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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

678ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 22:42:29 ID:Y.8tkphw0
>>HF/DF氏 ありがとうございます。
携行式爆裂光弾はアメリカのバズーカ砲を参考にしておりますね。
これまでの戦闘で、バズーカ砲に手痛い打撃を受けまくった前線部隊からの強い要望で開発された物になります。

そして、色々と頑張ろうとしているシホールアンル側をよそに、ちらほらと漏れ聞こえる米TFの活動ぶり

しかし、この暑さは早く終わって欲しい物です

679名無し三等陸士@F世界:2023/09/17(日) 19:22:35 ID:hEuzQwi60
更新お疲れ様です
ついにB-36投入ですか。恐ろしや

680ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/17(日) 23:45:50 ID:Y.8tkphw0
>>679氏 ありがとうございます!
シホールアンル本土は既に幾度もB-36の空襲を受けていますね
そして、その他の地域にも徐々にですが、増えていくB-36……
シホールアンル以外の怪しげな国対策にも使われ始めておりますね

681ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/11/20(月) 23:35:57 ID:1mMwwpvE0
ツイッターでも書きましたがこちらでも告知を
もしかしたら11月中にまた更新できそうです。
更新できなかった場合は多忙のためという事で……

682ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:00:29 ID:fEdVvrd.0
お久しぶりです。これよりSSを投下いたします

683ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:01:03 ID:fEdVvrd.0
第294話 竜騎士の矜持

1486年(1946年)2月23日 午後9時 シホールアンル領西岸沖250マイル地点

ウィリアム・ハルゼー大将率いる第3艦隊は、指揮下の第38任務部隊を用いて2月21日夜半からシホールアンル帝国首都近郊並びに、
シギアル港から北にある帝国軍拠点に対して、艦載機を用いた空襲を行っていた。
攻撃目標は、シホールアンル帝国首都圏に含まれるシギアル港と、同地区から北方200マイルに位置する要衝、クガベザム。
クガベザムには、シホールアンル海軍の基地やワイバーン基地などが置かれており、首都圏の主だった航空基地や軍港が壊滅状態に
陥った現在、クガベザムの重要性は飛躍的に増していた。
シホールアンル軍は北海岸より増援と思しき艦艇をクガベザムに集結させており、既に一部の工作艦を含む有力な艦隊がクガベザムを
経由してシギアルに到達し、閉塞艦の除去に当たっていると言われている。
第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将は、偵察機と潜水艦よりもたらされた一連の報告を分析し、敵側がシギアル港の復旧を
本格化させるための前準備を行っていると判断した。
ハルゼー大将はこれらの行動を妨害するため、2月17日に第38任務部隊第1任務群と第3任務群をダッチハーバーより出撃させた。
今回は、第2任務群は艦艇の整備と修理、休養のためにダッチハーバーで待機しているが、第1、第3任務群だけでも正規空母6隻、
軽空母1隻を主力とする大所帯であるため、敵側に相当の被害を与えられるものと期待された。
事実、2月21日夜半に行われたシギアルに対する夜間攻撃では、閉塞艦除去に当たっていた工作艦1隻を大破させ、小型艦2隻を撃沈破し、
シギアル港の地上施設にも損害を与えた。
翌22日の早朝から行われた計3波、戦爆連合400機以上による攻撃では、他の地上施設や、復旧したばかりの航空基地を破壊し、
迎撃機30機以上を撃墜するなど、更なる戦果を上げた。
ハルゼー機動部隊は、被撃墜14機、帰還時の着艦事故や修理不能機8機の損害を受けたが、敵航空部隊の反撃が艦隊に行われなかったため、
損害はそれだけで抑えられた。
その後、北方に移動したハルゼー部隊は、23日夜半にクガベザム攻撃のため、TG38.1所属の空母ヨークタウン、エンタープライズから
夜戦経験を持つベテランのみで選抜したA-1DNスカイレイダー24機を発艦させた。


午後9時、クガベザム攻撃を終えた攻撃隊は、TG38.1に帰投しつつあった。

TG38.1旗艦エンタープライズを中心とした機動部隊は、風上に向けて一斉回頭していく。
エンタープライズ、ヨークタウン、ワスプ、軽空母フェイトを主力とし、周囲を囲む護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦群、早計30隻もの大艦隊が、
一糸乱れぬ動作で回頭を行う様は、この機動部隊の練度が限り無く高い事を如実に表していた。
 エンタープライズ、ヨークタウンの飛行甲板には、夜間着艦用の着艦誘導灯が点灯し始める。
飛行甲板後部左右舷側に設置された鮮やかな色の灯が、どこか幻想的な世界を思い起こさせてしまう。

684ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:01:46 ID:fEdVvrd.0
飛行甲板の左舷後部で涼みに来ていた、エンタープライズ料理班主任のブリック・サムナー一等兵曹は、機銃座の横で待機していた機銃座指揮官の
ウィリー・ティンプル少尉と雑談を交わしながら着艦風景を見つめていた。

「来たぜ、英雄達のお出ましだ」

サムナー一等兵曹はティンプル少尉に肩を叩かれ、艦尾側から爆音をあげて飛来する艦載機を指差した。
真っ暗闇の中から、翼端灯を光らせながら徐々に高度を下げる艦載機が、おぼろげながらも見て取れた。
艦上機パイロットにとって、母艦への夜間着艦は非常に難易度が高い動作だ。
着艦誘導灯があるとはいえ、艦の動揺や風の有無を気にしつつ、機体を慎重に操作しながら母艦へ近付くのだ。
帰還した艦上機……A-1D-Nスカイレイダーは、傍目から見ても難しさを感じさせぬ、鮮やかな動作でエンタープライズの飛行甲板に降り立った。
後部付近に張り巡らされたワイヤーに着艦フックが引っかかり、帰還機に急制動がかかってたちまち停止した。

「上手い!」

サムナー兵曹は感嘆の声を発した。
飛行甲板左右に待機していた甲板要員がスカイレイダーの周囲に素早く群がり、機体に異常がないか確かめていく。
それを素早く終えると、誘導員が身振り手振りでパイロットに指示を伝えつつ、甲板中央の第2エレベーターに手早く誘導していく。
1機目が無事エレベーターに乗せられ、格納甲板に下ろされていくと同時に、2機目のスカイレイダーが飛行甲板に滑り込んできた。
これもまた見事な動きで着艦に成功する。
この他にも、攻撃隊の参加機は次々と帰還していくが、どの機も着艦の動作は危なげが無く、見ていて不安を全く感じさせない物ばかりであった。
ただ、敵地攻撃を行ったとあって、被弾した機体も幾つか見受けられた。
特に、9番目に着艦した機は胴体に複数の被弾の跡が見受けられた他、右主翼の翼端が千切れ、尾翼に握り拳の2倍ほどもある穴を開けられていた。
それでも、そのスカイレイダーは無事に帰還できていた。
着艦作業に見惚れていると、不意に後ろから声をかけられた。

「お、これは珍しいですな。サムナーチーフ」

サムナー兵曹は、その聞き覚えのある声に内心ニヤリとしながら、後ろを振り返った。

「やはりレイノルズ大尉でしたか」

685ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:02:21 ID:fEdVvrd.0
空母エンタープライズ戦闘機中隊の指揮官を務めるリンゲ・レイノルズ大尉は、微笑みながらその通り、と呟き返した。

「エンタープライズの至宝とも言える名料理人が、また珍しい事をしているじゃないか」
「はは。艦内に籠ってばかり居ても仕方ないと思いましてね。冬の夜風に当たって気分をスッキリさせようと思ったら、丁度いいタイミングで
攻撃隊の帰還風景を見る事ができました」

サムナー兵曹は満足気な表情を浮かべながら、リンゲにそう言い返した。

「どうだねチーフ。うちの飛行隊の練度は?」
「何度も見てきましたが、改めて練度が高いと思いますね。今日の夜間攻撃も無難にこなしたのか、損失0で全機帰還してきたと聞いてます」
「俺も話は聞いたが、敵の基地を吹き飛ばして損失0は完勝、と言いたいところだな」

リンゲは幾分匂わせ気味な口調で言う。
サムナーは一瞬怪訝な表情になったが、すぐに11番機が着艦してきた。
スカイレイダーの機首から発せられる大馬力エンジンの轟音が艦上に響き渡る。
その余りの力強さに、轟音は250マイル離れた敵地にすら聞こえているのかもしれないと思わせる程だ。

「ふむ……被弾の跡が目立つな」

リンゲは眉を顰めながら、ポツリと呟く。
騒音にかき消されがちな声音だが、すぐ近場にいたサムナー兵曹は微かに聞き取れた。
甲板要員が機体のあちこちに穿たれた弾痕にしきりに目を向けつつ、飛行甲板中央の第2エレベーターに誘導していく。
そして、最後の12機目が着艦しようとした時、待機していた甲板要員達がざわつき始めた。
リンゲはハッとなって艦尾方向に目をむける。
暗闇の中に朧げながら見えるスカイレイダーのシルエットは、教本通りの理想的な形でエンタープライズに近づきつつあったが、
そのシルエットは、ある部分が大きく欠けていた。

「まずい……脚が出てねえぞ!」

リンゲは、12機目のスカイレイダーが、被弾がもとで着陸装置が故障したのではないかと思った。

686ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:02:59 ID:fEdVvrd.0
甲板要員達の動きが急に慌ただしくなった。
ある甲板要員は飛行甲板中央に緊急用のバリアーを展開する。
別の甲板要員は、帰還機が胴体着陸を試みると、艦尾両舷にいる機銃座付きのクルーに走りながら言い伝えていく。
そのすぐ後に、艦内放送でも着艦事故に備えるようにアナウンスが響いた。
12機目の帰還機はその間にもエンタープライズに接近しつつある。
エンジン部分にも被弾したのか、うっすらと白煙も吐いている帰還機は、それでも手練れを思わせる動作でするすると飛行甲板後部に
滑り込もうとしている。
機体の動きに乱れは無いように思え、脚さえ出ていれば完璧な着艦風景が見れたであろう。
しかし、着陸脚の出ていない状況では、そのような風景が見れることはまず無い。
スカイレイダーは殊更ゆっくりとしたスピードで艦尾を飛び越えた後、急にエンジン音が消えた。

「よし!無事にエンジンを止めた!上手いぞ!」

リンゲは無意識の内に拳を力強く握っていた。
サムナー兵曹も寒風の中、手に汗握りながらその着艦風景を見守る。
その瞬間、耳障りな金属音と共にスカイレイダーが飛行甲板に胴体を接触させた。
12番機は機体を右に傾け、夥しい破片を撒き散らしながら飛行甲板を滑って行くが、艦橋から30メートルほど手前、右舷側に寄り進む形で停止した。
そこは丁度、リンゲとサムナー兵曹の位置から若干通り過ぎた場所であった。

「おい!急げ!機体から火が出てるぞ!」
「パイロットがやられてる!おい担架だ!担架を持って来い!!」

待機していた甲板要員達が急いで機体の周囲に駆け寄っていく。
12番機の損傷はかなり酷く、機体の全体に被弾痕が付き、風防ガラスも大きく破れ、コクピットの中には血飛沫が飛び散っている。
機首から発せられていた白煙は黒煙に代わり、火災炎が見え始めていた。
パイロットが開かれたコクピットから大急ぎで飛び出してきたが、負傷したのか、片腕をだらんと下げ、機体からやや離れた位置で
力尽きたように座り込んでしまう。
そこに担架を持った兵が大急ぎで駆け付け、パイロットを仰向けに乗せて艦内に運び込んでいく。
機体には、複数の甲板要員が消火器を使い、火を消そうと試みている。
幸いにも、機体から発せられた火はすぐに消し止められそうであったが、機体の損傷は傍目から見ても酷く、再度の飛行任務には
耐えられないだろうと思われた。

687ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:03:39 ID:fEdVvrd.0
「パイロットは何とか生きていましたな」
「ああ。あの機体のお陰で助かったんだろう」

サムナーの言葉に対し、リンゲは消火剤まみれになった機体を指差しながら返答する。

「あとは……美味い飯を食ったお陰で、いつもよりも体力が持ったのかもしれない」

リンゲはサムナーを見つめながらそう言い放った。

「今日の夕飯のカレーのお陰かな」
「いやぁ、それは……」

サムナーは別にそんな事は無いと言いたかったが、まんざらでも無い様子であった。

「ところで……君はカレー作りが得意と聞いてるが、あれの作り方は、名も知らぬ教会のシスターから学んだと聞いたが、なぜシスターが
カレーを作ってたんだ?」
「いや……自分もあまり覚えてはいないのですが、とにかく、そのシスターの作られるカレーに強い興味を抱き、いつの間にか意気投合
して伝授して頂いた、と言う訳なのですが。とにかく名前を名乗ってくれませんでした。それに、あのシスター服も、よく考えたら見覚え
のある物ではなかったし……とにかく不思議な感じでした」
「ふむ……俺も不思議に感じてしまうが。だが、あのカレーライスは不思議な味ではないぞ」

リンゲはそう断言する。

「最も、あの見た目だけは今でもいただけんなと思ってしまうが」
「まぁ……匂いも不思議ですが、見た目は完全に大きい方のアレですからね」

サムナーは苦笑しつつ、自分の尻から何かが出る動作を交えながらリンゲに答えた。

「だが、味は最高だ。今じゃ艦ごとにバリエーションが出てきてもっと楽しめるようになってる。カレーライスは、合衆国海軍を
支えるメニューの一つと言っても過言ではないよ」

リンゲはサムナーにそう言いながら、同時に尊敬の念も強く込めていた。

688ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:04:18 ID:fEdVvrd.0
「合衆国海軍勝利の原動力となったカレーを与えたてくれたシスターと、それを広めた君に感謝だ」
「感謝ですか……大統領に食べさせて、好評を貰えたら名誉勲章を貰えますかね?」
「メシを食べさせて名誉勲章は聞いた事が無いぞ。ま、民間に大きく広めれば得をするかもしれんがね」

リンゲはニヤリとしながら、右手の親指と人差し指で丸い輪を作った。

「それはそれで美味しい限りです。もっとも、生き残れればの話ですが……」

サムナーはやや翳りの滲ませる語調でリンゲに返した。
そこに新たな金属音が響き渡ってきた。
リンゲとサムナーは飛行甲板に顔を振り向けた。
多くの甲板要員が着艦した12番機の周囲に群がり、撤去作業を始めていた。
機体の周囲には甲板要員のみならず、格納甲板から上がってきた整備兵も含まれており、手早く機体を艦尾方向に移動しようとしている。
整備に使うジャッキや牽引車等も用いて行われる撤去作業は迅速に行われていき、やがて、擱座したスカイレイダーは艦尾から海に投棄された。

「あぁ……せっかく帰還できたのに」
「あれだけ壊れていりゃ直せやしない。良くて部品取りぐらいだ。それに、飛行甲板をいつまでも塞ぐ訳にはいかないからな」

リンゲは仕方ないとばかりに、両肩を竦めながらサムナーに言う。

「やはり、機体は消耗品、と言う訳ですね」
「まっ……そう言う事だな」


第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、エンタープライズ艦橋の張り出し通路から、損傷機が投棄されるまでの
一部始終を見つめた後、渋々と言った表情のまま艦橋内に戻ってきた。

「これで、また1機失った訳か。とはいえ、ヨークタウンの攻撃機も全機帰還しているのだから、まずは良しとするべきか」
「パイロットも全員生還しておりますから、完勝と言ってもよろしいでしょう」

航空参謀のホレスト・モルン大佐が誇らしげな口調で言うと、ハルゼーはその通りだと付け加えた。

689ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:04:52 ID:fEdVvrd.0
「ただ……損傷機が思いのほか多いのが気になります」
「ん?どうした航空参謀。いきなり沈んだ口調になるとは。被弾した機が航空機が多いのかね」
「はい。攻撃隊指揮官機からは奇襲に成功せりとの報を受けていますが、敵の対空砲火も熾烈を極めたとの報告も上がっております。
今は集計中でありますが、エンタープライズだけでも12機中7機が被弾しており、そのうち1機は修理不能と判断され、既に放棄されております」
「となると……ヨークタウン隊の参加機からも複数の被弾機と使用不能となった機が出てくるかもしれん、と言うわけか。シホット共も
なかなか、楽に仕事をさせてくれんな」

ハルゼーは目を瞑りながら、モルン大佐に返答する。
そこに通信兵が艦橋内に入り、紙をモルン大佐に手渡した。

「長官、ヨークタウンより報告が届きました。攻撃隊に参加した12機中、6機が被弾。うち、2機が損傷大により使用不能との事です」
「ふむ……これで、3機を失った訳か。24機参加して3機損失……奇襲で損耗率10%越えと言う数字は、少なくない数字だが……
なかなか悩ましい物だ」
「スカイレイダー自体も安い機体ではありませんからな」
「高性能機ですらも、当然のように損耗する、か……とはいえ、敵に与えた損害は遥かに大きい筈だ。それに、パイロットが全員生還なら完勝だ。失った機体は、ダッチハーバーに保管している新品で補充してやろう」
「はい。その通りですな」

モルン航空参謀の相槌にハルゼーは無言で顔を頷かせた。

事が起きたのは、それから5分後の事であった。

午後9時35分、艦橋から退出しようとしていたハルゼーのもとに、モルン航空参謀が緊迫した表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

「長官!空母フェイトより緊急信です!」
「何事だ?」

ハルゼーはそう返しながら、モルン大佐が持っていた紙に視線を移し、読めとばかりに手を振った。
ハルゼーの意図を察したモルン大佐は紙に書かれた内容を読んでいく。

「艦隊より北西30マイル付近を哨戒中であった早期警戒機が、艦隊の北西、方位315度方向より接近中の敵らしき編隊をレーダーで
探知したとの緊急信です!」

690ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:05:37 ID:fEdVvrd.0
「敵編隊だと?シホット共はまさか、航空反撃を試みているのか?」
「フェイトより伝えられた第2報では、早期警戒機から多数の未確認反応を探知とありますので、恐らくは……」
「クソ!12月の攻撃で敵の航空戦力を粗方一掃した筈だったんだがな」

ハルゼーは歯噛みしながらモルン大佐に言う。

「早期警戒機からの続報は?」
「今、母艦フェイトが確認中との事ですが……当該機との通信は2分前より途絶えておるようです」
「何だと…?」

ハルゼーは急に強烈な不安感に襲われた。
早期警戒機として活動しているのは、軽空母フェイトに搭載されている4機のTBFアベンジャーのうちの1機である。
正確には、自動車企業のゼネラルモータースによって製造された機体であるため、TBMアベンジャーと呼んだ方が正しいが、それはともかく……
この機体には夜間哨戒も可能なように機上レーダーを搭載しており、高高度の監視は機動部隊各艦に搭載されている艦載レーダーに任せつつ、
低高度はアベンジャー艦攻が見張る事で死界をなるべく減らすようにしていた。

アベンジャーは高度1000メートルから500メートルを上下しつつ哨戒中であったが、本来の目的は単機侵入を図る敵偵察機の発見、捕捉と、
攻撃隊の落伍機が墜落した場合の救助支援であった。
だが、アベンジャーは機上レーダーに見慣れぬ敵編隊を探知したのだ。
当然IFF(敵味方識別装置)の反応は無かった。

「まずったな……夜間戦闘機の交代がまだ用意できていない」

ハルゼーは舌打ちしながら呟くが、そこに凶報が舞い込んで来た。

「長官!母艦フェイトより追信です。当該機は敵に撃墜された模様です」
「全艦対空戦闘用意!敵との距離は艦隊から30マイルを切っているぞ!」

ハルゼーの判断は早かった。
この時、全艦の対空レーダーに敵機の反応が映し出された。

「長官、レーダーに反応です!艦隊より北西、方位315度より接近しつつある飛行物体の反応を探知。現在高度500で尚も上昇中であり、
機数は約20前後。距離27マイル。IFFに反応は無く、敵と判断します!」
「北西か……奴ら、俺達のケツにかじりつこうとしてやがるな」
「長官、TG38.3より夜間戦闘機隊が緊急発進し、我が部隊に向かいつつあるようです」
「今からじゃ間に合わん!F8Fが来る頃には、敵はTG38.1を盛大に叩きまくっている頃だ」

691ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:06:13 ID:fEdVvrd.0
モルン大佐からの報告がもたらされるが、ハルゼーは無駄だとばかりに頭を横に振りながら言葉を返す。

「ここはTG38.1各艦の対空砲で対応するしかない」

ハルゼーは忌々しげに呟いた。
現在、TG38.1の各艦艇は南南東に向かって時速20ノットで南下している。
敵編隊はちょうど、ハルゼー機動部隊の後方から急速に接近している状態だ。

「全艦に通達。各艦、針路070に向けて回頭せよ!回頭時刻は2142!」
「アイ・サー!」

ハルゼーの命令は、即座に各艦へ伝えられた。
命令通達から3分後の午後9時42分には、各艦が一斉回頭を行った。
これで、TG38.1は敵に真横を向ける形で相対する事となった。

「各艦に向けて重ねて通達!上昇中の敵編隊の他に、低空侵入を図る敵編隊が存在する可能性、極めて大なり。各艦、低空侵入への警戒も厳にせよ!」

更なる命令が伝えられ、TG38.1各艦の5インチ両用砲や40ミリ機銃座、20ミリ機銃座に砲弾や機銃弾が矢継ぎ早に装填されていく。
レーダー員は敵編隊の位置情報を、刻々と伝えていき、それは砲術長を始めとした砲術科指揮官や、砲員らに伝わっていく。
程無くして、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊が発砲を開始した。
狙われたのは、高度を上げて輪形陣の突破を図る20機前後の敵編隊だ。
5インチ砲の連続射撃が加えられ、敵編隊の周囲に砲弾が次々と炸裂していく。

「長官!CICへ移動しましょう!」

ハルゼーの側にいたカーニー参謀長が切迫した表情で言ってきた。
敵の狙いは空母……エンタープライズを初めとする正規空母群である事に間違いはない。
もし敵弾が脆弱な艦橋部分に命中すれば、戦死は確実だ。
ハルゼーはカーニーの提案を拒否しようとした。
だが、彼はこの時、異様な不安感に見舞われていた。
その不安感が、カーニーの提案を受け入れさせた。

「……そうだな。後は、艦長に任せるとしよう」

ハルゼーは頷きながら言うと、長官席から立ち上がり、CICへ向かい始めた。

692ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:06:52 ID:fEdVvrd.0
そこに新たな一報が飛び込んできた。

「駆逐艦群より通信!低高度より侵入する新たな敵編隊を探知!機数約30前後、ワイバーンと認む!」
「ほう……案の定、戦力を二手に分けていやがったか」

ハルゼーはそう呟きつつ、内心で敵もやり手かもしれんと思っていた。
エンタープライズも対空射撃を開始したのだろう、艦内に5インチ砲発射の砲声がけたたましく鳴り響き、その振動に巨体をしきりに揺らし始めた。
輪形陣左舷側には、空母エンタープライズにワスプ、左舷側前方には戦艦アイオワ、左舷側側面に重巡洋艦クインシー、軽巡洋艦アトランタ、
ブルックリンが守りを固めている。
その更に外側を守るのは10隻の駆逐艦だ。
これらの艦艇には、昨年12月のシギアル港空襲で敵弾を受けて損傷した艦もあったが、その後ダッチハーバーで修理を受けていた。
敵編隊は、機動部隊各艦から最大火力を受けながら進撃する事になるため、空母群に辿り着くまでに大幅に戦力を削られる筈である。
百戦錬磨の各艦に任せれば安心な筈であったが、ハルゼーは未だに強い不安を感じ続けていた。

(なんだこの胸騒ぎは……敵の数はそこそこでしかない筈なのに……)

彼は不安のあまり、胸の辺りをしきりに撫で回してしまう。

「TG38.3司令部より夜間戦闘機12機が急行中。現在は距離20マイル付近まで接近しております」
「夜間戦闘機……いつもながら少ない機数だが」

ある程度はやれる筈、と心中で思ったが、その直後、彼は直感的に命令を下した。

「航空参謀!夜間戦闘機隊に引き返せと伝えろ!」
「引き返せですと!?長官、迎撃に間に合わずとも、攻撃後に落とせば敵の戦力を」
「それぐらい言われんでも分かっとる!だが、今回は妙に嫌な予感がする……」
「長官……?」

モルン航空参謀は不安な面持ちで、ハルゼーの緊迫した表情を見つめ続ける。

「何度も言わせるな。引き返させろ!」
「あ、アイ・サー!」

ハルゼーの命令はすぐさまTG38.3司令部に伝えられた。
ハルゼーら一行がCICに到達した時には、駆逐艦群は機銃射撃も用いた激しい対空戦闘を繰り広げていた。
この時になって、第3艦隊魔道参謀を務めるラウス・クレーゲル少佐がCICに飛び込んで来た。

693ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:07:28 ID:fEdVvrd.0
「提督!ここにいましたか」
「ラウスか。まずいタイミングで敵が反撃してきやがった。連中、予備の航空戦力を使い果たして引き篭もるだけと思っていたが」
「敵は反撃戦力を繰り出してきましたね。それに、敵から強い魔力を感じます。今までにないエグい性格の魔力です」
「エグい性格の魔力だと?何だそれは」

ハルゼーが怪訝な表情を浮かべて聞くが、ラウスは首を横にふる。

「正確にはわかりません。ただ……敵から伝わる魔力量が多いのは確かです」

ラウスは緊張した声音で答える。
いつもはのんびりしている彼にしては珍しかった。

「低空侵入のワイバーン群が駆逐艦の防衛ラインを突破!撃墜せる敵は4騎!」

CIC内に戦況報告が伝わるが、ハルゼーは撃墜したワイバーンの少なさに一瞬首を傾げた。
「4騎だと?7、8騎は落とせる筈だぞ」
「敵ワイバーン群は急激な機動を行うのみならず、姿を分裂させながら対空砲火の突破を図ったとの報告が入っております!」
「何だそれは!?」

ハルゼーは一瞬戸惑ってしまった。
急激な機動を行うと言うのは分かる。
ワイバーンは航空機に対して圧倒的な機動力を有しているため、爆弾や魚雷を搭載した時でもそこそこ良い動きを見せることがある。
ただ、姿が分裂したという点では理解が追いつかなかった。
だが、その疑問も、隣のラウスが瞬時に解いてしまった。

「あいつら……幻影魔法を使ってやがるな」
「幻影魔法だと?ラウス、それは一体……」
「簡単な話です。奴ら、対空防御用の防御魔法と一緒に幻影魔法の亜種を発動させているんです。それで機銃座の照準を狂わせているんです!」

694ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:08:14 ID:fEdVvrd.0
戦艦アイオワの左舷側では、今しも駆逐艦群の防衛ラインを突破してきた20機前後のワイバーンを迎え撃とうとしていた。

「先に低空侵入の敵編隊が突っ込んできたか!」

アイオワの左舷側40ミリ機銃座の一つを指揮するベドリオ・リクトリス兵曹長はそう叫びつつ、ヘルメットに組み込まれたヘッドフォンから
指示を受け取る。

「機銃座目標、低空の敵ワイバーン群!両用砲は引き続き中高度の敵を狙え!」
「機銃座目標、低空侵入のワイバーン群!撃ち方始めぇ!」

リクトリス兵曹長が大音声でそう命じた直後、ボフォース40ミリ4連装機銃が太く、長い銃身から轟音と共に火を噴き始めた。
戦艦アイオワの左舷側には5インチ連装両用砲5基10門、40ミリ4連装機銃10基40丁、20ミリ単装機銃34丁が装備されている。
そのうち、5インチ砲は中高度より接近しつつある敵の対応に当てられ、残った大小74丁の機銃が低空侵入の敵ワイバーン群に向けられる。
現在、敵ワイバーン群との距離は、射撃管制レーダーの情報をもとにした結果、2500メートルほど離れているため、ひとまずは40ミリ機銃が
先に射撃を開始する形となった。
敵が2000メートルを切れば20ミリ機銃も加わって、圧倒的な対空弾幕を形成して侵入する敵の撃墜、または撃退に務める事になる。
40ミリ弾は、口径的にはもはや、戦前の戦車砲弾と同じ大口径弾であるため、1発でも当たれば、いくら頑丈なワイバーンと言えど撃墜されてしまう。
輪形陣外輪部の駆逐艦群も、1隻辺りの装備数は少ないとはいえ、同じ20ミリ機銃や40ミリ機銃を有しており、全力で対空射撃を行ったはずだ。
だが、駆逐艦群を突破してきた敵ワイバーン群は、予想よりも多い数で高度100メートル以下の低空で急速に接近しつつあった。
その敵機群に、巡洋艦、戦艦の対空射撃が襲いかかった。
戦艦アイオワに狙われた5,6騎ほどのワイバーンに多量の40ミリ弾が注がれ、距離が2000を切ると20ミリ機銃も全力射撃を行う。
多数の曳光弾がワイバーン編隊を覆い尽くしていく。
誰もが敵ワイバーン群はばたばたと叩き落とされるであろうと確信していたが……

「敵1騎撃墜!」
「敵ワイバーンに防御バリアの反応!」
「敵1騎被弾するも、尚も飛行続行!」

予想に反して、敵撃墜のペースがこれまでと比べて異常に遅い。
敵との距離は既に1300メートルに迫っていたが、アイオワが撃墜できたワイバーンは僅か2機に留まっていた。

「おかしい……敵ワイバーンの数が思ったよりも減らんぞ!弾が当たっている筈なのに!?」

リクトリス兵曹長は現状が理解し難かった。
そこに高角砲弾炸裂の閃光が一瞬ながら海面を照らし出す。

695ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:08:55 ID:fEdVvrd.0
これまでも砲弾炸裂の閃光は断続的に海面を照らしていたのだが、そこに映るワイバーンの姿は不明瞭であったため、そこで何が起きているのか
分からなかった。
だが、距離が近づいた今、彼は敵ワイバーンの姿に度肝を抜かれてしまった。

「な……分裂しやがったぞ!」

閃光に照らし出されたワイバーンの姿は、4、5騎から10騎程に増えていた。
しかも今までに見た事の無い激しい機動を見せていた。
砲弾の閃光でワイバーンの姿が明滅するが、目にするワイバーンはその度に位置を変えているように見え、機銃員座の射手に幻惑させていた。

「チーフ!敵が分裂して狙いが定りません!」
「構わん!撃って撃って撃ちまくれ!弾幕の中に包み込めばいずれぶち落とせるぞ!」

混乱する部下に対し、リクトリスはけしかけるように指示を飛ばし続けた。
4発ずつの重いクリップを担いだ水兵が、装填手である銃座の同僚に40ミリ弾を手渡し、装填手は40ミリ機銃の装填口に食い込ませていく。
太い銃身は休む事なく火を噴き、図太い曳光弾が奇怪な動きをしながら接近するワイバーンに向かっていく。
ワイバーンの高度は100メートルから20メートル前後の超低空にまで下がっており、海面は外れた40ミリ弾や20ミリ弾の着弾で激しく沸き立った。

敵編隊の狙いは輪形陣中央の空母ではなく、アイオワ自身であった。
敵ワイバーンは、時折防御魔法発動の閃光を発しつつ、その姿を右や左と、盛んに分裂を繰り返しながら距離を詰めつつある。
それに対してアイオワは尚も、機銃弾の全力射撃で応えるが、思ったほど成果が上がり難い。
ここで、ようやく敵ワイバーン1騎に40ミリ弾が命中した。
敵ワイバーンは防御魔法発動の閃光を発した直後に、40ミリ弾の集中射が命中し、瞬時に砕け散った。
前世界のスウェーデンが作り上げた傑作機関銃は、姑息な動きを見せる敵ワイバーンに対しても容赦無く、その威力を発揮した瞬間であった。
唐突に、敵ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂した。
リクトリスは知らなかったが、アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐が一部の両用砲に命令変更を伝え、苦戦する機銃群を支援したのだ。
計4つの砲弾は、分裂を繰り返すワイバーン群を覆い隠すように炸裂した。
VT信管付きの5インチ砲弾が敵ワイバーンの反応を探知し、効果を発揮した瞬間である。

「やったか!?」

リクトリスは、一瞬、姿が見えなくなったワイバーン群が全滅したと思った。
だが、その煙を突き破ってワイバーン群が姿を表した。

696ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:10:06 ID:fEdVvrd.0
「くそ!しぶとい奴らだ!!」

彼は罵声を放ったが、この時、分裂していたワイバーンの姿は明らかに目減りしていた。
計4機程に減ったワイバーンに機銃弾が注がれる。
20ミリ弾を受けた1騎のワイバーンは、魔法防御の効果が切れたのか、一連射を受けただけであっさりと叩き落とされた。
どうやら、両用砲弾の炸裂は切れかけていた敵ワイバーンの魔法防御を根こそぎにしたようだ。
これなら行ける!と思った矢先……敵ワイバーン群は両翼から次々と何かを発射した。

「爆裂光弾だ!来るぞ!!」

リクトリスはそう叫びながら、機銃座の狙いを爆裂光弾に向けさせる。
シホールアンル軍の保有する対艦爆裂光弾は、生命反応探知式の誘導弾である。
距離600メートルを切った場所から放たれた爆裂光弾は、乗員の生命反応を捉え、急速にアイオワに迫ってきたが、アイオワも負けじと
ばかりに機銃座のみならず、両用砲までもが狙いを変更して迎撃当たった。
高角砲弾の炸裂で1発が400メートルの距離で爆発する。
20ミリ弾、40ミリ弾に捉えられた1発は350メートルまで迫った所で撃墜され、別の2発が200メートルと150メートル先で爆発した。
残った2発がアイオワの左舷側中央甲板と左舷側後部主砲に命中し、ド派手に爆炎を吹き上げた。

「アイオワに爆裂光弾が命中!火災発生の模様!」
「アトランタに爆弾命中!死傷者あり!」
「ブルックリンに爆弾3発落下するもいずれも至近弾!若干の浸水が発生!」
「クインシー、敵弾を全て回避した模様!」

エンタープライズのCICに報告が次々に舞い込んできた。

「先行した低空侵入組は巡洋艦、戦艦を叩きました。対空砲火網に穴を開けようとしたようです」

隣のカーニー参謀長がハルゼーに言う。
ハルゼーは無言のまま頷いた。
戦闘は未だに続いている。

697ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:10:39 ID:fEdVvrd.0
TG38.1には、高度1000付近まで上昇した敵ワイバーン編隊と、2分前から新たに探知された別のワイバーン編隊が北方向から接近しつつある。
この新たな敵編隊は、輪形陣の右斜側から迫っており、その進路には僚艦ヨークタウンが航行している。
現在、艦隊は時速30ノットで航行中であり、北方向の敵編隊に自ら接近する形となっている。
北方向から接近中の敵に対しては、既に戦艦ニュージャージーを始めとする護衛艦群が対空射撃を開始した。
TG38.1は2方向から敵の攻撃を受けつつあった。

「俺達はシホット共を侮っていたな……」

ハルゼーは小声で後悔の念を吐き出したが、それはエンタープライズの発する砲声で掻き消された。
エンタープライズの目標は、1000メートル前後の高度に上昇し、急速に接近しつつあるワイバーン群だ。
敵の数は、対空射撃で減り続けているようだが、それでも20騎ほどは残っている。
低空侵入の敵騎群と比べると、撃墜率は上のようだが、それでも数は多い。

「対空砲火の撃墜率がいまいちだ。さては、敵のワイバーンは防御力を強化した新型かもしれんぞ」

彼は内心そう確信する。
この時、艦内に伝わる発砲音に新たな音が加わった。
40ミリ機銃が一斉に射撃を開始した音だった。

低空侵入の敵編隊が撤退するや、各艦の主目標はやや高い高度を飛行する敵ワイバーン群に移った。
両用砲のみならず、40ミリ機銃、20ミリ機銃を含めた弾幕がワイバーン群を覆っていく。
だが、その時には、敵は高度を下げながら目標に向かい始めていた。
敵ワイバーンは輪形陣中央に位置する正規空母……エンタープライズとワスプに突撃を敢行。
緩降下爆撃の要領で急速に距離を詰めていく。
低空侵入のワイバーン群と同様、このワイバーンもまた、しきりに姿を分裂させ始める。
ラウスの懸念していた通り、幻影魔法を用いながら突進するワイバーン群は、機銃員の照準を狂わせてしまった。
だが、この時は先ほどと違って幾分勝手が違っていた。
敵がここぞとばかりに仕掛けて来た分裂幻影魔法は、圧倒的な対空弾幕の前には効果が限定的であった。
特に両用砲の放つVT信管付きの高角砲弾は、幻には惑わされなかった。

「敵騎2騎撃墜!続けて3騎撃墜!!」

CICに敵撃墜の報告が次第に多く上がり始めた。

698ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:11:23 ID:fEdVvrd.0
「よし!いい調子だぞ!」

ハルゼーは先程とは打って変わった対空砲陣の快調ぶりに喝采を叫んだ。
護衛艦群の対空射撃はいつもながら凄まじかった。
特に軽巡アトランタは、防空軽巡としての役割を果たさんとばかりに所狭しと並べられた5インチ連装砲と40ミリ、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
先の被弾で左舷側の20ミリ機銃座3機を破壊され、乗員に戦死傷者が出ているが、逆に手傷を負って怒り狂った猛獣を思わせるかのような、
凄まじいばかりの対空射撃を展開していた。
しかし、敵のスピードは思った以上に早く、エンタープライズが更に1機を撃墜した所で凶報が飛び込んできた。

「敵騎爆弾投下!」

敵ワイバーンがエンタープライズから高度100メートル、距離600に迫った所で爆弾を投下したのだ。
左舷側から緩降下する形で突進した敵ワイバーンは、対空砲火の弾幕を紙一重で交わしながら急速に離脱していく。
唐突にエンタープライズが、左舷側に急回頭し始めた。
いつの間にか、艦長が回頭を命じていたのだろう。

(頼む!かわしてくれよ!!)

ハルゼーは祈るようにそう思いつつ、歯噛みしながらその場で踏ん張った。
強烈な轟音と共に、右舷側から突き上げるかのような強い振動が伝わった。

「よし!最初は上手くかわしたな」

ハルゼーはその振動から、敵弾はエンタープライズの右舷側海面に至近弾として落下したとわかった。
続いて2度目の衝撃が左舷側後部付近から伝わる。
この振動も至近弾だ。
この時、エンタープライズの右舷側と左舷側には、敵の爆弾が海面に突き刺さり、爆発を起こした事で高々と水柱が上がっていた。
更に3発目が右舷艦首側海面に落下し、これまた天を着かんばかりの水柱が吹き上がった。
エンタープライズの左舷側を航行する重巡洋艦クインシー艦上からは、高々と吹き上がる水柱を急速回頭する旗艦の姿がまじまじと見て取れた。
エンタープライズの動きに合わせて、クインシー、アトランタ、ブルックリンが対空射撃を行いつつ、左舷側に急回頭していく。

「敵弾回避中!今の所命中弾なし!」

エンタープライズ艦内では、スピーカー越しに艦長から敵弾回避中の報せが伝わる。
敵の攻撃がまだ収まっていないにもかかわらず、各部署で奮闘する乗員を勇気づけようとしたのだろう。

(そうだ!栄光のビッグEにシホット共の爆弾なんぞが当たるか!)

699ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:12:18 ID:fEdVvrd.0
ハルゼーは心中でそう叫びながら、獰猛な笑みを浮かべた。
だが、不本意な報せは意外な所から届いた。

「見張より報告!ヨークタウンに爆弾命中!!」
「何!?ヨークタウンがやられただと!?

ハルゼーは思わず声をあげてしまった。

(そう言えば、輪形陣の斜右からも新手の敵編隊が接近中だった。まさか、そいつらが)

彼の思考は唐突に停止させられた。
いきなり、エンタープライズに強烈な炸裂音と共に強い衝撃が伝わった。
ハルゼーはこの瞬間、エンタープライズにも爆弾が命中したと確信した。
あまりにも強い衝撃にCIC内の照明があちこちで明滅し、中には何かが割れた音やクルーの悲鳴なども響いてきた。

(こっちもやられちまったか…!)

ハルゼーは舌打ちしながら心中で呟く。
その直後、更なる衝撃が艦全体を揺さぶった。
今やエセックス級、リプライザル級に比べてサイズが小さいとはいえ、基準排水量は2万トン近いエンタープライズの巨体が頼りなさを
感じさせる程の、強烈な揺れであった。

「くそったれ!シホット共が!!」

ハルゼーは罵声を放ちながら、揺れが収まるのを待った。
エンタープライズの揺れが収まると同時に、CIC内に報告が飛び込んできた。

「飛行甲板前部と後部付近に被弾!火災発生ー!」

艦内には警報音がけたたましく鳴り響く。
衛生兵を呼ぶ声や、故障した機器の復旧に臨もうとする者の声が、未だに続く対空射撃の音と共に響いてくる。

700ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:13:14 ID:fEdVvrd.0
エンタープライズは、爆弾2発を被弾していた。
1発は飛行甲板前部付近であり、前部第1エレベーターから10メートル程離れた場所に着弾していた。
2発目は後部付近に命中し、中央部第2エレベーターと後部第3エレベーターのほぼ真ん中付近に穴を開けていた。
爆発によって格納甲板の艦載機が損害を受け、艦内にあった少なからぬ数の艦載機が炎上、または損傷を受けていた。
被弾箇所には、早くもダメージコントロールチームが駆け付け、依然激しい対空戦闘が展開されているにも関わらず、火災発生箇所の消火にあたった。
敵側は2発爆弾を浴びせただけに止まらず、更に2騎が激しい対空砲火を潜り抜けて爆弾を放ってきた。
だが、この2騎の爆弾は、それぞれエンタープライズの右舷側と左舷側に着弾して、虚しく水柱を噴き上げるだけに止まった。

どれほどの時間が経過したかわからなかったが、外から聞こえる射撃音は完全に鳴り止んでいた。

「長官、我が艦隊の被害報告ですが……エンタープライズは爆弾2発を受け飛行甲板を損傷し、発着艦不能に陥りました。また、ヨークタウンも
爆弾1発を被弾し、こちらも発着不能です」
「エンタープライズはまだしも、ヨークタウンは1発で発着不能とは。当り所が悪かったのか?」

ハルゼーは、被害報告を伝えるカーニー参謀長に質問を投げかける。

「はい。ヨークタウン艦長からは、敵弾は第2エレベーターを避ける形で着弾するも、着弾位置はエレベーターから5メートル程しか離れて
いないため、爆発の影響を受けてエレベーターがやや下降した状態で故障し、昇降が出来ない状況にあるとの事です」
「くそ!シホット共も上手い事やりやがる……!」

ハルゼーは悔しさの余り、側にある小物入れを蹴飛ばそうとしたが、寸手の所で感情を抑え込んだ。

「他に被害を受けた艦は?」
「戦艦アイオワと軽巡アトランタに敵弾が命中し、アイオワは40ミリ機銃座を、アトランタは20ミリ機銃座を破壊され、死傷者が出ましたが、
艦自体の損害は軽微との事です。それから、重巡クインシーと軽巡ブルックリンは至近弾のみ。空母ワスプにも敵騎が襲いかかりましたが、
ワスプは敵の爆弾を全弾回避に成功し、至近弾による軽度な浸水のみに被害を抑えれました」
「そうか……ワスプは上手くやってのけたか」

終始しかめっ面のハルゼーだったが、ここでようやく頬を緩ませた。

「軽空母フェイトには敵は見向きもしませんでしたが、フェイトはワスプに援護射撃を行って敵の撃退に貢献したようです」
「うむ。実に素晴らしい働きだ。だが……」

701ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:13:48 ID:fEdVvrd.0
ハルゼーはそこまで言ってから、肩を落とした。

「主力空母2隻が艦載機の発着不能に陥れられると、今後の作戦が非常にしんどくなるな」
「それ以上に、敵側が我が機動部隊に対して、反撃できるまでに航空戦力を回復できた現状を重く認識しなければなりません。つい先日までは、
敵は防御戦闘のみしか行えず、我が方のみが、今後も一方的に攻撃を行えると思った矢先の出来事です」

モルン航空参謀の一言が、戦闘後のCIC内に重く響き渡る。

「もしかしたら、シホット共は思わぬ所に予備戦力を蓄えていたのかも知れんな。ただ、それをどうやって持って来たのかが、非常に気になる
所だが……」
「提督、問題は他にもあります」

それまで黙って話を聞いていたラウスが口を開く。

「シホールアンル軍は今までにない戦法……恐らくは、幻影魔法を応用した戦術魔法を用いて攻撃を仕掛けてます。報告を見ると、各艦の機銃手は
敵ワイバーンが分裂しながら突っ込んで来たとありますね。姿形を惑わしながら攻撃する手は昔からありましたが、こう言った戦法は術者の負担も
大きくなるため、次第に廃れていきました。ですが、敵はその廃れた筈の魔法を駆使して攻撃を仕掛けてきた……もしかしたら、敵はこれから、
こういった戦法を主にして、更なる反撃を企てる可能性があります」
「この新戦法の対策は、早急に立てたほうが良さそうだ。まずは機銃員のみならず、レーダー員からもその時の様子を聞き取らねばならん」
「射撃管制レーダーにどう映っていたのかが気になりますな」

ハルゼーの言葉に、カーニー参謀長も気がかりな点を付け加えた。

「それにしても……シホットも嫌な手を思い付いて来やがる」

彼は忌々しげに呟いた後、無言のまま、CICをひとしきり眺め回した。


午後9時45分 TG38.3旗艦エセックス

第38任務部隊第3任務群司令官であるドナルド・ダンカン少将は、艦橋内で本隊の状況報告を受け取っていた。

「エンタープライズ、ヨークタウンが被弾し、現時点で発着不能。戦艦アイオワ、軽巡アトランタも被弾損傷か……とはいえ、艦隊司令部は
ハルゼー長官を始めとして、全員無事なのは不幸中の幸いだ」

ダンカン少将はそう言いつつも、内心複雑であった。

702ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:14:23 ID:fEdVvrd.0
現在、TG38.3は、正規空母エセックス、イントレピッドの他に、昨年12月に大破して戦線離脱したボクサーの代わりに、TG38.2から
正規空母ベニントンを譲り受けて、元の空母3隻態勢で任務に従事している。
TG38.3は本隊の南側40マイル付近を航行していたため、敵に発見される事なく難を逃れたのだが、本隊が敵の攻撃を一身に受ける形と
なった現状に、ダンカン少将は心苦しさを感じていた。

「ハルゼー長官の判断は、今後、如何なる物になるでしょうか」
「さて、それは俺にはわからん。まだ、ビッグEに乗る長官から指示が無いからね」

航空参謀の質問に、ダンカンは肩をすくめながら応えた。

「恐らく、私の部隊に敵地を攻撃せよと言うかもしれんが……さて、どう出るかな」
「そう言えば、本隊の上空には、未だに敵騎が少数飛んでおる様です。我が部隊のレーダーが、高度2000付近で飛行する敵ワイバーンを追跡中です」
「戦果確認かもしれんな。夜戦では戦果の確認が困難だ。念入りに調べて報告しとるんだろう」
「我が部隊の夜間戦闘機隊が現場に到着していれば、好き勝手させなかった物ですが……どうしてハルゼー長官は引き返せと命じたのでしょうか」
「その点も、俺には分かりかねるが……」
ダンカンと航空参謀は、共に納得し難いとばかりに喉を唸らせた。

それから3分後、TG38.3は本隊から命令を受け取った。

「司令、本隊から早期警戒機を収容後、全艦、速やかに針路080に変針せよとの命令です」
「080……ダッチハーバーに引き返すのか」

ダンカンは内心おかしいと思った。
エンタープライズとヨークタウンが損傷したとはいえ、被弾数を見れば応急修理で復帰できる可能性は十二分にある。
両艦のダメコン班の練度は限り無く高く、半日もあれば飛行甲板を修理して再び攻撃に参加できるだろう。

「当たり所が悪かったのかも知れません。例えば、エレベーターを破壊されたとか」
「ふむ……それなら、母港に戻って工作艦の手助けを受ける必要があるな。エレベーターもやられたとなると、ダメコン班の手に余るからな」

ダンカンはそれで納得しかけたが、もう一つ気掛かりな点があった。

「TG38.1はそれで良いとしても、TG38.3はまだ無傷だ。我々も本隊に続こうとするのは如何な物かと思うが……」
「確かに……ですが、敵側は予想外の戦法を駆使して、本隊を攻撃したとの情報も入っています。幻影魔法という物がどういう物なのか……
まだこの目で見ていないため、何とも言えませんが、少なくとも……飛行甲板の爆弾を叩き込めたという事実は、重く受け止めるべきかも
知れません」

703ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:15:04 ID:fEdVvrd.0
「となると……敵側は同じような部隊をあと1つか2つ用意し、こちらに向けて飛ばしている可能性もあるという訳か……」

ダンカンはそう呟いた後、すぐさまTG38.3指揮下の各艦に先の命令を伝えた。

午後11時45分 クガベザム北10マイル地点

「くそったれぇ!馬鹿みたいに落とされまくってるじゃねえか!!」

クガベザム北方10マイルの森の中に、臨時に建設された簡易飛行場の指揮所で、あらん限りの大音声で罵声が放たれた。
シホールアンル陸軍第921空中騎士隊の指揮官を務めるルフェイヴィ・グヴォン大佐は、味方騎の喪失が予想を遥かに超えてしまった事に
激怒していた。

「事前の予想では、幻影魔法を使用すれば、敵を幻惑して対空砲の命中率が大幅に下がるから、被撃墜騎は10騎前後に収まるとあの魔導士は
言ってたぞ!それなのに、実際には出撃した87騎中30騎も失いやがった!」
「生き残ったワイバーンも大なり小なり手傷を負っています。85年型ワイバーンを更に改良してより頑丈にした優良種なんですが……」

グヴォン大佐は部下の第3中隊長の言葉を聞くと、露骨に失望の色を見せた。

「敵の迎撃があそこまで激しいとは想像できなかったぜ……一応、上から提供された情報は全て見て、予想した筈だったんだが」
「生ける伝説と呼ばれ、ワイバーン乗りの憧れとも言われた大佐殿から、その様な言葉を聞かされるとは」

第3中隊長は心底驚いていた。

「馬鹿野郎!俺は確かに腕は全竜騎士の中で一番で、天才だと自負している。だがな……あんな地獄を見せられたとなると……俺も揺らいじまうし、
久しぶりに恐怖を感じている。あんな地獄が前からずっと続いているんなら、そりゃ、ワイバーンも竜騎士も大量に死んじまう訳だ」

グヴォン大佐は腹立ち紛れに被っていた飛行眼鏡を勢い良く脱ぎ捨てた。

ルフェイヴィ・グヴォン大佐は、シホールアンル軍竜騎士の中では知らぬ者は居らず、対米戦前までシホールアンル陸軍ワイバーン隊の
名指揮官として名を馳せていた。
年齢は今年で42歳とそこそこ若く、顔立ちはやや細いながらも、峻険さを感じさせる容貌は見る人を震え上がらせる程だ。

20歳でウェルバンル軍魔導士官学校を卒業したグヴォンは、その直後に第1希望であったワイバーン部隊に配属された後、めきめきと頭角を
現し始めた。

704ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:15:51 ID:fEdVvrd.0
初の実戦となったレスタン戦線では、レスタン軍のワイバーン部隊相手に圧倒的な勝利を収め、続く北大陸統一戦争でも名指揮官として活躍した。
対米戦が始まる直前の1481年9月になると、後方特別指導要員に任命され、後方でワイバーン部隊の育成にあたった。
グヴォンの才能は後進の育成においても遺憾無く発揮され、多くの竜騎士達が彼の教えを受け、戦場に赴いて行った。
そんなグヴォンは、教育者であり続けるだけの人物ではなかった。
気性は激しいと言われる時もあれば、人格者とも言われる時もあり、冷血漢と言われる時もある等……人によって彼の性格は様々だったが、
最後は誰もが一致した言葉を放っていた。

「グヴォンこそ、世界一のワイバーン乗りである」
と……

そして、グヴォンもまた、シホールアンル帝国軍ワイバーン部隊は世界一と、常に公言していた。
だが……対米戦が始まると、精強無比たる帝国軍ワイバーン部隊は、次々と敗走を重ね続けた。
グヴォンの教え子達も、多くが命を落として行った。
彼は願っていた…
教え子達の仇討ちを……そして、教え子達が体験していた、その戦場の現実を自らに肌で感じ取る事を……

そして、後方で燻り、未だに前線に出してもらえない1500名の後方特別指導要員達に、良き働き場所に趣いてもらう為にも、今回の戦闘は
非常に重要な物になる筈だった。
ワイバーンも、敵の空襲前に養成所から出荷できた最新鋭の85年型ワイバーン改……世が世なら、86年型汎用ワイバーンとして採用された
世界最強のワイバーンを譲り受け、1486年1月始めの部隊編成以来、猛訓練を続けて練度を限りなく上げ、満を持して挑んだ戦いだったが……

「期待した分、結果がとんでもなく悪すぎる……一体、アメリカ機動部隊の対空防御はどうなってやがる!」

グヴォン大佐は、あまりの惨さに愕然としていた。

「ですが、空母2隻は大破炎上し、その後、敵機動部隊は撤退したと戦果確認のワイバーンより報告が入っています。空母の他にも、戦艦2隻、
巡洋艦3隻を撃破したとも言われています」
「戦果報告についてはあまり当てにできんぜ。夜間の戦闘では戦果報告も過大になりやすい。ただ、敵が東に引き返したという情報を見る限り、
相当数の打撃は与えたと言ってもいいかもしれん……が」

グヴォン大佐は第3中隊長の目をまじまじと見つめた。

705ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:16:31 ID:fEdVvrd.0
「第2中隊長と第4中隊長も含めて、損失30騎は多すぎる!視界の無い夜間でこんだけやられたんだぜ……アメリカ人共は暗視魔法の名手を
雇って迎撃戦闘を指揮させたと思えるほどだ」
「報告書にあった、レーダー……という名の魔法でしょうか」
「そう!そのレーダーとやらが、視界不良の夜間でもあれだけ戦える様にしているんだろう。そうに違いない」
「アメリカ人共は軍艦一隻に、どれだけの魔導士を載せているんでしょうか……」
「それは分からんが、とにかく、この状態じゃあ夜間攻撃を行っても大戦果を挙げるのは難しいな……全く、反則だぜ」

グヴォンは、初めて体験する米機動部隊の対空迎撃にすっかり動揺してしまった。

(ワイバーン女帝なら、どうやって敵機動部隊に攻撃したかな)

彼は不意に、過去に短期間ながらも、共にワイバーン乗りとして腕を競い合ったかの人物……
今はシホールアンル帝国海軍総司令官を務める、リリスティ・モルクンレル元帥の顔を思い浮かべる。

遠い過去の話だったが、陸海軍合同演習で出会ったリリスティの天真爛漫っぷりと意志の強さ、そして、ワイバーン乗りとしての腕の良さは、
今でも強く記憶に残っている。
もしリリスティなら、敵の空母を撃沈できたでろうか……
今や、遠い存在となった彼女に思いを馳せていると、第3中隊長がグヴォンに声をかけてきた。

「そう言えば、予想されていた敵戦闘機の迎撃がありませんでしたね」
「確かに……君らは敵戦闘機の捕捉、殲滅を予定していたな」
「対艦攻撃も予期して爆弾を搭載していましたが、敵戦闘機が現れ次第、爆弾を投棄して敵戦闘機を狩り尽くす予定でした。最も、敵戦闘機が
一向に現れなかったので、対艦攻撃に加わりましたが」

第3中隊長は苦笑しつつ、自らの相棒が収められた格納棟に目を向けた。

「敵戦闘機は確かに恐ろしいですが、この新型ワイバーンなら、噂のベアキャットとやらと戦っても確実に勝てる可能性がありました。ただ、
敵機動部隊との戦闘で、我が中隊は16騎中7騎をやられてしまいました……」
「数が少ない貴重な最新型ワイバーンを、一気に失い過ぎたな」
「ひとまず、基地司令に報告しましょう。一応、敵機動部隊の撃退という戦果は挙げられましたから……」

グヴォンは不承不承といった面持ちで、第3中隊長と共に指揮所に向かって行った。

その後、グヴォンの指揮するワイバーン部隊は、現地のドシュダム装備の簡易戦闘飛行艇隊のスペースを間借りする形で、しばし休息する事となった。

706ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:17:08 ID:fEdVvrd.0
だが、それから僅か数時間しか経たぬ内に……

「移動だ!移動するぞ!」

唐突に、グヴォン大佐は飛行場の滑走路に踊り出ながら声高に喚き散らした。

「大佐殿!如何されましたか!?」

不寝番を務めていた衛兵がすぐさま走り寄り、彼に困惑した顔を浮かべながら聞いてきた。

「如何されたかと?今から俺のワイバーン部隊を移動するんだ」
「移動ですと?時間はまだ午前6時ですぞ。夜明けまでにはまだ時間がある上に、ここは森林地帯に覆われた秘密飛行場です。敵もこの位置は
把握できておらんと思われますが」
「私は君のように、普段から楽観的じゃねえんだ。俺の長年の勘が疼いているんだ。危ないとな!」
「えぇ……いくらなんでも」
「どけ!俺は部下を起こすのに忙しいんだよ!!」

グヴォンは衛兵を跳ね除けると、部下達が寝泊まりする宿舎に駆け込んでいく。
程なくして、第921空中騎士隊の竜騎士達が慌ただしく外に出て来た。
竜騎士用の飛行服を走りながら身につけた彼らは、格納棟からこれまた慌ただしくワイバーンを引っ張り出す。

「急げ!何が来るか分からんが、とにかく急いで準備しろ!」

グヴォンは負傷したワイバーンの治癒もそこそこに、とにかく移動を開始しようとした。
その時、グヴォンは何かを感じ取った。

「……まさか」

彼はそう呟くと、ある方角に顔を向けた。
その方角からある種の音が聞こえ始めたのは、その時であった。

「爆音?」
「おい、なんだあの音は?」

707ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:17:47 ID:fEdVvrd.0
基地周辺で警戒していた衛兵達が不審な音に気付き始めた。
また、基地の指揮所に敵偵察機が近隣の村や港湾に出現したという複数の情報がもたらされたのも、この直後であった。
南の方角から聞こえ始めた爆音は、瞬く間に基地の上空に迫ってきた。

「おい!上がるぞ!!」

グヴォンは愛騎の側に付いていた兵にそう叫んで兵を退かせると、彼は即座に上昇しようとした。
その真上を、高速で迫った米軍機が轟音と共に飛び去り、直後に基地上空で眩いばかりの光が煌めいた。

「照明弾だ!」

誰かがそう叫び、グヴォンも右手を顔にかざして覆う。

「舐めやがって!!」

グヴォンは腹立ち紛れに叫びながら、精神魔法を繋げて相棒に飛べと命じた。
彼のワイバーンはすぐに応え、一気に上空に踊り上がった。
85年型ワイバーン改は、速力350レリンク(700キロ)の最大速度を発揮でき、これは未改良の85年型ワイバーンの最大速力329レリンク
(658キロ)を大きく上回る。
更に機動性も上がっており、現在アメリカ軍の有する最新鋭戦闘機にも充分に対抗でき、爆弾や魚雷を搭載した際の機動性も向上している。
ただし、それらの性能と引き換えに、最大航続距離は680ゼルド(2040キロ)まで落ちた。
86年度からは、これらの新型ワイバーンが主力となる筈であったが、このワイバーンを生産、育成した後方の養成所がB-36の戦略爆撃で
壊滅したため、現在は500騎のワイバーンが成長し、育成できただけで、生産復帰の目処は立っていない。
ワイバーンの生産、育成は未改良の85年型ワイバーンで行っているのが現状である。

グヴォンは、そんな暗い現状なぞ知った事ではないとばかりに、相棒の速度を上げて、上空を通過して米軍機に追いつこうとした。
照明弾を投下した米軍機は、今しも旋回を終えて水平飛行に入っていた。
グヴォンと米軍機との距離はちょうど2000メートルほどであり、位置的にスピードを早めれば、米軍機の頭を抑えられそうであった。

「逃さねえぞ糞が!」

彼は絶叫しながら、相棒の速力を更に早める。
敵機の機種はすぐに判別できた。
その姿、形状からして、アメリカ海軍が保有するハイライダーという名の高速偵察機だ。

708ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:18:27 ID:fEdVvrd.0
情報によれば、速度は最大で300から310レリンク以上も出せ、一度逃げられれば追い付くのは難しく、運次第で撃墜できると言われている。
ただ、グヴォンとハイライダーの位置は、ハイライダーにとってまずく、グヴォンにとっては理想的とも言えた。

「その細い横っ腹をぶち切ってやる!」

彼の相棒は更にスピードを上げた。
程なくして、敵機に近づいた愛機は、光弾の一連射を浴びせて容易に撃墜できると確信し、狙いをつけた。
そして、あっという間に敵機に接近し、光弾を発射しかけたが……
狙われたハイライダーもやはり、一筋縄では行かなかった。

「なっ!?う、撃てぇ!」

グヴォンは敵機の予想外の加速に戸惑いつつ、相棒に光弾を発射させた。
光弾は敵機に殺到したが、僅かの位置でハイライダーの後方を虚しく掠めたに過ぎなかった。
光弾を加速で交わした敵機が、そのままスピードを上げながら南の位置に向けて遁走を図った。

「畜生!ならば追い付いて叩き落とす!」

グヴォン騎は逃げる敵機の後方につく。
距離的には600メートルから700メートルの位置についたが、ワイバーンの光弾を浴びせるにはいささか遠い気がした。
更に距離を詰めてから追撃の光弾を放とうとした。
だが、どういう訳か……

「おかしい……このワイバーンが、追いつけないだと!?」

グヴォンは愕然とした。
敵機は、速度性能は幾分この改良型ワイバーンに劣ると言われていた筈だ。
だが、目の前の敵は、このグヴォンの愛騎をみるみる離していく。

「敵機の速度は350レリンクどころじゃないぞ!」

709ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:19:13 ID:fEdVvrd.0
グヴォンは、敵機の速力が予想以上であると確信していた。
愛騎が350レリンクで精一杯な所を、敵機はぐいぐいと距離を開けていくのだ。
彼は知らなかったが、この時、難を逃れたハイライダーはS1A-2と呼ばれる最新型であった。
S1A-2は主な特徴として機上レーダーを装備し、索敵能力を大幅に向上させた点にあるが、ハイライダーの売りの一つである高速性能もまた、
初期型と比べて格段に向上していた。
この時の機体は、S1A-2の中でもエンジン出力を2200馬力に向上させた最新型であり、最大速力は水メタノール噴射時に730キロを発揮できる。
グヴォンにとって、まさに不運としか言いようがなかった。
「まさか……奴も改良型だったのか」
彼は敵がまた、このワイバーン同様に改良された機体である事を理解すると、追撃を諦めて基地に引き返して行った。

2月24日 午前7時10分 第3艦隊旗艦 空母エンタープライズ

「TG38.3旗艦エセックスより、クガベザム郊外の敵秘密飛行場を発見、爆撃に成功せりとの報告が入りました。この爆撃による被撃墜機は
無しとの事です」

カーニー参謀長からこの報告を聞いたハルゼー大将は、思わずニヤリと笑みを浮かべた。

「思い知ったか!シホット共め」
「ただし、敵飛行場には、既に我が部隊を攻撃した敵ワイバーン隊はおらず、攻撃隊は敵飛行場の他に敵戦闘飛空挺を6機ほど地上撃破した
のみに留まった模様です」
「大漁とまでは行かんかったか……」

ハルゼーは幾分不満気な表情になったが、すぐに意識を切り替えた。

「とは言え、敵を後方に退かせたという点に置いては、無駄ではなかったという訳か」
「陸軍航空隊が提供してくれた航空写真も、攻撃に役立てましたな」

モルン航空参謀が言うと、ハルゼーも深く頷いた。

昨夜の攻撃の後、ハルゼーはTG38.3に対して、敵偵察騎が対空レーダーで敵地に向けて引き返すギリギリのタイミングを見計らって偵察機の
発艦を命じた。
偵察には、TG38.3が用意していた4機のハイライダーを使用した。
ハイライダー各機には、事前にクガベザム周辺の目標となり得そうなポイントを指示していたが、その中の1機……空母イントレピッド所属機には
クガベザムの北10マイル郊外に位置する、中途半端に開墾されていた空き地に向けて飛行するように命令されていた。
この空き地は、先日、B-36が空中偵察を行った際に撮られたもので、その写真が第3艦隊にも回されていた。
写真のキャプションには空き地として記されていたが、分析したところ、空き地の四方に複数の馬車やテントと思しき物が点在していた事が判明した。
これらの馬車やテントには、不明瞭ながらも何らかの細い資材なども写っており、分析官はこの空き地には何らかの基地が作られている可能性があると
判断していた。

710ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:19:53 ID:fEdVvrd.0
ただ、昨日までは、この空き地の正体が何であるか判明しなかったが、昨晩の空襲後、周辺付近の航空写真には飛行場と思しき物は存在しなかった
にも関わらず、100騎近い敵大編隊が陸地から襲撃するのは不可能であり、それを可能とするのならば、何らかの急造飛行場から飛び立った公算が
大であると判断された。
そこで浮上したのが、航空写真に映った不審な空き地であった。
この空き地は、他の戦線でも見られた、シホールアンル軍工兵隊がよく飛行場やワイバーン基地を建設する際の初期段階に、常々散見される特徴が
幾つも映っていた。
ただ、そこから飛行場が必ずしも建設される訳では無く、ある物は後方支援部隊用の宿舎であったり、物資保管所であったりと様々なパターンが
推測されるため、すぐに飛行場と断定する訳にはいかなかった。
それを確かめるために、ハルゼーは敵偵察騎を追跡させたのだが……
ブル(猛牛)とあだ名されたハルゼーが、ただの偵察だけで満足する筈がなかった。
ハルゼーは、偵察機発進を命じると同時に、敵基地攻撃を行うために艦載機による航空攻撃も命じたのである。

午前5時前には、空母エセックス、イントレピッドからF8F24機、A-1D36機が発艦し、その30分後には、空母ベニントンからF8F12機、
A-1D12機が発艦して、クガベザム攻撃に向かった。
そして、第1次攻撃隊の戦果報告が、今しがた届けられたのである。
また、第3艦隊は敵に報復を行うだけではなく、ある種のおこぼれも頂戴していた。

「長官、軽巡クリーブランドから捕虜に関しての続報が入りました」
「ほう、捕虜から何か情報を得たのかな」

カーニーは、通信員から手渡された紙面の内容をハルゼーに報告する。
TG38.1は、敵の空襲後、護衛の軽巡洋艦クリーブランドが、海面に漂っていた敵の竜騎士1名を救助し、捕虜にする事に成功していた。
敵竜騎士は女性将校で、来ていた飛行服を見る限り将校であり、ある程度のワイバーン群を任されていたと推測されている。
今の所、官姓名は聞けていないが、何らかの情報を持っている事は確実とされている。

「詳細はまだ聞けておらず、断片的にしか判明しておりませんが……シホールアンル陸軍所属の竜騎士中尉で、名前はジェミア・レティセと
呼ぶようです」
「クリーブランドは輪形陣の右側に位置していたから……この中尉殿はヨークタウンを爆撃したワイバーンを操っていた事になるな」
「左腕と右脇腹に断片を受け、重傷を負っておりますが、幸い命に別条はないと言う事です」
「他に情報は?」

ハルゼーはカーニーに聞くが、捕虜から得られた情報はそれだけであった。

「参謀長。クガベザム攻撃隊が帰還したら、ダッチハーバーに帰ろう。ビッグEとヨークタウンの修理をせねばならん」

711ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:20:31 ID:fEdVvrd.0
1946年 2月27日 午後8時 クナリカ民公国オルクヴォント

スティーブ・ハーヴェイ海軍中佐は、陸軍オルクヴォント飛行場の基地司令であるヘンリー・スタークス陸軍大佐と共に、オルクヴォント飛行場の
外にあるレストラン「バーモント」にディナーを楽しむため、雑談を交わしながら来店した。

「ここは現地のスタッフに運営を任せているんだが、なかなかスタッフの手際が素晴らしくてね。特にここの店のステーキは絶品だぞ」
「それはまた楽しみですなぁ。しかし、現地スタッフの運営とは、これまた思い切った事をしますね。マオンド共和国や旧領であった大陸各国では、
旧王党派やそれに唆された武装勢力が度々騒ぎを起こしているようですが、この辺は大丈夫なんでしょうか」
「その点は心配ない。この辺は特に警備も厳重にして治安も良い。まっ、辛気臭い話はここまでにしよう」

スタークス大佐はレストランのドアを開け、ハーヴェイ中佐と共に中に入って行った。
レストラン内はカウンター席とテーブル席に別れており、内装は典型的なアメリカンスタイルだったが、店内のスタッフはスタークスの言う通り、
現地出身のシェフやウェイターが忙しく立ち回っていた。
店内はほぼ満員であり、内部には基地所属の米兵はもとより、多くの現地民も来店して料理に舌鼓を打っていた。

「これは大分賑やかだな」
「カウンター席の端が空いてます。あそこに行きますか」

ハーヴェイ中佐が店の奥にあたるカウンター席の端を指すと、スタークス大佐も仕方ないなと返し、2人は空いていた末席に座った。

「おお大佐殿!よくお越しくださいましたな」

レストラン「ヴァーモント」の店長であるオーク族出身の男が満面の笑みを浮かべて歓迎して来た。

「よう店長。儲かってるようだね」
「いやぁ、お陰様で!開店から半年経ちましが、今では毎日が大忙しでさあ」

店長は豪快に笑い飛ばした後、2人に注文を尋ねた。

「それで、ご注文は何にします?」
「ビールを2つ。あと、ステーキを2つ頼む」
「あいよ!少々お待ちください!」

注文を受けた店長は、厨房に指示を飛ばしてから、冷蔵庫から注文のビールを取り出した。

712ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:21:07 ID:fEdVvrd.0
「ご注文のビールです!」
「ありがとう。さて、一仕事の後の乾杯と行こうか」

2人は乾杯の掛け声と共に互いにビール瓶を合わせ、仕事後の一服を楽しんだ。
程なくして、ステーキが彼らの前に運ばれて来た。
2人はステーキを食べながら、あらゆる話題を口にして行く。
話題はレーフェイル大陸の内情のみならず、最前線である太平洋戦線にも及んだ。

太平洋戦線では、北大陸で遂に陸軍主体の一大攻勢作戦が開始されたが、その直前、海軍と陸軍で敵の思わぬ反撃によってひと騒動が起きた件に
ついても話し合われた。

海軍は先日に行われた帝国東海岸沿岸部の攻撃で、敵ワイバーン部隊の反撃を受けて空母2隻が損傷し、艦隊がダッチハーバーに撤退した事が
話された。

陸軍は攻勢開始前日、米軍が占領したシホールアンル本土領の前線航空基地に陸軍航空隊が初めて進出し、航空作戦を展開中であったが……
一部の航空隊が、早朝に敵軍航空部隊による予想外の奇襲攻撃を受けてしまい、最新鋭戦闘機である10機のP-80を含む50機以上の戦闘機、
爆撃機が地上撃破された事が話された。

「陸軍はパットン将軍の第1軍集団が派手に前進しているようですが、その直前に起こった、この2つの事件はちと、不気味に思いますな」
「情報将校として、何か引っ掛かるのかね?」
「引っ掛かるも何も……シホールアンル軍は昨年末から今まで、全くと言っていいほど、大規模な航空反撃を行いませんでした。それが、急に
前線で攻撃用の航空部隊を繰り出して、我が軍に打撃を与えているんです。もしかして……シホールアンル側の航空戦力は、本当は回復しつつ
あるのではないかと」
「ふむ……そう言われてみれば」

スタークス大佐は顎を撫でながら唸る。

「だが、シホールアンル軍の航空戦力が回復しようとしているとはいえ、現状では焼石に水ではないのかね。既に、北大陸には1万機を超える
連合軍航空部隊が展開している。敵がどんなに頑張ろうと、大勢には影響あるまいさ」

彼は楽観的に言うと、ビールを口に含んだ。
店内の喧騒は全く止む事は無く、誰もが楽しげにメニューを楽しみ、酒を飲んで愉快に過ごしていた。

713ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:22:19 ID:fEdVvrd.0
そんな中、店長が2人に躊躇いがちな口調で聞いてきた。

「すみません、少しお願いがあるんですがね……その席にお客さんを座らせてもいいですかね?空いている席がそこだけなので」

店長は、ハーヴェイ中佐の隣に指を向けた。

「ええ、いいですよ」

ハーヴェイ中佐は何の躊躇いもなく了承すると、店長は店の入り口で立っていた客を手招きしてその席に座らせた。

「ど、どうも……少しばかりお邪魔します」

オーク族出身の男性と思しき客は、すまなさそうに言いながら席についた。
ハーヴェイ中佐は、最初、そのオーク族の若者が眼鏡をかけている事に驚き、そのついでに、彼が背負っているパンパンに詰められた袋を見て
更に驚いてしまった。

「これはまた驚いたもんだ。あんたどこかで旅をしていたのかい?」

ハーヴェイ中佐は、思わず声を裏返しながら聞いてしまった。

「いえ、別にあちこち旅をしていた訳ではありませんが……まぁ似たような物なんですかねぇ」
「お客さん!それを後ろに置いといた方がいいですぜ。メシ食う時に邪魔になるよ」

店長がそう言うと、眼鏡姿のオーク族男性は背負っていた袋を下ろし、スタークス大佐の後ろに置いた。

「お兄さん、その眼鏡はどこで買ったんだね?」

スタークス大佐が気になって彼に聞いてきた。

「はい。そこの基地に勤務されている、知り合いのアメリカ兵に譲って頂きました。自分は今まで目が悪く、趣味の書き物もやり辛かったんですが、
この眼鏡のお陰で最近、その趣味も再開できました」

714ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:23:19 ID:fEdVvrd.0
「お兄さん物書きなのかい。これは凄い!」

スタークス大佐は興奮気味に喋ってしまった。

「おっと、つい興奮してしまった」
「大佐は読書が好きでね。小説を書く人は尊敬していると常々言っておられるんだよ。そうですな?」
「ああその通りだ。最近はトルストイの書いた戦争と平和という本を読んでいるが、なかなか考えさせられる内容だ。お兄さんも一度はトルストイの
本を読んだ方がいいぞ」

スタークス大佐は早口で捲し立てたが、言われたオーク族の若者は首を傾げてしまった。

「い、いやぁ……大佐殿が言われている本は、おそらく異世界の物でしょうから、読んだ事のない自分には、何を言われているのかさっぱり……」
「おっと、そうだったな。申し訳ない」

スタークスは軽く若者に謝った。
そのタイミングを見計らったかのように、店長が若者にメニューを見せて注文を聞いた。
若者はオレンジジュースとハンバーガーを頼み、しばし待った後に注文したジュースとハンバーガーが彼の前に出された。

しばらくの間、若者と2人のアメリカ軍人はここで出会ったのも縁とばかりに楽しく話し合った。
互いに自己紹介も交わし合った。

今年で25歳になるヴィピン・クロシーヴと言う名のオーク族出身の若者は、戦争中は旧マオンド陸軍に徴兵され、地元であるクナリカ駐留軍の
後方部隊で勤務している間に終戦を迎えたという。
部隊勤務では、力仕事ばかり任されるオーク族出身者にしては珍しく、事務方の仕事を任されていたようだ。
徴兵前は集落で古ぼけた安い一室を買い取って、独学で言語を勉強し、それと並行して物書きもしていたが、軍に徴兵されてからは事務方の仕事に
朝早くから深夜まで勤務する事が多くなり、この過酷な勤務の影響で視力が低下してしまったと言う。
マオンドが降伏し、クナリカが分離独立を果たした後は地方を転々としつつ、4ヶ月前からはオルクヴォントのあちこちで日雇いで働く内に、
基地周辺に安い家を借りて住み始めたと、クロシーヴはそう説明した。
話は彼の身の上話からスタークス大佐とハーヴェイ中佐の思い出話や、スタークス大佐とクロシーヴの物書きに関する話に移った。

「そう言えば、自分は徴兵前に本も出した事があるんです。当時は、オークごときが本を出すとはけしからんと言われましたもんですが、ちょうど
物好きな印刷屋の主人が作品を気に入ってくれましてね。資金の関係で片手で数える程度の、少ない部数でしか出せませんでしたが……」

彼は過去に作った自信作を2人に見せるべく、パンパンに詰まった袋に手を入れた。
そして、袋から取り出したのは、3つの立派に製本された厚みのある本であった。
彼をそれをカウンターに置いて2人に見せた。
ハーヴェストは特段気にも留めようとも思わなかったが、一目で見ても綺麗に装飾が成されていると思った。
隣のスタークス大佐は食い入るように見つめつつ、クロシーヴに問い質した。

715ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:24:01 ID:fEdVvrd.0
「立派な本じゃないか……これはマオンド語かね?」
「はい。題名は善人クポンと悪人クトインルです」

その瞬間、ハーヴェストの耳から、周囲の喧騒が消え去ったように思えた。
同時に、背筋に芯が打ち込まれたかのように体が固まってしまった。

「物語は、村で平凡ながらも、善人と呼ばれた青年クポンが、ある事件をきっかけに悪人でありながら、教団の大幹部を務め、地方領主でも
あるクトインル猊下を巡る物で」
クロシーヴは作品の内容を意気揚々と説明していく。

(なんてこった……)

ハーヴェストはクロシーヴから話の内容を聞いていく中で、心の中でそう呟いた。
話の内容はともかく、クロシーヴの言う作品の登場人物などは……既にハーヴェスト自身も“聞き覚えのある物ばかり”だった。
脳裏に、1ヶ月前に太平洋艦隊情報部傘下にあったあの暗号解読室が思い出される。

ハーヴェストは、元々は太平洋艦隊に所属していた事があり、主な所属部署は情報部であった。
今年の初めに、大西洋艦隊勤務を命じられたハーヴェストは、オルクヴォント陸軍飛行場を拠点に海軍側の連絡要員として軍務に当たっていた。
勤務中は、前の所属部署の上司であるレイトン提督や、ロシュフォート大佐はどうしているかと、時折思いを馳せつつ、彼らの奮闘を願っていた。
そんな中、あの壮大な謎解きに途中から離脱してしまった事の悔しさも、時々感じる事があった。
ロシュフォート大佐は、当て字のような暗号だから解読も時間の問題であると強気な発言を連発していたが、ハーヴェストが太平洋艦隊から
離れる当日も、解読に手こずっている様子だった。
(もし、あの暗号を解読できる瞬間に立ち会えていたら、俺はどれほどの達成感を味わえただろうか)
彼は、そんな悔しさを時折感じ、大作戦に貢献できない自分が空しいとさえ思う時もあった。
今ではそんな気持ちもすっかり消え失せ、目の前の軍務に集中する毎日であったが……

(日本の諺に、残り物には福がある、と言うのがあったな)

ハーヴェストは心中でそう呟くと、唐突に声を張り上げた。

「店長!ビールをあと3本頼みたい!」

いきなり声を上げたハーヴェストを、クロシーヴとスタークスは驚きの眼差しで見つめた。

「おいおい……いきなり大声を上げて、一体どうしたんだ?」
「いや、なんだか気分がこの上なく良くなりましたので」

ハーヴェストは満足気にスタークスへ言ってから、顔をクロシーヴに向けた。

「ミスタークロシーヴ。君の作品は非常に素晴らしい!その傑作とも言えるこの作品を、是非アメリカで見せたい方がいるんだが……
君、私と一緒にアメリカに来ないかね?」
「へ………自分がですか?」

クロシーヴは思わず聞き返したが、彼はハーヴェストの唐突な提案に、すっかり混乱状態となった。

716ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:24:36 ID:fEdVvrd.0
SS投下終了です

717名無し三等陸士@F世界:2023/12/09(土) 19:10:24 ID:uwQdrfbM0
投下乙です!
ここにきてシホールアンルがアメリカにとっては未知の幻影魔法を実戦で使ってくるとは…。
今は視覚効果のみっぽいですが、もしこの魔法が今後改良されてレーダーやVT信管にも作用するとなるといよいよアメリカも危うくなってきますね。
現実世界ではなるべくレーダーに映らないようステルス性重視で兵器が進化していきましたが、この世界では逆に何もない場所にあえて何かあると思わせて相手を撹乱する方向に兵器や戦術が進歩していったりしそうですね。

718ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/09(土) 21:02:47 ID:uXSbfSCk0
>>717氏 ご感想ありがとうございます!
幻影魔法に関しては、開戦時に米軍首脳部にもこう言う物もあるけど今は使われていないと伝えられ、実際使用されている現場は
ありませんまでした
そのある意味枯れた技術を大々的に使用され、ここまでやられた事に、米軍首脳部は少なからぬショックを受けております

>今後改良されてレーダーやVT信管にも作用するとなると……
米軍としては非常に厄介です。レーダーありきで築き上げてきた優位性が崩されかねないですね
その対策としては、素早くシホールアンル帝国を打ち倒す事が一番の対策でしょうが……オールフェスがいきなり泣いて謝らない限り、
早期の戦争終結は不可能と言えます

>何もない場所にあえて何かあると思わせて相手を撹乱する方向に兵器や戦術が進歩していったりしそうですね。
それはそれで非常に面白そうです
電子ダミーとか何かでやるのも効果は大きそうです

719HF/DF ◆e1YVADEXuk:2023/12/23(土) 19:11:38 ID:lUDG0KFQ0
遅ればせながら投下乙です
暗号の件、意外なところで鍵が見つかるとは…本を手にしたレイトン、ロシュフォート両人の反応が気になりますね
あと潜水艦が拾った捕虜の件もありますし、この件、これから一気に動きそうだ

そしてシホールアンル軍航空戦力の気になる動き…これから行われるであろう蛙飛び作戦は無事成功するのか、それとも…

720名無し三等陸士@F世界:2023/12/23(土) 22:16:04 ID:R7BORdwY0
>HF/DF氏 ありがとうございます
どこから出た暗号かと悩んでいるうちに、別の国の若者が書いた物語を基にしたという予想外の出方ですから、
太平洋艦隊情報部も狂喜するでしょうし、捕虜の尋問も始まりますから、強化人間は秘密基地ごと叩かれてしまいそうです

>シホールアンル軍航空戦力
防衛的な動きのみに徹していたシホールアンル軍がいきなり反撃を仕掛けてきましたから、米軍にとっては予想外過ぎてしまいました
ですが、蛙飛び作戦は敵航空戦力の増強如何に関わらず、恐らく強行されるでしょう

721ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/23(土) 22:18:20 ID:R7BORdwY0
おっと、名前を入れるのを忘れてしまいました
これだけ書くのも何ですので、お知らせもお伝えいたします

12月中にはもう1本更新できそうです
そして、来年辺りから物語は一気に動き出すと思われます
今後とも、拙作を宜しくお願い致します

722ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:29:33 ID:R7BORdwY0
こんばんは。これよりSSを投下いたします

723ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:30:13 ID:R7BORdwY0
第295話 艱難辛苦

1486年(1946年)2月28日 午後5時

ああ……今日も1日が終わった
つまらないつまらない1日が……終わった

ある時から、うるさい大きな肉を潰すだけの日々
潰す潰す潰す……

今日は牙を剥き出しにしてきた毛むくじゃらのうるさい肉を潰した
昨日はすばしっこく動く肉を潰した
一昨日は 地べたを這いずり回る、長い気色の悪い肉を潰した

肉と潰す度に、私は血まみれになって、自分の部屋に帰ってくる

獣臭い、血のむせかえるような匂い
動きは前より良くなった

でも、前よりつまらなくなった

人を潰したい
泣き叫ぶ人を潰したい……

もう、私の前に、必死に立ち向かってくる人間がいない

なぜ?


なぜ?


なぜ?

724ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:30:45 ID:R7BORdwY0



つまらない

………………


ああ、なんか……私達を世話してくれる人達の機嫌が酷い
特に、あの人の機嫌がすこぶる悪い

「きっと、あの人もつまらない日常を送っているんだね」

ふふふふ

そう思うと、結構気が晴れたかなぁ?

ほら、今も部下に当たり散らしている

「何ぃ!?捕虜輸送隊の馬車が敵機動部隊の艦載機にやられて全滅だとぉ!?」

………
敵機動部隊という言葉は、最近何度も耳にする
一体、私のつまらなさを解消できる、肉の名前なのかなぁ……

あ………
でも、なぜかこの名前には、肉という名称だけでは似つかわしくない気がする

無性に、何がしかの不安を感じてしまうのは、気のせいなのだろうか……?

725ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:31:23 ID:R7BORdwY0
この日、秘密魔法施設最高責任者であるオルヴォコ・ホーウィロ導師は、被験者収容棟内で怒りの余り喚き散らした。

「鉄道施設が爆破されて、直接受け取りに向かわせたら、その馬車隊も空襲の巻き添えを受けて全滅とは、一体どうした事だ!」
「さ……さぁ……ただ、運が悪かったとしか」
「運が悪いで済まされるか!」

部下の言葉を聞いたホーウィロは、頭に青筋を立てて怒鳴り散らす。

「ええい、害獣を捕獲し続けて、餌を与え続けるしか無い!」
「実戦投入は予定通りに行かれるのでしょうか?」
「……予定通りとはならんかもしれん」

ホーウィロは沈んだ声音で部下に返す。

「現状では仕上がりがイマイチだ。人間相手の訓練だからこそ、訓練の進捗も早かったが、獣相手ではな。わしが奴らに求めているのは、
敵を完全に害虫同然に思わせ、圧倒的な力で敵地上部隊を殲滅させ得る能力だ。それが成功すれば、帝国は勝機を見出せるはずだ」
「我らもそれを望んでおります。しかしながら……敵軍の勢いは止まる所を知りません。前線ではアメリカ軍が大攻勢をかけておるようですし」
「全く気に入らん展開だ!だが……わしとしてはの、軍は敵の攻勢を上手く受けれるのではと思っておるのだ」

ホーウィロの発した意外な言葉を聞いた部下が、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。

「へ……導師。それはいくら何でも」
「楽観すぎである、と貴公は思っておるようだが。陸軍首脳部はあのエルグマド元帥に代わっておる。わしはあの方の性格や非占領民住民の
扱い方は大嫌いだが、戦い方は非常に素晴らしい物があると見ておる。何といっても、相手のやり方に合わせるという特徴が素晴らしい。
あの方法で何度敵軍を下して来たか……」
「しかしながら、エルグマド閣下はレスタン戦で連合軍の攻勢を受け止められず、敗走に敗走を重ねられた過去がありますが」
「あの時はそうするしかなかったのだよ。それに加えて、あの場合、一戦域司令官に過ぎぬのでは、やる事は限られておる。それが、
今や全陸軍を支配下に置いておるのだ。つまり、やりたい放題した後に、アメリカ軍を迎えておるのだ。何がしかの成果は必ず上がると、
わしは信じておる」
「はぁ……」
ホーウィロの言葉を信じきれない部下は、ただただ生返事するしか無かったが、過去にエルグマドの指揮する部隊に、間接的だが
携わった経験を持つホーウィロは、エルグマドの能力を高く買っていた。
陸軍内にいる知り合いからは時折情報を寄越してくれるが、陸軍部隊はアメリカ軍の首都侵攻に備えて幾重もの防御線を同時に構築しており、
防御線の構築には多数の民間人も志願してこれまでにない規模の防衛ラインが築かれたという。
残念ながら、資材不足の影響で敵の大攻勢開始までには完成と至らなかったが、主要な拠点は、その大半が強化されているため、米軍は
従来よりも難しい戦闘を強いられると自慢していた。

「そこに、強化兵部隊を送り込むことが出来れば、敵の攻勢なぞ即座に失敗させ、逆にこちら側から打って出て、失地回復も成し遂げられる
事が出来よう」
ホーウィロは誇らしげにそう断言したが、それでも尚、彼の胸中には、思い通りに行かない現状への不満が残り続けた。

726ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:32:10 ID:R7BORdwY0
1486年(1946年)3月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都 ウェルバンル

首都ウェルバンルにある陸海軍合同司令部では、この日も陸海軍両首脳部を集めた合同会議が行われた。

「現在、マルツスティ付近で開始された敵軍の攻勢は尚も続いており、昨日はテペンスタビ近郊で激戦が展開されております。今の所、
テペンスタビの我が地上部隊は2日ほど敵軍の前進を食い止めております」

陸軍総司令部参謀長が、室内に居る一同に向けて説明する中、海軍総司令官のリリスティ・モルクンレル元帥は内心、意外と陸軍が
戦えている事にやや驚いていた。
当初の予想では、敵は1週間足らずでテペンスタビどころか、その更に後方へ雪崩れ込んでいるだろうと思われており、防衛計画も
それに沿って制作されていた。
ただ、事前の計画とは違い、テペンスタビ以南の陣地帯は予想よりも防御力を強化できており、その最たる物が地雷の敷設数である。
陸軍部隊では、使用する地雷を単純な爆裂式魔道地雷一本のみに絞っている事も幸いして、一昔前よりも多数の地雷を戦線に敷設する事が
可能となっていた。
これらの地雷は、その大半が米軍の猛砲撃の前に粉砕されていたが、残っていた地雷は米軍前進部隊の戦車や装甲車を上手く足止めし、
そこを隠匿していた砲兵隊が狙い撃つ事で大出血を強いる事ができた。
このため、敵の前進速度は大幅に低下し、遂にはテペンスタビで完全に足止めに成功したのである。
敵の主攻勢を受けている部隊が、比較的経験豊富な第76軍であった事も幸いしているようだ。

「ただし、敵軍の圧力は非常に強く、主戦線の維持はあと2日……保って3日であると予想されます」
「後退できる土地はまだある。ここは無理せず、じわじわと引いて敵に損害を強いるだけじゃな」

陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥が付け加える。
更に、作戦参謀のベルヴィク・ハルクモム中佐も発言し始めた。
「陸軍の方針としては、エルグマド閣下の言われる通り、遅滞戦闘を主に据えて作戦行動を継続していく所存です。それを可能に
するためには、砲兵隊の有無が戦況に大きく左右致しますが……今の所、主戦線後方の森林地帯に布陣した各師団の砲兵隊は敵の
爆撃を受けつつも、入念に偽装を施した甲斐があり、未だに健在であります。ただし……それもいつまで有効であるかは、定かではありません」
「砲兵隊については、適宜場所を移動して敵の逆襲に備えるほかなかろう。難しい事ではあるが」
「主戦線に関しては、今の所計画通りに動いている、という事でよろしいのですね?」

海軍側の情報参謀であるヴィルリエ・フレギル少将が聞くと、エルグマド元帥が深く頷いた。

727ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:33:02 ID:R7BORdwY0
「ただ、依然として敵の攻撃は激しい。第76軍の奮闘ばかりではなく、他部隊の頑張りにも期待したい所だが……今はともかく、
戦線に増援を効率よく派遣できるように整えなければならん」
「南部戦線で包囲されている部隊が使えれば、幾分やりやすかったのですが……」

参謀長が悔しげな口ぶりで呟く。
南部戦線に包囲されている部隊は、連合軍部隊から繰り出される攻撃の前にじわじわと後退を重ねており、兵員数も包囲時の150万から
100万前後にまで激減している。
それでも尚、抗戦を続けているのだが、航空支援もない南部戦線では陸空一体作戦を取る連合軍相手に絶望的な戦いを強いられている。
また、南部領に取り残されていた一般臣民も多数が戦闘の巻き添えで死傷しており、推定では、200万はいた臣民のうち、50万以上が
死傷するという恐ろしい事態に陥っている。
だが、現状の帝国軍の力では、南部戦線の味方部隊と一般臣民を救出する事は不可能になっている。

「現地部隊司令官からは、未だに抗戦継続は可能であり、軍民一丸となって敵の吸収に努める、との報が改めて伝えられております……」
「そうか………」

エルグマドは複雑な表情を浮かべ、言葉に詰まってしまった。

「閣下、南部戦線も問題ではありますが、懸念点は他にもあります」

ハルクモム中佐は別の議題……ある意味、今日の議題の中でも最も懸念している、ある決定について話を始めた。

「2月末、皇帝陛下から直々に、陸海軍に向けて後方特別指導要員の前線投入が命ぜられました。後方特別指導要員……陸海軍合わせて
1500名にも上るワイバーン、飛空挺隊の飛行教官は、特例を除き、前線には加えないという条件のもと、後方でワイバーン搭乗の
竜騎士や飛空挺隊搭乗員の訓練に専念しておりました。しかし、これらの員数外要員も根こそぎ前線に投入すれば、一時的に航空戦力は
増えますが、後進の育成が成り立たなくなり、ただでさえ払底している予備の竜騎士や飛空挺隊搭乗員の育成が全く不可能になります。
そうなれば、帝国の空の守りは完全に消耗しつくされ、以後は敵航空部隊の自由となります」
「やはり、一部の教官連中が騒いだ事が仇になってしまったか」

エルグマドは憂鬱そうに、ハルクモム中佐に返答した。

シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイ帝は、2月23日に発生したワイバーン部隊と米機動部隊で行われた戦闘と、
その翌日に発生したシホールアンル軍ワイバーン部隊と飛空挺隊共同で行われた、アメリカ軍前線飛行場襲撃作戦の結果を受け、
後方特別指導要員の前線動員を命じた。

728ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:33:47 ID:R7BORdwY0
後方特別指導要員は、戦闘序列には加えない事を条件に後進の育成を図る事を主任務としていたが、一部の訓練教官が熱烈に前線復帰を
懇願したため、軍首脳部はやむ無く復帰を許可し、新たに航空部隊を編成させて部隊の錬成に務めていた。
だが、この錬成部隊が、エルグマドやリリスティの就任以来、陸海共同で発表されたある命令……原則として航空反撃は厳禁とするも、
好機あれば敵大部隊相手に攻撃する事も差し支えなし、という命令を拡大解釈し、リリスティやエルグマドから見れば暴走同然の航空反撃を
実施したのである。
航空攻撃は2箇所で実施された。
1箇所は、帝国本土東岸にあるクガベザム沖で行われた。
このクガベザム沖の戦闘では、既に首都圏を空襲し、更にクガベザムにあった在来のワイバーン基地に夜間爆撃を行ったアメリカ機動部隊を、
クガベザム郊外に新設したばかりの簡易飛行場に、訓練で訪れていた陸軍第921空中騎士隊が襲撃した事で、大規模な航空戦に発展した。
この攻撃で、第921空中騎士隊は空母2隻撃破、護衛艦4、5隻に損傷を負わせて撃退したと、攻撃直後に司令部に報告したが、
第921空中騎士隊も敵機動部隊の猛烈な対空砲火の前に、出撃した87騎中30騎を失うという大損害を被った。
その後、第921空中騎士隊は、騎士隊指揮官の直感的判断でクガベザムを離脱し、その直後に撤退したと思われる敵機動部隊からお返しの
航空攻撃を受けて、簡易飛行場は壊滅し、飛行場付近にあった鉄道施設や、休憩中の輸送隊も爆撃を受けて甚大な損害を受けた。
この敵機動部隊に対する反撃は、結果的に出撃拠点となった簡易飛行場を撃破されるなど、完全な藪蛇となってしまった上に、攻撃部隊
そのものの被害も大きいため、結果的には失敗と判断された。

それとは別の、もう1箇所の航空攻撃は、敵に占領された帝国領マルツスティから南10ゼルドにある、ピマスティと呼ばれる地域に向けて行われた。
ピマスティは昨年12月から米軍に占領されており、過去にはヒーレリ侵攻の兵站拠点として活用され、交通の要衝でもある重要な地域だ。
米軍はこのピマスティに前線飛行場を建設し、早くも1月中旬から大規模な航空部隊を展開させて、絶え間ない航空支援を行っていた。
そんなピマスティ飛行場に対して、これまた後方特別指導要員を指揮官に据えたワイバーン部隊や飛空挺隊が奇襲攻撃を敢行したのである。
ピマスティ飛行場の周辺には、現地住民から潜伏中の工作員に届けられた飛行場の米軍機の同行や警戒体制など、様々な情報が伝えられ、
それは中央にも届けられていた。
だが、中央の司令部首脳は、ピマスティ襲撃は余りにもリスクが大きすぎるとし、前線付近に展開する現地の各ワイバーン隊や飛空挺隊には、
引き続き防衛戦闘のみに従事せよと命令が伝えられた。
だが、2月中旬に新編の1個ワイバーン部隊と1個飛空挺隊が布陣してからは状況が変わった。
この航空部隊の指揮官らは、現在のピマスティ基地の警備態勢ならば奇襲は成功すると確信しており、特に現地からもたらされた、
敵夜間戦闘機隊の削減と、後方地域への移動はまたとない好機と取られた。

729ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:34:24 ID:R7BORdwY0
そして2月24日深夜に、ワイバーン、ケルフェラク合同の奇襲部隊は隠匿された前線基地から出撃。
攻撃部隊は、事前情報で得た、対空レーダー対策として超低空で終始飛行を行い、早朝前に現地へ到達すると、一斉に襲いかかった。
この攻撃では、推定で50機以上の敵戦闘機と爆撃機を地上撃破し、同数に損害を与えたと言われているが、特にあの忌まわしき
最新鋭戦闘機であるシューティングスターを、少なくとも10機ほど地上撃破できた事は、報告を聞いた誰もが溜飲を下げた。
攻撃隊の損害は、参加したワイバーン24騎、ケルフェラク30機のうち、対空砲火によってワイバーン4騎とケルフェラク5機を失い、
少ない損失とは言い難かったが、敵航空機多数を地上撃破させ、基地施設にも損害を与えたため、攻撃は大成功と言えた。
だが、これらの攻撃もまた、前述の敵機動部隊攻撃と同じく、現地指揮官の独断専行で行われたものであり、これを聞いた
エルグマドは激怒したほどであった。
ただ、広報誌には、これらの航空反撃が大々的に取り上げられて発表されており、長い間敗北続きで意気消沈していた軍部隊はもとより、
一般臣民の士気をも大きくあげる事となった。
そして2月28日には、オールフェス・リリスレイ帝から陸海軍総司令官に対して、直々に後方指導要員の総動員と部隊編成が命ぜられ、
これによってシホールアンル陸海軍部隊は、員数外としていたワイバーンや飛空挺、そして少なからぬ搭乗員を戦力に加えることが可能となった。
しかしながら、この戦力増は後進の育成を完全に諦め、全滅するまで敵と戦うという事に他ならなかった。
また、オールフェスは臣民の士気を更にあげるためにも、確実に仕留めやすい目標に向けて、これらの航空予備戦力を全力で投入するように
重ねて命じたため、陸海軍首脳部は、その命令を実行に移さざるを得ない状況に陥ってしまっていた。
一部の教官達が前線復帰を望み、戦果を挙げたことが、帝国にとって大きな仇となりつつあるのだ。
ようやく、劣勢下にある戦況でそれなりのペースを掴みかけていたと確信していた陸海軍首脳部にとって、一連の出来事は、まさに青天の霹靂と言えた。

「モルクンレル提督。貴官はこの件についてどう思うかね?」
「余りにも短絡的で、最低な判断であると……私は思います」

リリスティは無表情のまま、この後方指導要員総動員を一言の下に酷評した。

「一時的に戦力は増え、一時的に行う作戦の幅も広がり、望む戦果も挙げられるかもしれない。ですが、その後はどうなるのです?空の戦士が皆死に
絶えた後、敵航空部隊は今以上に大暴れし、味方地上部隊は好き放題に叩かれ放題となります。エルグマド閣下は、それをお望みなのでしょうか?」
「望むわけがなかろう」

エルグマドは首を振りながら、リリスティに向けてそう断言した。

730ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:34:57 ID:R7BORdwY0
「命令は命令だが……するにしても、何かしらの重大事案が起きれば、それに向けて対応せざるを得ない。そして……」

エルグマドは、自らの背後に書かれた黒板の内容を指差した。

「事案は既に起きておる」
黒板の内容は、今話している後方指導要員とは別の事案の物であった。

この会議が開かれるちょうど1日前に当たる2月27日。
この日、シホールアンル帝国中部地区にある中規模の工業都市、レルヴィスに対してアメリカ軍はP-51戦闘機100機、B-29爆撃機200機を含めた
戦爆連合編隊を差し向けた。
それは、今まで行われた工業地域に対する高高度戦略爆撃の筈であった。
この戦爆連合編隊に対し、シホールアンル軍は隣接地域からの増援も含めて、計70機の飛空挺、ワイバーンが迎撃に上がった。
70機のうち、50機は飛空挺であるケルフェラクであり、敵編隊は真昼間に堂々と侵入してきた為、ケルフェラク隊は高度1万メートル以上へ
向けて駆け上がった。
ケルフェラクは護衛のP-51隊と激戦を繰り広げつつ、B-29へと襲い掛かろうとした。
だがこの日……B-29編隊はいつものように、高度1万の高みに上がっていなかった。
皮肉にも、高高度でケルフェラク隊の戦いを指を咥えて見ているだけしかなかったワイバーン隊が真っ先にB-29編隊との戦闘に突入羽目になった。
20騎のワイバーン隊は、高度3000メートルという普段とは余りにも低い高度を悠々と飛行する重爆編隊に臆する事なく突入したが、猛烈な
防御砲火の前に大苦戦を強いられた。
ケルフェラク隊の指揮官が米重爆隊の意図を察知した頃には、ワイバーン隊の迎撃を蹴散らしたB-29群が高射砲弾の迎撃を受けつつも、
腹に抱えた大量の爆弾をレルヴィスの街へ向けて、盛大にばら撒いていた。

第20航空軍司令官であるカーティス・ルメイ少将は、この日出撃する爆撃隊に対して、従来とは大きく違った、高度3000〜5000メートル付近
を飛行し、多少の危険は織り込み済みで行う大規模絨毯爆撃を命じていた。
従来の高度1万以上からの高高度爆撃では、目標への着弾率が大きく低下する上に、既にこちら側のやり口を知った敵迎撃部隊の激しい迎撃に晒される
為、爆撃隊の損害率も一向に低下し辛いというデメリットがあった。
今年に入ってからルメイを含むアメリカ軍戦略爆撃機部隊は、シホールアンル本土に対して激しい戦略爆撃を行うも、敵も各所で果敢な迎撃戦闘を
展開するため、撃墜されたB-29は今年だけでも59機、損傷し、帰還後に破棄された機も含めると、実に120機を失っていた。
B-36だけは敵機の迎撃を受けない、高度1万4千から1万5千メートル付近を飛行するため、被撃墜機は0に留まっている。
なお、帰還中の事故などで6機が失われているものの、B-29と比べれば、B-36こそが無敵の重爆撃機と言える。
だが、B-36の数はまだ少ないため、B-29が遠距離の戦略爆撃の主役となっている今では、度重なる損失の連鎖は止めなければならなかった。

731ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:35:42 ID:R7BORdwY0
そんな中、ルメイは思い切ってB-29を高度1万から高度3000〜5000メートル前後の中高度を飛行させ、敵の意図を欺きつつ、爆撃の精度を
上げて、目標の破壊効率を改善させようと試みた。
無論、各爆撃機は可能な限り爆弾、焼夷弾を多く積むため、できるだけ機銃を多く取り外して搭載量を増やそうとした。
ルメイの考えは、当然の事ながら各所から猛反対され、反対者の中には「自殺行為だ!!」と叫ぶ者も居た。
だが、ルメイはこれらの反対意見を抑え込み、この日の中高度爆撃作戦を敢行したのである。
鉄のロバとあだ名されるルメイの頑固さが発揮された瞬間であったが、この日の爆撃作戦は、まさにルメイの望んだ通りとなった。

「敵のレルヴィス爆撃では、死傷者7万人、罹災者42万人の大惨事となりましたが、敵側は主力の爆撃機編隊を従来とは違って、低高度から飛行させて
我が方の迎撃を殆どかわす形で爆撃を行いました。敵が低高度付近に降りてきたのならば、より多くのワイバーンや飛空挺を投入して迎撃を行う必要があ
ります」

ハルクモム中佐がそう言うと、室内の一同は深く頷いた。

「そこで、都市防衛に増援を送ると言うことになるのだが……その前に、皇帝陛下は眼に見える戦果……それも、我が本土の沿岸部を遊弋する敵機動部隊の殲滅を希望しておられる」
「敵機動部隊の殲滅は、増援部隊を用いたとしても非常に困難です」

リリスティがキッパリと言い放つ。

「先日の敵機動部隊攻撃も、ほぼ不意打ちに近い形で攻撃できたにも関わらず、こちら側の損耗も激しかった。今度ばかりは敵も備えて来る事は
ほぼ確実でしょう。そうなれば、犠牲だけが多く、成果は不十分な物になる可能性が極めて高いかと」
「ふむ……では、陛下の命令は完全には成し遂げられぬと」

エルグマドは最初から分かっていたと言わんばかりにリリスティにそう言い放った。

「ただし……これは敵機動部隊の全力と正面から向き合えば、の話です」

海軍側の魔道参謀であるヴィルリエ・フレギル少将がすかさず間に入った。

「ここ最近のアメリカ海軍は、複数ある空母群をそれぞれの目標に向けて分散させて行動しているという報告が頻繁に見られています。先日の
クガベザム沖の米機動部隊も、1個空母群が単独行動している所を見計らって味方ワイバーン部隊が反撃を行っています」

732ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:36:40 ID:R7BORdwY0
「つまり、敵機動部隊が複数の空母群纏めている所に攻撃すれば、まともに反撃を受けて攻撃の成果が上がり難くなるものの、単独の空母群だけを
叩くのならば……”勝ち逃げ“も可能になる……と言う事です」

リリスティもヴィルリエに続いてそう言い放つと、陸軍側の面々もなるほどとばかりに顔を頷かせた。

「一昨年の第1次レビリンイクル沖海戦の再現を狙われるのですね」

ハルクモム中佐が言うと、リリスティも流石とばかりに頬を緩ませた。

「資料をよく見られているようね。そう、あの海戦の再現を狙う。陛下の命令通りに事を起こすには、それしかない」
「しかしながら、それをやるのと、敵側がこちらの理想通りに動いてくれるかは別問題であるかと思われます」

ハルクモムが幾分強い口調で指摘して来た。

「我がワイバーン部隊と飛空挺隊は、結果の差異はあれども、敵側の不意をついて戦果を挙げる事ができました。ですが、敵が今度も、艦隊を
分散させて行動するとは限らないかと。敵も先の戦いで改めて学んでいる可能性も考慮しなければなりません」
「無論、そのつもりであろう」

エルグマドも口を開く。

「海軍側としても、まずは敵の今後の出方を見てから行動を起こす事を考えておるかな?」
「はい。復帰した竜騎士の再訓練も必要ですし」
「海軍総司令官もそう言われるのならば、陸軍としても増員の竜騎士、搭乗員を受け取った後はしばし再訓練と戦力の再編に専念する事にしよう。
それから……」
エルグマドはしばし間を開けてから言葉を続ける。
「既存の航空戦力と、増援の航空戦力を全て敵機動部隊攻撃に差し向ける訳にもいかん。敵は海の上だけではなく、地上と、空からも迫って来ておる。
陛下は敵機動部隊の殲滅をご所望だが、集められるだけの戦力で持って、と言っておられるのであって、全てを投入せよととは聞いておらんからな」

エルグマドは無表情のままそう告げたが、この時、リリスティはエルグマドの意図を見抜いていた。

(なるほど……昔から狡猾と言われて来ただけはある)

「また、敵に航空戦力増強を悟られてもならないだろう。海軍側としては、もし敵機動部隊攻撃を実行する場合、航空戦力をどのように運用した方が
良いと考えるかね?」

733ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:37:17 ID:R7BORdwY0
「貴重な航空戦力を攻撃用として、大々的に使用する事自体……私は反対です。ですが、陛下の命令が出た以上は致し方ない事。であるならば……
攻撃実行までは従来通りの運用で問題ないかと思います。そして、実行までの間に再訓練、再編を済ませ、攻撃直前に現在、各地で建設が進んで
いる秘匿基地へ移動し、目標と定めた敵機動部隊を攻撃すべきと考えます」
「ふむ、私も同じ事を考えておった。しかし、建設中の秘匿基地は、一撃離脱戦法を主戦法に据えた我がワイバーン隊が退避用に使う目的で
あちこちに作っている物なんだが、これが攻撃に役立ちそうになるとはのぅ」

エルグマドは顎をさすりながら、意外そうな口調でリリスティに言う。
元々、陸海軍ワイバーン部隊や飛空挺隊は、攻勢的な航空作戦は例外を除いて一切禁止するという新しい基本方針を打ち立て、米軍のジェット戦闘機隊が
暴れるようになってからはより一層防御的な作戦行動のみを行うようになっていた。
主な任務と言えば、守りの薄い敵爆撃機編隊を狙って迎撃するか、一撃離脱に徹して敵戦爆連合編隊の隙を突いて通り魔的に襲撃、または、地上部隊の
上空援護がない一瞬を狙って地上爆撃する。
そして、比較的纏まった機数を集めて、主導的に行動できるのが敵戦略爆撃機編隊の迎撃など、殆どの任務が守り一辺倒の物ばかりとなった。
防御一辺倒のシホールアンル航空部隊は、敵ジェット戦闘機隊の出現直後は甚大な損害を出して惨敗したものの、12月末から2月下旬のワイバーン、
飛空挺損失数は382、損傷は290と、圧倒的多数の連合軍航空部隊を相手にし続けている割には比較的損害を抑えられていた。
逆にシホールアンル軍はワイバーン、飛空挺隊と地上軍の防空部隊共同で連合軍機500機を撃墜し、200機前後に損傷を与えており
(戦果判定は過大と言われているが)無理な航空攻勢を控えた結果が如実に現れていた。
現在、シホールアンル航空部隊は、陸軍がワイバーン698騎に、飛空挺312機、海軍がワイバーン698騎を保有しており、これに特別指導要員とは
別に、従来から補充が予定されていた正規の補充ワイバーンと竜騎士が陸軍に70騎、海軍に50騎加わる。
また、生産が容易な簡易飛空挺のドシュダムが月産100機を維持しており、これらもまた補充としてドシュダム装備部隊に送られていた。
そこに総動員された特別指導要員が1500名……ワイバーン1000騎、飛空挺500機が加わる事となる。
これらの航空部隊を運用する上で必要なのが、シホールアンル全土で建設中の簡易飛行場であり、今現在、実に100以上の飛行場が動員された
帝国臣民の協力のもと、急ピッチで建設中である。
これまで通り防御一辺倒ならば、1年以上は敵航空部隊や敵地上部隊を脅かし続ける事ができたであろう。
だが……航空攻勢を行うともなると、その損耗率は甚大な物となり、損失数も爆発的に増える事は間違いない。
しかも、既に後進を育成し、細々とながらも補充できる手段を絶ってしまっているのだ。
何かしらの手を打たなければ、シホールアンル航空部隊は短期間で全滅するであろう。
だが……

(ねぇリリィ)

リリスティと同じ考えに至ったのか、隣のヴィルリエがヒソヒソと話しかけてくる。

734ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:38:22 ID:R7BORdwY0
(どうやら、エルグマド閣下は何かを思いついたようだね)
(えぇ、そのようね)

エルグマドが別の議題に向けて話を進める中、リリスティもその横で小声で返す。

(攻撃に数が必要なのは当然。でも、防御に使うのも、数はいる……エルグマド閣下は、爆撃機編隊への備えを理由に、温存策を思いついたようね)
(はは、本当狡猾だねぇ……ただ、防空部隊への配慮が必要なのも確かな事だし、陛下から何か言われても、それで押し通すつもりだね)
(あー……あのカス……じゃなくて、皇帝陛下がエルグマド閣下を叱責されるようなら、あたしはエルグマド閣下に助け舟を出すよ)

リリスティはそう呟き返してから、どこか凄みを帯びた微笑みを浮かべた。
話はエルグマドとハルクモムが中心に進めている。
会議の議題は帝国南西部……先日占領された旧ヒーレリ領最後の都市ペリシヴァより開始された、別の連合軍部隊の攻勢に移っていた。
話を聞く限り、ペリシヴァを占領した連合軍部隊は、2月26日には早くも攻勢を開始しており、現地を守備するシホールアンル陸軍は敵に押され
通しとなっている。
28日には、国境から9ゼルド(27キロ)北にあるポトクリィマ市まで迫っており、敵部隊はこのまま同市を制圧する勢いで進撃を続けていたが、
新たに投入された第218師団が市街地手前で敵の進撃を停止させ、現在は市街地に誘導する形でジリジリと後退しつつ、市街戦の準備を進めている
という話だった。
ポトクリィマ市は昔から城塞都市として使われており、古来から防衛拠点として大昔から何度も攻防戦が行われた歴史ある都市でもある。
ポトクリィマ市が防衛拠点として使われてきたが、ちょうど都市の左右に湿地帯が広がる地域に建てられた事もあって、攻撃を受ける側からすれば
ちょうど守りやすい位置にあるため、非常に戦いやすい。
だが、守りやすいという理由がある反面、過去に何度も敵の攻撃で壊滅的な打撃を受けてきた都市でもあるため、幾度も荒廃と復興を繰り返して
きた都市でもある。
今回、新編成の第218師団は旧ヒーレリ領より進軍してきたミスリアル軍3個師団を相手に果敢な迎撃戦闘を繰り広げており、その戦いぶりは
エルグマドも賞賛するほどであった。

「予定では、2日後にポトクリィマ市に後退し、師団砲兵を後方に展開させつつ、市街戦で敵の進軍を食い止めるようです」

ハルクモムも淡々とした口調で報告しつつも、218師団の戦闘ぶりに感嘆を受けているようであった。

「それにしても、218師団は26日に師団長含む師団司令部が空襲で全滅したにも関わらず、よくこれだけの動きができる物だな」
「新たに任命された臨時昇進の新師団長が上手く指揮を取られておるようです」

話を聞いていたリリスティは、陸軍側がメインの話のため、半ば他人事のような気分で話を聞いていく。
内心では、陸軍にもまだまだ勇者はいるもんだなと、心の中で感心していた。
そこに参謀長も幾分興奮気味の口調で話に加わる。

735ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:38:54 ID:R7BORdwY0
「新師団長は砲兵出身で野砲の扱いが上手く、ミスリアル軍部隊の前進に対して適切に砲兵支援を行っておるようですが、それだけには留まらず、
最前線にも出て陣頭指揮を取る豪の者でもあるようですな」
「最前線で指揮を取るのは流石にやりすぎではあるが……敗色濃い今の状況では明るい話ではあるな」

エルグマドは向こう見ずと言いたげではある物の、その新師団長の働きぶりには感嘆の念を抱いていた。

「新師団長の名前ですが……少々お待ちを」

いつもは準備の良いハルクモムにしては珍しく、机に置いてあった紙を何枚かめくって噂の英雄の名前を確認しようとしていた。

「ありました。218師団はミリィア・フリヴィテス大佐……26日に昇進されておりますから、フリヴィテス少将が指揮を取り、ミスリアル軍
3個師団の進撃を今の所釘付けにしております」
「え……ミリィア!?」

リリスティは思わず叫ぶと同時に、勢い良く席から立ち上がった。

「どうした、モルクンレル提督?」

リリスティが見せた予想外の反応に、エルグマドは困惑した顔で彼女の顔を見上げた。

「……取り乱してしまい、申し訳ありません。ただ……私の親友の名前が今、耳に飛び込んできてしまった物ですから」
「フリヴィテス将軍が提督のお知り合い……いや、親友でありましたとは」
「彼女とは昔から付き合いがあり、色々と一緒にやり合った仲です。数日前に偶然再会し、旧交を温めながら、戦地に赴く所を見送りました。
任地までは知りませんでしたが……」

リリスティは途端に強い動悸に見舞われた。

「く……!」
「総司令官、お気を確かに」

ヴィルリエが冷静な口調でリリスティの動揺を抑えにかかる。

「今は、将軍の奮闘を祈るばかりです。我々は我々で、できる事をやらねば」
「そう……だな。うん、確かに」

736ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:39:28 ID:R7BORdwY0
リリスティは小さい声でそう返すと、深呼吸してから自らを落ち着かせる。

「失礼いたしました。私には構わず、どうか続きを」

彼女は落ち着いた声音でそう言うと、先とは打って変わって静かに腰を下ろした。

「まぁ落ち着きたまえ、提督。218師団は今の所、損耗率1割程度で重火器の損耗も少なく、上手くやれているそうだ。それに、聞いた限りでは
彼女は運が良い。提督が心配する必要はなかろう」
「は……お気遣い、感謝いたします」
リリスティが感謝の言葉を述べると、エルグマドは無言で小さく頷いてから、話を続けた。
「218師団の属する69軍団は、334師団と164師団が市街地の北に後退を完了しており、218師団を支援できるようになっておりますが、
この2個師団は218師団と交代する直前までミスリアル軍3個師団に散々叩かれておりますので、戦力として期待はできません」
「69軍団は第36軍が指揮していたが、36軍から増援は遅れんのかね?」
「36軍は別の地域で米軍の攻勢に対応中のため、69軍団への増援の見込みは今の所、ありません。あと、問題は他にもありまして……
ポトクリィマ戦線から北に離れた地域で東部戦線への鉄道輸送を予定していた部隊が、米軍の補給戦爆撃の影響で急遽輸送できなくなり、
現在は駅周辺の森林地帯で偽装しつつ待機中です」
「参謀長、それは本当かね?」
「はい。2個石甲師団を含む4個師団が足止めを受けている状態ですな。北部で編成を完了し、東部戦線の主陣地へ輸送途中でしたが……」
「参ったものだ。敵も嫌らしいことをするもんだのぅ」

エルグマドは苦々しげに参謀長に返したが、リリスティは、まさかの激戦地に投入され、圧倒的な劣勢下で戦う親友の事で頭が一杯であった。

1486年(1946年)3月2日 午後3時 ミスリアル王国レマンナ

ミスリアル王国レマンナ魔導学院の学院長を務めるラムベリ・ラプトは、頬杖を付いた状態で細目になりながら、本のページを1枚ずつめくっていた。

「ふむふむ……もちっと小さめがいいか。でかいのも悪くないが、如何せん小回りも必要になる」

やや気の抜けた口調でぼやきつつも、彼は本のページをめくり続ける。

「やはり速さがいいな。小さくても遅すぎるのダメだ」

ページを捲るたびに、ラプトはページの内容や絵を批評しつつ、ゆっくりと読み進めていく。

737ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:40:25 ID:R7BORdwY0
彼の外見は、傍目から見ればどこにでもいるダークエルフ族出身の若い青年であり、どこか気弱そうな長い銀髪がその気怠げな雰囲気をより
醸し出している。
だが、若そうな年齢が想像できる割には、口調は妙に重々しい。
まるで、歳を食った年配者のような感覚に見舞われるのだが、それは間違いではなかった。
ラプトは御歳80歳を超える。
アメリカ的に言えば高齢者に入る年齢だが、不老長寿種の1つであるエルフ族の彼には、その外見的な老いというものが存在しなかった。
だが、内面的には行きた年数だけの経験が反映されている事もあって、若い世代の部下達とたまに雑談などを交わしていると、会話が微妙に
噛み合わなく場合もある。
最近知ったアメリカの言葉には、世代間ギャップという物があり、自分は時折、そのギャップに苦しめられているのだと、ラプトは時折
口にするようになった。
そんな彼は、ミスリアル王国の中で有数の氏族でもあるエスパレイヴァーン族の族長であり、王国中枢との繋がりも深い事で知られている。
それに加えて、王国内でもこれまた有数の魔導学園であるレマンナ学院の学院長も務めており、過去の経験を生かした魔導研究はもとより、
教壇に立って授業を行う事もある。
魔法戦士から研究者……そして、教育者という幾つもの顔を持つラプトは、今やミスリアル魔法研究の権威として魔法学会のトップに君臨する
大人物とも言えた。
そんな大物である彼は、本を見ながら来客を今か今かと待ち続けていた。

「もう3時か。あいつめ、大先輩を待たせるとはいい度胸だ」

ラプトは舌打ちしつつ、本から目を離して、隣に置いてあった報告書に目を通す。

「しっかし、レイリーに渡した水晶が派手に砕け散るとはな。ハヴィエナは禁呪指定を受けただけもあって、発動体の水晶は強度自体かなり
高いはずだったが……」

彼は目を細めながら、水晶が割れた原因を考え始めた。
そこにドアが勢い良く開かれ、待望の客が彼の部屋に入室してきた。

「族長!お久しぶりです!!」

余りにも大きな声に、ラプトは思わず体をビクンと跳ね上げてしまった。

「お、おい!なんだその声は!それにドアを勢い良く開けるんじゃない!あとここでは族長と呼ぶな、学院長と呼べ!」

738ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:43:36 ID:R7BORdwY0
「この間お会いした時は族長と呼べと仰られたでありませんか」

客人はムスッとした表情のまま、ラプトに言い返した。
そのダークエルフ出身の青年は、2年前に採用されたミスリアル海軍専用の紺色の軍服と制帽を身につけていた。

「その都度場を見て呼べと言ってるんだよ。わかりませんかな、メヴィルゼ提督?」
「あなたが幾つもの肩書きを持つからじゃありませんか」

メヴィルゼと呼ばれた青年は、そのままの口調で答えた。
ラプトの部屋を訪れた青年……クリスパン・メヴィルゼ海軍大将は、ミスリアル海軍総司令官を務める海軍軍人である。
年齢は62歳であり、16歳の頃に軍に入隊してから46年間軍人をやってきた彼であるが、実は異色の海軍軍人でもある。
元々は、陸軍の軽装兵旅団所属から軍歴が始まった彼だが、アメリカが転移する前にシホールアンル軍によって海軍が全滅して一から
作る羽目に陥ったため、陸軍河川部隊を指揮していたという経験を持つ彼が海軍総司令官に就任するという目茶苦茶な展開になった。
メヴィルゼは当然任官を拒否したが、ラプトの説得を受けて嫌々ながら海軍のTOPになってしまった。
だが、元々海軍を再建をほぼ諦めていた当時のミスリアル王国は、名目上の海軍部隊を有するだけで、実際はわずかに生き残った水兵が
海軍歩兵旅団として地上戦を戦うだけに過ぎず、メヴィルゼは海軍軍人なのに結局は陸上戦闘を指揮するという訳の分からない状態になっていた。
海軍総司令官就任2年目……1482年には、ミスリアル本土にシホールアンル軍の大規模な侵攻を受け、あわや亡国一歩手前まで行くものの、
そこを救ったのが……異界より召喚された、アメリカ合衆国所属のアメリカ海軍であった。
亡国の危機を脱したミスリアルは、43年初頭から軍の近代化を本格化させると同時に、陸軍のみならず、海軍の再建と空軍の創設も視野に入れ始めた。
この時から、メヴィルゼは門外漢ながらも、ミスリアル海軍再建へ向けて身を粉にする勢いで働いた。
44年中旬にはミスリアル海軍水兵をアメリカ本土で訓練を受けさせる事が正式に決定し、44年末からはミスリアル海軍の水兵が少数ながらも、
順次米本土に旅立っていった。
また、アメリカ海軍が戦った数々の海戦の記録を取り寄せるべく、メヴィルゼも自らアメリカ本土に趣いた。
米本土では、アメリカ海軍作戦部長のアーネスト・キング元帥や海軍長官フランク・ノックス長官と直談判する事で、多くの資料(文書の写し)を
ミスリアル本土に持ち込む事ができた。
45年末には、艦隊再建計画も本格化し、46年から駆逐艦、巡洋艦を主力とする軽快艦隊を手始めとし、段階的に艦隊規模を拡充しつつ、
将来的には空母を含む機動部隊の保有も視野に入れる事が決まった。
だが、先日米本土でキング提督と会談したメヴィルゼは、すっかり身についていた自信を打ち砕くような出来事に見舞われた。

「族長!貴方達が開発した支援兵器の件で、キング提督からこっ酷く叱られましたぞ!」
「なにぃー?私達は使い物にならんクズを提供した覚えはないぞ」

739ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:44:12 ID:R7BORdwY0
ラプトは眉を吊り上げ、半ば睨みつけながら反論する。

「最初は使えておりましたが、途中で駄目になった奴があると言われましたぞ。私はキング提督になんと言われたかわかりますか?命懸けで
戦っている将兵に、そのような不良品を送りつける国の海軍が順調に成長できるとは思えん、軍艦を与えてもすぐに駄目にするかもしれん……
と言われたんですぞ!!」
「おいおい、そりゃ酷い言われようだな。それで、具体的にはどの件で怒られたんだ?」
「……昨年12月のウェルバンル・シギアル攻撃と、今年1月にアメリカ潜水艦の件です。共に貴方達が主導で開発、提供した物が機能不全に陥った
事で、重大な危機を招いたと、キング提督から伝えられています」
「ふむ……それはすまない事をした」

ラプトはすぐに頭を下げた。

「実のところ、君が来るまでその件について原因を探っていたところだ。いずれは、私自身から直接、アメリカ側に謝罪しようと思っている」
「なるほど……それなら、私もこれ以上言う事はありません。ただ、あと一つ付け加えるのであれば、支援兵器の信頼性はもう少し上げるべきと
考えております。戦場で戦う将兵にとって、途中で使い物にならなくなる兵器ほど、恐ろしい物はありませんからな」
「重々承知している。私もまだまだだ」

神妙な面持ちで、彼は反省の意を示した。

「さて!反省もほどほどに」

唐突に、彼はケロリとした表情でメヴィルゼに顔を向けた。

「あの……もう少し反省してくれても良かったんですが」
「いつまでもクヨクヨしてはつまらんだろう!今は戦時だ、ささっと切り替えんとな。ところで……その手に持っているのは、例のアレかね?」
「いやはや、相変わらずですな。その性格には毎度ながら感心しますよ」

メヴィルゼはやや呆れながらも、ずっと片手に持っていた紙袋を机の上に置いた。
それは、つい最近ミスリアル王国に初進出したばかりである、アメリカのファーストフード店、A&Wの紙袋であった。
紙袋を差し出すと、ラプトは目にも止まらぬ速さで奪い取り、紙袋の中に入っていた食べ物を取り出す。

「おお……これがアメリカの国民食……A&Wのチーズバーガーか!」
「その通りです。族長が来る前にこれを買ってから来いと言うもんですから、私は行列に混じってから苦労しつつ、やっと買えましたよ」

740ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:47:51 ID:R7BORdwY0
1946年1月から、南大陸各国では、アメリカ発のファーストフード店であるA&Wが相次いで出店し、計30店舗がめでたく開店となった。
ミスリアル国内には、5箇所のA&W支店が開店したが、その1つはレマンナ学院から5キロほど離れた町に出来ており、開店から1ヶ月
経った今でも、店内はほぼ満員となり、カウンター前には常に行列が出来ていた。
メヴィルゼは、ある者は初のアメリカ食に胸を躍らせ、ある者はその味にハマって病み付きになるなど、多くのミスリアル国民がその味を
楽しむゆえに作られた、長い行列の中を30分ほど歩いた末に購入できた。

「2個入っているな。全部私のだな!」
「いやいや、1個は自分のですよ。あと、このポテトとケチャップも忘れないでください。セットで食べると、もっと美味いですよ。あっ、今の
うちに自分の分は取っておきます」
「なんだ、全部くれないのか!ケチな海軍大将だな」

ラプトは紙袋からチーズバーガーとポテト、ケチャップを取り出すメヴィルゼに文句をつけるが、気を取り直して、初めてチーズバーガーを齧った。

「お、大きく行きましたね」

メヴィルゼは、大きく頬張るラプトを見つめつつ、その反応を待った。

「ほほぉ……素晴らしい味だ。アメリカ人はこんな物を毎日食ってるのか」

ラプトは興奮気味に喋りつつ、2口目、3口目と齧り付いていく。
半分ほど食べると、彼はポテトにケチャップを付けて、それを口の中に放り込んだ。

「ふむ!こういう感じになるのか。なかなかいい相棒じゃないか……」

ラプトは、今までに感じた事のない恍惚感を味わった。

メヴィルゼがチーズバーガーを半分食べた頃には、ラプトは自分の分をすっかり食べ終わっていた。

「完食!今までに食べた飯の中で一番美味かったぞ」
「いやぁ、夢中で食べとりましたな」
「こんな美味い飯を作るアメリカは最高だ。それに比べてシホールアンル人共から奪い取ったあの糧食はただのゴミだったな!」
「まぁまぁ、落ち着いて」

興奮気味に早口で捲し立てるラプトを、メヴィルゼは両手を使って宥めすかした。

741ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:48:27 ID:R7BORdwY0
「まーしかし……美味すぎる飯という物はいい素材をたっぷり使っているから美味い訳だが、食べている途中で何かしらの問題点も感じ取れたな」
「何かしらの問題点、ですか?」
「ああ。それはつまり、美味すぎる飯を比較的短時間で多く取れる。いや、取れてしまうという事にある」

ラプトはそう言うと、自らの腹を3度ほど叩いた。

「この飯は腹によく収まるが、恒常的に食べると、ここら辺に変化が出る。そう……太るんだ」

彼は席を立ち上がって、室内をゆっくりと歩きながら説明していく。

「近頃、授業中に気づいた事があってな。幾人かの生徒の体型が明らかに大きくなっていた。そう、肥満してやがったんだ。彼らはあの店が出来てから、
毎日のように通ってハンバーガーとかを食べていたが、その結果、肥満になってしまった。それから必死に体型を戻そうとしているが、思った以上に苦労
している。メヴィルゼ、アメリカ人にも、この辺が……まぁ、言い方を変えて、いい感じに成長している奴が多いだろう?」

ラプトは腹の辺りを両手で大きく半円を描きながら質問した。

「ええ。貴方の言われる通りです。中にはこんなにも……ええと、成長が著しい方がいるのかと。ある意味戦艦みたいなもんだなと感じた次第です」
「戦艦に例えるのはどうかと思うぞ。私から見れば、戦艦は筋肉質で体型の素晴らしい戦士みたいなもんだと思うが、まぁそれはともかく……
アメリカ人はいい飯を食い、豊かな生活を送っているが、良い物でも取り過ぎれば体を害する場合もある。特にあのチーズバーガーは、それの
典型であると、私は思ってしまったよ」
「はぁ……確かにそうでしょうな。しかしながら、それもアメリカの良さであるかと、自分は思います。我々の世界では、例えば肥満は恥であるという
考えが主流ですが、アメリカではそうではありません。まぁ、アメリカ内でも肥満は自己管理能力の欠如であると言われているようですが、それでも
我々の世界のように叩きまくると言うような事はありません。言うなれば、アメリカはそれぞれの違いがはっきりと見え、意見も真剣に言い合い、
それなりに尊重する動きが見えるのです。違いが見えれば即処断し、意見の相違なぞ無視か排除する……我らが世界との差はそれかと……」
「それが、自由の国アメリカである、と言う訳かね?」

ラプトは真剣な眼差しでメヴィルゼを見据える。

「そうです。だからこそ、アメリカは戦争でも強いと、私は確信しています」

メヴィルゼは目を逸らさず、真っ直ぐ見つめたままそう断言した。

「そうか……あの戦場で初々しかった若き戦士も、立派に成長したものだ」
「何年前の話をしているんですか。まぁでも、貴方も以前に仰られたでしょう、エルフ族は年月と共に強く、賢くなる、と」
「いやはや、恐れ入った」

ラプトは満足気に言うと、メヴィルゼから目を離し、自らの席に戻った。

742ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:49:27 ID:R7BORdwY0
「さて……腹も膨れたし、食後の読書でも楽しむとしよう」

彼はそう言いながら、メヴィルゼの目の前で鼻歌まじりに読書を始めた。
残ったチーズバーガーを食べ始めたメヴィルゼは、無言のまま食事を進めていく。
しばしの間、狭く、古い本や研究資料で満たされた室内は静寂に包まれた。

全てのポテトを食べ終わったメヴィルゼは、徐にラプトの読む本に目を向けた。
それと同時に、ラプトが口を開く。

「思い出した……そう言えば、また実戦で使えそうな魔法が間も無く完成するんだが」
「実戦で使えそうな魔法ですか……効果はどのような物です?」
「まぁ、言うなればお助け系かな」
「お助け系ですか……MB弾のような失敗作はやめてくださいよ。2年以上前のカレアント反攻で使用された際、使い辛いから不採用となった
過去がありますが」
「そんな物とは違う。アメリカさんが最も欲しかった物だよ。ただね……実験を行うにも、私達が持っている備品では流石に足りなくてね……」
「そこで、海軍大将であるこのメヴィルゼの出番、という訳ですな?」
「おー、話が早くて助かるね」

ラプトは微笑みながら返すと、本のあるページに目が止まり、指先をゆっくりとなぞる。

「要は、アメリカさんにもまた、協力して欲しいと言う訳だ。勿論、私は先の件について謝罪する。その次に、実験への協力をお願いしたい」

彼はメヴィルゼにそう言いながら、指先をある所で止め、その部分の文字列を横になぞって行く。

「謝罪は直接出向かれてから行かれるのですか?」
「そう考えてはいるが、如何せん、ここでの仕事も忙しい物でね。それに、実験も行うとなると、より一層ここから離れられない。ひとまずは、
謝罪文を送ることで、アメリカ側へ謝意を表したい」
「……なるほど。それなら、私の方で貴方の謝罪文をお渡しいたしましょう」
「うむ。そのあとで、実験の話も進めてもらいたい。この実験はアメリカ側にとっても悪い話ではないはずだ」

彼はそう言いながら、ある英語の文字列をもう一度、指先でなぞって行った。
その文字列には、

USS Des Moines-class Hevy cruiser

と、特徴的なシルエットの上に書かれていた。

743ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/31(日) 22:50:09 ID:R7BORdwY0
SS投下終了であります

それでは皆さま、良いお年を!

744HF/DF ◆e1YVADEXuk:2023/12/31(日) 23:32:37 ID:lUDG0KFQ0
投下乙です、ちょっと早いお年玉ですかな?
シホールアンル、教官やってたベテランを投入とは…これはまずい展開だ(しかも独断専行までやらかすというおまけつき)
あとデ・モイン級重巡で行われる実験とは何なのだろう…

そしてジャンクフードかっ喰らった挙句太るエルフという色々とぶち壊しなネタ…メタボなエルフ、かあ(頭を抱える)

745ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/01(月) 13:02:46 ID:R7BORdwY0
>HF/DF氏 ありがとうございます。ちょっとした年末進行的な投下になりました

>デ・モイン級で行われる
まぁ、ちょっとした実験です

>ジャンクフード好きエルフさん
エルフさんは痩せられない1940年代verがあちこちで見かけられると言う、ちょっと残念だけど、
見てる側からしたら面白い状況になっちゃってますね

746ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/29(月) 20:39:17 ID:Zo.OeHzY0
ツイッターXでも書きましたがここでもご報告を
明後日の夜辺りには更新できるかもしれません。
恐らく夜6時から8時の間になりそうです

747ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:42:28 ID:Zo.OeHzY0
こんばんは。SSを投稿いたします

748ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:44:31 ID:Zo.OeHzY0
第296話 西方へ

1486年(1946年) 3月4日 午後3時 シホールアンル帝国テペンスタビ

シホールアンル帝国陸軍第515歩兵師団は、今まさにアメリカ軍前進部隊の猛攻撃を受けつつあった。

「敵戦車!前方800グレル!撃てぇ!」

第515師団第1213連隊に属する砲兵大隊では、野砲を水平にして敵戦車を迎撃し、今しも1両を擱座させた。

「敵戦車が動きを止めました!片脚をやられた模様!」

砲兵小隊長が鉄帽の中に滲む汗を拭う中、部下の砲兵が弾んだ声で叫ぶ。
砲弾は敵の履帯部分……右のキャタピラに命中した。
白煙の向こうから損傷箇所が見えるが、損傷の具合は思ったよりも酷くない。
だが、片方の履帯は完全に切断され、敵戦車は気付かぬうちに右側へ転回しようとしている。

「とどめを刺せ!あいつはまだ生きてる。その場を回りながらあちこちに弾をぶち込んで来るぞ!」
「分かってますぜ!」

部下は小隊長にそう返しながら、次の砲弾を備砲に装填した。

「装填よし!」
「撃て!!」

腹に応える砲声が響き渡り、砲弾は過たず米軍戦車に突き刺さった。
弾はまたもや履帯部分に命中したが、今度は先程よりも大きく破損して、爆炎と共に足回りの部品や破片が大量に飛散した。
先程よりも濃い白煙に包まれた敵戦車が完全に動きを止めた。
その直後、敵戦車のハッチが勢い良く開かれ、乗員が大急ぎで飛び出してきた。
別の陣地で魔導銃を構えていた兵員が逃さぬとばかりに光弾を乱射し、憎き戦車兵に追い打ちをかけていくが、残念な事に
敵戦車兵を捉えるには至らなかった。
魔道銃座の兵は尚も光弾を撃ちまくったが、その至近に砲弾が着弾し、大量の土砂が舞い上がった。
間一髪直撃を免れた銃座の兵は、大慌てで頭を塹壕内に引っ込める。
アメリカ軍機械化師団の攻撃は激しく続いており、今も戦車群に率いられたハーフトラックの群れが陣地内への突入を続けている。
数両のハーフトラックが、戦車が踏み潰した塹壕の近くに停止し、そこから下車した米兵が陣地の制圧にかかろうとする。
だが、先導役の戦車はこの時気付いていなかったが、その真横の蛸壺陣地に潜んでいたシホールアンル兵が、肩に太い筒のような物を
乗せて戦車の側面に狙いを定めた。

749ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:45:01 ID:Zo.OeHzY0
米兵はそれに気づくと、

「バズーカだ!撃ち殺せ!!」

と絶叫し、数名の兵がM1ガーランドやBAR等を向けて一斉に射撃を始めたが、ほぼ同時にシホールアンル兵が、肩にかけていた筒から何かを発射した。
鮮やかな緑色の発光体が筒先から放たれると、ちょうど100メートル離れたパーシング戦車の側面に突き刺さった。
戦車の車体右側面から爆炎が吹き上がり、その次に夥しい量の白煙が車体を包み込んだ。
シホールアンル兵は戦果を確認する前に体を銃弾に貫かれて戦死したが、戦車は足を止め、ハッチから戦車兵がよろめきながら脱出してきた。
陣地制圧にかかるアメリカ軍歩兵も、塹壕側にいるシホールアンル兵との熾烈な銃撃戦に巻き込まれる。
互いに光弾や銃弾を激しく撃ち合い、時には手榴弾を叩き込み、爆発と同時に進もうとするのだが、決定打に欠けるため、米兵側もなかなか制圧が捗らない。
その次に、アメリカ兵側は火炎放射器を使いながら制圧を図る。
これは効果があり、シホールアンル兵を次々と火達磨にしつつあったが、そこに敵側が砲兵射撃を用いて、米兵達を次々と叩き始めた。
戦闘は激戦の様相を呈しており、アメリカ軍、シホールアンル軍共に大量の兵力を投入し続けている。
全体的には、圧倒的な火力を有し、豊富に航空戦力を投入する米軍が優勢に見えるのだが、既にここ数日の激戦で荒れ果てたシホールアンル軍陣地を
なかなか突破できないままだ。
今日こそはとばかりに、米軍はパーシング重戦車を主力とした戦車隊を支援に機械化歩兵部隊を大規模に投入して押しに推しているのだが、
シホールアンル軍も予備隊を次々に投入し続けている。
しかしながら、シホールアンル軍部隊の損耗も大きく、今日こそ後退命令が下るかと誰もが思ったのだが……
いつの間にか、アメリカ軍部隊は攻撃を中止し、残存部隊を纏めて後退に入って行った。

第1213連隊第3砲兵大隊の臨時指揮官であるトヴォン・セヴィグ少佐は、戦闘を終えたばかりの前線を見るなり、顔を顰めずにはいられなかった。

「くそ……かなりやられたな」
「貼り付けの第3歩兵大隊は半分やられました。それに加え、第2砲兵大隊は敵砲兵に3分の1の砲を破壊されて大隊長が戦死。連隊の支援に
付いていた、なけなしのキリラルブス9台は全てやられました」
「連隊の損耗率も5割近くに達していると聞いた。師団全体でもだいぶやられたらしい。まぁ、敵さんも少なくない打撃を負ったようだが」

セヴィグ少佐は、視線を荒れ果てた味方の塹壕陣地からその前方に向けていく。
彼らのいる陣地は、小高い丘の頂上に占位しているが、そこから少し遠く離れた先には森林地帯があり、米軍部隊はその森の中を走る幾つもの
歩道を進むようにして進撃してきた。

750ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:45:50 ID:Zo.OeHzY0
森は敵味方双方の砲撃ですっかり吹き飛ばされ、遮蔽になりそうな物は少なかった。
その森の入り口から陣地前まで、少なからぬ数の米軍車両が骸を晒していた。
戦闘終了から間も無い事もあり、ハーフトラックと呼ばれる車両の多くが、真っ黒な煙を噴き上げて炎上している。
そして、遺棄車両の中には戦車も含まれており、これらの大半はハーフトラックのように燃えている物は少なく、ほぼ原型を留めた形で擱座していた。

「戦車が10台以上か……ほぼパーシングのみだな。本当、よくあれだけのパーシングの攻撃を撃退できたものだ」
「後方の師団司令部直轄の砲兵隊も、全力で支援してくれましたからね。あと、携行型爆裂光弾の威力も凄まじかった」

部下の砲兵小隊長が言うと、セヴィグは確かにと頷いた。
1月からシホールアンル軍歩兵部隊には、携行式の爆裂光弾が徐々に配備され始めた。
この携行型爆裂光弾は、アメリカ軍のM1バズーカを参考に作られた対車両用の肩掛け式発射装置で、射程は75グレル(150メートル)となっており、
主に待ち伏せに使用されている。
このテペンスタビ攻防戦でも大々的に使用され、アメリカ軍機械化部隊の損耗率は、従来よりも効率的に運用された阻止砲撃と合わせて鰻登りとなった。
その反面、味方歩兵部隊の損害も大きく、携行式爆裂光弾を使用する兵は、5人中3人が必ず死傷すると言われるほどだ。
だが、この新兵器の活躍のおかげで、今やシホールアンル軍地上部隊の士気は以前と比べて高くなっている。
とはいえ、押し寄せる敵軍をいつまでも食い止め続ける事は不可能だ。
いずれは押し切られる……
セヴィグ少佐のみならず、最前線で戦う誰もが同じような結論に至っていた。

「昨日戦死した先任の大隊長も言っていたが、程良いところで下がらないと、敵の圧倒的火力差でいたずらに戦力を失いまくる。敵をほどほどに
叩いて下がらせた所で潔く後退すべきだな」
「大隊長の言われる通りです」
「ま、俺は昨日までは第1中隊長だったんだがな」

セヴィグは部下に向けて、疲れの滲んだ表情のまま冗談口調で返した。

「俺が師団長なら、今がその時だと判断するけどね」
「そもそもうちらの所属する第76軍自体が、敵の攻勢をまともに食らいすぎてて、指揮下の軍団や師団とかは大体酷い事になってるようです。
さっきの攻撃が来た時も、こりゃ戦線崩壊は確定かと思ったもんですが……正直、耐え切っちまった、と言うしか無いですね」
「味方のワイバーン部隊が援護してくれりゃ、もっとマシな戦いができるんだがな」

セヴィグはそう言った後に、腹立たしげに唾を吐いた。

751ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:46:35 ID:Zo.OeHzY0
「味方ワイバーンとかもうアテにできませんよ。たまに敵の爆撃機を襲いに飛んでいくのを見かけますけど、それ以外はずっと引っ込んだままですし」
「その分、敵の航空支援は手厚いから、こっちから見ると羨ましい限りだ。最も、今日はずっと曇りだから敵さんの航空部隊も不活発だったが」
「そう言えば、個人的に一つ気になった事があるんですが」
「ん?何が気になったんだ?」

部下が話題を切り替えると、セヴィグはすかさず問い質した。

「撃破された敵車両が多い割に……アメリカ兵の死体が少ないように思いますね。確か、敵は連隊規模の攻撃を仕掛けてきて、それが撃退されて、目に見えるだけでも30台以上の戦車や装甲車が擱座してます。その割には……」

部下は戦場を見据え、首を傾げながらセヴィグに言う。

「ああ、その事だがな。どうやらアメリカ軍は戦場で負傷兵は当然だが、戦死した戦友の遺体もなるべく持ち帰るようにしているそうだぞ」
「戦死した戦友の遺体も持ち帰るんですか?戦闘後ならまだしも、あんな激しく撃ち合ってる中でも?」
「そうだ。無論、全部の遺体を持ち帰る事は到底無理だ。だが、敵はできる限り持ち帰ろうと普段から努力しているようだ。だから、敵兵の遺体は
どこの戦場に行っても意外と少ないんだそうだ。まぁ……木っ端微塵にぶっ飛んでいる物も多少あるだろうがね」
「へぇ……帝国軍では戦闘中の戦死者回収なんてやらずに、戦闘後に回収してたもんですが。一応、帝国軍も疫病対策で放置しっぱなしは無いとは聞いてます」
「だが、敵軍……特にアメリカ軍は、戦友は遺体になっても、万難を廃して持ち帰ろうとしている。全く、火力も装備もある上に、限りなく士気の
高い敵と戦わされるなんて、これは地獄の中の地獄だぞ」

そんな敵を撃退し続けている今の状況は、まさに奇跡でしかない…と、彼は心中でそう断言した。

「大隊長、師団命令であります!」

そこに、魔導士官が走り寄り、通信紙を彼に手渡した。

「ご苦労!さて……ふむ。やっとか」
「大隊長、命令はどのような物ですか?それと、師団命令とは一体?連隊本部からの通信では無いのですか?」
「ああ。師団命令によると、515師団は現陣地を放棄し、1ゼルド後方の予備陣地に後退。その後、516師団と後退し、戦力の補充と再編にあたるそうだ」

セヴィグはそこで言葉を終えようとしたが、まだ伝えていない文がある事に気づき、付け加えた。

「それと、連隊本部は敵の多連装光弾の直撃を受けて壊滅。連隊長は戦死したとのことだ」

752ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:47:28 ID:Zo.OeHzY0
1486年(1946年) 3月5日 アリューシャン列島ウラナスカ島

「ああ、なんてこったい。愛しの旗艦が未だにドックに入院中とは……」

第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、ちょうど短期間の洋上射撃訓練を終えて帰投して来た旗艦の艦橋上から、浮きドックに
乗せられて修理中のエンタープライズ見るなり、悲嘆に暮れていた。
ダッチハーバーには2つの浮きドックが他の工作艦群と共に本土から回航されており、その1つにエンタープライズが鎮座し、もう1つには
同じ第38任務部隊第1任務群に所属する僚艦、ヨークタウンが乗せられている。
エンタープライズとヨークタウンは、先月下旬のクガベザム攻撃の際、敵ワイバーン群の反撃を受けて飛行甲板を損傷している。
損傷の規模は、エンタープライズで中破、ヨークタウンなら小破レベルであろうと思われ、被弾から半日後には両艦とも、応急修理で飛行甲板の穴を塞いでいる。
ただ、正規空母2隻が手傷を受け、その影響が残っている(エンタープライズは至近弾多数を受けた影響で速力が29ノットに低下し、ヨークタウンは第2エレベーターが停止してしまった)上に、敵航空部隊の増援がクガベザム近郊に到着し、大規模な航空反撃を受けた場合、TG38.1と、エセックス級正規空母3隻を主体としたTG38.3では荷が重いため、大事をとってダッチハーバーへ帰還した。
第3艦隊は、3月2日にはウラナスカ島ダッチハーバーに帰還し、エンタープライズとヨークタウンは、念の為浮きドックに入渠して本格的な修理を行う事となった。
ハルゼーはドック入りしたエンタープライズに代わって、別の艦を旗艦に定めて艦隊の指揮に当たったが、その翌日は、臨時の旗艦が整備後の
射撃訓練を行うため、短いながらも複数の僚艦を引き連れて、射撃訓練も兼ねた訓練航海に臨んだ。
それを終えた帰りに、ドック上のエンタープライズとヨークタウンを見るなり、嘆きの言葉を発したのである。

「長官がそう言われると、私共としては少々複雑になりますな」

艦長がそう言うと、艦橋内にいた一同から笑い声が上がった。
それを聞いたハルゼーはハッとなって、慌てて笑顔を取り繕った。

「いや、無論この艦も素晴らしいぞ。色々と勉強になったなと思った点もある」
「それはそれは、お褒めのお言葉を頂き、感謝いたします」

戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦長、ジョン・リーチ大佐は満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べた。

「ですが、長官としてはやはり、空母に対する愛情がお強いようですな。本官としては、そのハルゼー長官に一時的ながらも、旗艦としてお使いに
なられた事を誇りに思います」
「ブリティッシュジョークを交えながら言われるのもちとアレだが……まぁ、良い体験をさせて頂き、俺も深く感謝しているぞ。それに、俺も
前々からプリンス・オブ・ウェールズには乗艦したいと思っていたんだ。何しろ、大西洋ではマイリー(マオンド軍)相手に派手に暴れ回り、
太平洋ではシホット共に14インチ弾を撃ち込んでやったんだ。ガッツに満ち溢れた戦艦に乗って、その腕前を直に見れた事は非常に満足している」
「乗員達のガッツがあったからこそ、このプリンス・オブ・ウェールズが戦争の開始から今まで生き残れたのでしょう。あとは、合衆国海軍に編入
してくれたのも、この艦が生き残れたきっかけになったのだと、私は思っております」

753ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:48:03 ID:Zo.OeHzY0
ハルゼーがなぜプリンス・オブ・ウェールズを臨時の旗艦に選んだのか。
それはただ単に、今まで乗る機会の無かった、イギリス製最新鋭戦艦に一度乗ってみたいと思った事もあるが、それとは別に、大西洋所狭しと
暴れ回った上に、第3艦隊の護衛艦としても活躍し、今や百戦錬磨の精鋭艦として、練度面では合衆国海軍最新鋭のアイオワ級戦艦にも勝るとも
劣らぬと言われる同艦乗員の練度を、この目で確かめたいと感じた事にもある。
実際に乗艦し、訓練に立ち会ったハルゼーは、プリンス・オブ・ウェールズ乗員の練度の高さに感嘆の念すら浮かべていた。
艦の操艦は当然ながら、射撃訓練の精度も、その特徴ある14インチ4連装主砲を巧みに使いこなし、常に良好な成績を挙げていた。
ハルゼー個人としては、この艦の卓越した技量を直に見れたため、非常に実りのある訓練航海となった。

「長官、少しばかりよろしいでしょうか?」

話に一区切り付いたタイミングで、第3艦隊参謀長のロバート・カーニー中将がハルゼーに声をかける。

「いいぞ。何かあったか?」
「先日のクガベザム沖の航空戦で判明した事がありますので、そのご報告をお伝えしたく」

カーニー参謀長の背後には、航空参謀のホレスト・モルン大佐も居る。

「ほう、何かわかったようだな」
「航空参謀、よろしく頼む」

カーニー参謀長はモルン航空参謀に説明を促した。

「まず、当日の戦闘の際に判明した事が2つあります。まず1つですが……敵ワイバーン隊が見せたあの奇怪な急機動、もとい、分裂の事です。
クレーゲル魔道参謀の推測を一通り聞いたあと、当日に敵ワイバーン隊をレーダー画面で監視していたレーダー員から聞き取りを行いましたが……
クレーゲル魔道参謀の推測通り、敵ワイバーンは物理的に分裂し続けた訳ではなく、分裂した姿だけを見せ、それを機動でごまかして我が方の
機銃員の照準を狂わせたようです。実際、レーダー員は敵ワイバーンは今までに見た事の無い動きを見せてはいる物の、レーダー反応自体はずっと、
そのワイバーンのみが捉えられていたようです」
「やはりか!」

ハルゼーはしたり顔で反応する。
あの日、敵編隊は今まで見た事のない急機動と、幻影魔法をセットで使う事で機動部隊への接近を果たしたが、当時は敵ワイバーンが物理的に
分裂し、偽物を囮役にして弾を吸収させる事で被弾する確率を低下させようとしているのでは、という意見も多数見受けられた。
だが、同時に敵ワイバーンを狙うのではなく、敵ワイバーンのいる空域ごと狙って射撃すれば敵は被弾し、射撃の効果が出たと言う声が対空要員……
特に5インチ砲の砲員から少なからず挙げられていた。

754ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:49:11 ID:Zo.OeHzY0
「要するに、幻影魔法とやらを使うシホット共にはVT信管付きの砲弾をたっぷりと浴びせてやればいいのだな」
「その通りになります……ですが、VT信管にも弱点があります。特に、海面スレスレを行く敵に対しては、VT信管が海面の反応を捉えて通常よりも
過敏に反応し、早爆してしまうため、思ったよりも敵にダメージを与え難いようです」
「低空の敵は機銃座で対応するしかないという事か」
「ただし……ウースター級防空軽巡なら理想的な働きを見せるかもしれません」

モルン大佐がそう言うと、途端にハルゼーは不機嫌そうな顔つきになった。

「我が艦隊にウースター級はいないぞ。アトランタ級はいるが、シホット共に突破されて爆弾を食らってる」
「長官、もしもの話です。それに、従来の艦隊であっても、あの敵編隊を削れるという事は既にわかっております。なので、対空戦闘に関しては、
これまで通りに行うしか手はないかと」
「ふむ……それでは敵にもいい目を見せる事になるじゃねえか。俺としては味方艦がやられるのは面白くない!」
「長官、それを防ぐためにも、幾らかやり方を改めるしかないでしょう。あと、敵航空部隊を防ぐ一番効率的な防御は、こちら側も戦闘機を多く
飛ばして迎撃する……そう、昼間の航空作戦で一気に敵戦力を削り取る事です」
「それはつまり……夜間の敵地爆撃はなるべく控え、日中に堂々と大編隊を組んで敵地を攻撃するのみに徹する、という事かね?」

ハルゼーの問いに対し、モルンは深く頷いた。

「小官としては、それが最も効率良く、敵航空部隊にダメージを与えられる方法であると確信致しております。夜間だと、少数の夜間戦闘機のみしか、
航空戦力は使えませんので」

モルンはそう断言した。
彼の言う事はハルゼーもすぐに理解できた。
TF38の3個空母群を付近に纏めて行動させれば、例え敵編隊が大規模な航空部隊を差し向けても撃退できるであろう。
そして、シホールアンル軍のワイバーン部隊は戦力を失い、今度こそ敵は空を米軍によって好き放題されてしまうだろう。
だが、これまでの敵の動きからして……

「大戦力で突っ込めばそりゃぁ、敵を散々に打ち破れる。だがな……それじゃシホット共は出て来んぞ」

ハルゼーは仏頂面で反論した。

755ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:50:15 ID:Zo.OeHzY0
「陸軍から伝わった情報も見る限り、シホットの航空部隊はゲリラ戦のような動きしかしておらん。クガベザムでエンタープライズ、ヨークタウンが
被弾したのは、そもそもが”TG38.1単独“でいると見なされたのが原因だ。もしTG38.1のみならず、他の2個空母群と共に行動している所を
発見されていたら、連中は攻撃して来なかったはずだ」

ハルゼーは、浮きドッグで体を休める2空母を交互に見つめ、視線をそのままで言葉を続ける。

「大軍で威風堂々と現れる事自体、奴らのペースに乗せられているのかもしれんぞ」
「では長官……敵航空戦力を効果的に減殺するには、何かしらの策が必要になるかと思われますが」
「策……ねぇ」

ハルゼーは眉間に皺を寄せつつ、顎を摩った。

「レイ辺りなら、何かいい案を思いつくかな」

彼は苦笑しながら、モルンに言った。


しばらくして、上空に航空機の爆音が響き始めた。
最初は然程でもなかったが、すぐに地を圧っするかのような轟音に変わった。
ハルゼーは艦橋の窓から飛行場の方へ顔を向ける。

「B-36か」
「シホールアンル本土への爆撃へ向かうのでしょうか」

カーニー参謀長が口を開く。

「恐らくはそうだろうな」
「出港前に、飛行場に30機ほどのB-36が集結しているのが見えましたから、近々大陸戦線へ赴任する記念の爆撃行へ出撃するのかと思っておりましたが」
「あの様子だと、その予想は当たっていたようだ。しかし、行きがけの駄賃とばかりに、高度15000前後まで上がられて爆弾の雨を降らされるんじゃ、
シホット共の先は暗いままだな。いずれは、ワイバーンも飛空挺も戦略爆撃の影響で疲弊し切ってしまうだろう」

ハルゼーはそう言いながらも、内心は戦略爆撃で疲弊し切る前の敵航空部隊との決戦を望んでいたが、同時に敵が今のような、ゲリラ的航空作戦を
続ける以上、そのような戦いは起きないとも思っていた。
次々と飛行場から発進するB-36を眺めていたハルゼーだが、この時、2月末にもB-36が飛行場から発進していた事を思い出した。

(そう言えば、2月の終わりにもB-36が飛び立っていたな。あの時は3機ほどが飛び立ったが、珍しく南西方面……合衆国本土に向かっていた。
あれは本土で何かしらの整備を受けようとしていたのかな)

756ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:51:07 ID:Zo.OeHzY0
3月6日 ワシントンDC 午後2時

アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、大統領執務室でコーヒーを啜りながら、アメリカ陸軍航空軍司令官を務めるヘンリー・アーノルド大将の説明を受けていた。

「閣下、北大陸戦線につきましては、これで以上になります」
「ふむ……ミスターアーノルド、帝国軍の頑張りには私としても頭が下がる思いだが、だからと言って、数の優位が揺らぐ事はない。ここは我が方も、
粛々と事を進めるしかあるまいな。遅かれ早かれ、敵は息切れする。そこを狙って、我々は余力を持って敵航空部隊を虱潰しにするまでだ」
「ご最もでございます。閣下、話は変わりますが……かねてより準備を進めておりました、レーフェイル大陸東方沖に点在する未確認国家に対する
航空偵察が、間も無く開始されます」
「ほう。遂に始まるか」

今まで顰めっ面で報告を聞いていたルーズベルトであったが、ここで固かった表情が幾分明るくなった。

「クナリカとレンベルリカの飛行場からB-36を2機ずつ、計4機を発進させます。最初に偵察する目標はフリンデルドとイズリィホンを予定しております」
「うむ、大変結構」
「しかしながら、懸念もありますぞ」

室内で同席していたコーデル・ハル国務長官がすかさず指摘する。

「フリンデルド、イズリィホンはいずれも独立国であり、その国土の近辺を航空偵察する事は、相手国に非難される恐れがあります。また、領土の
上空に侵入すれば、前世界で言われる領空侵犯を行った事になり、激しい反発が予想されます」
「その点は重々承知している。それを分かった上で実行するのだ」

ルーズベルトは既に決定事項だ、と言わんばかりにそう断言する。

「偵察機には沿岸部のみを飛行するように厳命します。国務長官の言われるような、当該国のど真ん中を突っ切るような飛行は一切行いません。
そもそも、この偵察飛行はレーフェイル大陸から東にある未確認国家を確かめる事を目標に定めた、観測飛行であります」
「観測飛行に戦略爆撃機を……しかも、敵対国を攻撃し続けているまさにその当該機を送り込むと言うのは、如何なものかと」
「B-36以外にこの長距離飛行をこなせる機体が居ないためだ。往復8000マイル(12800キロ)の偵察飛行だ。その他の機体を仕立てようにも、
今から作っては年単位の時間がかかってしまう」
「だからこそ、B-36を使うのです。機体の性能も最高であり、万が一の事態にも備えられるかと」
「万が一の事態とは……もしや、戦闘機の迎撃を考慮してのことですかな?」
「ミスターハル、万が一の事態とは、何も迎撃を受けるだけという事ではなかろう。高度15000前後を飛行できるのであれば、雲の殆どない成層圏を
ずっと飛行できる。無論、下界の天候が悪ければ、満足に偵察が出来なくなるが、それでも別に良い。我々としては、現在伝えられているレーフェイル
大陸と当該国との距離が正確か否か。そして、本当の距離はどれぐらいなのかと確かめる事に主眼を置いておる。場合によっては、この2カ国の領土ギリ
ギリまで飛行して引き返すだけでも良い」

757ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:52:26 ID:Zo.OeHzY0
「むしろ、それだけなら往復3,4000マイル程度で済みますから、パイロットの負担もかなり楽になるでしょう」
「私個人としては、それだけで済むよう願うばかりです」

無表情のままそう発言するハルに対して、ルーズベルトは微笑みながら言葉を返す。

「心配は無用だ。B-36はアメリカの航空技術の粋を極めた機体だ。そう、言うなれば合衆国一……いや、世界一の飛行機とも言える。ただ往復するにし
ろ、ぐるりと沿岸部を一周するにしろ、B-36にとっては造作もない事だ。数日後にはコーヒー片手に報告書を読んでおるよ」

オペレーションハイウォッチ……それは、昨年末より新たに存在が噂されていた2カ国……フリンデルド帝国と、イズリィホン皇国……
通称イズリィホン将国と呼ばれている国家と、その他の陸地を航空偵察で確認される事を目的とした長距離偵察作戦の名称である。
フリンデルド帝国とイズリィホン将国は、それぞれがレーフェイル大陸から約3000マイル(4800キロ)前後離れていると伝えられていたが、
正確な距離は未だ分からなかった。
その他に分かった事と言えば、フリンデルド帝国は大陸にある複数国家の中の一国であり、レーフェイル大陸から東北東の方角に行けば辿り着ける。
イズリィホン将国は、その未知の大陸から南に推定500マイル(640キロ)前後離れた南方にあり、前世界の日本列島に似た細長い土地を、上下逆に
なった姿形で存在していると言われている。
この他にも、この2カ国とは別にレーフェイル大陸と3分の2ほどの大きさの大陸に近い島国や、幾つかの列島が集まった比較的大きな島らしき物の
存在も伝えられており、これらもまた後日偵察する事が決まっている。
偵察作戦は3月から4月初めにかけて行われる予定であり、この航空偵察で各地域の正確な位置や、距離などの情報を集める予定である。
この異世界に召喚され、まだまだ知らない事の多いアメリカにとって、この偵察作戦の意義は大きい物になると、アーノルドは勿論のこと、ルーズベルトもまたこの作戦の実行に乗り気であった。
だが、ここで先ほどのような強い懸念を示したのが国務省である。
アメリカとの国交を望む国は、1946年1月現在で、南大陸の同盟国や、レーフェイル大陸の支援国や統治下にあるマオンドを除き、実に10カ国に及んでいる。
これらの国は、レーフェイル大陸に設置したアメリカ国務省の連絡事務所に使者を派遣し、アメリカの外交官と既に接触を果たしている。
これらの国々の中には、今話に出てきたフリンデルド帝国と、イズリィホン将国も含まれていた。
アメリカとしては、これらの国の内情を精査しつつ、希望が叶えば国交を結ぶ事も考えていたのだが、そこに軍部が突然、軍用機……
しかも、今現役で実戦投入中の戦略爆撃機を用いて航空偵察を行うと発表したのだ。
国務省としては、将来的には海軍の援護を受けつつも、民間の調査船等を派遣してこれらの地域の調査を行うべきであると考えていた。
だが、未だに国交を結んでいない国に軍用機、しかも戦略爆撃機を飛ばすというのだ。
前世界であれば明らかに威嚇行為であり、重大な外交問題に発展しかねない。
無論、前世界とは違う、この異世界では事情は異なるかもしれない。
国によっては、爆撃機そのものを見た事がない地域もある筈だ。

758ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:52:56 ID:Zo.OeHzY0
ただ……ハルが聞いた話では、各国の使者は例外なく、アメリカが大量の軍用機を用いて大きな都市を攻撃し、一夜で破壊したという話の真偽を、形の差異はあれど、外交官に尋ねてきたというのだ。
それはつまり……各国は曲がりなりにも、戦略爆撃の恐ろしさをおぼろげながらにも知っている事になる。
情報の出所は間違いなくシホールアンルであり、そして、同国に存在する各国の大使館から伝わり、それが各国にも知れ渡っているのである。
使者の中には、途中からかなり怯えた様子でランフック空襲の事を外交官が聞かれた(その国の使者の話では、ランフック爆撃で100万人以上の死者が
出て、都市が瞬時に壊滅したと伝えられていた)との情報もある。
そのような状況で、戦略爆撃機を飛ばせばどのような批判を浴びるか。
このような懸念は、陸海軍内部でも上がっており、特にキング元帥からは、

「この偵察作戦は性急すぎる。もっと手順を踏み、機種を爆撃機以外の物に選定し直してから行うべきである」

と言う声も上がった。
だが、ルーズベルト大統領はアーノルドの提案に大乗り気であり、遂に実行されるに至ったのである。

ハルの不安をよそに、ルーズベルトは機嫌の良さそうな表情を浮かべつつ、アーノルドに聞いた。

「出発はいつになるかね?」
「現地時間ですが、3月7日の深夜に発進する予定です。選抜した機体には特製の偵察カメラを搭載し、クルーも歴戦のベテランや、先日の
シホールアンル東海岸偵察作戦に参加した者を優先して乗せております」
「よろしい。報告が楽しみだ」

アーノルドの報告に満足気に頷いたルーズベルトは、カップのコーヒーを美味そうに飲み干した。

1946年3月7日 午前10時 ヒーレリ共和国リーシウィルム

リーシウィルム港には、第5艦隊の主力である第58任務部隊所属の各艦が、分散配置先のレスタン沿岸部やジャスオ沖から続々と集結しつつある中、
本国で修理を終えた艦も1隻、また1隻と前線復帰しつつあった。
第5艦隊の旗艦である、重巡洋艦インディアナポリスの艦橋から、リーシウィルム港内を見つめていた第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将
は、今しも前線復帰を果たしたばかりの1隻が、港内にゆっくりと進入している所をじっと見つめ続けていた。
その艦は、今やすっかり見慣れたエセックス級正規空母の同型艦であり、飛行甲板にはびっしりと艦載機を並べていた。

「長官、あれはキアサージです」

第5艦隊参謀長のカール・ムーア少将が、キアサージを指差しながらスプルーアンスに言う。

759ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:54:06 ID:Zo.OeHzY0
「昨年12月の海戦では魚雷2本と対艦爆裂光弾を受けて大破しましたが、本国帰還後に突貫工事で修理を行ったため、予想よりも早く前線復帰を
果たせたようです」
「本来の修理期間はどれぐらいなのかね?」
「予定では3月中旬まで修理を行い、修理後のテストに1週間ほどかけて、4月には復帰予定でしたが、修理が2月下旬には終わったため、予定を
繰り上げて復帰が叶ったとの事です」
「そうか。大したものだ」

スプルーアンスは無表情ながらも、感心の言葉を漏らした。
ゆっくりと入港してきたキアサージは、同じエセックス級正規空母レンジャーⅡの左舷500メートル離れた位置で停止した。

「ここから見ると、ちょうどエセックス級正規空母が5隻並んでいるな。そして、そのやや前方にはインディペンデンス級軽空母とリプライザル級空母が並んでいる。こうして艦隊が集結する姿を見るのも、随分と久しぶりだ」
「リーシウィルム港は広いですが、全部は入りきれないので、1個任務群は別の港で停泊を余儀なくされております」
「だが、港内にいるこの艦隊だけでも、今のシホールアンル海軍に対して圧倒的に優勢となっている。沿岸部を荒らし回るだけでも、敵に強い
圧力をかけ続けられるな」
(だからこそ、海軍の出番は沿岸を“荒らし回るだけ”になってしまったが)

スプルーアンスは、最後は言葉に出さず、心中で呟くだけに留めた。

「しかし、空母は前の海戦で損傷した6隻のうち、レイク・シャンプレインを除く5隻がほぼ復帰したのに対し、戦艦部隊は7隻中、まだ2隻……
モンタナとイリノイしか復帰できておらんな」
「敵戦艦部隊との砲撃戦で意外と深い傷を負ったようですな。今のところ、ケンタッキーは間も無く修理が完了するようですが、残りのサウスダコタ、
巡戦トライデント、コンスティチューションはまだドッグの上で修理を続けております。5月までには修理後の慣熟航行を終えて艦隊に復帰する
見込みのようです」
「復帰が叶うのなら大いに結構だが……艦の扱いに手慣れた乗員が多いベテラン艦は、これから実行する作戦においては1隻でも欲しいところだ。
同じ事は巡洋艦や駆逐艦にも言える事だが、やはり、敵水上部隊と戦った部隊は、その復帰にも時間がかかるものだ」

スプルーアンスは眉を顰めながら、ムーア参謀長にそう嘆く。

760ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:54:49 ID:Zo.OeHzY0
前回の海戦で、敵水上部隊と戦ったTG58.6とTG58.7所属艦は、必然的に損傷艦が多く、その復帰に時間がかかっていた。
戦艦のみならず、巡洋艦部隊でも修理中の艦がおり、特に被雷損傷した軽巡ヘレナ、サンアントニオはまだドッグで修理を受けている最中だ。
ただ、太平洋艦隊司令部も離脱艦の穴を開けたままにしておく事はなく、海戦後は、比較的補充が容易な駆逐艦を手始めとして、段階的に慣熟訓練を
終えた最新鋭のギアリング級駆逐艦や、改クリーブランド級軽巡洋艦であるバッファロー級軽巡のチャタヌーガ、サンファンⅡ(撃沈されたアトランタ級
防空巡洋艦サンファンから襲名)、ヴァレーオが艦隊に加わっている。
ただ、これらの最新鋭艦は、在来のベテラン艦と比べて練度に幾らか不安があり、スプルーアンスは、特に防空戦闘において艦隊に影響を及ぼす事を
懸念していた。
この懸念は、先日、ハルゼー指揮下の第3艦隊で起きた防空戦闘の戦闘詳報を見てから、ますます強くなっていた。

「損傷艦の前線復帰が遅れている事は致し方ないでしょう。とはいえ、戦力は揃っております。あとは出港し、次のステップに進めばよろしいかと」
「うむ。君の言う通りだな」

スプルーアンスはそう返しつつ、心中に残る不安感を打ち消しながら次の話題に進んだ。

「出港は確か、明日だったな」
「はい。第1任務群が早朝から出港を開始し、第4任務群が夕方辺りにリーシウィルム港より出港いたします。輸送船団と護衛空母、上陸部隊援護の
戦艦部隊は分散配置したヒーレリ各地の港から、明日の早朝から順次出港の予定です」
「作戦開始は3月11日……敵が食いつくのがその翌日か、はたまた2日後か……」
(果たして、敵は上手く食いついてくるかな)

スプルーアンスは再び、内なる不安感を感じつつも、それとは別に、大規模な海上航空戦は、これで最後になるだろうと、強く確信していた。

761ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/01/31(水) 20:55:28 ID:Zo.OeHzY0
SS投下終了です

762名無し三等陸士@F世界:2024/02/02(金) 21:38:05 ID:uwQdrfbM0
投下乙です
久方ぶりのジョンブル戦隊キタ!今度はどんな活躍を見せてくれるのかwktk
そして爆撃機を使った第三世界への偵察作戦、絶対アカン方向に事が進むのしか考えられないんですがそれは…。何でも力技で解決しようとするアメリカの悪い癖が出ちゃったか…
あとこの世界の改クリーブランド級はファーゴ級じゃなくてバッファロー級なんですね。先のアイレックス級や今後登場するであろうバケモノ戦艦のジョージア級もそうですけど、ここに来て後継艦の艦名が史実と大分ズレてきましたね

763ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/02/02(金) 22:22:49 ID:Zo.OeHzY0
>>762氏 ありがとうございます!
>ジョンブル戦隊 今回はプリンスオブウェールズがチラッと顔出しした程度ですが、その存在感を示せたかと思います。

>爆撃機での偵察
確かに長距離偵察にはもってこいですが、ハル国務長官の懸念の通り、他国が威嚇行為と捉えかねないので、非常に先行きが
不安ですね

>艦名
スペックは同じですが、名前が大分変わりつつありますね。もしかしたら、聞いた事の無い名の空母とかも出てくるかもしれません

764ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2024/03/31(日) 22:00:16 ID:87tTo.PM0
今までお世話になりました

765名無し三等陸士@F世界:2024/04/28(日) 22:56:13 ID:0HSJkUCE0
あれ?もうここでは投稿しないのかな?

766名無し三等陸士@F世界:2024/06/06(木) 17:04:36 ID:Zcyd7hwI0
久しぶりに見に来たらこんなことになっていたとは
今までお疲れ様でした。とても楽しく拝見しておりました。

ちょっと営業臭くなってしまいますが
AmazonのKindleなど電子書籍での出版は考えておりませんか?
この名作をこの掲示板とまとめwikiだけで終わらせるのはとてももったいなく思います。


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