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(゚、゚トソンたまねぎのようです
21
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:30:32 ID:jSXdpIt60
一枚布ゆえ、凍えた大気が刺すように冷たく、逆に通気性の悪い靴に篭った湿気が、ジメジメして気持ち悪い。
肌に直接湿度が伝わってくるのだから、裸足でこの靴に足を突っ込んでいるのだろう。
水虫の温床だ。不衛生極まりない。
周囲は見渡す限り廃材、廃棄物、ゴミの山。
一部が隆起し、堆く層を形成している。
それがまるで摩天楼の如きビル群の様相を呈していた。よく見ると、窓のような穴が等間隔で口を開けている。
いったい誰がここまで積み上げたのか、それらは天蓋に蓋する厚い雲でさえ貫き、果てしなく伸び続けている。
22
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:31:20 ID:jSXdpIt60
これは、やっぱり夢なのか。
妙にリアルで生臭くて不潔だが、最後の記憶がベッドである以上、最も合理的な解釈なのではないか。
23
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:32:40 ID:jSXdpIt60
廃棄物、いらなくなった物達、不必要だと手放され持ち主に捨てられた物。それらが眼前一帯を占めている。
有体に述べるなら、寂しい景色だ。
最初から、ゴミとして製造されるものは無いだろう。
人には理解できないような用途の道具もあるだろうが、無意味に作られる物を私は知らない。
人に必要とされ、与えられた役割を全うし、意義を得ていたのだろう。
どうせ暇だから、そんな陳腐な感情移入を試みてみる。
不毛極まりない評論だが、馬鹿げた思考は混乱する気持ちを鎮めてくれる。
私なりの、精神安定方法。
無意味な思考を巡らすのも、たまには悪くない。
24
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:33:59 ID:jSXdpIt60
捨てられた物達の役割は何だろう。
ただ場所を取るだけのこれらは、何故廃棄されただけで焼却なり埋めるなりされずに、ここで陣取っているのだろうか。
まるで抜け殻だ。脱皮して、中身の無くなった蛹のようだ。
形だけは保っているのに実質は存在しない。
役割を全うし尽くした先にある姿がこれか。
ただの空の器には何も存在していない。空虚を埋めるだけの塵芥だ。
25
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:36:00 ID:jSXdpIt60
夢であると仮定するならば、私の無意識は自身を価値の失ったゴミと揶揄しているのだろうか。
我ながら、随分と自虐的な思考を持った物だと呆れてしまう。
そしてその考えを一笑に付すことの出来ない甲斐性無しな性格に、半ば諦めを覚える。
やはり私には、所詮その程度の価値しかないのだろう、と。
そんな風に自嘲趣味を広げていた。意識を自分の内方にのみ向けていた。
つまり、外界に対する警戒を緩めていたのだ。
だから、私の背後に、今まで音も立てず居座っていた存在に、気付けなかった。
26
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:37:06 ID:jSXdpIt60
不意に後方から、一陣の風が巻き起こる。
まるで意志を持っているかのように肌を撫でるそれに違和感を覚え、私は振り向いた。
すらりとした影がいた。
文字通りの影。
27
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:38:23 ID:jSXdpIt60
この空間に反比例して綺麗に整えられた背広を着た、人型の影が立っていた。
本来顔のパーツあるべき場所には、眼球も唇も鼻も眉も存在せず、真っ暗な頭部のみがあった。
身長は私より少し高めで、平均男性よりもやや低いくらいだろうか。
しかし、服の上から分かるほどに窶れている。まるで骨と皮のみで体が構成されているのではないかと感じるほどに体躯が細い。
28
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:39:30 ID:jSXdpIt60
およそ私の常識で判断できない存在であることは間違いないのだが、私は"こいつ"を知っている、という思考が浮かんできた。
根拠が無いにも関わらず、確固たる確信。
この背格好、体型、服装、人影が纏っている奇怪な雰囲気。何処か馴染みのある存在感。
私は彼に会ったことがある気がする。
29
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:41:38 ID:jSXdpIt60
…はて、私は今この影を"彼"と呼称しただろうか。
性別を判断する材料などどこにもないというのに、この確信はどこから来るのだろうか。
私は彼が誰なのか知っているのか?
この影に似た人物に心当たりがあるとでも言いたいのか?
何を言うか、知らないに決まっている。
知らない。
分からない。
覚えてない。
"彼"を。
30
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:42:59 ID:jSXdpIt60
当たり前だが、私に影の知り合いは居ない。
だが、体型等を配慮しないのなら、影のような雰囲気を持った人物に心当たりがある気がする。
私の友人にも影のような人間がいる。
影というか、眼に翳りのある人物のことだが。
えーっと。
……。
誰だっけ?
31
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:44:15 ID:jSXdpIt60
あれ、私はそんなに物覚えの悪い人間だったか?
名前が思い出せない。
なぜ?
影に該当する人物の名称もそうなのだが、私は今、私自身の名前すら思い出せなくなっていた。
私は…誰?
私の名前。
私とは。
私。
……。
わたしって?
32
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:45:45 ID:jSXdpIt60
意識が徐々に暗転してゆく。
四肢が麻痺して思考が翳って行く。
曇天。
なんだ、わけがわからない。
どこに、すがればいい。
視界が狭まる。
皮膚を刺す冷気は消え去り、遠方には血のように真っ赤な夕焼けが見える。
身体が生暖かい液体に浸されてゆく感触と、唐突な浮遊感。
わからない。
何が分からなかったのか、思い出せない。
33
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:47:14 ID:jSXdpIt60
眼前が黒く閉ざされてゆくと同時に、垣間見えたのは件の人影。
ああ、やっぱり彼に似ている。
似ているけども、全く別な人。
この記憶を保持することは、叶うのかしら。
最後に私が見た光景は、スーツ姿の影が左手を差し出している姿だった。
その腕は何故か、私に向けられているものでは無いような気がした。
34
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:50:30 ID:jSXdpIt60
3.六十トソン
35
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:51:39 ID:jSXdpIt60
私は今、暗い水の中にいる。
包み込まれる感覚と人肌に近い温度の中、不思議なほど落ち着いた心は、平静の極地。
両膝両肘を丸め腹部に引き寄せ、その間に自らの頭部を押し込める。
動物は羊水の中にいた頃の記憶が遺伝子に刻まれており、本能的にその頃の環境を希求している、という話を聞いたことがある。
胎内への回帰願望。
外敵もストレスも存在しない絶対的な安全・安定を求めているという学説の一つだ。
母の子宮という完全なる保護。
そこへの憧憬をいつまで経っても忘れられないとは、何とも腑抜けた生物だと思う。
36
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:52:48 ID:jSXdpIt60
平穏で普遍的な安定を望んでいる自分への皮肉か。
変わることができず、変わろうという願いも抱けない自分への言い訳を考えているのだろうか。
暗い水から顔を上げる。体の中心へ縮こませていた四肢を伸展させる。
目を覚まして、また夢の中へ落ちてゆくことのないように体を起き上がらせる。
37
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:53:53 ID:jSXdpIt60
カーテンの隙間から差し込む光に照らされ、目を擦りながら目覚まし時計を確認する。
時刻は午前8時半。いつもより二時間遅れの起床。
夏休み故の愉悦。
いつも通りのことだが、やはり時間に比例した熟眠感は無い。
また単なる時間の浪費になってしまったことは悲しいが、特段気にかけるほどの重大事件でもない。
ある意味ルーチンワーク。愚劣な個性の一端。
38
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:55:00 ID:jSXdpIt60
私は軽度の不眠症を患っている。
熟眠感が得られないようになったのは、いつ頃からだったであろうか。
思い当たる節は幾つかあるが、随分前からだったような気もするし、つい最近のことのようにも感じる。
要するに、発症した具体的な時期を覚えていない。
不眠症といっても生活に支障をきたすレベルではなく、恒常的に眠いだけだ。
精神科等に受診するほどのものじゃない。
通院歴もなければ処方箋もない。
39
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:56:34 ID:jSXdpIt60
これの主な原因は、ストレスや心身の病、薬剤の副作用などだ。
ストレスが原因なら、現代人の過半数は罹患していても、おかしくないのではないか。
もしかしたら本当に罹っているかもしれないが、病気というものは本人が問題だと思わなければ大抵なんとかなると思う。
私がその良い例だ。
下らない思考は放置して、ゆっくり立ち上がり洗面所へと向かう。
やはり睡魔が抜けきっていないのか、足取りは重く、意識は半分も覚醒していない。
鏡の前に立つ。
映る私の目の下には深い隈。いつものことだ。
両眼瞼に付着した目脂が鬱陶しい。蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。
外気温が高いこともあり、水道水のひんやりとした温度が心地良い。
40
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:58:02 ID:jSXdpIt60
眠気は、まだ残っている。
今しがたの中途半端な心地良さのせいだろう。
しっかりと覚醒するために脳を働かせる。
脳内に文章を構成し、内容を展開してゆく。
ここは私の部屋だ。
1LDKの間取りに、無機質なフローリングと剥き出しのコンクリート壁。その壁に面したシングルベッドと一人用の小さな勉強机。
衣類は全てクローゼットに収納されていて、瑣末な生活用品以外は殆ど目立つ物が無い。
一見寂しそうにも見える整理整頓された部屋だが、私にとっては慣れ親しんだ空間だ。
住めば都というよりは、私が私好みに装飾した部屋。居心地が悪いわけがない。
41
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 02:59:17 ID:jSXdpIt60
……。
なんで私は、自分の部屋にいるという当たり前の事実に安心しているのだろうか。
…何か、酷く混乱する夢を見ていたような気がする。
荒唐無稽で順序が無いのに、妙な現実感を纏った夢。
私はその中で大切な何かを忘れていて、それを思い出そうとしたタイミングで目が醒めた。
そんな内容だって気がする。
夢の世界は酷く汚れていて、私はそこに自分自身の寂寞とした心情を投影していた。
薄汚れて価値を失った塵芥を、まるで自分のことのように比喩していて、そんな無価値な存在で自身の虚無を埋めているとか、思っていたような…。
42
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:00:16 ID:jSXdpIt60
……。
なんていうか、下らない考え方。
所詮夢だ。真剣に吟味する程の価値があるとは思えない。
夢なのだから荒唐無稽であるのは当たり前だと思うし、順序なんて、あってもなくても支障をきたさない。
起承転結で進む物語じゃないんだから。
寝ている間に脳が見せた、幻に過ぎないのだから。
43
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:01:19 ID:jSXdpIt60
以前何かの本で、睡眠には波長があると紹介されていた。
深い睡眠と浅い睡眠の周期。ノンレム睡眠とレム睡眠とも言う。
ノンレム状態では夢を見ないが、レム睡眠時は夢を見ると言われている。
そのため夢を頻繁に見る人の多くは十分な休息が摂れておらず、倦怠感や疲労感、所謂睡眠不足に陥りやすいと言うらしい。どおりでいつも眠いはずだ。
私は眠りが浅いので、たまに夢を見る。
今日見たような風変わりな夢も、意外とそれなりに見ている。
44
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:02:09 ID:jSXdpIt60
そういう夢は大抵、妙な昂揚感が得られる。
何とも言えない優越感や自分が主人公であるかのような全能感。
そういう下賤な興奮を催させるのだ。
ただ、さっき見たあの夢は普段の夢とは明らかに異質だった。
私自身がそこに存在せず、世界がただ回り続けている。
それにも関わらず、まるで当事者かのような現実味が付与される。
あの五感で体験しているかのような感覚が
何より異常だと感じた。
45
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:03:15 ID:jSXdpIt60
私は机の引き出しから一冊のノートを取り出す。
忘れたくない夢を書き綴っているノート。夢日記とも呼べる。
と言っても、日記と言える程習慣的に記載しているものでもない。
忘れたくない夢なんて数える程しか無かったので、ノートに綴られている文章量は極僅かだ。
大した内容は無い。量も無い。濃度も無い。
46
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:04:36 ID:jSXdpIt60
夢見心地で書き連ねた、蚯蚓ののたくったような文字が大半を占めている為、私にも判読するのは困難だ。
単純な憂さ晴らしとして文字を記しているノート。
誰かに読ませるものではないし、私自身が追体験するために拵えたものでもない。
思い出せるだけ思い出して、断片的な記憶を頼りに記入してゆく。
時間は恐らく10分もかからなかっただろう。
……。
47
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:05:55 ID:jSXdpIt60
ふと携帯が鳴る。
画面を見ると、クラスメイトの而木 またんき(ニエキ マタンキ)からメッセージが届いていた。
(・∀ ・)『いつものサイゼで』
……。
ひどくぶっきらぼうだし、目的も理由も見当たらない。たぶん暇なのだろう。
私もちょうど非常に退屈していたし、家で茫然と時間を浪費するのもつまらないので、
(゚、゚トソン『了解です』
とだけ返信した。
48
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:07:18 ID:jSXdpIt60
普段なら、愚痴や非難の一言くらい送ってやってもいいくらいに意味が分からない文面だったが、私は今気分が良かった。
大した文章量では無いが、夢の世界が広いだけであり、書き終えた後には奇妙な達成感に包まれていたからだ。
それに、先程まで胸のあたりで蟠っていた夢の内容も、想起できたのだから。
彼からこの手のメッセージが来ることに私は慣れていた。
待ち合わせ時刻の記載が無いとき、彼は大抵既に目的地に到着している。
彼を待たすのには慣れているし、彼も待つことに慣れているだろうが、急ぐに越したことは無い。
49
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:09:41 ID:jSXdpIt60
軽く化粧と身だしなみを済ませて、服を着替える。
黄色のノースリーブサマーニットをタックインし、前面が褪せたブラウン、後面が水色のデニムに切り替わっているツータックのワイドパンツをベージュのヌメ革ベルトで絞る。
今日は暑いから、ツバの大きい麦わら帽子を被って、靴はお気に入りの黒のバイカーブーツ。
私はオシャレが好きだ。用事が無くても、お気に入りの服を着ていたい。
それに、あんな夢を見た後だったから、少しでも気持ちを喜色に塗り替えたかった。
私の名前は六十 トソン(ムトウ トソン)。
特に意味の無い確認をして、家を出た。
50
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:10:40 ID:jSXdpIt60
4.六十トソン
51
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:12:22 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「最近、変な事件が起きているらしいぜ」
(゚、゚トソン「…はぁ」
最近は最寄駅から二駅先、「罷業駅」東口から徒歩5分の距離にあるビルの、10階に位置するサイゼリヤ。
時刻は午前10時12分。
(・∀ ・)「まぁ聞けって。事件て言ってもネットの噂程度のもんだから。
あんま気張んなよな」
(゚、゚トソン「はぁ」
52
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:13:53 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「ネットで少し前から騒がれてる噂なんだけどさ、簡単に言うと、夢の中で付けられた傷が現実にも作用するっていう内容らしい」
(゚、゚トソン「…なんですか、それ」
(・∀ ・)「さては全く信じてないな? おでこに『信じてない』って書いてあるぞ?」
目の前でクソつまらない言葉を矢継ぎ早に話立てているのは、同級生の而木またんき(ニエキマタンキ)、16歳。
外交的で軽快な話し方が特徴的な男性だ。
不真面目でだらしない性格だが、交友関係は比較的広い。
53
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:15:39 ID:jSXdpIt60
クラスの中心になるような人物ではないが、誰とでも仲良くできるタイプの人だ。
率直な彼に対する評価として、私とはあらゆる部分で正反対な性格。
席が隣同士だったことから、何気ない日常的な会話から関係が始まり、課題の解答や授業ノートを貸している内に仲良くなった。
よく一緒に出かけるという訳ではないが、誘えば大概ノってくれる。
唐突に理由もなく呼ばれることは多いけども、彼自身は愉快な人だ。
つまり、時間を潰すにはうってつけの人材。
54
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:17:11 ID:jSXdpIt60
さて、私は今、夏休み初日からいきなり呼び出されたかと思えば、ライトノベルのような稚拙な話を聞かされている。
不快とまでは言わないが、彼の意図がまるっきり読めない。
ちくはぐしていて掴みどころがなく、どこから質問していけば良いか分からないでいる。
とりあえず、事の顛末だけでも聞いてみよう。
彼の話す内容は大半が意味の無い与太話だが、話半分に聞くだけならば、良い暇つぶしになる。
(・∀ ・)「で、だ」
(゚、゚トソン「はい」
55
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:19:06 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「夢の中で付いた傷が現実でも、ってんなら死ぬとどうなるか?
…これが不思議なもんでな、『自然死』するって言われてんだ」
(゚、゚トソン「自然死…といいますと?」
(・∀ ・)「おいおい、アレだぞ? 老衰とか寿命とかじゃねーんだわ。
『さもそうなることが当たり前かのように死ぬ』らしいぜ」
(゚、゚トソン「そうなることが、当たり前…?」
(・∀ ・)「…わかりづらかったな、スマンスマン。
例えば、夢ん中で首をかっ切られて死んだとしても、内臓を毟られて死んだとしても、現実じゃ、事故死だったり転落死だったりに変換される。
夢だとありえねーような死に方なのに、現実だと、どこにでもあるようなフッツーな死に方に置き換わるってことな。
夢じゃ溺死でも、現実だと過労のストレスで首を括ってたりとかな。
しかも自殺の原因が書かれた遺書まで用意されてたとか…って噂も、チラホラある」
56
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:22:50 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「変な話ですね。
…あなたの言いたい『事件』とやらの、あらましは何となく分かりましたけども…何というか、まるで見てきたかのように話しますね」
(・∀ ・)「そりゃ、見てきたからな」
その意表を突く言葉に驚く間も無く、彼は自身の携帯画面を私に見せてくる。
それはネットの掲示板のようなところで、先程まで彼が語っていたものと同じ文言が羅列してあった。
57
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:23:57 ID:jSXdpIt60
掲示板の住人が、この事件について喧々轟々と議論を飛ばしており、証拠の裏付けとして他サイトのニュース記事やリンクなども貼り付けられていた。
読んでみると、掲示板の住人内にもその夢を見た人がいるらしく、血の滲んだ包帯の画像や痛々しい生傷の写真を投稿している者もいた。
思わず目を背けたくなるような画像ばかりだったが、何故か私は目を背けられずにいる。
まるで誰かに、無視する行為を拒まれているかのように。
58
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:25:19 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「なー…変な話だろ?」
彼の言葉が、画面に釘付けにされていた私の意識を現実に戻す。
眼前でハンバーグを頬張る彼の瞳は爛々と輝いていた。件の噂に興味津々な様子だった。
朝食で凄惨な画像を見せつけられる、こちらの気持ちにもなってほしい。
それにしても。
(゚、゚トソン「どうして、こんな話を私にしたのですか?」
彼はなんで私にこの話を吹っかけたのだろうか。
なんとなくと言われればそれまでのことだったが、私としても一応理由が気になった。
59
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:26:25 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「む? いやほら、前に言ったじゃん。
『何か面白そうな事があったら教えて』って」
(゚、゚トソン「……確かに、言ったような気がしますけども…それは、入学して間もない頃の話…ですよね?」
確かに私は、彼にその言葉を言った。
しかしそれは、親しくないもの同士が会話に困った時に使用する常套句の一種で、私はただ会話の空白を埋めるためだけに発言したのだ。
特に意味の無い発言、他愛もない会話の一つ。
彼に対して真剣に『面白いこと』を期待したわけではなかった。
60
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:27:51 ID:jSXdpIt60
あの時の些細な会話を今の今まで覚えていて、しかも律儀に果たしてくれた彼には申し訳無いのだが、変な理由だと思う。
私はあの時そんなに真剣に発言した覚えは無いのだが、真面目に彼が『面白いこと』を探してくれていたのだとしたら、私はここで嘘でも彼に感謝する義務があると思う。
だから私は、その言葉の代わりとして、彼の話をもう少し踏み込んで聞いてみることにした。
それに、彼が話してくれた噂が、何故か他人事のように思えなかったから。
61
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:29:14 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「…それで、その事件を、調査しようとでも?」
(・∀ ・)「流石トソン、よくわかってんじゃん。
…って言っても、別に積極的に首突っ込む動機があるわけじゃ、ないんだけどさ」
(゚、゚トソン「なんですか、妙に歯切れが悪いですね」
(・∀ ・)「いやさぁ、正直言ってどっちでもいいんだよな。
俺は単純に暇を潰せれば、それで満足だし。
…ただよ、二ヶ月も夏休みがあるなんて、思いもしなかったし。
そんな時間あるんなら、なんかしたいんだよね。遊んで食って寝ての繰り返しだろ? 夏休みなんてさ。
でもそれじゃ余りにも退屈だ。だから面白いことを探してたんだが…他人に危害が及ぶ可能性もあるし、どうすっかなーって思ってよ」
62
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:30:23 ID:jSXdpIt60
それは、彼なりの憂慮の気持ちなのだろうか。
それとも、表面的な優男風のブラフなのだろうか。
たぶん後者の気がする。
(゚、゚トソン「ああ、なるほど。
その気持ちは確かに分かりますが…。
しかし言い辛いのですが、あなたは本当にそう思っているのですか?
危険があるから手を引きたいと、本当に思っていますか?
私は寧ろ、あなたなら、危険性があるからこそ進んで調査したいのかと思ってました」
(・∀ ・)「あー……やっぱバレちまう?」
(゚、゚トソン「…………」
63
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:31:21 ID:jSXdpIt60
彼、而木またんきは、昔からこういう性格なのだろうか。
享楽的で確固たる意思もなく、現実から逃避する手段として、興味を惹かれる物を求めて生きてきたのだろうか。
自他ともに蔑ろにして、快楽を追求する人間だったのだろうか。
…いや、それらの批評は、私にこそ相応しい言葉のはずだ。
他人の性格を酷評できるほど、私は出来た人間じゃない。
64
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:32:29 ID:jSXdpIt60
私は彼を否定するつもりは無いが、たまにこのままの関係で良いのだろうかと疑問を覚える。
彼に対して具体的な解決策を示すこともせず、心の内で一方的に貶めている関係は、決して健全なものではないと理解しているのに、私は相変わらず不変を望んでいる。
だからといって、何か核心を突くことを切り出すには早計に思えてしまうし、私如きが他人の根本的な性質を変えられるとも思っていない。
少なくともこの半年間、彼とは友人として接してきている。
具体的に何を言いたいのか分からないことの多い彼だが、会話自体は楽しいと感じている。
今はまだ、彼との曖昧な仲を維持していたいと思っている。
それでもきっと、いつかはケリを付けてしまわないと、いけないんだろうけども。
65
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:33:39 ID:jSXdpIt60
ならばいつ、この関係は途切れるのだろうか。
私たちにとっての"いつか"とは、どのタイミングで訪れるのだろうか。
そういえば。
思索に耽っていた精神を現実に戻し、自分達が何を話し合っていたのかを思い返す。
長時間会話を放置するのは、あまり賢明とは言えない。
66
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:34:29 ID:jSXdpIt60
夢だ。
夢。
現実になる夢の話。
夢といえば、今朝のあの感覚は何だったのだろうか。
67
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:35:26 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「夢といえば今朝、私も変な夢を見ました」
(・∀ ・)「なんだよ藪から棒に…まぁ、いいけどよ。
んで何? 夢? …夢なんて、基本変なもんだろ。因みにどんな内容よ」
(゚、゚トソン「いえ、詳しくは覚えていないのですが。
えーと…私は何処かのゴミ捨て場のようなところにいて、服は酷く汚れていたんです」
言いながら、今朝見た夢を整理する。
先程までの精神論を頭の隅に追いやるように。
68
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:36:46 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「夢って、なんとも言えない既視感があったり、曖昧模糊とした浮遊感がよく付き纏うと思うんですけど、その夢は奇妙なほどに…現実味がありまして」
(・∀ ・)「?」
彼は首を傾げる。
ハンバーグを頬張る腕は止まっていた。
(゚、゚トソン「…何というか、倦怠感や疲労感に起因する体の重さだったり、錆や煤のザラザラとした粉っぽさや生ゴミの腐臭などが、未だにありありと思い出せるんです」
話している内に、今朝目覚めたての時分では思い出せなかった夢の詳細が浮かび上がってくる。
69
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:38:01 ID:jSXdpIt60
大量に積み重なった廃材の山。
無数に散逸した注射針。
ゴミで構成された、林立するビル群。
背広姿の影が私に向かって、左腕を差し伸べている姿。
果たしてそれが本当に今朝見た夢の内容だったのか、前後関係から推測したに過ぎない空想かは、今は置いておく。
70
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:39:10 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「起き上がって現状を確認していると、気付かない内に、私の背後にスーツ姿の男性の影が立っていて…。
その後、自分の名前が思い出せない、という事に気付いたところで目が覚めたんです」
思い出せなかった内容を言葉に出すことで、私は今まで喉に閊えていた異物が取れた時のような爽快感を得た。
そこまで自身の奥深くに食い込んでいたわけでも無いのに、何故だろうか。
目の前ではまたんきが自身の顎に指を添え、少し考えているようだった。
71
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:40:23 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「へぇー、そりゃまた、酔狂な夢だな。
あの現実主義なムトウトソンさんが見るとは思えないぐらい、幻想的で退廃的な夢だ」
(゚、゚トソン「現実に生きている以上、現実を見据えて生きることは、ごく当たり前だと思いますが」
(・∀ ・)「んんー…んー……。どうなんだろうな。
俺なんかは、いっつも夢見心地だ。
辛くて苦しい現実なんて、さっさと醒めて欲しいだけの夢みたいなもんとしか、思ってないけどなー」
彼の言葉が少しだけ意外だった。
毎日を友達と自由奔放に過ごし日常的に笑顔を振りまいている彼に、現実逃避に匹敵するほどの辛辣さや苦心があるとは思えなかったからだ。
72
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:41:40 ID:jSXdpIt60
きっと彼にも、大っぴらにできない事情の1つや2つ、あるということなのだろう。
彼だって私と同じ人間なのだから、悩みや苦悩があるのは普通のことだが、その自然な表情を眺めていると、そういう人間らしい悩みは霞も感じられなかった。
(゚、゚トソン「…またんきはもう少し、しっかりと現実を見据えたほうがいいと思います。
授業の内容や、課題の提出期限などは特に」
(・∀ ・;)「うっ……、善処します…」
彼みたいなタイプの人間なら、私以外にもいくらでも友達はいるだろうに。
73
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:42:33 ID:jSXdpIt60
背丈は決して高すぎないが、高校一年生の平均よりは高いだろう。
部活動には所属していないものの運動神経は良く、座学の成績も、お咎めを受けるほど悪くない。
年齢に似合わない大人びた雰囲気を持ちつつも、会話は意外と気さくで、ユーモアのセンスも兼ね備えている。
俗に言うイケメンのルックスを数多く所有しているため、恋愛には暇が無いと聞く。
彼と話していると確かに楽しいし、表情に乏しい私に対しても分け隔てなく関わってくれるあたり、本質的に親切な性格なのだと思う。
74
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:44:03 ID:jSXdpIt60
だが私は、彼に対して恋愛感情は持っていない。
これは意地っ張りとか天邪鬼とか言われる、好意の裏返しのような感情ではない。
ふと携帯の振動音が周囲に響く。どうやら彼の携帯にメッセージが届いた音らしい。
(・∀ ・)「ん、誰だ?………おっ」
携帯の画面を見るなり彼が笑い出した。愉快で堪らないといった声色。
液晶を凝視する彼の顔は、幼い子供の浮かべる満面の笑顔そのものだ。
まるで彼女からのデートの誘いに対して、有頂天に喜んでいる彼氏のような様子だった。
75
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:45:02 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「どうかしましたか」
分かりきっているが、一応尋ねる。この会話も何度目だろうか。
彼がこの表情を浮べるのは、誰かにこの話を訊いて欲しいという合図なのだ。
(・∀ ・*)「いやぁ、ね。いつものやつさ……ヒッキーがショッピングしたいから、来て欲しいってさっ!」
(゚、゚トソン「やはり、そうですか」
そう話す彼の表情は弛緩しきっており、だらしなく口が開いている。
普段の彼から想像できない緩みきった顔貌。
私以外のクラスメイトが見たら、この彼が本当に而木またんきなのか疑ってかかるだろう。
76
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:46:36 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「…ってなわけで、俺から呼んでおいて悪いんだけども、そろそろお暇するぜ。
…オイオイ、そんな寂しそうな顔すんなよなー」
冗談だと分かっているが癪に障る。
つまらない文言を調子に乗って言う癖は嫌いだ。
(゚、゚トソン「寂しそうな顔をしたつもりはありませんが」
(・∀ ・)「ちぇッ、かわいくねーの……」
彼が先程発した「ヒッキー」とは、彼の伴侶のことである。あまり呼ばれないが、綽名はアクビ。
本名は缺 ヒッキー(カケル ヒッキー)。
「缺」の文字がアクビとも読める事、よく人に欠伸を移すことから、そう呼ばれることもある。年齢は20歳の大学三回生。
またんきを通して、私も面識のある人物だ。
77
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:47:38 ID:jSXdpIt60
(・∀ ・)「…事件のことだけどよ」
唐突に話が軌道修正される。
(・∀ ・)「トソンの夢とも、もしかしたら関係あるかもしれないぜ」
(゚、゚トソン「え?」
それはどういう事ですか、と聞き返す間もなく彼は席を立った。
(・∀ ・)「んじゃ、俺ちょっと急いでるから。悪いな。
あいつにも夢の噂話について、聞いてみっからさ」
それだけ言うと、彼はテーブルに2000円を残し颯爽と店を出ていった。
恐らく二人分の飲食代を置いていったのだろう。自分から呼んでおいて、自分勝手に去ることに対する彼なりの礼儀。
78
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:48:32 ID:jSXdpIt60
私の夢と事件の内容についての関連性はまだ分からないが、あの人なら何か知っているかもしれない。
いや、あの人のことだから、恐らく私やまたんきよりも詳しいのだろう。
根拠に乏しい予想だが、ヒッキーさんは奇天烈奇妙な噂話には人一倍目敏いし、何よりも情報収集が得意だ。
私も自分で少し調べてから連絡をとってみようと、何となく考えている。
79
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:49:21 ID:jSXdpIt60
話を戻すが、私がまたんきに恋心を抱かない理由は単純だ。
彼が恋愛対象に該当しないからである。
というか、そもそも彼を異性として認識すること自体が間違っている。
而木またんきと缺ヒッキー。
二人を知っている私には、断言できる。
彼らが同性愛者だからだ。
80
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:57:54 ID:jSXdpIt60
5.六十トソン
81
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:58:39 ID:jSXdpIt60
面白いとは、どういったことを意味するのだろうか。
自然と笑顔になれること、興味を唆られること、時間も忘れて熱中してしまうようなことなど、人それぞれで千差万別だろう。
私は何を持って面白いと感じているのだろうか。
82
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 03:59:20 ID:jSXdpIt60
恐らく、退屈しのぎの理由に過ぎないのだろう。
現実から目を背けて空想に入り浸ること、現在直面している問題から逃避するための理由付け…いや、動機付けに過ぎないのだろう。
或いは、自己表現を拡大させる為の材料調達とでも言えるだろうか。
83
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:00:09 ID:jSXdpIt60
他者や世の中からインスピレーションを得ることで、自身の表現力を発揮し続けている人々、所謂アーティストと呼ばれる人々は、そういった想像力の源を活性化させる為に、自身の好奇心を用いているのではないかと思う。
表現者たちはそれぞれ媒体を持っており、それを通じて世の中に自己の一端を放出している。
それは音楽であったり映像であったり小説であったり、或いはファッションや仕草も当てはまるだろう。
しかしその表現と言われる物は、そこまでして世に広めたいと思えるものなのだろうか。
84
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:00:55 ID:jSXdpIt60
明確な積極性を持って自分自身を世に発信し続けるなんてこと、私には到底出来ない。
活発さや溌剌さといった活動性以前の問題として、羞恥心が勝るためだ。
自己を表現し世間に流布することは、自身の底の浅さを他人に見られる行為と私は捉えている。
それを恥ずかしげもなく堂々と発揮できる人々を、私はある種尊敬するし軽蔑もする。
恐らく私も心のどこかで、自己表現や自己実現の欲求を抱えており、その一方で露悪趣味のような行動しか出来ない人達に嫌気が差しているのだろう。
85
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:01:28 ID:jSXdpIt60
若しくは私が、自己を表現する才能が皆無な故に、己の表現を露悪としか捉えられていないのだろうか。
それとも、自己表現を、他者に自分の中身を詳らかに見せつける事としか認識できない私に問題があるのだろうか。
86
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:02:05 ID:jSXdpIt60
現実として、私はそんなに多くの人々が、自己表現を発散しているとは思わない。
大抵の人間は特に表現したい事も無いし、それを見せびらかすようなこともしていない。
みな同じような服を着て、同じような会話を繰り返して、極力目立たないように生活しているように見える。
それで全く不自由しないからだ。苦心してまで表現者を目指す人物なんて、数える程しかいないだろう。
それに敵う能力を有している人物も同様に。
87
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:02:40 ID:jSXdpIt60
街中で奇抜な格好をして悠々自適に闊歩している人を見ると、つい距離を取ってしまいがちだし、SNSでグロテスクな投稿を見つけてしまったら非表示にしている。
自分自身をアピールしなくたって、生きる分に支障は無い。
慣れてない人には耐え難い苦痛になるかもしれないが、世の中を変えようと努力するよりも、諦めて自分を変える方が楽だと気づけば、難しいことは時間が解決してくれる。
88
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:03:17 ID:jSXdpIt60
だからと言って何もしないで、何も出来ない現実を享受するのもつまらないし、酷く退屈だった。
だからだろう。私が漠然とした面白いことに興味を唆られたのは。
噂話の領域を出ない夢の調査に対して、徐々に惹かれ始めているのは。
表現への嫉妬の裏返し、積極的になれない自分を恨むに恨めないことへの八つ当たり、退屈しのぎの動機付けとして面白い事を探していたのではないか。
…たぶん、彼もそうだったのだろう。
だから『面白いことを教えて欲しい』というその場しのぎな言葉を、今もなお覚えていたのだろう。
89
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:04:07 ID:jSXdpIt60
時刻は午前11時半、昼食時も近づいてきた為、店内が徐々に賑わってきている。
またんきが帰ってから30分程度経過していた。
流石に何も注文しないのも申し訳ないと思い、軽くサラダを食べながら今後の予定を考えている。
夏休み初日、彼からの連絡が無ければ自宅でゆっくりと休む予定だった。
しかし今朝、唐突に呼ばれたから、こうして都会まで出てきた。
それにも関わらず彼は予定が入ったからとすぐに退席してしまい、私は何の予定もないままサイゼリヤに居座る羽目になっている。
彼から奇妙な事件の噂を伝えられて。
90
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:04:43 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「……」
これからどうしようか。
わざわざ化粧までしてきたのに、何もせずに自宅へ帰るのは、精神衛生上よろしくない。
かといって、このまま1人でファミレスに留まり携帯を弄り続けるのも気が引ける。
幸い私は友人には恵まれているので、今から呼んでも来てくれそうな人物は何人か心当たりがある。
しかし、こんな妙ちくりんな理由で彼らの時間を使ってしまうのは申し訳なさを覚える。
それに今日は夏休みの初日だ。彼らももう既に何処かへ出かけていそうであるが、さて…どうしようか。
91
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:05:55 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「え?」
そんな具合に逡巡していると、不意に右肩が叩かれた。
今まで空想の中であれこれ思考を巡らせていたので、必要以上に大きな声を発してしまった。
恐る恐る後ろを振り向くと、異様な出で立ちの人物が立っていた。
上半身全体をスッポリ、土埃で薄汚れた土嚢のような袋で覆っており、下半身は穴と汚れと解れまみれのダメージジーンズ。
灰色のスニーカーは泥や傷でボロボロだった。
衣類が示す人物のシルエットが、冬の枯れ木のようにか細く痩せぎすで、横幅も厚みも異常なまでに狭い。
92
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:06:39 ID:jSXdpIt60
どこからどう見ても不審者であり、店員が彼又は彼女を特に訝しむことなく素通りしている様子に違和感を覚える。
私が唖然としていると、その枯れ木が言葉を発した。
( )「おーっす! こんなとこで会うなんて奇遇だねー。1人で何してんのー?」
そう話しかけられ、迎えの席にずかずかと座り込んできた。
どうやら相手は私に見覚えがあるようだが、少なくとも私にはこんな不審人物に心当たりは無い。
声も袋のせいかくぐもっていて聞き取りづらく、女性か男性かの見分けも付かない。
93
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:07:13 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「ええと……どちら様ですか?」
( )「えー? …あー、ごめんごめん。袋かぶってたの、忘れてた」
そう言って謎の人物はおもむろに麻袋を外した。
その下から顕になったピアス塗れの顔を見たときに、前に座っている人物が誰なのか、ようやく合点がいった。
94
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:08:30 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「…そんな格好で何をしているのですか、くるうさん」
川 ゚ 々゚)「いやー面目ない。近くでコスプレイベントがあったからさ、仮装してたんだよねー。誰からも何にも言われないから、自分が被り物してたの忘れてたんだよー。
いやー、ほんとごめんね? 驚かせちゃって」
目の前に座っている彼女は、韶実 くるう(ショウミ クルウ)という。
アパートのお隣さんで、引っ越してきたばかりの頃は、右も左も分からない私に親切にしてくれた。近所の頼れるお姉さんのような人だ。
95
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:09:16 ID:jSXdpIt60
身長175cmの21歳、乙女座でO型。
体重について尋ねたことは無い。見ればなんとなく分かるからだ。
背丈は私より頭一つ分高いが、体重は恐らく私より一回り程度低いだろう。飢餓していると言った方が正しいくらいに痩せ細っている。
起伏の少ない体型なので、ある意味モデル体型とも言えるのだろう。
目の周りの隈や無数に開けられたピアスも相まって、かなり病的な出で立ちをしているが、猫のように真ん丸で大きなダークブラウンの瞳、長い睫毛、高く形の整った鼻、切れ長で薄い唇は、彼女の顔が日本人離れした麗しいものであることを如実に表している。
街中で見かければ、思わず二度見したくなるような美貌の持ち主だ。
96
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:10:13 ID:jSXdpIt60
実は先程、今から呼んでも来てくれそうな友人とは、彼女の事を指していた。
外見こそ狂気を孕んだ人物だが、話してみると非常に穏やかな性格で、妙に間延びした口調は癒し効果を持っていると思う。
出会った当初はそのギャップに困惑していたことを、今でもありありと思い出せる。
97
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:11:02 ID:jSXdpIt60
(゚、゚トソン「いえ、お構いなく。
それにしても珍しいですね、こんなところで会うなんて」
川 ゚ 々゚)「ほんとだよねー。運命かなー?」
(゚、゚トソン「イベントはもう終わったのですか?」
川 ゚ 々゚)「んーや、まだイベント自体は開催中なんだけどね。
なーんかさ、飽きちゃったの。
外は暑いしー、誰にも見向きもされないしーで。
でもこのまま何もしないで帰るのもヤだから、ファミレスで適当に時間潰してから帰ろうかなーって思って、ここに来てみたんだ。
涼みたかったしね」
彼女らしいといえば彼女らしい理由だった。
単独行動を好んでいるのか、友達が少ないのかは不明だが、彼女が誰かと一緒にいるところはあまり見たことがない。
98
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:12:02 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「トソンこそ、こんなところに1人でいるなんて珍しいじゃん。
何してんの?」
彼女にまたんきから聞いた話を伝えてしまおうか考えてから、話し始める。
彼女も彼と同様に、面白い事には敏感なのだ。
(゚、゚トソン「実はまたんきに面白い事件があると言われ、先程までここで話し込んでいました。
その調査を1人で行うのも何となく退屈だったので、丁度誰か友人を呼ぼうかと悩んでいたところだったんです」
川 ゚ 々゚)「相変わらず仲良いねー二人は。今度一緒にダブルデートでもしよーよー」
99
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:12:33 ID:jSXdpIt60
くるうさんは、ヒッキーさんを通してまたんきとも面識がある。
ヒッキーさんと彼女は高校以来の付き合いらしい。
かなり意気投合しているらしく、ヒッキーさんが同性愛者であることも、その彼氏が4つも年下の男子高校生であることも知っている。
知っていて縁を切らないのであるから、彼らは相当に相性が良いのだろうと思う。
(゚、゚トソン「私は同性愛者ではありませんし、彼らも自分達の馴れ初めを節操もなく見せびらかすようなことはしたくないと思いますよ。
それに、隣でカップルが楽しそうにしている姿を見ていても、虚しい気持ちになるだけでしょう」
100
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:13:10 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「私はトソンちゃんの嫉妬している姿を見れるだけでも楽しいよー?」
(゚、゚トソン「…嫉妬なんて、しませんよ」
これは私の本音であったが、大抵の人は自分の近くでカップルが楽しそうに会話している姿を見ると、羨ましがったり嫉妬したりすると思う。
私にもそういった感情が全く無いとは断言できない。しかし、他人を異性として好きになるという感覚がよく分からないのだ。
101
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:13:54 ID:jSXdpIt60
要するに私は恋をしたことがない。
格好良い人物が見当たらないとか、誰と話していても退屈だとかいう訳ではない。
相手を恋愛対象として好きになる自分の姿が想像できないのだ。
一緒に何処かへ出かけて、談笑して、悩み事を相談して、そういったプロセスが友人と何が違うのかが理解出来ない。
キスでもすれば恋人なのだろうか。
友人、親友、恋人の違いなんてその程度でしかないのだと思うと、積極的に他人を求める気持ちは自然と縮小してゆく。
102
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:14:33 ID:jSXdpIt60
だからだろう、近くで自分が介入できない二人の仲を眺めたとしても、寂しさだけしか得られないのは。
友達も恋人も、本質的な部分では大差ないと思っているのだから。
幸せを分けてもらえているようで、その実あるのは寂寥感。
昔読んだ小説に、そんなことが書いてあったような気がする。
そんな寂寥感を感じるくらいなら、痛みを伴う幸せなんか私はいらない。
103
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 04:15:04 ID:jSXdpIt60
川 ゚ 々゚)「それでー?」
(゚、゚トソン「それで、とは」
川 ゚ 々゚)「またんき君から聞かされた面白い事件てやつ。どんな話なの?」
やはりというか、思ったとおりくるうさんは話に食いついてきた。
『面白い事』という言葉は誰にとっても少なからず興味を惹かれるものなのだろう。
どうせ暇だったのだから、ちょうど良かった。
またんきから聞いた噂話をしつつ、私は私でくうるさんへの理解を深めることにしよう。
なんやかんや友人だと言っても、私はまだ彼女の事情を、殆ど何も知らないのだから。
104
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:07:46 ID:jSXdpIt60
6.缺ヒッキー
105
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:08:27 ID:jSXdpIt60
僕は図書館の中にいた。
堆く堆積した書籍の山々、天まで届きそうなほど高い本棚、どこまでも続く広大な空間。
見える範囲で2階、3階、4階、5階…それより上は靄がかかっていて不可視だ。
シトシトと、室内で雨音が反響している。
見えない上階では雨が降っているのだろうか。
106
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:09:09 ID:jSXdpIt60
司書らしき人物が一人、椅子に腰掛けている。
猫のように真ん丸で大きな瞳が、彼女の眼前で開かれている本の影からこちらを注視している。
何処かで見覚えのある顔だった。
何時から見られていたのか、何故僕を眺めているのかは分からなかったが、不思議と心地良い感覚。
僕はこの空間が夢であることに気づいている。
ついさっきまで友人と一緒に散歩していたことを覚えているし、その公園の近くに図書館が無いことも知っていた。
107
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:10:04 ID:jSXdpIt60
夢であることに気づいているのに目が醒めないのは、僕がこの世界に耽溺していたいと希求しているからだろうか。
猫目の彼女と、時間を共有していたいと願っているからだろうか。
この際限無く存在する本を時間も忘れて読み耽りたいと思っているからだろうか。
答えがひとつに絞れない。
これが僕の脳が見せている夢ならば、この蔵書は既知の内容しか含まれていないのではなかろうか。
しかし、彼女という他者の存在が引っかかる。
目の前の彼女は、僕の高校以来の友人である韶実くるうに瓜二つだった。
108
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:10:48 ID:jSXdpIt60
夢の共有、という話を以前聞いたことがある。
タイミングが異なれど、各々が似たような内容の夢を見ていて、後にそれを照合してみると酷似していたという概要だ。
夢は個人の脳が見せているものにも関わらず、意識の根底が他者と共有されるという事象は、ロマンがあって嫌いではない。
その仮説を信じるとするなら、ここには僕以外にも彼女の意識が関与しているのではないだろうか。
不可視であるが、彼女以外の他者が存在している可能性もあり、ともすればそれぞれの意識が作り上げた夢であるとするなら、蔵書の内容もそれに応じた複雑な知識が織り交ぜられているかもしれない。
故に、この本には僕の知らない未知の内容が記載されている可能性がある。
109
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:11:30 ID:jSXdpIt60
しかし、
川 ゚ 々゚)「……」
今の僕は、読書に耽ることよりも彼女を眺めていたかった。
身惚れている訳ではなく、ただ眺めていたいのだ。
視線が合うことがこの上なく心地良い。
彼女の姿は現在の容姿とは異なっており、悪趣味なピアスも金壺眼も見当たらない。
まだ幼さの残る、高校生の顔貌。
初めて出会った時の、壊れてしまう前の彼女がそこにいた。
110
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:11:57 ID:jSXdpIt60
どれほど経っただろうか。
雨が降ってきた。
夕立に打たれるような激しさも、布が肌に張り付くような不快感も無い。
霖に打たれ続けていたような、皮膚感覚が優しく麻痺した心地良い滴が、僕達を包んでいた。
駄目だ。
安寧は、ダメだ。
111
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:12:32 ID:jSXdpIt60
僕にはそんな資格はない。それを享受し得る権利はない。
生きている限りは苦しめ続けられなければいけない。
罪業に苛まれなければいけない。
原罪を刻まれ続けなければいけない。
僕に救いの道なんて、無い。
112
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:13:02 ID:jSXdpIt60
内側から押しつぶされるような圧迫感を覚え、胸に爪を立てる。
薄い皮膚を貫通して皮下の分厚い脂肪を抉り取るように、がむしゃらに掻き毟る。
四肢を裂かんばかりの猛烈な痛みが迸るが、それ以上の辛苦が僕の腕を動かしている。
ただ逃げたい。
見たくない。
その一心で。
113
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:14:19 ID:jSXdpIt60
赤い滴が皮膚を伝い、足元にできていた水たまりに沈んで行く。
同時に、澄み渡っていた透明の水たまりがどどめ色に埋め尽くされてゆく。
僕から広がる血の雫を目で追い、行く末を見守る。
いつの間にか僕らに降り注いでいた雨は止んでいて、地は無限の波紋が広がる海へと変化していた。
その海が濁ってゆく姿を見守る。
濁りが広がると同時に、波紋模様が消失してゆく。
深い深い、黝い苔色を孕んだ不透明な海。
猫目の彼女はいつの間にか僕の正面に直立していて、左手には先ほどまで開かれていた本が握られている。
彼女の足元から漣が広がる。
彼女を中心として、凪の海が泡沫を上げる。
波模様に乗せられ揺蕩う飛沫に無数の人間の顔を見たような気がした。
114
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:15:05 ID:jSXdpIt60
「ねぇ」
彼女の口元から不意に声が聞こえた。
猫のように真ん丸な、ダークブラウンの瞳。
朗らかさの中に怜悧を含んだ表情。
脳裏まで浸透する、空虚な声。
何かを言いかけたように口を開き、そのまま何も言わずに視線を合わせた。
115
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:15:32 ID:jSXdpIt60
彼女がほんの少しだけ微笑んだような、そんな気がした。
僕は長い瞬きをして、彼女から逃避するように視界を閉ざす。
「ごめんなさい」
最後にそう聞こえたような気がして、僕の意識は暗闇に沈んでいった。
僕はまた、無意識へ逃避した。
116
:
◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:16:35 ID:jSXdpIt60
気が付くと、僕は公園のベンチに腰掛けていた。
恐らくほんの一刹那にも満たない微小な時の隙間に見た夢だったのだろう。
夢で想起していた感情は、瞬く間に無意識へ消えていった。
隣には而木またんきが座っている。
楽しそうな笑顔を携えて、一人で何かを話している。
いや、たぶん僕に話しかけているのだろう。
…彼は、とても良い奴だと思う。
急に呼びつけても嫌な表情一つ見せないし、僕が自分勝手な要求をしても笑って受け止めてくれる。
八つ当たりしても怒らないし、喧嘩をしても直ぐに仲直りしてくれる。
彼と一緒にいるのが僕なんかでいいのだろうかと常々考える。
僕ばかりが幸せを享受して良いのだろうか。
許されるのだろうか。
117
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:17:27 ID:jSXdpIt60
いや、許される訳無い。
そんな事、疾うの昔に理解しているだろう。
これはただの罰であり罪だ。
贖いに過ぎない。
今の生活が精算される日は、きっと近いだろう。
どんなに長くても、一週間以内にはこの関係に決着を付けてしまわなくてはいけない。
自分の罪業は地獄の底辺まで理解し尽くしている。
かれこれあの日から、ずっとそんなことを思っているが、締切の一週間が延長し続けた結果、今の僕がある。
118
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:18:14 ID:jSXdpIt60
と、そんな戯言に現を抜かしていると。
(・∀ ・)「んん? 何ニヤニヤしてんの、ちょっと気持ち悪いよその顔。
まーた変な妄想でもしてたのか?」
(-_-)「なんでもない」
(・∀ ・)「拗ねんなって…ごめんな? 機嫌直してよー」
いつも通りのやりとりだ。
同じようなことを会う度に繰り返している気がする。
先程までの白昼夢を心の片隅にしまい、今は現実に戻ることにしよう。
119
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:19:12 ID:jSXdpIt60
僕は缺 ヒッキー(カケル ヒッキー)。
隣に座っている男性は名を而木 またんき(ニエキ マタンキ)という。
現在時刻は正午ぴったり。昼食時真っ只中な時間帯であるため、公園内は閑散としている。
本来あるべき姿のようで、人の多い都心にも関わらず、どこか安心する。
軽く昼食を済ませ、目星を付けている店の開店まで時間を潰していた。
季節は7月下旬である故、非常に蒸し暑い。
太陽の日差しが皮膚を焦がす。
それでもまだ、人ごみを避けられる木陰の多い公園内は、比較的快適に過ごせる環境だった。
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◆MSKEobRqzo
:2020/06/15(月) 05:21:15 ID:jSXdpIt60
暑さで意識が朦朧とする。
頭が不自然にクラクラと揺れてしまいそうになるのを何とか耐えている。
隣の彼は暑さなど何処吹く風、この灼熱の中でも平然と構えている。
(-_-)「…いや、ちょっとね。別に機嫌が悪かった訳じゃない。
あまりの暑さで意識が飛んでた。
…一瞬、白昼夢みたいな幻覚が見えただけだよ」
(・∀ ・)「ゲッ、それ大丈夫かよ。どっか涼めるとこに移動すっか?」
(-_-)「いや、もう平気。それに今の時分だと、たぶんどこに行っても混んでるだろうし。
建物の中より公園の方がまだマシだ。
暑さなんてへっちゃらさ」
(・∀ ・)「額やら顎やら二の腕やらに脂汗浮かべて言うセリフじゃないけどな、それ。
…まー、お前が大丈夫だって言うんなら、大丈夫なんだろうけどよ」
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