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憲法 法律

150NAME:2025/07/16(水) 07:07:23
竹田恒泰「日本は本当に“国民主権”の国なのか?」
2019年03月27日 公開
2024年12月16日 更新
https://voice.php.co.jp/detail/6228

竹田恒泰(作家/慶應義塾大学講師)
<<旧皇族・竹田家に生まれ明治天皇の玄孫に当たる竹田恒泰氏は、「実は日本こそ、現存する最古の民主国なのである」と主張する。

竹田氏の近著『日本の民主主義はなぜ世界一長く続いているのか』では、フランス、アメリカ、イギリス、古代ギリシャと日本を比較して、「日本型民主主義」の素晴らしさを竹田節満載で語っている。

本稿では同書より日本型と西洋型のそれぞれの民主主義の違いを指摘し、古くから日本には民主主義が存在したことを語る一節をここで紹介する。>>

※本稿は竹田恒泰著『日本の民主主義はなぜ世界一長く続いているのか』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

日本は本当に国民主権の国なのか?

デモクラシーは一般に「民主主義」と訳されますが、「民主制」(または「民主政」)と訳す場合もあります。両者は何が違うのでしょうか。

民主主義の「主義」という言葉は主義・主張、つまりイデオロギーを意味します。

たとえば、菜食主義者は「肉は口にしない」という主義をもっている。他人からどう思われようと、自分が「正しい」と思うことを「主義」といいます。ある種のイデオロギーである、ともいえるでしょう。

同様に、民主主義という言葉のなかには「正しさ」という価値判断がすでに含まれています。

それに対して、先ほど挙げた民主制の「制」という言葉は「制度」という意味にすぎません。日本は紛れもなく民主制ですが、この民主制という言葉はそれ自体に民主主義のような「正しさ」という価値判断を含みません。

このように民主主義のように使い慣れている言葉でも、厳密に意味を掘り下げていくと、われわれが歴史的背景や含意を知らずに使っていることに気付きます。

「国民主権」という言葉も同じです。皆さんはいままで「日本は終戦により天皇主権から国民主権に変わった」と教わってきたと思います。しかし、それは本当でしょうか。

われわれは一度、常識を疑ってみる必要があります。そもそも「主権」とはどういう意味なのでしょうか。

「主権」は法学の用語としては明確に定義されており、議論の余地はほとんどありません。「国の政治の在り方を最終的に決める力」という意味です。

政治を最終的に決めるのですから、きわめて強い力です。ご承知のように国民が主権を持っていれば国民主権、君主が持っていれば君主主権となります。

たとえば革命前のフランスでは、国の方向を決めるような強力な権限はすべて君主(国王)が握っていました。当時のフランスは君主主権の国といえます。

同様に、歴代の中国王朝では主権は皇帝にあり、やはり君主主権でした。辛亥革命で清国が倒されるまで、中国の主権を握っていたのは「ラストエンペラー」で知られる溥儀(ふぎ)皇帝でした。

では、日本において終戦後、主権という強大な国家権力が天皇から国民に移ったといわれますが一体どのような権力が移ったのでしょうか。これを明確に説明した憲法学者はこれまで一人もいません。

一般に、日本国憲法における天皇はただの象徴であって、何ら政治的権能を有しない、と思われています。しかし、これは事実ではありません。もし日本が完全な国民主権の国であったなら、国民の力だけで何でもできなければおかしいのです。

151NAME:2025/07/16(水) 07:07:38
国民の力だけでは法律を公布することはできない

ところが、実際は法律一本、国民の力だけでは完成させることができません。 国民ができるのは、法律の内容を確定するところまでです。すなわち、国民が選んだ国会議員から成る国会(立法府である衆議院と参議院)に可能なのは、法案を可決するところまでで、そこから先は天皇の領域になります。

日本国憲法七条一項には、天皇の「国事行為」として「憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること」とあります。 公布とは、成立した法律を誰にでも閲覧できる状態で公に示す、という意味です。法律は公布されないかぎり、守りようがありません。具体的にいえば、官報に掲載された時点で、法律は効力を持つことになります。

日本国憲法は法律を公布する機関として「天皇」を指定しているのです。内閣総理大臣や衆議院議長には法律の公布はできません。天皇がなければ、法律を公布できる機関はなくなってしまうのです。

また日本国憲法は、内閣総理大臣は国会の議決(首班指名)で指名されると定めています(第六七条一項)。 国会議員を決めるのは国民ですから、内閣総理大臣を選ぶのは、たしかに国民ということになります。しかし、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命するのは天皇なのです(日本国憲法第六条)。皇居宮殿で天皇陛下に任命されなければ、内閣総理大臣は成立しません。

「君民一体」の主権者の姿

ここまでの議論を整理します。法律を作るのは国民ですが、それを公布するのは天皇です。内閣総理大臣を決めるのは国民ですが、それを任命するのは天皇です。すなわち日本では、天皇と国民が一体となった時に主権が行使されるのです。 したがって、現在の日本を単に「天皇主権の国」、あるいは「国民主権の国」と表現しても、必ずしもその本質を正しく示したことにはなりません。

では、日本の主権者は誰なのか。結論を先にいえば、天皇と国民が一体となった「君民一体」の姿こそ、我が国の主権の在り方なのです。この主権者をめぐる「君民一体」の在り方は、じつは戦前もまったく同じでした。

戦後の教育を受けた人は「戦前の天皇は、軍も政府も自由に動かせる絶対的な権限を有していた」と思い込んでいますが、それは決して事実ではありません。 行政権一つとっても、帝国憲法下の天皇は、大臣の輔弼(ほひつ)なしに自らの意志を国策に反映させる余地は微塵もありませんでした。

事実、明治維新から現在に至る約150年間で、天皇が国策を直接決定したのは、わずかに一回です。それは昭和天皇が昭和二十年八月、御前会議でポツダム宣言の受諾を決定なさったときだけです。 戦前の天皇は、現代人が思っているより遥かに非政治的だったのです。


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