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女子高生コンクリ詰め殺人事件(ウィキペディア概要)

1 名無しさん :2018/08/22(水) 10:21:06 ID:IgHbpu7U0
女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)は
、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に発生した猥褻略取誘拐・監禁・
強姦・暴行・殺人・死体遺棄事件の通称である。

1988年11月25日夕方に埼玉県三郷市内の路上で被害者女子高生(事件当時17歳)が不良少年
グループに拉致され、約40日間にわたってグループのたまり場だった東京都足立区綾瀬の加
害者宅に監禁されて暴行・強姦を受け続け、1989年(昭和64年)1月4日に加害者グループか
ら集団リンチを受けて死亡、遺体をコンクリート詰めにされて東京都江東区内の東京湾埋立
地に遺棄された[判決 1]。1989年(平成元年)3月以降、別の強姦事件で逮捕された加害者少
年らが事件を自供したためにその全容が判明した[新聞 1][新聞 2]。

刑事裁判における事件番号は第一審・東京地方裁判所では平成1年(合わ)第72号[判決 1]、控
訴審・東京高等裁判所では平成2年(う)第1058号である[判決 2]。

この事件は、加害者が全て少年(未成年者)であったこと、犯罪内容が重大・悪質であった
こと、犯行期間も長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被
害者を救わなかったことなどから、社会に大きな衝撃を与えた。

2 名無しさん :2018/08/22(水) 10:23:03 ID:IgHbpu7U0
綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件(ウィキペディア概要)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%B
3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%BA%
E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

3 名無しさん :2018/08/22(水) 10:26:04 ID:IgHbpu7U0
綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件(ウィキペディア内容)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%B
3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%BA%
E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

加害者
本事件の刑事裁判で犯行への関与が認定され有罪判決を受けたのは以下、いずれ
も犯行当時少年の4名である。この4人は足立区内の同じ中学校出身の先輩・後輩
関係で、

被告人・少年A(犯行当時18歳)[判決 2]
足立区在住の無職[新聞 3]
第一審・東京地裁(1990年7月19日判決)にて懲役17年(求刑・無期懲役)[判決

1]、控訴審・東京高裁(1991年7月12日判決)にて懲役20年の判決を受け確定した
[判決 2]。
被告人・少年B(犯行当時17歳)[判決 2]
足立区在住の無職[新聞 3]。
第一審・東京地裁と控訴審・東京高裁にてそれぞれ「懲役5年以上10年以下の不定
期刑」(求刑・懲役13年)の判決を受け確定した[判決 1][判決 2]。出所後の200
4年に三郷市逮捕監禁致傷事件を起こして逮捕・起訴され、懲役4年の実刑判決が
確定した。
被告人・少年C(犯行当時15歳 - 16歳)[判決 2]
第一審・東京地裁で「懲役4年以上6年以下の不定期刑」(求刑・懲役5年以上10年
以下の不定期刑)[判決 1]、控訴審・東京高裁で「懲役5年以上9年以下の不定期
刑」の判決を受け確定した[判決 2]。
被告人・少年D(犯行当時16歳 - 17歳)[判決 2]
第一審・東京地裁で「懲役3年以上4年以下の不定期刑」(求刑・懲役5年以上10年
以下の不定期刑)[判決 1]、控訴審・東京高裁で「懲役5年以上7年以下の不定期
刑」の判決を受け確定した[判決 2]。
少年らの先輩には足立区を根城にしている暴力団の組員がおり、加害少年Aらはそ
の組の青年部組織を気取って「極青会」と名乗っていた[新聞 4]。Aらは暴力団の
花売りをしたり、町でひったくりを繰り返し、少女の監禁中にも十数件のひった
くりを重ねていたばかりか、別の婦女暴行事件も起こしていた[新聞 4]。

4 名無しさん :2018/08/22(水) 10:33:26 ID:IgHbpu7U0
綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件(ウィキペディア 事件の経緯-1)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%B
3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%BA%
E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

事件の経緯-1

以下、基本的に判決が認定してきた事実に基づき記載する(出典元の判例につい
ては#判決文参照)。

拉致・監禁と強姦・暴行
1988年11月25日夕方[判決 3]、AはCとともに通行人からひったくりをするか、若
い女性を狙って強姦しようとして、それぞれ原付バイクに乗って埼玉県三郷市内
を徘徊していた[判決 4]。その中で自転車でアルバイト先から帰宅途中の女子高
生(当時17歳、埼玉県立八潮南高等学校3年生)を見つけ[新聞 5]、CはAから「あ
の女を蹴飛ばしてこい」と指示を受けたため、女子高生もろとも自転車を蹴倒し
て側溝に転倒させた[判決 4]。Cがその場を離れた後、Aは何食わぬ顔で少女に近
づいて言葉巧みに「今、蹴飛ばしたの(C)は気違いだ。俺もさっきナイフで脅か
された。危ないから送ってやる」などと申し向けて少女を信用させて近くの倉庫
内へ連れ込み、一転して「自分はさっきのやつの仲間で、お前を狙っているヤク
ザだ。俺は幹部だから俺の言うことを聞けば命だけは助けてやる。セックスをさ
せろ」「声を上げたら殺すぞ」などと少女を脅迫して関係を迫り、同日午後9時
50分ころ、タクシーで少女をホテルへ連れ込み強姦した[判決 4]。

Aは同日午後11時頃、ホテルからかねて自分たちのたまり場になっていたCの家へ
電話し、Bに「狙っていた女を捕まえてセックスした」などと話したが、BがAに
対し「女を帰さないでください」などと言ったことからBと待ち合わせることと
した[判決 4]。AはB・Aとはぐれて帰宅していたC・BのところにいたDの3人が、連
れ立って約束の待合わせ場所へ赴き、少女を連れたA・B両名と合流した[判決 4]。
AはBらに対し「(少女を)ヤクザの話で脅かしているから、話を合わせろ」など
と言い含め、4人は少女を連れて翌26日午前零時半頃公園に移動した[判決 4]。そ
こでAはジュースを買いに行くという名目で、C・D及び少女のいる所からやや離れ
た自動販売機の置かれた場所付近にBと共に行き、Bに「あの女どうする」と尋ね
ると「さらっちゃいましょうよ」などと返されたことから少女を猥褻目的で略取
、監禁することとした[判決 4]。

4人は少女を拉致しつつ、その公園からCの自宅近くの別の公園に移動する間、Cは
A・B両名らの意を受けて少女を自室に監禁することを了承、Dもそれまでの成り行
きからAらの意図を了解し、4人は少女を猥褻目的で略取、監禁することについて
共謀した[判決 4]。Aが少女に対し「お前はヤクザに狙われている。仲間がお前の
家の前をうろうろしているから匿ってやる」などと嘘を申し向けて脅迫し、4人で
少女をCの自宅の2階の部屋(6畳)へ拉致し、同日からこの日から少女を殺害する
までの間監禁した[判決 4]。

5 名無しさん :2018/08/22(水) 10:34:52 ID:IgHbpu7U0
綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件(ウィキペディア 事件の経緯-2)

事件の経緯-2

少女をCの自室に連れ込んだ後、4人は少女を交替で監視することとしたが、同月
28日頃の深夜、4人に加えて不良仲間の2人の少年(E・F)がCの居室にたむろして
いた[判決 4]。その際、Aは仲間たちに少女を輪姦させようと企て、Bら3人や、E
・Fらと共に代わる代わる覚醒剤を飲んで半狂乱になったように装って少女に襲い
かかり、必死に抵抗する少女の口や手足を押さえ付けて馬乗りになるなどの暴行
を加え、少女の着衣をはぎ取り、AがBら3人やE・Fにも裸になれと命じ、これを受
けてA・B両名以外の4人は着衣を脱ぎ捨て、E・F・Dの順に少女を強姦した[判決
4]。その際、Aは剃刀を持ち出して少女の陰毛を剃り、更にその陰部にマッチの軸
木を挿入して火をつけるなどの凌辱に及び、少女が熱がるのを見て仲間らで面白が
るなどした[判決 4]。

少女は当初、逃げ出そうとしたり、隙を見て自宅に電話しようとしたが、激しい
暴行に加え、少年らがヤクザ言葉を使っているのに怯えて抵抗を諦めた[新聞 6]。
また、最初に監禁された際にはAが仲間たちの前で「しばらくしたら帰してやる」
と話していたため、その言葉を信じた可能性もある[新聞 6]。

同年12月上旬頃、少女が逃走しようとした上に警察への通報を図ったことに腹を
立て、A・B・Cの3人が少女の顔面を拳で多数回にわたって殴り、Aが少女の足首に
ライターの火を押し付けて火傷を負わせるなどした[判決 4]。Aらはその後も、時
に別の不良仲間を加えるなどして、少女を全裸にしてディスコの曲に合わせて裸
踊りさせたり、自慰行為を強要したり、少女の顔にマジックペンで髭を描いて興
じたり、少女の陰部に鉄筋を挿入して何回も出し入れしたり、肛門にガラス瓶を
挿入するなどの異物挿入をしたり、少女にシンナーを吸引させてウイスキー、焼
酎などの酒を一気飲みするよう強要し、寒気の厳しい夜中、少女を半裸でベラン
ダに出して牛乳や水などを多量に飲ませ、たばこを2本一度にくわえさせて吸わせ
るなど度重なる暴行、凌辱を繰り返した[判決 4]。同月中旬から下旬頃、Aは少女
が失禁した尿を踏んだということを口実に、BやCが少女の顔などを拳で何度も殴
りつけ、少女の顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」などと
言って笑った[判決 4]。その暴行の場にはAはいなかったが、翌日Cが「あんまり
面白いからAにも見てもらおう」などと言い、自慢気にAに少女の顔を見せた。Aは
その変わりように驚いたものの、これに触発されたように自らも少女を多数回殴
打し、少女の太もも、手などに揮発性の油を注ぎライターで点火し、火が消える
と更に同じような行為を繰り返して火傷を負わせた[判決 4]。この頃、少女は度
重なる暴行に耐えかねて「もう殺して」などと哀願することもあった[判決 4]。
Aらは同月中旬頃から、主にCの兄Gに少女の監視役をさせるようになったが、その
頃から少女は少量の食物しか与えられず、年末頃には牛乳をわずかに与えられる
程度になり、栄養失調とAらの度重なる暴行により心身ともに極度の衰弱状態に陥
り、食欲は減退して顔面は腫れ上がり、手足などの火傷は膿みただれて異臭を放
つなどし、階下のトイレへ行くことも困難で、終日監禁場所であるCの部屋で横た
わっていた[判決 4]。

6 名無しさん :2018/08/22(水) 10:46:22 ID:IgHbpu7U0
殺害・死体遺棄-1

1989年(昭和64年)1月4日、Aは前日夜から早朝にかけて行った賭け麻
雀に大敗した後、Dの家に赴いたところ、B・C両名らがDと共に居合わ
せていた[判決 4]。。4人はそこでファミコンなどで遊んだが、麻雀に
負けた鬱憤を少女へのいじめによって晴らそうと考えたAは「久し振り
に、少女をいじめに行くか」などと言い出し、まずCとDを先にC宅へ行
かせ、若干遅れてBと共に自らもC宅へ赴いた[判決 4]。このように4人
は相前後して監禁場所のC宅に集まったが、少女はAらの暴行などによ
り、前述のように顔が変形するほどに腫れ上がり、手足などの一部は
焼け爛れて化膿し、栄養失調に陥り、極度の衰弱状態で横たわってい
た[判決 4]。

A・B・Cの3人は午前8時頃からCの部屋において、少女にBのようかんを
与えて「これは何だ」と問い、少女が「Bようかん」と答えると「なん
でBを呼び捨てにするんだ」などと因縁をつけて再び同様の質問をし、
「Bようかんさん」と答えると「なんでようかんにさんをつけるんだ」
などと詰め寄って少女へのリンチを開始した[判決 4]。3人で少女の顔
などを多数回拳で殴り、背を足で蹴るなどの暴行を加え、AとBが蝋燭
(Aがいじめの小道具に買い求めていた)に点火して少女の顔面に溶け
た蝋を垂らして顔一面を蝋で覆い尽くし、両瞼に火のついたままの短
くなった蝋燭を立てるなどして面白がったが、これに対して少女はほ
とんど反応を示さず、されるがままになっていた[判決 4]。その暴行
が始まった直後、DはGと共に隣室にいたが、この頃Aの指示を受けたC
に呼ばれて、部屋へ入りAら3人と合流した[判決 4]。Aは、衰弱して自
力で階下のトイレへ行くこともできない少女が飲料パックに排泄した
尿についてわざと「やばいよ、そんなものを飲んじゃあ」などと言い
、BやCらに対し、暗に少女にその尿を飲ませるよう示唆した[判決 4]。
これを受けてBやCらは、少女に「(尿を)飲め」と強く言い、パック
内の尿をストローで飲ませた[判決 4]。次いでBとCが少女の顔面を回
し蹴りし、少女が倒れると無理やり引き起こして、さらに蹴りつける
などしたところ、少女は何ら身を守ろうとせず、不意に転倒して室内
のステレオにぶつかり痙攣を起こすなどした[判決 4]。Aらは遅くとも
この頃までには、このまま暴行を加え続ければ少女が死亡するかも知
れないことを認識したが、その後もその危険を認識しながら、BとCが
転倒した少女に殴る蹴るなどの暴行を加えたのを始めとして、更に少
女に対して後述のような激しい暴行を加え続け、そのために少女は鼻
血を出し、崩れた火傷の傷から血膿が出て血が室内に飛び散るなど凄
惨な状況となった[判決 4]。

7 名無しさん :2018/08/22(水) 10:47:45 ID:IgHbpu7U0
殺害・死体遺棄-2

Dは、素手では血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、ガムテ
ープでこれを留めた上、拳で少女の腹部や肩などを力任せに数十回殴
りつけ、Aらもこれに倣って拳をビニール袋で包み、次々に少女の顔、
腹部、太ももなどを拳で殴りつけて足蹴りするなどし、更に、Aが鉄
球を含む総重量約1.74kgのキックボクシング練習器の鉄製脚部を持ち
出し、その鉄球部分でゴルフスイングの要領で少女の太もも等を力任
せに多数回にわたり殴りつけ、Bらもこれに倣って代わる代わる少女の
太ももなどをその鉄球で数十回殴打し、Dは肩の高さから鉄球を少女の
腹部めがけて2、3回落下させた[判決 4]。Aは繰り返し揮発性油を少女
の太ももなどに注ぎ、ライターで火を点けるなどしたが、少女は最初
は手で火を消そうとする仕草をしたものの、やがてほとんど反応を示
すこともなくなり、ぐったりとして横たわったままになった[判決 4]。


これらの一連の暴行を当日の午前8時頃から10時頃まで、約2時間にわ
たって休みなく続けた結果、少女は重篤な傷害により、同日午後10時
ころまでの間に死亡した[判決 4]。

A・B・Cは翌5日、自分たちが出入りしていた暴力団関係者の経営する
花屋にいた際、Gから「少女の様子がおかしい」と電話で連絡を受けて
Cの居室へ赴き、少女が死亡したことを知ったが、犯行の発覚を恐れて
同日午後6時頃、Gと共謀して、少女の遺体を遺棄しようと企てた[判決
4]。遺体を毛布で包み、大型の旅行かばんに入れてガムテープを巻き
つけ、Aがかつての仕事先からトラックを借り出したり、セメントを貰
い受けて近くの建材店から砂やブロックを盗み出し、トラックで遺体
と、付近で取ってきたごみ入れ用のドラム缶をC宅前に運び、そこでコ
ンクリートを練り上げて遺体の入ったかばんをドラム缶に入れ、コン
クリートをドラム缶に流し込み、更にブロックや煉瓦を入れて固定し、
ドラム缶に黒色ビニール製ごみ袋を被せてガムテープで密閉した[判決
4]。その後A・B・Cの3人が同日午後8時頃、トラックでドラム缶を運び
[判決 4]、東京都江東区若洲の埋め立て地(現在の若洲海浜公園敷地
内)に遺棄した。

少女を自宅に監禁していたCの父親は12月初め、Cの部屋で奇声が聞こ
えたので注意しようと2階に上がった[新聞 7]。Cの父親は「うるさい
ぞ」と注意して部屋に入ろうとしたが中に入れてもらえず、その際に
女性の声がしたため「女の子が遊びに来ている」と思ったという[新聞
7]。12月末のある日には被害者少女とみられる女性が2階にいること
を知ったため[新聞 7]、両親は少女にドアの外から「食事をあげるか
ら出てきなさい」と説得して1階のリビングに降りて来させ[新聞 6]、
一緒に和室で夕食を摂り、その際に「家に帰りなさい」と注意したと
いう[新聞 6]。夕食にはCと仲間の少年も同席していたが、少女はほ
とんど話をしなかったという[新聞 5]。両親はその後「女の子が1人
だけ一階に残った隙に『帰りなさい』と声を掛け、玄関から送り出し
た」が、Cが間もなく逃走を知って追いかけ、連れ戻していた[新聞 6
]。Cらが両親から注意を受けたのはこの1度きりで[新聞 8]、少年ら
から常に激しい暴行を受けていたため、怯えきっていた少女はその後
、逃げ出したり助けを求めるそぶりさえできなかったとみられる[新
聞 6]。

8 名無しさん :2018/08/22(水) 10:50:46 ID:IgHbpu7U0
捜査

同年(平成元年)3月29日、被害者の遺体が発見されたことから[判決 5]、事件が
発覚した。警視庁綾瀬警察署と同庁少年二課は、前年12月に発生した別の婦女暴
行事件及び、さらに別の婦女暴行1件・ひったくり20件の容疑で逮捕されていたA
・B両名を少年鑑別所で余罪について取り調べたところ、供述通り江東区若洲の埋
め立て地で発見したドラム缶の中から遺体を発見したため、翌30日に2人を殺人・
死体遺棄容疑で逮捕した[新聞 3]。遺体の衣服は少年らが監禁中に与えたものら
しく、失踪当時に着ていたものとは違った上[新聞 9]、腐敗が進んでおり、少女
の家族も身元を確認できなかったため、遺体の指紋を少女の所持品の指紋と照合
するなどして身元確認を進め[新聞 3]、少女と断定した[新聞 9]。少年二課と綾
瀬署は同日、犯行現場となった足立区綾瀬のC宅を現場検証し、この家に住む兄弟
ら少年3人(C・D・G)らが殺害に関与し、他2人の少年らが監禁・連れ去りに関与
しているとみて、この5人を取り調べる方針を決めた[新聞 9]。遺体が入ったコン
クリート詰めのドラム缶は重さ計305kgあり、2, 3人で持ち運べる重さではなかっ
たため、綾瀬署は多人数でワゴン車やトラックなどの車を用いて遺棄したとみて
捜査した[新聞 9]。近隣住民によれば、前年末頃まで夜中にバイクの音がしたり
、現場宅の2階で騒ぐ声が聞こえたりした[新聞 9]。玄関脇の電柱をよじ登って2
階の部屋に出入りする少年の姿や、ベランダに脚立が置いてあるのが目撃されて
おり、近所の主婦は「玄関を通らずに出入りしていて、両親も気づかなかったの
ではないか」と話していたため[新聞 9]、少年二課は少年らが、Cの家族の留守中
を狙って出入りしたり、電柱を伝って部屋を出入りすることで、Cの家族と顔を合
わせないようにしていたとみている[新聞 8]。

警視庁少年二課・綾瀬署は4月1日付で、A・B両名を東京地方検察庁に送検し、盗
みなどの容疑で少年院に収容されていた当時17歳の無職少年ら3人も犯行に加わっ
ていたとみて、3人の逮捕状を請求して取り調べ、うち1人を逮捕した[新聞 8]。


40日間も被害者を監禁した理由について、取り調べの中で少年らは「警察に捕ま
るのが怖かったから」としか供述しておらず、捜査員から「怖いだけなのか」と
聞かれると、少年の1人は「それ以外に理由があるんですか」と問い返したとい
う[新聞 6]。

警視庁少年二課・綾瀬署は6月5日、加害少年ら4人を、前年12月23日から4日間に
かけて深夜まで銀座・数寄屋橋交差点近くの路上で花を売らせていたとして、足
立区舎人3丁目在住の暴力団準構成員の男(当時43歳)を児童福祉法違反容疑で書
類送検した[新聞 10]。

9 名無しさん :2018/08/22(水) 10:53:42 ID:IgHbpu7U0
刑事裁判
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%
B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%B
A%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

東京地方検察庁は最初に逮捕されたAら3人を、4月20日付で「刑事処分相当」の意
見書付きで、殺人、わいせつ目的誘拐・略取、逮捕・監禁・強姦、死体遺棄の各
罪で東京家庭裁判所に送致した[新聞 4]。

警視庁少年二課・綾瀬署は4月24日、監禁現場となった家の長男であるCの兄G(当
時17歳、都立高校3年生)を殺人、死体遺棄容疑で、同家に出入りして被害者に乱
暴を働いたとして足立区内の当時16歳有職少年2人を婦女暴行容疑で、それぞれ東
京地検に書類送検した[新聞 11]。3人は、先に逮捕されたAら4人に比べて犯行へ
の関与が軽く、在宅のまま任意で取り調べられていた[新聞 11]。同26日付で東京
地検は、足立区内の当時17歳少年を殺人、わいせつ目的誘拐など5つの罪で身柄を
東京家裁に送致し、Gも殺人、死体遺棄容疑で東京家裁に書類送致した[新聞 12]。

その後、東京家裁は5月18日までに、送致されていたA・B・C・Dの4名を、少年審
判の結果「刑事処分が相当」として東京地検に逆送致した[新聞 13]。

5月25日、東京地検はAら4人の少年を殺人、わいせつ目的略取・誘拐、逮捕・監禁
、強姦などの罪で東京地方裁判所に起訴した[新聞 14]。

10 名無しさん :2018/08/22(水) 11:06:23 ID:IgHbpu7U0
第一審・東京地裁-1
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%
B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%B
A%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6


1989年7月31日、東京地方裁判所刑事第4部(松本光雄裁判長)にて初公判が開かれ
た[新聞 15]。罪状認否で加害少年らの認否を代弁した弁護人らは、Aが未必の故意
による殺人を認め、他の3人は殺意を否認し、傷害致死に留まると主張した[新聞 1
5]。検察側は冒頭陳述で、加害少年らは監禁から約1か月後の12月下旬頃から、少
女の扱いに困り「コンクリート詰めにして海に捨てよう」などと話し合っていたと
指摘した[新聞 15]。うち1人は「ドラム缶の中に、少女の好きなビデオや花束ぐら
い入れてやるか」と提案したのに対して、別の2人は「そんなことをしたら、ドラ
ム缶が見つかった際に誰かを決める手掛かりになる」と反論したと主張した[新聞
15]。殺害に至るリンチの動機について「Aが1月3日深夜から4日朝までにJR綾瀬駅
付近の麻雀屋で、賭け麻雀で10万円くらい負け、その鬱憤晴らしとして、少女に八
つ当たりしようと言い出したのをきっかけに行われたものだった」などと述べた[
新聞 15]。4人は、本事件以外にも別の女性2人への婦女暴行、後輩へのリンチ、被
害総額約220万円に上る店舗荒らし・ひったくりなどでも起訴されていた[新聞 15]
。閉廷と同時に、被告人のうち1人が気を失って倒れた[新聞 15]。

第2回公判は9月4日に開かれ、加害少年らが非行に走った背景として、弁護側は「
複雑な家庭環境や学校でのいじめ・体罰などがあった」と指摘した上で「被告人ら
は、集団的なヒステリー状態とでもいうべき異常な心理状態の中で犯行をエスカレ
ートさせた」と主張し、うち年少の2人については保護処分や家庭裁判所への送致
を求めた[新聞 16]。

1990年(平成2年)4月23日に第23回公判が開かれ、被告人4人に対する証拠調べが
終わった[新聞 17]。この日は「被告人らが逮捕された当時、『自分が犯人に何を
するかわからない』『この手で殺してやりたい』といった心境だったが、それは
現在も変わらない」という被害少女の父親の証言の要約が読み上げられた[新聞 1
7]。

1990年5月21日に論告求刑公判が開かれ、東京地検は「稀に見る重大・凶悪な犯罪
で、犯行の態様も極めて残虐・冷酷である。人の仮面をかぶった鬼畜の所業であ
り、被告人らが犯行当時少年で、うち3人は家庭環境が良好とは言い難いことを考
慮しても、厳しい刑をもって臨む以外にない」として、それぞれ以下のように求
刑した[新聞 18]。

11 名無しさん :2018/08/22(水) 11:08:50 ID:IgHbpu7U0
第一審・東京地裁-2
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F%E3%82%
B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%82%81%E6%AE%B
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第一審・東京地裁-2

Aに対しては「一連の犯行の首謀者」として無期懲役を求刑した[新聞 18]。
Aは福島章(上智大学教授)による精神鑑定の結果「軽微な脳障害」が指摘された
が、この点について検察側は「素行不良化の位置遠因にすぎず、本件犯行との直
接の因果関係は認められない」とした[新聞 18]。
Bに対しては「Aの片腕的存在」として懲役13年を求刑した[新聞 18]。
C・D両名に対しては「被害者に対する加害行為には積極的だったが、CはA・Bの指
揮下にあり、DもAらに追従していた」として、それぞれ懲役5年以上10年以下の不
定期刑を求刑した[新聞 18]。
この後、6月25日・翌26日の2日間に弁護側の最終弁論が行われ、第一審は結審した
[新聞 17][新聞 18]。

1990年7月20日に東京地裁刑事第4部(松本光雄裁判長)で判決公判が開かれ、東京
地裁は「被害者をなぶり殺しにした非人道的な犯行で刑事責任は重いが、少年によ
る集団犯罪の特殊性などを考慮すると、精神的に未熟な少年らが事態を打開できな
いまま、不幸な結末に陥った側面もある。拘置中、被告人らはそれぞれ人間性に目
覚めた成長が著しいなどの情状も考慮すべきである」として、以下のように判決を
言い渡した[新聞 19]。情状としては、Aの両親が被害者遺族に慰謝料5000万円を支
払ったこと、B・C・Dの3人は恵まれない家庭環境にあり、学校でいじめにあったこ
となどを考慮し、「家裁や少年鑑別所・弁護人・両親や鑑定人の接触によって人間
性に目覚め、罪の重大性を認識し、その責任の自覚を深めている」ことなどから、
検察側の求刑に対しいずれも酌量減軽をした[新聞 19]。

主犯格のAに対しては「犯行の発端を作り、主導的地位にいた。犯行の由来はAに由
来するところが大きく、その刑事責任は最も重い」として、懲役17年(求刑無期懲
役)を言い渡した[新聞 19]。
準主犯格とされるBに対しては「Aに次ぐ地位で、Aの指示を受けずに自ら被害者に
暴行を加えたこともあった」として、懲役5年以上10年以下の不定期刑(求刑懲役
13年)を言い渡した[新聞 19]。
監禁場所に自室を提供したCに対しては懲役4年以上6年以下の不定期刑(求刑懲役
5年以上10年以下の不定期刑)を言い渡した[新聞 19]。
最も関与が薄いとされたDに対しては「終始Aらに従属的ではあったが、過激な暴行
は被害者に深刻な打撃を与えた」として、懲役3年以上4年以下の不定期刑(求刑懲
役5年以上10年以下の不定期刑)を言い渡した[新聞 19]。
なお、A・B・Cの3人は本事件以外にも、別の女性への婦女暴行・傷害・窃盗などで
起訴され、この日併せて有罪判決を受けた[新聞 19]。争点となっていた殺意の有無
については「Aら4人は、極端に衰弱している被害者の処置について話し合っており
、殺害当日の暴行も著しく強く、執拗だった」などとして「未必の故意」による殺
意を認定した[新聞 19]。

検察側はA・B・C・D全員に関する量刑不当を主張し、8月2日付で東京高等裁判所に
控訴した[書籍 1]。当時、少年犯罪の刑事裁判において検察側が量刑不当を理由に
控訴するのは極めて異例だった。一方、Bの弁護人は量刑不当を、Cの弁護人は同少
年の殺意の有無に関する事実誤認及び量刑不当を主張し、それぞれ控訴した。

12 名無しさん :2018/08/22(水) 11:14:05 ID:IgHbpu7U0
控訴審・東京高裁
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7
%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%
82%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&action=edit&section=9


1991年(平成3年)3月12日、東京高等裁判所で控訴審初公判が開かれ、同日は検
察側・弁護側の双方が控訴趣意書を陳述した[新聞 20]。検察側は「犯行の悪質さ
とAらの非行性の根深さを考えると。第一審判決は寛大に過ぎる」と指摘し、検察
庁・裁判所に判決を批判する投書・電話が多数寄せられたことなどを引きながら
、「犯した罪の責任に応じ、社会一般の感情を納得させる量刑が求められる」と
した[新聞 20]。一方で弁護側は[新聞 20]、B・C両名について「少年法の理念を
踏まえて、少年の社会復帰を手助けするという観点から処分を考えるべきだ」な
どと述べた[新聞 20][新聞 21]。

同年7月12日に判決公判が開かれ、東京高裁(柳瀬隆次裁判長)は、少年A・C・D
の3名に関して、検察側の「被告人らの反省や、その後の人間的成長などの情状を
酌んでも、原判決の量刑は軽すぎる」とする主張を認めて、第一審判決を「著し
く軽すぎて不当」と破棄、それぞれ以下の判決を言い渡した。

主犯格の少年Aに対しては「主犯格で罪責は極めて重大」として懲役20年の判決を
言い渡した[新聞 21]。
少年Cに対しては「被害者を自宅に監禁し、手加減なく強度の暴行を加えた」とし
て懲役5年以上9年以下の不定期刑の判決を言い渡した[新聞 21]。
少年Dに対しては「終始犯行に加わり、すさまじい暴行に及んだ」として懲役5年
以上7年以下の不定期刑の判決を言い渡した[新聞 21]。
一方で少年Bに関しては懲役5年以上10年以下の不定期刑とした第一審判決を支持
、双方の控訴を棄却した[新聞 21]。
東京高裁は、少年に対する刑事処罰の在り方について「少年法が少年の健全な育
成を図ることを目的とし、種々の配慮をしていることなどを慎重に考慮しなけれ
ばならない」とする一方で「成人に比べて、常に一律に軽い量刑をもって臨めば
足りるわけではなく、犯罪内容が悪質で、被害者の処罰感情が強いような場合に
は、それに応じた刑を科すことが社会正義を実現することになる」との判断を示
した[新聞 21]。その上で、被害者に対する犯行について「人間としての尊厳に対
する一片の配慮もうかがうことができず、同情すべき点も認められない」「被告
人らが犯行当時いずれも少年だったことや生育環境などを考えても、責任を大幅
に減じることは相当とは言えない」とした[新聞 21]。

A・B・Cの3名は上告せず、そのまま判決が確定した一方、Dのみ判決を不服として
最高裁判所に上告した[新聞 22]。

13 名無しさん :2018/08/22(水) 11:16:17 ID:IgHbpu7U0
上告審・最高裁第三小法廷


1992年(平成4年)7月18日までに、最高裁判所第三小法廷(可部恒雄裁判長)はD
の上告を棄却する決定をした。

14 名無しさん :2018/08/22(水) 11:20:16 ID:IgHbpu7U0
少年たちのその後
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7
%94%9F%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A9%B0%E3%
82%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&action=edit&section=10


少年Dは少年院を退院後、自宅に引きこもるようになった。[要出典]

少年Bは1999年に仮出所後、保護観察関係者の女性と養子縁組を結び姓を変えてい
たが、2004年(平成16年)5月19日に再び同じ足立区や三郷市で男性に言いがかり
をつけ監禁し負傷させた事件(三郷市逮捕監禁致傷事件)を起こし、しかも当事
件を脅し文句に使うなど更生した様子を見せず、6月4日に逮捕され、懲役4年が確
定した。当時服役中だった少年Aは模範囚だったことから仮釈放の予定だったが、
この事件の影響で取消になった。主犯格少年A以外の少年たちは、出所あるいは退
院後、それぞれマスコミのインタビューを受けている。

2013年(平成25年)1月に、元少年Aが振り込め詐欺で逮捕された。Aは池袋の銀行
で金をおろす「受け子(出し子)」をしていたが、完全黙秘を貫いたため、詐欺
グループの解明が出来ないまま1月31日に不起訴処分となり釈放された。その後の
Aの足取りは不明である。

2018年8月19日、犯行グループのメンバーだった男が殺人未遂容疑で緊急逮捕され
たことが報じられた。埼玉県川口市の路上で、32歳の男性の肩を警棒で殴った上、
首をナイフで刺した疑いが持たれている。逮捕された男は、両親が共産党員であ
り、19年前の事件の監禁場所として自宅を提供した人物とされる。

15 名無しさん :2018/08/22(水) 11:32:54 ID:IgHbpu7U0
綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人の“元少年”が、今度は殺人未遂で逮捕されていた!-1
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/08211145/?all=1

社会2018年8月21日掲載

40日間に亘り監禁した上、なぶり殺し、遺体をドラム缶に入れてコンクリートで固
め、埋め立て地に遺棄――鬼畜としか思えぬ犯行だった(※画像はイメージ)(他
の写真を見る)

 8月19日、埼玉県川口市の路上で、32歳の男性の肩を警棒で殴った上、首をナイ
フで刺したとして45歳の男が殺人未遂の疑いで緊急逮捕された。逮捕された男は
川口市の無職、湊伸治――。

「18時5分に被害者の男性から『警棒で殴られ、刃物で首を切りつけられた』との
110番通報があり臨場しました。男性は首の後ろから流血がありましたが、幸いな
ことに命に別状はありませんでした。湊はその場におりませんでしたが、駐車ト
ラブルの原因となった車輌は残っていた。ナンバーから自宅を割り出し自宅に行
くと、犯行を認めたため、19時50分に緊急逮捕しました。湊は『刺したことは間
違いないが、殺すつもりはなかった』と言っています」(捜査関係者)

 警棒は3段の伸縮式で全長41センチ。実際に警察が使用しているものとは少し異
なり、いわゆる護身用として販売されているものだという。刃物のほうは折りた
たみ式で、刃渡りは8センチ、広げたときの全長は19センチになるという。

 殺人未遂罪の法定刑は、死刑または無期懲役、もしくは5年以上の懲役である。
しかし、死刑や無期懲役になることはめったになく、多くは懲役3年前後からおよ
そ7年程度とされる。

 ちなみに正当な理由なく、刃渡り6センチを超える刃物を携帯すれば、銃刀法違
反で2年以下の懲役、または30万円以下の罰金となる。

「ええ、そちらも視野に入れています」(前出・捜査関係者)

 捜査関係者は、いつにも増して徹底して罪に問おうとしているかのようだ。

「湊伸治」という名を聞いてピンとくる人は、多くはないだろう。しかし、すで
に一部のネット民の間では話題の男なのだ。

 今から30年近く前になる。彼こそ1989年、日本中を震撼させた、綾瀬「女子高
生コンクリート詰め殺人事件」の4人の犯行グループの1人なのだ。

「当時16〜18歳の少年が、見ず知らずの17歳の女子高生を拉致し、40日間に亘り
監禁した上、なぶり殺し、遺体をドラム缶に入れてコンクリートで固め、江東区
の埋め立て地に遺棄した――鬼畜としか思えぬ犯行でした。しかも彼らが監禁に
及んだ部屋は、少年の両親が同居する実家の2階の自室。その少年こそ、湊伸治
(当時16歳)です。両親は共産党系の診療所に勤務し、父は診療所の経営する薬
局の薬剤師、母は看護士でした。2人とも共産党員だったため、警察への対応も筋
金入りでした。家宅捜索も弁護士立ち会いの下で認めるという具合で、そのため
に捜査が遅れたと言われたほどでした」(社会部記者)

 湊には懲役4年以上6年以下の不定期刑が下された。

 当時、実名で報じたのは週刊文春だ。記事を担当したコラムニストの勝谷誠彦
氏(57)が振り返る。

「少年法の名の下、実名報道はできないという風潮は今も変わってない。だけど
、取材すればするほど、あの事件は酷かった。だから、“野獣に人権はない”と
言って、実名報道に踏み切ったわけです。だって名前も報じられない彼らは、数
年経ったら世の中に出てきて平気で歩き回るんですよ。逆に殺された、あんなに
可愛い女子高生の名前は、じゃんじゃん報じられていた。どっちの人権が大事な
のかと思ったけど、人権派という方々からは随分いじめられたね。日本は出所し
た者に甘すぎるんですよ。アメリカなんて性犯罪者にはGPSまで付けているわけ
ですから。あれほどの性犯罪者、重犯罪者の名を、若いからというだけで実名で
報じないのは、むしろ一般庶民に危険が及ぶのだから」

16 名無しさん :2018/08/22(水) 11:39:57 ID:IgHbpu7U0
綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人の“元少年”が、今度は殺人未遂で逮捕されていた!-2
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/08211145/?all=1

駐車トラブルじゃない
 その言葉が実現してしまったということか――。では、現在の湊はどんな男に
なっていたのか。自宅周辺の住民からの評判はすこぶる悪い。

「あのアパートに越してきたのは2カ月ほど前ですよ。少し前に大家が変わって
ね、以前は6万5千円くらいの家賃で半分くらいしか入居していなかったんだけど
、家賃を3万9千円なんかにしたものだから変な連中が入るようになったんだ。あ
の人は、最初はテキ屋かと思ったけどね。屋台に被せる“たこ焼き”とか“大判
焼き”みたいな幕があるでしょ。あれが3〜4枚ほど干されたりしていたからね。
だけど、働かずに家にこもりっきり。たまに出てくると、大声上げて階段を降り
てきたりしてた。周囲を警戒しているようにも見えたね。いつか何か起こすんじ
ゃないかと思っていたけど……また帰ってくるのかねえ」(近隣住民)

「身長は160センチちょっとかな。小柄だけどガッシリしてる。坊主頭で、いつ
も短パンにダブダブでボーダーのTシャツだったね。突然話しかけてくることが
あるんだけど、なぜかトランプ政権の話だったり、やけに社会派なことを言いた
がるんだよ。だけど、働きもせずに何をやっているか分からないような奴に、そ
んな話を振られてもね……相手にしないようにしていた。だって、人が車の外か
らドアを半開きにして中のものを探しているときに、いきなりドアをバーンと閉
めようとするんだ。ドアに挟まっちゃうじゃない。そんなところも見たしね。そ
うそう、それが下の階に住んでいる人で、事件のあった朝、ちょっと揉めていた
みたいだよ」(別の近隣住民)

 実際、階下の住民に聞いてみると、

「ああ、そうなんですよ。夜中の3時でもお構いなく、2階の床をドンドンドンド
ン踏み鳴らしたり、大声上げたりするんで、うるさくてしょうがない。天井に付
いている照明がグラグラしちゃってるの分かります? それで19日の朝も、うる
さいから話し合おうと2階に上がってベルを押したんだけど、出てこない。僕が下
に降りて部屋に入ると、またドンドンドンドン。その繰り返し……。しばらくす
ると外に出て行くのが分かったから、追いかけて行って、なんであんなことをす
るのか問い詰めたんですよ。でも、話をそらして、違う話をしてくる。『何か聞
こえるの?』とか言ったりね。頭がおかしいんじゃないかと思ったけど、なんと
か止めてもらえるようになったんですよ。そしたら夕方には、あの事件でしょ。
ビックリしましたよ、下手をしたら刺されたかもと思うと、今になって恐くてね」


 事件の原因は駐車トラブルと発表されているが、目撃者たちの証言は異なる。

「駐車場に軽トラックが入ってきたんですけど、湊は仁王立ちして立ち塞がって
いたんですよ。駐車トラブル? そんなんじゃないよ、因縁付けてたんだから。
それで軽トラックの運転手が窓を開けたら、いきなり棒で殴ったんだよ」

「いつ刺したのかは分からなかったけど、軽トラには助手席にも人がいてね。そ
の人があの男をぶん殴っていました。それを止めようとしていたのが刺された人
です。刺された人は弱っている感じではなかったけど、長袖Tシャツの背中は血
に染まっていたね……」

 湊立ち会いの下で行われた現場検証を見ていた人は、次のように話す。

「なんだか、まったく悪びれる風もなく『ここら辺でやられたかな、こっちもや
ったけどさ』なんて言ってましたよ」

 29年前の事件から更生したとはとても言い難い。


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