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【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 避難所2【厨二】

1名無しさん@避難中:2011/10/06(木) 21:12:50 ID:FmpyjDe60
ここは創作発表板発のシェアードワールド『チェンジリング・デイ』の避難所です。
鯖落ちした時、うっかり本スレを埋めてしまった時、規制された時などにご活用ください。


【現行スレ】
【能力ものシェア】チェンジリング・デイ 6【厨二】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1308806660/

【まとめwiki】
シェアードワールド/changeling day@wiki
http://www31.atwiki.jp/shareyari/

【前スレ】
チェンジリング changeling (仮) 避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1267446350/

531 ◆VECeno..Ww:2019/05/07(火) 01:36:25 ID:BvUK/ceo0
あ゛あ゛〜
連休中に試合シーンが仕上がらなかった……
あと自分が出したキャラクターが自分でかわいすぎて悶える現象。

お詫び代わりにキャラクター設定をもう1人分晒して場を繋いでおきます……

●クロケル (カトラ・ヨークトルドッテル/Katla Joekulldottir)
国籍:アイスランド
性別:女性
ゴエティアのメンバーの1人。クロケル温泉プールを取り仕切る女将。
銀髪で瞳は虎眼石色。

《ゲイシール/Geysir》
【意識性】【操作型】
『泉をわかす能力』。
地形に干渉して温泉を作る。これで作った温泉は昼夜の切り替わり時に枯れるが、残り湯を使う事は可能。
 ……という触れ込みだが実態は死体に触れる事でその死体を泉に変える能力。湯量は死体の質量による。
 (フェニックスの協力によりパンデモニウムでは生け贄の死体は簡単に用意及び回収できる。)
水温は氷点下の氷火山から灼熱の蒸気孔までかなりの調整が効くので、温泉を沸かすだけでなくいろいろ応用できる。
昼の能力か夜の能力かは未定。

532 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:50:29 ID:ay5xstto0
おや、感想書いて、投下しようと思ったらジャストなタイミング

一気に濃い人たちが……ディアナの由来は月の女神なので、本当にカオスですね
サドーヴニクさん周辺のキャラが濃すぎて、混乱しながら二度読みしてしまいました
これは夜には一気に性格が変わったりするのでしょうか

しかし、フェイタリティさん本当に面白い能力ですが、もしかして、これで出番終わり?
マルディニさんによる「トレーニングモード」〜
そういえば、国籍と対応させてキャラを並べていく方針も、どこか格ゲー的ですね
しかし、ソロモンの温泉悪魔、妙に穏便な能力してるよね、みたいな事を書こうとしたら、
わりとブラックな能力だった

という訳で、投下していきます

533星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:52:14 ID:ay5xstto0
27.青の慟哭

 夕刻、日が沈み、いわゆる昼夜能力の切り替わりが起こった直後の事だった。
 関係者以外、立ち入り禁止に指定されていた超能力学部の研究棟は、まるで南極からの流氷のような、
見上げる程に巨大な氷の壁で封鎖されていた。

 圧倒的な質量感、周辺に靄となって漏れ出す冷気に、幾人もの人々が悲鳴を漏らし、
中には興味本位で携帯に付いたカメラに収めようとする者も現れたが、教師に警告されていた。

 喧騒の中、目立たぬように気配を殺して、人影の間を縫って近づく三つ編みの少女の姿があった。

「思っていたより深刻……ってレベルじゃないわね。ここまでやったら戦争でしょ」

 加藤時雨。中学生程度に見える少女だが、実年齢は三十を超える若返りの能力者だ。
 並外れた戦闘技術を持ち、陽太に乞われて彼の師を務めている。
 といっても、殺人技能というよりは、あくまで護身術の範疇の指導ではあったが。

 歩きながら氷の壁を観察し、比較的、透き通っている所から、内部の様子を窺う。

「比留間博士のキメラね。それに……っ!? なんで、クリッターがこの世界に?」

 大質量の氷が放つ冷気とは別に、悪寒を覚えながらも、時雨は思わず声をあげていた。
 時雨は特異な夜間能力によって、クリッターの存在は知っている。しかし……
 この世界では観測されていない、本来はもっと遠い時間軸に存在する怪物のはずだ。

 時雨の小さな悲鳴を、耳聡く聞きつけている者がいた。
 どこか堂々とした足取りで、時雨の付近に寄ってくる。

「発言の意図は推測できるが、まあ聞かなかった事にしよう。
 それよりも、この氷塊の発生プロセスは見ていたかね? それとも能力で詳細が?」
「生憎と"異変"で不調なのよ。あなたが陽太が言っていた、もう一人の助っ人ね」

 実の所、時雨の夜間能力――アカシックレコードで、いくらかは知っている人物だった。
 交友範囲の人間が知り得る情報を、本状の媒体を具現して、閲覧する事ができる。

 例外的な閲覧情報はあるが、彼は陽太の知識の範疇に存在していた。

「君の方こそ興味深いな。深度は低く留まっているらしいが、『見せかけ』の年齢でも
 "異変"は発症する。しかし、未だに深度が低いままという事は、通常の発症者とも言えない」
「ちょっと待った。なんで私の年齢が分かるのよ。見た目じゃ、完全に中学生程度でしょ?」
「それとない仕草や趣味、それに臭いなどからだ」

 胸を張って主張する姿は、白スーツに身を包んだ年齢不詳の男性だ。まあ若くはないが。
 その返答に、思わず時雨はサッと身を引いていた。

534 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:52:46 ID:ay5xstto0

「へ、変態!?」
「違う。変態ではない。仮に変態だとしても、変態という名の紳士(ジェントル)だよ」
「なんか懐かしい言い回し!?」

 時雨が自分でもよく分からない突っ込みをすると、とりあえず紳士と名乗って満足したのか、
白スーツの男は自己紹介を始めていた。

「私の名はドウラク。察しの通り、少年の助けに応じ参上した。気軽にジェントルと呼びたまえ!」
「ドウラクさんね。私は加藤時雨よ。で、氷の発生プロセスに何かあったのかしら?」

 戦闘技術の師である時雨、それに普段は魔窟に居を構える謎の紳士ドウラク。
 これが陽太が仕掛けた"保険"だった。厨二なりに事態の深刻さを知った彼は、奇妙な縁で繋がった
人脈を総動員していた。

 時雨は自分や周囲の人間に火の粉が降りかかる事から、ドウラクはよく分からない事情で、
『クリフォト』や"異変"の事件に関わる事を決めたのだ。

「なんか、そっけないがまあいい。私の講義を清聴したまえ」

 適当にあしらわれたものの、ドウラクは細かい事を気にしない性格だった。
 どこか学者が講義するかのように、氷の壁の付近に立つと語り始める。

「遠方からでも、"青い"雨が降り注いだのは見えただろう。あれは一種のオーラ、まあ未解明の放射体だ。
 注視すべきは青いオーラから、氷が"発生した訳ではない"という事だ」
「青い……オーラから発生してない? どういう事?」

 未知の敵、陽太いわく『クリフォト』の能力者が、オーラを介して
氷を発生させたものと思っていたが……
 それは厳密ではないと、ドウラクは首を左右に振っていた。

「そもそもオーラを発生させ、さらにそのオーラが氷を発生させる――不自然ではないか?
 もちろん不可解な能力は数多いが、それを前提にするべきではない。
 然るべき機能があって、そういう形に見えている、と考えるべきだ」

「ずいぶんと勿体ぶるわね。じゃあ、氷塊を作った能力は一体?」
「鍵は塗料のような性質を持ったオーラだ。然るべき機能があるなら、この性質にも必然性がある。
 あれは発生ではなく変成、すなわち――」

 厳かに、ドウラクは『クリフォト』主要構成員、フォースリーの能力を指摘していた。

535 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:53:27 ID:ay5xstto0
――――

「"現実を塗り潰す"能力だと鑑定士は断定しました」

 氷の壁の先、さらに研究棟の内側にも正解に辿り着いている者が居た。
 何も論理的な思考だけが、正解に辿り着く道ではない。

 探偵が推理しなくとも目撃者が真実を知るように、時に事実の観測は理屈の先を行く。
 夜間能力『知覚領域』を通して能力鑑定士、三島代樹はフォースリーの能力を鑑定していた。

 守護の仮面の桜花の代弁によって、その事実は場の面々の知る所となった。

「なるほど、それなら合点がいく。引き起こした事象も、規模に反して反動が見受けられない事も」
「ちっ、そんな能力者を投入してきたって事は、『クリフォト』の奴ら本気だな」

 訳知り顔で頷いたのは、比留間博士と岬陽太の二名だった。
 大半は困惑しており、それを代表して鎌田が声をあげていた。

「いや、待ってください! 今の一言だけじゃ、誰も分かりません。
 陽太くんだって、たぶん分かってないですから!」
「ライダー、俺は分かってるぞ。闇に生きる者には、そういう"眼"があるからな」

 厨二交じりに真顔で反論する陽太だったが、あまり真面目には受け取っては貰えなかった。

「あー……」
『ちょっと待て。こっち見て納得しないで!?』

 守護の仮面、桜花になにやら諦観が混じったような視線を向けられ、慌てる代樹。
 最も的確に言語化してくれそうな鑑定士が、お取込み中になってしまったので、
代わりにというべきか、比留間博士が口を開いていた。

 だが、一口に説明するのも簡単ではない。通常の物理法則に則った事象ではないのだ。

「なんと説明したものかな。まずはオーラの性質か……」
「フォースリーの能力は、世界を絵に見立てて、絵の具をぶち撒けてるような能力だろ。
 撒いた絵の具は後から、どう解釈したっていい。青なら、氷でもソーダでも何でもありだ」

 直感に従って、自信満々に述べる陽太だった。
 かなり大雑把ではあったが、だからこそ的確にフォースリーの能力を言い表していたのかも知れない。

536 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:54:18 ID:ay5xstto0

「ああ、取っ掛かりとしては悪くない表現だ」
『鑑定士を目指せるかもね。黙っていられる性格なら、だけど』

 などと、年長者たちも評価する。

 現実そのものを塗り潰し、別の現実へと描き替えてしまう恐るべき能力。
 絵画に対する画家の暴挙こそ、その評に相応しい。

「本当に、絵画を塗り潰すように自由自在、という訳ではないのでしょう?」

 若干、不安げにミルストが首を傾げて質問していた。
 仮に相手がそんな絶対者であれば、勝ち目など無いのではないか、と。

「はい。厳密に言えば、あのオーラに塗り潰された物は物的性質を失い、色が象徴する何かに置換されます。
 例えば"赤"なら炎や爆発、"青"なら陽太さんが説明した通りですね。
 ただ人間が絵画を塗り潰すほどに、一方的ではありません」

 桜花は鑑定士の解説を代弁しつつも、その当人から奪ったホワイトボードを掲示して、
下記の制約を素早く書き込んでいた。

・当然ながら、塗り潰す地点にオーラを撒く必要があり、変化先の事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・変成できるものは物質、現象のみ。観念的なものや生物へ変化させる事ができない

 早い話、凶悪な能力ではあるが、実際に塗り潰すのは絵ではなく現実だ。
 まず、標的に命中させなければならないし、曖昧な概念を具象する事もできない。
 自分と同列の……能力を以って、世界を改変する人間も、同意なしでは塗り潰せないのだ。

 説明を目にすれば、ミルストの決断は早かった。

「それだけ分かれば結構、打って出ます」
「あ、あの……! お一人で向かうつもりですか?」

 席を立ち、部屋を出ようとするミルストに、恐る恐る声を掛けたのは川端輪だった。
 この中では唯一、フォースリーと対面した事がある彼女だ。
 彼の恐ろしさは身に染みている。

537 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:54:54 ID:ay5xstto0

「ええ、川端輪さん。敵がこの建物ごと、私たちを蒸し焼きにしていない理由が分かりますか?
 能力の規模からして、決して不可能ではないはずですが」
「え、なんでって……」
「あなたが居るからですよ。彼はできる限り、拉致対象を殺したくはないと考えている」

 一定の深度に達した"異変"発症者を拉致する。
 知られている限りでは、これが『クリフォト』の方針のはずだ。

 言い方は悪いが川端輪の存在は、これ以上にない盾になるのだ。

「そういう意味では、あなたの付近、安全圏から離れる事は死を意味する。
 それこそ、フォースリーに対抗できる能力を持っていない限り。
 だから、私は一人で行きますし、一人で行かなければならないんです」

 強大な能力には、強大な能力で対抗する。チェンジリング・デイ以降、能力が現れてしまった現在、
それが当然の理というものだ。
 だからこそ、各組織は血眼になって、有益な能力者を探し求めている。

 だが、彼女以外にも、あるいは彼女以上にフォースリー相手に安全を確保できる能力者も居た。
 東堂衛だ。彼は無法地帯となった魔窟からも生還している。

「それなら、僕の能力だって、おとりぐらいには……!」
「たしか、『無敵』でしたね。ですが、それは皆さんが逃げる時にでも、お願いします。
 今回の相手に通用するのは、一度きりでしょうから」

 衛がミルストの後を追おうとするが、それを彼女は穏やかに諭していた。

「心配はいりません。私には、それだけの力がありますから。
 力を持たない誰かの日常を守っていくために、私は日常を手放したんです」

 どこか寂しげに、機関の人間ではなく一人の女性の素顔で微笑むと、
ミルストは機関支給のコートを翻して、この部屋を去っていった。

「理恵子先輩……」

 学生時代、それに小学校教師に就任した彼女を知っていた桜花は、その背中に何も言えず、
ただ彼女の実名を呟いていた。

538 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:56:13 ID:ay5xstto0

 桜花も鑑定所に勤めて、それそろ一年近くになる。
 きっと長い目でみれば、当たり前の日々を過ごしていくのは難しいだろう、と。
 そういった能力の持ち主を少なからず見てきた。

 大人も居れば、自覚のない小さな子供も居た。
 強力かつ有益な能力者が、世界を回していくのは、もはや仕方ない事なのかも知れない。
 だが、それによって狂わされる人生まで、"仕方ない事"で済ませてしまって本当に良いのだろうか。

「行かせていいのかよ? 素人目に見ても、死ぬ覚悟をしている眼だったぞ」

 率直に、疑問を呈したのが陽太だった。
 厨二病とは言われるが、物心付いた時点で、すでに能力が当たり前だった。そういう世代でもある。

 そんな彼が当たり前を、当たり前として受け入れていない。
 能力社会の現実に触れてきた、代樹や桜花にとって、それはどこか感慨深い。

「彼女だって裏社会の人間だ。相応の勝算があって、一人で戦う事に決めたんだろう。
 それに事実、もっとも勝算が高いのは彼女がフォースリーに打ち勝つケースだ」

 陽太に応じて、今度はあえて比留間博士が現実を指摘していた。
 法的、あるいは倫理的に問題があろうと、バフ課や機関のような裏の組織が存在している理由。
 それは、やはり必要だからだ。

 大半の人間がそうであるように、この場に居る面々はどこまで行っても、能力戦の素人だった。
 比留間博士は護身術を身に付けているし、桜花も護衛においてはエリートではある。
 陽太や衛も、それなりの修羅場は潜ってきたはずだ。

 それでも、機関やドグマ、そして今回の『クリフォト』。
 能力社会の趨勢を決めるような、それほどの戦いに直接参加するには、あまりにも不足なのだ。
 理屈でいえば、比留間博士の指摘に間違いはない。

(だけど……)

 能力鑑定士、三島代樹は内心で言葉を区切っていた。
 正しい事実を認識する事は必要だが、それだけでは、ではどうする? という問いの解にはならない。

 実の所、比留間博士が興味深げに、こちらに視線を向けた事には気付いていた。
 理論的に最も能力に向き合ってきたのが科学者なら、直接的に最も能力に向き合ってきたのが鑑定士だ。

 もう一方の専門家は、この状況をどう見る? そんな好奇心だろう。
 実際、どう見ているのだろう。鑑定士として、一年を過ごしてきた自分なら……

『誰かが特別な力を持っているというのなら――誰もが特別な力を持っている、とも言えるのが今の世界です。
 その全貌なんて、誰も分かってはいません。
 だから、何かを決めてかかるには、まだ早すぎるとは思いませんか?』

539 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:57:49 ID:ay5xstto0

 ミルストが退室するのと同時に、フォースリーもまた研究棟周辺の分析を終えていた。
 顎に手を当てて思考する姿は、白衣姿もあって学者然としていたが、
その内面はすでに冷酷な殺人者だった。

「あのキメラが切り札とは拍子抜けだったな。いや、時間を稼いだか……」

 能力者同士の戦闘は危ういものだ。慎重さを欠いた方が負ける、だが先手の方が圧倒的に優位だ。
 よって、フォースリーは手短に罠を警戒していたのだが、結果は呆気ないものだった。

 いきなりキメラを繰り出してきたのだから、次は何かと見紛えたのだが、意外にも研究棟や
その周辺にも何も仕掛けていない。
 ならば、後の問題は稼いだ時間を使い、何を仕掛けてくるか……

 その時、不意に何かが落下してきた。
 いくつかの小振りな物体は軽快な音を立てて地面に転がると、直後に一斉に煙を噴き出してきた。

「っ! ちっ……」

 軍用の発煙筒。民間の物より強力なそれは、凄まじい勢いの煙で周辺の光景を覆い隠していた。
 戦闘に秀でた能力者でも、対象を補足し、そこに意識を向けるというプロセスは変えられない。

 ならば、そもそも補足させずに能力を空振りさせ、煙の外側から一方的に攻撃する。
 能力戦における解の一つだった。

(情報によれば、一人いた機関の刺客か? 面白い……!)

 フォースリーは迷わず、定石となっている対処を取った。つまり、塗料状のオーラを撒きつつ、
全力でその場から駆け出したのだ。
 煙幕を使う相手なら赤外線などで、一方的にこちらの位置は捕捉している可能性が高い。
 それなら、布石を撒きつつ、狙いにくくなるように行動を取るしかない。

 一方で、二階から発煙筒を投じたミルストも、定石だけに正確にフォースリーの行動を予期していた。
 能力戦は一に情報、二に索敵だ。こちらが、先に捕捉した時点で、戦闘はほぼ終わっている。

 そもそも、ミルストはまともに勝負してやる気など無かった。

540 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 01:59:21 ID:ay5xstto0

(煙は巨大なスクリーン代わりにもなる。これで終わり……!)

 これがミルストが発煙筒を用いた、もう一つの理由。
 彼女が前方に手を伸ばして、操作機の付いた指先を動かせば、空中を哨戒させていたドローンが下降、
備え付けられたレンズを、フォースリーを覆う煙幕へと向けていた。

「――映像照射。panorama発動!」

 躊躇なく、チェンジリング・デイ以前でも最大級の兵器、BLU-82――
 かつて米軍が保有していた、『デイジーカッター』と通称される航空爆弾の起爆映像を再生、実体化させた。

 当時としては、核に誤認されかねない規模、爆破半径はおよそ1.5km程度といわれる。
 もちろん、自身を範囲から外す事を考えれば、相応に縮小して再生する必要があったが。

 音声のない映像データを使用したため、爆炎は無音で研究棟の外側を薙ぎ払っていた。
 吹き飛ばされる土砂の音が響き、衝撃で研究棟の窓ガラスの大半が粉砕される。

「い、一撃……!」

 能力によって"無敵"となっている衛が、割れた窓からその光景を眺めていた。
 赤い爆炎が膨れ上がったのは一瞬だけ、後は炎を呑み込むように煙が広がっていた。

「あれは、生きてねぇだろうな……」

 若干、窓から離れた位置で、陽太が呟いていた。
 直接的に爆破の瞬間を見た訳ではないが、建物自体が衝撃で揺れていた。
 到底、人間が生還できるような威力ではない。

 やがて、煙が徐々に晴れていき、焦土と残り火が露わとなっていく。
 そこには、おびただしい量の赤黒い血痕が一部は干乾び、一部はグツグツと煮え滾っていた。

「……っ!」

 視界が開け始めた所で――残された煙の中から、"赤い"オーラが放射された。
 上空から、地上を見上げていたドローンを絡めとり、爆発させる。

「いけない、下がって……!」

 警告とほぼ同時に、赤いオーラが研究棟の一部を染め上げ、爆発へと変化させる。
 ミルストが居た周辺で閃光と炎が吹き荒れ、彼女の姿を飲み込んでいた。

541 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:00:38 ID:ay5xstto0

「やってくれる……! だが、駆け引きは私の勝ちのようだ」

 外側の煙が晴れれば、フォースリーは未だ健在だった。
 白衣は破損し、無残な姿となっている。もちろん直撃を受けて無事、という訳ではない。

 危険な能力発動を察知し、"青い"オーラを介して、周囲の地面を鉱物や冷気に変成。
 完全にとまでは行かないが、熱と衝撃の双方を遮断したのだ。

 少々過剰だった血痕も"赤い"オーラの産物であるし、都合よくフォースリー周囲の煙が
晴れるのが遅れたのも、残り火を装ってオーラで火を焚いた為だった。
 結果として、完全にミルストを欺く事に成功した。

 これで敵の最大戦力は潰えた。余裕の表情で、フォースリーが歩みを進めようとした時。
 ミルストが居た周辺、能力による爆破地点に、見慣れない銀光が輝いている事に気が付いた。

「盾……守護の仮面か!?」

 守護の仮面、吉津桜花の昼間能力『身代わりの盾』。
 耐衝撃、抗能力の性質を持った盾の具現と同時に、庇護対象と認識した相手と自身の位置を入れ替える。
 本来、昼の能力は使えない時間帯。無理を認めるように、盾は消失していた。

 フォースリーは危機感を覚えていた。
 攻撃が弾かれたのは良い。守護の仮面といえば、護衛能力で選抜されたエリートのはずだ。
 いかに強力な能力を用いても、一撃で突破という訳にはいかない。

 だが――入れ替わった、機関の刺客はどこ消えた?

「はっ――!」

 研究棟一階、割れた窓から飛び出すように、ミルストが果敢に距離を詰めていた。
 鋭く息を吐きながら、機関性のブレードを抜き放ち、フォースリーに襲い掛かる。

 あらかじめ、桜花は一階に先回りして、棟内の監視カメラか何かで状況を把握して入れ替わった。
 そこから繋がったのが、この奇襲だ。

 フォースリーもまた、軍用ナイフを抜き放ち、抵抗するが特性の刀剣はそれを両断していた。
 切り裂かれた刀身が回転しながら宙を舞い、焦土へと突き刺さる。

542 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:01:36 ID:ay5xstto0

「くっ……! だが、ドローンは破壊した! この能力には対抗できまい!」

 不利を認めながらも、フォースリーは飛び退きながら、横線を描くように青いオーラを撒く。
 ミルストはそれを寸前に回避。オーラを浴びた地面に触れる事はない。

「――貫け」

 だが、回避も織り込み済みだった。地面が変成され、氷の槍となりミルストを貫く形で伸びていた。
 こうなれば、さらに飛び退いて回避するしかない。

「やはり、厄介……!」

 氷の槍から逃れるも、次々と氷の量が増え、今度は壁を形成していた。
 拳銃を抜き放ち発砲するが、それを見越して形成された、高密度の氷は撃ち抜けない。

 ミルストは歯噛みしていた。
 ここで押し切れなければ、強力な能力の行使を許してしまう。

「てぇぇぇい!」

 そこで、さらに第二の刺客がフォースリーを襲っていた。
 咄嗟に二階から飛び降りて、戦闘に桜花が参戦したのだ。

「ち、次から次へと……」

 突き出されたスタンロッドを今度は腕を打ち払う形で対処し、能力で反撃しようとするが、
今度は位置を変えたミルストによる発砲に反応せざるを得なかった。
 一瞬で射線から外れ、銃弾は宙を貫いた。フォースリーは桜花からも離れ、状況を仕切り直す。

「吉津さん! なぜ、ここに……! それに先ほどの昼間能力は……」
「話は後です。今はあいつを、やっちゃいましょう!」

 ミルストの疑問を、桜花は意気込んで後回しにしていた。

 結論から言えば、ミルストが部屋を離れた後、代樹は保険を掛ける事を提案していた。
 先回りする桜花が大変だったのだが、人使いが荒いのは、いつもの事。
 だが、それがミルストの命を救い、今この状況へと繋がっている。

543 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:03:55 ID:ay5xstto0

「代樹が考えたプランB――あいつ、フォースリーの能力は白兵戦での扱いが難しいんです。
 直接、生成物を操れる訳じゃないから、大規模破壊だと自分を巻き込んでしまう。
 だから――二対一で押し切りましょう!」

 的確な分析に、妥当な作戦。だが、それでも簡単な事ではない。
 だが、困難を知りつつも桜花は希望を見出していた。

「くくっ……本気で、この能力に抗えるとでも思っているのか。
 少々、頭を捻った程度で? もし、そうであるなら、この世界は今のような形ではない」

 桜花とミルストを、自分自身を、そして世界そのものを嘲笑するかのように。
 フォースリーはかすれた低い声を漏らしていた。

「強大な者は奇跡を独占し、世界を蹂躙する。
 一方で、たまたま奇跡に選ばれた人間は、ただの人間では居られない。
 それを知恵や技術が覆したとでも?」

 かつて、川端輪にも見せた狂的な一面をフォースリーは露わにしていた。
 興奮に眼球を血走らせて、天を仰ぎ見ていた。まるで、神でも弾劾しているかのように。

「あなたの思想がどうあれ、この状況は……」
「いえ――」

 覆せない、とう桜花が主張しようとした所で、ミルストが遮っていた。
 フォースリーの周辺には、"赤い"オーラが展開されていた。今度は炎でも、爆発でもない。
 地面でも所持品でもなく、オーラは当人を塗り潰していた。

――自分自身の変成

 "赤"は熱量だけの色ではない。血液がそうであるし、毛細血管の影響から筋肉繊維を始め、
人体そのものを象徴する色でもある。
 さすがに骨格の変更は効かないが――この能力は人体改造すらも可能とする。
 あくまで外付けなのだろうが、フォースリーの肉体が膨れ上がり、怪物的な真紅の姿へと変貌していた。

 さらに怪物の手先から、"青い"オーラが雫となり零れ落ちた。
 それは地面を塗り替え、グレイブ。西洋における一種の薙刀を形成していた。
 青銅や青金という言葉があるように、"青"は武器の製造すらも可能とする。

「その細腕と貧相な武器で、抗えるものなら抗ってみるがいい!」

 焦土の光景や、焦げ臭い空気を引き裂くように。
 能力がある世界によって生み出された、真紅の怪物は蒼のグレイブを構え、咆哮していた。

544 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:07:22 ID:ay5xstto0
自分はちょっとしか居なかったのですが、ここ元から少数で間を保たせている所がありますよね
比留間慎也博士の名前遊びは気付かなかった……今さら対応させるのも変なので、
この作品では比留間博士で統一してしまおうかな、と思います

フォースリー戦は(色)の○○でサブタイトルは考えているのですが、
彼が扱う色は三色+αなので、リミッター掛けずに書いていると色が足りるか若干、不安に

以下はそろそろ全貌が見えてきたので、キャラ設定です

545 ◆peHdGWZYE.:2019/05/07(火) 02:08:17 ID:ay5xstto0
名前
通称:フォースリー
本名:???(未設定)

解説
 『クリフォト』主要構成員の一人。冷酷な人物。
 頬がこけた神経質そうな男、服装は白衣やスーツを好んでいる。
 チェンジリング・デイ以前はルジ博士の部下であり、改造人間技術の前身となる研究に携わっていた。
 裏社会に転落した経緯から、"能力が存在する世界"そのものに不信と憎悪を抱いている。

 『クリフォト』が存在しない時間軸では――
 やはり同じ経緯で堕落しており、ルジ博士のそれには及ばないものの、
 旧式の改造人間技術を売りに、裏社会でフリーの技術者として転々としている。
 『クリフォト』所属時ほどでないにせよ、強大な能力から彼の技術を独占する試みには成功例がない。

昼の能力
名称…『幻像を発生させる』能力
 ある種の立体映像、幻像を配置する。幻像は物理的な衝撃を与える事で消滅する。
 いわゆる幻覚とは別物で、光学的に実在する偽物でありカメラなどにも映る。
 静止画のみだが、相手の目を欺くように連続で配置すれば、動いているように錯覚させる事が可能。
 とはいえ、高度な応用のため、予め練習したパターンでしか動かす事ができない。

夜の能力
名称…『現実を塗り潰す』能力
 『赤』『青』『緑』、三種の塗料のような性質を持ったオーラを放射し、現実を塗り潰す。
 このオーラで塗り潰した物質は、物的な性質を失い、対応した色が象徴する現象や物質に、
置換する事ができる。『赤』なら爆発、『青』なら氷など。
 目安としては、軽い放射で一軒家程度の質量に変化させる事が可能。

 また、鑑定士によって幾つかの制限が指摘されている。
・発生させる事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・観念的なものや生物は発生させる事ができない

 狙いを付けるのに便利なため、フォースリーは手先からオーラを放射する事を好むが、
オーラの発生点は自分周囲の空間なら自由であり、必ずしも手は必要としてない。

投下は以上です

546 ◆VECeno..Ww:2019/05/10(金) 01:53:05 ID:AS66dlMA0
温度操作とかかと思っていたら色の能力! 汎用性が適度に高くて使いやすそうです。
しかし赤青はイメージしやすいですが緑が象徴する生命でも観念でもないものって意外と思いつくの難しい。
いったい何を繰り出してくるのか……

>名前遊び
自分の投下したキャラって名前が伏線と評されるほど割と直球なネーミングばっかりなんですよね。
(自分はこじつけでもいいので何かしらの意味を仕込んどかないと自キャラの名前すら自分ですぐに忘れちゃう性格なので……)
ディアナお嬢様もやはりこのタイプのネーミングと言えます。
夜の性格は……まあ能力が昼の性格に影響してるって書いてますからね。必然的に違う面を見せてくれるでしょう。

>フェイタリティさん
出番これで終わりなのは本当に勿体ないのでまた出したいw

547 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 00:21:13 ID:56cCFvhQ0
続き(たしか7話)は何とかお見せできる体裁にはなりましたが、もう何日か使って推敲したい。
陽太vsサドーヴニクの闘技場バトル回の予定です。

548【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:25:30 ID:56cCFvhQ0

「選手入場!」

ステージへと続く二本の花道に、二人の選手が足を踏み入れた。

「東サイドからは華やかな闘いで人気を博す、バルト三国一の御嬢様、“サドーヴニク”! 
能力を既に知ってる方はネタバレしないでくださいねー!」

観客に手を振りながら現れたサドーヴニクの装いは昼間とは随分と変わっていた。
リトアニア特有の民族衣装風モダンベストに、如何にも動き易そうなズボンと登山靴。
頭を覆う兜と各所のポイントアーマーには草花の意匠を取り入れつつも彼女が闘士である事を対戦相手に思い出させた。
昼間と同じ格好で出場していても彼女はかなりの人気者になれるだろうが、それは流石に執事が止めるだろう。


「西サイドからは今回初出場! 『神の理に叛く能力』の正体とは!? 期待の新人“ムーンリッター”!」

満を持して会場に岬陽太が現れた。
両手にはERDO特製の断熱手袋を嵌めている。手袋越しに彼の能力を使える薄さの上、熱い物を持っても簡単には火傷しない。炎に晒されても十秒程度なら耐えるであろう高性能の代物だ。
腰から下げたパチンコは、武器としてはスリングショットと呼ばれる。原始的なぶん壊れにくく扱い易い射撃武器だ。
ムーンリッターは手に持っていたコーラの瓶を一気飲みした後、ポケットから取り出した半透明の飴玉を宙に投げ上げて頬張った。
挑発じみた品の悪いパフォーマンスだろうか? 否、これは彼の能力を鑑みるに合理的な行動である。

「塩飴……」
観客席で様子を眺めていた水野晶はすぐに思い当たった。
“月下の騎士(ムーンリッター)”こと陽太の能力は、使えば体内の栄養素を消費する。そこで長期戦にもつれ込んだ場合に備えて追加の栄養源を持ち込んだのである。
ブドウ糖、ナトリウム、カリウムなどを主成分としたスポーツ用の飴。これらを水に溶かした液体は迅速に体内へと吸収される。

コーラの方はよく分からないが、水分と糖分が豊富な事は確かだ。


「実況と解説はいつも通りフェニックスとパイモンがお送りして参ります!
今回のフィールドは……ご覧の通り、岩場です!」

野外の岩場が再現されたステージ。幾つもの岩が視界を遮り、高低差が大きく、最も低い位置の床にも砂利が敷き詰められており、足場は大変悪い。
幾つかの場所には人工的な泉があり、給水ポイントに出来そうだった。

このフィールド設定は事前に知らされていたため、両選手は登山に向いた靴を用意する事が出来た。

「今回はムーンリッターが初登場という事もあって、異能力はお互いに非公開のルールです! 
異能力を推理するのもまた異能力バトルの醍醐味でしょう! 
……両者、位置についたようですね。それでは試合をお楽しみ下さい! レディー・ファイト!」

549【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:29:21 ID:56cCFvhQ0
陽太……否、もはや陽太と呼ぶのは適切ではあるまい。
ムーンリッターとサドーヴニクは、互いに相手が見えない位置から試合を開始した。

「相手が何処にいるか分からないのかそれなら……」
ムーンリッターは近くの一番上の岩をよじ登った。高所の確保は兵法の基本である。
視界を確保して状況を把握できるようになれば戦闘は格段に有利になるし、
相手に見つかっても足場そのものを遮蔽物にして防御・退避できる。

「お互いに見えない状況、両者どう動くのか?」

一方のサドーヴニクは、砂利の上に何かを撒きながら低所を移動して、泉の方へと向かっていた。
給水地点を抑える計画のようだ。

余談だが、「泣いて馬謖を斬る」という故事成語の語源になった戦いでは、
馬謖は高所に陣取ったものの水源への道を断たれて敗北したと言われている。
定石通りに動いても勝つとは限らないのが戦いの難しい所である。

会場のオーロラビジョンはフィールドからは見えない位置にあり、試合参加者はお互いの様子を知る事はできない。
実況役も出場者に情報を伝えないように細心の注意を払っている。

試合開始から約5分後、ムーンリッターは2個目の塩飴を舐めながら、岩場の下にサドーヴニクを発見した。

(見つけた……!まずは小手調べだ!)
ムーンリッターが右手の指を揃え、右腕を上段に構えて独特な投擲の姿勢を取る。

『食材を生成する能力』、《ゴッドリベリオン》!

ムーンリッターが右腕を振り抜く最中、手の中に棒状の木片が出現し、慣性を以て指から離れ、サドーヴニクへと飛んでゆく。

だがこの攻撃は読まれていた。

(ふふ……物音で丸分かりよ)

サドーヴニクは腕の小盾を構えて投擲物を弾いた。
昼間のような呑気さは感じられない鋭い動き。パンデモニウム闘士としての彼女の顔だ。
だが身のこなし程度ではムーンリッターの戦術的優位は変わらない。ムーンリッターは相手の防御動作に構わず何本もの追撃を放つ。

「先制攻撃をかけたのはムーンリッター! サドーヴニクは防戦一方だ!」

550【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:35:26 ID:56cCFvhQ0

「この投げ方は直打法と呼ばれる日本の武術特有の投擲技術です。
普通の投げナイフは縱回転を繰り返しながら飛びますが、日本の手裏剣術では回転を抑えて軌道の安定するこの打ち方が好まれます」

戦局が動かない内にパイモンが手早く解説を加える。

ダーツのように矢羽根がついていない限り、物体をそのように投げるのはかなり難しく、習練とセンスが必要だ。
しかし逆に、この技法をマスターすれば、箸や棒などのありふれた物体にも殺傷力を持たせて投げる事が出来る。
そして今回武器としてムーンリッターが選んだのは……

「シナモンスティック!」
サドーヴニクが誰よりも早くその正体に気づいていた。
「そうですね。香辛料の一種、シナモンの乾燥樹皮です」
ステージに器用に隠された小型マイクから音声を拾ったパイモンが応答する。

クスノキ科ニッケイ属、シナニッケイ。
香辛料の王様と呼ばれるシナモンはニッケイ属の樹の皮を乾燥させた香辛料である。
中でも硬い樹皮を持つシナニッケイは加工する器具を逆に傷つける事もあるという。

「これが神矢シナモルガス・フェザーだ! たっぷり味わえ!」

ムーンリッターは両手で続けざまにシナモンスティックを生成し、投擲する。
パイモンは数ある固い食材の中からシナモンスティックが選ばれた理由を既に推測していた。

ムーンリッターの能力は代償として相応の栄養を消費する。
生成した物を自分で食べても腹の足しにならない程度には。
しかしシナモンスティックは香りづけに使われるだけで、スティック自体は食べられない。
その成分の大半は人体には消化不可能な食物繊維。そのため栄養消費を抑えて戦えるのだ。

栄養以外にも何らかの制限がある可能性も否めないが、さしあたっては前哨戦で使い捨てできるほどローコストで生成できる事は間違いない。
しかしこれを解説してしまうとムーンリッターの能力の秘密をばらしてしまう事になるため、パイモンは敢えて黙していた。
能力は皆に、特に対戦相手に頑張って推測してもらった方が、概して試合は白熱するものだからだ。

551【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:40:12 ID:56cCFvhQ0

「反射系能力は無し、と。このまま押しきれるか……?」
ムーンリッターは本命の弾を撃つべく腰のパチンコに手をかける。
と、そこに予想だにしなかった奇妙な感触がした。

目をやると、パチンコの木製の柄から蔦が芽吹き、脚に根が絡み付いていた。

「……!」

こんな不可解な現象が起きるのは、相手の能力、それ以外にあり得ない。

「ふふ。ムーンリッター。やはりあなたは“食べ物の神様”の力を借りているようね」
サドーヴニクはムーンリッターに向かって微笑んだ。
「いやそんな設定はないけど!」
厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。

「でも私の授かった力は“森の神様”の力。──目覚めよ!」
ムーンリッターの抗議を無視してサドーヴニクは能力を行使する。


『草木を生やす能力』、《メデイナ》。


「ぐぉっ!」

長い蔓がムーンリッターの手足を絡め取った。
蔓から生える無数の棘が身体に食い込み、ムーンリッターは呻きを上げる。

バラ科バラ属、ギガンティア。

ロサ・ギガンティアと呼ばれる世界最大の薔薇。
野生環境下では強靱な鉤状の棘で高さ20m以上の木にもしがみ付く蔓植物である。

バラ属の植物が持つ棘は、植物本体の形状も相まって、生物の行動を制限するには効果的であり、
園芸の分野では害獣避けに薔薇が植えられている例もある。

「さあ、神々の戦いを始めましょう」

サドーヴニクの月色の瞳が魔力を帯びたかのように輝いた。

552【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:47:41 ID:56cCFvhQ0

だが、ムーンリッターも負けていなかった。

「ああ、残念だけど、俺は神様なんかじゃねえ。俺は神に背く者だ!
 打ち砕け! ──ゴモラの雹雨!」

決め台詞と共にムーンリッターの手から白い物体が大量に零れ落ちた。
地を這う白煙を纏ったそれは、薔薇の蔓をたちまち凍らせてその細胞壁をぼろぼろに粉砕した。

その正体はドライアイス。二酸化炭素を凍らせた物質。
昇華点は約-80℃。普通の生物が触れれば数秒で凍傷に至る。
大気中に存在すれば周囲の水分が凍りつき、氷の靄を発生させる。これが白煙の正体である。

そしてドライアイスはただの二酸化炭素の塊であるため、栄養価は当然ゼロ。

「あっつー。足にちょっとかかった」
凍り付いた蔓と根を引きちぎったムーンリッターは続いて岩の淵に立ち、目一杯に両手を伸ばすとドライアイスの雪崩を崖下に放った。
乾いた氷と白い煙が人工の谷を埋め尽くす。
南極に匹敵する極寒世界、かつ寒さを凌いでも高濃度の炭酸ガスが中毒を誘う死の谷が完成した

……かに見えた。

白い煙の向こうから次々と木々が生え伸び、煙の代わりに谷を埋めていった。

「植物は二酸化炭素を吸って栄養にできるって知ってたかしら?」

岩や砂利の地形から芽吹いた木々がドライアイスを堰止め、木の梢にサドーヴニクを乗せて成長し、高所に避難させていた。
サドーヴニクが試合の最初に撒いていたのは、言わずもがな植物の種と肥料だった。

マメ科コームパシア属、メンガリス。
クワ科イチジク属、オオイタビ。
ウツボカズラ科ウツボカズラ属、キエリウツボ。
      ・
      ・
      ・

熱帯多雨林の植物の多くは、土壌の乏しい岩場でも生育するよう進化している。
激しい雨により土壌が流出しがちで、残った土壌の養分も生態系全体の活発な生命活動に対して不足するためである。

先程まで極寒の世界だった谷はいつの間にか花咲く森林と化していた。

553【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:51:13 ID:56cCFvhQ0

「これはサドーヴニク選手、ムーンリッター選手のドライアイスを上手く利用しましたね。
「素朴な疑問なんですが、ドライアイスって食べ物なんでしょーか?」
「ええ、理論上はありえます。炭酸の元ですから」

これこそ、いつぞやの能力研究所でムーンリッターに振る舞われた謎の飲み物、その微炭酸の正体だった。
ドライアイスを溶かして炭酸飲料にする事で、ドライアイスが食材扱いとなったのだ。

しかしその成分である二酸化炭素が今回は仇となった。
植物が普遍的に持つ生体能力、 光合成。二酸化炭素と水を吸収して酸素と糖分に変換する。
光合成で出来た糖分に、地中や大気中の窒素を組み合せて植物性タンパク質を形成する事で、植物の体は成長する。
その生理作用がサドーヴニクの能力により促進された結果、谷を埋め尽くしていたドライアイスはほとんど吸収されてしまったのだった。

しかし、ムーンリッターはまるで計算通りとでも言うかのようにニヤリと笑った。
よく見ると彼の足元近くから谷底へ向かって、岩の上に黄色く輝く一筋の線が延びていた。

「あれは……ムーンリッターの足元から何かが出ています!」
「ドライアイスに紛れこませて既に撒いていたようですね。次の布石を」

「光合成くらい知ってるぜ。二酸化炭素を吸って酸素を吐く。
でもそれって物が燃えやすくなるって事だよな!」

ムーンリッターは黄色い線の端に手を当て、勢いよく指を鳴らした。指先から青い炎が上がった。

「その布石とは……燃える石、硫黄です」

青い炎は岩肌についた硫黄の筋を導火線として谷底まで伝わっていき…

「焼き尽くせ! ──ソドムの硫火!」

…充満していた酸素と植物群を燃料として爆発的に燃え広がった。

554【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 21:56:20 ID:56cCFvhQ0

「硫黄の結晶は黄色ですが、発火すると青い炎を上げます。ちょうど今皆さんがご覧になった通りです」
「サドーヴニクは相手の能力を『食べ物の神様の力』と推定していましたね。硫黄って食べられるんですか?」
「ええ、普通は食べられません。では何故ムーンリッターは硫黄を生み出せるのか。この謎がこの試合のキーポイントの1つになるかもしれません」

パイモン達は慎重に言葉を選びながら実況と解説を進める。
能力についてはその対戦相手も推測できる範囲で話すのが一つの目安である。

「……温泉卵では」
試合を見ていた晶は思い出した。
ムーンリッターは昼間、クロケル温泉プールで点心をサドーヴニク達に振舞っていたが、相応に空腹になるため、彼自身の腹はそれでは満たされない。
別途、何かを食べる必要がある。
そしてその日の昼食に彼が食べた料理の中には……確かに温泉で茹でた卵があった。

硫黄は火山地帯や温泉地帯でよく結晶している鉱物だ。
それが温泉の湯を使った料理に紛れ込んで、隠し味として機能してもおかしくない。

厳密には、元素としての硫黄なら、人体にもアミノ酸に組み込まれる形で合計100gほど存在している。
しかし温泉に析出した硫黄結晶のうち、温泉卵に染み込んで人の口に入り、人体に吸収される比率となるとまた別の問題だ。
すなわちこの場合もシナモンスティックと同様、栄養素はごく僅かしか消費しないと言える。


強烈な臭いが周囲に充満していた。
しばしば腐った卵と形容される硫化水素の臭気。
そして鼻を刺す二酸化硫黄の臭気。

「まるで“あの日”の再来ね……」

足場の木を揺るがされたサドーヴニクは、意味をどうとでも取れる言葉を意味深に呟きながら、火と煙がまだ及んでいない岩の上へと飛び移った。

ムーンリッターのいる岩の上へと。

接近戦と言って差し支えない距離で、両者は対峙した。

火を放ったムーンリッター自身も、火災に巻き込まれれば当然命が危ない。(なお、ドライアイス地獄にしてもそうであった)
試合フィールドのうち、両者が行動可能な場所は限られている。

決着の時は近い。

Fortsetzung Folgt...

555 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:00:17 ID:56cCFvhQ0
あとがき。
書き終えた後に思ったのですが、飲物の材料も食材って言いましたっけ……?
まあデジタルリマスター版(?)では議論の余地を無くすためフルーツポンチとかに差し換えられると思います。

これが二年の時を経て中二病も悪知恵もパワーアップした陽太の戦いだ! 
というコンセプトで書いています。そして試合は後半へと続く……

以下、補足など。

556 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:01:22 ID:56cCFvhQ0
《メデイナ/Medeina》
【意識性】【具現型】
『草木を生やす能力』
サドーヴニクの夜間能力。
植物を任意の方向へ成長させたり、植物質の物体に生命を吹き込み植物を生やす。
副次効果として自身が知覚した植物質の物体の素材を鑑定も可能。
また、接ぎ木のようにして元の材質とは異なる植物も生やせる。
実は昼間の能力と地味にリンクしており、昼間にたくさん日光を浴びているほど髪に能力エネルギーが蓄えられて強力になる。
近くに水や土壌など、生やす植物の生育環境に適した地形があればエネルギー消費を抑えられる。

反動として自分が神様に選ばれていると思い込むタイプの厨二病になる。

557 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:03:33 ID:56cCFvhQ0

・神矢シナモルガスフェザー
シナモルガスは中世ヨーロッパの伝承に登場する、シナモンの枝で巣を作る東洋の怪鳥。
中世ヨーロッパの人々にとってトルコ以東は魔域も同然だった事が伺える。

・ソドムの硫火とゴモラの雹雨
最初に断っておくとチェンジリングデイの別の長編に登場する超兵器とは無関係。
旧約聖書には神罰としてよく硫黄の雨と雹の雨が登場する。
なお、ソドムとゴモラは硫黄の雨で滅ぼされた都市だが、
ゴモラを雹に対応させる着想が手塚治虫の漫画『三つ目がとおる』に見られる。

558 ◆VECeno..Ww:2019/05/21(火) 22:06:45 ID:56cCFvhQ0
今回の投下は以上です!

559 ◆peHdGWZYE.:2019/05/24(金) 03:09:30 ID:/tqmUfJk0
>厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。
これは笑う

かなり応用性が高い能力同士の対決。きちんと陽太、武装しているみたいですね
やっぱり装備+能力で戦った方が、応用の幅も広がりそうです
ドライアイスは想定の範囲内ですが、まさかの硫黄!
グレーな気がしますが、温泉卵の風味は確かに硫黄成分でしたね

サドーヴニクも探せば、一撃で戦闘不能にできる応用がありそうですが、はたして……
しかし、昼夜共に人格に影響を与える反動って、かなり大変そう

こちらは過程で消化したい事が多くあって、頭を抱えている状態……
とはいえ、書けば進むので、たぶん大丈夫でしょう

560 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:19:37 ID:J/3fMu0E0
ロサ・ギガンティアのところはイラクサなどの有毒・有棘の植物を生やして毒攻撃というプランもありましたが、
生半可な棘ではムーンリッターの手袋を貫通できないかもしれないので(サドーヴニク主観)、劇中ではロサ・ギガンティアが選ばれました。

有毒植物もいろいろと調べてみたのですが、
食べて始めて害があるものだったり、棘が手袋を通りそうに無かったり、相手の所有物から生やすには不向きな形状・大きさだったり、
紫外線を浴びないと毒性を発揮しなかったり(メデイナは夜間能力な事に注意)と、即死級の攻撃手段を探すのは中々大変です。

相手の消化管内にある(食べた)植物質を対象に出来れば凶悪なのですが、一応設定としてはメデイナではそれは出来ないという事で。
敵の体内への直接干渉は多くの能力で暗黙のタブーになってる気がします。


硫黄がグレーっぽいというのは実は鋭い感想で、
温泉卵のくだりだけ晶さん視点っぽく書かれてるのには理由があったのです。
実は温泉卵由来は劇中の真実ではなく、硫黄結晶は後述する別ルートからの生成物です。

というわけで試合後半をお楽しみ下さい!

561【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:28:29 ID:J/3fMu0E0

サドーヴニクはムーンリッターから2メートルほどの距離にいた。
見た所、武器のようなものは持ち合わせていない。しかし格闘技の構えにも見えない。

ムーンリッターは警戒した。最も考えられるのは何らかの植物を具現化し即席の武器にする事。
つまり自分と同系統の戦闘スタイル。

この距離では攻撃の規模よりも素早さと精確さが重要になる。また、飛び道具の優位はない。
足元は岩場。新たに何らかの種が撒かれた様子もない。薔薇の生えたパチンコは谷底へ処分した……。
ムーンリッターが束の間思案している間に、先手を打ったのはサドーヴニクだった。

「芽生えよ!」

サドーヴニクは踏み込みながら素早く右手を振るう。
ファンタジー作品でよく見る魔法の杖のような先端が巻いて瘤状になった形状の木の杖が、
彼女の掌の内から伸びるように出現し、振り抜いた慣性でムーンリッターを打つ。

ヒユ科アカザ属、アカザ。
1mほどの長さに成長するその茎は秋になると固い幹に変じ、古来より杖の素材として使われてきた一年草。


「くっ、聖盾アッシュ・マナ!」

ムーンリッターの手に現れた、弾力のある灰色で作られた盾状の物体が、打撃を受け止め、衝撃を吸収する。

その正体は、日本人なら一目で分かるだろう。

(コンニャク……?)

植物の鑑識眼を持つサドーヴニクも気づいたようだ。

サトイモ科コンニャク属、コンニャク。
その地下茎に実る芋を、擂り潰し灰汁で似る等の多数の行程を経て得られるグミ状の物体が、食品としてのコンニャクである。

コンニャクの芋を飢饉の際の栄養源とする試みは文明の早期に頓挫したと考えられる。
日本には漢方薬として伝わってきたものが、口に馴染みやすいよう加工成形の工夫が重ねられ、江戸時代頃から健康食品として庶民に広まっていった歴史を持つ。
その主成分は人体では消化不能な食物繊維であり、そのため栄養価は極めて低い。
即ち、これもローコストで大量に具現化できる食材である。
それが瞬時に2kgほど生成されたのだった。

攻撃が防がれ、反撃を警戒し退いたサドーヴニクに対してムーンリッターはすかさず追撃をかける。

「魔槍シュガーケーン!」

竹槍のような物がムーンリッターの手に召喚され、サドーヴニクの杖を打ち払った。

562【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:32:54 ID:J/3fMu0E0

イネ科サトウキビ属、サトウキビ。
砂糖の原料として有名な栽培植物。内部に砂糖を貯め込むその茎は竹に似て固く、数メートルの長さにまで成長する。
この茎を適度に切り詰めたものをムーンリッターは具現化し、両手で振るっていた。

戦闘は一般的にリーチの長い攻撃手段を持っている方が有利である。
射程で劣る方は相手の攻撃を掻い潜る一手を踏んでからでないと攻撃に移れないからだ。

しかし異能力の効果範囲が絡めば話はそう簡単ではない。

「目覚めよ!」

サドーヴニクの合図でサトウキビの茎のあちこちからイレギュラーな根や葉が生じた。
異能力による遠隔武器破壊。
再び手足を絡め取られそうになりバランスを崩したムーンリッターは魔槍を放棄する。

「森の女神を相手に木属性の攻撃は利敵行為よ。ムーンリッター」
試合を見ていた遥がコメントした。どうやらムーンリッターという呼称の響きを気に入っているようだ。

サドーヴニクはその気になれば足元に散らばるコンニャクにも生命を与える事が出来た。
しかし戦局がそれを許すとは限らない。
能力に集中していると相手の攻撃に対して無警戒になる危険性がある。


「今だッ!」
「きゃっ!」

ムーンリッターは不意に黒い粉末を投げつけた。
攻撃の動作途中での具現化は、必要な物を隠し場所から取り出す時間を食わないため、隙を衝きやすい。
黒い粉末の一部がサドーヴニクの目に入り涙を誘う。

(この攻撃は……!?)

黒胡椒ではない。
サドーヴニクにはその成分のうち1つしか分からなかった。木炭、すなわち炭化した植物。
残り2つの成分は……少なくとも植物質ではない。

そしてサドーヴニクの分析能力がここに来て仇となった。
分析に気を取られた事が、さらなる隙を生み出す事に繋がった。

隙が出来たサドーヴニクの胸部にムーンリッターは追加の黒い粉末を押し付ける。

必殺技の準備は整った。


「爆ぜろ! 『午後の死』!」


掛け声と共に、黒い粉末はムーンリッターの指先近くから発火した。
爆音と硝煙が周囲の大気を満たし、サドーヴニクの心臓は鼓動を止めた。

「決着です!」

試合終了が告げられ、同時にフェニックスがジェットパック(一人用の飛行装置)で決着の場に急行した。

563【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:36:36 ID:J/3fMu0E0


一体どんな食材を使ったらこんな芸当が? 

ムーンリッターの能力を『食材を具現化する能力』と推測していた観衆たちは騒然としていた。

粉塵爆発説、能力とは無関係な持ち込み武器説、実はチート能力説などが囁かれる中、パイモンによる能力解説が行われた。



「20世紀の文豪アーネスト・ヘミングウェイが考案したカクテルの1つ、

『Death of the Afternoon』には、非常に奇抜な材料が使われていました。

──木炭、硫黄、硝石を混ぜ合わせて作られる、人類史上最初の爆薬、黒色火薬です」


日本では火薬に分類されているものの、科学的には音速以上で燃焼するよう調合された物は爆薬に分類される。
ガンパウダーとも呼ばれ、かつては銃砲に使用されていたが、爆発力が高すぎて銃身を破損するリスク、そして爆発時に発生する大量の硝煙の煩わしさから、近代には他の火薬類に取って代わられた。
その点を踏まえると、敵に投げつけて爆発させるのはある意味賢い使用法と言える。

「着火に使われた食材は、液体の食塩です。
食塩の主成分、塩化ナトリウムの融点は約800℃。
大抵の可燃物なら発火する温度です。先程の硫黄への着火も実は液体食塩の仕業でした」


「ソドムに塩とは因果な事を考えたものね。ムーンリッター」
と遥がコメントした。


黒色火薬と液体の食塩、これが研究所でムーンリッター達に振る舞われた謎の飲み物に入っていた隠し味の正体だった。
もっとも、液体の食塩は冷やされれば普通の食塩と変わらないが。
硫黄結晶も、温泉卵という不確実な由来ではなく、これの原料として生成したと思われた。


メインウェポンにするには厳しいと評されてきたムーンリッターの能力は、遂にその雪辱を果たした。

564【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:41:56 ID:J/3fMu0E0

サドーヴニクの蘇生処置が終わった後、
ムーンリッターもフェニックスによる回復措置を受けるかどうかを訊かれていた。

「その能力、腕だけ回復ってのもできるんだったよな?」

ムーンリッターの右手は爆発で吹き飛んでいた。
至近距離での爆発攻撃。その着火に使った右手を防護する手段は残念ながら無かった。

「勿論。試合前に触れてましたので」
「だと思った。じゃあ頼む」
この説明は試合前にも受けたものだった。どうやら幾つかの部位ごとに分けたリセットも可能らしい。
脳を対象に含めなければ記憶はリセットされないで済む。


フェニックスの夜間能力、《リカバーバック》。
その効果は、触れた対象を以前に触れた任意の時の状態まで巻き戻す。
パンデモニウム闘技場の運営を支える要とも言える能力だ。


「今日は良い試合だったわ」
サドーヴニクがムーンリッターに手を振りながら言った。
早急に蘇生された為、脳機能は無事だったようだ。
後遺症があれば脳もリセットする必要があるが、この調子ではどうやら大丈夫そうだ。

「こっちも結構危なかったぜ」
「服の材質によっては、ね?」
「やっぱり弄れるのかよ! 怖っ」

仮に相手の着ている服に植物繊維、例えば綿やリネン等の植物質のものがあれば、サドーヴニクはその服に植物を芽生えさせて攻撃する事が出来た。
服から毒草を生やされていたら勝負にすらならないほど悶絶していたかもしれない。
しかし残念ながら今夜のムーンリッターの服は100%合成繊維だったため、干渉できなかったのだ。

「でもそれを回避できた貴方は優秀な闘士に間違いないわ。
きっと直感で着てくるのを避けたのね。
これからの試合にも期待しているわ」
「ああ、よろしくな」
べた褒めされたムーンリッターは悪い気はしなかった。

お礼と格好付けを兼ね、ムーンリッターは治ったばかりの右手からドライフラワーを出して放り投げた。

バラ科バラ属、ダマスクローズ。
その香りから化粧品はもちろん、中東の料理や菓子の材料にも使われる名高い薔薇の品種である。

サドーヴニクは笑顔で薔薇を受け取り、生命を吹き込んでその花を再び瑞々しく咲かせた。

会場は拍手に包まれた。

565【闘技場篇】 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:43:33 ID:J/3fMu0E0

その夜から、黒色火薬を使ったオリジナルのヘミングウェイ・カクテルが、闘技場の名物の1つに加わった。
そのカクテルには、しばしば闘技場独自のアレンジとして、一輪の香り高い薔薇が添えられて提供されたという。

Fortsetzung Folgt...

566 ◆VECeno..Ww:2019/05/27(月) 00:49:39 ID:J/3fMu0E0
以下、補足

・聖盾アッシュマナ
コンニャクの食物繊維には何故か旧約聖書に登場する奇跡の食物マナにちなんだ名前がつけられている。消化できないのに!
本編中では生のコンニャクがぷよんぷよんと衝撃を吸収していたが、
脱水が不安なら高野豆腐のように冷凍乾燥して水分を抜きスポンジ状にした「こごみコンニャク」という食材もある。

・魔槍シュガーケーン
熱帯地域ではサトウキビの絞り汁がシュガーケーン・ジュースと呼ばれて売られている事がある。
屋台で頼めば人間が巻き込まれたら手足を失いそうな機械を使ってサトウキビの茎をバリバリ砕いて汁を絞る豪快な製法を見られるかもしれない。
なお、絞り汁は竹色をしていて甘くて美味しい。

・粉塵爆発
粉塵爆発をよく起こす砂糖や小麦粉やコーンスターチも食材ではある……が、普通の可燃物ではよほど大量に用意しない限り致命傷には中々ならない。
ましてや今回発動したのは爆発のエネルギーが逃げやすい開けた空間だった。
第一、これらの主成分は人体を動かす主要なエネルギー源、糖質である。無理に狙ったら陽太が餓死してしまいかねない。

・『午後の死/Death of the Afternoon』
別名ヘミングウェイ・カクテル。現在のレシピでは黒色火薬の代わりにアブサンを使うらしい。
なので陽太達が口にしたのはあくまでも博士の創作料理であり、アルコールも当然入っていない。
文系・歴史系の雑学は博士よりもサイファーの方が得意という裏設定があるので、そのあたりはサイファーの入れ知恵があったのかもしれない。

・液体の食塩
本編で解説されていたように大抵の可燃物が燃える上、アルミニウムなどの一部の金属も溶けてしまう温度なので、単純に相手に浴びせても強い。
とはいえ使い過ぎると低ナトリウム血症になってしまうと思われる。ムーンリッターが試合の最初に塩飴を舐めていたのはこれのため。

・ソドムに塩
旧約聖書ネタ。
壊滅するソドムから逃げる途中に後ろを振り返ってしまうと神罰が下って塩の柱にされる。
この話に限らず昔話で何かを見てはならない系の忠告を破るとだいたい碌でもない事になるようだ。この法則は『見るなのタブー』と呼ばれている。

・コーラ
試合前に陽太が一気飲みしたコーラをみなさんは覚えておられるだろうか。
コーラの糖分はサトウキビに、水分はコンニャクに、香料はシナモンの生成に消費されてその役割を果たした。
見事な陽太の戦略眼である。


今回の投下は以上です!

567名無しさん@避難中:2019/05/27(月) 00:53:49 ID:f79wrHZs0
乙です
ムーンリッターやるなー!

568 ◆peHdGWZYE.:2019/05/30(木) 02:51:51 ID:ptklyjNQ0
着火も手袋に何か仕込んであると思ったら塩。博士がいうフリーズドライ食材の応用ですね
何を飲ませたのか気になってはいましたが、黒色火薬!
カクテルはどこかで見た事がある雑学ですが、陽太の能力とは結び付かなかった……
人間って何でも食べる生き物だなぁと

死んでリセットって、試合後の会話が大変では? と、ちょっと思っていたのですが、
処置が早ければ、わりと大丈夫なのですね

569星界の交錯点 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:11:59 ID:5j2hSxGs0
28.緑の鮮烈

 パチンと指を鳴らす音が巨大な氷の壁に当たり、阻まれた。
 比留間博士が能力を発動する際の意図的な癖だった。普段から発動条件を誤認させておけば、
いつか役に立つ、という考えだが、今の所はそうなった試しがない。
 効率的な能力運用と、厨二病との境目は曖昧だ。

 光が差し、周囲の光景が昼間のものに近くなる。博士の能力に付随する錯覚だった。
 現状、妄想でもなく学校にテロリストが襲撃している訳だが、
少なくとも傍目に見ればマイペースに、彼は氷の壁を強めにノックしていた。

「やはり塗り潰した現実は、元に戻らないらしい。
 オーラ自体は能力の産物だが、塗り替えた現実は能力の影響からは独立している。
 これも今では珍しくもないパターンだ」

 比留間博士の夜間能力は、周囲を「昼」にする、というもの。
 もちろん時間帯だけでなく、能力の切り替わりにも影響がある。
 昼になればフォースリーの能力が露のように消失する可能性もあったのだが、期待通りにはいかなかった。

 博士に同行していた三島鑑定士は若干、離れた位置で(昼の反動を嫌ったのだ)手の甲を顎に当てていた。

『となると予定通り、彼に頼るしか無さそうですね。壁を破るのは車両をぶつけても難しいうえ、
 あまり派手な事をすれば、フォースリーに悟られてしまう』
「それが妥当だろう。だが、それなら急いだ方がいい」

 ホワイトボードに文字を綴る鑑定士に、比留間博士は率直に見解を述べていた。

「おそらく、彼女たちは五分も持たないはずだ」

570 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:12:26 ID:5j2hSxGs0
――――

 それは質量を有した暴風の如く荒れ狂った。
 現実を塗り替える能力と、改造人間技術が合わさった悪夢の体現。

 人体と同じ素材で作られ、生体的に接続された、いわば能力によるパワードスーツ。
 その姿は真紅の甲冑にも、脈打つ肉の怪物にも見えた。

 怪物――フォースリーは青の薙刀(グレイヴ)を軽々と振り回していた。

「うっ……!」
「気を付けて、離れれば能力が来ます!」

 無論、怪物と化して理性を失った、という訳ではない。
 フォースリーは変わらず知性を有し、能力を行使する。

 "赤い"オーラが放出され、それは大地を塗り替え、小規模な爆発を断続的に引き起こしていた。
 対峙する者は逃げ惑うしかない。

「は、話が違うでしょ、これ……」
「鑑定士もこれは想定外でしたか。無理もないですが」

 もはや、打つ手なしという様子で、桜花とミルストは呼吸を乱していた。
 桜花は夜間能力は使用できない。ミルストは映像を必要とし――照射機器は破壊された。

 手元には、目前の怪物に対しては、あまりに貧弱な武器しか握られていないのだ。

「威勢の良さは何処に消えた? まあいい。白兵戦で抑えられるとでも思っていたのなら、
 まずは"現実"を知ってもらおうか」

 フォースリーが見せつけるかのように、大げさな動作で膝を折り、そして跳躍。
 紅い怪物の巨体が宙をを舞い、女性二人の付近へと着地していた。

「……!」

 ブンとグレイブを一閃――切り伏せるという程ではない。それこそ、ろくに狙いを定めずに振っただけだ。
 それだけで十分だった。

 瞬時に防御したものの、大重量の武器はミルストが持つブレードを正面から打ち払い、
桜花のスタンロッドを一瞬で破壊した。
 辛うじて、武器で受けた所で大した効果がある訳でもない。
 女性二人の、男性と比べれば華奢な肉体は、何かの冗談のように吹き飛ばされていた。

571 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:12:55 ID:5j2hSxGs0

「この通り――この能力の真価すら見せていないというのに、この様だ。
 少しは思い知ってもらえた所で、そろそろ退場願おうか」

 衝撃で転倒を強いられた二人の標的の状況を、フォースリーは分析する。
 体勢はもちろんのこと、攻撃を受けた際にも腕のしびれが残っているだろう。
 咄嗟に起き上がり即応した所で、儚い抵抗にすらならない。

 手早く、"赤い"オーラで消し飛ばそうと、掌を向けて狙いを付けた瞬間――

「む……」

 飛来してくる"何か"を咄嗟にグレイブで打ち落とし――フォースリーは失策を悟った。
 研究棟の備品らしき瓶だ。回避せずに砕けば、中身を浴びせられる事になる。

 内部の液体を浴びて、すぐにそれが何かは知れた。

(油か、こちらの自滅。いや、爆発や炎を封じる算段か……!)

 危険物とは言えない、せいぜい調理用の油程度。だが扱う熱量が熱量だ。
 咄嗟にオーラを握りつぶし、能力を中断する。しかし、その隙を付くように何者かが接近していた。

「せやぁぁぁっ!」

 掛け声と共に振り下ろされた警杖に対して、軽くグレイヴを叩きつけ――
 思わぬ力の拮抗に、改めてフォースリーは乱入者の姿を確認した。

 鎌田だ。元の昆虫人間として、全身が外皮に覆われ、人外の身体能力を発揮している。
 この姿は、不良が扱う得物程度なら無傷で制圧する事ができるが、今回は分が悪いと大学の備品である警杖を
持ち出していた。

「これはこれは……昆虫の身体能力なら勝てるとでも思ったか?」
「さあね。ライダーなんて呼ばれてるけど、本当に怪人と戦う事になるなんて、思いもしなかったよ」

 人外の力で振るわれる、竿状の刃と硬質の警杖が空間上で激しく行き交い、時に衝突した。
 やはり膂力と武器の重量で勝るのはフォースリー。
 一撃一撃の重さに圧され、鎌田はたちまち劣勢に立たされていた。

「そこだ、隙あり!」
「ちっ……」

 全力、加えてカウンターの要領で肩の付け根を突かれ、フォースリーは初めてダメージを受けた。
 苦戦する一方で、鎌田が劣勢の中、間を縫うようにフォースリーを翻弄しているのも事実だった。

572 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:13:23 ID:5j2hSxGs0

 フォースリーの身体能力は、能力による後付け。しかも滅多に使わない切り札。
 一方で、鎌田は人間の姿こそが能力であり、昆虫人間は生来の特徴だ。
 身体能力の習熟、という意味ではフォースリーを上回る。

 今度は警杖で足元をひっかけ、勢いを利用し転倒させようとした所で、フォースリーが退いた。
 苦境の中、一時の判断に過ぎないが、あのフォースリーを退かせたのだ。

 ミルストは体勢を整えつつも、状況に呆然としていた。
 目の前の状況を呑み込むのに時間が掛かった。民間人がとんでもない無茶をしている……?

「あなた達……! これがどれだけ危険なのか――」
「アンタら二人で勝てる相手じゃねーだろ。少しは戦力の足しになってやるよ」

 それ以上は言わせず、陽太が宣言していた。最初に油入りの瓶を投げ付けたのも彼だった。
 危険は承知、だがそれは待っていても同じ事だと陽太たちは判断していた。
 それなら、せめてと援護の機会をずっと窺っていたのだ。

 今度はグレイヴによる衝撃で、フォースリーが鎌田を退かせた。
 嘲笑ではなく、得体の知れない怒りを込めて、フォースリーは陽太に視線を向ける。

「愚かで幼く――なにより、あまりに無謀だ。いくら厨二病と言えども、
 ここは自分が立ち入れない領域だと、理解できなかったのか?」
「……理解してたぜ。だから、それに叛きに来たんだ」

 危険信号、返答を誤れば攻撃を受ける……が、陽太は真っ向から答えていた。
 生憎と打ちのめされる段階は終わっている。

 賢くはない選択なのだろうが、晶を見送って、ずっとそれを引き摺るか、忘れるか。
 そういう形で生きていく事など、想像できなかったのだ。

「ならば、その報いを受けるといい」

 愚者の選択、その代償として。
 フォースリーは巨体を直進させていた。彼と陽太の力量差は、巨人と小人に等しい。

 咄嗟に庇おうとするミルストに逆らって、陽太は前に出ていた。

「喰らえ! ショットガン……ナッツ!」

 握り占めていたクルミを投げ付ける。陽太は野球部に狙われる程度には、投擲のセンスがある。
 だが、命中した命中した所で、肉の鎧に包まれたフォースリーに通じるはずもない。

 しかも……今回ばかりは珍しい事に外していた。命中することなく、地面にクルミが転がる。

573 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:13:46 ID:5j2hSxGs0

「所詮は素人、そんなもの当たった所で……!?」

 クルミを踏み砕き前進――したのだが、フォースリーの意図とは異なっていた。
 大地を踏みしめることなく、地上を滑り、その巨躯で態勢を崩していた。

――秘儀、"ロキの懲罰"

 とは陽太の命名だったが。
 無論、怪物化したフォースリー程の体重であれば、クルミ程度で転倒する事はない。
 しかし最初に浴びせた油、加えてクルミ自体もこの場で生成したものではなく、瓶の油に付け込んだものだ。

 燃焼性を隠れ蓑に、油で滑らせるという当たり前の戦術を隠蔽していた。
 能力戦では、一つの行動に複数の意図を潜ませるのは、(陽太的には)常識だった。

「所詮、アンタも訓練した程度で、それほど修羅場は潜ってねえだろ?
 使い慣れない身体能力なんて、いくらでも嵌める手段はあるぜ」

 一見、脅威ではない能力を軽く見た。そのありきたりなミスが致命的だった。
 体重が体重だ。一度、体勢が崩れれば挽回のしようがない。

 フォースリーはそのまま派手に転倒し、内部の本体も衝撃を受けて、苦痛に呻いていた。
 それだけではない。一度は退いた鎌田が、この機会に警杖を手に躍りかかったのだ。

「貴様……」
「悪いが容赦なく、殴らせてもらう!」

 脳震盪狙い。後先を構わず、全力で頭部を何度も殴り付ける。普通の人間なら死んでいる。
 この好機に攻撃を仕掛けたのは、鎌田だけではなかった。

「子供は本当に――何を仕出かすか分かりませんね」

 この状態では回避はできない。強引に距離を詰められる事もない。
 ミルストは躊躇なく、拳銃を連射していた。

 どうにかフォースリーは"青い"オーラによって、氷の壁を形成するも、それは何度も被弾した後だった。
 常識外の密度と頑丈さではあったが、素材自体は人体と同じ。ダメージを遮断するにも限度がある。
 さらに鎌田を振り払うが、すでに先程までの勢いは残っていなかった。

「お礼は言いますが、陽太さんは下がってください。危ないですからね?」
「そんな事、言ってる場合かよ……」

 一方で、桜花は攻撃には参加せずに、走りだそうとする陽太を止めて、護衛していた。
 まだ安全になった訳ではない。

574 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:14:45 ID:5j2hSxGs0

 とはいえ、頭部を殴られ続けたダメージ、銃弾による怪物体へのダメージ、内部への衝撃……
 これだけのものを受けて、フォースリーを優位にしていた身体能力は半減していた。

 ぐらりと、よろめきかけながらも、フォースリーは右手を掲げた。
 そこから、これまでには見せなかった緑色の輝きが漏れ出していた。

「"緑"のオーラ!? いや、これは……!」

 ミルストが警告しようとした時には、すでに手遅れだった。
 DPSSレーザーによる視界妨害(ダズラー)。レーザー兵器を再現したものだ。

 赤や不可視光も使われるが、"緑色"光は特に人間にとって視認性が高い事で知られている。
 完全に視覚を破壊する事は条約で規制されているが、『クリフォト』が条約に加盟しているはずもない。

(失明……! 現在は能力で治療可能ですが……)

 焼き付くような激痛に、双眸を抑えながらも、どうにか距離を取ろうとする。
 このままでは、視界だけでなく平衡感覚まで失うのは時間の問題だった。

 唯一、この状況からフォースリーに立ち向かう者が一人いた。

「くっ、まだまだ……!」
「昆虫人間ゆえに、効果が限定的だったか。だが終わりだ」

 種族が異なる、という特性は鎌田の味方をしていた。
 昆虫人間と真紅の怪物が、それぞれの獲物を衝突させる。

 フォースリーは弱り、身体機能は並びつつあったが、一方で鎌田も視界妨害の影響は小さくない。
 そして、いくらフォースリーが弱体化しようと、体格と能力は健在だ。

 "青い"オーラで塗られた、フォースリーの手の平から突風が放たれた。
 単なる風ではない。氷点下、凍える程の吹雪だ。

「しまっ!?」

 たちまち鎌田、昆虫人間の肉体が霜に覆われていく。
 フォースリーの能力は自身を巻き込む危険性を常に孕むが、これは鎌田のみに有効だ。
 哺乳類のような恒温動物とは異なり、彼のような変温動物は急激は気温の変化に耐えられない。

 行動不能に陥った鎌田を尻目に、フォースリーは残りの獲物に向かっていく。

575 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:15:23 ID:5j2hSxGs0

「……ミルストさん!」
「映像を用意しました!」

 絶望的な状況下で、上方から声が響いていた。研究棟の内部に留まっていた、かれんと川端輪だった。
 ごとりと何かが落下し、地面に落ちる音が続く。
 たしかに集合した部屋には、プロジェクターが存在していた。

 ミルストの映像を実体化させる能力、panorama。万能に近い力だが決して無制限ではない。
 映像の規模以上の事象を実体化させる事はできない。
 また、ある程度の写実性と十分な解像度も必要だ。

 おそらく二階から落とされたプロジェクターで照射した映像が、条件を満たす可能性はゼロに近い。

「――panorama発動!」

 しかし、それでもミルストは能力発動を試みていた。
 自分の能力なら鑑定士が知っている。それならば、何らかの手札が用意されている事もあり得る。

 程なくして、ミルストの能力は効果を表した。

――暴風

 おそらくは台風の被害映像などだろう。周辺一帯に、立っては居られない程の風が吹き荒れていた。

(元から視認できない大気の動きなら、写実性などの制約は無い、という事ですか……)

 荒れ狂う暴風はフォースリーの動きを確かに止めていた。
 だからといって、彼を倒せるわけではない。暴風の影響でプロジェクター自体も破損し、
次の発動はないだろう。

「……時間稼ぎか。何を狙っている?」

 狙いなど無い。未来に確信など持てない。ただ、今を繋いでいくのみだ。
 そして、追い詰められて、ようやくミルストは意識した。

 本来、当たり前の事だが、自分一人で全てを背負い込むので無ければ――
 他の誰かが希望をつないでくれる事もあるのだ。

576 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:15:55 ID:5j2hSxGs0

「化け物、こっちだ!」

 何度目かの乱入者、今度は整ったベリーショートの少年。
 防御面ではフォースリーに対抗できる能力を持ちながら、戦場に姿を見せなかった東堂衛。

 驚くべき事に、周囲を封鎖する氷の壁を向こう側から現れ、腕を振り上げて
フォースリーに向かって突撃する。

「っ!?」

 素手では無謀なのだが、防御面では最強の一角である"無敵"能力は存分に効果を発揮していた。
 咄嗟に放たれた、フォースリーの一撃は、衛の体を傷つける事なく通過する。

 そして、衛はフォースリーに肉薄し……振り上げた腕をそのままに、通り過ぎていった。
 彼の無敵能力は、他人に危害を加えた時点で解除されてしまう。
 故に当然の判断だが、フォースリーは虚を突かれていた。

「伝言だ! 生贄を用意しろ、だって!」

 ただ一人を除いて、叫びの意図を誰もが掴み損ねていた。
 それも織り込み済みだ。だからこそ、フォースリーによる妨害を遅らせる事ができる。

 斯くして、伝言は確かに必要な一人、陽太だけに伝わっていた。

「よし、来い……っ! 最強の僕(しもべ)!」

 陽太が必死の努力で獲得した複数生成――普段は固焼きなどを作って投げているが。
 今回、食用としてはかなり巨大なタカアシガニを五匹も同時に生成していた。

 ここでカニを生成する理由は当然、フォースリーには理解できなかったが、
何かが起こる事は漠然と察してた。狙いをカニに定めて、"青い"オーラを放出するが……

 五匹のタカアシガニが光の粒子となり拡散。そのまま、地面に吸い込まれた。
 そして、大地に亀裂が入った。それは徐々に広がり、周辺を封鎖していた氷の壁の下を通過していく。

「シザァァァァァ……ゴォォォォレムッ!!!」

 無駄に暑苦しい雄叫びと共に、氷の壁を打ち砕き、地割れからは岩石の巨人が出現していた。
 丸い大振りの岩石を積み上げたような外見で、手先はカニのようなハサミとなっている。

 全長5mも超えるほどの巨体、これほどの手駒を召喚できる能力はそう多くはない。

577 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:16:25 ID:5j2hSxGs0

「くっ、大規模能力の援軍だと!?」

 カニからゴーレムが召喚されるという、予想外の事態にフォースリーは大いに焦り、
"青い"オーラを放出――力比べでは敵わないであろう、ゴーレムを即座に凍結させる。

 しかし――

「もらった……!」

 小柄な影が懐に飛び込んできた事に対して、反応が遅れた。
 陽太の師を務めている、時雨という名の少女だ。
 どこにでも居そうな普段着姿だが、その身のこなしは尋常ではない。

 体格ゆえにフォースリーは、動きが大振りなものになってしまう。
 その遅れを的確に突いて、時雨は膝関節にナイフを突き立てていた。

 フォースリーは咄嗟にグレイヴを振り抜くが、時雨は軌道の下に潜り込むように回避――
 同時に二本目のナイフを脇腹に突き立てる。
 中学生の体格に熟練の技量、双方があるからこその立ち回りだった。

 ナイフを回収することなく、時雨は距離を置くと、今度は三本目のナイフを取り出していた。
 狡猾な立ち回りだ。ナイフを刺されたまま動けば、フォースリーの傷が拡がる事になる。

「機関の者でも……国連の者でもないな? 何者だ!?」
「慎ましく暮らしてる一般人よ。火の粉さえ、降りかからなければ、ね」

 短いやりとりの間にも、次はシザーゴーレムが強引に氷を割って拘束から脱出した。
 二転三転した戦況だが今度こそ、完全に状況は逆転していた。

 単純な身体能力なら、せいぜい強力な改造人間程度のフォースリーでは、シザーゴーレムには敵わない。
 一方で、能力でシザーゴーレムに対処すれば、時雨に隙を見せる事になる。

 脱出を模索していた比留間博士たちだが、陽太が"保険"として呼んでいた二名と接触して、
方針を切り替えた。脱出から反撃へと。
 外部との接触手段として、東堂衛の昼間能力"不干渉"が有力候補として挙がったが、
内外の把握と連絡に形を変えて、この状況へと繋がった……という訳だった。

 いつの間にか――というよりも、安全圏だけに戦闘に参加した人間には
気付きようが無かったのだが、仕掛け人である比留間博士は壁の付近で、不敵に微笑んでいる。

578 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:18:31 ID:5j2hSxGs0

「『クリフォト』がどんな大層な組織で、あんたがどんな力を持っていようと、
 世の中なんて、そうそう思い通りにはならねぇよ。今は能力者の世界だぜ?」

 視力を奪われ、反動による空腹も限界に近い陽太だが、堂々と宣言していた。
 ささやかだが、鮮烈な宣戦布告だった。

 チェンジリング・デイ以降、能力によって人間は最も貴重な資源となってしまった。
 それは人を時に奴隷に、時に暴君へと変えてしまう。
 だが、それを『仕方ない』と決め付けるような事は、そろそろ終わりにすべきだ。

 単身で魔窟へと乗り込んだ経歴を持つ、東堂衛は共感の頷きを返した。
 能力のままならない面に触れてきた鑑定局の二名は、苦笑しつつも否定はしなかった。
 ミルストは唖然と、状況を受け止めている。
 相応に現実を知る比留間博士は、ただ興味深げに眉を上げていた。

 フォースリーが時雨に気を取られているうちに、シザーゴーレムの攻撃が直撃していた。
 いかに人体改造していようと、根本的な体格差は覆せない。

 軽々と吹き飛ばされ、研究棟の壁へとフォースリーは叩きつけられていた。
 ぐしゃり、と異音と共に、真紅の怪物にも似た肉の鎧が剥がれ落ちていく。

 後に残ったのは、血に塗れた神経質そうな一人の男だった。

「やはり、この世界は度し難い……こんな強大な力が溢れかえっている。
 永遠にこの混乱は収まらないだろう。ただ、壊れていく社会を眺めているしかない。
 仮にそれを覆す物があるとすれば……」

 それはうわ言にも聞こえた。頭部を強打していたのなら、無理もないが。

 勝った、というよりも、フォースリーの勝ち目は消えた。
 歓喜より安堵の心持ちで、彼と対決した面々はその様子を眺めていた。
 だが、次の言葉に比留間博士、それに意外にもドウラクは驚愕していた。

579 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:19:09 ID:5j2hSxGs0

「『一つは染まり、一つは乱し、一つは無慈悲に見殺した』
 セフィロト・ネットワーク接続――カオスエグザ起動ォ!」

 狂気に血走った双眸で、フォースリーは宣言する。

――カオスエグザ

 能力の運用技術に纏わる仮説の一つだった。能力には、事象の起因となる情報が存在しており、
それに一種の暗号化、変形を施す事で爆発的に強度を高める事ができるとされる。

 もちろん仮説に留まっている事には理由がある。現状では、実現性が乏しいのだ。
 これを実行するには、人間離れした能力制御技術が必要となる。
 人体改造で脳の外部に制御装置を増設するしかない、というレベルでだ。

 そうでなければ、超人的な頭脳か、気の遠くなる程の経験を以って可能とするか。
 しかし、絵空事は目前で実現しており――

・発生させる事象は色に対応している
・発生させる事象はオーラ量に比例する
・人間を直接、塗り潰すには本人の同意が必要となる
・観念的なものや生物は発生させる事ができない

 強化された影響により、フォースリーの能力から、あらゆる制限が取り払われていた。
 『現実を塗り潰す』能力の真価がここに現れる。

 ただ強大かつ無制限な"黒"が陽太たち、その周辺に存在する現実全てを飲み込んでいった。

580 ◆peHdGWZYE.:2019/06/17(月) 18:20:16 ID:5j2hSxGs0
空白期間が長くなってしまったのですが、続きです。このペースだと完結は難しい
2部は苦労しそうな所はだいたい終わったので後は大丈夫、大丈夫のはず

捕捉

カオスエグザ
複雑系エグザとも。
大元は、自作品の裏話を語るスレより。作中での初登場はリリィ編。
能力の出力を最大まで引き上げる技術であり、相互に干渉した際に優先される。
リリィ編に登場する改造人間などは、スフィアネットと呼ばれる装置と接続し、これを行使する。
実は、ある弱点が存在しており、暗号化という表現はそれに起因している。


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