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( ,,^Д^)プラスチックの心臓が痛いようです 最終話
1
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:38:39 ID:w43iWbmg0
最終話の途中ですが、まさかの2スレ目です。
1スレで足りると思ったのに…なんでや…。
2
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:40:05 ID:w43iWbmg0
一応、前スレはこちら。
→
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1682518446/
3
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:41:11 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「――ッ!」
(,,゚Д゚)「二ヶ月以上動いてなかったのだ。筋力も相応に低下している」
みっともなく尻もちをつく。
父の冷え切った視線が氷柱のように注がれる。
(,,゚Д゚)「あまり不用意に動くな。お前は初の“第三世代の移植体”として、貴重なサンプルなのだから」
(; ,, Д)「だからッ…!!」
肩を掴んでいた父の手を無理やり払いのける。
これだけの攻防で既に息は切れ、身体全部に覆い被さるような倦怠感に包まれる。
身体が弱っている。だからどうした。
否定しなければならない。執念にも似たモヤモヤを吐き出すように、俺は喉を振り絞った。
4
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:41:35 ID:w43iWbmg0
(# ,,^Д^)「さっきから…!ふざけた嘘つくんじゃねぇ!!」
(# ,,^Д^)「キュートの心臓だと…!そんなのが、俺に移植されてる訳ねぇだろ!!」
ここが病院であることなどお構いなしに、感情のままに叫び散らす。
否定しなければいけない。拒絶しなければいけない。
まだ根拠はある。如何にデレ先生たちの言動に齟齬があろうと、父の言葉に説得力があろうと、全て信じるに当たらない妄言だ。
ありえない。出来る訳がない。
だって、俺は、あの時、確かに――。
(# ,,^Д^)「キュートには、“俺にコアを渡すな”って、言ってる!!」
(# ,,^Д^)「禁止命令だ!!あんたが作った、“アイ”に仕込んでたご自慢のプログラム!!」
5
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:42:01 ID:w43iWbmg0
あの向日葵畑に行った後。
でぃさんから教えられた第三世代NewAIの真実。
心臓と脳にも対応した、人間への臓器移植のために作られたアンドロイド。
胸糞が悪い話だと思った。
それと同時に、キュートの心臓なんて要らない、とも。
キュートが自分のことについて知っていたのかどうかは分からない。
あの時のあいつの反応を見るに、少なくともあの時点では知らなかったのだと思う。
だが、俺は確かに“心臓の移植”を禁止し、キュートもそれを了承した。
俺が禁止した行為をキュートが採れないことは、今までの暮らしで十二分に理解している。
(# ,,^Д^)「あんたが作ったんなら分かるよな…!キュートは、“アイ”は、禁止された行動は出来ない!」
(# ,,^Д^)「キュートが俺に心臓を…!コアを渡すなんて、出来る訳がない!」
(# ,,^Д^)「つまんねぇ嘘、ついてんじゃねえよ!!」
6
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:42:26 ID:w43iWbmg0
見目を繕うことも平静を装うこともしないまま、無様に座りこんだ状態で叫び散らす。
そうだ。“アイ”のプログラムは、完璧主義者の父が作ったのだ。
身内の命の危機よりも、自身の研究に身を捧げた父が、家族より優先してまで作ったものだ。
そんなものが、それほどのものが。
こんな肝心な時に、ピンポイントで、“完璧じゃなかった”などとほざかせるものか。
(,,゚Д゚)「…そうだな、私も、完璧だと思っていた」
(,,゚Д゚)「まさか破られるとは思わなかった。また仕事が増える、全く…」
(,,゚Д゚)「本当に、面倒なことをしてくれたものだ。まぁ、興味深くはあるが」
(# ,,^Д^)「だからっ…!!」
怒りに身を任せて立ち上がろうと、床についた腕に力を入れる。
…が、見苦しいその意地も空しく、父によって防がれる。
俺の額を抑えるように押し付けられた固い感触を手で掴む。
さっきからずっと、父が手に持っているタブレット。
7
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:42:52 ID:w43iWbmg0
(,,゚Д゚)「納得がいかないのならそれを見ろ」
(,,゚Д゚)「ではな、私はもう出る」
(; ,,^Д^)「ま、待てっ…!!」
病室を去ろうとする父を引き留めようとするも、上手く足に力が入らない。
伸ばした手も届くことはなく空を切り、父は一切の躊躇を見せることなく病室を出て行った。
(# ,,^Д^)「……くそっ…!!」
手に持ったタブレットを振り上げる。
怒りのまま地面に叩きつけようとするも、寸でのところで理性が腕にストップをかけた。
落ち着け。ひとまず、これを見てからだ。
言うことを聞かない身体を何とか動かし、ベッドに座り込む。
半ば押し付けられるように渡されたタブレットの画面を見た。
さっき見せられた画像とは違い、文章だけが映し出されている。
8
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:44:57 ID:w43iWbmg0
(; ,,^Д^)(小難しいな……)
聞き馴染みのない専門用語が無数に散りばめられている文章の中、必死に自分でも分かる言葉だけを掬い取って流し読む。
“NewAI”や“r-Q10”、“心臓”、“移植”、“法改正”など。少しでも気になった単語の周りを重点的に読んでいくことにした。
よく分からない部分も読み落とすまいとタブレットを睨みながら、ゆっくりと下にスクロールしていく。
読み進めていくことおよそ数十分。
突如、タブレット上に文章ではなく一枚の大きな画像が現れた。
いまいち不鮮明でよく見えない。画像をタップし、大きく表示させる。
それを見た、その瞬間。
(; ,, Д)「……っ!?」
タブレットが手から離れ、ベッドを滑って落ちていく。
ゴンと、病室内に鈍い音が響いた。
9
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:45:17 ID:w43iWbmg0
ゆっくりと深呼吸をする。
何だ、今の画像は。いや、見間違いだ。
震える手を必死に抑えながら、床に落ちたタブレットを拾う。
いっそ壊れていてくれと願いながらタブレットを見る。
俺の小さな抵抗は空しく、タブレットは鮮明にその画面を映し出していた。
タブレットの光を強め、より鮮明に見えるように調整する。
衝撃でずれたページを戻す。
見間違いだ。勘違いだ。今のは、あれは、何か別のモノだ。
祈りにも似た感情を抱きながら画面を指でスワイプする。
難読な文章の合間に、一枚の画像が再び表示される。
さっきよりもずっと明るく、鮮明に表示された画像。
10
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:46:16 ID:w43iWbmg0
o川* ー )o
胸部がぽっかりと空いた、遺体のような少女が映し出されていた。
11
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:46:53 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「………あぁあ!!!!」
気が付けば、タブレットを持った手を振り上げていた。
ガシャンと、大きな音が鳴る。
真っ白で綺麗だった壁には傷がつき、床にはひしゃげた機械の板が転がった。
散らばったガラスや鉄を見ながら両手で口を抑えた。
腹の底からせり上がってくる気持ち悪い感覚をなんとか堪える。
違う。あれは別のモノだ。別人だ。キュートじゃない。
あいつは“アイ”だ。同じ見た目の“アイ”が他にいたって不思議じゃない。
きっとそうだ。さっきの画像が、別の“アイ”を映したものだ。
だから違う。あれは、決して今のは、キュートでは――。
12
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:47:40 ID:w43iWbmg0
頭の中で無数に湧いてくる可能性を、網膜に焼き付いたあの画像が全て否定してくる。
何度頭を振っても、あの横たわった姿が瞼の裏から離れない。
別人だ。別のロボットだ。違う“アイ”だ。
キュートは髪を両サイドで結んでいた。だからアレは違う。
キュートはいつもニコニコ笑っていた。だからアレは違う。
キュートはコアを取り出せないように指示していた。だからアレは違う。
だからアレは違う。
だからアレは違う。
だから、アレは、アレは、アレは。
13
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:49:15 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「違う……違う違う違う!!!」
手当たり次第にモノを投げる。
枕も、机の上にあった時計も、とにかく周りにあるモノ全部。
上手く動かない腕を、まるで水中の中にいるみたいに不格好に動かす。
息が荒くなっていく。酸素が足りない。全てを投げだしたくなるほどの倦怠感が身体全体にのしかかっているような感覚。
胸に手を当てた。
ドクドクと、懸命に血液を全身に送っている心臓。
今まで感じたことのないような、力強い鼓動。
頼もしく、それ以上に、強烈な違和感があった。
そう、例えるなら、まるで、まさに。
自分の心臓ではない、みたいに――。
14
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:49:42 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「―――俺のだ!!」
(; ,, Д)「俺の――俺の心臓だ!!違う!!変わってなんかない!!」
自分に言い聞かせるように声を張り上げる。
病院服のボタンを外し、ベッドから出ようとして転げ落ちる。
痛みを感じながら必死に立ち上がり、入り口近くの洗面所へと歩く。
備え付けの鏡を見た。自分の胸の、やや左に寄った中心。
さっきまで手を当てていた箇所を見た。
そこには、大きな手術痕のようなものがあった。
(# ,, Д)「――違う!!!!!」
ガラスに拳を叩きつける。
バリンと、薄氷が割れるような音が響いた。
拳からぽたりと赤い液体が流れ、洗面台にはガラスが飛び散っている。
15
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:50:34 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「違う…違う……」
右手から滴る血を拭こうともせず、その場に蹲る。
違う。この手術痕は心臓の治療のためについたものだ。まだ移植がなされたと決まった訳じゃない。
キュートのコアが、俺に移植できる訳がない。
“アイ”のシステム的に、仕組み的に、絶対にありえる訳がないのだ。
じゃあ、父のあの説明はなんだ?
ただの勘違いか嘘だ。そんなことをする人か?
そもそも、デレ先生だってどうして俺に十分な説明をしなかったんだ?
時間がなかったか、詳しく知らなかっただけだろ。
本当にそう思ってるのか?
もう分かってるんじゃないのか。
今、俺を生かしているのは。
懸命に鼓動を続けている、この心臓は。
この元気の良さに、本当に覚えがないととぼけるのか。
16
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:51:16 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「………キュート」
ポツリと名前を呟く。
それと同時に、頭に雷が落ちたような衝撃が走った。
そうだ。あるじゃないか、一つ。
簡単に確かめる方法が。
よろよろと立ち上がりながら、壁に投げつけた時計の所まで移動する。
しゃがみこみ、時刻を確認した。液晶にヒビこそ入っているが、デジタル時計は未だ正確な時刻を映し出したままでいる。
午後4時を少し回った頃。窓からは、茜色の光が差し込んでいる。
右手を雑に水で洗い流し、客用のソファーへと目を向けた。
病院が用意してくれたらしき服。
そして、マンションの鍵や最低限の現金が入っているキーケース。
17
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:53:10 ID:w43iWbmg0
こは大学病院だ。深夜を除き、人の出入りは時間帯を問わずかなりの数がある。
入院中の患者が一人出て行っても、病院服を纏っていたり、頭から大量の血液を流している訳でもない限り、誰も気に留めやしないだろう。
病院服とスリッパを脱ぎ、もたもたしながら用意されていた服に着替える。
黒のスニーカーを履き、靴紐を結ぶ。ガラスで傷付いた右手の傷口からは、既に血が止まっているようだった。
キーケースをジーンズのポケットに入れ、頬についていたままのガーゼを剥がしてゴミ箱へと投げ捨てた。
準備は出来た。後は、素早く動くだけ。
父の説明も、デレ先生の不審さも、今もなお胸で動いている心臓も。
どれも納得がいかないものばかりだが、どうしても不安が拭えない。
あと三日待てば、家に帰れる。が、こんな状況であと三日など待てそうにない。
18
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:53:48 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)(あいつは、家にいる筈だ)
心臓など移植できる訳がない。
俺の禁止命令を破れる訳がない。
キュートはロボットだ。アンドロイド、“アイ”だ。
あいつがどれだけ人間のように見えても、仕組まれたプログラムに反する行動は絶対に出来ない筈なのだ。
きっと、必ず、家にいる。
移植なんて出来ず、俺の目が覚めるのを待ちながら、呑気にシュークリームを頬張ってテレビでも見ている筈だ。
19
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:54:13 ID:w43iWbmg0
( ,,^Д^)「――今、帰るからな。キュート」
直接会う。それが一番手っ取り早い
そうすれば、父が言っていたことなど、ただの戯言だったと笑い飛ばせる。
何も心配することはない。父が言っていた移植など、どう考えたって出来る筈がないのだ。
間違いなくキュートは家にいる。
あの屈託のない笑顔で「おかえりなさい」と、俺を迎えてくれるはずだ。
不安を期待で無理やり覆いながら、俺は病室のドアを開けた。
20
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:54:46 ID:w43iWbmg0
*
( ,,^Д^)「ありがとう、ございました」
運転手に礼を言い、タクシーから降りる。
約30分近く車に揺られていたかと思えば、いつの間にか慣れ親しんだ道路に着いていた。
ゆっくりと道を歩く。普段ならこの倍の速度で歩けていたのだろうが、病み上がりのこの身体ではこの速度が限界だ。
体力が落ちている。上がった息が白く濁るのを見て、痛い程にそう思った。
21
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:55:09 ID:w43iWbmg0
春が近い三月とは言え、未だ日が出ている時間は長くない。
用意された衣服の中にコートやジャンパーなどといった、気の利いた防寒具は一つたりともなかった。長袖のシャツ一枚に三月の夕風は中々堪える。
だが、個人的な感覚としてはつい先日までは真冬だったのだ。
それに比べれば幾分マシだなと思いながら、着実に歩を進めていく。
( ,,^Д^)(……着いた)
想定以上に時間はかかってしまったが、なんとか目的地には着いた。
“帰る”という意識ではなく、“向かう”という意識で歩いて来たからだろうか。それとも、体力が戻ってない状態で歩いて来たからか。
今まで何度も通ってきた道の筈なのに、まるで初めて来たかのような、奇妙な感覚があった。
22
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:55:37 ID:w43iWbmg0
エントランスに入り、キーケースに入っていた鍵で自動ドアを開く。
壁に手を沿えながら、右へ曲がる。
何故か、心臓の鼓動が早くなった気がした。
別に緊張することなど何もないし、その必要もない。
ただ自分の家に帰るだけだ。
ただ、喧しくて元気な同居人に、「おかえり」と一言言われたいだけなのに。
足が竦む。喉が一気に乾く。
四年間暮らした自宅の前で、両脚がピタリと止まる。
「進むな」「ドアを開けるな」と、自分の声が頭に響く。
23
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:56:09 ID:w43iWbmg0
(; ,,^Д^)(――ビビるな、俺)
深呼吸を一つして、キーケースをポケットから取り出す。
ドアの前まで歩き、鍵を差し込もうとするも、上手く入らない。
震える右手を左手で押さえながら、ゆっくりと鍵を合わせる。
金属の擦れ合う音と共に、鍵が差し込まれた。
いつもならすぐに回していた動作。だが今回は緩慢に、鍵を回す。
ガチャリと、ドアが開いた音がした。
ドアに手をかける。開けようと力を込める。
何も心配することはない。何も恐れる必要など微塵もない。
今まで通り、普段通り、いつも通り、ドアを開けるだけだ。
何も意識せず、「ただいま」って言うだけで、それだけでいい。
そうすれば、きっと、いつもみたいに――。
24
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:56:57 ID:w43iWbmg0
( ,,^Д^)「――ただ、いま」
ゆっくりとドアを開けた。
中は、明かり一つ点いていなかった。
おずおずと暗闇だけが満ちている中へと入る。
電気はどこも点いていない。
誰かが奥から出てくる気配もない。
「おかえり」と、底抜けに明るい声も聞こえてこない。
25
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:57:28 ID:w43iWbmg0
(; ,,^Д^)「……キュート…?」
靴を脱いで廊下を進む。
洗面所、風呂場、トイレ、キッチン。
順番に電気を点けて回るが、どこにもキュートがいる様子はない。
最後にリビングへと入り、電気を点ける。
誰もいない。それに、少し空気が籠っているような気もする。
(; ,,^Д^)「は、はは…隠れんぼか?」
足早にクローゼットを開くも、中に誰かが隠れていることもない。
自分の服と、いつの間にか増えていたレディースの服が吊られているだけだ。
26
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:57:52 ID:w43iWbmg0
( ,,^Д^)「……?」
視線を下げる。
すると、クローゼットの中に見慣れない袋があることに気が付いた。
紙袋だ。本格的に冬になる前、キュートと二人で出かけた百貨店のモノ。
見つけてからの行動は早かった。
ほとんど反射のような動きで紙袋を手に持ち、部屋の中心に持ってきて座り込みガサゴソと漁る。
中から出てきたのは、丁寧に畳まれた衣服だった。
( ,,^Д^)「……これ、あの日の…」
青のダウンに、黒のニット。ジーンズに、普段から使っていた茶色の肩掛け鞄。
どれも見覚えがある服だった。
あの雪の日、二人で水族館に出かけた日。
俺が事故に遭った時に、着ていた服だ。
27
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:58:44 ID:w43iWbmg0
ふと、出てきた衣服に紛れて紙切れが一枚あることに気が付いた。
何だろうかと疑問に思い、屑籠に捨てることなくまじまじとそれを手に取って見る。
そこにはまるでパソコンで打ち込んだかのような、綺麗で小さい文字が書いてあった。
『頑張って洗濯しておきました!血を落とすの大変だったんですからね!』
衣服を手に取って広げる。
ダウンも、ジーンズも、鞄も、どこにも血の汚れは見当たらない。
ふわふわとした手触りからは、柔軟剤の良い香りも伝わってくる。
( ,, Д)「………」
丁寧に衣服を畳み直し、クローゼットの中に戻す。
紙切れをどこに置いておこうかと部屋を見渡す。
すると、机の上にも何か見慣れないものがあることに気付いた。
28
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 22:59:18 ID:w43iWbmg0
何の変哲もない木の小箱だ。
300円均一の店でよく見かけるような雑貨品。
蓋を開ける。まず目についたのは、自分のスマホだった。
他にも細々としたものが目に付いたが、その他の物には目もくれず、俺はスマホを手に取った。
俺の期待に反し、しばらく使っていなかったからか充電ナシのマークが表示される。
苛立ちを覚えながらベッドの充電器に差し込んだ。
画面が明るくなると同時に、素早くパスコードを解除して電話のアイコンを触る。
一番上に設定してあった“キュート”の文字をタップした。
通話に出てくれと願うこと数十秒。
部屋の中に空しい音楽が流れるだけで、通話が繋がることはない。
キュートに通話をかけて、3コール以内に出なかったことなど一度もなかったというのに。
29
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:00:01 ID:w43iWbmg0
スマホを投げ捨てて、もう一度箱の中を見た。
何が入っているのか、片っ端から手に取っていく。
『ファンファーレ』のスタンプカードに、水族館で買ったペンギンの小さいぬいぐるみ。
遊園地のチケット、『花道』の割引券、どれも大したことのないようなものばかり。
( ,, Д)「…役に立つもの残しとけよ」
どれもこれも、二人で行った場所に関するものばかりだった。
ずっと残していたのか。この箱は新しく買ってきたのか。
こんなもの、どれも残していたって大した役には立たないのに。
大事に残す価値もないのに。
これからも、何度だって連れていくつもりだったのに。
30
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:00:37 ID:w43iWbmg0
蓋を閉めようと箱に触れる。
すると、机の上にポツンと置いてあったとある物が目に入った。
水色のタイマーみたいな、手のひらサイズのスマホのような物。
(; ,,^Д^)「これって…!」
慌ててそれを手に取った。
覚えている。間違いない。
以前、キュートと初めて大喧嘩をした時に、デレ先生から譲り受けてそのまま返してなかった物。
父が作った、キュートが何処にいるのか分かる探知機だ。
スイッチを入れると同時に、液晶画面に地図のようなものが出る。
充電がまだ残っていたことに安堵しながら、ゆっくりと液晶画面に触れた。
31
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:01:09 ID:w43iWbmg0
キュートの反応が絶対にどこかにある筈だ。そう信じ、必死に液晶をスワイプする。
何処かに、絶対に何処かにある筈だ。
キュートは何処かにいる筈だ。
目を皿にして液晶を睨む。以前使った時と同様に、必死に赤い点を探す。
(; ,,^Д^)「……あった…!」
藁にも縋る思いで画面を触ること数十秒、ようやく俺は、液晶上に赤く光る点を一つ見つけた。
(; ,,^Д^)「何処だよ、何処にいるんだ…!?」
必死に画面を触り、位置を特定しようと試みる。
点は動かず、じっと見つけた場所で制止していた。
これなら見つかる。見つけられる。そう信じ、場所を特定しようと試みる。
表示されたマップを拡大すると、俺はふと、一つの違和感を覚えた。
32
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:01:52 ID:w43iWbmg0
(; ,,^Д^)「……此処…って…」
赤い点は、とある建物の中でじっとしている。
その建物とはどうやらマンションのようだった。
然程広くない、そして高くもない、学生向けに作られたようなマンション。
タップして情報を見る。すると、とても見慣れた、かつ書き慣れた住所が画面に表示された。
間違いない。これは、俺が今いるマンションだ。
更に拡大する。赤い点がいるのはマンションに入ってすぐ曲がった所。
高低差から生じる位置情報の不具合がないことから鑑みるに、おそらく1階。
この部屋にまだいるというのか。
いや、ありえない。大した部屋数も隠れられるようなスペースもない。
それに風呂場やトイレ、クローゼットの中までちゃんと探した筈だ。
なら、どうして探知機は此処を示しているのか。
機械の不具合か、それともこの部屋ではなく、一つ上の階を示しているのか。
考えられうる理由が形になっては霧散していく。
何故なら、もっと根拠のある理由が既に、俺の頭には思いついてしまっていたからだ。
33
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:02:20 ID:w43iWbmg0
この部屋の中で、一番キュートの存在を示すものは何か。
キュートが日頃から着ていた服か。それとも、彼女が残していた細々とした物か。
いやそんな物よりもずっと、キュートを“アイ”たらしめていた重要な器官が、今この部屋にあるとしたら。
だがそんな物がどこにあるというのか。帰って来てから、そんなものはどこにも見つからなかった。
では何処に?この探知機は何を指している?
新たな疑問が浮かぶ。答えが出ないまま、探知機をじっと見つめて蹲る。
…否。これは嘘だ。
答えはもう、とっくに頭の片隅に出ていた。
ぎゅっと胸を抑える。
ドクドクと脈打つ、胸部の振動。
仮にこれが、父が言うように本当にこれが、俺の生来のものではなく。
キュートから、移植されたものだとするのなら。
今、俺の手のひらにある探知機が示しているのは、キュートではなく――。
34
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:02:51 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「―――っ…!!!」
反射的に、探知機を力いっぱい放り投げた。
壁に反射したそれはコロコロと転がり、再び自分の足元で静止する。
首筋に毛虫が這っているような不快感。
汗を拭う。病院に用意してもらったばかりの衣服はいつの間にか、大量の冷や汗で重くなっていた。
(; ,, Д)「違う……違うっ…!」
這うように、縋るように床に転がった探知機を握る。
これが壊れているのだ。故障しているのだ。
そうに違いない。そうであってくれ。そうじゃないと。そうじゃないと。
そうじゃないと、俺は――。
35
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:03:18 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「………?」
何か違和感を覚えて、液晶に触れる。
あれだけ乱暴に投げ飛ばした探知機は、少し液晶にヒビこそ入ったものの、その機能には何ら損傷は生じていないようだった。
指を動かす。ちらりと視界の隅に映ったそれを、流れ星のように一瞬で消えたそれを懸命に探す。
見紛ったのかと思った“それ”は、あっさりと見つかった。
(; ,,^Д^)「……………ある」
(; ,,^Д^)「……もう一個…ある……!」
キュートの位置を示す、赤い点。
ここから然程遠くない地点に、赤く光る反応がもう一つあったのだ。
詳しい位置を割り出す。
表示された位置は何の因果か、そこもまた自分には見覚えのある住所だった。
探知機をポケットにしまい込み、慌てて立ち上がる。
玄関にある靴を履き、鍵を閉めることもないまま俺は外へと飛び出した。
36
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:04:02 ID:w43iWbmg0
頭の中にいる冷静な自分が冷たい目をして問いかけてくる。
「タクシーを呼んだ方が早いんじゃないの」
「機械の故障かもしれないぞ」
「いい加減認めろよ」
「キュートは、もう」
(# ,, Д )(……うるせぇよ!)
自分で自分に悪態をつきながら、頭に浮かぶマイナスの言葉を疲労で見ないふりをする。
茜色が街中を夕に染めようとしている時間帯。
息が切れる。酸素が足りない。頭痛がする。足が痛い。
それがどうした、と言わんばかりに俺は目的の場所へと走り続けていた。
37
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:04:30 ID:w43iWbmg0
いや、きっと周囲から見れば今の俺は、走っているようには見えないだろう。
息を切らして漫然と歩く、運動不足の人間にしか見えない。
実際、亀のような愚鈍な速さでしか俺の足は動いていない。
それでも、一秒でも早く、一歩でも多く、目的地へと邁進する。
病み上がりだとか、もしかしたら取り越し苦労に終わるかもしれないとか、そんな些末なことは全部今の俺にとってどうでもよかった。
( ,, Д)(キュート)
( ,, Д) (いてくれ、頼む)
探し人の名前を心中で叫ぶ。
喉が渇きで痛む。いや、喉だけではない。
身体中にあった倦怠感が、いつの間にか節々の痛みに変わっている。
38
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:04:56 ID:w43iWbmg0
( ,, Д) (言いたいこと、いっぱいあるんだ)
( ,, Д) (何で面会に来なかったのかとか、怒らないからさ)
( ,, Д) (頼むよ、神様)
ガムラスタンの石畳を彷彿とさせるような道を歩く。
以前、キュートと二人で来たときは確か、黄色いイチョウが散っていた道だ。
この先にいる。
キュートはこの先で、きっとあの場所で待っている。
そういえば、今は三月だ。確か前にここに来た時、約束を一つしていたんだった。
だからここにいる。絶対にいる。
あの無邪気な、薄桃色の花々に負けないくらいに綺麗な笑顔で、俺のことを待ってくれている。
今にも千切れるのではと錯覚してしまうほどに痛む足の速度を落とす。
広々とした空間。俺はゆっくりと、目指していた場所へと歩を進めた。
39
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:05:20 ID:w43iWbmg0
ポケットに入れていた探知機を取り出して、画面を見る。
赤い点が二つ、目と鼻の距離まで近づいているように表示されていた。
探知機から目を離して顔を上げる。
眼前には、いつかキュートと二人で見た、大人の背丈すら優に超す程に大きい桜の木が聳え立っていた。
息を切らしながら、まじまじと木を見る。
上空には六分咲きほどの桜の花が咲いている。
これだけでも十二分に人の目を惹くだろう。それほどの絢爛さがあった。
だが、今の俺の気を惹いたのは桜ではない。
俺の注意を引いたのは、木の周囲を360度覆っている黄色いテープだった。
(; ,,^Д^)「……なんだよ、コレ…」
工事現場でよく見るような、“KEEP OUT”と書かれたテープ。
それが木を丸ごと囲むようにピンと張られていた。
40
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:06:07 ID:w43iWbmg0
全くもって意味が分からない。
だが探知機は間違いなく、眼前にある桜の木を示している。
あそこにキュートはいる。
肉眼では未だに捉えられていないが、確かに反応がある。
行かなければ。そう判断し、俺は桜の木に近付いてテープを跨ごうと足を出した。
「―――待って!!!」
突如背後からかけられた声に驚き、俺はピタリと動きを止めた。
悲鳴にも似た、甲高い女性の声だった。
足を下ろし、ゆっくりと後ろを振り返る。
視界の先、石レンガが敷き詰めらえた道から広場に出た辺り。
所々の汚れが目立つ白衣を着た女性が、栗色の髪を揺らして立っていた。
ζ(゚ー゚;ζ「…今は立ち入り、禁止、です。そこは」
( ,,^Д^)「……デレ先生」
さっきまでの俺と同じくらい、肩で息をしているデレ先生。
相当急いで走ってきたのか、いつもの爛漫な表情はすっかり何処かに失せていた。
41
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:07:00 ID:w43iWbmg0
ゆっくりと彼女がこちらに近付いてくる。
ちょうどいい。そう考えた俺は一歩も動くことなく、彼女が自分の方に来るのを待った。
ζ(゚ー゚;ζ「…勝手に病院を抜け出さないで下さい、患者さん」
( ,,^Д^)「すいませんね。インフォームド・コンセントがしっかりしてないお宅の病院に、不信感があったもので」
至極当然な注意に皮肉で返す。
苦虫を嚙み潰したような表情をした彼女に、俺は遠慮なく続けて口を開いた。
( ,,^Д^)「聞きたい事、山ほどあるんですけど…まぁ、とりあえずいいや」
質問したいことが沢山ある。
目が覚めた俺に嘘を吐いたこと。
俺に行われた施術のこと。
桜の木の周りが囲まれている理由。
それら全てが霞むほどに一番聞きたいことを、喉の奥に装填する。
デレ先生の方に一歩踏み出す。
そして、右手に持っていた探知機を見せびらかすように前方に掲げた。
42
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:07:44 ID:w43iWbmg0
( ,,^Д^)「…キュート、何処ですか」
俺の質問に、デレ先生の顔に影が差したのが分かった。
( ,,^Д^)「もう今更、つまんない嘘とか、いいです」
( ,,^Д^)「貴女から貰った探知機が、ずっとここ示してるんですよ」
( ,,^Д^)「でも、いないんです。これなんなんですかね、アイツ、木の上にでもいるんですかね?」
( ,,^Д^)「キュートの位置を示す筈なのに、なんでか俺のこと指してたりするし…」
( ,,^Д^)「…やっぱり、この探知機がおかしいんですよね?やっぱ、そうですよね?」
もはや只の願望と化した質問が口から滝のように漏れていく。
デレ先生の顔色を窺いながら、思考をそのまま言葉にしていく。
どうして黙っているのか。何故、ずっと俯いているのか。
さっさと頷いてくれよ。「その通り」だとか、何でもいいから早く言ってくれよ。
43
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:08:08 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「まぁ、この探知機だって父が作ったものですもんね?」
( ,, Д)「キュートだって色々ポンコツだったし、これやっぱ、同じなんですかね」
お願いだから肯定してくれ。
探知機が壊れてるでも、父が適当なことを言ったでも、何でもいい。
キュートは、あいつは、まだいるって。
俺の、この胸にある、心臓は――。
( ,,^Д^)「それで、ねぇ、先生」
( ,,^Д^)「キュートは、一体どこに……」
44
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:09:43 ID:w43iWbmg0
ζ(ー ;ζ「―――いないの」
それはまるで、懺悔をするような呟きだった。
45
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:11:00 ID:w43iWbmg0
ζ(ー *ζ「猫田博士が、説明した通りです」
ζ(ー *ζ「私が君にした面会云々の話は、全部嘘なんです」
(; ,,^Д^)「……は?」
声にならない声が漏れ出る。
何を言っているのか、脳が理解を拒もうとする。
固まった俺を慮る様子もなく、デレ先生は話を続けた。
ζ(ー ;ζ「…君に、本当のことを言ったらどうなるのか分からなくて、怖かった」
下を向いたまま話すデレ先生の口が動くのを、どこか冷静に見ている自分がいる。
何を話しているのか。何を言おうとしているのか。何を伝えようとしているのか。
「やめてくれ」と叫ぶ自分と、話を理解しようとしている自分が心中で相反していた。
ζ(ー ;ζ「君の胸にあるその心臓は、キュートちゃんのコア」
ζ(ー ;ζ「移植手術は、第三世代の量産型を使って――」
46
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:11:33 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「――もう、やめてくれよ!!」
悲痛な叫び声が、公園中に響き渡った。
カラカラに乾ききった喉にじわりと痛みが走る。
だがそれ以上に、耳に痛い彼女の話を聞くことに堪えられなかった。
(; ,, Д)「もう、うんざりなんだよ、何だよその与太話!」
(; ,, Д)「何度も言ってるだろ!キュートには、心臓を移植しないよう言いつけてあったんだ!」
(; ,, Д)「禁止命令を出してたんだよ!“アイ”のあいつが、どうやって俺に移植を…!!」
ζ(゚ー゚*ζ「――だから、それを破ったのよ、彼女は」
子供じみた喚き声に、冷たい言葉が被さった。
47
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:12:37 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚*ζ「無理やり、バグを引き起こしたの。私の妹から、わざと壊れたデータをダウンロードして」
ζ(゚ー゚*ζ「あえて故障品になることで、君が出した禁止命令を無理に曲解した」
ζ(゚ー゚*ζ「君が眠っている間ずっと、キュートちゃんは君を助けようと頑張ってた」
(; ,, Д)「……」
なんだよソレ、と言おうとした口が思った通りに動かない。
命令を曲解なんて、“アイ”が出来るはずがない。
そう反論しようとした矢先、脳裏に一人の女性が思い浮かんだ。
(# ;;-)
否、正確には女性ではない。
キュートの一世代前の“アイ”。俺を向日葵畑に無理やり連れて行ったもう一人のアンドロイド。
確か、彼女もまた、命令の曲解をしていた。
ならばそれは、キュートにも。
48
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:13:27 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「…じゃあ、コレは、なんだよ」
声が震えていることを自覚しながら、持っていた探知機を前方に出す。
液晶には未だに、キュートの存在を示す赤い丸のマークが二つ点滅していた。
(; ,,^Д^)「これが、キュートの心臓だとして、もう一つはなんなんだよ」
(; ,,^Д^)「なんで、この機械は、桜の木を指してんだよ」
(# ,,^Д^)「…結局、何処にいるんだよ!!キュートは!!」
怒りのまま、探知機をデレ先生の足元に投げ飛ばす。
彼女はそれにちらりと視線をやった後、拾う素振りも見せることもなく、こちらにゆっくりと近づいてきた。
白く、小さな手がこちらに差し伸べられる。医者らしい繊細な指には、紙らしきものが握られていた。
49
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:14:32 ID:w43iWbmg0
ζ(ー *ζ「…君の手術に使われた部屋に、残されてた」
恐る恐る、差し出された紙を受け取って広げる。
それを見た俺の表情筋が瞬時に強張ったのが分かった。
パソコンで打ち込んだような、機械じみた冷たさを思わせる程に綺麗な字。
俺の部屋に残されていた紙切れと同じ字体。
間違いない。キュートが書いた字だ。
『私の素体は、猫田タカラさんにのみ適応可能に設定しておきました。』
『量産型が作られた今、私の素体を残しておいても大して使い途はないでしょう。』
『なので猫田博士、貴方にお願いがあります。』
『残された私の素体は、私たちが住んでいたマンションの近くにある公園の、大きな桜の木の下に埋めて下さい。』
『約束なんです。どうか、よろしくお願い致します。』
文章を全て読み終わる。
紙を持つ手の震えが、どうやったって止まってくれそうになかった。
50
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:15:09 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚*ζ「…博士がね、買いとったの。あの木の周りだけ」
ζ(゚ー゚*ζ「根本の、ちょっとだけ土の色が違う場所」
ζ(゚ー゚*ζ「あそこに、キュートちゃんのボディが、埋まって――」
( ,, Д)「――嘘、だ」
震える手から紙が離れる。
ひときわ強い風が吹いて、紙がひらひらと宙に舞った。
ζ(゚、゚;ζ「わっ…!?」
空に浮いた紙を慌ててデレ先生が掴もうとする。
それと同時に、俺は後ろを振り返って駆けだした。
51
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:15:59 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚;ζ「あっ…!!ちょっと!?タカラ君!?」
デレ先生の制止の声も聞かず、黄色いテープをジャンプで飛び越える。
息も絶え絶えの身体で上手く着地できる訳もなく、俺の身体は無様にも地面に転がった。
それでも、痛みに構わず起き上がり、再び駆けだす。
木の根元、他の土とは違う、少し白っぽく変色している箇所。
確かめなければ。この目で見なければ。
証明しなければ。今の話は全て嘘だと。
あの紙に書かれていたことは、何かの間違いなのだと。
そうに決まっている。あんな所に、キュートが、埋まっている訳が――。
ζ(゚ー゚;ζ「―――っ! 待って!!」
もう少しで手が届く位置に来たその瞬間、ぐいと身体が地面に引っ張られる。
デレ先生が、俺を邪魔するようにのしかかっていた。
52
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:16:43 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「離せっ…!!離せよ!!退け!!」
普段は使わないような乱暴な言葉が口から飛び出た。
起き上がろうとするも、背中に覆い被さる彼女を押しのけることは叶わない。
長期間の入院で鈍りきった身体は、小柄な女性一人退かせることすら出来なくなっていた。
ζ(゚ー゚;ζ「ダメっ…!!ダメなの!!誰も触れちゃいけないって決まりなの!!」
(# ,, Д)「うるせぇ!!退けよ…!!邪魔、なんだよっ…!!」
弱り切ったムカデみたいに、ずりずりと土の上を這う。
亀の如くノロマな速度だが、着実に木の根元に近付こうと試みる。
ζ(゚ー゚;ζ「お願い!やめて…!やめてよ…!!」
(; ,, Д)「キュート…キュー…トぉ…!!」
53
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:17:44 ID:w43iWbmg0
土を掘り起こそうと手のひらを広げて地面に触れる。
うざったいデレ先生の手を払いのけ、何かに憑りつかれたみたいに地面を掘る。
爪に土が入る。右手の傷口がじくじくと痛む。何度もデレ先生が俺の手を握って邪魔をする。
それら全てを意に介さず土を漁った。
こんな所にいる筈がないのだ。
あんな明るい奴が、騒がしい奴が、こんな暗い所にいる訳がない。いていい筈がない。
嘘だ。全部嘘だ。
父の話も、デレ先生の説明も、渡された紙切れの文章も、力強く動くこの鼓動も、全部。
何も出てこない、絶対に。ここには何も埋まっていない。
そう願いながら土を掘る。
だって、そうじゃないと、もしここに何かあったら、それは、つまり――。
54
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:18:23 ID:w43iWbmg0
ζ(ー #ζ「――もう、やめてよっ!!」
パァン、と乾いた音が鳴った。
頬に鋭い痛みが走って思わず体勢を崩す。
突然の衝撃に、筋力が低下していた身体では上手く反応できる訳もない。
俺の身体は情けなく、ごろりと土の上を転がった。
ζ(Д #ζ「あの子は…キュートちゃんの、最後のお願いが、“ここにいること”なんだよ!?」
ζ(Д #ζ「君がっ…他でもない君が!あの子の想いを無碍にするの!?」
強く肩を揺らされる。
ぽたりと、土の上に雫が数滴零れたのが見える。
ぼんやりとした頭の中で、“あぁ、この人は泣けるのか”と、見当違いな考えが思い浮かんだ。
キュートには、用意されなかった機能だ。
55
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:19:24 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「…ないんだよ」
ζ(゚ー゚;ζ「……えっ?」
( ,, Д)「だから、ありえないんだよ。こんなの」
ζ(゚ー゚#ζ「――!いい加減に…!」
( ,, Д)「だって、そうだろ」
デレ先生の振り上げた手のひらが空中でピタリと止まる。
俺はやんわりと、自分の肩を掴むデレ先生の左手を払いのけた。
( ,, Д)「キュートはさ、泣けないんだ。なんでか分かるか?」
ζ(゚ー゚;ζ「……何の話を…」
( ,, Д)「“アイだから”」
“何を言っているのか分からない”といった表情が目の前に見える。
…あぁ、父から説明を受けた時の俺も、こんな顔をしていたのだろうか。
56
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:20:09 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「アンドロイドなんだ、キュートは。ロボットなんだよ」
( ,, Д)「どれだけ人間みたいに見えようと、機械なんだ。血の通ってない、ただの鉄の塊」
ζ(゚ー゚#ζ「なっ…!?」
彼女の顔がかぁっと赤くなる。
キュートを貶すような発言に、怒りを覚えたみたいだった。
そうだ。今目の前にいるのは、人間だ。
怒って、笑って、困って、嘘をついて、涙を流せる。機械じゃない。
それに比べれば、キュートはどうだっただろう。
よく笑う子だった。必要以上に食べるし、ポンコツだと揶揄すれば怒る。
だけどそれらは全部、結局のところプログラムされた“反応”に過ぎない。
人間みたいだった。感情移入もしていた。それは認める。
だけど、キュートはどこまでいっても、紛うことなき“機械”だった。
57
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:23:23 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚;ζ「な…なんでそんなこと言うのよ…!?キュートちゃんは、本当に君のことを――」
(# ,, Д)「……機械、なんだよ!!」
いきなりの大声に、デレ先生はびくりと肩を震わせる。
そんな彼女の怯んだ様子すら意にも介さず、俺は思いの丈を吐き出した。
(# ,, Д)「機械だ!!人間みたいに動く、よく出来た“お人形”!!」
(# ,, Д)「血なんて流れてない、動物みたいに感情もない!」
(# ,, Д)「ただ仕組まれたプログラム通りに動くだけの、でかい金属!!そうだろ!?」
あいつだって、ずっとそう言っていた。
『私は第三世代”アイ”で――』『最新型ロボットである私は――』
何度も何度も、あいつが口にしていた台詞。
それを言われる度に、俺は現実に引き戻されたような感覚に襲われていた。
58
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:24:02 ID:w43iWbmg0
どれだけ魅力的な女の子に見えても、どれだけドキッとしても、キュートはただの鉄の塊なのだと。
自分の性能を自慢げに話すキュートを見る度に、俺はいつも、釘を刺されたような気分になっていた。
他意はないことくらい分かっている。
キュートは単純に、“アイ”である自分に、ロボットである自分に矜持があっただけだ。
彼女はそれを誇示することに抵抗はなく、むしろ積極的だった。
だからこそ、俺はずっとあいつのことを人間だと勘違いすることなく、適切な距離をギリギリ保つことが出来たのだ。
(# ,, Д)「そんなやつのコアが、心臓が、俺に入ってる?」
(# ,, Д)「…馬鹿も休み休み言え!!俺の心臓は、今も元気に動いてる!!」
(# ,, Д)「これが、機械だってのか!?この鼓動が、血も通ってなかったロボットに出来るってのか!?」
59
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:24:44 ID:w43iWbmg0
あいつは機械だ。ロボットだ。アンドロイドだ。レプリカントだ。“アイ”だ。
人間とは違う、本質的には“魂”なんてものがないブリキの人形。
そんなやつのコアが。心臓が。
(# ,, Д)「俺の…!俺の心臓に違いないんだ!!そうだろ!?」
(# ,, Д)「移植なんてされてない!!俺の心臓は、何も変わってない!!」
胸を抑えながら必死に叫ぶ。
まるで何かを訴えようとしているみたいに鼓動が早まる。
ドクドクと痛い程に、必死に血液を全身に送り出そうとしている。
(# ,, Д)「なぁ、おかしいんだよ…!おかしいんだよ!!」
(# ,, Д)「あいつの心臓が、ロボットの、機械の、心臓が」
病室で、目を覚ました時から。
キュートがもういないと聞かされた時から。
病院を抜け出して、必死にキュートを探している時から。
ずっと、こんなにも、吐きそうなくらいに、こんな、こんな――。
60
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:27:04 ID:w43iWbmg0
(# ,, Д)「こんなに、こんなに、こん、な、に――」
プラスチックの心臓ならば。
こんなにも。
( ,, Д)「――こん なに 」
( ,,;Д;)「痛む、はず、ないだろうがっ……!!!!!」
胸を両手で抑え込む。
あまりの痛みに目が眩む。上体を上げていられず、我儘を言う子どもみたいに蹲る。
吐きそうなほどに、今にも泣き叫びたいほどに、心臓が痛くて痛くて堪らない。
何重にもワイヤーで締め付けられているような、血管が全て張り裂けそうな。
今までの人生の中で、感じたことのないような桁違いの苦しさが胸を縛る。
痛いのに。今まで負ったどんな傷よりもずっと痛いのに。
どういう訳か、俺の両目からは一滴も涙が零れてこなかった。
61
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:27:56 ID:w43iWbmg0
デレ先生が無言のまま、蹲ったままの俺の身体を抱きしめる。
背中をゆっくりさすられる。
涙は麻酔、というのが俺の持論だ。
この状態で泣けば少しは痛みも和らぐだろうかと、必死に瞳から水を零そうと試みる。
だが、一向に泣けない。どれだけ待っても俺の涙腺は動こうとはしてくれない。
代わりに叫ぶ。言葉にならない、声の体すら保てていない音を腹の底から破裂させる。
胸をぎゅっと抑える。泣こうとする。激情をそのまま嗚咽とともに吐き出す。
だが、いつまでたっても、心臓の痛みは和らぐことはなかった。
茜色が黒に染まっても、ずっと。
一向に涙が出せないまま俺は、桜の木の下で泣き喚いていた。
62
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:29:04 ID:w43iWbmg0
ちょっとカビゴンとの約束の時間なので寝ます。
続きは明日か明後日には投下します〜。
ポケモンスリープは、いいぞ!
63
:
名無しさん
:2023/08/26(土) 08:53:03 ID:LYU3NV3.0
乙
64
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:34:58 ID:SG8HWUUI0
*
ごうごうと、窓が揺れる音で目が覚めた。
起きたとはいってもそれはあくまで意識だけ。
身体はベッドの上で横たわったまま動かすのも億劫に感じ、そのまま両の眼を閉じて再び眠りにつこうとする。
…が、いつまでたっても意識は底に沈むことはなく、ただただ時間だけが過ぎていった。
仕方なく上体を起こし、普段の癖でベッド横に充電してあったスマホを手に取った。
時刻はもうすぐ日付を跨ぐかどうかといったところ。
なんとなく確認した情報のすぐ下には、メッセージアプリの通知がいくつも重なっていた。
65
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:35:29 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(………めんどくせぇ)
届いていたメッセージの数々に目を通すことなくベッドを出る。
喉が渇いた。何か適当に水でも飲もう。
電気も点いていない暗がりの中、よろよろとした足取りで冷蔵庫へと向かい扉を開く。
中からペットボトルの水を取り出そうと手を伸ばし、蓋に手をかける。
蓋を開けたその次の瞬間、しっかりと掴んでいたはずのペットボトルはスルリと床へ落ちてしまった。
まずい、水が零れる。わざわざ拭くのも面倒だ。
ペットボトルが重力に従って床へ落ちていくその様を、慌てることもせず冷静に見つめる。
コトンと音を立てて床を転がるボトル。
だが、自分の予想に反し、フローリングの上に液体が零れ散ることはなかった。
66
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:35:58 ID:SG8HWUUI0
落ちたそれを手に取って、ようやくその理由に気付いた。
中には飲めるほどの水はそもそも入っていなかったらしい。
なら別にいいかと、歩行の邪魔にならないようペットボトルを隅におき、コップに水道水を入れて飲み干す。
すると、腹がぐぅと鳴ったのが分かった。
そういえば水だけでなく、まともな食事もしていなかったことを思い出す。
もう一度冷蔵庫を開く。よくよく中を確認してみると、そこには飲料水はおろか、まともな食材は何一つ入っていなかった。
そのままの流れで下の冷凍庫を開けるも結果は同様。
以前はいくつかあった冷凍食品のストックもいつの間にやら尽きている。
これでは電気代の無駄だと内心で自分を嗤いながら冷蔵庫を閉じ、俺は再びベッドに倒れ込んだ。
そういえば、一体今日は何月何日なのだろうか。
流石に三月はまだ終わっていないだろうが、その半分くらいは過ぎただろうか。
スマホに手を伸ばす。しかしその途中で億劫さが勝ち、伸ばした手を止めて引っ込めた。
67
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:38:25 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(どうでもいいか)
散々眠った後であるから、眠気など一切感じない。寧ろ、寝すぎて少し頭痛が起きている程だ。
しかし、他にやりたいこともやる気もなく、漫然とした怠惰に身を任せたままベッドで寝そべる。
腹は減っている。けれども、家にまともな食糧はなく、外に買いに出る気も起きない。
それにこの時間帯だ。コンビニは空いているだろうが、そこまで歩くのも怠い。
かと言って、溜まりに溜まったメッセージの諸々に逐一返信する気にもなれない。
どうせどれもこれも、取るに足らない内容だろう。
中身を碌に確認した訳でもないのに、気怠さから勝手にそう決め付ける。
もう一度眠ってしまおう。眠れば時間は勝手に過ぎるし、この空腹感も紛れるはずだ。
そう結論付け、なんとか眠りにつこうと目を瞑った。
68
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:38:49 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o『――うわ、不健康!ニートみたいですよ、マスター!』
ドクンと、心臓が一度強く鳴った。
69
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:39:35 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(……うるさい)
毛布をかぶって虫のように身体を丸める。
外界からの音を全てシャットダウンしようと試みる。
o川* ―)o『最近まともにご飯食べてないの、知ってるんですからね!』
o川* へ)o『外にも出てないし…もっと日光浴びて下さい!ほら、カーテンくらい開けて!』
( ,, Д)(うるさい)
それでも鼓動は喧しく響き続ける。
いや、むしろさっきまでよりもずっと鮮明に聞こえる気がする。
70
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:40:02 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o『てゆーか、さっきスマホ見ましたよね?メッセージ来てるの、気付いたんでしょう?』
o川* o)o『早く返信しないと!ご友人さんたちは大切にしなきゃダメじゃないですか!』
o川* ―)o『全く、マスターはやっぱり、私がいないとダメなんですから――』
(# ,, Д)「――うるさい!!!」
毛布を蹴り飛ばし、暗い部屋の中で一人激昂する。
誰に向けた訳でもない怒鳴り声に返事はなく、暗闇の中へと消えていった。
頭をガシガシとかき、胡坐をかいて胸を抑える。
近頃は運動どころか外を出歩いてもいない。
にもかかわらず、まるで何かを主張するみたいにバクバクと動く心臓が、鬱陶しくて仕方なかった。
71
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:40:49 ID:SG8HWUUI0
機械的な振動音がすぐ横から聞こえて、隣に目をやる。
通知を受けたスマホの液晶が暗がりの中で光っているのが見て取れる。
何も考えずにスマホを手に取ると、画面にはよく見知った友人の名前が表示されていた。
それは、モララーからのメッセージであった。
『そろそろ卒業式だけど、マジどうした?』
『既読くらいつけろ〜〜〜』
楽し気なスタンプが付けられた文章の中に、気になる単語が目に留まった。
疑問に思い、スマホを操作して今日の日付を確認する。
3月21日。いや、画面を見ている間に22日に変わったのを視認した。
まだ3月は終わっていなかったのかと思うと同時に、俺はとある事実を思い出した。
24日。つまり二日後は、うちの大学の卒業式があるんだった。
( ,, Д) (…まぁ、別にいいか)
( ,, Д) (どうでもいいし)
返信はおろか既読をつけることもせずスマホを放り投げる。
もう一度寝ようかとも考えたが、横になるのも億劫でそのままの体勢で呆とすることにした。
72
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:41:16 ID:SG8HWUUI0
今のような生活をするようになって、一体どれほど経ったのだろうか。
寝すぎて霞がかかった脳内で計算をする。
今日がもう22日。あの日、病院を抜け出したのが確か4日。
大体3週間くらい経過したのかと、冷静に現状を顧みる自分がいた。
明かり一つ点いていない家の中。
しばらく掃除もされておらず、満足な食糧や飲料もないこの状況。
友人たちがここに来ればきっと、一体今まで何をしていたのかと問い詰めてくることだろう。
答えは極めて単純。
“何もしていない”だ。
この心臓が自分のものではないこと。
探し続けていたあの少女にはもう、会えないということ。
分かりたくないことを分かってしまったあの日から、俺にはもう、何かをするという気力が一切失われてしまった。
退院後の病院からの連絡は全て無視している。
それだけではない。友人たちからのメッセージも、その他の連絡も、何もかもへの反応をやめた。
73
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:41:55 ID:SG8HWUUI0
食事も面倒になった。手当たり次第、家にあった食材を適当な時間に食べる毎日だ。
外出どころか、部屋の電気を点けるのも億劫になった始末。
とにかく何もしたくなくて、ただ惰眠を貪って、息をしていた。
黙って心臓の鼓動を聞くだけの日々。
それだけが唯一、俺に安心をもたらしてくれた。
キュートが今の自分を見たら、一体何と言うのだろうか。
考えても意味がない思考がぐるぐると頭を巡る。
もう、彼女が俺に何かを注意してくれる日はこないのに。
74
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:42:38 ID:SG8HWUUI0
朝、喧しい声で起こされることもない。
何処かに連れていけとせがまれることもない。
自慢げな顔で性能を自慢されることもない。
細かいことでぐちぐちと怒られることもない。
「いってらっしゃい」と見送られることもない。
「おかえりなさい」と迎えてくれることもない。
嬉しそうにシュークリームを頬張ることはない。
不服そうに頬を膨らませる彼女は二度と見れない。
哀しそうにその日あった嫌なことを話す彼女の声は一生聞けない。
楽しそうに隣を歩く彼女にはもう触れられない。
キュートはもう、いない。
75
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:42:59 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(どうでもいい)
どうでもいい。本当に、心底、全部。
友人も、就活も、未来も、家族も、自分も、何もかもがどうでもいい。
( ,, Д)(本当に、もう、どうでも)
( ,, Д)(お前以外は、どうでもいいんだ)
思えばきっと、ずっとそうだった。
キュートの存在が自分の中で大きくなっていくにつれ、“就活を終わらせる”なんて目標はどんどん薄れていたように思う。
76
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:43:50 ID:SG8HWUUI0
父を見返したかった。兄に並びたかった。亡くなった母に褒めてもらいたかった。
心臓も精神も身体も、何もかも弱かったあの頃の自分に、胸を張れるようになりたかった。
就活に関することだけじゃない。勉学も、バイトも、何もかも。
俺はずっと、そんな下らない理由だけを指針にして生きてきた。
それがいつの間にか、“キュートを安心させたい”と思うようになっていった。
彼女が喜んでくれるだろうか。凄いと言ってくれるだろうか。
月日が経つにつれ、そんな子どもじみた欲求で動くようになっていた。
ずっと言い訳をしていた。
キュートはアンドロイドだと、ロボットだと。
どれだけ家族のように大切に想ったところで、何の意味もないと。
理性があるつもりだった。割り切れているつもりだった。
それが、一体どうしたこのザマは。
自分の部屋にあったお気に入りの家電が一つ、なくなったようなものだろう。
少し長い間、居候していた親戚が出て行ったようなものだろう。
だというのに、何度も何度も自分に言い聞かせているのに。
指一本、動かす気にすらなれないではないか。
77
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:44:18 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…ははっ……」
孤独と後悔で満たされる部屋の中で乾ききった自棄の笑いが転がる。
狂ったように毎日連呼している“どうでもいい”。
もはや口癖のようになったそれで一つ、思い出したことがあった。
去年の夏頃。
病気で全てに絶望し、今の自分と同じように「どうでもいい」と世界と自分を呪っていた少女がいた。
あの時、俺は彼女に一体何と声をかけたのだったか。
とんだ道化だ。間抜けだ。大馬鹿者だ。
少し自分の方が闘病生活が長かった程度で、よくもまぁあんな説教を垂らせたものだ。
いざ自分が絶望する立場になれば、かつて自分が吐いた言葉も忘れて部屋に閉じこもる。
挙句の果てには、忌避していたはずの“どうでもいい”という呪いを吐いて、自分の毒に溺れる始末。
これを道化と言わずなんと例えるのか。三段落ちにも成りはしない。
78
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:44:47 ID:SG8HWUUI0
…本当は分かっている。頭では理解している。
自分が今、何をするべきなのか。今の自分を呆れながら見下ろす冷静な自分がもう一人いる。
正式に退院して、ここに帰ってきた日のこと。自分のスマホに、一件の留守電が入っていた。
去年の秋が終わる頃、ギリギリで受かった大手からのものだった。
内容は、考えてみれば至極当然のこと。
俺の、内定取り消しの連絡だった。
然程、驚きはしなかった。
内定を貰えた後、提出しなければいけない課題や、出席しなければならないイベントなど、やらなかったことが山積みなのだ。
いくら入院中だったとはいえ、ギリギリで採った学生一人に特例措置を下すこともないだろう。
俺がショックだったのは、そんなことではない。
スマホに残っていた一つの通話履歴。
俺ではなく、別の人物が会話した時の記録。
79
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:45:15 ID:SG8HWUUI0
o川; ―)o『ど、どうにか…入社時期をずらしていただくとか、代替措置は…!』
o川; Д)o『そんな…!お、お願いします、取り消しは……!』
キュートは最後まで、俺のために行動してくれていた。
つまらないプライドで、俺はずっと就活に関しては彼女の手助けを断っていた。
なのにキュートは、俺が意識を失っている間もずっと、俺の力になろうとしてくれていた。
だが結局、内定は潰えた。
二年以上費やした研鑽も、キュートが俺のためにしてくれた努力も、泡沫に消えた。
文字通り、俺にはもう何も残っていない。
80
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:45:39 ID:SG8HWUUI0
…いや、まだ一つだけ残っていたものがあったか。
胸に手を当てる。
ドクドクと、一定のリズムを感じながら目を瞑る。
( ,, Д)「…なぁ、キュート」
( ,, Д)「どうすればいいんだろうな、俺は」
返事はこない。心臓が話し出すなんてファンタジーは起きない。
それでも、俺は構わず口を動かし続けた。
( ,, Д)「分かってるんだ、やらなきゃいけないこと、いっぱいあるって」
( ,, Д)「お前から貰ったコレ、無駄にする訳にはいかないって」
( ,, Д)「分かってるん、だけどさ」
心臓は何も言わない。
時計のように、一定のリズムを刻みながら拍動を続けている。
それでも、物言わぬ心臓に俺はぽつぽつと語らい続けた。
81
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:46:11 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なぁ、何か言ってくれよ」
( ,, Д)「嗤ってくれてもいいし、説教でも、なんでもいいから。」
( ,, Д)「なぁ、何か――」
神様に縋る信心深い信徒のような心持ちで言葉を続ける。
しかし、心臓は決して何かを話すことはない。
明かり一つない真っ暗な部屋の中に、俺の声だけが霧散していく。
聞きたいと願った声が反響することは、終ぞなかった。
もういいか。そう思って目を瞑る。
ずっとこのままでいるのも、いいかもしれない。
半ば本気でそう思いながら、俺は両の瞼を閉じた。
82
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:46:41 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д) (……夢の中なら、会えるかな)
希望にはほど遠い願望を抱きながら、かつての同居人を思い描く。
この数週間、キュートが夢に出てくれたことは一度もない。それどころか、真面な夢を見た記憶がない。
それでも、今日ならば。無駄な期待を込めて俺は意識を手放そうとした。
その瞬間、轟轟と強く窓が震える音がした。
なんだろう、と思い目を開ける。
音がした方向を見ると、閉じていた筈のカーテンがバサバサと揺れていた。
どうやら、窓がほんの少し空いていたらしい。
一際強い風が吹いて、それが窓とカーテンを揺らしたのだ。
( ,,^Д^)(……面倒だ)
窓を閉じに行くことすら億劫に感じ、視線を戻す。
すると、ふと、床に何か落ちているのが見えた。
83
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:47:20 ID:SG8HWUUI0
暗闇の中、窓から射し込む僅かな月の光を反射した“それ”は、小さいながらに強く自分の存在を主張しているようにも感じられた。
億劫さよりも興味が勝り、何も考えないまま悠然と床に落ちていた“それ”に手を伸ばす。
指で優しく掴み取り、眼前にまで持っていく。
どうやらそれは、桜の花びらのようだった。
月光を反射した花弁は、ルーズクォーツのような宝石と見紛わんばかりの輝きを放っていた。
少し気になって、もう一度窓を見る。
空いていた隙間は自分の手が通るかどうかといったほどの隙間すらない。
この花弁一枚ですら、入ったことがまさに奇跡なのではないかと思えた。
84
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:48:40 ID:SG8HWUUI0
まじまじと食い入るように花弁を見る。
俺は、何かを忘れているような気がする。
大事なことだった。忘れてはいけないことだった。ずっと、楽しみにしていたことだった。
形容し難い焦燥感に襲われる。
思い出さなきゃいけない。なのに、どうしてか思い出せない。
水中でもがくように、記憶の底に落ちた何かを必死に救い上げようと脳を絞る。
いつだったか、今ほどではないが少し肌寒かった頃。
何かを見た。だけどそれは、自分にとっては少し物足りない物だった。
もっと綺麗なそれを見たかった。いや、見せたいと思った。
だから、いつか、春になったら。
その時は絶対に、二人で。
約束を。
85
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:49:13 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「――桜」
ポツリと呟く。
ずっと探していた宝物を包むみたいに、花弁を優しく握りしめる。
どうして忘れていたのだろう。
あの日、二人で公園で仲直りした時。
秋の夜空の下で、狂い咲きの桜を見た日のこと。
そうだ。俺はあの時、キュートと約束をしたんだった。
立ち上がり、無造作に転がったままのスマホを手に取る。
今日は三月。それも既に下旬に差し掛かった頃。
この前行った時とは違う。あの日、木の前で打ちひしがれた日とは随分な日数が経っている。
あの時の狂い咲きのように、ぽつぽつと咲いているだけじゃない。
この前の時のように、中途半端な景色でもおそらくない。
きっともう、桜は咲いている。
86
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:49:52 ID:SG8HWUUI0
クローゼットを開け、手頃な場所にあった服を適当に引っ張り出して着替える。
必要なものは特にない。スマホと、部屋の鍵。それくらいだ。
意味がない。そんなことは理解しきっている。
あの時、隣にいた彼女がいない今、俺一人で桜を観に行った所でどうしようもない。
それに、あの木はもう病院のものだ。
こんな時間とはいえ、俺が行ったところでまじまじとは見られないかもしれない。
だけど、それでも、どうしても。
もう俺には、約束(それ)しか残っていないから。
慣れたスニーカーを履いて玄関を開ける。
未だに冬だと思ってしまうほどの寒風に震えながら、俺はゆっくりと歩き出した。
87
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:50:18 ID:SG8HWUUI0
*
一歩一歩を踏みしめながら、公園へと続く道を進む。
ずっと家から出ずに引きこもっていた身には、随分と厳しく感じる道のりだった。
溜息を吐く。白く濁った煙が空中でゆっくり霧のように消えていく。
久しぶりに外に出たからか、三月の夜ということで冷えているからか、空気が随分と澄んでいるような気がしていた。
公園に人はいなかった。
当然と言えば当然だろう。何故なら時刻は既に深夜12時を過ぎている。
石が敷き詰められた道を抜け、広々とした園内に入った。
意識している訳でもないのに、視線が自ずと空間の中央に引き寄せられていく。
88
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:01 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「……あぁ…」
桜が咲いていた。それも、文句のつけようがないほどの、満開の桜であった。
数年前、初めてここに来た時のものより、それはずっと大きく綺麗に見えた。
風が靡くたびに揺れる木々が、綿毛のように花びらを散らしていく。
夜空に輝く満月が、宙に舞う花弁の一枚一枚を眩く照らすその様は、宇宙というキャンバスに宝石箱をばら撒いたような美しさがあった。
呼吸すら忘れるような、瞬きさえも億劫に感じられるような絶景に言葉を失って立ち竦む。
これほどまでに美しいと感じた景色を、今までの生涯で見たことがあっただろうか。
89
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:29 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)(……これを、見せたかった)
薄紅に意識を奪われた須臾の後、脳裏に一人の少女が思い浮かんだ。
いや、一人と称するのは正しくない。ましてや厳密には、少女と呼ぶのも誤りだろう。
無粋な訂正をする自身を隅においやり、トボトボと園内を歩いた。
下を向いて歩く。地面には無数の桜の葉が散っていた。
あまりにも神々しい桜の風貌に畏み申しているのかと思うほどに、適切な距離を空けて設置されているベンチの前で立ち止まる。
覚えている。ここは以前、キュートと仲直りをした場所だ。
隣にもう一人座れるくらいのスペースを空けてゆっくりとベンチに腰掛ける。
前もこうだったなと思いながら桜を見上げた。
秋頃に来た時とは逆に何が違うのだろうか。
まず、桜だ。あの時は狂い咲きで、目を凝らさなければ視認できない程度の蕾しか咲いていなかった。
次に自分。あの時の自分は傷や痣だらけで、必死に痛みを堪えながら木を見上げていた。
最後に、隣。あの時は、いくらか喧しいのが隣にいた。
90
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:53 ID:SG8HWUUI0
手を隣に置く。その上に、何かが重ねられることはない。
手の温もりとは程遠い冬風の冷たさが手の甲を通過していった。
( ,,^Д^)「……なぁ、見てるか?」
寒さと孤独に耐えきれなかったのか、それとも只の自己満足か。
桜を見ながら、勝手に口が回り出した。
( ,,^Д^)「これだよ。これをお前に見せたかったんだ」
( ,,^Д^)「正直、俺が前に見た時よりもずっと立派でさ、俺も今驚いてる」
( ,,^Д^)「…なぁ?本当に、ちゃんと綺麗だったろ?」
返事はない。置いた手が重ねられることもない。
隣に空いた空間が埋まる気配もない。
それでも構わず、俺は虚空に向かって話し続ける。
91
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:04 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…ひどいだろ。約束、破るなんて」
どうせもう、いつまで経っても返事なんて来ることはないのだ。
それならば、遠慮会釈など必要もない。
言いたくても言えなかったこと、全部言ってやろう。
( ,, Д)「俺の指示には、全部従うんじゃなかったのか」
( ,, Д)「最新型のクセに、約束一つ、忘れるのか」
( ,, Д)「…いや、悪いのは俺か。間抜け晒して轢かれたのは、俺だもんな」
満開の桜から目を背けることなく話を続ける。
空に雲はなく、月明かりが木全体を照らし、イルミネーションのように輝いている。
周囲には人はいない。時折強い風が花々を散らし、石竹色の雪のように舞うその様はまさに幻想的であった。
綺麗だ。心の底からそう思う。
なのに、どうして俺の心はこんなに凪いでいるのだろうか。
92
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:25 ID:SG8HWUUI0
視線を少し下に下げる。
病院が貼っているのであろう、立入禁止の旨が書かれたテープの向こう側。
桜の木の根元にある、周囲と比べて少し色が褪せている箇所。
( ,,^Д^)「そんな所からじゃ、見えないだろ」
吐き捨てるように言葉を零す。
探知機とデレ先生が示した、キュートが眠っている場所。
いっそ今、掘り返してしまおうか。
邪な考えが頭を過る。
どうせ今、周りに人はいない。そもそもキュートは俺の所有物扱いだった筈だ。
地面の中にいようが、俺の手元にあろうが、大して変わりはしないだろう。
そんな考えとは裏腹に、俺の両足はピクリとも動こうとはしなかった。
…分かっている。そんなこと、やる度胸もする気もない癖に。
キュートが最後に残したメモ。彼女が最期に父に伝えた我儘。
それを反故にするなど、俺に出来る訳もない。
93
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:55 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…分かってたよ」
落としたコップから水が滴るように、言葉が自然に漏れた。
分かっていた。分かっていたのだ。
何故、キュートが自分の機体をあそこに埋めるよう遺したのか。
彼女は一秒たりとも、俺との約束を忘れた瞬間など、なかったのだ。
俺が眠っている間、俺を救う方法をずっと探し続けてくれていた。
あの秋の夜の約束を楽しみにしながら、約束のことを胸に抱きながら、ずっと俺の目が覚める時を待ってくれていた。
あの部屋で一人、ずっと待ってくれていた。
俺の努力が無駄にならないよう、抗い続けてくれていた。
自分のプログラムを騙して父に逆らってまで、俺に心臓をくれた。
94
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:54:24 ID:SG8HWUUI0
どうしてこうなったのか。ずっと考えていた疑問の答えが、今はっきりと出た。
この二か月間、懸命に動いてくれていたキュートのせいな訳がない。
こんな状況になったのは。
深く考えずに交差点に出て、間抜けにも車に撥ねられ、何か月も眠り込み、挙句の果てには。
誰かの心臓を貰ったクセに前に進もうとしない、間抜けのせいじゃないのか。
俺のせいじゃ、ないのか。
( ,, Д)「キュート」
( ,, Д)「ごめんな」
嗚咽が漏れる。
酒に酔った訳でもないのに、胸の下の辺りから何かが込み上げてくるような感覚に襲われる。
( ,, Д)「大人しく、待ってればよかったんだ」
( ,, Д)「今も、本当は、こんなことしてる場合じゃないって、分かってるんだ」
言葉に吃音が混じる。
腹の底に溜まっていたものが、土石流のように溢れてくる。
締め付けられるように痛んだ胸を、左の拳でぐっと抑えた。
95
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:55:00 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なんで、俺にコレ、渡したんだよ」
( ,, Д)「どう考えたって、お前の方が、価値があるだろ」
( ,, Д)「やっぱり、ポンコツだよ、お前。馬鹿だ、大馬鹿、不良品だよ」
( ,, Д)「…言い返さなくて、いいのかよ。いつもみたいに、怒れよ」
( ,, Д)「そこに、いるんだろ?埋まってるんだろ?…なら、何か言いにこいよ」
( ,, Д)「何でも、いいから…何言われたって、いいから」
自分でも声が震えているのが分かる。
火傷するくらいに瞼が熱いのに、両の目からは一滴も涙が落ちる気配はない。
96
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:55:27 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「……頼むよ、もう、限界なんだよ」
( ,, Д)「何でも我儘、きくから。シュークリームでも何でも、買ってやるから」
( ,, Д)「どんな遠い所でも連れてってやるし、何やったってもう、怒らないから」
震えた喉を絞るように話を続ける。
この言葉はきっと届いていない。そもそも、届く相手がいない。
それでも、吐き出さなくてはならない。
そうでもしないともう俺は、一秒たりとも正気を保っていられそうにない。
何度も何度も考えた。
あの日、大人しくコンビニの前でキュートを待っていたのなら。
もう少しゆっくり水族館にいたのなら。
ツリーライトを眺める時間をもっと長めにとっていれば。
今も俺の隣で、キュートは笑ってくれていたのだろうかと。
97
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:56:02 ID:SG8HWUUI0
会いたい。
赦してくれなくてもいいから。
怒ってくれなくてもいいから。
情けないと嗤ってくれてもいい。
この際、会話が出来なくてもいい。
あの白く細い手に、触れられなくてもいい。
( ,, Д)「――会いたい」
何を犠牲にしてもいい。全部投げ出したっていい。
俺の今までも、これからも、何もかもを捧げたっていいから。
ただ、もう一度だけ。
もう一回だけ、あの笑みに、出会えることが出来るなら。
98
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:56:43 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「会い、たい」
話なんて求めない。触れたいなんて、傲慢を口にするつもりもない。
いっそもう、明日なんて来なくてもいい。
あと一回。一回だけでいい。
一方的でもなんでも、悪魔との契約だったとしても構わない。
( ,, Д)「…………」
( ,, Д)「キュート、に」
( ,, Д)「会いたい、なあ」
轟と音をたてて、今日一番の強い風が吹いた。
叶う訳もない呟きは、舞い散る桜の渦に消えていった。
99
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:57:23 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「――いるんですけどね、ここに」
100
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:57:47 ID:SG8HWUUI0
ベンチに置いていた右手が、やんわりと優しく包まれた。
桜が晴れて、ゆっくりと隣を見る。
両サイドで止められた艶やかな髪が、桜を纏った風に吹かれてゆったりと揺れている。
膝が見えるかどうかのデニムパンツに、上は青みがかったトップス。
丸く大きな瞳に、ほどよい高さの鼻と小さな唇。
ハルジオンを彷彿とさせるように白く、きめ細やかな肌。
見慣れた筈の姿が、いつの間にか、たおやかな微笑を浮かべて座っていた。
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