したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

('A`)( ゚∀゚)川 ゚ -゚)( ^ω^)の話のようです

28名無しさん:2020/09/07(月) 23:29:34 ID:.ytJhppU0


29名無しさん:2020/09/08(火) 08:11:06 ID:Xggjz4Z20
乙です!面白そう
続き期待

30名無しさん:2020/09/13(日) 21:17:20 ID:1VaqPY5g0
1-2.曇り空


 実力テストを終えた僕は、寄り道などせずまっすぐに帰宅した。

('A`)「ただいま〜っと」

 玄関を開けながら発する帰宅宣言に反応する者はいない。共働きの家だからだ。看護師の母はもちろん平日は仕事だし、大学教授の父は休みでもおかしくなさそうなものだと思っていたけれど、どうやら9月いっぱいが休みであるのは学生側のスケジュールであって、教員はそうではないらしい。

 父さんは本日も真面目に登校している。

('A`)(出勤と言った方がいいのかな? 父親が登校するってなんだか面白おかしい響きをしちゃうな)

 そんなことを考えながら、僕は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いでぐびりと飲んだ。ちらりと流しに目を向けると朝食の使用済み食器が溜まっている。中途半端に残った容器の中の麦茶をすべてコップにあけ、使用限界近くまで酷使された麦茶パックを取り出してゴミ箱に捨てた。

 乾燥の済んだ食器を棚に片付け、シンクの洗い物をざぶざぶと洗う。食器洗い乾燥機は便利なものだが、こちらが期待する成果をあげてもらうには、あちらが期待する前処理を適切に行う必要があることを僕は経験上知っている。

 それが僕の家庭における仕事だからだ。

31名無しさん:2020/09/13(日) 21:19:32 ID:1VaqPY5g0
 
 ことさら仕事というと大げさに聞こえるかもしれないが、要は僕の家では労働をせずにもらえる小遣いは基本的にないというだけのことである。

 もちろん通常の生活を送るのに必要なものは買ってもらえるし、それが厳しいわけでもないのだが、若者には理由なしに行うお買い物も必要なのだ。暑い日にアイスを1本買うのにわざわざ許可申請をしたい者はいないだろう。

 姉のクーもこの制度に不満はないようだった。むしろわかりやすい考え方だと迎合していた様子であり、僕はその時姉と父との間に存在する血の繋がりを強く意識した。

 そんなわけで、僕たちは彼女が大学に進学し、ひとり暮らしをはじめるまでの間、分担してほとんどすべての家事を行っていた。

(,,゚Д゚)「さてと、クーがいなくなった後はどうする? ひとりで家のことをするのは大変だろうし、とはいえおれたちは帰宅後だいたい疲労困憊してるから、家事代行サービスでも頼んでもいいなと思ってるんだが」

('A`)「わざわざ雇うの? いいよ、今さら家のことしなくなるのも落ち着かないだろうし、それで手に入るお金が減るのもムカつくし、僕がやるから賃金を上げて、何なら設備投資してくれない?」

(,,゚Д゚)「ふうん、まあいいだろう、やってみな。クオリティ的にだめそうだったらクビだけどな」

('A`)「その時は子供の労働力を搾取する親として告発してやる」

 そんなやり取りをしたのも今は昔、まさかこんなに短期間で姉のひとり暮らしが終わるなどとは誰も思わなかったことだろう。

32名無しさん:2020/09/13(日) 21:22:23 ID:1VaqPY5g0
 
 そんなわけで、我が家の家事用品は充実している。必要なものを僕が自分でリストアップして必要性とコストパフォーマンスをプレゼンし、勝ち取ってきた相棒たちだ。自然と愛着も湧き、上質な仕事と丁寧な使用を心がけることになる。

 ひょっとしたら親らにコントロールされた結果なのかもしれないが、それは僕にとっても決して悪いことではなかった。

 冷蔵庫の中身を確認して買い物の必要はないと判断すると、僕はシャワーを浴びることにした。頭をガシガシと洗いながら転校初日の学校生活を反芻する。

('A`)「う〜ん、どうしようかなぁ」

 転校してきて今日から私立したらば学園の一員となった僕には選択しなければならない事柄がそれなりの量あるのだった。その大半が即決できることだけれど、そのうちいくつかは何度も脳内で議題に挙げては結論がなかなか決まらす、ついつい先送りにしてしまう問題である。

 前者の代表格は部活動をどうするかである。したらば学園はそれなりに部活動に熱心な学校であり、ほとんどの生徒は何らかの部に所属し、青春の汗を流しているらしいのだ。しかし、部活にまったく興味がない僕にとっては、所属が義務でない時点で考えるまでもないことである。

 そして後者の代表格は、ツンからのお誘いだった。

 同じクラスの前の席に座るかわいい女の子からのお誘いだ。断る理由はどこにもないと思われたが、ひとつだけネックとなっていることがあった。

 それは、そのお誘いが、ジョルジュの所属するバスケ部の練習試合を観に行こうというものだったからである。

33名無しさん:2020/09/13(日) 21:23:40 ID:1VaqPY5g0
 
川д川「え〜、行けばいいじゃん」

 そんな僕の事情を知った貞子さんはあっけらかんとそう言った。思わず僕は口をとがらせる。

('A`)「嫌ですよ、聞けばそいつはバスケ部のエースらしいんですよ。それで学費も免除されてるんだとか。そんないけ好かないスポーツ・エリートの活躍するところを、なんで僕が観に行かなきゃならないんですか」

川д川「面白いよ、バスケ」

('A`)「バスケが面白いかどうかは今問題じゃなくてですね」

川д川「かわいいよ、女の子」

('A`)「あなたツンに会ったことないでしょうが」

川д川「ツンだって。もう呼び捨てにしちゃってさ!」

('A`)「そうしようとあちらから言われたんですよ」

川д川「あっちから誘ってきたって?」

('A`)「いやなんかブーンという男の子からもそう提案されましたよ。ドクオ、ブーンでいこうって。シタガクのひとは皆そうなんですか?」

34名無しさん:2020/09/13(日) 21:26:17 ID:1VaqPY5g0
 
川д川「距離が近くて社交的だって? どうだろう、どっちかというと内弁慶が多いと思うけどね」

('A`)「そうなんですか?」

川д川「幼稚園から小中高とエスカレーターできるからね。小学校とか幼稚園から入ってる子は周りが幼馴染に満ちているわけだから、社交性はあまり育まれないんじゃあないかなあ」

('A`)「貞子さんはどこからシタガクなんですか?」

川д川「私? 私は中学からよ。この社交性のなさは生まれつき」

('A`)「そういう意味で言ったんじゃあないですけどね」

川д川「ふうん。ま、そういうことにしておこう」

 貞子さんは肩をすくめてそう言うと、バランスの良いスタンスでスローラインに立ちダーツを放った。

 僕と貞子さんが雑談しながらダーツの練習を重ねているのは、クーが父さんたちから権利を勝ち取り、根城としている離れだ。母屋にも一応クーの部屋はあるけれど、ひとり暮らしを解消させられることと引き換えに生活が可能なレベルまでリフォームさせたこの平屋をクーはとても愛している。

 そして、僕や貞子さんはこの離れに入り浸っているというわけだ。その入り浸り様は、実質的に家主と言えるクーが不在の時間帯にも勝手に上がり込んで部屋を使用していることからも想像できることだろう。

35名無しさん:2020/09/13(日) 21:29:24 ID:1VaqPY5g0
 
 この平屋は広大な1LDKのような造りになっている。

 ワンの部分はクーの部屋だ。僕や貞子さんにも見られたくないものや貴重品が置かれているのだろう。そして元々何部屋かに分かれていたのであろうその他の部分は、ドアや壁がすべて取り除かれ、余裕をもってダーツに興ずることのできるLDKとなっているわけである。

 離れの鍵は昔ながらの方法で、非常に簡素な隠され方で僕らに提供されており、その在処は僕も貞子さんも知っている。だから本日母屋での仕事をひと段落させ、シャワーを浴びた後の僕がこの離れを訪れたとき、貞子さんがひとりでダーツ設備を使用していたとしても、僕はまったく驚きはしなかった。

 僕はきわめて冷静にお湯を沸かして有り余るほどある素麺の何束かを茹で、有り合わせのソーセージやシシャモを小さなキッチンで焼き、レンジで温めた煮物の残りと一緒に貞子さんを誘ってテーブルに並べた。素麺はすぐに足りなくなって、追加で茹でた。

 そして食事があらかた済んだところで、貞子さんが僕に訊いてきたわけだった。

川д川「さてと、それじゃあ転校初日の高校生が抱える甘酸っぱい悩みごとでも聞こうじゃないの」

 そんなものはありませんよ、と即座に言うには、僕には結論を先延ばしにしているかわいいクラスメイトからのお誘いごとを実際抱えてしまっていた。そしてその気配を見逃さないタラバガニのような長い手足のお姉さんは、ホクホクと僕の話を聞いたといったわけである。

36名無しさん:2020/09/13(日) 21:30:49 ID:1VaqPY5g0
 
川д川「まあでも実際のところ、行こうと思ってるわけでしょう?」

('A`)「思ってませんよ、まだ決めてないんです。なんなら、このままなし崩し的に行かないことになる可能性がもっとも高いんじゃないかと思ってます」

川д川「そうかなあ? だって行かないのって簡単じゃん、ただ断ればいいだけなんだから。それをぐだぐだと理由をつけて考えつづけようとしてるのは、結局、行く方の理由を考えているだけだと思うけど」

('A`)「ぐう」

川д川「それぐうの音? 流行ってんの?」

('A`)「ぐうの音くらいは出しとこうかなと思いましてね」

川д川「まあでも君の気持ちはよくわかる。何を隠そう、私も一人前に恋愛については臆病だからね!」

('A`)「それは一人前と言えるのですか」

川д川「ここは私がひと肌脱ぐとしようじゃないか!」

('A`)「脱ぐ・・?」

 貞子っぱいか? と僕は脊髄反射で考えた。

37名無しさん:2020/09/13(日) 21:32:01 ID:1VaqPY5g0
 
川д川「いやおっぱい見せるわけないだろ! あの姉にしてこの弟ありだな!」

 貞子っぱいを漠然とイメージした僕の頭の中が見えているかのように貞子さんはそう言った。確かにおっぱいを見せるわけがない。

('A`)(しかしよくおっぱいという単語が会話に出てくる家だなここは)

 僕はそんなことを考えながら、自分の方から先におっぱいと口に出してしまったことに気づいた様子の貞子さんをぼんやりと眺めた。どうやら非常に恥ずかしくなってきたらしい。おそらくは、黙ってただ眺められるのが何よりの苦痛であることだろう。

 その苦痛に耐えられなくなり沈黙を破ったのは貞子さんの方だった。僕はどちらかというと楽しんでいたのだから、当然といえば当然だ。

川д川「ああもう! ドクオくん! ダーツをするよ!」

('A`)「ダーツ。なんとも急な流れですね」

川д川「ここはダーツをするためにあるような部屋だからね。ひとつ私と賭けをしよう」

('A`)「どんな賭けです? まあ想像はつきますが」

川д川「負けた方は勝った方の言うことをひとつ聞かなければならないというあれでいこう」

 貞子さんはそう言い、世界中で使い古されてきたであろう条件を提示してきた。

38名無しさん:2020/09/13(日) 21:34:11 ID:1VaqPY5g0
 
 しばらく考える素振りを見せ、僕は頷くことにした。

('A`)「いいですよ。ダーツしましょう」

 実際のところ、おそらく僕は貞子さんの言った通り、少なくとも心のどこかではツンのお誘いには是非乗っかりたいと思っているのだ。ただその内容がジョルジュの試合観戦であって、明らかに気が合いそうになかった爽やかなスポーツマンがスポーツマンシップに則りハッスルする様を見たくはないだけである。

 この場合に問題なのは、僕とジョルジュが仲良くないところというより、ツンとジョルジュが仲良さげであるところだ。

 僕には僕の歴史や話があるように、彼らには彼らの歴史や話があることだろう。これまで彼らが積み重ねてきた人間関係に太刀打ちできるとは思っていないが、ちょっとかわいいなと思っている女の子が人間的に僕とは真逆に位置していそうな男と仲良くしているところは見たくないのだ。彼らの関係性はフィクションであってほしい。

('A`)「僕が負けたらどうするんですか?」

川д川「君がバスケ観戦に行くきっかけをさずけよう。さあ行きなさい。う〜ん、人生の先輩としてイイコトをしている気がする」

 そのようなことを口にしながら貞子さんがご満悦な様子になっているのは少々予想外だったが、要求の内容は寸分たがわず予想通りだった。まあそうでしょうねという感じだ。

 そこで、僕の要求も先に述べておくことにした。

39名無しさん:2020/09/13(日) 21:35:38 ID:1VaqPY5g0
 
('A`)「それじゃあ貞子さんが負けたら、貞子さんは僕におっぱいを見せてください」

 貞子っぱいっていうんですよね、と努めて何でもないようなことのように僕は貞子さんにおっぱいを要求した。

川;д川「お、おっぱい!? 何言ってんの!」

('A`)「いやァおっぱいですよおっぱい。青少年へのご褒美としてはポピュラーな内容であると、さるお姉さんから聞きました」

川д川「それ、三人称的な意味でのお姉さんではなく、お前の姉のことだろう」

('A`)「そうでしたっけ。さあさあダーツをはじめましょう、ゼロワンがいいですか? クリケット? 昨夜いいところまでいったのがゼロワンだったので、この賭けはゼロワンでもいいですか?」

川д川「ちくしょう、てめぇ、勝つつもりだな」

('A`)「もちろんそうです。そしてダーツ初心者の高校生へのハンデとして、僕にはダブルイン・ダブルアウトを免除していただきたい」

川д川「舐めやがって! いいだろう、かかってきなさい!」

 このようにして。試合開始前のドサクサにまぎれて僕は自分に有利なルールを上乗せすることに成功した。もちろんこれは貞子さんを舐めているからではなく、彼女と自分の間にあるはっきりとした実力差を自覚しているから上乗せするルールなのだが。

40名無しさん:2020/09/13(日) 21:36:37 ID:1VaqPY5g0
 
 素知らぬ顔で先手まで取れたらいいなと思っていたのだが、さすがにそこまでは無理だった。

川д川「ここまで譲歩してんだから、先手はもらうよ」

('A`)「どうぞどうぞ。ダブルインでお願いします」

川д川「くどい」

 大きくひとつ息を吐き、3本のダーツを左手に束ねた貞子さんはスローライン上に立った。バランスが良いという点ではいつもと変わらない構えだが、やや姿勢が異なっている。狙いどころがいつもと違うのだから、当然といえば当然だ。

 僕たちのような一般的なソフトダーツプレイヤーたちにとって、もっとも得点効率の良いのはダーツ盤の中央、ブルである。だから僕らは一般的にブルを狙う練習にもっとも長い時間をかける。

 その姿勢が歪んでいる。いったいどこを狙っているのだろう?

 その答えはすぐにわかった。16ダブルだ。

 ピザの耳のようにダーツ盤の外周のなぞるダブルラインのうち、16の区間に貞子さんの放ったダーツは刺さっていた。

川д川「二度とそんな舐めた口をきけないようにしてやろう」

 残る2投をどちらもブルに突き刺しながら、貞子さんはそう言った。

41名無しさん:2020/09/13(日) 21:38:02 ID:1VaqPY5g0
○○○

('A`)(いやァ、あれは失敗だったな)

 翌日、実力テストの後半戦を迎えた僕は、ぼんやりとそのように考えた。

 挑発して平常心をかき乱す、あるいはプレッシャーを与えるつもりで貞子さんにおっぱいを要求した僕だったわけだが、その行動は完全に裏目に出ていた。これまで貞子さんとは何度も対戦してきたけれど、これほどまでにコテンパンに叩きのめされたのは初めてのことだった。

 貞子さんの残点が不自然な流れで82点になったとき、僕はひやりとするものが流れるのを背中に感じた。

川д川「宣言しよう。今からこれをブルに入れ、私は16ダブルでダブルアウトする」

('A`)「まさか、そんなことができると言うのですか」

川д川「見ていなさい、これがゾーンに入ったシューターのちからだ」

 はたして貞子さんはその言葉の通り、ブルで50点を計上した後、残りの32点を16ダブルでなめらかに沈めた。あまりの鮮やかさにスタンディングオベーションをする気にもならず、僕は肩をすくめて首を振るくらいの反応しかできなかった。

('A`)「あなたが神か」

川д川「約束を守りたまえ。そして、二度と私におっぱいを要求するのではない」

 貞子さんは完ぺきなプレイの締めくくりにそう言った。

42名無しさん:2020/09/13(日) 21:39:12 ID:1VaqPY5g0
 
('A`)(それにしても凄かったな。投げればブルに入るって感じだったもんな)

 頭の中にある英単語の知識を回答用紙に書き入れながら、僕は惚れ惚れするような貞子さんのスローフォームを思い返す。それまでの僕との対戦はすべて手を抜いていたと言われても疑う気にならないようなダーツをしていた。

 そのような疑問を口にすると、貞子さんは否定した。

川д川「さすがにそんなことはないけどね。でも今、この瞬間は、ひょっとしたらダーツをはじめて一番調子がいいかもしれない」

('A`)「おっぱいリクエストのおかげですかね」

川д川「二度目はないぞ」

('A`)「かしこまりました」

 単純な知識問題を処理した僕は長文問題に取りかかる。僕はクーと同じく可能な限り少ない英単語力で英文読解をすることを誉れとしているので、集中力と、あらゆる知識と思考を総動員して英語の文章に挑む必要がある。

 大きくひとつ息を吐く。

 クーがバイトから帰ってくるまでの貞子さんとのふたりきりでのダーツタイムの思い出は、すぐさま僕の頭の短期記憶置き場から追いやられていったのだった。

43名無しさん:2020/09/13(日) 21:40:13 ID:1VaqPY5g0
 
( ´∀`)「それじゃあテストは以上モナ。わかってると思うけど、打ち上げとかいってお酒飲んだりしちゃあだめモナよ〜」

('A`)「注意喚起が飲酒って。街行って遊ぶなとかじゃないんだ」

 最後の科目の答案を回収するモナー先生の発言に僕が素直な感想を呟いていると、前の席に座るツンがこちらを向いた。

ξ゚⊿゚)ξ「うちはは自由な校風だからねぇ」

 普通の学校が容認するとは思えない、鮮やかな金髪をツインテールにまとめた学級委員がそう言うと、なんとも説得力があるのだった。隣の席からも肯定意見が寄せられる。

( ^ω^)「法律違反でもなければ怒られる気がしないお」

ξ゚⊿゚)ξ「確かに。なんなら、法律違反でも罰則なければ黙認されそうな気さえする」

( ^ω^)「おっおっ、でも、あっさり認められてるとかえって違反する気にならないお」

ξ゚⊿゚)ξ「それはあるかも。押さえつけられるから反発するのよね、若者は」

('A`)「僕らがその若者だけどね」

 ジジ臭い考え方かしら、とツンは言って小さく笑った。

44名無しさん:2020/09/13(日) 21:41:58 ID:1VaqPY5g0
 
 後ろの席からの発言が聞かれないなと思っていると、それもそのはず、ジョルジュはとっくにいなくなっていた。例に倣って朝は遅刻してきていたので、彼と同じクラスで時間を過ごしたという気がまったくしない。

 何かで結果を出してさえいれば毎日の遅刻が容認されるというのも自由な校風の一環なのだろうか?

ξ゚⊿゚)ξ「そうそうドクオ、もう決めた?」

 何を、としらばっくれても良かったが、どう考えてもバスケ部の練習試合観戦のお誘いのことだった。昨日のテスト終わりに雑談交じりに誘われたのだ。行けるかどうか確認してから返答する、と返事を保留し、僕は昨日逃げるように家に帰ったものだった。

 ツンはまっすぐ僕を見ている。到底誤魔化す気にはなれない視線だ。

('A`)「うん。よければ行こうと思ってる」

ξ゚⊿゚)ξ「そうこなくっちゃ!」

( ^ω^)「今日もツンはバスケ布教に熱心だお」

ξ゚⊿゚)ξ「使命感があるからね。フランシスコら宣教師たちも、こんな気持ちで活動していたのかしら?」

('A`)「まさかザビエルもこの現代に共感され、あまつさえ女子高生からファーストネームで呼ばれるとは思っていなかったことだろうね」

45名無しさん:2020/09/13(日) 21:44:46 ID:1VaqPY5g0
 
 こうしてツンの方から再びお誘いしてくれたので、僕はただそれに頷くだけでよかったすんなりことが進んだ安心感がそうさせるのか、僕はブーンを巻き込めやしないかと考える。

 ジョルジュのことはやっぱり苦手だ。柔和な笑みで一緒に座ってくれるクラスメイトがそばにいたら、僕のテンションがだだ下がりになった場合でもツンに迷惑をかけることはないだろう。

('A`)「よかったらブーンも一緒に行かないか?」

( ^ω^)「おっおっ、いいのかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「もちろん! ドクオはいいこと言うわね」

( ^ω^)「う〜ん、でも、行きたいのは山々だけど、その日はちょっと無理そうだお」

('A`)「何かあるのか? 帰宅部だろ?」

( ^ω^)「うん。実は、僕はバイトがあるんだお」

('A`)「バイトしてんだ!? どこ? 何やってんの?」

( ^ω^)「お? 興味ありかお?」

('A`)「実は僕もアルバイト先を探したいなとは思ってるんだ」

 しかし、空き時間があるならダーツを投げたいのと、ノウハウを持たないバイト探しを始めるのには精神的障壁を乗り越えなければならないため、まったく目途が立っていないだけだ。僕には勤労意欲がある。何らかのきっかけを待っている。

46名無しさん:2020/09/13(日) 21:45:57 ID:1VaqPY5g0
 
( ^ω^)「とはいえ僕のは実家で働いているだけだから、バイト探しの参考にはならないかもしれないお」

('A`)「そういうことね」

( ^ω^)「ちなみにバイト募集中だお」

('A`)「!」

( ^ω^)「さすがに国の定める最低賃金は守ってる筈だけど、正直時給が高いとは思えないお。それでもいいなら紹介するけど、どうするお?」

 判断を迫られた僕は考えることにした。正確にいうと、考えるふりをした。僕はそこまでお金に困っているわけでも欲しいものがあるわけでもないのだ。ただ帰宅部でほかの習い事もしていない高校生には膨大な自由時間があるので、それをできることなら金銭に変換したいと思っているだけである。

 ダーツの練習に支障がないのなら、賃金が安くとも比較的融通が利きそうな気がする友人の親絡みのバイトというのは、むしろ歓迎するべきかもしれない。

 つまるところ、僕はとっくにこの話を受けようと心に決めてしまっていたのだった。

47名無しさん:2020/09/13(日) 21:46:50 ID:1VaqPY5g0
 
('A`)「職種は?」

( ^ω^)「飲食業だお」

('A`)「レストラン的な?」

( ^ω^)「そんなオシャレなものじゃあないお。飯屋と居酒屋と喫茶店をまぜこぜにしたような感じの店だお」

('A`)「なるほどね。それじゃあお願いしようかな」

( ^ω^)「おっおっ、それじゃあ連絡してみるから、今から行くお? ついでに昼飯でも出させるお」

('A`)「話が早い」

ξ゚⊿゚)ξ「あら、それならあたしも行こうかしら」

( ^ω^)「歓迎するお〜。ドクオ、実はツンはうちの常連客なんだお」

('A`)「へェそうなんだァ」

 気のないふりを精いっぱいしながら、僕は見たこともないうちからこの店で働こうと固く誓った。

48名無しさん:2020/09/13(日) 21:48:04 ID:1VaqPY5g0
○○○

 ブーンの実家、『バーボンハウス』の扉を開くと、カランカランと鈴が鳴るような音がした。

 話には聞いたことがある。かつての喫茶店などには常識的に存在しており、そうしたところを舞台にしたコントの導入部で芸人たちが入店を表現する場合の効果音だ。自分の耳で聞くのは初めてのことだった。

 5つほどのテーブル席と長いカウンターで構成された店内は、喫茶店のようでもありバーのようでもあり、また定食屋のようでもあった。小ぎれいにしていてオシャレなのだが、なんだか妙に親しみのもてる雰囲気をしている。不思議な店だな、というのが僕の第一印象だった。

 カウンターの中にはパリッとした恰好のおじさんがいた。ブーンの父親なのかもしれない。このおじさんも店の雰囲気と同様に、恰好はきちんとしているのにどこかくだけた空気をしている。

(´・ω・`)「やあ」

(´・ω・`)「ようこそ、バーボンハウスへ。このラムネはサービスだから、まず飲んで落ち着いてほしい」

 おじさんはそう言うと、ラムネの入った水色の瓶を3本、栓代わりのビー玉を落としてカウンターへ置いた。

 どうして良いのかわからず、僕は隣のブーンを見つめる。ブーンはゆっくりとため息をついた。

49名無しさん:2020/09/13(日) 21:49:08 ID:1VaqPY5g0
 
( ^ω^)「なんだお、その気取った態度は。普通にくれりゃあいいんだお」

 ズカズカと店内に入るブーンに促され、僕も不思議な雰囲気の空間に足を踏み入れた。カウンターに3人並んで座る。

 面接試験の場合、試験官に勧められるまで席についてはいけないという都市伝説じみた常識を耳にしたことがあるけれど、これははたして印象を悪くしないことだろうかと僕は内心冷や汗をかいた。

(´・ω・`)「やあツンちゃん、バイト希望なら直接言ってくれればいいのに」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしはバイト希望なら直接言いますよ。あたしじゃないです」

(´・ω・`)「ええ〜? アルバイトは女の子がいいよぉ」

( ^ω^)「それ、今時セクハラで訴えられるお」

(´・ω・`)「訴えられたら勝てる気がしない。しょうがないから、男の子でもいいとしよう」

( ^ω^)「こちらがドクオ、僕の同級生で、アルバイト先を探しているお」

('A`)「はじめまして、ドクオです。あの、よろしくお願いします」

(´・ω・`)「う〜ん、どうしようかなあ。・・よ〜し、それじゃあ思い切って採用しようか!」

 迷っているようなことを言いながら、僕の採用は一瞬で決められた。

50名無しさん:2020/09/13(日) 21:49:59 ID:1VaqPY5g0
 
(;'A`)「えっ・・いいんですか?」

(;´・ω・`)「えっ嫌だった!? さっきの女の子希望は冗談だよ、大丈夫大丈夫!」

('A`)「いや、僕は嫌ではないのですが、そんなに簡単に決めていいのかなって」

(´・ω・`)「ああそっち? いいのいいの、ブーンが連れてきた子なんだからどうせしっかりした子でしょ。それよりお父さん的には家に連れてくるような友達ができて嬉しいよ。こいつ、昔から人当たりはいいんだけど、あまり仲いい友達いなくってさ」

(#^ω^)「そのくらいでやめとくお。その調子で僕の幼少期の様子なんか話しだしたらぶん殴るぞ」

(´・ω・`)「やだやだ、多感な時期こわぁい」

ξ゚⊿゚)ξ「やだ〜内藤の子供のころトーク聞きたぁい」

ξ゚⊿゚)ξ「ほら、あんたも」

(;'A`)「えっ・・ええと、聞きたい聞きたい! いぇいいぇ〜い!」

( ^ω^)「貴様らもそのくらいにしとくといいお。ドクオのアルバイト採用はまだ本決まりでないということをお忘れなく」

(;'A`)「やだ怖ぁい。ごめんなさい!」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、いち抜けやがった。裏切り者め」

51名無しさん:2020/09/13(日) 21:50:50 ID:1VaqPY5g0
 
 裏切り者のそしりを受けることになったが、僕にはアルバイト先が必要だった。仕方のないことである。

('A`)(ん・・必要か? アルバイト?)

 少なくとも必須ではない、と僕は頭のどこかで即座に考えてしまうのだった。とはいえ今更「やっぱりいいです」とは言えない。

( ^ω^)「まったくもう。少なくとも、シフトとか時給とか、さっさと決めるべきことを決めるべきだお」

(´・ω・`)「それもそうだね。そのへんドクオくんに希望はあるの?」

('A`)「そうですね、ええと、ちゃんとバイトをしたことないのでよくわからないんですけど、イメージとしては週2か週3くらいでお願いしたいと思っています」

(´・ω・`)「働くのは遊ぶ金欲しさ?」

('A`)「まあぶっちゃけるとそうですね」

(´・ω・`)「おーけい。いや、生活がかかってるのならこちらもそのつもりで考えないといけないからね。それじゃあとりあえず仕事覚えるまでは多めに入っといた方がいいだろうから、スタートは週3で、また慣れたころに調節することにしよう。ところで彼女はいるの?」

52名無しさん:2020/09/13(日) 21:51:55 ID:1VaqPY5g0
 
 唐突に恋愛事情を確認された僕は、その質問が予想外で小さく戸惑った。

('A`)「そんなこと訊くんですか?」

(´・ω・`)「ああ、プライベートな質問だからだめなのかな? でもこれ大事なんだよね、彼女持ちだとクリスマスは休みたいとか諸々あるだろうから、もしそうなら事前に把握したいんだ。答えたくないならそれはそれで構わないよ」

('A`)「いや、驚いただけで、別に僕は構いません。彼女はいないです」

(´・ω・`)「それはいいね。高校生だし、遊ぶ金欲しさだし、どれだけ仕事がさばけるかもわからないから、とりあえず国の定める最低賃金で雇いたいと思ってるんだけど構わない? もちろん能力に応じて時給アップは考えるけど」

('A`)「僕はそれで構いません」

(´・ω・`)「おっけー。ええと、ねえブーンほかに確かめることあったっけ?」

( ^ω^)「経営者なら把握しとけお。ほかは、給料の振り込み先とか、いつから入るか、あと高校生だから親の許可とか取らせとくべきじゃないのかお?」

(´・ω・`)「なるほどね、そうしよう」

 僕はブーンの言う通りにされた。

53名無しさん:2020/09/13(日) 21:52:49 ID:1VaqPY5g0
 
(´・ω・`)「それじゃあ僕は発注作業に入るから、ブーンとりあえず店見といてくれる?」

( ^ω^)「おっけーだお」

 そう言うとブーンはカウンターの奥の部屋へと姿を消した。

 店を見といて欲しいと言われて、それに同意したにも関わらず、店内から即座にいなくなったのだ。どういうことかと僕は戸惑う。しかし、僕が何かを訊くより先に、これがこの店の制服なのだろう白い厨房着と黒のスラックスにエプロンという格好になったブーンが店内へ再入場してきた。

 どうやら着替えに行っただけらしい。

(´・ω・`)「それじゃあよろしく。お昼まだだろ、ブーン、何か食べさせてあげな」

( ^ω^)「おっおっ、それじゃあツンのとこで待ってるといいお」

('A`)「ツンのところ・・?」

 そう言われて僕はツンが僕らのところを離れ、既にテーブル席に座っているのに気がついた。

54名無しさん:2020/09/13(日) 21:53:49 ID:1VaqPY5g0
 
 いつからいなくなっていたのだろうか。ツンはテーブルの上にタブレット端末のようなものを広げ、何やら作業をしている様子だ。僕が近づくと顔を上げ、ラムネの瓶を傾けた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう面接は終わったの?」

('A`)「どうやらね。たぶん採用になったんだと思う」

ξ゚⊿゚)ξ「それはよかったわね。あ、バスケの日はシフト入れないでね」

('A`)「ああそうだった、言っとかないとな」

 大きくひとつ息を吐き、僕はツンの向かいに腰かけた。ラムネの瓶を傾けると懐かしさを感じる爽やかな液体が口の中に導かれてくる。欲求の通りに飲み込むと、緊張からの緩和と相まって、美味と快感が同時に喉を通っていくのを感じた。

 ツンの方に目をやると、作業がひと段落ついたのか、大きく背伸びをしていた。話しかけてもよさそうだ。

('A`)「それって何をしているの?」

ξ゚⊿゚)ξ「これ? ジョルジュの試合の動画編集よ。あいつの悪いところを徹底的に突きつけてやるの」

 ツンは楽しそうにそう言った。

55名無しさん:2020/09/13(日) 21:54:33 ID:1VaqPY5g0
 
ξ゚⊿゚)ξ「本当は夏休み中に終わらせときたかったんだけどね、ちょっと間に合わなかったから今やってるの。試験勉強とかあったから」

('A`)「試験勉強! 実力テストって勉強して受けるものなの?」

 その名の通り今の実力をそのまま投影させるべき試験で、なんなら現状把握のためには対策をしない方が望ましいと考えていた僕は驚いた。シタガクの常識は違うのだろうか?

ξ゚⊿゚)ξ「いやぁどうかな、普通のひとはしないかも。でも、あたしは少なくとも学年3位くらいには入っておきたいから、毎回勉強することにしているの」

('A`)「学年3位か、凄いな・・」

ξ゚ー゚)ξ「少なくとも、ね」

 勉強熱心な学級委員はニヤリと笑ってそう言った。

 少なくとも、とわざわざ付けるということは、当然学年トップを目指して勉強しているのだろう。僕には一生備わることがないかもしれないモチベーションだ。どこからその意欲が湧くのか純粋に知りたいものである。

56名無しさん:2020/09/13(日) 21:55:48 ID:1VaqPY5g0
 
ξ゚⊿゚)ξ「でもドクオも成績悪くはないんでしょ? 編入でうちに入ってこれるくらいだし」

('A`)「悪くはないと思うけど、そこまで飛びぬけて良くもないよ。試験で学年トップなんて、想像したことも一度もないな」

 正直なところを僕は語った。

 僕たちは高校2年生だ。受験生でもないのに試験勉強に対して自主的に努力を積めるとは、僕とはまったく違った世界に住む人なのではないかという気さえする。

('A`)「凄いなあ。テストで良い点取って、何か特別いいことあるの?」

 素直にそう言った瞬間、失言であることに即座に気づいた。ナチュラルに馬鹿にしているように聞こえかねない発言だ。僕はただ純粋にツンの勉強に対するモチベーションを知りたいのであって、反語に近い発言をしたいわけではないのだ。

 気を害されても仕方ないとゼロ秒で覚悟を決めたが、ツンは再びニヤリと笑って見せただけだった。

ξ゚ー゚)ξ「ないわそんなもの、と答えられたらカッコ良かったかもしれないけれど、あるわ。あたしは大学の推薦が欲しいの」

57名無しさん:2020/09/13(日) 21:56:46 ID:1VaqPY5g0
 
('A`)「すいせん? そんなに成績いるっけ?」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしが欲しいのは医学部推薦だからね。VIP大学医学部の、地域枠というのを狙っているの」

('A`)「ちいきわく?」

ξ゚⊿゚)ξ「地元出身の学生をもっと増やそう! みたいな感じね。結局、医師は最終的に地元に帰って働きがちだから、大学、というか地域医療的に必要性があるみたい。地方によってはまだ医師不足なんて話もあるし、意外とこういうの多いのよ」

('A`)「へぇ〜、地域枠ね。学年トップクラスじゃないと難しいんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「なんせ、県全体から2枠だからね。学年トップっていったって、この学校の話でしょ? この県内にいくつの高校があるのかしら?」

('A`)「・・少なくとも、3校以上はあるだろうね」

ξ゚⊿゚)ξ「ね。トップクラスくらいの成績は少なくとも欲しいでしょ?」

('A`)「理解した」

 お手上げのポーズで僕はそう言った。

58名無しさん:2020/09/13(日) 21:57:43 ID:1VaqPY5g0
 
 しばらく待つと、ブーンが山盛りのカレーをお盆に載せて僕らのテーブルにやってきた。山は3つだ。どうやら自分も食べるつもりらしい。

ξ゚⊿゚)ξ「やった〜、ここのカレー美味しいのよねえ」

('A`)「結構な量だな、ツンはこんなに食べられるのか?」

ξ゚⊿゚)ξ「カレーは飲み物。まかせなさい」

( ^ω^)「おっおっ、たくさん食べるといいお」

 確かにカレーは旨かった。これまでに食べたカレーの中で一番気に入ったと言っても過言ではないかもしれない。望めばおかわりもしていいとブーンが言うので、この後いやしく腹いっぱい食った奴ほど苦痛の続く毒ガスが散布されるのではないか、と冷や冷やしながら僕は胃袋にカレーを詰めた。

 どう考えても食べすぎた。米がお腹の中で水を吸って膨張しているのが如実にわかる。単純に苦しいからだ。

 そして、どうやら食べ過ぎたのは僕だけではないようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「う〜苦しい。もう作業したくない」

 でも幸せ、とツンは満足そうな顔で言った。

59名無しさん:2020/09/13(日) 21:58:33 ID:1VaqPY5g0
 
 ジョルジュのための動画編集なんてやめちまえよ、と言えればよかったのだが、僕にはできないことだった。

 その代わりに水を飲む。腹にものを入れすぎて今まさに苦しんでいるというのに水を飲みたい欲求が生じるというのが自分のことながら実に不思議だ。

 何も言えずにいる僕とは対照的に、ブーンは何気ない口調で訊いた。

( ^ω^)「僕ももう働きたくないお〜。その作業は急ぐのかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうねえ、急ぐっちゃ急ぐかな。できれば夕方までに片づけて、ジョルジュのところに持っていきたいから」

( ^ω^)「それは大変だお、コーヒーでも淹れようかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「なんて素敵な考え。コーヒー代はちゃんと出させていただきます」

( ^ω^)「毎度ありだお〜。ドクオもどうだお?」

('A`)「――いただこうかな。この店、営業もするんだな」

( ^ω^)「客単価を上げるのは大事なことだお!」

('A`)「なんという従業員の鑑」

60名無しさん:2020/09/13(日) 21:59:39 ID:1VaqPY5g0
 
 ついさっき働きたくないと言っていた筈の同級生は、滑らかな動作で僕らの使用済み食器をまとめてカウンターへと去っていった。それがきっかけになったのか、ツンは再びタブレット端末をテーブルに広げ、何やら作業を開始する。

 集中している様子のツンを邪魔するつもりは僕にはなかった。窓から外の景色を眺める。どうやらこの店の裏には庭が広がっていて、家庭菜園のようになっているらしい。そこで採れた野菜を料理に使ったりしているのだろう。

 学校が終わってブーンやツンと一緒にこの店まで歩いた時には雲一つない青空だったが、今ではどんよりと曇っている。雨でも降るつもりなんじゃないかと思わせる暗さだ。

 スマホで天気予報を確認すると、さすがに雨は降らないらしい。

( ^ω^)「どうぞ、バーボンハウス・スペシャルブレンドだお。砂糖とミルクはお好みで」

ξ゚⊿゚)ξ「うい〜」

('A`)「ありがとう」

 コーヒーが来た後もツンは集中を切らさなかった。ブーンは店のことをしなければならないのだろう。この店内で、僕ひとりだけがなんだか手持無沙汰だった。

('A`)(――これ飲み終わったら、次来る日だけ訊いて、ほかに何もなければ帰るか)

61名無しさん:2020/09/13(日) 22:00:22 ID:1VaqPY5g0
 
 空模様も怪しいし、という言い訳を頭に浮かべながら僕はコーヒーをすする。明日からは実力テスト期間も終わり、通常授業となることだろう。

('A`)(部活もすぐに始まるんだろうに、わざわざ家に急いで編集した動画を持っていくってことは――)

 おそらくツンとジョルジュは付き合っているか、少なくともそれに準ずるような関係なのだろう。学年トップクラスの成績をしている医学部志望の学級委員と、スポーツにもそれなりに力を入れている私立高校のバスケ部のエース。なんとも絵に描いたようなお似合いの組み合わせである。

 大きくひとつ息を吐く。

 帰り道は努めてダーツのことを考えながら歩こう、と曇り空を眺めながら僕は思った。


   つづく

62名無しさん:2020/09/14(月) 02:28:27 ID:pCyxuegM0

そして頑張れドクオ

63名無しさん:2020/09/15(火) 01:03:32 ID:SP9pnkxI0
乙です
人物それぞれの「行動している」感が印象的だなあ
2話で、タイトルが凄く しっくりくるとわかった
応援しています

64名無しさん:2020/09/15(火) 11:28:29 ID:iesU.mCg0
乙!

65名無しさん:2020/09/20(日) 21:15:40 ID:xCq9tkbA0
1-3.?見過ごすことのできない光景


 『バーボンハウス』でのアルバイトは楽しかった。

 僕は雇われ始めのただのバイトだ。大した仕事ができるわけではない。簡単な給仕の真似事とレジ打ち、そして皿洗いと掃除が僕の役割のほとんどすべてだった。

 最初の3回はアルバイトの先輩としてブーンが一緒にシフトに入ってくれて、そこで具体的な仕事の作法を僕に教え込んでくれるとのことだった。そのうち2回で僕は『バーボンハウス』の店内ルールを頭に叩き込み、実践し、このそれほど大きくない飲食店に施された様々な業務上の創意工夫を面白いと思った。

( ^ω^)「さてと、今日で一緒に入るのも基本的には最後だお。今日は僕は後ろで見てるだけにするから、わからないことがあったら訊いてもいいけど、できればひとりで何とかしてみるお」

('A`)「了解。ちょっと怖いけどやってみるよ」

(´・ω・`)「よろしくね。僕に訊いてもいいけど、忙しい時間帯の僕はお客さんだと認識してない人間に対してはとことん不愛想になるだろうから、あまり当てにせず働けるようになって欲しい」

(;'A`)「が、頑張ります」

( ^ω^)「おっおっ、頑張って僕に退屈させてくれお〜」

 アルバイトをはじめて3回目のシフト、ブーンと一緒に働く最後の日を僕は迎えていたのだった。

66名無しさん:2020/09/20(日) 21:17:09 ID:xCq9tkbA0
 
 とはいえ仕事の内容は単純だ。家事を日常的にこなしている僕からすると、たとえばテーブルを拭いた後の布巾の処理や、洗浄した食器の並べ方など、この店のしきたりさえ頭に入れてしまえば概ねその通りに対応することができた。

 少々戸惑ったのはレジ打ちだったが、速度を要求されないという前提であれば最低限のことはできる筈だ。

('A`)「本日のオススメはチーズ牛丼とチーズinハンバーグ定食、ハッシュドビーフね。牛肉とチーズが余ってるのかな。しかし、これ、酒売る気あるのか・・?」

 飲食店は飲み物を売ってなんぼ、という紙の上の知識をもつ僕はそう思う。居酒屋と定食屋と喫茶店をごちゃ混ぜにしたような飲食店だとはあらかじめ伺っていたものだったが、2回ほど働いた後であっても、僕にもまたこの店のジャンルはよくわかっていなかった。

 もっとも、そう評したブーンは生まれてこの方この店に携わってきたのだろうから、それでもよくわからない店の属性を僕が把握しようという方が間違っているのかもしれない。

 コントロールできることをコントロールするべきだ。本日使用できるメニューが無秩序に散らばった会計システムを眺め、できるだけ滞りなく仕事できるよう、イメージトレーニングのようなことを脳内でする。

( ^ω^)「ドクオくんって、休みの日は何してるんだお?」

 唐突にそんなことを訊かれた僕は驚いた。

67名無しさん:2020/09/20(日) 21:18:38 ID:xCq9tkbA0
 
(;'A`)「なに急に!? 今いるそれ?」

( ^ω^)「いやぁいりはしないけど、なんだか僕が口を出すことなさそうだから、なんというか、暇つぶしだお」

('A`)「暇つぶし。正直不安で、僕に潰す暇はないけどな」

( ^ω^)「不安がらなくても大丈夫だお〜。ドクオならいけるいける!」

('A`)「意外といけなかった場合がこわいから不安なんだろ」

( ^ω^)「どうにもならないほどじゃない、かわいいレベルの失敗を重ねるドクオが見たいんだお〜。そしてそれを助ける僕。尊敬を得られるわけだお!」

('A`)「得られるわけだお! じゃねぇよ。そういうのは女の子バイトが来たときやればいいだろ」

( ^ω^)「たしかに」

('A`)「だろ? 僕には変な気を起こさず、大人しく見てな」

( ^ω^)「ツンとバスケ見にはもう行ったのかお?」

 全然黙る気ないじゃないか、と僕はブーンのいつもと変わらず柔和な顔をじっと見つめた。

68名無しさん:2020/09/20(日) 21:19:43 ID:xCq9tkbA0
 
 大きくひとつ息を吐く。そして、僕はゆっくり頷いた。

('A`)「行ったよ、昨日だ。というかお前日程知ってるだろ」

( ^ω^)「まあまあ、会話の流れ、コミュニケーションスキルだお。どうだったお?」

('A`)「どう・・う〜ん、楽しかったよ。ちゃんとバスケ見るのは初めてだったんだけど、なんというか凄かった」

( ^ω^)「ほ〜、やっぱ凄いのかお」

('A`)「ブーンはジョルジュの試合見たことないんだ?」

( ^ω^)「ないお」

('A`)「ふぅん」

 何気ない様子を装いながら、僕はちらりと頭に浮かべた。ツンはブーンを誘ったことがないのだろうか? 仮に誘われた日程が実家の手伝いで今回のように無理だったとしても、これまでに機会はいくらでもあった筈だ。いくつか候補日を出して日程調節をすれば容易にお出かけできたことだろう。

 それとも、ツンは誰でもバスケ観戦に誘うわけではないのに、僕のことは誘ってきたとでもいうのだろうか?

69名無しさん:2020/09/20(日) 21:21:56 ID:xCq9tkbA0
 
( ^ω^)「残念ながら、それはないお」

 ブーンはまるで僕の考えていることを見透かしたようにそう言った。

(;'A`)「なッ、なんだよそれって!」

( ^ω^)「僕もツンに誘われたことはあるお。でも、予定が合わなかったんだお〜」

('A`)「そうなんだ」

( ^ω^)「たぶんツンは一度キッパリ断られたらもう自分からは積極的には誘わないとか、そういう方針なんじゃないかお? それ以降は誘われないお」

('A`)「ブーンのことを特別キモいと思ってるわけじゃあなくて?」

( ^ω^)「ころすぞ」

('A`)「包丁スタンドに手が届く位置でそういうこと言うのはちょっと」

( ^ω^)「本日のオススメはチーズ牛丼とチーズinハンバーグ定食、ハッシュドビーフ・・ハンバーグなら原材料偽装にはならないお?」

('A`)「確かにビーフと書いてはいないからね」

( ^ω^)「食べられない部分は畑に撒くお。来年の春にはドクオの花が咲き、秋にはドクオの実がたわわに実るに違いないお」

('A`)「やっぱり原材料僕なんだ?」

(´・ω・`)「おい小僧ども、そろそろお喋りは終わりだよ。お客の気配!」

 どういう理屈で感知したのか、実際すぐにカランカランとコント導入部のような音が鳴り、僕たちに来客が知らされたのだった。僕は一命をとりとめた。

70名無しさん:2020/09/20(日) 21:23:14 ID:xCq9tkbA0
○○○

 少し余裕が出てきた単純作業の時間帯、たとえば皿洗いなんかを淡々とこなしながら、僕は昨日の試合の様子を思い返す。僕はツンとふたりで並んで学校の体育館の2階席に腰掛けていた。

ξ゚⊿゚)ξ「あたしはほんとはウォームアップから見たいんだけどね、あんたには退屈かもしれないから、今日はティップオフから」

('A`)「キックオフ?」

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃサッカーでしょ、バスケはティップオフ、“Tip Off”よ」

('A`)「チップね」

 僕は長くて硬めのやつが好きだな、とダーツのパーツ名に話を向けることも考えたが、とにもかくにもやめておいた。やめておいて正解だったことだろう。下手すると、つまらない上、下ネタだと思われても仕方ないような発言になりかねない。

 ティップオフで試合がはじまる。白を基調としたユニフォームが僕たちしたらば学園バスケ部、黒を基調としたユニフォームが相手のチームであるらしい。白いユニフォームの男がボールを持っている。

('A`)(――ジョルジュだ)

 僕は彼の存在を認識する。

 ゆっくりとボールを床に弾ませながら、ジョルジュ長岡は、まるで散歩でもするようなリラックスした歩調で前進していた。

71名無しさん:2020/09/20(日) 21:25:01 ID:xCq9tkbA0
 
('A`)「嘘ん!?」

 僕は思わず声に出して驚いていた。

 ジョルジュが敵陣に入って少しのところで唐突にボールを放ったからである。

 常識レベルの知識として僕でも知っている、スリーポイントラインのはるか手前、何のきっかけもなさそうなところからジョルジュはシュートを打っていた。

 当然相手のチームのジョルジュ担当なのであろうディフェンスも警戒などしていなかったに違いない。何の妨害も試みられることなくボールは飛んだ。そしてシュルシュルと回転しながら素人目に見ても美しい放物線を描き、ボールはゴールのリングに吸い込まれていったのだった。

('A`)「――」

 リングを潜り抜けたボールが床に跳ねる音が聞こえる。僕たち以外にろくな観客などいないからだ。ここが客で満員のスタジアムか何かだったとしたら、この驚くべきプレイに拍手喝采が湧きおこっていたのではないだろうか。

(´<_`#)「オイコラ! ジョルジュはハーフ過ぎたら警戒せんかい!」

 ジョルジュに拍手が送られない代わりに、ジョルジュの担当ディフェンダーなのだろう男は後方から罵声を浴びせられていた。

72名無しさん:2020/09/20(日) 21:26:00 ID:xCq9tkbA0
 
('A`)「む・・?」

ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」

('A`)「今の罵倒した男と罵倒された男、遠目だからかもしれないけど、なんというか・・似てないか?」

 似てる、というより、まるで同じ外見をしているように僕には見えた。

 顔、姿勢、雰囲気、すべてが酷似している。背丈は違うのかもしれないが、うまく遠近法を利用されたらどっちがどっちか僕にはすぐにわからなくなることだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「似てて当然、あいつらは双子よ。流石兄弟っていうの」

('A`)「有名なんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「まぁ有名ね。揃って県代表になるくらいのプレイヤー」

('A`)「めちゃくちゃ凄いじゃないか!」

ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュも県代表よ。それに、ジョルジュはそこでもスタメン、あっちはベンチ。兄者はね。弟者はスタメンだけど、それはジョルジュとポジションが違うからね」

 要は彼らよりジョルジュの方が凄いプレイヤーということであるらしい。

73名無しさん:2020/09/20(日) 21:28:08 ID:xCq9tkbA0
 
 実際ジョルジュは凄かった。

 先ほどの超ロングシュートのせいだろうか、ジョルジュが敵陣にボールを持って乗り込むと、ディフェンダーがすぐに近くまで寄ってくるようになった。すると、反則なんじゃないのかと僕は思ってしまうのだが、ジョルジュは味方のひとりをディフェンスを邪魔する位置に立たせ、それを利用してマークを引き剥がすのだ。

 ひとたびディフェンダーが剥がれたらお手の物とでもいうのだろうか? ジョルジュは悠然と加速をはじめる。もちろん相手のチームも好きにはさせないとばかりに次のディフェンダーを寄せたり、剥がされたディフェンダーが猛追したり、守備妨害に失敗しては兄者と呼ばれた男が弟者と呼ばれた男に罵倒の言葉を吐かれたりしていた。

 ジョルジュがボールを弾ませながら前進すると、その勢いで撹拌された空気がチームメイトたちの動きを活性化させ、縦横無尽に走り回って攻撃を行うような印象だ。

 そして、その走り回る中でフリーになった選手ができると、そこにパスが通るのだ。どういった理屈で彼がフリーになるのか僕にはまったくわからないのだが、ジョルジュが出したパスの先を見ると、そこにはフリーになっている選手がいる。そしてフリーで打たれたシュートはよく入る。

 ゲームのハメ技のように簡単に点を取るしたらば学園バスケ部のプレイは面白かった。

('A`)「――ッ!」

 そして、次はどこにパスが出されるのだろう、と先読みのようにして試合を見るようになっていると、不意にジョルジュは自分でシュートを放つのだ。シュルシュルと回転したボールは美しい放物線でゴールした。

74名無しさん:2020/09/20(日) 21:29:38 ID:xCq9tkbA0
 
 22対15。それが長い笛が吹かれて試合が中断した時点での両チームの得点状況だった。7点差。これがバスケットボールにおいてどのような意味合いを持つ点差なのかは知らないが、意外と点差が離れてないな、というのが僕の印象だった。

ξ*゚⊿゚)ξ「どう、バスケは?」

 わずかに頬を上気させた金髪の女の子が訊いてくる。僕はゆっくりと頷いて見せた。

('A`)「思ったより面白い。もっと、勉強なしに見てもよくわかんないかなと思ってた」

ξ゚⊿゚)ξ「そうでしょ〜、バスケは面白いんだって! 結局ボールをリムに投げ入れるだけだから、細かいルールや戦術を置いといたら結構単純な競技だしね」

('A`)「なんだかジョルジュが圧倒! って印象だったけど、意外と点差は開いてないね。そういうもんなの?」

ξ゚ー゚)ξ「良い質問ね。答えは、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、ってとこかな」

('A`)「なにそれ」

ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュは良いプレイしてる、そして目立つ、だから圧倒しているように見える、実際勝ってる。でも、思ったより点差が開いてないのは、ジョルジュ以外のシュートがそこまで入っていないのと、リバウンドをわさわさ取られているからね」

75名無しさん:2020/09/20(日) 21:30:41 ID:xCq9tkbA0
 
('A`)「リバウンド」

 バスケに疎い僕でも『スラムダンク』は読んでいる。優れた漫画はその題材に詳しくなくても十分楽しめるものだからだ。この名作バスケ漫画において、リバウンドは勝負を制するキーファクターとして扱われていた筈だ。

 長い笛が再び吹き、ベンチに収束していた両チームの選手たちがぞろぞろと再び散らばる。ジョルジュは背伸びをしながらゆっくり歩いていた。

ξ゚⊿゚)ξ「特に相手側のオフェンスリバウンドね。弟者が大体取ってるんだけど」

('A`)「ああ、あの大きい方か」

ξ゚⊿゚)ξ「そうそう、流石兄弟の大きい方」

('A`)「弟の方がでかいだなんて、戸愚呂兄弟みたいでかえって覚えやすいね」

ξ゚⊿゚)ξ「とぐろ?」

 通じなかった古い漫画ネタを引っ張ることはせず、僕は試合に目を向けた。

 ちょうど兄者がボールを持ち込み、シュートを放ったところだった。外れる。そこに弟者が飛び込む。リバウンドを取った。

ξ゚⊿゚)ξ「ほらまた、これよ」

76名無しさん:2020/09/20(日) 21:32:09 ID:xCq9tkbA0
 
 ゴールからこぼれたボール、リバウンドを保持した弟者は、当然ゴールの近くにいた。まっすぐ上に飛び上がってシュートを放つ。僕はてっきりそうすると思ったのだが、彼はそうはしなかった。シュートの姿勢は振りだけで、実際には飛んではいなかったのだ。

ξ゚⊿゚)ξ「上手いね」

 シュートを確信して妨害に飛び込んだシタガクの選手はそのまま弟者にぶつかってファウルとなった。驚いたのは、弟者はディフェンダーとの衝突の中でボールをゴールへなんとか放り、それが結局ゴールしたことである。

 バスケットカウント・ワンスローというやつだ。漫画で覚えた、僕でも知ってる数少ないバスケ用語のひとつである。正しいスペルで覚えられてるか定かでないが、その意味するところは知っている。

 ファウルの最中に入ったゴールはそのままカウントされ、追加でひとつのフリースローがプレゼントされる。本格的に静まる体育館の空気の中、彼はそれをすんなり成功させた。

 22対18だ。さっきまで、印象ほど圧倒的ではないけれどそれなりの量あるとばかり思っていた点差は、たったの4点になっていた。

ξ゚⊿゚)ξ「これをやられると正直キツい。うちには弟者と五分でやり合えるようなビッグマンがいないのよねぇ」

('A`)「ビッグマンね」

 その単語の通り、大きな選手と思っておけばいいのだろうか?

77名無しさん:2020/09/20(日) 21:33:16 ID:xCq9tkbA0
 
ξ゚⊿゚)ξ「ビッグマンってのは単語の通り、体の大きな選手のことだと思っておけばそんなに間違いないわ」

 まるで僕の心の中の疑問を見透かしたようにツンは言った。

ξ゚⊿゚)ξ「正確にはポジション的な単語だから、背の高くないビッグマンとか、ビッグマンとはあんまり呼ばれない長身の選手もいるんだけど、そういうのは稀だから」

('A`)「ふぅん。ジョルジュはバスケ選手の中でもどちらかというと背が高い方だと思うけど、彼はビッグマンなのかな?」

ξ゚⊿゚)ξ「ジョルジュはポイントガードだから、普通ビッグマンとは言わないわね」

 センターと呼ばれるポジションの選手のことを言うのかもしれないな、と僕はそれなりに理解した。

 しかし、僕の持っている『スラムダンク』の知識では、センターの選手はあまり俊敏な動きをしないイメージだったが、弟者は実によく動く。リバウンドのことを話題に挙げられ、優れた選手との紹介をツンから受けたので注目したから気づいたのだが、確かによくリバウンドを取っていた。

 ドリブルで切れ込んだジョルジュがパスを出した先にはやはりフリーの選手がいた。彼は滑らかにシュートを放ち、しかしそのシュートは外れる。弟者がむんずとリバウンドを掴む。

 その側には兄者がいて、ボールが渡ると、すぐさま彼はフィールドを縦に切り裂くような鋭く長いパスを投げていた。

78名無しさん:2020/09/20(日) 21:34:10 ID:xCq9tkbA0
 
ξ゚⊿゚)ξ「タッチダウンパス!」

('A`)「うひょ〜スッゲェ!」

 サッカーでいうところのキラーパスのような印象だ。自陣と敵陣をまとめて貫くようなロングパスは攻撃手の手に渡り、ろくな人数のいない守備を簡単にかいくぐってゴールした。敵のチームのプレイだけれど、拍手を送りたくなるほどお見事だ。

 点差は2点。次またゴールを入れられたら、同点か、あるいは逆転されることになる。

 それなりにあったが、それまでの展開からしたら意外と少ないように思えた点差が、試合再開からあれよあれよと詰められほとんどなくなったのだ。悪い流れだと言えるだろう。

 どうやらそう思ったのは僕だけではなかったらしい。

ξ゚⊿゚)ξ「悪い流れねぇ」

 ツンも呟くようにそう言っていた。

('A`)「あ、やっぱりそうなんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「まあでもこのくらいなら想定の範囲内、かな?」

('A`)「え〜本当に? なんだか逆転されそうな気しかしないけど」

79名無しさん:2020/09/20(日) 21:35:27 ID:xCq9tkbA0
 
ξ゚ー゚)ξ「ま、見ていなさいって」

 ツンがニヤリと笑ってそう言うのと、ジョルジュがひときわ高い音を立ててボールを床に弾ませたのが、ほとんど同時に僕の耳に届いた。味方も敵も攻撃の方向に足早に向かう中、ジョルジュだけが床にバウンドするボールに合わせてゆっくりと歩いている。

 慣性と反発係数という物理法則がこの世にはあるので、ボールは跳ねながら勝手に進む。ジョルジュはそこに手を加えることなく、フィールドのすべてを眺めるように、首を振りながら手ぶらで足を進める。近くにディフェンスがいたらとてもできないことだろう。

 自陣と敵陣の境目となるラインが近づく。そこには兄者が待っている。

 ようやくジョルジュはボールに手を伸ばし、それを再び強く床に弾ませた。

 じわり、とジョルジュが兄者に近づく。兄者が微妙にポジショニングを整え、もっともふさわしい形でジョルジュを迎える。徐々に緊張感が増していく。

 僕にはジョルジュの表情が見えない筈だが、なんとなく笑っているように感じられた。

 ジョルジュの履く靴と体育館の床が擦れる音が響く。それはジョルジュの加速、力強く踏み込んだ第一歩を意味していた。

80名無しさん:2020/09/20(日) 21:36:57 ID:xCq9tkbA0
 
 それまでと違っていたのは、兄者の守備の邪魔をさせる役割の選手を利用しないことだった。

 ジョルジュと兄者の体格を比較すると、遠目にもわかる程度にはジョルジュの方が背が高い。手足も長い。その長い体と手足を上手に使い、ジョルジュは一瞬兄者に覆いかぶさるような進路を取って、そのディフェンスをすり抜けていた。

 それと同時にトップスピードに乗っている。これまでに見せたことのない、爆発的な推進力だった。

 ただちにそれまで他の選手についていた相手チームの選手がジョルジュの妨害に寄って来るが、いかにも遠い。ジョルジュの長い足が大きく出され、自動的に手の内に戻ってくるヨーヨーのような機構が備わっているとしか思えない速さと力強さで、ボールが床とジョルジュの右手を往復する。

 やはりディフェンスは間に合わなかった。ジョルジュがスリーポイントラインの中に侵入してくる。ボールが強く弾む音が体育館に響く。

 1歩。また1歩。そしてジョルジュがボールを抱えて飛び上がる。
  _
( ゚∀゚)「シャオラァッ!」

(´<_` )「むんッ」

 ゴール下には機敏な動きで弟者が急行していた。ジョルジュのシュートを阻止するべく、ビッグマンの体格が斜めの方向から手を伸ばして妨害を試みる。

81名無しさん:2020/09/20(日) 21:38:34 ID:xCq9tkbA0
 
 ジョルジュの体格は平均的なバスケットボール選手より恵まれているのだろうが、弟者はそれより少なくともひと回り以上でかかった。

 ジョルジュの腕がボールをかかげ、ゴールへとそれを放ろうとする。そこに弟者が体ごと近づきながら手を伸ばす。防がれる、と僕は思った。この巨大な蜘蛛の巣のような左手に絡め取られることだろう。

 違った。

 ジョルジュは自由に動けない筈の空中で、ボールを持ち替えひらりと弟者をよけていたのだ。

(;'A`)「嘘だろどうなってんだ!?」

 理屈はわかる。正面衝突するベクトルで飛んでいるわけではないのだから、伸ばされた腕に当たらないよう縮こまっていれば、ブロックを避けること自体は不可能ではない筈だ。しかしながら問題は、ジョルジュも手を伸ばしてボールを放らなければ、シュートを打てないわけである。

 なぜならジョルジュはゴールに向かって飛んでいる。飛び上がる最中にボールを放ってしまわなければ、やがて体がゴールの真下に入り込んでしまい、シュート自体が不可能となる筈だ。

 僕が驚いたのは、飛び上がる最中を狙って襲い掛かる弟者の妨害をかいくぐり、そのため体がゴールを越えてしまったのに、通り過ぎた後ろのゴールにボールが放たれていたからである。

82名無しさん:2020/09/20(日) 21:39:25 ID:xCq9tkbA0
 
 一体どのような力加減でボールを放ればこのようなシュートが成功すると思うのだろう?

 勢いよく突っ込んで飛んだ体はゴールを通り過ぎている。そしてジャンプの最高到達点も過ぎているので、ジョルジュの体は落下している。つまり、平面的な方向にも、鉛直的な方向にも、ジョルジュに働く慣性はゴールに対してマイナスに働いているのだ。

 その状態でボールを放るということは、その慣性に打ち勝ちゴールに近づく強さでシュートを放つということだ。

('A`)(レイアップシュートの極意は『置いてくる』じゃあないのか!?)

 バスケ漫画の知識で僕はそう思う。持っている物理学的な知識からも難しい力加減なのではないかと思う。

 しかし、ジョルジュの放った背後へ向けたシュートは、いとも簡単そうにゴールネットに包まれたのだった。

 思わず僕の口から声が漏れる。

('A`)「すご・・!」

ξ゚ー゚)ξ「そうでしょぉ〜?」

 ウチのジョルジュは凄いのよ、とツンは誇らしそうに胸を張った。

83名無しさん:2020/09/20(日) 21:40:28 ID:xCq9tkbA0
 
 結局、このゴールが試合のすべてを決めたような印象だった。

 それはただの2点のシュートのうちの1本で、あらゆるシュートに貴賤はないんじゃないかと言われたらそれを否定するロジックを僕は持ち合わせていないのだけれど、とにかくそのように僕には見えた。

ξ゚⊿゚)ξ「あのリバースレイアップと、その次のスリーがこの試合のキーだったわね」

('A`)「あ、やっぱりそうなんだ?」

 自分よりはるかにバスケットボールに詳しいのだろう金髪の女の子と同意見だったことを僕は嬉しく思った。

 そのスリーポイントシュートも凄かったのだ。

 同じような形で敵陣に入ったジョルジュにはふたりの選手が付こうとしていた。ダブルチームというやつだ。すると、ジョルジュはいとも簡単に味方にパスを出してボールを手放し、手ぶらになった身軽さでその外側へ回り込むように移動した。

 ディフェンダーから守らなければならないボールがない状態のジョルジュを止めることは不可能だろう。そうしてジョルジュはパスをもらった選手に近づくと、手渡しでボールを受け取った。それってアリなの、と思ってしまうような、パスミスの生じることないやり口だ。

84名無しさん:2020/09/20(日) 21:41:28 ID:xCq9tkbA0
 
 そしてジョルジュは加速した。スリーポイントラインを越え、ゴールへ突っ込む。違った。

 誰もがゴールへの突進を予期したに違いないタイミングで、ジョルジュはそこから飛びのくように、逆に後退していたのだ。そこはスリーポイントラインの外側だ。

 仮に僕がディフェンスだったとしても、このシュート体勢に入った男に詰め寄る気にはならなかっただろう。両手を広げてくるりと回っても誰にも触れないような距離感で、ジョルジュはゆっくりと狙ってスリーポイントシュートを放った。

 そしてそのボールはシュルシュルと回転し、虹を描きたくなるような美しい放物線でゴールのリングへと吸い込まれていったのだった。

ξ゚⊿゚)ξ「やっぱりゲームには流れっていうものがあって、それをコントロールするのがジョルジュは抜群に上手いのよね」

('A`)「コントロール?」

ξ゚⊿゚)ξ「力の入れどころをわかってるっていうかさ。あのシュートが入らなかったら入らなかったでまた別のプランでいったんだろうけど、あそこが勝負どころだと思ったんじゃない? そこは絶対自分でいくの」

('A`)「そして決める、と。なんかもう全部自分でいけばいいんじゃないのって思っちゃうけどな」

 僕は正直に思ったところをそのまま言った。フリーでシュートを打つほかの選手たちよりも、無理やり打つジョルジュのシュートの方が良く入るのではないかとさえ思っていたのだ。

85名無しさん:2020/09/20(日) 21:42:37 ID:xCq9tkbA0
 
ξ゚⊿゚)ξ「だから、そこは流れとコントロールよ。言葉で説明するのは難しいけど」

('A`)「流れとコントロール――」

 難しいと自分でも言っていたように、ツンがそれから重ねた説明はあまり要領を得ていなかった。しかし、それまでの会話の流れとツンの話、僕が今考えたことを統合することは僕にもできる。

('A`)「ちょっとわかった気がする。ジョルジュのところで勝てるとわかってるなら、そこをずっと使うのではなく、切り札として取っといた方がいい、みたいなことかな」

ξ゚⊿゚)ξ「まあ、そうね。それができるのならね」

 勝負所で切り札を出すために、それまでのゲームは切り札1枚で勝てるようにコントロールしていくということなのだろう。効率性で劣るとしても周りを活用し、逆転されない程度に相手にも攻めさせる。

 相手に希望を与えておけば、劇的な対応をしてはこないだろう。自分たちのプレイを続けようとする筈だ。対応し、改善されたら、あるいは切り札の有効性が損なわれるかもしれないからだ。

 手を抜く、というのとは少し違うのだろう。全力を出さないわけでもない。確かに言葉で説明するのが難しいな、と僕は思った。

86名無しさん:2020/09/20(日) 21:43:32 ID:xCq9tkbA0
○○○

川 ゚ -゚)「どうだい弟よ、友達100人できたかい?」

 バイトから帰ってダーツの投げ込みをしていると、姉から声をかけられた。クーと貞子さんの座るソファの前にはローテーブルが置いてあり、そこにアルコールの類とおつまみの類が散乱している。

 今の彼女たちに必要なのは、共にダーツの研鑽に励む戦友ではなく、酒の肴となる話題なのかもしれない。

('A`)「100人なんてこれまでの総計でも無理だな。まあでもできたよ、友達は」

川 ゚ -゚)「それは喜ばしいことである」

('A`)「どうも」

川д川「バイト先も一緒なんだよね」

('A`)「一緒っていうか、そいつの実家で働かせてもらってる感じですね」

川 ゚ -゚)「利益相反! 雇用を握られてるじゃあないか」

87名無しさん:2020/09/20(日) 21:44:38 ID:xCq9tkbA0
 
('A`)「よく意味がわからんのだけど」

川д川「ええとね、友達の家で働かせてもらってるんなら、それで従業員対オーナー家として気を使わなければならないこともあるだろうから、真の友情はそこに芽生えないのではないか、的なことを言いたいんだと思うよ」

川 ゚ -゚)「解説ご苦労」

('A`)「アホらしい。真の友情ってなんだよ」

川 ゚ -゚)「知らないよ。ただ君に姉としてアドバイスしておくと、安易に『真の○○』なんて口にする輩を信用してはいけないよ」

('A`)「その姉が真の友情の話をしているわけですが」

川 ゚ -゚)「揚げ足を取る人間はモテないよ」

('A`)「僕は揚げ足を取ってない。足が揚がってるからそこに手を添えてるだけだ」

川 ゚ -゚)「よくわからないことを言うものだなァ」

川д川「それより私はアイスが食べたい」

川 ゚ -゚)「板チョコアイス、年中売られるようになったんだぞ。知ってたか弟よ?」

川д川「おとうとよ〜」

 いつから飲んでいるのかもわからない酔っ払いふたりは僕にコンビニへの買い出しを要求してきた。

88名無しさん:2020/09/20(日) 21:45:51 ID:xCq9tkbA0
 
 年上の酔っ払いの要求に抵抗する気は起きなかった。

 あるいはダーツで勝負だ! と挑んでみるのも悪くはなかったかもしれないが、今の彼女たちからダーツに対する情熱を感じることはできなかった。道具はテーブルに散らばっているので、おそらく僕が返ってくる前に十分投げ込み、その後酒盛りをはじめたのだろう。

 既に消えている情熱の炎の焚き付けをイチからするのはどう考えたって面倒だった。僕はクーから少額の紙幣を握らされ、再び靴をはくことになった。

('A`)「貞子さんはパピコですね。クーは板チョコアイスでいいのか?」

川 ゚ -゚)「いや、ブラックモンブラン」

('A`)「今板チョコアイスの話してたじゃん」

川 ゚ -゚)「板チョコアイスの話をしたら板チョコアイスを食べなきゃならないのか? 決めつけはよせ、多様性を認めろよ」

('A`)「多様性を目指すなら、バニラアイスをチョコレートでコーティングしたもの以外にした方がいいんじゃないの」

 板チョコアイスとブラックモンブランの類似点を挙げた僕の意見は却下された。

89名無しさん:2020/09/20(日) 21:47:26 ID:xCq9tkbA0
 
 まっすぐ向かうのも癪なので、僕はいつもは使用しない『ティマート』というコンビニへ向かって、いつもは通らない道をあえて通ってみることにした。散歩がてらというやつだ。

 この少し遠いコンビニへ向かう道を、さらに少し外れたところにそれなりに大きな川が流れていることを僕は知っている。結構な遠回りになるけれど、別に構わないさ、と僕は思った。今のあのふたりの様子を見ていると、今日は僕自身もこれ以上熱心な練習を重ねられる気がしないのだ。

 昨日のバスケの試合を思い出す。ゲームをコントロールするジョルジュは確かに輝いていた。第一印象の悪さがなければ、下手したら憧れていたかもしれない。

 クラスで僕はジョルジュの前に座っている。今日もいつも通り、当然といった顔で大幅に遅刻して登校してきたジョルジュは僕の後ろに腰掛けた。

 僕から彼に声をかけることはないし、彼から僕に声をかけてくることもない。

 それが僕らの日常だ。依然変わりなく進行中。

 実力テストの期間が終わり、昼食を学校でとる必要ができて知ったのは、2日に1度ほどの頻度でツンがジョルジュにお弁当を提供していることだった。

 当然のように行われるお弁当の受け渡しを、僕は何の反応もせず眺めることしかできなかった。ジョルジュにお弁当を渡したツンは、自分のお弁当を持って一緒に昼食を食べるグループへと机を離れる。僕はブーンとご飯を食べる。

('A`)(――やっぱり、付き合ってる以外ありえないよなぁ)

 自分で焼いた卵焼きにお箸を突き刺しながら、僕にはそのように考えるしかなかったものだった。

90名無しさん:2020/09/20(日) 21:50:17 ID:xCq9tkbA0
 
 右足と左足を交互に進め、僕は夜道を歩いていた。川沿いの風が頬を撫でる。向こう岸の街灯が水面に反射し、キラキラと輝いている。

('A`)(きっとジョルジュを気に入らないのは、僕側にコンプレックスがあるんだろうな)

 眺めるともなしに景色を眺め、汗ばんだ体で考える。

 はっきり言って、僕はいわゆるリア充ではない。完全に人見知りで社交性の低い陰キャだ。しかし、自身にそうした性質を望むこともないし、それで良いと思っている。満足はしているのだ。

 そうした充足とは別に、陽キャの人々に対する憧れもある。あれはあれで楽しそうだなぁと思うのだ。たくさんの友達に囲まれワイワイ騒ぎ、恋人や恋人候補と楽しく過ごす。理想的な幸福のひとつなのではないだろうか。

 ただし僕には絶対不可能だ。確信をもってそう言える。空を飛べる鳥を羨ましがる人は一定数いることだろうが、実際に、現実味をもって本当に空を飛べるようになりたいかと訊かれた場合に同意する人はいるのだろうか?

 空を飛べる生活は大変そうだと僕は思う。まず羽ばたく筋肉をつけなければならないし、その反面体重は落とさなければならないだろう。ひょっとしたら着る服や髪形も制限されるかもしれない。さらに、そこまで努力を重ねて飛べるようになったとしても、高山病にかかったりするかもしれないし、転落事故のリスクが伴うことだろう。

 そんな生活はまっぴらごめんだ。しかしながら、空を飛べたら楽しいだろうな、とたまに無責任に頭に浮かべることはある。そんな感じだ。

91名無しさん:2020/09/20(日) 21:51:44 ID:xCq9tkbA0
 
 ジョルジュはまさにそんな感じを体現していた。堂々とした態度のスポーツマンで、体躯に恵まれ顔立ちも整っている。学校やクラスに完全に受け入れられており、かわいい女の子と仲が良く、お弁当を作ってもらったり、休みを潰して自分のトレーニングのための動画を用意してもらったりしている。

 おそらく彼らは付き合っているのだろう。どこかでイチャコラしているというわけだ。いつもツインテールに束ねられているカールがかった金髪を下ろした姿を見たことがあるのだ。くりくりとした大きな瞳に自分の姿だけを映させ、微笑ませているのだろう。

 大きくひとつ息を吐く。彼らは何も間違ったことはしていない。まったくもって真っ当な青春を過ごしているだけである。これまで僕には縁がなくて、これからもおそらく縁がないのであろう素敵な日々だ。

 大きくひとつ息を吐く。

('A`)「ま、仕方のないことだけどな」

 僕は自分に言い聞かせるように呟いた。仕方ない。僕がそのような日常を手に入れられておらず、今の日常を過ごしているのは、少なからずこれまで僕が積み重ねてきた日々の影響によるものだからだ。

 そして、今の僕の日常は、決して満足いかないものではなかった。きっと無いものねだりをしているだけなのだろう。

 僕は川に反射する光の色味が変化していることに気がついた。

92名無しさん:2020/09/20(日) 21:53:39 ID:xCq9tkbA0
 
('A`)「ん、なんだこの色は・・?」

 違和感の原因はすぐにわかった。対岸ではなくこちら側だ。街灯が途切れ、少し離れたところに建物が建っている。

 ラブホだ、と僕は呟いた。

('A`)「うわぁラブホだ、たぶん。普通のホテルだったらこんなちょっぴり薄暗くした中に存在を感じさせるような照明をしている筈ない。確かに住宅街からは離れてるけど、こんなところにラブホ建てるかね」

 ラブホテルの敷地内に足を踏み入れたこともないまっさらな童貞であるにもかかわらず、僕はそのように評価した。しかし、川沿いというのはひょっとしたら良い立地なのかもしれない。リバービューというやつだ。

('A`)「こんなとこにラブホがあるとは知らなかったな。ラブホの近所のコンビニはコンドームが豊富に置かれているのかな?」

 これまで意識したことがなかったが、あるいは避妊具以外のアダルトグッズも常備しているのかもしれない。買う度胸も買ったものを持って帰る度胸もないけれど、一応チェックだけはしておこうと決意を固める。

 そして気づいた。ラブホの近くに誰かいる。まさに入ろうとしているところなのではないだろうか?

93名無しさん:2020/09/20(日) 21:55:19 ID:xCq9tkbA0
 
 誓って言うが、僕は何も目を凝らして観察していたわけではなかった。たまたま目に入ったのだ。誰が誰と一緒にリバービューのラブホテルで情事を重ねようと、そんなのは僕の知ったことではない。

 嘘だ。

 今僕の目に映った光景は、とてもではないが見過ごせるものではなかった。

 一組の男女だ。ラブホテルにお誘いあわせの上来ていることからもわかる親密度と密着度で歩いている。

 女の方は誰だかわからなかったが、その男を僕は知っていた。

 ビッグマンと呼ばれるポジションではないが、アスリートの中でも恵まれた体躯。長い手足と首の上に整った顔が乗っている。凛々しい眉毛が印象的なその男は、名前をジョルジュ長岡という筈だ。

 ジョルジュがツン以外の女を連れて歩いているのだ。

( A )「――なぜだ」

 僕には理解ができなかった。

 ジョルジュとツンは付き合っているわけではないのか?

 もちろんその可能性は否定できない。確認したわけではないからだ。しかし状況証拠は整っていて、どう考えても彼らの仲を付き合っていないとするのは、片思いの男が思い描く現実味のない願望である筈だった。

 しかし、事実としてジョルジュは今ツンではない女を連れて、僕が呆然と立ち尽くして眺める視線の先で、まさにラブホテルに入ろうとしているのだ。

 彼らは僕の方に視線を向けることなく、並んでホテルへと入っていった。



   つづく

94名無しさん:2020/09/22(火) 10:52:34 ID:od1YXSbo0
おつ
これは新ヒロインの予感

95名無しさん:2020/09/22(火) 21:39:14 ID:mFoBtaSI0
乙です。面白いなあ
正反対の人を意識しちゃうの、覚えがある。何でなんだろうな

96名無しさん:2020/09/28(月) 21:00:48 ID:oGuGPJ2c0
1-4.『バーボンハウス』のカレーは旨い


 僕にはわけがわからなかった。

 あれは本当にジョルジュ長岡なのだろうか?

 様々な思考が頭を巡る。

 強火にかけたお鍋のようだ。ブクブクと絶え間なく気泡が浮き上がっては水面に至ってはじけて消える。そのほとんどが断片的なもののように感じられ、言語化が難しい。視覚情報から得られた刺激が多すぎて処理しきれていないのだ。

 怒り。

 この感情がもっとも近いのかもしれない。しかしその中には嫉妬であるとか、疑問、それに対する反論、落胆や失望といった感情も一定の割合で含まれているように感じられる。

 そのように自分を客観視できる程度には冷静さを取り戻せてきたということだ。

 大きくひとつ息を吐く。ジョルジュらしき男と、少なくともツンではないのだろう女は、とっくにホテルに入っており、僕の視界には存在しない。

 そんな状態のまま、僕はしばらくその場に立ち尽くしていたというわけだ。表面にどれだけ表れたのかは知らないが、なかなかの動揺ぶりだと言えるだろう。

97名無しさん:2020/09/28(月) 21:02:18 ID:oGuGPJ2c0

('A`)「うわ、めちゃくちゃ時間が経ってるな」

 時計代わりのスマホを見た僕はそう呟いた。元々お散歩がてらに遠くのコンビニへ遠回りをして向かっていたのだ。姉やその友人を心配させるのに十分な時間が経過していたことだろう。

川 ゚ -゚)『お〜い、迷子か?』

 そのようなメッセージが送られてきているのに僕は気がついたのだった。気を取り直して既読にし、返信用のメッセージを作成する。

('A`)『ちょっとお散歩してた。もうすぐ帰るよ』

川 ゚ -゚)『了解。アイスを忘れるなよ』

('A`)『板チョコアイスだったっけ?』

川#゚ -゚)『ブラックモンブランだっつってんだろババア!』

 すっとぼけた僕のメッセージに反抗期の中学生男子のような返信をクーは寄越した。僕は自分にババアと呼ばれる筋合いがまったくないことを注意深く確認し、『ティマート』というコンビニへ足を踏み入れ、必要なアイスを必要なだけ買った。

98名無しさん:2020/09/28(月) 21:03:24 ID:oGuGPJ2c0
○○○

 例の男が本当にジョルジュ長岡なのかどうかは結局僕にはわからなかった。

 先日、流石兄弟という、身長以外はほとんど同じような見た目をしているふたりを僕は見ている。その場合と同様に、何らかの長岡姓を名乗る男や、単なる精密な他人の空似であった場合を考えると、どうしたって僕には確信が得られない。

 しかしそんなものは必要なかった。言いがかりや逆恨みには必ずしも真実が必要ではないのだ。

('A`)(それに、仮に証拠があったとしても――)

 僕に起こせる行動はひどく少ない。本人にことの次第を問い詰めたり、ツンに告げ口をするようなことを僕は積極的にやらないだろう。せいぜいひとりで悶々と考え込むというのが関の山だ。

('A`)(つまり、今の状況と何も変わらない。だったらやっぱりその情報は僕には必要ないんだ)

 そんなことを考えながら、僕は翌朝いつも通りの時間に登校をした。

 すると、問題の女が誰だかわかってしまったのだった。

99名無しさん:2020/09/28(月) 21:05:01 ID:oGuGPJ2c0

('A`)「――!」

 下駄箱から入ったところにある掲示板に大きく掲げられていた地元紙の記事、その写真の中に彼女はいた。

('A`)(似ている・・いや、たぶんこいつだ)

 ラブホに入る男をジョルジュではないかと思うよりずっと高い確信度で、僕はこの紙面の女をその男の連れ合いだと認識していた。

 そこまで鮮明な写真ではない。サイズも小さいし、画質も荒いし、白黒だ。しかし、それでも伝わってくる鋭い雰囲気とこちらを睨んでいるような大きな目、ざっくりとした薄い色合いの髪の毛が特に印象的だ。

 どうやら彼女は美術部員であるらしく、その絵がここVIP市のコンクールで入賞したとの記事だった。入賞した絵と、それを描いた女の子が一緒に写真に写っているのだ。

 その絵はバスケットボール選手がドリブルでディフェンスを抜き去る一瞬を切り取ったような内容で、しかし本来相手が構えているべき場所はただの空間になっていた。ただの空間を避けているようなものなのに、その迫力に満ちた動きは、そこに抜き去られるディフェンスの存在を確かに絵を見る僕に感じさせる。

 ドリブルをする選手はこちらに背中を向けており、その顔や表情は見ることができない。それでもこの絵はきっとジョルジュがモデルなのだろうな、と僕は思った。

100名無しさん:2020/09/28(月) 21:06:03 ID:oGuGPJ2c0

 彼女の名前はハインリッヒ高岡というらしい。それを僕は記事内と、朝のホームルームで知ることになった。担任の口からその話題が出たのだ。

( ´∀`)「掲示板にも貼ってあったから皆知ってると思うけど、高岡さんの絵が入賞したモナ。皆で拍手を贈るモナ!」

 この教室内にその高岡さんがいるわけではない。しかし担任のモナー先生も、実力テストの開催には文句を言っていた生徒たちも、皆で揃ってたっぷり5秒間ほど拍手を贈った。

 正直意味がわからない。宗教的な印象を受けて僕は若干引いていた。

('A`)「なんで今皆で・・? シタガクだからか?」

 おざなりな拍手をお付き合いで贈る僕の呟きが聞こえたのか、くるりと前の席の女子がこちらを向いてきた。

ξ゚⊿゚)ξ「ああ、ドクオは知らないか。シタガクだからってわけじゃないけど、でもそっか、シタガクだからってことになるのかしら?」

('A`)「何それ」

( ^ω^)「ハインはウチの理事長の親類なんだお。だから、表彰なんかされたら大々的に取り上げられるというわけだお」

101名無しさん:2020/09/28(月) 21:08:23 ID:oGuGPJ2c0

 どうやら敬意を忖度で過剰包装して行ったようなものだったらしい。なんとも俗っぽいことである。

 とはいえ彼女の絵が受賞したのは事実であり、またその絵はエネルギーに満ち溢れたある種の迫力を僕に感じさせるものだった。実際拍手を贈られるべき作品なのかもしれない。

 ただ気になるところがあるとしたら、その絵のモデルがこの学校のバスケ部のエースことジョルジュ長岡なのではないかという疑念が僕にあって、この絵の作者とモデルが肉体関係にある可能性があることだ。

 拍手が止んだタイミングで教室の扉が開けられ、そのバスケ部エースが登校してきた。
  _
( ゚∀゚)「なんだァお前ら、拍手止めるのか? おれのことを描いた絵なんだから、おれにも拍手があってもいいんじゃあないか?」

 そして彼は自分がその絵のモデルであると高らかに宣言したのだった。

 彼らの関係性に関する僕の疑念はより一層深いものとなった。

102名無しさん:2020/09/28(月) 21:09:54 ID:oGuGPJ2c0

 もちろん僕がその疑念を表に出すことはなく、僕の人間関係に変化が生じることはなかった。

 ジョルジュとは変わらず必要最小限のコミュニケーションしか交わさない。ブーンとの会話の話題は彼の実家でもある僕のバイト先『バーボンハウス』での仕事に関する内容が自ずと中心となる。そして、ツンも交えて勉強の話をしたりする。

 この医学部を目指す才女は先日行われた実力テストで学年3位には入りたいと言って僕を驚かせたものだったが、実際彼女は学年で3位の総合点を取っていた。そして、学年トップは何を隠そうブーンだったのである。

 廊下に張り出された成績上位者の名前を眺め、僕は目を丸くしたものだった。

('A`)「すっげぇ、どんだけ勉強したら学年トップなんかになるんだよ」

( ^ω^)「いや別に。毎日コツコツやってるだけだお」

('A`)「お前がこんなに成績良いなんて知らなかったぞ」

( ^ω^)「訊かれなかったし、わざわざ言うようなことではないお〜」

ξ゚⊿゚)ξ「こいつが言うと、なんだか嫌味な感じがしないってのが何より恐ろしいところね。勝てる気しないわ」

( ^ω^)「おっおっ、いつでも相手になってやるお」

ξ゚⊿゚)ξ「いやだから勝てる気しないっての。挑むわけないでしょアホらしい」

103名無しさん:2020/09/28(月) 21:11:17 ID:oGuGPJ2c0

 今日も僕はバイトの日だった。放課後『バーボンハウス』にまっすぐ向かうか、食堂にでも行って何か軽く食べておくか、教室で本日出された宿題をさっさと処理しておこうかと考える。

 僕の後ろは既に空席になっている。バスケ部のエースは部活に直行したのだろう。そして、僕の隣も空席になっていた。ブーンもまた用事があると言ってはさっさと家路についたのだ。

 まっすぐ家に帰るのだとしたら僕のバイトと行先は一緒だ。お誘いあわせの上向かっても良いようなものだが、ブーンはそのような誘いをかけることなく、とっととひとりで行ってしまった。そこで僕はなんとなく『バーボンハウス』へすぐ行く機会を逃したような気持になって、これからの身の振りようを考えなければならなくなったわけである。

('A`)(つまり、『バーボンハウス』直行はなしだな。食堂にでも行って気が向いたら何か食べて、そそられなかったら飲み物買って帰ってくるか・・)

 僕はそのように考えた。わりと妥当なところだろう。バイトがはじまるまでの2時間程度のうち、移動と支度を除いた1時間余りを潰さなけらばならないのだ。

 ふと前の席に目をやると、ツンはそこにはいなかった。ただし荷物はそのまま残っていて、下校してはいないことがわかる。行き先などわかる筈がないので僕にできることは何もない。正確にいうと、なかった。

 食堂に行く途中、その近くの掲示板に貼られた地元紙の記事を眺めるツンを見つけるまでは。

104名無しさん:2020/09/28(月) 21:12:40 ID:oGuGPJ2c0

 しかし、近寄って声をかけるというのもなんだか不自然なように思われた。第一何と言えばいいかわからない。

('A`)「やあツン、その記事に載ってる高岡さん、こないだジョルジュとラブホに入っていってたよ。ところでツンはジョルジュと付き合ってるの?」

 このようなことを訊ける筈がないではないか。

 少し考えてはみたのだが、どう考えてもこのまま何もせずに立ち去るのが賢明だった。僕は彼女を探索していたわけではなく、食堂で今提供してもらえるメニューを確認し、それが気に入るものだったら空いた小腹に収めておこうと思っているだけなのだ。

('A`)(よし、立ち去るぞ)

ξ゚⊿゚)ξ「あらドクオ。何してんの?」

Σ('A`)「へぇ!?」

 足を進める決意を固めた瞬間、僕はツンに見つかっていた。

105名無しさん:2020/09/28(月) 21:13:55 ID:oGuGPJ2c0

 声をかけてきたにも関わらず、まったくこちらに近づいてはないので、結局僕からツンの方に近寄っていくことになった。

ξ゚⊿゚)ξ「これ、もう見た?」

 ツンはハインリッヒ高岡の描いたジョルジュ長岡の絵を眺めている。てっきり下駄箱のところの掲示板と同じものだと思っていたのだが、こちらの記事の方がより大きく印刷されていた。

('A`)「下駄箱の方で見たよ。ちらっとだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「よく描けてるわよね」

('A`)「そうだね。迫力が伝わってくるというか、良い絵だと思うよ」

ξ゚⊿゚)ξ「これさ、ディフェンスがいないじゃない? なんでかわかる?」

 ツンはそう訊き、ニヤリと笑った。僕はその場で頭を働かせ、無理やり答えを考える。思いついた。

('A`)「・・見えない敵と戦ってる、みたいなことを表現してるのかな?」

ξ゚ー゚)ξ「違うの。これね、ただ相手を描くのが面倒くさくなっちゃったんだって!」

 何それ、と僕は言った。

106名無しさん:2020/09/28(月) 21:14:53 ID:oGuGPJ2c0

 その意外な理由にあっけにとられた僕の反応が面白かったのか、ツンは僕を見てくるくると笑った。

ξ゚ー゚)ξ「あはは。いや〜、馬鹿みたいな理由だよね」

('A`)「狙ってやったんじゃないんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「ひょっとしたら照れ隠しかもしれないけど、本心のようにあたしには見えたな。それが賞をもらっちゃうんだからお笑いだね。ハイン、これが初受賞なんじゃないかな?」

('A`)「へぇ〜」

 そうなんだ、以上の感想が僕から湧き上がることはなかった。僕にとってはハインリッヒ高岡の受賞歴よりも、彼女について語るツンの口調から感じる親しげな様子の方が気にかかる。

 ツンは高岡さんと友達なのだろうか?

ξ゚⊿゚)ξ「あ、食堂行ってるとこだった? あたしも行くよ」

 その疑問を口に出すより先に、ツンは僕を食堂へと導いた。

107名無しさん:2020/09/28(月) 21:17:19 ID:oGuGPJ2c0

 提供可能なメニューにはろくなものが残っておらず、僕らは揃ってカレーを持ってテーブルについた。そそられない内容だったら飲み物を買って教室で過ごそうと思っていたものだったが、ツンとテーブルを共にできるのであれば、それはどのようなメニューよりも魅力的だ。

 学校の食堂の普通のカレーだ。もちろん不味くはないのだが、たとえば『バーボンハウス』で食べるカレーとは雲泥の差である。

ξ゚⊿゚)ξ「『バーボンハウス』のカレーって美味しいよね」

 同じことを思ったのか、ツンがそんなことを言ってきた。

('A`)「うん旨い。僕はいつかバイトを辞めるまでの間に何とか味を盗もうと思ってる」

ξ゚⊿゚)ξ「おお〜、頑張って。味盗めたらあたしにも食べさせてよね」

('A`)「・・頑張るよ」

 頑張ろう、と僕は思った。

 しかし僕がブーンのお父さんであるショボンさんの仕込み作業に立ち会う機会は今のところないのであった。この先も怪しいものである。このような状況下で、カレーの秘密を知るにはどうすればいいのだろうか?

 素直に訊くしかないかもしれないな、と僕は思った。だから今この場においても素直に訊こうという気になったのかもしれない。

108名無しさん:2020/09/28(月) 21:19:04 ID:oGuGPJ2c0

('A`)「・・あの絵のモデルってジョルジュなんだよね?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうよ、良く雰囲気が出てるから、見る人が見ればすぐにわかるでしょうね」

 確かにそうだ。僕にも一目でわかったほどなのだから、バスケットボールファンなら簡単にわかることだろう。

 つまり、少なくとも高岡さんの方にはジョルジュとの関係性を隠すつもりがないのだろう。そして、クラスの前で自分がそのモデルだと言っていたジョルジュにおいてもおそらくはそうだ。

('A`)「・・ずいぶん仲がいいんだね?」

ξ゚⊿゚)ξ「それはどうかしら? 少なくとも今年になってからよ、あいつらが話すようになったのは。モデルと画家の関係になる程度には仲良くなったんでしょうけど、今でも俗にいう友達って感じの関係かどうかは知らないわ」

 僕もそれは知らなかった。肉体関係があるわけだから、少なくとも俗にいう友達って感じの関係ではなさそうな気が僕にはするが。

('A`)「ふうん、なるほどね」

ξ゚⊿゚)ξ「何なにハインが気になるの? あたしは俗にいう友達って感じの関係だろうから、紹介してあげてもいいよ」

 僕が気にしているのはハインではなくお前だ、とこの場で言ったら、この可愛らしい世話焼きの女子高生はいったいどのような顔をするのだろうか、と僕は思った。

109名無しさん:2020/09/28(月) 21:20:48 ID:oGuGPJ2c0

 当然そのような疑問を検証する度胸はない。僕は明確には何も言わずにカレーを食べて水を飲んだ。

 その反応をどのように感じ取ったのか、ツンは独り言のように提案をしてくる。

ξ゚⊿゚)ξ「そういや近々試合があるのよ」

('A`)「バスケの?」

ξ゚⊿゚)ξ「ほかに何があんのよ。で、それにあんた来なさいよ」

('A`)「なんで?」

ξ゚⊿゚)ξ「あたし、ハインとその試合を観に行くつもりなのよね。だから紹介してあげる」

(;'A`)「うええ!? いい、いい、紹介なんていらないよ」

ξ゚ー゚)ξ「まあまあ、そう言いなさんなって」

(;'A`)「いやマジでいいって!」

ξ゚ー゚)ξ「悪いようにはしないから」

 お前が悪いようになってるかもしれないからだよ、とこの場で言ったら、この可愛らしい世話焼きの女子高生はいったいどのような顔をするのだろうか、と僕は思った。

110名無しさん:2020/09/28(月) 21:21:50 ID:oGuGPJ2c0

 結局僕はツンからのお誘いを断れなかった。実際ツンと同じ時間を過ごせるというのは魅力的な話だし、バスケットボールの試合は思いのほか面白かったし、ツンと高岡さんがキャットファイトに至る可能性があるというなら、僕がその場にいることで比較的平穏に収められる可能性が少しでも増えるかもしれないからだ。

 彼女の恋人と友人が同時に裏切っているのだとしても、それでツンが傷つく必要はどこにもないのだ。

('A`)(ま、僕にそんなことができるとは思えないけど・・)

 どちらかというと、偶然にせよ深く事情を知ってしまったのかもしれない者としての義務や義理をを果たすため、といった方が適当だろう。おそらくこれは善意ではないし、ジョルジュや高岡さんがどうなろうと僕の知ったことではない。

 とはいえ僕ひとりにできることはひどく限定されている。だからひとつ提案をすることにした。

('A`)「なあ、そっちが女子ふたりで来るんだったら、僕もブーンを呼んでもいいかな」

ξ゚⊿゚)ξ「内藤を? ははあ、2対2の、ガチ目の合コン仕様にするわけね。いいけど、内藤ってバスケに興味ないんじゃないの?」

('A`)「そんなことはないと思う。観戦に誘って断られたことがあるんだったら、それは単に予定が合わなかっただけじゃないかな」

111名無しさん:2020/09/28(月) 21:22:41 ID:oGuGPJ2c0

ξ゚⊿゚)ξ「そうなの?」

('A`)「いやまあ僕も本心はわからないけどさ、たぶんそうなんじゃないかと思うよ。今回誘うのは僕だし、もし断られたらちょろっと本心を訊いといてもいいし」

ξ゚⊿゚)ξ「ふうん。それじゃあお任せしようかな」

('A`)「もっとも、あいつも暇じゃあなさそうだから、今回も予定が合わないかもしれないけどさ」

ξ゚⊿゚)ξ「なんたって学年トップだからね。あたし順位で一度も勝ったことないんじゃないかな、本当にどれだけ勉強してるのかしら?」

('A`)「毎日コツコツやってるだけって、コツコツどんだけやってんのかね」

ξ゚⊿゚)ξ「こわいこわい」

('A`)「僕からしたらツンの成績も十分怖いけどね」

ξ゚ー゚)ξ「ふふん。もっと褒めてもいいわよ」

('A`)「いつか『バーボンハウス』仕込みのカレーでこっちを怖がらせてやるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「なんでお褒めを乞うたら挑発されるようなことを言われるのかしら?」

112名無しさん:2020/09/28(月) 21:24:09 ID:oGuGPJ2c0
○○○

 近々と言うので来週や再来週の話なのだとばかり思っていたら、ツンから伝えられた日程は10月上旬のものだった。

('A`)(VIP国体日程・・こくたい、って何だ?)

 添付されたPDFデータを閲覧しながら僕は用語の解読にひと苦労した。

 そしてわかったところによると、国体というのは国民体育大会の略称であり、字面からなんだか共産主義的な気配を感じていた僕の違和感はまったくの杞憂であるようだった。

( ^ω^)「国体ってのは要するに、県選抜チームで行う国内対抗戦みたいなものだお?」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね、そんな感じ。今年はVIPでやるから観に行こうよって話になってたの」

('A`)「毎年やるもんじゃあないんだ?」

ξ゚⊿゚)ξ「やるわよ。ただ、都道府県の対抗戦だから、会場は当然持ち回りなのよね。近所でやるなんてほとんど奇跡みたいな確率よ」

('A`)「確かに。同様に確からしいとしたら、2パーセントくらいの確率か?」

( ^ω^)「その文言、数学の問題以外で初めて聞いたお」

113名無しさん:2020/09/28(月) 21:26:11 ID:oGuGPJ2c0

('A`)「それで、ブーンは来れるのか?」

( ^ω^)「VIPでやるなら大丈夫だお。バイトの時間には帰れるだろうし、一応親父に一言伝えといたら問題ないお」

ξ゚⊿゚)ξ「10月だから、国体終わってほとんどすぐに中間テストだけど、そのへんは問題ないの?」

( ^ω^)「ないお〜」

 ニコニコと、まったく動揺のない顔でブーンは言った。この学年トップの学力を持つ男は試験期間直前に外出することを問題としていないらしい。

('A`)「まじか。順位落ちたからって僕らに当たるなよ」

( ^ω^)「ないお〜、当たらないお〜」

('A`)「・・マジで毎日コツコツやってるだけなのか?」

( ^ω^)「おっおっ、そうだお、僕はあんまり嘘はつかないお」

ξ゚⊿゚)ξ「あんまり、ね。正直者なのかしら」

114名無しさん:2020/09/28(月) 21:27:02 ID:oGuGPJ2c0

 どうやらブーンは正直者らしかった。これ以上考えても無駄だとばかりにツンは肩をすくめて見せる。

ξ゚⊿゚)ξ「やれやれ、まあ来てくれるならそれでよしとしましょ。ドクオは試験勉強大丈夫なの?」

('A`)「僕は成績のノルマもないからね。元々試験前だからって張り切るタイプでもないし」

( ^ω^)「なんだお、ドクオもそうじゃないかお」

('A`)「いや僕は目標がないからね。それでトップなんか取っちゃうのは、なんというか、試験勉強ガッツリする勢に失礼なんじゃないのか」

( ^ω^)「勉強の仕方なんて人それぞれなんだから、それで出た結果に対して出し方が失礼とか言って文句つける方がどうかしてるお」

('A`)「確かに」

 どう考えても僕に勝ち目はなかった。この議論からは尻尾を巻いて早々に立ち去るべきだろう。

 そんな僕らのやり取りをツンはニヤニヤとして聞いていた。

115名無しさん:2020/09/28(月) 21:28:01 ID:oGuGPJ2c0

ξ゚ー゚)ξ「あんたら仲良くなったわねぇ」

('A`)「そうかぁ? 今もこうして揉めてたわけだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「だって内藤と揉めるやつっていないもの。こいつ、一見ニコニコしてて人当りがいいくせに実は結構内向的で、話し合いになると理詰めで譲らないようなこと言うから、友達が定着しないのよね」

(;^ω^)「!? そうだったのかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「しかも自覚がないというね。あんた立派なコミュ障よ」

(;^ω^)「こみゅしょう・・」

('A`)「ドンマイ、ブーン」

ξ゚⊿゚)ξ「いやあんたもでしょ。人当りよくない分あんたの方が重症よ」

(;'A`)「!?」

 どうしてこのタイミングで僕らがツンにぶった斬られなければならなかったのか不明だが、とにかく反論の余地はなかったのだった。

116名無しさん:2020/09/28(月) 21:29:04 ID:oGuGPJ2c0

 その日はバイトの日ではなかった。10月半ばのバスケ観戦に向けた話し合いを終えた僕はまっすぐ帰宅することにする。僕には家事をする必要があるからだ。

 共働きで帰宅時間もまちまちであるため夕食の作成は僕にとって必須ではない。たまたま気が向いて作ったり、日持ちするものを作った場合は家族にメッセージを残しておけば、勝手に食べるという寸法だ。

 とはいえ掃除や洗濯、皿洗いなどやらなければならない仕事はたくさんある。特に2階建ての母屋をバイトがある日に掃除する気にはならないため、僕の仕事ぶりに介入を許さないためには物事を計画的にこなす必要がある。今日は水回りを処理することにした。

 たっぷり1時間近くかけて残暑を味方につけた細菌たちをやっつけ、手を洗っていると、スマホにメッセージがきていることに気がついた。送り主はクーである。

川 ゚ -゚)『お腹が空いたなァ』

 姉はそう言っていた。既読スルーで冷蔵庫の中身を確認していると、メッセージが追加される。

川 ゚ -゚)『貞子もいるよ〜』

 僕は再び既読スルーでオムライスを作っていくことにした。

117名無しさん:2020/09/28(月) 21:30:27 ID:oGuGPJ2c0

 正確に言うと、母屋で作ったのはチキンライスだった。いや、これも正確ではない。チキンライスを作ろうと思ったのだが、鶏肉がなかったのでソーセージで代用したのだ。これをチキンライスと呼んではソーセージに処された豚さんたちも浮かばれないことだろう。

川 ゚ -゚)「ほ〜ら、来た来た。ありがとう」

川д川「ありがと〜」

 3人分のチキンライスもどきを入れたボウルを片手に僕は離れへ行ったのだった。これをこの場で皿に盛り、離れにもある簡易キッチンで卵をオムればオムライスの完成となる。

 僕が持ってきたものの内容を察したクーはお皿とスプーンを用意した。

川д川「お〜、今からオムるの? ホテルの朝食みたい」

川 ゚ -゚)「あれ、なんでオムレツだけその場で作るんだろうな? 何でも出来たての方がいいし、どちらかというとわたしは焼き魚とかの方が焼きたてにして欲しいけどな」

('A`)「あ、持ってくるの忘れた、ケチャップあるっけ?」

川 ゚ -゚)「あるよほら」

 僕は手早くオムライスを供給し、クーや貞子さんと一緒に消費した。

118名無しさん:2020/09/28(月) 21:34:00 ID:oGuGPJ2c0

川д川「ああ美味しい。ドクオくんは胃袋掴めば勝ちだね、モテるでしょ」

 結構多めに盛ったオムライスをぺろりと平らげ、貞子さんはそう言った。いつの間にかテーブルに並んだビールをクーと一緒に飲んでいる。

 僕は貞子さんに肩をすくめて見せた。

('A`)「モテません。モテたことないですよ」

川д川「あらもったいない。こんなに美味しいオムライスが作れるというのに」

('A`)「いやでもそもそも、手料理を食わせられる状況って、かなり関係性が発展してません? モテる人たちがいったいどうやってそこまでこぎつけているのか、僕にはまったくわかりませんよ」

川д川「確かに」

川 ゚ -゚)「女の子から誘うパターンはホイホイ来やすいだろうけど、確かに男が料理で釣るパターンはちょっと考えづらいな」

('A`)「だろ。僕が女の子だったら、そんなに親しくないのに飯作るから食べに来いよなんて言う男は絶対信用しないし誘いには乗らないよ」

川д川「そうか、男の子からのパターンは女子側の好意が前提条件として必要なのか」

119名無しさん:2020/09/28(月) 21:36:55 ID:oGuGPJ2c0

川 ゚ -゚)「女が誘う場合もある程度の関係性がないとあれだろうが、おそらくハードルの高さには男女差があることだろうな。――卒論のテーマが決まったな」

('A`)「たぶん冗談なんだろうけど、卒論のテーマってそんなに自由なの?」

川 ゚ -゚)「どうだろうな? 勝手に書く分には自由なんじゃあないのか?」

('A`)「??」

川д川「私たちは卒論じゃなくて卒研、卒業研究するんだよ。研究職志望でもなければその内容をちゃんと論文に仕立て上げはしないと思う」

('A`)「へぇ」

 そうなんだ、という気持ちと、そんなの知るわけないだろ、という気持ちが同時に浮かび上がり、それは言葉にならない音を僕の口から洩れさせた。半ば呆れた僕の様子をどのように感じ取ったのか、クーはなんだか得意げな顔をしている。

川 ゚ -゚)「ふふん。時にドクオよ、できたという女友達とはちゃんと仲良くなっているのかい? お姉さんに紹介してごらんよ」

('A`)「絶対嫌だろ。なんで会いたがるんだよ、親か」

川 ゚ -゚)「この際わたしを親のように思ってくれても構わない」

120名無しさん:2020/09/28(月) 21:38:22 ID:oGuGPJ2c0

川д川「お〜、そうじゃん。女友達できたんだったら、その子とか、その子のそのまた友達をお家ご飯に誘うことはできるんじゃないの?」

('A`)「む・・」

 確かにそれは不可能ではないことなのかもしれなかった。僕はツンとカレーの話をしており、『バーボンハウス』の味を盗めたあかつきには作って食べさせるといったような約束のようなものを交わしている。

 会話の流れによっては、今の僕の実力を味わわせることも可能だろう。

川 ゚ -゚)「考えているね? 発展性があるとみた」

川д川「いいじゃんいいじゃん。デートとかしないの?」

('A`)「デート・・そういえば、ああでもこれは、デートじゃあないですね」

 僕はツンと行くバスケットボール観戦を頭に浮かべ、しかしそこにはブーンや高岡さんも来るのであろうことを思い出した。2対2でのグループデートと言うには僕が女の子ふたりのお出かけに混ぜてもらった形であり、彼女たちの間にはキャットファイトに発展する可能性のある火種があるかもしれないのだ。

川д川「何よ〜、詳しく話しなさい」

('A`)「詳しく話すこともないんですけど、今度バスケ観に行くんですよ。何人かで」

121名無しさん:2020/09/28(月) 21:39:25 ID:oGuGPJ2c0

川д川「へ〜! ドクオくんバスケ部だったっけ?」

('A`)「いや違います。完全な帰宅部です。その友達がバスケ好きなんですよ」

川д川「やるじゃん、相手の趣味に付き合えるってのはポイント高いかもしれないよ」

川 ゚ -゚)「しかもこちらには貞子という味方がいる。ご飯作ってきてよかったな?」

川д川「一飯の恩だ、何でも訊いてくれたまえ」

('A`)「その慣用句って少ない恩だけれども、みたいな意味合いじゃありませんでしたっけ」

 それより僕は気になった。貞子さんに何を訊けばいいというのだろう?

 訝しげな顔をしていたのだろう、貞子さんは僕をまっすぐ見てニヤリと笑った。

川ー川「私がシタガク出身なのは知ってるね? 実は、私はバスケ部だったのだよ」

川 ゚ -゚)「結構ガチでやってたんだよな?」

川д川「VIP第一とかに比べると全然だけど、一応進学校な私立にしては頑張っていたと思う。Bリーグとかに詳しくはないけどね、バスケのことはそれなりにわかっているつもりだよ」

('A`)「ほお〜、それは心強い」

 バスケに関する造詣がまったく深くない僕は素直にそれを頼もしく思った。

122名無しさん:2020/09/28(月) 21:42:52 ID:oGuGPJ2c0

 事情を詳しく話せと言うので今回の予定を話して聞かせると、貞子さんは大きく頷いた。

川д川「なるほどね〜国体か! そういや今年はVIP国体だもんねえ」

川 ゚ -゚)「こくたい?」

川д川「県選抜チーム同士で戦うみたいな大会よ。で、今年はVIPが会場ってわけ。こりゃあ普通に見たいわ私も」

川 ゚ -゚)「お、行くか?」

('A`)「やめてください」

川 ゚ -゚)「ワカッタヤメヨウ」

('A`)「なんという棒読み、こちらに安心させるつもりが微塵も感じられない・・」

 事情を聞かせたことを一瞬後悔したものだったが、貞子さんからの情報には有益なものも含まれていた。

 バスケのシュートはダーツを投げる感じに似ているというのだ。

川д川「特にフリースローはね。だから私はダーツにハマっちゃったんだけど」

123名無しさん:2020/09/28(月) 21:45:08 ID:oGuGPJ2c0

川 ゚ -゚)「ああそうだったんだ?」

川д川「そうだよ、話したことなかったっけ?」

川 ゚ -゚)「あったかもしれない。しかし、わたしの脳内で組み立てられた、チャラ男の趣味にまんまと染められた貞子という偶像が強くてすっかり忘れていたのかも」

川д川「ひどい」

川 ゚ -゚)「わたしの中では貞子はヘソピとか入れられてる。乳首にもあるのかも」

川#д川「ねぇし! ていうか何そのダーツプレイヤーのイメージ!」

川 ゚ -゚)「思えば、私はそれを確認したくて貞子っぱいとか言っていたのかもな――」

 妙にしんみりとしたイイコトを言っている雰囲気を漂わせるクーのことを、僕と貞子さんは無視することにした。

川д川「さてと。・・それはさておき、本当にダーツとフリースローは感じが似てるから、バスケ好きな女の子だったらダーツも気に入るんじゃないかな。これはひとつ武器にできると思う」

('A`)「・・確かにそうかもしれませんね」

 こうして僕はいつか有効活用できるかもしれない知識を手に入れた。貞子さんが言うには、ダーツを教えて新しい楽しみを提供し、旨い飯を食べさせておけばそこらへんの女の子などイチコロであるらしい。

 とてもそうは思えない、という僕の感想をわざわざ口にする必要はどこにもなかった。


   つづく

124名無しさん:2020/09/29(火) 00:26:24 ID:UVH3BLuY0
おつです。色々と進んできていて、わくわくする
ブーンもジョルジュもまだ謎だらけだな……
登場人物がそれぞれに息づいているのが凄く伝わってくる

125名無しさん:2020/09/29(火) 03:57:24 ID:kf1//.EA0

ドクオ、ジョルジュ、クー、ブーンが題名なのは少し気になるな

126名無しさん:2020/09/29(火) 13:40:32 ID:gy3kLNY20
乙津

127名無しさん:2020/10/04(日) 22:04:01 ID:QqQaeR920
1-5.VIP国体


 土曜日の午前中からバスを乗り継いで向かった先はVIP総合体育館だった。

 快晴の朝は気持ちよく、僕たちを乗せたバスは空いた道をぐんぐんと郊外に向けて進んでいく。青い空がやけに広く見えるのは視界を遮る建物が少ないからだ。

 郊外というより埠頭と呼ぶべき風景になってきた。開けた敷地に巨大なコンテナが整列している。そのコンテナの継ぎ目から、空より深い青みをした海がちらりと見えた。

('A`)「おぉ〜海!」

( ^ω^)「海ってやっぱりテンション上がるお〜」

 わいわいとはしゃぐ僕たち男の子を女子たちはいささか白い目で見ているようだ。わざわざ前の席から身を乗り出すと、呆れた顔でツンは僕たちに肩をすくめて見せた。

ξ゚⊿゚)ξ「あんたら来るの初めてなの? 楽しそうねぇ」

('A`)「初めてだし! 逆に訊くけど、こんなとこ来る用事あるのかよ!?」

ξ゚⊿゚)ξ「屋内スポーツの大きな大会は大体ここであるからね」

从 ゚∀从「スポーツの他には武道もそうだな」

('A`)「ブドウ?」

 全国規模で行われるブドウ狩りの様子が僕の頭にふわりと浮かび、即座に消えた。半疑問形でオウム返しをした僕の呟きを鋭い雰囲気の女の子が黙殺していたからである。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板