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高校教師の母

4たらば:2010/04/01(木) 00:19:34
 夏休みに入り、しばらくたった8月の初めのことだ。
 勇は友人と電車に乗り、街に出かけた。手軽に行ける距離では一番の都市だが、
そうは言っても一時間はかかる距離なので、あまり行く機会はない。
 その日は土曜日だったが、母はやはり「部活がある」と言って、学校に出かけていた。
 出かけていた、はずだった。

 街のゲームセンターへ行き、カラオケへ行き、買えもしない服を見て、さあ帰ろうと
なったのは、もう夕刻だった。
 今日は母の帰りも早いかもしれない。そうだったら、あんまり遅くなるとどやされるな、
と少し心配になりつつ、駅に向かって友人と歩いていた、その時だった。人ごみの中、見
慣れたような後ろ姿が視界の隅に入った。
 あれは――
 母?
 一瞬、判断がつかなかったのは、高校に行っているはずの母がこんなところにいる
はずがないという思いと、それから、後ろ姿の母によく似た女性の服装のせいだった。
ゆるくウエーブのかかった髪を肩先でそろえているその女性は、白い薄手のブラウスに
デニム生地のひざ上スカートという、中年女性にしては若々しい服装をしていたのだ。
 だが、それは母だった。
 そのことは、母が並んで歩いていた相手を向いた時に分かった。
 相手は男だった。
 男――といっても、勇より少し年上くらいで、おそらくはまだ十代だった。大学生のように
見えた。ストレートパーマをかけた黒髪を長く伸ばし、ストリート系のファッションをした青年
だった。耳にピアスが光っていた。
 青年に話しかける母の口元には微笑が浮かんでいた。

 勇は混乱した。
 なぜ母がここにいるのか。
 なぜ大学生くらいの男と歩いているのか。
 なぜあんなにうれしそうに微笑っているのか。
 あの笑みは勇に見せるものとはちがう。学校で生徒たちに見せるものともちがう。
 それはまるで――

「おい、勇。イサミくーん、何ぼんやりしてんだ」
 友人が肩を揺さぶったので、勇は我に返った。
 動揺を隠して「なんでもねーよ」とわらって見せた。そう言いながら、次の瞬間、母たち
の姿をまた目で追ったのだが、ごった返す人波の中で、もう姿を見失ってしまった。
「変なやつ。さっさとかえろーぜー。遅くなると、いろいろうるせえからさあ」
「ああ、そうだな」
 しかし勇の心はここにあらずだった。

 地元の駅に着いて、友人と別れたのは夕方6時ごろだった。そこから歩いて家まで
戻る間に、携帯が鳴った。
 母からのメールだった。

<ごめんなさい。学校でトラブルがあって、今日は遅くなりそう。コンロの鍋に
昨日の煮ものと、冷蔵庫にハンバーグがあるから、それを食べて。ごめんね>

 そんな、内容だった。

 ――嘘だ。

 勇は思った。母は嘘をついている。練習などしてはいないじゃないか。

 ――じゃあ、
 ――母さんは何をしているんだ。

 分からなかった。あの青年が何者で、母にとってどういう相手なのか。いや、
分からなかったのではないのかもしれない。ただ――考えたくなかった。
 帰宅した勇はひとり、残り物を食べた。風呂に入って、見たくもないテレビをつけて、
そして消した。やることもなくベッドに横になった。寝付けなかった。

 玄関のドアががちゃがちゃと鳴り、母が帰ってきたのは、10時をまわったころだった。


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