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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

1名無し三等陸士@F世界:2016/10/03(月) 01:41:59 ID:9R7ffzTs0
アメリカ軍のスレッドです。議論・SS投下・雑談 ご自由に。

アメリカンジャスティスVS剣と魔法

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・以上を守らないものは…テロリスト認定されます。 嘘です。

602名無し三等陸士@F世界:2022/10/02(日) 14:23:35 ID:oJs/mvhM0
ここも、もう一年か

603ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 20:54:07 ID:rwYjnxGc0
こんばんは。9時よりSSを投下いたします

604ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:00:18 ID:rwYjnxGc0
第292話 蛙飛び作戦

1486年(1946年)2月某日 午後1時 レスタン・ヒーレリ北部国境

この日の天候は、1月末より続く天候不順の影響もあって空は雪雲に覆われており、大地は降りしきる雪のため、真っ白に染まっていた。
木材の卸売りを生業としているドヴィクロ・ミハルクは、馬車の御者台に座り、隣の少年と雑談を交わしながら雪中の平原を走っていた。

「シホールアンルの連中が北に逃げて、ようやく本業に復帰できた訳だが……こうも天気が悪いとやり難くていかんな」
「ですが親方、雪の量はまだ多くないですよ」

ミハルクは確かにそうだなと返しつつ、腕時計に目を向けた。

「……本当、羨ましいですよ」
「まーた同じ事をいいやがる。そんなに時計が欲しいか?」
「だってカッコイイじゃないですか。それに、時間を管理できるとなんか、偉くなったみたいでいいじゃないですか!」

少年は目を輝かせながらミハルクに言う。
それを彼はまあまあと小声で呟きながら、両手を上げて制した。

「まぁしかし、知り合いになったアメリカ兵から酔った勢いで貰ったコイツだが、確かに便利だな。時間が管理できるようになったおかげで、仕事もより計画的にできるようになったし。しかも名前まで付いているとはね」
「ロレックスと言ってましたっけ?」
「ああ、確かそんな名前だったな。アメリカ兵からは、前にいた世界では結構高価な代物だったと聞いている。そんな物をポンとくれるとはね、相当に気前が良かったな」

ミハルクは数ヵ月前の酒席での出来事を思い出していたが、それは少年が彼の肩を叩いた所で唐突に中断された。

「親方、例の場所です」
「おっと。あと少しで踏切か」

ミハルクは、真っ白に彩られた地面の中で、若干高めに吹き上がった白線のような物を見つめた。
その線の上には、鉄の棒が置かれており、それは左右に広がっている。

「あっ、丁度向かって来ましたよ」

少年はある方向……南側を指差した。
それに触発されたかのように、指を指した方角からけたたましい音が響き渡ってきた。

「チッ、しばらくは踏切の前で待たんといかんな」

605ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:01:01 ID:rwYjnxGc0
ミハルクはタイミング的に踏切を渡れないと思い、雪で見え辛くなった境界線の前まで、そのままの歩調でゆっくりと馬車を進ませていく。
境界線に着くまでに、アメリカ製の列車は警笛を鳴らしながら踏切を通過し始めた。
先頭を機関車と呼ばれた動力車が、白煙を吐きながら独特の轟音と共に走り去り、窓の付いた有蓋列車が機関車に引っ張られていく。
有蓋列車は6両ほど続いた後、無蓋貨車に変わっていく。

「戦車が1、2、3、4……毎度毎度、とんでもない数だな」

ミハルクは、貨車の上に搭載された戦車の数を10まで数えたが、その後も続いたため、数えるのをやめた。

「アメリカさんの軍用列車……最近やたらに多いと思いませんか?」
「ああ。妙に多いな」

ミハルクは少年にそう答えつつ、目の前を通り過ぎる列車を見つめ続ける。
レスタン民主共和国には、シホールアンルが敷設した鉄道が残っており、昨年初春にレスタンが連合国に占領されてからは、戦闘で破壊された鉄道をアメリカ軍が修理して復旧させ、夏の終わり頃から物資の輸送に使っている。

鉄道の使用量は普段から多いが、ここ1週間程前からは、軍用列車の通過本数がかなり増えていた。
特に南から北へ向かう列車が多く、その多くは戦車や軍用車両を搭載していた。
今回は戦車の他に、布で覆われている物の、細長い棒状のような物。
明らかに野砲と思しきものが多数積載されていた。

「戦車に大砲に、トラックと……北でまた何かやるのかな」
「親方、俺はあの貨車に乗っているトラックが欲しいですね」

少年の声を聴いたミハルクは、思わず眉を顰めた。

「また言うか……俺達がトラックを持てる訳ないだろう。あれはアメリカ軍しか使えんぞ」
「でも、あれが使えれば俺たちの仕事は結構楽になると思いませんか?」
「そりゃ楽になるさ。でも、今は使えんよ」

ミハルクは物憂げな口調で少年に言ったが、少年は物欲しそうな表情で軍用列車を見つめ続ける。

「……いつか、トラックやジープを買えるようになりたいなぁ」
(いや、買えるだけじゃなくて、俺達が車が作れるようになれば、レスタンはもっと楽になるかな)

少年は心の中でふとそう思った。
軍用列車の列は思いのほか長く、永遠に続いているようにも思えた。

606ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:01:45 ID:rwYjnxGc0
2月16日 午前10時

ヒーレリ共和国 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 戦艦ミズーリ

「第5艦隊の指揮を、お渡しいたします」

フランク・フレッチャー海軍大将は、テーブルを挟んで立つ将官に向けて、事務的な口調でそう告げる。

「第5艦隊の指揮を継承いたします」

第5艦隊司令長官に任命されたレイモンド・スプルーアンス大将は、幾分小さな声音でそう返した後、互いに席に座った。

「さて、これで私の役目は終わったな」

ホッとしたような表情を浮かべながら、フレッチャー提督はそう言い放つ。

「昨年9月から半年間か。長い間ご苦労だった」

スプルーアンス提督はやや微笑みながら、ねぎらいの言葉をかけた。

「いやはや……長いようで短い。それでいて、短いようで長い半年だった気がする。それに酷く疲れてしまった」
「敵の主力艦隊を、犠牲を払いながらも完膚なきまでに壊滅させた上に、更に何ヶ月もの間、作戦行動を行って来たのだ。疲れない方がおかしい」
「うむ、それもそうだ」

フレッチャーは苦笑しながらそう返しつつ、顔を顰めながら自らの肩を揉んだ。

「敵の機動部隊や水上部隊を叩きのめした後はやや気が楽になったが、人間、少しだけの休みを取っただけでは疲れを取り切れん物だな」
「しかし、シホールアンル海軍はこれで主力の海上打撃部隊の大半を一挙に失った。太平洋戦線でも第3艦隊が敵水上部隊を軍港ごと壊滅させている。海上作戦に関してはこれまで以上に良い環境になったと言えるだろう。その一端を担った貴官は、堂々たる凱旋になる訳だ」
「なに、私は大した事はしておらんさ」

フレッチャーは頭を振りながらそう言い放つ。

「第5艦隊の司令部スタッフや、各母艦航空隊や艦の将兵達が優秀だっただけだ。あの大勝利は彼等の努力のお陰さ」
「なるほど……しかし、それは貴官の指揮無くして果たせなかった事でもある。だから、あの大勝利は貴官の功績でもある。あまり過度な謙遜はやらぬ方が良いだろうな」
「確かに。肝に銘じておこう」

フレッチャーは苦笑を浮かべながら、スプルーアンスの指摘を受け入れた。

607ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:02:20 ID:rwYjnxGc0
「ところで、ニミッツ長官がレスタン共和国の首都で主立った連合軍将官と合同会議をやっているそうだな」
「うむ。今後の合衆国陸海軍、連合国軍の作戦行動の確認といった所だ」

フレッチャーの問いに、スプルーアンスは答えながらも、数日前に見たニミッツの顰めっ面を思い出していた。

「今頃はファルヴエイノの一室で陸軍の将星達と話し合っておるんだろうが……ニミッツ長官は今どんな気持ちで会議に参加しているんだろうな…」
「ん?ニミッツ長官に何かあったのかね?」

スプルーアンスが眉を顰めるのを見たフレッチャーは、すかさず問いかけて来る。

「いや、特に何も無い……という事は無いな。貴官は聞いているかね?本国で新しい艦の建造が決まった事を」
「ジャクソンヴィル級軽巡の事か?あの艦の建造なら既に決まっていた事だ。それで別にニミッツ長官が気に止むことでは無いと思うが」
「ジャクソンヴィル級だけならそうであったさ。だが、本国ではもっと大きい艦の建造が決まって、近日中に報道される手筈になっている」
「もっと大きい艦だと?リプライザル級を量産するのかね?」

大型空母なぞこれ以上必要ないだろうが、と、フレッチャーは心中で付け加えた。
しかし、スプルーアンスは即座に否定した。

「いや、空母ではない。戦艦だ」
「戦艦だと!?なぜ今更……!」

フレッチャーは困惑した。

「本国にいた時、名前の決まっていない設計中の大型戦艦が一応計画されていると聞いておったが、まさか、建造が決まった戦艦というのはそれかね?」
「そうだ。1番艦東海岸のドックで近々起工式が始まる予定だ。名前も既に決まっていて、1番艦ジョージアと付けられるそうだ。建造数はあくまで予定だが、最低でも4隻は作るらしい」

それを聞いたフレッチャーは、ますます困惑した顔を浮かべる。

「今は空母の時代だ。確かに、アイオワ級を始めとする新鋭戦艦群はよく任務をこなし、強大な敵水上部隊を破り、地上部隊の支援に大きく活用されてきたが、空母機動部隊が全盛となったこの時期に、新たに4隻の新鋭戦艦を作るとは……非効率極まりない事かと思うが」

フレッチャーは静かながらも、ハッキリとした口調で指摘する。

608ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:03:01 ID:rwYjnxGc0
新造戦艦……もとい、ジョージア級と呼ばれたこの戦艦は、まさに合衆国海軍最大最強の戦艦と言えた。

全長は285メートル、全幅は37.2メートルとなっており、武装は48口径17インチ3連装砲4基12門に5インチ連装両用砲10基20門を有し、この他に3インチ連装両用砲や40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃といった多数の対空火器も搭載する予定である。
装甲部は舷側で450ミリ、甲板で190ミリ、主砲防盾は520ミリで、司令塔は550ミリを予定している。
基準排水量は空荷状態でも63000トンで、通常時70000トン、満載時には80000トンを超える想定である。

大きさ、武装、重量共に、前級のアイオワ級を凌いでおり、対空火力もかなりの物だ。

ただ、これだけの巨大戦艦となると、大幅な速力減となる事が想定されるが、ジョージア級戦艦に搭載される機関もまた進化している。
艦の深部には、バブコック&ウィルコックス式重油専焼ボイラー8基、GE式蒸気ギヤードタービンが4基4軸搭載される。
エンジン部分の表面だけを見ればアイオワ級と大差ないように思えるが、中身は1945年以降に作られる最新の機関部であり、予定では240000馬力の出力を発揮し、満載ともなれば80000トンの大台に達するジョージアを時速28ノットから30ノットのスピードで航行させる事が可能と言われている。
これには、艦首下部に装着されるバルバスバウの効果も見込まれており、実現すれば、アイオワ級を凌ぎながらも、ほぼ同等の快速を得る大型戦艦が登場するという事になる。

だが、フレッチャーから見れば、ジョージア級のような大型戦艦は、時代遅れの産物にしか見えなかった。

「仮に、今在籍している旧式戦艦群を全艦退役させるにしても、アイオワ級も含めて11隻の大型戦艦を有し、サウスダコタ級やアラスカ級といった戦艦、巡戦も加えると、計17隻もの戦艦を抱える事になる。ただでさえ、多数の正規空母を始めとする膨大な数の艦艇が海軍籍に編入されているのだ。戦後は、この大海軍が財政を大きく圧迫する事は火を見るよりも明らか。それなのに、使い勝手の良い空母ではなく、戦艦を4隻も新造するのは……ニミッツ長官はもとより、キング提督も重々承知し取ったはずだ。それなのに何故?」
「どうやら、大統領閣下が関わっているらしい」
「大統領閣下が………ううむ、訳が分からんぞこれは。まだジャクソンヴィル級やデモイン級を幾らか増産した方が現実的だと言うのに」

フレッチャーは半ば頭を抱えたい気分に陥っていた。

ちなみに、先に出てきたジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、老朽化したオマハ級軽巡の代替艦として計画された物である。
武装は6インチ連装両用砲6基12門を艦の前甲板、並びに、後部甲板に3基ずつ配置する予定で、対空火器として3インチ連装砲を8基16門、近接火器に20ミリ機銃を配置した設計となっている。

ジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、形状的には準ウースター級として見られているが、5インチ砲24門搭載という常識外れの装備を誇るウースター級に比べ、対空火力に関して大きく見劣りするように感じられる。

609ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:03:32 ID:rwYjnxGc0
だが、新設計の6インチ連装両用砲は5インチ砲よりも対空戦闘時の危害半径が大きく広がっているほか、3インチ両用砲を前級の4基8門から、8基16門に増やしている。
また、6インチ連装砲を採用した事により、水上打撃部隊への編入もし易いと言う利点も出てきている。
前級のウースターは、5インチ砲を採用した事で、艦隊の防空戦闘で神懸かり的とも言える奮闘を見せた物の、水上部隊への戦闘では、逆に、その“豆鉄砲”がネックとなって巡洋艦以上の敵艦には有効打を与え難い事が容易に想像されたため、対空戦にしか使えぬ単能艦という声も方々から上がっていた。
しかし、ウースター級以上の強力な防空艦のみならず、6インチ砲を搭載した事により、水上砲戦にもある程度対応できるジャクソン・ヴィル級は空母機動部隊の護衛艦は当然ながら、水上打撃部隊の一翼を担う万能艦として期待できた。
今後の予定では10隻が建造されるようだ。

「決まってしまった物は致し方がない。私としても戦艦4隻新造は非常に不満に思う所ではあるが、事は動いてしまっている以上、後は任せるしかあるまい」

スプルーアンスは半ば諦めた口調でフレッチャーに言った。

「それに、状況次第では建造自体も取りやめる事もあるだろう。場合によっては、レキシントンやサラトガのように途中で大型正規空母に変更される可能性も無きにしも非ずだ」
「……戦後の事も考えるのならば、膨大な金のかかる戦艦の建造は控えるべきであろうが、この際はもう仕方あるまいな」

スプルーアンスの言葉を聞いたフレッチャーは、そう言いながらこの話題を終える事にした。

「さて!私はもうこの艦隊を指揮する立場では無くなった。ここで長居しては君らに迷惑をかける事になるから、おいとまする事にしよう」

フレッチャーは最後に右手を差し出した。
それを、スプルーアンスは力強く握った。

「スプルーアンス、第5艦隊をよろしく頼むぞ」
「無論だ。このまま、最後の総仕上げに入らせて貰おう」

610ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:04:05 ID:rwYjnxGc0
2月17日 午前8時 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 重巡洋艦インディアナポリス

第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は久方ぶりに艦上でのウォーキングを終えた後、汗で濡れた服を着替えて艦橋に上がった。
それから2時間後の午前10時には、スプルーアンスは艦隊参謀長のカール・ムーア少将をはじめとする主要な司令部スタッフと共にリーシウィルム市内にある施設に向かっていた。
内火艇を降りたスプルーアンスは、ムーアと共に会議が開かれる施設に向かう車に乗り込む。
車の後部座席に乗り込み、車が発進した所でムーアが口を開いた。

「それにしても、急な会議となりましたな」
「うむ。全くだ」

スプルーアンスは頷きながら言葉を返す。

「とはいえ、合同会議を終えたミニッツ長官がすぐに私と会議を行いたいと言うからには、何かしらの作戦を伝えようとしているのかもしれん」
「何かしらの作戦……でありますか」
「どのような作戦かはまだ何も分からんが……リーシウィルム港には港内と港外、それに近隣の大小の港に各種の輸送船や輸送艦が待機している。また、ここは一大補給地点でもある。君も知っているだろうが、この港には、今後予想される各種作戦に備えて大量の物資が集積されている。1個軍ほどの部隊が行う大規模な上陸作戦はすぐにでも行えるほどだ」
「確かに……」
「ただ、先ほども言った通り、ニミッツ長官が何を話されるのかはまだ分からん。機動部隊で従来通り沿岸部分を荒らし回りつつ、シュヴィウィルグ運河の完全破壊命令を伝えに来たか……はたまた、上陸作戦絡みの作戦行動を取るように命じるか……いずれにせよ、あと10分少々でわかる事だ」
「そう言えば、ニミッツ長官は陸軍からも何人かが同行するとおっしゃられておりましたな。まだ名前はわかっておりませんが」
「陸軍の将校か……その将校の所属部隊次第といった所だな」

スプルーアンスは意味深な言葉を吐いた。


15分ほど走った後、車はリーシウィルム港から5キロほど離れた飛行場横の建物の側に到着した。
スプルーアンスら一行は、陸軍の兵士に案内され、コンクリート造りの2階建て倉庫のような施設に入った後、1階の広い室内に入室した。
そこには、既に長テーブルが2列、向き合う形で、その2列の右側の間に別の長テーブルが配置されている。
直角で隙間のあるCの字型のような物だ。
Cの字型に配置されたテーブルの向こう側には、黒板が設置されていた。

611ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:04:37 ID:rwYjnxGc0
(あそこに何か書くか、紙を貼り付けて説明するつもりだな)

スプルーアンスは心中でそう呟いた。
彼は、真ん中の縦に配置されたテーブルから最も近い席に座った。
程なくして、ニミッツ長官と同行の陸軍軍人一行が到着したと聞き、スプルーアンスらは席を立って彼らの入室を待った。
1分ほど立って待っていると、ドアが開かれた。
案内役の兵に促されて、太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥が入室してきた。

「やあレイ。久しぶりだな」
「ニミッツ長官。こちらこそ、お久しぶりです」

ニミッツは悠々とした足取りでスプルーアンスに近づき、にこやかな表情でスプルーアンスと握手を交わした。
一足遅れて入室した太平洋艦隊参謀長のフォレスト・シャーマン中将も軽く挨拶をしてからスプルーアンスと握手をする。
スプルーアンスは、その直後に入室してきた陸軍軍人に視線を向けた。

「レイ、紹介しよう。こちらは第2軍集団司令官のマーク・クラーク大将だ」
「初めまして。クラークです」

クラーク大将は、硬さの残る笑顔でスプルーアンスに微笑みかけながら、握手を求めた。
それに応えつつ、スプルーアンスは心中で何か大掛かりな作戦があるのではないかと思い始めた。
マーク・クラーク大将は、以前は第5軍司令官として第2軍集団隷下にあり、1月末まで同部隊の指揮していたが、第2軍集団の前司令官であるドワイト・ブローニング大将が航空機事故で重傷を負ったため、急遽本国に後送されてしまった。
ワシントンのジョージ・マーシャル参謀総長は、唐突な第2軍集団司令官負傷という異常事態に幾分戸惑ったものの、以前より第2軍集団内では堅実な指揮で知られる第5軍の存在を知っていた事もあり、クラーク大将ならば後任として最適と判断した。
事故から翌日の2月1日には、早速クラーク大将が軍集団司令官へ任命され、2日からは早くも旧ヒーレリ領北西部の攻略作戦を指揮している。
2月の中旬からは自由ヒーレリ軍団も戦闘に参加しており、旧ヒーレリ領の完全制圧は間近に迫っていると言われている。
スプルーアンスは、クラーク大将と軽く握手を交わしつつ、更に入室してきた2人の陸軍将官に目を向けた。

「それからは、こちらは第2軍集団参謀長のコンスタンティン・ロコソフスキー中将と、第15軍司令官のヴァルター・モーデル中将だ」
「初めまして」

ロコソフスキー参謀長はほぼ無表情のままスプルーアンスと挨拶する。

612ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:05:17 ID:rwYjnxGc0
それに対して、モーデル第15軍司令官はロコソフスキーとは対象的であった。

「これはスプルーアンス提督ではありませんか!初めてお目にかかります。私が来たからにはこの度の作戦は成功間違いなしですぞ」

モーデル中将は自信に満ちた口調でスプルーアンスと熱く握手を交わした。

「頼もしい限りだ。と言われても、私はまだ何も聞かされておりませんが」

スプルーアンスは平静な声音で言い返すと、ニミッツが苦笑しながら謝った。

「それに関しては申し訳ないことをした。君にはまだ何も伝えておらんかったからな」

ニミッツはそう言ってから、陸軍側の将官達をスプルーアンスらの反対側に面したテーブルに座らせた。
ニミッツは第5艦隊側と陸軍側の真ん中左側に設置されたテーブルに座った。
ニミッツの左隣にはシャーマン太平洋艦隊参謀長、そして、そのまた左隣にクラーク第2軍集団長が座った。
ニミッツら一同の真ん前(第5艦隊側からは右前、陸軍側からは左前)に設置された黒板には、随行してきた陸軍兵らが何枚もの地図を貼り付けている。
程なくして、地図の貼り付けが終わると、ニミッツは徐に立ち上がった。

「それでは、これより新作戦について会議を行いたいと思う。本題に入る前にまず、先日の合同会議で決まった陸軍主体の冬季攻勢についての説明をお願いしたい」

ニミッツはそう言ってから、クラークに顔を向けた。
クラークは顔を頷かせてから口を開いた。

「先日、レスタン共和国首都ファルブエイノで合同会議が開かれました。合同会議には各国派遣軍の首脳部と主立った軍司令官、アメリカ海軍からはニミッツ提督とシャーマン参謀長も参加されました。その会議では、近日中に始まる冬季攻勢においての各軍の進行目標の確認や、航空隊の担当割り当て、配置などの確認等が行われました。この冬季攻勢において主力となるのは、パットン大将の第1軍集団であり、我が第2軍集団は助攻として行動する事になりました」

(第1軍集団が主体で動くとなると……狙いは敵の首都か)

613ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:05:56 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスはクラークの説明を聞いた後、黒板に貼られた大きな地図を見ながらそう確信した。
地図には、東から連合軍の各部隊が青い凸印の形で順繰りに配置されており、東の一際大きな凸印は第1軍集団を記している。
この第1軍集団は、猛将と知られるジョージ・パットン大将が指揮する部隊であり、昨年12月より始まったカイトロスク会戦では、第2軍集団と共同でシホールアンル南部に布陣する敵主力150万の包囲を成功させている。
その後、敵軍包囲部隊は解囲攻勢に失敗して戦力を消耗し、防御に転換した。
敵包囲部隊には、敵本土南部の南に布陣した第3軍集団と同盟国軍、更に、アメリカ本国より新たに送られてきた2個軍で対応可能となったため、第1軍集団は包囲作戦に参加していた隷下部隊を再び北に前進させ、シホールアンル領の更に北に全部隊が食い込んだところで、一旦は前進をストップさせている状況だ。
第1軍集団は現在、第1軍、第3軍、第4軍、第28軍の4個軍を有しており、戦闘で消耗してはいるが、いまだに50万以上の将兵を有している。
その消耗も補充兵の到着で回復しつつあるため、攻勢開始時には56万の将兵が敵陣に向かっていく事になる。
第1軍集団の現在地からシホールアンル北東部にある首都ウェルバンルまでは、直線距離にして800キロ程になるが、ウェルバンル近辺までの地形は平野部が続くらしいと言われているため、防御に当たるシホールアンル軍はかなり厳しい状況にあるようだ。

「この冬季攻勢の目標としては、第1軍集団は夏頃に開始する首都攻勢の準備をしつつ、泥濘期までに敵本土中東部の要であるロイストヴァルノまで進軍。第2軍集団はポルストヴィンまで進出。第3軍集団は引き続き敵包囲部隊の対処に当たる予定です」

クラークの説明を聞きながら、スプルーアンスは地図上に書かれた、各軍集団の凸印より伸びる青い矢印を見つめる。
第2軍集団から伸びる矢印はさほど大きく無い事に対して、第1軍集団が伸ばす矢印はかなり大きい。

「第1軍集団の航空支援は、第15、第8航空軍が担当します」

クラークは一瞬険しい表情になりつつも、平静な言葉のまま説明を続ける。

「第1軍集団の正面には、敵3個軍、推定で20〜30万前後の兵力が配置されているようです。我が第2軍集団はシホールアンル軍2ないし3個軍、20万前後の兵力が配置され、防御を固めているとの事です」

クラークは言葉を終えると、ニミッツに目配せした。

「陸軍部隊は3月末から4月初めにかけて一気に前線を押し上げる予定だ。この間、我が太平洋艦隊だが……」

ニミッツは一際声を張り上げながら言った。

「第5艦隊を中心に、敵国本土西部沿岸を引き続き叩き、沿岸部に配置されている敵地上部隊を牽制する予定となっている」

614ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:06:26 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスの隣に座るムーア参謀長は幾分不満気に思ったが、スプルーアンスは心中で妥当な案ではあるなと思っていた。
今度の作戦では、主役は間違いなく陸軍部隊だ。
陸軍部隊の役目は、他の連合軍地上部隊と共同で支配地域を広げ、将来的には敵国首都ウェルバンルを制圧する事を目的としている。
それに対して、海軍の役目は、主立った敵艦隊が壊滅した今となっては、敵本土沿岸部を艦載機などで攻撃するしかやる事がない。
つまり、ただの脇役にしかすぎないという訳だ。
しかしながら、宿敵と言えたシホールアンル帝国海軍がほぼ壊滅状態となった今では、致し方ないと言える。
その点、スプルーアンスは重々承知していた。

「牽制とはいえ、敵を動けなくさせるという点については重要な作戦と言えるだろう。第5艦隊には、思う存分敵の沿岸部を荒らし回って貰おうと思っている」

その言葉を聞いたスプルーアンスは、無表情のまま軽く頷いた。

「ただ、それだけでは色々と足りぬかもしれん。特に、クラーク将軍はそう考えておられる」

そこで出てきたニミッツの言葉に、スプルーアンスは一瞬真顔になった。
「足りぬ……と?」

(どの辺りが足りぬというのだろうか)

スプルーアンスは、先ほどの説明を心中で反芻しながら疑問に思った。
第1軍集団は練度も申し分なく、補充も順調に受けており、戦闘力は抜群と言っていい。
それに加えて、2個航空軍の航空支援も受けられ、後方の補給体制も盤石な物にしている。
シホールアンル軍の前線を突破し、目標地点へ到達することは十分に可能な筈だ。
また、第1軍集団の司令官は勇将と知られるジョージ・パットン大将であり、麾下の軍部隊も優秀である。
不安な点は無い筈であった。

「それについては、私が現状の説明をしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「参謀長、よろしく頼む」

ロコソフスキー参謀長が手を上げて状況説明を提言すると、クラークは頷きながら許可した。

「それでは……不躾ながら、私めが現状説明を始めたいと思います」

ロコソフスキーは立ち上がると、指示棒を片手に持ちながら複数の地図を貼り付けた黒板の前まで歩み寄った。

615ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:07:03 ID:rwYjnxGc0
「まず、クラーク司令官もお話しされた通り、第1軍集団はロイストヴァルノ、第2軍集団はポルストヴィンまで前進して前線を200〜400キロ以上押し上げる事を目標にしております。特に第1軍集団の目的地ロイストヴァルノは、攻撃発起地点から実に420キロも離れております。距離としてはかなりの物がありますが、1週間前まではロイストヴァルノまでの土地はほぼ平原で、途中幾つかある複数の地方都市を除けば妨げる物は無いと判断されていました」

ロコソフスキーは待機していた兵に例の物を、と一言告げると、兵士は複数の大判の写真を取り出し、それを黒板の空いているスペースに貼っていった。

「こちらの写真は、5日前に第1軍集団より譲って頂いたロイストヴァルノに至る複数の地点の航空写真です。こちらは攻勢発起地点より60キロ離れたテペンスタビ地区の写真ですが、見ての通り平原です。しかしながら、その平原の中に明らかに塹壕と思しき物が存在しております。また、こちらの写真は…」

ロコソフスキーは次の写真に指示棒を向ける。

「テペンスタビ北方30キロ離れたウィンテオと呼ばれる地区ですが、こちらは以前の情報では無かった……いや、未だ把握できていなかった広大な森林地帯が広がっております」

ロコソフスキーは更に別の写真に指示棒を当てる。

「そして、ウィンテオ北方50キロには、広大な森林地帯に加え、丘陵地帯と思しき地形が広がっている事も確認されており、この地に陣地構築と思しき作業を行う一団の存在も確認されています」

ロコソフスキーは体を一同に向け直してから説明を続ける。

「このような地形は、この3地区のみならず、ロイストヴァルノに至る道中で頻繁に見られています。今はこの場にありませんが、更に険しい地形の地区や、明らかに広い湿地帯と思しき地形もありました」

彼は一呼吸置いてから、冷徹な言葉を言い放った。

「これらの地形で電撃戦を行う事は無理だと、小官は判断しております」

一瞬、室内の空気が凍り付いたように思えた。

「しかしながら、戦争とは相手がある事ですが、同時にそれまでの流れに沿って動く物でもあります。どのような有利な地形に籠っていようが、事前の戦闘や決戦で敗北し、負け癖がついた軍隊は、侵攻する敵対軍の進撃を阻む事は難しい。特に支援態勢に差のある我が軍と敵とでは、それが顕著に出ると思われるでしょう」

ロコソフスキーはここで、声の調子をより重い物に変えた。

「ですが、敵に何らかの変化……徹底した意識改革や、こちらの予想だにしていなかった兵力展開などが生じた場合、戦局に影響を与える可能性も出てくるでしょう」

616ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:07:36 ID:rwYjnxGc0
ロコソフスキーは再び黒板の地図に指示棒の先を当てた。
指示棒は敵国の首都、ウェルバンルを指していた。

「私は既に、何らかの変化が起きていると確信しております。その一つが、ここです」
「敵国の首都?」

スプルーアンスは小声で呟く。

「現在、ウェルバンルの敵陸軍の総司令官は昨年末に交代しており、現在の陸軍総司令官は、ルィキム・エルグマド元帥が就任したとの情報が入っております。エルグマド元帥は、スプルーアンス提督も参加された、マーケット・ガーデン作戦でレスタン領侵攻作戦の際、同地の陸軍部隊を指揮しておりますが、甚大な損害を受けながらも我が軍の攻勢に耐え、戦線を崩壊させぬまま後退を成し遂げております」

(あの時の陸軍部隊司令官か……)

スプルーアンスは心中でそう呟きながら、今から一年前に行われた激戦に思いを馳せる。

マーケット・ガーデン作戦は、主戦線の連合軍主力部隊の攻勢と、主戦線を迂回して側面に別動隊を上陸させ、新たな戦線を形成する事でシホールアンル軍に勝利した戦いだったが、敵に大損害を与えてレスタン解放を成し遂げた代償は余りにも大きかった。
迂回部隊を指揮したスプルーアンスの第5艦隊だけを見ても、レーミア湾を巡る戦いで主力の第58任務部隊が9隻の空母を撃沈破された上、敵水上部隊との砲戦で更に戦艦2隻を始めとする多数の艦艇を失い、後の上陸部隊の援護にも支障を来たしかねない状況に陥った。
スプルーアンスは、同海戦を辛勝という形で乗り切った後、敵機動部隊の追撃を放棄して上陸部隊の援護に集中する形で作戦の完遂に努めたが、これが本国で敵主力艦隊の逃亡を招き、決定的な勝利を逃したという意見を出す事にもなり、スプルーアンスにとっては事後も後味の悪い戦いとなった。
海軍部隊が青息吐息で任務をこなしたと同時に、主戦線の陸軍部隊や迂回部隊の海兵隊、同盟軍部隊も地上戦で優位に立ちながら少なからぬ損害を受けており、レスタン戦終結時には、地上部隊の損害は死傷20万名にも上る膨大なものとなっていた。
陸軍としても、レスタン領攻防戦は苦味の含んだ勝利と言っても過言ではなかった。

その時対峙した敵の指揮官が、今では帝国陸軍全軍を自由に動かせる立場にいるのである。
当然、戦い方もこれまでの物と比べて変わっていた。

「これまで、敵軍は好機あれば攻勢を仕掛けて来ました。先のカイトロスク会戦の折、包囲下に陥った敵部隊が盛んに解囲攻勢を挑んだり、北上中の軍部隊の頭を押さえんばかりに機を制して攻勢を行った事もありました。この結果、前線の敵軍は急速に戦力を消耗し、帝国本土領や旧ヒーレリ領の敵部隊は後退を重ねざるを得ませんでした。しかし、エルグマド元帥が陸軍総司令官に就任すると、敵の反撃はパタリと鳴りを顰め、今では各地で防戦のみに努めている状態です」

ロコソフスキーは指示棒で第1軍集団の作戦予定区域をなぞった。

617ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:08:10 ID:rwYjnxGc0
「偵察機の報告では、既に敵は幾重もの防御陣地を構築中であり、中には市街地を中心とした防御陣地も着々と構築しつつあることが確認されています」

彼は攻勢発起地点から到達目標地点までの間を、指示棒の先で何度も円を描く。
その動きは、まるで、パットン軍の目標到達は不可能であると言い放っているかのようであった。

「そして、ここからが、新たな変化の一つになります」

ロコソフスキーは指示棒の先を、帝国首都付近に近い帝国本土東部から、西部付近までなぞった。

「1月中旬頃まで、我が軍が攻勢に当たるにつれて、シホールアンル軍は西部付近に点在する予備の師団を東部への増援として送るであろうと推測しておりました。これを妨害するため、前線に近い我が陸軍航空隊を始めとする連合軍航空部隊は、東部から西部にかけて点在する鉄道施設や道路、橋などの通行インフラを徹底的に叩き、相当数の戦果を挙げました。これによって、敵増援部隊の東部戦線の派遣は困難になり、我が軍の攻勢開始時には、敵はせいぜい1、2個師団程度しか前線に送れぬであろうと思われておりました」

彼は無言で指示棒の先を、第1軍集団の攻勢発起地点であるマルツスティに向けた。

「話は過去に戻ります。去る2月7日、第1軍集団指揮下にある第4軍が総力を上げて攻撃していたマルツスティを占領しました。同地は1月末に攻撃が始まり、1週間に渡る激戦の結果、我が軍が手に入れましたが……当初の予定では、ここは2月2日までに占領が完了する予定でした」

それを聞いたスプルーアンスは、ロコソフスキーが言わんとしている事に気が付いた。

「しかし、予定は遅れ、2月7日に占領しております。この原因は、敵部隊の戦力が予想以上に多かった事あります。攻撃前の偵察では、マルツスティには消耗した敵3個師団、戦力では2万から3万弱の敵部隊が薄く配置に付いていると想定されており、対して、我が方は第4軍の6個師団が総力を上げて攻撃に当たり、機甲師団が側面に回って包囲を行う事も計画されておりました。しかしながら、蓋を開けてみれば、敵部隊は4ないし5個師団が配置についており、機甲師団の包囲機動は対応してきた敵の石甲部隊に阻まれ、丸1週間激戦を繰り広げた末、敵は整然と後退していきました」

ロコソフスキーは顔を一同に向ける。

「第4軍はこの一連の攻防戦で死傷1万2千名にも上る大損害を受けました。同時に、敵も相当数の損害を受け、捕虜も少なくありません。その捕虜ですが……複数の兵士が」
ロコソフスキーはすぐに顔を地図に向け直し、帝国本土西部に指示棒を向けた。
「この西部地域から鉄道輸送されて来たと、尋問官に証言していたと、私は第1軍集団の情報参謀から聞きました。しかも、ここには石甲部隊を含む2個師団が西部から急送された…と」

彼がそう言うと、会議室はにわかにザワついた。

618ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:08:41 ID:rwYjnxGc0
すかさず、スプルーアンスが質問を投げかけた。

「ロコソフスキー将軍。陸軍航空隊や連合軍航空部隊は、盛んに敵のインフラを叩き、部隊移動を困難にさせたと先ほど言われていたが、今の話を聞く限りでは、敵の部隊移動は完全には阻めていないように思えるが、その点については何か思い当たる節はおありか?」
「はい」

彼は即答し、シホールアンル本土の地図を大きく撫で回した。

「原因は明らかにここ……東部戦線から西部付近に延々と伸びる、広大な森林地帯です。昨今の偵察で判明した事ですが、シホールアンルは、国土のかなりの部分を森林地帯で覆われております。特に大陸北部から、この南に位置する西部から東部……シュヴィウルグ運河の西方から起点とするこの地域からは森林地帯の密度が濃く、途中の開けた土地や都市部を除けば、ほぼ緑のカーペットが敷かれているといっても過言ではありません」
「捕虜はどのようなルートを通って来たのかね?ルートさえ掴めれば、いかな森林に隠れた道であろうが、特定して爆撃できるはずだが」
「私もすかさず問いただしましたが、敵兵は窓を木の板で覆われて外が見えぬ状態で移送されたと証言しているため、ルートの特定はできませんでした」
「徹底しているな……」

スプルーアンスは、敵側の徹底した秘匿に感心の念を抱いた。

「このように、東部戦線は既に、予想外の敵部隊増援が確認されております。無論、我が軍が負ける事はあり得ぬかと思われますが、敵の防衛体制が急速に整いつつある現状では、以前のように機甲部隊で敵前線の奥深くへ電撃的に突破する事は難しくなりつつあると言えるでしょう」
「制空権はこちら側にあります。航空支援の手厚い我が部隊なら、敵の増援がいくら現れようと、思う存分に叩いて敵戦線の崩壊を狙えるかと思われますが」

カール・ムーア少将が指摘した。

「確かにその通り……しかしながら、ここ最近は再び天候不良の日が続くと見込まれており、攻勢開始日までに天候が回復する事はほぼ無く、第1軍集団はしばらくの間、薄い航空支援を受けるだけになると予測されている」
「航空支援が薄ければ、敵はさほど戦力を削がれぬまま、ほぼ健在な状態で我が軍を迎え撃つことができる。第1軍集団は合衆国陸軍の最精鋭で士気も高い、が……」

スプルーアンスはそう言いつつ、目を細めながらロコソフスキーの背後にある地図。
シホールアンル帝国本土の全体図を眺めながら言葉を続ける。

「士気が高いのは敵も同じ。敵にとっては、祖国防衛の本土決戦でもある。それに加え、地の利は敵にある」
「スプルーアンス提督のおっしゃる通りです」

ロコソフスキーはそう言いながら頷いた。

619ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:09:24 ID:rwYjnxGc0
「また、これは情報部の推測ですが、敵の予備役動員、錬成スピードは当初の予定よりも早くなっており、敵軍の勢力は今年の中旬までには約100万近く増勢される可能性があるとも言われております」
「100万!?それはたまた多いですな」

ムーアは驚きの声を上げる。それにスプルーアンスが答えた。

「彼が先程言っただろう。これは、敵にとっての本土決戦だ。危ないと分かれば取れる選択肢は全部使う。戦争とはそういう物でしょう?」

スプルーアンスはニミッツに問いを投げかける。

「その通りだ。国家の存亡がかかっている時に、わざわざ縛りを付けながら戦う国は無い。それをやったら愚かだ」
「問題は、この100万でも、シホールアンルの人口的には、現在前線で戦闘中の全軍を合わせても未だに部分動員レベルに留まるという点です。敵がもし、総動員令をかければ……人口1億の規模を誇るシホールアンルの事です。500万……いや、1000万……女性兵も積極的に採用するシホールアンル軍の事です。2000万以上の軍を編成する事も可能になります」
「シホールアンルは、それをやりかねない国です。そうなれば、更なる長期化は必至」

ロコソフスキーの発言に、クラークも付け加える。

「1年、2年どころか、10年単位で続く事もあり得ますな」
「いくら合衆国とはいえ、そこまでやるには経済が持たん」

ニミッツは憂鬱めいた口調でそう呟いた。

「話を元に戻します。先程申しました、2つの変化点ですが、更なる変化が2月より見られています。その変化が、航空戦力の運用です」

ロコソフスキーが片手で指を三本立てながら説明を続ける。

「敵部隊は先月、大規模な航空反撃を実行しましたが、我が軍の最新鋭戦闘機、P-80シューティングスターに敵航空部隊が粉砕されて以降、敵側の地上部隊に対する航空攻撃や、我が航空部隊に対する迎撃戦闘は、前線付近では非常にまばらになりました。しかし……全くの不活発に陥った訳ではありません」

彼は前線一体を大きく指示棒の先で撫で回した。

「敵航空部隊は明らかに出撃回数を減らしましたが、これは、我が軍の戦闘機……特にP-80を警戒しての行動である事が判明しています。敵はこちらの戦闘機との接触は可能な限り避け、逆に、戦闘機の護衛が薄い場合や我が方の地上部隊の航空援護が薄い場合はすかさず地上攻撃に入り、少なからぬ打撃を与えております」
「要するに……前線の敵航空戦力がほぼゲリラ戦に近い動きを示している、という事か」

スプルーアンスがそう言うと、ロコソフスキーも深く頷いた。

620ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:10:03 ID:rwYjnxGc0
「敵側の航空戦力は、総数で2000機前後との情報を聞いております。連合軍航空部隊の総数に比べれば余りにも少なすぎる。正面切って決戦を挑めば、自殺するのに等しい。それが嫌なら、こうする……敵ながら、いい戦い方ですな」

そこで、初めてモーデルが口を開いた。

「勝つ事はできんが、逆に負ける事もない。敵の総大将は狡猾だ」

彼はしたり顔でスプルーアンスを見つめた。

「それに加え、敵は未だに、航空部隊の再建を目指して、こちらの手の届かない後方地域でワイバーンや航空機の訓練に励んでいるそうですな。確実な劣勢下に置かれても、やるべき事はしっかりやれておるようです」
「陸軍航空隊にはB-36が配備され、シホールアンル本土の大半が爆撃範囲に入ったと聞く。そのB-36で後方の訓練拠点は叩けぬものかね?」

スプルーアンスはモーデルを見つめ返しながら、ロコソフスキーに問いかけた。

「無論、陸軍航空隊は2月の初めに、敵本土北西部にあるワイバーン養成所を叩きましたが。しかしながら、高高度での爆撃のため、戦果は今一つだったとの事です。その上、敵のワイバーン養成所は1箇所のみではなく、未だに未確認の養成所が複数あり、それが大陸中に分散しております。現在は各所に偵察用のB-36を飛ばして所在の確認に努めているところですが、範囲が広く、また天候に優れない事もあって、如何ともし難い状況にあると……」
「ふむ。では、敵航空戦力の策源地を数ヶ月以内に全滅させることは困難、であると」
「こういった敵には、何がしかの餌が必要になりますな」

モーデルがモノクルを取って、ハンカチで拭きながら言う。

「ただし、どのような餌がいいのか……そこの所は小官もまだわかりかねますが」
「いずれにせよ、判断を誤れば戦争の更なる長期化を招きかねない。その発端となりかねないのが、第1軍集団の行動だ」

クラークはそう言いつつ、ロコソフスキーに視線を向ける。

「無論、第2軍集団は可能な限り行動する。だが、現状の作戦では、既に前線へ移動しつつある敵増援の牽制や、我が戦線への敵戦力誘引はやり辛い。そこで……」

クラークの声音が変わった。

ここからが本題といった口調である。

「ここは……太平洋艦隊にひとつ、お願いを申し上げたい」

クラークはニミッツに体を向けた。

621ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:10:49 ID:rwYjnxGc0
「率直に申し上げます。第2軍集団所属の部隊を、帝国本土西部沿岸に上陸できるよう、援護をお願い致します」
「西部沿岸への……上陸作戦か」

スプルーアンスは小声で呟く。

「ワシントンのキング作戦部長は、この件について何かお知らせされておりますか?」
「キング提督には全て伝えてある。返事としては、まずは実行可能かどうか、第5艦隊側に聞くように……と」

(キング提督は西部沿岸の上陸に乗り気のようだ)

スプルーアンスは心中でそう確信していた。

「実行可能かどうかと聞かれれば、できると言えるでしょう。既に敵主力の残存部隊は大陸の北岸に退避し、第5艦隊の向かうところ、敵無しです」

彼はそう言いながら、ロコソフスキーに聞いた。

「どこに上陸を予定されておられるのか、そこをお聞きしたい」
「は。我々としては……ここ。ヒレリイスルィの東10マイルにあるトヴァリシルィと呼ばれる地区を予定しております」

ロコソフスキーが説明する間、陸軍兵が黒板に航空写真の写しを黒板に貼り付けていく。

「ここは未開の地ではありますが、上陸に最適な浜辺が広がっております。また、1キロほど離れた内陸部は平野であり、ここに飛行場を建設する事も可能でしょう」

彼は、貼り付けられた航空写真を指示棒の先で指しながら説明していく。

「上陸は、モーデル将軍の第15軍に行ってもらう予定です」
「同地の敵軍の配備状況はつかめているのかね?」
「トヴァリシルィには、航空偵察の分析の結果として、1個師団弱の敵部隊が配備されていると推測されています。防御陣地も構築されていますが、今の所、軽微な物に止まっているとの事です」

ロコソフスキーはスプルーアンスの質問にすかさず答える。

「第15軍は6個師団を有しているから、事前の砲爆撃さえしっかりしておれば、上陸作戦は成功するか」

622ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:11:28 ID:rwYjnxGc0
「ただし、捕虜の尋問によりますと、ヒレリイスルィやその周辺には、推定で8個師団が配備されているとの事です。うち2個師団は先のマルツスティ攻防戦に投入されておりますから、同地には5ないし6個師団が駐留していると推測されます。上陸作戦に手こずった場合、敵はヒレリイスルィから大規模な増援を行うでしょう」
「となると、上陸前に一工夫せねばなるまいな」

スプルーアンスはロコソフスキーにそう返しつつ、腕を組みながら作戦を練り始めた。

「上陸作戦は、我が第15軍が行う事は決まっているが、私は指揮下の部隊をどこまで前進させれば良いのかまだ聞いていない。第2軍集団司令部としては、第15軍の進出範囲はどの辺りまで予想しているかな?」

モーデルは気掛かりとなっていた点を質問してみた。

「進出範囲は、上陸地点から半径20マイルまでと予想している。そこから先は戦況次第だが、できる限り過度な進出は控えてもらいたい」
「20マイルか……飛行場の安全さえ確保できれば良いと言うことかね?」

モーデルの問いに、ロコソフスキーは深く頷いた。

「本作戦の目標は、主に2つです。一つは、ここに有力な部隊を上陸させた後、可及的速やかに飛行場を建設。そして……」

ロコソフスキーはトヴァリシルィから北300マイル……ちょうど、西部の主要都市であるオールレイング市にまで指示棒の先をなぞり、その周囲一体に大きな円を描いてから叩いた。

「敵戦力移動の拠点であるこの一帯の鉄道、橋、練兵施設等の各軍事拠点、並びに交通インフラを、進出した基地航空隊で持って一気に叩きます」
「進出予定の航空部隊は、どの舞台になるかな?」
「第7航空軍を予定しております」

ロコソフスキーは澱みなく答えた。

第7航空軍は、開戦から1年後に米本土で編成された航空隊であり、編成当初から45年の中頃までは、主にアリューシャン列島の防衛を陸軍の地上部隊と共に担当していた。
1943年中盤に発生したアムチトカ島沖海戦では、ウナラスカ島ダッチハーバーを空襲したあとも、近海を行動中であったシホールアンル機動部隊に対して、海軍の空母機動部隊や海兵隊航空隊と共に航空攻撃し、撃退した実績を持っている。
45年中盤からは、レーミア湾海戦で敵主力艦隊の戦力が削がれ、敵海軍の脅威が大幅に減少した事もあって順次アリューシャン列島から北大陸戦線に送られた。
46年1月からは第8航空軍と入れ替わりで第2軍集団の担当区域に編入され、今は消耗した機材やパイロットの補充に当たっていたところであった。

「第7航空軍の使用機材は、P-47サンダーボルトにP -51マスタング、A-26インベーダー、B-25ミッチェル軽爆撃機がメインとなっております」

(ほう……インフラ等を叩くには最適な機種ばかりだ。なるほど、敵からしてみれば非常に厄介な構成と言える。作戦の立案者はいい判断をしたと言えるな)

623ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:12:09 ID:rwYjnxGc0
スプルーアンスは第2軍集団が選定した航空部隊に対して、素直にそう評価した。
陸軍航空隊は現在、大型の爆撃機としてB-17、B-24、B-29、B-36を、中型の爆撃機としてB-25、B-26、A-26を運用している。
このうち、鉄道や道路、橋といったインフラ施設の爆撃には主にB-25、B-26、A-26が割り当てられ、この他にP-47やP-51もロケット弾や爆弾を抱いて参加する事もある。
これらの機種によるインフラ爆撃は一定の成果を上げており、シホールアンル軍の前線部隊は補給面で常に懸念を抱える事となっている。
だが、懸念は米側も抱いていた。
その最大の懸念事項は、航続距離であった。
インフラ爆撃に最適な軽爆撃機や戦闘爆撃機は、大型の重爆よりも機動性が高く、狭隘な場所も条件次第で爆撃が可能であったりするが、手近な目標は全て叩いた上、新たな主目標となる西部付近は、一番近い西部ヒーレリ地区の前線飛行場からでも最低で700キロ以上も離れている。
軽爆撃機の航続距離は2000キロ程であるから充分に往復可能と思われる距離だが、武装をフル搭載した状態だと、航続距離はカタログスペックよりも落ちる上、天候の状態によっても燃料消費の度合いが変わってくる。
また、行きは良くても、燃料タンクに被弾すれば飛行場に帰還できる可能性は劇的に減ってしまう。
現状の戦線では、目標までの距離は最適と言えないのだ。
それなら重爆隊……B-17やB-24ならば可能となりそうだが、これらの重爆は高度3000から7000メートルからの水平爆撃が基本であるため、目標の完全破壊には必然的に時間がかかってしまう。
その間、敵が拠点の移動や防御体制の強化などの対応を取れば、こちら側の損害も累積し、結局は中途半端な結果を残すだけとなってしまう。
だが、トヴァリシルィを奪取し、ここに航空基地を建設して軽爆撃機隊や戦闘爆撃機を駐留させれば、敵インフラの破壊は効率よく進む。
その結果、東部戦線への増派は非常にやり辛くなる。

「そしてもう1つですが、それは、現地に駐留する敵地上部隊の戦力誘引です」

ロコソフスキーは、第15軍の部隊が展開する20マイル範囲内を指示棒の先でなぞっていく。

「第15軍はこの範囲内まで進みますが、敵の大規模な増援が送り込まれた場合は、一歩下がって、17〜18マイル付近に防衛線を敷いて防御に移ります」
「ほう……ちょうど丘陵地帯や森林地帯に位置するラインだな。そして、後方は幾分開けていて、いざと言う場合には部隊を融通しやすい」

モーデルは地図と、大判の航空写真を交互に見つめながら頼もしそうに呟いた。

「この配置なら、敵が6個師団……いや、10個師団ほど攻めて来ても充分に耐えられる。そして、耐えている間に、第7航空軍が敵の兵站路をズタズタに引き裂いていくと。うむ、実に嫌らしい作戦だ」

モーデルが楽しげにそう言っている側で、スプルーアンスが口を開く。

「ふむ。敵海軍の主力が壊滅した今だからこそ、実行できる作戦だな。制海権を失った敵にこれを止める術は無い。ちなみに、この作戦は誰が立案したのかね?」

624ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:12:48 ID:rwYjnxGc0
「最初に言い出したのは私であります」

モーデルが幾分誇らしげな口調でスプルーアンスに言った。

「私の提言を基に、ロコソフスキー参謀長が手を加えて作りました。まぁ、この作戦のきっかけは、マッカーサー閣下のある言葉を思い出したことにありますが」
「マッカーサー閣下と言うと、今はレーフェイル大陸で戦後処理にあたっている、あのダグラス・マッカーサー大将か?」

スプルーアンスの問いに、モーデルは頷く。

「私はレーフェイル大陸から去る前に、マッカーサー閣下と小話をしましてね。その終わりに少しばかりアドバイスを貰いまして……」


それは、モーデルがレーフェイル大陸を離れ、太平洋戦線に転戦する前の事だった。
別れ際に、マッカーサーの執務室を離れようとしたモーデルは、最後にあるアドバイスをもらっていた。

「そうだ、モーデル将軍。一つだけアドバイスがある」
「アドバイス、と、申しますと……?」

唐突なアドバイスに、モーデルは怪訝な表情になりながらも、それを聞く事にした。

「まぁ、あまり多くの言葉は使わんが……兵の犠牲を少なくしたいのなら、戦線を蛙飛びするかのように飛び越して良い。レーフェイル戦線ではそのような事は起きなかったが、敵の強力な太平洋戦線なら、蛙飛びのように沿岸伝いで迂回する必要もあろう。例え迂回する敵地が重要拠点であっても、迂回先にそれ以上の重要拠点を作ってしまえば良い。要するに、敵に嫌がらせをして、場合によっては拠点ごと飢えさせてしまえば良いのだ。合衆国軍は、それができる軍隊だ。向こうで使えそうな機会があれば、迷わず提案すれば良いだろう」
「なるほど……言いたい事はわかりました。しかし、その機会は巡って来ますかな?」
「それは、太平洋戦線での頑張り次第だ。武運を祈る」


あの時、モーデルは半信半疑で聞いていたが、現在の状況は、まさにマッカーサーのアドバイスの通りの状況になっていた。
ファルヴエイノで開かれる合同会議の前に、モーデルはロコソフスキーを呼び、マッカーサーから得たアドバイスをもとに、即興ながら今回の西部沿岸の上陸作戦を披露した。
その前に、第1軍集団の攻撃が予想以上に困難な物になりつつあると確信し、半ば悶々としていたロコソフスキーはすぐにモーデルの提案に乗り、第2軍集団司令部にもこれを上げてより細かい作戦の立案に当たった。
合同会議終了後には、太平洋艦隊司令長官であるニミッツ元帥も招いて同作戦の提案を行っている。
ニミッツ元帥の反応は上々であり、すぐさまワシントンにも報告された。
その結果、モーデルの提案は第2軍集団の正式な作戦として、太平洋艦隊の主力である第5艦隊も動かせる段階にまで迫っていた。

625ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:13:24 ID:rwYjnxGc0
「良い提案だ。ニミッツ長官……私は此度の作戦実行に賛成いたします。敵が硬ければ、柔らかいところを衝く。作戦の常道に沿った堅実的な案であると判断いたします」
「うむ。幾ら部分動員を掛け、部隊を編成したところで、その輸送路が破壊されてしまえば兵隊も移動できなくなる。無論、動員は西部だけではなく、東部でも行われるだろうが……100万の増勢と50万の増勢では、話が大きく違ってくる」

ニミッツの言葉に、一同は深く頷く。

「この作戦で西部付近の敵残存兵力を拘束し、同地のインフラを根こそぎ破壊すれば、敵本土西部は分断状態に陥る事は確実と言えるでしょう」

クラークも付け加えるように言った。

「とすると、現地の攻撃を担当する機動部隊と、上陸部隊を運ぶ輸送船団の手配を行わねばなりませんな。上陸部隊の輸送に関しては、リーシウィルムとレスタン共和国沿岸で待機している各種輸送船や輸送艦を使えば問題なく行えます。次に、先鋒を務める機動部隊と輸送船団の護衛部隊ですが」

スプルーアンスは、脳裏に各任務部隊の編成図を浮かべながら説明を続けていく。

「第58任務部隊は現在、リーシウィルム港に戻り、艦上機の補充と艦の整備にあたっており、2週間以内に次の作戦行動が可能になります。TF58は正規空母9隻、軽空母7隻を4つの任務群に分けて従来と同様に運用する予定です。輸送船団護衛部隊には、第54任務部隊と第56任務部隊を当てます」

第54任務部隊とは、旧式戦艦を中心に編成された船団護衛、上陸援護が主任務の水上打撃部隊である。
戦力は、最近戦線復帰したばかりの戦艦アリゾナを始めとして戦艦7隻、巡洋艦4隻、駆逐艦20隻で編成されている。
元々は戦艦8隻であったが、アリゾナの姉妹艦であるペンシルヴァニアが、リーシウィルム沖海戦で敵戦艦との砲撃戦の末に撃沈されたため(同海戦では共に行動したアリゾナも撃沈寸前まで追い込まれた)、戦艦戦力は減ったままとなっている。
同任務部隊の指揮官には、本国召喚後に第7艦隊司令長官に任命されたトーマス・キンケイド中将に代わって、ダニエル・キャラガン中将が任命され、2月より指揮を取っている。
第56任務部隊は複数の護衛空母部隊をまとめた艦隊であり、6つの護衛空母部隊で構成されている。
1つの護衛空母部隊には、5隻、または6隻の護衛空母を中心にし、それを16隻の護衛駆逐艦が護衛している。
任務部隊指揮官にはトーマス・ブランディ中将が任命され、キャラガン中将と共に2月より指揮を取り始めた。
これらに護衛されるのが、計1500隻の各種輸送船、輸送艦群であり、輸送部隊は第53任務部隊として構成され、これをノーマン・スコット中将が指揮する。
モーデルの第15軍6個師団、計14万の輸送は滞りなく実行できる布陣だ。

「上陸部隊の輸送態勢は万全であると断言いたします」
「よろしい。敵に主立った脅威が存在しない以上、上陸作戦は間違いなく成功すると言って良いな」
「私もそう思いますが……しかしながら、不安がないと言うわけではありません」

ニミッツが幾分楽観的な発言をした所に、スプルーアンスはすかさず懸念点を申し述べる。

626ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:14:03 ID:rwYjnxGc0
「上陸作戦は、天気との付き合い如何で成功すると言っても過言ではありません。仮に、予報で晴れと言われても、当日が嵐の場合は目も当てられません」
「なるほど……最大の敵は天気、と言うことか」
「それから、敵航空戦力の動きも気になります」

スプルーアンスとしては最も気掛かりであった、敵航空部隊の対応についても懸念点を述べる。

「ロコソフスキー参謀長は、敵はゲリラ的に航空部隊を運用していると言われていたが、それでも2000機ほどの航空戦力が残っているという点は、私としても気掛かりです。先にも言われていた通り、これは敵の本土決戦であり、地の利は敵にあります。我が軍が強大な敵軍を連戦連勝とも言える形で次々と打ち破って来たのは、敵の占領地での戦い……つまり、元々は外地であり、時にはその地の住民の全面協力を得ながら、敵と比べて比較的優位に我が軍が戦えた事にあると思います。ですが、今度は我々が、敵本国で戦う……つまり、敵にとっての侵略者になります。当然、住民に協力は望めず、場合によってはこちらの状況が筒抜けになるかもしれません。そこに敵が航空戦力を結集して地上部隊を攻撃した場合、上陸作戦に影響を及ぼす可能性も出てくるでしょう」
「第5艦隊は相当数の航空戦力を有していますが、完璧に敵航空部隊の攻撃を防ぐ事はできませんか?」

ロコソフスキーが聞くが、スプルーアンスは即答した。

「完全に防ぐのは無理だ。穴は必ず生じる」
「提督のおっしゃる通りです。特に空母部隊の艦載機は天候に左右されやすいから、その懸念も常に付きまとう。第7航空軍が建設した航空基地に配備されれば、敵航空部隊にも陸軍独力で対応できるようになりますが、それまでがこの作戦の正念場といえますな」

モーデルも眉に皺を寄せながら、スプルーアンスの懸念に同調する。

「航空基地には、最初に第7航空軍の部隊のみならず、海兵隊航空隊の戦闘機も配備しては如何でしょうか。作戦予備の第1海兵航空団は実戦経験豊富です」

これまで発言していなかった、第5艦隊作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐もそう進言した。

「それは良いな。ぜひ編成に加えよう」
「それから長官、ひとつ妙案を考えたのですが……説明をしても宜しいでしょうか?」
「許可しよう」

フォレステル大佐はスプルーアンスから許可を得ると、すぐさま説明を始めた。

「先ほど申されておりました、敵航空戦力の懸念点についてですが……要は、上陸前に敵の航空戦力の減殺すれば宜しいのですね?」
「理想としてはそうなる。貴官はその点について考えがあるようだが……」
「はい。少々お待ちを」

627ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:15:02 ID:rwYjnxGc0
フォレステルは立ち上がり、ロコソフスキーから指示棒を借り受けた。

「敵航空部隊は総出でゲリラ戦に転換し、こちらの大部隊の攻撃は避けて、狙いやすい目標を攻撃する傾向があると言われておりました。話は戻りますが」

フォレステルは指示棒を西部沿岸付近と、先月襲撃したノア・エルカ列島に向ける。

「つい最近まで、我が第5艦隊は敵西部沿岸付近と、この辺境の島々に航空攻撃を仕掛けておりますが、この際、各任務群に分かれて、ほぼ同時に攻撃を行なっております。我が任務群は、それぞれが正規空母、軽空母5隻程を有する有力な艦隊ですが……これは同時に、戦力を分散している状況になります。言うなれば、古来の兵法より禁忌とされている戦力分散をあえて用いている事になります」
「それは、自軍艦隊の不備を指摘されているのかな?」

ロコソフスキーはすぐにそう尋ねたが、フォレステルは首を縦に振らなかった。

「そう言われればそうでしょうが、現状の圧倒的戦力差を鑑みれば、効率の点から見て妥当の判断です」

フォレステルは幾分、張り上げた声音で言葉を続ける。

「それと同じ事を、事前空襲で繰り返すのです。それも、敵に仄かに見せつけるように」

その瞬間、モーデルがハッとなった表情でフォレステルを見つめた。

「大佐……もしや、貴官は餌を作り上げようとしているのかね?それも、空母機動部隊という極上の囮を」
「そうなります」

一瞬だけ、場の空気が固まったように感じた。
それに構わず、フォレステルは続ける。

「分散状態にある空母機動部隊は、長年苦しまれてきたシホールアンル軍から見れば格好の標的であり、しかも……機動部隊には“ジェット戦闘機は配備されていない”!言うなれば、それなりに通用する相手と、敵は必ず見るはずです。そして、相次ぐ敗報でパッとしたい戦果をあげたいと考える敵は、もしかしたらここに目をつけるかもしれません」

フォレステルは指示棒の先を西部沿岸沖に叩きつけた。

「軍艦は沈むからわかり易い!舐めた敵を叩いて一泡吹かせる!と、敵が思い付き、ゲリラ戦から一時的に、本来の戦いへと戻る。そこで我が機動部隊は、なけなしの部隊をかき集めて、悠々と出撃して来た敵航空戦力相手に航空決戦を挑み、一気に雌雄を決する!それが……私の考えた作戦であります」

628ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:15:45 ID:rwYjnxGc0
「……いいだろう。流石はミスターフォレステルだ。出て来んのなら誘い込んで叩く。それで行こう」
「スプルーアンス提督……作戦の骨子は理解できました。ですが……攻撃を受ける艦隊に犠牲が出るのではありませんか?」

ロコソフスキーは、彼には珍しく、躊躇いがちな口調で聞いてきた。
陸軍が手こずっている敵航空部隊を、海軍に対応させる形になり、負い目を感じているのだ。

「犠牲は出るだろう。だが、攻撃を受けるのは慣れている。合衆国海軍が戦ってきた海戦はいつもそうだった」

スプルーアンスは静かだが、確信めいた口調で返答する。

「そして、今回も受けて立ち、乗り越える。それだけの事だ」
「長官……」

隣にいるムーア参謀長は、スプルーアンスの固い決意を感じ取っていた。

「第5艦隊は、ハルゼーの第3艦隊に勝るとも劣らぬ優秀な艦隊だ。天候次第だが、第15軍は気兼ねなく、敵地の上陸を行ってもらいたい」

スプルーアンスはそう言った後、ロコソフスキーとモーデルの顔を交互に見る。

「それでは、席に戻ります」

フォレステルはロコソフスキーに言ってから、席に戻った。

「さて、改めて聞くが…クラーク将軍としては、この作戦の実行に異論は無いかね?」
「異論はありません。むしろ、すぐにでも実行して、敵の度肝を抜きたいぐらいです。皇帝陛下はさぞ驚くでしょうな」

ニミッツの質問に対して、クラークの口から出てきたその一言に、室内の一同からどっと笑い声が上がった。
ひとしきり笑い声が響いた後、唐突にムーア参謀長が手を上げた。

「ムーア参謀長。如何した?」
「いや……今し方思い浮かんだのですが……長官、発言しても宜しいでしょうか?」
「いいだろう。言ってくれ」

スプルーアンスに発言を促されたムーアは、幾分緊張した面持ちで話し始めた。

「常連の部隊を使う予定はありませんか?蛙飛びのように行くなら、あの辺りにも……」






翌日、シホールアンル帝国西部沿岸上陸作戦が立案され、作戦案は本国に提出された。
その2日後、統合作戦本部は帝国西部上陸作戦の実施が可能と判断し、太平洋艦隊司令部並びに、第2軍集団司令部に向けて、正式に作戦準備命令が伝えられた。
上陸作戦実施予定日は3月15日となり、蛙飛び作戦と名付けられた一大作戦は、こうして幕を上げる事となった。

629ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/18(金) 21:16:18 ID:rwYjnxGc0
SS投下終了です

630名無し三等陸士@F世界:2022/11/19(土) 09:05:49 ID:YDQzWVbg0
作者乙
シホールアンスを詰みに追い込むまでにもう二転三転有りそうですね

631名無し三等陸士@F世界:2022/11/19(土) 18:48:45 ID:lgXqotqs0
投下乙です。
久方ぶりの大規模作戦キタ!
フォレステル大佐の意味深なセリフ、もしやFH-1登場フラグ…?
そして史実のモンタナ級を超えるのバケモノ戦艦が4隻就役予定ですか…。個人的には2〜4番艦のうちどれか1隻に旧世界のイギリス戦艦の名前をつけてジョンブル戦隊に配備してほしいですね〜。

632ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/11/19(土) 20:10:29 ID:rwYjnxGc0
>>630氏 ありがとうございます
劣勢ですが、兵力がない訳でも無いし、防御を徹底すれば連合軍の進撃も鈍りますからね
指揮官が有能だと、やはり厄介です

>>631
>フォレステル大佐の発言
さて、どのような策なのか……ひとまずは、敵が食い付く事を願うばかりです

>バケモノ戦艦4隻
海軍の実戦部隊からは、一部を除いてなんだこの戦艦は!?という驚きと嘆きの声ばかりが上がっております

633HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:48:16 ID:b1.cyCyo0
ヨークタウン氏の投下に刺激され、某所で見かけたネタを下敷きに書き始めたのがやっと形になりました
というわけで久々に外伝投下行きます

タイトルは「陸上艦という幻想(ファンタジー)」
それではしばしのお付き合いを…

634HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:49:25 ID:b1.cyCyo0
「陸上艦という幻想(ファンタジー)」

アメリカ合衆国、メリーランド州アバディーン試験場

第1次大戦中の1917年に開設されたこの陸軍兵器試験場では、これまで様々な試作兵器がテストされてきた。
火砲、銃器、車両、その他諸々……。そして今日もまた、ある試作兵器が軍人や技術者たちの見守る中、何度目かの実地試験を行っている。
起伏が多い草原の上をゆっくりと走る奇妙なもの。元々は鉄道用の無蓋貨車だったそれはあちこちが改造され、貨物の代わりに奇妙な装置とその操作要員が載せられている。
だが貨車に本来備えられているはずのもの、いや、地の上を走るものなら大抵備えているはずのものである車輪は一切存在しない。
ではどうやって走っているのか?

それは、地面の上を『浮かんで』走っていた。

「今回は大丈夫そうですな」「今のところはですがね」
「久しぶりの実地試験ですが、現状では安定しているようです」
「今回は無事に終わってほしいものだな。前回の時ときたら……」「あれは酷かったな。半年以上前のことなのにいまだに夢に見るよ」

『浮上貨車』とでも呼ぶべき車両がゆっくり走る姿を眺めながら言葉を交わす軍人と技術者たち。誰もがこの車両の開発計画に数年前から携わっている。
だがその立場はありていに言って弱く、低い。当然割り当てられる予算も少なく、施設や設備を使用する際の優先順位もまた低い。
こんな奇妙なものの開発に携わってる以上仕方のないことではあるが、彼らがそれを気にすることはない。むしろ「いずれこの計画を成功させて馬鹿にしていた連中を見返してやる」と考えている者すらいた。
もちろんこんな場末の奇妙な計画にも正式な呼称はある。
『汎用浮上車両開発計画』もっとも口さがのない者たちはこの計画を様々なあだ名で呼んだ。

『アメリカ製魔法のじゅうたん製作計画』
『魔法の空飛ぶ車製造計画』
そして『アメリカ製陸上戦艦開発計画』

一番最後の誇大妄想じみた、今テストを行っている試作兵器とはあまりにもかけ離れた名称。だがこれこそがこの計画の元々の姿であり、今の姿は紆余曲折の結果たどり着いた結末、あるいは成れの果てでしかない(気の強い連中の中には『一時の雌伏』と呼ぶ者もいた)。
それと同時にこの計画の発端が、敵国であるシホールアンル帝国が開発し実戦投入した『ある兵器』から受けた衝撃によるものであることをはっきりと示していた。

635HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:50:38 ID:b1.cyCyo0
1484年1月12日。アメリカ合衆国がこの世界に召喚されてからおよそ2年3か月が過ぎたこの日、アメリカと南大陸各国の連合軍は敵国シホールアンル帝国の北ウェンステル領への上陸作戦を開始した。いわゆる『ウォッチタワー』作戦である。
昨年末に占領した南ウェンステル各地の港に集結した艦隊と上陸船団は大陸を南北に分断するマルヒナス運河を横断、陸海軍航空隊の航空機により徹底的な爆撃を受けた北ウェンステル領の南西部、マルヒナス運河の西端にある港湾と近隣の砂漠地帯へと上陸を開始。戦艦と重巡洋艦の徹底的な艦砲射撃によりシホールアンル側が設置した障害が破壊された後に上陸部隊が接岸、第一陣の兵士たちが続々と北大陸の大地に一歩を印す。
上陸地点では伏兵などによる抵抗もなく部隊の揚陸は順調に進み、誰もが作戦は何一つ問題なく進んでるように思っていた。
だが、それを木っ端みじんに打ち砕くものが現れる。

レドルムンガ級陸上装甲艦。シホールアンル帝国が秘密裏に建造、完成させていた『陸上を走る軍艦』である。
この奇想天外な軍艦は本来6隻が建造される予定であったが、建造に必要なウェンステル産の魔法石の精錬工場がアメリカ陸軍航空隊の行った精錬工場爆撃作戦『ストレートショック』により機能を喪失したため。ネームシップのレドルムンガ、2番艦バログドガ、3番艦のアソルケバのみが完成。残りの3隻は建造を中止され解体されている。
シホールアンル側はそのすべてをこの地域に投入。 確保した橋頭保から北上を開始した米第4機甲師団の先鋒部隊をその巨体に搭載された大口径砲の圧倒的な火力と長射程により一方的に蹂躙し撃退。その後アメリカ陸海軍航空隊の激しい爆撃にさらされるも搭載された魔法防御により全く損害を受けることなく戦闘行動を続行。そして夜の到来とともにアメリカ側の橋頭保を蹂躙するべく南下し、ついには『陸上からの艦砲射撃』という非常識極まりない攻撃により橋頭保を蹂躙し始めるに至る。
だがその一方的なまでの暴れぶりもそこまでだった。

上陸部隊を指揮する米第4軍司令部からの要請を受けて投入された米巡洋艦部隊との夜戦。当初は魔法防御の存在により一方的に損害を与えていた陸上装甲艦であったが、昼間の激しい空襲とハイペースで浴びせられる砲弾のため魔法防御の要である魔法石に不具合が発生、戦闘半ばにして魔法防御喪失という緊急事態に陥る。
その後も続いた戦闘はアメリカ側の有利へと傾き、最終的には陸上装甲艦全ての撃沈という結末となった。

かくして去った橋頭保蹂躙、陥落の危機。その後戦列を整えなおした第4軍は北上を再開。後続の船団も次々に部隊と物資を揚陸し、北大陸での攻勢を開始する。
だがその影で目の色を変える者たちがいた。
合衆国の様々な分野の技術者と南大陸各国の魔導士たち。彼らの視線は北ウェンステルの砂浜に擱座する3つの巨大な残骸に釘付けになっていた。

シホールアンル帝国が秘密裏に建造した超兵器
魔法という未知の力で宙に浮かび、大地の上を走る軍艦
爆弾も砲弾も通用しない魔法防御

彼らはそれぞれ魔法と技術という異なる世界の住人ではあったが、これを目の前にして目の色を変えぬ者は誰一人いなかった。
そんな彼らの心中には様々な思いが駆け巡る。

魔法により物体を浮かべる、それはどのようにして行われるのか?
これほどの巨体をどうやって浮かべ、走らせたのだ?
浮上して走る艦からの砲撃と射撃統制、一体どうやったのだ?
多数の砲弾、爆弾に耐える魔法防御とはいかなるものなのか? それはわが軍の艦にも搭載可能なものなのか?

636HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:51:50 ID:b1.cyCyo0
心に抱いた興味と関心は程なくして情熱へと変じ、男たちを突き動かした。彼らは抱いた情熱に突き動かされるまま、様々な人々を巻き込んで行動を開始する。
ある者は装甲艦の残骸が未だ鎮座している北ウェンステルの浜辺を目指そうと試み、またある者は捕虜となった装甲艦の乗組員から自ら情報を聞き出すべく、自国の軍へと掛け合いを始める。
このような流れには無論軍側も快く応じた。
現地で交戦した陸海軍部隊、彼らから報告を受け取った軍や政府の上層部、誰もが心の底に程度の差はあれ恐れという感情を抱いていたからだ。

あの怪物はあの3隻だけなのか?
まだいるのではないか? 次に姿を現すのはどこだ?
陸上だけではなく海上でも行動できるのではないか?
遠からず改良型が現れるのではないか?

情熱と恐怖、その他もろもろの感情と思惑が複雑に絡み合い、アメリカと南大陸双方の人々の間を飛び回る。
そしてひと月後には連合国軍内部に『陸上装甲艦調査委員会』なる組織が誕生し、各国から送り込まれた多くの専門家たちがある時はウェンステルの浜辺で、またある時は南大陸の捕虜収容所で、またある時は占領間もない北ウェンステルの魔法石鉱山で『仕事』に取り組んだ。
そして彼らの情熱と献身により、連合国側には様々な情報(ただし断片的であり、不正確であり、間違いだらけでもある)がもたらされることになる。

浮上能力はウェンステル領ルベンゲーブ産の特殊な魔法石によるもの。これ以外のもので同様の能力を持つ魔法石は存在しない。
(捕虜からの情報。実際はシホールアンル帝国本土の魔法石鉱山で浮遊する魔法石が発見され、採掘が進められていた)

建造されたのは6隻、完成したのは3隻、残り3隻は魔法石の都合がつかなくなったので解体された。ただし他の場所で似たような艦が建造されているという噂を耳にしたことがある。
(捕虜からの情報。実際はこの計画のみ。ただし後に明らかになったシホールアンル空中艦隊の建造計画であるとの誤解の原因となった)

本国からの移動の際に渡河を行ったことがある。海上での行動はしたことが無い。ただし艦の構造は水上艦を基にしており、乗員もほとんどが海軍出身である以上、海上での行動も可能であるようだ。
(捕虜からの情報と残骸の調査結果より。ただし憶測を含むものであり、実際に可能であったかの裏付けはとれていない)

魔法防御用の魔法石もウェンステル領で産するもの。これを複数艦内に設置し、強固な魔法防御を実現した。ただし戦闘では司令官が無理に強度を上げさせたため不具合が生じ、戦闘中に魔法防御が失われた。もし強度を上げなかったなら我々が勝っていた。
(捕虜からの情報と残骸の調査結果より。ただし捕虜の発言は願望が多分に含まれるものであった)

陸上装甲艦の魔法防御は優秀ではあったがそれに頼るあまり艦そのものの構造や防御はさして強固なものではない。事実2番艦は命中した8インチ砲弾により弾薬庫が爆発し、艦体が二つに千切れている。
(交戦記録と残骸の調査結果より。かなり正確な情報である)

これらの情報は政府や軍の上層部に対して様々な影響をもたらした。
陸軍航空隊のある将官(ルベンゲーブ爆撃作戦を推進した者たちの一人だった)は己の判断の正しさを確信し、以後も魔法石工場への爆撃を重点的に行うべしとことあるごとに主張するようになる。また同じ陸軍でもOSS(戦略情報局)に身を置くある佐官は同様の秘密兵器開発計画が帝国各地で行われている可能性を指摘し、同盟国と協力しての帝国本土への潜入作戦をより大規模に行うべきだ、という趣旨の報告書を関係各部署へ上げた。

637HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:53:07 ID:b1.cyCyo0
投げ込まれた情報という石が組織という水面に波紋を広げてゆく。ただ実際の波紋と違うのは、この波紋がやがてさざ波に、小さな波となり、場所によっては大波にすらなるということ。
そして波の中でももっとも大きなものは…………

「わがアメリカ軍でも同様の兵器を開発、運用すべきだ。魔法というものが実際に存在するこの異世界では今後も想像を絶する兵器の登場が予想される。それに備えるために我々も魔法について研究し、既存の兵器体系に取り入れなければならない。これはその第一歩だ」

戦時、それも総力戦という非常時に行われる提案としてはあまりにも問題のあるものだった。
国家の総力を挙げての戦争の最中に、魔法という未知の技術体系(正確には技術ではないのだが)に立脚した兵器を開発し導入する。南大陸諸国の手助けがあったとしても、実現には相当な費用と労力、時間が必要なのは火を見るよりも明らかだった。
しかも開発しようとしているのは陸上艦というあまりにも非常識な存在。

それより既存の兵器体系の充実と強化に予算を投入すべきでは?
そちらにリソースを割くことで戦争遂行計画に遅れが出るのでは?
今から取り掛かっても実現する頃にはこの戦争の決着が付いているのでは?
開発できたとしても使いどころはあるのか?

あちこちから呈される疑念と否定の意見。だがそれらを明確な現実が沈黙させた。

「この世界では魔法の存在と使用は常識となっている。わが国だけがそうではない」
「彼らが当たり前に出来ること、知っていることを我々は何一つ知らず、出来ない。これは大いに問題である」
「この状況を改善せず放置することは望んで敗北を招き寄せるようなものだ」

かくして合衆国はそれまで南大陸諸国との協力のもと行われていた魔法の研究と軍への導入、そして魔法体系を導入した兵器の開発を一段と加速させることとなる。
それはやがて様々な兵器、例えば魔法通信を傍受、解読可能な無線機や生命反応探知妨害装置といった形で結実、合衆国とその同盟国の勝利に大いに貢献することとなった。

だが、そういった兵器たちのリストから漏れた存在もいる。
その一つが、アメリカ版陸上装甲艦の開発計画であった。

638HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:54:16 ID:b1.cyCyo0
北ウェンステルの戦場に突如登場し、その常識外れぶりと圧倒的強さから米陸軍将兵の心に大きな衝撃と消えない傷を残した異形の怪物。それを今度は自分たちの手で現実のものとしようという計画。だがそれは初手から躓いていた。
ウォッチタワー作戦開始後から数か月後、北ウェンステルの魔法石鉱山や精錬工場といった関連施設をあらかた占領、制圧したアメリカ軍。だが敵手たるシホールアンル軍は撤退の際にこれらの施設を徹底的に破壊、重要資料をことごとく持ち去っていた。結果手に入ったのは無意味な情報とがれきの山、そして復旧困難な鉱山ばかり。当初これらの施設から情報や資料の入手を目論んでいたアメリカ側関係者の当ては完全に外れることとなる。
(念入りなことにアメリカ側が2度にわたって爆撃したルベンゲーブの工場施設の残骸ですら破壊していた)
せめて何か一つでも役に立ちそうなものを、との願いから行われた再調査でも手に入ったのは断片的とすら呼べないレベルの情報とまともな知識があるものなら目もくれないようなクズ魔石のみ。
それでも、彼らはあきらめなかった。

大破擱座した陸上装甲艦の艦内から得られた設備と資料(どれも戦闘で破損し、焼け焦げていた)、捕虜の尋問から得られた情報(断片的かつ信頼性に欠けるものばかり)、そしてウェンステル各地から届いたがらくた(名前はともかく実質的にはそうだった)の山、そういったものをひねくり回し、鉛から黄金を作り出そうとした古の錬金術師もかくやの試行錯誤を繰り返す。
だがそれはあまりにも多くの予算と資材を浪費し、結果周囲から向けられる視線は日に日に冷ややかさを増していった。
そしてある日、ついに彼らの努力の成果が公開されることとなる。

アバディーンの試験場の一角に引っ張り出されたのはなんの変哲もない中型軍用トラック。広い荷台にはかき集めたクズ魔石を用い、試行錯誤を繰り返して製作された試作浮上装置がしっかりと取り付けられている。傍には制御と操作を担当する魔導士たち(当然のことながら皆南大陸各国の出身者である)の姿。運転席には念のため運転手が乗ってはいるが、この試験では基本的に彼の出番はない。
軍や政府の高官たちが黙して見守る中、荷台の魔導士たちの手により浮上装置が作動するとトラックの6つのタイヤは大地を離れ、オリーブドラブに塗られた車体が空中をゆっくりと進みだした。
本来地上を走るトラックが空中に浮いて進んでいる上、本来あるべきエンジン音が皆無だという非現実的な光景が高官たちの視線をくぎ付けにする。一方トラックはそのままテストコースを一周し、元居た場所に停止するとゆっくりと着地、浮上装置を停止させたところで公開試験は終了した。
その後の点検では浮上装置にもトラックの車体にも異常は見られず、ここに試験内容は無事終了。関係者一同は努力が実ったと喜んだが、現実はそんな彼らに対し冷酷なまでの現実を突きつける。

「あれだけの予算と時間をかけて出来上がったのはこれだけかね?」
「普通に走ったほうが速いな」
「他国の魔導士がいなければ動かない、動かせない。こんなものをどうしろと?」
「色々と障害が多かったのは分かっている。だがこれではな」

居並ぶ高官たちから飛び出した言葉はどれも否定的、かつ容赦のないものばかり。言葉を浴びた開発スタッフたちは何とか平静を保とうと試みるも、こらえきれずに顔が強張り、両手は知らず知らずのうちに拳を固く握る。
やがて言葉が途絶え、あたりを固い沈黙が支配すると今回の公開試験を取り仕切る陸軍中佐が宣告を下す。

今回の公開試験はこれまでとする。今後の予定、計画などについては後日あらためて連絡する。以上だ。

あたりさわりのない紋切り型の口上、だがそれを聞かされる開発スタッフはそれがどのような意味を持つのかわかっていた。
自分たちは貴重なチャンスを活かせなかった。試合に負けたのだ。
そしてこれから人員と予算削減の大鉈が何度も、何度も振るわれるのだ、と。

639HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:55:27 ID:b1.cyCyo0
去り行く高官たちを見送ったあと肩を落とし、俯きながら後始末をすると試験場を機材とともに後にする開発スタッフ一同。借り受けた数両のトラックに分乗し、これから軍に前もって指定された最寄りの貨物駅を目指す。そこで鉄道に乗り換えて開発拠点があるロスアラモスへと戻るのだ。
人員輸送用に割り当てられたトラックの中、スタッフの一人が重い口を開いた。

「あれじゃ駄目だというのか。だが現状であれ以上のものを見せろなんて到底無理だぞ……」
「あまりにも問題が多すぎる。せめて陸上装甲艦かルベンゲーブあたりからまともな機材の一つでも手に入っていたならなあ」
「無いものねだりだぞ、それは」「わかっていますよ。でも正直こんな状況じゃあれ以上のことなんてとてもとても……」

それをきっかけにぽつりぽつりと会話が始まり、やがて幌を掛けられた荷台の中が飛び交う言葉で満たされる。
誰もが走るトラックのエンジン音と車体の風切り音に負けまいと声を高め、溜め込んでいたものをここぞとばかりに吐き出した。

不満、願望、計画、構想。様々な思いが言葉となって宙を飛び交う。

「お偉いさんはどんなやつだったら満足したんでしょうね?」「あの装置をじゅうたんに載せて飛んで見せれば満足したかもな」
「アラビアン・ナイトに出てくる空飛ぶ魔法のじゅうたんってわけですかい。まあ別の意味で受けそうだ」
「そういった視点から見れば今回は無難なものを選んでしまったわけか。確かに問題ありだったな」

「真面目な話、本気で陸上戦艦建造ってのは正直無理があるとは思ってるんですがね」「おいおい…………」
「だって軍艦だってでかくなって喫水深くなるとうかつに岸に近寄れなくなるし、入れる港にも制約が出るでしょう?」
「となると今後大型化するにしても取り回しのいいサイズを念頭に置かなきゃならんな」「やっぱり巡洋艦サイズが最適なんですかね?」

「次があればどんなことをやりたい?」「今度はもっとでかいやつ、そう、鉄道貨車あたりを浮かばせてみたいですね」
「大物浮かばせるってのには賛成だな。ただ陸のものじゃなく海のもの、例えば魚雷艇あたりでやったほうがインパクトがあるんじゃないか?」
「魚雷艇は装置の設置場所に苦労しそうですし、やはり揚陸艇、LCVPかLCMあたりが妥当では?」

「君は実用化するとしたら陸上軍艦というより移動砲台的なものがベストだって主張してたが、今もそのつもりかい?」
「ええ、だって動かすのは十中八九陸軍の連中でしょう。だったら軍艦という形にこだわるべきじゃない」
「その気になれば沿岸砲や列車砲クラスのものを浮かべて動かせる。線路を敷く必要はもちろんないし陣地転換も格段に早くなる。いいことづくめだな」

640HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 19:56:42 ID:b1.cyCyo0
「こいつって浮かんで走れるでしょう。履帯でも通行困難な湿地や沼地を突破するにはうってつけなんですよ」
「敵の防御が手薄な方面から奇襲を仕掛けて本隊の攻撃を側面から援護。あるいは存在をアピールすることにより敵にその方面に戦力を割かせるわけか」
「ええ、こいつが戦力化できれば反攻作戦は格段にやりやすくなるはずなんです。それなのに…………」

「魔法防御、こいつをものに出来れば色々と革命が起こると思うんですよ」「維持さえできればどんな攻撃も無効にできるからな。常識がひっくり返る」
「極端な話、重たい装甲を全廃してこいつ一本に絞るってことが可能になるわけだな」「でも保守的な連中はそこまで思い切れないでしょう」
「どでかい砲を載せたほぼ非装甲の軍艦、話に聞く英海軍のハッシュ・ハッシュ・クルーザーがそんな具合だったな」「魔法防御はありませんでしたけどね」

数時間前の落胆が嘘のように彼らはしゃべり続ける。それまで沈滞していた空気が次第に熱せられ、それどころか文字通りの熱気すら車内に満ち始めた。
同時に心の中で消えかけていた情熱と探求心、そして決意が再び確固とした姿となり、男たちの表情もまたそれに見合った精気溢れるものへと変わってゆく。

荷台から熱気と言葉の奔流を流しながらひた走るトラック。一方運転台ではにわかに騒々しくなった後ろの客たちに困惑する二人の男がいた。
彼らは開発チームではなく試験場の所属であり、この日のデモンストレーションのため遠路はるばるやってきた『お客様』たちの送り迎えという半端仕事を命ぜられたただの下士官と兵士である。

「お客さんたち、乗り込むときは揃いも揃って親の葬式にでも行くような顔してたのに、今じゃ宴会でもやってるように騒ぎ立ててますね」
「陸の上で軍艦走らせようとしてる連中だ、俺たち下っ端には到底理解できん思考回路の持ち主なんだろうさ」

運転席でハンドルを握る上等兵があきれ顔でぼやいた言葉に訳知り顔で応じる軍曹。どちらも至って常識人であるがゆえに、後ろの客たちと彼らのやろうとしていることについてはさして好意的ではない。
彼らの頭にあることはこの厄介な仕事を無事終わらせること、明日も命じられるさまざまな仕事を上手いとこさばいて大過なく一日を終えること。そして次の外出日に街へと繰り出し、行きつけの店で何か旨いものを食べたあと地元の美人を上手い具合に引っかけて楽しい一夜を過ごすこと。
要はそういった男としてありきたりで当たり前な感情と欲望、そしてささやかな願いのみ。

そんな二人の常識人と十数人の非常識人を乗せてトラックはひた走る。目指すは最寄りの鉄道駅、そこで『お客様』と『荷物』はあらかじめ軍が手配していた列車に積み込まれ、トラックと運転手たちは元来た道を引き返すのだ。

「今度送り迎えする連中はもっとまともな神経の持ち主だといいですね」「そう願いたいな」

そうぼやきながら空のトラックを走らせ、駅舎を後にする二人。一方駅のプラットフォームに停車する列車の中では開発チームが未だ冷めやらぬ熱気を漂わせながら言葉を交わしていた。

「これから長い汽車の旅か、今のうちに考えをまとめておくかな」「書き物をするのなら乗り物酔いには気を付けてくださいね」
「帰ったらあれこれと理由をつけて予算を削られるわけか」「黙って削られるつもりはありませんよ」
「引っ越しもあるだろうな」「なあに、どこであろうとやり遂げるだけですよ」

やがて汽笛とともに列車は動き出し、遠いアリゾナ目指して走り出す。
小市民的な発想の無名の兵士たち、常軌を逸した計画に携わる技術者たち。戦争という巨大な流れの中で彼らの航路は再び交わることになるのだが、どちらもただの人間である彼らがそれを知ることは…………ない。

641HF/DF ◆e1YVADEXuk:2022/12/09(金) 20:02:35 ID:b1.cyCyo0
投下終了
某所で陸上戦艦の話題を目にして「そういえば北ウェンステルで撃破されたレドルムンガ級はその後どうなったんだろう?」と思ったのがこの外伝の始まりだったりします
しかし自分で書いておいてなんですが、アメリカ軍がこの手の軍艦を自国の兵器体系に組み入れる可能性、正直言って限りなく低いような…うーむ……

642ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/12/09(金) 23:13:09 ID:rwYjnxGc0
>HF/ FD氏 お久しぶりです!
久方の外伝、楽しく読ませていただきました。

米巡洋艦群の速射(大体ブルックリン、クリーブランド級のせい)で押し負けた悲運の陸上装甲艦の後日談的な話とは、自分としてもそこから来たか!
と思いながら読んでおりましたが、確かに陸上艦の威力を見せつけられた米軍、南大陸側としては、大いに興味を持ちますね。

南大陸側の魔道士たちも、シホールアンルの機密を探るべく、本当に限られた証拠品や情報の中で懸命に働きましたな
その中ではベストを尽くした彼らですが、米軍のお偉方からは非情な……しかしながら当然とも言える反応しか出てこなかったと言うのもまた……

しかしながら、転んでもタダで起きそうにない彼ら開発スタッフは、戦後もそれぞれの分野で大活躍しそうとも思いました

>アメリカ軍がこの手の軍艦を自国の兵器体系に組み入れる可能性、正直言って限りなく低いような…うーむ……
現状の兵器体系のままでヨシ!とされそうな予感しかしないですね…

643名無し三等陸士@F世界:2022/12/23(金) 21:30:57 ID:pHU8Z2AY0
粗品ですが

ttps://www.pixiv.net/artworks/103837668

644ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2022/12/25(日) 23:07:12 ID:rwYjnxGc0
ありがとうございます!
しかし、この娘さんはこの後……

ただ、以降はそこから坂道を転げ落ちるようになりますので、その犠牲も報われたのかなと思ったり

645ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:27:29 ID:Y.8tkphw0
こんばんは。これよりSSを投稿いたします

646ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:28:25 ID:Y.8tkphw0
第293話 解放の凱歌

1486年(1946年)2月19日 午後1時 旧ヒーレリ領(現ヒーレリ共和国)ペリシヴァ
ヒーレリ暫定政府軍所属の第1機甲師団は、同僚部隊である第1機械化歩兵師団と第2機械化歩兵師団と共にヒーレリ共和国北西部……旧シホールアンル帝国ヒーレリ領北西部にある最後の拠点、ペリシヴァへあと5マイル(8キロ)の地点まで進出していた。

「ペリシヴァ市街地までもう少しだが、ここからがまた大変だぞ……」

第1機甲師団の師団長を務めるアルトファ・トゥラスク少将は、苦い口調で呟きながら、双眼鏡越しにペリシヴァ市街地前面に構築されたシホールアンル軍の防御陣地を眺め回していた。
トゥラスク少将は、昨年の夏の目覚め作戦終了後までは第1自由ヒーレリ機甲師団第12戦車連隊の指揮官であった。
だが、作戦終了後にヒーレリ領がシホールアンル帝国領から一方的に独立宣言(敵側のプロパガンダによればそう呼ばれていた)を行なって独立を果たしたあと、自由ヒーレリ機甲師団は自由ヒーレリ歩兵師団と共に、急拵えで設立されたヒーレリ暫定政府軍に編入された。
この際、元の第1機甲師団長は昇進して軍団司令官となり、その後任としてヒーレリ解放時に功績を上げたトゥラスク大佐が少将に昇進して同師団の指揮官となった。
元々、この2個師団で構成されていた自由ヒーレリ軍団は、ヒーレリ領が独立した後は同地の新しい正規軍として米軍の指揮下から離れる事になっていた。
シホールアンル領であったヒーレリは経済が壊滅状態にあり、アメリカの援助と指導の元で新ヒーレリ共和国として再建を行う事が既に決まっていたため、自由ヒーレリ軍団は動員を解除して師団の構成に必要な最小限の人員を残し、残った国民と共に国土の復興にあたる筈であった。
事実上、自由ヒーレリ軍団の戦争はここで終わる予定であった。
だが、自由ヒーレリ軍団の将兵達は

「未だに我らの国土に敵が居座っているのに、友人達だけを前に押し立てて戦わせる事なぞできるか!最低でも、ヒーレリの大地からシホールアンルを叩き出すまで、俺達は戦友と共に戦い続けるぞ!!」

と、誰もが意気高々に戦闘の継続を望んだ。
こうして、自由ヒーレリ軍団はヒーレリ暫定政府軍として正式に、米軍と共に肩を並べて戦う事ができるようになった。
ただ、夏の目覚め作戦以降の自由ヒーレリ軍団は、激戦に次ぐ激戦の結果、消耗を重ねた事もあって各師団の損耗率は4割近くにまで迫っていた。
兵器の補充に関しては、アメリカはすぐにでも送り届けると約束してくれたが、人員の損耗だけは自国内だけで賄わなければならない。
ただ、長い間シホールアンル支配下にあって疲弊したヒーレリ国民に動員令を発する事はできない上に、志願を募ってもどれほどの数が集まるかは全くわからなかった。

647ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:30:20 ID:Y.8tkphw0
とはいえ、連合軍の一員として戦うと決めた以上、休養と同時に幾らかだけでも人員の補充は行いたい為、暫定政権発足から早3日後には、支配下にあるヒーレリ中部や南部でヒーレリ正規軍への募集のビラをあちこちの街や村の掲示板などに貼り付けた。

第1機甲師団と第1自動車化歩兵師団の充足数は、共に16000から19000前後であり、募集開始直後は8000から11000程にまで兵員数は減少していた。
軽傷者が戻ればある程度回復するが、それでも師団の充足率は7割強まで行くかどうかであった。
この人員募集は師団の充足率を8割から9割前後までに増やすだけの目的で行うため、目標数は5000人に定められていた。
この5000人という数字も少ないが、ヒーレリ正規軍首脳部は、その半分も集まらないであろうと予測していた。
募集事務所もヒーレリ国内にこじんまりとした獣小屋もかくやと言わんばかりの、粗末な家のような物が3箇所のみと少なく、さほど期待はしていなかった。
だが、その期待は大幅に裏切られてしまった。

志願兵募集の告知が出され、募兵事務所が開設されるや否や、多数のヒーレリ国民が、たったの3箇所しかない獣小屋に殺到してきたのだ。
ヒーレリ正規軍首脳の予想とは違い、ヒーレリ国民の士気は非常に高かった。
もとより、ヒーレリ国民は長年のシホールアンルの圧政に我慢を重ねてきた。
その我慢が北部の地方都市オルボエイトで爆発し、シホールアンル軍がその大反乱を鎮圧しようとしたが、そこに連合軍が現れ、ヒーレリの国土を次々と解放して行ったが、ヒーレリ北部や西部の広い範囲がまだ敵の制圧下にある。
その上、首都解放を果たした自国の軍隊が志願兵を募ってきた。

”連合軍の猛攻に尻尾を巻いて逃げていった仇敵が、未だに自国領に居座っているとあっては腹の虫が治らない!
とりあえず、憂さ晴らしに敵を叩き出す!“

という考えを持つ者は、衝動的とも言える速さで募兵事務所に向かった。
余りにも多くの国民が殺到したため、3箇所の募兵事務所には長蛇の列ができてしまった他、村の役場や町の庁舎にまでヒーレリ正規軍への志願者で溢れかえった。
募集期間は一ヶ月程を予定していたが、僅か2日間で推定10万人(実際はもっと多かったとも言われている)の国民が募兵事務所や臨時政府の地方庁舎などに押しかけたため、開始から2日目で募集を慌ただしく打ち切る羽目になった。
募兵に応じようとした者は老若男女様々であり、ある老人は使い古しの剣を携えながら事務所に意気揚々と乗り込んできた。
とある中年の女性は、過去にシホールアンル兵に畑を全滅させられた恨みを晴らしたいがために、戦車隊に入れろと事務所の徴兵官に詰め寄ってきた。
また、10代中盤を迎えたばかりのある少年は、とにかく衣食住を確保してくれる点に目を付けて、とにかく軍に入れてくれとだけ徴兵官に懇願し続けた。
徴兵官らにとって、それはまさに混沌そのものであった。
しかし、この事態に一番驚いたのは、政府首脳部である。

648ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:33:19 ID:Y.8tkphw0
募集人員5000名に対して、推定でも10万……もしくは、数十万以上もの国民が押し寄せたのだ。
倍率にして20倍以上という恐ろしい競争率である。

後日、政府の徴兵官が調べたところ、募兵に対して即座に行動を起こした者は100万以上に達する事がわかり、募兵には応じない(または応じれない)ものの、政府の募兵を支持すると答えた者が全国民の9割以上に達した。
祖国奪還に燃える勇ましい国民の多さに感動する以前に、それは恐怖感すら覚えた。
国民の異常な士気の高さに度肝を抜かれる中、政府は別の問題に直面していた。
ヒーレリ暫定政府はまだ出来立てであり、金がない。
いや、資金自体はアメリカ政府から支援されるので無い訳ではないが、軍の装備や訓練役の教官などが非常に少ない。
特に訓練要員の少なさは深刻で、現在の規模(2個師団)の軍しか持たないヒーレリ暫定政府では、10万以上の志願兵に訓練を施すなど無理な話である。
ひと昔ならば、志願兵にお座なり程度の訓練を施して戦線に放り込む事もあったであろうが、互いに強力な火砲で叩き合い、快速の機動集団同士の戦いが頻発する現代戦では、訓練未了のまま志願兵を送り出すことは、そのまま死んで来いと言うのと同じ事である。
10万以上の志願者をそっくり全員採用する訳には行かないが、名乗りを上げた以上、5000名だけ選んで残りは不採用とするのも躊躇われる。
政府首脳部らにはなかなか辛い選択であった。
ひとまず、採用の通知は一旦は保留にし、政府首脳部はアメリカ側に事の詳細を説明し、どのような対応をすれば良いかアドバイスを求めた。

1週間ほど協議した結果、アメリカ側から連合国と共同で訓練教官を派遣する事と、10万以上の志願者のうち、厳正な選考を行った後に、4万名に戦闘訓練を施して補充を行いつつ、新たな戦闘部隊を編成することが決まった。
また、残りの志願者に関しては、1万は予備兵として戦闘訓練を施し、残りは戦闘には直接関わらない兵站部門への配属や、後方の基地建設の作業員、兵器修理などを担う技術者といった、後方支援体制の拡充に当てられた。
また、別枠として新生ヒーレリ空軍創設も同時並行で行うことが決まったため、元ワイバーン部隊の竜騎士経験者を始めとして新たに1万名が追加で採用された。
新生ヒーレリ政府軍は、首都解放から僅か2週間ほどで総計12万以上の軍を保有する事が決まった。
採用された国民は戦闘部隊、後方支援部隊問わず正規軍の一員となり、これらの装備一式はアメリカの全面協力のもと、段階的に配備されていった。
夏の目覚め作戦が終息した8月末には、ヒーレリ暫定政府も新たにトレンド法(物資、武器交換法)の採用国の一つとなり、ヒーレリ中部や南部で採掘される鉄鉱石、希少鉱物(ボーキサイトに相当)、香辛料などの資源を代金として大量の武器弾薬、各種装甲車両や航空機等々を受け取れる事ができた。

649ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:33:57 ID:Y.8tkphw0
志願兵の訓練は9月初旬には早速、ヒーレリ南部で始まり、年を跨いだ1月中旬には各種訓練が完了。
志願兵は第1機甲師団と第1機械化歩兵師団の欠員補充に当てられると同時に、新たに第2機械化歩兵師団、第3機械化歩兵師団、独立混成第16旅団が編成されている。
第2機械化歩兵師団、第3機械化歩兵師団はM4戦車1個連隊にM3ハーフトラックを装備した2個機械化歩兵連隊と自走砲、または野砲大隊を始めとする各種支援部隊で構成され、独立混成第16旅団はM4戦車1個大隊にハーフトラック、またはトラック装備の1個自動車化歩兵連隊と各種支援部隊を加えた形で編成された。
この4個師団、1個旅団で構成されたヒーレリ暫定政府軍第1軍は、1月下旬からヒーレリ領北西部の戦線に投入され、同地に展開するシホールアンル軍部隊と交戦を重ねて来た。
交戦開始当初は、復讐心ばかりで現代戦に慣れていない志願兵達が満足に戦えるのか不安であったが、志願兵は訓練通りによく働き、時には機転を効かせて敵軍の横合いを叩き、一気に後退させるなど、目覚ましい活躍ぶりを見せた。
特に第3機械化師団と独混第16旅団(独立混成第16旅団)の攻撃は激しく、2月初めのペリシヴァ西30キロ地点で行われたペソンシク攻防戦では、航空支援を受けながら敵3個師団を猛攻して激戦を繰り広げ、遂には北方のシホールアンル本国に押し戻してしまった。
第1機甲師団、第1機械化師団と第2機械化師団も負けじとばかりにペリシヴァ正面の戦区で猛攻を加え、シホールアンル軍を押しに押し続けた。
しかしながら、シホールアンル側の抵抗も激しく、部隊の損耗も次第に嵩んでいった。
特に激しかったのが、2日前のペリシヴァ郊外……ちょうど今、第1機甲師団が制圧しようとしている敵陣での戦闘であった。
この日は、勢いに乗る第3機械化師団と独混第16旅団が敵陣に猛攻を加え、(第1機甲師団、第1、第2機械化師団は兵員の休息のため、一時後方待機)一時は戦車中隊が歩兵と共に前線を突破してペリシヴァ市街地に突入を図ろうとしていた。
だが、敵の予備隊が今まで未確認であった、ある兵器を投入した事で攻勢は頓挫し、ヒーレリ暫定政府軍は後退せざるを得なかった。
この攻撃で、1000名以上の死傷者を出し、戦車18両と30両の車両を失い、少なからぬ装甲車両を損失したヒーレリ軍は、損耗の大きい第3機械化師団と独混第16旅団を後方に下げ、ちょうど1日ほどの休息を終えた3個師団を前線に戻して攻撃を再開させた。

砲兵隊の事前砲撃を終え、前進を始めたトゥラスク師団の戦車隊からは、戦闘で荒れた前線の様子が、次第にはっきり見えるようになってきた。
トゥラスクは、戦車隊に後続する指揮車両から、双眼鏡越しに前線を見渡していたが、所々に撃破され、擱座した味方戦車や車両を見るたびに険しい表情を浮かべる。
その残骸の数は、最前列の塹壕を超えた辺りから急激に数を増していく。
その周辺には、幾つかの小さな蛸壺や盛り土が点在している。それらの大半には、艤装網らしき物がかかっていた。

「敵の歩兵に注意しろ!例の奴を使ってくるかもしれん!」

トゥラスクは無線機越しに、前進する戦車大隊に向けて注意を促す。
先日の攻撃では、第3機械化師団と独混第16旅団が敵の歩兵部隊の反撃で撃退されているのだが、報告書を見る限り、敵の編成はほぼ歩兵主体だった筈なのだが、その歩兵が持っていた携行兵器が想像以上に強力な物であり、味方部隊は思わぬ損害を出したと伝えられている。
特に独混第16旅団の損害は大きく、攻撃に参加した戦車中隊の過半が撃破、または損傷し、ハーフトラックも多数損耗したと言われている。
トゥラスクは最初、その報告に対して半信半疑であったが、実際に敵前線に打ち捨てられた、多数の擱座車両を見ると、報告は正しかったと認識せざるを得なかった。

650ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:35:06 ID:Y.8tkphw0
降りしきる雪に覆われ、車体に白い雪化粧を施されたそれらの残骸が、祖国の完全解放を前にして散華した将兵の悲哀を、より強く感じさせているようであった。
先頭大隊は、荒れた第一線を乗り越え、更に味方車両の残骸の側を通り過ぎ、未だに破られていない敵の第二線……市街地から5キロ離れた最後の防衛ラインにゆっくりと到達しつつあった。
報告では、この防衛線で最も激しい戦闘が繰り広げられ、擱座車両の数も多数見受けられている。
遠目で見ても、戦車、ハーフトラック等を合わせて20両程が撃破され、残骸となっている。
その一方で敵の陣地も手酷く荒れており、砲弾が着弾した穴や、所々踏み荒らされた跡が残る陣地も多い。
また、第一線では見られなかった、敵の輸送型キリラルブスの残骸や、破壊された対戦車砲も複数見受けられる。
戦闘報告書には、敵は1個連隊相当の兵力を損失するほどの損害を受けたと書かれていた。
荒れ果てた第一線陣地や、維持したとはいえ、所々に深い爪痕が残り、擱座した輸送型ゴーレムなどを見る限り、その報告は正しかったようだ。

「敵側も相当な損害を負ったのは間違いないようだな」

トゥラスクは、独混16旅団が敵の反撃を受けながらも、敵を猛追して多くの損害を与えた事に幾らか誇らしげな気持ちになった。
この時から、彼はある種の違和感を抱き始めていた。

「………妙に静かだな」

既に、前進部隊は敵の陣地に到達している。
だが、敵の迎撃が一切無いのだ。
慎重に前進を続ける戦車に、敵の砲弾はおろか、光弾すら放たれていない。
つい先日の激戦とは、打って変わって静かすぎる状況である。

「師団長!こちらピルヴォンです!」

第12戦車連隊の指揮官であるピルヴォン大佐から無線通信が入った。

「敵の塹壕から一切の抵抗がありません!」
「こちらからも見ているが、嫌に静かなようだな……」
「歩兵を展開させて周囲を捜索させます」
「罠かもしれん、慎重に行け!」

トゥラスクは指示を出しながらも、心中では敵が後退したのでは無いかと思った。

651ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:36:02 ID:Y.8tkphw0
(まさか、敵はペリシヴァ市街に逃げたのだろうか)

それは非常に厄介であると、トゥラスクは思った。
事前の情報によると、ペリシヴァ市街には、未だに2万から5万人ほどの住民が残っていると伝えられている。
敵が郊外の陣地を放棄し、より守り易い市街地に立て籠もって抗戦を続ければ、ヒーレリ軍は苦戦を強いられる上に、住民を巻き込んだ悲惨な市街戦に発展するであろう。

(ここは、市街地に敵が逃げ込んだと見ていいかもしれない。ならば、ペリシヴァを包囲して、じっくりと……)

トゥラスクの思案は、無線機越しに飛び込んできた声によって唐突に打ち切られた。

「師団長!こちらピルヴォンです!一大事です!!」
「どうした?敵の増援が来たか!?」

ピルヴォン大佐の平静さを欠いた声音を聞いた彼は、新たな敵軍を見つけたのかと思い、一瞬体を身構える。
だが、一瞬高まった緊張は、次の瞬間には消え去る事となった。

「人です!前方から人が来ます!」
「人?敵か?」
「今確認させます」

ピルヴォン大佐からの通信が一旦途絶えた。
トゥラスクは指揮車の天蓋から顔を出し、双眼鏡で前進部隊のいる方向を見つめる。
前進部隊がいる位置は、トゥラスクから2キロほど離れているため、ハッキリとはわからなかったが、それでもハーフトラックから降りた兵士が、前方から歩いてくる少人数の集団に銃を向けながら、ゆっくりと近づいていく様が見て取れた。
4、5人ほどの集団は、遠目ながらも明らかに軍人ではない出立ちであり、その先頭の人物は、旗を掲げていた。
その旗を見たトゥラスクは、一瞬体が固まった。

「こちらピルヴォンです。師団長聞こえますか!」
「……あ、ああ……今聞こえる」

652ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:37:57 ID:Y.8tkphw0
思わぬ衝撃から立ち直ったトゥラスクは、努めて平静な声音でピルヴォンに答えた。
「どうやら敵ではありません。彼らはヒーレリ人、ペリシヴァの住民達です!」
「ペリシヴァの住民達だと!?という事は……」
トゥラスクは、半ば困惑気味になりながらも、それまで抱いていた疑問が瞬時に氷海したような気がした。

それから20分後……
第12戦車連隊は、旗を掲げた5人ほどの集団に先導されながら、ペリシヴァ市街地に入りつつあった。

「ペリシヴァだ……」

第12戦車連隊を指揮するクオト・ピルヴォン大佐は、眼前に広がるペリシヴァの街並みを見つめながら、感慨深げな口調で呟いた。

「みんなー!起きてくれ!!遂にやって来たぞ!」

5人の先導者のうちの一人、粗末な黒い防寒着を身に纏い、手にはかつてのヒーレリ王国の国旗を持つ若い男は、大声を発しながら道沿いの建物に向かって叫び続けている。

「味方だ!ヒーレリ軍がこの街に帰ってきたぜ!!俺たちと一緒に英雄達の帰還を祝おう!!」
「もう隠れる必要はない!さあ!通りに出て歓迎しよう!!」
「解放だ!解放が成ったぞ!俺達の国軍が戻ってきた!」

リーダー格の男に習うように、他の若者達もあらん限りの声を発して街中で叫んだ。
その呼び掛けに答えるかのように、最初は1軒、また1軒と、恐る恐るといった形でドアがゆっくりと開かれ、住民が戸惑いがちに出てくる。
最初はヒーレリ軍の戦車やハーフトラックをただ黙って見つめるままだが、次第に状況が理解できた住民は、やがて歓喜に叫び、または嬉し涙を流しながら若者達に加わる。
最初はまばらだった歓喜の声は、次第に大きくなっていく。
若者達に加わった住民は、未だに閉ざされていた家や商店の戸を叩き、嫌々ながら出てきた家人に町の解放が成った事を伝える。
誰もが最初は疑うが、目を通りに向けた後は、例外なく歓喜し、または感涙する。
歓喜の波は、瞬く間に大きくなっていった。

「おいおいおい、これは……」
「こんなに住人が残っていたとは、聞いてなかったぞ!」

兵士達は、あっという間に通りを埋め尽くさんばかりに出てきた、多くの住民達を前にいささか戸惑いを見せた。
だが、戸惑いはすぐに喜びへと変わる。

653ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:39:36 ID:Y.8tkphw0
「ヒーレリ万歳!」
「連合軍万歳!!国軍万歳!!」
群衆は、誰しもが満面の笑みを浮かべ、ある者はどこぞから引っ張り出してきた、旧ヒーレリ王国の国旗を盛んに振りかざす。
通りに飛び出してきた老夫婦が、両手に持てるだけの食料を抱え、通りを進むヒーレリ軍の兵士達に配っていく。

「よう!遅い帰りだったのう!」
「さあ!腹が減っただろう!?みんな持って行っておくれ!」

老夫婦の勧めを兵士達は快く受け取り、果物や保存食、酒瓶を手に取っていく。
群衆の熱狂的な歓迎は留まるところを知らない。
ある若い町娘はヒーレリ軍のハーフトラックに乗り、そこから「祖国万歳!解放軍万歳!!」を叫びながら、ヒーレリ国旗を力の限り振り回した。
歓喜の叫びは、上空を友軍機がフライパスした事で最高潮に達した。
上空に現れた友軍機……ヒーレリ軍の航空支援を行うために出撃したF4Uコルセアの編隊がペリシヴァ上空の戦闘哨戒に入り、その一部は低空で編隊飛行を行った。
町の解放を祝うかのように行われた友軍機の低空飛行は、ヒーレリ軍将兵の士気を高まらせるだけに留まらず、ペリシヴァ市民を更に歓喜させた。
コルセアの小編隊が轟音を響かせながら上空を飛び去った後、市民達は拳を振り上げ、または口笛を鳴らし、旗を振り回して祝いの叫び声をあげていた。

ペリシヴァ市民の大歓迎を受けながら、トゥラスクは指揮下の部隊と共に、町の通りをゆっくりと走行していたが、このような状況下でも彼は警戒を緩めていなかった。

「こちらヒーレリ暫定政府軍第1機甲師団の指揮官トゥラスクだ。航空部隊の指揮官へ、聞こえるか?」
「こちらミスリアル空軍独立第14飛行旅団のフェイ・ベンディル中佐です。無線機の感度は良好、バッチリと聞こえます」

無線機越しに凛とした若い女性パイロットの声が聞こえてきた。

654ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:40:32 ID:Y.8tkphw0
「応答感謝する。敵はおそらく、ペリシヴァ北にある森林地帯に潜伏し、砲兵を展開させている可能性が高い。もし敵が砲撃を行ってきたら、全力で叩いて貰いたい」
「了解です。こんな事もあろうかと、全機ロケット弾、ナパーム装備で上空待機させています」

その返事を聞いたトゥラスクは、思わず頬を緩ませた。

「頼もしい限りだ。その時が来たら、よろしく頼む!」
「ご用があれば何なりと」

ミスリアル空軍の指揮官と無線機越しに短いやり取りを終えた後、トゥラスクは歓喜に沸く市民で覆い尽くされたペリシヴァ市街を眺め回す。
過去にも、他の地方都市の解放に居合わせてきたが、敵は敗北した腹いせのように、砲兵を展開させて市街地に砲撃する事があった。
その度に解放を祝福したばかりの市民が犠牲になった。
敵は嫌がらせの砲撃を行った後、すぐに撤退していくが、大半は怒り狂った味方航空部隊に滅多撃ちにされて、逃げるまもなく撃滅されるのが常であった。
ただ、似たようなケースは頻発していたため、このペリシヴァでも敵が腹立ち紛れに砲撃を加えてくる事は予想されていた。
このため、前進部隊を支援する自走榴弾砲や多連装ロケット砲隊は市街地の外で待機させており、市街地の北にあるヒーレリ、シホールアンル国境の森林地帯に照準を合わせ、砲撃があればすぐに対砲兵射撃ができるようにし、反撃態勢を整えている。
更に、上空には友軍の航空部隊が待機しているため、敵が砲撃を行えば即座に砲爆撃で敵砲兵を叩き潰せるだろう。
しかし、その場合、敵弾がペリシヴァ市街に着弾して被害が出てしまう。
トゥラスクとしては、市民に犠牲が出る事は避けたいと思っていた。

(せめて、敵が砲撃を諦めて、更に北へ撤退してくれれば……この歓喜の渦をかき消さないでくれ)

彼は、心の中でそう強く祈った。

655ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:42:23 ID:Y.8tkphw0
2月20日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「親父さんおはよう!」

ウェルバンル東地区の市場で商店を経営するカルファサ・アクバウノは、いつも通り陳列棚に品物を補充している最中に、買い物客から声をかけられた。

「はい!いらっしゃい!って、おお!あんたは!」

カルファサは振り向き様に返事をした後、相手の顔を見るなり顔に満面の笑みを浮かべた。

「問屋のヴィンさんじゃないか!久しぶりだなぁ!」

彼は細身で頭が禿げ上がった男性の名前を呼びながら、その傍に歩み寄った。
カルファサがヴィンさんと呼ぶ男……ヴィン・ホゥソトナは、彼が15年前から懇意にしている卸売業者であり、1ヶ月に1度の割合で仕入れた商品を運び込んでくれている。
1年に1回はこうして顔を出し、カルファサの家で一泊して酒を飲み交わすのが恒例となっていた。
ただ、対米戦争が始まってからは、ヴィンは顔を出さなくなり、こうして顔を合わせたのは実に3年ぶりであった。

「アクさん、相変わらず元気にやっとるようだね」
「まーなんとかね。というか、この情勢だと、無理矢理に元気にならんと先に進めんよ」
「ああ、違いない」

ヴィンは苦笑を浮かべつつ、カルファサと固く握手を交わした。

「ヴィンさんこそ、調子はどうだい?」
「調子か。うーむ……命拾いしただけで儲け物と言った感じだな。ランフックの家はもう無くなっちまったし。今はランフックの北にある小さな町に移り住んで、そこで仕事を続けてるよ」
「そうか……そりゃ大変だな」

カルファサはヴィンの飄々とした口調の中に、幾ばくかの辛さが滲んでいるように感じ取れた。

656ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:43:28 ID:Y.8tkphw0
「でも、主な取引先は何とか生き残ってる。首都のアクさんとも、こうして繋がりがあるし、まだまだやって行けるよ」
「俺もヴィンさんと仕入れルートを維持できていて本当助かってるよ。南部の仕入れ先は今はもう使えんし、ヴィンさんとの繋がりもなくなっていたら、今頃はどうなっていたか」
「ハハハ!頼りになるというのは実に気持ちが良いもんだ!」

ヴィンは笑い声を上げ、乗ってきた馬車の荷台に足を向けた。
途中、御者台に座るヴィンの従業員とひとしきり言葉を交わした後、荷台に積んだ荷物の中身を確認し、それをカルファサの店に搬入していく。
途中、カルファサはある商品が無い事に気付いた。

「ヴィンさん。注文したアレが入ってないようだけど。ほら、ロアルカ産の貝殻と魚の干物」
「あ!そう言えば最初で伝えるの忘れていたな……」

ヴィンはバツの悪そうな表情を浮かべた。

「実を言うとね、アクさんの注文したロアルカ産の品物だが、交通路が敵に遮断されて物品の往来ができなくなって、本土側に搬入できなくなったんだ」
「え、交通路が遮断されたって!?なぜ……」

カルファサは行天してしまった。
ロアルカ島はノア・エルカ列島にある辺境の島だ。
戦場から遠く離れたこの島からは、本土には無い美しい貝殻や、現地の魚で作った干物をヴィンの問屋を介して仕入れており、商品は毎回短期間で完売になる程の人気があった。
今回もまた、少なくない金額を投入してロアルカ産の商品を仕入れたのだが……

「大雑把に聞いた話だと、ロアルカ島に敵機動部隊が殴り込んで相当やられたらしい。それまでにも、列島側と本土側の海上交通路に敵の潜水艦が侵入してかなり手こずったようだが、敵の機動部隊が暴れ込んできた事がトドメとなって往来ができなくなったようだ」

(敵の機動部隊だと!?)

カルファサは内心ショックを受けてしまった。

657ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:44:11 ID:Y.8tkphw0
アメリカ機動部隊が大暴れすれば、どれだけの惨事になるかは、2ヶ月前の首都空襲でまざまざと見せつけられている。
それと似たような惨状がロアルカ島で繰り広げられた事は、容易に想像できる。
ウェルバンル大空襲は数百万もの首都住民を脱出させるきっかけとなり、首都からは活気が失われた。
ロアルカ島の空襲では、更に現地の仕入れ品の輸出が止められてしまい、それはカルファサの仕入れにも影響を及ぼす事になったのだ。

「くそ!アメリカ人の奴ら、首都を叩いただけでは飽き足らず、辺境の島とかも見境無く全部叩いてしまおうって腹か!」
「帝国憎けりゃその土まで憎たらしく感じる、って奴なんだろうな」

カルファサとヴィンは、しばしの間恨み言を言いながらも、荷台の品物を取り出し、店内に搬入していく。
途中から、他の従業員も加わって搬入を行ったため、作業は比較的早い時間で終わった。

「ふぅ……お疲れさん!どうだい?これからゆっくりと」

カルファサは手でグラスを形作り、口の前でぐいっと傾けた。

「いつもすまないねぇ。では、恒例のお疲れ会と行こうか。積もる話もあるし」

ヴィンは御者台の部下に馬車を指定の場所に止めて来るように指示した後、首にかけた布で汗を拭きながら店内に入ってきた。
まだ冬とはいえ、肉体労働をすれば汗をかいてしまう。

「お、そう言えば……」

ヴィンは店内をひとしきり眺め回してから、ずっと気になっていた事をカルファサに問い質してみた。

「今日は姿が見えないね。いつもこの辺で黙々と仕事していた……ほら、赤毛で顔に古傷のある」
「ああ、あいつか」

カルファサはヴィンが気にしていた人物の事を思い出した。

「あいつは居ないぜ」

658ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:47:41 ID:Y.8tkphw0
「居ないってなると、今日は休みか?」
「いや、店にもう居ないんだよ」

カルファサは何気ない口調で答える。

「店にもう居ない?もしかして、辞めちまったのかい」
「まぁ……そうなるな。正確に言えば、古巣に戻ったと言うのかな」
「古巣って……陸軍にか?」
「そうだ。何でも、以前世話になった上官に是が非でも戻って貰いたいと頼まれて、仕方なく復帰する事になったそうだ。それで、俺はあいつに暇を出したのさ」
「おいおいおい……退役した軍人にすら、戻れと懇願するとは。俺達の帝国は本当どうしちまったんだ」

ヴィンは帝国軍のあまりの窮状ぶりに思わず、嘆きの言葉をあげてしまった。

(まぁ、あいつの上司はとんでもない方だったが……あまり詳しく言うのもアレだな)

カルファサは心中でつぶやいた後、気を取り直しながらヴィンを店の奥に案内した。


2月21日 午後6時 首都ウェルバンル

ウェルバンルにある陸海軍合同司令部では、夕方も過ぎ、夜にもなろうとしている時間帯から陸海軍首脳部の合同会議が開かれようとしていた。
シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、会議が開始される5分ほど前から入室して、会議が開かれるのを待っていたが、彼女は陸軍側の席に座る幾人かの将校の中に、初めて目にする顔を見つけていた。

「ねぇ、ヴィル……あの中佐の階級章をつけた将校だけど、見たことある?」

リリスティはヒソヒソ声で、隣に座る総司令部魔道参謀のヴィルリエ・フレギル少将に問いかけた。

「いえ、ご存知ありませんが……」

公の場であるため、形式ばった口調で答えたが、フレギル少将もまた、その男性将校を今日初めて目にするため、幾分困惑していた。
ただ、最近は陸軍内からある噂が流れていた。

659ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:48:30 ID:Y.8tkphw0
その噂によると、年末よりエルグマド元帥の肝入りで抜擢された将校が陸軍の作戦指導に加わった事によって、陸軍部隊の動きが大きく変わり、2月初旬の帝国東部マルツスティの戦いにおいては、圧倒的優勢を誇るアメリカ機械化軍団相手に石甲部隊も含んだ機動防御を行い、一時は戦線を押し戻して敵の前進を遅らせた事があったが、ある将校の進言が基になり、急遽その戦力を抽出し、迅速に送らせた……と言うものである。
マルツスティは結果的に陥落し、陸軍部隊の損害は大きかったものの、米軍部隊にも甚大な損害を負わせてマルツスティ以北の進軍を止めた事によって、落ち込んでいた陸軍の士気が上がりつつあると言われている。
その影の功労者とも言われるその将校が、もしかしたら、目の前にいる初見参の男性将校かもしれないのだ。
最前線の部隊から抜擢されたのか、その赤毛の顔に切り傷のある将校はどことなく、歴戦の強者といった雰囲気を醸し出していた。

「一体、何者なんだろうねぇ」

リリスティがぼそっと呟くと、会議室に陸軍総司令官であるルィキム・エルグマド元帥が入室してきた。

「やあ諸君、遅れてすまん」

エルグマドは悠々とした歩調で歩きつつ、リリスティの真向かいの席に腰を下ろした。

「それでは、陸海軍合同会議を始める。まず最初に報告がある……諸君らも知っているだろうが、ヒーレリ領のペリシヴァが昨日、ヒーレリ軍の攻撃によって陥落した」

エルグマドの声が室内に響く。
それに反応する者はいないが、空気は一瞬にして変わった。

「これにより、ヒーレリ領最後の帝国の拠点が失われ、帝国がこの戦争で得た領土は全て失った。これからは、帝国本土内……つまり、本土決戦を戦い抜いていく事に全力を集中する。そのために、あらゆる困難に立ち向かい、乗り越えていかなければならぬ」

エルグマドは、視線を陸軍側の将校……初見参の中佐に向けた。

「さて、最初はこのぐらいにしておいて……ここで、陸軍から新しい参謀将校を紹介したい。中佐」
「はっ」

660ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:49:16 ID:Y.8tkphw0
初見参の将校は小さく答えてから、席を立った。

「初めまして。私はベルヴィク・ハルクモム中佐と申します。総司令部内では主に作戦参謀を務めます。以後、お見知り置きを」
「ハルクモム中佐は出戻り組でな。訳あって一時軍籍を離れていたが、それでも軍歴は10年以上のベテランだ。今はこの戦争に馴染むために猛勉強をしとる所だ。まぁ、わしが感じた限りでは、その能力は未だに建材といった所だが……何はともあれ、皆もこのハルクモム中佐をよろしく頼む」

新入りとなったハルクモム中佐の紹介が終わると、会議は淡々とした調子で進んで行った。
会議の流れとしては、近日中に始まると予想されている連合軍の新たな大攻勢とそれの対処、次にワイバーン部隊養成所に勤める員数外要員の一部復帰とそれに付随する問題、敵海軍の今後の行動予想や、レビリンイクル列島に駐留するレビリンイクル軍団の回収可否などが話し合われた。

合同会議は1時間ほどで終了となり、一同は会議室を退出し、海軍総司令部に戻ろうとしたが、リリスティはここ連日の激務のせいで体調がやや思わしくなかった。

「うーむ……なんか妙に疲れすぎたなぁ」

リリスティは軽い頭痛と、異様に足取りが重い事が気になった。

「リリィ、大丈夫?」

前を歩いていたヴィルリエが彼女の異変を察し、傍に寄って聞いてくる。

「大丈夫じゃ、なさそうかな。ここ2日ほど寝れなかったのが効いているのかも」
「それはそうよ。西部視察から戻ってきたばかりと言うものあるし、ここらで少し休んだほうがいいかもしれない」
「確かに……」

リリスティは浮かぬ顔つきのまま視線を落とす。
ふと、ヴィルリエの目に休憩室が目に入った。

「あそこで少し休憩する?」
「あー……そうだね。ちょっとだけ何か飲みながら休むか。ごめんだけど、他の幕僚には少
し遅れると言ってくれないかな?」
「わかった。今から伝えてくるわ」

リリスティは苦笑しながら、足早に出口に向かっていくヴィルリエの背中にごめんと呟き、務めて平静そうな表情を浮かべてから休憩室へと向かった。
休憩室の前まで来ると、誰かが話し合っている会話が聞こえた。

661ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:50:03 ID:Y.8tkphw0
(誰かが中にいるのかな?それにこの声は)

リリスティは、聞き覚えのある声に吊られるような足取りで休憩室に入って行った。

「あ、エルグマド閣下」

彼女のその声を聞いたエルグマドは、入り口に顔を向けるなり表情を緩ませた。

「おぉ、これはモルクンレル提督」

彼がどこか呑気さを感じさせる口調でリリスティに返す傍ら、隣に座っていた部下の参謀は慌てて立ち上がった。
その参謀は、会議が始まる前からリリスティが密かに注目していた、出戻り組のハルクモム中佐であった。

「し、失礼しました」
「あ、楽にしてていいよ。私はただ、少しばかりの休息を取りに来ただけだから」
「中佐、そのまま座ってて良いぞ。彼女はああ見えて、大袈裟な事が嫌いでな」
「は、はぁ……」

ハルクモム中佐は毒気が抜かれたような表情を見せながらも、エルグマドの言われる通り椅子に座った。

「さてと、お邪魔しますねー」
「どうぞどうぞ」

エルグマドの促す声を聞きつつ、リリスティは彼の向かい側に座った。
そこに、ヴィルリエ・フレギル少将も入室してきた。

「ああ、居ましたね。他の幕僚は先に戻らせましたよ」
「あ、今度はフレギル提督!」

ハルクモム中佐は慌てて立ち上がったが、

「中佐殿、楽にしてていいですよ」

フレギル少将もまた、毒のない表情でそう返してきた。
彼は半ば困惑しながらも腰を下ろす。

662ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:51:12 ID:Y.8tkphw0
「どうだ?海軍の誇る美女さんがたを前にして心が躍るであろう?」
「い、いや、決してそのような事は」

エルグマドはニカっと笑いながらハルクモム中佐に聞くが、彼は幾分顔を赤くしながら否定する。
そこに何を思ったのか、リリスティがハルクモムに向けて前のめりになって来た。

「あらー?あたし達を前にして心が踊らないのー?悲しーなー」
「え、えぇ!?な、なんか先の会議とは様子が」

リリスティの扇情的な声音に戸惑うハルクモム。
だが、彼女は更に聞いてくる。

「この部下と、私……どっちが好みかなー?」
「総司令官閣下、それは酷いですよ?そちらの中佐は絶対私の方が好みと思いますが……ね
ぇ?中佐……」

なぜかヴィルリエまでもが、扇情的な眼差しのままハルクモムに絡んでくる。
片手はその豊満な膨らみを握りながら、ずいずいと前のめりになって来た。

「あ、あの!エルグマド閣下!この方達は一体どうされたのですか!?」
「ハッハッハッハッ!お二方そろそろやめられよ。わしの可愛い部下が戸惑っておるではないか」

エルグマドの快活そうな声が響くと、リリスティとヴィルリエはスイッチが切れたかのように引き下がった。

「あーごめんなさいねー!最近妙に疲れがたまってたからちと憂さ晴らしにねー」
「こらこら総司令官閣下、陸軍側の将校殿にウザ絡みするのは良くないですよ。まぁやってる方は面白いですけど」

2人は細目になりながら、これまたのんびりそうな口調で言い合った。

663ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:51:49 ID:Y.8tkphw0
会議中の2人は、今の2人とは明らかに違っていた。

リリスティは凛とした表情のまま、威厳のある口調で状況を話し、ヴィルリエは理知的な表情を常に張り付かせ、有無を言わさぬ口調でリリスティを補佐し、打開策を皆に披露した。
ハルクモフもレビリンイクル軍団の回収が可能か否かと話す際、ワイバーン部隊と飛空挺隊と合同で、洋上を遊弋するアメリカ機動部隊相手に、陽動目的で攻撃する案はどうかと提案した時も、

「中佐の提案は実に正しいが、現状では非常に困難と私は感じている。大体、西部地域の海軍部隊にそのようなワイバーン部隊を置く事自体、危険であると思われるが」

と、即座に彼の提案にリリスティは異を唱え、

「私も同様と感じます。第一、沿岸の航空隊は陸軍にしろ、海軍にしろ、強大な敵機動部隊相手に正面から立ち向かえる戦力を残していない。今の各地に分散したワイバーン隊や飛空挺隊では、エセックス級ないし、リプライザル級大型空母を複数有するアメリカ海軍に対して出来る行動は索敵と、限定的な防空戦闘のみ。それ以外の事をすれば、部隊は消滅するだけですから、今のまま、嫌がらせ程度に航空隊を動かすだけで良いかと」

といった強かな調子で、2人はハルクモフと議論を重ねた。
短い時間であったが、彼はリリスティとヴィルリエに対して畏敬の念を抱くことになった。


ところが、今の2人からは、そのような冷徹さがすっかり消え失せてしまい、逆に妖艶な雰囲気に満ち満ちていると思いきや、それも引っ込んでしまっている。
その辺の気前のいい、お調子者の若い女が、面白げに遊んでいるような雰囲気になっていた。

「………エルグマド閣下。私は今、精神的に参ってしまいましたが」
「なんだ、これぐらいで参るとは情けないの。退役前は前線でブイブイ言わしとった癖に。のうお二方、こいつはなかなか出来る奴じゃぞ。度胸もある」
「閣下、それ以上はちょっと……」

ハルクモムはオロオロと、気弱そうな表情でエルグマドの発言を制止しようとする。

「なんだ?別にいいではないか。貴公の武勇伝の一つであるぞ」

664ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:52:37 ID:Y.8tkphw0
「いや、武勇伝と言われるほどでは」
「何を言うか!師団長と連隊長を殴り倒したそのクソ度胸は幾らでも誇れるぞ」
「うわわわわ!もういいです!いいですから!」

中佐が両手を振って懇願したため、エルグマドは彼の言う通り大人しくする事にした。

「あー、と言うことは、出戻り組とはそういう……」

何かを察したヴィルリエは、これ以上は彼に突っ込まないと決めた。
しかし、彼女の上司はそれで止まらなかった。

「なぜ殴ったの?まさか……性格が気に入らなかったから命令違反したとか?剣でぶっ殺そうとは思わなかったの!?」
「い、いや……それは……」

ハルクモム中佐は、過去、自分が軍を退役させられたある事件を話そうとしたが、そうなると口が異常に重くなった。

「………」
「中佐?」

唐突に沈黙するハルクモムに対し、リリスティは何かまずい事を聞いてしまったかと思い、心中で後悔し始めたが

「まぁ、要するにだ。こやつは根が優しかったんだ。そうだろう?」
「は、はあ……そうなります」

エルグマドが肩を叩きながらそう言い、ハルクモムも躊躇いがちに返事する。

「今から7年前……ウェンステル戦役での事だ。中佐はこの戦争が始まって以来、常に最前線で戦ってきたが、その日はいつもと違う任務に当たっていた。その任務というのがな、捕虜とは名ばかりの、敵地の一般市民を指定の場所まで護送する事だった」
「確か、私の大隊は1000人の一般市民を護送しておりました。私の大隊は、今まで敵と戦ったあとは、決まって後方に移動し、戦力の再編や再訓練に当たっていました。私は大隊指揮官として出来る限りの事はしました。水や食料を分けて与え、最前線から3ゼルド離れた収容所建設予定地まで護送したあとは、交代の部隊に引き継いで任務を終えたのですが……」

665ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:54:41 ID:Y.8tkphw0
ハルクモムは一瞬、言葉に詰まった。

「……2日後、師団の作戦会議に出席したあと、連隊長から護送した捕虜は国内省の特別隊と共に処分したと伝えられました。反帝国思想の疑惑のある敵を匿い、支援した罪で……!」
「処分って、まさか」

リリスティはふと、自分の背中が凍り付いたように感じた。

「リリィ……帝国はな。この戦争で数え切れない過ちを犯してしまった。その一つが、今、彼が話している捕虜虐殺事件だ。全く、愚かしい事をしてしまったものだ……」
「私は、処分は仕方なかったという師団の幹部達を罵倒した末に、殴り倒したのです。その直後、私は憲兵に逮捕され、上官反抗と反逆の罪を被せられて本国で処刑される予定でした。しかし、そこをエルグマド閣下に助けて頂いたのです」
「わしはただ、当然の事をしたまでだ。どうして、罪の無い人間を殺めた馬鹿を咎める人間を処刑する必要があるのだ?それをするのは、ただの気違いである。と、わしは思っておるがの」

エルグマドはしたり顔でそう断言した。

「ただ、それがお上の逆鱗に触れてしまってのぅ。わしまで左遷されてしまったわ」

彼は苦笑しながら言うが、どことなく自慢しているようにも思われた。

「しかし、今では閣下が全陸軍を指揮する立場になられておられます。小官は、閣下の下で奉公できる事を嬉しく思う次第です」
「またまた、慇懃な口調でいいおってからに。貴官は最初、わしの頼みを断ったではないか」
「あ、あれはいきなり……その……まさか、前の職場で働いている時に、唐突に閣下が現れた物ですからつい……」

リリスティとヴィルリエは思わず顔を見合わせた。

「彼、なんの仕事やってたの?」
「さぁ、あたしには分かりませんが……」

リリスティの問いに、ヴィルリエは幾分困惑気味に答えたが、そこにエルグマドが入ってきた。

「中佐は帝都の商店で、一臣民として働いておったのだ。確か6年であったかな?」
「7年になります」
「7年も……」

666ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:55:15 ID:Y.8tkphw0
リリスティはこれ以上言葉が出なかった。
彼女が艦隊を率いて死闘を繰り広げている間、ハルクモム中佐は軍人から平民に身をやつしてもなお、帝都で商店の店員として働いていたのだ。

「リリィは今不思議に思っておるだろう。なぜ退役した元将校を是が非でも復帰させたのか?と」
「あ、はい!その通りです!」

リリスティは自分の心を見透かされたと思いながらも、素直に答えた。

「それは単純に、中佐の戦略眼が優れていると言う事だ。中佐が退役する前に、わしは何度か直にあって色々と話し合いをしたり、時には簡易ながらも図上演習をして時間を潰したりもしたんだが、その時、わしはこの将校は天才だと確信した」
「いや、天才などとは……私はただ、誰も思いつかないような戦法を即興で実行したり、遊んでいる部隊を適切に配置転換しただけで」
「そこがいいのだよ!正確には、その判断力が鋭い点にわしが惚れ込んだと言う事だ」
「そのような将校が7年間も、帝都の商店で働いていたと……」

リリスティは腕組みしながら呟くと、エルグマドは両手を叩いて付け加えた。

「実にもったいない!だから、わしが情報部に探らせて所在を見つけたのだ!報告を受け取るや、わしはすぐに司令部を飛び出したな」
「それにしても、いくら優秀とはいえ、7年の空白はとても大きすぎたのではありませんか?対アメリカ戦前の帝国軍と、今の帝国軍は大きく異なり、戦争の仕組みも目まぐるしく変わっています」
「そこの所は重々承知しており、昨年12月下旬に復帰してから今もなお、一室をお借りして、日々猛勉強しております」
ハルクモムは、幾分声音を下げながらヴィルリエに答えた。
「会議に参加するようになったのは、ここ最近からですか?」
「最近といえば最近だが……ただ部屋に引き篭もらせていただけではない。復帰して3ヶ月足らずだが、こ奴は既に十分な成果を挙げておる」
「い、いや、あれは成果と言える物では!ただ、私は提言しただけで……」
「その提言のおかげで、我が陸軍は久方ぶりにまともに戦えたではないか」

エルグマドの言葉を聞いたリリスティは、会議の開始前に聞いた影の功労者の話を思い出した。

「あ、エルグマド閣下!失礼ながら……マルツスティの影の功労者とは、そちらのハルクモム中佐の事でしょうか?」
「その通りだ!」

エルグマドは、我が意を得たりとばかりに断言した。

「影の功労者とは、そんな大袈裟すぎますぞ……」

667ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:55:52 ID:Y.8tkphw0
「何を言うか!1ヶ月前の会議で、マルツスティの増援を1個師団ではなく、3個師団……それも、貴重とも言える石甲師団主体にすべきと強硬に発言したのは貴官ではないか。それに加えて、新兵器の携行式爆裂光弾の実戦投入を促したのも貴官だったな。そのおかげで、当初はたった1日も持たないと言われていたマルツスティで7日も競り合えた。後方の陣地強化もそのお陰でだいぶ進んでおる」
「そりゃ大手柄だわ……」

リリスティは感嘆の声を漏らした。

「こやつの手柄はこれだけではないぞ。新式の携行式爆裂光弾だが、当初はマルツスティ方面のみに集中配備する筈だったが、中佐はマルツスティのみならず、唯一残る外地のペリシヴァ方面にも配置するべきと申したのだ。無論、これにはわしも違うぞと言ったが、中佐は頑として配置すべきと申しおった。何故そうなのかと問いただした所、ペリシヴァはある意味、マルツスティよりも脆弱な戦線であり、ここで戦線崩壊すれば、敵は勢いに乗って北進し、最悪はここでも帝国領奥深くに入り込まれ、戦力の融通がより困難になりかねない。それを防ぐ為に、この新兵器を配置するべきだと申したのだ。ペリシヴァは結果的に落ちたが、敵はそれ以上前進することはなかった」
「要するに……敵に新兵器の恐怖を植え付けようとした……と」
「恐れながら、そうなります」
リリスティに対して、ハルクモム幾分はっきりとした声で答えた。

ペリシヴァ攻防戦の詳細は、会議中に他の幕僚から述べられたが、ペリシヴァ地方を守備していた陸軍5個師団は、連合軍機械化軍団の猛攻に押され通しとなっていたが、敵部隊も新式の携行式爆裂光弾の反撃や、一部部隊の必死の抵抗によって大損害を負ったため、攻勢は1日ほど停止、しばしの間空白期間が生まれた。
その間、ペリシヴァ方面軍は一瞬の隙を縫う形で素早く撤退し、後方より後送されてきた部隊と合流しつつ、国境沿いに新たな防衛線を構築する事ができた。
その後、旧帝国領となったペリシヴァには、連合軍と帝国軍が睨み合う形で対峙している。

戦闘後に判明した事だが、敵は新編のヒーレリ政府軍が主力であり、祖国完全解放に燃える敵軍の士気は非常に高く、その攻撃力は凄まじい物があったものの、急造部隊であるためか、練度不足が伺える場面がいくらか見受けられる事があった。
帝国軍は、その敵の隙をつく形で反撃を行ったり、歩兵と戦車隊の連携不足をついて携行式爆裂光弾で戦車や装甲車を攻撃し、その後歩兵と戦闘を繰り広げることで敵の攻勢速度を低下、または撃退し、少なからぬ戦果をあげている。
とある中隊の戦況報告では、対戦車壕でまごつく敵戦車と装甲車を10台以上撃破し、敵兵200名前後を死傷させて撃退させたとある事から、この戦いもまた、従来の戦いと比べて比較的まともに戦えた戦闘であると言われていた。

「中佐の提言がなければ、今頃はどうなっておったかな」

668ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:57:09 ID:Y.8tkphw0
「しかしながら、我が方の損害も甚大です。マルツスティでは少なくとも死傷者2万、ペリシヴァでは3万以上……計5万もの損害が生じ、キリラルブスといった戦闘ゴーレムや支援隊の被害も馬鹿になりません。編成上では1個軍団が溶けて無くなったようなものですぞ」
「うむ、中佐よ。その点はわしも重々承知しておる……まったく、むごい戦争になってしまった」

エルグマドが最後に放った一言が、室内に大きく響いたような気がした。
それを聞いた一同は、重く沈み込んでしまったが……

「……だがな。負けは負けだが……大負けはしなかった。圧倒的に優勢な敵に、これだけの戦いが出来たことは、ある意味大きな成果とも言えるだろう」

深い沈黙を打ち破るのもまた、エルグマドであった。

「さて、わしはこれにて失礼する事にしよう」
「それでは、私も」

エルグマド元帥とハルクモム中佐は同時に立ち上がると、リリスティとヴィルリエに敬礼してから休憩室を退出していった。


その3分後には、ヴィルリエとリリスティも休憩室から退出していた。

「さて、総司令部に帰るとするか。それにしても、陸軍はこの狭い建物によく本部機能を移転する気になったねぇ。合同司令部とは名ばかりで、陸軍総司令部みたいになっちゃってる」
「仕方ないんじゃないですか。陸軍さんは海軍と違って、新しい総司令部の建物が見つからなかったんですから。一応、郊外に穴を掘って地下司令部を作ってるようですし、それまでの仮住まいでしょう」
「地下司令部か……海軍も陸軍に倣って地下司令部にした方がいいかもしれないわね」

リリスティは物憂げな表情でそう呟いた。
彼女が陸軍人事部と案内図が書かれた角をまっすぐ通り過ぎようとした瞬間、その角から不意に陸軍の将校と出くわしてしまった。

「う、うわっ!?」
「あぶな!」

リリスティと陸軍士官はぶつかりそうになったが、咄嗟に避ける事ができた。

669ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:58:45 ID:Y.8tkphw0
「どこ見てんだ馬鹿野郎!」

その将校は、腹立ち紛れに罵声を放った。

「は?誰に物言ってんだ貴様……?」

その瞬間、リリスティは唸るように言いながらこめかみに青筋を浮立たせ、半目で将校を睨みつける。
だが、その将校もさるもので、即座に謝らなかったが……

「貴様だぁ?テメェ、海軍の将校か!一体どういう了見……え?」

将校はリリスティの階級章に目線を送るなり、固まってしまった。

「げ、元帥閣下でありましたか!これはとんだご無礼を!!」

将校は慌てた動作で敬礼する。
相手が元帥であり、しかも罵声を放ってしまった。
驚きと自分の不甲斐なさを感じるあまり、両目を瞑りながら敬礼を続けた。

「全く、大佐ともあろう方が、そんな乱暴な口の聞き方ではなぁ。エルグマド閣下は一体どういう教育をしてるのだろうか」

怒り心頭のリリスティは、震える将校に対して値踏みするかのような口調で言いつつ、その将校の体つきや顔をまじまじと見つめていく。
見たところ、その女性将校はリリスティのような褐色肌であり、体のスタイルはとても良いと言える。
肩までしかないショートヘアは、彼女の右頬の切り傷と、外見でもわかるほどに程よく鍛えられただろう筋肉質な体つきと相まって歴戦の兵士といった風体を強く表している。
それでいて顔つきは十分に美しいと言えるが、残念ながら、その表情は不手際を起こした自分を恥じているせいか、ひどく情け無いものになっていた。
ふと、リリスティは心中で昔馴染みの顔と背格好を思い出し始めていたが、そこにヴィルリエが割って入ってきた。

「ねぇリリィ、この将校って…」
「え、リリィ?」

ヴィルリエが躊躇いがちな口調でリリスティを問いただそうしたが、リリィと聞いた将校がそれに強く反応し、閉じていた両目を開く。
その瞬間、リリスティもまた彼女の名前を思い出していた。

670ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:59:20 ID:Y.8tkphw0
「まさか、ミリィア!?」
「え、そうだけど!?てかリリィじゃん!なんでここに!?」

褐色肌の将校は、驚きのあまり声を張り上げてしまった。

「馬鹿!声が大きい!そうよ、リリィよ。てか、なんであんたこっちにいるの?」
「異動命令を受けたから辞令を受け取りに来たんだよ。てか、あなたヴィルリエじゃない!久しぶりすぎる!つか何その服!?少将に元帥って……」

ミリィアはしばしの間言葉に詰まった。それを見たリリスティとヴィルリエは互いに顔を見合わせる。

「階級で抜かされたから絶望しちゃったかなー?」
「かもね」

2人は小声でミリィアの心中を予想しあった。
その答えは早々に吐き出された。

「遂に階級詐称までやらかすとは!軍の恥!!」
「ふざけんなコラ!」
「広報紙読め!!」

頓珍漢な答えを吐き出した陸軍大佐に、2人の海軍将官はすかさず頭を叩いた。

「そっかー。もう8年ぶりか……」

帰り道、ミリィア・フリヴィテス陸軍大佐は、苦笑しながらリリスティにそう返した。

「昔は楽しかったな。3人でオールフェスらと共に武者修行と称した外国巡り……死にかけた事もあったけど、今思うとそれなりに充実してたねぇ」
「2年かけて5カ国巡るのはしんどかった……なんであんな狂った事ができたんだろうか」

ミリィアが楽しげに喋り、ヴィルリエは幾分憂鬱そうな口調で答える。

「若いからじゃない?16歳から18歳の2年間は、ホント無敵だったねぇ。オールフェスの無茶っぷりはヤバ過ぎて今思い出しても引くわね……」
「イズリィホンの鬼族に世話になった時が一番キツくて、心躍ったかな。あの時の戦いで私自身、結構身になったと思ったよ」
「結構身になったつーか……うーん……身の中にも入ったというか、プスーとなったような」

671ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:00:28 ID:Y.8tkphw0
ヴィルリエは、過去の恐ろしい光景を一瞬思い出し、それを瞬時に振り払った。

「棟梁のおかげで何とかなったし!」
「というかあれはあれでいい経験になったしな!」

対して、ミリィアとリリスティは軽い口調で言い合った後、豪快に笑い飛ばしていた。
ミリィアはリリスティと昔馴染みの間柄であり、オールフェスとも昔から深い付き合いがある。
戦争中は後方勤務と前線勤務を半々の割合でこなしており、対米戦開始時は首都の陸軍総司令部で勤務していた。
1483年12月からは砲兵中佐として前線で戦い、85年1月のレスタン戦で負傷してからは、戦線を離脱して治療に専念してきた。
体の傷が癒えた所で、待命状態から前線勤務の命を受け、辞令交付のために陸軍総司令部へ趣き、その帰り道にリリスティらと再会を果たしたのである。

「しかし、負傷して戦線離脱とは、あんたも運が無かったね」
「気がついた頃には敵が後ろに回り込んでてね、あれこれしている内に腹をぶち抜かれて死亡寸前になっちゃった。一応、意識を飛ばしながら味方の戦線まで歩いたおかげで、命を失わずに済んだ。部下は全滅しちまったけど……」
「貴方の部下の事に関しては、非常に残念に思う。負傷しても生還できたってなると……過去の経験が活きたって事かな」

リリスティは自らの腹を幾度か拳で小突きながら、ミリィアに言う。

「太さは昔の奴のが全然あったけど、痛みはむしろあれが上だった気がする。我ながらよう生き残れた物で……」
「普通は死んでるんだけどね」

しみじみとしながら言うミリィアに、ヴィルリエは勤めて平静な声音で付け加えた。
リリスティはクスッと微笑んでから話題を変えた。

「そういえばミリィ、任地には今すぐ向かうのかな?」
「いや、明日の朝一番に列車に乗って向かう予定。ヒーレリ国境沿いの寂れた町に布陣指定る第119師団の砲兵隊を指揮する事になってる」
「そうか。じゃあ今日はどこかに泊まってから向かうつもりかな」
「その予定だけど、どこかにいい宿ある?陸軍の官舎はちょうど、別の異動組のせいで一杯になっちゃってさ」
「いいとこねー……あ、ミリィ」

リリスティはミリィアの前に歩み出て、彼女の宿先となる場所を教えた。

672ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:01:38 ID:Y.8tkphw0
「宿なんだけど、あたしの家はどうかな?」
「まさか、リリィの家ってこと?」
「そう!」

リリスティが即答すると、ミリィアは躊躇ってしまった。

「いやー、リリィの家はちょっとねぇ……平民出のあたしにはこう……」

しどろもどろになるミリィアだが、リリスティは更に食い込んできた。

「大丈夫よ!昔馴染みじゃない。それにね」

リリスティは右手の握り拳を掲げて、ミリィアに見せる。

「久しぶりにちょっとヤらない?強き者は拳で語るって奴!」
「リリィさん、明日から師団勤務に励もうとする方に、格闘勝負を挑もうとするのはどうかと思いますよ?」

ヴィルリエは眼鏡をクイッと上げながら上司に翻意を促す。

「うるさい!元帥命令じゃ!」
「あたしゃ陸軍でございますよ、提督殿」

理不尽で横暴な文言を吐く海軍元帥に、呆れたような口調で陸軍大佐は所属の違いを言い表した。

「……まぁ、久しぶりに五体満足な状態で会えたんですし、モルクンレル提督のお誘いをお受けする事にいたします」
「えぇ…誘いに乗っちゃうんだ……」

誘いに乗ったミリィアに、ヴィルリエは引いてしまった。

「なーんか、あたしも火がついちゃったね。確か、勝負はまだついてなかったっけ?」
「5勝5敗6引き分け、魔族に操られて死ぬ寸前まで戦った奴も含めたら違うけど、あれは数に含んでないわね」
「やめて、またトラウマが」

673ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:03:13 ID:Y.8tkphw0
さらりと言うリリスティに、ヴィルリエが額を抑えながら発言を制止しようとした。
その瞬間、首都ウェルバンル中に空襲警報のサイレンが響き渡った。

「空襲……!」

先ほどまで活き活きとしていたリリスティの表情が、急に険しくなった。
本日昼頃に入った情報の中に、海軍ワイバーン隊の偵察騎がシギアル方面から東方200ゼルド(600キロ)沖を航行するアメリカ機動部隊を発見したと報告されていた。
敵機動部隊は、昨年12月に首都方面を猛爆した敵艦隊と同じである事は間違いなく、今度もまた帝国本土西岸部の拠点に空襲を仕掛けようとしているのだ。
その目標がどこなのかは定かでは無かったが、こうして空襲警報が鳴っていると言う事は、ウェルバンルやシギアル方面に敵機動部隊より発艦した艦載機集団が、首都近郊に向かいつつあるのだろう。

「リリィ、ミリィ、すぐに防空壕に向かおう!」

ヴィルリエの提案を聞いた2人は即座に頷き、大急ぎで付近の防空壕へ向かった。


2月22日 午後1時 クナリカ民公国

マオンド共和国より分離独立を果たしたクナリカ民公国では、クナリカ臨時政府の協力の下、駐留アメリカ陸海軍基地や飛行場の造成が急ピッチで進み、今年1月末には、クナリカ西海岸に近い港町、オルクヴォント郊外に2本の4000メートル級滑走路を有する飛行場が完成した。
完成後は海軍や海兵隊航空隊の哨戒機や戦闘機が駐留し、クナリカ西岸沖の哨戒活動に従事していたが、2月21日の午後1時になると、海軍のPB4Y、PBM哨戒機とは桁外れと思えるほどの巨人機が、辺鄙な港町であるオルクヴォントの上空に姿を現した。

オーク族出身の若者であるヴィピン・クロシーヴは、その巨人機が飛来するや否や、知り合いの米兵から譲り受けた眼鏡を思わず取ってしまった。
「なんだあの大きな飛行機は!ほ、本当に空を飛んでいるのか」
驚愕の表情を見せるクロシーヴを尻目に、左右に6発のエンジンを有する銀色の巨人機は、轟音を上げながら航空基地のフェンスを飛び越し、優雅とも言える姿勢のまま舗装された滑走路上に着陸した。

674ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:04:51 ID:Y.8tkphw0
「なんて音だ……まるで無数の危険獣が底なしの気力で叫びまくっているようだ」

クロシーヴは、耳を両手で塞いでもねじ込まれるようにして響く轟音にすっかり縮み上がってしまった。
巨人機は1機だけでは無かった。
最初の1機がきっかけ出会ったかのように、新たな1機が姿を現しては、飛行場に足を下ろしていき、しばし間を置くと、更に別の1機が轟音をがなり立てながら着陸していく。
巨人機が次々と現れて滑走路に着陸していく中、クロシーヴは永遠に両手で耳を塞ぎ続けなければならないのかと錯覚した。
同じような機体が10機目を数え、スルスルと滑走路に着陸した時、周囲に響き渡っていた轟音は大きく和らいでいた。

「はぁ……はぁ……はぁ……終わった…のか」

初見参の大型機の飛来に興奮していたクロシーヴは、盛んに周囲を見回し、上空に飛行機が一機もいない事を確認してから、耳から手を離した。
冬にも関わらず、体からは汗が流れており、額もしきりに汗が吹き出していた。
彼は持っていた布で額を拭うと、背中に背負っていた鞄を掛け直してから、飛行場から離れ始めた。

「あれが米兵さんが言っていたコンカラーと言う奴か。10機現れただけであの威圧感なのに、遥かに多くの数が集まり、しきりに攻撃を受けているとい
うシホールアンルの惨状は、一体どれだけの物になっているのだろうか……」

クロシーヴは、巨人機の大編隊に襲われ続けているシホールアンルの惨禍を想像し、身体中の毛が逆立つ感覚に見舞われた。
それと同時に、次に出す自作小説の題材にも使えるのではないか、と思い始めていた。

「あの巨人機をネタに何か書けるかもしれないな。それこそ、前書いた物語よりも、ありとあらゆる意味で深い物が」

675ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:05:52 ID:Y.8tkphw0
ヒーレリ陸軍編成図

ヒーレリ陸軍第1機甲師団

第12戦車連隊
第13戦車連隊
第6機械化歩兵連隊
第1自走砲兵大隊
第2自走砲兵大隊
師団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊


ヒーレリ第1機械化歩兵師団(第2、第3師団も編成を準拠)

第1機械化歩兵連隊
第2機械化歩兵連隊
第4戦車連隊
第3砲兵大隊
第4砲兵大隊
師団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊


ヒーレリ第16独立混成旅団

第10混成連隊
第12戦車大隊
第13砲兵大隊
第14多連装ロケット砲大隊
旅団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊


676ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 21:06:22 ID:Y.8tkphw0
SS投下終了です

677HF/DF ◆e1YVADEXuk:2023/09/11(月) 21:55:17 ID:Y/RT8JtI0
投下乙です
今回も色々と盛りだくさん、あれもこれも気になって仕方がありません
個人的には携行式爆裂光弾がシホット・パンツァーファウスト(あるいはファウストパトローネ)なのか、それともシホット・パンツァーシュレックなのかが気になるところ(シホット・パンツァーヴルフミーネという可能性も?)

外伝?
勘弁してください(北国なのに猛暑日&真夏日連発で死にかけ、どうなってるんだ今年の夏は…)

678ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 22:42:29 ID:Y.8tkphw0
>>HF/DF氏 ありがとうございます。
携行式爆裂光弾はアメリカのバズーカ砲を参考にしておりますね。
これまでの戦闘で、バズーカ砲に手痛い打撃を受けまくった前線部隊からの強い要望で開発された物になります。

そして、色々と頑張ろうとしているシホールアンル側をよそに、ちらほらと漏れ聞こえる米TFの活動ぶり

しかし、この暑さは早く終わって欲しい物です

679名無し三等陸士@F世界:2023/09/17(日) 19:22:35 ID:hEuzQwi60
更新お疲れ様です
ついにB-36投入ですか。恐ろしや

680ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/17(日) 23:45:50 ID:Y.8tkphw0
>>679氏 ありがとうございます!
シホールアンル本土は既に幾度もB-36の空襲を受けていますね
そして、その他の地域にも徐々にですが、増えていくB-36……
シホールアンル以外の怪しげな国対策にも使われ始めておりますね

681ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/11/20(月) 23:35:57 ID:1mMwwpvE0
ツイッターでも書きましたがこちらでも告知を
もしかしたら11月中にまた更新できそうです。
更新できなかった場合は多忙のためという事で……

682ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:00:29 ID:fEdVvrd.0
お久しぶりです。これよりSSを投下いたします

683ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:01:03 ID:fEdVvrd.0
第294話 竜騎士の矜持

1486年(1946年)2月23日 午後9時 シホールアンル領西岸沖250マイル地点

ウィリアム・ハルゼー大将率いる第3艦隊は、指揮下の第38任務部隊を用いて2月21日夜半からシホールアンル帝国首都近郊並びに、
シギアル港から北にある帝国軍拠点に対して、艦載機を用いた空襲を行っていた。
攻撃目標は、シホールアンル帝国首都圏に含まれるシギアル港と、同地区から北方200マイルに位置する要衝、クガベザム。
クガベザムには、シホールアンル海軍の基地やワイバーン基地などが置かれており、首都圏の主だった航空基地や軍港が壊滅状態に
陥った現在、クガベザムの重要性は飛躍的に増していた。
シホールアンル軍は北海岸より増援と思しき艦艇をクガベザムに集結させており、既に一部の工作艦を含む有力な艦隊がクガベザムを
経由してシギアルに到達し、閉塞艦の除去に当たっていると言われている。
第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将は、偵察機と潜水艦よりもたらされた一連の報告を分析し、敵側がシギアル港の復旧を
本格化させるための前準備を行っていると判断した。
ハルゼー大将はこれらの行動を妨害するため、2月17日に第38任務部隊第1任務群と第3任務群をダッチハーバーより出撃させた。
今回は、第2任務群は艦艇の整備と修理、休養のためにダッチハーバーで待機しているが、第1、第3任務群だけでも正規空母6隻、
軽空母1隻を主力とする大所帯であるため、敵側に相当の被害を与えられるものと期待された。
事実、2月21日夜半に行われたシギアルに対する夜間攻撃では、閉塞艦除去に当たっていた工作艦1隻を大破させ、小型艦2隻を撃沈破し、
シギアル港の地上施設にも損害を与えた。
翌22日の早朝から行われた計3波、戦爆連合400機以上による攻撃では、他の地上施設や、復旧したばかりの航空基地を破壊し、
迎撃機30機以上を撃墜するなど、更なる戦果を上げた。
ハルゼー機動部隊は、被撃墜14機、帰還時の着艦事故や修理不能機8機の損害を受けたが、敵航空部隊の反撃が艦隊に行われなかったため、
損害はそれだけで抑えられた。
その後、北方に移動したハルゼー部隊は、23日夜半にクガベザム攻撃のため、TG38.1所属の空母ヨークタウン、エンタープライズから
夜戦経験を持つベテランのみで選抜したA-1DNスカイレイダー24機を発艦させた。


午後9時、クガベザム攻撃を終えた攻撃隊は、TG38.1に帰投しつつあった。

TG38.1旗艦エンタープライズを中心とした機動部隊は、風上に向けて一斉回頭していく。
エンタープライズ、ヨークタウン、ワスプ、軽空母フェイトを主力とし、周囲を囲む護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦群、早計30隻もの大艦隊が、
一糸乱れぬ動作で回頭を行う様は、この機動部隊の練度が限り無く高い事を如実に表していた。
 エンタープライズ、ヨークタウンの飛行甲板には、夜間着艦用の着艦誘導灯が点灯し始める。
飛行甲板後部左右舷側に設置された鮮やかな色の灯が、どこか幻想的な世界を思い起こさせてしまう。

684ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:01:46 ID:fEdVvrd.0
飛行甲板の左舷後部で涼みに来ていた、エンタープライズ料理班主任のブリック・サムナー一等兵曹は、機銃座の横で待機していた機銃座指揮官の
ウィリー・ティンプル少尉と雑談を交わしながら着艦風景を見つめていた。

「来たぜ、英雄達のお出ましだ」

サムナー一等兵曹はティンプル少尉に肩を叩かれ、艦尾側から爆音をあげて飛来する艦載機を指差した。
真っ暗闇の中から、翼端灯を光らせながら徐々に高度を下げる艦載機が、おぼろげながらも見て取れた。
艦上機パイロットにとって、母艦への夜間着艦は非常に難易度が高い動作だ。
着艦誘導灯があるとはいえ、艦の動揺や風の有無を気にしつつ、機体を慎重に操作しながら母艦へ近付くのだ。
帰還した艦上機……A-1D-Nスカイレイダーは、傍目から見ても難しさを感じさせぬ、鮮やかな動作でエンタープライズの飛行甲板に降り立った。
後部付近に張り巡らされたワイヤーに着艦フックが引っかかり、帰還機に急制動がかかってたちまち停止した。

「上手い!」

サムナー兵曹は感嘆の声を発した。
飛行甲板左右に待機していた甲板要員がスカイレイダーの周囲に素早く群がり、機体に異常がないか確かめていく。
それを素早く終えると、誘導員が身振り手振りでパイロットに指示を伝えつつ、甲板中央の第2エレベーターに手早く誘導していく。
1機目が無事エレベーターに乗せられ、格納甲板に下ろされていくと同時に、2機目のスカイレイダーが飛行甲板に滑り込んできた。
これもまた見事な動きで着艦に成功する。
この他にも、攻撃隊の参加機は次々と帰還していくが、どの機も着艦の動作は危なげが無く、見ていて不安を全く感じさせない物ばかりであった。
ただ、敵地攻撃を行ったとあって、被弾した機体も幾つか見受けられた。
特に、9番目に着艦した機は胴体に複数の被弾の跡が見受けられた他、右主翼の翼端が千切れ、尾翼に握り拳の2倍ほどもある穴を開けられていた。
それでも、そのスカイレイダーは無事に帰還できていた。
着艦作業に見惚れていると、不意に後ろから声をかけられた。

「お、これは珍しいですな。サムナーチーフ」

サムナー兵曹は、その聞き覚えのある声に内心ニヤリとしながら、後ろを振り返った。

「やはりレイノルズ大尉でしたか」

685ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:02:21 ID:fEdVvrd.0
空母エンタープライズ戦闘機中隊の指揮官を務めるリンゲ・レイノルズ大尉は、微笑みながらその通り、と呟き返した。

「エンタープライズの至宝とも言える名料理人が、また珍しい事をしているじゃないか」
「はは。艦内に籠ってばかり居ても仕方ないと思いましてね。冬の夜風に当たって気分をスッキリさせようと思ったら、丁度いいタイミングで
攻撃隊の帰還風景を見る事ができました」

サムナー兵曹は満足気な表情を浮かべながら、リンゲにそう言い返した。

「どうだねチーフ。うちの飛行隊の練度は?」
「何度も見てきましたが、改めて練度が高いと思いますね。今日の夜間攻撃も無難にこなしたのか、損失0で全機帰還してきたと聞いてます」
「俺も話は聞いたが、敵の基地を吹き飛ばして損失0は完勝、と言いたいところだな」

リンゲは幾分匂わせ気味な口調で言う。
サムナーは一瞬怪訝な表情になったが、すぐに11番機が着艦してきた。
スカイレイダーの機首から発せられる大馬力エンジンの轟音が艦上に響き渡る。
その余りの力強さに、轟音は250マイル離れた敵地にすら聞こえているのかもしれないと思わせる程だ。

「ふむ……被弾の跡が目立つな」

リンゲは眉を顰めながら、ポツリと呟く。
騒音にかき消されがちな声音だが、すぐ近場にいたサムナー兵曹は微かに聞き取れた。
甲板要員が機体のあちこちに穿たれた弾痕にしきりに目を向けつつ、飛行甲板中央の第2エレベーターに誘導していく。
そして、最後の12機目が着艦しようとした時、待機していた甲板要員達がざわつき始めた。
リンゲはハッとなって艦尾方向に目をむける。
暗闇の中に朧げながら見えるスカイレイダーのシルエットは、教本通りの理想的な形でエンタープライズに近づきつつあったが、
そのシルエットは、ある部分が大きく欠けていた。

「まずい……脚が出てねえぞ!」

リンゲは、12機目のスカイレイダーが、被弾がもとで着陸装置が故障したのではないかと思った。

686ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:02:59 ID:fEdVvrd.0
甲板要員達の動きが急に慌ただしくなった。
ある甲板要員は飛行甲板中央に緊急用のバリアーを展開する。
別の甲板要員は、帰還機が胴体着陸を試みると、艦尾両舷にいる機銃座付きのクルーに走りながら言い伝えていく。
そのすぐ後に、艦内放送でも着艦事故に備えるようにアナウンスが響いた。
12機目の帰還機はその間にもエンタープライズに接近しつつある。
エンジン部分にも被弾したのか、うっすらと白煙も吐いている帰還機は、それでも手練れを思わせる動作でするすると飛行甲板後部に
滑り込もうとしている。
機体の動きに乱れは無いように思え、脚さえ出ていれば完璧な着艦風景が見れたであろう。
しかし、着陸脚の出ていない状況では、そのような風景が見れることはまず無い。
スカイレイダーは殊更ゆっくりとしたスピードで艦尾を飛び越えた後、急にエンジン音が消えた。

「よし!無事にエンジンを止めた!上手いぞ!」

リンゲは無意識の内に拳を力強く握っていた。
サムナー兵曹も寒風の中、手に汗握りながらその着艦風景を見守る。
その瞬間、耳障りな金属音と共にスカイレイダーが飛行甲板に胴体を接触させた。
12番機は機体を右に傾け、夥しい破片を撒き散らしながら飛行甲板を滑って行くが、艦橋から30メートルほど手前、右舷側に寄り進む形で停止した。
そこは丁度、リンゲとサムナー兵曹の位置から若干通り過ぎた場所であった。

「おい!急げ!機体から火が出てるぞ!」
「パイロットがやられてる!おい担架だ!担架を持って来い!!」

待機していた甲板要員達が急いで機体の周囲に駆け寄っていく。
12番機の損傷はかなり酷く、機体の全体に被弾痕が付き、風防ガラスも大きく破れ、コクピットの中には血飛沫が飛び散っている。
機首から発せられていた白煙は黒煙に代わり、火災炎が見え始めていた。
パイロットが開かれたコクピットから大急ぎで飛び出してきたが、負傷したのか、片腕をだらんと下げ、機体からやや離れた位置で
力尽きたように座り込んでしまう。
そこに担架を持った兵が大急ぎで駆け付け、パイロットを仰向けに乗せて艦内に運び込んでいく。
機体には、複数の甲板要員が消火器を使い、火を消そうと試みている。
幸いにも、機体から発せられた火はすぐに消し止められそうであったが、機体の損傷は傍目から見ても酷く、再度の飛行任務には
耐えられないだろうと思われた。

687ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:03:39 ID:fEdVvrd.0
「パイロットは何とか生きていましたな」
「ああ。あの機体のお陰で助かったんだろう」

サムナーの言葉に対し、リンゲは消火剤まみれになった機体を指差しながら返答する。

「あとは……美味い飯を食ったお陰で、いつもよりも体力が持ったのかもしれない」

リンゲはサムナーを見つめながらそう言い放った。

「今日の夕飯のカレーのお陰かな」
「いやぁ、それは……」

サムナーは別にそんな事は無いと言いたかったが、まんざらでも無い様子であった。

「ところで……君はカレー作りが得意と聞いてるが、あれの作り方は、名も知らぬ教会のシスターから学んだと聞いたが、なぜシスターが
カレーを作ってたんだ?」
「いや……自分もあまり覚えてはいないのですが、とにかく、そのシスターの作られるカレーに強い興味を抱き、いつの間にか意気投合
して伝授して頂いた、と言う訳なのですが。とにかく名前を名乗ってくれませんでした。それに、あのシスター服も、よく考えたら見覚え
のある物ではなかったし……とにかく不思議な感じでした」
「ふむ……俺も不思議に感じてしまうが。だが、あのカレーライスは不思議な味ではないぞ」

リンゲはそう断言する。

「最も、あの見た目だけは今でもいただけんなと思ってしまうが」
「まぁ……匂いも不思議ですが、見た目は完全に大きい方のアレですからね」

サムナーは苦笑しつつ、自分の尻から何かが出る動作を交えながらリンゲに答えた。

「だが、味は最高だ。今じゃ艦ごとにバリエーションが出てきてもっと楽しめるようになってる。カレーライスは、合衆国海軍を
支えるメニューの一つと言っても過言ではないよ」

リンゲはサムナーにそう言いながら、同時に尊敬の念も強く込めていた。

688ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:04:18 ID:fEdVvrd.0
「合衆国海軍勝利の原動力となったカレーを与えたてくれたシスターと、それを広めた君に感謝だ」
「感謝ですか……大統領に食べさせて、好評を貰えたら名誉勲章を貰えますかね?」
「メシを食べさせて名誉勲章は聞いた事が無いぞ。ま、民間に大きく広めれば得をするかもしれんがね」

リンゲはニヤリとしながら、右手の親指と人差し指で丸い輪を作った。

「それはそれで美味しい限りです。もっとも、生き残れればの話ですが……」

サムナーはやや翳りの滲ませる語調でリンゲに返した。
そこに新たな金属音が響き渡ってきた。
リンゲとサムナーは飛行甲板に顔を振り向けた。
多くの甲板要員が着艦した12番機の周囲に群がり、撤去作業を始めていた。
機体の周囲には甲板要員のみならず、格納甲板から上がってきた整備兵も含まれており、手早く機体を艦尾方向に移動しようとしている。
整備に使うジャッキや牽引車等も用いて行われる撤去作業は迅速に行われていき、やがて、擱座したスカイレイダーは艦尾から海に投棄された。

「あぁ……せっかく帰還できたのに」
「あれだけ壊れていりゃ直せやしない。良くて部品取りぐらいだ。それに、飛行甲板をいつまでも塞ぐ訳にはいかないからな」

リンゲは仕方ないとばかりに、両肩を竦めながらサムナーに言う。

「やはり、機体は消耗品、と言う訳ですね」
「まっ……そう言う事だな」


第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、エンタープライズ艦橋の張り出し通路から、損傷機が投棄されるまでの
一部始終を見つめた後、渋々と言った表情のまま艦橋内に戻ってきた。

「これで、また1機失った訳か。とはいえ、ヨークタウンの攻撃機も全機帰還しているのだから、まずは良しとするべきか」
「パイロットも全員生還しておりますから、完勝と言ってもよろしいでしょう」

航空参謀のホレスト・モルン大佐が誇らしげな口調で言うと、ハルゼーはその通りだと付け加えた。

689ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:04:52 ID:fEdVvrd.0
「ただ……損傷機が思いのほか多いのが気になります」
「ん?どうした航空参謀。いきなり沈んだ口調になるとは。被弾した機が航空機が多いのかね」
「はい。攻撃隊指揮官機からは奇襲に成功せりとの報を受けていますが、敵の対空砲火も熾烈を極めたとの報告も上がっております。
今は集計中でありますが、エンタープライズだけでも12機中7機が被弾しており、そのうち1機は修理不能と判断され、既に放棄されております」
「となると……ヨークタウン隊の参加機からも複数の被弾機と使用不能となった機が出てくるかもしれん、と言うわけか。シホット共も
なかなか、楽に仕事をさせてくれんな」

ハルゼーは目を瞑りながら、モルン大佐に返答する。
そこに通信兵が艦橋内に入り、紙をモルン大佐に手渡した。

「長官、ヨークタウンより報告が届きました。攻撃隊に参加した12機中、6機が被弾。うち、2機が損傷大により使用不能との事です」
「ふむ……これで、3機を失った訳か。24機参加して3機損失……奇襲で損耗率10%越えと言う数字は、少なくない数字だが……
なかなか悩ましい物だ」
「スカイレイダー自体も安い機体ではありませんからな」
「高性能機ですらも、当然のように損耗する、か……とはいえ、敵に与えた損害は遥かに大きい筈だ。それに、パイロットが全員生還なら完勝だ。失った機体は、ダッチハーバーに保管している新品で補充してやろう」
「はい。その通りですな」

モルン航空参謀の相槌にハルゼーは無言で顔を頷かせた。

事が起きたのは、それから5分後の事であった。

午後9時35分、艦橋から退出しようとしていたハルゼーのもとに、モルン航空参謀が緊迫した表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

「長官!空母フェイトより緊急信です!」
「何事だ?」

ハルゼーはそう返しながら、モルン大佐が持っていた紙に視線を移し、読めとばかりに手を振った。
ハルゼーの意図を察したモルン大佐は紙に書かれた内容を読んでいく。

「艦隊より北西30マイル付近を哨戒中であった早期警戒機が、艦隊の北西、方位315度方向より接近中の敵らしき編隊をレーダーで
探知したとの緊急信です!」

690ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:05:37 ID:fEdVvrd.0
「敵編隊だと?シホット共はまさか、航空反撃を試みているのか?」
「フェイトより伝えられた第2報では、早期警戒機から多数の未確認反応を探知とありますので、恐らくは……」
「クソ!12月の攻撃で敵の航空戦力を粗方一掃した筈だったんだがな」

ハルゼーは歯噛みしながらモルン大佐に言う。

「早期警戒機からの続報は?」
「今、母艦フェイトが確認中との事ですが……当該機との通信は2分前より途絶えておるようです」
「何だと…?」

ハルゼーは急に強烈な不安感に襲われた。
早期警戒機として活動しているのは、軽空母フェイトに搭載されている4機のTBFアベンジャーのうちの1機である。
正確には、自動車企業のゼネラルモータースによって製造された機体であるため、TBMアベンジャーと呼んだ方が正しいが、それはともかく……
この機体には夜間哨戒も可能なように機上レーダーを搭載しており、高高度の監視は機動部隊各艦に搭載されている艦載レーダーに任せつつ、
低高度はアベンジャー艦攻が見張る事で死界をなるべく減らすようにしていた。

アベンジャーは高度1000メートルから500メートルを上下しつつ哨戒中であったが、本来の目的は単機侵入を図る敵偵察機の発見、捕捉と、
攻撃隊の落伍機が墜落した場合の救助支援であった。
だが、アベンジャーは機上レーダーに見慣れぬ敵編隊を探知したのだ。
当然IFF(敵味方識別装置)の反応は無かった。

「まずったな……夜間戦闘機の交代がまだ用意できていない」

ハルゼーは舌打ちしながら呟くが、そこに凶報が舞い込んで来た。

「長官!母艦フェイトより追信です。当該機は敵に撃墜された模様です」
「全艦対空戦闘用意!敵との距離は艦隊から30マイルを切っているぞ!」

ハルゼーの判断は早かった。
この時、全艦の対空レーダーに敵機の反応が映し出された。

「長官、レーダーに反応です!艦隊より北西、方位315度より接近しつつある飛行物体の反応を探知。現在高度500で尚も上昇中であり、
機数は約20前後。距離27マイル。IFFに反応は無く、敵と判断します!」
「北西か……奴ら、俺達のケツにかじりつこうとしてやがるな」
「長官、TG38.3より夜間戦闘機隊が緊急発進し、我が部隊に向かいつつあるようです」
「今からじゃ間に合わん!F8Fが来る頃には、敵はTG38.1を盛大に叩きまくっている頃だ」

691ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:06:13 ID:fEdVvrd.0
モルン大佐からの報告がもたらされるが、ハルゼーは無駄だとばかりに頭を横に振りながら言葉を返す。

「ここはTG38.1各艦の対空砲で対応するしかない」

ハルゼーは忌々しげに呟いた。
現在、TG38.1の各艦艇は南南東に向かって時速20ノットで南下している。
敵編隊はちょうど、ハルゼー機動部隊の後方から急速に接近している状態だ。

「全艦に通達。各艦、針路070に向けて回頭せよ!回頭時刻は2142!」
「アイ・サー!」

ハルゼーの命令は、即座に各艦へ伝えられた。
命令通達から3分後の午後9時42分には、各艦が一斉回頭を行った。
これで、TG38.1は敵に真横を向ける形で相対する事となった。

「各艦に向けて重ねて通達!上昇中の敵編隊の他に、低空侵入を図る敵編隊が存在する可能性、極めて大なり。各艦、低空侵入への警戒も厳にせよ!」

更なる命令が伝えられ、TG38.1各艦の5インチ両用砲や40ミリ機銃座、20ミリ機銃座に砲弾や機銃弾が矢継ぎ早に装填されていく。
レーダー員は敵編隊の位置情報を、刻々と伝えていき、それは砲術長を始めとした砲術科指揮官や、砲員らに伝わっていく。
程無くして、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊が発砲を開始した。
狙われたのは、高度を上げて輪形陣の突破を図る20機前後の敵編隊だ。
5インチ砲の連続射撃が加えられ、敵編隊の周囲に砲弾が次々と炸裂していく。

「長官!CICへ移動しましょう!」

ハルゼーの側にいたカーニー参謀長が切迫した表情で言ってきた。
敵の狙いは空母……エンタープライズを初めとする正規空母群である事に間違いはない。
もし敵弾が脆弱な艦橋部分に命中すれば、戦死は確実だ。
ハルゼーはカーニーの提案を拒否しようとした。
だが、彼はこの時、異様な不安感に見舞われていた。
その不安感が、カーニーの提案を受け入れさせた。

「……そうだな。後は、艦長に任せるとしよう」

ハルゼーは頷きながら言うと、長官席から立ち上がり、CICへ向かい始めた。

692ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:06:52 ID:fEdVvrd.0
そこに新たな一報が飛び込んできた。

「駆逐艦群より通信!低高度より侵入する新たな敵編隊を探知!機数約30前後、ワイバーンと認む!」
「ほう……案の定、戦力を二手に分けていやがったか」

ハルゼーはそう呟きつつ、内心で敵もやり手かもしれんと思っていた。
エンタープライズも対空射撃を開始したのだろう、艦内に5インチ砲発射の砲声がけたたましく鳴り響き、その振動に巨体をしきりに揺らし始めた。
輪形陣左舷側には、空母エンタープライズにワスプ、左舷側前方には戦艦アイオワ、左舷側側面に重巡洋艦クインシー、軽巡洋艦アトランタ、
ブルックリンが守りを固めている。
その更に外側を守るのは10隻の駆逐艦だ。
これらの艦艇には、昨年12月のシギアル港空襲で敵弾を受けて損傷した艦もあったが、その後ダッチハーバーで修理を受けていた。
敵編隊は、機動部隊各艦から最大火力を受けながら進撃する事になるため、空母群に辿り着くまでに大幅に戦力を削られる筈である。
百戦錬磨の各艦に任せれば安心な筈であったが、ハルゼーは未だに強い不安を感じ続けていた。

(なんだこの胸騒ぎは……敵の数はそこそこでしかない筈なのに……)

彼は不安のあまり、胸の辺りをしきりに撫で回してしまう。

「TG38.3司令部より夜間戦闘機12機が急行中。現在は距離20マイル付近まで接近しております」
「夜間戦闘機……いつもながら少ない機数だが」

ある程度はやれる筈、と心中で思ったが、その直後、彼は直感的に命令を下した。

「航空参謀!夜間戦闘機隊に引き返せと伝えろ!」
「引き返せですと!?長官、迎撃に間に合わずとも、攻撃後に落とせば敵の戦力を」
「それぐらい言われんでも分かっとる!だが、今回は妙に嫌な予感がする……」
「長官……?」

モルン航空参謀は不安な面持ちで、ハルゼーの緊迫した表情を見つめ続ける。

「何度も言わせるな。引き返させろ!」
「あ、アイ・サー!」

ハルゼーの命令はすぐさまTG38.3司令部に伝えられた。
ハルゼーら一行がCICに到達した時には、駆逐艦群は機銃射撃も用いた激しい対空戦闘を繰り広げていた。
この時になって、第3艦隊魔道参謀を務めるラウス・クレーゲル少佐がCICに飛び込んで来た。

693ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:07:28 ID:fEdVvrd.0
「提督!ここにいましたか」
「ラウスか。まずいタイミングで敵が反撃してきやがった。連中、予備の航空戦力を使い果たして引き篭もるだけと思っていたが」
「敵は反撃戦力を繰り出してきましたね。それに、敵から強い魔力を感じます。今までにないエグい性格の魔力です」
「エグい性格の魔力だと?何だそれは」

ハルゼーが怪訝な表情を浮かべて聞くが、ラウスは首を横にふる。

「正確にはわかりません。ただ……敵から伝わる魔力量が多いのは確かです」

ラウスは緊張した声音で答える。
いつもはのんびりしている彼にしては珍しかった。

「低空侵入のワイバーン群が駆逐艦の防衛ラインを突破!撃墜せる敵は4騎!」

CIC内に戦況報告が伝わるが、ハルゼーは撃墜したワイバーンの少なさに一瞬首を傾げた。
「4騎だと?7、8騎は落とせる筈だぞ」
「敵ワイバーン群は急激な機動を行うのみならず、姿を分裂させながら対空砲火の突破を図ったとの報告が入っております!」
「何だそれは!?」

ハルゼーは一瞬戸惑ってしまった。
急激な機動を行うと言うのは分かる。
ワイバーンは航空機に対して圧倒的な機動力を有しているため、爆弾や魚雷を搭載した時でもそこそこ良い動きを見せることがある。
ただ、姿が分裂したという点では理解が追いつかなかった。
だが、その疑問も、隣のラウスが瞬時に解いてしまった。

「あいつら……幻影魔法を使ってやがるな」
「幻影魔法だと?ラウス、それは一体……」
「簡単な話です。奴ら、対空防御用の防御魔法と一緒に幻影魔法の亜種を発動させているんです。それで機銃座の照準を狂わせているんです!」

694ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:08:14 ID:fEdVvrd.0
戦艦アイオワの左舷側では、今しも駆逐艦群の防衛ラインを突破してきた20機前後のワイバーンを迎え撃とうとしていた。

「先に低空侵入の敵編隊が突っ込んできたか!」

アイオワの左舷側40ミリ機銃座の一つを指揮するベドリオ・リクトリス兵曹長はそう叫びつつ、ヘルメットに組み込まれたヘッドフォンから
指示を受け取る。

「機銃座目標、低空の敵ワイバーン群!両用砲は引き続き中高度の敵を狙え!」
「機銃座目標、低空侵入のワイバーン群!撃ち方始めぇ!」

リクトリス兵曹長が大音声でそう命じた直後、ボフォース40ミリ4連装機銃が太く、長い銃身から轟音と共に火を噴き始めた。
戦艦アイオワの左舷側には5インチ連装両用砲5基10門、40ミリ4連装機銃10基40丁、20ミリ単装機銃34丁が装備されている。
そのうち、5インチ砲は中高度より接近しつつある敵の対応に当てられ、残った大小74丁の機銃が低空侵入の敵ワイバーン群に向けられる。
現在、敵ワイバーン群との距離は、射撃管制レーダーの情報をもとにした結果、2500メートルほど離れているため、ひとまずは40ミリ機銃が
先に射撃を開始する形となった。
敵が2000メートルを切れば20ミリ機銃も加わって、圧倒的な対空弾幕を形成して侵入する敵の撃墜、または撃退に務める事になる。
40ミリ弾は、口径的にはもはや、戦前の戦車砲弾と同じ大口径弾であるため、1発でも当たれば、いくら頑丈なワイバーンと言えど撃墜されてしまう。
輪形陣外輪部の駆逐艦群も、1隻辺りの装備数は少ないとはいえ、同じ20ミリ機銃や40ミリ機銃を有しており、全力で対空射撃を行ったはずだ。
だが、駆逐艦群を突破してきた敵ワイバーン群は、予想よりも多い数で高度100メートル以下の低空で急速に接近しつつあった。
その敵機群に、巡洋艦、戦艦の対空射撃が襲いかかった。
戦艦アイオワに狙われた5,6騎ほどのワイバーンに多量の40ミリ弾が注がれ、距離が2000を切ると20ミリ機銃も全力射撃を行う。
多数の曳光弾がワイバーン編隊を覆い尽くしていく。
誰もが敵ワイバーン群はばたばたと叩き落とされるであろうと確信していたが……

「敵1騎撃墜!」
「敵ワイバーンに防御バリアの反応!」
「敵1騎被弾するも、尚も飛行続行!」

予想に反して、敵撃墜のペースがこれまでと比べて異常に遅い。
敵との距離は既に1300メートルに迫っていたが、アイオワが撃墜できたワイバーンは僅か2機に留まっていた。

「おかしい……敵ワイバーンの数が思ったよりも減らんぞ!弾が当たっている筈なのに!?」

リクトリス兵曹長は現状が理解し難かった。
そこに高角砲弾炸裂の閃光が一瞬ながら海面を照らし出す。

695ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:08:55 ID:fEdVvrd.0
これまでも砲弾炸裂の閃光は断続的に海面を照らしていたのだが、そこに映るワイバーンの姿は不明瞭であったため、そこで何が起きているのか
分からなかった。
だが、距離が近づいた今、彼は敵ワイバーンの姿に度肝を抜かれてしまった。

「な……分裂しやがったぞ!」

閃光に照らし出されたワイバーンの姿は、4、5騎から10騎程に増えていた。
しかも今までに見た事の無い激しい機動を見せていた。
砲弾の閃光でワイバーンの姿が明滅するが、目にするワイバーンはその度に位置を変えているように見え、機銃員座の射手に幻惑させていた。

「チーフ!敵が分裂して狙いが定りません!」
「構わん!撃って撃って撃ちまくれ!弾幕の中に包み込めばいずれぶち落とせるぞ!」

混乱する部下に対し、リクトリスはけしかけるように指示を飛ばし続けた。
4発ずつの重いクリップを担いだ水兵が、装填手である銃座の同僚に40ミリ弾を手渡し、装填手は40ミリ機銃の装填口に食い込ませていく。
太い銃身は休む事なく火を噴き、図太い曳光弾が奇怪な動きをしながら接近するワイバーンに向かっていく。
ワイバーンの高度は100メートルから20メートル前後の超低空にまで下がっており、海面は外れた40ミリ弾や20ミリ弾の着弾で激しく沸き立った。

敵編隊の狙いは輪形陣中央の空母ではなく、アイオワ自身であった。
敵ワイバーンは、時折防御魔法発動の閃光を発しつつ、その姿を右や左と、盛んに分裂を繰り返しながら距離を詰めつつある。
それに対してアイオワは尚も、機銃弾の全力射撃で応えるが、思ったほど成果が上がり難い。
ここで、ようやく敵ワイバーン1騎に40ミリ弾が命中した。
敵ワイバーンは防御魔法発動の閃光を発した直後に、40ミリ弾の集中射が命中し、瞬時に砕け散った。
前世界のスウェーデンが作り上げた傑作機関銃は、姑息な動きを見せる敵ワイバーンに対しても容赦無く、その威力を発揮した瞬間であった。
唐突に、敵ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂した。
リクトリスは知らなかったが、アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐が一部の両用砲に命令変更を伝え、苦戦する機銃群を支援したのだ。
計4つの砲弾は、分裂を繰り返すワイバーン群を覆い隠すように炸裂した。
VT信管付きの5インチ砲弾が敵ワイバーンの反応を探知し、効果を発揮した瞬間である。

「やったか!?」

リクトリスは、一瞬、姿が見えなくなったワイバーン群が全滅したと思った。
だが、その煙を突き破ってワイバーン群が姿を表した。

696ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:10:06 ID:fEdVvrd.0
「くそ!しぶとい奴らだ!!」

彼は罵声を放ったが、この時、分裂していたワイバーンの姿は明らかに目減りしていた。
計4機程に減ったワイバーンに機銃弾が注がれる。
20ミリ弾を受けた1騎のワイバーンは、魔法防御の効果が切れたのか、一連射を受けただけであっさりと叩き落とされた。
どうやら、両用砲弾の炸裂は切れかけていた敵ワイバーンの魔法防御を根こそぎにしたようだ。
これなら行ける!と思った矢先……敵ワイバーン群は両翼から次々と何かを発射した。

「爆裂光弾だ!来るぞ!!」

リクトリスはそう叫びながら、機銃座の狙いを爆裂光弾に向けさせる。
シホールアンル軍の保有する対艦爆裂光弾は、生命反応探知式の誘導弾である。
距離600メートルを切った場所から放たれた爆裂光弾は、乗員の生命反応を捉え、急速にアイオワに迫ってきたが、アイオワも負けじと
ばかりに機銃座のみならず、両用砲までもが狙いを変更して迎撃当たった。
高角砲弾の炸裂で1発が400メートルの距離で爆発する。
20ミリ弾、40ミリ弾に捉えられた1発は350メートルまで迫った所で撃墜され、別の2発が200メートルと150メートル先で爆発した。
残った2発がアイオワの左舷側中央甲板と左舷側後部主砲に命中し、ド派手に爆炎を吹き上げた。

「アイオワに爆裂光弾が命中!火災発生の模様!」
「アトランタに爆弾命中!死傷者あり!」
「ブルックリンに爆弾3発落下するもいずれも至近弾!若干の浸水が発生!」
「クインシー、敵弾を全て回避した模様!」

エンタープライズのCICに報告が次々に舞い込んできた。

「先行した低空侵入組は巡洋艦、戦艦を叩きました。対空砲火網に穴を開けようとしたようです」

隣のカーニー参謀長がハルゼーに言う。
ハルゼーは無言のまま頷いた。
戦闘は未だに続いている。

697ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:10:39 ID:fEdVvrd.0
TG38.1には、高度1000付近まで上昇した敵ワイバーン編隊と、2分前から新たに探知された別のワイバーン編隊が北方向から接近しつつある。
この新たな敵編隊は、輪形陣の右斜側から迫っており、その進路には僚艦ヨークタウンが航行している。
現在、艦隊は時速30ノットで航行中であり、北方向の敵編隊に自ら接近する形となっている。
北方向から接近中の敵に対しては、既に戦艦ニュージャージーを始めとする護衛艦群が対空射撃を開始した。
TG38.1は2方向から敵の攻撃を受けつつあった。

「俺達はシホット共を侮っていたな……」

ハルゼーは小声で後悔の念を吐き出したが、それはエンタープライズの発する砲声で掻き消された。
エンタープライズの目標は、1000メートル前後の高度に上昇し、急速に接近しつつあるワイバーン群だ。
敵の数は、対空射撃で減り続けているようだが、それでも20騎ほどは残っている。
低空侵入の敵騎群と比べると、撃墜率は上のようだが、それでも数は多い。

「対空砲火の撃墜率がいまいちだ。さては、敵のワイバーンは防御力を強化した新型かもしれんぞ」

彼は内心そう確信する。
この時、艦内に伝わる発砲音に新たな音が加わった。
40ミリ機銃が一斉に射撃を開始した音だった。

低空侵入の敵編隊が撤退するや、各艦の主目標はやや高い高度を飛行する敵ワイバーン群に移った。
両用砲のみならず、40ミリ機銃、20ミリ機銃を含めた弾幕がワイバーン群を覆っていく。
だが、その時には、敵は高度を下げながら目標に向かい始めていた。
敵ワイバーンは輪形陣中央に位置する正規空母……エンタープライズとワスプに突撃を敢行。
緩降下爆撃の要領で急速に距離を詰めていく。
低空侵入のワイバーン群と同様、このワイバーンもまた、しきりに姿を分裂させ始める。
ラウスの懸念していた通り、幻影魔法を用いながら突進するワイバーン群は、機銃員の照準を狂わせてしまった。
だが、この時は先ほどと違って幾分勝手が違っていた。
敵がここぞとばかりに仕掛けて来た分裂幻影魔法は、圧倒的な対空弾幕の前には効果が限定的であった。
特に両用砲の放つVT信管付きの高角砲弾は、幻には惑わされなかった。

「敵騎2騎撃墜!続けて3騎撃墜!!」

CICに敵撃墜の報告が次第に多く上がり始めた。

698ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:11:23 ID:fEdVvrd.0
「よし!いい調子だぞ!」

ハルゼーは先程とは打って変わった対空砲陣の快調ぶりに喝采を叫んだ。
護衛艦群の対空射撃はいつもながら凄まじかった。
特に軽巡アトランタは、防空軽巡としての役割を果たさんとばかりに所狭しと並べられた5インチ連装砲と40ミリ、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
先の被弾で左舷側の20ミリ機銃座3機を破壊され、乗員に戦死傷者が出ているが、逆に手傷を負って怒り狂った猛獣を思わせるかのような、
凄まじいばかりの対空射撃を展開していた。
しかし、敵のスピードは思った以上に早く、エンタープライズが更に1機を撃墜した所で凶報が飛び込んできた。

「敵騎爆弾投下!」

敵ワイバーンがエンタープライズから高度100メートル、距離600に迫った所で爆弾を投下したのだ。
左舷側から緩降下する形で突進した敵ワイバーンは、対空砲火の弾幕を紙一重で交わしながら急速に離脱していく。
唐突にエンタープライズが、左舷側に急回頭し始めた。
いつの間にか、艦長が回頭を命じていたのだろう。

(頼む!かわしてくれよ!!)

ハルゼーは祈るようにそう思いつつ、歯噛みしながらその場で踏ん張った。
強烈な轟音と共に、右舷側から突き上げるかのような強い振動が伝わった。

「よし!最初は上手くかわしたな」

ハルゼーはその振動から、敵弾はエンタープライズの右舷側海面に至近弾として落下したとわかった。
続いて2度目の衝撃が左舷側後部付近から伝わる。
この振動も至近弾だ。
この時、エンタープライズの右舷側と左舷側には、敵の爆弾が海面に突き刺さり、爆発を起こした事で高々と水柱が上がっていた。
更に3発目が右舷艦首側海面に落下し、これまた天を着かんばかりの水柱が吹き上がった。
エンタープライズの左舷側を航行する重巡洋艦クインシー艦上からは、高々と吹き上がる水柱を急速回頭する旗艦の姿がまじまじと見て取れた。
エンタープライズの動きに合わせて、クインシー、アトランタ、ブルックリンが対空射撃を行いつつ、左舷側に急回頭していく。

「敵弾回避中!今の所命中弾なし!」

エンタープライズ艦内では、スピーカー越しに艦長から敵弾回避中の報せが伝わる。
敵の攻撃がまだ収まっていないにもかかわらず、各部署で奮闘する乗員を勇気づけようとしたのだろう。

(そうだ!栄光のビッグEにシホット共の爆弾なんぞが当たるか!)

699ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:12:18 ID:fEdVvrd.0
ハルゼーは心中でそう叫びながら、獰猛な笑みを浮かべた。
だが、不本意な報せは意外な所から届いた。

「見張より報告!ヨークタウンに爆弾命中!!」
「何!?ヨークタウンがやられただと!?

ハルゼーは思わず声をあげてしまった。

(そう言えば、輪形陣の斜右からも新手の敵編隊が接近中だった。まさか、そいつらが)

彼の思考は唐突に停止させられた。
いきなり、エンタープライズに強烈な炸裂音と共に強い衝撃が伝わった。
ハルゼーはこの瞬間、エンタープライズにも爆弾が命中したと確信した。
あまりにも強い衝撃にCIC内の照明があちこちで明滅し、中には何かが割れた音やクルーの悲鳴なども響いてきた。

(こっちもやられちまったか…!)

ハルゼーは舌打ちしながら心中で呟く。
その直後、更なる衝撃が艦全体を揺さぶった。
今やエセックス級、リプライザル級に比べてサイズが小さいとはいえ、基準排水量は2万トン近いエンタープライズの巨体が頼りなさを
感じさせる程の、強烈な揺れであった。

「くそったれ!シホット共が!!」

ハルゼーは罵声を放ちながら、揺れが収まるのを待った。
エンタープライズの揺れが収まると同時に、CIC内に報告が飛び込んできた。

「飛行甲板前部と後部付近に被弾!火災発生ー!」

艦内には警報音がけたたましく鳴り響く。
衛生兵を呼ぶ声や、故障した機器の復旧に臨もうとする者の声が、未だに続く対空射撃の音と共に響いてくる。

700ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:13:14 ID:fEdVvrd.0
エンタープライズは、爆弾2発を被弾していた。
1発は飛行甲板前部付近であり、前部第1エレベーターから10メートル程離れた場所に着弾していた。
2発目は後部付近に命中し、中央部第2エレベーターと後部第3エレベーターのほぼ真ん中付近に穴を開けていた。
爆発によって格納甲板の艦載機が損害を受け、艦内にあった少なからぬ数の艦載機が炎上、または損傷を受けていた。
被弾箇所には、早くもダメージコントロールチームが駆け付け、依然激しい対空戦闘が展開されているにも関わらず、火災発生箇所の消火にあたった。
敵側は2発爆弾を浴びせただけに止まらず、更に2騎が激しい対空砲火を潜り抜けて爆弾を放ってきた。
だが、この2騎の爆弾は、それぞれエンタープライズの右舷側と左舷側に着弾して、虚しく水柱を噴き上げるだけに止まった。

どれほどの時間が経過したかわからなかったが、外から聞こえる射撃音は完全に鳴り止んでいた。

「長官、我が艦隊の被害報告ですが……エンタープライズは爆弾2発を受け飛行甲板を損傷し、発着艦不能に陥りました。また、ヨークタウンも
爆弾1発を被弾し、こちらも発着不能です」
「エンタープライズはまだしも、ヨークタウンは1発で発着不能とは。当り所が悪かったのか?」

ハルゼーは、被害報告を伝えるカーニー参謀長に質問を投げかける。

「はい。ヨークタウン艦長からは、敵弾は第2エレベーターを避ける形で着弾するも、着弾位置はエレベーターから5メートル程しか離れて
いないため、爆発の影響を受けてエレベーターがやや下降した状態で故障し、昇降が出来ない状況にあるとの事です」
「くそ!シホット共も上手い事やりやがる……!」

ハルゼーは悔しさの余り、側にある小物入れを蹴飛ばそうとしたが、寸手の所で感情を抑え込んだ。

「他に被害を受けた艦は?」
「戦艦アイオワと軽巡アトランタに敵弾が命中し、アイオワは40ミリ機銃座を、アトランタは20ミリ機銃座を破壊され、死傷者が出ましたが、
艦自体の損害は軽微との事です。それから、重巡クインシーと軽巡ブルックリンは至近弾のみ。空母ワスプにも敵騎が襲いかかりましたが、
ワスプは敵の爆弾を全弾回避に成功し、至近弾による軽度な浸水のみに被害を抑えれました」
「そうか……ワスプは上手くやってのけたか」

終始しかめっ面のハルゼーだったが、ここでようやく頬を緩ませた。

「軽空母フェイトには敵は見向きもしませんでしたが、フェイトはワスプに援護射撃を行って敵の撃退に貢献したようです」
「うむ。実に素晴らしい働きだ。だが……」

701ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/12/08(金) 18:13:48 ID:fEdVvrd.0
ハルゼーはそこまで言ってから、肩を落とした。

「主力空母2隻が艦載機の発着不能に陥れられると、今後の作戦が非常にしんどくなるな」
「それ以上に、敵側が我が機動部隊に対して、反撃できるまでに航空戦力を回復できた現状を重く認識しなければなりません。つい先日までは、
敵は防御戦闘のみしか行えず、我が方のみが、今後も一方的に攻撃を行えると思った矢先の出来事です」

モルン航空参謀の一言が、戦闘後のCIC内に重く響き渡る。

「もしかしたら、シホット共は思わぬ所に予備戦力を蓄えていたのかも知れんな。ただ、それをどうやって持って来たのかが、非常に気になる
所だが……」
「提督、問題は他にもあります」

それまで黙って話を聞いていたラウスが口を開く。

「シホールアンル軍は今までにない戦法……恐らくは、幻影魔法を応用した戦術魔法を用いて攻撃を仕掛けてます。報告を見ると、各艦の機銃手は
敵ワイバーンが分裂しながら突っ込んで来たとありますね。姿形を惑わしながら攻撃する手は昔からありましたが、こう言った戦法は術者の負担も
大きくなるため、次第に廃れていきました。ですが、敵はその廃れた筈の魔法を駆使して攻撃を仕掛けてきた……もしかしたら、敵はこれから、
こういった戦法を主にして、更なる反撃を企てる可能性があります」
「この新戦法の対策は、早急に立てたほうが良さそうだ。まずは機銃員のみならず、レーダー員からもその時の様子を聞き取らねばならん」
「射撃管制レーダーにどう映っていたのかが気になりますな」

ハルゼーの言葉に、カーニー参謀長も気がかりな点を付け加えた。

「それにしても……シホットも嫌な手を思い付いて来やがる」

彼は忌々しげに呟いた後、無言のまま、CICをひとしきり眺め回した。


午後9時45分 TG38.3旗艦エセックス

第38任務部隊第3任務群司令官であるドナルド・ダンカン少将は、艦橋内で本隊の状況報告を受け取っていた。

「エンタープライズ、ヨークタウンが被弾し、現時点で発着不能。戦艦アイオワ、軽巡アトランタも被弾損傷か……とはいえ、艦隊司令部は
ハルゼー長官を始めとして、全員無事なのは不幸中の幸いだ」

ダンカン少将はそう言いつつも、内心複雑であった。


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