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(゚、゚トソンたまねぎのようです
121
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:22:19 ID:jSXdpIt60
(-_-)「そういえば、今日は突然呼び付けてしまって申し訳ない。
ショッピングモールってやつは、どうも一人だと入り辛くてね」
(・∀ ・)「んっんー? その感覚はよく分かんないけども。
ヒッキーが呼べば、どこだろうが何してようが、いつでも駆けつけるさ」
そう言って、彼はニンマリと口角を吊り上げる。
どこからが本音で、どこからが虚言なのか見分けは付かないが、一枚岩で単純な脳味噌の持ち主でないからこそ、僕は彼と一緒にいる。
奥が深い人が近くにいると、その人物について思索することで、自身の本質を考察できるような気がする。
122
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:23:37 ID:jSXdpIt60
下卑た自己陶酔に浸りたいが為に彼に引っ付いているという訳ではない、と思いたい。
彼が僕を蔑ろにせず、ただそこに有りの儘の姿でいる事を許してくれているような気がするから、心が安らぐのだろうか。
僕の人間性に無闇に干渉せず、本質を掻き乱すような会話を振ってこないからだろうか。
ならば彼は、どうして僕と一緒にいるのだろう。
123
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:24:25 ID:jSXdpIt60
彼の隣に僕がいる理由が分からない。なぜ僕でなければいけないのか。
彼は整った外見で話も面白い人なのに、どうして僕を番に選んだのだろうか。
彼は僕と違ってバイセクシャルである為、恋愛対象は同性異性を問わない。
過去に何度か異性と付き合っていたエピソードも聞いているので、嘘ではないと思う。
124
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:25:08 ID:jSXdpIt60
外見は小太りで目つきが悪く低身長、話題を出すのも発展させるのも苦手な僕と、才色兼備な彼が並んで歩いている意味が分からない。
自分よりあからさまに劣っている人間が隣にいれば安心する部類の性格なのだろうか。
しかし彼を観察していると、隣にどんな人物がいたところで、その優劣はあからさまだろうと思う。
つまり隣にいる人間が僕でなくても、何の問題も無いはずだ。
だが、今はまだそれを尋ねるべきタイミングではないと頭の中で警鐘が響く。
この穏やかな雰囲気の中で、わざわざ核心を突くような質問をするべきでは無いと思考している。
125
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:27:04 ID:jSXdpIt60
僕が極端に消極的な性格だからだろうか。
波風立てるような行為に、関わることが出来ないからだろうか。
傍観者でいることは非常に生きやすい。
なぜなら自分自身が対象の中に入ることなく、外部から事の顛末を安全に見届けることができるからだ。
この行為には、一種の超越感のような、卓越感のような快楽が付き纏う。
自分が介入すること無く経過してゆく物を眺める行為は、ドラマや映画を見ている感覚に近い。
だから僕は小説が好きだ。
本は好きな時に好きな部分だけ抜き出して、眺めることが出来る。
それが第三者や部外者の特権かのように、話に関与せずとも本の世界を牛耳ることが出来る。
ある種の支配欲を満たすことが出来る。
もしかしたら僕は、自分よりも優秀な人物を手篭めにできるという優越感を味わうために彼と一緒にいるのではないか。
彼に劣等感を抱いていて、その嫉妬心の矛先を支配欲に委ねているのだろうか。
だから急に呼びつけたり、自分勝手に動かそうとするのだろうか。
126
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:28:00 ID:jSXdpIt60
本当の理由は矮小な嫉妬心の現れで、彼と一緒に過ごす理由なんかその程度なのかもしれない。
少し考え、胸が苦しくなる。
吐き気が食道を登ってくる感覚を押さえつけて、彼の次の言葉を待つことにした。
(・∀ ・)「それにしても白昼夢ねー、最近寝不足とか?」
会話が夢のことに戻った。
…彼は何故こうも都合良く、僕がその時尋ねて欲しい話題を的確に当てることができるのだろうか。
相手がその時に掛けて欲しい言葉を、見つけることが得意なのだろうか。
察しが良すぎる彼に対して、自分が見透かされているような感覚が頭を過ぎる。
127
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:28:45 ID:jSXdpIt60
(-_-)「いや、寧ろ夜はぐっすり眠れすぎているぐらいだよ。
ただ、真昼間に白昼夢を見るのは本当に久しぶりだった。
ほんの一刹那の夢だったから白昼夢って言ってるけど、体感時間は一生にも及ぶような感覚だった。
だからこそ、茫然としてしまったんだけれども」
先程垣間見た夢の一端が思い起こされる。それと同時に、妙な高揚感を覚えた。
このまま興奮に身を任せて話してしまおうか。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
128
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:29:25 ID:jSXdpIt60
子供の頃、夢は他人に話すと正夢にならないとよく親に言われた。
子供心に根拠もなくそれを信じ続け、悪夢を見たときは友人や両親に必ず相談していた事を思い出す。
ここで全てを話してしまうと、何か今後起こりうる大きな期待を消してしまうのではないか。
人生から一つ、楽しみが消えてしまうのではないか。
そんなありもしない心配を少しだけ考えて、判断を彼に委ねる事にした。
彼の決定に従おう。
129
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:30:11 ID:jSXdpIt60
(-_-)「聴きたい?」
(・∀ ・)「ん〜……いや、やっぱいいや」
その言葉に少しだけ消沈して、少しだけ安心している自分がいた。
正直に言えば、夢のまま終わろうが正夢になろうがどちらでもよかった。
それに、『どこまでも無限に続く図書館で雨に充てられる夢を見た。そこには僕の元カノの韶実くるうがいて、二人きりだった』とはどうにも言いにくい。
『無限に続く図書館』なんて在り来たりだし、恋人を差し置いて元カノと二人きりでいる状況を伝えたら、怒られそうだと思ったからだ。
130
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:30:59 ID:jSXdpIt60
それにしても、どうして彼女があそこにいたのだろう。
(・∀ ・)「夢って言えばさ、最近妙な事件が立て続けに起こってるらしいぜ」
(-_-)「あー、最近ネットで話題になってるやつのこと?」
(・∀ ・)「なんだ、やっぱ知ってんのか」
(-_-)「あの『傷が付く』って話だろ。
夢で死亡した人物が現実だと全く関係の無い死に方をするって方は、相関性が無さすぎるから、あまり信じてないけども」
131
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:31:53 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「そーそー、その事件。
確かに死亡例に関しては未確認情報が多すぎっから、よくわかんねーけど」
(-_-)「その事件がどうかしたの?」
(・∀ ・)「いや確証は無いんだけどさ、ムトウがそれに近い夢を見たっぽいんだよねぇ…」
ムトウ。
彼の同級生である、高校生の女の子。
真面目という単語を擬人化したかのような少女。
そういえば彼女のアパートはくるうと同じだっけ。
ムトウ、という単語だけならよく耳にする苗字の一つだと思う(武藤のように)。
しかし僕とまたんきとの会話の中で自然と出てくる共通人物は、六十トソン1人であった。
132
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:32:57 ID:jSXdpIt60
(-_-)「彼女も傷を負ったのか?」
(・∀ ・)「いんや、そこまで踏み込んでいるわけでもないんだけどさ…。
事件の当事者たちが夢についてなんて言ってたか、覚えてるか?」
(-_-)「夢の中なのに、現実に起きているかのようなリアリティーがあった、ってやつ?」
(・∀ ・)「そうそれ。
あいつが昨日見た夢も、めちゃくちゃリアルだったらしいんだわ」
身近な人物が奇妙な事件の渦中にある可能性を聞くと、どうにも心配になる。
(・∀ ・)「いっそのことさ、俺らもその夢とやらを見てみない?」
(-_-)「は?」
133
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:33:55 ID:jSXdpIt60
こいつはいきなり何を言い出すのだろうか。
さっきまでの不穏さは一度掻き消えて、思わず間の抜けた、ある意味不躾にも取れる返事をしてしまった。
(;-_-)「えーっと……どういう意味?」
(・∀ ・)「平たく言うと、お泊まり会」
(;-_-)「…ん?」
(・∀ ・*)「ほらよく言うじゃん、家族や親友同士が同じタイミングで同じ夢を見たって話し。
同床同夢?
よく分かんないけども、心身共に近い者同士なら夢も繋がりやすいんじゃね? って思ってさ」
134
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:35:03 ID:jSXdpIt60
彼の話振りからして、その方法に明確な根拠があるわけでは無さそうだ。
事件の調査をしたいのではなく、夏休みということもあって、単純に遊びたいだけなのだろうと推測する。
やや興奮気味に捲し立てている姿や少し紅潮した顔色から、そう考えるのは自然なことだった。
年齢的にも、長期的な休暇が無い場合、友人同士で夜遅くまで遊ぶのは難しい。
しかし今日から夏休みに入ったのだ。夜遊びがしたい気持ちも分からなくない。
ここは年上として厳粛な態度を示すべきか。もしくは彼の本音を汲み取るべきか。
135
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:36:03 ID:jSXdpIt60
(-_-)「…まぁ、確かに。
僕らも一緒に寝てる時は、似たような夢を見ることがあったし、経験に則るなら、やってみる価値くらいはあるんじゃないかな」
そう言うと彼はより一層目を輝かせて、
(・∀ ・*)「だろだろ?!
みんな夏休みなんだし、時間はたーっぷりあるんだから、やってみようぜ!」
まだ幼さの残る顔を喜びの色一色に染め上げて、彼は高らかに宣言した。
136
:
名無しさん
:2020/06/15(月) 14:27:24 ID:5/FQi97M0
面白い
137
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 20:55:18 ID:OPnpsTiE0
めっちゃ嬉しいありがとうございます!
22時頃から投下します
138
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:04:03 ID:jSXdpIt60
8.韶実くるう
.
139
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:05:12 ID:jSXdpIt60
地上10階建、窓から見える景色は一面のビル群。
空に大きな入道雲と細長く筆を這わせたかのように掠れていく飛行機雲、それらを支えている瑠璃色の空は、今の季節が夏であることを象徴している。
忙しなく歩き回る若い女の子のウェイターはアルバイトだろうか。
薄茶に染められた髪の毛は後頭部で一つに纏められ、曲線を描くように垂れている。
140
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:05:49 ID:jSXdpIt60
奥の喫煙席の方向から、必要以上に甘ったるい匂いと灰色の煙が空調に乗ってここまで漂ってくる。
これじゃせっかくの昼食が台無しだ。
目の前に座る長い黒髪を後頭部のやや高い位置で垂らした彼女は、そんなことを意に介さず、シーザーサラダを丁寧にフォークで食べている。
141
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:06:38 ID:jSXdpIt60
切れ長で、目尻のやや吊り上がった奥二重。
大きな黒目を携えている彼女の瞳は、所謂猫目と言われている。
角膜の奥から覗く瞳孔は縦に長く、円錐状の瞳からは意外にも淡白な色が溢れている。
大きな瞳に反比例するかのように小振りで小さな上向きの鼻、薄い唇に自然と引き上がった口角は、年齢に似合わない艶やかさを放つ。
そんな大人っぽさと子供らしさの中間にいる女子高生と、私は都内サイゼリヤにて昼食を摂っている。
142
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:07:42 ID:jSXdpIt60
つい先程まで私は炎天下の下、太陽光がコンクリートと皮膚を焦がす臭いを鼻腔に通しながら、路上にてコスプレイベントに参加していた。
コスプレと言っても、私が模していたキャラクターは覆面だ。
過剰なメイクもする必要が無く、流れる汗を気遣う理由も無かった。
ただ、殺到してくるメガネを掛けて首から巨大な一眼レフを構えたカメラマン達の熱気が袋に湿気を篭らせたため、熱中症で倒れる前に逃げ出したのだ。
尤も、カメラマンが寄って集っていた人物は私ではなかったのだが。
143
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:08:27 ID:jSXdpIt60
狭苦しいエレベーターから解放され、天井の空調から流れ出す冷気に癒されていると、店内に見知った人物を発見した。
それが今、目の前で丁寧にサラダを食している可愛らしい彼女。
六十トソン。アパートのお隣さん。
144
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:10:14 ID:jSXdpIt60
一人でファミレスにいる経緯を訊くに、どうやら彼女はつい先刻まで而木またんきと落ち合っていたらしい。
夏休み故の道楽だろう。時間が許す限り、人間には行動の自由が保障されている。
高校一年生の彼らが、入学以来初めての長期休暇に心躍らせる気持ちも、分からなく無い。
彼女から話を訊くに、またんきから変わった夢についての調査を持ちかけられたとのこと。
聞く限りだと、俄然楽しそうな内容だった。
しかも、ヒッキーまで関わってくる可能性があるという。
145
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:11:07 ID:jSXdpIt60
出来ることなら積極的に首を突っ込みたい。
どうしようもなく行き詰まってしまった人生から、一瞬でも逃れられる手段に飛びつきたい。
彼女から事件のあらましを拝見していると、先程の可愛らしい茶髪のウェイターが、ホットコーヒーを丁寧にテーブルへ置いてくれた。
今日の気分はミルク有り、砂糖無し。
甘ったるいのは煙草の副流煙だけで十分だ。
146
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:12:17 ID:jSXdpIt60
ミルクをティースプーンで満遍なく混ぜ合わせ、安っぽくはあるが淹れたての、程よく酸味の残る芳醇な香りを鼻腔に通し、いざ口に付けようとしたタイミングで携帯電話にメッセージが届いた。
店内は話し声、足音、咀嚼音などで既に喧しかった故、携帯の放つ騒音に反応する者はいない。
それでも少しだけ、恥ずかしかったが。
それにしても音が二種類、ほぼ同じタイミングに鳴るとは珍しい。
そう思い、彼女の様子を伺うと視線が合った。
私にメッセージが届いたタイミングとほぼ同時に、彼女にもメッセージが届いたらしかった。
147
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:13:27 ID:jSXdpIt60
少しはにかんでからコーヒーを皿に戻し、携帯の画面を見る。
メッセージかと思っていたが、どうやら着信らしい。
バイブ音が携帯から絶え間なく響いている。
彼女も同じ様子だった。
画面を見る。見覚えのある番号。
缺ヒッキー。
148
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:14:27 ID:jSXdpIt60
名前を見て、胸の虚が再び痛み出す。
彼から離れてから、蟠り続けている小さな痛み。
意外な人物。今日は珍しいことが重なる日だ。
彼女に目配せしてから電話に出る。
川 ゚ 々゚)「もしもーし、ヒッキー?」
興奮を悟られぬように抑揚を加え話しかける。
抑えたところで、彼にはバレてしまいそうではあるのだが。
(-_-)「あーうん、久しぶり。
今は電話大丈夫?」
彼が私に昼間から電話をしてくるなんて、高校以来ではなかろうか。
149
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:15:33 ID:jSXdpIt60
明るい時間帯は殆どがメッセージでのやり取りしかしていなかったので、どことなく違和感がある。
…いや、メッセージのやりとりですら、最近はご無沙汰だった。
川 ゚ 々゚)「多分大丈夫ー…かな? 煩わしいファミレスの中だから、電話で話してても問題無いと思うよー」
(-_-)「ファミレスにいるのか? 珍しいな」
確かに。我ながらそう思う。
幸い一人ではないが、そもそも私はあまり外食をしない。単純に金銭が勿体無いと思っているからだ。
150
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:16:58 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「我ながら変なことしてる自覚はあるよー。
でも、今日はひとりじゃなくて、トソンちゃんも一緒」
(-_-)「トソンさんもそこにいるのか?」
川 ゚ 々゚)「いるよー。彼女もどうやら通話中らしいけどね。
ていうか何? どうしたの?
ヒッキーが理由もなく電話してくるなんて、珍しいじゃん」
(-_-)「あー……そうだな、うん。
一応確認なんだけども、トソンさんから夢の事件について、またんきと話してたってことは聞いてる?」
151
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:18:20 ID:jSXdpIt60
先刻の、トソンとまたんきが話していたという内容だろうか。
しかし、ヒッキーも夢の件についてトソンが関わっているということを知っていたのか。
話し方から察するに、ヒッキーはトソンとまたんきが、件の噂話について情報共有していた事を知っているように感じる。
つまり既にヒッキーはまたんきとコンタクトを取っており、ヒッキー自身も、夢の噂の調査に関わるつもりなのだということだろうか。
ついでに言えば開口一番そのことについて尋ねているのだから、私にそのことについて、何か伝えようとしているのだろう。
もし仮にそうだとすると、事は私の思い通りに進んでいることになる。
152
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:19:04 ID:jSXdpIt60
ズキズキ。
無関心を決め込んでいた胸痛が再燃する。
痛い。
153
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:20:36 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「今さっきあらましを聞いたとこだよー。
なになにー? ヒッキーもこの噂話に首突っ込もうとしてんのー?」
(-_-)「…頭の回転が早くて助かる。
僕もついさっき、またんきから聞いたばかりなんどけどもな。トソンさんが当事者である可能性があるし、僕個人としても気になってた事件だったからね。
…今日は、お前を誘うつもりで電話をかけたんだ」
予想が的中し鼓動が早まる。
脳内でアドレナリンが大量に分泌され、四肢から指の末端にかけて小刻みに震えているのを実感する。
今はその興奮を言葉に出さぬように必死に堪える。
他人が大勢いる中で、昂っている自分を見られる事はとても屈辱的だ。
154
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:21:25 ID:jSXdpIt60
他人の視線が恐ろしいからではない。
不特定多数の他人に、一方的に自分が貶められるのが我慢ならないのだ。
深呼吸。
深く息を吸い、時間を掛けて吐く。
一時的に心を落ち着かせ、今は彼との会話に専念する。
155
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:22:34 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「ヒッキーのそーゆーとこ、本当に大好きよ。
面白そうな話を持って来てくれるのはさ、私にとっては、掛け替えの無いことだからねー。
…でもさ、他人の夢の調査って、具体的にどうするつもりなの?」
(-_-)「あー、うん。またんきの提案なんだけどもさ、その……」
彼にしては珍しく言い淀んでいる。
あのまたんきの提案なら、恐らく確固たる根拠には乏しい作戦なのだろう。
他人思いのヒッキーの事だから、彼氏の気持ちを無下にしないためにも、その提案を採用したのだろう。
156
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:24:56 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「おー? 言い淀むなんて珍しいじゃん。
そんなに言いづらい内容なのー? 勿体ぶらないで、素直に吐いちゃいなよ。
どんなに滑稽な提案でも、蔑ろになんてしないから」
(-_-)「あーうん、わかった…ありがとな。
またんきの立てた作戦は、この件に関わりたい人達が同じ屋根の下に集まり、心身共に近い環境にいれば夢の共有が図れるんじゃないか、っていう内容だ。
平たく言えばお泊まり会だな。どうする?」
川* ゚ 々゚)「やる!!」
つい大きな声を出してしまった。私らしくない。
作戦に対しての率直な感想として、同じ屋根の下一緒に睡眠を摂った所で、夢が共有できるとは考え辛いと思う。
今までの人生で、色々な人と同じベッドで眠ってきた経験があるが、私は彼らと同じ夢を見たことが無かったからだ。
157
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:25:43 ID:jSXdpIt60
しかし、それでも。
忘れていた彼との距離感を、思い出させることができるのではないか?
穢に塗れた私なんかには烏滸がましい考え方だが、もしかしたら、彼の罪悪感を拭えるのではないか?
私が植え付けてしまった罪の意識を、捨て去ることができるのではないか。
そう思ってしまった。
158
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:27:05 ID:jSXdpIt60
彼を救い出せるのなら、私は喜んでこの身を供物として捧げよう。
今度こそ、彼を謂れのない悔悟の海から引き上げてみせよう。
そう決意した。
だから私は、この提案に参加すると決めた。
それに、虚の秘密も理解できるかもしれない。
唯一自分が理解できなかった行動の理由が、再考できるかもしれない。
159
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:28:22 ID:jSXdpIt60
その後、彼は私に計画についての詳細や参加者、予定している日程等を教えてくれた。
後程、文面でも送ると彼は言っていた。
まるで企業の説明会用に送信される自動メールのようだと感じたが、彼なりの不器用な優しさの表れなのだろうと思うと、自然と心が締め付けられる。
私の夏休みの予定は、期待と不安に胸踊る物と様変わりしたが、果たしてこれで良かったのだろうか。
来年には就職試験を控えている私は、今この瞬間を将来の為にではなく、得る物のない夢の世界へ現を抜かしてしまって良いのだろうか。
160
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:29:29 ID:jSXdpIt60
いや、得られる可能性はある。
今度こそ、私は手に入れてみせる。
痛みの原因を突き止めてみせる。
しかし、今までずっと現実に行動を起こせなかった私が、現世に何をするでもなく隠世に逃亡する姿は極めて滑稽で皮肉的で、ある意味目の前に映る青い空よりリアリティーのある光景だと思えた。
淹れたてのコーヒーは、もうすっかり冷めてしまっていた。
161
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:30:31 ID:jSXdpIt60
9.六十トソン
.
162
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:32:03 ID:jSXdpIt60
都心のサイゼリヤにて、現在は7月24日金曜日、午後13時23分。
約二時間前に別れたばかりの人物から繋がった電話を切り、くるうさんに、唐突に携帯で話し始めてしまった事を謝罪してから現状を整理する。
事件の調査に、いつの間にか私が組み込まれている事を今更追及しても仕方無いだろうと思う。
それに恐らくまたんきの中では、事の発端は私ということになっているのだろう。
事実、私は彼に「面白いことを教えて欲しい」と頼んでしまったため、それを良くも悪くも果たしてくれた彼を糾弾する気にはなれなかった。
163
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:33:03 ID:jSXdpIt60
それに現実問題として、私はこの事件の当事者である疑いがある。
彼の言葉をそのまま真に受けたわけではないにしても、自分の頭の中で疑問点が多々残っていることは否めない。
出来ることなら、この悩みの種を解消してしまいたい。
芽が出ないうちに摘み取ってしまいたい。
そんな逸る気持ちが、私の中には確かに存在していた。
くるうさんにはヒッキーさんから連絡が来ていたらしい。彼とくるうさんとの通話内容は、私とまたんきが話していたものと大差ない。
164
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:34:13 ID:jSXdpIt60
情報共有をしている最中、再び彼女の携帯が振動する。
少し震えてからすぐ止まってしまったので、着信では無くメッセージが届いたのだろう。
彼女が画面を確認してから、私にもその内容を見せてくれた。
ヒッキーさんから届いたものだった。
今回の計画についての情報が、細かく記載されている。
165
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:36:26 ID:jSXdpIt60
(-_-)『明日7月25日(土)午後22時に、閨駅東口を出てすぐの高架下にある、喫茶店「貘」に待ち合わせよう。
準備するものは特に無い。最低限寝泊まりに不自由しない物を持ってきてくれ。
服装も、安眠出来るものなら何でも構わない。
友人の、仆盛 デミタス(フモリ デミタス)君の家を貸して貰えることになった。
くるうにとっては初対面の人物だが、彼も悪い奴じゃ無いから安心して欲しい。
部屋も複数あるから、全員同じ場所で眠るという心配もしなくて大丈夫だ』
『ただデミタス君から、自分と彼女の厭藤 ペニサス(イトウ ペニサス)も加わりたい旨を伝えられている。
どうしても参加したいという訳ではないのだが、彼も厭藤氏から最近妙な夢を見ると相談されているらしく、その解決の糸口が掴めるのかもしれないから話を聴きたいらしい。
判断は2人に委ねる。喫茶店に彼らカップルも来るから、その時にでも決めてくれ』
166
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:37:42 ID:jSXdpIt60
最近全く会っていなかったが、彼らしい文面だった。
彼が書いているのだから、当たり前のことなのだが。
書かれている内容の多さから、相変わらず真面目な性質なのだと実感する。生き辛そうなくらい丁寧で生真面目な性格は、どうやら健在の様子だ。
少し失礼な表現ではあるが、彼は少し生きづらいくらいがちょうど良いと思っている自分が居る。
彼の目を思い出すと、私は彼を断罪したい気持ちになってしまうのだ。
167
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:39:24 ID:jSXdpIt60
ヒッキー氏の第一印象は、典型的な理系オタクと言えば想像しやすいだろうか。
身長は私より少し高いくらいで、成人男性の平均的な体格から、かなり逸脱しているように感じる肉付きだった。
脂肪のどっぷりと滾る全身と脂ぎった髪の毛が汚らしく、見る人に嫌悪感を催す外見をしていた。
感情の篭ってなさそうな垂れ眉、小さく真っ黒な一重瞼。
唇は分厚く、鼻が顔のパーツの中で最も大きい。
168
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:40:47 ID:jSXdpIt60
そして、眺め続けていると吸い込まれてしまいそうなくらい、生気の無い眼窩。
深く澱んだ瞳の奥には、形容し難い闇のような仄暗さを孕んでいた。
その瞳が、まるで彼の人生を語っているかのようで、私は酷く怖気づいてしまったのだ。
今思い出しても寒気がする。
誤解の無いように断っておくが、私は別に外見至上主義ではない。
太っていようが痩せていようが、清潔だろうが不潔だろうが、気が合うのなら外見にあまり頓着しない。
ただ、彼の場合は少しイレギュラーだった。
汚らしい外見や肥えた体型よりも、その瞳が怖かったのだ。
169
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:41:38 ID:jSXdpIt60
性格自体は他人思いで、たぶん心根の優しい人なのだろう。
言動や行動、物腰も非常に丁寧で、ある意味面白味に欠けるところがあった。
言葉使いも単語の選び方も、相手を傷付けないように細心の注意を払っているかのようで、慇懃無礼とすら感じてしまう。
彼の振る舞いは、敢えて他人を遠ざけているかのように見えるのだ。
まるで、自分自身を裁いているかのように。
170
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:42:40 ID:jSXdpIt60
会話は見た目に反して理知的で、私の知らない知識を広く持っている。
年齢的に4、5歳上だということも起因しているのだろう。
そういった表面的な性格に関してだけ言うのなら、寧ろ好感が持てる人物だ。
ただ、第一印象に残っている彼の黝い瞳が、彼の真意が何処にあるのかを、分からなくさせていた。
第一印象というものは、人間社会に於いて極めて重要な意味を持っていると私は思う。
相手がどんなに誠実で嘘偽りなく、純粋で崇高な精神の持ち主だとしても、外見が伴っていないのであれば無意味とさえ思っている。
171
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:44:08 ID:jSXdpIt60
外国の企業などでは、太っているか痩せているか、そういった部分を選考にして人材を選んでいると聞いたことがある。
勿論これについては、どこの国もあまり変わらないだろう。
公にしているのか、或いは隠匿しているのかといった程度の差異しかない。
そういった身体的な差別は全く無いと謳っている企業の方が、寧ろ質が悪いと言えるのではなかろうか。
外見で判断されてしまった人々からしてみれば、理不尽極まりないことだろうと思う。
彼ら自身がどのようなことを考え思索しているのか、どういった能力や人間性を育んで生きてきたのか、そういった内面性を上面だけで決めつけられてしまうのだから。
172
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:45:29 ID:jSXdpIt60
骨格的に左右非対称な構造を生まれつき持っている人物や、胎児のある時点で染色体に異常を来たし奇形として生を受けた人物など、異常が公認されている人々なら、まだ救いがあるのでは無いだろうか。
生まれ持った己の個性が障害であると認定されてしまえば、その人物はある一定の社会的地位を獲得できるのだから。
公的に認められた差別は、区別だから。
失礼極まりない思考だ。
世の中には突き詰めて考えると、外見の良い人間と悪い人間の二種類に大別できるとだろう。
これは外見的な評価に則っての判別だ。
表面的にいかに上手く取り繕うことができるか。
いかにして、相手に好印象を与えられるか。
173
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:46:48 ID:jSXdpIt60
人の外見は、誰かに見られることで意味を得ているのでは無いだろうかとさえ思う。
そうでなければ、私も毎日わざわざ化粧をしないだろう。
…慣れない化粧で取り繕ったところで、私の印象はそんなに大きく変化するのだろうか。
外見なんて、根本的には大して重要じゃないと私は思っているが、その一方で内面が外見に全く影響していないとは思っていない。
人は非言語的な情報を元に、対象の90%を判断している。
残りの10%を埋めるのは、ほんの些少な言語的コミュニケーションだけだ。
174
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:48:15 ID:jSXdpIt60
私は確かに、ヒッキーさんの事は少し苦手なところがある。
具体的には、底の知れない生気の無い瞳。
その瞳が、己に咎を課しているように見えるのだ。
しかし、それを覆すほどに人間性には好感を持っている。
たまに彼の真意が何処にあるのか捕らえられなくなるが、そんなことは誰にでも当てはまる普遍的な事実だ。
そして私が求めている人間とは、そんな仄暗さと暗闇を抱えた、一枚岩では済まないような人々ではなかっただろうか。
私の様な凡人が、下手に手を出してはいけないような人物ではなかっただろうか。
心の中で最初の無礼な思考を謝罪して、目前の見目麗しい女性に視点を戻す。
175
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:49:12 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「明日の夜かー………。まーたぶん、何とかなるでしょ。
トソンちゃんはどうなの? ていうかー、年頃の女の子がむさい男共と寝泊まりなんて、よく了承できたよね」
全く持ってその通りだった。
普段の私なら、異性と同じ屋根の下、寝食を共にするなんてことは、許容できなかっただろう。
それが同性愛者であっても同様。彼氏がいようと彼女がいようと、是認できなかったはずだ。
ならばなぜ、私も参加したのか。
彼らの提案を容認出来たのか。
それは最初に言ったように、私が事の発端だからだ。
176
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:50:19 ID:jSXdpIt60
私の発言や夢のせいで、彼らがやる気を出してしまったことへの義理もあるだろう。
しかしそれ以上に、私は早急にこの件に決着をつけてしまいたかった。
自分は大丈夫、第三者で居られるという確証が欲しかったのだ。
またんきと話していた時の会話内容が、まざまざと脳裏に思い起こされる。
夢の噂話だ。
『夢の中で付いた傷が現実でも、ってんなら死ぬとどうなるか?
…これが不思議なもんでな、「自然死」するって言われてんだ』
.
177
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:51:43 ID:jSXdpIt60
死。
いつか私にも訪れる、確実な絶望。
いつかのはずだったのに、その恐怖が間近に迫っているという真実が私に焼き付いている。
私はまた16歳で、これからの人生に何があるのかすら分からないまま、どこの誰とも知らない人物に殺されてしまう。
自死を選ぶならまだしも、他人に引導を渡されるつもりは微塵も無い。
それが恐らく最大の理由。
理由と言うにはあまりに貧弱な、ただの形骸化した動機付けに過ぎないのだが。
178
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:52:26 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「ええ、まぁ……。一応、己の命が掛かってますからね。
明日の夜でしたら、幸い予定は空いています。
一人暮らしですし、誰に咎められることもありません」
川 ゚ 々゚)「ふーん、自分の命ねー。
ま、私も問題ないしー、なんか楽しそうだから行くけどもね。
いやー友達とお泊まり会なんて、高校生以来でワクワクしちゃうなー」
(゚、゚トソン「相変わらずくるうさんはぶれませんね。楽しそうでなによりです」
179
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:53:29 ID:jSXdpIt60
この人の中では、自分が当事者か否かは取るに足らない、どうでもいいことなのだろう。
自分の興味が赴くものであるのなら、関与せずにはいられない性質にも見える。
表情や話振りにはおくびにも出さないが、醸し出される雰囲気から、彼女が嬉々としていることはそれとなく伝わってくる。
現実に悪影響を及ぼす夢なんて、危険極まりない厄介な存在なのに。
自分の生命が、身体が、抗いようのない脅威に晒されるかもしれないのに。
或いは、自身の身に危険が伴うことも厭わない程に、関与を迫られるような複雑な事情でもあるのだろうか。
180
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:54:33 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「まーねー。
あーあとさ、トソンちゃんはこの二人の名前に、聞き覚えあったりする?」
彼女の言う"この二人"とは、文面に記載されている仆盛氏と厭藤氏のことだろうか。
(゚、゚トソン「ええ、一応名前は聞いた事はあります。
デミタスさんは、私やまたんきが通っている高校の先輩です。
私は殆ど交流の無い方ですが、またんきからは優しい人だと伺っています。
…ペニサスさんとは、会ったことはありませんね。
彼女がいるというのも、初耳でした」
181
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:55:29 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「優しい人かー……。
ま、そんな警戒しなくても良さそうだしー、安心した。ありがとねー」
彼女のこういう部分には、純粋に憧れる部分がある。
真偽のほどは定かではないにしても、他人を警戒していないと発言できる強かさのことだ。
私には嘘でも真似できない。
恐らく私は、他人という存在に対して必要以上の警戒心を持っていると思う。
具体的なトラウマがあるわけではない。
純粋に怖いだけだ。知らないということが無性に恐ろしい。
182
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:56:40 ID:jSXdpIt60
相手を知りたい欲求も無論ある。
しかし、積極的に他人と交流し親交を深めてゆく過程が億劫だとも思っている。
というより単純に、その行為が面倒なのだ。
しかしその過程を無視してしまうと、自分の中で相手は、相変わらず未知な存在として確立してしまう。
それゆえ私は他人と関わる際、面倒だという感情を排斥してでも他者理解に努め、自分が納得できる段階まで交流を図るようにしている。
だから彼女が未知の他人をあっさりと信用できることに、私は必要以上に意識を向けてしまっている。
憧れているとも言える。
自分が難儀している行為を、当たり前に行える人への憧憬。
183
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:57:50 ID:jSXdpIt60
その一方で、彼女の性格を危うくも感じている。
私よりも長く生きている人物が、こうも簡単に他人に他人に気を許せるとは、到底思えなかったからだ。
もしかしたら私が、彼女の純粋さに嫉妬しているだけかもしれない。
心配という言葉を象っただけで、実際は妬んでいるのかもしれない。
なぜすぐに他人を信用できるのだろうか。
これまで培ってきた経験から、警戒すべき人物と警戒の無用な人物との見分けが瞬時に判別できるからだろうか。
そんなことに必要以上に執着してしまう私は、了見の狭い人間なのだろうか。
184
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:58:43 ID:jSXdpIt60
彼女の服装を見る。コスプレとしての意味もあるだろうが、着ている衣類は酷くみずぼらしい。
長袖のくすんだ白いサマーニットに、穴だらけのダメージジーンズ、もう何年も履き潰しているかのような灰色のスニーカー。
目の周りには、もう何日も寝ていないかのような深い隈が目立つ。メイクではなかった。
まるで自傷行為のように見える、耳朶や鼻孔、唇や舌に開けられた多くのピアス穴は、彼女の本質を顕しているかのようで、少し恐ろしい。
185
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 22:59:54 ID:jSXdpIt60
私は彼女の肌をしっかりと見たことがない。
モデル並のプロポーションを持つ彼女なら、肌を露出した服装でも優雅に見えると思う。
優雅とまでは言えなくても、似合うと思う。
日焼けしたくないとか、露出度の高い衣類が嫌いだとか言われれば、それまでのことであったが、何か隠したい事情でもあるのではないかと勘繰ってしまう。
この真夏ですら長袖。それで暑い暑いと言っている。
正直、かなり変わっていると思う。本当に日焼けなどが原因なのだろうか。
彼女の異様な外見を見ていると、どうも訝しい。
186
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:00:42 ID:jSXdpIt60
例えば、他人に見せられないような傷痕でもあるのだろうか。
そんな事を考えてしまう矮小な自分に堪らなく嫌気がさす。
やめよう、深入りするのは。
誰にだって人に知られたくない秘密の1つや2つ持っている。
私にだってある。
187
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:01:24 ID:jSXdpIt60
凝り固まっていた偏見を振り払い、強制的に先程まで考えていた思考に回帰する。
彼女は私の言葉を信用しているのだろうか。
もしくはヒッキーさんを信用しているのだろうか。
だから仆盛氏と厭藤氏への警戒を解いたのだろうか。
付き合いの長さ的に、私ではなくヒッキーさんのを信用していると考える。
(゚、゚トソン「随分と信頼していらっしゃるんですね、ヒッキーさんのこと」
川 ゚ 々゚)「うん? まあそりゃーね。
なんやかんや、高校からの付き合いだしー…」
188
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:02:14 ID:jSXdpIt60
どうにも歯切れが悪いような気がする。
私には、どうしてくるうさんがそんなにも彼を信頼しているのかが分からない。
あの仄暗い瞳を持った無愛想なオタク系青年と、クラブや路地裏で見かけるタイプの妖しい女性が、一緒にいる姿はやや不釣り合いだ。
住む世界が違うとすら思えてしまう。
二人の出会いは高校の部活動だったという。
文芸部で、彼らは小説を書いていたらしい。
ヒッキーさんが筆を持つ姿は容易に想像出来るが、くるうさんが文化部にいる姿は、やはり想像しづらい。
189
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:03:18 ID:jSXdpIt60
その時からの腐れ縁が、大学でも続いているのだという。
狙って同じ学校に進学したのではなく、本当に偶然のことだったらしい。
尤も、進学する学部は違ってもサークルが一緒となれば、作為的な力が働いていても不思議ではないように思うが。
よほど訝しみの篭った表情を浮かべていたのだろう、彼女はバツが悪そうに笑った。
なんだか胸が痛くなるような笑顔。
それでいて艶やかな魅力が溢れているので、不意に心拍数が上がる。
190
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:04:01 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「気になるー?」
(゚、゚トソン「ええ、それなりには」
川 ゚ 々゚)「彼は私の話を、よく聞いてくれるからだよー。
日常のどーでもいい出来事とか、くっだらない話とかを、さも真面目そうに聞いてくれるからね。
なんていうかー、居心地がいい? ってやつかな」
(゚、゚;トソン「え?」
たったそれだけの理由で? と言いそうになるのをすんでのところで抑える。
流石にそれを言ってしまうのは失礼だと感じたからだ。
191
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:04:55 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「…まあ、それなりのいざこざがあったのよ。
私とあいつとの間にはね」
(゚、゚トソン「……」
つまるところ、あまり言いたくないのだろう。
公にしたくないことの一つや二つ、誰しも持っている。
私だって、明け透けに人には言えない事情を幾つか抱えている。
目の前でぎこちなく笑う彼女にそれがあっても、不思議ではない。
192
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:05:29 ID:jSXdpIt60
しかし、それでも。
穴だらけの顔と傷だらけの服で天真爛漫に話す彼女には、もっとそれ以上に深い何かが潜んでいる気がする。
でも私は、悪戯に彼女の傷口を開くような残酷なことはできない。
自分の好奇心を満たすために、他者を蔑ろにするつもりなど毛頭ない。
私はこれ以上追求することを止めた。
これから先、尋ねることも無いだろう。
193
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:06:47 ID:jSXdpIt60
気にならないといえば嘘になる。
寧ろ知りたいとさえ思う。
しかし、彼と彼女の事情は、私なんかには手に負えない程に入り組んだ内容だと直感で分かる。
下手に首を突っ込めば、呑み込まれてしまいそうな、深い、深い、深淵。
相変わらず目の前の彼女の顔には、ふにゃふにゃとした自然な微笑みが張り付いていた。
その視線は真っ直ぐ私に向けられているのに、何故か別の人物に対して向けられているかのようだった。
194
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:11:36 ID:jSXdpIt60
10.而木またんき
.
195
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:12:30 ID:jSXdpIt60
吁、この世の中は、いつからこんなにつまんねー世界になっちまったんだろうな。
少なくとも物心付いたころ、ガキンチョ時代、幼稚園でエライエライされてた頃は、もう少しまともに見えていたんだがね。
右を見れば見たこともない表情に声に言葉に人間に、左を見ればありえねーようなスピードで走る鉄の塊、近所の公園にはよくわからねー置き物と、見上げるほどにドでかい木があったりしてな。
196
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:13:51 ID:jSXdpIt60
ガキの頃のことは、よく覚えていない。
覚えてないからこそ、きっと面白いモンで溢れてたんだろうと想像できるのはまだ救いか?
笑えねー冗句だ。
ただ、昔っから鏡が大っ嫌いだったのは、よく覚えてるぜ。
そいつを覗き込めば、ひでぇ不細工ヅラがこっちを死んだ目で見てやがんだからな。
ありゃ子供心ながらに、かなりビビったね。
アニメや漫画、周囲の人間の顔を見りゃ、どいつもこいつも左右対象のキレーな顔面してやがんのに、俺の造形は、この世のものとは思えない程にブッ壊れてやがったんだからな。
197
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:15:03 ID:jSXdpIt60
アニメは特に残酷だよな。目はクリッとしてて鼻は高くて声は綺麗で、誰が見たって好感抱くようなナリしてんだからよ。
俺も、おんなじようにできてんのかと思っちまった。
現実じゃ、それに少し見劣りすることはあっても、そこまで大きく逸脱してる奴なんて、そうそう見ないだろ?
特に幼い子供なんて、みんな可愛いもんだよな。
それがどうだ、俺ってやつは。
その一般常識のような当たり前の顔面でさえ、持たずに生を受けちまったんだぜ。
鏡を見たところで、それが自分の姿を反射しているなんて現実、到底信じられないに決まってんだろ。
あんたらがどうかは知らねえが、少なくとも俺は信じられなかったのさ。悲しい現実ってもんをな。
198
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:16:14 ID:jSXdpIt60
しかしやはり現実とは非情なもんで、少し年齢を重ねりゃ否応なく認めざる負えなくなるんだ。
幼稚園のころは膨らんだ二の腕も太腿も、プニプニしててカワイイーって言われてたのによ。
小学校に上がった途端、肥満児だと宣告されんのさ。
こんな体型も顔面も、俺が望んだ生の形じゃないのにな。
周りの奴らは、その持ち主である俺を責めるのさ。
199
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:17:22 ID:jSXdpIt60
これは本当の俺じゃない、全部親のせいだ。
食事量が多いから、スポーツクラブに入れてくれなかったから、塾に通わせてくれなかったから。
顔だって親から受け継いだ遺伝子なんだから、今の俺の姿がこうなっちまってんのは全部親のせいだ。
初めの方こそ、そうやって思うようにしていた。
今思えば、トんだ親不孝もんだよな。
願いが届いて、いつか神様が俺の姿を変えてくれる。
こんな醜い姿とはおさらばできる。
信じるものは救われるって聞いたからには、とことん神様に祈ったね。
神様なんて、見たこともないのにな。
200
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:18:19 ID:jSXdpIt60
ほら、よく漫画とかで見るだろ?
朝起きて目が覚めれば、自分がありえないくらいのイケメンになってたとか。
もう少し子供っぽく言えば、空を自由に飛べるようになったり超能力に目覚めたり。
或いは別世界に全く異なる人間として転生してたりってか? 笑っちまうな。
でもその時の俺は、そんな夢物語さえ笑えないくらいに本気だったんだ。
そんな馬鹿げた物語を純朴に信じきってたのさ。
今思い出しても滑稽だね、まさに喜劇だ。
201
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:19:14 ID:jSXdpIt60
大体、漫画やアニメってのは、ありえねーことが起こるからこそ成り立つ世界なんだ。
そのあり得なさの中に、ほんの少しのリアルを混ぜるから、心躍る物語が出来上がるんだ。
ほら、よくあるだろ? 主人公がいじめられっ子とか、何の変哲もない一般人とか。
そういう如何にも普通なキャラの方が共感が沸くから人気が出るってもんだ。
んで、俺は愚鈍にもそれを信じ抜いちまったわけだ。
面白い事は昔っから好きだったからな。漫画やアニメは、それなりに沢山見てきたと思う。
202
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:20:16 ID:jSXdpIt60
不細工で足が遅くて面白いことができなくて頭の悪いガキなんて、救いようがなくて漫画の主人公にはもってこいの人材だろ。
逸材とも言えるかもな。
本当なら、もっと底辺の方が良かったかもしれないが、俺にとってはその程度でも十分に生き地獄だったのさ。
例えばの話。
母親はアル中ヤク中で毎夜毎夜知らない男と、とっかえひっかえヤリまくってるセックス中毒者。
俺はその男共に好きなようにオモチャにされてて、体には生傷が絶えない。
母親は、そんな俺を便所に沸く蛆虫を見るような目つきでニヤニヤと眺めてんのさ。
203
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:21:27 ID:jSXdpIt60
たまに気が向いたと思えば、残飯で出来た体に悪そうなジャンクフードを振舞って、それがどうしようもなく美味くて、俺の手は止まらなくなっている。
全部綺麗に平らげた時にだけ優しくされるから、必死に頬張るんだ。
それが、生ゴミの処理が楽だってだけの理由なのにな。
父親とは既に離婚、理由は風俗嬢との不倫がバレたから。
そんな下らない茶番劇で、母親は何もかもに絶望して、男も子供も信じられなくなった。
それでも父親とそれまで幸せに暮らしてきた時の思い出が忘れらんねえから、男を次々に変えて、相手の耳元で、ワタシのこと愛してる? って尋ねてる。
204
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:22:31 ID:jSXdpIt60
そんな掃き溜めみたいな設定に恵まれていれば、神様に見出してもらえて、主人公にもなれたかもしれねーな。
過ぎたことをとやかく言ったところで、何の意味も無いんだけどな。
…まー、うん。実際の俺の両親は、極めて普通な人たちだよ。
兄弟二人とも満遍なく愛してくれたし、罵声を浴びせたりもしなかった。
愛情一杯。
俺は家族には恵まれたし、毎日何不自由無く、悠々自適な生活を過ごしてきたわけだ。
205
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:23:44 ID:jSXdpIt60
ただ、それも原因の一つなのかもなぁ。
俺が現実を直視出来なくなったことの。
過去の思い出とか体験とかが、今の自分を作り出しているとはよく言ったもんで、俺は人一倍他人からの視線に怯えて生きていると思う。
自分の外見が、あんまりにも人間のそれと逸脱しちまってたからな。
俺が昔抱いていた感情なんて、思い出せる限り殆ど全てが劣等感だ。それと他人への嫉妬心。
でも別に、苛められてたってわけじゃないんだぜ。
正常とは掛け離れた外見だったのに意外だろ?
俺は運良く、人を殴ったり悪口を垂れるような奴らに当たらなかったのさ。
206
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:24:37 ID:jSXdpIt60
ただとにかく、俺は俺っていう存在が許せなかった。
自分自身を己だと認められなかった。
金をどっから調達してきたのかは忘れちまったが、マネーロンダリングだとかFXだとか、そういう奴だったかもしれねえ。
若しくは環境保全を謳い文句にした募金活動のモノマネとかかもな。
とにかく俺はどうにかして、他人から金を毟り取ってやったのさ。
まずはその金で体中の贅肉を削ぎ落とした。
よくSNSの広告とかで見るだろ? 一週間でこんなに痩せましたーってビフォーアフターをさ。
あんな感じのことをした。
207
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:25:44 ID:jSXdpIt60
それと薬だな。
麻薬だとか覚醒剤とかっていう法に引っかかるような物じゃないぞ? ただの一般的な高校生がそんなルート持ってるとか、ありえねえだろ。
小説じゃあるまいし。
あれだよ、食欲が減退する系のやつ。
試してみるまで、半信半疑どころか普通にありえないと思ってたが、意外と本当なんだぜ?
若干立ち眩みがあったり気分が悪くなったりもしたが、どうにかなるもんさ。
そんでその後、顔面を引っぺ替えした。変身したのさ。
ちゃんとこの世の中で罷り通っている、奇跡的な手法でな。
だから今の俺の姿は、俺であって俺でない。
208
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:26:49 ID:jSXdpIt60
うん? 色々と矛盾があるって?
高校一年の時点で整形手術が受けれるわけないって?
そんな体に悪そうな医療的処置が山ほど行えるような金を持ってるわけないって?
そんな短期間で人が変われるわけがないって?
…やっぱりそう思うよな、この独白というか、自己紹介文というか。
いやどうも、非現実的な出来事を装うのは難しいな、やっぱ無理がある。
現実には奇跡も魔法も存在せず、ただ残酷な世界があるだけだからなぁ。
これさ、癖なんだ。
独り言と虚言癖。
ついでに言えば、かまってちゃん的思考と自分語り。あとは妄想癖か。
209
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:27:43 ID:jSXdpIt60
俺は、自分の過去をほとんど覚えてねえ。
中学二年生以前の記憶が、すっかり抜け落ちちまったみたいに空白なんだ。
自分のルーツを思い出そうとしても、記憶が厚い雲で遮られてて何も見えないんだ。
この独白は、そんな過去を思い出すための作業のつもりだったんだが、ただ自分語りごっこがしたかっただけかもしれねえな。
もしくはくっだらねぇ自己欺瞞だ。
210
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:28:32 ID:jSXdpIt60
でもな、そんな平凡で何も持たない俺の近くで、面白いことが起きそうなんだ。
世の中に変な事件が起きていて、俺と同じ平凡なクラスメイトがその渦中にいるかもしれないんだわ。
俺自身には奇跡も魔法も降りて来ない。
なぜならこの世界は、俺を中心にして回ってないから。
別に俺だけに関わらず、誰を中心に回ってるわけでもないんだけどな。
世界が世界を中心に回ってるだけのことさ。
211
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:29:20 ID:jSXdpIt60
世の中には、はち切れんばかりの現実と、奇跡だと抜かされる当たり前が広がっているだけだ。
クソッタレに退屈で理不尽で、小手先の快楽悦楽が蔓延っている。
残念なことに、俺は俺を壊すことができない。
自分を終わらせて、その後に奇跡が待っている可能性を検証する勇気もありゃしない。
だから俺は、今目の前に広がってる理不尽な社会に、積極的に干渉したいんだ。
出来ることなら外部に向けて、俺の抱える破壊衝動をぶちまけたい。
212
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:30:04 ID:jSXdpIt60
だが、現実問題としてそれは出来ない。
法律とか倫理観とか常識とかっていう邪魔者に、雁字搦めに縛られているからな。
自殺願望があるわけじゃないが、ヤバイ事を成せたところで、その世界で暮らせなくなっちまったら意味が無い。
そこで見出した答えが、面白そうな出来事に関与していくことだったのさ。
金魚の糞みたいだろ?
自分自身がつまらない人間である原因を追求せずに、小手先の快楽に依存している態度は。
213
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:31:17 ID:jSXdpIt60
でも案外、誰しもそんなもんだと思うぜ?
街中で芸能人がいたら、近寄って握手したくなるだろ?
煙草や酒に手を出して大人ぶりたい気持ちとか、クラブやバーに通いたい気持ちとか、もっと身近で言えばクラスの人気者と友達になりたい気持ちとか、ああいうのと一緒さ。
その願望の顕れとして示される行動が、どんなもんかが肝要なのさ。
同性愛者の男と付き合ったり、自分は虚言癖で妄想癖で不幸体質だと宣言したり、年齢に不相応な苦労を抱えているとか、そういうハンディキャップが多ければ多いほど、人間性が豊かだと思い込む。
救いようもない劣等感を、俺は他人を超越してるんだっていう優越感に置き換える。
214
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:33:17 ID:jSXdpIt60
てんこ盛りな漫画設定に飽きれば、今度は普通な人間の生活がしたいと呟く。
でもやっぱり普通じゃ退屈だから、優しくて面白くて性格の良い男を装っているけど本質は異常者、という皮を被る。
そうやって、何十にも設定を重ねちまったのが俺だ。
重ねすぎて、本来の姿を見失っちまった残骸だ。
自分は他人とは違うんだっていうダッセー矜恃を持っている。
世の中には突き詰めれば、そんなやつしかいないだろうよ。
俺がまさにそんな人間だし。
215
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:34:32 ID:jSXdpIt60
本来なら誰も他人を否定できないはずだ。
他人を否定する行為は自己否定と等しいからだ。
平気で他人を否定できる人間は、精神の発達していない猿野郎か、自殺志願者だ。
自己否定に陥って自己矛盾を抱えた奴らは、結局自己欺瞞で落ち着いている。
平和で退屈で美しい、面白くない社会の完成ってわけ。
歪んでいるのに調和のとれた社会を崩してくれる可能性、例えば面白そうなオモチャが目の前に転がっていれば、誰だって飛びつきたくなるだろ?
216
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:35:39 ID:jSXdpIt60
俺はその面白さを知ってしまった故に、もう後戻りはできないんだ。
この夢の噂は、俺を非現実的な世界に連れていってくれる。
空想と人間性の溢れかえった、混沌とした魔窟に誘ってくれる虹色の切符だ。
この事件に介入するほか、俺には選択肢なんて無いんだ。
たとえそれが、痛みを伴う危険な賭けだとしてもな。
217
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:44:28 ID:jSXdpIt60
11.韶実くるう
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218
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:45:33 ID:jSXdpIt60
私は今、ベランダで外を眺めている。
無為に流れるだけの時間に身を任せて呆けている。
日を跨いで現在は7月25日土曜日、午前3時7分。
昼間の熱が嘘のようにとは言いがたいが、大気は比較的落ち着きを取り戻している。
下着だけの格好でちょうど良い程度の温度と、真昼の湿度を忘れさせてくれるような乾いた風が皮膚を掠める。
219
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:46:21 ID:jSXdpIt60
夜の緞帳が降りているというのに、ベランダから見える遠くの街並みは、ネオンに煌々と輝いている。
時折階下を通り過ぎる車のエンジン音が煩わしい。
何とも言えない感傷に浸るには、絶好のロケーションだった。
缶酎ハイとピースがあれば、それなりに様になるだろうが、生憎今は酒を切らしている。
タバコはとっくの昔に吸えなくなってしまった。
220
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:47:20 ID:jSXdpIt60
隣室に住んでいる女子高生は、もう眠ってしまっただろうか。
不眠傾向な気質だと以前話していた気がするが夢は見るのだなと、今日話を聞いて意外に思ってしまった。
いや、寧ろ眠りが浅いのだから夢を見易いのかもしれない。
私は不眠症を患っている自覚は無い。
眠ろうと思えば基本的にどこでも眠れるし、夜にはちゃんと睡魔が来る。
睡眠状況に関しては至って健康的だ。
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