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【小説】よしけんが死んでいました。

1課長:2008/08/13(水) 05:26:32

 ――蒸し暑い夏の日。とあるホテルの一室で僕はよくわからないまま倒れていた。

 


 「健治、今度はいつ帰って来るの?」
 実家を出ようとする僕に母親は尋ねる。
 「さぁ…わからないよ。勉強も忙しいし。また何かあったら戻って来るよ。」
 「おにいちゃん…もう行くの?」
 「ああ、早百合。また来るから。」
 「体には気をつけなさいね。」
 「わかってるって。」

 玄関を出て原チャリに跨る。歳が離れた妹が悲しそうにこちらを見ているので、じゃあなと一言の声とエンジンをかけて車道へ飛び出す。
 さて、これから一号線を8時間の旅だ。

 最初、東京からここまで原チャリで帰ると言ったら色んな人に「やめとけ」って止められたっけ。でも来てみると案外辛くもなかった。
 色んな人、と言ってもこれまた歳の離れた年上の連中。きっと本人基準なんで僕には当てはまらなかったのだろう。

 しかし暑い。東京も暑いがこちらこそ暑い。建物がない分日光は直撃するし、いかんせんヘルメットの中は5分もしない内に蒸れ出すし、かゆくなる。
 そして何よりたまらないのが信号待ちのエンジン熱と地熱。軽く40度は越えるであろう気温が全体を蒸らす。なるべく信号待ちをしないように、先の信号が赤だとゆっくり差し掛かろうとするけど、なかなかそうも行かない。
 そうやって家を出て3度目に止まった交差点で携帯電話が鳴り響く。

 「ん…課長からか。何だろ?」

 携帯に気づくと同時に、後ろの車がクラクションを鳴らす。信号が変わっていた。
 慌てて携帯をしまって発進する。あとで休憩がてら折り返すとしよう。




 「んだよ、でねーな。」
 少し機嫌悪そうに電話を切り、もう一度発信する。今度は別の相手らしい。
 「あーもしもし?電話出ないからまだ確認取れないんだけど、まあ、多分行くと思うから。今日こっちに戻って来るはずだしね。うん。そうそう。」
 「確認取れないのにいいんすか?まあ、何人来ても大丈夫ですけどね、こっちとしては。」
 「じゃあ、まあ連絡来たらまた電話するわー。ういっす。おつかれさーん。」

 電話を切ってタバコに火をつける。時間は昼の1時過ぎ。
 「…んー。パチンコでも行くかなー。」

2課長:2008/08/18(月) 03:00:45

 実家を出て3時間が経った。神奈川県に入り、道路に面したコンビニの前で原チャリを止めて、蒸れたメットを脱ぐ。

 「あっちぃなぁ…。」

 店内の涼しさに少し爽快感を覚えながら缶ジュースを買う。

 「あーそうだ。課長に折り返しかけないと…。」

 電話をかけようと携帯を手にした途端、着信。

 「うわっ……と?あれ…先生からだ。」

 店を出て電話に出る。

 「はい…あ、こんにちわ。どうしました…?今日検診の日じゃないですよね…?」

 「うん、違うんだが…。ちょっと今日病院へ寄ってもらえるかな?」

 「ええー。今日ですか。…んー。まあ、今移動中なので丁度良いって言えば丁度良いんですが…。」

 「そうか。それは助かるよ。ちょっと調べたい事があってね。何時頃になりそうかな?」

 …正直メンドくさい。そう思いながらも従い約束をする。
 病院にはもう何年も通ってる。昔から持病を抱えてるせいだ。病院から出た薬を定期的に飲まないと意識が飛ぶ事もある。なので病院は無視できない。
 まあ、住んでる部屋は横浜の外れ。病院は東京の麻布。進行方向的には帰宅するには遠回りだが原チャリなら、まあいいか。

 コンビニで買った缶ジュースはあっという間になくなった。無意識に喉が相当渇いてたみたいだ。
 ごみ箱に空き缶を丁寧に捨て、原チャリに跨り、少しジンメリしたメットをかぶる。

 「さて、行こうかな…。」

 鍵を回してエンジンをかけた途端、しまったばかりの携帯が振動する。

 「あ、課長からだ。忘れてたや。」

 通話ボタンを押した途端、テンションの高い声が聞こえる。

 「おう!よしけんコノヤロウ!電話出ろコノヤロウ!」

 「す、すいません…。今実家から戻ってる途中だったもんで…。」 相変わらず自分勝手な人だ。

 「あ、そうなの。じゃあしょうがないな。んでさー、お前今日ヒマ?」

 「え…?今日ですか…?んー…。これから部屋に戻るんですけど、その前に病院行かなくちゃいけないんですよね。」

 「それ終わんの何時ごろ?」

 「んー…。」 と言いながら腕時計を見る。もう夕方4時か。

 時間計算を終える前に課長が言葉を続ける。

 「夜の10時までに東京駅来れる?」

 「え?…えー…まあ、行けますけど…。な、何するんですか?」

 「仙台行くの。」

 「…え?え?え?ちょ…え?」

 「仙台行ーくーのー!」

 「な、なんでですか?」

 「ん?遊びに。」

 「…遊びにって…。ああ、みんなに会いに行くんですか?」

 「そうそう、いわばミニオフみたいなノリでさ。行こうぜ。な。な?」

 「えーー。いやー…病院も何時までかかるかわかりませんし…。」

 「もしダメならダメでいいから。とりあえず来れるなら来いよ!待ってるからー。あとでまた連絡ちょうだい。今パチンコしてる途中で時間ないからさ。じゃな!」

 そして通話が切れた。

 「……。いきなりすぎるなー…。でも仙台かぁ…。行きたいかも…。」

 唐突の提案にまんざらでもない様子だがとりあえずは東京は広尾の病院へ向かう。

3課長:2008/08/19(火) 06:04:27

 時間は夜9時。
 人影もまばらで、最低限の照明しか点いていない病院の入り口は少し不気味だ。
 とは言っても、この病院は大学病院にも劣らない規模を誇っている。そのため、普段総合受付にいる係員だけでも6,7人はいるという。

 という。そんな言い方をしたのも、今はただ一人。いわゆる夜勤であろうか、警備であろうか、まあよくわからないけど男の人が一人いるだけだからだ。

 「あのー…すいません。」
 「はい、何ですか」
 ずいぶん無愛想に対応する男。

 「えーっと…脳外科の一文字先生に呼ばれたんですが…」
 「脳外科ならそこに案内出るんで、それ見てもらっていいですか」
 「あっ…はい。どうも…。」
 「……。」

 感じ悪い人だなと思いながら、隣の壁に大きく貼られている案内図を見る。脳外科は…少し歩くらしい。道順を頭に入れる。
 もう一度頭の中で確認して歩き出す。待合室にあるテレビも消えている。自分の歩く音だけが響く。
 歩を進めていくうちに、廊下はもっと薄暗くなっている。緑の非常灯がやけに明るく感じる。
 ここはどこの病棟だろう…。霊安室とかないよな…。なんて少し怖がりながら歩くと、ようやく「↑脳外科」と書かれた指標が出る。
 実はこの病院へはこれで2度目。今までは実家の近くの病院へ通っていたが、かかりつけの一文字先生は元はこの病院の先生なので、こうやって近くの東京の病院へ通う事になった。
 ほどなく、明かりがついた部屋の前に着く。外には「脳外科 一文字」と書かれたプレートがある。ここか。

 ノックをして、「一文字先生、吉永です。」と声をかける。中から「おう、よく来てくれた。入ってくれ。」と返事がする。
 ドアを開け部屋へ入る。先生は休憩中なのか待っていたのか、コーヒーを飲みながらくつろいでいた。

 「まあ、かけたまえ。どうだね、調子は。」
 「ええ、まあ…。特に異常ありません。」
 「そうかそうか。あ、コーヒー、飲むか?」
 「いえ…大丈夫です。って、そうだ。あまり時間ないんですが…。」
 「ん。そうか。じゃあ、少し採血だけさせてもらえるかな。今日はそれをお願いしたい。」
 「…わかりました。」

 一の腕のひじ付近ににゴムチューブをくくりつけきつめに縛られる。浮かび上がった二の腕の血管に針を刺して血を抜かれる。

 「どうだ、最近、親父さんとは…?」
 「最近会ってません。今日まで実家にいましたけど。」
 「そうか…。相変わらず、か。」
 「はい…。」

 少し脳裏をよぎる。この一文字先生は、昔から父親と仲が良い。どうやら同じ大学の医学生だったらしい。今も学者として研究をし続ける父と、一文字先生。この二人の性格は真逆に見える。正直、厳格で自分主義な父親は今も苦手だ。代わって一文字先生は、どんな事でも親身になってくれるので親しみやすい。

 ある程度血液を抜いた後、針を抜き脱脂綿を傷口にあてチューブをはずす。

 「よし…。これで終了だ。じゃあ、今日は風呂には入らずシャワーで済ませてくれ。激しい運動も酒も控えておくようにな。」
 「はい。もう慣れてますよ。」
 「時間がないと言ってたな。デートでも行くのか?」
 「いえ、そんなんじゃ…。仙台に行こうかな、って。」
 「今から仙台?旅行かね?」
 「んー…。まあ、そんなトコですね。」
 「ふむ、そうか。気をつけて行くようにな。せめて今日はハメをはずさないように。」
 「はい。じゃあ、失礼します。」

 ドアを開いて来た道を戻る。また薄暗い道だ。
 明るい場所から薄暗い道へ戻ると、少し見えづらい。


 ん。


 気のせいか?


 何かが今、脇の道へ隠れたような?


 「誰か…?」

 足が止まりうっかり声が出る。

 返事はない。

 足早にその場を去る。

 「怖いなあ、もう…。」

 病院の総合受付の前まで急いで歩いて来ると、無愛想な男がこちらを見つめる。つい、来た道を振り返る。何もいない。

 やっぱり気のせいかな…。そう思いながら携帯電話を取り出し、電話をかける。時間は9時半になろうとしていた。

4課長:2008/08/22(金) 08:50:00

 「おーまっきばっはっ、みーどーりー♪」
 「ちょ…!課長!声大きいですから!」
 「いいじゃねーか、旅行なんだからー。お前も歌えって。」
 「勘弁してください、マジで!」

 時間は日付変わって0時半。仙台行きの夜行バスの中。
 課長と呼ばれる男と健治は二人がけの横並びの座席について揺られる。

 彼が課長と呼ばれる理由は、特にない。健治と彼はネットを通じて知り合い、直接会って食事等を繰り返す間柄になった。
 それがこうやって共に遠方まで足を向ける事になった。

 「てか、さっきの話だけどさ」

 歌ってると思ったら突然やめて話を始める。

 「あの病院って精神科の隔離病棟もあるらしいじゃん。そこの入院患者かもな。」
 「うーん。そうなのかなあ…。」
 「ま、オレはただの気のせいと思うけど。」
 「そうなのかなあ…。」
 「とりあえず寝るべ。」
 「えええっ」

 さっきまでハイテンションだった課長は、すぐに目を閉じ眠りにつこうとする。
 どこまで自分勝手なんだこの人は…等と、物思いにふけるヒマもなく8時間の運転の疲れで簡単に熟睡を始める。


 …
 夢を見た。

 一文字先生と父親が喧嘩をしている。父親が一文字先生を殴りつける。それを制止しようとするが、体に力が入らない。
 そして突然なぜか水に落ち、見覚えのない水中。
 姿鏡がそこにあった。自分の姿を映しても何も見えない。不思議な鏡だ。
 水の中にいる、そう気づくと突然苦しくなった。水面まで泳いで息を吸おうとするがいくら浮かび上がろうとしても水面が近づかない。
 見知らぬ男がいた。自分を見て笑っている。笑うな!助けてくれ!
 男は遠くへ泳いで消える。ああ、僕はここで死ぬのか?
 苦しい…苦しいっ…苦しいよっ!!


 目が覚めた。

 上体を前に激しく傾けて一人息を荒げて、車内に気づいて息をゆっくり殺す。バスの車内時計を見ると2時5分。車内灯もすべて消えている。

 「嫌な夢だ……」

 ふとさっきの「気配」を思い出す。今日はおかしな嫌な日かもしれない。

 眠れないまま時間は過ぎバスは仙台へと差し掛かる。

5課長:2008/08/30(土) 09:19:36

 バスが着いた仙台駅前のロータリーは出勤らしき人で溢れかえっていた。

 「…ふわぁぁぁぁ…。眠い。眠いよ、よしけーん。」 課長があくびをしながらよしけんの背中を叩く。
 「僕こそ眠いですよ…。あんまり寝れなかったですもん…。」

 ただでさえ夢見が悪かったのに課長は隣でいびきはするし、歯軋りはするし…。等と言いかけたが、話すとメンドくさいので黙っておく。

 「ところで…仁さんは?」
 「あーどっかで待ってるはずだけど。」

 待ち合わせを駅前ロータリーと決めたものの、ロータリーと一言で言ってもいかんせん広い。携帯電話がなければ決して待ち合わせ場所には出来ない。

 「電話してみっか。」

 おもむろに携帯電話をかけようとした途端、課長が気づく。「あ、いた。おーいー!仁!」

 課長の声に気づいた青年がこちらへ近づいてくる。
 彼の名前は、仁。フルネームは銀隆寺仁。ジンとみんな呼んでるらしい。銀隆寺なんて大層な苗字ではあるが、寺とはまるで関係はないらしい。
 何度か東京へ行った時に課長や健治とも数回会っている。

 「あはは、ホントに来たんですね。」
 「ホントだよー。来ちゃったよー。眠いよー。眠いよー。」
 「え?バスの中で寝なかったんですか?」

 間髪入れずに健治が口を挟む。
 「いや、課長は寝てましたよ。」
 「なんだ、寝てたんじゃないっすか。」
 「寝てたけどさー。バスってこう落ち着かないじゃんか?」

 落ち着かないであの熟睡か?と不思議に思いつつも、これもまた黙っておく健治。

 「それに夜行バスだとこんな朝早く着くから嫌なんだよなー。」
 「す、すいません…。」

 夜行バスで行く事にしたのも、健治が病院から移動するのに少し時間がかかったため新幹線に間に合わなかったせいもあった。

 「あーいや、お前のせいとかじゃなく。」
 「確かに朝早かったですね。でもまあ、今日はちゃんと準備をしてありますから。」
 「準備?何の?」
 「まあ、行けばわかります。じゃ、車で行きましょう。」

 よくわからないまま仁が乗ってきた車に乗り込む。
 課長は寝てないだの何だのと言いつつ、やはり地元を離れた旅行気分でテンションは上がり、やんややんやと雑談で盛り上がる。
 健治は頭がボーッとして、少し温度差を感じながら窓の外を眺めている。

 「で、今から行くトコなんですが…。実は、ホテルなんですよ。」
 「ええっ!ホテル!あんた、あたいとよしけんをどうする気!しかも、こんな朝っぱらから!」
 「…いや、そういういかがわしいホテルじゃなくて…。」
 「ベッドとか回らない?」
 「…回りません。普通のホテルです。」
 「ふーん…。ってなんで?まさか、お前わざわざ予約したとか?」
 「…んーちょっと違うけど、そうって言えばそうかな…。」
 「どういうこっちゃ?」
 「いやー…実は、最近ホテルの支配人になっちゃって…」
 「へー。」
 「…信じてないでしょ?」
 「うん。どうツッコめばいいのかさえわかんないもん。」
 「…まあいいですけど。」
 「で?ホントは何?」
 「…今話しました。」
 「おもんないー。その作り話、おもんなーい。」
 「…とりあえずそのホテルへ向かってますから。もう着きますよ。」

 3人が乗った車がとある建物の敷地へと入る。その囲いの壁には「銀隆寺ホテル」と大きく書かれていた。」

 「んっ…?銀隆寺ホテル…?お前の名字って銀隆寺だっけ…だったよな?」
 「はい。」
 「…あんれー?ここも銀隆寺だってよ?」
 「…ですから…さっきも…」
 「ホントなのかー?」

 無返答のまま車を玄関前に着け、先に車を降りる。すると玄関前に立っていたベルボーイが仁に深々と頭を下げ、こちらへやってくる。

 「支配人のご友人様ですね。いらっしゃいませ。」
 「…は、はい。ど、どうも。」
 「車はこちらで駐車場へ入れておきますので、どうぞフロントへいらっしゃってください。」
 「…は、はい。ど、どうも。」

 鳩が豆鉄砲を食らったような、いや、家へ帰ると母親がレオタード姿でビリーブートキャンプをやっていたのを目撃したような、そんな顔つきで課長が車を降りる。
 その様子を見ていた仁が言う。
 「どうです?信じてもらえますか?」
 少しイタズラな笑顔を見せる。

6課長:2008/08/30(土) 09:20:16

 「信じ…るしかないわなあ…。つか、お前んちってホテルだったっけ?!」
 「あーいやー…違うんですけど、まあ、後で説明しますよ。簡単に言えば、親戚がやってたんですよ。」
 「…へ、へー…。」

 言葉にはしなかったが、健治も驚いていた。健治が知ってるのも課長が知ってるのも、ホテル支配人とは遠く無縁の仁であったのだから。

 「…なんかすげーな、よしけん。」
 「…ですね…。」

 敷地内へ入ってからホテルを見上げていたが、大きな建物は2つ。どうやら新館と旧館があるようだ。旧館に見える建物は6,7階建て。新館は10階ほどだろうか。
 二つの建物の周りには緑が多く、庭というよりはちょっとした雑木林のようになっていた。野球をしてボールが飛び込むと探し出すのも大変そうだ。
 玄関がある旧館らしき建物の入り口は建物の幅一杯がガラス張りで、外には二人のベルボーイが立っている。にこやかだ。うさんくさいぐらいににこやかだ。
 中へ入ると、エントランスホールは2階まで吹き抜けでとても天井が高い。中央にあるシャンデリアは、ジャンキーチェンがターザンごっこするにはでかすぎる。落ちてきたら下の人は即死だろうな。
 まあ、いかんせん、東横インとかそんなビジネスホテルに比べると、いや、引き合いに出すのがおかしいだろってぐらいに豪華である。いわゆるちょっとした高級観光ホテルだ。それが言いたかっただけ。

 フロントへ通された二人は、一応客扱いって事で、チェックインを済ませる。そしてロビーのソファーに腰掛ける。
 仁がフロントと話を済ませこちらへやってくる。

 「部屋はツインでいいですか?」
 「なんでもいいよ…。しかしまあ、未だに信じられん。どっかから『どっきり大成功!』ってプラカード持った赤ヘルの人とか出て来るんじゃないか?」
 「こんな手の込んだドッキリ仕掛けるなら、他にお金使いますよ。」

 ソファーの前のテーブルに置かれた小さな観葉植物を手に取る課長。

 「ここか!ここにCGIカメラとか仕込んでるんだろう!俺らを笑うために!」
 「しつこいですって…。それに、CCGですよ、小型カメラは。」
 「そ、そうだったな…。しかしまあ………すげー。すげーよ!」
 「ははは。驚かせるつもりは…なかったわけじゃないんですが。さっきもちょっと言ったけど、実は親戚がやってましてね。その人は子供に恵まれなくて前から冗談半分で『うちを継げ』って言われてたんです。で、一昨年それを本気にされて。そこからホテル勤務だったんです、実は。先月まで親戚に色々習いながら仕事して、今月から正式に支配人としてやる事になったんです。」
 「そんなシンデララストーリーみたいな事あるんだなー…。」
 「言えてませんよ…。と言っても、収入は前の支配人の親戚に今までと同額支払いするんで、俺がもらえるのはちょっとだけですよ。」
 「…ふーん。でもまあ、こうやって支配人として幅利かせられるのもいいじゃない。俺らも支配人のご友人って事ででかい顔できるし!」
 「…あまりでかくしないでくださいね。」
 「わーってるわい!」
 「よしけんは全然喋らないけど、大丈夫?疲れてる?」
 「あ、いや…。大丈夫です、はい。ただ、すごいなーと思ってて。」
 「あはは、そか。すごくないけどね。それにまだサプライズは実はあるんですよ。」

 何だよ今度は、と課長が聞こうとするとベルボーイがやってくる。

 「あ、部屋の準備ができたらしい。行きましょう。荷物らしい荷物はなさそうなんで、僕が案内するよ。」
 「あ、はい。では、ごゆっくりどうぞ。」

 相変わらずベルボーイはにこやかだ。うさんくさいぐらいににこやかだ。

7課長:2008/09/03(水) 09:01:26

 新館の9階。部屋番号は9010のドアの前で仁がカードをセンサーに通す。ピッ、カチャッと音がした後ノブを回してドアを開ける。

 「さ、どうぞどうぞ。」

 部屋に入って驚く課長と健治。

 「うわ…」
 「お前、もしかしてこれって…」
 「はい、スイートルームですよ。」またイタズラな笑顔を覗かせる。

 「おいおい…。わざわざこんな部屋じゃなくてもいいのに…。なあ、よしけん。」
 「ですね…。」
 「まあせっかくだし。いいじゃないですか。タダなんだし。」
 「こんなん払えって言われても、ローンじゃない限り払えねーよ。」

 入り口から部屋へ通っている数歩の道を抜けてすぐ、20畳はあるリビングがある。西洋アンティーク風なカーペットが敷いてあり、同じ雰囲気の脚の低いテーブルと一人がけソファー椅子が4つある。壁にかけてあるテレビは30インチは裕に超えるサイズだ。
 窓際に歩いていくと、窓からは少し遠くだが海も見える。

 「…松島や…?」
 「です。松島も見えますよ。」
 「ああ…松島や…。」

 リビングから寝室へと入ると、キングサイズのベッドが二つ。そこからリビングを挟んだ逆側には、10畳ほどの和室があり、その奥にも茶室のような部屋がある。これだけで普通の旅館はまかなえそうなもんだ。

 「こんなに部屋いらねーんだけどな…。」
 「ですね…。」と言いながらリビングの椅子に腰かける二人。

 「まあ、家族等でいらっしゃる人もいるし、いろいろニーズってあるものなんですよ。」
 「ふーん…。てか、『いらっしゃる』とか、口調まで支配人っぽいもんな。前まではそんな言葉聞いた事なかったっつのに。」
  苦笑いを浮かべながら「はは…。たしかにそうですね。職業病ってヤツでしょうか。」と答える仁。

 「あ、そうだ。実はもう一つサプライズがあるって言ったんですけど、それを見せようかな。」
 「え?この部屋の事じゃねーのか。」
 「違います違います。もう少しすればわかりますよ。」
 「何なんだよ、今度は。わかるか?よしけん。」

 反応が少し遅く「…いや!まったく!」と慌てて答える健治。
 「…お前今半分寝てなかった?」
 「…えっ?…いえ…、あ、すいません。ちょっと寝そうでした。」
 「…お前、見ず知らずの部屋に入ったとたんにそれかよ。度胸あんなぁ…。」
 「すっ、すいません!」
 「俺は嬉しいけどね。すぐにリラックスできる部屋だって言われてるみたいで。」
 「お前もずいぶんなポジティブだなぁ。」
 「はは。そうじゃなければ支配人なんて出来ませんよ。」

 そうやって談笑してるうちに部屋のチャイムが鳴る。

8課長:2008/09/03(水) 09:02:15

 「あ、来たかな。」と仁が部屋の入り口まで行く。

 「さ、どうぞどうぞ。」と仁がリビングへ戻ると二人連れて来ていた。
 「課長、誰かわかりますか?」

 突然クイズを出された課長は二人の顔を見る。二十代中盤の男性と、もう一人…は…てか、一人?なのか?どうもロボットにしか見えないんだけど。
 ロボットに知り合いなんていたっけ…?そう疑問を脳に問いかけるが答えは出ない。

 「よしけんはわかるかな?」
 仁の問いかけに不意打ちを食らったよしけんは間髪入れずに「いえ、まったく。」と答えるしかない。
 すると、二十台中盤の男がニヤニヤしているのに気づく。あっちは自分たちを知っている…?

 「でしょうねー。」仁がクイズを打ち切る。
 「実は…彼が大倉くんで、彼女は…ロボです。」
 
 「えええっ?!」二人が驚く。
 大倉とロボ。課長と仁、よしけんがそうであったようにネットを通じて知り合ったネット上の知人である。いやもう知人というか友人というか、まあそれぐらいの間柄だ。
 するとそれまでニヤニヤしながら黙っていた大倉が堰を切ったように口を開く。「はじめまして課長、よしけんくん〜。」
 続いてロボも口を開く。「ハジメマシテ課長、ヨシケン。」

 「…は、はじめまして…。って、ホントに大倉とロボ?」
 「本物ですよ〜。」大倉は相変わらずニヤニヤしながら答える。
 「驚いてくれました?」
 「あ、当たり前だろ。まさかこんなトコで会うとは。」課長はとにかく驚く。

 そこでよしけんは「なんでここに…?」と自然な疑問を投げかける。
 「いや〜。実はね〜。」大倉が話を始める。
 「前にコーヒーショップで働いてたんだけど、ちょっと事情があって他で働くことになってさ。それで仁ちゃんに話をしたら、親戚のホテルでベルボーイの仕事なら紹介するって言われてさ〜。で、ダメだったらすぐ辞めてもいいよって条件だったし、興味あったからやってみたんだよね〜。そしたら意外にこの仕事が性に合ってるというか、結局ずるずると今もいるんだよね〜。」
 「へ、へー…。そう…なんだ。」課長は未だに信じられないといった感じ。
 すると「ロボは?って聞かないんですか?」と大倉が言う。
 「そりゃもちろん聞くさ。ロボはなんで?」
 「ワタシハバイト。夏休ミダケノ。」
 「…ふ、ふーん。バイトなんだね…。」

 何が驚いたって、大倉やロボがそこにいたって事よりも、ネットでロボと呼ばれているその子がホントにロボットだったとは。それがとにかく驚きだ。
 そんなこんなで、そこに触れていいのかどうなのか悩みながら話を聞いている課長だったが、とりあえず今は触れないでおく事にした。

9課長:2009/04/27(月) 05:42:40

 数人は初めて顔を会わせた、そうは言ってもネットのチャットや音声通話でさんざん会話を交わした仲。
 最初こそ戸惑ったものの、あれやこれやと話が膨らむ。

 「そういえば、あの時さー…」
 「…そうそう、そうでしたよね〜。」
 「…ざっけんな、お前!あれは…」


 よしけんはその会話に入る事がどんどん減っていった。
 眠気が猛烈に催してきたのだった。
 今更になってバイクでの長距離移動とバスの中での睡眠不足がたたったらしい。


 ダメだ…眠い…だけど、初めて会ったのに寝ちゃうとか失礼…課長にも何言われるかわからないし…。


 会話するみんなの声が眠りを尚更連れて来る。雑踏の中で意識が飛ぶような感覚。
 そんな眠そうなよしけんをさておき、相変わらず会話は弾む。

 ん……寝ても平気かな……。



 ………。




 いつしか、よしけんは会話さえ耳から遠くなり眠りこけていた。
 


 「ん…あれ…よしけん…。」
 「寝ちゃったみたいですね〜。」
 「ふむ…眠かったみたいだし、寝かせておくか。しかし初対面で初めて入る部屋だってのに、こいつも肝が据わってるなあ?」
 「ま、ちょうど良かったんじゃないですか?」
 「だなぁ。コレ、いらなかったな。」

 そう言いながら課長はデニムのポケットから小瓶を取り出す。

 「なるべくなら使いたくなかったしな。」
 「無理に寝かせつけなくても、いくらでも他に場所を移す事は出来たでしょう。」
 「まあなー。万が一ってヤツさ。」

 「じゃあ、さてボクらはっと…。」大倉がおもむろに席を立つ。
 「業務に戻りますね。ロボも、行こうか。」
 「ウン、ソウネ。」
 「そうだね、じゃあ、よろしく頼むよ。」
 仁の言葉に「あいあいさ〜」と軽くふざけた挨拶をして、大倉とロボは部屋を出る。

 「ふむー。」
 課長がタバコに火をつけながら言葉を続ける。
 「大倉やロボまでいるって事は、総動員ってヤツ?」
 「ですね…。上はもう尻に火がついてるようです。」
 「カーッ!」苦虫を噛んだ様な顔をしながら、「結局現場が全部やるっつーのに。まったく、上の人間共は…。」
 「そんな事言わないでください。課長もちょっとは上の立場のはずですが?」
 「そういうお前もだろ。喜ばしい昇進なのかねぇ?この施設の責任者ってのは。」
 「あはは。喜ばしい事にしておいてくださいよ。…って、いくら寝てるとはいえ、彼の前でこんな話は…。」
 「おっと、そうだったな。場所を移すか。」
 「そうですね。」

 灰皿にタバコを押し付け消し、二人は部屋の出口へ向かう。
 よしけんに悟られないような声、普通の声でも反応はしないと思うが、念のため小さめな声で「開けてくれ」と仁が言うと外からドアが開けられた。
 「おつとめごくろーさん。」
 外にいたベルボーイに課長が一声かける。ベルボーイは無表情のままドアを開けながら立っていた。

 ホテルの廊下を歩きながら、進行方向の後ろを親指で指しながら、
 「なんだよ、さっきまでずいぶんにこやかだったのに、あいつ。」
 「今愛想振舞う必要ないじゃないですか。」
 「だけど、もうちょっとこう…少しぐらい愛想笑いしても良いと思わね?」
 「…課長ぐらいですよ、そんな事を言うのは。」
 「はいはい、そうね。そうかもねー。みんなカタいんだから、ったく。」

10課長:2009/04/27(月) 05:43:19
 少しの沈黙の後、先導していた仁がとある部屋の前で止まる。
 「では、ここで説明しますね。」
 「はいはい。あ、禁煙ここ?」
 「あ、いえ。」
 「なら、オッケ。」

 答えを聞くまもなく、仁はカードキーを通した。
 カタッと音を確認してドアノブを回す。
 中には誰もいない。ホテルの客室ではなく、ただの8人程度が収まる会議室のようだった。

 そのうちの椅子の一つ先にドカッと座る課長。
 ゆっくりとその対面に仁は腰をおろす。

 「確認だが…」 課長が言う。
 「…実行は避けられないのか?」
 「はい。」 仁は間髪を入れない。
 「相手側もどうやらこちらの行動に感づいてるらしく。これが、相手側上層部での会話を録音したファイルです。後ででもよければ確認してください。」
 「ふーん…。どちらにも内通者はいるってか。嫌だ嫌だ…。」
 「スパイってのも立派な職業ですからね。」
 「まあ、それもわかるけどさ…。あーつか、実行つっても、初っ端から監禁ってワケではないんだろ?そのための施設だろう?」
 「はい。ただ、この施設、つまり監視下にある状態ならば良いです。」
 「それはそれで難しい注文だ事で。1,2日なら簡単だけっどさ。」
 「しばらくは問題ないでしょう。僕と課長がいれば。」
 「そうかもしんねーけどね…。あー外出は?せっかくだから、松島とかも見たいじゃん?」
 「んーそれはどうでしょう…。あとで確認してみます。」
 「おいおい…。ダメって事はないだろう。1時間もかからない距離なんだから。」
 「それに伴って警護もつけないとダメですからね。確認は必要ですよ。」
 「はぁー。そうですかー。あーあー。もう。くだらん計画なんて立てるから、俺の仕事が変な方向に。」
 「いいっこなしですよ、それは。」
 「で、あちらの計画ってのはかなり進んでるんだ?」
 「はい。」

 今までで一番真剣な表情を仁が見せる。
 「今年中には暗に発表されるでしょう。」
 「へー。ずいぶん有能者揃えたもんだ。恐れいったねこりゃ。あはははは」

 乾いた笑いを課長は発する。

 「あ、ここってホテルって事は、あんだろ?露天風呂か何か。」
 「ええ、ありますよ。」
 「んじゃ、風呂いってくるわ。カタい話はあとでまた、な。」
 「…わかりました。」
 「ういーセンキュー。」

 そそくさと部屋を出る課長。
 仁は一人部屋に残って物思いにふける。


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