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( ^ν^)四月、僕は泥棒になったようです

168名無しさん:2024/08/05(月) 00:26:11 ID:cfzOUW3g0

朗読など、今までの人生でやったこともない。正しい読み方も、面白く聞かせるための技術も知らない。
小学生の時にあった音読の宿題なんて、自分で判子を押してやったことにしていたし、劇や舞台などといった文化的イベントに足を運んだ経験もない。
それこそ、唯一ある朗読の記憶は、夏祭りの紙芝居くらいのものだ。

ζ( ー *ζ「…ふふ、風邪ひいて良かっただなんて、初めて思った」

ζ(^ー^*ζ「じゃあ、私のために読んでね。ニュッ君」

無言のまま精一杯嫌そうな顔をしてみたのだが、デレはお構いなしに再び上体を寝かして横になった
紙束を開く。
生まれて初めて自分で書いた、物語を綴るための文章。
我が文字ながら、手書きということもあって読み辛い。なにより、物書きでもない完全な素人である自分が、自分で書いた文章を朗読するなど恥ずかしいにも程がある。

169名無しさん:2024/08/05(月) 00:27:03 ID:cfzOUW3g0

(;  ν )「………はぁ」

寸でのところで堪えた舌打ちの代わりに、重い溜息が漏れる。
ベッドの上で寝転びながら、嬉しそうに微笑むデレの顔を一瞥する。

( ^ν^)「……下手でも、面白くなくても、文句言うなよ」

ζ(^ー^*ζ「はーい」

笑ったままの彼女にいよいよ観念し、手元の紙束に視線を落とした。
軽く咳払いをし、一番最初の行を読む。
自分で書いた文章だ。
読まずとも一言一句全て記憶しているが、僕はいつも夏祭りで紙芝居のおじさんがやっていたように、しっかりと文字を追いながら口を動かした。

句読点のある箇所では、少し止まり、息継ぎをする。
その少しの空白に、外を流れる雨粒の音が混ざる。
風景を読む。台詞を読む。感情を読む。物語を読む。

決して長くはない。だが、とても短いかと問われればきっとそうでもない。
文字数で言えばきっと、3万字あるかどうか。
字書きとしてはこれが長いのかも分からない。だが、一読者として言うなら、3万字というのは比較的読みやすい短編程度の長さのように思う。

170名無しさん:2024/08/05(月) 00:30:31 ID:cfzOUW3g0

はたと、音が止んだことに気が付いた。

結末まで読み終わり、紙束から顔を上げる。
ベッドの上に視線をやると、そこには、満足そうに眠っている少女の姿があった。

ζ(-、-*ζスースー

どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。

( ^ν^)「………こりゃ、また後日、アンコールかな」

紙束を閉じ、ベッドの隣に置く。
これはデレのために書いた話だ。自分が持っていたって仕方ないし、そもそも見舞いの品として持ってきたもの。ここに置いていくのが妥当だろう。

デレの寝顔を盗み見る。
彼女の柔らかな前髪が、瞳の上に被っている。
静まりかえった部屋の中、彼女の髪に軽く指先で触れ、目の上にかからないように払う。

ふと、静かすぎるのが気になって、僕はベランダへ続いている部屋の窓を見た。
雨風が止んでいる。
その窓の隣、細長く、綺麗なクリアブルーの花瓶に挿された、一輪の花が空調の風で揺れている。

171名無しさん:2024/08/05(月) 00:33:08 ID:cfzOUW3g0

僕は、その白い花の名前を知っていた。

アネモネ。
花に興味がない人間でも惹かれるほどに、大きな花弁が特徴的な春の花。
この部屋にあるみたいに白いものだと、確か4月2日の誕生花になる。
花言葉も色々とあるが、代表的なものなら、確か――。

(; ^ν^)(―――いや、待て)

(; ^ν^)(なんで、そんなこと、知ってるんだ?)

記憶の矛盾に気が付いて、思考を止める。
僕は花になど興味がない。小説を読んで触れた程度の知識なら知っているが、いつの誕生花なのかだの、花言葉だの、そんなことは知らないし調べた覚えもない。

僕は知らない。興味もない。
花が好きなのは僕じゃない。僕の幼馴染だ。
学校からの帰り道や、暇を持て余して休日に外へ遊びに行った時、いつの季節でも道端に咲いている花を指差しては愛でる、奇特な少女の方だ。

では、何故。僕が知っているのか。
いつ、どこで、どうして、こんなどこにでもありそうな花の名前を、覚えているのだろうか。

172名無しさん:2024/08/05(月) 00:38:19 ID:cfzOUW3g0

( ^ν^)「………あぁ、そうか」

一人、納得した声が漏れる。
雨の音も、窓を揺らす風の音もない静かな部屋の中で、僕はやっと気が付いた。
思えば、最初から変だった。
気が付いたら土砂降りの外にいたり、バスに乗ったと思ったら、幼馴染の家に居たり。

いや、そもそも。
君がまだ、僕の前で笑ってる時点で、気が付くべきだったのだ。

ベッドへと視線を移す。
健やかな寝息を立てて眠るデレの頬に、軽く手の甲を当ててゆっくりと撫でる。

思い出した。
僕が一番最初に書いた話は、これだった。
何かの童話をモデルにしたであろう話を、幼馴染のアイデアを勝手に拝借し、更にオマージュしただけの話。
つまらないにも程がある、いわば、盗作の盗作の、そのまた盗作。

そうだった。
一番最初に筆を執った理由は、ひどく陳腐で、つまらないものだった。
例えるなら、盗んできた無地の絵に、盗んできた絵の具で色を付けたような、そんな泥棒みたいな思い出だ。

それでも、そんなものでも。
理由も、行動も、結果も、どれもがひどくつまらないものに思えたとしても。
他人にどう思われようとも、僕自身がどう思おうとも。

173名無しさん:2024/08/05(月) 00:40:23 ID:cfzOUW3g0

( ^ν^)「………………デレ」

( ^ν^)「……………」

( ^ν^)「……君。そういえば、そうか」


君が笑ってくれたのなら。
それだけでいいかと、心の底から思えたのだ。


「そんな顔で笑ってたんだな」

全てが白に染まっていく。自分の輪郭すら、まるで知覚できなくなっていく。

名残惜しくも、彼女の頬からゆっくりと手を離す。
寸前、少しだけ、デレの口角が上がった気がした。

174名無しさん:2024/08/05(月) 00:40:50 ID:cfzOUW3g0


*


目が覚めると、そこは、見慣れたカフェの中だった。

175名無しさん:2024/08/05(月) 00:42:01 ID:cfzOUW3g0

正確にはカフェじゃない。
『ファンファーレ』という、カフェスペースのあるパティスリー。要するに、ケーキ屋だ。

顔を上げる。テーブルの上には白紙のままのメモ帳と、すっかり冷たくなったエスプレッソが置いてある。
カップの中の液体は未だになみなみとしていて、減った様子がない。

( ^ν^)(………寝すぎた)

頭をガシガシと掻き、眠気覚ましにコーヒーを一気に飲み干す。
ひどく冷たく、苦い液体が喉を痛いくらいに潤し、胃の中へと注がれていった。

ポケットからスマホを取り出す。
時刻は夕方。もうすぐ店は閉まる時間だし、進めるつもりだった文字は一字すら進んじゃいない。

諦めの色を含んだ溜息を吐く。
まぁ、久しぶりに良い夢を見れた。その分、リフレッシュは出来たと考えることにしよう。

176名無しさん:2024/08/05(月) 00:42:28 ID:cfzOUW3g0

テーブルに掛けられていた伝票を持ち、席を立つ。
左のポケットから財布を取り出しつつ、ガラス越しに外を見た。
傘を持ってはいるものの、開かずに歩いている人々がちらほらと見える。


どうやら、とっくに雨風は止んでいたようだった。

177名無しさん:2024/08/05(月) 00:45:14 ID:cfzOUW3g0
第二話は以上となります。
第三話の公演開始まで、今しばらくお待ちください。

178名無しさん:2024/08/13(火) 00:24:43 ID:p6ZSnx..0
茜ちゃん見て投下気付いた、おつ!
ファンファーレって店に、バイオリン好きのツンちゃんがいるデレちゃん…もしやプラ心ともリンクしてる?


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