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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part5

1名無しリゾナント:2014/07/26(土) 02:32:26
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第5弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

42名無しリゾナント:2014/08/04(月) 23:55:26
>>37-41
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了

43名無しリゾナント:2014/08/05(火) 22:11:15
何者かに追われ、襲われる一人の女。

「私は死ぬのか…?嫌だ…こんな惨めな死に様は。憎い…あいつらのせいで…!お前らのせいで…!」

そこに、どこからともなく声が響いてきた。

“憎め、憎め。憎しみこそ力だ。憎しみこそ闇だ”

ハッ!?

夢だった。
だが、直近の過去を象徴するような夢だった。

起き上がった女は、パソコンに向かう。
すると、珍しく組織からの通信が1件入っていた。

過去類を見ない失敗を犯し、それと共に以前の私腹を肥やす為の不正も明るみになり、女は粛清された。
息のかかった部下達も、多くは放逐された。
だが、それらを掻い潜った僅かな部下達の手で女は再生された。

しかし、組織に戻れる訳もなく、表立った動きも取れず、潜伏生活が続いていた。
そんな所に届いた、1件の通信。

『R 上がる模様』

そうか、ついにアイツもか…。
自分を手に掛けた“R”も、結局は人間らしい道へ戻るのか。

女は自身のした事を棚に上げ、人間という存在への一方的な恨みを募らせていた。
すると、何者かの人間に対する憎しみの声が呼応するように感じた。

「なんて激しい憎しみだ…。この憎しみが念力波となり、過去を呼び覚まし夢を見させていたのか…」

この聞こえてくる憎しみを、女は利用してやろうと思い付いた。

44名無しリゾナント:2014/08/05(火) 22:14:09
「香音ちゃんどうしたの?なんか嬉しそう」
「えっ!?べべべべ別にそんな事ないよ!?」
「え〜なんかますます怪しいですね〜」

香音はそうは言うものの、表情や仕草からも何か喜ばしい事があったのは明白だった。
そして、紙袋を大事そうに持ちながら店を出ていった。

カウンターを見やる聖と亜佑実。それに対し、微笑みながら頷くさゆみ。
2人は香音に気付かれないように、後をつけていった。

着いたのは、ターミナル駅の改札。
香音は、誰かが来るのを待っているようだった。

「誰が来るのかな…?」
「やっぱり…彼氏?」
「キャー!そんなそんな!」

2人で興奮しあっていた、その時。

「…何してんの?」

香音に気付かれてしまった2人。

「あっ…こ、これからどこ行こうかな〜って…」
「そ、そうです!そうなんです!」
「ふ〜ん。…つけてきたよね?」
「…うん、ゴメン」
「ゴメンなさい」
「ま、いいや。別に隠すほどのことじゃなかったし。あ、来た!」

45名無しリゾナント:2014/08/05(火) 22:15:45
香音が手を振る方を見ると、香音に似た雰囲気の小学生くらいの女の子が手を振って近付いてきた。

「お姉ちゃ〜ん!」
「え?お姉ちゃん?て事は、妹?」
「そうだよ」
「お姉ちゃん、この人たちは?」
「あっ、紹介するね、私の大事な友達。聖ちゃんと亜佑実ちゃん」

お互い挨拶を交わし、近くのファミレスに入店した一同。

「じゃ〜ん!」
「わぁ〜!クマちゃん!」

大事そうに持っていた紙袋から香音が取り出したのは、テディベアだった。
妹は、香音の持つちゃーちゃんとお揃いのテディベアを持っていたそうだが、最近した引っ越しのゴタゴタの中でなくしてしまっていたという。

「わたしは大丈夫だよ。くますけは立派な大きな熊さんになって山に帰っていったんだ」
「え〜、何それすごい大人〜!」
「可愛い〜!」
「じゃあこの子を私だと思って、大事にしてね」
「じゃあ名前は“くまのん”だね!」
「アハハw くまモンみたいw」

その後、あとは姉妹水入らずでと、聖と亜佑実は香音たちと別れた。

46名無しリゾナント:2014/08/05(火) 22:18:17
その頃。

「ここか…」

女は、ある山中の洞窟の前に立っていた。
その奥から、強い恨みの念を感じとっていた。


その後。
街に熊の化け物が出現し、人々を襲いだした。

リゾナンター達も現場に駆け付け応戦するが、熊の圧倒的なパワーに押され、劣勢になりながらもなんとか撃退した。

リゾナントに戻り、さゆみによる傷の手当てを受ける一同。
その中で、今回の熊の化け物が、今まで現れたようなふざけた怪人とは一線を画していることを感じ取っていた。
それに関して、さゆみが口を開いた。

「これは結構大きな話題になったから覚えてる人もいるかもしれないけど、みんながここに来る前ね、大きな熊が次々に人を襲って騒ぎになったんだよ。山狩りで退治されたはずだけど…」
「ということは、その時に死んでるんですよね?」
「でも、人間への恨みや憎しみは残った」
「それを、ダークネスが利用して実体化したんですね」「だけど、熊だって好きで人間を襲った訳じゃあないですよね」
「開発が進んで、山が枯れ、餌を求めて人里に出てくるようになって」
「それを追い回され、次第に凶暴になっていったんですね」
「人間を憎みたくもなりますよね…」
「でも、その憎しみを利用するなんて許せない!」

47名無しリゾナント:2014/08/05(火) 22:21:12
一同は三手に別れ、見回りに出掛けた。

一方、香音の妹は香音の家で留守番をしていたが、お菓子を買おうとコンビニに行こうとしていた。


「あ、ここ私ん家近く」

聖と亜佑実と共に見回りしていた香音が呟いた。

「…!!」

それと同時に、胸騒ぎを感じた。
駆け出す香音。

「どうしたんですか鈴木さん!?」
「香音ちゃん!?」

追いかける2人。
駆け付けた先で香音が見たものは。

「お姉ちゃん!!」

熊の化け物に捕まった、妹の姿。
そこに覆面で正体を隠した女も現れた。

「動くな!動くとこの娘は…。手も足も出せまい。恨み重なるお前ら。少しの間楽しませてもらおう」

そう言って、姿を消した。
残されたくまのんのぬいぐるみを持って、香音は妹の救出を誓う。

48名無しリゾナント:2014/08/05(火) 22:26:51
>>43-47
「NO ESCAPE」(前編)
妹さんの名前をどうしようか考えましたが結局出さないことに
だけどそれって難しいですね

49名無しリゾナント:2014/08/05(火) 23:25:10
転載依頼ないけど…行った方が良いのかな?

50名無しリゾナント:2014/08/06(水) 00:39:05
行ってきました

51名無しリゾナント:2014/08/06(水) 02:57:22

山道を進んでいく一団の姿があった。
狩猟用の大口径猟銃を持った男達。猟犬たちが革紐に
引かれて進んでいく。素朴な猟師達の顔に、晴れやかな表情はなかった。

 「今日はあまり獲物がいなかったな」
 「最近は南下してきた獣達が鹿や野兎を喰い荒らしてるからなあ」
 「隣町では木々を伐採して自然がほとんど無くなってるというから」

猟の成果を語らいながら、猟師たちが山道を下っていく。
道は村へと続くなだらかなものに変わる。
道を挟む木々に広葉樹が増えてくると、猟師の一人が呟く。

 「ゲンさんが参加してくれればな」
 「あの人は、十年前の事件で猟の生業は辞めちまったからな。
 参加はしてくれないよ」
 「あれは酷かったな…」

猟師達の先には、革紐でつながれた黒や灰色や茶髪の
猟犬たちが進んでいたが、突然立ち止まり、喉を低く鳴らす。
猟師が犬の首輪につながる革紐を引いて制止し、警戒した方向を眺める。
山道の向こうから、旅行者の一団が歩いてきていた。
老人に中年に若い男女という六人だった。
威嚇する猟犬に気付き、一行の足が止まる。
猟犬の無礼を謝罪しようと、猟師たちが軽く会釈をする。

旅行者の長らしき老人が戸惑ったようにうなづく。
害意はなさそうだと理解し、猟師は話しかけた。

52名無しリゾナント:2014/08/06(水) 02:58:54
 「旅行者かい?隣村から離れた山になんか用があるのかね?」
 「ああ、ただ知り合いに会いにいくだけだ」
 「これから雨が降ると言ってたが、間に合うのかい?」
 「お気遣い感謝する、だが急ぎの用なのでね」

老人が答えると、猟師たちは顔を見合わせた。
黒い猟犬が吠える。
その横に居た茶髪の猟犬が一団に向かって疾走を開始した。
突然の動きに、猟師の手から革紐が抜けていく。

 「あんた、危ないっ!」

猟犬は一団に向かって一直線に走っていった。
獰猛な牙が、老人の右手に突き立つ、悲鳴をあげて老人が手を振る。
噛み付いていた犬が、腕から抜けた。大地に四足をついて、犬はまた
地の底からのような唸り声をあげる。他の猟犬たちも老人を囲みだした。

 「ああ、なんてことを!」

飼い主の猟師が走る。他の猟師たちも惨劇を止めようと進み、止まる。

 「犬めっ!野生を忘れた人間の奴隷め!」

激昂した老人の姿は、見る間に変貌していく。
皮膚を剛毛が覆い、体が膨張し、衣服を破っていった。
大きく開いた口が、先頭の猟犬に向けられる。怯えた猟犬の足が止まる。

 「なんだ、なんなんだいったい!?」

53名無しリゾナント:2014/08/06(水) 02:59:29

猟師たちは異様な光景に叫ぶしかなかった。
老人が、風よりも速く動く。犬の頭部が老人の大顎に挟まれ、砕かれた。
唇からは脳漿と血液が零れ、胸元の剛毛を濡らす。
口から犬の死骸を垂らしたまま、巨大な人影が路上に立つ。
老人に倣って、他の旅行者達の姿も変貌していく。

 「あああ!ああああああ!」 

恐慌状態に陥った猟師が猟銃を抜き、目標も定めずに撃った。
旅行者の肩に命中し、獣毛と肉と血を散らせる。
猟犬たちが恐慌状態に陥り、変貌した群れに走っていく。
猟師たちは猟犬が戦う光景を背後に走った。村へと逃げ帰るために走る。

前方の道に人影が見えた。
夕暮れの大気に、紅い光条が疾走していく。
鞘師里保の振るう『紅い刃』が、毛皮に覆われた左肩から右脇腹までを両断する。
血と内臓を撒き散らし、獣の陰が怒号をあげる。
翻った刃が、左から襲撃してくる獣の右腕を切断。

苦痛の咆哮を上げて、影は後退する。獣の瞳と爪牙が光る群れに並ぶ。
影の群れは二足歩行で直立していたが、どこか違和感がある。
前方に長く迫りだした口腔には、鋭利な犬歯と門歯が並ぶ。
尖った三角の両耳は頭頂に立てられていた。
人間の戯画のような造形。
全身を暗灰色の剛毛に覆われた者達は
狼とも人間とも判別しがたい異形の群れだった。

 「<人狼>、くどぅー以外に見るのは初めてだ」
 「ハルも初めてですよ」

54名無しリゾナント:2014/08/06(水) 03:00:12

鞘師の傍らで工藤遥が苦笑する。
胴体を薙ぎ払われ、腕を斬りとばされた人狼たちの傷口が蒸気を噴きあげる。
傷口が癒着し、出血が止まっていく。

 「普段は人間の姿で、戦闘時には獣の膂力と俊敏性を持つ獣人に変身できる。
 つまりは本当の意味での<獣化能力者>」

咆哮をあげて、人狼たちが突撃を開始する。
迫る爪牙。鞘師が刃を振るい、血霧が舞う。

 「遠慮はいらないですよ鞘師さん。仲間じゃない人狼に同情する義理はないので」

工藤は4つのM67破片手榴弾の安全ピンを手や歯で取りはずし
Tの字に折れた安全ピンの先をまっすぐに戻す。投擲。
安全レバーが外れて眼前に迫る最前列の人狼に着弾。電球は人狼の上半身を
丸ごと消失させ、最後尾にいた人狼の頭をも消し去り、飛翔。
背後の木の幹にも着弾し、爆音と破片を散らす。
一拍置いて、人狼と巨大な樹木が大地へと倒れていった。

 「じゃ、遠慮なく」

上空からの紅い閃光、鞘師の『刃』が振り下ろされる。
逃走しようとした人狼の頭頂から、尻尾の生える股間までもが一気に両断。
続いて閃く水平の刃。傍らを駆け抜けようとした人狼の頭部を両断。
左右上下に分割された屍が、濡れた落下音を立てた。
再生すら許されない致命傷を受け、人狼たちは絶命する。

 「ほんの数分前まで依頼を受けてくったりしてたのに」

55名無しリゾナント:2014/08/06(水) 03:01:02

まるで本能とでも言うのか、眠気眼だった鞘師の瞳は爛々と輝いている。
木々が並ぶだけの辺境の街道の風景は、今では人狼たちや猟犬たちの
死骸が転がっている。血臭漂う酸鼻な戦場になっていた。

 「そういえばさっきの猟師さん達は?無事に逃げれたかな?」
 「逃げれたとは思いますけど、ハル達は完全に囮にされたでしょうね」
 「ふうん、まあ良いよ。居てくれたってどうしようもない」

鞘師の握っていた紅い刃が形状を歪ませ、最後には液体になった。
そして手の甲に刻んだ傷に吸い込まれ、掌にはべっとりと朱色が塗られている。
ハンカチで拭っていると、背筋に悪寒が走った。

 「くどぅー!」

鞘師の鋭い声に反射的に視線を向ける。
人狼たちの死体の陰から、陰が飛び出した。
人狼の生き残りが、突進してくる瞬間だった。

 「っ…なろっ!」

怒涛の一撃を、腰に仕込んでいたダガーナイフで辛うじて弾く。
割り込んだ鞘師が斬撃を放ち、人狼の左腕を肘で切断する。
片手から鮮血を噴きあげながら、人狼は人とは逆方向に膝を曲げて
大地に着地する。
獣と人の間の瞳が、殺意を持って二人を見上げる。
再度の突進が開始された。
人狼の右手を避けながら、右肩へとダガーナイフを突き立てる。
P226を構えて発砲。

56名無しリゾナント:2014/08/06(水) 03:01:51

苦痛の咆哮をあげ、人狼が工藤の体を蹴って後方飛翔。
泥土の飛沫をあげて着地する。
腕と肩の傷を修復しつつ、人狼の黄金色の双眸が仲間の死体を見下ろす。
哀感を帯びた黄金の瞳だった。
再び上げられた瞳が二人を見据える。
視線で殺すかのような、憎悪が煮えたぎる坩堝の瞳。
衝撃で咳き込みながらも、工藤は体勢を整える。

 「そんなに睨まないでよ。あんたが相手だって聞いたから人間として
 相手してやってるんだしさ…今後人間に害を成さないなら見逃す。
 というか見逃させてよ、勝手なことだって自覚してるんだから」

猟犬と人狼が内臓と血を撒き散らし、死屍累々と重なる夕暮れの山道。
工藤と人狼の視線は、時間を忘れたような静謐のなかで交差する。
人狼は工藤から視線を逸らさずに下がる。
そのまま山麓への一本道を狭谷まで後退。
喉を垂直に立てて、人狼は叫びを一声あげた。
悲哀を振り絞るような声だった。

人狼は膝を曲げて伸ばす。獣の体は、一気に後方跳躍。
続いて疾風をまとって山へと逃げ去っていく。

追おうと足を踏み出した鞘師だが、止めた。

57名無しリゾナント:2014/08/06(水) 03:02:28
 「あの人だけを生き残らせたとしても、寂しいだけだよ」
 「それでも人狼を絶滅させるのは、ハルのわがままです。
 すみません、さっきあんな強気で同情しないって告げたのに」
 「あの弾丸を撃ったならまあ、二度目の獣化はないと思いたいけどね」

拳銃を撫で、工藤は腰に納める。あれは誓約の縛鎖だ。
一方的な工藤の、"大神"としての身勝手な願いだ。
それでもあの人狼が再び変貌するというのなら、もうどうしようもない。

 「さて、帰ろうくどぅー、もう眠くてしかたがない」

空はさらに暗雲が垂れ込めている。
空気に湿気が増し、太陽が完全に落ちようとしていた。

58名無しリゾナント:2014/08/06(水) 03:05:15
>>57
タイトルは『銀の弾丸 -Night of clown-』とでもしましょうか。
長くなってしまったんですが、自分がさるを食らった時は
誰か代わりをお願いできませんか。いってきます。

59名無しリゾナント:2014/08/06(水) 08:28:37
>>49-50
遅くなりましたが転載ありがとうございました
一言添えておくべきでしたね、すみません

60名無しリゾナント:2014/08/07(木) 01:07:21
工藤の鼻先に冷たいものを感じた。
続いて周囲に雨粒が降り注ぐ。雨は水滴の足跡を見る間に増やしていく。

 「まーちゃんに連絡とれないし、どうしましょう鞘師さん」
 「とにかく歩くしかないよ。ああ困ったな、何とか私のチカラで
 操作してみるけど、範囲としては半径数メートル。このまま止むのを
 待ってもいいけど、それよりは雨宿りを探した方がいいよね。
 さすがに気温までは操れない」
 「とは言え、うーん………建物らしいのはまだ見えてこないですね」

工藤が数十メートル範囲に『千里眼』を向けている。
鞘師が数メートル四方に『水限定念動力』で雨のシールドを形成する。
三方を高い崖に囲まれ、闇に林や森が点在する広めの盆地に出た。
閉塞感を誘う陰鬱な風景だ。
小雨だった雨足は急速に強まり、地面を一面の泥濘に変えていた。
水滴で視界が不明瞭になりながらも、それでも何かがあると信じて進む。

 「それにくどぅー、怪我してるよね。さっきの人狼に蹴られた所」
 「あ、いえ、その…はい…我慢してました。正直泣けてきてます」
 「治療するための緊急避難。さてどうするかな」

鞘師が持っていた『治癒能力』付与救急パックは依頼の時に使ってしまっている。
工藤の体力を消耗させないために雨を避けながら数十分後。
雨の紗幕の向こうに灯る明かりが見えた。

61名無しリゾナント:2014/08/07(木) 01:07:57
光源である山荘に接近してみる。
山荘は石造りの頑丈な二階建てだった。
地下室への入り口もあり、寂れた山には不似合いな程度には大きかった。
住人が手入れをしていないのか、敷地は泥の海となっている。
林から延びた下生えに侵食され、山荘の木材が腐り落ちている箇所もある。
窓からは目指していた人工の灯が漏れている。
どうやら先客がいるようだ。

 「どうします?」
 「うん。まあこの雨をしのぐ同志として話をつけてみよう、くどぅーが」
 「ハルがッスか」

鞘師は雨を振り払うように玄関口の石造りの階段を上る。
横にあったバケツの水で服を少しだけ湿らせておく。
杉材の扉の前まで忍び足で接近。
仕方なく工藤も後を追って、ダガーナイフを構えた。
扉をノックすると、それは簡単に開いた。

暖炉の柔らかな明かりが広がる室内には、目と口で三つの丸を作った
人間達の顔が並んでいる。対応した女性は少し驚いていたが、小さく微笑んだ。

62名無しリゾナント:2014/08/07(木) 01:08:46
跳び込んだ山荘には、五人の先客が居た。
工藤が自己紹介のついでに山を越そうとしたら狼の群れに遭遇し
襲われて命からがら逃げてきたことを告げると、全員が不安そうな表情になる。

 「ふうむ、この辺りは南下してきた獣が多く生息しているとは聞いてましたが
 まさか人間を襲うなんて、可愛そうに。しかもこの豪雨だ。
 やはりこの家に避難したのは正解だったようですね」

向かいの椅子に座り、郷土史家だという青木が煙草の煙を吐き出す。

 「しかし、この家に住んでいるはずの源太郎さんが不在だからといって
 勝手にはいるのはどうかと……」

窓際に立って、風邪気味なのか神経質そうに小さく咳き込んでいるのが
役人の五十嵐という中年男だった。

 「緊急避難ってヤツだよ。嫌ならおまえさんだけ出て行けばいい」
 「そうよ、これは不可抗力。しょうがないことなのよ」

応接椅子に寄り添って座る若い男が安部、女が岸本という旅行者だ。
棚から勝手に酒を取り出し、安部は手酌で飲んでいる。
酒のせいか顔が赤くなっていた。

 「山の天気は変わりやすいというけれど、この季節に
 こんな急な変化は難しいですね。あ、蜜柑はどうですか?お二人共」

63名無しリゾナント:2014/08/07(木) 01:09:36
椅子に座ってこの地方特産の蜜柑を食べているのが、山向こうの村に
住んでいるという行商人の道島。
二人の境遇を気にしてか、出会ってから何度も気遣いの言葉をかけてくれる。
何処となく風貌が道重さゆみに似ていた。
下の名前も「沙由美」というのだからこれほど偶然な出会いも無いだろう。
青木と安部も蜜柑を受け取ったが、岸本は「服に飛沫が飛ぶので」と丁寧に断った。

青木は裏の森で昔起きた事件で建てられた祠の調査をしていたそうだ。
そこで急な雨に降られ、この山荘に避難してきたという。
五十嵐は役所の仕事で山越えをしていた。
ついでにこの家の主人で、元自警団だった源太郎という老人に会いに寄った。
五十嵐は何とも陰気で冴えない中年男の典型的な顔をしている。

道島は山向こうの村から山を越えてきた唯一の山道が、背後で土砂崩れになって
どうにもならなくなったという。
安部と岸本は数キロ先の村で明日行われるイベントに参加する為に山越えを
していたが、土砂崩れで道をふさがれてしまい引き返してきたと言う。

全員がそれぞれの理由でこの山荘に留まることにした。
暖炉の前で工藤の負傷を治療しつつ、鞘師は全員の名前と顔を一致させる。
先程まで血生臭かったからなのか、人の存在がどこか懐かしく感じた。

64名無しリゾナント:2014/08/07(木) 01:13:55
>>60-63 今回は短めです。
あと実は修正する誤字脱字が一部だけあるんですが、もしも
wikiに(ryするのであればリゾスレのものを(ry

65名無しリゾナント:2014/08/08(金) 01:59:56
 「急な豪雨に襲撃事件。唯一の道も塞がれてる今は朝になるまで
 ここに待つしかないな。全く、なんて厄日だよ」
 「安部さん、私怖い」
 「全く、だから田舎は嫌なんだ」

しなだれかかる岸本に目尻を下げた安部が答える。
「田舎は関係ないですよ」と五十嵐が小さく反論した。
安部の視線が五十嵐に返されると、小役人は黙り込む。
不安のせいか、なんとも気まずい空気が流れる。

会話が無い時間の進みは、あまりに遅々としていた。
雨音と五十嵐の咳だけが室内に響く。

 「咳がうるさいぞ。止めろ」
 「そんなことを言われても」
 「咳の音にイライラする、こっちまで頭痛が激しくなるんだよ」

赤い顔の安部と彼に抱きつく岸本は棘のある言葉を投げつけあう。

 「そうよ、腹が立つわ」

彼女の赤い顔は濡れたための風邪なのかもしれず、不機嫌に拍車をかけている。
咳き込む五十嵐が気に障るらしく、険悪な雰囲気になる。
横目で見ていたが、このままの空気で朝まで過ごすのも気が滅入った。

工藤は少しばかり空気を変える為に口を開く。

66名無しリゾナント:2014/08/08(金) 02:01:30
 「どなたか小銭を持っていませんか?三種類の小銭を二枚。
 出来れば六枚ほど貸してほしいんですけど」

言い争い寸前だった三人が、工藤の提案にそろって怪訝な顔をする。

 「は?小銭、ですか?」
 「ちょっとした退屈しのぎですよ」
 「なら僕のを貸そう」
 「おい」
 「いいじゃないか、子供には優しくだよ」

青木が小銭を工藤に手渡す。一円、五円、十円。
新しい煙草に火を点ける青木の向かい側の椅子に腰を下ろす。

 「では道島さんは三種類の小銭の中から、私や他の人にも
 見えないように一枚を取ってください」
 「え、ええ、分かった」

訝しげな表情の道島が近寄る。工藤が目を逸らしている内に選ぶ。

 「手を握ってください。他の人には見えないように」

工藤は見ないままに残った二枚を懐に入れる。次にもう一方の組
三種類の小銭を机の上に並べる。

 「青木さん、三種類の小銭から一枚を選んでください」

67名無しリゾナント:2014/08/08(金) 02:04:21
向かいの椅子で煙草の紫煙をあげつづける青木が、興味を持ったらしい。
体を屈めて、机の上にある三枚の小銭のうち、一円玉を指先でつまむ。

 「では、捨てた小銭以外の小銭のどちらかを、手にとってください」
 「何をさせたいんだい?」

怪訝な表情の青木が、それでも素直に五円玉を取る。

 「青木さんが選んだ小銭は……机の上の十円玉ですね」

工藤の言葉に、青木や人々の視線が机の上に集中する。
残ったのは、赤銅色の十円玉。

 「それでは道島さん、掌に持っている小銭を皆さんに見せてください」

道島が五指を開く。
掌には机の上のものと全く同じ、赤銅色に輝く十円玉が表れた。
小さな驚愕の声が、全員の口から漏れる。

 「何で?どうして青木さんの選択が分かったの?」
 「それに順番的に本人すら何を選ぶか分からないはずだ」

工藤を囲む人々が、驚嘆や推測で騒然としている。
暖炉の横で暖かくなってきたのか、毛布を枕代わりに鞘師が眠っていた。

68名無しリゾナント:2014/08/08(金) 02:05:19
 「小銭をすり替えたか何かがあったんだきっとっ」
 「そんな、このお金は青木さんのものですよ。それにこの子と
 私は知り合いでもなんでもない、打ち合わせだってしてないんですよ?」
 「そうです。道島さんが握ってから、この子に触られてもいない」

道島と五十嵐に指摘されて、青木が言葉に詰まる。

 「まあ単なる手品ですから、あんまり難しく考えないでください。
 あ、お金はお返ししますね、ありがとうございました」

憤然とした青木は机上の硬貨を握って考え始める。
まるで推理探偵のように批評を呟いていた。
どうやら青木は推理劇をするのが趣味らしい。
安部や岸本、五十嵐や道島も、それぞれに自分の財布から
小銭を持ち出して、ああでもないこうでもないと謎解きをしだした。

いくらか活気を取り戻した部屋の雰囲気と反比例して、工藤の思考は沈む。
雨足強まるばかり。
悲嘆を訴えるように激しく窓を叩いていた。

69名無しリゾナント:2014/08/08(金) 02:06:30
>>65-68
ここに載せてスレに投下するのもなかなか大変ですね…。

70名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:19:55
何故<人狼>が人を襲うのか。
漂白の民として距離を取りながら人類と共存する<人狼>は居る。
その場合は人狼であることを隠し、大部分の人狼は人類に敵対している。
<獣化能力者>としての過去の遺恨。
異能者と呼ばれる前から彼らは産まれ生きていたが、人間達によって
狩られていた事で、人間を憎むものも多い。
そして十年前、あの麓の村でも異能者によって人狼が退治された。

人狼達が、<獣化能力者>が何処から現れたのかは分からない。
もしかしたら別の場所でコロニーを作り、人間か狼として生きていたのかもしれない。
工藤達が討伐した人狼たちは何のために山を越えていたのだろう。

人間の姿で、何処へ行こうとしていたのだろうか。

71名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:20:46
緩慢な時間の流れが続く。
安部や岸本に求められるまま、工藤は何度か手品の再演をする。
彼らの推理は続いていった。

 「すみません、ちょっと…」

道島が席を立つ。懐中電灯を片手に、部屋の扉へと向かう。

 「こんな時間にどこへ?全員でここに居ると決めたでしょう?」

青木の詰問に道島が困ったような表情を浮かべる。
それに対して工藤が気付き、道島に告げた。

 「ちょっとトイレ行ってきます!良ければ一緒に来てもらっていいですか?」
 「あ、ええ良いわよ、一緒に行きましょう」

道島と共に工藤は出て行く。
その間、道島は工藤に対して優しく声を掛けた。

 「さっきはありがとう。キミは勘が鋭いね」
 「いや何もしてないですよ。私こそ道島さんに
 凄くお世話になっちゃってますね、蜜柑ご馳走様でした」
 「ううん、いいよ。どうせお土産に買ったヤツだから。
 さっきの手品もキミが考えたの?」

72名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:21:19
 「ああ、あれね。あれは……じゃあ道島さんにだけ種明かし。
 あれは手のなかで種類を判別して、相手の答えが正解なら
 それをもっともらしく予言していたと言ってやるんです。
 最初の解答が外れてたら次の解答が正解みたいに。
 さらに外れていたらって繰り返すだけの後出しの正解を言うだけ」
 「あ、なるほど。けどそれって手品じゃないよね」
 「手品なんてそんなもんスよ」

道島の微笑みに、工藤も自然と笑った。
薄暗い廊下を何度も左右に曲がり、奥へと向かう。
廊下を右折する合間、道島が唐突に言葉をかける。

 「胸の傷、痛む?」
 「あ、いえ、だいぶマシになりました」 
 「ごめんなさい。掘り起こそうって訳じゃないの。
 私の村も昔、ちょっと似たような事件が起こったから、そう、ちょうど
 キミぐらいの時にね。その時は強盗だったんだけど、とても怖かったわ」
 「そうだったんですか…」
 「…ねえ、狼がキミ達を襲ったって言ったけど、どうして狼が
 人を襲ったのかしら、普通の狼はそんな事をするかな?」
 「分かりません。一瞬のことだったので私には何も…」
 「うん、ごめん。止めようこの話は。傷を抉るだけだもの。
 でも、狼達が意味無く襲うなんてことはしないと思うんだ。
 きっと、人間に対してあまり好印象じゃないのね、恨んでるのかもしれない」
 「…道島さん、その強盗に襲われた時に、何かあったんですね」

73名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:22:07
道島は伏せた瞳で廊下を見下ろす。

 「両親を失ったわ。でも、私は恨むことが出来なかった。
 怖かった、両親と同じになることがとても、怖かったの」
 「それがきっと普通のことだと思います。復讐は何も生みませんから」

工藤の愁いた瞳は、子供には似つかわしくない色を帯びている。

 「それに、その強盗たちは殺されてしまったわ」
 「え?一体誰に…?」
 「さあ、詳しくは分からない。でもお祖父ちゃんがそういう仕事を請け負う
 人間が居て、その人達に頼んだって言ってた。殺し屋というのかもね。
 もう7年も前の話だけど、"R"というイニシャルだけは覚えてる」

工藤が口を開こうとすると、自分の意志とは関係なく悲鳴が漏れる。
滑ったのだ。転がった懐中電灯の光は洗面所の一部を照らす。
闇に浮かぶタイルの床には、液体が零れている。

 「だ、大丈夫!?」
 「いてぇ…水で滑ったみたい、です…」
 「怪我しなかっ………」

そこまで言って、道島は工藤の靴裏を濡らす液体に気付く。
工藤も異様な匂いに気付いて床に鼻先を近づける。

 「血の、匂い……?」

74名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:23:00
よく見ると、廊下には床を拭いた痕跡があった。
工藤は奥へと急いだ。廊下の奥に下りの階段。

 「遥ちゃんっ?」
 「道島さん、鞘師さんを呼んで来て下さい」
 「え?」
 「早く!」

地下室の鉄扉を開けると、暗い室内の床が覗いた。
警戒しつつコンクリートの階段を降りる。塵埃が鼻と喉に絡む。
扉から届く懐中電灯の光に、地下室の輪郭が浮かび上がってきた。
四方はコンクリートの壁。天井に嵌めこまれ、天窓がある。

立ち込める血臭が濃度を増した。
農機具や椅子、薬缶やフォークなどの物体が幾何学的な複雑さで
組み合わされた奇妙なものが中央に安置されている。
道具達は、どこか異教の祭壇めいたものに見えた。
最上段に飾られた物体を確認し、工藤は息を呑んだ。

背後では悲鳴。
鞘師を呼ぶように言った道島が心配になって追ってきたらしい。
祭壇を構成する全ての物体が黒血に塗れていた。
胸板に穴を穿たれて、心臓を抉られた年老いた男の苦悶の顔が浮かぶ。

75名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:25:05
コンクリートの壁や床に、棚や家具に、血飛沫の痕。
そして手や足、内臓などの人体の無残な破片が不規則に転がっていた。
室内に充満していた血と様々な臭いが、ようやく工藤の鼻孔を刺す。
血の祭壇を見てしまった道島が大きな悲鳴をあげ、尻餅をつく。
血と肉の感触でさらに狂乱した絶叫をあげた。

76名無しリゾナント:2014/08/09(土) 17:29:22
>>70-75 以上です。
夏用に書いたのに舞台が冬という変な矛盾。

77名無しリゾナント:2014/08/11(月) 01:16:38
 「げ、ゲンさん!?ここの主人の源太郎さんだ!」

悲鳴によって駆けつけた五十嵐が叫び、床一面の血の海に手をついた。
喉が膨らみ、手で口を押さえる。だが堪え切れずに吐き出してしまう。

 「なんなんだ、これはどういうことなんだ!?」

血の海で尻餅をついた岸本を抱え起こし、恐慌状態になりかけの
安部の横を素通りし、鞘師は血の祭壇に接近する。
まるで老人の状態を検分するようだった。
ぽっかりと空いた胸の穴に刺さっているのは、壊れた猟銃だった。

 「この銃、強引に曲げられたみたいだ。それにおじいさんの首元に
 肉食獣が齧ったみたいな犬歯の痕があるよ」
 「鞘師さん、落ち着いてますね」
 「前にもこういうのを見た事があるからね」

道島を立ち上がらせる工藤が嘔吐感を堪えながら、そういえば
以前の猟奇殺人事件に鞘師は立ち会っていた事を思い出す。
そこまで考えて、工藤は悟って、鞘師が聞こえるぐらいの言葉を呟く。

 「<人狼>の仕業…ってことスか」
 「くどぅー、悔やまないで。私もここまで早い展開になるなんて思わなかった」

<人狼>の逃走した先が一本道で、人家があった。
住人がいて、出会って殺された。工藤は喉の奥に苦いものを感じる。

78名無しリゾナント:2014/08/11(月) 01:17:15
 「思い出したことだけど、すぐ先の山道は土砂崩れで行き止まりに
 なってるって言ってたの覚えてる?」
 「あ、はい」
 「三方が切りたった崖に囲まれた盆地で、人狼の生き残りは
 山荘の方へと逃走したけど、道が塞がれて進めない。
 つまりあの人は山の向こうに抜けてない可能性が高い」
 「それはつまり…いやそれは…あんまり考えたくないッスね」

森の方へ向かったかもしれない、迂回して山を下ったかもしれない。
だがこの雨だ。
切り立った崖を登って、可能性が無い訳ではないが、あるという確証もない。

 「お、おい二人とも、あんまり近寄るな。子供が見ていいものじゃない」
 「もしかしたら二人を襲ったという狼の仕業でしょうか?」
 「バカな、こんな猟銃を噛み壊す狼なんぞ居るわけない」
 「だがこの噛み千切った痕はなんだというんだ?人間がこんな立派なものを
 持っているわけがないし、人間が人間を噛むなんて異常だろ」
 「青木さん、安部さん、一旦戻りましょう。道島さんが怯えてます」
 「まさかもうこの家に潜り込んでるんじゃ?」
 「はは、それこそまさかだろう。もしそうならとっくに俺達は殺されてる!」
 「いい加減にしてください!これ以上ケンカするなら追い出しますよ」
 「なんだとっ、子供のクセに…」
 「子供だからなんだと言うんですか?」

79名無しリゾナント:2014/08/11(月) 01:18:42
鞘師の視線に、安部が、青木が慄く。血の色に煌く燐光が二人を貫いた。
人間のものとは到底思えない、静かな殺意に言葉が詰まる。
だが一瞬の出来事で、それ以上の喧騒は起こることを拒否した。

 「それよりももっと簡単な仮説があります。あくまで仮説ですが。
 ……この中に犯人が居る。それが一番可能性が高いんじゃないですか?」

沈黙する人間達に代わって、降りしきる雨音が哄笑していた。

80名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:32:24
>>77-79
あ、ここを留めるのを忘れてましたごめんなさい。

81名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:32:59
全員が無言のまま、重い足取りで広間に戻る。
血に塗れた服を替える者、応接椅子に座る者。
互いが互いに距離を取り、不振と疑惑の目を向けあう。

暖炉の炎の音や雨音、五十嵐の咳すらも、居間の静謐を強調させる。
出入り口に立つのは、どこか役者然とした顔の青木。
煙草の灰を床に落とした。

 「この場にいる誰かが犯人、いや…"人狼"と呼びましょう」

視線が部屋の六人を見回していく。
先程の現場を見てとっさにそう思ったのだろう。
まるで探偵気取りのように言葉を並べていく。

 「人狼を特定できれば解決できるでしょう。
 私の専門はこういう謎を解くことなのでね。つまりは研究と批評。
 論理的に考えれば、六人のうちの誰かが犯人なのですよ」

工藤は、隣の鞘師と同じぐらい苦々しい顔をしていた。
青木が言っているようことは正しいようで、間違っている。
さりげなく自分以外の人間が犯人だと言っていることも含めて、だ。

傍らの鞘師でも理解しているのに、この部屋の殆どの人間が分からない事。
推理する行為、その問題の境界条件自体が大きな間違いで、最悪の
事態を呼び寄せようとしているのだという事を。

82名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:35:12
 「人狼なんてたいそうな呼び方をするじゃないか。それでどうするんだ?
 どうやってこのなかにいる人狼を探すんだ?」

暖炉の前で安部が問いを投げつける。
すでに人狼、殺人鬼の存在が前提となってしまっていた。
安部に寄り添った岸本は、連れあいの手を掴んで震えている。
部屋の中央に立つ青木が、芝居の台詞じみた言葉を続けた。

 「簡単ですよ。ルミノール反応を調べればいい。
 洗ったぐらいではまだ反応するはず、だからこの中で被害者の血で
 汚れた人が犯人だという訳です」

工藤は重い疲労感に襲われた。
何とも酷い言いがかりだ。あの場に居た全員が、それに該当する。

 「青木さん見てたでしょう?道島さんと岸本さんと五十嵐さんは
 それぞれ洗面所と現場で尻餅をついて、安部さんは岸本さんを
 抱え起こしたときに血に触れている。
 鞘師さんも青木さん、そして私は現場検証のときに血に触れてる。
 それにどうやって判別させるんです?道具もないのに」

青木は憮然とした表情で黙る。その時安部が口を開く。

 「ならこれならどうだ?もしもこの爺さんが俺達が来る前に殺された。
 土砂崩れの前で途方に暮れる道島さんに岸本が出会い
 雨に降られて山荘に戻った。少し経って青木が来た。
 だから最初に山荘にいた人間は……」

83名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:36:25
安部に犯人とされた五十嵐が、咳き込みながら手を振って否定する。
青木が彼に詰め寄ることを無視できず、工藤は再度の指摘をした。

 「そんなのは過程にすぎません。豪雨の中を下山するのは
 不自然なために紛れ込んだだけかもしれない。
 山道は土砂崩れで封鎖中。犯行時刻も不明ではあるけど
 時系列なんてものはここに居る時点でもう意味がないんですよ」
 「そもそもお前達が俺らの中に犯人が居るって言ったんだろ?」
 「あくまで仮説と言っただけです。それに、そう言わないと貴方達は
 これ以上に意味のない言い合いをして身を滅ぼしてましたよ。
 それこそ殺し合いでも始めそうなほど」
 「なんだとっ?」
 「分かりました。犯人はあなただ、道島さん!」

安部の怒りを遮り、青木の指の先にあった道島の顔に驚きの表情が広がる。

 「え、わ、私っ?」
 「こんな夜遅くに、女性のあなたが一人で夜更けの山道を
 歩くのは奇妙ではないですか?」
 「あの、それはその、行商中に麓の村の親戚が急に危篤だって聞いて…」

混乱する道島は言い訳ができない。
工藤は眉をひそめて言い放つ。

84名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:37:14
 「推理が急に雑になってますよ。それに、死体発見のきっかけを
 作ったのは道島さんの悲鳴です。人狼…と呼ぶ殺人犯がそこまでの
 拒否反応を示すでしょうか?あんな残酷な殺し方をするヤツが」
 「演技などいくらでも出来るだろう。それにさっきからずっと批判
 ばかりしてるが、お前達も例外じゃないんだぞ?」
 「それこそこの推理は成り立ちませんね。
 それに、ハル達がもしも犯人ならこんな余裕を持った批判を
 繰り広げてる間に皆さんに襲い掛かってるとは思いませんか?」
 「そうか、人狼は必ず行動を起こすはず!」

青木や安部、岸本や道島がそれぞれに納得する。

 「今すぐにでも山を下りよう。警察に行って全員を精密に検査すれば!」
 「残念ながら雨は今も降り続けてます。例えば視界が利かない森で
 人狼に背後から奇襲を受ける可能性もあります。
 最悪の場合、全滅の可能性もあるんですよ」

工藤の投げやりな分析に全員の顔が曇る。

 「今日は休みましょう。明日になれば天気も晴れて、山から
 下りられるようにもなりますから、それまでの我慢です。
 私達が見張ってますから、皆さんはどうぞ休んでください」
 「何故子供にそんな真似を…」
 「あ、じゃあ私も見てます。二人と一緒に」

85名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:38:19
道島が二人を庇うように場を収めようとする。
それぞれに文句を言っていたが、それでも全員が応接室に散らばった。

86名無しリゾナント:2014/08/13(水) 00:39:24
>>81-85
次で確信に迫っていきます。

87名無しリゾナント:2014/08/15(金) 17:07:54
窓を通して外を見ると、雨は少し小降りになってきているようだった。
だが、時間は遅々として進まない。
源太郎老人の惨殺死体を目にし、しかも犯人がこの部屋にいるかも
しれないと思っていては、さすがに眠れる者もいない。
それでも暖炉の横に設置されたソファに倒れ込んでいた岸本は
風邪が悪化したような苦しげな寝息を立てていた。
連れの傍らで、安部は連れ以上に高熱を出しているのか、視線を
床に落としたまま動かない。

椅子に座る五十嵐は、眠りそうになるたびに自分の咳の音で起きる。
周囲に犯人がいないかと怯えた顔で見回し、また椅子に深く身を沈める。
道島は机に突っ伏し、小さく寝息を立てていた。
青木はまだ推理を続行しているのか、椅子に座ったまま紫煙を吐き続けている。
間延びした静寂。

 「ヒマだね、くどぅー」

鞘師が小声で工藤に語りかけてくる。

 「携帯も圏外だからアプリもできないし、くどぅーには辛い環境だ」
 「生田さんぐらいの依存症はありませんよ。それにこんな状態でよく退屈なんて…」
 「状況と言えばさ」

鞘師の目は天井を見上げたままだった。

88名無しリゾナント:2014/08/15(金) 17:10:17
 「くどぅーはもう分かってるんだね、誰があの人狼なのか」
 「…漫画みたいに全ての手がかりを見つけられるわけじゃないし
 証人たちの記憶も曖昧です。だから安全策を選びました、けど…」
 「けど?」
 「人狼の動機が分からないんですよね。何があそこまであの人達が
 人間を憎むのか。いや、能力者な時点で辿る道なのかもしれません」
 「情でも湧いた?」
 「ハル達のやってることが正しいとは思わないです。
 どんなに弱いものでも強いものでも、悪い道に走るのはそれなりの
 理由があって、そうしてハル達もまた、非情なことをしている」
 「迫害されてきた過去を忘れろとは言わないけど、無関係な人間と
 敵対するのは筋違いだとは思うけどね」
 「人狼だけに、ハル達だけに譲歩を求めるなんて」
 「私達はそれでも人間と歩むことを選んだ。
 でもあの人達はそれを否定して、人類全体との敵対を望んだ。
 ならその先に永遠に続く戦いを引き受けるしかないんだよ」

人狼として生きる<獣化能力者>は、元々それが自然だからだ。
人類に敵対する人狼とって、自己の唯一の拠り所になってしまった。
彼らの存在を捻じ曲げようとした工藤の選択は、この現実を
見せられてしまったとなれば愚かな行動だったと言える。

 「ハルのせい、ですよね。あの時ハルがちゃんと……」
 「くどぅー、私にそれを責めることは出来ないよ」

89名無しリゾナント:2014/08/15(金) 17:10:49
鞘師の正確な指摘は刃となって、工藤の口を閉じさせる。
源太郎老人に死を呼び寄せた原因が、工藤の判断に一因が
あることは認めざるおえない。
瞼が熱くなるのを感じると、腕で強引に拭った。

 「あの、すいません」

五十嵐が咳き込みながら声をかけてきた。
小用に行きたくて青木達に声をかけたが、誰も応じなかったらしい。

 「鞘師さん、私が行きます。その代わり…」

雑事を済ませてから、工藤がついて廊下を進む。
洗面所の前で時間が過ぎるのを待つ。
工藤の目は、廊下の窓の外を眺めていた。
銀の斜線が緩やかになっているから、雨はもうすぐ止むだろう。

 ―― さあ、道化の夜は終わりだ。
 銀の弾丸を埋め込まれた人狼の皮を剥いでしまえ。

五十嵐が出てきたのを確認し、工藤は深く呼吸をして、それから声を掛ける。

 「五十嵐さん、人狼はあなたですね?」

90名無しリゾナント:2014/08/15(金) 17:11:26
>>87-89 いよいよ結末へ。

91名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:16:16
>>28-35 の続きです



一方、里沙の連絡で負傷者がいるという現場に駆けつけたさゆみは。
黄色と黒の防護テープで囲われた一角に踏み込んだ時に目に入ったその光景に、反射的に顔を背けてしまう。

一体何をどうしたら、このような状況になるのか。
路地裏のその現場には、赤い、大きな染みがあった。染みの中央にある「それ」は。

「あ…あがが…た…たすけ…て」
「こ、こ、殺してくれ…」
「おれはおれはしにしにしにたくない」

「それ」が同時に別のことを喋っている。いや、そうではない。
雑巾が絞られたかのような肉の塊りと化していた「それ」は恐らく元は、三人の別々の人間だった。その唯一の証拠が、肉体に捻じ込まれ、
または割れた半熟卵のようにぐしゃぐしゃになりながら。そして互いの頭と脳味噌と目玉を混ぜ合わせながらも辛うじて三つの意志がそこ
にあるということだった。

「治療はそっちじゃないよ、さゆみん」
「ガキさん」

肩に手を置かれ、振り向くさゆみ。
久しぶりに会ったはずなのに、まるで彼女がリーダーをしていた時のリゾナント時代に戻ったかのように。さゆみは自然と新垣里沙の後を
ついてゆく。さゆみが先頭に立ち後輩たちを率いている現状からすると、えらく新鮮な感覚だ。

92名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:17:54
里沙に案内され入った建物の中、薄暗い一室の壁に背をもたせ掛けた二人。
さゆみはその二人に見覚えがあった。

「あんたたち」
「はは、嫌な再会だねえ」

驚くさゆみを見て、皮肉な笑みを浮かべる女。
勝気な表情とは裏腹に、所々破れた服や血糊のついた頬が痛々しい。

彼女たちは。
かつてれいなとさゆみに襲い掛かったダークネスの一派。自らを「ベリーズ」と名乗った七人の刺客のうちの二人だった。

「茉麻や千奈美からたまにあんたの後輩には会ってるって話は聞いてたけど、まさかこんな状況であんたに会うとはね」

肩を竦めて冷笑してみせる勝気な女 ― 夏焼雅 ― だが、すぐに顔を顰める。体を動かすことで傷に障るらしい。

「ガキさん、これは」
「その二人は護衛をしてたのよ。うちで捕まえたダークネスの末端組織の人間をね。けど、襲撃者は一瞬にして護衛対象を
出来損ないのピザに変えた」

里沙の補足で、さゆみはようやく状況を掴む。
襲撃者はターゲットを戯れに再起不能の状況に追いやり、ついでに護衛の二人を嬲り去っていった。そういうことなのだろう。

「残念ながら。彼らには最早安らかな死を与える事くらいしかできない。その二人も、なるべく早く治療したほうがいい。
さゆみん、お願い」

里沙の言うとおり、雅はともかくもう一人の顔を青白くさせた金髪の少女 ― 菅谷梨沙子 ― は一刻も早く治療にかから
ないといけなさそうだ。
腹部の布地を朱に染めた梨沙子にさゆみは、そっと自らの掌を近づける。

93名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:18:57
なるほど。この子はちょっとだけ外国の血が。それでこんなに逞しくなっちゃって。つまり子供の時はきっとさゆみ好みの
お人形さんみたいな女の子…成長の過程…デラックス…

「…殿堂入り」
「はぁ?」

さゆみの治癒の力が行き渡り、一瞬目を覚ました梨沙子だったが。
急速に体組織を再組成した反動なのか、すぐに気を失ってしまった。
続いて雅の治療に取り掛かるために、ダメージを受けているであろう部位に触れる。

「あいつは…あいつらは。何度かあいつらの『クローン』に会ったことはあるけど、そいつらより遥かに危険だった。あい
つらに睨まれた時、食われるんじゃないかと思ったくらいにさ。あんなちんちくりんな連中だったのに」

さゆみの治療を受けている雅が呟いた言葉に、里沙が反応する。



ほら、マメェ…楽しいよ?
モノクロームの世界。
里沙が目にした少女は、楽しそうに泥の団子をこねていた。
ぐっちゃ、ぐっちゃと音を立てながら練られる団子。
音と、映像だけがリアルに脳裏に刻まれる。
少し遅れて、色彩が戻ってきた。泥。泥。赤い泥。血溜まり。
泥団子だと思っていたそれが、少女に惨殺された肉の塊と気づいた時に。
里沙は両手を地に付き、そして吐いた。



94名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:20:15
ふと我に帰る里沙。
その表情は思い出したくないものを思い出したかのように、苦渋に満ちていた。

「まさか…いや、そんなことは」
「どうしたの、ガキさん」
「さゆみん…覚えてる? 愛ちゃんがリゾナントに居た頃に、擬態能力で喫茶店に侵入したダークネスの能力者を」

何故里沙が突然そんなことを口にしたのか。
さゆみにはわからなかったが、首を縦に振る。折りしも、喫茶リゾナントは類似した能力を持った人間に襲撃されたばかりだ。

「ダークネスは、自分達の計画をより潤滑に進めるためにある擬態能力者のクローンを大量に生産した。そのうちの一人がさ
っきも言ったあの間抜けな侵入者だったんだけど」
「それがどうかしたの?」
「そのオリジナルがもしかしたら…表に出てきてるのかもしれない」

里沙は擬態能力者のオリジナル、つまりその危険性から長きに渡り幽閉されていたダークネス幹部・「金鴉」のことについて
説明しはじめた。気ままに殺戮を愉しみ、場合によっては身内すら対象としてしまう凶暴性。
もしそんな人間がリゾナンター殲滅の為に差し向けられるとしたら。

「でも…今日リゾナントを襲った輩はそこまで危険な能力者じゃなかったと思う。手薄な戦力でも簡単に撃退できたみたいだし」
「そうなんだ。でも、この子たちを襲ったのは」
「あたしたちが見たのがその『金鴉』かどうかはわからないけど。ひよっこリゾナンターたちの手に負える相手じゃないのは
確かだよ。もしかしたら、あんたの”お姉さん”や田中れいなですら」

若きリゾナンターはおろか、さえみやれいなですら危うくなる相手。
それは幹部クラスの能力者しかありえない。

95名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:21:25
「でもねさゆみん。『金鴉』も恐ろしい相手だけれど、彼女には相棒がいるんだよ。そっちも、別の意味で危険かもしれない」
「別の意味?」
「ええ。『煙鏡』って言うんだけど。彼女は能力と言うよりも、こっちのほうがよく切れる」

言いつつ、自らの頭を指差す里沙。

「策略家、ってこと?」
「ある意味、あさ美ちゃん…Dr.マルシェに匹敵するかも」

さゆみは白衣のおまんじゅうみたいな顔をした女科学者を思い浮かべた。

リゾナンターを潰す、というより戯れに弄ぶために幾多の罠を仕掛けてきた彼女。そんな彼女に苦渋を舐めさせられてきた過去
からすれば、「マルシェに匹敵」がどれだけ厭らしい意味を持つのか、さゆみには痛いほど理解することができた。

負傷した梨沙子と雅の治療はすっかり終わっていた。
襲撃者がダークネスの人間の抹殺を第一に動いたのは彼女たちにとって幸運だった。でなければ、二人とも今頃は黒ずくめの死
体処理班に「適正に処理」されていただろう。
手配された救急車に彼女たちが運び込まれるのを見て、ようやく肩の荷が下りるのを感じるとともに、例えようのない疲労感が
さゆみを襲った。

「おつかれ。ごめんね、急に呼び出して」
「ううん、大丈夫」
「送迎の車呼んだんだけど、一緒に乗らない?」

治癒の力を存分に使ったさゆみにとって里沙の申し出は渡りに舟。
断る理由はなかった。

96名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:22:26
「…金の鴉に、煙を吐く鏡、か」

不意に、里沙がそんなことを呟く。
さゆみが怪訝な顔をしていると、

「遠い外国の、双子の破壊神の別名にあやかってつけられたんだって。なるほどねって思って」

と言葉の理由を教えてくれた。
破壊神とはぞっとしない話ではあるが、あの無残に損壊させられた死体を見た後ではその異名もあながち大げさでないような気
さえする。

「ねえガキさん。もしその双子の破壊神がリゾナンターに襲い掛かることがあったら」
「そうねえ」

さゆみの仮定はもっともだった。
里沙の言うように彼女たちが幽閉状態から解放されているとすれば、いつその牙が自分たちに向けられるか。
さゆみはもちろんのこと、その「自分たち」の中に後輩たちが含まれているのは間違いなかった。

「私がもしリーダーだったら…迷うことなく『逃げろ』って言うわ」
「ガキさん」
「確かにあの子たちも成長した。全員で当たればいかにダークネスの幹部とは言え、打ち克つことだって不可能じゃないかもし
れない。でも。あの人たちは違うのよ。決して正面からぶつかっちゃいけない」

里沙の抱く不安が、伝染するようにさゆみの心にも染み渡る。
かつてダークネスに所属していた里沙がここまで言うのはよほどのこと。このことは、後輩たちに言い含めないといけない。
だが、その危機がすぐそこまで迫ってきていることをさゆみは知らなかった。

97名無しリゾナント:2014/08/16(土) 01:30:56
>>91-96
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了

98名無しリゾナント:2014/08/17(日) 16:32:09
蒼白な顔色の五十嵐の肩を抱えながら、廊下を戻る。
応接室の扉の前で、苛々と煙草を吸っている青木と、離れて立つ
岸本が待っていた。

 「五十嵐さんはどうしたんですか?顔色が悪いですが」
 「どうやら過労がたたったようです」

五十嵐の返事を遮って工藤が答える。
扉を抜け、魂魄が抜けたかのように五十嵐を椅子に座らせる。
工藤は何をしていたのかと尋ね返すと、同時に喋りだす。

 「あの、私と安部さんの熱がひどいので、薬でも探そうと」
 「俺は眠気覚ましに顔を洗いに」
 「二人同時には見張りできません。では、岸本さんから」
 「なぜ?」
 「決まってるじゃないですか、岸本さんの容態の方が大事です」

憤然とする青木の横を抜けるときに、体がぶつかる。
青木が不愉快な顔をするが、無視して岸本とともに戻った。
懐中電灯で闇を照らしながら長い廊下を歩く。

 「それにしても、あのおじいさんを殺した犯人は誰なんでしょうね?」
 「え?さあ?私に聞かれても…」

二人で廊下を進み、暗い台所に到着した。
体調の悪さで気だるげな表情の岸本が棚を空け、薬を探す。
工藤は息を大きく吸い、宣告する。

99名無しリゾナント:2014/08/17(日) 16:32:55
 「岸本さん、犯人はあなたですね」
 「え?」

調理棚から、薬の小瓶を出そうとしていた岸本の手が止まる。

 「あの、その、私にもその可能性があるのは当然です。
 でも違うと言っておきます。本物の犯人もそう言うと思いますけど」
 
岸本は困惑した表情でなおも続ける。

 「私は安部さんと旅行してるんですよ?
 もしかして、安部さんと共謀してあのおじいさんを殺したとでも?」
 「二人の旅行というのはそもそもいつからなんでしょう?」

工藤は声に意地悪な疑念を帯びさせていく。

 「それはこの数日間の関係、たとえば山荘の手前で
 帰り道用の偽装の同行者を探したのかもしれない。
 それとも土砂崩れの行き止まりで逃げ場を失ったのに気付き
 急いで引き返してからかもしれない。
 今頃は私の指示に従って、鞘師さんが安部さんに確認してますよ」

黙り込む岸本。

100名無しリゾナント:2014/08/17(日) 16:33:56
 「まあこれは訊かれなかったから言わなかった、と言えばそれまでだ。
 証言も曖昧な記憶の産物なので、あの青木さん流の推理は
 全く役に立ちませんよね」

工藤はそこで言葉を切り、少し間を置いて説明する。

 「この事件の答えは、単純に好き嫌いの問題なんですよ」

岸本の表情はさらに困惑の色を強めるが、続ける。

 「人狼の好きなもの、嫌いなもの。狼や犬の特徴を
 持ってる人物を特定すればすぐに分かるんですよ、岸本さん」

工藤は右手を後ろに回した。

 「イソパールという成分は分かりますか?
 これは蜜柑などに含まれる苦味成分で、犬は大嫌いなんです」

理解できない岸本に、工藤は背後から取り出した橙色の塊
蜜柑を突きつける。

 「これは道島さんからいただいたものですが、道島さんと
 安部さんは食べたので容疑から外れます。が、岸本さんは
 断ってましたよね?」

101名無しリゾナント:2014/08/17(日) 16:47:43
 「イソパールという成分は分かりますか?
 これは蜜柑などに含まれる苦味成分で、犬は大嫌いなんです」

理解できない岸本に、工藤は背後から取り出した橙色の塊
蜜柑を突きつける。

 「これは道島さんからいただいたものですが、道島さんと
 安部さんは食べたので容疑から外れます。が、岸本さんは
 断ってましたよね?」

掲げた蜜柑を、岸本の目が不思議そうに眺めている。

 「これは踏み絵です、自分が人狼じゃないと主張するなら
 この蜜柑を食べてもらえませんか?」

呆気に取られていた岸本だったが、咳き込むように笑い出す。

 「ちょっと待ってください。意味が分からない。
 人狼っていうのは青木さんが勝手に殺人犯のことをそう呼称
 しただけでしょう?何故そんなことで私が犯人だと決め付けるんです?
 それに他の人も食べてませんでしたよ。
 五十嵐さんと青木さんと三人がそうです。
 私は蜜柑の免疫過敏症で食べられないから断っただけです」
 「そうですか」

岸本の険しい表情に、工藤は蜜柑を食卓に置いて逆に微笑み返した。

102名無しリゾナント:2014/08/17(日) 16:48:47
 「他にもそうだな、犯人の話をする時、あなたはずっと黙ってた。
 犯人を非難することもせずに周りの反応に賛同するだけで
 自分のことを主張するような真似もしなかった。五十嵐さんに対して
 言い放った口調を聞くと、あなたはもう少し感情的な性格をしていると思いましたが」
 「なんだかバカげていますね。私は素直に物を言うタイプなだけですよ。
 キミはなんなの?青木さんの時も茶々ばかり入れて、周りを混乱させてるだけじゃない」
 「じゃあこれならどうです?」

呆れだしている岸本に工藤は見せ付けた。
手には安部にぶつかった時に盗み取った一本の煙草が握られている。

 「狼や犬は嗅覚が過敏なので、煙草の煙を嫌います。
 つまり、喫煙者の青木さんは外れます」

工藤は台所を見回しながら続けた。

 「なんだったら玉葱や葱でも食べますか?
 人間には無害ですが犬系の動物に対しては有害なんです。
 場合には死に至ります。
 それか私か誰かの血液をあなたに輸血してもいいんですよ?
 人間と狼が持つ抗体は違いますから、輸血すれば死にます。
 都合よく免疫過敏症とでも言いますか?」

岸本は言葉を投げ返さなかった。

103名無しリゾナント:2014/08/17(日) 16:49:55
 「ま、ここで決着が付かなくても明日、下山して警察に行けば分かることです。
 化けの皮を剥ぐのはこの蜜柑より簡単なこと。
 バレて命の危険性があるのは、あんただけだ」

薄笑いを見せて挑発する。全てが遅すぎると嘆く道化のように。

瞬間、工藤の体に横薙ぎの力が衝突した。
衝撃のままに吹き飛ばされて、背中から棚へと衝突する。
食器棚のガラスや食器類が割れ、耳障りな多重奏を奏でて
床へと落下し、破片を散らした。

104名無しリゾナント:2014/08/17(日) 17:10:04
>>98-103
じゃっかんスレの方と台詞回しが違う部分がありますが
ごめんなさい。修正不足でした…。

105名無しリゾナント:2014/08/18(月) 11:23:06
>>91-96 の続きです



喫茶リゾナント。
普段は店主のさゆみが腕を振るい客をもてなすこの店。とは言ってもその機会はめったに訪れないが。
今日はさゆみが朝から所用で出かけているため、同じく学生という立場から離れている春菜がキッチンに立っていた。
あまり客の訪れることはないリゾナントだが、今日に限ってはそのほうが幸せなのかもしれない。
春菜の料理のセンスは、絶望的だった。

からんからん。
さっそく朝から犠牲者第一号、もといお客様の登場に腕撫す春菜。
だがその人物の顔を見た途端、なぁんだ、という言葉が思わず漏れてしまう。

「なぁんだ、って何。衣梨もお客さんやろ」
「だって、生田さんお客様としてきたわけじゃないですよね」

春菜の反応に不満げなのか、それとも店に春菜しかいないことに不満げなのか。
ともかく学生ならば学校に通っているべき時間に現れた衣梨奈は、店の奥のテーブル席に座ると、鞄から取り出した音楽プレイヤ
ーを取り出してヘッドホンを被る。あっという間に一人だけの世界の出来上がりだ。

別に互いに仲が悪いわけではない。
ただ、互いに積極的にコミュニケーションを取ろうという仲でもなかった。
特に、このような二人きりの状況においては。

106名無しリゾナント:2014/08/18(月) 11:25:02
ぱら、ぱらと常連客が来るものの、基本的には閑古鳥。
そんな状況に、春菜が動き出す。目を閉じてヘッドホンの中の音楽を追う衣梨奈の前に、オレンジジュースが差し出された。

「生田さん、何聞いてるんですか?」
「ん…」

春菜の存在に気付いた衣梨奈が、ヘッドホンを外し、お気に入りのアーティストの名前を出す。
だが、いかつい漢字で構成されたいかついアーティストは、春菜の興味の外だったようだ。一通り話を聞くと、すっとその場を離れ
てキッチンへと戻ってしまう。
それを見た衣梨奈は再び、ヘッドホンを装着して音楽に没頭していった。

緩い時間が、ゆっくりと過ぎてゆく。
さすがに退屈した春菜が、キッチンの裏手から数冊の漫画本を持ち込んだ。
流行らない喫茶店には必需品の暇つぶしアイテムだ。

その様子が、ちょうど衣梨奈の視界に入ったようで、その視線は春菜が開いた漫画本に注がれていた。
そしてヘッドホンを外し一言。

「その漫画、面白いと?」
「あの、これはですね…」

自らの手にしている漫画の魅力について、滔々と話し始める春菜。
普段漫画を読まない衣梨奈の顔に「わけわからん」の文字が浮かぶまでにそう時間はかからず、話が一区切りついたのを見計ら
って再び音楽の世界へと帰っていった。

107名無しリゾナント:2014/08/18(月) 11:26:10
決して仲が悪いわけではない。
ただ、良くもない。そしてこれは彼女たちにとって当たり前のことだった。
里保と衣梨奈のように互いに救い救われた間柄でも、遥と春菜のように特殊な環境下で共に過ごした間柄でもない。
確かにリゾナンターの仲間同士ではあったが。それ以上でも、それ以下でもなかった。

それから再び、静かな時間が流れていった。
聞こえるのは春菜が漫画をめくる音と、衣梨奈のヘッドホンから漏れ聞こえる音だけ。
目を休めようと春菜が衣梨奈のいるほうを見ると、手前に置いてあるグラスが空になっていた。
新しい中身を注ごうと、冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを持って衣梨奈の元へ向かおうとした。
その時だった。

衣梨奈の座る席の、窓越しに見える風景。
そこに、一人の女性が歩いているのが見えた。
春菜の視線は、その女性をすぐさま捉える。

ふらふらと、足取りも覚束ないまま歩いているその女性。
着ている服はよれよれで、黒いロングの髪も乱れていた。だが、春菜が彼女に気付いたのはその異様性からではない。

「わ、和田…さん?」

彼女は。
数か月前に春菜がふとした偶然から言葉を交わした人物だった。
そして、その時に再会を約束した相手でもあった。
メルアド交換までしたものの、春菜の送ったメールが返ってくることはなかった。
忙しいのかもしれない。そう思いつつ、春菜自身も日々の業務に追われて顧みることはなくなってしまったが。

108名無しリゾナント:2014/08/18(月) 11:27:22
和田彩花。

彼女は春菜に、そう名乗っていた。
まるで絵画から抜け出したかのような、美しい女性。
しかし、春菜が今しがた見かけた彩花はまるで別人。
通りがかった姿を見ただけで、魂が抜けてしまったかのような印象を叩き込まれた。
明らかに、尋常ではない。

「生田さんごめんなさい!ちょっとお留守番しててください!!」
「え、ちょ、ちょっとはるなん!!」

言葉と同時に、体が動いていた。
春菜の慌てた様子に目を白黒させる衣梨奈を余所に、春菜はそのまま店を飛び出してしまう。

とにかく、和田さんを捕まえないと!!

何故彼女があんな風な姿で徘徊していたのか。なぜ彼女を捕まえないといけないのか。
春菜にはわからなかった。けれど、直感が訴えかけていた。。
今彼女を捕まえないと、もう二度と「彼女」に会えなくなってしまうかもしれないと。

109名無しリゾナント:2014/08/18(月) 11:29:14
>>105-108
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了
あの二人の空気感を再現するのは難易度が高いですw

110名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:16:18
転がる工藤が見上げると、迫る岸本の姿があった。
眼前で可憐な口唇が頬まで裂け、そのまま前方へと伸びていく。
口腔内に凶悪な牙が跳ね上がっていった。
さざ波が広がるように、白い肌に長い暗灰色の剛毛が生えていく。
隆起していく全身の筋肉が、服の布地を裂いていった。

人狼の正体は岸本だった。
人間の名残を留めていた瞳が、どこか出来損ないの悪夢めいている。
筋肉の束があわされた人狼の剛腕が振り下ろされた。
五指の爪をダガーナイフで受け止める。

工藤と人狼は衝突慣性のまま床に倒れ、転がった。
次の瞬間、視界一面に猛獣の口腔内の赤が広がる。
上下の顎の牙が工藤の顔面を狙った。

 「お前が喰らうのはこっちだ!」

ダガーナイフを強引に差込み、刀身で犬歯を押さえる。
真上に投げたM67破片手榴弾が炸裂し、衝撃と轟音を、人狼は
高速反射で顔面を逸らしたが、爆風が顔面を掠める。
衝撃波の刃は、人狼の体を吹きとばし、勝手口へと衝突させる。

111名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:16:58
運動慣性のまま扉を粉砕して戸外へと追い出される。
近距離爆裂で、工藤の頭が揺れた。意識を保つ。
破片で頭から流血する。耳もやられたようだった。
人狼の後を追って、工藤は屋外へと飛びだす。

いつの間にか雨は止んでおり、荒れ果てた敷地に月光が
静かに降りそそいでいた。
冷徹な月の光が、濡れた雑草と泥濘となった敷地を照らしている。
大地には人狼が四つ足で這っていた。
爆裂で顔面と口腔が爛れていたが、瞬時に修復していく。
腕を骨まで切断されても、完全修復するような異能者に、手加減した
チカラでは致命傷にならない。

 「獣化禁止の約束は、無意味になっちゃったな」

工藤のつぶやきに対し、人狼の目に嘲弄の色が浮かぶ。

 「ナニ言ッテル、人狼ト人間にナんノ約定がアるんダ。
 コの姿ニなルこトは爽快スら覚えル。コレコソガ本来ノ姿ダ」
 「人間と思うことを辞めて獣化して別の存在として生きる、ね。
 確かにそっちの方が楽だよな、何も考えず、ただ獲物を求める
 だけの獣になるなら、そっちの方が何倍も楽だよ」

溜息を吐く。異能者である自分を忘却するための殻。
<獣化能力者>として迫害された存在が目の前で嗤っている。

112名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:17:41
 「五十嵐さんも容疑者だったけど、蜜柑への嫌悪感も無く
 ヘビースモーカーということが分かって確信がとれた。
 必要ならば他にも追求する予定だったけど、ここまであっさりと
 正体を見せるなんてとんだ臆病だな」
 「まサかオ前、最初かラ知っテた上デ…」
 「さっきの説明は単なるこじつけに過ぎないけど、確信はあったよ。
 能力者同士にしか分からない気配みたいなものは簡単には消せないし
 何よりハル達は、あんたを逃がすつもりは毛頭無かった」

怒号。
二本の後ろ脚から泥濘を跳ね上げ、人狼が工藤に向かって全力疾走する。
工藤が放つ手榴弾の炸裂と轟音が風をを迎え撃つ。
人狼は爆発に高速反応し、影を残す高速飛翔で直撃を回避。
右前方、敷地にある木の幹に爪をめり込ませて着地。
人狼の強靭な筋肉組織から生み出される速度は、常人に捉えるものではない。

工藤がダガーナイフを構え直すよりも早く、人狼は木の幹を蹴りつけて再跳躍。
間合いを一瞬で無にし、重い横薙ぎの腕の一振り。
剛腕で工藤のナイフが弾かれた。
人狼は体当たりで工藤を大地に叩きつけ、組み伏せてくる。

 「時間稼ぎはここまで、狩人の登場だよ」

113名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:18:21
人狼の血が跳ねた。
自らの喉から生えた冷たい紅刃を、人狼は困惑した瞳で見下ろす。
人狼が視線を上げていく。
自らの喉には、血のように紅い刃先の角が刺さっていた。
人狼の視線は、刃に続く握る手、そして鞘師の紅い瞳に出会う。
異形の者が後方へ体を退くよりも早く、鞘師が喉に刺さった『刃』を
天空へと跳ね上がる。
喉から下顎、上顎まで切断されながらも、人狼は脳への致命傷を避ける。
地面を蹴りつけて後方飛翔。まるで猫のようだ。

 「派手にやったなあ、くどぅー」
 「すみません。でも今はあの姿にはなれませんから…」
 「うん、よくやった」

冴え冴えと零れる月光の下、荒れ果てた敷地に工藤と鞘師が並ぶ。
二人で顔面を黒血に濡らした人狼の岸本と退治する。

 「あれが狼なのか!?」
 「狼があんなにデカいのか…あれはもはや…あれこそが人狼っ」
 「おい、岸本さんが居ないぞっ」
 「ということは岸本さんが犯人っ!?」

山荘から出てきた青木や安部、道島や五十嵐が悲鳴と叫び声をあげた。
人狼は外野へは視線を向けない。
工藤のみを見据えて低い唸り声をあげる。

114名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:19:01
 「鞘師さんには分かるんだよ、ハルの位置がな。
 降伏してよ、これだけの距離が離れたなら、最初に遭遇した
 ときみたいに圧倒させることができる」

人狼の喉の奥で低い唸り声が響く。工藤は説得を続けた。
額から血が垂れ落ち、視界が赤く染まる。

 「鞘師さんが居ればやり方もいくらだってあるんだ。
 どんなに人狼の特性を生かしたところで、ハルや鞘師さんは
 その特性を知ってる上に打開策だって持ち合わせてる。
 その威力は二倍、いや三倍にできる」

人狼もすでに山麓で厳格な実力差を体験しており、理解している筈だ。
突然、人狼は蒼い月へと喉を垂直に立てた。

 あオるるるるルるるううっ!

長い長い遠吠えをあげる。
それはいつまでも続く無明の慟哭にも、痛切な哀歌にも聞こえ、耳に残った。
岸本だった人狼は顔を前方に戻す。
そして工藤へと一直線の突進。
鞘師が無言で歩き、人狼の疾走を迎える。二条の風が月下で交差する。
紅い光が疾り、肘から切断された人狼の右腕が宙に舞う。
翻った斬光は空いた右脇腹へと吸い込まれ、背面へと抜ける。

115名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:20:04
鞘師の交差剣術。
傷口から黒血と臓器を散らし、致命傷によめきながら、それでも突進はやめない。
左腕が宙に舞う。両腕を失った人狼は前進して口を伸ばす。
P226を持った工藤の右手首に、上下の犬歯を突き立てる。
静謐に凍える大気。
しかし、人狼は顎を閉じることができなかった。
口腔からは血反吐を溢れさせる。

 「ナ、んダこ、レは?」
 「あんたに埋め込んだ弾丸を覚えてるか?」

工藤は哀しみをこめて答える。

 「あれは普通の弾丸じゃない、<獣化能力者>の特性を封じるために
 特殊な金属で生成してある。遺伝子変位や複製阻害を
 起こすことで癌細胞を発生させ、増大させてしまう悪魔の弾丸」

人狼は理解できずにいた。全身に広がった癌細胞の苦痛で
理性が保てないのだろう。工藤は静かに死刑宣告を果たす。

 「あんたに回復してもらうために爆弾も惜しみなく使った。
 超高速細胞分離すると癌細胞も爆発的に増殖させてしまうから。
 源太郎さんを殺した時点で癌は芽を出し、そして二度目の獣化をした。
 それでもう決まってたんだよ、岸本さん」

116名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:20:58
ほぼ受け売りの知識ではあったが、それが工藤に告げられた経緯を
説明するとあまりにも長く、あまりにも思い出したくない過去が蘇る。
弾丸を使わなければいけなくなる事件があったからこそ、この銀の弾丸
は生成され、そして工藤へと渡されてしまった。

 「私ハ……」

工藤の腕に犬歯を突き立てたまま、人狼が牙と血泡の間から
小さな言葉を零す、そこにはもう、殺意はなかった。

 「私ハ人ト獣の、どチらノ地獄ニ行クんダろウ……?」

工藤は何も聞こえない表情を装った。
人狼は痙攣とともに大量の黒血を吐き、腕に牙を立てたまま崩れ落ちる。
そして人狼の生命と苦痛が永遠に停止する。
屍の顎から、血泡に濡れた右手を引き抜く。
<獣化能力>が消滅し、人間の姿に戻りながら力なく泥濘に落ちた。

117名無しリゾナント:2014/08/19(火) 10:21:46
>>110-116
もしかしたらあと2回ぐらいの投下になるかもです。

118名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:05:16
跳ねた泥に汚れ、黄金色の瞳は輝きを失う。
岸本という人間の女の眼を手の平で閉じさせた。

 「ど、どういう事なんだ?なんなんだその女は…」
 「死んでしまったの…?」 
 「岸本さんが殺人犯だったのか…」
 「良かった、これで殺されなくて済んだ!」

青木と五十嵐が安堵の声をあげる。
岸本が"人狼"という殺人鬼であり、何故狼の姿なのかは分からないが
安部にも道島にも、自分達の命をこれ以上脅かされないことを理解したらしい。
微かに安堵の表情が見て取れた。
それでも目の前の現実を認めたくないという拒否反応が勝っている。

 「こんな得体の知れない者に命を狙われていたとは…。
 二人共、どういう事か説明してください。この殺人鬼
 このバケモノは一体どうしてこんな事をしでかしたのか」

工藤の胸の奥で、嫌悪感と憤怒が沸騰する。
振り向きざまに、工藤は探偵きどりの青木の顎を殴り飛ばす。手の骨が痺れた。
突然の暴力に、鞘師以外の全員が硬直する。
倒れて泥に塗れた青木が、腕で起き上がる。

 「な、なにするんだ!血迷ったか!?」

切れた唇から血を流した青木に、それでも言わずにはいられない。

119名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:06:16
 「青木さん、あんたが何をしたのか分かってる?
 確かに私達はこの中に犯人が居るとは言った。けどそれはあの人への
 警告のようなものだったんだ。密かに監視していれば、あの人は動かなかった。
 ハル達が居たからな。朝になれば、それぞれ疑念を抱きながらも別々の方向に
 去っていく事だって出来たんだよ」

泥濘となった敷地に、工藤の苦い言葉が響く。

 「けどあんたが名探偵きどって山から降りようと言い出した。
 無理にでもハル達を殺すしかなかった。人間の姿での生を守るために。
 逃げ道を塞いだのは、追い込んだのはあんたやハル、この場全員だ!」

工藤の激烈な弾劾に、青木の顔には感情の揺らぎも後悔も浮かばない。

 「あの人が獣化すれば死ぬようにしてた。
 犯人捜しに意味なんてなかった。ハルが、鞘師さんが余計に
 手を汚しただけじゃないか!」
 「だが、結局はこのバケモノを殺すことに変わりはなかった!
 なんの文句がある!?お前はあのバケモノと人間のどっちの味方なんだ!」

工藤は返すべき言葉を喪失した。額から血の滴が落ちる。
青木の言葉は、一面で正しい。
どうしようと、結局工藤は人間の側にしか立てない。
だから不平等な条件の弾丸をあの異能者に押し付けた。
獣の姿であるより、人の姿であることを肯定させる縛鎖を。

 自分もまた<獣化能力者>と同じ"変身"を用いることが出来るというのに。

120名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:06:59
異能者としての非情の責任から逃げ、先延ばしした偽善の払いもどしを
工藤自身が受けただけなのだ。
無力感に、工藤は泥土の敷地に立ちつくす、一呼吸した。

 「ハル達はなんだ?正義の代理人とでも思ってんの?
 バケモノと人間のどっちの味方?
 それが分かってんならこんな半端な場所に居るわけない。
 もしもハルが本当にバケモノの味方なら、ただの人間のあんたはもう死んでるよ」

青木は何も言い返さなかった。吐き捨てる工藤は一瞬瞼を閉じる。
背後も見ずに、工藤は疲れたように泥濘の大地を歩き出す。鞘師も傍らに続いた。

 「皆さん、危機は脱しました。雨も止みました。
 だからこれからは、皆さんで決めてください。道を進むか、留まるか。
 ここの事はあとでこちらで全て処理します。他言してもきっと良い事ないですよ」

道島がどんな思いで二人の背中を見ているかは分からない。
工藤は何かを踏みつぶすようにして泥土を踏みしめる。
月はただ、無表情な光を降らせているだけだった。

121名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:08:19
その後はなにも変わったことはなかった。
山荘を去った足で村に戻り、あとは始発電車の座席に座り
窓の外を流れ去っていく田舎の田園風景を眺めるという現在に繋がるだけ。
窓に映る自分の不機嫌な顔を、自分の目が眺めている。
横に座る鞘師は、目を閉じて体を工藤に預けて熟睡していた。

夜が明けた今でも、二人の間での会話はなかった。
電車の揺れる音が時折響くだけ。

 「気分の悪い事件でしたね」

工藤の口が勝手に告げている。続けるべき言葉を見つけられずに
電車だけが揺れている。鞘師は答えない。独白は続いた。

 「利益も生存闘争も意味もなにも無い戦いなんて、ドラマとしては
 最低最悪です。推理劇にすら出来ませんよ」
 「面白い推理劇なんてないよ。そんなのは漫画家に任せておけばいい」

瞼を閉じながら、鞘師は言葉を呟く。どうやら起きていたらしい。

 「結局、ハルはあの人のことを信用してなかったんですよ。
 あの弾丸を撃った時点でハルは、あの人の死を願ってしまった」

122名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:09:45
人狼の群れが村へと訪れたのは、あの十年前に起こった
人狼たちの復讐のためなのかもしれない。
殺された元自警団の源太郎老人は、岸本のかけがえのない同胞に
手を下した当人かもしれない。
あの獣達に対抗できた源太郎老人は、異能者だったのかもしれない。
さらには源太郎老人が引退した原因がその事件にあったのかもしれない。

全て推測。
工藤はすべてを明確にしたいという気もなかったし、今や当事者であった
全員の命が失われていただろう。
工藤は鞘師の横顔に問いかけようとして、止めた。

生きるべき道を選べない自分は、リゾンナンターとして正義の道を
進むのは向いていないかもしれない。
自らの存在の疑問を叫んだ人狼も、人と獣のどちらにもなりきれず
受け入れられないことに足掻き続けているのかもしれない。

自己弁護しているだけの過剰な感傷に吐き気がした。
工藤は急に全てがどうでも良くなり、少し眠ることにする。

 「すみません鞘師さん、街に着いたら起こしてくれますか?」
 「良いけど、私も寝るからアラームかけた方がいいよ」
 「…そうッスね」

123名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:10:48
携帯電話が使えるのを確認し、パスワードを入力する。
すると着信履歴に数件の受信があった。
連絡がつかなかった事による心配からだろうか。

 「すみません、電話かけますね」
 「んー…」

なんにしてもこのままなのもアレなのでかけてみる事にする。
すると三回ぐらいで相手に繋がった。

 ああ、はるなん。うん、ちょっとあってさ、あとで説明する。
 あゆみんにも謝って…いや、帰ったら謝るよ。
 ……あ、まーちゃんに代わって、約束破ったから問い詰める。
 うん。………あ、まーちゃん?まーちゃんだろ?
 昨日なんで連絡つかなかったんだよ。は?言ったじゃん。
 迎えにきてって。は?携帯が壊れた?なに言ってんだよ。
 携帯なんて使わなくてもまーちゃんは……ほらまた言い訳した。
 まーちゃんが居たら何も起こらなくても良かったんだぞ。
 皆に心配かけるなんてこともなかったんだ。
 意味分かるでしょ?分かれ。は?何怒ってんの、逆ギレかよ。
 ハルもまーちゃんなんてきらいだよ。
 なんだよホントに、こっちがどんだけ大変だったと思ってんの。
 …っ、上擦ってねぇし!泣いてねぇよ!もういい!

124名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:11:46
一方的に着信を切ると、工藤は身を丸くして泣いた。
泣きじゃくる工藤の肩に体を預けたまま、鞘師は彼女の頭を撫でる。
窓から工藤の髪をなぶる風が、昨夜の叫びを思い出させる。
今でもあの凍える月光の下で、あの人は啼いているのだろうか。
どこに行けばいいのかと問う、絶望と慟哭の咆哮を。
誰にも答えられない、哀惜の遠吠えを。

幻聴を遮るように、工藤はただ泣いた。

125名無しリゾナント:2014/08/20(水) 01:13:27
>>118-124 以上です。
スレの方に投下した内容と違う箇所がいくつもありますごめんなさい。

126名無しリゾナント:2014/08/21(木) 01:26:52
>>105-108 の続きです



国道沿いの、とあるファミレス。
全国的に有名なチェーン店ではあるが、店内には客はほとんど見当たらない。
それもそのはず、今はサラリーマンが眠い目を擦りつつ電車に乗り込むような早朝。そんな時間にファミレスで食事などという人
種はそうはいないはずだった。
普段なら厨房の中で暇を持て余したウェイトレスと調理担当のバイトが世間話に花を咲かせているような時間帯。のはずだが。

必死の形相をしたウェイトレスが、料理を両手に窓際のテーブルまで運び込む。
それが終わるとすぐさま厨房に向かい、次の料理を受け渡される。その、繰り返し。
昼のピークタイムと見紛うばかりの忙しさ。店内には、ひと組の客しかいない。だが、その客が大問題だった。

露出の多い服を着たギャルと、白衣の眼鏡の女性の二人組。
何の繋がりもなさそうな妙な取り合わせではあるが、彼女たちにはある共通点があった。
「それ」を見ずとも、ひたすら掻き鳴らされる金属音がそのことを教えてくれている。

「ぶっちゃけ…モグ…のんは…モグ…子供できたらさ…パク…「のあ」とか「せいあ」とか…パク…つけたいわけよ…ゴックン」
「それは世間で言うところの『キラキラネーム』ですね」
「ハァ?ちょーかっこいいじゃん…モグ…」
「まあ、価値観は人それぞれですから」
「それより…パク…さっきの話だけど…ゴックン」

127名無しリゾナント:2014/08/21(木) 01:28:02
彼女たちの間のテーブルに山積みにされた、皿。
もちろんここにいる二人が全て平らげたものだ。ハンバーグ、ステーキ、スパゲティ、シーザーサラダ、クリームパフェ、ジャン
バラヤ、オムライス、コーンクリームスープ、チャーハン、ブルーベリ^パンケーキ…列挙すれば暇もないメニューの数々が彼女
たちの胃袋へと消えていた。

「ええ。キャンセル、とはどういうことですか?」
「だからさぁ…モグ…さっきも話したじゃん…クチャ…『リゾナンター襲撃』は…パク…中止だって…ゲフゥ」

喋りながらも絶えず食事を口に運び込む「金鴉」とは対照的に、あくまでもマイペースに自らの食事を摂る紺野。
だがその食事方法は別の意味で奇異と取れるものだった。

皿の上の茹で芋を、手術でもしているのではないかと思えるくらいに、器用に八等分する紺野。
その小さなひと片を口に運び悦に入っている様は、「金鴉」にとっては苛立ちとともに懐かしさを感じるものだった。かつて食事
を共にするような生活をしていた時に、嫌と言うほど同じ光景を見てきていたからだ。
細かく分ければ分けるほど、その回数分の幸せが得られる。後に叡智の集積と呼ばれるようになる人間にしては、いささか非論理
的な理由。今もそう信じているのか、それとも単なる習慣と化しているのか。見る限りは食べる時の癖は今と変わらないようだ。

その不思議な食習慣に合わせるように、自らの食事の速度を調整する「金鴉」。
懐かしさが先行するあたり、彼女の食事のペースへの合わせ方も忘れていなかったらしい。

128名無しリゾナント:2014/08/21(木) 01:29:12
「しかし、解せませんね。昨日はあれだけかーちゃん…『煙鏡』さんも乗り気だったじゃないですか。あなたたちの興味を殺ぐよ
うな何かがあったんですか?」

もそもそと芋を食べつつそんなことを言う紺野に、「金鴉」は大げさに椅子の背に体を反らせる。
ただでさえ小柄な体が、目の前の皿の山に隠れてしまった。

「カンタンな話だよ。リゾナンター抹殺より”おいしい”仕事が舞い込んできた、ただそれだけ。あんなクソガキども、いつでも
殺れるけど…今度の仕事はそうもいかないんだよね」
「『鋼脚』さんからはそんな話が来たなんて聞いてませんでしたが…別口ですか」

皿の山から飛び出したポニーテールがゆらゆらと揺れた。
どうやら大きく頷いているらしい。

「ああ。例のこぶ平似のブタ野郎が率いてる『国民的犯罪組織』ね。あいぼんがコネを作ったみたいで、そこ経由で早速デカい仕
事が舞い込んだってさ」
「なるほど…」

ダークネスと彼女の言う犯罪組織は同業他社ながら、表立って対立しているわけではない。
「蟲惑」の死体を再利用された件では多少揉めはしたが、その程度の話だ。むしろ幹部の中には積極的にあちらのほうと付き合い
を持っているものまでいると言うが。

「ただ、こちらの仕事を放り出してよそ様の仕事を優先するのは感心しませんね」
「リゾナンターはいずれ潰す。けどまあ、別にすぐじゃなくてもいいじゃん」

皿に隠れて、「金鴉」の表情を紺野が窺い知ることはできない。
ただ、どんな顔をしているかは容易に想像がついた。

129名無しリゾナント:2014/08/21(木) 01:30:34
「まあ、いいでしょう。その仕事が片付いて、段取りが取れたらご連絡ください。『首領』にはうまく話しておきますよ」
「…りょーかい」

何故、用件を伝えるのに「煙鏡」はわざわざ「金鴉」を寄越したのか。
人の心理を読みそして利用するのを好む彼女らしい、と紺野は考えた。「煙鏡」は口から先に生まれたと定評のあった「詐術師」
に師事していただけあって、弁舌に長けていた。本来ならば交渉ごとには彼女が出向くのは自然な話。しかし、彼女は敢えてそ
うしなかった。

知っているのだ。
紺野が「金鴉」に対して、どうしても甘くなってしまうことを。例え「金鴉」の話す理由に多少の齟齬があっても、彼女なら仕方
ない、と大目に見てしまうのを「煙鏡」は読んでいるのだ。

仕方がないのかもしれないですね…長い、付き合いですから。

高橋愛。新垣里沙。ついでに小川麻琴。
経緯は違えど、ほぼ同時に組織に所属することになった紺野を含めた四人。
さらに先輩ではあったが、年の似通った「金鴉」「煙鏡」とともに彼女たちは所謂同窓生のような感覚を持っていた。
もちろん世間一般のそれのように苦楽を共にした、という美談が似合う仲ではない。むしろ正義感の強かった愛や規律を重んじる
里沙と「金鴉」「煙鏡」は最悪の組み合わせだった。そんな中において、中庸な紺野の存在は集団においてまさしく緩衝材として
働いていた。

そのポジションが愛や里沙の思考の裏をかき翻弄し、そして今は二人の問題児の行動に想定をつけるのに役立っていた。

130名無しリゾナント:2014/08/21(木) 01:31:13
「機会があれば、『煙鏡』さんともお話したいところですが」
「あいぼんが嫌だってさ。『あいつとの腹の探りあいは疲れんねん』、だって」

「金鴉」の言葉に思わず苦笑する紺野。
確かに。謀を巡らせ自らに有利な場を作る、そういう意味では紺野と「煙鏡」は似ている。それは互いに思うところだろう。

だが、紺野は二人の間には決定的な差があることも知っていた。
その差が、「煙鏡」の言うところの”疲れる”に繋がることも。

私は、一向に構わないんですがねえ。

「煙鏡」が嫌そうな顔をしているのを思い浮かべつつ、再び紺野は目の前の小さな芋を切り分けることに没頭し始めた。

131名無しリゾナント:2014/08/21(木) 01:32:44
>>126-130
『リゾナンター爻(シャオ)』 更新終了
細切れ更新が続きますが何卒ご容赦を

132名無しリゾナント:2014/08/24(日) 02:55:40
■ ギルティ−中島早貴− ■

だから、これは、私への、罰なんだ

「いだぁいぃ!いだいよぉ!」
「…えりか…ちゃん、だいじょう…ぶ?」
「だいじょうぶなわげないでじょぉ!早貴ぢゃんなんでだずげでぐれながっだのぉ」
「…あっ足が…すくんで…」
「いだああああい!」
「ひぃっ」
「もうじょっどで!あどちょっどで!勝でだのにぃ!
早貴ぢゃんざえ!ちゃんどやっだら!あだじ勝でだのにぃ!」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「もういい!みんなに言う!早貴ぢゃんのぜいで負げだっでいう!早貴ぢゃんが!逃げだがら!みんなに!」
「やっ…やめて…いわ…ないで」
「役立たず!役立たず!役立たず!みんなに言う!みーんなに!舞美ぢゃんに!」

あの日、私は「罪」を犯しました
絶対に知られたくないひとに
絶対に知られたくないことを

「あ、ああ…ああああ…うぞ…うぞだ…ぞんな!早貴ぢゃん…ぞれはなに?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「まざが!まざが!うぞだ!早貴ぢゃんの、ほんどうの、のうりょぐって…」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「まっで!まっで!いわない!わだじは何も見でない!
だれにぼ!だれにぼいばないがら!や!やめで!やめ…やめで、やべでええええええ!

133名無しリゾナント:2014/08/24(日) 02:57:22
誰にも知られたくなかったから
誰にも知られないように

「ぎゃあああああ!やべえええええ!うぎぎ!うぎゃああああ!」

誰にも知られていない、私の、本当の

「や…べ…でぇ…ぜめで…ぜめで…ふづうに…ごろぢでぇ…」

あの日、私は見られてしまった
絶対に見られたくないものを
絶対に見られたくないひとに

「なっきー…?」
「舞美、ちゃん」

この世で一番知られたくなかったことを
この世で一番知られたくなかったひとに

「これって…」
「あ、あ、ちが…」

見られてしまった
知られてしまった

すべてを

私の「罪」の、すべてを

それなのに
彼女は、私を、

134名無しリゾナント:2014/08/24(日) 02:57:56
「辛かったね、なっきー」
「え…?」
「ひとりで秘密を抱えてきたんだね、ずうっとひとりで、苦しんできたんだね」

抱きしめてくれた
強く、強く、強く

「これは、二人だけの秘密」

彼女は言った
私を抱きしめながら

「これからは、二人だけの秘密」

さわやかな笑顔。
ただ、『さわやかなだけ』の、笑顔。

135名無しリゾナント:2014/08/24(日) 02:59:03
ただ、優しく
ただ、あたたかく

「私が、全部、許してあげる、私が、すべて許してあげる」

私は、もう、逆らえない
彼女は、私の、すべてだから
私のすべては、彼女のものだから

「もう何も心配しなくていい、ね?なっきー」

堕ちていく
どこまでも
堕ちていく


そして私は、彼女の『所有物』となった

136名無しリゾナント:2014/08/24(日) 03:00:33
>>132-135
■ ギルティ −中島早貴− ■
でした

137名無しリゾナント:2014/08/24(日) 12:19:54
>>126-130 の続きです



福田花音は、急いでいた。
今日は久々の「エッグ」のミーティングだ。いつものように「一部の人間を除いて立入りを禁じられている」エリアを顔パスで通り、早
足で会議室へと向かう。
今回のミーティングの内容よりも、彼女には気がかりなことがあった。スマイレージのリーダーである彩花のことだ。
別に彼女の症状がどうだとか、そういうことは考えていない。問題は、彼女を自分達の拠点に置き去りにしたこと。間の悪いことに
後輩メンバーたちには全員仕事が入ってしまい、呆けてしまった彩花を監視するものはいない状態。比較的軽い仕事の中西香菜
がすぐに戻るとは言ってくれたものの。

「随分急ぎ足じゃない。トイレにでも行きたいの?」

早足で歩く花音を追い越しながら、女が話しかけてくる。
自称「新宿のシンデレラ」などというふざけた異名を持つ、目の上のたんこぶ。

「エッグ」の中で比較的早くから頭角を現していった花音だが、人の思考を読み取り戦闘に利用するというかつての高橋愛顔負け
の能力を発揮したその後輩は。瞬く間に集団の稼ぎ頭となった。エリートとしてのプライドはその時、大きく傷つけられそして今に至る。

138名無しリゾナント:2014/08/24(日) 12:20:50
「別に。真野ちゃんには関係ない」

水色を基調としたフリフリのドレスを着た女 ― 真野恵里菜 ― を振り切ろうと、花音はさらに早足で歩き続ける。無視されたこと
で気を悪くした恵里菜の取った行動は。

「あっそ。て言うか私のこと真野ちゃんって呼ぶのやめてくれないかなあ。今は『サトリ』で通ってんだから」
「…ふん」

文句を言いながら花音を抜き返す恵里菜。
だが花音はそんな恵里菜を抜き返そうと、さらにスピードアップを図る。

「…さとります。『あんたになんて絶対負けたくない。て言うかシンデレラはあたしだから』って思ってるでしょ」
「勝手に人の心読むのやめてくれる?」
「あんただって今私に何とかレボリューションかけようとしてたじゃん」
「は?そんなことしてないし」
「さとります」
「疑うことなく信じるにょん」
「さとります」
「疑うことなく信じるにょん」

恵里菜が両手で作ったファインダーで花音の心を覗こうとすれば、対抗して花音も人差し指を恵里菜の眼前に突きつける。
精神に作用する能力者同士の、意地の張り合いと言ってもいい。

不毛な争いを繰り広げながら、肩と肩をぶつけ合い廊下を駆け抜ける二人。
互いが自らの精神にロックをかけているのは、本気で相手を自らの能力の支配下に置こうとしている何よりの証拠だった。
最終的に、会議室にもつれ込む二人。部屋の中の面々は慣れっことばかりに苦笑するのみだ。

139名無しリゾナント:2014/08/24(日) 12:22:11
「うんうん、ライバル関係大いに結構」

髪を肩まで伸ばした童顔の女性が、いいものでも見たかのように感想を述べる。
能登有沙。対能力者集団「キッズ」の最年長だ。

「エッグ筆頭のお前がそんなんでどうするんだ…これを毎回御してる俺の身にもなってくれ」
「そうですか?」
「まあ主任が御してるようにも思えませんけどねえ」

身も蓋もない突っ込みをするのは、派手な顔だちのワガママボディ。
どいつもこいつも、と顔を苦くしつつも主任と呼ばれる男はふう、と大きくため息をついた。仮初の地位とは言え、このひと癖もふた癖
もある連中を率いるのは自らの使命だ。そう言わんばかりに。

「取り合えず主だった面々は揃ったな」
「例の5人は来ないんすか?主任言ってたじゃないですか、そろそろ前線に配備してもいいかなって」

いかにもな軽いノリで、主任に語りかける友。

「あいつらには別の仕事をしてもらってる…まあお前らに比べたらまだまだ新人だ。この場に連れてくることもあるまい。ところで福田、
和田の調子はどうなんだ」
「当分復帰は無理です」
「そうか。とにかく。今回はお前らにどうしても知らせなければならないことがある。まずは…これだ」

花音の簡素な報告に肩を竦める間もなく、主任が正面のホワイトボードに二枚の写真を貼り付ける。一見、どこにでもいる普通の少女たち
だが。写真からですら伝わる、禍々しい黒い気配。

140名無しリゾナント:2014/08/24(日) 12:23:58
「うっわぁ、見るからにやばそうな人たちですねぇ」
「分かるか、吉川。そうだ。こいつらは最近『ダークネス』が招聘した新しい幹部だ。それぞれ『金鴉』『煙鏡』と呼ばれてるらしいが
それ以上のことはまだ調査中でな」
「…そいつらを、殺ればいいのか」

会議室の後方。
斜めにおろした前髪で表情は窺えないが、口元だけで笑みを作っている女 ― 北原沙弥香 ― がぽつりと言う。
彼女の抱えている影は深く、そのいでたちはさながら殺し屋のようだ。
実際、彼女の能力は隠密行動そして暗殺にもっとも適したものであった。

「いや、それには及ばない。本題は別件だからな。能登、頼む」
「はいよ」

主任の呼びかけに席を立ち、ホワイトボードの前に立つ有沙。
緊張感のない顔だが、その口から発せられる言葉の破壊力は。

「『組織』が『天使』を幽閉してる場所がわかったよ」

絶大だった。
ミーティングの参加者がそれぞれ言葉を発することさえせずに、顔を見合わせる。
「銀翼の天使」。ダークネスのとある実験の被験体となり制御不能となった彼女が、リゾナンターを襲撃し決して消えることのない傷を
残した事案。この場にいるもので知らないものは、いなかった。

「まさか、『天使』を解放するなんてことは言わないでしょうね。薬である程度はコントロールされてても、基本的には制御不能の破壊
兵器状態って聞きましたけど」

花音は言葉では否定しつつも、内心は主任の返答に期待していた。
敵サイドの人物とは言え、白き羽で全てを無に還す「能力者の最高峰」に憧れを抱いているものは少なくない。花音もまた、その一人で
あった。

141名無しリゾナント:2014/08/24(日) 12:25:20
「いや。我々には『天使』を制御することのできる切り札がある。『ベクレル』『セルシウス』という新たな戦力も手に入れた。『天使』
を手中に収めることができれば、幹部の一角崩しどころじゃない詰みの一手(チェックメイト)を打つことになるだろう」

そして、上司の言葉は期待以上。
切り札が何を指すのかは知らないが、実現可能ならばこれほど素晴らしいことはない。理想が齎す光に花音が胸を躍らせているその時。

懐のスマホが震える。
席を中座し通話に切り替えた花音は、通話相手の第一声に顔を青くした。

「・・・かななん、ほんとなのそれ」

受話器の向こうの力ない返事を聞いてから、通話を打ち切った。
主任に断ることもないだろう。事は一刻を争う。

和田さんが…いつの間にかいなくなってたんです…

香菜の泣きそうな声が、耳から離れない。いや、責任感の強い彼女のことだ。実際にもう泣いていたのかもしれない。
彩花自身が無気力になっていたせいで、まさか部屋を抜け出すなどという行動にでるとは思わなかった。そういう意味では花音のほうに咎
がある事態ではあるのだが。

やっぱ、あたしが決着(ケリ)、つけなきゃいけないのかな。

握られた拳が、意図せず固められてゆく。
彼女の中に、最悪の事態を想定した上での決意が焔のように揺らいでいた。


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