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物語スレッド

1言理の妖精語りて曰く、:2006/07/13(木) 00:22:13
物語のためのスレッドです。

・このスレッドでは断片的な情報ではなく、ある程度まとまった「物語」を扱います。
・小説風、戦記風、脚本風など形式は問いません。
・何日かかってもかまいませんが、とりあえず「完結させる」ことを目指してください。
・自分が主な書き手となるつもりか、複数人のリレー形式か、メール欄にでも明記しておくと親切です。
・名前欄か一行目に物語のタイトルや話数を入れておくと、後でまとめやすいです。

2東亜年代記:2006/07/16(日) 16:28:48
形式:リレー
一、
本大陸の東、海を隔てた先にある東亜大陸。
東海岸地方との交易が開始され、その更に東には凪の大海が広がり、グレートウォールが聳えている。
高麗体系を信仰し、【眷属】や紀元神群などの信仰が大陸西端に広まり始めた頃。
大陸は六つの大国と十一の小国がひしめきあう群雄割拠の時代。戦乱が相次ぎ、幾つもの国家が興亡を繰り返していた。
完全な封建制で成り立つ無数の国家、大陸統一の為に争い合う武将達。
舞台の幕開けは大陸西側、小国でありながら沿岸部に位置するという点を生かし真っ先に本大陸との接触を図った国、【陽下】。
城主菱妓篤盛の一人娘、菱妓宵がヘリステラと出会う以前の物語。
―――そして、ヘリステラが海を渡り東亜大陸に辿り付き、
宵が生まれて十七年が経ったのと同時に、この物語は幕を開けた。

3パンゲオンの腹(1):2006/07/16(日) 19:49:50

最初に無がありました。
「無」が「ある」という表現に引っかかりを感じる細かい人がいるかもしれないので、
「最初は無でした」と言った方がよいかもしれません。
ところで「無」をあちらの言語で言うと「パンゲオン」ですが、
この言葉には「世界の元となった巨大な獣」という意味もあります。
つまり、最初の一文は「最初はパンゲオンでした」と言い換えることができるのです。
というわけで、この超多頭獣パンゲオンが世界の始まりでした。

4パンゲオンの腹(2):2006/07/16(日) 19:51:43

パンゲオンは私達からすれば「世界」そのものですが、
パンゲオン自身にとっては他に沢山いる獣の内の一匹でしかありませんでした。
そこにはパンゲオンより大きく恐ろしい怪獣もいましたし、
パンゲオンがいつも餌としている小動物もいました。
また、頭が良くて道具を使って言葉を話す「神様」たちも同じ風にパンゲオンの隣で暮らしていました。

5東亜年代記(2):2006/07/16(日) 20:01:49
ヘリステラは大陸の何処を探してもいなかった妹を見つける為、
ついに東亜大陸にまでその足を伸ばした。
危険な紛争地帯、未開の蛮族が蠢く僻地とは知りつつも、彼女の義務感は
己が危険も省みる事を許さなかった。
しかし商人の知人に頼み自らも商人として入港したヘリステラを待ち受けていたのは、
隣国である【緒波】の国の侵攻の知らせであった。
貿易での権益を独占する【陽下】は今や全勢力に睨まれていたのである。

6パンゲオンの腹(3):2006/07/16(日) 21:20:37
あるときアルセスという神様が、何かの拍子でパンゲオンに槍をぶちこみました。
パンゲオンの巨大な身体はあっという間に砕け散り、
無数にあった首はばらばらに切り離されてしまいました。
パンゲオンの肉片はそこらじゅうに飛び散った後、固まって大地となりました。
パンゲオンの首もまたその上に降り注ぎ、すぐに大地を駆け回り始めました。
大地を蠢く首の一本一本は、やがてそれぞれが一種類ずつの生き物となりました。
このときに放たれた槍は大地に突き刺さり、空高く聳える巨大な柱となっていました。
こうして私たちの世界が生まれました。

7パンゲオンの腹(4):2006/07/17(月) 01:13:22

それからしばらくの間、世界はどんどん成長していきました。
生き物は増えました。
パンゲオンに撃ち込まれた槍は生き物たちにも多大な影響を与え、
そのイメージは生命の根源的な概念として彼らの本能に刻み込まれました。
またアルセスと同じ神様の一人でインテリジェント・デザイン説が大嫌いな
ラヴァエヤナという神様が世界の動物達に進化論を吹き込んでしまったので、
生態系の多様化はますます顕著になりました。
これを見た神々はたいそう面白がり、
自分たちのいた場所を捨ててパンゲオンの世界に移り住みました。
神様は神様だったので、他の生き物を支配したいと考えました。

8パンゲオンの腹(5):2006/07/17(月) 03:19:22

ところがパンゲオン世界の生き物たちの中からも、
並々ならぬ能力を会得して神を名乗る者が現れました。
「南東からの脅威の眷属」だの「納豆を統べる神」だの「炎熱の精霊王」だのといった輩です。
アルセスたちパンゲオン以前の神様はかなり調子づいていたので、
ついこの間生まれたばかりの連中が神を自称して偉ぶっているのが面白くありません。
アルセスやその仲間の神様は自らを紀神と名乗り、
にわかに現れた自称「神」連中を異神と呼んで区別するようになりました。
紀元神群は異神群に服従を強いたので、両者は激しく争うようになりました。

9パンゲオンの腹(6):2006/07/17(月) 12:00:11

さすが年季が入っているだけあって、紀元神群は強力でした。
ちょっと他の生き物より力があるからといって散々に威張り散らしていた異神たちは、
ろくな抵抗も出来ずあっという間に懲らしめられしまいました。
納豆の神様は早々と紀元神群の軍門に下り、
精霊たちも自分たちの住処に隠れてひっそり暮らすようになりました。
ところがそれでも、一部の異神群は粘り強く紀元神群に抵抗し続けました。
中でも紀元神群を苦しめたのは、普段は地下で穏やかに暮らしている
「隠されたはじまり以前の一族」でした。

10パンゲオンの腹(7):2006/07/17(月) 14:59:31

「隠されたはじまり以前の一族」の一人一人の力は紀神に遠く及びませんでしたが、
彼らの優れた社会水準と結束力は容易には打ち破れないものでした。
彼らは紀元神群の度重なる攻撃をことごとく退けました。
業を煮やした紀元神群は、遂に切り札を持ち出しました。
紀元神群の中でいちばん力持ちなセラティスという女の子に、
紀元神群の有する中で最高の威力を持つ【ゲルシェネスナ】という槍を投げさせたのです。
セラティスに【ゲルシェネスナ】を撃ち込まれ、
「隠されたはじまり以前の一族」の暮らしていた地底都市は一瞬で消滅しました。
こうして「隠されたはじまり以前の一族」は滅びました。

11パンゲオンの腹(8):2006/07/17(月) 18:58:58

「隠されたはじまり以前の一族」を滅ぼしたことで、
紀元神群は世界の支配者としての一応の地位を築き上げるに至りました。
ところが彼らもいい加減なもので、
世界の支配者になったら何をしてやろうということは全然考えていませんでした。
別に家来や貢物が欲しかったわけでもなし、
世界の行く末にも興味があるわけでもなかったので、
結局紀神たちは放任という形でしか世界に関わろうとしませんでした。
紀神たちは特に世界に害をなすでも益をもたらすでもなく、
のんべんだらりとそのままの暮らし続けました。

12パンゲオンの腹(9):2006/07/17(月) 23:20:26

そんなとき、何者かが【人類】という魔法を唱えました。
【人類】とはその名の通り、【人類】を生み出す魔法です。
そういうわけで、唐突にわれわれ人類が誕生しました。
人類はあっという間に数を増やして世界中に広がりました。
やがて彼らは村を作り、さらに集まって街を作り、遂には国が出来上がりました。
最近なんか元気な連中がいるなーと思いながらぼんやり眺めていた神々でしたが、
この頃になってようやく事態が普通でないことに気がつきました。
とはいえ、いくら数が多くても所詮は人間。
神々を脅かすほどの存在であるとはとても思えません
うまく手玉に取れば楽をしてタダ飯にありつけるぞ、
神々の認識はその程度のものでした。

13メクセトさん:2006/07/17(月) 23:22:50
【今日のメクセトさん.5】
宿敵、【黒の女王】の軍勢を打ち倒し、彼女を俘虜の身にしたメクセト。
彼女の絶世の美貌をその目に出来ると、大喜びで宮廷の王の間に引き出した彼だったが、彼女は既に老いていた。

メクセト「……婆ぁ、じゃのう」
大臣「……(あんた、一国の当主に開口一番何て事を言うんだよ!)」
メクセト「まったく、久々にその美貌を拝めると思ったのに興ざめじゃ。よい、もう飽きた、さっさと処刑せよ」

衛兵達にひらひらと手を振って、彼女を退場させようとするメクセト。
しかし、さすがに堪りかねたのか、大臣がいつになく声を張り上げて、それを静止する。

大臣「陛下!」
メクセト「なんじゃ、大臣、無口なお主がいつになく五月蝿いのぅ」
大臣「……(言わないだけだで、あんたに言いたいことは山ほどあるんだよ)。なりません、陛下。彼女に対しては諸侯はもちろんのこと、部下達からも除名嘆願書が出されております。これを無下にしては陛下の御威光に関わりますし、後々の厄介ごとに繋がりかねません(ただでさえ、あんた他人から嫌われているんだから、さらに嫌われるような真似は勘弁してくれ)」
メクセト「退屈しなくて良いではないか。まぁ、良い、余は寛大じゃ。それではこうしよう。大臣、彼女には子供が4人いたな?」
大臣「……(また馬鹿な事を考え付いたな、こいつ)。はぁ、報告には四人の息子がいるとあります」
メクセト「黒の女王、喜べ、命は助けてやる。代わりに、お主の息子のうち3人の命はもらう。どの息子の命を救うか選ぶが良い」
大臣「……(この馬鹿、全然条件として簡単じゃねぇよ)」

その時、無言で俯いていた黒の女王は突然顔を上げ、そして凛々しい顔で言った。

黒の女王「貴方には失望しました、王よ。私が自分の子供や民の命を投げ出してまで、自らの保身を図ると思いましたか?。だとしたら見当違いも甚だしい!。さっさと殺しなさい!。そして己の狭量さを世に示すが良い!」
大臣「……(なんて立派なお方だ。これこそ一国の主のあるべき姿だ)」

黒の女王の言葉に感動する大臣と、ふぅむと考え込むメクセト。
黒の女王の言葉は、さしものメクセトの心すら突き動かしたかに見えた……

メクセト「黒の女王、お主の言葉に余はいたく感動した。先ほどの話は撤回しよう」
大臣「……(こりゃ意外だ、そのぐらいは分かるぐらいの頭と心はあったか)」
メクセト「ただし、お主の息子の命は一人だけ貰う。どの息子が良いか選ぶが良い」
大臣「……(って、全然わかってねぇ!)」

しかし、メクセトの言葉に、ふんと鼻を鳴らして女王は嗤った。

黒の女王「断ります。民の命を守るが王、そして子の命を身を挺して守るが親というもの。人数の問題ではありません」

その時、宮廷に衛兵が一人入ってきて大臣に何かを耳打ちした。

大臣「陛下、手違いがございまして、報告に間違いがあったようです。黒の女王の子供達についてなのですが……息子達ではなく、娘達だったようです」

顔色を変えるメクセトと、顔色を青くする黒の女王。
慌てて黒の女王は叫ぶ。

黒の女王「王よ、後生ですから……」
メクセト「それで、その娘達というのは美人なのか?」
大臣「はぁ……いずれも黒の女王の若い時分に瓜二つの美貌の持ち主だとか……」
メクセト「よし、大臣、急ぎ余の後宮に部屋を四つ用意せよ!、大至急だ!」
大臣「……(やっぱりね)。かしこまりました陛下」
黒の女王「王よ後生です。せめて彼女達には速やかなる死を!」

王座より嬉々として立ち上がるメクセトと、隠れて溜息を吐く大臣。
「あぁ、それと」と思い出したように立ち止まって口を開くメクセト。

メクセト「あぁ、それと、そこの五月蝿い婆ぁは余が戻る前に縊り殺しておけ」
大臣「陛下!、なりません!!。部下達からも除名嘆願書が……」
メクセト「大臣、余は王なるぞ。王たるもの尊敬だけでなく時には怨嗟も受け止めるもの。それが出来なくして何が王か!?」
大臣「……(合ってるんだか、間違えているんだか)」

考え込む大臣を従え、メクセトは王の間より退場していった。
取り残された黒の女王は、今はいないメクセトの背中に叫び続ける。

黒の女王「陛下!、御慈悲を、どうか娘達には御慈悲を!」

【黒の女王】がその後、どのような末路を辿ったかについては歴史の語るところではない。

大臣「ところで、陛下。先ほど、久々に……、と申しましたが黒の女王とは御面識がおありでしたか?」
メクセト「ふん、余が筆を下ろしてもらった女こそ、彼女だったのよ。昔は眩い程の美人であったが、時の流れとは、げに恐ろしいものよのぅ」
大臣「……(ちょっと待て!、それあんたが幾つの時の話だよ!)」

14パンゲオンの腹(10):2006/07/18(火) 01:07:59

そうこうしている内に、人間の建国したジャッフハリムという国から
レストロオセという女王が現れました。
レストロオセは奸智に長けた女王で、
人間を脅しつけて甘い汁を吸ってやろうと近づいてきた精霊を逆に手玉に取り、
次々と自分の使役下に置いてしまいました。
レストロオセはさらに策を重ね、異神群を焚きつけて再び紀元神群と争わせました。
紀神たちはこれを何とか退けましたが、今までにない大きな損害を蒙りました。
皆殺しのデーデェイアや不死身のキュトスは、この戦いで死んでしまいました。
恋仲だったキュトスが死んでしまったことで、槍神アルセスは大いに悲しみました。

15パンゲオンの腹(11):2006/07/18(火) 07:45:16

異神との争いが終わる頃にはレストロオセはとうに死んでいましたが、
疲弊した紀元神群はなんとか自分たちの力を取り戻さなくてなはりませんでした。
紀神きっての知恵者であるアルセスは、ここでひとつの提案を挙げました。
彼はレストロオセの一件で人間の恐ろしさを目の当たりにしていましたが、
逆にその力を利用してやろうと考えたのです。
紀神たちは、人間の中で力の強い者、意志の強靭な者、頭の良い者、偉業を成し遂げた者に
【紀】の力を与えることによって自分たちの仲間に迎えることにしました。
6つの男根と28の睾丸、496の女陰と8128の子宮を持つ有翼の大蛸デーデェイアなどは、
このとき紀元神群の一員として紀人に昇じたうちの一柱です。

16パンゲオンの腹(12):2006/07/19(水) 01:08:40

それからまた数百年の後、人間の世界で新たな動きが生まれました。
遊牧民から出た覇王ハルバンデフが人間の国家を次々と征服し、
かつてない巨大な帝国を築いていったのです。
とはいえ、所詮は人間の世界の話。
自分たちには関係のないことだと、紀神たちは例によって傍観を決め込みました。
その予想通り、帝王ハルバンデフが死ぬと彼の国家はすぐに分裂しました。
ハルバンデフの偉業も、結局は一代限りのものだったのです。
しかし問題はその後でした。
ハルバンデフを生き返らせようと古代の魔術に訴えた狂える残党が、
よりによってパンゲオン世界の外への穴を開けるという大失敗をしでかしたのです。

17パンゲオンの腹(13):2006/07/19(水) 04:08:28

世界はパンゲオンの外の世界と繋がりました。
開けられた穴からは、紀神たちがかつて暮らしていた世界、
つまりパンゲオン以前の世界からの生き物が次々と流入しました。
人間たちにとってそれは見たことも聞いたこともない世界の生き物だったので、
いつしかそれは【地獄】と呼ばれるようになりました。
この出来事が、人の世にいう「第一次地獄解放事件」です。
事態がここに至って、紀元神群もようやく慌てはじめました。
パンゲオン世界にいるからこそ彼らは神でいられますが、
パンゲオン以前の世界では数いる生き物の一種でしかないのです。
パンゲオン以前の世界からの侵略者は、紀元神群にとっても紛れもない脅威でした。

18パンゲオンの腹(14):2006/07/19(水) 15:41:28

一刻も早く、外の世界との間に開いた扉を閉じなくてはなりません。
とはいえ、それが一筋縄ではいかないのは紀神たちも承知でした。
「納豆の神様」やら何やらの有象無象を相手にしていたときとはわけが違います。
今回の相手は、紀神たちにとっても互角の相手なのです。
しかしのんべんだらりとした生活を長いこと続けたせいで、
紀元神群はすっかり平和ボケしていました。
命に関わる危険な戦いを怖がって、誰もが尻込みをしたのです。
しかも頼みの綱である最強の紀神セラティスは、
このとき運悪く友達の家に遊びに行ってて留守でした。
紀元神群、はじまって以来のピンチなのでした。

19パンゲオンの腹(15):2006/07/19(水) 17:58:52

そんなとき、ある人間の魂が【地獄】に殴り込みをかけました。
それは生前、ハルバンデフの好敵手として人々から尊敬された英雄カーズガンでした。
死してなおハルバンデフとの決着を願う彼は、単身【地獄】に趣いたのです。
自分たちの身を危険に晒すことを嫌った紀元神群は、こぞってカーズガンを応援しました。
今や【地獄】の王に収まったハルバンデフを退治して、地獄の扉を閉めてしまうよう頼んだのです。
紀元神群はカーズガンに【紀】の力を与えて紀人とし、
魔王ハルバンデフを打ち倒すに足る様々な策を施しました。
紀人となったカーズガンは正面を切って地獄の難敵を屠り進み、
紀元神群は後方を支援する形でその後に続きました。

20パンゲオンの腹(16):2006/07/19(水) 19:34:34

やがてカーズガンは地獄の底に辿り着きました。
当然そこには魔王ハルバンデフが待ち構えていたのですが、
それよりも彼の隣にいる人物を目にして紀神らは驚きました。
ハルバンデフを意のままに操ることで影から地獄を治めていたのは、
なんとジャッフハリムの暴紀レストロオセだったのです。
カーズガンの後ろに続いていた神々は大いに混乱しました。
レストロオセが生きていた時代からは、もう既に千年が経とうとしているのです。
考える間も与えられぬまま、カーズガンとハルバンデフの決戦が始まりました。

21パンゲオンの腹(17):2006/07/19(水) 19:40:06

生前は一度としてハルバンデフに勝利することなかったカーズガンですが、
今や神となった彼の力はかつての比ではありません。
とはいえ、地獄の瘴気を受けて魔王となったハルバンデフも負けてはいませんでした。
さらに背後から念を送るレストロオセの妖しい術によって
ハルバンデフの膂力は恐ろしいほどに高まっています。
この術の正体をいち早く見抜いたのは、智の紀神ラヴァエヤナでした。
彼女は争いに不慣れなので直接地獄に降りてはいませんでしたが、
シャルマキヒュ神の千里眼を通じて地獄を覗き見ていたのです。
神々の図書館を預かるラヴァエヤナの記憶によれば、
レストロオセの操る術は「隠されたはじまり以前の一族」の技術に違いありませんでした。

22パンゲオンの腹(18):2006/07/19(水) 19:50:57

ラヴァエヤナはカーズガンを通じてレストロオセを問い詰めました。
レストロオセは今さら気付いたのかと言わんばかりに、あっさりと真相を白状しはじめました。
いえ、その態度はむしろ、物語のクライマックスで悪の黒幕が聞いてもいないのに
事件の真相をべらべらと語り出すときのそれそのものでした。
曰く、天地開闢以前からパンゲオンの腹の中にいた彼女らの祖先は、
やがて「隠されたはじまり以前の一族」と呼ばれる文化的社会を築き上げた。
しかしそれを紀元神群が不条理な理由で滅ぼした。
一人生き残ったレストロオセは一族の英知を結集し、
【人類】を唱えて紀元神群に対抗しうる唯一の種を作り出した。
そして彼女自身も人間としてジャッフハリムに生まれ変わり、王妃として紀元神群に打撃を与えた。
その後彼女は自力で紀元槍に触れて紀人となり、
紀元神群に更なる辱めを与えるために人の世を陰から操ってきたのだと。

23パンゲオンの腹(19):2006/07/19(水) 19:53:31

大威張りで哄笑しながら散々にネタバレしまくると、
レストロオセはとっとと秘密の脱出ルートからトンズラこいてしまいました。
残されたのはカーズガンとハルバンデフのみです。
その後も両者の激しい戦いが続きましたが、
レストロオセの援助を欠いたハルバンデフの力はカーズガンに一歩劣りました。
長い死闘の末、ついにハルバンデフは討たれました。
君主を失った地獄は勢いを失い、
カーズガンはすぐさまパンゲオン世界との間に通じた扉を封印しました。
こうして、第一次地獄解放事件はようやく収束を迎えました。
ひとまずめでたしめでたしでした。

24パンゲオンの腹(20):2006/07/19(水) 20:00:27

でも、よく考えるとあまりめでたくもありませんでした。
黒幕のレストロオセはまんまと逃げおおせてしまったわけですから、
いつまた同じような事態が起こるか分かりません。
紀元神群は例によって大慌てになりました。
そんなとき、友達のきゅーちゃんちからセラティスが帰ってきました。
この忙しいときに何をしていたのかと、皆はセラティスをなじりました。
こっちは死ぬとこだったんだぞ、
そもそもお前が連中にゲルシェネスナなんかぶち込むからこんなことに、
お前もうおやつ抜き、
隠し持ってる恥ずかしいポエム印刷して世界中にバラ撒くぞ、
そんな風に矢継ぎ早に責められてしまったので、
普段は無表情系不思議少女で通っている戦闘美少女セラティスも遂には泣き出してしまいました。
セラティスが拗ねて隠れてしまったので、
紀元神群は再びレストロオセに対抗する手段を失ってしまいました。

25パンゲオンの腹(21):2006/07/19(水) 20:04:27

セラティスの協力が得られないとなると、紀元神群は八方塞がりです。
正面切ってレストロオセと戦って負けるとは思いませんが、
また同じようなことがあれば大きな痛手を負うことは必至でした。
それになにより痛いのは嫌です。
紀神たちは少し迷って、すぐに撤退を決めました。
自分たちがパンゲオン世界から隠れてしまえば、
レストロオセといえども流石に追ってはこれないでしょう。
どうせパンゲオン世界に大した執着はないのです。
そうと決まればさっさと引越しというわけで、
数千年の間パンゲオン世界に君臨していた紀元神群は遂に身を引きました。

26パンゲオンの腹(22):2006/07/19(水) 20:05:55

紀元神群は紀元槍の中に身を隠すようになり、遂に世界は彼らの支配から解放されました。
パンゲオン世界にはまだ「南東からの脅威の眷属」などの異神が残ってはいましたが、
彼らとて必ずしも人間より優れているというわけではありません。
世界の真理に着々と近づき、ますます強大な力を得ようとしている人間達からすれば、
これらの異神の脅威は単なる異種族問題程度のものでしかありません。
こうして神話の時代は終わりました。
人を弱者とするケールリング人間観は徐々に語られなくなり、
人を強者とするヨンダライト人間観が広く認知されるようになりました。

27パンゲオンの腹(23):2006/07/19(水) 20:13:11

今でもときどき、紀神たちが人間の前に姿を現すという噂はあります。
アルセス神は恋仲だったキュトス神を甦らせるため、
人の姿を借りてあてどもなく世の中を放浪しているといいます。
飽きもせずに筋トレしているセラティス神や、
何を考えているのか分からないマロンゾロンド神もときどき目撃されています。
なんとなく気に食わないという理由で人間嫌いなペレンケテンヌルも、
人々に嫌がらせするため下界に降りることがあるそうです。
そしてそういったチャンスを狙って、
呪詛レストロオセがいまだ紀神への復讐の機会を窺い続けていることも忘れてはいけません。
今や神々の名前はすっかり昔のものとなってしまいましたが、
彼らの脅威は常に私たちと紙一重の世界にあるのです。
レストロオセや紀神たちの脅威を完璧に防ぎきる方法はただひとつ。
……この壷をお買いなさい。

28東亜年代記(3):2006/07/21(金) 17:32:04
東亜大陸と言っても、本大陸の南の亜大陸、その東部地方のことでは無論ない。
【東亜】なる大陸名、それはかの極東の民族が独自に付けた大地の名前、後に大陸が統一され、侵攻の手が亜大陸の東の海に浮かぶ円環諸島まで伸び、【泡良】と呼ばれるまでの名前に過ぎない。
【泡良の国】とは、東の大陸から西の諸島までを支配する広大な国なのである。

29パンゲオンの腹(まとめ):2006/07/23(日) 04:24:10
>>3>>4>>6>>7>>8>>9>>10>>11>>12>>14>>15
>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24
>>25>>26>>27

30パンゲオンの腹(転載&微修正):2006/07/23(日) 14:16:55
http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/20060720/1153324196

31タマラの冒険(仮)(1):2006/07/28(金) 23:31:14
キュトスの姉妹の34番目、本名がクリアケンポロイドで通称がエミリニェロギッポロネーシャであるタマラ語りて曰く、

ワタクシが北の海を単身旅していた時のことです。
エクリエッテに頼んだ睡蓮のボートとウツボカズラの寝袋のお陰で、
船旅は大層楽しい物でしたわ。
ところが、ある四月の凪の夜、まるでダム穴が空いたかのような轟音が響き渡りました。
ぐっすりと寝ていた私はウッキー(ウツボカズラの名前ですわ)から這い出し、
外の様子を伺いました。
見回した周囲には、明り一つありません。
当たり前とは思いますまい、星々も四つの月も見えないのですから。
どこからともなく生暖か臭い風が吹いてくるばかりです。
慌てふためいたワタクシは、とりあえずウッキーに篭って遺書を書き始めました。
姉妹一人一人への恨み言を綴っていき、リアトニスまで書いたその時です。
目の隅に小さな小さな猫又がいるではありませんか。
手の平サイズの猫又を見るのは初めてでしたから、書く手も休めて呆然と見つめてしまいました。
猫又はマイペースに毛づくろいをしておりましたが、しばらくしてワタクシの顔を見ると

32タマラの冒険(仮)(2):2006/07/29(土) 19:00:01
夜空に燦然と輝くあの金塊の星のように煌く一粒の弾を吐き出しましたの。下の口から偽犬の吐息のように噴き出したその唾液まみれの弾丸はなんと猫又の排泄物――と失礼、言葉が汚のうございました――猫又の畜生野郎の糞味噌だったのです。ちなみに糞味噌というのはジッキ地方に伝わる大豆と肥料と麦などを混ぜたとても芳ばしい香料ですの。林檎につけると美味しいので皆さん今度試してみては?
さて、ゲロったそのクソはフィルティエルトの平手打ちもかくや、という勢いでワタクシの背後にいたカツマの頭蓋に命中しました。

ええ、そうです。カツマはかねてよりワタクシのモノクル趣向が気に入らず、普通の眼鏡をかけろとネクリュセリテの如く執拗に迫ってきていたのです。今回の彼はワタクシの寝込みを襲おうとウッキーの中に隠れていたのですが、この小さな猫又には気付かれてしまったと言うわけです。兎の慟哭ですわ。
憐れカツマは四回転半錐揉み発射五秒後、オービル実験の失敗例の如く大断層の奥底へ旅立っていったのでございます。
さて、話を猫又に戻しますと、猫又はくるくると尻尾をワタクシに巻きつけながら、執拗にある方向を示しました。
そしてワタクシは気付きました。ここが何処であるのか。ワタクシは誰なのか。姉妹の存在意義とは何か。キュトスシステムの全理と、紀元槍のフラクタル図形の現状に於ける展開速度及び長年に渡り数学者を悩ませてきたフェイレアーの三角問題のバッチリな解法を。

そう、其処はフェルンゼーアーの体内だったのです。

33カーズガンの死(1):2006/07/29(土) 19:05:48
【カーズガンについての伝承 カーズガンの死】(1/4)
 占い師の言った通り、その晩は闇夜だった。
 小高い丘の上で、一人、カーズガンは馬上から眼下の集落を見下ろしながら呟く。
「こんな日が来るなんて考えてもいなかった」
 彼らは仲の良い親友だった。
 まるで血を分けた兄弟のようだ、と誰もが言った。
 どこへ行くのも一緒だった。
 どこまでも青く澄み渡った空の下で、草原を統一する、という誰もが成し得なかった夢を共に語り合った同志でもあった。
 あの別れの日ですら、それが永遠の別れではなく、すぐに再会し、共に轡を並べて草原を駆ける日が来ると信じて疑わなかった。
 それが、どうして……
「こんな日が来るなんて考えてもいなかった」
 手の震えを感じ、彼は、手にした剣の柄をさらに強く握り締める。
 全ては過去の出来事なのだ、と現実をかみ締めるために……感傷を捨て去るために……そして、逃げたいという、己が内からの声と欲求から目を逸らすために。
 それでも手の震えは止まらない。
 これが己が弱さだ、と彼は実感する。
 ……この弱さがあるから俺は勝てなかった……しかし、今日はこの弱さを捨てなければならない。
 彼は深呼吸をして歯を食いしばり、己が手の震えが未だ止まらぬのを感じながら、ゆっくりと背後を振り返る。
 そこには、闇夜に紛れて、彼が草原中から掻き集めた騎兵2千の姿があった。
 いずれも歴戦を潜り抜けてきた勇者達だ。
 だが、彼は知っている、この中の殆ど、いや誰一人として明日の朝日を迎えることが無く死を迎えるだろう事を……。
 ……そして、彼らをその死へと誘うのは俺だ……冷酷な殺人者にして処刑人は自分だ……だが、そうまでしなければ勝つことはできない相手なのだ。
 彼らの押し殺したような息遣いを感じながら、ふとカーズガンは思う、自分はいかなる死を迎えるのか?と。
 願い半ばに、あっけなく雑兵の手にかかるのやも知れない。
 歴史に名を残すような斬り死にを迎えるのやもしれない。
 それとも、敵の手に捕まり、カーズガンというその名に相応しく大鍋で煮られて死ぬのかもしれない。
 そうなると、死後、いかなるモフティが自分に与えられるのか……
 ……カーズガンだ
 彼は思う。
 ……俺の今の名はカーズガン、そして死して尚、人は俺をカーズガンと呼ぶ……過去も未来も、その名前以外に自分の名前はありえない
 根拠は無かったが、彼はそう確信していた。
 震えは止まった。
 もはや、彼は死を恐れてはいない。
 弱さも、躊躇いも、そして臆病さも今の彼には無い。
「勇者達、我らの願いは今かなう」
 彼は、兵を前にして言う。
「我らが策略は上手くいき、今や周辺諸国や草の民の多くがこの作戦に賛同し、各地で行動を起こしている
 偉大なる大地の母は、我らに味方しているのだ
 母は必ずや我らを守護し、我らの大義を叶えてくれるだろう
 勝利は、もはや疑う余地は無い」
 それは嘘だった。
 作戦に参加を約束した西方諸国は自らの国境を固めるばかりで、草原へと兵を進めなかった……つまり約束を違えたのだ。
 トゥルサは最初から動かなかった。
 北方帝国の生き残った諸侯達は、兵を出すふりこそしたが、草の民の兵と刃を交えることなくすぐに兵を引き返した。
 草の民の有力部族達は静観を決め込んだ。
 東の交易国家は兵を出さないばかりか、この計画を密告した可能性すらある。
 ただ、ボルサの戦いに参加した幾つかの部族と、トゥルサ国境の部族、そしてボルボス地方の農民達だけが兵を挙げていた。
 義理堅い連中だと、彼は心からの感謝の念を禁じえない。
 実際、それらの鎮圧の為に多くの兵員が割かれたのだから。
「今や、我らの義挙は大陸全ての人の見るところである。
 失敗は許されない」
 彼は、そこで言葉を切り、左手を挙げながら愛馬の馬首を翻す。
 その手が下ろされる時、彼らは突き進む……死に向かって……滅亡に向かって……そして、己が信じた正義に向かって
「行こう、諸君!
 刻は来た!
 我らの狙うはただ一つ!、殺戮鬼ハルバンデフの首である!」
(ラダムストン著「カーズガン」終章より)

34カーズガンの死(2):2006/07/29(土) 19:06:26
【カーズガンについての伝承 カーズガンの死】(2/4)
 「運のいい奴め」
 カーズガンは舌打ちを禁じえない。
 月を覆っていた雲が晴れ、銀色の月光が丘を駆け下りる彼らを照らし出していた。
 もはや彼らの姿が敵兵に発見されるのは時間の問題だろう。
「用意周到な奴め」
 彼は歯軋りしたい気持ちだった。
 集落でハルバンデフの護衛についている兵の数は、彼の予想を遥かに上回っていた。
 軽く見積もっても自らの率いる兵の倍はいる。
 しかも、それらは寄せ集めの弱兵の群れなどではなく、遠目から見ても分かる、戦いの場数を踏んだ熟練兵による軍団だった。
「ここまで用心深い奴だったか、あれは?」
 彼は記憶を掻き集めて、現在の疑問を過去から解き明かそうとしたが、そうであったような気もしたし、そうでなかったような気もして頼りにならなかった。
 だから彼は考えるのを止めた。
 今はただ、一つの目的に向かって突き進めばよい。
 過去など、もはや必要ではない。
 必要なのは未来だ。
 だが、その未来に自分はいないだろうことを彼は覚悟していた。
 愛馬の腹を鐙で蹴り、今までゆっくりと音を立てさせないように歩ませていた馬を駆けさせると、彼は雄叫びをあげる。
 敵に発見されるのが時間の問題ならば、敵を動揺させ、一瞬でもその懐に飛び込む時間を稼がねばならない。
 勇者達の声が彼に続く。
 草原は、今や彩られていた
 死すら恐れぬ猛者達の声によって
 これから殺し合いを演じる者達の狂気によって
 そして、今から死へと向かう覚悟と前倒しの断末魔によって
 彼らは今や疾風と化し、また光の矢と化して草原を駆けていた。
(ラダムストン著「カーズガン」終章より)

35カーズガンの死(3):2006/07/29(土) 19:07:20
【カーズガンについての伝承 カーズガンの死】(3/4)
「流石だ」
 彼は認めざるを得ない。
 突然現れた敵にハルバンデフの軍団が動揺と隙を見せたのは一瞬のことにしか過ぎなかった。
 すぐに彼らは戦の準備を整え、カーズガンの兵達の前に槍衾を展開していた。
「これが草原を制した力と言うものか?」
 カーズガンは悟る、彼が率いる兵も勇者達ならば、ハルバンデフの率いる兵も紛れも無く勇者達なのだと。
 しかしながら、今更彼には引く術など無い。
 彼は鐙で愛馬のわき腹を蹴り、兵達の先にいる筈のハルバンデフ目掛けてその足を駆けさせた。
 その彼の前に槍を構えた兵達が立ち塞がる。
「どけ!」
 右手の剣を振り、彼は死を産み出す。
 今や戦神が、死の乙女が彼に乗り移り、もはや地上の如何なるをもってしても彼の目の前を塞ぐことは叶わない。
 やがて槍衾が崩れ、ハルバンデフへと続く一筋の道がその門を開こうとしていた。
 彼は、その僅かな隙間を縫うようにして陣の奥へと突き進む。
 幾人かの兵達がその背後を狙ったが、幾本かの矢が飛来し、彼らを打ち倒した。
 またさらに幾多の兵士を打ち倒して槍衾を超えた時、カーズガンの背後で人馬のぶつかり合う音が聞こえた。
 剣戟の金属音
 矢が空気を切り裂く音
 怒声と罵声
 馬達の嘶く声
 そして断末魔の悲鳴
 カーズガンの兵達は勇敢に戦ったが、多勢に無勢、カーズガンの後に続いて槍衾を超えることは適わず次々に打ち倒されていく。
 だが、彼が勇者達を集めたのは、まさにこのためだった。
 自らを追う兵士を一人でも減らすための、時間稼ぎのための捨て駒。
 目的の為に数多の戦神と死の乙女へと捧げた供物。
 今更ながら彼は、すまないという気持ちで一杯になる。
 だが、背後は振り返らなかった。
 彼は知っていた、この非情な敵に勝つためには自分もまた非情にならなければならないことを……
 それが人の世で非道と呼ばれる行為であることを……
「ハルバンデフ!」
 死者に、そして死に行く者達への手向けとばかりに、彼は声をあげてその名を口にする。
「ハルバンデフ!」
 途中、何度か彼の行く手を阻むべく槍や異国の武器を手にした兵達が立ち塞がったが、彼はその全てを斬り捨てた。
 もはや、彼を止めることは誰にも叶わない。
 やがて彼の目の前に、漆黒の馬に跨り、黒衣に身を包んだ男の姿が現れる。
 まるで血で塗ったように赤い、長槍を手にしたその男は……
「ハルバンデフ!」
 まごうことなく、今や諸国を蹂躙する、現世の魔王と化したハルバンデフの姿そのものであった。
(ラダムストン著「カーズガン」終章より)

36カーズガンの死(4):2006/07/29(土) 19:08:35
【カーズガンについての伝承 カーズガンの死】(4/4)
「ハルバンデフ!」
 全ての感情を込め、彼はその名を口にする。
 しかし、ハルバンデフは何も答えない。
 代わりに返してきたのは、手にした槍での心臓を狙った一撃だった。
 あわやの所でその一撃をかわし、彼は戦慄する。
 ハルバンデフの一撃には躊躇いが無かった。
 間違いなく、こちらを殺す気なのだ。
 ……あぁ、私は
 未だにまだ躊躇いがあるのだ、ということを彼は改めて思い知った。
 躊躇いがあってはこの魔王は倒せない。
 敵は、あの仲の良かった旧友ではなく、草原を制し、諸国を蹂躙した魔王なのだ。
「ハルバンデフ!」
 もう一度その名を叫んだ時、ようやくカーズガンから全ての躊躇いが消えた。
 二人は互いに、その首、その心臓、その急所を狙って激しく攻防を繰り広げた。
 防御をし損ね、攻撃を受けたほうが死ぬ……それはそういう戦いだった。
 最早、そこに兄弟のように仲が良かった親友同士の姿は無い。
 そこにいたのは生き延びるために互いを殺そうとする二匹の雄だった。
 何度目かに繰り出された槍先をはじいた時、その槍先はカーズガンの太腿に突き刺さった。
「がっ!」
 思わず苦痛の声を漏らし馬上で体勢を崩すカーズガン。
 そしてその首を取ろうと手を伸ばすハルバンデフ。
 しかし、カーズガンはそれを待っていた。
 彼は自分に伸ばしたハルバンデフの手を掴み、そして足に刺さった槍を掴むとそのまま力任せにハルバンデフを馬上から地面に押し倒した。
 その間にも槍は彼の腿に深く突き刺さったが、もはや彼の口から苦痛の悲鳴は漏れなかった。
 地面に落ちた拍子に、彼の肉を深く抉りながら槍が彼の腿から外れたが、それでも彼の口から悲鳴は漏れない。
 最早痛覚など、彼にとって無駄な感覚でしかない。
 最早彼は人ではない。
 最早彼は手段にして道具だ。
 人の身で『魔王』と畏れられた、ハルバンデフという存在を破壊し、殺し、消滅させるための道具だ。
 自分に振り下ろされるのだろう剣に備えて、掴んだその槍を、カーズガンはハルバンデフの右手ごと踏みつけた。
 力んだ拍子に、太腿から血が噴き出す。
 残った片足をハルバンデフの胸において押さえつける。
 魔王ハルバンデフは今や地に伏せられた飛べない鳥だ。
 腰に下げたもう一つの剣を抜き、カーズガンがその首を取れば全てがい終わる……はずだった。
 だが、カーズガンが振り下ろす剣の速度が一瞬だけ鈍った。
 昂ぶった殺意の奔流によって押し殺していた過去の郷愁……それが彼の腕を鈍らせたのだ。
 それが彼の命取りになった。
 そして昂ぶりすぎた感情も命取りになった。
 もし彼が何時ものように冷静ならば、彼がハルバンデフの右手ごと踏みつけている槍の先が無かったことに気付いたはずだ。
 それは僅か一瞬の出来事だったが、勝敗を決するには十分な時間だった。
 結局、カーズガンの振り下ろした剣は地面まで届かなかった。
 何時の間にか姿を消していた槍の先は、ハルバンデフの左手にあり、そして彼はそれを投擲してカーズガンの喉を貫いていた。
 それはカーズガンに致命傷を与えるには十分な一撃だった。
 カースガンは口から血の泡を吐き、そして剣を落として仰向けに倒れた。
 渾身の力を振り絞って立ち上がろうとはしたが、彼に出来たのはようやっと一度閉じた瞼を開くことだけだった。
 見開た瞼の奥のその瞳には空に輝く銀の月が映っていたが、もうそれが何であるかカーズガンには分かるはずもない。
 なぜなら、もうカーズガンには何も見えていなかったからだ。
 カーズガンには、もう見えない。
 ハルバンデフが立ち上がり、自分が落とした剣を手に近づいてくることも
 自分が討ち取られたそのことを、ハルバンデフの部下達が触れ回っていることも
 自分に従った部下達が次々に討ち取られ、最早草原に屍をさらしていることも
 屍と化した自分の身体から、曝すために首を切り離そうと敵の兵達が近づいてくることも
 全ての終わった草原を、月の銀色の光が照らし出していることも
 だからカーズガンには分かるはずはなかった。
 胴から切り離されたその首を掴んだハルバンデフのその両手が震えていたことも
 そして、その月光の中で、誰にも知られずに密かに、ハルバンデフの流した一筋の涙も……
 
 この日、草原の勇者であるカーズガンは死んだ。
 だが、同時に、ある意味において、ハルバンデフもまた死んだことを誰も知らない。
(ラダムストン著「カーズガン」終章より)

37タマラの冒険(超)(3):2006/07/29(土) 19:48:14
歌声は千里、気合は光年と申しますが、魚の焼き加減は灰になるくらいがよいというのはビークレット姉様の格言でございましたか。何れにせよ焼き魚ではないものに良い味を求めては仕方ないと諦めつつも、ワタクシはフェルンゼーアーを体内からムシャムシャモリモリギョレィピッピとばかりに生のまま食べ続けていました。お恥ずかしい事ですが、その有様は傍目からはバッカスが椰子の実の踊り食いをしているかのごとく映ったでしょう。
襲いくる魚人の群を砂糖菓子にしては丸めて整え、砂糖漬けにしては冷やして固め、帰りへのお土産を作りながらワタクシはフェルンゼーアーの突貫工事を一晩で終わらせましたの。
その途中、ツルがお亡くなりにあそばされたり小人が山田と融合したりと波乱万丈な展開が目白押しでございましたが、ワタクシは三日三晩をかけてフェルンゼーアーを完食いたしました。
腐っても食王(ショッキング)の座を魚住から奪い取った身でありますから、一度手をつけた魚を食べかけにしたままなぞという冒涜的フィランソロピーに溢れた行為はワタクシの中の三重騎士が許さなかったのでございます。
外に出ればそこは既に朝。青空ではウィータスティカの三兄弟が飛び回り、辺り一面にはオルガンローデと青竜騎士団との決戦の余波で巻き添えを食らった罪も無きシュルシュルの亡骸が。
1.5ナノセカンド程の黙祷の後、ワタクシは全速力で猫又に乗ってその場を去ったのでございます。
嗚呼、なんて愁悦なことでしょう。
なんとその後にワタクシを待ち受けていたのは、かの大賢人、エーラマーンの知り合いの知り合いの友達の叔父の親友の息子の恋人の曽祖父の名付け親のペットの仇その人だったのです。

かく言うワタクシも、エーラマーンとは知人の前妻の子供の親友の従兄の姑の出身地の村長の大賢者プリエリプトラスの知り合いを名乗る行商人キチオスの妹と姉妹の契りを交わした仲なのでございます。
さて、開口一番、大賢者中略仇様はこう仰いました。

「キュトスは、セルラ・テリスの子供を身篭っていたのだ」

38タマラの冒険(馨)(4):2006/07/29(土) 21:11:20
そしてマロゾロンドはハイダルの休日、塊竜の真髄はラメンの真理にありと申しますように、一般的な妊娠期間は十月十日、天才は十年十月です。
かの威力神、色々な場所をトレーニングしている内に肉体が蛤の逢引さながらに鍛え上げられて女神を孕ませるまでになったというのです。
しかしそれならば、かの神はお腹に御子を宿したままワタクシ達に分裂したということになります。
ならばワタクシもまた妊娠しているということになるのでしょうか。
そういえばワタクシ、生まれてからこの方月のものとやらが来た事がございません。これはひょっとして、ワタクシが妊娠しているというこのなのでしょうか。
なんということでしょう。
それは禮月の謙遜、長虫の飲酒よりも衝撃的な出来事でした。
飛来神群よりも唐突に、堅強な砲声が乗り移ったワタクシは、出家するべく旅に出かけたのでした。

39アルセスと猛禽の三兄弟:2006/07/29(土) 22:39:39
アルセスがウィータスティカの三兄弟にしつこく迫られているのにもかかわらず、反撃せずに逃げるだけなのには理由がある。

元々、あの三兄弟は三姉妹だった。
蚊、蠍、蝿という醜い姉妹は、あるとき納豆の軍団に襲われて死にかけた。
その時現れたのが、納豆の残党を追って来たアルセスとその従者だ。
巨大な槍を縦横無尽と振るい納豆を薙ぎ払う少年神と、金の鎖を巧みに操りながら主を補佐する従者。
やがて納豆の残党が全滅すると、アルセスは姉妹を一目見て、何の害もない脆弱な精霊だと知ると、「早く行くといい。ここは危険だから」と言って立ち去った。
その姿を見て、姉妹は一目でアルセスに恋心を抱いた。
しかし姉妹は自分達が醜いことを自覚していた。叶わぬ夢に焦がれながら、静に暮らしていたある日のこと、三姉妹の所に魔女がやってきた。
魔女は三姉妹を美しい精霊にしてやろうといった。
喜んだ三人はその申し出を受けた。魔女は不思議な霊薬を飲ませた。するとその次の日の朝、彼女達は美しく力強い空の王者、猛禽の精霊になっていたのだ。
だが、三人はあることに気付いて愕然とした。なんと姉妹の性別は反転し、三兄弟になっていたのだ。
既に魔女は何処とも知れぬ場所に去ってしまった後。最早元に戻る術など知る由も無い。
あまりのショックで三人は狂ってしまい、その純真な恋心を抱えたまま、アルセスを求めつづけている。

アルセスはその事を知っているが故に、三兄弟を憐れに思って好きにさせてやっているのだ。

40【宇宙戦艦セラテリス】チャットより転載&微修正:2006/07/30(日) 04:24:04

アレ艦長はじめ秩序連盟議員ドルネスタンルフ、将校ピュクティエト、参謀ラヴァエヤナ等々が乗員。

密入した民間人の少年アルセスがひょんなことから汎用人型兵器キュラギを動かしてしまってなし崩し的に戦闘員化。

でもピュクティエトに怒鳴られるかなんかしてアルセスあっさり逃亡。しかも狙ったかのようにタイミング悪く敵の急襲。

館内に残っていたアルセスの連れのキュトス(民間人)がキュラギを動かす。

でも当然のように死ぬ。

それを見て凹んだアルセス帰ってくる。またピュクティエトに殴られる。

ドルネスタンルフとラヴァエヤナとシャルマキヒュになんか言われて立ち直る。

突撃隊長シャルマキヒュが突撃して死ぬ。

死んだと思ったら片目失って帰ってくる。

アルセスまたピュクティエトに殴られる。

このあたりで作画が崩壊する。

ハルバンデフ大王がラスボスっぽく登場。

ラストバトルっぽい雰囲気。

宇宙海賊カーズガンが駆けつける。

カーズガンとハルバンデフの一騎打ち。アルセス役立たず。

ハルバンデフ死ぬ。カーズガンがなんか決め台詞言う。

なんか裏ボスで大破壊兵器レストロオセとかいうのが出てくる。

カーズガンとかシャルマキヒュ致命傷で退場。

「もうお前しかいない!」ピュクティエトがアルセスにツンデレ。

アルセス突撃。レストロオセをなんとか抑える。

レストロオセのパンゲオン機関が暴走。宇宙開闢&更新の危機。

アルセスもう無理。

人工知能セルラ・テリスいきなり喋り出す。

宇宙戦艦セラテリスのエンジン部が単身パンゲオン機関に突撃。自爆。パンゲオン機関破壊。

めでたしめでたし。


パンゲオン破壊の衝撃で並行宇宙開闢。

人工知能セルラ・テリスの意識が並行宇宙に飛ぶ。

紀神セラティス誕生。

セルラ・テリスのメモリを元にアルセスその他の乗員を並行宇宙に復元。

ラナさん が、入室されました。

紀元神群誕生。

→「ゆらぎの神話」に続く

41タマラの冒険(劫)(5):2006/07/30(日) 10:50:58
鴨の脚は金貨では買えません。
百足の脚は縄では燃やせません。
けれども猿の胸は油で洗えるのです。
笑い給う夢易く。其処に於いては金糸の咎も逃げますまい。

さてさて、ワタクシがピピョ厳寺院に出家して内部派閥の抗争を調停し、全農27尖鬼を全て打ち倒した後、アルビダ尼僧と決闘し、地上最高の栄誉ポルポルフィーナ二世の称号を得たところまでお話しましたか。
さて、めでたくポルポル二世となったワタクシはかねてよりの約束に従い、盲目の少年ボロロに鯨の丸焼きを送って差し上げましたの。大変喜んでいらっしゃって、泣きながら鯨さんに取りすがって泣いていたのが印象的でしたわ。
ポル二世の称号をボロローニャ少年に授けたあと、ワタクシはいつものようにまた旅から旅への風来坊托鉢修行編地獄車百景の遍歴に参りました。
そんなある日、ワタクシの目の前にあるものが立ち塞がりましたの。
それはなんとあの伝説上の幻獣、HF(フッ化水素)でした。

42紀動戦記アルセス(1):2006/07/30(日) 15:28:45
時は新史暦2885年。
人類は宇宙に進出し、その版図を大きく広げていた。
宇宙を貫く紀元槍の周囲に無数のコロニーを展開した【人類統一連邦】。
精陽系を中心とした星系に進出したアヴロノ達の【アヴロニア帝国】。
大宇宙の遥か彼方、最も進んだ技術を持ち、最も自在に宇宙を飛び回る【宇宙の民】、【兎共同体】。
多種族が混在する巨大王国【ガロアンディアン】。

宇宙竜や銀河猫、星々に遍く納豆が跋扈し、【南十字精】と呼ばれる精霊種族・脅威の眷属と呼ばれた宇宙海賊が横行する。
至る所に出没する飛来神群の被害はうなぎ昇りである上に、アヴロニアと人類統一連邦間の争いは未だ収まる様子を見せない。

これはそんな時代、平凡な少年アルセスと謎の少女キュトス、そして彼らを引き裂く運命と・・・。

ある一人の男、グレンテルヒという名の科学者の、壮絶な戦いの記録である。

続く。誰か書いて下さい。リレーっぽく

43紀動戦記アルセス(2):2006/07/30(日) 16:09:35
人類統一連邦領土内、辺境星系である幽陽系付近の宙域。
アステロイド・ベルトが蛇の如く長く連なり、低災害級の飛来神が飛び回る、天然ガスとリパーズ、炭素資源の豊かな宙域ではあるが、殖民時代に資源を大量に消費したのと、アヴロニアとの国境付近であることも手伝ってか、あまり人口は多くない。

そのほど近くに、一隻の船が航行していた。
それは、戦艦だった。
今時の戦艦としては珍しい流線形の機体は、大気圏内での活動を考慮したものだろう。流麗なフォルムと、後ろに流れる一筋の演算素子。後ろに束ねた長髪のようなそれは、付近の空間情報を予測演算する外部端末だ。
堂々とした純白の機体は、しかしあちらこちらの砲門や装甲が焼け焦げ、激戦の後を想像させる。満身創痍の機体。その名をセラテリスと呼ぶ。

正式名称、テリス級汎次元遡及型遊撃強襲艦【威力艦セラテリス】。
【秩序連盟】と呼ばれる、人類統一連邦の加盟国の幾つかが結束した新興の勢力が存在する。
セラテリスは、その秩序連盟の所属艦だった。
弱々しく、そして種動力が死んでいるのか遅々とした航行しかできないセラテリスの艦尾で、唐突に爆発が起こった。

44タマラの冒険(餡)(6):2006/07/30(日) 18:12:45
そうして、物質化された魂は十六次元の彼方へと飛び立っていったのでした。
その様はまるでかの六十二の頭を持つ多頭獣クトスの様に、新旧の蜜蜂は昼夜を問うて飛び回ります。
ワタクシは気付いてしまいました。そう、私は既に十二賢者山脈に到着していたのです。
頭上の猫又のコマタ(そう名付けましたの。名前の由来はアヴロノと納豆神にまつわる激烈なジャンケン闘争が関わってくるのですが、それはまたいずれお話しますわ)はナアナアと喜んでいます。
おお、その威容はまるで鴉の嘴、坂本じみたその荘厳さはワタクシを驚嘆させるに足るものでした。
さて、その時、ワタクシの背後から誰かが近付いて参りました。
「パオ! そこにいるのはタマラじゃないか」
なんとその方はワタクシの旧知であった、リーデ・ヘルサルその人でした。

彼の本当の名前はリー・デ・ヘリケ・ルサルト・ムルペルスルグ・ミョルンナガイリケ・スゥト・アロン・アムルス・ロンディアス・アルティ・ロモロモ・エミリニョリーア・焔宮というのですが、長すぎるのでリーデ・ヘルサルと縮めているのです。どうかワタクシ同様、呼びやすい名前で読んであげてくださいまし。
ワタクシはヘルサル様に向かい合い、パオ!と挨拶をしました。
しかし彼は顔を顰め、パオは久しぶりに会う相手への挨拶には不適当だと言いました。なんと言う偏見でしょうか。
彼とはパオ解釈に関して酷い見解の相違があるのです。前に会った時もパオーン理論の虚数空間における応用について論戦を繰り広げたのですが、結論は結局保留のままでした。
どうも今日という今日は彼にパオゲオ定数の何たるかを叩き込んでやる必要があるようです。
しかし。その時、まさにワタクシとヘルサル様のチョメパンゲオンが華麗に滑空したが如き大論戦が展開されようとしたその矢先―――。
ワタクシ達の頭上を、竜の大部隊が飛んでいきました。

45紀動戦記アルセス 登場人物:2006/07/30(日) 19:44:23
アルセス 主人公。ヘタレ。弱い。雑魚。しかし長い戦いの中で微妙に成長する。
キュトス ヒロイン。運命的っぽくアルセスと出会っていちゃついて引き離される。
マロゾロンド アルセスの幼馴染。無口。

【セラテリス】乗組員
アレ セラテリスの艦長
ドルネスタンルフ 秩序連盟議員にしてクルグ・ドルネスタンルフの搭乗者
シャルマキヒュ 将校。とても強い。クルグ・シャルマキヒュの搭乗者
ピュクティエト セラテリスの火器管制兼クルグ・ピュクティエトの搭乗者。実はアルセスの生き別れの兄。アルセスはそのことに気付いていない。 
ラヴァエヤナ 参謀。昔アルセスの町の図書館で司書をやっていた。アルセスとは数年ぶりに再会する。尚、ピュクティエトが出撃している間は彼女が火器管制を担当する。
バッカンドラ 紀戒整備主任。ラヴァエヤナに扱き使われている。
ガリヨンテ 艦内食堂のおばちゃん。銀河随一の名コック。
グレンテルヒ 紀戒神の開発者。アルセスの隠された素質を一目で見抜いた。
ペレケテンヌル 意思を持った紀戒神。グレンテルヒの搭乗する紀体。非常に性格が悪く、アルセスとは折り合いが悪い。
ハザーリャ 通信士。索敵系は彼の担当。

【自律紀動要塞アエルガ=ミクニー】
エーラマーン 作戦情報部所属。ただしデマが多い。
【二番遊撃艦ゲヘナ】
デーデェイア 戦死。

宇宙海賊ウィータスティカ
三兄弟。アルセスを付け狙っている。
あと納豆。他色々。

46紀動戦記アルセス(3):2006/07/31(月) 00:45:27
「艦体後方で熱源感知!? 馬鹿な、感知できなかった!?」
通信士の絶叫の直後、瞬間的にアレは艦を左舷に旋回させた。
瞬間、衝撃が艦全体を包む。
「被害状況はッ!?」
「後部第二、第三ブースター中破、航行に支障はありません」
「何だ今のは、敵の新型爆雷かっ!」
「ハザーリャ、索敵急げっ!!」
怒号の飛び交う艦橋で、アレは一人瞑目した。
度重なる追撃の手は、遂にこんな辺境の惑星にまで及んだらしい。
「敵、姿を現しましたっ!! これは、光学迷彩?!・・・いや違う。まさか、異相空間から直接【扉】を!?」
驚愕の声と共に、後方に出現したのは五隻の小艦隊。
アルミオルド級自律型突撃艦【貪蝗相】である。
鋭角のフォルムと、前方に突き出た一対の高重力発生機関。
あらゆる戦場にて怖れられた死神、【蝗の軍団】。
・・・ここまでか。
物資は尽き掛け、こちらの戦力はたった一隻の艦と疲弊した乗組員。
いずれも歴戦の勇士達だったが、激戦に次ぐ激戦はその戦意を確実に削いでいる。
「艦長! 私が出ます!」
格納庫からの入電。網膜に投影された映像内で喋るのはシャルマキヒュだ。
「バッカンドラ、私の紀械神を出す! ハッチを開けろっ!」
「ちょ、姐さん、無茶ですよ?!」
「その無茶が通らねば全員犬死だっ! 艦長、発信許可を」
「許可する」
平静に。あくまでも泰然として、アレは答えた。
この身は艦の柱。いかに絶望的な状況であろうとも、彼だけは揺らぐ事を許されない。
例え、その心が既に折れていたとしても。その痩躯だけは、決して曲がらぬように。
瞼を開く。老人は、いつものように、厳かに告げた。
「これより本艦は第三種戦闘態勢に移行する。ラヴァエヤナ、記録は」
「本艦は0887星系M−47地点においてアヴロニア軍所属と思われる戦艦五隻に奇襲を受ける。自国領域以外での異相空間への【扉】使用を確認しました。なお、この行動はラルビット条約に於ける第三条第一項に違反しており、そこに正当性は認められません」
「よろしい。本艦はラルビット条約第三条第二項に従い反撃権を行使する。宜しいかな、ドルネスタンルフ爵」
艦長席の真横に鎮座する巨漢――否、肥満体を超越した球体というべきか――に問う。
秩序同盟常任議員、ドルネスタンルフ。敵の狙いの一人が、この人物であった。
「承認しよう。・・・・・・済まないな、アレ。このような非常時に戦闘の理由作りなど」
「必要な事です。シャルマキヒュ、ピュクティエト両名は紀械神で出撃。火器管制はラヴァエヤナが引き継ぐものとする」
「「「了解!!!」」」
唱和する声とともに、艦内に満ちた混乱が収まっていく。
「全ブースター点火。紀械神射出と同時に、全速で敵射程から逃れる!」
アレの指令と共に、最初の火線が真空を駆け抜けた。

47紀動戦記アルセス(4):2006/07/31(月) 21:39:25
紀械神の操縦席は実は結構広い。シャルマキヒュは女性としては相当な長身だが、彼女が両手を広げても尚有り余るスペースがある。
豊かな髪を掻き揚げて、接続端子を首の後ろに取り付ける。軽い電流が走ったような痺れが背筋を伝わり、その長躯を震わせる。
何度やっても、この感覚はなれるものではない。そう思いながらも、その意識は逸り、戦場へと向かう。習性、いや、本能と言い換えてもいい。彼女が戦うという事は、生きるということと同義である。
シャルマキヒュにはこの年で人生を語るつもりなどまるでなかったが、しかし一つだけ、譲れない価値観がある。それは、論戦だろうと斬り合いだろうと、闘争とは生物全ての本義であり、それを否定する事は誰にも出来ないということだ。昂ぶる精神を押さえ込みながら、彼女はコンソールに手を伸ばす。
紀体の起動を開始する。モナド・エンジンが猛獣の唸りを上げ、紀体全体を、コックピットの内部を輝きで満たし――――。
シャルマキヒュは、次の瞬間、その場から消滅していた。

誤解の無いように予め断っておく。戦闘用紀械が人型である必然性など近代までは微塵も無かった。
新史暦2300代に至るまで、人類は宇宙航行手段に人型の紀械など全く使ってこなかったし、その必要性も無かった。
さて、人間が他の生物と比較して、身体的に優れている部分は何処か。
言うまでも無い、それは手だ。
二足歩行などその付属物に過ぎない。人類はその器用な手で道具を作り、使い、文明を切り開いた。ならば、再現するのなら腕だけでかまわない。他の部位が多脚だろうとキャタピラだろうと、そちらの方が宇宙空間に適応できるのならばそちらを採用するべきだ。
そう、あくまで宇宙開発、惑星植民というレベルでの話ならばそれでよかった。飛来神群や宇宙海賊との小競り合いでさえ人型機械など必要なく、円筒型、あるいは球形の戦艦があれば十分だったのだ。
しかし、新史暦2372年。奇しくも、ティリビナ機構との抗争が開始されたのと同年である。
汎遡及合一理論。通称を、存在意思説。極端に概要をまとめてしまえば、こうなる。
全ての分子・原子・それ以前のクォーク、量子的濃度に至るまで―――、
全存在は、意思を持っている。
その理論は、意思の定義を刷新した。
人間を始めとする知的生体の意思は脳内の電気信号、及びそのネットワークの連続性を基とするものではなく、肉体を構成する全【存在子】の意識総体であるというのである。
意識とは連続性に非ず、存在子が一定の割合で収束する相対的領域における存在子の同一組成、それによって意識の存在は確定される―――。

先ず始めに、時空間跳躍の基礎技術が崩壊した。
従来の地脈移植であるラビット航法、心理学を応用した【扉】開閉、位相紀子化による座標軸操作、そして最後の跳躍技術といわれた空間歪曲。それらを遥か眼下に捨て置いて、人類は時空を渡ったのである。方法は単純だ。対象を分解し、指定した地点で再構成する。
実を言えば、その技術は既に実用化されていた。
物質を量子にまで細密に分解し、既に濃淡でしか表現されない情報を【扉】で転送する。転送地点から目的地点までの相対的空間情報を操作して物質を再構成すると、瞬間移動が為されているというわけだ。
しかし、そこに自意識の連続性は無い。端的に言えばその行為は自らを一度殺し、それを材料として全く同じ存在であるクローンを生成するのと同じだ。
人間が行う事は決してない、猫の国の御伽噺の類の技術だった。
しかし、ここに常識は塗り替えられた。現在解析されている存在子は七億二千八十四個。そのうち生物を構成する存在子はたったの八十万足らず。
存在子の操作法が示され、量子段階以前のレベルで完全に再生された物質は、連続性の有無に関わらず全く同じ存在であるから、その技術の行使に躊躇はいらなかった。そこに意識の連続性はないが、意識は継続されるのだ。
時空跳躍を契機として、新たなる技術が次々と生まれていった。
その代表的なものが、存在合一である。
物質と物質を融合させるという「道具」使いたる人類の技術の頂点ともいえる技術。道具そのものと一体となり、自在に操作する。
そうして生まれたのが、人型紀械神である。人間の意識を同化させて自分の身として動かす為に、人型でなければ満足な高速機動ができないという理由であったが、結果としてその技術は成功を収めた。
紀械そのものとなった人類は、如何なる人工知能よりも高速で反応し、ナノセカンド単位で思考していた演算回路など及びもつかない超高速思考を行えるようになった。巨大な紀械である紀械神や小型のサイボーグ、紀械人。そういった技術が生み出されていたこの時代は、言わば技術が科学という概念を超越し始めた時代。
時は新史暦2885年。先鋭錘の時代、その末期である。

48紀動戦記アルセス(5):2006/07/31(月) 23:10:33
空間に投影された三次元映像を見ながら、少女は静かに嘆息した。
少女を不安にさせないための配慮のつもりなのだろう、見せられている艦外映像は何の変哲も無い隕石群だ。
この艦の命運が尽き果てた事など、先程の衝撃で既に悟っているというのに。
ふと、客室の扉が横にスライドして開く。目を向ければ、そこにいたのは白衣を纏った巨躯の中年だった。
「ん、ん――? よろしいかね? キュトスくん」
「どうぞ」
淡白に告げると、厳しい顔にかけた似合わない黒縁の眼鏡を片手で直し、こちらへ歩いて来る。
「ん、いやいや、全くもって遺憾ではあるが、君に一つ提案があるいいかね?」
「わかってます。脱出しろと言うのでしょう?」
「んん。話が早くて助かる。 実に、実に・・・助かる!」
少女―――キュトスは立ち上がると、手ぶらのままで外に出ていく。放置された巨漢が慌ててついて来る。
「いやいやいや。全く困ったものだねアヴロノの連中にも。このキュトスくんの重要性も理解せずただ我等の最重要機密だからと言う理由だけで奪いに来るのだからねまったく弱い馬鹿はこれだから困る」
「グレンテルヒさん」
唐突に、キュトスが足を止めた。
「んんん? 何だねキュトスくん。言っておくが私が眷属やアヴロノに技術協力したのは純粋に研究環境の為だけだよ?」
「いえ。それより今、誰かいませんでした?」
周囲を見回す。白と青でカラーリングされた通路にはダストボックスと、その隣に黒いゴミ袋が設置されている他は何も無い。何処にも人影などなかった。
「んー? 気のせいじゃないのかね。それより脱出だ。敵の狙いは君、そして私なのだからね。ドルネタンスフ君はおまけのようなものだよ」
「グレンテルヒさん、【ドルネスタンルフ】です」
「ん、ああ。ドネルスタンフ、だね?」
二人は益体もないやり取りを交しながらその場を立ち去っていく。
しばらく後。
「ば、ばれなかった・・・・・・。凄く危なかった・・・」
比較的大きめのゴミ箱の脇、真っ黒なゴミ袋が声を発した。否、そうではなかった。ゴミ袋だと二人が勘違いしたものは立ち上がって、その中から一人の少年が現れる。
「ふう、助かったぁ。マロゾロンドがいなかったら今ごろ見つかってたな」
ありがとう、と少年は真っ黒な布の塊に礼を言った。マロゾロンドと呼ばれたその黒布は、僅かに身体を動かして反応した。どうやら頷いたらしい。
「しまったな。冗句のつもりで密航してラヴァエヤナを驚かせてやろうと思ったんだけど。正直洒落にならなくなってきたみたいだ」
マロゾロンドが先程よりも少し大きく動いた。同意しているようだ。
「このままじゃ死んでしまうし、とりあえず脱出するのが最善。だけどこの艦にはラヴァエヤナが乗ってるし見捨てるわけにもいかないし」
唸りながら考え込む少年の服の袖を、マロゾロンドがそっと引いた。
「え? とりあえず格納庫に行ってみよう? ・・・・・・うん。そうだな。脱出するにしてもしないにしても、すぐに行動出来る場所に行ったほうがいいし。よし決まり。行こうか、マロゾロンド」
そうして、二人もまた通路を移動し始めた。
それが、少年の運命を変える選択とも知らずに。

49紀動戦記アルセス(6):2006/08/01(火) 00:19:13
加圧され、収束された空間内で電離した中性子が荒れ狂う。重水素が破壊を司り、嵐の如く衝突した原子核同士が膨大な熱量を発生。紅の紀械神が、雄叫びを上げた。突き出された二本の角、髭を模した光学センサ、竜鱗装甲に包まれたその威容は、正しく紀神と呼ぶに相応しい。胸部の空間位相指向装置とピュクティエトの存在子操作による核融合爆発が巻き起こり、紀械神【クルグ・ピュクティエト】の前方に超高熱の爆炎が放出された。前方にいた【蝗】三機が跡形もなく蒸発。余波に煽られて弾き飛ばされた一機を【クルグ・シャルマキヒュ】の銀鎗が刺し貫いた。
「まずは三機!! いいスタートだ!」
「何処が良いスタートだこの阿呆! 少し後先を考えろ!」
シャルマキヒュは頭を抱えたい気分だった。今の一撃はピュクティエトにとって最大の一撃であるが、そう乱発できるものではない。まして、彼は今までの戦いで疲弊しきっている。今ので相当紀体に負荷をかけた筈だ。
「突撃隊長! x47,y89,z189より敵影来ます!」
ハザーリャの通信で我にかえる。今は悠長な思考をしている場合ではない。眼前、セラテリスを追撃する貪蝗相を三隻まで分断させることに成功し、現在誘き寄せた三隻から次々と出撃してくる自律型兵器【蝗】を撃破している最中だった。
「シャルマキヒュよ。取り敢えずはあの戦艦を落とした方が話が早いと思うのだが」
「それが出来たら苦労はしない。近づけないからこそ、こうやってドッグファイトを繰り返しているのだろうがっ!」
襲いくる高速戦闘機を回避し、擦れ違いざまに荷電粒子を口腔から放つ。
「ふん、お前は犬というよりむしろ猫だろうが?」「減らず口を叩くなっ!」
確かにクルグ・シャルマキヒュの頭部は猫を模したものだが、それと中身は関係がない。全く、この男とはつくづく馬が合わない。そう思いながら、シャルマキヒュは銀鎗の組成を変化させる。シャルマキヒュの銀鎗はある種の液状金属であり、その形態を自在に変化できる。彼女が望めばそれは剣となり盾となり、あらゆる武装に可変する。指定する形状は鞭。猫の髭にも見えるその空間走査端子でシャルマキヒュは周囲の状況を把握する。三機連隊で移動するのはこれまで見てきた敵AIの通常の思考ルーチンそのままである。小隊単位で移動する無人兵器は、前方に一個、上方に一個、左下後方に二個。三隻の戦艦はこちらを完全に包囲し、嬲り殺すつもりだろう。
上等だった。敵がそのつもりなら、こちらもその敵意に全力を以って応えるまでだ。
左から来た敵を鞭で撃墜、しかしそれは囮で、背後に隠れた蝗が荷電粒子を放出。瞬時に空間を歪曲させ回避。シャルマキヒュの腕が閃き銀色の閃光が宇宙の虫を叩き潰す。脚部ブースターを点火、態勢を180度変化させ、下方から向かってきた一機を荷電粒子砲で撃ち落す。
前方に熱源を感知、収束発射された光学砲の一撃を難なくかわし、重力加圧された突進を鞭でいなす。残りニ機が左右から同時に接近、発射された核ミサイルを荷電粒子砲で撃墜し、もう一体の機動時空爆雷を存在干渉で空間転送する。銀鎗形態に戻した武器の周囲の空間を存在干渉、電磁加速による槍の一撃が蝗を断ち切り、振り上げた脚が後ろから迫る最初にいなした蝗を粉砕した。
残る一機を口からの荷電粒子で破壊する。

50紀動戦記アルセス(7):2006/08/01(火) 00:21:24

見れば、ピュクティエトも大熱量を全身に纏わせながら出力を抑えつつ戦っていた。知らず、シャルマキヒュは笑っていた。これならば行ける。このまま行けば、こちらが確実に勝利する。あとはセラテリスが持ってくれるか、それだけが勝負だが―――。
「不味いぞシャルマキヒュ! セラテリスが!」
ピュクティエトの声に、彼女は愕然とした。
自分達を置いて離脱した筈のセラテリスが、ここまで来ていたのだ。数百キロ向こう、感知できるほどの位置で、残る二隻と激戦を繰り広げていた。
―――くそ、振り切れなかったのか。
アステロイドベルトに突入して障害物を利用する事で逃げようとしたのだが、破壊されたブースターのせいか、逃げ切る事ができなかったらしい。
一目で解るほどの劣勢だった。このままでは、数分と持たずにセラテリスは撃沈する。
シャルマキヒュの決断は、一瞬の時すら要さなかった。
「まずいな、このままでは」
「わかっている。・・・ピュクティエト、よく聞け。今からお前はセラテリスの援護に向かえ」
「馬鹿を言うな貴様っ! こやつらはどうする?!」
ピュクティエトは蝗の群れを回避しつつ、牽制用の中性子弾を射出する。
心なしか、その駆動に乱れが生じたようだった。
「決まっている。私が全て引き受ける」
「正気かっ!?」
その問いに、シャルマキヒュは答えなかった。代わりに、周囲に群がる敵を一拍子で断ち切り、ピュクティエトに接近する。
紅の紀体に迫る脅威を切り伏せ、その道を切り開いた。
「行け。行って、我等の艦を守ってきてくれ」
一瞬の沈黙。ピュクティエトは何かを躊躇った後に、
「貴様が死ぬと骨を拾うのが面倒だ。・・・・・・精々、私の手を煩わせるな」
それだけ言って、紅の鬼神はセラテリスへ向け、全力で機動した。
追撃しようとした蝗達を、銀色の閃光が尽く撃墜する。
「少し待て虫ども。 貴様等の相手はこの私だ」
槍を可変させ、二振りの剣と為す。その鋼の頭部に凄絶な笑みの気配を張り付かせて、白き軍神は宙空を駆け抜けた。
     トップダウン
「来い、でくのぼう・・・・・・!!
 この私が、ドッグファイトの遣り方を教えてやるっ!!」

51リーデ・ヘルサルの書簡:2006/08/01(火) 22:57:29
 
アレット州ギールズ群フィリーフィリー街01147-558

バールズ=ウ・ハーン様

前略
お久しぶりです。前回の講演はお見事でした。回帰的神学についての解釈は
大分物議を醸したものですが、最近では学会は貴方の提唱した論文に賛同する方向に動いているようです。
さて―――、例の古文書についてのお話ですが。
あの時、レイサーム祭儀の時にお見せしたあの秘術は、実の所正式な意味での魔術ではありません。
いいえ。確かに世界の理から外れているという観点に立てばあれは確かに魔術・魔法の類ではありましょう。
ですが、そう。私も燃素体系は多少齧っておりますが、それによる発火現象とは、どうも根本的に異なるものなのです。
あの時私が使った道具は、猫の国の言葉で【ライター】と言うものです。
ええ、私が十二賢者山脈を探索し、その奥の洞窟で発見した無数のラーカス鉄鋼の碑文と、そこに安置されていた無限に連なるかと思われた書架。
その中から私が狼達の猛威から死に物狂いで逃れ、たった一冊だけ持ち出した書物【ノミト・デルフォス】に記されていたのが、その【ライター】に関する記述だったのです。
堆積岩の一種(バルジ海岸から採取してきました。猫の国ではこの石を【チャート】と呼ぶそうです)をハンマーで弾き、フレウテリス(猫の国では【アルティミシア】といいます)というこちらでは有り触れた多年草を燃料にして燃やすというものですが、これには全く魔術的要素を用いてはいません。
お疑いになるのも解ります。私も半信半疑でしたから。
ですが、ここは一つそういうものだとして話を進めさせていただきたい。
各地で証言される、石と石をかち合わせて炎を出す、だの、木の枝を擦りつけて炎を出すなどというオカルト話を信じたことは私は今まで一度もありませんでした。
当然、人類の原初からして炎とは魔法で出すものですし、燃素によって炎は作り出されるのです。それは子供でも知っている常識です。
そうでなければ、兄弟神である雷神の稲妻によって炎が上がるというだけのことです。
ですが、私は最近、その固定観念を覆そうかという気になってまいりました。
今回使った堆積岩はどうも通常の石とは趣が違うらしく(石に違いなどあるわけがない、という常識的な指摘はここではしないで下さい。そういう仮定なのです。馬鹿馬鹿しいことですが)どうも発火しやすい性質のものであるらしく、フレウテリスにもそういった【成分】が含まれているのだとか。
いえ、正直自分でもこの書物は手に余っているのです。どだいこういった魔学に関する事柄は自分のような若輩者には到底理解できるものではなく、言語研究に費やす時間も惜しいやらで全く原理が理解できない。そこでハーン様に一つご相談をと思い、筆を執った次第です。
手紙と一緒に、私が【ノミト・デルフォス】を訳した写本を同封します。お時間の余った時で良いですので、どうか一読し、ご意見をいただけない物かと―――――、


「ふん、下らん」
「先生? どうかしたんですかぁ?」
「ん、ああ。例の気狂いからの手紙だよ。馬鹿馬鹿しくて読む気にもなれん。猫だの猫語だの、挙句の果てには猫語には種類があるだのという論文を発表してきちんとした単語表と文法まで創作してきた架空言語学の権威だよ」
「それって、凄い人では?」
「才能の無駄遣いだ。お遊びだ。在りもしない獣やら言語やらを研究する意欲と能力があるのなら、もっとちゃんとした学門をだな、全くあの男は」
「先生、この書類の束は?」
「ああ、猫の国とやらの書物の訳だそうだ。いらんから捨てなさい」
「これ貰ってもいいですか? 友達にこういうの好きな娘がいるんですよ」
「ん? 構わないがリーゼ君。いい加減仕事に戻りたまえ」
「あ、はーい。  ふっふーん。ニースフリルちゃん喜ぶかなぁ」

52球神の御子(1):2006/08/04(金) 21:37:58
【始原の民 第四章 球神の御子】
レイシェルは肌を通り過ぎる冷たさに身じろぎをした。
眼を開けると、ぼんやりと視界が開けていく。光源は後方にあるのか、眩しさはあまり感じる事は無い。感覚がやや鈍い。眠りから覚めた直後に特有の気だるさが全身を舐めている。明順応に伴って分解されていく色素と共に、思考も散逸しているようだった。
ゆっくりと身を起こすと、鈍色の床、壁と順に見て、向かって左側にある鉄格子の存在を見つけられた。レイシェルは鉄格子の脇の方で眠っていたようだった。
そう。レイシェル。レイシェル=ドルネスタンルフ・ドーレスタ。
その家名に神の御名を翳す、始原より伝わる人類発祥以前の一族。
神の御子。
それは、幾柱かの神々が戯れに作り出した十人ばかりの【神の似姿】。
当時まだ人類は誕生しておらず、それらは単に神々に似ただけのちっぽけな存在だった。そして、その十人はやがて神々に見捨てられ、大地で細々と子孫を育み今日の日まで生き残ってきた。
やがてそれぞれの子孫は五つの家に分かれた。神々を祀る上げ、各々一柱の神を掲げて仕える、原初にして最も忠実なる神子。
一つは大家リグデェイア―――戦鬼神デーデェイアを祀る家。かつて紀人を輩出し、新しき神デーデェイアをこの世に送り出した大蛸の加護を抱く家。
二つはエリーワァ―――叡智の神ラヴァエヤナを祀る家。知識の番人、永遠の中立を担う家。
三つはアイリヴィ―――金錐神ペレケテンヌルを祀る家。因果の掌握者。魔法の大家。
四つはプルエルヤ―――環淵神ハザーリャを祀る家。生と死を司る闇に生きる家系。
そして最後がドーレスタ。球神ドルネスタンルフを祀る、今はもう途絶えた家。―――そう。たった一人を除いては。
正直、頭が痛かった。昨日一日でエリーワァの姫君に叩き込まれた知識は、これだけでもまだ不充分なくらい雑然とし、それでいて膨大だ。
よくもまあこれだけ混沌とした知識を伝え続けられるものだと思ったものだが、いずれにせよ今はそんなことは問題にならない。
四肢に束縛はついていない。身体は自由に動くし、不調は無い。むしろ体中に熱が行き渡っているようだ。連想するのは蛙かバッタだ。ばねに力を溜めて、一気に解き放つ。
問題は無い。今するべき事は、この危機的状況下からの脱出。いずれ来るであろう死の結末の回避。
ここは敵対勢力の枢軸、プルエルヤの孤城。その地下で、レイシェルは脱走を決意した。

53東亜年代記(4):2006/08/06(日) 00:04:03
やや小型の船が海を進む。船首の先には港がある。
と、港のあちこちの建物から大きく目立つ赤い旗が立っているのが見える。
赤い旗は『急時』を意味する。本来は海賊などの襲撃や津波が近いときなどに立てられる
ものだが、このときはやや事情が違った。
「やっぱり始まっちゃってるんだなぁ〜、戦争。」船長は言った。
「ずいぶん気楽な口ぶりだね。君も陽下(ヨウカ)人だろう?」
「まぁ一応はそうなんだけど、『祖国』って感じはしないなぁ〜
港と海だけがわたしの祖国ですよ。で、このまま進んでいいんですね?
ヘリステラさん。」
「当然だ。」ヘリステラと呼ばれた女はよどみなく答えた。

54Qlairenose fim te Ers(1):2006/08/06(日) 20:50:21
『鼻晒のクレア』
遠く、天を見上げた。 青に埋め尽くされた空間を綿のような雲が流れも速く通り過ぎて行く。風が強い。ともすれば硬く踏みしめている筈の大地から引き剥がされ、舞い上がる塵と共に飛ばされてしまいそうな程に。陽は中天に昇り地上を燦然と照らし、彼女は眩さに僅かに目を細め、顔を顰めた。
白い肌の片側に落ちるのは、高く連なる山脈の様に鋭い鼻梁から生る陰影であり、紫色に濁った瞳孔が僅かに収縮する。歪めた表情が表象するのは、反射的な動作だけではない。
彼女は―――クレアノーズは、焦っていた。
一寸一刻一節の猶予も無い。燦然と輝く陽光の真下、定められた時、整えた場にて彼女はその時を、それが来るのを待っていた。
何を―――?  決まっている。
神だ。

既にして準備は万端だった。結界の中心点を調整するべく姉妹の位置を指定・配置させ、長姉達には金鎖の新神を抑えてもらっている。そして、この結界の中心点でクレアノーズが迎え撃つ。
上方の守護者、結界の天位を守る七つの風の主がいなくなってから既に二つの月が巡っていた。結界の守りは欠け、彼女を始めとする姉妹達に付け入る致命的な穴が出来ている。そう、『彼』が動き出すのには充分なくらいの時間が経っている。
・・・・・・アルセス。
槍を担う神。最悪の少年神が、その目的を果たすには、充分な程に。

55Qlairenose fim te Ers(2):2006/08/06(日) 21:26:34

唐突ではあるが、彼女、クレアノーズは少年神アルセスが死ぬほど嫌いである。

憎い、殺したいと言っていい程に嫌悪を抱いている。何故か、と問われれば答えに窮するのは自分でも解っているが、しかしそれは彼女の自意識がこの世に現れた瞬間に確定した事項であり、彼女自身がどうこうできる問題ではない。
彼女は、キュトスの『憎悪』と『悪意』、そして『嫌悪』をその身に孕む。

例え話をしよう。
ある女が、愛しい恋人と恋をし愛し合い結婚し子供をつくった。穏やかな家庭を築き、幸せな毎日を送っていた。
ある日の事である。泣き喚く赤子を何とか寝かし付けた女は、夫にこう提案した。二人で少し出かけないか、と。まだ結ばれていないあの頃のように、二人きりで何処かへ行きたいと思ったのだ。彼女は初めての育児に戸惑い、疲れていた。自分は頑張っている。そんな自分に、少しくらいの報いがあってもよいだろう、そう思ったのだ。
しかし夫は反対した。行くのなら子供も連れて行くべきだ。子供を放り出していくなど、家族として、親としてあるまじき事だ、と。
その瞬間である。赤子が唐突に泣き出し始め、女はあやす為に必死になる。

そんな時、思うのだ。確かに夫の言い分は正しいかもしれない。しかし、少しくらい自分の事を労わってくれてもいいではないか。
確かに夫は自分が家事と子育てをし、美味しい料理を作ってくれていることに感謝の意を示し、優しく扱ってくれる。しかし、それは時間が経つにつれて形だけのものになっているように思える。
子供は煩く、世話ばかりに追われ家事をするのもままならない。自分の自由になる時間など無いに等しい。どうしてそんなことも分かってくれないのか。子供を大事にするのはいい。けれど、妻は大事ではないのか。
ああ、そもそも最近では気も利かなくなってきたし簡単な家事も手伝ってくれなくなった、仕事で遅くなると言いつつ酒に酔って帰り食事は既に済ませてきたと言う、自分は食事を作って深夜まで待っていたと言うのに全くでもおかしいなそういえばどうして私は彼を好きになったんだろう。
そもそも、あの程度の顔の男を、どうして、どこを愛せたというのだろうか。

・・・これが、キュトスとアルセスに当て嵌まるのかは分からない。しかしこうした事象はほぼ不可避の確度で恋人同士が迎えるものだ。
その時の不満・苛立ち、ふとした悪意が、どうして絶対的に芽吹かないと言えるだろう。
クレアノーズには、キュトスとアルセスの『破綻の芽』が植え付けられている。
つまり。彼女は二人の別離を象徴する、【喪失】性を受け継いだ姉妹である。

56Qlairenose fim te Ers(3):2006/08/06(日) 22:37:40

「クレア姉様88」
投げ掛けられた呼び声で、クレアノーズは思索を遮断した。特徴的な口調の多い姉妹ではあるが、この喋り方をするのは基本的に一人だけだ。
「準備は出来たのかしら、ワレリィ」
「ほぼ完璧です19。皆さんボクの指示どおりの場所で待機していますです55」
やや低めの声で喋る彼女、ワレリィは、クレアノーズの妹の一人にして、彼女たち姉妹の連絡役である。
短い髪に、細い手足。凹凸の少ない身体に、丸みの少ない面差し。少年然としている。そう形容される事が多い彼女は、実際服装を変えれば少年として充分通用しそうであった。
「違うでしょうワレリィ。貴方の指示ではなくて私のよ。私の指示」
「ボクが伝えてるんですから大して違わないじゃないですかぁ75」
頬を膨らませる少女に内心で微笑する。子供じみたその気性は、クレアノーズの嗜虐心をくすぐって、中々気に入る所だった。
「ほら、そんな風に剥れていると頬を針で通してしまうわよ。因みに私の針にはラティの毒が塗ってあるのだけど、あれが体内に入ると心臓の周りの冠状動脈を極度に収縮させて―――そう、あかぁい心臓が血液をきゅうううううっと波打たせながら不規則に鼓動を上げて、その頻度が徐々に、徐々に不安定に、不規則になっていくのよそうして呼吸困難と不整脈、最悪腎不全を引き起こし全身の脱力と胴体の激痛を感じつつ絶望すら許されないまま」
「おねがいクレア姉様ボクが悪かったからもう喋らないで1」
「冗談よ」
本気で懇願する妹が可笑しくて、クレアノーズは本音を掻き消して嘘を言う。彼女にとって嘘とは優しさだ。何故なら彼女の本心とは悪意と害意に満ちているからだ。
「そうだわ。帰ったら貴方に私の本でも書いてもらいましょうか」
「どうしてそうなりますかっ7!」
他愛ない遣り取りを交しつつ、しかしクレアノーズには分かっている。これが妹の、最高の、そして最後になるかもしれない労わりと親愛の情の表れであることを。
最後まで彼女の傍にいて、さりげない―――本人はそのつもりの―――激励を送る。自分に別れを告げに来る。
そんな優しい妹を疎ましく思いながら、自分がまだそんな柔らかい感情を抱ける事に軽い驚きを覚えた。
なにしろこのクレアノーズが『疎ましい』だ。これほど最大級の親愛の気持ちが自分に存在し得るのだろうか?
ああ、けれど。そろそろ、やっと、ようやく時間が来た。
「ワレリィ」
「・・・・・・はい48」
「行くわ。邪魔だから下がっていなさい」
「どうか姉様に・・・・・・、戦鬼神のご武運がありますよう6」
そう言って、クレアノーズにとって最も多く言葉を交した妹はその場から姿を消した。
さて、と彼女は上を見た。これから見えるのは一柱の神。自分では到底敵うべくも無い、絶大なる槍の神。
そう、敵うわけが無い。彼女一人、たったひとりきりで神に勝てる筈が無い。これは負け戦。被害を最小限に、されど敵にも一矢を確実に報いる為の一手。
力ある姉達が外れた紀人を倒しに行っているのは、確実を期す為だ。
敵を分断し、確実に戦力を削ぐ。あちらは各個撃破の好機と見て、結界の中核たるクレアノーズを狙いに来る。彼女さえ瓦解すれば、正式な中核継承の行われていない姉妹間で結界が断絶し、姉妹の中に眠るキュトス本体が目覚め出す。その後で一人ずつ槍で連結していけば、71の断片は不死の神となり復活を遂げるだろう。
そうならない為に。彼女が担う中核を、『未知なる末妹』に継承する。
その為の手段を全員で作り上げた。アルセスの紀性と槍の連結顕現を一時的に奪い、最後の妹へと連結する。アルセスには不可能でも、アーズノエルが最後の妹の存在を感知できている以上、彼女を通して連結する事は理論上可能である。
連結した妹に、クレアノーズが保有する結界中核の顕現を委譲し、自らは連結されないように自害する。出来るなら、アルセスの槍も道連れにして。
『貫き通すもの』たる連結槍ファラクランティアは存在を『連結』する。かの槍があるからこそ、彼は姉妹を無力化し捕獲して、一つに戻す事ができるのだ。仮にその槍を破壊できなかったとしても、結界の中核が誰にも見つけられない最後の姉妹になってしまっては流石のアルセスでもそう簡単に手出しはできない。
つまり、この戦いで彼女は捨石だ。厄介な伴神を倒し、結界の中核を安全な場所に移す為に必要な犠牲。援護は余計だった。この作戦で彼女以外の存在は余計なだけだ。
犠牲は一人で済む。そうして姉妹は維持され、あの忌々しく疎ましく、自分を退屈させない姉妹達は守られる。
クレアノーズには、それで充分だった。
不気味なほどに澄んだ心持ちだった。だが、それでいいとも思う。
空を、見上げる。
そして見た。   空中に、少年が立っていた。


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