>>患者の体内で活動性の感染が長引くと、ウイルスと免疫系の間で激しいせめぎ合いが生じる可能性がある。そうするうちに、抗体などの一連の防御反応を回避できるような変異をウイルスが蓄積していくのかもしれない。ひとりの患者の体内で感染が長引くほど、こうした変異株が生まれる機会が増加するのである。医師はパンデミックの初期から、免疫不全患者は特にこのように症状が長期化しやすいのではないかと考えていた。新型コロナウイルス感染症の患者は感染したときから約10日後には、ほかの人に感染する能力がなくなると考えられている。しかし、これには多くの例外的症例が観察されており、免疫機能が低下した人が関連している傾向がある。ワシントン州の老人ホームで2020年2月に新型コロナウイルスに感染した71歳の女性は、抗体産生が抑制されるタイプのがんを患っていたが、少なくとも105日間はコロナウイルスを体内に保持し、少なくとも70日間は感染力を保っていた。
>>患者の体内で「加速」していた変異
新型コロナウイルスは、そのような状況で急速に変異する可能性があるのだろうか?確かに通常の短い感染では、ウイルスはかなり安定している。オンラインで公開された研究(正式な査読や学術誌での発表の前段階の論文)によると、感染者を1,000人以上の一般的なサンプリングで検査した結果、ウイルスの突然変異はほとんど確認されていない。一方、免疫不全患者を綿密に追跡した研究の結果は、それほど安心できるものではない。ミシガン州の研究者は、抗体を産生する機能を担う免疫系B細胞を抑制する薬で治療中の60歳のがん患者を追跡した。4カ月の追跡期間中、ワクチンの主な標的である新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質には変化がなかった。しかし、スパイクたんぱく質と関係ないウイルスのほかの場所では、いくつかの変異が観察されたのである。ワシントン州の老人ホームの免疫不全の女性に関する研究では、「優生ウイルス変異体の継続的な代謝回転を伴う宿主内での著しいゲノム進化が観察された」という。つまり、ウイルスはこの女性に感染する過程において、スパイクたんぱく質に対する変化を含め、間違いなく変異株をつくり出し、進化していたのだ。12月初めに『The New England Journal of Medicine』に発表された別のグループの論文では、自己免疫疾患で免疫抑制剤の投与を受けていた45歳の男性に感染したウイルスの変化が詳述されている。この症例では、患者の体内でウイルスの進化が「加速」され、しかも突然変異の多くがスパイクたんぱく質で生じたことが確認されている。免疫不全患者のほとんどは、大きな合併症なく新型コロナウイルス感染症から回復する。だが、「この症例は、免疫不全患者では感染症状が長引き、ウイルスの進化が加速される可能性があることを浮き彫りにする」と論文では記載されている。同様の現象は、免疫系が抑制されているほかの患者の症例でも確認されている。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は免疫機能を攻撃し、驚くほど高い比率で進化する。このため、ウイルスに結合して中和する抗体を人間が体内で産生し続けることが、より困難になる。HIV患者の場合は同様のメカニズムによって、ほかのウイルスも体内に長く潜伏し、変異することができる。例えば単純ヘルペスウイルスは、HIV患者に感染すると普通とは異なる薬物耐性を獲得することができる。
>>免疫不全患者へのワクチン接種が鍵?
とはいえ、新型コロナウイルスに感染した場合、どのような免疫不全患者で最も症状が長期化する傾向があるのか。この点を、よりきちんと理解する必要がある。「免疫不全」の範疇は広範囲にわたり、さまざまな状態が含まれる。このため、それらすべてが同様に症状の長期化リスクを抱えているわけではない。「免疫不全患者」の定義には、病原体と戦う能力を低下させるまれな先天性疾患を抱える人だけでなく、移植や自己免疫疾患の緩和のために免疫抑制剤を服用している人なども含まれる可能性があると、コーネル大学のウイルス学者ブライアン・ワシクは言う。免疫不全患者と新型コロナウイルス感染症の症状の長期化、そして症状の長期化とウイルスの進化との間の関連性を示す証拠は、ワクチン接種順位を巡る議論において検討を促すだけの十分な説得力がある。
ttps://wired.jp/2021/01/14/heres-a-plan-to-stop-the-coronavirus-from-mutating/