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( ,,^Д^)プラスチックの心臓が痛いようです 最終話
29
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:00:01 ID:w43iWbmg0
スマホを投げ捨てて、もう一度箱の中を見た。
何が入っているのか、片っ端から手に取っていく。
『ファンファーレ』のスタンプカードに、水族館で買ったペンギンの小さいぬいぐるみ。
遊園地のチケット、『花道』の割引券、どれも大したことのないようなものばかり。
( ,, Д)「…役に立つもの残しとけよ」
どれもこれも、二人で行った場所に関するものばかりだった。
ずっと残していたのか。この箱は新しく買ってきたのか。
こんなもの、どれも残していたって大した役には立たないのに。
大事に残す価値もないのに。
これからも、何度だって連れていくつもりだったのに。
30
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:00:37 ID:w43iWbmg0
蓋を閉めようと箱に触れる。
すると、机の上にポツンと置いてあったとある物が目に入った。
水色のタイマーみたいな、手のひらサイズのスマホのような物。
(; ,,^Д^)「これって…!」
慌ててそれを手に取った。
覚えている。間違いない。
以前、キュートと初めて大喧嘩をした時に、デレ先生から譲り受けてそのまま返してなかった物。
父が作った、キュートが何処にいるのか分かる探知機だ。
スイッチを入れると同時に、液晶画面に地図のようなものが出る。
充電がまだ残っていたことに安堵しながら、ゆっくりと液晶画面に触れた。
31
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:01:09 ID:w43iWbmg0
キュートの反応が絶対にどこかにある筈だ。そう信じ、必死に液晶をスワイプする。
何処かに、絶対に何処かにある筈だ。
キュートは何処かにいる筈だ。
目を皿にして液晶を睨む。以前使った時と同様に、必死に赤い点を探す。
(; ,,^Д^)「……あった…!」
藁にも縋る思いで画面を触ること数十秒、ようやく俺は、液晶上に赤く光る点を一つ見つけた。
(; ,,^Д^)「何処だよ、何処にいるんだ…!?」
必死に画面を触り、位置を特定しようと試みる。
点は動かず、じっと見つけた場所で制止していた。
これなら見つかる。見つけられる。そう信じ、場所を特定しようと試みる。
表示されたマップを拡大すると、俺はふと、一つの違和感を覚えた。
32
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:01:52 ID:w43iWbmg0
(; ,,^Д^)「……此処…って…」
赤い点は、とある建物の中でじっとしている。
その建物とはどうやらマンションのようだった。
然程広くない、そして高くもない、学生向けに作られたようなマンション。
タップして情報を見る。すると、とても見慣れた、かつ書き慣れた住所が画面に表示された。
間違いない。これは、俺が今いるマンションだ。
更に拡大する。赤い点がいるのはマンションに入ってすぐ曲がった所。
高低差から生じる位置情報の不具合がないことから鑑みるに、おそらく1階。
この部屋にまだいるというのか。
いや、ありえない。大した部屋数も隠れられるようなスペースもない。
それに風呂場やトイレ、クローゼットの中までちゃんと探した筈だ。
なら、どうして探知機は此処を示しているのか。
機械の不具合か、それともこの部屋ではなく、一つ上の階を示しているのか。
考えられうる理由が形になっては霧散していく。
何故なら、もっと根拠のある理由が既に、俺の頭には思いついてしまっていたからだ。
33
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:02:20 ID:w43iWbmg0
この部屋の中で、一番キュートの存在を示すものは何か。
キュートが日頃から着ていた服か。それとも、彼女が残していた細々とした物か。
いやそんな物よりもずっと、キュートを“アイ”たらしめていた重要な器官が、今この部屋にあるとしたら。
だがそんな物がどこにあるというのか。帰って来てから、そんなものはどこにも見つからなかった。
では何処に?この探知機は何を指している?
新たな疑問が浮かぶ。答えが出ないまま、探知機をじっと見つめて蹲る。
…否。これは嘘だ。
答えはもう、とっくに頭の片隅に出ていた。
ぎゅっと胸を抑える。
ドクドクと脈打つ、胸部の振動。
仮にこれが、父が言うように本当にこれが、俺の生来のものではなく。
キュートから、移植されたものだとするのなら。
今、俺の手のひらにある探知機が示しているのは、キュートではなく――。
34
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:02:51 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「―――っ…!!!」
反射的に、探知機を力いっぱい放り投げた。
壁に反射したそれはコロコロと転がり、再び自分の足元で静止する。
首筋に毛虫が這っているような不快感。
汗を拭う。病院に用意してもらったばかりの衣服はいつの間にか、大量の冷や汗で重くなっていた。
(; ,, Д)「違う……違うっ…!」
這うように、縋るように床に転がった探知機を握る。
これが壊れているのだ。故障しているのだ。
そうに違いない。そうであってくれ。そうじゃないと。そうじゃないと。
そうじゃないと、俺は――。
35
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:03:18 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「………?」
何か違和感を覚えて、液晶に触れる。
あれだけ乱暴に投げ飛ばした探知機は、少し液晶にヒビこそ入ったものの、その機能には何ら損傷は生じていないようだった。
指を動かす。ちらりと視界の隅に映ったそれを、流れ星のように一瞬で消えたそれを懸命に探す。
見紛ったのかと思った“それ”は、あっさりと見つかった。
(; ,,^Д^)「……………ある」
(; ,,^Д^)「……もう一個…ある……!」
キュートの位置を示す、赤い点。
ここから然程遠くない地点に、赤く光る反応がもう一つあったのだ。
詳しい位置を割り出す。
表示された位置は何の因果か、そこもまた自分には見覚えのある住所だった。
探知機をポケットにしまい込み、慌てて立ち上がる。
玄関にある靴を履き、鍵を閉めることもないまま俺は外へと飛び出した。
36
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:04:02 ID:w43iWbmg0
頭の中にいる冷静な自分が冷たい目をして問いかけてくる。
「タクシーを呼んだ方が早いんじゃないの」
「機械の故障かもしれないぞ」
「いい加減認めろよ」
「キュートは、もう」
(# ,, Д )(……うるせぇよ!)
自分で自分に悪態をつきながら、頭に浮かぶマイナスの言葉を疲労で見ないふりをする。
茜色が街中を夕に染めようとしている時間帯。
息が切れる。酸素が足りない。頭痛がする。足が痛い。
それがどうした、と言わんばかりに俺は目的の場所へと走り続けていた。
37
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:04:30 ID:w43iWbmg0
いや、きっと周囲から見れば今の俺は、走っているようには見えないだろう。
息を切らして漫然と歩く、運動不足の人間にしか見えない。
実際、亀のような愚鈍な速さでしか俺の足は動いていない。
それでも、一秒でも早く、一歩でも多く、目的地へと邁進する。
病み上がりだとか、もしかしたら取り越し苦労に終わるかもしれないとか、そんな些末なことは全部今の俺にとってどうでもよかった。
( ,, Д)(キュート)
( ,, Д) (いてくれ、頼む)
探し人の名前を心中で叫ぶ。
喉が渇きで痛む。いや、喉だけではない。
身体中にあった倦怠感が、いつの間にか節々の痛みに変わっている。
38
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:04:56 ID:w43iWbmg0
( ,, Д) (言いたいこと、いっぱいあるんだ)
( ,, Д) (何で面会に来なかったのかとか、怒らないからさ)
( ,, Д) (頼むよ、神様)
ガムラスタンの石畳を彷彿とさせるような道を歩く。
以前、キュートと二人で来たときは確か、黄色いイチョウが散っていた道だ。
この先にいる。
キュートはこの先で、きっとあの場所で待っている。
そういえば、今は三月だ。確か前にここに来た時、約束を一つしていたんだった。
だからここにいる。絶対にいる。
あの無邪気な、薄桃色の花々に負けないくらいに綺麗な笑顔で、俺のことを待ってくれている。
今にも千切れるのではと錯覚してしまうほどに痛む足の速度を落とす。
広々とした空間。俺はゆっくりと、目指していた場所へと歩を進めた。
39
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:05:20 ID:w43iWbmg0
ポケットに入れていた探知機を取り出して、画面を見る。
赤い点が二つ、目と鼻の距離まで近づいているように表示されていた。
探知機から目を離して顔を上げる。
眼前には、いつかキュートと二人で見た、大人の背丈すら優に超す程に大きい桜の木が聳え立っていた。
息を切らしながら、まじまじと木を見る。
上空には六分咲きほどの桜の花が咲いている。
これだけでも十二分に人の目を惹くだろう。それほどの絢爛さがあった。
だが、今の俺の気を惹いたのは桜ではない。
俺の注意を引いたのは、木の周囲を360度覆っている黄色いテープだった。
(; ,,^Д^)「……なんだよ、コレ…」
工事現場でよく見るような、“KEEP OUT”と書かれたテープ。
それが木を丸ごと囲むようにピンと張られていた。
40
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:06:07 ID:w43iWbmg0
全くもって意味が分からない。
だが探知機は間違いなく、眼前にある桜の木を示している。
あそこにキュートはいる。
肉眼では未だに捉えられていないが、確かに反応がある。
行かなければ。そう判断し、俺は桜の木に近付いてテープを跨ごうと足を出した。
「―――待って!!!」
突如背後からかけられた声に驚き、俺はピタリと動きを止めた。
悲鳴にも似た、甲高い女性の声だった。
足を下ろし、ゆっくりと後ろを振り返る。
視界の先、石レンガが敷き詰めらえた道から広場に出た辺り。
所々の汚れが目立つ白衣を着た女性が、栗色の髪を揺らして立っていた。
ζ(゚ー゚;ζ「…今は立ち入り、禁止、です。そこは」
( ,,^Д^)「……デレ先生」
さっきまでの俺と同じくらい、肩で息をしているデレ先生。
相当急いで走ってきたのか、いつもの爛漫な表情はすっかり何処かに失せていた。
41
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:07:00 ID:w43iWbmg0
ゆっくりと彼女がこちらに近付いてくる。
ちょうどいい。そう考えた俺は一歩も動くことなく、彼女が自分の方に来るのを待った。
ζ(゚ー゚;ζ「…勝手に病院を抜け出さないで下さい、患者さん」
( ,,^Д^)「すいませんね。インフォームド・コンセントがしっかりしてないお宅の病院に、不信感があったもので」
至極当然な注意に皮肉で返す。
苦虫を嚙み潰したような表情をした彼女に、俺は遠慮なく続けて口を開いた。
( ,,^Д^)「聞きたい事、山ほどあるんですけど…まぁ、とりあえずいいや」
質問したいことが沢山ある。
目が覚めた俺に嘘を吐いたこと。
俺に行われた施術のこと。
桜の木の周りが囲まれている理由。
それら全てが霞むほどに一番聞きたいことを、喉の奥に装填する。
デレ先生の方に一歩踏み出す。
そして、右手に持っていた探知機を見せびらかすように前方に掲げた。
42
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:07:44 ID:w43iWbmg0
( ,,^Д^)「…キュート、何処ですか」
俺の質問に、デレ先生の顔に影が差したのが分かった。
( ,,^Д^)「もう今更、つまんない嘘とか、いいです」
( ,,^Д^)「貴女から貰った探知機が、ずっとここ示してるんですよ」
( ,,^Д^)「でも、いないんです。これなんなんですかね、アイツ、木の上にでもいるんですかね?」
( ,,^Д^)「キュートの位置を示す筈なのに、なんでか俺のこと指してたりするし…」
( ,,^Д^)「…やっぱり、この探知機がおかしいんですよね?やっぱ、そうですよね?」
もはや只の願望と化した質問が口から滝のように漏れていく。
デレ先生の顔色を窺いながら、思考をそのまま言葉にしていく。
どうして黙っているのか。何故、ずっと俯いているのか。
さっさと頷いてくれよ。「その通り」だとか、何でもいいから早く言ってくれよ。
43
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:08:08 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「まぁ、この探知機だって父が作ったものですもんね?」
( ,, Д)「キュートだって色々ポンコツだったし、これやっぱ、同じなんですかね」
お願いだから肯定してくれ。
探知機が壊れてるでも、父が適当なことを言ったでも、何でもいい。
キュートは、あいつは、まだいるって。
俺の、この胸にある、心臓は――。
( ,,^Д^)「それで、ねぇ、先生」
( ,,^Д^)「キュートは、一体どこに……」
44
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:09:43 ID:w43iWbmg0
ζ(ー ;ζ「―――いないの」
それはまるで、懺悔をするような呟きだった。
45
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:11:00 ID:w43iWbmg0
ζ(ー *ζ「猫田博士が、説明した通りです」
ζ(ー *ζ「私が君にした面会云々の話は、全部嘘なんです」
(; ,,^Д^)「……は?」
声にならない声が漏れ出る。
何を言っているのか、脳が理解を拒もうとする。
固まった俺を慮る様子もなく、デレ先生は話を続けた。
ζ(ー ;ζ「…君に、本当のことを言ったらどうなるのか分からなくて、怖かった」
下を向いたまま話すデレ先生の口が動くのを、どこか冷静に見ている自分がいる。
何を話しているのか。何を言おうとしているのか。何を伝えようとしているのか。
「やめてくれ」と叫ぶ自分と、話を理解しようとしている自分が心中で相反していた。
ζ(ー ;ζ「君の胸にあるその心臓は、キュートちゃんのコア」
ζ(ー ;ζ「移植手術は、第三世代の量産型を使って――」
46
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:11:33 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「――もう、やめてくれよ!!」
悲痛な叫び声が、公園中に響き渡った。
カラカラに乾ききった喉にじわりと痛みが走る。
だがそれ以上に、耳に痛い彼女の話を聞くことに堪えられなかった。
(; ,, Д)「もう、うんざりなんだよ、何だよその与太話!」
(; ,, Д)「何度も言ってるだろ!キュートには、心臓を移植しないよう言いつけてあったんだ!」
(; ,, Д)「禁止命令を出してたんだよ!“アイ”のあいつが、どうやって俺に移植を…!!」
ζ(゚ー゚*ζ「――だから、それを破ったのよ、彼女は」
子供じみた喚き声に、冷たい言葉が被さった。
47
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:12:37 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚*ζ「無理やり、バグを引き起こしたの。私の妹から、わざと壊れたデータをダウンロードして」
ζ(゚ー゚*ζ「あえて故障品になることで、君が出した禁止命令を無理に曲解した」
ζ(゚ー゚*ζ「君が眠っている間ずっと、キュートちゃんは君を助けようと頑張ってた」
(; ,, Д)「……」
なんだよソレ、と言おうとした口が思った通りに動かない。
命令を曲解なんて、“アイ”が出来るはずがない。
そう反論しようとした矢先、脳裏に一人の女性が思い浮かんだ。
(# ;;-)
否、正確には女性ではない。
キュートの一世代前の“アイ”。俺を向日葵畑に無理やり連れて行ったもう一人のアンドロイド。
確か、彼女もまた、命令の曲解をしていた。
ならばそれは、キュートにも。
48
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:13:27 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「…じゃあ、コレは、なんだよ」
声が震えていることを自覚しながら、持っていた探知機を前方に出す。
液晶には未だに、キュートの存在を示す赤い丸のマークが二つ点滅していた。
(; ,,^Д^)「これが、キュートの心臓だとして、もう一つはなんなんだよ」
(; ,,^Д^)「なんで、この機械は、桜の木を指してんだよ」
(# ,,^Д^)「…結局、何処にいるんだよ!!キュートは!!」
怒りのまま、探知機をデレ先生の足元に投げ飛ばす。
彼女はそれにちらりと視線をやった後、拾う素振りも見せることもなく、こちらにゆっくりと近づいてきた。
白く、小さな手がこちらに差し伸べられる。医者らしい繊細な指には、紙らしきものが握られていた。
49
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:14:32 ID:w43iWbmg0
ζ(ー *ζ「…君の手術に使われた部屋に、残されてた」
恐る恐る、差し出された紙を受け取って広げる。
それを見た俺の表情筋が瞬時に強張ったのが分かった。
パソコンで打ち込んだような、機械じみた冷たさを思わせる程に綺麗な字。
俺の部屋に残されていた紙切れと同じ字体。
間違いない。キュートが書いた字だ。
『私の素体は、猫田タカラさんにのみ適応可能に設定しておきました。』
『量産型が作られた今、私の素体を残しておいても大して使い途はないでしょう。』
『なので猫田博士、貴方にお願いがあります。』
『残された私の素体は、私たちが住んでいたマンションの近くにある公園の、大きな桜の木の下に埋めて下さい。』
『約束なんです。どうか、よろしくお願い致します。』
文章を全て読み終わる。
紙を持つ手の震えが、どうやったって止まってくれそうになかった。
50
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:15:09 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚*ζ「…博士がね、買いとったの。あの木の周りだけ」
ζ(゚ー゚*ζ「根本の、ちょっとだけ土の色が違う場所」
ζ(゚ー゚*ζ「あそこに、キュートちゃんのボディが、埋まって――」
( ,, Д)「――嘘、だ」
震える手から紙が離れる。
ひときわ強い風が吹いて、紙がひらひらと宙に舞った。
ζ(゚、゚;ζ「わっ…!?」
空に浮いた紙を慌ててデレ先生が掴もうとする。
それと同時に、俺は後ろを振り返って駆けだした。
51
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:15:59 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚;ζ「あっ…!!ちょっと!?タカラ君!?」
デレ先生の制止の声も聞かず、黄色いテープをジャンプで飛び越える。
息も絶え絶えの身体で上手く着地できる訳もなく、俺の身体は無様にも地面に転がった。
それでも、痛みに構わず起き上がり、再び駆けだす。
木の根元、他の土とは違う、少し白っぽく変色している箇所。
確かめなければ。この目で見なければ。
証明しなければ。今の話は全て嘘だと。
あの紙に書かれていたことは、何かの間違いなのだと。
そうに決まっている。あんな所に、キュートが、埋まっている訳が――。
ζ(゚ー゚;ζ「―――っ! 待って!!」
もう少しで手が届く位置に来たその瞬間、ぐいと身体が地面に引っ張られる。
デレ先生が、俺を邪魔するようにのしかかっていた。
52
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:16:43 ID:w43iWbmg0
(; ,, Д)「離せっ…!!離せよ!!退け!!」
普段は使わないような乱暴な言葉が口から飛び出た。
起き上がろうとするも、背中に覆い被さる彼女を押しのけることは叶わない。
長期間の入院で鈍りきった身体は、小柄な女性一人退かせることすら出来なくなっていた。
ζ(゚ー゚;ζ「ダメっ…!!ダメなの!!誰も触れちゃいけないって決まりなの!!」
(# ,, Д)「うるせぇ!!退けよ…!!邪魔、なんだよっ…!!」
弱り切ったムカデみたいに、ずりずりと土の上を這う。
亀の如くノロマな速度だが、着実に木の根元に近付こうと試みる。
ζ(゚ー゚;ζ「お願い!やめて…!やめてよ…!!」
(; ,, Д)「キュート…キュー…トぉ…!!」
53
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:17:44 ID:w43iWbmg0
土を掘り起こそうと手のひらを広げて地面に触れる。
うざったいデレ先生の手を払いのけ、何かに憑りつかれたみたいに地面を掘る。
爪に土が入る。右手の傷口がじくじくと痛む。何度もデレ先生が俺の手を握って邪魔をする。
それら全てを意に介さず土を漁った。
こんな所にいる筈がないのだ。
あんな明るい奴が、騒がしい奴が、こんな暗い所にいる訳がない。いていい筈がない。
嘘だ。全部嘘だ。
父の話も、デレ先生の説明も、渡された紙切れの文章も、力強く動くこの鼓動も、全部。
何も出てこない、絶対に。ここには何も埋まっていない。
そう願いながら土を掘る。
だって、そうじゃないと、もしここに何かあったら、それは、つまり――。
54
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:18:23 ID:w43iWbmg0
ζ(ー #ζ「――もう、やめてよっ!!」
パァン、と乾いた音が鳴った。
頬に鋭い痛みが走って思わず体勢を崩す。
突然の衝撃に、筋力が低下していた身体では上手く反応できる訳もない。
俺の身体は情けなく、ごろりと土の上を転がった。
ζ(Д #ζ「あの子は…キュートちゃんの、最後のお願いが、“ここにいること”なんだよ!?」
ζ(Д #ζ「君がっ…他でもない君が!あの子の想いを無碍にするの!?」
強く肩を揺らされる。
ぽたりと、土の上に雫が数滴零れたのが見える。
ぼんやりとした頭の中で、“あぁ、この人は泣けるのか”と、見当違いな考えが思い浮かんだ。
キュートには、用意されなかった機能だ。
55
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:19:24 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「…ないんだよ」
ζ(゚ー゚;ζ「……えっ?」
( ,, Д)「だから、ありえないんだよ。こんなの」
ζ(゚ー゚#ζ「――!いい加減に…!」
( ,, Д)「だって、そうだろ」
デレ先生の振り上げた手のひらが空中でピタリと止まる。
俺はやんわりと、自分の肩を掴むデレ先生の左手を払いのけた。
( ,, Д)「キュートはさ、泣けないんだ。なんでか分かるか?」
ζ(゚ー゚;ζ「……何の話を…」
( ,, Д)「“アイだから”」
“何を言っているのか分からない”といった表情が目の前に見える。
…あぁ、父から説明を受けた時の俺も、こんな顔をしていたのだろうか。
56
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:20:09 ID:w43iWbmg0
( ,, Д)「アンドロイドなんだ、キュートは。ロボットなんだよ」
( ,, Д)「どれだけ人間みたいに見えようと、機械なんだ。血の通ってない、ただの鉄の塊」
ζ(゚ー゚#ζ「なっ…!?」
彼女の顔がかぁっと赤くなる。
キュートを貶すような発言に、怒りを覚えたみたいだった。
そうだ。今目の前にいるのは、人間だ。
怒って、笑って、困って、嘘をついて、涙を流せる。機械じゃない。
それに比べれば、キュートはどうだっただろう。
よく笑う子だった。必要以上に食べるし、ポンコツだと揶揄すれば怒る。
だけどそれらは全部、結局のところプログラムされた“反応”に過ぎない。
人間みたいだった。感情移入もしていた。それは認める。
だけど、キュートはどこまでいっても、紛うことなき“機械”だった。
57
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:23:23 ID:w43iWbmg0
ζ(゚ー゚;ζ「な…なんでそんなこと言うのよ…!?キュートちゃんは、本当に君のことを――」
(# ,, Д)「……機械、なんだよ!!」
いきなりの大声に、デレ先生はびくりと肩を震わせる。
そんな彼女の怯んだ様子すら意にも介さず、俺は思いの丈を吐き出した。
(# ,, Д)「機械だ!!人間みたいに動く、よく出来た“お人形”!!」
(# ,, Д)「血なんて流れてない、動物みたいに感情もない!」
(# ,, Д)「ただ仕組まれたプログラム通りに動くだけの、でかい金属!!そうだろ!?」
あいつだって、ずっとそう言っていた。
『私は第三世代”アイ”で――』『最新型ロボットである私は――』
何度も何度も、あいつが口にしていた台詞。
それを言われる度に、俺は現実に引き戻されたような感覚に襲われていた。
58
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:24:02 ID:w43iWbmg0
どれだけ魅力的な女の子に見えても、どれだけドキッとしても、キュートはただの鉄の塊なのだと。
自分の性能を自慢げに話すキュートを見る度に、俺はいつも、釘を刺されたような気分になっていた。
他意はないことくらい分かっている。
キュートは単純に、“アイ”である自分に、ロボットである自分に矜持があっただけだ。
彼女はそれを誇示することに抵抗はなく、むしろ積極的だった。
だからこそ、俺はずっとあいつのことを人間だと勘違いすることなく、適切な距離をギリギリ保つことが出来たのだ。
(# ,, Д)「そんなやつのコアが、心臓が、俺に入ってる?」
(# ,, Д)「…馬鹿も休み休み言え!!俺の心臓は、今も元気に動いてる!!」
(# ,, Д)「これが、機械だってのか!?この鼓動が、血も通ってなかったロボットに出来るってのか!?」
59
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:24:44 ID:w43iWbmg0
あいつは機械だ。ロボットだ。アンドロイドだ。レプリカントだ。“アイ”だ。
人間とは違う、本質的には“魂”なんてものがないブリキの人形。
そんなやつのコアが。心臓が。
(# ,, Д)「俺の…!俺の心臓に違いないんだ!!そうだろ!?」
(# ,, Д)「移植なんてされてない!!俺の心臓は、何も変わってない!!」
胸を抑えながら必死に叫ぶ。
まるで何かを訴えようとしているみたいに鼓動が早まる。
ドクドクと痛い程に、必死に血液を全身に送り出そうとしている。
(# ,, Д)「なぁ、おかしいんだよ…!おかしいんだよ!!」
(# ,, Д)「あいつの心臓が、ロボットの、機械の、心臓が」
病室で、目を覚ました時から。
キュートがもういないと聞かされた時から。
病院を抜け出して、必死にキュートを探している時から。
ずっと、こんなにも、吐きそうなくらいに、こんな、こんな――。
60
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:27:04 ID:w43iWbmg0
(# ,, Д)「こんなに、こんなに、こん、な、に――」
プラスチックの心臓ならば。
こんなにも。
( ,, Д)「――こん なに 」
( ,,;Д;)「痛む、はず、ないだろうがっ……!!!!!」
胸を両手で抑え込む。
あまりの痛みに目が眩む。上体を上げていられず、我儘を言う子どもみたいに蹲る。
吐きそうなほどに、今にも泣き叫びたいほどに、心臓が痛くて痛くて堪らない。
何重にもワイヤーで締め付けられているような、血管が全て張り裂けそうな。
今までの人生の中で、感じたことのないような桁違いの苦しさが胸を縛る。
痛いのに。今まで負ったどんな傷よりもずっと痛いのに。
どういう訳か、俺の両目からは一滴も涙が零れてこなかった。
61
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:27:56 ID:w43iWbmg0
デレ先生が無言のまま、蹲ったままの俺の身体を抱きしめる。
背中をゆっくりさすられる。
涙は麻酔、というのが俺の持論だ。
この状態で泣けば少しは痛みも和らぐだろうかと、必死に瞳から水を零そうと試みる。
だが、一向に泣けない。どれだけ待っても俺の涙腺は動こうとはしてくれない。
代わりに叫ぶ。言葉にならない、声の体すら保てていない音を腹の底から破裂させる。
胸をぎゅっと抑える。泣こうとする。激情をそのまま嗚咽とともに吐き出す。
だが、いつまでたっても、心臓の痛みは和らぐことはなかった。
茜色が黒に染まっても、ずっと。
一向に涙が出せないまま俺は、桜の木の下で泣き喚いていた。
62
:
名無しさん
:2023/08/25(金) 23:29:04 ID:w43iWbmg0
ちょっとカビゴンとの約束の時間なので寝ます。
続きは明日か明後日には投下します〜。
ポケモンスリープは、いいぞ!
63
:
名無しさん
:2023/08/26(土) 08:53:03 ID:LYU3NV3.0
乙
64
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:34:58 ID:SG8HWUUI0
*
ごうごうと、窓が揺れる音で目が覚めた。
起きたとはいってもそれはあくまで意識だけ。
身体はベッドの上で横たわったまま動かすのも億劫に感じ、そのまま両の眼を閉じて再び眠りにつこうとする。
…が、いつまでたっても意識は底に沈むことはなく、ただただ時間だけが過ぎていった。
仕方なく上体を起こし、普段の癖でベッド横に充電してあったスマホを手に取った。
時刻はもうすぐ日付を跨ぐかどうかといったところ。
なんとなく確認した情報のすぐ下には、メッセージアプリの通知がいくつも重なっていた。
65
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:35:29 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(………めんどくせぇ)
届いていたメッセージの数々に目を通すことなくベッドを出る。
喉が渇いた。何か適当に水でも飲もう。
電気も点いていない暗がりの中、よろよろとした足取りで冷蔵庫へと向かい扉を開く。
中からペットボトルの水を取り出そうと手を伸ばし、蓋に手をかける。
蓋を開けたその次の瞬間、しっかりと掴んでいたはずのペットボトルはスルリと床へ落ちてしまった。
まずい、水が零れる。わざわざ拭くのも面倒だ。
ペットボトルが重力に従って床へ落ちていくその様を、慌てることもせず冷静に見つめる。
コトンと音を立てて床を転がるボトル。
だが、自分の予想に反し、フローリングの上に液体が零れ散ることはなかった。
66
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:35:58 ID:SG8HWUUI0
落ちたそれを手に取って、ようやくその理由に気付いた。
中には飲めるほどの水はそもそも入っていなかったらしい。
なら別にいいかと、歩行の邪魔にならないようペットボトルを隅におき、コップに水道水を入れて飲み干す。
すると、腹がぐぅと鳴ったのが分かった。
そういえば水だけでなく、まともな食事もしていなかったことを思い出す。
もう一度冷蔵庫を開く。よくよく中を確認してみると、そこには飲料水はおろか、まともな食材は何一つ入っていなかった。
そのままの流れで下の冷凍庫を開けるも結果は同様。
以前はいくつかあった冷凍食品のストックもいつの間にやら尽きている。
これでは電気代の無駄だと内心で自分を嗤いながら冷蔵庫を閉じ、俺は再びベッドに倒れ込んだ。
そういえば、一体今日は何月何日なのだろうか。
流石に三月はまだ終わっていないだろうが、その半分くらいは過ぎただろうか。
スマホに手を伸ばす。しかしその途中で億劫さが勝ち、伸ばした手を止めて引っ込めた。
67
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:38:25 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(どうでもいいか)
散々眠った後であるから、眠気など一切感じない。寧ろ、寝すぎて少し頭痛が起きている程だ。
しかし、他にやりたいこともやる気もなく、漫然とした怠惰に身を任せたままベッドで寝そべる。
腹は減っている。けれども、家にまともな食糧はなく、外に買いに出る気も起きない。
それにこの時間帯だ。コンビニは空いているだろうが、そこまで歩くのも怠い。
かと言って、溜まりに溜まったメッセージの諸々に逐一返信する気にもなれない。
どうせどれもこれも、取るに足らない内容だろう。
中身を碌に確認した訳でもないのに、気怠さから勝手にそう決め付ける。
もう一度眠ってしまおう。眠れば時間は勝手に過ぎるし、この空腹感も紛れるはずだ。
そう結論付け、なんとか眠りにつこうと目を瞑った。
68
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:38:49 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o『――うわ、不健康!ニートみたいですよ、マスター!』
ドクンと、心臓が一度強く鳴った。
69
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:39:35 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(……うるさい)
毛布をかぶって虫のように身体を丸める。
外界からの音を全てシャットダウンしようと試みる。
o川* ―)o『最近まともにご飯食べてないの、知ってるんですからね!』
o川* へ)o『外にも出てないし…もっと日光浴びて下さい!ほら、カーテンくらい開けて!』
( ,, Д)(うるさい)
それでも鼓動は喧しく響き続ける。
いや、むしろさっきまでよりもずっと鮮明に聞こえる気がする。
70
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:40:02 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o『てゆーか、さっきスマホ見ましたよね?メッセージ来てるの、気付いたんでしょう?』
o川* o)o『早く返信しないと!ご友人さんたちは大切にしなきゃダメじゃないですか!』
o川* ―)o『全く、マスターはやっぱり、私がいないとダメなんですから――』
(# ,, Д)「――うるさい!!!」
毛布を蹴り飛ばし、暗い部屋の中で一人激昂する。
誰に向けた訳でもない怒鳴り声に返事はなく、暗闇の中へと消えていった。
頭をガシガシとかき、胡坐をかいて胸を抑える。
近頃は運動どころか外を出歩いてもいない。
にもかかわらず、まるで何かを主張するみたいにバクバクと動く心臓が、鬱陶しくて仕方なかった。
71
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:40:49 ID:SG8HWUUI0
機械的な振動音がすぐ横から聞こえて、隣に目をやる。
通知を受けたスマホの液晶が暗がりの中で光っているのが見て取れる。
何も考えずにスマホを手に取ると、画面にはよく見知った友人の名前が表示されていた。
それは、モララーからのメッセージであった。
『そろそろ卒業式だけど、マジどうした?』
『既読くらいつけろ〜〜〜』
楽し気なスタンプが付けられた文章の中に、気になる単語が目に留まった。
疑問に思い、スマホを操作して今日の日付を確認する。
3月21日。いや、画面を見ている間に22日に変わったのを視認した。
まだ3月は終わっていなかったのかと思うと同時に、俺はとある事実を思い出した。
24日。つまり二日後は、うちの大学の卒業式があるんだった。
( ,, Д) (…まぁ、別にいいか)
( ,, Д) (どうでもいいし)
返信はおろか既読をつけることもせずスマホを放り投げる。
もう一度寝ようかとも考えたが、横になるのも億劫でそのままの体勢で呆とすることにした。
72
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:41:16 ID:SG8HWUUI0
今のような生活をするようになって、一体どれほど経ったのだろうか。
寝すぎて霞がかかった脳内で計算をする。
今日がもう22日。あの日、病院を抜け出したのが確か4日。
大体3週間くらい経過したのかと、冷静に現状を顧みる自分がいた。
明かり一つ点いていない家の中。
しばらく掃除もされておらず、満足な食糧や飲料もないこの状況。
友人たちがここに来ればきっと、一体今まで何をしていたのかと問い詰めてくることだろう。
答えは極めて単純。
“何もしていない”だ。
この心臓が自分のものではないこと。
探し続けていたあの少女にはもう、会えないということ。
分かりたくないことを分かってしまったあの日から、俺にはもう、何かをするという気力が一切失われてしまった。
退院後の病院からの連絡は全て無視している。
それだけではない。友人たちからのメッセージも、その他の連絡も、何もかもへの反応をやめた。
73
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:41:55 ID:SG8HWUUI0
食事も面倒になった。手当たり次第、家にあった食材を適当な時間に食べる毎日だ。
外出どころか、部屋の電気を点けるのも億劫になった始末。
とにかく何もしたくなくて、ただ惰眠を貪って、息をしていた。
黙って心臓の鼓動を聞くだけの日々。
それだけが唯一、俺に安心をもたらしてくれた。
キュートが今の自分を見たら、一体何と言うのだろうか。
考えても意味がない思考がぐるぐると頭を巡る。
もう、彼女が俺に何かを注意してくれる日はこないのに。
74
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:42:38 ID:SG8HWUUI0
朝、喧しい声で起こされることもない。
何処かに連れていけとせがまれることもない。
自慢げな顔で性能を自慢されることもない。
細かいことでぐちぐちと怒られることもない。
「いってらっしゃい」と見送られることもない。
「おかえりなさい」と迎えてくれることもない。
嬉しそうにシュークリームを頬張ることはない。
不服そうに頬を膨らませる彼女は二度と見れない。
哀しそうにその日あった嫌なことを話す彼女の声は一生聞けない。
楽しそうに隣を歩く彼女にはもう触れられない。
キュートはもう、いない。
75
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:42:59 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)(どうでもいい)
どうでもいい。本当に、心底、全部。
友人も、就活も、未来も、家族も、自分も、何もかもがどうでもいい。
( ,, Д)(本当に、もう、どうでも)
( ,, Д)(お前以外は、どうでもいいんだ)
思えばきっと、ずっとそうだった。
キュートの存在が自分の中で大きくなっていくにつれ、“就活を終わらせる”なんて目標はどんどん薄れていたように思う。
76
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:43:50 ID:SG8HWUUI0
父を見返したかった。兄に並びたかった。亡くなった母に褒めてもらいたかった。
心臓も精神も身体も、何もかも弱かったあの頃の自分に、胸を張れるようになりたかった。
就活に関することだけじゃない。勉学も、バイトも、何もかも。
俺はずっと、そんな下らない理由だけを指針にして生きてきた。
それがいつの間にか、“キュートを安心させたい”と思うようになっていった。
彼女が喜んでくれるだろうか。凄いと言ってくれるだろうか。
月日が経つにつれ、そんな子どもじみた欲求で動くようになっていた。
ずっと言い訳をしていた。
キュートはアンドロイドだと、ロボットだと。
どれだけ家族のように大切に想ったところで、何の意味もないと。
理性があるつもりだった。割り切れているつもりだった。
それが、一体どうしたこのザマは。
自分の部屋にあったお気に入りの家電が一つ、なくなったようなものだろう。
少し長い間、居候していた親戚が出て行ったようなものだろう。
だというのに、何度も何度も自分に言い聞かせているのに。
指一本、動かす気にすらなれないではないか。
77
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:44:18 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…ははっ……」
孤独と後悔で満たされる部屋の中で乾ききった自棄の笑いが転がる。
狂ったように毎日連呼している“どうでもいい”。
もはや口癖のようになったそれで一つ、思い出したことがあった。
去年の夏頃。
病気で全てに絶望し、今の自分と同じように「どうでもいい」と世界と自分を呪っていた少女がいた。
あの時、俺は彼女に一体何と声をかけたのだったか。
とんだ道化だ。間抜けだ。大馬鹿者だ。
少し自分の方が闘病生活が長かった程度で、よくもまぁあんな説教を垂らせたものだ。
いざ自分が絶望する立場になれば、かつて自分が吐いた言葉も忘れて部屋に閉じこもる。
挙句の果てには、忌避していたはずの“どうでもいい”という呪いを吐いて、自分の毒に溺れる始末。
これを道化と言わずなんと例えるのか。三段落ちにも成りはしない。
78
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:44:47 ID:SG8HWUUI0
…本当は分かっている。頭では理解している。
自分が今、何をするべきなのか。今の自分を呆れながら見下ろす冷静な自分がもう一人いる。
正式に退院して、ここに帰ってきた日のこと。自分のスマホに、一件の留守電が入っていた。
去年の秋が終わる頃、ギリギリで受かった大手からのものだった。
内容は、考えてみれば至極当然のこと。
俺の、内定取り消しの連絡だった。
然程、驚きはしなかった。
内定を貰えた後、提出しなければいけない課題や、出席しなければならないイベントなど、やらなかったことが山積みなのだ。
いくら入院中だったとはいえ、ギリギリで採った学生一人に特例措置を下すこともないだろう。
俺がショックだったのは、そんなことではない。
スマホに残っていた一つの通話履歴。
俺ではなく、別の人物が会話した時の記録。
79
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:45:15 ID:SG8HWUUI0
o川; ―)o『ど、どうにか…入社時期をずらしていただくとか、代替措置は…!』
o川; Д)o『そんな…!お、お願いします、取り消しは……!』
キュートは最後まで、俺のために行動してくれていた。
つまらないプライドで、俺はずっと就活に関しては彼女の手助けを断っていた。
なのにキュートは、俺が意識を失っている間もずっと、俺の力になろうとしてくれていた。
だが結局、内定は潰えた。
二年以上費やした研鑽も、キュートが俺のためにしてくれた努力も、泡沫に消えた。
文字通り、俺にはもう何も残っていない。
80
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:45:39 ID:SG8HWUUI0
…いや、まだ一つだけ残っていたものがあったか。
胸に手を当てる。
ドクドクと、一定のリズムを感じながら目を瞑る。
( ,, Д)「…なぁ、キュート」
( ,, Д)「どうすればいいんだろうな、俺は」
返事はこない。心臓が話し出すなんてファンタジーは起きない。
それでも、俺は構わず口を動かし続けた。
( ,, Д)「分かってるんだ、やらなきゃいけないこと、いっぱいあるって」
( ,, Д)「お前から貰ったコレ、無駄にする訳にはいかないって」
( ,, Д)「分かってるん、だけどさ」
心臓は何も言わない。
時計のように、一定のリズムを刻みながら拍動を続けている。
それでも、物言わぬ心臓に俺はぽつぽつと語らい続けた。
81
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:46:11 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なぁ、何か言ってくれよ」
( ,, Д)「嗤ってくれてもいいし、説教でも、なんでもいいから。」
( ,, Д)「なぁ、何か――」
神様に縋る信心深い信徒のような心持ちで言葉を続ける。
しかし、心臓は決して何かを話すことはない。
明かり一つない真っ暗な部屋の中に、俺の声だけが霧散していく。
聞きたいと願った声が反響することは、終ぞなかった。
もういいか。そう思って目を瞑る。
ずっとこのままでいるのも、いいかもしれない。
半ば本気でそう思いながら、俺は両の瞼を閉じた。
82
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:46:41 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д) (……夢の中なら、会えるかな)
希望にはほど遠い願望を抱きながら、かつての同居人を思い描く。
この数週間、キュートが夢に出てくれたことは一度もない。それどころか、真面な夢を見た記憶がない。
それでも、今日ならば。無駄な期待を込めて俺は意識を手放そうとした。
その瞬間、轟轟と強く窓が震える音がした。
なんだろう、と思い目を開ける。
音がした方向を見ると、閉じていた筈のカーテンがバサバサと揺れていた。
どうやら、窓がほんの少し空いていたらしい。
一際強い風が吹いて、それが窓とカーテンを揺らしたのだ。
( ,,^Д^)(……面倒だ)
窓を閉じに行くことすら億劫に感じ、視線を戻す。
すると、ふと、床に何か落ちているのが見えた。
83
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:47:20 ID:SG8HWUUI0
暗闇の中、窓から射し込む僅かな月の光を反射した“それ”は、小さいながらに強く自分の存在を主張しているようにも感じられた。
億劫さよりも興味が勝り、何も考えないまま悠然と床に落ちていた“それ”に手を伸ばす。
指で優しく掴み取り、眼前にまで持っていく。
どうやらそれは、桜の花びらのようだった。
月光を反射した花弁は、ルーズクォーツのような宝石と見紛わんばかりの輝きを放っていた。
少し気になって、もう一度窓を見る。
空いていた隙間は自分の手が通るかどうかといったほどの隙間すらない。
この花弁一枚ですら、入ったことがまさに奇跡なのではないかと思えた。
84
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:48:40 ID:SG8HWUUI0
まじまじと食い入るように花弁を見る。
俺は、何かを忘れているような気がする。
大事なことだった。忘れてはいけないことだった。ずっと、楽しみにしていたことだった。
形容し難い焦燥感に襲われる。
思い出さなきゃいけない。なのに、どうしてか思い出せない。
水中でもがくように、記憶の底に落ちた何かを必死に救い上げようと脳を絞る。
いつだったか、今ほどではないが少し肌寒かった頃。
何かを見た。だけどそれは、自分にとっては少し物足りない物だった。
もっと綺麗なそれを見たかった。いや、見せたいと思った。
だから、いつか、春になったら。
その時は絶対に、二人で。
約束を。
85
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:49:13 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「――桜」
ポツリと呟く。
ずっと探していた宝物を包むみたいに、花弁を優しく握りしめる。
どうして忘れていたのだろう。
あの日、二人で公園で仲直りした時。
秋の夜空の下で、狂い咲きの桜を見た日のこと。
そうだ。俺はあの時、キュートと約束をしたんだった。
立ち上がり、無造作に転がったままのスマホを手に取る。
今日は三月。それも既に下旬に差し掛かった頃。
この前行った時とは違う。あの日、木の前で打ちひしがれた日とは随分な日数が経っている。
あの時の狂い咲きのように、ぽつぽつと咲いているだけじゃない。
この前の時のように、中途半端な景色でもおそらくない。
きっともう、桜は咲いている。
86
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:49:52 ID:SG8HWUUI0
クローゼットを開け、手頃な場所にあった服を適当に引っ張り出して着替える。
必要なものは特にない。スマホと、部屋の鍵。それくらいだ。
意味がない。そんなことは理解しきっている。
あの時、隣にいた彼女がいない今、俺一人で桜を観に行った所でどうしようもない。
それに、あの木はもう病院のものだ。
こんな時間とはいえ、俺が行ったところでまじまじとは見られないかもしれない。
だけど、それでも、どうしても。
もう俺には、約束(それ)しか残っていないから。
慣れたスニーカーを履いて玄関を開ける。
未だに冬だと思ってしまうほどの寒風に震えながら、俺はゆっくりと歩き出した。
87
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:50:18 ID:SG8HWUUI0
*
一歩一歩を踏みしめながら、公園へと続く道を進む。
ずっと家から出ずに引きこもっていた身には、随分と厳しく感じる道のりだった。
溜息を吐く。白く濁った煙が空中でゆっくり霧のように消えていく。
久しぶりに外に出たからか、三月の夜ということで冷えているからか、空気が随分と澄んでいるような気がしていた。
公園に人はいなかった。
当然と言えば当然だろう。何故なら時刻は既に深夜12時を過ぎている。
石が敷き詰められた道を抜け、広々とした園内に入った。
意識している訳でもないのに、視線が自ずと空間の中央に引き寄せられていく。
88
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:01 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「……あぁ…」
桜が咲いていた。それも、文句のつけようがないほどの、満開の桜であった。
数年前、初めてここに来た時のものより、それはずっと大きく綺麗に見えた。
風が靡くたびに揺れる木々が、綿毛のように花びらを散らしていく。
夜空に輝く満月が、宙に舞う花弁の一枚一枚を眩く照らすその様は、宇宙というキャンバスに宝石箱をばら撒いたような美しさがあった。
呼吸すら忘れるような、瞬きさえも億劫に感じられるような絶景に言葉を失って立ち竦む。
これほどまでに美しいと感じた景色を、今までの生涯で見たことがあっただろうか。
89
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:29 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)(……これを、見せたかった)
薄紅に意識を奪われた須臾の後、脳裏に一人の少女が思い浮かんだ。
いや、一人と称するのは正しくない。ましてや厳密には、少女と呼ぶのも誤りだろう。
無粋な訂正をする自身を隅においやり、トボトボと園内を歩いた。
下を向いて歩く。地面には無数の桜の葉が散っていた。
あまりにも神々しい桜の風貌に畏み申しているのかと思うほどに、適切な距離を空けて設置されているベンチの前で立ち止まる。
覚えている。ここは以前、キュートと仲直りをした場所だ。
隣にもう一人座れるくらいのスペースを空けてゆっくりとベンチに腰掛ける。
前もこうだったなと思いながら桜を見上げた。
秋頃に来た時とは逆に何が違うのだろうか。
まず、桜だ。あの時は狂い咲きで、目を凝らさなければ視認できない程度の蕾しか咲いていなかった。
次に自分。あの時の自分は傷や痣だらけで、必死に痛みを堪えながら木を見上げていた。
最後に、隣。あの時は、いくらか喧しいのが隣にいた。
90
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:51:53 ID:SG8HWUUI0
手を隣に置く。その上に、何かが重ねられることはない。
手の温もりとは程遠い冬風の冷たさが手の甲を通過していった。
( ,,^Д^)「……なぁ、見てるか?」
寒さと孤独に耐えきれなかったのか、それとも只の自己満足か。
桜を見ながら、勝手に口が回り出した。
( ,,^Д^)「これだよ。これをお前に見せたかったんだ」
( ,,^Д^)「正直、俺が前に見た時よりもずっと立派でさ、俺も今驚いてる」
( ,,^Д^)「…なぁ?本当に、ちゃんと綺麗だったろ?」
返事はない。置いた手が重ねられることもない。
隣に空いた空間が埋まる気配もない。
それでも構わず、俺は虚空に向かって話し続ける。
91
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:04 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…ひどいだろ。約束、破るなんて」
どうせもう、いつまで経っても返事なんて来ることはないのだ。
それならば、遠慮会釈など必要もない。
言いたくても言えなかったこと、全部言ってやろう。
( ,, Д)「俺の指示には、全部従うんじゃなかったのか」
( ,, Д)「最新型のクセに、約束一つ、忘れるのか」
( ,, Д)「…いや、悪いのは俺か。間抜け晒して轢かれたのは、俺だもんな」
満開の桜から目を背けることなく話を続ける。
空に雲はなく、月明かりが木全体を照らし、イルミネーションのように輝いている。
周囲には人はいない。時折強い風が花々を散らし、石竹色の雪のように舞うその様はまさに幻想的であった。
綺麗だ。心の底からそう思う。
なのに、どうして俺の心はこんなに凪いでいるのだろうか。
92
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:25 ID:SG8HWUUI0
視線を少し下に下げる。
病院が貼っているのであろう、立入禁止の旨が書かれたテープの向こう側。
桜の木の根元にある、周囲と比べて少し色が褪せている箇所。
( ,,^Д^)「そんな所からじゃ、見えないだろ」
吐き捨てるように言葉を零す。
探知機とデレ先生が示した、キュートが眠っている場所。
いっそ今、掘り返してしまおうか。
邪な考えが頭を過る。
どうせ今、周りに人はいない。そもそもキュートは俺の所有物扱いだった筈だ。
地面の中にいようが、俺の手元にあろうが、大して変わりはしないだろう。
そんな考えとは裏腹に、俺の両足はピクリとも動こうとはしなかった。
…分かっている。そんなこと、やる度胸もする気もない癖に。
キュートが最後に残したメモ。彼女が最期に父に伝えた我儘。
それを反故にするなど、俺に出来る訳もない。
93
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:53:55 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…分かってたよ」
落としたコップから水が滴るように、言葉が自然に漏れた。
分かっていた。分かっていたのだ。
何故、キュートが自分の機体をあそこに埋めるよう遺したのか。
彼女は一秒たりとも、俺との約束を忘れた瞬間など、なかったのだ。
俺が眠っている間、俺を救う方法をずっと探し続けてくれていた。
あの秋の夜の約束を楽しみにしながら、約束のことを胸に抱きながら、ずっと俺の目が覚める時を待ってくれていた。
あの部屋で一人、ずっと待ってくれていた。
俺の努力が無駄にならないよう、抗い続けてくれていた。
自分のプログラムを騙して父に逆らってまで、俺に心臓をくれた。
94
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:54:24 ID:SG8HWUUI0
どうしてこうなったのか。ずっと考えていた疑問の答えが、今はっきりと出た。
この二か月間、懸命に動いてくれていたキュートのせいな訳がない。
こんな状況になったのは。
深く考えずに交差点に出て、間抜けにも車に撥ねられ、何か月も眠り込み、挙句の果てには。
誰かの心臓を貰ったクセに前に進もうとしない、間抜けのせいじゃないのか。
俺のせいじゃ、ないのか。
( ,, Д)「キュート」
( ,, Д)「ごめんな」
嗚咽が漏れる。
酒に酔った訳でもないのに、胸の下の辺りから何かが込み上げてくるような感覚に襲われる。
( ,, Д)「大人しく、待ってればよかったんだ」
( ,, Д)「今も、本当は、こんなことしてる場合じゃないって、分かってるんだ」
言葉に吃音が混じる。
腹の底に溜まっていたものが、土石流のように溢れてくる。
締め付けられるように痛んだ胸を、左の拳でぐっと抑えた。
95
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:55:00 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なんで、俺にコレ、渡したんだよ」
( ,, Д)「どう考えたって、お前の方が、価値があるだろ」
( ,, Д)「やっぱり、ポンコツだよ、お前。馬鹿だ、大馬鹿、不良品だよ」
( ,, Д)「…言い返さなくて、いいのかよ。いつもみたいに、怒れよ」
( ,, Д)「そこに、いるんだろ?埋まってるんだろ?…なら、何か言いにこいよ」
( ,, Д)「何でも、いいから…何言われたって、いいから」
自分でも声が震えているのが分かる。
火傷するくらいに瞼が熱いのに、両の目からは一滴も涙が落ちる気配はない。
96
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:55:27 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「……頼むよ、もう、限界なんだよ」
( ,, Д)「何でも我儘、きくから。シュークリームでも何でも、買ってやるから」
( ,, Д)「どんな遠い所でも連れてってやるし、何やったってもう、怒らないから」
震えた喉を絞るように話を続ける。
この言葉はきっと届いていない。そもそも、届く相手がいない。
それでも、吐き出さなくてはならない。
そうでもしないともう俺は、一秒たりとも正気を保っていられそうにない。
何度も何度も考えた。
あの日、大人しくコンビニの前でキュートを待っていたのなら。
もう少しゆっくり水族館にいたのなら。
ツリーライトを眺める時間をもっと長めにとっていれば。
今も俺の隣で、キュートは笑ってくれていたのだろうかと。
97
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:56:02 ID:SG8HWUUI0
会いたい。
赦してくれなくてもいいから。
怒ってくれなくてもいいから。
情けないと嗤ってくれてもいい。
この際、会話が出来なくてもいい。
あの白く細い手に、触れられなくてもいい。
( ,, Д)「――会いたい」
何を犠牲にしてもいい。全部投げ出したっていい。
俺の今までも、これからも、何もかもを捧げたっていいから。
ただ、もう一度だけ。
もう一回だけ、あの笑みに、出会えることが出来るなら。
98
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:56:43 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「会い、たい」
話なんて求めない。触れたいなんて、傲慢を口にするつもりもない。
いっそもう、明日なんて来なくてもいい。
あと一回。一回だけでいい。
一方的でもなんでも、悪魔との契約だったとしても構わない。
( ,, Д)「…………」
( ,, Д)「キュート、に」
( ,, Д)「会いたい、なあ」
轟と音をたてて、今日一番の強い風が吹いた。
叶う訳もない呟きは、舞い散る桜の渦に消えていった。
99
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:57:23 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「――いるんですけどね、ここに」
100
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:57:47 ID:SG8HWUUI0
ベンチに置いていた右手が、やんわりと優しく包まれた。
桜が晴れて、ゆっくりと隣を見る。
両サイドで止められた艶やかな髪が、桜を纏った風に吹かれてゆったりと揺れている。
膝が見えるかどうかのデニムパンツに、上は青みがかったトップス。
丸く大きな瞳に、ほどよい高さの鼻と小さな唇。
ハルジオンを彷彿とさせるように白く、きめ細やかな肌。
見慣れた筈の姿が、いつの間にか、たおやかな微笑を浮かべて座っていた。
101
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:58:46 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「――キュー、ト」
名前を呼ぶ。ずっとずっと呼んでいた名前。
もう一度反応して欲しいと、願い続けていた名前。
俺の零した声に反応したのか、気付かぬうちに隣にいた少女がこちらを向く。
目が合って数秒後、少女は数回瞬きをした後、信じられないものを見たかのように元々大きな瞳を更に大きく開かせた。
o川*゚ー゚)o「………あれ…?」
o川;゚―゚)o「…もしかして、見えて、ます?」
そう言いながら、少女は指で自身を指差す。
戸惑いつつゆっくりと頷くと、彼女は困ったように、それでいて嬉しそうに苦笑いを浮かべた。
102
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 18:59:36 ID:SG8HWUUI0
o川;゚―゚)o「あ、あははー…えっと…」
o川;゚―゚)o「お、お久しぶりです…?いや違うか、ある意味近くにいたし…うーん…?」
ころころと百面相のように表情が変わっていく。
記憶の中の彼女と寸分違わず変わらない。
少し前まで毎日見ていた、ずっと求めていた姿がそこにはあった。
o川;゚―゚)o「でもどうしていきなり…ずっと聞こえてないし、見えてもないと思ったんですけどねぇ」
o川*゚ー゚)o「うーん…まぁいいです!ラッキーってことで!」
103
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:00:47 ID:SG8HWUUI0
しばらく何か唸ること数秒、ようやく何か納得がいったのだろうか。
彼女は俺の右手をぎゅっと握り、こちらに真直ぐな視線を向けた。
o川*゚ー゚)o「改めて、お久しぶりです。マスター!」
o川*゚ー゚)o「…多分、この表現は、厳密には間違ってると思うんですけど」
o川*^―^)o「――死んじゃいました。ごめんなさい」
奇跡が、隣で笑っていた。
104
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:01:36 ID:SG8HWUUI0
(; ,,^Д^)「……キュート」
o川*゚ー゚)o「はい!」
(; ,,^Д^)「キュート…なの、か」
o川*゚ー゚)o「そうですよ!第三世代NewAIシリーズ・レプリカントナンバーr-Q10!キュートです!」
そう言って、隣にいつの間にか現れていた少女はニコリと微笑む。
花が咲いたような、目が惹きつけられるような笑顔。
記憶の中の彼女と全く同じ、俺がずっと求めていた表情が今、目の前にあった。
o川;゚―゚)o「…あれ、もしかして、偽物か何かだと思われてます?」
o川;゚―゚)o「ちょ、ちょっと待って下さいね!ええと…」
慌てたように、何かを思い出そうとするみたいに目の前の少女は渋い顔を浮かべる。
そんな様子を見た俺の身体は、まるで糸か何かで引っ張られたように卒爾に動いた。
105
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:02:06 ID:SG8HWUUI0
o川;゚o゚)o「ふえっ…!?」
気が付けば、抱きしめていた。
o川;//―//)o「あ、あのあのあの、マスター!?いいいくら何でもここは公共の場でして、いや別に嫌という訳でもないのですが、あの――!?」
( ,, Д)「――会いたかった」
腕の中にすっぽりと納まった華奢な身体を、気を遣うことなく力一杯抱きしめる。
慌てふためく彼女にかけられたのは、何の捻りもない只の感情の吐露。
もしもまた会えたら何を言おうか、何を話そうか。
なんてずっと考えていた思考は、眼前で起きた奇跡によって吹き飛んでいった。
106
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:02:40 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「ずっと、ずっと、会いたかった」
( ,, Д)「お前にまた会えたらって、そればっかり考えてた」
o川*゚ー゚)o「………」
返事の代わりなのか、キュートは少し遠慮がちに抱きしめ返してくる。
とてもロボットとは思えない、繊麗な柔らかさがこの身に触れた。
o川*゚ー゚)o「…ごめんなさい。迷惑、かけちゃいましたね」
そう言いながら、キュートは俺の背中を優しくさする。
その感覚がどうにも心地良くて、ずっとこうしていたいとも思った。
107
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:03:03 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「本当はもうちょっと色々したかったんですけど…時間、なくて」
( ,, Д)「いいんだ、もう、いいから…許すから」
( ,,^Д^)「…帰ろう、一緒に」
抱きしめながら、震えた声で訴えかける。
( ,,^Д^)「帰って、買い物とか行こう。今、家に何にもないからさ」
( ,,^Д^)「シュークリームでも、何でも買ってやる。そうだ、明日はどこか遊びにいこう」
( ,,^Д^)「…だからさ、家に帰ろう、キュート。それでまた、明日からもずっと、一緒に――」
o川* ―)o「―――ごめんなさい」
抱擁が解かれ、密着していた互いの身体が離れる。
どうしたのかとキュートを見ると、彼女はひどく申し訳なさそうな顔で俯いていた。
108
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:04:10 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…ごめんなさい。無理なんです、それは」
o川*゚ー゚)o「――私、もう本当は、いませんから」
諦めの感情が乗った言葉を口にしながら、キュートは困ったように笑う。
何を言っているのか分からず、俺の口からは「は?」という何とも間抜けな感嘆が零れた。
(; ,,^Д^)「何、言って…だって、お前は今、ここに」
o川*゚ー゚)o「…お手を拝借しますね、マスター」
状況が理解できないままの俺の手をキュートはぎゅっと握りしめる。
そして、初めて会った日のように、彼女は自分の胸に俺の手を当てがった。
(; ,,^Д^)「………!」
o川*゚ー゚)o「…ね?お分かりでしょう?」
キュートはそう言って苦笑する。
胸に手を当てられて数秒、嫌でも気付いてしまった。
あの時とは決定的に異なる部分。当時あったものが、今はすっかりなくなっている。
心拍音が、ない。
彼女の胸部からは、何の拍動も感じられなかった。
109
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:05:04 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…せっかくですし、ちょっと歩きましょうか」
俺の手を胸から離し、キュートはゆっくりと立ち上がる。
後ろで手を組んだまま、彼女は散歩でもするみたいに桜の木の方へと歩いて行った。
数秒ほど遅れて俺もベンチから立ち上がり、キュートの後ろをついていく。
いつも隣り合って歩いていたからか、この様子にはどこか違和感があった。
( ,,^Д^)「…今のお前は、なんなんだ」
歩きながら、キュートの背中に向けて言葉を発する。
彼女はこちらを振り返ることなく、歩きながら答えを返した。
o川*゚ー゚)o「うーん…私もよく分かってないんですよねぇ」
o川*゚ー゚)o「まぁ、世の中には万物に魂が宿るって考え方もありますし、そんな感じなんじゃないですかねー?」
( ,,^Д^)「アニミズムか?」
o川*゚ー゚)o「あ、それかもです!いやぁ、私にはプログラムしかないって思ってたんですけど、魂なんて贅沢なものがあったってことですかね!」
前方を歩く彼女から「えへへ」と陽気な笑い声が聞こえる。
その足取りも、笑い声も、どれも俺が知っているキュートそのものにしか思えない。
110
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:05:58 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「んーまぁ…結局、今の私は“機械の幽霊”みたいなものだと思います」
o川*゚ー゚)o「それか、マスターの記憶を基にした全く別の何かとか、ただの幻覚とか、色々可能性ありますけど…」
o川*゚ー゚)o「私にインプットされてた知識じゃ、この辺りの説明が限界ですね。今はもう、ネットに接続とかも出来ませんし」
o川;゚―゚)o「…あっ!“じゃあマジでポンコツだな”とか言わないで下さいね!?」
( ,,^Д^)「…言いはしないよ」
o川#゚―゚)o「思うのもアウトですー!」
可愛らしく頬を膨らませながら前を歩くキュートの足がピタリと止まる。
彼女のすぐ前には、桜の木を囲むように張られた黄色のテープがあった。
111
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:06:35 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「邪魔ですねぇ、よいしょっと」
そう言ってキュートは立入禁止のテープにデコピンをする。
その瞬間、テープはまるで鋭利な刃物で切られたかのようにはらりと落ちた。
(; ,,^Д^)「…えっ!?お、おい、勝手に何やって…!?」
o川*゚ー゚)o「大丈夫ですよ、誰も見てないんですから」
(; ,,^Д^)「いやそういう問題じゃなくてだな…!」
o川*゚―゚)o「もーう、相変わらず真面目ですねぇマスターは」
慌てる俺に呆れながら、キュートは堂々と桜の木に近付いていく。
入っていいのかどうか悩みながら、俺は周囲に気を配りつつキュートの後についていった。
112
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:07:44 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…あ。ほら、アレです」
( ,,^Д^)「アレ…?」
キュートが指を差した方向を見る。
桜の木の根元。周りと比べると、やや白みがかった土の部分。
o川*゚ー゚)o「――あそこです。私がいるの」
(; ,, Д)「………っ」
まるで何でもないことのように、大したことでもないというように。
表情を一切変えることなく、平然とした様子でキュートはそう言い放った。
(; ,, Д)「…お前は、ここにいるだろ」
o川*゚ー゚)o「言ったでしょう?今喋ってるこの私は多分、幽霊かなにかです」
o川*゚ー゚)o「元々の私は、そこにほとんど埋められてます」
話を続けながら、キュートは木の根元にしゃがみ込む。
やはり何か思うことがあるのか、彼女はその細い指先で撫でるように土に触れた。
113
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:08:49 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…まさか猫田博士が本当に、お願いした通りにしてくれるとは思いませんでした」
“お願い”という言葉に数週間前のデレ先生の言葉が思い浮かぶ。
確か、キュートが手術室に残した、遺書のようなメモ書きがあったのだったか。
o川*゚ー゚)o「知ってますか?この桜の木、区の所有物だったらしいんですよ」
そう言いながらキュートは立ち上がり、上空に咲いた桜を見上げる。
揺れる木々からひらりと一つ、薄桃色の花びらが舞い降りた。
o川*゚ー゚)o「博士が木を周囲の土地ごと買い取ったんだそうです。財源は謎ですけど」
o川*゚ー゚)o「ま、私の機体なんてトップシークレットですからね!最新型はモテモテで困っちゃいますね〜!」
(; ,,^Д^)「…父さんが、買い取った…?」
俄かには信じられない言葉を復唱する。
あの父が、わざわざ律儀にキュートの要望を聞いたというだけでも信じ難いことであるのに。
俺の呟きにキュートも頷きながら話を再び続けた。
114
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:09:27 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…私の機体、てっきりリサイクルに回されると思ったんですけどね」
o川*゚ー゚)o「最期の我儘くらいは、聞いてもらえたみたいです」
頭に降ってきた花弁を手で払う。
キュートの表情には、好きなお菓子を買ってもらえた子どもみたいな笑みが浮かんでいた。
o川*゚ー゚)o「デレ先生にもお礼言いたかったんですけどねぇ。移植の時、バレないように色々と手を回してくれてたみたいですから」
キュートの口から出た“移植”という言葉が、魚の小骨のように引っかかる。
そうだ。俺は大事なことを聞きそびれていた。
115
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:09:51 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「……心臓」
o川*゚ー゚)o「えっ?」
( ,,^Д^)「なんで、俺に渡したんだ」
自分の胸を抑える。
今、俺の生命活動を支えている心臓。
元々は、キュートのコアだった部品。
( ,, Д)「…移植することは、禁止してたろ」
ずっと前の記憶が頭の中で再生される。
確かにキュートに向けて出した、心臓移植の禁止命令。
116
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:11:48 ID:SG8HWUUI0
御免だった。自分のために誰かが犠牲になる、なんてことが。
幼少の自分の世話や介護中に倒れた母が、キュートと重なって見えた。
あの向日葵畑に向かう途中、でぃさんから伝えられた“アイ”の真実。
文字通り骨の髄まで人間のためになるよう作られたという事実が、腹立たしくて仕方なかった。
キュートを自分のために消費する。それが、どうにも耐えられなかった。
だが、“それ”は成ってしまった。
俺は今、キュートを消費して生きている。
ずっと自分を支えてくれた少女から、命を奪って息をしている。
o川*゚ー゚)o「…そうですよ、大変だったんですよー?禁止命令破るの!」
o川*゚ぺ)o「もうあの手この手と試しましたもん!研究所のデータをクラッキングしたり、適当な企業のデータに潜り込んだり…超〜疲れました!」
o川*゚ワ゚)o「でもまぁ、最終的には何とかしたのが、やっぱり流石私って感じで――」
( ,, Д)「――そうじゃ、ないだろ」
o川*゚ー゚)o「……っ」
震えた声を絞り出してキュートの自慢げな声を遮った。
きっと、キュートは俺が何を言いたいのか分かっている。
117
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:12:23 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「なんで、俺なんか優先したんだよ」
( ,, Д)「お前いつも言ってたろ。“自分は優秀な最新型なんだ”って」
( ,, Д)「なんで、こんな…就活なんかに困ってる人間、優先したんだよ。どう考えたって、逆だろ」
拳をぎゅっと握りしめる。
改めて言葉にすると、ほとほと自分の情けなさに嫌気が差す。
だけど、事実だ。本心だ。
どう考えたって、自分なんかよりも、キュートの方が何倍も価値がある筈だ。
そしてキュートも、自分の価値の高さを把握していた筈だ。
それなのに、どうして、禁止命令を破ってまで、何故。
俺に、心臓(こんなもの)を託したのか。
118
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:13:02 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「もっと行きたい場所とか、食べたい物とか、あったんじゃないのかよ」
( ,, Д)「どうするんだよ、これじゃあ、もう、何も出来ないじゃんかよ」
( ,, Д)「なぁ、なんでだよ…なんで…!」
( ,, Д)「――何で、俺なんか、助けたんだ……!!」
俺とキュートの間に、桜を伴った強風が通り抜ける。
震え掠れた、僅かな怒気をはらんだ声が風の音に邪魔される。
だが、キュートの耳にはしっかり届いたのだろう。
彼女は困ったような顔をしながら、それでもこちらを向いて口角を上げていた。
119
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:13:45 ID:SG8HWUUI0
( ,, Д)「…なぁ、ダメなんだよ、俺。ダメなんだ」
( ,, Д)「お前がいないと、無理だ。前に進めない、どうすればいいか、分からない」
( ,, Д)「ずっと一緒にいてくれるんじゃ、なかったのかよ、なぁ」
煌びやかなツリーの前でした、子どもじみた約束を掘り返す。
ああきっと、今の俺は、相当にみっともなく映っているんだろう。
だけど、それでもよかった。誰になんと思われようと、嘲笑われようと、構わない。
( ,, Д)「…必要なら、心臓も、返す。父さんに、頭だって下げる、から、頼む」
( ,, Д)「また、一緒にいてくれ。お願いだから、お願い、だから…俺は……」
( ,, Д)「…お前がいないと、寂しい…!」
情けない。みっともない。無様で、惨めで、不格好。
それでも、見るに堪えなくとも、偽りない俺の本心だった。
楽しかった。キュートと過ごす毎日が。
あれだけ悩んでいた就活も、先の見えない人生も、全部どうでもよくなるくらいに。
どんな明るい未来より、俺は、キュートが一番欲しかったのだ。
キュートがこちらに数歩近づく。
彼女の手がゆっくりとこちらに伸びる。
俺はそれを見ながら、抵抗することなくただ立っている。
手が届く。それと同時に、数枚の花弁が頭から風に乗って飛んで行った。
120
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:15:10 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「…ふふふっ…!」
キュートは明るく笑っていた。
それも、堪えきれないといった具合に。
(# ,, Д)「…何、笑って……」
o川*゚ー゚)o「ああ、いえ…!ごめんなさい、ちょっと、嬉しくて」
o川*゚ー゚)o「…ふふっ、そんなこと思ってくれてたんですね、マスターったら」
(# ,,^Д^)「そんなことって…!」
反論しようとした矢先、忽ち言葉に詰まって黙る。
言葉が思いつかなかったからでも、桜が邪魔をしたからでもない。
眼前にいる少女の笑顔が、泣きそうになるくらいに、綺麗だったからであった。
121
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:16:22 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「…私にとっては、違うんです」
o川*゚ー゚)o「そもそも私にとって人間がどうとか、機械の方が価値があるとか、どうだっていいんです」
笑いながらキュートは俺の手を取る。
そのままいじらし気に彼女は俺の手を自分の指と絡めた。
o川*゚ー゚)o「…マスターが、私を大事にしてくれたみたいに、私は、マスターを大事にしてみたかったんです」
o川*゚ー゚)o「ほら、子どもって大人の真似をして大きくなるでしょう?あれと同じですよ」
o川*゚ー゚)o「貴方みたいなことをしたら、貴方みたいになれるかなって、思ったんです」
ぎゅっと手を握られる。
絡まった指先から伝わる温もりは、幽霊とは思えないほどに暖かかった。
122
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:17:08 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「ロボットの私でも、もしかしたら、人間の気持ちが分かるんじゃないかって」
o川*゚ー゚)o「貴方の見ていた世界が、感じていたものが、理解できるんじゃないかった期待した」
o川*゚ー゚)o「…私のこの想いはプログラムでも、ましてやバグでもないって、証明したかった」
視線が交差する。ずっと隣にあった筈の大きな瞳に、今にも泣きそうな自分が反射している。
キュートは口角を上げたまま、ゆっくりと目を瞑って言葉を紡いだ。
o川*゚ー゚)o「…嬉しいです。今までにないくらい。こんなに必要とされてただなんて、思ってもいなかった」
( ,,^Д^)「…当たり前だろ。お前より、大事な人なんて、いない」
o川*^―^)o「そこで“物”って言わない辺り、マスターらしいですねぇ」
今まで口にもしなかったような台詞を吐く。
そんな言葉にキュートは動じもせず、純粋に嬉しそうにクスクスと笑ってみせた。
123
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:19:23 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「――今まで、ありがとうございました」
o川*゚ー゚)o「マスターといた毎日が、本当に、全部楽しかった」
o川*゚ー゚)o「気付いてました?私の記憶容量、マスターで一杯なんです。…容量には、自信があったのに」
手を握られたまま、キュートはポツリポツリと呟き始める。
まるで、ずっと大事に抱えていた大切なものを、少しずつ切り離すかのように。
o川*゚ー゚)o「幸せでした。きっと私は、世界で一番恵まれたアンドロイドでした」
o川*゚ー゚)o「“キュート”って素敵な名前を貰えて、美味しいもの沢山食べて、色んな所にマスターを出かけられて」
o川*゚ー゚)o「たまに喧嘩して、仲直りして、また下らないこと話して…凄く、楽しい毎日でした。お返し出来るのが、心臓一つなんかじゃ足りないくらいに」
o川*゚ー゚)o「…最後に、こんな贅沢な走馬灯まで、見れた」
キュートの手が俺の胸に触れる。
俺は何も言わないまま、キュートの背にそっと手を回した。
124
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:19:54 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「……なんだか、私ばっかり貰ってばかりだった気がします」
( ,, Д)「…そんなこと、ない」
ぎゅっとキュートを肩を抱きながら、語気を強めて言葉を絞り出す。
それは違う。絶対に、そんなことはない。
( ,, Д)「俺の方こそ、貰ってばかりだった。挙句の果てに、こんな、こんな……」
ズキズキとした痛みを胸に感じる。
あの夏の日から今日まで、俺はずっと貰ってばかりだった。
誰かに「おかえり」と言ってもらえるのが、あんなに嬉しいことなんて知らなかった。
誰かと一緒に家で食べるご飯が、あんなに美味しいなんて知らなかった。
( ,, Д)「…やっぱり俺は、お前が、いないと……」
o川* ―)o「……それは大丈夫、ですよ。マスター」
こちらを見上げるキュートと視線が合う。
腕の中の彼女は、女神と見間違うような微笑みを携えていた。
125
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:22:14 ID:SG8HWUUI0
o川*゚ー゚)o「私は知ってます。マスターがちゃんと、前に向かって歩ける人だって」
o川*゚ー゚)o「そりゃあ、絶対倒れないとか、そういう強さはないでしょうけど」
o川*゚ー゚)o「…でも、きっと大丈夫。私が隣を歩かなくても、マスターはちゃんと立ち上がれる」
o川*゚ー゚)o「私がずっと見てきた貴方は、そういう人」
胸の辺りをトンと突かれる。
かつてキュートのコアだった、今は俺のものになってしまった部品。
o川*゚ー゚)o「約束とちょっと違いますけど、私はずっと、ここにいます。マスターと一緒にいます」
o川*゚ー゚)o「絶対、大丈夫。マスターならどんな困難でも、何とか出来る。だって」
言葉がそこで区切られる。
すると、キュートは顔をぱっと挙げて、花が咲いたような笑顔でこう言った。
o川*^ワ^)o「――とびっきりの私(アイ)、あげたんですから!」
心臓がドクンと鳴る。何の前触れもなく、途端に鼓動が早くなる。
今まで見てきた中でも、一番屈託のない、自信に満ち足りた満面の笑み。
126
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:23:45 ID:SG8HWUUI0
( ,,^Д^)「………そうかな」
o川*゚―゚)o「そうです!自信持って下さい!最新型、第三世代”アイ”のお墨付きですよ!」
( ,,^Д^)「…そっか。なら、信じて、いいかもな」
口から掠れたような笑い声が漏れる。
根拠と言い張るにはあまりに乏しい、もはや暴論の類である。
だがそれでも、これ以上に俺を勇気づける言葉はきっと、世界の何処を探したってないという確信があった。
思えば、ずっとこうだった。
俺が何かネガティブな発言をして、キュートが笑いながらそれを否定する。
就活に関してキュートの手を借りない。俺がずっと固執していた小さな縛り。
だが、そんなもの何の意味もないと今更気付いた。
就活どころか生活、呼吸、心臓の鼓動に至るまで、全部。
今更になって、やっと気付いた。
俺は、キュートにずっと支えられて生きていたのだ。
127
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:25:32 ID:SG8HWUUI0
ふわりと、眼前に沢山の桜が舞って一瞬キュートの姿が隠れる。
ふと、ずっと吹いていた風が強くなっていることに気が付いた。
o川*゚ー゚)o「……そろそろ、時間みたいです」
( ,,^Д^)「…そう、か」
キュートの手が胸から離れる。
俺はゆっくりと抱擁を解き、彼女の顔を直視した。
o川*゚ー゚)o「…ご飯、ちゃんと食べて下さいね」
( ,,^Д^)「………ああ」
o川*゚ー゚)o「運動もしっかり!また怪我しちゃダメですよ!」
( ,,^Д^)「…善処するよ」
o川*゚ー゚)o「就活、諦めないで下さいね。笑顔でハキハキとお返事、です!」
( ,,^Д^)「お前より、俺の方が就活には詳しいよ」
o川* ―)o「………素敵な恋人さんとか、作って下さいね。ずっと一人は、しんどいですから」
( ,,^Д^)「…………それは、どうだろ」
キュートの身体が俺から離れる。
彼女の身体が、ほんの少しだけ、透けているように見える。
――ああ、これでもう本当に、最後なのか。
少しずつ透明になっていくキュートの足元を見ながら、ぼんやりとそう思った。
128
:
名無しさん
:2023/09/01(金) 19:26:12 ID:SG8HWUUI0
o川* ―)o「……そうだ」
不意に何かを思い出したかのような声が上がる。
どうしたのだろうと疑問に思いながらキュートを見ると、彼女はごそごそと自身の髪をいじっていた。
o川*゚ー゚)o「まだありました。渡せる物」
そう言って、キュートは俺の右手を強引に掴む。
そして手のひらに握った何かを無理やり俺に握らせた。
川*゚ー゚)「実はそれ、結構頑丈なんです。特殊な素材で出来てるので」
二つ結びが解かれた長い髪が春風に揺れる。
あまり見慣れない、髪を下ろしたキュートの姿。
ああ、そういえば風呂上りはいつもこんな感じだったなと、俺は場違いなことを考えた。
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