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【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 避難所2【厨二】

480 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:45:52 ID:Vb4fsQ.20

「――失礼」

 ここで見慣れない白衣姿の男が、正門を横切ろうとしていた。
 いかにも神経質そうな挙動で、頬がこけている。

 無論、S大学は広い。まともに顔を合わせない研究生も居るだろうが、
彼の剣呑さを見逃すほど、佐々木は間が抜けてはいなかった。

「そこのお前――可及的速やかに止まれ。能力の発動の素振りを見せれば……」
「やれやれ、当直は佐々木教員でしたか。これはついてない。
 場所を移しましょうか……互いの秘密の為にもね」

 首を振り、困った様子を演じる白衣の男だが、その言及は鋭かった。
 この男は佐々木がERDOの諜報員である事を知っている。

 それ自体は別段、驚くべき事ではない。
 さきほど内心で名前を挙げた比留間慎也も鞍屋峰子も知ってはいるし、
裏社会の人間なら確証と行かないまでも、推測レベルで突き止めるのは容易なはずだ。

 ただし、こういった"プロ"は必要がない限り、互いに干渉しないものだ。佐々木はそう認識している。
 リスクを抱えてまで、干渉するとなれば、ろくな理由ではないだろう。

 要求に応じる形で、この時間帯、人気が少ない一棟の裏側に場所を移せば、
佐々木は即座に懐から電極(テーザー)銃を抜き放っていた。

「不審者は拘束するだけだ」

 会話、交渉の余地などない。あるとしても、拘束してからの方が有利に事が運ぶ。
 佐々木の昼間能力――速度強化による早撃ち。
 常人には反応しえない速度、それこそ稲妻のように有線の電極が襲い掛かる。

 加えて不意打ち、避ける余地もなく、火花の散る電極は男を捉えて……

「……拘束?甘い事だ」

 まるで、モニターの電源を落としたかのように、ブツリと白衣の男の姿がかき消えていた。
 完全に不意を突き、テーザー銃も命中したはず。
 それが無為に終わったという事は、予め何か備えがあったとしか思えない。

 となれば、該当する能力は明確だった。

「ちっ、幻像を発生させる能力か? 面倒だな」

 佐々木は知り得ない事だが、目前の相手は『クリフォト』の主要構成員の一人、フォースリー。
 容易に下せる相手であるはずもない。

481 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:46:33 ID:Vb4fsQ.20

 能力が露見した直後には、ぽつりぽつりとフォースリーを模した幻像が周囲に配置されていく。
 敵をかく乱して、あわよくば仕留める意図だろう。
 厄介な事に佐々木の超スピードですら、徒労に終わる可能性が高い。

「ならば、一つ一つ潰していくまでだ……!」

 佐々木はナイフを抜き放つと速度強化を発動、圧倒的な速度は距離も頭数も無意味とし、
一瞬で三つの幻像が仕留められ、消滅していた。
 だが、そうする間にも、フォースリーが配置する幻像は増えていく。

「速度だけで押せるとでも?」
(いや、ここは速度で主導権を握るのが最上だ……!)

 嘲笑うフォースリーに対して、あくまで佐々木は冷静だった。
 ここで警戒すべきなのは、幻像に隠れて接近される事。敵が配置できる幻像が、自分の姿だけとは限らない。

 そして高速移動している限り、敵が佐々木に攻撃を命中させる事は困難なのだ。
 半端に慎重に振る舞う事は、死を意味する。

 人外の速度で佐々木の刃が閃けば、そのたびに幻像が抹殺されていく。
 だが、それに劣らぬペースで周辺にはフォースリーの幻像が灯され続けていた。

 硬直状態、一応は攻め手である佐々木が有利だが、一方で体力が尽きれば状況は逆転する。
 日没まで粘る事もできる時間帯だが、敵の夜間能力が分からない以上、それは賭けだ。
 ならば――と、佐々木は次の攻め手を打ち出していた。

「貴様の正体は、予想が付いている。どこぞの安っぽい研究機関からの刺客だろう?
 国際会議を前に、とち狂って成果の収奪か、ライバルの妨害に走った訳だ!」

 佐々木は声を大にして、相手を挑発していた。
 本性を表してからの発言は一度や二度、しかしある種の傲慢さがある事を佐々木は見抜いている。

 どういう形であれ、この敵は挑発には必ず乗ってくるはずだ。

「はは……所詮はERDOもその程度の認識か。研究だの諜報だの、ご苦労な事だ。
 近いうちに全ては水泡に還すというのにな」

 乾いた声、そして諦観に満ちた嘲笑。だが、佐々木が神経を集中させたのは、他の一点。
 それは声が聞こえてくる位置だ。視覚が幻像で乱されるのなら、聴覚も動員して位置を判断する。

 かくして獲物は掛かった――佐々木から見て、左背後。それほど遠くはない。
 おそらくは幻像を処理させて、高速移動のパターンを分析。接近を試みていたのだろうが、
逆にそれが仇となっていた。

482 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:47:35 ID:Vb4fsQ.20

 最大速度で、佐々木はナイフを構えて踊りかかった。テーザー銃による電極よりも――速い。

「誇大妄想に付き合う気はない!」
「この狂った世界で現実と誇大妄想の間に、どれほどの差があるというのだ!?」

 だが、フォースリーも待ち構えていた。ほぼ正面、高速移動にすれ違うように踏み出す。
 いわば、相対速度を利用した回避行動だ。

 速度強化の能力では、視野も動体視力も変わらない。
 ならば理屈のうえでは、相手の速度を逆用して、相手の視界外へと逃れる事も可能という事。
 『クリフォト』で学ぶ戦闘技術は、視点を外す技術を得意としている。

 まんまと佐々木の真横に潜り込んだフォースリーは、ここぞと戦闘用ナイフを突き出していた。
 相手の動きと噛み合わなければ、高速移動の利点は半減する。

「くっ……!」

 だが、速度強化はいわゆる高速移動と異なり、体勢の変化にも有効。
 移動による反動を受けながらも、佐々木は素早く刃を刃で跳ね上げていた。

 いかに『クリフォト』の人間と言えども、接近戦において、佐々木の速度強化を攻略する事は
簡単ではない。だが、強引な姿勢によって、不利な状況へと陥りつつある。

 仕切り直しを求めて、佐々木が後退した所で、フォースリーは懐から何かを取り出し、投じていた。

(手榴弾……! いや――)

 速度強化の弱点の一つは、範囲攻撃による面の制圧。広域に破片を撒き散らす手榴弾は、
佐々木の天敵といっても良い。だからこそ、体が勝手に対処を取ろうとしていた。
 だが同時に、理性がそれを拒んでいる。

 こんな距離で使用した所で、互いに死ぬだけだ。だから、アレは"幻像"なのだ。
 ほんの一瞬だけ、訓練で培われた反射と、理性が拮抗し、佐々木には致命的な隙が生じていた。

 正しかったのは理性の方だった。ブツリと手榴弾を模した幻像が消滅し……

「チェックメイト……!」

 そしてナイフが飛来し、硬直した佐々木の胴部に吸い込まれるように突き刺さっていた。

「くっ……ぁ……」

 喉奥から込み上げてくる熱を抑えて、佐々木は崩れ落ちる。
 フォースリーの放ったナイフは重要な臓器を傷つけて、胴部に深く食い込んでいた。

 佐々木のそれは、あくまで強化能力。瀕死になりながらも必殺の威力を持つ力ではない。
 これで決着だ。フォースリーは負傷した佐々木を蹴り飛ばすと、端末で地図を確認する。

483 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:47:59 ID:Vb4fsQ.20

「邪魔者は排除した。領域の封鎖と標的の抹殺を開始する」

 目標は、超能力学部の研究棟。フォースリーは昼間こそ、殺傷性の乏しい幻像を発生させる能力だが、
夜間は圧倒的な威力を誇る。研究棟は地獄と化すだろう。
 封鎖も独力で可能。段取りを整えるべく、重症を負った佐々木を放置して、
フォースリーは歩みを進めていた。

(そちらこそ……甘い、な。日さえ落ちれば、能力で治療室に直行できる……)

 体力の消耗を抑えながらも、佐々木は生還を確信していた。日没が、つまり能力の切り替わりは近い。
 そうなれば夜間能力、テレポートが使用できる。いかに重症といえども、ERDOの医務室に直行できれば、
助かる公算が高い。

 しかし、ERDOにはどう報告する? いや、そもそも何が起きようとしているのだ?
 もし比留間慎也を狙っての事であれば、尋常な事件のはずもなく――

――近いうちに全ては水泡に還すというのにな

 男の言い放った言葉が、妄想に留まる保証もどこにも無いのだ。

484 ◆peHdGWZYE.:2019/04/14(日) 02:50:50 ID:Vb4fsQ.20
読み返して思ったのですが、これ佐々木先生とばっちりですよね

補足

佐々木笹也
 東堂衛のキャンパスライフから出演。
 口癖が「可及的速やかに」のイケメン教師。その正体は、ERDOの諜報員。
 昼間能力は速度強化、夜間能力はテレポートと使い勝手が良い手練れ。
 言動は物騒だが、衛に忠告して後処理しただけなので、普通に良い人疑惑。

ブラッディ・ベル
 普通に悪事もするカラーギャング。ただし頭が悪い。
 喧嘩で鈴本青空に倒された集団が、彼女を崇める形でグループ化した。
 主なメンバー(モブ)はモヒカン、スキンヘッド、赤髪。
 実は、赤髪だけ月下の魔剣で初登場だったりする。

鈴本青空&桂木忍
 名無し氏の作品から出演。昼はねぼすけ&騎士、夜は活発な喧嘩師&お姫様。
 昼夜でヒーローヒロインが逆転する凹凸コンビ。
 初期のキャラだけあって、どこか世界観の象徴的なデザインになっているのかも知れない。

485 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:44:15 ID:pRLWbq1o0

連載再開します。
前回までの話は >>119-152 くらい。

486 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:47:21 ID:pRLWbq1o0
「障害物なんざ全部吹き飛ばしてやるよ。お前ごとな!」
ヘルカイトは足で地面を震脚のような動作で踏みつけた。
ヘルカイトを中心に地面から蒸発してプラズマ化した石畳の噴流が昇り、大気ごと吹き飛ばす強烈な衝撃波を形成し、強烈な波紋のように全方位へと広がってゆく。

だが、

「“Zwangsevakuierungsgeraet”」

シュヴァルツシルトの身体が地面からのプラズマ噴流を避けるように高く宙を舞った。

「出ましたッ! 重力操作による空中飛行! 最早お馴染み!」
フェニックスの言う通りの原理なのでパイモンは特に解説を入れない。次の動きの方が興味深かった。

「……“Nachtmahrluftspiegelung”」
ヘルカイトの攻撃を避けたシュヴァルツシルトの姿が陽炎のように揺らぎ、幾つにも分裂した。

「大気による光の屈折。重力を使って大気の密度を操れるなら当然、こうした芸当も可能なのです。蜃気楼や陽炎と呼ばれる現象が知られていますね。」

重力使い系の能力者はそれなりに確認されているが、幻影を作れるほど巧みに重力場を配置できる者は、シュヴァルツシルトの他にいない。

「やはり遠隔操作で好きな場所に重力を直接作れるのがシュヴァルツシルトの強みと言えるでしょう。どうするヘルカイト!?」

「馬鹿め。屈折してようがなんだろうが見えてりゃ俺の射線は通るんだよ!」

ヘルカイトは両手を広げた。それぞれの指先に光子が具現化した。
《ドラゴンプラズマ》は電磁気力の直接具現化能力。
そして電磁気力の本体は光子である。
すなわちこの能力は光そのものを生み出す能力とも言えるのだ。

視界内にある全てのシュヴァルツシルトの像に向かって光線が放たれた。
通常の攻撃なら、攻撃された瞬間に重力場の変更などで逸らす事は可能だろう。だが光のスピードは、人間の反射神経ではおよそ対応不能。
十条の光がシュヴァルツシルトの身体に穴を穿つ。

その時、ヘルカイトの首元を何かがよぎった。

「“Unsichtbarer Klavierdraht”」

ヘルカイトの首は突如として異常重力に引き裂かれた。
ほぼ同時に、シュヴァルツシルトも光線を受けて倒れていた。

487 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:53:02 ID:pRLWbq1o0

「何という事だ! これは相討ちかッ!?」

観衆、運営局……ほとんどの者が、何が起こっていたのか理解できていなかった。
使い手のシュヴァルツシルトを除いて、『悪魔の頭脳を持つ』パイモンのみがその現象の正体を見抜いていた。

「重力子ビーム……ですね」
パイモンの『悪魔の頭脳』は超感覚による探知ではなく頭脳強化の系統。
リングと席を隔てるバリア越しでも得られた僅かな情報から出来事を洞察する事が出来る。

「重力子ビーム?」
「重力は光速で進みます。ヘルカイトも光のビームを使えますが、
シュヴァルツシルトも光速の攻撃手段を持っていたんです」

「それでは……勝負の判定は? やはり相討ちに?」
「一見同時に見えまずが……ハイスピードカメラで確認してみましょう」

会場のオーロラビジョンに試合のスローモーション映像がパイモンの解説の字幕と共に写し出された。

「まず、ヘルカイトは蜃気楼に映ったシュヴァルツシルトを、光のビームで攻撃しました。
シュヴァルツシルトの姿が蜃気楼という形でヘルカイトに見えているという事は、星や照明の光が彼に当たった反射光、それが紆余曲折を経ながらもヘルカイトに届いて映像を成しているという事に他なりません。ここでヘルカイトが光を蜃気楼に向かって撃つと、光は同じ経路を逆向きに辿って、映像の出所であるシュヴァルツシルトの元に自然に辿りつきます。当然、光の速度で」

オーロラビジョンのスクリーンに現れた白いウィンドウにパイモンがパソコンを通して簡単な図を描きながら説明していく。

「一方で、シュヴァルツシルトは重力子ビームを使いました。

ビームとは、複数の微粒子が足並みを揃えて同じ方向に進むもの全般を指します。
それの重力版が重力ビームです。
といってもSFでよく見るトラクタービームみたいなやつではありません。
今回のものは幅が極端に狭いため、照射された部分のみを引きちぎって破壊作用をもたらします」

今日の物理学では、重力もまた重力子という粒子の一種による現象という仮説が存在する。
もっとも、重力子が実際に自然界に存在するという証拠は、まだ見つかっていない。
しかし、これは“異能力バトル”である。シュヴァルツシルトの能力の原理は、重力子の具現化により発揮されるものであると『鑑定の能力』によって鑑定されていた。

「重力も真空中の光と同じ速度で進みます。その上、重力は空中や水中でも減速せず直線的に進みます。
一方で光は何かに当たって遮られたり屈折して遠回りしやすい。このことから、大気中では重力は光よりも速いと言えます」

パイモンの解説に会場は息を呑んだ。
一般的には光はこの世で最速の存在と認識されている。
しかし条件次第では、光より速い現象も存在しうる。

488 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:56:20 ID:pRLWbq1o0

「すると、速度差でシュヴァルツシルトの勝ち、という事でしょうか?」

「粒子の速度だけで言えば重力の方に分がありますが、これは人間同士の戦いですから、反射神経や発射までの溜めなどのタイムラグの方が影響は大きいです。
この闘技場のルールでは“無抵抗の戦闘不能状態”になった時点が重要です。首を切断された時点で通常は戦闘不能と言えますが、
ヘルカイトの場合は電磁気力の操作による再起の可能性を考えると、意識を失って初めて完全に戦闘不能になったと見なした方が良いでしょう。
首を切断されてから意識を失うまでにはおおよそ数秒のタイムラグがあります」
電磁気力の操作による再起は試合の前半で見せたヘルカイトの対重力の戦法からの推測である。意識を失えば意識性の能力の制御はできないので、抵抗の術はなくなる。

「シュヴァルツシルトの方も映像で確認してみましょう。光線が命中した部位によって致命傷になるかどうかが分かります」
様々な角度からカメラで撮られた映像が写し出される。

「ああ、頭部に直撃している! これは流石に即死でしょう!」
「いいえ、脳を損傷しても即死とは限りません。ピンポイントでの損傷の場合、後遺症は残るものの死なない事があります。
脳でも部位によって担当している機能が違っています。意思決定を司る部位、記憶を保存する部位、身体の各所を動かす部位などなど……」

「ん、映像が切り替わりましたね。あ、これは……指が動いている! シュヴァルツシルト、指が動いている!」
映像担当がいち早くステージの異変に気付き、映像を生中継に切り替えていた。
フェニックスはそれを見て大きな声を上げた。劇的な生還。観客からも驚きの声が上がった。

「これは意識的な動作と思われます。自分はまだ戦闘不能になっていない、というアピールでしょう」
「これで勝負ありました!シュヴァルツシルトの勝ちです!」

オーロラビジョンに勝利者の名前と映像が派手に映し出され、観客が拍手したり悪態をつく中(賭け事をしていたのだろう)、
フェニックスを先頭とする医療チームが試合のステージに歩み寄った。

「初めて試合をご覧になられた方の為にご説明します。
当闘技場は死んでしまった選手、再起不能になってしまった選手を蘇生させる事が出来ます。
ヘルカイトもシュヴァルツシルトも、試合前の健康な状態まで復活出来ますのでご安心ください」

と、アナウンスが流れる。
蘇生や治療は主にフェニックスの『巻き戻す能力』で行われている。
参加者や観客の安全は絶対に保証されているというパンデモニウム闘技場の謳い文句のカラクリである。
ただし、この治療を受けると記憶まで巻き戻るというデメリットもあるため、ここで経験を積みたければビデオなどの外部記録を用意するか、致命傷を受けずに勝つしかない。

489 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 22:58:12 ID:pRLWbq1o0

「よーた!」
アナウンスの中、陽太達は聞き覚えのある声に気づいて振り向いた。
声を発したのは大人に連れられた幼い少女だった。
陽太よりもだいぶ小さい。義務教育を受けていない年齢だと思われる。
しかしこの少女もれっきとした闘技場の職員である。

「あ、あの子は……」
「登録所にいた子だったな」

名前は確か……

490 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:06:55 ID:pRLWbq1o0

「くりしゅ……」
「クリス、です」
横の職員が訂正した。選手登録所での事だ。
岬陽太と朝宮遥はパンデモニウムの試合に出場する為の登録をしていた。
その時、職員側の椅子に座っていた小さな女の子と目が合い、名前を聞いたのだった。

「こんなに小さい子も働いているのね」
「ええ……どうやら捨て子みたいで、運営チームのみんなで世話をしているんです」

と答えた女性職員がパンデモニウム闘技場、運営チームの一人“カイム”である。
彼女は『人工言語の能力』によって、多国籍の人々が集まる闘技場でのコミュニケーションの円滑化に貢献している。

「それに、たまたま役に立つ能力を持っていたので運営を手伝って貰っている。そうでなけりゃとっくに“サブナック”の生け贄だったかもな」
さらに別の職員が話を続けた。彼は“ガープ”。『結界の能力』による闘技場の防護を担当している。
彼の話に出てきたサブナックは『地獄の門の能力』と『建築の能力』を持つ、この闘技場の設計士である。

「どういう能力ですか?」
「どっちのだ?」
「クリスちゃんの方」
「ああ、それなら『歴史を読む』能力だ。クリス、ちょっと見せてくれ」
自分の蒼い髪を玩んでいたクリスは、ガープに言われると立ち上がって陽太の前に立った。
ちなみに髪の色が変になるのは能力の“代償”として良く見られる症例なので、誰も気にする者はいない。

「ミサキ・ヨウタ。1996年生まれ。
中学一年生で能力に目覚め、中学生二年生頃からゲッカ(月下)と名乗り始める。
能力によって昼には軽食、夜には食材を具現化する。
格闘技経験および市街地での実戦経験は数年ほどあり。
今年の春に奇妙な夢を見たことで強くなる必要を感じ、自分を鍛える為にこの闘技場への登録を決意…」
クリスはまるで別人のような口調で饒舌に陽太の来歴を読み上げ始めた。

491 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:10:31 ID:pRLWbq1o0
「食い物でどうやって戦うんだ?」
ガープが至極真っ当な疑問をぶつける。
「…今までの戦いでは高温の食品や香辛料を相手に投げつける、焼き串で刺す、等の手段で戦っています…」
クリスの能力が役に立つ事は間違い無かった。
この能力により初見の相手の能力・経歴・戦い方が手に取るように分かる。
運営チームはそれらの情報を元に最も盛り上がりの期待できる試合を組む事ができる。

「クリス、ねぇ。コードネームはないのかしら? この子だけ悪魔の名前ではないけれど」
クリスが読み上げている間に遥は疑問を口にした。
「ええ、ある事にはあります。が、本人が幼すぎて混乱するといけないので、使ってないんです」
とカイムが答えたその時、
「…サイファーと名乗る人物に闘技場の人物の調査を依頼されています」
陽太はぎくりとした。運営チーム達の空気が凍ったのが分かった。

「サイファー……多分あのネットギークのお姉さんですね。情報屋の」
少し離れた机で女子力の高いケーキを食べていた“パイモン”が口を挟んだ。

「情報屋ねぇ。それは困るな。
いいかお前ら。俺達の能力を詮索する輩にはデタラメを教えとけ。
それが登録の条件だ。呑めなければ試合はさせん。破ったら即刻ここから叩き出すぞ」
ガープが真剣な顔で陽太達に警告した。
「ペナルティがそれでは甘いです。“ベリアル”の地獄部屋行きで良いでしょう」
と、カイムがさらにハードルを上げた。

「どうする……?」
「し、宿題が……」

陽太達が困っていると、パイモンが助け船を出した。

「宿題なら僕がやってあげますよ。あとサイファーにはアッカンベーの顔文字つきのDM(ダイレクトメッセージ)を送っときます。それで解決です」
「ちょっと待てパイモン。知り合いなのか?」
「知り合いでもありライバルでもあります。うち闘技場のパソコンにも時々ハッキングを仕掛けてくるので、僕も毎回対処に苦労してますよ」
パイモンはどこか自慢気に語った。
陽太達は知る由もなかったが、サイファーの夜の能力は『電脳空間への侵入』であった。しかし外部から闘技場への干渉はガープの結界でシャットアウトされてしまう。
仮に能力に頼らず普通に闘技場内のサーバにアクセスしても、今度はパイモンの『悪魔の頭脳』が構築したセキュリティを能力抜きの人間の頭脳で突破しなければならない。
それを以てしても苦戦するというのだから、サイファーも相当の手練れには違いない。

「仕方ない。能力は秘密にしとくから登録はさせてくれ」
「策、破れたりね。情報屋には可哀想だけれど、利用されてもらうしかないわ。そう、私達が強くなる為に」
こうして岬陽太と朝宮遥はなんとか登録に成功したのだった。

492 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:11:27 ID:pRLWbq1o0

Fortsetzung Folgt(続く)...

493 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:14:05 ID:pRLWbq1o0

お待たせしました。魔王編、再開です。
時系列は2012年で、陽太達は高校1年生です。

経験上、自分は人間ドラマが苦手だという事が分かったので、
異能力考察バトルに舵を振り切る事にしました。
社会ドラマとかも上手く書ける書き手さんが羨ましいです。

魔王編は全体としては長くなりそうなので、とりあえず大まかには
陽太たちが魔王侵攻に備えて武者修行をする異空間の闘技場を舞台とした「闘技場篇」、
そして魔王が実際に侵攻して来る地球を舞台とした「修羅篇」
に大きく区切られるシリーズ構成になると思います。

494 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:20:05 ID:pRLWbq1o0
登場人物紹介。

●サブナック(レオナール・シャルパンティエ/Leonard Charpentier)
国籍:フランス
性別:男性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」のメンバー。
闘技場の建物を作った設計士であり、地球と闘技場のある亜空間を繋ぐ『地獄の門の能力』を持つ。

*昼の能力
《ポルテデインフェール/Porte de l'enfer》 【意識性】【具現型】
『地獄の門の能力』
地球と特定の亜空間とを繋ぐゲートを設置する。
ゲートは日の出や日の入りを経ても消滅しない。。設置者が門に触れる事で消せる。
サブナック以外にも同様の能力者が何人かおり、現在の地球上には合計13個の門が設置されている。

『地獄の門の能力』で繋がる空間は常に同一であり、“ピット”と呼ばれている。
ピットの特徴は……
・どの門からも同じ空間に繋がる。
・東西南北の広さは有限だが果ては無くループ構造である。上下は不明。
・1日は地球上とは違い、昼13時間夜13時間の26時間で構成される。昼には太陽、夜には地球の者とは異なる星空が出る。季節は無い。
・初期状態では天地のみが広がっているが、外からの物質を自由に持ち込む事も可能で、現在は中央にパンデモニウム闘技場が存在している。
・ピット内では『地獄の門の能力』は使えない。

*夜の能力
《パンデモニア/Pandemonia》【意識性】【具現型】
『建物を創る能力』
建物を具現化させる能力。デザインは物理法則を無視しない中でなら自由。
ただし発動の際には生け贄(直前の夜明けより後に誰かを殺している事)が必要で、生け贄の質量に応じてサイズや材質やデザインに限界が生じる。
だいたい1人殺す毎に5立方メートルくらいらしい。
設置した建造物は日の出や日の入りを経ても消滅しない。

495 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:22:19 ID:pRLWbq1o0
●ガープ(リチャード・タッピング/Richard Tapping)
国籍:イギリス
性別:男性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」の1人。
結界の能力を持ち、能力戦の流れ弾や余波から観客や闘技場を守る。

*昼の能力
未設定

*夜の能力
《シーリングウォーラー/Ceiling Wallah》
【意識性】【具現型】
『結界の能力』
異能力やそれにより作られたエネルギーを通さない不可視不可触のバリアを張る。
このバリアで閉じた空間を作れば、無効化系の能力すらもその中で発動される限り影響区域を制限できる。


●カイム(上尾 継実/Kamio Tsugumi)
国籍:日本
性別:女性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」の1人。
広報担当で、また彼女の能力の産物である「バベル語」により闘技場には言語の壁は存在しない。

*昼の能力
未設定

*夜の能力
《デバベライズ/Debabelize》
【無意識性】【具現型】
『共通言語の能力』
誰でも直感的に意味を理解できる言語(通称:バベル語)で話す能力。
その言語は見聞きした者が容易に習得可能な特性を持っている。
ただし、バベル語は何故か地球上では通用しない。

496 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:26:18 ID:pRLWbq1o0
●クリス(クリス・アンリオ/Klise Enrio)
国籍:無国籍
性別:女性
パンデモニウム闘技場の運営局「ゴエティア」のメンバー。
闘技場に迷い込んでいた所を保護された幼い女の子。
闘技場に来る前の記憶は全く無く、両親も見つからなかったが、能力が優秀だったためそのまま運営局に収まる。
コードネームは一応決まっているが、まだ幼いので普通にクリスと呼ばれている。
能力の影響か、髪の色は薄い青色になっている。

*昼の能力
《イストワブル/Istoireble》
『歴史を読む能力』
【意識性】【操作型】
物事の辿ってきた歴史を探知する事が出来る。
教科書に載るような世界の歴史だけでなく個別の人物や物事の歴史も分かる。
劇中では陽太の来歴、能力やその活用法などをすらすらと読み上げた。
歴史の読み上げ中は普段はたどたどしい口調とは異なる大人びた口調で話す。
自分の過去だけは知る事ができない模様。

*夜の能力
《テュテレイア/Tutelaire》
『朝夕に復活する能力』
【無意識性】【変身型】
どんな状態にあっても日没直後と夜明けの直前に健康体で復活する。死亡していてもこの能力は機能する。

497 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:29:35 ID:pRLWbq1o0
以上です。
パンデモニウム闘技場は多国籍な舞台なので、登場人物の国籍も併せて表記していくことにしました。
(国籍の設定は、元々キャラクターの名前を決めた際の副産物です。)

ちなみに既に紹介済のフェニックスはアメリカ人、パイモンはオランダ人、
ヘルカイトは日本人、シュヴァルツシルトはドイツ人です。

498 ◆VECeno..Ww:2019/04/20(土) 23:47:49 ID:pRLWbq1o0
そして衝撃のお知らせなのですが、
実はパンデモニウム闘技場の運営に必要な能力として前から裏設定があった能力の1つ(今回は未登場)が、
◆peHdGWZYE.氏の星界の交錯点に出てくるアスタリスクさんと思いっきり被っていました。

《イクリプス/Eclipse》
【意識性】【変身型】
『夜の能力を借りる能力』

闘技場を昼でも夜でも運営するために不可欠、というかなり重要なポジションの能力である上、
魔王侵攻の際にも同能力を使ったギミックを出す予定だったのでますます変更が利かない。
どうしようw

とりあえず『星界の交錯点』のこれからの展開を見つついろいろ扱いを考えてみたいと思います。
全くの別人の能力なのか、あるいはこの時間軸ではアスタリスクさんがパンデモニウム運営に潜伏しているのかもしれないし、
もしかしたらクリフォトが活性化しなかった時間軸なのかもしれない……

499名無しさん@避難中:2019/04/21(日) 00:17:43 ID:UiSuhAFU0
乙乙乙乙!!!!

500 ◆peHdGWZYE.:2019/04/21(日) 01:40:12 ID:uzan79G.0
再開おめでとうございます。そして作品をありがとう

普通は相打ち、となる所で判定の厳密さが恐怖ですね
重力子ビーム!? と思った所で、きっちり補足が入っている辺り、さすが
パイモンさんは格闘漫画でよくある、秒単位の長文解説とかもやってのけそうです
しかし、追い返して宿題やらせない辺り、(サイファー含めて)ダメな人たちだった……

予期せぬバッティングも、シェアード独特の現象ですね
アスタリスクはまあ被りそうというかw 今まで居なかったのが不思議なくらいの能力ですから、
逆に腑に落ちた印象です。昼夜制限の穴になる能力は、あらゆる組織で引く手数多でしょうしね

『クリフォト』は大半の時間線では陰謀論、局所的なムーブメント止まりみたいな設定となっています
そういう世界では運営に協力していたり、トラベラー(交換能力)で特殊な能力を手放している可能性もありますし、
この能力は複数人居た方がメタ的に便利だから別人もありですね
二人居たら、夜に『夜の能力を借りる能力』を借りて、夜の能力を借りるとか変な事ができそう
この辺りの判断も含めて、続きを楽しみにさせてもらいます

501星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:08:00 ID:/y0w6.Es0
26.VSフォースリー 赤の宣戦

 S大学、超能力学部に属する研究棟。外観は他の建物と差がある訳でもないが、どこか敷地内の隅、
裏口の付近に、ひっそりと佇んでいる印象があった。
 広く研究するには数多くの協力者が必要、だが能力自体がプライバシー情報にあたる、となれば、
この配置にもそれなりに利点はある。

 本日、夕刻前後から、異例な事にまるごと一棟が個人によって貸し切られていた。
 あらゆる経路は施錠され、入り口には本日立ち入り禁止の看板が掛けられている。

 S大学の客員教授でもある、比留間博士の希望によるものだった。
 また、天才様の奇行か、などと呆れられるなら、むしろ信用されているようなもので、
大半の大学職員は顔色を変えて、各所に警告を回していた。

 比留間博士は極めて強力な、あるいは危険な能力を持つ協力者を招いた可能性がある。
 少数の助手と専門家を伴い立ち会うので、決して近づいてはいけない、と。

 鑑定士まで来ているのだから、傍からはそう見えるか、などと
比留間博士の感想は若干、他人事めいていた。
 それに、強力で危険な能力者が訪れるのは、おそらくは間違っていない事実なのだ。

 研究棟、最上階にある一室で集まった面々を見回して、比留間博士は注目を集めるべく手を叩いた。

「さて、面識のない人も居るだろうから、まずは軽く紹介を済ませてしまおう。
 僕の名は比留間慎也、普段はとある組織で“隕石に起因する超能力”の研究分析を行っている」

 講演やテレビ番組でおなじみの口上を述べれば、何人かは『いや、お前の事は知ってるよ』などと
視線で訴えかけてくるのだが、一人だけ自己紹介を省くのも妙だろう。

 集まった面々は派手では無かったが、壮観とも言えるのかもしれない。
 一般人から、裏の筋の専門家まで『クリフォト』の事件に関わった面々が集まっていた。

 まずは岬陽太と鎌田之博(かまた ゆきひろ)、中学生と昆虫人間のコンビだ。
 特に陽太の方は『クリフォト』に接触した経験があり、鎌田はその協力者といえる立ち位置だ。
 鎌田の昆虫人間としての姿は、能力の影響だろうとスルーされているが唯一、鑑定士は奇妙なものを見る目で、
ちらちらと視線を向けている。

 S大学に通う女子大生、川端輪。彼女は"異変"発症者にして、同じく『クリフォト』に襲われた経験がある。
 昼間能力による、霊媒体質で事故で喪った弟、川端廻を憑依させている。
 比留間博士を警戒して一悶着起こしたのだが、どうにか説得に成功した。

 地域の鑑定局からは、鑑定士の三島代樹、そして守護の仮面、吉津桜花が来ていた。
 彼らも"異変"調査に乗り出しており、今回は情報提供者の役回りだ。

 そして、"機関"からは理恵子、識別名:ミルストが派遣されている。
 おそらくは"異変"と『クリフォト』に関連した情報収集を任務としているが、本人も詳細を明かしていない。

502 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:10:07 ID:/y0w6.Es0

 最後に比留間博士は何食わぬ顔で続けていた。

「それに彼らの紹介もしておいた方がいいな。あそこに隠れているのが、東堂衛くんに鬼塚かれんくん。
 二人とも川端輪さんの友人だね」

 比留間博士が手を差し伸べれば、そちらの方向からガタリと音がして、人影が歩み出てきた。
 彼が述べた通り、東堂衛に鬼塚かれん。新型鎮静薬の被験者と、その付添い人だ。

「気づいてたんですか……?」
「なんとなくね。だが、踏み込むなら相当なリスクを抱える事は承知しておいてくれよ。
 何も悪だくみの為に隠れている訳じゃない。危険を伴う情報を共有するから、人目から忍んでいるんだ」

 言外に引き下がるのなら今だぞ、と。比留間博士は物言いこそ穏やかだが、警告を与えていた。
 しかし、衛は、年下のかれんですら、それに怯むことはなかった。

「あの、静岡さんが言っていました。川端さんが襲われたって」
「それなら僕たちも無関係ではありません」

 目を逸らす事なく、それどころか強い意志を以って、訴えかけてくる二人を見て。
 比留間博士は苦笑を漏らしていた。

 静岡さん、というのは同じく友人の静岡幸広の事だろう。
 彼は他人の秘密に遭遇してしまう、という特異な能力を持っている。

「なるほど、今回の集まりが漏れたのは彼の能力からか……まったく」
「……比留間博士!」

 比留間、というよりも場の空気が許容に流れたのを察して、ミルストが声を荒げた。
 これ以上、巻き込まれる一般人が増えるのは彼女としては容認できない事だった。

「ミルストくん、だったかな。残念ながら、彼らは関わる事を決めてしまっている。
 能力がある現在、本気でそのつもりがあるなら、手段はいくらでもあるだろう。
 だから僕たちに選択できる事は、関わらせるか遠ざけるか、じゃない」

 一人一人、改めて関係者の顔触れを確認する。むしろ、本来は"異変"のような大事件に
関わるような人間でないのが大半だ。
 相応しい役者はせいぜい比留間博士自身か、機関所属のミルストのみ。

「ここで情報を与えるか、与えないかだ。
 付け加えるなら、僕は無知なまま関わろうとする方が、よりリスクが高いと認識している」

 だが、彼らは選択したのだ。いかに常人離れした知恵や力を有していても、
それだけで他者の選択を覆す権利がある事には、ならないだろう。
 どこまで理解が及んだかは分からないが、ミルストは口を閉ざして、引き下がった。
 かろうじて、黙認といった所か。

503 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:11:41 ID:/y0w6.Es0

 衛とかれんの件について、話が一区切りした所で、状況を見守っていた陽太が挙手した。

「というか、なんであんたが仕切ってるんだ?」
「おっと、すまない。説明が遅れたね。この人数で口々に物を言っても、話が進まないだろう?
 だから、リーダー気取りではなく、その為の調整役だと思って欲しい」

 疑問自体はもっともであったので、軽く謝罪して説明する。
 そして、学生以外の面々にも視線を配った。

「もちろん、そちらの"ある組織"の人間や鑑定士が話を主導してくれるなら、
 僕も解説や疑問提起に集中できるから、喜んで譲るが……」

「いえ、結構。博士にお任せします」
『話せないのにどう仕切れと?』

 ミルストは即座に拒否し、鑑定士の代樹の方はなんと持参したホワイトボードに文字を書いて返答していた。
 守護の仮面には無断であったらしく、桜花に頭をはたかれて、ホワイトボードを取り上げられていたが。

 あんまりといえば、あんまりの光景に川端輪は困ったように呟いていた。

「か、鑑定士ってこんな感じでしたっけ……?」
「普段は護衛による通訳がフィルターになる形で、威厳を保っているシステムなんだろう。
 一皮むけば普通の人間と変わらない。さて、話が逸れたから本筋に戻ろう」

 回り道だったが、これも自己紹介の内だと思う事にして、比留間博士は本題に入った。

「第一の発端は、君たちも知っていると思うが夜間能力の"異変"だ。
 一定の条件を乱した人間の夜間能力に、何らかの異常が生じるという怪現象。
 ここにいる川端さんも、"異変"の発症者だ」
「それに晶もだな」

 陽太が付け加える。
 夜間能力の"異変"、あまり大々的に報道されている訳ではないが、太平洋に隣接した各国に
じわりと広がり続ける怪現象だ。
 十代の感知系能力者が発症し、症状は様々。だが一定以上、深度が進めば"何か"の声が聞こえるという。

「そして第二に"異変"発症者を拉致する集団が現れた。
 『クリフォト』と彼らは名乗っている。陰謀論なんかで語られる、回帰主義組織と同名だ」

 チェンジリング・デイから時は進み、社会は新たな世界像を受け入れつつある。
 しかし、万人がそうである訳ではない。こんな世界は間違いだ、能力などあってはならない、
そういった思想もまた脈々と続いているのだ。

 今回の『クリフォト』の思想が回帰主義とは限らないが……

504 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:13:18 ID:/y0w6.Es0

「そこに居る陽太くんと鎌田くんの証言によれば、『クリフォト』は世界規模での改竄能力を有し、
 内密に事を進めようとしている。証拠も何もないが、事実として僕の研究所からデータが消滅……
 それに、鑑定士なら消された晶くんの情報を提示できるし、それは証拠としても有効だ」

 ここで、ようやく今回の集まりの主旨にまで話は及んだ。
 通常、能力の情報は自己申請、そうでなくとも本人による協力が必須となりがちだ。

 能力が犯罪に用いられた場合、立証する立場の人間にとっては、それが巨大な壁となる。
 例外となるのが、鑑定士だ。特に国家資格を有する正規の鑑定士の証言は、それ自体が有力な証拠となる。
 それを踏まえたうえでバフ課からの協力要請が存在していたし、今回も……

『最初から鑑定士を引っ張り出す気で、陽太くんをけしかけましたね?』

 代樹は手話で、比留間博士の意図を指摘していた。
 最初から、情報の奪取など方便だった。まさか、素人二人で鑑定所から有益な資料を持ち出せるとは、
比留間博士も考えては居なかっただろう。

 だが、話の腰を折ったからか、桜花は翻訳してはくれなかった。
 こちらは分かってるぞ、と視線だけで訴えると、代樹は本題に入り、桜花はそれを代弁する。

「水野晶、中学三年生。"異変"発症者として、鑑定所を訪れたのは比留間博士、
 あなたの訪問と同日になります。当日の鑑定資料を復元しました。
 不当に個人が抹消されたのは明確であり、本人には無断ですが対抗措置としてこれを提示します」

 提示された、規格サイズの封書を比留間博士は頷くと受け取った。
 興味深げに手に取り観察するが、まだ封を開ける事はしない。

「紙面検索タイプの能力対策が施されているね。警察、鑑定局へは?」
「『クリフォト』の目がある可能性があるので、まだ。
 情報が共有されるのは、機……いえミルストさんを通しての事になるかと」

 鑑定局のルートも万全ではない。世界規模能力のデータがドグマに漏れた実例もあり、
組織を相手取っている以上、代樹たちの警戒は当然の事だった。
 逆に機関本部を挟むのであれば、万全に近い形で情報の共有が行われるだろう。

「なるほど懸命だが……この状況は少し拙いかも知れない」
「拙い? この情報共有が、ですか」

 思わず、代弁を忘れて桜花が素の状態で尋ね返していた。

 その瞬間、計ったようなタイミングで警報が鳴り響いていた。
 これ見よがしに赤いライトが点滅する、といった事はないが、焦燥感を掻き立てるのに十分だ。

「ああ、情報の拡散をしないなら、『クリフォト』に見つかるリスクは低くなるが……
 逆に見つかっているから、彼らはこう考えるだろう。
 関係者を全て抹殺して、世界改変で全ての痕跡を消してしまえばいい、とね」

505 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:13:54 ID:/y0w6.Es0

 この状況でまさか、ただの来客という事はないだろう。
 室内では、ガタリと席を立つ音が続いた。

「ライダー! ここを出るぞ!」
「ああ、ちょっと待った、陽太くん! まだ状況が……」

 その急先鋒が陽太だった。果敢にも迎え撃とうとする陽太を、慌てて鎌田が追いかける。

「偵察なら任せてください。僕の能力なら……」

 次に主張したのが衛だった。彼の能力は条件付きだが"無敵"、防御面では最強格の力を持つ。
 過去に魔窟から生還した彼なら、たとえ『クリフォト』が相手であっても、安全に立ち回れるだろう。

 退却にせよ、撃退にせよ、次々と行動の準備に移る面々に比留間博士は声を張った。

「待ちたまえ。急だったとはいえ、ここは僕のテリトリーでもある。歓迎の準備はしているさ。
 まずは、この比留間慎也の防護設備をお目に掛けようか」

 能力発動時と同じ要領で、パチンと指を鳴らせば、スクリーンとプロジェクターが機能する。
 仕草か音に反応して稼働する仕組みであるらしい。

『なんだ、この設備!?』

 思わず、陽太と衛が動きを止めて、突っ込みを入れる。
 過剰なパフォーマンスではあったが、場の面々は完全に比留間博士へと眼が向いていた。
 講演には演出も重要なのだ。

 監視カメラの映像か、スクリーンには研究棟外部での戦闘が映し出されている。

「比留間慎也という男、相当な食わせ物らしいな」

 映像の中で頬のこけた男は、そう呟いていた。
 研究棟の外部は、戦場となっている。一方はおそらくは『クリフォト』、少し前にも陽太を襲った
クリッターを引き連れて襲撃してきたらしい。

 クリッターと対峙するは、猛犬――巷の犬型キメラだ。
 野犬にカメラ機能も内蔵した、宝石状の機器を頭部にセットし、自在に操るという生物兵器。
 裏社会では広く流通しているが、大概は各自の目的の為に一般人を襲う設定が為されている。

 性能面では、クリッターと比べようもない。時雨の下で修業した陽太なら撃退できる程度だ。
 しかし今回、比留間慎也が放ったキメラたちは様子が違っていた。
 劣勢ではあるものの、果敢に食い付き、クリッターの脚を喰い千切ろうとしている。

 そして、さらにキメラのリーダー格として、暗い毛並みの巨人のような怪物が歩みを進めていた。
 3メートル近くにもなる体躯で、接近してきたクリッターにブンと腕を振り下ろせば、一撃で絶命させる。

 その様を見て、頬のこけた男は舌打ちしていた。

506 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:14:52 ID:/y0w6.Es0

「一応、あのキメラが何なのか説明しておこう。陽太くんは"牧島"という男を覚えているかい?」
「いや、危険人物なら、だいたい頭に叩き込んでるが、聞いた事ねえな」
「なるほど。となると、神宮寺さんは君たちを危険から遠ざけていた訳だ」

 神宮寺秀祐と牧島勇希の因縁、関係者なだけあって事の顛末はおおむね推測できたものの、
比留間博士は事の詳細までは知らないし、詮索も避けていた。
 よって、結果的に陽太たちが巻き込まれていなかった事も、ここで知る事になる。

 一方で、陽太も牧島という名前については、初耳だった。

「神宮……あ、ドクトルJか? それなら、まさか白夜の奴と一緒に居た時に襲ってきた奴か。
 三頭犬(ケルベロス)なんかを使ってたな」
「そう、彼は独自のキメラを運用していた。それは牧島の昼間能力『血中ウィルス』によって、
 製造されたものでね。そのウィルスは故あって、彼の死後にも僕の研究所で保管されているんだ」

 少なくとも、野生動物の意識を奪っただけの代物よりは一回りも二回りも性能は上だ。
 悪趣味か憎悪の発露か、牧島は素材に人間を利用していたのだが、比留間博士は合理的な選択をした。

 日本に生息する野生動物でも最強格の樋熊(ヒグマ)、それを『血中ウィルス』で強化し、キメラ化した。
 それが巨人のようなキメラの正体だった。
 能力がある現在なら、確保も容易で、個体としても極めて強力。

 しかし、陽太が関心を向けたのは別の事だった。

「あいつ、死んだのか……」
「自殺だったらしい。詳しくは神宮寺さんが知っているだろうけど、他人が踏み込むべき事だとは思わないな」

 最低限の事実だけを伝えて、後は陽太自身に任せる事にする。
 比留間博士はスクリーン上の映像に関心を戻した。

「それより――あまり強力な火器も持ち込んでないようだし、このまま押し切れるかも知れない。
 手持ちの情報で判明した『クリフォト』メンバーはアスタリスク、バウエル、フォースリーの三名。
 映像の彼は、この三名に該当するか……」

 確認するように、陽太と川端輪に視線を向ける。
 陽太は眉をひそめただけだが、川端輪の方は明らかに顔色を変えていた。

「フォースリー……私を襲ったのが、この人です」
「学会を騙り、巨大な氷塊を発生させた人物か。だとすると、この時間帯は拙いな」

 気付けば、クリッターの大半が潰されるか、逃げ出した辺りで樋熊キメラはフォースリーと対峙していた。
 キメラは巨大な爪を振り下ろしたが、ブゥンと電灯が消えるようにフォースリーの姿が消滅する。

 幻像を発生させる能力。
 キメラの弱点の一つとして、単純な行動パターンというものが挙げられる。
 理性を奪って、機械的に操作しているのだから、自ずとそうならざるを得ないのだが、フォースリーの能力とは
あまりに相性が悪かった。

507 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:15:35 ID:/y0w6.Es0

 順番に、幻像を破壊していくだけで、樋熊キメラの攻撃がフォースリーに届く気配がない。
 思惑通りに、時間稼ぎに使われている。

 その様子に、陽太は拳を握りしめていた。表情は闘志と、それに焦りの色が濃い。
 なにより彼は比留間博士の能力をまだ知らない。

「ここで待ってていいのかよ? 昼の方が弱い相手なら、日が沈む前に叩くのが戦術ってもんだろ!?」
「いや、向こうもそれを承知している。焦っても危険だから、まずはキメラを当てて様子を見た。
 それに叩こうにも、もう――遅い」

 元より集まった時点で夕刻、日は沈みつつあった。
 フォースリーによる時間稼ぎを経て、空に赤い残照を残しながらも、太陽は地平線へと沈む。
 能力戦における最も重要な瞬間が訪れていた。

 タイミングを見計らっていたのだろう。
 切り替え直後、瞬時にフォースリーの右腕から"赤い"オーラが、塗料の性質を帯びて放出された。
 "赤"は巨人のような樋熊キメラの半ばを染め上げ――

 爆轟、閃光と共にオーラとはまた異なる色彩の紅蓮が膨れ上がり、キメラの巨体を破壊した。
 その残骸は無残なものだった。原型すら留めない黒い何かが、均衡を崩して転倒していた。

 同時に衝撃と熱により、異常が生じたのかスクリーン映像がノイズに呑まれる。
 だが、強大なキメラがたった一撃で消し飛ばされたのは確かな事実だった。

「これで、全ての可能性は潰えた。お前たちが生き残る目は存在しない」

 フォースリーの言葉が研究棟の内部に届く事は無かったが、彼にとっては同じ事だった。
 すぐに思い知る事になる。
 強大な能力――それが象徴する狂った世界の前に人は、ただ呑まれるだけの存在でしかない。

 次にフォースリーが意識を集中し、能力を行使すれば彼の周辺から"青い"オーラが噴出する。
 それは天上へと立ち昇り、やがて雨のように研究棟の周辺へと降り注いでいた。

 やがて、青く染められた地面からは、氷の壁が構築され、研究棟を隔離していく。
 こうして逃れようもなく、陽太たちにとって最初の決戦が始まろうとしていた。

508 ◆peHdGWZYE.:2019/04/27(土) 02:19:04 ID:/y0w6.Es0
やっと二部終盤、最初のボス戦だけに派手に行きたい所です
週一ペースまで、執筆速度を回復したいのですが、一度乱れるとなかなか難しい……

補足

牧島
 臆病者は、静かに願う、からの言及。故人のため、登場ならず。
 昼は怪物化の効果がある『血中ウィルス』。夜はワームホールを作り出す能力を持つ。
 危険な人物だが、彼もチェンジリング・デイの被害者と言えるのかも知れない。

509 ◆VECeno..Ww:2019/04/27(土) 21:25:56 ID:uAQsZEBo0
いよいよ敵の打倒に向けて組織の壁を超えた共闘が本格的に……!
そして地味にこの長編はwikiに纏まってない能力までちょくちょく紹介してくれるのが助かります。

当方は連休中に陽太の最初の試合+αくらいまで行く事を目標にします。

>ダメな人たち
パンデモニウムの人たちは自ら悪魔を名乗るくらいの連中ですからねぇw 
社会秩序とか嫌いなのでしょう。
逆にサイファーはなんなんだよ……(筆が勝手に進んだため筆者も良く分かっていない)

510 ◆VECeno..Ww:2019/04/27(土) 21:43:38 ID:uAQsZEBo0
ちなみに、私の作品では比留間慎也博士は
昼間は比留間博士、夜間は慎也博士と地の文レベルで呼称が切り換わるという小ネタが…

511 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:01:16 ID:8yoiaWLg0
>格闘漫画でよくある、秒単位の長文解説
あの手のシーン、いつもツッコミたくなってしまうw
こいつら一秒間に何文字喋ってるんだ?周囲の人たちも聞き取れるのか?
というわけで、この個人的疑問を反映して、自作では解説系キャラの解説シーンでもリアルタイムでやり取りが行われる事を想像して台詞量を絞っています。
その結果、溢れた解説が地の文に載ったり後からビデオ映像を流しつつ解説するシーンにしたり、といった文章構成になりました。

でもよく考えたらバベル語なら直感的に意味が分かるから早口解説でも聞き手は困らないのか……
とはいえやはり登場人物が舌を噛む恐れを危惧して台詞量は適宜調整していきます。

512 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:03:49 ID:8yoiaWLg0
闘技場篇第五話

「そうそう、クリスちゃんだったな。何かあげようか?」
陽太はやや大人ぶって返事しながら、クリスにあげる食べ物を考えた。
陽太の夜の能力は『食材を創る能力』だ。新鮮な果物などが……

「ちきん……ふらいどちきん!」
とクリスが叫んだ。可愛い声に似合わず彼女は肉食系らしい。
「ああ、ゴメンな。それは昼の能力なんだ」
生憎とジャンクフードの生成は昼の能力だ。今は食材の生成に限られる。
「ちきんさらだ?」
クリスは注文を変えた。
「だから完成品じゃなくて食材……あ、待てよ、」
陽太は閃いた。

フライドチキンが完成品だとは限らないよな? 

陽太はフライドチキンが入ったサラダを食べた記憶があった。
「ちょっとやってみるぞ……こうだ!」

フライドチキンサラダをイメージしてその中からフライドチキンをサラダの食材として取り出す……
お見事! 陽太の手の上にフライドチキンが生成されていた。
「やったー!」
それを見たクリスは歓声を上げた。

513 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:06:22 ID:8yoiaWLg0
「それで、何のご用かしら? 豹の毛皮被りし地獄の案内人さん」
陽太がクリスにフライドチキンをあげている間に、遥はクリスと一緒に来ていた別の職員に尋ねた。
「そうネ。キミ達の最初の試合が決まったヨ」
ジャガー模様のバンダナを頭に巻き、サングラスで目元を隠した男、“オセ”。闘技場運営局の一人である。
「お?」
キミたち、という事は陽太も遥の二人の試合が決まったという事だろう。
「時刻は明日の夜間帯ネ。こっちの兄貴はDh2:00、こっちの姉貴はDh4:00ヨ」

読者の為に説明しておくと、パンデモニウムでは地球との時差が独特なため、独自の時間基準を使っている。
DhはDark Hourの略で、その後の数字は夜になってからの経過時間を表す。例えばDh2:00なら日没から2時間後という意味である。
ちなみに日中はLight Hourの略でLhと呼び、その後の数字が表すものは夜が明けてからの経過時間だ。
パンデモニウムの1日は昼が13時間、夜が13時間の合計26時間で構成される。季節による昼夜の時間変化は存在しない。
といっても地球と時間の流れが違うわけではなく、あくまでも昼と夜が切り替わる(使用可能な能力が切り替わる)タイミングがズレていくだけである。
人体の概日リズムにも影響するため、闘技場から地球に戻れば時間帯が合わない場合、時差ボケも生じる。

「対戦相手は誰かしら?」
「今回は相手の能力は秘密ヨ。でもリングネームは教えられるネ。
兄貴の相手は“サドーヴニク”。姉貴の相手は“マルディニ”。
試合前の敵情視察はしてもいいけど、危害を加えて出場不能にするのは観客が面白くないから御法度ネ」

514 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:14:49 ID:8yoiaWLg0

「サドーヴニク……?」
「ロシア語で『庭師』、という意味ヨ」
「なんか植物とか操りそう」
「フフ……それは試合の時のお楽しみね」

そう、能力者全員が通称どおりの能力を持っているとは限らない。もっと言えば通称それ自体がひっかけというパターンもありうる。
先の試合の例でも、シュヴァルツシルト(ブラックホールの理論を打ち立てた博士の名前と同じ)はともかく、ヘルカイトの方の能力は名前からは想像しづらいだろう。

「マルディニは?」
「インドの言葉で『殺害者』ネ」
「危なそう……本当に大丈夫?」
「相手が誰でも、こちらは堂々と戦うだけよ。こんな所で手こずっていては“魔王”に敵うはずがない。そう、私達は、魔王を倒すのだから」
心配する晶を余所に遥は平然と答える。

殺害者と呼ばれるからにはプロの殺し屋か? それとも直球に即死系の能力者か?
だが、いずれにせよそうした危険な相手に対しての実戦を、闘技場では安全に行える。今が絶好の機会には間違いない。

「フムフム……お二人とも闘志は充分のようネ。ところでキミたちはクスリ吸う?」
「ファッ!?」「クスリ?」「吸わないです」
唐突な質問に陽太たちは思わず聞き返してしまった。パンデモニウムの共通言語「バベル語」による会話なので意味は分かるのだが、陽太達にはあまりにも唐突な概念だった。

「あーそうネ。キミ達の国では違法だったネ。
でもココでは覚醒剤も合法ネ。試合前の景気付けに吸う人もいるヨ」

オセはさも日常風景のような手つきでポケットから怪しげな切手を取り出して、指でくるくると弄びながら答えた。切手の中に薬物を染み込ませているタイプの商品だ。
いわゆるカルチャーギャップというやつだろう。

少し補足しておくと、麻薬類の扱いは国によって異なる。
たとえば南アフリカにはコカの葉を使ったハーブティーが合法的に飲まれている国もある。もちろん日本に持ち帰れば即逮捕である。
パンデモニウムの場合はもっとアグレッシブだった。自己責任で済むならどんな愚行もここでは許される。流石はパンデモニウム(悪魔の巣窟)といった所か。

515 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:17:47 ID:8yoiaWLg0
ちなみに、オセは相手を選んでいるつもりだった。あくまでもオセの主観ではあるが、遥のゴスロリの服装からは反社会的な雰囲気が感じられた。このため脈ありと判断して話を持ちかけたのだった。
しかし、
「要らないわ。物を売るには相手を選びなさい。オセロトルの戦士さん。薬の力に頼るのは自分の力を信じられない弱者よ。それとも私達がそう見えるのかしら?」
しかし遥は自信たっぷりげに断った。ダークなファッションを好む彼女だが意外とこういう所は陽太から見てもまともな判断はする。
「そうネ。弱者はクスリに溺れて自分を見失う。でも強者ならクスリをやってても己をコントロールできる。クスリを使いこなせるのもまた強さ。そうじゃない?」
「うーむ……一理あるかもしれないけどやっぱりリスクが高いな……」
と陽太。
「ココにいれば最悪、中毒してもフェニックスが巻き戻してくれるネ。後悔無用ヨ」
オセの理屈は、道徳的観点を無視すれば理に適っており、魅力的な誘いだった。もっとも売るための詭弁と言われればそれまでであるが、
闘士の安全が絶対的に保証される闘技場にいる今が、何事もノーリスクで試せる滅多にないチャンスとはいえた。
それでも、
「やめとこう。使い慣れてない物を使ったせいで初戦から負けるのは嫌だからな」
と陽太はなんとか誘惑を振り切った。
「それもまた1つの選択ネ。気が向いたらいつでもワタシに声かけてヨ」
オセはあっさり退いた。今売れなくともいつか売れればいい、という考えのようだった。

516 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:19:10 ID:8yoiaWLg0
※誤植訂正 >>514 南アフリカ→南アメリカ

517 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:21:03 ID:8yoiaWLg0

「おかわり!」
突然クリスが大声を出した。フライドチキンを食べ終わったのだ。
「こらこら、あまりワガママは駄目ネ。タダで飯を喰えるのが当たり前と思ったら大きな間違いヨ」
オセが嗜める。
「もう一個くらいなら構わないぞ」
と陽太はフォローする。
「ごはん食べられなくなるヨ。じゃ、ワタシ達はこれで失礼するネ。試合頑張ってネ」
「よ〜たがんばれ〜!」

「ああ、頑張るぜ。
それと、陽太じゃない。闘士として俺を呼ぶならこう呼んでくれ。
“月下の騎士(ムーンリッター)”と。」


……陽太の中二病は2年の時を経て悪化していた。

518 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:24:17 ID:8yoiaWLg0

「それで、なぜ貴方が此処にいるのかしら? “エージェント・ジョッシュ”。貴方は悪魔達の宴に似合わないというのに」
陽太達が宿泊施設のあるフロアに戻ると、そこで待っていたのはERDO(異能力研究開発団体)の研究員だった。
ERDOは、その名の通り異能力の研究を目的とする団体である。経緯は割愛するが昨年に比留間慎也博士をメンバーに迎えたばかりだった。

「何故って業務命令だから仕方ないでしょ。こんな無法地帯に子供だけで1ヶ月も過ごさせるわけにはいかないって」
エージェント・ジョッシュと呼ばれた男、片桐慎悟は不満そうに言った。
「帰りなさい。エージェント・ジョッシュ。この任務には別の者が相応しいわ。そう、貴方の能力は……」
「それがね。能力の方も押し付けられたんだよ。《旅行者(トラベラー)》でね」
遥の台詞を遮って片桐は説明した。
「トラベラー?」
今度は陽太が訊ねた。トラベラーの話は陽太には初耳だった。
「それは企業秘密だ。ここではあまり話せない。誰が聞いてるか分からないからな。とにかく僕は新しい能力を手に入れたって事だ」
片桐の返事は素っ気なかった。
読者の為に補足しておくと《旅行者(トラベラー)》とは『合意の元に他者の能力と交換できる能力』の名称である。能力の性質上、元の持ち主は既に分からなくなっていたが、
ERDOのメンバーの1人が昨年にこの能力を手に入れ、以後ERDOの能力研究に文字通り使い回されて活用されていた。
「護衛は任せろって事か。まあ俺一人でも夜討ちに遅れを取るつもりはないけどな」
陽太の頭に先のオセの言葉がよぎった。試合前に危害を加えるのは御法度、という事だったが、わざわざ釘を刺すからには、そういう事を考える輩がよくいるって事だ。
しかも異能力の蔓延するこの御時世。『犯罪の証拠を遺さない能力』のような運営側の目を掻い潜る能力が存在していても不思議ではない。
陽太はそう考えた。

「私達の身の安全を考えて下さっているんですね。ありがとうございます」
三人の中で最も常識を弁えた性格の晶は片桐にお礼を言った。同時に、業務命令でここまでやらせられるなんて大人の社会って大変だな、と思った。
「どういたしまして。仕事である事を差し置いても僕も君達の事が気がかりなんだ。そういう事で明日もよろしく。
さあ今日はもう遅い。君達もそろそろ寝た方がいいだろう」
と片桐が話を畳みに入る。
「ああ、明日の夜には試合も控えてるからな」
「お休みなさい。エージェント・ジョッシュ。地獄の底で心地良い夢を」



かくして陽太達はそれぞれ自分の部屋へと解散した。
ちなみに陽太は1人部屋、晶と遥は相部屋、片桐は同じフロアの別の部屋に宿を取っていた。
闘技場での成績が良ければ専用部屋を貸与されるらしいが、まだ陽太達は最初の試合すらしていないため、一般人と同じフロアの部屋である。
明日からはいよいよ陽太達の試合が始まる。果たして彼らにどんな相手が待ち受けているのか……乞うご期待。

519 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:33:21 ID:8yoiaWLg0
Fortsetzung Folgt...

↓人物紹介

●オセ(エステファン・シンコ・レオン・パルド/Estephan Cinco Leon Pardo)
国籍:メキシコ
性別:男性
パンデモニウム運営局「ゴエティア」の1人。
ジャガー柄のバンダナがトレードマークのジャンキーな男性。
通常の業務をこなす傍ら、副業として麻薬の類を販売している(パンデモニウムは何処の国にも属さないため“違法ではない”らしい)。

*昼の能力
未登場

*夜の能力
《ペヨトリポカ/Peyotlipoca》
【意識性】【具現型】
『麻薬を作る能力』
幻覚剤の類を生成する能力。


●ジョッシュ(片桐 慎悟/Katagiri Shingo)
国籍:日本
性別:男性
能力研究団体「ERDO」の第一研究所職員。
白夜(朝宮遥)の扱いが上手いためよく面倒を見ている。
たしか原作者のシリーズでは能力が出ていなかったと思うので今作で新たに設定される予定。

*昼の能力
未設定

*夜の能力
未設定


↓補足説明

・《旅行者(トラベラー)》
「東堂衛のキャンパスライフ」シリーズで登場した能力。
他者の能力とこの能力を双方合意の上で恒久的に交換できる能力。
この能力自体が特定の人物に縛られず人の間を渡っていくため「旅行者(トラベラー)」と名付けられた。
今更だけどこういう風に対象の合意で成立する能力を契約型の能力と呼びたい。

520 ◆VECeno..Ww:2019/04/29(月) 20:40:00 ID:8yoiaWLg0
あとがき:自分で書いてて途中でクリスとクスリとリスクがゲシュタルト崩壊を起こした。
今回(と次回)は異文化との接触が裏テーマなので、日本から見て非常識な事があってもドン引きせずに大目に見てね!
“月下の騎士(ムーンリッター)”は陽太の厨二病が悪化した事で登場した確か今回が初出の呼称。闘技場における陽太のリングネームはこれで登録されている。

今回、勢力図をシンプルにする意味合いもあって比留間慎也博士はERDOに在籍中という設定にしました。
実際ERDOに居てもあまり違和感はないと個人的には思います。

521 ◆peHdGWZYE.:2019/05/02(木) 00:25:43 ID:tylimT1s0
さっそく餌付けしてるー、そして情報量が多い!
おクスリ……陽太はそういう発想はしなさそうですが、ケシの実(菓子原料)は余裕で生成できてしまいますね
相手は盛り上がるようにマッチングされる以上、そこまで凶悪ではないはずですが、さて……
トラベラーにERDOと一気にシェアード要素も出てきました。割愛された比留間博士在籍の経緯が気になりますw

あと陽太、ムーンは英語でリッターはドイツ語! バーンシュタインみたいな事に。バベル語だと違和感ないのかな

522 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:19:50 ID:lZ7Ns4MI0
ケシの実や麻の実は七味唐辛子の材料なので日本人の多くは口にした事のある食材ですね。
焼いてあるのでアレをそのまま撒いても育たないらしいんですが、陽太の能力で焼く前の状態で生成すれば理論上は育てられますね。両親が泣くぞw

・リングネームに使われている場合は固有名詞扱いなので“ムーンリッター”も「そういう名前」としか思われてないでしょう。良かったな陽太!
・闘技場は舞台の関係上なかなか今までのキャラをシェアードしづらい部分もありますが、チャンスがあれば然り気無く出していきたいと思います。あと片桐慎悟ではなく片桐真悟でした。作者の方ごめんなさい! wiki掲載版では修正済みです。
・比留間博士がERDOに入るまでの話はそれだけで長編一本書けそうなw ここをやり出すと話が思いっきり脱線して戻ってこれなくなりそうですし今回は“そういう時間軸”だと思って戴ければ。

523 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:43:09 ID:lZ7Ns4MI0

「ん〜今日もお日様が気持ちいいわ〜♪」
日の光を全身に浴びながら、ディアナ・ランズベルギーテはプールサイドのサマーベッドの上で背伸びをした。
蔦草を編んだような露出度の高い水着に、色とりどりの花で飾られた新緑の髪、日焼けのない白い肌、暢気な瞼の奥に居座る月色の瞳。

彼女はパンデモニウム闘技場の付属施設「クロケル温泉プール」に来ていたのだが、プールで泳ぎに来たのでも温泉に浸かりに来たのでもなかった。
むしろ彼女は泳ぐのは苦手だった。ここでの彼女の目的は日光浴にあった。

闘技場のあるこの異空間にも、地球の太陽に相当する天体がある。
異界の太陽ヘイレルは地平線に沈むのではなく一定周期でその明るさを変化させることで地上に昼と夜の区別をもたらす。
今はLh6:00。明るくなってから6時間が経過した頃。地球上で言えばもうすぐ正午といった感覚の時間帯だ。

「……あら?」
ディアナは執事が誰かと言い争っている声に気付いた。
声の方向を聞くと、数人の東洋人がディアナの執事とメイド達に阻まれていた。
「駄目ですな。お嬢様を見知らぬ人間に事前連絡も無しに会わせるわけにはいきませぬ」

「どうしたの〜?」
ディアナはベッドから立ち上がると執事に声をかけた。
お付きの兎耳や狼耳のメイド達が上着代わりのラッシュガードをディアナに着せた。
「おお、お嬢様。今夜の対戦相手と申す者たちがお見えに……」
声をかけられた執事が少し驚いたように振り向いて事情を説明した。

「今夜の対戦相手……えーと。“ムーンリッター”だったかしら?」
ディアナは来訪者達を眺めた。自分と同じくらいの年齢の男女3人に大人1人。
半ズボンに半袖シャツの短髪青年、ゴス風の袖なしドレスを着こなす長い髪の少女。
ジーンズとデニムジャンパー姿のボーイッシュな長身の女性。
そして三人を見守るのはジャパニメーションのキャラクターがプリントされたTシャツを着る若い男性。

「そうだ。俺が“月下の騎士(ムーンリッター)”だ。お前が“庭師(サドーヴニク)”か?」
短髪青年、岬陽太がディアナの問いに答えた。

「そうよ〜。ロシア語圏では“サドーヴニク”って呼ばれてるわ。英語圏では“ガーデナー”ってとこかしら。
ムーンリッターとそのお仲間さんたち、わざわざ挨拶に来てくださったのね。お会いできて嬉しいわ〜」

お嬢様が望んでいるのなら、話させても良いだろう、と執事の“ソダス”は一歩後ろに下がった。
万が一に備えて仕込み杖はいつでも引き抜けるように然り気無く構えている。

ディアナは昼の間、能力の反動で頭がお花畑(二重の意味で)になってしまう。
彼女の身の安全を守るため御目付け役は欠かせない。このパンデモニウムという無法地帯においては特にそうだ。

メイド兼護衛係の“野兎(キシュキス)”“狼娘(ヴィルクメルゲー)”
“紅娘(ボルジェー)”“栗鼠(ヴォヴェレー)”の四名も執事に倣った。

524 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:44:28 ID:lZ7Ns4MI0

「彼との試合を楽しみにしているわ、庭師さん。貴方は如何なる異形の力を携えてこの絢爛なる悪魔たちの闘技に参列するのかしら?」
言い回しが異様な質問をしたのは、ゴス風のドレスの少女、朝宮遥。
「そうね〜。メ……」
「おっとそれは今夜のお楽しみにしておきましょう。お嬢様」
流石にソダスが口を出して会話を阻んだ。このようにお嬢様はやや無警戒すぎる。
「それもそうね〜。試合をお楽しみに〜」
「昼の方の能力なら教えてやっても良いでしょう」
「それなら教えてあげるわ〜」
執事が彼女を扱うのが上手いのかそもそも彼女が誰にでもそうなのか。
ディアナは言われるままに執事の会話誘導にどんどん流されてゆく。
「私の昼間の能力は光合成の能力よ〜。お天道様の光を浴びるほど元気が出るのよ〜。
だから本当はこの上着も脱いだ方がいいの〜」
と言いながらメイド達がせっかく着せたラッシュガードをぽいっと脱ぎ捨てるディアナ。

それを見て、そうか、それでそんな露出度の高い水着を……と水野晶は納得した。
日焼けしていないのも能力が太陽光を吸収するためだろう。
一見趣味に見えても案外と合理的な理由があったりするものだ。(仮に完全な趣味だとしてもそれについて他人が文句を言う権利はないのだが)。

ふと片桐さんの方を見ると彼は目の遣りどころに困ったのか視線を微妙に逸らしている。
何しろさっきから出会うのは頭がお花畑な水着美少女に獣耳メイドたちにクールダンディーな執事である。
おおかた自分はいつの間に深夜アニメ時空に迷い込んだのだろうと訝っているに違いない。

それにしてもサドーヴニクは陽光を燦々と浴びていても常人程度の元気さのように見えた。
むしろ平気よりちょっとのんびり屋なくらいか。曇りの日とか大丈夫なのだろうかと晶は少し心配になった。
「もしかして今の時期は故郷にいた方が元気が出るとか?」
「リトアニアの夏は日は長いけど、日差しは弱いのよ〜。ここの日当たりは気に入ってるわ」
初めて聞いた情報だが彼女はリトアニア人らしい。ここは浴場だが、さしずめ彼女にとっては日光浴場といった所か。

「ところで〜貴方の能力はな〜に、かしら?」
サドーヴニクはにこにこと陽太の方を向いた。悪意とか駆け引きとは無縁な顔。
「俺か? 昼の能力でいいか?」
こちらから訊いた(正確には訊いたのは遥だったが)からには、こちらも明かさないわけにはいくまい。
なまじ悪意が無さそうなだけに余計に断りづらい。
という事で、御披露目である。

「《万物創造(リイマジネーション)》!」

たちまちのうちに陽太の手の上に点心の盛りつけられた蒸籠が出現していた。

525 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:46:51 ID:lZ7Ns4MI0

「これはこれは、中国の御仁でしたか」
とソダスは感心したように目を細めた。ソダスの知識の範囲内ではこれは中国の料理で間違いない。
「いえ……私達は日本人で、でも中華料理も外食で好まれますよ」「ふむふむ。中国と日本とは隣国同士でしたな」
陽太達の付き添いで来ていた片桐が誤解をとこうとしていた。

「凄いわぁ〜!『食べ物を作る能力』なのね! まるで全てに恵みを与えてくれるお天道様みたい!」
ディアナもあまり目を見ない屋台食に目を輝かせている。
そんなディアナの反応を見て晶はひとつ気になった事があった。

「リトアニアにもお天道様っているんですか?」
闘技場共通言語であるバベル語は、話者の思想信条まで変えてしまうわけではない。
ディアナがお天道様(に相当するバベル語)と口にしたからには、そういう言い回しに相当する概念が彼女の念頭にある、という事だ。
「然様。キリスト教が入って来る前からの古い信仰でしてな。太陽の神様は儂らの国では“サウレ”と呼ばれておる。
日本では何と呼ばれておりますかな?」
感激して何も聞いていないディアナの代わりにソダスが会話を続ける。
「えーと、“アマテラス”です。日本語でアマは天、テラスは照らす、という意味です」
晶はどこかで聞き覚えのある日本神話の記憶を総動員して答えた。


「太陽じゃない、月下だ。全ての魔力の源、それが月だ!」
「でも月だって太陽の光を受けて輝くのよ〜。太陽は全ての恵みの元なの〜♪」
そうこうしているうちに横ではムーンリッター(陽太)とサドーヴニク(ディアナ)がよく分からない言い争いを始めていた。
本名を踏まえると非常に面白い会話だが、残念ながらこの場でそれを指摘する者はいない。

「あ、皆様ご自由にどうぞ。料理が冷めないうちに」
と片桐がプールサイドのテーブルに並べられた陽太の点心を見ながら促した。
狼耳のメイドが気になる様子で匂いを嗅いでいたのを見ていたたまれなくなったのだ。
「では、有り難く戴くとしましょう」
とソダスも護衛メイド達を気遣った。ヴィルクメルゲーが嗅ぎ分けた以上は毒物の心配は排除されている。
元よりソダスは相手からそのような敵対的な雰囲気は感じ取っていなかったが。

他方で遥はいつの間にかプールサイドの売店に並んで、
「悪魔の瞳のように黒き球体が夥しく沈む地獄の沼が糖蜜の甘美とほろ苦き薫香と白き慈愛を纏い呪われし天使を祝福しているかのような飲物」
と彼女が評するところのもの、すなわちブラックタピオカミルクティーを買ってきて黙々と飲んでいた。

526 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 14:57:20 ID:lZ7Ns4MI0
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陽太たちが和気藹々と会合を楽しんでいるのと同じ頃……


「探したぜ」
ロビーの噴水前で胡座をかき目を瞑る女性に、その男は声をかけた。
その筋骨隆々の体躯は格闘技に習熟している事を匂わせる。
一方で声をかけられた女性は静かに目を開いた。こちらも相当の武術の手練れに見えた。彼女は服とは別に、頭から全身を覆うように大きな薄絹をすっぽり被っていた。

「誰かと思えば昨晩の負け犬ではないか」
「テメェ……昨晩はよくも恥をかかせてくれたな」
男は前回の試合で彼女に屈辱的な敗北を喫していたようだ。
「不思議であるな。負ければ恥? そうだとしても何故負ければ恥になると覚悟した上で闘わなかったのか?」
女性の漆黒の眼差しが男を見つめる。
「つくづくムカつく奴め。というわけで昨晩の仕返しだ。お前こそ覚悟しな」

次の対戦相手への試合前の攻撃は禁止されている。しかし試合後の仕返しについては、特にそのようなルールは決められていない。
尤も、傷つけようが殺そうが次の試合前には運営が復活させるに決まっているのだが、雪辱という今回の目的には関係ない事だ。

「不思議であるな。そのような瞋りに何の意味があるというのか?」
「つべこべ言うなッ!」
男がついにぶち切れた。一瞬にして彼の姿が女性の視界から消えた。物理的な動きではありえない。

男のリングネームは“フェイタリティ”。
チェンジリング・デイの世界では人は昼と夜とで別々の異能力を持つ。しかし両方の能力が戦闘向けのものであるケースは少ない。
しかし彼はその例外。この闘技場においても昼の部と夜の部の両方に出場登録をしている。いわゆる“昼夜兼業”の闘士である。
その昼間の能力は《クロスアップ》─

527 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:01:16 ID:lZ7Ns4MI0
─『相手の死角を見抜き、そこに瞬間移動する能力』。

女性の背後、空中に現れたフェイタリティは、そのまま相手の首に回し蹴りを浴びせた。
が、攻撃は通らなかった。女性の全身を覆う薄絹は、その形を先刻から寸分違わず保ったまま、金剛の像のように揺らぎもしなかった。

「不思議であるな。何故昼ならば勝てると思ったのか?」

フェイタリティが次の行動を起こす前に、そして自身が喋り終わる前に、
女性は既に相手の首を何処からか取り出したスカーフできつく締め上げていた。そのスカーフも金剛の強度と化した。

もうお分かりであろう。彼女も昼夜兼業の闘士である。
リングネーム“マルディニ”。
その昼の能力《マハードゥルグ》は、触れた物体の硬度、剛性、靭性を同時に強化する
『金剛不壊の能力』。
布の切れ端ですらも、彼女の手にかかれば鋭利な武器や強固な防具と化す。

死角からの攻撃を防ぐには、全身を守ればよい。捉え難き敵を捉えるには、敵の行動の瞬間を狙えばよい。

呼吸を封じられたフェイタリティは首のスカーフを取ろうともがいたが、摩訶不思議な剛体と化したそれはもはや人の力でどうにもなるものではなかった。

周囲をたまたま通りがかっていた人々は驚いたり、こうした物騒な事に慣れている者達は笑ったり写真を撮ったりしていた。

フェイタリティの息の根が止まると。マルディニは能力を解除してスカーフを回収し、歩き出した。

彼女が罪を問われる事はない。少なくともこの闘技場のルールでは。
それにどうせこの男も次の試合までに運営局が生き返らせるだろう事もわかっていた。
この闘技場では命など安いものだ。この万魔殿はそういう場所だ。
フェイタリティは彼の言う所の恥を重ねて生きる事になるだろうが、それはマルディニの問題ではない。

しかし……マルディニは歩きながら思案した。
瞑想を邪魔されるのは困る。
そろそろ稼いだ賞金で護衛を雇うべきかな、と。

528 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:04:36 ID:lZ7Ns4MI0
Fortsetzung Folgt...

↓人物紹介
●サドーヴニク(ディアナ・ランズベルギーテ/Diana Landsbergyte)
国籍:リトアニア
性別:女性
パンデモニウムの闘士の一人。
リトアニアの良家ランズベルグ家のお嬢様。(※リトアニアでは、男性かその家に嫁いできた妻かその家で生まれた娘かによって苗字に異なる語尾が付く)
陽太と同じくらいの年齢で、髪の色は綺麗な緑。頭を花で飾っている。性格はかなりマイペース。
「サドーヴニク」はロシア語で庭師の意。英語で言う「ガーデナー」。本人としては意味があってればどっちで呼んでもいいらしい。

《フォトシンテーゼー/Fotosinteze》
【無意識性】【具現型】
『光合成の能力』。
光を吸収して各種栄養素の生成を行う。
普通の光合成とは異なり様々な栄養を作る事が出来る。このため日向にいれば食事を取る必要は一切無い。あと日焼けもしない。
余剰の養分は髪に蓄えられる。晶が心配していたように晴れていてもあの程度、というわけではない。
もちろん普通の食べ物を食べる事も可能。
反動として頭が物理的にも精神的にもお花畑になってしまう。

*夜の能力
未登場


●ランズベルグ家の使用人たち
本名や能力などの設定は、書いてない範囲のものは現状特に決めてないです。

・ソダス/Sodas ランズベルグ家の執事。ソダスはリトアニア語で「庭園」の意。
・キシュキス/Kishkis(野兎)…兎耳の護衛兼メイド。音を分析できる。
・ヴィルクメルゲー/Vilkmerge(狼娘)…。狼耳の護衛兼メイド。匂いを分析できる。
・ボルヂェー/Boruzhe(紅娘)…護衛兼メイド。天道虫の背を持つ。
・ヴォヴェレー/Vovere(栗鼠)…護衛兼メイド。栗鼠の尾を持つ。
(キシュキスとボルヂェーの名前中のhは本来直前の文字の上に^型の符号を付けて表される。これが付くことでその文字はアルファベットで言うところのhを加える感じの発音になる。)

529 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:09:28 ID:lZ7Ns4MI0
●マルディニ(カジャル・ヴァルマ/Kajal Varma)
国籍:インド
性別:女性
パンデモニウム闘士の一人。
昼でも夜でも戦闘に有用な能力を持つ昼夜両闘の闘士。
人の心理の理解に難があるのか、よく他人の行動を不思議がっている。
昼の間はほぼ全身を薄絹で覆っている。
「マルディニ」はサンスクリット語で殺害者の意。

*昼の能力
《マハードゥルグ/Mahadurg》
『金剛不壊の能力』
【意識性】【操作型】
触れている無生物の物体を一定時間非常に硬く強靱にする。
硬度だけでなく剛性や靱性も増すため、この手の話によくある「硬いが脆い」という弱点は無い。
この能力にかかればただの服も防弾服となり、布切れすらも凶器となる。
金剛不壊は和訳時の言葉の綾なのでヴァジュラとはあまり関係ない。

*夜の能力
未登場

●フェイタリティ(クローヴィス・プライス/Clovis Price)
国籍:アメリカ
性別:男性
昼でも夜でも闘える“昼夜兼業”のパンデモニウム闘士。
格闘家にして格闘ゲームマニア。
「フェイタリティ」はアメリカの格闘ゲーム用語で、敗者の命を奪う特殊演出やトドメ専用の必殺技を意味する。

*昼の能力
《クロスアップ/Cross Up》
【意識性】【力場型】
『死角に移動する能力』
一定範囲内の他者に意識されていない場所が分かり、かつそこに瞬間移動できる。他の能力による探知を短時間だけ欺く性能もある。
※闘士場での試合では、リング端の結界によって範囲が制限されているため、観衆の視線が集まる中でも対戦相手のみの死角に移動する事ができる。

夜の能力《ファイティングオペラ/Fighting Opera》
【意識性】【変身型】
『必殺技の能力』
自身の肉体による格闘技に格闘ゲームじみた様々な特性を持たせられる能力。
「防御不能(アンブロッカブル)」「迎撃無効(アーマー)」「中断可能(キャンセル)」「気絶付与(スタン)」「空中殺法(エリアル)」「衝撃波(プロジェクタル)」等。
無制限に使えるわけではなく、“必殺技メーター”と本人が自称する独特の法則によって性能が管理されているらしい。

530 ◆VECeno..Ww:2019/05/03(金) 15:12:35 ID:lZ7Ns4MI0

補足:
・クロケル温泉プール
パンデモニウム闘技場に付属している施設。温泉とそれを利用した温水プールがある。
どうやら運営局に『温泉の能力』者がいるようだ。
ちなみに海外勢が多いので温泉も水着で入る習慣の人が多い。
闘技場側としては別に全裸入場も禁止していないのだが、ディアナの場合は流石に執事に止められたようだ。

・異界の太陽ヘイレル
パンデモニウム闘技場の存在する異空間にも地球でいう太陽に相当する天体が存在する。
26時間周期(昼夜13時間ずつ)で点滅を繰り返す変光星の一種と考えられている。
「ヘイレル/Haylel」はヘブライ語で光輝(=ルシファー)の意。


以上です。
フェイタリティは本編中では負け越したものの決して雑魚キャラではない。
というかやられ役にするのが勿体無いくらい設定を凝り過ぎた。

531 ◆VECeno..Ww:2019/05/07(火) 01:36:25 ID:BvUK/ceo0
あ゛あ゛〜
連休中に試合シーンが仕上がらなかった……
あと自分が出したキャラクターが自分でかわいすぎて悶える現象。

お詫び代わりにキャラクター設定をもう1人分晒して場を繋いでおきます……

●クロケル (カトラ・ヨークトルドッテル/Katla Joekulldottir)
国籍:アイスランド
性別:女性
ゴエティアのメンバーの1人。クロケル温泉プールを取り仕切る女将。
銀髪で瞳は虎眼石色。

《ゲイシール/Geysir》
【意識性】【操作型】
『泉をわかす能力』。
地形に干渉して温泉を作る。これで作った温泉は昼夜の切り替わり時に枯れるが、残り湯を使う事は可能。
 ……という触れ込みだが実態は死体に触れる事でその死体を泉に変える能力。湯量は死体の質量による。
 (フェニックスの協力によりパンデモニウムでは生け贄の死体は簡単に用意及び回収できる。)
水温は氷点下の氷火山から灼熱の蒸気孔までかなりの調整が効くので、温泉を沸かすだけでなくいろいろ応用できる。
昼の能力か夜の能力かは未定。

532 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:50:29 ID:ay5xstto0
おや、感想書いて、投下しようと思ったらジャストなタイミング

一気に濃い人たちが……ディアナの由来は月の女神なので、本当にカオスですね
サドーヴニクさん周辺のキャラが濃すぎて、混乱しながら二度読みしてしまいました
これは夜には一気に性格が変わったりするのでしょうか

しかし、フェイタリティさん本当に面白い能力ですが、もしかして、これで出番終わり?
マルディニさんによる「トレーニングモード」〜
そういえば、国籍と対応させてキャラを並べていく方針も、どこか格ゲー的ですね
しかし、ソロモンの温泉悪魔、妙に穏便な能力してるよね、みたいな事を書こうとしたら、
わりとブラックな能力だった

という訳で、投下していきます

533星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:52:14 ID:ay5xstto0
27.青の慟哭

 夕刻、日が沈み、いわゆる昼夜能力の切り替わりが起こった直後の事だった。
 関係者以外、立ち入り禁止に指定されていた超能力学部の研究棟は、まるで南極からの流氷のような、
見上げる程に巨大な氷の壁で封鎖されていた。

 圧倒的な質量感、周辺に靄となって漏れ出す冷気に、幾人もの人々が悲鳴を漏らし、
中には興味本位で携帯に付いたカメラに収めようとする者も現れたが、教師に警告されていた。

 喧騒の中、目立たぬように気配を殺して、人影の間を縫って近づく三つ編みの少女の姿があった。

「思っていたより深刻……ってレベルじゃないわね。ここまでやったら戦争でしょ」

 加藤時雨。中学生程度に見える少女だが、実年齢は三十を超える若返りの能力者だ。
 並外れた戦闘技術を持ち、陽太に乞われて彼の師を務めている。
 といっても、殺人技能というよりは、あくまで護身術の範疇の指導ではあったが。

 歩きながら氷の壁を観察し、比較的、透き通っている所から、内部の様子を窺う。

「比留間博士のキメラね。それに……っ!? なんで、クリッターがこの世界に?」

 大質量の氷が放つ冷気とは別に、悪寒を覚えながらも、時雨は思わず声をあげていた。
 時雨は特異な夜間能力によって、クリッターの存在は知っている。しかし……
 この世界では観測されていない、本来はもっと遠い時間軸に存在する怪物のはずだ。

 時雨の小さな悲鳴を、耳聡く聞きつけている者がいた。
 どこか堂々とした足取りで、時雨の付近に寄ってくる。

「発言の意図は推測できるが、まあ聞かなかった事にしよう。
 それよりも、この氷塊の発生プロセスは見ていたかね? それとも能力で詳細が?」
「生憎と"異変"で不調なのよ。あなたが陽太が言っていた、もう一人の助っ人ね」

 実の所、時雨の夜間能力――アカシックレコードで、いくらかは知っている人物だった。
 交友範囲の人間が知り得る情報を、本状の媒体を具現して、閲覧する事ができる。

 例外的な閲覧情報はあるが、彼は陽太の知識の範疇に存在していた。

「君の方こそ興味深いな。深度は低く留まっているらしいが、『見せかけ』の年齢でも
 "異変"は発症する。しかし、未だに深度が低いままという事は、通常の発症者とも言えない」
「ちょっと待った。なんで私の年齢が分かるのよ。見た目じゃ、完全に中学生程度でしょ?」
「それとない仕草や趣味、それに臭いなどからだ」

 胸を張って主張する姿は、白スーツに身を包んだ年齢不詳の男性だ。まあ若くはないが。
 その返答に、思わず時雨はサッと身を引いていた。

534 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:52:46 ID:ay5xstto0

「へ、変態!?」
「違う。変態ではない。仮に変態だとしても、変態という名の紳士(ジェントル)だよ」
「なんか懐かしい言い回し!?」

 時雨が自分でもよく分からない突っ込みをすると、とりあえず紳士と名乗って満足したのか、
白スーツの男は自己紹介を始めていた。

「私の名はドウラク。察しの通り、少年の助けに応じ参上した。気軽にジェントルと呼びたまえ!」
「ドウラクさんね。私は加藤時雨よ。で、氷の発生プロセスに何かあったのかしら?」

 戦闘技術の師である時雨、それに普段は魔窟に居を構える謎の紳士ドウラク。
 これが陽太が仕掛けた"保険"だった。厨二なりに事態の深刻さを知った彼は、奇妙な縁で繋がった
人脈を総動員していた。

 時雨は自分や周囲の人間に火の粉が降りかかる事から、ドウラクはよく分からない事情で、
『クリフォト』や"異変"の事件に関わる事を決めたのだ。

「なんか、そっけないがまあいい。私の講義を清聴したまえ」

 適当にあしらわれたものの、ドウラクは細かい事を気にしない性格だった。
 どこか学者が講義するかのように、氷の壁の付近に立つと語り始める。

「遠方からでも、"青い"雨が降り注いだのは見えただろう。あれは一種のオーラ、まあ未解明の放射体だ。
 注視すべきは青いオーラから、氷が"発生した訳ではない"という事だ」
「青い……オーラから発生してない? どういう事?」

 未知の敵、陽太いわく『クリフォト』の能力者が、オーラを介して
氷を発生させたものと思っていたが……
 それは厳密ではないと、ドウラクは首を左右に振っていた。

「そもそもオーラを発生させ、さらにそのオーラが氷を発生させる――不自然ではないか?
 もちろん不可解な能力は数多いが、それを前提にするべきではない。
 然るべき機能があって、そういう形に見えている、と考えるべきだ」

「ずいぶんと勿体ぶるわね。じゃあ、氷塊を作った能力は一体?」
「鍵は塗料のような性質を持ったオーラだ。然るべき機能があるなら、この性質にも必然性がある。
 あれは発生ではなく変成、すなわち――」

 厳かに、ドウラクは『クリフォト』主要構成員、フォースリーの能力を指摘していた。

535 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:53:27 ID:ay5xstto0
――――

「"現実を塗り潰す"能力だと鑑定士は断定しました」

 氷の壁の先、さらに研究棟の内側にも正解に辿り着いている者が居た。
 何も論理的な思考だけが、正解に辿り着く道ではない。

 探偵が推理しなくとも目撃者が真実を知るように、時に事実の観測は理屈の先を行く。
 夜間能力『知覚領域』を通して能力鑑定士、三島代樹はフォースリーの能力を鑑定していた。

 守護の仮面の桜花の代弁によって、その事実は場の面々の知る所となった。

「なるほど、それなら合点がいく。引き起こした事象も、規模に反して反動が見受けられない事も」
「ちっ、そんな能力者を投入してきたって事は、『クリフォト』の奴ら本気だな」

 訳知り顔で頷いたのは、比留間博士と岬陽太の二名だった。
 大半は困惑しており、それを代表して鎌田が声をあげていた。

「いや、待ってください! 今の一言だけじゃ、誰も分かりません。
 陽太くんだって、たぶん分かってないですから!」
「ライダー、俺は分かってるぞ。闇に生きる者には、そういう"眼"があるからな」

 厨二交じりに真顔で反論する陽太だったが、あまり真面目には受け取っては貰えなかった。

「あー……」
『ちょっと待て。こっち見て納得しないで!?』

 守護の仮面、桜花になにやら諦観が混じったような視線を向けられ、慌てる代樹。
 最も的確に言語化してくれそうな鑑定士が、お取込み中になってしまったので、
代わりにというべきか、比留間博士が口を開いていた。

 だが、一口に説明するのも簡単ではない。通常の物理法則に則った事象ではないのだ。

「なんと説明したものかな。まずはオーラの性質か……」
「フォースリーの能力は、世界を絵に見立てて、絵の具をぶち撒けてるような能力だろ。
 撒いた絵の具は後から、どう解釈したっていい。青なら、氷でもソーダでも何でもありだ」

 直感に従って、自信満々に述べる陽太だった。
 かなり大雑把ではあったが、だからこそ的確にフォースリーの能力を言い表していたのかも知れない。

536 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:54:18 ID:ay5xstto0

「ああ、取っ掛かりとしては悪くない表現だ」
『鑑定士を目指せるかもね。黙っていられる性格なら、だけど』

 などと、年長者たちも評価する。

 現実そのものを塗り潰し、別の現実へと描き替えてしまう恐るべき能力。
 絵画に対する画家の暴挙こそ、その評に相応しい。

「本当に、絵画を塗り潰すように自由自在、という訳ではないのでしょう?」

 若干、不安げにミルストが首を傾げて質問していた。
 仮に相手がそんな絶対者であれば、勝ち目など無いのではないか、と。

「はい。厳密に言えば、あのオーラに塗り潰された物は物的性質を失い、色が象徴する何かに置換されます。
 例えば"赤"なら炎や爆発、"青"なら陽太さんが説明した通りですね。
 ただ人間が絵画を塗り潰すほどに、一方的ではありません」

 桜花は鑑定士の解説を代弁しつつも、その当人から奪ったホワイトボードを掲示して、
下記の制約を素早く書き込んでいた。

・当然ながら、塗り潰す地点にオーラを撒く必要があり、変化先の事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・変成できるものは物質、現象のみ。観念的なものや生物へ変化させる事ができない

 早い話、凶悪な能力ではあるが、実際に塗り潰すのは絵ではなく現実だ。
 まず、標的に命中させなければならないし、曖昧な概念を具象する事もできない。
 自分と同列の……能力を以って、世界を改変する人間も、同意なしでは塗り潰せないのだ。

 説明を目にすれば、ミルストの決断は早かった。

「それだけ分かれば結構、打って出ます」
「あ、あの……! お一人で向かうつもりですか?」

 席を立ち、部屋を出ようとするミルストに、恐る恐る声を掛けたのは川端輪だった。
 この中では唯一、フォースリーと対面した事がある彼女だ。
 彼の恐ろしさは身に染みている。

537 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:54:54 ID:ay5xstto0

「ええ、川端輪さん。敵がこの建物ごと、私たちを蒸し焼きにしていない理由が分かりますか?
 能力の規模からして、決して不可能ではないはずですが」
「え、なんでって……」
「あなたが居るからですよ。彼はできる限り、拉致対象を殺したくはないと考えている」

 一定の深度に達した"異変"発症者を拉致する。
 知られている限りでは、これが『クリフォト』の方針のはずだ。

 言い方は悪いが川端輪の存在は、これ以上にない盾になるのだ。

「そういう意味では、あなたの付近、安全圏から離れる事は死を意味する。
 それこそ、フォースリーに対抗できる能力を持っていない限り。
 だから、私は一人で行きますし、一人で行かなければならないんです」

 強大な能力には、強大な能力で対抗する。チェンジリング・デイ以降、能力が現れてしまった現在、
それが当然の理というものだ。
 だからこそ、各組織は血眼になって、有益な能力者を探し求めている。

 だが、彼女以外にも、あるいは彼女以上にフォースリー相手に安全を確保できる能力者も居た。
 東堂衛だ。彼は無法地帯となった魔窟からも生還している。

「それなら、僕の能力だって、おとりぐらいには……!」
「たしか、『無敵』でしたね。ですが、それは皆さんが逃げる時にでも、お願いします。
 今回の相手に通用するのは、一度きりでしょうから」

 衛がミルストの後を追おうとするが、それを彼女は穏やかに諭していた。

「心配はいりません。私には、それだけの力がありますから。
 力を持たない誰かの日常を守っていくために、私は日常を手放したんです」

 どこか寂しげに、機関の人間ではなく一人の女性の素顔で微笑むと、
ミルストは機関支給のコートを翻して、この部屋を去っていった。

「理恵子先輩……」

 学生時代、それに小学校教師に就任した彼女を知っていた桜花は、その背中に何も言えず、
ただ彼女の実名を呟いていた。

538 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:56:13 ID:ay5xstto0

 桜花も鑑定所に勤めて、それそろ一年近くになる。
 きっと長い目でみれば、当たり前の日々を過ごしていくのは難しいだろう、と。
 そういった能力の持ち主を少なからず見てきた。

 大人も居れば、自覚のない小さな子供も居た。
 強力かつ有益な能力者が、世界を回していくのは、もはや仕方ない事なのかも知れない。
 だが、それによって狂わされる人生まで、"仕方ない事"で済ませてしまって本当に良いのだろうか。

「行かせていいのかよ? 素人目に見ても、死ぬ覚悟をしている眼だったぞ」

 率直に、疑問を呈したのが陽太だった。
 厨二病とは言われるが、物心付いた時点で、すでに能力が当たり前だった。そういう世代でもある。

 そんな彼が当たり前を、当たり前として受け入れていない。
 能力社会の現実に触れてきた、代樹や桜花にとって、それはどこか感慨深い。

「彼女だって裏社会の人間だ。相応の勝算があって、一人で戦う事に決めたんだろう。
 それに事実、もっとも勝算が高いのは彼女がフォースリーに打ち勝つケースだ」

 陽太に応じて、今度はあえて比留間博士が現実を指摘していた。
 法的、あるいは倫理的に問題があろうと、バフ課や機関のような裏の組織が存在している理由。
 それは、やはり必要だからだ。

 大半の人間がそうであるように、この場に居る面々はどこまで行っても、能力戦の素人だった。
 比留間博士は護身術を身に付けているし、桜花も護衛においてはエリートではある。
 陽太や衛も、それなりの修羅場は潜ってきたはずだ。

 それでも、機関やドグマ、そして今回の『クリフォト』。
 能力社会の趨勢を決めるような、それほどの戦いに直接参加するには、あまりにも不足なのだ。
 理屈でいえば、比留間博士の指摘に間違いはない。

(だけど……)

 能力鑑定士、三島代樹は内心で言葉を区切っていた。
 正しい事実を認識する事は必要だが、それだけでは、ではどうする? という問いの解にはならない。

 実の所、比留間博士が興味深げに、こちらに視線を向けた事には気付いていた。
 理論的に最も能力に向き合ってきたのが科学者なら、直接的に最も能力に向き合ってきたのが鑑定士だ。

 もう一方の専門家は、この状況をどう見る? そんな好奇心だろう。
 実際、どう見ているのだろう。鑑定士として、一年を過ごしてきた自分なら……

『誰かが特別な力を持っているというのなら――誰もが特別な力を持っている、とも言えるのが今の世界です。
 その全貌なんて、誰も分かってはいません。
 だから、何かを決めてかかるには、まだ早すぎるとは思いませんか?』

539 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:57:49 ID:ay5xstto0

 ミルストが退室するのと同時に、フォースリーもまた研究棟周辺の分析を終えていた。
 顎に手を当てて思考する姿は、白衣姿もあって学者然としていたが、
その内面はすでに冷酷な殺人者だった。

「あのキメラが切り札とは拍子抜けだったな。いや、時間を稼いだか……」

 能力者同士の戦闘は危ういものだ。慎重さを欠いた方が負ける、だが先手の方が圧倒的に優位だ。
 よって、フォースリーは手短に罠を警戒していたのだが、結果は呆気ないものだった。

 いきなりキメラを繰り出してきたのだから、次は何かと見紛えたのだが、意外にも研究棟や
その周辺にも何も仕掛けていない。
 ならば、後の問題は稼いだ時間を使い、何を仕掛けてくるか……

 その時、不意に何かが落下してきた。
 いくつかの小振りな物体は軽快な音を立てて地面に転がると、直後に一斉に煙を噴き出してきた。

「っ! ちっ……」

 軍用の発煙筒。民間の物より強力なそれは、凄まじい勢いの煙で周辺の光景を覆い隠していた。
 戦闘に秀でた能力者でも、対象を補足し、そこに意識を向けるというプロセスは変えられない。

 ならば、そもそも補足させずに能力を空振りさせ、煙の外側から一方的に攻撃する。
 能力戦における解の一つだった。

(情報によれば、一人いた機関の刺客か? 面白い……!)

 フォースリーは迷わず、定石となっている対処を取った。つまり、塗料状のオーラを撒きつつ、
全力でその場から駆け出したのだ。
 煙幕を使う相手なら赤外線などで、一方的にこちらの位置は捕捉している可能性が高い。
 それなら、布石を撒きつつ、狙いにくくなるように行動を取るしかない。

 一方で、二階から発煙筒を投じたミルストも、定石だけに正確にフォースリーの行動を予期していた。
 能力戦は一に情報、二に索敵だ。こちらが、先に捕捉した時点で、戦闘はほぼ終わっている。

 そもそも、ミルストはまともに勝負してやる気など無かった。

540 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:59:21 ID:ay5xstto0

(煙は巨大なスクリーン代わりにもなる。これで終わり……!)

 これがミルストが発煙筒を用いた、もう一つの理由。
 彼女が前方に手を伸ばして、操作機の付いた指先を動かせば、空中を哨戒させていたドローンが下降、
備え付けられたレンズを、フォースリーを覆う煙幕へと向けていた。

「――映像照射。panorama発動!」

 躊躇なく、チェンジリング・デイ以前でも最大級の兵器、BLU-82――
 かつて米軍が保有していた、『デイジーカッター』と通称される航空爆弾の起爆映像を再生、実体化させた。

 当時としては、核に誤認されかねない規模、爆破半径はおよそ1.5km程度といわれる。
 もちろん、自身を範囲から外す事を考えれば、相応に縮小して再生する必要があったが。

 音声のない映像データを使用したため、爆炎は無音で研究棟の外側を薙ぎ払っていた。
 吹き飛ばされる土砂の音が響き、衝撃で研究棟の窓ガラスの大半が粉砕される。

「い、一撃……!」

 能力によって"無敵"となっている衛が、割れた窓からその光景を眺めていた。
 赤い爆炎が膨れ上がったのは一瞬だけ、後は炎を呑み込むように煙が広がっていた。

「あれは、生きてねぇだろうな……」

 若干、窓から離れた位置で、陽太が呟いていた。
 直接的に爆破の瞬間を見た訳ではないが、建物自体が衝撃で揺れていた。
 到底、人間が生還できるような威力ではない。

 やがて、煙が徐々に晴れていき、焦土と残り火が露わとなっていく。
 そこには、おびただしい量の赤黒い血痕が一部は干乾び、一部はグツグツと煮え滾っていた。

「……っ!」

 視界が開け始めた所で――残された煙の中から、"赤い"オーラが放射された。
 上空から、地上を見上げていたドローンを絡めとり、爆発させる。

「いけない、下がって……!」

 警告とほぼ同時に、赤いオーラが研究棟の一部を染め上げ、爆発へと変化させる。
 ミルストが居た周辺で閃光と炎が吹き荒れ、彼女の姿を飲み込んでいた。

541 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:00:38 ID:ay5xstto0

「やってくれる……! だが、駆け引きは私の勝ちのようだ」

 外側の煙が晴れれば、フォースリーは未だ健在だった。
 白衣は破損し、無残な姿となっている。もちろん直撃を受けて無事、という訳ではない。

 危険な能力発動を察知し、"青い"オーラを介して、周囲の地面を鉱物や冷気に変成。
 完全にとまでは行かないが、熱と衝撃の双方を遮断したのだ。

 少々過剰だった血痕も"赤い"オーラの産物であるし、都合よくフォースリー周囲の煙が
晴れるのが遅れたのも、残り火を装ってオーラで火を焚いた為だった。
 結果として、完全にミルストを欺く事に成功した。

 これで敵の最大戦力は潰えた。余裕の表情で、フォースリーが歩みを進めようとした時。
 ミルストが居た周辺、能力による爆破地点に、見慣れない銀光が輝いている事に気が付いた。

「盾……守護の仮面か!?」

 守護の仮面、吉津桜花の昼間能力『身代わりの盾』。
 耐衝撃、抗能力の性質を持った盾の具現と同時に、庇護対象と認識した相手と自身の位置を入れ替える。
 本来、昼の能力は使えない時間帯。無理を認めるように、盾は消失していた。

 フォースリーは危機感を覚えていた。
 攻撃が弾かれたのは良い。守護の仮面といえば、護衛能力で選抜されたエリートのはずだ。
 いかに強力な能力を用いても、一撃で突破という訳にはいかない。

 だが――入れ替わった、機関の刺客はどこ消えた?

「はっ――!」

 研究棟一階、割れた窓から飛び出すように、ミルストが果敢に距離を詰めていた。
 鋭く息を吐きながら、機関性のブレードを抜き放ち、フォースリーに襲い掛かる。

 あらかじめ、桜花は一階に先回りして、棟内の監視カメラか何かで状況を把握して入れ替わった。
 そこから繋がったのが、この奇襲だ。

 フォースリーもまた、軍用ナイフを抜き放ち、抵抗するが特性の刀剣はそれを両断していた。
 切り裂かれた刀身が回転しながら宙を舞い、焦土へと突き刺さる。

542 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:01:36 ID:ay5xstto0

「くっ……! だが、ドローンは破壊した! この能力には対抗できまい!」

 不利を認めながらも、フォースリーは飛び退きながら、横線を描くように青いオーラを撒く。
 ミルストはそれを寸前に回避。オーラを浴びた地面に触れる事はない。

「――貫け」

 だが、回避も織り込み済みだった。地面が変成され、氷の槍となりミルストを貫く形で伸びていた。
 こうなれば、さらに飛び退いて回避するしかない。

「やはり、厄介……!」

 氷の槍から逃れるも、次々と氷の量が増え、今度は壁を形成していた。
 拳銃を抜き放ち発砲するが、それを見越して形成された、高密度の氷は撃ち抜けない。

 ミルストは歯噛みしていた。
 ここで押し切れなければ、強力な能力の行使を許してしまう。

「てぇぇぇい!」

 そこで、さらに第二の刺客がフォースリーを襲っていた。
 咄嗟に二階から飛び降りて、戦闘に桜花が参戦したのだ。

「ち、次から次へと……」

 突き出されたスタンロッドを今度は腕を打ち払う形で対処し、能力で反撃しようとするが、
今度は位置を変えたミルストによる発砲に反応せざるを得なかった。
 一瞬で射線から外れ、銃弾は宙を貫いた。フォースリーは桜花からも離れ、状況を仕切り直す。

「吉津さん! なぜ、ここに……! それに先ほどの昼間能力は……」
「話は後です。今はあいつを、やっちゃいましょう!」

 ミルストの疑問を、桜花は意気込んで後回しにしていた。

 結論から言えば、ミルストが部屋を離れた後、代樹は保険を掛ける事を提案していた。
 先回りする桜花が大変だったのだが、人使いが荒いのは、いつもの事。
 だが、それがミルストの命を救い、今この状況へと繋がっている。

543 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:03:55 ID:ay5xstto0

「代樹が考えたプランB――あいつ、フォースリーの能力は白兵戦での扱いが難しいんです。
 直接、生成物を操れる訳じゃないから、大規模破壊だと自分を巻き込んでしまう。
 だから――二対一で押し切りましょう!」

 的確な分析に、妥当な作戦。だが、それでも簡単な事ではない。
 だが、困難を知りつつも桜花は希望を見出していた。

「くくっ……本気で、この能力に抗えるとでも思っているのか。
 少々、頭を捻った程度で? もし、そうであるなら、この世界は今のような形ではない」

 桜花とミルストを、自分自身を、そして世界そのものを嘲笑するかのように。
 フォースリーはかすれた低い声を漏らしていた。

「強大な者は奇跡を独占し、世界を蹂躙する。
 一方で、たまたま奇跡に選ばれた人間は、ただの人間では居られない。
 それを知恵や技術が覆したとでも?」

 かつて、川端輪にも見せた狂的な一面をフォースリーは露わにしていた。
 興奮に眼球を血走らせて、天を仰ぎ見ていた。まるで、神でも弾劾しているかのように。

「あなたの思想がどうあれ、この状況は……」
「いえ――」

 覆せない、とう桜花が主張しようとした所で、ミルストが遮っていた。
 フォースリーの周辺には、"赤い"オーラが展開されていた。今度は炎でも、爆発でもない。
 地面でも所持品でもなく、オーラは当人を塗り潰していた。

――自分自身の変成

 "赤"は熱量だけの色ではない。血液がそうであるし、毛細血管の影響から筋肉繊維を始め、
人体そのものを象徴する色でもある。
 さすがに骨格の変更は効かないが――この能力は人体改造すらも可能とする。
 あくまで外付けなのだろうが、フォースリーの肉体が膨れ上がり、怪物的な真紅の姿へと変貌していた。

 さらに怪物の手先から、"青い"オーラが雫となり零れ落ちた。
 それは地面を塗り替え、グレイブ。西洋における一種の薙刀を形成していた。
 青銅や青金という言葉があるように、"青"は武器の製造すらも可能とする。

「その細腕と貧相な武器で、抗えるものなら抗ってみるがいい!」

 焦土の光景や、焦げ臭い空気を引き裂くように。
 能力がある世界によって生み出された、真紅の怪物は蒼のグレイブを構え、咆哮していた。

544 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:07:22 ID:ay5xstto0
自分はちょっとしか居なかったのですが、ここ元から少数で間を保たせている所がありますよね
比留間慎也博士の名前遊びは気付かなかった……今さら対応させるのも変なので、
この作品では比留間博士で統一してしまおうかな、と思います

フォースリー戦は(色)の○○でサブタイトルは考えているのですが、
彼が扱う色は三色+αなので、リミッター掛けずに書いていると色が足りるか若干、不安に

以下はそろそろ全貌が見えてきたので、キャラ設定です

545 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:08:17 ID:ay5xstto0
名前
通称:フォースリー
本名:???(未設定)

解説
 『クリフォト』主要構成員の一人。冷酷な人物。
 頬がこけた神経質そうな男、服装は白衣やスーツを好んでいる。
 チェンジリング・デイ以前はルジ博士の部下であり、改造人間技術の前身となる研究に携わっていた。
 裏社会に転落した経緯から、"能力が存在する世界"そのものに不信と憎悪を抱いている。

 『クリフォト』が存在しない時間軸では――
 やはり同じ経緯で堕落しており、ルジ博士のそれには及ばないものの、
 旧式の改造人間技術を売りに、裏社会でフリーの技術者として転々としている。
 『クリフォト』所属時ほどでないにせよ、強大な能力から彼の技術を独占する試みには成功例がない。

昼の能力
名称…『幻像を発生させる』能力
 ある種の立体映像、幻像を配置する。幻像は物理的な衝撃を与える事で消滅する。
 いわゆる幻覚とは別物で、光学的に実在する偽物でありカメラなどにも映る。
 静止画のみだが、相手の目を欺くように連続で配置すれば、動いているように錯覚させる事が可能。
 とはいえ、高度な応用のため、予め練習したパターンでしか動かす事ができない。

夜の能力
名称…『現実を塗り潰す』能力
 『赤』『青』『緑』、三種の塗料のような性質を持ったオーラを放射し、現実を塗り潰す。
 このオーラで塗り潰した物質は、物的な性質を失い、対応した色が象徴する現象や物質に、
置換する事ができる。『赤』なら爆発、『青』なら氷など。
 目安としては、軽い放射で一軒家程度の質量に変化させる事が可能。

 また、鑑定士によって幾つかの制限が指摘されている。
・発生させる事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・観念的なものや生物は発生させる事ができない

 狙いを付けるのに便利なため、フォースリーは手先からオーラを放射する事を好むが、
オーラの発生点は自分周囲の空間なら自由であり、必ずしも手は必要としてない。

投下は以上です

546 ◆VECeno..Ww:2019/05/10(金) 01:53:05 ID:AS66dlMA0
温度操作とかかと思っていたら色の能力! 汎用性が適度に高くて使いやすそうです。
しかし赤青はイメージしやすいですが緑が象徴する生命でも観念でもないものって意外と思いつくの難しい。
いったい何を繰り出してくるのか……

>名前遊び
自分の投下したキャラって名前が伏線と評されるほど割と直球なネーミングばっかりなんですよね。
(自分はこじつけでもいいので何かしらの意味を仕込んどかないと自キャラの名前すら自分ですぐに忘れちゃう性格なので……)
ディアナお嬢様もやはりこのタイプのネーミングと言えます。
夜の性格は……まあ能力が昼の性格に影響してるって書いてますからね。必然的に違う面を見せてくれるでしょう。

>フェイタリティさん
出番これで終わりなのは本当に勿体ないのでまた出したいw

547 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 00:21:13 ID:56cCFvhQ0
続き(たしか7話)は何とかお見せできる体裁にはなりましたが、もう何日か使って推敲したい。
陽太vsサドーヴニクの闘技場バトル回の予定です。

548【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:25:30 ID:56cCFvhQ0

「選手入場!」

ステージへと続く二本の花道に、二人の選手が足を踏み入れた。

「東サイドからは華やかな闘いで人気を博す、バルト三国一の御嬢様、“サドーヴニク”! 
能力を既に知ってる方はネタバレしないでくださいねー!」

観客に手を振りながら現れたサドーヴニクの装いは昼間とは随分と変わっていた。
リトアニア特有の民族衣装風モダンベストに、如何にも動き易そうなズボンと登山靴。
頭を覆う兜と各所のポイントアーマーには草花の意匠を取り入れつつも彼女が闘士である事を対戦相手に思い出させた。
昼間と同じ格好で出場していても彼女はかなりの人気者になれるだろうが、それは流石に執事が止めるだろう。


「西サイドからは今回初出場! 『神の理に叛く能力』の正体とは!? 期待の新人“ムーンリッター”!」

満を持して会場に岬陽太が現れた。
両手にはERDO特製の断熱手袋を嵌めている。手袋越しに彼の能力を使える薄さの上、熱い物を持っても簡単には火傷しない。炎に晒されても十秒程度なら耐えるであろう高性能の代物だ。
腰から下げたパチンコは、武器としてはスリングショットと呼ばれる。原始的なぶん壊れにくく扱い易い射撃武器だ。
ムーンリッターは手に持っていたコーラの瓶を一気飲みした後、ポケットから取り出した半透明の飴玉を宙に投げ上げて頬張った。
挑発じみた品の悪いパフォーマンスだろうか? 否、これは彼の能力を鑑みるに合理的な行動である。

「塩飴……」
観客席で様子を眺めていた水野晶はすぐに思い当たった。
“月下の騎士(ムーンリッター)”こと陽太の能力は、使えば体内の栄養素を消費する。そこで長期戦にもつれ込んだ場合に備えて追加の栄養源を持ち込んだのである。
ブドウ糖、ナトリウム、カリウムなどを主成分としたスポーツ用の飴。これらを水に溶かした液体は迅速に体内へと吸収される。

コーラの方はよく分からないが、水分と糖分が豊富な事は確かだ。


「実況と解説はいつも通りフェニックスとパイモンがお送りして参ります!
今回のフィールドは……ご覧の通り、岩場です!」

野外の岩場が再現されたステージ。幾つもの岩が視界を遮り、高低差が大きく、最も低い位置の床にも砂利が敷き詰められており、足場は大変悪い。
幾つかの場所には人工的な泉があり、給水ポイントに出来そうだった。

このフィールド設定は事前に知らされていたため、両選手は登山に向いた靴を用意する事が出来た。

「今回はムーンリッターが初登場という事もあって、異能力はお互いに非公開のルールです! 
異能力を推理するのもまた異能力バトルの醍醐味でしょう! 
……両者、位置についたようですね。それでは試合をお楽しみ下さい! レディー・ファイト!」

549【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:29:21 ID:56cCFvhQ0
陽太……否、もはや陽太と呼ぶのは適切ではあるまい。
ムーンリッターとサドーヴニクは、互いに相手が見えない位置から試合を開始した。

「相手が何処にいるか分からないのかそれなら……」
ムーンリッターは近くの一番上の岩をよじ登った。高所の確保は兵法の基本である。
視界を確保して状況を把握できるようになれば戦闘は格段に有利になるし、
相手に見つかっても足場そのものを遮蔽物にして防御・退避できる。

「お互いに見えない状況、両者どう動くのか?」

一方のサドーヴニクは、砂利の上に何かを撒きながら低所を移動して、泉の方へと向かっていた。
給水地点を抑える計画のようだ。

余談だが、「泣いて馬謖を斬る」という故事成語の語源になった戦いでは、
馬謖は高所に陣取ったものの水源への道を断たれて敗北したと言われている。
定石通りに動いても勝つとは限らないのが戦いの難しい所である。

会場のオーロラビジョンはフィールドからは見えない位置にあり、試合参加者はお互いの様子を知る事はできない。
実況役も出場者に情報を伝えないように細心の注意を払っている。

試合開始から約5分後、ムーンリッターは2個目の塩飴を舐めながら、岩場の下にサドーヴニクを発見した。

(見つけた……!まずは小手調べだ!)
ムーンリッターが右手の指を揃え、右腕を上段に構えて独特な投擲の姿勢を取る。

『食材を生成する能力』、《ゴッドリベリオン》!

ムーンリッターが右腕を振り抜く最中、手の中に棒状の木片が出現し、慣性を以て指から離れ、サドーヴニクへと飛んでゆく。

だがこの攻撃は読まれていた。

(ふふ……物音で丸分かりよ)

サドーヴニクは腕の小盾を構えて投擲物を弾いた。
昼間のような呑気さは感じられない鋭い動き。パンデモニウム闘士としての彼女の顔だ。
だが身のこなし程度ではムーンリッターの戦術的優位は変わらない。ムーンリッターは相手の防御動作に構わず何本もの追撃を放つ。

「先制攻撃をかけたのはムーンリッター! サドーヴニクは防戦一方だ!」

550【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:35:26 ID:56cCFvhQ0

「この投げ方は直打法と呼ばれる日本の武術特有の投擲技術です。
普通の投げナイフは縱回転を繰り返しながら飛びますが、日本の手裏剣術では回転を抑えて軌道の安定するこの打ち方が好まれます」

戦局が動かない内にパイモンが手早く解説を加える。

ダーツのように矢羽根がついていない限り、物体をそのように投げるのはかなり難しく、習練とセンスが必要だ。
しかし逆に、この技法をマスターすれば、箸や棒などのありふれた物体にも殺傷力を持たせて投げる事が出来る。
そして今回武器としてムーンリッターが選んだのは……

「シナモンスティック!」
サドーヴニクが誰よりも早くその正体に気づいていた。
「そうですね。香辛料の一種、シナモンの乾燥樹皮です」
ステージに器用に隠された小型マイクから音声を拾ったパイモンが応答する。

クスノキ科ニッケイ属、シナニッケイ。
香辛料の王様と呼ばれるシナモンはニッケイ属の樹の皮を乾燥させた香辛料である。
中でも硬い樹皮を持つシナニッケイは加工する器具を逆に傷つける事もあるという。

「これが神矢シナモルガス・フェザーだ! たっぷり味わえ!」

ムーンリッターは両手で続けざまにシナモンスティックを生成し、投擲する。
パイモンは数ある固い食材の中からシナモンスティックが選ばれた理由を既に推測していた。

ムーンリッターの能力は代償として相応の栄養を消費する。
生成した物を自分で食べても腹の足しにならない程度には。
しかしシナモンスティックは香りづけに使われるだけで、スティック自体は食べられない。
その成分の大半は人体には消化不可能な食物繊維。そのため栄養消費を抑えて戦えるのだ。

栄養以外にも何らかの制限がある可能性も否めないが、さしあたっては前哨戦で使い捨てできるほどローコストで生成できる事は間違いない。
しかしこれを解説してしまうとムーンリッターの能力の秘密をばらしてしまう事になるため、パイモンは敢えて黙していた。
能力は皆に、特に対戦相手に頑張って推測してもらった方が、概して試合は白熱するものだからだ。

551【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:40:12 ID:56cCFvhQ0

「反射系能力は無し、と。このまま押しきれるか……?」
ムーンリッターは本命の弾を撃つべく腰のパチンコに手をかける。
と、そこに予想だにしなかった奇妙な感触がした。

目をやると、パチンコの木製の柄から蔦が芽吹き、脚に根が絡み付いていた。

「……!」

こんな不可解な現象が起きるのは、相手の能力、それ以外にあり得ない。

「ふふ。ムーンリッター。やはりあなたは“食べ物の神様”の力を借りているようね」
サドーヴニクはムーンリッターに向かって微笑んだ。
「いやそんな設定はないけど!」
厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。

「でも私の授かった力は“森の神様”の力。──目覚めよ!」
ムーンリッターの抗議を無視してサドーヴニクは能力を行使する。


『草木を生やす能力』、《メデイナ》。


「ぐぉっ!」

長い蔓がムーンリッターの手足を絡め取った。
蔓から生える無数の棘が身体に食い込み、ムーンリッターは呻きを上げる。

バラ科バラ属、ギガンティア。

ロサ・ギガンティアと呼ばれる世界最大の薔薇。
野生環境下では強靱な鉤状の棘で高さ20m以上の木にもしがみ付く蔓植物である。

バラ属の植物が持つ棘は、植物本体の形状も相まって、生物の行動を制限するには効果的であり、
園芸の分野では害獣避けに薔薇が植えられている例もある。

「さあ、神々の戦いを始めましょう」

サドーヴニクの月色の瞳が魔力を帯びたかのように輝いた。

552【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:47:41 ID:56cCFvhQ0

だが、ムーンリッターも負けていなかった。

「ああ、残念だけど、俺は神様なんかじゃねえ。俺は神に背く者だ!
 打ち砕け! ──ゴモラの雹雨!」

決め台詞と共にムーンリッターの手から白い物体が大量に零れ落ちた。
地を這う白煙を纏ったそれは、薔薇の蔓をたちまち凍らせてその細胞壁をぼろぼろに粉砕した。

その正体はドライアイス。二酸化炭素を凍らせた物質。
昇華点は約-80℃。普通の生物が触れれば数秒で凍傷に至る。
大気中に存在すれば周囲の水分が凍りつき、氷の靄を発生させる。これが白煙の正体である。

そしてドライアイスはただの二酸化炭素の塊であるため、栄養価は当然ゼロ。

「あっつー。足にちょっとかかった」
凍り付いた蔓と根を引きちぎったムーンリッターは続いて岩の淵に立ち、目一杯に両手を伸ばすとドライアイスの雪崩を崖下に放った。
乾いた氷と白い煙が人工の谷を埋め尽くす。
南極に匹敵する極寒世界、かつ寒さを凌いでも高濃度の炭酸ガスが中毒を誘う死の谷が完成した

……かに見えた。

白い煙の向こうから次々と木々が生え伸び、煙の代わりに谷を埋めていった。

「植物は二酸化炭素を吸って栄養にできるって知ってたかしら?」

岩や砂利の地形から芽吹いた木々がドライアイスを堰止め、木の梢にサドーヴニクを乗せて成長し、高所に避難させていた。
サドーヴニクが試合の最初に撒いていたのは、言わずもがな植物の種と肥料だった。

マメ科コームパシア属、メンガリス。
クワ科イチジク属、オオイタビ。
ウツボカズラ科ウツボカズラ属、キエリウツボ。
      ・
      ・
      ・

熱帯多雨林の植物の多くは、土壌の乏しい岩場でも生育するよう進化している。
激しい雨により土壌が流出しがちで、残った土壌の養分も生態系全体の活発な生命活動に対して不足するためである。

先程まで極寒の世界だった谷はいつの間にか花咲く森林と化していた。

553【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:51:13 ID:56cCFvhQ0

「これはサドーヴニク選手、ムーンリッター選手のドライアイスを上手く利用しましたね。
「素朴な疑問なんですが、ドライアイスって食べ物なんでしょーか?」
「ええ、理論上はありえます。炭酸の元ですから」

これこそ、いつぞやの能力研究所でムーンリッターに振る舞われた謎の飲み物、その微炭酸の正体だった。
ドライアイスを溶かして炭酸飲料にする事で、ドライアイスが食材扱いとなったのだ。

しかしその成分である二酸化炭素が今回は仇となった。
植物が普遍的に持つ生体能力、 光合成。二酸化炭素と水を吸収して酸素と糖分に変換する。
光合成で出来た糖分に、地中や大気中の窒素を組み合せて植物性タンパク質を形成する事で、植物の体は成長する。
その生理作用がサドーヴニクの能力により促進された結果、谷を埋め尽くしていたドライアイスはほとんど吸収されてしまったのだった。

しかし、ムーンリッターはまるで計算通りとでも言うかのようにニヤリと笑った。
よく見ると彼の足元近くから谷底へ向かって、岩の上に黄色く輝く一筋の線が延びていた。

「あれは……ムーンリッターの足元から何かが出ています!」
「ドライアイスに紛れこませて既に撒いていたようですね。次の布石を」

「光合成くらい知ってるぜ。二酸化炭素を吸って酸素を吐く。
でもそれって物が燃えやすくなるって事だよな!」

ムーンリッターは黄色い線の端に手を当て、勢いよく指を鳴らした。指先から青い炎が上がった。

「その布石とは……燃える石、硫黄です」

青い炎は岩肌についた硫黄の筋を導火線として谷底まで伝わっていき…

「焼き尽くせ! ──ソドムの硫火!」

…充満していた酸素と植物群を燃料として爆発的に燃え広がった。

554【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:56:20 ID:56cCFvhQ0

「硫黄の結晶は黄色ですが、発火すると青い炎を上げます。ちょうど今皆さんがご覧になった通りです」
「サドーヴニクは相手の能力を『食べ物の神様の力』と推定していましたね。硫黄って食べられるんですか?」
「ええ、普通は食べられません。では何故ムーンリッターは硫黄を生み出せるのか。この謎がこの試合のキーポイントの1つになるかもしれません」

パイモン達は慎重に言葉を選びながら実況と解説を進める。
能力についてはその対戦相手も推測できる範囲で話すのが一つの目安である。

「……温泉卵では」
試合を見ていた晶は思い出した。
ムーンリッターは昼間、クロケル温泉プールで点心をサドーヴニク達に振舞っていたが、相応に空腹になるため、彼自身の腹はそれでは満たされない。
別途、何かを食べる必要がある。
そしてその日の昼食に彼が食べた料理の中には……確かに温泉で茹でた卵があった。

硫黄は火山地帯や温泉地帯でよく結晶している鉱物だ。
それが温泉の湯を使った料理に紛れ込んで、隠し味として機能してもおかしくない。

厳密には、元素としての硫黄なら、人体にもアミノ酸に組み込まれる形で合計100gほど存在している。
しかし温泉に析出した硫黄結晶のうち、温泉卵に染み込んで人の口に入り、人体に吸収される比率となるとまた別の問題だ。
すなわちこの場合もシナモンスティックと同様、栄養素はごく僅かしか消費しないと言える。


強烈な臭いが周囲に充満していた。
しばしば腐った卵と形容される硫化水素の臭気。
そして鼻を刺す二酸化硫黄の臭気。

「まるで“あの日”の再来ね……」

足場の木を揺るがされたサドーヴニクは、意味をどうとでも取れる言葉を意味深に呟きながら、火と煙がまだ及んでいない岩の上へと飛び移った。

ムーンリッターのいる岩の上へと。

接近戦と言って差し支えない距離で、両者は対峙した。

火を放ったムーンリッター自身も、火災に巻き込まれれば当然命が危ない。(なお、ドライアイス地獄にしてもそうであった)
試合フィールドのうち、両者が行動可能な場所は限られている。

決着の時は近い。

Fortsetzung Folgt...

555 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:00:17 ID:56cCFvhQ0
あとがき。
書き終えた後に思ったのですが、飲物の材料も食材って言いましたっけ……?
まあデジタルリマスター版(?)では議論の余地を無くすためフルーツポンチとかに差し換えられると思います。

これが二年の時を経て中二病も悪知恵もパワーアップした陽太の戦いだ! 
というコンセプトで書いています。そして試合は後半へと続く……

以下、補足など。

556 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:01:22 ID:56cCFvhQ0
《メデイナ/Medeina》
【意識性】【具現型】
『草木を生やす能力』
サドーヴニクの夜間能力。
植物を任意の方向へ成長させたり、植物質の物体に生命を吹き込み植物を生やす。
副次効果として自身が知覚した植物質の物体の素材を鑑定も可能。
また、接ぎ木のようにして元の材質とは異なる植物も生やせる。
実は昼間の能力と地味にリンクしており、昼間にたくさん日光を浴びているほど髪に能力エネルギーが蓄えられて強力になる。
近くに水や土壌など、生やす植物の生育環境に適した地形があればエネルギー消費を抑えられる。

反動として自分が神様に選ばれていると思い込むタイプの厨二病になる。

557 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:03:33 ID:56cCFvhQ0

・神矢シナモルガスフェザー
シナモルガスは中世ヨーロッパの伝承に登場する、シナモンの枝で巣を作る東洋の怪鳥。
中世ヨーロッパの人々にとってトルコ以東は魔域も同然だった事が伺える。

・ソドムの硫火とゴモラの雹雨
最初に断っておくとチェンジリングデイの別の長編に登場する超兵器とは無関係。
旧約聖書には神罰としてよく硫黄の雨と雹の雨が登場する。
なお、ソドムとゴモラは硫黄の雨で滅ぼされた都市だが、
ゴモラを雹に対応させる着想が手塚治虫の漫画『三つ目がとおる』に見られる。

558 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:06:45 ID:56cCFvhQ0
今回の投下は以上です!

559 ◆peHdGWZYE.:2019/05/24(金) 03:09:30 ID:/tqmUfJk0
>厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。
これは笑う

かなり応用性が高い能力同士の対決。きちんと陽太、武装しているみたいですね
やっぱり装備+能力で戦った方が、応用の幅も広がりそうです
ドライアイスは想定の範囲内ですが、まさかの硫黄!
グレーな気がしますが、温泉卵の風味は確かに硫黄成分でしたね

サドーヴニクも探せば、一撃で戦闘不能にできる応用がありそうですが、はたして……
しかし、昼夜共に人格に影響を与える反動って、かなり大変そう

こちらは過程で消化したい事が多くあって、頭を抱えている状態……
とはいえ、書けば進むので、たぶん大丈夫でしょう

560 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:19:37 ID:J/3fMu0E0
ロサ・ギガンティアのところはイラクサなどの有毒・有棘の植物を生やして毒攻撃というプランもありましたが、
生半可な棘ではムーンリッターの手袋を貫通できないかもしれないので(サドーヴニク主観)、劇中ではロサ・ギガンティアが選ばれました。

有毒植物もいろいろと調べてみたのですが、
食べて始めて害があるものだったり、棘が手袋を通りそうに無かったり、相手の所有物から生やすには不向きな形状・大きさだったり、
紫外線を浴びないと毒性を発揮しなかったり(メデイナは夜間能力な事に注意)と、即死級の攻撃手段を探すのは中々大変です。

相手の消化管内にある(食べた)植物質を対象に出来れば凶悪なのですが、一応設定としてはメデイナではそれは出来ないという事で。
敵の体内への直接干渉は多くの能力で暗黙のタブーになってる気がします。


硫黄がグレーっぽいというのは実は鋭い感想で、
温泉卵のくだりだけ晶さん視点っぽく書かれてるのには理由があったのです。
実は温泉卵由来は劇中の真実ではなく、硫黄結晶は後述する別ルートからの生成物です。

というわけで試合後半をお楽しみ下さい!

561【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:28:29 ID:J/3fMu0E0

サドーヴニクはムーンリッターから2メートルほどの距離にいた。
見た所、武器のようなものは持ち合わせていない。しかし格闘技の構えにも見えない。

ムーンリッターは警戒した。最も考えられるのは何らかの植物を具現化し即席の武器にする事。
つまり自分と同系統の戦闘スタイル。

この距離では攻撃の規模よりも素早さと精確さが重要になる。また、飛び道具の優位はない。
足元は岩場。新たに何らかの種が撒かれた様子もない。薔薇の生えたパチンコは谷底へ処分した……。
ムーンリッターが束の間思案している間に、先手を打ったのはサドーヴニクだった。

「芽生えよ!」

サドーヴニクは踏み込みながら素早く右手を振るう。
ファンタジー作品でよく見る魔法の杖のような先端が巻いて瘤状になった形状の木の杖が、
彼女の掌の内から伸びるように出現し、振り抜いた慣性でムーンリッターを打つ。

ヒユ科アカザ属、アカザ。
1mほどの長さに成長するその茎は秋になると固い幹に変じ、古来より杖の素材として使われてきた一年草。


「くっ、聖盾アッシュ・マナ!」

ムーンリッターの手に現れた、弾力のある灰色で作られた盾状の物体が、打撃を受け止め、衝撃を吸収する。

その正体は、日本人なら一目で分かるだろう。

(コンニャク……?)

植物の鑑識眼を持つサドーヴニクも気づいたようだ。

サトイモ科コンニャク属、コンニャク。
その地下茎に実る芋を、擂り潰し灰汁で似る等の多数の行程を経て得られるグミ状の物体が、食品としてのコンニャクである。

コンニャクの芋を飢饉の際の栄養源とする試みは文明の早期に頓挫したと考えられる。
日本には漢方薬として伝わってきたものが、口に馴染みやすいよう加工成形の工夫が重ねられ、江戸時代頃から健康食品として庶民に広まっていった歴史を持つ。
その主成分は人体では消化不能な食物繊維であり、そのため栄養価は極めて低い。
即ち、これもローコストで大量に具現化できる食材である。
それが瞬時に2kgほど生成されたのだった。

攻撃が防がれ、反撃を警戒し退いたサドーヴニクに対してムーンリッターはすかさず追撃をかける。

「魔槍シュガーケーン!」

竹槍のような物がムーンリッターの手に召喚され、サドーヴニクの杖を打ち払った。

562【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:32:54 ID:J/3fMu0E0

イネ科サトウキビ属、サトウキビ。
砂糖の原料として有名な栽培植物。内部に砂糖を貯め込むその茎は竹に似て固く、数メートルの長さにまで成長する。
この茎を適度に切り詰めたものをムーンリッターは具現化し、両手で振るっていた。

戦闘は一般的にリーチの長い攻撃手段を持っている方が有利である。
射程で劣る方は相手の攻撃を掻い潜る一手を踏んでからでないと攻撃に移れないからだ。

しかし異能力の効果範囲が絡めば話はそう簡単ではない。

「目覚めよ!」

サドーヴニクの合図でサトウキビの茎のあちこちからイレギュラーな根や葉が生じた。
異能力による遠隔武器破壊。
再び手足を絡め取られそうになりバランスを崩したムーンリッターは魔槍を放棄する。

「森の女神を相手に木属性の攻撃は利敵行為よ。ムーンリッター」
試合を見ていた遥がコメントした。どうやらムーンリッターという呼称の響きを気に入っているようだ。

サドーヴニクはその気になれば足元に散らばるコンニャクにも生命を与える事が出来た。
しかし戦局がそれを許すとは限らない。
能力に集中していると相手の攻撃に対して無警戒になる危険性がある。


「今だッ!」
「きゃっ!」

ムーンリッターは不意に黒い粉末を投げつけた。
攻撃の動作途中での具現化は、必要な物を隠し場所から取り出す時間を食わないため、隙を衝きやすい。
黒い粉末の一部がサドーヴニクの目に入り涙を誘う。

(この攻撃は……!?)

黒胡椒ではない。
サドーヴニクにはその成分のうち1つしか分からなかった。木炭、すなわち炭化した植物。
残り2つの成分は……少なくとも植物質ではない。

そしてサドーヴニクの分析能力がここに来て仇となった。
分析に気を取られた事が、さらなる隙を生み出す事に繋がった。

隙が出来たサドーヴニクの胸部にムーンリッターは追加の黒い粉末を押し付ける。

必殺技の準備は整った。


「爆ぜろ! 『午後の死』!」


掛け声と共に、黒い粉末はムーンリッターの指先近くから発火した。
爆音と硝煙が周囲の大気を満たし、サドーヴニクの心臓は鼓動を止めた。

「決着です!」

試合終了が告げられ、同時にフェニックスがジェットパック(一人用の飛行装置)で決着の場に急行した。

563【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:36:36 ID:J/3fMu0E0


一体どんな食材を使ったらこんな芸当が? 

ムーンリッターの能力を『食材を具現化する能力』と推測していた観衆たちは騒然としていた。

粉塵爆発説、能力とは無関係な持ち込み武器説、実はチート能力説などが囁かれる中、パイモンによる能力解説が行われた。



「20世紀の文豪アーネスト・ヘミングウェイが考案したカクテルの1つ、

『Death of the Afternoon』には、非常に奇抜な材料が使われていました。

──木炭、硫黄、硝石を混ぜ合わせて作られる、人類史上最初の爆薬、黒色火薬です」


日本では火薬に分類されているものの、科学的には音速以上で燃焼するよう調合された物は爆薬に分類される。
ガンパウダーとも呼ばれ、かつては銃砲に使用されていたが、爆発力が高すぎて銃身を破損するリスク、そして爆発時に発生する大量の硝煙の煩わしさから、近代には他の火薬類に取って代わられた。
その点を踏まえると、敵に投げつけて爆発させるのはある意味賢い使用法と言える。

「着火に使われた食材は、液体の食塩です。
食塩の主成分、塩化ナトリウムの融点は約800℃。
大抵の可燃物なら発火する温度です。先程の硫黄への着火も実は液体食塩の仕業でした」


「ソドムに塩とは因果な事を考えたものね。ムーンリッター」
と遥がコメントした。


黒色火薬と液体の食塩、これが研究所でムーンリッター達に振る舞われた謎の飲み物に入っていた隠し味の正体だった。
もっとも、液体の食塩は冷やされれば普通の食塩と変わらないが。
硫黄結晶も、温泉卵という不確実な由来ではなく、これの原料として生成したと思われた。


メインウェポンにするには厳しいと評されてきたムーンリッターの能力は、遂にその雪辱を果たした。

564【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:41:56 ID:J/3fMu0E0

サドーヴニクの蘇生処置が終わった後、
ムーンリッターもフェニックスによる回復措置を受けるかどうかを訊かれていた。

「その能力、腕だけ回復ってのもできるんだったよな?」

ムーンリッターの右手は爆発で吹き飛んでいた。
至近距離での爆発攻撃。その着火に使った右手を防護する手段は残念ながら無かった。

「勿論。試合前に触れてましたので」
「だと思った。じゃあ頼む」
この説明は試合前にも受けたものだった。どうやら幾つかの部位ごとに分けたリセットも可能らしい。
脳を対象に含めなければ記憶はリセットされないで済む。


フェニックスの夜間能力、《リカバーバック》。
その効果は、触れた対象を以前に触れた任意の時の状態まで巻き戻す。
パンデモニウム闘技場の運営を支える要とも言える能力だ。


「今日は良い試合だったわ」
サドーヴニクがムーンリッターに手を振りながら言った。
早急に蘇生された為、脳機能は無事だったようだ。
後遺症があれば脳もリセットする必要があるが、この調子ではどうやら大丈夫そうだ。

「こっちも結構危なかったぜ」
「服の材質によっては、ね?」
「やっぱり弄れるのかよ! 怖っ」

仮に相手の着ている服に植物繊維、例えば綿やリネン等の植物質のものがあれば、サドーヴニクはその服に植物を芽生えさせて攻撃する事が出来た。
服から毒草を生やされていたら勝負にすらならないほど悶絶していたかもしれない。
しかし残念ながら今夜のムーンリッターの服は100%合成繊維だったため、干渉できなかったのだ。

「でもそれを回避できた貴方は優秀な闘士に間違いないわ。
きっと直感で着てくるのを避けたのね。
これからの試合にも期待しているわ」
「ああ、よろしくな」
べた褒めされたムーンリッターは悪い気はしなかった。

お礼と格好付けを兼ね、ムーンリッターは治ったばかりの右手からドライフラワーを出して放り投げた。

バラ科バラ属、ダマスクローズ。
その香りから化粧品はもちろん、中東の料理や菓子の材料にも使われる名高い薔薇の品種である。

サドーヴニクは笑顔で薔薇を受け取り、生命を吹き込んでその花を再び瑞々しく咲かせた。

会場は拍手に包まれた。

565【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:43:33 ID:J/3fMu0E0

その夜から、黒色火薬を使ったオリジナルのヘミングウェイ・カクテルが、闘技場の名物の1つに加わった。
そのカクテルには、しばしば闘技場独自のアレンジとして、一輪の香り高い薔薇が添えられて提供されたという。

Fortsetzung Folgt...

566 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:49:39 ID:J/3fMu0E0
以下、補足

・聖盾アッシュマナ
コンニャクの食物繊維には何故か旧約聖書に登場する奇跡の食物マナにちなんだ名前がつけられている。消化できないのに!
本編中では生のコンニャクがぷよんぷよんと衝撃を吸収していたが、
脱水が不安なら高野豆腐のように冷凍乾燥して水分を抜きスポンジ状にした「こごみコンニャク」という食材もある。

・魔槍シュガーケーン
熱帯地域ではサトウキビの絞り汁がシュガーケーン・ジュースと呼ばれて売られている事がある。
屋台で頼めば人間が巻き込まれたら手足を失いそうな機械を使ってサトウキビの茎をバリバリ砕いて汁を絞る豪快な製法を見られるかもしれない。
なお、絞り汁は竹色をしていて甘くて美味しい。

・粉塵爆発
粉塵爆発をよく起こす砂糖や小麦粉やコーンスターチも食材ではある……が、普通の可燃物ではよほど大量に用意しない限り致命傷には中々ならない。
ましてや今回発動したのは爆発のエネルギーが逃げやすい開けた空間だった。
第一、これらの主成分は人体を動かす主要なエネルギー源、糖質である。無理に狙ったら陽太が餓死してしまいかねない。

・『午後の死/Death of the Afternoon』
別名ヘミングウェイ・カクテル。現在のレシピでは黒色火薬の代わりにアブサンを使うらしい。
なので陽太達が口にしたのはあくまでも博士の創作料理であり、アルコールも当然入っていない。
文系・歴史系の雑学は博士よりもサイファーの方が得意という裏設定があるので、そのあたりはサイファーの入れ知恵があったのかもしれない。

・液体の食塩
本編で解説されていたように大抵の可燃物が燃える上、アルミニウムなどの一部の金属も溶けてしまう温度なので、単純に相手に浴びせても強い。
とはいえ使い過ぎると低ナトリウム血症になってしまうと思われる。ムーンリッターが試合の最初に塩飴を舐めていたのはこれのため。

・ソドムに塩
旧約聖書ネタ。
壊滅するソドムから逃げる途中に後ろを振り返ってしまうと神罰が下って塩の柱にされる。
この話に限らず昔話で何かを見てはならない系の忠告を破るとだいたい碌でもない事になるようだ。この法則は『見るなのタブー』と呼ばれている。

・コーラ
試合前に陽太が一気飲みしたコーラをみなさんは覚えておられるだろうか。
コーラの糖分はサトウキビに、水分はコンニャクに、香料はシナモンの生成に消費されてその役割を果たした。
見事な陽太の戦略眼である。


今回の投下は以上です!

567名無しさん@避難中:2019/05/27(月) 00:53:49 ID:f79wrHZs0
乙です
ムーンリッターやるなー!

568 ◆peHdGWZYE.:2019/05/30(木) 02:51:51 ID:ptklyjNQ0
着火も手袋に何か仕込んであると思ったら塩。博士がいうフリーズドライ食材の応用ですね
何を飲ませたのか気になってはいましたが、黒色火薬!
カクテルはどこかで見た事がある雑学ですが、陽太の能力とは結び付かなかった……
人間って何でも食べる生き物だなぁと

死んでリセットって、試合後の会話が大変では? と、ちょっと思っていたのですが、
処置が早ければ、わりと大丈夫なのですね

569星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:11:59 ID:5j2hSxGs0
28.緑の鮮烈

 パチンと指を鳴らす音が巨大な氷の壁に当たり、阻まれた。
 比留間博士が能力を発動する際の意図的な癖だった。普段から発動条件を誤認させておけば、
いつか役に立つ、という考えだが、今の所はそうなった試しがない。
 効率的な能力運用と、厨二病との境目は曖昧だ。

 光が差し、周囲の光景が昼間のものに近くなる。博士の能力に付随する錯覚だった。
 現状、妄想でもなく学校にテロリストが襲撃している訳だが、
少なくとも傍目に見ればマイペースに、彼は氷の壁を強めにノックしていた。

「やはり塗り潰した現実は、元に戻らないらしい。
 オーラ自体は能力の産物だが、塗り替えた現実は能力の影響からは独立している。
 これも今では珍しくもないパターンだ」

 比留間博士の夜間能力は、周囲を「昼」にする、というもの。
 もちろん時間帯だけでなく、能力の切り替わりにも影響がある。
 昼になればフォースリーの能力が露のように消失する可能性もあったのだが、期待通りにはいかなかった。

 博士に同行していた三島鑑定士は若干、離れた位置で(昼の反動を嫌ったのだ)手の甲を顎に当てていた。

『となると予定通り、彼に頼るしか無さそうですね。壁を破るのは車両をぶつけても難しいうえ、
 あまり派手な事をすれば、フォースリーに悟られてしまう』
「それが妥当だろう。だが、それなら急いだ方がいい」

 ホワイトボードに文字を綴る鑑定士に、比留間博士は率直に見解を述べていた。

「おそらく、彼女たちは五分も持たないはずだ」

570 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:12:26 ID:5j2hSxGs0
――――

 それは質量を有した暴風の如く荒れ狂った。
 現実を塗り替える能力と、改造人間技術が合わさった悪夢の体現。

 人体と同じ素材で作られ、生体的に接続された、いわば能力によるパワードスーツ。
 その姿は真紅の甲冑にも、脈打つ肉の怪物にも見えた。

 怪物――フォースリーは青の薙刀(グレイヴ)を軽々と振り回していた。

「うっ……!」
「気を付けて、離れれば能力が来ます!」

 無論、怪物と化して理性を失った、という訳ではない。
 フォースリーは変わらず知性を有し、能力を行使する。

 "赤い"オーラが放出され、それは大地を塗り替え、小規模な爆発を断続的に引き起こしていた。
 対峙する者は逃げ惑うしかない。

「は、話が違うでしょ、これ……」
「鑑定士もこれは想定外でしたか。無理もないですが」

 もはや、打つ手なしという様子で、桜花とミルストは呼吸を乱していた。
 桜花は夜間能力は使用できない。ミルストは映像を必要とし――照射機器は破壊された。

 手元には、目前の怪物に対しては、あまりに貧弱な武器しか握られていないのだ。

「威勢の良さは何処に消えた? まあいい。白兵戦で抑えられるとでも思っていたのなら、
 まずは"現実"を知ってもらおうか」

 フォースリーが見せつけるかのように、大げさな動作で膝を折り、そして跳躍。
 紅い怪物の巨体が宙をを舞い、女性二人の付近へと着地していた。

「……!」

 ブンとグレイブを一閃――切り伏せるという程ではない。それこそ、ろくに狙いを定めずに振っただけだ。
 それだけで十分だった。

 瞬時に防御したものの、大重量の武器はミルストが持つブレードを正面から打ち払い、
桜花のスタンロッドを一瞬で破壊した。
 辛うじて、武器で受けた所で大した効果がある訳でもない。
 女性二人の、男性と比べれば華奢な肉体は、何かの冗談のように吹き飛ばされていた。

571 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:12:55 ID:5j2hSxGs0

「この通り――この能力の真価すら見せていないというのに、この様だ。
 少しは思い知ってもらえた所で、そろそろ退場願おうか」

 衝撃で転倒を強いられた二人の標的の状況を、フォースリーは分析する。
 体勢はもちろんのこと、攻撃を受けた際にも腕のしびれが残っているだろう。
 咄嗟に起き上がり即応した所で、儚い抵抗にすらならない。

 手早く、"赤い"オーラで消し飛ばそうと、掌を向けて狙いを付けた瞬間――

「む……」

 飛来してくる"何か"を咄嗟にグレイブで打ち落とし――フォースリーは失策を悟った。
 研究棟の備品らしき瓶だ。回避せずに砕けば、中身を浴びせられる事になる。

 内部の液体を浴びて、すぐにそれが何かは知れた。

(油か、こちらの自滅。いや、爆発や炎を封じる算段か……!)

 危険物とは言えない、せいぜい調理用の油程度。だが扱う熱量が熱量だ。
 咄嗟にオーラを握りつぶし、能力を中断する。しかし、その隙を付くように何者かが接近していた。

「せやぁぁぁっ!」

 掛け声と共に振り下ろされた警杖に対して、軽くグレイヴを叩きつけ――
 思わぬ力の拮抗に、改めてフォースリーは乱入者の姿を確認した。

 鎌田だ。元の昆虫人間として、全身が外皮に覆われ、人外の身体能力を発揮している。
 この姿は、不良が扱う得物程度なら無傷で制圧する事ができるが、今回は分が悪いと大学の備品である警杖を
持ち出していた。

「これはこれは……昆虫の身体能力なら勝てるとでも思ったか?」
「さあね。ライダーなんて呼ばれてるけど、本当に怪人と戦う事になるなんて、思いもしなかったよ」

 人外の力で振るわれる、竿状の刃と硬質の警杖が空間上で激しく行き交い、時に衝突した。
 やはり膂力と武器の重量で勝るのはフォースリー。
 一撃一撃の重さに圧され、鎌田はたちまち劣勢に立たされていた。

「そこだ、隙あり!」
「ちっ……」

 全力、加えてカウンターの要領で肩の付け根を突かれ、フォースリーは初めてダメージを受けた。
 苦戦する一方で、鎌田が劣勢の中、間を縫うようにフォースリーを翻弄しているのも事実だった。

572 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:13:23 ID:5j2hSxGs0

 フォースリーの身体能力は、能力による後付け。しかも滅多に使わない切り札。
 一方で、鎌田は人間の姿こそが能力であり、昆虫人間は生来の特徴だ。
 身体能力の習熟、という意味ではフォースリーを上回る。

 今度は警杖で足元をひっかけ、勢いを利用し転倒させようとした所で、フォースリーが退いた。
 苦境の中、一時の判断に過ぎないが、あのフォースリーを退かせたのだ。

 ミルストは体勢を整えつつも、状況に呆然としていた。
 目の前の状況を呑み込むのに時間が掛かった。民間人がとんでもない無茶をしている……?

「あなた達……! これがどれだけ危険なのか――」
「アンタら二人で勝てる相手じゃねーだろ。少しは戦力の足しになってやるよ」

 それ以上は言わせず、陽太が宣言していた。最初に油入りの瓶を投げ付けたのも彼だった。
 危険は承知、だがそれは待っていても同じ事だと陽太たちは判断していた。
 それなら、せめてと援護の機会をずっと窺っていたのだ。

 今度はグレイヴによる衝撃で、フォースリーが鎌田を退かせた。
 嘲笑ではなく、得体の知れない怒りを込めて、フォースリーは陽太に視線を向ける。

「愚かで幼く――なにより、あまりに無謀だ。いくら厨二病と言えども、
 ここは自分が立ち入れない領域だと、理解できなかったのか?」
「……理解してたぜ。だから、それに叛きに来たんだ」

 危険信号、返答を誤れば攻撃を受ける……が、陽太は真っ向から答えていた。
 生憎と打ちのめされる段階は終わっている。

 賢くはない選択なのだろうが、晶を見送って、ずっとそれを引き摺るか、忘れるか。
 そういう形で生きていく事など、想像できなかったのだ。

「ならば、その報いを受けるといい」

 愚者の選択、その代償として。
 フォースリーは巨体を直進させていた。彼と陽太の力量差は、巨人と小人に等しい。

 咄嗟に庇おうとするミルストに逆らって、陽太は前に出ていた。

「喰らえ! ショットガン……ナッツ!」

 握り占めていたクルミを投げ付ける。陽太は野球部に狙われる程度には、投擲のセンスがある。
 だが、命中した命中した所で、肉の鎧に包まれたフォースリーに通じるはずもない。

 しかも……今回ばかりは珍しい事に外していた。命中することなく、地面にクルミが転がる。

573 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:13:46 ID:5j2hSxGs0

「所詮は素人、そんなもの当たった所で……!?」

 クルミを踏み砕き前進――したのだが、フォースリーの意図とは異なっていた。
 大地を踏みしめることなく、地上を滑り、その巨躯で態勢を崩していた。

――秘儀、"ロキの懲罰"

 とは陽太の命名だったが。
 無論、怪物化したフォースリー程の体重であれば、クルミ程度で転倒する事はない。
 しかし最初に浴びせた油、加えてクルミ自体もこの場で生成したものではなく、瓶の油に付け込んだものだ。

 燃焼性を隠れ蓑に、油で滑らせるという当たり前の戦術を隠蔽していた。
 能力戦では、一つの行動に複数の意図を潜ませるのは、(陽太的には)常識だった。

「所詮、アンタも訓練した程度で、それほど修羅場は潜ってねえだろ?
 使い慣れない身体能力なんて、いくらでも嵌める手段はあるぜ」

 一見、脅威ではない能力を軽く見た。そのありきたりなミスが致命的だった。
 体重が体重だ。一度、体勢が崩れれば挽回のしようがない。

 フォースリーはそのまま派手に転倒し、内部の本体も衝撃を受けて、苦痛に呻いていた。
 それだけではない。一度は退いた鎌田が、この機会に警杖を手に躍りかかったのだ。

「貴様……」
「悪いが容赦なく、殴らせてもらう!」

 脳震盪狙い。後先を構わず、全力で頭部を何度も殴り付ける。普通の人間なら死んでいる。
 この好機に攻撃を仕掛けたのは、鎌田だけではなかった。

「子供は本当に――何を仕出かすか分かりませんね」

 この状態では回避はできない。強引に距離を詰められる事もない。
 ミルストは躊躇なく、拳銃を連射していた。

 どうにかフォースリーは"青い"オーラによって、氷の壁を形成するも、それは何度も被弾した後だった。
 常識外の密度と頑丈さではあったが、素材自体は人体と同じ。ダメージを遮断するにも限度がある。
 さらに鎌田を振り払うが、すでに先程までの勢いは残っていなかった。

「お礼は言いますが、陽太さんは下がってください。危ないですからね?」
「そんな事、言ってる場合かよ……」

 一方で、桜花は攻撃には参加せずに、走りだそうとする陽太を止めて、護衛していた。
 まだ安全になった訳ではない。

574 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:14:45 ID:5j2hSxGs0

 とはいえ、頭部を殴られ続けたダメージ、銃弾による怪物体へのダメージ、内部への衝撃……
 これだけのものを受けて、フォースリーを優位にしていた身体能力は半減していた。

 ぐらりと、よろめきかけながらも、フォースリーは右手を掲げた。
 そこから、これまでには見せなかった緑色の輝きが漏れ出していた。

「"緑"のオーラ!? いや、これは……!」

 ミルストが警告しようとした時には、すでに手遅れだった。
 DPSSレーザーによる視界妨害(ダズラー)。レーザー兵器を再現したものだ。

 赤や不可視光も使われるが、"緑色"光は特に人間にとって視認性が高い事で知られている。
 完全に視覚を破壊する事は条約で規制されているが、『クリフォト』が条約に加盟しているはずもない。

(失明……! 現在は能力で治療可能ですが……)

 焼き付くような激痛に、双眸を抑えながらも、どうにか距離を取ろうとする。
 このままでは、視界だけでなく平衡感覚まで失うのは時間の問題だった。

 唯一、この状況からフォースリーに立ち向かう者が一人いた。

「くっ、まだまだ……!」
「昆虫人間ゆえに、効果が限定的だったか。だが終わりだ」

 種族が異なる、という特性は鎌田の味方をしていた。
 昆虫人間と真紅の怪物が、それぞれの獲物を衝突させる。

 フォースリーは弱り、身体機能は並びつつあったが、一方で鎌田も視界妨害の影響は小さくない。
 そして、いくらフォースリーが弱体化しようと、体格と能力は健在だ。

 "青い"オーラで塗られた、フォースリーの手の平から突風が放たれた。
 単なる風ではない。氷点下、凍える程の吹雪だ。

「しまっ!?」

 たちまち鎌田、昆虫人間の肉体が霜に覆われていく。
 フォースリーの能力は自身を巻き込む危険性を常に孕むが、これは鎌田のみに有効だ。
 哺乳類のような恒温動物とは異なり、彼のような変温動物は急激は気温の変化に耐えられない。

 行動不能に陥った鎌田を尻目に、フォースリーは残りの獲物に向かっていく。

575 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:15:23 ID:5j2hSxGs0

「……ミルストさん!」
「映像を用意しました!」

 絶望的な状況下で、上方から声が響いていた。研究棟の内部に留まっていた、かれんと川端輪だった。
 ごとりと何かが落下し、地面に落ちる音が続く。
 たしかに集合した部屋には、プロジェクターが存在していた。

 ミルストの映像を実体化させる能力、panorama。万能に近い力だが決して無制限ではない。
 映像の規模以上の事象を実体化させる事はできない。
 また、ある程度の写実性と十分な解像度も必要だ。

 おそらく二階から落とされたプロジェクターで照射した映像が、条件を満たす可能性はゼロに近い。

「――panorama発動!」

 しかし、それでもミルストは能力発動を試みていた。
 自分の能力なら鑑定士が知っている。それならば、何らかの手札が用意されている事もあり得る。

 程なくして、ミルストの能力は効果を表した。

――暴風

 おそらくは台風の被害映像などだろう。周辺一帯に、立っては居られない程の風が吹き荒れていた。

(元から視認できない大気の動きなら、写実性などの制約は無い、という事ですか……)

 荒れ狂う暴風はフォースリーの動きを確かに止めていた。
 だからといって、彼を倒せるわけではない。暴風の影響でプロジェクター自体も破損し、
次の発動はないだろう。

「……時間稼ぎか。何を狙っている?」

 狙いなど無い。未来に確信など持てない。ただ、今を繋いでいくのみだ。
 そして、追い詰められて、ようやくミルストは意識した。

 本来、当たり前の事だが、自分一人で全てを背負い込むので無ければ――
 他の誰かが希望をつないでくれる事もあるのだ。

576 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:15:55 ID:5j2hSxGs0

「化け物、こっちだ!」

 何度目かの乱入者、今度は整ったベリーショートの少年。
 防御面ではフォースリーに対抗できる能力を持ちながら、戦場に姿を見せなかった東堂衛。

 驚くべき事に、周囲を封鎖する氷の壁を向こう側から現れ、腕を振り上げて
フォースリーに向かって突撃する。

「っ!?」

 素手では無謀なのだが、防御面では最強の一角である"無敵"能力は存分に効果を発揮していた。
 咄嗟に放たれた、フォースリーの一撃は、衛の体を傷つける事なく通過する。

 そして、衛はフォースリーに肉薄し……振り上げた腕をそのままに、通り過ぎていった。
 彼の無敵能力は、他人に危害を加えた時点で解除されてしまう。
 故に当然の判断だが、フォースリーは虚を突かれていた。

「伝言だ! 生贄を用意しろ、だって!」

 ただ一人を除いて、叫びの意図を誰もが掴み損ねていた。
 それも織り込み済みだ。だからこそ、フォースリーによる妨害を遅らせる事ができる。

 斯くして、伝言は確かに必要な一人、陽太だけに伝わっていた。

「よし、来い……っ! 最強の僕(しもべ)!」

 陽太が必死の努力で獲得した複数生成――普段は固焼きなどを作って投げているが。
 今回、食用としてはかなり巨大なタカアシガニを五匹も同時に生成していた。

 ここでカニを生成する理由は当然、フォースリーには理解できなかったが、
何かが起こる事は漠然と察してた。狙いをカニに定めて、"青い"オーラを放出するが……

 五匹のタカアシガニが光の粒子となり拡散。そのまま、地面に吸い込まれた。
 そして、大地に亀裂が入った。それは徐々に広がり、周辺を封鎖していた氷の壁の下を通過していく。

「シザァァァァァ……ゴォォォォレムッ!!!」

 無駄に暑苦しい雄叫びと共に、氷の壁を打ち砕き、地割れからは岩石の巨人が出現していた。
 丸い大振りの岩石を積み上げたような外見で、手先はカニのようなハサミとなっている。

 全長5mも超えるほどの巨体、これほどの手駒を召喚できる能力はそう多くはない。

577 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:16:25 ID:5j2hSxGs0

「くっ、大規模能力の援軍だと!?」

 カニからゴーレムが召喚されるという、予想外の事態にフォースリーは大いに焦り、
"青い"オーラを放出――力比べでは敵わないであろう、ゴーレムを即座に凍結させる。

 しかし――

「もらった……!」

 小柄な影が懐に飛び込んできた事に対して、反応が遅れた。
 陽太の師を務めている、時雨という名の少女だ。
 どこにでも居そうな普段着姿だが、その身のこなしは尋常ではない。

 体格ゆえにフォースリーは、動きが大振りなものになってしまう。
 その遅れを的確に突いて、時雨は膝関節にナイフを突き立てていた。

 フォースリーは咄嗟にグレイヴを振り抜くが、時雨は軌道の下に潜り込むように回避――
 同時に二本目のナイフを脇腹に突き立てる。
 中学生の体格に熟練の技量、双方があるからこその立ち回りだった。

 ナイフを回収することなく、時雨は距離を置くと、今度は三本目のナイフを取り出していた。
 狡猾な立ち回りだ。ナイフを刺されたまま動けば、フォースリーの傷が拡がる事になる。

「機関の者でも……国連の者でもないな? 何者だ!?」
「慎ましく暮らしてる一般人よ。火の粉さえ、降りかからなければ、ね」

 短いやりとりの間にも、次はシザーゴーレムが強引に氷を割って拘束から脱出した。
 二転三転した戦況だが今度こそ、完全に状況は逆転していた。

 単純な身体能力なら、せいぜい強力な改造人間程度のフォースリーでは、シザーゴーレムには敵わない。
 一方で、能力でシザーゴーレムに対処すれば、時雨に隙を見せる事になる。

 脱出を模索していた比留間博士たちだが、陽太が"保険"として呼んでいた二名と接触して、
方針を切り替えた。脱出から反撃へと。
 外部との接触手段として、東堂衛の昼間能力"不干渉"が有力候補として挙がったが、
内外の把握と連絡に形を変えて、この状況へと繋がった……という訳だった。

 いつの間にか――というよりも、安全圏だけに戦闘に参加した人間には
気付きようが無かったのだが、仕掛け人である比留間博士は壁の付近で、不敵に微笑んでいる。

578 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:18:31 ID:5j2hSxGs0

「『クリフォト』がどんな大層な組織で、あんたがどんな力を持っていようと、
 世の中なんて、そうそう思い通りにはならねぇよ。今は能力者の世界だぜ?」

 視力を奪われ、反動による空腹も限界に近い陽太だが、堂々と宣言していた。
 ささやかだが、鮮烈な宣戦布告だった。

 チェンジリング・デイ以降、能力によって人間は最も貴重な資源となってしまった。
 それは人を時に奴隷に、時に暴君へと変えてしまう。
 だが、それを『仕方ない』と決め付けるような事は、そろそろ終わりにすべきだ。

 単身で魔窟へと乗り込んだ経歴を持つ、東堂衛は共感の頷きを返した。
 能力のままならない面に触れてきた鑑定局の二名は、苦笑しつつも否定はしなかった。
 ミルストは唖然と、状況を受け止めている。
 相応に現実を知る比留間博士は、ただ興味深げに眉を上げていた。

 フォースリーが時雨に気を取られているうちに、シザーゴーレムの攻撃が直撃していた。
 いかに人体改造していようと、根本的な体格差は覆せない。

 軽々と吹き飛ばされ、研究棟の壁へとフォースリーは叩きつけられていた。
 ぐしゃり、と異音と共に、真紅の怪物にも似た肉の鎧が剥がれ落ちていく。

 後に残ったのは、血に塗れた神経質そうな一人の男だった。

「やはり、この世界は度し難い……こんな強大な力が溢れかえっている。
 永遠にこの混乱は収まらないだろう。ただ、壊れていく社会を眺めているしかない。
 仮にそれを覆す物があるとすれば……」

 それはうわ言にも聞こえた。頭部を強打していたのなら、無理もないが。

 勝った、というよりも、フォースリーの勝ち目は消えた。
 歓喜より安堵の心持ちで、彼と対決した面々はその様子を眺めていた。
 だが、次の言葉に比留間博士、それに意外にもドウラクは驚愕していた。

579 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:19:09 ID:5j2hSxGs0

「『一つは染まり、一つは乱し、一つは無慈悲に見殺した』
 セフィロト・ネットワーク接続――カオスエグザ起動ォ!」

 狂気に血走った双眸で、フォースリーは宣言する。

――カオスエグザ

 能力の運用技術に纏わる仮説の一つだった。能力には、事象の起因となる情報が存在しており、
それに一種の暗号化、変形を施す事で爆発的に強度を高める事ができるとされる。

 もちろん仮説に留まっている事には理由がある。現状では、実現性が乏しいのだ。
 これを実行するには、人間離れした能力制御技術が必要となる。
 人体改造で脳の外部に制御装置を増設するしかない、というレベルでだ。

 そうでなければ、超人的な頭脳か、気の遠くなる程の経験を以って可能とするか。
 しかし、絵空事は目前で実現しており――

・発生させる事象は色に対応している
・発生させる事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・観念的なものや生物は発生させる事ができない

 強化された影響により、フォースリーの能力から、あらゆる制限が取り払われていた。
 『現実を塗り潰す』能力の真価がここに現れる。

 ただ強大かつ無制限な"黒"が陽太たち、その周辺に存在する現実全てを飲み込んでいった。


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