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【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 避難所2【厨二】
280
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:43:57 ID:0Vs8Wetg0
「無様だからどうした。多かれ少なかれ、誰もが這いつくばって生きてる時代だろーが」
当然、神山の言葉は届かないだろう。だが言わずにもいられなかった。
一歩下がり、足元を改竄する。『触神』の効果範囲は手が届く距離、それに加えて日が沈んでから触れた事があるモノだ。
ゆえに、地に足を付けているなら、"地中"も改竄対象に含まれる。
物理作用を付加した結果、アスファルトで覆われた大地はくり抜かれて浮遊、そのまま加速し火球に向かって、
投げ付けられた。例の火球は着弾と共に炸裂する、つまり迎撃は可能だ。
一つ二つ、と衝突、それに伴う爆発のタイミングを見計らって、神山益太郎は駆け出していた。
直後、轟音と衝撃、それに熱が散乱し、神山の行動を覆い隠す。
もちろん、あくまで爆心地は空中だ。防ぐには最低限の改竄で済んでいた。
神山の狙いは近接戦。
騎士団リーダーは自分を巻き込まないように、神山から距離を置いて攻撃していた。
つまりは自身の能力に耐性を持っておらず、接近戦では大規模攻撃はできない。
有効な一手かと思われた直後、神山を包み込むように炎が形成され、弧を描きながら球を形成し始めた。
「ははは! 人間に被せて、炎を創る事も出来るんだ!」
能力自体の速射性、それに加えて、相手の位置を起点として回避の余地のない蹂躙を行う。
確実に標的を焼き払い、死に至らしめる一撃として、それは完全に条件を満たしていた。
「……ねぇ」
「命乞いかぁ? 火達磨になっても、まだ口が利けたら……」
「くだらねぇ、と言ったんだよ。お前も、これを仕掛けてきた奴もな」
吐き捨てると、神山は自身の能力を全力で行使していた。
普段は物質に触れて能力を発動しているのだが、では周囲に物質が無ければ、無力になるのか。
もちろん違う。地球上の環境では周囲に常に大気が存在し、そして多様な現象に満ちている。
不可視の力が迸り、絶大な威力を誇る紅蓮の嵐は、瞬時に四散していた。
後には点々と火の粉が舞うのみだ。
"重力"、相関する空間の歪み。これも人間が常に触れている自然現象だ。
その指向性を激変させ、燃焼という脆い現象を力尽くで崩壊させた。
281
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:45:16 ID:0Vs8Wetg0
「ク……なんでだ、なんでだよ! 何故、正義の力が通用しない!?」
哀れな青年の困惑に、神山も返す言葉はなかった。
もはや自分すら巻き込む距離だというのに、馬鹿の一つ覚えで、大規模な火球を発生させようとする。
これも打ち消して良かったのだが、すでに勝負は終わっていた。
「一つ、教えてやる。さっさと二日酔いを治したい時はな、俺は能力をこう使うんだ」
頭痛に耐えながら、壮絶な笑みを浮かべて神山は二本の指でトンと、騎士団リーダーの額を突いていた。
そして、ぐらりと騎士団リーダーの身体が傾き、直後には白目を向いて倒れ込んでいた。
自爆もいとわず放った炎も霧散していく。
代謝を加速させて、急速に消耗させると同時に、体内の薬の効果も失わせたのだ。
『触神』はリスクはあるものの、生命への干渉も可能。
そして、悪酔いを打ち消す程度の体質改変では、リスクも無視できる程度には微小だった。
攻撃の余波か、残り火がちりちりと廃屋の残骸を焦がし、周囲には灰が舞っている。
やがて、神山益太郎はその光景の一点をキッと睨みつけていた。
灰が動きを変え、ドサリと降り注ぎ、そこで待機していた黒い影に圧し掛かっていた。
「そこに居るのは分かってんだよ。ずいぶんなご挨拶じゃねえか、黒幕さんよ?」
改竄された灰は土砂のように重く、標的を圧し潰していたが、黒い影は一度四散して脱すると、
また集合して元の形を再現した。
それはまるで、真っ黒な猫にも似ていた。
282
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:45:53 ID:0Vs8Wetg0
「にゃーん」
「なんだ、猫か……」
静寂の夜ならまだしも、爆撃跡のような光景にはあまりにも不似合いなやり取り。
神山は不愉快な時に浮かべる類の笑みで、続けていた。
「――とでも言うと思ったか? UNSAID幹部コードネーム"アレフ"。いや鞍屋峰子とでも呼ぼうか」
「猫なのに……」
UNSAIDとは、国連に付随する諜報機関の通称だ。
無論、存在自体が極秘であるが、裏社会では通った名であり、神山な強大な能力から、
その幹部の呼称すらも把握していた。
鞍屋はふざけているに違いないが、妙に本気でがっかりしているようにも見えた。
気を取り直すと黒猫――鞍屋峰子は姿勢を(猫なりに)正すと、声色を真面目なものへと変えた。
「こんばんは、"イル・ディーヴォ"。いえ、神山益太郎さん。先ほどの戦いはお見事でした」
「イル・ディーヴォねぇ。そういう呼び名は史上の天才にでもくれてやれ」
揶揄するようにコードネームと実名を告げる鞍屋に、神山は吐き捨てた。
それがミケランジェロの尊称を英語読みしたものであるものを、知ってか知らずか。
「御大層なコードネームが付けられたという事は、俺も要警戒能力者とやらの仲間入りか」
「知ってはいると思いますが、優先順位は低いものの、当初からリストには記されていました」
淡々と黒猫の形をした女は告げた。
あらゆる情報の窃視ともいうべき、神山の昼間能力に隠し事を通すのは困難だ。
だが、それでも国連は情報を更新させないように努めていたし、接触に選んだのも読神が機能しない夜だった。
神山はすぐに国連から目前の事へと関心を移していた。
足元に転がる、騎士団リーダーを軽く足でつついた。
「で、こいつに投与した薬はなんだ? 能力鎮静剤は聞いた事があるし、逆の暴走薬なんてものもあるだろうが、
こうも化け物じみた効用が出るとなるとな」
「当局でも把握してない未知の物質ですが……出所は『クリフォト』とだけ」
怪しげとしか言えない返答に、神山は眉をひそめる。
夜間は万能とも言える能力を揮える代わり、昼間のようにこういった駆け引きに有用な能力は持たない。
それなしでは、学のない小男という一面が前面に出るのだ。
283
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:46:32 ID:0Vs8Wetg0
クリフォトというは、まあ陰謀論に出てくるような怪しげな組織で、回帰主義者の集まりであるらしい。
要するに、よく分からない怪しげな集団が、よく分からない怪しげな薬を有していたので、
UNSAIDは試しにそれを利用してみた、という所か。
(こいつ、いやUNSAIDは何が狙いだ? 戦闘実験、武力偵察……いや、読神を持つ俺から情報を引き出しに来た?)
例えば、異常な効用が想定できたなら、ぶつけても問題ない相手を用意するだろう。
対象の実力や限界を測る機会にもなる、という意味では、まさしく神山は適任だったに違いない。
また、それらはブラフで実際は……という可能性すらもあり得る。
が、その辺りは気になるものの、どうでもいい。
とにかく迷惑な事には違いなく、そして重要なのはその一点だけだった。
「まあいい。ちょっかいを掛けたという事は、報いを受ける覚悟は出来てるんだろうな」
「いいえ、人間は自分の力の範囲でしか、物事を成す事はできないもの」
「はん。"イル・ディーヴォ"(神に愛された男)と呼んだのは、そっちだ」
神山は重力改竄を介して、空間を制御――次の瞬間には疑似的に転移していた。
肉体が受ける影響も本来は深刻だが、そんなものは幾らでも改竄して打ち消す事ができる。
同時に空間を自在に歪曲、変形させ、黒猫の姿を徹底的に引き裂くも、実体がないらしく致命傷には至らない。
歪んだ空間の中でも、即座に元の形へと戻っていく。
その背後に神山は転移していた。手が届く、つまりは改竄の範囲。
物理攻撃で仕留める事が困難であれば、対象を直接改竄してしまえばいい。
しかし、鞍屋峰子は完全にそれを予測していた。質量をやり繰りし、右前足の爪が異様に肥大化する。
片や完全な空間制御者、片や変幻自在の黒い霊体。両者の一撃が、刹那の間に交差していた。
「ちっ……ずいぶんと重い"存在"じゃねえか」
「重い存在ではなく、不動の運命よ。あなたの能力の反動に、対象の運命が関わっている事は調査済み。
だからこそ、私が使者として選ばれた」
そして、攻防の終端にも、双方は地に足を付けて立っていた。
舌打ちする神山に対して、鞍屋はすでに定まった事実を宣言する。
とはいえ、互いに手詰まりにも見えた。
空間を制御された以上、鞍屋からの攻撃は届かず、逆に神山からの改竄も大きな影響を与えていないようだ。
284
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:47:05 ID:0Vs8Wetg0
「で、この後に続く展開はなんだ。『自分こそ真に特別な存在です』と叫び合う厨二合戦か?
それこそ世の中だの運命だの、そういう単語が安くなるだけだ」
心底、面倒そうに吐き捨てると、神山は肩の力を緩めていた。
一方で鞍屋峰子も追撃しようとはしない。元より、目前の男を倒すには準備が足りていない。
なにより重大なのは、要警戒能力者"イル・ディーヴォ"が国連に敵対する意思が乏しいという事。
思想がアナーキスト寄りなのは確認できているが、属さない事と争う事は別なのだ。
「それはつまり――あなたはアトロポリス国際会議には関心がない、という訳ね」
「……それ絡みかよ。ああ、知った事じゃないな」
あれで世界が良くなろうが、悪くなろうが。勝手にすればいい、と。
そこには関わりたくないという、拒絶の意志が明確に存在していた。
ぽつぽつと鞍屋に背を向けて歩き始める。寝床が吹き飛んだ以上、次を探さなければならない。
そこで何かの気まぐれか、しばし足を止めて神山は確認していた。
「それと、たしか不動の運命だと言ったな?」
「ええ。それが何か?」
「別に。ただ御大層な能力で何か見知った気になっているのなら、あるいは本当に見知っていたとしても……」
神山が有するのは、制限は皆無ではないものの、世界を思いのままに改竄する破格の能力。
だが、一つの枠を超越すれば、より広い、または別の枠に捕らわれるだけだ。
神の寵愛を受けた一方、悪酒に酔って適当に寝るという、ささやかな平穏さえ叶わない。
「結局、運命じみた何かに躓くんだろうよ」
彼が吐き出した息からは、すでに酒気は失せていた。
285
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:47:44 ID:0Vs8Wetg0
――――
国連の諜報機関と言えども、常に大仰な秘密基地を利用している訳ではない。
というよりも、暴かれて困るようなものを有している事自体、二流の証明だろう。
その点では、UNSAIDは二流半だと言えた。
国連という母体に寄生するように、その施設や身分を一時的に間借りしていく。
必要であれば、正式に取得さえした。鞍屋峰子の国際科学会議(ICSU)における身分も正式なものだ。
完璧ではあるが少々、見え透いている。そういう意味では一流には届かない。
鞍屋峰子が帰還したのも、そういった国連所属の施設だった。
「っ! これは、やられたわね」
実体のある霊体が猫の形を取っている訳ではなく、二十代の日本人女性の姿に戻っている。
猫の姿は夜間能力に強要されたもので、昼間能力は全く別の力だった。
今は施設の職員に相応しい白衣姿だったが、その白衣は鮮血で赤く染まっている。
あの後、朝日と共に能力が切り替わり、人間の姿に戻った瞬間に傷が開いたのだ。
人間の姿に戻るという事は、何らかのメカニズムで人間の姿が記録されているという事。
神山はその記録に傷を入れていたらしい。そして、元の姿に戻った瞬間に、記録の傷は事実となった。
彼には鞍屋を殺す手段が多数存在していたのか、それとも嫌がらせで精いっぱいだったのか、それは分からない。
ただ、国連側が推測した、過度の反動(リバウンド)によって能力が機能しない、という推測は覆った。
どうも鞍屋の昼間能力「テイルズ・オブ・マルチヴァース」 が定義する運命と、「触神」が定義する未来の可能性とでは
まったく別の解釈が為されているらしかった。
機密で話せないが、仮にこれを比留間博士が知れば、人の傷も余所に目を輝かせていただろう。
などと、勝手に空想した"どこかの並行世界"ではあり得る比留間博士の姿に、鞍屋は苦笑していた。
「あなたの能力なら、一瞬で治せるのでは」
どうにか処置を終えて、寝台に横たわる鞍屋峰子の前には、いつの間にか女性が佇んでいた。
現代的なファッションを着こなした、縁なし眼鏡が印象的な女性だ。
サイファー、比留間博士の友人であり、彼の伝手から接触できた凄腕の情報屋でもある。
ここに現れたのも、昼間能力『何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない能力』によるものだ。
286
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:48:30 ID:0Vs8Wetg0
「治しているのではなく、究極のやり繰りよ。傷を負った私が消えるわけじゃないもの」
「リソースは無限だろうに」
「課題も無限なのよ」
サイファーの指摘は正しかったが、返すように鞍屋も反論していた。
テイルズ・オブ・マルチヴァースは、並行世界の自分を共有し合う能力。
精神や情報だけでなく、肉体を入れ替える事すらも可能だった。
並行世界、これはあくまで能力が定義するマクロな分岐範囲だが、それすら無限に等しい数が存在する。
だが、無限集合は量的な無限は保証されても、質的には限度がある。
無限に存在する偶数からは、1は抜き出せない。
能力の窓口となる、鞍屋峰子が他の世界でも常に『鞍屋峰子』であるように、全ての世界で死に至る可能性もゼロではない。
もちろん、そんな迂闊な立ち回りをする事はあり得ないし、自殺する事すら難儀な能力だ。
だが、神山益太郎の能力はそれに近い事象を引き起こす事も、おそらくは可能なのだろう。
"メタ情報の改竄"、およびそれを引き起こす能力は物理法則より遥かに厳密であり、偶然の余地がなかった。
もっとも、それは昼と夜の能力が遭遇するという、普通はあり得ない事態が必要になるし、
何者かがそれを企めば無限のリソースを尽くして、それを防ぐ心算が鞍屋には存在していた。
思案もそこそこに、鞍屋峰子はサイファーに向かって本題を切り出していた。
「で、依頼の件だけど……」
「その件についてだが、一つ提案がある」
まるで契約を覆すような、らしからぬ態度に鞍屋は眉を上げていた。
情報屋という人種は、よほどの事でなければ、こういった事は切り出そうとはしない。
「提案次第だけど、ここで報酬を釣り上げるなら相応の理由が欲しいわね」
「受けてくれるのなら、報酬は無しでいい。ただし代わりに、こちらも情報が欲しい」
そういう事、と鞍屋は納得する。情報屋に対しては、情報そのものも報酬となる。
どちらにせよ提案次第が、質問次第になっただけだ。すぐに続きを促す。
「近日中に、世界規模の改変が発生したか否か。事によっては通常の人間は違和感すら抱けなくなるが、
あなたの能力なら並行世界と比較すれば、確実な事が分かるはずだ」
唐突といえば唐突な内容に、鞍屋は一瞬だけ唖然としていた。
だが、すぐに思い当たる。テイルズ・オブ・マルチヴァース、並行世界との共有に不調が発生しているのだ。
詳細不明のリソース激減、情報の妙な空白……この辺りを全て話す義務はないが。
287
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:49:04 ID:0Vs8Wetg0
「情報と呼ぶに値するかは分からないけれど――確かに、違和感があるわね。
改変に"世界の外側"から情報の持ち込みを禁じる内容も含んでいるなら、私でさえ確実な事は分からなくなる。
でも、仮にそういった改変があるとすれば、比留間博士の周辺情報かも知れない」
あくまで気のせい程度ではあるが、能力の性質上、"気のせい"は発生しえない。
並行世界には自分が無限に存在しているのだから、一人は明確に言語化できるか、完全に否定できるだろう。
その違和感は、神山から受けた傷のように、妙な存在感を放っていた。
「比留間博士? 彼が関わっているのか?」
「逆に被害者か、単に縁があるというだけかも知れないわ。彼は様々な意味で顔が広いもの」
なにせ、この場の鞍屋とサイファーも比留間博士が接点となったようなものだ。
どこの並行世界でも、比留間博士が比留間博士である限り、人間関係は多彩であるらしい。
「これで情報は十分でしょう? 確実性の埋め合わせに、個人名まで出したのだから」
「違いない。では、依頼された調査結果について開示しよう」
ここでサイファーは声を潜めた。昼の彼女は幻覚、幻聴であり、盗聴は困難なはずだが……
しかし、これは国連の最重要機密にも匹敵する情報なのだ。
「たしかに貴女が殺したフォルトゥナ――箱田衛一はすでに、夜間能力を有していなかった。
トラベラー型の能力によって『運命支配』は、他者の元へ渡っている。その行先は完全に途絶えていた。
まるで、世界規模の改竄で握りつぶされたかのように」
無数の事実と、無限の可能性。
世界はそう出来ているはずだが、それが妙に積み重なり、全てが不吉な一点へと収束しようとしている。
能力ゆえに、鞍屋峰子は誰よりも嫌な実感を覚えていた。
288
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/20(火) 00:50:30 ID:0Vs8Wetg0
すみません。ちょっと遅れて、予告編ではなく普通の続きです
色々と重なって、思った以上に時間が取れませんでした。「にゃーん」は予告編に使いたかった……
次回も予告編ではなく、間章になる可能性があります
補足
神山益太郎
神の寵愛を受けし者から出演。三十代無職の男性。
読神/触神という指折りのチート能力を有している。メタ情報の認識、改竄……
この作品では、国連から要警戒能力者"イル・ディーヴォ"として警戒されている。
鞍屋峰子
比留間慎也の日常、幻の能力者から出演。猫好きを通り越して、猫な女性。
『並行世界の自分と繋がる能力』を持つ。スケール系のチート能力だが、この作品では諸事情により不調。
UNSAIDの幹部ではあるが、個人としても動き回っている模様。
サイファー
魔王編より登場。本名は物集女 黎曖。
『何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない能力』を持ち、情報屋を営んでいるらしい。
作中では、鞍屋峰子の依頼を受けて、フォルトゥナについて調査していた。
箱田衛一
幻の能力者より言及。すでに故人、鞍屋峰子と交戦して死亡した世界線。
しかし、「事実上無敵」と称される運命支配能力はすでに流出していた。
289
:
名無しさん@避難中
:2018/11/20(火) 18:47:29 ID:0mAWfVOM0
乙です 鞍屋さんキターー。にゃーん!!!
フォルトゥナ……能力が相当ヤバかったからよく覚えてる!
それが流出したとか、嫌な予感しかしない……
290
:
名無しさん@避難中
:2018/11/23(金) 18:23:10 ID:bCUfYBjk0
第一部、なかなかヘビーな展開になりましたねえ
第二部の予告も楽しみにしてます。そこから勝手に妄想するの楽しいのでw
さて、一応自分の妄想も少し形になりましたので投下させてもらおうかと思います
計画性ないので定期的投下は無理ですが、完結させるよう努めます
291
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/23(金) 18:24:45 ID:bCUfYBjk0
【序章】
「皆さんは、『楢山節考』をご存じですか?」
窓の外の、激しい雨が地面を叩く音だけが室内を支配する。男が発した短い問いかけに「皆さん」は誰もが凍り付いて、答えを返す者はいない。雨音をかき消すほどのすさまじい雷鳴が鳴り響いても、それが答えの代わりになどなるはずもなかった。
まさかこの空間に『楢山節考』を知らない人間などいるわけはあるまい。この国きっての智慧と知性の塊であるエリート官僚たちが集まっている場なのだ。この沈黙はだから、意味が分からないという怪訝ではなく、意味を理解しているからこその絶句、ということになるだろう。
とは言え単体で聞いてそこまで不穏な言葉ということもない。あくまでここまでの議論の流れがあってこその、隠喩に近い言葉選びだった。
であれば。男はさらなる問いを発することにした。
「では、『姥捨て山』をご存じですか?」
より直接的、無遠慮な単語をチョイスする。演出するようなタイミングで窓から目がくらむような閃光が幾度も弾け、
「なっ――」
そして間髪入れずに先刻以上の耳をつんざくような雷鳴がとどろいて、何か言葉を返そうとしたらしい一人の官僚の動きを封じてしまった。その後、少しきまり悪そうにしながら、その若い官僚は言葉を繋いだ。
292
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/23(金) 18:25:42 ID:bCUfYBjk0
「なんてことをっ……こんな場で貴方は――」
「ちょっと待ってください」
見るからに憤慨した様子で反論しようとした若者を、そのすぐ隣に座る官僚が制した。切れ長の目が印象的ないかにもやり手に見えるその男は、
「玄河先生、このような場であまり不穏当な発言はお控えいただきたい」
と、国民の健やかな暮らしを所管する省内で臆面もなく「姥捨て山」などと口にできる非常識な中年男にチクリと釘をさしつつ、
「ですが……」
視線をいったん低く落とし、考えをまとめているかのような姿勢を見せる。それを以って玄河仁(くろかわじん)は、自身の目論見は成ったと判断した。この官僚が以前から、やや危ういほど先進的急進的な思想を持って仕事をしていることを、玄河は知っていた。この男ならきっと乗ってくる。そう踏んでいた。
「その発言の真意を伺いたいですね。ただ無責任に放言したというのであれば、速やかにお引き取りいただきますが」
視線が玄河へと戻ってくる。その瞳は言葉同様やや厳しい色を放っているが、同時に期待の色も宿っているように、玄河には見えた。
「明晰な官僚諸氏に説法を垂れるつもりなどはございませんので、端的に」
自分より年下の相手もいる中、玄河はあくまでへりくだった。へりくだったようでいて、心の中では彼らをやや蔑んでもいた。
293
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/23(金) 18:26:45 ID:bCUfYBjk0
この国はもはや老いぼれ同然だ。自分が若輩だった頃からすでにその兆候は見えていた。科学は日増しに発展し、医療は着実に進歩し、人間は死の病とされたものをいくつも克服してきた。長寿はこの国のひとつの誇りのようなものになり、その誇りのようなものを絶やさないための福祉充実は押せ押せで推進され続けた。そのシステムがいずれ立ち行かなくなるだろうことはたびたびメディアで取り上げられたりもしたものの、誰も真面目に危機感など持たなかった。だっていずれは自分もその恩恵に浴することになるはずだ。それなら今は目をつぶったほうがいい。抜き差しならない状態になるのなんてもっと先のこと。自分が死んだ後のことなんてどうだっていい。結局それぐらいにしか考えない人々ばかりだった。
そんな矢先。全世界を阿鼻叫喚の渦に引きずり込んだ、あの隕石災害が起きた。それは自分から見れば止めの一撃だった。昨今はチェンジリング・デイと呼ばれているあの日。その言葉通り取り替え子として、奇跡でも置いて行ってくれればよかったのだが。あるいはその字面通り、未来を担う子どもたちをたくさん連れてきてくれればありがたかったのに。現実それがもたらしたものは、より鮮明になった破綻の足音だ。
毎日のように国のために汗水流し、その不都合な情報も目にする彼ら国家公務員たちがそれに気づけないはずはない。気づいていて何もしないのであれば、それはあまりにも罪深い。だからせめて自分は……
「この国の未来のために、協力をさせていただきたい。ただそれだけです」
「ええ、そのお気持ちは大変ありがたい。ですが、具体的には?」
「それは先ほど申し上げました」
「……『楢山節考』、ですか」
「いえ、姥捨て山ですよ」
294
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/23(金) 18:27:24 ID:bCUfYBjk0
やり手風の官僚はすでに、話の着地点に見当はつけているはずだと、玄河は値踏みしていた。これは取引なのだ。玄河は純粋にお国の役に立ちたいと思っている。その熱意に嘘はない。しかしその思いを満足いく形で成し遂げるためには、国家の法というものは邪魔でしかない。
「その片棒を、と言わず、その全てを、私の法人で担う。それについて国は一切関知しない。それでいかがか」
「ずいぶんと……都合のいい話ですね」
「ええまあ……少しだけ条件がありましてね」
思えばこの時が、その組織にとっての最大の分岐点だったのかもしれない。
玄河仁。表向きは社会福祉法人玄聖会代表理事。そして裏の顔は特殊能力研究開発機関・通称ERDO総帥。屈折した理想と使命感を以って、彼は自身の組織を一段高いステージへと押し上げた。
例え、お前は狂っていると蔑まれようとも。例えそれが、多くの人々の人生を狂わせることに繋がるとしても。
劇薬を投与しなければ救えないものがある。それは遅かれ早かれ、誰かが為さなければならないことなのだ。
295
:
名無しさん@避難中
:2018/11/23(金) 18:29:58 ID:bCUfYBjk0
終わり。すでに臭いを感じるかもしれませんが内容的には似非ミステリーで社会派(笑)っぽい作品になりそうです
後スレに投下するの久しぶりなので読みにくかったらごめんなさい
296
:
名無しさん@避難中
:2018/11/23(金) 20:53:30 ID:MsxG.4fA0
乙です!
新たな投下とは! 幸せこの上ない……!
そしていきなり不穏……これから物語がどう進んでいくのか気になります……!
297
:
名無しさん@避難中
:2018/11/27(火) 01:03:56 ID:jMkPiays0
新規投下だ、やった! しかもERDOトップ登場とは
最初から、きな臭い雰囲気ですね。こちらも負けずに、間章投下です
298
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/11/27(火) 01:04:36 ID:jMkPiays0
間章.ある並行世界の片隅で
ここではなく、今ですらない、どこかの世界。
大半の人間にとっては、もしかすれば"あり得た世界"であり、自分にとっては確かに実在した世界。
年月が経ち、膨大な情報の片隅に押し流されているが、それでも記憶の片隅に残り、輝きを残す出来事だ。
西暦2004年、あのチェンジリング・デイから四年が過ぎ、隕石被害の爪痕も惨憺と刻まれている。
隕石に起因する能力の研究も未だ黎明期で、その研究手法も方針も全てが手探りの域を出ない。
いや、手探りならまだ良かったのかも知れない。
多くの情報を得ただけに、その無軌道さに科学者は混乱していたし、ヒステリーさえ起こしていた。
混乱を脱するのには、まだ相応の時間を有すると、誰もが確信していた時代――
そういった混迷の中で、いち早く大衆に"成果"を届ける事を重視した者たちが居た。
後の能力研究の権威である比留間慎也、そしてこちらは世間に知られていないが、
国際学会の役員である鳳凰堂空國の二名だ。
一種の天才性とカリスマ性を併せもち、能力研究の顔役として機能したのが比留間博士なら、
研究の虫である彼を焚き付け、役員の立場から支援したのが鳳凰堂博士という事になるだろうか。
実態はどうあれ彼らの試みは成功し、定義不能で混沌の象徴だった"能力"という概念は、
まだよく分からないが研究が進められているモノ、として社会に受け入れられていく事になる。
ニュートンやアインシュタインのそれより派手ではないが、これも一種のパラダイムシフトだろう。
だが、その社会の変動を快く思わない者たちも居た。
国際連合や列強国家に支配された社会の崩壊を望む者たちだ。彼らにとって、チェンジリング・デイによる混沌は
惨劇ではなく、一種の天恵ですらあったのだ。
「……驚かれないのですね」
「いいや、驚いているとも」
学会施設の重層化した防弾ガラスは容易く打ち破られ、場は銃弾と爆炎が飛び交う戦場と化した。
しかし、互いに殺傷力を有した戦いであったため、戦闘は短時間で終わっていた。
襲撃された当人、比留間博士は危険から距離を取りつつも、普段と変わらない様子に見えた。
驚いているというのは、嘘ではないのだろうが、どこか冷静に事実を呑み込んでいる。
299
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/27(火) 01:05:26 ID:jMkPiays0
「改めて、こちらの身分で自己紹介を。
国際連合特務諜報部局――通称"UNSAID"所属、鞍屋峰子。コードネームは"アレフ"。
秘密裡に博士の護衛と、襲撃者の排除を担当していました。以後、お見知りおきを」
もちろん初対面ではない。大学でも学会でも顔を合わせていたし、有望株として互いに注目もしていた。
さらに言えば、私は能力の都合上、本当の初対面というのは、かなり珍しい。
ただ風聞でもなく、顔を合わせただけでもなく、本当に個人として対面し互いを認識したという意味では、
この瞬間は重大なひと時だった。
比留間博士からの反応は、こちらこそよろしく、という簡潔なものではなかった。
「それは僕に明かしてしまっても良い事なのかな」
「局は早かれ遅かれ、あなたは知っておくべきだと認識しています。
今後もこのようなケースは増える事はあっても、減る事はありませんので」
能力研究の権威とは、すでに研究成果を示す肩書ではない。
能力社会の秩序を象徴する存在でもあったのだ。少なくとも、彼を殺せば社会は混乱すると、襲撃者は信じている。
実際、万有引力の法則はニュートンの名と共に語られ、相対性理論はアインシュタインの名と共に語られる。
本質的には理論が重要であったとしても、大衆は理論を象徴する人物と重視する面があるのだ。
この辺り、完全に科学寄りである比留間博士にどの程度、政治的な理解を求める事ができるか未知数ではあった。
だが、説明を受けて、比留間博士はひとまず頷いてくれた。他の懸念があったのだ。
「そうか。だが、今は鳳凰堂博士の方が心配だ。おそらく、あちらにも襲撃があっただろう」
「ご心配なく。そちらは私の同僚が対処していますので」
もちろん、UNSAIDが鳳凰堂博士の護衛を怠るという片手落ちを冒すはずもなく、私もそれを告げる。
ここでようやく、比留間博士は人心地がついたようだった。
それで彼が何に関心を持つかといえば、やはり能力研究だった。
すでに遺体となった襲撃者の顔を、しげしげと観察して確認するように呟いた。
「要警戒能力者の資料で見た顔だ。名称は『殺戮者』(スレイヤー)、昼間能力の通称から取られたんだったか。
"標的と認識した者を一方的に殺戮できる"無意識性の能力。
対面戦闘なら無敵だし、不意打ちを避けるために、あらゆる訓練とリソース投入を行っていた」
この説明に付け加えるとすれば、殺戮者は銃器を始め、あらゆる武器術にも長けていた。
戦闘は一瞬で終わったものの、国連にとっては恐ろしい難敵であり続けた。
特に各国の国連脱退に先立つ衝突では、反国連側の立場で傭兵、暗殺者として世界中で暗躍し、
彼の存在は巨大なリスクとして認識されていたが、それも今日で終わりだろう。
300
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/27(火) 01:06:32 ID:jMkPiays0
「どのようなトリックで、この能力を掻い潜り、彼を正面から仕留めたのか……興味がある」
「残念ながら、博士の能力がそうであるように、UNSAID所属者の能力は機密事項です」
比留間博士の科学的な好奇心を跳ね除ける。
残念ながら、世間では研究者の都合は大して優先されない。しかし、彼は引き下がらなかった。
「それなら、一つ推測を語ろう。君の能力は、"複数の君自身と入れ替わる能力"だ。
細部は異なるだろうが、そういう要素が含まれているのは間違いない」
的を射た推測を強気に断言されて、ずいぶんと迂闊な話だが、つい口を滑らせてしまった。
「……根拠はおありですか?」
「機密事項だ。比留間研究所のね」
茶目っ気を含んだ意趣返し。比留間博士は微笑していた。
当時は虚を突かれて、内心ではいくらか動揺していたのだが、今振り返れば簡単な話だ。
実は観察力があるというだけで、見抜けてしまう。
服装程度なら合わせる事ができるが、髪や爪などの些細な生理的な変化までは、
能力を意識して管理している訳ではないし、完全を目指せば消費リソースに見合わない。
ただ、この時はにわかに関心が湧きおこり、彼を試す気になっていた。
自分のような超人的な頭脳を持たないにも関わらず、能力研究の権威となった、この若き天才を。
「能力について、ある突飛な噂があるのはご存知ですか?」
「突飛な噂は数多い。耳にしているものもあれば、そうでないものも多いだろう」
「単なる都市伝説ですが……世界には並行世界を作り出す者が居て、
私たちの世界とほとんど同じ世界がいくつもできている、という話です」
語り口は異なるが、以前誰かに聞いたような話をそのまま繰り返す。
だが、何の事実も伴わず、こんな噂だけが広がる事があり得るだろうか。
「事実だとしても、現在の科学では手が届かない領域だろうね。観測も実証もできない……
ただ、"例えば"並行世界の自分と入れ替わる能力を持っていた場合、『殺戮者』(スレイヤー)の標的から、
瞬間的に外れる事も可能だろう。本来の標的は並行世界に逃れて、別の当人が現れるのだから」
そう、もちろんあくまで"仮定の話"の話ではあるが。
話が早くて助かるが、本題はここからだった。
301
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/27(火) 01:07:47 ID:jMkPiays0
「もし仮に並行世界に関わるような能力者が居たら、その人物に科学は何を提示できると思いますか?」
「難題だ。能力鎮静剤が完成すれば一つの解になるが……これは君の関心を引く解ではないだろう」
比留間博士は率直に述べていた。そして、たしかに期待に沿うものではなかった。
失望した、というのはフェアではないだろう。
何かハードルを設定した訳でもなく、自分でも意図が曖昧なまま、ただこの若き天才なら
何か驚くような見解を提示してくれるのではないかと、勝手な期待を抱いていただけなのだ。
しかし、ここで話は終わらなかった。
「仮に、無数の並行世界が実在するなら、ここで僕が殺されていた世界も存在する訳だ」
「ええ。そうなりますね」
単なる好奇心としか思えない仮定を、比留間博士はどこか楽しげに提示していた。
言われるがままに同意する。
戦闘の相性上、あまり可能性は高くないが、そういう世界も確かに存在していた。
「敵が『殺戮者』ではなく、まったく別の能力者だった可能性も」
「どこかの世界では実現しているのでしょうね」
また比留間博士が別の過程を提示し、私はそれを肯定する。
そう、例えば襲撃を計画した人物が常に『殺戮者』を使うとは限らない。
ここまでは前振りだった。
「それなら――君と敵の両方が、並行世界を俯瞰する能力を持っていた世界もあり得る訳だ。
いや、そんなレアケースでなくとも、コピー能力なら実現するか」
「それは……」
即答はできない。無限に等しいリソースに、何らかの楔が打たれ得る状況設定だったからだ。
実際にそういう状況に陥れば、互いに本気で潰しあうメリットなど無いはずだが。
否定もできない。本当に可能性で語るのなら、あり得ないとも言い切れないからだ。
その躊躇を知ってか知らずか、比留間博士はさらに疑問に切り込んでいた。
「並行世界に関わる能力が実在するなら、敵が並行世界の同一人物を全て抹消できる能力だった、という事もあり得る。
おっと――もし気に障ったなら、謝罪させてもらうよ。僕はたまに配慮に欠ける事があるから」
「いえ、これはただの思考実験ですから」
やや遅れて、比留間博士はこちらの困惑に気が付いたらしい。それで、ようやくこちらも余裕ができた。
302
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/27(火) 01:09:57 ID:jMkPiays0
しかし、彼が重要な矛盾を指摘しているのは事実だった。
本当にあらゆる可能性に『鞍屋峰子』が存在し得るのなら、とっくに全てを消し得る能力者に遭遇し、
そして全てを消された可能性も含まれていなければ、おかしい事になる。
この際、有利な条件付けは意味を持たない。
あらゆる可能性には、あらゆる条件付けを無視する可能性も含まれているからだ。
「無限の可能性を全て肯定するなら――その無限性を否定する要素も無限に成立してしまう」
学会発表やメディア進出によって磨かれた特技か、比留間博士は印象的に持論を纏めていた。
「観測手段がなくとも、こういう形で論理的に切り込む事はできる訳だ。
科学が無力になる未知の領域、というものは常に存在してきた。今なら、能力分野の大半や宇宙の外側だってそうだ。
それでも人類が無力を放置せず、未知の領域に切り込もうと日々進歩している事も、科学の力だと言えるだろう」
現在の科学では手が届かない、並行世界について比留間博士はそう認めたにも関わらず、
それでも彼は科学というアプローチを高く評価し、科学者として誇りを持っていた。
「もし、全ての並行世界の自分と繋がる事ができるのなら無限の思考力、無限のキャパシティ……
人類の夢そのものを体験できる。だが、それでも分からない事がたくさんあるから、
君も科学者という肩書を持ってるんじゃないかな?」
肯定できるはずもなかった。
UNSAID所属者の能力は機密であり、今はただ仮定上の"夢の能力"について、話をしているだけなのだ。
もちろん茶番であり、それは自分も彼も分かっている。
だから、ただ互いに苦笑を交わしていた。
「もちろん、未来の事だって分からないが……君とは色々な意味で、長く広い付き合いになるかも知れないな。
こちらこそ、よろしく頼むよ。鞍屋峰子君」
少し先の未来、それでも並行世界では無数の出来事が起こり、この記憶も片隅に追いやられた未来。
それでも、たしかに彼の言う通り、長く広い付き合いになったのだ。
303
:
◆peHdGWZYE.
:2018/11/27(火) 01:13:07 ID:jMkPiays0
幻の能力者を読む限り、鞍屋さんが運用できる並行世界って実際は無限に分岐していくだけで、
総数は有限っぽいんですよね
なので、ここの二人も会話も厳密な議論ではなく、便宜上の言葉を多く使ったものとなっています(逃げ道)
いやだって、鞍屋さんの能力って並行世界だから、という言い訳が通じない可能性があるので
補足
国際連合特務諜報部局(UNSAID)
UNSAIDはアンセッドと発音する。国連付属の諜報機関であり、その存在自体も秘密。
作中では主に狭霧アヤメや箱田衛一など、危険な能力者の対処を行っている様が見られる。
鞍屋峰子も比留間博士との情報交換のために送り込んでいる、という面があるらしい。
鳳凰堂空國
月下の魔剣シリーズで言及された人物。
生物工学で功績をあげ、後に国際学会の役員に収まったエリート中のエリート。
当初は比留間博士の研究に関わっていたが、2005年に学会と関係を断ってしまった。
……みんな分かってるだろうけど、まだ多くは語るまい。
『殺戮者』(スレイヤー)
この作品、死体として初登場したキャラ。チート系やられ役。
昼は"標的と認識した者を一方的に殺戮できる"無意識性の能力を持っており、正面戦闘では無敵。
それを差し引いても、あらゆる武器術に長け、弱点を補う周到さを有している。
だが、比留間博士や鞍屋峰子とは能力の相性が悪いので、襲撃した世界では、だいたい命を落としている。
304
:
名無しさん@避難中
:2018/11/27(火) 11:01:07 ID:MNM/gLPw0
ループものとか並行世界もの好きなんだけど、だいたい途中から理解できなくなっていく己の頭の悪さよ
鳳凰堂さん懐かしいなあ覚えてるわ。こういう時名前のインパクトって大事だなと再確認する
でももしかして黒幕……?
さて間隔短めですが投下します。この作品では既存のあるキャラに大幅に設定を盛らせてもらっています
305
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/27(火) 11:02:35 ID:MNM/gLPw0
激務と言って差し支えないほどの慌ただしい職務の合間。半ば無理やりにねじこんだ自由時間を使い、宇津木太地(うつぎたいち)はお気に入りのバイクを飛ばして病院へ向かっていた。別に昼飯に食ったカキフライでどうしようもない食あたりを起こしたとか、パワハラ上司に熱湯を頭からぶっかけられたとか、何かしら自身の身に問題が起きたというわけではない。それでも、仕事の隙間にちょっとだけでも行っておきたい理由が、太地にはあった。
宇津木太地はいわゆるおじいちゃん子というやつだった。幼い頃からじいちゃんによく遊んでもらっていた。自転車の練習やら虫取り、魚釣り、キャッチボールなどなど、父親よりもじいちゃんから教えてもらったことのほうがたくさん記憶にあるくらいだ。別に父親が嫌いだったわけでも、遊んでくれないことを恨めしく思ってもいなかった。ただ単純に、太地はじいちゃんのほうが好きだったというだけだ。
チェンジリング・デイという悲劇は、太地から両親と兄弟をたちまちに奪い去ってしまった。まだ小学生だった太地には、それを理解し受け入れるのは難しかった。ただ一つ救いだったのは、じいちゃんも無事に生き延びていたことだ。太地とじいちゃんはあの隕石災害によって、お互いが唯一の肉親ということになってしまった。今日太地がじいちゃんを大事にしているのには、もともとのおじいちゃん子という性質にこの事実が加わったからだと言っておそらく間違いないだろう。
そのじいちゃんは今入院している。原因は大腿骨骨折。老人にはよくあるもののひとつだが、そこから寝たきりになることも多いと聞いて、太地は焦りと不安を隠せなかった。それまで健康そのものだったじいちゃんが、ただ転んだだけで入院することになったというのも衝撃だった。と言ってもそれももう一ヶ月ほど前の話で、今は太地も落ち着いている。
目的地に着いた。適当なところにバイクを置いて、その建物をそぞろに見上げる。奇跡的に隕石の被災を免れたというこの病院は、すでに築二、三十年は経過しているだろう趣で、外見的には少しくたびれが出始めている印象だ。太地はさほど、というかほとんどさっぱり病院の質についての知識と蓄積というやつがない。職務上外科にかかる機会は非常に多いのだが、その場合ごく限られた特殊な医者行きを強制されるせい、というのが大きな理由だ。まして太地はまだ若く、得てして老人たちが執心するよりよい病院選びみたいなものにはてんで興味もない段階だ。
とは言えやはり唯一の肉親が世話になっている病院ともあればちゃんとしていてほしいという願望はある。幸い建物の年季の割に勤務する医師や看護師たちは若くはつらつとしていて、丁寧に診てくれている印象をこれまで何度かの見舞いの折に受けていた。そのおかげかはたまた隕石災害も生き延びた本人の生命力か、じいちゃんは順調に回復してきている。最近は順調に元気になり過ぎて、逆に面倒なことになってきているような気も薄々している。
306
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/27(火) 11:03:20 ID:MNM/gLPw0
「こんちわ。面会をお願いします」
「どうもこんにちは。宇津木さんですね」
「お、そろそろ顔パスっスか?」
「残念ながら、顔パスシステムはありません。用紙の記入はお願いします」
「あ、そっスよね。へへ」
一階ロビーに顔を出すと、受付の看護師が手慣れた対応をしてくれる。入院は一ヶ月近くになり、ちょくちょく見舞いに来ている太地は一部の看護師には顔を覚えられている。太地は二十歳過ぎの男にしては童顔で、そこはかとなく醸し出している弟っぽい雰囲気は、日々の重労働に疲れ気味の女性看護師には癒し的なものに映ったりするのかもしれない。
「あ、そうだ。宇津木さん、今抑制かけさせてもらってるんです。びっくりしないでくださいね」
「抑制? っていうと、腕縛るあれっスか」
「ああ、そっちじゃなくて」
「……じじい、またやらかしたんスか」
「はい……」
伏し目がちで相槌する看護師。もしかすると今回の被害者はこの女性だったのかもしれない。だとしたら本当に申し訳ない。太地はいたたまれない気持ちになった。
一般的に病院で抑制という言葉が出れば太地が言ったように物理的に身体の自由を利かなくすることを指すのが通例だ。体に繋いだチューブを抜いてしまわないためにといったような理由があるが、患者を拘束しているという点でどうしても印象はよくない。
一方今回太地の祖父に対して行われた抑制はこれと異なり、「薬物投与により能力の行使を制限、あるいは緩和する」という、ごく最近新たに発生したタイプの抑制である。太地の祖父は「マジックハンド」、即ち自分の生身の腕が届くはるか先の物を触ったり掴んだりできるという昼間能力を獲得しており、これを悪用して女性看護師の恥ずかしいところを触りまくるというセクハラ行為をたびたび行うため、この能力使用の抑制をかけられていることがたまにある。大変に不名誉なことだと、太地はかねがね恥ずかしく思っている。
「ほんとすいません……じじいのくせして若いねーちゃん大好きで」
「元気が有り余ってるみたいですね」
「そう言や聞こえはいいんスけどね」
書き慣れた面会用紙を提出し、代わりに入館証を受け取る。見舞いって案外面倒くさいんだな。そんな風に感じたのももう昔、手慣れた手続きになっている。苦笑いの受付看護師に同じく苦笑いを返して、太地はじいちゃんの病室へ向かった。
307
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/27(火) 11:03:58 ID:MNM/gLPw0
チェンジリング・デイはもちろん太地とじいちゃんの関係に大きな変化をもたらしたが、それよりも大きな転機となった出来事がある。今の仕事の上司との出会いだ。
出会いの瞬間はひたすらに恐ろしかった。眼球がそのまま氷でできているかのような冷たい瞳は射すくめられているようで、全身の悪寒が止まらなかったことを、今でも鮮明に覚えている。自分は殺されるのかもしれない。そう覚悟した。だって僕は悪いことをしたから。じいちゃんが口を酸っぱくして言い続けていることと、まったく逆のことをしてしまったから。
『別にお前、悪いことしたなんて思う必要ねえよ』
凍るような眼差しのまま、男はまずそう言った。まるで心中を完全に見抜かれているような言葉だった。
『ちょっとかわいいなって思ってた女の子を散々マワした挙句に殺した腐れ外道どもを、自分の手で裁いてやった。ただそれだけのことだろ』
太地にはまだ、彼の言っていることが完全に理解できていなかった。
『タチが悪りいよな。能力で体の自由を奪って嬲りつくすってやり口は。現状能力ってのはおもちゃ感覚で使っていいレベルのもんだからな。そんなんじゃ当然罪悪感なんてもんも湧きにくい。そしてそれはたぶん、お前だって一緒なんじゃねえか?』
何を言っているんだこの人は。人を殺してはいけないなんて当然のことだ。どんな理由があったって私刑は許されるもんじゃない。能力を暴発させてしまったせいだとしても、人を殺したことに違いはない。なのに。
『なあガキ。悲しいかな今の社会はその程度のもんなんだよ。不安定で、不確実で、もはや法が意味を成しているのかも危ういってな。能力を利用した犯罪ってのはまだ明確に規定すらされてねえ。ならお前の犯した殺人は法律上殺人罪には当たらないかもしれねえわけだ。ここで汚ねえ脳みそぶちまけて転がってる連中は、たまたまどこぞから飛んできたブロック塀に頭打ち付けただけ。それだけの話だよ』
男は氷の眼のままで、ニヤッと笑った。彼が徹底的に自分の殺人を肯定していることを、この時太地はやっと気づいた。
『後はまあ、俺に言わせりゃクッソしょうもねえ道徳ってやつの問題だな。だが重ねて言うが、クッソしょうもねえ問題だぜ。どうせ畜生以下みたいな連中だ。なんたってこいつら初犯じゃねえからな。あの可哀そうな女の子みたいな被害者を何人と出してきた。女を平気で肉便器呼ばわりしてな。ガキ、お前が殺したのはそんな奴らだよ。人を人と思っちゃいない。そんなら当然そいつらも、人として扱ってやる義理なんてないだろ?』
なんて論理だ。聞くに堪えないような俗悪な理屈だ。人殺しを是とするその主張は、自分とは絶対に住む世界が違う人間の詭弁だと思った。だけど、実際に自分は今のこの世界の不条理を目の当たりにしてしまった。その不条理があまりに惨くて、とんでもないことを……してしまったと思うのに、この男の理屈はきっと正しくはないとそう思うのに。
ひどいことをされて、汚されきった女の子の体。尊厳を守るように丁寧に自身の上着をかけてくれている、冷たい目の男。反社会的言動に似つかわしくない温かみを感じさせるちぐはぐさが、その時は嬉しくて。
『お前のやったことは俺としては不問だ。お前はこの子の仇を取っただけ。ただ何匹かのブタを殺しただけ。それに何の問題がある?』
308
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/27(火) 11:04:32 ID:MNM/gLPw0
「ようじいちゃん。調子どう?」
「おっ、たー坊来たか! 聞いてくれよ、あのヤブ医者またワシに変な注射打ちよったのよ!」
「それはじいちゃんがしょうもないことするからでしょ。ほんとやめなって」
「暇なんだよう! おなごの尻触るくらいしかすることねえんだよう!」
「けが人なんだから大人しく寝てなよ……」
「右脚以外は元気なんだよう」
病室に顔を出すと、さっそく元気な様子のじいちゃんがうだうだ駄々をこねてきた。わかってはいたがやっぱりおイタをやらかしたようだ。元気なのはとても結構だが、あまり人に迷惑をかけるのは感心しない。今の太地の立場上、能力を利用しているとなればいっそうデリケートな問題でもある。
「そろそろリハビリも始まってるんでしょ?」
「ああ、まあな。ぼちぼちやっとるよ」
「結構真面目に頑張ってるって聞いたけど」
「能力を使わずともおなごの体に触れるまたとない機会だからの」
「……じじい筋金入りだね」
両手をわきわきさせながら生き生きした表情で語る祖父。昔から精力的な老人だったが、ここまでスケベだったとは今回の入院まで知らなかった。ただまあ、看護師さんたちの反応を見る限り本気で嫌悪されているわけではなさそうなので、一応セーフのラインなんだろうということにしておく。
何気なく、太地は入院部屋を見渡した。ベッドは六床あり、全てが埋まっている。他人の事情に立ち入るつもりはないので他の患者の詳細は知らないが、皆太地の祖父以上の高齢者ばかりだ。太地の祖父は声がでかい人間で、周りの迷惑になりやしないかと始めは思ったが、最近はあまり気にしなくなった。他の患者たちは皆ほぼ寝たきりに見え、また太地のように見舞いに来る人間もあまりいないらしいと、これまでの訪問で知ったからだ。
どういう張り合いで生き続けているんだろう。元気な自分の祖父を見て、おこがましくもそんなことをふと思った。よかったよ、じいちゃんは元気で。そのありがたみも同時に感じる。それをひとしきりかみしめて、太地は祖父に視線を戻した。
「じゃあじいちゃん、まだ仕事あるから戻るわ」
「なんだ来たばっかりだっつーのにもう帰るんか。たー坊も薄情になったもんだ」
「んなこと言わないでよ。何回も来てやってるでしょ」
「来てやってるって言い方が気に入らん」
「はいはい。じゃまたねじいちゃん。次来る時は抑制解けてるといいね」
投げやり気味で言って踵を返す。去り際、
「仕事しっかりな、たー坊」
昔からの優しい声がそう言った。
309
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/11/27(火) 11:05:20 ID:MNM/gLPw0
あの凄惨な出会いからのち、太地はその冷たい目の男に師事するようになった。対人格闘のプロである彼から手ほどきを施され、一流の闘技を身に着けた。能力を精確にコントロールする訓練も受け、太地は瞬く間に一線級のハンターに変貌した。
その稼業のことを、じいちゃんに話すことはできなかった。ただ「公務員になった」とだけ告げてある。じいちゃんは孫の突然の堅実な就職に驚きながらも、「将来安泰」と祝ってくれた。現実にはいつも危険と隣り合わせで、いつ死んでもおかしくない仕事なのだが。
幼少の頃、平和な時代の中でじいちゃんが教えてくれたいくつかのことは、激変していく今の時世においてはもはや古い考えになってしまったのかもしれない。あの男と出会い今の仕事になじんでいく中で、太地はそんな風に考えるようにもなった。けれど同時に、今の世界が、そしてあの男の語る壊れた道徳観が正しいものだともやはり思わなかった。そう思えたのは、いつまでも変わらずに孫想いなじいちゃんがいたせいなのかもしれない。
じいちゃんと過ごす時間の中では、太地は「宇津木太地」という童顔の若者の顔になれる。その憩いのひと時はそろそろいったんおしまいだ。時間が押している。この後すぐにひとつ上官命令の予定が入っている。一階受付で入館証を返却し、足早に出口へ向かう。業務用の端末を取り出し、普段あまり使わない番号を呼び出す。顔つきは完全に仕事の態勢、そして名前さえも。
「二班、code:ラヴィヨンっス。野暮用で外に出てたんで、ちょっとだけ遅れるかもしれません。すんません」
じいちゃん思いのたー坊から、対能力犯罪専門集団バフ課、その二班副隊長code:ラヴィヨンへ。眼光を、精神を、そして名前を切り替えて、太地もといラヴィヨンは、職務をまっとうするべくバイクを走らせた。
310
:
名無しさん@避難中
:2018/11/27(火) 11:08:37 ID:MNM/gLPw0
終わり。ラヴィヨンがおじいちゃん子という設定は過去の自作「劇場版」で一言だけ
言及した台詞からこじつけたものです。彼の本名はたぶん設定されていなかったので
今回勝手に設定しています
311
:
名無しさん@避難中
:2018/11/28(水) 01:58:43 ID:tdPVm.ik0
まさか、ラヴィヨンが掘り下げられる時が来るとは……シルスク隊長は変わらず、シルスク隊長ですね
でも、じいちゃん無事に済むんだろうか。不穏な冒頭だったし
>鳳凰堂
たしかに印象的……黒幕ではないです。でも意外な展開はあるかも
月下の魔剣はたぶん完結の目途は立っていたらしく、結末までは分からないけど、設定の全貌は予想できるんですよね
自分の書いてる話は、数年越しの答え合わせになるかも知れません
312
:
名無しさん@避難中
:2018/12/02(日) 00:11:06 ID:4boJkVgg0
書いてて分かったのが、自分は即興で格好いいフレーズを作るのが苦手という事
下手したら1話書く以上に苦戦しましたが、投げます
313
:
第二部 予告編
◆peHdGWZYE.
:2018/12/02(日) 00:13:04 ID:4boJkVgg0
――能力という巨大な変化を前に、人は無力だろうか
崩れ落ちた日常。
"異変"を通してその規模は広がり、それは不可避の変化を世界にもたらそうとしていた。
「いや、なに考えてるんだ、俺。まるで二度と会えねえみたいな事……」
「あなたは博士の裏の顔をご存知ですね?」
太陽が照らし出す日常で、致命的な何かが欠けたにも関わらず、平穏は続いていた。
ただ欠落は毒のように染み入り、当たり前のように"当たり前"を奪っていく。
「これでめでたく肩書が公務員から無職になった訳だ」
「にゃっ! とりあえず全員、殺すかにゃ?」
「タイムリミット――日没まで、少し遊んであげようか」
そして、月が照らし出す闘争は新たな主賓を迎え、かつてない展開を見せつつあった。
崩壊した秩序を背景に、巨悪たちが激突する。
「いやぁ……アヤメさんって上客だったんですね。どう考えてヤバい仕事だ、これ」
「互いに出席は意外だろうな。どうも我々、科学者というのは好奇心には逆らえない人種らしい」
一方、国際会議に向けて諸勢力は動き始めていたが、それは徐々に歪められ……
無情に終焉を告げる時計の針が進むが、それを知る者はまだ少ない。
「『一つは染まり、一つは乱し、一つは無慈悲に見殺した』
セフィロト・ネットワーク接続――カオスエグザ起動ォ!」
日常と闘争の狭間で、微かな光は線を結ぶが、それを呑み込む闇はあまりにも濃く深く……
「決まっている――ただカニが嫌いなだけの紳士だよ」
「知らねえし、分からねえよ。そんなに確信が欲しいのか!?
俺にだって、そんなものは無いけどよ――」
強大な世界の脈動を前に、人はその真価を示せるか――
『劇場版Changeling・DAY 〜 星界の交錯点』 第二部
避難所にて来週から連載予定
314
:
名無しさん@避難中
:2018/12/03(月) 00:51:56 ID:BORft1gA0
なにやらヤバそうな雰囲気の中で最後のカニのインパクトが!www
315
:
名無しさん@避難中
:2018/12/06(木) 22:25:57 ID:yuqCGPRk0
第二部待ってました! 個人的に大好きなアヤメさん待ち遠しい
ところでこれって三部作なのかな?
さて私も投下します
316
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/06(木) 22:26:41 ID:yuqCGPRk0
code:ラヴィヨンが所属する能力犯罪対策組織通称バフ課は現状公的には存在しない機密部署でありつつ、都内ど真ん中の警視庁内に籍を置いている。チェンジリング・デイによって著しく損壊した警視庁庁舎は現在新調された建物で再起しているが、バフ課は壊れかけの旧庁舎を再利用する形で秘密区画としての稼働態勢になっており、そのオフィスは路地裏のひなびた雑居ビルさながらの怪しさ小汚さいかがわしさに溢れた特殊空間になっている。
名目上一般の警察公務員の肩書を持つラヴィヨンは堂々と警視庁正面から入館し、いくつもの認証ゲートをくぐったのちにその薄汚れたバフ課区画内へと帰り着いていた。バフ課という秘密組織をことさら特別で目に付くものにしないという目的でそうなっているが、警視庁建物への入館から自分たちの巣にたどり着くまでが長く煩雑になるためバフ課職員たちからの評判はあまりよくない。
自身が副隊長を務める二班の執務室へ戻った時、上官である二班隊長code:シルスクは不在だった。ここのところ隊長格は会議が多く入っているらしく、自室を空けていることが多い。近々何か大きな動きでもあるのかもしれないが、基本的にバフ課のもろもろは隊長格以上の裁決によって確定したのち通達される運びになっているので、ラヴィヨンとしてはあれやこれや推測したり不安になっても仕方ないという気持ちでのんびりと考えている。自分たちに必要なのは、いざ命令が下りた時には的確に迅速にそれを遂行する心構えと準備だと、ラヴィヨンは思っている。
その命令はすでに下されている。午前中は在室していたシルスクから言い渡されていた。それはそれなりに長くなったバフ課活動歴でも過去に記憶にない、非常に異例の指示だった。『バフ課六班からレンタル依頼を受けた。捜査協力に行ってこい』というものだ。
構成員に武断的な人間が多いバフ課はまず各班のライバル意識が強く、班同士が協調して動く例は非常に少ない。上からの命令があれば渋々ながら協力はするが、互いに何かしら一言嫌味を言わないと気が済まないというような対抗意識が存在している。とは言えそれは全員が強烈な自意識と実力を持つ隊長同士で顕著になるだけで、ラヴィヨンをはじめとした副隊長から一般人員の間ではだいぶマイルドになる。隊長の手前他班とのなれ合いを自重しているというのが実情である。
特に上司のシルスクは自身が未だに昼夜ともに能力発現がない完全無能力者であるという事情から、能力をフルに生かして任務にあたる他班全般を毛嫌いしている。最近は少しは丸くなり、年が近い三班隊長や新任で誠実な四班隊長などは評価している向きもあるが、あくまで少し丸くなっただけである。
(あのシルスク隊長が他班への出向協力を許すなんて……人間っていくつになっても成長するもんっスねぇ……)
六班執務室へ向かうすがら、出会った頃に比べて眼光の冷たさも和らいできた感のある隊長をこっそり茶化してみるラヴィヨン。直接言えば問答無用でなます切りにされることはわかりきっている。
(けど、六班か……)
もうひとつ意外だったのが、相手が六班だというところだ。
バフ課六班は少々特異な立場にあり、バフ課の中でも浮いた班としてラヴィヨンは認識していた。その認識はラヴィヨンだけのものではなく、シルスクでさえもそう感じていたらしかった。六班の隊長はcode:ノーメンという人物らしいが、ラヴィヨンは直接顔を合わせたことはない。そして隊長会議で同席するシルスクの話では、「気味が悪い。それに尽きる」というような相手らしい。心臓がアダマンタイトでできているようなあの隊長を不気味がらせる存在って一体。そしてそんなのが率いる六班という存在も、ラヴィヨンには得体の知れない相手に思えていた。
そんな六班とのファーストコンタクトである。少しばかりの緊張と怖さはあるが、基本的にフレンドリーで愛されるキャラのラヴィヨン。同じ部署の仲間なんだからあまりいがみ合ったりせず協力しようよというプチ持論もこっそり持っている。六班執務室前に着くなり躊躇いなくするりと入室し、無遠慮に室内をぐるりと見渡した。
317
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/06(木) 22:27:16 ID:yuqCGPRk0
一見しただけで、ここが自分たちや三班など他の班の執務室とは大きく違う印象を感じ取った。まず臭くない。自分たちの執務室は汗やら火薬やら薬品やら血やらが混ざった複雑な臭いがこびりついており、三班にはこれに煙草が加わってさらに芳醇な香りがあるのだが、ここにはそういう独特の臭いがない。
そして部屋にはパソコンのマウスのクリック音やキーボードをたたく音、書類をめくる音が小気味よく響いている。パソコンの前に座る班員たちはラヴィヨンとは違い、いたって一般的なスーツにネクタイという出で立ちだ。ごく平凡なサラリーマンのオフィスに迷い込んでしまったような錯覚に陥って、ラヴィヨンは思わず小首を傾げた。困惑した頭のままで視線を別の方向に向けると、ひと際立派なテーブルと椅子が目に留まる。それについては自分たち二班の部屋にあるものと同じで、隊長専用の椅子と執務机だ。自班のものはまったく使われずに物置と化しているが、今目にしているものはきちんと整頓されて現役で使われている雰囲気がある。
残念ながらと言うべきか、その席には誰も座していない。六班隊長code:ノーメンは不在のようだ。やはり隊長格で会議でもしているのかもしれない。シルスクからは具体的な指示は何もされていないので、六班隊長に直接会って指示を仰ぐべきものなのか、それとも六班内部ですでに自分の扱いが決まっているのか、その辺がラヴィヨンにはさっぱりわからない。こういうの隊長権限絶対のヘイガイってやつだよね。いっぱしの社会人らしく、組織体制のまずさをこっそり指摘してみる。
そうして手持無沙汰でしばらくきょろきょろしたのち、誰も気づいてくれないし埒が明かないなと観念して声を上げようしたところ。ラヴィヨンに背を向けて置かれている黒い革張りのソファから、見るからに寝起きっぽい顔の男がのそっと顔を出した。寝ぐせをごまかすように髪をくしゃくしゃと荒らしてから、彼は口を開いた。
「ラヴィヨンくん?」
「へ? あ、ああはい。二班、code:ラヴィヨンっス」
「そう。わざわざどうもォ」
「えっと、ノーメン隊長はいらっしゃらないんスか?」
「ん、見ての通り不在よ。でも、君の話は隊長から聞いてるからさァ」
「あ、そうなんスか?」
ただ横になっていたのではなく本当にしばらく寝ていたのだろう。大きなあくびとともに伸びをして、男はソファから立ち上がった。若干着崩れているが彼もまたこの部屋の例にもれずいたって普通の白いワイシャツにスラックスという服装で、一見して自分たちと同じバフ課構成員という感じがしない。しかし自然に「隊長」という言葉を口にしており、バフ課六班の人間であることは間違いない。
「二班に協力を要請したとかって、うちの隊長からねェ」
「そうっスか。なら話は早いっスね。ただ僕、詳細全然知らないっスよ」
「ああ……」
気だるそうな様子でそう相槌して、男は少し考えるような姿勢を作った。適当に荒らした髪の毛は寝ぐせも見事に取り入れた無造作スタイルに変貌して、彼の雰囲気をよりソフトなものにするのに一役買っている。ただそれは違う言い方をすると、非常に印象のぼやけた男に見えるということでもあった。
見とれるような美男子でもなく、かといって二度見してしまうほどの醜男でもない。背丈はラヴィヨンのそれと比べて少し低い程度、おそらく一七〇センチほどと思われ、取り立てて高くも低くもない。不健康なほど痩せてもおらず、不健康なほど太ってもいない。どこを見ても当たり障りがなく、特徴として挙げられそうなものが見当たらない。特徴がないことが特徴、という誉めているのか貶しているのかわからない誉め言葉があるが、彼に対してはそれさえも当てはまらないのではないかと、ラヴィヨンは失礼ながら思った。市井のどこにでもいる平凡で人畜無害な一般人。そんな印象を受けた。人を簡単に見た目で判断してはいけないと、ラヴィヨンはすぐに思い知ることになるのだが。
318
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/06(木) 22:27:53 ID:yuqCGPRk0
「その『詳細』ってのにはァ、あれだろ? うちら六班って奴らは一体全体ナニモンなんだよってこともォ、含まれてんだろ? 違うかい? ラヴィヨンくん」
「え、えええ!? いやいや、そんな意味はないっスよ!」
「ほんとォ? だったら君、六班が普段どういうことしてるか知ってんの?」
「いや、そりゃ知らないけど……」
「知らない。知らないし知りたいとも思わない。そういうことかねェ?」
「えええ……」
「君んとこの隊長さんは言ってたらしいなァ。『雑魚は雑魚に追わせておけばいい』とかって。二班からすりゃ他の班は全部雑魚、だからどうでもいいってかい? 君もおんなじ考えなのかァ?」
いきなりねちっこい追及が始まり、ラヴィヨンはたじたじになった。言葉尻を捉えた随分理不尽で強引な追及だが、一部に図星も混ざっているので怯んでしまう。さっきまでは間延びした印象を覚えたしゃべり方も、少し声色が変わっただけでなぜか湿っぽく粘着質なものに聞こえてくる。この男も他班の人員との協調をよしとしない手合いなのか。そんな邪推もしてしまうほどの豹変ぶりだった。
「……へへ、なあんつってね」
「え? えええ……?」
「へへ、へへへへ悪りいねェ。なんか思ってた以上に若くて真面目そうなやつが来たんで、ちょっといじくってやりたくなってさァ。へへへ、うへへへへへ」
「なんスかそれ……」
意地の悪そうな声音と表情が再び一変し、心底愉快そうに「へへへへ」と笑いをかみ殺している、つかみどころのない男。三班副隊長のcode:シェイドも人を食ったような態度の扱いづらい男だが、目の前の男も間違いなく快適な付き合いが難しいタイプの人間だと、ラヴィヨンはため息を禁じえなかった。
「いやいや、悪かったって。ま、六班ならではの仲良くしてねの挨拶だと思ってくれやァ」
「別にいいっスけど」
「そう? じゃあ仲良くしてくれる?」
「……なんか気持ち悪いっス」
「いきなりひでえなァ。君仲良くする気あんの?」
「そうやってころころ態度が変わる人と仲良くできねえっスよ」
そしてまたいきなり態度が硬化。押されっ放しは癪なので、ラヴィヨンのほうも怯まず押してみる。他班に対して弱腰でいるとシルスクにどやされるというのもある。先刻以上に険悪な空気でにらみ合うこと数秒だった。
319
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/06(木) 22:28:27 ID:yuqCGPRk0
「フン、いやあ怖ええ怖ええ。本気で荒事やってる人間の目はやっぱり違うなァ」
また最初の気だるい穏やかな声音に戻って、男は今度こそ心底脱力しながらそう言った。まだ険を解かないラヴィヨンをよそに続ける。
「ま、これがほんとのご挨拶だ。俺が大体どんな奴かってこと、おおよそわかったろォ?」
「そうっスね。あんまり近くにいてほしくないタイプっス」
「はっきり言ってくれるねェ。ま、でも残念ながら、しばらく君は俺のパートナーだ。それが隊長命令だからなァ」
「パートナーっスか」
「そう。性的な意味でのなァ」
「はああぁぁぁ!?」
衝撃の事実により、継続していたラヴィヨンの緊張は強制的に解除を余儀なくされた。いやもちろん事実のわけないだろうとすぐに思い直したのだが、いずれにせよラヴィヨンの緊張はもう完全に緩んでしまった。
「冗談に決まってんだろォ。何をそんな焦ってんだ」
「焦るに決まってるっス! 絶対イヤだ!」
「そんな嫌がるなよ。俺だってヤだよォ。何が悲しくて男の引き締まったケツを……」
「あんたなんなんスか……もう全然意味わかんねえっス……」
「ま、おいおい理解してくれりゃあいいさ」
「理解したくねえっス」
「ま、理解するしないはいいとしてよ。諦めなァ。性的なアレじゃねえが、しばらくパートナーやってもらうのは事実だからよォ」
「すでに疲れたっスよ……」
心からの本音を吐露するラヴィヨンをよそに、面倒くさい性格の男はてきぱきと身なりを整えていく。ネクタイを締めて颯爽とジャケットを羽織る姿は極めて平凡なサラリーマンという風で、特別仕事ができそうでもなく、かと言ってうだつが上がらないという感じでもない。あっという間に雑踏に溶け込んで消えてしまいそうな雰囲気からは、さっきまでの起伏の激しい御しにくい男という匂いはまるでなくなっている。
「じゃあ、さっそく行こうかい相棒さん」
「行くって……どこ行くんスか」
「モチのロンドン。お仕事さァ」
「まだなんも説明してもらってないんスけど」
「それは道中話してやるって」
320
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/06(木) 22:28:59 ID:yuqCGPRk0
言いながらすでにスタスタと出口へ歩を向けている、付き合いにくいタイプの男。次々に変わる男の態度と切り替えの早さについていくのがやっとのラヴィヨン。促されるがままに後ろにつこうとする。そこではたとひとつ、なかなかに重要なことを忘れていることに気が付いた。
「ところでそういやあんた、コードネームはなんていうんスか」
「あん?」
「コード。名前もわかんねえ相手と仲良くできねえっス」
「ああそうか。そういやそんなこっ恥ずかしいもんがあったなァここにはよォ。この現代日本で。いーい大人が。コードネームってよォ」
「バフ課全員を敵に回す発言っスよ。聞いたのが僕じゃなきゃたぶんあんた死んでるっス」
「だろうな。君だから言ったんだよォ」
「ナメてるんスか」
「いやいや。親しみを抱いてんだよ」
「親しくしたくないなあ。あんたと仲良くしてたらいろいろ問題ありそうっス」
「そんなつれないこと言うなよなァ」
心がこもっていない声で言いながら男は振り返り、ラヴィヨンに向き直ってきた。
「コードネームはあるにはある。けどあんまり気に入ってなくてなァ。ま、どうしても呼びたきゃ、『ハラショー』って呼んでくれや」
「ハラショー?」
「そう。ラァにアクセントで『ハラショー』だ。よろしくねラヴィヨンくん」
そう言って男はすっと手を差し出してくる。一瞬逡巡したラヴィヨンだったが、結局素直にそれに応じた。どうも「ハラショー」というのは正式なコードネームではないようだが、とりあえず何か呼び名があればそれでいいやという諦めみたいなものがあった。本人が気に入っていないと言っている手前、今後の付き合いの過程でようやく真
の名前を教えてくれる、みたいなイベントがあったりなかったりするのかもしれない。そんな風に思っておくことにした。
「ああ、ちなみに本当のコードネームはcode:ローグさァ」
「結局あっさり明かすんスか! もうほんと意味わかんねえっス……」
「ま、俺としてはハラショーでお願いしたいねェ」
「じゃあもうそっちでいいっス……よろしくっスよ、ハラショーさん」
いったんは引っ込めた手を改めて差し出すラヴィヨン。かっちりと握手を交わす。二班副隊長code:ラヴィヨン。六班隊員自称:ハラショー。二人のバフ課隊員と「黒衣聖母」との、静かなる闘いの始まりであった。
321
:
名無しさん@避難中
:2018/12/06(木) 22:31:27 ID:yuqCGPRk0
終わり。六班隊長はとりあえずコードネームだけ決めてみましたが登場する予定は今のところありません
322
:
名無しさん@避難中
:2018/12/08(土) 00:21:39 ID:y0ZAB6KQ0
濃い人が来たー……ラヴィヨン、シルスク隊長にホモいって思われてるらしいから、色々と可哀そう
(フェイヴ・オブ・グール 〜バ課出動〜参照)
いや、冗談なのにわりと本気で受け取る所がアレなのか
個人的にはバフ課の内情描写が好きですね
自分は書くときに内情どうだったっけと、父と娘を読み返してました
323
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/12/08(土) 00:24:12 ID:y0ZAB6KQ0
12.欠けた日の下で
交通の要所である最寄りの駅を。
おそらくは闇の者が蠢く、猛犬注意で封鎖された裏通りを。
そして、日常の終端となった見慣れた路地を。
走る、ひたすら走る。わずかにでも残った痕跡を求めて、彷徨い続ける。
『クリフォト』の襲撃翌日――まるで何も変わっていないかのように、今日も太陽は日常を照らし出していた。
すでに誰かが欠けた日常を、最初から誰も居なかったように。
岬陽太は珍しく学校を休んでいた。
今まで厨二だの奇行だの言っても、普段はそれを理由に日常生活を放り出したりはしなかったのだ。
晶の事も含めて、連絡だけはしておこうと今朝、学校へ連絡は入れたのだが。
『水野……晶? 3年は一通り名前は憶えてるが、そんな子は居たかな。女子、だよな?』
電話を取った教師は困惑しながらも、たずね返していた。
この時点で、陽太は話を打ち切ると受話器を置いていた。
まず陽太自身が目立つ方であったし、晶もセットで教師陣からは憶えられていたはずなのだ。
確実に記憶が消されている。それも名簿や痕跡なども徹底的に。
この出来事は現状の厳しさを、陽太に改めて突きつける形となっていた。
心当たりのある場所、厨二的な直感で選んだ場所、たいだいは網羅した所で糸が切れたように、体が疲労を覚えていた。
ふと、よろけてブロック塀による壁に手を突いて、息を吐く。
(連中が足が付くマネなんて、するはずねーよな……)
行動している内はまだ良かった。頭を空っぽにしていられる。
しかし動きを止めた瞬間、どっと疲労と同時に徒労感が押し寄せてきたのだ。
頭のどこかでは分かっていた。手掛かりなど、あるはずがないと。
それでも何もしない事に耐えられなくて、ただ成果もなく走り回っていた。
本当に手掛かりがないとしたら――この胸に穴が空いた感覚を、ずっと抱えていかなければならないのか。
「いや、なに考えてるんだ、俺。まるで二度と会えねえみたいな事……」
ぞっとして、つい口に出して思考を否定する。だが、それは根拠なき否定だった。
まだ一日目だ。これが三日後、一週間、一月……
それに自分や晶の両親が帰ってきて、みんな晶を覚えていなかったら、耐えられる気がしない。
324
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/08(土) 00:25:45 ID:y0ZAB6KQ0
――どんな危険があっても高校生になって、三年後を無事に迎える事。それが強さなのは、間違いないわね
時雨師匠の言葉を思い起こす。
そうだ。三年後、漠然と描いていた未来には常に晶の姿があった。
当たり前に訪れるはずだった、平和な未来像に消えることない亀裂が入ってしまったのだ。
陽太は歯を食いしばり、壁にドッと拳を打ち付けた。
拳を壊すほどではないが、それでも手からは血が滲んでいた。
その後も、晶の手掛かりを求めて探し回り、そして日が沈んだ後に成果もなく帰宅した。
暗く、誰もない自宅。
両親が留守にしている事もあって、晶が上がり込んでいる事も珍しくなかっただけに、嫌でも現実を突き付けられた。
もし、このまま二度と晶に会えなかったら――
いつか自分も忘れて、別の友人を作って、何事もなかったかのように……
反吐が出そうだった。それで生きていける気がしない。
誰かを欠いても、日常は何事もなく回っていく。
負けた事より、晶が連れ去られた事より、変わらず進んでいく日々が致命的なまでに、陽太の心を折ろうとしていた。
もう何もかもが整理できず、それでいて行き詰っていた。
思考を放棄して、机にうつ伏せる。
ただ刻々と時計の針が動く音だけが、無情に響き続けていた。晶もどこかで、こうして時計の音を聞いているのだろうか。
心を削るような無為な時間に、変化が訪れたのはしばらく経った後の事だった。
325
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/08(土) 00:27:13 ID:y0ZAB6KQ0
「あれ、留守かな? ただいまー! あれ電気ついてる」
インターホンを何度か聞き流してから、やがて鍵を開ける音が聞こえ、青年が家に上がろうとしてた。
鎌田之博(かまた ゆきひろ)、異世界から飛ばされてきたという、特異な事情を持つ人物だ。
今は無駄に広い陽太の家の世話になっている。
比留間博士の陰謀に立ち向かう同志(陽太の認識)であり、頼れる年上の人物でもあった。
そして、出会った際には、晶も一緒であり、こちらとも仲が良い。良かった。
心臓が跳ね上がる。
これが学校に行かなかった本当の理由だった。
晶のいない日常、それを当然に振る舞う見知った人々と、どう顔を合わせていいか分からなかったのだ。
自分は、晶を忘れた鎌田に顔を合わせて、耐えられるのか
「あ、いたいた……えっと、何かあったのかな。少し、やつれてるようにも見えるけど」
戸を開けて顔を覗かせたのは、大きな丸眼鏡を掛けヒョロリとした長身を持つ好青年だった。
前面から触角のような妙に長い髪が飛び出しているのが印象的だ。
これが鎌田の夜の姿だ。異世界から来た彼は、いわゆるカマキリの昆虫人間であり、
夜は能力によって、人間の姿を取る事ができた。
やがて、鎌田は決定的となる言葉を口にしていた。
「それに今日は"晶君"も居ないんだね。まあ、自宅の方かな。まさかとは思うけど、喧嘩でも……」
不思議そうに、本来は居るはずの晶を認識して、リビングや台所に目を向けて、その姿を探していた。
無気力に押しつぶされていた陽太が、顔を上げ、即座に立ち上がっていた。
「か……」
「か?」
こみ上げるものがあって、うまく声が出なかった。
唾を呑み込んで、呼吸を整えて。それから、思いの丈を全力で吐き出した。
「鎌田ぁぁぁぁッ!!! お前も、忘れずにいてくれたんだな!?」
駆け寄るつもりが、足を滑らせて全力のタックル。
流れるように陽太の頭部が、鎌田の腹部に突き刺さっていた。
326
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/08(土) 00:28:20 ID:y0ZAB6KQ0
「ごふっ!? え、えっと陽太君? いや、どうしたんだい。なんか泣いて……」
「泣いてねぇ!」
「え、でもさ……」
頭を押し付けた姿勢のまま顔を隠して、陽太は鎌田の言葉を否定していた。
感極まった様子で、すでに最初のやつれた雰囲気は無い。
「いいから。断じて泣いてねぇからな!? 何かあるとすれば、思考を冷ます魂の雫だ!
鎌田、作戦会議するぞ。こっちは情報を整理するから、向こうで待機しててくれ。晶の事も、その時に話す!」
さっと背を向けると、陽太はこんな事を宣言していた。
事情はまったく分からないし、困惑するしかなかったが、鎌田は陽太が元気を取り戻した事を察していた。
涙についても、男子として他人に見せたくない気持ちは鎌田にも分かる。
ただそれらとは別に、巨大な変化を予感せざるを得なかった。
「どうも、ただ事じゃないみたいだぞ……」
しばらくして……陽太から鎌田が聞く事になった話は荒唐無稽なものだった。
ある意味では、普段の陽太が語っているような厨二妄想よりも遥かに現実離れしており、同時に妙な現実感があった。
"異変"発症者。その要因となる何者かの呼び声。謎の組織『クリフォト』。
かつてヒトであった、ヒトでない何か。
そして、連れ去られた晶と世界改変。
「"異変"は聞いた事があるけど……残りは、どうも突拍子がないね」
「だが、実際に晶は連れ去られているし、その記憶や生活の痕跡は全て消されてるぜ」
もし晶の存在を憶えている人間が居るなら、事件の証拠は山ほどある。
消されているという事実そのものが、事件の実在を示しているのだ。
一応、合鍵の場所は知っていたので、水野家にお邪魔して確認したが、私物についても消されていたし、
この分では戸籍なども完全に消されているだろう。
途方もない大事件に、それでも気力を取り戻した陽太を見て、鎌田は覚悟を決めていた。
力及ばずとも、自分は頼れる年上の友人として、しっかりした態度を取るのだ。
「よし、分かった。君のいう事を信じるよ。しかし、だとすれば……とんでもない悪の組織が出てきたね」
「ああ、常に備えてきたつもりだったが、敵はとんでもなく強大だった」
真顔で陽太は厨二な事をのたまっていた。彼はいつだって本気だ。
それでも、いやぁそれはどうだろう、と鎌田は思ってしまうのだが。
327
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/08(土) 00:29:42 ID:y0ZAB6KQ0
「それは置いといて。そいつらは国や警察も頼りにならないと言ったんだよね。
なら一般人が普通に捜索した所で、尻尾すら掴めないと思う」
「けど、諦める訳にもいかねえだろ」
「その通り。だから、僕たちにもできる探し方を選ばなきゃいけない」
年上なだけあって、それに警察官を目指しているだけあって、鎌田は現実的な手段を考えていた。
一般人ができる捜索など、たかが知れている。相手は危険は組織なのだ。
そして、晶が攫われた今、事態は予断を許さない。
それなら、巨大なリスクがあったとしても、専門家に頼るのが一番だろう。
「一般人ではなく重要人物、晶君に興味を抱いていて、世界規模の改変にも備えている可能性がある人物……
接触は危険だけど、ここまで言えば分かるよね?」
「そうか……比留間博士!」
その発想に、陽太は目を見開いていた。
常識はともかく、頭の回転は彼の方が早いのだが、精神的に参っていたという意味でも、
一番の敵を利用するという意味でも、それは陽太には出来ない発想だったのだ。
『クリフォト』のメンバー、アスタリスクは比留間博士とは別口だと、はっきり発言していた。
それなら、比留間博士は『クリフォト』に研究対象を奪われた形になる。
敵の敵は何とやら、だ。
「ああ、そうだな。こんな時にこそ、攻勢に出ねえとな! よっし、明日は殴り込みだ!
そういう事なら今日は食うだけ食って、英気を養うぞ! 夕飯は豪勢に行くぜ」
気合を入れて宣言すると、陽太は両親が残した食費を手に、元気に駆け出して行った。
鎌田はそれを苦笑しながらも、追いかけていく。
あんまりにも高い物を食べようとしたなら、注意しないと、などと思いながら。
大事なものが欠けた日常で、それでも確かに一つ、陽太は大切なものを取り戻していた。
こうして今日の夜、二人で食べた夕食は――トッピング載せの牛丼だった。
328
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/08(土) 00:32:52 ID:y0ZAB6KQ0
という訳で、第二部スタート。陽太的にもリスタートな話となりました
今の所、予定通り収まって三部作予定ですが、上手くやりたい事を消化していかないと、
三部が地獄の長さになりそうなので、色々と模索しています
アヤメさんはもちろん出番は決めてあるのですが、三部がメインになりそうですヨー
補足
鎌田之博(かまた ゆきひろ)
月下の魔剣シリーズから出演。本来は獣人スレ出身という、珍しい経歴の人物。
高校生の蟷螂人で、昼はただのカマキリに、夜は人間の姿に変身する事ができる。
今作では比留間博士や鳳凰堂について情報収集のため、陽太家を離れていたが、今回で合流した。
特殊な設定の影響か、彼は晶の事を記憶している。
失踪
チェンジリング・デイの世界では、強力な能力を持った人間がふと日常から消えるのは珍しくはない。
Beyond the wallは魔窟に人が連れ去られた事件を解決する物語であり、
薙澤藍凛(アイリン)や風魔嘉幸、箱田衛一なども該当する。
表面上は日常が続いていても、能力者と戦いは紙一重の関係にあるのかも知れない。
329
:
名無しさん@避難中
:2018/12/12(水) 15:21:31 ID:XmDD/VIk0
投下乙です。三年後も当然のように一緒にいると思える異性、だけど恋人同士というわけでもなく…
辛い展開なんだけどなんか甘酸っぱい気持ちになった回でした
疲れた時には肉だからね。牛丼は最高のごちそうですよ
さて私も投下。バフ課については過去の諸作を踏まえつつ、自分的にはこうかなあと
妄想していたものを今回ほぼ全開放するつもりで書いています
今後書く人がいるかもちょっとわからないし、まあいいややってしまえという感じです
330
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/12(水) 15:22:38 ID:XmDD/VIk0
【優良大病院の黒い噂!! 密室で行われる禁断の医療!?】
自称ハラショーとともに乗り込んだ車の中で、ラヴィヨンは一冊のいかがわしい週刊誌を手渡された。いかがわしいとしか言えないレベルの、三班隊長が袋とじのセクシーなグラビアだけを目当てに読んでそうなくらいの低俗な代物だったが、ハラショーに促されるままにその見出しの記事にざっと目を通した。いつもは本と言えばマンガくらいしか読まないラヴィヨンには少々面倒くさい内容で、大半大胆に読み飛ばしたが。
「ラヴィくん、だいぶ飛ばし読みしただろ。ダメだよォちゃんと読まなきゃァ」
「なんでバレてるんスか……」
「あ、やっぱりィ。ラヴィくん素直だねェ」
「こういうの読んでると頭痛くなるんスよね。バカっスから」
「そういう言い方よくないねェ。バカは例外なく活字が苦手だって言うつもりか?」
「そんなつもりはないけど」
「読書大好きなバカに謝らなきゃなァ」
「バカだから」という理屈が言い訳に過ぎないことは自覚しているが、なかなか細かい記事内容まで意識が入っていかない。いくつかの大見出し中見出しをつまみ食いして、ラヴィヨンは全体を理解できたことにしておいた。
「結局諦めやがってェ」
「いいんス。だいたい読んだんで」
「ふてぶてしいなァおい。これだからバカってやつはよォ」
「いいんス。バ課なんスから」
軽快にハンドルを捌くハラショーに向けて皮肉めいた言い方で返す。今回目的地までの道を知っているハラショーが運転しているのは自然の流れだったが、普段車に乗る時は運転席がほぼ指定席化しているラヴィヨンには新鮮な体験である。ラヴィヨンの言葉は音だけだと伝わりにくい言い回しだったが、ハラショーは敏感にその含意を感じ取ったようで、露骨に「チッ」とひとつ舌打ちが鳴る。
「バフ課ってところはよォ。一枚岩なんてもんとは程遠いギスギスっぷりだっつーのに、なんでそういうおかしなところで意識が共有されてんのかねェ」
「どういう意味スか」
「少なくとも、うちら六班はバカばっかじゃないよ。バカと一緒にしないでもらいたいなァ」
「しょうもないとこにこだわるんスね」
「しょうもないとこに連帯感を見出すバカたちに異議を唱えたいだけさァ」
331
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/12(水) 15:23:19 ID:XmDD/VIk0
ラヴィヨンはすでにこの扱いづらい男との付き合い方を学び始めていた。見た目はあまりにも平凡、アニメで言うところのモブキャラ、ゲームで言うところの村人Aというような人間。しかし内面はまず根本的に喧嘩腰というか、インパクトのない外見に対して不釣り合いなほど強い自我を感じさせるものを持っている。正直なところ出会いからここまでで好感が持てる相手ではまったくないものの、バカではないと主張しながらもやっぱりバフ課の人間らしいその個性を、少し面白く思った。
「だったら聞いてもいいスか? バカじゃないっていうあんたがた六班の仕事について」
「お、興味あるのかい?」
「そりゃあね。隊長の手前あんまり口にはしないけど、僕的にはバフ課はもう少し協力しあうべきだと思うんス。他班が今どんな任務に当たってるか知らないってのはなんか気持ちよくないっスよ」
「なるほどなるほどォ。『二班でクーデター。副隊長、隊長の陰口を叩く』、と。ノーメン隊長に電話だァ」
「ちょ!?」
「へへ冗談。俺の言うことは大体冗談だよ。そろそろ慣れなァ」
「あんたの冗談、大体かましちゃダメなとこでかまされるっス……」
冷や汗をかくラヴィヨンをよそに、ハラショーは真面目な様子になって応じる。
「まず、うちら六班ってのはァ。他の班みたいに荒事を専門にする班じゃなくてな。腕力偏重のバフ課の中で、それがゆえに軽んじられている感は否めないとこだ」
「戦闘能力がないってこと?」
「左様ォ。他班が武断ならうちら六班は文治……ってバカにはわからないか。他班が脳筋ゴリマッチョなら俺たちはインテリ鬼畜眼鏡ってところだなァ」
「その辺の言い回しはどうでもいいけど。言っちゃ悪いんスが、戦闘ができないなら普段どういうことしてるんスか?」
「質問に質問で返して悪いが、君たち喧嘩担当班はなんで喧嘩担当なんだいィ?」
「え? そりゃ、力で制圧するしかないような能力犯罪者が掃いて捨てるほどいて、掃いて捨てても新たに湧き出てくるから……って隊長が」
ラヴィヨンの答えに対しハラショーは一言「ふうん」と曖昧な相槌。返答に満足いったという感じでないことはラヴィヨンにもわかった。
「ちょっとしたたとえ話をしようかァ。ひと昔前、ヤクザって奴らは今よりもっと街中で白昼堂々動き回る連中だった。ショバ代やら借金の取り立てに恐喝、そして対立組織事務所の襲撃にもはや暗殺とも呼べないレベルで堅気の人間を巻き込んだ暗殺。まあ最近は隕石にやられて組織がズタズタになったヤクザも多いが」
「一応警察組織にいるんでヤクザの話は聞いてるっスよ。バラバラになって逆に大変だとか」
「バカなりに勉強してるねェ。結構結構ォ」
バフ課は形式上、警視庁内の『組織犯罪対策部』に籍があることになっている。それにはズタズタになりより地下に潜ってしまった各暴力団への対策強化として、同じくズタズタになった警視庁立て直しの際の体制組替を隠れ蓑にして滑り込ませたという経緯があるそうだが、それは今は別の話だ。
「ヤクザがそういう表立った行動を取れなくなっていったのが、サツの取り締まりの成果なのは疑いようもないなァ。だがそれゆえヤクザの活動は目立ちにくい水面下で一見合法的に行われるようになった。経済ヤクザとか呼ばれたりする連中だな」
「難しい話になってきたっス」
「あァ? どこがだよ。たとえ話だって言ったろォ。ヤクザを能力犯罪者に置き換えてみりゃわかるはずだ。うちら六班の存在意義もそこにあるのさァ」
332
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/12(水) 15:23:47 ID:XmDD/VIk0
ハラショーの示唆を受けてラヴィヨンはバカの頭をフルに働かせて考えてみる。
「つまり……僕たち武力班の取り締まりの成果で力で制圧するしかない能力犯罪は減って、ぱっと見能力が関わっているのかわからない能力犯罪が増えてくる、ってことスか」
「うん、いいセンいってるねェ。まあ隕石落下からたかだか十年ぽっち、まだまだ自分の能力をひけらかすようなあからさまな能力犯罪は減ることはないだろうよォ。けど隊長のさらに上、総隊長閣下はその先を考えてるってことだそうだ。実際少し前にうちらが検挙したので、『特定銘柄の株価を自在に操作する』って能力を悪用した事例があってなァ」
「資本主義のゴンゲって感じっスね!」
「適当に賢そうなこと言ってみただけだなラヴィくん。だがこいつはなかなか面白い事件だったんだよォ。この能力は派手に使えば一瞬で巨大な利益を得られる分、そこに何らかの不正な力が加えられたことも遠からず必ずバレる。そうなりゃその間の株取引を調べることで、妙なことをした下手人が誰かも結局バレちまう」
「確かにバカでもわかる話っス。徹底的に売り抜けてがっぽり稼いだ奴が怪しいってなりますもんね」
「左様ォ。だからこの能力者は、株価を数年の間ごく小幅に操作し続けたのさァ。決して自分が不利益を被らない程度に、なァ」
そう言われてみれば面白い事例だというのは頷ける。だが常々血生臭い犯罪ばかりを目にするラヴィヨンとしては、どうにもパッとしない事件のようにも見えた。
「気の長い話っスね……でもこう言っちゃなんスけど、かなり地味な犯罪じゃないスか?」
「その通り確かに地味だなァ。でもなラヴィくんよォ。やってることが地味で陰険だったらスルーしていいってことにはならないんだよォ?」
「そりゃもちろん」
「モチのロンダートだろォ。何よりこいつには明確な悪意があった。ちょっと遊んでやろうって軽い気持ちじゃなく、バレないように注意を払いつつ利益を得てやろうって魂胆があったのさァ。それに冷静に考えりゃ恐ろしいだろ? たった一人のちっぽけな人間が、世界中に公表されてるある数値を意のままに操れるってんだよ? これを恐ろしいって思わないならそれはすでに脳がマヒしてるって思うぜェ」
「うわ……なるほどっスね」
自分にはないものの見方を提示されて、ラヴィヨンは心底素直に感心した。地味な所業であるという感想は変わらないが、その影響の範囲といったら一体どれほどのものになるか。この世界にはまだまだわけのわからない能力を獲得した人間がわんさかいて、自分たちはそんなのに対処していかなければならないのだと考えると、途方もなく絶望的で出口の見えない迷路に迷い込んだような気分になった。
「ま、うちら六班はそういう見えにくいところで陰険に、かつ暴力を介さずに行われる能力犯罪の担当班って立ち位置なわけさァ」
「なるほど……なんとなくわかった気にはなったっス」
「で、ここからはあくまで俺個人の主張だァ。ラヴィくんの胸の中だけにしまっといてくれや」
珍しく神妙に前置きしてからハラショーは続けた。
「バフ課は法を超える権限を与えられたトンデモな治安機関だ。だからこそその権限は濫用していいもんじゃない。罪の内容関係なしに能力犯罪者だから問答無用で殺っていいってことにはならないのよ。君らが追うような特級の危険人物どもなら話は別だけどよォ。けど、そういう目に見えてアブない奴ってのはまだいい。裏でコソコソやる連中のほうが真にタチが悪いってこと、フィクションなんかでもよくある話だろ」
333
:
黒衣聖母の秘蹟
:2018/12/12(水) 15:24:26 ID:XmDD/VIk0
特級の危険人物。ラヴィヨンの頭にもすぐに何人かの顔と名前が浮かぶ。それは言語不明瞭のイカレたおっさんだったり人を殺すのも人に殺されるのも大好きな狂気の金髪美女だったりするのだが、一応彼らはすでにバフ課が存在を捕捉しており、明確に治安を乱す敵として認識が浸透している。
ラヴィヨンは正直に自分の浅学を認めた。ハラショーが言うような、それこそ『株価を自在に操作する』犯罪などを考えてみたこともなかったのだ。自分は常に物理的に人を傷つける犯罪者の対処を担当していたから、それはある程度仕方のないことでもあったのだが。
「あ、別に場合によっちゃ平気で人を殺す君らを非難してるわけじゃ全っ然ないぜェ。気を悪くしないでくれよな」
「その一言が気ィ悪いっス!」
「ったくワガママだねェ」
「で、だったらこの病院の件は一体どういうもんなんスか?」
六班の総論から今回の共同任務の詳細へと強引に切り替えるラヴィヨン。六班の在り方を聞いてからであればこの記事内容にも少し興味を持って読めそうな気もしたが、もうこの男の口から説明させるほうが早そうだと思った。
「まさかと思うけど、この『禁断の医療!?』だかに能力が関わってるとか」
「うーん……」
口ごもるということがこれまでまずなかったハラショーが初めて口ごもった。確信がないということなのだろうか。ハラショーは少し違う答えをよこした。
「六班の任務として、『能力犯罪組織、もしくはそうなる可能性が少しでもある組織・団体』をあぶりだすっていうのがある。ドグマなんてのはもはやセリエAレベルの超一流犯罪組織だが、あのクラスは別格も別格ゥ。この国だけで有象無象の犯罪集団が日々組織されては互いにつぶし合ったり糾合されてなくなったりしていってらァ」
「それは僕にも実感としてわかる話だなあ」
「ま、イキったクソガキどもがノリで結成した厨二高二集団ならかわいいもんだがよォ。そういうまだバフ課が捕捉できてない組織が水面下で大規模な犯罪を展開してる可能性はあるはず、というより間違いなくある……って、どうしたァラヴィくん」
ラヴィヨンの顔は強張っていた。イキったクソガキどもがノリで結成した集団の蛮行によって、ラヴィヨンの人生は大きく変わったのだ。間を取り繕うように笑顔を作る。
「なんでもないっス。えっとじゃあ、今回のこの病院も?」
「ああ……全部説明してやりたいところだが、そろそろ到着だァ」
「あ、マジスか」
「続きはひとまずお預けだな。ラヴィくん、お仕事だぜェ」
「僕はどうすりゃいいんスか?」
「とりあえずいてくれりゃそれでいいよォ」
変わらず間延びした感じで話しつつ、ハラショーは車を止めた。話に集中していたせいか、ラヴィヨンは周囲の景色の変化をあまり認識していなかった。車はすでに地下駐車場らしきところに入っている。手元にある週刊誌に書かれている『優良大病院』とやらの地下駐車場なんだろうと、ラヴィヨンは推測した。
まだいまいち全体を把握できていないが、バフ課の取り締まり対象となるのかもしれないこの病院。じいちゃんが入院してる病院じゃなくてよかったなどと、ふと表の顔で考えてしまう。その緩みはただ一瞬。仕事となれば全力であたるのみだ。
334
:
名無しさん@避難中
:2018/12/12(水) 15:26:19 ID:XmDD/VIk0
投下終わり。
335
:
名無しさん@避難中
:2018/12/17(月) 02:23:32 ID:RcOujdM60
派手な交戦だけでなく、こういう切り口の能力犯罪も興味深いですね
ある意味、例外級の犯罪者よりも、社会の破綻が近い事を実感させられるというか
実際に株価操作する能力は、やろうと思えば世界経済を破壊できるという……
あと、三班隊長とか端々の描写にニヤリ
今後書く人がいるかもちょっとわからない、というのは自分も凄く大きい動機です
現状の展開とかも、月下の魔剣が続きそうだったら、確実にそちら任せだったので
ちょっと遅れて、こちらも投下
336
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:24:26 ID:RcOujdM60
13.邂逅、再び
比留間研究所、所長の名を冠したその施設は表面上は決して大規模ではなかったが、その内部や地下には
錚々(そうそう)たる設備が備えられていた。
能力波を始めとする、各事象の観測装置や調剤器具、数十パターンの【変身型】に対応した人体の検査手段も一通り。
仕上げには個人が運営する研究所としては、かなり割高な模擬環境なども配備されている。
スポンサーや支援金には困っていないという事もあるのだが、その事実は能力研究という分野自体が
人類が持てる手札を全て利用して、ようやく挑める分野である事を物語っていた。
その比留間研究所でも珍しい修羅場に、その所長は遭遇していた。
「これは異常事態だな……」
比留間博士は深刻そうに呟いたが、その声色から好奇心が隠せていない。
つい、不敵な笑みが零れてしまう。
先刻、とは発見された瞬間だが、おそらくは昨日の夕刻ほどに研究所の最重要情報から一項目が丸ごと消失していた。
本来は何重にも保護され、保険が掛けられており、あり得ない事だった。
「申し訳ありません。情報管理は我々所員の――」
「いや、あるかも分からない罪を告白する事こそ、不届きな行為だよ。少なくとも僕の研究所ではね。
ましてや、最重要項目が丸ごと抜け落ちた挙句、"誰も記憶していない"となると……」
そういう能力によって、研究所が攻撃を受けたのだ。
被害を慮るよりも、どうしても好奇心が先立ってしまうが、それが比留間慎也という人間なのだ。
奪われた情報はその能力者を見つければ、おそらくは戻ってくるだろう。
となれば、最優先の課題は能力を特定し、その能力者を拘束してしまう事だ。
相手が非合法であれば、こちらも非合法な手段に打って出ることができる……
そこまで思考した時、所員の一人、特に来客の応対も兼ねた男性が歩み寄ってきた。
「博士、研究所に奇妙な来客が……状況が状況なので、一応は報告させてもらいます」
「おや、要領を得ない報告とは珍しい。いや、責めてる訳じゃない。
具体的には、どのように奇妙なのかな?」
まず、お時間よろしいですか、とは聞かれなかった。
そんなものは常に用件によるので、手短に話すようには言い含めてあるのだ。
所内の発言しやすい環境には気を使っているだけに、どこか躊躇いの含んだ報告に軽く瞬きする。
337
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:25:45 ID:RcOujdM60
「その……博士も対面した事があるのですが、調査ナンバー51、岬陽太――
彼は世界規模能力についての情報を有しているから、比留間博士に会わせろと……」
世界は予想不能な出来事に満ちている。
妙な感心を抱きながらも、比留間博士は報告に頷いていた。
「なるほど、それは確かに奇妙だ。事実なら深刻であり、興味深くもある」
「ですが、彼は厨二病患者でもあります」
「だからこそ、真剣に物を言っているだろうね。気を引くための嘘、という線は除外できる。
それで……陽太君は世界規模能力で、何が引き起こされたと主張している?」
突拍子は無いが、別にあり得ない事ではない。むしろ、現実的でさえあるかも知れない。
世界を揺るがす程の強大な能力者は、およそ十万人に一人。
たまたま遭遇するという可能性は常にあるし、比留間博士自身もそれに近い経験があった。
「個人の情報抹消です。記憶だけでなく、因果性などもごっそりだとか……」
その説明に、軽く最重要項目の消滅で騒ぎになっている一角に視線を向けた。
一人が二つの能力を持つこの時代、能力を研究するという事は、個人の性質を研究するという事でもある。
能力研究所の成果が消されたという事は、つまり人間の情報が消された、という事でもあるのだ。
「こちらも早急に話がしたいと伝えてくれ。所内の事案も併せて、興味深い話が聞けるかも知れない」
鶴の一声とも言うべきか、その比留間博士の一言によって、岬陽太の立場は奇妙な来客から、
正規に訪問を認められた客人へと、転身していた。
受付の門前払いも同然の態度が急に代わり、恭しく奥へ通された時、
当然ながら陽太は何らかの陰謀を疑っていた。
「……比留間博士は何を企んでるんだ?」
(チョっと陽太クん、穏便に話が進みソうだから、そうイう発言は控エた方ガ……)
鎌田の昼間能力は「ただのカマキリの姿に変身できる」というもの。それを利用して、こっそり同行している。
発音はどうしても怪しくなるのだが、意思疎通に不便はなかった。
陽太に先行して誘導しているのは、女性の所員だ。どこか秘書的な、柔らかな事務感を有している。
「博士は……だいたい常に能力研究について企んでいます」
「って、答えるのかよ!?」
冗談が通じないタイプなのか、わりと真顔で女性所員は応対してくる。
思わず突っ込みを入れてしまう陽太だったが、話はそれだけに留まらなかった。
338
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:26:36 ID:RcOujdM60
「あなたは博士の裏の顔をご存知ですね?」
「……まあな」
さりげない、しかし中核に踏み込む問いに、陽太はやや迷いながらも肯定する。
キメラ実験、それに陽太との交戦、これまでに関わったどちらの行動を取っても
世間で知られている比留間博士とは、まったく別の顔だった。
「おそらく博士があなたに、ことさら"悪人"としての顔を見せたのは、研究上の必要性からでしょう」
「研究って何の意味があるんだ? それに、あれはどう見ても……」
いまいち意図が掴めず、陽太は首を捻る。
それなりに頭は回るものの、彼は中学生であり、まだまだその気質は子供のそれだ。
水野晶の能力をより引き出すために危機感を煽る、といった発想までには至らなかった。
それになにより、比留間慎也が垣間見せた闇と狂気は、決して演技だけに留まらないものだった。
皮膚と心が粟立つ感覚は、実際に対峙した者にしか分からない。
「我々、所員にさえ研究の全貌は明かされていませんが、一つだけ確実な事があります。
理由は分かりませんが、あまり時間が残されていないのです」
陽太側の事情は知る由もなく、淡々と女性所員は自分たちの事情と推測を告げていた。
「だからこそ、博士はリスクの高い実験やフィールドワークを繰り返しています。
表面的には自制しておられますが、精神的な均衡も欠いているのでしょう。
ですから短慮な行動は控えられるよう、お願いします。博士の為にも、あなた自身の為にも……」
所員の言葉に、素早く陽太は思考を巡らせていた。これは本音か、だとしても、どういう意図か。
情報が足りない以上、どこまで行っても直感だが、少なくとも本気で博士を心配していて、
陽太が刺激した結果、致命的に道を踏み外してしまう事を恐れているように見える。
すでに片足を踏み外してはいるのだが、このまま行けば博士自身も破滅する可能性があるのだ。
339
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:27:28 ID:RcOujdM60
「忠告は聞いた。けどな、こっちだって大事なものを背負って来てるんだ。
悪いが、そういう事は実際に会ってから決めさせてもらう」
陽太も覚悟が定まりつつあった。だから自分の意志だけは、はっきりと告げる。
後は口から自然と滑り落ちた、お節介だった。
「あんたも本当に博士を心配してるなら……自分で止めてやらないとダメだろ。
手遅れになってから後悔しても、遅いんだからな」
本当に、手遅れになってからでは、遅いのだ。
その言葉がどれだけ女性所員に響いたかは分からなかったが、小さく頷いたようにも見えた。
「……そうですね。では、こちらの部屋で博士がお待ちです」
研究所、地下一階。来客用に開放されている場所も多い地上と違って、一室一室のセキュリティが完備され、
大半の扉がロックされていた。
女性所員が扉の横に備えられた端末にカードをかざすと、ピッと軽快な音がなり、自動的に扉が開く。
彼女はここで立ち止まると、どうぞと陽太に道を譲っていた。
この先には、あの比留間慎也がいる。
宿敵であり、今は協力者の候補。複雑な感情が過るのだが、悪役がようこそ、と出迎える場面だなと
内心では厨二じみた事も考えていた。
「ようこそ、比留間研究所へ。岬陽太くん。さっそくだけど、用件を伺っても良いかな」
白衣姿に黒髪に金のメッシュを入れた独特の容姿。どこか年齢を感じさせない雰囲気は、
陽太の知る比留間博士と変わらないものだった。
だいぶ以前に、テレビで見た時とも、それに実際に対決した時とも。
まずは座るといい、と席を進められ、大人しく従う。
「あんた、晶の事は覚えているな?」
さっと陽太はブラフから会話に入った。
自分も覚えているのだから、比留間博士も何らかの対策の結果、記憶を残している可能性がある。
「晶……? いや、話さなくていい。まずはこちらで推測してみよう。
君とはかなり親密な関係で、その子を狙っていた事が原因で、君と僕は対立関係になった……
そして、彼女の記憶や痕跡は能力によって、抹消されてしまった。どこか間違っているかな?」
怪訝そうに、しかし淀みなく比留間博士は応じていた。
すぐに違和感に気付き、陽太はハンッと鼻を鳴らす。
340
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:28:32 ID:RcOujdM60
「覚えてるだろ。晶という名前からは性別までは分からない」
「すまない。その点はブラフでね。彼女と断言しておけば、君の表情から事実が分かると考えたんだ」
謝りつつも、不敵な表情は「これでお互い様だろう?」と告げていた。
ブラフで情報を探ろうとしたら、そのまま返された形となり、陽太は苦虫を噛み潰したような表情になる。
彼は優れた研究者であると同時に、メディアを通して研究を紹介する優れた言論人でもあるのだ。
「逆にいえば、僕が推測できるのは、この程度で限界だ。だから聞かせて欲しい。
晶くんの存在を抹消した能力者について」
「そういう能力者と直接接触したかは分からない。俺たちが接触したのは組織だった。
『クリフォト』、都市伝説じゃお馴染みの組織名だから、あんたも知ってるだろ」
正面から問われて、陽太もぽつぽつと情報を話し始めた。
信用してもらえるか、かなり怪しいとは思っていたが、比留間博士の反応は意外なものだった。
どこか腑に落ちた様子で、首肯したのだ。
「なるほど、怪しげな筋の情報だが、これで裏が取れた訳だ。
情報元は開示できないが陽太君、『クリフォト』という組織は確かに実在し、活動しているよ。
少なくとも、君をからかう為に適当に名乗った訳じゃない」
と、博士は同程度に情報を提供していく姿勢を見せる。
まずは情報交換、という事なのだろう。
続けて陽太は国ですら頼りにならないと告げられた事、そして自分が殺されたなかった事を根拠に、
世界の改変が確かなものだと判断した事を述べていた。
「つまり『クリフォト』に、そういう能力者が在籍している訳だ。
そして、『クリフォト』は晶くんの能力を狙っていた……」
「それは違うぜ。晶は――"異変"発症者だった」
ぴしゃりと、陽太は推測を否定する。
比留間博士は話を遮られる事を、それほど好む訳ではないが、この際は爽快にすら思えた。
この指摘は実用的であり、刺激的でもあったのだ。
「はは……まさか、そう繋がるとはね。それなら、こちらの情報も開示しないといけないな。
"異変"は現状、特殊なリンク能力者によって引き起こされている可能性が高い」
比留間博士は以前、鑑定所に訪れた際に得た見地を語っていた。
しかし、陽太は用語が理解できず、怪訝そうに眉をひそめる。
341
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:29:51 ID:RcOujdM60
「リンク、能力者?」
「そう、リンク能力者。公的な用語は定まってないが、他の能力に接続する性質を持つ能力を
各組織ではリンク能力と通称している。例えば自分の能力を人にも行使させる力、などが好例だ」
穏やかな口調で、実例を交えて、専門性の高い事柄を落とし込み、社会に伝える。
それは、まさにテレビや講演などで見せた比留間慎也の論法そのものだった。
その実例は、まさに"異変"発症者でもある少女、真白のそれだったが。
「あまりに巨大な規模で、膨大な数の能力者に接続――その副作用が"異変"の正体だろう。
そのリンクを利用して彼ら、『クリフォト』が何を成そうとしているかまでは、
僕の研究所でも明らかにはできていない」
能力同士の接続、という概念は物理的な現象ではなく、いまいち実感が沸きづらいが。
それでも陽太にとっては『クリフォト』の人間、アスタリスクの言動から符合する点があった。
「じゃあ、『彼女』ってのが、そのリンク能力者で"呼び声"ってのがリンクだった訳だ……」
「可能性が高いというだけで断定はできないが、『クリフォト』の構成員が実際にそういう
用語を使用していたなら、ますます可能性は高くなったと言えるだろう」
あえて断定は避けつつも、比留間博士は陽太の推測に賛同していた。
「さて、君は自分が思っている以上に情報の宝庫だ。他に『クリフォト』と接触した際に、気になった点は?」
「化け物を連れていた、って言ったら信じるか?」
「君を襲ったようなキメラかな? それとも、能力によって実体化したものか……」
能力研究者というだけあって、化け物という単語では奇妙にすら思わない。
そういったものを生み出す、あるいは自分が変身するといった能力はいくらでも観測してきたのだ。
だが、やはりというべきか、陽太からの情報は突拍子がないものだった。
「チェンジリング・デイの影響で、人間から化け物になった奴らだ。たしか、クリッターだったか」
「そういう噂も存在している。なんと言っても、能力の発現という途方もない事象を起こした隕石だ。
他にまったく人体に影響を与えなかった、というのも奇妙な話でね」
ある意味、当然の違和感から発生した都市伝説だ。
巨大すぎる超常的な変化に対して、あまりに乏しい物質的な変化。もちろん、能力によって生成される新物質なども
実在しているのだが、あくまで変化は能力を通して行われる。
実は、ひた隠しにされているが、他に変化があったのではないか? という噂が出るのも必然だ。
能力が発現した時点で、すでに人類はかつての人類とは別種の存在であるという、学説すら実在するのだ。
だからこそ、陽太の言葉は意外ではあったが、目新しいものではない。
342
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:30:58 ID:RcOujdM60
「だが、彼らの言葉が真実だと、君はどういう根拠で判断したんだ?」
「晶の能力だ。晶は動物だけに作用して、人間には作用しない……そういう能力を持っていたんだが、
それが異常な反応をしていたみたいだった」
陽太が晶の能力に絡めて、説明した次の瞬間。
比留間博士からは柔和な表情が消え、代わりに険しさと焦燥、いつか見た狂気が綯い交ぜになった、
かつて見た事がない顔を見せていた。
「……!」
「お、おい。大丈夫かよ」
「ああ、すまない。あまりにも興味深くてね。少し考え込んでしまった」
すぐに博士は取り繕ったものの、陽太には嘘だと分かった。分かってしまった。
女性所員が心配していたように、この人物が内に抱えている闇は決して、見せかけだけではない。
「能力発現の代わりに、人体の変異……事実なら、鳳凰堂博士の仮説とも……
いや、だがそれは現社会とはあまりにも……なら、国連自体が……?」
やがて一人孤独に、疑っていてもキリがないか、と寂しげに結論を棚上げにする。
気を取り直すと、改めて比留間博士は陽太に向き直っていた。
「とにかく、これで話は聞かせてもらった。君はこの辺りで手を引くべきだろう。
家に帰って、晶くんの帰りを待つといい。後は専門家に任せてね」
打って変わって、子供に対する大人の態度。危ない事はやめろ、という常識的な判断だ。
当然ながら、それは陽太にとって許容できる事ではなかった。
「はあっ!? いや待てよ。そんな事を信用できる訳が……」
「仮に僕が彼女を見つけたなら、必ず日常に送り返すさ。その方が研究に都合がよい。
『実社会でこそ、真に多様な状況下で能力を観測できる』のだからね」
いっそ冷酷なまでに、危険な魅力を湛えた笑みを比留間博士は浮かべていた。
そう、裏社会の人間を使う事もキメラ実験も、博士にとっては"実社会"の観測なのだ。
まったく変わらない価値観の上で、水野晶を日常に返すと彼は断言する。
「もちろん、いずれは研究所に招待させてもらうが……その時は改めて"議論"するとしよう」
「てめえ……」
確かに協力者になり得る二人だが、同時に明確な敵対者でもある。
あえて、それを持ち出して、自分たちの間に義理などないのだと、博士は言外に告げていた。
343
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:31:42 ID:RcOujdM60
「残念ながら、君から提示できたは情報だけだ。対等な立場で交渉できるのは、あくまで情報交換のみ。
さらに言えば、晶くんが実在していて、それが消された、という仮定を全面的に信じなければ、
その情報の価値すら保証されない」
一つ一つ、突きつけるように比留間博士は指摘していく。
元より情報だけならまだしも、陽太は行動面でのパートナーにはなり得ないのだ。
「情報提供ありがとう、とは言っておくよ。だが君では僕と対等の同盟者にはなり得ない。
だから、君は晶くんの帰還が報酬だと思って、日常に戻るといい。
それとも何か――まだ、僕を説得できるだけの切り札でもあるのかな」
比留間博士は冷たく言い放つも、どうも辛辣になってしまった、と内心で苦笑する。
これでも、子供や一般人を相手には手加減を覚えたはずだが。
自分に本気で物を言わせてしまうぐらいには、目の前の少年が将来有望という事なのかも知れない。
「……くっ」
「無いのなら、この辺りで帰るといい。護衛ぐらいは付けさせてもらおうかな。
今さらかも知れないが、僕に提供した情報も知らない体で、日常に戻った方がいいだろう」
忠告だけは残すが、これで話は終わりだ。
――さようなら、岬陽太君。君は必要ない
上手くいけば、比留間研究所は最重要項目を取り戻し、岬陽太は日常に水野晶を取り戻す。
相互の利益を最大にするなら、これが落としどころだろう。
そして、そこに陽太の、素人の行動は一切不要なのだ。
以前ならここで終わっていた。陽太だけなら、今もここで限界だっただろう。
しかし、陽太はすでに一人では無かった。
「切り札なら、ここにあります――僕からも証言しましょう。晶くんは確かに実在していたと」
その変化には、光も音も伴わない。
ただ、陽太の衣服に隠れた小さな影が輪郭を歪ませ、その姿を作っていた。
「なっ――!?」
今度ばかりは、比留間博士も本気で驚愕した。
目前には蟷螂を元に、人型を作った異形の存在が佇んでいたのだ。
そして、それは能力の産物ではない。
344
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:32:33 ID:RcOujdM60
「まず自己紹介させてもらいます。鎌田之博、あなたの実験によって、この世界に引き込まれた
異世界のカマキリ人間です。よろしく」
「あ、ああ……」
目前の異形に対して、彼としては、かなり珍しい事に若干の困惑を見せていたのだが、
さすがというべきか思考を整理するのも早かった。
「そうか、あの時の……陽太くん達に協力者が合流しているとは、情報が入っていたが、
それがこちらの捜索対象だったとは」
「申し訳ないですが現状、あなたの実験にも、質疑応答にも付き合う気はありません。
あくまで水野晶くんの安全確保を第一に考えています」
友人の身が第一とはつまり、元の世界に帰る手段すら二の次という事だ。
はっきりとした態度に、譲れないものを感じて。比留間博士は深々とため息を吐いていた。
「……仕方ない。一応、弁解させてもらうと、あれはある条件を満たした異世界の観測実験だった。
君の現状は意図したものではないが、逆にいえば事故が起きても構わない程度には考えていた。
未必の故意、とは厳密には少し違うものだけど、十分に責任がある事は理解している」
淡々と伝えても構わない事実だけを先に述べると、続いて鋭い視線を鎌田に向けた。
「それで、君の証言はどんな意味を持つと?」
「博士なら分かっているはずです。もう一度、世界の改変が行われたなら?
事態を把握できるとしたら、それは僕たちだけです。僕に限れば、明確に根拠がある」
互いに触れる事は無かったが、なぜ岬陽太の記憶は消されなかったのか。あるいは消せなかったのか。
重大な事柄ではあるが、まったくの謎であり、これに関しては検証すら出来ない。
しかし、鎌田に関しては一つの推測が成り立っていた。
「異世界の人間は、世界改変の対象には含まない、か。確かに興味深い仮説だ」
研究者らしい興味を抱きながらも、自制してそれ以上は触れない。
現状、最も優先すべき事は、あくまで対『クリフォト』における価値なのだ。
「いいだろう。たしかに二度目、三度目がないとは言い切れない。君たちとの協力関係に価値がある事は認めよう。
だからこそ……安全は確保しておきたかったが」
取引に持ち出されては仕方ないと、やや肩を落として、比留間博士は内心を吐露していた。
だが一度、そうと決まれば切り替えも早い。
さっと陽太と鎌田に値踏みする視線を向けると、『クリフォト』に立ち向かう一手を述べていた。
345
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:33:20 ID:RcOujdM60
「君たちに、やってもらいたい事がある。研究機関の他にも、世界改変に備えている可能性が高い組織があってね。
そして僕はそちらとも協力関係にあるから、手を出す事はできない」
「情報を奪ってこいって事か。ま、やるかは場所を聞いてからだけどよ」
陽太はうさん臭げな反応ではあったが、覚悟は定まっているらしい。
比留間博士としても別段、勿体ぶるつもりは無かった。
「能力鑑定所だよ。膨大な能力情報が集積され、希少な不透能力素材を扱う、あの場所であれば、
何かが残されているかも知れない」
科学者が最も深く能力を検証している人種だとすれば、鑑定士は最も深く"視て"いる人種だろう。
彼らが所属する鑑定局は最も能力情報が集積され、そして死蔵している組織でもあった。
昆虫人間の表情は読めないが、鎌田の声色はどこか呆れているようにも聞こえた。
「完全に非合法じゃないか……」
「『クリフォト』は一歩も二歩も先を行っているうえ、捕らえられた人が居る以上、事態は予断を許さない。
人を害する事でなければ、この際は目的が手段を正当化するだろう」
筋道を立てて、しかしマッドサイエンティストらしい見解を口にする。
彼にとって全ては検証、懐疑すべき事柄なのだ。法律や倫理すら例外ではない。
もちろん無理にとは言わないが、と一応は付け加えたが、自分たちに選択肢がない事は分かっていた。
だが、二人の返答を待つことなく、研究所の一室には入電を知らせるアナウンス音が響いていた。
重要なものであったらしく、やがて部屋のロックが解除され、外から男性所員が早足で博士に歩み寄る。
346
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:33:47 ID:RcOujdM60
「比留間博士、分類Aの報告が入りましたが……」
「分類A? この時期なら国際会議がらみか、それとも……」
比留間博士は少々、躊躇った様子を見せたものの、軽く陽太と鎌田に目配りをすると、所員に頷いてみせた。
分類Aの報告は政治、国際情勢が該当する。
例えば、能力研究に関わる法整備であったり、能力者を排斥、管理する法案提出などだ。
「大丈夫だ、彼らに聞かせても構わない。報告を続けてくれ」
「不法な能力行使、および団体の殺人活動の疑いで――"バフ課に公安調査"が入りました。
長年の警察権力への寄生、恫喝から破防法の適用もあり得ると、今日の夕刻にはニュースが流れるはずです。
処分請求がどう転ぶかは予測不能ですが、課の長期的な機能停止は確実でしょう」
陽太と鎌田はバフ課という用語を知らない。だが、場の雰囲気から、事の深刻さを察していた。
バフ課という組織を知る、比留間博士は眉をひそめると、声を低くした。
「……一種の政変があったみたいだね。おそらくは表に出てこないような、何かが。
これまで秩序を支えてきた組織の一角が崩れるとなれば、能力社会の夜は相当に荒れる事になるだろう」
アトロポリス国際会議に絡んだ事か、『クリフォト』か、その双方か。彼らはまだ知らない。
ただ日常とその裏側で、見えない所から巨大な亀裂が広がりつつある事を、誰もが予感していた。
347
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/17(月) 02:41:12 ID:RcOujdM60
今回、ある意味では、陽太と比留間博士の再会にして対決
むしろ並行世界設定を採用しているシェアードは、ちょっと無遠慮なぐらいが盛り上がるのかも知れませんが、
『星界の交錯点』はさすがに、当時書くのは無理な内容だったなぁと
補足
比留間研究所
比留間博士が率いるチームに運用される研究施設。
比留間の日常や臆病者は、静かに願うに出てくる施設と同一。幻の能力者でも言及されている。
多忙だからか、きちんと食堂があるのに、博士はパンと牛乳生活。
真白のような協力者が滞在していたり、おそらく鎮静剤の定期的な投与が必要な患者も預かっている。
世界線によっては、もっと地下に怪しい施設があるかと思われる。
ちなみに、作中の女性所員は月下の魔剣〜邂逅〜ラストの人と同一人物。
348
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:02:10 ID:4nfr85Dw0
14.日常を守るものたち
秋山幸助は二十代後半の平凡な男だった。
チェンジリング・デイという災害に遭って以降は、災害孤児として妹分の小春を庇護していたし、
自分の能力でネコミミが生えたり、友人の公務員は挙動が怪しいなどと、ちょっとした騒動はあるものの、
今時は大して珍しい事でもなく、少し変わった日常を楽しんでいた。
その事件は唐突に起きた。
警察だの公安だのいう連中が家に押しかけてきて、何時にない強引さで協力願います、と言いつつも、
あっと言う間に取調室へ連行されてしまったのだ。
『なるほどなるほど。公務員とだけ名乗り、勤め先は不明ですか。
……まあ、なんと言いますか、違和感はあったでしょ?』
『まあ、不安を煽る形になってしまうんですが、この時世、実は隣人が……
という事は珍しくないですから、危険から距離を置く程度の自衛はしないとねぇ』
『なんにせよ、貴方の知る男は殺人集団に属した危険人物です。
関わるべきではありませんし、何かあれば、こちらに連絡を……』
公務員を自称する友人……川芝鉄哉の勤め先は? 人間関係について、どの程度、知っているのか?
同じような質問を、手を変え品を変えて繰り返し、数時間は拘束されて絞られた。
もちろんこちらも知らない、と繰り返すしかない。
それ以外は不信感を煽る事を言われ続けただけだった。
ようやく解放された後も、しばらく動く気力も失せていたのだが、それが回復してからは、
意を決して電話を手に取っていた。
もしもの時にと知らされた、緊急用の連絡先だ。
具体的にどういう時だよ、と尋ねても、笑って誤魔化されたのを覚えている。
無機的な呼び出し音が耳に響くなか、幸助は怒りと困惑がない交ぜになった感情に支配されていた。
やがて、不在扱いではなかったらしく、音声が切り替わる。
349
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:04:07 ID:4nfr85Dw0
「おい、テツ……!」
感情的に呼び掛けると、受話器の向こう側から聞こえたのは、むにゃむにゃと若干、寝ぼけたような声だった。
「んー……あー、なんだ? いま、仕事中ー」
「寝てただろ」
「仮眠も仕事の内なんだよなぁ。まあ、その口振りだと何か迷惑を掛けたか」
珍しく、茶化している風でもない、かといって何かを抱えている訳でもない、どこか観念した物言い。
で、何が聞きたい、と言わんばかりに、穏やかな沈黙が続いた。
「お前、本当に何者なんだ」
「あー……守秘義務があるんだが、今はどうなんだろうな。公務員ってのも実は嘘じゃない。
まあ、クビになったようなもんだが」
鉄哉は言葉に迷っている様子で、ぽつぽつと話し始めた。
言葉を区切った所で、ライターの音。川芝鉄哉は自他ともに認めるヘビースモーカーだ。
タバコ無しには生きていけないし、思考もまとまらない。
「バレてたろうが白状すると、ちょっとした荒事に関わってる。法律的にどうかというと、難しいな。
お国の為なんだろうが、そんなもの状況が変われば、切り捨てられるだろうし」
曖昧に濁していたものの、それを言うのにどれだけ勇気を要したか。
何を背負って、下手な隠し事を続けていたのか、それが終わって何が変わってしまうのか。
付き合いの長い幸助ですら、その全てを察せる訳ではない。
最後に、どこか自嘲したように、諦観で壁を作るかのように尋ねかけていた。
「……やっぱ信用なんて出来ないよな」
「見くびるなよ」
今までは静かな圧で、時には乾いた笑いの前に、追及を止めるしかなかった。
しかし、ここで幸助は踏みとどまる事に決めていた。踏み込みはしないが、引きもしない。
個々が抱えた能力とは、物によっては凶器であったり、社会を揺るがす爆弾であったりもする。
能力社会と呼ばれる現在、ふと隣人が危険な領域に入り込む事はあるのだろう。
そして、社会が抱えたリスクに対して、それはどうしようもなく必要な事なのだ。
幸助もとっくに子供ではなく、道理は理解できている。
一般人にとっての最善はそっと見なかった事にして、そのまま忘れる事だ。
だからこそ、彼らも他人が踏み込まないように振舞う。
350
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:05:04 ID:4nfr85Dw0
たしかに怒りもした、困惑もした。だが、それがどうした、とも思うのだ。
「一人で背負ったつもりになってるんじゃねーぞ。
アイリンは……親の事はまだ時間が要るだろうが、元気にやってるよ。
ツキの方も上手く誤魔化しといてやる」
お前が凡人には手の届かない領域に居ても、どれだけの物を背負っていたとしても――
帰る場所を守っているのは、俺たちなんだからな?
隕石被害、能力による社会の混乱。
それらに懸命に抗い、尊厳を保っているのはバフ課のような特別な組織だけではない。
災害孤児を守る事も、誰かの居場所を保つ事も、他人には任せられない大事な戦いなのだ。
当然の権利として、幸助は鉄哉は要求していた。
「だから、絶対に生きて帰ってきて……その後は全部話せ。いいな?」
「おいおい、上司と部下の目がキツいんだぞ、マジで」
「帰ってこなかったら、泣く奴だって居るんだぞ」
しばしの沈黙を挟んで、鉄哉は応じていた。
「……泣かせるのも悪くはないかもな」
タバコを指で挟み、煙を吐き出した。
マンションに下宿している少女、八地月野の事を思い出す。少々、いや、かなりやんちゃだが、
それでも自分と違って裏表のない真っすぐな子だった。
チェンジリング・デイという大災害によって、自分は多くを失ったし、頭も大概おかしくなった。
流された先にバフ課という組織があったが、それでも日常で多くの物を受け取ったし、救われもした。
しかし、本来、自分などは傍には居ていけない人間なのだ。
いつか、当たり前にその時が来れば、泣いて拒絶されるぐらいが――
「泣くのは俺だぞ?」
「ぶっ……お前かよ、気色悪いわっ!?」
「いや、お前、女が泣くと逆に喜びそうだし」
つい叫んでしまい、タバコが床に落ちる。勿体無さそうに、それを見やってから。
鉄哉は深々とため息を吐いていた。
「分かった。約束するから、その代わり……帰ったらネコミミ触らせろよ!
あと、今の臭い会話、たぶん盗聴されてるし、この連絡先も破棄するから、じゃあな!」
「盗聴!? おいこら、ちょっと待……」
ブツッと端末の電源を落としてから、非常用の回路を作動。
内部でショートを起こし端末が破損、そのまま破損し、復元不能になる。
351
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:05:43 ID:4nfr85Dw0
どこからかは分からないが、この会話を立ち聞きする影が存在していた。
峰村瑞貴――code:シェイド。バンダナを眼帯のように使い、片目を隠した銀髪の青年。
三班の副隊長、鉄哉にとっては腹心の部下でもあるのだが、同時に一般人に不要な詮索をさせていないか、
気に病んでいる節も存在していた。
「そんな約束して、良いんでしょうかね? 課の規律にも……」
「勝手にすりゃいいだろ。総隊長とやりあって要求を通せるなら、それはそれで見物だしな」
仮眠が終わったのを察したらしく、ぞろぞろと第二、第三の人影が部屋へと侵入してくる。
シェイドに続いて入室したシルスクは、投げやりに鉄哉の約束を認めていた。
自分には理解できないが、覚悟を決めた奴につける薬はないし、ここからは覚悟が必要となる領域だ。
「だが、それにしても、お前ら――」
続いて、にんまりと似合わない笑みを浮かべて、鉄哉と副隊長のラヴィヨンに視線を送った。
「これでめでたく肩書が公務員から無職になった訳だ」
「嬉しそうッスね、隊長」
胃の辺りを抑えながら童顔気味の青年、ラヴィヨンは呻いていた。
二班副隊長ラヴィヨンと、三班隊長クエレブレ――川芝鉄哉は、家族にただの公務員だと偽って、
バフ課に所属して日々を活動を続けていた。
部下と他の隊長を同時に煽れるのだから、それなりに気難しいシルスクも機嫌が良くなる。
裏を返せば、バフ課の現状は相当に悪い。
公安調査に伴う、超法規的な活動の暴露。実質的な組織の解体と、指名手配。
隊長陣もそうそうに逃げ出して、バフ課が独自のルートで確保したセーフハウスに潜むしかなかった。
四班、新参の隊長であるザイヤは現状を振り返って、一言漏らしていた。
「しかし、総隊長はこの事態を予見していたのでしょうか」
「予見どころか、ありゃ完全に動きを掴んでただろ。あのむっつり外道」
鉄哉は三班隊長クエレブレの顔に戻り、はっきりと断言する。
補足するように、一転して機嫌を悪くしシルスクが続けていた。
「今思えば、『クリフォト』にしても近年のデータ程度じゃ、根拠が薄弱すぎた。
あれが会議で受け入れられたのは、ラツィーム辺りと結託して流れを作ってたからだろうな。
実際はこの動きがあったから、『クリフォト』の実在を確信した」
軽く流してしまった、自分の甘さに苛立つのだが、追及する時間を作ろうにもアトロポリス行きの資料を
大量に押し付けられていた為、どちらにせよ限界があっただろう。
逆にいえば、今回の動きで明確にバフ課には敵が居る、『クリフォト』の実在が確定した。
352
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:06:42 ID:4nfr85Dw0
会議中にも述べた事だが、『クリフォト』はバフ課にリソースを割くことはないだろう。
だが、日本という国家自体にはリソースを割く価値はあるのだ。
その影響力を行使すれば、政府の下位あるバフ課を潰す、あるいは機能を停止させる事は難しくない。
「ですがバフ課の存在自体は揺るがないでしょう。むしろ、『クリフォト』一派の独断といってもいい動き。
各所との利害調整も効かず、結局は潰すとまでは行かない。
むしろ組織自体に洗浄が入り、『クリフォト』は影響力を失う事になるでしょうな」
ザイヤの部下である古株の男、エンツァが現状を分析する。
結局の所、バフ課という超法規組織は政府という巨大なシステムの黙認の下に成り立っている。
そのうち一つの、公安調査庁を動かせた所で、少々の折り合いは必要になるが致命傷にはならない。
「じゃあ、なぜ『クリフォト』はそんな呆けた真似をしたか。
それは今……国際会議までの時間を稼げれば、後がどうなってもいいからじゃないか?」
ある種の楽観に対して、シルスクは鋭く示唆した。
つまりはアトロポリス国際会議で行動を起こすために、敵対組織の動きを潰す、その動きの一環ではないか、
という事だ。そして、影響力を削ってまで、それを行う価値はある。
「ま、事の成り行きでは、世界情勢自体が変わりますしね」
「それで無理を通す鉄砲玉に、俺たちが選ばれた……いつのも事だろが」
三班のシェイドとクエレブレが、その見解に同意を示した。
犯罪組織のレッテルを張られ、状況は激変してしまったが一方で、会議から方針は変わっていない。
現状、連絡網が生きている二班、三班、四班はアトロポリス行きを言い渡された面々だった。
『クリフォト』の本命が国際会議にあるのなら、それを潰さなくてはならない。
残りの班は国内問題に対処する。一班や五班の古参や、小賢しい六班に一般人へのアフターケアを担当する七班。
これだけの面子で失敗はまずないだろう。
問題があるとすれば、こちら側だ。
『クリフォト』との対決はもちろん、公的なサポートが潰えては、アトロポリスに向かう事すら困難だろう。
だが、難題を前にして、なおバフ課の隊長、副隊長に士気の衰えは見られなかった。
現状の整理と、情報の共有が終わった頃合。
セーフハウス――本来は、能力鑑定局に属した施設を予定され、廃棄されたものだが、その建造物が激震した。
地震ではない。外部から何かが衝突し、コンクリートを抉り、全体を揺るがしたのだ。
書類が飛び散り、飲料が入ったコップが床に落ちるのを見て、舌打ちしつつシルクスは状況を悟った。
353
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:07:31 ID:4nfr85Dw0
「ちっ、襲撃か。まずは状況把握……! ラヴィヨン、見張りのオートマタは!?」
「すみません、補足してたんですが、アレは早すぎるっスよ」
アレとは何だ、猿にも分かるように言えボンクラ、と罵りそうになり、その音を聞いてシルスクも察した。
大気を打つような単調なリズム、回転翼で飛翔するローター機の特徴だ。
「軍用ヘリにロケット弾か……金持ってんなー。うちのは民間の改造なんだが」
クエレブレは改めてタバコを加えて火を灯すと、自身を落ち着かせるようにボヤいていた。
さらにラヴィヨンは正体不明の車両が接近している事も報告してきた。かなりの規模の襲撃であるらしい。
『クリフォト』所属らしき軍用ヘリは、機銃と砲撃で屋上や一つ下の階に備えられた中庭を一掃すると、
そこから小数の人影が躍り出て、バフ課のセーフハウスに突入していく。
落下傘(パラシュート)ではなく、滑空機(グライダー)に近く、撃墜の隙はほとんど無い。
まずは空中から奇襲、次は地上から制圧。
容赦のない展開ではあったが、バフ課の対応も早かった。
地上は足止めの部隊を展開し、まずは上空の敵を狙って各個撃破を目指す。
事前に決めた割り当て通りに班員は動き出し、特に最大戦力である隊長たちは空中から侵入した敵と対峙する。
『クリフォト』の部隊の前面に立つ人物の姿を見て、隊長たちは思わず目を張っていた。
まだ、中学生程度の子供だ。
不健康的なまでに全身の色素が薄く、黒と赤のオッドアイの色合いを引き立てている。
「こんにちは、バフ課の皆さん――今日はぶっ潰しに来ました」
『クリフォト』主要構成員の一人、アスタリスクは人懐っこい笑みで一礼し、バフ課に宣戦布告していた。
354
:
◆peHdGWZYE.
:2018/12/24(月) 15:09:44 ID:4nfr85Dw0
ちょっと遅れて公開。いよいよ本格的に時間が取れなくなってきました……
別に狙ってないのですが、クリスマスってバフ課が酷い目にあう時期なんだなって
鉄っちゃんは本当に美味しい立ち位置ですね
アイリンは引き摺ってる所もあるけど、キャンパスライフのラストもあって、大丈夫と思いたいですね
この話では名前のみの登場になると思いますが
補足
秋山幸助
1スレ目137などから登場。日常担当の男性で、シェアード的には一般人感を担当してくれている人でもある。
頑張って発動させた能力は、昼は花束の生成で、夜はネコミミが生える、というものだった。
夜の能力は、登場するたびに強化されているので、実は意外に強いのかも知れない。
355
:
名無しさん@避難中
:2018/12/30(日) 21:06:22 ID:8zakWLwc0
なるべく週一で続けたかったのですが、星界の交錯点は今週はお休みします
書き溜めたり、wikiに乗っけたりする予定
356
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:18:39 ID:ILOc6HQQ0
15.対『クリフォト』開戦
予想外の容姿――せいぜい中学生程度にしか見えない、『クリフォト』の能力者を見て、
まず最初に三班隊長、クエレブレが困惑と疑惑を綯交ぜにしたような表情を浮かべていた。
「子供、か……?」
「狼狽えるな。子供でも危険は危険、そもそも外見通りの年齢かも分からねえだろ」
シルスクは即座に切って捨てると、覚悟を促した。
そう、能力というものは、まったくを以って油断ならない概念なのだ。
年齢だの非武装だのといった要素を無視して、人間を危険たらしめる強大な力。
事は『クリフォト』としてバフ課を襲撃してきた、という事実を以って全てを判断されるべきだろう。
「歳は外見通りだけどね――でも、僕よりも上空を警戒すべきじゃないかな」
視線を誘導するかのように、わざとらしく白髪の少年、アスタリスクは上空を見上げた。
セーフハウス内への突入にも使われた、軍用ヘリが降下し、バフ課の面々を射程内に収める。
直後には機銃が立て続けに火を吹き、この建物を激震させたロケット弾が発射され、煙が尾を引いた。
超音速で飛来し、集団を挽き肉に変える暴威が容赦なく叩きつけられる。
だが、熟練した能力はこれの対処さえ可能とした。
「この能力の前には、多くの近代兵器が無力化する」
隊長陣でも新参、しかし力量では後れを取らない。
四班隊長、ザイヤの能力は前隊長である父親、ラレンツアのそれとよく似ていた。
電子の操作を行う、汎用性が高く強大な力。
最大出力では親の半分にも満たないが、より繊細な操作が可能であり、引き起こされる事象は"誇張的"でもあった。
ローレンツ力による、銃弾の軌道歪曲。さすがにアニメーションのような、攻撃をはじき返すといった芸当は不可能ごとだが、
攻撃の軌道を変化させ、照準を無意味にしてしまえば、十分に役割は果たせるのだ。
ロケット弾さえも不発に終わり、戦場の片隅へと追いやられた。
357
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:19:16 ID:ILOc6HQQ0
「襲撃の返礼だ! 四班――歓迎の花火をくれてやれ!」
さらに言えば、四班の専門は危険な能力者の抹殺。
遊撃的な役割を担う、二班と三班に比べて、極めて殺傷性が高い兵器が配備されているのだ。
平時は許可の降りない武装も、今回ばかりは大判振る舞いだ。
数名の班員が、携帯式の対空ミサイルを肩に乗せて構え、その二つが時間差で発射された。
どこか慌てた動きで、戦闘ヘリは急上昇。距離が近すぎるため、ミサイルは誘導性を完全には発揮できない。
だが、牽制としては十分。バフ課の面々は一斉に動き出していた。
「ま、殺しはしないが情報はたっぷり吐いてもらうぜ」
最初の激突、その決着は一瞬だった。クエレブレが弛緩性の毒を吐き出したのだ。
『クリフォト』の戦闘員たちは対処を誤り、正面からそれを受けてしまった。
結果、生きたまま床に転がり、三班の各員が手際よく拘束していく。
一方、リーダー各と思しきアスタリスク周辺には、シルスク率いる二班が相対していた。
駆け引きなどは他の班に任せて、こちらは正面戦闘だ。
他の班によって戦力が削がれた今であれば、正面からぶつかっても負けはしない。
次々に二班と『クリフォト』が戦闘状態に突入するなか、シルスクはアスタリスクとの一騎打ちに
持ち込むことに成功していた。
互いに得物は小振りの刀剣、白刃と白刃が閃き、技巧による二通りの軌道を描き、それを衝突させる。
幾度か繰り返すうちに、シルスクは相手の力量を把握していた。
「ガキの割には、やるじゃないか」
「……!」
よほどの天才か、それとも『クリフォト』の訓練が優れていたのか。
アスタリスクの技巧は、バフ課の前身となった組織に捕縛された頃の、かつてのシルスクを上回る。
だが、現状ではせいぜい7:3、遊んでいる時の狭霧アヤメと同程度か。
はっきり言えば負ける相手ではない。後はどれだけ手札を隠し持っているか次第だが……
アスタリスクの方も、力量の差には早々に感づいたらしく、素早く手札を切っていた。
いかなる歩法か、シルスクの視界から瞬時に姿を消したのだ。
358
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:19:59 ID:ILOc6HQQ0
「そこ――!」
「だが、所詮はガキだ」
真横――対処困難な側面から、アスタリスクは刃を振りかざし、全身のバネを使い飛び掛かっていた。
対して、シルスクは大人の特権で迎え撃った。
特別なものではない。咄嗟に刃を合わせて、膂力と体重で強引に押し切ったのだ。
体格に、そして身体能力に差がある以上、あまりに有効な手段だった。
結果、姿勢を崩したまま地に足を付けたアスタリスクを、シルスクは容赦なく刃を振るい、追い詰めた。
どこか"好青年"的な気質が抜けない副隊長が見れば、「大人げないッス」「隊長、外道ッス」などと口走ったのだろうが、
そういった妄言に耳を傾けた事は一度もない。
白髪の少年が隙を見せた所、シルスクは容赦なく膝を見舞っていた。
「っ!」
「表に出てきたばかりだが、幸先が悪いじゃないか、なあ『クリフォト』?
バフ課も他所の事は言えねえが、そっちの方が先にぶっ潰れるんじゃないか」
腹を膝で打ち抜かれ、激痛の吐き気に呻きながらも、流石と言うべきかアスタリスクは膝を付いたのみ。
いつでも立て直せる姿勢だ。
どうにか余裕を作り、上階の中庭から地上へと視線を向ける。
「うん、地上の方も始まったみたいだね」
「……放水車? 軍用ヘリに比べれば、ずいぶんと落ちたもんだが」
アスタリスクから見えるものは、シルスクからも見える。
『クリフォト』が持ち出してきたのは意外な車両だった。てっきり装甲車でも持ち出してくるかと思ったが。
放水車は暴徒鎮圧に使われるし、実際に能力犯罪者の捕縛などにも有効なのだろう。
だが、最初の戦闘ヘリによる爆撃に比べれば、興ざめも良い所だが……
そこでアスタリスクの視線に気づいた。シルスクの背後、セーフハウスの屋内を見つめている。
爆撃や『クリフォト』側の能力による攻撃もあって、火の手が上がりもしたのだが、スプリンクラーが起動し、
水が散布されてそれも消し止められている。
残っているのが、水溜まりぐらいだが……
359
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:20:27 ID:ILOc6HQQ0
――水と水
妙な共通点から、そして多くの戦闘経験から、鑑定士のそれに近い眼力を以って直感する。
「『二つの水面を繋げる能力』――それを利用した、内外からの殲滅作戦。
見誤ったまま、初手を打った時点で貴方たちの敗北は決まっている」
建物内の水溜まりが跳ねた、いや中から容積を無視して、次々に"怪物"たちが飛び出してきたのだ。
黒い毛むくじゃらで、丸っこい体格を持つそれらは、即座にバフ課の班員に襲い掛かり、戦場を混乱させる。
シルスクも、他の隊長も知らない事だが、それは陽太の前に姿を現したクリッターと呼ばれる怪物だった。
「それでも降りる気が無いなら、それも構わないよ。
タイムリミット――日没まで、少し遊んであげようか」
形成は逆転し、痛みをこらえながらもアスタリスクは立ち上がり宣言する。
戦闘技術を競う争いは終わり、そしてここから『クリフォト』の本領、能力戦の幕が上がっていた。
360
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:21:02 ID:ILOc6HQQ0
――――
地上に回された人員は、屋内のそれよりも少ない。
各個撃破において、少数精鋭による時間稼ぎが彼らに与えられた役割だ。
結果、悪辣な初見殺しによって、バフ課は『クリフォト』の主要構成員を止める事に成功していた。
「ま、さっそく捕まっちゃった事ですし、二人で影踏みして遊びましょうか」
どこか胡散臭げな、いつもの笑顔を浮かべて、三班副隊長シェイドは告げていた。
『相手の影を踏み、動きを乗っ取る能力』。事前情報がなければ、大概は一発で終わる。
さらに同じく副隊長のラヴィヨンがオートマタで数の暴力を発揮し、エンツァが百丁の銃で面の制圧を行えば、
まず陣形は盤石といえた。
それに相対して、動きを封じられた『クリフォト』の女性、ウンディーネは艶やかに微笑んでいた。
「ええ、もし踏み続けられるなら、いくらでも」
今なお、バフ課の班員に水を浴びせている放水車だが、水圧は厄介ではあっても単体では決定打になり得ない。
しかし、水が絡む能力があれば前提がまるで違ってくる。
放水によって溜まった水面が膨れ上がり、やがてそれは人の形を作り上げた。一つ、二つと増えていく。
『水で人型を作り、操る能力』。
サイズは成人男性程度だが、流体としての性質とそれに伴う機動性を併せもつ。
水人形が腕を振り上げ、そして振り回せば、腕は形を変えて撓(しな)り、鞭のような軌道を描いた。
高速で水と激突すれば、コンクリート並の堅さとなる、というのは単なる例えだが、
相応に堅い物質になる事は間違いない。
「っ!」
音速に迫る水の鞭、それをシェイドが咄嗟に避けられたのは戦闘経験の賜物だった。
わずかに遅れて、背後の地面が砕かれる。
しかし、影踏みまでは維持する事は叶わない。これでウンディーネは自由の身となった。
「ラヴィヨン、オートマタによる乗っ取りは?」
「妨害がせいぜいッスね。水しか動かせない分、向こうの方が強度高いみたいで」
エンツァの提案に、ラヴィヨンは苦しげに眉をひそめた。
361
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:21:38 ID:ILOc6HQQ0
ラヴィヨンの能力『オートマタ』は人型の物質を自由に動かすというものだった。
生物は適用外で、普段は手の込んだ人形などを使う。
ウンディーネの水人形さえも対象であるのだが、完全に動きを乗っ取るという訳にはいかないらしい。
複数の水人形が動き出し、一斉にバフ課に襲い掛かる。
物理攻撃が効かない厄介な相手だったが、バフ課の班員たちも大したもので、手際よく足を攻撃し、
水を飛散させる事で動きを止め、各自有効と思われる能力で応戦していく。
(現状、有利なのはこちら。だが、最終的に勝ちは見えないか……)
古株であるエンツァは現状をそう分析する。
ウンディーネの能力は脅威だが、ラヴィヨンとエンツァも集団戦では強力な能力だ。
さらに言えば、バフ課の練度自体、『クリフォト』のそれよりも高い。
この場限りで言えば時間稼ぎも、このまま押し切るのも難しくはないだろう。
しかし、バフ課の本分である治安維持は本来、常に後手に回る動きだ。何か事件が起きてから急行し、場を制圧する。
堂々とした襲撃への対処は本分ではないのだ。
ごく当たり前の事実であるが、主導権は攻める側にある。
そして攻めた以上、『クリフォト』は万全の準備をしていると、考えるのが妥当だろう。
このままバフ課の優勢で終わるとは思えない。
放水車から高出力で水を浴びせられ、バフ課側の一角が崩れる。
『クリフォト』が勢いづくが、特に指示しなくとも他の班員がフォローし、体勢を立て直す時間を作った。
362
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:22:22 ID:ILOc6HQQ0
「放水車を潰したりはしないんですね?」
「いざという時、足は多い方がいい」
シェイドの疑問に、エンツァは簡潔に答えた。
やがて『クリフォト』は異形の怪物、クリッターを投入し、戦況は徐々にそちら側に傾いていく。
(新型のキメラか? いや……)
怪物たちへの妙な違和感が解消されないまま、クリッターは放水車が作った水溜まりに飛び込むという奇怪な動きを見せた。
転移能力による、内部への侵攻が報告されたのは、それから数十秒経った後の事だった。
恐れていた事態ではあったが、予測の範囲内でもある。
元より、ここで粘った所で撤退路線は覆せなかっただろう。
「が――戦果はあった方が良いか。ラヴィヨン! 妨害だけで構わない。少数だけ回せ!」
なにも無く撤退というのも士気が落ち、今後に響きかねない。
エンツァは戦意を漲らせると、ウンディーネを標的として狙い定めた。
363
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/10(木) 01:27:15 ID:ILOc6HQQ0
年末年始のあれこれは落ち着きましたが、ペース取り戻さないといけないですね……
ザイヤの昼の能力は必要だったので、独自に設定。劇場版なので、公式になるかは様子見みたいな位置です
補足
シルスク
フェイヴ・オブ・グール 〜バ課出動〜で初出。バフ課、二班隊長。みんなのたいちょ。
スレの設定上、潜在的な能力者ではあるのだが、昼夜共に未発現。
登場作品は多岐に渡るが、若手の仕事人間、独特な生死感、案外ノリがいい、みたいなのが筆者の印象。
技巧一つで能力に立ち向かうシチュはやっぱりいいものです。
エンツァ
禁じられたアソビ、壊れたヒトガタから登場。バフ課、四班副隊長。
空中に百丁の銃を出現させる、という凶悪な能力を持つ。ただし、反動は肉体に直接来るので一斉に撃ったら死ぬ。
古株の所属者だが、一歩引いて隊長の添え物に徹している所がある。
そのため、上司との会話パターンは豊富だが、同僚と部下との会話例がなかったりする。
この作品では、この条件での口調は書き手が決めてます。大半の同僚より年長なので、相応な感じに。
364
:
名無しさん@避難中
:2019/01/10(木) 09:51:49 ID:r4uf9DVY0
乙です!
365
:
名無しさん@避難中
:2019/01/11(金) 17:46:24 ID:sCK6t.Lk0
乙ですー
機転でなんとかする陽太の戦いも面白いけど、専門家集団であるバフ課の戦闘はまた別の熱さがありますね
ところで自分もいずれ書く機会がありそうなので気になるんですが、ラヴィくんの昼の能力ってどういうもんなんでしょうね?
シルスク隊長の人形?を操ったっぽい描写もあったり、その場の死体を操ったぽいのもあったりでちょっと
掴みあぐねてるんですが…
366
:
星界の交錯点
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:47:05 ID:0QovUzVc0
16.混沌戦線
それは"勘で分かる"としか言いようがない。
能力戦という何が起こるか分からない戦場を、何度も掻い潜ってきた果てに得た経験則のようなものだ。
鑑定士に比べれば、かなり朧気なのだろうが、それでも分かるのだ。
相手の能力がどれほど致命的で、どのように標的を補足し、どういう形で発動するのか。
せいぜい輪郭程度であれ、シルスクは肌で感じていた。
『二つの水面を繋げる能力』は一端に過ぎないと。
「はっ! やらせるかよ」
水溜まりから"怪物"が出現したが、シルスクはこれで右往左往するような素人ではない。
やる事は何も変わらない。
一秒でも早く標的を仕留めれば増援は止まる、次点で能力を使う余裕を奪う。単純な話だ。
すでにアスタリスクの力量は見切っている。
シルスクが繰り出す斬撃は、より大胆で攻撃的となり勢いを増していく。
「……! 正面からは分が悪いか……それなら――」
刃を弾き、時には受け流すが、アスタリスクの身体能力は年相応、中学生程度の未成熟なものだった。
いかに技が優れていようと、攻めに徹したシルスクと対峙すれば肉体が悲鳴をあげる。
わずかな間隙に、アスタリスクは背後に飛び退くと、ナイフを投擲。合わせて一動作で、予備のナイフも抜き放つ。
シルスクの脚を狙ったものだが、フットワークで回避。一瞬だけ時間を稼げただけだ。
(狙い通り……!)
ナイフはスプリンクラーが作った水面に着弾し――"隣の水面から飛び出して"、今度は背後からシルスクを襲った。
『二つの水面を繋げる能力』。これを利用した背面奇襲。
しかし、それすらもシルスクは体を逸らして避けていた。さも自然に。
続けて素早く踏み込み、刃をアスタリスク目掛けて叩き込む。
「言っておくが、こちとら身体一つで化け物と渡り合ってるんでな。
その程度の奇襲で死んでたら、いくら命があっても足りないだろ?」
かろうじてアスタリスクは刃を合わせていたが、シルスクはこのまま押し切れると確信した。
その時の事だった。
367
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:48:00 ID:0QovUzVc0
クエレブレの発した毒煙が、二人を巻き込む形で流れてきたのだ。
舌打ちしつつも、シルスクは飛び退き、アスタリスクもそれに倣う。
「クエレブレ、こっちに流れてきてるぞ!」
「!? 悪いっ! 邪魔したか!」
叫び合うも、互いの声色に含まれていた困惑に気が付いていた。
「いや違うな、これも能力か……」
クエレブレが今更、初歩的なミスを犯すとは思えない。毒煙の動きが奇妙だ。
風とは関係なしに、シルスクを追うように漂っている。
毒煙から逃れつつもシルスクは、それを逆用した。
煙が視界を遮った瞬間、アスタリスクにナイフを投じたのだ。
回避動作の大半は、相手の予備動作を見て行われる。煙を通して飛来する刃を躱す事は困難だが……
「まったく、油断も隙もないね」
アスタリスクは"あらかじめ読んでいたかのように"ナイフを打ち落としていた。
その様を見て、シルスクの直感は確信へと変わっていた。
クエレブレの『煙を操る能力』、それにザイヤの『電子の捜者』……後者は未来予知じみた使い方もあったはずだ。
「なるほどな。『夜の能力をコピーする能力』か……一番、厄介な類だな」
「ご名答。煙の操作と、電子的エネルギーの認識、状況的にどちらも強敵じゃないかな?」
アスタリスクが笑うと、毒煙がとぐろを巻いた。
ザイヤの能力でこちらの動きを予見しつつ、クエレブレの能力で毒煙を操り、退路を潰して締め上げる。
まるで二人の隊長を同時に相手にしているような状況。
相手にとっては初めて扱う能力、どこまで使いこなせるかは未知数だったが、危険な相手には違いない。
その一方で、『二つの水面を繋げる能力』を封じる目論見は成功していた。
複数同時にコピーする事はできないらしい。
未だに状況は悪いが、すでに増援は断った。ここから巻き返す事も不可能ではないだろう。
だが、それはシルスク個人に負担が集中するという事。
クリッターの数を集中砲火で減らしつつも、ザイヤがそれを察して叫んでいた。
368
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:48:40 ID:0QovUzVc0
「シルスク隊長!」
「ああ、邪魔は結構だ。バフ課の隊長陣で誰が一番か、証明するにはいい機会だろ?」
常日頃から、シルスクは能力によって安易に強大な力を得た者に対して、ボヤいていた。
能力犯罪者はもちろんの事、バフ課の同僚に対しても、能力を持たない者なりの競争心を隠さない。
いつもと変わらない、人の悪い笑みを見せるとシルスクはアスタリスクと改めて対峙していた。
「これはワンサイドゲームで終わるかな?」
だが、相手を予知したうえで毒を撒いてくる相手に出来る事は少ない。
毒煙が蛇のように蠢き、さらにシルスクを追い詰めていく。
クエレブレは昼間能力で毒を発生させたが、ここまで器用な操作はできない。
シルスクは極限まで自身を追い詰めると、タイミングを見計らってナイフを投じていた。
(3……2――)
「往生際が悪い」
またもナイフを完全に叩き落される。『電子の捜者』で完全に行動が監視されているのだ。
そして、今度こそ逃げきれずに毒煙がシルスクを包んでいた。
呼吸を止める。これで時間が稼げることは確信していた。
これはクエレブレが発生させた毒を奪ったもの。毒は多様だが、扱いや後の除去の観点から、
クエレブレは吸引型で弛緩効果がある煙を使う場合が大半だ。
皮膚から染み込み、即死するガスなども能力で出せるのだろうが、そんなものは危険すぎて仕事には使えない。
369
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:49:14 ID:0QovUzVc0
(……1……0!)
シルスクの狙いは、この瞬間にあった。まず『電子の捜者』を使わせ、『煙を操る能力』を止める事。
そして――残りも少なくなった予備のナイフを、シルスクは投げ付けていた。
アスタリスクに、ではない。『クリフォト』襲撃時に不発に終わったロケット弾の信管を、正確に狙い打った。
その様を認識した者は全て、息を呑んでいた。
次の瞬間には、炎が膨れ上がり、爆風がその場で荒れ狂っていた。
大半の人間は備えていたのだが、知性の乏しいクリッターが何匹か犠牲になる。
爆発の被害は極めて軽微。しかし、アスタリスクはそれが致命打である事を悟っていた。
「煙を……!」
「爆発までは読めなかったろ?」
毒煙が吹き飛ばされ、霧散してしまった。
あるいはクエレブレ本人であったなら、かき集める事すら可能だったかも知れないが、
不慣れなアスタリスクにはそこまで精密は操作はできない。
敵が最大の武器を失った瞬間、シルスクは地を蹴っていた。若干は弛緩毒を吸い込み、身体の感触が曖昧だが、
それでも動ければ十分だ。
完全に戦闘の流れを掴み取り、今度こそアスタリスクを仕留めるべく、刃を振るっていた。
370
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:50:57 ID:0QovUzVc0
――――
「――ハンドレッドガンズ」
バフ課でも古株の男が自らの能力の名を呟けば、文字通り百丁の銃が空中に出現し、標的を狙い定めた。
エンツァは躊躇いなく発砲する。
『クリフォト』構成員の女性、ウンディーネは素早く身を躱し、さらには水人形による迎撃を駆使して逃れ続けたが、
いつまでも続くものではない。
さらには系統が被るラヴィヨンの能力による妨害、シェイドによる影踏み――
本来、ウンディーネの能力は、物理を無効化する兵団を作り出す、恐るべきものだったが、的確に対処されていた。
「厄介だが相性が悪かったようだな。完封と言わないまでも、封殺できる」
そうエンツァは状況を冷静に分析していた。
たしかに『クリフォト』の能力者は脅威である。副隊長三名で仕掛ける必要がある程に。
だが、逆にいえば、それだけの戦力を揃えれば問題なく勝てる相手でもあった。
集団戦においては、『クリフォト』はバフ課――合流できている班以上の人数を揃えては来たが、
所詮は新興組織、練度の低さは否めない。
どこぞの養成キャンプで鍛えたのだろうが、実戦を勝ち抜いてきたバフ課には及ばないのだ。
エンツァは空中に銃を配置できるが、反動は本人の肉体に直接かかる。
よって限度を知った上で、銃を連射しているのだが、それがついにウンディーネを捉えていた。
銃弾が足を貫通し、その動きを止める。
「取った……!」
「元から私とアスタリスクじゃ、分が悪かったのだけど……」
負傷した身で、エンツァの攻撃を避け続ける事は不可能。
百丁もの銃口を向けられ、ウンディーネは自嘲気味に微笑んでいた。
371
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:52:04 ID:0QovUzVc0
「そろそろ手札を見せる頃合かしらね」
この瞬間、エンツァの足元のアスファルトにヒビが入り、直後には"何か"が地面から這い出ていた。
地中からの攻撃に対して、咄嗟にエンツァが飛び退けたのは、警戒心の為せる業だろう。
それは巨大な、砂色の芋虫にも似ていた。ただし、手足は左右に延び、ムササビのような皮膜を有している。
サンドクロウラー、チェンジリング・デイの後、ある経緯によって出現した怪物の一種。
地中から飛び出し、そのままサンドクロウラーは皮膜を広げて滑空し、次の獲物を狙い定めていた。
「……また新型のキメラか? いや――」
キメラは既存の生命に、宝石状の機器を取り付け、意識を操作する。時に生体改造が伴う場合もある。
しかし、クリッターもそうだが、地球上にはこのような生命体は存在しない。
最も近いと思われる芋虫としても、構造が非合理だ。
頭部も手足も、本来は別の生命体が強引に変異したような。その元は……
――人間!?
もちろん、人間を素体にしたキメラも実在し、戦った事もある。それを扱う組織の非道さが伺えるが。
だが、目前の怪物には、もっとおぞましい事実が隠されている事をエンツァは敏感に感じ取っていた。
幸い、自分のハンドレッドガンズは空中の相手にも対処しやすい能力だ。
新たに現れたタイプの異なる敵は、データの収集と撃退を早急に行わなければならない。
迅速にエンツァが切り替えたが、状況はさらなる変化を見せていた。
「――"固有磁場"発動」
黒い人影が、まるで早送りのような不自然な加速を見せ、空中を舞っていた。
瞬く間に、弾けるような電光を纏うナイフをサンドクロウラーに突き立て、そのまま絶命させる。
標的を始末しようと、そこは空中。
落下は避けらず、そして何らかの力で軽減したようだが、明らかに無傷では済まない速度で地面と激突し――
アスファルトに足をめり込ませ、スライドしつつも少年は無傷でいた。
驚異の身体能力に、独自の機能と武装――バフ課の面々は、それがルジ博士による改造人間である事を察していた。
それに続くように武装した一団が、戦場に介入していく。
「この潰し合いの結末、我らドグマが貰い受けた」
季節外れのマフラーをたなびかせ、黒衣の少年――風魔=ホーローは戦域全ての人間に宣言していた。
372
:
◆peHdGWZYE.
:2019/01/14(月) 00:55:32 ID:0QovUzVc0
集団戦は本当に難しいので、中心となる戦闘の背景に、大まかな状況を記す形になってしまいますね……
>>365
明確にまとめられてはいない、と思うのですが、各描写を突き合わせて
『人間の形をした物(人形)を操作する。ただし生物は対象外』みたいな解釈をしています
死体はすでに生物でなく、人間の形をした物質、という扱い
人形はバフ課が予算を割いて用意しているか、夜の能力とかで補充できるんじゃないかなーと
補足
ウンディーネ
新規キャラクター。『クリフォト』の主要構成員の一人。無国籍風、髪の長い美女。
昼の能力は、『水で人型を作り操る能力』。夜は『二つの水面を繋げる能力』でアスタリスクがコピーしていた。
水人形は複数出す事ができ、かなり強いのだが、作中で言われる通り相性が悪すぎた。
サンドクロウラー
◆wHsYL8cZCc氏の作品より登場。チェンジリング・デイ後に人類から分かたれた怪物の一種。
クロウラー(芋虫)なのに皮膜で空を飛ぶ謎の生命体。
登場回では、わりと無残な最期を遂げている。
373
:
名無しさん@避難中
:2019/01/14(月) 20:18:54 ID:DOzIaD3g0
>>372
乙です! 劇場版、熱すぎです!!!!!!
能力バトルっぽい!! 激アツ!!!!
今更ながら投下確認しますた
まさか、6〜8年前の興奮がまた味わえるとは!!!
たいちょ始め、往年のキャラがそこかしこに登場するのもホントに熱いですw
374
:
名無しさん@避難中
:2019/01/15(火) 00:46:51 ID:dw.fYwoM0
乙です
足を負傷した美女…これはくっころ展開っぽいですねえ
シルスク隊長のナイフの達人ぶりもかっこいい限り
ラヴィくんの能力ヒントどうもです。なるほど人型をしたものなら動かせるって考えると幅が広がりそうですね
なお今書いてる作品でラヴィの夜間能力を設定しようかと思ってます
ということで約一ヶ月ぶりに
>>333
の続きいきます
375
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/15(火) 00:47:57 ID:dw.fYwoM0
玄聖会中央病院は今から約十年ほど前、チェンジリング・デイの直前に稼働し始めた大病院である。竣工したばかりの真新しい建物が隕石によって著しいダメージを受ける中、それでもできうる限りの医療提供を続け多くの被災者を救った医療機関として話題になったこともあり、現在一般には優良病院として名が通っている。そういうところに粗探しの目が向くのもまた世の常で、ラヴィヨンが目にしたゴシップ誌のような「黒い噂」が囁かれたりするわけだ。
地下駐車場から建物内に入ると、洗練された内装のしつらえにラヴィヨンは思わず口があんぐりとなった。全体的に木目調のシックながら温かみを感じさせる造りになっていて、じいちゃんが入院しているようなごく一般的な病院とは空気感が大きく違っている印象だ。
「ふええ……なんかお高そうな病院っスねえ……」
「新しい大規模病院ってのは最近割とこんな感じだねェ。今や病院ですらオシャレ感をアピっていかなきゃ選ばれねえ時代なんだろうなァ」
「え、そういう理由なんスか」
「さあ? 適当適当。だいたい患者のジジババ見てみなよ。あれがそうそう金持ってるように見えるかい?」
「ん? うーん……」
不躾な言葉選びで促してくるハラショーに言われるまま、待合のふかふかのソファでゆったりしているお年寄りに目を向ける。みんな普通のおじいちゃんおばあちゃんという感じだ。よその病院のベッドで今頃暇を持て余しているだろう自身の祖父とさして変わらない。
「なァ? 普通の大病院なんだよここは。チェンジリング・デイでちょいと名が知れたが、別に金持ちしか相手にしないなんて高慢ちきな思想は持っちゃいないっぽいなァ」
「なるほどね。でもそんなところにあんたと僕は来たんスね。『普通の大病院』に。わざわざね」
「運営母体が潤沢な資金を持ってるのは事実だァ。でも今回重要なのはそういうとこじゃない」
「と言うと?」
「ラヴィくんはァ、『E・R・D・O』って文字列をどっかで見たことあるかい?」
「イーアールディーオー?」
いきなりの核心っぽい質問に虚を突かれ、返答の声が裏返った。すぐに持ち直し記憶を探る。見たことがあるような気も、聞いたことがあるような気もするが、仕事柄そういった怪しげな文字列を目にする機会は多い。あるともないともまったく確信は持てなかった。そのまま時間切れになる。ハラショーがすすすと隣から消え、病院の受付らしきところに何かしら話に行ってしまったからだ。すぐに後に続く。
「警察の者です。院長さんにちょっとお話を伺いたい事案がありまして。お取次ぎ願えますかね。早急に」
そう言ってハラショーはスーツの内ポケットから勿論本物の警察手帳を取り出し、受付の女性にやや高圧的に見せつけている。バフ課は名目上警察組織の一員であり、ラヴィヨンも一応警察手帳を配布されている。普段見せる機会などないので邪魔でしかないのだが、警視庁正面から入館する際に必要なので常に携帯はしている。記載されている所属部署や肩書は表向きには実在のものだが、名前を対象に発動される能力への警戒のために名前は偽名になっている。手帳の上ではラヴィヨンは「宇佐木太也(うさぎたいや)」という、ほとんど実名みたいな中途半端な偽名である。
初っ端から高圧的に出たのが吉と出たのかはわからないが、受付の女性はかなり動揺した様子で奥の事務室へ引っ込んでいった。ハラショーはこういうやり方に慣れているのかもしれないが、ラヴィヨンはひとつ素朴な疑問を持った。
376
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/15(火) 00:48:27 ID:dw.fYwoM0
「なんか、思ってたより普通に動くんスね。正攻法というか」
「あァ? ラヴィくんどういう想像してたの? おじさん笑わないから言ってみよ?」
「いや、なんか掃除のおっちゃんとかコンビニ店員とかになりきって潜り込んだりすんのかと」
「あーあどうせそん程度のこと言うんだろうって思ったんだよなァ。もうちょっと面白いこと言って笑わせてくんなきゃラヴィくんよォ」
「知らねえっスよそんなの。いちいち面倒くせえ人だなあ……」
「そういう潜入的活動はノーメン隊長のオハコ。あの人は何でもありだからなァ。ま、できるもんなら俺だってそういう感じでやりたいけどよォ。ノーメン隊長のそれと比べりゃ所詮中途半端なことしかできないわけ。結局今やどんだけ上手いこと潜り込んだってどんな危険があるかわからないだろォ?」
「能力っスか」
「左様ォ。今うちの副隊長職が空位になってるのもそれさァ。潜入がバレておっ死んだんだよ。あらゆる危険を掻い潜れる隊長みたいな能力があればまた別だがねェ。なんだかんだで警察って権力に市民が弱いのはいつの時代も変わらない。それならその全うな権力最大限かさに着て動けるように動くってのが俺のスタンス、これでそれなりに隊長には認められてんだぜェ」
「あんたを否定する気はないけど違和感が拭えないっス。僕、自分が警察組織の一員だなんて意識したことほぼないっスよ」
「あくまで表向きの話さァ。けどうちらが持ってる警察手帳はママゴトのおもちゃでなければそういうプレイ用の大人の玩具でもない。正真正銘の本物なんだぜラヴィくん。真実を言っちまえば立場を保証するための形骸にしか過ぎないんだが、それでもこいつは本物なんだ。だったら大いに利用すりゃいいんだよォ」
ずっと昔のことをふと思い出した。バフ課に入ったばかりの頃、その本当の姿をじいちゃんに見せられるわけもなかった。それでも「公務員になった」ということの証明として、支給された警察手帳をじいちゃんに見せてやったことがあった。図らずもラヴィヨンはハラショーが言うように、ただ形式だけでありながら本物でもある警察手帳を利用したことがあったのだった。
懐かしい気持ちと同時に、この一時的な相棒への何とも言えない感情が湧いてくる。好感が持てる相手でないのは変わらないが、話していると新しいことに気づかされたり想起させられたりして、不思議と悪い気がしないのだ。そもそもバフ課の中でこれだけ明け透けに自身の意見を語る人間がまず珍しい。六班自体がこういう雰囲気なのだとすれば、バカではないと主張したがる気持ちも少しだけわかるかもと思った。
そこまでで、ラヴィヨンの思索も二人の談義もお開きになる。奥からさっきの女性とは別の、おそらく上長らしき人物が現れたためだ。こちらはさほど動揺している様子はないものの、緊張感はありありと見える。ハラショーの言う通り、真面目で善良な一般市民ほど警察という言葉に委縮しやすいのは事実なのだろう。
「院長、お通ししなさいとのことでした。ご案内いたします」
期待通りの答えが返ってくる。「どうも」と短いながらも感じ悪く答えたハラショーに、ラヴィヨンは黙って続いた。
こんな病院の院長さんはどんな人なんだろう。このたぶん善良な事務員たちのように、いきなりの警察の来訪に大いに焦ったりしてしまっているんだろうか。もしそうだったら、ハラショーの正攻法は大成功ということになるんだろうか。どこか傍観者の気持ちで考えながら、案内されるままに院内を歩いた。
377
:
黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/15(火) 00:48:55 ID:dw.fYwoM0
「院長。警察の方々をお連れしました」
「どうぞ。お入りください」
そう言って通された院長室で、ラヴィヨンは驚きの光景を目の当たりにした。ハラショーによる詮索の必要もなく、この病院は悪の巣窟であると確信するに足る爛れた物証の数々。あの怪しい週刊誌にぶち上げられた「禁断の医療」の正体をありありと物語るおぞましい極秘文書の山……などあるわけもないのだが、仮にそういうものがあったとしても、ラヴィヨンの両目は違うところに向けられていただろう。
「こんにちは警察のお二方。こんな何もないところにわざわざ来られるなど、よほどのご用事でしょうか」
「こーれはこれは。院長女史、ホームページの写真で見るよりさらに若くてお美しい。あらゆる目の病気が一瞬で治りそうだ」
「フフ。私は素直に喜ぶほうですが、そういった言葉はあまり気軽に口にしないほうが御身のためですよ」
「おっと、ハラスメントってやつですか。世知辛いですねえ。きれいなものにきれいと言って何が悪いってんだか。納得いきませんねえ」
ハラショーが慣れた態度で出会いの挨拶を交わすのを、ラヴィヨンはまだ半分くらいしか聞いていなかった。ラヴィヨンの中で病院の院長という立場は、概ね初老ちょい前くらいの脂っこいオジさん専用のものだという、大いに偏った思い込みがあった。その思い込みからして今目の前にいる院長を名乗る人物は属性が地球と月ほどかけ離れている。
「さてと。一応まずはきちんと警察手帳を拝見しても?」
「おっとこりゃ失礼。ほらラヴィ、お前も見せろ」
「ふえ? あ、ああ」
見とれて呆けているとハラショーに小突かれ、慌てて手帳を取り出す。院長女史は隙のない眼差しで両方を、ただ特にラヴィヨンの手帳を長めに見つめたのち、くすりと笑って「なるほどね」と小声で呟いた。
「失礼しました。こんなこと初めてで、どう対応するのが最善なのかわかっていないもので」
「あーそりゃそうでしょうそうでしょう。我々警察なんぞのお世話になるような方でないことは重々承知です」
「フフ。ああ、改めて私のほうも自己紹介を。玄聖会中央病院院長、玄河冴(くろかわさえ)と申します。お見知りおきを」
黒い革張りのいかにもな椅子から立ち上がりながら、綺麗な会釈をよこしてくる院長女史、玄河冴。出会い頭の衝撃からようやく脱しつつあったラヴィヨンは、改めて冷静に彼女を観察する。
麗人。ラヴィヨンの語彙からこの女性を端的に表せるのはこの言葉だ。立ち上がった姿を見てわかったが背が高く、目線はラヴィヨンとあまり変わらない。顔だちは女性ながら精悍で、中性的な男性にも見える。かと言って男らし過ぎるわけではなく、自然な程度に施したメイクとほんのり浮かべた微笑みに女性らしい艶も感じさせる。脂っこいオジさんとは程遠い麗しさが目を引くが、それよりも驚かされるのはその若さだ。
「どうぞ。おかけください」
「失礼して。ほらラヴィお前も座れ。ボサッとすんな」
378
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黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/15(火) 00:49:21 ID:dw.fYwoM0
一応すでに衝撃からは脱しているラヴィヨン。ハラショーの口調とキャラクターの変化を察し、彼がすでに彼のペースで仕事の態勢に移行していることは感じている。年齢からして先輩後輩という設定でいくのも自然の流れだ。二人の間にそれ以上の取り決めはない。自分をこの場に呼び出したのは六班の方だ。だったら自分もその役割の中で好きなように動く。バフ課らしい横柄さをもってラヴィヨンは、ありのまま思ったことを口にしてみた。
「あ、すんません。ちょっと、自分の中の院長像とこの人があまりにかけ離れてたもんで混乱しちゃって」
「何を寝ぼけたこと言ってんだお前。あ、すいませんね院長女史。こいつまだまだ新米でねえ」
「フフ。気にしませんよ。よく言われますからね。医師免許持ってるのかなんて疑われたこともあります」
「さすがに無礼だとは思いますが、まあ気持ちはわかりますな。実際年はおいくつで?」
「女性に年聞くとかありえねえっス」
「やかましいんだよお前は」
「フフ。今年二十八になりました」
「実際お持ちなんスか? 医師免許」
「ラヴィこら!?」
ハラショーとしてはすこぶる予定外なのだろうラヴィヨンの口出し。珍しく本気でうろたえた声が飛んできたが、冴院長のほうは冷静だった。
「もちろんですよ。まあ正直に言えば、あまり胸を張って『取った』と言えるものではないのですけどね」
「って言うと?」
「隕石災害後に特例措置というものがありましてね。それを利用して取得したんです。まあ医師に限らずあらゆる専門職が人手不足に陥った時期があったわけですが、医師不足は特に深刻な問題でした。それを一時的にでも解消するための苦肉の策としてごく短期間に取られた抜け穴のような対応です。なので私は本来なら取れるはずはない年齢で医師免許を取得しています。ああ、一応きちんと公表されてることですし、違法なことをしたわけではないんですよ」
「なんだ。何か悪いことして取ったものなのかと思いましたよ。そうじゃないなら胸張っていいじゃないスか。ねえセンパイ」
「ラヴィッ……」
ハラショーの顔が露骨に引きつる。それは一瞬で、話に割り込んでくる。
「まあそりゃ言えてるけどな。それに聞いた話、あなたの医師免許は結局お飾りだとか?」
「フフ、はっきり言いますね。いっそ気分がいい」
「事実ですか?」
「まあ、私はもっぱら病院の経営に関する業務しかしていませんからね。そういうことですよ」
「はあなるほどねえ。ま、そりゃ別にいいんだ。我々警察はそんなことで動かないのでね」
ここまでは世間話とばかりにハラショーは声色を変えた。ただラヴィヨンには、冴院長は簡単な相手ではないように思えた。受付の事務員のような緊張や焦りらしきものが、彼女からは今までのところほぼ感じられないのだ。もっと血生臭いものではあるが、ラヴィヨンは戦闘のプロである。その中では敵の表情や仕草から心の動きを読み取り立ち回る技術が要求される。今冴院長の瞳には、警戒の色はあっても怯えや焦燥といったものを見出すことはできなかった。
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黒衣聖母の秘蹟
:2019/01/15(火) 00:49:58 ID:dw.fYwoM0
「ここからが本題ということでしょうか。お二人の所属に『組織犯罪対策部』とありましたね。私たちは反社会的勢力とのつながりを疑われているのですか?」
「ほー。やっぱり学のある方は話が早くて助かる。だが、ちょっと違う」
「あら、違う?」
「そう単純な話ではないってことです。ただこの本題に入る前にもうひとつ与太話を」
「与太話ですか……こう見えて私も暇ではないのですけど」
「ラヴィ。さっきのあれ出せ」
「ういっス」
言われてラヴィヨンは、持っていたリュックからさっきのいかがわしい週刊誌を取り出した。すでに付箋でマークされたページを開き、冴院長に見えるようにテーブルに置く。冴院長の反応が気になるところだったが、予想通りというのか、期待外れというべきか、リアクションは薄いものだった。
「少々古いネタですね。まさしく与太話という感じですけど」
「この記事自体はご存知で?」
「自分の病院が取り扱われたとあれば、どんなものでもチェックはしますよ。真に聞くべきは悪評という言葉もありますもの」
「なるほどねえ。で、この記事読まれてどう思われました?」
「特に何も。何も思いませんでしたよ」
終始穏やかな語り口の冴院長だが、ここは少し感情が出たようにラヴィヨンには聞こえた。少なくともこれは明らかに嘘のはずだ。根も葉もないことを書かれたなら怒りを覚えるだろう。そして何か後ろ暗いことがある場合、それを暴き立てようとする相手に対しては自己防衛のためにやはり怒りで応えるのが人間という生き物だ。発露させないほうが賢明と彼女は判断したのかもしれないが、かえって不自然なものに映った。だがラヴィヨンの見立てに反し、ハラショーの言葉は意外なものだった。
「そうですか。ま、いちいち真面目に対応するだけ馬鹿らしいですからねえこんな便所の落書き。じゃ与太話はこれぐらいにして」
「あ、ええ……ようやく本題というわけですね」
「そうなります。昨今、組織犯罪対策部は少々手広くやっておりましてねえ」
「手広く、ですか?」
「院長女史もご存じでしょうが、ほら、今は特殊能力ってやつがありますでしょ? バフだったりエグザだったりいろんな呼び方されてますが」
「ええ。不思議な事象ですね」
「不思議なだけならまあいいんだが、それをもって悪さをする輩がいたりする。さらにはそれに関連して徒党を組んだりする連中もまたいたりする」
「そして、徒党を組んでよからぬ企みを企てたりする者たちもまたいたりする……ということですか」
「ご明察!」
ご明察と相手に気をよくさせつつも、この話は半分以上嘘であるとラヴィヨンは冷静にツッコミを入れていた。バフ課が組織犯罪対策部に正式に存在しているのであればまごうことなき真実だが、現状は形式上そういうことになっているというだけのものであり実態はまったく別部署である。その辺も含めてラヴィヨンは、ここからは変に茶々を入れない方がいいんだろうと空気を読んだ。
「なるほど。あなた方の対象が反社会的勢力だけに限らないということについては理解できました。ですがまだよくわかりませんね。それでなぜここに?」
「わかりませんか?」
「わかりませんね。疑いを持たれるようなことをしてしまった覚えはありませんので」
「そうですか……」
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