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(゚、゚トソンたまねぎのようです
221
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:48:43 ID:jSXdpIt60
では何故私は、こんな深夜なのに起きているのか。
もしかしたら、例の噂話を聞いて寝ることが恐ろしくなったんじゃないか。
夢を見てしまうことが怖くなったのではないか。
…はて、私はそんなに繊細な人間だっただろうか。
別な可能性としては、昼間に興味深い話を聞いて興奮してしまい、目が醒めてしまっているのかもしれない。
それとも、彼に関与できる事が嬉しいからなのか。
222
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:50:15 ID:jSXdpIt60
いや、それは違う。不正解だ。
なぜなら私は今睡眠欲によって朦朧としているし、目蓋は既に落ちかかっているからだ。
船を漕ぎ出すのも時間の問題だろう。
ではなぜ眠らないのか。
街を何となく眺めているのも飽きてしまい室内に戻る。
部屋の中央には書きかけの履歴書とパソコンが鎮座している炬燵机が、壁際にはフカフカなベッドが設置されている。
床にはビリビリに引きちぎられた雑誌や就職案内のビラが散らかっている。
紙片の大半は企業が発行しているもので、会社の理念や仕事内容、従業員のコラムなどが記載されている。
ただの八つ当たりの結果に過ぎない。
私は現在履歴書の作成に追われている。自己PRに志望理由。そこが空欄で、何を書けば良いのか悩んでいるのだ。
223
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:51:14 ID:jSXdpIt60
その上、今日の夜には彼と同じ部屋で眠る算段になっている。
彼と同じ屋根の下過ごすのは高校生以来だ。
もう二度と、彼と一緒に眠ることなんてできないと思っていたのに、その願望が自分の努力とは無関係な場所で叶ったのだ。
叶って、しまったのだ。
224
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:52:17 ID:jSXdpIt60
私はどうすれば彼を救い出せる?
彼は本当に、救われることを望んでいる?
非の無い罪業妄想を拭うために、私は何をすればいい?
何と問いかければ良いのか。
何を、投げ出せば良いのか。
二つの事情に悩んでいたのだ。
.
225
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:54:17 ID:jSXdpIt60
考えがまとまらず、部屋の中とベランダを行ったり来たりしていた。
意味の無い行為を繰り返す内に、何か閃いてくれないかと期待していた。
まとまらない思考が私を焦らせている。
何となく、自室を見回してみる。
窓際にある植物はどれも背丈が高く鉢数が多いため、熱帯雨林のように青々と生い茂っている。
クローゼットからは収納しきれなくなった衣類が雪崩出ており、どの服がどこのブランドの物だったか見分けが付かない。
隅に置いてある学習机の上には香木が燻っており、その香りが私に目眩にも似た浮遊感をもたらしてくれている。
226
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:55:03 ID:jSXdpIt60
散らかり放題の自室は、私の心情を代弁しているかのようだった。
思わず乾いた自嘲の笑いが溢れる。
私はかれこれ二時間ほど、この思考プロセスを繰り返している。
つくづく自分に嫌気が差す。
同じことを順繰り考えているだけで、全く前に進めていない自分に心底うんざりする。
イライラした気持ちを鎮めるために、私は自分の右腕を撫でた。
227
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:56:08 ID:jSXdpIt60
私はこのザラザラとした質感の腕が好きだ。
傷跡が何重にも積み重なって層を成し、治りかけの瘡蓋の上から赤紫の線が滲んでいる、この腕の触り心地が好きだ。
見た目こそ痛々しい有様だったが、この傷だらけでざらついた表面は、私に大樹を彷彿とさせる。
少し力を加えればひしゃげてしまいそうな程か細い見た目なのに、長い歴史を持っているかの如き逞しい痕の残るこの腕が、私は堪らなく愛おしい。
右前腕部から肩にかけて無数に走る波を撫でる。
228
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:57:35 ID:jSXdpIt60
見るからに痛々しく、目を逸らしたくなるほどグロテスクなこの傷は、私が付けたものではない。
消費者の誰かが注射痕と一緒に付けていったのだろう。
中には星やハートなどの模様を象ったもの、メッセージや文章、文字に見えるものもあったが、大半は斜線の切り傷で消されている。
独占欲の強い客が残していった足跡を、より支配欲の強い客が上から塗りつぶしていった結果がこの様だ。
ガサついて水気を失った肌はまるでブナの木を触っているようで、幼い頃ドングリ拾いに夢中になっていたことを思い出す。
あの頃の純朴な私が今の私を見たら、きっと卒倒してしまうだろう。
229
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:58:41 ID:jSXdpIt60
ブナ独特な匂いは結局好きになれなかったが、樹木の無骨な触り心地は、妙に気分を落ちつかせてくれる。
自分より遥かに大きな存在が近くにいるという安心感が私を包んでくれるからだ。
だから私はこの傷に対しても、奇妙な愛おしさを感じてしまう。
私の働いている店は、社会一般的には異常性癖と言われる人々が顧客として集まってくる。
四肢の欠損や血液嗜好症、もう少し一般的だとサドやマゾのような人々だ。
中には死体に欲情するような危ない人もいるとのことで、店としては細心の注意を払っているつもりらしい。
基本的には個室性なのだが、従業員の安全を確保するための隠しカメラも備わっている。
230
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 23:59:32 ID:jSXdpIt60
金を積まれれば多少の異常行為は認められてしまうものの、殺害は御法度。
一応、従業員は資本の一部で、必要な商売道具だからだろう。
確か張り紙に禁止行為の一覧があったと思うが、その内容は忘れてしまった。
絶対に禁止していることが殺人なだけであり、それ以外は金額によって是認されている。
有って無いようなルールなど、覚えるだけ不毛だ。
231
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:00:54 ID:OOx5Cbz20
重なる傷に埋もれて消えかかっているハートマークが滑稽に映る。
そこには愛情なんて微塵も無い。ただ情欲を吐き出しているだけだ。
愛も思いやりも気使いも要らない、必要なのは金銭だけ。
そんな淡白な関係が、嫌いになれない私がいる。
客の太い腕に抱かれて、体中に傷を付けられて、毎夜毎夜痛めつけられているのに、その関係性に何処か安堵してしまっている。
心地良ささえ抱くことがある。
見知らぬ誰かであっても、私は必要とされているという具体的な行為が、判断力を鈍らしているのだ。
232
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:02:07 ID:OOx5Cbz20
或いは、自分の罪禍を裁かれているかのような実感を得ているからだろうか。
今度は左腕を見る。
水膨れして、肌の表面に赤紫色の斑点が散らされている。
客から度々注入される、薬剤の注射痕。
正式な注射法に則っていないため、滲んだ内出血は腕の内部で青紫に広がりを見せている。
あの薬物は興奮剤とか媚薬とか言われるものの一種なのだろう。
シリンジから冷たい液体が体の中に入っていく感触が堪らなく好きだ。
233
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:03:29 ID:OOx5Cbz20
…瞳孔は不規則に拡大・収縮を繰り返した後、視野狭窄により視界は一気に狭まる。
眼前には白く点滅する星が輝き始め、痙攣するほどの快楽が全身を貫く。
それに伴い口角は異常な程に吊り上がってゆく。
頭の中をアドレナリンが駆け巡り、脳髄の細かい皺一つ一つにまで電流が響き渡る。
心臓の鼓動が不規則に拍動し、清々しい疲労感と倦怠感が体を蝕む。
灰白質への血液供給量が増進し体温の上昇が自覚できるようになる。
同時に肺が大量の酸素を要求するため呼吸運動は犬のように荒くなる。
舌が乾き唾液の分泌が少なくなるため口腔内は粘着質な液体に包まれる。
その間も脳味噌は高速回転を続け、胎児の頃から現在に至るまでの記憶が何度も再生される。
何度もフラッシュバックされる光景は恐ろしくもあるが、何よりも快楽が全てを上回る。
極限の、興奮状態。
しかし、それでも私は薬物が嫌いなのだ。
234
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:04:49 ID:OOx5Cbz20
一時的な至上の快楽は、他のどんなものを犠牲にしてでも浸っていたくなる強い中毒性を持っている。
私はその危険性を、身を持って知っているからこそ、薬物を嫌悪している。
麻薬やら覚醒剤やらの違法薬物は、真っ当な生活から自分を遠ざけてしまうし、何より健康に悪い。
長生きしたいわけではないが、進んで寿命を縮めたくもない。
だからタバコも酒も、基本的には嗜まない。
235
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:06:10 ID:OOx5Cbz20
だが、それでもたまに、というより結構頻繁に、クスリが体内に吸収されてゆく時の興奮に取り憑かれてしまう。
今も丁度、そんな気分になっていた。
悩みが何一つ進捗せず、苦しみから逃れたい一心だったから。
キッチンの食器入れから煮沸消毒した注射針を取り出し、慣れた手つきで左腕に突き刺す。
シリンジの中に入っている液体は市販の天然水だ。
液体が押し込まれ全身を循環し、麻薬でもないのに、あの時のような恍惚とした情景が脳内を巡る。
236
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:07:12 ID:OOx5Cbz20
天然水、というのは比喩でもなんでもなく正真正銘の事実だ。
最寄りのコンビニでついさっき買ってきたもの。2リットル128円。
自分なりに、この現象の理由を考えてみるに、針を刺す時の痛みと脂肪を押し広げられる感触が、薬物を注入された時と同じような症状を呼び起こしているのだろう。
パブロフの犬だ。
一通りの波が去り静寂が訪れる。
携帯を確認すると、時刻は午前4時になったばかりだった。
237
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:08:15 ID:OOx5Cbz20
本物の薬物程の持続時間は無い。たった数分だけ、一過性のトリップ症状。
頭の中は冷静さを取り戻していたが、表情はきっと弛緩しきっているのだろう。
痛みによる快楽に依存している自分に情けなくなる。麻薬常習犯と何も変わらない。
私はどこでレールを踏み外してしまったのだろう。
なぜ今更になって真っ当な生活を望んでいるのだろう。
238
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:09:56 ID:OOx5Cbz20
部屋に戻って履歴書を眺める。
シャーペンを手に取り、何か書こうと少しだけ悩んで、思考を放棄しそのまま床に寝転がる。
朝日が出始めているのか、先ほどよりも天井が少しだけ見えるようになっていた。
夜風に吹かれて、観葉植物がゆさゆさと揺れている。
風に乗って、線香の匂いが私の元まで流れてくる。
まだ時間はあるから大丈夫だろう。
とりあえず企業の合同説明会を幾つか見てから、エントリーシートを書いても遅くはないだろう。
そんな言い訳を飽きもせず考える。
239
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:11:05 ID:OOx5Cbz20
どうして私はこんなにも、何もしなくてもいい理由を探すのが得意なのだろう。
悩みも苦悩も頭から振り落として、逃避行を繰り返してしまうのだろうか。
就職に関しては約一年ほどの猶予期間はあるものの、ヒッキーに会うのは今夜だというのに。
立ち上がってリビングに出る。
少し大きめの水槽の中で、太った出目金が不器用そうに泳いでいる。
口をパクパクと開閉を繰り返し、動きづらそうに背鰭と尾鰭でじたばたしている。
その下手な泳ぎがいじらしくて、つい頬が緩む。
240
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:12:45 ID:OOx5Cbz20
彼らは何度も何度も口を開閉している。
何か伝えたいことでもあるのだろうか。
だとしたら、一体何を伝えたいのだろうか。
魚は街中や電車でよく見る人達に似ている。
イヤホンで音楽を聴きながら他人が会話している場面を見ていると、みんなパクパクと声も出さずに、口だけ必死に動かしているように見える。
酸欠のように必死に口を動かして出す泡には、それに相応しいだけの価値があるのだろうか。
苦しくても辛くても、とにかく泡を吐いていないと落ち着かないのだろうか。
命を賭してまで言わなければいけない言葉なんて存在するのだろうか。
私ならすぐ死ぬ。
息苦しくても伝えたい言葉なんて無いのだから。
241
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:13:38 ID:OOx5Cbz20
…………。
本当に、何も無い?
彼にだけは、自分の生死も無関係に、感情を伝えたいのではないのだろうか?
242
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:14:35 ID:OOx5Cbz20
…もう今日は眠ろう。
これ以上考えたところで、納得のいく結論を導けるとは思わない。
それに明日は、昼からバイトが入っているのだ。非合法な方ではなく、近所のコンビニのレジ打ち業務。
出口のない無意味な思考運動で、仕事に支障をきたすわけにはいかない。
布団に潜り込んで瞼を閉じ、何も出来なかった昨日までの自分にお別れをする。
さよなら昨日までの私たち、こんにちは明日からの私たち。
243
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:15:30 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「……」
横になって身体を丸める。
寂しさを思い出さないうちに眠ってしまいたかった。
それなのに、先程まで存在していた眠気は嘘のように消えていた。
もしかしたら誰かが私を支えてくれるんじゃないか。
玄関のドアをノックして、私を迎えに来てくれたりしないだろうか。
誰か。
244
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:16:14 ID:OOx5Cbz20
いや、求めているのは誰かじゃない。
彼だ。
ヒッキーだ。
245
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:17:15 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「無い」
そんな奇跡は存在しない。
今日も私は、詰まらなくて何もできない私のまま終着した。
たったそれだけのこと。
246
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:18:31 ID:OOx5Cbz20
そういえば、最近は小説をまるっきり書いていなかった。
忙しさにかまけて、長い間放置してしまった。
彼と別れて以来放棄し続けていた短編を一つ、中途半端にしたままだ。
彼。
ヒッキー。
………、………、………。
…やっぱり、物語の決着だけでも付けてしまおう。
彼の記憶を正しく思い出させるための事実を書き起こそう。
そうでもしないと、私は今日彼に合わす顔がない。
247
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:19:29 ID:OOx5Cbz20
必死に体を起こして、パソコンに向き合う。
すっかり冷めたまま忘れ去られていた珈琲を一息に飲み干す。
不味い。だが目は覚めた。
カフェインに触発されてワードのアプリを起動し、放置されていた『無題ドキュメント』を再開する。
外に目を向けてみると、窓に面した観葉植物の森を朝日が明るく照らし出していた。
248
:
名無しさん
:2020/06/16(火) 00:55:34 ID:DqUbS.jw0
乙乙乙
249
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 00:57:34 ID:OOx5Cbz20
ありがとうございます!
とりあえず飯食い終わったらボチボチ投下します
250
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:25:33 ID:OOx5Cbz20
食い終わった。
再開します
251
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:26:20 ID:OOx5Cbz20
12.六十トソン
.
252
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:27:17 ID:OOx5Cbz20
(゚、゚;トソン「……」
(・∀ ・)「……」
川; ゚ 々゚)「……」
(;-_-)「……」
高架下の喫茶店「貘」にて、私たち四人は無言のまま、悪戯に時を過ごしている。
電車が通るたびに天井の蛍光灯がゆらゆらと揺れる。
それなりの頻度で通過するためか、蛍光灯とは別の間接照明がグラグラと揺れて、そのまま不意に落ちてしまいそうで不安になる。
253
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:27:57 ID:OOx5Cbz20
仆盛先輩と厭藤氏がまだ来ていないのだ。
予定時刻より既に10分は経過している。
全員の中に、名状しがたい諦めのような感情が広がっていた。
それともう一つ、私たちの間で、とある珍事が起こっていた。
その説明のため、時間を少し巻き戻して説明する。
254
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:29:11 ID:OOx5Cbz20
ここにいる四人は概ね同じ時間帯に到着した。
私はくるうさんと一緒に来たのだが、彼女は何故か、かなり眠そうな顔をしていた。
わずか二駅の距離しかないのに、電車内では私の肩を枕に睡眠を摂っていたのだ。
現実になる夢という興味深い話を聞いたのだから、てっきり一日中眠っていて、その名残が続いているのかと思った。
もしくは、ぐっすり眠れないような事情でもあったのかと危惧していた。
例えば、悪夢に魘されていた、とか。
255
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:30:03 ID:OOx5Cbz20
私の訝しむような視線に気付いたのか、彼女は自分が眠たそうにしている理由を教えてくれた。
どうやら昨日夜更かししてしまった事と、アルバイトの時間を間違えて出勤した事が原因らしい。
少し抜けているというか、彼女っぽくて安心した。
話し方も、嘘を付いているようには見えなかったし。
駅に着いてから喫茶店の場所を探していると、またんき達を見つけた。
どうやら向こうもこちらを探していたらしく、視線が合うと大きく手を振ってくれた。
256
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:30:34 ID:OOx5Cbz20
彼の隣には、見覚えのない痩身の男性が立っていた。
髪は短く整えられたスポーツ刈り、針金細工のように萎びた四肢の持ち主。
背丈は私より少し高い程度。眉毛が非常に薄く、凝視しないと有無の判別が付かない。
イメージとしては、好青年な大学生を病的に窶れさせた感じ。
257
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:31:20 ID:OOx5Cbz20
隣のくるうさんを見ると、彼女は驚愕故か真ん丸な目を更に丸く見開いていた。
状況的に導き出される人物は1人しかいないのだが、あまりにも彼の印象とは掛け離れた姿ゆえ、困惑しているのだろう。
幻覚だと言われれば素直に信じたと思う。
恐らく私も、彼女と同じ表情をしていただろう。
258
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:32:22 ID:OOx5Cbz20
(-_-)「やあ、久しぶり」
その声は嗄れていて、以前の彼とは様変わりしていた。
あらゆる要素が、私の知っているヒッキーさんと異なっていた。
トレードマークの瓶底眼鏡も掛けていない。まるで顔の一部が欠損しているかのような違和感を覚える。
私たちが唖然としていると、またんきが空気を読んで説明してくれた。
(・∀ ・)「あー、えーとな……うん。言いたいことは分かる。
…ダイエット、してるんだってよ」
苦笑いしながら答えてくれた。
夏特有の湿気を帯びた気持ち悪い風が、私の前髪をぬるりと撫でる。
胡乱な空気だった。
259
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:33:11 ID:OOx5Cbz20
(-_-)「……どうかしたか? 二人とも、そんなにボーッとして」
(・∀ ・)「痩せたお前を見て驚いてるんだよ、察しろ」
(;-_-)「は? …いや、そういう皮肉は頼むからやめてくれ。
僕は自分の容姿がどれほど醜い姿なのか理解しているし、それを誰よりも憎んでいる。
だから変化を求めてダイエットを始めた。暴飲暴食どころか食事の一切を絶って心身に過剰なストレスを与え続けた。
人間の生理的欲求である食欲、性欲、睡眠欲の三つすら封じ込めた。
それにも関わらず、鏡に映る僕の姿に変化は無い。
変わらない自分に今、これ以上ないほどに苛立っているんだ。
頼むからこれ以上僕を苦しませないでくれ。責め立てないでくれ」
(・∀ ・)「分かった、俺が悪かった。だからそれ以上長い発言はやめてくれ、頼む」
260
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:34:18 ID:OOx5Cbz20
(゚、゚;トソン「…………えーっと、お久しぶりです。
以前より、その……だいぶ印象が変わりましたね」
川; ゚ 々゚)「ね、ねー、そうだよね。見間違いかと思ったよー」
(-_-)「そんなに変わったか? 髪を短くして、メガネの代わりにコンタクトを付けたくらいだが…。
あれか、眉毛だな」
(・∀ ・)「まあ、積もる話もあるだろうしよ、とにかく店に入ろうぜ。暑くて溶けそうだ」
そういった経緯があり、ヒッキーさんの外見に対して訊くに訊けないのがこの現状だ。
何を尋ねれば良いのか、何を尋ねない方が良いのか。
そういった葛藤がそれぞれの中にある故か、場は静まり返っている。
261
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:35:03 ID:OOx5Cbz20
普段殆ど自分のペースを崩さないくるうさんでさえ、目を丸くしたまま微動だにしない。
口を一文字に噤み、呆然とヒッキーさん一点を眺めている。
対する彼も彼で、私たちが何に対して驚いているのかが分からないらしく、会話を決め倦ねているようだった。
またんきはそんな二人の心情などどこ吹く風で、携帯の画面に夢中になっている。
恐らく例の噂話に関して調べているのだろう。
262
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:36:17 ID:OOx5Cbz20
気まずい。
四人とも、ある程度勝手知ったる仲にも関わらず、この重苦しい空気は何なのだろうか。
友達と賑やかに談笑していて、ふと静かになるタイミングがたまにあると思うが、その空気がいつまでも終わらずに延長し続けているような感じだ。
決して居心地が悪いわけではない。だが、気持ちの良い空気でもない。
いや、こういうのはハッキリと言ったほうがいいだろう。
居心地が悪い。
店内は深夜に近い時刻ということもあり、客は私たち以外に2、3人いる程度だ。
気まずい空気をどうにかしてくれそうな可能性のある人物、つまりは我々を待たせているカップルは、未だ現れない。
私は正直言って半ば諦めかけていた。
263
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:37:32 ID:OOx5Cbz20
時間を潰すために何となく携帯を開く。
またんきもイジっているのだから平気だろう。
幸い私たちは世間一般的に言われている「友達としての最低限のマナー」みたいなものの境界が非常に低い。
よっぽど非常識な行動以外、事細かに注意することなど滅多に無い。
ある意味とても仲の良い親友同士とも取れる言葉だが、私たちの関係は、正直言ってそんなに深くないと思う。
程よく浅いが故に楽なのだろう。
私にとっても彼らにとっても、これぐらいの気を使わない関係が丁度良いのだ。
彼に倣い、気まずい空気から逃れるように携帯を開いたのだが、何を見れば良いか、まるで思い浮かばない。
見たいことも、調べたいことも、具体的な物は何一つ。
264
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:39:05 ID:OOx5Cbz20
何となく私は、携帯で読みかけていた電子書籍を開く。
読みかけといっても既に何度も読み返したシリーズなのだが、面白い物語は何回読んでも面白い。
読むたびに新しい発見があるから、つい時間も忘れて読み返してしまう。
このシリーズは、現在進行形で物語が拡大している。
最初のシリーズの続編の続編が最近発行されたらしい。
物語が進行するにつれ、初期の推理展開から異能バトル路線へと変遷している、奇妙な流れの小説群だ。
私は最初の頃の、シリアスで登場人物の心理描写が細かく書き出されていた方が好きだった。
最近のアクション要素が多い展開も嫌いではないのだが、心を静めて思考に耽りたい時は、シリアス展開の方が相応しいと感じる。
265
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:39:55 ID:OOx5Cbz20
今読んでいるのは、そのシリーズの第2巻。
主人公が殺人事件に遭遇し、その中で独自の精神論を繰り広げているシーン。
いい感じに小説の世界へ意識を沈めていると、ふと視界が暗くなる。
奇妙に思いテーブルの端を見やると、そこには巨大な影が立っていた。
266
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:41:49 ID:OOx5Cbz20
異様なまでに高い身長。天井の照明が顔に被っており、表情は見えない。
推測だが190cmは優に超えているのではないだろうか。
そこから伸びるしぼんだ手足と不自然なまでに肥大化した下腹部のコントラストが、その人物の異常性に拍車をかけている。
まるで巨大な餓鬼のようなシルエット。
こんなに近くに至るまで気がつかなかったので、危うく声を上げてしまいそうになる。
店内は遅い時間帯で来店客も今までいなかった上に、ここまでの異常性を帯びた人物が入ってくれば意識せずとも分かるはずだった。
そこで気づく。彼の存在感が、異様なまでに希薄なのだ。
267
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:42:42 ID:OOx5Cbz20
影が薄い、なんてもんじゃない。
意識しないと見えないくらいに輪郭が朦朧と歪んでいる。
生気をまるで感じない。
何か、人としての大切な物が抜け落ちてしまっているかのように。
( )「ハァハァ…いや…お待たせ、して申し訳、ありません。
人身事故の、せいで電車が、遅延して、しまいまして…ゼェゼェ」
異様な影は私たちに語りかける。
ところどころ語句のイントネーションが歪だ。
急いで走ってきたからだろうか、酷く息切れしているようだ。
またんきが自身の隣を軽く空ける。
堪らずその影は、席に倒れこむように座った。そこで私は初めて目の前の人物の顔を見ることになる。
彼は僅かな時間の間に呼吸を整えて、口を開く。
268
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:43:26 ID:OOx5Cbz20
(´・_ゝ・`)「ええと…お二人とは初対面ですね。
初めまして、僕は仆盛デミタスと申します。
…こちらの彼女は、厭藤ペニサスと言います」
彼は体を小さく折りたたむようにして、私とくるうさんに向かってお辞儀をした。
その病的な体型からは想像できないほど精悍な出で立ちで、柔和な人懐っこい自然な笑みを携えていた。
バランスが悪い、というより歪だった。
体型、表情、雰囲気、言動。
それら全てが乖離していて、継ぎ接ぎの人形のように歪曲している。
269
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:44:26 ID:OOx5Cbz20
彼に言われ、その視線の先を見ると、背の低い小さな女の子がいた。
まだ幼さの残る顔付きと低い身長、その外見に不釣り合いな、大人びた雰囲気を携えている。
彼女は近隣の高校の制服を着ていたため、恐らく高校生なのだろうと予想できるが、そのあまりにも小柄な身体と可愛らしい顔つきのせいでコスプレか、または着せ替え人形のように見えてしまう。
('、`*川「はじめまして、厭藤ペニサスです。本日は、よろしくお願いします」
透き通った清い湖を連想させる、澄んだ美しい声。
不意に心臓を突かれたかのような、不思議な調の声色だった。
270
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:45:31 ID:OOx5Cbz20
軽い自己紹介を済ませた少女は、デミタス先輩の膝の上にチョコンと座った。
まるで歳の離れた兄妹のようで、微笑ましい光景。
その様子から、昨日のヒッキーさんから聞いた、"デミタス先輩の彼女"という言葉に酷く違和感を覚える。
目の前の二人には、あからさまな年齢差を感じる。
デミタス先輩は高校三年生だが目の前の少女もといペニサス氏は、どんなに高く見積もっても小学校低学年にしか見えない。
なんというか、とても…犯罪臭い。
271
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:46:25 ID:OOx5Cbz20
(゚、゚;トソン「あ、は、はい。初めまして。
六十トソンと申します」
川 ゚ 々゚)「……」
私は何とか社交辞令の挨拶を済ます。なるべく平静を装ったつもりだったが、心無しか声は上ずっていた。
左隣を見ると、相変わらずくるうさんは固まっていた。
度重なるハプニングに理解が追いついていない様子だ。普段の彼女からは想像できない表情になっている。
272
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:47:12 ID:OOx5Cbz20
左肘で、彼女の脇腹をそれとなく小突く。
ワンテンポ遅れてから、焦点のいまいち定まっていない瞳で改めて二人を見据えた。
川 ゚ 々゚)「あっ、うん、はじめましてー。
韶実くるうです。よろしくねー」
一瞬で普段の調子を整えたところを見るに、流石だと感じる。
彼女はすぐに平静を取り戻したようだったが、私の頭の中は相変わらず混乱していた。
273
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:48:07 ID:OOx5Cbz20
目の前には四人の人物がいる。
左から、頬の痩けたヒッキーさん、またんき、デミタス先輩(巨人)、彼の膝の上にペニサス氏(少女)。
改めて、現実味の薄い光景だと思う。
ヒッキーさんはデミタス先輩やペニサス氏を見知っているのか、特に表情に変化は無い。
その隣で、またんきが口をあんぐりと開けて二人を眺めていた。恐らくペニサス氏のことだろう。
彼の訝しむ視線に気づいたのか、ペニサス氏が口を開く。
睨むようにまたんきを見つめる眼差しは、少し不機嫌そうな色を帯びている。
274
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:49:08 ID:OOx5Cbz20
('、`*川「…こんな見た目ですけども、私はちゃんと高校生です。
二年生ですから、御二人よりも年上です。
身体の事は、よく突っ込まれますけども…そこは、気にしないでもらいたいです」
(・∀ ・;)「あ、え、あっ…す、すいませんイトウ先輩!」
(´・_ゝ・`)「彼も謝ってるんだし、そんな怒んないでよ。ね?」
('、`*川「別に、怒ってなんかないわ」
(-_-)「ハハハ、二人とも相変わらずで安心した。
急いでいるわけじゃないから、とりあえず自分達の飲み物でも取ってきなよ」
('、`*川「あなた、誰で…」
(´・_ゝ・`)「いやー、かたじけない。そうさせていただきます。
ペニサスはホットミルクでいいかい?」
('、`*川「…うん」
275
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:50:02 ID:OOx5Cbz20
デミタス先輩がペニサス氏の言葉を遮って飲み物を取りに席を立つ。
彼が座ったり立ったりするのを大変そうに思ったのか、彼女は私の隣に移動してきた。
('、`*川「隣、失礼しますね」
(゚、゚;トソン「あ、はい。どうぞ」
高校二年生という言葉に驚かなかったといえば嘘になる。
寧ろ心の中では、まだ落ち着きを取り戻せていない。
しかし、ヒッキーさんの変貌振りや、異質な存在感を放つデミタス先輩の影響で、この現実感の乏しい光景に、徐々に慣れつつある自分がいた。
276
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:51:24 ID:OOx5Cbz20
そもそも、この短期間でおかしなことが起こりすぎている気がする。
私の今日まで過ごしてきた人生は、至って平凡だったはずだ。
高校進学に伴って親から一人暮らしを課されたことは今でも不服だったし、そのストレスからか寝つきが悪くなってしまったが、目の前の珍事に比べれば、まだ道理が通っている出来事だ。
例えば、自分が乗るはずだった電車が人身事故を起こしたとか、近所で不審者が目撃されたとか、成り行きに合理性と筋が通っていることならまだ分かる。
しかし今、私の目の前で繰り広げられている現実では、想像できないような奇想天外が、連続性を伴い、突然に起こり続けている。
まるで茶番だ。
277
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:52:44 ID:OOx5Cbz20
数ヶ月で別人のように変貌した友人。
どう見ても小学生にしか見えない女子高生。
そんな彼女と付き合っている巨人。
現実に影響を及ぼす夢の噂。
どれをとっても非現実的だ。ありえない。
漫画や小説の中に放り込まれたような展開に、頭が追いついていなかった。
店内では、静かで品の良いクラシックが流れている。
テーブルに置かれた珈琲から沸き立つ芳醇な香りが周囲を包む。
その情景が、現実逃避していた私の意識を呼び戻す。
278
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:54:27 ID:OOx5Cbz20
色々と逡巡しているうちにデミタス先輩が戻ってきて、テーブルにカフェオレとホットミルクを置く。
カップと机がぶつかりあうコツリとした音が心地良く響く。
そんな情緒に思いを馳せる間もなく、歪な巨体が倒れこむようにして、眼前へ腰を落とす。
その光景は、やはり異常であった。
(´・_ゝ・`)「ええと……何から話せばよいでしょうか。
ああ、というか、今日はわざわざここまで足を運んで頂いてありがとうございます」
(゚、゚トソン「あ、いえ、こちらこそいきなりで…。
その、いきなり部屋まで借りてしまって、すいません」
自分の夢の話のせいで、ここまで輪が広がってしまったことに対し謝罪する。
そもそも私がまたんきに頼み事をしなければ、ヒッキーさんもくるうさんもデミタス先輩もペニサス氏も、巻き込むことはなかったのだからだ。
(・∀ ・)「いやいや、別にトソンが謝ることじゃないだろ」
(゚、゚トソン「いえ、でも…」
(-_-)「まぁ、社交辞令はそれくらいにして。早速本題に入ろう」
279
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:55:55 ID:OOx5Cbz20
私の言葉を遮って、ヒッキーさんが場を仕切る。
このまま私たちだけで会話を続けていれば、謝罪の言い合いだっただろうから、素直にありがたかった。
(-_-)「まず今日は、わざわざ部屋まで用意してくれて本当にありがとう。
頼める人が君達しかいなかったとはいえ、急なことで申し訳無かったと思っている。
…それで、どういった相談なんだい?」
そう言って、ヒッキーさんはペニサス先輩に視線を落とす。
釣られて私も、隣の少女をそれとなく見る。
相談。彼が昨日のメールで言っていたことだろうか。
その内訳が、この少女と関係があるのだろうか。
280
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 01:57:07 ID:OOx5Cbz20
ペニサス先輩は相変わらず毅然とした態度だったが、テーブルの下に隠れた小さな両手は小刻みに震えていた。
それが怯えや恐怖心から来るものだと感じる。
('、`*川「きっかけは、なんてことのない夢だと思ったんです。
寝相が悪かったり、風邪をひいた時に見るような、在り来たりな悪夢に魘されてたんだって、思っていました」
彼女は一語一語を選ぶように、ポツリポツリと話し始めた。
夢と聞いて、私は昨日見た自身の夢の記憶を想起する。
奇想天外な空想だと結論付けるには、余りにも現実味に溢れた夢。
外では雨が降り出してきたようだった。
281
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:00:39 ID:OOx5Cbz20
13.厭藤ペニサス
.
282
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:01:27 ID:OOx5Cbz20
薄暗くて小汚い空間。
幅は3メートルも無いのかもしれない。人が二人すれ違うのがやっとの広さしかない。
低い天井から薄暗い蛍光灯の明かりが、点滅を繰り返して周囲を照らしている。
通路の奥の方で同じような照明の点滅が見える。どうやら道は長いらしい。
左右の壁に視線を移す。
私が壁だと思っていた物は、灰色の降りたシャッターだった。
閉店した商店街だろうか。
283
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:02:29 ID:OOx5Cbz20
シャッターの上には複雑な漢字の羅列が描かれた、店名を表すかのような看板が斜めに垂れている。
大小バラバラな赤錆色の文字と看板が、汚らしくて不気味な様相を呈している。
地面は何故か濡れていた。灰色のコンクリートを液体が黒く染め上げている。
遠く上の方から豪雨の音が響いている。
天井に無数に犇めき合っているパイプの一部から水滴が滴っていた。黒い煤を含んだそれが、私のいるコンクリートの廊下を水浸しにしているらしい。
なぜ私は、制服姿でここにいるのだろう。
284
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:03:48 ID:OOx5Cbz20
荷物は何も持っていない。
普段通学に用いている、紺色に白い刺繍で学校名の記載されている手提げ鞄も、愛用のスマートフォンも見当たらない。
最後に残っていた記憶は、自室のベッドで目を瞑って眠ったこと。
合理的に考えれば、今見ている景色は夢なのだろう。
夢中にも関わらず、この空間が夢であるという事実を冷静に判断できているということは、私が見ているこれは、明晰夢の一種なのかもしれない。
そう思うと、少しだけ気が楽になる。
どうせ夢なのだから思う存分好き放題に楽しんでおこう、という楽観した気持ちになれる。
それにしてもこの夢は、気味が悪いくらいにリアルだ。
夢というものは頭で見ていると言うが、この情景はまるで眼球から光を通して見ているかのようだった。
視覚だけでなく五感を通して情報を把握しているかのような、夢らしからぬ感覚。
…私の想像力も、案外捨てたものではないようだ。
285
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:04:40 ID:OOx5Cbz20
シャッターを上に持ち上げようと手を掛けてみるが、まるで微動だにしない。
よく見ると鍵が掛かっているらしい。
仕方が無いので、縦に長々と続く道を、蛍光灯の明かりを頼りに進んでみる。
移動をすれば、たとえ夢であっても少なからず空間に変化が生じるだろうと思ったから。
暫くは道なりに沿って、ゆっくり歩を進める。
歩いていると、たまにシャッターが下りていない場所もあった。
286
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:05:43 ID:OOx5Cbz20
食料加工品店の裏側だろうか。
動物の内臓のような見た目の、赤黒色や乳白色や黄土色の肉塊が半透明のビニール袋に分別されている。
それぞれの前面には、元は白かった厚紙に象形文字のような複雑な漢字で単語が記載されている。
雨水で掠れ所々判読不能なその文字は水の滲みに従い赤褐色のインクを糞便のように垂れ流している。
その奥の調理台の近くには、正中線に沿って切り開かれた体長ニメートル程の豚が腹腔を空にした状態で天井に設置された錆び塗れの鈎に吊るされている。
保存状態が悪いのか、頭部のくり抜かれた眼窩から白黄色の蛆が無数に蠢いているのが見えた。
その光景を見て食欲を無くした私は飯店裏を後にして前方へ進み続ける。
287
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:06:26 ID:OOx5Cbz20
徐々に空間が広がってくる。蛍光灯の明かりも増えてきた。
人の生活音や会話のような喧騒も聴こえ始めてきた。
しかし、そのどれもが不明瞭で、具体的に何を話しているのかは分からない。
288
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:07:00 ID:OOx5Cbz20
小奇麗な鉄製の、青緑色をした扉が左前方の壁に付いている。
取っ手も鍵穴も蝶番も無い奇妙なドアだったが、私の力では押してもビクともしない。
所々安っぽいペンキの塗料が経年劣化で剥がれ落ちており、赤橙色と暗褐色の錆び付いた下地が剥き出しになっている。
近づいてみると思った以上に大きくて、私の背の倍くらいの高さがある。
上方に格子状の小窓が付いているが、残念ながら下から伺っても黒い天井しか見えなかった。中に明かりは点ってないらしい。
…全然似てない。
あのドアには、似ても似つかない。
なのに、なんで懐かしいの…?
…青緑の扉を後にする。
289
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:07:26 ID:OOx5Cbz20
住宅地の一部、バルコニーのように外側に(私がいる空間側に)突き出た部分の落下防止用の柵に背中を預け、鬱々とタバコを吸っている痩身の女性が目に映る。
彼女は下着しか身につけていない。特に意味も無く彼女の浮き出た肋骨を眺めていたら、目が合ってしまった。
私は冷や水を浴びせられたように硬直してしまったが、彼女はただバツが悪そうに笑っただけだった。
渇ききった、寂しい嗤いだった。
とても馴染みのある骨格。
話したこと無いのに、親近感を覚える彼女。
奇妙な既視感を頭の隅に押しやり、前に進む。
290
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:07:56 ID:OOx5Cbz20
轟々と騒音を響かせる室外機。その上には蜘蛛の巣状に大きく罅割れた、煤で灰色に濁ったガラス窓が設置されている。
近くの窓から擦れ違いざまに室内を覗き見ると、双子の老婆が黄色い正方形のプラスチックテーブルでテレビを見ながら、向かい合うように食事をしていた。
どこからどう見ても一人用の大きさしかないのに、まるで一心同体とでも言いたいのかのように身体を寄せ合う二人が何故か微笑ましかった。
291
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:08:39 ID:OOx5Cbz20
通路には折れた魚の骨や生臭い半透明の茶色くて薄い袋、酸化した血液の付着した注射心や割れたシリンジ、空の酒瓶、チラシや雑誌の紙片等のゴミが増えてきていた。
道で擦れ違う人間も徐々に増えてきた。
私が歩いている道は、いつの間にか三車線道路並みに広くなっている。壁を成していたシャッター街は、摩天楼の如く天高く聳えるビルに置き換わっている。
だが、いくら上を見上げて目を凝らしても、果ての見えない闇しか映らない。
地面の道だけは、相変わらずの罅割れた灰色のコンクリートだった。
292
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:09:21 ID:OOx5Cbz20
道行く人々は、まるでそこに人など存在しないかのように、誰も私を意識しない。
この街の人々にとっては、廃れた街並みを一人で歩く女子高生なんて、さほど珍しくもないのであろうか。
肩がぶつかった時に舌打ちされる程度の認識しか得られない。
そんなこと、私はもう慣れている。現実で嫌というほど経験してきた。
今更なんてことはない。
睨み返して歩を進める。
293
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:09:55 ID:OOx5Cbz20
道は複雑に分岐していたが、私は構わず直進していた。
道を逸れる理由が、無かっただけに過ぎない。
ネオンサインが増え始めた。
街角ではガラの悪い男たちが屯している。その近くで娼婦が排水溝に嘔吐している。
街中の治安が悪くなってきて、そろそろこの夢にも飽きてきた頃。
道が途切れた。
行き止まりに突き当たった。
294
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:10:30 ID:OOx5Cbz20
ここに来るまでに色々な物を見てきて数多の人生を経験したような気がするが、一方で何も無かったかのようにも感じる。
ピンク色に発光している「bar」の文字、そこから下に伸びる階段が視界に入る。
この世界に来てから初めて識別できた単語だったこともあり、好奇心の赴くまま階下へ降りていった。
295
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:11:39 ID:OOx5Cbz20
レストランとしての機能も兼ね備えているのだろう。
カウンターとテーブル席の二種類の席がある。
バーテンダーは見当たらない。
私一人なのに、何故か四人席に案内された。
若干不審に感じたが大は小を兼ねるとも言うので、深く考えずクッション椅子に凭れ掛かる。
右手側には私の二倍以上もある巨大な窓が嵌め込まれており、地下にも関わらず崖下が見下ろせた。
遥か下界には忙しなく行き交う自動車、傘を差して歩く表情の見えない人々、光るネオン。
私が今いるこの場所は、どうやらかなり高層階らしい。
296
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:12:08 ID:OOx5Cbz20
注文した覚えは無いのに、目の前にカクテルグラスが置かれる。
深海のような青緑に、薄く輝きを放つ未知の液体。
鼻を貫く強いアルコール臭が、不思議と心を落ち着かせてくれる。
297
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:12:40 ID:OOx5Cbz20
なぜ?
私はアルコール飲料を嫌悪しているのに。
こいつのせいで。
こいつのせいで、私は。
こいつのせいで、彼は。
壊れてしまったのに。
あいつに、壊されてしまったのに。
壊されてしまった?
記憶が混線している。
やはり何かがおかしい。
298
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:13:47 ID:OOx5Cbz20
違和感の正体が徐々に明らかになってくる。
私は年齢的にアルコールを飲めないのに、何故酒が出てくるのか。
私は酒が大嫌いなのに、何故提供されるのか。
服装は相変わらず女子高の制服だった。
なぜここは夢の中なのに、生々しく脳髄に張り付くような景色ばかり現れるの?
なぜ夢なのに、五感が機能しているの?
そこでふと、過去に悪夢に悩まされたとき夢について調べた記憶を思い出す。
明晰夢は訓練しないと、夢だと分かった途端に覚めてしまうのでは無かったか。
299
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:14:48 ID:OOx5Cbz20
心臓が大きく鼓動する。頭が揺れて吐き気がする。
夢から覚めたい、覚めて忘れてしまいたい、と強く願った。
男が一人、こちらにゆっくりと、近づいて来る。
あいつだ。
来るな。
筋骨隆々とした右腕が伸びてくる。
やめて、やめて!
300
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:15:19 ID:OOx5Cbz20
目を思い切り瞑って、耳を塞いで、息を止めた。
誰か! 助けて!
助けて。
助けて……。
意識は暗い水の中に沈んでいく。
私の頭が、あいつに、掴まれた。
301
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 02:26:07 ID:OOx5Cbz20
一区切りです。
夜の22時頃、再開します。
302
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:04:02 ID:OOx5Cbz20
再開ッ
303
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:04:36 ID:OOx5Cbz20
14.仆盛デミタス
.
304
:
名無しさん
:2020/06/16(火) 22:05:05 ID:mtWFPsAk0
頑張れッ
305
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:05:28 ID:OOx5Cbz20
閉め忘れていた窓の隙間から、鋭い風が吹き抜けてくる。
頬を生暖かく撫でるそれは、夏特有のすえた臭いを伴っておりひどく不快だ。
慌てて窓を閉めるものの斜めに打ち付ける豪雨が室内に侵入し、木製の床を水浸しにする。
僕の住居には現在、自分を除いて五人の人間がいる。
缺ヒッキーさん、而木またんき君、彼らの友人の韶実くるうさんと六十トソンさん、そして厭藤ペニサス。
306
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:06:09 ID:OOx5Cbz20
自分以外の他人が自宅に存在しているという感覚は、決して悪いことばかりではないと思う。
それが家族であっても、友人であっても、恋人であっても。
流石に赤の他人でもとは言えないが、信頼できる人物か否かという旨を説いているわけではない。
要は気持ちの問題だと思うのだ。
他人と寝食を共にし、住居を分割して共有する。その関係性全てを快いと、胸を張って宣言できる人間は決して多くないのではないだろうか。
なぜなら自分の都合を少なからず相手に譲歩しなくてはいけないし、面倒な小競り合いや口論を通して、互いの価値観を慮った思考を重ねなくてはいけないからだ。
相手との対話を通じて、苛立ったり悲しんだり怒ったりすることも少なくないだろう。
307
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:07:32 ID:OOx5Cbz20
倫理や道徳、モラルと言われている常識的な行動をする。
法律を守る。
隣人に手を差し伸べ、他人には優しく親切に振舞う。
一般常識と言われるそれらを、僕達はしっかり守って生活している。
他人との共同生活とは、その常識の範囲が屋内にまで拡大することを示していると思うのだ。
常識。道徳。倫理。正常。
最近読んだ小説の影響だろうか、単語が僕の心を代弁する。
エピソードが当たらずと雖も遠からず、僕の心情に重なり誑かす。
308
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:08:06 ID:OOx5Cbz20
激しい豪雨と強風が窓を叩いている。
ビニール傘が勢いよく飛来し、けたたましい音を立てる。
僕は雨風の音を少しでも和らげようと、厚手のカーテンを掛ける。
ここは僕一人の暮らす家ではない。ペニサスと一緒に分かち合っている住居だ。
彼女に対して後ろめたい感情があるわけではないが、自分だけの空間が存在しないので、僕らの共同生活では常に少なからず緊張感が付属する。
僕はその空気を望んでいた。なぜなら常に己を律することが出来るからだ。
309
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:08:41 ID:OOx5Cbz20
ここは僕だけの空間ではない。自分勝手な行動は許されない。
相手の表情や仕草、話し方や普段の様子などを悟られぬように観察して、その場で求められている回答を提示する。
「おはよー!」と元気に気さくな挨拶する、気を遣ってくれているのが分かってもそれをわざわざ指摘せず、無垢な笑顔で「いつもありがとう」と柔らかい声色で言を残す。
310
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:09:07 ID:OOx5Cbz20
「今日は天気がいいね〜」
「夜半にかけて強い雨が降るらしいよ!」
「いつも美味しいな」
「いってきます!」
にゃあ。
大丈夫、僕は正常だ。
どこかで猫が鳴いている。
そう、正常だ。正しいことをしている。
にゃあ。
311
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:09:46 ID:OOx5Cbz20
天気予報をしっかり見ておいて良かった。
降水確率は低かったけれども、もしもの場合に備えて人数分の傘を用意しておいたから、誰一人濡れずに済んだ。
待ち合わせの場所として、近所の喫茶店を提案したのも正解だった。
誰も濡れなかったから、屋内が雨粒に濡れることも無かった。
地を揺らす、巨大な雷鳴が轟く。
青白い閃光が窓の外を迸る。
僕の隣で仰向けに寝転がっている彼女の全身が一瞬震えた。
激しい雷雨の轟音ゆえに、安眠できないでいるのだろう。
312
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:10:23 ID:OOx5Cbz20
でも、そんな騒音よりも、彼女は睡眠そのものに恐怖心を抱いている。
僕の目を見据える円な瞳には、眼房一杯に溜まった涙が溢れんばかりに輝いていた。
左隣に寝転がっている彼女の左肩峰を、右腕で上から覆うようにしながら、僕の傍に優しく寄せる。
僕の左腕を腕枕にしている彼女を、半ば抱き抱えるような姿勢になる。
彼女の震えが右腕から僕に向けて伝わってくる。
素早く脈打っていた鼓動が、徐々にゆっくりと平静を取り戻していった。
313
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:10:52 ID:OOx5Cbz20
彼女の体温。
後頭部から漂う石鹸の甘い匂い。
小さいのに力強い拍動。
細い肢体。
堪らなく愛おしい。
314
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:11:51 ID:OOx5Cbz20
現在時刻は午前2時。
喫茶店「貘」を出たのは昨日の23時頃。
あの悪夢を話すことで、当時の情景や恐怖心を詳らかに想起させてしまったのだろう。
話し終えた直後の彼女は、恐怖で指先が震えていた。
恐ろしい記憶を思い出させてしまったことが、ただただ申し訳無い。
誰が悪い?
罪の所在は何処だ?
僕だ。
にゃあ。
315
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:12:42 ID:OOx5Cbz20
このマンションの一室は両親から与えられたものだ。
部屋は5つでダイニングキッチン付き。
率直に言って、僕達二人では持て余してしまうほどに広い。
住み始めて間もない頃は、ルームシェアで同居人を募集して、その家賃で生計を立てるのも悪くないと考えていた。
その提案は僕の生活には特に支障が無いにも関わらず、未だ実行していない。
今は目先の問題に必死で、赤の他人に配慮する余裕など皆無なのだ。
僕は己の倫理観に則って彼女を助ける。
316
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:13:29 ID:OOx5Cbz20
元来僕は優柔不断だった。物事を分別よく捌けない不器用な人間だ。
決め事も判断も後手に回ってしまい、臨機応変な対応ができない。
状況が逼迫すれば行わざるを得なくなるだろうし、そのうち気が向けば実行するだろう。
やろうと思えばいつでもできる。実際今までも、そうして生きてきた。
それで問題無かった。
そんな不甲斐ない経験則で、今の僕が出来上がっている。
重要事項と、どうでもいいことの判別がつかず、面倒は全て後回しにしてきた。
317
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:14:06 ID:OOx5Cbz20
彼女の悪夢もそうだ。僕が現状を作り上げてしまった。
数日前から何度も何度も相談されていた。
然るべき話し合いを繰り返し重ね、彼女を慰めてきた。
出来る限り支えてきた。不安を傾聴し続けてきた。
つまり、直接的な解決案も模索せず、その場しのぎな慰めを繰り返してきた。
毒にも薬にもならない文言ばかりを掛け続けてきた。
その結果が、この有様。
318
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:14:42 ID:OOx5Cbz20
彼女の不安定な心理を生んでしまった。
責任の所在は一切が僕にある。
分かっていたのだ、僕は。
分かっていたのに。
分かっていながら、愚者を演じてしまった。
話を聞くことは本質的な解決に結びつかないのに、自分に出来ることは不安を少しでも和らげることだけだと思い込んだ。
自分にだけ都合の良い道化師になった。
319
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:15:47 ID:OOx5Cbz20
…大丈夫。僕は正常だ。
正しい。常識に則り行動している。
これ以上僕に何が出来たというのだろう。
医者でも心理士でもない僕が、出来る精一杯を施したんだ。
正しい判断だ。
ただしい。
ただしい?
にゃあ。
320
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/16(火) 22:16:33 ID:OOx5Cbz20
彼女が求めれば何度も話を聞いた。
彼女の鬱憤を晴らす為に幾度となく体を重ねた。僕を委ねた。
寄り添い支えた。
何も解決していないのに、何かで心を満たせれば悪夢は消えると勘違いした。
勘違い?
にゃあ。
ちゃんと倫理を守っている。
彼女が望んだ言葉を伝え、行動してきた。
僕は正しい。
にゃあ。
…。
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