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【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 避難所2【厨二】
380
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/15(火) 00:50:21 ID:dw.fYwoM0
毅然と対応してくる冴院長に分が悪いという雰囲気のハラショー。さっきまでの彼であれば嫌味な言い回しで言い返したりしそうなものだが、不気味なほど大人しい。ラヴィヨン的にはややフラストレーションの溜まる展開だが、口は挟まないことにした。そうして次にハラショーが発した言葉は、ラヴィヨンが予測していた通りのものだった。
「では院長女史は『E・R・D・O』という文字列をご覧になったことはありませんか?」
「え? すみません、もう一度おっしゃっていただいても?」
「イーアールディーオーです」
「イー・アール・ディー・オー……」
直前にハラショーから聞かされた文字列だった。相当に重要なキーワードなのだろうと思ってはいた。この場でそれが出るのはやはり自然なことなのだろう。タイミングから察するにそれは「能力に関連して徒党を組みよからぬ企みを企てる連中」の団体名称か何かなのかもしれない。それにこの美人の院長女史が、ひいてはこの大病院そのものが関わっている、そういうことなんだろうか……そんな想像をめぐらしたラヴィヨンだったが、
「ふ、ふふ……」
「あァ?」
「ふふふ、ははは、はは、はははは……」
「院長センセ……?」
「あはっあはははは! ははっはははっあはははあははははあああははははははははは! はああお腹痛い! あはははははははは!」
当の院長女史は美貌を台無しにして笑い転げている。悪事を見抜かれて高笑い、という雰囲気ではまるでなく、ただただ無邪気にお腹を抱えて笑い転げている。あまりの崩れっぷりにラヴィヨンは勿論、ハラショーもただただ困惑するだけという感じだった。ひとしきり腹の底から笑い飛ばしたのち、荒い息を整えながら冴院長は居住まいを正した。
「はあ、はあ……す、すみません。お見苦しい姿をお見せしてしまって」
「あ、いやァ……」
「笑いのツボに入るとどうしても抑えが利かなくて……お恥ずかしい」
恥ずかしそうにまだ荒い呼吸をどうにか抑えようとしている姿は妙に色っぽい。さっきとのギャップにラヴィヨンは不覚にもどきりとした。しかし彼女の笑いのツボとはいったいなんなのだろうか。場合によっては悪い意味でクリティカルヒットになるだろうあの単語に見せる反応とは到底思えない。少し雲行きが怪しいかもしれない。ラヴィヨンは警戒した。
「ええ、その文字列ですが。見たことがあります」
「おや……あっさり認めるんですね」
「ええだって何も隠すようなことはありませんものフフ。なんなら正しい読み方を教えてさしあげます」
「正しい読み方?」
「それは『エルド』と発音するんです」
「エルド……」
呟いたハラショーはラヴィヨンに目配せしてきた。「聞いたことあるか」という問いと受け取り、目線で「いいえ」と返す。しかしやはり妙だ。立ち直った冴院長はずいぶんと余裕に見える。ハラショーからの事前の問いかけ、さらには車の中での彼の話にまで遡り、「ERDO」というのはバフ課が捕捉できていない新手の能力犯罪組織の名称か何かなのかもしれないと思った。だがそうであるならば彼女のこの朗らかな対応は一体なんなのか。本題に入った今口を挟むまいと思っていたラヴィヨンだったが、好奇心に勝てなかった。
「あの、院長センセ? そのERDOってのは、別に怪しい組織とかじゃないんスか?」
「フフ、全然違いますよ。だってERDOは私の妹が中二病をこじらせていた頃に作り上げた、いたって善良な一組織の名称ですもの」
381
:
名無しさん@避難中
:2019/01/15(火) 00:50:55 ID:dw.fYwoM0
投下終わり。
382
:
名無しさん@避難中
:2019/01/17(木) 02:31:27 ID:pGvjfhqc0
乙です。お、冒頭で出てきた玄河仁の身内ですね?
ERDOは設立当初とは変質している、とは何処かで出てきた気がしますが……発端が厨二病とはw
しかし、相変わらずハラショーの軽快な語り口が良いですね
>>373
どうもです。6〜8年前に楽しませてもらったからこそ、この作品にも繋がってる感じですね
最後の作品である可能性も、という事もあって、いっそ派手にと劇場版、スーパーチェリデ大戦と相成りました
数年ぶりに、ふと覗いた人へのサプライズぐらいに考えていたのですが、即行で見つかった思い出
383
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:23:38 ID:RIMcj3Mg0
17.『クリフォト』の力
バフ課を犯罪組織と見立てた、公安調査庁の介入。
想像だにしなかった、しかし確実に機能を停止させるだろう一手は、裏社会でも短時間で知れ渡った。
当然ながら、各組織は色めき立っていた。
もちろん能力社会の秩序を担う組織はバフ課だけではないし、表の組織もある。
しかし、今まで拮抗していたバランスが、明確に崩れた瞬間である事も確かだった。
今まで難航していた抗争や有益な能力者の拉致に、無法者たちは一斉に乗り出す事となる……
『オぉーう。こレは"両方"、叩キ潰す良ィ機会ですネェー』
しかしその最先鋒とも言える組織、ドグマはそのような凡庸な発想はしなかった。
ドグマ幹部、フェイブ・オブ・グールの一声によって、バフ課と『クリフォト』の闘争への介入が決定したのだ。
自分たちに対抗できる組織さえ潰しておけば、収穫など後からいくらでも出来る。
「相変わらず、フォグはやたら攻めた立案をするな」
「ドグマはどいつもこいつもイカれてるにゃ」
介入の先鋒として選ばれたのが、風魔=ホーロー。
および、それを監督する形で随行しているのが、ドグマ幹部の霧裂=ルローだった。
こちらは猫耳付きのパーカーを目深にかぶった少女で、そうは見えないが、かなりの危険人物だ。
ドグマの戦闘員が無差別にバフ課、『クリフォト』を問わず、攻撃を仕掛けている。
混沌とした三つ巴の戦い。ある意味、最も避けたい状況に陥り、両陣営は思わず顔をしかめていた。
「どうも収拾できそうにない展開に入りましたけど、ドグマの方々……
戦闘の落しどころとか考えてるのかしら」
「にゃっ! とりあえず全員、殺すかにゃ?」
ウンディーネの皮肉気な問いに対して、ルローの返答は実にシンプルなものだった。
別勢力が全滅すれば、戦闘は終わる。
最小の手間で最大の成果を、という戦術の原則を無視した殲滅宣言。
放水車の影響で、周辺に点在する水溜まりから、ウンディーネの能力によって水人形が次々と立ち上がる。
標的はバフ課から替わり、ルローに狙いを定めていた。
水人形がその腕を鞭に見立てて振り回す。その先端は音速に近く、岩石すらも砕く威力だが……
ルローの籠手からは三本の刀身が飛び出し、鋭い軌跡を描いて、水の鞭を薙ぎ払った。
384
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:24:43 ID:RIMcj3Mg0
「特に、お前を殺すのは大した手間でもないにゃ」
「今日は厄日ね。相性の悪い相手ばかり」
ウンディーネの水人形は通常、切られても突かれても影響はない。流体ゆえに、ただ通過してしまうのだ。
だが、ルローの『切り裂く』能力 の前には無力となる。
黒い霞、一種のオーラを通して、境界の意義を崩す事で物質を切断する。
つまり――原理上、物質が流動的だろうが、能力で形状が保たれていようが切断は可能。
水人形たちの形が崩れ、元の水へと還っていく。
一方で、ホーローはバフ課の面々に目星を付けていた。
実の所、ホーロー……風魔嘉幸はシルスクやラヴィヨン、バフ課の二班とは縁がある。
自分がドグマに加わった事件の際、傭兵組織イモータルに殺害されるはずだった両親を救ったのが彼らだった。
だが、すでに道は分かたれた。感傷の余地はない。
「まず一人、脱落だ」
「ちょ……」
第三勢力の介入によって、一気に危険地帯が変化していた。位置取りは生死に直結する。
ここで退きそびれた青年はラヴィヨン、二班の副隊長だった。
ホーローの昼間能力は『時間操作』、自分の周囲に限り時間の流れを変える事ができる。
改造人間の身体能力に加えて、能力による加速。いかに、修羅場を潜ったバフ課の人間でも、初見での対処は困難。
味方が援護する間もなく肉薄し、白兵戦に持ち込んだ。
躊躇なく、プラズマナイフを逆手から振り下ろし、肩口から突き立てる。
治療すれば死にはしないが、戦闘不能――確信した直後に、ホーローは異常な感触で、自身の失敗を悟った。
「っ! ダミーだと……」
ラヴィヨンの能力、『オートマタ』によって操作される、精巧なダミー人形。
戦況の混乱に紛れて、入れ替わっていたのだろう。
フォグも遭遇した事があるらしく、ドグマでも幾らか情報は共有されているのだが、まんまと嵌められた。
「はい、ストップ。非行少年なので補導、なんかじゃ済まない程度には、おいたが過ぎますね」
さらに影が差すように、唐突に死角から気配が露わとなる。
戦場には似合わない、軽い雰囲気で声を掛けたのは、三班副隊長、code:シェイド。
385
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:26:29 ID:RIMcj3Mg0
「影踏みによる拘束能力か……!」
体が思い通りに動かせない事に、否応なく気付かされる。
踏んだ影を介して、相手の動きを乗っ取る能力。シェイドが戯れるように手をパーにすれば、
ホーローの手もそれに従い、プラズマナイフが零れ落ちた。
カタンと刃が地を叩き、それがそのまま武装解除の証となった。
この能力の前には改造人間の身体能力も、時間操作による加速も無力だった。
「『ハンドレッドガンズ』発動」
続けて、三人目の副隊長、エンツァがホーローの視野の外から宣言していた。
ホーローを包囲するように、空中に百丁の銃が現れ、ただ一人に集中して銃口が向けられていた。
流れるような連携による完全包囲。いかに頑丈な改造人間とはいえ、全方位から射撃されれば、長くは持たない。
「くっ、"逆磁場"発動ォ!」
ホーローはやむを得ず、切り札を出した。追い込まれ、使わされたと言うべきか。
改造人間の機能として搭載された磁気操作でも、最大の切り札。
自身を中心に、周辺の磁性を持つ物質すべてを吹き飛ばす。もちろん、対策されていなければ銃器も該当する。
嵐のように、百丁の銃が弾き飛ばされ、影を踏んでいたシェイドも磁性を持つ武装を有していたのか、
体勢を崩したまま、弾かれた銃を叩きつけられ、そのまま転倒する。
追撃できそうな状況だが、それは断念する。まずはエンツァの制圧範囲から、逃れなければならない。
常人と比較すれば、かなり身軽に飛び退いて、ドグマ側の領域へと後退していく。
結果として得る物なく下がり、そのうえ"逆磁場"の反動よって二十四時間は磁気操作機能が停止してしまった。
「ヨシユキ、あまり突出するにゃ。こういう死地では出過ぎた奴から死ぬにゃ」
「ああ、そのようだ」
ナタネの運命レポートにより、『クリフォト』に対しては有利な戦力を用意できたが、
やはりバフ課でも隊長、副隊長格は難敵であり、同時に複数を相手にすれば、一方的に潰される可能性すらある。
より慎重を心がけて、ホーローは戦いに臨んでいた。
386
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:27:39 ID:RIMcj3Mg0
――――
バフ課のセーフハウス、上階の中庭にて。
一騎打ちに決着が訪れようとした瞬間、今度は爆発が両者を間で起こり、それを先延ばしにしていた。
「ちっ、しぶといガキだ。たしかドグマ幹部の能力だったか……」
流石というべきか、半ば反射で飛び退き、シルスクは無傷のまま舌打ちしていた。
一方で、爆発を起こした当人、アスタリスクの方は無傷では済まなかった。
「ハァハァ……!」
戦闘で消耗した結果、肺が痛む程に呼吸は荒れ、その利き腕は焼き爛れている。
咄嗟にコピーした能力で、自分の使っていた刃物を爆破したのだ。
現在、上階での戦場は建物から突き出た中庭、つまりは大型のバルコニーで外への視界は開けている。
ちょうど接近してくる、ドグマの軍勢と猫耳フードの少女、霧裂=ルローの姿が目に入ったので、
アスタリスクは彼女から夜の能力、『爆発させる』能力を拝借した、という次第だった。
ドグマの介入は予想外。『クリフォト』にも運命や因果の観測手段は存在しているのだが、
相手も同等の能力を利用しているなら、結果はジャンケンのようなものだ。
互いに手を出してみなければ、結果は分からない。
「……フォグもやってくれるね。これじゃ投入戦力とリターンが無茶苦茶だよ。
狂人というやつは手が負えない」
「世の中、思い通りに事が運ぶ方が稀だろうが」
アスタリスクがぼやけば、シルスクもわざわざ反論する気になれず、ただ当然の事実を述べた。
ドグマの介入を以って、バフ課と『クリフォト』の闘争は無様な消耗戦に突入した。
三つ巴になってしまえば、当初のプランは白紙になり、舵を取ろうにも状況が複雑すぎる。
ここからは、互いに犠牲を増やすだけの、勝算もリターンもないチキンレースだ。
唯一、ドグマはそれを辞さないつもりで、つまりは最悪、幹部すら捨て駒にする心算で介入したのだろう。
真っ当な組織では到底、付き合いきれない。それがドグマの恐ろしさでもある。
387
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:29:24 ID:RIMcj3Mg0
アスタリスクは一瞬だけ、太陽の位置を確認した。
もう大概、傾いてきてはいるが、まだまだ日没までには時間が掛かる。能力の昼夜変化は起きない。
「決着はお流れになりそうだけど、個人戦ぐらいは終わらせようか」
「死にたいなら、いちいち止めないがな」
嫌味でも挑発でもなく、そう言ってのける。
すでに片手を負傷し、体力も残り少ない。そんな相手を仕留め損ねるほど、シルスクは甘くなかった。
大方、部下の逃亡までの時間を稼ぐつもりだろう。
目前のアスタリスクを無視して敵の数を減らすべきか、それとも主要構成員を確実に仕留めるべきか。
シルスクが手短に思案したところで、それは起きた。
再度の爆発、今度はアスタリスクによるものではなく、そして大規模なものだった。
四班の武装を恐れて、上空で待機していた『クリフォト』の戦闘ヘリが爆破されたのだ。
破片が飛散するが、幸いというべきか、中庭に被害はなく、周辺にも一般人は居ない区画だ。
撃墜された訳ではない。何かが着弾するなどの前振りもなかった。むしろ内部から……
「あー、バカ高いヘリが……どいつもこいつも」
「不要だ。文明の利器など、圧倒的な力の前には無意味だろう」
会話内容から察するに、その男が内部から戦闘ヘリを破壊し、上空から落下してきたらしい。
浅黒い肌の中東系の男。礼服に身を包み、自身を完璧に整えた姿は、社交界に臨む富豪のようにも見えた。
戦場においては、あまりにも場違い。闘争ではなく、言論や経済での強者の出で立ちだった。
『クリフォト』幹部、バウエル。
未だバフ課が把握していない事柄ではあったが、水野晶の拉致でも姿を現した人物だった。
(無傷……なんだ、こいつの能力は?)
その異様さに、シルスクは戦慄を覚えていた。
搭乗していたヘリの爆発に、上空からの落下。それで傷どころか、礼服に埃一つ付いていない。
いや、とシルスクは冷静に訂正していた。
観察眼と鑑定士にも近い直感を有していれば、だいたいは推測できることだ。
すなわち、"無敵"と呼ばれる類の能力を有しているに違いなかった。
シルスクな能力者に対抗意識があるが、その一方で常人では勝てない能力も存在する、という事実を
嫌という程に悟っている。
388
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:30:39 ID:RIMcj3Mg0
「クエレブレッ!」
「おうよ」
選手交代、シルスクが即断すれば慣れた様子で、三班隊長クエレブレが前に出ていた。
シルスクにとっては忌々しい事に、クエレブレの『猛毒ガス』を吐く能力は無敵系の能力者相手への
切り札ともなり得る力だった。
いかに無敵といえども、空気を遮断してしまえば、窒息死してしまう。
そして――空気は酸素分圧が高すぎても低すぎても、人体にとっての"毒性"を有するのだ。
早い話、いかに無敵だの絶対防御だのを並べ立てた所で、呼吸に依存している限り、クエレブレはそれを突破する。
低分圧、短時間で酸欠に陥るように調整された空気が吐き掛けられた。
不可視にして不可避の猛毒――だが、バウエルはわずらわしそうに手を振っただけだった。
「バフ課の諸君――3という数字をどう思う?」
ただ無防備にバウエルが前に出る。
すかさず、ザイヤは四班に発砲を命じた。自動小銃から、無数の弾丸が放たれたが、それは礼服に触れた瞬間に止まり、
無害なまま中庭の床へと落ちていった。
アスタリスクはどこか白けた様子で、一方的な展開を見守っていた。
「あー、無駄無駄。『クリフォト』はね、集団としてはバフ課よりも弱いし、ドグマのような独立性もない。
表の組織に上手く寄生しないと立ちいかないんだ。でもね、表裏どの組織よりも強大な力を持っている」
なぜなら、狭霧アヤメのような、フェイブ・オブ・グールのような、あのフォルトゥナのような――
一人で世界を敵に回しうる能力者が複数在籍しているからだ。
もちろん、そういった能力は人格形成にも大きな影響を与える。通常、彼らが群れる事はあり得ない。
だが――"彼女"を通じて、『クリフォト』は能力がもたらす破滅を知っているのだ。
「バウエル――彼は僕やウンディーネのような、単なる便利能力とは違うよ?」
もはや集団戦の体を成してはいなかった。
礼服の男、バウエルが現れた直後から『クリフォト』側の戦闘員は、バフ課から距離を置き、一人に任せている。
結果的にバフ課は、バウエル一人に戦力を集中させる事ができたが。
だが、それが意味する事とは、つまり……
389
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:32:39 ID:RIMcj3Mg0
「私はね、3とは最も神に、あるいは自然に愛された数字でないかと考えているんだ。
例えば、立体は三次元によって成立し、面は三つの点から成立する。
時間さえ、過去と現在と未来の三つに分割される」
シルスクが駆け出した。無敵系の能力者を相手取る時は、とにかく何らかの穴を探すべきだ。
いくら無敵といっても、それが完全であるとは限らない。
むしろ、突破口を隠して、完全であると装っている場合も多いのだ。
まだ、非能力の近接攻撃は試されていない。全力で刃をバウエルの首筋に叩きつける。
「クッソ、化け物が……!」
十二分に手応えがあったにも関わらず、ナイフの刃は皮膚に触れただけで通らなかった。
傷一つ付けられないまま、刀身がバウエルの浅黒い皮膚を滑った。
ならば、全ての凶器を無効化する、という仮説ならどうか。毒ガスも銃も刃物も効きはしないだろうが――
シルスクは素手、貫手でバウエルの片目を打ち抜いていた。
一片の躊躇なく、確実に失明させる威力で突こうとし……そして、やはり通らない。
バウエルは目が抉られようとする瞬間も、瞬き一つせずにシルスクと向き合っていた。
当然、何をされようと自分は無事であると確信している様子だ。
「そろそろ、大まかに私の能力が見えたのではないかな?
地上、水中、空中――この三つに属する全要素から無敵となり、それらの再現すら可能となる能力!」
傲然とした態度で、本来は秘するべき己の能力を暴露。しかし、失笑できる者は一人も居なかった。
つまりは事実上、地球上では無敵かつ万能の能力であるという事。
「シルスクッ! そいつから離れろ!」
クエレブレが叫ぶが、手遅れだった。
バウエルとシルスクを中心に、大気が速く激しく渦巻いていく。局所的、極めて強い上昇気流。
つまり"空中"に該当する事象、竜巻をバウエルは再現して見せたのだ。
「すなわち『三界制覇』」
それは能力名の宣言か。なんにせよ、能力の直撃を受けたシルスクが辿った運命は悲惨だった。
気流によって全身が吹き飛ばされ、中庭の床に二度も強打した後に、最後には空中に巻き上げられたのだ。
衝撃で意識が朦朧したまま上空に放り出され、本来なら死は確実な所だが、
悪運というべきか、たまたま居合わせたバフ課の人員が能力も駆使して保護していく。
390
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:35:49 ID:RIMcj3Mg0
同僚の無事を確認してから、四班隊長ザイヤは部下に続けて、指示を飛ばそうとしていた。
「鎮静剤は――」
「無敵なうえ、なんでも有りの化け物にどう投与するんだ? いや、そもそも『人間の攻撃』自体が効くのか?
俺たちは地上に生きる生命体だろ」
対して、クエレブレが絶望的な現実を提示する。そう、もはやこのバウエルを倒す術はない。
まともにぶつかっても、いや策を巡らした所で、待ち受けるのは全滅でしかない。
ここで部下の命を預かる隊長がすべき決断は――撤退しかなかった。
「バフ課の諸君、恐れないで欲しい。君たちは痛めつけられる事もないし、絶望を味わう事もない。
ただ――自然の摂理として、一瞬でこの世から消え去るだけだ」
勝手な事をバウエルはしゃあしゃあと述べていたが、尊大な態度からして本気なのだろう。
「うへぇ」と思わず、クエレブレは呻いていた。なんでも出来て、無敵の能力というのは、一度は憧れるものだが、
これほどまでに人の精神を歪めてしまうなら、はっきり言って願い下げだった。
「はぁ……こんな派手な事したら、各組織にバレる……というか、確実にドグマは見てるだろうし、
それにUNSAIDにもドグマにも一応、君を殺す手段がある事、分かってる?」
「お前の夜の能力を晒すよりはマシだと判断した」
何気ないやりとりを、ザイヤは脳裏に深く刻み込んでいた。
バウエルを倒す手段は実在し、そしてアスタリスクにも何らかの機密情報があるらしい。
改めて、バウエルはバフ課の面々に向き直ると宣言していた。
「さて、こちらは何でも有りだが、どのような体験をしたいかな? もっとも昼は現象に限られるがね。
例えば――直下型地震というのはどうだろう。この建物が耐えられるか、見物だと思わないか?」
「バウエル、僕はいいけどウンディーネは巻き込まないようにね?」
やはり本気なのだろう。そして、平気で味方を巻き込み得る。意志を持った災害のようなものだ。
『クリフォト』の戦闘員は、アスタリスクとバウエルだけを残して、次々と滑空機(グライダー)を回収し、
バフ課のセーフハウスから退避していく。
「クッ……code:クエレブレから全班員に通達! 施設の倒壊に備えろ! 戦略級能力者の攻撃が来るぞ!」
数秒と経たずして、施設を最大級の震動が襲っていた。
チェンジリング・デイ後に建造された事もあって、十分な強度を有していたのだが、それでも震源が真下という
例外的な状況では限界がある。
まるで巨人にも揺さぶられたかのように建物は振り回され、強靭な壁には容易く亀裂が入り、砕け散っていく。
ただ一人の能力者によって、バフ課のセーフハウスは瓦礫の山だけを残して崩壊していた。
391
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/20(日) 23:39:29 ID:RIMcj3Mg0
集団としてはバフ課に押されつつも、『クリフォト』の脅威と性質は描けたでしょうか
劇場版ボスのスペックは伊達じゃない
ここから、ちょっと小話を挟んで、陽太編に戻る感じです
ウンディーネさんは相性が悪いとは書いたけど、副隊長三人はだいたい誰がぶつかっても厳しい気がする
補足
霧裂=ルロー
リンドウ編より登場。寝巻のような猫耳フード付きの服を着ている、と見せかけて、本物の猫耳少女。
ホーローと同じくルジ博士の改造人間であり、瞳も耳も本物の猫と同様のものらしい。
昼は『切り裂く』能力、夜は『爆発』させる能力と、どちらも戦闘向け。
脱獄囚かつドグマの幹部なだけあって、かなり物騒な性格だが、意外に常識的な面も。
バウエル
能力が判明したので、改めて紹介。『クリフォト』の幹部、中東系の特徴が見られる男性。いつも礼服を着ている。
中東から欧州にかけて、生ける災害として闊歩している怪物。国連からも注視されていたが、ふと消息を絶ち……
『三界制覇』という地上、水中、空中の三つに属する要素から無敵、再現も可能というインド神話みたいな能力を持つ。
デメリットは未確認だが、一種の人間性を喪失する事が反動ではないかと推測される。
かなりチートなだけあって『クリフォト』でも三番目か、四番目ぐらいの強さ。
392
:
名無しさん@避難中
:2019/01/24(木) 17:37:58 ID:WhfXx28o0
バウエルつっよ……対抗策はなんだろうか
『3』に対するこだわりは面白いですね。実際『三大〜』がいろいろあったりなぜか三位までメダルもらえたりするもんなあ
本人的にもバウエルは三番目の強さでいいんじゃないでしょうかwこれで三番目ってのも恐ろしいけど
で私も投下。能力対能力の熱いせめぎ合いは他の方にお任せして、私の話は常に淡々と進行します
393
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/24(木) 17:39:19 ID:WhfXx28o0
「ねえハラショーさん。結局今日一日ってなんだったんスかね」
「あァ?」
「あァ? じゃねえっスよ。『ERDO』って結局怪しい組織でもなんでもなかったじゃないっスか」
「あァ……」
「院長センセあんなに笑い転げちゃってさ。あれあれっスよ。妹さんの中二病時代を思い出したってのもあるんだろうけど、それに踊らされた僕らのアホっぷりがツボってたんスよ。絶対そうっス」
「はあァ……」
「ERDO」なる正体不明の文字列に対する笑撃的事実を突き付けられたのち、ラヴィヨンとハラショーの二人は特にこれといった手応えもないままにバフ課六班執務スペースへと帰還していた。今は出動前にハラショーが寝ていたソファに腰かけて議論とも言えないような議論を戦わせているところだ。根が素直なラヴィヨンは冴院長の言葉をそのまま受け取り、情けないようなこっ恥ずかしいような気持ちになっている。あれだけ爽快に笑い飛ばされたのだから、そこに何か別の意図なんてあろうはずもない。そう考えるのは自然なことだろう。もちろん全ての人間がそうかと言えばそんなことはあるわけもなく。
「バカって生き物はこれだから困るゥ。なんでそんなバカ正直なわけ? バカだから? にしても正直すぎやしないかいラヴィくんは」
「この期に及んでまだそういう言い草っスか。中二妄想の産物をバカ正直に本物と思い込んだバカはどこの誰なんスかね」
「あのねラヴィくん。なんで君は素直に中二妄想って話を信じちゃってるんだい? 今の時点じゃこれはまだあの院長女史が言ったってだけのことなんだぜ? 院長女史が嘘ついてるかもしれないだろうがよォ。それとも何か? ラヴィくんは美人は嘘なんてつかないとか思ってる夢見がちな男のコなんかい?」
「ナメないでほしいっスね。ハラショーさんはあれが嘘言ってる態度に見えたんスか? 院長センセ、心の底から気持ちよさそうに笑ってたっスよ」
ラヴィヨンとしてはこれが現在の正直な感想だった。あの時の冴院長の破顔っぷりは間違いなく本物に見えたし、何より彼女は結局終始落ち着いていた。「ERDO」というのが何か不都合な真実をはらんだものなのであれば、あんなに堂々としてはいられないだろうと、ラヴィヨンは思うのだ。そんなラヴィヨンの考えをすべて見抜いているかどうかは定かでないが、ハラショーは面倒くさそうな顔のまま、二人の前に置かれた業務用PCに手を伸ばした。
「出る前にきちんと説明しなかった俺にも悪いとこはある。そりゃわかってるさァ。今更になるが、ちょっと聞いてくれやラヴィくん」
「え? あ、はあ」
「まず、ネットの検索エンジンに『ERDO』って言葉を入れてみる。したらどうなると思う?」
「え? あ、ん? うーん……」
また予想していない展開になって、ラヴィヨンは挙動不審になった。それをよそにハラショーがたんたんとキーボードを操作する。
「答えはこう」
「あれ? なんかたくさんヒットしてる?」
「なんでこういうことになるかわかるかい?」
「そりゃあ……ネットの世界で『ERDO』って言葉がしょっちゅう使われてるから……っスかね!?」
さっぱり見当もつかないので半ばやけくそ気味に答えるラヴィヨン。だがハラショーの反応は意外なものだった。
394
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/24(木) 17:40:09 ID:WhfXx28o0
「だいたい正解」
「え、当たりっスか」
「ERDOって文字列はなァラヴィくん。『Exa Research and Development Organization』、の頭文字を取ったものらしいんだなァ」
「え? ハラショーさん、正式名称知ってたんスか?」
「知ってたわけじゃないよォ。ただそれが一般的ってだけさ」
「一般的? ハラショーさん何言ってんスか?」
「さてラヴィくん。この正式名称についてどう思うかい?」
話をぐいぐい進めるハラショーはまたも一方的に問いかけ。ただ今回は難しくはない。別に正解があるわけではないタイプの問いだ。ラヴィヨンは思ったままの印象を口にする。
「んー……正直、ガキっぽい感じがするっスね。『オーガニゼーション』って『機構』って意味なんだーとか知りだしたくらいの知識でつけた感じっていうか」
「おほォいいねェ。ラヴィくんも感性がまだガキなのかもなァ」
余計な一言を付け足しつつも、ハラショーも我が意を得たりという顔でうなずいた。
「中二病がネタで済んだのはもう昔の話。いまや中世ヨーロッパを席捲したペストに匹敵するレベルの厄介な病気って扱いになってるよなァ」
「よくわかんないけど絶対そこまで大ごとじゃないっス。無意味に尾ひれつけなくていいっス」
「あ、そう? ま何が言いたいかってーとォ。この『ERDO』に限らず、適当にそれっぽい単語やら文字列やらネット検索にかけてみりゃこうやってポコポコとクッサそうなURLが引っかかってくる、今はそういうのが珍しくない状況になってるってこったよ。例えば……」
そう言ってハラショーはまたたんたんと軽快にキーボードを叩いた。入力した文字列はラヴィヨンもよく知っている組織の名前だ。
「ほーら。『DOGMA』でもこんだけわんさか頭悪そうなホームページが出てくる始末だァ」
「これは……どういうことなんスか」
「簡単な話だよォ。『ドグマ』って名乗ってる正体不明の組織は、”あの”ドグマだけとは限らないってことさァ。少なくともネット上においてはな」
「んんん……?」
「まより正確に言うならネット上ってよりは『全人類の個々人の頭の中』においてはってところかァ。他にも例えば『スティグマ』『ユーアンゲリオン』『アポカリプス』に『ラグナロク』やら……特殊な能力が現実のものになっちまったこのご時世、こういう中二病罹患者が好きそうな単語を検索してみるとなかなか笑える結果が返ってきたりするんさ。ま大半は一時の気の迷い若気の至り、けど、そういう中に……」
またひとつ面白い発見があった。中二病という病気が抱える複雑で面倒な一面を垣間見た気がする。ハラショーの示唆はつまりこういうことだ。ネット検索でいくつもひっかかる、正体不明の組織を思わせる怪しげなサイト群。それは特殊能力の発生によってより普遍的かつ顕在的に拡大している中二病妄想の、その発露の一形態である。
『朱き蒼空(そら)より賦(おと)されしこの異能(つるぎ)……これこそ新秩序を意思する新たなる教義【ドグマ】ッッ!!』
『眸(まぶた)に焼き付けるがいい……天の代行者たる証……我が身に刻印(しるされ)し堕星(ほし)の聖痕【スティグマ】をォォォッッ!!』
『斯くして福音【ユーアンゲリオン】は来訪せり……其がもたらすは安寧(みらい)か、混沌(しゅうまつ)か……ククク……』
そんな熱い血潮を抑えきれず、彼らはネットにその妄想をさらしたりもするのかもしれない。排他的なくせして自己顕示の塊でもある彼らだから、それぐらいの行動に出ることはさほど不思議ではない。かくしてこういった彼らが好みそうなワードを含む組織は日々この国のどこかでぽこっと湧き出、バフ課に捕捉されることなく細々と活動し、小慣れてない感の否めないホームページを開設し、大半は中二病の自然治癒とともに黒歴史として忘れ去られ、あか抜けないウェブだけがネット上にいつまでも残されるという図式が、ラヴィヨンの中でいたって整然と思い描かれた。
395
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/24(木) 17:40:35 ID:WhfXx28o0
「そうか……妄想レベルでしかない『ドグマ』って名前の組織がいくつもある中で、あの”本物の”ドグマも間違いなく存在してる……」
「そう、それよラヴィくん。もう笑い話にもならないが、俺がさっき上げたような単語を冠するサイトも実際複数引っかかる。ほとんどは一見してただのガキのお遊びってわかる程度のもんだァ。だが全てがそう、百パーセント無害と断定しきれないもんもある」
「じゃあハラショーさん的には、『ERDO』も同じようなもんだと?」
「ラヴィくんの言う通り、院長女史の反応は爽快だったさァ。ただ俺的には、院長女史は『ERDO』って単語についてのネットの状況を知っていたのかもしれない。『ドグマ』とかほど直接的じゃない分数はがくんと減るが、それでも意外に多くのサイトが引っかかるからなァ」
目の前の端末にもう一度『ERDO』を入力する。隕石災害以前から存在するらしい海外の機関のページを除くと、『秘密結社:特殊能力研究開発機関』やらと銘打たれたアレな臭いのするページがいくつか返ってくる。ネットに堂々とページ持ってる時点で秘密でも何でもないじゃんと、ラヴィヨンは突いてはいけない中二妄想の矛盾点を心の中で指摘した。ついでにハラショーが『ERDO』の正式名称の知識を持っていた理由もわかった。単語がそのまんまだ。
「『ERDO』が妹君の中二時代の黒歴史だってのはおそらく真実なんだろうなァ。だからこそあんな反応だったしそれなら院長女史は確かに嘘はついちゃいないことになる。だがそれで納得して引いてちゃ六班の人員は務まらないよォ」
「まあ僕六班の人間じゃないんスけど。でもちょっとわかったっス。院長センセ、目先をずらして上手いことかわしたのかもしんないってことなんスね」
「その可能性はあるねェ。ま、今日のことで向こうは俺ら二人を取るに足らないボンクラコンビって認識したはずさ。警戒は多少緩むだろうよォ」
「それなんか複雑っスけど……あ、せっかくなんで他にも聞いていいっス?」
「お、好きな女のタイプとか聞く時間かい?」
「一切興味ねえっス」
「体がエロければ他はあんまり気にしないかな。ヤれればそれでいいし」
「だから聞いてないってば! つかクズ男っぽいっス!」
「マジメな話しすぎて疲れたよォ」
ぐったりした雰囲気でのたまうハラショー。ただのフリであることを見抜き、ラヴィヨンは強引に話を続ける。実際まだ引っかかる点は残っているのだ。それはこの機会にクリアしておきたい。
「あの玄聖会って病院と『ERDO』との繋がりを疑う理由はなんなんスか?」
「あァ……いい質問ですね」
「小ネタはいいっスから」
「あ、そう? ま、それに関しちゃ現状は具体的なものがあるわけじゃない。ただあの病院の運営母体である社会福祉法人玄聖会に不審な点がちらほらあるってところだァ」
「不審な点」
「これは法人の登記とかの話になるからバカには難しいんだが……ラヴィくん、『夜見坂』って学校聞いたことあるだろ?」
「あ、はあ。能力開発をがんばってるとこっスね」
「ざっくりだなァ……その夜見坂なんだが、運営母体はあの病院と同じ、社会福祉法人玄聖会だってことは知ってるかァ?」
「そこまで知るわけねえっスよ。まあ意外な繋がりっスね」
「ここで大事なのは、もともと社会福祉法人は中学高校の運営はできないってことだァ。だから別法人をたてて別々に運営してたりする例はもちろんある。でも玄聖会と夜見坂についてはそうじゃない。完全に同一法人だ」
「全然ピンとこないんスけど……なんか悪いことしてるってことっスね!?」
「と思わせといて実はそういうわけじゃないんだが……」
「ないんスか!?」
396
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/24(木) 17:41:16 ID:WhfXx28o0
いきなり話が難しくなってきたのでラヴィヨンはやけくそ気味になっている。法人登記とか言われてもなんのこっちゃだし、社会福祉法人と学校法人の違いなんてわかるはずもない。ハラショーもそれはわかっていたらしく、すぐに別の論点を出してくる。
「それと、あの病院にはどうにもムダに見える妙にでかい土地がある。一応全体が病棟ってことにはなってるらしいが」
「確かにあんなでかい病院見たことなかったっス。建物がいくつも並んでて」
院長に笑い飛ばされて二人肩を落として帰る時の話だ。一度外へ出て病院の外見を確認した。白い巨塔という言葉があるが、玄聖会病院の外観は白一色ではなく黒を多用したシックな見た目をしていた。そしてラヴィヨンの言葉通りそれがいくつも並んでおり、どこまでが病院の敷地なのかは上空から見ないとわからないくらいだ。
「うちらのこれまでの調査から、あれ全体が病院として機能してるわけじゃないだろうってのが確度の高い推測だァ」
「なるほどね……研究・開発っスか」
「直接結びつけるにはあまりに根拠が薄いがねェ。だが玄聖会はどうにも怪しい。たぶんラヴィくんもう一個聞きたいことあるんだろうが、それ絡みでやっぱりあそこは怪しいのよォ」
「あの週刊誌。それっス」
まさにラヴィヨンが聞きたかったものを、ハラショーは暗に催促した。リュックにしまっておいたあれをごそごそと取り出し、目当てのページをスムーズに開く。
「この記事は実は結構前、四ヶ月くらい前に出たもんなんだ」
「へえ」
「こういうのは当然ちゃんとした裏取りとかして出すもんなんだが、こんな低俗週刊誌にそんな常識は通用しない。記事に出てくる関係者ってのが本当に病院関係者なのかはよくわからない」
「え、じゃ全然アテにならないじゃないっスか」
「ただ、一応ちゃんと記事書いた責任者の名前は明記されてんだァ。そして過去の別の記事見る限り、こいつは自分が書いたネタについてきちんと続報を書き続ける程度の責任意識は持ってたらしい」
なんとなく次の言葉が読める気がする。そう思いながらも、ラヴィヨンは黙してハラショーの発言を待った。
「このネタについてはなぜか続きが一切ない。この一回きりだァ」
「ちょっと寒気したっス」
「三班隊長の毒の兄さんいるだろォ。あの人、表の知り合いに週刊誌に携わってる人間がいるらしくてなァ。この辺何か知ってることないか聞いてみたんだわ」
「あの人自身こういう雑誌好きっスからね。でも週刊誌なんて山ほどあるのにそんな」
「それが本は違うんだが会社は同じだったらしくてよォ。その記事が出たのとだいたい同じ頃、異動になったライターがいたらしい。直接関わりなかったから名前は知らないと言ってたそうだが、時期的に見てこの記事のライターの可能性はありそうだろォ」
「異動っスか。消されたとかかと思ったっス」
若干拍子抜けするが、いやいやそのほうがいいんだとすぐに思い直す。同時にハラショーと三班隊長code:クエレブレが仲良さげに話している姿を想像して少し和んだ。
「ま、結局今は死んでるけどねェ」
「うええ!?」
「最近のことらしい。これも毒兄さんから教えてもらったんだがね」
「やっぱり消されたんスか!?」
「残念ながらと言っていいのか、不審な点は一切ない死だったらしいわ。すでに事故死で処理されて決着してるし、そこは追いかけようがないねェ。そもそもすでに手引いてる人間をわざわざ消すことに何かメリットがあるかねェ」
「もう一度記事を書こうとしたとかあるんじゃないスか?」
397
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/24(木) 17:41:45 ID:WhfXx28o0
即座に反論したラヴィヨン。返されたハラショーは一瞬驚いたような顔の後、珍しく純粋に嬉しそうな表情になった。
「そのセンは大いにありだなァ。ま本人が死んじまってる手前、その辺確認するのは難しい。でもどうだい? 少しはラヴィくんも、あの美人の院長女史を疑う気にはなったろォ?」
「そうっスね。ちゃんと先に説明しといてほしかったっスけど」
「そんな時間なかったんだよォ。日の出てるうちに院長に接触する必要があったからなァ」
この言葉の含意をラヴィヨンは的確に読み取った。能力絡みの時間制限があったということのようだ。
「せっかくだラヴィくん。俺の能力片方見せてやるよォ」
「え、今っスか。でももう能力切り替わってるし」
「そう。だから夜間能力をさァ。そのために日中に接触したんだよォ」
「どういうこと?」
「まあまあ。楽しいぜェ俺の能力は。美人院長のプライベートが丸裸さァ」
「えええ!? そんなこ――っていやいやいやハラショーさん!? 何をしてるんですか!?」
驚きのあまり普通の丁寧語になってしまった。それをよそにハラショーはおもむろにシャツを脱ぎ、肌着のランニングも脱ぎ捨てて上半身裸の姿になっている。その体はまったく引き締まってなどはおらず、ひょろひょろと頼りないシルエットだ。彼がいかに暴力と縁のない仕事をしているかがうかがえる。
「あ、そういえばラヴィくんホモの気があるって聞いたなァ。もう、欲情しないでくれよォ」
「断じてしねえっス! だいたいあれデマっス!」
「あ、そう? そういうことにしとこうかァ。さてとUSBUSB」
「なんで脱いだんスか……」
「仕方ないだろ俺だってヤだよォ寒いしよォ。でもほら、ここにコネクターがあんだからしょうがないだろうが」
「何アホなこと言ってんスかただの乳首じゃないっスか! ……って、あれ?」
ハラショーが指さすは彼の左乳首。嫌々ながらもまじまじ見てみると、そこは不自然に、無機的にへこんでいる。その部分だけ小さなPCパーツを埋め込んだようになっていて、いたって健全な右乳首との差異は明らかだ。
「ここ、USBがささるんスか……?」
「そう。TypeC規格限定でねェ。まったく驚いたよォ。男はぶっ挿すのが仕事だと思ってたのによ」
「で、USBぶっさすとどうなるんス?」
下ネタをスルーしつつ、純粋な好奇心から問う。多くの能力に遭遇してきたラヴィヨンだが、こんな風に体の一部を機械化してPCなどとの接続を可能にする能力なんてものは目にしたことがなかった。そんなラヴィヨンをよそにハラショーは「ふうう」と息を整えつつ、ぶっさす態勢に入っている。
「あふんっ」
「変な声出さないでほしいっスキモチワルイ」
「仕方ないだろ結構痛いんだよこれェ」
「え、そうなんスか。不憫っスね」
「心こもってないなァ……」
「で、こっからどうなるんス?」
おそらくPCのほうに何か変化があるのだろうと、画面をのぞき込むラヴィヨン。ハラショーがマウスを操作し、PCのドライブ一覧を開く。するとそこには見たことのないドライブが出現していた。
398
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/24(木) 17:42:15 ID:WhfXx28o0
「『デキる男ハラショー』。なんスかこれ?」
「これが俺のドライブだよォ」
「ひでえ名前っス。で中には何が入ってるんスか?」
「はいはいそう慌てなさんなァ」
ドライブを開く。すると直下にはいくつものフォルダが並んでいる。それらにはすでに『院長女史』『受付の姉ちゃん』『患者のババア』と言ったいかにもハラショーっぽい名前が当てられている。ここまで見てもラヴィヨンには、ハラショーの能力の全体像が掴めなかった。「お試しだァ」などと言いながらハラショーは『ラヴィくん』という名前のフォルダを開く。中にはひとつの動画ファイルがあった。
「ラヴィくんにとっちゃ見覚えのある映像だろうがなァ」
「これ……じいちゃん!?」
「なるほどなるほどォ。ラヴィくんのじいさんはご健在かァ。でも入院してんだねェ」
「じいちゃんが飯食ってる! んん? これって確か昨日の……ちょ、ねえ! これなんなんスか!?」
「まじいさん見ててもしょうがないや。さてさて次はお楽しみかなァ」
ニヤニヤと気持ちよくない笑みを浮かべながらハラショーは、『受付の姉ちゃん』のフォルダを開き、動画ファイルをクリックする。途端彼のテンションはうなぎ上った。
「おおっとラヴィくん! 風呂だよ風呂ォ! いきなりクライマックスだねェ!」
「ちょっ!? なななな何してんスかこれ!?」
「だから風呂だって! おおおあの姉ちゃんやっぱ思った通りいい体してんじゃないのキヒヒ」
「いやいやいやいや! ストップ! ストップっス!」
マウスを奪い取り映像を停止する。ハラショーの凄まじい抵抗にあい軽い格闘戦になるも、腕力ではラヴィヨンの圧勝だ。すぐに決着がついてほどなく再生は止まった。無駄に疲れてがっくりのラヴィヨン。乳首にケーブルをさしたまま、生きる希望を失った顔でがっくりのハラショー。六班の他の人員たちはそんな二人を多少気にしながらも、それぞれの仕事を黙々と続けている。
「ハラショーさん……すんなり教えてくださいよ。なんなんスかあんたのこの能力」
「クッ、やめておけ……知らない方が身のためさ。知ればお前も俺と同じ――」
「そういうのいいっスから」
「ノリ悪いねェ。説明するの難しいんだよこれ。君んとこの隊長さんとか、能力に対する洞察力凄まじいって聞いたぜェ。ラヴィくんはそうじゃないのかい?」
「隊長のあれは特異体質っスよ。比べないでほしいんス。まあ、たぶん『前日の行動を盗み見る』みたいな能力なんだと思うんスけど」
「ほとんど正解だねェ。ちゃんとわかってんじゃないの」
と言いつつもハラショーは多少訂正の説明を続けた。
「正確には『盗み見る』んじゃなく視界そのものをジャックしてるっていうのが正しいなァ」
「プライバシー侵害はなはだしいっスね」
「その分便利だろォ? 時間差がある分間接的にはなるが、監視カメラを直接相手の目ん玉に埋め込んだみたいなもんだしなァ」
「映像の鮮明さにブレがあるのはどうしてなんスか?」
「……ラヴィくんなかなかよく見てるじゃないの」
ひとつ前に見たラヴィヨンの視界映像と受付の姉ちゃんのとでは、ラヴィヨンのもののほうが映像が鮮明だった。少なくともラヴィヨンにはそう見えたのだが、一般人が見てもすぐには感じないレベルの差異でもあった。この辺り、ラヴィヨンもただの童顔青年ではない。
「ま、その辺はおいおい説明してやろう。概要がわかってりゃ、今やることはひとつだろォ?」
「もちろんっス。院長センセの視界映像を確認するんスね」
「その通り。じゃあ早速」
「ってそれはさっきの受付のお姉さんの映像っス! あっうわわ!!」
399
:
名無しさん@避難中
:2019/01/24(木) 17:45:16 ID:WhfXx28o0
投下終わり。そしてこの人のキャラ紹介
code:ローグ(自称:ハラショー)
本名は原田昇市。バフ課六班一般隊員で、年齢は三十代半ば。外見的特徴が非常に乏しく、三日会わなければ忘れてしまうような当たり障りのない容姿。それゆえどういう場所場面にいてもすんなり溶け込んでしまえるカメレオン的な人間。「ごろつき」の意味のあるコードネームを気に入っておらず、「ハラショー」を自称する。特にロシアとの繋がりはない。
《昼の能力》
近日公開
《夜の能力》
視界追従レコーダー
【意識性】【具現型】
ハラショーが昼間能力発揮中に接触したすべての人間の、その前日の「視界」を盗み取って読み出す能力。「接触」の定義はハラショーが日の入りまでその相手をきちんと記憶しているか否かで、必ずしも言葉を交わしたりする必要はない。ただ記憶が強固なほうが映像は鮮明になる。また夜間能力ながら夜に接触した人間にはまったく効力がないため、おそらくこの能力は昼間能力ありきのものと思われる。読み出しはハラショーの体に直接USBケーブルを接続して行われ、そのために夜の間ハラショーの左乳首がUSBコネクターに変異する。リバウンドらしきリバウンドはほぼないが、乳首がUSBコネクターになってしまうこと、挿し込む際痛いこと、そして絵面がかっこ悪いことが挙げられる。
400
:
名無しさん@避難中
:2019/01/28(月) 00:21:55 ID:ywdWxABo0
この世界、『クリフォト』も恥ずかしいサイトがたくさん引っ掛かりそう(黒歴史生産中)
能力社会の事情を、あれこれ考えるのは、やっぱり楽しいですよね
というか、ドクトルJもそうだけど能力のセンスが凄い
視界ジャックは思い付いても、そこから身体を電子機器と接続して出力するのは思い付かないですね
でも、絵面がかっこ悪い……
401
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/01/28(月) 00:23:34 ID:ywdWxABo0
18.世界の流れ(前編)
そこから先は戦闘どころでは無かった。
ドグマは混戦の中、予期していた分は優勢に進めていたものの、さらなる混沌に上書きされた形だ。
戦略級能力による施設の倒壊。および、それに伴う周辺への被害。
想定以上の被害者を出しながらも、ドグマの部隊は撤退していた。
チェンジリング・デイによる人口減、その影響を被って徐々にゴーストタウン化した地区なだけあって、
地震攻撃による民間人への被害は出ていないが、建造物崩壊によるインフラへの影響は甚だしい。
瓦礫に埋もれた道路を時には乗り越え、時には迂回し、ドグマの面々は順調に離脱していく。
「アレはナタネの運命レポートにも無かったぞ」
「建物ごと、ぶっ飛ばされるのは想定外にゃ……でもみゃあ、能力戦では甘えた事も言ってられないにゃ」
『クリフォト』に所属するバウエルについて、ホーローとルローは語り合っていた。
もっとも運命レポートが完璧でないのは、いつもの事であり、ドグマは強力な能力の保有者を狙っているため、
その類の能力で損害を受ける事も、十分にあり得る事だ。
周囲に部下たちの姿はない。いくら、バフ課が公権力の繋がりを剥奪され、追われている状況とはいえ、
表社会やたの治安組織の眼もある。
集団は目立つため、偽装したうえで、分散して帰還するのがセオリーだった。
そこで、一陣の風が吹いていた。単なる突風ではない。
最悪レベルのハリケーンが再現され、周辺の瓦礫を軒並み吹き飛ばし、呑み込んでしまったのだ。
地形に対して、この影響力。もちろん巻き込まれた個人など、ひとたまりもない。
「っ!」
改造人間である二名は、かろうじて着地すると八方に飛散する瓦礫を回避していく。
絶え間なく大質量のコンクリート塊が飛んでくる状況など、戦車を要した軍の的にされているのと変わらないが、
ルローが『切り裂く能力』によって、地面を切り開き、即席の塹壕(ざんごう)を作った。
必死の思いで、大地の亀裂に身を隠せば、残りの瓦礫の砲弾は頭上を通過していく。
(次元が違う……! 並の組織なら、あれ一つで壊滅しているぞ!)
ルローの機転にも舌を巻いたが、やはりバウエルが持つ規格外の能力が目立った。
大規模な自然災害を立て続けに引き起こしているのだ。
402
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/28(月) 00:24:12 ID:ywdWxABo0
「やはり風はいい。地上なら最速で秒速百メートル前後、自動車のような金属の塊より余程優れている」
嵐が止んで、ホーローとルローが塹壕から顔を出せば、そこには礼服に身を包んだ、中東風の男が立っていた。
まるで、豪華な別荘で何気なく立ち上がったような、戦闘中とは思えない物腰だった。
それでも、あの風を利用して、飛行してきたらしい。
その姿には傷どころか、汚れ一つ付いていない。自身の能力はもちろん、バフ課と交戦してさえ、この状態。
バウエルに"無敵"に近い能力が備わってる事を察するのは、難しい事ではなかった。
「ルロー、俺に合わせてくれ。日没まで時間を稼げれば勝機はある!」
ホーローが地表に立てば、藍色のマフラーが嵐の残滓を受けて、揺らめいた。
日が落ちれば、ホーローの夜間能力『能力を否定する能力』が発動する。
いかに強大、無敵といえども、それが能力に依存した力であれば、勝機はある。
にゃ、とだけ呟くとルローも隣に立って、バウエルと対峙した。
そこへバウエルは無慈悲に片手を向けると、手の内側から稲光を輝かせる。
雷速、一瞬での死――しかし、ホーローの『時間操作』はその一瞬をも引き延ばす。
自らの時間の流れを加速し、雷が着弾した瞬間には、すでにホーローはバウエルの視界から消えていた。
逃げ遅れたルローは正面から雷を受けたようで、違う。
黒い霞を纏った右手を前面に出し、『切り裂く』能力によって"大気"を切り裂いていた。
電荷自体を断ち切るのは困難だが、雷は大気中に起きる現象だ。結果として、稲妻は方向を変えていた。
からくも雷から逃れると、ルローもまたホーローに合わせるようにバウエルの視界から逃れようと旋回する。
このまま防御と、かく乱を続けて時間を稼ぐつもりらしい。
ほう、とバウエルも感心したように呟いたが、余裕が崩れる程ではなかった。
「まだ無駄な足掻きを続けるのか。当たり前の結末を受け入れればいいものを」
今度は本来、砂漠で吹き荒れる灼熱の熱風が、バウエルを中心に渦巻き始める。
ドグマと『クリフォト』、巨悪と巨悪の争いの火蓋が切って落とされようとしていた。
403
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/28(月) 00:24:56 ID:ywdWxABo0
――――
――声が、聞こえた
道行く人々に何故かと尋ねれば、虚ろな目でそう答えただろう
バフ課に対する公安調査、および広域指名手配。『クリフォト』が明確なアクションを起こした翌日、
まるで連動するかのように、夜間能力の"異変"は加速的に悪化していた。
感知系の夜間能力を有する、十代の少年少女。今までは異常を訴える程度だったのだが、
それは徐々に何らかの"声が聞こえる"形へと変容していた。
やがて、"異変"発症者は声の主を求めて、ふらふらと夜の野外へ出歩くようになっていた。
大概は途中で我に返って、自分に驚きつつも帰宅する。
だが、その一方でそのまま行方不明になる者も少なからず居た。
原因不明の能力"異変"は、規模をそのままに明確な被害者も出し、静かに未曽有の災害となりつつあった。
急展開に、各組織の反応は鈍く、慌てて鑑定局が公表の準備をしているようだが、まだ時間が掛かるだろう。
その間にも事態は進行していく。
「夜間能力の"異変"――単純に国際会議だけの問題では収まらんよの」
街の一角、高所からすでに珍しくもなくなった、"異変"発症者の集団を見守りつつ、ラツィームは呟いた。
バフ課五班隊長、現状ではこの肩書に、どの程度の意味があるかは分からないが。
だが元より、法の外にある集団。特に古株のラツィームには、任務に準じる覚悟が備わっていた。
現状は厳しい、と認識するしかない。バフ課の現状もそうだが、『クリフォト』も実態を掴ませないうえ、
二手も三手も陰謀を先に進めているような印象がある。
"異変"もそれに関わっているのではないか、"異変"発症者が向かう方角は東、その先には国際会議が行われる
人工島アトロポリスが存在し、何らかの繋がりがあるのではないか。
長年、鍛え抜かれたラツィームの直感が最大限の警鐘を鳴らしていた。
「ラツィーム隊長」
背後から、金髪碧眼の美女が控えめに声を掛けていた。
バフ課としては、異端のライダースーツ姿。体の線が浮き出ている上、ファスナーはヘソ辺りと相当にきわどい。
五班副隊長、マドンナ。いちいちラツィームはその容姿に関心を持たない。
慣れているというのもあったし、そもそも娘のようなものだ。マドンナ側がどう思っているかは、微妙な所だが。
404
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/28(月) 00:25:22 ID:ywdWxABo0
「動き出した犯罪組織に対しては、六班が各所にリークする形で対応しています。
実働が必要となる場合、こちらの五班とトト隊長率いる一班との合同で」
記憶処理、各種治療などのアフターケアは慣例通り七班が――と報告は続く。
驚くべき事に、この事態にあってさえ、バフ課はある程度は機能していた。
総隊長に、各班の古株、それに六班の一部の人員を通して、打っていた無数の布石に、各組織へのパイプ。
普段は乱用しない切り札を、ここぞとフル活用している形だ。
戦力が半減したに等しい状況で、犯罪組織が油断して動いた分、むしろ平時以上の成果を上げてさえいた。
だが、これも『クリフォト』の術中の内。
そういった零細から中小の組織を捨て駒にして、バフ課のリソースを徹底的に削る事も、視野に入れているのだろう。
これはバフ課が治安組織である以上は避けられない。役割分担した、二班から四班の活躍に期待するしかないが……
「ただ、少なくない公的機関にバフ課は追われています。意見は割れているようですが、味方はかなり少数かと。
それに総隊長は――」
続けて現状を報告するマドンナの声色は、憂いを帯びていた。
妖艶な雰囲気でそうとは見えないが、彼女は年頃の女性らしい面も大いにある事をラツィームは知っていた。
「政府の要請で出頭したの。間違いなく『クリフォト』の息が掛かっている所への。
だが、アレに心配はいらん」
それこそバフ課の成立以前、その前身となる組織から彼を知るラツィームは断言していた。
総隊長、code:エニグマをラツィームは信用ではなく、その危険性を以って高く評価している。
能力社会という破滅的な状況の中で、社会秩序を守り、陰ながら人々に当たり前の生活を保障する――
綺麗事だが、実践するとなれば綺麗事では済まない。血に塗れた理想といっても、過言ではない。
法の外にあって、公益を守る冷酷な怪物。それがエニグマであり、バフ課そのものでもある。
まだ若いシルスクやクエレブレ、それにザイヤなどは、そのうち別の答えを見出す事はあるかも知れないが、
自分のような老兵は覚悟には覚悟で報いるだけの事だ。
「ここはマークさせておけ。我々は次の網に取り掛かるの」
「承知しました」
動き出した犯罪組織にも、バフ課を追う公的機関にも、そして『クリフォト』にも全て対処する。
困難はラツィームも承知の上だが、任務である以上は時間も手数を捻り出すだけの事。
当面は網を張って、"異変"発症者を拉致する存在を突き止めなければならない。
それが『クリフォト』や国際会議にも繋がるのなら、なおさら必要な事だった。
405
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/28(月) 00:27:17 ID:ywdWxABo0
事態の後処理と、五班のお話
バウエル攻略は後の楽しみとして、ホーローの夜間能力が一番手っ取り早いですね。ただし……
バフ課はキャラが立ってるのに、メインの話に恵まれない事も多いですね
鑑定士試験の話が続いていれば、色々と予定はしていたのですが。今回はそんな五班のちょっとしたやり取りでした
補足
ラツィーム
リンドウ編より登場。五十代の男性で、近世ヨーロッパの軍服を着用。
任務中は苛烈な軍人そのものであるが、平時は温和な人柄。
昼間能力は対象の傷に干渉する『傷嬲り』、夜間能力は受けた同等の攻撃を返す『痛み分け』。
戦闘描写は無かったりするが、エグく実戦的な能力を有している。
〜だの、みたいな独特な口調をしているので、わりと作者に優しいキャラだったりする。
マドンナ
リンドウ編より登場。描写の通り、きわどい恰好の金髪美女。
夜間は未発現、昼は体の一部を自在に変異させる『メタモルフォーゼ』。
拙作、鑑定士試験では戦闘描写があり、その脅威と応用性の片鱗を見せた。
実際の描写は乏しいが、ギャップ萌え属性を持っているらしい。
406
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/02/01(金) 23:46:01 ID:k22TJyHU0
19.世界の流れ(後編)
アメリカ合衆国、某都市上空。所属の秘匿されたローター機が、高級ホテルの屋上に降り立っていた。
そこは国事の際や忍んで訪れる際にも要人に活用される、いわばそちら側で"ご用達"の施設でもあった。
アトロポリス国際会議までは多少の日数があるが、ここまで大規模な会議となれば、動乱して進展なしは許されない。
実際は派閥単位であっても、会議の時点で九割方は意見を整えておくものだ。
近日、この類の往来は増えている。
「つまり、国際会議に向けての根回しだ。実にくだらないな」
ローター機から降り立った長い白髪の女性を見れば、社会の裏を知る者なら驚嘆しただろう。
ルジ博士――チェンジリング・デイ以降、国連とは異なった形と思想で世界を動かし続けている、
裏の超国統治機構、通称"政府"の重職がそこには居た。
アトロポリス国際会議は国連側の催しであり、必ずしも"政府"の思惑とは合致しない。
無関係ではないものの、加盟国の重職を通しての話。"政府"自体に属するルジ博士は本来、外様なのだ。
さらに自らの予定を潰す事にもなり、ルジ博士は不機嫌なまま、ホテルの屋上に到着していた。
「やあ、ルジ博士。壮健のようでなによりだ」
空気を読んでか読まずか、親し気に彼女を迎えたのは、燕尾服を着た丸々とした男性だった。
鼻の下のチョビ髭が、温厚だが小心者的な雰囲気を引き立てている。
だが、ルジ博士は彼の容姿が、見せかけに過ぎない事を知っていた。
「これはこれはポールマン大佐。いや失礼、とっくに昇進して少将だったかな。
アメリカ南部、M州の独立を阻止した英雄様に会えるとは光栄だ。感涙が溢れてきそうだよ。
貴重な時間を潰して、幾つもの実験を後日に伸ばして、わざわざ足を延ばした甲斐があったというものだ」
国連軍(PKF)所属、北米大陸方面、第一機動旅団。そのトップがポールマン少将だ。
そして、チェンジリング・デイから十年以上経った今でも、戦争と呼べる規模の能力戦を指揮、管理できる
怪物は決して多くはない。
ただし、ルジ博士はまったく敬意を払う気はなかったが。
ポールマン少将は困り気味に、眉をひそめて見せた。
407
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/01(金) 23:47:12 ID:k22TJyHU0
「人を出汁に嫌味を言うのはやめてくれんかね」
「未だにドグマ一つ潰せない、世界の警察気取りに他の使い道があれば、是非そちらを選びたいねぇ」
「まったく、貴女という人はいつもこれだ」
やれやれ、と大げさにポールマンは首を振った。
妙に芝居がかった仕草が似あう男ではあるが、それは士官の資質の一つでもある。
心温まるやりとりを続けながらも、ルジ博士は少将に連れられ、厳重に盗聴対策の取られたスイートの一角へと
足を進めていた。
そこで客席と思しき位置に腰掛けていたのはカンドゥーラ姿、中東圏の白い長衣に身を包んだ初老過ぎの男だ。
顔の堀が深く、表情と雰囲気を険しいものとしていた。
「……ほう、今度はいくらか関心に値するのが来たな。天文学者が大気圏内に興味があるとは意外だが」
ルジ博士は若干、関心を抱いた様子で眉を上げた。見飽きた国連軍の人間とは、明確に異なる反応だ。
白い長衣の天文学者は、どこか疲れたように小さく頷いていた。
「ユラウ・オズイル、知っての通り天文学者だ。厳密には天体物理学、あるいは――」
「宇宙生物学だったか? 公表できない成果がある事も、風の噂で聞いているとも。
寄生体説に関わるものか、本当に宇宙生物でも見つけてしまったのかは、知らないがね」
寄生体説とは、能力の本質に関わる仮説の一つだ。
それは能力を得た人類と寄生された生命体に、共通点を見出すというもの。
能力における反動、例えば体力の消耗などは栄養素の摂取であり、躁状態や厨二病などは寄生された宿主が
寄生体の都合で動かされる現象に、よく似ている。
Exミトコンドリア、いわゆるウイルス進化説との共通点も指摘されるが――
仮にそれらが事実であると仮定するなら、それは隕石と共に"宇宙から来た"という事だ。
「ルジ博士、か。もはや裏で生体工学の成果を求められるのみだが、"以前"は外科学でも尊敬を集めていたな。
なにせ専門化が著しい形成、脳神経においても、明確に人々を救い得る功績があったのだから。
もっとも――娘は内科学の道を歩んだようだが」
どこか、遠くを眺めるような目付きで、ユラウは口を開いた。
"以前"とは、彼らの年代でいえばチェンジリング・デイ以前を指す。
娘に触れられた、ルジ博士の反応は過敏だった。
どこか享楽的な笑みが、一瞬にして冷酷なものへと変化したのだ。
408
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/01(金) 23:47:48 ID:k22TJyHU0
「おやおや、使えない道具(むすめ)に触れるとは――つまり、死にたいのかな?」
「ルジ博士……」
ポールマンは片眉を潜めて、警戒した。
仮にも"政府"の要人であり、無数の改造人間を配下に持つ怪物だ。たとえ、ここが国連寄りの場所であっても、
彼女が指一つ鳴らすだけで、どれほどの惨事が引き起こされるか。
撃発の一歩手前、といった状況で新たな人物が客室を訪れていた。
洗練された容姿の若者は、ごく自然な態度で危険な状況に割って入っていた。
「ご歓談で盛り上がっている所、申し訳ありません。ですが主催として一言、挨拶の時間を頂ければ、と」
黒髪、俳優のように整った容姿と堂々とした態度、それらを併せもった青年が、うやうやしく一礼した。
権力に慣れ切った、しかし溺れてはいない、そういう人種であるらしい。
青年は有数の権力者ではあったが、世間一般ではそれほどメジャーな位置ではない。
だが、予め知っていたポールマン少将でさえ目を張っていた。
「アメリカ合衆国"首席補佐官"……! 影のナンバー2か」
「異例の若さだな。その歳で最高権力の手前に立った訳だ。ゆくゆくは世界征服でも予定しているのかな」
「いえいえ、単なる使い走りですよ。ただ、権力に近い場所で働いているというだけの事です」
ルジ博士の若者をからかうような口ぶりに、"首席補佐官"は如才なく応対していた。
同時に使い走りとは、つまり合衆国大統領の意志を代弁しているという事でもある。
首席補佐官とは、トップである大統領を補佐する職員を統括し、スケジュール調整なども担う役職だ。
公的にはどうあれ大統領と個人的に親しく、アドバイザーも兼ねる場合があり、
副大統領を差し置いて、影のナンバー2とも揶揄される。
アメリカの権力層とは縁遠いユラウは、うさん臭げに半眼を向けていた。
「そのナンバー2とやらが、何の用件だ」
「件の国際会議が、学術の皮を被った政治である事は方々も承知だと思われますが……
実はある国際法案が提示され、可決される事が内定しています」
あらかじめ用意していたらしく、読み上げるように"首席補佐官"はすらすらと述べた。
「現時点で多くは話せませんが、既存の物とは一線を画する"能力管理法"の一種ですよ。
国際連合および付属機関の主導を以って、全世界で施行される予定です」
"首席補佐官"の主張は堂々としたものだった。能力によって世界の混沌は加速しており、
それを適切に把握、管理する事は政治上、重大なテーマである。
しかし、同時に管理法は人権や能力差別を始め、様々な問題が指摘されている手段でもあった。
409
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/01(金) 23:50:32 ID:k22TJyHU0
手放しに肯定できるものではないが、ルジ博士はそういった関心はない。
「なるほど、ろくでも無さそうな話だ。私にどうしろと?」
「不当に管理法の成立を阻止しようとする勢力が存在します」
「それで私を呼びつけた理由はそういう事か。その管理法とやらは、"ドグマと全面対決"が発生し得る代物か。
ああ、なるほど。それなら確かに呼びつける理由にはなる。協力は確約しよう」
ドグマ、今では数多い能力を専門的に扱う犯罪組織でも、最有力の一つ。
その目的は謎に包まれているが、大筋では能力によって激変した社会を思いのままに動かす、
そういった指針だと推察される。
ルジ博士とは浅からぬ因縁があり、衝突するとなれば、彼女と協力関係を構築するのは妥当だろう。
問題は、それ以外の人物だ。
「私まで呼ばれている、というのは解せんね。アトロポリス防衛は、元より我々、国連軍の任務だ」
「少将とは敵対勢力について、あらかじめ情報を共有しておこうと思い立ちまして。
バフ課という日本の組織とUNSAIDの一部が離反し、国際会議の妨害を目論んでいるという件については、ご存知で?」
「おいおい、それは……」
ポールマン少将は笑おうとして凍り付く。
そういう"噂"はあるものの、国連軍としては慎重寄り、未だ事実確認の段階だ。
彼も将官として、相当な機密情報に触れてはいるが、こうも具体的な要求を突き付けられるとは思わなかった。
直感で言えば、嫌な予感がするのだ。
事を起こすのであれば、国際会議の最中が有効であり、現段階で離反する合理的な理由はないはずなのだ。
ならば、何か深遠な理由か、見えない流れが存在しているのではないか?
だが一方で、非公式とはいえ、"首席補佐官"からの要請をないがしろにする訳にもいかない。
最後に、天文学者であるユラウは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「どうやら、私は何かの間違いで呼ばれたようだな。他の二名はともかく、私は一介の学者に過ぎない」
「いえいえ、その学者の中にも敵対勢力の息が掛かってる方がいましてね。
政治面に影響が出ては困ります。オズイル博士なら説得するなり、抑える事が出来るのでは?」
学術会議は建前に過ぎない……とはいえ、法案の提示は学会発表を受けて、という形が取られる。
つまり、国連側で用意した学者が失態を犯せば、可決にも影響が出てくるだろう。
それは反対派にとっても、狙い目のはずだった。
「繰り返すが、それは学者の仕事ではないな。その手の雑務はUNSAID――いや頼れんのか。
では、鳳凰堂博士か、比留間博士にでも任せておけばいい」
「その比留間博士が反対路線なんですよねぇ……少し前まで出席しない方針だったようですが」
どの程度、演技かは傍目に判断できないが、"首席補佐官"は頭を掻いて朗らかに笑う。
態度を保留していた比留間博士が、急に国際会議への出席に踏み切ったのは、国際学会でも話題となっている。
問題はその目的だが、国連は"管理法"への反対を警戒しているらしい。
410
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/01(金) 23:51:48 ID:k22TJyHU0
鳳凰堂博士の方には、あえて触れなかった。すでに脅威ではない。
かつては学会の役員であり、コネクションは今でもあるだろうが、すでに世捨て人も同然だ。
クク、と押し隠せない狂気の混じる笑い声を、ルジ博士は漏らしていた。
ルジ博士と比留間博士、裏社会を騒がせる二人の狂科学者は実の所、チェンジリング・デイ以降に
直接の面識はない。
個人研究者としての闇を抱えていようと、"政府"の暗部に接触する機会はそれほど無いからだ。
揃って国際会議には非積極的だったはずだが、ここで対面する事になるとは。
「互いに出席は意外だろうな。どうも我々、科学者というのは好奇心には逆らえない人種らしい」
「なんともまあ、学会としても有意義な事になりそうで、なによりですよ」
"首席補佐官"はいかにも無難そうに述べたが、彼らの接触でどのような化学反応が起きるかは、
常人には予測しえない事柄だった。
ひとまず、話の大筋は終わったらしい。"首席補佐官"は軽く手を打って、話に区切りを付けていた。
「という訳で、お三方には協力を願います。具体的な要項を詰めますと――」
かくして、国際会議に向けて、着々と一手また一手と布石が打たれていく。
壮大な陰謀でも何でもない、一つ一つは無難な打ち合わせの積み重ねに過ぎない。
各々の立場から、意見を突き合わせて、それぞれの所属の判断に活かすのだ。
だが、それは本当に正しい方向を向いているのか、闇に向かって誘導されているのではないか。
現時点で、それを知る者はいない。
――正常なる世界の為に
スイートと一室に小さく響いた、何者かの言葉は誰の耳にも届くことなく、かき消えていた。
411
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/01(金) 23:52:35 ID:k22TJyHU0
怪しい人が密室でクックックとか言ってる場面、これ書くのが結構好きなんですよね
国連軍とかは、実は手元に昔ボツにした話が残っていたりします
補足
政府
リンドウ編などで言及される、統治側の組織。一応はバフ課の上位ではあるらしい。
規模は不明だが、国外で活動している描写もあるため、
この作品では、国連とはまた異なる国を跨った統治機構として解釈している。
国連軍(PKF)
比留間慎也の日常 その2で言及された組織。
極秘ではないが、国際連合特務諜報部局(UNSAID)などと同じく国連の下位組織。
一般の迷惑能力者を遥かに超えた力を持つエリートが所属しているという。
略称からして、現実でいう国際連合平和維持活動と同一のものとかと思われるが、
危険な能力者に対抗できる人材を常置し、対処なども行っているらしい。
412
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:03:05 ID:8SVB039M0
19.資料奪取作戦
市内でも有数の鑑定所。すでに日は落ち、受付時間も終わっているが、まだ一部の窓から微かに明かりが漏れている。
職員用、休憩室。食堂も兼ねたものだが、そこで待機している面々は重苦しい空気の中で、
顔を突き合わせていた。
中でも特に沈痛な面持ちなのは、黒いスーツ姿の若い女性だった。
「まさか、理恵子先輩が機関になんて……」
『能力社会は理不尽な所があるからね。誰しもが力に縛られている』
すでに仮面は外し、公務中の姿ではないが桜花が内心を零せば、鑑定士の代樹は手話で応じていた。
まだこちらは不透能力素材のローブ姿で、魔術師めいている。
この二人と対面してるのは、やや年上の女性だ。社会に出てから、それほど経ってはいない。
冷たい雰囲気で装っているものの、年代独特の未熟な雰囲気は隠しきれていなかった。
桜花と同じくスーツ姿ではあったが、ベルトなどで見慣れない小道具を各所に固定しているのが特徴的だ。
『それで理恵子さん、機関の配慮には感謝しますが……』
「実名ではなくコードネーム、ミルストとお呼びください」
代樹が筆談で話しかければ理恵子、いや機関のエージェント・ミルストは冷たく訂正を要求していた。
事務的な拒絶、しかし事情さえ知っていれば、むしろ痛ましく思えた。
理恵子は以前は小学校の教師だった。
かなり早い段階で決めていた進路らしく、順調に教育大に進学して、無事に夢を叶えた形だ。
天職ではあったのだろう。学生時代から面倒見が良かったらしく、桜花も高校時代は後輩として世話になったらしい。
だが、当たり前の幸福は"能力"という、あまりにも影響が大きい資質によって奪われた。
ごく普通の、生徒からも慕われる新人教師に、強力で広汎な夜間能力が発現してしまったのだ。
機関から打診を受け、半ば強制のような形で転職が決定するまで、あまり時間は掛からなかった。
理不尽だが、チェンジリング・デイ以降、こういった事例は珍しくもない。
「……では、ミルストさん、機関の配慮に感謝します。
しかし、この時期にこうも曖昧な案件に人材を割いてしまって、問題はないのですか?」
「機関には機関の判断がありますので」
代樹の手話を受けて、桜花が代弁するが、やはり切り捨てられる。
413
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:03:44 ID:8SVB039M0
だが、甘さが残っているのか、あるいは協力関係になる以上、義理はあると感じたか。
ミルストは咳払いすると、言い直してきた。
「あなた方は既に比留間博士と接触し、"異変"の調査にも乗り出しているのです。
もはや曖昧な案件で収まる状況ではない、と考えていただければ」
『要するに、危機感を持てと。しかし、これで機関が介入する線引きがちょっと読めてきたな……
あ、これは翻訳しないように』
さらっと鑑定時の要領で、代樹がミルストの発言を分析していく。
その特異的な鑑定能力だけが取り沙汰されるが、そもそも対人分析のエキスパートでもあるのだ。
つまり機関は明確な危険性を認識しているから、介入を開始している。
その危険性が具体的に何かという所までは確証はなかったが、それなりの実態があるのだろう。
『さらに言えば彼女、戦闘向けなのは夜の能力だけだね。つまり本来は夜間の異常、"異変"の調査に割り当てられても、
おかしくない人材だ。それを、こちらに回してきたという事は……』
『あの、あんまり手話での会話が長いと、勘繰られるんだけど』
『おっと……!』
取り繕うように、手話で桜花に指示を出して会話を誘導する。この手の誤魔化しも慣れたものだ。
いかにも相談を終えたように、視線を交わしてから、一瞬で決めた結論を桜花が代弁した。
「我々は本格的に、夜間能力の"異変"調査に乗り出したい、と考えていますが、協力していただいても?」
「私の任務は護衛ですが、行動を縛る意図はありません」
協力的ではあるが、あくまで一線を引いた言動。しかし、その意図は明白だった。
『即答したな。分かりやすい』
『代樹、性格悪い』
護衛と言いつつ、対象の安全を守る事は第一でない。元より"異変"の情報目当てなのだろう。
代樹は表面上は素知らぬ顔で通しているが、相当に意地の悪い事を考えていると桜花は察していた。
『途中で機密と言いつつ遠ざけて、情報を流す時はたっぷりと恩に着せないとね』
この程度は当然の対応だろう。一方的に情報を抜かれては堪らない。
最低限、取引が可能な程度に恩を売って、こちらの有能さを見せておかなければ。
とはいえ、今すぐに動けるという訳でもない。
"異変"の調査は元より考えていたものの、強大な能力による事故のような形を想定していた。
機関が動く程に、人為的な何かが動き出しているのなら、まだ準備が足りないのだ。
414
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:04:23 ID:8SVB039M0
「なんにせよ、そろそろ鑑定所も戸締りする時間帯なので……」
「いえ、来客のようですね。しかも招かれざる類の」
そろそろ話を打ち切り、席を立とうとした所でミルストは不穏な事を口走っていた。
想定外の事ではない。
むしろ、重要な情報と人材を扱うだけあって、鑑定所は常に能力犯罪のリスクに晒されている。
『代樹?』
『俺の能力の範囲には、不審人物は居ないね』
桜花が確認すれば、代樹は左右に首を振った。
代樹の夜間能力は、10メートル以内のあらゆる物理情報を把握する能力。通称、知覚領域。
普段は能力鑑定に役立ててるが様々な面、たとえば自衛などにも役立つ力だ。
周囲の事が分かるのだから、直後、窓を割って侵入者が遅いかかる、といった展開は起きようがない。
「排除しましょう」
「一応、忘れ物などの理由で再訪した鑑定対象かも知れないので、我々も同行します」
「我々? 鑑定士を危険に晒しても良いのですか」
席を立つと、どこか迷惑そうに眉を潜めて、ミルストは問いかけた。
だが、鑑定所でのトラブルに立ち会わない訳にもいかない。
「最大の危険は、守護の仮面から遠ざける事ですから。
我々が傍に居る限り、鑑定士に危険は及びません」
『鑑定士って、ちょくちょくお留守番もできない幼児みたいな扱いを受けるな』
軽口は無視して、桜花は真っ向からミルストを見返した。
正直な所、詭弁ではあった。
桜花は夜間の能力を発現していない。十分に守護の仮面として、働けるとは言えないのだ。
時間が惜しいのか、拒否する事もせずにミルストは席から離れて、退室し始めていた。
代樹と桜花も遠慮なく、それを追う。
415
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:04:57 ID:8SVB039M0
それよりも少し以前、侵入者たちが裏口を到達した頃合。
成人には満たない小柄な影がそっと、付近の端末に向けてカードを差し出していた。
ピッと軽い機械音が響き、扉のロックが外れる。
「本当に開いちまった……」
岬陽太はあくまで小声で呻いていた。
分かってはいたが、比留間博士が悪の勢力である事を改めて実感する。
だが、状況が状況だ。今はたとえ悪の力であっても、利用しなければならない。
博士が制作した、偽造IDカードを懐にしまい込むと、陽太は扉に手を掛けていた。
開いて中を確認すれば、同行者である鎌田が、困った様子で頭を掻いた。
「まいったな。もう業務は終わってる時間のはずだけど、人が残ってるみたいだ。今日の所は……」
「けど、偽造IDなんてログに残るし、明日には対処されてるかも知れないだろ?
スニーキングミッションといこうぜ」
鎌田の慎重論に、陽太は焦りを隠さずに決行を提案した。
正論ではあるのだろう。元より危うい橋渡り、陽太たちに残されたチャンスはそう多くない。
なるべく足音を立てずに、鑑定所内へと乗り込んだ。
『おそらく"異変"発症者絡みのデータは、三島鑑定士が扱っている可能性が高い。
僕が引き合わされたのも、彼だったしね』
『!? 聞いた名前だな。やはり、宿命と宿命は共鳴(よびあ)うみたいだな……』
(いや、おそらく年代で担当を決めているから、必然なんだと思うが……
まあ実害はないし、黙っておこう)
例の鑑定士と陽太とは面識があるらしいが……ちゃっかり空気は読む、比留間博士だった。
特に厨二病の影響で、年代ごとに鑑定は専門化していると言える。
例えば、十代半ばを担当しているなら、陽太と"異変"発症者の担当が重なるという訳だ。
つまるところ、宿命と科学的な必然は大して変わらない。
現実に事が起こっているのなら、何かしら科学的な分析が可能になるというのが、比留間博士の信条だった。
「非常時とはいえ、未成年にこんな事やらせるなんて……とにかく裏口はそのまま開けておいて、
いざという時は、忘れ物目当てについ入ってしまった、とでも言い訳しよう」
「ま、リスクヘッジはそんな所だな。えっと構造は単純だったから、裏口から廊下に出て……」
警察志望として、鎌田は憤慨していたが、陽太はすでに覚悟している。
闇に生きる能力者として――というのは厨二病だったが、現状から晶を救出するには、
いくつもの線を越えなければならない、という事をしっかり理解しているのだ。
416
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:05:54 ID:8SVB039M0
「ちっ、途中で明かりが付いてる部屋があるな」
業務が終わった後の、暗い廊下を進んでいる内に、そこそこ開けた通路に出た。
その先にある広い一室からは、まだ明かりが漏れている。
陽太は知らない事だが、そこは休憩室を兼ねた食堂だった。ミルスト達が待機している。
特に機関の人間であるミルストは、侵入者の気配を鋭敏に察していたらしい。
近づいた瞬間、食堂から物音が聞こえて、陽太たちは思わず動きを止めていた。
「わりと忍び足だったのに、気付かれたか?」
「逃げた方がいいかな」
「いや、地の利は向こうにあるし、下手に逃げても袋のネズミだろ。ここは――」
素人の潜入など限界がある。それを覆すものがあるとすれば、能力だ。
陽太はさっと片腕をかざすと、創造すべき兵器の名を唱えようとした。
「キングニーd……」
「それは待った。屋内が被害が大きすぎるし、除染だって大変だ」
慌てて、鎌田がストップをかける。
キングニードル、すなわち果物の王様であるドリアン。陽太は完熟したものを創造し、凄まじい臭気を拡散する。
そんなものを明日の業務も控える鑑定所で、使用させる訳にはいかない。
実行したら緊急避難や情状酌量もない、立派なテロ行為のようなものである。
忠告を受けれて、陽太は次の武器、というより食材の名を唱えていた。
「ならば、いでよ聖草マナシード!」
「これも臭い!? これは……パクチーか」
一見して雑草、植物について知見があるなら、ユリ科のそれと分かるが。
鎌田はタイ料理や台湾料理で使われている事から、それを知っていた。
パクチー、またはコリアンダー。日本では別名カメムシソウとも称され、独特の臭気を放つ事で知られている。
香辛料としても使われるが、何の調整もない現物となれば、相当に鼻につく臭いがした。
食堂から退室した人々から離れつつ、そこらの部屋に放り込んで逃げ回る。
「異臭の元はチェックせざるを得ないから、これで時間は稼げるだろ。
後は連中を迂回して、目当ての物を入手すればいい」
何ですか、この臭い! うわ、臭い。え、デカナール? なにそれ!?
その他、わーぎゃーと阿鼻叫喚状態。というか、臭い成分を解説したの誰だ。
417
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:06:28 ID:8SVB039M0
陽太は合唱してから、尊い犠牲である彼らを迂回して、目的地へと急いだ。
やがて、ドアの上に備えられた掛札を見て、鎌田が足を止めていた。
「よし、ここだ。第三鑑定室」
「まずは晶の資料だな。その後は"異変"絡みを片っ端から」
逸る気持ちを抑えながらも、二人は鑑定室へと踏み込んでいた。
能力の情報管理は徹底的だった。
書類の大半は当日中にシュレッダーに掛けられ、電子化されているし、
残骸も能力による復元を恐れて、特殊な処理で廃棄され、電子情報も隔離、暗号化が行われた。
残された書類も、ダミーを混ぜた上に完全に個人を特定できる情報とは、切り離されている。
陽太たちは、元から晶の能力を知っているので、どうにか書類の特定はできそうだが。
「……晶君の資料はないみたいだね。単にこの部屋には無いだけなのか、それとも世界改変で消されたのか」
「だな。悔しいが時間もねえし、"異変"発症者の資料だけでも回収しとくか」
年長である鎌田がどうにか、ダミーごと資料を纏めて、持ち帰り分を決定していた。
これでも有益だろうし、ダミーか否かは比留間博士なら判別できるだろう。
撤退すると決めたら、行動は早かった。この潜入は効率と速度が命だ。
足早に鑑定室から立ち去り、元の裏口へと向かう。
しかし、陽太と鎌田は徐々に違和感を感じ始めていた。
相手はこちらを探し回っているはずだが、あまりにも静かすぎる。
「なんか相手の動きが見えねえな。単に悪戯と思われて、引き上げたならいいが」
「残念ながら、公共機関がそこまで甘い対応を取るとは思えないけどね」
薄々と予感を覚えながらも、脱出すべく裏口の扉を通過すれば、そこには……
「お待ちしていましたよ。侵入者さん?」
単純な話だ。目的が何であろうと、侵入した以上は脱出しなければならない。
ならば、下手に追うよりも、侵入経路を抑えるのが効率的だ。
裏口の扉を開いた先には、機関のエージェント・ミルスト、そして鑑定所の代樹と桜花が待ち受けていた。
418
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/13(水) 00:07:48 ID:8SVB039M0
わりと遅れました
職場で完熟ドリアンぶち撒けるのは、比喩でもなく普通にテロですよねー
補足
理恵子(ミルスト)
短編せんせい、より登場。新人教師の女性だが、機関へと転職する事になる。
初出作品では昼の能力によって、生徒に向けて窓に春の情景を映し出した。
転職後の姿は描かれていないので、諸設定はこの作品のオリジナル。
取り繕ってはいるが、新人なので甘い所が多い。
コリアンダー
パクチーとも呼ばれる、香辛料や薬味として使われる植物。
完熟ドリアンよりは強烈ではないだろうが、結構な臭気を撒き散らす。中には、そこが良いという愛好家も。
ちなみに旧約聖書では、マナと呼ばれる未知の食物の例えとして、コリアンダーの実が言及されている。
419
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/02/16(土) 01:01:03 ID:UGNREm.M0
20.縛られし者
とっくに日は沈み、能力鑑定所の業務時間が終わってから、時が経っている。
施設の裏側、薄暗い駐車場で侵入者たちは追い込まれていた。
怪しげなデザインの仮面を被った女性、守護の仮面である桜花が一歩前に出る。
侵入者のうち、片方には受け持った鑑定対象として見覚えがあったのだ。
「えっと、たしか岬陽太さん、でしたよね? 厨二病とはいえ、夜半に侵入はちょっとやり過ぎでは?」
「厨二病関係ねぇ!?」
「厨二の人はみんな、そう言いますので」
しれっと必死の否定を受け流す。こういう対応は慣れたものだ。
代わりに、二人目の侵入者の方に視線を向けた。
こちらは穏やかそうな青年、触覚のような妙な前髪が二本伸びている事が特徴的か。
年齢が高いだけに、傍からみれば、こちらが主犯のようにも見える。
桜花たちは名前を知らなかったが陽太の友人、鎌田だ。
「すみません。無断で侵入して資料を持ち出した事の重さは、多少なりとも分かっているつもりです。
しかし事情は話せませんが、女の子の命が懸かってるかも知れない。
資料は必ず返すので、ここは見逃してもらえませんか?」
鎌田は率直に頭を下げて、事情を説明していた。
説明される側としては突拍子がないし、侵入者を信用するような根拠もない。
一方で一般人の行動としては深刻すぎる。問題を抱えているのも確かなのだろうが……
判断を求めて、桜花は鑑定士である代樹の方に目を向けた。
鑑定士は能力以外にも、対象の虚偽申告を見抜く訓練は受けている。
『嘘は言っていないが、譲る理由にはならない。能力は人生を左右しかねない、重大な個人情報だ』
代樹は首を左右に振った。当然の判断だろう。
この時世、事情があろうと不法行為で情報を流出させていては、キリがないのだ。
見逃すという判断はあり得ない。
鑑定士を意向を受けて、桜花は傍らにいる女性、ミルストに目配せした。
「ミルストさん、協力をお願いしても? 傷つける事なく拘束する形で」
「いいでしょう。機関の人間としても、彼らの事情は気になりますから」
互いに足並みを合わせる形で、徐々に二人の侵入者に詰め寄っていく。
陽太と鎌田はそれに応じるように身構えていた。
420
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/16(土) 01:01:36 ID:UGNREm.M0
「二対二……! しかも、片方は裏社会のプロか」
『機関の人間って口を滑らせるなんて、クールなふりして、わりと迂闊というか』
呆れるように代樹は手話で言葉を綴ったが、それを見た者は誰も居なかった。
本来、機関のエージェントは結果的にバレるという事はあっても、もう少し慎重に振る舞うものだ。
根は新人教師、という事なのだろう。
対峙の緊張に堪えきれず、先に行動を起こしたのは侵入者の方だった。
「陽太くん、とにかく一戦して、離脱のチャンスを窺おう! ……変身!」
どこか蟷螂(カマキリ)めいたポーズを取った瞬間、鎌田は昆虫人間へと姿を変えていた。
妙に人間味がある複眼に、緑の外骨格。指先は蟷螂の鎌のような構造をしていた。
昆虫の身体能力を思えば、人間よりも高い身体能力を有しているのは間違いない。
対して、ミルストは流れるような手つきで、拳銃のマガジンを変更していた。
「非殺傷弾に変更。しかし、昆虫人間化する能力となると、対処に時間が掛かりますね」
「それなら、私が引き付けます!」
桜花がスタンロッドを引き抜き、昆虫人間と対峙する。
武器があるとはいえ、夜の能力は未発現。少々、分が悪いかも知れないが、これは力量で補うしかない。
(いや、彼の能力は……まあ余計な情報か。そちらより、岬くんを傷つけずに無力化できるか)
代樹は鎌田の能力を"鑑定"して、その本質に驚きながらも、今は現状に注目する。
心配なのは岬陽太とミルストの方だ。殺傷と拘束とでは勝手が違う。
いざという時は止めなければならない
拳銃を向けられ、陽太が緊張を漲らせた所で、ミルストは警告をしていた。
「装填したのは鎮圧用のゴム弾ですが……中学生が当たれば、怪我をする可能性は高いでしょう。
ここで大人しく投降する気はありませんか?」
「ねぇよ。そんな脅しで引いてられるか」
陽太の即答と、ミルストの発砲はほぼ同時だった。
ゴム弾とはいえ、仕組みは実包と変わらない。独特の破裂音と火薬臭が五感を刺激する。
陽太は空中を舞うように、身体を回転させて避けていた。
漫画か映画の影響か、隙だらけの動き。しかし手足を狙っているなら、そこそこ有効な動きではあり、
見越してやっているなら、大した度胸と言えるだろう。
結果として、二発のゴム弾は路上を殴りつけただけに終わった。
421
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/16(土) 01:02:07 ID:UGNREm.M0
「禁断の赤(タブー・オブ・ファイア)!」
さらにリンゴを生成。陽太は体の回転を利用して、素早く投擲していた。
十分に勢いの乗った、そこそこに硬い果実が飛来する。
対して、ミルストは"すでに"避けていた。
相手が行動に移る前に予測し、射線を外す。能力戦では基本的な技術だ。
遭遇した敵の能力に防御が通用するとは限らない。しかし、回避すれば概ね無効化できる。
視線や予備動作から能力を推測して外すか、そもそも狙わせない。
機関で訓練を受けた成果なのだろう。
しかし、不意にミルストの目前には、二つ目の赤黒い果実が出現していた。
「……!」
「――禁断の黒(タブー・オブ・ダーク)」
ゴツンと見事に直撃していた。しかも顔面に入った。
リンゴを当てられただけとは言っても、直撃すれば、それなりに痛い。
思わず、よろめくミルストに陽太は追撃すべく駆け出していた。
(なるほど、体を回転させたのは避けるためじゃなくて、体の影にリンゴを隠すためか……)
岡目八目、さらに鑑定士としての洞察力もあって、代樹は陽太のトリックを看破していた。
派手に回避した瞬間、隠れて夜に紛れる色、赤黒いリンゴを生成していたのだ。
後ろ手で放物線上に投じてから、今度は派手に宣言しながら、真っ赤なリンゴを出して相手の目を惹く。
こうして、見えないリンゴの攻撃は完成していた。
赤いリンゴに対処できたと思った瞬間、頭上から黒ずんだリンゴに襲われる事になる。
「来い、魔剣レイディッシュ!」
十分に助走をつけながら、陽太は大根を生成していた。
鈍器としては、そこそこだろう。
技量なら、機関の人間であるミルストの方が圧倒的に上だ。それと比較して、陽太は護身術の域を出ない。
しかし、いかに優れた技術であっても、それ単体では子供のABC、単なる手習いでしかないのだ。
闘う者としての心構え、判断力、応用性。そういった点では、陽太は決して劣ってはいない。
422
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/16(土) 01:02:51 ID:UGNREm.M0
「……!」
二度目の銃声が響いていた。顔面にリンゴをぶつけられても、咄嗟にミルストは発砲していた。
体に染みつくほどに訓練していたのか、想定外の状況でも動作は正確だった。
「っ! あっぶね……」
陽太は陽太で警戒していたらしく魔剣レイディッシュ、大根を盾にゴム弾を防いでいた。
それでも、威力はボクサーのパンチに匹敵する。大根は派手に粉砕され、白い破片を撒き散らしていた。
陽太は絶好の機会を奪われ、また戦況は五分へと戻る。
「驚かされましたが……二度目はありませんから」
「ハッ、そいつはどうかな? 叛神罰当(ゴッド・リベリオン)の応用性は無限だぜ」
ミルストの宣言に、陽太は不敵に笑い返してみせた。
それに応じる事なく、ミルストは陽太の足元に拳銃で連射していた。
銃声が立て続けに響き、その都度にゴム弾が路上で跳ねる。
「おわっと……!」
陽太は慌てて飛び退いた。ゴム弾は殺傷力こそ低いが、跳弾しやすい。
外れたとしても油断できないのだ。
しかし、それはミルストが意図的に誘導した結果だった。まだ彼女には"能力"という武器がある。
夜の大気を引き裂くように、独特の回転音が鳴り響いていた。
(ドローン?)
代樹は乱入してきた機体に目を細めた。
サイズは概ね、人間の頭よりも一回り大きい。それ自体は能力の産物ではなく、機関の備品だろう。
プロペラで飛行する機体の中央には、レンズが備えられていた。もちろんカメラとしても機能するのだろうが。
指輪型の操作機か、ミルストは手を前面に突き出し、楽器でも奏でるように指先を動かしていた。
「サンプルからモデリングを選択、映像を調整――照射。panorama発動!」
ミルストが宣言した瞬間、ドローンから光が陽太に向かって照射され、
ほぼ同時に鑑定士独特の感性で、代樹は何かが"共振"した事を察していた。
「なっ……鎖だと!?」
前触れもなく、というよりも通常の過程を省いて、『すでに拘束した』形で陽太の周囲に鎖が出現していた。
唐突に体が鎖で拘束されたのだ。困惑しつつも、激しくもがくが合金製の鎖はビクともしない。
423
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/16(土) 01:03:16 ID:UGNREm.M0
無事に能力通った事を確認すると、ミルストは安堵のため息を吐いてから、一発だけ陽太の足元に発砲した。
陽太は反射的に飛び退いて、しかし全身を縛られてはバランスを維持できない。
そのまま、転がされて終わりだ。
桜花と鎌田の格闘戦も一区切り、というより陽太が敗れて、向こうの勝ち目が無くなったのだろう。
ほぼ戦闘は中断され、余裕ができた桜花は不思議そうに代樹に向かって尋ねていた。
「拘束能力……?」
『いや、"幻像を実体化する能力"。ドローンが照射した、鎖の映像を実体化させたんだ』
つまりは架空の物を現実に引っ張ってくると言い換えてもいい。
今回は陽太に被せるように、鎖の映像を照射して実体化させたが、かなり婉曲的で加減した使い方だ。
時折、実在するのではないかと囁かれる"何でもできる"能力に等しい力だった。
機関が躍起になって、引き込んだのも頷ける。
『規模には上限があるし、一定のリアリティは要求されるだろうけど、ちょっとした条件で万能にもなる。
便利な、いや便利"過ぎる"能力だよ……それこそ、自分の人生を縛ってしまう程にね』
第三者には鑑定士の手話は読み取れない。それでも、ミルストは大まかに察したのか。
己の能力によって縛られた陽太を見る目は、遠い世界を羨望するような、どこか寂しげなものだった。
424
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/16(土) 01:03:52 ID:UGNREm.M0
続き。微スランプにより執筆速度の波が激しいです
二部は20話程度の予定だったのですが、やっと終盤に入る……
理恵子=ミルストの夜間能力は、この作品オリジナルとなります
補足
リンゴ
言わずと知れた、代表的な果物の一つ。チェンジリング・デイにおいては陽太の投擲武器。
異形【せいぎ】の来訪者においては器用にジャグリングを披露した。
そこそこの硬さを持ち、赤緑黒と色によるバリエーションが存在する。
禁断の〜という厨二名は、おそらく創世記における禁断の果実がリンゴであるという説に由来する。
黒はこの作品で初登場。
425
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/02/23(土) 02:05:47 ID:Smp1zGL.0
21.そして交点へ
遭遇戦を通して拘束された陽太と鎌田は、鑑定所の面々に拘束され、ひとまずは休憩室へと連行された。
おそらくは一般人という事もあって、対応は甘い。
能力で作った鎖で捕縛して、そのまま歩かせただけだ。
代樹の指示で、桜花が洗いざらい話さなければ、相応の場所に突き出させてもらう、と脅しかければ、
仕方なくといった様子で、鎌田は白状していた。
「信じてはもらえないかも知れませんが、これが僕たちが置かれている状況です」
すでに鎌田は昆虫人間の姿ではなく、好青年そのものといった様だった。
しかし、打ち明けた内容はとても平凡とは言い難い。
"異変"、『クリフォト』による拉致、それに比留間博士からの依頼。
荒唐無稽なようで、一つ一つが状況に合致し過ぎている。
やや動転して、桜花は鑑定士の支持を待たずにミルストに尋ねかけていた。
「えっと……機関はおおまかに把握していた、という事でいいのでしょうか?」
「さて、私は護衛の命を受けただけですので」
あしらうミルストの表情から答えは読み取れなかった。
とぼけているようで、そうとも限らない。
組織が末端に指示は伝えても、その意図を伏せる事は珍しくないからだ。
『鑑定局に探りを入れる程度には、手を焼いていたという事だろう。これは世界改変の状況証拠でもある。
神や悪魔の仕業、と同じく便利過ぎる説明だけどね』
代樹が手早く手話で解説した。
おそらくは"異変"と『クリフォト』の輪郭程度は掴んでいたのだろう。
だが、それ以上の情報が出てこない。機関やバフ課、それに国連関連組織などの錚々たる顔触れを相手取っても、
尻尾を掴ませない。それはいくらなんでも不自然だった。
そして幾つもの推測を立て、その一つが世界規模の事象改変、なのだろう。
不透能力素材を扱う、鑑定局が情報を握っている可能性はあるが、その鑑定局は秘密主義。
世界改変を受けたという状況下では、秘密を開示させるだけの論拠を用意する事はできなかった。
だからこそ、機関は人員を派遣し、比留間博士はある種の強行手段に出たという事か。
426
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/23(土) 02:06:22 ID:Smp1zGL.0
『これ、協力はできないよね?』
『職務上、知り得た秘密を流用しないのは公務員として守らなきゃいけない一線だよ。
他に証拠があれば、法益を理由にできるけど……いや、待てよ』
鑑定局側の人間である、代樹と桜花も例に漏れないはずだが……
若干、考え込んでから、普段よりは慎重な手振りで代樹は桜花に指示を送っていた。
「岬陽太さん、誘拐された女の子の名前を、もう一度だけ教えてくれませんか」
改めて、陽太たちが握っている肝心、要の情報について確認する。
今まで当たり前に日常を送っていた、幼馴染が攫われた事に、相応の理不尽を感じているのだろう。
吐き捨てるように、陽太は答えていた。
「水野晶だ。なんだって、あいつがこんな目に……」
「『そういう能力を持っていたから』。この社会では理由はそれだけで十分ですから」
相手を、そして自分までも突き放すように、ミルストは呟いていた。
『水野、晶ね。それなら、だいぶ曖昧になってるけど、記憶に引っ掛かるものがあるな』
『ええ!?』
器用に桜花は手話で驚いてみせた。
一応、普段の怪しげなローブ姿は業務中の制服ではあるのだが、能力で頭の中を覗かれないとは限らないので、
不透能力素材自体は四六時中、身に付けてはいる。
そして、それは世界改変の瞬間であっても、例外ではない。
考慮しつつも、代樹は素早く桜花に結論を代弁させていた。
「皆さん、鑑定士は水野晶に関してのみは情報開示をしてもいいし、証言にも応じると申しています」
「本当か!?」
「はい。もちろん他言不要で、対象も絞らせてもらいますが」
縛られたまま立ち上がり、喜色を浮かべる陽太に、桜花は釘を刺していた。
だが、十分だ。自分達以外の証言が増えるだけでも、信憑性が大幅に変わる。
もちろん異例の判断ではあるが、代樹には目算があった。
427
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/23(土) 02:06:59 ID:Smp1zGL.0
『水野晶に関する記録まで消された以上、彼女の情報を開示しても、俺を咎めるための証拠が出せない。
証拠が出てきたなら、不法に個人を抹消した事件に対して、法益に適う行動だと主張できる』
保身ではあったが、それが不当とは思わない。
業務で得る数多くの情報に、能力社会に適した法、そして鑑定対象からの信頼。全て守るに値するものだ。
鑑定士ほどの国家公務員が肩入れするには、相応の正当性が必要なのだ。
「ミッションクリアか!?」
「博士にも、どうにか良い返事ができそう。首の皮一枚で繋がったというか」
捕縛されている陽太と鎌田の間では、どこか安堵した空気が漂っていた。
完全に道が立たれるかも知れない、という不安と戦っていたのだ。
だが、ここで桜花は縛られた二名を見下ろす形で、腰に手を当てていた。
「ただし! 今夜の侵入については、忘れていませんので!
そうですね、二人とも学生さんみたいですから、反省文をたっぷり書いてもらいましょうか」
反省文。この非日常の中で、これである。
極めて学生らしい処罰の宣告に、思わず二人は「うげぇ」と呻き声をあげていた。
『甘い処置だね。ま、ここで咎めておけば、重い処罰を受ける事はなくなるだろう』
しれっと桜花の主張を事後承諾すると、代樹は自分の事情を手話で伝えた。
少なくとも、今この場で全ての情報を並べるという訳にはいかないのだ。
「ただ鑑定士は、だいぶ記憶が曖昧になっているようで……。
こちらも整理が必要になるので、また後日に集まるというのは、どうでしょうか。
その時に比留間博士にも、ご足労願うという事で」
比留間博士の返答がどうなるか、という疑問はあったものの異論は出なかった。
事が事なだけに、最低でも代理は出すだろう。
428
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/23(土) 02:07:43 ID:Smp1zGL.0
そして、仮面越しでも分かるぐらいにニッコリと、桜花は付け加えた。
「反省文の提出期限も当日なので」
「お、お手柔らかにお願いします」
「じゃあ、二十枚くらいでいいでしょうか?」
「この仮面女、外道か!?」
思わず口走った陽太に、桜花は声色を変えずに応えた。
「二十五枚」
「ヤッパ、二十枚デ、オ願イシマス」
若干、自分たちの学生時代を思い出して、代樹は苦笑した。苦労していたのは桜花だったが。
そして、それとなくミルストの方を気に掛けた。
彼女は小学校の教師だった……この状況はそれを想起させ得るものでもある。
ミルストは動揺したように硬直していたが、それ以上の感情を表には出さなかった。
「じゃあ集合地は、比留間研究所ならどうだ? あそこなら防備は整っているだろうし」
「……鑑定士は信用できないと言っていますね。なにせ、個人施設ですから」
こうして、再集合を前提に話は進められていく。
積極的に陽太が提案するが、鑑定士側はそれを否定する。本来は非公開の個人情報なだけに、
万全の状態で盗聴できるような場所は避けておきたい。
話の腰を折る言動に、やや苛立った様子でミルストは水を向けた。
「気持ちは分かりますが、では何か対案でも?」
「S大学の研究棟――人払いは比留間博士にお願いするとして、あそこなら中立的で、
能力関係の防備も整っていますよね?」
S大学は能力を専門とする学部を置いた大学の一つだ。
近場で能力関連の各種対策を取っている事もあるが、現在、当事者である比留間博士が
客員教授を務めている、という点が大きい。
正当な手続きで集まり、場所を借りる事ができるのだ。
連絡はこの中で最も強固なセキュリティを強いた、ミルストが持つ機関の端末に託された。
陽太と鎌田も拘束から解放されて、今日の所は帰宅する事となる。
ここから事態の進展は、後の集合を待つという事になるのだが……
「どうやら、後日集合といった所か。都合がいい。イレギュラーを一層するには、いい機会だろう」
市内、鑑定所からは離れた場所で、頬がこけた神経質そうな男がモニターを覗いて呟いた。
さすがに音声は拾えず、不完全な読唇が限界だったが。
鳥型キメラに搭載されたカメラを通して、要警戒対象である鑑定所を観測していたのだ。
『クリフォト』主要構成員の一人、フォースリー。
かつて、"異変"発症者、川端輪の拉致を試みた男は底冷えするような殺意を秘めて、
続けて表示された岬陽太と鎌田之博の顔写真に視線を送っていた。
429
:
◆peHdGWZYE.
:2019/02/23(土) 02:08:34 ID:Smp1zGL.0
投下終わり。そろそろ補足に書くことが無くなってきた感じですね
意外に手間なので、それはそれでありがたいのですが
補足
S大学
東堂衛のキャンパスライフにおける主な舞台。また、幻の能力者などにも登場。
超能力学部が存在しており、昼夜能力に配慮した教育課程が組まれている。
作品によっては客員とはいえ、比留間博士が属している辺り、わりと凄い大学なのかも知れない。
430
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/11(月) 01:11:50 ID:klUSzyvc0
一応、生存報告をば。体調崩して夜更かし控えてました
431
:
名無しさん@避難中
:2019/03/11(月) 21:57:55 ID:4m4Gifv60
おおう……!ご無理はなさらず……!
432
:
名無しさん@避難中
:2019/03/13(水) 14:47:20 ID:j7/siFYg0
しばらくぶりに見に来たら長編が始まっている!?
トリップも思い出せなくなった鞍屋峰子とかの作者です。
彼女やUNSAIDや比留間慎也博士回りの設定で質問があれば数日以内にお答えできます。
闘技場篇とそれに続く予定の魔王篇も、どうしても面白い形にできないので断筆しています(ごめんなさい!)がいずれ再開したいです。
433
:
名無しさん@避難中
:2019/03/13(水) 18:34:51 ID:j7/siFYg0
まだ全部読みきれてないけどオールスターめいて熱い展開の連続!
鞍屋にゃんvs神山は自分の手に負えなすぎて書くのを断念した対戦カードだったので、実現された並行世界があって満足!
「猫なのに……」←ここ好き。
>>303
《テイルズオブマルチヴァース》の並行世界は、スレのイントロダクションで語られているパラレルワールドの設定に関連していて、メタ的に言うと、全ての作者が描く全てのストーリーの時間軸を指します。(作劇上の意義としては、今描いているシーンとは何かが矛盾してしまっていてパラレルとして解釈するしかないような別のシーンから情報や技術の持ち込みが可能)
なので、無限に分岐していくけど有限、という考察はあっています。
あと当然、この能力が正常に機能していない並行世界とは接続できません。
鞍屋峰子の能力が失われたり、他の並行世界群と完全に切り離された並行世界が出てきたり、一人の作者が描くストーリー上における彼女の全ての可能性が潰される事態はあり得ます。
ただ“その長編における設定”を変えてもその影響が“根幹設定(違う作者も作品にも適用されるような設定、メタく言うとまとめwikiのキャラクターのページに乗るような基本設定)”にまで際限なく波及して他の物語を制限する事はないと考えられます。
なので、今作のような展開も設定上充分に起こり得る事態だと思います。
434
:
432
◆VECeno..Ww
:2019/03/17(日) 00:16:20 ID:kPTQKxPU0
トリップ思い出した。
三界制覇、一見チートくさいようでちゃんと抜け道がありそうな設定なのが面白いですね。
どういう作戦で倒す事になるのか今から楽しみです。
435
:
432
◆VECeno..Ww
:2019/03/17(日) 00:16:37 ID:kPTQKxPU0
トリップ思い出した。
三界制覇、一見チートくさいようでちゃんと抜け道がありそうな設定なのが面白いですね。
どういう作戦で倒す事になるのか今から楽しみです。
436
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:31:31 ID:ISVH0Zes0
思い出したように見に来た方を驚かせる、という目標が達成できて、ちょっと喜んでます
感想や申し出、ありがとうございます。見たかった物、もう全部自分で書いちまえ! という無謀なコンセプトですが、
気の向く範囲でお付き合い頂けたら幸いです。闘技場篇〜魔王編、無理なく再開できる時を楽しみにしていますね
>鞍屋にゃんvs神山
互いに警告止まりの戦いとなりましたが、全力だと普通に手が負えないですね……
実際は事前準備にどれだけリソースを割いたかで決まるか、モチベや戦う意義を削って退場させる戦いになるのかな、と
なるほど。鞍屋さんは、一作者の責任の範疇で扱っても大丈夫、みたいな感じですね。ちょっと安心しました
お言葉に甘えて、回答をもらえたら参考になりそうな質問を三つほど
・能力鎮静剤のメカニズムとか、想定している設定があれば
・《テイルズオブマルチヴァース》の知識共有は何処まで任意的、あるいは強制的か。取捨選択は何らかの形で可能なのか
・UNSAIDと国連軍との連携、情報共有はどの程度か。主要な派遣国の将官ならどの程度、UNSAID側の内実を把握していそうか
437
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:39:43 ID:ISVH0Zes0
22.審判者の戦い
ある意味では、そこは法廷にも似ていた。
薄暗い一室の中央付近に被告は拘束されていたが、裁く者と裁かれる者が居る事には違いない。
一方でそれが司法に基づくか、公正かと言えば違う。
全権を持った上位者による弾劾と要求だけが、そこにはあった。
『先日、君には手を焼かされたよ。なにせ情報を探る能力が通じなかったのだからね。
君はなんらかの耐性を持っている、そうだね?』
「…………」
備え付けれたスピーカーから、加工済みの音声が尋ねかけた。
返答はない。被告は寝台にも似た拘束台に囚われ、四肢どころか、あらゆる動きを奪われていたが、
口元の拘束だけは外されている。
加工音声による質問は続いた。腐った果実のような甘さを伴う猫撫で声だ。
『バフ課の残党はS市に目星を付けている、そうだな?』
「さあな」
囚われた被告はつまらなそうに応じていた。
もっとも、彼が楽し気にしている所を見た者は居ないが。
『バフ課の二班から四班は、交戦の末に全滅した。残りもマーク済みだ。
code:エニグマ君、君の置かれた状況は絶望的だ。分かるな?』
「……ふう」
焦りの混じり始めた音声に、エニグマはため息を返していた。
本来はあり得ない事だ。人道には背いていようと、科学的には万全の処置を取っていた。
すでに意識が破壊され、質問されれば盲目的に情報を吐き出すしかない状態のはずだ。
『最新の自白剤を投与しているはずだぞ!?』
「ああ、ドグマが開発した物よりは出来が悪いようだ。非人道的処置を取って、この程度とは。
日本政府も先が思いやられる。いや、それともお前個人が無能なだけか?」
『貴様――』
もはや尋問者としての仮面も捨て去り、激怒のままに加工音声が吐き捨てようとする。
さらに続けようとした直後、エニグマの顔面が銃器で殴打されていた。
殺さない、という意味では手加減されていた。一方で、頬骨程度は砕く勢いだ。
エニグマの口内に、血の味が広がっていた。
438
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:40:24 ID:ISVH0Zes0
「……――」
「へえ、声一つ漏らさないなんて、本当に機械みたいじゃん?
ま、お上が現場に疎いのは許してやってよ。俺もプロだし、もっと率直な手で済ませるからさ」
上位者は完全な安全圏から、音声だけを送っている。しかし、脱走などのリスクを考えれば、
無人という事はありえない。
エニグマの傍らには、拷問官が居た。声の調子からして、まだ若い。
調子づいたような口調だったが、他人の生殺与奪を握りながら明るく振る舞えるのは、十分に冷酷だろう。
エニグマの身体に冷たい銃口が当てられる。
「先に言っとくと、出血死まで三分。嘘偽りなく情報を吐けば、こちらにも治療の用意がある。
死ぬか吐くか、決めるには十分な時間だろう?」
必要な前置きを述べれば、躊躇なく発砲した。
鎮静剤を投与され能力は封じられた。そして、全身は完全に拘束されている。
たとえ、かのバフ課のトップであろうと、この状況は覆せない。
そう思われた、直後。
「……!? 消えやがった!」
青年の悪態どおり、エニグマは忽然と消滅していた。
彼を捕えていた拘束台も視野から消え、銃弾はこの部屋の壁を貫いていた。
――能力!?
直感と経験則を総動員し、青年は回避行動に移っていた。
切り替えなければならない。有利な位置は瓦解した。次の瞬間に、自分は殺されかねない。
ひゅんっと空を切る音が伝わり、かろうじて青年は打撃を回避していた。
完全に拘束から脱したエニグマが、特殊な打法で打ち込んだのだ。ジャブのような軽い一撃に見えるが、
実際に当たっていれば、どうなっていたかは分からない。
早鐘のように響く動悸を抑えながら、青年は距離を取って、機関銃を見せつけ牽制した。
「っ! やるねぇ。さすがバフ課のトップを張ってるだけの事はある」
「生憎と不調だが」
エニグマ、能面のような男は完全に拘束から脱していた。
台への固定とは別に、まともには動けない拘束衣を着せらえていたはずだが、すでに破られ加工されている。
現在、外したアイマスクを片手に、構えもせずに佇んでいた。
439
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:41:38 ID:ISVH0Zes0
実の所、まるで想定してなかった訳ではない。
これが在り得るからこそ、バフ課を任されていたのであり、そして監視役として手練れが配置されたのだ。
「"任意の傷を付ける"能力か。道理で、機関銃を使う拷問官という色物が成立する訳だ」
対峙者に透徹するような眼差しを向けて、エニグマは宣言した。
的中しているのだろう。青年は軽く目を見開くと、感嘆したかのように口笛を吹いた。
「鑑定技能かい? だが拷問官じゃない。code:バブルスだ。政府のエージェントとして"手広く"やってる。
こっちも状況から推測できるぜ。世界を隔離か、亜空間に引きずり込む系だろ? オッサンの声が途絶えてるし。
だが、なんで発動できたんだ? 鎮静剤も服用させたはずだが」
フッと息を吐いたが、エニグマからの返答は無かった。
応対すると見せかけて、鋭い手捌きから目隠しが投じられていた。
およそ投擲武器としては扱えない代物だったが、かなりの速度で飛来し、狙いすましたようなタイミングで
角度を落とし、バブルスの視界を覆い隠していた。
「教える義理はないな」
「ごもっとも!」
青年――バブルスの獲物は軽機関銃。一瞬だけ視界を隠された所で、彼も愚鈍ではない。
即応して、乱射。嵐の如き弾幕がエニグマの居た地点を薙ぎ払っていた。
一時のかく乱に使われたアイマスクが床に落ちた。
撃ち抜いた地点にエニグマは居ない。だが、バブルスに焦りはなかった。
(大した立ち回りだが、ここらで詰みだ。もう能力は完結していて、武装も無いんだろ?
こちらは軽機関銃に、戦闘用の能力だ。いくら腕が立っても、覆せる差じゃないぜ)
一時、機関銃から逃れようが、結局はエニグマが接近するよりも、捕捉の方が早い。
再び無数の銃弾がエニグマに浴びせられようとしていた。
乱射によって人体が引き裂かれようとした瞬間、エニグマは跳躍していた。
バブルスは銃弾を撒き散らしながら、銃口で空中のエニグマを追う。
空中に逃げ場なし。捉えた――と思われた所で、今度は天井を蹴り、追撃を逃れていた。
最初は壁、次に天井を蜂の巣にしようと、標的にはかすりもしなかった。
「射線を外したか!?」
緊張を露わに、バブルスは舌打ちする。乱射の反動に加えて、天井に銃を向けた姿勢。
嫌でも自身の隙を自覚せざるを得ない。
影が床に降り立つと、低姿勢から跳ねるようにバブルスに襲い掛かる。
440
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:42:17 ID:ISVH0Zes0
「――……っ」
「おっ……と!」
所詮は素手、とはいえバブルスは油断しなかった。
エニグマの掌底打ちに、即座に短機関銃を盾にする。瞬間、衝撃が弾けていた。
「っ!? バケモノ、かよ……」
まるで鋼鉄のハンマーで殴り付けられたかのような威力に驚愕しながらも、
かろうじて衝撃は受け流していた。まともに受ければ、武器の方が破損しかねない。
接近戦は続く。初撃で主導権を握ったエニグマは、追撃を始めていた。
鞭撃のようなローキック、かろうじて回避。さらに開いた間合いを利用して、付き込むこむような肘撃ち。
これはバブルスも格闘技術を用いてパリィ、打ち落とした。
攻防の中でバブルスは悟っていた。エニグマは恐ろしい使い手だったが、今一歩の所で攻め切れていない。
技術的な問題ではない。これは根幹的な"差"に起因するものだ。
「認めてやるよ。ちょいと自信はあったが、アンタの方が腕は上だ。銃器の差を埋めるなんて、バケモンだな。
だが、それだけに今のいい加減、分かったんじゃないか。いいや――もうこの世界の常識だろう?」
わずかな隙を付いて、バブルスは機関銃で掃射。強引にエニグマを退避させた。
彼が主張している通り、少々足掻いた所で勝敗は決していた。
バブルスの能力は「任意の傷を付ける」というもの。わずかな傷が行動不能に、致命傷にすり替わる。
故に、エニグマは攻めに専念できない。素手で戦う以上、本気で攻撃すれば自身も傷付くからだ。
「『能力』という巨大な差は覆せない――誰も彼も分を弁えて生きていくしかないのさ」
戦意喪失を期待していた訳でもないが。それでも、現実は重く圧し掛かる。
そのはずだった。
「……シルスクという、未だに能力を発現させてない部下が居てな」
「あん?」
ぼそりとした独白、それを聞き咎めてバブルスは眉をひそめた。
「奴なら、そうだな。『能力者も所詮は人だ、殴れば悶えるし、刺せば死ぬ』とでも言うか」
「夢見がちじゃないの。"不死身"だの"無敵"だの、いーや"全能"だって居るのかもしれない。
何処まで行っても、ただの人間には限界が付きまとう」
バブルスは笑った。別段、挑発のつもりもない。
珍しい主張ではない。努力すれば能力の差を覆せるというのは、普遍的に見られる話だ。
人類が持つ最大の力は、人間そのものの力に他ならないと。
だが、極まった世界ではどうだろうか?
高い戦闘能力、適切な武装、そのうえで能力の運用を最適化した相手に、能力というアドバンテージを欠いて、
勝つことができるのか。残念ながら不可能だろう。
441
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:43:14 ID:ISVH0Zes0
「そうだな、馬鹿げている。だが――バフ課の総隊長として、当たり前の諦観よりも、
その馬鹿を取らせてもらう。頭の痛い話だが、選択の余地などない」
泰然としていたエニグマが、ここで初めて構えた。武術的な型を取ったと言い換えてもよい。
「ある者は不死身となり、ある者は無敵となった能力社会――
"人以上に成り下がった化け物"を必罰を以って、"人"に還す。それがバフ課の理念だ」
短機関銃に加えて、能力――
相当な差があるにも関わらず、バブルスは威圧に気圧されて、わずかに足が退いていた。
「……! 大した気迫じゃないの。いいぜ、それならこっちも全力で叩き潰してやるよ!」
己を奮い立たせるように宣言すると、瞬時に弾倉(マガジン)入れ替え、発砲した。
所詮、気迫は気迫。能力でも絡まなければ、物理的な作用など存在しない。
音速をも超える弾幕とそれによる面の制圧に、何ら対処できるものではないのだ。
ただ、現実としては、まるでエニグマに命中する気配は無かった。
恐ろしい事に、銃身を動かす速度に対抗できるほどに敵の移動が速い。
しかも、こちらが焦れば、その隙に弾幕の間を掻い潜るような芸道さえ平然と実行してのけた。
(さすが、達人って奴か? だが、それじゃ着地が半秒遅いぜ!)
エニグマは歩法と姿勢制御だけで、信じがたい程の移動速度と跳躍力を発揮していたが、
それだけでは限界が存在する。
何度目かのオート射撃を回避した際、その跳躍は行き過ぎていた。
いかに超人的な技能を持とうと、地を蹴れなければ移動はできない。
ついに無数の弾丸が、エニグマを捉えようとした瞬間――
「今だ……ゴースト!」
叫んだ瞬間、戦闘開始以前にエニグマを捉えていた拘束台が、突如として室内に出現していた。
それも本来、空中で動きを奪われたエニグマの足場となる形で。
踏み台にして有り得ないタイミングでの跳躍、それは完全に敵の算段を崩していた。
際どい角度で弾幕を上から掻い潜り、そのまま空中で身体を反転、勢いの乗った左脚がバブルスの頭部を蹴り抜いた。
技量を思えば、蹴り殺すのは容易だったはずだが、手加減されていた。
顔が完全に潰れかねない程の威力だが、治療すれば死には至らない。
皮肉にも、バブルスの脅迫が彼我を変えて実現した形だ。
442
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:44:18 ID:ISVH0Zes0
「くっそ……最初から……二対一かよ。道理で……」
「理念を語るなら、実現する手段を用意しておくのが当然だ」
意識が途絶える瞬間に、バブルスは全てを悟って、言葉を残していた。
気絶した相手には届かないにせよ、軽やかに着地したエニグマも簡潔に応じる。
ゴーストというのは、ある運び屋の名前だ。
ドグマにも協力していた経歴から、その名は前線に立つ者なら耳に入れていた。
彼の能力は現実を模した"亜空間を作り出す"能力。その亜空間には任意で、物を取り込む事ができる。
大したトリックではない。外部協力者が能力で支援してたのだから、エニグマに鎮静剤を投与しようと、
能力の影響を断つことはできない。
何がどこまで能力で、誰の能力によるものか、という点を伏せ続けた。能力戦の基本を忠実に守っただけの事。
あらゆる想定が通じないノールールの戦場故に、情報と周到さで上を行った者が勝利する。
その原則は、標的を拘束し、銃を突き付けた程度では覆らない。
『なんだ、何が起こっている!?』
ゴーストの能力が解除され、亜空間から通常空間に戻れば、一転して敗者となった男の声が響いていた。
無論、解説してやる義理もない。エニグマはただ冷酷に現状を突き付けていた。
「さて、こういう形で組織に影響力を残しているのは、かなりの越権行為でしょう。
それとも良からぬ組織と組んだ結果ですか。公安調査庁"前長官"どの?」
『なんの話か分からんな。異常者の妄言だ』
堂々と指摘を跳ね除ける態度は、剛毅といっても良い。さすが責任ある役職を務めていただけはある。
しかし、今回はあまりにも相手が悪く、状況を見誤っていた。
「取引する気がないというなら話は早い。ならば、こちらも超法規的に対応するというだけの事だ」
『なっ!? いや待っ……』
二の句も継がせずに、バブルスから拝借した機関銃でスピーカーを破壊する。
これで終わりだ。何らかの反発はあるだろうが、国際会議まで官僚組織がバフ課に手を出す事は無い。
一方、打ち切られた警察組織由来の権限も回復はしないだろうが、無いなりにやっていくしかない。
無理を通すのは、いつもの事だった。
ここで唐突に拍手の音が響いた。
おそらくは亜空間での交戦中、室内に侵入していた男がエニグマを称賛するように拍手を送っていた。
軽い若者らしい雰囲気ではあるのだが、目だし帽――特に強盗が用いるイメージが強いマスクが、
かなり怪しい雰囲気を醸し出している。
彼がゴースト、エニグマに雇われ、仕掛け人の役割をこなしたフリーの運び屋だった。
443
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:45:16 ID:ISVH0Zes0
「いやいや、結構なお手際で。これからターゲットの始末にでも?」
「手を出さずとも、向こうが勝手に始末するだろう。生きた人間ほど厄介な証拠もないからな」
能力で脳を探られ、自白剤を投与されても、情報一つ漏らさなかった男は平然と嘯いた。
自白剤は事前に中和剤を注射しており、能力の方は特殊な対策を実行する事ができた。
そのため、エニグマを一般例とする事はできないのだが。
「それで、各種装備は?」
「ひとまず、端末と拳銃だけ。残りは裏手の偽装して置いた車両に置いてあるので」
顧客の質問にゴーストは速やかに答えた。バフ課の通信端末と、拳銃を投げ与える。
フリーの運び屋とはつまり、非合法な依頼にも応じるという事であり、本来は犯罪を取り締まる立場にある
バフ課とは敵対関係とも言える。。
だが、同時に報酬と契約に足る信用があれば、敵からの依頼も例外なく引き受けるのが彼らのやり方だ。
望ましい事でなくとも、利用できる者を利用する事に、エニグマは躊躇を覚えていなかった。
法の外から法益を守る超法規組織、故にルール違反は当然の事だ。
『クリフォト』も次の手を打つのが早い。
短時間の内に、端末から情報を収集すると、感心したようにエニグマは頷いていた。
「ほう。今度は、偽の情報に基づいて非常事態宣言が出たようだな」
そこから先は地獄だった。特に、同行者であるゴーストにとっては。
車両内で、武装を整えたまでは良かったのだが、現在は聞きなれない走行音に追われながらも、
法定速度を遥かに超過した速度で、一般道を逃げ回っていた。
「いやぁ……アヤメさんって上客だったんですね。どう考えてヤバい仕事だ、これ」
「適正な報酬は支払ったはずだが」
「適正じゃ、到底足らないのでっ! なんで戦車とカーチェイスやらされてるんですか!?」
ゴーストが鋭くハンドルを切れば、偽装車両がドリフトしながらT字路に突っ込めば、
それを追うように爆音が響き、砲撃が建造物を貫通し崩壊させていた。
観察する余裕などなかったが、一撃で瓦礫の山と化した事は想像に難くない。
「街中で撃ちましたよ、連中!」
「広域汚染能力を持つ犯罪者への対処としては当然だな。自衛隊の法整備は進んでいるようだ」
「標的、僕らなんですけどー!?」
もちろん、チェンジリング・デイの影響で各地のゴーストタウン化が進んでいるから、出来た事ではあるが、
インフラへの影響を抑えるためにゴム皮膜を装着して、各駐屯所から戦車が持ち出されている点は壮観だった。
『クリフォト』が用意した誤情報に基づくものではあったが、着々と避難は進み、戦闘被害を抑えるための
誘導も的確に熟している。
時間が経てば、航空機により上空から封鎖、監視が開始されるだろう。
444
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:45:38 ID:ISVH0Zes0
「報酬の上積みをお願いしますよ!」
「覚えておこう」
さすがは裏の運び屋というべきか、公的な地図が反映されていない点を把握しており、
ゴーストは的確に封鎖を突破しつつあった。
車を変えて、高速に乗るか。いっそ裏ルートから貨物車両を用いるか。
首都脱出ルートを思案しつつも、次のオーダーを要求する。
「……で、行き先はどちらにします?」
「空港が封鎖されているとなれば……遠いが大阪に向かう。あちらからのルートなら盲点だろう」
最終地点はアトロポリス島となれば……想定ルートを把握し、ゴーストもなるほどと頷いた。
だが、西日本まで突破するだけでも現状は厳しい。
エニグマが隠し持つ手札の他には、ゴーストの運び屋としての実力が問われる事になるだろう。
「しかし、駒が足らないうえ、介入にも限度がある。
前哨戦としては、やはりS市のそれが最大の分岐点になるか……」
対『クリフォト』の盤面が進む中で。ただ一言だけ未練ありげにエニグマは呟いたが、
それ以降は沈黙し、ただ自分達に待ち受ける未来だけに視線を向けていた。
445
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/20(水) 01:47:16 ID:ISVH0Zes0
一月開きそうな所で、ようやく続きです
あんまりペース落とすと終わらないので、回復していきたい所
>三界制覇
わりとチート気味ですが、弱点から逆算して作った能力でもあります
後から、素で突破できるキャラが居る事に気付いたり、この辺はシェアード独自の面白さですね
補足
ゴースト
主にW20/vpg05I氏の作品で登場。顔を隠すのがポリシーの運び屋さん。
昼は半径100m以内を模した亜空間を作り出す能力、夜は任意の物や人を見つかりにくくする能力。
主役として活動するタイプではないが、地味に八面六臂の活躍をしている。
バブルス
この作品で初出。日本政府のエージェント、穢れ仕事も含めて手広くやっている若者。
昼は「任意の傷を付ける」能力。具体的には与えた傷を、任意の傷に変更するというもの。
能力が凶悪な事を除けば、作者的には便利なやられ役として登場した人。
446
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/20(水) 22:37:57 ID:w2VI8a8k0
>>436
・能力鎮静剤のメカニズム
これは能力そのもののメカニズムが決まらないと決められないやつなので特に設定はありません。
各々の話を書く作者さんの自由です。
実験により再現性は確認されているけれども詳しい作用機序は分からない(中和剤が開発されているなら不向きな設定)、でもいいですし、
もしかしたら、何処かの時間軸においてリンドウの作り出したオリジナル薬が分析されて技術的再現に成功して、その技術を鞍屋峰子が盗み出したのかもしれません。
・《テイルズオブマルチヴァース》
精神共有はどちらかと言えば強制的です。なので知識も自然に自動的に伝播します。
ただ原理的には、近似した並行世界の精神的同一者(鞍屋峰子)をリレーしていって交信しているので、情報の伝播速度や距離(?)には限界があります。
明確な設定としては、泥酔したり洗脳を受けたりして精神状態が普通ではない鞍屋峰子とは交信が不安定になったり、程度によっては接続を確立できません。
また、あまりにも歴史や常識が違い過ぎる並行世界の情報は仕入れてもあまり役に立たなかったりします。
ぶっちゃけて言うと、彼女の考えている事は、自分も大まかな行動原理(他者に重大な選択を突き付けて歴史を分岐させたがる事。究極的には所属組織よりも自分優先)しか分かりません。
実際、今後書かれるかもしれない別の物語の展開を(時系列が被っていれば)彼女は既に知っているかもしれないのですが、
それを今まさに紡がれている物語の中で明かしてくれるとは限りませんし、作者である我々にさえも(彼女の知っているはずのその展開は)今は分かりません。
こういう、作者にも考えの読めないブラックボックスさとミステリアスなキャラ立てが鞍屋峰子の魅力だと自分は思っています。
彼女は隠し事の究極のエキスパートなのです。
逆に言うと、(スパイっぽく動いていれば)適当に動かしても割とそれらしくなるし、動機も案外後付けで考察できちゃったりする、というコンセプトのキャラになっております。
ちなみに読心能力を彼女に使っても、重なり合う並行思考がノイズになるため、彼女の考えを正確に掴む事は不可能です。
447
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/20(水) 23:38:03 ID:w2VI8a8k0
・国連軍とUNSAID
平和維持活動(PKO)を担う国連軍(PKF)は実は常備軍ではなく、作戦(Operation)ごとにその都度結成され、世界各地で別々の組織として活動をしています。
チェンジリングデイ世界では能力者1人で1地域が脅かされたりするので、そうした危険な能力者事件に対して、現実世界でよくある有志連合の武力行使めいた強行的な制圧活動を行う事もあります。
ただし、その場合でもやはり、武器や違法薬物や人身の売買や非人道的行為からの住民の救出など、公言しても恥ずかしくないような大義名分が必要になってきます。
ただ優れた指揮能力を持っていて、なおかつ国際活動を円滑に進められる人望のある人材はおのずと限られるものですので、常連メンバーはそれなりに存在し、そうした人物とその直属部隊を便宜上、国連軍(PKF)と呼ぶ人もいます。
一方でUNSAIDは常設の組織です。認知度で言えば、そもそもUNSAIDの全容を知る者は誰もいません。
スパイ活動による国連の補佐という共通理念はあるものの、かなり分権的な体制で動いている(非ピラミッド型組織)ため、
メンバーでさえも活動の全容を知っている者はいません。
国家機密に触れられるような地位の将官なら、UNSAIDが国連の機関である事を知っていて、
UNSAIDに国連軍への協力や情報提供を要請することが出来てもおかしくないです。
逆に、UNSAID側が国連の他の組織(安保理とか)に働きかけて作戦を立ち上げさせ、
一つの国連軍がまるごとUNSAIDの傀儡になっている、というケースもあるかもしれません。
また、そもそも表向きの顔が軍人であるようなUNSAIDメンバーもいます。
以下、設定メモより。
【コードネーム:ミカエル (ミハイル・ポリンスキー/Mikhail Polynski)】
UNSAIDの“四天王(アルマンデル)”と呼ばれる幹部の一人。オーラの色は黄色。
表向きの顔はロシアの軍人で、普段は国連治安維持活動(PKO)の様々な作戦に従事している。
軍人の立場から得られた機密情報をUNSAIDに提供する。
昼の能力…《万軍(ツェバオト)/Tsvaot》 【意識性】【操作型】
『仲間を召喚する能力』
対象と同意の元での契約を行う事で効果を発揮できるようになる契約系の能力。
空間を超えて契約者を自分の近くにテレポートさせてくる事ができる。
本気を出せば一日にして兵站の構築も可能な事から、文句なしに“戦略級”の能力と位置づけられている。
夜の能力…《デミゴッド/Demigod》 【意識性】【操作型】
『万能念動力』。いわゆるサイコキネシスだが、出力が半端ではない。
重戦車を放り投げ、ミサイルを力づくで押し戻し、空母のスクリューをねじ切るほどの出力を誇り、
対人戦闘ならたとえ能力者相手でも即座に脳髄をすり潰し心臓を引き裂いて瞬殺してしまう。
軍事基地一つを単身で壊滅させた武勇伝もあるとか。
代償として、夜の間は視覚以外の全ての感覚を失う。
このため不意討ちへの対応力が弱くなるが、通常この弱点は部下や側近による索敵や、
「ソテイラ」と呼ばれるUNSAIDの別メンバーの『不意討ちを自動的に防ぐ盾を与える能力』《イージス》によってカバーされている。
448
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/22(金) 02:11:23 ID:3IKPx1Iw0
丁寧な回答ありがとうございます
能力鎮静剤は独自に細々とした部分を書かせてもらって大丈夫そうですね
《テイルズオブマルチヴァース》は干渉起こしそうな能力もそうですが、
一人称的に書くタイミングで、ちょっと筆が混乱を起こしまして
自動なら彼女のメンタリティは我々、普通の人間が想像するのも限界がありそうなので、
書ける範囲で書いて、残りは隠し事で扱いで行けると信じて、頑張ってみます
国連軍は色々事情か変わっているけど、現実のPKFに近い形と
UNSAIDは予想以上に複雑……! 聞いておいて良かったです。誰も全貌を知らない状態とは
そして、まさかの"四天王"。もしかして、残りの三名も四大天使だったり?
449
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/22(金) 20:39:18 ID:mduEd5ac0
鞍屋峰子は一人称視点には物凄く向かないキャラですね。フォグ以上に向かないかも。
UNSAIDの組織形態。他の組織とは異なる形態の組織も欲しかったのと、異能力バトルによる暗殺や傀儡化が日常茶飯事っぽい世界で、
トップが落ちたらアウトな構成はリスクが高いので、そういう事態を原理的に回避しようとする組織があってもおかしくない、
と考えてこういう設定にしました。
>残りの三人
海外にはまれによく天使の名前がついた人いますよねー。
ここだけの話、名前がちょうど揃ってるから四天王と呼ばれるだけで、別になんか組織内での特権があるとかではないです。でもクソ強い事だけは確かです。
偶然それっぽい名前の人が集まったから能力を天使にこじつけてるのか、逆にそれっぽい能力が発現した時点でその名前に改名したのかは御想像にお任せするとして、
どっちにしろこいつらも厨二病です。チェンジリングデイ世界は厨二病が当たり前の世界なので心強い。
他のメンバーは魔王篇を踏まえて物語構成に必要な能力を考慮しているのと、
チート級異能力者集団がコンセプトなので物語抜きに設定だけ出すのは憚られていたんですが、
要望があれば現時点での人物設定を晒せます。
450
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/24(日) 12:56:17 ID:l6AnGHeU0
プロットを漁っていたら、
フェイブオブグールの能力考察が出てきたw
もともと(能力が分からないと話に絡めるのが難しかったので)、
魔王篇で登場するまでに能力が公開されなかった場合の代替プランだったのですが、
これも要望があれば比留間博士の“仮説”という形で投下できます。
451
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 00:59:57 ID:5byXXDtk0
23.魔性の時間
S大学、超能力学部棟――超能力学部とは能力について、専門的に扱う学部だが、
能力は時に身体に強く影響を与える。
場合によっては、まったくの別物へと作り変えてしまう。
こうなってしまば、既存の医学などでの対応は困難であり、それを管轄とする超能力学部も
時には臨床的な雰囲気を帯びる事がある。
中でも特に有名なのが能力を抑えるとされる、能力鎮静剤だろう。
「もう首を突っ込まない、と言った手前、少々格好悪くはあるな」
患者の付添い人に睨まれて、比留間博士は持てましたように注射器の先端を消毒し続けていた。
緊張感の類はまったくない。能力研究の都合上、こういった経験は少なくないのだ。
見当はずれのコメントに、付添い人は若干あきれた様子で、比留間博士を睨んでいた。
「本当に、人体実験ではないんですよね?」
「怖い顔をしないでくれ。彼女の能力上、危害を加える事はできないはずだよ。
それに手を加えてはあるが臨床上、副作用も危険とは言えないものだと確認されている」
人体実験でない、とは断言しなかったものの、安全性は保証する。
付添い人、彼の名は東堂衛(とうどう まもる)。整ったベリーショートだが特徴といえる程でもなく。
人並みに善良そうな風貌の、絵に描いたような平凡な大学生だ。
ただし、同居者が同居者なのでロリコン疑惑がある。
「だ、大丈夫です。衛さん……その、お注射だって怖くありません!」
いや、危ないかもしれないのは、針じゃなくて薬物の方なんだけど、と衛は思う。
食いかかるように、注射器の針を見つめるのは今回の患者、鬼塚かれんだ。
黒髪を伸ばした中学生の少女、なのだが年齢よりも一回りは小柄だ。首から下げた花のペンダントが愛らしい。
今は微妙に注射器に怯んでいるが、夜は怪物化するという、本人にすらコントロールできない危険な能力を持つ。
これまでは鎮静剤すら効果がなく、"無敵"という強力な夜間能力を持つ衛が身柄を預かる形を取っている。
男が女の子を……という話も出てくるのだが、チェンジリング・デイ以降、身寄りのない子供を
周囲が養う様子は自然に各地に見られるものとなっていた。
もし、かれんが危険な能力から解放されるというのなら……
衛も意を決して、おねがいしますと投薬を促していた。
博士は注射器で鎮静剤を吸い上げると、確認するように押子を動かし、針の先端から雫が滴るのを見つめる。
やがて、すでに準備を終えている、かれんの腕の血管へと針を向けた。
452
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 01:00:51 ID:5byXXDtk0
「……っ!」
目をつむるかれんだったが、それ以上に比留間博士も緊張で、額が汗で濡れている事を自覚した。
かれんの昼間能力は、周囲の環境に身を守らせる事、身を守るとはつまり、能力を失う状況にも何らかの妨害が
入ってしまうという事。これまで、昼間に鎮静剤を投与できた例はない。
やがて、緊張のピークとなる"一瞬"は過ぎ去っていた。
「よし、投薬には成功した。後は日が落ちた後に、効力が出るかだ」
袖で汗を拭いつつも、会心の結果に比留間博士は自信家らしい笑みを浮かべた。
運命操作の網を掻い潜り、投薬に成功した例は今回は初めてであるはずだった。
ある程度の確信の元に行った投薬ではあるが、やはり実証には感慨がある。
「本当にかれんに、この鎮静剤は効くんでしょうか」
「それは現状、誰にも断言できない事だ」
ここでまだ不安げな衛に、比留間博士は科学者として誠実に応じた。
前例がなく、理論もまだ仮説段階。安全だけは証明されているが、結果など分かるはずもない。
「ただ、そうだね。能力の強度、という概念について君は知識があるかな?」
「大学で受講した程度なら」
一見、関係のない質問に衛は身を正した。
客員教授としての比留間博士が行う授業は、少人数のそれではなく生徒の指名などあり得ない。
だが、それに近い雰囲気を感じ取ったのだ。
「能力が引き起こす現象とは別に、相互に矛盾する能力が干渉しあった際の優先順位、それを決める要素が強度です。
例えば、物質を固定する能力と、物質を転移する能力、みたいに。
ただ、統計的には現象のエネルギー量と、強度は比例する事が多くて。例外も珍しくないそうですが」
確認するように、衛は比留間博士の顔色を窺ったが、深い返答が求められている訳でもない。
「そう。超能力学部で真面目に授業を受けているみたいだね。
ただ現在、強度は能力間の干渉において語られるが、実はもう一つ無視できない要素がある」
ここで披露された話は初耳だった。衛も様々な経験から、能力には関心を持っている。
しかし、これは未だ世間には認知されていない学説だ。
「それは一体?」
「現実そのものが持つ強度だよ」
現実の、強度。理解が追い付かず、衛は相槌すら打てなかった。
能力だけではなく、今目の前にあるような、当たり前の光景にすら能力と同じ強度がある?
453
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 01:02:09 ID:5byXXDtk0
困惑を察したか、噛み砕くように比留間博士は続けていた。
「現実の方が強度が弱いからこそ、能力が優先されて超常現象が機能する。
逆に注意散漫などで能力が弱まった場合、発動したにも関わらず現実に強度で負けて、
能力が機能しない、という事も起こり得る訳だ」
つまりは能力と能力の競合を、既知の物理法則と能力の関係にも適用、拡張した理論だ。
これが正しければ、強度が関わるのはレアケースなどでなく、日頃から当たり前に現実と競合し、
それらを書き換えている事になる。
「もしかして、能力鎮静剤というのは……?」
「鑑定士などが用いる不透能力素材もそうだが、強度が関わっている、という仮説が存在している。
つまり鎮静剤とは、人体の強度を上げて、能力が機能する起点だけ抑えているのではないか、とね」
反論はあるものの、抑えられるのは、あくまで起点だけ。
すでに発動した能力を弾く程の強度は無い、とすれば当面の矛盾はなくなる。
所詮は仮説ではあるが、未だ解明されていない鎮静剤や不透能力素材を説明付けられる理論でもある。
鎮静剤も複数のアプローチから開発が進んでいるのだが、今回使用したものなら効用は確認されたものの未解明、
能力の不調が起きたデータを集めて、前後の環境や摂取した物質から、調薬されていた。
「それじゃあ、かれんに鎮静剤が効かないのは、能力の強度が高すぎるため?」
「可能性はあるだろう。だが、この仮説が正しければ、無意識性の能力に鎮静剤が効かない場合、
発動の瞬間を確実に抑えれば――つまり、昼夜の切り替わり前に投与すれは、結果が変わる可能性がある」
そもそも、能力次第では物理的に投与できない、または人体が別物になっている、という場合もある。
怪物化するかれんが、その実例ではあるし、比留間博士の身近には霊体化する能力者が存在していた。
454
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 01:03:16 ID:5byXXDtk0
「これまでは、彼女の能力によって、昼の間に投与する事は阻まれてきた。
だからこそ、精度を高めた遅効性の鎮静剤の出番だ」
昼の間に投与し、夜の能力"だけ"を消してしまう新型の鎮静剤。逆も可能だ。
成分調整と体内時計による反応によって、確実に片方だけ鎮静する。
一方の能力を消せない、あるいは消せば命に関わる類の能力者にとっては、天恵とも言える薬剤だ。
もちろん、全ては被験者である鬼塚かれんの結果を待ってからだが。
「是非とも、結果をこの目で……と言いたい所だけど、安全上は君たちからの連絡を待った方がいいかな」
「ええ、そうしてください。翌日には結果を伝えるので」
直接見たいとか、正気じゃないだろ、と内心で呆れながら衛は比留間博士の理性を支持した。
夜間のかれんは好奇心で立ち会うには、危険すぎる存在なのだ。
話もそこそこに、退室していく衛とかれんを見送り、比留間博士は現状を再確認していた。
新型の鎮静剤――しかも、実用化段階となれば、様々な意味で国際会議では武器となるだろう。
『クリフォト』(実在すればだが)や諸勢力にとっても、想定外の要素となるかもしれない。
だが、それ以上に陽太の報告から、比留間博士はある種の予感を得ていた。
チェンジリング・デイの際に生じた、人類種とは分かたれた怪物たち。
もちろん、自分の目で見た訳でもないが、それだけは厨二妄想とは一線を画していた。
強大な能力、それを狙う組織……だけなら、珍しくもない。しかし、怪物の存在が異質な影を落としている。
彼らは何者で、何処から来たのか。夜は怪物化する、鬼塚かれんにも通じるものがあるが……
「事態がどう転ぶかは分からないが……あまり楽観するべきじゃないか」
衛とかれんが退室していくのを見送ると、比留間博士も席を立った。
研究棟の利用許可は得ている。後は関係者の集合を待つだけだった。
455
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 01:04:26 ID:5byXXDtk0
――――
昼頃、岬陽太たちもS大学に向けて出発していた。
鎌田は昼はカマキリの姿をしている。この状態でレストランに入るのも憚られたので、
S市の駅で降りてから、駅付近のコンビニで腹ごしらえをする事にする。
おにぎりを綺麗に平らげてから、あらためて陽太は拳を握りしめていた。
かなりの無茶を続けたが、それでも道は開けつつあった。
「今日が正念場だ」
「そうダね。少なくトも、世界改変ノ証拠ガ比留間博士の手に渡ル事にナる。
カレの事を100%信用でキる訳ではナいケど」
カマキリの姿で、陽太の服にしがみついた鎌田が、発音し辛そうだが賛同していた。
世界改変が起きる前だが、比留間博士は水野晶に並々ならぬ関心を持っていた。
それが拉致されたのなら、利害の一致はあるだろう。
鑑定局の二人も個人の抹消は看過できない事だろうし、一緒に居た裏社会の女性も同じ事だ。
この集まりは『クリフォト』の尻尾を掴む、重大な一歩になるだろう
「けど夕方っては不吉な時間帯だよな」
「あア……そウか、タしか晶くンも……」
親の部屋から持ち出した腕時計を確認して、陽太がぼやけば、鎌田が気づかわし気に頷いた。
『クリフォト』と遭遇した時の事を思いやっての事だ。
陽太は立ち直っているようで、まだ本調子でもない。
「どこまで話したっけな。あいつが拉致されたのも、そうだけど思い返せば、
最初に猛犬に追われたのも、比留間慎也と対決したのも、夕方ごろだったんだよ」
現状、辛くもある思い出だが忘れてしまうよりは、ずっといい。
予感を得て、訓練はしていたものの、戦いが始まったといえるのは、やはり猛犬に追われた夕方ごろだろう。
陽太の実感は、彼個人だけのものではなく、想像以上に広い範囲で共有されていた。
能力が切り替わる時間帯は、能力に依存して活動する組織であれば不確定要素が増大する。
456
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 01:06:35 ID:5byXXDtk0
「直感だが、今度の集会は会って話して、というだけじゃ済まねえだろうな」
「陽太クんは何カとトラぶルに巻き込マれるカらね」
「力ある者の宿命ってやつだな」
深刻になっても、あくまで厨二は抜けないらしかった。
「とにかく、"保険"は用意しておいたから、周辺地形を把握してから目的地に向かうぞ」
地図と睨めっこする陽太と鎌田、それを街中を飛び回るカラスが見下ろしていた。
やがて、高々とカラスは上空に飛びあがると、暗い炎に呑まれるように消滅していく。
能力の産物だ。何者かが、カラスを模倣して、彼らの姿を監視していた。
「不愉快――子供に尻ぬぐいさせる大人って、ほんと嫌」
S市、市街地のくたびれた貸しビルの屋上で。
まだ中学生にもなっていない年頃の少女が、風に流される赤髪を帽子の上から抑えつけていた。
やがて、手を伸ばして指を立てれば、暗い炎のようなオーラが沸き上がり、カラスの形を構成していく。
それは能力によって、作られたカラスが鳴いたのと同時の事だった。
S市を歩き回る、陽太たちの付近でまず破裂音、続いてガコンと金属が変形する音が響いていた。
「今の音ハ……」
「どっかの馬鹿が能力で暴れたか」
君も公園で修業と称して、無茶やってるでしょ、と思ったものの、鎌田はあえて触れなかった。
どうあれ、事件となれば見過ごす訳にはいかない。音からして距離は近いはずだった。
周囲を見回し、異変を確認した所で、陽太の視線は硬直していた。
まず、付近の自動車の背部、トランクカバーが内部からの圧力で弾け飛んだらしい。
蓋が湾曲して、そこらに転がっている。
そこから這い出ていたのは、陽太によって見覚えがある怪物だった。
ずんぐりとした体形、黒い毛むくじゃらで、異様に大きな口に無数の牙が生え揃っていた。
「クリッター……!」
それは『クリフォト』が戦闘に投入した、人類種の天敵となる怪物。
チェンジリング・デイ以降、人類が辿った末路の一つだった。
457
:
◆peHdGWZYE.
:2019/03/27(水) 01:08:58 ID:5byXXDtk0
メタ的にも、この世界の夕方、夜明けは危険な時間帯ですね
>>449-450
四天王の皆さんは物語に登場できる機会を待とうかな、と
ミハイルさんは作中のどこかで、言及させてもらう機会があるかも知れません
フォグの能力については是非とも。あれこれ書く予定があったので、凄い楽になりますw
反動で不死になってるとか、死者とのリンクとか、漠然と妄想していたのですが纏まってない状態
補足
能力鎮静剤
主に比留間博士が運用している薬品。各描写からして、内服薬と注射薬の両方が存在している。
文字通り、投与する事で対象の能力を抑える事ができる。
東堂衛
Beyond the wall、東堂衛のキャンパスライフの主人公を務める人物。
昼は不干渉、夜は無敵。防御面では無敵といって良いほどの能力を持つ。
親友の幸広が主役属性の能力を持っている事があって、かなり平凡さが強調されている。
ロリコン疑惑ネタが多い。
鬼塚かれん
東堂衛のキャンパスライフのヒロイン。深く描写されないものの、屈指のハードな経歴を持つ。
昼は周りの環境に自分を守らせる能力、夜は怪物化する能力を持つ。
東堂衛のキャンパスライフ以降は前向きに生活しているらしい。
458
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:22:05 ID:EeZPaNno0
【フォグの能力についての仮説】
「博士、フェイヴオブグールの能力は何だと思う?」
「“サイファー”か。いきなりどうしたんだ」
「いや、少々気になったのだ」
比留間博士の書斎に突然現れたサイファー。この光景はもはや日常茶飯事だった。
そのため博士もあまり驚いていない。
ちなみに、質問の内容自体はよくあるものだ。
バフ課や政府筋や国連などなど各方面から問い合わせがたびたびある。
フェイヴオブグールの能力が今までに引き起こしてきた現象は非常に多岐にわたる。
一回一回の観測ごとに全く違う結果が出てしまうと充分な再現性、つまり科学的な信頼性を得られない。解析は困難を極めるのだ。
その上、当人の地位が地位だけに、能力鑑定士を派遣する、というのも無理だ。鑑定士が死体になって戻ってくればまだマシな方の結末と言えるだろう。
必然的に、能力研究の専門家である比留間博士の元に、解析の依頼が断片的なデータと共に寄せられる事になる。
「そうだな……結論から言えば、その質問はあまり意味がない」
「意味がない?」
意味深な回答にサイファーは思わず鸚鵡返ししてしまった。
「君からの情報によれば、犯罪組織“ドグマ”は能力を移植する手段を持っているんだろう?」
「さすが博士。記憶力がいいな」
「記憶力は博士号の必要条件ではないよ。
さて、話を戻すと、ドグマの首領であるフェイヴオブグールは、
今の能力よりももっといい能力を見つけ次第、自分にそれを移植して、能力を更新していくだろう。
せっかく答えを求めても、その答えはすぐに変わってしまう。
正直な話をすれば、当研究所に寄せられているデータも、どこまでが今も有効な情報なのかが分からないため、解析のしようがないんだ」
459
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:27:47 ID:EeZPaNno0
「やはり博士。堅実な御回答だ。だが私はもっと大胆に踏み込んで推測する」
サイファーが比留間博士に対して自分の見解を述べてくる事は珍しい事ではない。
なにしろ彼女は《ユビキタス》という神出鬼没の能力の持ち主。世界中の出来事を生で見てくる事が出来るのだ。
そうした現場の情報は、比留間博士は持ち合わせていない。つまりそれは博士にとっても貴重なデータとなる。
「ふむ。取り合えず聞かせてくれ」
「もしその『もっといい能力を見つけ次第、自分の能力を更新してしまう』を突き詰めたら、どうなると思う?」
「全能……というのは、君の好む答えではないと思う。
もしそうなら、とっくに世界は滅亡している、と君なら考えるだろう。
加えて、君は、世界はとっくに滅亡しているかもしれない、とここで言いだすような性格ではない。違うかい?」
「ご明察。では、その線はないとして……
もし、ドグマが、フェイヴオブグールが、能力を更新していく何処かの段階で、
その『もっといい能力を見つけ次第、自分の能力を更新してしまう』事自体を体現する能力に
辿り着いたとしたら?」
「『自己進化する能力』か。それは大いにありうる」
博士の記憶の範疇でも、一回の戦闘の中で、全く別種の能力を使い分けたと思しき複数の事例が報告されていた。
これを説明するには、戦いの途中で移植したというより、戦いの最中で能力が進化した、と考えた方がスマートだろう。
ともあれ、サイファーから仮説が提唱された事で、検証は楽になった。
この図式が、集まっているデータにどこまで適用できるのか。
博士はパソコンのキーを叩き、フェイヴオブグールに関する戦闘の記録を表示した。
(そのうちの少なくない量が、サイファー由来の情報だった)
「……だとすれば、その『もっといい』というのはどのような基準で、どういった手段で見つけているのだろうか」
博士は頭をひねった。
記録を見る限り、少なくとも昼の方は単純に『コピーする能力』というわけではなさそうだ。
460
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:30:22 ID:EeZPaNno0
「博士、こんな格言を知っているか?
『強い者が生き残るのでも、賢い者が生き残るのでもない。環境に適応した者が生き残る』」
「ダーウィンの進化論、だね」
進化論。
19世紀後半にチャールズ・ダーウィンが発表した有名な学説だ。
地球上のあらゆる生物は、世代を経るにつれ、その形態や習性が変化していく。これを進化という。
そしてダーウィンによれば、それは周囲の環境に適した形態や習性を持つほど子孫を残しやすいために起きる現象なのだという。
どんな状況でも最強、という生物はいない。機能をどんどん盛ればいい、というものでもない。
最適解は周囲の環境に依存し、よって変化の鍵は周囲の環境にある。
「もっとも、さっきの格言は、」
「『ダーウィン当人の発言記録には存在しない俗説なのだけれど』と言いたいのだろう?」
「ちっ……引っかからなかったか」
サイファーのこういうフェイントにも、もはや比留間博士は慣れっ子だった。やすやすと引っかかる博士ではない。
「それはさておき、
確かにフェイヴオブグールはその時その場の状況に応じて有利な能力を使っているように見える」
『水の能力』に対しては『凍結の能力』
『光の能力』に対しては『鏡の能力』
『地震の能力』に対しては『飛行の能力』
『火の能力』と『音の能力』の同時攻撃に対しては『真空の能力』
『見敵必殺の能力』に対しては『透明化の能力』
『感情操作の能力』に対しては『機械化の能力』
461
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:33:23 ID:EeZPaNno0
・
・
・
「特筆すべきは、このケースだ。
敵対勢力からの奇襲に対して、『警報の能力』が発動している。」
と、後ろからサイファーが覗き込んで言った。
『警報の能力』のケースは2つの事実を示唆している。
1つ目は、この能力が無意識性だという事。意識性の能力では意識外からの攻撃に反応して使用されえないからだ。
2つ目は、この能力は他の能力に対してだけでなく、自分にとっての今現在脅威となる全てに対処できる、という事だ。
「奇襲の予測は『運命レポート』の可能性はないだろうか」
運命レポートとは、ドグマの別の構成員が持つ、簡単に言えば予知能力の産物だ。
「その線は無い。ドグマ側がその奇襲を前もって知っていたようにはとても見えなかった。あくまでも奇襲の直前になって発現した、と考えられる」
「まるで見てきたかのような事を言うね。……ああ、見てきたのか」
「言うまでもない」
わざとらしいやり取りに博士もサイファーも少し笑った。
「情報提供をありがとう。すると、フェイヴオブグールの能力は、こう推測できる……」
462
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:38:11 ID:EeZPaNno0
※これらの能力はあくまでも“この時間軸”において比留間博士らが立てた「仮説」です。
本編中でも述べられている通り、これがフォグの本来の能力ではない可能性もあります。
各作者は自分の物語において必ずしもこの設定を採用する必要はありません。
また能力の昼夜配置を逆にして登場させても(その物語内で整合性が取れていれば)OK。
昼の能力…《芸夢仕様(メタゲーム)》
【無意識性】【変身型】
『有利な能力に変化する能力』
状況に応じて、現在自分が直面している脅威に対して有利な能力に変化する。
この変化により一時的に得た部分を便宜上「サブ能力」と呼ぶ。
サブ能力は脅威が無くなって役目を終えれば自然消滅する。直面している脅威の性質が変わればサブ能力も変わっていく。
脅威が複数あるなら、その全てに対応できるようなサブ能力になる。
夜の能力…《食尽屍体(アルグール)》
【無意識性】【変身型】
『食べた相手の能力を得る能力』
死んでいる能力者の肉を食べる事でその能力を得る。
能力を得るのは強制で、反動までそっくり得てしまうが、事実上複数の能力を同時に持てる珍しい能力。
また、この能力自体と矛盾するような能力は得られない。
これで得た能力同士で矛盾が生じた場合、矛盾している能力同士は相殺されて両方とも失う(能力の強度の設定がある場合は強度の引き算となる)。
463
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:43:29 ID:EeZPaNno0
・
・
・
魔王篇のネタバレにつき中略
・
・
・
「概ね。正解のようだ」
「概ね、とは?」
「今、見てきた。
フェイヴオブグールが、攻略されようとしている」
464
:
◆VECeno..Ww
:2019/03/29(金) 01:56:23 ID:EeZPaNno0
(終わり)
というわけであとがき的補足。
昼の能力の方は、「敵の攻略法を考える」という我々作者が物語を作る時にやってる事そのものをやってしまう能力という、割とメタい発想の能力です。
バランス的には、国連ですら中々手を出せない事に説得力が出るよう、世界最大の犯罪組織のボスに相応しいチート級能力、
かつ最強の手が固定されず多彩な能力変化で書き甲斐と読み応えを出せるように考えてみました。
ちなみにこれでも原理的な攻略法が、あります。
本編内では直接言及されていない夜の能力の方はイメージ重視で。
フェイブオブグールという通称や、リンドウの能力成分抽出技術を連想させるようなものを考えました。
こちらも、変化していくので、やはり迂闊に手を出せないし容易に見抜かれない、という方向性で考えていきました。
バランス的には昼の能力と比べればまだこっちのが隙があるかもしれない。
組み合わせ次第でダイナミックな作劇が出来るように設計。
勿論、不採用でも構わないように、両方とも比留間博士の仮説という形にしてあります。
465
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:54:21 ID:Dg8QfVAc0
24.戦う力、持つべき力
毛むくじゃらの黒い怪物はサイズこそ成人男性と比べて、大したものではない。
しかし、丸っこい体躯はずしりと重く、鋭い多数の牙は恐怖を呼び起こすには十分なものだった。
少なくとも、素手でやり合える相手ではないだろう。
「コれが陽太くんガ言ってイた怪物……!」
「単なる猛獣じゃねえからな。たぶん頭も悪くないはずだ」
この世界では、あまり他の事を言える訳ではないのだが。今は単なるカマキリの姿をしている鎌田にとっても、
クリッターの姿は不気味なものだった。
かつて『クリフォト』と対決した時の事を思い起こし、陽太はクリッターの知性を推測する。
少なくとも、アスタリスクの命令を聞いて、晶を拘束していたのは確かだ。
ちらりと空を見上げる。現在、太陽は照っており日没までは結構な時間がある。
「昼ハ不利ダけど」
「ああ、だが意図が見えねぇ……下手に逃げても、敵の思う壺かもな」
周囲の状況を確認。今度は前回と違って街中、それも一般人の目の前で派手に出現した。
クリッターが隠されていた自動車は、どうせ行方不明の盗難車だろうが、一応は特徴とナンバーを控えておく。
実の所、こういう事件は今時は珍しいものではない。能力者が暴れたか、いつもの猛犬か。
周囲を見渡せば、暢気に動画を撮影している者も居れば、警察に連絡しているらしき男もいた。
こうも派手なら事態収拾のために、公権力が動くことは間違いないだろう。
「人払い系の能力が動いているようにも見えねえし、状況が変わるまでここで止めるぞ」
覚悟を決めるように宣言すると、陽太はクリッターに向かい合う。
逃げてもいいが、当事者の責任というやつだ。この化け物は無関係な人間も襲うかも知れない。
――■■■■■■■ッ!
クリッターが人語では表せない叫びと共に、丸い体格が"変形"していた。
まるでカートゥーンのように軽々と輪郭を変えて、顎が広がり捕食を開始する。
陽太は半ば反射的に、横へと飛んでいた。
一瞬だけ遅れて、アスファルトに覆われた地面がくり貫かれ、砕かれながらもクリッターの口の中に納まっていた。
(喰らったら良くて大怪我かよ……)
恐るべき威力に、冷たい汗が滴る。
だが、こういう時こそ冷静にならなければ。危険な時ほど冷静に、時雨からの教訓だ。
クリッターの身体能力は猛獣そのもの、中学生程度で太刀打ちできる道理はない。
だが――
466
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:55:04 ID:Dg8QfVAc0
「時雨師匠に比べたら……単調なんだよ!」
通常の生命ではあり得ない動きをするクリッターの牙が空を切り、捕食も地面に留まるのみ。
偶然ではない。一度ならず、二度も三度も陽太の捕食に失敗した時、クリッターも戸惑いを見せていた。
(妙な動きだが、予備動作はデカいし、口がある正面しか攻撃できねえ!)
液状のように蠢くクリッターの身体だが、上顎を飛ばして標的を捉える形を取っている。
飛ばすには勢いが必要。つまり、捕食を仕掛けるには、振り子のように頭を振らなければならない。
元より、この手の観察は得意分野。さらに邪道とも言える時雨の体術を相手に、それは磨かれている。
陽太は予備動作から、完全にクリッターの攻撃を見切っていた。
クリッターの直線的な攻撃を難なく躱(かわ)すと、陽太は攻撃に切り替えた。
袖を引っ張り、手の平を覆ってから、万物創造(リ・イマジネーション)を発動する。
「撃ち抜け、紅蓮の棘(ファイアニードル)!」
一瞬で飛来するのは、高温状態の焼き栗だった。かなり冷ます必要があるものの、立派なお菓子だ。
予期せぬ反撃に火傷を負い、クリッターが苦悶に呻いていた。
「マジか……」
「なんか知らんがすげぇ、アレ猛犬の仲間だろ?」
気が付けば、避難しつつも目撃者は驚きに目を見開いていた。
能力者の戦闘、中学生程度の少年が怪物と互角に渡り合っている。
キメラという言葉は浸透していないが、そういった危険生物が野に放たれている事は公然の秘密だった。
「魔杖クラストォォ!」
ずしりと重量のあるフランスパンを創造し、殴り付ける。
十分な手応えがあったはずだが、クリッターは若干よろめいたように見えただけだった。
クリッターは旋回し、頭を逸らしてから反動による捕食攻撃。
陽太は大慌てで射線から退避していた。
「陽太クん、大丈夫かイ?」
「傷一つねーよ。だが、そろそろ拙いかもな」
今のところは優勢。だが、じわじわと追い詰められている事を悟り、息が乱れていく。
猛犬相手なら問題ない、人間を昏倒させる事も出来るだろう。
だが、陽太の昼間能力、万物創造は猛獣レベル相手には威力が足りないのだ
対して、クリッターの捕食は一撃必殺。徐々に体力面、そして空腹感に追い詰められていく。
鎌田が案じるのも当然だった。
人前で正体を晒すのは、若干の不安があったが、自分も負担を分担する必要があると、鎌田が変身を解こうとした時――
467
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:55:36 ID:Dg8QfVAc0
「……!?」
ばしゃりと、クリッターに飲料がぶっかけられていた。
唐突な乱入者に驚愕して、次に陽太と鎌田は乱入してきたメンバーに驚愕していた。
「くっくっく……俺ら抜きでお楽しみとは、いい度胸じゃねーの?」
「ブラッディベル参上ってな。ヘヘッ!」
かつてカツアゲをして、鎌田と一悶着起こしていたカラーギャングだ。
空になった缶を放り捨てるモヒカン、チンピラ特有の好戦的な笑みを浮かべる赤髪。
驚きのあまり、思わず素に戻って陽太は指差していた。
「あ、いつかのチンピラ集団!」
「ブラッディベルだって名乗ってんだろうが!?」
おまけのように後ろに下がってた、スキンヘッドが怒鳴りつける。
チーム名には拘りがあるらしい。
(ちっ! 三つ巴か? さすがにこれ以上は処理できねーぞ)
陽太は内心で焦りつつも、たしか鎌田一人で勝てるんだったか、と計算を巡らせる。
しかし、チンピラ集団が標的に選んだのは、クリッターの方だった。
「あのバッタ野郎は居ねーみたいだし、そこのチビにはたっぷりお礼させてもらうとして……」
「誰がチビだ、こら」「カマきリ!」
「へっへっへ……そこの猛獣から先に退場願おうか? 行けぇ! 地獄の番犬!」
何処から拾ったのか、赤髪が犬のキメラをリードで引き、骨ガムを使って誘導している。
彼の夜間能力は"犬を手懐ける"といったものだが、どう見ても能力を使うより、
上手く手懐けているのが突っ込み所だ。
犬キメラとクリッターが対面し、互いに敵と認識したらしく獰猛な唸り声をあげた。
やがて、クリッターの顎が伸び――がぶりと犬キメラの首が喰い千切られていた。
「…………」
「…………」
あまりにグロテスクな光景に、チンピラ集団は顔を蒼白して沈黙していた。
クリッターはボリボリと歯で何かを砕いてから、ごくりと飲み込む。
もはや死骸となった犬キメラの肉体は、ようやく死を認識したかのように倒れ込んでいた。
468
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:56:10 ID:Dg8QfVAc0
「これ、やべー奴じゃん」
「そ、ソラの姉御ー!」
慌てふためき、助けを求めるように背後の人影に声を掛けていたが、
その人物は器用に立ったまま、うつらうつらと眠りかけていた。
「……眠いよぅ」
「まったく、売り買いした喧嘩は自分で処理しろよ」
目を擦る少女に肩を貸しながら、中性的な、むしろ女性的とも言える顔立ちの少年は呆れた様子で頭を掻いていた。
『姫さん!』などと、妙な呼び方をするチンピラたちに、姫はやめろと釘を刺す。
妙に顔が広い陽太は、彼の事を知っていた。
初対面は良い思い出ではない、というか、一歩大人になるレベルの黒歴史だったが。
「桂木さん!? そいつらの知り合いだったのか」
「やあ、月下くん。まあ腐れ縁って所。夜の能力の都合上、こういう知り合いは多くてね」
年上らしい余裕のある態度で応じると、ソラにも声を掛けるが、起きる素振りを見せない。
続いて、唸り続けるクリッターに警戒した視線を向けていた。
「っと、世間話している場合じゃないな。お前ら、ソラは頼んだ。赤髪はナイフ出せ」
チンピラ達にソラを預けると、彼らを守るように少年は前に出る。
赤髪はおずおずとナイフを差し出し、彼はそれに目を落としたが受け取りはしなかった。
「陽太くン、あの人ハ? チンぴラのりーダーっぽいよウな、そうでナいよウな」
「ああ、桂木忍さん。すげー能力を持ってる」
女顔の少年、桂木忍と会ったのは過去に二度。一度目は彼の夜間能力(別の意味で凄い)の影響もあって
トラブルになったが、二度目は襲い掛かってきた猛犬を相手に、二人で大立ち回りを演じたのだ。
それ以来、陽太は忍の能力に一種の憧れを抱いていた。
「自分の手を……!?」
赤髪からのナイフは受け取らず、代わりに忍は手の平をスッと走らせ、切り込みを入れていた。
じわりと傷口から血が滲んでいく。
「【騎士の血盟/Lv1】!」
宣言した瞬間、桂木忍の流血は刀剣の形へと変わっていた。
小振りの刃だったが、チンピラが喧嘩に使うようなペンナイフではなく、本格的な刀身を備えた逸品だ。
469
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:56:44 ID:Dg8QfVAc0
――■■■■■■■ッ!
敵意を感じ取ったか、それとも血の臭いに興奮したか、クリーチャーが吼える。
身体を伸縮させ、顎を伸ばして、忍を捕食しようとするが――彼はキメラが殺害される瞬間を見ていた。
素早く身を躱し、ほぼ同時にクリッターの眼球を狙って、血色の刀剣を突き立てていた。
陽太との違いは明白。武器を生成する、明確に殺傷性を持つ能力なのだ。
初めて命の危機を感じる程の傷を受けて、悲痛な咆哮をあえてクリッターは飛び退った。
反撃がくるか、と忍は構えるが、クリッターはそのまま踵を返して、手近な裏通りへと逃げ込んでいた。
さすがに人外なだけあって速い。一般人の足では、到底追い付けないだろう。
一撃でクリッターを撃退した忍を見て、陽太は興奮気味に両手を握りしめていた。
「やっぱ【騎士の血盟】はすげぇ! 格好いいよな!」
「アア、なるホど、そうイう……」
なんというか、察して鎌田は呟いた。
自らの血液を武装に変えるという、厨二病のロマンを結集したような能力。
実の所、単に武器を生成するといった能力の下位互換にも成りかねないのだが、
陽太が興奮するのも、無理はないと言えるのだろう。
若干、興奮が冷めてから、陽太はクリッターが逃げ込んだ裏通りの方をちらりと見て。
「けど、逃がしちまったか」
「まあな。だが、あれで俺の血液が大量に付着したから、警察犬でも使えば行き先は一発だろ。
その辺は適当に連絡しておくよ」
「おお!」
血液を利用するというデメリットを逆用。
いかにも能力者バトルといった言動に、陽太は目を輝かせた。
もっとも、桂木忍当人は厨二の年代は卒業していたので、なんか居た堪れないものがあるのだが。
「しかし、今のは見た事がないな。猛犬どころじゃなかったが」
どこか誤魔化すように、しかし当然といえば当然の疑問を桂木忍は口にした。
陽太は少なからず知っている事はあったが、忍を巻き込む訳にはいかない。
あのクリッターは謎の怪生物、という事にしておくのが一番だろう。
470
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:57:24 ID:Dg8QfVAc0
その代わり、陽太は忍に向かって躊躇いがちに話しかけた。
「あー、えっと桂木さん」
「どうした、いやあいつらの事か? 俺も口だせる程の義理はないんだけど……」
「いや、そうじゃなくて」
どうも、ブラッディベルのメンバーが迷惑を掛けている事を気にしているらしいが
今、陽太はそれ所ではなかった。
先ほどの戦闘、上手く立ち回れたものの、クリッターを撃退するには到底、至らなかったのだ。
今回だけでない。楓を攫った連続通り魔、晶を狙った比留間博士、そして『クリフォト』のアスタリスク――
自分では敵わなかった相手は決して、少なくはなかった。
時雨には焦るな、とは言われているものの、敵は時間を与えてはくれないのだ。
「本気で今のみたいな化け物や、もっと強い能力者と戦うなら――
【騎士の血盟】みたいに『敵を殺傷できるぐらい強い能力』が必要なんでしょうか」
唐突で、しかし深刻な質問に桂木忍は困惑した。
いかにも厨二病な、だが誰よりも真剣な色を目に浮かべて、尋ねかけている。
それを受けて、迷ったものの忍も同じく真剣に応じる事に決めていた。
「俺もまあ、似たような事は悩んだよ。夜の能力がアレだし、自分の身は自分で守りたいってな。
君だって事情は知ってるだろ?」
昼間には厨二病的な力を振るえる忍だったが、夜間は無力、それどころか有害ですらあった。
彼の夜間能力は『お姫様』。女体化し、自分を襲うように仕向けるフェロモンを出してしまう。
なんともまあ、冗談のようで悲しい能力だ。
自嘲するように忍は眠りこけているソラ――鈴本青空に笑いかけた。
昼間こそ保護者のような立場だが、夜間はそれが逆転し彼女に守ってもらっているのだ。
「ま、綺麗事を押し付ける気はないよ。俺だって今時珍しくもない、廃墟暮らしの人間だ。
身を守るためには、こういう力だって必要になるのが現実なんだろ」
「ですよね……」
やはり、戦いを続ける以上、それが能力にせよ凶器にせよ、そういった力は必須なのだ。
どこか似合わない諦観で、しかし腑に落ちたように陽太は頷こうとする。
だがそこで、さらに忍は清々しい様子で口を開いていた。
「で、ここからが俺の持論。俺は夜、ソラに守ってもらう事が多いけど、逆に昼は面倒を見ている。
誰にだって一人じゃ補えない物があって、同時に自分にしかない強さの形があるんだと思う」
デメリット付きとはいえ、陽太以上の戦闘能力を見せた彼も、夜は護られる存在に過ぎない。
いや――決して、彼だけの事情だけでは無かったはずだ。
471
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:58:23 ID:Dg8QfVAc0
チェンジリング・デイの隕石被害によって、社会は一度は崩壊した。
陽太や晶のように、両親が健在で真っ当に愛情を注がれて育ったというのは、幸福な例なのだ。
強い能力、弱い能力以前に、誰もが欠けた何かを抱えて、それでも支え合って生きている。
誰もが背負う当たり前の悩みと、それらを補ってきた力。
強大な組織と能力者、それらとの戦いを前に、陽太は当たり前の視点を見失っていた、のかも知れない。
「しのちゃん……くう……」
「ソラなら、自分の喧嘩は自分の流儀でやれ、って事になるか。知った口を利くことになるけど、
たぶん自信を無くしてるんだろ? 分かるよ」
チンピラから眠りこけた少女、ソラを受け取ると、桂木忍は不器用に微笑みかけた。
そして、そっと陽太に向かって拳を突き出した。
躊躇いつつも、陽太も拳を差し出して、それに突き合わせた。
「えっと、前置きが長くなったな。強い力が戦いに有用かっていえば、その通りだろう。
それでも――君は自分だけの戦いに、自分だけが持っている力で挑むべきだと思う。
きっと、そうする事で何かを欠いた人に届くものがあるんじゃないか」
そして、少し照れたように曖昧すぎたか、と忍は苦笑した。
互いに突き合わせた拳を軽く押してから、腕を下した。
それから、忍は軽くチンピラの面々の頭を軽くはたくと、陽太には身内に代わって謝罪した。
空腹のデメリットを知ってか知らずか、チンピラ達から金を出させて、
これで何か美味い物でも食ってくれと押し付けてきた。どう見ても逆カツアゲだ。
一方、赤髪を始めたチンピラ三名は、あまり反省した様子はなく、去り際には覚えてろよー等と吐き捨てていた。
大きな傷を残した社会で、そういう生き方を必要とする人々も居る。
472
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 02:59:11 ID:Dg8QfVAc0
「なんダか、すゴい人だっタね。僕はこノ世界の事情に詳しクないカら、
陽太くンの支えにはナれない所があるカモ知れないケど」
「そんな事ねぇよ。お前が居てくれなかったら、晶が攫われた後にずっと凹んでいたかも知れない」
年長者として、自分は役目を果たせているだろうか。
そういった鎌田の不安を陽太はきっぱり否定して、そこから小さな声で、こう続けていた。
「……………………ありがとな」
別に彼が素直でない、という事でもないのだが。
それでも厨二病なだけに、弱みを認めた上で相手に感謝するのは、それはもう珍しい事だった。
「エエぇ!? よク聞こえなカった! モウ一回!」
「うるせえな。一回言ったんだからいいだろ!」
すっかり、いつもの調子に戻って、二人はわーぎゃーと喚いていた。
陽太は一種の確信を取り戻していた。たとえ、それが根拠を伴わないものだったとしても。
自分たちは七転八倒するだろうが、たぶん最後には負けない。
仮に敗れる運命だとするのなら――徹底的に背いてやるだけだ。自分なりのやり方で。
――――
彼らを頭上から、睥睨する不吉な影が存在していた。少女が能力によって作り出したカラスだ。
ある目的で彼女は一部始終を観察していた。
予定外の乱入はあったものの、想定外の事は何も起こらなかった。
ならば――彼らはこの先の戦いには、不要な駒だ。水野晶との関係を思えば、邪魔ですらある。
少女は無線端末を取り出し、報告を始めた。
「彼らにセフィロト・ネットワークを脅かす物は"何もない"。
記憶の件は水野晶側の因果に反応したエラーに過ぎないと推測される。
よって――私も複雑系(カオス)エグザによる抹殺に賛成。やっちゃって、フォースリー」
アトロポリス国際会議を前にした前哨戦――その中でも、最大の分岐点に時の針は至ろうとしていた。
473
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/03(水) 03:02:45 ID:Dg8QfVAc0
陽太は既存の作品とは状況が違い過ぎて、心情の処理とか、あらゆる面で苦戦していたりします
苦戦した分は、ちょっと違った雰囲気のものを書けたかなと
本編で力尽きているので、補足は後に回す感じで
>>458-464
まさかのメタ能力!? しかも作品の形で!? でも、確かに辻褄が合う感じですね
こちらでは少し変更して、使わせてもらう事になるかと思います
しかし、魔王編でフォグの戦闘があるとは驚き
なんとなく穴は分かるのですが、むしろリリィ編のシルバーレインみたいな能力と後出しジャンケン合戦をしたら、
どうなるのか気になりますね
474
:
◆VECeno..Ww
:2019/04/09(火) 22:30:14 ID:9amqHj.c0
実はここ最近ものすごく筆が乗っているのですが、何故かプロット後半の方から具体化が進んでいるので開始にはもう少しお待ちください……
でも取り合えず来週くらいには長らく放置してた試合の後半回を投稿したい(目標)。
陽太が中学二年生の時って時系列的に西暦何年くらいの時点でしたっけ?
>>473
戦闘描写を読む限りシルバーレインの“対抗者”は使い手の意志に応じて起動・変形してるっぽかったので、
その部分をオートでやるような能力とは意識性vs無意識性の勝負になるかなぁと思います。
人間vsAIみたいな。
475
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/12(金) 02:07:41 ID:Dq8k9fi60
筆が乗って順当に執筆が進むとは、なんとも羨ましい
自分は筆が乗ると、話が進まずに戦闘描写だけが増えていきます(自爆) 続きは、ちょっとお待ちを
陽太というか、チェンジリング・デイにおける"現在"は一応、初代スレが建った2010年ですね
2019年だと陽太、もう成人しているんですよね
>シルバーレイン
なるほど、なるほど。無意識性でも能力自体に補足・反応の速度があるなら、
投薬でもなんでもすれば、理論上は突破できる可能性も? こういう特殊な能力は、あれこれ考えるのが楽しいですね
476
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/04/14(日) 02:43:34 ID:Vb4fsQ.20
25.狂った世界の片隅で
地球全体に降り注いだ、かつてない隕石群。その日、チェンジリング・デイを機に社会は激変した。
一つは災害による既存の社会基盤の崩壊、そしてもう一つは"能力"の登場があげられる。
それに伴い、かつての秩序は破壊された。
国家やそれらが組する枠組みは存続していたものの、変質した事は否めない。
社会秩序に対して、もう一つ。チェンジリング・デイによって変質した代表例は科学技術だろう。
隕石被害によって膨大な根幹技術が失われ、基礎研究は破綻した。
某国首都、国立大学――最低限の損害で済んだ、この都市も被災後の混乱から免れる事はできなかった。
"ある研究者"は愕然としながら、上司に聞き返していた。
『おしまい……とは?』
『意味が知りたければ辞書を引くといい。そのままの意味だ』
冷酷に上司である女性が告げた。
元より、冷静な人物ではあったが、チェンジリング・デイを境にどこか非人間的な雰囲気を
帯びるようになった。身内を失い、娘が一人残されただけ。多少は人格が変わるのも無理はないだろう。
上司は追い打ちをかけるように続けていた。
『前提になる技術は失われた。最高傑作――"プロトモデル:弐"も再現は不可能だろう』
『そ、そんな……』
さっと顔から血の気が引いたのを自覚する。
シミュレーションなどによく見られる表現だが、技術にはツリーというものがあって、
前提となる技術が失われれば、後続の技術も機能しなくなる。
珍しい事ではあるが、人類の何パーセントが死滅という破滅的な状況下では、
十二分にあり得る事だった。
技術の復元にリソースを当てるのが本来は懸命なのだろう。しかし……
『既存の研究の多くは、能力研究に取って変わる事になるだろうな。
特に基礎研究を投げ捨てて、即物な実用学だけに莫大なリソースが割かれる事になる』
単純な未来予想だ。チェンジリング・デイ以降、社会の状態が悪すぎる。
悠長な研究などは打ち切られ、とにかく実社会への貢献が求められる事になるだろう。
そして、あまりにも便利で多くの可能性を秘めた力が、登場してしまったのだ。
477
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/14(日) 02:44:08 ID:Vb4fsQ.20
『実用……? あの不安定で、未知数の超能力を、ですか!?
人類は基礎的な知識にすら辿り着いてない。そんな代物の実用研究を推し進めるというのなら、
膨大な数の人体実験でもしなければ……』
『生憎と、人道や倫理と手を繋いで踊っていられるような時勢じゃない。
あれは文明の破綻との競争中に現れた、魔法そのものだ。それに気づいているか?
これは科学者として最も、真理に近づき得る分野だぞ』
彼女の眼は、深遠を覗き込むような暗さに染まっていた。
倫理を含む全てを捨ててでも――いや、あの日に全てを失い、ただ目的に向かって邁進する狂気の眼だ。
『こちらに来たらどうだ? 感傷さえ捨てれば、お前はそこそこ使える道具だ』
返答は、できなかった。当時の感情は、今でも整理する事ができない。
上司の様子で怖気ついてもいたし、倫理を捨てた研究方針に付いていけそうにも無かった。
だが、それらが第一の理由かと言えば違う。何かが置き去りにされたような、そんな感触があったのだ。
この時、上司は自分以上に、こちらの心理を察していたのかも知れない。
『あーそうか。やれやれ、なんで好き好んで時代遅れになりたがる奴が多いのかねぇ』
砕けた調子で肩をすくめると、踵を返して、元研究室から去っていく。
嫌味を言う時の、彼女の癖だった。
その日を境に、上司は政府機関に所属し、かなりの重鎮になったという噂を悪評と共に聞いた。
"ある研究者"は大学に残り、チェンジリング・デイ時に失われた技術の復元をテーマに、
逆風に煽られながらも、向き合う事となる。
広範すぎる目的に、なんとか関係者に渡りを付けて、一つ一つ目途を立てていく。
だが、打ち切られる予算、能力による大小の発見、そして超人的な頭脳の登場……
どうしようもなく――差は開いていく。
結局の所、ささやかな結果だけを残して、研究は破綻した。
努力が足りなかった訳ではない。その成果も決して、無意味ではない。
ただ世界が変わった結果、価値が見出されなくなったというだけだ。
世界は変わった、それは受け入れよう。
だが、"あの日"失われた、あるべき未来は何処へ消えたのだ?
…………ここで『クリフォト』の主要構成員の一人、フォースリーは仮眠から目を覚ました。
やや頬がこけた神経質そうな男だ。
調査員を装ったスーツは脱ぎ捨て、白衣を身に纏っている。
大学付近では、研究者を装えるというのもあるが、やはり慣れか。これがしっくり来るのだ。
「正常なる世界のために、か……」
意味もなく呟くと起き上がる。
窓から入る日差しは落ちかけており、刻限が迫っていた。
478
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/14(日) 02:44:54 ID:Vb4fsQ.20
――――
S大学の敷地は平時から開放されている訳ではない。
定時内であれば正門は開かれているものの、最低限の警備が敷かれている。
実の所、膨大な人の出入りを正確に管理するのは難しく、あからさまに不審でも無ければ、
呼び止められる事もないのだが。
「そこの少年――可及的速やかに止まれ。能力の発動の素振りを見せれば、分かるな?」
あからさまに場違いな中学生、岬陽太は警備に見咎められていた。
ペットか捕まえたばかりか、肩の辺りには、どこか仕草が人間臭いカマキリを乗っけている。
警備といえば、厳ついか規律正しいかの印象だが、陽太を呼び止めた人物は少し異なり、
眼鏡の美青年だった。
颯爽としたミドルヘアがいかにも、イケメンという印象を形作っている。
陽太は警告を無視して飛び退き、身構えていた。
「くっ……組織の手の者か!?」
「なるほど、厨二病患者か。呼ばれたのは超能力学部か、それとも精神医学の方か?」
失態だったか、と内心だけで零して、それを隠すように警備の男性は冷たく言い放った。
この年代に、いかにも厨二病を刺激しそうな言動は禁物だ。
なんというか、こう。とにかく面倒くさい。
青年の対応が功を成して、陽太は気圧された様子で、大学への用事を述べていた。
「あ、ああ。比留間博士に――」
「それなら、超能力学部の研究棟だな。裏口からの方が近いが、案内板に沿って進むといい」
あっさりと納得して、青年は態度を翻した。
実の所、比留間博士の研究協力者や能力に関わる患者は多い。ああ、またかと思うだけだ。
ある種の暗さや、怪しさを持たない少年を疑う理由はなかった。
次に、疑問を深めたのは陽太の方だった。胡散臭げに、青年の表情を様子をうかがう。
青年が持つ、ある種の剣呑さが厨二心を刺激してしまったのだ。
「というか、あんた何者だ? 明らかに警備員なんてオーラじゃねえが」
「教員だ。今日は当直でな。警備の真似事をやらされている」
「いや、教員でもおかしいだろ」
警備の青年――佐々木笹也(ささき ささや)はS大学の教員だった。
その身分に偽りはないのだが、実の所は研究成果を狙うERDOの諜報員という裏の顔が存在していた。
穏やかでない一面を、厨二病患者は独特の嗅覚で、嗅ぎつけているのかも知れない。
479
:
◆peHdGWZYE.
:2019/04/14(日) 02:45:19 ID:Vb4fsQ.20
容赦なく突っ込む陽太に、佐々木は素早く厨二妄想の矛先を逸らしていた。
「比留間博士もここの客員教授だが……」
「ハッ、そういう事か。だよな、能力大学なんてマッドな職場の人間ならヤバげなオーラ出してるよな。
ドクトルJみたいなのが例外なだけで。
さすが超能力学部、とんでもない物が蠢いてそうじゃねーか」
いわゆる『隕石に起因する超能力』を専門とする学科は、日本全国に増えているのだが、
佐々木はあえて指摘するような事はしなかった。
厨二少年の記憶に残ってしまったが最期。
ドクトルJなる人物と同様に、厨二病ストーリーの登場人物にされてしまう。
どこの研究者だが医師だかは知らないが、ERDOの人員であれば、そんな迂闊な振る舞いはしないだろう。
顔すら知らないドクトルJに、若干の同情を向けながらも――
ここで、ふと佐々木の脳裏でドクトルJという単語に何かが引っ掛かっていた。
「ん? どうかしたか」
「いいや、厨二の妄言に付き合う気はない。他の学生、教員には迷惑を掛けないように」
「一言も妄言なんて吐いてねーし、迷惑なんて掛けねえよ!」
などと供述しながら、厨二少年は大学の敷地内に入っていった。
佐々木は何かを思い出しかけていたが、まあ思い出さなくても良い事なのだろう。
――とんでもない物が蠢いてそうじゃねーか
「……まったくだ」
何気ない厨二発言を思い起こして、佐々木は小さく呟き同意した。
比留間慎也に、最近は顔を見せないが鞍屋峰子。どうにもこの大学はキナ臭い。
自分も他人の事は言えないが……
「さっきの鑑定士だよな? 本物の」
「守護の仮面も居たし、マジっぽかったな。鑑定所の外で初めて見たよ」
受講に影響する能力にも配慮し、昼夜で授業が分けられている事もあって、
夕方に差し掛かったこの時間にも、学生の出入りは多い。
そういった学生たちの噂話が、佐々木の耳に入ってくる。
鑑定士まで引っ張り出して、比留間慎也は一体、何をしようとしているのだ?
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