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オリロワ F

1 ◆LXFWEmkOcA:2023/10/22(日) 11:34:54 ID:z8nXFi0U0
【参加者名簿】30/30

【男性】15/15
○笑止 千万(しょうし せんばん)
○黄昏 暦 (たそがれ こよみ)
○双葉 玲央(ふたば れお)
○滝脇 祥真(たきわき しょうま)
○碓水 盛明 (うすい せいめい)
○新田目 修武(あらため おさむ)
○雪見 儀一(ゆきみ ぎいち)
○宮廻 不二(みやざこ ふじ)
○壥挧 彁暃(でんく かひ)
○ハインリヒ・フォン・ハッペ
○トレイシー・J・コンウェイ
○フレデリック・ファルマン
○エイドリアン・ブランドン
○アンゴルモア・デスデモン
○神

【女性】15/15
○舛谷 珠李(ますたに しゅり)
○四苦 八苦(しく はっく)
○双葉 真央(ふたば まお)
○播岡 くるる (はりおか くるる)
○蕗田 芽映(ふきた めばえ)
○加崎 魔子(かざき まこ)
○本 汀子(ぽん ていこ)
○グレイシー・ラ・プラット
○レイチェル・ウォパット
○ノエル・ドゥ・ジュベール
○ルイーゼ・フォン・エスターライヒ
○オリヴィア・オブ・プレスコード
○アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
○キム・スヒョン
○ No.013

699燃えよ爆炎、落ちよ雷3 君らが人だと誰が保証する? ◆vV5.jnbCYw:2024/04/04(木) 17:19:40 ID:CDncJAmM0
ハインリヒは、その手に青緑の木の実を握り締めながら、どうすべきか悩んだ。
その実を食べれば、戦うことを承諾したことになる。
彼女の願いを叶えるべきか、彼女を止めるべきか。
彼女を止めようと走っていたのに、いざこうして対面すると、怖気づいてしまう。
せっかく心が通った相手と、こんな風に殺し合いをしたくない自分がここにいる。


「危ない!!ハインリヒ!!」


木の実に意識をやったのが、最悪の結果につながった。
珠李がハインリヒを突き飛ばす。
意識を彼女に戻した時、“終わり”がそこに映っていた。

「珠李………!?」


笑止千万の右手が、珠李の下腹部を貫いていた。


「うわあああああああ!!!!」

綯い交ぜになった感情のまま、彼にも襲い掛かって来る右手を、完全に粉砕する。
だが、彼女の傷はもう癒せない。


“ひとつ”になった“ひとりたち”は、やがてまた“ひとり”になる。




【E-6 市街地/午後】


【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:ダメージ(大) パニック
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:珠李……!?
1:僕は…
2:あの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?



【舛谷珠李】
[状態]:ダメージ(少なくとも特大) 魔力消費(小) 出血(大)
[装備]:豪炎剣"爆炎"
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 魔法樹の実×1
[思考・行動]
基本方針:それでも戦いたい


【備考】
※魔力感知はザルです。
※マガツ鳥のネームドモンスター『ドグラ・マグラ』を倒した張本人です。
※第一段階強化は六時間使用不能です
※第二段階強化は十二時間使用不能です

700燃えよ爆炎、落ちよ雷3 君らが人だと誰が保証する? ◆vV5.jnbCYw:2024/04/04(木) 17:20:26 ID:CDncJAmM0

「くそ…まさか異能者共が、これほど力を見せてくるとは……」



笑止千万の背中からは、翼が生えていた。
上半身だけ、胸より上だけで空を浮いているのは、何とも不気味だ。
それはテンシの力を持った、反重力装置。
普段は彼はその翼を機体の中に隠し、使わないようにしている。
その足で歩いて調べなければ、人類の未来は掴めないと思っているからだ。


「良いだろう。そこまで人らしくあろうとするならば。」


彼の口元が、邪悪に歪む。
ロケットパンチで見せたように、彼の四肢はたとえ切り離されていても、僅かな間なら脳から出る指令で動かせる。
コントロールできる感覚が無くなった今、獲物のどちらかを攻撃し、もう片方に壊されたのだと考えた。


「今度は大切なものが無くなった時の怒りを見せて見ろ。」


彼もまた、喪失の怒りは、悲しみはよく分かっている。
それが、可能性の塊ならばなおのことだ。
だが、さらなる可能性は、未来は、そういった感情の先にある。


(しかし…どうにかしてこの身体を修理せねばな……フキ、そしてテンシよ。無事でいてくれよ。)


デュアル・シュヴェルトを受けたダメージは相当のものだった。
電力も半分を切っているし、これでは移動は出来ても戦うのは難しい。
機体を自分の身体に組み込んだ時の方法は覚えているが、どうにかして修理をしたい。
一先ずは隠れる場所を探し、空を移動する。


【D-6 市街地 上空 午後】


【笑止千万】
[状態]:高揚 下半身喪失 電力(2/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器 フキが吐いた魚の肉片
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、ひとまず機体を修理できる場所を探したい。あとバッテリーの充電もしたい。
2、ハインリヒと舛谷珠李に興味
3、出逢ったものは殺す
4.三人殺せば手に入るというアクマ兵装も、ぜひ手に入れておきたい。
5.フキ、どうか無事でいてくれよ。

【備考】
※この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
※超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
 


【支給品紹介】

【ペンキ缶(白)】 
エイドリアンに支給された。色んな物を白く塗ることが出来る。
なお、ハケは付いていない。使えるとしたら、せいぜい敵にぶつけて視界を奪うぐらいか


【魔法樹の実】
エイドリアンに支給された。
異世界に生えている樹木になっている青緑の木の実。異世界ではありふれた植物で、この実やその加工品を売っている店も少なくない。
食べれば魔力が大きく回復し、キズは治せなくても疲労回復の効果もある。
味の方は保証できないが。

701燃えよ爆炎、落ちよ雷3 君らが人だと誰が保証する? ◆vV5.jnbCYw:2024/04/04(木) 17:20:40 ID:CDncJAmM0
投下終了です

702 ◆FhRlC.Gn2g:2024/04/04(木) 21:40:48 ID:pdC5MvyM0



こ…このマッド強え。カラテの無さを義体の多機能さと頭で補ってやがる。
また妙なのが寄って来るエイドリアン哀れ
珠李、此処で終いなんか……。



>>673

大変申し訳ぎざいません。
wiki収録時に修正しておきます

703 ◆FhRlC.Gn2g:2024/04/06(土) 19:01:49 ID:Tf7c4lzY0
播岡くるる
本汀子
新田目修武

予約します

704いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:15:16 ID:ZVIc.U/60
投下します

705いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:16:13 ID:ZVIc.U/60
「向かうとしたら、東だと思う」

 『西へは行かないのか?折角動いているんだから、どんなのか見てみたいんだが』

 最初に言い出したくるるに、ドロシーが返す。
 
 「…西の“テンシ”を動かしたのがどんな奴か分からない以上、未だ動いていない東の“テンシ”を味方に付けるべきよ」

 『あ〜〜。そういう事。あんなのが動かしてたら、物騒極まりないもんな』

 「そういう事」

 「あんなの?」

 くるるの要点をぼかした説明に、あっさりドロシーが賛成したので、新田目が疑問を口にする。
 そう言えば、くるるの顔には鼻血の痕があるし、服の背中側には切られた跡がある。レイチェルにやられた傷にしては、包帯も巻いてあるし鼻血も止まっている。
 レイチェルと交戦する前に、他の誰かと戦ったのは明らかだった。
 
 「レイチェル以外にも、誰かに襲われたのかい」

 新田目は、医者としての知見で、くるるの傷から大体の事情を察した。くるるは誰かに襲われて、病院へ逃げてきたのだろう。
 そして、くるるを襲ったマーダーは、未だに生きている。
 ミカを殺したレイチェルが、放送で名前を呼ばれなかった事からして、襲撃者をミカが仕留めて、その後に死んだから名前を呼ばれなかった。という事は無い。
 この病院で三人死んでいて、名前を読み上げられた殺人者が三人という時点で、くるるを襲ったマーダーを、ミカが殺していた場合、数が合わなくなるのだ。
 くるるの能力と、ミカの戦力。この二つを同時に相手にして、少なくとも生き残れるというのは、相当な強さを誇るという事だ。
 くるるを襲ったマーダーは、レイチェルに匹敵する脅威と言えるかも知れなかった。

 『ああ、綺麗な声で狂った事を言っていた女だったぜ』

 「……え、ちょっと待って」

 ドロシーが語った、くるるを襲った者の特徴に、汀子が待ったを掛けた。

 「くるるさん…。貴女を襲った人の特徴を話して頂けますか」

 「気味の悪い弓を持った、長い金髪の、狂ってる癖に頭が妙に回って、顔と声は矢鱈と綺麗な女」

706いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:16:38 ID:ZVIc.U/60
 「新田目さんっ!」

 「ああ、多分。彼女だ」

 汀子と新田目の様子に、くるるは大体の事情を察した。察してしまった。

 「貴方たちも、アイツに襲われたんだ」
 
 つまり、あの自称“オリヴィア”は、病院へくるるとミカを追ってきて、そして新田目と汀子の二人を相手に戦ったのだ。
 そして二人に追い払われ、レイチェルの呼び出した“竜”を見て、不利を悟って退いたのだろう。
 あの狡猾で、妙な武器と能力を持つ女ならば、新田目と汀子の二人を同時に相手にしても生き残れるだろう。
 寧ろ、あの狂人とレイチェルとの連戦で死ななかった、新田目と汀子を讃えるべきか。
 
 「アイツ。無駄に顔と声が良いから、騙し打ちにはもってこいよね。
 それにあの変な体質と武器。私もミカが居なかったら、嬲り殺しにされていたでしょうね」

 くるるはモールでの一戦を思い出す。警戒していても知らなければ罠に嵌められる特異体質。加えてあの武器。よく生き延びることができたものだと。

 「私達は、病院の入り口で、女性を襲っていたところに遭遇したんです」

 「あの女性には気の毒だったが、彼女が居なければ、騙されて不意を衝かれていただろうね」

 新田目と汀子にしてもそれは同じ。二人掛かりでも結局は逃げるしか無いところまで追い詰められたのだ。
 もし仮に、あの腰斬された女性が居らず、あの少女がこちらを騙して不意打ちを掛けて来たならば、少なくとも両者の内、何方かは死んでいただろう。

 「………あ〜。その襲われていた女性って、矢鱈と髪が長くって、肌が青白い女だった?オリヴィアが言っていたんだけど、サダコがどうとか」

 ふと思い出した、オリヴィアが遭ったらしい人物のことを訊いてみる。あの後、狂人女(ノエル)がオリヴィアの名を騙っていた事でオリヴィアが錯乱。
 “テンシ“プロトタイプの事やレイチェルの襲撃もあって、完全に忘れていたのだ。

 『サダコ………』

 ドロシーが汀子の方を見た。様な気がした。巫女なら何とか出来るだろ?みたいな感じで。
 次いで新田目とくるるも汀子へと目線を向ける。何とか出来るだろ?みたいな感じで。

 「出来ませんっ!無理ですっ!」

 そんなビッグネームは流石に手に余る。本物なら退魔巫女を結集して当たるべき大敵だ。単騎でどうにかしろと言うのは、素手で恐竜を屠れと言うに等しい。

 『白亜紀の原人は素手でティラノ仕留めて喰ってたぞ。人間頑張りさえすれば出来るのだ。全ては心一つなりッッッ!』

 「くるるさんちょっとそれ貸して下さい電撃食らわしますので」

 『やめてとめてやめてとめてやめてとめて』

 後ろでAUがブチ切れてそうな戯言を宣いだしたAIに、汀子が笑顔になった。
 とても良い笑顔だった。
 額に青筋浮いてるけど。

 「いや無駄に消耗するのは良く無いと思うけど」

 新田目が投げやりな声で制止した。



707いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:18:13 ID:ZVIc.U/60

 数分後。
 東に向かって、未だ起動していない“テンシ”プロトタイプを確保する事を決めた一行は、出立する前に、休息を兼ねて情報交換を行う事にした。
 西で“テンシ”プロトタイプを起動させたものが、殺し合いの道具として“テンシ”を用いていた場合、その脅威はレイチェルが召喚した“竜”に少なくとも匹敵する。
 新田目が熟知し、くるると汀子も見たミカの戦闘能力。それを隔日に上回るのだ。先ずは拮抗できる様にしなければ、西へ向かうのは危険極まりなかった。
 
 なおドロシーは汀子の足元で地面に埋没していた。

 「新田目さんはアイツの持っていた武器に心当たりは無い?ミカは“アクマ兵装”とか呼んでたけれど」

 取り敢えず三人が共通して知っている狂人女きと自称オリヴィアの話をする。
 脅威度では同等以上のトレイシーは、未だに以て詳細不明の相手だ。
 見つけ次第、殺害も込みで制圧する。位しか対処の方策が無い。
 何が出来て何が出来ないのか。何が目的なのか。それすら満足に判らないのでは、具体的な対策など立てようが無い。
 よって、先ずは目的も能力も分かっている自称オリヴィアについて、知っている事を共有して、対策を立てることとした。
 
 くるるの質問に、「ちょっと待って」と、眼を閉じて考え込んだ新田目は、数分経って瞼を開いた。

 「“アクマ”が斃した“テンシ”の軀を材料に造った武器だけれど……。弓…アレは人間が扱うには……いや、あの体質なら……」

 ブツブツと独り言を言い出した新田目を、二人は黙って見る。
 
 「彼女が持っているのは“ブラック・プリンス”。弓の形状をしているけれど、それは刃を設置する為に使うもの。
 本来の使い方は、任意の位置で予め定めた状態で静止させられる透明な刃の射出装置なんだ。
 設置した刃の位置を覚えていないと、自分で設置した刃に斬り裂かれるから、強力な再生能力や、特殊な体液で刃を防げる“アクマ”でないと扱えないんだけれど。
 彼女の特異体質なら、刃を滑らせて防げる。“テンシ”が素材なだけに、強度も一級さ、僕の持っている銃じゃ百発撃ってもかすり傷もつけられない」

 「ミカも同じ事を言ってたわね」

 「高速機動戦闘を得意とするミカには、天敵とも言える武器だからね。同型の“テンシ”が散々やられたよ」

 改めて、人を騙すのに最適の容姿と声を持ち、騙し打ちに最適の武器を与えられている、あの狂人の危険度を認識する。
 何も知らない者が出会えば、あっさりとあの狂人の事を信じた挙句に、殺されてしまうだろう。
 汀子は無言のまま、何事かを考えていた。おそらくは、自称オリヴィアと再戦した時の対処法だろう。

 『あー。一つ良いか』

 「何よ」

 汀子の足元でドロシーが発言を求めてくる。極短時間の付き合いだが、異様に真面目になっていると判る声だった。

 『その“ブラック・プリンス”ってのは、決めた場所に透明な刃を飛ばして設置できるんだろ?という事はだな、つまりは狙った場所に刃が確実に飛んでいくって事だよな」

 「あ……」

 ドロシーの言葉に、新田目が絶句し。

 「そうですね。私も対処法を考えてはいたんですが。今のところは何も」

 汀子が同意する。
 
 『ミカってのが、どれくらい速いのかは知らないが、高速機動が得意だってんなら、多分狙いを付ける事自体ができなかったんじゃないか」

 「だから予測した軌道上、或いは予め周囲の空間に置いておく事で罠にする……」

 「……どういう事?説明して」

 深刻な表情で考えて出した新田目と汀子に、一人置いてきぼりを食ったくるるが、説明を求める。
 あの狂人女の事だったら、二人に任せて頬被りという訳にはいかないのだ。

 『狙った場所に100%精確に飛ばせるんなら、刃の設置道具なんて使い方をせずに、直に狙えば良い。
 それをしなかったのは、“テンシ”が速過ぎて、刃が到達する前に移動してしまうからだ。
 此処までは判るな」

 「それ位判るわよ。ミカは撃たれても避けてたし」

 『あ〜。“テンシ”にはマジで当たらねぇのか。けどそれは“テンシ”だからだろ。刃の飛ぶ速度が不明ではあるが、人間相手に使った場合。どうなると思う』

 「あっ……」

708いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:18:37 ID:ZVIc.U/60
 くるるもまた察した。“テンシ”の飛翔速度に比べれば、人間の走行速度など高が知れている。狙った場所に精確に刃を飛ばせるのならば、当て放題だろう。
 ミカはくるるに対して、弓は刃の設置道具と説明したが、元より高速機動を得手とするミカだ。
 狙った場所に精確に刃を飛ばす弓の機能は、ミカにとっては脅威では無く、設置された刃の方を脅威と認識していた為に、ああいう説明になったのだ。

 「彼女は足音を立てずにかなりの速さで移動していた。そこに“ブラック・プリンス”が加わるとなると」

 新田目の危惧は尤もだ。あの狂人女に気付く事が出来ず、狂人女に捕捉されてしまった場合、皆殺しにされる可能性が高いのだから。

 「それは、大丈夫だと思う。………アイツがそんな簡単に殺すとは思えない。きっと、嬲り殺しにしようとする。
 そうじゃ無かったら、ミカが居ても、私は殺されていた」

 少なくとも、くるるを行動不能にしたにも関わらず、さっさと殺す事をせずに、水を使ってくるるを苦しめた事。
 ミカと交戦している間でも、くるるを殺す機会は幾らでも有ったにも関わらず、くるるを痛めつけるだけに留めた事。
 この事実からするに、あの狂人女は殺しを────それも凄惨な嬲り殺しを愉しみ愉しもうとする精神を持っている。
 そんな狂人が、離れた場所から撃ち殺すなんて真似をするとは思えなかった。

 「もう一つ聞くけれど、アイツの名前、聞いていない?私とミカには“オリヴィア”と名乗ったんだけれど。本物のオリヴィアとは此処で逢ったから、本名じゃないの」

 「オリヴィア……何処かで聞いたような」

 「“彼女”が言っていましたね。知り合いだった様ですが」

 くるるの質問に新田目が首を傾げ、忌々しげに汀子が答えた。

 「ああ…。大体分かった」

 汀子の様子から、くるるは大方の流れを察した。あの嗜虐趣味の女が、オリヴィアと知り合いだったなら、必ず碌な事を考えない。
 上辺は取り繕って親しげに接しながら、どう苦しめるか、どう苛むかを考えていたのだろう。そして汀子と新田目に、そのドス黒い内面を吐露したのだろう。
 汀子と新田目が、激怒しただろう事は想像に難くなかった。

 「…オリヴィアと名乗っていたとして、本物はレイチェルに殺されている。今後は別の名前か、本名を名乗るとして」

 疑わしいのは、アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァとノエル・ドゥ・ジュベールのどちらか。
 と言ってもくるるの様に、明らかに日本人の名前なのに金髪碧眼の者も居るので、断言は出来ないが。あの容姿ならば、この何方かの名を名乗るだろう。

 「この名前の女性と接触したという参加者が居たら、気を付けないとな」

 「どっちにしても、あんな気狂いに名前を騙られるなんて、良い迷惑よね」

 くるるの呟きに、新田目と汀子も思わず同意する。あんな残虐悪辣な女に名前を騙られたなら、それだけで被る不利益は甚大なものになるだろう。

 「それと、名簿に有る双葉玲央って識ってる?モールで逢った連続殺人犯って、アイツは言っていたけど」

 モールで自称オリヴィアが語った、連続殺人犯である双葉玲央の存在。くるるは最初は信じていたが、本物のオリヴィアと出会った事で、大分疑っている。
 本当に双葉玲央は連続殺人犯なのか?単に適当に出まかせを言っただけでは無いのか?
 殺し合いに乗っているということを差し引いても、その考えも行動原理も理解できない自称オリヴィアは、皆殺しの為に行動しているという一点以外は、全てが疑いの対象となり得る。

709いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:19:34 ID:ZVIc.U/60
「名簿を見た時に気づいてはいたけど。本当に”あの”双葉玲央だったとはね」

 「いえ、彼女は他人の名前を平然と騙ります、偶然同じ名前を見つけて、連続殺人犯の濡れ衣を被せたのでは」

 新田目がくるるの問い掛けを肯定し、汀子が疑問を投げ掛ける。

 「いや、流石に彼女が、くるるさんの来歴を知っている訳が無いし、双葉玲央が凶悪犯罪者で有る事は知られている。嘘をついてもすぐにバレる以上、本物だと思うよ」

 10年間幽霊列車の乗客だったくるると、所謂異世界転移者のミカは確かに世事に疎いが、自称オリヴィアがその事を知っている訳が無い。
 二人の来歴を知悉していれば、無実の人間を連続殺人犯という嘘も効果が有るが、そもそもが前提として有り得ない。
 つまり此処には危険人物が未だ2人残っていると言う事だ。
 
 「厄介な気狂いに、連続殺人犯に、トレイシーに、“テンシ”……」

 三人が此処で遭遇し、或いは知り得た危険人物達。全てが厄介で、放置しておけば災いと厄を齎す存在だ。

 『やる事が…やる事が多い…』

 「噴ッッ!!!」

 汀子が脚を振り上げて、落とす。力強い踏み込みは、足首までが地面に埋まる程だった。
 足元から豚が絞め殺される時の様な悲鳴が聞こえたが、三人はガン無視した。




710いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:20:28 ID:ZVIc.U/60
 いざ出立となると、ミカの骸を放置していく訳にも行かなかった。
 ミカと、レイチェルの亡骸を埋葬しようと、新田目が言い。二人も賛成して、埋葬する為に穴を掘る事にした。
 オリヴィア及び、サダコ(仮)は瓦礫の下に埋もれてどうしようも無い。2人には可哀想だが、放置するしか無かった。
 先ずレイチェルの亡骸を埋めて、折れたレイチェルの軍刀を墓標として突き立てる。
 続いてミカの骸を埋める。此方はレイチェルの時よりも、深く深く穴を掘った。
 万が一にも自称オリヴィアが戻ってきて、ミカの骸を発見した場合、三人を傷つけ、怒らせる為だけに、亡骸を辱めかねないから。
 2人を埋葬し、短く祈りを捧げる。
 レイチェルにせよ、ミカにせよ、オリヴィアにせよ、サダコ(仮)にせよ、こんな所で死にたくはなかったろうし、死んで良い訳も無かった。

 「デスノは殴るだけじゃ済まさない」

 「わたしも同感です」

 祈りを終えて、くるるが改めてデスノへの怒りを表明し、汀子もそれに同意する。

 「サダコ(仮)を殺した気狂い女もね」

 いきなり襲われて嬲り殺されそうになった事といい。極々短時間の関わりしか無いが、悪い印象は無かったオリヴィアに対して向けていた害意といい。
 更に言えば、あの狂人が態々病院に来なければ、汀子も消耗せず、合流してレイチェルに当たる時間が早くなった筈なのだ。
 ミカの死にも間接的に関わっていると合っては、自称オリヴィアへの怒りはより一層募る。

 「両親から大切にされ、両親の事を大切に想う心は有るのに、何故あんな凶行に及べるのか」

 先だっての一戦で、汀子の術で服を焦がされ、激昂した姿を思い出す。アレは愛される事を知っていて、愛する事を知っているからこその激情だ。
 なのに何故、あの様な狂った思考に基づく凶行に及び、しかも嬉々として実行に移せるのか。
 こんな事態に巻き込まれて、追い詰められた果てに、これ以外に無いと思い込んだのならば兎も角。喜悦を浮かべて嬲り殺しにするのは、全く理解出来なかった。
 
 汀子の言葉に、くるるの表情が歪んだ。良く良く思い出せば、あの気狂いは、高そうな服を着てたし、髪や肌だって、手間と金を掛けて手入れしているのが窺えた。
 元々優れていた容姿を、努力して磨き上げたのだろう、言うのは簡単だが、掛けられる金と時間が無ければ出来ない事だ。
 少なくとも、親から虐待されていたくるるには、そんなものは存在しなかった。

 親から虐待され、売り飛ばされ、最後は惨殺されたくるるとは何もかもが正反対で。
 あの狂人女と同じ様な環境で育っただろう、オリヴィアが善性と純真さで出来ていた為に、より一層際立つ悪虐の在り方。
 到底許せるものでは無く。デスノの前にあの気狂いを思い切り殴ろうと固く誓った。

 
 「………?」

 新田目はくるると汀子の会話に、引っかかるものを覚えた。何かを忘れている。或いは見落としている。そんな感覚。
 二人の会話を思い出し、更には現状を脳内で整理して、『何が』引っ掛かったのかを思い出してみる。
 その結果。

711いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:20:59 ID:ZVIc.U/60
「あ………」

 二人の会話と、デスノの通達。その二つが思考の内で結び付く。
 あの時は殺人者として名を呼ばれた事に気を取られていたが、あの時に呼ばれた殺人者の名は、全て男のものだった。
 あの腰斬されていた女性の名が、ルイーゼ・フォン・エスターライヒだったとしても、殺人者の中が男ばかりというのはおかしいのだ。

 「二人とも聞いてくれ、僕達が見た、彼女に襲われていた女性は、生きているかもしれない」

 「はぁ?」「はい?」

 二人揃って間抜けな声が返ってくる。特に実際に目撃した汀子は、新田目の正気を半分くらいは疑っている様だった。
 ミカに死なれておかしくなったのか?とか思っている様子だった。

 「デスノに名前を呼ばれた殺人者は三人だ。けれども全員男の名前だったんだ。僕と汀子さんが見た女性を殺している筈の、“彼女”の名前が呼ばれていない」

 『それってやっぱり───UGYAAAAAAAAAAA!!!!』

 汀子の足が、ドロシーの断末魔をBGMに地面へと沈んでいく。新田目とくるるは見ないふりをする事に決め込んだ。

 「……私は実際に見ていないけれど、あの気狂いに襲われていたのか、それともあの気狂い自身が男って事もあるけれど」

 くるるが新田目に対して、被害者か加害者、或いはその両方かが、女装していたと言う可能性を提示した。
 
 「……昔居た所でね、見た事が何度かあるの…。下手な女の子よりも綺麗だったり、可愛らしかったりしたわ」

 売り飛ばされた所で見た、所謂女装男子や男の娘といった娼年を思い出す。
 彼処では、男も女も売られていたし、男も女も買いに来た。
 そんな場所で、男として売られるのではなく、女装男子や男の娘として売られていただけあって、彼等は下手な女性よりも見た目が良かった。
 モールでくるるを襲ったあの気狂いの事を、くるるは便宜上“女”として扱っているが、アレが男だったとしても、大して驚きはしない。

 「“彼女”が実は男だった場合。あと二人殺せば、デスノの言っていた剣を手にする事になるのか」

 タダでさえ厄介なのに、これ以上の力を手にされてはたまったものではなかった。

 「早く東の“テンシ”を確保し無いといけませんね」

 『その為にも俺様が必要なんだから、もうちっと敬っても────」

 ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシ。

 無言でストンピング連打する汀子の姿に、くるるは『ストレス溜まってるんだなー』と思い。
 新田目は掘り返す手間を考えて、溜息を吐いた。

712いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:21:34 ID:ZVIc.U/60
【E-5 病院跡 午後】


【播岡くるる】
[状態]:背中に切り傷(小・包帯で処置済み)、悲しみ(中)、心労(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、AI搭載バッチドロちゃん
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:新田目や汀子と共に生きる。
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィアの名を騙る暫定女の狂人(ノエル)に警戒と怒り
4:AIドロシーに従い、ミカが恐れていた、テンシ・プロトタイプNO.000を探しに東へ向かう。
5:………ミカ。あなたのマスターは、ちゃんと守ってあげる
6:このAI(ドロちゃん)、性格は難儀だけど頼るしかないみたいね…

※狂人女(ノエル)が女装した男であるかもしれないという仮説を立てました


【本汀子】
[状態]:ダメージ(中) 精神的疲労(大)、心労(大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
1:トレイシーを追う。人の集まりそうな場所を目指す
2:病院で戦った女(ノエル)への対処法を考える
3:AIドロシーに従い、テンシ・プロトタイプを悪人に利用される前に止める。
4:なんでこいつが……このキチガイの写し身(ドロちゃん)がいるの……!!!!?
5:でも人格は問題有りすぎだけどこのAIは頼れるから……今は我慢……!!!!
6:知らない人に会ったら、新田目さんが殺し合いに乗っていないことを話さないと。
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます

【新田目修武】
[状態]:ダメージ(中) 右腕に火傷(小) 悲しみ(大)、心労(小)
[装備]:拳銃(残弾数15) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜1(確認済み) 
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1:それでも生き続ける
2:このバッチの人格の人物どういう技術力しているんだ……
3:東に向かい、テンシ・プロトタイプを探す。最悪の場合は破壊も辞さない。
4:テンシに似たエネルギーを持つ者?一体どんな奴なんだ?
5:殺人者扱いか。デスノ、面倒なことをしてくれるな。

713いざ進めや東 目指すは“テンシ” ◆0SJC9.MjJo:2024/04/11(木) 20:21:51 ID:ZVIc.U/60
投下を終了します

714 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/12(金) 18:14:01 ID:i2MnNVyc0
投下お疲れ様です。
感想が遅れて非常に申し訳ありません

良いですねこのメンバー。約一台面倒なのが混ざってますが、何だかんだでバランスが取れてると思います。
マーダーの情報を持っているのも強いですし、アクマ兵装などこの物語でカギを握りそうな要素を知っているのも、何かのフラグになりそうですね
東というともしかするとトレイシー達と再会する可能性が高いですが、次は誰と出会うのか気になるばかりですね


最後に二点だけ気になった点があります。
まずは時間帯が午後 E-5となっていますが、ここは2時間後、すなわち午後の時点で禁止エリアとなります
時間帯を日中にするか、あるいはF-5などの別のエリアにするかの変更をお願いします。

>所謂異世界転移者のミカは確かに世事に疎いが
もう1つ、4話の紹介から、ミカは新田目やくるるとは違う世界で造られただけなので、転移者では無いと思います
これまでのミカやテンシに関する話で、私の見落としがあった、あるいはこの先氏が書きたい話に関わる設定だとしたら申し訳ありません

折角書いてくださってのに、重箱の隅を突くようなことを言って非常に申し訳ありませんが
そこについての考えを教えてくだされば幸いです。

715名無しさん:2024/04/12(金) 19:28:28 ID:MQ6RzSVI0
>>714
ご指摘ありがとうございます
wikiの方で修正しておきます

716 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 12:26:31 ID:mNd.lKsc0
壥挧 彁暃(でんく かひ)
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ


予約します

717 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:54:14 ID:mNd.lKsc0
投下します。

718Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:55:44 ID:mNd.lKsc0
殺し合いの世界にも、昼夜はある。
そして人間にも、人のような姿をした何かにも、怪物にも、昼夜は平等に訪れる。
一番高く上った太陽が、摩訶不思議な乗り物に乗った、伝説の殺し屋の顔を金色に染めた。
だがその瞬間、太陽の光と対を為すような、泥を闇で煮詰めたような声が響く。
その声は、照らされた世界中を走り、負の情報を広めていく。
勿論、聞かなくて済む場所など存在しない。
建物の中にいても、地面の中にいても、そして幽霊列車の中にいても、平等に聞こえてくる。


殺し屋の男はテンシ兵装を、幽霊列車の車掌は列車を止め、放送を聞くことにした。


「……そうですか、5人も……。」


犠牲者の中に、壥挧彁暃の知り合いはいない。
そもそも、人間の訃報を告げられて、悲しむのは人間の役割だ。幽霊の役割ではない。
ただ、気になったことが1つ。
この世界で死んだ者は、幽霊列車に乗るのかということだ。


幽霊列車は、救いのない終わりを迎えた魂を乗せて走る、鎮魂の揺りかご。
だが、受け入れることが出来ぬ魂もある。
例を挙げるとするなら、彼とは別世界にある魂だ。
この殺し合いの世界は、1つだけではなく、様々な時間と空間から、参加者を集めている。
異世界に転移した者、転生した者、2つの世界を行き来する者、別世界から連れて来られた者と様々だ。
そしてこの世界も、彼が属していた世界の何処にもない、パラレルワールドに該当する。
あらゆる選択肢の果てに生まれた、全ての世界の浮かばれぬ魂を乗せることは、幽霊列車と言えども無理がある。


「どうしたの?車掌さん。何か考え事かしら?」


それを尋ねたのは、幽霊列車の1人だけの乗客である吸血鬼、アレクサンドラだ。
車掌は何も答えず、彼女をまじまじと見つめる。
幽霊列車に乗った生者は、例外なくその生命を削られる。
それは魂のみに顕れず、顔色、呼吸などにも顕れるはずだ。

719Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:56:09 ID:mNd.lKsc0
「女性をジロジロ見るのはマナーがなって無いわよ?」


そう言いながらも、唯一の乗客は、不快そうな顔をしていない。
ただ、この言葉を吐けば相手はどう反応するのか、それを楽しんでいるかのようだ。


「失礼しました、少し考え事をしていたので。」


幽霊列車に乗っても、アレクサンドラの様子は特に変わらない。
彼女は、寿命を超越した存在なのだと、改めて彼は考えた。


「私も、一つ考え事をしてたのよ。さっきの放送で、あなたも赤い剣を見たわよね?」

「ええ、勿論。」

「あの剣に付いてある宝石、私に思い当たりがあるのよ。」


一般人ならば剣を見せられた際に、その刃渡りや鋭さ、あるいは柄に注目するだろう。
だがアレクサンドラ・ヴォロンツァは名うての宝石商だ。
当然、宝石に対する知識も、全ての参加者の中で一番豊富である。
そのため、剣を見て真っ先に、その装飾品となっている宝石が目に付いたのだ。


「宝石…ですか。あなたほどの方が仰るのなら、ただの宝石と言う訳ではないのでしょう。あちらの方にもお伝えしたい所ですね。」


一度幽霊列車から降りて、市街地の空き家に入り、彼女の話を聞くことにする。
本来なら街の真ん中で井戸端会議さながらに話をしてもいいのだが、彼女が吸血鬼であることを鑑みて、空き家に入ることにした。
隣をゲオルギウスで走っていた殺し屋の男も、一旦降りて、彼女の後を歩く。


「で、何なんだ?気になる宝石ってのは」


先程の放送で、自分が殺人者として呼ばれた男だが、別にどうでもよかった。
そもそも呼ばれたのは自分のコードネームだ。
気にするほどのことでもないし、仮に自分が人を殺したのだと分かったとしても、隣の2人が適当に対処してくれるという期待もあった。


「殺し屋さんもさっきの放送で、気持ちの悪い赤い剣を見たでしょ?」

「ああ。目を瞑ってないと見えないなんて、乗り物を運転してる奴のことをもう少し考えて欲しいものだね。」

「それで何なのですか?剣に付いてある宝石と言うのは?」


室内の緊張感が高まって行くのを、3人全員が感じていた。
アクマ兵装というのが大概ろくでもなさそうな響きだし、流れからしてあまり良い話が出るとは思えない。
一拍間を置いて、アレクサンドラが口を開いた。


「あまり話したいことじゃないけど……今から120年前、同じ物を見たことがあるのよ。」

720Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:56:30 ID:mNd.lKsc0




アレクサンドラが、アクマ兵装の装飾と同じ宝石、正確にはその原石を見たのは、19世紀後半の頃だった。
当時のヨーロッパでは、鉄鋼、鉄道、蒸気船、電話、電気の開発など、技術的な進歩があった。
これらの急進的な発明は、生活のスタイルと質を大きく変えた。
勿論、そのスタイルには宝石も大きく影響して来る。
当時は王族や貴族御用達だった宝石を、成金(ブルジョワジー)も嗜むようになり、その需要は一気に増加した。
1880年になると、南アフリカ産のダイヤモンドが市場になだれ込み、一躍人気の商品となった。
ダイヤモンドだけではない。ペルシャ湾産のパール、ウラル山脈産のガーネット、ビルマ産のルビー。
ヨーロッパ外のあらゆる地域から、宝石が輸入された。


当然、宝石商の数もヨーロッパ中に溢れ、超一級と呼んで差し支えない品から二束三文の粗品まで幅広く市場に出回った。
アレクサンドラ・ヴォロンツァもその宝石商の1人として、最も慌ただしく動いていた時期である。
あくせく働かずとも食うには困らない、正確には人のように食う必要のない彼女だが、宝石商として生きる以上は、中途半端な働き方をすることは望まなかった。
アジアやアフリカ、時には南北アメリカのあらゆる地域を旅して商品の原石を仕入れ、売るに値する物を見つければヨーロッパに帰り、顧客に提供していた。


そんなある日のことだった。
彼女が『それ』を見つけたのは、ダイヤモンド・ラッシュの始まりの地でもある、南アフリカの奥地の村。
そこで彼女は、明らかにダイヤモンドとは異なる輝きを放つ原石を見つけた。
ダイヤモンドではない。だが、彼女が知っているどの宝石とも異なる。
色や輝きだけではない。長年宝石商を務めていた彼女は、言葉では言い表せぬ異様な物をその宝石から感じ取った。


彼女はそれを二束三文で買い取った。
現地の人々は、それでも良い価格で喜んでいたが、値段のことは問題では無い。
商売敵となる商人たちは、誰もその原石を気に留めていなかった。
唯一彼女のみがその原石の異様さに気付いたのは、彼女が人とは異なる吸血鬼だからか、それとも宝石商としての長い経験があったからか。
理由こそは不明だが、とにかく彼女はそれを持ち帰った。


ケープタウンの南から船でヨーロッパへと戻り、お得意様に売りつけようと皮算用をはじいていた所、ふと感じた。
この原石は、他人に売って良い物かと。
もしこれを他人に渡せば、他人がこの原石で何かを作れば、良くないことが起こるのではないか。
宝石商としての勘が、それを告げた。
結局誰にも渡さず、誰にもその原石のことを知らせず、北欧にある自宅に保管したままにした。


「悪運ダイヤって話があったな。そんなもんを家に入れておいて、事故にでも遭わなかったのか?」

「遭っていたらこの場にいないわ。大体この私が、悪運ごときで死ぬはずがないわよ。」


それから1年が経った。とは言っても、その時点で人間の老人以上の時を生きたアレクサンドラにとっては、ほんの数日前のようなものだ。
もしかすればあの原石に、ありとあらゆる不幸を呼び寄せる力があるのではないか。そんな心配が杞憂に終わるほど、何の代わり映えもない日常だった。
そろそろまた仕入れに出かけようか、そう思った矢先に、事件は起こった。

721Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:56:58 ID:mNd.lKsc0
彼女が保管してあった、宝石の原石が、綺麗さっぱり無くなっていた。
泥棒でも入ったのかと考えたが、それらしき跡は見当たらない。
そもそも、彼女の家には納品予定の原石はいくつもある。それらは1つも無くなっていないのに、その原石だけ無くなるのは、珍妙極まりない。


数十年生きて来て、焦りを覚えたのは久しぶりのことだった。
たとえ売るつもりで無かったにせよ、無くしてしまうなど宝石商としてあってはならないことだ。
だが、その原石を見つけることは、終ぞ無かった。かつて訪れたアフリカの奥地の村にも行ってみた。
しかしそこには宝石の源どころか、村の姿さえ無かった。


時は経てど、手掛かりすら得ることは出来ず。
それらしき物が原因で、悪事を為した者が現れなかったのが、彼女にとってのせめてもの救いだった。


「そいつがどういうわけか宝石になってて、オマケにこの殺し合いにあるって訳か。」

「最近になってようやく諦めがついたのに、それがここへ来て出て来たなんて、皮肉な話ね。」

何故そんな物が殺し合いの景品になっているかは分からない。
もしかするとあの時アレクサンドラの家から消えた理由は、この殺し合いの関係者が奪い去ったのかもしれない。
まだあれこれと分からない理由はあるが、当時の彼女の予想していた通り、宝石も剣も良からぬ力を持っていると考えるのが妥当だ。


「御二方にお伺いしたいことがあります。」

しばらく黙っていたままだった車掌が、久し振りに口を開いた。


「亡国レガリアというお言葉を、聞いたことはありませんか?」


殺し屋と吸血鬼は、互いに顔を見合わせた後、どちらも怪訝な表情を浮かべた。
何しろ、世界中を旅して来た2人をして、知らない名前の国だ。
それに、亡国というのが何とも気になる言葉だ。


「その様子だと、聞いたことが無いようですね。」


先程までの宝石の話と、その亡国に何の関係があるのか。
疑問に思う暇も無く、車掌は話を続けた。


「無理もありません。レガリアというのは生者の世界にはなく、あの世とこの世の境にある王国ですから。」

「だから俺達には知らなくて、幽霊列車の車掌さんであるあんたが知ってるワケだ。そういう解釈で良いんだな?」


今更あの世とこの世の境にある王国などでは、もうこの男は驚かなくなった。
幽霊列車があるのなら、幽霊王国があってもおかしくはないという考えだ。


「レガリアは元々は生者の国でした。王国の者達は平和に暮らし、豊かな文明を享受していました。
王国の要となったのが、摩訶不思議なエネルギーを生み出す鉱石だったそうです。」


だが、2人としても疑問になる話だった。
それほど素晴らしい力を秘めた資源があるというのなら、滅ぶことは無いのではないか。
仮に滅んだとしても、遺物の1つぐらいは残っているかもしれない。


「その鉱石は精製すれば非常に美しい輝きを放ちますが、それを素材とした道具は人智を超えた力を秘めていました。
荒れ狂う海を鎮める槍、炎や雷を操り、地震さえも止める杖、建物より大きな生物を収納できる容器。」

722Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:57:29 ID:mNd.lKsc0
「じゃあ、私があの時手にしたのは」

「俺があの時へし折った剣は」


車掌の言葉により、2人は異口同音に言葉を述べた。
男は車掌やアレクサンドラと会う前に、超越的な力を目の当たりにした。
雛野莉世の持っていた剣を媒介とした、空間転移能力。
そして、持ち主の命が危うくなると、暴走させる危険性

危ないからと壊したあの剣は、車掌や吸血鬼が言っている鉱石と同じものではないかと考えた。


「もしかすれば、関係しているかもしれません。」


それを聞いて、男はもったいないことをしたと思った。
だが、今さら北西に戻って、自分でへし折った剣を回収するのも、どうにも億劫な話だ。
いちいちそんなことをするぐらいなら、別のレガリア製とおぼしき道具を回収した方が楽だろう。


「でもおかしいだろ?そこまで栄えたって国が、どうして遺物一つ残さず消えたんだよ?」

「レガリアはこの世とあの世の間を彷徨い続けているからです。超越した力を使ったことにより神罰を受けた末路と言えばよいでしょうか。」

「滅んだとしても、歴史の1つぐらいは残るんじゃねえのか?」


男はなおも納得の行かぬ表情を浮かべる。
彼は、凄腕の殺し屋として、いくつもの死を目の当たりにしてきた。
だからこそ、死しても名を残す人間も、そうでない人間も知っている。


「『あの世とこの世の境にある』というのは、ただ滅んだり死んだりしたという意味ではありません。
生者がその存在を、一切認知出来なくなるということになります。
たとえ何らかの偶然で、その名を冠した王国を模倣したとしても、何らかの原因ですぐに滅ぶことになるでしょう。」


言ってしまえば死と消滅の違いのようなものだ。
消滅はその存在の命だけではなく、存在があったという事実や歴史そのものが消えて無くなるということだ。


「しかし神罰を受けてこの世にいられなくなるなんて、『さまよえるオランダ人』みてえな話だな。」

「あら。あなたもあのオペラを聞いたことがあるのね。全然知らないんだと思ってたわ。」


神罰によって、この世と煉獄の間を彷徨い続けているオランダ人の幽霊船のことを、2人は思い出した。
それはあくまで作り話だが、このような不条理が平気で起こる世界なら、そんな王国も実在するかもしれない。


「で、この世にない王国や、その王国を支えた宝石とやらが、どういう訳かこの世界にあるってことか。」


もしかすれば、自分は気づかぬうちに死の世界に迷い込んでしまったか?
そんな錯覚を覚え、自分の右手首を握ってみる。
きちんと脈は動いていたので、若干の安堵を覚えた。

723Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:57:45 ID:mNd.lKsc0

「ええ。定かではありませんが、あの剣の正体を探ってみるのは間違った話では無いでしょう。
なぜ存在されない亡国の宝石がここにあるのか、この殺し合いのことを知ることが出来るかもしれません」

「私からも頼むわ。あの時の失敗を清算するチャンスが巡ってきたかもしれないもの。」

「俺の出番…って訳ね。」

既に彼は、1人殺している。
すなわち他の参加者より、景品入手まで一歩リード出来ていることだ。


「勿論、貴方様が殺して然るべきだと思った人物だけで構いません。」

「言われなくてもそうするつもりだぜ。と言うか、誰彼構わず殺すなんてお前さん自身が望んじゃいねえだろ?」


生と死の境目で良からぬことが起こっているというのなら
殺し屋たる自分がその厄災を断ち切ってやろう。
男はそう決意した。






【C-2 洋風の市街地/日中】


【神】
[状態]:疲労(大) 腹部、背中に打撲(大) 
[装備]:ハンドガン(残弾3) 替えの弾丸10 ドグラ・マグラ・スカーレット・コート 兵装ゲオルギウス
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×4
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.不思議な力ばっかりだなこの世界は
3.おかしな乗り心地だな、これ(ゲオルギウス)は
4.あと2人(ただし殺して然るべき存在)を殺し、アクマ兵装を手に入れる


【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:アレクサンドラ、神とともに行動する。
2:播岡くるるを探す。
3:この世界が亡国レガリアと関わって来るのなら、是非とも関係を突き止めたい


【アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから生還する。
1:車掌、神と共に行動する。
2:幽霊列車……不思議な乗り心地ね。
3:あの時無くした鉱石は、この世界には無いものなのかしら?
4:アクマ兵装を手に入れ、装飾となっている宝石を調べたい

724Der fliegende Reich ◆vV5.jnbCYw:2024/04/18(木) 21:57:57 ID:mNd.lKsc0
投下終了です。

725 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/23(火) 19:47:34 ID:uOfB5rWA0
ハインリヒ、珠李予約します。

726 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:31:20 ID:7ssmQVas0
投下します

727花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:32:23 ID:7ssmQVas0


本当の 最期なのに
彼女はずっと笑っていた
部屋で見えた花火が 消え始めていた





「珠李……珠李………僕がどうにかするから!!死なないでくれ!!」


ハインリヒが叫んだ、爆炎の英雄の状況は、最悪の一言だった。
彼女のトレードマークだった赤い服を、別の紅が汚し、おまけにそこからは子宮と腸がこぼれている。
応急処置などでは、焼け石に水もいいところ。
包帯など、いくらあっても役に立たない。
今から彼女を助けるなど、名医でもない限り、いや、名医であっても無理な話だろう。


「病院……駄目だ!!」


一縷の望みに賭けて、すぐ近くのエリアにある病院に行くことも考えた。
だが、その場所は既に禁止エリアに指定されている。
行った所で、彼女どころか、ハインリヒでさえも死んでしまうのがオチだ。


「アラタメ!!リック!!来てくれよ!!珠李が大変なんだ!!」


異世界で行動を共にした、同じ世界出身の医者の息子と、治癒魔法に長けた仲間の名前を叫ぶ。
勿論、来るはずがない。彼らは今ハインリヒと珠李が、何をしているかも分からないだろう。
そんなことは無意味だと分かっていた。分かっていても、してしまった。

目の前で仲間を失うなんて、救世主にあるまじきことだから。
最初の放送が流れた時、恐れていたことが、現実になってしまうから。
ハインリヒは雷の魔法が使えるが、それで傷を治すことは出来ない。それらしい支給品も与えられていない。


絶望的な状況だ。ハインリヒはその場に立ち尽くし、ただ血みどろの彼女を見据えていた。


「ハインリヒ……」


珠李がハインリヒの名前を言おうとした。
だが、その言葉を発した直後、口から鮮血を吐き出した。


「やめろ!喋るな!!」


強い剣幕で彼女に怒鳴りつけるかのような勢いで言う。
少しでも、死に近づくようなことをして欲しくない。
そんなことは、彼の自己満足に過ぎないのに。

ハインリヒ・フォン・ハッペという男は、救世主の称号を得ても、その実は只の人間だ。
完成された英雄であっても、人間として完璧ではない。
恐れていることだってあるし、予期せぬことがあれば取り乱すこともある。


「まだ……だよ……」


その時、液体が蒸発する音が聞こえて来た。
すぐに、血と肉が焦げる嫌な臭いが辺りに漂う。
珠李が自分の炎魔法で、傷口を無理矢理焼いているのだとすぐに分かった。
想像を絶する痛みのはず。だが、そんな中でも彼女は歯を食いしばりながら、ずっとハインリヒ見つめていた。
例え死に瀕していても、彼女はハインリヒと戦おうとしていた。そんな固い決意の表れがあった。


「何を…しているんだ?」


答えは分かっていた。
けれど、その答えを聞きたくなかった。
悪い点だと分かっているテストを受け取る時のように、良くない未来しか予測出来なかったから。


「決まってるでしょ…ハインリヒと決着つけないと!!」

728花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:33:03 ID:7ssmQVas0

珠李は立ち上がった。
あれほどのダメージを受ければ、とても立ち上がれることなど出来ぬはずだ。
それでも、ハインリヒと戦いたい。この殺し合いが始まってから、いや、それよりずっと前から楽しみにしていたことだ。
致命傷程度で諦めるつもりは無い。


爆炎剣をしっかりと両手に握り締め、その剣を向ける。
いかなる水にも嵐にも消えぬ炎が、彼女の心の奥で燃え盛っていた。


「……嫌だ。珠李とは戦いたくない!!」


このままでは、彼女を死なせてしまう。
彼女の言うことを聞いても、死期を早めてしまうだけだ。
どうにかして戦いをやめさせる方法は無いか、それだけを模索する。


「行くよ…火花(フォンケ)!!!」


 魔法を発動。同時に轟く爆発音。
慌ててハインリヒは飛び退き、爆心地から離れる。


「さすがだね。流星(メテオア)!!」


だが、間髪入れずに彼女は魔法を唱える。
炎を纏った流星が、ハインリヒ目掛けて落ちてくる。


「この…わからずや!!」


ドンナー・ゲヴェーアを出し、空に向かって発砲する。
雷と炎、二つのエネルギーは空中でぶつかり合い、爆散した。
だが、安心するのはまだ早い。
死に体のはずの珠李は、地面をしっかりと蹴り付け、猛然と疾走する。
素手で受けることは出来ない。それは彼女と旅をしてきたハインリヒはよく分かっている。
ドンナー・シュヴェルトを左手に出し、彼女の袈裟斬りを受ける。


「そんなことして何になるってんだよ!死んだら意味がないだろ!!」


剣一本ではとても受けきれない。
ドンナー・ゲヴェーアも剣のように使い、彼女の剣をXの字にした2つの武器で受ける。
雷剣は既に電気を流している。だが、珠李に効いている様子はない。
とても死に体の一撃とは思えない。彼女の口から零れている血か、下腹部の傷が無ければ、健康だと勘違いしてしまうだろう。



「何言ってるの?あんな奴にやられたぐらいで、楽しみにしてたことをやめる訳ないじゃん。」

彼女の力が、さらに強くなる。
均衡はあっさり崩壊した。
爆炎剣を振るったことによって起こった激しい爆発が、ハインリヒを吹き飛ばした。


「がっ……」

729花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:33:23 ID:7ssmQVas0
正面からの勝負で彼女に敵う訳がない。
それはハインリヒ自身も知っている。
加えて、彼女は本気だというのに、ハインリヒは戦うことを拒んでいる。
そんな状態なら、たとえ珠李のコンディションに問題があろうと、ハインリヒには一分の勝機も無い。


「赤い稲妻(ロート・ドンナー)!!!」


珠李の剣が輝くと、空から赤い稲妻がハインリヒへと落ちる。
その技は、ハインリヒに憧れた故に、珠李が独学で思い付いた技。
皮肉にも、雷霆の救世主の名が、技術が、ハインリヒを追い詰めようとしていた。


あまりの速さに、防御が間に合わない。
まさに、雷光一閃。赤い雷がハインリヒを貫こうとした。


「分かっていなかったのは…僕かもしれないね。」


だが、ハインリヒは彼女の力に討たれることなく立っていた。
その手には、雷の剣が掲げられている。自分の雷で、相手の雷を吸収させたのだ。

ハインリヒの言う通り、分かっていなかったのは彼自身だ。
彼女は呆れるほど向こう見ずで、どうしようもないほど身勝手で
だからこそ、桝谷珠李は爆炎の救世主であり、ハインリヒの掛け替えのない仲間だったのだと。


「あは!その顔だよその顔!!初めて私に勝った時の顔だ!!」


珠李の笑顔が、太陽のように眩しかった。
実はいつの間にか傷も治ってないか、そんな期待さえしてしまうほどだ。
彼女の笑顔に同調するかのように、爆炎剣が赤い光を帯びる。


「赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)!!」


珠李が剣を大きく縦に振るう。
赤い光を帯びた衝撃波が、ハインリヒに迫り来る。
だが彼は慌てず騒がず、ドンナー・シュヴェルトを一閃。赤い三日月を打ち砕く。
散った火の粉が彼の顔に降りかかるが、彼は気にすることなく、雷光のごとき勢いで珠李へと迫る。


甲高い金属音が鳴り響いた。
お互いに地面を強く踏みしめ、その先に踏み込もうとする。
雷鳴と爆炎、2つの異なるエネルギーが、互いを飲み込もうとする。
先程の鍔迫り合いとは異なり、ハインリヒが加速している以上、勝負は互角。
いや、深手を負っている珠李の方が、不利な勝負を強いられている。


だが、彼女が不利なのは、ほんの一瞬だけだった。
彼女の周りを、赤い光が包み込む。途端にハインリヒの両手に、比べ物にならないほど強い力が襲った。
腕が、骨がきしむような痛みが、彼を襲う。
激しい力で押され、またも大きく吹き飛ばされる。

730花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:33:45 ID:7ssmQVas0

「私だって、強化魔法ぐらいは使えるんだよ。」


その力は、簡易的な強化魔法。珠李が得意としていた魔力強化に比べると、筋力を底上げするぐらいで、しかも効果もそこまで長くない。
だが、短い詠唱で、かつ少ない消費魔力で使える。
基本的に彼女は、異世界での戦いでは、仲間に強化魔法をかけてもらっていた。
ハインリヒは勝手に、自分の魔力強化以外の補助魔法は使えないとばかり思っていた。
ただでさえ接近戦では珠李の方に分がある。同じ攻撃をするわけにもいかないが、強化魔法が切れるまで時間を稼ぐのも難しい。
ならば、やることは一つだけ。


「そんな便利な技があるなら、僕にも使ってくれよな!!」

軽口をたたきながら、次の技の詠唱に入る。
ドンナー・ゲヴェーアにエネルギーをフル装填し、ドンナー・シュトロームを彼女目掛けて放つ。
大技を使い、一瞬でも彼女を足止めする。


「いいよ!やっぱり私はハインリヒを求めていたんだ!!ハインリヒと戦うために、生まれて来たんだ!!」


雷の津波を目にしても、彼女の興奮は収まらない。
同じように爆炎剣に炎の力を溜め込み、唐竹割りの一刀の下、大魔法を切り捨てる。
雷切伝説。この伝説を再現する絶技を秘めている。彼女がハインリヒの為だけに、彼の技を破るためだけに編み出した技だ。
失敗すれば感電死も十分あり得るが、彼女の狂気にも等しい想いは、それすらもやってのける。


だが、彼女の実力を知ってるハインリヒが、わざわざ無効化されるだけの技を彼女に撃つだろうか?
答えは否だ。ドンナー・シュトロームは只の目隠し。
本命は別の技にある。


「ショックウェル!!!」


左の掌を、珠李の目の前に突き出す。
その雷撃は、ドンナー・シュトロームに比べると、酷く微弱だった。
ダメージどころか、目くらましにさえならない。だが珠李は、自身の異変に気付いた。
彼女を包んでいた赤光が、いつの間にか消えていた。

これはハインリヒの隠し玉の一つ。プラスの強化魔法に対し、マイナスの魔法を纏わせることで、強化を打ち消す技だ。
電気にはプラスとマイナスがある。元の世界で学んだうろ覚えの知識だが、どうにかこれを魔法にも応用できないかと思って試していた。
黄金色の波動が、炎の衣をはぎ取ることに成功する。


「やるね…でもまだ終わらないよ!」

「分かっているさ。君が決してあきらめないヤツだってな!!」


勝負は、振出しに戻ったに過ぎない。
彼女が強化魔法を使えば、またもハインリヒが不利になる。
だからこそ、速攻で勝負を付ける。
彼女が詠唱を使う前に、ドンナー・シュヴェルトで勝利を捥ぎ取る。


勢いよくハインリヒが、珠李の下へと疾走する。
それを笑顔で迎え撃つ、爆炎の救世主。
2つの名刀が、雷霆と爆炎が、かつて1つになった2つの力が、激しくぶつかり合う。
1合、2合、3合、そして4合目の刃の衝突が起こった時、ハインリヒの下腹部に鈍痛が走った。

731花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:34:05 ID:7ssmQVas0

「痛う!!」

顔を顰め、歯を食いしばる。
胃液が逆流して来るような感覚に陥った。

「まさか剣と魔法だけで攻撃すると思ってないよね?」


魔法ではない。魔法よりずっとシンプルで、原始的な技。即ち、肘鉄だ。
珠李はハインリヒとは異なり、負けず嫌いな性格の持ち主だ。
元の世界ではスクールカースト底辺だったハインリヒと違って、彼女は喧嘩でも強かった。
だからこそそれを由としなかったルールを憎み、それを傘にきて悪く言う弱者をより憎んだ。


続けざまに彼女がハイキックをハインリヒの腹にお見舞いする。
魔法の加護を得ていないというのに、それは十分な威力を発揮した。


(本当に怪我したのかよ……)


腹の痛みを堪えながら、剣を振るう。
これだけでも痛いのに、コイツ腹を刺されてよく戦えるな、なんて思いながら。
珠李は怪我をしていると思えない速さで剣を振るい、ハインリヒの斬撃を弾き飛ばす。
爆炎剣の恐ろしさは、刃だけに非ず。剣と物が触れた瞬間、爆発を起こす。
ただの斬撃であれば良かったが、迫り来る熱風が、爆発が、ハインリヒの体力を削っていく。


そのままじり貧になるかと思いきや、急に爆風が止んだ。
彼女が爆炎剣を、地面に落とした。


「がはっ!!」


内臓が傷付けられて、焼かれたのにも関わらず、無理に動いたため、口から血が出た。
もう、生きているのが奇跡という状態だ。
それでもハインリヒは、剣を降ろすことは無い。ただじっと、彼女を見据えていた。
ほんの僅かに残った命を、閃光のように輝かせようとする珠李の想いに、ただ応えようとしていた。


「我が名はハインリヒ・フォン・ハッペ!!雷神トールの眷属にして、世界を救い雷霆の勇者なり!!」

ハインリヒは剣を構え、大声でその言葉を叫ぶ。
珠李にとっては、久し振りに聞いたフレーズだった。
異世界に来てから何年か経ち、もう名乗るのも好きではない歳になっても、ずっと言って欲しいと珠李に言われた言葉だ。
彼女はその言葉を、初めて会った時にも目の前で聞いたそれを聞くと、ニッと笑った。


「我こそは! 世界を救いし"雷霆の勇者"ハインリヒが盟友!
 豪炎剣"爆炎"の担い手にして"爆炎の救世主"――舛谷珠李!!」


彼の言葉に返すかのように、爆炎剣を掲げ、大声でその言葉を叫ぶ。
たとえぶつかり合っていても、死に瀕していても、心は繋がっていた。
相手に応えるために、自分の全てをぶつける。二人の気持ちはこれだけだった。


「火花(フォンケ)」


互いに自分の名を叫んでから、最初に行動したのは珠李だった。
ライターの火ぐらいの大きさのものが、複数ハインリヒ目掛けて飛んでくる。
剣の一振りの風圧で、全て消し飛んだ。
邪魔な火の粉を消すと、すぐに珠李の下へ走る。


「流星(メテオア)」


珠李は後退しつつ、魔法の詠唱を続ける。
先程より大きい火の玉が複数、ハインリヒに降り注ぐ。
『まだ』問題ない。
ハインリヒはそう判断し、彼女目掛けて剣を振ろうとする。


「かかったね!!」


これまで距離を取ろうとして、魔法だけのヒットアンドアウェイの戦法を取っていた彼女が、ここへ来て一気に距離を詰めて来た。
爆炎剣を大きく構え、横薙ぎの一撃に入ろうとする。


(そうだろうな!そうだよな!!)


だが、ハインリヒはその動きも読んでいた。
彼女が遠距離からの魔法でチマチマ攻めるのは、いくらなんでも彼女らしくない。
姿勢を限界ギリギリまで低くし、剣を持ってない拳を彼女にお見舞いしようとする。
先程の肘鉄の意趣返し、いや、雷を纏った拳による、右ストレート。

732花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:34:34 ID:7ssmQVas0
「今だッ!!」


地面から火山の噴火のように、炎が噴き出る。
剣での斬撃まで、珠李が蒔いていたブラフ。
これはハインリヒにとってのミス、いや、先程彼女がこの技で、笑止千万を攻撃した所を思い出せば、躱せたかもしれない。


「そこまで…考えていたのか……」


咄嗟に身を引いて、後方に飛び退く。
革靴のつま先が焼け、ズボンと服の裾は少し焦げたが、その程度の被害なら儲けものだ。
舛谷珠李という女は、対等の戦いを望むが、正面からぶつかり合う戦いだけを望むわけではない。
使えるものなら何でも使うし、覚えた技をあり得ないような使い方で使う。
己の力を研磨するのに全てを費やしただけではなく、己の一番得意な技を見せつけるためにも、あらゆる手段を用いるのが彼女だ。


「―――硝子は煙り、石は燃え、炭は砕ける。

 ―――灯るな爆ぜよ。照らさず焦がせ」


そして、先程の魔法さえも、フィナーレの為の布石に過ぎない。
彼女が雪見儀一との戦いで、魔力強化術を使ってから、たった今6時間が経過した。
今こそ、第一段階の強化に入る時だ。


「これは…まずいな……。」


この魔法では、先程のショックウェルで剥がすことは出来ない。
あの技で無効化できる強化魔法は、ありふれた物だけだ。
例え彼女の奥義を阻害させられたとしても、彼女の想いに応えることは出来ない。


「いいよ。僕は逃げも隠れもしない。来い!!珠李!!!!」


ハインリヒは、膝を曲げてどっしりと踏み込み、剣を天に構えた。
さらに雷銃を自分の剣に発砲。ドンナー・シュヴェルトが、更なる雷電を纏う。
剣は過剰なまでの魔法を浴び、倍近くのリーチを持つようになった。
その剣の姿は、まさに弱きを照らし、悪しきを浄化する聖剣。
掲げることが出来るハインリヒを、救世主なのだと改めて実感できる。


「いいね。でも、まだだよ。まだ終わってない。知ってるよね?ハインリヒ。」


さらに魔力が増して行く。
彼女の周囲を熱風が吹き荒れ、瓦礫が吹き飛んで行く。
これでは最早、災害か何かだ。彼女が爆炎の通り魔と言われていたのも、頷ける話だ。


『ルールに違反しています。以下の力を既定された時間を超えて使った場合、首輪を爆破します』


熱風が吹き荒れる音に混ざって、首輪のアラームが聞こえてくる。
この世界での制限だ。第二段階強化は、一度使ってから12時間の間禁止されている。
だが彼女の魔力は、留まることを知らない。


「ばぁか。最初に言ったでしょ。こんなチンケな首輪如きで私やハインリヒの魂を縛れると思ってるなら、甘いよって。」


ハインリヒは、もうやめろとは言わない。全身全霊、彼女の一撃を打ち返すことだけに力を注ぐ。
彼女が命をかけるというのなら、その盟友である自分も命を賭さなければならない。

733花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:34:58 ID:7ssmQVas0
首輪の爆発ごときで止められないと言う、彼女の言葉を信じるまでだ。
彼もまた、己の魔力を最大まで高める。雷鳴と炎の高まりに伴い、空気が揺れる。


「ねえ。ハインリヒ、あの時に異世界で見た花火、覚えてる?」


それは、異世界を救った後のパーティーで、珠李が上げたもの。
元の世界で彼女の祖父が、よく見せてくれた花火を、彼女も真似たものだった。



「覚えてるよ。凄い綺麗だった。」

「嘘ばっかり。食べるだけ食べて、パーティーって退屈って言ってすぐに寝ちゃったくせに。」

「覚えてるって。珠李の魔法の音っていつも大きいから、目が覚めちゃったんだよ。」


本当の最期なのに、彼女はずっと笑っていた。
ハインリヒは、そんな彼女をずっと見据えていた。


『5』


警告さえも無視する彼女に痺れを切らしたか、首輪がカウントダウンを告げる。
だが、彼女は恐れることは無かった。ただ、最終奥義を使うことだけを考えていた。
ただ、閃光のように。あの時異世界の住人の多くを魅了させた花火のように、その一瞬を生きようとする。


『4』


彼女の全身を、深紅の光が包み込む。
聖火の如く、掲げた剣が天まで焦がすかのように炎を上げる。
それは、彼女の覚悟の顕れにして、彼女の積み上げて来た全てを体現した物だった。


『3』


「ハインリヒ!!大好きだよ!!!」


満を持して珠李は、地面を疾走した。
それは炎と言うより、赤い雷のような速さだった。

珠李の最終奥義、災禍齎す業火の魔杖(レーヴァテイン)が、ハインリヒ目掛けて放たれる。
黄金の巨竜とも見紛う爆炎と炎の竜巻が、ハインリヒを飲み込もうとする。
人は愚か、怪物でさえも、それを見たら恐れ慄いてしまうだろう。



『2』

炎の竜の咢が、雷霆の勇者の首に突き刺さろうとした瞬間。
剣をずっと構えていたハインリヒが、初めて横薙ぎに剣を振った。
彼女の究極奥義を、雷霆の救世主は受け止める。
受け止めただけだ。凄まじいエネルギーの余波が、ハインリヒに襲い掛かる。
ともすれば、剣を落としてしまいそうだ。剣が折れるか、彼の腕が折れるか。



「僕だってこの力で!!世界を救ったんだ!!!!」

734花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:35:54 ID:7ssmQVas0

だが、彼は雷霆の救世主だ。珠李が雷切の伝説を残したと同時に、彼もまた炎切の伝説を残している。
炎の竜を討とうとする彼の力が、さらに増して行く。
黄金の龍と、深紅の竜が命を懸けて鎬を削るその瞬間は。
聖戦と見紛うのもおかしくない光景だった。


「奥義 厄災齎す雷霆の嵐魔(テンペスト)!!!!」


『1』


その瞬間、奇跡は起こった。


アラームを鳴らし続けていた彼女の首輪が、ひび割れたと思いきや、砕けて地面に転がった。
これで、彼女がルール違反で死ぬことは無くなった。
彼女はデスノに支配された世界で、デスノの枷を壊し、デスノの力無しに願いを叶えた。
残された命が尽きて死ぬか、ハインリヒとの戦いの果てに死ぬかのどちらかだ。


「「うああああああぁぁぁぁぁあああああ!!!」」


2つの力がぶつかり合う。
かつて笑止千万と言う敵を倒すのに1つになった、2本の英雄の剣(ツヴァイ・シュヴェルト)が、今度は互いに激突する。
仲間のためではない。己の命の輝きを見せるための、たった1人のためだけの一撃だ。


食いしばった歯から、笑止千万に刺された下腹部から、力を込め過ぎた両手から。
他にも数え切れぬほどの箇所から血を流しても、珠李は剣を握り締め、ハインリヒの最終奥義を斬り裂こうとする。
28年の全てを乗せた彼女の一撃は、彼女の人生の終わりを告げるその一撃は、想い人の心に刻み込まれた。




凄まじい閃光が、辺りを照らした。目を焼かれるのではないかと錯覚を覚えるほどだ。




2人の脳裏を、2人の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
街角で初めて出会った時
合宿と称してよく分からない山奥で特訓した時
異世界ファッションショーに出て、ハインリヒが女装してウケが良かった時
2人で怪物を倒した時
そして、世界を救った時



「正直、さっきの戦いより死んだかと思ったよ。」


真っ白に染まった世界。先ほどの轟音とは打って変わって、静寂に包まれた中で、一人の人間の声がした。
世界が段々と色を取り戻していく。
そこにいたのは、全てを使い果たし、倒れている男と女。
辺りは石畳が壊れており、地下街がむき出しになっている。


「へへ…お姫様抱っこされて嬉しいな。」


ハインリヒとしては、そのままずっと寝転っていたかったが、このままでは地下に落ちそうだったので、彼女を抱えて移動することにした。
何だかここへ来てから、やたらと誰かを抱えてないか?とどうでもいいことを思ったりする。


「ありがと、ハインリヒ。私のわがままに付き合ってくれて。」

「軽いものさ。盟友の想いに応えられない英雄がどこにいるんだよ。」

「でもさ、最後の最後、手加減したでしょ。」


テンペストを受けたというのに、舛谷珠李の体には、傷一つ付いていなかった。
ただ、折れた爆炎剣が、最終奥義の強さを物語っていた。

735花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:36:20 ID:7ssmQVas0
「最後の最後で魔力が切れただけだよ。僕にもヤキが回ったな。」

「嘘が下手だね。それがハインリヒのいい所なんだけど。」


酷く静かな空間だった。
死んではいない。現に自分はこうして珠李を抱えて歩いている。体力が回復さえすれば、また立ち上がって戦うことも出来るはずだ。
けれど、全てが億劫だ。このまま一緒に向こうへ行くのもいいか、ハインリヒはそんなことを思ったりした。


「あとさ……珠李。助けられなくて…ごめん。」

「いいよ。そんなことより、庇ってあげたことを感謝してよね。」

「…ありがとう。珠李。」


彼女の頬を、ハインリヒの熱い雫が濡らした。
炎の世界にいたのが嘘であったかのように、彼女の熱は無くなっていった。
いよいよ、彼女に終わりの時が来る。


「あーあ。」


残念そうな表情で、手を動かそうとするが、もう動かなかった。
これが死か、と彼女は納得する。
元々笑止千万の攻撃を受けた際に、死んでいたはずだった。
けれどもハインリヒと戦いたい、繋がりたいという強い意志が、ここまで彼女を動かした。
願いを叶えた今、もう舛谷珠李は動けない。
全てを使い果たした彼女は、ただ死んでいくだけだ。


「あ、思い出した、ハインリヒ。あの人…エイドリアンさんが持ってたロボット……名前……彫り込み……見て………。」


元々エイドリアンが持っていたテンシに彫られた名前は、彼女が知っているものだった。
そして、ハインリヒにも伝えたいと思っていた。
その後すぐに、ハインリヒが落とした雷を見て、それ所じゃなくなったのだが。


「分かった。」

736花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:36:42 ID:7ssmQVas0
ハインリヒは彼女を地面に降ろし、寝かせた。
全てを賭けた一撃は、偶然とはいえ首輪を解除し、この殺し合いを打破する未来に繋いだ。
舛谷珠李という少女は、そんなことはどうでも良かった。
別の想い人が、彼を助けてくれたハッペ家の長女という、別の想い人がいる男と、ただ心行くまで戦えたことへの満足があった。



「けれど……これだけはやっておかないとね。」


本当はハインリヒに殺してもらうはずだった。
けれど、彼はそんなことをしたがらない。彼のわがままを否定するつもりはない。バカみたいなお人好しさも、彼に惚れた原因だからだ。
だから、自分のケジメは自分で付けることにした。


もう魔力は残ってないが、最後に残った命を、魔法に替えていく。
ゆっくり、ゆっくりと綺麗な目を閉じた。


(ずっと好きだなあ………。)



壊れかけた町に、一つの花火が上がった。
それは唯一の目撃者にとって、何よりも綺麗に映った。



【舛谷珠李 死亡】

【残り 24名】




【E-6 市街地/午後】


【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:ダメージ(特大) 所々に火傷 疲労(大) 悲しみ(大)
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式×2(自分、珠李) 桝谷珠李の首輪 折れた豪炎剣“爆炎” 魔法樹の実×1
[思考・行動]
基本方針:珠李の想いを継いで生きる
1:エイドリアンと合流したい。そしてテンシに彫り込まれた名前を見る
2:城で見たあの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?
6:彼女が首輪を解除した方法を、どうにかして応用できないだろうか。

737花火の鳴らない夏 ◆vV5.jnbCYw:2024/04/25(木) 23:36:52 ID:7ssmQVas0
投下終了です

738 ◆vV5.jnbCYw:2024/05/05(日) 23:05:35 ID:pBCD35Ow0
アンゴルモア、雪見儀一予約します

739 ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:25:29 ID:0umg67Ew0
投下します

740目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:26:09 ID:0umg67Ew0
ハインリヒが去ると、アンゴルモアと雪見儀一も移動を開始した。
特に目的地は無い2人だが、ぼーっと突っ立っているほど暇という訳ではない。
雪見儀一に至っては、テンシか舛谷珠李、どちらかでも見つけたいという希望があった。
どちらも再会すれば、再戦も十分あり得るが、それでも見つからないよりかはマシだ。
そんな時、アンゴルモアがおもむろに口を開いた。


「あの…ドラゴンさんの名前って、ちょっとドラゴンっぽくなくないですか?」


アンゴルモアという少年は、決して悪口のつもりで言ったのではない。
ただ彼は元々コミュ障なのに加え、不登校生活が長かった。
故に他人とのコミュニケーションに慣れてないのだ(こらそこお前もだろとか言うな)
竜は背中に乗っている少年にそう言われて、首を後ろに向ける。


「貴様も人のことを言えた口では無かろう?」

「いやあの…僕の名前は、ネットゲームの名前でして…本当の名前じゃ……」

「貴様の言うことはよく分からん。まあ儂の名は、人から貰ったものだからな。貴様がそう思うのも無理はないだろう。」


雪見儀一と、アンゴルモア・デズデモン。
どちらが日本の少年の名前で、どちらが白竜の名前かと聞かれれば、初見で正解できる者は少ないだろう。
事実、雪見儀一本人が、その名前は自分らしくないことは知っている。
それでも、別の名前を名乗るつもりは無い。人間の“雪見儀一”の名前を承り、彼に恥じぬ生き方をする。それだけのことだ。


「人から貰った?ペット…いや、飼いドラゴン……とかだったんですか?」

「やはり貴様が言ってることはよく分からん。まあいい、行くぞ。」


早速アンゴルモアをその背に乗せ、市街地をのっしのっしと歩き始めた。
背に乗った少年は、立って歩いている時とは全く異なる風景を、キョロキョロしながら見まわしている。


「何か見つかれば、儂にも伝えろ。」

「分かってますよ…ところで雪見さん、どこへ行くつもりなんですか?」

「まずは貴様が休めそうな場所を探す。怪我人を背中に乗せたままでは、出来ることも出来ぬからな。」


雪見儀一は、痩せても枯れても戦争を経験している。
故に、戦場では負傷者や戦力に難のある者が、優先的に狙われることも知っている。
舛谷珠李とも、テンシとも、他に殺し合いに乗った参加者とも戦う可能性がある以上は、ずっとアンゴルモアと一緒にいるわけにはいかない。


「え?一緒にいてくれるんじゃないんですか?」

「儂がいれば、標的になるかもしれんぞ?その時貴様は戦えるのか?」

「………。」


返答出来ず、黙るアンゴルモア。
事実、城での戦いでは足手まといになった自覚がある以上は、何も返せなかった。

741目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:26:41 ID:0umg67Ew0
「案ずるな。ハインリヒの小僧が来るまでの辛抱であろう。」

流石にこの場に置き去りにするのは、ハインリヒに対しても、自分の名をくれた老人に対しても、顔向けで出来ぬ行為だ。
それはさておき、アンゴルモアを隠れさせる拠点は探しておきたい。


暫くの間、アンゴルモアは背中の上でずっと黙っていた。
だが、竜が何度か街角を曲がり、A-5にたどり着いた辺りで、突然彼が声を出した。


「どうして……あの図書館があるんですか!?」

「なんだ。知っている場所だったのか?」


雪見儀一からすれば、見えたのは何の変哲もないコンクリ造りの建物だ。
かつて人間界にアクマの走狗として侵略した際、あのような建物をいくつも破壊した経験がある。


「はい。僕が小さい時、行っていた図書館とそっくりなんです。」

「この場に飛ばされたということか?はたまた巧妙に作られた偽物か?」


雪見儀一は生まれてから数十年は、同胞と共に一つの高山を根城にしていた。
アクマによって別世界から連れて来られた後は、同じナオビ獣が収監されている牧舎が寝床となっていた。
自分を手なづけているアクマが全て死んだ後は、建物も何もない次元の狭間で150年以上の時を過ごした。
故に彼にとって人間の建物とは、全く馴染みや思い入れの無い物だ。


「分かりません…でも、違うんです。」

「違うとはどういうことだ?」

「あの図書館は、僕が中学に入る前に、壊されたんです。」


近付いてみると、それがそっくりな建物では無いことが分かった。
隣の自転車置き場や駐車場までは再現されてないが、どこからどう見ても、幼少期の彼にとっての馴染みの場所だった。
このような建物が本物かそっくりな偽物かは、馴染みのある者にとって、理屈ではなく感覚で分かってしまうものだ。

アンゴルモアが図書館を見て感じたのは、驚きが大半、懐かしさが少し。
3年前に経営難と言う理由で、取り壊されてマンションになったそれと、このような形で再会するとは予想だにしていなかった。


「貴様の世界にはもう存在しない建物とな?だがこの世界は過去も未来も、ともすれば原因も結果も滅茶苦茶に混濁している。
そのような建物があるかもしれぬな。」


雪見儀一は物怖じせず、建物へと近づいて行く。
アンゴルモアにとっては、懐かしさを感じていた建物が、すぐ近くまで来ると、何だか違う怪物のように見えて来た。
以前本で読んだ、人が懐かしく感じる存在に変身して、おびき寄せられた生き物を食い殺す怪物のことを思い出した。


「あの…ドラゴンさん……じゃなくて雪見さん。誰かいるかもしれませんよ?」

「貴様は心配性だな。魔力の持ち主はあの建物にはおらぬ。」

「いや、魔法使いじゃなくても、殺し合いに乗った人がいるかもしれません!」

「その時は儂が戦えば良い。見縊るな。」


図書館の入り口までたどり着くと、雪見儀一はその足を止めた。
どこか駐車場の前に停止したバスを彷彿とさせる動きだ。

742目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:26:59 ID:0umg67Ew0
「うむ…儂はここまでのようだ。奴等も不親切だ。儂でも入れる建物を用意してくれれば良い物を。」

「え? 一緒に来てくれないんですか?」

「儂が壁の一つでも壊して良いのなら、共に行くのも悪くないが。」

「いえ、良いです!!でも、誰かが隠れて襲って来るんじゃ…」

「仕方のない奴だ。」

雪見儀一が、彼の体格にしては聊か小さいザックに手を入れ、さらに小さい何かを器用に取り出した。
腕時計のように見える何かを、アンゴルモアに渡す。
画面の中心に、点が2つ映っていた。


「首輪探知レーダーというものらしい。これを見ろ。 近くには儂と貴様以外の参加者はおらぬようだ。
儂には魔力感知能力があるから使う必要が無かったのだがな。」

「あ、ありがとうございます。」


図書館のボロさは、アンゴルモア自身が良く知っている。
巨体の雪見儀一が無理矢理押押し入ったら、それだけでたちどころに崩壊しかねない。
少し足の痛みも軽くなったので、彼の背から降り、一人で図書館に入ることにする。


「待て。一つ聞きたいことがある。この建物は、書物が貯蔵されているのだろう?」

「え?そうですが…。」

「ならば、楽器に関する本を取って来てくれぬか?」
「え?」


雪見儀一は、200年以上生きて来て、何かに興味を持ったことなど無かった。
だが、戦う以外の目的で人間と出会い、舞いと音楽を教えて貰った。
あの時人間の“雪見儀一”が見せた鼓以外に、どんな楽器があるのか、どんな音楽があるのか、それが気がかりだった。


「なんだ。儂が楽器に興味を持ってるのが、そこまで滑稽か?」

「いえ、そんなことはありません…」

見た目に似合わぬ物を欲しがるのだなと思いつつ、アンゴルモアは返事一つで図書館に足を踏み入れる。
彼の姿が見えなくなると、雪見儀一もその場を離れた。





中は、アンゴルモアが昔通っていた時そのままだった。
フリーの勉強スペース、本を借りるカウンター、いつ来ても誰かが寝ているソファー。そして、沢山の本棚。
だが、一つ違和感があった。
図書館の匂いがしないのだ。
紙の匂い、表紙の匂い、インクの匂い。
そのような嗅覚において、図書館を図書館たらしめる要素が、全く感じられない。
いや、意識して匂いを嗅ごうとすれば、辛うじてそれらの匂いが鼻に入って来る。
まるでこの殺し合いが始まってから、この世界に現れたかのようだった。


最初に彼が向かったのは、ファッションに関する本が置いてあるコーナーだった。
明らかにこの殺し合いにおいて、役に立つ本ではない。
それでも、彼の世界で図書館が壊されるまで、よく読んでいた本だ。
せっかく復活しているというのなら、読んでみるのもアリではないか。

743目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:27:27 ID:0umg67Ew0

(やっぱり…あるんだな……)


図書館が壊される前、特に気に入っていた一冊を手に取る。
様々な種類のドレスが載っているページをめくると、懐かしい気持ちが湧き出て来た。
彼が心からの挫折を知らず、かといって挑戦することも知らず、楽しく生きていた時のことを。


アンゴルモア・デズデモンには、2つ上の姉がいた。
内向的な性格の持ち主だったアンゴルモアとは異なり、明るい性格で、彼の家を照らす存在だった。
勉強もそれなりに出来たが、それ以上にバレエにおいて、卓越した才能を持っていた。
母親と何度か、彼女の舞台を観に行ったこともある。
舞台の上で白いフリルの付いたレオタードを纏い、白鳥のように舞う姉は、とても美しく映った。
彼女が通っていたバレエ教室は、男子生徒は募集していなかったし、第一彼はバレエなど出来ないとは思っていた。
だが、図書館ではよく女の子が着る服や、メイクの本を読みふけっていた。


(あの時は楽しかったな……。)


両親もそんな彼女を心から愛し、アンゴルモアはそんな姉に憧れていた。
内気で人付き合いは苦手な彼だが、それでもかっこよくなりたいと思っていた。
そんな彼とその家族の日常は、彼が小学校5年生の時にあっさりと崩壊した。


事の発端は彼の姉が、バレエの大型コンクールで、他所の教室の生徒に会ってからだ。
教室で一番バレエの上手かった彼女は、初めて敗北を喫した。
輝くような金髪と、透き通るような白い肌を持つ同じ中学1年生の少女に、完膚なきまでに敗れた。
手足の動かし方1つ取っても、彼女の方が完璧なまでに美しく、そして上手だった。
そのことが余程悔しかったのだろう。コンクールが終わってから、これまでにも増して熱心に練習を繰り返した。
先生に練習のしすぎだと言われても無視して、レッスンが終わっても1人残って練習を続けていた。
あまりに遅くなるから、母が車でよく迎えに行っていた。


それがまずかったのだろう。
姉は練習のし過ぎで、足を壊した。
あろうことか、再びその金髪の少女と出会った冬合宿の時だった。
日常生活には差し支えないが、二度とバレエを踊ることは出来ないと医者に言われた。

744目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:28:55 ID:0umg67Ew0
(姉ちゃんがああならなかったら、僕も不登校にならなかったんじゃないか……?)


本のページを、雫が濡らした。
そんな中でもアンゴルモアは1ページ1ページ、思い出をなぞるかのように読んでいく。
1冊読み終えると、今度は化粧の本を読んでいく。
あの日々を取り戻そうとしているかのように、ページをめくって行った。


彼が小学6年生の時、そして姉がバレエを辞めた時、彼の家は火が消えたように静かになってしまった。
悪いのはこれで終わりでは無かった。
バレエの出来なくなった姉は、バレリーナになることを夢見ていた姉は、無気力な生活を送るようになった。
これまでの反動か、甘いお菓子など制限されていた食べ物を、ひっきりなしにがつがつ食べるようになり始めた。


バレエをしなくなったのも相まって、綺麗だった姉は見る影も無く、どんどん太り始めた。
ただ学校に行き、帰り、後は食べるかテレビを見るか寝るだけの生活。
かつて憧れていた姉は、もうそこにはいなかった。母親も変わっていく彼女に対して何も言わなかった。
だからこそ、自分だけでも姉の分までかっこよく生きよう。小学校ではいわゆる陰キャとして生きていた自分だが、中学校では目立つような存在であろう。
そう思ったのが間違いだった。


目を怪我してもないのに眼帯を付けて、マニキュアも入れて、そんでもって制服のボタンを外して死神をプリントしたTシャツを見せながら登校した。
最初の教室で自己紹介の時から悪目立ちしてしまい、たちまちクラスで目を付けられてしまった。
それからは授業時間よりも、休み時間の方が苦痛だった。
1年のゴールデンウィークが終わってから、学校に行くのがしんどくなり、それからすぐに不登校になった。


(もしあの時学校に行っていたら、何か変わっていたのか?)


学校に行かないとなると、途端にヒマになった。デスゲーム小説を読んだり、ゲームをしたりして時間を潰したが、一番ハマったのは女装だった。
もう姉が着ない、着ることが出来ないワンピースやドレス、他の女物の服をこっそり着て、鏡に映る自分の姿をぼんやりと眺めているのが好きだった。
その頃には図書館はもう無かったが、気に入っていた本の中身は読まずとも全て覚えていた

(このページ、折り目付けちゃダメだろ。いくら重要な所だからって、もう少し本を大切にしろよ昔のボク。)

745目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:30:41 ID:0umg67Ew0
それは、かつての姉に自分を重ねていたのだろうか。それとも小学生の時に、男子に告白されて、断ったら無理矢理キスをして来たことを思い出しての行いか。
やがて、その姿を写真に写し、ネットに上げてみたら予想以上に人気が出た。
姉の影でしか生きられなかったアンゴルモアが、初めて日の目を見た瞬間だった。
オンラインゲームは、その時に自分の衣装を褒めてくれた人に紹介され、やり始めた。
自分一人のファッションショーと、自撮りの編集。どちらもやってない時はオンラインゲーム。
彼の人生は、ネットに完全なまでに浸食されていった。

「ん?」


その本も終わりに近づいた辺り、四つ折りになった古い紙のようなものが、そこに挟まっていた。
何の皮肉か、過去に浸っていたアンゴルモアの意識を、現在に戻した。
紙を開いて、その中身を覗く。それは、彼の思い出の地にあるものではなく、殺し合いならではの品物だった。


『失われし書院に訪れし者よ。知への好奇心に旺盛な者に宝の地図を授けよう』

C-4 城 最奥 王杓
E-6 地下 魔槍

A-7 遊園地広場 召喚石


そこに書いてあったのは、宝の在りかのような物
この中で書いてある、『C-4 城 最奥 王杓』とは、かつて自分とハインリヒが入った城にあった物だと、すぐに察しがついた。
従って、この宝の地図は、誰かが面白半分で適当に書いたのではなく、本物であると考えても問題は無いだろう。


(でも、あんまり役に立ちそうにないなあ。)


在り処が分かっても、そこまで行くのには時間も労力もかかる。
ハインリヒとも合流したいため、あまり広範囲をウロウロしたくない。
さらに3つ書いてある宝の内、既に1つは他者の手に渡っていることを知っている。
殺し合いが始まってから9時間以上経過した今、他の2つも誰かの手に渡っている可能性が高い。


とりあえず、宝の地図があったと、雪見儀一に報告することにする。
歩き始めたら、双葉玲央との戦いで傷ついた片足がズキリと痛んだ。

746目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:31:10 ID:0umg67Ew0
(姉ちゃんも、こんな気持ちだったのかな…)


思い出の本を読んだからか、バレエの練習で、片足を怪我した姉のことを思い出した。
前の戦いでは、自分は明らかに足手まといだった。
脂肪の塊のようになってしまった姉のことは、頭に入れないことにしていた。自分が憧れていた姉は、もういなくなったことにしていた。
でも、一度思い出すと、際限なく姉のことを思い出してしまう。
自分の姉なら、あの時熱心にバレエに打ち込んでいた姉なら、どうなっていただろうか。
ハインリヒにとっても頼りになる仲間になり、彼を助けることも出来たのだろうか。
意味の無いことを考えてしまう。


図書館から出ると、外の澄んだ空気が、彼を現実に戻した。
雪見儀一は何処に行ったのかと思ったが、すぐに彼の下にやってきた。


「儂の探していた本はあったのか?」

「あ!いえ…それは忘れてましたが……。こんな物があったんです。」


今になって、雪見儀一から本を持ってくることを頼まれていたのだが、忘れていたことに気付いた。
雪見儀一はそれに関して気にするような素振りも見せず、アンゴルモアから地図を受け取る。
大きな片手でそれを掴み取ると、突然それに目掛けて火を吐いた。


「ちょっと!?燃やすことは無いんじゃないですか!?」

「この紙からは、魔法の匂いがする。」


よく分からないことを言う雪見儀一に対し、アンゴルモアはただ戸惑っていた。
だが、宝の地図からは、文字が浮き出ていた。


「魔法の炎による炙り出しだ。儂が生まれた世界でも、アクマ共も似たようなことをやっておったわ。」


C-4 城 最奥 王杓
E-6 地下 魔槍
E-2 大聖堂地下 世界からの脱出のカギ
A-7 遊園地広場 召喚石


「これは!?」

先程まで不自然な余白だった場所に、文字が現れた。
しかも、中身はこの殺し合いからの脱出方法らしき道具のことが書いてあった。


「これって…ここから出られる……「待て!!!」」

アンゴルモアが言葉を話した瞬間、雪見儀一が一喝した。
その意図が読めず、ただ驚いたまま口を紡ぐ。
2人共それからしばらく何もせず、何も話さず。
ただ心臓の音だけが、妙にうるさく聞こえた。


しばらくすると、竜の方が安心したように息を吐いた。


「首輪の爆発は無いようだな。何よりだ。」

747目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:31:49 ID:0umg67Ew0
先程ハインリヒに、ある言葉を話そうとした時、首輪からの警告が鳴ったのをよく覚えている。
この殺し合いから脱出するアイテムの手がかりなど見つかれば、即座に見つけた者の首輪を爆破されかねない。


「そ、そういうことを気にしてたんですか……あー驚きました。大声出さないでくださいよ。」

「問題はこれからだ。まずはハインリヒと合流し、大聖堂へ向かわねばならぬ。早く背に乗れ」


あまりにも予想外な所で、予想外な道具が手に入り、困惑を隠しきれない2人。
もう一つ、気になることがある。
本物か偽物か分からないにせよ、宝の地図はアンゴルモアが読んでいた本に挟まっていた。
この宝の地図を殺し合いの会場に仕込んだ者は、その本が、その図書館がアンゴルモアにとって馴染みのものであることを、知っていたのだろうか?



【A-5 図書館付近/午後】


【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:左脚に怪我(少しだけ自力で歩けるようになった) 横隔膜へにダメージ(少し回復してきた) 腹部に痛み(小) 武器を取られたことによる怒り
[装備]:妄想ロッド
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 宝の地図
[思考・行動]
基本方針:とりあえずまともに歩けるようになるまで、雪見儀一の下にいる。殺し合いには乗る気は無い。
1:宝の地図の示す場所に従って、同志(ハインリヒ)と合流次第、E-2へ向かう
2:同志と離れ離れになるのは寂しいが仕方ない。
3:少し痛みが治まって来た。けどまだ痛いので早く痛みが引いて欲しい。
4:アイツ(双葉玲央)から、どうにかして杖を取り返したい。
5:このドラゴン(雪見儀一)は何を知っているんだ?
6:まさか本物のドラゴンに会えるとは。怖いけど少し楽しい。



【雪見儀一】
[状態]:角破断(ほぼ完治)全身にダメージ(小) 魔力消費(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 首輪探知レーダー
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:宝の地図は、本当に役に立つ物なのか?
2:それよりも“テンシ”を早く対処したい
3:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
4:展望台にいた者たちは、どうなったのだろうか……
5:珠李の盟友とかいうハインリヒは、意外に話の分かる男だな。
6:あの時、なぜ儂の話が遮られた!?
7:まさか人間の子供のお守りをさせられるとはな。
8:音楽に関する書物があれば欲しかったが、まあそこまで重要なことでもない。

748目の先に無くても、鼻の先にあったりする ◆vV5.jnbCYw:2024/05/06(月) 17:32:00 ID:0umg67Ew0
投下終了です。


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