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これだけはやっちゃならねぇ!「迂闊な主張」

133121:2003/06/26(木) 09:39
>>131
まず確認したいのですが、鳥山さんの>>120の文章には、労働についてどこにも「近代的な」といった限定が記されていません。
したがって、「労働」一般について「労働=搾取」といった本質が存在するとの主張だと受け取られてもしょうがないでしょう。
それで、突然あとから「太古の労働観」と「近代的な労働観」がきちんと分化されていない、といわれても私にはどうしようもないです。

まぁそれは措くとしても、
>また、莫大な資本とそれを増幅させる利子システムさえあれば、
>近現代人でも労働することなく生存することは可能です。
この部分は問題がある。なぜなら、全世界のすべての人間が働くことをやめてしまったら、どんなに資本があっても人間の生存は不可能だからです。
しかし、鳥山さんは
>労働の義務が明記されている憲法は、
>基本的人権と矛盾した内容を含んでいます。

>何故なら、労働は本質的に搾取→被搾取行為であり、
>「働くことは誰かに搾取されること」に他ならないからです。
とおっしゃる。
すなわち、働かないことが人間の幸せだというわけです。
しかし、皆が鳥山さんのおっしゃる「基本的人権」を尊重するなら、誰一人働かない世界になるしかない。
その結果、食べ物も、着るものも、何一つ手に入らなくなって、全員死んでしまう、つまり生存という最も大切な人権が脅かされることになります。
このことについて、いかがお考えでしょうか?

ちなみに、鳥山さんの労働についての考え方は、近代的というよりむしろキリスト教的なものに近いんじゃないでしょうか。
アダムとイブは、何ら働くことなく、神の庇護の下で、ぬくぬくと暮らしていた。しかし、神の怒りにふれて、永遠の命を失ったばかりか、生きるためにあくせく働かねばならなくなった。
だから、労働とは苦役であり、しなくてよいならそれが最も幸せだ、と考えるか、神の与えたもうた罰なのだから、それを忌避して働かないことは神への冒涜だと考えるかの違いだけです。


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