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高校教師の母

1たらば:2010/03/31(水) 23:11:19

「それでさ、猛の奴、ぜんぜん根性ないの。結局、完走できずに俺、ダメだわ〜って、
リタイア」
 夕食のカレーライスをぱくつきつつ、今日の昼間、学校で開かれたマラソン大会の
ことを熱心に話していた勇だったが、母の反応は鈍かった。
「母さん」
 呼びかけると、母ははっとしたように、瞳をぱちくりさせた。それから、照れたよう
に笑った。「ごめん。なんだかボンヤリしちゃって。…何の話だった?」
「もういいよ」
 すねたように言って(実際にすねていたのだが)、勇はやけになったようにカレーを
スプーンですくって口に放り込んだ。
「ごめんったら」
「誠意が感じられない」
「あら、誠意なんて難しい言葉よく覚えてたわね」
「ばかにすんなー。おれ、もう中二だぜ」
 まったく、いつまでたっても母は、勇を子供扱いする。

 勇の母、優子は、N高校で国語教師をしている。
 彼女の夫、すなわち勇の父親は、5年前、勇がまだ9歳の時に急性の白血病で亡くなった。
 以来、母子2人での生活が続いている。
 教師をしてるだけあって、口うるさいところもある母だった。きたない言葉を使えば、眉を
吊りあげて怒るし、「勉強しなさい」が口癖だった。
 だが、それでも、もちろん、母のことは好きだった。
 明るくて、誰にでも分け隔てなくて、生真面目で、そして誰よりも優しい母。父の他界以来、
女手一つで育ててくれた母。勇がほかのふた親そろった子たちと比べて、引け目を感じないよ
う、そしらぬふりをしながら、いつでも心を配っている母のことが、勇は好きだった。

2たらば:2010/03/31(水) 23:32:43

 そんな母の様子がこのごろ少しおかしい――と勇は考える。

 夏休み前で期末テストの作成やら採点やら成績表の記入やら、そんな雑事が忙しいのは
分かる。それは今までもそうだったからだ。
 だが――そんな時でも今までの母は、夕食の時間だけはせめて息子とコミュニケーション
を取りたいと思うのか、こちらが黙っていると、「今日、学校で何があったの?」とか、う
るさいくらいに聞いてくるのが常だったのだ(その後は「ご飯食べたらちゃんと宿題しなさ
いよ」とお決まりのフレーズが続くのだが。
 しかし、最近はどこか放心したように黙りこくったり、かと思えば時計をちらちら見たり
して、落ち着きのない様子なのだ。

 何か心配ごとでもあるのだろうか――とその日、風呂につかりながら、勇はぼんやり思った。
 いつものようにカラスの行水をすませて、洗い髪にタオルを巻きつけながら、リビングへ向かう。
 ふと――勇は部屋の前で足をとめた。
 ソファに座っている母。テレビは消してある。そして母は手元で何かをいじっている。
 携帯電話だ。

 もともと母は携帯嫌いだった。仕事で持つのは仕方ないにしても、プライベートでは
持ちたくないと言い張っていた。しかし、母子2人になり、緊急の連絡があった時に困る
というわけで、ようやく携帯を持ち、勇にも持つことを許可したのだった。
 それでも夕食時などに友人からのメールで勇の携帯が鳴ると、母は「落ち着かないわね
え」とイヤな顔をしたものだ。
 そんな母だから、自身はほとんど携帯を使うことはなかった。あくまでも緊急用で、た
とえば昔の友人などに連絡を取る時も、頑固に家の電話を使っていたのだ。メールなども
ってのほかだった。
 その母が、携帯をいじっている。
 メールをしている。
 一体、誰に?

 疑問に思った勇がリビングに入っていくと、母は顔を上げた。「あら、ぜんぜん
気づかなかったわ。いつ、あがってきたの?」と聞いた。
「いまさっき。ねえ」
「なあに」
「誰にメールしてたの?」
「ああ、同僚よ。今年うちの高校に来た、まだ若い女の子なんだけど、最近、ちょっと
不安定みたいなの。それで、ときどき、わたしにもメールで相談が来るのよ」
「母さんが若い女の子の悩みなんて、分かるの?」
「失礼ね。仕事の悩みよ。プライベートの恋愛とかそんな話じゃありません」
 いつもの調子でむきになって反論する母に、勇は安心をおぼえた。だが、胸のどこか
でしこりのような感覚は消えなかった。

3たらば:2010/03/31(水) 23:49:15

 そんなことがあってから、しばらくたち、勇の学校は夏休みに入った。
 母は普段どおり、高校に出勤している。
 友達と遊ぶ予定がある時はいいが、それも毎日のことではない。かといって、
例年のことだが、宿題は休み終わりぎりぎりまでする気になれない(やれやれ、
一体誰に似たんだろう?と、勇は仏壇の父の遺影を見た)。

 高校は補修があるとはいえ、期末前に比べれば忙しくはないはずなのだが、母の
帰る時間は昨年と比べてだいぶ遅かった。何日かに一度は夜7時を過ぎることさえ
あった。
 母の話では副顧問をしているクラブが大会前なのに、正式な顧問が体調を悪くし
てしまったため、自分が代わりに練習に付き合わなくてはいけなくなったのだという。
「ごめんね。すぐご飯の用意するから」
 遅く帰ってきた日、母はそう言って、ちょっと疲れた顔に笑顔を浮かべてせっせと
夕食の料理を始めるのだが、それも時々、スーパーの総菜やレトルトが混じるように
なった。よほど疲れているのだろう、と思いつつも、以前は「夕食だけは絶対に手作
り」をかたくなに守っていた母だけに、勇はちょっと釈然としない思いも抱えていた。


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