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新人賞スレッド@避難所

1イラストで騙す予定の名無しさん:2004/05/23(日) 15:32
新人賞について応募するひともしないひともマターリと語りましょう。
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過去ログ一覧
http://www.geocities.co.jp/Bookend/3018/loglist1.html#1

355:2005/11/16(水) 03:47:47
 私には神貴(ジンキ)という名の双子の兄がいる。
 神のように高貴であって欲しい、と願いを込められた名を持つ兄は一日中家に引き籠もり、ずっとパソコンの前にでっぷりと座り、用事がないとまず動こうとしない。髭も剃らない、服も着替えない。部屋はすえた臭いで満ちている。母が注意しても、
「だって人に会わないしさ、問題ないじゃん。家族で他人行事にするのはオレ嫌だからさ、そうだろ、な?」
 そんなわけのわからない理由を口にして、普通なら一日だって耐えられないようなそんな毎日を送り続けているのだ。昔は楽譜も読めないのに音楽がどうのといって、CDを出したらしい。その次はゲームを作るんだと言い出した。結果はどうなのかはわからない。ただ神貴我言うにはオリコン120位に入ったと言い、ゲームはイラストレーターがやる気をなくしたからお流れになったと言った。しかしオリコンは100位以下の曲は関係者でもない限りは知る事はできず、曲も恥ずかしいからと聴かせてもらった事はない。そして私は兄と一緒にゲームを作っているという“友人”とやらに会った事もなければ友人に会いに出かけていく兄の姿を見た事もない。
 近頃はまた方向性を変えた。
「小説家になってみんなを見返すんだ。大丈夫、もう作品送ったしさ、それ凄く自信作なんだ。今月には一次予選の発表だから。もうすぐ真理亜や母ちゃんに楽させれるようになるよ」
 すでに成年を向かえている神貴はまるで鼻水を垂らす小学生のように目を輝かせて私達に言うのだ。音楽もゲームも、最初は『今の自分に対する言い訳』をしているのだと思っていたのだけれど、本当に、彼は信じているのだ。自分は作家になれるものだと。だから音楽もゲームも当人にとっては恐らく本気だったのだ。
 兄は今書いている作品を見せてくれた。自信ありげに、これこそ名作だと自負してモニターを見せてくれた。まだ二章までしかできてないそれは私には理解できない文章の乱列にしか見えない。兄が目指しているのはライトノベルという、いわゆる漫画やアニメなどの小説版みたいなものらしい。少なくとも通常私達が小説と聞いて連想される作品とは形式こそ同じでも、まるで違う内容なのだそうだ。いわゆるヲタク向け、というやつらしい。
「真理亜にはわからないか。そうだよな、普段本を読まないお前にはちょっとわかりづらいよな。うん、ごめんな。これが終わったら真理亜にもわかる作品作ってやるよ」
 兄はどこか得意げに、高鳴る鼓動を押さえきれないように興奮してそう言っていた。きっとまた薬の飲み過ぎだ。

356:2005/11/16(水) 03:48:16
 神貴は、鬱病なのだ。
 中学校の頃、元々成績が良くはなかった兄は、その日何故か0点という通常ではありえないような点数を取ったのだ。そしてその同じテストで私は100点を取っていた。双子の私達の間に開いた100という数字は父を怒らせるのには十分だ。父は兄を殴りつけた。普段から兄に怒鳴る事が多かった父、しかし手を挙げたのは始めてだった。
 それだけでも肉体的にも精神的にもショックが大きかったはずだけど、小学校から続いていたイジメが中学に入ってエスカレートしていたのもそれに拍車をかけた。ある日の通学時、何の前触れもなく兄はかんしゃくを起こし、手から血が出る程暴れ回り、そして酸欠で意識がなくなる程わめきちらしたのだ。そして落ち着くと今度は一転して今にも手首か首筋にナイフを当てるのではないかと不安になるほど落ち込んだ。
 それから不登校になり、人と会うのを避けるように家に引き籠もった。そして五年前から兄と父は口をきかず、それどころか互いに我が家には息子はいない、父はいない、と互いの存在を一つ屋根の下で否定しあった。
 全て、私のせいだ。兄が鬱病になってしまったのも、家の中がゴチャゴチャになってしまったのも、全てあの時真面目だった私が悪いのだ。もしあの時、私も兄と一緒に0点を取っていればこんな事にはならなかったろうに。悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。
「何だよ真理亜、元気だせよ。もう少しでおいしいものいっぱい喰わせてやれるようになるからさ」
 私の不安気な顔を察して薬を飲んだ後の兄はいつもそんな事を言う。
 兄は本気なのだ。本気で私を心配して、そして私を楽させてやろうと思っている。だからこそ、辛い。だからこそ、かわいそうで仕方ない。そしてそんな風にしてしまった私自身が憎らしい。
 兄の作品が少しでも理解できればと短大に通う通学中や講義の合間にライトノベルという物を何冊か読んだ。最近人気だというアニメも見たり、そういうのに詳しい友達から話を聞いたりした。……それでも、私には兄の作品が理解できなかった。わけのわからない単語が大量に並び、高校物理の知識しかない私でもわかる誤った理論、意味のない会話、そして突拍子もない展開、魅力のないおかしなキャラクタ。最初の時はこういうのがライトノベルなのだと思っていたけれど、今の私にははっきりと言える。こんな小説が一次予選なんて通るはずもない。
 ……でも、それでも兄は信じているのだ。自分の作品は名作だと、最低でも二次予選は突破できると。
 応募した作品はこれとは別の物だ。しかし、今作っている、つまり以前よりうまくなっているはずの作品でこれなのだ。結果は火を見るよりあきらかだった。

357:2005/11/16(水) 03:48:48
 兄は最近インターネットでこの小説を公開したらしい。兄がトイレに行っている隙にちらりと覗いて見た。案の定、感想は非道い物ばかりだった。口調は優しい物から厳しい物まで、中には面白がっているようにしか見えない発言もあった。それでも、彼らが作品に対しての感想は私の感想と一緒だった。そしてそれに対する兄の応えも一緒だった。まるで噛み合わないのだ。兄にとって自分に都合の悪い意見は一切聞こうとはせず、そして的確なアドバイスでも焦点をずらしてわけのわからない話をする。
 鬱病に限らず精神的障害を持つ者がよく行う、ある種の自己防衛なのだ。ただ兄はちょっと特別で、批判に対してならともかく、参考にするべき意見にも同様に聞こうとはしないのだ。
「あ、おい、何やってんだよ」
 トイレから戻ってきた兄の声に、私はすぐさまインターネットエクスプローラーを閉じ、兄が書いている小説のワードを展開。
「ご、ごめん。お兄ちゃんの作品ちょっと読みたくなったの」
 私は慌てて嘘をついた。兄はモニターを体で隠しつつも、パッと花が咲いたように笑顔になった。
「最近は真理亜もライトノベル読むようになったもんな、オレの作品の面白さがわかるようになってきたんだ」
「……う、うん」
「でも今はダメだ。読みたいっていってくるのは嬉しいけど、今手直している最中だから。ネットでさ、公開して感想もらってここをこうしたらいいっていうアドバイスをもらってさ、それで今直してるんだ。終わったら一番に見せてやるからもう少し待ってくれよ」
「うん、待ってるよ……お兄ちゃん」
 兄は椅子に座るとさぁやるぞ、とわざとらしい声を上げてキーボードを打ち始める。その背中を見ていて私はどうしようもなく悲しくなり、思わず涙が出そうになった。
 兄は、神のように高貴ではなかった。家から出ない兄の肌は病的に白く、そして鬱病の薬の中に食欲増進薬が含まれているため年々太っている。その様はまるで養豚場の豚だ。……それが、そんな人が私の兄だ。毎日手を繋いで小学校に通っていたお兄ちゃんだ。私の嫌いなブロッコリーを母が目をそらした隙に変わりに食べてくれた大好きなお兄ちゃんなのだ。
 どんなにわけのわからない事を言っても、どんなに無様な醜態を晒していても、神貴は私の兄。
 私はパソコンに向かう兄の背に思わずそっと寄りかかった。
「な、なんだよぅ?」
「ごめんなさい。少しの間だけ、こうさせて」
 私は兄に腕を回しそっと抱きしめた。男の独特の体臭と汗の臭いがした。それでも私は抱きしめた。
「どうしたんだよ、真理亜。何か悩みでもあるんなら……う〜ん、この作品が一段落したらオレが聞いてやるよ。だから元気だせよ」
「ありがとう、お兄ちゃん。……大好きだよ。ずっとずっと大好きだよ」

358:2005/11/16(水) 03:49:14
私はそっと腕を解いた。兄はいぶかしげな顔をして私の涙に濡れた顔を見る。少しだけ困った顔をして、どうしたらしいいのかわからずに目が宙を泳ぎ、そしてまたモニターに戻ってしまった。手が、ゆっくりとキーボードを叩く。
 ひょっとしたら兄の中では今の事はなかった事になっているのかもしれない。難しい事、わからない事、都合の悪い事、そういうのは兄の中ではすぐにゴミ箱行きだ。私の涙も放り込まれたに違いない。
 兄が応募した小説の賞、スーパーダッシュ新人賞とかいうのは今月の25日に一次予選の発表があるらしい。兄は壁にかけられたカレンダーに赤丸をつけ、一次発表と小さく書かれていた。
 私は押入を開けた。掃除をしない兄の事だ。アレはまだ、あるはずだ。父と兄がまだ一緒に遊んでいた幼い時、買って貰ったアレが。
 ゴミとしか思えない兄のオモチャの間に手を差し込むとアレの感触を右手が感じ取った。握り、そして引き抜いた。
「お兄ちゃん、小説の賞さ、入賞できるといいね」
 カチカチと兄はキーボードを打ち続ける。
「そうだなぁ。入賞できるといいなぁ。まぁでも二次までは絶対いけるから。それにさ次の電撃大賞でさ、二次通過とかあると少しだけ優遇されるんだ。だから電撃大賞は入賞できるよ」
 電撃大賞といえばライトノベルの大御所の新人賞だ。スーパーダッシュは600作品の応募、電撃大賞はその五倍以上の作品が送られてくる。入賞の難易度だけ見ればおそらく五倍ではすまないだろう。それをわかっているのかいないのか、兄の口調には絶対の自信が感じられた。
「そっか。じゃ、絶対大丈夫なんだ。凄いね」
「だろ。オレさ、もう頑張ってさ……」
 私はそれを振り上げた。固く重い、金属バットを私は兄の後頭部に叩きつける。固いカボチャが潰れ、熟れたトマトが床に落ちたような音を立て、兄の頭が陥没する。私はそこにもう一度叩き込む。
 それでも兄はピクピクと指先を動かしていた。まだキーボードを打っているつもりなのかもしれない。私は両方の手の平を潰した。兄は完全に動きを止めた。
 バットが手から落ちる。私は兄に抱きついた。男の独特の体臭と汗と、そして血の臭い。
 ごめんなさいお兄ちゃん。悪いのは全部私なの。
 私がもっと馬鹿だったらこんな事にはならなかったのに。私がもっとお兄ちゃんを守って上げられたらこんな事にはならなかったのに。
 ごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、お兄ちゃんが絶望して、そしてまた見苦しい言い訳をするのを見たくなかったの。もういいよ、もう本当に嫌だよ。大好きなお兄ちゃんがこれ以上見窄らしくなるのは。
 だから夢を胸に抱いたままで、さようならだよ。少し勝手かもしれないけれど、でも私には耐えられそうになかった。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。大好きだよ、本当に。これからもずっと大好きだよ」
 私は力一杯兄を抱きしめた。




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