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児童文庫ロワイヤル
33
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◆BrXLNuUpHQ
:2024/02/15(木) 03:12:27 ID:???0
安西こころは、特徴が無いのが特徴の女子中学生だ。
不登校の経験があったり、奇妙な異世界で命がけの戦いをすることもあったが、それは彼女を知らない人間からすれば全く想像もできないような、街を歩いていてすれ違っても誰も気に求めないような、没個性的でありかつ人から注目を浴びないような人物だ。
そもそも、異世界であるかがみの孤城での記憶などろくに本人にはない。そういう空間なので仕方ないのだが、彼女からすれば、ある日ふと、学年が一つ上がるのをきっかけにしたように、なにかが自分の中で変わったように感じた程度だ。
だが、その身に刻まれた経験は、たとえ記憶が消えたところで変わりない。そしてそれがもたらすものも。
「なに、これ……血が……こんなの知らない……ううん、知ってる? なんで……」
こころはデジャヴを感じていた。もちろん殺し合いに巻き込まれるのなど今日が初めてのはずである。しかし、どうしても自分は一度これを経験しているという思いが、どこからか湧き上がってくるのだ。
時間を巻き戻されたことをこころが知覚できるわけはない。しかし、自分がなにか大切なことをしなければならないという、直感的な使命感が、観念的ななにかを覚えていた。
「この匂い……ストロベリーティーだ。」
自分が喫茶店にいることに気づくより先に、独特の甘い匂いを知覚する。その匂いもこころの感覚を呼び起こしていることは知らず、しかし嗅覚は人間を時に視覚よりも強く刺激する。
こころはティーバッグの袋をいくつか手に取った。不登校であった時に、カウンセラーの人がよく入れてくれた、というだけではない。これを誰かに届けることが、過去からも未来からも大切だと伝わってきている。
そうだ、自分はこれを届けたいと思っていたのだと、こころは不自然なほどに納得していた。己でも理解不能だが、そうしなくてはならない。いつかの自分がそう思っていたのを、こころは強い実感を持って手に握りこむ。
──彼女がそれを届けたいと願うアキは、彼女と違って何かに突き動かされた結果、より自分を責めることになっている。
ルパン三世たちとの出会いは、しかし彼女の心の傷を癒やすにはまだ足りない。
こころが知らないこころのように、こころが手を伸ばす必要がある。
こころは、ティーバッグだけ持って扉を開けた。ガラス窓は鏡のように彼女を写す。ちっぽけな一般人。流れ弾でいつ死んでもおかしくないモブ。数百人いるうちの一人。それがこころだ。しかし赤霧に包まれた会場を歩く彼女に、恐れを超えた研ぎ澄ましたものがあった。
喫茶店を出ると、自分が大きな建物の中にいることがわかった。ピクトグラムが文字に代わって、そこが何かを知らせる。空港だ。
こころは足の向かう先へ行った。いくつかのゲートを越えて、鍵のかかっていない扉を見つけた。そして彼女がたどり着いたのが、管制塔だった。
道中で見つけたカードキーで中に入る。心は自分でも不思議なほどに違和感無く、いくつかの機器を操作した。そうすることが何かを変えると、あるべき形にするという、啓示とも言える感覚がある。
ここでやるべき事は終わった。行く先は真っ直ぐに、衝撃のベクトルが胸を貫く方へ、こころは歩んでいく。空港を抜け街へ出ると、途中で何度も銃声が聞こえ、ときおり爆発音も聞こえた。だが不思議と、こころはそれを怖いとも遠ざかろうとも近づこうとも思わなかった。
やりたいことはわかっている。ただベクトルの向かう先へと。
そんな彼女がようやく足を止めたのは疲れからではなく、ついに自分のすぐそばへと駆けてきた足音のためだった。
直感でわかる、危険ではないと。わずかに迷う、無視してもよいかと。こころの目指すところとはたぶん違う。しかし、自分のすぐ近くで、今も命が失われそうになっているのではないかと。
こころの感覚に変化が訪れる。今までの明晰な方向性が消え、二つに別れた。
つまり、行くか、会うか。
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