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( ^ν^)あくたのようです
1
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:37:23 ID:vmhFGvks0
「夢を抱いたきっかけはなんだったのか?」成功者のインタビューでは殊更強調される。
昔から好きで好きで仕方なかったから。
何もかも飽きてしまう中、これだけは続けられたから。
生活のために仕方なく始めた。今は純粋に楽しんでいる。
薄ぼんやりとした回答を聞くたび、俺は鼻白む。
俺でさえ、あの瞬間をはっきりと覚えているというのに。
2
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:37:46 ID:vmhFGvks0
『ニュッくんはすごいねえ』
誰しも経験のある、学生時代の読書感想文。
クラスメイトのほとんどが嫌がっていた。そもそも本を読む習慣のない奴も多かったし、文章を書くことが苦手だという奴はその倍いた。
俺はどちらも得意だった。なぜあいつらがそこまで嫌がるのかわからなかった。
あんなもの適当に書けばいいのに。
あらすじを簡単に書いて、教師が好みそうな感想で締めれば済むのに。
3
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:38:44 ID:vmhFGvks0
その日も俺は、冷めた目でクラスメイトを見ていた。
声を掛けられたのは、出来上がった作文を提出しようと思ったときだった。
『去年は賞とってたもんね。いいなあ、すごいなあ』
俺が賞を獲ったことなんて誰も覚えていないと思っていた。
青少年読書感想文全国コンクール。大仰な正式名称を、きっとクラスメイトの誰も諳んじて言えない。
4
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:39:27 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)『……別に、こんなもん、適当に書いたってとれる』
事実、作文の出来はいまいちだった。
教師から入賞を伝えられたとき「あれが?」と思ったことを覚えている。
たまたま審査員にウケがよかったのか。自分が思っていたよりも上手く書けていたのか。
隣の席の女は、目をきらきらと輝かせて俺を見ている。
クラスメイトにこんな風に見つめられるなんて、初めてだった。
5
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:40:18 ID:vmhFGvks0
『ニュッくんは大人になったら、作家さんになれるね!』
あのとき俺に植え付けた呪いを、あいつはきっと覚えていない。
.
6
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:41:07 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)あくたのようです
.
7
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:42:27 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「……ァした」
「お疲れ様でした」を可能な限り省略した言葉は、あいつらには届かなかったらしい。俺のことを見向きもせず軽口を叩き合っている。
もっとも、省略せずに「お疲れ様でした」と発したところで届かなかったかもしれない。声が小さい自覚はある。
コンビニを出て家路をたどる。疲労で体が重い。
立ち仕事をしたことによる肉体疲労と、上がり間近で面倒臭い客に捕まった精神的疲労が混ざり合っている。
8
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:43:09 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)(なんだったかな、いいネタが浮かんだのに)
あのジジイのせいだ、糞ったれ。
降りて来たんだ。ピンと来た。せっかくのネタだったのに、ジジイの大声に掻き消されて跡形もなく消えてしまった。
帰ったら思い出すだろうか。帰って風呂にでも入って、飯を掻き込めば。
9
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:44:16 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「……いま」
「お疲れ様でした」も「ただいま」も言わなくなったのはいつからだっただろう。
古い一軒家の床は、体重を掛けるたびに軋む。
母親は耳が遠くなったくせに、その音だけは敏感に感じ取る。
10
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:44:37 ID:vmhFGvks0
J( 'ー`)し「おかえり」
( ^ν^)「ん」
J( 'ー`)し「ご飯、冷蔵庫に入れてるよ」
( ^ν^)「ん」
11
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:45:09 ID:vmhFGvks0
短いやりとりの後、母親はノロノロと寝室へ向かった。
薄っぺらい上半身に反して、脚だけがやけに太い。見るからにハリのない皮膚に血管が走っている。
また老いたな、と思った。
( ^ν^)(冷蔵庫に飯があるなんてわかりきってるし、先に寝りゃあいいのに)
よくもまあ飽きもせず待っていられるものだ。
呆れと苛立ちを感じながら、俺は風呂場に向かった。
.
12
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:45:51 ID:vmhFGvks0
結局、風呂に入っても飯を食ってもネタは帰ってこなかった。
それどころかモチベーションまでどこかに行ってしまったようだ。
バイト中はあんなにも創作意欲が湧くのに、帰宅すると途端にやる気が霧散してしまうのは何故だろう。
そういうときは寝てしまうに限る。無理して机に向かったところで、何も書けないまま朝を迎えるのがオチだ。
俺は経験上それを知っている。だからその日も、風呂から上がってすぐに寝た。
13
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:46:38 ID:vmhFGvks0
翌朝目を覚ましたとき、拭い切れなかった疲労感に襲われた。
伸びをするとふくらはぎに痛みが走る。攣る前兆だ。慌てて伸びを止め、体を丸める。
いつからか明け方こうなることが増えた。加えて、一晩寝ても疲れが取れない。
適当な服に着替えて家を出た。
遠出するわけでもないし、身だしなみなんてどうでもいい。
午前十時という微妙な時間帯なこともあって、通りには人が少なくて快適だった。
14
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:47:55 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)(そろそろなんか書かなきゃな)
心臓の底を焼き続ける焦燥感。だというのに最初の一文さえ書けない。
正確には、数行書いて全消しの繰り返しだ。ここ数年はずっとこうだった。
( ^ν^)(学生の頃はよかったな。湯水みてーに書きたいモンが湧いてきて)
書いても書いてもネタが尽きなかった。短編を一つ書いている最中、別のネタが浮かんでそちらに飛びつき、二作同時並行で進めるなんてこともあった。
今では見る影もない。思わず自嘲の笑みが浮かぶ。
15
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:49:07 ID:vmhFGvks0
俺が小説を量産するものだから、部活の連中はあまりいい顔をしなかった。
中には筆が進まず苦労している奴もいたから、やっかみもあったのだろう。
今ならあいつらの気持ちがわかる。名前も忘れてしまったあいつらの気持ちが。
( ^ν^)(……あ)
いつの間にか目的地に着いていた。
足を止めた瞬間、思考が飛んだ。
16
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:49:55 ID:vmhFGvks0
駅ビルの本屋はそこそこ広く、品揃えもいいのでこうしてたまに足を運ぶ。
最近は執筆に専念していて読むほうはさっぱりだが、まぁ習慣のようなものだ。
店内をぶらりと歩き、奥まった場所にある小説コーナーに辿り着く。
表向きにある新刊コーナーは華々しく装飾され、色とりどりのPOPも置かれているが、一歩奥に進めば静かなものだ。人影もほとんどない。
「若者の本離れ」という言葉を否が応でも実感する。
五十音順に挟まれたインデックスを目印に、新刊コーナーの裏に回る。
ただでさえ人影がなくどんよりとした雰囲気の空間が、蛍光灯から遠ざかりさらに暗く感じた。
17
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:50:57 ID:vmhFGvks0
『タ』
別にインデックスを目印にしなくてもわかる。
『チ』
何度も何度も何度も、何年もここに来ているのだから。
『ツ』
そのたびにこの順路を辿っているのだから。
『テ』
もう本なんかろくに読んでいないくせに、必ずここに立ち寄る。
『ト』
確かめたいのだ。進んでいないのは俺だけなのか。取り残されているのは俺だけなのか。
18
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:51:17 ID:vmhFGvks0
『ナ』
本の背表紙を指でなぞる。その指が『内藤ホライゾン』と綴られた本で止まる。
やはり、一冊しかない。
俺はそれを確かめて、ようやく呼吸ができる。
.
19
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:54:29 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「しゃっせー」
コンビニのバイトは巷で言われているほど悪くない。
やることは多いが、慣れてしまえば後はルーティンだ。
派遣を切られた後、繋ぎのつもりで始めたバイトも早三年。俺が入った頃からいるアルバイターは、もう昼パートのおばちゃんだけだ。
他の奴らは皆、進学や就職を理由に辞めていった。
20
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:54:56 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「八百五十円す」
再雇用で定年後も働き続ける父親。電卓を叩き溜息をつく母親。
家賃と決めた月二万さえ渡していれば何も言われないのが救いだった。
( ^ν^)「箸つけますか」
変わり映えのしない毎日。変化しない日常。
バイトをして、飯を食って、風呂に入って、キーボードを叩いて、BackSpaceキーを長押しして、寝て、その繰り返し。
21
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:55:43 ID:vmhFGvks0
焦燥感は常にある。
少しでも若い内に正社員になったほうがいいのか。
いや、それよりも、なんとか小説を書き上げてどこかの賞に応募しなければ。
( ^ν^)「あーした」
わかっているのに、動けないのはなぜだ?
.
22
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:56:35 ID:vmhFGvks0
( )「お願いします」
軽やかな声にはっとする。いつの間にか、次の客が並んでいた。
俺の前に立つ女は、すらりとした出で立ちだった。一分の隙も無い紺色のスーツを身を纏い、手には最新型のiPhoneが握られている。
思わず鼻を鳴らしそうになる。こういう女は嫌いだ。
( ^ν^)「弁当あたためますか」
ξ ゚⊿゚)ξ「はい、お願いします」
女が顔を上げた。その瞬間息が止まった。
俺だけでなく、お互いに。
23
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:57:19 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「……」
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
無言のまま、電子レンジに弁当を放り込む。
ブーン、と鳴る音がやけに大きく聞こえた。
ξ ゚⊿゚)ξ「ひさしぶりね」
話しかけてくるだろうとは思っていた。津出ツンはそういう女だ。
いかにも気の強そうな瞳がまっすぐに俺を見据えている。
24
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:58:03 ID:vmhFGvks0
ξ ゚⊿゚)ξ「卒業以来ね。十年ぶりくらいかしら」
( ^ν^)「いちいち話しかけてくるなよ」
ξ ゚⊿゚)ξ「別にいいでしょ。変わらないわね、丹生速は」
うるせえよ。本当に嫌な女だな。
25
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:58:25 ID:vmhFGvks0
ξ ゚⊿゚)ξ「今何してるの?」
( ^ν^)「見てわかんだろ。バイトだよ」
ξ ゚⊿゚)ξ「そうじゃなくて」
津出が何を言いたいのかはわかっていた。だから俺は、温まった弁当を袋ごと突き出すことで拒絶の意を示した。
津出は口を噤み、袋を受け取る。
26
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 15:59:25 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「……あいつは何してんの」
ξ ゚⊿゚)ξ「あいつ?」
( ^ν^)「あいつだよ」
ξ ゚⊿゚)ξ「わかるわけないでしょ。誰のこと?」
( ^ν^)「内藤」
津出は「ああ」と頷いた。その表情からは何も読み取れない。
ξ ゚⊿゚)ξ「おととし結婚したわよ。去年子供も生まれたわ」
津出の薬指に指輪はなかった。
27
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:00:14 ID:vmhFGvks0
バイトを終え、いつも通り風呂と飯を済ませて床に就く。
いつもならすぐ眠りに落ちるのに、眼が冴えて眠れそうにない。
原因はわかっている。ルーティンに割り込んできた津出のせいだ。
LINEを開き、トーク一覧を見る。いつどんな理由で追加したのかわからない企業の公式アカウントに埋もれて、血の通った人間がぽつんと佇んでいた。
『 ( ^ω^) 内藤ホライゾン 』
後ろめたさがない人間特有のフルネーム表記。その横に、ピースサインを掲げた男の顔がある。
あの頃と同じにやけ面のままだ。
28
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:01:10 ID:vmhFGvks0
内藤ホライゾンとのトーク履歴を遡る。
学生時代は部活の業務連絡で頻繁にやりとりしていたが、卒業してからはわかりやすく間が空いていた。
トークの始まりはいつも内藤からだ。中には直視したくない内容もあり、ギュッと目を瞑る。
そして数年前、内藤が俺の近況を伺うメッセージを最後に、やりとりは途切れていた。
29
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:01:58 ID:vmhFGvks0
スマホを放り投げる。
俺に最後のメッセージを送ってから数年、内藤はどう生きていたのだろう。
就職、恋愛、結婚。俺がまともにできなかったことを、あいつは楽々とこなしていった。
俺はこの六畳からずっと動かずにいるのに。
( ^ν^)「くそったれ」
誰に言うわけでもなく呟いた。
.
30
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:03:03 ID:vmhFGvks0
高校の頃、文芸部に所属していた。
俺を含め、部員のほとんどが小説を書く人間だったが、詩や短歌を好む奴だったり、読む専の奴もいた。
年に一度部誌を発行することだけが決まりで、それ以外は特に制限もなかったから、かなり緩い部活だったと思う。
そんな中、俺の代は『そこそこやる気がある人間』が揃っており、作品が出来上がると部員同士で見せ合うようになった。
いつからだろう。他の部員が、俺の作品を読むことを嫌がるようになった。
原稿用紙を渡そうとすると眉を顰められた。「今あまり時間が取れないから」と断られることも度々あった。
俺の原稿を笑顔で受け取っていたのは、内藤ホライゾンただ一人だった。
31
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:03:35 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「……八百二十円す」
ξ ゚⊿゚)ξ「paypayで」
バイト先に再び津出が現れたときは、驚きよりも先に感心した。
コンビニなんていくらでもあるのだから、普通避けるだろうに。
これが「あんたなんか気にしていない」というアピールだとしたら、こいつも学生時代から何も変わっていない。
……いや、あるいは本当に気にしていないのかもしれない。津出ツンはそういう繊細さとは無縁の性格だ。
ξ ゚⊿゚)ξ「小説、まだ書いてるの?」
この前遮った言葉をいとも簡単に投げつけられて、舌打ちが出そうになる。
やはりこいつは何も変わっていない。がさつで、マイペースで、嫌な女だ。
32
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:04:15 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「書いてる」
ξ ゚⊿゚)ξ「どこかに投稿してる? ネットとか、賞とか」
( ^ν^)「別に」
こんなときに限って他の客はいない。そのせいで津出は急ぐ様子もなく、俺に言葉を投げかけ続ける。
ξ ゚⊿゚)ξ「内藤、ずっとあんたのこと気にしてた」
袋詰めをしていた手が止まった。
33
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:05:30 ID:vmhFGvks0
ξ ゚⊿゚)ξ「ひさしぶりに部員同士で集まろうって話になったときも、丹生速も誘わないかって言うの」
ξ ゚⊿゚)ξ「あんたのところに、内藤から連絡来てた?」
俺は津出のLINEを知らない。津出だけでなく、他の部員のLINEも。
内藤だけは、部活のグループLINEから退会した俺に「なにかあったのか」と個別で尋ねてきた。
「卒業してもう会うこともないから」と返すと、感情を読み取れないスタンプが送られてきた。
34
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:06:27 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「知らねーよ」
知ったことか。お前も、お前たち部員のことも、あいつのことも。
身内で褒め合うだけの馴れ合いサークル。向上心のないぬるい環境。
反吐が出る。
俺はそんな仲良しごっこに興じる暇なんてない。俺とお前らは違う。俺には──
────俺には、小説しかない。
35
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:06:50 ID:vmhFGvks0
内藤ホライゾンの周りにはいつも人がいた。
あいつが部室に入った瞬間、空気が変わる。部員の表情が和らぐ。
「部長、部長」と後輩がまとわりつく。「新作書けました」と原稿をおずおず差し出す奴もいる。
ξ ゚⊿゚)ξ『もう、皆、順番! ブーンが困ってるでしょ!』
幼馴染だという津出が、どこか誇らしげに『ブーン』というあだなを口にする。
あだななのだから誰が口にしてもいい。だけどどことなく、津出しか口にしてはいけない雰囲気があった。
ひとしきり対応を終えた後、内藤は俺に目を留める。柔和な笑みで俺に近付く。
36
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:07:34 ID:vmhFGvks0
( ^ω^)『丹生速君の文体って独特だおね。個性があって素敵だお』
内藤は理解力が足りない人間だった。原稿を読んでいる最中も「この表現はどういう意味だ」とか「この行動はどういう意図か」と尋ねてくる。
俺が呆れ顔で解説すると、内藤は照れたように笑った。
(* ^ω^)『こんなにハイペースで執筆できるなんて、丹生速君はすごいお!』
受け取ってすぐに目を通し、時に首を捻り辞書を引き、最後には拙く感想を伝えてきた。
37
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:09:01 ID:vmhFGvks0
当時は『作品ができたら部員同士で見せ合う』というルールにうんざりしていた。
そもそも強制するものではないし、見せ合ったところで意味がない。
他の部員同士は無理矢理ひねり出した褒め言葉を交換しているだけで、俺のように作品を読み込んで批評する人間なんていやしなかった。
あいつらは馴れ合いがしたかっただけだ。そんなもので筆力が上がるわけがないのに。
ただそう思っていたのは俺だけで、他の部員達は反吐が出そうな馴れ合いに夢中になっていた。
その真ん中にいつも内藤がいたことが、どうにも気に食わなかった。
38
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:10:07 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「そうだ。昔は書けていたんだ」
同世代の誰よりも、俺はうまく文章が書けた。
他の部員がファンタジーだの恋愛だの、なろう系崩れのつまらない作品を執筆する中、俺はもう一段階上にいた。
人生の苦悶や煩悶、重厚な地の文、重いテーマ。読んだ人間の心に刺さって抜けない棘のような。
あいつらには理解できなかった。俺も馴れ合いに混じる気はなかったから、むしろ良かったとすら思う。
39
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:10:29 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「書けたんだ」
薄暗い部屋でキーボードを叩く。
原稿用紙はもう使っていない。最近はWordに打ち込んでいる。
( ^ν^)「書けたんだよ。書いても書いても書き足りなくて、終わりなんか見えなくて」
日が傾く。青かった空が橙に染まり、黒く変色していく。
電灯のスイッチを押すために立ち上がるのも面倒臭い。
40
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:11:47 ID:vmhFGvks0
打ち込む。消す。打ち込む。駄目だ、ピンとこない。
消す。キーを打つために伸ばした指が止まる。
浮かばない。書けない。何も。
(# ^ν^)「クソッ!!」
ドアの向こうの気配が、露骨に緊張する。夕飯の支度をしていたらしき音が止まる。
少し間を置いて、水の流れる音や包丁の音が聞こえ始めた。
緊張感がまだ残っている空気。そろりと窺うような気配に苛立つ。「実の息子に怯えてんじゃねえよ」そう毒づきそうになる。
41
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:12:56 ID:vmhFGvks0
両親から腫れものとして扱われるようになったのは、二十五を過ぎたあたりだった。
派遣を打ち切られたと伝えたときの母親の焦りと絶望の表情を、今でもはっきりと覚えている。
俺が生まれてきたのは、俺が望んだからではない。両親が望んだからだ。
だから両親には俺を扶養する義務がある。
巷で揶揄される『子供部屋おじさん』も、物価高の昨今では合理的な判断だ。そもそも一人暮らしが自立の象徴だなんて、不動産業界の陰謀に過ぎない。
俺の理屈は両親には通じなかった。
最初こそああだこうだと説教を垂れていたが、時間が経つにつれそれもなくなった。
「家計が苦しいからお金を入れてほしい」と頭を下げられたときは、何か苦いものが胸に広がる感覚があった。
42
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:13:21 ID:vmhFGvks0
( ν )「書けない……」
この苦悩を、苦しみを、怒りを、やるせなさを、すべて文字に起こせたら。
文字の羅列として叩きつけることができたら、どれだけ楽になるだろう。
俺はずっとそうしてきた。学生の頃から、ずっと。
( ;ν;)「書けない……書けない……」
なのに今、喉から漏れるのは嗚咽だけだった。
.
43
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:15:40 ID:vmhFGvks0
( ^ω^)『丹生速君は、どういうときにネタが浮かぶんだお?』
その日は珍しく、部室には俺と内藤しかいなかった。
文芸部はマイナーな部活だ。割り当てられた部室も狭く、椅子の数も限られている。
必然的に俺と内藤の距離は近く、何を思ったのか内藤はよりにもよって俺の正面に陣取っていた。
( ^ν^)『飯食ってるときとか、風呂入ってるときかな』
( ^ω^)『おー。机に向かってるときではないんだおね』
( ^ν^)『お前は?』
俺の会話は、基本的に相手の質問に答えることで完結する。
なぜか自然にラリーを続けられた。そのことに俺自身が一番驚いた。
44
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:16:01 ID:vmhFGvks0
( ^ω^)『僕はもっぱら寝る前だお! だから煮詰まったときはすぐ寝るようにしてるお!』
( ^ν^)『ちょっとは粘れよ』
( ^ω^)『何も浮かばないときに無理してもしょうがないお。さっさとお布団に入れば意外に思いつくものだお』
45
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:16:43 ID:vmhFGvks0
内藤の小説はいつもハッピーエンドだった。
ファンタジーだろうが青春物だろうが、最後には大団円。曰く「フィクションくらい明るいものがいい」だそうだ。
ご都合主義だと批評した俺に、内藤は困ったように苦笑いを浮かべた。
( ^ω^)『丹生速君と僕、足して二で割ればちょうどいいのかもしれないお』
名案だとでも言うように笑った顔を、今でも覚えている。
.
46
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:17:19 ID:vmhFGvks0
( -ν^)「んん……」
気が付けば窓から光が差し込んでいた。どうやら昨日作業をしたまま、気絶するように眠っていたらしい。
傍らにはたった一行書かれただけの白いWord画面と、持ち主を健気に待ち続ける布団があった。
カーペットで眠りこけていた体が痛い。引きずるように体を起こし、一晩の成果である一行を削除した。
47
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:18:55 ID:vmhFGvks0
『おととし結婚したわよ。去年子供も生まれたわ』
そんなもの今世ではとっくに諦めた。
一昔前に「リア充死ね」というネットスラングが流行ったが、この歳になるとそんなことを思う気力も失せてくる。自分には関係ないものとして一線を引くだけだ。
だというのに、この苛立ちはなんだ?
俺があの頃のように小説を書けていたなら、むしろ優越感さえ抱いていただろう。
ほら、やっぱりお前はその程度だ。結婚なんて世間一般の幸せに身をやつし、ありきたりなつまらない人間に成り下がる程度の存在だ。
俺は違う。俺は小説を捨てなかった。あれからもずっと手放さなかった。
お前なんか大したことはなかったんだ。あのことはまぐれだったんだ。
48
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:19:26 ID:vmhFGvks0
( ν )(そう言えたら、どれだけよかっただろうな)
現実の俺は短編一本書き上げることができず、二十代後半にもなってコンビニ勤めのフリーター。
小説で結果を出すこともできていない。
それにしても頭が痛い。寝不足だろうか。
起きたときからやけに気怠かった。風邪かもしれない。これから数時間立ち仕事なことを考えると気分まで落ち込む。
49
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:20:00 ID:vmhFGvks0
(||| ν )(やべ、吐きそう)
胃酸がせり上がってくる感覚がある。喉の奥から饐えた味もする。
電話をかけようとスマホに手を伸ばして、バイト先のすぐ近くまで来ていることに気付いた。
面倒臭いが、直接休みを申し出よう。ちょうど飲み物が欲しかった。コーラかサイダーで喉を潤したい。
50
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:20:23 ID:vmhFGvks0
店に入ると、レジには高校生のバイト一人のみだった。
客の応対をしているらしく俺には一瞥もくれない。なんとなくレジ前は避け、雑誌コーナーを横切る形で奥の休憩室へ進む。
「あの人本当に使いづらいっすよね。なまじ歳も上だし、注意できないっていうか」
ドアに指が掛かった瞬間、その声で思わず動きを止めた。
51
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:21:27 ID:vmhFGvks0
「あー、わかる。指摘したらブチギレて刃物振り回しそうな雰囲気あるよな」
「埴谷さん、言い過ぎ」
男二人が喉を絞められたような声で笑う。
指が震える。
52
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:22:17 ID:vmhFGvks0
「自分仕事できますみたいな顔してるのも痛くないすか? 実際は別にできてないのに」
「なまじ歴ある分プライド肥大しちゃってんだよな、ああいうタイプ。たかがバイトなのに考えすぎっつーか」
耐えられず駆けだした。体調不良のことも忘れ、出口に向かってひた走る。
レジのバイトが一瞬俺を見た気がした。
.
53
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:23:33 ID:vmhFGvks0
玄関を開けた後、一目散に自室に駆け込んだ。
慌ただしい足音を聞いた母親が「どうしたの」と声をかけてくる。
J(; 'ー`)し「ニュッ君? どうしたの? 大丈夫?」
(# ν )「うるせえ!!」
54
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:25:07 ID:vmhFGvks0
ドアの向こうから息を飲む音が聞こえた。
母親は数秒押し黙り、恐々と声を投げかけてくる。
俺は耳を塞いでそれを拒んだ。
しばらく後、手のひらを耳から外すと、母親の気配はもうなかった。
先程の大声の数分の一でも、あのとき出せていたなら。やるせなさに涙が出てくる。
どいつもこいつも大嫌いだ。バイト先の奴らも、母親も、何もかもが全部全部全部!
55
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:27:09 ID:vmhFGvks0
(# ν )(クソったれ、死ね、くたばれ)
(# ν )(消えろ、消えろ、消えろ)
(# ν )(全部なくなれ!!)
56
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:27:33 ID:vmhFGvks0
目に映ったものを矢鱈目鱈にぶん投げた。蹴り上げた。
ティッシュ箱。目薬。脱ぎ捨てた上着。鞄。ゴミ箱。布団。
母親の怯えが伝わってくる。それが心地良くてたまらない。
もっと苦しめばいい。俺の苦しみの十分の一でも味わえばいい。
部屋で暴れ回るのは初めてではなかった。
新卒カードを捨てたときも、派遣を切られたときも、苛立ちが収まらない日は決まって暴れた。
一度父親に殴られて以来は、あいつがいない日中だけに留めている。
57
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:28:16 ID:vmhFGvks0
( ν )(あー……)
( ν )(……死にたい)
58
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:28:45 ID:vmhFGvks0
滅茶苦茶になった部屋に座り込んでいると、決まって反動が来る。
何もかもがどうでもよくなる。死んでしまいたいと、心からそう思う。
こんな人生、死んだほうがいいに決まっている。苦しみながら生き続けるよりも余程楽だ。
知っていながら、しぶとく生き続けるのは何故だ?
隅でへたっていた上着を羽織って外に出た。
部屋はそのままにしておいた。どうせ波風を立たせたくない母親が、俺が出ている間に片付けるだろう。
59
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:29:34 ID:vmhFGvks0
午後二時の空は、雲一つない晴天だった。
バイト先から何件も着信が来ていた。着信拒否設定にして、スマホをポケットにしまう。
これがバックレというやつか。何の感慨も達成感もない。強いて言うなら、あいつらにもう会わなくて済む安堵感くらいか。
( ^ν^)(……あっ)
ふと浮かんだ。浮かんでしまった。
思いついた。降りてきた。湧いてきた。天啓を得た。
類義語がいくつも脳裏をかすめた。
まったく、ひらめきってやつはいつも気まぐれだ。
60
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:30:21 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)(書ける)
(* ^ν^)(書ける!)
そうだ、はじめからそうすればよかったんだ。
ネタはすぐそばにあったんだ。俺が気付かなかっただけで。
61
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:30:45 ID:vmhFGvks0
来た道を引き返して家へ飛び込んだ。
部屋を片付けていた母親が驚いた様子で俺を見た。構ってる暇などない。突き飛ばすように追い出し、すぐにパソコンに向かう。
そこからはぶっ通しでキーボードを打ち込んだ。
視界がぼやけたら目薬をさして誤魔化した。目を休める時間すら惜しかった。
指が動く。今までが嘘のように、淀みなく。
千、二千、文字数が増えていくのが気持ちいい。意識が陶酔していく。
眠気に負けるまで、俺は書き続けた。
.
62
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:31:25 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「よお」
声をかけたとき、そいつは大きく肩を震わせた。
きつい吊り目が俺を見る。昔から気に食わなかったその視線も、今は気にならない。
63
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:33:10 ID:vmhFGvks0
俺がバックレた後も、店は変わらず運営していた。
古株とはいえバイトが一人いなくなった程度で立ちいかなくなるわけもない。皆俺のことなんてすぐに忘れるだろう。
それでも一応、店員に見られないように隠れていた。
自動ドアから出てきた背中を追った。駐車場の隣の歩道まで来て、店員の目が届かなくなったタイミングを狙った。
用紙の束を渡すと、津出は眉を顰めた。
文芸部時代もこうして紙に印刷していた。あの頃はまだネットプリントも普及していなかったし、家庭用プリンターがない家も多かった。
当時は面倒臭いと思っていたが、改めてやってみると悪くない。俺は案外、紙の質感というやつが好きだったらしい。
64
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:33:43 ID:vmhFGvks0
ξ ゚⊿゚)ξ「何よ、これ」
( ^ν^)「小説だよ。書きたてホヤホヤの新作ってやつ」
このやるせない人生を書けばいいのだ。
気付いたあの日から、一心不乱に書き上げた。
箔押しされた賞状を受け取ったあの日から、今日に至るまでのすべて。
この鬱屈とした日々を描き、昇華できるなら。
誰かの心に少しでも爪痕を残せるのなら。
それこそが、俺が小説を書き続けてきた意味じゃないか?
( ^ν^)「読んでくれよ、あの時みたいに」
65
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:34:16 ID:vmhFGvks0
二十歳をしばらく過ぎた頃、内藤が新人賞を獲った。
俺も名前は耳にしたことのある賞だ。書籍化を確約していると聞いたから、頭の片隅に残っていた。
俺は内藤の受賞を、本人からのLINEで知った。
嬉し泣きしているスタンプと共に送られた文面を見た瞬間、俺はスマホを壁に投げつけていた。
あいつは何も知らない。
俺がまだあの頃のように小説を書き続けていると思っている。
66
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:34:58 ID:vmhFGvks0
あの日から俺は、内藤のLINEに返事をしなくなった。
あいつも察したのだろう。最初こそくだらない雑談だとか同窓会の誘いを送ってきていたが、数年前を境にぱたりと止んだ。
来る日も来る日も本屋に行った。棚でひっそりと息づくあいつの本を見た。
嫉妬に狂いながら、どうか二冊目が出ないようにと祈った。
67
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:35:41 ID:vmhFGvks0
俺の祈りは通じた。
新人賞を獲って以来、内藤の名前を聞くことはなかった。
当たり前だ。そんなに甘い世界じゃない。
大体、内藤の小説なんて別に上手くもなかった。
俺から見れば文章も稚拙だし、表現も陳腐だ。ストーリーも浅い。世界観だって。
俺のほうがずっとレベルが高かった。
68
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:36:11 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「津出?」
津出は「ふーっ」と長く息を吐き、顔を上げた。
もう眉根を寄せてはいなかった。ただ冷めきった目をしていた。
高校の頃、内藤に原稿を渡す俺を見ていたときの目と同じだった。
津出に原稿を突き返されたとき、何枚か紙を落としてしまった。
想定していなかったのだ。拒まれることなんて、考えもしていなかった。
(; ^ν^)「何してるんだよ」
ξ ゚⊿゚)ξ「悪いけど、私もう帰るから」
69
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:37:00 ID:vmhFGvks0
いかにもビジネス然とした黒い鞄を掛け直し、津出は俺に背中を向ける。
その肩を掴んだ。振り払われる。また掴んだ。
津出が迷惑極まりないという顔で俺を見た。
この顔も知っている。津出が部室で俺と目すら合わせないものだから、教室で原稿を渡そうとしたときの顔だ。
ξ ゚⊿゚)ξ「気持ち悪いわよ。触らないで」
(; ^ν^)「なあ、頼むよ。自信作なんだ」
(; ^ν^)「これなら……これなら賞を取れるんだ、絶対に」
70
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:38:06 ID:vmhFGvks0
新人賞を獲ったとき、内藤はどれほど祝福されたのだろう。
文芸部の奴らにも報告しただろう。俺が退会したグループLINEは大騒ぎだったに違いない。
祝いにかこつけた飲み会も開いたかもしれない。部員が拍手する中、あいつは酒に酔った赤ら顔でへらへらと笑っていたのだろうか。
どうしてそれが俺じゃないんだ。
内藤は全部持っているのに。
新人賞も、部長という地位も、慕ってくる部員も、友達も、嫁も子供も、隣の席だったあいつに似た幼馴染も。
どうして祝福されるのが俺じゃないんだ。
どうして?
71
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:38:49 ID:vmhFGvks0
ξ ゚⊿゚)ξ「いやよ」
ξ ゚⊿゚)ξ「あんたの書く話、面白いと思ったことないもん」
ζ(^ー^*ζ『ニュッくんは大人になったら、作家さんになれるね!』
たった一つ、大切に抱えていた思い出が、音を立てて壊れた気がした。
.
72
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:39:35 ID:vmhFGvks0
去っていく津出の背中を見送った。
津出は振り返らなかった。俺に一瞥もくれず、しっかりとした足取りで歩いて行った。
.
73
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:39:58 ID:vmhFGvks0
自宅に戻ったあと、俺はパソコンを壊した。
ノートパソコンを壊すのは簡単だった。何度か机に打ち付けるとあっけなく画面が割れ、動かなくなった。
津出が読まなかった原稿は破いて捨てた。
パソコンはもう使えない。バックアップなんてものもない。何もなくなった。何も。
だというのに、俺はちっとも悲しくなかった。
悲しさだとか、虚しさだとか、そんな感情はまるでない。本当に、何も感じていなかった。
ただ漠然と、数日ぶりに「死にたい」と思った。
74
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:40:30 ID:vmhFGvks0
悲しくない自分に驚いた。
これほど続けてきた小説を、費やしてきた時間を捨てたというのに。どうして俺は何も思わないんだ。
( ^ν^)(悲しいはずだ。苦しいはずだ)
( ^ν^)(だって小説は俺のすべてなんだから。俺には小説しかないんだから。俺は──)
────あ、そうか。
やっとわかった。わかってしまった。気付いてしまった。
75
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:41:25 ID:vmhFGvks0
( ^ν^)「俺、最初から小説なんて好きじゃなかったんだ」
( ;ν;)「小説しかなかったから、しがみついてただけだったんだぁ……」
.
76
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:41:56 ID:vmhFGvks0
部活中の内藤や、他の部員達の顔を思い出す。
「ネタ浮かばない」「進捗やばい」口では嘆きながら、皆楽しげに笑っていた。
俺は小説を楽しいと思ったことなんてない。
他人が書いたものを読むことも、自分が執筆することも、楽しめたことなんてない。
ただ、勉強も運動もできなかったから、残ったものに縋っていただけで。
77
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:42:38 ID:vmhFGvks0
( ;ν;)「 」
声を出して泣いた。
隣の部屋にいるはずの母親は無視に努めている。
.
78
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:43:05 ID:vmhFGvks0
せめて死ぬ気勇気があったなら。
悔やみながら、泣いた。
.
79
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 16:44:33 ID:vmhFGvks0
投下は以上です!ありがとうございました!
80
:
名無しさん
:2025/07/07(月) 22:56:51 ID:MLHexC9Q0
うーん乙
81
:
名無しさん
:2025/07/09(水) 07:16:45 ID:40.R57MM0
乙
めちゃリアルで苦しいけど超好き
内藤やデレが直接登場しないところ好き
学生時代や今のツンの心情を考えるとギュッてなる
82
:
名無しさん
:2025/07/09(水) 23:54:07 ID:0BGNRp1s0
乙
ニュッくん一々かわいくてニコニコしながら読みました
ハマり役
83
:
名無しさん
:2025/07/11(金) 00:05:07 ID:GJ2Mv.JU0
乙乙
>ξ ゚⊿゚)ξ「内藤、ずっとあんたのこと気にしてた」
これ内藤が裏表のない人ならニュッくんが救われてた未来もありそうだけどニュッくんは嫉妬捨てられなかったからこそこの結末だったんだろうな…
タイトルに色んな意味が混ざってそうで笑顔になりました
84
:
名無しさん
:2025/07/14(月) 23:42:07 ID:uOKiuQs.0
「少しでいいから救いがあってくれ…」って祈りながら読んでたけど見事になかった。必死に崖を掴んでる指を一本いっぽん、丁寧に外されていくような感じがした。デレが回想でしか登場しないから、思い出に縋ってるというニュッ君の惨めさ&哀れさがひしひしと伝わってきた。
めちゃくちゃ面白かった!乙!
85
:
名無しさん
:2025/07/17(木) 13:45:47 ID:jF40RSOs0
お手本のような惨めさ
乙
86
:
名無しさん
:2025/08/08(金) 23:22:13 ID:AgQMsQQU0
>>85
すげえ良い感想だわ
共感しかない
乙、エグイ
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