したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

デイドリーム・ビリーバー

1名無し護摩:2012/02/12(日) 11:46:52

これは、あるメンバーのおはなし

2名無し護摩:2012/02/12(日) 11:49:57

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅰ』

3:2012/02/12(日) 11:52:07

―――― 聖は浅い眠りから目を覚ました。

意識を戻してしばらく、だるい頭で今の状況をようやく把握する。
隣には、掛け布団から裸の肩を出した同期の衣梨奈がいた。
すやすや眠っている。

『…しちゃったんだ』

枕もとの時計を見上げ、聖は2時間ほど前の事を思い出す。

4:2012/02/12(日) 11:52:49

一体なにがきっかけだったか。

ツアー先のホテルで相部屋となり、いつものように楽しく喋っていたら。
キスをしたことがあるか、という話題になった。
先輩の道重さゆみがリーダーの高橋愛にライブ中キスしていたことを、聖が『そういえば』と思い出して言ったのが
きっかけだった。

「えりはしたことないと。
聖は〜?」
無邪気に尋ねる衣梨奈に、つい小さく吹き出してしまった。

5:2012/02/12(日) 11:53:38

それから思い出しても言葉では言い表せないような、妙としか表現しようのない雰囲気になり。
どちらからでもなく、唇を合わせてしまった。

『丸い目だなあ』
衣梨奈の顔を間近で見て、そんなことを思ってしまった。
唇を離したあと、聖が衣梨奈の鼻の頭をぺろっと舐めると、衣梨奈はくすぐったそうに笑い、目を細めた。

6:2012/02/12(日) 11:54:15

一度キスをすると箍が外れる。
聖は学んだ。
衣梨奈の細めた目に手を伸ばし、指で瞼に触れ。
衣梨奈が聖の頬に口づけし。
聖が深いキスを仕掛け。

そう繰り返してるうちに、自然と服を脱いでベッドの上に座り、長い間見つめ合っていた。

7:2012/02/12(日) 11:55:13

『まいったなあ』
一連の出来事を思い出し、聖は思った。

嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、この子のこと。

『…しちゃってよかったのかな』
小さく溜息をつく。

隣の衣梨奈は、聖の腕の中で気持ち良さそうに眠っている。

枕もとのデジタル時計はもう2時。
明日もライブがある。

「…まいったなあ」
聖は声に出してみた。

ベッドサイドの淡いオレンジの灯りの中、綺麗な寝顔にしばらく聖は見とれていた。


end.

8名無し護摩:2012/02/12(日) 11:56:01

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅱ』

9:2012/02/12(日) 11:56:59

『えり…えりぽん』

声が聞こえてきて、衣梨奈は頬を綻ばせた。
温かい腕に包まれ、心地よい夢を見ている。
『聖、あったかいっちゃ』
布団をかぶり直すように、聖の腕の中で少し頭をずらす。

10:2012/02/12(日) 11:57:34

ゆうべ、聖と長い時間見つめ合い、そのあと愛し合った。

『えり…』
愛し合う時に聴いた、少し低いささやきが、嬉しかった。

11:2012/02/12(日) 11:58:25

『起きて…起きな』
「うん…」
「起きなよって、ホラもう!」
強く揺すられ、衣梨奈は完全に目を覚ました。
『夢オチっちゃか?』
あまりの現実感のなさに、衣梨奈は自分と聖の今の格好に目をやった。
全裸だ。
間違いない。
実は夢でした、だったら恥ずかしいと、と衣梨奈は考えた。

12:2012/02/12(日) 11:58:56

聖は決まり悪そうに、『ホラ、支度して』とあまり目を合わさず言った。
「みっずき〜♪」
物凄く笑顔で首に腕を回して、衣梨奈は聖の頬にキスをする。
聖は仕方なさそうに、衣梨奈の頬にキスを返した。

13:2012/02/12(日) 11:59:57

「聖、早かね。
まだ8時前っちゃ」
枕元の時計は、8時にアラームを設定していた。
「シャワー浴びたりしないと。
…バレちゃう」
聖はふっと俯いた。
衣梨奈は一瞬きょとんとしたが、
「ああ。
えりは別にバレてもよかよ?」
事も無げに言った。
「あのさ」
聖は額に手を当て、溜息をつく。
「ふたりそろって、その…ゆうべのままで現れたら、先輩たちに何言われるか分かったもんじゃないよ?
その辺は弁えなきゃ?
あたしたち、アイドルじゃん」
「ん」
衣梨奈があっさり頷くので、聖はちょっと拍子抜けしたが、
「さ、先にシャワー使うね?」
そそくさとベッドから出て行こうとする。
ベッドから下りて、バスルームに向かおうとする聖の腕を、衣梨奈は名残惜しそうにそっと掴む。
「なに?」
聖が振り向くと、衣梨奈はそのまま背中に顔を埋めた。
「えり、時間なくなるってば」
「うん…」
衣梨奈が離さないので、聖は自分の方を向かせて深いキスをした。
「うん…みず、き…」
衣梨奈はそのまま枕に頭が沈んだのに気付き、ちょっとびっくりする。
聖が体重をかけてきたのだ。
「え、え…?
聖、また…すると?
時間、あんまないと…」
聖が無我夢中でキスしてくるので、衣梨奈もその甘さに溶けそうになる。
聖が衣梨奈の胸に腕を伸ばそうとしたところで、8時を知らせるアラームが鳴る。
我に返った聖が、呆然と衣梨奈を見下ろす。
「…シャワー、浴びてくる」
よろよろと歩いて行く聖の後ろ姿を見て、衣梨奈は少し微笑む。

14:2012/02/12(日) 12:00:35

「――――いい天気っちゃ!」
衣梨奈がカーテンを開けて伸びをしていると、
「パ、パンツくらい履いて!」
バスルームのドアを少し開けた隙間から、中途半端に髪を濡らした聖が真っ赤な顔で叫んだ。
「どうせお風呂入るんだからいいっちゃ」
「そういう問題じゃない!」
「は〜い」

外はいい天気だ。
何かいい事が起こりそうな予感がした。


END.

15名無し護摩:2012/02/12(日) 12:02:01

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅲ』

16:2012/02/12(日) 12:02:39

雨は依然として降り続いていた。


「止まないっちゃね」
窓から外の様子を見ていた衣梨奈は、カーテンを閉めてこちらに戻ってきた。
「明日、晴れたらいいけど」
ベッドに寝そべって携帯を弄っていた聖も、顔を上げて言った。

明日はライブがある。
いつもなら大抵当日現地入りするのだが、台風の影響で前乗りして今ホテルにいる。

17:2012/02/12(日) 12:03:09

「ちょっと伸びたね」
ベッドの隣に腰掛けた衣梨奈の襟足の辺りを、聖は触れる。
ファンクラブツアーでハワイに行った後、衣梨奈は長かった髪をバッサリ切ってショートにした。
長い髪も好きだったが、ショートも似合っているので聖はちょっと嬉しかった。

「あー、そろそろ切らんといけん。
ショートはマメに切らないかんけん、面倒っちゃ」
衣梨奈はめんどくさそうに言い、自分の頭に手をやる。
フフ、と笑い、聖は衣梨奈にヘッドロックをかける真似をする。
衣梨奈はケラケラ笑い、足をバタバタさせた。
ひとしきり笑ったあと、衣梨奈は聖の肩に凭れかかる。
「ん?」
聖は衣梨奈の方を向き、口にかかった髪を指でよけてやった。
「なんか、最近、ふたりになる時間なかったやん?」
衣梨奈が言った。
「あー、確かに…」
リーダーの愛の卒業ライブのリハに、取材、撮影。
今度から、10月にあるミュージカルの稽古も始まる。
衣梨奈はそれに加えて、不定期出演ではあるがテレ東の子供番組のレギュラーの仕事も始まった。
「なにを話したいってワケやないっちゃけど、聖とふたりで話したかったと。
電話とかやなくて」
「うん」
聖はそれだけ言って、
「聖も話があるんだけど」
と続けた。

18:2012/02/12(日) 12:03:41


「なん?」
衣梨奈は顔を上げた。
「…付き合わない?」
聖が言葉を選びながら言うと、衣梨奈は聖から離れて座り直し、まじまじと聖の顔を見つめた。
「あ、イヤだったら…。
てか、ごめん」
「恋人になるってことっちゃか?」
「それ以外何が…」
聖が最後まで言う前に、衣梨奈は聖の腕を掴み、そこへ顔を埋めた。
衣梨奈が泣いてることに、少し経ってから気付く。
「えり…?」
顔を上げさせ覗き込むと、
「ヤバイ…泣きそう」
と衣梨奈は目を擦りながら笑った。
「もう泣いてるじゃん」
聖も微笑んで、指で涙を拭ってやる。

19:2012/02/12(日) 12:04:15


「順番、逆になっちゃったけど。
勢いでやっちゃ…しちゃったような気もするけど、えりをずっと前から好きだから」
「いつ?」
「あー…いつだったかな」
衣梨奈の頭を撫でながら、聖は顔を上げて考える。
「いつかはハッキリ覚えてないし忘れたけど、ハロコンで9期発表した時、えりを綺麗な子だって思ったよ?」
「へえ…」
衣梨奈は目を丸くする。
「『聖って呼ぶね』とかいきなり言われるし」
聖がわざとちょっと意地悪そうに言うと、衣梨奈は声を上げて笑った。
「聖」
衣梨奈が目を伏せて、顔を近づけてきた。
聖はそのまま、顔を傾ける。
小さくキスして、すぐ離れた。
「左利きって」
「うん?」
「まず左で、抱き締めるっちゃね」
「あー…無意識だった。右がいいの?」
「どっちでもよか」
衣梨奈は微笑んで、
「えり、ここが一番好きっちゃ」
聖の腕の中に収まった。


END.

20名無し護摩:2012/02/12(日) 12:05:24

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅳ 〜それすらも』

21:2012/02/12(日) 12:05:56


「お風呂入ってくるねー」
ツアー先のホテルで。
聖がそう言って着替えを持って立ち上がると、ベッドで携帯を打っていた衣梨奈は顔を上げて『ん』と答えた。

22:2012/02/12(日) 12:06:26

約1時間後。
聖が髪を拭きながら出て来ると、衣梨奈はベッドに突っ伏して、携帯を握ったまま寝ていた。
キャミソールの裾もまくれて、お腹どころか胸も少し見えている。
「あーあー…もう」
聖は携帯を手離させて、
「えり、えり」
と揺する。
衣梨奈は顔にシートパックまでしていた。
「起きて。
ホラ、布団入って寝ないと。
風邪引くよ」
揺すられて、衣梨奈は一旦うっすら目を開け布団にごそごそ入る。
だがやたらと自分の顔を触り、
「パックが…ゴミ箱に入らんと」
(…ダメだ。寝ぼけてる)
聖はパックを剥がしてやり、そのまま傍のゴミ箱に捨てた。

23:2012/02/12(日) 12:07:19


(…聖がお風呂上がるの待ってるうちに、寝ちゃったんだろうな)
衣梨奈はすぐ寝てしまうので、ホテルで同室になったら先にお風呂に入らせるようにしている。
衣梨奈の携帯をベッドサイドに置こうとして、ディスプレイが目に入る。
『えりぽん、頑張るけん
おうえん』
ブログの更新なのか、ここまで打って変換しようとして寝てしまったらしい。
「…いいや、このままにしとこ」
衣梨奈の携帯を充電器に繋いで、聖も布団に入った。
「…おやすみ」
前髪を直してやり、額に小さくキスして聖も目を閉じた。


END.

24名無し護摩:2012/02/12(日) 12:08:21
 
 『デイドリーム・ビリーバー zero』

25zero:2012/02/12(日) 12:08:59

ある春の日。
ツアー先のホテルで、聖は電気も消して寝床に入った。
隣のベッドでは、同期の衣梨奈が早々と寝息を立てている。
寝つきいいなー、と微笑ましく思いつつ、聖も目を閉じた。

26zero:2012/02/12(日) 12:09:29

夢を見る。

原っぱのような場所が目の前に広がったと思うと、甘い香りが漂ってきた。
「わあ。林檎だ」
聖は目を輝かせた。
林檎の木が重そうな実をつけて聳え立っていた。
「おいしそう…」
ひとつもいでみようかと腕を伸ばすと、
『汝に告ぐ』
何処からか声が聞こえた。
「わ、びっくりした。
誰?誰ですか…」
『その林檎は禁断の果実やよー。
食べたらアウトやよー』
「…あの、高橋さんですよね?」
『違うがし。
なあ、ガキさん?
あ…』
聖は微妙な気持ちで目を細めた。
笑っているわけではない。
「わあ、おいしそうっちゃ。
聖、取って食べると」
気が付いたら、衣梨奈が隣に立っていた。
「あ、なんか高橋さんが禁断の果実だから食べちゃダメって」
『食べたらアカンとは言うてへんやよー。
ただ、アウトやって言うたんやー』
「どう違うと?」
衣梨奈はツッコミを入れると、
「ま、いいと。
よいしょっと」
脚立に乗り、
「聖、下押さえてて。
衣梨奈、上の方の林檎取ると」
振り返って指示した。

27zero:2012/02/12(日) 12:10:16


「なんで上なの?」
押さえながら聞くと、
「だって上の方がお日様がよく当たってきっと甘いと」
「…衣梨奈ちゃんってたまにムダに知識あるよね」
「キウイは林檎と一緒に置くと甘くなると」
「へ、へえ…」
衣梨奈はふたつほどもいで、
『よいしょ』
と下りてきた。
「うん、いい匂いと。
いただきまーす」
カシッという音を立てて、衣梨奈は早速林檎を齧った。
「わー、食べた!」
迷いのなさに、聖はやや引いた。
「うん、おいしおいし。
聖も食べると」
差し出された齧ったあとのある林檎を、聖はちょっと怪訝そうに見る。
『てか、毒とか入ってたらどうすんの…。
あ、もしかしてこの子、先に毒見してくれた?
ああ、でもこの子、そういうの、微妙だしなー』
恐る恐る、差し出された林檎を齧る。
口の中に、林檎特有の酸味を帯びた甘さが広がる。
「うん…おいしい」
聖がそう言うと、衣梨奈は顔をくしゃくしゃにさせて笑った。

28zero:2012/02/12(日) 12:11:04

『ちょ、ガーキさんて。
この子ら、食べおったわ』
『あー、食べたねー』
新垣の声がしたと思ったら、地面に大きな葉っぱが落ちていることに気付いた。
『ハイ、アンタら。
禁断の果実食べちゃったから、このイチジクの葉で隠してー』
「え…この葉っぱ、新垣さんっちゃか?」
衣梨奈は近づいて行って、
『えいえい』とイチジクの葉をその辺にあった棒でつついた。
『ちょ!
破れるでしょーがー!』
葉っぱはマジギレした。
「あ…スミマセン」
衣梨奈は小声で謝り、しゅんとなった。
「あの、新垣さん。
隠すって、何を隠すんですか?」
聖が問うと、
『そりゃあ、見られたら恥ずかしいトコよ。
もう!なに言わせんのよ!』
「あの…聖たち、服着てますし」
『『あ』』
高橋と新垣の声が重なった。

29zero:2012/02/12(日) 12:11:36


『禁断の果実は、食べたら快楽を知ることになるやよー。
後戻りできんがし』
「はあ」
どっかで聞いた話だなあ、と聖は考える。
「えー、こわいっちゃね」
シャリシャリいわせながら、衣梨奈は林檎を食べていた。
『うっわー。
この子、ふたつめいったよ!愛ちゃん!』
「おいしいですよ?」
衣梨奈は悪気なく笑った。
「快楽だって。
どうする?聖?」
「…大して悪いって思ってないでしょ?」
「聖も食べる?
衣梨奈、もっともいでくるっちゃ」
「…とりあえず上がった時、スカートの中見えないようにしてくんない?」
「えー、聖のえっちー」
「いや、えっちじゃなくって」

そこで目が覚めた。

(…ヘンな夢だなあ)
聖は頭をかいた。
隣で衣梨奈は、ぐっすり眠っている。
寝顔を、ちょっと綺麗だと思ってしまった。

30zero:2012/02/12(日) 12:12:24

てか、リンゴを食べたのはアダムとイブだよね?
としたら。
…うちら、どっちがアダムでどっちがイブ?
まあ、どっちでもいいけど。


というか、この子、迷いなく食べてたな。
聖は衣梨奈の寝顔をまた見て、苦笑した。

まだ起きるには早い時間だったので、『ま、いっか』と聖は布団を掛け直して眠りについた。

31zero:2012/02/12(日) 12:13:20


その日の朝。

起きてすぐ、昨夜コンビニで買い込んだパンなどでふたりで朝食を摂る。
衣梨奈はコンビニ袋をがさがさいわせて中から出し、
「えり、ゆうべリンゴのパン買ったと。
食べる?」
「え?」
聖はちょっとイヤな予感がした。
衣梨奈はひとくち齧り、聖に差し出した。
「うん、おいしいと。
食べなよ、聖」
「う、うん…」
衣梨奈が齧ってない部分を、恐る恐る齧る。
菓子パン特有の甘ったるい味と、甘く煮たリンゴの味が広がった。
「ね?
おいしかろ?」
「…甘い」
ぺろっと唇を舐め、指で口についた砂糖を拭った。
「まだついとうよ」
衣梨奈は手を伸ばし、聖の口許の砂糖を拭ってやる。
拭った指を、衣梨奈は舐めた。
聖は思わず目を丸くする。
「えへへ。
甘いと」
衣梨奈は満足そうに笑った。

『覚えとき。
禁断の果実を食べたら、もうアウトやよー』

夢の中の神様の声が、聖の頭の中に響いてきた。


END.

32名無し護摩@蛇足ですが:2012/02/12(日) 12:15:23
 
※禁断の果実→アダムとイブの話でおなじみのアレです。
       フクちゃんの夢では快楽の実となってますが、
       聖書では快楽ではなく、知識の実。
       よくリンゴというが、実はリンゴではないとか。

『アダムとイブ、禁断の果実食う→わー、ヲレらなんでまっぱなん!?』
て流れで、ふたりはいちじくの葉で恥ずかしいトコ隠したそうです。


※※これはふたりが付き合うずっと前の話です。
ちょうど2011年の春ツアーの頃なので、フクちゃんは夢の中でえりぽんを名前に
ちゃん付けして呼んでます。

33名無し護摩:2012/02/12(日) 12:16:19

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅴ』

34名無し護摩:2012/02/12(日) 12:17:01

※これは愛ちゃん卒業の少し前の話です

35:2012/02/12(日) 12:17:32

――――数学の授業終了5分前。

衣梨奈はシャーペン握ったまま、意識が飛んだ。
気が付いたら、ガタガタ、と周りの子たちが席から立ち、一気に騒がしくなった。
一体自分はどこに行ってたのか。
頭を振って、教科書をしまった。
「宿題、最後に言ったよ。あと、明日小テスト」
友達が教えてくれる。
持つべきものは友だ。
衣梨奈は礼を言い、教えてくれた教科書のページとテスト範囲をメモした。

36:2012/02/12(日) 12:18:16


最近、いつもこんなだ。

衣梨奈はためいきをついた。

秋ツアー本番とミュージカルの稽古が始まってから、更に忙しくなった。
不定期ではあるが、おはスタ出演。
おはスタは生なので、その日は朝3時には起きて。

それと。
最近、聖と微妙に上手くいってなかった。

この前、聖の家に遊びに行き。
まあ、なんだかんだで聖の部屋で色々あって。
行為後に爆睡して夕方帰ったのだが。

それ以降、ギクシャクしてしまい、あまり突っ込んだ話をしていない。

聖は聖で、ミュージカルの稽古中に居眠りして先輩に怒られたり。
9期まとめて怒られたり。
なんだかスカッとしないことが続いていた。

37:2012/02/12(日) 12:18:47

衣梨奈は、眠気覚ましも兼ねて休み時間にてくてくと廊下を歩いた。

それにしても眠い。

明日はおはスタがある。
数学で小テストがある。
ミュージカルの稽古がある。
取材がある。
体育がある。

あと、なんだっけ。

考えたら、よけい眠くなってきた。

38:2012/02/12(日) 12:19:19

昼休みになった。

給食の時間は好きだった。
この学校の給食は量が多い。
食べきれないくらいだ。

同じクラスの友達は、聖のファンなのか、聖のことをよく聞きたがる。
「フクちゃんって、えりのこと普段なんて呼んでるの?」
「フクちゃんとどんなとこ遊びに行くの?」
「フクちゃんと一緒のツーショ見してー」

(みんな聖、好きっちゃねー。
いちおー、衣梨奈もアイドルなんやけど)

39:2012/02/12(日) 12:19:52


衣梨奈は知らない。

クラスの一部女子に、ぽんぽんヲタがいることを。
「やっばくない?ぽんぽんは奇跡だよ、奇跡!」
「いや、あたしはりほかの派なんだけど」

彼女らは、衣梨奈がいない時よくそう言っているのだ。

40:2012/02/12(日) 12:20:24

「あ」
放課後。
同期の香音を見かけた。
「おーい、スズカノー!」
ポニテ頭の香音はくるっと振り返って、
「先生に呼ばれてるからまたね」
と行ってしまった。

41:2012/02/12(日) 12:21:02

ちぇっ。
つれないの。
衣梨奈はちょっと拗ねる。

42:2012/02/12(日) 12:21:42

また歩いて行くと、他の女子と一緒に連れ立って歩いてきた、同期の里保とすれ違った。
衣梨奈には気付いたようで、すれ違う時、里保はチラッと視線を衣梨奈にやった。
里保は校内で会っても、結構素っ気無い。
たまに小さく手を振ってきたりもするが。

43:2012/02/12(日) 12:22:24

眠い。
眠い。
眠い。

なんか、聖に会いたくなってきたと。

眠い頭で、衣梨奈は考えた。

聖の肩先に凭れて、ちょっと休みたくなった。

44:2012/02/12(日) 12:23:10

(あ、いかんいかん。
ケンカしとるんやった。
…はあ)

衣梨奈はためいきをついた。

どっちが悪いとか。
どっちが謝るとか。

それを考えるのも、眠くなってきた。

(…まあ、稽古行けば会えるし)

そして今日もまた、お互い相手の反応見ながら、余所余所しい会話を交わすのだろう。

45:2012/02/12(日) 12:24:01

「…みずきのあほーーーーー!!」

周りに知られないように、衣梨奈はカバンを振り回して小声で叫んだ。


END.

46名無し護摩:2012/02/12(日) 12:24:52

 『デイドリーム・ビリーバー EX』

47名無し護摩:2012/02/12(日) 12:26:06

※番外編で、9期デビュー前後くらいの話です。

48EX:2012/02/12(日) 12:26:48

『綺麗な子だなあ』


9期メンバーとして里保や香音とステージに上がってきた衣梨奈を見て、聖は思った。

49EX:2012/02/12(日) 12:27:32


正月恒例のハローのコンサート。
その日は、モーニング娘。のオーディションに合格したメンバーの初お披露目があった。
『やっぱ、こういう子が受かるんだな…』
聖自身は3次審査で落ちていたので、そう考えた。

50EX:2012/02/12(日) 12:28:36

「あと1名、モーニング娘。に参加させたいメンバー、決心しました」


「譜久村」

つんくに名前を呼ばれたとき、聖の人生は変わった。

51EX:2012/02/12(日) 12:29:56

新メンバーとしてモーニング娘。に加わり、日々の生活も多忙になる。
モーニングの忙しさは、噂では聞いていたが、話に聞くのと実際するのとでは大違いだった。

でも、エッグとして経験のある自分が同期の3人を引っ張っていかなきゃいけない。
聖は考えた。

元々東京にいる自分と違って、衣梨奈、里保、香音の3人は地方から上京しての加入だ。
特に里保と香音は、小学校卒業を目前にしての転校だった。

52EX:2012/02/12(日) 12:31:56

帰ってから、電話で他の子の泣き言を聞いたり。
ダンスや歌で分からないとメールで言ってきたことを、自分も復習しながら
返信したり。


1日があっという間に終わる。

そうやって、日々は過ぎて行った。

53EX:2012/02/12(日) 12:32:30

ある日。

衣梨奈がその日、ダンスレッスンで先生に怒られた。
結構キツイ事を言われたので、聖も気にしてはいた。
帰ってお風呂に入り、部屋で髪を乾かしながら何となく携帯を弄っていたら、
着信があった。
衣梨奈だった。

最初はその日あった事とか雑談をしていたが、衣梨奈がふと、
「えり、やめた方がいいんやろか」
と漏らした。
「何が」
聖はちょっと怒った声で言ってしまう。
「これ以上やってもさ、なんか迷惑かけるって最近思うけん」
聖がしばらく黙ってると、泣き声がしてきた。
聖はどう言ったものか考える。
衣梨奈はすぐに泣くが、こんな泣き方は初めてだった。
「ねえ、ここまで頑張ってきたんだからさ。
頑張ろうよ」
電話の向こうで泣きじゃくる衣梨奈に、聖は言った。
すぐに返事しなかったが、やがて衣梨奈は、『うん』と泣きながら言った。

54EX:2012/02/12(日) 12:33:21

モーニングの活動に慣れてくると、衣梨奈は先輩の里沙に特に懐くようになった。
聖たち他の9期は、あまりの懐きっぷりに、苦笑いして見ていた。


そんなある日。
「そんなに好きならさ、言ってみたら?新垣さんに」
9期だけで話しているとき、そんな事を里保が言った。
香音も『こーくはーくー!』と盛り上がる。
衣梨奈は困ったように聖に視線を送ってきた。
あれは助けを求めてる目だ。
そう思ったが、聖は、
「まあ、そういうのは本人の意思だしさ」
と、その場は流した。

55EX:2012/02/12(日) 12:33:56

その日の仕事終わり。

「聖」
楽屋で鞄や荷物をまとめていると、衣梨奈が声をかけてきた。
「ん?」
「えり、新垣さんとこ行ってくる」
「ああ、なんか分かんないとことか聞くの?」
衣梨奈は首を振った。
「正直に、えりが新垣さんどう思ってるか、言うてくる」
聖は言葉が出なかった。
「ああ…うん。行ってらっしゃい」
ようやっと、それだけ言って見送った。
衣梨奈は何も言わず、緊張した面持ちで部屋を出て行った。

56EX:2012/02/12(日) 12:34:30

そういや、私。
同年代の女の子を、綺麗って思ったことなかったな。
可愛いって思ったことはあったけど。


楽屋で待ってる間、聖は衣梨奈に初めて会った日の事を思い出していた。

57EX:2012/02/12(日) 12:35:43

衣梨奈が戻って来た。
ドアを閉めて、すとん、とドアに近い側の真ん中のパイプ椅子に腰を下ろした。
「言ってきた?」
聖が尋ねると、
「うん」
携帯をカチカチ弄り出す。
メールでも打ってるのだろうか。
テーブルの反対側の一番右端に腰掛けていた聖は、自分の携帯のディスプレイを眺めながらも、衣梨奈を時々見遣っていた。

聖はちょっとしてから異変に気付く。
傍目から見ても、衣梨奈は同じ箇所を打っては消し、打っては消し、としてるようだった。
見てられず、聖はガタンと立ち上がり、ドアの方へ向かう。
衣梨奈は聖を見ていたが、聖が自分の背後に回って立ったのを、首を曲げて
「なん?」
と問う。
「泣いていいよ」
それだけ言って、聖は衣梨奈を後ろから立ったまま抱き締めた。

58EX:2012/02/12(日) 12:36:31

衣梨奈は一瞬息を呑んだようだが、やがて堰を切ったように泣き出した。
「うえ…うぐっ…」
「ね、無理しなくていいからさ」
耳の近くで言って、聖は頭を撫でてやる。
「がま…我慢…」
「うん?」
「我慢…して、しとったのに…なんで」
しゃくり上げながら、衣梨奈が言う。
顔を近づけると、目も顔も真っ赤だった。
なんで、というのが、何に対するものか分からなかったが、聖は構わない、と思ってぎゅっと腕に力を込めた。
「しなくていいから」
聖しか見てないから、と聖は付け足した。

59EX:2012/02/12(日) 12:37:01

その数日後。

聖は仕事の空き時間に、サブリーダーの里沙に『ちょっといいかな』と呼び出された。
スタジオの外の、人気のない所に連れて行かれる。

「その、生田の様子どう?」
開口一番、里沙はそう切り出した。
「え…?」
「いや…知ってると思うけど、この前、あたし生田に告られたんだけど、
『好きな人いるから』って断って…」
里沙が言い終わらないうちに、
「どうしてそれをあたしに聞くんですか」
聖は思いがけず大きな声を出した事に、自分自身驚いた。
言われた里沙も、目を丸くしてる。
「…すみません」
踵を返し、聖は元来た道を歩いて行った。

60EX:2012/02/12(日) 12:37:33

『みずき〜!
新垣さん、ダンス褒めてくれたとー!』

『新垣さんにお菓子もらったっちゃ!』

『新垣さん、写メ撮るのうまいと!
聖も撮ってもらうといいったい!』

思い出すのは、いずれも笑顔の衣梨奈ばかりだった。
聖は悔しさに体を震わせながら、ぎゅっと拳を握った。

61EX:2012/02/12(日) 12:38:11

楽屋へ戻れず、廊下の端の長椅子に腰掛けてやり過ごしていると、いつの間にか
衣梨奈が隣にやって来てすとん、と座った。


「新垣さんから話、聞いたと」
「えりぽん…」
「ありがとうっちゃ」
「――――え?」
「聖、えりのこと思って新垣さんに怒ったんやろ?
だから、ありがとうっちゃ」
「…ふ」
「なんで笑うとー?」
衣梨奈はちょっと膨れて、でも笑いながら聖の腕を叩いてくる。
やっぱり、この子はズレている。
聖は可笑しくなってきて、今度は声を上げて笑った。
「もー」
衣梨奈はぱしぱし叩いて、聖と顔を見合わせ、自分も声を上げて笑った。


END.

62名無し護摩:2012/02/12(日) 12:38:55

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅵ』

63名無し護摩:2012/02/12(日) 12:42:00

※これは『デイドリーム・ビリーバー Ⅴ』(このスレの>34-45)のちょっと後くらいの話です。
愛ちゃんは卒業してます。

64:2012/02/12(日) 12:43:00

秋の日は暮れるのが早い。


聖は、はあ、とため息をついて稽古場のあるビルから出た。

最近、どうにも煮詰まっている。

近々、リーダーの里沙、先輩のれいな、9期4人が出演する舞台がある。
9月最終日に先代リーダー・愛の卒業ライブが終わり、今は連日舞台の稽古だ。
時間がないのはみんな分かっている。
しかしふとした時に油断は訪れるもので。
聖は稽古中に寝てしまったのだ。
演出家の先生が聖の演じるクレオパトラについて説明している時だったので、そのタイミングもまずかった。

9期は全員、里沙とれいなに呼び出され、ガツンと怒られた。
原因は自分なので、聖は他の同期3人に申し訳なく思った。

65:2012/02/12(日) 12:43:42

『電話してね』

彼女の衣梨奈にそれだけメールして、聖はベッドに突っ伏した。
この処、いくら寝ても疲れが取れない。
母には帰ったら早々にすぐお風呂に入れ、宿題をやれ、と言われ、少々うんざりする。

(衣梨奈とかみたいに寮に入れたらなあ)
天井を見上げながら、聖は思う。

衣梨奈たち上京組は、会社が管理している寮にいる。
寮と言っても女性専用マンションみたいなものだが、食事の面倒も見てくれる専任の人がいるらしい。
しかし各部屋の掃除までしてくれるわけではないので、衣梨奈や里保みたいな片付けの苦手なメンバーの部屋は
惨憺たることになっているとかいないとか。

(そういや、行くって言っててずっと行ってないな)
なかなか時間がとれず、付き合い出してからも衣梨奈の部屋には行けていない。

チラッと横目でベッドに放り出した携帯を見る。
着信は、まだなかった。

「…えりのバーカ」
携帯を充電器に繋げ、聖は頭から布団をかぶった。
もう、3日ほどこの繰り返しだった。

66:2012/02/12(日) 12:44:20


――――翌日。

「ごめん、聖ー」
稽古場で会うなり、衣梨奈は眉を下げて言った。
ゆうべも電話しなかったのを、気にしてるようだ。
「…もう!これで3日だよ!」
他のメンバーに知られないように、聖は小声で語気を荒くする。
「聖から電話くれたらいーやん」
「電話しても寝てるじゃん」
「うん、まあ。そうなんだけど…」
衣梨奈は困ったように笑う。
「電話してよ?」
「うん…」
衣梨奈は何か言いたそうだったが、敢えて聖は触れなかった。

67:2012/02/12(日) 13:05:13


――――その夜。

「…もう!」
聖はいい加減しびれを切らし、自分から電話をかける。
やっぱり、繋がらなかった。

68:2012/02/12(日) 13:05:46

「衣梨奈」
翌日、稽古場で会った時、聖はすぐ冷たい目を向け呼びかけた。
「あー、はい。
すみません…」
衣梨奈はただ、頭をかいて笑うだけだ。
「ごめん、最近ほんっとヤバイくらい眠いと。
稽古の後でよかったら、ちょっとくらいなら時間あるから話聞くと」
衣梨奈なりの気遣いなのだろう。
頭では分かっていても、聖は
「もう、いいよ」
スッと通り過ぎて稽古場に入って行った。

69:2012/02/12(日) 13:06:23

(自分は、どうしてこうなんだろう)
休憩中、ペットボトルの水を飲みながら聖は思う。
大事なものを、大事にしたいだけなのに。
衣梨奈を、困らせていることは分かっている。
でも、どうしたらいいのか分からない。

70:2012/02/12(日) 13:06:59

――――その数日後。
事務所に行く用があり、稽古の前に立ち寄った。
ビルから出ると、見覚えのある人物が手を振っていた。

「えり…」
「公園行くと」
近くの公園に連れて行かれ、衣梨奈は『ハイ』と何か袋を渡した。
「なに?焼き芋?」
「うん。
この前、香音ちゃんとか里保と食べたと。
すっごく美味しかったから、聖にも食べさせたげたいって思ったと」
気遣いが。
嬉しい筈なのに。
「…聖だけ、いない時に食べたんだ」
聖は俯いて言った。
衣梨奈は怪訝な顔で見ていたが、すぐ困ったように、
「え、だって、聖、そんとき別の…」
「もういいよ」
袋を衣梨奈に押し返し、聖はそのまま歩き出した。

71:2012/02/12(日) 13:07:33


その日。
帰ってから、聖は夕食も食べず、ずっとベッドで泣き通した。

72:2012/02/12(日) 13:08:08

――――翌日。
聖は稽古場への道を、重い足取りで歩いていた。
午前中に学校で、月のものが始まったのだ。
今月はやけに遅く、その所為か普段よりきつかった。
(…何かお腹に入れて、鎮痛剤飲もう)
稽古場に入り、椅子に腰掛けて錠剤を水で流し込んだ。
幸い、まだ誰もいない。
長机に突っ伏して、痛みが和らぐのを待った。

73:2012/02/12(日) 13:08:44

「…みずき?みずき?」
意識が遠退きかけたとき、肩を揺すられた。
「あ…来てたんだ」
顔をこすって、体を起こした。
衣梨奈がじっと自分を見ていた。
「どうしたと?具合悪いと?」
「うん…お腹が」
「女の子の日っちゃか?」
「あー、うん」
「薬は?飲んだと?」
なかったらえり、持ってると、と衣梨奈は自分のカバンをがさがさ漁った。
「飲んだ。
大丈夫だから」
「うん」
衣梨奈の心配そうな顔を見てると、ふっと頬が綻んで、
「…ちょっとだけこうしてて」
座ったまま、衣梨奈の肩先に聖は顔を埋めた。


END.

74名無し護摩:2012/02/12(日) 13:11:31

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅶ』

75名無し護摩:2012/02/12(日) 13:14:19

※これは『デイドリーム・ビリーバー Ⅵ』(このスレの>62-73)の
後日の話です。

76:2012/02/12(日) 13:15:00



ご機嫌を損ねる、というのはこういうことか、と衣梨奈は最近身をもって知った。

77:2012/02/12(日) 13:15:41


最近付き合いだした――――同期の聖を衣梨奈が電話を返さなかったことが原因で怒らせてしまい、
他にも色んな出来事が絡まって、しばらくギクシャクしていた。

78:2012/02/12(日) 13:16:13

(…衣梨奈やって、怒ってたんやけんね)

少し前に聖の家に招かれて、日中、別室に他の家族もいるというのに、聖は自分の部屋で迫ってきた。
同意して身を委ねたとはいえ、どうにも釈然としないような気がし、しばらく聖と必要最低限の会話しかしなかったのだ。
(いつまでも怒ってるのも大人気ないかなー、やっぱ)
そう思い、劇場に通う日々は続く。

今、衣梨奈はミュージカルに出演していた。
新宿の南口から少し歩いた所にある劇場に、短期間ではあるが先輩の里沙やれいな、9期全員で出ていた。

数日前、稽古中に聖が少し体調を崩したことがきっかけで、若干仲直りはした。
聖も反省してるのかそれとも体調が原因で弱っているのか、一時の機嫌の悪さは収まっている。

79:2012/02/12(日) 13:16:43

(一緒にブログ用の写メ撮ったりはしとうけど、うーん)
衣梨奈は燻るように悩んでいた。

80:2012/02/12(日) 13:17:19

(両想いやと思っとったけど)
溜息をつきつつ、考える。
(…えりの『好き』と、聖の『好き』は食い違うと)

もやもやとする日々は続く。

81:2012/02/12(日) 13:17:49


ある日。

その日はたまたま休演日だった。
今日は少しはのんびりできると思って仲のいい友達と昼休みに給食を食べていると。

「ちょ、えりー!」
席を外していた友達がクラスに戻るなり、慌てて衣梨奈のところへやって来た。
「なん?」
「ちょっと、えりの同期のズッキと鞘師ちゃん?
2年の子に呼び出されてたよ」
「え?」
衣梨奈は食べかけのパンを皿に置いた。
「あの、なんてったっけ?
スマイレージに入った2年の子、あの子も呼ばれてた」
「それ…」
「まずくない?」
衣梨奈は少し躊躇したが、
「…行ってくる!」
席から立った。

82:2012/02/12(日) 13:18:30

校舎の裏に走って行くと、見覚えのあるポニテ頭が目に入った。
香音だ。
里保、スマイレージの香菜たちの先に、いい評判を聞かない女子たちがいる。
衣梨奈とクラスは違うが同じ学年の子が5人と、1年が2人いた。

「えりちゃん…」
先に、香音が口を開いた。
「ちょっと。
あんたら、この子らに何か用?」
走ってきた衣梨奈が息を落ち着かせながら言うと、
「やっぱ訛ってるよ」
グループのうちのひとりが小声で言い、数人がくすくす笑った。
衣梨奈は眉を顰める。
「えりの訛りはどうでもよか。
この子らに何か用なんかって聞いてるったい」
「ああ、あんたもモー娘。?」
分かっているだろうに、わざわざ尋ねる辺りに悪意を感じる。
衣梨奈の隣にいる里保が険しい表情をしているのが、横顔で分かった。

83:2012/02/12(日) 13:19:33

ふと顔を上げると、モーニングの後輩の亜佑美が走ってくるのが見えた。
「みんな!」
衣梨奈と同じように誰かにこのことを聞かされたのだろうか、焦った様子でやって来た。
「あ、またモー娘。来たよ」
グループの1年の子が言った。
「ちょ、オマエ、3年にヤバイってー」
と他の子たちは笑っているが、衣梨奈たちはちっとも愉快ではなかった。
「あ、先輩。宮城から転校してきたんでしたっけ?
ヒョージュンゴ分かります?ヒョージュンゴ」
続けるように言ってきた悪意を含んだからかいに、里保が怒った目を向けた。
「ちょっと何?
何でみんな…」
亜佑美の問いに、
「べっつにー。
このヒトたち、ちょっとゲーノージンだからデカイ顔してね?ってウチらの知り合いが言ってましてねー、先輩」
2年のひとりが答える。
衣梨奈は膝の横で握り拳を震わせた。
「それやったら里保とか香音ちゃんまで呼ばんでいいっちゃろ!
1年相手になん?
中西ちゃんと石田ちゃんなんか転校してきたばっかやん!」
「ウザイんだよ、オマエ!」
衣梨奈は一際体の大きな子に突き飛ばされた。
「オイオイオイ、ケガさせんなよー。
なんかあったらヤバイしー」
そう言いながらさっき亜佑美に答えた生徒が衣梨奈のシャツの前部分を掴み、
「おはガールかなんか知んねーけど、調子こいてんじゃねーよ」
そう言ってから後ろへ放り投げるように離した。
「もうやめてえやあ!」
香菜が泣き出した。
「うちらがあんたらに何かしたの!?」
「もう気が済んだでしょう?」
「暴力まで振るって、最低だよ!」
香音、里保、亜佑美は口々に言った。
衣梨奈は倒れたまま、ぼんやりとそれを見ていた。
「モー娘。なんて落ち目じゃん」
連中も飽きてきたのか、さっき衣梨奈にウザイと言って突き飛ばした生徒がさもバカにしたように言った。
「こんなブスが入れるなら誰でも入れるよ」
「あー、行こ行こ」
「生田さんに謝りぃやぁ!」
香菜が走って、衣梨奈を突き飛ばした生徒の腕を掴んだ。
「離せよブス!」
「謝りぃや!」
尚も食ってかかる香菜に、
「ここで歌って踊ったら?
そしたら謝ってやるし」
嘲笑が聞こえた。
みんな険しい表情になる。
衣梨奈は、
「うちらは…ファンの人らに楽しんでもらうために歌って踊ると。
そんなんで見せれん」
「金取ってんじゃん」
「親もおかしいよね、そんな仕事させて」
「卑しい商売だね」
フン、と鼻を鳴らし、衣梨奈に唾を吐き掛けて連中は言った。

「えりちゃん…」
里保は衣梨奈を抱き起こし、香音は黙って衣梨奈の顔の唾をハンカチで拭いた。
亜佑美は泣きじゃくる香菜の背中をさすり、慰めていた。

84:2012/02/12(日) 13:20:12

衣梨奈の武勇伝は、存外早くメンバーに伝わっていた。

その日、打ち合わせなどがあるので、学校を終え、衣梨奈は事務所に向かった。
廊下で、
「えり」
と聖が声を掛けてきた。

85:2012/02/12(日) 13:20:58

何となく、洗面所に向かう。
「聞いたよ、学校でケンカしたって」
と聖は囁くように言った。
「うん」
所在なさげに、衣梨奈は頭をかいて頷く。
「話伝わるの、早いと」
「ケガは?」
「あ、うん。
突き飛ばされたりしたっちゃけど、血は出ん…」
衣梨奈が全部言い切らないうちに、聖が強く抱きしめてきた。
強く抱きしめてはいるが、聖が震えているのが分かった。
「同じ学校じゃないんだし、いつでもそばにいて守ってあげれないんだから。
頼むから、無茶しないでよ」
聖が真っ直ぐ自分を見て、また抱きしめる。
「うん…」
衣梨奈は聖の肩に額をつけて、両手を彼女の背中に回した。
「聞いてる?」
「うん」
衣梨奈は小さく頷いた。

86:2012/02/12(日) 13:21:29

「悔しかったと」
衣梨奈は呟いた。
「うん?」
「えりのことだけバカにするんならまだ我慢できると。
仲間とか親とか、モーニングとか、仕事とか、そんなんまでバカにされて…ばり、くやし…」
聖が黙って、衣梨奈の肩を掴んで押して、顔を上げさせた。
衣梨奈は手の甲で涙を拭う。
「えらかったね、我慢して」
「ちが…我慢しとらん…」
「うん?」
「自分らなんかに芸を見せれんって啖呵切ったと」
「フフ」
「なんで笑うと」
聖は目を細めて衣梨奈の頭を撫でる。
「頑張ったね」
お姉さんのように言い、聖が抱きしめてきた。
衣梨奈は何か自分の中の何かが溶けていくような気がして、また聖の肩に顔を埋めた。
顔を上げると、聖が両手で頬を包んできた。
そのまま目を閉じて口づけを受けようとすると人が入って来て、そのまま瞬時にふたりは離れて
何事もなかったかのように洗面所を出た。


「聖の彼女は、勇敢だよ」
廊下で、聖が前を向いたまま、ちょっとだけ手を繋いできて言った。


END.

87名無し護摩@つけたし:2012/02/12(日) 13:23:00

※書き忘れ。Ⅶはちょうど『リボーン』を上演してた頃の話です。

88名無し護摩@つけたし:2012/02/12(日) 13:24:28

 『デイドリーム・ビリーバー  Ⅷ』

89名無し護摩:2012/02/12(日) 13:25:21

※これはガキフクバースデーイベのちょっと前の話です

90:2012/02/12(日) 13:27:30

「水炊き?」
「うん、ママに頼んで、地元でお肉とかスープ買って来てもらったと」

聖は、衣梨奈のマンションの前にいた。
とある金曜日、仕事が終わってから、一緒にやって来たのだ。
前から遊びにおいで、と衣梨奈に言われていたので、翌日は土曜で学校も休みなので、
話し会って今日お泊り会をしようということになったのだ。

夕食はえりがご馳走すると、と衣梨奈は張り切っていた。

91:2012/02/12(日) 13:28:46

部屋に荷物を置いて手を洗うと、
「テレビでも見といて」
と衣梨奈は早速、料理を始めた。
「手伝うよ」
「よか、座っといて」
そう言われたので、聖は何となくリビング奥のソファーに移動し宿題を始める。

ふとシャーペンを走らせる手を止め、部屋の中を見渡す。
衣梨奈は片付けが苦手なので、自宅もさぞ惨憺たることになっているだろうと思っていたら、
拍子抜けするくらい綺麗だった。
聖はソファーの前のテーブルの隅に、紙切れがあるのに気が付いた。

92:2012/02/12(日) 13:29:24

『えり
たまには掃除しなさい。
聖ちゃんが来たら、冷蔵庫のデザートも出してあげなさいね』

93:2012/02/12(日) 13:30:10

文面に、聖はぷぷっと笑いを堪えた。
「何笑っとるん?」
衣梨奈がエプロン姿でソファーにやって来る。
聖はニヤニヤして紙を渡す。
受け取って目を通すと、衣梨奈はすぐ
「もう〜!見んでぇー!」
バツが悪いのか、少し赤くなって、ばしばし聖の二の腕を叩いた。

94:2012/02/12(日) 13:31:32

「お母さん、来てたんだね」
テーブルに卓上タイプのIH調理器を置き、後は鍋で煮込むだけだ。
「うん。
ママ、昨日こっちの親戚に用あって来て、今日帰ったと」
「へえ」
(…野菜とかは多分お母さんがあらかじめ切って用意してたんだろうな)
皿に盛られたキャベツなどを見て、聖は思った。
「キャベツ、入れるんだね。
白菜じゃなくて」
「うん」
衣梨奈は鍋の蓋を開けて、中のスープを掬って椀によそい、そこに塩とネギを入れた。
「はい。
冷めんうちに飲んで」
「ああ、うん」
受け取って、聖は一口啜った。
「…んー!」
聖は目を大きく見開き、
「おいしい!」
「いけるやろ!?」
衣梨奈も顔をくしゃくしゃにして笑い、嬉しそうだ。

ふたりは鍋の具を殆ど食べつくして、満腹なのでシメの雑炊は明日の朝食べることにした。

95:2012/02/12(日) 13:34:03

「すっごいおいしかった!」
聖は満面の笑みで言った。
「ありがとう、えり」
「喜んでくれて嬉しいと。
ママに買ってきてもうて正解やったと」
「うんうん。
お母さんにもお礼言わないと」
そう言って、聖は衣梨奈の頬を両手で包んだ。
「なんか、えり。
肌、すべすべしてる」
衣梨奈の頬をさすって言うと、
「コラーゲン効果っちゃ」
衣梨奈は目を細めた。
「なに?
昨日なんか食べたの?」
「へへ、水炊き」
「え?
じゃ、えり、2日連続水炊き食べたの?」
「うん、だって」
めっちゃおいしいけん、聖にも食べさせたかったと。
そう続け、衣梨奈は屈託なく笑う。
それを見て、聖は嬉しさと同時に少し切なくなる。
聖は椀を置き、衣梨奈の肩を抱きキスをした。
「ありがと」
小さく囁き、もう1度衣梨奈の耳のそばに口づけた。

96:2012/02/12(日) 13:34:49

聖がバスルームから出ると、先に風呂に入った衣梨奈がリビングで、
ソファーに座ってテレビを見ていた。
「なに?」
髪を拭きつつ何を見ているのか尋ねると、
「ん、撮り溜めしててまだ見てないやつ」
「うん」
聖も隣に腰掛ける。
「聖、アイス食べると?
いちごとチョコ入っとるやつ、あると」
「ああ、うん」
衣梨奈が冷凍室から出してきたアイスを食べながら、ふたりで録画を見た。

97:2012/02/12(日) 13:36:36

1本音楽番組を見終わり、次何を見ようかとなった時、録画一覧を見て、聖は、
「あ、『ハロプロ!TIME』。
聖、この日のまだ見てないんだ。
これ見ていい?」
「あ、うん」
衣梨奈はちょっと浮かない顔をしたが、リモコンを操作した。
その回の『ハロプロ!TIME』は、武道館公演と10期発表の舞台裏を取り上げたものだった。
途中まで、ふたりは笑って見ていたが、番組中盤を過ぎたくらいで、聖は『ん?』と首を傾げる。
気になる箇所があり、リモコンで巻き戻す。
「あれ…?」
それを2〜3度繰り返す。
衣梨奈は最初は黙っていたが、どのシーンを巻き戻しているのか確信し、
「もー!そんな何度も巻き戻して見んでええやん!」
赤くなってリモコンを聖の手から奪う。
「…もしかして、妬いてる?」
聖がリモコンを奪い返し一時停止した画面には、ステージの裏で新メンバーとして入ってきたエッグ仲間の遥を、嬉し泣きしながら抱きしめてる聖がいた。
遥の横で、視線を泳がせる衣梨奈も映っている。
聖にそう問われ、衣梨奈は無言で頷く。
画面の中の自分は、見てて恥ずかしくなるくらい、妬いているのが丸分かりだった。
「そっか。
妬いてるんだ」
聖はリモコンを置いて、目を細める。
「や、くどぅーはエッグでおんなじやったって分かっとうし、仲いいんやなってこん時もその後の普段見てても分かるし、
えりも初めての後輩やし、一緒にこれからがんば…」
よく分からない言い訳を始めた衣梨奈がふと横を見ると、聖が膝に顔を埋めて、笑いを堪えているのが分かった。
「そこ笑うとこなん!?」
「や、だってさー」
顔を上げた聖はうっすら涙まで浮かべていた。
笑いすぎだ。
「心配しなくても、えりを一番好きだよ」
「え、あ…」
聖のキスは、さっきのアイスのいちごとチョコの香りがした。


END.

98名無し護摩:2012/02/12(日) 13:38:13

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅸ』

99名無し護摩:2012/02/12(日) 13:38:44

※これは、ガキフクバースデーイベ当日の話です

100:2012/02/12(日) 13:39:14

遥には、気になっていたことがあった。

101:2012/02/12(日) 13:41:10

その日は、葛飾でリーダーの里沙と、聖のバースデーイベントがあった。
ファンクラブ限定で、昼夜2回の公演。
自分と衣梨奈は、サプライズゲストとしての出演だ。

102:2012/02/12(日) 13:43:38


夜公演で、衣梨奈がバースデーケーキ用の、
里沙と聖の名前が書かれたチョコプレートを載せた皿を持って登場すると、
「来ると思ったよ〜!」
聖のテンションが上がって、普段ステージであまり出さないようなはしゃいだ声で、
「今日はおはガールでしょー!」
物凄く嬉しそうに衣梨奈にエアパンチしていた。

103:2012/02/12(日) 13:44:12

「今日は本当に来てくれてありがとう〜!」
終演後、控え室で聖ははしゃいで、衣梨奈に抱きついていた。
横で里沙は微笑ましくそれを見ている。
「ごめんね、おはガールのイベントもあって疲れてるのに」
聖が言うと、衣梨奈は笑って首を振った。

104:2012/02/12(日) 13:48:42

このふたりは、仲がいい。
年の近い同期ということもあるが。
里保や香音たちには感じない何かがあった。
それがなんなのか、遥にも分からない。

特に、愛の卒業公演や自分達10期のお披露目を取り上げた回の『ハロプロ!TIME』を
見てから、何かもやもやしていた。

聖が自分に舞台裏でぎゅっと抱きしめてきたとき。
そばにいた衣梨奈は、ふっと視線を下に落とした。


あの、衣梨奈の寂しげな横顔はなんだったのか。

105:2012/02/12(日) 13:49:50

ふと、遥は顔を上げた。
一瞬、聖は衣梨奈にキスをしていた、ように見えた。
里沙は携帯でどこかに電話を掛け、自分も携帯を弄ってメールしていた。
だから、聖は誰も見てないと思ったのだろう。

106:2012/02/12(日) 13:50:22

(…そっか)
遥はすべて理解した。


END.

107名無し護摩:2012/02/26(日) 17:20:00

 『デイドリーム・ビリーバー Ⅹ』

108名無し護摩:2012/02/26(日) 17:20:41

※これはガキフクバースデーのちょっと後の話です。

109:2012/02/26(日) 17:21:39

「あれ…?」

衣梨奈は、バスルームの鏡に映る、自分の赤い痣みたいな痕を見つけ、シャワーの栓を閉めた。
「なんやろ?虫にでも刺されたとかいな…」
ちょうど右胸の下辺りに小さくあり、腕を上げて伸ばしてみたりして、その痕をじっと見た。
『…右のがいい?』
唐突に、脳内に浮かんだ聖の声で痣の原因を思い出した。
この前、翌日の朝早い仕事の都合で、聖は衣梨奈の家に泊まったのだった。
衣梨奈は宿題が溜まっていたので、先に聖を寝かせ、自分はリビングで課題を片付けてから寝室へ行った。
そこで聖を起こしてしまい、結局なんだかんだで体を重ねてしまった。

(…あれ、結局えりから迫ったことになるっちゃかね)
起こしたことを衣梨奈が謝ると、寝ぼけ眼で何故か嬉しそうに笑う聖が可愛すぎて、衣梨奈から唇を重ねたのだった。

(…もー、こんなでかい…マークつけて)
衣梨奈はしかめっつらで、また腕を上げて頭を下げ、右胸の下の痕を見つめた。


今日は、寮に入ってるモーニングの9期10期と、スマイレージの香菜の6人で、親睦を兼ねた鍋パーティーがある。
何故か衣梨奈の家が会場になったので、衣梨奈は帰ってからずっと掃除しているのだ。
部屋を片付けた後、バスルームを掃除したら服が結構濡れたので、全部脱いでついでにシャワーを浴びた。

110:2012/02/26(日) 17:22:34

今日は、寮に入ってるモーニングの9期10期と、スマイレージの香菜の6人で、親睦を兼ねた鍋パーティーがある。
何故か衣梨奈の家が会場になったので、衣梨奈は帰ってからずっと掃除しているのだ。
部屋を片付けた後、バスルームを掃除したら服が結構濡れたので、全部脱いでついでにシャワーを浴びた。

髪を拭きつつ冷蔵庫の中から鍋の材料を出していると、
『えりちゃーん』
香音がやって来た。
香音は今日、焼きそば作り担当だった。
材料が入ったスーパーの袋と、紙袋にホットプレートを入れて持参している。
「ここでいいよね」
早速テーブルにホットプレートを広げ、
「キッチン借りるね」
とスーパーの袋からがさごそ材料を出してまな板に置いた。
エプロンまでつけて本格的だ。
「えりちゃん、鍋の材料は?」
「うん、いましよう思っとったとこ」
「野菜とか切ってないの?」
「あ、うん」
「ついでに切っちゃうよ。
何入れるの?」
「えっと…キャベツとー、しいたけとー」
「結構焼きそばとカブるよね。
そのキャベツも貸して」
「あ、うん。
お願いします」
冷蔵庫から出したキャベツを渡すと、香音は物凄く手際よく洗って切り出した。
(…香音ちゃんおってくれて正解っちゃ)
いまいち材料を切る作業に自信がない衣梨奈は、手際よく進める香音を見てつくづくそう思った。

111:2012/02/26(日) 17:23:04

しばらくして、香音はエプロンで手を拭き、
「ちょっと里保ちゃん起こして、ジュースの買い出し行って来る」
「あれー、ドリンク買い出し係って里保ちゃうん?」
「里保ちゃん帰ってから絶対寝てる。
起こすついでに香音も行って来るよ」
「うん、お願い」
そのまま、香音はエプロンを外して行ってしまった。

鍋係の衣梨奈がこの前聖にも振る舞った鶏の水炊きの支度をしていると、続々参加メンバーがやって来た。
「生田さーん!
カントリーマアムも買って来ましたよー!」
お菓子買い出し係の香菜が笑顔でコンビニの袋を掲げた。
衣梨奈の好きなお菓子も買ってきてくれたようだ。
10期の亜佑美と優樹も食器の準備をしたりしている。
そこへ、
「ただいまー」
コンビニ袋を提げた香音が帰ってきた。
同じように袋を提げてる里保は、やっぱり眠そうだ。
「わあ、ジュースがいっぱい!」
袋を見た優樹は手を叩いてはしゃいだ。
「里保、寝てたん?」
衣梨奈が苦笑しながら言うと、里保は黙って頷いた。
「もー、この人、制服のまま寝てるんだよ!
信じらんない!」
香音が袋を流し台の上に置いて、とほほ、というように言う。
「そんなこと言わなくていいじゃない」
里保がちょっとご機嫌を損ねて言うと、
「まーまー」
香菜がとりなすように里保の背中にぺたっとくっついた。

112:2012/02/26(日) 17:23:50

衣梨奈が鶏肉を鍋に入れて煮込んでいると、
「ん?えりちゃん、お風呂入ったの?」
里保が後ろからくんくん鼻をいわせて衣梨奈の首筋を嗅いだ。
「ほんまや」
里保に未だくっついてる香菜も同じようにくんくん嗅いだ。
「お風呂掃除しとったらお湯かぶってもうてシャワー浴びたと。
まぁちゃん、近い近い!」
優樹まで調子に乗って衣梨奈の首筋を物凄い至近距離で嗅いでくる。
「譜久村さんのにおいもします」
「…え?」
衣梨奈は一瞬目を丸くした。
「なに言ってんの、まぁちゃん。
譜久村さんは今日いないじゃん」
ソファーの前のテーブルを拭いていた亜佑美が呆れたように言った。
「するもん」
「あー、分かった分かった。
まぁちゃん、こっち手伝ってよ」
「あゆみさんのハゲー」
唇を尖らせて憎まれ口を叩く優樹が亜佑美に怒られている横で、
(…まさか。
付き合っとーと、においって移るんかいな?)
自分の首筋を押さえて衣梨奈は考えた。

113:2012/02/26(日) 17:24:22

やはり手際よくホットプレートで香音が焼きそばを作り上げ、衣梨奈が作った博多風の水炊きも完成した。
キッチンのテーブルに焼きそば、リビングのテーブルに鶏の水炊きを置き、めいめい好きなように食べていく。
6人もいるとさすがに食器も足りないので、茶碗と箸はそれぞれの物を用意し、ドリンク用のプラスティックカップ、
焼きそば用の紙の器は昨日亜佑美がスーパーで買って来た。
「しゅわしゅわさせろー!」
眠気が醒めて来て、テンションの上がってきた里保が、カップを掲げて叫んだ。
「はいはい、里保ちゃんは三ツ矢サイダーでも飲んでるんだろうね」
すかさず、香音が1.5リットルのペットボトルを持って里保のカップに注いでやる。
「うむ」
偉そうに言い、里保は腰に手を当ててごくごくサイダーを飲んだ。
「いやー、ほんま楽しゅうてしゃーないわぁ」
ニコニコして、香菜が言った。
今度は衣梨奈の背中にくっついている。
「聖に写メ撮って送ると。
みんなー、こっち向いてー」
衣梨奈がガラケーを手に呼びかけると、全員ぎゅうぎゅうにひっついてポーズを撮った。

114:2012/02/26(日) 17:24:57

『楽しそうだね☆』

写メを送り聖から返事がきたあと、
「ね、聖ちゃんに電話しない?」
香音が言うと、
「あ、じゃ。
えり、掛けると」
すぐ様、衣梨奈が電話した。
『…もしもし?』
ややあって、聖が出て来た。
「聖ー?
今、よか?」
『いいよ』
「譜久村さ〜ん!」
と優樹が電話で見えないのに物凄い笑顔で手を振る。
『この声、まぁちゃん?』
電話の向こうの聖はちょっと可笑しそうに小さく笑って言った。
「フクちゃーん!
いーとしのフークちゃーん!」
里保は完全にテンションがおかしい。
「えるおーぶいいー、ミッズキー!」
香音も完全にジュースで出来上がっている。
「「譜久村さ〜ん!」」
亜佑美と香菜が同時に叫び、やっぱり手を振る。
『…楽しそうだね』
聖はやや引いていた。
『聖も来たかったなー』
聖が少々拗ねモードになってきたので、
「今日は寮生の懇親会やけど、今度9期と10期とかでやろ?
聖、明日、親戚の人の用で行くんやろ?」
衣梨奈がそれとなくなだめつつ言う。
『あ、うん』
聖は今日の鍋パーティーの話を事前に聞いて来たがったが、寮生のパーティーなのと、
明日朝早くから親戚の法事で出掛けるので、遠慮したのだ。
「じゃ、ごめんっちゃ。
明日早いんやろ?
おやすみ」
しばらく経って、衣梨奈が言った。
『おやすみ…』
「フックちゃーん!
フクちゃんのー、ほっぺと脚と二の腕とー、あと色々好きな鞘師里保でーす!」
「里保ちゃん、もちつけ」
さすがに里保は香音にどうどう、と止められていた。

115:2012/02/26(日) 17:26:47

「やっぱり里保ちゃん寝たんだろうね」
宴もお開きとなり、めいめい片付けたり帰り支度をする。
テレビの近くのソファーでクッション枕に爆睡している里保に、香音は呆れながら毛布を掛ける。
「里保は泊まらせたらええやん。
いったん寝たら起きんし」
隣の寝室で予備の布団を敷いていた衣梨奈は、顔を覗かせて言った。
「まぁちゃん、まぁちゃん。
起きな」
キッチンのテーブルで舟を漕いでいる優樹を、洗い物を終えた亜佑美が揺すっていた。
「ああ、亜佑美ちゃん。
いいって、まぁちゃんも布団敷いたから泊まったら」
「いいんですか、生田さん」
「よか。
亜佑美ちゃんと香音ちゃんはどうする?」
「香音は帰るよ」
「あたしも、帰ります」
「中西ちゃんは?」
「うちはー、帰りますわ」
亜佑美が洗った食器を拭き終えた香菜が、タオルで手を拭きつつ言う。
「すみません、まぁちゃんお願いします」
申し訳なさそうに、亜佑美は香音や香菜と帰って行った。
寝ぼけながら衣梨奈に借りたジャージに着替え、優樹は寝室の床に敷いた布団にごそごそ入った。
「…うん」
里保が目をこすって、
「うち…寝てたんだね」
ぼーっとした目で、そばにいた衣梨奈に問い掛ける。
「泊まっていき。
まぁちゃんと一緒に寝るっちゃか?」
「うん」
ソファーから里保が体を起こし、寝室の優樹の方を見ると、
「やっぱり譜久村さんのにおいがする…」
枕を抱いて、優樹が呟いていた。
それを見て、里保は『ふへっ』と笑った。


END.

116名無し護摩:2012/03/23(金) 18:48:56

 『デイドリーム・ビリーバー ⅩⅠ』

117名無し護摩:2012/03/23(金) 18:50:36

※これは9期バスツアーのちょっと前の話です。

118ⅩⅠ:2012/03/23(金) 18:51:38

衣梨奈は濡れた傘を気にしながら、マンションの廊下を歩いていた。

学校は休みだが単独での仕事があったので、朝から出掛けていた。
「あー、もう、よう降ると…」
鞄からカギを取り出してドアを開けようとすると、エレベーターの方から里保が歩いてくるのが見えた。
「ああ、里保。
買物でも行っとったん?」
里保が手にしてるコンビニ袋を見て衣梨奈が言うと、
「うん」
つっけんどんに返した。
「どしたと?
えりに用やったん?」
「別に」
里保は俯いて、傘の先で床を擦る。
衣梨奈は苦笑いして、
「入り」
と促した。

119ⅩⅠ:2012/03/23(金) 18:52:09

「はぁ。
雨やのに汗すごいと」
衣梨奈はタオルで自分の顔を拭い、
「テレビでも見とき。
えり、お風呂入ると」
里保に言い、着替えを持ってバスルームに入って行った。

120ⅩⅠ:2012/03/23(金) 18:52:50

衣梨奈がシャワーを浴びて、髪を拭きつつリビングに行くと、里保は渋い顔で何故かDVDを見ていた。
自分のお披露目があった時のハローのだ。
「なに?ハロー見とるん?」
「うん」
さっきから、『別に』と『うん』しか言わない。
里保が物凄く機嫌が悪い証拠だ。
「里保ー、お昼食べたん?」
衣梨奈が帰りに買って来た食パンを袋から出していると、
「まだ」
相変わらず一言で帰って来た。
「なん、お腹空くやろ。
なんか食べると」
里保は黙って、ソファの足元に置いていたコンビニ袋を座ったまま掲げた。
「ん?」
衣梨奈が近寄って受け取り袋の中身を覗くと、サンドイッチが入っていた。
「サンドイッチやん。
えりの分も買って来てくれたん?」
「別に。
ついでだよ」
「先食べてたらよかったのに。
お腹空いたやろ」
衣梨奈の言うことは無視し、里保は画面から目を離さない。
衣梨奈は、
「なんかあったかいもんでも作ると」
と里保の頭を髪がくしゃくしゃになるくらい撫でた。

121ⅩⅠ:2012/03/23(金) 18:55:02

前に母から他のものと一緒に送ってもらったキャンベルスープの缶を開け、
衣梨奈は適当に牛乳も加え鍋で温めた。
匂いに反応したのか、里保はちらっとキッチンの方を見た。
「コーンスープっちゃ。
食べるやろ?」
「うん」
里保が立ち上がってとたたた、とキッチンへ歩いてくる。
「いい匂い…」
衣梨奈の背後から顔を出し、くんくん嗅いだ。
それを見て、くしゃっと衣梨奈が笑う。
「機嫌悪いの直ったと?」
「ん〜」
衣梨奈の背中に顔をつっぷして、生返事しかしない。
自分の背中に里保の顔が当たってる位置を把握して、里保の背がまた伸びてることを衣梨奈は感じた。

122ⅩⅠ:2012/03/23(金) 18:56:37

「今日、朝からオフやったのに出かけんかったんやね。
雨やから?」
衣梨奈が食事中に言うと、里保は眉根を寄せてスープカップを置いた。
「香音ちゃんが…」
「香音ちゃんどしたと?」
「一緒に遊びに行こうって思ってたのに」
「うん」
「他の子と、遊びに行った」
「えー、ドタキャンされたん?」
里保は首を振った。
「ううん、約束してない」
「なんや」
衣梨奈はちょっと苦笑した。
「じゃ、香音ちゃん悪うないやん」
「だって、前からオフの日が合えば遊び行こうって言ってて」
「じゃ、前の日にでも言えばよかったやん」
「うん…」
里保は一旦は引き下がったが、
「でも…」
また唇を尖らせて不平を言い始めた。
「今度誘えばいいやん」
衣梨奈が頭を撫でてやると、里保はムッとした目を向けた。
「ねえ」
「なん?」
里保の語調の強さに、衣梨奈はちょっと目を丸くする。
「前から思ってたんだけど、えりちゃん、聖ちゃんと付き合ってるんでしょ?」
「…え」
「答えなよ」
「…」
「答えられないんなら、聖ちゃんに今から聞くよ」
里保はスカートのポケットからiPhoneを取り出した。
「な、ちょ、りほ…!」
聖にあっさり繋がったようで、衣梨奈は言葉を失くす。
里保はiPhoneを衣梨奈に向けた。
『なあに?』
聖はいつもの穏やかな様子で話し掛けてきた。
「ねえ、聖ちゃん。
単刀直入に聞くけど、えりちゃんと付き合ってるんだよね?」
衣梨奈はきつく目を閉じた。
聖の口から、出てくる言葉がなんであれ怖かったのだ。
『なに…?』
「知ってるよ。
聖ちゃん、えりちゃん家に時々泊まってるんでしょ。
ううん、それだけじゃない。
ツアー先のホテルでも、一人部屋もらってもわざわざ相手の部屋、行ったりしてるし」
「も…やめて、里保…」
衣梨奈は呟いた。
里保の手のiPhoneに、手を掛けようとして、途中でやめる。
ただ里保の腕の上を、滑らせただけだった。
『そうだよ』
少し経って、聖の声がした。
『ちょっと前から、えりぽんと付き合ってる』
里保の横で聞いていた衣梨奈は、目を見開いた。
『黙ってて、悪かったとは思ってる。
でも、その事でえりぽんを責めないでよ。
里保ちゃんがどういうつもりでわざわざ聖に電話して聞いてきたのか知らないけど、
衣梨奈を悪く言わないでね』
里保は、
「だってさ」
フン、と少し鼻を鳴らして、電話を切った。

123ⅩⅠ:2012/03/23(金) 18:58:18

里保はあの後、すぐ帰った。
衣梨奈はソファーで膝を抱え、暗くなっても電気を点けずにいた。
キッチンのテーブルに放り出したままだった携帯が鳴って、我に返る。
「もしもし?」
『えり?』
携帯を手に椅子に座ると、聖が
『大丈夫だった?』
と聞いてきた。
「え…なん?」
『なんか知んないけど、里保ちゃんとケンカ?したの?』
「ううん…」
衣梨奈は首を振った。
「ただ、里保の機嫌が悪かっただけやと思う。
今日、里保、香音ちゃん誘ってどっか行きたかったみたいで、香音ちゃん、他の子と出掛けたって」
『そっか』
聖の声を聞いて、衣梨奈は徐々に落ち着いてきた。
少し鼻を鳴らして、啜る。
「ごめん」
『なーんで謝んのー』
聖の呆れたような笑い声がする。
「だ、だって、聖」
『まあねー、言うなら自分の口からちゃんと話したかったし。
でも、いつかは言わなきゃいけないことだったんだし』
「うん」
『また泣くー』
いま、電話じゃなくて、すぐそばでからかって言ってくれたらいいのに。
衣梨奈はそう思って手の甲で鼻を擦った。
「心配して電話してくれたと…?」
『うん。里保ちゃんの様子もおかしかったし。
えり』
「うん?」
『あー、やっぱやめた』
「なん!?」
衣梨奈がムキになって問い返すと、
『だって、こんな時に「好き」とか言うの恥ずかしいじゃん』
聖がやや切羽詰ったように早口で言って言い訳する。
あの白い頬が真っ赤になってるのだろうか。
そう思い、衣梨奈は少し笑った。
『いま、これから行けたらいいんだけど…』
口調が変わり、聖が申し訳なさそうに言う。
衣梨奈は見えないのに必死で頭を振り、
「こうやって…電話くれたらそれで」
『いますぐ、ぎゅっとしたい』
直接すぐ耳元で言われたような錯覚を覚え、衣梨奈は
「ひゃあ!」
と素っ頓狂な声を上げる。
『なにー?』
聖は不満げだ。
「だ、だって、だって。
普段、そんな事言わんやん…」
衣梨奈の声が徐々に消え入るように小さくなる。
顔も真っ赤だった。
『普段言わないからこそじゃん』
「うん…」
『じゃ、またなんかあったら電話しなよ』
「うん」
『おやすみ』
そのまま電話を切って、お風呂に入って寝る支度をする。


『口で言うの恥ずかしいけど、ちゃんと好きだから』
気が付いたら、衣梨奈の携帯にメールが来ていた。


END.

124名無し護摩:2012/03/31(土) 20:36:51

 『デイドリーム・ビリーバー ⅩⅡ』

125名無し護摩:2012/03/31(土) 20:38:10

※これは、9期バスツアーの頃の話です。

126ⅩⅡ:2012/03/31(土) 20:39:13

バスは一路、山梨に向かった。

この週末は、ファンクラブ会員限定の9期バスツアーだった。
自分達9期だけの大きな仕事なので、企画が決定した時から全員張り切っていた。

聖は、香音との会話の合間、ちらっと通路を挟んで隣の里保を見た。
イヤホンを耳につけ、外の景色を眺めている。
その後ろで衣梨奈はガーガー寝ていた。

127ⅩⅡ:2012/03/31(土) 20:39:52

『単刀直入に聞くけど、えりちゃんと付き合ってるんだよね?』

一昨日、里保から急に電話がきて、こんな事を言われた。

『知ってるよ。
聖ちゃん、えりちゃん家に時々泊まってるんでしょ。
ううん、それだけじゃない。
ツアー先のホテルでも、一人部屋もらってもわざわざ相手の部屋、行ったりしてるし』

何かを無理矢理剥がされるように、里保から突きつけられた。
聖は自分も窓の外を見て、誰からも分からないように小さく溜息をついた。

もう一度、反対側の席を見る。
里保は目を閉じて音楽を聴き、衣梨奈はやはりガーガー寝ていた。

128ⅩⅡ:2012/03/31(土) 20:40:25

「ね、ちょっと時間いい?」
イベントの合間に、聖は里保に声を掛けた。
里保は黙って頷いて、聖の後ろをついて行く。

建物の裏手に出ると、聖が口を開く前に、
「一昨日、うちが電話したこと?」
里保が口の端だけで笑った。
「あ、そう。
そのこと…」
「怒ってるんでしょ?」
何故か笑顔で言われ、聖はちょっと口ごもりながらも、
「…怒ってるよ」
と返す。
「聖が言われたから怒ってるんじゃないよ。
なんでえりぽんを困らせるようなことしたの?」
「別に」
里保はつまらなさそうに天を仰ぐ。
「言うの?
こういうことしたら、チームとしてのバランスが崩れるから控えろって」
「そういうことじゃないよ」
聖は少しムッとする。
「そうじゃないの?
聖ちゃん、うちら9期で一番上だし。
えりぽんとも、香音ちゃんとも仲良くしろって。
言うんでしょ?」
「じゃ、言うけど」
聖は一歩前に進み出た。
衣装用に履いたローファーの下で、じゃりっと石を踏んだ音がした。
「9期で一番上だからとか、そんなんで言わないよ。
衣梨奈の恋人として言う。
わたしの大事な彼女に、そんなことしないでよ」
里保は一瞬真顔になった。
まじまじと聖の顔を見上げる。
「ふ…ハッハッハ!」
「なにが可笑しいの?」
「『大事な彼女』はよかったね」
そろそろ休憩終わりだよ、と里保は自分のiPhoneを見て言った。
聖は先に、さっさと歩いて行く。
「ねえ」
ふと、里保に呼び止められた。
「一生、自分が愛されると思ってんの?」
「思ってないよ」
聖は少し横を向いた。
「思ってないから、自分の方を向かせようとするんだよ」

129ⅩⅡ:2012/03/31(土) 20:40:58

1日目のイベントを終え、宿に戻る。
希望をスタッフに伝えたわけではないが、聖は衣梨奈と同室だった。
里保と香音は洋室だが、自分たちは和室に布団だ。
「なー、昼間、里保となに話してたん?休憩んとき」
風呂上りにテレビをふたりで見ていた時、衣梨奈が肩にもたれかかって聞いてきた。
「いや、特に」
浴衣の乱れを直しながら、聖は言った。
「そーれーよーりー」
聖はこそっと、レシートのような紙切れを机から取って来た。
「見よっか?」
「やー、スタッフさんにバレたら怒られるっちゃね!」
ふたりは顔を見合わせて、ゲラゲラ笑う。
実は隙を見て、エレベーターのそばにあった有料放送の自動販売機で、プリペイドシートを買って来たのだ。
「やっば!
えり、えっちなビデオ初めて見ると」
「聖もないよ」
聖は可笑しそうに笑い、シートに書かれた暗唱番号を読み上げる。
「えっと…リモコンで入力するのかな?」
「えり、やると」
意外にメカに強い衣梨奈は、器用にリモコンを操作し、暗証番号を打ち込んだ。
「わ…始まった」
聖が小声で言い、衣梨奈は無言でリモコンで音量を上げる。

130ⅩⅡ:2012/03/31(土) 20:41:29

――――30分後。

ふたりは若干真っ白になっていた。
映し出されたアダルト番組が、マニアックすぎてどん引きしているのだ。
「すごいね…」
「…うん、すごか」
会話も少なかった。
どう見ても女子高生に見えない女子高生役の女性が、同級生役の女性と、教師役の女性に延々嬲られているのを見て、
ふたりはげんなりしていた。

「…寝よっか」
「…うん」
番組が終わり、ふたりはそそくさと布団に入った。
同じ布団に入っているが、背中合わせに横になった。
少し経って聖は手を後ろにやり、衣梨奈の指を探って繋いだ。

「…うん」
やはり少し経って、衣梨奈が聖を背中から抱っこしてきた。


END.

131名無し護摩:2012/05/26(土) 21:47:48

  『デイドリーム・ビリーバー ⅩⅢ』

132名無し護摩:2012/05/26(土) 21:49:04

※これは、9期バスツアーのちょっと後のおはなしです。

133ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:50:04


ねえ 聞こえてくるでしょ 鈴の音がすぐそこに

134ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:50:46

あったかい暖炉の前で、さゆみは絵里とプレゼント交換するの。
さゆみは、絵里に似合いそうなネックレス。
絵里もきっと、さゆみの好きな可愛いものを選んでくれてる。

今年のクリスマスも、一緒に過ごせて嬉しいよ。
去年も来年も、その先もずっと。

135ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:51:18

さゆみがプレゼントを渡そうとすると、絵里は困ったように笑って、すっと立ち上がった。

「どうしたの?」

さゆみが尋ねると。

「ごめんね」


絵里、もうさゆとは付き合えない

136ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:51:53

携帯のアラームが鳴り、さゆみはそこで目を覚ました。
「またあの夢…」
起きぬけの渇いた声で呟き、さゆみは溜息をついた。

137ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:53:21

(…あれからもう3年か…)
母が作ってくれた朝食を摂りながら、さゆみは昔を思い出す。

さゆみは10代の頃、同期で今は芸能界から退いている絵里と付き合っていた。
付き合って2年目のクリスマス、交際開始2年のお祝いも兼ねて、さゆみは都心の高級ホテルを奮発して取った。
絵里に似合う華奢な指輪もプレゼントで用意していたが、
「絵里、好きな人が出来たんだ。ごめん」
ホテルの部屋の夜景をバックに、絵里から悲しそうな笑顔で告げられた。

138ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:53:54

(…記念日に振るって鬼だよね)
仕事場に向かうタクシーの中で、さゆみは可笑しそうにくすっと笑う。
幾度も、あの夜の夢を見た。
夢の中ではあの時のホテルだったり、今日のようなどこかの別荘のような家だったり。
夏の浜辺だったり、湖の畔だったり。

でも、絵里の台詞は決まっていた。


「ごめんね。
絵里、もうさゆとは付き合えない。
好きな人が出来たの、ごめん」

139ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:54:28

(…いつか擦り切れるのかな)

あの日から、さゆみは夢の中でも自分の想いを持て余していた。


「どうして…?」

あの日、別れを告げられたさゆみが絵里に突きつけた言葉は、これだけだった。

(…もっと言ってやればよかったかな)

さゆみはまたくすっと笑った。

でも、言ったらきっと優しい絵里を困らせる。
さゆみを振る言葉だって、どう言おうかきっと自分がボロボロになるくらい悩んだんだろう。

(だからってねえ)

まったく6万もするホテル、それにクリスマスイブに、どれだけ苦労して取ったって思ってるの。
過ぎた日を、さゆみは目を閉じて思う。

(…記念日に振るより残酷だよ。だって)


よりによって、ガキさんを選んだんだから。

140ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:55:22

それから絵里は、ほどなくして里沙に思いを告げた。

しかし、里沙の返事は。

「あたしに余裕が出来るまで、待ってて」

141ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:55:56

「お疲れ様でーす」
「お疲れ様でした!」
仕事を終え、後輩達が次々挨拶してスタジオを後にする。
さゆみは
「お疲れ様、気を付けてね」
先輩らしい気配りを見せ、笑顔を向ける。

142ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:56:27

折からの雨が、激しさを増していた。

さゆみはスタジオを出る時、母に朝持たされた折りたたみ傘を広げた。

「うっわ…風、強いから傘ひっくり返りそう」
タクシーに乗るまでの我慢だと思い、風に逆らうように歩き出す。

143ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:57:38

「…あ」
思わず、声に出した。
スタジオの外で、赤い傘を差した絵里が佇んでいたのだ。
「絵里!」
どうしたの、と言う前に、
「ガキさん、まだかな」
困ったように、絵里は笑った。
「え、ガキさん?」
さゆみの後の撮影だからもうすぐだと思う、と返していると、
「来たの」
声に、さゆみは振り向いた。
里沙が黒い傘を差して立っていた。
「あ、ああ。
待ち合わせしてたの?」
さゆみが機転を利かせて、
「いいなー、さゆみも誘ってよー」
とおどけて言うと、
「ごめん、さゆみん。
席、外してくれるかな」
里沙がにこりともせず言った。
さゆみが絵里の方を見ると、絵里も黙って頷いた。
「え、あ…うん」
これだけしか言えず、さゆみはそそくさ、とその場を離れた。

144ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:58:09

(…と言って帰れるほど無関心でもないし)
さゆみはこっそりふたりの後をつけて、スタジオの裏手に回った。
物陰から、そっと様子を窺う。

「ごめんね、疲れてるのに」
「ううん、別に」
里沙の素っ気無い返しは、珍しい事ではない。
「話って」
そして、いつも自分のペースで話を進める。
絵里は夜目でも分かるくらい悲しそうに笑い、
「ごめんね、絵里もう、ガキさん待つの、やめる」
あの夢の、続きかと思った。
さゆみは目を見開いた。

145ⅩⅢ:2012/05/26(土) 21:59:41

里沙は黙っていたが、
「分かった。ごめん」
とだけ言って、踵を返した。
我に返ったさゆみは慌てて、里沙を追いかける。
「ガキさん!」
帰ったとばかり思っていたのにさゆみが現れ、里沙は顔をしかめた。
「いたの」
「やめて!
絵里を止めてよ!
ガキさん、絵里を待ってあげて!」
待っていたのは絵里の方なのに、さゆみは支離滅裂に叫ぶ。
「さ、」
さゆみんには関係ない、と里沙は低い声で告げた。
さゆみは絵里の方を振り返った。
距離のある先から、ごめん、と口の形だけで表し、そのまま歩いて行った。
「ガキさん!絵里が大事じゃないの!?」
さゆみは知らず知らず嗚咽する。
里沙はふっと雨に咽ぶ街灯を見つめ、
「あたしが大事に出来なかったんだから、仕方ないじゃない」
と誰に言うとでもないように告げた。
「それじゃ」
ちょうどやって来たタクシーに乗り込み、里沙は帰ろうとする。
「ま、待って…!」
さゆみは車を追いかけた。
車は速度を増す。
さゆみは何かに足を取られ、倒れるように転んだ。
「…いった…」
ずぶ濡れのまま、さゆみは泣いた。


END.

146名無し護摩:2012/05/30(水) 21:20:09

  『デイドリーム・ビリーバー XIV』

147名無し護摩:2012/05/30(水) 21:22:55

※これは『デイドリーム・ビリーバー ⅩⅢ』と同じ日のおはなしです。
(ⅩⅢ >>131-145

148XIV:2012/05/30(水) 21:24:21

道端に倒れこんでぼんやり雨を仰いでいたさゆみに、すっと手が差し伸べられた。
「れいな…」
さゆみはか細く呟いた。
「何しとるん。
風邪引くやん」
れいなは屈み、自分の傘を片手で押さえ、さゆみを助け起こした。
「泥だらけやん。びしょ濡れやし」
「…うん」
さゆみは半分意識なく応える。
「こっち来(き)ィ」
れいなに引っ張られ、さゆみはまたスタジオに戻った。

149XIV:2012/05/30(水) 21:25:22

「れなの着とったジャージで悪いけど」
トイレに連れて行かれ、着替えるように促された。
撮影の間使っていた控え室はもう鍵が掛かっており、入れなくなっていた。

これも、とタオルを渡される。
水溜りに突っ込んだ体はびしょ濡れで、冷え切っていた。
さゆみはれいなの匂いのするタオルで手足を拭う。

150XIV:2012/05/30(水) 21:26:07

着替えが済むと、またさゆみの手を引いて、れいなはタクシーに乗り込んだ。
れいなが運転手に告げた行き先に、さゆみはちょっと怪訝そうな顔をする。
「れいな…どうするの?」
「そのままで帰ったら、さゆのお母さん、心配するやろ」
ジャージに着替えはしたものの、髪も濡れ、転んだ時に擦り剥いた傷もある。
「うん…」
それっきり、さゆみは黙った。

151XIV:2012/05/30(水) 21:26:55

れいなは途中で運転手に止めてもらい、チェーン系のドラッグストアに入って行った。
5分くらい経って、袋を持って戻って来る。
「な、何買って来たの?」
さゆみが袋を覗き込もうとすると、
「傷の手当てするヤツ」
とだけ答え、れいなは窓の外に目を遣った。

152XIV:2012/05/30(水) 21:30:19

バスルームで水音が聞こえ、それに続いて「冷たっ!」という声が続く。
さゆみはホテルの部屋の隅で、膝を抱えて顔を埋め、それを聞いていた。
手を洗ってくると、とれいなはさっき中に入って行った。

153XIV:2012/05/30(水) 21:31:14

「お風呂、入り」
れいながバスルームから出て来て、さゆみの手を取った。
「体あっためて、泥とか流してくると」
上がったら、傷の手当てするけん、とれいなはテーブルに置いたドラッグストアの袋を手繰り寄せた。
さゆみは自分の頬に手をやった。
顔や手についた泥は、スタジオのトイレの洗面台で可能な限り水で洗ったが、全部は拭いきれてない。
さゆみは
「ありがと」
と、ふらふらとバスルームに向かった。

154XIV:2012/05/30(水) 21:35:35

シャワーの湯が全身に染み渡る。
さゆみは思わず息を吐いた。

れいなは、さゆみを連れて東京タワーが見えるホテルにチェックインした。
いい所知ってるんだな、とさゆみは車を降りてホテルを見た時、少し感心した。

シャワーを浴び、傷の箇所を確認する。
右膝の辺りにひとつ、あと右腕の肘の傍に小さい傷があった。
派手にこけた割には、そんなに怪我はしなかったようだ。
血が止まって出来た塊を湯で流し、全身を丁寧に洗い、ざっと長い髪も洗った。
バスタブに湯を張りながら、また中で膝を抱え、室内に籠もる湯気に安堵と焦燥感を覚えた。

155XIV:2012/05/30(水) 21:36:34

バスローブを羽織ってさゆみが出てくると、れいなは「座り」と傍らの椅子を指した。
「まずこれで…」
ぶつぶつ独り言を言い、れいなは慣れない手つきで傷の手当てをする。
最近よく見かける大きな傷パッドを脚に貼った。
貼った上からぽん、とれいなに叩かれ、さゆみは痛さに思わず「ひっ」と声を上げる。
「ちょ、れいな〜!」
さゆみがうっすら涙目で文句を言うと、
「大した事ないやん。
安心したと」
腕にも貼ってやり、れいなは笑った
「ねえ、どーせコレ貼るんなら、お風呂入る前がよかったんだけど。
さゆみ、めっちゃお湯沁みたし、傷に」
「あ、そっか」
れいなは悪びれず、残りの傷パッドを片付ける。

156XIV:2012/05/30(水) 21:38:28

「さゆ、ごはん食べると?」
シャワーを浴びてバスルームから出て来たれいなに言われ、さゆみは夕食がまだだった事を思い出す。
「ルームサービスでなんか頼むと」
机の上にあったメニューを渡され、さゆみは目を落とす。
「もう遅いから深夜メニューじゃないとダメだねえ」
「まだ10時前やって」
れいなの言葉に、さゆみは思わず自分のiPhoneを鞄から取り出す。
10時にはまだ20分も時間がある。
今日の夜の出来事が大き過ぎて、もう日付が越えてるような感覚すらあった。

157XIV:2012/05/30(水) 21:39:19

さゆみはカレーとサラダ、れいなは握り寿司を頼んだ。
珍しくちゃんとしたものを頼んだな、とさゆみが思ってると、れいなはシャリには殆ど手をつけず、上のネタを食べた。
寿司についていた吸い物も、一口飲んだだけだ。
そのくせ、一緒に頼んだケーキはぺろりと平らげた。
「信じらんない!」
ネタを剥がされ、シャリだけになった握りを見て、さゆみは目を丸くする。
「あー、れなお腹いっぱいなったと。おやすみー」
さっさとベッドに入るれいなに、さゆみは小さく溜息をついた。

158XIV:2012/05/30(水) 21:40:34

皿を片付け、さゆみもベッドに入る。
額に手首をつけ、天井を見上げてると、途端に寂寥感に襲われた。
「れいな…」
弱く呼びかけると、隣のベッドのれいなは横を向いたまま、自分の布団の端をめくった。
さゆみは空けられたスペースに身を沈めた。
やがて、声を上げて泣いた。
れいなは横を向いたまま、
「おやすみ」
とだけ呟いた。


END.

159名無し護摩:2012/09/17(月) 00:44:11
 
  『デイドリーム・ビリーバー XV』

160名無し護摩:2012/09/17(月) 00:46:46

※これは『デイドリーム・ビリーバー XIV』のちょっと後のおはなしです。
(XIV >>146-158

161XV:2012/09/17(月) 00:48:06

さゆみがれいなとホテルに泊まってから1週間が過ぎた。
それから特に何事もなく過ぎている。
例年ならこの時期は土日は殆ど秋のコンサートツアーで埋まっていた。
今年は愛の卒業後の舞台出演の都合などにより、もう9月でツアーは終わった。
それでも、何かと細かい仕事は入ってきており、あまり休む間もない。

162XV:2012/09/17(月) 00:48:54

「絵里からメールきたっちゃけど」
仕事の合間に、れいなにそう声を掛けられたのはそんな頃だった。

163XV:2012/09/17(月) 00:50:19

「めっずらしー。なんて?」
本当に珍しいな、と思いながら、さゆみは自分のブログ記事を打つ。
「さゆ、どうしてるって」
「は?本人に聞けばいーのにね。
相変わらず意味分からない」
さゆみは小さく笑う。
「なんかー、ガキさんにフられたんやって?絵里」
れいなはよいしょ、とさゆみの隣にあったパイプ椅子に腰を下ろす。
「いや、逆逆。
フッたの、絵里が」
「へえ」
れいなは心底興味なさそうに返す。
ふたりがどうなろうが、本当に感心がないのだろう。
この徹底したところが、呆れるところでもあり、反面羨ましく思う
ところでもあった。
「でも、それ、絵里に聞いたの?」
ふと疑問が生じ、さゆみは口にした。
「ん、ちょっと絵里と電話したと。メール来たとき」
「へ、えー」
「や、そんな驚かんでも。
いいやん、同期やし?」
れいなは照れ臭そうに歯を見せて笑う。
「ん、でも?
絵里、確かに『フられた』って言いおったよ、れなに」
「そう…。
不思議だね」
まあ、ある意味『フられた』かな、あの待ちくたびれ方じゃ。
さゆみは口には出さず、
「じゃ、行って来るよ」
撮影場所に向かった。

164XV:2012/09/17(月) 00:51:09

「たまにはぱーっとごはんでも行かない?」
里沙に声を掛けられたのも、その日だった。
正直言ってあの雨の夜以来、さゆみは里沙とはあまり会話をしていなかった。
「え、いいの?」
思わず、こう返してしまった。
「いいじゃん、行こうよ〜。さゆすけー!」
里沙はさゆみの腕を取って甘えてくる。
普段と変わらない様子が、逆になんか怖かった。
ダメ元で、れいなについて来てもらいたいくらいだった。
いや、まったく関係ないが香音でもいい。
全部奢ってやるから、無邪気に横で大食いしててほしい。
「そ、そうだね。
たまには、ね」
さゆみはわざとらしく笑った。

165XV:2012/09/17(月) 00:52:35
タクシーで向かった店には、意外な人物がいた。
愛だった。
里沙とふたりきりになるのは避けられたので、さゆみはホッとする。

愛が選んだという、隠れ家的な雰囲気のダイニングバー。
個室をソツなく予約するあたりが、愛の如才なさだな、とさゆみは思う。
ワインで乾杯をして、色々料理を食べてしばらく、愛が
「話したんか?」
と自分の向かいにいる里沙に視線を投げた。
「ううん、まだ」
里沙はグラスを置いて首を振る。
この時さゆみは、『ガキさん卒業するのかな』とふと考えた。
噂では、愛と同時卒業を考えていたらしいが、9期も入ってきたので
延ばしたと聞いている。
10期も入ってきたしそろそろなんだろう、ガキさんも心を決めたんだな、と
ワインを飲みつつなんとなく考えていた。
「絵里、この前会うたんやってな」
愛が思いがけないことを言ったので、さゆみは一瞬怪訝そうな顔をし、
「う、うん」
と頷いた。

「実は、その辺も踏まえて話があるがし」


予感というのは役に立たない。
その夜、さゆみは学んだのだった。



to be continued.

166名無し護摩:2012/09/20(木) 23:15:19

  『デイドリーム・ビリーバー XVI』

167名無し護摩:2012/09/20(木) 23:17:29

※これは『デイドリーム・ビリーバー XV』のちょっと後のおはなしです。
(XV >>160-165

168XVI:2012/09/20(木) 23:18:47

目覚ましのアラームが鈍く頭に響く。
さゆみは布団から手を伸ばし、アラームを止めた。

169XVI:2012/09/20(木) 23:19:20

「…うー、気持ち悪い」
布団にくるまり、きつく目をつぶって胃の辺りをさする。
昨夜は、最悪な酔い方をした。
いや、途中までは結構楽しい酒だった。

愛が、『別に誰に言うてもええけどな』と切り出して、話し出すまでは。

170XVI:2012/09/20(木) 23:20:01

「カメと寝たよ」
里沙の口から出た言葉に、さゆみは反応出来なかった。
3年前、まださゆみが絵里と付き合ってる頃、里沙は絵里と関係を
持った、と、愛と里沙から交互に説明された。
「な…んで」
ようやっと、さゆみが口を開くと。
「あんたが、追い詰めてたんや」
愛は表情を変えずに告げた。

171XVI:2012/09/20(木) 23:20:36

『絵里は、あんたが「理想の恋人」みたいに扱ってんのに、疲れてたんや。
まあ、確かに絵里は優しいし、パフォーマーとしても優れとるし、顔も
ええ。
でも、あんたとオママゴトみたいな恋愛するほど、度量が広くないって
ことやってん』

愛に淡々と告げられた事実を、さゆみはどこか遠くで聞くように聞いていた。

172XVI:2012/09/20(木) 23:21:25

世界で一番好きな人だから、大事に扱ってきた。
別の仕事が入って会えなくても、連絡もマメにしたし、仕事が早めに
上がったら、タクシーを飛ばして絵里の家へ会いに行ったこともあった。
絵里が単独で仕事が入っている時は、自分に予定がなかったら、現場まで
迎えに行ったこともあった。
絵里は喜んでくれてる。
ずっと、そう思ってた。

173XVI:2012/09/20(木) 23:21:58

『アイデンティティ、大崩壊中ー』
さゆみは、昨夜寝る前にベッドの横の小さな折り畳み机に置いた
ペットボトルの飲みさしの水を、苦笑いしながら飲む。
『さゆみ、絵里からウザがられてたのは分かったけど、ほか、何した?
というか、愛ちゃんになんであそこまでぐいぐい傷を抉られなきゃなんないの』

「あー…全然足んないや」
空になったペットボトルを軽く振り、さゆみは溜息ついて起き上がった。

174XVI:2012/09/20(木) 23:23:19
予想はついていたが、酷く顔がむくんでいた。
さゆみは洗面所の鏡を覗き込んで、がっかりする。
「これでカワイイって言い張ったら芸人さんに飛び蹴りされるよねー」
歯を磨き、丁寧に顔を洗ってキッチンへ行く。

「さゆちゃん、今日は何時入りなの?」
母が、テーブルに味噌汁を出してくれて、さゆみはすぐ箸をつける。
「4時に事務所」
「今日はゆっくりやね」
「うん」
後から出て来ただし巻き卵にも箸を伸ばす。
「夜は遅いん?」
「10時過ぎには帰れると思う」
「じゃ、晩ご飯はたらこスパにしようか」

175XVI:2012/09/20(木) 23:23:55

タクシーでさゆみは事務所に向かう。
母は何も言わなかったが、さゆみの調子の悪さを何となく察してくれているようだ。
山口から母と一緒に出て来て今年で9年目。
母をずっと東京に縛り付けて、父と離れて暮らすことを強いてきたので、
本当に申し訳なく思っている。


『さゆー、お母さん、そろそろ山口に帰してあげなよ』
唐突に、昔、絵里に言われたことを思い出した。

176XVI:2012/09/20(木) 23:25:05

(あー、今日、撮影とかなくてよかったよ。
打ち合わせと取材とかだけだし)
顔のむくみは依然として引かず、さゆみは俯くように事務所に入る。
「うわ。
さゆ、ブス」
声の主に、苦笑いして振り返る。
芸能人然としたサングラスのれいながいた。
「ちょっとー。
同期でしょー」
笑いながら責めて腕を叩くと、
「ちょー、マジやばいってー。
二日酔いっちゃか?」
「いや…酔いはそんなに」
そういえば、昨日はグラスワインを2〜3杯飲んだだけだった。
いつもだったら、酔う内に入らない。
「おっはよーございまーす!」
「うわ、生田出た、生田」
さゆみはわざと嫌そうに言う。
衣梨奈はケラケラと笑い、『なーんでですかー』と返す。
れいなは
「行くよ」
笑ってサングラスを外し、そのまま歩いて行った。


to be continued.

177名無し護摩:2012/10/14(日) 16:13:46
  
  『デイドリーム・ビリーバー XVII』

178名無し護摩:2012/10/14(日) 16:17:12


※これは『デイドリーム・ビリーバー XVII』のちょっと後のおはなしです。
(XVII >>166-176

179XVII:2012/10/14(日) 16:18:33

その数日後。
さゆみは絵里から呼び出しを受けた。

絵里がたまたま事務所に用事があるので、その帰りにでも会ってほしいという。
さゆみは逆に夕方過ぎから事務所で仕事があったが、早めに家を出て、近くの公園で絵里と落ち合った。

180XVII:2012/10/14(日) 16:19:10

(ついででもないと、会わないんだな)
さゆみは自嘲気味に苦笑する。
絵里は遅い午後の日差しを背に、ベンチにも座らず立っていた。

181XVII:2012/10/14(日) 16:19:42

「ごめん。忙しいのに」
絵里がさゆみを認めると開口一番言った。
「いや。いいけど。なに?」
「愛ちゃんから聞いた。
ごめん」
ごめん?
何に対してごめん?
さゆみは怪訝な気持ちを通り越して、ちょっと可笑しくなってきた。
「ひとつだけ教えて」
「うん」
絵里はさゆみの顔を見上げながら、はじめてそこで腰掛けた。
「さゆみに、もう終わりにしよって言うとき、ちょっとはさゆみのこと、考えてくれた?」
しばし間がある。
「ごめん」
絵里は俯き、すぐ顔を上げた。
「僅かでも、考えなかった。
ガキさんのことしか、頭になかった」
「…やっぱり」
絵里はあの日、別れを告げたあとすぐ、ホテルにさゆみを残してひとり帰ったのだった。
さゆみからのプレゼントすら、その場に置いて帰った。
「分かってたよ、さゆみのこと、なくしたかったって」
さゆみは嫌味でもなく、自然に言った。
「本当にごめん」
「ごめんはもういいよ。
あ、あとひとつ教えて」
「え?」
「さゆみのこと、一瞬でも愛してなかったでしょ?」
絵里はベンチから立ち上がった。
「ごめん」
そのまま、公園を出て行った。

182XVII:2012/10/14(日) 16:20:35

(余韻ゼロにするのが、あの子のいいところだわ)
さゆみはひとりベンチの端に腰掛け、さっきまで絵里が座っていた箇所を見つめる。
「あーあ、終わっちゃった、マジで」
足をぶらぶらさせ、さゆみは退屈そうに、可笑しそうに呟く。
(困ったな、涙の一滴も出ない)
渇いた気持ちに、さゆみは本当に苦笑する。
陽が落ちてきて、秋の夕暮れ特有の匂いが薄まってくる。
太陽が燃えているような、香ばしい匂い。
夜の濃い匂いに段々消されて、その香りをさゆみが追ってると。
「道重さん?」
聴きなれた声に、顔を上げた。
後輩の聖が、自分の前に立っていた。
「ちゃんフクじゃん」
「ええ、ちゃんフクです。
おはようございます」
聖は地味だけど、高価そうなバッグを肩に掛け直し、にっこり笑った。
「どうされたんですか?
こんなところで」
「え〜?
絵里とダベってたの、アイツ、ちょっと事務所来てたから」
聖がぱっと顔を輝かせる。
「亀井さん、いらしてたんですか!?」
「ん〜。
ついさっき帰ったけどね」
ド修羅場でした、というのはナイショにしておこう、とさゆみは心の中で苦笑いした。
「さてさて、わたしも出勤しますかね」
「あ、はい。
一緒に行きましょう!」
「はいはい」
聖が嬉しそうについて来る。
それを見て、さゆみはちょっと癒されたような気持ちになった。

to be continued.

183名無し護摩:2012/11/02(金) 20:31:11

  『デイドリーム・ビリーバー XVIII』

184名無し護摩:2012/11/02(金) 20:33:20


※これは『デイドリーム・ビリーバー XVII』の同じ日のおはなしです。
(XVII >>177-182

185名無し護摩:2012/11/02(金) 20:34:06

その日。
さゆみは取材や打ち合わせなどの仕事を終え、帰り支度をしていた。
さっきから、しきりに奥歯が痛む。
鈍い痛みが断続的に続いていた。
(やっば…。
歯医者さん、予約したほーがいいかな)
頬を押さえ、さゆみは腕時計で時刻を確認する。

186名無し護摩:2012/11/02(金) 20:35:02

視線を感じ、顔を上げる。
部屋の入口に、愛が凭れかかっていた。
「ああ、愛ちゃん」
どうしたの、とさゆみが言おうとすると、
「里沙ちゃんから聞いたで」
間髪入れず、険しい表情で言われた。
「え、何を?」
まったく覚えがないので、さゆみはきょとんとする。
それにイラッときたのか、愛はもっと顔を歪め、
「あんた、里沙ちゃん無視してるそうやん」
「え…?」
さゆみは少しギョッとした。
確かに、愛と里沙に絵里の件を告げられてから、さゆみは里沙とは距離を置いていた。
里沙の方からも何も言って来ないし、さすがにああいう事を言われて、仕事以外でベタベタ出来るほど
さゆみもお人好しではないので、放っておいた。
それが里沙には無視と映ったらしい。
「てかさ」
さゆみは溜息をついた。
「ああいう事言われて、普通に接する事、出来ると思う?」
一旦間を置いて、さゆみは続ける。
「無視したってゆーけどさあ、ガキさんだってさゆみ、ガン無視してんじゃん。
挨拶も目、合わせないし」
それは事実だった。
元々、里沙には素っ気無いところがあり、挨拶などを素っ気無く返されるのは今までもよくあったが。
「里沙ちゃん、仕事がやりにくいって言うてたわ」
おいおい、ヒトの話聞いてんのかよ。
さゆみは少し慌てる。
愛はさゆみを睨みつけている。

187名無し護摩:2012/11/02(金) 20:35:38

「あんた、何様のつもりなん?」
「は?」
さゆみは思わず声に出してしまった。
理不尽だなあ、という戸惑いがつい声に出てしまったのだ。
「何様って…さゆみ様?」
ついいつものようにふざけると、次に愛の平手打ちが飛んできた。
よりによって、奥歯が痛む方の頬を打たれてしまう。
「いった…!」
愛はもう聞いていない。
突然、さゆみの胸倉を掴む。
「ナメたマネしてくれるやん」
愛が奥歯を噛み締める音まで聞こえるようだった。
「きゃあ!」
さゆみは突き飛ばされ、床に転がった。
そこへ馬乗りになられ、何度も頬をはたかれる。
「ちょ…!」
止める間もなく、さゆみはただ殴られる。
不意に愛の目が視界に入る。
そこはただ、暗い狂気が広がっていた。
さゆみはゾッとする。
そう思う反面、これだけの狂気があるから、あれだけ人の胸を打つ表現力があるんだ、と変に納得する。
殴られているのに、こんな事を考えている自分につい笑いそうになる。

188XVIII:2012/11/02(金) 20:38:09

殴られすぎて、気が遠くなりそうになる。
フッと、自由を感じた。
愛は殴るのに飽きたのか、立ち上がり、シラけたように床に横たわるさゆみを見下ろした。
「あーしはな」
愛の口調は静かだった。
「里沙ちゃんを愛してはおらんけど、あの子をないがしろにするヤツは許さんのや」
「…そう」
そう答えるのが、精一杯だった。

189XVIII:2012/11/02(金) 20:39:29

愛が部屋を出て行って、しばらく時間が経つ。
軋む体を無理に起こし、さゆみは鞄を持ってドアに手をかけた。

「お疲れ」
部屋を出て、廊下の角でれいながニヤッと笑っていた。
「…気付いてたの?」
れいなの表情から、さゆみの中で、熱い怒りが膨れ上がっていく。
れいなは何も言わず、ただ微笑む。
「――――止めてよ!」
さゆみが思わずれいなの腕を強く掴もうとすると、
「あそこで止めに入ったら、愛ちゃんもっと収集つかんくなるやん」
「だからって〜」
さゆみが腕を下ろし、ブツブツ言っていると、
「ムシャクシャするんなら、セックスでもすると?」
「――――は?」
思いがけない言葉に、さゆみは再び、ポカンとした。


to be continued.

190名無し護摩:2012/11/09(金) 22:28:45

  『デイドリーム・ビリーバー XIX』

191名無し護摩:2012/11/09(金) 22:29:46

※これは『デイドリーム・ビリーバー XVIII』と同じ日のお話です。
(XVII >>183-189

192名無し護摩:2012/11/09(金) 22:31:12

さゆみは、浅い眠りの中、夢を見ていた。


まだ自分が10代の頃。
絵里と付き合っていた頃、ある地方都市でモーニングのライブがあった。
夜、ホテルで、絵里の持病の肌疾患が悪化した。
絵里は元々アトピーを患っており、肌の痒みや腫れを薬でだましだまし抑え、芸能活動を続けていたのだ。
相部屋のさゆみは、シャワーを浴びさせ、塗り薬を塗布するのを手伝ってやったり、殆ど寝ずに絵里に付いていた。
その日はひどく暑く、仕事の疲れも出たのか、なかなか絵里の痒みは治まらなかった。
絵里はベッドで体を縮こませ、発作のように泣き出した。
痒みに耐え切れず、夜に宿などで泣くことはたまにあったが、あまりの異常な泣き方に、
さゆみはどうしたらいいのか分からず、途方に暮れる。

193XIX:2012/11/09(金) 22:32:44

困った挙句、夜中にも関わらず、絵里の母に電話した。
絵里の母の返事は意外だった。
『ああ。
気の済むまで泣いたら、疲れて大人しく寝るから。
放っておいていいわよ』
さゆみは一瞬、呆気に取られた。
しかし、日頃、絵里の症状に自分より付き合ってる家族だからこそ、
こうやって逆に突き放せるんだな、と変に納得する。
そうでないと、家族ももたないだろう。

194XIX:2012/11/09(金) 22:33:19

――――ここまで見て、さゆみは眠りから覚めた。
隣には、高級そうな掛け布団から肩を出して、れいなが寝息を立てている。

結局、あの後、れいなとホテルへ行ったが、特にどうにもならなかった。
正確に言うと、しようとはしたが、ストレートのれいなには、さゆみと最後の一線は越えれなかったのだ。

(…たく、自分で誘っといて)
髪をかきあげ、さゆみは隣のれいなを見て苦笑する。
愛に叩かれた頬はまだ熱を含んでいるが、しかし数時間前まであった、ひりつくような焦燥感は無くなった。
穏やかな海のような、凪いだ気持ちでれいなの髪を撫でる。

195XIX:2012/11/09(金) 22:34:31

愛はない。
仮に、れいなと一線を越えても、愛は感じないだろう。
絵里をまだ好きだとかそういうのでなく、自分はれいなにそういう意味で好きになることは生涯ないだろう、と
静かに思う。


「おやすみ、れいな」
目を閉じて、さゆみは隣のひんやりした手を握った。


to be continued.

196名無し護摩:2013/03/10(日) 16:57:13

  『デイドリーム・ビリーバー XX』

198名無し護摩:2013/03/10(日) 17:04:28

※これは『デイドリーム・ビリーバー XIX』の翌日のお話です。
(XIX >>190-195

199XX:2013/03/10(日) 17:05:26

その日は、不思議と晴れていた。


れいなとホテルに行った翌日、さゆみは一旦家に帰り、仮眠を取ってから
再び出掛けた。

200XX:2013/03/10(日) 17:06:17

事務所に出向くと、今日の集合場所となっている部屋で、
後輩の聖と衣梨奈が、リーダーの里沙や愛佳たちに囲まれてうなだれていた。
よく見ると、聖たちは震えていた。
「な、なに…?」
異様な雰囲気にさゆみが唖然とすると、さゆみに気付いた聖がぱっと
顔を上げた。
何も言わなかったが、明らかに救いを求めている。
衣梨奈はずっと俯いて、半ば怯えていた。
「いけずとかそういうんで言うとるんやないんやで。
そういうハンパなことしたらアカンって言うとるんや」
さゆみが現れたことで話が中断していたのだろうか。
愛佳はさゆみに『すみません』と一言断ってから、こう続けた。
言われた聖と衣梨奈は、『はい…』と小声で答える。
「そんな蚊ァ鳴くような声で、返事になる思てんの!?」
「みっつぃ」
激する愛佳の腕を、里沙はそっと掴んだ。
「さゆみん、ちょっと」
里沙は、さゆみにそれとなく表に出るよう促した。

201XX:2013/03/10(日) 17:07:40

「一体、何事?」
人気のない廊下に連れ出された後、さゆみは自分から訊ねた。
「いや…。
あのふたり…フクちゃんと生田がね」
「ああ、はい」
「うちらに内緒で付き合ってたのよ」
「…へえ」
さゆみは、特に感慨もなく言った。
そうであっても、あのふたりならおかしくない。
納得、という意味で『へえ』と呟いた。
「ただ内緒にしてたんならともかく、スマのね」
「うん?」
「スマの、花音とかあの辺の他のグループの子に先に言っちゃったらしいのよ」
「付き合ってることを?」
「そう」
「ああ…」
どういういきさつがあったか分からないが、
そういう諸事情が漏れてしまったんなら、里沙たちが怒るのも無理もない。
特に、先輩への礼儀にうるさい愛佳の逆鱗に触れたのだろうなと
容易に想像できる。
「分かった。
で、さゆみはどうすれば?何か出来ることはある?」
さゆみに言われ、里沙は一瞬目を見開いたが、
「いや…特に。
あの子らのフォロー、頼めるかな?」
「うん、任せて」
ふたりはそのまま、部屋に戻った。

202XX:2013/03/10(日) 17:14:08

部屋に戻ると、さっきはまだ来ていなかった10期メンバーや、
里保、香音たちが来ていた。
部屋の隅に固まって、成り行きを見守っているようだ。
愛佳の剣幕に、困った様子で、標的の聖や衣梨奈、愛佳に交互に目を
やっている。
(うっわ…公開処刑?)
さゆみがちょっとどうしたものかと考えていると、
「なんとか言うたらどないやの!」
何も言わないふたりにしびれを切らし、愛佳が怒鳴った。
ヒッ、という息を呑みこむような声が聞こえた。
さゆみが見ると、驚きのあまり、後輩の優樹が泣きそうになるのを
堪えたようだった。
「うるさいっちゃね」
呆れ顔で、れいなが部屋のドアを開けた。
心底眠そうに、小さくあくびをする。
「あ、田中さん…」
さゆみが思わず呟くと、
「道重さ〜ん、おはよーございまーす」
れいながふざけた調子で返す。
そんなれいなに後輩たちも、部屋の緊張が解けたように、ホッとした様子で笑う。
「なん?
なんかやったん、自分ら?」
中心に座らされている聖たちに、れいなはちらっと目をやった。
ふたりは困ったように何も言えないでいる。
ふたりが言うより先に愛佳は、
「いえね、この子ら、うちらに何も言わんとこっそり付き合っとったんです」
「ふうん」
愛佳の意気込みが空回りするようなテンションで、れいなはまったく
興味なさそうに返した。
「やるやん」
ニヤッとふたりに笑いかけ、れいなは
「別にいいんちゃうん、仕事さえちゃんとしとったら」
やっぱり興味なさそうに言った。
「いまはエエわ。
また終わってから、ちょっと残り。
新垣さん、いいですよね?」
れいなの言うことに肩透かしを食らったように、やる気を削がれた様子だったが、
愛佳は里沙が止めないことを前提に、許可を求めた。
「あたしはいいよ」
里沙が言うと、リーダーの許可を貰った愛佳は少し自信を取り戻したように、得意そうに、
「ほな、また後で」
一旦部屋を出て行った。
(…モーニングって、こんな集団だったっけ?)
未だうなだれてる聖と衣梨奈や、他の後輩達を見つめ、さゆみは小さく溜息をついた。


to be continued.

204名無し護摩:2013/06/07(金) 18:49:35

  『デイドリーム・ビリーバー XXⅠ』

205名無し護摩:2013/06/07(金) 18:51:24

※これは『デイドリーム・ビリーバー XX』と同じ日のお話です。
(XX >>196-202

206XXI:2013/06/07(金) 18:53:19

マジ、信じられない。




目の前の同期の修羅場を目の当たりにして、里保は香音のかつての言葉が頭によぎった。

207XXI:2013/06/07(金) 18:54:01

「あーあ。
晩ご飯、ちっとも足りないや」

先日、9期だけのファンクラブツアーで。
夜、宿で里保は香音と同室になった。
風呂から上がり、ふたりはめいめい自分のベッドに腰かけたり、寝そべって寛いだりしていた。

208XXI:2013/06/07(金) 18:54:32

「ねえ、里保ちゃん。
なんかお菓子余ってない?」
香音が頭を少し上げ、自分の方を見てきた。
里保はバスタオルで髪を拭きながら、
「え、あ。
ごめん、うち、ガムとかしかない」
「そっか」
香音はがっかりしたようにまたベッドに沈み込んだ。
「あー、お腹空いた。
あ、えりちゃん何か持ってないかな」
香音が言うことに、里保は慌てて、
「も、もう今日はやめといた方がいいよ。
えりぽん、きっと寝てるし。
あの人、速効マジ寝するから」
引きつった笑顔で止めた。
聖と同室の衣梨奈が今頃何をしているかなんて、誰かと付き合った経験のない里保でも分かる。
里保は面白くない気持で頭をがしがし拭いた。
香音は寝ころんだままじっと自分の方を見ていた。
里保がふと、
「何?」
視線に気付いて顔を向ける。
「えりちゃん、聖ちゃんとデキてんだよね?」
香音はニコリともせず言った。
それが里保にはちょっと怖かった。
「え…あ」
「なんかさー、コッソコソしてさー。
里保ちゃん、知ってた?」
里保は黙って頷いた。
「へえ」
香音が目を見開き、ちょっと口の端を上げて笑う。
日頃人のいい香音だが、里保にはたまに、こういう多少小馬鹿にしたような笑みを見せた。
「何となく…そうやないかなって。
ツアーでよく、ホテルで別になっても、どっちかの部屋とか一緒いるし」
衣梨奈たち本人に問い質した事は伏せ、里保は俯いてぼそぼそ答える。
早く頭を拭いて、寝てしまいたかった。
ドライヤーをかけようと里保がベッドから立ち上がろうとすると、
「女同士って、どんなだろうね」
不意に、香音が言った。
タオルを頭にかぶせたまま、里保は香音の方を振り返る。
香音は起き上がって、じっと自分を見ている。

209XXI:2013/06/07(金) 18:55:02

抗えない。

里保は香音に近付き、傍に座った。
自分が座った時にベッドカバーの衣擦れの音がして、やけにはっきり聞こえた。

210XXI:2013/06/07(金) 18:55:32

香音ちゃんが、うちのほっぺに手を伸ばしてくれたから。
香音ちゃんが、うちを見てくれたから。

211XXI:2013/06/07(金) 18:56:21

里保は、重ねた唇を震えながら離した。

「やっぱ、ヘンだよ」

香音から、思いがけない言葉が出る。
「え…」
里保は自分の耳を疑った。
「女同士で、マジありえない」
香音は嫌悪、と言ってもいい表情で、手の甲で自分の唇を拭う。
里保の痕跡をすべて消し去ろうとしているようだった。
里保はぼんやり、夢のようにそれを見ている。
「…うちは」
香音ちゃんが好きじゃ。
里保が夢の続きのように告げると。

212XXI:2013/06/07(金) 18:56:51

マジ、信じられない。



今度こそ、夢でなく耳の奥底に響いた。

213XXI:2013/06/07(金) 18:57:56

―――同期の聖と衣梨奈は、内緒で付き合っていた事がモーニングの先輩達にばれ、今まさに
里保達の前で吊るし上げを食らっていた。
聖たちは真ん中に座らせられ、さっきからずっと俯いたままだ。
俯いてはいるが、衣梨奈は赤く目を腫らして泣いているのが分かる。
しかし、聖は時折少し顔を上げ、きつい瞳で隙を見ては先輩達を見ていた。
一緒に活動するようになってそろそろ1年。
衣梨奈より聖の方がずっと気が強いという事を、里保は度々実感していた。

214XXI:2013/06/07(金) 18:58:29

「バカみたい」
小声で、香音が囁いた。
里保は思わず振り返る。
香音は心底つまらなそうな顔だった。
里保は香音のこの顔を見るのが嫌で、いつもどこか彼女に気を遣っていた。
ご機嫌を、損ねないように。

215XXI:2013/06/07(金) 18:58:59

糾弾はまだ続いている。
真ん中のふたりは、それぞれ対照的な反抗を見せている。

里保は白けた表情の香音を見て、唇を噛み締める。

216XXI:2013/06/07(金) 18:59:52


香音ちゃんが笑ってくれたら、うち、嬉しいんじゃ。

うちは、好きじゃ。

香音ちゃんが。



to be continued.

217名無し護摩:2013/06/08(土) 22:16:39

  『デイドリーム・ビリーバー XXII』

218名無し護摩:2013/06/08(土) 22:17:46

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXI』と同じ日のお話です。
(XXI >>204-216

219XXII:2013/06/08(土) 22:18:55

(キスしたからといって、それでハッピーエンドになる程、世の中おめでたくないのう)

その日の仕事を終え、里保は小さく溜息をついて帰り支度をしていた。
聖と衣梨奈は、里沙や愛佳が何処かへ連れて行った。
まださっきの続きで説教されるのだろう。
(…まだ終わらんのかの)
聖たちふたりに原因があるとはいえ、さすがに可哀想になってきた。
「里保ちゃん」
不意に、そばにいた香音に声を掛けられた。
「え?何?」
慌てて返事すると、
「光井さんたちに言ったの、里保ちゃん?」
思いがけないことを切り出された。

220XXII:2013/06/08(土) 22:19:47

「え…なに?」
「聖ちゃんたちのこと、言ったのって里保ちゃん?」
里保は目を見開いた。
唇も噛む。
「うち…そんなこと、しとらん」
それは本当だった。
強調するように、首を振る。
「へえ」
また香音が唇の端を上げて、馬鹿にしたように笑った。
里保は耳の奥からカッと熱くなるものを感じた。
「何が言いたいん、香音ちゃん」
熱い塊が、里保の耳の奥から頬に伝わってくる。
喉まで焼き切るように熱くなる。
「別に。
あーあ、もう帰ろっかな」
「…うん。お疲れ。
また明日」
里保は香音の顔を見ずに言った。

221XXII:2013/06/08(土) 22:20:26

「…う、ひっく…」
鏡の前に座り、里保は後から後から流れてくる涙を手の甲で拭う。
「ひどい顔じゃ…」
鏡に映った自分を見て、里保は情けない思いで呟き、ごしごしと手首の辺りで顔を擦る。
「…鞘師?」
部屋に、先輩のさゆみが入って来た。
そういえば、さゆみは今日最後まで取材が入っており、自分はとっくに帰ってなきゃおかしいのだ。
「あ…おつ、お疲れ様です」
里保は鼻を啜り上げ、慌ててパイプ椅子から腰を浮かした。
「どうしたのー?」
さゆみが苦笑して、里保を抱きしめてきた。
さゆみの腕の中は、自然にいい匂いがした。
「な、なんでもない…です?」
「ホームシック?
それか、鈴木あたりとケンカした?」
さゆみは、あくまで優しかった。
子供をあやす様に、里保の背中をポンポンと叩いてくれる。
「ヤンキーの田中さんになんかカツアゲでもされたー?」
「田中さんそんなことしません」
「ヤンキーは否定しないんだー」
さゆみは軽口を叩いて、優しく笑う。
「お茶でも飲み、行こっか。
時間、いい?」
人差し指で涙を拭われ、里保はコクンと頷いた。

222XXII:2013/06/08(土) 22:21:03

さゆみのお気に入りだという、今日の仕事場のそばにあるカフェは、あいにく臨時休業だった。
時間も時間なので、スタジオに一旦戻り、建物の外の自販機で飲み物を買い、横手にあるベンチに並んで
腰掛ける。
「寒くない?」
「大丈夫です」
さゆみは、
『これ着てな』と自分のストールを里保の肩に掛けてやる。
里保は礼を言い、ふうふう、と缶入りのココアを冷まそうと息を吹きかける。
「そんな熱くないと思うよ。
なにりほりほ、ウケるんだけど」
さゆみは可笑しそうに言い、紅茶に口をつける。
「なんで泣いてたの」
息継ぎをする間もないくらい、スッとさゆみが切り出してきた。
里保は、一瞬さゆみの顔を見たが、すぐ前を見た。
「…フクちゃんや、えりぽん、付き合ってること…香音ちゃんが、うち…光井さんとかに言ったんやろって言うて」
あまり口の上手くない里保は、たどたどしく答える。
インタビューなどで今後の目標だとか、そういう事を聞かれたらスラスラ答えられるのに、こういった事を自分の
言葉で伝えるのは不得手だった。
「そうなの?」
里保の方を見ず、さゆみは言った。
「いえ…。
付き合ってることは…知ってましたが」
「へえ。
9期の間では、黙認の仲だったんだ」
里保は黙って頷く。
「さゆみは正直、仕事さえちゃんとしてたらどうでもいいんだけどね」
フッと、さゆみが夜空を見上げた。

223XXII:2013/06/08(土) 22:21:44

里保の喉まで、衣梨奈や聖に付き合ってる事を問い質したのは自分だ、と言いたい気持ちがせり上がって来る。
さゆみに軽蔑されるだろうか。
里保は武者震いのようなものを感じ、ココアの缶を両手で握ったまま、
「あの…えりちゃんと…フクちゃんにうち、付き合ってるんじゃろ、って聞きました」
「へえ。
ソコ、気になったんだ」
「…うち、酷い事、しました」
「別にいいんじゃない?
『デキてんじゃね、オマエら?』みたいなの、学校でも言って茶化すでしょ、中学生は」
「違うんです」
里保は切迫するような気持ちで、さゆみを見上げた。
「うち、香音ちゃんに冷たくされて、最初にえりちゃんに八つ当たりするように付き合ってること、無理矢理
聞くみたいにして…。
聖ちゃんにも、その場で電話して…。
うち、最低なことしました」
さゆみは反応がない、と思うくらい静かだった。
ちらっと里保が横を見ると、
「それで」
さゆみは表情を変えず、口だけ動いているようだった、
ようやっと言葉があった。
「さゆみにそれを言って、鞘師は楽になりたいの?」
思いがけない事だったので、里保は静かに驚く。
表には出さなかったが、鼓動が急激に速くなる。
体の震えを悟られないように、里保はじっと地面を見た。
「まあ、年頃なんだからいろいろあるって事か」
よいしょ、とさゆみは腰を上げた。
「帰ろう。
明日も、学校でしょ?」

224XXII:2013/06/08(土) 22:22:28

許された訳じゃない。
何に許されるのかも分からないが。
帰りのタクシーから夜の街を見つめ、里保は今日あの人に言って、少しは良かった、と考えていた。



to be continued.

225名無し護摩:2013/09/28(土) 20:31:42

『デイドリーム・ビリーバー XXIII』

226名無し護摩:2013/09/28(土) 20:34:38

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXII 』と同じ日のお話です。
(XXII  >>217-224

227XXIII:2013/09/28(土) 20:36:48

聖は、無表情で窓の外を見ていた。
隣の衣梨奈は、まだ泣き止まない。

228XXIII:2013/09/28(土) 20:42:34

モーニングの先輩達に言わずに付き合っていた事がばれ、先輩連中ーーー主に愛佳に厳しく責められていた。
現在のリーダー・里沙は、あまり何も言わず、時々自分の意見を述べた。

229XXIII:2013/09/28(土) 20:45:55

(帰りたいな)
いい加減うんざりして、聖は溜め息をついた。
何度も何度も同じ事を言われ、その都度『分かっつんの!?』とダメ押し。
こちらがキレそうだった。

230XXIII:2013/09/28(土) 20:55:07

今も部屋で待たされている。
最終的な判断は、先輩達が決めるとの事だ。


「お待たせ」
里沙が入って来た。
「今日はもう帰んな。
明日、話するから」
(またか)
聖はうんざりしつつも、『はい、すみませんでした』と返す。
衣梨奈を促して、退室しようとする。
「フクちゃん」
ふと、里沙が呼び止めた。
「はい?」
「別れる気は、ないのね?」
そう訊かれ、聖はキッと里沙を見据え、
「別れる理由なんてありません!」
強く言い切った。
里沙は、
「へえ」
と、一瞬薄く笑う。
その笑いに少し違和感を覚え、聖は戸惑ったが、
「失礼します」
衣梨奈を連れて出て行った。

231XXIII:2013/09/28(土) 21:10:05

「『別れる理由なんてありません!』か」
「いたの」
里沙は、聖達が出て行ってから数分後、入れ替わりのように部屋に入って来た愛に、少し目を丸くする。
「外で聞いとった」
「立ち聞きっていうんだよ、それ」
里沙は自分の荷物をまとめて、黒烏龍茶のボトルを取り出して飲んだ。
「次はあの生田か」
愛が言った。
里沙は黙ってまた烏龍茶を口に含む。
「絵里をオモチャにすんの飽きた思たら、次はあの子か」
ふたりの目が合う。
「手元に置いて、また飼い殺すんか?」
絶対愛してやらんのに。
愛は乾いた声で呟いた。
「人聞きの悪い」
里沙は、また新しい烏龍茶を開けた。
「誰も、好きになって欲しいとか、側にいて欲しいとか、ひとっことも頼んでないよ」
「人でなし」
小さく笑い、愛は部屋から出て行った。


to be continued.

232名無し護摩:2013/10/02(水) 18:53:48

『デイドリーム・ビリーバー XXIV 』

234名無し護摩:2013/10/02(水) 19:01:48

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXIII』と同じ日のお話です。
(XXIII >>225-231

236XXIV*:2013/10/02(水) 19:11:29

タクシーの中で、聖は苛々していた。
隣に座っている衣梨奈はまだ泣いている。


衣梨奈は衣梨奈で、どうしてこんな事になったのか、泣き 過ぎて痛む頭でぼんやり考えていた。

237XXIV:2013/10/02(水) 19:19:24

ーーー少し前に、スマイレージの花音と遊びに行った事があった。
初めて花音と遊びに行って、自分のテンションが上がってしまったのか。
花音が親身になって話を聞いてくれたのが嬉しかったのか。

つい、聖と付き合ってる事を花音に話してしまった。

238XXIV:2013/10/02(水) 19:22:58

(聖、怒っとる)

衣梨奈は、ずっと窓の外を見ている聖に目をやる。
窓に映る聖の目は、冷たかった。

239XXIV:2013/10/02(水) 19:30:45

(にーがきさん…ごめんなさい)
ハンカチを握り締めて、衣梨奈はしゃくり上げる。
里沙は、激怒している愛佳とは対照的に淡々と話していたが、衣梨奈には充分堪えた。

花音が言いふらしたとは思いたくないが、寧ろ自分の迂闊さを衣梨奈は責めた。

(にーがきさん…ごめんなさい。
にーがきさん…)
衣梨奈は手で顔を覆い、また飽きずに泣く。
(にーがきさん…)
「着いたよ」
聖の声で、現実に返る。

240XXIV:2013/10/02(水) 19:38:59

衣梨奈のマンション傍に車はいつの間にか来ていた。
「誰の事、考えてた」
衣梨奈が降りる時、聖が小さく微笑んで言った。
衣梨奈は顔を強張らせ、何も言えない。
「おやすみ」
聖はまた微笑んで、『行って下さい』と運転手に告げた。


「衣梨奈…、聖が好きっちゃ」
その場に立ち尽くしたまま、衣梨奈は譫言のように呟いた。


to be continued.

241名無し護摩:2013/10/03(木) 19:39:57

『 デイドリーム・ビリーバー XXV 』

242名無し護摩:2013/10/03(木) 19:43:38

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXIV』のちょっと後のお話です。
(XXIV >>232-240

243XXV:2013/10/03(木) 20:08:21

判決が言い渡された。


実際は違うが、聖はそういう気持ちだった。
モーニングの先輩メンバーに内緒で、衣梨奈と付き合っていた事が先輩たちの不服を買い、それに対する罰を負う事になった。

『生田がおはガールの任期を終えるまで、交際を控える事』

具体的には、仕事場でもなるべくふたりきりになるな。
ふたりだけの仕事が入った場合は、必要以上に接触しない。
生田のマンションに行かない。
譜久村の家に生田が訪れるのも禁止。
ツアー先のホテルの部屋なども、当然同室禁止。
電話もメールも、なるべく控える事。

様々な禁止事項が書かれた用紙が、聖と衣梨奈に渡された。

244XXV:2013/10/03(木) 20:20:05

紙を手にしたまま、衣梨奈はまた泣いていた。
(よく泣くなあ)
他人事のように一瞬思い、聖は衣梨奈の横顔を感心したように見た。
(聖のこと、考えてりゃいいんだけど)
小さく息を吐いて、聖は思う。

昨日、帰りの車中衣梨奈は、知ってか知らずか、
「にーがきさん…ごめんなさい」
と、か細い声で詫びながら泣いていた。
それを聞いた時、聖は自分の耳を疑った。
(聖のことで…泣いてないんだね)
諦めと納得が最初に起こり、そして後で理不尽な怒りがきて、最初の感情を一瞬で燃やしつくしてしまった。

245XXV:2013/10/03(木) 20:38:14

『にーがきさん…にーがきさん』
ノイズのように、不愉快に耳に残る。
聖は軽く唇を噛んで、『先に行くね』と衣梨奈に声は掛けたものの、顔を見ずに部屋を出た。


「フクちゃん!」
意外な時に、意外な人に会ったな。
聖は相手の顔を見て思った。
スマイレージの、福田花音だった。
同じエッグ時代から、聖は何かと付き合いがある。
「お疲れ様です」
聖は穏やかに笑う。
「あの…!
謝らなきゃいけない事があって、ずっとメールとかしようか悩んだんだけど」
「え…?」
花音の切羽詰まった様子に、聖は戸惑った。


花音の話では、こうだった。
先日、花音は衣梨奈と遊び、その際、衣梨奈の口から、聖と付き合ってる事を聞かされた。
その数日後、その時遊んだメンバー数名で聖と衣梨奈の事を事務所の隅で話していたら、たまたま通りがかった愛佳の耳に入った。
『それホンマの話なん!?』
愛佳は今まで見た事ないくらい、険しい表情だった。
花音は慌てて取りなそうとしたが、時すでに遅し。
直ぐに、愛佳からモーニングの先輩メンバーの耳に入ったのだった。

246XXV:2013/10/03(木) 20:42:57

「そうだったんですか…」
聖は、静かに呟いた。
「本当にごめん!」
花音は、強い勢いで頭を下げる。
聖は無言で微笑み、首を振る。
「あの、今更だけどさ…。
えりぽん、フクちゃんの事」




聖、ほんとにえりの事、大事にしてくれるんです。

247XXV:2013/10/03(木) 20:48:29

ほんとに大事にしてくれるって、すっごい嬉しそうに言ってたよ




「…えりのばーか」
屋上で手摺にうつ伏せになるように顔をのせ、夕焼けの中、聖は小声で囁いた。


to be continued.

248名無し護摩:2013/10/04(金) 21:30:01

『デイドリーム・ビリーバーXXVI』

249名無し護摩:2013/10/04(金) 21:31:31

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXV 』の少し後のお話です。
(XXV >>241-247

250XXVI:2013/10/04(金) 21:39:21

それからしばらく、ただ日々は過ぎて行った。

『あなたも受験なんだし、自粛しなさい』
里沙に言われた事を、聖は思い出していた。
家に帰ってから、テストが近いので今も勉強している。
スマホが鳴って、メール受信を知らせた。
衣梨奈だった。
『聖、明日テストやろー?
えりもまだ先やけど、がんばろ!
おやすみー』
聖はチラッとだけ見て、
『うん。
えりも頑張って。
おやすみ』
我ながら素っ気ない返事を送る。

251XXVI:2013/10/04(金) 21:45:27

『にーがきさん…ごめんなさい』
あの日、衣梨奈が涙声で呟いた言葉は、今も聖の胸に残っていた。
目の前で、キスとか見せられるより酷い。
聖は、ギュッとラインマーカーを握った。

(聖の為に、泣いてくれないんだ)
もう、何もかも、どうでもよくなった。

252XXVI:2013/10/04(金) 22:00:23

数日後。
テストなので学校が早く終わり、聖は家で昼食と着替えを済ませてから事務所へ向かった。

はさゆみが先に来て、物販などに使用される書き物をしていた。
「おー、ちゃんフク。
テストはどうだった?」
「まあまあです」
大好きなさゆみに話し掛けられ、聖は恥じらいながら微笑む。
「生田と、どう?」
突然答えにくい話題に切り替えられ、聖は少し戸惑う。
「え…」
「最近、避けてるでしょ?
生田の事」
「…そういう条件ですから」
避けてるのは確かだった。
みんなもいる場所で衣梨奈は普通に聖に話し掛けてくるが、聖はあまり会話を続けようとはしない。
先輩に提示された条件の通り行動するというよりは、衣梨奈の『にーがきさん、ごめんなさい』が許せなかった。
聖は、少し顔をしかめた。
「どうしようもなくなったら、さゆみにでも言いなね」
「…はい」
道重さんには、敵わないな。
聖はそっと思った。

253XXVI:2013/10/04(金) 22:22:49

「フクちゃん!」
聖が帰ろうとすると、里保がぱたぱたと走って来た。
「危ないよ」
里保はよく転ぶので、聖はおっとり笑う。
「フクちゃん!うち」
「え?」
「あ、謝ろう、ずっと思っとって…」
ようやく聖に追い付いた里保は、聖の腕に掴まってゼーハー息を切らす。
「…謝る?」
自分より背の低い里保を、聖は見下ろした。
聖の目に何も映ってない気がして、里保は少し怯えた。
「うち…うちが、余計な事言うたから…本当にごめんなさい」
それでも里保が戸惑いながらも謝ると、聖は微笑んで、自分の腕を掴む里保の手を取った。
「里保ちゃんが悪いわけじゃないよ。廻り合わせだよ」
「でも…」
「聖、もう帰るね。
明日もテストだし」
腕をほどいて聖が踵を返そうとすると、
「えりぽんを、好きなんじゃろ!」
里保が怒鳴った。
聖は振り返らず、
「…心が」
「…え?」
「掴まらなくても、好きでいなくちゃいけないの?」
「フクちゃん…」
「じゃあね」
聖の靴音が響く。
里保が上京するまで地元では見たことなかったような、小遣いでは買えない、高級な皮のパンプスだ。
里保はギリッと歯軋りし、
「…えりぽんを、本気で守るみたいに言うたんはウソなんか!?
ウソつき!!
声の限り、その背中に叫んだ 。

to be continued.

254名無し護摩:2013/10/05(土) 18:23:16

『デイドリーム・ビリーバー XXVII』

255名無し護摩:2013/10/05(土) 18:24:39

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXVI』の少し後のお話です。
(XXVI >>248-253

256XXVII:2013/10/05(土) 18:35:39

12月に入った。
聖は、コートの襟を立てて歩みを早める。

通り掛かったデパートのショーウインドーは、クリスマス一色のディスプレイだった。
聖は歩みを止め、幸せそうな色と光に溢れた飾りを見る。

ふと、ディスプレイの中にあった、ネックレスに目がいった。
クリスマスギフト用の商品展示で、バッグや靴と共に飾られていた。

257XXVII:2013/10/05(土) 18:42:46

15分後、聖のバッグには、ショーウインドーと同じネックレスがあった。
クリスマス仕様のグリーンを主体にしたラッピングペーパーで包装して貰い、聖は知らず知らず鼻歌が出る。
シルバーの、華奢なデザインのネックレスで、色白の衣梨奈にとても似合いそうだった。

258XXVII:2013/10/05(土) 18:55:06

(聖が直接渡すのがまずいんなら、誰かメンバーに頼んだら…)
衣梨奈にネックレスを渡すのを、聖は誰か信頼出来るメンバーに頼むつもりでいた。

(亜佑美ちゃんか…里保ちゃん…は、なくしそうだな)
聖はそっと苦笑する。
里保はこういった事では、まったく信頼がなかった。

(あーあ、お小遣い貯めてたの、ぜーんぶ使っちゃった)
ネックレスの値段は8千円と、そう高額ではなかったが、中学生の自分には結構な出費だった。
まして月の小遣いは千円だ。
「お母さんに怒られるな…」
バッグの中の細長い箱を撫でて、聖は家路についた。

259XXVII:2013/10/05(土) 19:12:36

「えりぽんにプレゼント買ったんだって?」
里保に声を掛けられて、聖は怪訝な顔をする。
「うち、渡してあげようか?」
聖は苦笑して、首を振る。
「なんで」
里保は、不服だ、という表情をする。
「里保ちゃん、自分の物ですら無くすのに」
聖が言うと、ムキになってか、
「なくさんもん!」
肩をいからせて主張する。
「ありがとう、気持ちだけ貰っとくよ」
適当にいなして、聖は、
「…誰から聞いたの?」
一番気になる処に触れた。
「え?」
「聖が、プレゼント買ったって」
里保はああ、という顔をし、
「香音ちゃんが教えてくれたよ。
フクちゃんが、デパートで高そーなアクセ買ってたって。
包装してもらってたから、多分、えりぽんにあげるんじゃろーって」
聖が、無表情で里保を見つめた。
里保は流石にギョッとする。
「あ、あの…フクちゃん?
か、香音ちゃんも悪気があって言うたんじゃ…。
たまたま見掛けたって…」
里保がしどろもどろになってるのを尻目に、
「うん…分かってるよ」
それだけ言って、行ってしまった。

260XXVII:2013/10/05(土) 19:18:33

(『悪気はない』か…)
里保を取り残してひとり廊下を歩きながら、聖は考える。
(まあ、香音ちゃんに悪気はなかったのは本当だろうけど)
悪気がなかったら、何をしてもいいのかしら。
髪をかき上げ、聖はクスッと笑う。

261XXVII:2013/10/05(土) 19:26:09

(なんか…無事に終わればいいけど)
聖は、これだけは心から思った。


―――クリスマスイブ当日

モーニングはリハーサル終了後、クリスマス恒例のプレゼント交換会を行った。
めいめいプレゼントが行き渡り、中を確かめてはしゃぐ声があちこちで上がる。

262XXVII:2013/10/05(土) 19:37:10

聖は、衣梨奈へのプレゼントを、亜佑美に頼むつもりでいた。
亜佑美は快諾してくれたのだが、タイミング悪く、マネージャーに呼ばれてしまう。
「生田さんも別な用事あるとかで…明日じゃダメですかね?」
亜佑美は申し訳なさそうに、頭を下げる。
「こういうのは、イブに渡した方がいいっしょ。
いいよ、あたし、渡すから」
その場にいた香音が、申し出てきた。
聖は一瞬躊躇したが、香音の真っ直ぐな瞳に気持ちが少し緩んだ。
「うん、お願い、香音ちゃん」
聖が言うと、亜佑美の表情がパッと明るくなった。
「すみません、お願いします!
鈴木さん!」
「おおよ、まかせとけ!」
「キャー!頼もしー!」
ふたりのやり取りを、聖は微笑んで見る。
亜佑美からプレゼントの箱を受け取り、香音は大事そうにリュックに入れた。

263XXVII:2013/10/05(土) 19:43:27

あの後、聖はスタッフに呼ばれ、また部屋に戻って来た。
途中、香音と会う。
「あ、香音ちゃん。
えりぽんに」
聖が最後まで言わないうちに、
「あ、大丈夫。
あ、あのさ」
「ありがとう!」
香音が途中まで言い掛けた事を最後まで聞かず、聖は行ってしまう。
「まあ…いいか」
香音はポリポリ頭をかいて、帰ろうとする。

264XXVII:2013/10/05(土) 19:53:26

聖が部屋に入ろうとすると、衣梨奈の声がしてきた。
「ちょー、誰これー?
包み、開けんと捨ててるしー」
部屋に入った聖が、ごみ箱のそばにいた衣梨奈と里保を見て、何気なく自分もごみ箱を見る。
聖に気付いた里保の、顔色が変わる。
ごみ箱の中を見て、聖は言葉を失った。
衣梨奈に買った、プレゼントがそのまま捨てられていた。
「あ、聖ー。
これ見てー。
マジ勿体ないやろー?」
衣梨奈が聖の方を振り返る。
「…ひどい」
「え?」
「…ひどい!」
衣梨奈を突き飛ばし、聖は走って出て行った。


to be continued.

265名無し護摩:2013/10/06(日) 11:08:43

『デイドリーム・ビリーバー XXVIII』

266名無し護摩:2013/10/06(日) 11:11:14

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXVII』の 少し後のお話です。 (XXVII >>254-264

267XXVIII:2013/10/06(日) 11:19:35

聖が部屋から出て行くと、香音が、
「あれ?聖ちゃんどーした?
えりちゃんにプレゼント…」
やはり全部言い終わらないうちに、聖は走って去ってしまった。
首を傾げながら香音が、まだ衣梨奈たちがいる部屋を開ける。
「あれ?ふたり、まだいたんだ。…どしたの?」
衣梨奈と里保は、お通夜のような表情だった。
里保が、
「あれ、見て」
とごみ箱を指差す。
「ゴミ…あ!」
中を見て、香音が声を上げる。

268XXVIII:2013/10/06(日) 11:37:33

「これ…!」
中には、聖から託された衣梨奈宛のプレゼントがあった。
「えりちゃん…!
ひどいよ!なんでこんな事すんの!?」
香音が衣梨奈の腕を掴んでなじる。
衣梨奈は、泣きそうな顔でただただ首を振る。
「え…」
流石に様子がおかしいと気付き、香音は手を離した。
「察するに…これ、香音ちゃんが言うてた、フクちゃんがデパートだかで買ってたっていうプレゼント?」
えりぽん用の、と里保は付け足して言った。
香音は、
「う、うん」
と冷や汗を流しながら頷く。
「えりぽんはプレゼントかすら、ごみ箱見ても分かってないようやけど。
香音ちゃん、何か知らん?」
「あれー、誰かまだおんのー?」
廊下から、先輩の愛佳の声がした。
里保は慌てて、ごみ箱から例のプレゼントをさっと拾い上げて机に置く。
愛佳はドアを開けて、
「早よ帰りやー」
と顔を出して言った。
「ん?」
愛佳の視線が、机のプレゼントにいく。
「それ…」
愛佳が問いかけようとすると、
「あの、光井さん…」
香音がかぶせるように言おうとするとまた、
「つ、机に置きっぱになってたんです。
誰のだろーって話してたとこなんですよー」
里保が取り繕うように言った。
それまで黙っていた衣梨奈も、
「ええ」
短く答えた。

269XXVIII:2013/10/06(日) 11:50:44

愛佳はスッと目を細めたが、すぐに笑顔を作り、
「あ!ごめんごめん!
鈴木から頼まれて生田に渡そうとしたんやけど、愛佳、マネージャーさんに呼ばれて、そこに置いて行ってんー。
ごめんなー、ややこしい事して」
明るく謝った。
「そうだったんですか」
香音はホッとして笑う。
里保は一瞬怪訝な表情をしたが、
「良かったね、香音ちゃん」
わざと明るく言った。
「ごめんなさい、光井さん。
そもそも私が、めんどくさい事お願いしたからですよね」
「ううん、愛佳が提案して引き受けたんやしー」
「光井さん…優しい!」
香音は感激して目を輝かせる。
愛佳と香音のやり取りを、里保はちょっとつまんなさそうな目で見る。
ふっと衣梨奈に視線を移すと、彼女はじっと、綺麗にラッピングされた細長い箱を見つめていた。

270XXVIII:2013/10/06(日) 12:05:04

部屋を出てから、愛佳は、
「失敗やったな…」
と呟く。
そして人目につかない場所に移動し、iPhoneを取り出して気の進まない相手に掛けた。


「で」
里保は、香音の方に向き直る。
3人は、荷物をまとめてタクシーで帰る為に移動していた。
「自分もスタッフさんに呼ばれたから、光井さんにお願いしたの?」
「光井さん、もー神様みたいに優しいよね!」
香音の様子に里保はちょっとイラッとしたが、
「じゃーなんでプレゼントがごみ箱入ってたん?」
今一番の問題を口にした。
「ちょっと!光井さん、疑うの!?」
途端に香音が憤慨する。
ウザイなーと思いつつ、
「別にそんな事言ってないじゃん。
ただ、高価な品物なんだろうし、部屋に置きっぱにしたのはまずかったんじゃないかと思うよ」

271XXVIII:2013/10/06(日) 12:21:29

里保はそれとなくたしなめるように言う。
香音ちゃんも一度引き受けたんなら、スタッフさんに呼ばれた時、鞄にしまうとかすれば良かったのに。
里保の言う事に、香音は本気でカチンときたようで、押し黙ってしまう。


タクシーを待ってる時、衣梨奈はプレゼントのラッピングをごそごそ剥がして、箱からネックレスを取り出した。
手に取って頬を綻ばせ、首につける。
香音は慌てて、後ろの留め金を嵌めてやる。
「似合う…かな」
衣梨奈は遠慮がちに、ふたりに聞いた。
里保と香音は呆気にとられ、
「あー…うん」
「聖ちゃん、頑張ったんだな、って感じ」
「うん、えりぽん似合うのをチョイスした感じ」
半ば棒読みで、戸惑いつつ褒める。
衣梨奈は、嬉しそうに笑った。


『『さすがKY』』
里保と香音は、ほぼ同時に心の中で言った。


to be continued.

272名無し護摩:2013/10/09(水) 23:28:08
『デイドリーム・ビリーバー XXVIX』

273名無し護摩:2013/10/09(水) 23:29:03

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXVIII』と同じ日のお話です。
(XXVIII >>265-271

274XXVIX:2013/10/09(水) 23:32:22

サンタって、ほんまおるんかな。

愛佳はタクシーを降りて、傍の街灯を見上げる。

今日は仕事が終わってから、クリスマス・パーティーに呼ばれていた。
一旦深夜営業のスーパーで買い出しをしてから、先輩の愛のマンションへタクシーを走らせた。

275XXVIX:2013/10/09(水) 23:34:34

愛の部屋を訪ねると、既に先輩の里沙が来ていた。
愛は先にシャワーを浴びている、と里沙は告げた。
リビングのソファーに思いがけない人物もいる。
「かめ、いさん…」
愛佳が目を少し見開くと、2期上の先輩でOGの亀井絵里は、バツが悪そうに笑い、『よっ』と片手を上げた。
「カメ、試しに声掛けたら来るって言うからさー」
里沙が、絵里の肩をパシパシ叩く。
「痛いって、ガキさん」
絵里は小声で言い、里沙の手を払う。
「はあ、そりゃいいんですが…。
凄いですね」
ソファーの前のテーブルには、既に開栓されているドンペリのロゼがあった。
テーブルの真ん中には脚つきのチキン、おつまみのチーズやスナックなどを溢れんばかりに並べた大きなプレートもある。
後から来るメンバーもいるが、この人数で食べきれるのか愛佳が一瞬考えたくらい、結構な量だった。
「愛ちゃんがバカみたいに買うからさー。
あたしも止めたんだけどー。
さ、食べな。
カメもさっきからジュースくらいしか口つけてないじゃん」
「絵里はそんなにいらないよ。
食べなよ」
絵里は愛佳を見上げて、テーブルを指した。
「ほな、いただきます」
愛佳は、生ハムとディルの載ったクラッカーに手を伸ばした。

276XXVIX:2013/10/09(水) 23:36:12

シャワーを浴びてリビングにやって来た愛は、上機嫌だった。
遅れてやって来た、久住小春が持参したクリスマス・ケーキを見て、愛のテンションは最高潮になる。
その光景を見て、愛佳は過ぎた日々を思い出していた。

『あーしの家においで』
モーニングに加入したばかりの頃、愛佳は先輩の愛に、自宅に招かれた。
『クリスマスやし、ケーキ買うて帰ろう』
仕事帰りにふたりで自宅に向かう途中、愛は途中でタクシーを停めて、見るからに高級そうなケーキ屋に入って行った。
先輩でエースの愛にそこまでしてもらい、愛佳は感激した。
『美味しい?』
愛の部屋で並んでケーキを食べてる時、愛は優しく聞いてきた。
愛佳は笑顔で頷いて、
『美味しいです』
そう答えた。

277XXVIX:2013/10/09(水) 23:38:01
「このパイン、美味しいよ」
絵里は、愛佳が買ってきたカットフルーツを黙々と食べている。
里沙は、手酌で呑んでいる。
愛は、高そうな赤ワインをはしゃいで開けている。

『たかはし…さん』
愛は、不意にキスしてきた。
ドロリと、ケーキの生クリームの味がした。
それは、愛佳が経験した事のない空気だった。
背中を撫でられ、肩をさするように指を何度も往復させる。
びっくりする位、耳の傍で把握した愛の息は熱かった。
同じ位、自分の頬や太腿が熱くなってる事に驚く。
驚く反面、綺麗で優しくて何でも出来る愛が、自分だけを見つめてくれる空気を。
空間を。

支配したくなった。

278XXVIX:2013/10/09(水) 23:40:18

「ガキさん、よう呑むなー。
明日もリハあるんちゃうん?」
「大丈夫だよ」

何事か愛に囁かれてから、愛佳は頷いて寝室について行った。
ベッドの傍で、抱き締められる。
長い、長いキスだった。
ヒロインになったかのような気持ちでいたら。

「愛佳、眠い?」
絵里に、声を掛けられる。
愛佳は首を振った。

異変に気付いたのは、衣類を脱がせられてる途中だった。
愛は、無表情でベッドサイドの抽斗から、紐を取り出した。

「亀井さーん。
シャンパン取ってくださいよー、シャンパン!」
「もー小春、いい加減にしなよ」

愛佳は手足をベッドの四隅に各々、縛り付けられた。
一度手足をバタつかせて逃げようとしたら、愛の冷たい眼が自分を見下ろしていた。
縛る作業が終わると、ガムテープを引き出す、ビーッという音がした。

「愛佳、もっと食べなよ。
全然食べてないじゃん」
「亀井さんこそ」

ガムテープ特有の臭いを、鼻の先で嗅いだ。
愛は、ニコッと笑って愛佳の口をテープで封じた。

279XXVIX:2013/10/09(水) 23:43:50

サンタって、おるんかな。

あの日から、この季節になると愛佳は思う。
傍のソファーでは、愛と小春が戯れている。
音のするくらいのキスを繰り返し、しばらくしてソファーが軋んだ。

小春のスカートから、可愛らしい下着が滑り落ちた。
何が始まったか、見なくても分かる。

絵里が息を呑む音声が聞こえた。
里沙は、低い声でクスクス笑う。

ソファーのふたりの下着が、だらしなく床に散らばっている。

ただ、耳障りな嬌声だけが聞こえる。

愛佳は、目を閉じた。


サンタさん、何処にいるんですか。


to be continued.

280名無し護摩:2013/10/10(木) 20:19:08

『デイドリーム・ビリーバー XXX』

281名無し護摩:2013/10/10(木) 20:20:44

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXIX』の後のお話です。
(XXIX >>272-279

282XXX:2013/10/10(木) 20:26:39
「こーゆーの…よくないよ」
思いがけない声に、部屋中の空気が止まった。
ソファーで小春を可愛がっていた、愛の動きすら止まる。
「よくないと思う」
絵里はそう言って、俯いた。
「なんや、次は絵里がええんか?」
愛が乱れた髪をかき上げて笑い、煙草を咥えた。
「ダーツで決めようよ!
愛ちゃん、新しいの買ったんでしょ?」
小春もはしゃいだ声を上げる。
その声を聞いて、愛佳は小さく絶望を感じた。
この救いの無い空間に。
里沙は黙って笑い、バーボンを呷った。

283XXX:2013/10/10(木) 20:30:05

「そんなんじゃ…ないよ。
絵里、そんなつもりで来たんじゃない」
絵里は泣きそうではあったが、不思議と決意を感じる声音だった。
もう氷も溶けて水っぽくなったオレンジジュースを口に含み、愛佳はぼんやりそう思う。
「愛佳は?どうするんや」
愛にフラれ、
「愛佳は…やめときます。
脚、まだ痛むんで」
負傷した脚をさすりつつ、半分現実感のない気持ちで答える。
愛は小さく舌打ちする。
「オマエら、面白ないのう」
どうすれば、この人面白いんやろう。
愛佳は淡々と思う。
「帰れや」
愛は不機嫌そうに言い放った。
愛に続くように、小春も素肌にニットのカーディガンを羽織り、黙って愛佳たちを睨み付ける。
「ガキさん、帰ろ?」
絵里が呑んでいる里沙の肩に手を置くと、里沙は『はあ?』と声に出した。
「カーメー。
みっつぃーもだけど、楽しい空気を壊すの、一番よくないよ?」
里沙の笑顔の答えに、絵里は顔色を失う。
この世の全てを絶たれた顔だった。
うちひしがれている絵里を見て、愛佳は黙って俯く。

284XXX:2013/10/10(木) 20:32:34

「モーニングを途中で放り出したアンタが、ナマ言うなや、絵里」
俯いてはいたが、愛佳は思わず顔を上げた。
愛はシャツを羽織り、新しいタバコに火を点けた。
旨そうに、煙を吐き出す。
「亀井さんを…そーゆー風に言うん、やめてください」
愛佳は、言った自分に何よりびっくりする。
自分でも驚いて辺りを見渡すと、里沙や愛、小春までもが呆れ返った表情の後、失笑していた。
「モーニングの足、いま誰より引っ張っとるヤツがアホか」
愛が鼻を鳴らして言った。
多分言われると思たわ。
愛佳は酷く冷静な頭で考える。
愛は、酷薄に微笑んでみせた。

285XXX:2013/10/10(木) 20:35:37
ぱちん。
火花が散った。
愛佳は意識を引っ張られるように我に返り、そう思った。
ぱちん、とまた音が鳴る。
絵里が、愛の頬を打っていた。
誰の為に?
この様子に目を丸くしていた里沙は、やがてハハハハ、と小さく嗤った。
絵里は、
「絵里は、別にいいよ」
ふっと呟いた。
「モーニングをこれからって時に、放り出して逃げたのは本当だし」
小春がニヤニヤして、ヒューッと口笛を鳴らした。
「小春〜」
里沙が、諌めるように横目で見る。
「でも、愛佳はいま、モーニングにいるじゃん」
だから、そーゆーコト言っちゃダメだよ。
絵里は続けた。
「帰れば?」
不意に、小春が言った。
つまらなさそうに、誰かのグラスのスコッチを呷った。
「言われなくても、帰るよ」
絵里は自分のコートとバッグを手にして、踵を返す。

286XXX:2013/10/10(木) 20:40:09

「行こ、愛佳」
声を掛けられ、愛佳はぼんやりと絵里を見上げる。
何故か、絵里の青いカラータイツの、踵の辺りが酷く薄くなっているのが愛佳の目に入った。
床に脚を投げ出して、バーボンのグラスの氷を揺らしている里沙に、絵里は視線を落とす。
「さよなら、ガキさん」
小さいが、はっきりした声で絵里は告げた。
里沙は唇の端を上げ、挨拶のように片手を上げる。
激情を露にした割には、絵里は静かに出て行った。
愛佳も反射的に、荷物を持って出る。
「ええ先輩持ったなあ、愛佳」
背中越しに、愛の声がした。
「足手まといな上に、今日のプレゼント作戦も失敗してんで。
ほんま使えんなー」
愛の大声に、里沙と小春の嘲笑する声が被さった。


to be continued.

287名無し護摩:2013/10/10(木) 20:43:43

『デイドリーム・ビリーバー XXXI』

288名無し護摩:2013/10/10(木) 20:45:46

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXX』と同じ日のお話です。
(XXX >>280-286

289XXXI:2013/10/10(木) 20:52:34

「亀井さん!」
絵里は足が速いので、いまの自分の足で追い付くか不安だった。
愛佳の声に、コートを手にしたままの絵里は、10メートル先で立ち止まった。
「亀井さん、そんな、まだ、寒いよって、上着も、着んと」
愛佳は息も絶え絶えに、膝に両手をつく。
「愛佳、何言ってるか分かんない」
絵里は優しく笑った。
「鞄持っててくれる?上着、着るから」
「ああ、はい」
絵里がコートに腕を通すのを、愛佳は黙って見ている。
今日は日中は晴れていい天気だったが、流石にいまの時間は冷え込んだ。

深夜2時半。
これからとりあえず朝までどうするか愛佳が考えていると、
「カフェに、行かない?」
絵里が言った。
「カフェですか?」
「うん。
明け方の5時くらいまで確かやってる」
昔、さゆとよく行ったんだけど、と絵里は付け足した。
「この近くなんだけど」
ただ、と絵里はためらう。
「え?」
「歩くと、20分くらいかかるかも」
愛佳はプッと吹き出す。
「全然ヨユーですってー」
「ホントに?
けっこー、20分、長いよ?」
「全然、全然。
どんと来いですよ!
亀井さん、道知ってはるんですよね?
ほな、行きましょ」
「お、おう」
愛佳は絵里に寄り添うように、腕を取った。
途中、道沿いのビルに取り付けられている大きな温度計が、見るからに寒そうな気温を示していた。
「2.8!
そらあ、寒いわ!」
「ふざけてるよね」
「冬寒いん、当たり前やないですかー!」
ふたりはマフラーを巻き直し、ケラケラ笑って歩いて行く。

291XXXI:2013/10/10(木) 20:56:57

カフェに入って行くと、それなりに客はいたが、奥の席に座れた。
愛佳はほーっと息を吐いて、水を飲む。
「足は?大丈夫?」
先輩なのに、先にメニューを後輩に手渡す絵里に、愛佳は頬を綻ばせた。
長い時間歩かせた事も、気遣ってくれている。「大丈夫ですてー。
煮干し食べてますさかい」
「煮干しってやっぱキくの?」
愛佳は、こんな時間まで出歩いて、絵里のアトピーが悪化しないかがむしろ心配だった。
それを口にすると、
「まあ、肌にはよくはないやね。
今日、出しなにお風呂は入って来たから、まだマシだとは思うけど」
絵里はボソボソと答えた。
テーブルの脇にあった、100円入れてレバーを引く小さな地球儀みたいな12星座の占いの機械に、絵里が会話しながらよそ見して大層興味を示していたので、愛佳は黙って100円玉を手渡してやった。
受け取って『あざーす!』と100円を掲げ、絵里は早速自分の生まれ星座を引く。

292XXXI:2013/10/10(木) 20:58:48

そうこうしているうちに、オーダーした物が運ばれてきた。
愛佳はココア、絵里はゆず茶を頼んだ。
店内は、深夜なのに賑わっていた。
クリスマスイブの余韻を引きずったカップルや、オールで遊ぶ感じの学生のグループ、みな楽しそうだ。
暖かな店内で、あったかい飲み物を目の前にして、愛佳は嘘でも満たされた。
時刻は3時を回った。
つい40分前までいた、異常な空間が夢のようだ。
もしかして、いま居るこっちが夢なのかもしれない。
他の幸せそうなテーブルを見て、愛佳は思った。
「山羊座!恋愛運、最高!!」
絵里が、占い機から出た小さな巻き紙を無理矢理広げ、ドヤ顔して愛佳に見せる。
「フーッ!」
愛佳はライブの時のファンのように、冷やかしの声を上げた。
「フーッ!」
絵里も乗ってフーッフーッうるさい。
ひとしきり笑い、絵里はふっと、俯いた。

293XXXI:2013/10/10(木) 21:02:16
「…愛ちゃん家にいる時、ガキさんっていつもあんな?」
愛佳は咄嗟に何を言われたか分からず、
「え?…あ、はい」
はっきりしない返事をする。
「凄いね」
絵里は、小さく笑った。
「噂で、聞いてた以上だった」
絵里の言う事に違和感を覚え、
「知らはらへんかったんですか?」
愛佳は確認するように訊く。
「うん。
ああいう流れになるようなの、行ってなかったし。
小春の話で、薄々知ってたけど」
占いの紙を指で弄びながら、絵里は、
「想像以上だった」
苦笑した。
「好き…なんですよね?」
新垣さんの事、と、愛佳は周りに気付かれないよう、小声で言う。
絵里は一瞬目を見開き、
「うん」
あっさり答える。
「最低だよね、さゆと付き合ってたのに。
ガキさんの事しか見てなかったし」
「そうですか」
否定も肯定もせず、愛佳は、
「…新垣さんを救おうと思わはったんですか」
『ガキさん、帰ろ?』
マンションでの絵里を思い出し、訊いた。
絵里は視線をずらし、
「…救おうと思った時点で、もう救えないんだよ」
誰に言うとでもないように、呟いた。

294XXXI:2013/10/10(木) 21:05:21

カフェを出て、愛佳はタクシーの拾える場所まで、絵里と歩く。
もうじき、夜が明ける。
「また、お茶でもしようよ」
絵里の言う事に、愛佳は頷いた。
「辛いコトあったら、言ってきな。
絵里、ホラ、ヒマだからさー」
絵里はケラケラ笑う。
愛佳も微笑んだ。

「じゃ、またね」
絵里を見送ってから、愛佳は駅の方に向かって歩き出す。
途中、通り過ぎたコンビニ前のゴミ箱に、赤い包装すらそのままの箱が突っ込まれていた。
行き場を無くした、クリスマス・プレゼントだろうか。
「誰やろ、勿体無い…」
呟いて、愛佳は思わず苦笑する。
どの口が言うねん。

『鈴木の話聞いたんですけど。
フクちゃん、生田にクリスマス・プレゼント買うたらしいですわ。
なんかうちらに内緒で、直接渡すんやのうて、誰かに間に入ってもうて渡す言うてますわ。
良かったら、処分しましょか?』
つい数日前、里沙に送ったメールを思い出す。
里沙は、
『任すよ。
愛ちゃんも、そう言ってる』
短い返事を寄越した。

295XXXI:2013/10/10(木) 21:06:37
『ごめんなさい、光井さん。
そもそも私が、めんどくさい事お願いしたからで すよね』

香音の何の疑いも無い、真っ直ぐな笑顔が痛い。

あんたは。
あんたらは。

間違わんといてな。

296XXXI:2013/10/10(木) 21:08:37

薄いブルーの夜明け前の街に、段々色が差してくる。
東の空から、輪郭のはっきりしない冬の太陽が昇り始める。

あんたらだけは、間違わんといて


ひどく、優しい朝焼けだった。


to be continued.

297名無し護摩:2013/10/11(金) 18:03:11

『デイドリーム・ビリーバー XXXII』

298名無し護摩:2013/10/11(金) 18:05:22

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXI』と同日の夜のお話です。
(XXXI >>287-296

299XXXII:2013/10/11(金) 18:07:14

目の前を、暖かな光が過ぎて行く。

今日は、クリスマスだった。
さゆみは珍しく、仕事の後、れいなとお茶をしていた。

『スタバでも行かん?
なんせ3000円分か、あるし』
昨日のプレゼント交換で回ってきた、里沙からのスタバカードをヒラヒラさせ、れいなは笑って誘ってきた。

300XXXII:2013/10/11(金) 18:08:18

イブほど浮かれた感じはないが、店の窓から見るクリスマスの夜の街は楽しかった。
チキンやケーキボックスを手に、家路を急いでいるのか、慌ただしく歩く人もいる。

301XXXII:2013/10/11(金) 18:09:52

「れいな、昨日なんかご馳走食べたの?
なんかクリスマスっぽいやつ」
れいなは、『ん〜?』という顔をし、
「昨日は別にー。
ママ、今日、すき焼き作る言うてた」
「へえ、いいな」
「ケーキ!
ケーキ作るん!今日!」
れいなは珍しく歯を見せるくらい笑い、手を叩く。
「マジで?
焼くの?」
「いや、時間ないしめんどいから焼かんけど。
なんかー、スーパーとかでもう出来上がってるケーキの…スポンジ?あるやろ?」
「ああ、あるね。
自分で生クリーム塗ったりするやつ」
「そう!
それそれ!
それママに買って来てって頼んだと」
「へー、偉いねー。
イチゴ飾ったりするんだ」
さゆみが感心したように言うと、れいなは悪戯っぽく笑った。
「さゆ、プレゼント交換の、誰の当たったん?」
「さゆみー?
うん、愛佳の。
バスタオルやったよ」
「へえ」

302XXXII:2013/10/11(金) 18:11:26

「へえ」
会話が一旦途切れ、さゆみはカップの中のラテに視線をやる。
また顔を上げると、れいなは笑ってさゆみを見ていた。
「なに?」
少し照れくさくなって、さゆみは苦笑いしながら言う。
「いや、なんか、久々やん。
こーゆーの」
「だよねー。
さゆみ、絵里とばっかつるんでたから」

303XXXII:2013/10/11(金) 18:14:25

さゆみが絵里と付き合っていた頃は、絵里が全てだったので、正直れいなの事はスルーしがちだった。
それが分かっていたので、れいなもふたりと距離を置いていたのだ。
「さゆっていまフリーなん?」
「聞く?」
さゆみはふざけて頬を膨らませ、怒っているフリをした。
「じゃあ」

れなと、付き合わん?


窓の外は、イルミネーションの光で溢れていた。

to be continued.

304名無し護摩:2013/10/12(土) 16:28:46

『デイドリーム・ビリーバー XXXIII』

305名無し護摩:2013/10/12(土) 16:30:05

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXII』の翌日のお話です。
(XXXII >>297-303

306XXXIII:2013/10/12(土) 16:33:27

翌日。

聖は、複雑な気持ちで仕事に行った。
昨日はその前夜に、衣梨奈へのクリスマス・プレゼントがごみ箱に捨てられていたのを目撃したショックで、一晩泣き明かした。
だが、昨日朝一番に聖が仕事に行くと、衣梨奈がニコニコして、プレゼントのネックレスを首につけてきていたのだ。
「それ…」
聖が思わず口に出すと、
「ありがとう、聖」
と、衣梨奈は首もとのネックレスを指で触れて、またニコニコした。

308XXXIII:2013/10/12(土) 16:42:30

「フークーちゃーん、ちょーっといーい?」
空き時間に、里保に聖は腕を引っ張られて、空き部屋に連れて行かれた。
その様子を見て、香音も腰を上げてついて来る。
里保は香音も入ったのを確認して、部屋のドアを閉めた。
「一昨日の、プレゼントじゃけど」
ごみ箱入っとった、と里保は続ける。
聖は顔を強張らせる。
「あれは、えりちゃんのせいじゃないよ。
あたしが、亜佑美ちゃんから受け取った後、スタッフさんに呼ばれて、その時たまたま光井さんいて、『うちが渡しとこうか』って光井さん、言ってくれたのね」
香音がそこまで一気に喋ると、聖は小さく『うん』と頷いた。
「で、光井さんに預けてあたし行ったんだけど、光井さんもその後呼ばれて部屋に箱を置いて出たんだって」
そこがまず間違いだよね、と里保は気付かれないように呟いた。
「じゃ、誰がごみ箱に捨てたの?」
聖は苦笑した。
「それが分かれば苦労はしないよ〜」
香音は両腕を前後にブンブン振って、足をジタバタさせた。
マンガみたいじゃ、と里保はチラッと見て思う。

309XXXIII:2013/10/12(土) 16:44:38

「大方、誰かごみと間違えて捨てたんじゃない?」
香音が何の気なしに言うと、聖の顔がもっと強張った。
(うっわ…バッカ!)
里保は慌てて、
「え…いや、あのー。
な、何かの手違いかなーって」
ハハッと里保がわざとらしく笑うと、思いがけず聖がクスッと微笑んだ。
「手違い、か。
そうだよね、手違いか」
可笑しそうに笑い出した聖を見て、里保は茫然とする。
「もーいいじゃん。
あの人、プレゼント喜んで昨日も今日もつけてきたし」
香音が急にしびれを切らしたように言う。
厭きてきたのだろうか。
心底どうでもよさそうに言った。
どの口が言うんだろ、と里保は内心呆れ返ったが、
「とにかく、えりぽんのせいじゃないからね」
其処の部分だけ、念を押した。

310XXXIII:2013/10/12(土) 16:50:46

「香音ちゃんは」
戻る際、里保はブツブツ言って香音を窘めた。
「いいじゃん、別に」
香音が少しびっくりする位、低いトーンで返す。
「え…?」
里保は思わず、振り返った。
「悪いのは、あのふたりじゃん。
先輩に筋通さないで付き合って、バレて痛い目遭って。
そもそもちゃんとやってれば、今こんな、めっちゃめんどくさい事しなくてすんだんだよ」
香音の目は冷たかった。
里保は何も言えなくなる。
「どうしたんですか?」
明るい声に、里保たちは顔を上げた。
後輩の亜佑美だった。
「え…あの」
里保が口ごもると、
「ああ、何でもないよ。
ちょっと、プレゼント関連でトラブルがあっただけ」
香音がまた何の気なしに答える。
「…え?」
今度は、亜佑美の顔が強張る。
(このバカ…)
「…あー!」
里保は、頭を抱えて小さく呻いた。


to be continued.

311名無し護摩:2013/10/12(土) 21:25:16

『デイドリーム・ビリーバー XXXIV』

312名無し護摩:2013/10/12(土) 21:26:21

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXIII』と同じ日のお話です。
(XXXIII >>304-310

313XXXIV:2013/10/12(土) 21:30:19

里保は、控え室で泣きじゃくる亜佑美を慰めていた。

『あの…プレゼントのトラブルって?
もしかして、わたしが鈴木さんに預けた…?』
あの後、亜佑美は、香音と里保にすがるように訊いてきた。
里保は顔をそらしたが、香音があっさり『うん』と答えた。
一通り亜佑美に詳細を説明し、『じゃ、後よろしく』とリュック背負って香音は帰ってしまった。
一方的に託された里保は、自分のせいだと泣き出した亜佑美を控え室に連れて行き、仕方なく宥めている。

314XXXIV:2013/10/12(土) 21:31:49

「あたしが…一旦引き受けたのに、無責任な事したから」
亜佑美は腕で顔を隠すように、シャツの袖で涙を擦る。
「それは違うよ」
亜佑美から少し離れてパイプ椅子に座る里保は、ぽつんと言った。
「香音ちゃんかって引き受けたクセに、自分、スタッフさんに呼ばれたから光井さんに任せてー。
別に亜佑美ちゃんだけが悪い訳じゃないよ」
「それは…わたしが頼んだから」
里保は溜め息をついて立ち上がった。

315XXXIV:2013/10/12(土) 21:33:25

「あのさあ。
冷たい言い方かもしれんけど、誰が預かっても、結果的にごみ箱にシュートされたかもしれんし?
亜佑美ちゃんが泣いた処で、問題が解決する訳じゃないと思うんだ」
「はい…」
亜佑美は返事して、指で自分の涙を拭う。
里保は亜佑美の前に立ち、
「だから、泣かんでよ」
ハンカチを手渡した。

316XXXIV:2013/10/12(土) 21:36:03

ふたりは、並んで控え室を出た。
「すみません、わたしのせいで遅くなって」
亜佑美は、歩きながら謝る。
「別に構わんよ。
今日は一緒に帰ろう」
里保は構わず、歩いて行く。
「はい」
しばらく歩いて、里保は、
「えりぽん、なんかここんとこ、ずっとネックレスしてんだよね」
素っ気なく言った。
「あ、はい」
「だから気にしなくていいから」
やはり素っ気なく締める里保に、亜佑美は少し経ってからクスッと笑った。
「なんじゃ」
里保は思わず立ち止まっムッとした。
「いいえ、なにも」
亜佑美はクスクス笑う。
里保は何か言い返そうとしたが、ちょうどお腹が鳴り、
「…お腹空いたのう」
空腹には勝てず、呟いた。


to be continued.

317名無し護摩:2013/10/14(月) 12:22:01

『デイドリーム・ビリーバー XXXV』

318名無し護摩:2013/10/14(月) 12:24:11

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXIV』の数日後のお話です。
(XXXIV >>311-316

319XXXV:2013/10/14(月) 12:26:46

さゆみは、ボーッと歩いていた。
一緒に行ったスタバでれいなに『付き合わん?』と言われて以来、何か落ち着かなかった。
ずっと絵里の気持ちを追う側で、追われる側というのに慣れていないからだった。
涙が出るほど嬉しいというのでなく。
死んでもいいというほど幸せでなく。
とにかく、体がふわふわ、ふわふわしている感じだった。

(絵里にオッケーもらった時は、泣いて喜んだな)
震えながら絵里に気持ちを打ち明けた、遠い日をさゆみは思い出す。
『さゆがそんなに絵里のコト、思ってくれるなんて嬉しい』
まだ幼い絵里の笑顔も浮かぶ。
「なのにアイツ…」
小さく声に出し、苦笑する。

320XXXV:2013/10/14(月) 12:29:31
結局、れいなにその場で返事はしなかった。
何と答えればいいか、分からなかったのだ。
れいなもそういう雰囲気を汲んだのか、
「返事はいつでもよか」
と切り上げてくれた。
(そもそも…れいなって、そーゆーキャラじゃないっしょ)
空気読んで事情を分かってくれる田中さんなんて田中さんじゃないっしょ。
「あー…寝不足」
顔をしかめ、すっきりしない頭を少し倒し、さゆみは軽く叩いた。

321XXXV:2013/10/14(月) 12:30:55

炭酸でも飲んで頭をすっきりさせようとさゆみが廊下に出ると、走ってきた里保とぶつかりそうになった。
「おっと」
「ご、ごめんなさい!」
里保は慌てて頭を下げる。
「許さないー」
さゆみがニヤッと笑うと、里保は素で『え!?え!?』と慌てる。
「時間ある?
さゆみ、ジュース飲むから付き合ってよ。
何がいい?」
里保が一瞬『高そうなお財布』と思った長財布を開けて、さゆみは自販機の前に立つ。
「え、えっと…自分の分は自分で買います」
「じゃーさっきの貸しは夜のりほりほ独り占めで返してもらうの」
「えっ!?
じゃ、じゃ…サイダーお願いします」
「好きだねー」
さゆみは笑って、ペットボトルのサイダーを買ってやった。
ラベルに矢のロゴが描かれたおなじみのサイダーを、里保は『頂きます』とさゆみに言い、開けた。

322XXXV:2013/10/14(月) 12:32:40
「なんか」
「はい?」
ふたりは、廊下の長椅子に並んで炭酸を飲んでいた。
「鈴木と、最近どう?」
どうって言われてもなあ。
里保は正直、頭を傾げる。
「ふたりともすぐ10期入ったし、下の年齢の工藤はともかく佐藤はああだし、大変でしょ」
ガキさんも卒業するし。
さゆみは付け足した。
「はい…」
里保はペットボトルを両手に持ち、神妙な面持ちで頷く。
里沙の卒業報告が、今日あった。
年明けのハローのライブで発表するとの事だった。

323XXXV:2013/10/14(月) 12:34:20

「れいなも出たら、りほりほ、大変だよー」
さゆみがおどけるように、プレッシャーをかけてきた。
里保は笑いながら、
「そんな…まだまだです」
と、かわす。
「こんなに卒業が立て続けになるとはね」
さゆみがふっと大人の女性の顔をした。
すぐに笑顔を戻し、
「りほりほも大人になっちゃうんだろうねー。
すんごいグラマーになったりしてさー」
「こうですか?」
里保は椅子にサイダーを置いて立ち上がり、右手を後頭部、左手を腰に沿え、セクシーポーズを取った。
さゆみは手を叩いて爆笑する。
「やだ!
いまのもっかい!
写真撮らせて写真!
さゆみの秘密のフォルダに入れとくからー!」
「またですか(笑)?」
さゆみの要請に応じ、里保は撮影用にまたさっきのポーズを取った。

to be continued.

324名無し護摩:2013/10/16(水) 21:59:48

『デイドリーム・ビリーバー XXXVI』

325名無し護摩:2013/10/16(水) 22:01:18

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXV』の後日のお話です。
(XXXV >>317-323

326XXXVI:2013/10/16(水) 22:03:33

年が明けた。
2日は冬ハローの初日だった。
今日、里沙のモーニング並びにハロプロの卒業発表がある。

そして今日は、9期が加入した日でもあった。
聖は、朝起きて窓を開け、『早いな』と過ぎた日々を思った。

327XXXVI:2013/10/16(水) 22:06:28

「1年経ったね」
リハが終わった後、里保が聖に声を掛けてきた。
「うん」
短く答え、聖は里保とケータリングコーナーに向かう。
「お、さっきなかったお肉がある!うまそー」
ふたりが行くと、香音がケータリングのメニューを物色していた。
里保は呆れ顔で、
「香音ちゃんはー」
と文句を言う。
香音は無視し、
「そういや、聖ちゃんのお母さんがイチゴ大福、差し入れしてくれたんだよね」
「うん、ひとり1個ってなると思うけど、食べてね。
聖、食べられないから」
「なんで?」
言ってる香音も、黙ってた里保もきょとんとする。
「お母さんに、お菓子禁止されてるの」
「マジか!」
「太っちゃうからって」
香音ちゃんにも見習ってほしい、と黙って見ている里保は心の中で呟いた。

328XXXVI:2013/10/16(水) 22:07:42

ふたりが去った後、聖はゆっくりケータリングのスープをよそっていた。
そこへ、衣梨奈がやって来る。
今日も、クリスマスプレゼントのネックレスをしていた。
聖は、視線を逸らした。
イブの夜から、カメラの入る仕事以外は、ろくに口を利いていなかった。
「おいしそうやね」
衣梨奈が、楽しそうに声を掛けてきた。
「うん」
短く返し、聖はその場を去ろうとする。
「聖」
衣梨奈の声に、聖は振り返らなかった。
「そのままでええから、聞いて。
えり、一番好きなんは聖っちゃ」
振り向いたら、泣きそうだった。
「…分かった」
鼻を少し啜り、聖は楽屋に食事のトレーを持って行った。

329XXXVI:2013/10/16(水) 22:13:48

「あ、ふくむらさーん!」
楽屋へ行くと、後輩の佐藤優樹がじゃれついて来た。
聖は、この子が少し苦手だった。
悪い子ではないのだが、如何せん、キャラが独特すぎて持て余していた。
それは優樹の同期3人も同じなようで、ちらほらと優樹絡みの3人の愚痴を耳にしている。
「優樹ちゃん、こぼす!
お盆、置いてから」
聖は慌てて、机にトレーを置く。
「ふくむらさん、鬼ごっこしましょ!
まーちゃん、鬼になりますから!」
え?鬼ごっこ?と聖が困惑していると、
「まーちゃん。
譜久村さんは今からお食事だからダメだよ」
優樹と同期の春菜がおっとり窘めた。
「じゃ、まーちゃん待ってる!」
困ったなー、と聖が思っていると、
「お前あほか!
譜久村さん、困ってるだろ!」
やはり優樹の同期・遥が怒鳴った。
「すみません。
ゆっくり食べてください」
10期の優樹のお母さん役と言われている亜佑美も、聖にそれとなくフォローする。
「ごめん。
頂きます」
聖はとりあえず、食べ始める。
「まーちゃん、宿題でもやれよ。
冬休みの宿題あるだろ?」
「持って来てない」
「マジか!」
遥は心底呆れた声を上げる。
「おいしいですか?」
煮込みハンバーグを口に入れる聖の横で。
張り付くように、優樹はじーっと見ている。
「はい、おいしいです」
聖は苦笑いして、頷いた。


to be continued.

330名無し護摩:2013/10/17(木) 19:40:45

『デイドリーム・ビリーバー XXXVII』

331名無し護摩:2013/10/17(木) 19:42:32

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXVI』の後日のお話です。
(XXXVI >>324-329

332XXXVII:2013/10/17(木) 19:45:16

久住小春は、明け方の街を歩いていた。
先輩の高橋愛に会って、夜通し遊んで帰るところだ。
シャネルのバッグをぶらぶら振り回し、小春はタクシーの拾える場所まで歩く。

「あーあ…つまんないなー」
昨夜は、愛の同期の里沙や、小春の1期下の愛佳は来なかった。
特に愛佳が来たら、足りなくなったドリンクが知らない間に追加でオーダーされてたり、灰が散らばった灰皿の周りが綺麗におしぼりで拭かれていたり、
至れり尽くせりだった。

333XXXVII:2013/10/17(木) 19:47:22

(デビュー当時は世話になったっけー)
バッグをまた振り回し、小春は苦笑する。
愛佳がデビューした頃、小春は人気アニメに声優として出演したり、番組主題歌をソロで歌ってシングルも出したり、大忙しだった。
当然学校の勉強もままならず、たまたま同じ学年でそこそこ成績もいい愛佳に、宿題を手伝ってもらったりした。

『芸の肥やしになるし、ストレスも発散出来てええで』
当時リーダーだった愛に言われるまま、ある日、小春はツアー先のホテルで愛佳を誘って寝た。
愛佳は初めてではないようだったが、何か諦めた様子だった。
それを不審に思うほど愛してないし、何より、愛の言う通り割とスッとしたので、小春は特に愛佳の態度を追及しなかった。

それから何回か、そういう夜があった。
その度に、小春の給与から幾等かの金額が引かれていた。
大人の人に聞いたら、愛佳に渡すそういう手当てに回すとの事だった。
ああ、そうなんだ、と特に感慨もなく、小春は思った。

334XXXVII:2013/10/17(木) 19:50:40

愛にも、『高橋手当て』だとか呼ばれるお金がある事、ちょっと経ってから知った。
受取人は主に里沙。
そうなんだ、と、やっぱり小春は別にショックもなく受け止めた。
自分に『高橋手当て』が振り込まれた事はないが、相手をすると、愛に好きな服を買ってもらえたり、おしゃれなビストロで一般人は食べられない料理を食べさせてもらえたりするので、悪くなかった。


自宅に帰り、夕方過ぎまで寝ていた小春に、先輩の道重さゆみからメールが来たのは、単に偶然だったのか。
スマホの画面を見て、小春はめんどくさそうに髪をかき上げた。

335XXXVII:2013/10/17(木) 19:55:15

「呼び出して悪かったね」
あるカフェバーで、さゆみは待っていた。
「いーえ」
あまりいい予感はしないが小春は席に着き、オーダーを取りに来た店員に、
「山崎。水割りで」
と告げた。
「いきなり水割り?」
さゆみは苦笑した。
「寒いしね。
ジュースなんか飲んでられないっすよ」
呆れて笑うさゆみの前には、耐熱ガラスのカップに入れられたホットワインがあった。
添えられたシナモンスティックでワインをくるくるかき混ぜ、
「単刀直入に言うけどね」
さゆみは、一瞬目を伏せ、
「絵里の様子がおかしいんだけど、知らない?」
静かに言った。
「へ?
亀井さん?」
呆気に取られ、小春は思わず引きつった笑みを浮かべた。
思わぬ方向から来たな。
小春は、運ばれて来た水割りに口をつける。
「そんなら道重さんが一番知ってるんじゃないすか」
彼女だったんだし、と悪意込みで言って小春はニヤッと笑う。
さゆみは眉間に皺を寄せたが、すぐに気持ちを切り替えたようで、
「しばらく塞ぎこんでるみたいで、部屋から出て来ない事もあるんだって」
絵里のお母さんから聞いたんだけど、とさゆみは付け足した。
小春はそれを聞いて、
「はー。
まー、ショックだろうね」
脚をぶらぶらさせ、天井を仰ぐ。
「…え?」
何か知ってるの?
言わずとも、さゆみの目はそう訊いていた。
ニッと笑い、小春は、
「なーんかさー。
すっごく心の中で大事にしてる子がさー」
「は?」
「集団でエッチしてるよーな現場見ちゃったら、そりゃマジヘコミするだろうね」
「…え?」
この時のさゆみの顔を見て、小春は手を叩いて笑いそうになった。
「な…」
さゆみは怒りを抑え、次の言葉を探してるようだ。
小春はニヤニヤして、
「知ってるんでしょ?
うちらが、たまに集まって何をしてるか?
自分が、賭けにされたりさー」
「何を言って…」
さゆみの戸惑いを見て、小春は『ん?』という顔をする。
「あ!
もしかして知らない!?
あー、亀井さん、ホントに何も言ってないんだー」
ごめんねー、と小春は頭を掻く。
さゆみは、口を押さえ震えていた。
流石にちょっと可哀想になる。

336XXXVII:2013/10/17(木) 19:57:48

「あー、まー。
集団でホニャララの話はまた今度するとしてー。
とりま、賭けの事だけ言っとく」
さゆみは無言でまだ震えている。
無視して、小春は
「なんかー、愛ちゃんだったか多分始めたんだけど。
道重さんと亀井さんがいつ別れるか的な?
そーゆーネタで始めたのね」
チラッとさゆみを見ると、黙って頷いた。
「そんで、いまは。
9期の…えりぽん?
あの子のでやってる」
「…え?」
さゆみが、ようやっと言葉を発した。
「なんか、新垣さん、えりぽんとかいう子、気に入ってるんだって」
「それは…知ってるけど」
さゆみの何処か戸惑いを含んだ声に、小春はわざとらしいくらい、
「分かってないなー」
かぶせて言った。
「新垣さんの好き、フツーじゃないよ?
死ぬまで多分飼い殺されるよ?」
ううん、多分死んでも。
小春は楽しそうにさゆみを見上げ、勝手にさゆみの冷めてしまったワインを飲んだ。
「一度愛なんて誓おうモンなら、地獄の果ての果てまで連れてかれるね」
おお、怖!
小春は芝居がかったように言い、震え上がったフリをし、自分を抱き締める。
「何故分かるの?」
さゆみの声のトーンが下がる。
温度も低くなったようだった。
「だーってー。
亀井さん見てれば分かるじゃーん。
散々待たすし。
しっかもヤッといて返事は『いま付き合う気になれない』だし。
あ!確か亀井さんがホテルで隣だって知ってて、わざと愛ちゃん連れ込んでたりしてたし。
鬼だよ、鬼!」
亀井さんって奇跡的にばかってかお人好しだよね?
次の瞬間、小春は頬を打たれた。

「あんただけは絶対赦さない」
さゆみがどんな表情だったか、小春はちょっと見逃してソンした、と残念がった。

337XXXVII:2013/10/17(木) 20:00:23

「あーあ。
小春、ぶたれ損だし」
バーを出て、小春は愛に貰ったハイブランドのリュックを背負った。
さゆみは、あの後小春の分も支払い、そのまま帰って行った。
「あーあ。
つまんないなー」
夜の街は、冷え込み過ぎて、灯りが逆に寒々として見えた。


to be continued.

338名無し護摩:2013/10/18(金) 21:17:28

『デイドリーム・ビリーバー XXXVIII』

339名無し護摩:2013/10/18(金) 21:18:44

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXVII』の後日のお話です。
(XXXVII >>330-337

340XXXVIII:2013/10/18(金) 21:21:44

翌日のさゆみは荒れていた。
見るからにピリピリしていて、誰も近づきたくないくらいだった。
後輩たちがビビッて遠巻きに、『道重さん、機嫌悪いからあんまりバカな事しないでおこうね』とひそひそ話し合う。
そんな中、同期のれいなはそれとなく、さゆみを食事に誘った。

341XXXVIII:2013/10/18(金) 21:23:06

「驚いた」
ダイニングバーの個室の、ソファーに腰掛け、さゆみは辺りを見渡す。
「れいな、こんな店知ってるんだ」
「まあね」
れいなはドヤ顔をし、さゆみにメニューを手渡す。
「さゆみ、なんにしよっかな〜♪」
さゆみが楽しそうにメニューを広げるのを、れいなは頬杖ついて微笑んで見つめる。

342XXXVIII:2013/10/18(金) 21:24:20

「なに?」
れいなの視線に気付き、さゆみは照れ笑いする。
「なんも」
れいなはまた笑う。
『うちら、付き合わん?』
唐突に先日のれいなの言葉を思い出し、さゆみはちょっと恥ずかしくなる。
「れいなさー」
「んー?」
敢えて、普段のように話し掛けてみた。
れいなも、さゆみの横でメニューを見ながら、食べたい物を選んでいる。
「なんで、さゆみと付き合いとか思ったん?」
「なんでやろね」
「オイ」
バラエティー慣れしたクセで、ついさゆみはムードもなくツッコんでしまった。

343XXXVIII:2013/10/18(金) 21:26:20

「んー?
なんかいな、さゆって」
「うん」
「絵里と付き合っとう時でも、絵里の仕事の現場まで迎え行ったり、ばり大事にしとったやん。めっちゃ必死こいて」
れいなは『マジウケたし』と手を叩いて笑う。
さゆみは昨日の小春の事もあり、表情を変え、
「…そう。
そうやって笑ってたんだ」
静かに呟く。
れいなは少し驚き、
「べっつに。
そういうんやなくて。
なんかいな、マジ?
あー、マジ惚れ?
さゆにそこまで大事にされとる絵里が、ちょっと羨ましかったと」
「だったら」
さゆみは一旦言葉を切り、
「そういう子を、探せばいいやん」
「なんでそうなると」
れいなは半ば呆れ、半ば怒っているようだった。
さゆみは、自分の心がささくれ立っているのを感じた。
れいなの思い遣りすら、受け付けないでいる。

344XXXVIII:2013/10/18(金) 21:30:44

「れなの事嫌いなら、別にそれでよか。
絵里、大事にしとったん、ちゃんと周りも見とったし。
別れてからも、ばり面倒見とったやん」
それをなんで逆ギレみたいにするん?
そう言ってから、れいなは怒ったまま、先に注文していたジンジャーエールの瓶を掴み、グラスに注いで一口飲む。
「かっら!
ジンジャーエールってこんな辛いと?」
うっへ!とれいながむせていると、それまで黙っていたさゆみは、むんずとれいなの肩を掴んで唇を合わせた。
「…びっくりしたー」
グラスを握ったまま、れいなは呟いた。
「店員さん来たら、どうしてたと?」
「別にいいでしょ。
酔っぱらいがふざけてやってるって思うよ」
自分はアジアの何処かのビールを飲み干して。
さゆみはまた、
「付き合うわ、やっぱ」
もう一度、れいなにキスした。


to be continued.

345名無し護摩:2013/10/19(土) 15:24:52

『デイドリーム・ビリーバー XXXIX』

346名無し護摩:2013/10/19(土) 15:25:51

※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXVIII』の後のお話です。
(XXXVIII >>338-344

347XXXIX:2013/10/19(土) 15:27:50

れいなはあの後、少しさゆみから飲ませてもらったビールのせいで、
「…酔った」
割合飲めるさゆみからは信じられないくらい、酔ってしまった。
今も、ソファーでぐだーっとしている。
「しーんじられん!
なんであの量で酔えるの!?」
さゆみは笑いながらも、赤い顔をしたれいなを心配そうに見下ろす。
実際れいなが飲んだのは、ほんの一口だった。

348XXXIX:2013/10/19(土) 15:30:19

「何アピール?
『れいな、お酒ダメなんですう』アピール?」
冷たい氷水の入ったグラスを手渡してやり、さゆみは笑う。
「さゆ相手に何をアピると」
毒舌に憎まれ口で返し、れいなは苦笑する。
「どーする?
ちょっとここで酔い醒まして、帰れそうなら送るけど」
さゆみが訊くと、れいなは
「…休みたい」
うわごとのように言った。

349XXXIX:2013/10/19(土) 15:32:10

(こーゆーの、送り狼っていうんやっけ)
ベッドの傍でれいなのニットキャップを取って、さゆみは思う。
『横になりたい』というれいなのリクにより、ホテルにやって来た。
頭からキャップを取って、れいなの髪に指を通し、口づけてやる。
れいなは応えるように、返してきた。

351XXXIX:2013/10/19(土) 15:39:47

「れいなー…生きてるー?」
「んー…」
めんどくさそうな返答があった。
さゆみは天井を仰ぎ、右腕をれいなの方に伸ばして、向こうが自由に腕枕出来るようにしている。
酒が入っていた割にちゃんと意識もあったが、流石に今は眠い。
さゆみはれいなの方に寝返りを打ち、小さな頭を抱いて髪を撫でた。

352XXXIX:2013/10/19(土) 15:43:52

「さゆ、けっこー上手いやん」
急に寸評があり、さゆみは一瞬止まってしまう。
苦笑いし、さゆみは
「田中パイセンに褒めて頂けるなんて」
またれいなの髪を撫でる。
ふわふわしていて、やはり女の子の感触だな、と実感する。
「に、しても。
結構なマグロだねえ…」
さゆみが呆れたように言うと、れいなは寝転んだまま、さゆみの二の腕を叩いた。
「いつもあんなん?」
また叩く。
ついに、
「…もう〜」
れいなは口を尖らした。
「マグロって。
全然褒めとらんし」
「うん、褒めとらんよ」
「何?
どーゆーのしとるん?さゆって」
「て言われても」
自分のそっち方面の経歴は、今日まで全部絵里だったので、さゆみは正直首を傾げた。
「絵里、そんなすごいん?」
「あー、うん」
さゆみはスーッと目を逸らした。
絵里との夜は、いつも身体のあらゆる処が焼き切れそうになった。
全身の回路がおかしくなって、もう死んでもいい、としょっちゅう思った。
身体を重ねる度、時間も、感覚も狂ったようになっていた日々を、さゆみは思い出す。
「おやすみ」
唐突に、れいなはそう言って眠りについた。
「…重いんやけど」
腕に頭を載せられ、下ろす気配が全くないので、さゆみは小さく愚痴った。


to be continued.

353名無し護摩:2014/03/21(金) 21:12:08

  
『デイドリーム・ビリーバー XL』

354名無し護摩:2014/03/21(金) 21:13:05


※これは『デイドリーム・ビリーバー XXXIX』の後のお話です。
(XXXIX >>345-352

355XL:2014/03/21(金) 21:14:26


3月のある日。

この日は、聖の卒業式だった。
午前中、式に出席し、終わったら急いで一旦帰宅し、着替えて仕事へ行った。

356XL:2014/03/21(金) 21:15:25

「おめでとうございます!譜久村さん!」
後輩の遥が、笑顔で小さな花束をくれた。
10期メンバーみんなで選んでくれたらしい。
聖のメンバーカラーを主体にした、可愛い花だった。
「ありがとう〜」
嬉しそうに聖は花を受け取る。
聖の色だね、と花びらに指で触れ、小さく微笑んだ。

357XL:2014/03/21(金) 21:16:00

「中学生はあと、えりと里保と香音ちゃんだけっちゃかー」
9期も大人になったもんやね、と何故か衣梨奈が偉そうに言った。
「まー、ちゅうがくせいなりますよ!DO どぅーも!」
優樹が甲高い声で手を挙げて言う。
「あっは、そうやね」
「とりあえずまーちゃんは静かにすることを覚えようか」
亜佑美が苦笑しながら、優樹の肩を抱いて楽屋から連れ出した。

358XL:2014/03/21(金) 21:16:32

部屋に、聖と衣梨奈ふたりだけになった。
聖は荷物の整理をする。
衣梨奈も、携帯を静かに弄っていた。

359XL:2014/03/21(金) 21:17:21

「27日やね」
何の気なしに、衣梨奈が言った。
聖は一瞬前を見たまま目を見開いたが、衣梨奈の方を向き、
「うん」
言葉少なに答える。


27日は、衣梨奈がおはガールを卒業する日だった。
それが終わったら、聖との交際を再開していいと大人たちに言われている。

360XL:2014/03/21(金) 21:17:54

色々複雑な思いはあったが、
(…もうすぐだな)
聖はほうっと息を吐いて、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。
「えりにも頂戴」
口に含んでるので、黙ってペットボトルを手渡してやる。
衣梨奈はそれを持って。
「えりね」
じっと聖を見つめた。
「うん?」
「ずっと、考えとったんよ」
そう言って、ふっと笑った。
「なんで、聖が好きかって」
「なんで?」
聖は可笑しそうに訊ねる。
「んー?
みずき、やから?」
「答えになってないよー」
衣梨奈の腕を叩き、聖は苦笑いする。
「じゃ、じゃ。
聖は、なんでえりが好きなん?」
聖は、ふっと微笑んだ。
衣梨奈はじっと丸い目で聖の顔を覗き込む。
こういう、素直なところも好きだな、とちょっと可笑しくて笑う。
「えり、だから?」
聖は最後の方で自分で笑ってしまう。
衣梨奈はご立腹のようで、むくれて聖の腕を叩く。
「自分で笑っとるし、しかも最後疑問形やし」
「それはえりもじゃん」
聖は、『ナイショね』と断って、衣梨奈の頬に素早くキスする。
衣梨奈は目を丸くして、キスされた頬を押さえる。
「えりを好きだよ。
いつ、どんな時でも」
「…うん」
頬を押さえたまま、衣梨奈は目を潤ませる。
「ずっと、今度は一緒にいよう」
「…うん!」
衣梨奈は椅子から乱雑に立ち上がって、泣きながら聖に抱きついた。

361XL:2014/03/21(金) 21:18:29

「で」
その後日。
さゆみは、撮影場所のビル屋上で、聖と話していた。
「結局、より戻せたの?」
「ええ」
聖は、手すりに腕をかけ、ふんわり笑う。
「まあ、よかったね」
苦笑して、さゆみは空を見上げた。
もうじき、陽が落ちる。
夕焼けの色に染まっていく世界を見つめ、さゆみは目を細めた。
「道重さん」
不意に、聖が呼びかけた。
普段、自分にプライベートで話しかける、甘えた感じとは違って、大人びた声だった。
「なに?」
さゆみは、前を向いたままの、聖の横顔を見つめる。
頬に影を作り、綺麗だ、と素直に思った。
「人を好きになるって、何だと思いますか」
聖は前を向いて、自分の顔を見ない。
さゆみはふっと笑い、
「それが分かれば、誰も苦労しないの」


「今はまだ、夢見てなさい」


『デイドリーム・ビリーバー』
THE END.


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板