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( ,,^Д^)プラスチックの心臓が痛いようです 最終話
71
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:40:49 ID:SG8HWUUI0
機械的な振動音がすぐ横から聞こえて、隣に目をやる。
通知を受けたスマホの液晶が暗がりの中で光っているのが見て取れる。
何も考えずにスマホを手に取ると、画面にはよく見知った友人の名前が表示されていた。
それは、モララーからのメッセージであった。
『そろそろ卒業式だけど、マジどうした?』
『既読くらいつけろ〜〜〜』
楽し気なスタンプが付けられた文章の中に、気になる単語が目に留まった。
疑問に思い、スマホを操作して今日の日付を確認する。
3月21日。いや、画面を見ている間に22日に変わったのを視認した。
まだ3月は終わっていなかったのかと思うと同時に、俺はとある事実を思い出した。
24日。つまり二日後は、うちの大学の卒業式があるんだった。
( ,, Д) (…まぁ、別にいいか)
( ,, Д) (どうでもいいし)
返信はおろか既読をつけることもせずスマホを放り投げる。
もう一度寝ようかとも考えたが、横になるのも億劫でそのままの体勢で呆とすることにした。
72
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:41:16 ID:SG8HWUUI0
今のような生活をするようになって、一体どれほど経ったのだろうか。
寝すぎて霞がかかった脳内で計算をする。
今日がもう22日。あの日、病院を抜け出したのが確か4日。
大体3週間くらい経過したのかと、冷静に現状を顧みる自分がいた。
明かり一つ点いていない家の中。
しばらく掃除もされておらず、満足な食糧や飲料もないこの状況。
友人たちがここに来ればきっと、一体今まで何をしていたのかと問い詰めてくることだろう。
答えは極めて単純。
“何もしていない”だ。
この心臓が自分のものではないこと。
探し続けていたあの少女にはもう、会えないということ。
分かりたくないことを分かってしまったあの日から、俺にはもう、何かをするという気力が一切失われてしまった。
退院後の病院からの連絡は全て無視している。
それだけではない。友人たちからのメッセージも、その他の連絡も、何もかもへの反応をやめた。
73
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:41:55 ID:SG8HWUUI0
食事も面倒になった。手当たり次第、家にあった食材を適当な時間に食べる毎日だ。
外出どころか、部屋の電気を点けるのも億劫になった始末。
とにかく何もしたくなくて、ただ惰眠を貪って、息をしていた。
黙って心臓の鼓動を聞くだけの日々。
それだけが唯一、俺に安心をもたらしてくれた。
キュートが今の自分を見たら、一体何と言うのだろうか。
考えても意味がない思考がぐるぐると頭を巡る。
もう、彼女が俺に何かを注意してくれる日はこないのに。
74
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:42:38 ID:SG8HWUUI0
朝、喧しい声で起こされることもない。
何処かに連れていけとせがまれることもない。
自慢げな顔で性能を自慢されることもない。
細かいことでぐちぐちと怒られることもない。
「いってらっしゃい」と見送られることもない。
「おかえりなさい」と迎えてくれることもない。
嬉しそうにシュークリームを頬張ることはない。
不服そうに頬を膨らませる彼女は二度と見れない。
哀しそうにその日あった嫌なことを話す彼女の声は一生聞けない。
楽しそうに隣を歩く彼女にはもう触れられない。
キュートはもう、いない。
75
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:42:59 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(どうでもいい)
どうでもいい。本当に、心底、全部。
友人も、就活も、未来も、家族も、自分も、何もかもがどうでもいい。
( ,, Д)(本当に、もう、どうでも)
( ,, Д)(お前以外は、どうでもいいんだ)
思えばきっと、ずっとそうだった。
キュートの存在が自分の中で大きくなっていくにつれ、“就活を終わらせる”なんて目標はどんどん薄れていたように思う。
76
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:43:50 ID:SG8HWUUI0
父を見返したかった。兄に並びたかった。亡くなった母に褒めてもらいたかった。
心臓も精神も身体も、何もかも弱かったあの頃の自分に、胸を張れるようになりたかった。
就活に関することだけじゃない。勉学も、バイトも、何もかも。
俺はずっと、そんな下らない理由だけを指針にして生きてきた。
それがいつの間にか、“キュートを安心させたい”と思うようになっていった。
彼女が喜んでくれるだろうか。凄いと言ってくれるだろうか。
月日が経つにつれ、そんな子どもじみた欲求で動くようになっていた。
ずっと言い訳をしていた。
キュートはアンドロイドだと、ロボットだと。
どれだけ家族のように大切に想ったところで、何の意味もないと。
理性があるつもりだった。割り切れているつもりだった。
それが、一体どうしたこのザマは。
自分の部屋にあったお気に入りの家電が一つ、なくなったようなものだろう。
少し長い間、居候していた親戚が出て行ったようなものだろう。
だというのに、何度も何度も自分に言い聞かせているのに。
指一本、動かす気にすらなれないではないか。
77
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:44:18 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…ははっ……」
孤独と後悔で満たされる部屋の中で乾ききった自棄の笑いが転がる。
狂ったように毎日連呼している“どうでもいい”。
もはや口癖のようになったそれで一つ、思い出したことがあった。
去年の夏頃。
病気で全てに絶望し、今の自分と同じように「どうでもいい」と世界と自分を呪っていた少女がいた。
あの時、俺は彼女に一体何と声をかけたのだったか。
とんだ道化だ。間抜けだ。大馬鹿者だ。
少し自分の方が闘病生活が長かった程度で、よくもまぁあんな説教を垂らせたものだ。
いざ自分が絶望する立場になれば、かつて自分が吐いた言葉も忘れて部屋に閉じこもる。
挙句の果てには、忌避していたはずの“どうでもいい”という呪いを吐いて、自分の毒に溺れる始末。
これを道化と言わずなんと例えるのか。三段落ちにも成りはしない。
78
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:44:47 ID:SG8HWUUI0
…本当は分かっている。頭では理解している。
自分が今、何をするべきなのか。今の自分を呆れながら見下ろす冷静な自分がもう一人いる。
正式に退院して、ここに帰ってきた日のこと。自分のスマホに、一件の留守電が入っていた。
去年の秋が終わる頃、ギリギリで受かった大手からのものだった。
内容は、考えてみれば至極当然のこと。
俺の、内定取り消しの連絡だった。
然程、驚きはしなかった。
内定を貰えた後、提出しなければいけない課題や、出席しなければならないイベントなど、やらなかったことが山積みなのだ。
いくら入院中だったとはいえ、ギリギリで採った学生一人に特例措置を下すこともないだろう。
俺がショックだったのは、そんなことではない。
スマホに残っていた一つの通話履歴。
俺ではなく、別の人物が会話した時の記録。
79
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:45:15 ID:SG8HWUUI0
o川; ―)o『ど、どうにか…入社時期をずらしていただくとか、代替措置は…!』
o川; Д)o『そんな…!お、お願いします、取り消しは……!』
キュートは最後まで、俺のために行動してくれていた。
つまらないプライドで、俺はずっと就活に関しては彼女の手助けを断っていた。
なのにキュートは、俺が意識を失っている間もずっと、俺の力になろうとしてくれていた。
だが結局、内定は潰えた。
二年以上費やした研鑽も、キュートが俺のためにしてくれた努力も、泡沫に消えた。
文字通り、俺にはもう何も残っていない。
80
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:45:39 ID:SG8HWUUI0
…いや、まだ一つだけ残っていたものがあったか。
胸に手を当てる。
ドクドクと、一定のリズムを感じながら目を瞑る。
( ,, Д)「…なぁ、キュート」
( ,, Д)「どうすればいいんだろうな、俺は」
返事はこない。心臓が話し出すなんてファンタジーは起きない。
それでも、俺は構わず口を動かし続けた。
( ,, Д)「分かってるんだ、やらなきゃいけないこと、いっぱいあるって」
( ,, Д)「お前から貰ったコレ、無駄にする訳にはいかないって」
( ,, Д)「分かってるん、だけどさ」
心臓は何も言わない。
時計のように、一定のリズムを刻みながら拍動を続けている。
それでも、物言わぬ心臓に俺はぽつぽつと語らい続けた。
81
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:46:11 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なぁ、何か言ってくれよ」
( ,, Д)「嗤ってくれてもいいし、説教でも、なんでもいいから。」
( ,, Д)「なぁ、何か――」
神様に縋る信心深い信徒のような心持ちで言葉を続ける。
しかし、心臓は決して何かを話すことはない。
明かり一つない真っ暗な部屋の中に、俺の声だけが霧散していく。
聞きたいと願った声が反響することは、終ぞなかった。
もういいか。そう思って目を瞑る。
ずっとこのままでいるのも、いいかもしれない。
半ば本気でそう思いながら、俺は両の瞼を閉じた。
82
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:46:41 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д) (……夢の中なら、会えるかな)
希望にはほど遠い願望を抱きながら、かつての同居人を思い描く。
この数週間、キュートが夢に出てくれたことは一度もない。それどころか、真面な夢を見た記憶がない。
それでも、今日ならば。無駄な期待を込めて俺は意識を手放そうとした。
その瞬間、轟轟と強く窓が震える音がした。
なんだろう、と思い目を開ける。
音がした方向を見ると、閉じていた筈のカーテンがバサバサと揺れていた。
どうやら、窓がほんの少し空いていたらしい。
一際強い風が吹いて、それが窓とカーテンを揺らしたのだ。
( ,,^Д^)(……面倒だ)
窓を閉じに行くことすら億劫に感じ、視線を戻す。
すると、ふと、床に何か落ちているのが見えた。
83
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:47:20 ID:SG8HWUUI0
暗闇の中、窓から射し込む僅かな月の光を反射した“それ”は、小さいながらに強く自分の存在を主張しているようにも感じられた。
億劫さよりも興味が勝り、何も考えないまま悠然と床に落ちていた“それ”に手を伸ばす。
指で優しく掴み取り、眼前にまで持っていく。
どうやらそれは、桜の花びらのようだった。
月光を反射した花弁は、ルーズクォーツのような宝石と見紛わんばかりの輝きを放っていた。
少し気になって、もう一度窓を見る。
空いていた隙間は自分の手が通るかどうかといったほどの隙間すらない。
この花弁一枚ですら、入ったことがまさに奇跡なのではないかと思えた。
84
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:48:40 ID:SG8HWUUI0
まじまじと食い入るように花弁を見る。
俺は、何かを忘れているような気がする。
大事なことだった。忘れてはいけないことだった。ずっと、楽しみにしていたことだった。
形容し難い焦燥感に襲われる。
思い出さなきゃいけない。なのに、どうしてか思い出せない。
水中でもがくように、記憶の底に落ちた何かを必死に救い上げようと脳を絞る。
いつだったか、今ほどではないが少し肌寒かった頃。
何かを見た。だけどそれは、自分にとっては少し物足りない物だった。
もっと綺麗なそれを見たかった。いや、見せたいと思った。
だから、いつか、春になったら。
その時は絶対に、二人で。
約束を。
85
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:49:13 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「――桜」
ポツリと呟く。
ずっと探していた宝物を包むみたいに、花弁を優しく握りしめる。
どうして忘れていたのだろう。
あの日、二人で公園で仲直りした時。
秋の夜空の下で、狂い咲きの桜を見た日のこと。
そうだ。俺はあの時、キュートと約束をしたんだった。
立ち上がり、無造作に転がったままのスマホを手に取る。
今日は三月。それも既に下旬に差し掛かった頃。
この前行った時とは違う。あの日、木の前で打ちひしがれた日とは随分な日数が経っている。
あの時の狂い咲きのように、ぽつぽつと咲いているだけじゃない。
この前の時のように、中途半端な景色でもおそらくない。
きっともう、桜は咲いている。
86
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:49:52 ID:SG8HWUUI0
クローゼットを開け、手頃な場所にあった服を適当に引っ張り出して着替える。
必要なものは特にない。スマホと、部屋の鍵。それくらいだ。
意味がない。そんなことは理解しきっている。
あの時、隣にいた彼女がいない今、俺一人で桜を観に行った所でどうしようもない。
それに、あの木はもう病院のものだ。
こんな時間とはいえ、俺が行ったところでまじまじとは見られないかもしれない。
だけど、それでも、どうしても。
もう俺には、約束(それ)しか残っていないから。
慣れたスニーカーを履いて玄関を開ける。
未だに冬だと思ってしまうほどの寒風に震えながら、俺はゆっくりと歩き出した。
87
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:50:18 ID:SG8HWUUI0
*
一歩一歩を踏みしめながら、公園へと続く道を進む。
ずっと家から出ずに引きこもっていた身には、随分と厳しく感じる道のりだった。
溜息を吐く。白く濁った煙が空中でゆっくり霧のように消えていく。
久しぶりに外に出たからか、三月の夜ということで冷えているからか、空気が随分と澄んでいるような気がしていた。
公園に人はいなかった。
当然と言えば当然だろう。何故なら時刻は既に深夜12時を過ぎている。
石が敷き詰められた道を抜け、広々とした園内に入った。
意識している訳でもないのに、視線が自ずと空間の中央に引き寄せられていく。
88
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:01 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「……あぁ…」
桜が咲いていた。それも、文句のつけようがないほどの、満開の桜であった。
数年前、初めてここに来た時のものより、それはずっと大きく綺麗に見えた。
風が靡くたびに揺れる木々が、綿毛のように花びらを散らしていく。
夜空に輝く満月が、宙に舞う花弁の一枚一枚を眩く照らすその様は、宇宙というキャンバスに宝石箱をばら撒いたような美しさがあった。
呼吸すら忘れるような、瞬きさえも億劫に感じられるような絶景に言葉を失って立ち竦む。
これほどまでに美しいと感じた景色を、今までの生涯で見たことがあっただろうか。
89
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:29 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)(……これを、見せたかった)
薄紅に意識を奪われた須臾の後、脳裏に一人の少女が思い浮かんだ。
いや、一人と称するのは正しくない。ましてや厳密には、少女と呼ぶのも誤りだろう。
無粋な訂正をする自身を隅においやり、トボトボと園内を歩いた。
下を向いて歩く。地面には無数の桜の葉が散っていた。
あまりにも神々しい桜の風貌に畏み申しているのかと思うほどに、適切な距離を空けて設置されているベンチの前で立ち止まる。
覚えている。ここは以前、キュートと仲直りをした場所だ。
隣にもう一人座れるくらいのスペースを空けてゆっくりとベンチに腰掛ける。
前もこうだったなと思いながら桜を見上げた。
秋頃に来た時とは逆に何が違うのだろうか。
まず、桜だ。あの時は狂い咲きで、目を凝らさなければ視認できない程度の蕾しか咲いていなかった。
次に自分。あの時の自分は傷や痣だらけで、必死に痛みを堪えながら木を見上げていた。
最後に、隣。あの時は、いくらか喧しいのが隣にいた。
90
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:53 ID:SG8HWUUI0
手を隣に置く。その上に、何かが重ねられることはない。
手の温もりとは程遠い冬風の冷たさが手の甲を通過していった。
( ,,^Д^)「……なぁ、見てるか?」
寒さと孤独に耐えきれなかったのか、それとも只の自己満足か。
桜を見ながら、勝手に口が回り出した。
( ,,^Д^)「これだよ。これをお前に見せたかったんだ」
( ,,^Д^)「正直、俺が前に見た時よりもずっと立派でさ、俺も今驚いてる」
( ,,^Д^)「…なぁ?本当に、ちゃんと綺麗だったろ?」
返事はない。置いた手が重ねられることもない。
隣に空いた空間が埋まる気配もない。
それでも構わず、俺は虚空に向かって話し続ける。
91
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:04 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…ひどいだろ。約束、破るなんて」
どうせもう、いつまで経っても返事なんて来ることはないのだ。
それならば、遠慮会釈など必要もない。
言いたくても言えなかったこと、全部言ってやろう。
( ,, Д)「俺の指示には、全部従うんじゃなかったのか」
( ,, Д)「最新型のクセに、約束一つ、忘れるのか」
( ,, Д)「…いや、悪いのは俺か。間抜け晒して轢かれたのは、俺だもんな」
満開の桜から目を背けることなく話を続ける。
空に雲はなく、月明かりが木全体を照らし、イルミネーションのように輝いている。
周囲には人はいない。時折強い風が花々を散らし、石竹色の雪のように舞うその様はまさに幻想的であった。
綺麗だ。心の底からそう思う。
なのに、どうして俺の心はこんなに凪いでいるのだろうか。
92
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:25 ID:SG8HWUUI0
視線を少し下に下げる。
病院が貼っているのであろう、立入禁止の旨が書かれたテープの向こう側。
桜の木の根元にある、周囲と比べて少し色が褪せている箇所。
( ,,^Д^)「そんな所からじゃ、見えないだろ」
吐き捨てるように言葉を零す。
探知機とデレ先生が示した、キュートが眠っている場所。
いっそ今、掘り返してしまおうか。
邪な考えが頭を過る。
どうせ今、周りに人はいない。そもそもキュートは俺の所有物扱いだった筈だ。
地面の中にいようが、俺の手元にあろうが、大して変わりはしないだろう。
そんな考えとは裏腹に、俺の両足はピクリとも動こうとはしなかった。
…分かっている。そんなこと、やる度胸もする気もない癖に。
キュートが最後に残したメモ。彼女が最期に父に伝えた我儘。
それを反故にするなど、俺に出来る訳もない。
93
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:55 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…分かってたよ」
落としたコップから水が滴るように、言葉が自然に漏れた。
分かっていた。分かっていたのだ。
何故、キュートが自分の機体をあそこに埋めるよう遺したのか。
彼女は一秒たりとも、俺との約束を忘れた瞬間など、なかったのだ。
俺が眠っている間、俺を救う方法をずっと探し続けてくれていた。
あの秋の夜の約束を楽しみにしながら、約束のことを胸に抱きながら、ずっと俺の目が覚める時を待ってくれていた。
あの部屋で一人、ずっと待ってくれていた。
俺の努力が無駄にならないよう、抗い続けてくれていた。
自分のプログラムを騙して父に逆らってまで、俺に心臓をくれた。
94
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:54:24 ID:SG8HWUUI0
どうしてこうなったのか。ずっと考えていた疑問の答えが、今はっきりと出た。
この二か月間、懸命に動いてくれていたキュートのせいな訳がない。
こんな状況になったのは。
深く考えずに交差点に出て、間抜けにも車に撥ねられ、何か月も眠り込み、挙句の果てには。
誰かの心臓を貰ったクセに前に進もうとしない、間抜けのせいじゃないのか。
俺のせいじゃ、ないのか。
( ,, Д)「キュート」
( ,, Д)「ごめんな」
嗚咽が漏れる。
酒に酔った訳でもないのに、胸の下の辺りから何かが込み上げてくるような感覚に襲われる。
( ,, Д)「大人しく、待ってればよかったんだ」
( ,, Д)「今も、本当は、こんなことしてる場合じゃないって、分かってるんだ」
言葉に吃音が混じる。
腹の底に溜まっていたものが、土石流のように溢れてくる。
締め付けられるように痛んだ胸を、左の拳でぐっと抑えた。
95
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:55:00 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なんで、俺にコレ、渡したんだよ」
( ,, Д)「どう考えたって、お前の方が、価値があるだろ」
( ,, Д)「やっぱり、ポンコツだよ、お前。馬鹿だ、大馬鹿、不良品だよ」
( ,, Д)「…言い返さなくて、いいのかよ。いつもみたいに、怒れよ」
( ,, Д)「そこに、いるんだろ?埋まってるんだろ?…なら、何か言いにこいよ」
( ,, Д)「何でも、いいから…何言われたって、いいから」
自分でも声が震えているのが分かる。
火傷するくらいに瞼が熱いのに、両の目からは一滴も涙が落ちる気配はない。
96
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:55:27 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「……頼むよ、もう、限界なんだよ」
( ,, Д)「何でも我儘、きくから。シュークリームでも何でも、買ってやるから」
( ,, Д)「どんな遠い所でも連れてってやるし、何やったってもう、怒らないから」
震えた喉を絞るように話を続ける。
この言葉はきっと届いていない。そもそも、届く相手がいない。
それでも、吐き出さなくてはならない。
そうでもしないともう俺は、一秒たりとも正気を保っていられそうにない。
何度も何度も考えた。
あの日、大人しくコンビニの前でキュートを待っていたのなら。
もう少しゆっくり水族館にいたのなら。
ツリーライトを眺める時間をもっと長めにとっていれば。
今も俺の隣で、キュートは笑ってくれていたのだろうかと。
97
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:56:02 ID:SG8HWUUI0
会いたい。
赦してくれなくてもいいから。
怒ってくれなくてもいいから。
情けないと嗤ってくれてもいい。
この際、会話が出来なくてもいい。
あの白く細い手に、触れられなくてもいい。
( ,, Д)「――会いたい」
何を犠牲にしてもいい。全部投げ出したっていい。
俺の今までも、これからも、何もかもを捧げたっていいから。
ただ、もう一度だけ。
もう一回だけ、あの笑みに、出会えることが出来るなら。
98
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:56:43 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「会い、たい」
話なんて求めない。触れたいなんて、傲慢を口にするつもりもない。
いっそもう、明日なんて来なくてもいい。
あと一回。一回だけでいい。
一方的でもなんでも、悪魔との契約だったとしても構わない。
( ,, Д)「…………」
( ,, Д)「キュート、に」
( ,, Д)「会いたい、なあ」
轟と音をたてて、今日一番の強い風が吹いた。
叶う訳もない呟きは、舞い散る桜の渦に消えていった。
99
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:57:23 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「――いるんですけどね、ここに」
100
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:57:47 ID:SG8HWUUI0
ベンチに置いていた右手が、やんわりと優しく包まれた。
桜が晴れて、ゆっくりと隣を見る。
両サイドで止められた艶やかな髪が、桜を纏った風に吹かれてゆったりと揺れている。
膝が見えるかどうかのデニムパンツに、上は青みがかったトップス。
丸く大きな瞳に、ほどよい高さの鼻と小さな唇。
ハルジオンを彷彿とさせるように白く、きめ細やかな肌。
見慣れた筈の姿が、いつの間にか、たおやかな微笑を浮かべて座っていた。
101
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:58:46 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「――キュー、ト」
名前を呼ぶ。ずっとずっと呼んでいた名前。
もう一度反応して欲しいと、願い続けていた名前。
俺の零した声に反応したのか、気付かぬうちに隣にいた少女がこちらを向く。
目が合って数秒後、少女は数回瞬きをした後、信じられないものを見たかのように元々大きな瞳を更に大きく開かせた。
o川*゚ー゚)o「………あれ…?」
o川;゚―゚)o「…もしかして、見えて、ます?」
そう言いながら、少女は指で自身を指差す。
戸惑いつつゆっくりと頷くと、彼女は困ったように、それでいて嬉しそうに苦笑いを浮かべた。
102
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:59:36 ID:SG8HWUUI0
o川;゚―゚)o「あ、あははー…えっと…」
o川;゚―゚)o「お、お久しぶりです…?いや違うか、ある意味近くにいたし…うーん…?」
ころころと百面相のように表情が変わっていく。
記憶の中の彼女と寸分違わず変わらない。
少し前まで毎日見ていた、ずっと求めていた姿がそこにはあった。
o川;゚―゚)o「でもどうしていきなり…ずっと聞こえてないし、見えてもないと思ったんですけどねぇ」
o川*゚ー゚)o「うーん…まぁいいです!ラッキーってことで!」
103
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:00:47 ID:SG8HWUUI0
しばらく何か唸ること数秒、ようやく何か納得がいったのだろうか。
彼女は俺の右手をぎゅっと握り、こちらに真直ぐな視線を向けた。
o川*゚ー゚)o「改めて、お久しぶりです。マスター!」
o川*゚ー゚)o「…多分、この表現は、厳密には間違ってると思うんですけど」
o川*^―^)o「――死んじゃいました。ごめんなさい」
奇跡が、隣で笑っていた。
104
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:01:36 ID:SG8HWUUI0
(; ,,^Д^)「……キュート」
o川*゚ー゚)o「はい!」
(; ,,^Д^)「キュート…なの、か」
o川*゚ー゚)o「そうですよ!第三世代NewAIシリーズ・レプリカントナンバーr-Q10!キュートです!」
そう言って、隣にいつの間にか現れていた少女はニコリと微笑む。
花が咲いたような、目が惹きつけられるような笑顔。
記憶の中の彼女と全く同じ、俺がずっと求めていた表情が今、目の前にあった。
o川;゚―゚)o「…あれ、もしかして、偽物か何かだと思われてます?」
o川;゚―゚)o「ちょ、ちょっと待って下さいね!ええと…」
慌てたように、何かを思い出そうとするみたいに目の前の少女は渋い顔を浮かべる。
そんな様子を見た俺の身体は、まるで糸か何かで引っ張られたように卒爾に動いた。
105
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:02:06 ID:SG8HWUUI0
o川;゚o゚)o「ふえっ…!?」
気が付けば、抱きしめていた。
o川;//―//)o「あ、あのあのあの、マスター!?いいいくら何でもここは公共の場でして、いや別に嫌という訳でもないのですが、あの――!?」
( ,, Д)「――会いたかった」
腕の中にすっぽりと納まった華奢な身体を、気を遣うことなく力一杯抱きしめる。
慌てふためく彼女にかけられたのは、何の捻りもない只の感情の吐露。
もしもまた会えたら何を言おうか、何を話そうか。
なんてずっと考えていた思考は、眼前で起きた奇跡によって吹き飛んでいった。
106
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:02:40 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「ずっと、ずっと、会いたかった」
( ,, Д)「お前にまた会えたらって、そればっかり考えてた」
o川*゚ー゚)o「………」
返事の代わりなのか、キュートは少し遠慮がちに抱きしめ返してくる。
とてもロボットとは思えない、繊麗な柔らかさがこの身に触れた。
o川*゚ー゚)o「…ごめんなさい。迷惑、かけちゃいましたね」
そう言いながら、キュートは俺の背中を優しくさする。
その感覚がどうにも心地良くて、ずっとこうしていたいとも思った。
107
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:03:03 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「本当はもうちょっと色々したかったんですけど…時間、なくて」
( ,, Д)「いいんだ、もう、いいから…許すから」
( ,,^Д^)「…帰ろう、一緒に」
抱きしめながら、震えた声で訴えかける。
( ,,^Д^)「帰って、買い物とか行こう。今、家に何にもないからさ」
( ,,^Д^)「シュークリームでも、何でも買ってやる。そうだ、明日はどこか遊びにいこう」
( ,,^Д^)「…だからさ、家に帰ろう、キュート。それでまた、明日からもずっと、一緒に――」
o川* ―)o「―――ごめんなさい」
抱擁が解かれ、密着していた互いの身体が離れる。
どうしたのかとキュートを見ると、彼女はひどく申し訳なさそうな顔で俯いていた。
108
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:04:10 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…ごめんなさい。無理なんです、それは」
o川*゚ー゚)o「――私、もう本当は、いませんから」
諦めの感情が乗った言葉を口にしながら、キュートは困ったように笑う。
何を言っているのか分からず、俺の口からは「は?」という何とも間抜けな感嘆が零れた。
(; ,,^Д^)「何、言って…だって、お前は今、ここに」
o川*゚ー゚)o「…お手を拝借しますね、マスター」
状況が理解できないままの俺の手をキュートはぎゅっと握りしめる。
そして、初めて会った日のように、彼女は自分の胸に俺の手を当てがった。
(; ,,^Д^)「………!」
o川*゚ー゚)o「…ね?お分かりでしょう?」
キュートはそう言って苦笑する。
胸に手を当てられて数秒、嫌でも気付いてしまった。
あの時とは決定的に異なる部分。当時あったものが、今はすっかりなくなっている。
心拍音が、ない。
彼女の胸部からは、何の拍動も感じられなかった。
109
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:05:04 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…せっかくですし、ちょっと歩きましょうか」
俺の手を胸から離し、キュートはゆっくりと立ち上がる。
後ろで手を組んだまま、彼女は散歩でもするみたいに桜の木の方へと歩いて行った。
数秒ほど遅れて俺もベンチから立ち上がり、キュートの後ろをついていく。
いつも隣り合って歩いていたからか、この様子にはどこか違和感があった。
( ,,^Д^)「…今のお前は、なんなんだ」
歩きながら、キュートの背中に向けて言葉を発する。
彼女はこちらを振り返ることなく、歩きながら答えを返した。
o川*゚ー゚)o「うーん…私もよく分かってないんですよねぇ」
o川*゚ー゚)o「まぁ、世の中には万物に魂が宿るって考え方もありますし、そんな感じなんじゃないですかねー?」
( ,,^Д^)「アニミズムか?」
o川*゚ー゚)o「あ、それかもです!いやぁ、私にはプログラムしかないって思ってたんですけど、魂なんて贅沢なものがあったってことですかね!」
前方を歩く彼女から「えへへ」と陽気な笑い声が聞こえる。
その足取りも、笑い声も、どれも俺が知っているキュートそのものにしか思えない。
110
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:05:58 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「んーまぁ…結局、今の私は“機械の幽霊”みたいなものだと思います」
o川*゚ー゚)o「それか、マスターの記憶を基にした全く別の何かとか、ただの幻覚とか、色々可能性ありますけど…」
o川*゚ー゚)o「私にインプットされてた知識じゃ、この辺りの説明が限界ですね。今はもう、ネットに接続とかも出来ませんし」
o川;゚―゚)o「…あっ!“じゃあマジでポンコツだな”とか言わないで下さいね!?」
( ,,^Д^)「…言いはしないよ」
o川#゚―゚)o「思うのもアウトですー!」
可愛らしく頬を膨らませながら前を歩くキュートの足がピタリと止まる。
彼女のすぐ前には、桜の木を囲むように張られた黄色のテープがあった。
111
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:06:35 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「邪魔ですねぇ、よいしょっと」
そう言ってキュートは立入禁止のテープにデコピンをする。
その瞬間、テープはまるで鋭利な刃物で切られたかのようにはらりと落ちた。
(; ,,^Д^)「…えっ!?お、おい、勝手に何やって…!?」
o川*゚ー゚)o「大丈夫ですよ、誰も見てないんですから」
(; ,,^Д^)「いやそういう問題じゃなくてだな…!」
o川*゚―゚)o「もーう、相変わらず真面目ですねぇマスターは」
慌てる俺に呆れながら、キュートは堂々と桜の木に近付いていく。
入っていいのかどうか悩みながら、俺は周囲に気を配りつつキュートの後についていった。
112
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:07:44 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…あ。ほら、アレです」
( ,,^Д^)「アレ…?」
キュートが指を差した方向を見る。
桜の木の根元。周りと比べると、やや白みがかった土の部分。
o川*゚ー゚)o「――あそこです。私がいるの」
(; ,, Д)「………っ」
まるで何でもないことのように、大したことでもないというように。
表情を一切変えることなく、平然とした様子でキュートはそう言い放った。
(; ,, Д)「…お前は、ここにいるだろ」
o川*゚ー゚)o「言ったでしょう?今喋ってるこの私は多分、幽霊かなにかです」
o川*゚ー゚)o「元々の私は、そこにほとんど埋められてます」
話を続けながら、キュートは木の根元にしゃがみ込む。
やはり何か思うことがあるのか、彼女はその細い指先で撫でるように土に触れた。
113
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:08:49 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…まさか猫田博士が本当に、お願いした通りにしてくれるとは思いませんでした」
“お願い”という言葉に数週間前のデレ先生の言葉が思い浮かぶ。
確か、キュートが手術室に残した、遺書のようなメモ書きがあったのだったか。
o川*゚ー゚)o「知ってますか?この桜の木、区の所有物だったらしいんですよ」
そう言いながらキュートは立ち上がり、上空に咲いた桜を見上げる。
揺れる木々からひらりと一つ、薄桃色の花びらが舞い降りた。
o川*゚ー゚)o「博士が木を周囲の土地ごと買い取ったんだそうです。財源は謎ですけど」
o川*゚ー゚)o「ま、私の機体なんてトップシークレットですからね!最新型はモテモテで困っちゃいますね〜!」
(; ,,^Д^)「…父さんが、買い取った…?」
俄かには信じられない言葉を復唱する。
あの父が、わざわざ律儀にキュートの要望を聞いたというだけでも信じ難いことであるのに。
俺の呟きにキュートも頷きながら話を再び続けた。
114
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:09:27 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…私の機体、てっきりリサイクルに回されると思ったんですけどね」
o川*゚ー゚)o「最期の我儘くらいは、聞いてもらえたみたいです」
頭に降ってきた花弁を手で払う。
キュートの表情には、好きなお菓子を買ってもらえた子どもみたいな笑みが浮かんでいた。
o川*゚ー゚)o「デレ先生にもお礼言いたかったんですけどねぇ。移植の時、バレないように色々と手を回してくれてたみたいですから」
キュートの口から出た“移植”という言葉が、魚の小骨のように引っかかる。
そうだ。俺は大事なことを聞きそびれていた。
115
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:09:51 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「……心臓」
o川*゚ー゚)o「えっ?」
( ,,^Д^)「なんで、俺に渡したんだ」
自分の胸を抑える。
今、俺の生命活動を支えている心臓。
元々は、キュートのコアだった部品。
( ,, Д)「…移植することは、禁止してたろ」
ずっと前の記憶が頭の中で再生される。
確かにキュートに向けて出した、心臓移植の禁止命令。
116
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:11:48 ID:SG8HWUUI0
御免だった。自分のために誰かが犠牲になる、なんてことが。
幼少の自分の世話や介護中に倒れた母が、キュートと重なって見えた。
あの向日葵畑に向かう途中、でぃさんから伝えられた“アイ”の真実。
文字通り骨の髄まで人間のためになるよう作られたという事実が、腹立たしくて仕方なかった。
キュートを自分のために消費する。それが、どうにも耐えられなかった。
だが、“それ”は成ってしまった。
俺は今、キュートを消費して生きている。
ずっと自分を支えてくれた少女から、命を奪って息をしている。
o川*゚ー゚)o「…そうですよ、大変だったんですよー?禁止命令破るの!」
o川*゚ぺ)o「もうあの手この手と試しましたもん!研究所のデータをクラッキングしたり、適当な企業のデータに潜り込んだり…超〜疲れました!」
o川*゚ワ゚)o「でもまぁ、最終的には何とかしたのが、やっぱり流石私って感じで――」
( ,, Д)「――そうじゃ、ないだろ」
o川*゚ー゚)o「……っ」
震えた声を絞り出してキュートの自慢げな声を遮った。
きっと、キュートは俺が何を言いたいのか分かっている。
117
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:12:23 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「なんで、俺なんか優先したんだよ」
( ,, Д)「お前いつも言ってたろ。“自分は優秀な最新型なんだ”って」
( ,, Д)「なんで、こんな…就活なんかに困ってる人間、優先したんだよ。どう考えたって、逆だろ」
拳をぎゅっと握りしめる。
改めて言葉にすると、ほとほと自分の情けなさに嫌気が差す。
だけど、事実だ。本心だ。
どう考えたって、自分なんかよりも、キュートの方が何倍も価値がある筈だ。
そしてキュートも、自分の価値の高さを把握していた筈だ。
それなのに、どうして、禁止命令を破ってまで、何故。
俺に、心臓(こんなもの)を託したのか。
118
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:13:02 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「もっと行きたい場所とか、食べたい物とか、あったんじゃないのかよ」
( ,, Д)「どうするんだよ、これじゃあ、もう、何も出来ないじゃんかよ」
( ,, Д)「なぁ、なんでだよ…なんで…!」
( ,, Д)「――何で、俺なんか、助けたんだ……!!」
俺とキュートの間に、桜を伴った強風が通り抜ける。
震え掠れた、僅かな怒気をはらんだ声が風の音に邪魔される。
だが、キュートの耳にはしっかり届いたのだろう。
彼女は困ったような顔をしながら、それでもこちらを向いて口角を上げていた。
119
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:13:45 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なぁ、ダメなんだよ、俺。ダメなんだ」
( ,, Д)「お前がいないと、無理だ。前に進めない、どうすればいいか、分からない」
( ,, Д)「ずっと一緒にいてくれるんじゃ、なかったのかよ、なぁ」
煌びやかなツリーの前でした、子どもじみた約束を掘り返す。
ああきっと、今の俺は、相当にみっともなく映っているんだろう。
だけど、それでもよかった。誰になんと思われようと、嘲笑われようと、構わない。
( ,, Д)「…必要なら、心臓も、返す。父さんに、頭だって下げる、から、頼む」
( ,, Д)「また、一緒にいてくれ。お願いだから、お願い、だから…俺は……」
( ,, Д)「…お前がいないと、寂しい…!」
情けない。みっともない。無様で、惨めで、不格好。
それでも、見るに堪えなくとも、偽りない俺の本心だった。
楽しかった。キュートと過ごす毎日が。
あれだけ悩んでいた就活も、先の見えない人生も、全部どうでもよくなるくらいに。
どんな明るい未来より、俺は、キュートが一番欲しかったのだ。
キュートがこちらに数歩近づく。
彼女の手がゆっくりとこちらに伸びる。
俺はそれを見ながら、抵抗することなくただ立っている。
手が届く。それと同時に、数枚の花弁が頭から風に乗って飛んで行った。
120
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:15:10 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「…ふふふっ…!」
キュートは明るく笑っていた。
それも、堪えきれないといった具合に。
(# ,, Д)「…何、笑って……」
o川*゚ー゚)o「ああ、いえ…!ごめんなさい、ちょっと、嬉しくて」
o川*゚ー゚)o「…ふふっ、そんなこと思ってくれてたんですね、マスターったら」
(# ,,^Д^)「そんなことって…!」
反論しようとした矢先、忽ち言葉に詰まって黙る。
言葉が思いつかなかったからでも、桜が邪魔をしたからでもない。
眼前にいる少女の笑顔が、泣きそうになるくらいに、綺麗だったからであった。
121
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:16:22 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…私にとっては、違うんです」
o川*゚ー゚)o「そもそも私にとって人間がどうとか、機械の方が価値があるとか、どうだっていいんです」
笑いながらキュートは俺の手を取る。
そのままいじらし気に彼女は俺の手を自分の指と絡めた。
o川*゚ー゚)o「…マスターが、私を大事にしてくれたみたいに、私は、マスターを大事にしてみたかったんです」
o川*゚ー゚)o「ほら、子どもって大人の真似をして大きくなるでしょう?あれと同じですよ」
o川*゚ー゚)o「貴方みたいなことをしたら、貴方みたいになれるかなって、思ったんです」
ぎゅっと手を握られる。
絡まった指先から伝わる温もりは、幽霊とは思えないほどに暖かかった。
122
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:17:08 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「ロボットの私でも、もしかしたら、人間の気持ちが分かるんじゃないかって」
o川*゚ー゚)o「貴方の見ていた世界が、感じていたものが、理解できるんじゃないかった期待した」
o川*゚ー゚)o「…私のこの想いはプログラムでも、ましてやバグでもないって、証明したかった」
視線が交差する。ずっと隣にあった筈の大きな瞳に、今にも泣きそうな自分が反射している。
キュートは口角を上げたまま、ゆっくりと目を瞑って言葉を紡いだ。
o川*゚ー゚)o「…嬉しいです。今までにないくらい。こんなに必要とされてただなんて、思ってもいなかった」
( ,,^Д^)「…当たり前だろ。お前より、大事な人なんて、いない」
o川*^―^)o「そこで“物”って言わない辺り、マスターらしいですねぇ」
今まで口にもしなかったような台詞を吐く。
そんな言葉にキュートは動じもせず、純粋に嬉しそうにクスクスと笑ってみせた。
123
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:19:23 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「――今まで、ありがとうございました」
o川*゚ー゚)o「マスターといた毎日が、本当に、全部楽しかった」
o川*゚ー゚)o「気付いてました?私の記憶容量、マスターで一杯なんです。…容量には、自信があったのに」
手を握られたまま、キュートはポツリポツリと呟き始める。
まるで、ずっと大事に抱えていた大切なものを、少しずつ切り離すかのように。
o川*゚ー゚)o「幸せでした。きっと私は、世界で一番恵まれたアンドロイドでした」
o川*゚ー゚)o「“キュート”って素敵な名前を貰えて、美味しいもの沢山食べて、色んな所にマスターを出かけられて」
o川*゚ー゚)o「たまに喧嘩して、仲直りして、また下らないこと話して…凄く、楽しい毎日でした。お返し出来るのが、心臓一つなんかじゃ足りないくらいに」
o川*゚ー゚)o「…最後に、こんな贅沢な走馬灯まで、見れた」
キュートの手が俺の胸に触れる。
俺は何も言わないまま、キュートの背にそっと手を回した。
124
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:19:54 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「……なんだか、私ばっかり貰ってばかりだった気がします」
( ,, Д)「…そんなこと、ない」
ぎゅっとキュートを肩を抱きながら、語気を強めて言葉を絞り出す。
それは違う。絶対に、そんなことはない。
( ,, Д)「俺の方こそ、貰ってばかりだった。挙句の果てに、こんな、こんな……」
ズキズキとした痛みを胸に感じる。
あの夏の日から今日まで、俺はずっと貰ってばかりだった。
誰かに「おかえり」と言ってもらえるのが、あんなに嬉しいことなんて知らなかった。
誰かと一緒に家で食べるご飯が、あんなに美味しいなんて知らなかった。
( ,, Д)「…やっぱり俺は、お前が、いないと……」
o川* ―)o「……それは大丈夫、ですよ。マスター」
こちらを見上げるキュートと視線が合う。
腕の中の彼女は、女神と見間違うような微笑みを携えていた。
125
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:22:14 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「私は知ってます。マスターがちゃんと、前に向かって歩ける人だって」
o川*゚ー゚)o「そりゃあ、絶対倒れないとか、そういう強さはないでしょうけど」
o川*゚ー゚)o「…でも、きっと大丈夫。私が隣を歩かなくても、マスターはちゃんと立ち上がれる」
o川*゚ー゚)o「私がずっと見てきた貴方は、そういう人」
胸の辺りをトンと突かれる。
かつてキュートのコアだった、今は俺のものになってしまった部品。
o川*゚ー゚)o「約束とちょっと違いますけど、私はずっと、ここにいます。マスターと一緒にいます」
o川*゚ー゚)o「絶対、大丈夫。マスターならどんな困難でも、何とか出来る。だって」
言葉がそこで区切られる。
すると、キュートは顔をぱっと挙げて、花が咲いたような笑顔でこう言った。
o川*^ワ^)o「――とびっきりの私(アイ)、あげたんですから!」
心臓がドクンと鳴る。何の前触れもなく、途端に鼓動が早くなる。
今まで見てきた中でも、一番屈託のない、自信に満ち足りた満面の笑み。
126
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:23:45 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「………そうかな」
o川*゚―゚)o「そうです!自信持って下さい!最新型、第三世代”アイ”のお墨付きですよ!」
( ,,^Д^)「…そっか。なら、信じて、いいかもな」
口から掠れたような笑い声が漏れる。
根拠と言い張るにはあまりに乏しい、もはや暴論の類である。
だがそれでも、これ以上に俺を勇気づける言葉はきっと、世界の何処を探したってないという確信があった。
思えば、ずっとこうだった。
俺が何かネガティブな発言をして、キュートが笑いながらそれを否定する。
就活に関してキュートの手を借りない。俺がずっと固執していた小さな縛り。
だが、そんなもの何の意味もないと今更気付いた。
就活どころか生活、呼吸、心臓の鼓動に至るまで、全部。
今更になって、やっと気付いた。
俺は、キュートにずっと支えられて生きていたのだ。
127
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:25:32 ID:SG8HWUUI0
ふわりと、眼前に沢山の桜が舞って一瞬キュートの姿が隠れる。
ふと、ずっと吹いていた風が強くなっていることに気が付いた。
o川*゚ー゚)o「……そろそろ、時間みたいです」
( ,,^Д^)「…そう、か」
キュートの手が胸から離れる。
俺はゆっくりと抱擁を解き、彼女の顔を直視した。
o川*゚ー゚)o「…ご飯、ちゃんと食べて下さいね」
( ,,^Д^)「………ああ」
o川*゚ー゚)o「運動もしっかり!また怪我しちゃダメですよ!」
( ,,^Д^)「…善処するよ」
o川*゚ー゚)o「就活、諦めないで下さいね。笑顔でハキハキとお返事、です!」
( ,,^Д^)「お前より、俺の方が就活には詳しいよ」
o川* ―)o「………素敵な恋人さんとか、作って下さいね。ずっと一人は、しんどいですから」
( ,,^Д^)「…………それは、どうだろ」
キュートの身体が俺から離れる。
彼女の身体が、ほんの少しだけ、透けているように見える。
――ああ、これでもう本当に、最後なのか。
少しずつ透明になっていくキュートの足元を見ながら、ぼんやりとそう思った。
128
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:26:12 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「……そうだ」
不意に何かを思い出したかのような声が上がる。
どうしたのだろうと疑問に思いながらキュートを見ると、彼女はごそごそと自身の髪をいじっていた。
o川*゚ー゚)o「まだありました。渡せる物」
そう言って、キュートは俺の右手を強引に掴む。
そして手のひらに握った何かを無理やり俺に握らせた。
川*゚ー゚)「実はそれ、結構頑丈なんです。特殊な素材で出来てるので」
二つ結びが解かれた長い髪が春風に揺れる。
あまり見慣れない、髪を下ろしたキュートの姿。
ああ、そういえば風呂上りはいつもこんな感じだったなと、俺は場違いなことを考えた。
129
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:26:56 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「…最後のプレゼントが、これかよ」
手のひらを開き、渡されたものを確認する。
視線の先には、紐に繋がれたビー玉より少し大きいくらいの球体が二つ転がっていた。
川*゚ぺ)「むっ!も、文句がおありでしたら返品します?それでもいいですけどー!」
気が付けば随分と薄れていたキュートが頬を膨らませながら抗議する。
そんな姿も可愛らしいと思いながら、俺は笑って口を開いた。
( ,,^Д^)「冗談。…大事にするよ」
川*゚ー゚)「…それならいいです。失くさないで下さいね」
( ,,^Д^)「善処する」
川*゚ぺ)「そこは言い切って下さい!」
声を上げて二人で笑う。
俺たちの笑い声に呼応するかのように、少しずつ、更に風が強くなっていく。
130
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:27:50 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「…お別れ、か」
川*゚ー゚)「…そうみたいです」
風の音がどんどん強くなる。
無数の桜の花びらが、キュートを覆い隠すかのように舞い上がっていく。
俺たちに残されたのはきっと、あと数秒程度しかないのだろう。
川* Д)「――やっぱり!」
桜の強風に負けないくらいの大声でキュートが叫ぶ。
川* Д)「やっぱり最後に、一つだけ」
川* Д)「我儘、言ってもいいですか!!」
キュートの大きな声が聞こえる。
風に邪魔されないよう、俺も負けじと「何だ!」と叫び返す。
聞き逃さないよう、耳を澄ませる。
キュートの、正真正銘最後の我儘だ。
何でもいい。何だっていい。どんなに無理難題でも絶対に聞いてやる。
キュートの声に全神経を集中させる。
すると、ほんの一瞬だけ、轟音を纏った風がピタリと止んだ。
131
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:28:31 ID:SG8HWUUI0
川* Д)「やっぱり、ずっと、ずっと」
川* Д)「あんなこと言ったけど、今更だけど、マスター 」
川* Д)「ずっと、私のこと、ずっと――!」
川* Д)「――――!!!」
その我儘が俺の耳に届いたその瞬間。
さっきとは比べ物にならないほどの強い風が吹いた。
( ,, Д)「……ははっ」
呆れたような笑いが漏れる。
なんだ、そんなことか。わざわざ希われることもない。
俺は最初から、そのつもりだった。
世界が桜で染まっていく。
先ほどまで見えた筈のキュートの足元は、既に地面が透過して見えるほどに薄まっている。
これで終わる。
最後に神様が俺たちにくれた奇跡は、この桜風によって幕を閉じる。
文句はない。
俺たちには、充分すぎるほどに過ぎた褒美だった。
132
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:29:11 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(…ああ。でも、やっぱり、ちゃんと)
( ,, Д)(“大好きだ”くらい、言えばよかったかな)
薄れゆく意識の中で、今更なことを考える。
結局、最後の最後まで、言えずじまいだった。
まぁ、いつか“そっち”で会えた時に、取っておけばいいかな。
風に身を任せながら、すっかり紅色に染まった世界を見る。
時間切れだ。そう直感し、意識を手放そうとしたその直前。
桜で覆われていく視界の、ほんの僅かな隙間から。
今にも泣きそうな顔で、にこりと笑うキュートが見えた。
133
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:29:44 ID:SG8HWUUI0
*
「あのー…大丈夫ですか…?」
「というか生きてますか…?おーい…?」
ゆさゆさと身体を揺らされている感覚がする。
ゆっくりと目を開けると、眼前には、困り顔をした少年がしゃがみ込んでいた。
( ФωФ)「あ、よかった…起きた」
随分と目がキリリとした少年が、ほっと安堵の表情を浮かべていた。
少なくとも小学生には見えない。中学生…いや、よく見れば背丈も大きい。
少年と称したが、ひょっとしたら高校生くらいだろうか。
134
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:30:27 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「…あれ…?俺は……」
むくりと上体を起こす。
周囲をキョロキョロと見渡すと、地面には数えきれないほどの桜の花びらが落ちていた。
はっと空を見上げると、そこには鮮やかな青空が広がっているのが見える。
いつの間にやら、夜は明けていたようだった。
( ФωФ)「お兄さん、ずっとここで寝てたんですよ。僕がここに来た時からずっと」
( ,,^Д^)「ここで…?」
背中に何か固い感触があり、くるりと振り返る。
そこには、俺なんか比べ物にならないほどの大木が聳え立っていた。
135
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:30:48 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)(……夢、だったのか)
目覚めたばかりで未だに上手く回らない頭で、ぼんやりとそう思う。
桜が舞い散る夜の中、俺はいなくなった筈のキュートと会話をしていた。
だが確かに思い返すと、些か現実離れした夢だった。
百歩譲って人間ならいざ知らず、ロボットの幽霊などフィクションでも聞いたことがない。
けれど、幸せな夢だった。
いつまでも見ていたいと思うような、幸福に満ちた内容だった。
( ,,^Д^)(あいつは、夢にも出てくれないからな)
脳裏に一人の少女が思い浮かぶ。
豪雪のように吹き荒れる桜の中、満開の花々にも負けない笑顔で、俺を見送った一人の少女。
もう会えないと思っていた。話なんて二度と出来ないと思っていた。
夢だったとしても、満足だ。
136
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:31:25 ID:SG8HWUUI0
( ФωФ)「というか、今この木の周りは立ち入り禁止ですよ?誰か来る前に早く出たほうが…」
( ,,^Д^)「あ、ああ…ごめん。すぐ出るよ」
少年に促され、すぐに立ち上がろうとする。
足に力を入れようとしたその瞬間、何か手のひら違和感を覚えた。
( ,,^Д^)「……?」
何だろうか、疑問に思いながら手を開く。
その中には、紐がくっついた丸い石のようなものが二つ転がっていた。
( ,,^Д^)「………あ」
途端、記憶が溢れ出す。
満月が照らす夜の下、桜が舞う中でキュートに渡された物。
心臓以外で、彼女から最後に託された物。
ずっとキュートが付けていた、二つの髪飾り。
137
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:31:54 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「―――あぁ」
o川*゚ー゚)o『改めて、初めまして!“マスター”!第三世代NewAIシリーズ・レプリカントナンバーr-Q10です!』
o川*゚ワ゚)o『さぁマスター!ほら!愛をどうぞ!』
o川*>―<)o『絶対!!絶対絶対絶対ぜぇーーーーったい———』
o川*^―^)o『マスターのこと、幸せにしてみせますからね!!!』
記憶が溢れる。
キュートと過ごした時間が、走馬灯みたいに流れていく。
138
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:32:30 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o『さぁ行きますよマスター!近所のスーパーまで飛びましょう!』
o川#゚―゚)o「ムキ――ッ!!またポンコツって言った!!
o川*゚ぺ)o『え〜嫌です嫌です!検査ならマスターだけで行って下さいよ!』
ころころと、記憶の中のキュートの表情が変わっていく。
どれもまるで昨日のことみたいに、鮮明に思い出せる。
139
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:33:23 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ワ゚)o『遊園地、行きたいです!!マスター!!』
o川* ―)o『幸せに、出来なくてごめんなさい――ポンコツで、ごめんなさい』
o川*゚―゚)o『…“ずっと一緒に”いてあげますから』
四季みたいに、色とりどりの表情を見せてくれたあどけない少女。
ずっと、ずっとずっと、俺のことを支えてくれていた少女。
もう会えない。世界で一番大好きだった女の子。
手のひらに収まった髪飾りを見る。
ひらりと、そこに一枚の花弁が落ちてくる。
いや、落ちてきたのは、花弁だけではなかった。
140
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:33:54 ID:SG8HWUUI0
( ,,;Д;)
目尻に溜まっていた雫が、髪飾りの上にポトリと落ちた。
141
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:34:35 ID:SG8HWUUI0
( ,,;Д;)「ふぐっ…あぁ、あぁあ……」
( ,,;Д;)「あぁ、ああぁ、ああ………」
声にならない嗚咽が止まらず溢れる。
視界がぼやけてまるで見えない。
ただぽたぽたと流れる涙が、やけに愛おしく感じられた。
(; ФωФ)「えっ…?あ、あの、大丈夫ですか…!?」
少年が慌てた様子でこちらの顔を覗き込む。
何か拭く物がないか探してくれているのか、涙でぼやけた視界の中でもあたふたとしているのが見て取れる。
( ,, Д )「…いや、大丈夫、大丈夫だよ」
それは要らない心配だった。
瞬きをして涙を落とし、目元に残った雫を指で拭う。
ある程度鮮明になった視界で、俺はもう一度、手のひらにある髪飾りを見つめた。
( ,,;Д;)「これは、俺の涙じゃないから」
そう言って、今の自分に出来る精一杯の笑顔を作る。
目の前にいる少年は少しポカンとした後、何かを察したのか「そうですか」とだけ呟いた。
142
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:34:59 ID:SG8HWUUI0
両手で髪飾りをぎゅっと握りしめる。
そのまま握った拳を、自分の胸にピタリと当てる。
ドクドクと動き続けている心臓の鼓動を感じながら、俺は誰かさんの分まで、いつまでも泣き続けていた。
上空から降り注ぐ桜が止むまで、ずっと、ずっと泣き続けていた。
143
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:35:34 ID:SG8HWUUI0
*
(; ,,^Д^)(…あー、緊張する…)
だだっ広い部屋の中、ソワソワと自分の名前が呼ばれるのを待つ。
去年に一度経験している筈なのだが、緊張による身体の震えは一向に止まってくれそうになかった。
就活生の待機用に、いくつものテーブルとパイプ椅子が並んでいる。
しかし、俺以外に座っている人間は一人としていない。
集合時刻には二十人以上いた筈なのだが、どうやら俺が一番最後のようだった。
144
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:36:24 ID:SG8HWUUI0
クーラーから放たれる過剰な冷風に身を震わせる。
いくら八月とはいえ、流石に冷房効きすぎなのではないだろうか。
だからと言っても何処にリモコンがあるのか分からない以上、席を立つことなく座し続ける。
落ちるなら落ちるで、もういっそ早く楽にして欲しい。
部屋に備え付けられた時計に目をやると、既に集合時間から一時間は経過していた。
前の時はもっと早く呼ばれたのにな、と心の中だけで不満を漏らす。
何を隠そう、俺がこの会社を受けるのは初めてではない。
ここは去年の冬頃、俺がギリギリで内定をもぎ取ったあの大手の企業だ。
145
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:37:10 ID:SG8HWUUI0
今年の春から俺は、兼ねてより世話になっていた所でバイトを続けながら就職浪人をすることを選んだ。
いくらかアドバンテージがある自分ならば、夏が始まる前にはいくつか内定が貰えるだろう。
そう高を括っていたことも記憶に新しい。
…しかし、今まで就活に苦しんでいた人間が、そう簡単に上手くいく訳もなく。
結果、中堅どころにすら一つも内定が出ないまま、夏を迎えてしまっていた。
去年より優れているところを一つ挙げるなら、ここの最終面接に夏時点で漕ぎつけられたことだろうか。
以前はギリギリもいいところだったが、今年はまだ時期的な余裕がある。
そこまで考えて、ふっと自嘲の笑いが漏れる。
いつの間にか自分は、上手くいっていない状況に慣れ切ってしまっていたらしい。
146
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:37:47 ID:SG8HWUUI0
ふと、スタスタと足音がこちらに近付いてきていることに気が付いた。
慌てて姿勢を正す。すると間もなくドアがガチャリと開き、凛とした背筋の女性が顔を覗かせた。
li イ ゚ -゚ノl|「失礼します、猫田タカラさん」
(; ,,^Д^)「は、はい!」
li イ ゚ -゚ノl|「お待たせいたしました。面接室へご案内します」
返事をして立ち上がり、女性の後ろへと続いて歩く。
広く長い、それでいてどこか高級感漂う廊下を進んでいく。
窓からは、都内に聳え立つ幾つものビルが更に下に見えていた。
li イ ゚ -゚ノl|「こちらです。それでは、失礼します」
(; ,,^Д^)「はい!あ、ありがとうございます…!」
こんな就活生にも深々と一礼する女性に対し、つられてこちらも頭を下げる。
俺の焦った様子など微塵も介する様子もなく、女性はツカツカと来た道を戻っていった。
147
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:38:58 ID:SG8HWUUI0
襟を正し、背筋をピンと伸ばす。
そのままゆっくりと深呼吸を一回。
大丈夫だ。無駄に緊張する必要などない。
ここに来るのは初めてではない。去年も一度来た、経験した場所である筈だ。
ノックするために腕を上げようとする。
しかし、俺の意思に反し、上げようとした筈の手は途中の空でピタリと止まった。
148
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:39:36 ID:SG8HWUUI0
(; ,, Д)(……もし、ここもダメだったら)
もし、ここも失敗したらどうするのか。
何の前触れもなく、吐きそうになるほどのどす黒い不安が腹の底で湧き上がる。
以前受かったのは奇跡もいい所の偶然だ。そんなものが二度連続で続くのか。
そもそも自分はここにとっては、内定を出したのに来なかったに等しい人間だ。そんな人間をまた採用してくれるなんて、虫の良い話があるだろうか。
ここがダメなら、次はどこだ?
今の俺の持ち駒は、あとどれくらい残っている?
今年だって、今日に至るまで内定など一つも出ていない。
もしかしたら、また今年も全敗するかもしれない。そうなれば、俺はどうすればいい?
宙に止めていたままの手がゆっくりと降りる。
上手く息が出来ない。ただ立っていることすらままならない。
視界がどんどん黒で狭まる。
頭の中が最悪の不安で闇のように染まっていく。
149
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:40:42 ID:SG8HWUUI0
(; ,,-Д-)(考えるな、考えるな…!)
余計な思考が頭を満たす。
こんなこと、今考えるべきではない。頭では分かっているのに、最悪の想像が離れない。
ドアの前で突っ立ったまま動けない。
ノックなんて今まで何度も何度もしてきた。面接時に気を付けるマナーなんて既に身体に沁みついている。
それなのに例え難い不安が肉体の動きを邪魔する。
腕が上がらない。声が出ない。思った通りの行動が出来ない。
倒れ込みそうになるほどの吐き気に襲われる。
何も出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
“無理”という単語が頭に浮かぶ。
ただドアをノックするだけ。たったそれだけの行動すら出来ず、胸が押しつぶされそうになる。
だらりと腕を下げたまま俺は、心中でごめん、と呟いた。
150
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:41:11 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o『――もう、しょうがないですねぇ全く!』
心臓が、ドクンと強く鳴った。
151
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:42:25 ID:SG8HWUUI0
o川* へ)o『この程度でダメになるようなヤワな心臓、あげたつもりないんですけどー?』
o川* ―)o『…大丈夫ですよ。ずっとずっと、頑張ってきたの、見てましたから』
o川* ワ)o『ほら、頑張ってきてください!マスター!』
突然、心臓の鼓動が早まる。
まるで意思をもって応援してくれているみたいに、ドクドクと強く拍動する。
いつの間にか、頭の中をぐるぐると渦巻いていた嫌な思考も、腹の底から湧き上がってきていた吐き気も、嘘のように消えていた。
胸を抑える。
とある少女から貰った心臓がドクドクと痛む。
けれど、どうしてだろうか。俺は不思議と、この痛みを嬉しく感じていた。
152
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:42:56 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「……ありがとな」
( ,,^Д^)「――行ってきます」
誰にも、それこそ、耳の良いアンドロイドでもないと聞こえないくらいの声量でぼそりと呟く。
なんとなく、「行ってらっしゃい!」と、手を振られたような気がした。
ぽんと、優しく胸の上を叩いた。
胸の鼓動が少しずつ遅くなって、すぐにまた平常の速度に戻る。
腕を振り上げて、ドアを三回ノックする。
部屋の中から低い男性の声で「どうぞ」と返答があり、俺はドアノブに手をかけた。
153
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:43:01 ID:MCz2Fy3A0
支援
154
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:43:37 ID:SG8HWUUI0
この先、俺の人生が一体どうなるのかなんて、分からない。
あのポンコツに言われた通りに幸福になれる保証なんて、どこにもない。
明日にはまた事故に遭って、死んでしまうかもしれない。
今回の面接もダメで、このままずっと内定が出ず、ニートになるかもしれない。
いつの日か、心臓以外の何処かに、重い病気が見つかるかもしれない。
自覚している。俺は決して優秀な人間なんかじゃない。
何処ぞのポンコツロボットがいなきゃ、心臓一つまともに動かせなかった人間だ。
155
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:45:04 ID:SG8HWUUI0
それでも、俺はずっと歩いていく。
立ち止まることもあるだろう。転ぶことだってあるだろう。
それでも、例えこの先、どんなに辛いことがあろうと、全部を投げだすなんてことはしない。
この心臓が動く限り、どこかのアンドロイドに胸を張れるように、生きていたいから。
“向こう”でまた会えた時、笑顔で「頑張った」と言ってやりたいから。
力強く、それでいて忙しなく動く心臓の痛みを感じながら
ゆっくりと、俺は目の前のドアを開けた。
156
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:45:39 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)プラスチックの心臓が痛いようです
〜おしまい〜
157
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:46:22 ID:SG8HWUUI0
これにて完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
158
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 20:31:40 ID:5nhGu5260
乙乙乙!
めちゃくちゃよかった
159
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 21:31:25 ID:fjB12S6k0
乙乙乙!
丁寧な文体でキャラの感情の細やかな動きが書かれていて、本当に現実のどこかにこんな人達がいるんじゃないかなという想像をしながら読んでいました。
楽しい時間をありがとう!
160
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 21:54:47 ID:jagMWKd20
乙
素敵なお話をありがとう
161
:
名無しさん
:2023/09/02(土) 12:14:41 ID:P0usnPPg0
乙。。。。。
162
:
名無しさん
:2023/09/02(土) 14:53:00 ID:TJZjk8AM0
乙です
163
:
名無しさん
:2023/09/02(土) 18:58:00 ID:7eWQyvSI0
乙でした
164
:
名無しさん
:2023/09/05(火) 16:38:54 ID:/mRCkvKk0
まじ乙
よければ過去作とか教えてくれるとありがたい
165
:
名無しさん
:2023/09/09(土) 22:33:51 ID:pNZVkHcc0
>>164
過去作等はないです。これが初作品でした。
166
:
名無しさん
:2023/09/10(日) 01:39:57 ID:7BetDDMg0
ほえ〜〜〜〜〜〜〜
167
:
名無しさん
:2023/09/10(日) 21:48:05 ID:Ye2HOskA0
おつ
初作品とは、とんでもないですね
168
:
名無しさん
:2024/03/07(木) 17:45:09 ID:7h3JAxQA0
https://imgur.com/a/JXr8ZEu
作中とポーズ違ってすみません!
支援!!
169
:
名無しさん
:2024/06/16(日) 01:24:27 ID:AzOqqJsU0
>>168
載せてくれてたの全然気付かんかったッ!!
ありがとうございます〜!!
170
:
名無しさん
:2024/06/16(日) 01:27:56 ID:AzOqqJsU0
番外編短編集をゆっくり気の向くままにやっていきます。
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