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児童文庫ロワイヤル

29◆BrXLNuUpHQ:2024/01/27(土) 00:45:29 ID:???0



 灰原哀にとって、この殺し合いは現実のものではないと判断するのに大した時間は必要なかった。
 彼女の持つ科学的知識に基づけば、霧や雲といった気象現象が異様な色合いをしていることに、夢以外の結論は出なかった。
 大人を子供に戻す薬を開発し、自らも投薬により子供に戻るという現実離れした経験を今もしている彼女だが、そんな彼女だからこそ人より踏み込んだ知見がある。空の色は太陽光によるところがもっぱらで、それを人工的に変色しようとなれば非現実的な費用がかかる。万が一技術的に可能であっても、金銭的に不可能だ。
 だから全く読めない文字の書かれたポスターと合わせて、灰原は己が夢の中にいるがゆえの現象であると認識した。夢の中では文字が読めないということは往々にしてある。己が識字障害や幻覚をもたらす薬物の影響下にあり、なおかつ首輪に爆弾を付けられ拉致されたと考えるよりも、ずっと自然だった。

「悪夢ね……パブなんて思い出になるような場所じゃないんだけれど……」

 つぶやきながら、ボトルキープされた酒瓶の中から一つ取り出し、匂いと温度を確かめるとグラスに注ぐ。
 シェリー酒。
 因縁深いそれをカウンターの上に放置されたH&K P7の横に置いた。

「……引き金を引けば、この悪夢も終わるのかしら?」

 スクイズコッカー。シングルアクションとダブルアクションの特徴を併せ持った機構だ。その評価は別れる。
 今の自分はどちら側なのだろう、灰原はそんなことを考えてグラスを煽った。ワインより強まっているアルコールが喉を焼く。
 このまま飲みづつけて、酔いつぶれてしまえばいい、こめかみに向けて銃を撃つのが怖いのだから。
 夢の中だというのに、まだ恐怖が体をがんじがらめにする。P7を撃ったのは、コナンと初めて会った時のことだった。復讐者なのだろうか、今の自分は。シェリーという名を与えられた黒の組織から逃げ出して、終わりのないただの逃亡者に過ぎないのだろうか。
 酒を煽る。たった一杯だというのに、手が震える。子供の体はアルコールを受け付けてくれなかった。
 零しながらも注いで、古びたコンポをつける。聞いたことの無い洋楽が流れる。音量を上げると、またグラスを煽った。


(あの時もそう……)

 自分が再びトイレで吐いている間に、現れた仙川。麻紀を彼女と二人きりにするべきではなかった。
 剣呑な声が聞こえて、銃声が響いて、男の叫びが耳をついて、ふらつく足取りで拳銃を手にして戻ったときには、見知らぬ少年の手にあるマシンガンからは煙が上がっていた。
 何があったかは大きな声で聞こえている。灰原を見つけ介抱してくれた麻紀は、無関係な参加者のとばっちりで死んだ。麻紀だけではない、名も知らぬ成人男性も、顔がわからぬほどの損傷を受けている。

(私が音楽をかけていなければ、もしかして……)

 マシンガンを持った少年に発砲し、彼が逃げ出したことでその場の生存者は二名になった。灰原は入り口を出たところで倒れる少年に近づく。
 その目にはどんな感情の色があるのだろうかと、P7の銃口を見ながら思った。

「こっちの二人は、即死ね……この男性も……」
「君は……」
(私は、なんなのかしら……)

 灰原哀は生きている。今、生きている。
 自分とは対象的な、小松原麻紀が死んでいったのに。
 そんな中で、何を求めて自分は生きればいいのだろう。

「灰原、哀。」

 最後まで直矢の目を見れずに、それでもこの不確かな迷宮から抜け出したくて。
 拳銃をポケットにしまって、手を差し伸べて、灰原はもがくことを決めた。


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