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('A`)( ゚∀゚)川 ゚ -゚)( ^ω^)の話のようです
229
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:36:39 ID:WszZjNtQ0
('A`)「肘がね、固定されていないんだよジョルジュは」
投げ込みをするジョルジュのフォームを見てすぐに気づいていた点を僕は指摘した。
_
( ゚∀゚)「肘ィ? 気をつけてるつもりだけどな、ブレてるのか?」
('A`)「ブレちゃあいないよ、なんというか、それ以前の問題だ。知らずにこれを意識するのは案外難しいことなのかもしれない」
僕はジョルジュに指示し、スローラインに立ってからダーツを構えるまでの流れを再現させた。立ち位置を定め、まっすぐに立ち、狙う箇所を見定めた視線の上にダーツを置く。
もちろんジョルジュはそうできている。目線で僕に合図をし、腕を引く投射動作に入ろうとしていたジョルジュを僕は止めた。
('A`)「ストップ、投げなくていい」
_
( ゚∀゚)「なんでだよ、肘が動くかどうか、投げてみないとわからねぇじゃねぇか」
('A`)「ジョルジュの肘が固定されていないのはスローの中での話じゃあないんだ」
( ^ω^)「! なるほど、構えの時点での話かお」
('A`)「ご名答。ジョルジュは構えを作った時点での肘の位置が、完全に自分の中で固定されていないんだと思う」
230
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:38:57 ID:WszZjNtQ0
初めにセットする位置が異なっていれば、その後のスロー動作がいくら揃っていたとしても、当然ダーツの軌道は変わる。僕は彼らにそれを説明した。
('A`)「――と、まあ、そんな感じだ。とはいえ、肘の位置が合ってるかなんて鏡でも見ないとわからないし、ある程度上達した段階だと鏡で見たところで逆にわからないかもしれないけれど」
( ^ω^)「それじゃあダーツプレイヤーたちはどうやって確認するんだお?」
('A`)「そうだな、僕の場合は自分の体との相対位置みたいなものと、わかりやすい角度で調節するかな」
_
( ゚∀゚)「あの、まったくよくわかりませんが」
('A`)「う〜ん、そうだな、やっぱり言葉にするのは難しいな」
ボリボリと頭を掻き、僕はダーツを持ってスローラインに向かい、注意深く足の形を作った。
そしてフォームのイメージを彼らに伝える。どうせわかりやすくまとめることなどできやしないのだから、思ったままを口に出してみることにしたのだ。
あくまで僕の場合はだけど、と前置きをして僕は話す。
('A`)「立つ足の形は直接見てわかるだろ、ラインに対する足のかけ方とか、両足の角度とか、自分の目で見てフォーム通りであることを確認できる」
231
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:43:05 ID:WszZjNtQ0
('A`)「そして、この右足の真上に体を置いてやる。まっすぐ立つんだ。前のめりになった方が物理的なダーツ盤との距離が近くなるから有利なのかもしれないけど、僕はフォームの安定性を重視する。左足は添えるだけ。バランスを取る助けにする」
( ^ω^)「前のめりのフォームだと、のめり方が一定じゃあなくなるからかお?」
('A`)「そうだよ。のめり方って日本語があるかどうかは置いといて」
そして僕は背筋を伸ばし、重力にまっすぐ逆らうイメージで鉛直上向きに体を置いた。
ダーツ盤に視線を向ける。半身になった僕の視野には自分の肩が見えている。やや窮屈な構えとなるが、僕は完全に横を向いた。体は正面、顔は横。エジプトの壁画を連想できるかもしれない。
('A`)「こうすると肩が見えるだろ。自分の目で見て位置が調節できるんだ。この目と僕が狙う位置、今はとりあえずブルとを結ぶ直線でまっすぐこの空間を切り裂いた時、目と肩とブルがひとつの平面上にあるよう意識する」
そして肘をきっかり90度の角度で曲げ、ダーツの先端を視線の上に置く。それらすべてがそのひとつの平面上にある筈だ。
これで僕のフォームは完成となる。腕を引く。引き絞られた肘関節が自然と反発を生むタイミングで僕はそのエネルギーを解放してやる。弧を描く右手からダーツが離れる。
浅い放物線の軌道をなぞり、僕の放ったダーツはブルへと吸い込まれるようにして突き刺さる。リリースの感触から僕はそれを知っていた。
232
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:44:46 ID:WszZjNtQ0
思い通りのスローができた感慨に少しだけふけり、僕はジョルジュとブーンに向けて肩をすくめて見せた。
('A`)「こんな感じが僕の投げ方かな、運よくブルに入ってくれたから、多少は説得力が出たんじゃあないかと思う」
( ^ω^)「なるほど〜、色々考えているものだお」
('A`)「皆がそうなのかはわからないけどね。感覚が優れているひとはここまでしなくてもいいのかもしれない」
_
( ゚∀゚)「フォームは人それぞれってわけか」
('A`)「だって体の形がそれぞれ違うからね。その人に合ったフォームはその人にしか作り上げることはできないと思う。アドバイスはできるかもしれないけれど」
ふうん、とジョルジュは何度か頷き、スローラインに立ってフォームを作った。
そしてジョルジュがダーツを投げる。2投。3投。やはり筋が良いのだろう、先ほどまでより如実にフォームが安定している。ダーツのばらつきも小さくなっているようだ。
_
( ゚∀゚)「お! 良い感じなんじゃあないか!?」
爽やかな外見のイケメンが嬉しそうな顔をするものだから、僕も小さく笑ってしまった。
('A`)「いいと思うよ」
233
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:45:38 ID:WszZjNtQ0
_
( ゚∀゚)「なるほどな〜。意識ポイントがわからねぇと、自分のフォームを見直すことはできねぇな、確かに」
( ^ω^)「ドクオはずっと前から気づいてたのかお?」
('A`)「そうだね、気づいてた。気づいて言ってなかったのは、僕の投げ方がジョルジュに合ってるかわからないからあまり最初から細かく指導のようなことをする気にならなかったのと、もうひとつは一応ゲームをしていたからさ」
( ^ω^)「おっおっ、それは良い心がけだお」
_
( ゚∀゚)「そうだな。勝負事の最中に何か言われてもアドバイスとは思わないことだろうよ」
( ^ω^)「トラッシュトークってやつだお?」
_
( ゚∀゚)「お前ボールの持ち方いつもと違わないか? なんつってな。――そういやおれも言わなかったが、ドクオ、お前のフォームもたぶんあんまり良くないぞ」
('A`)「え、僕のフォーム!?」
_
( ゚∀゚)「ダーツじゃなくてバスケな。フリースロー。意識してちゃんと見たらすぐに気づけることだろうが、やっぱり自分で気づくってのはできねぇよな」
ちょうどお前のも肘が悪い、とジョルジュは言った。
234
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:46:16 ID:WszZjNtQ0
テーブルに置いてあったティッシュ箱を手に取ると、それをボールに見立ててジョルジュは僕に見えるように構えを取った。
_
( ゚∀゚)「お前のフォームはこんな感じだ。これのどこが悪いかわかるか?」
('A`)「――肘なんだろ? 今言ったじゃないか」
_
( ゚∀゚)「そうだよ。これがなんで悪いかわかるか訊いてんだ」
('A`)「――」
正直僕にはわからなかった。そもそも僕はバスケットボールにおけるシュートフォームの教科書的なやり方をろくに知らない。バスケに関する僕の知識は大半が『スラムダンク』で得たもので、残りのほとんどすべてはツンから話して聞かせてもらったものなのだ。
('A`)(ん、でも、『スラムダンク』でもシュートフォームのくだりがあったな――)
主人公の高校生が初めてシュートを習う場面だ。僕はそれを頭に思い浮かべ、改めてジョルジュに目をやる。
そして気づいた。
('A`)「――肘、肘か。なんというか、肘を開かない方がいい?」
ジョルジュはニヤリと笑って頷いた。
235
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:47:01 ID:WszZjNtQ0
_
( ゚∀゚)「奇しくも同じような指摘になるな。フリースローは効率的にボールに力を伝えるというより、ガチガチに動きを固めるべきだからな、ちょっぴり窮屈かもしれないが、こうやって構える腕は肘がゴールに向かうようにして、まっすぐ引いてまっすぐ押し出すべきなんだ。肘の位置がまっすぐじゃないとボールに力がまっすぐ働かねぇ」
少しの間、僕は言葉を失った。
('A`)「――本当に同じような種類の指摘だな。さっきまで偉そうに喋ってたのが恥ずかしいよ」
_
( ゚∀゚)「ハ! それもお互い様だな! おれもお前のフリースローを見てすぐに気づいておきながら、ダーツのフォームにはまったく活かせていなかった! 笑っちまうな!」
('A`)「それもそうか。他人のふり見て我がふり直すのは難しいことなんだな」
苦笑に近い笑みがこぼれる。ジョルジュは明るく笑っている。ブーンは相変わらず柔和な表情で、僕らはしばらくそれぞれの温度で笑い合った。
そして練習を再開した彼らを僕はソファに座って見守ることにした。
紅茶を啜ってブドウを齧る。要望に応え、8ラウンド投げ合って点数の多寡を単純に比べるカウントアップのゲームをセットし、ブーンとジョルジュに競わせる。今後どうなるかはわからないが、とりあえず今のところはいずれもダーツを楽しんでくれているようだった。
236
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:48:05 ID:WszZjNtQ0
('A`)(――喜ばしいことである)
自然とそのように思えるのが不思議なようにも当たり前のようにも感じられる。やれやれだ。ソファに深く腰かけなおし、背もたれに体重を預けるようにして僕はこの部屋の様子を見るともなしにぐるりと眺めた。
驚愕。
その光景を目にした瞬間、僕はソファの上で軽く飛び上がるほどに驚いた。
(;'A`)「嘘だろなんで!?」
思わず口から声が出る。なんでもくそもないのだが。
川 ゚-゚)「やあやあ、ついに見つかってしまったか」
僕の驚愕する様とその言葉にブーンとジョルジュの視線が集まる。心臓が強く脈打ち、僕の体中によくわからない汗のようなものがまとわりついてくるのがわかる。
クーだ。
この世帯における構成員のひとり、僕たちが今いる離れの実質的な居住者である僕の姉だ。ここにいること自体は彼女の当然の権利である。何も驚く必要はない。
しかしながら、僕の知らないうちに、いつの間にか、クーが帰宅しており、玄関のあたりから僕らのことを観察していたのだった。
237
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:48:57 ID:WszZjNtQ0
(;'A`)「ななななんでここにいるんだよ!?」
川 ゚-゚)「心外だなァ、ここはわたしの家でわたしの部屋だ。それに、わたしはこれでもゆっくり帰ってきたつもりだよ」
肩をすくめたクーはそう言い、顎で時計を指し示す。確かにずいぶんと時間が経っていた。
それもその筈で、僕たちは公園でバスケットボールを投げ合った後、ここでこうしてダーツに興じているのだ。まったくの予定外。僕にはどうすることもできやしない。
現実を受け入れた僕はやるべきことをやることにした。質問だ。これまでの我が身、立ち居振る舞いを鑑みながら、僕はクーへとひとつ尋ねる。
(;'A`)「――いつから、いたんだ?」
川 ゚-゚)「いつから? そうだな、君たちが互いに見つめ合い、漫才終盤のオードリーよろしく『ヘヘヘ』と笑い合ったところあたりかな」
(;'A`)「そんな笑い方はやってねぇ・・!」
川 ゚-゚)「無理もない。他人のふりを見たところで、我がふりを把握するのは、なかなか難しいことなのだよ」
(;'A`)「くそったれ結構前からいたんじゃねぇか!」
クーは上半身を軽くのけ反らせ、わざとらしくへへへと笑った。
238
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:49:40 ID:WszZjNtQ0
僕、ブーン、ジョルジュ、と、クーはゆっくりと僕たちに視線を向けた。ニヤリと笑う。その笑みを丁寧に片付けて小さく頷き、クーは再び肩をすくめて見せた。
川 ゚-゚)「ほらドクオ、わたしに彼らを、彼らにわたしを紹介したらどうなんだ? このまま放っとくつもりなのか?」
('A`)「わかったよ。・・ええと、こちらはクー、僕の姉だ。こいつはブーン」
( ^ω^)「内藤ホライゾンといいますお。よろしくお願いいたしますお」
川 ゚-゚)「ブーンで内藤ほらいぞん・・?」
('A`)「ああ、そういやブーンはあだ名だな、こう見えて学年トップの秀才だ」
川 ゚-゚)「わあすごい」
(*^ω^)「学年トップの秀才ですお!」
('A`)「お前こういうの謙遜するキャラじゃあないのかよ・・」
川 ゚-゚)「よろしく、ドクオと仲良くしてやってください」
(*^ω^)「もちろんですお!」
239
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:50:42 ID:WszZjNtQ0
クーの差し出した手を取り握手をするブーンを眺める。なんとも面倒くさいことである。
これは客観的な事実として思うのだが、クーは美人だ。スタイルも良い。その艶やかな癖のない黒髪と彼女の好む小ざっぱりとした格好は、化粧っ気のなさというよりはむしろ、凛とした印象をクーに与えることだろう。
気持ちはわかる。男友達の家で遊んでいて、思いがけず帰ってきたそいつの姉貴が美人だなんて、完全にフィクションの世界の出来事である。さぞかしテンションの上がることだろう。
ただし、それは僕がその男友達側であればの話だ。
この綺麗なお姉さんを誇りに思わないわけではないが、こちら側の当事者としては、自分の友人が姉に相好を崩しているのも、姉が保護者面して友人と話しているのも、どちらも見ていて気持ちの良いものではなかった。
('A`)(――ああ面倒くさい)
ガシガシと頭を掻いて目をやると、ジョルジュはブーンと違って澄ました態度を取れていた。流石はかわいい女の子ふたりを股にかけるモテモテのトップアスリート、ちょっとやそっとの美人に対して狼狽えなんかしないのだ。
240
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:52:32 ID:WszZjNtQ0
ジョルジュと並んでブーンを眺める。クーは地元の国立大学薬学部に通う、それなりに高学歴な大学生だ。それなりの進学校で学年トップの秀才から供給できる話題は少なくないことだろう。
('A`)(――まったく、ブーンくんったらはしゃいじゃって!)
仮に僕がブーンに恋する女子高生だったとしたら、ぷりぷりとかわいく焼き餅を焼いていたことだろう。吐き気を催しそうな空想だ。
それに引き替え、このジョルジュの落ち着きぶりはどうだろう。彼に対する嫌悪感の源であるその女性関係も、あるいは悪いことばかりではないのかもしれないとさえ思えそうなものである。
_
( ゚∀゚)「――ぅっ ぃ」
その落ち着いた様子のイケメンアスリートの口から独り言のようなものが小さくこぼれた。鼓膜を震わすその振動を、僕は言語となるよう解析する。僕の眉間に皺が寄る。
_
( ゚∀゚)「――うつくしい・・」
('A`)「あ、駄目だわこいつ
ジョルジュは落ち着いてクーとブーンの様子を眺めているのではなく、ただ単純にゆっくりと一目ぼれの恋に落ちていっていただけだった。
241
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:54:04 ID:WszZjNtQ0
僕はその時、生まれて初めて、人が人に惚れていく様を至近距離で観察した。
ブーンとの話がひと段落つき、クーの視線がジョルジュへと向く。一歩下がった位置にいる太い眉毛のイケメンに、クーは少しだけ近づいた。
川 ゚-゚)「なんだか話し込んでしまったな、こんなつもりじゃあなかったんだけど」
( ^ω^)「なんだか引き留めてしまったようですみませんお」
(;'A`)「――ああ、ええと・・こちらはジョルジュ、バスケの上手なイケメンだよ」
_
( ゚∀゚)「――」
どうもイケメンです、くらいの挨拶をするかなと思っていたのだが、ジョルジュはまるで極端な人見知りであるかのような態度で小さく頭を下げただけだった。
いつもと異なる様子のジョルジュに僕は動揺してしまう。おそらくブーンもそうだろう。
(;^ω^)「んん? ジョルジュ怒ってるのかお?」
(;'A`)「いや、怒ってるわけじゃあないと思うけど――」
242
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:54:57 ID:WszZjNtQ0
(;'A`)(――けど、何なんだ!?)
僕はほとほと困ってしまった。
とはいえ僕はジョルジュにクーを紹介し、クーにジョルジュを紹介したのだ。彼らが初めましてこんにちはをするターンに僕ができることはない。
川 ゚-゚)「? よろしくな、ジョルジュくん」
すると、比較的大人である僕の姉が、訝しく思っている様相ながらも、ブーンの場合と同様に右手を差し出してくれていた。ありがたいことである。後はジョルジュがそれを取りさえすれば良い。
ジョルジュはその手を食い入るように見つめると、シャツのお腹のあたりで自分の右手を丹念にぬぐい、やがて意を決したようにクーと握手を交わすに至った。
そしてゆっくりと彼は訊く。
_
( ゚∀゚)「あの――お名前を聞かせてもらえませんか」
名前はさっき僕が教えただろ、という至極まともなツッコミをすることを許さない妙な凄みが、ジョルジュの目から感じられているのだった。
243
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:55:48 ID:WszZjNtQ0
川 ゚-゚)「名前!? クーです・・ええと、そろそろ手をいいかな?」
_
( ゚∀゚)「これはとんだ失礼を。ぼくはジョルジュ長岡です」
川 ゚-゚)「すると、君が国体で大活躍だったバスケットボールプレイヤーかな?」
_
( ゚∀゚)「そうです。ぼくがジョルジュ長岡です」
川 ゚-゚)「それはそれは。お噂はかねがね」
_
( ゚∀゚)「ハ! 悪い噂じゃあないといいですなァ!」
川 ゚-゚)「今のところ悪い噂ではないよ・・そろそろ手を離してはくれないかな?」
_
( ゚∀゚)「失礼しました」
ジョルジュはそう言い、ようやくクーからその手を離した。驚きの長さだ。日本に握手文化がないことばかりがこの印象の原因ではないだろう。
部屋がものすごい空気になっていた。
川 ゚-゚)(――お前、何とかしろよ、友達なんだろ)
(;'A`)(――無理むり! なんだよこの状態!?)
アイコンタクトで送られてくる問題解決依頼を僕はアイコンタクトで拒絶した。
244
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 22:58:59 ID:WszZjNtQ0
このものすごい空気をどのようにすれば爽やかなものにできるのか、僕には皆目見当がつかなかったが、おそらくこれしかないだろうということはわかっていた。
会話だ。当たり障りのない世間話で良いだろう。何らかの妙手でこの空気を一転させるというよりも、何気ない会話で少しずつ撹拌し、薄めて流すべきである。
ただし、この空気の中で始める世間話というのは何ともハードルが高いのだった。
実際に沈黙の漂った時間はそこまで長いものではなかっただろう。おそらく長くて10秒や20秒のことである。しかし、この永遠に続いてもおかしくないように感じられた空気の中で口を開いた姉に、僕は思わず尊敬の念を抱いた。
川 ゚-゚)「ええと・・皆でダーツしたんだよな? どうだった? それとも経験者なのかな」
( ^ω^)「いえ、僕らは初めてでしたけど、何にせよ面白かったですお! ドクオくんも上手でしたお〜」
川 ゚-゚)「期間はそこまで長くないけど、ドクオはそこそこやってるからな。初心者狩り的に虐められてなかったらいいけど」
( ^ω^)「ドクオくんはそんなことしませんお。まあでも最後のジョルジュとのゲームは勝負だったから、ボコボコにやられてましたけど」
_
( ゚∀゚)「ボコボコにやられました」
川 ゚-゚)「それはなんとも、大人気のないことだなァ」
245
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:00:22 ID:WszZjNtQ0
('A`)「いやでも一応勝負だったんだから、手を抜くのもそれはそれで失礼だろ」
川 ゚-゚)「ハンデをつけてやればいい」
('A`)「つけたし。僕はダブルイン・ダブルアウトを守り、その上で先攻を譲ってやった」
川 ゚-゚)「とはいえ今日初めてダーツに触る初心者相手じゃあ勝負になるまい。こちらは501であちらは301とかくらいまでやるべきだったかもな」
('A`)「え、そんな設定できんの?」
川 ゚-゚)「できるよ。詳細設定でハンデを付けることができるだろ」
('A`)「――知らなかった」
川 ゚-゚)「知らなかったのは仕方ないけど、それで負けた方は少々かわいそうだな。罰ゲームは何なんだ?」
('A`)「罰ゲーム?」
( ^ω^)「――そんなもの、ありませんお?」
川 ゚-゚)「勝負って言っといて敗北の代償なし? いかんねそれは」
_
( ゚∀゚)「――いけませんか」
勝負だからね、とクーは真面目な表情で言った。
246
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:01:59 ID:WszZjNtQ0
_
( ゚∀゚)「だってよ! ホラ条件を決めてもらおうじゃあねェか!」
('A`)「・・いやもう勝敗付いてるからね。その後に条件付けって明らかにフェアじゃあないだろ」
( ^ω^)「何でもありになっちゃうお」
_
( ゚∀゚)「てやんでぇ! 男が負けといてただで帰れるかってんだ!」
('A`)(てやんでえ・・?)
ジョルジュは明らかに冷静な様子ではなかった。
どうやら一目惚れしてしまったらしいお姉さんに煽られているのだ。彼の言葉の通り、もう引き返せないような心境になってしまっているのだろう。
君の専門であるバスケットボールでも、ゲームの度に何か敗北に関する罰ゲームか何かを設けてなんかいないだろ? と正論のようなものを彼に投げつけることが効果的だとは僕にはまったく思えなかった。
そして、そのようにどうしたものかと思っていた僕に助け舟を出してくれたのは、やはりと言うべきかブーンだった。
( ^ω^)「まあまあ、そもそもこれはドクオがジョルジュに突っかかってフリースロー対決なんてやり始めたのが原因ですお。そちらではドクオがボロ勝ちだったんだから、1勝1敗の引き分けってことでどうですお?」
247
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:06:02 ID:WszZjNtQ0
ブーンの話を聞いた瞬間、クーは噴き出してしばらく笑った。
川 ゚ -゚)「ぶはは、なんだドクオ、お前、バスケ部のエースにバスケットボールで喧嘩売ったのか?」
('A`)「うるさいなあ、フリースロー限定ならひょっとしたらって思ったんだよ」
川 ゚ -゚)「今は?」
('A`)「深く反省している」
川 ゚ー゚)プークスクス
( ^ω^)「ボロ負けだったお」
('A`)「何度も言わなくていいだろ、はいはい、僕がアホでした」
川 ゚ -゚)「わかればよろしい。――それも賭けにはしていないのか?」
('A`)「賭けって言っちゃったよ!」
( ^ω^)「そういう取り決めはしていませんお。だから、なんというか、相殺するようなイメージでどうですかお?」
川 ゚ -゚)「相殺ってそんな、通以降のぷよぷよじゃあないんだから」
248
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:11:20 ID:WszZjNtQ0
相殺システムの存在しない初代のぷよぷよを嗜むクーは、正しい表現でそう言ったのだが、それがブーンやジョルジュに伝わることはどうやらないようだった。常にもっとも正確な情報がもっとも適切であるとは限らないのだ。
大きくひとつ息を吐く。
この勝負の当事者は僕とジョルジュだ。本来、僕たちが納得すれば他人に口を出されるいわれはないのだけれど、彼はどうやらただ面白がっているだけのクーの意向に沿おうとしている。彼女は僕たちがそれぞれ血を流すところを見たいのだ。
('A`)「それじゃあこうしようか。僕とジョルジュは1勝1敗だ、それぞれが敗北の代償をそれぞれに払うことにしようじゃあないか」
川 ゚ -゚)「異議なし」
('A`)「どうしてクーが決定権を持っているように振る舞うのかよくわからないが、異議がないならよかった。ジョルジュは?」
_
( ゚∀゚)「異議なし」
('A`)「その発言は自分の意志でできているのか?」
まあいいか、と僕は言った。実際どうでもよかったからだ。
残る問題はただひとつ。僕たちがそれぞれ負う代償を、どのようなものにするかである。
249
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:12:02 ID:WszZjNtQ0
('A`)「・・どうしたものかな」
_
( ゚∀゚)「先に吹っ掛けてきたのはそっちだろ。万一おれにフリースローで勝てたらどうするつもりだったんだよ?」
('A`)「――」
僕はジョルジュをじっと見つめた。
彼にフリースロー対決を挑んだのは、彼に対しての苛立ちが僕の許容量の限界まで積み上がってしまったからだ。その引き金を直接引いたのはツンへの侮辱的な態度だったが、元はと言えば、ジョルジュがツンと高岡さんへ二股をかけていることがその苛立ちの源泉である。
さらに己の感情を深読みすると、僕自身が少なからず好意を抱いているツンがそもそも彼の恋人なのであろうことと、それに伴う彼らの関係性が不満なのかもしれないが、これはどう考えても僕の勝手で独りよがりな感情だとしか思えなかった。
単純で醜い嫉妬心がベースにあって、その上に二股を許せないだとか、ツンへの言動が気に入らないだとかいったものが乗せられているだけなのだろうか?
('A`)(――だとしたら、僕にそれを糾弾する資格がはたしてあるのだろうか?)
僕はそのようなことを頭の中でぐるぐると考えてしまうのだった。
250
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:12:23 ID:WszZjNtQ0
先に痺れを切らしたのはジョルジュの方だった。
_
( ゚∀゚)「ああもう、いいよ、面倒くせぇな。それじゃあこういうことにしようや」
川 ゚ -゚)「聞こう」
_
( ゚∀゚)「あら! つまりはそう、そうですね、ぼくとドクオくんがそれぞれひとつ、言うこと何でも聞こうじゃあないかということですよ。あんまりなのはあんまりですけど」
川 ゚ -゚)「わかりやすくてとても良い」
_
( ゚∀゚)「どうも! その要求がクーさんから見てあんまりだったら、他のものを何か言うということでひとつ、いかがでしょうかね!?」
川 ゚ -゚)「ドクオは異論あるか?」
('A`)「――ない」
川 ゚ -゚)「よし決定だ」
_
( ゚∀゚)「よォし、それじゃあドクオ、お前の方から何でも言いな。バスケ辞めろとかじゃあなければ聞いたるぜ」
('A`)「――そんなことは言わないよ」
251
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:13:12 ID:WszZjNtQ0
少しの間、僕は頭の中を努めてからっぽの状態にした。
大きくひとつ息を吐く。自分が物事を色々と考えすぎる質であることは自覚している。それが場合によっては害となることも同時に把握している。だから、僕はできるだけ何も考えないようにして、凪の状態になった心の水面に浮かび上がってくるものが何なのかを見定めることにした。
ツンだ。
僕はウェーブがかった金髪をふたつに束ねた可愛いあの娘が好きなのであって、実際のところ、このジョルジュ長岡という男のことはどうだってよい。
今も今後も僕には到底持ち合わせることがないであろう運動能力や陽キャの性質、顔やスタイルの良さが彼に備わっていることは羨ましく思うが、妬ましく思うかと言われるとそうではない。むしろそうした彼自身については、今日近くで見て概ね好意的に捉えられているほどなのだ。
ツンだ。それに尽きる。
しかし、先ほども考えた通り、ツンと彼との関係性をどうこうしろと言う権利のようなものが僕にあるかは甚だ疑問だ。ツンからしてもおそらく大きなお世話だろう。おせっかいを焼いてツンから不評を買うことは僕にとっても望ましくない。
ただし、僕は知ってしまっているのだ。僕の今の状況で、ジョルジュにツンに対する不義理を咎めないでいるのは、僕にとってもツンに対して不義理を働くことになる。そのように僕は結論付けた。
252
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:14:03 ID:WszZjNtQ0
歯を食いしばって鼻からゆっくり深く空気を取り入れ、それをまたゆっくりと吐き出した。心を決める。僕はジョルジュをまっすぐに見た。
怖い。が、この恐怖心に負けることが僕は何よりも怖かった。
('A`)「――ジョルジュが今かけている二股の状態を、解消するなり何なり、どうにかして欲しいというのが僕の要望だ」
_
( ゚∀゚)「ふたまた!?」
( ^ω^)「ふたまた!?」
川 ゚ -゚)「俄然面白い話になってきたな!」
_
( ;゚∀゚)「ちがう! 違います!」
しどろもどろになって否定の言葉を吐くジョルジュを僕は冷ややかな目で、クーは熱烈に興味を持った目で見つめた。
川 ゚ -゚)「ほ〜う、何がちがうんだい!?」
どうしてこの場での問い詰め役をクーが買って出るのか僕にはよくわからないのだが、とにかく彼女が話を進めてくれそうなので、僕はそれを静観することにした。
_
( ;゚∀゚)「おれは二股なんかかけてません!」
253
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:16:11 ID:WszZjNtQ0
川 ゚ -゚)「ドクオの話と違うじゃあないか。君はわたしの弟が嘘を吐いてるとでも言うのかえ?」
_
( ;゚∀゚)「嘘っていうか、よくわかりませんけど、ぼくは本当にそうなんですから!」
何か証拠でもあるんですか、と言う彼の言葉にクーは深く頷いた。
川 ゚ -゚)「確かにそうだ。わたしも早とちりしてしまったな。ドクオ、証拠は確かにあるんだろうな?」
('A`)「もちろんだ」
川 ゚ -゚)「提出しなさい」
('A`)「提出はできない、僕の証言だけだからな。でも僕は見たんだ」
_
( ;゚∀゚)「なにを」
('A`)「高岡さんとジョルジュがホテルに入るとこをだよ」
(;^ω^)て「ハインとかお!?」
('A`)「そうだよ、ハインリッヒ高岡さんと、だ・・」
日時も何ならそらんじられるぜ、と必殺の口調で伝えた僕に、ジョルジュは意外にも平静そうな顔をした。
_
( ゚∀゚)「あァあれね。言いたいことはよくわかった」
254
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:16:34 ID:WszZjNtQ0
川 ゚ -゚)「何やら反論がある様子」
_
( ゚∀゚)「反論っていうか、あれですね。事実を事実として認識させてやるだけっていうか」
ポリポリと頭を掻いてそう言うジョルジュの余裕な様子は僕に不安を与えるものだった。ひょっとしたら僕の見間違えだったのだろうか?
その疑問を僕はそのまま口に出す。
('A`)「ひょっとして、見間違えだった?」
_
( ゚∀゚)「いや見間違えではないと思うゼ」
('A`)「見間違えじゃあないんだ!?」
_
( ゚∀゚)「あァ、あの、『ティマート』のあたりのラブホだろ? あいつは大体あそこを使うからな。いつのことかは知らねぇが、それは別段どうでもいいや」
('A`)「――」
ジョルジュの言動はとても自然で、僕にはとても彼が態度を取り繕っているようには見えなかった。
255
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:17:03 ID:WszZjNtQ0
誤解だったということか。僕の体から力が抜ける。
( ^ω^)「それじゃあホテルには行ったけど、えっちいなことはしていないということかお? そういえばこの間のハインの絵のモデルはジョルジュだったお」
_
( ゚∀゚)「いや、した」
(;^ω^)「!?」
_
( ゚∀゚)「セックスはしっかりとした」
(;'A`)「言い直さなくていいよ! やっぱり二股かけてんじゃあねぇか!」
_
( ゚∀゚)「いやだからそれが誤解だってんだよ」
川 ゚ -゚)「kwsk」
_
( ゚∀゚)「詳しく!? っていうか、そもそもおれは二股どころか一股もかけてねぇ! 単位が“股”でいいのか知らねぇけどよ!」
('A`)「何言ってんだこいつ・・」
川 ゚ -゚)「わたしの友人にゴムを付けたセックスは性交と認められないから自分は依然として処女童貞だと言い張る輩がいるけどな」
_
( ;゚∀゚)「何ですかその親交関係わ・・」
256
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:17:37 ID:WszZjNtQ0
何はともあれ、とにかく、セックスはしていながらも二股どころか一股もかけていない、というのがジョルジュの一貫した主張だった。
僕にはわけがわからなくなる。
セックスをしていながらそうだということは、高岡さんはジョルジュにとって、恋人関係ではなく単なるセックスフレンドやセックスパートナーとでも言うべき関係なのだろうか? それではツンは?
一股もかけていないということは、ツンとの関係もまた、彼氏彼女の間柄ではないとでも言うのだろうか?
('A`)「それじゃあツンともセックスフレンドなのか?」
_
( ;゚∀゚)「うォい表現! 全然ちがうよ! ツンとはセックスもしたことねぇ!」
('A`)「――ノーセックス?」
_
( ゚∀゚)「いえす、あいはぶのーせっくす、おーけい?」
('A`)「わけがわからなくなってきた・・」
改めて、僕はわけがわからなくなってきていた。
257
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:18:22 ID:WszZjNtQ0
整理しようか、と、トーク番組におけるMCか、あるいは裁判における裁判長のような役割を何故だか果たしているクーが言った。
川 ゚ -゚)「ジョルジュくんに二股疑惑がかかっている対象はそのハインさんとツンさん、間違いないね?」
('A`)「・・ありません」
川 ゚ -゚)「ジョルジュくんは二股どころか一股でもないと言う」
_
( ゚∀゚)「その通りです」
川 ゚ -゚)「ひとつずつ説明してもらおうか。ええと、まずはハインさん。ジョルジュくんは彼女とセックスしておきながら、股ってないということは、いったいどういう関係だと言うのかな?」
('A`)(股る・・?)
_
( ゚∀゚)「なんというか、雇用契約のようなものですね。ぼくはハインにあることを頼んでいて、その対価として肉体関係を提供しています。だからハインに対する僕の立ち位置は、彼氏というより男娼に近い」
('A`)「男娼・・」
(;^ω^)「・・現実世界で初めて聞く単語だお」
258
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:19:03 ID:WszZjNtQ0
なるほど、とクーは言った。
川 ゚ -゚)「質問は?」
('A`)「・・ありません」
(;^ω^)「・・その、あることというのは?」
_
( ゚∀゚)「それは追々」
(;^ω^)「おいおい!?」
_
( ゚∀゚)「別に今言ってもいいんだけどよ、どうせ流れで話すことになるだろうからな」
川 ゚ -゚)「それでは流れで聞くことにしましょう。ハインさんとの関係はわかりました。それでは次にツンさん、彼女とはセックスをしていない?」
_
( ゚∀゚)「していませんねェ!」
川 ゚ -゚)「肉体関係がすべてだとは言いませんが、一般的に、それなら股ってる疑惑をかけられる必要もないのでは?」
('A`)「異議あり、ツンさんとジョルジュくんの学校での接し方は、客観的に見てとても親密であると思います」
なんとなくの雰囲気上、背筋を伸ばしたかしこまった態度で僕は言った。
_
( ゚∀゚)「何なんだよその喋り方・・」
259
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:19:43 ID:WszZjNtQ0
川 ゚ -゚)「なるほど、ここは第三者の意見を聞きましょう。ブーンくんはどう思います?」
( ^ω^)「はい、僕から見ても、ツンさんとジョルジュくんは、付き合っていると思われる方が自然な距離感にあると思いますお」
_
( ゚∀゚)「お前も乗るんだ!?」
川 ゚ -゚)「なるほど、ジョルジュくん、これらに対してどう思いますか?」
_
( ゚∀゚)「そうですねェ! 勝手に思ってろって感じですが、まあしょうがないかなとも思います」
川 ゚ -゚)「あくまで股っていない上での正当な接し方であり、彼氏彼女の事情は君たちの間に存在しない、と?」
_
( ゚∀゚)「カレカノはありません。ただし、正当な接し方かというと、ちょっと違うかもしれません」
川 ゚ -゚)「kwsk」
_
( ゚∀゚)「ツンとの間にも、ハインとのように、雇用契約のようなものがあるからです。契約というほど縛られたものではありませんが、ぼくたちの間には確かにあります」
川 ゚ -゚)「――ほう。ハインさんの場合、ジョルジュくんは頼みごとをし、対価として肉体関係を提供していた。ツンさんの場合はどうですか?」
260
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:20:29 ID:WszZjNtQ0
_
( ゚∀゚)「おれがツンからもらっているものは――ハインの場合と同じです。同じ頼みごとをしています」
川 ゚ -゚)「なるほど。追々話すと言っていたあれですね?」
_
( ゚∀゚)「あれです。そして、ぼくが提供しているのは――」
ジョルジュはそう言い、腕を組んで何やら考え込むような素振りを見せた。言葉を探しているようだ。ハインとの関係性を躊躇なく男娼に喩えられた男の言い淀みに僕の緊張はいや高まる。
一体何を、ジョルジュはツンに対して提供しているというのだろう?
時間で言うとほんの2秒や3秒のことだろう。ジョルジュは小さく頷き言葉を続けた。
_
( ゚∀゚)「――何というか、努力です。おれはツンに対してたゆまぬ努力を提供しています」
('A`)「努力?」
なんじゃそら、と予想外の回答に素直な反応が僕の口からこぼれる。何に対する努力なのかもわからないし、それが対価に値するものなのだとしたら、ハインとの肉体関係の価値がよくわからないことになる。
( ^ω^)「それは、何に対する努力なんだお?」
同じことが気になったらしく、ブーンはジョルジュにそう訊いた。
261
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:21:41 ID:WszZjNtQ0
_
( ゚∀゚)「う〜んとな、前提として、おれはボーラーなんだよな」
('A`)「バスケットボールプレイヤーってこと?」
_
( ゚∀゚)「そうだ。おれの最終的な目標は、――NBA選手になることだ」
川 ゚ -゚)「NBAって、あのNBA? アメリカの?」
_
( ゚∀゚)「そうです。実際にできるかどうかはわかりませんが、ぼくはそれを目指しています」
川 ゚ -゚)「すごいな。それで?」
_
( ゚∀゚)「ツンはおれを応援してくれているわけです。おれがボーラーとして成り上がり、最終的にNBA選手になることが、そのままツンの望みでもあるといった次第です」
( ^ω^)「それが・・その夢に向かって最大限の努力をすることが、ツンに対する対価になっているということかお?」
_
( ゚∀゚)「そうだ」
そうだ、と言い切るジョルジュの表情にはまったく迷いが感じられなかった。彼らの間には彼らにしかわからない信頼関係のようなものが存在しており、ジョルジュはそこに揺るぎない確信を持てているのだろう。
完全に理解はできないが、そういうこともあるかもしれない、と想像することは僕にもできる。
262
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:23:26 ID:WszZjNtQ0
川 ゚ -゚)「なんにせよ、事情はわかった。これは確認なんだが、そこに愛はないのかな?」
_
( ゚∀゚)「ないですね。あいつとはそういう関係じゃあない」
即座にそう言うジョルジュの顔にはやはり迷いは見られなかった。
少なくともジョルジュにとって、ツンは恋人めいた存在ではないのだろう。
もちろん僕らを煙に巻くために心にもないことを言っている可能性はあるけれど、そういう嘘は言わない人間なのではないだろうかと僕は自然とジョルジュのことを認識していた。そのことに気づいて僕は自分に少し驚いたほどである。
今日の今日、苛立ちがピークを迎えて喧嘩を売るようなことをした男を、どこか僕は信じてしまっているのだ。笑える心境の変化である。
川 ゚ -゚)「ニヤついちゃって。やっぱりツンさん狙いだったか」
(;'A`)「な、なにを!?」
川 ゚ -゚)「即座に否定はしない、と。よくわかったよ」
(;'A`)「ちがう!」
何やら微笑ましい雰囲気で僕を眺めるブーンとジョルジュに向かい、僕は再度「ちがう!」と叫んだ。何も違いはしないのだが。
263
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:23:56 ID:WszZjNtQ0
('A`)「ゴホン! ええと、それで、ツンや高岡さんへの頼みごとってのは結局何なんだ? 流れで言うって言っておきながらその流れにまったくなりませんが!」
川 ゚ -゚)「おいおい急に余裕がなさすぎじゃあないか・・?」
('A`)「うるさい! ジョルジュ、こたえなさい!」
そう言い彼を睨みつけた僕の視線に動じることなく、ジョルジュはゆっくりと肩をすくめて見せた。
_
( ゚∀゚)「それはこれからその流れになるからだよ」
('A`)「ど、どういうことだよ!?」
_
( ゚∀゚)「だって次はおれの番だろ? ありもしない二股を解消しろと言ってたお前の要望は既に果たされたと思うんだが、違うのか? 単なる勘違いだったからノーカンってのはなしだと思うゼ」
川 ゚ -゚)「それはなしだな」
_
( ゚∀゚)「ですよね〜! さあそれじゃあおれのターン! ドクオ、お前におれの要望を聞き入れてもらう!」
('A`)「な、なんだよ・・?」
264
:
名無しさん
:2020/11/07(土) 23:24:41 ID:WszZjNtQ0
正式に自分のターンになったことを確認したジョルジュは、満足そうにゆっくり頷き、その整った顔を悪い大人がするような笑顔に形作った。
_
( ゚∀゚)「わからないかな? この流れでハインやツンへの頼みごとを明かすということは・・」
('A`)「と、いうことは・・?」
悪い予感しかしなかった。
_
( ゚∀゚)「お前にもそれをやってもらう!」
(;'A`)「で、ですよね〜」
川 ゚ -゚)「要望の成否はわたしが判断するんだろ? どんな頼みごとなんだ?」
ツンへの対価は置いといて、男娼の接し方を余儀なくされる頼みごとである。どのような内容なのか皆目見当がつかず、僕はこの倫理観よりどちらかというと娯楽要素の方を重要視する姉の良心を神に祈った。
そしてジョルジュは頼みごとの内容を明かした。それは予想通りと言うべきか、想定の範囲外のものだった。
_
( ゚∀゚)「ドクオにはぼくの弟の世話をしてもらおうと思います。週に1日、放課後すぐからだいたい夜の8時か9時まで。何回するかは要相談」
川 ゚ -゚)「なにそれすごい面白そう」
(;'A`)「はァあ!?」
まったく意味がわからなかったが、どうやら僕に拒否権はないようだった。
つづく?
265
:
名無しさん
:2020/11/08(日) 01:48:16 ID:prvZPbco0
障害持ちか?
266
:
名無しさん
:2020/11/08(日) 13:14:12 ID:S4d4kfhY0
乙です
267
:
名無しさん
:2020/11/10(火) 00:09:47 ID:cwb2FgWY0
乙です。役者がそろった感じ!
ジョルジュの頼み事が謎過ぎる。でもたった週一でいいんだ……?
268
:
名無しさん
:2020/11/25(水) 07:46:23 ID:sM6CW0TU0
面白い
早く読みたい
269
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:20:38 ID:ae4yF7Go0
1-9.代償と対価
少年はその名をモララーといった。
正確には、僕は言ってはもらえなかった。初対面で彼は僕に名前を明かそうとしなかったのだ。
('A`)「ええと、ドクオです。よろしくね」
おずおずとはじめましての挨拶をした僕をモララーは完全に無視し、僕のことを軽く紹介してくれた金髪の女子高生へと体当たりをするように駆け寄ったのだ。
ξ゚⊿゚)ξ「あらあらうふふ。ほら、モララー挨拶しないと」
( ・∀・)「挨拶、ンなーい!」
ξ゚⊿゚)ξ「しょうがないわねえ」
まったくしょうがなくなさそうな表情で3歳児の頭を撫でるツンにこちらから抗議する気にはならず、僕はただ行き場を失った歓迎の気持ちをいったいどのように処理すれば良いのか途方に暮れるばかりだった。
このモララーという幼稚園児はジョルジュの弟であり、僕がこれからジョルジュの部活か彼らの母親の仕事が終わるまでの間お世話をさせてもらう対象である。
僕とツンは並んで歩き、モララーを幼稚園まで迎えに行っていた。
270
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:21:57 ID:ae4yF7Go0
ξ゚⊿゚)ξ「人見知りする年ごろだろうし、しょうがないわね。早く仲良くなりなさい」
('A`)「努力はするつもりだけどさ、正直どんな努力をすればいいのかもわからないな・・」
僕とツンはモララーを挟むような形で並んで歩き、幼稚園から長岡家の住むアパートまでを移動している。モララーは完全にツンとしか手を繋ごうとせず、心なしかその位置取りも、彼女の方に寄り添って足を進めているように僕には感じられた。
子供の喜ぶ話題など僕はひとつも持っていないし、どのような接し方をすれば気に入られるのか皆目見当がつかないのである。あちらから何かして欲しいことを伝えてくれるのであれば、それに応えるというのもやぶさかではないが、こちらから仲良くなるための働きかけを考えるというのはほとんど無理難題と言って良いだろう。
おそらく、滅多に会わない親戚がたまに会うとお小遣いをくれがちなのは、こうした理由によるものなのだろう。コミュニケーション・ツールとしてのお年玉は日本人の編み出した大いなる知恵なのかもしれない。
ξ゚⊿゚)ξ「――何を考え込んでるの?」
('A`)「いや、先人は賢いな、なんて思ってた」
ξ゚⊿゚)ξ「何言ってんのかわからないけど、ほら、手を取って歩いてごらんなさい。モララー、お兄ちゃんと歩いてあげてくれない?」
( ・∀・)「いいけどォ?」
礼を言って繋がせてもらったモララーの手は柔らかく、驚くほど小さく暖かかった。
271
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:22:42 ID:ae4yF7Go0
('A`)(小っさ! オモチャみたいだ・・)
捻ったら簡単に千切れてしまいそうな子供の手を握り、僕は強く握りすぎてはいないだろうかと気を揉みながら足を進める。すると、すぐにそのような気遣いをするべきではないと僕は思い知ることになった。
( ・∀・)「見て、バッタよ!」
呟くようにそう言ったモララーは、体重を利用しながら体を捻るようにして、小さなその手を僕の束縛から容易に解き放ったのだ。
あまりの滑らかなその動作に僕の反応が一瞬遅れる。その一瞬の内に活発な3歳児は地面を蹴って全力疾走の体勢に入っていた。
( ・∀・)「バッタ待て〜ぃ」
(;'A`)「ちょっ」
ξ゚⊿゚)ξ「待つのはおまえだ」
( ・∀・)て「うぐぅ!?」
きわめて俊敏な第一歩によりツンはモララーへ手を伸ばし、文字通りの首根っこ、正確には着ているシャツの奥襟を掴んでその動きを制止させていたのだった。
272
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:25:09 ID:ae4yF7Go0
ξ゚⊿゚)ξ「危ないわねぇ、まったくもう」
( ・∀・)「だめよォ バッタいっちゃったよォ!?」
ξ゚⊿゚)ξ「いっちゃったね。バッタにバイバイした?」
( ・∀・)ノシ「バッタ バイバ〜イ」
ダッシュを阻止されたことに対する憤りはどこへやら、にこやかに小さな手をひらひらとさせる幼稚園児は何ともいえない可愛らしさをしていた。
しかしツンがこちらを向いている。そしてモララーの手を再び僕に握らせるのだった。
ξ゚⊿゚)ξ「ほら、動き出す予兆がわからないうちは、手首でもがっしり掴んでなさい」
('A`)「・・誘拐が発覚した時の根拠で、その犯人が子供の手ではなく手首を掴んでいたからだった、親なら子供の手首を掴まないだろう、みたいな事例がなかったっけ?」
ξ゚⊿゚)ξ「・・・・」
('A`)「・・・・」
僕が不当に咎められる危険性がいくらか増すのだとしても、子供への危険を少しでも減らすことができるというなら、それはどう考えても僕がするべきことだった。それに僕は確かにこの少年の親ではないのだ。
273
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:26:17 ID:ae4yF7Go0
『めぞん高岡』はアパートという文言から想像するイメージとは少し違った、小ぎれいな2階建ての建物だった。
ξ゚⊿゚)ξ「モララー、モララーのお家どこ? お兄ちゃんに教えてあげて」
( ・∀・)「こっちよ〜」
意気揚々と足を進めるモララーに手を引かれ、僕もその敷地に足を踏み入れる。すぐにそのアパート一帯を侵入者から守る入口の扉へ到達した。
( ・∀・)「開けて!」
ξ゚⊿゚)ξ「これがあたしたち用の鍵。これまではハインかあたしのどちらかが持ってたから所在が明らかだったんだけど、あんたも入るならシフトをちゃんと把握できるようにしないとね・・」
そう言い、首から下げていたアパートの鍵を制服の下から引き抜くと、ツンはそれを首から外して手渡してきた。反射的にそれを受け取った僕は、それまで少なくとも制服の下に収められていた金属片の温もりを右手に感じてしまうのだった。
僕の右手に自分の体温の名残が伝わっていることをツンはどうとも思っていないらしい。促されるまま僕はその鍵を鍵穴に収め、特定の手ごたえが伝わってくるまで時計回りに力を加えた。
274
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:27:35 ID:ae4yF7Go0
○○○
ジョルジュから出された要求は彼の弟の世話だった。クーはそれを笑って了承したが、僕にとってはなんとも不思議な要求だった。
正確に言うと、不思議というのはかなり控えめな表現だ。はっきり言って僕は恐れおののいていた。
(;'A`)「弟いるんだ・・いやそれはいいんだけど・・ええと、何て言えばいいんだろうな」
だって僕らは高校2年生である。その弟と言われて連想する年の頃はせいぜい中学生か、離れていても小学生で、大きな介助を必要とする彼の状態が一体どのようなものなのか、皆目見当がつかないのだった。
これも正確な表現ではない。僕に想定可能な彼の状態は、何らかの原因によってたとえば寝たきりの生活を送っている、といったような、いわゆる障害者のものだった。
さらに言うなら、その障害が肉体的なものではなく、精神的なものなのかもしれないとさえ僕は頭に浮かべていた。これが本来正されるべき偏見なのだとしても、実際そう思ってしまうのだから、少なくとも現時点では仕方ないというものだ。
何をどうやって訊けばいいんだろう?
渇く喉を紅茶で湿らせていると、クーがジョルジュに訊いていた。
川 ゚ -゚)「話としては面白そうだが、ひとの世話をするとなると、色々確認しておいた方がいいだろうな。特にお互いの保護者には話を通しておかなければならないだろう」
275
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:33:16 ID:ae4yF7Go0
_
( ゚∀゚)「あ、はい、それはもちろんです」
川 ゚ -゚)「わたしたちはまだ学生で、責任能力がないからね。ツンさんやハインさんはどのようにしているのかな? というか、君の家の家族構成やその内容を聞いた方が話が早いかもしれない」
もちろん必要に応じて話せる範囲でいいけどね、と落ち着いた口調で話すクーは、いつもこの家で見せる娯楽好きの怠惰な姉の顔ではなく、医療系の学部に通う女子大生の顔をしているように僕には見えた。僕に比べてずっと大人だ。
('A`)(保護者への根回しか・・思いつきもしなかったぜ)
どうやら僕に対して比較的保護者側の立場にいるクーが色々と確認してくれるようなので、僕はしばらく“見”に回ることにした。
もっとも、メインは見るより聞くことなのだけれど。
_
( ゚∀゚)「家族構成は、母、ぼく、弟、の3人です。父はいません。母は薬剤師をしています」
川 ゚ -゚)「あら奇遇。わたしも将来はおそらく薬剤師だよ」
_
( ゚∀゚)「そうなんですか!?」
川 ゚ -゚)「実はね。――薬局?」
_
( ゚∀゚)「病院です」
僕には彼らの会話の内容がよくわからなかったのだが、クーがとても満足そうに頷いていたので気にしないことにした。
276
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:35:35 ID:ae4yF7Go0
_
( ゚∀゚)「それでまあいわゆるシングルマザーの家庭をしているわけですが、弟の世話はしなければならないので、ぼくがバスケを続けるには誰かの助けが必要となるのです」
川 ゚ -゚)「それがツンさんとハインさんだ、と」
_
( ゚∀゚)「そうです。助けてもらってます」
川 ゚ -゚)「お母さんはそれについては何と?」
_
( ゚∀゚)「そういうのもいいかもね、って感じでした」
川 ゚ -゚)「うは、軽いな! ちょっと笑っちゃったよ」
_
( ゚∀゚)「いやまあ本当そうですよね。本心がどうなのかはわかりませんが、助かるわ〜って言ってましたよ」
川 ゚ -゚)「そりゃあ助けてるわけだからね」
_
( ゚∀゚)「違いない。でも、海外なんかじゃあベビーシッターとか子供の世話を学生バイトがするのってそこまで問題視されてないじゃあないですか。だからぼくらもそこまで危険だとは思っていないんですよね」
川 ゚ -゚)「ん、ベビーシッター?」
('A`)「・・子供の世話?」
277
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:36:18 ID:ae4yF7Go0
あまりの引っかかりに思わず口を挟んでしまったが、確かには今、ジョルジュは弟の話を赤子や幼児の世話に喩えた。
――つまり?
('A`)「お前の弟って、その・・何歳なんだ?」
_
( ゚∀゚)「3歳だけど?」
(;'A`)「さんさい!?」
_
( ゚∀゚)「おう。言ってなかったっけ?」
(;'A`)「知らねぇよ! 3歳? え〜!?」
川 ゚ -゚)「ずいぶんと歳の離れた兄弟だな」
_
( ゚∀゚)「あぁそうですね。なんだか自分のことなんであんまり変に思っていませんでしたわ。慣れですな、ハ!」
(;'A`)「・・ブーンは知ってたのか?」
(;^ω^)「いや〜知らんかったお。でもそれならそれこそベビーシッター的なものを頼めばいいんじゃあないのかお?」
278
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:37:00 ID:ae4yF7Go0
_
( ゚∀゚)「さすがにそこまで金はねぇ。ここらにちゃんとした学生ベビーシッター文化はないからな。保育園に入れりゃよかったのかもしれねぇけどよ、抽選にあぶれちまってな。ハハ! 通ってる幼稚園には最大限お世話になってるが、それでも限界があんだよな」
川 ゚ -゚)「薬剤師の働き方は融通が利くだろうから、どうとでもなりそうだけどな」
_
( ゚∀゚)「それはおれが嫌でした。――今の仕事が、なんというか、とても充実しているようなので」
川 ゚ -゚)「お母さんには充実した仕事を続けてもらいたい、と?」
_
( ゚∀゚)「というか、なまじ仕事を変えてそっちに情熱を注げなくなったら、面倒くさいことになりそうな予感がしましてね」
川 ゚ -゚)「――」
_
( ゚∀゚)「――」
川 ゚ -゚)「――シングルマザー環境下で10以上離れた弟ができちゃうわけだものな」
_
( ゚∀゚)「モテるんですわ、これが! ハハ!」
おれが言うことじゃあありませんけど、と明るく笑うジョルジュに強がっている素振りは見られなかった。
279
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:38:00 ID:ae4yF7Go0
川 ゚ -゚)「やれやれだな。まあしかし何にせよ、当事者たちが納得していて、その保護者も了承しているのであれば、わたしたち外野がとやかく言うことではないだろうな。・・うちの親も、それほど問題視はしないんじゃあないかと思う」
('A`)「・・しないだろうね。むしろ、そんな年の離れた兄弟の話を聞いて、ふたりの仲が刺激を受けないかの方が心配だな」
川 ゚ -゚)「げろげろ。それはぞっとしないな」
僕とクーは顔を見合わせ、おそらく同じような気持ちでため息を吐いた。
( ^ω^)「ええと、それじゃあそれで決定ですかお?」
川 ゚ -゚)「ん? ああ、まだ確認は必要だけれど、おそらくそういうことになるだろうな」
('A`)「僕としては、子供のお世話なんか自分にできるかどうかがとても不安だ」
_
( ゚∀゚)「最初からひとりはキツいだろうから、ツンに連絡を付けて色々教えてもらうようにしてやろう。頑張れよ」
('A`)「――それは」
どういう意味で、と訊きそうになる自分の心を、僕はどうにか押しとどめたのだった。
280
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:39:27 ID:ae4yF7Go0
○○○
こうして僕はモララーの世話をすることになった。
モララーとの初対面は先ほど話した通りの散々たるものだった。さすがはジョルジュの弟といった次第であり、僕はこの、顔だけは非常に整っている可愛らしい3歳児とこの先仲良くやっていけるか不安になった。
とはいえ今日はツンと一緒だ。初めての共同作業と言い張るには僕に技術が足りなさすぎるが、いずれ僕がベビーシッティングに熟達してきた暁には共通の話題を大いに提供してくれることだろう。
あるいはそうした僕のツンへの感情を、あの熟達したバスケットボールプレイヤーは利用しているのかもしれない。それならそれでいいだろう。
('A`)(――ある意味、僕も彼らのこの環境を、ツンとの接点として利用しているんだ)
そんなことを考えながら、僕は風呂場でモララーの頭をガシガシと洗っていた。
仕事を終えたシャンプーの泡をシャワーで流し、続いて体を洗っていく。背中から始まり臀部、胸部、腹部と、モララーの体の裏表を上から下へと洗っていく。
('A`)(――さぁて、いよいよおティンティンである)
('A`)「ツンはいつもこのチンコをどんな風に洗ってるの?」
そのように爽やかに訊くことができればあるいは楽しめたのかもしれないが、僕はとりあえずおざなりな洗浄をしておくに留めることにした。そして後で幼児の局部洗浄事情について調べておこうと心に決めた。
281
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:42:16 ID:ae4yF7Go0
ξ゚⊿゚)ξ「モララー、お兄ちゃんのお風呂はどうだった?」
( ・∀・)「悪くないねぇ」
湯船に浸かった幼稚園児はそう言った。それを聞いたツンは小さく笑い、僕に向かって肩をすくめて見せたのだった。
ξ゚⊿゚)ξ「お褒めの言葉よ。あんたも一緒に入ってもいいけど?」
('A`)「・・ツンは一緒に入ってるのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「そんなわけないでしょ」
('A`)「だよね」
上着と靴下をあらかじめ脱ぎ、上下の袖をまくれるだけまくった格好で僕はモララーの洗浄を行ったのだ。技術的な指導のためにツンが見守る中、少年と入浴を共にする気にはならなかった。
もしかしたらと思ったが、ツンも長岡家でついでに入浴をしたりはしていないらしい。これは当たり前のことだろう。
しかしながら、ツンも今の僕と同様に、ブレザーと靴下を脱いだ制服姿で入浴の世話をしているのだろう。端的に言ってエロい。僕は腕まくりをして裸足で仕事するツンの姿を頭に浮かべて一通り、それはそれでしっかり楽しんだのだった。
282
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:43:48 ID:ae4yF7Go0
ツンが用意してくれたタオルで濡れた手足をぬぐい、僕は彼女にこの後の段取りについて確認しておくことにした。
('A`)「風呂から上がったらご飯?」
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。簡単なレシピじゃなければ流石にイチから作ってる余裕はないから、必要に応じて作り置きをしておいたり、前日の内に仕込んでおいたりするの」
('A`)「・・3歳児って何食べてるの?」
ξ゚⊿゚)ξ「特別辛かったりしなければ大抵何でも食べるわ。今夜は何も仕込んでないから簡単に焼きそば。あんたも食べる?」
('A`)「それは有難い話だね」
ξ゚⊿゚)ξ「それじゃああたしは料理するから、あんたはモララーの気が済んだらお風呂から上げて服を着させてあげて」
着替えはこっちよ、と促すツンの指示に僕は従い、モララーの着用する下着とパジャマを用意した。バスタオルもよし。お風呂のオモチャでひとり遊んでいるモララーを眺めていると、遠くで調理の音がする。
なんとも家庭的な状況だ。大人になった自分の世界にタイムスリップしたような気持ちにすらなるというものだ。3歳児を我が子に見立て、僕は優しく声をかけてみる。
('A`)「モララーくん、そろそろお風呂から上がるかい?」
( ・∀・)「上がらンな〜い!」
その返事はなんともつれないものだった。
283
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:44:44 ID:ae4yF7Go0
結局、僕はモララーの指がふやふやになるまでお風呂で遊ばせ、そろそろ上がらせなさいとツンに言われるまでぼんやり過ごした。立派な指示待ち人間だ。
ξ゚⊿゚)ξ「モララー、そろそろ上がりなさい! のぼせちゃうわよ」
( ・∀・)「あがるンな〜い」
ξ゚⊿゚)ξ「今すぐ上がらないとご飯食べられないわよ」
( ・∀・)「ごはん!」
夕食を人質に取られた3歳児の動きは俊敏で、あやうく僕はずぶ濡れのまま廊下に出させてしまうところだった。
キャッチだ とうっ、とばかりに裸体をバスタオルで受け止められたことを確認すると、ツンは再びキッチンへと戻っていった。僕はモララーの頭をガシガシと拭き、一刻も早くこの束縛から逃れようとする幼児のパワーをなんとかコントロールしてみせる。
( ・∀・)「もういい! 離せェ」
('A`)「さすがに風邪を引いちゃうだろうから、それはちょっと許されない」
恨むなら自分か神様にしてくれ、と僕は心の中で呟き、この場合は神様よりも冬に近づいている季節を恨むべきかもしれないな、と勝手に思いを巡らせるのだった。
モララーは口を尖らせながらも僕にパジャマを着させてくれた。
284
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:46:20 ID:ae4yF7Go0
○○○
('A`)「――と、まあ、そんな感じで、僕はお仕事してきたわけだよ」
(,,゚Д゚)「ほーう、いやいやなかなか、その歳で子育てを経験するとはな!」
(*゚ー゚)「ご迷惑をかけなかった?」
('A`)「どうかな、今のところ苦情はないけど」
(,,゚Д゚)「大変だったか?」
('A`)「大変だった。ふたりであれだったんだから、ひとりでやることを思うとゾッとするね」
家の方針や事情もあり、家事仕事に慣れている筈の僕はそう言った。本心だ。ちらりと母の方に目をやると、澄ました顔でビールの入ったグラスを傾けている。
僕は母さんの空いたグラスに追加のビールをお酌した。
(,,^Д^)「ギコハハハ! 母さんに感謝する気になっただろう!」
素直に父の言葉を認める代わりに、僕は彼らに肩をすくめて見せることにした。こちとらまだまだ多感な若者なのだ。ふと溢れたようなタイミングでもなければ親への感謝を言葉に出すというのは非常に難しいことである。
285
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:47:33 ID:ae4yF7Go0
長岡家から帰宅した僕を待っていたのはこの両親だった。
大学教授をしている父も、病院看護師をしている母も、基本的に帰りの時間は安定しない。それがこうして揃って常識的な時間に家にいるというのは、笑ってモララーの世話に許可を出した彼らも少なからず心配してくれていたということなのかもしれない。
日頃とこれまでのお礼を口に出さない代わりに、そうした彼らの気遣いをあえて指摘することもせず、僕は家にある食料品から簡単なお酒のツマミを用意して提供した。
すると、そのツマミに引き寄せられたかのように、まさにそのタイミングで姉のクーが帰宅したのだった。
川 ゚ -゚)「ただいまぁ〜っと。お、ナス味噌あるじゃん、素晴らしい」
('A`)「作り置きだけどね。ご飯食べるなら他にも何か作ろうか?」
川 ゚ -゚)「いやビール。ビールがあればそれでいい」
('A`)「ナス味噌はどこにいったんだよ・・」
(*゚ー゚)「ビールなら私と分け合う?」
川 ゚ -゚)「その天才的発想にわたしは震える」
('A`)「アル中じゃねぇか」
大きくひとつ息を吐き、僕はクーの分のグラスを用意した。
286
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:48:34 ID:ae4yF7Go0
川 ゚ -゚)「お母さんありがとう。それで、ドクオ、初めての子守はどうだった?」
('A`)「まったく思い通りにいかなかったよ」
川 ゚ -゚)「ふふん。育ててくれたお母さんに感謝しておくんだな」
('A`)「さっき父さんにもそれ言われたよ。まったくもう」
クーは指摘されることを好まないが、この父と姉は色々なところが似ている。僕は改めてそれを実感した。
すると、同じタイミングで実感していたのかもしれない母さんが笑ってそれを指摘した。
(*゚ー゚)「やっぱりあなたたちよく似ているわ。ドクオが子育ての話なんかするものだから、なんだか色々思い出しちゃった。本当に、全然思い通りにならなかったものだわ」
('A`)「思い出爆弾で僕を攻撃するのはやめて欲しいな」
(*゚ー゚)「ふふ。それで、どこまでがあなたたちの担当だったの?」
('A`)「――ああ、モララーの話? 幼稚園に迎えに行って、お風呂に入れて飯を食わせて、モララーと後片付けしたり遊んだりしながら時間を潰して、ジョルジュが部活から帰ってくるか、おばさんが仕事から帰ってきたらおしまいだよ」
287
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:49:55 ID:ae4yF7Go0
口に出してみて僕は気づいた。とても多大な労働に思えた本日の僕の働きぶりが、言葉にすると何でもないことのように思えるのである。
('A`)「――う〜ん、これは世のお母さんたちが不理解に憤るのも無理ないな」
川 ゚ -゚)「ひとりで何言ってんだお前?」
('A`)「今のクーには話しても理解を得られないかもしれないことさ。僕はひとつ大人になったのかもしれない」
川 ゚ -゚)「自分で大人になったかもしれないとか言ってる内は間違いなく子供だな」
ナス味噌をつつきながらビールグラスを口に運び、そう言うクーに対して僕にできたのは、せめてぐうの音だけは忘れず出しておくことくらいだった。
('A`)「ぐう」
川 ゚ -゚)「――それで、続けるのか?」
('A`)「そうだね、少なくともしばらくは。よっぽど嫌になることがない限りはね」
288
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:50:41 ID:ae4yF7Go0
いいよね、と親への許可を目で訴えた僕に、母さんは小さく頷いた。
(*゚ー゚)「どうぞどうぞ。――ただ、無責任なことはしないようにね」
('A`)「何かあったら相談するよ」
(,,゚Д゚)「それでウチのことができなくなるようなら、それはそれで構わないから、ちゃんと事前報告するようにな」
('A`)「了解。これまで通りに続けるつもりだけど、知らずにクオリティが落ちてるようなら指摘してね。それで改善されないようならクビにしてくれても構わない」
川 ゚ -゚)「それは任せろ、わたしの得意分野だ」
('A`)「お前こっちの家にほとんどいないだろ」
川 ゚ -゚)「ふふん」
クーにグラスの傾きで要求され、僕はそこにビールを注ぎ足した。
289
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:53:45 ID:ae4yF7Go0
○○○
こうして僕の週1子育て生活は始まった。
土日は基本的に長岡親子で何とかなるので、僕らの担当は平日の5日だ。これまではツンとハインで3日担当の週と2日担当の週が交互になるようにシフトのようなものを組んで対応していたらしい。
( ^ω^)「ふ〜ん、そこにドクオが週1で入ったことで、2-2-1みたいなシフトになるのかお」
('A`)「週2と週3の負担はかなり違うらしい。想像しかできないけど、まあそうだろうな。単純に考えて2と3じゃ1.5倍になるわけだしさ。何はともあれ、ツンたちの助けになれるならよかったよ」
( ^ω^)「ドクオもそれで納得してるならよかったお」
いつものお昼休みにいつもの柔和な表情で、ブーンは僕にそう言った。僕はそれに頷いた。
ひとつの話題をまとめて終わりにするようなやり取りだ。僕は長岡家トークの終わりを感じ取り、続いて迫り来ているそれなりに大きなイベントである学園祭や、その後に待っているのであろう期末テストの話でも始めようかと思っていた。
しかし、ブーンはなおも子育ての話を続けたのだった。
290
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:55:07 ID:ae4yF7Go0
( ^ω^)「そういや子供のお世話の中で、一番大変なパートって何だお?」
('A`)「いちばん? う〜ん、そうだな・・料理かな、やっぱり」
( ^ω^)「料理かお」
('A`)「いや確かに僕は料理は慣れてるけどさ」
ブーンは僕のバイト先である飲食店『バーボンハウス』の完全なる身内だ。そこである程度鍛えられているであろう料理が一番大変であるというのは何とも言いづらいことだったが、事実として僕は素直にそう言うことにしたのだった。
('A`)「実際やっぱり他人の、しかも子供の食べ物となると内容も考えちゃうし、毎日同じものってわけにもいかないしさ、大変は大変なんだよ」
( ^ω^)「把握」
('A`)「なんで言い訳みたいなことをしてるんだろうね僕は?」
まったくもう、と僕は苦笑でこの話題を押し流そうと試みた。そんな僕にとって意外だったのは、ブーンがなおもこの話を続けようとしたことだったが、その内容もまた、なかなかに想定の範囲外のものだった。
291
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:57:04 ID:ae4yF7Go0
( ^ω^)「いや、僕も何かお手伝いしようかと思ってたんだお」
('A`)「ブーンが?」
( ^ω^)「僕です」
(;'A`)「ええと、それはどういう?」
半ばしどろもどろになって僕はブーンにそう訊いた。何故って、僕は長岡家仕事の中ではぶっちぎりで新入りの下っ端だ。まだ仕事の流れも十分体に染みついてなどいない。もちろんその分担に対する決定権みたいなものは、欠片さえも持っていない。
そんな僕にお手伝いの提案をしたところで何も話が進みはしないのだ。それをこの成績優秀な上社会的な経験も積んでいる秀才がわかっていない筈がない。この問題を解決するのはまったく難しいことではないのだから。
だから僕は指摘した。
(;'A`)「――というか、ツンかジョルジュがいるところで言った方がいいんじゃないの?」
( ^ω^)「まあ、それはそうなんだけど、実際手を動かすのは僕かドクオになりそうな話なんだお。だから先にドクオの考えを訊いとこうと思ったんだお」
お前の手伝いの手伝いを僕がやることになるのかよ、と頭に浮かんだ言葉を僕は注意深く飲み込んだ。
292
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:57:58 ID:ae4yF7Go0
('A`)「――聞こうか」
( ^ω^)「まあ話は単純で、料理が大変なんだったら、そこはウチからある程度提供できるんじゃないかと思うんだお」
('A`)「ウチって、『バーボンハウス』のことか?」
( ^ω^)「そうだお。僕やドクオが働く時ってまかない作るお? それを多めに作っといてもいいし、別の機会にお弁当的にこしらえてもいいし、とにかく何らかの形でお料理を持っていくことができるんじゃないかと思うお」
('A`)「確かにな。――作り置きの副菜提供とかだけでも結構助かる気がするな」
( ^ω^)「ざくっと肉焼くとかならお家でやればいいけど、たとえばハンバーグのタネを仕込んどくとかだけでもかなり楽になるんじゃないかお?」
もちろん親父の許可をこれから取らないといけないんだけど、と続ける男の表情は変わらず柔和で、そこには少しの気負いも僕には感じられないのだった。
こいつのことだ。うまく父親を巻き込んで言いくるめ、料理の仕込みや提供をも担当させてしまうつもりなのかもしれない。
293
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 22:59:22 ID:ae4yF7Go0
( ^ω^)「話の流れ次第でひょっとしたら親父に全部押し付けることもできるかもしれないけど、基本的には僕とドクオで何とかやってお店に迷惑はかけない、ってスタンスで話を進めていくから、そのへんの覚悟というか、もし上手くいかなかった場合の負担はお願いするかもしれないお」
('A`)「なるほどね。どう考えてもトータルでの負担は軽減されそうだし、いいぜ、好きに話してくれよ」
( ^ω^)「おっおっ、それじゃあ最悪ドクオが全部負担にすることになったら、それはそれでお願いするお」
('A`)「全然話が違うじゃないかよ。・・でもまあいいぜ」
( ^ω^)「いいのかお!?」
すべてを僕が被ることになり得る提案を飲まれるとは思っていなかったのだろう。冗談めかした口調だったブーンは少し焦っているようだった。
何とも愉快なことである。
('A`)「だってお前が交渉して得るのは『バーボンハウス』を利用させてもらう権利のようなものだろう? 気にくわない条件だったら僕らが使わなければいいだけだ」
肩をすくめて僕はそう言い、ブーンと目が合うと僕らは小さく笑い合った。
294
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:03:03 ID:ae4yF7Go0
○○○
結局、人助け、それも身内の子どものお食事ケアという大義名分を用意して行ったブーンの交渉が失敗に終わる筈もなく、僕らは『バーボンハウス』の全面的な理解と援助を得られることになった。
内藤ホライゾンさまさまである。
ξ゚⊿゚)ξ「いやあ、おかげさまで、だいぶ楽になりました」
本日僕は、とある体育館の観客席にツンと並んで座っている。そしてそれだけですべての労が報われかねない言葉をツンから賜っていたのだった。
前回と同じくジョルジュの試合の観戦だ。違っているのは、同じ並びにブーンやハインといった同級生がいないことと、催されるイベントがVIP国体ではなくウィンターカップという大会の予選であること、それに伴い会場が比較的小さな体育館であることである。
そして前回と同じなのは、僕はツンとふたりきりになれてはいないということだった。
僕とツンに挟まれるようにして客席に座り、モララーがサンドイッチを食べていた。
295
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:04:41 ID:ae4yF7Go0
もっとも、比較的小さいと感じるのは、比較対象がVIP総合体育館だからだろう。僕らの今いる体育館もおそらくは名のある立派な会場である。
施設名こそ僕は知らないが、その規模の大きさは、観客席での飲食が禁止されていないほどであると言えば伝わるだろうか。ツンからその情報を得た僕らはモララーも交えてサンドイッチを作成したのだった。
具材を切って用意するのは僕の仕事、サンドイッチ仕様に薄切りのパンへマーガリンやマヨネーズを塗るのはツンの仕事、そしてそのツンの介助を利用しながら好きな具材をパンへ挟んでいくのがモララーの仕事だった。
自分の好みに完全にマッチングされたサンドイッチを食べるモララーの目は輝いている。
ξ゚⊿゚)ξ「どうだねモララーくん、自分で挟んだサンドイッチは美味しいかね」
( ・∀・)「うん、凄い。すごい味よ!」
(;'A`)「すごいあじ・・」
ξ゚⊿゚)ξ「この子の最上級の誉め言葉はこれなのよ。普通その表現は悪い意味になりそうだけどね」
( ・∀・)「すごい味よ! ツンも食べてみて!」
ξ;゚⊿゚)ξ「そうきたか。・・どうもありがとう」
礼を言ったツンは得意げなモララーから、3歳児の全力で握りしめられた、かつてはサンドイッチだったものを受け取った。
296
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:05:42 ID:ae4yF7Go0
( ・∀・)「おいしい? ねえツンおいしい?」
('A`)「訊く方は美味しいで訊くんだ」
ξ゚⊿゚)ξ「モララーの作ったサンドイッチおいし〜☆」
( ・∀・)「でしょ! ドクオもどうぞ!」
('A`)「どうもありがとう。・・うん、そうだね美味しいよ」
( ・∀・)「すごい味よ! ばんざい!」
モララーは誇らしそうにそう言うと、トマトの水気とマヨネーズの油分でベドベドになった両手を高く掲げてサンドイッチの成功をここに宣言した。
その手で自分の頭に触られてはたまらない。僕とツンは大慌てでその両手をウェットティッシュでぬぐい清め、このバスケットボール観戦にまったく興味を示さない3歳児をなんとかコントロールしながらジョルジュの勇姿をちらちらと眺める。正直言って、まったく試合に集中できる状況ではなかった。
そして試合に集中できない理由はもうひとつあった。たまたま発見したのだ。コートを挟んで反対側の席になるが、クーと貞子さんがこの試合会場に来ているのである。
彼女たちが僕らの存在に気づいているのかどうかは知らないが、とにかくその姿に気づいた僕は飛び上がりそうなほど驚いたものだった。
297
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:06:54 ID:ae4yF7Go0
こちらは子連れかつ女連れだ。どう考えても僕からアプローチはしたくない。
あちらは僕らに気づいていないのか、もしくはいくらか事情を慮ってくれたのか、とにかく近寄ってきて話しかけられたり、突然電話がかかってくるようなことはなかった。僕は無事に本日ジョルジュが出場する試合を観終えられたことに安堵した。
ξ゚⊿゚)ξ「・・なんとか最後まで観ることができたわね」
('A`)「どうする? って、帰るしかないか。そろそろマジで限界みたいだもんな」
少なくとも僕とは初めてとなるお出かけに疲弊したのか、少し前からモララーの態度はあからさまに不機嫌なものとなっていたのだ。僕はその変化に驚くばかりだったが、ツンは即座に「眠いのよ」と断じていたわけである。
ξ゚⊿゚)ξ「今すぐ出ればそこまで混まないかもしれない。バス停まで抱っこできる?」
('A`)「できる、と思う」
ξ゚⊿゚)ξ「モララー、もう歩けないでしょ? お兄ちゃんに抱っこしてもらおうか?」
( -∀-)「抱っこォ」
ξ゚⊿゚)ξ「この肉塊以外の荷物はあたしが持つからよろしくね」
まあ3歳児だし、と高をくくってモララーを抱っこした僕はあまりの重さに驚いた。そして完全に脱力した人間は驚くほどに重いとどこかで聞いた話を思い出す。
それはまさに驚くほどの重さだった。
298
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:08:35 ID:ae4yF7Go0
幸いなことにバス停は空いており、やがて来たバスもまた空いていた。
ξ゚⊿゚)ξ「まあこのタイミングで即帰る人って少ないだろうしね。お疲れ、ドクオ、重かった?」
('A`)「全然大丈夫、と言いたいところだけど、重かった・・」
ξ゚⊿゚)ξ「あいつら、容赦なく寝るからね。まあでもひとりになる前に覚えておけてよかったかもね」
('A`)「ご指導ありがとうございました」
冬に近づく季節に伴い暖房がつけられているのだろうか。ポカポカと暖かい後部座席でバスに揺られ、僕はツンにそう言った。本来今日のバスケ観戦は予定されておらず、僕は次からひとりでモララーの世話をするつもりだったのだ。
正直なところ、不安でいっぱいだったので、ツンからのモララーを連れてのバスケ観戦のお誘いに僕はいちもにもなく飛びついた。
僕、モララー、ツンの順で長い後部座席に腰掛け、ぬくぬくと路面の状態を感じる。モララーは僕とツンに挟まれ寝ている。静かな時間が流れる。
それはなんとも幸福なひとときだった。
ξ゚⊿゚)ξ「――こちらこそ、ありがとう」
299
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:10:51 ID:ae4yF7Go0
ぼんやりとバスに揺れる中で呟くように言われたその言葉を僕はあやうく聞き漏らすところだった。
いや、嘘だ。ツンから僕に発せられたポジティブな内容の発言だ。僕の脳は反射的に覚醒し、僕の意識はツンの口から続く言葉のすべてを丁寧に受け止めていた。
ξ゚⊿゚)ξ「――正直、結構きつかったのよね。この子は間違いなく可愛いんだけどさ」
ツンにもたれかかるようにして熟睡している3歳児の頭を優しく撫で、ツンはゆっくりとそう言った。伏し目がちになった彼女はほんの少しの疲労感を漂わせ、家族にしか見せないような無防備な雰囲気で僕の視線の先にいる。
まつ毛が長いな、と僕は思った。
('A`)「わかるよ。――なんというか、言葉にしたら大したことをやっていないような気にもなっちゃうんだけど、実際大変だし、消耗するよね」
ξ゚⊿゚)ξ「そうそう。何かを削られるのよね」
('A`)「ひょっとしたら、スネをかじるって表現は意外と適切なのかもしれない」
ξ゚⊿゚)ξ「お金は出してないけどね。早くもあたしのスネはボロボロなのかも」
そう言い、実際のスネ状態を確認するかのようにツンは右足を軽く上げた。その動作がスカートを押し上げ、ストッキングに包まれたツンの足が僕の視界に入ってくる。
これじゃわかんないか、とツンは言って笑った。
300
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:12:11 ID:ae4yF7Go0
その時だ。バスが揺れた拍子にモララーが小さく唸って身をよじった。
起きるのか?
今のこの何とも言えない満ち足りた時間が崩れることを恐れ、僕は反射的にモララーの頭を撫でる。なんとかなだめて睡眠を持続してもらおうという魂胆だ。ありったけの愛情をかき集めて自分の右手に送り、手の平に触れる小さな頭に念じるように塗り込めていく。
僕の祈りがどこかに届いたのか、結局モララーの眠りが大きく阻害されることはなく、彼が再び落ち着いて寝息を立て始めたことを確認すると、僕はツンと顔を見合わせて小さく笑った。
大きくひとつ息を吐く。こういう些細な緊張も、ひとつひとつは微笑ましいエピソードなのだろうが、積もり積もればどこかでストレスとなるのかもしれない。笑い合う対象がなければそれはなおさらのことだろう。
そして気づいた。僕は今、モララーの頭を介してツンと手を繋いだような状態になっている。
直接接してこそいないけれど、確かにそこにツンを感じる。熟睡したモララーのぷくぷくとした頬をつつくとツンに触れているような気持ちにすらなるのだ。
('A`)「――ツンはさ、なんでモララーのお世話をしようと思ったの?」
気づくと僕はそう訊いていた。
301
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:14:07 ID:ae4yF7Go0
どうして自分がそんなことを訊いたのか、僕にはよくわからなかった。
事情はそれなりに知っている。ジョルジュが話していたからだ。モララーが生まれ、適切な保育園に入ることができず、親の仕事の事情も相まってジョルジュがバスケを続けるためには誰かがその子の面倒をみなければならなかったからだ。
その筈だ。その話をツンの口から改めて聞きたいと思うのは、やはりそのモチベーションだけで子供の世話という荷物を背負うこと、背負い続けることはできないだろうと思うからだろうか?
やはりそこには何らかのモチベーションが他に必要なのではないかと思うのだ。たとえばそう、好きなひとの役に立ちたい、そのひととの特別な接点が欲しい、といったようなモチベーションだ。
だったらどうだというのだろう?
僕はどうしてそんなことを訊いてしまったのだろう?
そんなことを頭にぐるぐると巡らせながら、僕はモララーの頭を撫でてツンの返答をしばらく待った。即答されなかったからである。
ツンはまるで今この場でその言葉を探しているかのようだった。
302
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:15:17 ID:ae4yF7Go0
実際のところはそこまで時間がかかったわけではなかったのかもしれない。やがてツンは口を開いた。
ξ゚⊿゚)ξ「う〜ん、なんていうか、よく覚えてないのよね。いや、覚えてないっていうのも正確じゃあないんだけども」
('A`)「なにそれ、どういうこと?」
ξ゚⊿゚)ξ「結構昔の話でさ、それなりに大変な思いもしたと思ってて、今振り返る当時の気持ちって、なんだか脚色されてる気がするのよね。捏造はしてないつもりだけどさ」
('A`)「・・ああ、そういうことね」
思わず笑って僕は頷いた。どうやらツンは誤魔化そうとして考えていたのではなく、真摯な受け答えをしようとして時間をつかっていたようである。そして確かに彼女の言には一理あると僕にも思えた。
しかし同時に、そんなこと言っても仕方ないじゃないかとも思った。だから言った。
('A`)「でも、そんなこと言ってもしょうがないよね」
ξ゚⊿゚)ξ「まあそうなんだけどさ。じゃあ今現在、思った通りに話してみるから、あんたもそういう感じで聞いてね」
('A`)「了解」
どういう感じだよ、と思いながらも、僕はツンに頷いて見せた。
303
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:16:51 ID:ae4yF7Go0
ξ゚⊿゚)ξ「最初は、言っちゃえば軽い気持ちだったんだと思う。あたしは子供好きだし、ジョルジュにもバスケを続けて欲しかったし、できるだけやってみようと思ったの。だめならだめでごめんなさいって感じ」
慣れない赤子の世話はもちろん大変だったが、やってやれないことはなかったのだとツンは言う。
ξ゚⊿゚)ξ「でもね、状況が少しずつ変わってきた。産休から明けた当初、おばさんはちょっと特殊な育休制度みたいな職場の育児支援を利用しながら働いていて、そのお手伝いをあたしがやる、みたいな感じだったんだけど、途中からその仕事が忙しくなってきたの」
充実してるみたいだった、とジョルジュのお母さんの事情を語るツンの姿に恨みがましいところは見られない。しかし、事実として、ツンへの子育て負担は増加する一方だったらしい。
('A`)「なんだかひどい母親のように聞こえるな」
ξ゚⊿゚)ξ「本人をよく知らないとそうかもね。あたしはジョルジュとずっと昔から一緒だし、おばさんとも仲良かったから、頼られるのにあまり悪い気しないのよ。たぶんジョルジュもそうなんだと思う。むしろ応援したくなるっていうかさ」
ツンは笑ってそう言った。
304
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:18:43 ID:ae4yF7Go0
ξ゚⊿゚)ξ「まあでも正直しんどかった。特にモララーが幼稚園に通い出してからは、おばさんフルタイムで働くようになっちゃって、送り迎えとその後のケアを誰かがしなければならなくなったのよ。さすがに毎日あたしがするってのは無理だし、無理やりこなしたところであたしが風邪でも引いたら詰みなわけだし、もうそろそろダメかもね、なんてジョルジュと話したわ」
('A`)「――ジョルジュはバスケ、やめるってなってもよかったのかな?」
ξ゚⊿゚)ξ「口では、バスケなんて別にって言ってたわ」
('A`)「ふぅん。ツンは?」
ξ゚⊿゚)ξ「あたしは――正直言ったら嫌だったかも。やっぱりあたしは、ボーラーとしてのジョルジュがどこまでやれるのかを知りたかったし、今も知りたい」
そう言い、少しの疲労感をエッセンスとして加えた小さな笑みを浮かべるツンを、僕は吸い込まれるようにじっと見つめた。
そこに恋心のようなものは本当にないのだろかと、僕はどうしても勘繰ってしまうのだった。ジョルジュがそれを否定したからといってツンもそうだとは限らない。
ξ゚⊿゚)ξ「・・何?」
その魅力的な雰囲気のツンに訊かれた僕は、思わず口に出していた。
('A`)「ツンは本当にジョルジュと付き合っていないの?」
305
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:19:41 ID:ae4yF7Go0
しかし、僕の言葉がその耳に届くなり、ツンは吹き出して笑い始めたのだった。
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと何それ、誰が言ってたの?」
('A`)「え・・ジョルジュだけど」
ξ゚ー゚)ξ「本人ソースか。それじゃあしょうがない、本当のことを教えてあげよう」
(;'A`)「本当のこと・・?」
僕の背中に冷たいものが流れる。凝視して次の言葉を待つ僕を、やはりツンは笑い飛ばした。
ξ゚ー゚)ξ「うは、何その顔?」
(;'A`)「だって本当のことを言うと言うからさ」
ξ゚ー゚)ξ「ふふ。それじゃあ本当のところはね、あたしとジョルジュは付き合ってないわ。付き合ったこともないし、これから付き合うこともたぶんないでしょうね。ジョルジュが何て言ったか知らないけど、あたしにとってジョルジュはそういう対象じゃあないの」
寝ているモララーの頭を撫で、ツンはあっけらかんとそう言った。
僕は思わずその顔を見返す。
306
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:20:34 ID:ae4yF7Go0
('A`)「・・そうなんだ?」
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。確かにバスケットボール選手としてのジョルジュは好きだし、最大限のサポートはするけど、それだけ」
('A`)「それだけ、ね」
ξ゚⊿゚)ξ「なによ」
('A`)「なんでもないよ」
僕はモララーの頭を撫でてそう言った。
両側から頭を撫でられる3歳児は一貫して熟睡している。『めぞん高岡』の近くでバスから降りるまでの間、僕とツンはしばらく黙ってその滑らかな感触をそれぞれ静かに味わった。
なおも寝入っている完全脱力した子供を僕は何とか部屋まで担ぎ上げ、布団に寝かせる。ツンがお出かけの後片付けをしている間に僕はお茶を淹れることにした。
('A`)「・・やれやれ、ようやく落ち着けるかな」
ξ゚⊿゚)ξ「お疲れさま。お茶ありがとう」
これであとは彼らの母の帰りを待つだけである。夕食の用意はいらないと言われており、僕たちにはゆっくりとお茶を飲む時間があった。
307
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:21:25 ID:ae4yF7Go0
ξ゚⊿゚)ξ「・・そういえば、あんたはいつまでこのお手伝いを続けるの?」
それはお茶の席での何気ない質問だったが、ツンに訊かれた僕はハッとした。まったく考えていなかったのだ。
('A`)「――それは考えてなかったな」
ξ゚⊿゚)ξ「なにそれ、嘘でしょ」
('A`)「いや本当に。なんというか、意外な質問だった」
ξ゚⊿゚)ξ「マジで?」
('A`)「マジまじ。そういやそうだな、決めてなかったな。僕に子育て能力がないか、姉に止められたら終わりということだったけど、自分の意思でどこまで続けるかというのは盲点だった」
ξ;゚⊿゚)ξ「あんたバカなんじゃないの?」
('A`)「そうかもしれない」
小さく笑ってお茶をすすり、僕はツンにそう言った。
308
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:23:03 ID:ae4yF7Go0
考えてみれば、現状、僕にはこの労働の対価が存在しない状態である。
僕とツンとハインの内、ツンにはバスケットボールプレイヤーとしてのあらゆる努力を続けるという対価が、ハインには絵のモデルとなり肉体関係を保つという対価が、本当にそれは対価と言えるのかという疑問を無視すればそれぞれ支払われている。
しかし、僕のは賭けの代償だ。そこに拘束力があると言い張ることは不可能ではないかもしれないが、僕の気持ちひとつで反故するのは十分可能なことだろう。
それを、僕にどこまで続けるつもりがあるのかは、なるほどツンにとっては是非とも知っておきたいことだと思える。僕は頷いてお茶を飲み干した。
ξ゚⊿゚)ξ「うあぁ〜失敗した! なあなあでずっとやらせればよかったのね!」
煽るような口調で大袈裟に嘆くツンを眺め、僕は肩をすくめて見せた。
('A`)「それが賢かったかもね。でもまあすぐには辞めないよ。せっかくひとりでやれるように指導していただけたのだし、僕が手伝うことでツンが助かると言うならなおさらね」
ξ゚⊿゚)ξ「たすかる」
('A`)「そのままかよ」
309
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:24:54 ID:ae4yF7Go0
アライグマじゃないんだから、と言いながら、僕は頭にまったく違うことを思い描いていた。ちょっと対価を得てみようと思っていたのだ。
だから僕はきわめて自然な口調になるように、意識して何でもないことのように言ってみた。
('A`)「それじゃあ僕が辞めづらいように、ひとつツンのことを教えてよ」
ξ゚⊿゚)ξ「あたしのこと? 別に訊いたら答えてあげるけど、それで辞めづらくなるわけじゃないでしょ」
('A`)「いやぁ、面白い話が聞けるんだったら、僕も辞められないというものだろう」
ξ゚⊿゚)ξ「ふうん、それじゃあご自由に。言っとくけど、訊かれても答えられないものは、どうやったって無理なんだからね」
緊張感なくお茶を飲んでいるツンを眺めて僕は思う。この女の子は自分の情報の価値を低く見積りすぎているのではないだろうか?
ある特定の種類の人間にとって、その気持ちを確かめられるというならば、向こう岸の見えない崖から全力で飛び立つような勇気を振り絞る価値がそこにはあるというものだ。
あくまで彼女に気づかれないよう、こっそり静かに覚悟を決め、僕は努めてゆっくり訊くことにした。
('A`)「・・ツンには誰か、好きな人がいるの?」
310
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:26:20 ID:ae4yF7Go0
その質問を受けた途端、ツンはお茶を口に運ぶ手を止めて、ゆっくりとこちらを見てニヤリと笑った。
ξ゚ー゚)ξ「・・ああ、そういうこと?」
('A`)「良い対価だろ?」
ξ゚ー゚)ξ「確かにこれは、普通には訊けない良い質問ね」
肩をすくめてそう言うと、いいわ、教えてあげる、とツンは続けた。
ξ゚⊿゚)ξ「それに、ちょうどいいのかも」
(;'A`)「ちょうどいい!?」
カウンターを食らったような心境だ。知っている日本語のこの場合に意味するところに確証が得られず、僕はオウム返しにそう言った。
すると、ツンは黙って止まっていた手を動かし、ゆっくりとお茶をひと口飲んだ。僕はその所作をじっと見つめ、やがて口に湧いてきた唾液をじっくりと飲み込んだ。
311
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:29:54 ID:ae4yF7Go0
そしてツンは言葉を続けた。
それは僕にとって聞きたくなかったような、しかし是非とも聞いておかなければならない言葉だった。
ξ゚ー゚)ξ「――あたし、内藤のことが好きなんだ」
僕の目を見てそう言ったツンは、言い終わるや否や、僕から目を逸らして恥ずかしそうにはにかんで笑ったのだった。
ξ*゚⊿゚)ξ「ひゅう〜、言っちゃった言っちゃった!」
内緒だからね、と付け加えるツンを見てられず、僕は空の湯飲みを手元で遊ぶ。壁面に付着したなけなしの1滴の水分をすするようにして摂取する。
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっとわかった!? 絶対誰にも言わないでよね、振りじゃなくて本当に」
何度も念を押してくるツンに僕は頷く。声に出して約束をする。
('A`)「わかった、誰にも言わないよ」
言う筈がないじゃないかと僕は思う。このまま彼女の想いが誰にも届かず、何らかの形で解消され、僕がツンを口説ける状況になれば良いとさえ思っているのだからだ。
誰にも言うつもりはないのだけれど、同時に誰かに聞いて欲しかったのだと言うツンにとって、この場の僕の質問はまさにちょうどよかったのだろう。明るい顔で話すツンの表情は輝いている。僕はその姿を眩しく思い、ゆっくりと湯呑みを口へと運ぶ。
とっくの昔にそれは空になっていた。
1.('A`)の話 おしまい つづく
312
:
名無しさん
:2020/11/26(木) 23:46:46 ID:vnqz7o6E0
otsu
313
:
名無しさん
:2020/11/27(金) 02:21:34 ID:zubMfGok0
乙です
展開が読めなくて毎話面白い
ドクオ応援してるよ
314
:
名無しさん
:2020/11/27(金) 05:51:38 ID:DiPQ9Fbs0
ドク×サダパイかな?
315
:
名無しさん
:2020/11/27(金) 20:20:22 ID:Xa25QdCU0
おつ
ジョルジュの母親はちょっとアレな感じかな
316
:
名無しさん
:2020/11/29(日) 08:00:40 ID:1ZWqKwys0
ドックンがんばれ
次も期待
317
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:09:14 ID:1we2YTy60
2-1.ポイントガード
おれはコート上の将軍だった。
と書くと偉そうに見えるかもしれないが、これは単におれのポジションを表す英語表現の直訳だ。単にポイントガードをやってますよという話であって、なにも王様プレイと呼ばれるような独善的な立ち振る舞いをおれがしているわけではない。
どころか、実際のおれのコート上での仕事内容は、好き勝手な行動とはほど遠い。
攻撃の起点までバスケットボールを無事に運び、その間にチームメイトに指示を出すわけだ。そして相手の対応を観察し、これまでの情報と照らし合わせて最終的な判断をする。それは敵も、時には味方でさえも、おれの思った通りに動いてくれるとは限らないからだ。
まったく、許しがたいことである。
しかし、許しがたいからといってチームメイトを冷遇することは許されない。それはバスケで同時にコートに立つのがたったの5人の選手だからだ。ひとりが調子を崩すとそのチームに対する影響はとても大きいし、チームの空気が悪くなれば、ただ単純にひとり分の能力が低下するばかりでは済まなくなってくる。
だからおれたちポイントガードの仕事は中間管理職のような性格をしている。選手は誰しもボールに触れたいものだ。そして自分に放てるシュートをしたい。この欲求はボーラーの本能のようなものであって、口でどのように言うやつであろうとも、決してその存在を無視してはいけないとおれは常々考えている。
318
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:12:28 ID:1we2YTy60
とはいえボールはひとつしかない。1度の攻撃で放てるシュートは必ず1本だ。自分でオフェンス・リバウンドをぶんどってそのままアタックでもしてくれない限り、おれたちはチームでシュートの機会を分け合う必要がある。そしてその配分やタイミングを考えるのは主にポイントガードの仕事なのだ。
この攻撃でどのような動きを導き、どのようなシュートを放つか。おれは判断しなければならない。
制限時間は24秒だ。以前は30秒だったのだが、スピーディな試合展開を心がけるということで、国際的に6秒の猶予をおれたち選手は奪い取られた。そして日本もそれに倣った。
正直言ってやれやれだ。おれは毎度の攻撃で、24秒以内に効率の良いシュートを作り上げなければならない。
24秒だ。24秒。とても短い。実際には、コートにボールを入れてもらってそれをつき、さあ攻撃するぞと敵陣に乗り込んだ時点でそのうち何秒かは過ぎているものだ。
この現在行われている練習試合も、チームは現在リードしてはいるものの、その点差はたったの2点だった。しかも追い上げられてきた流れの中での僅かなリードで、ここでおれたちは是非とも得点しておく必要がある。
センターラインが近づいた辺りで顔なじみのディフェンスがおれに付いてくる。こいつは流石兄弟の兄者の方だ。何かを狙っているのが空気でわかる。
319
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:14:56 ID:1we2YTy60
おれも兄者も県の代表として選ばれる程度の評価は得ているガードの選手だ。同じ学校になったことはないが、昨日今日始まった付き合いではなく、お互いの手の内は知り尽くしていると言ってもいいだろう。流石兄弟の弟の方、弟者もポジションこそ異なるが、同じような存在だ。
おれはこの攻撃で必ず点を取る。
あちらはそれを必ず防ごうとするだろう。
もちろんすべての攻撃の機会で得点を試みるわけだが、通常の攻撃で狙うのはより良いシュートだ。その成功失敗は狙ってどうなるものではなく、良いシュートを放ててそれが失敗するのを選手は恐れるべきではない。これはバスケの常識だ。
しかし、この1回は、必ずおれは点を取る。これはそういった攻撃だ。
流石兄弟のいずれもがそれをわかっていることだろう。
バスケはオフェンス優位のスポーツだ。ディフェンスは失点を必ず防ぐというよりも、悪い判断、悪いシュートを誘い、その効率性を脅かすことに注力した方がトータルで良いディフェンスとなるものだ。
しかし、この1回の守備は、必ず失点を防ぐつもりでいるだろう。これはそういった守備なのだ。
おれはそれをよ〜くわかっていた。
320
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:21:37 ID:1we2YTy60
_
( ゚∀゚)「おっと」
おれに相対しているあちらのガードの不届き者が、手を伸ばしておれのボールに触れようとしてきたのだった。兄者にはこうしたちょっぴり軽率なところがある。
それを察した瞬間、考えるより先におれの右手は兄者の手が決して伸びてこないところにボールを上手に送り込み、自分の背中の方を通すようにしてドリブルを継続させていた。熟練の動きだ。見る必要もなくボールの軌道が認識され、おれの左手はフロアから跳ねたボールを滑らかに受け止める。シボと呼ばれるバスケットボール表面の起伏を手の平に感じる。
その一連の動作の中で、おれの体はわずかに沈み、その不届き者の体はわずかにバランスを崩していた。
これがそこらへんのハンドラーが相手だったのならば、兄者のその程度のバランスの乱れは問題となっていなかったことだろう。ひょっとしたら自分でも気づいていないかもしれないくらいの小ささだ。
しかし、おれはそれを知っていた。
そして兄者に知らせてやったのだった。目線でだ。何もそいつを見たわけではない。おれが見たのはボードを背にしたバスケットだ。
ドリブルの中で重心を下げ、空気を作り、シュートの目標物に目をやったのだ。
これも優れたボーラーの習慣として、兄者はおれのシュートを予感したことだろう。
321
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:23:31 ID:1we2YTy60
もちろん兄者がちゃんとそう考えてくれるように、おれはしっかり種をまいている。試合の初めのあたりの深刻ではないシチュエーションで、おれは似たような位置から長いシュートを試みておき、ちゃんと成功させておいたのだ。少なくとも、こいつが低能でなければすぐに思い起こせる記憶のどこかにその場面が残っていてくれることだろう。そして兄者は優秀だ。
ほらきた。焦ったシュート・チェックだ。
自分でもわかっていないかもしれない程度のバランスの乱れの中で、兄者は必死におれのシュートを妨害しようと考えている。だから重心移動が雑になる。もっと冷静に、調和のとれた体勢からのチェックであれば、このようなすぐにニュートラルの状態に戻ることのできない体の伸ばし方はしていなかったことだろう。
_
( ゚∀゚)「気づいたか? おのれの今の、過ちに」
5、7、5のリズムでそのように考えたかどうかは知らないが、とにかくおれは手の平に感じているボールへの圧力をより強固なものにし、本来であればサイドステップで付いてこられたであろうディフェンスをぶち抜くべく、大きな一歩を踏み出したのだ。
スキール音が高く鳴る。シューズがフロアをしっかりと噛み、思った通りの位置に推進力を持ったおれの体が運ばれる。兄者がそれを防ごうとする。
322
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:25:31 ID:1we2YTy60
無理だ。意外か?
おれにはそれがわかっている。
いつもならばギリギリ体をねじ込み防げるおれのドライブを、今回お前が阻止することは決してない。
これはシュートではない。成功するかどうかは確率の話ではなく、状況理解が正しくできているのかどうかだ。必ずおれは成功させられる。そのために種をまき、これまでこのゲームを進行させてきたからだ。
対峙している兄者の左足の外側におれの左足が並ぶ。兄者とおれの肩が同じライン上に並ぶ。これでファウルを犯さず兄者がおれを止めることは物理的に不可能となる。
強くコントロールされたボールは完全におれの支配下にある。これも修練の賜物だ。トップスピードを邪魔することなく、目視の必要もなくボールはおれの右手に収まる。顔を上げた視界にフロアの様子がよく見える。
スリーポイントラインに達しようとしているおれにヘルプが急行していないということは、兄者は転倒などせずおれを後ろから追ってきているのだろう。おれがプルアップ・ジャンパーを狙うようなら、それにいくらかのプレッシャーを与えられるような位置にはいるに違いない。
323
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:27:02 ID:1we2YTy60
まったくもって問題なかった。
もとよりここでプルアップ・スリーを狙おうなどとは思っていない。
流れの中で、一瞬のひらめきと予測、ある種の確信をもって「打てる」と思った時にはそんなシュートも辞さないが、どうやら今回はそうではないらしい。
目指すはゴール下の制限区域、いわゆるペイントエリア内である。味方の配置、敵の位置、それらすべてをおれはドライブの最中で認識する。
音だ。いや、気配とでも言うべきものなのだろうか。少なくとも視覚情報だけとは思えない。五感のすべてを用いておれはコート上の状況のすべてを把握する。
意識がおれの体からあふれ出し、コートの隅々まで行きわたったような感覚だ。
たまらない感覚である。
わかる。
弟者が自分のマークマンへのケアも怠らず、しかしおれへのアプローチも何とか可能な、絶妙な位置にポジショニングしている。
324
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:29:23 ID:1we2YTy60
それがわかっていたおれは、まっすぐリムに向かったドライブの動作を継続させた。狙うのは当然、ゴール下から放つ、置いてくるようなイメージの優しいショットだ。放つという動詞が不適切なほど柔らかく放ってやりたいものだ。
馬鹿め。
と思うやつもいるだろう。
有能なビッグマンのヘルプが間に合いそうな状況で、ゴール下まで行くことを嫌うガードの選手は少なくない。今ここでドライブを止めジャンプシュートに移行すれば、それか、ちょっぴり減速した状態でフローターと呼ばれるふんわりと投げるシュートを選択すれば、相手のブロックの危機にさらされることはないわけだ。
ブロック・ショットは往々にして相手を調子づけさせる。できれば回避したいというのが人情というものだ。
そんなことはわかっていたが、おれは構わず足を踏み込み、依然としてトップスピードにこの身を乗せた。
音が聞こえる。振動を感じる。
それはおれのシューズのゴム底とコートが摩擦し生じるものであり、おれが強くつくボールがコートへ跳ねる衝撃だ。体中のエネルギーが解放され生じるうねりのようなものも含まれているかもしれない。
そんなあらゆる情報の中で、おれは注意深く弟者の対応を観察していた。
325
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:30:45 ID:1we2YTy60
弟者はとても優秀なビッグマンだ。身体能力に優れ、頭も良い。
おれはそれをわかっている。
そしてこいつも、おれがそれをわかっていることを知っている。
おれが状況判断に優れたガードで、どのような態勢からでもパスを出せ、シュートモーションに入った後でもボールをその手から離すまで行動が確定しないことを知っているのだ。
だからこいつはヘルプポジションに入っているが、大胆なアプローチをおれに対してすることはできない。こちらに寄りすぎてしまえば、途端にパスを通され、イージーなシュートを作り上げられることをわかっているからだ。
おれはそれもわかっている。
だからおれは迷いなく足を踏み込める。
もちろん弟者が今回賭けに出るというならば、それはそれでいいだろう。
準備はしている。誤った判断に対する代償を払わせる準備をだ。
来れないか。そうだろうな。
その判断は正しいだろうとおれは思う。ただおれからの失点を防ぐことができないだけだ。
326
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:32:55 ID:1we2YTy60
_
( ゚∀゚)「シャオラァッ!」
宙へ飛び立つ踏み込みの一歩におれは気合の叫びを自然に乗せた。あらん限りの力を乗せた跳躍だ。目標はリング。そしてその先だ。弟者がおれに合わせて飛んでいるのがわかる。
(´<_` )「むんッ」
恵まれた体躯の男が掛け声と共に凄い勢いで接近してくるわけだ。慣れてなければ逃げ出したくなるような重圧だろう。太い筋肉に包まれた長い腕が伸びている。
ただし、弟者はおれを正面には捉えられていなかった。
それはパスを警戒した適切なポジショニングを行っていたからだ。
適切だから守れないのだ。
バスケは攻撃側優位のスポーツだ。
ただでさえ優位な攻撃側の立場のおれの、シュートもパスも守ろうなどと考える方が間違っているのだ。
その間違いの代償を払わせなければならない。適切な判断が間違っていないとは限らないのだ。
慣性と重力に従って空中を泳ぐ体の中で、おれの右手がバスケットボールを愛しむようにコントロールしていた。
327
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:36:37 ID:1we2YTy60
弟者はこのおれの動作をフェイントだろうと勘づくだろうか?
だろうな、とおれは思う。
弟者はそれをフェイントだと思うだろう。
実際これはフェイントだ。
もっともイージーなレイアップシュートの動きをおれは習慣的にフェイントに使った。
弟者はフェイントだろうと半ば確信しながら、しかし100回やって100回成功するシュートに対する警戒を怠ることはできず、こうして宙に飛んでいるわけだ。
はっきり言って、どうでもよかった。
おれは利き手の右手でのレイアップシュートをフェイントに、空中でボールを左手に持ち替えた。熟達したボールタッチでコントロールしているからできる芸当だ。
弟者もそれはわかっていることだろう。しかしそれもどうでもいい。
なぜならこいつはおれを正面で捉えられておらず、飛び上がった後の空中では、おれもこいつも慣性に抗うことができないからだ。
おれが右手から左手にボールを持ち替えている間に、おれと弟者の三次元的な位置関係は、ブロック・ショットを試みるには厳しいものになっていた。
328
:
名無しさん
:2020/12/26(土) 22:40:13 ID:1we2YTy60
左手だ。
利き手ではないが問題ない。これまでに何百回や何千回では済まない繰り返し動作を経ている腕だ。指にボール表面の凹凸を感じる。手の平に転がすようにコントロールしてやる。
おれは左手を体幹から離し、自分の体のサイズと腕の長さ、弟者の体のサイズと腕の長さを完璧に把握した状態で、どうやったって弟者の伸ばした長い手が決して届かない軌道をボールが通っていくように、丁寧にボールを宙へと放ってやった。
ボールに最後まで力を伝えていた指が離れ、体の一部が放出されるようにして、茶色の球体は回転しながらの放物運動を開始した。
その離れ際の指に残った感触よ。おれはこのシュートの成功を見る必要もなく知ることができる。
たまらない感覚だ。
着地。そのままジョグで自陣へと戻る 。背中に歓声が聞こえる。チームメイトの祝福が届く。
必ず成功させなければならないシュートをおれは成功させたのだ。
必ず失敗させなければならなかったシュートを成功されてしまった流石兄弟に、試合時間がいくら残っていようとも、このコート上の将軍が負ける筈がないのだった。
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