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聖書通読

1福音伝道:2023/03/14(火) 05:40:03 ID:0BUKU4Ck
聖書通読のスレッドです。

manna通読表に従って読んでいきましょう
https://wlpm.or.jp/manna/my-calendar/

771福音伝道:2024/01/30(火) 06:02:46 ID:8zhBGqb2
>>770
atheistさん、おはようございます。創世記26章です。
お疲れのご様子、睡眠を優先されてください。

フランシスコ会訳註によるとケトラの子孫はアラビア南西部
ハガルの子孫は北西部に住んだそうです

ハーパーによると、ヤコブの物語群にはJ、E、Pのすべての資料群が含まれ
J資料のヤコブは悪漢小説の主人公のように、計算高い詐欺師なのに神から祝福される。
そしてヤボク川のほとりで神と格闘することで根本的な変化がある
E資料のヤコブは、欺きによってではなくて「食べ物」との交換で長子権を買い取り、
エサウが長子権にふさわしくないことを自ら暴露してしまう。
Eではべテルで決定的な神との邂逅がある。Pは断片挿入だそうです
長子権べコラーと祝福ベラかーの言葉遊びがあると指摘しています

「エサウが長子の特権を軽んじた」の「軽んじた」という動詞は
「ヤハウェを軽んじた」の場合にも使われる動詞で、呪いを暗喩しているそうです

772atheist:2024/01/31(水) 00:59:33 ID:???
>>771
ありがとうございます
歳ですかねw

ヤコブの話がすべての資料の混合だとすると
一貫性がゆるくなるのも無理はないですね
J資料のような詐欺師から祝福される者へ、という筋書きが
E資料の長子権重視で見えにくくなってしまったのではないか
という気がしました


さて26章は以前のアビメレクとアブラハムのお話の焼き直しのような箇所ですね
今度はアビメレクとイサクバージョンになっています
ともに妻を妹と偽ってアビメレクに非難されます
アビメレクがそれほど長寿であるとは書かれていないようなので、このアビメレクは
先代アビメレクの子かもしれませんが、同じパターンの話になっているので
同じアビメレクについてアブラハムバージョンとイサクバージョンがあるのかもしれません

773福音伝道:2024/01/31(水) 06:18:16 ID:8zhBGqb2
>>772
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記27章です。

フランシスコ会訳註によると、本章だけがイサクを独自に取り上げているが
アブラハムの名が8回も出てきて、アブラハムの生涯が反映されているとのこと。

一方ハーパーは、12章と20章に続き「妻=妹物語」の第三版と分析し
12章はトーラー先取り物語 20章はアビメレクの執り成しをする預言者物語
本章はアビメレクが自身で妹ではなく妻だと見抜く知恵物語であり、
トーラーと預言書と知恵文学のユダヤ教三区分を彷彿とされると主張しています。

774atheist:2024/02/01(木) 00:53:07 ID:???
>>773
たしかにアブラハムへの言及が多いところを見ると
アブラハムの生涯を反映していると考えることも出来ますね

「妻=妹物語」はアブラハムとファラオ、アブラハムとアビメレク、イサクとアビメレクで三回目ですね
わたしはそれぞれの物語の異同を考えるほどには読み込んでいないのでハーパーの解説のようなことは
思いも付きませんでしたが、基本的なプロットが同じでも、そこに盛られたテーマは異なるということですね


さて27章はまたまたエサウがヤコブを欺く話ですが
今回はリベカが主導権を握ってヤコブにエサウを欺かせた趣ですね

前回もそうですが、このヤコブとエサウの話はギリシャ神話の話のように
正邪、善悪、清濁を合わせ持った実に人間的な物語になってますね
わたしはこういうのは好きですが、聖書としてはいったいどんな教訓があるんでしょうか?
これじゃリベカもヤコブも肉親を騙して利己的にその権利や祝福を奪い取っただけで終わってしまいます
以前の先生の解説でヤコブの改心というか再生というような話もあったと思いますが
神と相撲を取ることがどのような改心の契機になっているのか分かりません
あるいは相撲の話はまた別で、実際にはそれぞれ別の伝承が組み合わされて
まるで改心話のように解釈されただけということでしょうか?

775福音伝道:2024/02/01(木) 05:50:09 ID:8zhBGqb2
>>774
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記28章です。

ハーパーはJ資料によるイサクへの「欺き」の物語は、受け身な族長イサクと
確固たる決意を持った能動的な妻リベカで描かれると解説する。

母リベカはヤコブに作戦を授けます
そして計算高いヤコブは、母リベカに「欺きが発覚したら呪われる」と反論します
すると母リベカは「呪いは私が受ける」と応じます。
このことはイサクが兄エサウにヤコブが「策略」を使ったと言っているように
著者自体は不正行為という認識ですが、フランシスコ会訳註によると
「神は不正行為を用いても自分の計画を実現される」とのこと。
え?いいのかと思いましたが、そう解説されています。

ハーパーはイサクの祝福について
イサクの祝福は「豊穣」と「支配」だが、
「天の露」と「地の油」という言葉は、
豊穣を司るカナンの女神アナトについてのウガリット文書に見られる表現に
酷似しているそうです。
麦とぶどう(酒)とオリーブ油が豊穣の具体的な内容とのこと

そして「欺き」は結果として「家族内争い」と結果としての「離別」で終わると
ハーパーは指摘しています。
フランシスコ会訳註は、イスラエル(ヤコブ)の「支配」は、後代の子孫サウルとダビデの
時代まで続くと解説しています。

776atheist:2024/02/02(金) 01:29:49 ID:???
>>775
リベカが自分が呪いを受けてまでヤコブに祝福を与えたかった理由は何なんでしょうね
たしかにリベカはこのセリフで分かるように相当アグレッシブです

> 「神は不正行為を用いても自分の計画を実現される」
まあヤハウェは異国の王の心を操ってイスラエルに懲罰的崩壊を与えるような神として
観念されているくらいですから不正行為如き問題ないのかもしれません
それにしては義にうるさい神ですが

豊穣と支配というのはいかにもユダヤ教的な祝福ですね
ウガリット文書に見られる表現に酷似しているとのことですが
当時のレヴァント地方の一般的な宗教観が反映されているのでしょうね


さて28章はヤコブが父の命に従って妻を娶るためにリベカの兄のラバンのもとへと向かう箇所です

ここでは有名なヤコブの梯子が出てきます
ヤコブが正式にアブラハムの祝福をイサクから引き継いだことを象徴的に示すエピソードですね

夢の中でのヤコブと神のやり取りは、改めてユダヤ教が契約の宗教であることを感じさせます
古代であれば特にそうですが、宗教は個人の選択だとか信仰だとかではなく
代々信じられてきたものをそのまま引き継ぐのが当たり前と考えてしまいます
しかし21節にあるように、ヤコブはヤハウェが20節の条件を満たすのであれば
ヤハウェを自分の神とする、と言っています
もちろん古代のことですから、ここではヤコブとヤハウェの一対一の契約関係といった
近代的な個人主義に基づく信仰ではありませんが、それでも敢えてもう一度自分自身が神と契約する
形での信仰は目を引きます
13節のヤハウェのことば(わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神)からもそれが感じられます
ヤハウェはここでヤコブと契約し「ヤコブの神」となったということなのでしょうね

777福音伝道:2024/02/02(金) 06:43:09 ID:8zhBGqb2
>>776
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記29章です

リベカは弟ヤコブ推しですね。兄エサウは毛深かいが、弟ヤコブは滑らかだったから
か、父イサクが兄エサウを愛していたので、妻リベカが弟ヤコブを贔屓にしたのか
なぜでしょうね

ハーパーは、28章のヤコブの旅立物語がエル・シャダイや、「産みかつ増えるように」
を挙証しP資料と指摘します。そして母ではなく、父イサクのイニシアチブで旅立つ。
兄エサウの怒りから逃れるためではなく、リベカの一族から妻を探すためである。
一方兄エサウはカナンの地のヘト人から娶る。
資料批判的には、前章の「豊穣」と「支配」ではなく、P資料の祝福は
「無数の子孫」と「土地」だそうです。

べテルでヤコブは後二回、神顕現を体験します。ここは第一回目の体験ですね
元来は聖所べテルの由来譚だったものが、J資料とE資料との合成で語られている
そうです。北部諸部族が独立した際に族長ヤコブにちなんでイスラエルの名で
建国したわけですが、べテルがかれらの聖所となったそうです。

778atheist:2024/02/03(土) 01:19:39 ID:???
>>777
同一線上の物語であっても資料によってテーマが異なるわけですね
「豊穣と支配」にしろ「無数の子孫と土地」にしろ、その祝福は現世利益的ですが
後者のほうがより即物的な感じがします

ベテル(Bethel)はアレフベートのベートにエルですね
アレフベートを覚える際に読んだ記憶がありますが
ベートは元々「家」を象形化したものに由来していたと思います
だとするとまさに「神の家」って感じですね
それほど重要な聖地であったのでしょうね


さて29章はヤコブがラケルに出会い、ラバンのところに行って妻を娶る箇所ですが
この物語も面白いですね

ヤコブはラケルが気に入って7年間働いてようやくラケルとエッチができるかと思いきや
騙されて姉のレアを与えられてしまいます
ラケルを得るためにさらに7年間働く約束を強いられます
今度はヤコブが騙される番ですね

さらには神はレアを憐れんで子を授けますが、ラケルは子ができません
この辺の宗教的な教訓は分かりませんが、なかなかどうして、このヤコブと姉妹の話も
実にドロドロしていますw

そういえばラケルは英語でRachel(レイチェル)ですね
レイチェルはけっこうありふれた人名で最初にこの名で覚えてしまったため
しばらくラケルという名には違和感がつきまといました
まあJohnとヨハネみたいなもんですね
英語名はどうも脳天気なアメリカ人が思い浮かんでしまっていけませんw
その意味では日本語名のほうが原語に近いし風格があっていいのかもしれません

779福音伝道:2024/02/03(土) 10:09:51 ID:8zhBGqb2
>>778
atheistさん、おはようございます。本日と明日の聖句は創世記30章です。

29:6ヤコブはまた彼らに言った、「彼は無事ですか」。
この「無事」と訳される語はシャロームです。
平和な叔父ラパン家にヤコブは不和をもたらします。

17節レアは目が弱かったが、ラケルは美しくて愛らしかった。
「弱い」は、ラコット。弱いで正しい訳ですが、「潤んでいる」「優しい」とも
訳せます。弱いは直訳。
ヤコブは美しいので妹ラケルを愛し、姉レアを憎んだ(31節)
ヤコブは父イサクを欺いて長子相続権を兄エサウから奪ったが
嫁取りする場合、姉からという原則を叔父から欺かれて飲まされた結果
妹リベカを欲しかったヤコブは姉レアをまず押し付けられたので
姉レアを憎んでしまった。
31節で主はレアがきらわれるのを見て、
とあるが、このセヌアーは「憎む」という動詞。
かくしてヤコブはいさかいの原因になるがイスラエル12部族の祖となり
ハーパーもフランシスコ会訳註もヘブライ語聖書の中で珠玉の名品と
讃えています。

780atheist:2024/02/05(月) 01:54:14 ID:???
>>779
ラケルは典型的な美人タイプ、レアは地味子という感じですね
で、ヤコブは姉のレアではなく、見た目に釣られてラケルを欲することで
ラバン一家に不和をもたらすわけですね
それに対して今度はヤコブがまんまとラバンに騙されます
しかもラケルには子ができず、レアばかり子を生むことになるわけですから
ヤコブはしてやられたといった風ですね
たしかにこの物語は珠玉の名品と言えるかもしれません

781福音伝道:2024/02/05(月) 05:50:03 ID:8zhBGqb2
>>780
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記31章です。

782atheist:2024/02/06(火) 01:30:24 ID:???
>>781
31章はヤコブがレア、ラケル姉妹を連れてラバンの元から逃げ去る箇所ですね

この章ではラバンは散々な書き方をされています
ともかくも神がヤコブを「守る」形でラバンの欺きを反転させますが
ヤコブもいよいよ堪忍袋の緒が切れて、夜逃げのようにラバンの元を去ります

この章でひとつ注目すべきはラバンの家にあった「テラピム」です
あとで「神」と言い換えられていますが、要はラバンたちが家においていた神の偶像でしょう
それをラケルが盗み出しますが、動機は書かれていません
貴重品だと思って盗み出したのか、愛着があって盗み出したのか
はたまた編者的には(ユダヤ教徒的には)異教の偶像だから盗み出して破棄しようとしたのか
分かりません

結局ラケルの機転でテラピムは見つからず、ヤコブとラバンは石塚を立てて
そこを両者の境界とします

この章も宗教的というよりはドロドロした人間ドラマの一貫といった感じがします

783福音伝道:2024/02/06(火) 06:20:08 ID:8zhBGqb2
>>782
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記32章です。

13節 べテルの神であると主は名乗っている エル・べテルである
30節  ラバンはテラフィムをエロヒムと呼んでいる
53節  ナホルの神 エル ナホルはアブラハムの祖父
イサクの神は「イサクの畏れ」と表現されている
J資料を基調にE資料の挿入が見れらる

フランシスコ会訳註は、テラフィムを、「家の守り神の事で、尊敬され、助けを祈る
のにふさわしい一族の小さな像であったかもしれない。相続権と関係し、同権利を
証明する徴となるものだったらしい。このテラフィムは、後にシケムの近くで
外国の神々の像と一緒に埋められたようである」
新共同訳聖書辞典は「偶像の一つ。家の守護神と推測される。等身大のもの、小さい
携帯の守り神がある。前16世紀のメソポタミアのフリ人の文書(ヌズ文書)によると
テラフィムは家の神であり、その所有は家の財産の所有権を表すものであった。
創世記31:19-35の物語でラケルが父の家の守り神(テラフィム)を盗み出したというこ
とは、ラケルが夫のために資産の相続権を確保しようとしたことを示す」

ハーパーは、ラケルがテラフィムを盗んだのは結納金を父が使い果たしたためと解説
しています。つまり賠償金だと。

784atheist:2024/02/07(水) 01:29:50 ID:???
>>783
なるほど、テラピムが家の守護神で家の財産権、相続権を表すものなら
ラケルが盗み出したのも合点がいきますね
ヤコブはラバンに不当に労働の成果を奪われていましたし
家を分かつとなればラケルはヤコブの妻として正当な財産を受け取る権利があると考えたのでしょうね


さて32章はヤコブたちが元の地へと戻る過程でエサウと再開しようという場面ですね
ヤコブはかつて兄を騙した後悔からか、はたまたエサウの群れが400という多勢であったため
ビビったからなのか、ともかくも合う前にふんだんに贈り物を用意します

後半はエサウに会う前の夜に神と相撲(レスリングと言ったほうが適切か)をする箇所です
これは非情に有名な場面ですが、なぜ神はヤコブと組み合ったのか、それにどんな意味があったのかは
いまいち判然としません
しかもその「神」はヤコブに「あなたはもはや名をヤコブと言わず、
イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」と言います
神と取っ組み合って勝つことがどういうことかも分かりません
イスラエルという名称はこのエピソードを元に「神と競う」というような意味だったと思いますが
単に名前の由来を説明するための創作として挿入されたのでしょうか

785福音伝道:2024/02/07(水) 06:40:21 ID:8zhBGqb2
>>784
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記33章です

マナハイムは直訳すると「二つの陣営」です。ヤコブは兄が400人を率いてくると
聴いた時、恐れて自分の率いる「人、牛、羊、らくだ」を二つの陣営(別の単語)に
分けます。

32:24ヤコブはひとりあとに残ったが、
ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。

原文通りの訳。「人が」「組み打ちした」とあります。

32:28B あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。
直訳 なぜならエロヒームと共にやりぬいた、そしてあなたは人々と共にはできたからである

イスラエルは原意は「神は闘う」です。拡大解釈されて「彼は神と闘う」となります。

ハーバーによると、25-33節は神話や民話に由来するモチーフが色々見られ
様々な注解を生み出した。最初の注解はホセ12:4-5や知10:10-12である
J資料とE資料が使われているが、もはや分割できないまでに融合しているとのこと

この物語の最初期の格闘相手はカナンの神であるとのこと。
ヤコブに課せられた難題が解決できないように妨害する役目があり
ヤコブのカナン侵入を妨害しているとのこと。
だが、最終形態では一神教のせいで、格闘相手がヤハウェと同一視
されるようになり、謎めく箇所になったとのこと。
そして二つの原因譚、地名の由来譚と、神の顔をみたということで
聖所ペヌエルの由来譚にも結び付けられたとのこと

またイスラエルへの改名はヤコブの人柄と運命の変更を表し
イスラエルという名は、創世記に一貫する「争い」という主題と
うまく合致するとのこと

786atheist:2024/02/08(木) 01:13:53 ID:???
>>785
そうすると本来この「神」はカナンの神で綾子部のカナン入りを妨害する立場にあった、
そしてヤコブとカナンの神の格闘だったものが、神は唯一というユダヤ教の宗教思想のために
結果としてヤコブとヤハウェの格闘と解釈されるようになった、という経緯ですね

これならなぜヤコブが神と格闘するという話になったのかがよく分かります
簡単に言えば、元の話のプロットはそのままで登場人物(この場合は神)が大きく変容してしまったため
意味不明の物語となってしまった、という感じですね

またイスラエルへの改名はヤコブの運命の変更を表していて
それが神は闘うという創世記のテーマに合致している、ということですね
もしかしたら元々嵐の神、戦いの神であったであろうミディアン地方の神ヤハウェの
性質が強く反映されているのかもしれません


さて33章も元々は地名の由来譚であったもののように読めますが
ひとまずエサウとヤコブの和解が実現したという流れになってますね
このようにしてヤコブのカナン入りが果たされたということなのでしょう

ここでのヤコブはともかくエサウに対して平身低頭に振る舞います
平和裏にカナンに入りたいという動機があったからでしょうが
この態度がかつて兄を騙して長子権を奪ったことに対するヤコブの悔い改めということになるんでしょうか
これで悔い改めと言われてもちょっと納得しかねますが

どちらにしてもヤコブの心のなかでの葛藤や逡巡が描かれているわけではないので
なんか都合よく神との格闘、改名を間に挟んでヤコブが改心したと解釈しているだけのような気もします

787福音伝道:2024/02/08(木) 05:40:53 ID:8zhBGqb2
>>786
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記34章です。

エサウが弟ヤコブに4節で抱擁しキスをすることで和解が描かれていて
弟ヤコブもかつて兄から奪った祝福を返却する。
10節の贈り物を受けてください
贈り物と訳されるベラカーの第一義は「祝福」である。
これは27:36
こんどはわたしの祝福を奪った
に対応しています。奪ったベラカーを、ここで返却することで和解をしています。

ただ用心深い弟ヤコブは兄の誘いを断り同行しませんので
この和解は全面的な和解ではありません。

それで兄は死海東岸を下り、死海南から出るセイル川へ帰りますが
ヤコブは、逆に北上し、スコトに定住します。スコトは小屋の複数形です。
そして父祖アブラハムゆかりのシケムに土地を購入します
ヤボク川からヨルダン川を越えて死海の北部ですが西に来るわけです
完全に兄エサウを避けている移動です

100ケシタ ケシタは不明な度量です。
エル・エロヘ・イスラエル フランシスコ会訳註は、
「イスラエルの神エル」あるいは「力ある(者)はイスラエルの神」と解説。

原文を素直に読めば
そして彼はそこに柱を建てて、それを「イスラエルの神々の神」と呼んだ
エロへは、エルの複数形かつ連語形です

788atheist:2024/02/09(金) 05:38:14 ID:???
>>787
例によってまた寝落ちですw

10節の「贈り物」はちゃんと「祝福」と訳したほうがエサウからヤコブが奪った祝福の話とリンクしてくるので
いいですね
こういうところは物語の構造をちゃんと掴んで訳してほしいところです

読んでいるときには地理的な側面はほぼ無視していましたが
そうやって説明されるとヤコブの行動がはっきりと分かります

「イスラエルの神々の神」という表現はまだ唯一神教以前ということになりますね


さて34章はレアの娘デナがヒビびとのシケムとエッチしたことに怒ったデナの兄弟のシメオンとレビが
ヒビびとを殺戮しまくるお話です

2節での書き方はシケムがデナをレイプしたような書き方になっていますが
3節ではデナを深く慕ったと書いてあります
実際はレイプに近かったのか同意だったのか、よく分かりません
デナの気持ちも書かれていないのでなおさらです

どちらにしてもこの出来事に怒ったシメオンたちはヒビびとを騙して殺戮・略奪の限りを尽くします
ヤコブは息子たちの行為をよく思っていませんが、さりとて激しく責め立てた形跡もありません

少なくともシケムは心からデナを嫁に欲していたようなので
シメオンたちの行為は単に自分たちの名誉が汚されたことに対する怒りであって
正当化できないもののように思われます

シメオンたちはその後も普通に生き残っていたようですから
なんとも身内に甘い神と言わざるを得ません
まあ例によってこれもまた歴史を導く神の計画とか言ってしまえばすべてそれで済んでしまいますが

789福音伝道:2024/02/09(金) 06:34:28 ID:8zhBGqb2
>>788
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記35章です。

2節原文を読むとレイプです
その地のヒヴィ人の族長ハモルの息子シェヘムが彼女を見た。
そして彼女を捕らえた。そして彼女と寝た。そして彼女を辱めた。

ヒヴィはアラム語では蛇のことです。蛇人ですね。
「辱めた」は、原意は「いじめる」です。「無理強いする」「強姦する」という
意味もあります。つまり、ハッキリと2節で強姦したと書いてあります。
見かけて、捕らえて、セクスして、レイプした。
町で見かけて、誘拐して、家に連れ込み、セクスして蹂躙したわけです。

兄弟が怒って当然です。仕返しした二人は同母の兄弟たちです。
「遊女」のように扱ったので、殺し財産を略奪したそうなのですが
割礼させておいて苦しんでいるところを襲うのは卑怯ではないのかなと疑問なのと
殺戮についてはヤコブは子供たちに不満を漏らしていますので
父やこぶ感覚からしてもやりすぎであったのでしょう

ハーパーによると「強姦」の定式表現があり
「彼女を見た。彼女を捕らえた。彼女と共に寝て、彼女を辱めた。」が
典型となるそうです。アムノンがタマルを(2サム13章)など

そして親たちが平和的解決を模索しているのに
息子たちの暴力的報復は、ヨセフに対する兄たちの暴虐行為の不吉な前兆でも
あるそうです。

790福音伝道:2024/02/09(金) 08:16:02 ID:8zhBGqb2
その土地の族長の息子が、新参者の娘を手籠めにしたわけですが、
3節原文
そして彼の魂がヤアコヴの娘ディナーにくっついた。
そして彼は娘を愛した。
そして娘の心の上に話した。

原文を読むと、手籠めにした後で、息子は、ディナーに魂を奪われてしまった。
愛してしまったので、ディナーにプロポーズしたとあります。
そしてディナーは受け入れたのか、拒絶したのかわかりませんが
息子と共に暮らすことになりました。
そこで息子は父に話をして、父はヤコブに平和的解決の相談に行きます。

ヤコブが叔父の娘を貰う時は、財産を持ってなかったので7年奉仕して
娘一人をもらい受けます。
シェヘムは、その手順を踏まなかったが、惚れたので遅まきながら
持参金を提示して正規にもらい受けようとはしたのですね

普通ならば、多少多額の賠償金をふっかけて解決する話のはずです。
ところが虐殺という暴虐が行われるわけですが、
ディナーの兄弟たちの提案である割礼について
負い目のあったシェヘムは一番に受け入れ、部族の若者たちに
熱心に説き伏せることになります。

間違ったことをしたとはいえ、シェヘムは彼なりに誠意を尽くそうとは
したわけですが、虐殺されてしまいます。

実際の歴史では、現地民との婚姻が平和的に進行したのに
こういう神話が設定されたのは、宗教的理由からだと思われます。
信仰の純化のために虐殺が正当化されている気配を私は感じます

791atheist:2024/02/10(土) 03:11:18 ID:???
>>789-790
なるほど、レイプの定型表現で、これはレイプと断定していいということですね
それなら兄弟たちが怒るのも当然と言えます
ただやはりやりすぎですね
シケム本人を殺すだけならまだしもプチジェノサイドですからね
しかも本人含め、ヒビびとはその後は十分誠意を尽くしていますから

> 信仰の純化のために虐殺が正当化されている気配を私は感じます

わたしもそう思います
実際の歴史でユダヤ人による異邦人虐殺はそれほどなかったにしろ
やはり宗教保守派の狂気が反映された物語なのだろうと感じました


さて35章はヤコブたちが再びベテルに来てそこで神と対話する話です

2節で「あなたがたのうちにある異なる神々を捨て」と書かれているとおり
一応まだこの頃は諸々の神々が信仰されていた多神教状態だったのでしょうね
その状態からヤハウェを自分たち唯一の神としていく過程を物語風に綴ったものという感じです

後半はベニヤミンの誕生、ラケルの死、最後にイサクの死が簡潔に語られます
創世記後半の最重要人物であるヨセフについては名前が言及されるだけにとどまっていますね

792福音伝道:2024/02/10(土) 09:25:03 ID:8zhBGqb2
>>791
atheistさん、おはようございます。本日と明日の聖句は創世記36章です。

べテルは原文では「ベート・エル」(神の家)ですね。
エロヒーム(神々)が、ヤコブにあなたの兄エサウから逃れた時に現れたエル(神)のために
祭壇を作ってそこへ棲め。神の家に住めということですね
で、家族や彼と共にいた人に異国のエローヒム(神々)を捨てよとヤコブは命じています

この時、神々が、一つの神を選べとヤコブに命じ、ヤコブは一族に命ずる
という形式になっていますね 拝一神教ですね

不思議なのは7節 エル・ベート・エル(神の家の神)と名付けていますね
ベート・エルは地名べテルと訳されるようになってますので
単に「べテルの神」という意味かもです。
ただ10節で改名を命ずるのはエローヒム(神々)です。
しかも11節でエローヒムは「私はエル・シャダイである」(全能の神)と仰せです。
エローヒムが自分はエル・シャダイと名乗っているのにもかかわらず
ヤコブはエローヒムが天に上ると石で記念碑を建てて、ぶどう酒と油を注ぎ
ベート・エル(べテル)と名づけます。エル・シャダイではなく。

この辺の原文で読むと混乱ぶり、意味不明な点をハーパーは、
E資料がコアであるがP資料とJ資料から取られたはなはだ雑多な素材がまとめられている
と解説しています。
べテルの聖所の創建はJ版が採用。他の神々からの清めの儀礼、べテル巡礼指示。
エル・シャダイはP資料を採用。産みかつ増えよ、王が子孫から出るなどもP
これはヤコブからイスラエルの改名物語としてのP資料だそうです

伏線として、長男ルベンが父ヤコブの側女ビルハと寝ます。
これは長子権を失う根拠になるそうです

793atheist:2024/02/11(日) 00:47:13 ID:???
>>792
原文ではエル、エローヒム、エル・シャダイが混在しているんですね
例によって元資料の継ぎ接ぎということですが、そうなると統一的な記述ではなくなるので
あまり物語の真意を求めても意味なさそうですね

ビルハの名は覚えているので、父の側女と息子の疑似母子相姦的な内容が印象に残っていたのでしょう


さて36章はエサウの系図ですね

人名の羅列なので特筆すべき内容はありませんが
エサウはカナン人と交わって子孫をつくったことがヤコブとの対比で目立ちます
またエドムの祖として描かれることで、のちのユダとの対立に根拠を与えているようです

794福音伝道:2024/02/11(日) 07:54:39 ID:8zhBGqb2
>>793
atheistさん、おはようございます。明日の月曜の聖句は創世記37章です

ハーパーによると、ヤコブと兄エサウの物語は、現実が反映されているそうです
つまりダビデ王の時にエドム人を属国化した当時のエドム人の族長たちが
描かれているそうです。
そしてBC587のバビロニアの攻撃に際して、エドム人はエルサレム神殿に火を
かけたことが、エドムへの憎悪と敵対心に拍車をかけたそうです。

兄弟民族なのに、バビロニアから助けなかったどころか
手先になって神殿を破壊した、そして自分たちが捕囚され
恨みは頂点に達したとハーパーは分析しています

795atheist:2024/02/11(日) 20:33:07 ID:???
>>794
ダビデ王時代のエドム人が反映されているとすれば
少なくともその部分は前10世紀以降の資料ということですね

またバビロニアの侵攻時のことも反映されているなら
かなりのちになってからの編集ということにもなりますね

ヘブライ語聖書は複数資料に基づくうえに
何度も編集が繰り返されて伝えられてきたと考えられますから
重層的な記述で構成されていて、それが読みにくさの大きな理由になっているんでしょうね

796福音伝道:2024/02/12(月) 08:25:11 ID:8zhBGqb2
>>795
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記37章です。

ちなみにヘロデ大王がイドマヤ(エドムのギリシャ語読み)出身です

797atheist:2024/02/13(火) 01:01:17 ID:???
>>796
ヘロデ大王がエドム出身であったことが、あの福音書の悪役的な描写に繋がっているのかも
しれませんね


さて37章はヨセフの物語の始まりの箇所ですね

父に愛されたヨセフを妬んだ兄弟たちによってエジプトへと売られてしまうヨセフですが
まあ普通に言って兄弟たちがみなヨセフを拝する夢を見たなどと言ってしまえば
そりゃ恨みを買いますねw

意外と言ってはなんですが、さついに逸る兄弟たちのなかでルベンはヨセフを救い出そうとします
結局ルベンの提案もあって、ヨセフは殺されずに生き延びてエジプトに行くことになるわけですが
物語的にはこの兄弟たちの蛮行が後半のヨセフと兄弟たちの再開をドラマチックにする伏線になっています

このヨセフの物語はサムソンとデリラの物語やエステルの物語などと並んで
起伏に富み今読んでも面白いものですね
紀元前にこういった物語が造られたというのはやはり驚嘆すべきことなのでしょう

798福音伝道:2024/02/13(火) 06:02:10 ID:8zhBGqb2
>>797
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記38章です。

ハーパー曰く、J,E,P資料がちりばめられているそうです。
1節のヤコブはP 34節のヤコブはEだが、3,13節のイスラエルはJだそうです
ヨセフを救うのがルベンであるのはE、ユダであるのがJ
イシュマエル人の隊商に売り飛ばされるのがJ
ミディアン人の商人に誘拐されるのがE
というように。

799atheist:2024/02/14(水) 01:31:17 ID:???
>>798
ここもまた資料の接合があるんですね
ルベンとユダに関してはうまいこと繋げてますが
イシュマエル人の隊商とミディアン人の商人は記述に矛盾が見られますね


さて38章はユダとタマルの話です

オナンの話はもちろんオナニーの語源となったものですが
物語の中では自分の子とならないことを嫌ってタマルに産ませなかったという内容ですね

ユダの子はエルもオナンも神に殺されますが
筆者はその背景をユダがカナン人の娘を娶ったことに見ているのでしょう
ユダは残りのシラを殺されないようタマルを騙しますが
タマルもそれに反撃してユダを騙し返します
最終的にはユダが折れるというか、自分の罪を認める形で収まりますね

ユダは平然と遊女に扮したタマルを買ってますが
一応神の民、しかもヤコブの息子が遊女を買うのは問題なかったんでしょうかw

800福音伝道:2024/02/14(水) 06:37:28 ID:8zhBGqb2
>>799
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記39章です

未亡人と夫の兄弟が結婚する義務があるというレビラト婚によって
タマルは弟のオナンと結婚しますが、オナンが義務を果たしません。

エル…目覚めるという意味
オナン…不満、つぶやきという意味
シェラ…失望、欺きという意味
タマル…なつめやしの実という意味

二人の息子が死んだのでタマルを不吉と感じたユダはタマルを親の元に返します。
末の息子が成人したら呼ぶと約束しますが、それは嘘でした。
フランシスコ会訳註は、推測します
タマルがヘト人だったすれば、ヘト人の律法ではレビラト婚が拡大解釈され
死者の妻を迎える義務は義弟の次に義父にもあるとしているそうです。

カナン地方では、豊穣祭の時に、アシュタロテ女神の身代わりの神殿娼婦と
交わることでアシュタロテ女神と一体となるという信仰があったそうです。
タマルはこの習慣を悪用して、遊女に返送して、ユダが通りかかるところで
待ち伏せたそうです。そしてユダはまんまとタマルの策略にひっかかり
子種をタマルに発射するわけです。
そしてタマルは報酬の代わりに証拠だけを貰い姿を消します

そして三か月後、タマルの妊娠を知ると、ユダは人をやってタマルが不義を
したということで殺戮しようとしますが、タマルから証拠が送られてきます
そこでユダは知ります。自分がタマルを騙して末の息子をタマルに与えなかった
ので、タマルが計略を用いて自分の子種を得たのであると。
そしてユダはタマルによって双子を得ます。
このタマルの子の一人ペレツの子サルモンは遊女ラハブと結婚してボアズを生みます
遊女ラハブはヨシュアのカナン侵攻偵察隊を助けた遊女ですね
孫ボアズはモアブ人の女ルツによってオベデを生み、この系図はダビデと
つながります

801atheist:2024/02/15(木) 00:55:52 ID:???
>>800
この結婚方式はレビラト婚っていうんですね
しかしユダヤ人というか当時のユダヤ人の名付けは
子供にとっては酷いですね
失望とか欺きなんて名前をつけられたら、今ならグレてしまいますw

もしユダがアシュタロテ神と一体となるという意味合いを知ってて
タマルと交わったとしたら、もう完璧にヤハウェに対する裏切りになっちゃいますね
おそらくは知らずにタマルと交わったのでしょうが

ユダヤ教的には罪がありまくりのユダとタマルの子孫の妻たちが
ラハブやルツといった聖書的にも重要な人物というのも、なかなか深いですね
一筋縄ではいかないヘブライ語聖書の物語をよく象徴しているような気がします


さて39章はヨセフがエジプトに着いてからまずは侍衛長、次に獄屋番に信頼されていく箇所ですね

最初の侍衛長の妻とヨセフの話は、まるで昼ドラですねw
ヨセフは侍衛長の妻の奸計によって侍衛長を怒らせ
獄に繋がれることになりますが、ここでもまた獄屋番の信頼を受けます
一応聖書では神が裏で恵みを与えた、つまりは茶番に近いものですが
ともかくヨセフがいると栄えることになるので、ヨセフは次々とのし上がっていきます

802福音伝道:2024/02/15(木) 06:08:17 ID:8zhBGqb2
>>801
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記40章です。

ヨセフはエジプト人に買い取られるわけですが、神から祝福されているので
することなすことうまくいって、家宰まで出世します。一方、主人の妻から
誘惑を受けます。タマルは大胆な行動で子孫をつなぐわけですが、
主人の妻は不倫によって家庭破壊行動に出ていますので前章とは対照的です。
ヨセフは断りますが、とうとう主人の妻の嘘によって、監獄へと送られます。
監獄でも看守長に気に入られ、囚人頭に出世します。

ハーパーはBC10知恵文学、ソロモンの宮廷で書かれたと推測します。
そしてソロモンが投影されていると分析しています。

2節 主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり
原文 しかし主がヨセフと共にいた。そして成功する人となった

神が共におられると、やることなすこと、「成功する」ようです。
なにをしてもうまくいくというのが「幸運」と訳されている内実です。
まちこ神学がここに見られるのかもしれません。

803atheist:2024/02/16(金) 00:51:16 ID:???
>>802
たしかに同じ「悪女」でもタマルは子孫を残すという目的に合致した行動をとってますね
逆に侍衛長の妻は珍しいほどに典型的な悪女として描かれてます

ヨセフに対する神の恵みはイスラエル民族の保護と成長という神の計画に沿ったものとして
描かれているのでしょうが、繁栄の神学の場合は神の計画は欠如していて
むしろ神を使役する人間が主体であるかのような神学になっていますね


さて40章は給仕長と料理長の夢をヨセフが解き明かす箇所ですね

ここはあとのパロの夢の解き明かしの前座といったところですが
似たような夢であっても給仕長と料理長の運命は正反対になってしまいます

夢の解き明かしというパターンも聖書ではよく出てくるように思います
傍から見るとカルト的な宗教によくある(自己)洗脳手法の一貫でしかありませんが
古代においてはこういった夢も超自然的な意味を持って捉えられていたのでしょうね
聖書ではそれを神の計画や忠告として物語に組み入れたのでしょう

804福音伝道:2024/02/16(金) 05:16:11 ID:8zhBGqb2
>>803
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記41章です

給仕役と料理役
直訳「酒を飲ませる者とパンを焼く者」
給仕役は、註によると、酒を捧げるだけではなく王の相談役でもあったとあります。

13今から三日のうちにパロはあなたの頭を上げて、
あなたを元の役目に返すでしょう。
19今から三日のうちにパロはあなたの頭を上げ離して、
あなたを木に掛けるでしょう。

ソムリエもパン焼きにも「あなたの頭を上げて」と同じことが語られます。
実は「上げる」という動詞にはフランシスコ会訳註によると真逆の意味があるそうです
A.ある者を以前ついていた高い地位に戻す
B.処刑して頭を切り離す

口語訳は「あなたの頭を上げ離して、」と訳していますが
原文は「あなたの頭を上げて」だけです。

全体の流れとしては、夢見る者だったヨセフが ここでは
夢解き明かし能力を発揮する箇所です。

原語的には、「上げる」という動詞に真逆の二つの意味があることを利用して
同じような夢が二つの真逆の未来を予告しているという物語となっています

805atheist:2024/02/16(金) 23:56:39 ID:???
>>804
原文の「上げる」には「高い地位に戻す」と「首を切り離す」のふたつの意味があって
そのふたつの意味をかけて使われているわけですね
ここでも言葉遊びが見て取れますね


さて41章はパロの夢の解き明かしの箇所ですね

この章ではっきり分かりますが、夢は神がこれからすることを告げるもので
ヨセフをそれを解き明かすことを通じてパロを除くエジプトの頂点に立つことになります
よくできたお話ですが、この話もまたヤコブたちイスラエルの民とヨセフを引き合わせるための
前座的な話になっていますね
そしてそれがまたイスラエルの民のエジプトでの隷属、さらには出エジプトへとつながる、
といったふうに、それぞれのエピソードは壮大な物語の一部として機能しています
古代においてよくこれだけの物語を作ったものだと感心します

ちょっと気になったのはヨセフがパロに与えられたザフナテ・パネアという名前です
パロが与えたわけですからエジプトの言葉だと思われますが、なにか意味があるのでしょうか?

806福音伝道:2024/02/17(土) 08:07:39 ID:8zhBGqb2
>>805
atheistさん、おはようございます。土日の聖句は創世記42章です。

物語としては劇的ですね。
奴隷として売られたが、神が臨在してなんでもうまくいくので
主人に愛され、家宰に出世。すると主人の妻が誘惑。拒否して囚人に。
すると牢獄でも出世して、夢の解き明かしをしてみせる
2年後、ファラオが夢見た時、誰も解き明かせなかったが
解き明かしてもらった給仕長がフォラオに牢獄のヨハネを教える
そしてファラオの夢を解き明かし、対策も進言する
フォラオを感心させて、エジプトの宰相に任じられ、穀物管理者となる

そしてザフナテ・パネアという名前を与えられる。
原文ではツファナット・パアネア
フランシスコ会訳註にもハーパーに解説なし。
新共同訳聖書辞典にも解説無
ミルトス・ヘブライ文化研究所編『ヘブライ語対訳シリーズ 創世記Ⅱ』の欄外註に
「隠れている物を解く人」の意か とあります。
改革派静岡教会のサイトでは
「神が語られたので、その者は生きているという意味の名前」としています

エジプトの名前をヘブライ語音写しているので
元の意味は不明となっているようです。
ただ色々と推測はされているようですか、どれだけの信ぴょう性が
あるかは不明です

807atheist:2024/02/17(土) 21:51:06 ID:???
>>806
エジプトの言葉、しかもそれを当時のヘブライ語で音写したとあっては
やはり原語がなんであったかは分からない、といったところでしょうか
「隠れている物を解く人」というのは物語の流れからは妥当な感じがしますね


42章は飢饉に苦しむヤコブ一家のヨセフの兄弟たちが穀物を買いにエジプトに行き
ついにヨセフと会う箇所ですね

ヨセフは兄弟たちに気付いても、兄弟たちはヨセフに気づきません
ヨセフは兄弟たちの誠実さを試しますが、42章ではヤコブがベニヤミンを連れて行かせることを
拒否するところで終わっているので、まだエピソードの途中ですね

ここでもルベンはヨセフと兄弟たち、あるいはヤコブとの間に入って物語を進める役割になっていますね
ルベンはあまり印象がなかったのですが、このヨセフの物語を読み直して、今のところ兄弟たちの中では
一番まともな人物という印象になりました

808福音伝道:2024/02/18(日) 08:43:48 ID:8zhBGqb2
>>807
atheistさん、おはようございます。明日月曜日の聖句は創世記43章です。

42:9ヨセフはかつて彼らについて見た夢を思い出して
これは
37:6ヨセフは彼らに言った、「どうぞわたしが見た夢を聞いてください。
37:7わたしたちが畑の中で束を結わえていたとき、わたしの束が起きて立つと、
あなたがたの束がまわりにきて、わたしの束を拝みました」。
37:8すると兄弟たちは彼に向かって、「あなたはほんとうにわたしたちの王に
なるのか。

ドラマティックですね。夢が現実となるわけです。

そして、兄たちはヨセフにきづかないということで『断絶』が描かれ
ヨセフは兄からの仕打ちの仕返しをします。
ヨセフは末の弟を連れて来い。それまではシメオンを捕縛すると言います。
これを受けて兄弟たちは、過去の罪を思い出し悔い改めます

42:21彼らは互に言った、「確かにわれわれは弟の事で罪がある。
彼がしきりに願った時、その心の苦しみを見ながら、
われわれは聞き入れなかった。それでこの苦しみに会うのだ」

ルベンの熱弁を聴き、ヨセフは泣きます。
この涙は後に最終的に和解の時にも流されます 45:2

ルベンが息子二人を出して、ベニヤミンを連れて行くことを提案しますが
ヤコブは断ります。ヨセフを喪ったショックが強かったからですね
ではシメオンの立場は?と思うわけですが、ヤコブはここでは頑なです。
しかしのちに食料がなくなるとあっさりベニヤミンを差し出します。

なんだか怖い話ですが、古代の7年の飢饉、おそらく気候変動の寒冷化による
は、危機的だったのでしょう




そして兄弟たち

809atheist:2024/02/19(月) 05:17:41 ID:???
>>808
ヨセフの物語はもしかしたらひとまとまりの物語としては
エステル記に次いで最長の部類かもしれませんね

たしかにシメオンの立場がないですねw
でもヘブライ語聖書は当たり前のように自分の子どもであっても
好き嫌いというか愛着に差をつけますよね
そのへんも現代人とは感覚が違うので、慣れないと読みにくいひとつの要因ではあると思います

810福音伝道:2024/02/19(月) 12:24:50 ID:8zhBGqb2
>>809
atheistさん、こんにちは。本日の聖句は創世記43章です。

どちらも自分の子供なのに、贔屓しすぎですよね
とはいえ餓えると あっさり差し出します

811atheist:2024/02/20(火) 00:55:58 ID:???
>>810
43章はそのまま続きの物語ですね

いよいよ兄弟たちがエジプトから持ち帰った穀物も食い尽くしてしまい
ついにヤコブも折れてベニヤミンを連れて行く許可を出しますね
今度はもらった倍の銀を携えていきますが、兄弟たちはまだヨセフに対して
疑心暗鬼です

最終的に同じ食卓に付きますがベニヤミンの分は他の兄弟達よりも
5倍も多い、というところで笑ってしまいました
たしかにベニヤミンはヨセフと同じ母から生まれていますし
なによりもヨセフを売り払ったときに関与していませんから、そうしたい気持ちもわかります

あとはエジプト人も他の民族とともに食事することは忌むんですね
ヨセフが宰相の座にまで上り詰めたというのに

812福音伝道:2024/02/20(火) 05:57:24 ID:8zhBGqb2
>>811
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記44章です

43:10もしわれわれがこんなにためらわなかったら、
今ごろは二度も行ってきたでしょう」。

ヤコブがベニヤミンを送り出すまで、相当な期間があったようです。
約400kmとして、古代人の道路事情なので1日10km 片道40日
往復二度で160日ですね。

直訳
なぜならエジプト人はへブル人たちとパンを一緒に食べることができなかった。
なぜならそれは、エジプト人にとって避けたいことであった。

それで彼らはヨセフにはは、ヨセフだけ置いた。
そして彼らには、彼らだけに置いた。
そしてエジプト人には、エジプト人だけに置いた。

ベニヤミンの分け前は、彼らみんなの分け前より五倍多かった

だが、酒については
そして彼らは飲んだ そして彼と共に彼らは酔っぱらった
とありますので
料理は、ヨセフ、エジプト人、へブル人が別々のテーブルで、
へブル人の兄弟たちにはヨセフの前から料理が運ばれるという演出があり
食卓を別にすることで、まだ兄弟が断絶していることを思い出させるが
最後に酒が入ると「ヨセフと共に兄弟たちが飲み、酔っぱらった」とあります
これは和解の前兆を意味しているのかもです

813atheist:2024/02/21(水) 01:40:37 ID:???
>>812
160日ということは半年近くですね
聖書の記述からはたいした日数が経っていないように感じましたが
実はずいぶんヤコブは粘ったということになりますね

酒で和解というのはどこも同じで、ちょっと微笑ましいですね


さて44章は兄弟たちの帰還ですが、ヨセフの策略でベニヤミンが銀の杯を盗んだことにされ
再びヨセフのもとに戻る、というお話ですね

このあとヨセフが身元を明かすことになるのですが、
ヨセフはなぜこのような面倒くさいことをしたのでしょうか

普通に兄弟たちが帰る前に身元を明かし、神の計画を述べれば済んだように思われます

814福音伝道:2024/02/21(水) 05:53:26 ID:8zhBGqb2
>>813
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記45章です

5これはわたしの主人が飲む時に使い、またいつも占いに用いるものではありませんか。

銀の杯で、飲み、また占う、とあります。
占いに用いる は、原文では「占いあてる」です。
銀の杯で占い、未来をヨセフは言い当てたようです。

ベニヤミンの袋にひそかに銀の杯を入れさせ、盗んだことにさせます。
31:19ラケルは父の所有のテラピムを盗み出したのですが
そのことを知らないヤコブはラバンに調べることを赦し、
誰か盗んでいる者がいれば、生かしておかないといいます。
44章でも嫌疑をかけられた兄弟たちは、盗んだ者がいれば「死」、
他の者は奴隷になると申し出ます。
そしてベニヤミンのところで見つかります。
そしてヨセフの所まで戻ると、ヨセフはベニヤミンだけ置いて
他は無罪放免とします。
ところがユダが、あのヨセフを銀で売ることを提案したユダが
完璧な演説をして、身代わりになることを要望します。

これはユダが自分の罪を認めて、悔い改めたということなのです
43節
44:33どうか、しもべをこの子供の代りに、わが主の奴隷としてとどまらせ、
この子供を兄弟たちと一緒に上り行かせてください
が、クライマックスとなります。

このユダの変身、変貌があったからこそ、ヨセフは兄たちを
赦せたのかもです

815atheist:2024/02/22(木) 01:00:14 ID:???
>>814
夢の解き明かしも未来予測でしたし、この銀の杯も未来予測なんですね

そういえばヤコブとラケルがラバンのところから逃げるときにも
そんなシーンが有りましたね
もしかしたら同一の伝承から造られたお話なのかもしれません

ユダの演説で場が収まったという感じでしたが
たしかに元々ユダはヨセフを売り渡そうと言い出した人物ですから
これがユダの悔い改めということになるわけですね
まあこのシーンを描きたいがためにヨセフの策略を入れたのかもしれませんね


さて45章はヨセフが身元を明かすところです

このヨセフのセリフで今までの伏線がすべて神の計画として回収されますね
古代の物語としては見事としか言いようがありません
宗教的な観点から見ても、人間には理由がわからない苦難が
時としてより大きな神の計画の一環である場合がある、という教訓があるように思います

ユダヤ教ではこのような話を語り継ぐことで、自分を襲った運命を神の元で解釈し
生き抜いてきたのでしょう

816福音伝道:2024/02/22(木) 06:11:16 ID:8zhBGqb2
>>815
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記46章です。

約400kmとして、古代人の道路事情なので1日10km 片道40日
往復二度で160日と計算しましたが、6節で、この二年の間とありますね。
半年分は貯えがあったとして、1年半分ほど貰ったのかもですね

5節の「神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです」
は、ヨセフ物語の核心ですね。

8節 神はわたしをパロの父とし
原文 エロヒームが私をファラオの父とし、
フランシスコ会訳註によると「ファラオの父」とは親友、相談役の意味で
エジプトでは称号の一つだそうです。別の注解は「指導者、顧問」の意。

ここでもベニヤミンだけ特別扱いされ、銀三百シケルと晴着五着が与えられます
ベニヤミン族の有名人はサウル王とパウロス先生ですね
そしてユダ族の有名人がダビデ王と主イエースース。

817atheist:2024/02/23(金) 01:02:30 ID:???
>>816
半年でも1年でも、そんな量の穀物をどうやって1回で運んだんでしょうかねw
「父」というのが指導者や顧問の意ならわかりますが、親友というのはちょっと奇異な感じがしますね

ユダ→ダビデ→イエスというのはマタイの系図に従えばそうだとして
サウルとパウロがベニヤミンの子孫というのは知りませんでした


さて46章はヤコブ一家が総出でエジプトに向かう箇所ですね
といってもそのたいはんはヤコブの系図になってます

羊飼いはエジプトでは忌み嫌われているそうですが
これは何ででしょうか?
羊飼いというより、ヒクソスに征服されたこともあるので遊牧民を忌み嫌っていたという
ことでしょうかね

818福音伝道:2024/02/23(金) 08:32:52 ID:8zhBGqb2
>>817
atheistさん、おはようございます。本日の聖句は創世記47章です

1日小麦90gとすると1年分は32.85kg なんとか運べたかもですね
戦後食糧難時代、一日に1人が農村から都市に持ち出せる青果の重さが
30kg(8貫)でしたので。その後統制されて2貫になりましたが。

46:3神は言われた、「わたしは神、あなたの父の神である」
原文 そして彼は言った。「私はエル。あなたの父のエロヒームである」

父イサクのエロヒームに生贄を屠殺すると、幻が出てしゃべったわけですが
まあ先祖の神々を祀っていたら、突如出現して、「私は神。お前の父祖の神々だ」と
言ったわけです。単数と複数が混在していて興味深いです。
この時代、たぶん一神教ではないです。あくまで先祖の神々です。

27節で70人とあるが、フランシスコ会訳註によると、出1:5,申10:22の70に
あわせての改作だとしています。70人訳は75人としていて使徒7:14も75だそうです
70人分の小麦を11人で運んだとなると、1人当たり200kgですので、これは無理
ですね。ラクダとかロバとか、荷車がないと。

34節。家畜の牧者 羊飼 わかりにくい。
これはこういうことです。

家畜の所有者と言いなさい。
エジプト人は、雇われて、他人所有の羊を群れを世話する「羊飼い」を
嫌うからです。 という意味です。
「羊飼い」はエジプトでは小作だったようです。
なので誤解されないように「家畜の所有者」つまり金持ちであると
自己紹介しなさいということですね

原文 「家畜の人々」「羊の群れを飼う者」
原文もわかりにくい。解説がないとプロットを理解できないです。

ハーパーは、エジプト人ではないアジア人に対する嫌悪感を「羊飼い嫌い」で
表しているかもしれない。ヤコブ一家がヨセフの影響力を利用してエジプトの
国政に野心を持っていないことを表明するために「羊飼いの仕事」を続けたい
と申し出させると解説していますね。 あほですね。

819atheist:2024/02/24(土) 00:20:31 ID:???
>>818
飢饉の時代であったこともあり、実質小麦しか食べるものがない状態で
一日ひとりあたり90gで足りるんでしょうかね?
わたしはひとり90gと言われてもピンとこないので足りるのかもしれませんが
ヤコブのところには妻や僕、それに子どもたちもいたわけですから
それを勘案するとかなりの量を運ばなければならなかったような気がします

エルとエロヒームが混在しているというのは面白いですね
アブラハムからヤコブに至るまで、実質ヤハウェを主なる神とせよ、という物語ですから
逆に言えばその背景には様々な神々がいて、その中からヤハウェのみを自分の神として
崇拝していく物語ということになりますね

「羊飼い」というのは農耕で言う「小作」に当たるわけですね
要は無産市民のようなものですから、それをエジプト人は嫌った、ということですね


さて47章はヤコブたちがゴセンの地に住んでからのエジプトの様子を描いていますが
まあヨセフもあこぎですねw
飢饉に乗じて民の銀、家畜、田地まで収奪し、挙句の果てに民を隷属させます
ここはおそらく当時のエジプトの実情をヨセフの物語のなかで説明しようとしたものなんでしょうね

最後はヤコブがヨセフに先祖たちの地に自分を葬るよう願うところで終わっています

820福音伝道:2024/02/24(土) 12:41:51 ID:8zhBGqb2
>>819
atheistさん、こんにちは。明後日の月曜日の聖句は創世記48章です。

エジプトの民は、家畜や田畑を取られて奴隷になったわけですが
種まで供給されて税率は20%なので良心的かもです、日本の江戸時代だと40-50%ですし
去年の日本人の国民負担率は46.8%ですし、エジプトの奴隷以下の高負担です
それとヨセフのおかけで奴隷になったが生き延びれたので。

ただ、古代はこうやって、農業生産物が他人を支配する原因になったように
思います。なんといっても1粒が2000粒になる米などの穀物は富の集積に
つながり、富の蓄積は貧富の差を生み、富者の貧者支配につながったと。

ハーパーによると、当時のエジプトの政治。
すべての土地が王の所有とされる制度の起源の物語をヨセフの功績として
描いているそうです。税率も。
聖書的にはヨセフがエジプト人の命を救った美談として挿入されたそうです。

まあ日本の古代律令国家もスタートはすべての土地は天皇の所有(公地公民 )
でした。
私は所有権というのはおかしいと思います。期限付き使用権とすれば
良いと思います 有効活用しなければ、重課税するとか


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