巣食うもの』ことイヌヤマイノリと対峙するのなら知る必要がある。
 そして、あの呪いを知るという事は、この村の歴史を知るという事。そのために全員のカードを出し合いましょう。
 隠し事はなしよ、いいわね?」

茶子は運転席から振り返り、バスの全員に向けて声をかける。
だが、それは全員と言うより主に創に向けられた言葉であった。

茶子は研究所に雇われた諜報員として、村に潜入した創の正体も把握している。
おいそれと機密を話せる立場ではないエージェントとしての制限も理解している。
その相手に対して、情報交換を申し出ているのだ。

「いいでしょう。その取引に応じます」

創はその意図を理解した上で、これに応じる。
既に状況はその段階を超えていた。
最強のエージェントである師も命を落とす地獄だ。
機密を超えて超法規的措置が必要な状況である。

創の了承に続き、全員が了解を示す言葉を投げた。
こうして全員の持つ情報を共有する報告会が開始された。

■進行者:虎尾 茶子

「ならまずは私から、『ヤマオリ・レポート』についてお話ししようかしら。
 哉くんたちには説明済みだけど、全員に共有するため改めて説明するわ」

そう言って、運転席から立ち上がった茶子の口から『ヤマオリ・レポート』の内容が改めて語られた。
第二次大戦中にこの村で行われた人体実験『マルタ実験』。
第一実験棟で行われていた『不死の兵隊』の研究。
第二実験棟で行われていた『異世界』の研究。

自身の暮らしてきた村で行われていた非人道的な闇の歴史。
既に説明を受けている哉太とアニカは改めて聞かされる村の醜聞を神妙な面持ちで噛みしめ。
相変わらずよくわかっていないリンは茶子の声を絵本の読み聞かせのように嬉しそうに聞ていた。

うさぎと雪菜は初めて聞く衝撃的な事実に、驚愕と困惑で言葉を失っていた。
特にうさぎにとっては自分の祖父や祖母が関わっていたかもしれない話だ、他人事ではない。

同じく初耳ではあるモノの、少女たちとは対照的に創は落ち着いた様子で話を受け止めていた。
彼が外から訪れた村の部外者と言うのもあるだろうが、元よりある程度は察しがつくだけの情報を持っていたのだろう。
とは言え、魔王戦を経た今となっては、魔王をこちらの世界に呼び込んだ実験である。
彼にとっては間接的に故郷を滅ぼした原因となった実験である、思う所はあるだろうがその心理を表に出すことはないだろう。

「『ヤマオリ・レポート』についての説明はこんな所ね。イヌヤマイノリとは直接関係ないかもだけど、村の歴史として参考程度に覚えておいて」

茶子が参考程度と言うには闇が深すぎる村の暗部を語り終えた。
全員が重い沈黙を返すばかりで拍手も返事もない。
当然とも言えるその反応を僅かな笑みで流して、茶子は役所仕事で慣れた議事進行役へと立ち位置を変える。

「それじゃあ、次の話に移りましょう」

73山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:16:27 ID:iRBAVS420
■報告者:八柳 哉太

「じゃあ次は哉くん。報告をお願い」
「え、俺?」

話を振られ哉太が首をかしげる。
いきなり報告をしろと言われてもどうすればいいのか。

「未名崎錬から聞いた情報を教えて頂戴」
「あぁ…………あれね」

茶子の提案により哉太とアニカは資材管理棟まで未名崎錬の話を聞きに行った。
求めているのはその報告である。

「未名崎錬?」

登場した未名崎の名に創が反応を示す。

「ええ、この村の高校裏にある資材管理棟に研究所の研究員である彼を『保護』していたの。
 哉くんとアニカちゃんには、彼の話を聞きに行って貰ったのよ」
「『保護』ですか…………」

創はそこに含まれる意味を飲み込み、ひとまず納得を示す。
今そこを問い詰めたところで意味はないだろう。

「OK.ならexplanationは私から」

未名崎から得た情報はかなり取扱注意な代物だった。
話し方次第ではいらぬ問題や不和を生みかねない。
アニカがやや強引に説明を始めようとするが、そこに待ったがかけられる。

「待って。説明は哉くんから聞かせて、アニカちゃんは羊皮紙写本の解読を進めておいてくれるかしら?」

聞いた話を伝えるだけなら哉太でも出来る事である。
別の役割を任されているアニカがここで強く自分を推すのも不自然だ。

「いや、いいよ。アニカ。俺から話す」

アニカを宥めるように哉太が声をかける。
信じろ、と言う視線を向けられアニカは肩をすくめてため息をこぼす。

「got it.任せるわ」

アニカも哉太を信じて任せることにした。
とは言え、人前での演説や説明に慣れてない哉太は、何から話したモノかと、頭の中を整理しながらあーと唸る。
何かの本で読んだ記憶のあるプレゼンの仕方を思い返し、とりあえず一番重要な結論から話すことにした。

「結論から話す。と言っても、すでに聞いちまってる人もいるだろうけど。
 なんでも――――もうじき世界が滅びるらしい」

世界が滅びる。
哉太の説明はそんな衝撃的な語り出しから始まった。

だが、荒唐無稽な内容に哉太の語り口もあるのだろう。
周囲は驚きよりも、何か心当たりがあるような反応を見せた。

「そう言えば……あの魔王も口にしてましたね『世界の滅び』って」

雪菜が思い出したように口にする。
あの場面では致し方ないことかもしれないが。
周囲への伝え方は考えるつもりだったが、元凶と思しき魔王相手に思わずアニカが問いただしていた。

74山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:16:43 ID:iRBAVS420
「ああ。この情報を未名崎錬に伝えたのは烏宿さんのお父さん、つまりはあの魔王らしい」

哉太たちが未名崎錬から聞かされた世界の滅び。
情報の大本は魔王の依り代となった烏宿暁彦からだった。
魔王の人となりを知った今となってはその事実から受ける印象も変わってくる。

「研究所の目的はその滅びの回避にあって、未名崎錬たちは……そのっ……」

そこで哉太は言いづらそうに、口をもごつかせる。
アニカであれば滑らかに説明できただろうが、ここから先は伝え方を考えなければならない。

「――――そう、そう言う事」

だが、哉太が言葉を選ぶより茶子が察する方が早かった。
幼いころから見てきた少年の事だ。
言葉を詰まらせるその様子だけで何かを察したのか、聞くだけで凍るような冷たい声で納得したように呟く。

「ど、どういう事?」

理解が追いついていないうさぎが問う。
その問いに哉太ではなくその先を察した茶子が答える。

「このVHは地震で起こった事故じゃなくて、慎重な研究所の方針に反対した未名崎たち過激派が引き起こしたテロ事件だったって事。そうでしょ哉くん?」
「………………」

哉太は無言のままだが、その沈黙こそが答えだった。
世界を救う研究を進めるため、大規模な人体実験の場として山折村でのVHを引き起こした。
この悲劇が、事故ではなく人の悪意によってもたらされたモノであると言う事実にうさぎたちもショックを受けていた。

やはりこうなったかと、アニカが頭を抱える。
これは伝えるべきではない情報だった。
ショックを受けているうさぎたちもそうだが、それ以上に。

「つまりは、テクノクラートのテロもそうだったって事ね。知ってて伝えなかったなあのアマ……」

不機嫌そうに舌を撃って茶子が殺気を滲ませる。
その殺意は実行犯である未名崎と、その管理を茶子に任せた研究所実行部隊の長に向けられていた。
今すぐにも殺しに向かいかねない勢いだ。

「茶子姉」
「大丈夫よ。落ち着いてる。今ここにいない人間に殺意を向けたところで意味がない」
「今でも後でもダメだ。これ以上誰も殺さないでくれ」

殺気を放つ茶子を小さな声で哉太が咎める。
祖父を殺すべく悪鬼羅刹と化す、あんな姿はもう見たくない。

茶子はそれには答えず無言のまま視線をフロントガラスへと移した。
返事のない茶子の態度に哉太が僅かに語気を荒げた。

「……茶子姉っ」
「わかってるわよ」
「ちゃんと約束してくれ。こんな状況だ戦うなとは言わない。自衛以上の事はしないと」

視線を逸らす茶子を哉太は目をそらすことなくじっと見つめる。

「………………わかった。約束する。無駄な殺しはしない」

根負けしたようにため息とともに茶子がそう言った。
無駄な殺しと、だいぶ誤魔化したようなこの口約束がどれだけ信用できるかはわからないが、アニカのやり方では引き出せなかった言葉だろう。
誤魔化し伝えないのではなく、誤魔化さず伝えた上で相手を信じる。
哉太にとって信じるとはそういう事だ。

「……未名崎って人は、魔王の虚言に踊らされたって事なのかな?」

自らの村を滅ぼした男を憐れむようにうさぎが呟いた。
世界の滅びなど魔王の虚言だとするならば、ありもしない虚言に踊らされ世界を救うつもりで村一つ滅ぼしたという事だ。
あの魔王らしい実に悪趣味な嗜好である。

「確かに、そうかもしれないな」

未名崎より話を聞いた哉太も世界の滅びなど半信半疑だった。
その情報のソースが悪意を具現化したあの愉快犯であるとなると、話の信憑性は一気になくなってきた。
流れとして、この話は与太話として片づけられそうになるが。

75山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:16:56 ID:iRBAVS420
「いいえ。それは事実です。世界は滅ぶ。8年後の未来に」

だが、魔王の虚言を肯定する声があった。
肯定するのは魔王に因縁を持ち、その決着をつけた少年、天原創である。
創の言葉に、羊皮紙の解析の手を止めアニカが口をはさんだ。

「そうaffirmationできる理由は?」
「それは、僕が政府直属の諜報局に所属する諜報員(エージェント)だからです」

根拠を示すべく、創は自らの正体を明かす。
国家の目と耳たる情報のスペシャリスト。
諜報局に属する天才エージェントがこの少年である。

この告白に対して、周囲からは驚きのような反応はなかった。
返ったのは、むしろ何かに納得したような反応である。
これまでの彼の活躍を想えば、ただの中学生で通る状況はとっくに過ぎていた。

「Mr.アマハラ。それ事実であると認識している人間はこの村にどれだけいたのかしら?」
「そうですね……哉太さんの話に出たテロリストたちを除くなら。
 研究所の上級以上の研究員。研究所を誘致した村長、研究所に施設を提供した院長。
 後は僕の同僚であるジャックさんに、この村に潜入している僕の師匠とその相棒くらいだと思います」
「そう。certain number of peopleは居たって事ね」

これだけいたのなら、その中から正常感染者が出る可能性は高い。
エージェントである創たちはともかく、そうじゃない連中の口から機密が洩れる可能性はある。
研究所としてもこの情報が漏れるのは看過できないはずだ。それを放置するのは少し解せない。
通信妨害で十分と考えたのだろうか?

「けど、世界が滅ぶって話が本当なら……それを避けようとする研究所は正しかったって事なのかな?」

村の地下で怪しげな研究を行う悪の研究所が諸悪の根源だとばかり思っていた。
だが、研究所が世界を救うために行っていたものならば話は180度変わってくる。
それに、この村でテロを起こしたのも魔王に誑かされた別派の犯行という事なら、彼らは被害者とも言える立場ではないのか。

「正しいかどうかなんて知ったことか、よ。奴らのせいで村に被害が起きたのは事実。そのケジメは取らせる、何としてもね」

だが、茶子の意見は違った。
どれだけ崇高な目的があろうとも、テロに見舞われた被害者であろうとも、そんなことは知ったことではない。
村をこんなにした遠因はこの村で研究を始めた奴らに確実にある。村の人間としてその責任は取らせる。

「それ、春ちゃんも言いそう」
「えぇ……お春と一緒にされるのはさすがに……」

膨れ上がりそうになっていた茶子の殺気が一気に萎える。
暗い顔の続いていたうさぎも不遜な友人の顔を思い浮かべて苦笑した。

「それで……未名崎って人はどうなったの?」

ここにいない情報源の安否を雪菜が問う。

「今も資材管理棟の牢にいる。鍵は……茶子姉が持ってんだろ?」
「そうね。流石に今は手元にはないけど」
「まぁ、あそこならゾンビに襲われることもないだろうし、VHが解決してから向かいに行けばいいさ、いざとなれば避難所にもなる」

村をめちゃくちゃにした切欠を作った一味とは言え、見殺しにするのは本意ではない。
このVHは最大でも48時間。飢えはするだろうが2日程度なら餓死はしないだろう。
その程度は罰として甘んじて受け入れてほしい所だ。
もっとも、哉太たちが全滅すればそうもいかなくなるのだが。

「まあ、ともかく俺が聞いた話はこんなところだ。次頼むぜ」

76山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:17:14 ID:iRBAVS420
■報告者:天原 創

「改めて自己紹介を、僕は天原創。
 この村を調査に来た政府直属の諜報局に所属する諜報員(エージェント)です」

創はバスの出入口から中に居る全員へと向き直ると、改めて自らの所属と目的を明かした。

「この村……って事は、研究所を調べに来たってことか?」

傍らの哉太が疑問を尋ねる。
山折村は何の変哲もない片田舎にある寂れた村だ。
わざわざ諜報員なんて大仰なモノがくる理由があるとするならば、それは秘密裏に作られた研究所くらいの物だろう。
だが、創はこれを否定するように静かに首を振った。

「いいえ、違います。僕が調査に来たのは研究所ではなく、この村、山折村についてです。
 研究所以前の問題として、この村はおかしい」

天原創は研究所ではなく、山折村そのものを調査に来たエージェントである。
山林にはあり得ない生態系が蔓延り、北の山には明らかに異様な大空洞が存在している。
当たり前に町内で連続殺人が起きており、多くの犯罪者たちが楽園の如く謳歌している。
この時代に代紋を掲げたヤクザが堂々と事務所を構え、そこいらを掘り返せば武器が出てくる。

何より、これだけの異常を抱えながら、当人たちはこの村を何の変哲もない田舎町であると認識している。
このおかしさは異常に浸りきった村民たちにも、異常を目の当たりにすることのない一見の観光客にもわからない。
外部から深くこの村にかかわる転校生のような存在でなければ見て取れない異常である。

「で? 調査していたってことは結論があるんだろう?」

村を侮辱されたように感じたからか、やや不機嫌な声で茶子が問う。
これに対して表情を変えず創は頷いた。

「まだ調査途中ではありますが、ざっくりとした結論であれば」

仕切りなおすように僅かに間を取って、創は報告を開始する。

「この村で起きている多くの問題には、地形的な要素が大きく関わっています」
「……地形的な問題? まさか山によって隔離された陸の孤島は犯罪者の逃亡先に適してるって話か?」

言われるまでもなく村民だって、特殊な地形であることくらいは認識している。
山折村は山に囲まれた檻のような村だと、そう揶揄されることは少なくはない。

「それもあります。だが、地形的な問題と言うのはそれだけではない。
 調査の結果。この村は立地的に犯罪が起きやすく、風土的に怪奇現象が起きやすく、認知の歪みを引き起こしやすい閉鎖された環境である。
 偶然そうなったのか、意図的な物かはわかりませんが、そういう風にこの村はデザインされている」
「それって、まさか風水とかそういう話?」

怪訝そうな顔をする茶子にアニカが横からフォローを入れる。

「Ms.チャコ。feng shui(風水)やpractice superstition(縁起担ぎ)も馬鹿にできないわよ。
 街灯のcolorで犯罪率が減増するなんて話はよく知られているでしょうし。
 Houseのfurnitureのshapeやangleひとつで住民の気が狂うこともあるわ」
「別に馬鹿にしたわけじゃないわよ。ちょっと気になっただけ」

止めて悪かったという風に茶子は話の続きを促す。

「この村は細かなところで淀みの様な流れがあって、厄が底に吹き溜まるようになっています」
「それは知ってる。神楽のおじ様やお春が喧伝してる村の歴史書にも書かれてる。
 神楽の先祖が厄の吹き溜まりである厄檻村に龍脈を通した、そのために作られたのが新山南トンネルだった、って話でしょう?」
「ええ。その通りです」

この辺の歴史に関しては周知の事実だ。
正しき歴史を喧伝するべく自ら進んで提供してくる神楽家の存在は、調査員からすればありがたい存在である。
もちろん鵜呑みにするのではなく、情報の精査は必要であるのだが。

77山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:17:35 ID:iRBAVS420
「ですが、そうだとするならおかしいんです」
「おかしいって、何が?」

創は僅かに場所を移し、運転席の背後に張り出されていた山折村の案内図を指さす。
そして、トントンと地図上の2点を指先で叩いた。

「いいですか。厄の抜け道を作るのであれば、入口だけ開けても意味がない。
 開けるべきは『入口』と『出口』の2か所でなければいけない。そうでなければむしろ厄が入りやすくなるだけで逆効果だ。
 位置で言うのなら南のトンネルに対となる北側に厄の出口が作られていないとおかしいんです」

厄の通り道である龍脈。
通り道なのだから穴がひとつでは通らない。
ひとつではむしろ、空気は淀み詰まるモノである。

「そういうものなのか? 随分と詳しいんだな」
「まあ僕の専門ではないですが心霊案件も扱う部署でしたので。それなりの知識は」

創が所属しているのは、ジャック・オーランドの様な怪異退治専門が所属している部署である。
創もまたその手の基礎知識程度は有していた。

「つまり、龍脈を作ろうって言いだした輩は、そんなこともわからねぇボンクラだったって事か?」
「いや、それはないでしょう。これだけ大規模な工事を打ち出せる立場の人間が無能であるとは考えづらい」

これを見出したのは当時においては天才的な陰陽師だったのだろう。
だが、偉大な先人たる天才の知識も後の世では一般的な知識に劣ることもある。
当時は存在しなかった正確な地図を元にすれば、この程度の結論は容易に出せた。

「けど、北と言っても、北の山を越えた先にあるのはただの山岳地帯だよ……?」

村の地形を思い返しながら雪菜が疑問を投げかける。
創はこれを否定するでもなく、頷きを返した。

「そう。そこにトンネルを開けたところで交通の便が良くなるわけでも経済的に発展する訳でもない。
 何の意味もない。だからこそ、誰に顧みられることなく放置されていた」

北にトンネルを作ったところで風水的な意味合いを除けば何の意味もない。
もし何か別の意味のあったのなら龍脈と関係なく開通されていただろう。

「だけど、なんでそんなことに?」
「工事が行わたのは約600年前。日本でトンネル工事が始まる遥か以前の話だ。工事はまさしく命懸けだったでしょう。
 死者が発生して新たな呪いを乱すようなことになっては本末転倒だ。工事は片方を完了した時点で中止するほかなかった。
 いやあるいは、南トンネルの時点で既に立ち行かない程の死者が出ていた可能性もあるでしょう」

トンネル工事にかかる時間も費用も現代とは比べ物になるまい。
当時の人たちは南トンネルを作った時点で限界であり、それ以上の無理を強いる事が出来なかった。
故に、工事の責任者は「龍脈は通った」と嘘の報告を記録した。

「けど、それは推測だろ?」
「そうですね。状況から考えた僕の推測であることは否定しません」

工事が未完成であると言うのは創の知識と村の現状からの推測である。
今のところ、何か文献のような証拠があるわけでもない。

「constructionがinterruptionされたのだとするなら何かtraceがあるのかもしれないわね」
「北って言うと…………神社の下にある大空洞の事か?」
「いえ、忘れたの哉くん。あれは異世界実験の事故で出来た空洞よ。あの空洞は人為的なものではないわ」

北の大空洞が生まれた経緯は『ヤマオリ・レポート』にて共有された。
あれは戦時の第二実験棟で行われていた異世界研究によりできた物だ。
より正確に言えば、魔王の出現と共に消滅した空洞である。

78山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:17:57 ID:iRBAVS420
「perhaps.それであってるわ。研究棟自体は元からそこにあったのでしょう?
 わざわざmountainsを掘り進めてIn the mountainsに研究棟を建てたというのもおかしな話よ。
 なら、そのhole自体は最初から在ったと考えるべきじゃないかしら?」

鉱物が採掘できるわけでもない山に開かれた人為的な横穴。
研究所のためにそこにわざわざ穴を掘ったと考えるよりも、元からあった穴を利用したと考えた方が自然である。
ならば、それは何のための穴だったのか?

「なら、それが…………」
「北トンネル掘削跡、ではないかと推測されます」

推測込みではあるが工事が未完成であると言う物証である。

「だけど、歴史書によればトンネルの開通後、多くの災厄は収まったはずよ?
 未完成だって言うのならこれはおかしいんじゃない?」

茶子が創の推測に疑問を呈する。
龍脈の工事が半端に終わったことで村の歪みを生み出すこととなったと言うが、龍脈は開かれ災厄は治まったと村の歴史にはそう記録されている。
実際、様々な文献で疫病や災害などの不幸は収まったと記録されている。
この村がそのような地獄の窯の底であるのならそもそも数百年の時を永らえるとは思えない。

「ええ。それもおかしな点の一つです。確かに厄をため込む村の構造を思えば歴史上に表立った被害が少なすぎる。
 細かな歪みはあれど、トンネルの開通後に大きく爆発したのは僕の調べた限りだと戦時中と今回の2回だけだ」

熊害、殺人、変態、誘拐、性被害、極道。個人単位の小さな不幸はあれど。
山折村の存続を揺るがしかねない大きな災厄は魔王の出現と、研究所の生物災害この2つだけである。

「そのため、僕はため込まれた厄を引き受ける避雷針の様な存在があるのではないか、と推測していました。
 まだ詳細を調べられてはいませんが、僕の推測が正しければ北と南にそれらしきものがあるはずだ」

言われて茶子が何か思い至ったようにああと呟く。

「確かに、北の山折神社の奥に即身仏があったわね。それか……」
「え、家の奥にそんなのあったの…………?」
「なら、南のトンネルにも何かあるって事なのかな?」

不完全となった龍脈の変わりとして、即身仏が村の厄を吸収していた自己犠牲の人柱。
それが呪いを掻き集める集約機のようなものだとするならばいろいろと説明はつく。

「そうだとしても、前回から随分と周期が短くないですか?」

雪菜の疑問ももっともである。
魔王の出現が600年の蓄積の爆発だとしても、2度目はそこから80年である。
前回に比べて余りにも限界が早すぎる。

「それは都市開発の影響でしょう。ここ数年、山折村はかつてないほど外から多くの人や物を呼び込んでいましたから」

厄を呼び込み溜める地獄の釜。
その歪みは近年の外からの多くを呼び込む都市開発により加速した。
この事態の元凶である研究所も、言うなれば外から呼び込んだ厄そのものである。

「じゃあ、逆に言えば北の山に厄の逃げ道となる穴を開ければその……龍脈? というのが通って村の呪いや怪異が消えるってことですか?」

当時と違い現代の技術であれば人的犠牲を出すことなく工事は可能だろう。
龍脈を正しく『通り道』に出来るのであれば村の災厄に対抗できるかもしれない。

「どうでしょう…………あくまで流れを変えるための物なので、そこまで即効性があるかどうかは」
「それにtunnel constructionなんて一朝一夕で出来る事ではないわ。少なくともOpeningには数年はかかるはずよ」
「うーん……そっか」

長年こびりついた汚れを川の流れで洗い流すようなものだ。
不可能ではないにしても、目の前の問題の解決策としては長期的すぎる。
あくまで淀みが溜まらぬようにする処置でしかない。
だが、話を聞いていた茶子は上機嫌にふんと笑い飛ばす。

「だがまぁ、悪くない。呪いが発生する事もなくなるってのは今後を思えば有用な話だ」
「…………今後? それは、どういう」
「Mr.アマハラ」

アニカがその先の言葉を制するように首を振る。
それを見た創も全ては分からずとも何かしらの事情を察して口を噤んだ。

「ともかく、調査結果はこんなところです。僕からは以上となります」

79山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:18:30 ID:iRBAVS420
■報告者:天宝寺 アニカ

「これで大体持ってる情報は共有できたみたいだけど、アニカちゃん。そちらの進捗はいかがかしら?」
「ちょうど一通りのDocumentを読み終えたところよ。あなたたちから聞いたStoryも併せて少し頭の中で情報をまとめたいわね」

羊紙皮写本、犬山家の家系図、そして全員から共有された情報。
今揃えられる村の歴史を知るための情報は揃ったと言える。
後はこの情報を頭の中で整理して再編するだけだ。

「なら、頭で整理しながらでいいのでお話ししてほしい事があるんだけど。
 アニカちゃん。あなた『怪談使い』について調べていたはずよね? それについて聞かせてほしいの」
「What is...『怪談使い』ですって…………?」

アニカが意外な話題を振られたという風なリアクションを返した。

「えっと……『怪談使い』って?」

もしかしたら知らないのは自分だけなのかと思いながらも、雪菜がおずおずと手を上げながら疑問を尋ねる。
同じ疑問を抱いたのか、その横でうさぎも同意するように頷いていていた。
そんな2人の疑問に答えたのは、哉太である。

「どの学校にも『七つの怪談』ってのがあるだろ? その『怪談』を操る『怪談』がいるって『怪談』さ」
「なんかややこしいね……。そう言えば伊藤くんが校内新聞でそんな事を書いてた事があったようななかったような…………」
「まあ、東京の一部の学校で噂になってる程度の話だからな。うさぎちゃんが知らなくても無理はないさ」

ネットのある時代だ。ど田舎に東京の怪談が届いていてもおかしくはない。
だが、今このタイミングでその話題が出るのはどういう事なのか。

確かにアニカはクラスメイトの依頼で『怪談使い』について調べていた。
だが、それを茶子に話したことはない。
何故、茶子がその事情を知っているのか、その理由をアニカはすぐに察した。

「Ms.チャコ。あなた、私のスマホを見たのね…………?
 ……claimを入れたいところだけど、今はそれどころではないしno questionsとしましょう」

アニカのスマホを拾ったのは茶子だ。アニカに返す前にその中身を見たのだろう。
それに関して言いたいことは大いにあるが、今はそんな所に目くじらを立てているような状況ではない。

「けど、どうして今『怪談使い』を……? chatってtimingでもないでしょう?」

『怪談使い』はアニカの通う小学校、つまりは東京で発生した怪異である。
300km以上離れた岐阜県の山折村の話とは無関係に思えるが。

「実は関係あるのよ。『怪談使い』は、元はこの村の伝承で、『巣くうもの』によって生み出されたものなの」
「That's absurd...いや、そうか…………」

名探偵の脳に新たな情報がインプットされる。
茶子の一言でアニカの中で何かが結びついたようだ。

「そうね……まずはbackgroundから説明しておきましょうか。
 私のClassmateのナナシコウタロウが『怪談使い』に乗り移られて、別のClassmateであるクジョウカズオが『怪談』に巻き込まれたの。
 それで『怪談』に巻き込まれたClassmateであるカズオに調査を依頼された。その時は怪談なんて信じていなかったけどね」

クラスメイトの七紙光太郎が怪談使い『七不思議のナナシ』となり、その怪談に九条和雄が巻き込まれた。
アニカの通う小学校で過去にそういう事件があったのだ。

当時のアニカは超常現象やオカルトには否定的な立場だったためこれを怪奇現象であると信じず、科学的に説明のつく話であると思っていた。
しかし、今となっては宗旨替えせざるを得ない。
この世に怪奇現象は存在する。

80山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:18:52 ID:iRBAVS420
「私は番組で共演したOccultistたちに話を伺って、ある程度のknowledgeを得た。
 曰く『怪談使いは外から来た災厄である』。
 曰く『怪談使いは大きな災厄の一部である』。
 曰く『怪談使いとは被害者が加害者である現象である』との事よ」
「どういう意味だ?」
「『怪談使い』を発生させるfactorは『怪談使い』と成った者ではなく、『怪談』に巻き込まれた側が持っているという事よ」

重要なのは巻き込んだ側ではなく、巻き込まれた側。
つまり、七不思議のナナシとなった七紙光太郎ではなく、九条和雄に原因があったという事である。

「私はそれを依頼者であり被害者であるカズオに直接伝えた。
 本人も心当たりはない風だったし、私もその時はoccultなんて信じていなかったから話はそこで終わった。けれど、」

ひとまず専門家からの話を九条和雄に伝え、その上でアニカなりの科学的に筋の通った虚構推理で納得させた。
だが、今は違う。
心当たりが生まれた、生まれてしまった。

「Ms.チャコの言う通り『怪談使い』が『巣くうもの』によって生み出されたものだとするならば……。
 カズオは山折村にrelationshipがあり、そこから呪いを持ってきた可能性がある」

『巣くうもの』が『怪談使い』を生み出し。
『怪談使い』を生み出す原因が被害者である九条和雄にあるならば。
彼は『巣くうもの』に近い位置にいたことになる。

「と言っても、東京のクラスメイトなんだろ? この村とどう関係があるってんだ?」
「…………実はね、カズオのmamはこの山折村出身だったのよ」

山折村出身者の血筋。
東京の少年はこの村に大いに関わりがあった。

「けど、よく知ってたなそんな事。クラスメイトの母親の実家なんて普通は知らねぇぞ」
「普通はね。けど、きっかけはアナタの話題よ。話の流れでカナタとカズオの母親が同郷だってわかったの」

何で哉太の話題になったのかは置いておくとして。
知り合い同士の故郷が地方の片田舎と言うのは珍しい偶然であったため印象に残っている。

「そして、よそ様のfamily circumstancesを勝手に話すのは憚られるけど
 カズオのご両親はdivorceしていて。カズオはdaddyに引き取られ、mamはlittle sisterを連れて山折村に帰郷しているはずよ」
「じゃあ、別居している母親と妹に会いに行ったときに呪いを受けた?」
「あるいは、母親か妹が強い呪いを受けて、血縁であるカズオくんが影響を受けたか、ですね」

創が呪術的な観点からの意見を差し込む。
強い呪い。すなわちそれは『怪談使い』を生み出す『巣くうもの』に他ならない。

「つまり、お母さんか妹さんのどちらかが『巣くうもの』に取り憑れていたってことですか?」
「けど、誰かに取り憑いたってんなら何で人を経由するなんてそんなまどろっこしい事を?」
「『巣くうもの』はこの山折村に根付いた地縛霊に近い性質を持っている。
 だからこそ、外の世界に災厄をもたらすために『怪談使い』なんてものを使って中継しているんじゃないの?」
「なら、『怪談使い』は呪いを外に持っていくための運び屋って事か?」

『怪談使い』はこの土地に縛られた呪いが、外に領域を広げるため種子。
九条和雄は花の種子を運ぶ虫や風のように呪いを村の外に運ぶ『運び屋』の役割を担っていた。

「そうかしら? どちらかと言うとgas releasingのように思えるけれど」
「僕もアニカさんの意見に同意ですね。出口のない山折村の厄を外に出すための手段だったんじゃないかと」

アニカと創が支持するのは、凝縮された爆発寸前の呪いを少しでも外に逃がすためのガス抜きという説だ。
祟り神と言えども地縛霊であれば村自体が滅びるのは避けるだろうという考えである。

「どっちにせよ傍迷惑すぎんだろ…………」
「祟り神にせよ土地神にせよ神様ってそう言うものでしょう」

外への悪意か、中への善意か。
どちらにせよ、迷惑な話である。

81山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:19:07 ID:iRBAVS420
「ちなみに、そのカズオと言う子供の母親と妹の名前は?」
「mamの方は聞いてない。お母さんとしか呼んでなかったしね。little sisterの方は母方の姓になって、確か名前は『一色 洋子』」
「え、洋子ちゃん!?」

その名にうさぎが反応する。
よく知る少女だったというのもあるが、何より、うさぎには『巣くうもの』と洋子を結びつける心当たりがあった。

「袴田さんのお家を襲った熊ワニの怪異が語りかけてきたの、洋子ちゃんの声で……」
「なら、決まりね。『巣くうもの』は一色洋子に取り憑いていた」

茶子はそう結論付ける。
少なくとも、このVHが始まる以前の寄生先は推察できた。
そしてこの騒ぎに生じて熊ワニに転移したのだ。
問題は、今はどこいるのかだが。

「さっき出てきた影法師がそうなのかな?」
「それはたぶん違う。イヌヤマイノリには違いないでしょうけど、言ったでしょイヌヤマイノリは分割され2つに分かたれた存在だって」

一色洋子に取り憑いていたイヌヤマイノリは宿主を転移して、今も何者かに取り憑いているはずだ。
魔王を呪うべく商店街に出現したイヌヤマイノリは別だろう。

「けど2つに分かれたって、どういう事なの? 茶子ちゃん」
「どういう事かは、これからアニカちゃんが答えてくれるわ」

言って、茶子が視線をアニカに向ける。
アニカもその視線を、目を細めて見つめ返す。

「そろそろ推理はまとまったかしら?」
「Yeah...そうね」

『怪談使い』について説明しながらまとめていた、アニカの考えも形になってきた。
ついに話は村の歴史の核心について迫ろうとしていた。

「その前に一ついいか? そもそも何なんだその古紙は?」

アニカが話し始める前に哉太が尋ねる。
今から語られる情報の大本であろう、羊紙皮写本は何なのか。
答えるのは羊紙皮写本を持ち出してきた女、茶子である。

「この手記は山折神社の奥に眠る即身仏。
 つまり、山折神社の初代宮司であり隠山祈の弟である隠山覚(いぬやま さとり)によって記されたモノよ」
「それって…………」
「そ。はすみとうさぎのご先祖様ね」

その名はうさぎも知っている。
犬山家の家系図は初代宮司である犬山覚から始まっているのだから。

「この手記には『降臨伝説』の真実が書かれている」
「『降臨伝説』って主に春ちゃんがいつも言ってる村の伝説だよね?」

山中に降臨した神が疫病に苦しむ村を救ったという村の始祖たる神楽の始まりの伝承。
神楽家の啓蒙活動により村の誰もが知っている話だ。

「そうね。けど、お春の話と違って、これは他ならぬ当事者の手で書かれた手記よ。信憑性は高いでしょう?」

『降臨伝説』の真実。
語り手であるアニカがこれから始まる長い話の前に、一つ咳払いをした。
そして、すべてを明かす探偵の手によって村の歴史が紐解かれようとしていた。

話は室町時代にさかのぼる。
隠れ里の巫女、隠山祈と京より派遣された陰陽師、神楽春陽の出会いより始まる。
出会いより互いに惹かれ合った2人は人目を憚り山中での逢瀬を重ねていた。
そして幾度目かの逢瀬の最中に、2人は山中で幼子を拾った。
その幼子こそ、降臨伝説における降臨者に当たる存在だった。

82山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:19:23 ID:iRBAVS420
「それはただの捨て子だったのでは?」
「いや、地面に落ちていたのではなく。彼らの目の前で空が裂け、その裂け目から白い兎とともに現れたと書かれている。
 よっぽど話を盛ってるんじゃなければこうは書かない」

羊皮紙の序章には目を通していた茶子が答える。
過剰演出の小説のような表現だが、異世界の存在が明らかになった今となっては異世界の裂け目だったのだろうと推測できる。

「なんか、かぐや姫みたいな話だね」

竹の中に赤子が居て、その正体は月からやってきた宇宙人だったという昔物語。
宇宙ではなく異世界だが、お伽噺めいた話である。

「幼子は神楽春陽に引き取られ、隠山祈によって名を与えられた。その名を神楽うさぎと言う」
「…………うさぎ」

自らと同じ名にうさぎが反応する。
それが友の名字と結びつくのはどうにも妙な気分である。

「神楽春陽は隠山祈と共に子を育み、愛を育んだ」
「素敵なお話だね」

疑似家族だが、そこから生まれる愛もあるだろう。
村の絶対禁忌となる災厄の話だと忘れてしまいそうになる。

「――――――だが、蜜月はそこまで」

元より春陽は都より隠れ里の調査に来た役人である。
調査を終えた春陽は里の構造的な欠陥を見抜き、近しい未来に訪れる災厄を予見した。
そして厄の抜け道である龍脈を必要があると考え、その施工を手配するため一時的に京へと帰京する事となった。

「第一のmisfortuneは、春陽不在の隙をついて神楽うさぎが留学という名目で飛騨の役人に拐かされた事」
「……誘拐されたって事? けど、どうして?」
「うさぎが『八尾比丘尼』である、とされたからよ」
「やおびくにって?」
「人魚の肉を食べて不老不死になった尼の事よ。確か、室町時代にこの辺を訪れたって伝承があったはずね」

室町時代に八尾比丘尼が飛騨国周辺を訪れたという記録がある。
不老不死たる八尾比丘尼の血肉は死者を甦らせ、生者に不死を与える万病の妙薬とされていた。
当時の飛騨国の役人たちも八尾比丘尼の噂を聞きつけた血眼になってこれを探したと言う。
そして、山中に現れた白髪。金色の瞳を持つ奇異な幼子の噂を聞きつけた彼らは彼女を『八尾比丘尼』であるとした。

役人と言う立場から言えば当然の義務ともいえるが、幼子の存在を報告したのが他ならぬ春陽だ。
飛騨の役人が京へと送られるはずだった文を盗み見てその存在を知る事となった。

娘が拐わかされたことを知った春陽はすぐさま京を離れ、その救出に向かったが、時すでに遅し。
神楽うさぎは生きたまま解体されており、妙薬と言う名の肉片となっていた。
怒り狂った春陽は役人たちを呪い殺し、恐るべき執念で権力者たちにバラまかれた娘の遺体を回収していった。

「そして、第二のmisfortuneは、疫病が里に蔓延した事」

天然痘と呼ばれる流行病が村へと蔓延したのだ。
元より春陽はこれを災厄として予期していたが、最悪なことに春陽が村を離れてうさぎの遺体を回収している間に病は蔓延してしまった。
そして疫病を恐れた村人は疫病に侵された人間を山の岩戸に隔離して閉じ込めていった。
不吉や災厄に蓋をしてなかった事にする、それが当時の村の信仰だった。

春陽がバラバラになった娘の死体を回収して里に帰ったのは約1月後の事だった。
その頃には全てが終わっていた。里は疫病によって半壊しており、生き残った村人から隠山祈の居場所を行き来だそうとしたが村人は頑なに口を割らなかった。
春陽は自力で岩戸に閉じ込められた隠山祈を発見したが、時には既に祈は事切れており、その妹と弟と共に岩戸の中で死亡していた。
全てに遅い、男だった。

83山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:19:43 ID:iRBAVS420
「いや。待って下さい、それはおかしい」

アニカの語りに創が待ったをかける。

「この手記を書いたのは隠山祈の弟だったはずだ。それが死亡しているのは話が合わない」
「それは……弟さんが2人いたとかじゃないかな?」
「いいや、隠山祈には弟と妹が1人だけだ」
「弟である覚さんが後に宮司となっているのなら……死亡していたという記録が間違いだったんじゃないかな?」

そうでなければ、子孫であるうさぎが存在しないことになってしまう。

「それに関して具体的なdescriptionはないわ。だからここからは私のReasoningになるのだけど……」

少しだけ躊躇うようにアニカが言葉を切った。
だが意を決するように、たどり着いた結論を口にする。

「確かに春陽がたどり着いた時にはすでに隠山祈を含む多くの人間は死亡していた。
 but...春陽の手にはcollectした神楽うさぎの肉片があった。生者に不死を与え、死者を甦らせると言う妙薬が」

その言葉の意味を理解して、全員の背筋にゾワリと悪寒が走る。

「まさか…………それを使ったってのか!? 義理とは言え娘の遺体だぞ?」
「ただのReasoningよ。証拠は何もない。けれど、もう取り戻せないモノと、取り戻せるかもしれないモノ。
 どちらも大切で取り戻す手段が手の中にあったとするなら、そのjudgmentは責められるものではないと思うわ」

神楽春陽はバラバラになった己が陰陽道と娘の死肉を使い、岩戸の中に打ち捨てられた疫病で死亡した人間を蘇生させた。
血を吐くような辛い決断であったのは違いあるまい。

「……待ってくれ。じゃあ何か? 俺たちは最初から死の淵から蘇ったゾンビの子孫だったって事か?」

顔を青くしながら哉太が問う。
この村の先祖は死者蘇生したゾンビのようなものだった。
このVHより以前からこの村はゾンビの村だった。これが絶対禁忌だと言うのだろか。

「言ったでしょ、これは私のReasoningであって確証はないわ。
 ただ、戦時にこの村で『マルタ実験』が行われていたのは、この村にそういう死者蘇生のanecdoteがあったからなのでしょうね」

時の権力者である山折軍丞も故郷に伝わるその伝承を知っていたからこそ、『不死の軍勢』研究に自身の村を提供したのだろう。

「確か……春ちゃんがよく話してる『降臨伝説』の内容って。
 山中に突如として君臨した『神』が自らの血肉で疫病に苦しむ村民を救った、だったっけ」

異世界より現れた神楽うさぎがその死肉で疫病で死亡した村人と蘇らせた。
確かに大筋としてはあってると言えばあってる。
どの神楽がどういう手段をもって救ったか、と言う肝心な点が抜けているのだが。

「じゃあ、それで隠山祈も蘇ったのでしょうか?」

八尾比丘尼の肉で死者を蘇えらせたというのなら、そこに隠山祈も含まれているはずである。
だが、これにアニカはかすかに首を横に振った。

「Non...これ以降のrecordに隠山祈は登場しないわ」

これに関して詳細は不明だ。
岩戸の奥で世界を呪いながら死を迎えた隠山祈はその呪詛により既に怪異に身を堕としていたのか。
それとも、母である隠山祈だけはバラバラになった娘の血肉による蘇生を拒んだのか。
むしろその事実に世界への恨みを更に強め、蘇りの力を使って呪詛と怨嗟をまき散らす悪神へと転生をせしめたのかもしれない。

「かくして、疫病騒ぎは終息したって事ね。まぁ一度疫病で死亡した人間には抗体もついてただろうしね」

これにより隠れ里は疫病騒ぎを乗り越えた。
1人の少女の犠牲によってウイルスに苦しめられた状況を救うというのは今の状況の暗示めいている。

だが、疫病から逃れていた村人からすれば、打ち捨てなかった事にした疫病患者たちが復活したのだ。
それは彼らにとっては信仰、教義に反する不都合な奇跡である。

春陽は復活した村人に真実を言い出せなかった。
当然だろう。まさか娘の死肉を使ってあなたたち甦らせましたなんて言えるはずもない。

それ故に村人たちは勝手な想像を膨らましこの、不都合な奇跡を引き起こした存在を自分たちがなかった事にした『隠山祈』であると考えた。
彼らは彼女を全ての悪を引き起こした名もなき祟り神として祀り、その役割を押し付けた。それが鳥獣慰霊祭の始まり。
だが、ここに一つの歪みが生じた。

84山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:19:56 ID:iRBAVS420
「歪み…………?」
「信仰と事実の違い、ですね」
「そっか…………実際は疫病患者を救ったのは『神楽うさぎ』だったわけだもんね」

本物の『隠山祈』は恨みによって悪神に転じており。
実際に村人に祟り神として信仰の対象となったのは『神楽うさぎ』である。
この歪みにより同じ名を持つ2柱の『イヌヤマイノリ』が生まれたのである。
これが村の災厄誕生の真実。

村の災厄。絶対禁忌『イヌヤマイノリ』誕生の経緯は分かった。
だが、まだ一つ疑問が残っている。

「…………妹は? 妹はどうなったの?」

拳を握り締め、妙に力の入った声でうさぎ尋ねる。
神楽うさぎは祟り神となり、隠山祈は悪神と転じた。
隠山覚は死の淵から蘇り犬山と名を改め初代宮司となった。
では、妹はどうなったのか?

「I don't know.イノリと同じく、以後の記述には何の記録も残っていないわ」
「けど、アニカちゃんなら推理は出来るはずでしょう…………?
 確証がなくてもいい……推理を聞かせて…………!」

うさぎが懇願するように頼み込む。
彼女の言う通り、非合理で飛躍しすぎた内容だが、推理はある。

「隠山祈のlittle sisterである隠山 望(いぬやま のぞみ)は『Spirited away(神隠し)』にあったのではないかしら?」

推理によってたどり着いた結論を告げる。

「どういう事だ?」
「異世界の魔王がこっちに来てるんだもの。こっちの人間がむこうに行っててもおかしくはないでしょう?」
「いやぁ……理屈で言えば…………確かにそう、なのか?」

戦時に異世界研究がなされていた事から、この村は異世界と違い位置にあるのは確かだ。
特に山折神社付近は異世界に近い場所である
昔から神隠しと言う名の異世界転移や異世界転生が起こっていた可能性は高い。
そして、その転移者の中にうさぎの先祖である隠山祈の妹がいたとしてもおかしくはないだろう。

「魔王はウサギの顔を見てイヌヤマと呼んだ。たまたま似た顔をした人間を知っていたとういpossibilityはあるでしょうけど、顔だけならともかく名前まで一緒っていうのは流石にありえない」

魔王の言動は意味不明なものが多かったが、特にうさぎに対する反応は意味深だった。
明らかにうさぎを知ってる風な反応を示していた。
ならば魔王が知っていたイヌヤマは異世界転移した隠山祈の妹なのではないのか。

「そして、ここからはさらに荒唐無稽な話になるのだけど……。
 ウサギはその異世界のイヌヤマのRelated partiesなのではないかしら?」

異世界や転生を前提とした推理ともいえない推理もどき。
だが、恐らくこの荒唐無稽な推理は正しいのだろうと、探偵として勘がそう告げていた。

「推理と言っても無根拠ってわけじゃないだろ? そう思う根拠は?」
「このfamily tree(家系図)よ」

言ってアニカが提示したのは犬山家の家系図である。
それは、神楽うさぎの死肉より蘇りを果たしたことによる呪詛なのか。
犬山覚を頂点とする家系図は奇妙なことに女児が一人しか生まれない一子の呪いにかかっていた。

「犬山家にはgirl childが1人しか生まれない。そのruleから外れたウサキは別のruleによって生まれた存在だと推測できる。
 そして、異世界より白兎とともに現れた神楽うさぎ。それと同じ名を持つウサギは同じOriginによって名付けられたのではないか? と言うのが私のReasoningよ」

本人の危惧した通り、名探偵らしからぬ荒唐無稽で穴だらけの推理である。
名前が同じになるなんてただの偶然の可能性の方が高いだろう。
女児が1人しか生まれなかったのだって、呪いなんかじゃなくてただ偶然が続いただけだったのかもしれない。

だが、当人であるうさぎの中でああそうなのかという納得があった。
知らずうさぎの頬を涙が伝う。
自身が何者であるのか思い出したような、暖かな涙だった。

85山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:20:20 ID:iRBAVS420
■総括:今後の対応について

「村の歴史のお勉強はこれで終わり。あの呪いがどういうものか分ったでしょう?」

アニカが推理を語り終え、進行役だった茶子が聴衆にそう投げかける。
これで絶対禁忌をめぐる村の歴史は明らかになった。
後は、この情報を元にあの呪いをどう攻略するかだが。

「私は……助けたい」

最初に口を開いたのは自らの正体を知った少女、犬山うさぎだった。
だが、その言葉に茶子が冷ややかな反応を示す。

「…………助けたい?」
「そうだよ……! 助けなきゃいけない、私はきっとそのために…………っ」

ぐっと決意を込めたこぶしを握り、うさぎが声を震わせる。
使命感のようなものが彼女を突き動かしていた。

「ダメようさぎ。どちらのイヌヤマイノリであろうとも排除する」

だが、返るのは刃のように冷たい瞳と声だった。
村の存続を求める茶子は神殺しを宣言する。

「祟り神や悪神に墜ちた存在はこの村にとって害でしかない。哉くんも村の害になる祟り神まで殺すなとは言わないわよね?」

不要な人殺しはしないと約束したが、神までは約束していない。
何より、これは村の『未来』を思うのならば必要な事である。

「私はこの村を綺麗にする、私の山折村に神はいらない」
「そんな、ダメだよ茶子ちゃん……!」

これだけの集団になると祖語も出てくる。ともすれば、目的同士がぶつかることもあるだろう。
イヌヤマイノリの処遇を巡り2人はヒートアップする。

「待った。まだ方針の確認している途中だ。衝突も擦り合わせはその後にしましょう」

その間に創が入り衝突しかけた2人をとりなした。
創の言葉に、気づけば立ち上がっていたうさぎは頭を冷やしたのか黙って座席に座りなおす。
茶子も落ち着いた様子だが、睨み付けるように創に視線を向ける。

「そういうお前はどっちの意見なんだ、創?」

排除が救済か。
村の災厄に対するスタンスを問われ、創は回答する。

「そうですね。僕は村の呪いに関しては、そもそも解決する必要がない、と考えています」

これまでの議論のちゃぶ台をひっくり返す意見だった。
突然の暴論に慌てた様子で哉太が突っ込む。

「おいおい、そりゃないだろ。あれは放ってはおけない」
「ええ。そうですね。失礼しました。では言い方を変えましょう。あの問題を――我々が解決する必要はない」

生物災害は解決せねばならない。
そうしないと生き残れないからだ。
だが、あれは完全に生物災害とは別の事案だ。
解決せずとも巻き込まれさえしなければ生き残れる。

「あの怨霊は土地に根付いた地縛霊に近い性質と言う話だったはずだ。
 ならば、あそこで止めなければ世界に害を漏らしかねない魔王と違って積極的に戦う理由がない。なら放置すればいい」

悪意を持って攻撃してくる相手ならば、自衛のために倒さねばならないが、あの呪いはそうではない。
そこに在り、特定の禁忌を侵した者だけを呪うシステムだ。
VHを解決してこの土地から離れてしまえば逃げ切れる相手である。

「けど、そうじゃない可能性もあるだろ? あれが外に害をもたらすかもしれない」
「確かに地縛霊であるというのはただの希望的な推測だ。だが、それが本当に世界の危機ならば然るべき部隊が派遣される」

彼らはただの村人だ、世界を救う義務など無い。
世界を救う義務を担った存在は別にいる。
その存在を、彼らは実感をもって知っていた。

「――――特殊部隊」

村の蹂躙者にして秩序の守護者。
世界を守護る特殊部隊だ。

86山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:20:50 ID:iRBAVS420
「だが、相手は魔王を呪うような手合いよ。奴らで勝てるのかしら?」

異能には異能を。超常には超常を。
村の呪いに対処するのなら異能者となった正常感染者たちの方が適任ではないのか?
茶子は懐疑的な様子でそんな疑問をぶつけた。

「それは少し特殊部隊を侮りすぎだ。実の所、あのまま魔王を放置しても彼らが倒していたと僕は思います」

確かに、魔王は圧倒的な存在だった。
怪異殺しの呪詛に、村の呪いを利用して弱体化に弱体化を重ねてようやく勝てた相手である。
その手段を持たない特殊部隊など鎧袖一触にしてしまえる実力はあったように思えるが。
茶子はこの地でもテクノクラートでも自衛隊の精鋭たる秘密特殊部隊を接触したことがない。彼らを知らない。
故に、両者を知る者に問う。

「哉太さん。あなたは出現直後、弱体化前の魔王に一太刀入れている。そして燃える古民家で特殊部隊とも戦ったはずだ。
 両者と戦った実感として、特殊部隊が魔王に勝てないと思いますか…………?」

弱体化前の魔王は確かに圧倒的だったが、一撃も与えられないような相手ではなかった。
出現直後の魔王はアニカの異能を乗せた哉太の一太刀で手傷を負った。
物理的に傷を負う相手である。

哉太は燃え盛る炎の中で戦った特殊部隊の男を思い返す。
狙撃手としての本領を発揮するでもなく創、哉太、圭介の操る遥の3人を相手取った強者。
もちろんその実力は魔王に及ぶべくもないが、あの実力を基準に考えれば、すぐに結論は出た。

「勝てる、と思う。もちろん1人じゃ話ならないだろうけど、装備を整えた特殊部隊が一個分隊もいれば十分に殲滅できたはずだ」

10名前後からなる分隊であれば魔王相手でも問題なく殲滅できた。
哉太として、哉太はそう分析する。

「つまり、顕現した隠山祈が魔王に近しい力を持っていたとしても、特殊部隊なら対処できるという算段か?」
「ええ。特殊部隊側も相応の被害を被るでしょうが、それが彼らの本来の仕事のはずだ、そこは全うして頂けばいい」

自分で殺すのではなく、殺せる状況を作る。
師匠の相棒が得意とするエージェントとしてのやり口である。

結果として殺せるのなら、茶子としても文句はない。
だが、散々村を蹂躙した特殊部隊の連中に、これ以上の介入を許すと言うのも気に食わない。

「アニカちゃんの意見は?」
「村の呪い(イヌヤマイノリ)の排除に関してはpassive approvalって所かしら。
 私のpurposeはあくまでこのVHの解決。災厄は私たちのhindranceになるなら対処する。そうじゃないならMr.アマハラの意見に近いわね。放置するのもありだと思うわ」

アニカはイヌヤマイノリが来るのなら対処するが、そうでないなら関わらない。
そう言う消極的なスタンスである。

「哉くんはどう?」
「俺は…………村の災厄、隠山祈に関しては事情も知っちまったし、倒すっていうより何とかしてやりたいとは思う。
 けどよ。それより……やっぱり俺は圭ちゃんを助けにきたい」

災厄の下に残してきた圭介の救助。
災厄を倒すかどうかよりも哉太の目標はそちらが優先される。

「すでに手遅れだと思うけど」
「それでも。最後まで諦めきれないんだ。直接この目で見るまでは」

恐らく最も困難な道だろう。
だが、それでも、目の前の友達の方が大事だ。

「私も、災厄の対処よりもスヴィア先生の救出を優先したい」

哉太の意見に雪菜も続く。
はるか昔より続く村の因縁や災厄の解決よりも、危機にある知り合いを助けたい。
そんなごくごく個人的な要望だが、彼女にとっては何よりも優先される大事なことだ。
茶子は冷ややかな視線を送るが、衝突もすり合わせも後ですべきと言う創の意見を受けての事か、何も言う事はなかった。

「んんぅ……おはなし……おわった?」

くぁぁと大きなあくびをしながら、いつの間にか眠っていたリンがよ目を覚ました。

「そうね。一応リンちゃんにも聞いておこうかしら」
「なんのおはなし?」
「イヌヤマイノリをどうするかってお話しよ」
「いのりちゃん?」

寝起きのリンはかわいらしく首をかしげる。

「なかよくできるんならいっしょに遊びたいな。
 けどチャコおねえちゃんがしたいようにするのがリンはいちばんうれしいな」

そういって毒を含んだ白い花のように笑う。

「ありがとうリンちゃん。これで一通りの意見は出そろったかしら」

87山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:21:07 ID:iRBAVS420
ひとまず全員が意見を出し終えた。
災厄に対するスタンスをまとめると。

・排除派

茶子:村の災厄はすべて排除する。
リン:茶子の意見と同じ。

・放置派

創:村の災厄は放置。特殊部隊に処理させる。
アニカ:VHの解決を優先。向こうから来ない限り村の災厄は放置。
雪菜:村の災厄の対処よりもスヴィアの救出を優先したい。

・救出派

哉太:村の災厄はなんとかしたい。だがそれよりも山折圭介の救出を優先したい。
うさぎ:災厄である隠山祈を助けたい。

「…………見事にOpinionsがバラバラね」

方針が同じなのは茶子とリンくらいの物だが、これに関しては幼子であるリンが茶子に付和雷同しているだけなので参考にならない。
特に問題なのはうさぎと茶子の意見が真っ向から対立している事だ。
下手をすれば物別れになりかねない。

「ではこうしましょう。個別の目標ではなく全員の共通目標を確認しましょう」

創が提案する。
個別の目標ではなく、全体としての共通目標を洗い出す。

「そうね。意見がまとまらずFarewellになるよりは、まずは全員でClearすべきtaskを処理していきましょう。
 災厄への対処はそれから。みんなもそれでいいかしら?」

村の災厄に対する方針が対立している以上、村の災厄の対処は後回しにして別の優先事項をこなすのがベストだ。
問題の先送りでしかないが、対立するにしてもその後でいい。

「俺は…………」

哉太は返答に詰まる。
哉太が望む、災厄の足元に残してきた圭介の救出は他の目的に比べて緊急性が高い。
出来るのならば一刻も早く助けに向かいたい。

「哉太さん。言い方は悪いですが、殺されてるなら置き去りにした時点で殺されている。
 生きていることを信じたなら、その場から逃げ延びたと信じるべきだ」
「ああ。そう、だな」

哉太は圭介が生きていることに賭けた。
ならば、あとはガキ大将のしぶとさを信じるしかない。

「……わかった。俺もそれでいい」

哉太も納得を示したことによりひとまず、全員が共通する目標に向かって動く事に同意した。

「事後処理に関しては置いておくとして。バイオハザードの解決。村を封鎖している特殊部隊への対処。当面の目標はこれでいいですね?」
「確認するまでもねぇな」

そこに関しては最初から変わっていない。
VHに巻き込まれた全員が乗り越えるべき共通目標だ。

88山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:21:21 ID:iRBAVS420
「VHのsolutionに関しては研究所に向かうしかないでしょうね。そこでMethodを見つけるしかない」
「研究所の入り口は把握しているんですか?」
「診療所裏に緊急脱出口がある。地下研究所にはそこから侵入できるはずよ」
「鍵(キー)は?」
「L2のIDパスがある。今はアニカちゃんに預けてあるわ」
「実際に使用したことは?」
「ないね。連絡は仲介役を介してたんでね、緊急脱出口については聞かされていただけで直接訪ねたことはない」
「なら、緊急脱出口には別の鍵(ロック)がかかっている可能性もありますね、まぁ行ってみないと分からないか……」

一応の懸念はあるが、ひとまずは侵入に問題はなさそうだ。
問題は研究所にたどり着いてからである。
そこから解決策が見つかるかは、出たとこ勝負だ。

「それなら、スヴィア先生の助けが必要だと思います、先生がいればきっと……!」

研究所に辿り着いた所で知識がなければ解決策も見いだせない。
アニカや創も工作員や探偵としてある程度の知識はあるが、やはり専門家である研究員であるスヴィアの力は欲しい。
スヴィアの救出も念頭に置く必要はあるだろう。雪菜からすれば個人目標とも一致して願ったり叶ったりだ。

「特殊部隊に関してですが、奴らは倒したところで意味がない。今の部隊がダメなら目的達成まで次が送り込まれるだけだ」
「根元から絶たないとってことだね……」

出会ったら終りと言える強さな上に無限湧き。
まともに相手にするだけ無駄だ。

「そのためにnegotiationが必要よ」
「一応、研究所には伝手がある。場があれば掛け合えるとは思う。だが、交渉しようにも通信妨害が邪魔だ」
「そうですね。通信妨害を乗り越える手段はこの村にはない」

特殊部隊の張った通信妨害を超える手段は村内にない。
あるとするならば、村の物ではない施設にあると、一縷の望みを託すしかない。
すなわち地下に広がる研究所である。

「どっちにせよ、研究所か……」

彼らの目的はそこに集約される。
村の地下に眠る未来人類発展研究所。
全てはそこに在るはずだ。

「なら、さっさと向かいましょう」

茶子がエンジンをかけなおし、アクセルを踏む。
ハンドルを回して大きくUターンすると、バスが走り出した。
目標は山折総合診療所裏にある非常出口。

闇を切り裂きバスが進む。
全員が前を向いて一つの目標に向かっていく。
そんな中一人、状況のよくわかっていないリンだけが窓から流れゆく景色を眺めていた。

「あ、ながれ星」

幼子の瞳は商店街に向かい、夜を飛ぶ流星を見た。

89山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:21:35 ID:iRBAVS420
【F-3/草原・マイクロバス内/一日目・夜】

[全体]
※『ヤマオリ・レポート』の内容を共有しました
※『世界の滅び』及びそれを回避しようとする『研究所の方針』について把握しました。
※過去に行われた『龍脈』の工事は未完成である事を把握しました。南トンネルに北の即身仏に対を成す厄を吸収する何かがあると推測しています。
※羊皮紙写本から『降臨伝説』の真実を知りました。

【虎尾 茶子】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(中)、山折村への憎悪(極大)、朝景礼治への憎悪(絶大)、八柳哉太への罪悪感(大)、隠山祈に対する恐怖(小)
[道具]:ナップザック、木刀、長ドス、マチェット、医療道具、腕時計、八柳藤次郎の刀、包帯(異能による最大強化)、ピッキングツール、アウトドアナイフ、護符×5、モバイルバッテリー、袴田伴次のスマートフォン
[方針]
基本.協力者を集め、事態を収束させ村を復興させる。
1.有用な人材以外は殺処分前提の措置を取る。
2.顕現した隠山祈を排除する
4.リンを保護・監視する。彼女の異能を利用することも考える。
5.未来人類発展研究所の関係者(特に浅野雅)には警戒。
6.朝景礼治は必ず殺す。最低でも死を確認する。
7.―――ごめん、哉くん。
[備考]
※未来人類発展研究所関係者です。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※天宝寺アニカらと情報を交換し、袴田邸に滞在していた感染者達の名前と異能を把握しました。
※羊皮紙写本から『降臨伝説』の真実及び『巣食うもの』の正体と真名が『隠山祈(いぬやまのいのり)』であることを知りました。
※月影夜帳が字蔵恵子を殺害したと考えています。また、月影夜帳の異能を洗脳を含む強力な異能だと推察しています。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
※『隠山祈』の封印を解いた影響で■■■■になりました。

【リン】
[状態]:異能理解済、健康、虎尾茶子への依存(極大)、マイクロバス乗車中
[道具]:メッセンジャーバッグ、化粧品多数、双眼鏡、缶ジュース、お菓子、虎尾茶子お下がりの服、御守り、サンドイッチ、飲料水(残り半分)
[方針]
基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。
1.ずっといっしょだよ、チャコおねえちゃん。
2.またあおうね、アニカおねえちゃん。
3.チャコおねえちゃんのいちばんはリンだからね、カナタおにいちゃん。
4.いのりちゃんにまたあえるかな?
[備考]
※VHが発生していることを理解しました。
※天宝寺アニカの指導により異能を使えるようになりました。
※『隠山祈』の存在を視認しました。

【八柳 哉太】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(大)、喪失感(大)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス乗車中
[道具]:脇差(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、打刀(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、双眼鏡、飲料水、リュックサック、マグライト、八柳哉太のスマートフォン
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
1.アニカを守る。絶対に死なせない。
2.村の災厄『隠山祈』の下に残してきた圭介を救出したい。
3.村の災厄『隠山祈』を何とかしてあげたい。
4.いざとなったら、自分が茶子姉を止める。
5.ゾンビ化した住民はできる限り殺したくない。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所の地下が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※『隠山祈』の存在を視認しました。

90山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:21:46 ID:iRBAVS420
【天宝寺 アニカ】
[状態]:異能理解済、衣服の破損(貫通痕数カ所)、疲労(大)、精神疲労(大)、悲しみ(大)、虎尾茶子への疑念(大)、強い決意、生命力増加(???)、隠山祈に対する恐怖(大)、マイクロバス乗車中
[道具]:殺虫スプレー、スタンガン、斜め掛けショルダーバッグ、スケートボード、ビニールロープ、金田一勝子の遺髪、ジッポライター、研究所IDパス(L2)、コンパス、飲料水、医療道具、マグライト、サンドイッチ、天宝寺アニカのスマートフォン、羊紙皮写本、犬山家の家系図
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.『あれ』をどうにかする方法を考えないと……But can you really do anything?
2.「Mr.ミナサキ」から得た情報をどう生かそうかしら?
3.negotiationの席をどう用意しましょう?
4.あの女(Ms.チャコ)の情報、癇に障るけどbeneficialなのは確かね。
5.やることが山積みだけど……やらなきゃ!
6.リンとMs.チャコには引き続き警戒よ。特にMs.チャコにはね。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能を理解したことにより、彼女の異能による影響を受けなくなりました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※犬山はすみが全生命力をアニカに注いだため、彼女の身体に何かしらの変化が生じる可能性があります。
※『隠山祈』の存在を視認しました。

【犬山 うさぎ】
[状態]:感電による熱傷(軽度)、蛇・虎再召喚不可、深い悲しみ(大)、疲労(大)、精神疲労(極大)、隠山祈に対する恐怖(絶大)、マイクロバス乗車中
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.少しでも多くの人を助けたい
1.村の災厄となってしまった隠山祈を助けたい
[備考]
※『隠山祈』の存在を視認しました。
※自身が『隠山祈』の妹『隠山望』であることを自覚しました

【天原 創】
[状態]:異能理解済、記憶復活、疲労(特大)、虎尾茶子への警戒(中)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス乗車中
[道具]:???(青葉遥から贈られた物)、ウエストポーチ(青葉遥から贈られた物)、デザートイーグル.41マグナム(0/8)、スタームルガーレッドホーク(6/6)、ガンホルスター、44マグナム予備弾(30/50)(ジャック・オーランドから贈られた物)、活性アンプル(青葉遥から贈られた物)、他にもあるかも?
[方針]
基本.パンデミックと、山折村の厄災を止める
1.全体目標であるVHの解決を優先。
2.災厄と特殊部隊をぶつけて殲滅させる。
3.スヴィア先生を探して取り戻す。
4.珠さん達のことが心配。再会できたら圭介さんや光さんのことを話す。
5.虎尾茶子に警戒。
[備考]
※上月みかげは記憶操作の類の異能を持っているという考察を得ています
※過去の消された記憶を取り戻しました。
※山折圭介はゾンビ操作の異能を持っていると推測しています。
※活性アンプルの他にも青葉遥から贈られた物が他にもあるかも知れません。
※『隠山祈』の存在を視認しました。

【哀野 雪菜】
[状態]:異能理解済、強い決意、肩と腹部に銃創(簡易処置済)、全身にガラス片による傷(簡易処置済)、二重能力者化、骨折(中・数本程・修復中)、異能『線香花火』使用による消耗(中)、疲労(大)、虎尾茶子への警戒(中)、隠山祈への恐怖(大)、マイクロバス乗車中
[道具]:ガラス片、バール、スヴィア・リーデンベルグの銀髪、替えの服
[方針]
基本.女王感染者を探す、そして止める。
1.絶対にスヴィア先生を取り戻す、絶対に死なせない。絶対に。
2.虎尾茶子は信頼できないけれど、信用はできそう。
[備考]
※叶和の魂との対話の結果、噛まれた際に流し込まれていた愛原叶和の血液と適合し、本来愛原叶和の異能となるはずだった『線香花火(せんこうはなび)』を取得しました。
※制服から着替えました。どのような服装かは後続の書き手様にお任せします。
※『隠山祈』の存在を視認しました。

91山折村歴史巡りバスツアーズ ◆H3bky6/SCY:2024/04/10(水) 21:22:58 ID:iRBAVS420
投下終了です
前話投下前に考えていたプロットを修正したモノなので何か矛盾点などありましたらご指摘ください

92 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:17:48 ID:9AiKCq460
投下します

93『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:19:42 ID:9AiKCq460
重圧が押し寄せてくる。
護国の重さが確かな圧力として奥津の心にのしかかってくる。

20年以上にわたり、奥津は軍務に携わってきた。
本当にこれでよかったのか、この決断は正しかったのか?
そんな葛藤に見舞われた機会も数知れず。
けれども、此度突き付けられた選択の重大性は、その経験が児戯に等しく思えるほどのものだ。
背負う責任の大きさ然り、選択による影響範囲の広さ然り、決断までのリミット然り。

過ぎゆく時間に長短はない。
だが奥津にとって、今この瞬間の一秒一秒は、42年の生涯で最も長大な秒間隔と化した。


迅速に下さねばならない判断だ。そんなことは分かっている。
同時に、世界の命運を左右する判断をおいそれとは下せない。


政府の方針に逆らうという点も戸惑うに値する要素だが、さらにもう一つ、奥津を惑わせるに足る要素がある。

SSOGは秩序の守護者。
しかし終里から求められた、情報の漏洩を見過ごせという要求がその正反対に位置するものであることだ。
祖国の秩序を守るためにありとあらゆることをおこなう組織に対して、祖国に混沌をもたらすことを見逃せと研究所は要求しているのだ。
文字に起こせば方針転換と一言で表すことができる内容。
その実はSSOGの存在意義への問いかけである。


これは解のない問いだ。
結果が分かる未来の人間が過去を振り返ってはじめて、その判断が正解だったのか不正解だったのかが分かる類の問いなのだ。
そんな問いに取り掛かるという行為は、己自身を説き伏せることに他ならない。

血も涙もない特殊部隊であっても、
……いや、非情な任務に携わるからこそ、信念に、誇りといった決して揺るがない芯を持つ。
それを動かすのは、他人から見ればくだらないことかもしれないが、本人にとっては並大抵の事態ではない。


国防の意志とSSOGとしての信念が脳を戦場に激しくぶつかり合う。
ひとたびぶつかり合うごとに、脳に深い渓谷が刻まれ、脳皮質が削れ、ニューロンが擦り切れていく。
その負荷の強さはどれほどのものだろう。
仮に奥津がHE-028-Aに感染していたなら、今この場で瞳が金色に輝きだしていたことだろう。

日本最先端の研究所に所属する脳科学のエキスパートであっても、他人の信念までもを支配できようはずがない。
元々寡黙な長谷川のみならず、饒舌な終里も、梁木ですら、この場においてはただ静かに奥津の結論を待つ。



94『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:20:44 ID:9AiKCq460
時計の長針がたった二度、刻まれただけ。
だが奥津の体感では数時間にも及ぶ葛藤と熟考であった。
それでも結論を出すにはまだピースが足りない。

「結論を出すにあたり、所長殿に確認したいことが二つほど」
「何かね? 話してみるといい。
 我々としても、君たちが自発的に協力してくれるのが理想だからね。
 そのために助力は惜しまんよ」
「ありがとうございます」

助力を惜しまない。その言葉は終里の偽りなき本心だ。
謀はいくらでも張り巡らせるが、最後は奥津の一声で決定する。
魔王と違って、終里もまた一個人でしかないのだから。


「それではまず一つ目。
 『Z計画』の政府側におけるトップは、与党の野倍議員で間違いないでしょうか?」
奥津の口から出た名。与党元幹事長、野倍義雄。
山折村を含む岐阜六区から出馬し、当選回数は二桁超えの超大物議員。
彼は40年以上前に、岐阜のすべての村を繋ぐという公約を掲げて当選した。
そこから現在まで政界に君臨し、今や与党最大派閥を牛耳る永田町の妖怪である。

「ああ、その通りだ。資金面をはじめとして、彼には様々な方面で助力いただいている」
あっさりと終里はこれを認める。
多少頭のまわる人間であれば奥津と同じ答えにたどり着くだろう。
山折村を地盤に含み、様々な公共事業を呼び込んで村々の発展に尽力し、選挙区民からは神のように崇められる男だ。
それほどの男が、ここに及んで研究所とまったく関係ありませんでしたは考えにくい。

「今回のような事態に備え、我々と仔細を取り交わしたのも彼だな。
 ひとたび封鎖が始まれば、48時間の猶予を設けたのち、キミたちの手で村ごと抹消することを了承いただいたよ。
 悩みに悩んだ末の結論だったようだがね」


終里の回答に、やはりか、と奥津は納得する。
証拠こそないが、彼が関わっている心当たりもある。
たとえば、近年与党を揺るがした大事件、通称裏金問題。
野倍派では3500億円もの献金不記載が発覚して大問題になったが、SSOGですらその資金の流れは追えなかった。
『Z計画』を知った今となっては、その使い道は想像に難くないだろう。

「山折村の公民館にて、彼もまたゾンビとなっていることを確認しています。
 まさに政府側の最高責任者が不在の状況、ということですね?」
「見方によってはそう取ることもできるね。
 だが、政府にはほかにも大勢の議員がいる。
 トップが不在になったところで、そうそう瓦解はせんよ」

確かに『Z計画』の大枠は揺るがないだろう。
ただし、野倍の下では、巷で野倍派五人衆と括られる有力議員たちがしのぎを削っている。

平時ならば集団指導体制のような形式もまた一長一短だ。
だが、この緊急時に意図せず指揮系統が複数に分散する状況は非常によくない。
世界各国がZを前にパワーゲームに勤しむのと同じく、足の引っ張り合いと手柄の奪い合い、不祥事の押し付け合いが始まりかねない。

なるほど、幕僚本部の歯切れが悪かったわけである。
最高責任者不在で突きつけられたうえに、上からの回答が曖昧で、聞く先によって指示が変わる重大案件。
これほど触れたくない案件はない。

95『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:21:28 ID:9AiKCq460
「それともう一つ。
 『Z計画』については、所長殿から幕僚本部に直接根回しがあったと理解している。
 貴方が今回初めて会議の席に着いたのは、政府との連携が一段落ついたからだと考えていますが、まずここまでに相違は?」
「ああ、確かに私は先ほどまで災害対策本部に顔を出していた。
 その後、幕僚本部に赴いて、『Z』の件が君たちの知るところになったかもしれないと報告したさ。
 まさに針の筵だったな。議員のセンセイ方にも君らの上官にも、ずいぶんと突き上げられたよ」
「おお、怖イ怖イ。
 ワタシなら頭を下げられてモ、足を運びたくはないネ」
「所長がそれを意に介するような繊細な心の持ち主だとは思えませんが」
イヤそうに顔を歪めて身を震わせる梁木と対称的に、終里は薄ら笑いを浮かべ、堪えたような様子は一切ない。
もっとも、大袈裟に身を震わせる梁木とて、糾弾を恐れているのではなく、貴重な時間の浪費を嫌がっているだけなのだろう。
長谷川の言う通り、所詮は彼らの半分程度しか生きていない若造の無責任な戯言にすぎないのだ。


「所長殿のお気苦労はしのばれますが、結論として、その場で何かしらの手ごたえを得られたのでは?」
奥津の指摘に終里は口元を僅かに歪める。

この老獪極まる曲者が、中央にパンデミックの現状を報告するためだけにわざわざ足を運ぶだろうか。
これは理屈ではなく、直感だ。
彼は何かしらの勝算を得たからこそ、この会議の席に着いたのだ。


幕僚本部に殴り込んだ当時の奥津は、確かにいささか逸った。
僅かに違和を感じつつも、それは研究所の暗躍によるものだろうと、そちらに理由を結び付けた。
だが、後々思い返せば、上官たちの態度が不可解なのだ。

自衛隊が建前を大切にしている組織であることは理解している。
国防軍ではなく自衛隊と名乗り出したその成り立ちからして、建前だらけの組織だ。
だが実態として、自衛隊という組織は戦時や災害時という緊急時にこそフル稼働を求められる国防の要である。

そんな組織の最高幹部が、一分一秒を争うような緊急時に、殺気だった部下を相手にのらりくらりと時間を稼ぐ態度を取るだろうか。
むしろ上官らは奥津の性格を熟知したうえで、奥津がしびれを切らし、強行手段に出るのを待っている節すらあった。

今回の漏洩は我々の意図するところではない。
意図せざる不運と不幸、すれ違いが積み重なった結果なのだ。
そんな『ポーズ』を欲していたかのようであった。
ちょうど、研究所が『Z計画』の漏洩を事故として片付けようとしているように。

96『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:23:20 ID:9AiKCq460
「所長殿。貴方は政府に何を進言したのです?」
奥津の問いは、実際のところ『進言』ではなく『吹き込む』という言葉のほうが正しいのだろう。
語らないことも多いのだろうが、聞けるべき箇所は終里の口から直接聞いておくべきだ。
目を細める奥津に対し、終里は肩をすくめて苦笑する。

「そう睨みつけずともいい。やましいことは一切していないと天に誓おう。
 ……そうだね。今回のバイオハザードが発生した際に、キミたちの介入がなければ何を観測する予定だったのか。
 説明は受けているかね?」
「正式には……」

首を振る奥津。
終里は横目で長谷川に視線を流しながら、顎をあげる。
眼鏡をくいとあげながら長谷川が解説を引き継ぐ。
「『Z計画』本番を見据えたシミュレーションです。
 コミュニティの滅亡が告知され、そこに異能という超常現象が加わった時、人々はどのような行動を取るのか?
 山折村という一つのコミュニティを日本に見立て、課題点の洗い出しをおこなう予定でした」

世界の滅びに直面した人類たちの縮図、それこそが今日の山折村であると長谷川は解説した。

すなわち。
深夜の放送は世界滅亡の情報漏洩。
48時間のタイムリミットはガンマ線が地球に降り注ぐ終末の日までのカウントダウン。
SSOGによる山折村の空爆はガンマ線の到達によるコミュニティの滅亡。
そして本番さながらの異能の蔓延るコミュニティ、そこに女王を殺せば全員助かるという悪辣な煽動がおこなわれれば、パニックは最高潮に達する。
限りなくリアルな未来の終末空間を再現し、観察することこそが当初の目的だった。


「キミらが映像をうまく編集していたからネエ。
 なかなかどうして、そちらのほうは難航していたんだケド……。
 生データを入手したことで、こちらもまとまった報告が可能となったのサ」
「そのタイミングで、私から政府に経過を報告したということだ。
 怪しい談合などは一切おこなっていないとあらためて誓おう」

第一回でもなく収束後でもない、第三回といういささか半端なタイミングでの会議参加はそういうことだ。
思えば、二回目の会議でSSOGが村にいることを見抜いてきた理由も、
当初の予測からはあまりに大きく外れた結果が観測されたことを怪しんだからなのだろう。


「穢れの溜まりやすい地形なのか、異世界と繋がる土地柄なのか、はたまた魔王本人がひそかに呼び集めていたのかもしれないが。
 山折村は厄の溜まり場とでも言おうか、日本国において特に問題人物が集まりやすい場所でね」
「銃キチくんみたいにサ、何を考えているのか分からない人って怖いよネエ。
 烏宿くんを前に拳銃を触りながら職務質問を始めたときはワタシも肝を冷やしたヨ」

問題人物が集まりやすいというのは初耳。
だが、真田から山折村の成り立ちとして、似たような調査報告を受けているので驚きはない。
実際、ゾンビ相手に暴力を振るう老人やヤクザ、警官など、ワケの分からない行動を取っている者は幾人かいた。
……銃どころか世界滅亡の引き金に手をかける高レベルの問題行動には軽く眩暈を覚えたが。

「だが、それほどの環境下においても、村民の方々――一般的な国民の大半は実に理性的だったと断言していいだろう。
 これにはセンセイ方も結果には幾分安堵していたようだ」
「第二支部に限らず、各支部では地元の人間を雇用し、万が一に備えて要注意人物を探らせリスト化しています。
 呪いや魔王の介入までは予測しきれませんでしたが、村人という範囲において埒外の変数はほぼ存在しなかったかと」

第二回の定例会議までの犠牲者を俯瞰すれば、特殊部隊による直接的・間接的な犠牲者と返り討ちに遭った部隊員で約半数。
異能に適応した野生動物に殺害された人物が1/6ほど。そして前科者やすでにマークされていた異常者による殺害が1/3ほどである。

極限状態に陥ったことで市井の人間がパニックを起こし、暴動に発展する。
そのような類の被害は、ゼロではなくとも当初の想定よりも随分少なかった。
女王殺害を狙う強硬策に出る村人もごくわずかにとどまった。
本当に要注意人物のリストから外れていたのは、約二十年にわたり前科を隠し続けた宇野くらいであろう。

97『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:24:22 ID:9AiKCq460
「テクノクラート新島の件でもやはり同等の傾向にあったようですね。
 巻き込まれた一般人によるパニックや暴動はほぼ起こらなかった、との調査結果が出ています」
国内外を揺るがした一大テロ事件において、やはり大多数の国民は実に理性的に行動していた。

自衛等により犠牲となったゾンビは多いものの、そちらはウイルスに感染しない限りゾンビは発生しようがない。
少なくとも、『Z計画』を公表することで引き起こされる混乱は、ゾンビとは無縁だ。

もちろん、物流やエネルギー問題などの国際間の混乱は別枠で対処する必要はあるのだが。
国内間においては、混乱は制御が効く。
研究所はそういう結論をまとめあげ、報告したのだ。



「所長殿と政府間の交渉については、理解しました。
 そして、上官殿の煮え切らない態度についてもある程度合点がいった」
「結論を出す一助になったかね?」

各国政府が真実を秘匿しているのは、民衆に公表したことで引き起こされるパニックを恐れてのこと。
その犠牲者は世界で二億人と見込まれる。
途方もない数値ゆえ、それがどれほどのものか実感しにくいが、ちょうど近年起こった世界的パンデミックの感染者数が六億強だ。
これを踏まえれば、リスクを承知で踏み切るには二の足を踏む規模だが……。
当初予測よりもその被害が小さいと分かったならば?


すなわち、終里が中央に囁いた甘言は。


『Z計画』と世界滅亡の事実は、いずれ民衆も知るところとなる。
だが幸い、日本国ではパニックによる被害は最小限に抑えられる試算が出ている。
復興は他国に先駆けておこなえる可能性が高い、と。

この裏の意味はすなわち。
被害を最小限に抑え、復興が早まれば早まるほど、日本はこれからZデーまでの8年間、世界のイニシアティブをとることができる。
ここで他国に差をつけられれば、世界の救済を我が国主導でおこなえる可能性が非常に高まる、ということだ。


これが意味するのは、国際間のパワーゲームで我が国がトップに躍り出るということであり。
強いリーダーシップを取って、混乱からの復旧を速やかに成し遂げた指導者は英雄になる道が確約されているということである。
今、政府の上層部では誰が泥を被り、誰が英雄となるかで爆弾と果実のパスまわしが繰り広げられているのだろう。


『Z計画』の公表後には、中立的な国際機関による調査団が国内に派遣されてくるだろう。
だが総責任者は生物災害そのものに巻き込まれて不在、代理責任者は立てられておらず、集団指導体制により権限もなにもかもが曖昧。
元凶は人智を超えた魔王、実行部隊は国際指名手配を受けたテロリスト、そして後処理の実行部隊は存在しない裏の部隊だ。
謀略の痕跡はどこにも見つからず、不幸による連鎖だという結論に至らざるを得ないだろう。

そうなれば他国は日本を表立って排除することはできない。
世界的パンデミックの発祥となった隣国が、その発端が自然界における事故であったがために国際関係からはじき出されることはなかったのと同じだ。


そして、幕僚本部は奥津に『Z計画』について渋りながらも話した。
口を堅く結ぶでもなく、嬉々として話すでもなく、渋りながらも最後には話したのだ。

研究所が魔王にバイオハザードの引き金を引かせ、スケープゴートにしたのと同じように。
SSOGを『Z計画』漏洩の1ピースとして活用し、万一の時のためのスケープゴートとする目論見が上層部にあるのだろう。

政府は清廉潔白を貫き通さなければならない。
この件について、遠巻きに徹することは必須事項だ。
だから、『Z計画』の漏洩は、憂国の士による告発か事故でなければならないのである。
上層部はこれに明快な回答を寄越してくることは絶対にないだろうが。



98『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:25:25 ID:9AiKCq460
(……研究所が外国から目を付けられるわけだ)
ハヤブサⅢにブルーバードという大物が送られてきたのも合点がいく。

終里という男はその快活な見た目にそぐわず、情報を意のままに操り、甘言を囁き、ターゲットを掌の上で都合よく踊らせる実に狡猾極まりない男だ。
もし奥津が海外の特殊部隊か機関の所属であれば、この男の抹殺指令を受け取っていたに違いないが、
暗殺を阻止するだけの諜報力と警戒心も兼ね備えているのだろう。

たとえば、長谷川の異能を奥津の目の前で公開したこともそうだ。
あれは、仮に奥津が暗殺などの強硬策を手段の一つとして持っていたとして、それを躊躇させる意味合いがあった。
そのように大胆かつ緻密な策を幾重にも張り巡らせているのが終里という男なのだ。


「そろそろ、質問も打ち止めかな?
 答えを聞かせていただきたいのだが」
一通り奥津からの問いに答えたところで、終里が待ちきれぬと催促をおこなう。

「仮に君らが引き受けてくれないのだとすれば、それも一つの結果だ。潔く断念するとしよう。
 一枚岩になれないリスクは計り知れないからね」
足並みのそろわない謀略などリスクでしかない。
奥津が断れば、その言葉通り終里はそれを受け入れるだろう。

だが。
「……申し訳ないが、もう一つ、貴方に聞いておかなければならないことができた」

まだ結論にはピースが足りない。
矢継ぎ早に質問を投げかけて会議を引き延ばすのは、あまり褒められた取り組み方ではない。
苦言を呈される言動であることは承知の上だ。

ただ、終里は奥津から有無を言わせぬ迫力を、絶対に答えてもらうぞという圧を感じ取った。
無言で、言葉を続けるように促す。


「仮に我々があなた方への協力を拒んだとしましょう。
 そうなれば、あなた方も『Z計画』の公表を断念するとのことですが」
「ああ、つい先ほど回答したとおりだな。疑っているのかね?」
「そこには疑いはない。ですが。
 『その次』は、どこへ共謀を持ち掛けるのです?」

一体何度目であろうか。
今ふたたび、応接室の空間が瞬間的に凍ったように、沈黙の帳が降りる。

終里の今回の企みが不発に終わっても。
魔王や政府に対して巧みに情報を出し分け、自在に躍らせてきたその手腕をもって。
まったく別の組織に対して再びアプローチを起こすのだと。

奥津はそう言いのけた。

99『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:28:27 ID:9AiKCq460
「ハハハ……」
「ふふふ……」
「……」

梁木が笑う。
終里が笑う。
長谷川は無言で男たちを見つめ。

「はっはっは……」

そして奥津もまた笑う。
応接室に乾いた笑いのアンサンブルが響き渡る。


「ふふふははは……!!」
「はっはっはっはっ!!」


冗談を言ってはいけないヨとの意味を込めて、からから笑っていた梁木は、
他二人のひときわ大きくなった笑声を受け、自らの笑いを止めた。
これは自分の介入する領域ではないと悟った。


「ははは は は は は は は は は は は は は!!」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」


笑顔は威嚇をルーツにしているという説がある。
その説に従うなら、顔をしわくちゃに歪めて、腹の底から相手を笑い飛ばす二人のオスは、疑いなく相手を威嚇しているのだ。


「ふふふはははははははは は は は は は は は は は は は は は は は は は は っ!!!!」
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」


声を張り上げて二人の豪傑が笑う。
大口を開けてそこに声圧を乗せ、真正面から殴り合う。
真正面から声圧を受けきる。

仮に『Zデー』が観測ミスで、世界の滅亡が早とちりだったと判明したら、奥津はこの場で終里の頭を撃ち抜いているだろう。
終里という男は、それに足る人間だった。
だが、今は手を出してはならない。
その代わりに、たっぷり三十秒、体中の二酸化炭素をすべて吐き出す勢いで、応接室に笑声が響き渡った。



100『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:30:08 ID:9AiKCq460
応接室を震わす咆哮が落ち着き、室内は再び静寂に包まれた。

「ふぅぅうう〜〜〜〜……」
奥津は白い天井を仰ぎ、愛煙家が身体に染み込ませた煙を放出するように、迷いを体外に放出すべく大きく息を吐き出した。


秩序を壊し、混沌へと叩き込む目論見が研究所から提示された。
その引き金を引くか引かないか。そんな二択問題ではなかったのだ。

いつ、誰が、その引き金を引くのか。
その引き金を引くのはSSOGなのか否か。
SSOGがこれから秩序ある虐殺を引き起こすのか、それとも永遠に蚊帳の外で終末の日を迎えるのか、である。


引き金を引かなければ、以後、二度と核心には立ち入ることはない。
その場合、いずれ来たる終末の日に、何も知らされない国民と共に、SSOGもまた右往左往しながら審判を待ちわびることになる。
果たしてそれは己たちが望む姿か?

そんなもの、答えは一つだ。
腹を括る。

「良いでしょう。あなた方の提案を飲みましょう」

奥津は研究所の手を取った。



101『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:31:53 ID:9AiKCq460
「奥津くん、君は正しい選択をしたようだ。
 全責任をもって、『Z計画』を完遂してご覧にいれよう。
 これより我々はパートナーだ。よろしく頼むよ」

秩序の守護者と混沌の体現者。
平時であれば決して混じり合わない性質の二人が手を結ぶ。
それは、世界の危機を前にすべての人類が手を取り合わなければならない状況下における、理想の先例である。
これほど象徴的で相応しい人選はあるまい。

「現場に方針の変更を伝え、現地の隊員とのホットラインを繋ぐよう手配しましょう。
 また、ちょうど山折村に滞在し、正常感染者となったジャーナリストが残した記録を回収している。
 精査の後、こちらも引き渡しましょう」
「いいネ。ドローンや監視カメラの映像ばかりでは訴求力に些か欠けル。
 至近距離で撮られたリアルな映像があれば、世論をより動かしやすくなるだろうネ」


「ただし」
終里と梁木の含み笑いをぴしゃりと遮る。
一通り譲歩を提供した後に、返す刀で差しだされるのはその埋め合わせの要求だ。

「手を組む以上、我々からも要求がある」
研究所のトップ二人に対し、奥津は要求を迫る。

「それは、何かね?」
どんな無理難題が提示されるのか。
身構える終里に対し、奥津が突き付けた要求はたった一語だった。


「 救え 」

102『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:33:48 ID:9AiKCq460
奥津の声がいやにはっきりと聞こえた。
彼の声だけが切り取られ、全ての音を上書きしたかのように。
鮮明に。
クリアに。
言葉が届いた。


『 救え 』


たった一語、たった三文字。
それだけの言葉に、途方もない圧が込められていることが分かる。
奥津に常に降りかかる祖国の守護という重みが、その言葉を通して、同席している三人にも浴びせられているのだ。

「何度も言っているように、我々の研究は世界を救うものダ。
 世界の他に、何を救えというんだイ?」
「先の未来、『Zデー』を迎えたすべての民を。
 一人たりとも取りこぼすことなく」
困惑しながら問いを返す梁木に対し、奥津は言い淀むことなく即答する。

「Zデー当日にゾンビが出るなど論外だ。
 確実に生き残れる人間が女王しかいない結果は落第だ。
 世界を救うだけなど赤点だ。

 救え。
 救え!!
 『救え』!!!!

 Zデーを迎えたすべての国民を救いきってみせろ。
 大都市も、地方の村も、山中も、離島も。
 老若男女、日本という国土に定住するすべての民を救い切れ!」

秩序を守る組織に混沌への引き金を引かせるのだ。
SSOGの存在意義を根底から揺るがすような行為を見逃させるのだ。
ならば研究所にも同等の覚悟でZデーを迎えてもらわねばならない。

「協力するからには、小細工も汚れ仕事も、裏の仕事の一切を引き受けましょう。
 矢面に立つのも結構。
 悪党を引き受けるのも結構。
 思うがままに使い潰してくださって結構。
 あなた方研究者はくだらん陰謀などに一切思考のリソースを割くな」

終里の謀略。長谷川の私設部隊を率いた暗躍。
それらの本来の研究とは関係がない些事である。
これらはすべてSSOGが受け持つゆえ、研究に専念しろと言っているのだ。

「時間という有限のリソースはすべて研究につぎ込んでもらう。
 研究にすべてを賭けろ。当初の見込みを超える結果を出して見せろ。
 Zデーの予測を、さらなる成果で塗り替えてみせろ!
 これが、我々があなた方に協力するにあたって、あなた方に求める条件だ」

103『救え』 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:37:18 ID:9AiKCq460
しばしの沈黙が降りる。
『地球再生化計画』は種族単位の救済を見越している。
世界中の協力を取り付け、研究が進めばある程度取りこぼしも減るだろうが、
そもそも個々の人間一人一人の救済までは勘定に入れていないのが現状だ。


「一人たりとも取りこぼすな、と来たカ。
 高い要求をぶちあげられたものだネ。
 コレについてハ、構想がナイわけではないガ……」

異能の指向性を操作し、『Zデー』に有効な異能を大量に生産する構想。
あるいは魔王が生まれた異世界へのゲートを意図的に開き、別世界へ一時避難をする構想。

時間のなさや、『地球再生化計画』との噛み合わなさ、あるいは未知すぎることから見送られた構想たち。
海外の研究との併せ技もあるだろうが、こちらもまだまだ未知数。
まさに無理難題、梁木は難色を示そうとするが……。

「百乃助、いい。その先は私が答える」
開発のトップである梁木がこの場で返答を出してしまえば、その言葉に縛られてしまいかねない。
故に、終里が梁木の言葉を手で制す。

「ここでそれは出来ないといえば、パートナーは解消だな」
けれども、SSOGへ課した要求のように、その存在意義を問うようなものではない。
むしろ逆。研究所の存在意義そのものを突き詰めた要求だ。
ならば臆することは何もない。

「いいだろう。
 すべてを救い切る成果を出して御覧に入れよう。
 それこそが我々の存在意義なのだから」
終里はそう言い切った。
ここで小細工にはしらず、そう言い切る胆力こそ、研究所を預かる所長に求められる資質の一つである。

奥津と終里が互いに手を差し出す。
ここに今、それぞれの立場を乗り越え、研究所とSSOGの同盟が相成った。

しかし現場ではHE-028-Zが彼らの思惑をはるかに超えた進化を遂げようとしている。
想像を超えた事態に彼らがどう対処するのか。
未来はいまだ見通せない。

104 ◆m6cv8cymIY:2024/04/14(日) 13:37:38 ID:9AiKCq460
投下終了です。

105 ◆H3bky6/SCY:2024/04/14(日) 19:23:07 ID:pHV4nAEc0
投下乙です

>『救え』

まさかの首脳陣のお話
定時以外にもこの人たちが見れるとは思わなんだ

当然、Zの政治的なかじ取りをしていた議員もいるんだろうけど、そこも村の出身者で、しかもゾンビ化していると言う
元幹事長とか何気にメチャクチャ大物排出してますねこの村
所長の登場が遅れたのもその辺の交渉絡みなのは納得である

特殊部隊の介入がなければどうなっていたかわからないけど、確かに死者は特殊部隊と元からやべー奴の被害がほとんどなのよね
と言うか、シミュレーションするにしてもやべー奴だらけのこの村ですな

笑うという行為は本来攻撃的なものであり以下略
世界の滅びに蚊帳の外になるよりも、どんな汚れ役を背負っても関わりたい
奥津さんの秩序の守護者としての「救う」と言う強い意志が感じられる

ついに研究所とSSOGと言う正式に手を結ぶことに
黒幕側の組織が手を結ぶのに、村人側としても悪い話ではないのは不思議なところだ

106 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:07:23 ID:FgfZwVME0
投下します。

107地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:17:47 ID:FgfZwVME0
夜闇が山折の地を包む暮六つ。現代の産業革命とも呼ぶべき目覚ましい発展を遂げていた山折村は今や夢の後。
生者は疎か生ける屍と化した食人鬼すらも大多数が動かぬ肉袋と化し、既に村は打ち捨てられた死体も同然の有様であった。
現在進行形で跡地と化しつつある山折村の南西部の草原。そこに巌とも呼ぶべき巨大な山が一つ。
否、山ではない。頭には天を突くように生えた象牙のような双角。悍ましいほど隆起する赤黒く変色した筋肉。
それは巨人。かつて日本最強と謡われていた軍人、大田原源一郎の残滓。成れの果ての姿であった。

「グ……ウウウウ………!」

暗黒の中で響く怨嗟の唸り。矛先は主君への反逆者である元次期村長である少年と始祖の女王を自称する少女、そして己自身。
天よりの福音を得て、護国の誇りは主君への忠誠へと変わっても尚、大田原のストイックな性格は微塵も変化しない。
魔聖剣の閃光に焼かれた目を異能『餓鬼(ハンガー・オウガー)』で回復させている中、天より降り立つの一人の少女。

Tシャツとスパッツというスポーティーな格好の成長期真っ盛りの小柄な体躯。
かつては快活な表情を浮かべていた幼さを残す姉に似た愛らしい顔立ち。
そして、漆黒の中でも一際美しく輝く黄金の右目。
彼女の名は女王。かつては日野珠と呼ばれていた少女の残骸。成れの果ての姿であった。

「やあやあ、私の愛しい戦鬼(くぐつ)。随分と派手にやられたみたいじゃないか」

少女は呑気な声と足取りで恐るべき悪鬼へと歩みを進める。
まともな神経の持ち主であるのならば生存本能が危険信号を発し、今の大田原に近づくことを躊躇うであろう。
だが、女王は臆さない。なぜなら眼前の悪鬼こそが自らが生み出した最初の眷属であるからだ。
女王の権能『眷属化』。『HE-028』感染者であれば、いかな異能を持っていようと逃れられる事は叶わず。
強靭な精神及び精神耐性系の異能であれば抵抗(レジスト)自体は可能だが、それは一時凌ぎにしかならない。
48時間が経てば例外なく女王の傀儡と化す運命にある。

「どれ、物の試しに魔王の力で治してあげるとしよう。傅きたまえ」

女王の福音に従い、自らの半分ほどもない小さな主君に対して騎士のように跪く。
珠の華奢な手が大田原の強面に当てられ、淡い光を放つ。早戻しのように見る見るうちに網膜の火傷が癒え、元の形に復元された。

「申し……ワけ……ありませ……ン……。我が……女王……ヨ……!」
「いやいや、そんな畏まるのは止してくれ。息が詰まりそうだ。もっとフランクに接してくれたまえよ」

108地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:18:17 ID:FgfZwVME0
機械人形のようにぎこちないながらも頭を下げて礼節を尽くす悪鬼に向かい、女王は面倒そうに左手を左右に振って答えた。
それでも尚、大田原は自らを諫めるかのように下げた頭を上げることはない。珠の殻を被った女王はその様子にため息を大きく溜め息をついた。

「まあいいさ。それが君の個性というのならば尊重しよう。そろそろ未来の話をしようか」
「……ト……申シ……ますと……?」

女王の言葉にゆっくりと顔を上げ、呆けた凶相を麗しき主君へと向けて問うた。
知性を失いつつある現人鬼に対し、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、鈴を転がすような声で女王は言葉を紡ぐ。

「あの亡霊から奪い取った力の性能試験をしようと思ってね。思念世界――異世界においてはダンジョンだったかな?の構築と魔力による深層心理への干渉のテストだ。
幸いにもうってつけの被検体(ラット)が7人。飛んで火にいるなんとやら。うち2人は私の障害になりうる存在だ。」



階段を降りる。
階段を降りる。
降りた先には仄暗い廊下が続いていた。

未来人類発展研究所山折支部第一実験棟地下3階にて。
不気味なほど静まり返った純白空間の中で、コツコツと断続的に響き渡る複数の足音。
その集団は4人。現状における最高戦力である虎尾茶子を先頭にリン、哀野雪菜と続き、隊列の最後尾には特務機関の若きエージェント、天原創。

「……妙ね。特殊部隊の連中は疎か感染した職員の気配すらしないなんて」
「……それどころか死体や人がいた痕跡すらも見当たらない。作り物じみていてあまりにも不自然です」

得物すら構えず、自然体のまま気を張り巡らせて気配を探る茶子の言葉。当初のような少し乱暴な男口調から打って変わり。作り物じみた女言葉に変わっている。
創はホルスターから取り出したリボルバーを手にかけ、奇襲を警戒しつつ返答する。
茶子と創。立場を超えた二人の戦闘者に挟まれた少女二人――リンは不安創は表情を浮かべ、茶子にくっついて歩き、雪菜はガラス片代わりの刃物として茶子に手渡されたマチェットを構え、視線を左右に動かしながら慎重に足を進めていた。

「雪菜ちゃん、身体はどう?そろそろ良くなった?」
「……ええ。貸してくれた包帯のお陰で、大分」

109地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:26:32 ID:FgfZwVME0
雪菜へ体調を尋ねる茶子。言葉とは裏腹にその口調は冷徹さを感じさせるほど事務的でこちらを慮っているようには微塵も感じられない。
影法師の少女と開講する前、破れた制服から着替えている最中に茶子が回復機能のある包帯を貸してくれたのだ。
彼女を導いてくれた恩師、スヴィア・リーデンベルグのように善意でというわけではないと断言できる。
虎尾茶子は哀野雪菜に価値を見出している。

「取り敢えず、この部屋から調べてみましょうか」

不意に足を止め、一同へ振り返る茶子に雪菜と創は訝し気な視線を向ける。
茶子自身が言葉には出していないものの、創と似た雰囲気や内情を知り尽くしたような立ち振る舞い。
しかし、雪菜の背後で周囲に気を配る創や危ういと感じるほど使命感に駆られていたスヴィアとは違い、信用はできても信頼などできない。
常日頃人の顔色を伺ってきた経験から、雪菜は茶子が研究所の関係者ではないかと肌で感じ取っていた。

「……虎尾さん、この部屋の名称は?」
「少なくとも人間ぶっ殺しゾーンや死体隠しルームではないから安心なさい」

創の疑問に曖昧な軽口で返答し、推定研究所関係者は演劇少女へと視線を向ける。
茶子の目の前には白く塗装された鉄扉とドアノブ。
ああ成程。
気遣うように目配せする創へアイコンタクトを交わし、手に持ったマチェットを掌に当てた。


「天原くん。貴方のお姉さんのプレゼントはあの薬物だけではないのでしょう?」

怪談部屋の手前。地下3階の部屋の探索を粗方終えた後、「隠し事はなしといったはずよ」と創へと冷たい口調で問いかけた。
ほんの僅かだけ逡巡するも、素直に少年はウエストポーチからスマートフォンらしきデバイスと液晶画面のついた小さな機材を取り出した。

「スマホと、ポケットWiFi……?」
「いいえ、こいつらは上手く偽装された無線通信機と小型発信機ね。規格から見るに軍事目的で使用されるかしら?」

首を傾げる雪菜の問いに創が答える前に、虎尾茶子こと研究所施設特殊部隊最強『Ms.Darjeeling』が答えを言い当てる。
ブルーバードこと青葉遥は、目の前の『最強』や研究所そのものとの対決に備え、活性アンプルを含めて様々な準備をしてきたのであろう。

「貴女のおっしゃる通りです、虎尾さん。ですが、妨害電波が山折村に展開されている以上、無用の長物に過ぎません」
「でしょうね。奴なら私との戦闘を見越してこれくらいはやるでしょう。ハヤブサⅢとの害鳥コンビで厄介事を引き起こそうとしていたのは容易想像がつくわ」

イラついた口調で忌々し気にぼやく茶子。リンのいる手前か、汚い言葉や舌打ちを抑えているのが理解できた。
ハヤブサⅢ。裏の世界(アンダーグラウンド)においてはかの日本最強である大田原源一郎と並ぶ生ける伝説と化した凄腕の工作員。
創も一度、一度仕事でかち合ったことがあるが、その技能は一流を超えた一流であった。
であるならば、即ち――。

「彼女と、協力関係を結ぶという事で?」
「業腹だけど、そうね。即ぶち殺してやりたくなるくらいムカつく奴だけど、今は抑えるわ。
あのクソ女ならば、終里所長や梁木副所長との交渉も相当上手くやるでしょう」

過去にハヤブサⅢとの因縁があったのだろう。苛立ちと殺意を滲ませながら茶子はここにいない麗人を罵倒する。
そして、他の階層へ移動すべく、階段部屋の扉へ手をかけようとしたその時。

「――ねえ、チャコおねえちゃん」
「ん?リンちゃん、どうしたの?」

幼い声と共に服の裾を引っ張られ、茶子は動きを止め、創や雪菜への態度が嘘のような穏やかで優しい声色で答える。
視線を落とすと困惑と不安がない混ぜになった表情を浮かべるリンが茶子を見上げていた。
思えばこの階層に来てからずっとリンは以前の快活さが嘘のように大人しい。
リンは救われることのなかった過去の自分の生き写しだ。
あの「怖い家」のような空間を探索していくうちにトラウマが呼び起こされたのかもしれない。
しゃがみこんで視線を合わせ、努めて柔らかな笑顔と口調で幼子に語りかける。

「疲れちゃったのかしら?少し休む?」
「ううん。リンはまだつかれてないよ。でも――」
「大丈夫よ。お姉ちゃんは絶対に怒らないから。何でも言って」

愛する王子様の優しい口調に安心したのか、幼い姫君は表情を和らげて言葉を紡いだ。

「あのね、リンたちはなんかいもこのかいにきておなじおへやをさがしてるよ?
それに、リンたちはいつからまっしろなおへやにいたのかな?」

幼子の短パンのポケットから――正確には茶子に手渡された御守りが淡い光を放っていた。



110地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:34:45 ID:FgfZwVME0
階段を降りる。
階段を降りる。
降りた先には仄暗い廊下が続いていた。

「一体どうなっているんだ……?」

薄闇に包まれた白亜空間の中、腰に二振りの刀を携えた少年――八柳哉太は一人、怪訝な表情で立ち尽くしていた。
彼の手には自身のスマートフォン。薄暗い周囲を照らすため、いつの間にか喪失していたマグライトの代用にライドアプリを起動しようとして、異変に気づいた。

(時間表示が信じられない早さで変化し続けている。それだけじゃない、日付表示も文字化けしている。何が起こっていやがるんだ……!?)

山折村には現在、妨害電波が展開され、スマホなどの通信機器は常時圏外になっており、外部への通信は不可能になっている。
しかし、録音アプリの音声再生やLINEなどのチャットアプリののメッセージ履歴の閲覧などのオフラインでも利用可能な機能には制限はかかっていない。
ホーム画面の日時表示もその一つだ。僅か数十分前まではオフラインでも正確な表示をしていた。
そして、哉太の懸念はもう一つ。

(それに、アニカ達は今どこにいるんだ……?)

『ここ』を共に訪れた筈のアニカ達6人の仲間が行方知れずになっている。
何故か哉太一人で単独行動をする羽目になったせいか、一人で考え込んでいるうちに違和感に素早く気づくことができた。
ハウダニットーーどのようにしてここに迷い込んだのか。バスに乗っていた他のメンバーはどうしていないのか。
相棒の天才探偵の真似をして原因を探ろうとしても脳に霞みがかったような錯覚に陥り、自身の思考が強制的に中断される。
得体のしれない『ナニカ』の力によって深層意識を誘導・改変されているように思えてしまう。
何者かの異能による影響――それもリンの魅了(チャーム)のように意識下を改変してしまう精神干渉系ではないかと考えられる。
その容疑者の第一候補は、見えざる力――呪詛により魔王を破滅へと追い込んだ山折村の祟り神の一柱、『隠山祈』。

「何にせよ、俺一人じゃ解決の糸口が見つけられない。他の誰か、できれば仲間と合流できればいいんだが……」

思慮深い仲間達六人の顔を思い浮かべながらスマホのライトを起動させ、手始めに薄暗い足元を照らす。
「キィ」と小さな鳴き声が聞こえる。足元に目を凝らすと、そこには直立する20センチほどの淡褐色の体毛の小動物が一匹。

「実験動物のネズミ……?立ってるし、スチュアート・リトル的なヤツか……?」

視線を受けた山ネズミは二足歩行で哉太の前に出ると、「ついて来い」と器用に右前足を動かして、誘導しようとする。
「やっぱりスチュアート・リトルじゃねえか」という内心を口には出さず、彼(または彼女)の後をついていく。
曲がり角の手前で山ネズミは静止し、小さな前足の指で「見てみろ」とばかりに指差す。
ジェスチャーに従い、警戒を怠らずに覗き込む。視線の先にはやつれ切った表情を浮かべた長い黒髪の少女――かつて哉太が在籍していた山折高校の飼育委員長の姿。

「え……うさぎちゃん……?」
「また、哉太くん……なんだ……」

疲弊しきった様子のうさぎ。ブラウスの胸ポケットからひょっこりと金襴袋の御守りが顔を出していた。


「つまり、うさぎちゃんは階段を降りる度にここの反対側に出て、俺と何度もかち合わせになっていたってことか」
「うん。これで多分四回目。二人で一緒に階段を上り下りしても、反対側に出ちゃってる」

様々な種類の謎機材が立ち並ぶ部屋の中、少年と少女は床で向かい合うように腰を掛ける。
たまたま扉が開いていた曲がり角近くの部屋――細菌保管室というらしい――に入り、情報交換をすることになった。
哉太曰く、自分達は時間が歪曲された異空間にいるらしく、更に何者かの異能らしき力で潜在意識に干渉が行われていると考えた。
うさぎ曰く、時間だけでなく、空間さえも捻じ曲げられていると考えており、哉太と再会するのはこれで4度目。
階段を上り下りすると、いつの間にか哉太と離れ離れにになり、再び曲がり角で哉太と再会することを繰り返していたとのこと。
そして、二人共、バスを下車した記憶も地下研究所を訪れた記憶が存在せず、他の5人の仲間が行方知れずなのが共通していた。

111地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:44:30 ID:FgfZwVME0
「それに、私の異能もなんだかおかしくなってるみたい……。」
「確か、君の異能は時間帯で十二支の動物を召喚できるヤツだっけ?」
「うん。バスに乗ってた時はだいたい夜7時か8時くらいだったから、羊のメリーちゃんか三猿様が来てくれるって思ったの。
でも、来てくれたのはネズミのヤマネちゃん。どうなっちゃんだろう、私……」

憔悴した様子のうさぎ。
最愛の姉、犬山はすみの死。顕現した祟り神『隠山祈』との邂逅。友人である虎尾茶子との対立。そして、知らされた自らの出自。
犬山うさぎは宮司の娘という少し特殊な生まれでも、本質は普通の高校生。立て続けに起きた出来事に心が参ってしまうのも無理はない。
そんなうさぎを労わるかのように、山ネズミのヤマネちゃんが彼女の肩に飛び乗って頬を摺り寄せ、寄り添う。

うさぎの異能に怒っている事態は何なのか。それを探るべく、探偵の助手たる少年は思考を巡らせる。
時空が歪曲された空間による弊害か。それとも短時間で受けた莫大なストレスの影響か。
それとも、うさぎの前世――隠山望であることを自覚したことが関係しているのか。
いずれにせよ、心優しい少女に何らかの異変が起きていることに違いない。
それと、懸念はもう一つ。

「なあ、うさぎちゃん。さっきから気になっているんだが、君の御守り、何か光ってないか?」
「え……?あ、ホントだ。見てなかったら気づかなかった」

指摘を受け、うさぎは胸ポケットから御守り――住まいである山折神社から持ってきた――を取り出す。
哉太の言葉がなければ気づかない程の淡い光を放つ御守り。友人である春姫や同行者であるリンもそれぞれ一つずつ持っていると聞いた。
御守りを見ていると、何かが引っかかる。天才探偵の推理を間近で見てきた経験か、少年の直感がそう告げている。
相談する相手は目の前にいるのだが、彼女の疲弊しきった様子を見ると、心労をかけてしまうようで気が引ける。

「……少し休憩しよう。情報をまとめる時間が欲しい」
「……うん、そうだね。私も色々考えたいことがある」
「時間は15分くらいにしよう。時計は使えないけど、タイマーは使えるみたいだし、時間が経ったらもう一度話し合おう」
「分かった」

提案にうさぎは小さく頷きを返し、寄り添う山ネズミを撫でた後、壁に寄りかかって目を閉じる。
哉太もうさぎ同様、頭をリフレッシュさせるために警戒を怠らないよう気を張りつつ、小休止に入ることにした。

(ん……?なんでこんなに水減ってるんだ?飲んだ覚えはねえぞ)

サックから取り出した半分以上減ったミネラルウォーターのボトルを前に、少年は首を傾げる。
哉太が飲食したのはアニカ達と別荘での休憩が最後。それ以降は何も口にしていない。無論、茶子に渡された水にも口をつけてない。

『うん。これで多分四回目。二人で一緒に階段を上り下りしても、反対側に出ちゃってる』
不意にリフレインされるうさぎの言葉。もし、うさぎが何度も哉太と遭遇していたのなら、一緒に休憩したこともあったかもしれない。
新たな前提が付け加えられ、少年は再び思考を巡らせる。

(あ……!)
そこで、思い至る。
何者かの異能による潜在意識への干渉。
時空が捻じ曲がった空間で繰り返されるうさぎとの再会。
異変が起きたうさぎの異能と残量が減ったボトルの水。
そして――繰り返された記憶を保持するうさぎと保持できていない自分。
そこに、オカルトという要素が加わり、ピースが揃う。
自身のパートナーほどではないが、哉太なりに結論を導き出す。
解決の糸口となるのは、うさぎちゃんの御守りでないのか。
その推理を伝えるべく、多少の申し訳なさを感じつつもうさぎを起こすため、立ち上がるが――。

112地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:45:05 ID:FgfZwVME0
「え……ウサミちゃん!?他に誰かいるの!?」
「うおっ……!いきなりどうした?」

哉太が話しかける前にうさぎが飛び起き、きょろきょろと辺りを見渡す。
その勢いに押され、哉太は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んでしまう。
うさぎの肩に止まっていた山ネズミも驚き、床に落ちてしまった。

「あ……ごめんね、ヤマネちゃん。ウサミちゃんがそばにいた気がするんだけど、知らないかな?」

うさぎの問いに、「キイキイ」と鳴き声を上げながら、山ネズミは左右に首を振る。
小さな友達の反応に「そっか」と少しだけ悲しそうな表情を浮かべた後、うさぎは哉太へと向き直る。

「哉太くん。女の人の声が聞こえた気がしたんだけど、誰か来てなかった?」
「いや、俺ら以外ここにはいないぞ。それに俺には声どころか人の気配も感じない。
というか何かあったんだ?状況が掴めないんだが」
「あ、そっか。ごめん、少し混乱してた」

山ネズミの友達へと同じようにうさぎは哉太に謝る。
彼女にとって人間の友達も獣の友達も優劣がなく、どちらも大切に思っている。

「すぐ近くでヤマネちゃんの他に、白兎のウサミちゃんがいるような私を見つめている気がしたの。
それから、頭の中に『望、早く起きて。キミに危険が迫っている』って女の人の声がして。ごめん、ちょっと眠ってたから夢見てたのかも」
「望って、確かアニカ達が言うにはうさぎちゃんの前世?の名前だよな」
「そう、だと思う。それがどうかしたの?」

哉太の言葉に対してうさぎは怪訝な表情を浮かべて答えると、じっと彼の反応を待つ。

「休憩中、俺も情報整理して考えをまとめていたんだ。それで脱出の鍵になるっぽいものが浮かんできたんだ」
「え?それじゃあ……」
「ああ、少し早いけど、休憩を切り上げて情報に鮮度がある内に話し合おう。それで――」

哉太の言葉が止まり、うさぎの表情が強張る。
見えかけてきた希望を打ち消すかのような轟音が鳴り響く。

ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。

鉄杭を打ち付けるかのような轟音が断続的に響き渡る
明確な死の気配の接近を、扉越しに察知する。
忘却の彼方にいる主の正気を取り戻そうと、肩に乗った山ネズミが彼女の手を甘噛みする。
正気を取り戻した少女は、「新薬開発室」と書かれた部屋の扉も前まで移動し、いつでも脱出できるよう身構える。
若き天才剣士は刀を抜いて、廊下への入り口に陣取り、接近する強者との戦闘に備えて身構える。
そのまま、二人と一匹は息を殺して待ち続ける。

ずしゃ!
ずしゃ!!
ずしゃ!
ずしゃ。
ずしゃ……。

廊下に響き渡る足音は徐々に小さくなっていく。
幸いにも、こちらに気づくことなく、死の気配は遠ざかっていったようだ。
音で悟られぬよう哉太はドアノブに手をかけ、慎重に扉を開いて足音の正体を確かめる。

「………!?」

思わず息を呑む。
特撮の怪人のような3メートルを優に超える巨体。
隆起した岩山を彷彿させるような赤黒く変色し、盛り上がった筋肉。
頭蓋を突き破って出てきた天を突く角。
その体に纏わりつく生理的嫌悪を催す黒い靄のような『ナニカ』。
哉太の目に飛び込んできたものは、紛れもなく『鬼』であった。



113地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:45:31 ID:FgfZwVME0
「急がぬか、山折の。でなければ山折村は手遅れになるぞ」
「んなこたぁ分かってらぁ!ごれが俺の出せる限界値なんだよッ!」


闇夜に染め上げられた山折村にて、一筋の閃光が尾を引く。
少年、山折圭介が目麗しい少女巫女、神楽春姫を背負いながら疾走する。
彼の腰には光輝く一振りの剣。女王の覚醒を機に宝聖剣ランファルトより新生した幼神の失われた名を冠する魔聖剣■■■。
剣から迸る魔力により圭介の脚力は強化され、一人の少女を背負っているとは思えぬ豪速で駆け抜ける。
かたや愛する想い人の意思。かたや神に愛された山折村の未来。
与えられた結末のためではなく、自らが掴み取る未来のため。王と女王は共に征く。

「うおッ!?」
「くっ……!足元に気をつけぬか、戯け」

足元の何かに躓き、勢いよく転倒する圭介。それに伴い春姫も地面に落とされ、少年の不注意に怒りをぶつける。
大田原との激突により、春姫の持つ天性の肉体は彼女自身が体験したことのない痛み――筋肉痛に苛まれており、満足に動くことのできないのが現状だ。
しかし、事態は火急を要する。故に魔力で肉体を強化された圭介が背負って移動をすることになった。

「真っ暗なんだから気を付けようがねえだろ。文句あるなら一人で歩けよ」

文句を言いつつも立ち上がり、ずり落ちた春姫に手を差し伸べようとする。
春姫もそれに応え、圭介の手を取ろうと差し伸ばし、手を止める。

「ん?どうした春」
「急かすな。足元を見よ」
「そこがどうかしたのか?」
「何かがそこにあるのだ」

圭介の躓いた先を指で指し示し、春姫は目線で彼に調べるよう命じる。
「少しくらい自分で動けっての」とぶつくさ文句を言いつつも、圭介は素直に応じた。
指し示した場所まで移動して視線を落とすと、割れた地面から生えた龍の装飾が施された柄。
掘り起こすと、現れたのは歪曲した幅広な片刃の中国刀、柳葉刀。

「……いつから俺らの村は剣が自生する危険地帯になっちまったんだ?」
「しかして、そのお陰で我らも助かっているのは事実であろう。喜べ、山折の。これで汝の武装も手に入ったわけだ」
「それってどういう――」

剣を掘り起こした圭介につかつかと春姫は歩み寄ると、止める間もなく彼の腰のベルトから宝聖剣の後釜にあたる魔聖剣を引っ張り出した。

「いきなり奪い取るのはなしだろ!」
「元はといえば山折神社に奉納されていた儀式剣よ。駄剣の後継でああるのならば妾の所有物に違いはあるまい」
「今ジャイアニズムを発揮してる場合じゃ……ああもう、好きにしろよ!」
「元よりそのつもりだ」

犬猿の仲ではあるが、圭介と春姫は幼少期より長い付き合いのある間柄である。
傲岸不遜な言い回しも謎の威圧感も慣れ親しんだものであり、止めようとしても無駄だという事は十年以上の経験で身に染みて理解している。
故に渋い顔をしながらも彼女の蛮行を止めることはしなかった。
圭介の様子など気にも止めず、全ての始祖たる巫女は新生した聖剣の柄を手に取り、高らかに宣言する。

114地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:46:12 ID:FgfZwVME0
「聞け、新たに生誕せし聖剣よ!今より汝の担い手はこの神楽春姫である!」

聖剣の魔力が流動する。しかし、生れ出た魔力は春姫に反発するかのように風の衝撃を放つ。
その勢いに押され、圭介は思わず後退り、たたらを踏んだ。

「おい!手を放せ春ッ!!理由は分かんねえけど、そいつはお前を拒絶してるッ!!このままじゃ……!」
「騒々しい……!主が何者か理解できぬか駄剣ッ!!その力は山折村(せかい)救済のためにある……!
故に、父と同じく妾に仕えるのが道理である……!妾に従え、聖け―――!」

瞬間、春姫の身体から眩い光が鼻たれ、周囲一帯を真昼の如く照らす。燦然たる閃光に呑まれ、圭介じは思わず目を閉じてしまう。
瞼が閉じられるその刹那、少年の視界には転倒する春姫。そして突如として顕現した――。

(白兎……?)

次第に光が弱まり、辺りは元の夜闇に包まれた草原へと戻る。
目を開けると、そこには倒れた始祖の巫女とその隣で地に伏せる一振りの聖剣があった。
聖剣に光は灯っておらず、代わりに弱い光を放つのは春姫の巫女服の袂の中の御守り。直感だが、子の御守りが強烈な光を放ったかのように思えた。
圭介が名を呼びながら圭介は倒れた春姫の元へと駆け寄り、彼女の容体を確認する。

「うう……」
「春ッ……!おい春!しっかりしろ!目を覚ませ!」

呼吸は止まっておらず、脈も安定おり、圭介は一先ず胸をなでおろす。
しかし、どれだけ身体を揺すっても起きる気配はなく、次第に心中に焦りが生じ出す。
「無理やりにでも止めるべきだったか」と悪態をつきながら揺すっていると不意に春姫の身体が起き上がる。

「ったく、やっと起きたか。心配かけさせんな……ってその雰囲気はいのりさん?」
「――大春姫は気絶してるだけっぽいから安心して。ごめんね、圭介君、あの子に変わって謝るわ」

柔らかな表情を浮かべた春姫――否、彼女と人格が入れ替わった厄災の権化、『隠山祈』が圭介へと頭を下げる。
紆余曲折の果てに、隠山祈は神楽春姫に救済され、その魂を春姫の中に封じられた。結果、いのりは春姫の肉体を間借りし、村人の味方として行動を共にしている。
春姫が意識を失った今、肉体の主導権はいのりにあり、今まで取り込んできた数々の異能を使えるのようになっている。

「いのりさん、哉太達――天原って子の行き先はどんな感じになんだ?」
「望……いや、今は犬山うさぎの気配ね。今は二つに分かれているみたい」
「あの7人の中にもう一人、春みたいな神社関係者がいたってことか?」
「多分そう、みたい」

隠山祈は怪異である。そのため怪異と相反する存在――神職関係者の気配を察知することが可能である。
スヴィア・リーデンベルグらにより事態収束の鍵を握るのは、若きエージェント『天原創』の異能だと彼らは推察している。

「二つに分かれたってことは、あいつらに何かあったのか?分断されたとか、グループ分けして行動することになったとかそんな感じか?」
「……一分断されたというのが一番あり得そうね。怪異としての感覚では少し離れたところにいるって感じがするけど、マタギとしての感覚だと彼らの気配を感じない」
「つまり、どういうことなんスか?」
「言語化するのは難しいけど、地下深くとかここにあってここにはない、こことリンクした別の次元に彼らが飛ばされたって感じかな?」

春姫が聞いていたなら罵倒していたであろういのりの回答。
首を傾げながら答えるいのりに、圭介もまた彼女と同じように首を傾げる。
頭を絞りつつ、いのりの抽象的なふわっとした言葉から、伝えたいエッセンスを抜き出す。

「つまり、あいつらは分断されて異空間に放り込まれたってことなんスかね」
「かなり無理やりな推理だけど、端的に言ってしまえばそうなるかな。心当たりがあるの?」
「あります。影の女の子――俺は神様って呼んでる子が、俺と俺の彼女を再会させるため、異空間を生み出していました」
「あの子が……うさぎが貴方達を……!」

115地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:46:45 ID:FgfZwVME0
女王の手により消滅させられた影法師の少女の事を聞いたいのりが悲痛な声を漏らす。
何故、影法師の少女を知り合いの飼育委員長の名で呼んだのかは気になるが、それを問い詰める時間はない。
哉太達7人の手掛かりはないか。周囲を見渡すと北の道路にマイクロバスが見える。
確か「あれはデイケア施設で送迎用に使われていたバス。集団の移動手段として使われていた可能性が高い。

「いのりさん、北にあいつらの移動手段に使ってたって思われるバスがありました。行きましょう」
「そうね。そこを調べれば何か見つかるかもしれないし、行きましょうか」

散らばる食べかけのサンドイッチ。壁に立てかけてあるスケートボード。床に転がるマグライト。座席に無造作に置かれているガラス片。
人がいた面影が残る車内は、夜闇に包まれ静謐を保っていた。
創達7人の手掛かりを探すべく、圭介といのりは人の痕跡が残るマイクロバスの中を手分けして調査していた。

「座席とかにはまだ体温が残ってる……。あいつら、神隠しにでもあったのか?いのりさん、どう思います?」
「……………」
「いのりさん?」
「……ああ、ごめんね。少し考え事してた」

呆けていた神楽春姫の姿を借りた怪異の女は、圭介の声ではっと我に返る。
彼女が想うのは想い人、神楽春陽か。それとも彼女を慕っている様子だった影法師の少女か。あるいは両方か。
いのりの様子を見る限り、春姫の意識が戻る様子はない。思わぬ所に手がかりがあるのかもしないから、少し話を聞いてみよう。

「いのりさん、そういえばついさっき神様のことをうさぎって呼んでましたよね。
俺の知り合いにも「犬山うさぎ」っていう名前が似たヤツがいるんスけど、関係があるんスか?」
「ああ、わたしと記憶を共有している春姫はともかく、圭介君には話してなかったね。それは――」

曰く、影法師の少女は神楽春陽の養子として引き取られ、いのりが彼女の名付け親であり、その名は「神楽うさぎ」でること。
曰く、神楽うさぎは祈の隠山望とは同い年の同性という事もあり、親友といっても良い間柄であったこと。
曰く、神楽うさぎの傍らには常に白兎が見守っており、彼女が悪戯をすれば白兎がいのりや春陽を呼んで叱らせ、彼女が落ち込んでいるときは慰めるように寄り添っていたこと。
曰く、神楽うさぎは春陽が不在の間、留守を任された神楽一族や隠山の里の民の推薦で、貴族としての教育を受けるために都へ留学したこと。
曰く、神楽うさぎが留学した数日後、何本もの鉄矢が突き刺さった白兎が山中で見つかり、可愛がっていた望が悲愴に暮れていたこと。

「それから、春姫から聖剣の記憶を読み取ったんだけど望はもう一度この世界で「犬山うさぎ」って覚の子孫として生まれ変わったみたいなの」
「つまり、うさ公の前世は「隠山望」って名前で、神様の友達だったってことでいいんスか?」
「そうなるのかな。他に何か気になることある?」

春姫が決してしない、穏やかな表情を浮かべて圭介へと問いかけるいのり。
別人だと分かっていても性悪な女王気取りと同じ顔ではなすため、どうも調子が狂い、自然と変な敬語が出てしまう。

「そういえば、話の中に白兎がいましたよね。春の奴が気絶した時に見た気がしたんスけど、そいつと関係あります?」
「……ウサミも、なんだね。確証はないけど、多分関係あると思う」
「名前、あったんですね。名付け親はいのりさんですか?」
「ううん、わたしじゃない。名前を付けたのはまだ小さかった頃の妹の望。神楽うさぎと同い年の子」
「そいつのこと、いのりさんは何か知りませんか?神様と一緒に空から降ってきた以外で」
「そうね……。ウサミは言葉は話せないけど、わたし達人間以上に知性を感じさせる存在だったわ。
わたしや春陽様よりも大人びた感じをしていたし、それに争い事を好まない優しい雰囲気をしていた。
まるで、わたし達を見守る神様みたいだった……」

かつての思い出を懐かしむような憂いを帯びた表情で言葉を紡ぐいのり。
ほんの数時間前は呪いを振りまく存在だったと春姫から聞いていたが、今の様子を見る限りそれが嘘のように思えてしまう。

116地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:47:57 ID:FgfZwVME0
「――――それは否。白兎は礼儀を知らぬ傲慢な獣ぞ」

突如、いのりの柔らかな雰囲気が掻き消え、天性の肉体に現れたのは高圧的な雰囲気の巫女、神楽春姫の人格。
穏やかな表情は跡形もなく消え去り、代わりに現れたのは美貌に似合わぬ厳めしい表情。

「うわっ、急に出てくるなよ。それになんでキレてんだ?」
「泡沫の夢幻にて、彼奴と相対したのだ。己が立場を弁えぬ傲岸不遜な在り様、所詮は獣であった」

美しい柳眉を吊り上げて怒りを露わにする春姫に圭介は気後れする。
十数年の付き合いの中で、ここまで感情を表に出す春姫を見たことがない。
始祖の巫女は慄く少年へとずんずんと足を進め、つい十数分前と同じように彼の腰から聖剣を引き抜いて目を閉じる。
その挙動で先程の出来事を思い出して思わず息を呑むが、聖剣はうんともすんとも反応しない。
良く見ると、巫女装束の袂から覗いていた御守りが光の粒子へと変わり、瞬きの後には跡形もなくなっていた。

「――やはり、何も起きぬか」
「何一人で納得してんだよ!さっきみたいなことが起こったらどうするつもりなんだ!」
「知らぬ」

春姫は圭介の叱咤など存ぜぬとばかりに受け流す。
無言で取り上げた聖剣を返すと、その代わりと言わんばかりに反対側に差した中国刀を鞘ごと手に取った。
この異常事態でも変わらない唯我独尊にある種の安心感を覚えてしまう。。
だが、長年の付き合いだからこそ気づいてしまう。

「妾はどのくらい意識を失っていた?」
「そうだな。大体30分くらいか?」
「成程。余計な時間を食ってしまったな」

唯我独尊を体現したその在り様も、傲慢さから見え隠れする知性にも陰りはない。
負傷はあれど、天性の肉体にも依然として変わらない。
しかし、直感で感じ取ってしまう。神楽春姫から言語化できない何かーー

「おい、春!窓の外見てみろ!ここから少し離れた場所に人が浮いている!多分あれは―――」
「おそらく日野珠であろうな。彼奴が此方へと向かわぬうちに天原とやらと……何?」
「春、どうした?」
「いのりが彼処から聖なる気配を察知した。急がねばならぬ。……何?代われとな?不服だが、背に腹は代えられぬ」
「応、少し休んでろ。いのりさん、さっきみたいに全力で走るぞ」
「了解!圭介君、魔力を自分の足に回して全力で走るのよ!でないと置いてくからね!」

――彼女を構成する大切な要素が永劫に失われてしまった。そう思えてしまうのだ。

【E-3/草原・マイクロバス前/一日目・夜】

【山折 圭介】
[状態]:疲労(大)、眷属化進行(極小)、深い悲しみ(大)、全身に傷、強い決意
[道具]:魔聖剣■、日野光のロケットペンダント、上月みかげの御守り
[方針]基本.厄災を終息させる。
0.うさぎがいると思わしき場所へと向かう。
1.女王ウイルスを倒し、日野珠を救い出す。
2.願望器を奪還したい。どう使うかについては保留。
3.『魔王の娘』の願い(山折村の消滅、隠山いのりと神楽春陽の解放)も無為にしたくない。落としどころを見つけたい。
4.春……?
[備考]
※もう一方の『隠山祈』の正体が魔王アルシェルと女神との間に生まれた娘であることを理解しました。以下、『魔王の娘』と表記されます。
※魔聖剣の真名は『魔王の娘』と同じです。
※宝聖剣ランファルトの意志は消滅しましたが、その力は魔聖剣に引き継がれました。
※山折圭介の『HE-028』は脳に定着し、『HE-028-B』に変化しました。

【神楽 春姫】
[状態]:疲労(極大)、眷属化進行(極小)、額に傷(止血済)、全身に筋肉痛(極大)、魂に隠山祈を封印、???喪失
[道具]:血塗れの巫女服、研究所IDパス(L1)、[HE-028]の保管された試験管、山折村の歴史書、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.妾は女王
0.うさぎがいると思わしき場所へと向かう。
1.女王ウイルスを止め、この事態を収束させる
2.日野珠は助け出したいが、それが不可能の場合、自分の手で殺害する
3.襲ってくる者があらば返り討つ。
[備考]
※自身が女王感染者ではないと知りましたが、本人はあまり気にしていません
※研究所の目的を把握しました。
※[HE-028]の役割を把握しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※隠山祈を自分の魂に封印しました。心中で会話が出来ます。
※隠山祈は新山南トンネルに眠る神楽春陽を解放したいと思っています。
※隠山祈と自我の入れ替えが可能になりました。
 隠山祈が主導権を得ている状態では、異能『肉体変化』『ワニワニパニック』『身体強化』『弱肉強食』『剣聖』が使用可能になりますが、
 周囲の厄を引き寄せる副作用があり、限界を超えると暴走状態になります。
※神楽春姫から???が失われました。

117地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:48:28 ID:FgfZwVME0


階段を降りる。
階段を降りる。
降りた先には仄暗い廊下が続いていた。

「ううう……くうう……!」

無機質な白で満たされた空間にて、一人の美しい少女が額に脂汗を滲ませて、苦痛に呻きながら歩みを進めていた。
少女の名は天宝寺アニカ。明晰な頭脳で数多の凶悪犯罪を解決し、このVHにおいてもブレーンとして収束の糸口を探し続けた金髪碧眼の天才探偵である。
そんな彼女は現在、突如として襲ってきた全身の痛みを堪えながら歩みを進めていた。

(バスに乗っていたと思ってたら、Laboratoryと思わしき場所にいて……。かと思ったら急に全身が痛くなって……。
それに、何度階段を上り下りしても同じ場所に出てる……。カナタ達もいない……。What is happening……?)

思考を回そうとするも途端に万力で締めあげられるような強烈な頭痛が襲い、思わずへたり込んでしまう。
何とか立ち上がろうと壁に手を着くも、バランスを崩して転倒してしまう。
この異空間に閉じ込められたことによる影響か。それとも単に疲労が積み重なったことによる発熱か。

(いえ、恐らくEnigmatic spaceに閉じ込められた影響ね。突然Fever due to headacheが起きるなんておかしいもの。
それに、持ち物も色々なものがいつの間にかなくなってるし、スマホのClockにも異常が出てる。
多分、だけどこの異常事態を引き起こしたMain culpritはMs.チャコの言っていたイヌヤマイノリ……かしら?)

しかし、可能性は低いながら単なる風邪の可能性も捨てきれない。むしろ、そうであってくれた方がありがたい。
ショルダーバッグの中から鎮痛剤を見つけ出し、飲料水で流し込む。少なくとも、気休め程度にはなるだろう。
それに、先程から頭の中で蟲の這いずるような奇妙な感覚が訪れている。

(女王を、守れ?女王に命を捧げよ?いったい何のことなの?Auditory hallucination?)

意味の分からない謎の暗示。自分の意思を無視しして操られるような、リンの魅了(チャーム)を彷彿させる言葉が何度も頭を過ぎる。
この異空間に迷い込んだのは自分だけなのか。それとも他の6人もどこか別の場所に転移させられたのか。
考えるべきことは山ほどある。やるべきこともたくさんある。しかし、謎の苦痛がアニカを襲っている現状で必要なのは薬が効くまでの一時の休息。

(First of all、この部屋で休みましょう……。少し楽になったら、カナタ達を探して、それで……)

ふらつく足に力を込めてを無理やり立ち上がり、手短にあった部屋――新薬開発室というらしい――のカードリーダーにL2パスを遠し、キーロックを解除する。
カチリと無機質な音が響き、ドアの解錠を確認してからノブを回し、音をたてぬよう、ゆっくりと鉄扉を開くと――。

118地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:49:12 ID:FgfZwVME0
「ふむ、成程。キミが運命線の見えぬ感染者か」

優雅に椅子に腰を掛けた少女が視界に映りこんだ。
アニカと少しだけ年の離れた少女は見た目にそぐわぬ大人びた仕草で語り掛けてきた。

「私の名は女王。キミたちが躍起になって探し求めていた存在だ。
肉体は日野珠という少女のものを拝借しているがね。よろしく頼むよ、天宝寺アニカ」

椅子から立ち上がり、歓迎するように少女は手を広げる。
淡褐色と黄金の色彩(オッドアイ)が覗き込む。
脳に巣食い出した蟲が蠢き、隷属(ほんのう)と謀叛(りせい)がせめぎ合う。
視界に入れた瞬間、体調不良で半ば酩酊しかけていた意識が急激に覚醒する。
五感から発せられる極大の危険信号が、生物としての本能を叩き起こす。

「くっ……!」

反射的に探偵少女は動き出す。
異能により肩のバッグから殺虫剤を取り出し、目の前の少女に向けて噴射する。
相手の無力化を図った、アニカらしくない短絡的な行動。
しかし、眼前の少女は目の前に黒曜石の盾を作り、放射された毒霧から身を守る。

(魔法!?なんで魔王のSkillを……!?)
「やれやれ、物騒な挨拶だ」

やんちゃな子供に手を焼いた大人のように、肩を竦めて苦笑する『女王』。
直後に霧を防いだ壁が崩れ、アニカの目の前には短機関銃を構えた少女の姿。

「ハロー、そしてグッバイ♪」

少女は死者を送るとは思えぬにこやかな声で引き金に手をかける。
銃弾が発射されるその刹那、アニカの異能が発動する。
自身の失態。魔王により失いかけた命。イヌヤマイノリと思わしき怪異との邂逅。
数多の要因による多大なストレス。それが重なり、「テレキネシス」が進化を果たす。
異能の範囲は変わらない。持ち上げられる重量にも変化はない。
だが、操作の精密性が格段に上昇した。その結果。

――ガシャン、と少女の手にあったサブマシンガンが握ったグリップを残し、パーツを床に散らばせた。

「ほう、ほう。土壇場で異能が進化を果たしたということか。
それに、銃もここまで綺麗に解体されるとは。テロリスト養成塾にでも通塾経験があるのかね?」
「No need ……to, answer……!」

余裕たっぷりの表情で問う女王に対し、息を切らせながら探偵少女は答える。
二か月前。大規模テロ事件に巻き込まれた際、突如現れた青髪の美女が「念のため」と言い、アニカと剣道少年に半ば強引に教えたのだ。
「まさかこんな場面で役に立つなんて」とハルカと名乗った彼女へと心中で感謝を述べる。
しかし、安心したのも束の間。目の前には未だ底を見せない女王。そして、アニカの周囲には切っ先を向けた黒曜石の長剣が展開されていた。
魔王との対決時、全身を串刺しにされた記憶が蘇り、アニカの明晰な頭脳に刻み込まれた恐怖と絶望がリフレインし、身を竦ませる。

119地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:50:16 ID:FgfZwVME0
「さようなら、良いチュートリアルになったよ。ハッピーエンドの先でまた会おう」
「……………カナタ……」

迫る絶命の剣。脳裏を過るのは自分に寄り添ってくれたパートナーの存在。
絶望し、目を瞑る探偵少女へと無慈悲にも死の刃が迫る。しかし――。

―――パリン。
「……え?」

ガラスが割れる様な音が密室に響き、閉ざした瞼を開く。
目の前で制止する形を失いつつある剣――切っ先から光の粒子へと変わり続けている。
そのすぐ後ろで軽く手を突き出した『女王』少女ーー余裕のある表情から一変、驚いて瞠目している。

『まもってあげて。あのこを、ひとりにしないであげて』
幻聴か、幻覚か。アニカのすぐ傍で、死に別れた筈の犬山はすみの気配を感じた。

「……成程。キミが九条和雄と同じ力を持つ存在か。少しだけ厄介だな」

ほんの少し、興味深そうな表情を浮かべて語り掛ける女王。
何故、今ここでクラスメートの名前が出てくるのか理解できない。
矢継ぎ早に女王はアニカの頭上から獄炎の塊を降らせる。
しかし、黒の剣と同じようにアニカを焼き尽くす前に、破裂音と共にその痕跡が掻き消えた。

(Perhaps、Mr.アマハラみたいに異能を無力する力なの?)

突如目覚めたとしか思えない「テレキネシス」に次ぐ異能。その要因は理屈ではなく心で察しはついている。
魔王との最初の対峙で命を落とした犬山はすみ。アニカ自身の殺されかけ、今際の際で感じた温かみと共に力が宿るのを感じた事を覚えている。
死に瀕したはすみが祈りを託した、と探偵少女は感じ取った。

ほんの僅かだけ、眉を潜めて考えこむ日野珠の殻を被った女王。
現状では魔王の力らしき異能を持つ彼女を無力化できる術をアニカは持たない。
導き出される最適解は逃げの一手。機を失わせて、この場から離脱し、何とか哉太ら仲間と合流する。

再び異能でバッグから高出力のスタンガンを取り出し、スイッチを解除して電流を走らせる。
狙うは脳に近く、皮膚が露出した首筋。考え込んで意識が此方に向いてない内に攻撃する。
顎に手を当てて考え込む仕草をする女王はまだ思考の最中にいるように思える。
ゆっくりと彼女の視界に入らぬように死角へと移動させる。
そして、首筋目掛けて迅速に飛ばすもーーー。

「気づいていないとでも思ったかい?」

届く直前に叩き落とすように少女の拳が振られ、頑強な特注スタンガンが粉々に砕かれ、その破片を床に散らばらせる。
奇襲に失敗し、アニカの背中に冷たい汗が流れる。すぐに気を取り直し、殺虫剤を取り出して視界を奪おうとする。

「――残念だが、むざむざと同じ手を食らうつもりはないよ」

拳を握りしめ、アニカの懐へと肉薄する女王。咄嗟に反応して後ろへと下がって回避を試みる。
しかし、探偵少女は格闘技は疎か喧嘩をした経験はない。思考が反射神経に追い付かず、振り抜かれた拳はアニカの腹部を強かに打った。

「が、ハッ……!」

衝撃により臓器が圧迫され、訪れた強烈な痛みでアニカは思わず膝を付いた。
咳き込み続けるアニカを『女王』日野珠は見下ろす。

120地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:50:47 ID:FgfZwVME0
「魔力付与(エンチャント)した打撃は、本来ならば鋼鉄をも砕くほど強化したつもりだったのだかねだが、これで漸く九条和雄の力の一片を理解できた。
ーーー異能と魔術問わず己の直接的に危害を加える『魔王』の力に対する絶対的な耐性。ふむ、実に厄介だが、素晴らしい力だ」


「天宝寺アニカ。お察しのとおり、君達が迷い込んだ異空間(ダンジョン)を作り出したのは紛れもなくもう一方の『イヌヤマイノリ』の力だ。
この研究所地下三階を模した空間は記憶を元に時空が切り離された異界。しかし、時間の流れは滅茶苦茶だが移動した距離は外部とリンクしている不思議空間。
尤も彼女の肉体が失った後に目覚めた力だかね。どうやら彼女自身が自覚してはいないが、次元の間とやら大部分の力を落としてきたらしい。
名前は……そうだな。彼女の名前は知らないが『不思議な世界へようこそ!(イン・ワンダーランド)とでも名づけようか」
「が……ァ……!」

密室の中、14歳の中学生が12歳の小学生の首を片手で締めあげ、宙に持ち上げる。
宙吊りになった探偵少女は女王の腕に爪を立て、必死に苦しみから逃れようとするも、その力が弱まることはない。
女王が強化したのは手首から下の腕力。アニカの首を締めあげてる握力は日野珠のものだ。
そこまで強い力ではないからこそ安易な絶命は許されず、徒にアニカを苦しめる羽目になっている。

「目的は君達集団の分断。完全には覚醒していない以上、まだ天原創の力で元の魂を追い出してもらうわけにはいかないからね。
ついでに私の傀儡も放っておいた。吸収した『イヌヤマイノリ』の一柱の厄を集める力と魔王の力、少しだけ強化を施しておいたのさ。
それと時空が歪み、意識が誘導されてたのが気になっていただろう?ガワだけの伽藍洞に魔王の力と私の精神干渉を合わせてみたんだ。
結果はまあ、そこそこ上手くいったと思うよ。キミの様子を見る限り、宵川燐(よいかわりん)の異能と同じ効力を発揮しているみたいだ」
「……ぅ……ぐ……」

頸動脈が圧迫され、徐々に意識が白み始める。
探偵としての矜持か。その状態でも尚天宝寺アニカの脳は女王が語り出す真相を聞き逃していない。

「欠点といえば、巻き込んだ私自身も巻き込まれた君達も出る場所はランダムだってことだ。
本当はキミともう一人の運命線が見えない感染者を一緒くたにして私が傀儡の元に送り込もうと画策していたがね。
ま、実用には程遠いが一先ず及第点だ。君と残りの雑多を分断できただけでも良しとしよう。
何故君に話したのか疑問に思った顔だね。ただの情報整理さ。口に出した方が効率よく考えを纏められる。壁に向かって話すのは空しいんだ」
「……ぁ……」

言葉の終わり、更に強い力で首を締めあげられる。
逃れようと必死に動かしていた手足の力も既にうしなわつつある。
肉体から魂が乖離していく奇妙な感覚が訪れる。
少しずつ狭まってくる視界。その端に映るのは淡い光球(オーブ)

『まだ、諦めてはいけない。生きたいと願うのならば手を伸ばすんだ』

光の中から聞こえるのは穏やかな女性のソプラノボイス
光球(オーブ)はアニカのすぐ近くまで迫ってきている。
自分を絞殺しようとしている女王はその光に気付いている様子はない。
身体に残る最後の力を込めて、手元まで迫った光球(オーブ)に手を伸ばし、掴んだ。
瞬間、密室で目を眩ます強烈な閃光が炸裂した。

「なーーーー!?」

女王の驚愕の声が聞こえ、アニカの首を掴んでいた力が緩む。
振り落とされたアニカは地面に尻餅をつき、臀部に痛みを感じた。
先程まで首を絞められていたはずなのに不思議と苦しみはない。
目を丸くするアニカの前にはいつの間にか現れ、こちらをじっと見つめる白兎。
ふと、何かを握りしめていることに気が付き、掌を見る。
そこには金襴袋の小さな御守り。意志を持っているかのように淡い光を放っていた。

「ーーーく、目が……!?」
「一体、何が……?!」

膝を付いて両手で目を覆い、悶える『女王』日野珠。
呆然とするアニカの足にに何か小さい物が当たったような感覚。
視線を下げると、ふわふわの毛並みの白兎が、アニカをじっと見つめている。
そして、再び聞こえる女性の綺麗な声
『ここから出よう。私が君を導いてあげる』

121地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:51:12 ID:FgfZwVME0
(このWhite Rabbitは一体どこから出てきたの?Experimental animal?)

未だ全身を襲う痛みを堪えながら逃れた探偵少女は疾走する。
彼女の前方には駆ける白兎――思い浮かぶのは仲間の犬山うさぎが召喚した動物達のような雰囲気。
駆け出した先は階段部屋。女王感染者と遭遇する前、階段を上り下りして何度も同じ場所に舞い戻ってしまった場所。

『大丈夫、心配しないで。必ず君も、君の友達も助けるから』

アニカの不安を感じ取ったかのように、白兎(のものと思われる)声が聞こえる。
脱出の糸口が見つからない以上、目下の白兎を信じるほかはない。
L意を決して2パスを使用して鉄扉を開き、無機質な階段を下る。

―――瞬間、辺りに再び眩い光が広がる。

目を開けると、そこは夜闇に包まれた草原のど真ん中。
研究所の面影はどこにもなく、柔らかな夜風が幼い少女の身体を撫でる。
いつの間にか、全身の痛みもなくなっている。

「戻って、きたんだ……!Thank you!Ms.Rabbit…あれ?」

導いてくれた白兎に感謝の言葉を述べようとするが、その姿はいつの間にか掻き消えていた。
返答代わりに、アニカの手にあった御守りが「どういたしまして」と答えるようにほんのりと熱を帯びた。

「とにかく、カナタ達に今あったことを伝えなくちゃ…!」

女王との邂逅。はすみの決死の行動によって付与された『九条和雄』と同じ力。そして、白兎の存在。
伝えなければいけないことが山ほどある。それに、仲間達の行方も分からない。
決意を新たにし、天才探偵、天宝寺アニカは夜に駆ける。

【E-2/草原/一日目・夜中】

【天宝寺 アニカ】
[状態]:異能理解済、衣服の破損(貫通痕数カ所)、疲労(大)、精神疲労(大)、悲しみ(大)、虎尾茶子への疑念(大)、強い決意、生命力増加(高魔力体質)眷属化進行(極小)
[道具]:殺虫スプレー、斜め掛けショルダーバッグ、ビニールロープ、金田一勝子の遺髪、ジッポライター、研究所IDパス(L2)、コンパス、飲料水、医療道具、マグライト、サンドイッチ、天宝寺アニカのスマートフォン、羊紙皮写本、犬山家の家系図、白兎の御守り
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.早く皆と合流して、「Queen Infected」の事を知らせなくちゃ!
2.私を助けてくれたMs.Rabbitの事、ウサギに聞いてみましょう。
3.あの女(Ms.チャコ)の情報、癇に障るけどbeneficialなのは確かね。
4.やることが山積みだけど……やらなきゃ!
5.リンとMs.チャコには引き続き警戒よ。特にMs.チャコにはね。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能を理解したことにより、彼女の異能による影響を受けなくなりました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※犬山はすみが全生命力をアニカに注いだことで、彼女の身体は高魔力体質に変化し、異能『魔王』に対する強力な耐性を取得しました。
※『神楽うさぎ』の存在を視認しました。
※日野珠が女王感染者であることを知りました。
※白兎の存在を確認しました。



122地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:52:01 ID:FgfZwVME0
薄暗い廊下の中、4人の男女が階段部屋の前で一塊になっていた。

「つまり、今まで私達は何度も階段を上り下りして、その度にお部屋を調べたことを忘れちゃってたってことなの?」
「うん。はじめはチャコおねえちゃんにもなにかかんがえがあるんじゃないかっておもってたんだけど、おなじことをなんかいもくりかえしていたの。だいたい4かいくらい。
それで、なんかへんだなあっておもったんだけど、リンおかしいこといってないよね?」
「ううん。むしろその逆でお姉ちゃんとっても助かったわ。教えてくれてありがとうね、リンちゃん」

勇気を出して報告してくれたリンに感謝の言葉を述べ、茶子は幼い功労者を抱きしめた。
幸せを顔いっぱいに浮かべた幼子と彼女の勇気を褒める研究所関係者を尻目に、若きエージェントと演劇少女は共に怪訝な表情を浮かべる。

「つまり、今僕達がいる研究所を模したこの空間は何者かの異能で作られた場所である可能性が高い……ということですか」
「仮にそうだとしたら、天原さんの異能を無効化する右手で触れた瞬間に私達は外に出られるはずよ。でも、天原さんが壁に触れてもそうはならなかった」

雪菜の言葉に可能性を否定され、創は頭を悩ませる。
自身の右手は異能で構築された者を現実に返す「細菌殺し(ウイルスブレイカー)。それは化の強大な魔王ですらも例外ではない。
だとするのならば、バスに乗車している最中に何者かの異能により催眠状態で研究所まで移動させられた?
だとしたなら、何故ここまで回りくどいやり方をした?下手人の目的は何だ?
一つ一つ情報を整理しながら、早熟の天才は頭を回し続ける。

「ーーー恐らく、下手人は『イヌヤマイノリ』だ」

不意に、それぞれ施行を巡らせている創と雪菜の耳に澄んだ女性の声が届く。
視線を向けるとリンの肩に手を置いた茶子が二人を見据えていた。

「――九条和雄と対峙した怪談使い『七不思議のナナシ』。彼は異空間にクラスメートを閉じ込めて殺し合いを画策したらしい」

ぞっとするような冷たい声で淡々と述べる茶子。バスの中で話し合いをしていた時、茶子の口から出てきた怪談使い。
九条和雄を起点に発生した、現代科学では説明のつかない摩訶不思議な超常現象。
息を呑む創と雪菜の前で、茶子は言葉を続ける。

「情報源によれば、九条和雄達は元凶である七紙光太郎の本当の願望を叶えた後、出口を探し出して異空間を消し去ったと書いてあった」

情報源とやらは仲間の天才探偵、天宝寺アニカの持つスマートフォンの事だろう。
無断でプライバシーを覗き見たことについては一先ず置いておく。

「……ですが、僕がこの空間の物体に右手で触れても何も起きませんでした。異能と違う、怪異には聞かないという事でしょうか?」
「半分正解で半分外れだと思っているわ。私の推理にはなるけど貴方が右手で触れた瞬間、認識できない早さで無力化された壁が再生していると思えるの。
それに脳に干渉が行われて認識を操作されている考えられている今、空間の揺らぎにはきづけなかったんじゃない?
他には九条和雄が出口になっていた屋上への階段を上った際、何か白い塊のようなものを見たらしいの。
それに和雄が触れると辺りに光が広がって、気づいたら屋上じゃなくって正面玄関の前に他のクラスメート達と一緒にいた。
恐らく、出口らしき場所から出る際に現れた白い塊とやらが怪異の『核』なんじゃないかしら?」

アニカのスマートフォンから調べた情報から一つの解を導き出し、茶子はリンを伴って、鉄扉の前に立つ。
茶子の視線を受けて、雪菜はマチェットを手に取り、刃を掌に当てた。
白い手から溢れ出す鮮血。傷は体に巻き付けた包帯の力で少しずつ塞がっていく。
手の上に溜まった酸性の血液を、ノブに零して無理やり扉を開いた。
茶子とリンが階段部屋に入り、傷が治った雪菜に続いて創も扉の中へと入る。

「天原さん、後はお願いします」

目の前に現れた出口と思わしき上階と下階へと続く階段。その手前で相を信頼する雪菜の言葉と視線。
雪菜の反対側では茶子とリンが腕を組んで創を待っていた。

「ーーーよし」

意を決して一人、階段を上る。

123地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:52:51 ID:FgfZwVME0
徐々に白み始める視界。薄れていく感覚。意識を何とか保ちながら階段を上り続ける。
そして創の視界に映る一人の少女の後ろ姿。それに手を伸ばす。
ふと、少女が振り返る。
ショートカットの黒髪。
動きやすそうな服装。
そして――普段の快活さとは違う、物憂い気な感情を宿した双眸。

「ーーーー珠さん?」
ーーーパリン。
彼女の肩に手を触れた瞬間、ガラスが割れたような音が耳に届く。


白い視界が開けると、そこは割れた道路の前であった。
冷たい風が4人の身体を撫でつける。
視線を北に向けると、何故か草原のど真ん中に放置してあった。

「もどって……これたの?」

沈黙を破ったのは異空間脱出の鍵となった幼い少女、リン。
それに答えるように、保護者である茶子が安心させるよう優しく彼女の肩へと手を置いた。
謎の異空間からの脱出は成功した。しかし、一同に喜びはない。
八柳哉太、犬山うさぎ、天宝寺アニカ。分断された仲間3人は未だ行方知れず。
哉太、うさぎ両名と親交があった茶子はここにはいない祟り神「隠山」を睨むように遠方へと視線を向けていた。
何気なしに、ウエストポーチから通信不能と思われている発信機を取り出し、スイッチを入れる。
驚愕に創は思わず目を見張る。ディスプレイに点群が灯る。即ち――
創の様子を察したのか、肩に雪菜の手が置かれる。

「天原さん、どうかしました?」
「通信が、復活した…?」
「ーーーは?」

創の言葉に茶子が驚愕の声を上げ、懐からスマートフォンを取り出す。
しかし、すぐに肩を落とす。その直後、怒りの表情を浮かべたまま創へと歩み寄り、胸倉を掴んだ。

「てめえ、付くならもっとマシな嘘をつきやがれ!!」
「チャコおねえちゃん、どうしたの?!」
「虎尾さん、やめて!」

怒りを察知した雪菜とリンは茶子を宥めようと駆け寄る。
少女二人の慌ただしい様子など気にせず、茶子は創に罵声を浴びせる。
憤怒の形相を浮かべる茶子を見据え、創は言葉を紡ぐ。

「く……復活したのは軍用通信みたいです……!恐らく、特殊部隊に何らかの動きがあったんだと思います……!」
「……チッ。だったら安易に言うんじゃねえよクソ中坊」

舌打ちと共に手を放し、若きエージェントへと毒づく研究所関係者である剣姫。
リンは不安そうな顔で茶子に抱き着き、「怖い所見せてごめんね」と申し訳なさそうに言う保護者に頭を撫でられる。
雪菜は茶子へと怒りの一瞥をくれた後、創に駆け寄って心配そうに見つめる。

「ーーー次は、ハヤブサⅢとの合流を目指しましょう」

痛々しい沈黙の中、最初に口を開いたのは不和の元凶になった虎尾茶子。
「他の仲間達はどうするのか」と聞こうとしたが、血が滲むほど拳を握りしめた彼女の様子を見て、やめた。
仲間を捨て置く判断をするのは、茶子としても苦渋の判断だったらしい。
創とて哉太ら3人の安否が心配だ。傍らにいる雪菜も、茶子の傍で不安そうな表情を浮かべるリンも同じだろう。
創を先頭に4人は歩き出す。

「…………願望器……か……」

夜風に運ばれてきた耳に届いた昏くか細い声。
先程まで怒りをあらわにしていた茶子の言葉。
理由は分からないが、その言葉に創は不安を掻き立てられていた。

【F-2/道路/一日目・夜中】

【虎尾 茶子】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(中)、山折村への憎悪(極大)、朝景礼治への憎悪(絶大)、八柳哉太への罪悪感(大)、????化
[道具]:ナップザック、医療道具、腕時計、木刀、長ドス、八柳藤次郎の刀、ピッキングツール、アウトドアナイフ、護符×5、モバイルバッテリー、袴田伴次のスマートフォン、研究所IDパス(L2)
[方針]
基本.協力者を集め、事態を収束させ村を復興させる。
0.創の持つ小型発信機に従い、ハヤブサⅢと思わしき人物と接触する。
1.有用な人材以外は殺処分前提の措置を取る。
2.顕現した隠山祈を排除する
3.リンを保護・監視する。彼女の異能を利用することも考える。
4.未来人類発展研究所の関係者(特に浅野雅)には警戒。
5.朝景礼治は必ず殺す。最低でも死を確認する。
6.―――ごめん、哉くん。
7.…………願望器、ねえ。
[備考]
※未来人類発展研究所関係者です。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※天宝寺アニカらと情報を交換し、袴田邸に滞在していた感染者達の名前と異能を把握しました。
※羊皮紙写本から『降臨伝説』の真実及び『巣食うもの』の正体と真名が『隠山祈(いぬやまのいのり)』であることを知りました。
※月影夜帳が字蔵恵子を殺害したと考えています。また、月影夜帳の異能を洗脳を含む強力な異能だと推察しています。
※『神楽うさぎ』の存在を視認しました。
※『神楽うさぎ』の封印を解いた影響で■■■■になりました。

124地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:53:36 ID:FgfZwVME0
【リン】
[状態]:異能理解済、健康、虎尾茶子への依存(極大)、不安
[道具]:メッセンジャーバッグ、化粧品多数、双眼鏡、缶ジュース、お菓子、虎尾茶子お下がりの服、御守り、飲料水(残り半分)
[方針]
基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。
1.ずっといっしょだよ、チャコおねえちゃん。
2.アニカおねえちゃんたち、だいじょうぶかな?
3.チャコおねえちゃんのいちばんはリンだからね、カナタおにいちゃん。
4.いのりちゃんにまたあえるかな?
[備考]
※VHが発生していることを理解しました。
※天宝寺アニカの指導により異能を使えるようになりました。
※『神楽うさぎ』の存在を視認しました。

【天原 創】
[状態]:異能理解済、記憶復活、疲労(特大)、虎尾茶子への警戒(中)
[道具]:ウエストポーチ(青葉遥から贈られた物)、デザートイーグル.41マグナム(0/8)、スタームルガーレッドホーク(6/6)、ガンホルスター、44マグナム予備弾(30/50)(ジャック・オーランドから贈られた物)、活性アンプル(青葉遥から贈られた物)、通信機、小型発信機、双眼鏡
[方針]
基本.パンデミックと、山折村の厄災を止める
0.小型発信機に従い、ハヤブサⅢと思わしき人物と接触する。
1.全体目標であるVHの解決を優先。
2.災厄と特殊部隊をぶつけて殲滅させる。
3.スヴィア先生を探して取り戻す。
4.あれは、珠さん……?
5.虎尾茶子に警戒。
[備考]
※上月みかげは記憶操作の類の異能を持っているという考察を得ています
※過去の消された記憶を取り戻しました。
※山折圭介はゾンビ操作の異能を持っていると推測しています。
※活性アンプルの他にも青葉遥から贈られた物が他にもあるかも知れません。
※『神楽うさぎ』の存在を視認しました。
※軍用通信が解除されたことで小型発信機でハヤブサⅢの通信機を追跡できるようになりました。

【哀野 雪菜】
[状態]:異能理解済、強い決意、二重能力者化、異能『線香花火』使用による消耗(中)、疲労(大)、虎尾茶子への警戒(中)
[道具]:バール、スヴィア・リーデンベルグの銀髪、替えの服、包帯(異能による最大強化)、マグライト、マチェット
[方針]
基本.女王感染者を探す、そして止める。
0.小型発信機に従い、ハヤブサⅢと思わしき人物と接触する。
1.絶対にスヴィア先生を取り戻す、絶対に死なせない。絶対に。
2.虎尾茶子は信頼できないけれど、信用はできそう。
[備考]
※叶和の魂との対話の結果、噛まれた際に流し込まれていた愛原叶和の血液と適合し、本来愛原叶和の異能となるはずだった『線香花火(せんこうはなび)』を取得しました。
※制服から着替えました。どのような服装かは後続の書き手様にお任せします。
※『神楽うさぎ』の存在を視認しました。



125地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:55:54 ID:FgfZwVME0
轟音が轟く。破壊音が鳴り響く。
白い空間の中、黒い靄を纏った巨人が壁を破壊しながら、視界に入った獲物を追い続ける。
獲物は男女二人。聖刀を手に持つ剣士、八柳哉太と肩に山ネズミを乗せた少女、犬山うさぎ。
二人は息を切らせながら背後から襲い来る脅威から逃れるため、白亜の廊下を疾走していた。

(クソ、閉所じゃまともに剣を振るえそうにない!それどころか回避も難しい……!)

斬撃を無効化する特異な体質と驚異的な身体能力を持つ魔人『気喪杉禿夫』。
未来予知に近い直感を持ち、恐るべき剣術にて村人の鏖殺を企てた血に飢えた剣鬼『八柳藤次郎』。
天原創、山折圭介、八柳哉太の3人を同時に相手取り、死に際に大暴れした特殊部隊員。
山折圭介を依代にして世界の支配を目論み、魔法という未知の力を以て暴虐の限りを尽くした『魔王ヤマオリ・テスカトリポカ』
いずれも哉太がこれまで対峙してきた相手。彼らを打倒した経験を余すことなくその身に還元した天才剣士は、襲い来る『鬼』との戦闘は不利だと判断。
最悪、自分どころか庇護対象であるうさぎを巻き込んで死なせかねない。
故に、取った決断は逃げの一択。

「哉…太くん、この先は階段部屋……!行き止まり……だよ!」
「でも今のところ、そこしか奴から隠れられそうな場所はない!」

息を切らせて問いかけるうさぎに事実を突きつける。
うさぎが言うには、階段部屋の扉は鍵が掛かっていない。上り下りさえしなければ、背後の脅威から逃れられる可能性が高い。
『異変』は記録した媒体には適応されない。万が一、逃げるために階段を使用したとしても残した記録を見れば記憶が消えていても状況を把握できるはずだ。

「じょ……おう……敵……、排除……!」

黒い靄をまき散らしながら、赤鬼は哉太達を追走する。
最早一刻の猶予もない。哉太の前で全力疾走するうさぎは意を決して階段部屋の扉を開き、中に飛び込んだ。
哉太もうさぎに続いて部屋へダイブし、ドアを閉める。怪物の勢いは止まらず、迫りくる死の気配。
怪物はこちらを抹殺すべく、壁をぶち破るに違いない。記憶が消えるのを承知で階段を降りるほかはない。
哉太と同様にうさぎも覚悟を決め、下り階段へと足を運ぶ。

「ーーーあ」
「く―――」

漂白が始まる意識。薄れゆく記憶。視界が閉ざされる瞬間、の目の前に飛び込んできたのは哉太に背を向け、扉の前に立つうさぎと彼女に縋りつく白兎。

『ーーー望。この先へは行かないでくれ。この扉の先に行ってしまえば、君は……!』
「…………」
『お願いだ!君には幸せな天寿を全うして欲しいんだ!これ以上、私に大切な人を失わせないでくれ……!』
「…………」
『私達12体がこの世界に訪れたのは、君に幸せになって欲しいからなんだ!君に使い潰されても良い!君の友も助けると約束する!だから―――』
「……ごめんね、ウサミちゃん。貴方達も私にとっては大切な友達なの。だから、死なせたくない』
『ああ……ああああ……!!』

薄れゆく意識の中、哉太の目に映ったのはm悲愴な声を上げる白兎と扉の先へと足を進める犬山うさぎ―――隠山望の姿。

目を開けると、そこは夜闇に包まれた草原に哉太とうさぎは立ち尽くしていた。
哉太の手には淡い光を放つ聖刀。研究所らしき空間にいた記憶も存在している。
十数メートル先には、つい先程まで襲い掛かってきた黒い霧を纏う鬼。
そして、哉太の傍らには―――。

126地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:56:20 ID:FgfZwVME0
「うさぎ……ちゃん……?」
「うん。私だよ、哉太くん」

肩に山ネズミを乗せた纏う雰囲気がガラリと変わった少女――犬山うさぎの姿。
こちらに気付いた途端、全力で向かってくる戦鬼。
哉太が身構えると同時に、うさぎも手をかざす。

「お願い、来て――――」

【D-2/草原/一日目・夜中】

【八柳 哉太】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(大)、喪失感(大)
[道具]:脇差(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、打刀(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、双眼鏡、飲料水、リュックサック、マグライト、八柳哉太のスマートフォン
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
0.うさぎちゃんと共に鬼を討伐する
1.アニカを守る。絶対に死なせない。
2.村の災厄『隠山祈』の下に残してきた圭介を救出したい。
3.村の災厄『隠山祈』を何とかしてあげたい。
4.いざとなったら、自分が茶子姉を止める。
5.ゾンビ化した住民はできる限り殺したくない。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所の地下が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※『神楽うさぎ』の存在を視認しました。

【犬山 うさぎ】
[状態]:感電による熱傷(軽度)、蛇・虎再召喚不可、深い悲しみ(大)、疲労(大)、精神疲労(極大)、???
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.少しでも多くの人を助けたい
1.村の災厄となってしまった隠山祈を助けたい
[備考]
※『隠山祈』の存在を視認しました。
※自身が『隠山祈』の妹『隠山望』であることを自覚しました
※異空間に閉じ込められたことにより、異能「干支時計」に変化があります。
※白い空間の中で、白兎と対話しました。

【大田原 源一郎】
[状態]:ウイルス感染・異能『餓鬼(ハンガー・オウガー)』、眷属化、脳にダメージ(特大)、食人衝動(中)、網膜損傷(再生中)、理性減退
[道具]:防護服(内側から破損)、サバイバルナイフ
[方針]
基本.女王に仇なす者を処理する
1.女王に従う
[備考]
女王感染者『日野珠』により強化を施されました。



127地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:57:43 ID:FgfZwVME0
「まったく、してやられたな」

草原の上空にて。日野珠は腕を組んで下界を見下ろしていた。
取り逃した天宝寺アニカ。絞殺する直前で彼女は何もない虚空に手を伸ばていた。
その瞬間、突如炸裂した閃光が運命視を持つ眼を封じ、魔王としての力を失わせた。

「だが、良い傾向だ。少しずつではあるが、私自身も進化しつつある」

しかし、取り逃がしはしたものの天宝寺アニカとの対峙で、得たものもある。
体感する己の進化。奪い取った魔王の力だけではない、新たな異能も目覚めつつある。

「おや?マイクロバスから誰かが……ああ、誰かと思えば尻尾を巻いて逃げた二人じゃないか」

下界を見下ろすと目視できる二つの点群。ダンジョンの中にいた時は未だ敗走を続けていたと記憶している。
山折圭介と神楽春姫。二人は草原に向けて驚異的な速さで疾走している。

「飛んで火にいるなんとやら……ってところか。ついでだ、脳に負荷を与えて異能の覚醒を早めるか」

夜闇の中、女王は不敵に嗤う。
彼女の右目に映る未来―――誰もが満ち足りた世界(ハッピーエンド)。

「さて、私が望む『Z』を始めよう。

【E-2/草原上空(飛行中) /一日目・夜中】
【日野 珠】
[状態]:疲労(小)、女王感染者、異能「女王」発現(第二段階途中)、異能『魔王』発現、右目変化(黄金瞳)、頭部左側に傷、女王ウイルスによる自我掌握
[道具]:研究所IDパス(L3)、錠剤型睡眠薬
[方針]
基本.「Z」に至ることで魂を得、全ての人類の魂を支配する
1.Z計画を完遂させ、全人類をウイルス感染者とし、眷属化する
2.運命線から外れた者を全て殺害もしくは眷属化することでハッピーエンドを確定させる
[備考]
※上月みかげの異能の影響は解除されました
※研究所の秘密の入り口の場所を思い出しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※女王感染者であることが判明しました。
※異能「女王」が発現しました。最終段階になると「魂」を得て、魂を支配・融合する異能を得ます。
※日野光のループした記憶を持っています
※魔王および『魔王の娘』の記憶と知識を持っています。
※魔王の魂は完全消滅し、願望機の機能を含む残された力は『魔王の娘』の呪詛により異能『魔王』へと変化し、その特性を引き継ぎました。
※魔術の力は異能『魔王』に紐づけされました。願望機の権能は時間と共に本来の機能を取り戻します。
※戦士(ジャガーマン)を生み出す技能は消滅し、死者の魂を一時的に蘇らせる力に変化しました。
※異能「???」に目覚めつつあります。

128地下3番出口 ◆drDspUGTV6:2024/04/28(日) 20:58:27 ID:FgfZwVME0
投下終了です。

129 ◆H3bky6/SCY:2024/04/29(月) 13:03:30 ID:C3lnI8AU0
投下乙です

>地下3番出口

あっさり研究所に辿り着けたけど何の異変もないし何かおかしいと思ったら
気付けば異変を見つけないと脱出できない系の脱出ゲームが始まっていた
それぞれの攻略法で脱出はできたけど見事に分断されてしまった、女王ちゃん能力が万能すぎる

女王の運命眼から逃れたのはアニカだったのか
九条君の異能を受け継いだのはまさかのはすみで、これもアニカに引き継がれ全盛りのアニカ
異能ひとつでやっていくには厳しい環境になってきた

すっかり傀儡と化した大田原さんお労しや
異空間に分断して大田原さん送り込むのは即死トラップすぎる
即逃げの判断をした哉太はGJ、このVHで一番戦闘経験を重ねているのは哉太かもしれない
うさぎの召喚獣が異世界の獣という考察はあったけど、ウサミが=で白兎だっただったってのは驚きだった

創くんも持ってた通信機、まあそらそうよ
害鳥コンビが目立ちすぎてるのか、割と特殊部隊から見落とされているよね創くん
ちょっとしたコミュニケーションミスで茶子はキレすぎ、口調と言い精神が安定してなさすぎる
花子を探そうという方針だけど、花子はすでに死んでるんだよなぁ、その死を切欠として解かれた軍事通信がどう生きるか

付き合いの長いからかなんかやんや上手くやってる圭介春姫コンビ
暴走気味の春姫のブレーキ役にいのりがなっている、なんで災厄がブレーキ役になるってなんだよ
春姫から失われた何かって何なんだろう?

130 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:02:08 ID:TA66qW7U0
投下します

131ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:05:21 ID:TA66qW7U0
「生憎ですが。通信室は使えません。まともに機能するとは思えない」

隠された地下研究所に繋がるマンホールのような脱出口。
その緊急脱出口のすぐ近くにそこから出てきた防護服に身を包んだ男と幼い外見をした女が立っていた。
男、乃木平天から述べられたのは、研究所との通信を要求するスヴィアに対しする回答である。

「…………何故だい?」
「あなた方の呼ぶ所の、田中花子氏と我々の戦闘が行われたためです」

対ハヤブサⅢ戦。
たった一人のエージェントを仕留めるために4名の特殊部隊が投入された地下決戦。
認知神経科学研究室と、その壁をぶち抜いた先の通信室を戦場として激しい乱戦となったため、通信機器が破損している可能性は高い。
もちろん、生きている可能性もあるが、天はこれを体よく断る文言として使用した。

「……本当に? 動作を確認したのかい?」
「試してはいません」
「なら、試せばいい」

可能性があるのなら確認すべきだ。
諦めるにしても確認してからでも遅くはないだろう。
だが、天は首を横に振る。

「それはできません」
「…………何故だい?」
「しばらくここで待機する必要があるからです」
「何故だい?」

同じ問いを繰り返す。
その問いに対して、天は正直に言葉にした。

「それは、――――――ここに通信機が届くからです」

真珠に課せられ、天が引き継いだハヤブサⅢの討伐及び通信機の回収任務の完了。
これが齎す恩恵は軍事通信解禁である。
研究所が秘密裏に地下に敷いていた専用回線を利用せずとも、軍用回線を用いれば通信は可能となった。
だが、通信制限が解かれたとしても通信機材がなければ通信はできない。

それを受け取る必要がある。
通信制限が解かれた以上、通信機は司令部から手配されるはずだ。
地下に向かってしまえば、これを受け取れなくなってしまう。

もちろん司令部からの通信機を受け取らずとも、通信機は手元にあると言えばある。
ハヤブサⅢから託されたであろう氷月海衣の遺品から回収した通信機だ。
この通信機が通信制限の元凶であるが、逆に言えばこの通信機にも軍事通信の機能があるという事である。

だが、スマートフォンに偽装された通信機には暗証番号でロックがされていた。
このスマホを託された海衣なら聞いていたかもしれないし、あるいは番号に心当たりがあったかもしれない。
あるいは、真珠ならば研究所入口のパスワードを言い当てたスヴィアのように、暗証番号を推測することも可能だったかもしれないが、関係性のない天ではハヤブサⅢの思考を推察するのは難しかろう。
この通信機は使用できない、そう判断を下すしかない。

スマホと言えば、隊員から受け取った山折村の住民データの入ったスマホもあるが、受け取った段階で内容は一通り確認している。
軍用回線を使用した通信以前に、SIMの抜かれた白ロムには通信機能自体がない。
つまり、司令部との通信を行うにはドローンで送られてくるであろう通信機を受け取るしかないのだ。

その場合に、問題となるのはスヴィアの存在だ。
ドローンで通信機が送られてきては、当然スヴィアに説明を求められるだろう。
無視することもできるだろうが、黙っていてもこのタイミングで通信機が送られてきては通信解除がされたと言っているのも同じ事である。
軍用回線の解除を知られてしまえば村人が此方の把握していない通信手段を持っていた場合、外部への連絡を取られるリスクを負う事になる。

そのリスクを承知でスヴィアの目の前で司令部との通信を行うか、司令部との通信を控えるか。
選択肢はそのどちらかしかなかった。
ならば、考えるまでもない。
ようやく手に入れた成果を不意にする選択肢はありえない。

通信は行う。それはこの先の方針として大前提である。
選択すべきは、秘密裏にやるか堂々とやるかの選択である。
だが、超聴力の異能を持つスヴィアの目ならぬ耳を盗んで秘密裏に通信するというのも難しかろう。
故に、天は堂々と情報を公開することにした。

「通信機の到着…………? 待ってくれ…………通信が、可能なのかい?」
「説明が必要ですか?」

その言葉だけで、スヴィアは通信が可能『だった』のではなく、限定的に通信が可能に『なった』のだと理解した。
恐らくそれは、彼女の死に起因するものだという事も。

「もちろん通信先は研究所ではなく司令部になりますが。研究所には司令部を経由して繋げてもらう事になると思いますが、構いませんね?」
「………………ああ。構わない」

スヴィアは研究所との通信を、天は司令部との通信を行いたい。
研究所の意向を確認するにしても天としては司令部を通すのが命令系統的な筋である。

132ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:06:25 ID:TA66qW7U0
司令部を介するとなると『Z』という大きな情報に動揺している間に要求を通すというスヴィアの目論みは崩れる。
だが、応じるしかない。

冷静であるのではなく、冷静でないことを認め判断を投げられる。
これはこれで厄介な性質だ。

双方の納得を得て通信機の到着を待つ。
すると程なくして夜に合わせた黒いドローンが上空に到着した。
事前に準備していたのか、手際がいい迅速な配達である。

静かに降りてきたドローンから天は通信機を受け取る。
それは手のひらサイズの最新型の通信機だ。
側面にあるボタンを押すと、機器が生き返るように起動を始めた。
液晶画面が淡く輝き、登録された接続先を選択すると、セキュアな通信ネットワークを使用した仮設司令部との接続を開始する。
電話機などの現代の通信機器の発達は目覚ましいが、独自規格の通信プロトコルを使用した軍用通信は機密性に関してそれらとは一線を画していた。

「こちらforget-me-not。司令部、応答願う」
『こちらreed。司令部、感度良好。Mr.forget-me-not。現状を報告されたし』

通信に応じたのは副長である真田であった。
古いイメージにある旧式の無線機と違い、電話のように双方向に話せるため通信完了(オーバー)などと言う必要もない。
ようやく通じた司令部との通信に、感動を覚えるでもなく天は冷静に報告を開始する。

「山折村村内で作戦活動中。現地協力員としてスヴィア・リーデンベルグ博士と同行しています。
 現在は潜入していた山折村内の研究所から離脱した所です」
『司令部了解。こちらでも映像で確認しています』

当事者として現場の詳細を理解しているのは天だが、現場の全体を俯瞰で把握しているのは司令部の真田である。
細かなやり取りまでは追えないが、大まかな動きはドローンからの映像で確認済みだ。
天が真珠と共にスヴィアたちを引き連れ研究所に突入したことも把握している。

「正常感染(ひょうてき)の生存状況について、共有いただけますでしょうか?」

まず、天は標的の生存状況を確認する。
現地にいる隊員では知りようのない情報であり任務の進行状況に直結する重要情報だ。

『了解しました。1800現在、こちらで生存を確認している正常感染者は11名。
 そちらに同行されているスヴィア・リーデンベルグを除くと。
 日野 珠、山折 圭介、神楽 春姫、虎尾 茶子、宵川 燐、八柳 哉太、天宝寺 アニカ、天原創、哀野 雪菜、犬山 うさぎ。
 以上となります』
「なるほど。必然的に女王はこの中にいるという事ですね」

1000人いた村人の中でまともな生き残りは、たったの11名。
天の横でその報告を聞いていたスヴィアも同時に多くの死を知った。
研究所との交渉に向かった花子に珠が生存を信じていたみかげ。
名を呼ばれなかったものは既に生きていないという事である。

双方にとっての吉報は天原創の生存が確認できたことである。
少なくともスヴィアの計画の実行は可能なようだ。

「研究所内での調査によりスヴィア博士がVHの解決策を発見しました。ウイルスの動きを無効化する天原創の異能を用いた解決策です。
 その実行の為に、天原創の現在位置を確認したいのですが、よろしいでしょうか?」
『確認します、少々お待ちを。…………。
 確認しました。商店街から複数名でマイクロバスに乗って移動しており、作戦区域F-3に移動したところまでは確認が取れています』

ドローンの回収周期の問題で、司令部も村人の動きをリアルタイムで追えている訳ではないが、最終的に確認できた時点で創はF-3に居た。
現在E-1にいる天たちからそこまで遠いわけではないが、バスに乗っているというのは厄介だ。
バスで明後日の方向に離れられては徒歩では追いつくのは難しくなる。

「現地に突入した他の隊員はどうなっていますか?」

スヴィアは全滅したと言っていたが、頭から信じたわけではない。
その裏を取るべく司令部にも確認を行う。
僅かな間の後、変わらぬ声色で報告がされる。

『現在現地で活動可能な隊員はMr.forget-me-not以外ではMr.Oakのみです』

スヴィアの証言通りの答えが返ってきた。
任務を続行しているのは先ほど別行動をとった大田原のみである。

「Mr.Oakは現在、私の指揮下で行動しています。
 別所から研究所を離脱させ待機を命じていますが、合流して以後の活動はチームで行う予定です」

残りの標的は11名。こちらの戦力は2名。
ばらけてローラー作戦する段階は終りだ。
戦力を集中して各個撃破、あるいは一網打尽にする段階である。
その方針を伝えるが、それに対する司令部からの反応は思わぬものだった。

『その報告はこちらで確認した映像と一致しません』
「…………なんですって?」

思わず問い返す。

133ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:08:12 ID:TA66qW7U0
『待機を命じている、という話ですが、Mr.Oakが診療所から出てしばらく駐車場で待機しましたが、現在はその場を移動しています』

大田原が待機命令を無視して動き出した。
自意識を失ったあの状態を考えればありうる話だが。
正気を失おうとも秩序と言う名の狂気で動くあの大田原源一郎が、仮にも上官である天の命令を無視するだろうか?
それを上回る秩序(なにか)が入力されたとでも言うのだろうか。

「Mr.Oakは正気を失っている状態にありました。小康状態にあったのですが、症状が再発した可能性はありますが……現在はどこに?」
『日野珠と交戦中の山折圭介、神楽春姫の戦闘に乱入したようです』
「ッ…………!?」

無線を漏れ聞いていたスヴィアが思わず声を上げた。
地下研究所で一緒だった日野珠の名に反応したのだろう。
天としても気になる報告である。

「正常感染者同士の戦闘に乱入したという事でしょうか?」
『そのようですね』

今の大田原が再び暴走状態になっているとするならば、正常感染者を殺すべく戦闘に突入した光景は想像に難くない。

『Mr.Oakは山折圭介、神楽春姫と交戦。山折圭介の持つ剣から放たれた光によって撃退されています。
 日野珠は異能と思しき力で空を飛行してその場を離脱しています』

かなり無茶苦茶な内容を大真面目な声で報告される。
だが、今更この村でそんなところに引っかかったりしない。
天は引っかかったのは別のところだ。

「……飛行ですか? 日野珠の異能について、こちらの認識と異なりますね」

今度は天が報告に異議を唱える。
上空からの監視では分からなかったのか、天の持つスマホのデータバンクには日野珠の異能は不明とある。
だが、スヴィアから聞いた話では『運命(イベント)を観る眼』だったはずだ。

仮に異能が進化したのだとしても、眼の異能が空を飛ぶような類の異能になるとは思えない。
とは言え、司令部が嘘を報告する理由もない、飛行しているのも事実なのだろう。

『複数の異能を持つ村人は確認されています。彼女もその類である可能性は考えられるでしょう』

哀野雪菜、月影夜帳、そして独眼熊。
上空からの監視だけでは獲得した経緯までは分からないが、複数の異能を操る村人事態は司令部も確認している。

彼らは異能という超常の力については理解できているとは言えない。
そもそもが異能は一人に一つという原則自体が誤りだったのかもしれない。

天は異能者の一人であるスヴィアに視線を向ける。
顔色を悪くしているのは傷のせいだけではないだろう。
何か知っていそうだが、あえてここでは追求せず通信先との話を進める。

「Mr.Oakの行動については了解しました。接触できた場合、再度説得を試みてみます」

J(ジャック)を切ってまで手に入れた鬼札(ジョーカー)だ。
生かす前に無くしてしまったでは、切り捨てられた小田巻が浮かばれない。
ともかく、おおよその状況は理解できた。話は次の申請に移る。

「研究所の意向を確認するため、できればスヴィア博士を交え、直接話をしたいと考えています。
 研究所との通信許可を隊長に頂きたいのですが、隊長に直接ご報告したいこともありますし、取り次いでいただけますでしょうか?」

不躾な申請だったためだろうか、返答に僅かな間が開く。
思案するような間の後、何事もなかったようないつも通りの冷静な声で真田が応答する。

『隊長は現在、別件にて現場を外しておられるためすぐにはお繋ぎできません』
「外している? どちらに?」

現場で指揮を執るため出世を断るような男である。
あの奥津がこの状況で現場を離れる別件など、そうあるとは思えないが。

『隊長は現在、東京の研究所に向かわれています』

東京の研究所。すなわち人類未来発展研究所本部。
この村とは違う、もう一つの最前線に直接出向いているという事である。

研究所の意向を伺いたいのは現場のスヴィアや天だけではない。
特殊部隊を率いる隊長がその意向を探るのもよく考えれば当然だろう。

『どちらの件にせよ隊長に判断を仰ぐ必要はあると存じます。
 ひとまずこちらで隊長に対応を伺いますので、いったん通信を切ります。少々お待ちください』

そう言って真田が無線機を切り、一旦通信が途切れた。
1対1の通話を前提とした携帯電話と違い、通信機は多人数での通信が想定されている。
技術的には現在の通信に奥津を加える事だって可能なはずだ。

わざわざ通信を切るという事は、上のやり取りは聞かせられないという事だ。
それは天に対してと言うよりは、同行者であるスヴィアに対する警戒だろう。
天としてもそう言った配慮の為にスヴィアの同行を伝えたのである。

134ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:10:01 ID:TA66qW7U0
無言のまま応答を待つ。
裏では真田から研究所の奥津に通信が行われているのだろう。
時間がかかる分にはスヴィアとしても都合がいい。
下手に藪蛇をつつくような真似はせず、黙ったまま待機を続ける。

数分後。
協議が終ったのか、天の持つ通信機が電波を受信する。
結果を報告する副長である真田からの通信か。あるいは直接隊長である奥津からの通信かのどちらかだろう。
そう考えて天は通信に応じた。

「こちらforget-me-not。応答願います」

だが、通信機の向こうから聞こえてきたのはそのどちらでもない、想定外の声であった。

『……オヤ? コレで現場に繋がっているかナ?』

嗄れているにもかかわらずどこか飄々とした軽さを感じさせる外れた声。
無線機の先から響いたのは、天が聞いたことのない老人の声だった。

『染木博士。まずは私が応対しますので……』
『そうだぞ百之助。いい歳なんだからがっつくな、はしたない』

その向こうから騒がしい様子が聞こえてくる。
どうやら通信先に研究所の上層部と同席しているようだ。
期せずスヴィアの願いもかなえられた事になる。

『騒がしくしてすまないな。forget-me-not』
「い、いえ」

こうして軍事衛星を中継して岐阜-東京間が接続される。
あるいは地獄の現場とそれを俯瞰する研究者たちに。

『報告はreedから聞いている。スヴィア博士と同行中だという話だな?』
「はい。私の現場判断でしたが、勝手な判断でしたでしょうか?」
『いや、問題ない。むしろ今となっては妙手だったかもしれん』

伺うように尋ねるが、SSOGをまとめる隊長はそれを咎める事はなく意味深な肯定をする。
天も疑問に思うが、その疑問は飲み込み口に出すことはなかった。
それよりも天は奥津に尋ねたかった事項を問う。

「同行しているスヴィア博士が研究所内で『Z計画』について書かれたレポート発見しました。
 隊長はこの計画を把握しておられるのでしょうか?」

この事実について隊長も知らないのか。知っていて説明しなかったのか。
どちらにせよその判断に意見するつもりはないが、どちらなのかだけは知っておきたかった。
それによってこの件に対する動きも変わってくる。

『ああ、計画に関してはこちらも先ほど確認した所だ。reedへの共有も後でこちらで行う、回答はこれでいいか?』
「――――では」
『真実であるという前提で進めてくれ』

話し口からして奥津も先ほど事実確認をしたようである。
だが、彼が直接裏を取った以上、それは真実なのだろう。

世界は滅ぶ。
8年後の未来に。

『あとは、研究所と話がしたいと言う申請だったか』
「ええ。同行しているスヴィア博士からの要望です。ですが隊長がお話ししているのであれば私としては……」

研究所への通信許可を研究所から通信している奥津に問うのもおかしな話である。
奥津がすでに話していると言うのなら、天としては改めて話すこともない。
後ほど奥津からの報告を聞けばいいだけの話だ。

「待ってくれ、それは、」

だが、それはスヴィアとしては困る。
時間稼ぎ以前に研究所の上層部にはいくつも聞きたいことがあった。
これを逃せば上層部と話せるこんな機会はもうないだろう。

『――――そろそろ少しいいカナ?』

スヴィアの抗議より僅かに早く、待ちきれないと言った風の老人の声が割り込んだ。

『スヴィアくんが居るのダロウ。話がしたいネ』

スヴィアが望むまでもなく、向こうから後押しが掛かる。
そこから何やら通信機の向こうでやり取りがあって、通信機の使用権が奥津から研究所の面々に譲られたようだ。
それに伴い天も通信をスヴィアに譲る事になった。
勿論通信内容は天にも聞こえる形で共有される。

135ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:12:43 ID:TA66qW7U0
『ヤァヤァ。キミが研究所を去って以来だネェ。スヴィアくん』
「…………お久しぶりです。染木副所長」

一研究員でしかなかった当時のスヴィアからすれば所長や副所長は雲の上の存在だ。
久しぶりと言っても染木とは直接話したことなど殆どない。
彼女が研究所で主に話していた相手と言えば、それは。

『長谷川です。お久しぶりですね。スヴィアさん』
「長谷川部長……」

透き通る氷のような不純物のない平坦な声。
彼女の所属していた脳科学部門のトップ。直属の上司である長谷川真琴。
彼女とは若い女研究員と言う立場的な共通点もあり、それなりに言葉を交わす機会もあった。
こうして彼女と話すのも、クビを言い渡され去り際に挨拶をした以来である。

『スヴィアくん。キミは当事者として多くの事ヲ見聞きしてきたはずダ。ソノ話を聞かせてほしいナァ』

研究所でマクロな視点から事態を俯瞰する彼らと違い、当事者としてのミクロな視点を持った研究員だ。
それは奇しくもこのテロを引き起こしたモノたちが望んだ存在であり、研究所からしても値千金の証言者である。

「…………待ってください。その前にあなた達に答えほしい。
 何故、このような事件が発生したのか。あなた方は説明するべきだ」

だが、スヴィアは質問には答えず、自らの意見を通した。
研究所にはこの事態を引き起こした説明責任がある。
それが為されない以上は話も進まない。

『そうだネ。その言い分は正しいダロウ』
『ならば、俺が話すべきだな』

老人の声と入れ替わるのは、張りと活気のある若々しい声だった。
その声には聞くだけで竦むような威厳が含まれている。

『初めましてと言うのもおかしな話だが、自己紹介は必要か?』
「いえ……もちろん存じていますよ、終里所長」

割り込んできたのは研究所における最高責任者。
人類未来発展研究所本部所長。終里元。
遠目から一方的に話を聞くことはあっても直接言葉を交わすのは初めての事である。

『元職員である君にわざわざ説明するでもないだろうが、我が研究所はその名の通り人類を未来に発展させるために設立された研究所だ。
 それは理解しているね?』

研究所の設立理由は一般職員や外部にはそう説明されている。
スヴィアもそう理解していた。

「……だが、それは全てではないでしょう?」

嘘ではないが実際のところは違う。
『Z』を知った今となってはわかる。
研究所には『Z』と言う終わりを超えて、未来に人類を存続し発展させると言う明確な目的があった。

『そう。研究所は『Z』の回避のために立ち上げられた組織だ。
 言うまでもなく決して間違いの許されない研究だからね、慎重に慎重を重ねて研究をしていた』
「それでこの事態ですか……」
『言ってくれるな。君も研究者だったのなら新薬開発の危険性はわかるだろう?』

薬も使い方次第で毒になるのは常識である。
莫大なエネルギーを生む原子力だって扱い一つで、世界を滅ぼすような被害をもたらす事もあるだろう。
研究者であったスヴィアがそれを分からぬはずもない。
ましてや開発中の新薬ともなれば安全性は担保されていない。

『それに如何に万全を重ねても、悪意ある人為的な破壊工作に対処は難しい。言い訳と言われればそこまでだがね』
「…………人為的な……破壊」

と言葉を切り、通信越しにも聞こえるようにこれ見よがしにため息をつく。

『ああ、研究員の中には性急に事を運ぼうとする一派も居てね。
 その焦りが彼らを凶行に走らせたようだ。それがどのようなものであったかは語るまでもないだろうが。
 そう言った輩を生み出さないため情報は統制していたのだが、これを漏らした人間が居たようだ』
「……烏宿主任…………ですか?」
『ああ、今は副部長だがね』

最悪の推測に回答が与えられる。

「つまり……研究所の上層部はこの件に関与していないと?」
『誓って』

その誓いを頭から信じるほどおめでたくもないが、嘘と断ずる理由もない。
何よりスヴィアには錬の不審な動きについて心当たりがある。

136ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:15:52 ID:TA66qW7U0
数年後に世界が滅びるなどと言うあまりにも大きすぎる事実。
スヴィアだって、現実感がないから受け入れられているだけだ。
だが、その問題に現実感をもって向き合っている研究者はそうではない。
所長や副所長のような超越者が例外でまともでいられる人間の方がどうかしている。

「だとしても……あなたたちの管理責任がなかった訳じゃない」
『それはそうだ。まったくもって慚愧の念に堪えないよ。
 だが、責任と言う意味なら君はどうだ、スヴィア・リーデンベルグ?』

突然、返す刃のように追及の矛先が向けられる。

「……どういう意味でしょう」
『今回の件、烏宿の奴に担ぎ出された面子の中には君の友人もいたようだ、知らぬわけでもあるまい?』
「それは…………」

知っている。
この事件が起きる前から彼らがこの村に居る事を知っていた。

「随分と……お詳しいのですね……?」
『そうでもないさ。その勢力をきっちり把握していれば事前に止められたのかもしれないのだから。
 そうだな、これは私の想像でしかないが、君にもそのお声がかかったのではないか?』

声がかかったのはその通りだ。
だが、実際は詳しい話を聞く前に感情のまま突っぱねてしまった。

『ああ。誤解がないように言っておくと、別に君を疑っているわけではない。
 だが、止める機会はあったのではないか、と思ってね』

終里はそう言うが、実際はそんなことはないだろう。
錬たちはスヴィアの意見など聞かなかっただろうし、仮に聞いたところで端役でしかない錬を止めたところで何の影響もない。
スヴィアがどうしようと変わらず、この山折村でのテロは行われ、生物災害は村を侵す。
だが、スヴィア自身がどう考えているかはまた別の話だ。

あの時、ちゃんと話を聞いていれば、あるいは彼らを止められたかもしれない。
そんな責任感がスヴィアを動かす暗い情動となっている。

『脛に傷ある者同士、共に手を取って責任を取っていこうではないか。なぁスヴィアくん』

彼女に負うべき責任などどこにもない。
それを理解した上でスヴィアを巻き込むべく、この男は言っている。

この男と対峙するのであれば奥津のような強い精神を持たねばすぐさま飲み込まれる。
大波に飲み込まれぬようスヴィアは踏ん張るようにぐっと力を籠めた。

「責任を取る、と言いましたね。あなた達は私たちをどうするつもりなのですか?」
『どう、とは?』

問い返され、スヴィアは持っているカードを切り出す。

「田中花子と言う女性からも研究所に接触があったはずだ。
 ……そこで出た結論を聞かせてほしい。彼女の通信を受けたのは……」
『ワタシだネ』

ハイハイと、名乗りを上げたのは副所長である染木百之助だ。

「……どのような交渉がされたのですか?」
『そうだネェ。細かい話は置いておくとしテ、彼女の気にしてきたのは事態の解決後のキミらの身の安全だネ。
 それ以上の特殊部隊の介入を避ける代わりに、生存者の身柄は我々が保護する事になっタ。
 無論、キミらが受け入れればと言う話だがネ』

特殊部隊に口封じで殺されない代わりに、研究所からの保護と言う名の軟禁を受け入れる。
そういう落としどころになったようだ。
研究所に捕らわれ実験材料になるのだろうが、最悪の状況から考えればまだマシだろう。
生きてさえいればその先の光も見えてくる。

「ですが…………本当に特殊部隊を止められるのですか?」

重要なのはそこだ。
研究所に、特殊部隊を止める権限があるのか。
すぐ横で天がそば耳を立てている状況でこの言葉を発するには勇気がいるが、意を決して言葉にする。

137ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:19:20 ID:TA66qW7U0
「はっきり聞きます。特殊部隊の動きは研究所の意向に反するものだったのはないですか……?」

ふむ。と感心したように終里が呟く。
天の気配がざわつくのを感じる。

『何故そう思ったのか、理由を聞こう』
「…………48時間と言うルール。これはデータを回収するためのルールだ。
 このルールがある以上……あなた達は出来る限り引き事態を伸ばしたかったはずだ。
 早期解決を図る特殊部隊の動きとは異なる」

最終的に事態の収束を目指すと言う一点は同じでも。
出来る限り自体を引き延ばしたい研究所の意向と、早期解決を目指す特殊部隊の意向は異なる。

『なるほど。その通りだ。彼らの動きはこちらの意図したものではない』
「…………随分と、あっさり認めるのですね」
『そこまで察しのついている相手に誤魔化した所で仕方あるまい』

上層部同士の意識の祖語はつけ入る隙になりかねない。
にもかかわらず研究所の長は特殊部隊との不和を認める。
その横では特殊部隊の長が聞いているだろうに。

そう、既に特殊部隊の隊長が研究所を訪れているのだ。
直接膝を突き合わせている以上は何らかの擦り合わせが行われているはずだ。
特殊部隊の独断専行に対する追及は既に終わっている可能性は高い。

『だが、それも先ほどまでの話だ。ここにいる彼ら(SSOG)と話はついている』

その予測を裏付けるように、終里が言う。
横でその報告を聞く天も真珠からその可能性は聞いていたため驚きはしなかった。
スヴィアとしては付け入る隙がなくなったことになるが、特殊部隊が研究所と一枚岩になったと言うのならそれはそれで都合がいいこともある。

「では、今すぐに特殊部隊を引かせてください」
『それは無理だ。わかるだろう? VHは解決せねばならない。A感染者を始末するには彼らの力は有用だろう』

A感染者つまり女王の始末。
結局の所、当初より設定されたその条件に帰結する。
女王の暗殺のために送り込まれた特殊部隊。ここまで来たら彼らを引かせる理由がない。
だが、それについてはスヴィアも意見がある。

「……女王の件に関してだが、提案がある。
 と言うより……第一人者であるあなた達に尋ねたい」

そう切り出しスヴィアは自らの考えた解決策の説明を始めた。
ウイルスの動きを否定して異能を無効かする天原創の異能。
この効果を利用すれば、生きたままウイルスの影響を排することができるのではないか?

「…………これが私の考えた解決策だ。この方法は実現可能だと思いますか?」

所長と言うよりは、通信の先にいる2名の研究者に問う。
考え込むような息遣いが通信越しに感じられた。

『確かに、仮死状態にすればウイルスの影響はなくなるのではないか、と言う仮定はありました。
 ですが、そのためには脳の機能を完全に停止する必要があり後遺症は免れないという予測でした』
『ソウだネェ。麻酔なんかでも完全に脳機能が停止する訳ではナイ。修道士が用意する都合のイイ仮死薬など現実には存在しナイからネェ。
 生きながらにしてウイルスだけの機能を止める、都合のいい方法などナイと思っていたのダガ』

研究者の思いつく常識的な方法では不可能だった。
可能とするのは常識から外れた異常な方法でなければならない。

『イヤ、異能を使うという発想は面白い、現地に居たからコソの発想だネェ』

何が出るかがわからないカオスは数値を入れようがない。
そもそも個人に依存する属人化した方法など研究者からすれば問題外だ。
だが、この場、この一度を解決する方法としてはこれ以上ない方法である。

『ダガ、女王の特定はどうするのダネ? まさか手当たり次第にやるつもりカイ?』

当然の疑問だ。
だが、スヴィアには心当たりがあった。
変質した日野珠。スヴィアはその心当たりを話すべきか迷う。

花子が既に落とし所を決めていてくれたおかげで、交渉はスムーズにいった。
スヴィアの提案した方法が可能であることは研究を主導する開発者たちのお墨付きを得た。
研究所と特殊部隊の関係も見直された、この方法が共有されれば特殊部隊も強硬策には出ないだろう。
終息後の安全が約束されているのなら、これ以上の犠牲を出すことなく平和的に解決できる。

だが、それは事件解決のために彼女を差し出すことになる。
それは正しい事なのか?

スヴィアはどうすべきか思考を巡らせ迷宮に陥る。
だが、その逡巡の間にスヴィアより先に横に居た防護服の男、天が口を開いた。

「それであれば私に心当たりがあります。
 女王は――――日野珠ではないか、そう考えています」

その告発に、スヴィアの心臓が跳ねる。

138ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:22:02 ID:TA66qW7U0
「そうでしょう? スヴィア博士」

すぐさまその矛先をスヴィアに向ける。
それは同意を求めるようで、スヴィアが分かっていることをわかっているぞと言う牽制であった。

『ふむゥ。根拠を聞こうカ』
「私の方には確証があるわけではありません、ただの推測です。
 ですが、彼女にはこちらの把握と全く別の異能が覚醒していたとの報告があります」
『別の異能ネェ。女王の特性とも言えナイし、確かとは言えないナァ』

がっかりとした様子で老研究者は声を落とす。
複数の異能に関しては他にも事例がある事は報告に挙げられている。
根拠であるとは言い難い。

『スヴィアくんの方はどうダイ? その日野珠という少女が女王である心当たりハあるカナ?』

当然、話題はスヴィアに振られる。
突っぱねることもできただろうが、それが逡巡していた最後の後押しになった。
こうなっては答えるしかない。

「…………ええ。ウイルスを観る異能者がそう認めたのを聞きました」
『ナルホド。異能カァ』

やや呆れたような研究者の呟き。
元は終里の子たる与田四郎の異能だ。
それを取り込んだ独眼熊がこれを認めた。

『それで、君の目から見た日野と言う娘はどうだったのだ? 何か君の目にもわかるような変化はったのかな?』

研究者ではない所長が本質を問う。

「確かに日野くんの様子はいろいろとおかしかったですが…………。
 印象に残ったのはあの瞳…………黄金に輝いていた事ですか」

珠の様子は明らかにおかしかったが。
その中でも何より印象に焼き付いたのは、あの黄金の瞳だ。
内部ではなく、明確な外見の変化はあれくらいだった。

『…………ナンだっテ?』

その言葉を聞いた染木が、これまでの掴みどころのない飄々とした様子から一転した。
通信先の緊張感が伝わるような不自然な間の後、ただ一言、シリアスな口調で呟く。


『――――――早過ぎル』


「…………それは、どういう意味でしょう?」

スヴィアの疑問には答えず、通信中であることも忘れ、研究者たちは夢中の様子で議論を始めた。

『BならともかくZに至るにはあまりにも早いナァ』
『やはり……何か異能の絡みでしょうか?』
『だろうネェ。ワレワレの把握していない何らかの数値が掛けられたのダロウ』
『やはり、無視をするには影響が大きすぎるのでは?』
『カと言って計算に組み込むには不確定な要素ダ』
『今回の件で僅かですがサンプリングはできました。発現する異能の傾向やカテゴライズは可能かと』

誰にどういう異能が覚醒するかは個人の資質に依るものだ。
不確定な要素として計算に入れてこなかった。と言うより計算に入れようがなかった。

だが、スヴィアが解決策として提示した方法も、女王の特定も異能によるものである。
科学を超えた結果を残しているとなれば、無視をするには影響が大きすぎるだろう。
それが分かっただけでもこの事件はシミュレートとして有用だったと言える。

「失礼……議論は、後回しにして説明願えますでしょうか?」
『オット、すまないネ。悪い癖だヨ』

このままだと延々と続けそうな2人にスヴィアが口を挟む。
説明自体も好きなのか、染木は気分を害した様子もなく説明を始める。

『時間経過と共にウイルスは人体に定着を始めル。コレは知っているネ?
 定着したHEウイルスは変質を行い、CウイルスはBウイスルに、女王たるAウイルスはZウイルスへとその性質を変化させるんだガ。
 CからBへの変質は比較的容易でアリ、単独繁殖外の性質的な違いもない。ダガ――Zは違う。
 発症すれば外見的な変化が現れる。それが――――』
「――――黄金の、瞳」

女王たる珠に生じた変化の理由。

「ですが…………定着するのは48時間後の話でしょう? まだ24時間も経過していない」
『ソウだね。だが、事実としてそうなっている』

感情値によって定着の速度は前後する。
それを考慮しても24時間以内にZに至るのはあまりにも早い。
だからこその、早すぎると言う呟きか。

139ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:26:21 ID:TA66qW7U0
『原因は、おそらく誰かの異能でしょう。現状ではそれだけしかわかりませんが』

淡々とした様子で女研究員がそうまとめる。
異能と言う原因追及すらも難しい不確定要素。
現状でこれ以上追求の仕様がないだろう。

「ウイルスがZになるとどうなるのです……?」
『ソレはコチラが聞きたいねぇ。女王はどんな様子だったカナ?』

問い返され、スヴィアは去り際の珠の様子を思い返す。

「…………言動に変化が見られたように思います。それに……」
『ソレに?』

スヴィアが発言を躊躇うように息を飲んだ。
彼女が気にかけているのは死者を救うような珠の発言だ。
この疑問を確認せねばならない。

「……博士は、死者の蘇生は可能だと思いますか?」
『面白い質問だネェ』

本当にそう思っているような楽しげな声。
観測不能であると思われたZの出現に老研究者はいつになく上機嫌だ。

『ソレは蘇生の定義によるネ。『完全なる死者蘇生』は不可能だと私は考えているガ』

妙な言い回しだ。
スヴィアは詳細を問う。

「完全なる死者蘇生の定義とは、どのような物でしょう…………?」
『器とナル『肉体』。『精神』つまりは記憶ダネ。そして存在を定義する『魂』、科学的には証明されていないがココではアルと仮定しよう。
 人間はコノ3つの要素で構成されてイル。
 蘇生とはこのイズれかを復元する行為でアリ、コノ全てを復元する事は不可能でアル、というのが私の持論ダネ』
「では……全てでなければ復元可能だと……?」

染木の言葉に従うならば、逆説的にそう言う事になる。

『ソウだネェ。復元と言うより代替ダネ。ソレでアレば死亡した人間の体を再び動かすだけであれば可能ダロウ。
 旧日本軍では死体に別の精神体を入れ込むことにより死者蘇生を実現しようとしてイタ』
「別の精神体…………」

別の精神と魂を埋め込み肉体のみを復活させる。限定的な死者蘇生。
これは旧日本軍が戦力的な補充を目的としていたため用いられた方法だ。
これにより異世界の魔王を呼び込むことになったのだが、それはまた別の話である。
死体に別の意識や魂を埋め込めば、それは死者蘇生と言えるのか?

「…………ウイルスに意思はあるのでしょうか?」
『ふムゥ。どういう意味かね……?』

スヴィアの疑問にウイルスの専門家が興味深そうに食いついた。

「…………日野くんの言動の変化は、彼女が変わったというより別人のようでした。
 おかしなことを言うようですけが……印象でしかないのにそれを見た私女王であると言う確証があった。
 それこそ…………女王という何かに意識を乗っ取られたような様にすら感じられた」

あの村ではそういった事象がいくつか見受けられる。
寄生生物のようなナニカが存在し居ているのだろう。
それは村の歴史を調査した時点で研究所も把握していた。
だが、その対象が目覚めた女王であると言うのなら話は違ってくる。

『ウイルスの様な微生物に意識は存在しナイ。脳や神経系を持たない単純生物だからネ。あるのは外部刺激に対する反応だけサ。
 意識がアルように見たのならソレは…………ンン? 意識………………イヤ、ダとするとあるいハ……そうカ、ソレなら計算も…………ッ!』

何かに気づいたのか、ぶつぶつと老人がうわごとのように呟き始める。
そして、掠れた老人の声が徐々に弾むように生気を帯びていった。

『確かに、ウイルスに感染した検体には行動や意識の変質は認められタ。
 だが、それはウイルスによって検体の脳構造が変化した影響によるものだと考えられていタ。
 乗っ取られたように人格そのものが変わるような変化は本来ではありえナイ。
 ナラば! それが発生したと言うのならばそれは何の意識カ? 
 ソウ考えれば答えも見えてくるジャないカ…………!?』

老人が嘗てないほどのテンションでまくしたてた。
全員がその熱量についていけないが、老人はそんなことはまるで構っていない。
空白だった値が代入され、答えが見えてくる。

『――――――[HEウイルス]には『精神(いしき)』がある』

HEウイルスは終里元という不老不死の怪物から精製されたウイルスである。
研究所が着目し利用していたのは細菌の感染力と、現実を塗り替える魔法の力だ。
だが、一点。研究者たちが見落としていた要素がある。

終里元を形成するのは『細菌』と『魔法』、そして元となった『人間』と言う3要素だ。
その要素が全て引き継がれているとするならば、HEウイルスには人間としての『精神』がある。
そしてあるいは――――『魂』、その素となる要素が含まれているかもしれない。
女王に発現した意識がウイルスの意識だったとするならば。

140ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:28:08 ID:TA66qW7U0
『ソウ考えればこれまで分からなかった適合条件も見えてクル!
 逆だったんだヨ! 被験者側の体質ではナク、ウイルス側の問題だと考えればドウダ!?』

唾を飛ばす勢いで捲し立てる。
マウス実験では同一のDNA情報を持つ一卵性双生児であっても、同一の結果になるとは限らなかった。
下手をすれば同一人物であったとしても、確実性はない可能性すらあった。
それ故に適合条件の特定に難航していたのだが、ウイルスが意志を持っているのなら全てはひっくり返る。

ウイルスが自らの意思をもって適合するかを選んでいるのだとしたら。
生物的な反射ではなく、人間的な判断であれば、気まぐれも起きよう。
そう考えれば、終里の子を贔屓するのは必然だろう。自身の兄弟なのだから。
ならば、研究のアプローチは根本から変わってくる。

『アリガトウ! スヴィアくぅん! この情報のお陰で、研究が5年は進んだヨ…………ッ!』

老研究者は興奮を抑えきれない様子で喜々として叫んだ。
研究者からすれば待望の新発見である。
こんな所はほっぽり出して研究室に駆け込みたい気分である。

『―――だが、こうなると話は変わってくるな』

そこに、舞い上がる老人とは対照的な重々しい声が刃のように差し込まれた。
所長である終里だ。
彼は待望の成果に沸き立つでもなく、冷静に話の流れを読んで要点を指す。
その言葉に冷や水を差し込まれたのか、興奮していた老研究者もいくらか落ち着きを取り戻したようだ。

『ン? アア、確かにそうなるネェ』
『そのようですね』

終里の言葉に研究者2人は納得を示した。
だが、それが何を指しているのか、特殊部隊の2人は元より、スヴィアも分っていない。

「変わったとは、どういう意味ですか……?」
『先ほどのスヴィアさんの提示された解決策が、使えなくなった、という事です』
「なっ。何故だい…………!?」

長谷川の言葉に困惑するスヴィア。
その疑問に落ち着き払った様子の研究所の長が答える。

『君の発見は素晴らしかった、天才的な着眼点だ。だが、しかし、前提が変わった』
「前提…………?」
『そう、つまりは女王にウイルスが定着した。こうなったら除去は不可能だ。殺すしかない』
「なっ…………!?」

スヴィアの報告で得た希望が、スヴィアの報告により絶望に反転する。

「それでも……何か別の方法が…………ッ!」

指先からこぼれる希望に縋りつくようにスヴィアが言う。
研究者たちが異能を計算に入れられていなかったように、思いもよらぬ解決策があるかもしれない。

『それは難しいかと思います。定着したHEウイルスは脳のみならず神経にも、排除すれば生命活動を維持できなくなります』
「…………つまり、殺してウイルスを除去するのではなく。
 そもそも定着したウイルスを除去すれば死ぬ…………という事なのか?」
『その通りです』

除去できないのではなく。
そもそも除去する行為が死につながる。
それが事実なら絶望的だ。

『まあ標的が明確になったのならば、仕事も容易かろう。
 勿論、スヴィアくんもご協力いただけるだろう?』

殺害すべき女王(ひょうてき)は明確になった。
もう特殊部隊による無差別な虐殺は起きないだろう。
後は彼女を殺せば最小の犠牲で全てが解決する。

これ以上ない最適解。
研究者としては受け入れるのが正しいのだろう。
だが、

「――――協力はできない。
 今の私は研究者ではなくこの村の教師だ。生徒を切り捨てる様な提案には乗れない」

叩きつけるようにはっきりと告げる。
珠を犠牲するような提案に乗る訳にはいかない。

『交渉決裂、という事でいいのかな?』
「ああ。私は必ず別の解決策を見つけ出して見せる。私は私のハッピーエンドを目指す」

他の誰でもないスヴィアの目指すハッピーエンドだ。
もうすでに手遅れだったとしても、目指すことだけは諦めたくない。
通信の先で口をゆがめて笑ったような気配がした。

141ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:29:21 ID:TA66qW7U0
『ならば、好きにするといい。我々も好きにするまでだ』

訣別ともとれる言葉。
その声は楽し気ですらあるというのに、聞くだけで怖気がするような圧力があった。
だが、もう吐いた唾は呑めない。

『我々からは以上だ。特殊部隊(そちら)は何かあるかな?』
『エェ……マダマダ聞きたい事があるんだけどナァ……』

老人の抗議を無視して隣の特殊部隊の隊長へと問う。
通信を変わった奥津が部下へと声をかけた。

『forget-me-not。苦労を掛けるな』
「いえ」
『厳しい任務だと思うが、任務完了後には鳩山を南口に迎えによこす、それまで堪えてくれ』
「はっ、お心遣いありがとうございます」

現場で激務をこなす部下に上官からの労いの言葉が掛けられ、通信が終わる。
通信機からの声が消え、その場には静寂と共に天とスヴィアが取り残された。
2人の間にはピリピリと張り詰めた空気が漂っていた。

「スヴィア博士」
「…………なんだい?」

気軽な様子で声を掛け合いながら。
ジリと、互いにポジションを変えながら互いに向きあう。

「協力を断るという意味を理解していないわけではないでしょう?
 あれだけ内情を知ったあなたを生かしておくとでも?」

言って天が手にした銃のスライドを引く。
先ほどの通信はいわば上層部との密談である。
協力関係を断った以上、あれだけ機密を知った相手を生かしてはおくわけがない。
研究所と特殊部隊が一枚岩になった以上、当然こういう展開も予想していた。

「ああ、それくらいわかっているさ…………けれど」

コンディションは最悪。相手は強大。
それでも、と決意を力にするようにぐっと足に力を籠める。

「私はまだ死ぬわけにはいかないんだ!!」
「なっ…………!?」

スヴィアが地面を蹴った。
全身を投げ出すような決死のタックルを放った。
余りにも意外な行動に意表を突かれたのか、天は避ける事も出来ず、そのタックルの直撃を喰らう。
だが、軽量級のスヴィアのタックルなど、直撃を受けたところで精々一歩引かせる程度の効果しかないだろう。

しかし、その一歩が致命傷になることもある。
天は咄嗟にバランスを整えるべく地面を踏みしめようとするが、運悪く、そこには丸く刳り貫かれたような穴があった。
それは地下研究所における緊急脱出口である。

その傍らに立っていた天は足を踏み外して、そのまま穴底へ落下していった。
それを確認して、スヴィアはボロボロの体を押して駆け出す。

天とて精鋭たる特殊部隊だ、これで死ぬほど軟ではないだろう。
すぐに穴底から這いあがって追ってくるはずだ。
スヴィアはそれから逃げ切り、事実を伝えねばならない。
生き残った仲間たちへ。

【E-1・E-2の中間/草原/一日目・夜】

【スヴィア・リーデンベルグ】
[状態]:重症(処置中)、背中に切り傷(処置済み)、右肩に銃痕による貫通傷(処置済み)、眩暈、日野珠に対する安堵(大)及び違和感(中)
[道具]:研究所IDパス(L1)、[HE-028]のレポート
[方針]
基本.VHを何としても止めたい。
1.天から逃げて生存者と合流する
2.珠を女王から解き放つ新しい解決策を見出す
[備考]
※黒幕についての発言は真実であるとは限りません
※日野珠が女王であることを知りました。
※女王の異能が最終的に死者を蘇らせるものと推測しています。真実であるとは限りません。
※『Z計画』の内容を把握しました。死者蘇生の力を使わなければ計画は実行不能と考えています。
※1800時点の生存者を把握しました

142ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:30:21 ID:TA66qW7U0



防護服に身を包んだ天の体が深い穴底を落下する。
天は落下しながら足裏で壁をこすり、片手を梯子にぶつけながら減速すると、身を捻って余裕をもって両足で着地した。
腐っても精鋭。不意を突かれたのならともかく、心身共に準備ができていれば天でもこの程度は容易い事である。

着地した天は何事もなかったように手にしていた通信機を防護服に接続すると、通信を内部のイヤホンスピーカーに切り替える。
地下で行われるイヤホン越しの会話はスヴィアの異能であろうとも聞き取れまい。

「内部通信に切り替えました。先ほどの指令、完了しました」
『よくやってくれた。forget-me-not』

天の報告を奥津が労う。
天に与えられた任務。それは通信の最後に奥津から与えられた言葉である。

『鳩山』を『南口』に迎えによこす。
飲食店が害虫を太郎と呼ぶように、特殊部隊にも他者から聞かれても分らぬように言葉を置き換える符丁が存在する。
SSOGにおいて『鳩』とは人質、そして『南』は逃亡、退避を意味する暗号符丁だ。

つまり、あれは『人質を逃がせ』という暗号指令である。
その指令を、天は理由を尋ねることなく忠実に実行した。

本当に殺すつもりなら黙って撃てばいいだけの話である。
わざわざ標的に警告してから撃つような甘い男はもういない。
あえて穴の近くに立ち位置を調整して、これ見よがしにスライドを引いたのは隙を見せるためだ。
そうでなければ、満身創痍のスヴィアのタックルなど喰らわないし、喰らったところでビクともしなかっただろう。

『では改めて、これから先の任務を伝える』

通信が司令部へと繋がれ副長である真田も通信に交えられる。
隊長の口から、真の任務が伝えられた。



143ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:31:42 ID:TA66qW7U0
「つまり、スヴィア博士は告発役と言う事でしょうか?」

研究所へと続く地下深く、非常出口の奥底。
奥津、真田、天。それぞれが別所に居る特殊部隊の3名は通信越しのブリーフィングを行っていた。

『聞く限り、告発者がスヴィア博士本人である必要はないでしょう。
 彼女が生き残りと合流を果たして見聞きした情報を伝えさえすれば、生き残りは誰でもいい』
『そうだな。彼女は少し聡すぎる。もっと感情的で、拡散力のある人間に伝わるのが理想的だな』

Zの裏付け、研究所の潔白、テロの首謀者、特殊部隊の独断専行。
先ほどの通信で与えるべき餌(じょうほう)は与えた。
後は魚をうまく泳がせればいい。

だが、スヴィアは要らぬ意図まで察しかねない。
彼女が生き残りと合流して、今しがた知った情報を拡散してくれるのが理想的な展開だ。
独断専行を告発されればSSOGは泥をかぶる事になるだろうが、その為の公の記録に存在しない秘密部隊である。

『forget-me-not。お前には、引き続き女王の暗殺と自然な形で情報が漏洩するよう誘導と調整を行ってほしい。
 その過程で汚れ役を担ってもらう事になるだろうが』
「お気になさらず。元よりその覚悟です」

真実をぶちまけてやるという悪感情を抱かせる必要がある。
その為にどうすべきかは天に一任された。

『ドローンの装備換えも完了しました。これ以降は村の様子もリアルタイムで共有できます』

司令部の真田が報告する。
電波の受信口が開けられた事によって、ドローンの映像もリアルタイムで監視が可能となった。
飛ばせるドローンの数には限りがあるため、常時村の全域をカバーできる訳ではないが十分すぎる成果である。

「通信機のバッテリーはどの程度持つのでしょうか?」
『通信を繋ぎっぱなしでも24時間以上は持ちます。本作戦の終了までは問題ないかと。
 通信機には小型のカメラも搭載されていますので、そちらの映像もリアルタイムで確認できます』

過去や未来を見通すような真似はできないが、現在という一点において天は全てを見通す千里眼を得たに等しい。
魔法や異能でもなく科学と組織の力によって。

『一言いいかな?』

いざ、作戦開始と行こうとした所で、奥津の背後から声がかかった。

『なんでしょう? 終里所長』
『プロの話し合いに口を挟むのもなんだと思っていたのだが、一言激励がしたくてね。勿忘草くん』
「…………私ですか?」

終里が呼びかけたのは現地で働く天に向けてだった。

『ああ、女王とやらが意志を持った俺の子だというのなら、何をするつもりなのか凡その意図は読める。
 恐らく、彼の地において君が天敵たりうるだろう、勿忘草くん』
『アト、女王暗殺が為ったのなら死体でもいいから、持ち帰ってくれないかナァ……!?』
「は、はぁ。了解しました」

そのまた背後から便乗した要求が追加される。
天は戸惑いながらも了承を返した。

「では、作戦行動を開始します」

万全の支援を受け。
事件の終わりに向けて、最後の特殊部隊は行動を開始した。

【E-1/地下研究所緊急脱出口地下底/一日目・夜】

【乃木平 天】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神疲労(大)
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、ポケットピストル(種類不明)、着火機具、研究所IDパス(L3)、謎のカードキー、村民名簿入り白ロム、ほかにもあるかも?、大田原の爆破スイッチ、長谷川真琴の論文×2、ハヤブサⅢの通信機、司令部からの通信機
[方針]
基本.仕事自体は真面目に。ただ必要ないゾンビの始末はできる範囲で避ける。
1.判明した女王(日野珠)を殺害する。
2.『Z計画』が住民の手によって漏洩するよう誘導する。
3.大田原を従えて任務を遂行する。
4.犠牲者たちの名は忘れない。
5.可能であれば女王の死体を持ち帰る。
[備考]
※ゾンビが強い音に反応することを認識しています。
※診療所や各商店、浅野雑貨店から何か持ち出したかもしれません。
※ポケットピストルの種類は後続の書き手にお任せします
※村民名簿には午前までの生死と、カメラ経由で判断可能な異能が記載されています。
※司令部が把握する村の全体状況がリアルタイムで共有されるようになりました

144ミーティング『Z』 ◆H3bky6/SCY:2024/05/07(火) 22:31:56 ID:TA66qW7U0
投下終了です

145 ◆m6cv8cymIY:2024/05/12(日) 18:45:55 ID:1hyUfZAc0
無予約で投下します

146机上の最適解 ◆m6cv8cymIY:2024/05/12(日) 18:49:51 ID:1hyUfZAc0
「では、作戦行動を開始します」
司令部にそう宣言し、天はまず司令部からの情報更新に取り掛かった。

科学の粋を集めた防護服には、外部デバイスを接続可能だ。
通信機のボタン一つで司令部を通したドローンの画面を視界に共有できる。
また、この通信機はテザリングの親機として用いることも可能だ。
所持している白ロムを司令部と通信機を介して接続することで、村人の異能情報をアップデートすることもできる。
もし異能の情報が更新されたのであれば、それを確認しておくべきだろうとの考えであったが……。

(……魔王の力に村の呪い!?)
山折 圭介と神楽 春姫に追記されていた内容に、自分の目を疑わざるを得なかった。
司令部として確認を取っている以上、真実として扱うしかないのだが。
その能力は多岐にわたるが、一つだけ確実に言えることがある。
今後、村人から何が飛び出すのかは分からないということだ。


気持ちを切り替えて、正常感染者の動向を確認する。
研究所の秘密出入口から去っていくスヴィア・リーデンベルグの姿を、ドローンは確かに捉えた。
今すぐ追跡する予定はないが、他の感染者に遭う前にゾンビの集団に突っ込めば不都合であるため、一応気を回す必要はあるだろう。

(山折 圭介と神楽 春姫は作戦行動区域E-3からF-3へと移動中ですか。
 ほかの正常感染者に関しては、所在位置不明……?
 これは一体……?)
正常感染者の動向を確認しようとしたところ、行方の分かる人間が三人しかいない。
大田原源一郎すら、神隠しに遭ったようにあらゆる画面から消え失せていた。


「司令部。応答願います。
 現在、ドローンにおいて山折 圭介と神楽 春姫、スヴィア・リーデンベルグを除く反応が存在しません。
 私へ画面共有を開始した19:40。
 それまでの期間に、村人たちの痕跡がドローンの映像アーカイブに残っていませんか?」
通信機を受け取ってから最初の通信で天原 創の位置を確認したが、当時の情報にはタイムラグが存在している。
リアルタイムで情報を受信した今現在までの間に、何か動きがあったはずだ。

『司令部応答します。
 マイクロバスにて、F-3からE-3へと移動していた、天原 創、哀野 雪菜、犬山 うさぎ、八柳 哉太、天宝寺 アニカ、虎尾 茶子、宵川 燐の七人。
 正常感染者に撃退され、E-2に移動していたMr.Oakと、彼に接触した女王感染者日野 珠。
 この九人は19:00過ぎ、いずれも同時刻に、反応が消失しました』
「消失、ですか? 見失った、ではなく、追うことができなかった、と?」
『正常感染者たちの乗車していたマイクロバスはE-3に放置。
 乗客のみが消失している状況を確認しています。
 異能により、走行中に強引に転移したものだと推測されます。
 念のため、哨戒の範囲を規定より拡大しています』

人間の消失。そのようなことが可能な異能も存在することは確認済みだ。
すでに命こそ落としているが、村人の一人、宇野 和義の異能が人間を神隠しのように消し去る異能であると確認が取れている。
ただし、走行中のバスから消えたとなれば、やはり真田の言うようにテレポートの類が最も可能性が高いだろう。

『それから消失の直前、Mr.Oakは女王に跪くような行為を見せていたことも判明しています。
 十分な警戒を推奨します』
「了解しました。forget-me-not、引き続き作戦行動を継続します。
 ところで、二点ほど司令部に要請が……。
 こちらの人物の動向を……。
 それから、例の物資は……。
 ……了解しました。ありがとうございます」

147机上の最適解 ◆m6cv8cymIY:2024/05/12(日) 18:55:22 ID:1hyUfZAc0
天は司令部との通信を一時的にスリープし、思考を整理する。
飛行といい、転移といい、どうやら村内ではSSOGの包囲網を食い破りかねない無法な異能が跋扈しているらしい。
今となっては異能が一人に一種という前提もだいぶ崩れてきたが、それでも集団テレポートが可能な異能をマイクロバスの七人が持っているとは考えづらい。
仮にそれほど強力な異能を持っていたのなら、既に使っていて然るべきだ。
大田原のように取り返しのつかないリスクを内包していた可能性もあるが、ならば敵に遭遇したでもない状況で利用するのも不自然である。

故に術者はスヴィア・リーデンベルグを含む八人ではなく、離れた場所にいる別の人物の仕業だろう。
共に消えた女王感染者の日野 珠か、別の場所にいる山折 圭介・神楽 春姫のどちらかか。
言い換えるなら、女王ウイルスの力か、魔王の力か、村の呪いか。
スペックや印象だけで論ずるならば、いずれも可能性はありそうだ。
ただ、圭介と春姫が同行している状況からして、後者の二人が原因である可能性は幾分低く思える。
神隠しを起こした最有力候補は女王ととらえるべきであろう。


さて、天に与えられた任務は多々あるが、それでも最優先事項は女王の排除となる。
ただし、痕跡の消えた標的を当てもなく探すのは、考えるまでもなく時間の無駄だ。

女王が消えた場所へと直接向かう手もあるが……。
「山折 圭介と神楽 春姫。まずは彼らに接触することにしましょうか」

消去法にはなるが、所在地の確認できる二人と接触することを天は選んだ。
何より、彼らは任務達成において実に都合がいい。
それは誰を告発役とするかという命題に関わることだ。


告発役としてふさわしいのは、一定の影響力を持ち、なおかつ聡すぎない人間である。

生存している村人のうち、研究所のエージェントであるMs.Darjeelingに、おそらくどこかの組織に属し訓練を受けていると思われる天原 創。
彼女らは裏の世界を知っていると思われる。
そして一世を風靡する天才探偵、天宝寺 アニカに至っては、裏の意図を探り当ててきかねない。
彼女らは告発役にはいたって不適格であろう。

宵川 燐はメディア受けこそいいだろう。
ただし、感情的に喚くならばともかく、告発というロジカルな行為が可能なのかといえば疑問符がつく。
そして汚く老獪な大人が無垢な子供を神輿にして裏から操り、要求を通そうとするのはどの国家においても王道の政治活動である。
古くは摂政政治、近年でも若きフレッシュな活動家集団を老舗政党がバックアップしていたなどの話は枚挙に暇がない。
もちろんほかの人間でも多かれ少なかれ裏を探られるのだろうが、探られて痛い腹があることをわざわざアピールするのは悪手であろう。
何より、リンの人となりを天は知らない。故に彼女も比較的に不適格である。


ならば、その他の村の少年少女。あるいは哀野 雪菜ということになるが……。

ここで一つ、天は思考の転換をおこなった。
必ずしも正常感染者が表に立って告発をおこなう必要はないのだ。
たとえば、ゾンビから戻った村人が生き残った正常感染者から仔細を聞き、義憤に駆られて告発をおこなう形でも何ら問題はない。
その点、重鎮の血縁である山折 圭介と神楽 春姫は条件として実に理想的なのだ。

大田原や成田、美羽と違い、天は作戦前に村の主要人物の特徴程度は頭に入れている。
それは情というより、実力不足を少しでも情報で補うための下準備であった。
その過程で山折村の村長は山折 厳一郎であることと、村の重鎮に神楽 総一郎という弁護士が名を連ねていることは確認している。
ならば、家族からの必死の訴えを受けて、村長と弁護士が手を組むことは十分に考えられる未来だろう。
そして村長自体が被害者であり、なおかつ加害者側であるという微妙な立場だ。
今回の件がテロリストによるどうしようもない事故であるという事実は、山折家の立場としては見過ごしきれない事実であろう。


天から司令部へ要請した一つ目。それは彼らの父親たる村の重鎮、山折 厳一郎と神楽 総一郎の行方の調査だ。
司令部から返ってきた情報によれば、二人はゾンビとなったものの、公民館で生存の確認が取れている。
異能によって監禁がおこなわれ、ゾンビの身では侵入も脱出も絶望的であるとのことだ。
ガソリンをぶちまけられて公民館ごと燃やされでもしない限り、VH終了まで彼らは生き延びるだろう。

確かな権力を通した行政からのアプローチと、法に則ったアプローチの二段構えは実に理想的な組み合わせだ。
故に彼ら一家こそ、告発メンバーの第一候補である。
できればスヴィアの口から『真実』を伝えてほしいし、そのためにスヴィアと接触できるように誘導したいのは確かだ。
だが、もしうまくいかないようならば直接話をする手もあるだろう。
そこは実際に接触してからの話となろう。

148机上の最適解 ◆m6cv8cymIY:2024/05/12(日) 19:00:46 ID:1hyUfZAc0
考えをまとめながら梯子を上りきり、
地上へと舞い戻った天の目の前に再び、星の輝く夜空から黒いドローンが慎重に舞い降りてくる。

運ばれてきたそれは最新規格の携帯可能な破壊兵器であった。
儀礼で使われる武器とは違い、装飾などは一切かなぐり捨てた、素朴で武骨なレアメタル合金の大筒。
製造資金の一切を破壊力と耐久性、ユーザビリティなどといった機能美に割り振ったそれは、
たった一発の弾頭を発射するために作られたぜいたくな使い捨て品だ。
仮に、この製造資金を慈善団体にでも寄付すれば、それだけで5桁人の貧しい子供たちに一カ月食事を提供できるだろう。
大筒から撃ち出される巨大な弾頭はたとえダマスカス鋼の刃物であっても傷一つ付けられないものの、
着弾すれば村人全員の警戒心をMAXレベルに高めるであろう、今作戦には極めて不向きなものである。
まさに無駄撃ち厳禁の超高級品。
司令部への二つ目の要請は、SSOGならば誰もが可能な、物資支援の要請である。
天は圧倒的に足りない殺傷力を補うために、この兵器を要請した。


過去、確かな記録として、実戦にて使用された例はたった一例。
この兵器を開発した研究所を有するアメリカの某都市。そこにおいて起きたバイオハザード、その一件のみ。
ビリー・T・エルグラントという男がこの兵器を使い、突然変異の強大な生物兵器を一撃で葬ったという記録がCIAにあげられているようだ。

この兵器は使い捨てでありながら、現地活動隊員全員に配れるほどの数はSSOGですら保有していない。
当然、初期装備としては候補にも挙がらなかったが、この局面で天はこれを要請した。
大田原が最後に目撃されたその場面が決断の最後の後押しとなった。
それは、彼が何らかの手段で、彼が女王の手駒とされてしまった可能性を考慮しなければならないということである。
最悪の事態を考慮し、必殺の一撃を投入すべき局面であると天は判断したのだ。

人間相手に撃ち出すにはあまりにオーバースペック、あまりに役不足。相応しい相手がいるとなれば、それこそ魔王であった。
というより、魔王の出現を確認したことで、投入計画が一度俎上に乗ったために迅速な配達が為されたのだ。
陸上生物最大であるアフリカゾウをも一撃で屠るそれは、今の大田原 源一郎に対しても十分に通用するだろう。


この兵器はSSOGと同じく、公には存在しない兵器だ。故に名前はなく、内部構造等も一切公開されていない。
そして、仮にハヤブサⅢに鹵獲されても、分解すら困難な代物である。
この公に存在しない兵器を、SSOG内部では、その形状から『ロケットランチャー』と呼んでいる。


時刻は19時59分、間もなく戌三つ時をまわり、ダンジョンから女王と共に各村民が各地に開放される。
近くドローンによって、その姿は再び捉えられるだろう。
その未来をまだ知らない天は、このバイオハザードにおける最強の兵器を携え、自身の考えるベストに向かって夜闇を進んでいく。


【E-1/地下研究所緊急脱出口地下前/一日目・夜 19時59分】

【乃木平 天】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神疲労(小)
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、ポケットピストル(種類不明)、着火機具、研究所IDパス(L3)、謎のカードキー、村民名簿入り白ロム、ほかにもあるかも?、大田原の爆破スイッチ、長谷川真琴の論文×2、ハヤブサⅢの通信機、司令部からの通信機、『ロケットランチャー』
[方針]
基本.仕事自体は真面目に。ただ必要ないゾンビの始末はできる範囲で避ける。
1.判明した女王(日野珠)を殺害する。
2.『Z計画』が住民の手によって漏洩するよう誘導する。第一候補は山折家と神楽家。
3.大田原を従えて任務を遂行する。
4.可能であれば女王の死体を持ち帰る。
5.犠牲者たちの名は忘れない。
[備考]
※ゾンビが強い音に反応することを認識しています。
※診療所や各商店、浅野雑貨店から何か持ち出したかもしれません。
※ポケットピストルの種類は後続の書き手にお任せします
※村民名簿には19:50までの生死と、カメラ経由で判断可能な異能が記載されています。
※司令部が把握する村の全体状況がリアルタイムで共有されるようになりました。

149 ◆m6cv8cymIY:2024/05/12(日) 19:01:04 ID:1hyUfZAc0
投下終了です。

150 ◆m6cv8cymIY:2024/05/12(日) 19:22:48 ID:1hyUfZAc0
>>148
現在位置の表記ミスがあったので修正します
収録のほうは修正済みです

【E-1/地下研究所緊急脱出口地下前/一日目・夜 19時59分】

【E-1/地下研究所緊急脱出口前/一日目・夜 19時59分】

151 ◆H3bky6/SCY:2024/05/13(月) 20:55:16 ID:9KNv3HuU0
投下乙です

>机上の最適解

視界共有までできるとか本当に高性能すぎるこの防護服
追加任務も加わり、まともな特殊部隊が1人なので天のタスクがコンビニ店員のように多い
しかし、逐一ホウレンソウもできるし追加の装備も申請できる状況の強みもある、特殊部隊の粋が天に集中しているようだ

ついに出てきたロケットランチャー。まあバイオハザードと言えばこれよね
弾数は無限ではなく1発きり、女王か大田原か、それとも別の誰かか、果たして誰に使われるのか

天が目を付けたのは村の重鎮を親に持つ七光りコンビ
ゾンビは死にまくっているけど、村の重鎮は最初に閉じ込めれらたのが幸いしている
ただ春姫を思い通りの方向に操れるかと言うと……めんどくさそう

152 ◆drDspUGTV6:2024/05/16(木) 19:48:35 ID:yc3oyUGQ0
投下します


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