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バトルロワイアル - Invented Hell – Part2
153
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/04(月) 10:40:49 ID:kPAszHZo0
投下終了します。続きは後日投下します
154
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:00:33 ID:jKKln31s0
投下します
155
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:01:12 ID:jKKln31s0
◇
「……ぁ……がぁ……」
黒緑から橙色へと塗り替えられた森の中。
岩永琴子は、燃え盛る倒木に、その半身を下敷きにされながら、懸命に酸素を求めていた。
琴子は、知恵の神。
この殺し合いに招かれた参加者の中でも、類稀なる頭脳を有している。
しかし、如何に比類なき頭脳や知識を有していたとしても、それを凌駕する暴力を前に、為す術なく蹂躙されてしまうのが、この殺し合いの常。
知恵の神である琴子であっても、例外には漏れず、ヴライが齎した爆風に吹き飛ばされてしまった。
(……万事休す……。今度こそ、ツキに見放されましたか……)
魔王ベルセリアとの邂逅時に、垣間見えた惨状を目の当たりにしていたので、予期はしていた。
前回は、たまたま運良く生き延びることはできたが、今後もあのレベルの災禍に直面することあれば、非力な自分など、命が幾つあっても足りないだろう、と。
爆風が飛来した方角から察するに、アレは恐らく、ヴライとあかり達の戦闘の余波。
あの出鱈目な火力は、彼女達の戦いが、先のベルセリアとの交戦に匹敵するレベルの激闘に昇華したが故のものだろうか。とにかく、その爆風は、茂みの中で息を潜めていた、琴子と久美子の身体を、容赦なく吹き飛ばした。
更に、彼女の不運は重なった。地面に叩きつけられた琴子の真上に降り注いだのは、同じく吹き飛ばされた燃え盛る大木――。
自身に降りかかるそれを、素早く察知した琴子であったが、義足が破壊されている手前、逃れること叶わず、灼熱を帯びたその重量の下敷きになってしまう。
苦痛に表情を歪めながら、顔を上げると、そこにいたのは、自分の惨状を目の当たりにして、あたふたとする久美子の姿。
彼女も近くに吹き飛ばされたようだが、運良く何か茂みなどがクッションになったのだろう―――メイド調のドレスが汚れてはいるものの、深傷は負っていないようだった。
そして、「だ、誰か助けを呼んでくるから!!」と彼女が背を向けて、走り去ってから今へと至る。
156
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:01:30 ID:jKKln31s0
―――切り捨てられた。
琴子は、そのように悟っているものの、久美子に対する怒りが湧くことはない。
彼女の立場及び目指すものを考慮すると、明確な彼女達の計画に賛同する意思表示しておらず且つ片足状態の自分を切り捨てるのは、損得勘定からしても当然の帰結とも言えるだろう。
故に、彼女が救援を引き連れてくることはない。
平たく言えば、今の状態はチェックメイト―――“詰み”の状態だ。
下半身の感覚を奪っている倒木の重量は、中学生に間違えられるような小柄な自身の力では、到底どうとなるものではない。
この地には、琴子が使役できるような魑魅魍魎の類もなく、ただ生きたまま焼かれる感覚を味わいながら、己が生命活動の停止を待つ他ない。
(……ここに在る、『私』という虚構もまた、還るということになりますね……)
岩永琴子は、秩序の番人――。
故に、其処に秩序を崩すような虚構が存在すれば、それを虚構として還せなければならない。それが、一つ目一本足となった瞬間から、少女に課せられた義務であり、使命であり、呪いでもある。
――この殺し合いの参加者は、作られた存在である。
琴子が導き出した推理に基けば、今ここに在る己が存在は、虚構である。
故に、自身という虚構が消失したとしても、それ自体は在るべき形に還ることに過ぎず、「知恵の神」としては、嘆かわしいものとはなり得ない。
彼女は「正しさ」という楔に、縛られているのだから。
157
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:02:06 ID:jKKln31s0
「――岩永様っ!!」
「……ぁ……」
走馬灯のように、己の思考に沈んでいた琴子であったが、彼女を呼ぶ声にその意識を現実へ戻す。
視線の先にいたのは、先程別れたヴァイオレット。
先程偽麗奈と交戦していた「臨也」と呼ばれていた、黒髪黒服の青年もまた、彼女に肩を貸されながら、傷ついた身体を引きずるように歩んでくる。
どうやら、先の爆風は、彼女達の戦闘にすらも、波及していたようだ。
「岩永様、もう少しのご辛抱を……」
ヴァイオレットは、琴子の上に積みあがっていた大木を両手で掴んでみせる。
瞬間、燃え盛る火炎が、ヴァイオレットの手袋と内にある義手を焼いていくが、彼女はそれに構うことなく、全身全霊を以って、大木を持ち上げた。
そして、どうにか大木が浮いたタイミングで、臨也が琴子の腕を掴むと、その小柄な身体を引っ張り上げた。
「……っ!?」
引き揚げられて、露わになった琴子の半身。
その凄惨な姿を目の当たりにした臨也は眉を顰めて、大木を手放し駆け寄ったヴァイオレットもまた、悲痛に顔を歪めた。
可憐な少女の半身は、重圧にみっともなく押し潰された上に、焼き焦げ炭化していたのだ。
先までは、活力に満ちていたその瞳もまた、光を失いつつある。
「今手当を――」
「……い、え……――」
慌てて琴子を抱き起こし、手当てを行おうとするヴァイオレットであったが、琴子はそれを遮るように、身体を捩らせると、懐からタブレットを取り出した。
「……こ、ちらを……、お、願いし、ます……」
「――これは……?」
震える手で差し出された端末には、この殺し合いを通じて、彼女が積み上げた知見と考察が内包されている。
ヴァイオレットにとって、電子タブレットなど未知の道具に他ならない。
故にその用途も分からなければ、琴子の意図も読み取れない部分があった。
しかし、嘆願するように此方を見つめる琴子の眼差しを無碍にはできず、琴子の手に重ねる様な形で、その端末を受け取った。
きっと、この一見無機質にも見える板には、命を張ってまで届けたい"想い"が籠っているのだろうと。
158
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:02:26 ID:jKKln31s0
「……感謝、します……」
タブレットを受け取ったヴァイオレットに、琴子は安堵のため息をついた。
バトンは託した――残された対主催を目指す集団が、このゲームという虚構を、虚構に還す為の、足掛かりとして役に立ててくれば、それに越したことはない。
結局のところ、琴子は、最後まで「秩序の番人」としての務めを貫かんとしていたのだ。
「……あぁ――」
だが――。
「……九郎、先輩……」
「岩永様……?」
「知恵の神」として、冷徹に自身の最期を俯瞰している一方。
相棒であり恋人でもある青年の姿を脳裏に浮かべる、「岩永琴子」という齢二十にも満たない少女の想いもまた存在していた。
病院で一目惚れをしたのを端に発し、再会後にしつこいくらいの猛アプローチをして、めでたく恋人関係となった九郎先輩。
琴子が「知恵の神」として様々な依頼をこなす際も、隣に立ちサポートをしてくれた彼は、この会場のどこで何をしているだろうか……?
このまま、「私」という虚構が消えてしまうのであれば、せめてもの最後に―――
「……会いたい、ですね――」
「……っ!? 岩永様、しっかりして下さい!! 岩永様――」
心の臓の鼓動がいよいよ霞んでいくのを感じながら、琴子はぐたりとしたまま、天を仰いで、ポツリと呟いた。
琴子を抱えるヴァイオレットもまた、そのか細い声に、彼女の命の灯火が今にも消えかかっていることを悟り、涙を流しながら、必死に呼びかける。
しかし、琴子はそれに応えようとせず、ただ想いに浸る。
―――九郎先輩に、会いたい
―――九郎先輩と、話したい
―――九郎先輩に、触れたい
過剰なまでのスキンシップを取って、さも迷惑そうに反応する九郎先輩の顔を眺めて、ほくそ笑む―――そんな当たり前に行われていた何気のない日常が、今は無性に恋しい。
それが、驚異的な頭脳を基に、無慈悲且つ冷徹に調停を下してきた「おひいさま」の思考とはまた別に存在していた、「岩永琴子」という少女としての本音。
「……九郎先ぱ――」
そして、今一度、愛しき人の名前を紡ごうとしたその瞬間――
「岩永、様……」
岩永琴子の意識は、闇の中へと落ちてしまった。
目覚めることのない、永遠の闇の中へと。
159
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:03:03 ID:jKKln31s0
◇
「――皆……」
覚醒した仮面の者(アクルトゥルカ)によって、猛火に彩られた森林帯。
あかりは、その中を、ただただ駆け抜けていく。
目指すは、先に離脱を余儀なくされてしまった戦場―――。
本来、この戦地にて得た異能の力を以ってすれば、早々の帰還を果たすことも出来ただろう。
だが、先の激戦の反動で、その小さな身体に蓄積されていた力は枯渇――謂わば充電期間に突入している関係上、その背に、白い翼を顕現する事は叶わず。
己が二本の脚を以って、駆けつける他なかった。
「お願い……、無事でいて……」
戦場へと引き返している道中で遭遇した、終末を彷彿させる大爆発は、あかりを戦慄させるに足るものであった。
先の戦場より生じたであろう、猛烈な爆風は、遠方に吹き飛ばされていた筈のあかりにも波及――あかり自身はどうにか踏み止まり、堪えることが出来たが、戦場に残してきた麗奈をはじめとした、仲間達を思うと、気が気ではなかった。
更に、あかりが焦燥を覚える要因が、もう一つ――。
(……どうか、持ち堪えて、あたしの身体……!!)
それは、現在進行で、自身に生じている異変。
ヴライの放った猛撃の質量に押し負けた結果、その身に焼き焦げた痕跡が刻まれてはいるが、それに伴う痛みを感じることがない。
一刻ほど全力疾走で駆け抜けていくが、息切れを起こすこともない。
痛覚に、疲労感――そういった、人を人たらしめる感覚が、欠落してきていることを、あかりは感じていた。
元より、あの隔絶された空間から帰還を果たした頃より、自身が“理”の外の存在となってしまった自覚はあった。
しかし、こうして『間宮あかり』という存在を構成していたものが、音もたてずに崩れていくのを実感すると、将来的に自分が自分以外のナニカに塗り替えられてしまうのではないかという危機感を抱かざるを得なかった。
事実、あかりの懸念は正しかった。
今現在、ここに在る『間宮あかり』という存在は、死んだ情報の抜け殻に、僅かに残った情報残滓と別の情報残滓を縫い足したハリボテでしかない。
そして、先のヴライとの交戦により、多大な情報の出力を行なったことにより、彼女の内で進行していた乖離撹拌を促し、結果として、『間宮あかり』の情報残滓の一部が剥がれ落ちてしまった。
痛覚と疲労感の喪失は、その副産物である。
あかりは、その仔細を、理解していない。
ただ、このままでは、自身の身に取り返しのつかないことになることだけは、直感していた。
160
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:03:32 ID:jKKln31s0
「……っ!? あれは……!?」
漠然とした不安と焦燥を抱えながら駆けていたあかりは、唐突に足を止めた。
その視界に、地面に倒れ伏せる人影を捉えたからだ。
「あのっ、大丈夫ですか!?」
「……ぐうぅ……、あ、あんたは……?」
あかりに抱え起こされたのは、黒の短髪の青年。
意識朧げながら、あかりに呼応する彼は、目立った外傷は見たらなかったが、身に纏う衣服の所々が焼け焦げており、先の猛火の余波を受けて、ここに吹き飛んできたであろうことが伺えた。
――メキメキッ
「っ!? 危ない!!」
「……なっ……!?」
自分達の頭上で燃えていた樹木が、突如、音を立てて倒壊し始め――あかりは、青年を抱えたまま咄嗟に飛び退いた。
ドサリ
先程まで自分達がいた場所に、倒れ伏す樹木。
間一髪、あかり達は難を逃れることが出来た。
「どうやら、あんたのおかげで命拾いしたようだな……。礼を言うぜ」
あかりに支えながら身を起こした青年は、燃え盛る森林の炎を背景にして、自分よりも遥かに小さな彼女に、向き合い頭を下げた。
「いえ、とにかく無事で良かったです。あの……、あなたは……?」
「ああっ、悪い。自己紹介がまだだったよな……。俺は、カナメ――スドウカナメだ」
「っ!?」
カナメの名を聞いて、目を見開くあかり。
世界線の狭間にて邂逅した、異なる世界線からの迷い人シュカ。
その彼女の想い人も、この殺し合いに参加していると聞いてはいたが、まさか巡りに巡って、こんな形で対面を果たすことになろうとは――。
161
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:03:48 ID:jKKln31s0
「そっか……、あなたが、カナメさん…なんですね……」
「……? もしかして、俺の事を知っているのか…?」
「あなたのことは、シュカさんから聞いてたから……」
「なるほどな、シュカと会っていたのか……」
カナメは、得心がいったように頷くと、この殺し合いの最初の放送で、名前を呼ばれてしまった相方の姿を脳裏に浮かべた。
偶然にも、つい先程は、自分に対して何かを伝えようとする彼女の姿を、夢の世界で垣間見ていたところだった。
結局、夢の中のあいつは何を伝えたかったのだろうか――そんな疑問が、胸中に去来し、しみじみと物思いに耽んとするカナメに、あかりは言葉を続けた。
「はい…、でも、あたしが出会ったシュカさんは、この会場で亡くなったシュカさんではありません」
「……? どういう事だ……?」
あかりの意味深な発言に、カナメは首を傾げる。
あかりのアメジスト色の瞳は、そんな彼をじっと見据える。
「お話しします、あたしが見たこと聞いたことの全てを――」
正直言うと、今はあまり悠長に言葉を交わす猶予はない。
しかし、託されてしまった以上、そして、その想いを知ってしまった以上、これを無碍にすることはできない。
故に、あかりは順を追って、伝えていく。
彼女自身のこれまでの経緯と、シュカとの邂逅と、そして、シュカから託されたその言伝を--。
162
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:04:10 ID:jKKln31s0
◇
「――すまん……。恩に着るぞ、早苗……」
根こそぎ抉られた樹木の残骸や、朽ち果てた緑に炎が散らばっている、荒廃した大地。
灰と土が、焼け焦げた空気の中にまだらに浮き沈みしている中で、ロクロウは、早苗に向かって深々と頭を下げた。
「俺としては、影打ちを譲ってくれた恩を返すつもりでいたのだが……。
まさか、また恩を重ねて受ける結果になるとはな……」
「……私は、その……」
ロクロウを前にして、俯いたまま、口籠る早苗。
先のやり取りにて、早苗は、封印されていた記憶の断片を取り戻し、思い出した。
幻想郷に残してきた、大切な家族に想いを綴った手紙の存在のことを―――。
その手紙を代筆してくれたのが、自動手記人形を名乗る心優しき少女であったことを―――。
それでは、その自動手記人形である彼女、ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンに対する疑念は、めでたく払拭されたのだろうか?
答えは、否―――。彼女が、冷徹な殺人鬼の表情で、諸悪の根源たるオシュトルと、殺し合いの進め方について画策している情景は、脳内に刷り込まれたままだ。
早苗の中に、その記憶が存在する限りは、ロクロウに対しても、警戒を怠るわけにはいかない。
だが、ロクロウが一連の喧騒の中で、早苗がいくら隙をみせたとしても、殺めようとするような素振りは見せなかったのも、また事実。
それに、彼が早苗に示していた誠意に、偽りがあるとも思えなかった。
つまるところ、現在はロクロウとヴァイオレット―――それぞれに対して、相反する記憶が混在している状況となっている。
そんな折に、発生したのが、先の大災厄―――。
完全解放された『仮面の者』が齎した紅蓮の爆風を前にして、早苗は咄嗟にロクロウに飛びついた上、夜天へと舞い上がった。
結果として、ロクロウは、早苗の機転により、事なきを得たのであった。
163
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:04:32 ID:jKKln31s0
「……私は、まだロクロウさん達を完全に信用したわけではありません……。
もう頭の中でぐちゃぐちゃになっちゃって、何が正しくて、何が間違っているのか分かんないんですよ―――」
「早苗……」
並び立てることで露になる、時系列の綻びと、皆の行動の矛盾。
それに直面してしまった今、自身の記憶そのものに対しても、疑念を持つようになっている。
もしかすると、何者かの悪意によって、自分の頭は弄られ、踊らされてしまっているのではないか―――そう考えてしまうと、もはや何ものに対しても、信用ができなくなってしまう。
「だけど、それでも……。私は、ロクロウさん達を信じたい……。
信じさせてほしいんですよ……」
故に、早苗は、縋りたい。
ロクロウの誠実さに。ヴァイオレットの優しさに。
例えそれが、『悪意』の裏返しの『善意』だったとしても、それを信じ、縋りたいのだ。
そうでもしないと、自分の存在そのものが、瓦解しかねないから――。
「あぁ、分かった。今はそれだけで十分だ」
信用するには足らない、だけど、信じたい―――。
早苗の抱く複雑な心境を、ロクロウも感じ取ったのだろう。
それ以上、深く追及することはせず、ただ静かに頷きを返したのであった。
164
:
戦刃幻夢 ―崩落の盤面で―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:05:15 ID:jKKln31s0
◇
「――ハァハァ……」
仮面の力を完全解放した闘神によって、炎獄と化した森林の中。
息を乱しながら、燃え盛る木々を掻い潜り、ひたすらに駆ける影が一つ。
「――ごめん……。ごめんね、岩永さん……」
久美子の脳裏に過ぎるは、大木に下敷きにされたまま、自分を見やる琴子の姿。
死地に晒されてしまった彼女が、自分に向けていた、その表情--。
憎悪や怨恨も込められず、絶望も悲哀も宿さず、ただただ真っ直ぐ、涼しげに久美子へと投げかけられていた、その眼差し――。
人一倍に共感性に富んでいるが故に、久美子は察した―――琴子は、自分を査定し、きっと彼女のことを切り捨てるということを悟っていたのだろうと。
黄前久美子という人間に対する、ある種の「諦め」が含まれた、そんな視線と向き合うのが、どうしても怖くて、久美子は、彼女に背を向けて逃げ出した。
「救援を呼ぶ」など、都合の良い建前を口実としたが、その気は全くなく、単純に逃げ出した。
琴子の予期していた通り、久美子は彼女を見捨てたのである。
見殺しにしたと言っても過言ではない。
「――だって……だって、仕方ないでしょ!!
私一人の力じゃどうにもならないし……、皆の為にも、無理はできない……!!」
琴子は、久美子達の目指す理想に対しては慎重な姿勢を貫いていたとはいえ、決して、彼女に死んで欲しいと思ってはいなかった。
好き好んで、切り捨てたわけでもない。
状況が状況だっただけに、やむを得ず、そうせざるをえなかったのだと、自分に言い聞かせる。
それに―――
「だけど、きっと必ず、岩永さんのことも、『無かったこと』にしてあげるから……!!」
麗奈と定めた理想さえ実現すれば、琴子の犠牲も、自分が背負うべき十字架も、全て『最初から無かったこと』に出来る。
それが、この殺し合いに巻き込まれてしまった参加者――まだ生きている者、死んでしまった者を問わず、全てを救済できる唯一の手段であると縋る。
そして、それを全うせんとする責務を以って、溢れ出る罪悪感を誤魔化した。
「あっ…!?」
ひたすらに駆けていた久美子の足が、不意に止まったのは、その視界に、彼女の“特別”が飛び込んだ時であった。
165
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:06:56 ID:jKKln31s0
一旦ここで区切りとして、続けて投下します。
166
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:08:40 ID:jKKln31s0
◇
「……久美子っ!! 何処にいるの、久美子っ!!」
紅蓮に塗りたてられた森の中。
風の如く疾走する麗奈は、焦燥に駆られていた。
先のヴライによって投擲された、災害と言っても差し支えのない爆撃――。
それを至近距離で受けた彼女は、その華奢な身体の大部分を焼失させながら、猛烈な勢いで吹き飛ばされ、夜天の空を舞うこととなった。
幸いにも、頭部の完全焼失には至らなかったため、その命を繋ぎとめることが出来た。
吹き飛ばされた先で、時間の経過と共に、焼失した身体を再生させ、何とか動けるようにしてからは、久美子の捜索を行っている。
ちなみに、頭部を除く、全身のほとんどが消し飛んでしまった時、彼女の身に纏っていたドレスもまた、その大半が消失してしまっている。
故に、その後、身体の再生が行われても、ドレスの再生については叶わず――今駆け回っている麗奈は裸も同然の姿となっている。
地を踏み抜く度に、その豊満な胸を揺らしているが、生憎と彼女がそれを気にすることはない。
「――久美子…… 久美子……!!」
麗奈自身はかなりの距離を吹き飛ばされたはずだが、それでも、今自身が立つこの場所でも、一面が火炎に覆いつくされているのを鑑みるに、先の爆撃は相当に大規模なものだったのだろう。
だとすると、まだ近辺にいたであろう久美子の安否が危ぶまれる。
ものづくりの能力に目覚めたといっても、鬼の力を得た麗奈と違って、久美子は生身の人間なのだから。
故に、ひたすらに地を駆けて、彼女を探し回っていた。
近場からは、先の怪物によるものであろう咆哮と衝突音、爆音が木霊しているが、そちらに反応することはない。今は何よりも、久美子の安否が気掛かりなのだから。
ガサリ
「……っ!? 誰っ!?」
ふと燃える草陰から、何かが蠢く音がした。
咄嗟に足を止めて、その方向へと、鋭く視線を投げ掛ける麗奈。
背後の触手を蠢かせ、いざという時のために、臨戦体制を取る。
ガサガサ
しかし、草陰から、姿を現したのは――
「久美子っ!!」
「れ、麗奈っ!? あわわわわわ、ちょっと!?」
ふわりとした癖っぽい茶髪のボブカットに、御伽話に出てくるようやメイド服調のドレスを身に纏った、自分が探していた親友。
その姿を認めると、麗奈は飛び掛かる勢いで、彼女に抱き着いた。
167
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:09:06 ID:jKKln31s0
「良かった……。本当に、良かった……!!」
「うん、ありがとう……。私も、麗奈が無事でいてくれて嬉しい」
裸も同然の姿で抱きつかれた久美子。
初めこそ困惑はした様子であったが、徐々に身を委ねていき、ハグを返してくれた。
――ああ、良かった……。無事でいてくれた……。
炎が取り巻く環境の中で、時が静止したかのように、抱擁をかわす二人。
――久美子がいてくれるから、私は勇気を出せる……。これからも、戦える……!!
久美子の鼓動が、久美子の温もりが、自分の肌に伝わってくる。
それだけでも、疲弊した自分の心を癒してくれるには充分であった。
ゾワリ
だが。
――あ、れ……?
親愛のハグを続けていくうちに、身震いとともに、言いようのない違和感に気付いた。
否、気付いてしまった――。
「……く、久美子?」
「うん? どうしたのー?」
果たして、自分が惹かれた、黄前久美子という少女からのスキンシップは、こんなにも遠慮がちで、よそよそしかっただろうか?
ゾワリ
こんなにも無情な声色で応えただろうか?
ゾワリ
こんなにも冷たい体温をしていただろうか?
ゾワリ
そして、何より――
ゾワリ
ゾワリ
ゾワリ
こんなにも血生臭い匂いを、発していただろうか?
ドクンドクン
違和感は徐々に、心臓の鼓動を早鐘のように打ち鳴らすものへと、変貌を遂げていく。
そんな折――
「……れ、麗奈……?」
ふと自分の背後から、聞き慣れた声が、耳に入ってきて、反射的に振り返る。
「な、何を……、何をしているの……?」
そこには、此方を呆然と見つめる、久美子の姿があった。
「――えっ……?」
瞬間、麗奈の世界が静止した。
目を見開いて、こちらを覗いているのは、紛うことなき久美子だ。
炎風の中に揺れる髪も、瞳も、面貌も、装うドレスも、その何もかもが、久美子のそれに違いなかった。
では、今自分が抱擁している、こちらの”久美子”は一体―――
「ばーか」
脳内で思考が錯綜する中、耳元で、嘲り笑うような声が聞こえた。
168
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:09:47 ID:jKKln31s0
ゴォツン!!
刹那、重厚のある音とともに、首元に強い衝撃が走る。
不意の一撃によって、思わず上体を大きく仰け反らせると、
『首輪に強い衝撃が加わりました。違反行為として起爆します』
耳障りな警告アラームを背景とした、無機質な音声が、無慈悲に鳴り響いた。
「ぷっ――、きゃは……きゃはははははははははは!!
このクソ女、まんまと騙されてやんの、すっげー笑える!!」
「……は……? え……?」
口元を歪に歪ませ、ゲラゲラと哄笑を響かせる、“久美子”。
その光景を茫然と眺める、麗奈と、もう一人の久美子。
彼女達が、この警報が、麗奈の首に巻き付いた銀の枷から齎されていることを悟るのに、そう時間は掛からなかった。
「う、嘘……。嘘だよね……麗奈……」
麗奈が死んでしまう――。
無情に突き付けられた宣告に、久美子はふらふらした足取りで、麗奈に歩み寄らんとする。
その瞳は激しく揺れ動き、その唇もまた、戦慄くように震えている。
「麗奈は特別になるんでしょ……?
だったら、こんなとこで終わる訳――」
「来ないで!!」
「っ!?」
麗奈の声が鋭く響く。
その剣幕に気圧されたのか、久美子はビクリと身体を震わせて、その場で硬直した。
「ごめん、久美子……。
私が手伝えるのは、ここまでみたい……」
自身には、無惨から押し付けられた超常の力が備わっている。
故に、普通の人間にとって致死となる損傷を受けたとしても、再生はできる。
しかし、鬼の首魁たる無惨ですら、このゲームの枠組みに囚われていることを鑑みるに、この首輪には、そういった再生能力持ちの参加者ですらも、死に至らしめることが可能なのだろう。
「だから、ここから先は……久美子一人で、頑張って……」
「嫌……嫌だよ……麗奈ぁ……」
泣きじゃくる久美子を見て、涙が溢れ出てくる。
本当は、触れ合いたい。抱きしめたい。
本当の久美子の温もりを感じ取りたい。
だけど、それは叶わない。
そんな事をしたら、首輪の爆発に、久美子を巻き込んでしまうかもしれないから。
「お願い……、私達の“いつも”を取り戻して……。
私は、久美子と一緒に、全国金を取りたい……絶対に……」
正直、死ぬのは、とても怖い。
だから、残される久美子に、願いと想いを託す。
託す事で、恐怖を紛らわす。
久美子は、涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら、強く頷いてくれた。
ソロオーディションの時もそうだった。
最後に私の後押しをしてくれるのは、久美子だ。
だから、覚悟も決められる。
「約束、だから……、裏切ったら、きっと殺すから……」
嗚咽交じりに、途切れ途切れになる言葉。
久美子は、その言葉にも強く頷いてくれる。
本当は別れたくない――そんな気持ちをグッと堪える。
「……それじゃあ、またね……」
「麗奈ぁっ!!」
未だ泣きじゃくる久美子を尻目に、麗奈は身体の向きを反転させると、ケラケラと嗤う久美子の姿を模した敵へと、飛び掛かる。
せめてもの、こいつだけは道連れにしてやろうと。
169
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:10:08 ID:jKKln31s0
「あれれぇ? お涙頂戴の茶番劇はもうお終いなんですかぁ、高坂さぁん♪」
一連のやり取りを、ニタニタと眺めていた、もう一人の久美子。
その声色に嘲笑を滲ませると、自身の頭蓋に差し迫る、麗奈の貫手を、ひょい、と軽やかな身のこなしで躱した。
麗奈の突貫は、空を切るが、それは、あくまでも初撃に過ぎず。
己が敵の顔を睨み付けながら、身体を捻ると、背中から触手を射出。
狙うは、偽者の首元にて銀色に煌めく首輪一点のみ。
「――っ!? それは月彦の……!?」
偽久美子にとって、麗奈のその機転は、予想外だったようで、面食らった様子で、咄嗟に身体を捻る。
結果として、麗奈の触手も空を切ることとなり、間一髪で、事なきを得る。
「――きゃは……きゃははは……!! 無駄な悪あがきですよ、高坂さぁん♪」
不意の一撃をいなした、偽の久美子は、その表情を驚愕のものから一転。
醜悪に歪めながら、嘲りの言葉を紡いでくる。
そんな彼女を睨みつけたまま、麗奈は思う。
―――本当ムカつく、と。
何をどうやって久美子に化けているかは知らないが、この品性のない言動からして、この偽物の正体の見当はついている。
水口茉莉絵―――同じ無惨の毒牙にかかった犠牲者とはいえ、この女に対しては、憎しみの感情しか湧いて来ない。
何よりも―――
「というか、別にそこまで大して仲良くないんだろ、あんたら?
何せ、私が化けていることもろくに見抜くことも出来ず、外見だけでまんまと騙されちゃって、発情した猿みたいに抱きついてきたくらいだしさぁ。
身体だけを求め合う上辺だけの関係ってところかぁ?」
いくら焦っていたとはいえ、こんな女を、久美子と見誤ってしまったことが、悔しくて。
こんな女に、自分と久美子の絆を、穢されたことが、許せなかった。
「あんたなんかに――」
溢れ出る殺意に駆られるまま、麗奈は、その背から、もう一本の触手を射出せんとする。
狙うは、先と同じく茉莉絵の首輪。
残される久美子の為にも、こいつだけは絶対に仕留めなければならない。
刹那――。
ぼ ん っ!!
乾いた破裂音がタイムリットを告げて、高坂麗奈の生命活動は打ち切られることとなった。
170
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:10:32 ID:jKKln31s0
◇
「……れ…いな……?」
炸裂音と共に、戦火の中で散った、紅色の華。
親友の首輪が爆ぜたその瞬間を、目の当たりにして、久美子は呆然と立ち尽くしていた。
「おおー、死んだ死んだ」
今しがた麗奈と交戦していた偽久美子こと、ウィキッドは、まるで花火を鑑賞し終えた後のような気楽さで、ポツリ、と呟いた。
そのまま、放心状態の久美子を一瞥し、ニタリと口元を歪める。
(いやぁ、まさか、こんな面白いものが観れるとはなぁ……)
元々は、先の爆発で、離れ離れとなってしまったヴァイオレットを初めとした得物を捜していただけであった。
しかし、その途中、偶然にも麗奈を発見。
久美子の名前を呼び、必死に駆け回る、麗奈。
その何ともいじらしい姿から、二人の少女の美しい「絆」を感じ取った魔女は、胸を高鳴らせた。
――嗚呼、どうにかして、ぶっ壊してやりたい
そんな歪な欲望に駆られて、魔女は己が姿を、久美子に変貌させた。
そして、形こそ違えど、先に久美子に告げた友情測定テストを実施すべく、麗奈に接触したのであった。
「しかし、あんたらの絆とやらも、てんで大したことなかったよねぇ」
そして、結果はこの惨状。
ウィキッドの変身を見破れなかった麗奈は、それが命取りとなり、首輪の爆破と共に、その身体は分断。
虚ろな目を見開いたままの頭部と、首から下の胴体が、それぞれ血塗られた地面に転がっている。
鬼化によって齎された再生能力も、機能することはない。
高坂麗奈は、完全に絶命したのだ。
「あっでも、あんたは、さっき私の変身を見破れたんだから、あんたの友情パワーは本物だったかもね。うん、それは認めてあげる――」
ウィキッドは、うんうんと頷きながら、麗奈の生首と胴体を拾い上げて、久美子に見せつける。
久美子は、未だ呆然自失。
光の宿っていない瞳で、ただ麗奈だった肉塊を見つめたままだ。
171
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:11:08 ID:jKKln31s0
「それに比べて、このクソ女ときたらさぁ……。
化けた私を見るなり、『久美子〜!!』なんて馬鹿みたいに飛びついてきちゃって……。
ぷっ――くくくっ……しかも、よりにもよって、真っ裸で!!
きゃはははははは、節操無しにも程があるだろ!! 流石の私もちょっと引いちゃったわぁ」
大声で爆笑するウィキッドに、ピクリと、久美子の肩が揺れ動いた。
その反応に、魔女は、さらに口角を吊り上げると――
「まぁ、こいつに関しては散々煮え湯を飲まされたからねぇ。ざまあねえわな」
麗奈の胴体を、引っ張り上げる。
そして、人形劇に用いられる人形のそれのように、吊り上げられた片腕部分を、自分の口へと近づけると――
ガブリ、と。
思い切り、歯を立てた。
「―――えっ……?」
思考が停止していた久美子は、眼前の光景に目を疑う。
ぐちゃり――
がぎ、ぼぎ、べぎ――
ぐじゅっぐじゅぐじゅぐじゅっ―――。
肉を引き裂き、骨を嚙み砕き、中身を咀嚼する湿った音が、久美子の鼓膜を刺激していく。
「何、やって……」
久美子は、思わず口を押さえた。
脳が理解を拒む。いや、本能が、それを拒絶した。
目の前の光景を信じたくなかったのだ。
ぐじゅっぐじゅぐじゅぐじゅっ―――。
久美子の姿を借りた魔女は、残酷な音を響かせながら、久美子に見せつけるようにして、肉片と鮮血を飛び散らかせながらの凄まじい勢いで、彼女の親友の亡骸を貪っていく。
やがて、胴体の四分の一ほど平らげたところで、ポイっとそれをゴミのように投げ棄てる。
そして、もう片方の手にある麗奈の生首を、久美子に見せつけるように掲げたかと思うと、その脳天目掛けて、手刀を叩き込んだ。
172
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:11:42 ID:jKKln31s0
バギッ
頭蓋が割れる音と共に、端正な麗奈の顔が、縦方向に潰れた。
左右の眼球は、それぞれあらぬ方向へと飛び出し、鼻と口は、出来の悪い福笑いのようにひしゃげている。
ウィキッドは、脳漿が溢れでるその頭部に、思いっきり歯を立てた。
バリッガリッ――
ぐちゃっぐちゃぐちゃぐちゃっ――。
まるでデザートといわんばかりに、麗奈の顔面を咀嚼するウィキッド。
「―――あ……あぁ……」
久美子は、さらに血の気が引いていくのを感じた。
眼前の光景を、脳が正しく認識できていない。
否、理解することを拒絶していた。
ぐちゃっぐちゃぐちゃぐちゃっ――。
そんな久美子の心情などお構いなしに、魔女は食事を続ける。
高坂麗奈の残骸を、貪り続ける。
やがて――
「ぷはっ」
三分の一ほど顔面の面積を減らしたところで、ウィキッドが麗奈の頭部から口を離すと、今度はその食べかけの生首を、地面に転がる胴体の上に投げ棄てた。
「あ〜不味かったぁ。
くたばった後もクソなあたり、実にこいつらしいわ」
オエオエと、わざとらしくえずきながら、口の周りに付着した血と脳漿を拭った後、ウィキッドは、その手に爆弾を顕現。
そのまま、ポイっと、麗奈の残骸に投げつけた。
ボンッ!!
麗奈だった肉塊が、爆炎と共に四散。
べチャリと飛び散った血肉が、久美子の顔を赤黒く染め上げた。
「……ぁ……」
「特別」になるために、ありったけの情熱を、トランペットに注ぎ込んだ親友の姿かたちはもう存在しない。
久美子の眼前に在るのは、グロテスクに変容した肉片と地面に付着した染みだけとなった。
173
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:12:30 ID:jKKln31s0
「まぁ、結論としては、このクソ女は、あんたが友情を覚えるほどの価値はなかったってこと。
黄前さんも、友達はちゃんと選んだ方が良いですよ〜、きゃははははははははっ」
飛び散った麗奈だったものの上を、びちゃびちゃと水溜まりで遊ぶ子供のように踏みにじりながら、魔女はくるりくるりと身体を回転させ、快悦のまま嗤ってみせる。
――あぁ、最高の気分だ!! 仲睦まじそうに見えていた女どもの絆を、否定してやった!!
高揚感に連動して、体内の臓物も興奮して跳ねているような快感が、全身を駆け巡っていく。
――嗚呼、堪んない……。私は、この瞬間が、堪らなく好きだ!!
狂気と狂喜に彩られた、血生臭い舞踏―――その様相はまさに、宇宙の塵で踊り狂う、コスモダンサーと言えよう。
「――めて……」
罵られながら、足蹴にされていく、親友だったもの。
放心状態で立ち尽くす久美子の唇から、微かに声が漏れる。
『悔しい…悔しくて死にそう』
『あんたは悔しくないわけ? 私は悔しい! めちゃくちゃ悔しい!』
彼女の脳裏に過るは、麗奈との記憶の断片。
『久美子って、性格悪いでしょ?』
『違う!これは愛の告白。』
『私、特別になりたいの。他の奴らと同じになりたくない。』
元々、うっすらと惹かれていたものはあった。
だけど、大吉山での「愛の告白」を経てから、自分は麗奈に引力を感じていると、改めて確信した。
そして、あれ以来、麗奈とは特別な関係になった。
「きゃははははははははっ―――」
それが壊されていく。穢されていく。
自分たちのことを、何も知らない赤の他人が、土足で踏み込んできて、嘲笑い、荒らしていく。
現実を逃避していた思考が、徐々にクリアになっていき、心の奥底から激情が込み上げてくる。
174
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:13:08 ID:jKKln31s0
そして――
「――止めてよっ!!!」
久美子は、腹の底から声を絞り出し、目の前の魔女に吠えた。
「あ〜?」
狂った舞踏をピタリと停止させ、ウィキッドは久美子を、睨みつける。
久美子は、その視線を正面から受けて立つと、ずかずかと魔女に詰め寄っていく。
「止めてよ!! 麗奈のことも、私達のことも、何も知らないくせに、勝手なことばっか言って!!
あんたなんかに、私たちの何が分かるっていうの!?
あんたみたいなクズに、麗奈のことを貶める権利なんてないっ!!」
ギロリと、こちらを凝視する魔女の双眸など気にも留めず、久美子は、ポカポカと己が偽物の胸元を叩いていく。
「今でも、これからも、私は、麗奈と友達になったことを、後悔することなんて絶対にない!!」
全身が震えている。
しかし、これは恐怖によるものではない。
胸の内から際限なく湧き出てくる怒りと悔しさが、久美子の身体を、熱く震わせているのだ。
「かっこ良くて、可愛くて、目標にまっすぐで、心に熱いものを持っていて、だけど、実はちょっと脆いところもあったりして―――私は、そんな麗奈と一緒にいることを誇りに思っているから!!」
悔しい。悔しい。悔しい。悔しい―――
激情に身を任せながら、久美子は言葉を紡いでいく。
175
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:13:25 ID:jKKln31s0
「だから、私はあんたを絶対に許さない!!
大好きで”特別”だった麗奈を、私から奪って、否定したあんたを死んでも許さないから!!」
「あっそ」
瞬間、久美子はふわりと浮遊感を覚える。
ベチャリ
次に気付くと、肉片の上に仰向けに転がされていた。
久美子の視界には、興ざめした様子で、こちらを見下す自分の偽物の姿が映し出されている。
「じゃあ死ねよ」
氷のように冷たい声が、頭上から降り注ぐ。
偽物の手には、先程麗奈にぶつけた小型の爆弾が握られている。
麗奈を殺した憎き仇は、それを投擲しようと、振りかぶる。
(――麗奈、ごめん……)
必ず、この殺し合いを無かったことにする―――。
その誓いを守れないことを、久美子は心の中で彼女に謝罪し、死を覚悟した。
ダダダダダダダダダダダダッ―――
だが、久美子の耳に轟いたのは、自身の終焉を告げる爆音ではなく、どこからともなく響く掃射音であった。
「あぁんッ!?」
「えっ?」
瞬間、魔女が飛び退き、自身から離れていく姿を目の当たりにして、久美子は目を白黒させる。
何が起こった――? そんな疑問が脳裏を過った刹那、今度は浮遊感を覚え、風圧が身体を包み込んだ。
「黄前さん、大丈夫!?」
「あかりちゃん……?」
そして、久美子の視界に、心配そうな眼差しでこちらを覗き込んでくる、あかりの姿が収まる。
この時、彼女はようやく、自身が抱きかかえられていることに気付くのであった。
176
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:14:10 ID:jKKln31s0
◇
あかりから、一連の流れとシュカからの言伝を聞かされた後、カナメは、彼女と行動を共にし、行方知らずの仲間達の捜索のため、奔走していた。
程なくして、二人の“久美子”の姿を目にして、片側の“久美子”が、もう片方の“久美子”を転がして、悪意に満ちた表情で、その手に爆弾を顕現させたのを認めると、手に持つ銃口をそちらの“久美子”へと向けた。
その者の正体が、何らかの方法で他者に変身し、悪意を振り撒く魔女であると確信したからだ。
「ウィキッドぉおおおおおおおおっーーー!!」
怒号とともに、機関銃が火を噴いて、火神槌の担い手と、絶望の魔女による殺し合いの第三幕が幕を開けた。
「きゃはっ♪ 熱烈なラブコールありがとう、カナメ君!!
随分と私にご執心のようで、お姉さん、嬉しいよ!!」
「黙れっ!!」
銃口の先では、久美子に化けたウィキッドは口角を吊り上げつつ、バク転や側転を織り交ぜながら、弾幕を避けている。
余裕の表れなのか、時折回避の最中に軽口を挟んで、挑発してくるが、カナメが取り合うことはない。
ただひたすらに、眼前の悪意を排除すべく、鉛玉を撃ち込んでいく。
しかし、先の交戦で銃弾の雨を嫌というほど味わった魔女は、カナメの腕の動きと銃口の向きに、その意識を集中。
そこから射線を先読しつつ、鬼ならではの過剰強化された身体能力と反応速度を駆使して、銃弾を潜り抜けていく。
「っ……、くそがっ!」
銃弾が空だけを切り裂き、周囲に散らばった炎にただただ吸い込まれる中、カナメは忌々しげに吐き捨てる。
確かに、機関銃の掃射自体は強力無比なものではある。まともにその弾幕を浴びることあれば、如何に鬼の身に堕ちたものであろうと、無視できない脅威になりえる。
事実、先の戦闘では、臨也との連携の最中、機関銃の掃射を皮切りに、この憎き魔女を、あと一歩のところまで追いつめている。
しかし、機関銃の操り手はカナメ―――如何に度重なる修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、その動体視力と身体能力は、人間の範疇を超えるものではなく、断罪の弾丸は、俊敏に四方八方跳び回る魔女を捉えることは叶わない。
177
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:14:33 ID:jKKln31s0
「なあ――」
暫くの間、回避に専念して、苛立つと焦りで表情を歪めるカナメを、さながら檻の中の猛獣を愛でるかのように、嗜虐的な瞳で観賞を愉しんでいたウィキッド。
しかし、そろそろ観賞にも飽きてきたのか、その眼をすっと細めると、
「そろそろ、反撃するからさぁ。
いっぱい、いっぱい、痛がってくれよな♪」
そう宣言して、体勢を前のめりに倒したかと思うと、地面を思い切り蹴って跳躍。
「っ!?」
機関銃の銃口が、魔女の反転攻勢を捉えるよりも早く、その懐に潜り込む。
「ほーら、捕まえたぁ」
そして、カナメの腹部に肘打ちを食らわせ、その身体をくの字に折り曲げる。
機関銃は彼の手から放れ、彼が奏でていた銃撃のワルツは中断される。
さらに、がら空きになった彼の顎先に向けて、膝蹴りを一発。
「がっ……!?」
脳内に星が煌めくような衝撃を食らい、カナメは地面に倒れ伏す。
ウィキッドは、悶えるカナメの様相に、ぐにぃと口元を歪める。
そして、そのまま、彼の頭蓋を踏み砕くべく、足を振り上げる。
「駄目っ!!」
パ ァ ン !!
しかし、突如、銃声が響き渡ると、ギロチンのように振り下ろされんとしていた足は撃ち抜かれた。
「はぁ?」
ドクドクと流れ出る自身の血に、ウィキッドは呆けた声を上げる。
折角のお楽しみの時間に、水を刺された形となってしまった魔女は、先程までのハイテンションとは打って変わり、気怠そうに、振り上げていた足を引っ込める。
そして、銃弾が飛来した方角に視線を向けると、そこには横槍を入れてきたであろう白髪の小さな少女が、後方に控える久美子を庇うように佇んでいた。
178
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:14:59 ID:jKKln31s0
「あなたが…、ウィキッド……」
「あん? だったら、何なんだよ、白髪チビ」
そう言えば、どさくさに紛れて、久美子を掻っ攫っていった奴がいたなと、ウィキッドは記憶の欠片から呼び起こしつつ、ドスの効いた声と共に、白い少女に睨みつける。
しかし、少女はウィキッドの威圧に臆することなく、その視線を受け止めると、静かに問いを紡いでいった。
「――どうして……、アリア先輩を殺したんですか……?」
「あぁ? お前、あのピンクチビの知り合い?」
ウィキッドが眉を吊り上げて、問いを返そうとしたその時、足元で未だ悶えていたカナメは、少女の方を向いて、「あ、あかり……」と呟いた。
「――あかり……?」
カナメの呟きを聞いたウィキッドは、再度少女の姿を凝視。
そして、彼女の制服が、アリアの着ていた制服と同じものであると認識すると、合点がいったとばかりに、声を張り上げた。
「あぁ、そっか、そっか、なるほど……!!
あんたが、間宮あかり!! ピンクチビの後輩ちゃんって訳かぁ!!
きゃはははははっ、こりゃあ良いわぁ!!」
そして、新たな玩具を見つけた子供の様に、その眼を爛々と輝かせる。
「それで、あんたが知りたいのは、私が、何であのピンクチビ――アリアを殺したか、だっけ?」
問い掛けるウィキッド。
しかし、あかりは応えることはなく、ただじっとウィキッドを睨みつけている。
ウィキッドは、その視線を心地良さそうに受け止めながら、「きゃはっ」と嗤うと――
「理由は単純で、あいつが、私の邪魔してきたから♪
私大嫌いなんだよねぇ……、ああいう無駄な正義感振りかざして、ああだこうだ言ってくるクソ生意気な馬鹿女はさぁ」
さも愉快そうに、喜色満面に、嘲るように言い放った。
対するあかりは、愉悦に満ちた魔女を見つめたまま、不動――しかし、その表情は、次第に強張っていく。
そんな彼女の反応を、魔女は愉しそうに観察しながら、さらに言葉を紡いでいく。
「くくくくっ……、しかし、あいつが、くたばる瞬間は傑作だったわぁ〜!!
あー駄目だ、思い出しただけでも、腹が痛い……。
あいつが死に際にほざいた言葉、何だったと思う?」
ピシリ、ピシリ――
魔女が吐き出す言の葉が、あかりの心に、亀裂を生じさせていく。
179
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:15:24 ID:jKKln31s0
――駄目……。これ以上、この人の悪意に耳を傾けてはいけない……。
――じゃないと、あたしが、あたしでいられなくなってしまう……。
あかりの本能がそのように警鐘を鳴らすも束の間。
魔女は更に言葉を重ねて、彼女に揺さぶりを掛ける。
「涙を流しながら、『……ママ……』だってさぁ!!
きゃはははははははっ!! おしめもとれてない、マザコンの分際で、正義の味方気取ってんじゃねえよ、ばーかっ!!!
いやぁ、あんたにも見せたかったわぁ!! 最高に笑えたから、あいつの無様な死に様!!」
「――っ!!」
ピキピキピキピキピキ――
あかりの中で、感情の激流が、溢れ出す。
それに圧される形で、心に亀裂が広がっていく。
やがて、亀裂が亀裂を呼び、内にある堤防が、遂に決壊しそうになった時――。
「……この、ゲス野郎――」
魔女の足元で、カナメが身体を起こし、憎悪に満ちた瞳で、ウィキッドを睨みつけると、
「やっぱり、お前みたいな奴は、生きてちゃいけねぇ……。
お前みたいな奴は、どこの世界にも、存在しちゃいけねえんだよ、ウィキッド !!」
その手に、黒に煌めく拳銃を顕現させ、魔女の急所たりえる首輪へと、銃口を向ける。
己が殺めた、罪なき者への、止め処ない冒涜--。
遺された者には、嬉々として悪意を振り撒く、悪鬼羅刹の如き所業--。
その吐き気を催す蛮行に、友人を殺害した外道の影を再度重ねて、激情に流されたまま、カナメはその引き金を引かんとする。
しかし――
「うるせぇよ」
ドゴォ!!
弾丸が射出される直前、ウィキッドは、素早くこれに反応。
結果、銃口より硝煙が吐き出されることはなく、鈍い音が木霊すると――。
「がはぁっ……!?」
カナメの身体は、缶蹴りの空き缶の如く、宙へと蹴り飛ばされてしまう。
そして、勢いそのまま、放物線を描きながら、燃える茂みの向こう側へと翔けていった。
180
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:15:49 ID:jKKln31s0
「はぁ……、こっちは、楽しい、楽しいガールズトークに花咲かせてるんだから、邪魔すんじゃねえっつーの!!」
ウィキッドは、気怠そうにしながら、その手に、握り拳ほどのサイズの爆弾を顕現。
それを、カナメの吹き飛んでいった方向へと放り投げる。
どかん!!
「――カ、カナメさんっ……!?」
忽ち、茂みの向こう側から、爆炎と黒煙が立ち昇ると、あかりは、ハッと我に返る。
慌てて、カナメがいるであろう方角へ、駆けつけんとするも、その前に立ち塞がる影が一つ。
「しかし、『お前みたいな奴は、生きてちゃいけねぇ』か……、クククっ……」
自らが引き起こした爆炎には目もくれず、 “黄前久美子”の姿を借りた魔女は、薄らと口角を吊り上げながら、唇を噛み締めているあかりと相対する。
「きゃはははっ……!! なぁ、おい、あかりちゃんよぉ!!
あんたも、カナメ君と同じ意見なのかなぁ?」
「そこ、退いてくださいっ!!」
魔女の問い掛けに、あかりは応じることなく、突貫。
両手両脚を狙った銃撃を織り交ぜながら、地を蹴り上げる。
目的は殺害ではなく、あくまでも、眼前の脅威を無力化した上での、突破だ。
「私みたいなクソったれは、生きてる価値はない――だから、とっとと殺しちまった方が、世の為、人の為……ってかぁ?」
しかし、過剰強化された魔女の動体視力は、迫る弾丸の悉くを捕捉。
軽快なステップで、銃撃をひらりひらりと躱しながら、爆弾を次々と投擲。
爆撃のカーテンを以って、あかりの進路を阻むと、足を止めた彼女に、瞬く間に肉薄――その小さな頭蓋を穿たんと、貫手を放つ。
「……っ!!」
しかし、あかりも咄嗟に反応。
サイドステップを刻むと、風を切る刃と化した貫手は、右頬を裂くまでにとどまり、直撃には至らない。
空を穿った貫手を横目に、あかりは片手に握る銃を、魔女の脚部目掛けて、引き金を引く。
パァン!!
乾いた銃声が木霊すると、鉛の弾丸が一直線に射出され、魔女の脚部――脹脛へと命中。
着弾点より赤々とした火花と血飛沫を飛び散らせる。
だが、魔女は臆するどころか、むしろ、その口角を吊り上げる。
181
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:16:21 ID:jKKln31s0
「お前、さっきから手足ばっか狙ってるけどさぁ―――」
そして、脚部に生じた風穴ををものともせず、地を蹴り上げたかと思うと、そのまま身体を一回転。
「もしかして、先輩の仇を取るつもりないの?」
問い掛けと同時に、遠心力を宿した損傷した側の右脚を、あかりの側頭部へと叩き込んだ。
「く……っ……!?」
バゴン!という鈍い音が、耳朶を打つと、あかりの小柄な身体は横転。
野球ボールのように、地面の上をバウンドするも、素早く受け身を取って、飛び起きるあかり。
間髪入れずに、ウィキッドは、手榴弾を振りかぶる。
「何だよ、折角ピンクチビ先輩を殺した奴が、目の前にいるってのに、憎いと思わないわけ? 殺してやりたいとも思わないわけ?」
「……。」
「あんたらってさぁ、先輩後輩ってだけで、実際はただそれだけの、薄っぺらい関係だったんだね〜。
いや、むしろ、パシリとかでこき使われてた感じ? だったら――」
「違うっ……!!」
嘲る声音と共に、投げつけられる爆弾。
あかりは、怒気を孕んだ叫びを上げて、弾丸を撃ち込み、これを迎撃。
空中で爆弾が炸裂していくと、爆音と爆炎が、周囲に広がり、熱風が、あかりとウィキッドの肌を撫でていく。
「あたしは、アリア先輩が好き……、大好きっ…!!
この想いだけは、絶対に否定させない……!!」
「ふーん、それで?」
銃弾と爆弾が交錯し、硝煙と爆炎が入り乱れる戦場で、二つの影が飛び交う。
少女の悪意と、少女の想いは、激しくぶつかり合う。
「――だから……、あたしからアリア先輩を奪った貴女のことは、決して許さない……!!」
「きゃははははっ……、だったら、私のこと、ちゃんと殺しに来いよ、チビ助ちゃんよぉ!!
ほらほら、あんたの大大大好きな先輩の無念を晴らせるチャンスなんだぞ!!」
爆撃と共に、投げかけられるは、ドス黒く、悪意に満ちた復讐への誘い―――。
傷だらけとなった、あかりの心を抉るように、ウィキッドは彼女の憎悪を煽っていく。
あかりは、その瞳を揺らしつつ、地を蹴り上げ、魔女の悪意と向き合う。
182
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:16:51 ID:jKKln31s0
「ううん……あたしは、そんなこと…しない……。
だって、あたしは武偵で―――、そんなことは、アリア先輩も、きっと望まないから……!!」
あくまでも無力化を狙った射撃を繰り出しながら、自分に言い聞かせるかのように、言葉を紡いでいく、あかり。
――武偵法9条。
――武偵は如何なる状況に於いても その武偵活動中に人を殺害してはならない
如何に、異能の力を得たとしても、如何に、”人間らしさ”を失っても、間宮あかりは、武偵であり続けることを諦めていない。
如何に、ウィキッドに対する憎しみが込み上げてきても、その都度、憧れの先輩の後ろ姿が脳裏に過ぎっては、武偵としての矜持と信念が、あかりの理性を繋ぎとめていた。
ウィキッドは、鬼化に伴って、異常な回復能力を有していると聞き及んでいる。
先程、撃ち抜いた脚の傷が、既に塞がっているのを見るからに、その情報に間違いはないのだろう。
しかし、それでも、あかりは武偵として、急所になりえる箇所は狙わず、両手両脚のパーツへの照準に拘り、狙撃を行っていた。
間宮の家で磨いた狙撃術を駆使すれば、人体の各急所を撃ち抜くのは容易いのにも関わらず、だ。
「あっそ、随分とご立派な志を、お持ちなこったねぇ。
あそこで突っ立てるザコとは、大違いだわ。偉い偉い〜♪」
そんな、あかりの覚悟を、嘲りを以って受け流した、ウィキッド。
地を跳ねて、くるりと宙を返りながら、その視線を、自身の遥か後方へと向けた。
「……!? ――ウィキッドっ……!!」
視線の先にいたのは、久美子。
魔女の悪意によって、自身の”特別”を奪われ、“絆”を蹂躙された少女。
久美子は、自身と同年代の二人の少女による、常人離れした闘争に対して、ただただ己が非力を痛感―――介入したくても介入できない現状に、なす術なく、傍観に徹していた。
しかし、唐突に自身に注がれた魔女の視線に、溢れかえる憎悪と殺意を込めた視線で、応えてみせる。
183
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:17:16 ID:jKKln31s0
「きゃはははははっ、それじゃあさ、頑張るあかりちゃんに、ちょっとした、ご褒美♪」
怨恨だけで人を殺めることが出来るのであれば、即死になりえるであろう禍々しい視線を、心地よい風のように迎え入れた魔女は、その手に、それまでのものとは一回り大きな爆弾を顕現。
「これから面白いもの、見せてやんよー!!」
ニタリと口元を歪めながら、キャッチボールの要領で、久美子目掛けて、爆弾を投擲した。
「……っ!?」
「――黄前さんっ!!」
放物線を描きながら飛来する爆弾が、久美子の元に着弾する寸前―――。
あかりは、疾風の如き身のこなしで、久美子に飛びついては、彼女を庇うように抱え込んだ。
どかん!!
直後、爆弾が炸裂するも、二人はどうにか爆発に巻き込まれことはなく、事なきを得る。
「黄前さん、下がって……」
「あかりちゃん……」
起き上がった二人の眼前には、爆発の衝撃で舞い上がる土埃と煙。そして、その中から、近付いてくる一つの影。
視界がぼやつき、未だ、はっきりとした輪郭は確認はできない。
しかし、それが誰なのかは明らかで、あかりは、久美子を庇うように、立ち塞がると、銃口を、そのシルエットへと向けた。
「ねえ――」
しかし、煙から姿を現したのは、先程まで対峙していた“黄前久美子”の偽物などではなかった。
「――えっ……?」
思わず目を開く、あかり。
それも無理はない。何しろ彼女の眼前にいるのは―――
184
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:17:54 ID:jKKln31s0
「どうして、私に銃を向けているの、あかり?」
「…ア、アリア……先輩……?」
鮮やかな緋色の長髪をツインテールで纏めた、小柄ながらも、美しさと可憐さを兼ね備えた、あかりが、誰よりも敬愛する、彼女の戦姉妹(アミカ)。
東京武偵高強襲科2年所属Sランク武偵、神崎・H・アリア――その人の姿に、違いなかったのだから。
「な、何で……どうして……? だ、だって……アリア先輩は……」
「ねえ、あかり。もう一度聞くわ。
どうして、私に銃を向けているの?」
「ち、違っ……、これはっ……!!」
動揺と混乱が、あかりの身体を揺るがす。
こちらを鋭く、しかしまるで生気を感じさせない瞳で見据える、アリアの姿。
聞き慣れた声音、しかし、まるで感情の籠っていない声色に、彼女の戦妹(いもうと)は激しく狼狽し、思わず銃を引っ込めようとする。
「騙されないで、あかりちゃん!!
こいつは、あかりちゃんの先輩なんかじゃない!!」
「っ!!」
しかし、彼女の背後にいた久美子は、そんな、あかりを叱咤。
その声によって我に返ったあかりは、慌てて銃を構え直し、“アリア”へと向けた。
“アリア”は、そんなあかりをまじまじと観察すると、唐突に、ぐにゃり、と口角を吊り上げた。
「――つってなぁ!! きゃははは、どうよ、あかりちゃん。
大好きなアリア先輩と再会できた感想は?
健気に頑張る、とってもお馬鹿なあかりちゃんへの、私からのご褒美なんだけど、気に入ってくれたかぁ?」
冷静に考えてみれば、分かることだ。
先の二人の“久美子”を鑑みれば、ウィキッドが、他者に変身できるのは明らかで、アリアに化けることなど造作もないだろう。
(――しっかりして、あたし……。見た目に騙されちゃ駄目……。
黄前さんの言う通り、目の前のこの人は、アリア先輩じゃない……)
あかりは、自身にそう言い聞かせながら、眼前の存在を、無力化すべき脅威として、銃を構え続ける。
しかし--
「おいおい、手震えてんぞ、あかりちゃん」
偽物の嘲りの中で、あかりは、自身の手がガクガクと震えて、銃の照準が定まらないことを自覚する。
185
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:18:20 ID:jKKln31s0
「きゃははははっ、やっぱ、あれか?
いくら偽物だって分かっていても、大好きな先輩には鉛玉撃ち込めないってかぁ?」
(――違う……。そんなのじゃない……)
ウィキッドの指摘は、的を外れている。
訓練などで、アリアに銃口を向ける機会は、多々あった。
今更になって、銃口を向けることに躊躇いなどはない。
では、何故手元がこんなにも乱れているのか?
それは、アリアを殺した張本人が、よりにもよって、アリアの姿を借りて、また悪意をまき散らしている--その事実に対して、激情が込み上げ、あかりの心を激しく揺さぶり続けているが故であった。
「――我慢ならないよね、あかりちゃん……。
こんな奴が、大切な人の姿で、好き放題してるのって--」
「……黄前さん……?」
自身の気持ちを代弁するかのような、久美子の言葉に、あかりは、思わず彼女の方へと視線をやる。
久美子は、その大きな瞳を涙で潤ませながら、キッと“アリア”を睨み付けた。
「さっきの人の言う通りだよ……。こいつは、麗奈と、あかりちゃんの先輩を殺した……。
それだけに飽き足らず、今度は死んだ人の姿まで勝手に使って、冒涜して……。
こんな奴は、生きてちゃいけない……!!」
「……高坂さんが……?」
その言葉を受けて、あかりは初めて、麗奈も魔女の悪意によって、亡き者にされたことを知った。
そして、理解した。
何故久美子がウィキッドに対して、ここまで憎悪を剥き出しにしているのかを。
「言ってくれるねぇ、黄前さん。
それじゃあ、どうする? 私を殺しちゃう?
っていうか、そんな事できるの? あんたみたいな、何も出来ないザコが?」
くつくつと嗤いながら、挑発の言葉を紡いでいく“アリア”。
悪意に満ちた問いかけに、久美子は更に険しい表情を浮かべ、唇を強く噛み締めると、ぶちりと一筋の血が滴り落ちた。
憎悪に装飾された形相で、ぷるぷると震える久美子の反応に、ウィキッドは、ますます楽しげに口角を吊り上げると、自らの後方―――麗奈の残骸がある場所に指を差す。
186
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:18:45 ID:jKKln31s0
「きゃはははははっ、やれるものなら、やってみろよ。
そしたら、あそこに散らばってるゴミ屑も、少しは浮かばれるってもんだよ!!」
――ぶちりっ!!
瞬間、久美子の唇から、夥しい量の血が滴り落ちたかと思うと、彼女は勢いよく飛び出し、“アリア”の元へと駆け出した。
「う”う”あ”あ”あ”あ”あ“あ”あああああああああああーーーっ!!」
普段は金管楽器に注入する、肺活量と気管の強度を以て、金切り声のような咆哮を上げる久美子は、獣のような姿勢で、地を蹴り上げていく。
もはや理性などは、欠片も残っておらず、ただ眼前の魔女に、憎悪と殺意の全てを叩き付けんと突貫していた。
「きゃはっ――」
武器も持たずに、ただただ突進してくる生贄―――。
その哀れ極まりない姿に、“アリア”は口元を歪めてほくそ笑むと、青白い筋を浮かび上がらせた腕で、接近する久美子の心の臓を穿たんと、貫手の構えを取る。
だが――
ヒュン!!
突貫する久美子の背後より、疾風を伴った影が、飛来してきたかと思うと―――
「……があっ!?」
横殴りに、久美子を突き飛ばし―――
バババババァンッ!!
彼女が地面に叩きつけられるのとほぼ同時に、複数の弾丸が、"アリア"の身体に見舞われた。
187
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:19:11 ID:jKKln31s0
「――が、は……っ」
途端に、仰向けに倒れる、偽りの肉体。
神崎・H・アリアを模した、美しい面貌は見るも無残に破壊され、三つの赤黒い空洞からは、ドクドクと鮮血を垂れ流し続けていた。
弾痕を穿たれたのは、額、右目、左目、喉、左胸――何れも人体の急所として、知られる箇所付近に一発ずつ。
喉を貫いた弾丸に至っては、後数ミリでも下にズレていれば、首輪をも作動させていただろう。
「――何、今の……?」
未だ何が起こったか理解できない久美子は、身を起こすと、前方に、自身の怒りの矛先であったはずの魔女が、無様に風穴を晒しながら、天を仰ぎ見ている光景が飛び込んで来た。
そして、その彼女の元へ、ゆっくりと銃に弾丸を充填しながら、歩んでいく影を視界に捉える。
「あ、あかりちゃん……?」
久美子は、その影の正体があかりであると認識して、その名を呟く。
それに呼応するようにして、白髪の少女は久美子の方へと、チラリと一瞥するが、
「――っ!?」
その横顔を見て、久美子は思わず絶句―――憎悪で燃え滾っていた久美子の心は、驚愕と困惑によって塗り替えられた。
それも無理からぬこと。
間宮あかりが、本来どんな女の子だったのかは、久美子には分からない。
しかし、彼女から見た、間宮あかりという少女は、この殺人ゲームによって、心身ともにすり減らされた影響か、口数は少なく、大半の時は、沈痛な面持ちを浮かべていた。
この殺し合いに同じく苛まれてきた久美子も、自身と同学年である少女が抱いていたであろう、陰鬱な心情は痛い程に理解し、共感を覚えていた。
しかし、そういった、あかりへの印象も、今しがた垣間見せた面貌によって、塗り替えられた。
それまでの弱々しい先入観があったからこそ、その変貌ぶりは、より強烈に久美子の心に刻み込まれ、ぞっ…と、怖気すらも走らせたのである。
188
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:19:37 ID:jKKln31s0
「……。」
武偵の少女が、己が先輩の姿をした魔女へと、歩み寄っていく。
彼女が歩を進めていく度、ぐにゃり、ぐにゃり……と、空気が歪んでいく錯覚を、久美子は憶えた。
それ程までに、あかりが形成している面貌は、おどろおどろしく、見るものに畏怖と威圧を与えるものであった。
「きゃはははははははははっ、良い面構えになったじゃねえか、チビ助っ!!」
あかりが残り数歩の所まで接近すると、"アリア"は勢いよく飛び起き、愉快そうに嗤いながら、相対する。
撃ち抜かれてしまった箇所は、超常の治癒能力によって、既に塞がりつつあった。
「――本当に、頭撃たれても死なないんですね……」
「うん、まぁ、気に食わねえ奴から押し付けられたのは癪だし、クソみてえなデメリットはあるけど、この特性自体は気に入ってるぜぇ。
お陰で一杯一杯楽しいもの見れてるからなぁ!!」
「そう、それなら良かった」
「あぁ?」
爆弾を片手に臨戦体制を取るウィキッドに、あかりは、ぽつりと呟く。
訝しむウィキッドに、あかりは、その表情を崩さないまま―――
バババァンッ!!
目にも止まらぬ早業で、三発もの銃弾を発砲。
狙いは、ウィキッドの眉間、右胸、左胸の三点。
コンマ秒にも満たない世界にて、撃ち抜かれた速射であったが、魔女は咄嗟に反応。
サイドステップで弾丸を回避しようとするも、如何せん、超至近距離での発砲―――完全には避けきれず、一発が右肺を貫いた。
189
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:20:26 ID:jKKln31s0
「あなたは、どれだけ痛めつけても死なない……。
つまり、殺さずに、償わせることができる―――それが分かっただけでも、良かったってことです」
「――がほっ、ごほぉっ……!! 『償わせる』だぁ……!?」
血反吐を吐きつつも、魔女は、依然として、不敵な笑みを返す。
刃物のように尖った、その鋭い視線を向けられても、あかりは表情を一切変えることなく、銃口を、ウィキッドへと向ける。
「あたしは、あなたの口から、謝罪の言葉を聞きたい―――」
ババババァンッ!!
一切の躊躇いなく、放たれる弾丸。
嗤う魔女の胴体に吸い寄せられるように、四発の銃弾が迫る。
「あなたが殺してきた人達、あなたに大切な人を奪われた人達―――」
ウィキッドは身体を捻りつつ、右後方へと跳ねることで、それらを躱さんと試みる。
しかし、あかりは、そこでは止まらない。
ババァンッ!!
「――っ!?」
更に続けざまに二発発砲すると、見事に、空中で身を捻っていたウィキッドに着弾。
一発目は、右耳を血飛沫と共に弾き飛ばし、もう一発は、額に再び紅色の穴を穿った。
着地する、偽りの“アリア”。ドクドクと、額からは夥しい血が垂れ流され、顔面は紅色に染められるが、それでもペロリと口の周りの血を舐めとると、眼光はより鋭いものへと昇華させ、あかりと対峙する。
「あなたの悪意に蹂躙された全ての人達に、謝ってくれるまで―――」
先と同じ、見る者の背筋を凍らせるような形相を張りつかせて。
静かに、冷たく、それでいて、確かな怒りを滲ませた口調で、武偵の少女は宣告する。
「あたしは、あなたの身体に風穴を空け続けるから……!!」
間宮あかりは、武偵であり続けることを、諦めていない。
武偵を諦めることは、母との約束を裏切ることになるから――。
そして、いなくなってしまった、かけがえのない人達との繋がりを、断ち切ることになってしまうと考えたから――。
その一方で、己が内でマグマのごとく煮えたぎる憎悪と憤怒を、抑えることも止めた。
自分からアリアを奪って、あまつさえ彼女を侮辱し、そして、その姿を模倣して、彼女の尊厳を貶めることを、平然とやってのける、眼前の魔女。
鬼化の影響で、超常の再生能力を得た彼女は、急所を穿たれたとしても、致命傷にはなりえないようで、恐らくは、首輪を作動させない限り、絶命に至る事はないだろう。
対峙する上では厄介極まりない特性ではあるが、今回に限っては、この不死性については却って都合が良かった。
190
:
戦刃幻夢 ―感情表現の強制パレード―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:20:49 ID:jKKln31s0
-――感情の赴くまま、ありったけの弾丸を撃ち込んで、徹底的に痛みを分からせた上で、心を折る。
それが、ウィキッドに対して下した決断。
間宮あかりという少女は、この殺し合いの会場にて、初めて、誰かに対して明確な害意を露わにしたのであった。
「――く、くくっ……。あぁ、良いぜ、上等だよ……」
怒りに震える銃口を向けられながらも、魔女は、なお嗤い続ける。
突きつけられた宣告を、むしろ、楽しんでいるかのような態度で、前傾の構えをとると――
「やれるもんならやってみろよっ、クソチビッ!!」
両の手に爆弾を顕現させるや否や、あかりに向けて、跳躍。
刹那―――銃声と爆音が、ほぼ同時に轟くのを皮切りに、間宮あかりと水口茉莉絵による闘争劇は、激化の一途を辿ることとなった。
191
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/09(土) 13:21:54 ID:jKKln31s0
投下終了します。続きは後日投下します。
192
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:37:11 ID:A6IR5g3s0
投下します
193
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:37:55 ID:A6IR5g3s0
◇
『滅セヨ、オシュトルゥウウウウウッ!!』
憤怒に染まりし黒の巨獣より、地上に降り注がれるは、日輪を彷彿させる巨大な炎塊。
「――な、に……?」
大陸の地表を根こそぎ焼き払わんばかりの質量で迫りくる、それを前に――ただのヒトの身に、何が出来ようか……。
オシュトルは驚愕を顔に張り付け、自身に迫る“滅び”を、ただただ為す術なく見上げていた。
「――ハクっ!!」
「……なっ!?」
しかし、終焉の炎がオシュトルを焼き焦がす寸前、疾風が吹き抜けたかと思うと、血相を変えたクオンが飛び込んできた。
(死なせない――、絶対に……!!)
あの瞬間―――。
巨獣化したヴライから豪炎が放たれた瞬間、クオンは、近くで呆然と見上げていた麗奈には目もくれず、猛然とオシュトルに向かって駆け出した。
そして、勢いそのまま、庇うようにしてオシュトルに抱きつくと、炎に背を向けたのであった。
「クオン殿、何を--」
オシュトルが、驚愕に目を見開いた、その瞬間。
ゴォオオオオッ!!
問答無用に、世界は紅蓮に染まった――。
凄まじい熱量と衝撃が、大地を焼き焦がし、吹き荒ぶ――。
黒緑で覆われていた一帯は、例外なく、一瞬で焼け野原へと変貌した――
「――クオン……、お前は……」
たった一点を除いて。
『ヌウゥ……!?』
上空より地上の行く末を見届けていたヴライは、その現象に、忌々しげに唸る。
爆心地付近は、巨大なクレーターが穿たれ、広範囲にわたり草木は根こそぎ吹き飛んでいたが、一塊の光の繭のようなものが、その中心に鎮座していた。
そして、その光の中で、オシュトルとクオンが何事もなかったかのように佇んでいたのである。
「――良かった……。まだ私の中に、残っていてくれたんだね……」
目を見開くオシュトルを他所に、金色の闘気(オーラ)を全身に纏ったクオンは、両の掌に視線を落としながら、自身の奥底より湧き上がる“力”の奔流を感じていた。
194
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:38:22 ID:A6IR5g3s0
トゥスクル皇女に宿りし、その”力”は、超常の類。
嘗て、クオンの母は、不治の病に侵されて、若くして、その命を散らした。
クオンの母の命を奪ったのは、稀な血の病―――。
元来、大いなる父(オンヴィタイカヤン)こと旧人類により、創造された亜人(ヒト)は、六種の神の加護の内、いずれか一つのみの加護を躰に宿し、顕現させる神憑(カムナ)という特性がある。
しかし、極稀にそのどれもが強く顕現してしまう者が現れる。
もしも、これを制御することが出来れば、超常の力を得ることになるが、通常のヒトの身では、躰に宿る神憑(カムナ)の争いによる負荷には耐えきれず、内側から破壊されてしまう。
これが、クオンの母を死に追いやった病の正体。
そして、この類稀なる血の特性は、不幸なことに、娘であるクオンにも遺伝してしまった。
その為、クオンも幼少の頃、この病によって、死線を彷徨うことになるが、そこは選ばれし神の子―――先皇でもあり、父でもある、『うたわれるもの』より継承した、『願いの神』の血が、病を克服。
以後は、火、水、土、風、光、闇、全ての加護の力を制御するに至った。
しかし、先の破壊神との激闘で、クオンの中からウィツァルネミテアが消失したことで、この能力に纏わる状況は一変する
クオンの身体に宿っていたウィツアルネミテアの存在は、謂わば、超常の力を制御するために必要不可欠な歯車―――故に、このウィツァルネミテアという歯車が欠けてしまったが為、彼女は、超常の力を発動できなくなってしまったのである。
それでは何故、クオンは再びこの力を呼び覚ますに至ったのだろうか?
それは、彼女の躰の中に、僅かながら、願いの神の力が残留していたことに起因する。
ウィツァルネミテアは、確かに消滅した。
しかし、完全に消え去ったという訳ではなく、僅かながらの欠片を、置き土産として残していたのだ。
そんな中で、巨獣と化したヴライにより、必滅の炎が放たれた瞬間、オシュトルを護りたいという、クオン自身の強き願いに、願いの神の”残滓”は呼応―――結果として、歯車は起動し、超常の力の再覚醒に至ると、即席の障壁を以って、オシュトルと自身を災厄から護ったのである。
195
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:38:41 ID:A6IR5g3s0
「剛腕のヴライ……、汝は、幾度となく、我が朋友に手を掛けんとした―――」
呆然とするオシュトルを背にして、トゥスクルの天子は、己を見下ろすヴライを睨みつける。
全身に纏う金色の闘気は、徐々にその色を濃くしていき、揺らぎを増していく。
「その蛮行、実に許し難い……。万死を以て贖って貰おうぞ!!」
「クオンっ!?」
言うが早いか、クオンは大地を蹴りあげると、弾丸の如き勢いで、ヴライに向かって飛翔。
大地にオシュトルを置き去りとしたまま、瞬く間にヴライの眼前に迫ると、勢いそのまま、右の拳を振りかぶる。
『―――ッ!?』
まさか、自身の頭蓋まで跳び上がってくるとは、微塵も考えていなかったのだろう。
ヤマト最強を誇る巨獣は、驚愕に目を見開きながら、咄嗟に左拳に炎を宿し、クオンの拳を迎え撃たんとするも―――
「遅い!!」
クオンの拳が振り抜かれる方が、速い。
そして、ズドンッ!!と顔面から強烈な打撃音が響き渡ったかと思うと、城砦を彷彿させる巨体は、数十メートルほど後方に弾け飛んだ。
『ヌォオオオオオッ!?』
衝撃波が大気を震わせ、轟音が周囲に木霊した。
生身の少女(ヒト)が、自身の百倍以上もの質量を有する巨獣を吹き飛ばすという、物理学に矛盾する光景が展開された。
『貴様……何者―――』
クオンは尚も、追撃の手を緩めない。
吹き飛んだヴライの元へと、一息に飛躍すると、そのまま空中で体勢を整えて、右脚を振りかぶり、叩き込まんとする。
196
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:39:31 ID:A6IR5g3s0
「沈めよ、仮面の者(アクルトゥルカ)!!」
『女ァアアアアアアッーーー!!』
しかし、ヤマト最強も驚愕したままでは終わらない。
要塞のような巨躯に似合わぬ俊敏さで、空中で身を翻すと、飛来してくるクオン目掛けて、巨腕を振るうと、直径十メートル以上はあろう巨大な炎球を放出。
砲弾の如く射出された高熱火球は、クオンの小さな躰を、瞬く間に呑み込もうとする。
「無駄だぁっ!!」
クオンは勢い殺すことなく、火球を真っ正面から突き破り、ヴライの顔面に強烈な回し蹴りを炸裂させた。
『――ッ!?』
大地を振るわす凄まじい殴打音とともに、再度、巨躯が水平方向へと浮いた。
しかし、怪物は、直ぐに地に脚を突き立てると、ブレーキをかけて、その勢いを殺す。
間髪入れず、今度は両の手から、灼熱の火球を連射。追撃にくる神の子を消し炭にせんとする。
しかし、神々しい輝きを宿したトゥスクルの天子が、臆することはない。
そもそも、仮面で極限にまで火力を増大させたとはいえど、火神(ヒムカミ)の加護をベースとしたヴライの投擲では、あらゆる神憑を超越した神の子を、屠ることは叶わないのだ。
クオンは顔色一つ変えずに、殺到するそれらをただひたすらに突き破り、時には弾き飛ばしながら、ヴライとの間合いを一気に詰める。
「はあああああああっ!!」
目標を蒸発させるに至らなかった火球が、あちらこちらに着弾し、火柱が天に昇り、熱波が大地を焼く中、クオンの拳撃と蹴撃が、ヴライの巨躯を穿いていく。
『ガァアアアッ!?』
怒涛の連撃が叩き込まれるたびに、苦悶の咆哮と共に、黒の巨躯は大きく揺れ動き、大地が踏みしめられる都度に鳴動する。
真なる力を解放するも、それを凌駕する存在の出現によって、忽ち劣勢に立たされることとなったヤマト最強―――。
しかし、このような状況下に陥っても、彼の闘志は不撓不屈―――決して折れることはない。
197
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:39:54 ID:A6IR5g3s0
『図ニ乗ルナ、女ァアア!!』
巨躯を素早く翻し、打撃を重ねんとしていたクオンの間合いから逃れたヴライは、両脚を踏みしめると、気合一閃。
尚も追撃に迫るクオン目掛けて、カウンター気味に巨腕を振り抜く。
「……っ!?」
咄嗟に回避行動を取るクオンであったが、巨獣の拳は今度こそ彼女を捉え、その小さな躰はピンボールのように弾き飛ばされ、勢いよくクレーターとともに地面へと叩きつけられる。
一呼吸置く間も無く、ヴライは大地に沈んだクオンに向けて、巨大な掌に収束させた炎球を容赦なく連続射出。
凄まじい爆炎が秒間十発近くも炸裂していき、クオンが沈んでいたクレーターを中心に、半径数十メートル規模で、盛大に火柱を噴き上げていく。
これでもかとばかりに、炎熱地獄を創出していくヴライ。だが爆心地から、金色の光が飛翔したのを視認するや否や、前傾姿勢となり、地を思い切り蹴って、そちらに向けて跳躍する。
『ムゥンッ!!』
「てぇあっ!!」
裂帛の気合いと共に、両雄の拳が激突し、大気が割れんばかりの衝撃が、辺り一帯に伝播する。
地上から数十メートル上空で、列車を彷彿させる質量の黒の剛腕と、その数百分の一にも満たない白く小さな拳が、互いを押し切らんと全力せめぎ合う。
両者一歩も引かぬ均衡状態は三十秒ほど続いたが、やがて、その均衡は崩れ去ることとなる。
198
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:40:39 ID:A6IR5g3s0
『ヌゥオォオオッ!!』
「くっ……!?」
ヴライが雄叫びを上げながら、更にその巨大な拳に力を込めていくと、クオンの拳が徐々に押し返されていく。
顔を苦悶の表情に染め上げながらも、なおも懸命に抗わんとするクオンであったが、ヴライの剛腕は、徐々にその小さな躰を圧していき――
「っ……!?」
やがて、完全に拮抗が崩れ去ると、トゥスクル皇女の躰は勢いそのままに弾き飛ばされ、豪快な衝突音と共に大地に叩きつけられた。
間髪入れずに、ヴライはクオンの元に急降下。
地面に張り付いた、敵の躰を圧殺せんと、大筒のような巨拳を地面に向けて、振り落とす。
瞬間、ドゴン!!という轟音が響き渡り、地震かと錯覚させる振動が、一帯に伝播する。
大地に巨大なクレーターが穿たれ、クオンの躰はその中に埋没したはず。
『ヌゥ……!!』
「―――はぁ……はぁ……」
しかし、己が手応えに違和感を憶え、ヴライが拳を引き抜くと、そこにはクオンが健在しており、両の手を交錯させ、防御の構えを取っていた。
心なしか、彼女を覆う金色の闘気は、薄くなっているようにも映り、苦しそうな呼吸を繰り返してはいるものの、その眼光から闘志の輝きは失われていない。
「――っ!」
刹那、カッと目を見開くと、クオンは自らの全身に力を込め、そのまま一気に上空へと飛翔。
拳を引き抜いたばかりで隙だらけのヴライの顎を目掛けて、弾丸を彷彿させる渾身のアッパーカットを炸裂させる。
『ッ!?』
ヴライの巨躯が大きく仰け反り、浮き上がった。
その隙を突き、クオンは続けざまに左右の拳を振り上げ、神速を伴った連撃を繰り出さんとする。
しかし、仰け反ったヴライはその全身から炎の渦を生み出し、放出。
爆風熱波は、瞬く間にクオンの躰を圧し飛ばして、その拳撃を不発に終わらせた。
199
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:41:08 ID:A6IR5g3s0
『消エ失セイッ!!』
ヴライは再び、両の掌から火球を乱射。
未だ宙にいるクオンに、怒涛の勢いで、火球が殺到していき、着弾と同時に、爆発が連鎖していく。
「っ……!!」
だがそれでも、地に堕ちていくクオンの華奢な肢体が爆散することはなく、金色の膜が彼女の躰を護っていく。
超常の加護のため、外的損傷を負うことはないのだが、その身に纏う闘気は薄く揺らいでいき、息は荒く、苦悶の表情を浮かべたまま、着地する。
ヤマト最強は尚も、執拗に、徹底的に、クオンの生命を狩り取ろうと、次々と火球を放ち続ける。
「くっ……!! ――はぁ……はぁ……」
猛然と襲い来る火球の連撃。
クオンは時には、爆撃を縫うようにして回避し、回避が間に合わない場合は、金色の膜の障壁を以てして、その悉くを弾いていく。
未だ無傷を保ってはいるが、いよいよもって、クオンの動きは覚醒当初のそれと比べて、精彩を欠き始めていた。
「――ごほっ!!」
遂には、回避行動の最中に、小さな血の塊を吐き出すクオン。
額には、夥しい量の脂汗が滲んでおり、整った面貌は青ざめ、苦痛で歪んでいる。
200
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:41:31 ID:A6IR5g3s0
(――身体が、もたない……)
『仮面の者』の猛撃を捌いているにもかかわらず、何故クオンはここまで、追い詰められているのか。
その答えは、至極単純明快である――『力』の使い過ぎによる消耗だ。
『超常の力』は、願いの神をその身に宿していたからこそ、本来はヒトを絶命に追いやるほどの負荷を軽減させたうえで、行使することが可能だった。
しかし、その神は既にクオンの内になく、今は僅かながらの残滓を代用しているに過ぎない。
故に、『力』の行使による身体への負荷は、かつてとは比べ物にならず、クオンは徐々に、その肉体を内側から蝕まれていく―――言うなれば、諸刃の剣だ。
このまま、『力』を行使し続ければ、間違いなく斃れることになるだろう。
だが、今の状況では『力』を解除することが出来ない。
そんなことをしてしまえば、ヴライの猛撃によって、一瞬で灰燼と化すのは目に見えているからだ。
『コレ以上、汝ニ付キ合ウ道理ハ無イ―――』
無論、そんなクオンの事情など、ヴライは知ったことではなく。
黒の獣は、無慈悲且つ徹底的に、己が敵を屠らんとして、攻勢を強めていく。
クオンは、俊足の脚力を以ってして、回避に徹してはいたが、段々とその足取りは重りを付けられたように鈍くなり、遂には盛大に吐血の上、片膝をついてしまう。
彼女を包んでいた金色は、靄のように消えかかっていた。
『塵トカセィッ!!』
そのような好機を、ヴライが見逃す筈もなく、その巨体を疾駆させると、紅蓮の炎を宿した剛腕を振りかざし、クオン目掛けて一気に振り下ろした。
201
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:42:00 ID:A6IR5g3s0
「――クオンさんっ!!」
刹那、一陣の疾風が、ヴライとクオンとの間に割り込むと、その巨大な拳撃の勢いを、真っ向から受け止めた。
『ヌッ!?』
「っ……!? 早苗!?」
クオンの目の前には、風の障壁を展開させ、ヴライの剛腕を正面から受け止める早苗の姿があった。
『オノレェ……、マダ、蟲ガ沸クカッ…!!』
突然の乱入者に、巨獣はほんの一瞬だけ、驚愕の表情を浮かべる。
しかし、すぐさま、邪魔立てする早苗への怒りを剝き出しにし、その剛腕に更なる力を籠めていく。
「うっ……ぐっ……」
あらゆる理を塗り替えるような圧倒的な剛力によって、風の障壁は軋むような音を奏でる。
それに伴い、障壁越しの早苗の華奢な体躯に、圧し掛かる重圧が、徐々に増していく。
早苗は、歯を食いしばり、耐え続けるも、いよいよもって抑えきれなくなる。
だが、しかし―――
「てぇあああああああっ!!」
『――ッ!?』
気合と共に、再び『力』を解放したクオンが、ミサイルのようにヴライの顔面に飛翔。
勢いそのままに、回転蹴りを叩き込むと、黒く蠢く山は、水平方向へと大きく弾き飛ばされる。
「はぁ、はぁ……、早苗、ありがとう……。
助かった、かな……」
苦悶の表情を張り付けたまま、クオンは口元の血を拭い、早苗に向き合う。
「いえ……。それよりクオンさんは大丈夫なんですか?
その『力』……、それに、あの怪獣みたいなのは―――」
瞬間、二人の会話を遮るかのように、大火球が飛来。
クオンは、咄嗟に早苗を抱えると、そのまま横っ飛びで回避する。
『ヌゥウンンンンッ……』
大火球が地面に着弾し、凄まじい爆炎が生じる。
その向こう側では、漆黒の怪獣が、憤怒の形相で二人を睨み据えている。
「詳しい話は後……。今は、この状況を切り抜くのが先、かな……」
クオンの言葉に、早苗が無言で頷く。
刹那―――地を震わす咆哮と共に、ヴライは爆炎を突っ切ると、猛進。
神の血を継承する天子と、現人神たる巫女は、互いに顔を見合わせると、これを迎撃するのであった。
202
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:42:56 ID:A6IR5g3s0
◇
「――あれは、早苗か……」
荒廃した大地で、たった独り、ポツリと取り残されたオシュトル。
爆撃絶えぬ戦場の中、爆炎に照らされるは、夜の色よりも濃い黒を彩る怪獣と化したヤマト八柱将ヴライ。
遠目ながら、その巨躯の周囲を高速で飛び駆け巡る、二つの影も視認できる。
金色の光を身に纏いつつ、ヴライに突貫しているのが、クオン。
そして、宙を飛び回りつつ、煌めく光弾を放ち、クオンに加勢しているのが、早苗なのだろう。
二人の少女は、次々に放出される巨大な火球の合間を搔い潜りつつ、勇猛果敢に応戦している。
傍から見れば、二対一という構図ではあるが、旗色は芳しくない
当初こそ、クオンがヴライを圧倒していたようにも見えたが、時間の経過とともに、彼女の動きのキレは鈍っていき、今では早苗の援護ありきでも、ヴライに圧されている始末だ。
「――止しな、あんたが出る幕じゃねえ」
傷む身体を引き摺って、戦いの場へ赴こうとしたオシュトルを呼び止める声。
振り向けば、そこには遺跡にて離別した隻腕の剣士が佇んでいた。
「ロクロウか……」
「そんな歩くのもやっとな状態で行ったところで、足手まといにしかならん」
「……。」
淡々と、しかし、有無を言わさぬ口調で忠告するロクロウ。
紡がれるのは全くの正論。オシュトルは押し黙るしかない。
「それに、早苗の奴は、未だにあんたには疑念を抱いているようだった。
余計な混乱を招かないためにも、ここで大人しくしておいた方がいいぜ」
ロクロウの忠告は続く――。
早苗とのわだかまりを解消した後、二人は共に行動していた。
その道中のやり取りにて、彼女の中から、ロクロウとヴァイオレットに対する敵意はたち消えていたことは伺えた。
しかし、オシュトルに対する敵意及び恐怖は未だに拭いきれてはいないように感じたのであった。
オシュトルもまた、先に彼女に執拗に追いかけ回された記憶も手伝って、ロクロウの忠告に異を唱えることは出来ない。
203
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:43:32 ID:A6IR5g3s0
「しかし、早苗の奴を追いかけてきてみりゃ……一体何なんだあのデカいのは?
あれも参加者なのか?」
視界に映し出される、神話さながらの激闘――。
それを前にして、刀を肩に担ぎ上げながら、訝しんだ顔で呟くロクロウ。
早苗との同行の道中、激しい轟音と、獣のような咆哮を耳にすると、彼女は、その正体を探るべく、空高く飛び上がった。
そして、遠方にて何かを発見すると、「クオンさん!?」と血相を一変させて、そちらへと急行した。
取り残されたロクロウも、急いでこれを追うことになったのだが、その果てで、ドラゴンにも勝るとも劣らぬ巨躯で暴れ回る異形の怪物と、それと交戦する早苗達、そして、その戦場に向かわんとしていたオシュトルを見つけて、今に至っている。
「――奴は、ヤマト八柱将、ヴライ……。我らが宿敵よ」
「……あいつが……?」
「然り……。そして、奴のあの姿こそが、ヤマトに伝わりし『うたわれるもの』……。
我ら、仮面の者(アクルトゥルカ)が、仮面(アクルカ)の力を解放した姿だ」
オシュトルの言葉を受け、改めて暴れ回る巨獣に目を向けるロクロウ。
ヴライという漢の危険性については、オシュトルやあかりから聞き及んでいた。
実際に、猛々しく拳を振るっていた姿を目の当たりもしていて、その奮戦ぶりに、己が夜叉の業魔としての血が奮い立たされた記憶も新しかった。
まさかそんな猛者が、このような怪物に成り果てるとは想像の埒外であった。
「やれやれ、こいつは骨が折れそうなこった……」
溜息を漏らしつつ、ロクロウは歩を進めていき、オシュトルの横を通り過ぎていく。
「行くのか……?」
「ああ、恩人に死んでもらっちゃ困るからな。
あんたは、巻き添え喰らわないように、離れときな。
全て片付いたら、早苗を交えて、話をしようや。
色々と誤解を正しといた方がいいだろうしな」
「――すまぬ……」
頭を下げるオシュトルに、ロクロウは背中越しに手を振りながら、戦場へと駆けていくのであった。
204
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:43:54 ID:A6IR5g3s0
◇
「――がはっ!!」
覚醒した漆黒の巨獣を取り巻く戦場。
『仮面の者』が繰り出した、巨大な拳撃を真正面から受けたクオンは、その身体を岩盤に叩きつけられ、苦悶を漏らす。
宙を駆けるうたわれるものは、その手に巨大な炎槍を顕現し、身動きの取れない彼女を葬り去るべく、投擲せんとする。
慌てて、早苗が援護に入らんとするも―――
『ヌゥウウン!!』
「きゃあ!?」
早苗の動きを察知したヴライは、投擲先を彼女に変更し、射出―――豪速で迫る巨大な炎塊を、早苗は翠色の髪を靡かせつつ、寸前で躱す。
的を外した炎槍は、大地に着弾。
業火に焼かれ、黒煙を上げる地上を一瞥し、早苗は冷や汗を浮かべる。
何とか今はやり過ごせたものの、その火力は桁違い―――直撃すれば、一たまりもない。
クオンの窮状を察して、駆けつけ加勢したのは良いが、北宇治高校で相対した破壊神に引けを取らぬ、圧倒的火力と相対する羽目になり、生きた心地がまるでしない。
例えるならば、死神に首筋に鎌を突き付けられているような、そんな感覚。
(――それでも、私は……!!)
仲間を助けたい―――その一心で、早苗は己の恐怖を押さえつけると、立て続けに迫り来る業火の塊を躱していく。
風を切り、豪炎の中を掻い潜りながらも、決して防戦一方というわけではない。
隙を見ては、ありったけの弾幕を叩き込んでいく。
205
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:44:19 ID:A6IR5g3s0
『……ッ……、羽蟲―――』
巨獣化したヴライにとって、早苗の存在など、ブンブンと耳障りな羽音を立てる蟲にも等しいだろう。
しかし、現人神たる巫女から降り注ぐ光の弾幕は、ヴライの巨体に容赦なく突き刺さると、その肉を抉っていき、決して無視することは出来ない威力を孕んでいた。
『早々ニ失セイッ!!』
「っ!?」
苛立ちと怒りに塗れた咆哮を轟かせると、ヴライの胸部からは、業火が間欠泉のごとく噴射。
早苗は咄嗟に、風の結界を展開し、焼き焦げることだけは防ぐ。
しかし、業火の勢いを殺すことは出来ずに、後方へと、勢いよく弾き飛ばされてしまう。
百戦錬磨の闘鬼は、大地を蹴り上げると、これを猛追。まさに、蟲を叩き潰さんとする勢いで、猛炎を帯びた剛腕を振るう。
刹那―――
「早苗はやらせねえ!!」
『ヌッ――!?』
疾走する黒い人影が、ヴライの眼前へと跳躍。
予期せぬ乱入者によって、否応なしに開かれた深紅の眼光―――そこを目掛けて、手にする銀の得物を横一閃に振り抜く。
ヴライも、即座に迎撃せんとするも―――
ザ シ ュ ッ!!
『グゥウウ……!!』
怪獣の唸り声が轟く。
ヴライの顔面に刻まれた斬線は、左の眼窩を深々と抉り、その視界を奪ったのだ。
206
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:44:41 ID:A6IR5g3s0
「ヴライっ!!」
『ッ!? 女ァ――』
片目を奪われ、瞬間的に動きが止まったヴライ。
それを好機と見たか、岩盤にめり込んでいたクオンが、戦線復帰。
自身が沈んでいた岩場を蹴り上げると、黄金の弾丸の如く、ヴライの元へと一直線に飛来してきたのだ。
「ハァァァァァァッ!!」
懐へ飛び込んできたクオンに、ヴライは反射的に左腕を振るい、裏拳の要領で殴り飛ばさんとする。
しかし、クオンの方が一瞬速く、拳が振るわれるより先に、巨獣の側頭部に痛烈な蹴撃を叩き込む。
『――ヌゥッ!!』
その巨体は、大きく傾ぐも、倒れることなく踏みとどまり、すぐに反撃せんと右掌に炎槍を顕現。そのまま、クオンに投擲せんとするも、すかさず早苗がこれに反応。風と光の弾幕を、巨獣の右手首へ連続掃射。
肉が爆ぜ削がれて、手元が狂うと、炎槍の投擲はクオンを捉えること叶わず、結果として、遠方の大地に火の柱を立ち昇らせるだけとなった。
再び生じた隙を、トゥスクルの天子は見逃すことなく、拳と蹴りを間断なく叩き込んでいき、巨躯を揺らしていく。
そして--
「てえああああっ!!」
『……ッ!!』
裂帛の気合いと共に、金色の闘気を全開にしたクオンが、渾身の右掌底を巨大な頭蓋に叩き込むと、ヤマト八柱の巨獣の躰は、後方へと大きく吹き飛び、大地に背を打ち付けた。
「――はぁはぁ……」
生身の身体で、城塞を彷彿させるような巨体を殴り飛ばすという、離れ業をやってのけたクオン。
ヴライが吹き飛んだ方向を見やりながらも、地面に着地すると、『力』の反動によって吐き出された口元の血を拭う。
207
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:45:12 ID:A6IR5g3s0
「やるじゃねえか、あんた」
「――貴方は……?」
そんな彼女に、乱入者たるロクロウは、好奇の眼差しを向けて、語り掛ける。
遠目から、怪物相手に奮戦していたのは窺えていたが、実際にアレを吹き飛ばすのを目の当たりにしてしまうと、その規格外の強さに感銘を受けると同時に、己が夜叉の血が滾るのを感じていた。
「ロクロウさん……!!」
「助太刀に来たぜ、早苗。
ったく、一人で突っ走りやがって……」
「ご、ごめんなさい……。でも、クオンさんが危なかったので……」
慌てて駆け寄る早苗に、ロクロウは呆れた様子で嘆息すると、彼女は申し訳なさげに頭を下げる。
「……味方と考えて良いのかな?」
「応……、ロクロウだ、宜しく頼むぜ」
「私はクオン……。ロクロウ、早速で悪いんだけど、手を貸してくれると助かるかな?」
既にクオンの視線は、吹き飛んだヴライの方に向いている。
地に背を預けていたヴライは、ゆっくりと起き上がると、三人を鋭く睨み据えていた。
「言われるまでもねぇ。俺はその為にここに来たんだからな」
蠢く山に向けて、ロクロウも眼光を光らせると、妖しく煌めく剣を構える。
早苗もまた、ゴクリと生唾を呑みつつ、お祓い棒を振り上げる。
『……我ヲ阻ム蟲ガ、マタ増エタカ……』
一体の怪物と、三人の男女――。
互いに一触即発の空気を放つ中、山の如き巨獣は、前傾の構えをより前屈みにして、両の手に炎槍を顕現。
『良カロウ……、ナレバ此度コソ、汝ラ総テ滅却シ、我ガ武ヲ……否、ヤマトノ武ヲ、示ソウゾ!!』
開戦の号砲が如く、ヴライは炎槍を投擲。
迫り来る業火の塊を前にクオン、早苗、ロクロウは、それぞれ散開---爆心点より退避する。
爆ぜる大地と、迸る火花の嵐の中で、ロクロウとクオンはその脚力を以って、ヴライに肉薄せんと疾駆。
208
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:45:30 ID:A6IR5g3s0
「「……っ!?」」
しかし、炎獄を掻い潜ったその先に、そこにいたはずの巨躯は存在せず――。
「なっ…!? 一体何処に……?」
宙へと退避していた早苗も、ヴライの消失に驚きを露にするも、すぐに、その答えに行き着く。
「っ!? クオンさん、ロクロウさん!!」
自身の更なる上空から伝播する熱量。
いつの間にか、頭上を覆うように跳躍していたヴライの両掌には、日輪の如く輝く炎球があった。
早苗は、咄嗟に二人の名を叫び、警鐘を鳴らす。
『ヌゥンッ!!』
しかし、その呼び掛けによって、ロクロウとクオンが、ヴライの所在に気付いた頃には、天より振り下ろされた業火球が猛然と差し迫っていた。
早苗は慌てて、光弾の弾幕を撃ち込んで、その勢いを殺さんとするが、如何せん質量が違い過ぎる。
炎球の速度は緩まることなく、瞬く間に、宙に浮かぶ早苗に達そうとする。
「たぁぁあああああああっ!!」
刹那、全開の闘気を纏ったクオンが、地を思いっきり蹴ると、ロケットの如く天高く飛翔。
早苗を吞み込まんとしていた炎球を突き破り、これを霧散させると、勢いそのままヴライに迫る。
ヴライもまた二発の炎槍を連続投擲し、これを撃ち落とさんとする。
しかし、クオンが纏う金色の闘気は、二度の爆撃を真正面から受けても、尚健在。
勢いを殺されることなく、ヴライに肉薄していく。
咄嗟に剛腕が振り下ろされるが、クオンはくるりと身を翻して、躱しきる。
やがて、高度が巨獣の頭上を越えるや否や、空中で一回転―――遠心力に勢いを乗せて、自身を見上げる怪物の頭蓋に、踵落としを叩き込んだ。
『グッ……!?』
爆発的な衝撃に、巨獣の頭蓋は軋みを上げ、その巨躯は地上へと、叩き落とされる。
隕石の如く、豪速で地面へと叩きつけられると、大地は円状に陥没。
その周囲は罅割れ、捲れ上がった土砂が天へと立ち昇った。
209
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:46:01 ID:A6IR5g3s0
「――そこぉっ!!」
ダダダダダダダン!!
人間(ヒト)の姿を保った者達の攻勢は、尚も続く。
地に倒れ伏すヴライに対して、流星の如く光弾を叩き込む早苗。
着弾とともに、肉体が削られていき、その巨体は揺れ動くものの、ヴライはその身を奮起させ、ゆっくりと起き上がらんとする。
ザシュッ!!
『――ヌゥッ……!?』
脚に灼熱が走り、思わず膝をつきそうになるヴライ。
ザシュッ!!
ザシュッ!!
ザシュッ!!
目をやると、自身の脚部に何重もの斬線を刻み込んでいく、隻腕の剣士の姿があった。
『小癪ナァ……!!』
上体を穿っていく早苗―――。
脚部を斬り付けてくるロクロウ―――。
二方向からの同時攻撃を、ヴライは剛腕を振るい、薙ぎ払わんとするも―――
ガ ゴ ン ォ !!
天より降ってきたクオンが、ヴライの側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。
『ヌ……グゥッ!?』
頭の中で星が煌めくような衝撃が走り、ヴライの巨躯は水平に、二転三転―――地鳴りを轟かせながら、荒廃した大地を転がっていく。
黒と橙が混合した、うたわれるものの巨躯は、生々しい傷と土埃によって、すっかりと汚されてしまっている。
「早苗、ロクロウ、合わせて……!!」
地の味を噛み締めながら、上体を起こすヴライの視界が捉えたのは、猛然と自身に突貫する、クオンとロクロウの二人。
ダダダダダダダン!!
『……ッ!!』
迎撃の構えを取る前に、その視界は、天より降り注ぐ早苗の弾幕によって、遮られる。
顔面に殺到した爆撃を嫌って、右前腕で顔を庇うと、がら空きとなった胴体部に、クオンとロクロウが詰め寄る。
210
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:46:25 ID:A6IR5g3s0
「「おおおおおおおおおおおおおっ!!」」
ロクロウが左から、クオンが右から。
猛る強者二人から繰り出されるは、斬撃と拳打の雨あられ。
―――真向、袈裟、逆袈裟、左袈裟、左逆袈裟、刺突……。
隻腕の業魔が、一閃一閃に神速を宿して、ランゲツ流の剣技を叩き込んでいく一方で―――。
―――横打、斜打、突き、掌底、突蹴り、回し蹴り……。
金色を纏う天子は、その四肢を存分に活かして、その身を躍動させながら、連撃を撃ち込んでいく。
ヤマト最強はその巨躯を捻り、左前腕を振り回して、反撃を試みる。
しかし、二人は素早く跳び上がることで、これを躱すと、息つく間もなく、怒涛の勢いで、肉を切り裂く斬音と、内をも穿つ打刻音を、奏でていく。
ダダダダダダダン!!
無論、ヴライの巨躯にダメージを与えるのは、地上の二人の攻勢だけではない。
天より降り注ぐ早苗の弾幕もまた、ヴライの頭蓋に炸裂し、血肉を抉っていく。
『――オノレェ……』
三方向からの一斉攻撃を受けて、怪物の表情は、屈辱と憤怒に歪んでいく。
己は帝より『仮面』を賜った、ヤマトの矛。
その『仮面』を完全解放したからには、敬愛する帝の威光の元、最強であらねばならない。
しかし、今はどうだ。誉れある『仮面の者』は、オシュトルの側付きの女と、何処の馬の骨とも分からぬ者達によって、いいように痛めつけられているではないか。
このような恥辱が、許されるものか。
―――否ッ、断ジテ否ッ……!!
尚も猛攻仕掛ける連中を、忌々しげに見据えたヴライは、早苗からの弾幕の傘としている右腕―――その掌を開くと、そこに灼熱の炎を灯らせる。
早苗がいち早く異変を察するも、憤怒の猛炎は、既に膨張しきっており―――
『我ラ、ヤマトノ武ヲ、身ヲ以ッテ知レィッ!!』
怒声とともに、大地に叩きつけられると、直径数十メートル規模の爆炎が、盛大に弾けた。
「チィっ!!」
「きゃあっ!?」
風の障壁で身を護った早苗は、圧しきられる形で遥か上空へ。
ロクロウは身を焦がしながら、水平方向に吹き飛ばされる。
ただ唯一、金色の闘気を纏うクオンのみが爆炎の中では健在。
そのまま、燃え盛る炎を突っ切ると、跳躍―――ヴライの下顎目掛けて、アッパーカットを打ち込まんとする。
『図ニ―――』
しかし、再三クオンに苦杯を嘗めさせられたヴライは、この動きを読んでおり。
巨躯に似合わぬ俊敏さで身を捻り、彼女の拳打を躱すと―――
『乗ルナァッ!!』
カウンターとして、右の大振りを放ち、クオンの華奢な身体を地盤に叩きつける。
211
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:46:51 ID:A6IR5g3s0
「がはっ!!」
圧倒的な質量差、そして、無理矢理に引き起こされた『力』の酷使により、少女の肉体は悲鳴を上げ、血反吐を吐いてしまう。
ヴライは間髪入れず、炎槍を生成すると、クオンへと射出。
一撃目、二撃目と―――それが大地に着弾する度に、爆炎と地鳴りが連続していく。
まずは目下最大の戦力を排除せんと、クオンを徹底して狙い撃っているのだ。
「クオンさんっ!!」
爆風に吹き飛ばされながらも、直ぐに空中で体勢を立て直した早苗。
慌てて戦線に復帰すると、弾幕をヴライに浴びせ、懸命に妨害せんとする。
『目障リダ、羽蟲ッ……!!』
これを患しく思ったヴライは、早苗目掛けて炎槍を乱れ撃つ。
早苗は、風を纏いながら、俊敏に飛行し、これを躱していく。
炎槍が躱される度、ヴライの苛立ちは募っていき、必然とその意識は、早苗の方へと傾いていく。
--刹那。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
巨獣の背後より一つの影が跳び上がると、身体を何重にも回転させつつ、ヴライの首筋へと迫っていく。
影の正体は、戦線に復帰したロクロウ。
風に黒の長髪を靡かせる、獰猛な夜叉の紅き眼光が捉えるは、怪物のあまりにも太い首元。
これもμの力によるものなのか、そこには『仮面の者』の変身にも適応し、膨張した銀の首輪も見受けられる。
「その首、貰い受けるぜ!!」
恐らく、これに攻撃を加えれば、爆殺も狙えるだろう。
しかし、隻腕の業魔には関係ない。首輪ごと敵の首を斬り落とす---その一心で、巨獣の首元に、遠心力を乗せた刃を奔らせんとする。
212
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:47:21 ID:A6IR5g3s0
しかし――。
『ガアアアアアアアアッ!!』
「――何っ!?」
ロクロウが放つ殺気を、即座に感知したヴライは、咆哮と共に全身から爆炎を噴出。
その爆風の勢いに圧されて、渾身の刃は、ヴライの首に到達することなく、ロクロウの身体は、遥か上空へ。
「チィッ……!!」
ロクロウは舌打ちしながら、空中で身体を捻り、すぐに体勢を立て直そうとするも―――。
「っ!?」
真正面を向けば、宙へと舞い上がった黒の巨像が、追撃のために巨腕を振りかぶっていた。
咄嗟に手に握る剣で、防御せんとするが――――
『消エ果テヨ!!』
バ ゴ ォ ン !!
ロクロウの全身に、彼の人生でかつて体験したことがない程の、凄まじい衝撃が迸った。
盾代わりに構えた剣は、いとも簡単に粉砕され、自身の身体を大きく上回るサイズの剛拳を真正面より受けたロクロウは、矢の如く勢いで、彼方へと吹き飛ばされていった。
「ロクロウさんっ!?」
夜空の向こうへと消えていったロクロウに、悲鳴を上げる早苗。
しかし、次の瞬間には、その叫びに呼応するかのように、ヴライは宙にて反転。
ギロリと早苗を睨みつけると、間髪入れずに、炎槍を連続投擲。
「……っ!!」
超高速で飛来してくる二つの弾頭―――。
回避は間に合わず。早苗は咄嗟に風の障壁を展開して、身を護る。
ド ゴ ォ ン!!
ド ゴ ォ ン!!
鼓膜を突き破らんとばかりの轟音が、連続して響けば、黒と橙が入り混じる爆炎が、早苗の視界を埋め尽くしていく。
213
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:47:44 ID:A6IR5g3s0
「ぐ、ううう……!!」
一発でも被弾したら、あの世行きとなるのは必定だろう。
早苗は歯を食いしばり、障壁が砕けぬように、必死で耐え凌いだ。
しかし、爆炎が晴れて、視界が開けた時――。
「ぁ……っ!?」
早苗の目に飛び込んできたのは、ヴライが放ったであろう大火球が、目前に迫っていた光景であった。
今しがたの炎槍ほどの速さはない。しかし、あまりにも巨大なそれはもはや壁とさえ錯覚してしまうほど。
早苗に回避の猶予は与えられておらず、展開済みの障壁に、ありったけの風を纏わせ、これを受け止める他なかった――
バギバギバギバギ
だが。
「う、く……っ!?」
早苗を護る、風の障壁は軋み、今にも砕けそうな悲鳴を上げる。
ヴライの放った大火球は、その大きさと質量故に、風の障壁だけは止めきれず。
懸命に押し返そうと、早苗はありったけの風を込めて、障壁を満開にする。
しかし、そんな彼女の抵抗を嘲笑うかのように、大火球は容赦なく彼女を圧し迫る。
バギバギバギバギ
「ぐ、ぁああああああああっっ!!」
そして遂には、障壁ごと早苗を呑み込むと、勢いそのまま地上に激突。
大爆発とともに地は震え、天を衝く火柱が、夜天と荒廃した大地を繋ぎ合わせた。
「がはっ……ごほっ……、さ、早苗……」
血を吐きながらも、地に穿たれたクレーターより這い上がったクオンは、その惨状を目の当たりにして、言葉を失う。
豪ッ!!
「--っ!?」
だが、クオンに仲間の安否を気遣っている暇は与えられない。
早苗を片付けたヴライは、クオンを視界に捉えるや否や、急降下。
そのまま、炎を纏わせた拳を振りかぶり、クオンに殴りかかってきたのである。
214
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:48:06 ID:A6IR5g3s0
「このっ……!」
クオンは瞬時に、『力』を解放。
再び金色を全身から滾らせ、拳を繰り出してくるヴライに対し、自らも拳を放つ。
両者の拳は再度衝突し、大気が振動し、世界が軋むが、それは刹那の出来事。
「っう……!!」
当初よりも、纏う闘気が大分薄くなってしまったクオン。
『力』の出力も、大幅に弱まってしまったためか、ヴライの巨躯を僅かでも押し返すこと叶わず。
剛拳に押されると、大地にその躰を打ち付けられ、地盤に放射状の亀裂を走らせながら、めり込ませてしまう。
『ヌゥオオオオオオオオッッ!!』
地鳴りと震動を轟いた。
クオンは咄嗟に両の腕を交差させて、巨拳を受け止めた。
しかし、躰の負担が高まり、『力』の出力がままならない状況で、その威力を防ぎ切ることは叶わず。
『力』の反動と、外部からの圧倒的な膂力に、彼女の華奢な身体は絶叫を上げて、大地に埋没していく。
そして、尚もヴライは拳を振り下ろす。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
右の拳、左の拳を交互にして。
何度も、何度も、執拗に叩き込む。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
クオンの肉体のみならず、内包される魂魄すらも圧砕せんと。
容赦のない拳の嵐が、大地を揺らしていく。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
「ぐっ、あ”あ“あああああああああああああああああっ―――」
クオンは防御の姿勢を崩さない。
しかし、止め処ない真正面からの猛打と、『力』の酷使によって生じる内部からの崩壊―――二つの激痛に挟まれて、苦悶の叫びとともに、その端正な顔を歪ませていく。
それに伴い、命綱たる『力』も、徐々に減衰していく。全身に帯びる金色が霞んでいくのが、その証左になりえるだろう。
215
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:49:04 ID:A6IR5g3s0
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
徹底して撃ち込まれていく巨拳の嵐によって身体が軋む音と、大地が陥没していく音を耳にしながら。
クオンの意識は、徐々に混濁し、薄れていく。
(わ、たくしは……、ま、だ---)
それでも、未だ闘志は潰えていない。故に戦える、と―――。
腕のガードを崩さずに起き上がろうとするも、結局は天からの鉄槌にて叩きつけられてしまい、磔からの脱出は叶わない。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
無情にも迫り来る“終わりの刻”。
ヤマトの天子を内包するヒトとしての器は、既に限界を迎え、決壊寸前となっていることを、クオンは悟り始めていた。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
--ピタリ。
その時だった。
(……え……?)
不意に、巨拳の嵐が止んだ。
訝しながら、巨獣の様子を窺うクオン。
ヴライは、振り下ろしていた拳を引き戻しつつ、彼方を見つめていた。
既に彼の注意は、クオンには一切向けられていない。
一体何が―――と、クオンが身を起こした、その瞬間。
『―――ウォオオオオオオオオオオオッッ!!』
猛々しい咆哮が轟いたかと思うと、どこからともなく現れた巨大な影が、ヴライへと猛進。
『ヌゥンッ!!』
ヴライは拳で迎撃せんとすると、その巨大な影もまた、拳を繰り出す。
拳と拳が激突し、大気を震わせると、その振動が、地上にいるクオンの髪を激しく揺らした。
『――……。』
『クッハハハハハハ……!! コノ時ヲ、待チ侘ビタゾ……!!
漸ク、汝モ《仮面》ノ枷ヲ外シタカ……!!』
視界が晴れてきたクオンの瞳が捉えたのは、対になる二体の巨獣。
黒と橙を基調とする巨獣は、言うまでもなくヴライだ。
そして、もう一体。そのヴライと拳を交錯させるのは、白と蒼を基調とすると巨獣―――そのサイズ感はヴライのそれと同等のものであった。
「――ハ、ク……?」
クオンを庇うようにして立ちはだかり、ヴライに負けじと張り合っているのは、初めて見る巨獣。
だけど、その背中から垣間見える、どことのない頼もしさと温かさは、姿形こそ違えど、確かに覚えがあるもので。
クオンはぽつりと、その名を呟いた。
『サァ、互イニ縛ルモノハ無クナッタ……!!
今コソ、己ガ力ヲ存分ニ振ルイ、死合ウ時ゾ、オシュトルッ……!!』
『アァ……貴様トノ因縁、今ココニ断チ切ッテクレヨウ、ヴライッ!!』
地上でクオンが呆然と見上げる中。
二体の巨獣は、同時に咆哮し、拳を振りかぶり、激突するのであった。
216
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:49:35 ID:A6IR5g3s0
◇
ド ォ ン !!
「――ぜぇはぁ……、皆……!!」
東風谷早苗の身体を吞み込んだ、大火球が地に激突し、大爆発する頃。
熱風吹き荒れる戦場にて、オシュトルは満身創痍の身体に鞭打ちながら、戦禍のど真ん中へと駆け付けんとしていた。
自身が参戦してしまえば、余計な混乱と負担を、味方に与えかねないとロクロウに諫められ、固唾を飲んで戦況を見守るしかできなかったが、そのロクロウが盤外に弾き出され、早苗もまた理不尽なまでの火力によって、排除されてしまった今、オシュトルが駆けつけぬ理由などありはしなかった。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
焦燥に駆られるオシュトルの鼓膜に、断続的な轟音が突き刺さる。
巨獣が、大地に剛拳をうちつける音だ。
「――っ……、クオン……!!」
遠目にて確認できる、拳の集中砲火を浴びているのは、クオン。
亜人達の世界にて最初に出会い、右も左も分からなかった自分に「名前」を与えてくれて、世話をしてくれた少女。
怒ると怖いが、面倒見がよく、聡くて、強かで、そして、いつも傍にいてくれた、かけがえのない仲間だ。
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
ドゴォッ!!
そんな自分にとってかけがえのない、大切なヒトが蹂躙されている―――。
『仮面』の力を完全解放したヤマト最強は、たった一人のヒトを破壊するために、ひたすらにその剛拳を振るい落しているのだ。
217
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:50:02 ID:A6IR5g3s0
「止めよ、ヴライ!! 貴殿の狙いは某だろう。
某は、ここにいる!!」
クオンを見殺しには出来ない。
声を張り上げて、オシュトルはヴライの注意を引こうと試みる。
だが、その声がヴライに届くことはなく、苛烈な拳の嵐が止まることはなかった。
(くそっ……、今度ばかりは恨むぞ……。
己の無力さ、無能さ、不甲斐なさを……!!)
心の臓が張り裂けそうなまでに鼓動し、早鐘を打つのを感じながら、地を駆けていく。
「ぐっ、あ”あ“あああああああああああああああああっ―――」
接近するにつれて、轟く地鳴りは大きくなっていき、クオンの苦悶に満ちた悲鳴が鮮明に聞こえ始める。
(……クオン……!!)
オシュトルの脳裏に過るのは、彼女との最後の会話―――。
『……何でかな……。どうして、仮面(アクルカ)なんかを……』
『何故、貴方は、仮面を着けて、『オシュトル』の振りをしてるのかな……?』
『その……、私が戻ってきたら、包み隠さず話してほしいかな……。
貴方と《オシュトル》の間に、何があったのかを……』
自分の正体を悟り、しかし、それを頑なに否定する自分に対して見せた、寂しくて、悲しい表情。
着飾っている衣装は違えど、道中でいざこざはあれど、最後に自分を気遣い、面倒見良く接してくれたのは、間違いなく、いつものクオンで――。
『……それじゃあ、行ってくるから……』
寂しげな微笑みと共に去る彼女を、本当は呼び止めたかった。
自分のせいで、悲しむ彼女を見るのは、これ以上なく辛かった。
自分の口から真実を打ち明けて、隠していてすまなかったと、詫びを入れて、抱きしめてやりたかった。
218
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:50:20 ID:A6IR5g3s0
(……某は―――、自分は―――)
―――あの会話を以って、今生の別れとするものか。
―――クオンを失いたくない、救いたい。
オシュトルの中で、そんな"願い"が膨れ上がっていく。
「友よ、某に力を……!!」
息を切らせながらの疾走の中、気付けば、己が仮面に手を添えていた。
友より託された、揺るぎのない意思を宿した仮面。
その仮面に、祈るように、縋るように、"願い"を込めていく。
「仮面(アクルカ)よ―――」
ヴライとクオン達が交戦する中で、オシュトルは幾度となく、自身も同様に変身せんと試みていた。
しかしながら、主催が『仮面』に制限を掛けた影響か―――『仮面』の力を完全解放することは叶わなかった。
ヴライが如何にして、主催の制限を突破したのかは不明だ。
だが、クオンを救うためには、彼と同じくその制限を突破した上で挑まねばならない。
「扉となりて……根源への道を開け放てっ!!」
だからこそ、藁にも縋る思いで。
オシュトルは、ありったけの“願い”を込めて叫んだ。
根源につながる力を呼び覚まさんと、再び『仮面』に訴えかけた。
瞬間―――。
「……っ!?」
オシュトルの視界は眩い光に覆われた。
次に感じたのは、浮遊感。
全身を伝うは、灼熱を帯びた大いなる力の流れ。
白に塗りつぶされていた視界が晴れると、此方を見据えるヴライの姿が目に入る。
大地を揺らしていた、その巨腕は既に引っ込められている。
そして彼と交わす視線が、見上げるような形ではなく、同じ高さになっていたことを悟ると――。
『―――ウォオオオオオオオオオオオッッ!!』
白の巨獣と化したオシュトルは、大地に轟く咆哮と共に、地を踏み砕くと、黒の巨獣へと飛びかかったのであった。
219
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:50:43 ID:A6IR5g3s0
◇
本来であれば、『仮面』の力の完全開放―――すなわち、巨獣への変身は、殺し合いにおけるゲームバランスを崩壊させかねないものとして、主催からは細工(ストッパー)を施され、封じられていた。
しかし、ヤマト最強の武士は、その道中における破壊神との交戦、そして、『根源』への過剰アクセスを契機として、その抑止を突破。己が姿を、黒と橙を基調とした巨獣へと昇華させた。
それでは、オシュトルの『仮面』の完全開放は、如何にして発現に至ったのだろうか?
予め断っておくが、この殺し合いの監獄を管理している主催者は、支給品である『仮面』に対して、同等の制限を掛けていた。決して、オシュトルの『仮面』への細工だけ、手を抜いていた訳ではない。
ヴライの力の解放が、前述の通り、二つの事象が重なったことがきっかけであったように、オシュトルもまた、二つの大いなる力が併さった結果、『仮面』の完全開放に至ったのだ。
まず、一つ目。
これはヴライと同じく、『仮面』に施された制限装置―――これが『破壊』の力によって損壊したことが根幹にある。
きっかけは、ヴライの拳を仮面に受けた、あの瞬間にあった。
破壊神との交戦により、『破壊』の衝撃を受けたヴライは、仮面と、それに施された細工に損壊を与えられただけに留まらず、僅かながら、その躰の内に『破壊』の残滓を内包していた。
そして、その力の残滓は、ヴライの意識しないところで、彼が織り成す破壊行為に反応。それに力を貸し与えていたのだ。
こうして、ヴライの『破壊』の残滓を帯びた拳を受けたオシュトルの『仮面』は、亀裂が生じ、ヴライのそれと同様にして、内部の制限装置も損壊を受けることとなったのだ。
とは言え、破壊神の衝撃を直接受けたヴライの『仮面』を比べると、その損傷具合は微々たるものに過ぎなかった。
220
:
戦刃幻夢 ―君臨する白―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:51:02 ID:A6IR5g3s0
それでは、何故この微かな破壊から、制限装置の完全停止に至ったのだろうか?
こちらにも、『破壊』とはまた異なる、二つ目の大いなる力が深く関わることになる。
事は、激昂したクオンの蹴撃が、オシュトルに容赦なく叩きつけられた瞬間にまで遡る。
クオンは元々その躰の内に『願い』の神ウィツァルネミテアを宿していたが、知っての通り、北宇治高校での大戦を経て、それはクオンの元から消え去った。
しかし、完全に消失したという訳ではなく、その一部を、クオンの躰の内に残していた。
今でこそ、この残滓を制御し、『超常の力』発現のための歯車として活用しているクオンであるが、当初この『願い』の断片は、彼女の制御下にはなく、不定形且つ不安定なものであった。
例えるならば、器に収まっていない液体のようなものであり、クオンの意思とは無関係に、外部と激しい接触を行えば、その欠片は無作為に撒き散らされていた。
そして、クオンに無慈悲な蹴撃を叩き込まれたオシュトルもまた、激しい痛覚と同時に、図らずとも、微弱ながら『願い』の断片を身に宿すこととなった。
そして、時を経て、その『願い』の残滓が、「クオンを護りたい」というオシュトルの強い願いに呼応―――その力を以てして、オシュトルが装う『仮面』に干渉。
『仮面』の内にある制限装置の損壊箇所を拡張させ、最終的には機能停止へと追いやった。
その結果として、オシュトルは『仮面』の完全開放に至ったのである。
だが、ここで疑問が一つ残る。
『願い』の残滓が撒き散らかされていた間、オシュトル以外にも、クオンによる猛打を浴びた者はいた。
ヴァイオレットとヴライである。
しかし、現在のところ、彼女らに『願い』の力が発現する気配はない。
それでは、二人には『願い』の断片が宿らなかったということになるのだろうか――?
答えは否―――。ヴァイオレットもヴライもまた、その躰に、『願い』の神の残滓を宿したのには違いなかった。
では何故オシュトルのみ、“願い”に呼応したのだろうか?
それは残滓に込められた大いなる意志が、オシュトルの“願い”に共鳴したからだ。
オシュトルが「クオンを護りたい」と強く願ったのと同じくして、欠片となった『願い』の神の意思もまた、己が『同胞』になり得る元の宿主を失いたくないと同調したのだ。
故に、大いなる意思を味方につけたオシュトルだけが、『願い』の力を発現。
最終的に、『仮面』の完全開放に至ることが出来たのである。
『破壊』の神と『願い』の神―――。
この殺し合いの会場で、激闘を繰り広げた二つの神の残滓は、再び一人の漢の中で交錯し、『仮面』の完全開放による『根源』への到達という、奇跡を顕現させたのであった。
221
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/10(日) 12:51:23 ID:A6IR5g3s0
投下終了します。続きは後日投下します
222
:
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:36:57 ID:w7MuKjnQ0
投下します
223
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:37:51 ID:w7MuKjnQ0
◇
「おいおい、さっきの啖呵はどうしたよ、あかりちゃ〜ん♪
私に鉛をぶち込みまくって、懺悔させるんじゃねーのかよ?」
「……くっ……!?」
間宮あかりの怒りと、ウィキッドの悪意が交錯する戦場は、銃撃と爆撃の二重奏が絶え間なく響き渡り、元々散らばっていた火神(ヒムカミ)の残滓に付け足す形で、爆炎と土煙が彩りを与えていた。
「最初だけは良かったんだけどさぁ。
こんな、へなちょこ射撃じゃ、ピンクチビ先輩も浮かばれないわぁ―――」
爆炎と土煙の先で、わざわざ神経を逆撫でするような言葉で語り掛けてくる、“アリア”の声色。
「黙って……!!」
視界は遮られてはいるものの、あかりは、研ぎ澄まされた聴覚と、培われた勘を頼りに、声のする方へと銃火を返す。
しかし、視界の向こう側では、ほぼ同時に、魔女が素早くステップを刻んで、大きく跳躍。
数発の弾丸は、その小さな体躯を掠めて肉を抉るも、痛みに慣れた魔女の動きを殺すには至らず。
立て続けに、宙に躍動中のウィキッドの胴体目掛けて、弾丸を射出していくも、多くの弾丸が的を外れ、辛うじて二発ほどが腹部に穴を穿つ程度。それだけでは、ウィキッドの活動を停止することは叶わない。
「はい、残念〜!!」
「っ!?」
お返しとばかりに投擲される三つの手榴弾。
あかりは瞬発的に、後方へと飛び退きつつ、引き金を引いて、三発。
それぞれが空中で手榴弾に直撃し、爆ぜる。
撃墜に成功するも、再び爆発によって生じた爆炎と土煙が、あかりの視界を遮り、ターゲットたる魔女はせせら嗤う。
224
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:38:11 ID:w7MuKjnQ0
「あーあー、こんな出来の悪いのが、私の後輩だったなんて、興醒めだわぁ」
「――るさい……」
アリアと同じ声色で、アリアの口調を模倣して、アリアに成り切って、挑発してくるウィキッドに、あかりは苛立ちを弾丸に乗せて、放つ。
しかし、その悉くは魔女を捉えることは出来ず、反撃の爆弾を見舞われては、防戦および回避に専念せざるを得なくなってしまう。
開戦当初こそ、正確無比な速射を繰り出す、あかりが全面的に圧していたのだが、時間が経つにつれて、戦況は一変。あかりの狙撃が、精密さを失うにつれ、自身が巻き込まれることも省みない爆撃を繰り出す、ウィキッドに趨勢が傾くようになった。
――それでは、何があかりの射撃の精度を狂わせているのか?
傍から見れば、あかりの視界を遮り、立ち込める爆炎と土煙―――それこそが原因であるようにも思える。
しかし、その実、間宮の術を解禁したあかりにとってみれば、感覚を研ぎ澄ますことで、視覚情報に頼らずとも、聴覚と気配から、相手の位置取りを察知することは、そう難しいことではない。
事実、狙撃の際は、ウィキッドのおおよその位置情報は把握できていた。
にもかかわらず、何故あかりの狙撃は、魔女を捉えきれないのだろうか?
「うえーん、ママぁ……、あかりの射撃が下手くそすぎて、私の仇取ってくれそうにないよーん」
「――うるさい……!!」
根本の原因は、あかりの内で蓄積されていく、怒りと苛立ちにあった。
225
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:38:51 ID:w7MuKjnQ0
アリアの姿と声を借りて―――
アリアの口調を真似て―――
アリアの人格を貶める言動を織り交ぜての―――
度重なる挑発の類によって、引き起こされた激情は、あかりの手元を狂わし、弾道を逸らさせ、結果として、ウィキッドの被弾率を激減させていったのである。
「先輩は、そんな事言わない!!」
バババァンッ!!
怒声と銃声が重なった刹那、放たれる弾丸。
しかし、それらもまたウィキッドの身体を貫くには至らず。
「下手くそで、出来損ないで、お馬鹿さんのあかり。
あんたさぁ、才能ないんだから、武偵なんて、さっさと辞めちゃえば〜?」
偽のアリアは、更なる罵りを口添えして、またしても両の手に爆弾を顕現―――更なる爆撃に邁進せんとする。
瞬間――
「――鷹捲っ!!」
「っ……!?」
突風が正面より突風が吹き抜けたかと思えば、弾丸に勝るとも劣らぬ速度で、砲弾に近い”何か”が肉薄。
寸前で、身を捻ることで直撃を避けるものの、先の突風によって、付近に立ち込めていた爆炎や土煙は、吹き飛び、視界は明瞭になった。
即座に振り返り、今しがた突き抜けた“何か”を捉えようとするも―――
ババババババァンッ!!
ウィキッドは、思考を巡らせる間もなく、鼓膜を殴打する銃声と銃火に晒された。
「……ごほっ……!!」
全身に風穴を空けられ、苦悶の声を漏らしたウィキッド。
銃撃の主は勿論、あかりだ。
鷹捲自体は躱されてしまったが、その余波によって齎された、晴れた視界、縮まった射程、捉えた魔女の隙―――。
そんな好機を、“間宮の継承者“が逃す筈もなく、間髪入れずに、銃弾を装填すると、血反吐を吐くウィキッドに、容赦なく銃弾を浴びせていく。
226
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:39:25 ID:w7MuKjnQ0
ババァンッ!!
「……ぐがっ……!!」
ババァンッ!!
一発、二発と弾着を重ねる度に、血飛沫が弾けて、ウィキッドの身体が後方に仰け反っていく。
ババァンッ!!
ババァンッ!!
ババァンッ!!
「ぐ……ぎあ……!!」
執拗に、且つ、無慈悲に浴びせられる弾丸の雨霰。
全身に風穴を穿たれては、そこから生じる灼熱の痛みに、呻きを漏らす、ウィキッド。
あかりは、尚も冷徹に、銃の引き金に指を掛け、更なる弾丸を見舞おうとする。
「ま、待って……!! 私を撃たないで、あかり!!」
唐突に片手を突き出し、制止を呼び掛ける、憧れの先輩の紛い物。
そんな彼女の姿に、ピタリと、引き金を引かんとするあかりの指が一瞬止まった。
贋物だということは十二分に理解している。
しかし、大好きな先輩と同じ容姿で、同じ声色で、同じ口調を以って、懇願されてしまっては、あかりとて、反射的に手を止めてしまうのは、無理からぬこと。
「きゃは――」
その一瞬の躊躇いを、魔女は逃さない。
刹那、手に持つ爆弾を、あかり目掛けて投擲。
「っ……!!」
あかりは、咄嗟に後方に跳んで、爆弾を回避。
どかんっ!!!
と、爆弾が地面に着地するのと同時に、先程までのものよりも広範囲激しい爆炎と衝撃がまき散らされる。
どかんっ!!!
更に爆音の木霊が連続していき、辺り一面は瞬く間に、爆炎と煙によって覆われてしまう。
227
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:39:59 ID:w7MuKjnQ0
「……くっ……、ウィキッド……!!」
爆音は尚も続いているが、その発生源が徐々に遠のいていく。
この爆撃は、あかりの進行を牽制するためだけのものではなく、逃走の為の煙幕の役割も兼ねているのだろう。
「――逃がさない……!!」
あかりは、爆煙の中へと飛び込んで、逃走するウィキッドを追撃せんと、駆け出す。
炎と煙が視界を遮り、一寸先すらも見通すのは至難の業ではあるが、それでも飛来してくる爆弾を躱し、時に撃ち落としていく。
そして、投げ込まれる爆弾の方向、角度、タイミングから、投擲手の位置取りを推測すると―――
「そこっ!!」
あかりは、煙の向こう側に銃口を向け、引き金を引いた。
「――い”だい”っ!! い”だい”よぉ、ママぁあああああああああ!!」
「……っ!?」
銃声の木霊として返ってきたのは、大好きだった先輩の情けない悲鳴。
(……あの人、どこまでも、先輩を侮辱して……!!)
唇を嚙み締めると同時に、自分の頭に血が上り、カッと熱くなるのを感じる。
込み上げてくる激情を、引き金を引く力に変えて、容赦なく発砲を続ける。
「――あ“あ”あ“あああああああ、助けて、ママぁあああああ!!!
頭の悪い後輩が、私を虐めてくるよぉおおおお!!」
尚も、耳に飛び込んでくる、神経を逆撫でしてくるアリアの声。
その間も、爆炎は、絶えず生成されていく。
視界の向こうでは、あの悪女が、舌を出して嗤いながら、アリアを演じていることだろう。
「それ以上、アリア先輩を穢すなぁああああああああ!!」
気が付くと、自分自身でも驚くほどの怒号を張り上げ、激情に身を任せて銃火を乱射しながら、爆炎の中を駆け抜けていた。
もはや、狙いも、定めもあったものではない。
ただただ、怒りのままに、仇敵がいるであろう方角に弾丸を撒き散らしては、追走していく。
228
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:40:36 ID:w7MuKjnQ0
「――ひぃいいっ……!! 来ないで……、来ないでぇ……!!
……ママぁ……ママぁあああああっーー!!」
もう、うんざりだ。
可能であれば、自分の耳を千切って、聴覚を完全に遮断してしまうとさえ思った。
「あかりのくせにぃ……、あかりのくせにぃ……!!」
こんなにも、他人に対して、悪感情を抱いたのは、未だかつてなかった。
間宮の里を焼き討ちにされたときも、夾竹桃と再会したときでさえ、未だ冷静さを保つことが出来ていたのだと思う。
「――私に、こんな事して!!
絶対に、ママに言いつけてやるぅうう!!」
頭の中に灼熱を感じる。
もはや、何も考えることはできない。
ただ、感情に突き動かされるまま、銃の引き金を引いて、無我夢中に駆けていく。
「――ママぁ……ママぁ……!! 痛いよぉ……怖いよぉ!!」
駆けて、駆けて、炎と煙の中を突き進み―――
「――ママぁ……ママぁ……!! 何で助けてくれないのぉ!?」
駆けて、駆けて、茂みを突っ切り―――
「――ママぁ……ママぁ……!! お菓子買ってぇ!!」
駆けて、駆けて、ただひたすらに、銃を撃ち続けて―――
やがて、煙幕を突破して、視界が開けた場所へと辿り着くと―――
「――見つけた……!!」
「っ……!?」
目を見開き、自身を見据える、“アリア“の姿を認めた。
229
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:41:01 ID:w7MuKjnQ0
ババァンッ!!
すかさず、乾いた銃声を鳴らし、偽者の左脚と右脚に、一発ずつ弾丸を叩き込む。
「あ”っ……、がぁあっ……!!」
被弾した箇所から噴出する、紅色の花火。
“アリア“は苦痛に顔を歪めて、その場に倒れ込むが、銃の照準はそのまま。
一旦動きを殺すことは出来たが、超回復能力を保有しているが故、油断は許されない。
再び、立ち上がるような素振りを見せるようものなら、徹底的に銃弾を浴びせるつもりでいる。
「……あ”…が……、…り”ぃ……」
恐らく、先の炎煙越しの乱射によるものだろう。
偽のアリアの喉からは、血が垂れ出ており、銀色に煌めいていたはずの首輪が、紅く彩られている。
ヒューヒューと、苦しそうに呼吸する音が、彼女の口から漏れているのを耳で捉えつつ、あかりは銃口を向け続ける。
「その状態では、喋ることは出来ない……。
謝る気があるのなら、そのまま動かず、大人しくしてください」
冷酷且つ淡々と、言葉を紡いでいくあかり。
発声することが難しいのであれば、喉の損傷が回復するまで待つしかない。
幸いにして、ウィキッドは人智を超えた再生力を有している。
数分もすれば、その口から懺悔の言葉を吐き出すことが出来るだろう。
230
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:41:52 ID:w7MuKjnQ0
「……ま”っ……、…で……」
死刑執行人が如く、冷たく見下ろしてくる、あかり。
そんな彼女に対して、“アリア”は首を小さく左右に振り、先刻と同様に片手を突き出し、静止を呼びかけようとする。
バァン!!
「……ぎぃっ……!?」
瞬間、突き出された手の甲に赤黒い穴が穿たれた。
“アリア“は声にならない悲鳴をあげて、被弾した手を、もう片方の手で庇う。
「――動かないでって言いましたよね?
あたしは、あなたに、償い以外の言動は求めていないから…!!」
怨敵を前にした復讐の執行者―――今のあかりを言い表すなら、まさにそれに相応しかった。
少々天然なところこそあれど、人懐っこい笑顔の似合う、明朗快活な少女の姿は、ここにはない。
「……あ”……、が……」
そんなあかりの剣幕に圧倒されたのか、負傷した手を抑えながら、その場で静止する、“アリア“。
それでも、何かを伝えようと、懸命に言葉を紡がんとする。
―――不快だ。
あかりの手に握る銃が、震える。
憧れの先輩の面貌で、あえて惨めな姿を晒すそれは、あかりにとって不快以外の何ものではなかった。
故に、喉の傷が癒えるまでは、これを完全に黙らせるべく、更に圧をかけんとしたその時――。
「――首輪を狙って、あかりちゃん!!」
背後から響く叫び声に、振り返ると、そこにいたのは汗びっしょりのまま、肩で息をしている久美子であった。
非力ながらも、やはり戦局が気になったのであろう---息切れしつつも、あかり達の戦いを見届けんと、ここまで駆けつけてきたのが伺える。
231
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:42:16 ID:w7MuKjnQ0
「……黄前さん……?」
「首輪を狙って!! じゃないと、そいつは殺せない!!」
ウィキッドと同じく、鬼の力を得た親友の最期――。
それを目の当たりにしたからこそ、認知した、鬼に堕ちた者の殺し方を、久美子は反芻する。
だが、あかりとしても、首輪の作動こそが、現状ウィキッドを葬り去る唯一の手段であることは、実戦を通じて、認知していた。
しかし、あかりは、その手段を行使するつもりはない。
「――黄前さん、私はこの人に別の方法で償わせる……。だから――」
「あかりちゃんは、そんな奴が、心から謝罪すると思うの?
平然と他人を痛めつけて、弄んで、命を奪って……挙げ句の果てに、その人の人格まで汚すような奴が……!!」
「するか、しないかじゃないよ、黄前さん……!! させるの……!!
償いをする気がないのであれば、徹底的に風穴を空けて、分からせる……!!」
「私も、そいつを痛めつけて、苦しませることには、賛成だよ?
だけど、仮にそいつが、謝罪でもすれば、あかりちゃんは、そいつのやったことを許せるの……?
無罪放免で許せる訳……? あかりちゃんの大事な人を殺した、そいつを……!!」
「……っ……」
「少なくとも、私は、麗奈を奪ったこいつを絶対に許さない……!! 何があっても!!」
語気を荒げて、あかりの決意に異を唱える、久美子。
そんな久美子の剣幕に、あかりは思わず押し黙ってしまう。
久美子の言っていることは尤もだ。
仮に、ウィキッドから懺悔の言葉を引き出すことができたとしても、それで、あかりや久美子の心が晴れることは恐らくないだろう。
232
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:42:36 ID:w7MuKjnQ0
しかし、それでも――
「――武偵に、人は殺せない……」
『殺さない』ではなく、『殺せない』。
間宮あかりは、武偵であり続けるため、ウィキッドの首輪の作動を狙うことはない。
「それは、あかりちゃんのルールでしょ……!! 私に押し付けないで……!!
あかりちゃんのルールで裁いても、私は納得しないから!!」
「あたしは、黄前さんに、押し付けてなんか――」
「ううん、押し付けてるよ!!
あかりちゃんは、あかりちゃんの先輩のことも、麗奈のことも、一括りにして、あかりちゃんのルールで裁こうとしている」
しかし、久美子にとって、あかりの事情など、知ったことではない。
二人とも、魔女に対して、罰を与えるべきだという点では、一致はしている。
しかし、仮にあかりのやり方で、ウィキッドが、悔い改めることがあったとしても、受け入れるつもりは毛頭ない。
忌まわしき魔女への罰は、『死』以外にはありえないと確信しているからだ。
「――……。」
久美子の糾弾に、あかりは言葉を詰まらせた。
あかりは、武偵のまま、ウィキッドに激情をぶつけて、償わせるという道を選んだ。
しかし、その決意に至るにあたって、もう一人の被害者である久美子の心情を全く考慮に入れてなかったのは、事実であったからだ。
魔女の断罪を実行するのであれば、同じく、魔女の悪意に翻弄された者として、久美子の意思を無碍にすることはできない。
故に、あかりの内で固められていた決意は、揺るがされる。
233
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:43:06 ID:w7MuKjnQ0
「それに――」
言い淀むあかりに、久美子は更なる言葉を紡ぐ。
今尚も苦しそうに呼吸する偽者を指差して、あかりの決意を更に揺るがす、決定的な言葉を。
「あかりちゃんは、人は殺せないって言うけど、そいつは『人』なの……?」
「……っ!?」
自身の決意の根底を揺るがす指摘に、大きく目を見開く、あかり。
久美子は尚も、言葉を重ねていく。
「頭を撃っても、心臓を撃っても、死なない『鬼』なんだよ、あいつは……。
だから、あかりちゃんが言う『人』じゃない!!」
「――ぁ……」
久美子の言及に、あかりは、思い知らされる。
度重なるウィキッドの挑発により、頭に血が上り、冷静な思考を欠いていたため、失念していた。
そもそも、自分達の目の前にいる者は、姿形こそ、自分がよく知る人間であれど、その本質は、人間から逸脱してしまった存在―――つまり、武偵法の定める『人』には、そもそも該当しない可能性があることに。
「だから、例えあいつを殺しても、あかりちゃんは、ルールを破ることにはならないの!!
分かるでしょ!? あいつは、『人』じゃない、人間を食い物にする、化け物なの!!」
“特別”を奪われた少女は叫び、訴えかける。魔女への怒りを原動にして。
ウィキッドという存在は、既にあかりを縛る制約の対象外にあると。
故に、殺してしまえと。
「だから、首輪を狙って、あかりちゃん!!
あいつは、別に殺してしまっても、問題ないの!!」
「――あ、あたしは……」
殺害を促され、武偵の少女が握る銃は再び、揺れ動く。
ウィキッドを殺しても、武偵のままでいられる――そんな解釈をぶつけられたがため、己の内で抑えていたドス黒い感情が、再び湧き上がるのを感じた。
間宮の術を解禁した自分にとって、偽アリアの首輪を射抜くのは、造作もない。
故に殺せる―――そして、それを阻かんでいた制約はもはや存在しない。
234
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:43:58 ID:w7MuKjnQ0
「あかりちゃん、撃ってよ!! 殺してよ!!
そいつが動けない、今のうちに!!」
「……あたしは――」
久美子に煽られるがまま、溢れ出る殺意が全身に染み渡っていくのを感じる。
しかし、同時に、それを拒む理性も、確かに存在していた。
もはや『人』ではなくなったからという理由で、『人』を辞めたものを殺めてしまって、本当に良いのだろうか、と。
それを行なってしまった時、果たして、アリア達は自分を肯定してくれるのだろうか、と。
(アリア先輩……、あたし、どうすれば……?)
感情と理性がせめぎ合い、あかりは銃を構えたまま、もう片方の手で頭を抱える。
苦悩するあかりに対して、久美子は、尚も喚いている。
殺して……、早く殺してよ、と。
その時だった―――。
バ ン !!
「…っ!?」
「きゃあ!?」
突如として一帯に閃光が弾けると、あかりと久美子の視界は、真っ白に染め上げられる。
ガサガサ
目が眩んだ二人が次に知覚したのは、茂みを搔き分ける音。
「――ウィキッドっ!!」
いち早く視覚を回復したあかりの目に飛び込んできたのは、偽のアリアが自分たちに背を向けて、遠ざかろうとしている姿。
偽りの武偵は、あかりと久美子が揉めている隙に、フラッシュバンを顕現。
間髪入れずに投げつけて、二人の視覚を奪ったたうえで、逃走を図ったのだ。
しかし、両足の損傷が尾を引いて、身体を引き摺るよう様な形での歩行となってしまい、二人の視力が回復しきる頃になっても、まだその背は捉えられていた。
「――殺して、あかりちゃん!!」
「逃がさない……!!」
バババァン!!
久美子の号令に呼応するかのように、あかりの銃口が火を噴いた。
「……がはぁ……!!」
弾丸は全てその背中に着弾。
三点の赤黒い穴が穿たれると、”アリア”は、前のめりに倒れた。
235
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:44:39 ID:w7MuKjnQ0
「……ぁ……が……」
満身創痍となった、”アリア”。
しかし、それでも懸命に身を捩らせて、芋虫のように地を這い、尚も逃走を試みる。
「――まだ、そんな……!!」
尚も、憧れの先輩の姿で、醜態を披露せんとするその様に、あかりは再び、頭に血が上る感覚を覚えた。
怒りのままに、更に弾丸を叩きこむべく、銃の照準を、その背中に定める。
だが、そんな彼女の照準を遮る様に、一つの影が飛び出すと、一直線に”アリア”の元へと駆け出した。
「うああああああああああああああああああ!!」
「黄前さん……!?」
烈火の如き咆哮を上げながら、"アリア"の元に辿り着いた、久美子。
ふわりとした髪を揺らしながら、その両手を振り上げる。
両の手に握られているのは、漬物石くらいのサイズの岩。
勢いそのままに、それを、偽のアリアの後頭部へと叩きつけた。
ガゴン!!
「……がぁ……」
鈍い音と共に、偽のアリアの頭が地面に叩きつけられる。
そして、その身体が、びくんと大きく痙攣したかと思うと、それっきり動かなくなった。
「……はあっ! はあっ!」
完全に沈黙した"アリア"。
久美子は、荒れた自分の呼吸を整えると、血痕が付着した岩を、再び頭上に振り上げる。
狙うは、眼下の悪魔の首元に巻かれている、銀色の首枷―――これを作動させれば、麗奈の仇を討てる。
「待って、黄前さん!!」
「っ……!? 放してよ、あかりちゃん!!」
だが、振り下ろさんとしてたその腕は、寸前で、あかりの手によって引き止められる。
久美子は、キッとあかりを睨みつけて、自らの復讐を阻んだその腕を振り払わんとする。
しかし、あかりも譲らない。
「やっぱり、駄目……!!
例え、相手が人じゃなくなったとしても、殺すのだけは違う……」
結局、あかりは、ウィキッドへの不殺を選択した。
度重なるアリアへの侮辱で、あかり自身も、ウィキットに対しては、間違いなく憎悪を募らせている。
しかし、それでも、あかりは、敬愛するアリアの戦姉妹として、一線を越えることは避けた。
もしも、アリアが同じ状況に陥ったら、どんな決断をするのか―――それを考えたうえでの答えだった。
236
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:45:31 ID:w7MuKjnQ0
「いい加減にしてよ!! それは、あかりちゃんのルールでしょ!?
そんなの、私に押し付けないでよ!!」
しかし、そんな決断は、久美子にとって、無為なものでしかない。
久美子は、あかりの手を強引に振り払おうともがき、あかりは、それを制圧しようと身を乗り出す。
その瞬間―――
「はいはい、二人とも、喧嘩しないのー」
パンパンと手を叩く音と、聞き慣れた声が、響いた。
ハッと我に返った久美子とあかりが振り返ると、茂みの向こう側から、歩み寄って来る人影があった。
「「――えっ?」」
その姿を目の当たりにして、二人は言葉を失った。
それも無理はない。
何しろ、二人の眼前に現れたのは―――。
「……どうして……?」
緋色と白を基調とした制服を身に纏い、ピンク色のツインテールの長髪を靡かせた―――
「ア、アリア先輩……?」
自分達の眼下で沈黙している、『神崎・H・アリア』。
その人と、まったく同じ容姿をしていたのだから―――。
「きゃははは、何が何だか分からないって顔をしてるねえ、お二人さん」
同じ空間に、死んだはずのアリアが二人存在するという異常事態。
久美子とあかりは、混乱の極みに立たされ、唖然とする他ない。
そんな二人の反応を見て、その“アリア”は愉快そうに、口角を吊り上げる。
「まぁまぁ折角だし、種明かししてやんよ♪」
ケラケラと嗤いながら、懐から取り出されて、二人の前に掲げられたそれは、一本の杖。
237
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:46:02 ID:w7MuKjnQ0
「こいつは、『へんげのつえ』。
死んだピンクチビからパクったもんなんだけど、これが中々便利でさぁ。
こいつを使えば、あっという間に、他人に変身することができるんだよねぇ」
まるで、自慢の玩具をひけらかす子供の様に。
“アリア”は、『へんげのつえ』をクルクルと弄びながら、その効果を説明する。
「当然、変身を解除することだってできる、あっという間にね」
こんな風にね、と。
“アリア”は、その手に持った『へんげのつえ』を、自らの頭へと翳した。
瞬間、煙の様なものが“アリア”の全身を包み込み、その姿を覆い隠してしまう。
そして、数秒後――その煙は晴れて、再びその場に姿を現したのだが……。
「これが、本来の私―――」
そこにいたのは、アリアと似ても似つかない、別人。
薄い茶色の髪はボサボサで、無駄にはだけた制服とミリタリーベストを身に纏い、獰猛且つ好戦的な笑みを張り付かせている少女。
「アンタらが、憎くて憎くて仕方ないと思っていた、楽士ウィキッドの本来の姿ってわけよ。
宜しくねー!!」
「――待ってよ……」
「くすっ――、どうしたんですかぁ、間宮さん?」
ウィキッドの“種明かし”を、呆然と聞いていたあかりは問いかける。
顔を強張らせ、声を震わせながら。
「あなたが、ウィキッドだとしたら……。
こっちの“アリア先輩”は、一体……」
チラリと見下ろしたのは、動かなくなった“アリア”――。
アリアだけではない。久美子もまた、事の重大さを認識したようで、青ざめた顔で、「あ…ぁ…」と呻き声を上げていた。
動揺する二人を、ウィキッドはニヤニヤと眺めると、これが答えだと言わんばかりに、倒れ伏せる“アリア”に向けて、杖を振り下ろし、変身の解除を実行。
忽ち、“アリア”は煙に包まれるも、数秒の後、そこから本来の姿を露わにした。
「……そ、んな……」
露わになった、その人物の姿を目の当たりにして、あかりは言葉を失う。
予感はしていた――。
しかし、実際に現実を突きつけられると、あかりは絶望に打ちひしがれ、膝から崩れ落ちた。
そんな彼女に対して、魔女は口元を歪める。
「あーあー、カナメ君も可哀想にねぇ」
スドウカナメは、手脚や背中に穴を穿たれ、倒れたまま――。
うつ伏せで、その表情を伺うことはできないが、微動だにすることもなく、その活動を停止していた。
238
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:46:27 ID:w7MuKjnQ0
◇
「――い”だい”っ!! い”だい”よぉ、ママぁあああああああああ!!」
銃撃と爆撃が交差する戦場にて。
この会場で殺害したSランク武偵の姿を借りた魔女は、身体に幾つもの弾痕を刻まれながら、憎悪に駆られる後輩武偵の追撃を、捌いていた。
弾丸が身体を貫き、灼熱の痛みが生じる度に、馬鹿みたいな悲鳴を上げるが、実際にはこれしきの痛みで、魔女の心が折れることはない。
あくまでも、憎悪に駆られる後輩武偵を、揶揄うために、泣き喚いているに過ぎない。
(さぁて、どうしてやろうかなぁ)
頭の悪いマザコン女を演じながらも、魔女は、新しく見出した玩具をどのように虐めてやろうか、ほくそ笑む。
再三揶揄った甲斐もあり、あかりは既に激昂状態で、冷静さを欠いている。
他への注意力が散漫している今だからこそ、何かしらのトラップを仕掛ければ、安易に引っ掛かってくれるだろう。
(おっ、あそこに転がってんのは―――)
地面に倒れ伏せているカナメを発見したのは、そんな時であった。
先程蹴り飛ばした上、適当に爆撃を見舞ってやったが、どうやら原型は留めていたようだ。
炎煙の向こう側にいる、あかりを牽制しつつ、瞬時に首根っこを掴んで、これを回収。
「うぅ……」
尚も続く、あかりとの攻防にて、ウィキッドが高速で翔び交うことで、身体を激しく揺らされると、カナメは、呻き声を上げながら、苦し気に表情を歪める。
爆撃の影響で身体はズタボロとなり、意識を失ってはいるものの、どうやら、死んではないらしい。
239
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:46:43 ID:w7MuKjnQ0
「――ひぃいいっ……!! 来ないで……、来ないでぇ……!!
……ママぁ……ママぁあああああっーー!!」
あかりへの挑発を行いつつも、ウィキッドは、たった今生捕りにしたカナメをどのように有効活用するか思考を巡らした末、ふと思いつく。
『へんげのつえ』を利用しての、悪魔のような発想を。
これまでは、撹乱や不意打ちのため、自身に対して再三利用してきたが、付属していた説明書によれば、そもそも変身の対象は、限定されたものではなかった。
であれば、他者に対しても、問題なく行使できるはずだと、杖を取り出し、カナメに振ると、その姿は忽ちアリアへと変貌。
結果として、炎と煙に塗れた、夜天の森の中で、死んだはずのピンク髪の少女が、自分と同じ姿の少女を抱えながら、跳んで駆け回るという奇妙な光景が、展開されることとなった。
「――ママぁ……ママぁ……!! お菓子買ってぇ!!」
その後もウィキッドは、挑発を繰り返して、あかりを誘導。
頃合いを見計らうと、口止めの意味も込めて、変身したカナメの喉の肉を抉り取る。
カナメが、痛覚とともに意識を強制的に覚醒したのを確認すると、放り捨てた。
憤怒に染め上げられた、あかりが猛追する戦場の中へと―――。
240
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:47:14 ID:w7MuKjnQ0
◇
「――と、まあこんな感じで、私はカナメ君をピンクチビに変身させて、あんたらの前に差し出した訳よ。
いやぁ、まさか、こんなにも上手くハマってくれるとは思ってなかったわぁ」
物言わなくなったカナメを前にして、ウィキッドは、自身が仕掛けた悪意の全容を、悠々と語った。
明らかとなった残酷な現実に、久美子は、呆然と立ち尽くし、あかりは地面にへたり込んだまま。
魔女は、そんな二人に、悪意に満ちた眼差しを向けながら、更なる追い討ちをかける。
「それで、気分はどうよ、お二人さん?
罪のない人間を、よってたかってリンチして、ぶっ殺した気分はさぁ〜?」
「ち、違う……、これは、貴女が仕組んだから――」
「違わねえよ。確かに舞台を整えてやったのは、私だけどさ。
実行したのは、あんたらな訳。あんたらがカナメを殺したってのは、揺るぎない事実なんだよ」
「そ、それは……」
声を震わせながら、否定する久美子。
しかし、ウィキッドが、そんな久美子の言葉を遮り、再び現実を叩きつけると、言葉を詰まらせた。
「あたしが……、カナメさんを……。あたしが……――」
一方、あかりは、地面にへたり込んだまま。
呆然とした表情で、同じ言葉を何度も呟いている。
それはさながら、壊れかけのレコーダーのようで、その表情からは、先程までの鬼気迫るものはなくなり、ただ無気力と絶望が支配していた。
「わ、私は、中身が入れ替わってたなんて、知らなくて……。
でも、あかりちゃんが、その人のことを貴方だと、決めつけていたから……、そ、それで、わ、私……私は―――」
久美子は、尚も、声を震わせながらも、必死に弁明の言葉を紡ぎ出す。
自分の名前を出された瞬間、ピクリと、あかりの肩が、小さく震えた。
241
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:47:32 ID:w7MuKjnQ0
「おいおい、ここにきて、責任転嫁かよ。
再三、そいつに殺せ殺せって嗾けた上、トドメの一撃を加えたくせによぉ。
それを棚上げして、自分は悪くないってか? はッ、中々良い性格してんじゃねえか、黄前さん」
「そ、それは……!! そ、そもそも、貴女が麗奈を殺したから―――」
「はぁ〜? 高坂麗奈が殺されたから、赤の他人を殺しても許されるって言いたいのか、あんたは?
随分と都合の良い話じゃねえか」
「わ、私は、そんなつもりじゃ……!!」
久美子は、必死に弁解の言葉を口にしようとするが、思考が定まらない。
混乱と、絶望が、久美子の思考を泥沼へと引きずり込んでゆく。
「まぁ、結果だけ見れば、あんたらは、罪悪人でもない、善良な他人を殺しちゃったって訳。
その気があったかどうかは、問題じゃないんだよ。結局のところ―――」
「ち、違う……。わ、私……、私は悪くな―――」
「あんたらは、私と同じ穴の狢―――人殺しって訳だぁ!!」
ウィキッドは、久美子の弁明をぴしゃりと遮った。
さも愉快そうに、グサリと、決定的且つ鋭利な事実を突き刺して。
「……っ!!」
瞬間、久美子の目がギョッとしたように、大きく見開かれると。
「い、嫌あああああああああああああああああああ!!」
耳を塞ぎ、絶叫。
そして、脱兎の如く、明後日の方向へと駆け出した。
まさに、自分が犯してしまった過ちから、目を背けるようにして。
242
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:48:02 ID:w7MuKjnQ0
「あーあー、逃げちまったよ、あのヘタレ」
ウィキッドは、やれやれといった感じで、遠のいていく久美子の背中を見送る。
過剰強化された脚力を以ってすれば、すぐにでも追いつくことは出来るが、それをしようとは思わない。
あの玩具では散々遊びつくしたから。
今はあれにトドメを刺すよりかは、目の前に転がっている、もう一つの玩具で遊ぶほうが、愉しそうだったから。
「……黄前…、さん……」
取り残されたあかりは、尚も地面にへたり込んだまま。
ぼんやりとした眼差しで、久美子が駆けていった方向を見つめている。
その双眸は、まるで現実を直視することを拒むかのように虚ろで、その瞳に光はない。
「カナメ君も無念だったろうねぇ。味方だと思っていた相手、護ろうとしていた相手にボッコボコにされてさぁ。
カナメ君、射的の的にされた時も、あんたに必死に呼びかけてたよぉ。
だけど、あんたは聞く耳もたずで……。くっくっく……、あの時のカナメ君、どんな気持ちだったんだろうなぁ?」
呆然自失のあかりの胸倉を掴み上げて、魔女はその耳元に囁きかける。
瞬間、ビクリと、その小さな身体が揺れた。
「――う…ぁ……」
あかりの中で蠢くは、カナメに対する罪悪感と自責の念。
振り返ってみれば、カナメが化けていたアリアには、不審な点が多々あった。
喉の傷が、明らかに弾痕によるものではなかったし、超人的な傷の回復が、これっぽちも見受けられなかった。
そして、何より、偽アリアの処遇について、あかりと久美子の意見がぶつかった際、隙を見計らって、投擲したのが殺傷能力のない、フラッシュバンであったことも、あかり達を害さないよう、配慮があったように見て取れた。
自分さえ冷静さを保っていれば、それらの不審な点を見抜いて、気付いていたはず。
カナメが死ぬことには、ならなかったのだ。
243
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:48:25 ID:w7MuKjnQ0
「確か、あんたら『武偵』ってさぁ、人殺しちゃいけなかったんだよね?
だから、ピンクチビの仇である私にでさえ、殺し無しでの制裁に拘っていたんだよなぁ――」
失意に沈む、あかりの双瞼に映るは、悪意と嘲りに満ちた、歪みきった笑顔。
明らかに、これからあかりを甚振ろうとしている、サディスティックで醜悪な意志が、ありありと見て取れたが、あかりに抗う気力はもはやなかった。
「だけど、結局人殺しちゃったよねぇ、あかりちゃんは!!
きゃははは、あれだけ頑なに人殺しはしないって言ってたくせに、ざまあねえな!!」
「――……。」
「なぁなぁ、あれだけ拘っていた『武偵の掟』とやらを破って、護ろうとしていた味方もぶっ殺す羽目になってさぁ。今、どんな気持ちよぉ?」
ウィキッドは、あかりの細い首をミシミシと締め上げながら、ゲラゲラと哄笑した。
「……か、はぁ……」
あかりは、その圧迫に、苦しげな声を漏らすが、抵抗する素振りはなく、ただ一言、掠れた声で呟く。
「――ご、めん……なさい……」
「きゃははははは、結局、懺悔をするのはてめえの方だったな!!
謝っても、死んだやつは、戻ってこねえよ!! 死んで詫びろよ、クソチビ!!」
絶望と、自責と、後悔の色に染まった、あかりの表情。
満足したものを鑑賞できた魔女は、あかりの首を絞める手に、更なる力を込めて、終わらせにかかろうとする。
244
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:48:44 ID:w7MuKjnQ0
(ごめんなさい、カナメさん。
あたしが、もっとしっかりしていれば――)
徐々に霞んでゆく視界。
あかりは、ただひたすらに、心の中で謝罪の言葉を繰り返していく。
(ごめんなさい、アリア先輩、志乃ちゃん、高千穂さん。
あたし、もう『武偵』じゃなくなっちゃった――)
武偵としての矜持は、完全に砕け散り、武偵として生きる道は絶たれてしまった。
もはや、何のために、この殺し合いで生き抜いていくべきか、わからなくなってしまった。
(ごめんなさい、アンジュさん、ミカヅチさん、カタリナさん。
折角、命を繋いでもらったのに――)
生きる意味を失ってしまったが故、あかりには、現在の窮状から脱そうという意思は残されていない。
ただ、漠然と自分という存在が、消えていくのを感じるだけ。
(ごめんなさい、シアリーズさん。
あなたに託された約束、果たせそうにないです――)
あかりは、その瞼を閉ざして、自身の終焉を受け入れようとした―――
バ ァ ン !!
「……っ!?」
その矢先、突如として鳴り響いた銃声が、あかりの鼓膜を揺さぶった。
同時に、あかりの首を絞めていたウィキッドの手が離れ、その身体が地面に投げ出される。
「な……に……?」
突然の事態に、目を白黒させるあかり。
「てめえ―――」
一方で、ウィキッドはというと、側頭部から血を垂れ流しながら、戦慄の眼差しを、銃声の響いた方向へ向けている。
あかりもまた、その視線の先を追う。
「あ……あぁ……」
その正体を認めて、あかりは、思わず声を漏らした。
しかし、それも無理からぬこと。
何しろ、そこにいたのは―――
「ぜぇ……はぁ……」
つい先程まで、自身の手で沈められていたはずの青年―――。
「……カナメさん……」
肩で息をしながら、銃を構えて佇むカナメの姿であったのだから。
245
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:49:16 ID:w7MuKjnQ0
◇
『――と、まあこんな感じで、私はカナメ君をピンクチビに変身させて、あんたらの前に差し出した訳よ。
いやぁ、まさか、こんなにも上手くハマってくれるとは思ってなかったわぁ』
暗がりで、何も見えない世界の中で、薄らと声だけが聴こえてくる。
この声は、間違えねえ。
忘れもしない、魔理沙やStorkを殺した、あのクソッタレの声だ。
『――カナメ君も無念だったろうねぇ。味方だと思っていた相手、護ろうとしていた相手にボッコボコにされてさぁ。
カナメ君、射的の的にされた時も、あんたに必死に呼びかけてたよぉ。
だけど、あんたは聞く耳もたずで……。くっくっく……、あの時のカナメ君、どんな気持ちだったんだろうなぁ?』
あぁ…、こっちは最悪の気分だったぜ。
気が付いたら、知らない女の子の姿に、変えられちまって―――。
訳わかんねえ内に、あかりに撃たれちまって―――。
呼び掛けようにも、喉が抉れてるせいで、声は出ねえわ、また撃たれるわで、散々だった。
それもこれも、全部てめえの手回しだったわけか、ウィキッド……!!
『――確か、あんたら『武偵』ってさぁ、人殺しちゃいけなかったんだよね?
だから、ピンクチビの仇である私にでさえ、殺し無しでの制裁に拘っていたんだよなぁ――』
『なぁなぁ、あれだけ拘っていた『武偵の掟』とやらを破って、護ろうとしていた味方もぶっ殺す羽目になってさぁ。今、どんな気持ちよぉ?』
……クソっ、あかりの奴、そんな事情があったのかよ……。
ウィキッドの野郎、それを把握したうえで、あかりに俺を撃たせたのか、あいつを追い詰めるために。
246
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:49:47 ID:w7MuKjnQ0
『――ご、めん……なさい……』
駄目だ、あかり。
そんな奴の言うことに、耳を貸すな。
あの久美子って子も、俺に手をかけたことに耐えられず、去っちまったようだが、お前達が負い目を感じる必要はないんだ……。
――っ!! クソっ、身体が動かねえ……。
第一、俺はまだここにいる……。 死んじゃいねえんだよ……。
『きゃははははは、結局、懺悔をするのはてめえの方だったな!!
謝っても、死んだやつは、戻ってこねえよ!! 死んで詫びろよ、クソチビ!!』
黙って聞いてりゃ、あいつ……、勝手に人を殺したことにしやがって……。
畜生っ、動け……!! 動けよ、俺の身体……!!
すぐそこには、魔理沙達を殺した仇がいて―――。
てめえを、助けてくれた女の子が、泣いているんだぞ。
なのに、なんで身体が動かねえんだ……!! 動け……動いてくれよ!!
魔理沙、Stork、フレンダ、霊夢―――。
俺は、ここに来てからもずっと、助けられてばっかで、結局誰も護れちゃいねえ……。
そんなのはもう御免なんだよ!!
だから―――
動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け―――
(動きやがれ、須藤要ッ―――!!!)
バ ァ ン !!
瞬間、渇いた音を知覚したと同時に、俺の暗闇に染まっていた視界が、急に開けた。
247
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:50:11 ID:w7MuKjnQ0
「てめえ―――」
「あ……あぁ……」
視界に飛び込んできたのは、側頭部から血を垂れ流し、こちらを睨みつける水口と、まるで幽霊を目の当たりにしたような、驚愕の表情を浮かべる、あかりの姿。
そして、二人の視線を遮るように立ち上る硝煙から、俺はようやく、無意識の内に、ウィキッドの頭を撃ち抜いたを悟った。
「ぜぇ……はぁ……」
「……カナメさん……」
呼吸が苦しい。視界がぼやけて、全身が痛え―――。
察するに、あかりのピンチはどうにか凌げたみたいだが、これで終わるわけにはいかねえ。
ボロボロの身体を引き摺りながら、俺は這うようにして、ウィキッドににじり寄っていく。
「何で、まだ生きて―――」
未だに、信じられないといった様子で、狼狽えていたウィキッドの足元に辿り着くと、俺は片方の手で、その足首を掴んだ。
そして、ギョッとした様子で頭上から見下ろしてくる、あいつの首元―――正確には首輪を目掛けて、もう片方の手に握る拳銃を向けて―――
バ ァ ン !!
引き金を、引き絞った。
「――んの、死に損ないがぁあああああああああーーー!!!」
ふわりと身体が浮く感覚と共に、俺はウィキッドの放った蹴りによって、真上へと吹っ飛ばされていた。
嗚呼、しくじった―――。
引き金を引いた瞬間、ウィキッドは、めちゃくちゃ焦った様子で、上体を反らして、首輪への着弾を躱しやがった。
そして、怒鳴りながら、俺のことを蹴り上げてきやがった。
248
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:50:30 ID:w7MuKjnQ0
(ははっ……)
宙に舞い、上下が逆転した視界の中で、俺は水口を嗤ってやった。
俺みたいな死にかけに、殺されかけたのが、余程悔しかったんだろうな―――顔を真っ赤にして、怒号を飛ばしながら、俺を睨みつけてくるあいつは、とても滑稽に映った。
結果として、俺は、あいつに引導を渡すことは出来なかった。
だけど、勝ち誇ってやりたい放題していた、あいつの鼻っ柱をへし折ってやれただけでも、スカッとする。
最後にもう一つ。ブチぎれ状態のあいつを、更に煽ってやろうと思って、俺はボロボロの声帯を震わせて、言葉を紡ぎだす。
「ざ――」
あいつは、怒りのままに、その手に手榴弾を顕現させた。
「ま”――」
そのまま勢いよく、手榴弾のピンを引くと。
「ぁ”――」
野球選手のように、腕を大きく振り被って。
「み”――」
地面に墜落していく、俺を目掛けて、投げつけてきた。
「ろ”!!」
ド カ ン ! !
爆音が鼓膜を震わせると、俺の視界は、爆炎に塗り潰された。
249
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:50:57 ID:w7MuKjnQ0
◇
「―――ぜぇ……ぜぇ……。
雑魚が、調子に乗りやがって……」
「……カ、カナメさん……」
肩で息をして、怒りで身を震わせる、ウィキッド。
爆撃を胸部に受けて、焼き焦げた匂いを漂わせながら、夜天を仰ぐ形で、地面に横たわるカナメ。
先程まで失意と絶望に沈んでいた、あかりは、眼前で発生した予想だにしない展開を前に、呆然と立ち尽くしていた。
自分たちのせいで死んだと思っていたカナメが、実は生きていて―――
自分の窮地を救おうと、ボロボロの身体で、再び立ち上がってくれた―――
だけど、たった今、屍になり果ててしまった―――
「あ、あたしは……、また……」
そこまで、理解した時、あかりの目には再び涙が溢れ出していた。
救えなかった―――、また、救えなかった―――、と。
咄嗟に動くことが出来なかった自分の失態に、胸が張り裂けんばかりの不甲斐なさと、罪悪感を覚えて。
「―――ぁ”……」
「えっ?」
その時、ピクリと、カナメの右手が微かに動いたことに、あかりは思わず、素っ頓狂な声を漏らす。
そして、それに気づいたのは、彼女だけではなくて―――。
「いい加減、しぶてえんだよ! ゴキブリ野郎がぁ!!」
激昂したウィキッドは、ずかずかとカナメの元へと歩み寄っていくと、完全にその息の根を止めるべく、頭蓋目掛けて、大股でその足を振り上げんとした。
ギロチンの如く、これが振り下ろされれば、カナメの頭は果実のように潰れることになるだろう。
250
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:51:17 ID:w7MuKjnQ0
刹那―――。
「駄目ぇええええええっーーー!!!」
「なっ……!?」
白い閃光が迸ると同時に、その光は、ウィキッドの身体に衝突。
まるで、巨大なダンプカーに撥ねられたかのような凄まじい衝撃に、ウィキッドのか細い体躯は、砲弾のように吹き飛んだ。
勢いよく、宙に弾き出されたウィキッドは、一瞬、何が起こったか分からず、目を白黒させていた。
しかし、天地が逆転した視界の中―――猛スピードで自身に迫りくる、白い影を目視して、ようやく状況を悟る。
「なっ……!? てめえ、その力―――」
それは背中に光の翼を生やした、あかりだった。
ヴライとの激闘で枯渇していたリソースが回復し、カナメの危機を前に、再びその力を解放せしめたのだ。
「ああああぁああああああ!!!」
気合の咆哮と共に、あかりは両の手の掌を突き出すと、巨大な光弾をウィキッド目掛けて、解き放つ。
慌てて、空中で体勢を立て直すウィキッドだったが、時既に遅し。
光の槍の如く、猛然と突き進んだ光弾は、ウィキッドを捉えると、勢いそのまま、彼女の華奢な身体を圧し出していく。
その圧倒的な質量と熱量は、魔女の肉体を容赦なく焼き削っていき、彼女の腰にぶら下げられていた『へんげのつえ』は、バキバキと音を立て、砕け散った。
「がっ……、ぐっ……!!
てめえええ、間宮あかりぃいいいいいいっ―――!!!」
抵抗も虚しく、全身を光に包まれたウィキッドは、怒号を響かせると、そのまま、空の彼方へと吹き飛ばされていった。
「……カナメさん……!!」
夜空を渡る流星のように、彼方へと消えたウィキッド。
その行方を見届けることなく、あかりはすぐさま、地面に横たわるカナメの元へと舞い戻ると、既に虫の息である彼を抱き起したのであった。
251
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:51:42 ID:w7MuKjnQ0
◇
「……ひっぐ……、カナメさん……」
気が付くと、カナメの目の前には、あかりの顔があった。
酷い顔であった。涙と鼻水でグシャグシャになっており、折角の愛らしい顔が台無しになっている。
ウィキッドがいないということは、あかりが、どうにかしたということなのだろうか……。
「―――ぁ”……、ぁ………」
「……カナメさん……、ごめんなさい……、あ、あたしのせいで……」
微かに息はあるが、今にも消え入りそうな声で呻く、カナメ。
そんなカナメの弱弱しい姿に、あかりの目から止めどなく涙が溢れていく。
元はと言えば、自分がウィキッドの策略に嵌り、浅はかにもカナメに弾丸を撃ち込んでしまったことが、事の発端だった。
そんな自分の浅はかな行動の結果、カナメは死に瀕してしまっている。
自分が殺したも同然だと、止めどない後悔と罪悪感だけが、蜷局のように、あかりの心を締め付けていた。
「―――ぁ”……、が……り”……」
ひたすらに泣きじゃくる、あかりを見て、カナメは思った。
このままいくと、こいつは、自分のことを、いつまでも引き摺るんだろうな、と―――。
故に、カナメはズタボロになった声帯を震わせて、彼女に話し掛ける。
「カナメさん……?」
―――カナメが、声を絞り出して、何かを伝えようとしている。
あかりは、涙でぐしょぐしょになった顔を拭いながら、カナメの言葉を聞き取ろうとした。
そんな、あかりに対して、カナメは弱弱しくも、優しい微笑みを向けて――。
252
:
戦刃幻夢 ―この真っ暗な闇を切り裂いて―
◆qvpO8h8YTg
:2024/11/12(火) 21:52:19 ID:w7MuKjnQ0
「……――」
絞り出すような声で、たった一言だけ、懸命に紡ぎ出す。
ありがとな、と―――。
本音を言えば、投げ掛けたい言葉は、たくさんあった。
最後に自分に致命傷を与えたのは、ウィキッドだ。自分を殺したのは、お前じゃないので、気にするな―――だとか。
まだ、戦場の何処かにいるであろう仲間達を頼む―――だとか。
このクソゲームを潰して、自分達の無念を晴らしてほしい―――だとか。
だけど、損壊した喉では多くを語れることも叶わず。
最終的にカナメが紡ぎ出したのは、自分の窮地を救ってくれた上、シュカの言伝を伝えてくれた、心優しい武偵の少女に対する、感謝の気持ちであった。
「カナメさん……」
あまりにも、か細くて、聞き取りづらく、不明瞭な声――。
しかし、恨み言でもなく、無念の言葉でもなく、ただ純粋に自分に対する謝意を紡いだその言葉には、純然たる想いが込められており、あかりの心を揺さぶった。
せめてものの謝意は、エールとなって、あかりの心に巣食っていた、後悔と罪悪感の鎖を、優しく解きほぐしてくれた。
「――あたし、頑張るから……。絶対、頑張るから……!!」
紡ぎ出された言の葉に込められた、温かな心遣い――。
その意図を汲んだあかりが、涙で濡れた顔を更にくしゃくしゃに歪めて、嗚咽を堪えながらも頷くと、カナメは、目を細める。
(――あぁ……、しっかりな……)
目の前で決意を固める少女に、カナメは心の中でエールを送る。
瞬間、強烈な眠気と共に、これまでの記憶が、ゆっくりと脳裏を駆け巡った。
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