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(゚、゚トソンたまねぎのようです

521 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:14:10 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「…わかった。じゃあまずは、どこから分析していく?
僕がこんなこと言うのは変かも知れないけども…あの夢、それっぽい意味を持ってそうな情景って、限られていると思うんだよね」

('、`*川「そうねぇ…。
最後のは怖いから置いといて、時系列順に見ていこうかしら」

(´・_ゝ・`)「まずは、豚の屠殺場、かな」

('、`*川「確か飯店裏らしきところで、豚の内臓が分別されていた場所よね。
その奥で、お腹の部分を縦に切り開かれた豚が吊されてて、……眼から蛆虫が湧いてたんだっけ?」

(´・_ゝ・`)「そう、思い出すと気味が悪くて……正直言って、食事中に言うような情景じゃないんだけどさ……あの光景を見てる時、どんなことを思った?」

522 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:15:20 ID:YyEx8q220
【動物の内臓のような見た目の、赤黒色や乳白色や黄土色の肉塊が半透明のビニール袋に分別されている。
それぞれの前面には、元は白かった厚紙に象形文字のような複雑な漢字で単語が記載されている。
雨水で掠れ所々判読不能なその文字は水の滲みに従い赤褐色のインクを糞便のように垂れ流している。

その奥の調理台の近くには、正中線に沿って切り開かれた体長ニメートル程の豚が腹腔を空にした状態で天井に設置された錆び塗れの鈎に吊るされている。
保存状態が悪いのか、頭部のくり抜かれた眼窩から白黄色の蛆が無数に蠢いているのが見えた。

その光景を見て食欲を無くした私は飯店裏を後にして前方へ進み続ける。】

523 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:16:05 ID:YyEx8q220
('、`*川「うーん…なんていうか、確かに思い出す限りじゃ気持ち悪い場面なんだけども、その時胸に浮かんだ感情は『食欲を無くした』くらいかな」

(´・_ゝ・`)「…ペニサスも、やっぱりそれしか感じなかったんだね。なんていうか、僕だけじゃなくて少し安心したよ」

('、`*川「デミタスも同じことを思ったの?」

(´・_ゝ・`)「…うん。ただ食欲が失せただけ。最初は自分がおかしいんだって、夢が覚めてから思ったけども……夢を見るたびに、あの場所だとそれしか感じていない自分に気づいたんだ」

('、`*川「夢の中だと、感性も共有してるっていうの?」

(´・_ゝ・`)「僕はそうだと思う。僕自身は、血生臭い光景とか、グロイ情景とかには……慣れてないし。
ただ、感性の共有って言っても、その基盤にあるのは僕の感情じゃなくて、ペニサスのものだ
と思うよ」

524 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:17:32 ID:YyEx8q220
('、`*川「…やっぱり、私の感情が、あの夢の根底にある……?」

(´・_ゝ・`)「夢は見る個人の深層心理を表しているって、さっき言ってたよね。
人の感情を形作っているのは、結局のところ個人が現在まで生きてきた記憶が元になってると思うんだ。
その人がどこで、どんな人と出会って、どんな感情を抱いてきたか、とかね」

('、`*川「つまり夢が比喩している情景は、私が持っている記憶が鍵になってるって言いたいの?」

(´・_ゝ・`)「そう。勘違いして欲しくないから重ね重ね言うけども、ペニサスに責任があるわけじゃない。
……実はあのお泊まり会の後、またんき君の解釈を訊いてみたんだ。あの夢が、どういうものなんだろうかってことを、彼なりの解釈でいいから教えてほしいって」

('、`*川「う、ん」

(´・_ゝ・`)「彼日く、『この夢は、人が仕舞いこんだ秘密を白日の下に晒す』」

('、`*川「秘密?」

(´・_ゝ・`)「そう、秘密。彼自身は、隠している記憶に心当たりが無いらしんだけどもね。僕らと合流して色々と考えている時に、なんか閃いたらしいよ。
自身の記憶を遡って思い出そうとした時に、妙な感じがしたんだってさ。
…根拠に乏しいから、あんまり本気にして欲しくないらしいけども、そんな予感じみた胸騒ぎがしたんだってさ」

('、`*川「自分の記憶ってこと…だよね? 夢を作り出している原因らしきものは。
……私の過去に、何かがあったってこと?
秘匿して、ひた隠しにしてまで忌避した……あんな夢を見せる要因が?」

525 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:18:54 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「詳しくは分かんないけどもね。ただ、事実僕たちは、彼らよりも一ヶ月近く悪夢に苛まれ続けてきた。そしてその期間中、ずっとそれに頭を悩ましてきた。
色々な解釈や可能性を考えて、解決策を模索してきた。
その結果、行き詰まってたところに彼らが現れたんだ。
そんな彼らが、僕たちが思い浮かばなかった新たな解釈を齋してくれた」

('、`*川「負け惜しみじゃないけど、記憶とか感情とか意識とかは、思いついてものね。
……そんな、自身が思い出せない記憶なんて、気付きようが無かったもの」

(´・_ゝ・`)「僕自身も頭を悩ませただけで、一緒の夢を見れるようになったのは、つい最近のことだったしね……」

('、`*川「謝らないでよね。デミタスに謝られたら、こっちこそ申し訳なくなっちゃうんだから。
これ以上私に、辛い思いをして欲しくないんでしょ? 
そう思うなら、ごめんって言わないで、私と一緒に話して。ね?」

526 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:20:17 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「うん……う、ん。話そ…っか。
ええと、とりあえず、夢のエピソードに戻ろっか……どこまで話したっけ」

('、`*川「屠殺場かな? でもこのシーン、大した感情篭ってないから、そんな重要じゃない気がするの」

(´・_ゝ・`)「…多分だけども、ペニサスが重要だと感じた部分が大事な情報源なんだと思う。
さっきも言ったとおり、根底に有るのはペニサスの意識なんだから」

('、`*川「…やっぱり最重要なのは、最後の部分だとは思うんだけども……。
他に重要だと思うのは、『青緑色の扉』、『煙草を吸う下着姿の女性』、『双子の老婆』、辺りかなぁ」

(´・_ゝ・`)「じゃあまずは、『青縁色の扉』から、考えていこうか。
ペニサスは何か、思い当たることとか、あったりする?」

527 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:20:42 ID:YyEx8q220
【小奇麗な鉄製の、青緑色をした扉が左前方の壁に付いている。
取っ手も鍵穴も蝶番も無い奇妙なドアだったが、私の力では押してもビクともしない。
所々安っぽいペンキの塗料が経年劣化で剥がれ落ちており、赤橙色と暗褐色の錆び付いた下地が剥き出しになっている。
近づいてみると思った以上に大きくて、私の背の倍くらいの高さがある。
上方に格子状の小窓が付いているが、残念ながら下から伺っても黒い天井しか見えなかった。中に明かりは点ってないらしい。

…全然似てない。
あのドアには、似ても似つかない。
なのに、なんで懐かしいの…?
…青緑の扉を後にする。】

528 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:21:42 ID:YyEx8q220
('、`*川「……ううん、覚えてない」

(´・_ゝ・`)「えっと………何も?」

('、`*川「うん」

(´・_ゝ・`)「本当に?」

('、`*川「本当に」

(´・_ゝ・`)「あぁ…………そっか。
『煙草を吸う下着姿の女性』は?」

529 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:22:14 ID:YyEx8q220
【住宅地の一部、バルコニーのように外側に(私がいる空間側に)突き出た部分の落下防止用の柵に背中を預け、鬱々とタバコを吸っている痩身の女性が目に映る。
彼女は下着しか身につけていない。特に意味も無く彼女の浮き出た肋骨を眺めていたら、目が合ってしまった。
私は冷や水を浴びせられたように硬直してしまったが、彼女はただバツが悪そうに笑っただけだった。
渇ききった、寂しい嗤いだった。

とても馴染みのある骨格。
話したこと無いのに、親近感を覚える彼女。
奇妙な既視感を頭の隅に押しやり、前に進む。】

530 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:22:37 ID:YyEx8q220
('、`*川「その人も…見たこと、ない」

(´・_ゝ・`)「……『双子の老婆』も?」

531 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:23:18 ID:YyEx8q220
【轟々と騒音を響かせる室外機。その上には蜘蛛の巣状に大きく罅割れた、煤で灰色に濁ったガラス窓が設置されている。
近くの窓から擦れ違いざまに室内を覗き見ると、双子の老婆が黄色い正方形のプラスチックテーブルでテレビを見ながら、向かい合うように食事をしていた。
どこからどう見ても一人用の大きさしかないのに、まるで一心同体とでも言いたいのかのように身体を寄せ合う二人が何故か微笑ましかった。】

532 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:24:34 ID:YyEx8q220
('、`*川「………分から、ない、よ…」

(´・_ゝ・`)「……」

('、`*川「……ねぇ、どうしてそんなに寂しそうな顔をするの?
どうしてそんなに⋯悲しそうなの?
分からないよ、私には、何も。
どうしてそんなにデミタスが、遠い目をしてるかなんて……」

(´・_ゝ・`)「ペニサス……」

彼の表情も素振りも話し方も、何一つ変化は無い。
眉毛の角度もカレーを食べるペースも声色でさえも、いつも全く変わらない。

なのに、彼が纏っている空気は、彼が今まで見せたどの雰囲気よりも淋しそうだった。

533 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:25:28 ID:YyEx8q220
ポンッと、頭に軽く温かい体温を感じた。

どこかで感じたことのあるような、高揚感を伴った、フワフワする感情。

優しくて大きな掌が、私の頭に乗せられる。
デミタスの、元通りになった腕。

筋骨隆々とした、大きな男性の腕。
なぜか、無性に、懐かしい感触。

彼の腕は無闇に髪の毛を乱そうとする動きではなく、優しく包み込むように私の頭を撫でる。


まるで、あの人のような…あいつにそっくりな、硬い腕。

534 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:26:38 ID:YyEx8q220



――あの人。
――あいつ。
――デミタス。



不意に、彼らの姿が重なる。
私を覆う影と、その存在感が、あいつと重なる。


どうして?
どうして、なの?

誰かも分からない重なった眼光が、私を不安げに見下ろす。

535 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:27:18 ID:YyEx8q220
「―? ――ゆ―、? ――、だ―ょ――――ぶ?」

声が間延びして聞こえてくる。

遥か遠くから響いてくるように、延々とした木霊。

まぶたに映る情景が、白く塗りつぶされていく。

536 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:28:11 ID:YyEx8q220
ああ、ここはとても温かい。

安心する温度。

なのになんで、こんなに心細いの?


お父さん……?


誰?


最後に見えたその情景は、奇しくも夢で見た、あの筋骨隆々とした太い腕。

537 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:29:36 ID:YyEx8q220


21.仆盛デミタス


.

538 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:30:40 ID:YyEx8q220
僕とペニサスは幼馴染だ。しかも血縁関係のある従姉妹同士。
その上家は近所で、幼い頃から家族ぐるみの付き合いがある。

僕の父の弟が、ペニサスのお父さん。
体格に恵まれていて筋肉質、弟であるペニサスの父は少し気弱な性格。
そんな弟を良い意味でサポートしていたのが、兄である僕の父だ。

家族の話は、今は置いておこう。
この話は、彼女に話してこそ意味があると思うから。

539 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:31:10 ID:YyEx8q220
彼女の記憶が閉ざされていることは。

あのことをきっかけで、彼女が閉ざしていることは。

薄々気づいていた。
またんき君の助言で、確信に変わった。

『こんなことになるなら、もっと前に話すべきだった』

にゃあ。

うん、うん。

分かってる。

540 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:32:00 ID:YyEx8q220
勿論後悔している。

だが秘密を打ち明けることが、何かの解決になるとは思わなかった。
実際、彼女は過去に蓋をして記憶を曇らせることで、現在まで笑顔で生きてこれた。

偽りにも装いにも見えない、純真な笑顔を浮かべてこれた。
幼いままの自己を享受してこれた。

たぶん、ツケが回ってきたんだろう。

きっかけが何だったのか、何故この時期だったのか、僕には到底分からない。

巡り合わされた人々が何故彼らだったのかも、僕には理解できない。

541 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:32:54 ID:YyEx8q220
表面的には、彼女の支援を続けてきた。

僕の全てが、虚構と偽善であるわけじゃない。
彼女を愛する気持ちに嘘偽りは無いし、他人に尽くす自分に酔いしれていたい、なんて感情が基盤にあるわけではない。

ただ、僕は彼女に呪いをかけてしまったのだろう。

今の彼女を全面的に是認することで、変わらずに逃避行を繰り返すことの手助けをしてきたのだろう。

僕は嘘に敏感だ。
相手が吐く言葉と感情の齟齬が、手に取るように分かる。
自身の境涯を鑑みれば、理由は自明なんだけども。

にゃあ。

へぇ。

542 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:34:18 ID:YyEx8q220
一説に、非常に優秀なサイコパスとエンパスは客観的には全く同じ言動をすると言われている。

この場合でのサイコパスは、『他人の気持ちが全く分からない人』の意。
対立するエンパスは、『他人の気持ちが完全に理解できる人』の意。
エンパスを持つ人については、超能力者のようだと捉えてもらって構わない。

僕はこのどちらかに近いんだと思う。
可能なことなら、人の気持ちが分かることで悩んでいたほうが、心が楽だ。

もしかすると、そう感じること自体がエンパスの証明になるかもしれない。
人の気持ちが分からないってことは、つまりは自分自身の感情すら理解でないことになるのだから。

僕は自分が、どちらに近いか分からない。
必死に表層を塗り固めて出来上がった形骸が、人間らしい振る舞いを演じているのかもしれないし、対義的に心の底から他人の気持ちが理解できるが故に、自己が破綻して壊れてしまっているのかも知れない。

結論を出せないで、僕はいつもここで躓く。
自我に結論を下せなかったところで、困惑しないのだから全くの無問題なんだけども。

にゃあ。

ふーん、そうなんだ。

543 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:35:09 ID:YyEx8q220

こういう些細な躓きが、今の現状を生んでいることに、やっと気付けた。
僕自身が自己も他人も一緒くたにまとめあげて是認し続けたせいで、ペニサスは身悶えているのだから。

厳密には、この清濁併せ呑む性格で、苦悶に悶えることになると予想はできていた。
それが誰で、いつ起こるのかが分からなかった。

僕の観測し得ない所で勃発するかもしれないし、目の前で巻き起こるかもしれない。

対象がペニサスで、いつが今だったという話だ。

本当に、最悪なタイミングだ。
心の底から自分を呪う。

544 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:35:55 ID:YyEx8q220
ただ、自己を苛む罪業は、今は後回しだ。

何よりも誰よりも優先して思考し解決すべき差異に、見舞われたのだから。

僕が犯した罪は、過去の隠匿。
正確には、それに気が付かないふりをし続け、彼女を是認したこと。
その呪詛が、彼女に夢を見させた。

悪夢が彼女の心を蝕み、引き裂いた。
過去の想起に限界を迎えた彼女の意識が事切れた。

変わる事のない過去を嘘で覆い、悪夢の表層へ逃げた。

545 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:37:37 ID:YyEx8q220
(-_-)「彼女は今、夢を見ている。
自らの本性が自己防衛本能として作り上げた夢。
恐らく彼女は、このままでは自然に目覚めることはないだろう」

彼はそう告げる。
今日は8月4日火曜日。彼女が昏睡状態に陥ってから3日経っている。

病院に行かなかったのは、僕の些細な反抗心ゆえだ。

約一か月前、悪夢を見始めてから彼女は徐々に衰弱していった。
夢に悩まされる原因として、ストレスや心的疲労など、様々な外的因子、内的因子が作用して引き起こされている可能性が高いと診断された。
その時に処方されたいくつかの錠剤は、まるっきり解決に結びつかなかった。

いや、幾つかの睡眠薬や精神安定剤は、一助にはなっただろうと思う。
言語的な助言やアドバイスも回復には必要な要素だが、確かな知識と経験を持った医師から処方される薬剤というものは、精神的安定と共に原因に直接作用する効果を持っているからだ。

ただ、それは一般例に於いての話。

この夢の事件と同様に、薬剤や不安の傾聴だけでは彼女は回復しなかった。
それどころか、処方薬の副作用にばかり悩まされていた。

医師という仮面に対して、僕は以前以上に信用できなくなったのだ。
誰が悪いわけではないのが余計辛い。
誰しもが善意で行動しているが故に、僕は誰も責められず拒絶も出来ずに、右往左往するしか無かった。

546 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:38:33 ID:YyEx8q220
だからこの現状も、ある意味では予定調和だったのではないかと思う。
分かりきっていた結末。

僕は約一週間前に一緒の夢を見た彼らを頼った。
友達が少ないわけではなく、同じ夢に煩悶し行動を共にした彼らくらいにしか、こんな数奇な問題を相談できなかったのだ。

彼らは彼ら個々人の解釈を持っていた。
夢を共有する理由、傷付いているのは何か、何故鮮烈な夢を見てしまうのか。

明確な言葉としての形質を得ている人は少ない。
僕らが共有している解釈は、銘々の思考が夢の形質を象っているということ。
今まで共有してきた夢が、誰かの性質を反映したものだということ。

547 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:39:47 ID:YyEx8q220
どの夢が誰の持ち物なのかは、然程重要ではない。
悩みの根に指針を示せれば、その夢が誰のものであったとしても、瓦解し自然消滅してゆくはずだからだ。

川 ゚ 々゚)「二人はさー、そういえば幼馴染なんだっけ?」

(´・_ゝ・`)「そうです。近所に住んでいて、従姉妹で、家族絡みで昔から仲が良かったんです」

ベッドで臥せっているペニサスを見る。
3日も寝たきりでいることもあり、僅かな期間にも関わらず頬は痩せこけている。

元々痩身で幼い体躯には、もはや皮と骨と、少しばかりの脂肪しか残っていない。
排泄も食事も自力では行えなくなり、排泄に関してはオムツを着用、栄養に関してはくるうさんが点滴を用意してくれた。

548 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:40:58 ID:YyEx8q220
彼女が看護学生でも医学生でも無いのに、慣れた手つきで翼状針を腕に刺入したときは驚いたが、今はその不自然な技術が、感謝してもしきれないほどにありがたかった。

くるうさんにもあまり明るみに出せない苦悩が数多にあるのだろうが、申し訳ないが今の僕には、ペニサスの事情だけで手一杯だった。

川 ゚ 々゚)「……そっか…」

彼女はそれだけ言うと、静かに黙り込んでしまった。
一体何を察したのか分からなかったが、彼女なりの気遣いの印なのだろう。
しかし事態は一刻を争うので、ただ歯痒いばかりだった。

549 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:43:30 ID:YyEx8q220
(゚、゚トソン「…フモリ先輩は、イトウ先輩が夢を見る原因が過去にあると思ったんですよね?
それは、どうしてですか?」

くるうさんに変わって、トソンさんが言葉を紡ぐ。
僕は少し躊躇ってから、口を開く。

(´・_ゝ・`)「…数日間、ペニサスと同じ夢を見たんだ。
その中で、毎回登場する上に、妙な既視感のある人が何人か登場してね。
昔どこかで見たことがある人だなぁなんて、その時は思ってたんだけど…。
気になってアルバムを整理してたら、その中に、彼女らにとても似ている人たちを見つけたんだ」

(゚、゚トソン「アルバムといいますと…フモリ先輩のものですよね?
イトウ先輩のではなく、フモリ先輩のアルバムから、その人々が見つかったのですか?」

(´・_ゝ・`)「うん。たぶんペニサスのアルバムがあれば、確実に出てくる人たちだったんだけどね。
従兄弟家族や祖父母を含んだ大人数の集台写真と、僕達仆盛家と隣家の厭藤家との、それぞれの写真から」

(゚、゚トソン「……」

(´・_ゝ・`)「…下着姿で煙草を吸っていた女性はペニサスの母に、双子の老婆はペニサスの母方の母…つまりは祖母に瓜二つだったんだ。
…と言っても、正直夢の中だったから、彼女らが本人かどうかの確証は持てないんだけどもね。
ペニサスの母は夢の中だと、写真よりかなり若かったし、祖母に関しては、そもそも双子じゃ無かったからね」

(゚、゚トソン「そうだったんですか……」

(・∀ ・)「…やっぱ、その辺が妙に引っかかるっスね…」

550 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:44:37 ID:YyEx8q220
トソンさんが顎に手を当てて考え込んでいると、今まで口を挟まず、似合わない難儀な表情を浮かべていたまたんき君が会話に混ざってきた。

僕が評価を下すのも変だと思うが、彼は余り物事を深く考え込む性質では無い。
どちらかというと刹那主義的な性格で、大概の決定権を持ち前の直感と好奇心に委ねている節がある。

享楽的で、ある意味楽観的。
原因や理由を深く追求したところで、納得に足り得る理解が齋されるとは思っていないタイプの性格。

だからこそ、彼の考え方は真理を穿つように捉える部分があるのだが、逡巡している姿が何よりも不釣り合いに映った。

551 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:45:42 ID:YyEx8q220
(・∀ ・)「夢だからやっぱ、現実との齟語は、そりゃ沢山あるんだろうけども。
な〜んていうのかな……その三人って、比喩表現っぽい感じがするんですよね。
イトウ先輩の深層心理を人の形で象っているような、そんな感じっていうか…なんか、変なんですよね…」

(´・_ゝ・`)「……たぶん、またんき君の指摘は正しいと思うよ。
僕もペニサスも、本当に小さい頃しか彼女らと接することが出来なかったんだから、ね……」

(-_-)「それはどういう意味?」

(´・_ゝ・`)「言葉の通りです。ペニサスの母は彼女が幼い頃、精神病院に入院して以来会っていません。
祖母はかなり遠方に住んでいたので、そもそもあまり顔を合わせる機会が無かったんです。
それに既に故人ですし…彼女の母親も、父が亡くなってからまるっきり音沙汰無いのですから、おそらくもうこの世にはいないでしょう。
例え生きていたとしても、ペニサスに会わせることはできないと思います」

552 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:46:25 ID:YyEx8q220

(-_-)「そうか……申し訳ない」

(´・_ゝ・`)「いえ、お気になさらず」

ヒッキーさんはあの日以来、妙にスッキリとした表情になっている。
彼の本心が何処にあるのか一層読めなくなったが、何とか生きているらしい。

約一週間前のあの日、起きたばかりの彼の表情は、極めて複雑だった。
無表情なのに、彼の目の奥から、あらゆる戸惑いの色が流れ出していた。

本人のアイデンティティである仄暗い瞳に、今まで無かったどどめ色が宿っていた。

553 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:47:05 ID:YyEx8q220
率直に、誰にも言えない僕一人の意見なのだが、彼は今日ここに来ないと思っていた。

亡くなっているかとさえ思っていた。

あの日、夢の中で何があったのか、僕たちは知らない。

トソンさんは起きた直後、かなり思いつめた表情を浮かべていた。
ヒッキーさんからは、今までとは異なる雰囲気が漂っていた。
何かがあったのだろう。僕たちが容易に察せられないような、何かが。

554 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:48:07 ID:YyEx8q220
川 ゚ 々゚)「デミタスくん、ペニちゃんが目覚めなくなってから、ちゃんと眠れてないよね?
隈、凄いよ」

不意にくるうさんが話しかける。
彼女の声色は僕を心配してくれている様子だったが、他にも若千含みのある言い方だった。
…何となく、言いたいことは分かる。

(´・_ゝ・`)「…ペニサスが心配で眠れないんです。
僕じゃ役不足なのは分かってるんですけど…起きた時に、彼女には安心して欲しいんです。
大丈夫だよって、もう怖くないからねって…根拠なんてなくても、そう言いたいんです。
例えそれが、独りよがりなエゴであったとしても」

にゃあ。

にゃあ。

555 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:49:46 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「…………、いえ、僕の自分勝手な事情です。
ただ、元気な彼女を抱きしめたいんです。
…起き上がった彼女に、抱きしめてもらいたいんです。
こんなことを訊いているのではないことくらい分かっていますが…懺悔として、誰かに本音を言いたかったんです。すいません。
…夢は、見ていません」

川 ゚ 々゚)「…彼女を救えるのは、君だけだよ。具体的にも、抽象的にも、君以外はいないと思う。
真実を告げるのが恐ろしいことは、私も経験がある。
だからって、君たちの気持ちが分かるだなんて身勝手な発言、微塵も言うつもりは無いけどもね。
…ペニちゃんが過去を見ないふりして生きてきたことを、そしてその事実を彼女に告げることを、デミタス君は何よりも恐れているんでしょう?
それで彼女が、破綻してしまうかもしれないことに」

556 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:50:53 ID:YyEx8q220
真実を射ている彼女の言葉が胸に刺さる。
苦しい。痛い。

違う、違う。
目の前に困っている人がいる時と同じように、彼女を常識に則って助けるんだ。

にゃあ。

にゃあ。

(´・_ゝ・`)「………きっと、誰かに、誰でもいいから、指摘して欲しかったんだと思います」

僕は絶対に心を晒さないから。
例えペニサスであっても、全て直隠しに生きてきたから。

557 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:52:21 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「夢の中でなら、彼女と直接コンタクトを取れることは気づいていました。
それを実行できずにいたことも、認めます」

全て押し殺して、取り繕って形作った僕が、他人にとっての"仆盛デミタス"だから。

狡賢く過去を排して生きてきた僕がペニサスに事実を告げるなんて、詭弁でしかないから。

川 ゚ 々゚)「…どこまでが君で、どこからが君なのか、他人の私たちには判断できない。
たぶんペニちゃんも、恐らくは君ですら、明確な区切りを見つけることは叶わないんだろうけども。
非礼を、不躾を承知で言うのなら……眠るべきだよ。
夢で、しっかりと、その気持ちと決別するべきだと、私は思うよ。
他人の勝手な意見だから、君に殴られても、罵声を浴びせられても、たどえ殺されたとしても文句は言えない。
でもね、私は例えそれが偽善であったとしても、デミタス君からペニちゃんにだけは、本当のことを伝えて欲しいんだよね。
……決めるのは、デミタス君だよ」

558 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:53:55 ID:YyEx8q220
分かっている。
間違っているのは自分だと、理解はできている。
最良の選択が、ただの防衝機制に過ぎないのだとしても、一時の責任逃れに過ぎないのだとしても。

にゃあ。

僕は彼女に会いたいんだ。
自由になりたい。
彼女のように、猫のように、自由になりたい。

だから、僕は――

559 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:54:49 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「………寝ます。朝になったら、起こしてください」

僕は、眠ることにした。

自由になるために。

彼女のようになるために。

猫になるために。

彼女に真実を、本当の過去を告げると決めた。

560 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 22:57:49 ID:YyEx8q220


22.厭藤ペニサス


.

561 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:00:42 ID:YyEx8q220
薄汚れた大きな窓から見えるのは、ネオンに光る雑踏街。
窓下彼方に黒色の傘を構えた人々が、雨に隠れて犇めきあっている。
忙しなく歩く人々の間を縫って、色とりどりの自動車が複数台、道路を走り行く。

ここは場末のバー。
薄暗い店内に反比例する明るい黄色のテーブルで、浅いカクテルグラスに注がれた青緑色に発光している液体を眺めている。

アブサント。
アルコール度数70度、フランスのお酒。
似合わない背広を拵えた、影靄のバーテンダーが運んできた。

男性の平均身長よりやや高め、骨と皮ばかりの窶れた肢体は、最近会ったある男性を連想させる。
その人に似てるけども、全く別な人。

曇天の空から赤錆色の雨が窓に打ち付ける。
いつからここにいるのか、いつまでここにいるのか、私には分からない。
思考が呆然と濁っている。

そぐわない陽気なBGMが店内を奇妙に彩る。
遊園地で流れていた元気な曲。

みんな笑顔、楽しそうな団欒、張り付いた微笑のマスコット。

562 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:01:25 ID:YyEx8q220
バーテンダーは人ではない。
ただの人影。

店内の人間は、私とデミタスだけ。

目の前の席を見ると、柔和な笑みを浮かべた精悍な出で立ちの男性が座っていた。

猫のように柔らかい、朗らかな表情。
異様なまでの巨体と希薄な存在感。
力んでいる様子は皆無だが、逞しい筋肉が服の上からでも分かるほどに隆起している。

仆盛デミタス。

幼馴染の彼。番の彼。

563 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:02:15 ID:YyEx8q220
彼の前には、ビールジョッキに零れんばかりの真っ赤な液体。
鼻を刺すアルコール臭の代わりに、懐かしさを感じる鉄の香り。

その匂いに、私は自然と食欲を失う。
あの時と同じように、豚の死体を見た時と同じように。

(´・_ゝ・`)「久しぶり、だね」

彼が口を開く。
私達は、双子の老婆と同じ位置関係で話す。

('、`*川「そう? ついさっきぶりじゃない。
あなたの作る料理、美味しかったわよ」

(´・_ゝ・`)「ペニサスの作るご飯も、優しい味がして好きだよ」

564 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:03:15 ID:YyEx8q220
('、`*川「なんか…久しぶりな感じ、やっぱりするかも」

(´・_ゝ・`)「たった今、ついさっきぶりって言ってたのに」

('、`*川「顔を合わせたのは、ついさっきぶりよ。
本当に話したのは、久しぶりな感じなの」

(´・_ゝ・`)「ああ、確かにそうかもね。
いつ以来だろ」

('、`*川「小学校の低学年とか、かな。
昔のこと、あんまり覚えてないのよね」

(´・_ゝ・`)「……」

('、`*川「よく一緒に遊んだよね。砂場でおままごとしたり、給本を読んだり、鬼ごっこやかけっこだって、してたよね」

(´・_ゝ・`)「僕はガタイばかり良かったから、かくれんぼだといっつも最初に見つかっちゃってたけどね」

565 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:04:11 ID:YyEx8q220
('、`*川「あら、鬼ごっこやかけっこなら、負けたことなんてなかったじゃない」

(´・_ゝ・`)「そうだっけ?」

('、`*川「そうよ、負け無しだったわ。
いつの間にか、外を走り回って遊ぶことも、少なくなっちゃったけどもね。
デミタスは運動神経なら、誰にも負けないわ」

(´・_ゝ・`)「運動神経は良くなかったよ。サッカーとか、バスケとか、野球とか、そういうスポーツは、てんでからっきしだったもん。
体格に恵まれてただけだよ、父譲りでね」

('、`*川「デミタスのお父さんって、そんなに筋肉質な人だったっけ?」

(´・_ゝ・`)「ボディビルダー並みにムキムキだったよ、忘れた?」

('、`*川「忘れてたわ。言われた今でも、あまりピンとこないもの」

566 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:05:29 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「保育園の先生でさ、ペニサスが不意に寂しそうな顔した時とか、持ち前のおっきい手で、よく頭を撫でてたよ。
良い子、良い子って、我が子にするみたいに。
それこそ、息子の僕以上にね」

('、`*川「フフフッ」

(´・_ゝ・`)「なにさ」

('、`*川「デミタスがあからさまに妬いてるの、初めて見たかも」

(´・_ゝ・`)「…嫉妬の一つや二つくらい、するさ。
それに、僕は他のどんな人たちよりも、ペニサスのことが羨ましかったからね」

('、`*川「あら、そうなの? なんか照れるわね」

567 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:06:26 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「羨ましかったさ、誰よりも。
心の底から笑えて、色んな人に好かれて、それなのに自分の芯を曲げない。
素直で、誰にでも優しくて、笑顔が素敵で、羨ましかったよ。
そんな自由な君のことが、好きだったんだから」

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「…何か言ってよ。
赤裸々に好きだって言うの、結構恥ずかしいんだからさ」

('、`*川「私、も」

(´・_ゝ・`)「うん? よく聞こえないなぁ」

('、`*川「私も、デミタスのこと、ほんっとうに好き。
あなたの照らすような笑顔で、優しい言葉で、何回救われたか分からない。
いつもいつも、変に思うくらいに優しくて、温かくて、懐のおっきいあなたが、誰よりも、何よりも、好き」

568 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:07:44 ID:YyEx8q220
ああ、恥ずかしい。
私たち付き合ってるのに、互が好きだって分かってる安心感のせいで、ちゃんとに好きだってあんまり言ってこなかったから。

ううん、安心してるからじゃない。
改めて確かめることが怖かったから、言えなかっただけ。

それに言葉にすると、なんだか嘘っぽい気がするから。

(´・_ゝ・`)「⋯⋯」

('、`*川「そんなあなたにいっつも憧れてて…デミタスみたいな純粋な優しさを、私も欲しかった。
デミタスみたいに、なりたかった」

人って本当に不便。
私は頭が悪いから、あなたの全部を愛してるってことを、薄い言葉でしか伝えられない。

ロづけや体を重ねることでしか愛情を表現できないのがもどかしい。

569 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:08:46 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「僕は、ペニサスみたいになりたかった。自由になりたかった」

('、`*川「…うん」

(´・_ゝ・`)「僕はこれから、ペニサスの前では自由になろうと思う。今度こそ本当に、昔みたいに自由になろうと決めたんだ。
ペニサスは、どうしたい?」

幾つかの虚像が脳裏に浮かぶ。

それは、煙草を吸う痩せこけた女だったり。

それは、一つの物が二つに分離したかのような老婆だったり。

それは、内臓が抜け落ちた赤い肉塊だったり。

それは、筋骨隆々とした巨体を持つ儚げに笑う青年だったり。

570 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:11:33 ID:YyEx8q220
('、`*川「私、は――」

(´・_ゝ・`)「でも決める前に、必要なことがある。
僕はそのために、ここへ来た」

('、`*川「?」

(´・_ゝ・`)「僕は選択から逃げてきた。真実を直視せずに、虚言に隠れて生きてきた。
だから現実逃避を選んで生きてきたペニサスに、この選択肢を与えることを避けてきた。
僕が選べなかった道を、ペニサスに差し出すことを忌避してきた。
選択肢を与えることは、即ち僕自信の否定に繋がるから」

('、`*川「デミタスの言葉は、難しくてよくわかんない。
でも、あなたは私に…何か大切なことを、隠してきたってことなの?」

(´・_ゝ・`)「そう、隠してきた。ペニサスが楽しそうにしているからと自分を欺いて、本当はペニサスの笑顔を見続けていたい自分のエゴから、僕は逃げてきた。
それはペニサスも同様で、己の身に起きた災禍から逃れる事で、現在の自我を守ってきた。
君は、自分たちの身に起きた過去を塗りつぶすことで、今日まで平穏に生活してきた。
幼い君にとっての理不尽な現実は、余りにも負担が大きすぎたから」

('、`*川「私たちの過去?」

(´・_ゝ・`)「ペニサスの覚えている過去を、教えて」

('、`*川「え?」

(´・_ゝ・`)「ペニサスが蓋をした、覚えている限りの過去を教えて欲しい。
幾つか質問するから、それに正直に答えて欲しい」

571 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:13:43 ID:YyEx8q220
彼は、私に何をするつもりなんだろう。

私が隠している過去。
幼い頃の理不尽な現実。

私は自分の過去に蓋をして、頭の片隅に真実を押し込めることで、自我を保ってきたって言いたいの?

(´・_ゝ・`)「僕とペニサスとの関係は?」

('、`*川「ええと、幼馴染でカップル。
それと従姉妹、くらいかな」

(´・_ゝ・`)「両親について、教えて」

('、`*川「母は入院中。詳しいことは、あんまり知らない。
父の事は……ほとんど覚えてない。
ねぇ、これって何の意味があるの? 私が、自分の過去を忘れて生きてきたって言いたいの?」

(´・_ゝ・`)「ああ、ペニサスは、ある重要なことを隠している。無意識下に押し込んでいるから、自覚は無いだろうけどもね。
今まではそれも憶測の域を出なかったけども、昼食の時の会話で確信に変わった。
…そうだね。僕は今、自分のためにペニサスに惨い真実を告げようとしている。
この悪夢の解決には、夢の持ち主が真実を知った上で、今後の自らの道を示す必要があると考えている。
だから僕はそのために、ペニサスが忌避している記憶を、思い出させなければいけないと思って質問している。
最終的な決定権はペニサスにある。
忘れ去らねば生きていけなかったほどのトラウマを思い出すか、思い出さずに不安定な過去の上に成り立つ平和を謳歌するか。
思い出す手段に関しても、できればペニサス自信に決めて欲しいと、僕は思ってる」

572 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:14:31 ID:YyEx8q220
やっぱり、彼の本音は難しい。
理解に時間がかかる。
ただ難しい言葉がたくさんあるからじゃなくて、意図を理解するのが難しいんだ。

それでも、彼が押し込めていた心情を告白してまで、自身の今までの忍耐を捨て去ってまで話しているのだから、私は理解しなければいけない。

彼の本音を受け止めたい。

私が秘匿した過去の記憶。
それが何なのか。

当然のことだが、私にはそれが分からない。
知るためには、彼に頼るほかない。

でも……真実を知ることが、私にとって最良の選択なのだろうか。

573 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:15:44 ID:YyEx8q220
彼に対する責任感は勿論ある。
多分彼は、責務で私が真実を訊きたいと望む状況を避けたいだろうけども。

彼は私の決定に異を唱える事は無いだろう。
優しい彼は、誰かに自分の意思を一方的に押し付けたりしない。

それくらいは、本音をひた隠しにしている彼の性格から、既に知っている。

大きなトラウマ。
幼い私が受けた理不尽な現実。
私が、幼いままで生きていたかった理由。

知ったとしても、選択は最後に待っているだろう。

今の私が全てを思い出して、その上で再び真実を虚構に埋めて生きていくことも、恐らくできるだろう。
今までそうして、生きてきたのだから。

574 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:17:00 ID:YyEx8q220
……。

…怖い。
私は今、とても恐れている。

アブサントの甘い匂いが、私の鮮明になりつつある意識を再び濁らせるように周囲に漂う。
幻覚作用と依存性のあるリキュール。

この匂いは、あいつの持ち物。

茫然とする脳で窓の外を見る。
あいつがいる。



筋骨降々とした成人男性の腕。
鬱々とした様子で煙草を吸う痩身の女。

筋張っていて逞しい両腕を持った、肋骨の浮き出た細い体の怪物。
向かいのベランダから、バツの悪そうな笑みを浮かべた下着姿の女性。
腕の持ち主。

恐ろしい。

怖い。

くるな、くるな。

575 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:17:51 ID:YyEx8q220
逃げるように、私はカクテルグラスを一気に呷る。
外の女が口角を下げ、悲壮な視線をこちらに向ける。

喉が焼ける感触。
胃に落ちてゆく、強烈な熱を帯びた液体。

意識が、たわむ。

私は、大人になんてなりたくない。
何も認めず、何も変わらず、幼いままで生きていたい。

あいつの腕が伸びてくる。

やめて、来ないで!

こちらにゆっくりと伸びてくる。

576 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:18:35 ID:YyEx8q220
ゆっくりと、ゆっくりと。
こちらの様子を伺うように、近づいてくる。

こないで!

助けて!

目を思い切り瞑って、耳を必死に両手で塞いで、奥歯を目一杯噛み締める。
強いアルコール臭が、鼻腔を貫いて脳髄を揺らす。

太く大きな腕が、私の頭を掴んでいた。

掴んでいると、思った。

大きな掌。
夢を見る前の日常で、私を強く抱きしめてくれていた大きな腕。
いつも場所を問わず、私が求めたらどんな場所でも現れてくれた、落ち着く感触。

仆盛デミタスの腕。

577 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:19:33 ID:YyEx8q220
筋骨隆々とした、逞しくて暖かい腕。
恐怖の対象だった腕の持ち主は、彼だった。
彼の腕が、私の頭を優しく包んでいた。

怖くて、でも安心して、そんな相反する気持ちが私の中で、十把一絡げに混ざってゆく。
どどめ色に掻き混ぜられて、葛藤を抱えた色。

窓の外を、勇気を振り紋って見やる。
逞しい腕のやせ細った女は、相変わらず向かいのベランダに佇んでいた。

でもその姿は、やっぱりどこか寂しそうで。
とても、申し訳なさそうな笑顔を浮かべていて。

さっきまでの恐怖心は疎らになっていた。

578 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:21:04 ID:YyEx8q220
彼の腕が、私の頭をゆっくりと撫でている。
黄色い机から、少しだけ身を乗り出して、いつもの素振りと慣れた手つきで撫でてくれている。

彼の手は、私の頭をすっぽりと掴めるくらいに大きい。
少し力を入れれば、私の頭はスイカみたいに砕けてしまうと思う。

でも、そんな恐れは微塵も感じなくて、泣き出してしまいそうなほどの儚い優しさが、直接手から伝わってくる。
儚くて希薄で、実像をしっかりと捉えないと消えてしまいそうなほどの、切ない存在感。

579 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:21:42 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「落ち、ついた?」

彼の声。
独特なイントネーション。
余裕が無くて、緊張や過度のストレスに晒され続けた時に曝け出す、心情の吐露。

彼から分けてもらった強かさのおかげで、少しだけ相手の様子を伺える余裕が生まれた。
彼がここまで狼狽えることは、滅多にない。

…私も、頑張らないと。
せめて今だけでも、前に進まないと。

大好きな彼と一緒にいたい。
いつもみたいに、もどかしくて一時的で不確実だけども、満たされていた日常に戻りたい。

( 、 *川「あり、がとう。いつも、いつも…」

580 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:22:41 ID:YyEx8q220
奥歯を噛んで、涙が溢れないように必死に堪える。
彼の本当の優しさに負けないように。

私は彼の腕を両手で摩る。
大きいから全部を包めなくて、蔦みたいに絡みつく格好になってしまうけども。
この方がきっと、安心できるだろうから。

('、`*川「私、本当のことを知りたい。
最初から全部、濁りの無い視点で過去を見たい」

彼の腕に若千の緊張が走る。
固唾を飲んで、答えに窮している様子が如実に伝わってくる。

その機微さえも愛おしくて、切ない。
こんこんと溢れる彼の感情が、私の空洞を埋めてゆく。

581 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:23:47 ID:YyEx8q220
お父さんと、目の前の良人が重なる。
彼を、いつもみたいに、抱きしめたい。

(´・_ゝ・`)「無枠なのはわかってるけど、その…本当に、いいの?」

('、`*川「お願い」

(´・_ゝ・`)「…分かった。
何が起きるか分からないから、しっかりと掴まっててね」

彼が立ち上がる。
私も同様に席を立つ。

行儀が悪いって怒られそうだけど、私達は隣り合わせで黄色いテーブルに腰掛けた。
バーテンダーの黒い影は、相変わらず無表情でこちらに顔を向けている。
影に表情なんて無いけども、何となく、困ってそうな雰囲気。

本音を言うと、まだ怖い。
これから先に待ち構えている真実を、目の当たりにすることが恐ろしい。
だってそれは、幼い頃の私が自分の心を騙してまで隠してきた内容だから。

無かった事にして、深く深く心の奥底に仕舞い込めて、徹底的に無視し続けてきた出来事だから。

そうしなければ生きてこれなかったほどに、重い真実なのだから。

582 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:24:38 ID:YyEx8q220
段々と思考が鮮明になってきている。
先ほどのアルコール臭も、呆然と夢の中を彷徨っているような浮遊感も、ぼやけた像も見当たらない。

薄暗くて湿度の高いバーの店内。
臂部に当たる冷たくて硬質な触覚。
飲食店に不釣合いな、和気藹々としたBGM。

そして隣には、希薄な存在感の仆盛デミタスがいる。

デミタスの存在感が、ここがただの夢で無いことを証明している。

以前にも増して、密度の上がった筋肉が非現実過ぎて、思わず吹ぎ出したくなる。
着ている白いシャツがパツパツに張っていて、見ていてちょっと面白い。
本当に、ボディビルダーみたいな体型。

583 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:25:34 ID:YyEx8q220
その存在感のおかげで、現実的で不気味な夢の世界を、楽観的に見ることができている。
現実で、散々毎日私を抱きしめてきた、彼の腕。

やっぱり希薄な雰囲気なんだけども、この一ヶ月間が嘘みたいに健康的になってる。
ただ表情だけは少し不健康で、目の下には深い隈ができていた。

私の脳は既に平常稼働しており、ここが例の夢の中であること、目の前の彼が夢の共有によりここに来たことを理解する。

最後に見た景色が、テーブルからこぼれ落ちていく味噌汁と、それを歯牙にもかけないで私を支える、彼の必死な表情であったことも。

584 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:26:31 ID:YyEx8q220
私が悪夢の世界にいること、デミタスの深い隈、そして彼がここにいることを考えると、心が締め付けられる。

でも。

でも…

その申し訳なさを凌駕するほどの恐怖心が、目の前に聳えている。
不随意に指が震え、奥歯がガチガチと音を鳴らすのが分かる。

ああ、本当に私は情けない。弱虫だ。

585 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:28:14 ID:YyEx8q220

一緒にテーブルに腰掛けながら、手をつないでいる。
彼の温度が伝わる。

筋肉の熱量から反比例して、冷たく安心する体温。

心の温かい人が、意思に反して行える特技だと思う。

怖くたって恐ろしくたって震えが止まらなくたって、隣にはデミタスがいる。

いつでも、どんな時でも、私を守り続けてくれた彼が居る。

あなたは"自分のために"なんて言ったけども、私はそうは思わないよ。

自分の健康も感情も蔑ろにしてまで私を支えてくれているあなたは、誰よりも私のことを想ってくれてるって、知ってるよ。

あなたの言葉に、あなたの振る舞いに、あなたの愛情に、何度救われてきたのか、私には分からない。
私のために、一体どれほどの犠牲を払い続けてきたのか、分からない。

私のことなんて捨ててくれればよかったのに。
自分のことすら十分に賄えず、浅い考えで迷惑を掛け続けてきた私のことなんて、嫌いになってくれれば良かったのに。

面倒臭いやつだって、愛が重いって、根本的に嫌いだって、そう言ってくれれば、どんなに楽だったことか。

私はあなたのことが、何よりも誰よりも大事だった。
表面的な言葉に見えるけども、大好きだった。
四六時中いつでも一緒にいたかった。あなたを独占したかった。

586 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:29:06 ID:YyEx8q220


あなたが私のいないところに行ってしまうことが、厭だった。

あなたが他人と話しているのを見るのが、厭だった。

それであなたが傷ついて、苦しみに喘いでいる雰囲気が、厭だった。

その怨嗟をお首にも出さずに、独りで苦しみ抜いている姿を見るのも、厭だった。



.

587 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:30:16 ID:YyEx8q220
見えなければ、聞こえなければ、認識しなければ、存在しないのと一緒だ。
私が彼から離れれば、意識できなくなれば、いなくなれば。

彼の苦しみを、私が認知できなくなればいい。

彼が私を嫌って何処かへ行ってしまう現実を、知らなければいい。

彼の嗚咽や哀哭を、私が聴けなければいい。

そうすれば、苦しむ彼を見て苦しむ必要は無くなる。
彼が自己を偽り続ける必要も無くなる。

誰も苦しまない。誰も痛くない。

否。

私は苦しまない。彼も苦しまない。

588 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:31:20 ID:YyEx8q220
たぶん私は、この夢を求めていたのだろう。
現実から逃避していると認識できないほどの現実感を伴った、夢の世界を。

真実を直視しないでも許される、喜怒哀楽を捨て去ることができる世界。
彼が、傷付かない現実を。

私はここを本心では甘受していた。
自我のある人間が存在しないここを。

私が現実に愛想を尽かしてしまえば、デミタスは本心から動けるようになるかもしれない。
私に対しての愛情という責務から、解かれるかもしれない。
多種多様な問題から、少しでも楽になれるかもしれない。

私を……嫌いに、なってくれるかもしれない。

589 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:32:20 ID:YyEx8q220
私はデミタスが好き。デミタスも私が好き。
でも彼は何かに苦しんでいる。彼はそれを表在させない。

笑顔の裏の傷の正体を誰にも見せない。
だから彼が本当は泣き咽いでいるのか喜びに満ちているのか、悲しみに押し潰されそうになっているのか、分からない。

感情の正体が誰にも分からない。
思考の根底が誰も理解できない。

自我を十把一絡げに縛り付け、本音を声の裏に深く忍ばせているのは分かる。
自らの自由を、徹底的に奪っていることは分かる。

だから私は、猫になることにした。
彼にとっての猫。

猫のように自由になって、彼を一時でも解き放てれば良いと思ったから。
彼が苦しむ姿を、見たくなかったから。

590 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:33:29 ID:YyEx8q220
彼と身体を重ねる時。
朝昼夕問わずに交わる時。
私は彼に猫のようなしなやかさで巻きついて、嬌声を耳元で呟いて、指をふやけるくらい舐め回した。

"にゃあ"と鳴いた。

鳴いて、鳴いて、彼の情欲を昂ぶらせてきた。
それが性欲故か、羨望故かは私には判断できない。

ただ、鳴いてからのデミタスは、獣のように私を求めてくる。常に、必ず。

彼は今、私の前で変わりつつある。
夢の中だからこそなのかもしれないが、今まで私に言わなかった本音を告げてくれる。
表面的な他愛もない会話であっても、どこか心が篭っているかのように感じた。
彼の変化が、皮肉にも私の逃亡先であらわになったのだ。

591 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:34:27 ID:YyEx8q220
何が彼を今のようにしたのか、私には分からない。

本音を直隠し、常に正常であること、常識的行動を心掛けること、倫理に則り行動すること。

デミタスの言動は、常に模倣的だったのだ。

その彼が、私の前で本音を曝け出してくれている。
それだけでも十分な理由になる。

デミタスは相変わらず、私の腕を優しく握ってくれている。
ひんやりとした優しい冷たさ。
じっとりと重苦しい空気の漂う店内には、ちょうどいい緩衝材。

どれくらいそうしていたのかは定かではない。
二人でテーブルに座ってから、決して短くない時間が経っていると思う。

592 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:35:19 ID:YyEx8q220
('、`*川「待っててくれて、ありがとうね。
…やっぱり、デミタスは鋭いね。私が決断したって言った時点で、まだ戸惑ってるのが分かってたんでしょ?
だからこうして、一人で考える時間をくれた」

(´・_ゝ・`)「……お酒を一気飲みした後だったから、ボーッとしてるんじゃないかと思っただけだよ」

('、`*川「私たち、やっぱり似てると思うわ」

(´・_ゝ・`)「くさいセリフだけど、愛し合ってるんだから、そりゃ少なからず似てる部分は多いんじゃないかな」

('、`*川「…まぁ、そうよね。でも、根本的な部分というか、思考の一部っていうのかな。
そういうところのことよ」

(´・_ゝ・`)「というと?」

593 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:37:36 ID:YyEx8q220
('、`*川「自分のために相手を望むところ」

(´・_ゝ・`)「言葉が少なくて、よく分からないよ」

('、`*川「なんていうか、利己心みたいな感情よ。
自分のために相手の笑顔を見たい、自分の心の安定のために相手からの愛情が欲しい。
そういう気持ちのことよ」

(´・_ゝ・`)「あぁ、そういう意味ね」

('、`*川「デミタスも私も、当たり前だけど、相手のことが好きだった。単純に愛していた。
だから相手のためにとことん気を遣って、大事にして、支えあってきた。
でもそうやって、自己の本心に薄い虚構を貼り付けることに慣れてしまって、相手のために自分が出来ることを考え尽くしてしまったの。
それで本心が迷子になってるの。

"好き"って感情が根っこにあるんだけど、二人で一緒にいると、どうしても食い違う部分が出てくるでしょう?
その些細な食い違いにすら、本心の言葉とは若干ニュアンスの異なる"不自然じゃない言葉"を言ってしまっている。
本心からズレていく表面に耐えられなくなって、私たちは自己を内省するようになった。
その結果、デミタスの答えとしての行動が、自身は正常であるという観念。
私のは現実逃避。
私が悪夢を見始めてから変化してゆくあなたを見て、離れることがあなたのためになると考えてしまった。

だから私は、ここで夢を見続けている。
悪夢を見続けることが、あなたのためになると思っていたから、ここにいた」

594 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:38:47 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「…なんか、凄いね。茶化すつもりはないんだけども、会話でそんなに長い論を展開出来るのって」

('、`*川「あら、さっきまであなたがしてたことと一諸じゃないの。
深層心理の渦中にいるんだから、ありのままの感情を口から出せるのよ」

(´・_ゝ・`)「……夢の中だと、心に浮かんだ言葉でさえも、筒抜けになるんだね。
ペニサスに隠すような疾しい感情、無いけども…これはこれで、少し恥ずかしいなぁ」

('、`*川「心の声なんて聞こえないよ。
デミタスのなりふりを見ていたら、"正常"って言葉が、一番的を射ていただけよ。
……でもね、これだけは言わせて欲しいの。
私は今、前に進みたいの。本心から変わりたいと思ってるの。
…デミタスと一緒に生きて行きたいと、心から思ってるの」

(´・_ゝ・`)「……」

595 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:40:23 ID:YyEx8q220
('、`*川「デミタスが私に本音で話すことを厭わなくなった様に、私も自分の利己心を認めたいの。
……私は自分勝手に相手のためになることを考えて、あなたの前から姿を消すことを選んでしまった。
一時凌ぎで解決に繋がらない、自分のためだけの逃避行を選んでいた。
でも、あなたは私の為を想い、己に課した"正常"の呪いと決別した。
それが自分の利己心故であることを認めて、自分の気持ちに決着を付けた。
だからこそ、ここに来ることができた。

私も、できることならもう逃げたくない。
この先にある真実を見定めて、それで決めたいの。
手伝って……くれる?」

(´・_ゝ・`)「僕なんかで良ければ、喜んで」

私の目を見て、彼は正真正銘の本音を短く言い放つ。

似合わない隈を浮かべた精悍な青年の表情。
私にとっては、幼い頃から見続けてきて、憧れ続けてきた円な瞳。

596 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:41:11 ID:YyEx8q220
巨漢で膂力滾る彼の掌が、私の双眸に蓋をする。
優しくゆっくりと、まるで死人にするかのように、静かに瞼を下ろしてゆく。

(´・_ゝ・`)「目をゆっくり瞑って、僕がいいって言うまで閉じててね。
……僕の手を、しっかりと握って、離さないで」

その言葉は、私に向けているのと同時に、彼自身にも向けられているかのように間こえた。

僕を離さないで、と。
いつまでも握り締めていて欲しいと、希求している声。
愛おしい響きだった。

597 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:42:07 ID:YyEx8q220
周囲が何かに包まれていくように、空気が変遷する。
先程までの生暖かい湿気が拭い去られ、どこからか涼しい風が吹いてきている。
微風が当たる感覚がくすぐったい。
改めて、彼の掌を力強く握り締める。

やっぱり、変化というものはどうしても不安だ。
私はまだ、大人になりきれていない。
それどころか、年相応の成熟さですら持ち合わせてない。

何事にも不安がいっぱいで、苦しさに塗れていて、沢山嘘を付いて生きてきた。
彼の支えがあるにも関わらず、不安定なままだ。

598 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:42:45 ID:YyEx8q220
足元が解れていく感覚。
先程までは爪先がバーの床に小突く硬い感触が伝わってきていたが、それが徐々に無くなっていた。

彼の言葉通りなら、この先には私が隠した過去の記憶が待ち構えているのだろう。
見ないふりをし続けてきた、本当の思い出を教えてくれるのだろう。

この夢の根源を形作っている、私の深層心理。

599 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:43:51 ID:YyEx8q220
恐怖の具現化とも言える、あの筋骨隆々とした腕に窶れた女の身体を持つ化物の正体。

双子の老婆はどうして双子なのか。
誰かに…私に似ているような気がするのは、何故か。
どうして私が幼い頃使っていた黄色いテーブルに座っているのか。

青緑色の扉は、どこかで見たことがあるかもしれない。
それがどこであるのか、私には皆目見当もつかない。

600 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:44:34 ID:YyEx8q220
あの豚の死体は、結局何なんだろう。
私の夢の中で、一番わけが分からない存在。
食欲を失うこと以外の感情を抱けない、腐った死体。

たぶんあれが、根底に一番近いような気がする。
無意識に、考えないようにしていたから。

私は過去を見に行く。
今度こそ、過去の自分と決着を付けるために。

601 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:45:52 ID:YyEx8q220


23.厭藤ペニサス


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602 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:50:06 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「もう目を開けても大丈夫」

体感時間で三分程度目を瞑っていたら、彼が唐突に声を掛けた。
促されて瞼を上げると、そこは穏やかな波の打ち付ける波止場だった。

一面に広がるのは水色の海。
空には立派な入道雲が漂っている。
周辺の海面は浅いらしく、白い砂の色が透き通って見渡せる。

その色彩に負けじと存在感を放っているのが、深い深い碧色の空。
今にも落ちてきそうなほどの、深い青。

打ち付ける波飛沫と海岸特有の潮風が心地良い。
いつの間にか、私とデミタスは服を着替えていた。

丈が短くて、生地の薄い白色のワンピース。
下着は付けているが、薄いリネン製のため透けて見えてしまう。

隣のデミタスは、白の半袖Tシャツにグレーの短パン。
かなり大きめな作りなのに、やっぱり筋肉で張っているのが可笑しくて、自然と口角が上がる。

周囲を見渡すと、あらゆるところに猫が居る。

603 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:51:08 ID:YyEx8q220
疎らに散らばっているものの、どこを見ても必ず視界に入るように猫が歩いている光景が、非現実さを呼び起こす。

体に当たる風の流れも、天から燦燦と降り注ぐ熱線も、銘々で撫で心地の違う猫の毛並みも、全てが現実的で、やっぱりここも例の夢の中なのだと確信する。

(´・_ゝ・`)「ここは僕の夢。
自由を謳歌する猫が闊歩する、開放感溢れる南国の島」

デミタスは淡々とした口調で語りかける。
私に、自分自身に、真実を刻み込むように言葉を紡ぐ。

604 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:52:07 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「僕の深層心理が生み出した世界。だから自由に溢れているんだろうね。
僕の心を、望みを写している鏡だから。
今の僕が出来上がった原因には、過去のある出来事が関わっている。
ペニサスも深く関わっていることだよ。
そして、その当事者で現在話せる状態にある人間が、ペニサスを除けば僕しかいない。

いや、ペニサスはその過去を封じ込めてきたんだから、多分僕以外に語れる人間はいないんだろう」

私の足元に一匹の猫が擦り寄ってくる。
灰色のトラ。
柔らかい毛並みが手のひらに優しくて、撫でても逃げる素振りを見せないことから、人懐っこい性格を感じさせる。

足が短いのか歩幅が小さく、とてとてと歩く姿が微笑ましい。
素肌の足に猫の温度が伝わってきて、正直言うと、ちょっと暑苦しい。

605 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:53:18 ID:YyEx8q220
('、`*川「今のデミタスになる原因に、私も関わっているのね」

(´・_ゝ・`)「関わっているというよりも、根本そのものになっていると言ったほうが正しい。
傷付けるつもりは無いし、そのことにペニサスが責任を感じる必要は無いよ。
僕が勝手にペニサスにとっての最良を考えて、誰に相談するでもなく独りで決めた結論だったんだから。
ペニサスは理由に過ぎない。安心して欲しい」

彼が私の手を取る。
静脈と筋肉の筋が浮き出ている、武骨で大きな腕。
その堅牢な見た目に反して、手の平からひんやりと伝わってくる、熱の無い体温。

606 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:54:41 ID:YyEx8q220
私たちの前を、一匹の猫が歩く。
先導するようにしてゆっくりと腹を揺らし、脂肪がたっぷり乗った身体を引きずるように。

短い黄色の毛並みの、巨大な猫又。
デミタスの腕と同じくらい太ましいが、猫の方は主成分が警肉だ。
昔読んだ漫画の主人公で、こんな猫がいたような気がする。

ふてぶてしい糸目と短い足。

だが意外にも、歩行速度は俊敏だった。

その猫が、私たちを島の中へ案内してくれる。

607 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:56:34 ID:YyEx8q220
(´・_ゝ・`)「最初から、ゆっくりと見ていこう。
時系列順に、ね」

デミタスが、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で囁く。
彼と猫又に導かれるまま、足を動かしてゆく。

('、`*川「…ここ、素敵な場所ね。
肌を焼くような太陽光も感じないし、潮風は穏やかで涼しいし、可愛らしい猫がたくさんいる。
ここも、私の九龍と同じように、現実に存在する場所なの?」

(´・_ゝ・`)「たぶん、あると思うよ。
ここまで南国の世界なのかは分からないけども、"猫島"っていう名前を、どこかで聞いたことがある」

('、`*川「夢から覚めたら、一緒に行きましょうよ。
ここ最近は色々と忙しくて、全く遠出してなかったじゃない?
たまには二人で旅行にでも行って、ゆっくりと郷愁を味わいたいわ」

(´・_ゝ・`)「確かに、そうだね。
思えば僕たち、あんまり遠出したこと、無かったね。
…折角の夏休みだし、起きたら二人で、この島に行く計画でも練ろうか」

たぶん以前のデミタスなら、ここにいる猫を嬲り殺しにしていたと思う。
彼の中での自由を象徴している生物だったから。
自分がなりたくてもなれない自由を存分に生きているのが猫だったから、嫉妬で殺していたんじゃないかと思う。

憧れの存在が自分よりも肉体的に弱者だとしたら、それに敵う程の強い感情でも無い限り、衝動を抑えられなかっただろう。

608 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:57:11 ID:YyEx8q220
私も、たぶん彼の中では猫と一緒だったのだろう。
嫉妬心を上回る感情が好意だと捉えるのは、余りにも虫が良すぎる解釈だ。

上回っていたのは、私に対する義務感と責任感だろう。

609 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:58:13 ID:YyEx8q220
街並みは廃れていた。

風鈴が風に揺れて、チリンチリンと涼しい音を奏でている、木造二階建ての宿舎。

潮風に長年晒されたのか、ペンキの剥がれかかっている、トタン屋根の平屋。

私の背よりもずっと高い石垣の上を、デミタスと同じ視点の高さで、猫が数匹歩いている。
時々彼も足を止めて、傍を歩く彼らの頭を撫でていた。

穏やかで静穏。
閑静な田舎風景がどこかノスタルジックで、心に優しい。

ずっとここにいたくなってしまう。

隣にいる彼の深層心理が見せる世界。
どんな場所よりも素敵な、彼の心の中が垣間見えた気がする。

610 ◆MSKEobRqzo:2020/06/17(水) 23:59:39 ID:YyEx8q220
少し歩くと、住宅街から離れたところに一軒の屋敷が見えてきた。
立派な門構えは近くで見ると苔に侵食されていて、かなり腐食が進んでいる。

中に聳える平屋も殆どの部屋が朽ち果てていて、客間として使われていた部屋以外は、畳の隙間から背の高い雑草が茂っていた。

私たちが猫に導かれたのは、その客間。
大きなソファーの前には、木製の褪せたテーブルとヒビの入った液晶テレビ。
天井が殆ど取り払われていて、青い空と白い雲が室内から見渡せる。

柔らかい陽光が、薄暗い室内を優しく照らしている。

私たち二人と黄色い猫又一匹がソファーに座る。
太った猫は脂肪が体毛の上からでも浮き出て見えて、だらしなく座っている姿に貫禄が出ている。

611 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:00:55 ID:BoYVctQs0
(´・_ゝ・`)「まずは、一番最初から見ていこうか」

そう言って、彼はボロボロのリモコンでテレビを付ける。

砂嵐。

幾つかチャンネルを切り替えると、そこには二人の男女が映し出されていた。

筋骨隆々とした、垂れ眉で精悍な顔立ちの男性と、芯の強そうな薄目の凛とした女性。

612 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:02:24 ID:BoYVctQs0





(;´・ω・`)「ええっと…ここをこうすれば、いいのかな?」

lw´- _-ノv |「ちょっと待って! …こっちを反対側に向けて引っ張るのよ。その間は空いてる手で背中を支えて……そうそう、上手上手! 良い感じじゃない!」

入道雲が見える一室で、若い男女が幼子のオムツを交換している。
男は何度も失敗しながら、不器用そうに手を動かしている。
画面越しでも、その必死さが伝わって来るほどの真剣な表情だ。

それを女性が手助けしている。
オムツがようやく安定したのか、幼子は落ち着きを取り戻していった。

セミの鳴き声に混ざって、徐々に小さな寝息が聞こえ始める。
それを確認してから、二人がおずおずと幼児の顔を覗き込む。

613 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:04:28 ID:BoYVctQs0
(´・ω・`)「……寝ちゃったね」

lw´- _-ノv |「普段はなかなか寝付かないのに、今日は珍しいわね。お父さんがいるからかしらねー」

(*´・ω・`)「そうだったら、うれしいなぁ」

そう言われて、男はにやけ顔になる。
まだ20代前半と思われる、柔和な表情をした男性。
その笑顔が、どことなく誰かさんを連想させる。

lw*´- _-ノv |「…いつ見ても可愛いんだけど、眠ってると、よく顔を見れるから良いわよね。
ほんとうに、可愛らしい。
鼻の形なんて、あなたそっくりよ。フフッ」

(*´・ω・`)「なんだか、久しぶりにゆっくり顔を見れた気がするよ。
見れば見るほど、僕らの子だね。
目元は君に似て、意志の強そうな形してる」

lw´- _-ノv |「んん〜? それは褒め言葉として、受け取っていいのよね?」

(;´・ω・`)「も、もも、もちろんだよ! 君に似て芯のある顔立ちだなぁって、思っただけさ!」

lw´- _-ノv |「ふぅん?」

614 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:05:30 ID:BoYVctQs0
男性がやや慌てた口調になって弁解し、それを聞いた女性が唇を尖らせる。
男性と比べると、ふた回りほど小さくて華奢な女性。
中学生と言われれば信じてしまいそうなくらいに幼い体駆と、力強い眼光の瞳が特徴的だ。

(*´・ω・`)「あ、その唇の形も似てる。カワイイ」

lw*´ _ ノv |「もう! 調子いいんだから⋯」

言われて彼女は赤面する。
どうやら満更でもないらしく、口角がだらしなく下がっている。

荒々しい口調に反して、彼女の幼い体型に相応しいあどけなさを感じさせる表情。

615 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:06:36 ID:BoYVctQs0
(*´・ω・`)「ははは。こういう午後は久しぶりだから、ついからかいたくなっちゃったのさ」

lw´- _-ノv |「全く………私の育休が終わったら、オムツ交換もお風呂もご飯も、しっかりやってもらうんだからね」

(´・ω・`)「そうだねぇ。今のうちから、しっかりできるように、ならなきゃねぇ」

lw´- _-ノv |「そりゃ私だって、出来る限り一緒にするわよ、育児は夫婦の営みですもの。
でもオムツ交換くらいは、一人で出来ても良いと思うわ」

男性は少しだけ真剣な表情になる。
翳りを浮かべた表情が不釣り合いで演技じみて見えるが、声色は真面目そのものだった。

616 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:08:09 ID:BoYVctQs0
(´ ω `)「………そうだよね。
うん、わかってるよ、わかっているとも。
頭では理解してるんだけども、なかなか手がついてこなくてさ。…僕も、しっかり頑張るよ」

言われた女性は、バツが悪そうな表情になる。
男性の真摯な言葉と表情が、彼女の良心を咎めたのだろう。

lw´- _-ノv |「あんまり落ち込まないでよね。そういうつもりで言ったんじゃないんだから。
…それに、わたしはあなたの努力家なところを、好きになったんですからね」

(*´・ω・`)「……」

lw*´- _-ノv |「…っさ! 私たちも、お昼ご飯の準備をしましょっ!」

617 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:09:44 ID:BoYVctQs0
女性の溌剌とした大きな声が反響する。
それを聞いて、赤子が不意に大声で泣きだした。

恐らく目を覚ましたのだろう、女性の声に劣らない大音量。
二人があたふたと、落ち着きなく動いている。
女性は赤子をおんぶして子守唄を歌い、男性はガラガラを両手に掲げて鳴らしている。

どこにでもある新婚夫婦の団欒。
数多くの苦労、負担、疲労等を上回る深い愛情と幸福が満ちた空間の映像。

私の心が自然と温まってゆくのが実感できる。
郷愁にも似ているが、もっと深い原始体験のような感情が湧いてくる。
家庭に対する帰属願望と憧憬だろうか。

618 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:10:42 ID:BoYVctQs0

唐突に画面が真っ暗になる。

隣を伺うと、デミタスがリモコンを弄っていた。
どうやら彼がチャンネルを変更したため、テレビが暗転したのだろう。

数秒の砂嵐。
その後に、画面に何かが映り始めた。

619 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:12:40 ID:BoYVctQs0





場所は、アパート郡に囲まれた遊具の少ない公園。
砂場とジャングルジムと滑り台。あとはお飾り程度の小さなブランコが設置されている。

まだ物心ついて間もない女の子と男の子が、一緒に砂遊びをしている。
それを遠巻きに眺めているのは、先ほどの男性と、彼によく似たガタイのいい男性。

よく観察してみると、先ほど子守していた男性は頬が少し痩けており、表層の筋肉が一回りほど落ちてしまったかのように縮んでいた。
隣のガタイのいい男性の方が、体格的には先ほどの人に近いような感じさえする。

620 ◆MSKEobRqzo:2020/06/18(木) 00:13:55 ID:BoYVctQs0
(*´・_・`)「ねーねー、これなーにー?」

男の子が向かいの、手が砂まみれになっている女の子に話しかける。
誰かに似て、存在感の希薄な男の子。

(・、・*川「これはねー、ねこさん!」

女の子は元気一杯に返事する。

(*´・_・`)「ねこさんなのー? だんごむしさんじゃないの一?」

(・、・*川「ねこさんなの! にゃんにゃん!
おっきくてぇー、ふわふわしててぇー、あったかいの!」

(*´・_・`)「そうなの一? でもこのねこさん、ちっちゃいよー。つめたいよー。
…あ! もしかして!」

(・、・*川「もしかしてー?」

(*´・_・`)「だんごさんだ! だんごさーん!」


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