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Ammo→Re!!のようです

98名無しさん:2019/05/07(火) 19:56:59 ID:116wtzvM0
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神はこの世にいない。
誰も証人がいないし、証拠がないからだ。
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ニ';-'"~:::..:.:.`''ー-、__,,,、-‐- ..,,__         :::::::::.'ー.゙''\ ,! ..:;:.,..  ;  '  ,.::.:. "'-、
 .... ~""'''ー- ...,,___::.:...  :::..:.:.:::...~""''""´`'t       だが、あの山には悪魔がいる。
 .,,.::.. .::. ..:.   ;;,,   ̄ ̄~~""'' - 、..::;.:..:...  `:,、 .:.:;; 俺が証人で、この体が証拠だ。
ニ″::::::   .::...   ;,,,,;;  ;;   ;;:.   ~"'-、 ::::::;;.::.:;..:.:.:.....  .:. ......:::;.::.:.... 
                ――クラフト山脈登頂挑戦者、“三本指”のビリー・バリアフリード

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August 15th AM07:30

頭上には青空が広がり、眼下には切り立った崖と鬱蒼とした針葉樹林が広がっていた。
転落すれば間違いなく死が待っていることを嫌でも認識させる高さからの眺めだが、それは絶景と言っても過言ではなかった。
限られた場所でのみ見ることの許される景色。
それが困難な場所であればあるだけ、人はそれに惹かれるのかもしれない。

圧倒的な標高を誇るクラフト山脈からの眺めは、これまでに登山家達だけの物だったが、今はそうではない。
純白の列車がレールに積もった雪を蹴散らし、通り過ぎた山肌の雪を吹き飛ばして疾走する。
その車窓から眼下に見下ろす圧倒的な景色に、乗客たちは惚れ惚れとした様子で溜息を吐いた。
彼らの乗る列車は平地に比べて非常にゆっくりとした速度でクラフト山脈の隣を走るが、その速さは安全性が約束される最高速度だった。

世界最新の列車とはいえども、足元に敷かれたレールが唯一の命綱であり、これから先の道を保証する唯一の存在だ。
そしてある意味不安定な未来を保証するそのレールの上を走るスノー・ピアサーは、右手側から登ってきた夏の太陽に照らされ、白く輝きを放っていた。
列車の生み出した風によって作り出されるその輝きは極めて幻想的で、細かな光の羽衣を纏っているように見えた。
すでに車輛はクラフト山脈を二割ほど進み、着実に目的地に向かって進んでいた。

進んでいることを実感させる要素は風景だけだが、その風景の圧倒的な美しさに、乗客たちは映し出される景色に目を奪われ、時が経つのを忘れた。
食堂車で朝食を獲る客たちは、淹れたてのコーヒーや紅茶を堪能しつつ、焼き立てのパンや夏の果物を口に運んで優雅な時間を楽しんでいる。
控えめなクラシックがBGMとして流れる車内には食欲をそそる香りが立ち込め、人々が談笑しつつ、食事を堪能する和やかな空気が流れていた。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

デレシアはマグカップに入ったコーヒーを一口だけ飲んでから、バターをたっぷりと塗ったトーストを口にした。
ざふりとした香ばしい表面とは違い、赤子の肌のように弾力のある内側からは甘い香りを孕んだ湯気が薄らと立っている。
分厚く切られたトーストは上質なものであるとすぐに分かるほどで、バターもまた、その奥深い味わいから妥協のない一品だと分かった。
濃厚なバターの甘味と塩味に満足そうな声を上げ、デレシアは思わず笑みを浮かべた。

99名無しさん:2019/05/07(火) 19:57:22 ID:116wtzvM0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、美味しい」

ノパー゚)「こっちのオニオンスープも美味いな」

最初の一口にスープを飲んでいたヒート・オロラ・レッドウィングは感想を述べ、すぐにまたスープを飲み始めた。
彼女の飲んでいるオニオンスープには細かく刻まれた玉ねぎが浮かび、コンソメで味付けがされただけのシンプルな料理だが、コンソメに相当な旨味が凝縮されているようだ。
香りの中に複雑な素材の香りが感じ取れ、ただならぬ旨味成分を予想させた。

(∪*´ω`)「このパンもおいしいですお」

ロールパンにソーセージと千切りのキャベツを炒めたものが挟まれたものを頬張りながら、ブーンも感想を口にした。
子供用にケチャップだけの味付けにされているようだが、それでもブーンは満足している。
ソーセージの焼き目はきつね色で、皮も破裂することなく皮を噛みきる快感の余地を残している。
口の端にケチャップを付けたまま、ブーンは笑顔でミニホットドッグを食べ続けた。

彼はすでに三つ目に手を付け、旺盛な食欲を見せている。
コールスローサラダも合間に食べるよう、ヒートがアドバイスをするとブーンはすぐにそれに従った。
列車の中で作られた食事ではあるが、食材の管理方法が非常によく、鮮度がまだ損なわれていない。
後はシャルラに到着するまでの間に、どこまでこの質が落ちないかがこの列車の料理人の腕の見せ所だろう。

デレシアもブーンと同じく、コールスローを口に運んだ。
さっぱりとした味だが、その中に施された小さな一手間に笑みがこぼれる。
みじん切りにされているために見た目には分かりにくいが、リンゴが入っていた。
酸味と甘みの調和がとれたコールスローは、朝に食欲が湧かない人間にも食べやすいものだ。

メインの食事を終えたブーンは、黄金色に輝くリンゴを食べ始めた。
琥珀が埋め込まれたかのようなリンゴはその音だけでも歯ごたえがあり、甘味が相当あることがよく分かる。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しい?」

訊かずとも、彼の食べる音が答えを語っている。
それでも彼の幸せそうな笑顔を見ると、思わず訊かずにはいられなかった。

(∪*´ω`)゛

しかしこの瞬間。
デレシアでさえも安心してブーンを眺めていたこの瞬間――

(∪´ω`)「お?」

――ブーンだけが、世界の異変に気付いた。

100名無しさん:2019/05/07(火) 19:58:51 ID:116wtzvM0
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                                            Ammo for Rerail!!編
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突如食事を中断したブーンの変化に、デレシアとヒートはただならぬ何かを感じ取った。
彼は人間よりも遥かに優れた五感を有し、二人には感知できない物を感知することが出来る。
その彼が動きを止めたということは、彼が何かを感知したのだ。
匂い、振動、音、あるいはそれら全てを総合した異変を。

異質な何かを知覚し、その正体を探るためにブーンは視線を周囲に向け、首を傾げた。
一瞬だけ見せた彼の鋭い動きは、さながら森の侵入者を察知した狼を彷彿とさせた。
だがすぐに彼は子供らしい仕草で自分の咄嗟の行動を理解できない、という意を表した。

(∪´ω`)「おー?」

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの、ブーンちゃん?」

(∪´ω`)「なんか、いやなおとがきこえませんでしたか?」

音となると、デレシアとヒートにも聞き取れる限度がある。
ブーンにしか聞き取れない音があったのであれば、それは聞いておくべきだ。
銃声、爆音、もしくは音響兵器など可能性はいくらでもあるが、彼が嫌な音と表現したのが気になった。

ノパ⊿゚)「嫌な音? どんな感じの音だ?」

スノー・ピアサーの先頭車輛が、目前に現れたトンネルにその頭に差し込んだ。
少しずつ淡い闇が車輛を覆っていく。
世界が夜になるように、白い列車が黒に染められていく。

(∪´ω`)「ぎゅぎゅ、っておとですお。
      やまのほうから……
あ、ごーっておとが、おおきく――」

ζ(゚-゚ζ

彼女たちに“まだ”その音は聞こえない。
聞こえないが、聞こえる人間がここにいる。
そしてそれを逆算すれば、音の答えは自ずと出てくる。
何一つ彼女たちが感じ取れることはなかったが、彼の言葉を聞いた直後にやるべきことは一つだった。

101名無しさん:2019/05/07(火) 19:59:26 ID:116wtzvM0
ノハ;゚⊿゚)

その言葉でブーンが何を聞き取ったのか、デレシアとヒートは同時に理解していた。
反射的に山を仰ぎ見て、デレシアがブーンを抱きかかえてヒートと共に部屋に駆け戻る。
目を白黒させるブーンをベッドの中に押し込み、二人はその上に空間を作って覆い被さった。
そして、白い衝撃がスノー・ピアサーに訪れた――

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rerail!!編


『最も明確に破壊の意思を持った、最も無垢で美しい自然現象』

                               ――山岳救助隊、ガック・マウントニア


第三章【Snowpiercer part1-雪を貫く者part1-】
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車体に搭載されている防御装置の始動は、一切のアナウンスなしに自動的に、そして機械的に最高のタイミングで行われた。
それは人間の意志とは別に稼働するように設計された、自然災害に対応するための装置だった。
緊急停車装置は乗客に対しての衝撃を最小限に抑える設計だったが、金属同士を擦り付ける甲高い音と急制動に伴う衝撃は殺しきれない。
そして、列車最大の敵である横方向からの衝撃に対抗するための衝撃相殺装置は鐘の音に似た鈍い金属音を鳴らし、横殴りの衝撃を軽減した。

突如として訪れた衝撃は短いものだったが、体験した人間達にとってその時間はあまりにも長すぎた。
完全に停車した車内は一瞬黒に染まったが、すぐに明るく照らし出された。
それが外部の映像ではなく、本来の内装であることは明白だった。
沈黙はいつまでも続くかに思われたが、すぐに車掌の声がそれを打ち消した。

『ご乗車の皆様にお知らせいたします。
先ほど、クラフト山脈頂上付近で大規模な雪崩が発生いたしました。
現在スノー・ピアサーはトンネル内に緊急停車しております。
車輛の確認と周囲の確認を行い、運転再開の目安が分かり次第再びお知らせいたします。

運転再開まで今しばらくお待ちください』

普通なら恐怖とパニックのあまり、車内放送など出来ない状態に陥るが、車掌であるジャック・ジュノは己の役割を的確に果たした。
賞賛する機会があればそうしたいところだが、今はそんな時間も余裕もない。
デレシアとヒートはブーンの上からほぼ同時に起き上がり、ひとまずブーンに被害が及んでいないことを確認してから、安堵の息を吐いた。

ノハ;゚⊿゚)「ふぅ…… タイミングが良かったな」

ζ(゚ー゚*ζ「トンネルがなくてもどうにかできたでしょうけど、流石に棺桶を使っているだけはあるわね。
      普通の列車なら間違いなく脱線、転落してたわ」

102名無しさん:2019/05/07(火) 19:59:52 ID:116wtzvM0
本来は戦闘用に開発された軍用第七世代強化外骨格――通称、棺桶――を列車に取り込んだだけはあり、雪崩の直撃を受けても列車が横転する気配はなかった。
スノー・ピアサーは豪雪地帯での高速戦闘に特化して開発されただけあり、雪に関する様々な対抗手段を備えていた。
その一つが、戦闘時とは異なる振動を発する高周波振動発生装置の存在だ。
身に触れる雪と液体を全て振り払うことを目的とし、例え硬化した雪の壁を前にしても難なくその中を闊歩できる能力を有している。

その装置を、列車全体を覆う風防に連動させることで、スノー・ピアサーは豪雪地帯であるシャルラ方面とクラフト山脈での運転を可能にしたのだろう。
他にも多々ある装置を全て雪害対策に割り当てることで、雪崩に対する対抗装置としたのだ。
設計者はさぞかし優秀な人間に違いないと、デレシアは一層関心を深めた。
正直なところ、エライジャクレイグがここまで技術的に発展してくるとは思ってもみなかった。

いい意味でこの街はデレシアの予想を裏切ってくれたことが分かり、嬉しいと思う反面、この状況をブーンの成長にどう繋げられるのか。
そして、この列車に乗り合わせている怪しげな人間たちの動向も気になるところだ。

ζ(゚、゚*ζ「とはいえ、トンネル内に閉じ込められたのは確かね」

ノパ⊿゚)「どうすんだろうな、これからよ」

ζ(゚、゚*ζ「まぁ、雪崩だろうが何だろうがこの列車は走れるけど、問題はレールね」

ノパ⊿゚)「ってえと?」

ヒートの出自やこれまでの経緯を考えると、雪崩の威力についての知識が少ないようだ。
デレシアは彼女だけでなく、ブーンにも伝えるために簡単な単語を選んで説明をすることにした。

ζ(゚、゚*ζ「スノー・ピアサーの外装は高周波振動で障害物や着氷を吹き飛ばせるの。
      走破性能は抜群なんだけど、多分、あの雪崩でレールがダメになったかもしれないわね。
      だからまず停車して、車両点検と合わせてレールの状態を確認するんだと思うわ」

雪崩の持つ力はすさまじく、鋼鉄で作られたレールなど容易に破壊してしまう。
列車の命は車輪とレールであり、そのどちらかが壊れた場合、走行は困難を極める。
車輪はどうにか出来るとしても、替えの利かないレールはその土台も含めて厳重な管理と設計がされている。
よほどのことがない限り破損はしないが、一度破損すれば、交換する以外の手立てがなくなる。

事態の深刻さは、停車時間の長さに比例すると断言してもいい。
時間が長引いて問題となるのは、スノー・ピアサーの動力だ。
これだけの大型の列車を動かすだけでなく、暖房の使用にもそのエネルギーを使わなければならない。
長期化すればそれだけエネルギーが失われ、シャルラに到着する前にここで詰むことになる。

予備の動力源はあるだろうが、レールが駄目になっていれば、気休めにしかならない。
静観するのも一つの選択肢だが、この列車の乗客がいつまでも大人しくしていられるかは分からない。
中には短気で後先を考えない馬鹿もいるだろうから、それをどう抑え込めるのかが肝となる。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、不満を垂れ流しても生まれる意味は限られているし、面白くもないわ。
      有意義な時間にしましょう」

ノパ⊿゚)「ま、それもそうだな。
    ……どうした? ブーン」

(∪´ω`)「お…… さっきのしろいのは、なんだったんですかお?」

103名無しさん:2019/05/07(火) 20:00:16 ID:116wtzvM0
ζ(゚ー゚*ζ「あれが雪崩よ。
      雪が一気に滑り落ちてくる災害ね。
      埋まってもダメ、当たってもダメ、目視してから逃げるのはとても難しいの」

(∪´ω`)「なだれ……」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃんが音を聞いていてくれたから、とても助かったわ。
      正直、私もヒートも全然分からなかったもの」

彼が雪崩の予兆、そして発生の音を聞き取ったからこそ、デレシアたちは最善の行動をとることが出来た。
状況が状況であれば、彼は多くの命を救ったことだろう。
ブーンの頭を撫でつつ、デレシアはヒートに目配せをした。
負傷した腕でブーンの上に咄嗟に覆い被さるだけの行動力は見事なものだ。

アドレナリンによって痛みが緩和されていただろうが、そろそろそれも切れる頃合いだ。
デレシアの視線の意図に気づいたヒートはだがしかし、僅かに頭を振って答えた。
何かを失う痛みに比べたら、体の痛みなど、取るに足らないものだと分かっている人間の目をしていた。

ノパ⊿゚)「さて、何するかな」

ヒートがそう呟いた時、車内放送がかかった。

『大変長らくお待たせしております。
現在、車両の確認を行いましたが、トンネルの一部が崩落していることが分かりました。
また、その先のレールの状況について確認することが困難であるため、スノー・ピアサーは状況回復が完了するまで、この場に停車いたします。
乗客の皆様は引き続きスノー・ピアサー内でお待ちいただき、連絡をお待ちください』

その声は平静が保たれ、あまり深刻なことのように思わせない力があった。
乗客がパニックに陥るとどうなるのか理解し、そしてそれを回避する術を知る人間の発言力だった。
内心は違うだろうが、それをよく表に出さずにいられる。
まったくもって、この列車には驚かされ続けている。

このスノー・ピアサーに関係する人間たちは、エライジャクレイグ史上最も優れた世代であると言っても過言ではないかもしれない。

ζ(゚、゚*ζ「あらら、残念」

ノパ⊿゚)「今の話は本当っぽいな」

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、この状況になって嘘を吐くことのリスクを考えたんでしょうね。
      ラウンジでお茶をもらってきて、ブーンちゃんのお勉強でもしましょうか」

行き過ぎた情報の開示と隠匿は、どちらも人間の不信感を募らせる結果につながる。
車掌の判断は素早く的確だ。
スノー・ピアサーの車窓が全て映像であるという利点も生かし、外部からの情報は全て放送によってのみ伝えられる。
また、運転席には一般客が入れないよう、その接合部に厳重なセキュリティがかかっているはずだ。

こうなってしまえば乗客は放送を信じるしかなく、下手に騒ぎ立てても意味がないことを自ずと理解する。
壊滅的に察しの悪い乗客についてはブルーハーツが対応するだろう。
情報統制が事態悪化を防ぐ手段の一つであるというのは、いつの時代も変わらない事実だ。
パニックに陥り、乗客が事態を悪化させて最悪の結果を招いた例はいくらでもある。

104名無しさん:2019/05/07(火) 20:00:37 ID:116wtzvM0
ζ(゚、゚*ζ「……うーん」

オアシズの時もそうだったが、閉鎖的な場所というのは良からぬ考えを持つ人間にとっては好都合な状況だ。
そんな中、皆で行動するのもいいが、ここは面倒ごとを一点に集中させて処理したほうがいいだろう。

ノパ⊿゚)「どうした?」

ζ(゚、゚*ζ「二人はここで待っていてもらえるかしら?
      ラウンジには私一人で行くわ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「その間、ヒートと一緒にお勉強していてちょうだい。
      ヒート、ブーンちゃんに単語を教えてあげてもらえる?」

ノパ⊿゚)「まぁ、いいけどよ。
    何かあったのか?」

両脇のホルスターに収めたデザートイーグルの薬室を確認してから、フートクラフトで買った上着ではなく、草臥れた色のローブを着た。
アメニティにあったゴムを使って後ろ髪をうなじの上で一つに結ぶ。

ζ(゚ー゚*ζ「多分、そろそろ仕掛けてくる頃かなって」

そう言って、デレシアは部屋を出た。
廊下も全ての景色が消え、本来の姿である白い壁と天井になっていた。
柔らかい色の明かりが足元と頭上を照らし、その淡い明るさは外の時間の感覚を狂わせる。
外の明かりを取り込まない構造の目的は、やはり外部の情報を極力遮断するためだろう。

断片的な情報が場を混乱させるのならば、いっそ全て遮断するという方法を取るのはある意味で合理的だ。
廊下を進むと、特別寝台車の正面にあるラウンジ車輛から音が漏れ聞こえていることに気づいた。
だがそれは狼狽する人間の声でも、物を破壊するような不愉快な音ではなく、フリージャズの音色だった。
生演奏の音ではなく、紛れているノイズ音がその正体を物語っている。

ラウンジ車輛に入ると、その音が車両全体に響いていることが分かった。
天井のスピーカーから控えめな音量で流れるフリージャズに、人々は耳を傾け、平常心を取り戻しつつあった。
それはスノー・ピアサーに対しての信頼と、従業員に対する信頼によるものなのだろう。
空気を読まない行動で場を乱す輩はいなさそうであることが、ひとまず嬉しいニュースだった。

カウンターに行き、そこにいた男にデレシアは声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「ハーブティーが欲しいのだけど、置いてあるかしら?」

「はい、ございます。
お好みのブレンドはございますか?」

即答した男はいくつか茶葉を紹介し、デレシアはその中からいくつかの茶葉と素材を選び、ブレンドしてもらうことにした。
その場でブレンドした茶葉を薄い布袋で包んだものと沸騰させた湯を使い、男は魔法瓶にハーブティーを注ぎ始めた。

「お待たせいたしました。このまま後三分ほどで美味しいお茶が出来ます。
袋はそのまま捨ててください、入れすぎると渋みが出てしまいますので」

105名無しさん:2019/05/07(火) 20:00:57 ID:116wtzvM0
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。
      ねぇ、この列車の動力源って何か知っているかしら?」

「申し訳ありません、このスノー・ピアサーの機関に関しては、一部の上層部や整備士にしか情報が伝わっていないんです。
末端の私には、そんな機密情報などとても」

「あれ、お姉さんじゃないですかっぽ!!」

その声は、デレシアの真後ろから唐突にかけられた。
気配と視線を感じてはいたが、この状況で行動を起こすとは予期していなかった。

(*‘ω‘ *)「いやぁ、ご迷惑をおかけしておりますっぽ!!
      怪我とかはしていませんかっぽ?」

ティングル・ポーツマス・ポールスミスは歯を見せて笑いながら、デレシアに手が届く距離に立っている。
跫音をほぼ完全に殺し、気配さえ僅かなものに抑え込む技術はブルーハーツには不似合いな物。
むしろ、不要なものと言ってもいい。
この女に対する警戒は怠ってはならないと、デレシアは直感的に確信した。

絶好のタイミングを逃さず、デレシアへの接触を試みたということは、何か意図があるはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、大丈夫よ。
      貴女はこの列車の動力源を知っているかしら?」

(*‘ω‘ *)「難しいことを抜き簡単に言えば、レールから供給される電力ですっぽ!!
      メインの動力がなくなっても、各車輌の下部にあるバッテリーに蓄電されているから心配はいらないですっぽ!!」

レールから接触式で電力を得る方式は、エライジャクレイグがほぼ全ての車輛で採用しているものだ。
だがそれを成立させるには近くに発電設備が必要であり、クラフト山脈には当然そのような施設はない。
疑問を氷解させるには彼女の答えは十分だった。
これだけの長さと重さがあるスノー・ピアサーを動かすとなれば、かなり大きな電力が必要だが、なるほど車輛に大型バッテリーを積んでいるのであればある程度はもつだろう。

だがそれは別の疑問を抱かせた。
電力の安定供給がない状況でこの列車はどこまで走ることが出来るのか、という点だ。

ζ(゚ー゚*ζ「高周波振動はかなりバッテリーを食うはずだけど、それは平気なの?」

(*‘ω‘ *)「……お姉さん、凄い詳しいですっぽね。
      でも、高周波振動は必要な時にだけ稼働させるから問題ないですっぽよ」

ここで彼女が嘘を一つ吐いたことを、デレシアは聞き逃さなかった。
スノー・ピアサーに搭載されている高周波振動発生装置は、雪害に対抗するためのもので、低出力で常時起動させているはずだ。
雪は見た目には分からない部分に思いがけない影響を与えることがあるため、棺桶として開発された際に、高出力ではなく最低限の出力による長時間の稼働が重要視されていた。
適切な出力が自動で行われるからこそ、本来のスノー・ピアサーは雪中での移動は勿論、雪上を滑るように高速で移動が出来たのである。

進むにしても戻るにしても、高周波振動は必要不可欠な存在であり、それなくしては瓦礫で塞がったトンネルから出ることはできないはずだ。
デレシアの予想がある程度正しければ、フートクラフトを出発してから電力供給はなかっただろう。
となると、緊急時に作動したあれらのシステムが予定以上の電力を消費したのは明らかだ。
それがどれだけの影響を及ぼしたのか、今の状況を見れば予想が出来る。

106名無しさん:2019/05/07(火) 20:01:21 ID:116wtzvM0
バッテリーはシャルラまでどうにか到着できる程度しか残っておらず、余計なことに電力を使えるだけの余裕がないはずだ。
しかしそれは、果たして何の意味があるのだろうか。
彼女が乗客に心配をさせまいとして吐いた嘘であれば分かるが、中途半端な嘘を吐く意味が分からない。
先ほどの男が動力を知らされていないにも関わらず、それを一般客に平然と教えるという姿勢は、どう考えても不自然だ。

嘘の質が悪すぎる。
質の悪い嘘はタチの悪い展開への入り口になりかねない。
だが逆に、それがティムの正体につながる可能性も有りうる。
この女がティンバーランド側の人間か否かによって、この列車が戦場と化すかどうかが決まる。

考えられる最も高い可能性は、デレシアを試しているという可能性だ。
何かを探られるのは気分のいい話ではない。
これ以上この話に深く触れる前に話題を変えることにした。

ζ(゚、゚*ζ「ふぅん。で、不正乗車の件はどうなったの?」

(*‘ω‘ *)「フートクラフト出発前に見つけてボコボコして、村の自警団に任せたっぽ!!
      そんなことより、お姉さん、この後時間ありますかっぽ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ないわね」

隙あらばデレシアとの接触を画策している人間の望みなど、聞く必要はない。
そこにあるのは面倒以外、有り得ないのだ。

(*‘ω‘ *)「残念ですっぽ!!
      この後、ラウンジA車輛でジャズの生演奏をすることになっていますっぽ!!
      良ければぜひお越しくださいっぽ!!」

ζ(゚ー゚*ζ「暇があればそうするかもしれないわ。
      最後に一つ質問をしてもいいかしら?」

本当であればここで会話を終わらせ、部屋に戻ることも出来るが、一つ知りたいことがあった。
短い会話しかしていないが、彼女の出自についてデレシアは確信を持っていた。

(*‘ω‘ *)「お答えできる範囲でならいいですっぽ!!」

ζ(゚ー゚*ζ「貴女、ジュスティア出身でしょう?
      立ち振る舞いとアクセントがそうだもの」

もっと言えば、この女は警察で訓練を積んでいたことがあるはずだった。
言わずもがな、ジュスティア出身だからと言ってティンバーランドと無関係とも関係者とも言えない。
しかし何かのきっかけにはなるはずだ。

(*‘ω‘ *)「凄いですっぽね!!
      初めて私の出身地を言い当てられましたっぽ!!
      昔警察に勤めていて、その伝手でこの仕事を紹介してもらったっぽ!!」

107名無しさん:2019/05/07(火) 20:01:45 ID:116wtzvM0
素で驚いているのか、ティムは大きな目を丸くしてデレシアを見た。
下手に否定をしないのは自信の表れか、それともデレシア相手に嘘を吐くことの愚を理解したのか。
もしくは、この女はデレシアにこれ以上言及されることを防ぐために、あえて肯定したのかもしれない。
結果的にこの問答でデレシアが得られた情報は少なかったが、意味のある会話にはなった。

これでティムはデレシアに対して一層の警戒心を抱き、これまでのような迂闊な言動は控えるようになるはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、良かった、当たっていて。
      それじゃあ、お仕事よろしくね」

ハーブティーの入ったポットを持って、デレシアはティムに背を向けた。
部屋に戻るまでの間視線を感じていたが、声をかけられることはなかった。

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クラフト山脈仮設トンネル内
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クラフト山脈で発生した雪崩の規模は、麓にある森の一部が消えるほどの大きさで、スノー・ピアサーが無事だったのは奇跡に近かった。
車掌であるジャック・ジュノは雪中活動用に用意された非武装のジョン・ドゥに身を包み、部下たちと共に被害の確認を行っていた。
幸いにしてスノー・ピアサーへの被害はなかったが、レール状態報告システムが異常を示していた通り、トンネルの先が崩落し、その先の様子が見えなかった。
この様子ではレールが崩れ落ちていないとも限らないが、それは見なければ分からないことだ。

どれだけの量の瓦礫を取り除き、どれだけの時間がかかるのかはまだ分からない。
トンネル内に記された数字が示すのは、少なくともこのトンネルが後百メートルは続くということであり、それはすなわち、それだけの長さの崩落が起きている可能性を示していた。
強化外骨格で瓦礫を除去していたのでは間に合わない。
やはり、スノー・ピアサーの高周波振動発生装置の出力を最大にして対応する他なさそうだ。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『各所、被害報告を』

念のため、部下たちに最終的な報告をさせる。
無線機から問題なし、という報告が続く。
二十輌全てに問題がないことが改めて分かり、ジュノは決断に迫られていた。
退路も進路もその道を雪と崩落によって潰され、命綱であるレールの状態について目視することはできない。

どちらの道を進むにしても、レールの状態が分からないことには進みようがない。
スノー・ピアサーの力を使えば前進も後退もできる。
瓦礫など大した障害にも感じることなく進めるが、万が一、レールが破損していて脱線してしまえば待っているのは大惨事だ。
そして何より、動力源の問題から選べる道は片方だけという点が、彼を悩ませていた。

108名無しさん:2019/05/07(火) 20:02:28 ID:116wtzvM0
スノー・ピアサーはレールを経由して動力源を確保する設計になっているが、クラフト山脈沿いのこの道においてはまだ出来ない状態なのだ。
そのため、車輛に積載されたバッテリーを使ってクラフト山脈を走破し、山から抜けたところで電力を再び得て動き出すようになっている。
ただ走るだけならば問題のないバッテリーの容量なのだが、高周波振動を最大出力で使用すれば、かなりの電力を消費することになる。
一度使えば、進路を変えるだけの電力は残されない。

すでに緊急用のシステムを作動させたことで、電力状況は悪化している。
暖房も何もかもが電力で賄われているスノー・ピアサーは、一刻も早く進むべき道を決め、走り出さなければならなかった。
この場に留まることは得策ではない。
この後、スノー・ピアサーはこの旅路最大の難所を突破する予定となっており、このようなところで疾走が止まるわけにはいかない。

可能な限り電力を温存した状態でその難所に入らなければ、ここを走破しても意味がない。
さもなければクラフト山脈の道中で立ち往生し、乗客全員の命が危険にさらされ、最後にはエライジャクレイグ始まって以来の大事件になる。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『……ティムを呼んでくれ。
      彼女に頼みがある』

彼にとって今優先するべきなのは己の保身や社のプライドではなく、乗客の安全とその旅の継続だった。
このような事態に備えて常駐しているブルーハーツの人間に手を貸してもらうのは、今できる中で最善の一手であり、賢明な手段だった。
数分後、ティングル・ポーツマス・ポールスミスが重厚なコンテナを背負ってやってきた。

(*‘ω‘ *)「お呼びですかっぽ?」

彼女の快活な声がトンネルに響く。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『進路の瓦礫を除去して、その先のレールを見てきてもらいたい。
      バッテリー残量はどれくらいだ?』

最後に充電、電力供給を受けたのはフートクラフトの駅だ。
そこから十時間近く走り続けたとなれば、二割以上の消耗は覚悟しなければならない。
山の厳しい天候に耐えながら走り切るためには、最低でも六割はバッテリーが残っていなければならない。

(*‘ω‘ *)「残り七割ってところですっぽ。
      今、できる範囲内での節電をしていますが、この場所に留まるとしたら一日が限界ですっぽ。
      あの場所を通り抜けるのに必要な電力を保持して、の話ですっぽ」

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『そうか。あの瓦礫、君ならどれぐらいで通り抜けられる?』

(*‘ω‘ *)「五分もあれば外に出られるはずですっぽ。
      本当に私が使っていいですっぽね?」

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『そのためにセキュリティを書き換えてもらったんだ。
      それに、ブルーハーツで一番の使い手は君だ。
      頼む、ティム』

ティムは頷き、背負った棺桶の起動コードを静かに口にした。

(*‘ω‘ *)『私は厳格な規律を守り、無秩序な混沌を忌む。
      定められた場所で、定められた者が、定められたことを成す。
      これ即ち、人間の理なり』

109名無しさん:2019/05/07(火) 20:02:49 ID:116wtzvM0
これこそがスノー・ピアサーの核。
車輛全体を覆う外装にその能力を分け与え、多くの不可能を可能にする存在。
軍用第三世代強化外骨格、スノー・ピアサーである。

[@]:: ┳>@]

武骨な直線で構成された白い装甲。
両肩に向けて背中から伸びている大型のエアインテーク。
流線型のヘルメットの下に輝く四つのカメラは、使用者に肉眼以上に拡張された世界を見せる。
上半身の装甲とは対照的に、その下半身の装甲は不揃いで、よく観察すれば取り付けられている装甲のほとんどが他の棺桶からの流用であることが分かる。

両腕はトゥエンティー・フォーの物で、脚部はソルダット、胸部はジョン・ドゥのそれだ。
残されているのは頭部と肩部、そして背負った大型の装置だけである。
本来の装甲はそのほとんどを列車に使用し、このスノー・ピアサーは分散した部品を動かすための鍵として列車の機関部に取り付けられている。
列車であるスノー・ピアサーはこの棺桶の能力を拡張するための装置としての役目を担っており、この列車自体が棺桶であると言い換えてもよかった。

[@]:: ┳>@]『では、いきますっぽ』

装着を終えたティムは、レールの上に両足を乗せて仁王立ちになった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『やってくれ』

部品の多くを失ってはいるものの、この状態のスノー・ピアサーにはいくつもの機能が残されている。
背負っている大型の機材はその核であり、スノー・ピアサー全体を覆う外装への指示を行う最重要の部位だった。
コンセプト・シリーズとして設計されたスノー・ピアサーの能力を発揮するための心臓部。
今はそれを外部に出力し、己の身を守るための装甲がないだけで、保有する能力自体は消えてはいない。

その内の一つが、高周波振動発生装置だ。
装甲の凍結防止と高く積もった雪の中を移動するために用意されたそれは、通常は攻撃に転じさせるものではない。
雪害に対抗するための備えだ。
しかし出力を調整することで、それを応用して武器にすることもできる。

両腕をまっすぐに伸ばし、胸の前で両手を合わせて拳を作る。
それは祈りではなく、突き進むための決意の形。
前に進むことだけを考えた、覚悟の表れ。
自身が生み出す高周波振動を一か所に集中させ、諸刃の剣として使用する、緊急時にのみ許された攻撃の在り方。

110名無しさん:2019/05/07(火) 20:03:10 ID:116wtzvM0
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[@]:: ┳>@]『せぁあああっ!!』

腕の関節部を固定させ、ティムはそのままレールの上を一気に疾走した。
背負った装置が外気を取り込み、驚異的な排気を行うことで瞬間的ではあるが爆発的な推進力をその機体にもたらした。
本来は雪上を高速で移動するための装置だが、使い方を変えればこうして短時間の高速機動が可能になる。
地面に比べて摩擦抵抗の少ないレールの上を滑るように加速し、破壊力を孕んだ速度へと昇華させる。

目の前に立ち塞がる瓦礫に拳が触れた瞬間、高周波振動発生装置が最大出力で発動した。
轟音を響かせ、瓦礫が砕け散る。
やがてその姿が瓦礫の山の中に消え、少しして、強い冷気がトンネル内に入り込んできた。
それが、彼女が外部に到達したのだという合図だった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『状況はどうだ』

僅かな空電の後、ティムの残念そうな声が聞こえてきた。

[@]:: ┳>@]『レールを雪が覆っていますっぽ、被害の程度をこれから調べますっぽ』

雪崩の威力は決して侮れるものではない。
合金で作られたレールを根こそぎ押し流すことも、曲げることも出来てしまう。
レール最大の欠点は、一度その規格が狂った場合に対する対抗策が、交換するということしかない点にある。
一定間隔ごとに区切られたレールを交換するには、その道に適した形状のレールを運び、固定する必要がある。

専用の機材と資材、そして人間がいなければそれらは成し得ることが出来ない。
出来れば無事であってほしいという願いは、ティムからの無線通信が非常にも打ち砕いた。

[@]:: ┳>@]『……ダメですっぽ。
       一部に落石があって、レールが完全に曲がっていますっぽ。
       このまま上を通過すれば脱線しますっぽ』

111名無しさん:2019/05/07(火) 20:03:30 ID:116wtzvM0
〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『手の打ちようはない、か……』

誰もが諦めかけたが、ティムはすぐにそれを霧散させる言葉を発した。

[@]:: ┳>@]『大丈夫ですっぽ。
       ただ、結構乱暴な方法なので、そこに目を瞑れるかどうかですっぽ』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『どんな手だ、言ってくれ』

[@]:: ┳>@]『来た道にあるレールをこっちに移植するっぽ。
       高周波刀なら簡単に切り落とせますっぽ』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『レールを切るのか、我々がこの手で』

[@]:: ┳>@]『その通りですっぽ。
       ついでに運んで溶接するっぽ。
       それなら最初に開けた穴から運べるし、私たちだけでもできますっぽ』

エライジャクレイグの人間にとって、レールは生命線であり、彼らの故郷にも匹敵する存在だ。
ただの鉄の塊ではなく、そこには誇りや強い思い入れがある。
そう易々と切り落としていいものではない。
しかしプライドでこの状況が打破できないのは明らかであり、今必要なのは、早急な決断だった。

他に良い手段があればそちらを選択するべきだが、そのような考えが浮かぶほど、今は余裕がなかった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『……私も切ろう。
      一度先頭機関室に戻り、必要な人員と作業工程を整えてから作業を開始する』

車掌として、彼には多くの義務がある。
乗客を時間通り、無事に、そして快適に送り届ける義務。
そこにエライジャクレイグの人間のプライドが入る余地はない。
彼は車掌としての義務を守るため、レールを切り落とさなければならないのだ。

他の誰かにそれを任せて自分が別のことをすれば、彼は車掌である資格を失う。
それだけは彼にとって、これまで生きてきたほぼ全てを否定するようなものだ。

[@]:: ┳>@]『分かりましたっぽ』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『除雪作業も後で合わせて行おう。
       戻ってきてくれ』

ジュノがこれから経験するのが人生で最も長い数時間であると、彼は確信をもって断言出来た。

112名無しさん:2019/05/07(火) 20:03:50 ID:116wtzvM0
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スノー・ピアサー/特別寝台車
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車外で行われていた会話は、デレシアたちの耳に断片的にではあるが入ってきていた。
無論、彼女が何か機械を使ってその会話を盗み聞いたわけではない。
そのようなものを用意せずとも、勉強の一環として外の会話を聞き取ることのできる人間がここにいるのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとね、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「おー」

犬の耳を持つ彼にしてみれば、声のよく響くトンネル内での会話を聞き取ることなど難しいことではない。
ただ、難しいのは使われている単語が彼の聞いたことのないものである場合、伝達が上手くいかないという問題もある。
しかしそれはそう長く続く問題でもない。
彼は日々新たな言葉を覚え、使おうと努力をしている。

完ぺきに使える単語が増えれば増えるだけ、彼の世界は広がっていくことだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「レールが駄目になったとなると、動き出すのは今夜かしらね」

どれだけの雪が崩れ落ちてきたのかは分からないが、レールが根こそぎ持っていかれなかっただけまだ幸いだったと言えるかもしれない。
トンネル外で雪崩に巻き込まれ、そのまま走っていたら脱線は免れられなかった。
彼らも分かっているだろうが、どれだけの長さのレールが交換を必要としているのかによって、今の作戦が破綻することも有りうる。
そうなった場合、列車は来た道を引き返さなければならないが、退路のレールも歪んでいた場合、状況は最悪なものになる。

新たな挑戦をした矢先、彼らが向かい合うことになったこの状況。
これをどう克服するかによって、彼らの成長の幅が決まる。
極めて楽しい時間になることは、まず間違いなかった。

ノパ⊿゚)「いきなり自然災害とは、この列車もついてねぇな」

ζ(゚ー゚*ζ「ま、気長に待ちましょうか」

(∪´ω`)゛「はいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ続きからね」

113名無しさん:2019/05/07(火) 20:04:10 ID:116wtzvM0
この状況下で彼女たちに出来ることは特にない。
何かを変えるのは彼女たちではなく、この列車を動かす人間たちなのだ。
ここで余計な介入をすることは双方にとってメリットを生み出せないどころか、事態の悪化や複雑化に発展しかねない。
ティムの正体もまだ分かっていないだけでなく、その目的も不明なままで手を貸すことは愚の骨頂だ。

ブーンの勉強を再開し、デレシアはふと、ティムをどこかで見たような気がしてきた。
彼女の化粧が落ちた時、きっと記憶のパズルが組み上がることだろう。

(∪´ω`)「……ちいさい? おー、ちょっとちがうおー」

ζ(゚ー゚*ζ「これはリドルって読むの。 謎、って意味ね」

(∪´ω`)「ミステリーとはちがうんですかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「良く気付いたわね。
      えぇ、違うわ。 ミステリーは答えがないけど、リドルは答えがあるわ。
      なぞなぞ、って言ったほうが分かりやすいかしら」

(∪´ω`)「なぞなぞ」

ノパ⊿゚)「懐かしい響きだな、なぞなぞって。
    あたしも小さい頃によくやってたよ」

(∪´ω`)「おー、なにかおしえてほしいですお」

ノパー゚)「そうだな……
    ある山で事件が起きた時、七人の容疑者が浮上した。
    山小屋の管理人、訓練中の軍人、登山者、医者、探偵、教師、そして写真屋。
    誰が事件を起こしたか分かるか?」

(∪;´ω`)「お…… むずかしいですお」

ノパー゚)「ま、ゆっくり考えるといいさ。
    今は単語の勉強だ」

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スノー・ピアサー/先頭機関室
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114名無しさん:2019/05/07(火) 20:04:30 ID:116wtzvM0
機関室には乗務員全員が入れるだけの余裕があるが、実際に全員が召集されるのは列車の運転が始まる最初の瞬間だけだと誰もが思っていた。
以降は無線連絡などにより、一堂に会することはまずもってない。
それが意味するのは緊急事態であり、起きてはならないことであるからだ。
ティングル・ポーツマス・ポールスミスは事態の深刻さを、改めて乗務員全員に伝えた。

(*‘ω‘ *)「トンネルの先にあるレールが大きく歪んでるっぽ。
      被害規模は除雪しきってからでないと分からないっぽ。
      棺桶のスノー・ピアサーである程度進んだけど、雪がずっと先までレールを覆っているから分からないっぽ」

川_ゝ川「除雪は問題がないとして、レール復旧は本当に可能なのですか?」

同乗している機関士が深い息を吐いた。
機関士として長い経歴を持つ彼の言葉は乱暴であったが、説得力があった。

(-゚ぺ-)「五分五分ってところだ。
     問題はレールの接合とその強度だ。
     特にこのクラフト山脈沿いのレールは特殊合金を使ってるから、そう簡単にくっ付けられねぇ。
     しかも、この先のレールは足場の上に取り付けてるから下手すりゃ足場が崩れちまう」

それを聞いて、ジャック・ジュノは確認の意味も含めて問いかけた。

(^ム^)「君ならどうする?」

エンジニアの男は口の端を釣り上げて不敵な笑みを浮かべ、鼻で笑った。
その反応はジュノにとって、この上なく頼もしく、そして、期待していたものだった。

(-゚ぺ-)「俺なら今すぐにでも取り掛かる。
     悩んでても時間が無駄になるからな。
     不幸中の幸いが、この山沿いのレールには電力が通ってないことだ。
     切っても問題はないし、繋いでも問題がない。

     問題があるとすれば、この列車のバッテリーだ。
     もう一度雪崩に巻き込まれたら、流石に次の供給場所まで持たない。
     陽が出てる間はまた雪崩が起きないとも限らないから、走り出すのは夜だ。
     それまでの間に作業を終わらせるしかない。

     それに、今いる場所から“あの場所”まではそんなに離れていないだろ。
     やるんなら今すぐに、だ」

(^ム^)「あの場所までは後一キロ、といったところだ。
    そこから一気に加速して、そう、一心不乱に走り抜けるんだ。
    そうすれば定刻に間に合う。
    後は道具だが、ティム?」

(*‘ω‘ *)「高周波刀は六本ありますっぽ。
      ジョン・ドゥも六機。
      ただ、使える人間がどれだけいるかが知りたいっぽ」

115名無しさん:2019/05/07(火) 20:06:14 ID:116wtzvM0
鉄道警察の人間は訓練課程で使うことが出来るが、ここでティムが言っている使えるとは、レールを運搬して適切に接合できる作業までを含めている。
つまり棺桶の操作方法もそうだが、鉄道設備についての知識と技術を持つ人間を探しているのである。
ジュノは真っ先に手を挙げ、そして周囲を見た。

(^ム^)「私以外にいないのか?」

次に手を挙げたのはティムだった。

(*‘ω‘ *)「私もできますっぽ。
      多分、他に両立できる人間はいないから、エンジニアと鉄道警察から二人出してチームを組ませた方がいいですっぽ。
      車掌と、私のチームに分けますっぽ」

それが最も合理的な判断であることは間違いない。
ティムは勤続年数がまだ少ないものの、流石はジュスティア出身だけあり、その冷静さはベテラン勢にも匹敵する。
彼女を鉄道警察に採用した人事の判断は間違いではなかった。
これほどまでに頼もしい存在がいてくれることに、ジュノは心から感謝した。

一人でどうにもならないと思い込んでも、もう一人がいればどうにか策を練ることが出来る。

(^ム^)「では、レールの切断と接合のメンバーはここに残ってくれ。
   除雪の手順等について話をしたい。
   他の人間は車内の対応を」

指名された人間以外はすぐにその場を離れ、それぞれの担当場所に散った。
先日起きた“オアシズの厄日”以来、従業員たちは有事の際に客を安心させるための訓練を受けてきた。
訓練が惰性になるよりもずっと早い段階でそれを活かす瞬間が来たのは、幸いと言う他ない。
残された六人は再び顔を見合わせ、話し合いを始めた。

(^ム^)「まず除雪に全員で向かい、交換が必要なレールの長さを確認する。
    それから二手に分かれて作業を行う、という手筈でどうだろうか」

誰も異議の声を上げなかった。
代わりに、一刻も早い行動を待ち望んでいる焦りの色が目に浮かべている。

(^ム^)「よし、では除雪に取り掛かろう」

今は一秒でも惜しい気持ちが強く、六人は話が終わると同時に、棺桶を背負って車外に出た。

『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を』

六人はほぼ同時に起動コードを入力し、コンテナの中でその体に機械仕掛けの鎧を纏う。
ジョン・ドゥの内、四機は両腕に除雪用の火炎放射器を備えていた。
これは有事の際、特にクラフト山脈での事故やシャルラ方面の永久凍土の大地で役立つという考えに基づくもので、それが正しかったことが証明された。
四機が先陣を切って瓦礫の穴から外に出て行き、白銀の世界が彼らを迎えた。

強烈な風が吹きすさぶ中、キラキラと輝きながら宙を舞う雪。
そして目の前に続いているはずのレールを覆うのは、純白の雪。
ティムが雪に開けた穴の先には黒い岩の影が見えており、その下にあるレールが歪んでいるのも機械の眼は見逃さなかった。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『よし、始めよう』

116名無しさん:2019/05/07(火) 20:06:34 ID:116wtzvM0
四機のジョン・ドゥの内、二機が先行してその穴の中に入った。
まもなくオレンジ色の明かりが雪を照らし、瞬く間に蒸発させた。
火炎放射器は極めて高価な装備であるが、彼らが使用しているものは戦闘用の物とは違い、液化燃料ではなくガスによる火炎放射を行うものだ。
ガスは化石燃料よりも安定して手に入る上に安価であるため、彼らも安心して大量に使用することが出来る。

壁のように積もっていた雪が水になって溶け落ち、レールが徐々にその姿を現していく。
問題の岩のところまで雪を溶かしたが、その先にもまだ雪が積もっていた。
そして岩の高さは、彼らの優に三倍の大きさがあった。
その下のレールはもはや修復が不可能なレベルに歪み、岩の重さと雪崩による衝撃がどれだけの物だったのかを雄弁に物語っている。

あまりにも巨大なその岩を前に、ティムは静かに拳を握り固めた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『ちょっと下に落とすっぽ!!』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『いくら何でもそれは無理じゃないか?』

強化外骨格の補助があったとしても、拳一つでこの岩をどうにかできるものではない。
六人がかりで持ち上げられるかは分からないが、そうして落とした方が――

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『せっ!!』

体重を乗せた強烈な左フック。
その一撃で岩は冗談のように大きく傾き、自重によってそのまま落下していった。
あまりにも非現実的な光景を前に五人が呆然としている中、ティムはいつもと変わらない声で、彼らの意識を前に向けさせた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『ジョン・ドゥは使い方次第で、何とでもなりますっぽ!!
      さ、二人はここでレールの切断を!!
      もう二人はガスの交換後、合流して援護をお願いするっぽ!!
      残りの二人はこのまま道を作っていくっぽ!!』

緊急時、人は多くのことを試される。
自制心、対応力、洞察力。
非常事態で尚かつ焦燥して然るべき事態において、ティムは間違いなく完ぺきな対応をしていた。
リーダーとして十分に活躍できるだけの素質があり、彼女の経歴が嘘偽りのないものであると同時に、書面以上の能力を彼女が有していることを示していた。

彼女の指示に従い、的確な行動が迅速に行われる。
ジュノは高周波刀を使い、レールを切断し始めた。
特殊合金製のレールは切るのにかなりの力を要したが、数分も経たない内に完全に切断された。
後は、切断しなければならない箇所がどこまで続いているのかを調べなければならない。

長さが足りなければ、そもそもこの作戦は破綻することになる。
前に進むためにはレールがどうしても必要なのだ。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『……雪崩で積もった雪は全部溶かしましたっぽ』

無線で聞こえてきたティムの声は不気味なまでに沈んで聞こえた。
彼らの願いは――

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『小規模だけど足場が崩落して、レールの一部が宙に浮いていますっぽ』

117名無しさん:2019/05/07(火) 20:06:54 ID:116wtzvM0
――最悪の形で打ち砕かれた。
レールの破損は交換で済むが、足場の崩壊は変えがきかない。
応急措置で済めばいいが、二十輌の列車が無事に通り切るためには強度が何よりも重要になる。
このレールを敷く際にもそれは徹底して行われ、かなりの補強が施されていた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『そんな……』

無線を聞いていた人間の間に動揺が広がる。
退路を選ぶだけの余力はもうない。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『手はありますっぽ。
      今はまず、曲がったレールを交換することを優先しますっぽ』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『手? ティム、まずこっちに戻ってきてその話を詳しく説明してくれ』

絶望的なこの空気を変えようと適当なことを言っているとは思えないが、彼女の言葉には有無を言わせないほどの強い意志が感じ取れた。
こうなることを予期し、答えを事前に用意していたかのような気配。
ジュノの言葉に対してティムは同じように淡々と、そしてしっかりとした口調で冗談のような事を言い切った。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『私がレールを支えますっぽ。
      強化外骨格なら、ある程度は役に立ちますっぽ』

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スノー・ピアサー/後方食堂車輛
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デレシアたちは昼食をとるために食堂車輛に足を運んでいた。
その日の昼食は魚料理が並び、新鮮でなくても魚の味が楽しめるように工夫のされた料理が多かった。
ソテーやムニエルを堪能し、三人はデザートとしてアイスクリームを食べながらブーンの勉強を続けていた。
無論、テキストを取り出しての勉強ではなく、車内にある様々な調度品の名称やその説明で使用する単語を説明し、反芻させた。

まだ発音は完ぺきではないが、彼の語彙力は飛躍的に増えていた。
そして今、ブーンはヒートが出したなぞなぞの答えを考えるために、その問題文を紙に書いて思考する作業を取っていた。
答えを知るデレシアとヒートは、ブーンが悪戦苦闘する様子を微笑ましく思いながら眺めていた。
自力で答えを知ろうとする姿勢がある限り、彼はますます成長していくことだろう。

118名無しさん:2019/05/07(火) 20:07:14 ID:116wtzvM0
ラジオからは世間で人気のポップミュージックが流れ、そこから聞こえてくる単語を聞き取ったブーンが新たな言葉を尋ね、そして学んだ。
二人の視線がブーンの姿に向けられていたその一瞬。
デレシアが予期していた事態の一つが起きた。

( <●><●>)「ほほう、なぞなぞですか」

跫音も気配も消してデレシアの背後から姿を現した男は、ブーンの手元にある文字を眺めてそう呟いた。
手にはコーヒーカップを持ち、いかにも偶然を装っているが、これが意図的に仕組んだ遭遇であることは間違いない。
雪崩後に相手が接触を図ってくることは想定しており、デレシアは慌てることなく、相手を観察することにした。
いつでも銃が使えるよう、ローブの下で手の位置を動かす。

(∪;´ω`)「お?」

( <●><●>)「あぁ、これはすみません。
        驚かせるつもりはなかったのですが、君が面白そうにしているのでつい」

大きな瞳には敵意や殺意の類の光は窺えないが、その声や視線には何もなかった。
まるで台本を読み上げる役者のような、事前に用意されていたセリフを並べているだけのような不気味さがあった。
獲物を前に舌なめずりを押し隠し、隙を窺う肉食獣を思わせる。
引き剥がすべきかを見極めつつ、ブーンのコミュニケーションの練習になると考えた。

近づく人間全員が敵というわけではない。
そして彼の成長の機会を得られるのであれば、それは利用するのが一番だ。

(∪;´ω`)「お……」

( <●><●>)「どうですか、順調に解けそうですか?」

(∪;´ω`)「い、いえ……」

男はデレシアとヒートを一瞥し、その意図を汲み取ったのか、微笑を浮かべた。

( <●><●>)「なら、私からアドバイスを一つ。
       視野は広く持った方がいいですよ。
       様々な視点から物事を見ることで分かることも有ります」

言っていることは実にまともなことだが、この男がまともかどうかとは別問題だ。
狂人でも聖書を一言一句間違わずに暗唱できるのと同じように、この男の言葉には重みが感じられない。

ζ(゚ー゚*ζ「アドバイスどうも」

( <●><●>)「いえいえ、お邪魔してしまいました。
       私はワカッテマス・ロンウルフ、以後お見知りおきを」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、機会があればまたいつか」

すでにこの男がこの車輛にいるということは、当然、もう一人もここにいるのだろう。
そしてこの男の目的は、デレシアとあの殺し屋を邂逅させること。
その意図は全く持って不明だが、もう、それは避けられないだろう。
時間稼ぎが終わったことを告げるように、ワカッテマスの後ろからあの男が現れた。

119名無しさん:2019/05/07(火) 20:07:34 ID:116wtzvM0
( ゙゚_ゞ゚)「あ」

ζ(゚ー゚*ζ

血色は良いようだが、デレシアを見て敵意や殺意を向けてこないということから、この男が記憶を失ったのだと推測した。
名前は知らないが、“葬儀屋”と呼ばれていたことは覚えている。

( ゙゚_ゞ゚)「あ、あの人っ……!!」

男はまるで何かとんでもない物を見つけてしまったかのように動揺し、目を白黒させた。
手に持ったコーヒーカップが揺れ、液体が零れて自分の服に付着したのにも気づいていない。
デレシアはその様子をじっと眺め、男が落ち着くのを待った。
すでにデレシアの指はローブの下でショットガンの銃把を包み、いつでも発砲できる用意が整っている。

( ゙゚_ゞ゚)「す、すみません。
    いきなりこんなことを言って、何を言っているのか分からないと思いますけどっ!
    僕のことを何か知っていらっしゃいますか?」

ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさい、知らないわ」

やはり男は記憶を失っているらしい。
だがそれはデレシアにとって、心底どうでもいい情報であり、関係のない話だった。
今、デレシアの視線はワカッテマスに向けられていた。
この男が何を狙い、このようなことを仕組んだのか、その意図が知りたい。

ティムといい、ワカッテマスといい、どうにもデレシアを試そうとする人間がこの列車に複数いるようだ。
ティンバーランドの人間とは考えにくいが、可能性は十分にあった。

( <●><●>)「サム、この女性なのですか?」

( ゙゚_ゞ゚)「そ、そうです……」

( <●><●>)「突然すみませんでした。
       彼は記憶喪失になっていまして、唯一、ある女性の姿だけを覚えていたんです。
       それが貴女というわけで、どうか非礼を許してやってはもらえませんか?」

ζ(゚ー゚*ζ「別にいいわ、気にしていないし。
      世の中には似た人間が何人もいるから、勘違いしても仕方ないわ」

記憶喪失なのであれば、いつ何かがきっかけとなってデレシアを思い出さないとも限らない。
思い出した場合、彼はデレシアに対しての復讐心にかられ、行動することだろう。
最善の手としては、この男との接触をこれ以上しないことだ。

( <●><●>)「もしよければお名前を窺っても?」

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、そういうお誘いは全部お断りしているの」

これについては事実だった。
見ず知らずの、しかもまったく信用のできない人間に対してデレシアは名乗る習慣を持っていない

120名無しさん:2019/05/07(火) 20:07:55 ID:116wtzvM0
( <●><●>)「いえいえ、お気になさらず。
        サム、あまりご婦人をジロジロ見るのはよくないですよ」

(;゙゚_ゞ゚)「ご、ごめんなさい。
    そういう、やましい気持ちで見ていたわけではないんです」

ζ(゚ー゚*ζ「あまり気にしてないから、別にいいわ」

ヒートはこちらに興味を示していない風を装いつつ、ブーンに危害が及ばないよう、彼に身を寄せた。
彼女はこの場を立ち去ることで得られるメリットよりも、車輌の場所を把握されるデメリットの方を重要視していた。
それはデレシアも同意見だった。
逆にここで話しかけてきたのは接触することよりも、デレシアたちのいる車輌を見つけ出すことが目的だったのかもしれないのだ。

接触するという目的が達成された今、これ以上の何かがあるとは思えない。
となると、これ以上の情報を与えないのが利口だ。
恐らくは先頭車輌の方から少しずつ可能性を潰し、ここまでやってきたのだろう。
デレシアたちが進む方向だけでも、彼らは車両の特定が可能になる。

動かず、相手の出方を窺うしかないこちらに対し、向こうは待つだけでいい。
だが焦る必要はない。
時間はまだあるのだから。

【占|○】『放送の途中ですが、緊急ニュースをお伝えいたします!
     たった今――』

ラジオから聞こえてきた声は、乗客たちの意識を一点に集中させた。
それは、目の前にいる二人の男も、ヒートもブーンも、そしてデレシアでさえも例外ではなかった。

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ティンカーベル沖/北
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厳重な警備体制の敷かれた護送車の一団が島を出発したのは、午前十一時のことだった。
ヘリコプターが上空に二機、護送車の前後には装輪装甲車が二台ずつ配備され、ジュスティア陸軍からは随伴歩兵がそれぞれ十名割り当てられた。
装備は全て安全装置が解除され、いつでも発砲が出来るようになっている。
無線機による細かな情報共有は沖合に停泊している海軍の軍艦に集約され、絶え間なく飛び込んでくる細かな情報は全て盤上に揃えられた。

121名無しさん:2019/05/07(火) 20:08:16 ID:116wtzvM0
全体の指揮を執るツー・カレンスキーはその盤上を睨みつけながら、接近するあらゆる存在を排除するよう、再度命令を下した。
子連れの旅行客が橋を渡りたいと申し出ても、それは断固拒否され、離れた場所に消えるまで銃口と砲口が彼らに向けられた。
ティンカーベルからジュスティアに向かうための橋は護送車の一団が通過するまでの間、完全に封鎖された状態にあった。
更には、円卓十二騎士が一団の前後、そして中央部に配置され、その様子はラジオを通じて世界中に伝えられていた。

世間にほとんど姿を現してこなかったジュスティアが誇る最高戦力、円卓十二騎士。
彼らは皆特殊車両に乗り、その素顔を見せてはいないが、圧倒的な存在感と威圧感を放っている。
先行して装甲車が矢じり型の陣形を組んで走り、橋に地雷などが仕掛けられていないことを確かめ、その後を特殊車両、装輪装甲車、そして護送車が続いた。
脱獄した凶悪な誘拐犯が一人、元警官が二人、現役軍人が一人。

たったそれだけの人間のために集められた戦力は、並の街であれば即日攻め落とせるほどのものだ。
超望遠レンズを装着したカメラで、対岸から大勢の新聞記者がその様子を写真に収めた。
これが一種の軍事パレードであると見る専門家もいたが、ツーに言わせれば、これはそのようなぬるいものではなかった。
これは示威行為ではなく、本気の護衛体制だった。

考えうる限りの全力。
脱獄不可能と言わしめたセカンドロックの名前に泥を塗った組織が相手になると考え、徹底的な準備をもって万が一に備えたのだ。
市長から受けた命令を違わず遂行するため、彼女は今、盤上の駒と相手の思惑を考えていた。
捕まえた人間をティンカーベルで処罰せず、ジュスティアに連れてくることは彼女の意見ではなかった。

それは広報的な目的もあって、ベルベット・オールスターからの強い提案だった。
世界に対してジュスティアの力を誇示する絶好の機会であると助言を受けた市長は、それを快諾し、このような形になった。
ツー個人の考えで言えば、これほど馬鹿げた護送はない。
護送対象者がここにいる、と知らしめているようなものだ。

奪いに来る人間たちにとっては、この上なく好都合で笑いが止まらないことだろう。
それでも彼女はやり切るしかない。
奪いに来る者たちを排除し、この任務を果たすことで警察の名誉を挽回することにつながるのだから。

(*゚∀゚)「さぁ、来い……!」

ならば世間に知らしめるのだ。
ジュスティアの有能さ、そして正義に対する徹底した姿勢を。
今日、世界のバランスが崩れることになろうとも、果たすべき使命がある。
ジュスティアに続く最後の橋に差し掛かった時、無線機から部下の声が聞こえてきた。

『ケースBが発生。
橋に不審な人物を確認、警告後反応がない場合、発砲を許可されたし』

(*゚∀゚)「もちろんだ。女子供でも構わない、粉微塵にしろ」

ツーは自分の顔が誰にも見られていないことを安堵した。
今もし、誰かが自分の顔を見たらきっと酷いことになるだろう。
ここまで歪んだ人間の顔など、決して他者に見せることはできない。

122名無しさん:2019/05/07(火) 20:08:37 ID:116wtzvM0
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ティンカーベル/橋上
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最前を走る装甲車のハンドルを握るのは、陸軍のススム・ゼリヤだった。
ベテランとして多くの戦地に向かい、そこで兵士たちを乗せたトラックを走らせ続けてきた。
彼が運転するトラックには加護がある、といつしか言われるぐらい、彼の運転技術は確かなもので、運搬中に一人の死者も出したことがなかった。
彼の指示で全車が停車し、随伴歩兵が車両の前に出て銃を構えた。

拡声器を使い、兵士の一人が警告を発する。

『今すぐそこに腹ばいになれ!!』

圧倒的な数の車両の前に現れたのは、一人の男だった。
その男はスーツを着て、赤いネクタイを締め、両手をズボンのポケットに入れていた。
どこに隠れ潜んでいたのか分からないが、このタイミングで姿を現すということは、間違いなく友好的な存在ではない。
両者の距離は五百メートルほどあったが、十分に声は聞こえているはずだ。

( `ハ´)

男は警告に対し、微動だにしなかった。
そして予定通り、兵士たちが発砲するべく銃爪に指をかけた時、赤い光が海から伸びて両者の間を横切った。
見間違いではないことを確信し、ススムは無線機に手を伸ばしてツーに報告した。

「今何か、九時の方向から赤い光が横切りました」

返事が返ってくるよりも前に、兵士たちが発砲を始めた。
男はそれでもその場を動かなかった。
銃弾は男に当たる様子がなく、ついに、装甲車の銃座にいた部下も発砲し始めた。
重機関銃の重い銃声が響き、曳光弾が男に吸い込まれていく。

123名無しさん:2019/05/07(火) 20:08:57 ID:116wtzvM0
だが当たらない。
確かに曳光弾は男に向かっているが、まるで当たった様子がない。
すり抜けているかのように弾は背後の地面を抉り、血飛沫も出ず、男の衣服が動く様子もなかった。
その様を他の人間から逐一共有されているツーは、素早く命令を下した。

(*゚∀゚)『エクスト、頼んだ』

ツーに指名されたのは円卓十二騎士の一人、エクスト・プラズマンだった。
彼は先頭集団に配置されており、有事の際に最初に動く騎士だった。
命令が下された直後、既に彼は強化外骨格を身に纏った状態でススムの車両の前に姿を見せ、疾駆していた。
その時、再び赤い光が海から見えた。

それは横薙ぎに橋の下を走り抜け、直後、全員が振動と衝撃に襲われた。

「は、橋がっ!!」

彼の言葉を聞かずとも、全員が自分たちを襲った以上に気づいていた。
橋が大きく傾き、海面がゆっくりと迫ってきているのだ。
そしてそこに、ススムは赤い巨影を見つけた。
まるで海面ギリギリに浮上してきたクジラのように、水面の下に巨大な影が見える。

[,.゚゚::|::゚゚.,]

その影の上に、人型の何かが立っているのを辛うじて見咎める。
太陽の反射によってその詳細までは見えなかったが、直線が幾つもあったため、人工物を身に纏った人間だと推測した。

(*゚∀゚)『プランFを発動する。備えろ』

無線から聞こえてきたツーの無慈悲な声は、だがしかし、彼ら全員が覚悟の上で聞かされていたプランだった。
上空に待機していたヘリコプターから、影が二つ。
一つはスーツの男の前に。
そしてもう一つは、海中の影に向かって落ちていった。

「全員対ショック姿勢!! ボンベ装着!!
プランF発動に備えろ!!」

ススムの指示が出し終わり、数秒後、彼らは皆海に落ちることになった。
衝撃で全身を強打するものの、意識は失わずに済んだのは不幸中の幸いだった。
無線機からツーの声は聞こえなかったが、彼らがそうであるように、彼女も激怒していることだろ。
襲撃者はもう間もなく後悔することだろう。

敵に回したのは、世界の正義であるジュスティアなのだ。
そしてこの護送にはその最高戦力が集まっているということを甘く見た代償を、これから払うのだ。

「頼みました、騎士殿!!」

124名無しさん:2019/05/07(火) 20:09:17 ID:116wtzvM0
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   | ∨∧.    ',  ',__/   ></_>''´   ',  ̄   }l
.    | ヽ >''¨¨''< >''´ >''´  >''´ zz    l     }l 同時刻
    |.  l == Y /  /    ∥          l.斗''"''< ティンカーベル/橋上
.     |  |.    /.  /   _∥        /   /   >
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ヘリから降下した強化外骨格を前に、スーツの男――シナー・クラークス――はその迫力と威圧感に気圧されそうになっていた。
改めて目の前にすると、やはり戦力差は絶望的だ。
相手はどう見積もってもCクラスのコンセプト・シリーズを用い、こちらが使用しているAクラス“トリック”は脅威にすら思っていないだろう。
だが目的は達成され、彼の努力は無駄にはならない。

次の人間たちがそれを繋ぎ、必ずや大樹の糧にしてくれるはずだ。
先ほどの一撃で、護送車は全て海中に落とすことが出来た。
脅威が出現したら全体が一度止まるという情報があってこその作戦が功を奏し、シナーは大人数を相手にしなくて済む。
一分でも長く時間を稼ぎ、同志たちが救助される時間を確保しなければならない。

円卓十二騎士は残り二人。
一騎打ちで勝てる相手でないのは分かっているが、どこまでやれるかは、賭けだ。
今日、ここで死ぬかもしれないということはシナーを恐怖させなかった。
彼には理想とする世界があり、彼の行いは間違いなくその世界の実現に通じるのだから。

せめて気高く、最後までやり通す。
手負いの身ではあるが、組織から受け取った二機の棺桶がそれを補ってくれるはずだ。
“トリック”が相手にばれていない間は、少なくともシナーの身は安全である。

( `ハ´)「捕まえるアルか?」

[::]==◎=]

眼前にいる単眼の強化外骨格は何も応えない。
聞こえていて、聞こえていないふりをしている。
問答無用という姿勢をしているのはシナーにとっては不都合だったが、こうなっては仕方がない。
情報通りに対処するため、起動コードの入力を行う。

まだ間に合う。
焦らず、こちらが万全の状態で時間を稼ぐことを第一に考え、対処すればいい。
短く息を吐いて、シナーは強化外骨格の起動コードを口にする。

( `ハ´)『人を――』

125名無しさん:2019/05/07(火) 20:09:37 ID:116wtzvM0
――コードの途中で、シナーは殺気を察知し、その場で深く屈んだ。
直後に彼の“本当の”首があった位置を刃が通り過ぎ、背後に立ててあったコンテナに薄らと傷がついた。
金属を削る耳障りな音よりも、シナーが意識を向けたのは当然、目の前にいる強化外骨格だ。
頭部全面を覆う金属質の仮面。

光沢のない砂漠用迷彩の塗装を施された滑らかな鎧は、まるで風が作り出した自然の創作物を思わせる流線形で形成されている。
あまりにも滑らか。
あまりにも美麗。
そして振るわれたのがショーテルであると認知することが出来たのは、シナーの意識がその棺桶の造形に惹かれてしまったからだ。

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      \.    /.i\. /   / /ー 、.\     ヘ.   \
        . \_/二 |  Y、_.  辷{三三≧>\___.  ヘ_   `ヽ、
        ∧二三 `ヽ、 !i\__   ̄ _  <i;::;ヘ_  `ヽ     ヽ,
          ヘ二三三ニ;/ 厶  i´ : ヽ└t,: ;:;i.   ヘ    .|
    ___   ∧ニ三.;//|三ニ\i;  ヽ `、. fi;:∧_   ヘ   ヘ
        ̄ヘ、 `ヘ//三|三三≧ヘ,.  ゝ-ヘ. \;圦__  ヘ   ∨
            \  \.ニ三|三三三 |\/ヽ ,ハ;,. \i;:;`ヽ \   \
     ./⌒ヽ、 . \  \ニ|三三三i \.`ヽi!三|!  i||;:;:;:; ヘ_  \  ∧
       /^ヽ、 ヽ | _  \ニ斗ー-! ニニ}i ´ー′  {i;;;. ;:;:;:;. ヽ.  \. .ヘ.
    .  /    丶.| \ _ 弋 :´´ `ヽ、,!、О.   `ヘ_.; :;:. ;:\、 \ `i、
     /       } ,:-ー‐-、, ヘ `、.    .\辷__     `i;:;:;:; ;::.: :. 、. \ ヘ,.
    . ∨       / i|   (.:.:.:.ヘ 丶     ´.\ \,,__   ^i、_;:;:;:;:; :.: \. \!
    .  ∨     ./  |i    ∨.:.:..ヘ、丶      `、ニ 、 \  `ーi!; : ;:; :;::. \_ ,{
        __  ./ \ i|    マ.:.:.:.:.:. 、` 、    ヘ三\ \   `゙!liY'⌒ ー-‐
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            \    \    \.:.:.:.:.:.:\`     ∨三i|!   `~ \ヘ.)
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<::::_/''>

先ほど現れたものとは別の棺桶だったことは、その後になって思考が追い付いた。

(;`ハ´)「ちっ?!」

相手は間違いなく“トリック”のことを理解している。
シナーの仕掛けたささやかな抵抗がいつの間にか無効化され、こうして襲われているのが何よりの証拠。
こちらが機能を使用している間、この場から動けないということも、そして位置を見つけ出す術も見抜かれていたのだ。
“トリック”は本来自分がいる位置から十数メートル圏内に子機を設置し、そこに自身の鮮明な姿を映し出す棺桶だ。

簡易的な光学迷彩処理を行う幕の裏に隠れていたシナーを即座に見つけ、殺す気で攻撃を仕掛けてきた。
棺桶を背負わないことでその映像を映さないという小細工も意味をなさず、シナーの首を真っ先に狙った。
首を狙えば当然、それを避けるために声は途切れる。
起動コードを並べ終わる前に襲い掛かったその技量は、紛れもなく円卓十二騎士のそれ。

だが彼の目算では二人だけ生き残り、一人は“トリック”の出力装置前に。
もう一人は海に向かったはず。
では、どの段階でシナーは見落としていたのだろうか。
円卓十二騎士が皆海中に落ちたと、どの段階で錯覚していたのだろうか。

126名無しさん:2019/05/07(火) 20:09:57 ID:116wtzvM0
こちらの計画が破綻したのか、シナーはそれを確認する術を持たない。
シナーは冷や汗が噴き出すのを感じた。
彼は今、円卓十二騎士を二人相手にしていることになる。
その内の一人はすでに姿を見失い、気配さえ感じない。

大型のCクラスのはずなのに、まるで気配がない。

(;`ハ´)

相手はトリックの仕組みを理解し、それを逆手に取るような人間だ。
決して侮ることも驕ることもできない。
一瞬の判断ミスが命を奪うと確信し、シナーは次の手を打つべく思考を巡らせた。
突如吹いた風に乗り、砂埃がシナーの眼を襲う。

瞬きをした刹那。
鈍痛が腹部に走り、そこで意識が途切れた。

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                                  ,ィ
ティンカーベル/橋下                  /〈⌒`'<{
                               //‐=Vニニ`、
                             _/‐=\‐=)_>‐ノ
                      _ ‐…ア⌒ヽ.:.:.\\‐\{
                    /.:.:.:.:/‐} ‐=ニ`、.:.: \〕iト 〉、
                        /.:.:.:.:.:./〕iトノ\‐=ニ〉⌒ヽ〉‐/ /
                    :.:.:.:.:.:./‐=ニ\‐\〈‐ニ〈∧/ /}
                       i.:.:.:.:./ ‐=ミiト ノ ‐/‐/‐=〉/八
                       |.:/V{\__‐=/{ =彡'⌒‐=/7<~`
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                 / ̄´√ \ニ}゛.:.:. √≧=‐ ‐⌒^j{‐=彡
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クックル・タンカーブーツは改修されたばかりの棺桶、“エクスペンダブルズ2”の性能に酔いしれる前に、目の前に出現した脅威との対峙に全意識を集中した。
海上という圧倒的不安定な地形の中で、彼が足場にしているのは潜水艦“オクトパシー”だ。
優位性はこちらにあるが、彼を睨みつけている強化外骨格は今まさに沈もうとしている車を足場にしている。

似`゚益゚似

報告にあったダニー・エクストプラズマンの棺桶は全身が高周波振動発生装置であり、極めて危険な存在であることは分かっている。
彼に冗談が通じないことも、そしてその技量が本物であることも、元イルトリア軍人であるクックルには分かっていた。
四本の巨大な爪を開き、エクスペンダブルズはレーザーを発射できる態勢を整えた。
前に使用していた機体との差異はこの腕だ。

高出力のレーザーをより安定して使用できるよう、冷却装置が大型化し、爪が三本から四本に増えた。
そしてその爪は射出が可能で、これにより近接戦闘での打てる手が増えた。
しかし、問題は高周波振動発生装置だ。
この棺桶はレーザー攻撃に特化したものであるため、防御については特に手段がない。

127名無しさん:2019/05/07(火) 20:10:17 ID:116wtzvM0
接近され、触れられるだけでもこちらは力負けしてしまう。
どうにか阻止しつつ、目的である同志救出を遂行しなければならない。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『来い、犬』

一度手合わせしたかった。
イルトリア軍人だった時から聞かされていた、円卓十二騎士。
果たしてどこまでの技量なのか、正直なところ疑問視していた。
軍の上官たちは口を揃えて、その力量を称賛していた。

曰く、彼らには信念があり、彼らは恐れを知っていながらも、恐れずに戦う人間であると。
だが所詮は騎士の名をありがたがる英雄狂。
過酷な訓練と多くの実戦経験を積んだクックルが劣る要素などない。

似`゚益゚似

だが相手は動かなかった。
視線をクックルから逸らさず、ただ静かに何かを待っている。
海中での作業が露呈しなければ、ひとまずはそれでいいのだが、何か不気味な物を感じる。

似`゚益゚似『……やっぱりそうか』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『ん?』

似`゚益゚似『臆病者ほど口が肥えるというのは、どうやら本当らしいな』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『っ!!』

咄嗟に、クックルは左手を構え、レーザーの一閃を放とうとしていた。
だがギリギリで思いとどまることが出来たのは、彼の中に残されていた自制心が相手の挑発に対して疑念を抱いたからだ。
円卓十二騎士がどうして挑発をするのか、その疑念が彼を引き留めたのだ。

(’e’)『お楽しみ中失礼、クックル君。
   急いで撤退するから、衝撃に備えたまえ』

イーディン・S・ジョーンズからの無線と同時に、彼が足場にしていたオクトパシーが高速で後退を始めた。
彼の言葉通りオクトパシーは何度か揺れながら、ティンカーベル沖を南へと向かった。
追手はなく、追撃もなかった。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『同志は皆回収できたのか?』

(’e’)『残念だが、ショボン君だけだ。
   詳細はまた追って話すが、とにかく、今は引き上げるよ』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『シナーはどうした?』

(’e’)『残念だけど、捕まったよ。
   潜航を始めるから、まずは中に戻ってくれ』

128名無しさん:2019/05/07(火) 20:10:38 ID:116wtzvM0
彼らの作戦は完ぺきだったが、それが遂行できなかった原因は分かっている。
こちらに提示された情報が間違っていたのだ。
誤った情報のために作戦は失敗し、再度危険を冒さなければならなくなった。
ビロード・コンバース、彼の連続した失態はもはや看過できない。

オクトパシーの中に入り、棺桶をコンテナへと収容する。
怒りと憤りの混じった溜息を吐いた時、薄暗がりの中からジョーンズの声がした。

「ため息を吐いたら幸せが逃げると言われなかったかな、クックル君」

(;゚∋゚)「……憤らないほうが難しい話だ」

コーヒーの香りと共に、ジョーンズが現れた。
紙コップに入ったアイスコーヒーを差し出され、クックルはそれを反射的に受け取った。

(’e’)「まぁ確かにそうだね。
   さて、詳細についてだが、ショボン君以外の護送車を開けることが出来なかったんだ。
   海中で作業をしてもダメだったのはそういうわけだ」

(;゚∋゚)「頑丈な素材だった、ということか」

(’e’)「いやぁ、違うよ。
   扉を開けるための鍵が直前で変えられていたみたいで、ショボン君の以外開けられなかったんだ。
   結構それを期待していたからね、結果は御覧のありさまだよ」

海中に落とした護送車から対象を救出し、潜水艦で逃亡するという計画は酷い結果に終わった。
その原因は、そもそもの救出に必要な情報が古かったせいだ。
悪戯に姿をさらしただけでなく、シナーを捕らわれてしまったのは痛手以外のなにものでもない。
ショボンを取り戻しても、結局残りの同志たちを取り戻すために策を講じなければならない。

即ち、一からやり直しということになる。

(#゚∋゚)「くそっ!!
    それをもっと早く聞いていればっ!!」

(’e’)「まぁ、後はキュート君がどうにかしてくれるよ。
   我々の計画は進んでいるし、歩みは止められないよ。
                     r e r a i l
   レールが狂ったのなら、もう一度敷き直せばいいだけの話だ。
   どれ、航海を楽しんで、まずはワインでも飲もうじゃないか」

(#゚∋゚)「……彼女一人で大丈夫ですか?」

(’e’)「そりゃあね。
   ジュスティアの深部に入り込めたんだ、後は上手くやってくれる。
   彼女はそういう人間だからね。
   とりあえず肩の力を抜いて、我々は次の歩みを進めないとね。

   “レッド・オクトーバー”の方も動いているし、これから忙しくなるよ」

129名無しさん:2019/05/07(火) 20:10:58 ID:116wtzvM0
そして潜水艦“オクトパシー”は静かに海底深くに潜航し、その姿を暗い海の中に消した。
彼らが向かうのはギルドの都、ラヴニカ。
世界を変える歩みは続かなければならない。
全ては――



(’e’)「世界が大樹となる為に、ね」



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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rerail!!編

第三章【Snowpiercer part1-雪を貫く者part1-】 了
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130名無しさん:2019/05/07(火) 20:11:18 ID:116wtzvM0
これにて今回のお話は終了です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

131名無しさん:2019/05/07(火) 20:40:57 ID:X/1lvdPI0
乙!

132名無しさん:2019/05/08(水) 23:12:42 ID:VLEAgSwk0
おつ!
エライジャクレイグ飲みながら読んでました
どんどん話が動いていくからわくわくしてしょうがない

133名無しさん:2019/06/22(土) 14:04:04 ID:eEffXFrQ0
明日VIPでお会いしましょう

134名無しさん:2019/06/22(土) 14:16:54 ID:xjKhfKNc0
待ってた

135名無しさん:2019/06/23(日) 09:45:46 ID:RPP1zF7A0
ほんと待ってた

136名無しさん:2019/06/24(月) 07:03:50 ID:/xtIuJl60
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あの山は確かに悪魔のいる山だ。
だが、それでも俺はまたあの山に挑む。
                                 ..,,;;
                          ___      ''゙゙""ヾ.,
                        / ̄/i:i:i\       ''';;
                       /  ノi:i:i:i:i:i:i\    ..__..,;゙゙   ,,.;;;::、__,,....
                     /   ノ:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:`,,、___ ..,.,::;;;,,,,
       .......,,,,        ...::::;;;;;''""""''::;;;,,,,,..:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:;.;;..;;   ゙゙ヾ,,,,..,
     ,,;;;""" """::;,,,,   __/,,,;:::"""''゙゙/i:i:i:i:i:i:i:i:i::i:i:...;;""
,,..;;'';;''"";;;;,        '''';;,,,,,,:::"""/ ノi:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:ソ,,
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ノ :::::::::::::\;;;;:,,,..;;;;""/  /i:i:i:i::  /i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i....ノ....,.,...,,;;;:::::    ::,,,:::;''"゙   iil|||
:::::::::::::::::::__ィ≦ ̄`<   {:i:i:i:i:i:i: /:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i,,ソ ,,,.....,,,,,....,..,::,::::''""/  \__/ ̄|||
__,ィ´ ̄ :::::::::::::::::::::\__理由?
               お前も一度登れば分かる。

                ――クラフト山脈登頂挑戦者、“三本指”のビリー・バリアフリード
                                登頂成功一ケ月前のインタビューにて

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August 15th PM00:12

ラジオから聞こえていた興奮した様子の声はようやく落ち着きはじめ、現場の状況を細かに説明し始めた。
橋の一部が切り落とされたように海に沈み、そこにいた護送車の一団は海中に消えてしまったこと。
ジュスティアの護送車を襲った人間たちが逃走し、それ以上の情報が何もないということ。
凶悪犯が果たしてどれだけ野に放たれ、どれだけの人間が死傷したのかが心配であること。

今の状況では何も分からず、詳しい情報は全てジュスティア経由で発表されるということだけが伝えられたということ。
情報が更新され次第改めてリポートするという言葉を残して、ラジオは元の番組に戻った。
多少のぎこちなさはあったが、すぐにそれもなくなり、プロらしい落ち着いた会話が紡がれていく。
スノー・ピアサーの車輌にも落ち着きが戻り、人々はその事件についての考察を語ったり、別の話題に戻ったりした。

食事を続けることにした者もいれば、部屋に戻る者もいた。

( <●><●>)「大変なことになりましたね」

同意を求めるようなワカッテマス・ロンウルフの言葉に、デレシアは興味なさそうに返答した。

ζ(゚、゚*ζ「そうね。後で始末書が大変そうね」

彼女にとって考えなければならない問題は、ラジオの向こう側だけではない。
目の前にいるワカッテマス、そしてサムという名を得た“葬儀屋”という殺し屋。
更には同じ列車内にいるティングル・ポーツマス・ポールスミスも憂慮すべき相手であり、取り急ぎその正体を見定めなければならなかった。
ティンカーベルで一団を襲ったティンバーランドと無関係か否か、更にはデレシアにとって有害な存在か否かが分からない今は、彼ら二人からは情報を引き出すことが大切である。

137名無しさん:2019/06/24(月) 07:04:11 ID:/xtIuJl60
少なくともこの男はジュスティアの出身者で、更には訓練を受けた経験のある人間だというのが分かっている。
その身のこなしと言動が、この男の素性が堅気の人間ではないことをよく物語っているが所属までは分からない。
デレシアへの接触を目的としていることがまず間違いないという点から、ある程度はその所属を絞ることが出来る。
ジュスティアかティンバーランドか、そのいずれかに雇われたフリーランサーの探偵という可能性もあるが、“葬儀屋”と一緒に行動していると言う点がカギになりそうだ。

( <●><●>)「はははっ、確かにそうですね。
       皆無事だといいですが」

ζ(゚、゚*ζ「流石に橋が落ちたんじゃ、無事では済まないわね。
     知り合いでもいるのかしら?」

( <●><●>)「多分いないと思いますが、どうでしょうね」

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、橋はきっと内藤財団がすぐに直してくれるでしょうね」

( <●><●>)「あぁ、確かに。
       橋のことを考えたら、彼らが手を貸すのが道理ですね」

ζ(゚ー゚*ζ「……そうね」

デレシアは一つ、大きな情報を得ることが出来たことに内心で微笑んだ。
多くを知る人間は時として、知りすぎていることを隠し通すことが出来ないことがある。
ティンカーベルはデイジー紛争後、ジュスティアと内藤財団の助力で立ち直ることが出来た。
従って街の公共事業の中には今でも内藤財団の力が根強く残っており、多くの事業が財団傘下にある企業によって行われているという現実がある。

それは公表されていない事実であり、橋の所有権と保険の問題というのはまずもって知られることのない話だ。
ジュスティアとティンカーベルをつなぐその橋の老朽化に伴う再建築工事の話が出た時、問題が起きた。
問題となったのはその工事担当会社、所有権と管理責任、そしてそれを保証する保険会社をどう選定するかだった。
ティンカーベルはそれまでイルトリアに実質的な統治をされており、次の統治者としてジュスティアを迎え入れたが、資金面やインフラ整備には内藤財団の助力が大きかった。

存続自体を二つの巨大な存在に頼っているため、ティンカーベルはどちらにもいい顔をしなければならない。
政治的な判断が難しく、下された折衷案は橋の建設と保険は内藤財団に、そしてその所有権はティンカーベルとジュスティアの両方に移行することで決定した。
金銭的な問題は内藤財団、実務的な部分はジュスティアとティンカーベルが担当するという構図に辿り着くのに、予定の三倍の日数がかかった。
名目上ティンカーベルはすでにジュスティアの庇護から抜けており、独立したことになっているが、本質的な部分ではまだ根強く関係が残っていることをこの構図が示している。

新聞やラジオでは橋に関する情報は言及されることはなく、公式文書ではティンカーベルとジュスティアの両方に所有権があるとだけ記載され、保険のことについては触れられていない。
この根深い歴史的背景を知っている人間でない限り、今のデレシアの言葉に対して違和感を抱くはずだ。
公文書になっていない情報をこの男は知っており、ティンカーベルとジュスティアの歴史をよく知っている知識人以上の存在であることが明らかになった。
ワカッテマスの正体に目星をつけたデレシアは、この場をどう切り抜けるかを考えることにした。

この車輌で出会った時からの問題である部屋の場所を教えるような真似は避けなければならないが、それをどう行うか。
少しの間考え、デレシアは唯一の手段を取ることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、私たちは部屋に帰るわ」

ヒート・オロラ・レッドウィングとブーンを連れ、デレシアは自分たちの寝台車とは真逆の方に向かって歩き出した。
方向が逆であることを、ブーンもヒートも口にはしなかった。
食堂車の隣にある特別寝台車へと来たところで立ち止まり、後ろから誰もついてきていないこと、扉が閉まって目撃者がいないことを確かめた。

ノパ⊿゚)「どうやって向こうに行くつもりなんだ?」

138名無しさん:2019/06/24(月) 07:04:36 ID:/xtIuJl60
ζ(゚ー゚*ζ「この列車に何かが起きた時、例えばラウンジ車の扉が故障したとしたら、列車の人間はどうやって車輌間を移動すると思う?
      緊急ブレーキが作動した後、たくさんの客がこうして特定の場所に集まったらどう移動すればいいのか。
      ましてや、何かの作業をするための道具を持ち運ばないといけない状況ならどうするか。
      周囲を雪に覆われていたらそれも出来ないとなると、考えられる設計は一つだけ」

ノパ⊿゚)「……別の通路があるのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「正解。私たちが乗降した方とは別の方にあるはずよ」

ノパ⊿゚)「乗降した方とは逆、ってことか。
     どういうこった?」

このスノー・ピアサーの優秀なところは、車両本来の大きさを感じさせない設計にあった。
もともと広い作りをしていることと、車窓がないということから乗客はこの車輌本来の大きさを知ることが出来ない。
両側にある乗降用の扉の厚みなど誰も気にしないし、その扉が同じ方向だけしか開いていないということは、まずもって気づかれないことだ。

ζ(゚ー゚*ζ「窓がないから、壁の厚さが分かりづらいっていうのがいいカモフラージュになっているの。
      つまり……」

これまで乗降していた側とは逆の方に向かって歩き、デレシアはそこにある壁をそっと撫でた。
壁が静かに横にずれ、外装と車輌本体の間に作られた狭い通路が現れた。

ζ(゚ー゚*ζ「ね?」

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August 15th PM04:00
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: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : クラフト山脈仮設トンネル内

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陽が傾き、燃えるような夕日が空を染め始める頃。
クラフト山脈に作られた仮設トンネル内で停車していたスノー・ピアサーが、ゆっくりと、そして静かに動き始めた。
金属が軋むような音を立て、車輪が回転する。
レールを噛み締めるようにして進むため、速度は極めて遅く、人の徒歩と大差なかった。

139名無しさん:2019/06/24(月) 07:05:54 ID:/xtIuJl60
列車に付き添って歩く六機の強化外骨格――通称“棺桶”――は極めて注意深く、その車輪が動く様子を見つめている。
彼らが目指す先には道が続いているが、その先にスノー・ピアサーが通るのに十分な空間はなかった。
暗闇の中で唯一の光源である瓦礫に空いた僅かな隙間から差し込む赤い光が、その空間の狭さを何よりも物語る。
通れるのはBクラス――中型――の棺桶ぐらいだ。

トンネルの出口を塞いでいる瓦礫の前に来た時、スノー・ピアサーの車体全体が低い音を発し始めた。
巨大な獣が身震いをするような衝撃の後、強化外骨格の歩みと同じだけの速さで瓦礫に向かって進み続ける。
強化外骨格は瓦礫から僅かに離れた場所で立ち止まるが、スノー・ピアサーは単独で進んだ。
瓦礫に車輛の表面が触れた瞬間、まるで粉雪で作られているかのように岩が砕け散り、初めからそこに何もなかったかのように道が開けた。

暗闇の世界から姿を現した車輛もまた、オレンジ色に染まる世界の一部としてクラフト山脈と同じ色に染まった。
スノー・ピアサーが開いた道から、続々と強化外骨格が先頭車輛を守るような陣形を取って駆けだした。
非情にゆっくりと進むスノー・ピアサーよりも一歩先を歩く男が、無線機を使って作業を担当している人間全員に状況の報告を行った。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『一号車、通過よし。
      二号車、通過よし。
      減速開始』

その言葉とほぼ同時に、運転席のジャック・ジュノはスノー・ピアサーを減速させた。
金属同士を擦り付けるブレーキの音は風にかき消えるほど小さく、そして、予定されていた停車位置で完全にその動きを止めた。
男は前方に続くレールを目視し、それからスノー・ピアサーの足元を見る。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『定位置にて停止を確認。
      誤差修正なし。
      溶接個所問題なし。
      三分後、予定通りそちらに向かいます。

      ティムさん、お願いします』

僅かな空電の後、ティングル・ポーツマス・ポールスミスが応えた。

(*‘ω‘ *)『任せるっぽ!!
      車輛が全て通過した後、最後尾の機関室から乗り込むっぽ!!』

彼女の声はいつもと同じように明るく、快活そのものだったが、実際に感じているプレッシャーは相当なものに違いない。
雪崩によってレールの乗っていた足場が失われた問題に対して、彼女が自ら提案し、申し出た対処方法は正気のままでいられる方が稀有なものだ。
恐らく、多くの死線を潜ってきた者でさえその役割を担いたいと自主的に思う者はいないだろう。
ジュスティア出身の人間ということを考慮しても、彼女の行動は常軌を逸していた。

献身的と言えばそうだが、度が過ぎている。
英雄願望と言うのがジュスティアの人間にはあると聞いていたが、ここまでとは誰も思わないだろう。
物語に登場する自己犠牲の塊、狂信的なまでの献身性。
即ち、人でありながら人であることを止め、今際の際までそれを貫き通す人間がここにいることに、彼女以外の関係者は畏敬の念を抱かざるを得なかった。

山肌を削って作り出された桟道のような足場は万が一の場合に備えて一部を鋼鉄の柱で補強していたが、今回の雪崩でその鉄骨もろとも地面がえぐり取られた形となった。
幸いにしてレールはそのまま使える状態で残っていたが、宙に浮いたレールはそのままでは使い物にならない。
そこでティム自らが足場を作り、そこからレールを支えるという無謀な計画が立案された。
自ら不安定な足場でレールを支えるという役割は、一歩間違えれば滑落死、最悪は列車が転落する責任を負うものであるため、思っても提案することはまずない。

140名無しさん:2019/06/24(月) 07:06:17 ID:/xtIuJl60
強化外骨格を用いて支えると言っても、その足場が通常時よりも遥かに脆くなっている事実は変えようがない。
どれだけ力のある人間がいたとしても、足場が不安定であれば本来の力を発揮することは不可能。
それでも彼女は間違いなく出来ると言い切り、誰かに任せるのではなく自らが行動に移すことで周囲を納得させた。
ティムの行動力もそうだが、その発想に対して最終的に同意をしたジュノの英断も作戦成功に必要不可欠な連携力を強化させたことは言うまでもない。

彼女の発案をより完璧なものとするため、決定が下ってからワイヤーなどの器具を使い、土台を失ったレールの補強が早急に行われた。
土台のあった場所に急ごしらえの足場を作り、ティムの使用する強化外骨格は山肌に打ち込んだ鉄塊――切断された二本のレール――の上に立つことになった。
足場として山肌に深々と打ち込まれ、強度のあるワイヤーで補強されてはいるが長時間の負荷には耐えられない。
そこで、スノー・ピアサーが通過し終わるまで、という時間を可能な限り短くするため、ジュノは限界まで加速した状態でそこを走り抜ける算段を立てた。

加速のためにはまず、瓦礫を除去し、道の確保を行い、溶接したレールの強度の確認を行うところから始める。
そして次に、一度後退して加速のための距離を確保し、最大速度で駆け抜ける。
実にシンプルな作戦で、極めて乱暴な作戦だった。
だがそれ以外にこの状況を打破できる作戦を思いつける人間もおらず、時間が限られていることもあって、この作戦は誰にも否決されなかった。

鍵となるのはティムとジュノの二人だ。
耐えきれなければ全員が死の危機にさらされ、速度が適切でなければ脱線、あるいは足場の限界が訪れる。
やり直しのできない作業を前に、無線機の向こうから聞こえてきたティムの声には緊張している様な気配はなかった。

         Motherfuckers
(*‘ω‘ *)『さぁ、野郎ども!! ビシバシ仕事するっぽよ!!』

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August 15th PM04:03
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無線を切り、ティムは短く、そして深く息を吐いた。
足場にするためのレールを見下ろし、改めて今回の作戦の難しさを認識する。
強化外骨格と彼女の体重に耐えられても、このレールが突き立っている山肌がどこまで耐えられるのかは、完全に運否天賦の問題だ。
棺桶を使って深く刺しはしたが、ろくなテストもしていないため、彼女にも結果は分からない。

本来のレールは山を削って作られた足場に設けられ、鉄骨で補強がされているものだ。
しかし、雪崩の威力は人間が作り上げたそれら全てを根こそぎ消し飛ばした。
不幸中の幸い探しをするならば、レールを残して鉄骨ごと奇麗に足場だけが持っていかれたことだけだろう。
おかげでこうして足場を作り出し、支えることで対処が出来る程度で済んだ。

141名無しさん:2019/06/24(月) 07:06:38 ID:/xtIuJl60
落石や雪崩だけの影響ではなく、山そのものに何かが起きたからこそこの被害状況になったのは間違いない。
これが単なる雪崩であれば、山肌からの衝撃であり、表面上の物に被害が出るはずだ。
だが足場にだけ影響が出ているのは、山が振動したからに他ならない。
原因については後日エライジャクレイグの調査隊が調べ上げ、再発防止に努めるだろう。

我知らず、彼女の口元は微笑みから嘲笑の形に変わり、それは自嘲へと推移した。
ここで命が終わるかもしれない。
ここから見る景色が人生の見納めかもしれない。
そう思うだけで、彼女は興奮した。

これまでに経験してきた人生は常にスリルと隣り合わせであり、それが生甲斐になっていた。
この瞬間はその中でも極上の部類であり、生きてこの興奮を再認識したかった。

(*‘ω‘ *)「ひゅー……
      プレッシャーがたまらねぇっぽねぇ」

彼女が背負うのはブルーハーツから支給されたBクラスの棺桶。
スノー・ピアサーで唯一戦闘のために積載されていたものであり、今は彼女たちにとっての希望だった。
積まれている他の棺桶とは違い、起動コードは彼女の音声にのみ反応するよう設定されており、存在も秘匿されてきた。
しかし今、少しでも性能のいい棺桶を使いたい状況下で出し惜しむ余裕はなかった。

(*‘ω‘ *)『さぁ、扉を開いて。心を開くの。心を明るく照らしましょう』

コードを口にしたティムはコンテナの中に収容され、機械仕掛けの鎧を身に纏い、姿を現した。

〔 ゚[::|::]゚〕『仕事ってのは、どうにも上手くいかないっぽねぇ』

その白塗りの機体は、一見するとジェーン・ドゥだが、細部を観察すれば多くの違いに気づくはずだ。
顔を覆うマスクだけが血のように赤く、他は全て光沢のない白で塗られた異質なカラーリング。
各部位で彼女の動きを補助するのは、滑らかな装甲に覆われた高性能な駆動補助装置。
腹部周辺の装甲はジェーン・ドゥよりも少なく、女性的なくびれにさえも見える。

ジョン・ドゥを軽量化したモデルがジェーン・ドゥなのだが、その棺桶はジェーン・ドゥよりも更に洗練された姿をしていた。
無駄を削り、強みを尖らせたて既存の物をより高みへと昇華させようと苦心したような姿は、見る者にただならぬ存在感を覚えさせる。
事実、この棺桶は外見的に似ているジョン・ドゥやジェーン・ドゥよりも優れた性能を有し、それらを圧倒的に凌駕していた。
量産機には決して使われることのない複合装甲や大容量バッテリー周囲の堅牢な装甲、そして内蔵された高性能な演算装置。

そして何より、単一の目的のために設計されたコンセプト・シリーズであるが故の尖った性能は量産機を凌駕するには十分すぎる要素だ。
“オートプシー・オブ・ジェーン・ドゥ”はその名の通り、ジェーン・ドゥを基本として開発された棺桶である。
膂力を始めとする全ての性能はオリジナルを圧倒しており、その完全な上位互換としての位置にある。
ジェーン・ドゥやジョン・ドゥが持つ拡張性の高さはそのままであるため、エライジャクレイグではこの機体にジョン・ドゥの両腕を追加で取り付けていた。

四本の腕は実際、見掛け倒しではなく、複雑な作業を同時にこなせるだけの能力を持っている。
この装備が今回の作業にどこまで役立つかは未知数だが、それでも、ないよりはいい。
自重で足場のレールがたわまないよう、ティムはレールの上にそれぞれ足を慎重に乗せた。
この状態で滑れば終わりだが、体重の分散をすることで得られる安定感の方が今は重要だった。

〔 ゚[::|::]゚〕『準備は整ってるっぽ!!』

142名無しさん:2019/06/24(月) 07:07:02 ID:/xtIuJl60
威勢のいい声は仲間を鼓舞するため、あるいは、自分のために出したのだと彼女は自覚していた。
これから経験することは彼女の予定表には記載がなく、そして予想の範囲外の出来事になる。
レールが振動し、その振動が遠のいていく。
スノー・ピアサーが後退しているのだ。

(^ム^)『今から汽笛を鳴らし、二十秒後にそこを可能な限りの速度で通過する。
    推定で十三秒、耐えられるか?』

〔 ゚[::|::]゚〕『任せてもらうっぽ!!』

彼女に出来る答えは、それ以外に持ち合わせがなかった。

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汽笛が山に響くと同時に、それは唐突に訪れた。
ティムの背中に、これまでに感じたことのない強烈な寒気が走ったのである。
それは断じて実態のある冷気ではなく、未体験の領域にある緊張感がそうさせたのだ。
果たしてこれほどまでに緊張したことがあっただろうかと、ティムは冷静に思考を巡らせた。

いくら巡らせても、答えはなかった。
思考はすぐにレールから伝わってくる振動に上塗りされ、考えるという行為を中断させ続ける。
数百の戦場、数千の窮地、数万の死線を潜った経験者でさえ、この緊張感を完全に制御化に置くのは不可能だ。
頭上を巨大な質量と速度を持った物体が通過するだけでなく、それを支え、無事に通過させ切らなければならない。

失敗はない。
やり直しもない。
あるのは一度だけ訪れる、永劫にも思える刹那の時間。
そして、絶対の成功だけである。

143名無しさん:2019/06/24(月) 07:08:13 ID:/xtIuJl60
ティムは肺にある息を全て吐き出すかのように、深々と息を吐いた。
マスクから漏れ出た息は白い蒸気となって漂い、山に吹く風がそれをどこかへと運ぶ。
幾度となく彼女は逆境に挑み、その度に不可能を可能にしてきた過去と自信がある。
何を臆する必要があろうか。

過酷な訓練を積んだジュスティアの人間が、こんなことで諦めることも挫けることもない。
逆境こそが力になり、窮地に瀕した人々の期待こそが活力となる。
肉薄してくる車輛の存在を肌で感じ取り、ティムは四本の腕と二本の脚、そして丹田に力を入れた。
そして――

〔 ゚[::|::]゚〕『ぬっぐ!!』

――想像通りに想像以上の衝撃が彼女を襲った。
不動の覚悟で支えていた四本の腕は僅かに下がり、早くも左第二腕が過剰負荷によって警告を発していた。
間もなく腕の一本が緊急停止をすることだろうが、それなら三本の腕で支えればいい。
足場が軋みを上げ、車輪が上を通るたびにティムの体ごと揺れた。

車輪の音から通過していく車輛の数を把握し、残りを考える。
生命の危機を感じ取った彼女の本能が最大級の警告を発するが、その横では機械的に数字を数える思考が存在していた。
残り五両。
後付けされた左腕が異音と共についに力を失い、レールを支える形のままで機能を停止した。

僥倖だと思ったが、すぐにその考えは消える。
足場に違和感を覚え、ティムは咄嗟に右足の足場に左足を移動させた。
その直後、先ほどまで左足が乗っていたレールが力を失ったように山肌から抜け、眼下の森に消えていった。
足場一つ、しかも綱渡りをするかのように足が前後の位置にある不安定な態勢。

残りは四両。
彼女は今の状況から、最悪の場合を嫌でも考えざるを得なかった。
支え切ることが出来なくなる前に、ティムはその最悪の状況をジュノに伝え、彼はその報告を受けて即座に難しい判断を下さなければならない。
ジュノは優秀な人間であるため、最悪の事態に備えて最善の決断を下せる人間だということは分かっている。

脱線した車輛を素早く切り離し、全ての車輛が落下することを防ぐという決断。
大を生かすために小を切り捨てるという、極めて当たり前の考えを実行に移せるかどうかは、実行者の精神力に依存することになる。
脱線が確実なものになるよりも先に情報を受け取ってすぐに切り離しを行えば、スノー・ピアサーは後部車輛の一部を失うだけで被害を食い止められる。
当然、この手段は彼が誰にも打ち明けていない、最後の手段であることをティムは知っていた。

彼は責任感が強く、そしてあまりにも優しすぎる。
部下の失敗は全て彼が受け止め、あらゆるクレームを処理した。
時には頭を下げ、平謝りをすることも有った。
それでも彼は部下を切り捨てず、辛抱強く成長を見守り続け、一人前の車掌に育て上げ続けた。

非情になることが出来れば彼は上層部の椅子に座ることもできたが、それを良しとしなかった。
そうすることで失うものを知っており、そしてそれが彼の信条に合致しないのだと彼は冗談めいた口調でティムに語った。
昇進や自らの地位ではなく、乗客のことを考えて仕事をし続けてきたからこそ、彼はそれが評価されてスノー・ピアサーの車掌を任せられた。
世界初を掲げ、街の威信を背負った最新車輛の椅子は彼にとってどんな出世よりも嬉しいことだったに違いない。

144名無しさん:2019/06/24(月) 07:09:15 ID:/xtIuJl60
苦渋の決断が出来るかはティムには分からないが、彼は間違いなく最善の選択をするだろうと信頼していた。
それがどれだけ彼を苦しめる決断になろうとも、彼はそうするはずだ。
腕に感じる軋みが大きくなるにつれ、彼女の命がより強い悲鳴を上げる。
その悲鳴を殺し、恐怖を黙殺し、耐え続ける。

〔 ゚[::|::]゚〕『ジュノ!! そろそろこっちヤバイっぽ!!』

追加された右腕が根元から折れ、力なく垂れ下がった。
一気に彼女の両腕と両足に負荷がかかり、山肌から大きな土の塊が零れ落ちていく。
残り二両を耐えきれば、彼女の勝ちだ。
だが、これはあまりにも長い。

『三秒!!』

ティムの言葉に対しての返答はなかったが、ジュノの声が聞こえた。
それは、もう間もなく彼女の努力が実を結ぶ何よりの知らせだった。
しかし、しかし――

〔 ゚[::|::]゚〕『っ……!!』

――最後の足場が、無情にも落下し、浮遊感が全身を優しく包んだ。
その優しい感覚は稚児があやされるそれに似ていたが、すぐにそれが死神の手によるものであると気づく。
錯覚に陥っていた感覚はコンマ数秒もなかったが、彼女の意識が死を明確に認識するには十分すぎるほどの時間だった。
遠ざかっていく頭上をスノー・ピアサーの最後尾が通過するのを見て、己の役目が無事に果たされたことを安堵の気持ちと共に確認した。

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   / ,,  _,.乂-<-<  _.。≦ニイ:イ     ∨/-/  /ニ{ `⌒ヾ, //
  /Y´ Υ/ `\\≦三   ‘,‘,    ∨,イッー-Υ、__,:  //
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無意識の内に手を伸ばす。
その手は遥か離れたスノー・ピアサーには届かない。
だが。
伸ばした手は決して何かを掴もうとしたのではなかった。

彼女の行動に無駄はなく、彼女の信念に諦めの文字はない。

145名無しさん:2019/06/24(月) 07:14:13 ID:/xtIuJl60
〔 ゚[::|::]゚〕『カバー頼むっぽ!!』

それはワイヤーフックを射出し、それを届かせるための動作。
当初の予定ではスノー・ピアサーが頭上を通過した後、満を持してそれを車輛連結部に射出する算段となっていた。
フックはスノー・ピアサーの後部機関室に向かって勢いよく進むが、タイミングがずれて予定よりも距離が離れたために、連結部には届かない。
当然このままでは滑らかな外部装甲にその刃が突き立つことはない。

装甲の上に立つ一機のジョン・ドゥが、そのフックを掴んでいた。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『相変わらず無茶をする人ですね、貴女は』

ワイヤーの射出は車輛の上に立つジョン・ドゥを目視してからでは当然、間に合うものではなかった。
更に彼女が落下した場所からは死角になっているため、それを見ることも出来なかった。
絶大な信頼を寄せている相手がそこに待っていると、彼女は信じていたからこそ腕を伸ばしてワイヤーを打ち込んだのだ。
彼であれば万が一に備えてそこに立ち、そして彼女を助けてくれると全幅の信頼を寄せていたのである。

ワイヤーを高速で巻き取り、ティムは崖下から釣り上げられるような形でスノー・ピアサーへの帰還を果たした。
見ればジョン・ドゥの足はアンカーでその場に固定されており、外装の一部に大きな損傷を負わせている。
これが事前に承認を得ていない行動であることは間違いなかったが、それをジュノが許すことは分かり切っていた。

〔 ゚[::|::]゚〕『絶対にそこにいると信じてたっぽよ』

信じられる仲間がいることの大切さを、ティムはつくづく痛感したのであった。

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嗚呼。
とても素晴らしい景色だ。
とても素晴らしい空気だ。
とても素晴らしい人生だ。

……さぁ、帰ろう。

                ――クラフト山脈登頂成功者、“三本指”のビリー・バリアフリード
                                             登頂直後の言葉


第四章【Snowpiercer part2-雪を貫く者part2-】

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難所を通過したスノー・ピアサーの車内は喝采に溢れ、人々は旅の再開を喜んだ。
相変わらず外部の映像は何一つ映らない状態だが、車内に流れたアナウンスは乗客たちを安心させるには十分すぎた。
問題の個所を通過する際に多少の振動はあったが、スノー・ピアサーは問題なく旅を再開した。
列車が停止してから九時間近くが経過し、外には夕方の空が広がっていることだろう。

特別寝台車でくつろぐデレシアとヒート・オロラ・レッドウィングは、ひとまずの山を越えたことに安堵した。

146名無しさん:2019/06/24(月) 07:14:56 ID:/xtIuJl60
ζ(゚ー゚*ζ「良かった、無事に越えたみたいね」

安定した車輪の音を聞きながら、デレシアは感想を口にした。
列車は安全な速度に減速し、何事もなかったかのように走っていく。
文字通りレールの上を走る旅が再開したのである。

ノパ⊿゚)「あぁ、一時はどうなるかと思ったけど案外あの女もやるもんだな」

確かに、ティムが意地を見せた甲斐もあって作戦は成功を収めた。
それは素直に称賛して然るべき功績だが、デレシアが気にしていたのは彼女が使用した棺桶の起動コードだった。
ブーンが聞き取った起動コードに間違いがなければ、極めて珍しい棺桶が使われたことになる。
オートプシー・オブ・ジェーン・ドゥ。

量産機であるジェーン・ドゥをコンセプト・シリーズに昇華させるという開発理念のもと作られた、いわゆる実験機だ。
この試みが上手くいけば配備されていたジェーン・ドゥを全て同様の物にアップデートし、戦力の底上げを目的とした機体だった。
開発当時の主流となっていた、相手の棺桶の操作系統をクラッキングする機能が追加されたが、あまりにも没個性的過ぎたために一機だけの製造に終わった。
復元の段階でジェーン・ドゥのカスタム機ではないことに気づかれなければ、誰にも知られることなく部品取り用として分解されていたことだろう。

それを見極めて修復したのがどこの人間なのか、興味が尽きない。
棺桶の復元が出来る人間は一定数いるが、その詳細に精通している人間は限られている。
ティンバーランドにいるイーディン・S・ジョーンズはその筆頭であり、世界最高の知識と技術を持っていることでも有名だ。
修復した人間があの汎用性と拡張性の高さを知らないとは思えないため、間違いなく腕の立つ知識人が手掛けたのだろう。

確かな技術を持つ人間の協力を得たエライジャクレイグの発展が楽しみだった。

ζ(゚ー゚*ζ「シャルラまで到着すればまずは一安心、ってところね」

先ほどの作戦が実行されるまでの間、デレシアはスノー・ピアサーがどのようなルートでクラフト山脈を突破するのかについて情報を聞き出し、残った道のりの困難を考えていた。
線路を敷くにあたって特に困難を極めたのは先ほどの道ではなく、その後に控えている道だ。
この後、この場所から約一キロの位置にあるその難所に差し掛かることだろう。
クラフト山脈を横断する唯一の道。

雪深く積もり、両脇を山に挟まれた一種の渓谷。
夏でも雪解けせず、万年雪として山に残り続ける氷じみた雪の道を走り抜ける道が。
しかしそれこそ、スノー・ピアサーの本領が発揮される場所に違いなかった。
そしてクラフト山脈を走破した時、この列車は人間の進歩の一つの証として歴史に名を残すことだろう。

登山家に名付けられた渓谷の名前は、ヒラリー・キャンプ。
荒々しく容赦のないクラフト山脈において数少ない登頂ルートの一つとして知られ、その難易度は数あるルートの中で最も容易であると言われている。
その理由として挙げられるのが開けた場所であり、尚且つなだらかな斜面が広がっているためにキャンプを設営しやすいからだ。
この名所に到達するまでの間に登山者の一割が死亡するが、今もあるキャンプによって救われた命は数知れない。

(∪´ω`)「シャルラのまちは、なにがゆうめいなんですか?」

本を読みながら単語の勉強をしていたブーンは、デレシアを見てそう尋ねた。

ζ(゚ー゚*ζ「有名なのは街の在り方ね。
      いくつもの自治区に分けて統括しているから、シャルラって言っても凄い広い範囲に点在しているの。
      だから単純な大きさで言うのなら、世界最大の街よ」

147名無しさん:2019/06/24(月) 07:15:50 ID:/xtIuJl60
世界の中でも分割統治を行っている街は極めて稀で、シャルラはその最も有名な例だ。
不毛で広大な土地に住む人間たちが独自の街で生きていくにはあまりにもその大地は厳しく、そして荒れ果てていた。
互いに持つものを分け合い、協力する形をとる為にシャルラと言う一つの街が生まれたのだ。
いくつもの自治区に分けることで、実際には複数の街が点在している形態を取っているが、最終的にはシャルラという街に帰結するようになっている。

(∪´ω`)「じちく、とうかつ、てんざい……」

ブーンはすぐに辞書を使って言葉の意味を調べ始めた。
言葉の意味を教えるのは簡単だが、それよりも自分で調べるという苦労を踏まえることで、より一層強く記憶に残る。
そうして調べた言葉をメモ帳に残し、自分だけの辞書を作っていく。
最後に残るのは、彼が学んだ足跡というわけだ。

ζ(゚ー゚*ζ「食べ物ならカニだけど、それよりもお酒の方が有名ね。
      ウォッカっていう、とても度数の強いお酒の生産地ね」

ノパ⊿゚)「そういやそうか。
    確か流通してるウォッカの七割ぐらいがシャルラ産って聞いたことがあるな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、今はそれぐらいの数を輸出しているはずよ。
      寒い土地ならではね」

広大な土地を所有するシャルラだが、その土地は非常に貧相で荒涼としたものだ。
その土地を使って作ることのできるのはイモのような、厳しい環境下でも育つ野菜だけになる。
結果としてシャルラはイモを作り、それを酒にして世界中に輸出をしている。
一定の時期にだけ収穫のできる玉ねぎなどの野菜は冷凍保存され、冬になるとそれを使ったスープがよく食べられる。

肉も燻製にして保存が出来るように工夫され、加工食品が街の中では多く流通している。
陸路を使った輸出入に頼ることが多いが、海辺の自治区では魚やカニが多く取れるため、内陸の自治区との交易で食料品の流通が上手く行われている。
ベルリナー海のカニ漁は毎年そのシーズンになると世界中から船が集まり、まるで祭りのような漁が行われることで知られている。
同時に、海に転落して死ぬ人間や船の上で起きた不慮の事故の死者の数は、盛り上がりに比例して増えていることも知られていた。

(∪´ω`)「どうしてさむいところだと、おさけが……えと、どすうがたかいんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「お酒を飲むと体の内側から暖かくなる、っていうのと度数が高いと凍らずに済むからよ。
      後は作物の兼ね合いもあって、ウォッカが多いの。
      ブーンちゃんにはまだ早い話だけど、覚えておいて損はないわよ」

(∪´ω`)「おー」

ノパ⊿゚)「冬になればカニがたくさん出回ってるだろうけど、今は時期じゃねぇからな。
    あそこのカニは確かに美味かった」

(∪´ω`)「そんなにおいしいんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「時期になるとね、とっても美味しいの。
      基本的に色んな街に出荷してるし、漁船が来ているからシャルラでなくても食べられるわ。
      冬のお楽しみね」

148名無しさん:2019/06/24(月) 07:16:58 ID:/xtIuJl60
出来ればブーンにはカニ漁の様子を見せてやりたかった。
彼がオアシズから放り出された海と同じか、それ以上に荒れた海で一攫千金を目指して船を出す男たちの姿。
愚かしくも雄々しいその姿は、滅びの美学に通じるものがある。
並みの女では耐えられない程の疲労の果てに得る栄光と挫折の一連の流れは、いい社会勉強になるはずだ。

『車掌のジャック・ジュノより、乗客の皆様にお知らせいたします。
先ほど、無事に問題の個所を通過し、予定通りの道を進んでおります。
今回の遅延に伴い、速度を上げて運行することで対応することとなりました。
クラフト山脈を抜け、平地に到着後、スノー・ピアサーは最高速度で運行を開始いたします。

予定ではシャルラへの到着に関する遅れは相殺されることとなりますが、お客様にご不便、ご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
また、今夜五時にクラフト山脈を横断するルートへと差し掛かります。
多少の揺れが予想されますので、お気を付けください。
到着五分前に再度アナウンスを行います』

車内放送が終わり、デレシアは溜息を吐いた。
列車への心配が軽減されて浮上されてきたのは、昼間に起きたジュスティアの失態と事件についてだった。
島からジュスティアに移送する時に襲撃があることは誰の眼にも明らかだったが、フォックス・ジャラン・スリウァヤはそれを強行した。
何か考えがあったのか、それともただの馬鹿だったのか。

今の段階ではあまりにも情報が少なすぎるため、推測でしか考えられない。
詳しい話や展開については、いつかトラギコ・マウンテンライトと会った時にでも訊けばいい。
ティンバーランドの動きがだいぶ大きく、目立つようになってきているのには必ず理由がある。
秘匿することがそれほど重要ではないと判断してのことだとしたら、彼らが事を起こすのにそう時間はないだろう。

彼らにとってデレシアは天敵だ。
彼女がいる限り、彼らは執拗にその命を狙ってくるに違いない。
スノー・ピアサー内にその細胞がいなければいいが、万が一いれば、オアシズの厄日の再現となるだろう。
特に注意しなければならないのが、サムと呼ばれていた男だ。

記憶を取り戻し、デレシアを襲ってくることになれば、列車内での殺し合いになる。
そうなる前に排除するのも一つの手だが、傍にいるワカッテマス・ロンウルフがそうさせないだろう。
また、ティングル・ポーツマス・ポールスミスも車内で警戒に当たるとなれば、暗殺者の真似ごとをするのは乱暴な策だ。
ジュスティア出身の人間が二人乗り合わせている現状は、デレシアにとっては頭痛の種でしかなかった。

ティンバーランドに転向した人間の割合で最も多いのが、ジュスティア出身の人間なのだ。
正義という言葉を徹底的に、それこそ偏執的なまでに教え込まれた人間の一部からすれば、ティンバーランドの考え方はまさに理想。
むしろ、先祖返り、と言ったほうが適切なのかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、夕飯にしましょう。
      難所に差し掛かったら落ち着いていられないでしょうから、今の内に楽しみましょう、
      きっとご馳走が並んでいるわよ」

三人はそれから食堂車へと移り、デレシアの予言通りに並んでいた豪勢な夕食を堪能することになった。
肉料理と魚料理の二つから選べるようになっていて、デレシアは魚を、ヒートとブーンは肉料理を頼んだ。
食後にリンゴのシャーベットを食べ、ブーンは目を輝かせながら最後の一口までそれを味わった。
そして食後の紅茶を飲み、くつろいでいると、ティムが満面の笑みを浮かべながらやってきた。

(*‘ω‘ *)「おねーさん、ご機嫌いかがですっぽ!!」

149名無しさん:2019/06/24(月) 07:18:25 ID:/xtIuJl60
ζ(゚ー゚*ζ「上々ね。 それにしても大活躍ね、ティム」

(*‘ω‘ *)「おっ、分かりますかっぽ?!」

ティムはわざとらしく胸を張り、得意げな表情を浮かべた。
デレシアの言葉は仮にティムが棺桶を使わなかったとしても意味の通じるものを選び、そして使われていた。
真実がどちらであったとしても意味の通じる言葉を選んだのは、言わずもがな、ティムに対しての牽制だ。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。棺桶持ちは気配が違うもの。
      それこそ、実力のある人は特にね」

(*‘ω‘ *)「あはは!! いやぁ、おねーさんには勝てなさそうっぽね!!」

その言葉は本心だろうが、まだデレシアを値踏みするような気配と視線は健在だ。
あれだけデレシアが牽制をしたというのに、まるで怯んでいない。
豪胆と言うべきか、それとも図々しいと言うべきか。
そしてデレシアはティムの眼を見て、古い記憶の扉が開くのを感じた。

ティムの顔を見た記憶のある瞬間を思い出し、デレシアは笑みを浮かべたままの状態で彼女を見た。
僅かに、ティムが身を強張らせる。

ζ(゚ー゚*ζ「そういえば、今思い出したんだけど」

(*‘ω‘ *)「なんですかっぽ?」

ζ(゚ー゚*ζ「どこかで見たことがあるかと思ったら、貴女、イルトリアで働いていたことがあるでしょ」

(*‘ω‘ *)「……っ」

その瞬間、間違いなくティムは表情を凍らせた。
それは紛れもない動揺。
そして目の奥に浮かぶのは、恐怖。
表情に一瞬だけ浮かべてすぐにひきつった笑いを浮かべるが、先ほどまでの余裕はまるで感じられない。

ジュスティア出身でイルトリアにいたことのある人間。
その人物にデレシアは心当たりがあった。
イルトリアでは紛れもない有名人であり、同時に、歴史に名を刻んだ人物。
それらの情報とデレシアが彼女に抱いた疑念が一致し、一つの答えを導き出した。

その答えをここで口にするのも面白いが、牙を剥かれては元も子もない。
この女は蛇だ。
猛毒を持ち、擬態を好む毒蛇。
相手の体内に侵入し、内部から蝕む病魔の類。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、当たってた?」

(*‘ω‘ *)「ず、随分昔の話っぽね!!」

150名無しさん:2019/06/24(月) 07:19:35 ID:/xtIuJl60
否定しなかったのは実に立派だった。
ここまで動揺が表に出てしまった以上、誤魔化すのは不可能。
悪戯に否定して余計な探りを入れられる前に相手の疑念を解決する手法。
潔さは多くの場合がいい方向に事態を収束させるが、この場合、相手が悪かった。

ζ(゚ー゚*ζ「うふふ、間違いだったら恥ずかしい思いをするところだったわ。
      それじゃあ、お仕事頑張ってね」

満面の笑みを浮かべ、デレシアはそう告げた。
それはティムにとって、いくつもの意味を含んだ言葉と笑みに感じられることだろう。
時に最良の脅しは多くを語りすぎないこと。
真意は相手が勝手に想像し、勝手に怯えるだけ。

デレシアの言葉が単なる脅しではないと気づいたティムは、それでも笑顔を崩さなかった。
変装のように施した化粧の下には、今にも噴き出しそうな冷や汗たちが待機していることだろう。

(*‘ω‘ *)「それでは失礼しますっぽね!!」

半ば逃げるようにして、ティムは来た道を戻った。
その姿はこれまでとは違い、完全に虚を突かれた人間の反応のそれだった。
車輛を隔てる扉の向こうに消えたのを確認してから、ヒートが口を開いた。

ノパ⊿゚)「……ほんとの話なのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、やっと思い出したの。
      結構昔の話だったから忘れてたけど、えぇ、確かにイルトリアにいたわ。
      その話は後でしましょう」

ジュスティアの歴史に名を刻むだけではなく、イルトリアの歴史にも名を遺した人間の話をするには時間と場所が必要だ。
同時にデレシアは、別の人物の正体についての目星をつけることが出来た。

(∪´ω`)「おー?」

そして三人は食事を再開し、その見事な料理に舌鼓を打ったのであった。
ブーンはリンゴシャーベットに角切りにしたリンゴを乗せてもらい、最後はアップルティーで締めた。
デレシアとヒートは紅茶を飲み、席を立った。
食事を終えた三人は帰り道にハーブティーの入った魔法瓶をラウンジ車輛で受け取り、部屋に戻る。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しい料理だったわね」

ノパ⊿゚)「あぁ、ちゃんと日付に合わせてメニューを組んでるんだな」

前日は生魚だったものが、翌日はムニエルに。
サラダは炒め物などに利用され、無駄なく一連の旅を経てようやく廃棄されるメニュー設定になっている。
どこかの駅に停車した際に新たな食材を仕入れ、廃棄する食材を街に引き取らせる。
そうして経済が回るようにすることで駅を持つ地域の活性化が促され、結果として街の利益へとつながるのだ。

ノパ⊿゚)「ま、茶でも飲んでゆっくりしてるか。
    さぁて、ブーン。
    あたしの出したなぞなぞ、答えは分かったか?」

151名無しさん:2019/06/24(月) 07:20:17 ID:/xtIuJl60
(∪´ω`)「おー、ずっとかんがえてるんですけど、わからないですお……」

ヒートが出題したなぞなぞは、七人の容疑者が浮上した事件の犯人を当てる物だ。
山小屋の管理人、訓練中の軍人、登山者、医者、探偵、教師、そして写真屋。
秀逸なのは出題の際、彼女が使った言葉だ。
事件を起こした人間、という問いかけ。

視点を変えてみることで初めて見えるヒント。
そこに気づくことが出来るのは、既定の枠に捉われない柔軟な思考の持ち主だ。

ノパー゚)「事件を起こす人間を犯罪者っていう。
    じゃあ、犯罪をゆっくり言ってみな」

(∪´ω`)「はんざいー(クライム)」

ヒートの口にした単語を、ブーンは素直に繰り返す。
その発音を聞いてヒートは頷き、悪戯っぽく笑みを浮かべる。

ノパー゚)「登山者をゆっくり言ってみると?」

(∪´ω`)「とざんしゃー(クライマー)……
     おっ!!」

これがなぞなぞの醍醐味。
通常の視点とは異なる場所から問題を見つめることで得られる答えと、その過程における高揚感。
勉学に飢えているブーンにとって、これほど面白い物はそうないだろう。

ノパー゚)「思考は常に柔らかく、意地は固くってね」

(∪*´ω`)゛

ヒートに頭を撫でられ、ブーンは文字通り尻尾を振って喜んだ。
目を細め、手のひらから感じ取る体温でヒートの無事を確かめるようにして、自らその手に頭を押し付ける。
愛情を注ぐ人間が増えることでブーンは着実に、そして大きく成長していく。
姉のようにして接してくれる彼女の存在は、間違いなくブーンの人生を大きく変え得る資質を持っている。

彼女の怪我が癒えるまでの間は、デレシアが前に立って厄介ごとを潰していくしかない。
今の状況であれば、手負いのヒートに出来ることはブーンの傍にいてもらうことが一番だ。
列車内の問題はデレシア一人でどうにかなる話であるため、心配させたくはなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「後でちょっとラウンジ車に行ってくるわね」

ノパ⊿゚)「おう、気をつけてな」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。
      その間、二人でお留守番、よろしくね」

ティムの正体に察しがついたように、デレシアはもう一人の正体にも思い当たる節があった。
後は答え合わせをするだけだ。

152名無しさん:2019/06/24(月) 07:21:11 ID:/xtIuJl60
(∪´ω`)「わかりましたお」

ζ(^ー^*ζ「ふふっ、いい子ね」

デレシアはブーンの頬に手を添え、彼の額にそっと口付けをした。

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                }    八__ l l| }   -‐…tー‐___ュ
       }      ∧   イ´ ヽ{八//: : : : : : : : : ̄ゝ‐tー‐ミ、
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      八     {(/}   l|  ::::::::  /: ト、八: : : : : !: : : : : : : Ⅶ
    /{  Y  |  ゞll  八    /八{ー-}l: : : : :| : : : : : : : }_|
    ( |  }  l|   l|     )___  // 行ヽ }l: : : : :!: : : : : : : :{_|
    ) |  }  l|  八   イ  ( 从) J_っИ: : :/): : : : : :ト: :-}
       l|  从{/ニニヽ  人  ヽ イ       j : /: : : : : : ノノノ_′
August 15th PM04:55
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夕暮れの中、スノー・ピアサーは大きく左に曲がり、ついにその場所に到達した。
前方、そして左右に聳え立つ圧倒的な高さの壁。
世界を隔てる壁に出来た、唯一の抜け道。
ヒラリー・キャンプの足元。

車内放送はすでに済み、後は走り抜けるだけだ。
この道を通り抜けるためにこそ、スノー・ピアサーは作り出された。
最新鋭の運転席に座るジャック・ジュノは落ち着き払った様子を見せながらも、その実は興奮していた。
走破するのだ。

世界で最初に、彼が運転するスノー・ピアサーがこの壁を突き破る。
長い時間が作り出した雪と氷の分厚い壁。
鋼鉄以上の硬度があると言わしめ、多くの登山客のキャンプ地としてその背を貸し続けてきた土地。
スノー・ピアサーが通ったところで、その土地が崩壊することはない。

(^ム^)「ふぅ……」

しかし当然、これは前人未到の地であり、人類初挑戦の出来事だ。
その成功は彼の双肩とスノー・ピアサーにかかっている。
万全の状態ではないスノー・ピアサーで果たして成功できるのか、それだけが心配だった。
不安になるのは無理もない話だが、ここで尻込みして事態が好転することはない。

夜の内にこの場所を通り抜けることが今は最も安全性が高い。
ジュノはゆっくりと、段階的に速度を上げた。
高周波振動の発生装置に指を乗せ、短く息を吐いてスイッチを入れる。
上り坂を迎えると同時に、線路の途切れ目が近づいていることをセンサーが通知した。

そう。
この道はまだ誰にも傷つけられたことのない場所であり、線路は敷かれていないのだ。
これは極秘の情報で、車掌にしか知らされていない事柄だった。
レールを敷けない道をどう通り抜けるか、それがスノー・ピアサーを設計し、この道のりを考えた人間たちにとって最大の問題だった。

153名無しさん:2019/06/24(月) 07:22:55 ID:/xtIuJl60
そこに彼も同席していたために、原理も理屈も分かってはいた。
試験的な運用はすでに済んでいるが、実地試験は行われていない。
この過酷な環境で試すことが出来ることは限られており、それだけの余裕もなかった。
スノー・ピアサーが使用する多くの部品は強化外骨格に使われていたものを複製、もしくはそのまま使用しており、雪道に対しての親和性は極めて高い。

そこで考え出されたのが、雪を突破する際に天然のレールを形成しながら進むという考えだった。
この土地の雪は圧縮され、高密度な氷と化している。
高周波振動で雪を細かく破壊する際、外装の形状を生かして足場の雪を任意の形に削り出してレールを生み出す案が提案された。
その実験は幾度となく行われ、スノー・ピアサーの車輪に滑り止めの加工を施すことで問題が解決することが分かった。

氷のトンネルを抜け出たら本来のレールに合流し、何事もなかったかのように旅が再開される。
要となるのは先頭部に備えられた外装。
本来のスノー・ピアサーの胸部にあたる部品で、その頑強さと性能は万が一にも揺らがない。
そして、彼の決意もまた同様に揺らぐことはない。

(^ム^)『私は厳格な規律を守り、無秩序な混沌を忌む。
    定められた場所で、定められた者が、定められたことを成す。
    これ即ち、人間の理なり』

起動コードを入力し、彼が行ったのは車輌を覆う全ての外装の高周波振動発生装置の起動である。
この外装は全て、この瞬間のためにある。
スノー・ピアサーが本来持つ、雪に対する偏執的な設計思想。
雪に対抗するコンセプト・シリーズとして生み出され、そして、その力は今こそ最も輝く。

雪には複数の種類があり、ひとえに雪に対抗するといってもその方法は必然的に分かれてしまう。
硬度、量そして降雪地の変化によって雪は全く異なる表情を見せる雪を一括して相手にするための機能がスノー・ピアサーには備わっていた。
その機能とは、高周波振動装置だけではなく、破砕した雪を冷却に使用し更にそこで生まれたエネルギーを高周波振動に転用することで、長時間の稼働を可能にする事。
雪のある限り、スノー・ピアサーはどこまでも貫き、進むことが出来る。

(^ム^)「……行くぞ」

白い壁が目前に迫り、ジュノは更に速度を上げ――

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             r── ̄ ̄ ̄      ̄ ̄ ̄──__    _,. -=彡‐ '´ ̄´   ̄ ` ─
          ∠´                           ヽ /ニ´- ´  ___.
          |-、                           _ イー--‐=ニノ   \
          |  `丶──--______--── ̄    ノ'、  ` ̄`ヽj___  `丶..___
          ヽ                             | (ゝ-──'   ‐'`)
          ヽ                            |  `ヽ‐----─ '´`)'"ノ    ,.--
          ,.,,ヽ                         |   /ゝ-r- ..___.,/,/─--‐'"
      ,,, ,,--''´r'ヽ                          ノ //   ヽ-─--'′
   , .‐'´  -:'"゛  \                     /// `''ー-、
  r'    r' . : ::.     ヽ               , <二/''ー-、    ヽ、
August 15th PM05:00
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154名無しさん:2019/06/24(月) 07:24:35 ID:/xtIuJl60
大きな衝撃が一度だけあったが、それは机上のカップに注がれた紅茶をこぼすほどの物ではなく、さざ波を立てる程度だった。
ラウンジ車輌にいる乗客たちは一瞬だけ悲鳴を上げたが、すぐに収まった。
この列車に乗り合わせている人間で、今彼らが氷の中を走っていることを理解している人間はほんの一握りだけだろう。
例えば、優雅に紅茶を飲みながらチェスに興じる一人の男。

万物を見通すかのように見開かれた大きな瞳で盤上を見て、最適な答えを導き出さんと思案するこの男。

( <●><●>)「おぉ、ついに来ましたね」

そう言ったワカッテマス・ロンウルフはチェスの駒を動かし、目の前に座る人間に言葉をかけた。
その人物は胸元が大きく開けた青いロングドレスに身を包み、長い髪を頭頂部で巻き、ルージュの口紅を口に引いた女だった。
剃刀のように鋭い眼差しを向ける女は、同意の印に駒をつまみ、置いた。
優雅な仕草でありつつ、考えられた一手だった。

ワカッテマスは応じて駒を動かすが、女はそれに即応した。
それは頭中ですでに手筈が完了している人間の動きだ。
彼は彼女の眼を見て、それから口を開いた。

( <●><●>)「無事に抜けられるといいですね」

女性は微笑み、手元に置いていたカクテルを口にした。
カクテルグラスの中身は一口でなくなり、最後に残ったオリーブを口に含んだ。
もごもごと口を動かし、オリーブの種をグラスに吐き捨てる。
そして席を立ち、女はウィンクをして言った。

(*‘ω^ *)「チェックメイトっぽ」

ティングル・ポーツマス・ポールスミスは悠々とした歩みで車輌から出て行った。
残ったワカッテマスは紅茶を飲み、盤上を見る。
なるほど、一見すれば確かにチェックメイトのようにも思える。
だが実際は、まだ手がないわけではない。

正確な一手を打つことが出来れば、確かにティムの勝ちだろう。
それが出来れば、の話だ。

( <●><●>)「……さぁて、どう動きましょうかね」

彼にとって、不利な状況など日常茶飯事であり、特に気にする必要はない。
正攻法が駄目なら搦め手で挑むまで。
自分の駒を一つ動かすついでにもう一駒動かし、形勢は逆転した。
明らかな反則行為だが、相手が見ていなければ問題はない。

正々堂々とした勝負など、彼の流儀ではない。
無論、彼女もそのつもりだろう。
だからこそ彼女は今しがた彼がしたのと“同じイカサマ”を何度も繰り返し行っていたのだ。
相手の目を盗んで出し抜こうとするのはお互い様である。

現場を押さえなければイカサマはイカサマではない。
極めて真っ当な技術の一つだ。

155名無しさん:2019/06/24(月) 07:26:20 ID:/xtIuJl60
( ゙゚_ゞ゚)「すみません、お待たせしました」

( <●><●>)「いえいえ、今来たところです」

五時に待ち合わせをしていたサムがグラスを手にやってきた。
ティムが使っていたカクテルグラスは机上から消え、ワカッテマスが一人でチェスをしていたかのような状態になっている。
サムは向かいに座り、ソーダ水を一口飲んでから口を開いた。

( ゙゚_ゞ゚)「それで、僕に話というのは?」

( <●><●>)「あの女性について、ですよ」

彼にとって、記憶に残る唯一の手掛かり。
人違いや記憶違いと言われても、諦められるはずがない。

(;゙゚_ゞ゚)「え、えぇ」

( <●><●>)「私の予想では、彼女、サムのことを知っていますよ」

経験から言って、あれだけ表情にも仕草にも声にも変化の出ない人間は堅気ではない。
彼はこれまでに多くの人間を見てきたが、あの女のような人間は初めてだった。
あれは間違いなく、危険な人間だ。
悪人と善人との判断もつかないぐらい、まるで何も分からない人間。

見誤れば命を奪われかねない相手なのは、彼の本能が告げている。
一切の油断も出来ない相手であるため、慎重な接触が必要だ。
そのためには誰かが積極的な接触を行い、本質を導き出してくれることが望ましい。
都合のいい誰か、接触に対して躊躇わないような誰かが。

(;゙゚_ゞ゚)「ならどうして、そのことを隠すんだろう……」

( <●><●>)「さぁ、そればかりは……」

無論、ワカッテマスにはその理由の検討がついていた。
女はサムとの接触を望んでおらず、また、ワカッテマスとの接触も極力避けたいと考えているのだ。
何かに追われている、もしくは素性を隠したい事情があるのだろう。
真っ当な人間がする対応ではない。

( <●><●>)「……少し、席を外しますね」

( ゙゚_ゞ゚)「あ、はい」

ワカッテマスは席を立ち、ラウンジ車から食堂車へと移った。
夕食を楽しむ客たちの中に、その人物は悠然とした佇まいで座り、琥珀色の液体が入ったグラスを傾けていた。
息を呑むほどの美しい女性だが、その微笑は彼の心臓が鷲掴みされたかと錯覚するほどに危険さを感じさせた。

ζ(゚ー゚*ζ「こんばんは」

( <●><●>)「……こんばんは。
        奇遇ですね、また会うなんて」

156名無しさん:2019/06/24(月) 07:27:45 ID:/xtIuJl60
声を震わせることなく言葉を紡ぐことが出来ていることに、ワカッテマスは久方ぶりの安堵感と自己肯定感を覚えた。

ζ(゚ー゚*ζ「向こうの彼を呼ばないなんて、不思議な話ね」

( <●><●>)「たまたまこっちに用があって来ただけですので」

一刻も早くこの場を立ち去り、体制を整えたいという気持ちが先行している。
この女は、“デレシア”は無策で相手にするにはあまりにも厄介な人間だと彼の本能がようやく理解できたのだ。
あまりにも巨大すぎる存在は時としてその存在そのものを認識できなくさせる。
クラフト山脈の麓に立つことでその大きさを認識できないのと同じように、彼は今、デレシアの存在に恐怖にも似た感情を抱いているのだと認識したのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「嘘が上手ね。
      流石、“ロールシャッハ”というところかしら」

ワカッテマスは全身が総毛立つのを感じ、眼下に座る、明らかに自分よりも年下の女に紛れもない恐怖心を抱いた。
長い間、感じる機会がなかった感情に感動すら覚える。
未だかつて彼の正体を言い当てた者はおろか、推測し得た人間はいなかった。
この女以外は。

流石は“デレシア”。
その名を名乗るだけのことはあり、嘘やハッタリではない実力者であることがよく分かった。

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、座りなさいな」

聞き慣れた金属音がテーブルの下から聞こえ、ワカッテマスは素直にその言葉に従った。
撃鉄を起こす、重い音。
大口径の銃。
その威力は木製のテーブルを容易に貫通し、彼の頭蓋を粉砕することだろう。

( <●><●>)「……では、失礼して」

                    Can be anything
ζ(゚ー゚*ζ「モスカウの統率者、“何にでもなれる者”、ねぇ。
      聞いていた通りの人間ね。
      見る人によっては別の人間に見える存在、っていうのは噂通りね」

全てを見抜かれている。
紛れもなく、この女はワカッテマスの正体に気づいた上で接触してきたのだ。
どこで自分が間違えたのかを、ただひたすらに頭の中で繰り返すが、答えが出てこない。
こんな状況は初めてだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアからずっと私たちを観察しているけど、その理由は何かしら?」

その声量は極めて小さく、静かなものだったが、ワカッテマスの耳には嫌と言うほど聞こえていた。
列車が発する音などすでに耳には届いておらず、全ての感覚はその女に集中している。
こちらが彼女の名を知っていることを隠す必要はないと判断し、ワカッテマスはせめてもの抵抗としてその名を口にすることにした。

( <●><●>)「その前にいくつか質問をしても、ミス・デレシア?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、どうぞ」

157名無しさん:2019/06/24(月) 07:29:38 ID:/xtIuJl60
気のせいか、ミス、と呼んだ時に彼女が笑ったように見えた。

( <●><●>)「月並みな質問ですが、いつからですか、私の正体に気づいたのは」

ζ(゚ー゚*ζ「ティンカーベルの橋の保険契約先を答えた時ね。
      あれを知っているのはジュスティアの中でも一部の人間ぐらいなものよ。
      後は演技力ね。
      見事なものね、真人間をここまで演じきれる人間は私の知る限り、ジュスティアでは二人だけよ」

ワカッテマスは瞼を降ろし、静かに息を整えた。
迂闊に質問に答えてしまったことを悔やむよりも、今はやるべきことがある。
溜息と共に瞼を上げ、デレシアを見つめた。

( <●><●>)「もう一つだけ、いいですか」

ζ(゚ー゚*ζ「内容によるけどね」

( <●><●>)「貴女が、デレシアで間違いないのですか」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうよ。
      どうするつもりかしら、騎士様」

その返答はワカッテマスを十分に満足させ、そして納得させた。
これがデレシアを名乗る女。
ジュスティアの歴史に名を遺す人物と同じ名を持つ、謎多き旅人。
豪奢な金髪、透き通る碧眼、慈愛に満ちた表情を浮かべる美女。

全て、情報通りだった。
嘘偽りも、偽装も、演技も通じない。
ジュスティア出身の人間であることもモスカウの人間であることも、更には円卓十二騎士の人間であることまでも知られている。
モスカウの中にいる人間でさえ彼の素性を知らない者がいるのに、恐るべき情報把握能力だと言わざるを得ない。

( <●><●>)「……ははっ、なるほど。
       トラギコ君が相手に出来ないわけだ。
       一度ちゃんと話してみたかったと思っていたので、これでその願いが叶いましたよ」

ζ(゚ー゚*ζ「こうして円卓十二騎士の人間と話す日が来るなんて、私も思ってもみなかったわ」

( <●><●>)「目的は何でしょうか、と私が問うよりも先にこちらの要件を伝えた方が賢明ですね。
       単刀直入に言うと、貴女の監視、可能であれば逮捕を考えていました。
       誤解の無いように言っておきますが、お連れの二人には特に用はありません」

ζ(゚ー゚*ζ「素直なのはいい事ね。
      罪状は何かしら」

( <●><●>)「まぁトラギコ君が言っているとは思いますが、ログーランビルでの一件を皮切りにした各地での事件。
       最低でもすでに百名以上の死者が出ている事件に関係していると思っています。
       ニクラメンでの大事故に関係しているという証言もありますが、真偽のほどはまだ確かめ切れていません」

158名無しさん:2019/06/24(月) 07:30:49 ID:/xtIuJl60
ζ(゚ー゚*ζ「なら、逮捕する材料は何もないのと同じね。
      それなのに監視するっていうことは、市長の命令ね。
      で、あの男を連れてきたのは大方ログーランビルの生き残りで、私と会わせることで記憶が戻るかも、と考えたのでしょうね」

やはり手の内は読まれていたが、サム――オサム・ブッテロ――について知っているということは、あの事件にデレシアが関わっているのは間違いない。
恐らくトラギコ・マウンテンライトもある程度のことを知っているが、逮捕に踏み切れないと判断したのだろう。
賢明な判断だ。
あの“虎”が噛み付かないという相手は、それだけ厄介な相手ということ。

彼が出してきた報告書に彼女の名前が出ていないのは、意図的に隠していたのだろう。
所々にあった情報の穴は、デレシアが当てはまると考えていい。
ならばやはり、ベルベット・オールスターの報告にも正しいことがあったと言うわけだ。

( <●><●>)「……そこまで見通されるとは、正直残念です。
        貴方がモスカウにいれば、解決できる事件が山のようにあるというのに」

ζ(゚ー゚*ζ「言うべきことはそれで全部かしら?」

( <●><●>)「ここで私を殺しますか?」

ζ(゚ー゚*ζ「必要があればね。
      ところで、椅子の上に無痛針を仕掛けておいたの、気づいたかしら?」

(;<●><●>)「なっ?!」

その言葉を聞き、ワカッテマスは反射的に席を立って椅子を見た。
だがそこには何もなく、慌てて目の前を見るが、そこにデレシアはいなかった。
彼女が後ろに立っているのだと、囁く声がして初めて分かった。

ζ( ー *ζ「ふふっ、さようなら」

一瞬、ワカッテマスは己の首にナイフが押し当てられ、喉元を切り裂かれる幻覚に襲われた。
しかし彼の首は切れておらず、振り返った先にデレシアはいない。
袖口に隠し持っていたデリンジャーを使う隙も無かった。
冷や汗が今になって額から溢れ出してきた。

(;<●><●>)「あっは……
       想像していたよりも凄いな」

トラギコが彼女に目を付けた理由が理解できた。
そして、ワカッテマスは彼を羨ましく思った。
誰よりも先に彼女に目を付け、彼女を追い続ける彼は今が警察官である間で最も幸せな瞬間に違いない。
平和を望みながらもそれを脅かす存在がいなければ警官は目的を失い、やがては老いるか堕落してしまう。

ショボン・パドローネとジョルジュ・マグナーニがそのいい例だ。
彼らは優れた警官でありながらも、あのような凶行に走った。
挙句、凶悪犯と手を組んで島を恐怖の底に叩き落すまでに至った。
やり方というものが極めて煩雑で、考え方があまりにも短絡的すぎる。

159名無しさん:2019/06/24(月) 07:32:42 ID:/xtIuJl60
果たしてデレシアがどの事件にどこまで関係しているのか、まだこれから調べる必要がある。
調べる過程で殺されないようにだけ気を付け、来る日までは敵対視されないように擬態しなければならない。
あれは、これまでに見てきたどんな犯罪者よりも危険で、どんな謎よりも底が知れない。
まるで深淵に潜む魔物のようなものだ。

ワカッテマスは久しぶりに血が滾るのを感じ、彼の“本当の目的”を達成するのは今しばらく時間がかかると考えを改めることにした。

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August 18th AM08:23
シャルラ/ウモーリャ区
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予定よりもかなり早いが長い船旅を終え、トラギコ・マウンテンライトは久しぶりの陸地の感触を足の裏で堪能した。
船長が極めてせっかちな性格をしており、船が跳ねるような速度で進んだのが幸いして早い到着となり、災いして大勢の船酔い客が生まれた。
酷い揺れの船内で出された食事は肉か魚しかなく、時々海藻のサラダが申し訳なさ程度に出るだけだった。
いい加減、海鮮には飽きていた。

(;=゚д゚)「さ……さみぃ……」

そして、彼が用意してきた防寒具はあまり意味をなしていなかった。
氷でできたような風が容赦なく襲い掛かり、白い息が凍り付くのではないかと危惧するほどだった。
トラギコは船から降りて真っ先にパブに入り、風から逃れることにした。
朝からパブには大勢の客が肩を並べて座り、赤い顔をさせて酒を飲んで大声で談笑している。

焼けた肌と体つきから、彼らが漁師であることは間違いない。
皿の上には野菜やフルーツ、勿論魚料理も並んでいる。
食事の種類には期待してもよさそうだった。
唯一空いているカウンター席に座り、メニューを見てトラギコは大声で注文をした。

(=゚д゚)「スコッチ・ウィスキーをダブルとピクルス山盛り、それとフライドポテトとコールスロー」

一息つき、トラギコは店で流れているラジオに耳を傾けた。
先日起きたティンカーベルでの襲撃事件はジュスティアに対する信用問題よりも、世界の正義を名乗るジュスティア相手にあそこまでやる組織の存在の認知が大きな衝撃だった。
逮捕された人間の素性は世間に公にされておらず、偽名と偽りの職業が用意されていたことがジュスティアの信用を守ったのだ。
これまで水面下で動いていたティンバーランドが大々的に動き始め、世界にその存在を知られることを恐れなくなっている。

160名無しさん:2019/06/24(月) 07:33:05 ID:/xtIuJl60
それはつまり、今知られたところで彼らには何の被害もないという自信がある表れだ。
護送途中だった人間は全員ジュスティアへと引き渡され、即座に尋問が始まっているはずだ。
だが彼らが情報を喋るとは思えない。
警察の内部にいる裏切り者が彼らを再び逃がす算段を立て、行動する時に誰が動くのかがトラギコにとっての心配事だ。

一般の警官では止められないだろうから、ツー・カレンスキーは軍の人間を使うかもしれない。
一応トラギコの情報を彼女が信じていれば、軍人や警察官という枠組みで考えるのではなく、信頼できる人間を配置するはずだ。
警告を受けて今回の事件が起きたことを踏まえれば、当然、彼女はトラギコの話を信じるだろう。
円卓十二騎士を隠すことなく大々的に投入したのは、ジュスティアがこの一件に関して本気で取り組むという意思をティンカーベルに示したのかもしれない。

(・´з`・)「……ん」

カウンター越しに、乱暴に酒とピクルスが置かれた。
トラギコの横に座っていた男はそれを見て鼻で笑い、挑発的な視線を向けている。
鼻と頬が赤く染まるその顔は、シャルラの土地に住まう人間によくいる彫りの深い顔立ちをしていた。

(=゚д゚)「なんだよ?」

(,,゚,_ア゚)「いいやぁ、別に。
     この街に来てウィスキーったぁ、随分と女々しいと思ってな」

そう言って男は、自分のグラスを見せつけるようにして傾けて飲んだ。
色は無色透明。
グラスの中身がウォッカなのは香りで明らかで、男は間違いなく酔っぱらっていた。

(=゚д゚)「俺は俺の好きな酒を飲むだけラギ。
    いちいち突っかかって来るんじゃねぇ」

ウィスキーのグラスに手を伸ばしたところで、再び男が口を開いた。

(,,゚,_ア゚)「おかま野郎め」

(=゚д゚)「……もう一度は言わねぇラギよ」

長い船旅でトラギコは今、あまり寛大な気持ちで男の言動を受け止めてやれる自信がなかった。
酒を飲んで陸地の料理を胃袋に収めて、スノー・ピアサーが到着する自治区に移動しなければならないのだ。
時間に余裕があるとは言っても、不毛なことに使う時間はない。

(,,゚,_ア゚)「へぇ、おかま野郎でもそんなセリフが――」

トラギコはただ一撃。
喉ぼとけに向け、外科医のように正確無比な腕前をもって、抜き手を放った。
男は喉を潰され、そのままカウンターに悶絶して倒れこんだ。
暴れないよう、男の首を押さえ込みながらトラギコは一言述べた。

(=゚д゚)「酒は静かに楽しめ、分かったラギな?」

(・´з`・)「何の騒ぎだ」

161名無しさん:2019/06/24(月) 07:34:31 ID:/xtIuJl60
(=゚д゚)「酒が回って伸びちまっただけラギ。
   そうだよな」

カウンターに顔を突っ伏したまま、男は頷いた。
トラギコの手は男の首にさりげなく置かれ、いつでも首を折れるということを伝えている。
ここで余計なことを口走れば、その指に力が込められ、男はより一層苦しむことだろう。

(=゚д゚)「な?」

(・´з`・)「面倒ごとは止めてくれよ」

男の首から手を放し、差し出されたフライドポテトとコールスローの皿を受け取る。

(=゚д゚)「あぁ、任せてくれラギ」

ウィスキーを口に含み、その強烈な香りに唸った。
山盛りになったピクルスをフォークで刺し、次々と口に運び、酸味に体を震わせる。
キュウリと人参、そしてセロリのピクルスはどれも歯ごたえがあってトラギコの好みだった。
湯気の立つフライドポテトはケチャップをたっぷりと付けてから食べ、カリッとした食感と甘い風味を味わった。

(=゚д゚)「この辺に服屋ってあるラギか?」

(・´з`・)「すぐ向かいの店に服は売ってるけど、漁師の店だから観光客には向かねぇな」

(=゚д゚)「それで十分ラギ」

手早く食事を終えたトラギコは支払いを終え、店を出てからまずバス停を探した。
広大な街を安全かつ素早く移動するためには、徒歩か車を使うしかない。
陽が出ていてもこの寒さは徒歩で移動する人間の体力を容赦なく奪うだろう。

(=゚д゚)「三十分後か」

寂れたバス停にあった時刻表には、一時間に一台の運行しかないことが書かれている。
次は九時にバスが来ることを確認し、腕時計を見てから、トラギコは向かい側の建物に足を運んだ。
札も何も出ていない店の扉を開くと、そこには明らかに漁師とは思えない顔つきの男たちが並んでいた。
海の荒くれもの、という表現がしっくりくる。

そしてその建物には商品らしきものは何もなく、壁や床には投網や綱などの漁師道具が雑然と並んでいる。
店と言うよりかは作業場に近い。
壁や床は打ちっぱなしのコンクリートで、まるで飾りっ気がない。
あの店主に一杯食わされたのだと一目で分かったが、出て行くには時間が足りなかった。

从´_ゝ从「……なんだぁ、てめぇ」

(=゚д゚)「服を買いに来たんだが、ここは違うラギか?」

(-゚ぺ-)「んなわけあるかよ、馬鹿が」

(=゚д゚)「そこの店の男に言われて来たんだが、なるほど、騙されたみたいラギね。
    邪魔して悪かったな」

162名無しさん:2019/06/24(月) 07:35:41 ID:/xtIuJl60
(+゚べ゚+)「まぁ待てよ。
     迷惑料を払ってもらうぜ」

(=゚д゚)「そこの店に領収書渡しておいてくれラギ。
    額はいくらでもいいラギ」

男たちの要求を無視して出て行こうとするトラギコの肩を後ろから掴み、男の一人がタバコの煙をトラギコの顔に吹きかけた。

|゚レ_゚*州「そりゃあ駄目だ。
     お前が面倒を起こした、だからお前が払え」

(=゚д゚)「くせぇ息をこれ以上俺に嗅がせるな。
    俺は今機嫌が悪いラギ」

|゚レ_゚*州「怪我してから金を出すか、それとも無傷で金を出すか選ばせてやる」

(=゚д゚)「……この街は手前みたいな喧嘩好きしかいねぇのかよ。
    シャルラも少しはまともになったかと思ったが、やっぱりこんなもんラギか」

広大な土地を持ちながらも、その永久凍土と厳しい環境のためにシャルラはまだ発展途上の街なのだ。
海沿いの自治区もあれば荒野の中にある場合もある。
そのため、発展している場所とそうでない場所が浮き彫りとなっており、同じシャルラ内での貧富の差は極めて大きなものとなっている。
カニ漁のシーズンでない今、シャルラの港町は輸入品の中継点としてだけ使われているため、あまり活気がない。

取れる魚は街に巡り、彼らの手元にはわずかな金だけが残る。
大金を得られるカニ漁の時期までの間、ウモーリャ区は寂れた状態が続く。
観光客がこの自治区によることはほとんどないため、夏の間、漁師たちの機嫌と街の治安は燕のように低空飛行を続けるのである。

|゚レ_゚*州「そのアタッシェケースを置いていきな。
     命までは取らねぇからよ」

(=゚д゚)「こいつが欲しいのか?
   やめときな、お前にゃ無理ラギ」

トラギコはアタッシェケースを掲げて見せ、そちらに視線が向いている間に右手を腰の後ろに伸ばした。
そこにあるベレッタM8000の銃把に指先が触れる。

|゚レ_゚*州「あぁ?
     なめた口きいてるんじゃね――」

――男の言葉が途中で途切れ、トラギコはその理由を考え、そしてその視線の先を見た。
いつの間にか、外の景色が白く変わり果てていた。
否、窓が白くなっているのだ。

(=゚д゚)「どうしたラギ?」

|゚レ_゚;州「や、やべぇっ!!
     “スーフリ”だ!!」

163名無しさん:2019/06/24(月) 07:36:04 ID:/xtIuJl60
男たちは顔色を変え、建物の奥へと走り出した。
それを追うようにして、トラギコも走った。

(=゚д゚)「なぁ、スーフリって何ラギ?」

|゚レ_゚;州「んなもん話してる時間ねぇよ!!」

床についていた扉を開き、男たちはそこに逃げ込んでいく。
どうやらそれに続いた方が賢いと、トラギコは本能で悟った。
背後でガラスの割れる音が聞こえ、建物全体が軋むような音を上げている。
梯子を使って建物の下に降り、扉を閉めたところで下にいる男が声を荒げた。

|゚レ_゚;州「何でこっちに来てるんだよ!!」

(=゚д゚)「まぁそう言うなよ。
    俺がここで手を放して面白いことをしてやるからよ」

下から見える明かりまではまだ距離がある。
ここでトラギコが手を離せばどうなるのか、狭い空間で起こることはたった一つだけである。

|゚レ_゚;州「よせ、馬鹿!!」

(=゚д゚)「まぁ他にも訊きたいことはあるから、それまでいい子にしててくれや」

徐々に明るさが増し、そして、トラギコは眼下に現れた光景に目を丸くした。
地下シェルターの類があるのだと勝手に想像していたが、実際にそこにあったのは――

164名無しさん:2019/06/24(月) 07:37:35 ID:/xtIuJl60
(;=゚д゚)「……街か、これは」

――朽ち果てた建物が広がる、街の残骸だった。

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: ̄: : : 込‐_‐_‐_|二二ニ:|三|ニ| i|i|──|┼‐‐|─‐ー|i┼|┼─レ''|ーー| | | | |√ ̄ヘ_ノ|_|
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─-ミ: :√jー_‐_‐|二_|::|ニ| _」-⌒  . . . . . . . . . . . . . . . . . . . : : :|‐|:::| / / /⌒>‐|_| ̄
``  .,^⌒ヽ‐_‐_|二_|⊥‐⌒                . : : : : :  ̄/ / xく⌒'<⌒\|_| ̄
  _><⌒ヽ|_-⌒         ,: : :,            ..../ /xく⌒>く⌒\::::::|_| ̄|
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,><_。s≦⌒ : : : : : : : -=        . : : : : _ ‐_‐_‐_ 厶斗-┴─__─\_/ー:|_| ̄|:

第四章【Snowpiercer part2-雪を貫く者part2-】 了
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165名無しさん:2019/06/24(月) 07:38:04 ID:/xtIuJl60
これにて今回の投下は終了となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです

166名無しさん:2019/06/24(月) 09:04:53 ID:gb9WTh/A0
乙乙

167名無しさん:2019/06/24(月) 15:55:22 ID:RQJSvmUQ0
更新きていた嬉しい
おつです

168名無しさん:2019/06/25(火) 22:39:05 ID:MN0o.5AQ0
おつ!楽しかった
意外とあっさりワカッテマスの正体バレたな
騎士だってことトラギコは知ってんのかな?

169名無しさん:2019/08/03(土) 08:30:47 ID:eK.sCe9s0
明日、VIPでお会いしましょう

170名無しさん:2019/08/03(土) 08:44:09 ID:dxhuviWM0
全裸待機

171名無しさん:2019/08/03(土) 11:47:14 ID:jxc9IioM0
うおおおおおおおお
楽しみにしてます

172名無しさん:2019/08/03(土) 13:58:03 ID:oSs.Sv..0
待ってた

173名無しさん:2019/08/04(日) 21:09:16 ID:Jdw5lepk0
Ammo→Re!!のようです
https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1564919768/

174名無しさん:2019/08/05(月) 07:01:36 ID:N8Hjim3Y0
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スーフリはシャルラの自然がもたらす最も優しく、恐ろしい死の芸術だ。
一生の間に一度は見るべき光景であり、体験したくないものでもある。

                                       ――ビリー・バリアフリード

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

August 17th PM11:25

その瞬間は静かに呆気なく訪れたが、関わっていた人間は全員感極まり、静かに喜びの声を上げた。
スノー・ピアサーはヒラリー・キャンプを問題なく通過し、更にはクラフト山脈の下山をも成功させたのだ。
ジャック・ジュノは運転室で深いため息を吐き、無事にクラフト山脈を通り抜けたことを密かに喜んだ。
これまで多くの列車を動かし、時間通りに乗客を目的地に運んできた。

列車強盗にも遭遇し、それらを撃退して時間に遅れることなく運行してきた。
逆境や緊急事態は社内でも一、二を争うほど経験している自負があった。
だがこの瞬間ほど喜びを噛み締めたことはない。
そして、こんなに仕事中に酒が飲みたくなる瞬間は久しぶりだった。

仕事中は勿論だが運転中に判断力を落とすことになる酒を飲むことは、間違ってもすることはない。
代わりにジュノは砂糖をたっぷりと入れたデカフェのコーヒーを飲み、再び溜息を吐いた。
完全ではないにしろ、彼らは無事にやり遂げたのだ。
糖分を追加したコーヒーを飲んで自らを労うことを、誰が咎められようか。

(^ム^)「ふぅ……」

息を吐いて瞼を降ろし、その上を指でそっと押す。
ストレスで常に神経が高ぶっていたことも有り、眠気はないものの、疲労感が体の内側から染み出すように現れてきた。
どこかのタイミングで仮眠を取らなければ、運転に支障が出てしまう。
壁に掛けてある無線機から空電が聞こえ、続いて聞こえてきたハスキーな声で意識を取り戻した。

豸゚ ヮ゚)『お疲れ様、ジュノ。
     どうにかなりそうだな』

(^ム^)「君もお疲れ様、ジュノ。
    おかげでどうにかなりそうだ、感謝するよ」

それは、後部運転室にいるジャック・ジュノからの通信だった。
二人はエライジャクレイグが誇る最高の運転手であり、そして二人ともが“定刻のジュノ”と呼ばれる運転手だった。
彼らは双子としてこの世に生を受け、同じ名を与えられ、奇しくも同じ道を歩み、得るべくして同じ評価を得たという稀有な存在だ。
世間では“定刻のジュノ”とは銀色の腕時計を付け、時間に正確な運転をする人間として知られているが、双子の兄妹であることは意外にも知られていない。

175名無しさん:2019/08/05(月) 07:01:58 ID:N8Hjim3Y0
乗客が興味を持つのは正確な運行であって、運転手の性別や容姿ではないことの何よりの表れであると、二人はそのことを大いに喜んだ。
男だから、女だから、という変な先入観を持つことなく“定刻のジュノ”は時間を守る存在である、ということだけが知れ渡っているのは彼らの喜びだった。
当然だが、双子だからと言って二人の特性が同じであるわけではない。
兄のジャック・ジュノは妹のジャック・ジュノよりも優れた運転技術を持つが、妹は兄よりも優れた時間管理能力を持っている。

どちらの能力も定時運行には欠かせないものであり、また、天性の才能であった。
その二人が同じ列車に乗り合わせることはこれまでに一度もなかったが、スノー・ピアサーの運行にあたって初めてそれが実現した。
優秀な運転手を二人も同じ列車に乗るほどの力の入れようは、彼ら運転手にとってこの上ない栄誉であると同時にプレッシャーだった。
それぞれの長所を生かすために運転を兄が行い、妹は細かなスケジュール管理を行いつつ、運行に支障をきたす問題への対応と兄への指示を担当した。

クラフト山脈で起きた雪崩の際、電力の調整や細かな対応の指示は彼女が行っていた。
乗り合わせている従業員たちにとってみれば、同じ指針の指示を出す人間が二人いるため、極めて心強い存在になっていた。
たった一人に頼るのではなく、強力な指揮者が二人いるという状況は緊急時において最良の判断を導き出す支えとなった。
定刻のジュノを二人同席させたのは、きっと、困難な状況が生じた時の事を想定していたのかもしれない。

兄ではなく妹だけがマスコミへ顔を出したのは、エライジャクレイグの宣伝効果として最も効果的であると判断されたからだ。
現実問題として、女の割合が少ない職業の場合、男が表に出てくるよりもよほどの宣伝効果があるのだ。
そして車内放送は全て兄が行っていたが、客は誰も二人の性別について気にすることはなかった。
定刻通り、そして安心を得られる運行技術こそが客の求めているものであり、見ているものなのだ。

それはつまり、彼らの目指すものと乗客の望むものが一致していることに他ならなかった。

豸゚ ヮ゚)『これなら定刻通りシャルラに到着できそうだな』

(^ム^)「あぁ、そうだといいな」

すでに後方に遠ざかるクラフト山脈の巨大な姿をカメラで見て、兄は心からの言葉を口にした。
前人未到、世界初の方法で世界最高峰の山を通り抜けたことは間違いなく歴史的な成果であり快挙だ。
無線通信でエライジャクレイグの市長であるトリスタン・トッド・トレインには連絡を済ませ、すでにラジオや新聞でこの偉業が報道されていることだろう。
世界的な挑戦をやり遂げ、凱旋する気分でこの後の旅を続けることになるのは間違いない。

そうなると危惧しなければならないのが、この列車本体を狙った強盗への対処だ。
この狭い空間でトレインジャックをされようものなら、極めて不都合なことになる。
そうならないためにも、次のシャルラでは不穏な人間が乗り込まないように細心の注意を払わなければならない。
ふと気になることがあり、兄は妹に質問をすることにした。

(^ム^)「次の駅、行ったことは?」

豸゚ ヮ゚)『ないね。 どんな駅?』

兄と妹の違いは、配属された地域にもあった。
不毛で危険な地域には戦闘員として働ける兄が向かい、細かな気遣いを必要とする路線には妹が配属される。
シャルラ方面への配属は一年半だったが、彼にとっての一年半は想像を絶するものだった。
嵐や雪に悩まされる路線は、シャルラ方面以上の物は他にはない。

(^ム^)「何もない、がある駅だ。
    シャルラの港も近いが、荒野の真っただ中にある駅さ。
    不思議なことに、日中は路上生活者が日光浴なんかしてるんだが、夜になると皆どこかに消えるんだ」

176名無しさん:2019/08/05(月) 07:02:19 ID:N8Hjim3Y0
コーヒーを飲み、兄はシャルラの荒野を思い出していた。
小さく寂れた駅がぽつんと佇み、寂れた街並みが続く光景。
食べ物も酒も、彼の記憶にはあまり残っていない。
残っているのは風景だけで、今の街がどう変化しているのかは分からない。

最大の関門を突破したことで安心した兄は、久しぶりに妹と多くを語り合った。
普段彼らが交わすのは仕事の話だけであり、家族としての会話は十数年ぶりになる。
大きな安堵感が彼らに家族の会話を取り戻させ、束の間の団欒を作り出したのだ。
荒野を駆けるスノー・ピアサーの車内は次の停車駅に関しての話題で静かに時間が過ぎ、そして、夜が更ける。

彼らの波乱に満ちた旅も、ようやくひと段落する。
乗客が寝入る中、二人のジュノも心地のいい会話を中断し、僅かな時間の仮眠を取ることにした。
静かな時間が過ぎ、星明りさえ失われた優しい闇の世界をスノー・ピアサーは走り続ける。
荒野の道は長く、そして時間はたくさんある。

豸゚ ヮ゚)『後の運転は引き継ぐから、寝てていいよ』

(^ム^)「すまん、そうさせてもらうよ」

――その日、車内から一本の電話が遠く離れたある街に向けてかけられたが、それは誰にも気づかれることはなかった。

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   ,,、-‐──‐- ,,    スノー・ピアサー
    l`''ー----一''|__
    |        |-、ヽ        ,,;:rュ;;::^;:;;;-、l;;:`:,
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ヒート・オロラ・レッドウィングは朝食にコールスローとロールパン、そしてスクランブルエッグを選んだ。
怪我とは別に体の調子が万全でない日が重なってしまったこともあり、あまり食事を摂る気持ちになれなかった。
とにかくあっさりとした物が食べたかった。
その気分を察してくれたデレシアがフルーツをいくつか皿に盛り、ジャスミン茶と共にヒートの前に持ってきてくれた。

ノハ;゚⊿゚)「わりぃ、助かる」

ζ(゚ー゚*ζ「気にしないでいいから、肩の力を抜いてね」

山を下りてから安定した動力の供給が可能となったようで、周囲の景色が車内の壁や天井に映し出されている。
クラフト山脈の景色はすでに地平線に浮かぶ白い雲のようになり、灰色の空との境目にその輪郭が浮かんで見える。
列車旅は無事に再開され、明日にはシャルラの駅に到着することだろう。
三日前の夜以降、彼女たちが警戒していた人間が接触してくることはなかった。

177名無しさん:2019/08/05(月) 07:02:40 ID:N8Hjim3Y0
その甲斐もあってブーンの勉強はだいぶ捗り、拙かった言葉もかなり成長が見られるようになった。

ノパー゚)「美味いか?」

(∪*´ω`)゛「美味しいですおー」

キャベツとレタスを使ったコールスローには人参が彩りとして加えられており、ブーンはその歯ごたえを楽しんでいる様子だった。
ヒートの不調についてはまだ気づいていないだろうが、鼻のいい彼ならいつかその意味を理解することだろう。
しかし、彼の旺盛な食欲は見ていて気分がいい。
食べたもの、学んだものがすぐに結果となって表れるのは極めて嬉しい物だ。

実に教え甲斐のある反応であった。

ノパー゚)「それはよかったな」

(∪*´ω`)゛「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、落ち着いて食べなさい」

(∪*´ω`)「おっ」

ブーンの好物の一つに人参が増えたことは間違いない。
千切りの人参に喜ぶということは、丸々一本を食べたらさぞや喜ぶに違いない。
採ったばかりの物はそのままでも十分に美味いが、マヨネーズを付けて食べる人参は癖になる美味さがある。
コールスローを頬張っていたブーンはそれを飲み込んでから、空を見上げた。

その仕草は雪崩が起きる直前にも見せたもので、デレシアとヒートは食事を一旦止め、ブーンを見た。

(∪´ω`)「……」

ζ(゚、゚*ζ「あら、どうしたの?」

小首を傾げるも、ブーンの視線は空に向けられたままだった。
ヒートもそれに合わせて空を見つめるが、そこには薄い灰色の空があるだけだ。
雲の流れも特別変わった様子はない。

(∪´ω`)「空が変……ですお」

ノパ⊿゚)「天気でも崩れるのか?」

シャルラ方面は天候が変わりやすく、夏でも雪が降ることが稀にある。
今は車内だから感じないが、外の気温は一桁になっているそうだ。
これでもシャルラの人間にとっては比較的まだ暖かいほうで、夏らしい気温と言うのだから地域差は面白い物がある。
しかし、ブーンはやはり不思議そうに空を見つめたまま言った。

(∪´ω`)「何か、ぐるぐるーって」

ブーンの言葉の真意を二人は理解できなかったが、断言できることがある。
再び何かが起こるということ、それだけは間違いない。

178名無しさん:2019/08/05(月) 07:03:10 ID:N8Hjim3Y0
ζ(゚ー゚*ζ「……シャルラと言えば、雪や氷にまつわる昔話が結構あるの。
      ブーンちゃん、聞きたい?」

(∪*´ω`)゛「おー、聞きたいですお!」

ノパ⊿゚)「あたしも聞きたいな」

それは度重なるトラブルで気が滅入らないための気遣いであり、無論、ブーンの勉強も含めての気晴らしなのだとヒートは察した。

ζ(゚ー゚*ζ「白い魔女、っていうお話があってね。
      面白いのが、この魔女を題材にしたお話がいくつもあるの。
      一番有名なのは――」

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       o       ο              。
                             ゚  °        O
 O                                     。
       ◯           o       °。                   o
          白い魔女は灰色の空から生まれた。
            ゚      ゜。                ◯
   。   白い魔女は空に空いた穴から生まれた。       。°。
           O          °。
              o    ο        。 °     o
    ο                                 O
         。°                    。 ゜           ゚゜ o
          o       ゜
         姿は見えず、産声もなく。    O     。
             ただ静かに、無垢なる魔女は生まれ落ちた。  ◯   ゚°
   ゜          o                ο             O
                                        o
         ゚ 。          O
゚   。     ゜  ゚   。        ゜ ゚   。        ゜
         ゜  。   。       ゜    ゜     ゚ ゜  。   。
 ゜  。   。       ゜
゚   。     ゜ ゜  。   。       ゜  ゚   。        ゜ ゚   。
魔女の産道は空から大地に根を下ろすように、ゆっくりと銀色の道となって現れた。
 。   。きらめく道に木々は怯えの声を上げ、鳥たちはさえずるのを止めた。
  。       ゜    ゜     ゚ ゜  。   。
 ゜   。   。   ゜  。 。魔女はほどなくして白いドレスを大地に広げ、散歩を始めた。
    ヘ l ノ r  ゝYイソ。       ゜  ゚   。
   ゜ ゜ヽYソ   ヾvノ/ ゜  。   。       ゜゜  ゚   。
      |i|     ||i。 やがて、魔女はどこかへと立ち去り、凍てついた大地が残された。
''"""'''''"""''""''''""''"''''"""''"""'''、.''"""'゙゙''''''''"""'、.""''"''''"""''"""'''''"""''""
. ..:.:.:.。.. . .. .:.o:.. . .. . ..:.:. .゚.O.:.:..。..゙゙゙゙''''''''''‐-- 、,,,,,_  .~゙"'ー-. . ..:.:.:.。.. ..:.:. .゚.O.:.:..。.. .. .
..:.:. . 。   。   そして、魔女のいた場所に街が出来た。
 ゜  。   。   ゚ こうして生まれた街が集まり、シャルラが生まれた。
  :..。. . .. . :.  .゚.O       .:.:..。.. .. ._,,.--ー''''''"魔女は今でも、シャルラに帰ってくる。
。       ゜  。   。       ゜  . .:.o:.. . .. . ..:.:. .  ゜     ゚ ゜
  。   。 . .:.o:.. . .. . ..:.:. .。
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179名無しさん:2019/08/05(月) 07:03:54 ID:N8Hjim3Y0
(∪*´ω`)「シャルラって、そうやってできたんですかお?」

目を輝かせるブーンを前に、デレシアは少し困ったような笑顔を浮かべた。
子供の純粋な好奇心を否定するのは、誰だって気が引ける。

ζ(゚ー゚*ζ「残念ながら、そうじゃないんだけどね。
      でもね、昔からあるお話っていうのは何かしらの題材があるの。
      このお話の場合は“スーフリ”が題材になっているわね」

ノパ⊿゚)「スーフリ? なんだ、そりゃ」

ζ(゚ー゚*ζ「正式には“スーパーフリーズ”って言う自然現象なんだけど、今は略したスーフリだけが残っているの。
      まぁ、“ニュークリア”が“ニューソク”になっているようなものね。
      いくつかの条件が重なると、上空の極低温の空気が地上に降りてくるの。
      木々の怯えの声、は木の中にある水分が凍結して幹が裂ける音。

      鳥は言わずもがな、凍り付いたのね。
      そう考えれば木が倒れて土地が開けて、そこに街が作られて集まったものがシャルラになったと解釈が出来るわね」

(∪´ω`)「おー。 今もスーフリはあるんですかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、しっかりあるわよ。 数年に一回ぐらい起こる現象ね。
      燃料だって凍り付くレベルだから、屋外に居たらまず間違いなく凍り付くわね」

生きたまま氷漬けになることなど想像したくもないが、この土地に足を踏み入れるということは、そういった事態に遭遇し得るということ。
未知の場所で起こる危機に関する情報とその対処方法だけは、知っておいても損にはならない。
彼女の振る舞いや知識量から、つい学生だった時の癖で手を小さく挙げそうになるのを堪えつつ、ヒートは質問をすることにした。

ノハ;゚⊿゚)「そいつは遭遇したくねぇ話だな。
     まぁ、もしもの話だけどよ。
     これに乗ってる時にスーフリが来たらどうなるんだ?」

クラフト山脈での雪崩を走り抜けた列車であることを踏まえて、そのことを計算に入れて設計されているはずだ。
しかし何事にも絶対はない。
そのことはこの列車自身がいい例だ。

ζ(゚ー゚*ζ「列車内は大丈夫よ。
      色々と見聞きしたら、ちゃんと対策していたわ。
      電気で冷暖房をコントロールしているから、後はその計器が凍り付かない限りは平気よ。
      断熱のための外装でもあるみたいね」

空気の層をあえて作ることで、気温による影響を極力受けないように設計されているのだと、デレシアは付け加えた。
原理としては真空の魔法瓶と同じとのことだ。

(∪´ω`)「シャルラの人たちはどうやってえっと……平気なんですか?」

表現する言葉を知らない時は、自分の知る言葉で説明するということを実践するようになったブーンにデレシアは微笑んだ。
そして彼が言いたかった言葉を彼女が口にすることで、学習へとつなげた。

180名無しさん:2019/08/05(月) 07:04:15 ID:N8Hjim3Y0
ζ(゚ー゚*ζ「やり過ごす方法、ね。
      シャルラは嵐に襲われることも多くて、どんな建物にも必ず地下シェルターがあるの。
      そこに非常食や暖房器具をしまっておいてやり過ごす、というのが一般的ね。
      海洋発電が充実しているから、電熱ストーブなんかがあるわ」

ノパ⊿゚)「へぇ、基本はハリケーンの時なんかと同じなんだな」

建物の堅牢さは技術の進歩によって向上しているが、大地のそれには遠く及ばない。
強烈な風や飛来物で壊れる可能性のある建物よりも、風の影響を受けない地下の方が避難する場所としては向いている。
雪害の場合は雪の重さによる倒壊や、出入り口の凍結を想定して除雪や雪が積もりにくい設計で対応することが多い。

ノパ⊿゚)「でもよ、建物が倒れたり雪が積もった時に逃げられないんじゃねぇのか?」

雪の重みと強度は人間が想像している以上であり、雪の降る街では毎年圧死者や落雪による事故が後を絶たない。
シェルターの出入り口を何か重量のあるものが覆ったり、凍り付かせてしまった場合はそこに閉じ込められることになるのではないだろうか。
当然、その対策はあるのだろうが、ヒートはあえてその答えを聞くために疑問をデレシアに投げかけたのであった。

ζ(゚ー゚*ζ「出入口は屋内と屋外の最低二か所に設置しているから、運が悪くなければ大丈夫。
      後は扉も工夫がしてあって、レバーの切り替えで引いても押しても開けられるようになっているの。
      凍って張り付いた場合はよく電熱の工具で溶かしているわね」

一概にシェルターと言っても、その土地によって若干作りが異なっている。
ヒートのいたオセアンの家は防水と排水に強みがあり、暑さの厳しい地域であれば熱がこもらないように工夫がされていた。

ノパ⊿゚)「なるほどね。
    昔の家にもシェルターがあったけど、結局まともに使ったことはなかったな」

海に近いオセアンでは毎年のように大嵐に襲われることがある。
風だけでなく飛来物も脅威の一つであり、稀に電線が切断されて停電になることもあった。
だがそれは遠い昔の記憶であり、ヒートの人生の多くを埋めているのは復讐に明け暮れた殺伐とした記憶だ。
弟と父が生きていた日々は遠く、そして、最悪の形で終わりを告げたことだけが思い出される。

実の母に爆殺された家族を思い出すたび、ヒートは再び復讐に手を染める覚悟と己の力不足を痛感しなければならない。
感情に流され冷静さを失ったために負傷し、棺桶まで損傷させてしまった。
替えの利かない一点ものである上に、デレシアの言葉によれば“レオン”はほぼ全ての棺桶の頂点に立つことが可能な存在だと言う。
それが出来ていないのはヒートの技量不足が原因であり、そして知識の不足が問題だった。

棺桶をただの兵器としてみなして復讐の道具としてしか使っていない人間に、その真価を見出す機会はあってもそれに気づくことはできなかったのだ。
苦い記憶に心を痛めていると、ブーンがヒートの顔を心配そうに覗き込んでいるのに気付いた。

(∪´ω`)「シェルター……って何ですかお?」

咄嗟に答えられなかったヒートに代わり、デレシアがその問いに答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「避難する場所よ。
      大抵は地下に作られていて、一時的に身を隠す場所ね。
      ただ、シャルラの地下にあるシェルターはちょっと変わっているのがあってね。
      凄い大昔の話だけど、街の地下に巨大なシェルターを作ったところがいくつもあるの。

      土地柄的なものが大きな理由ね」

181名無しさん:2019/08/05(月) 07:05:09 ID:N8Hjim3Y0
ノパ⊿゚)「それは今も機能してんのか?」

ζ(゚、゚*ζ「確か、避難場所程度には機能していたはずよ。
      誰も整備が出来ないから荒れ放題になっていると思うけど」

ノパ⊿゚)「整備できないぐらいでかいのか……」

ζ(゚ー゚*ζ「そのシェルターはスーフリ対策目的で作られたわけじゃないから、本来の用途を知らないと整備も出来ないのよ。
      昔は“プレッパー”があっちこっちにいたものだけど、今はもうそんなことをする人はほとんどいないし。
      ほとんど浮浪者のたまり場になっているけど、作りはしっかりしているから今も残っているのね」

歴史は引き継ぐ人間がいなければ潰え、忘れ去られるものだ。
少しはデレシアのように歴史に興味を持つようにすれば、何かに役立つことだろう。
プレッパーが何を意味するのかヒートはまるで分らなかったが、それについてもこれから知って行けばいい。

ζ(゚ー゚*ζ「お部屋に戻ったらシャルラについてお勉強しましょうか」

ノパー゚)「そいつは助かるよ」

(∪´ω`)「おー」

ブーンの視線が再び空に向けられたが、やはり、小首を傾げるだけであった。
だが、その答えが分かるのにはそう時間はかからなかった。

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                囗 ロ   。
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                        ロ ロAugust 18th AM09:11
                        ┌┐  。
                        └┘ロ シャルラ/プストゥイーニ区周辺
                        囗ロ

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上空から複数の光の筋がゆらゆらと、まるで風と戯れるようにして地上を目指して降りてきた。
何の前触れもなく灰色の空から現れたその幻想的な光景は、列車内からでも十分に観測することが出来た。
ラウンジ車からもその様子は十分に目視でき、その正体を知らない人間が口々に動揺の声を上げた。
目の前で起きている現象がこの世の終わりであるかのように感じる者もいれば、自然の生み出した光景に感嘆する者もいた。

182名無しさん:2019/08/05(月) 07:06:19 ID:N8Hjim3Y0
『乗客の皆様にお知らせいたします。
現在、シャルラ上空で極低温の空気が地上に流れ落ちる“スーフリ”が発生しております。
本車輌は安全のため低速運行に切り替えさせていただきます。
この自然現象による皆様への危険はございませんので、ご安心ください』

デレシアは窓の外を一瞥して、それからブーンとヒートを見た。

ζ(゚ー゚*ζ「あれがスーフリよ」

(∪´ω`)「お…… きれーですお……!」

絵を描いていたブーンはその手を止め、壁に映る圧倒的な光景に息を呑んだ。
光の筋はまだ近くに降りてきていないが、すでに遠方に見える光は大地に根を張るように広がり、着地している。
その下で何が起きているのか、ここからでは観測することが出来ない。
天候がもたらす気まぐれのような現象であるため、そこに規則性はなく、現代の技術では予測も難しい。

ノパ⊿゚)「遠目で見る分には奇麗だけど、近寄りたくねぇな」

ブーンの隣でシャルラについてのガイドブックを読んでいたヒートは、素直な感想を述べた。
確かにあの光は幻想的だが、真下にいる人間にとっては触れるだけで凍り付く悪魔的現象でしかない。

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、あれは一過性のものだから明日になれば溶けているはずよ。
      ふふふ、これもまた旅の醍醐味ね」

実際、デレシアがスーフリを見るのはしばらくぶりのことだった。
旅をする中で彼女は多くの土地に足を運んできたが、スーフリが発生するのは世界でもこの周囲だけだ。
シャルラにはあまり立ち寄ることがなかったために、その自然現象を見る機会がなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、絵とシャルラのお勉強を続けましょうか」

そして三人が白い紙の上に走らせていた鉛筆を再び動かし始めた時、空から雪が静かに、そしてまるで花吹雪のように降り始めた。

183名無しさん:2019/08/05(月) 07:07:18 ID:N8Hjim3Y0
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              Ammo→Re!!のようです
      Ammo for Rerail!!編 第五章【Frozen road-凍てついた道-】
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∃  |   |  | l l ゜           ゜    。 l l |  |   |○田 田
    |田 | 。| | l      ゜     ゜    。  ゜   l | |  | 田|    o
∃○|   |  | |。  ゜ . .. ... .. ... . ... ...゜ . .. .. ..    l |。|  |   | 田 田
    |田 |  | l‐    .....   ....     .....     -| |  | 田|
∃  |   |○― ....    o      ....   ○ ..... ―  |   | 田 田
   o.... 一      ....     ○    ...  o   ....  ー- | 。
三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三二二二
二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二ニニニ::::::::::::::::::::::::::::::::::
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::::::::::::::::::::::::::::::::::August 18th AM09:23::::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::::::::::::::::::シャルラ/ウモーリャ区 地下::::::::::::::::::::::::::::::::::
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天井全体が仄かに白く発光し、朽ち果てて埃を被ってくすんだ色合いの街並みを照らしている。
地上にある家屋よりも近代的な作りをしていたであろう街は、降り積もった埃とひび割れた壁や窓のない窓枠だけが残る廃墟と化し、人が住んでいる気配はまるでなかった。
トラギコ・マウンテンライトは眼下に広がる異様な光景に目を奪われたが、すぐに正気を取り戻した。
梯子を下りた先にいた男たちがトラギコに襲い掛かってこないよう、これ見よがしに拳銃の入ったホルスターを見せつける。

苦虫を噛み潰したような顔をして、男たちが数歩後退った。
砂埃の溜まったアスファルトの上に足が触れると同時に、トラギコは撃鉄の起きた状態の拳銃を抜いた。

(=゚д゚)「俺は観光客なんかじゃねぇラギ。
    分かるよな?」

|゚レ_゚;州「分かった、分かったから銃を向けるな!!」

184名無しさん:2019/08/05(月) 07:08:27 ID:N8Hjim3Y0
トラギコが最初に目を付けた男に銃口を向けると、それ以外の男たちは一目散に消えていった。
だがトラギコは逃げて行った彼らには目もくれず、目の前の男だけを睨みつける。
情報を引き出すべき相手を見定め、欲を張らずに一点に絞らなければ全てを失ってしまうことがあるということを、トラギコはよく知っていた。

(=゚д゚)「でもな、俺はこの街に詳しくねぇラギ。
    となると、親切な奴が街に一人や二人はいるはずだから、そいつに道案内を頼むのが道理ってもんだろ?
    ましてやそいつが漁師となれば、快く案内をしてくれるに決まっているラギ。
    お前は親切な漁師だよな?」

安全装置を解除し、いつでもM8000が発砲できるようにする。
銃爪に指をそっと添えると、男は慌てた様子で口を開いた。

|゚レ_゚;州「クッソ、分かったって!!」

(=゚д゚)「まず、ここは何ラギ?」

銃口を下ろすと、男は安心した風に溜息を吐いた。
トラギコが狂人ではなく、話の通じる人間だと分かったのだろう。

|゚レ_゚*州「ここはシェルターだよ、大昔からある緊急避難用のな」

(=゚д゚)「にしちゃ、でかすぎるラギな」

大きさだけではない。
シェルターの中に一つの街並みの巨大な空間と建物が存在すること自体が異質なのだ。
本来の用途である避難場所としてではなく、もっと別の使い方がされていたようにしか見えない。
地下の街を作り出そうとしていたかのような意図が強く感じられる。

|゚レ_゚*州「この区全体の人間が入り切れる規模だからな。
     普通の家は皆地下にシェルターを持ってるが、ここはそれとは別なんだ。
     昔っからある場所だから浮浪者なんかも住み着いてるぐらいだ」

(=゚д゚)「なるほどな。 ところで、スーフリってのは何なんだ?」

|゚レ_゚*州「えらく冷たい空気が降りてくるんだ。
     生き物だって生きたまま凍り付く程の冷気だから、屋内にいるよりも地下にいた方が賢い」

(=゚д゚)「万が一屋内に居たら?」

|゚レ_゚*州「ガンガン暖房を使ってればまだ違うだろうが、そんな酔狂な奴はいねぇよ。
     漁に出てるときにあれが海上で発生したら、みんな逃げるしかない。
     最悪の場合は船がそのまま氷漬けになって港に流れ着く」

話を聞く限り、男たちを追ったトラギコの判断は正しかったようだ。

(=゚д゚)「どれくらいでここから外に出られるラギ?
    俺はスリエヴァ・ウモーリャ区に行きたいラギ」

|゚レ_゚*州「それならこのまま地下を進めばいい。
     地上を行くよりかは安全だ」

185名無しさん:2019/08/05(月) 07:09:35 ID:N8Hjim3Y0
(=゚д゚)「地下を?」

男は廃墟の奥を指さした。
そこには確かに、小さなトンネルが見える。

|゚レ_゚*州「シャルラの地下シェルターはつながってるんだ」

(=゚д゚)「そいつは良い話を聞いたラギ。
    で、徒歩だとどれくらいかかるラギ?」

|゚レ_゚*州「徒歩なら一日もあれば着くはずだ。
     ただ……」

(=゚д゚)「ただ、何だよ?」

|゚レ_゚*州「さっきも言ったけど、浮浪者が住み着いてるんだ。
    あんたなら大丈夫かもしれないけど、あいつら追剥みたいなもんだからな。
    トンネルはあいつらの縄張りだから俺たちだって近寄らねぇ」

(=゚д゚)「心配してくれるのかよ、わりぃな」

|゚レ_゚*州「別に心配してるわけじゃねぇよ。
     ドンパチ起こして警察が来たら面倒なことになるからな。
     ここは一応警察も知らない場所になってるんだ」

(=゚д゚)「そいつは残念だったラギね。
    俺は警官ラギ」

ほんの僅かな間、沈黙が流れた。
先ほどまで怯えていた男の顔が一転、破顔した。

|゚レ_゚*州「はははっ! あんたみたいな警官がいるかよ!!」

(=゚д゚)「はははっ!」

トラギコの発言を冗談と受け取った男はまるで警戒する様子もなく、むしろ、先ほどまで怯えていた様子さえ見えなくなっていた。
この場所の存在を警察が知らないというのは、つまり、この地域を担当している警官たちが怠慢だということを意味している。
これだけの規模のシェルターと他の地区への路を見逃すということは、街に逃げ込んだ犯罪者たちを取り逃すだけでなく違法な行為全てを見逃すことにつながる。
少し考え、トラギコは今この場で犯罪者予備軍をどうこうするのはやはり得策ではないと結論付けた。

狭く、逃げ道の少ない場所での戦闘には今の装備では数十分もすれば抵抗も出来なくなってしまう。
普段は九ミリの弾を使っているが、昨今の戦闘事情から装弾数よりも威力を重視した準備をしていた。
船に乗り込む前の時間を利用して警察の装備品を使い、使用する弾を四十五口径のものに変更している。
念のために九ミリのバレルも用意しているが、当面は人間を一発で大人しくさせる銃弾の方が安心できそうだ。

人間は時に予想外の根性を発揮し、襲い掛かってくることがある。
十発近く九ミリ弾を撃ち込まれても警官を襲った犯人の例など、いくらでもある。

(=゚д゚)「一日中歩き続けるのはごめん被るんだが、どうすればいい?」

186名無しさん:2019/08/05(月) 07:10:54 ID:N8Hjim3Y0
|゚レ_゚*州「んなもん、自分で考え――」

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        rr 、ィ__________ r厶ユ、
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      r=L. ___              || f´ ハ|
    ゞィ √/ √ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| 入__ン j
     厶 厶厶 L _______ヽ、 ,r‐、rf
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(=゚д゚)「わりぃな、良く聞こえなかった」

銃口が向けられると、男は一度口を閉じた。

(=゚д゚)「浮浪者がここを根城にしていたとしても、外部との接触は必須ラギ。
    この土地以外への接触をするために歩き続けるなんて、正気の沙汰じゃねぇラギ。
    となると、奴らは何かしらの移動手段を使って他の自治区に移動してるんだろ?
    言えよ、もったいぶらずに」

|゚レ_゚;州「と、トロッコだよ。
     移動用の小型トロッコとレールがあるんだ」

(=゚д゚)「最初からそう言えよ」

|゚レ_゚;州「悪いことは言わねぇから、止めておきな。
     あそこの連中は浮浪者って言っても、昔はヴォルコスグラードで暴れてた荒くれどもだ。
     実際、あそこを通るのは奴らの仲間ぐらいなもんだ」

ヴォルコスグラードはトラギコもよく知っている区画だ。
かつてはシャルラの中心的な役割を果たしていた区画であり、そして、約七年前に“戦争王”の怒りを買って一夜にして壊滅した場所だ。
当時の資料を見たことがあるが、建物のほとんどが焼け落ち、瓦礫の山と化していた。
今地下に広がっている廃墟の方がまだ上品さがあると思えるほどの破壊の痕跡は、鮮明に記憶に残っている。

(=゚д゚)「カツアゲしようとした相手にアドバイスったぁ、随分といい子になったラギな。
    だけどな、俺はここじゃない場所に用があるラギ。
    あの場所まで俺を連れていけラギ」

|゚レ_゚;州「そ、そんな!! マジで勘弁してくれって!!」

(=゚д゚)「嫌ラギ。
    どうしてもって言うんなら、お前の上着を貸してくれラギ」

187名無しさん:2019/08/05(月) 07:12:19 ID:N8Hjim3Y0
|゚レ_゚;州「上着を? どうして?」

(=゚д゚)「俺はもともと服を買いに行ったんだよ。
    服の代金なら、後であのバーテンを絞めておけラギ」

|゚レ_゚;州「ほ、ほら、やるよ、やるから」

男は着ていた防寒性の高い上着を脱ぎ、トラギコに手渡した。
使用感はだいぶあるが、長い間使用されてきたために、新品にありがちな動きにくさはない。
少々タバコと潮の匂いがすること以外、不満はない。

(=゚д゚)「わりぃな、運が良ければ返すラギ」

トラギコがもう用はないとジェスチャーすると、男はゆっくりと後退し、そして駆け足で廃墟の中へと消えていった。

(=゚д゚)「あいつらは列車で、俺はトロッコかよ」

トロッコに乗ることが出来れば御の字だが、それも出来ずに徒歩で移動することになると厄介だ。
徒歩で長距離の移動をするだけでなく、閉鎖的かつ馴染みのない治安の悪い場所での一人歩きは犯罪に巻き込まれたい人間のすることと決まっている。
可能な限り素早く、そして安全な移動が望ましいが、地上が猛烈な冷気に襲われている以上はこうして移動できるだけでも重畳なのだろう。
ベレッタをホルスターに戻してからトンネルへと近づくと、ツンとした匂いが強烈に鼻についた。

(;=゚д゚)「くせぇな、おい」

トラギコが呟くと、どこからともなく、鞘走る音が聞こえた。
溜息交じりに振り返ると、防寒着を着込んだ男が一人、ナイフを手に立っていた。
顔中に生えた髭と汚れた肌のために、年齢は分からないが、その立ち姿からまだ比較的若いであろうと推測した。

(=゚д゚)「んだよ。
    男のストーカーは気持ち悪いだけラギよ」

(-゚ぺ-)「どこの誰だか知らねぇが、ここの利用料を払いな」

(=゚д゚)「無料キャンペーン中だろ?
    さっきそこの壁に書いてあったのを見たラギ。
    それより、トロッコ貸すラギ」

(-゚ぺ-)「ジョークなんかいらねぇから、金出せって言ってんだよ」

(=゚д゚)「仕方ねぇな」

トラギコは懐に手を入れ、そこにあった小銭を指で動かして音を鳴らした。

(=゚д゚)「ほら、ここにあるから取りに来るラギ」

(-゚ぺ-)「お前が持ってこい」

(=゚д゚)「俺が持っていくんなら、手数料取るラギよ」

188名無しさん:2019/08/05(月) 07:15:15 ID:N8Hjim3Y0
挑発的な笑みを浮かべ、トラギコはそう言った。
男は激昂し、唾を飛ばしながら睨みつけた。

(-゚ぺ-)「殺されてぇのか、お前!!」

(=゚д゚)「あんまり怖いこと言うなよ、足が動かなくなっちまうラギ」

ナイフを持った手を振り上げ、男が突進してくる。
こうなると相手にするのは比較的楽だ。
猪突猛進な素人は直線的な動きになりがちであり、その攻撃を予測することが出来る。
これまでに何百人と犯罪者を相手に戦ってきた彼にしてみれば、赤子の手をひねるようなもの。

振り上げられたナイフが刺突に切り替わることがないため、トラギコが選んだのは男との距離を意図的に縮めることだった。
刃による刺突がない以上、相手の懐に入り込めば一撃目を回避することが出来る。
一切の恐れを体に出すことなく、トラギコは最適な速度で距離を詰め、男の攻撃のタイミングを完全に狂わせた。

(-゚ぺ-)「おっ?!」

(=゚д゚)「息がくせぇんだよ」

双方の接近する速度を乗せた膝蹴りが、容赦なく男の股間を直撃した。
睾丸は内蔵であり、覚悟なしに受けたその一撃は、あらゆる男を例外なく悶絶させ得るものだ。
ナイフを取り落とし、男はその場で股間を抑えてうずくまった。
額から滝のように汗を流し、言葉にならない苦悶の声を上げる。

(;-゚ぺ-)「あが……ががががっ……
     ぎぎっ……」

(=゚д゚)「わりぃ、多分一個潰れたラギね。
    竿だけになる前に俺の要求を聞くか、選ばせてやるラギ。
    俺はこう見えて優しいから、潰す前にちゃんと教えてやるラギよ」

(;-゚ぺ-)「ふざ……っけ……!!」

(=゚д゚)「俺は真面目ラギ。
    お前が案内出来ねぇんなら、とりあえず竿もいっておくラギか」

(;-゚ぺ-)「クソっ、分かった……!! 分かったからやめろ!!」

(=゚д゚)「最初からそう言えばいいラギ。
    素直になれない奴は嫌いラギ」

そう言いながら、トラギコは男の右手を踏みつけた。
指の骨が数本折れる音が足の下から聞こえたが、すぐに男の悲鳴で上書きされた。

(=゚д゚)「分かったんなら、今すぐに動けよ」

飛び上がるほどの勢いで男は立ち上がり、逃げるようにしてトンネルの方に向かって走り出した。
男が取り落としたナイフを拾い上げ、トラギコは無造作にそれをつまみ上げた。
手入れのよく行き届いたそのナイフは、男の身なりとは対照的で、それがトラギコに疑念を抱かせた。

189名無しさん:2019/08/05(月) 07:15:37 ID:N8Hjim3Y0
(=゚д゚)「……取り仕切ってるやつがいるのか」

道具を大切に使う人間は、ほぼ総じて腕の立つ人間だ。
少なくとも腕の立つ人間は道具にこだわりを持ち、その道具の手入れを怠ることはない。
しかし先ほどのやり取りを通じて、トラギコはあの男から練度というものを微塵も感じることが出来なかった。
つまり、優れた道具を支給し、屑達の統率を取る人間がいると考えるのが自然だ。

ただの浮浪者集団ではないとなると、最初から銃を構えておいた方がいい。
トラギコはナイフをアタッシェケースと共に左手で持ち、ベレッタをホルスターから取り出した。
装弾数は薬室内の一発を含めて九発。
浮浪者の人数が片手に収まる規模であればいいが、そうそう都合のいい展開は起こり得ないことを彼はよく知っていた。

その考えと彼の危惧を肯定するかのように、AK47を持った男の集団がトラギコを待ち伏せていたかのように、廃墟の中から姿を現した。
トラギコに痛めつけられた男を筆頭に武装した男の数は優に十人を越えており、四方を取り囲まれるのは時間の問題だった。
長引けばそれだけトラギコは包囲される可能性が高くなり、逃げる道が限られてくる。

(=゚д゚)「こんなに出迎えを寄越すとは、随分と律儀な奴ラギね」

(;-゚ぺ-)「終わりだよ、おめぇはよぉ!!」

先ほどまで泣き喚いていたのに、現金なものである。

(=゚д゚)「それは困るラギ。
    こんな肥溜めみたいなところで終わると、色んな奴らから怒られちまうラギ」

(;-゚ぺ-)「武器を捨てて、金を置いていけ!!」

その言葉で、トラギコは彼らの練度が低く、人を殺すことではなく痛めつけることの経験値が多いと推測した。
問答無用で銃を撃てばいいのにそうしないのは、その経験が少ない、もしくは極力そうしないように命令を受けているのだ。
こちらがその指示に従うと思っているのであれば、それは好都合だ。
初弾を撃たせる前に動けば、状況の変化をもたらすことが出来る。

指示によって動き、なおかつ戦闘の素人となれば先手を取れば逆転は可能だ。
トンネルまでの距離はそう遠くない。
五分も全力疾走すれば到着するが、それは妨害がない場合に限る。

(=゚д゚)「じゃあまずこのナイフを返すラギよ」

アタッシェケースを足元に落とし、左手のナイフを男たちの頭上めがけて高々と放り投げた。
回転しながら落ちていくナイフの軌跡を、誰もが目で追った。
運悪く自分に振ってきたら避けられるようにという、人間らしい行動だ。
そしてトラギコはアタッシェケースを拾い上げると、最も近く、最も壁が残っている廃屋に向かって疾走した。

ナイフの切っ先が地面に落ちる時には、彼の体は男たちの前からなくなり、発砲を迷っていた男たちの怒号が響いた。
先ほどの男が言っていた通り、この場所での大々的な争いを避けたいという意向が染みついているようだ。
トラギコの勘では、警察の介入を恐れているのではなく外部の組織がこの街に干渉することそのものを恐れているのだろう。
ヴォルコスグラードでの一件で、そこに住んでいた人間達が心に深い傷と教訓を刻むことになったのは間違いない。

190名無しさん:2019/08/05(月) 07:15:57 ID:N8Hjim3Y0
万が一また“何か”が起きてしまえば、シャルラは街の半分を失いかねないという恐怖心。
そういった恐怖心が発砲を躊躇させ、トラギコの行動を許してしまったのだ。
迂闊な集団で助かったが、もしも彼らが殺しに長けていたらトラギコは今頃鉛弾で体重を増やすか、それとも血肉を失って倒れるかしていたに違いない。
予備の弾倉二つでは足りない。

彼らが持っていたカラシニコフを奪い、それを使うべきだ。
最大の問題は、ここの地理についてトラギコが何一つ知らないということだ。
こちらが隠れ潜む場所は彼らにとって簡単に予測できるだろうし、追い詰めるべき場所も分かっていることだろう。
地の利は相手にあり、経験不足を補うのには十分な要素だ。

人数と武装の種類から言っても、トラギコの方が不利なのは間違いない。
ここで警察の身分証を掲げたところで、大した効果は得られないだろう。

(=゚д゚)「ちっ、面倒ラギね」

トロッコのある場所へと辿り着いて目的地に無事到着できればトラギコの勝ち。
それ以外はトラギコの敗北である。
条件があまりにも厳しすぎるが、不可能ではない。
少しばかり予定が変わるが、トラギコは改めて覚悟を決めた。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

アタッシェケースに入っている強化外骨格“ブリッツ”を起動し、両腕に機械仕掛けの籠手を装着させ、山刀のような大振りの高周波刀を左手で握った。
酷使に次ぐ酷使を経ても、ブリッツはその動作に微塵の不調も見せない。
発掘される多くの棺桶が極めて精密な機械の塊であるのに対して、ブリッツの仕組みは極めて単純だ。
それ故に修理も取り扱いも容易く、故障もほぼありえない。

戦闘を避け、なおかつ敵に先回りされない道の確保にはその堅牢さと確実な動作性が必要だった。

(=゚д゚)「……賠償請求だけは気を付けねぇとな」

高周波刀のスイッチを入れ、トラギコは建物の壁にそれを突き立てた。
風化していながらも建物の壁はしっかりとした状態を保っており、使用されている素材が良質なものであることが分かる。
銃弾を防ぐにはいいが、トラギコにとっては無理矢理道を作り出す上では邪魔でしかない。
円を描くようにして、トラギコが通り抜けられる大きさの穴を切り出すのに要したのは約八秒。

直線距離で進み続ければトロッコの場所へと辿り着けるだろうが、少々時間がかかりすぎてしまう。
壁を突き抜け続けるのではなく、必要に応じて使い分けるしかない。
次の方法として考えていたのは、建物の屋上から屋上へと移動する手だ。
これならば壁に穴をあける手間を省けるが、屋上伝いに渡れるとは限らないという可能性がどこかで生じる問題がある。

初体験の土地で集団に襲われることは初めてではないが、慣れきっているわけでもない。
当然、警察本部もトラギコの捜査で生じた賠償金を支払うということも初めてではなく、慣れているわけでもない。
トラギコにとって憂鬱の種は、その後に控えている嫌味と始末書の提出だ。
そろそろ彼が書いた始末書の中身が過去の使いまわしであることが発覚してもよさそうなものだが、上層部は紙を受け取るだけで満足するらしい。

それなのに始末書に割く時間が極めて愚かしい。
いっそサインだけにすればいいのにと意見したことがあったが、当然、却下された。
せいぜいこの地下の住人たちが警察に対して訴えを起こし、賠償請求をしないことを願うばかりだ。

191名無しさん:2019/08/05(月) 07:16:18 ID:N8Hjim3Y0
(=゚д゚)「……っしゃ」

短く息を吐いて、そして、トラギコは走り出したのであった。

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:|   :     August 19th AM10:07
シャルラ/スリエヴァ・ウモーリャ区 駅周辺
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定刻通りスノー・ピアサーは凍り付いたシャルラの街に停車し、乗客を降ろした。
すでにスーフリは収まり、現地の人間達がスノー・ピアサーを歓迎する準備まで整えていた。
僻地、あるいは不毛の大地として外部からの客が少ない彼らにとって、スノー・ピアサーは街にとっての救世主なのだ。
目的地に到着した乗客たちはこれまでの旅を経て自分たちが生きていることを実感するために、続々と笑顔で下車した。

想定されていたよりも多くの客が街に流れ込んだことにより、街にある小さな店は軒並み込み合うことになった。
飲食店は勿論、服屋、酒屋までもが客でにぎわいを見せている。
店が繁盛する最大の要因は、客が想像していた以上に厳しい気温と気候だった。
灰色の雲が薄らと空を覆う天候であることに加え、海から吹いてくる冷たい風が客たちに温かい食事と風から逃れられる場所を求めさせたのである。

その気温はシャルラでは少し肌寒い程度の物だが、この土地以外で育った人間にとっては極寒のそれに感じるものだった。
木造の内装の店内では客たちが湯気の立ち上る食事に舌鼓を打ち、窓の外に広がる荒涼とした景色と食事を比較して安堵を覚えた。
僅かな水分の一切合切が凍り付き、きらめく光景はどこか長閑な様子にも見える。
納屋の前に置かれていた家畜用の水樽が真っ白に凍り付いていることから、スーフリの寒さがどれだけ常識を逸したものなのかが分かる。

乗客の中にはその光景を見学するために、あえて極寒の街を歩いている変わり者たちもいた。
この土地に来なければスーフリの影響を見ることなどできないため、確かにこれを見逃せば次に見る機会はないかもしれない。
デレシア一行は、その光景を見学するのは後にして、まずは食事を優先していた。
食べられるときに食事を摂り、影響と体力を備えておくこともまた、この土地では次がいつになるか分からないことなのだ。

(∪´ω`)「ふー、ふーっ」

ブーンは赤いスープの入ったカップを両手で持ち上げ、湯気の立つ液体に向け、冷ますようにして息を吹きかけた。
スープを少量啜り、スプーンで具を掬い上げて口に運び、それを嚥下して満足げに息を吐いた。

(∪*´ω`)=3「ほっ」

192名無しさん:2019/08/05(月) 07:16:42 ID:N8Hjim3Y0
ヒート・オロラ・レッドウィングはスープと具をスプーンですくい、それを口にした。

ノパ⊿゚)「見た目とは全然違うな。
    甘酸っぱくて食いやすいな」

(∪*´ω`)「ほっとしますお」

ボルシチと呼ばれる郷土料理はその色味こそ赤いが、辛みを生み出す食材は入っていない。
トマトやビーツの色がスープとして溶けだし、それらと他の野菜や肉の味が混ざった優しい味のする料理だ。

ζ(゚ー゚*ζ「この辺りではよく食べられる料理で、作る家ごとに中身も変わってくるのよ。
      これは基本的な形のものね」

デレシアもスープを啜り、その素朴な味を確かめるように頷く。
以前にこの店を訪れた時と変わらない味だった。
特別美味というものでもないが、寒い日に食べると落ち着く味だ。

(∪´ω`)「お」

食事の途中で、ブーンがスプーンを咥えながら窓の外を見た。
つられてデレシアも目を向けると、そこに見知った顔の男がいた。
険しい表情を浮かべる顔には煤がついており、少しの疲労感が漂っている。
だが、目に宿る獣じみた鋭い眼光は健在だった。

ζ(゚ー゚*ζ「あら?」

(=゚д゚)

トラギコ・マウンテンライトは使い古されたと一目で分かる漁師用の防寒具を着て、まっすぐに前を向いて店の前を通り過ぎて行った。
その一瞬、デレシアは肩かけの紐の先にあるAK47に気づいた。
彼の得物はM8000であり、ジュスティア警察が支給するとしたらコルト・カービンのはずである。
それにジュスティアがトラギコにわざわざ餞別代りのライフルを託すとは思えないため、恐らく現地調達をしたのだろう。

しかし、彼はデレシアたちに気づいていない様子だった。
彼は人探しのために歩いていたのではなく、どこか目的地があって歩いているのだろう。
そうでなければ彼が気づかないはずがない。
この土地にある目的地など、今の状況では一つしか考えられない。

ノパ⊿゚)「どした?」

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコが来てたわ。
      無事にジュスティアから出られたのね」

予想では彼をジュスティアにとどめておくと思ったが、案外、警察の上層部も柔軟な考えが出来るようになったらしい。
それとも、ティンバーランドの脅威についてジュスティア警察も無視が出来なくなったのだろうか。
最も可能性の高い話であれば、デレシアを追う人選の問題があったのかもしれない。

ノハ;゚⊿゚)「あいつもタフだな……
    というか、どうやって追いついたんだよ」

193名無しさん:2019/08/05(月) 07:17:02 ID:N8Hjim3Y0
ζ(゚ー゚*ζ「多分海を使ったのね。
      高速艇で行けば不可能じゃないけど、相当揺られたはずよ。
      ウモーリャ区に着いて、後は陸路で移動ね」

ノパ⊿゚)「だとしてもよ、スーフリの間は動けないだろ?
    終わったのが昨夜だから、それまではどうしてたんだろうな」

ζ(゚、゚*ζ「うーん……」

手は二つある。
一つは、全天候対応の車輌を使うこと。
そしてもう一つは、地下を使うことだ。
プレッパー達が作り上げた“遺跡”には、地下に張り巡らせた通路がある。

現実的なことを考えると前者はありえないため、必然的に後者を選んだことになる。
それならば彼の顔に着いた煤もカラシニコフにも説明がつく。
何らかのきっかけで彼は地下に行き、そこからこの場所まで辿り着いたのだ。
トラギコはデレシアの思った通り、優秀な警官だった。

ζ(゚ー゚*ζ「多分、リハビリでもしながら来たんじゃないかしら」

彼の目的地がスノー・ピアサーであるならば、その目的を想像するのは難くない。
スノー・ピアサーにはモスカウの統率者が乗車しており、モスカウに所属する人間がモスカウの統率者と合流するのは自然な流れだ。
デレシアの観察が目的であると語った彼の言葉が真実であれば、トラギコはその補助として呼ばれたのかもしれない。
すでにデレシアはワカッテマス・ロンウルフに対して直接的な牽制を行い、その身に思い知らせている。

トラギコが合流したところで、気を大きくしてデレシアの逮捕などと言う世迷言を口にすることはないだろう。
トラギコ自体がデレシアの逮捕を目論んでいるのは知っているが、彼の中にある優先事項の最上位はティンバーランドのはず。
ここで無駄な時間や争いを選ぶような馬鹿ではない。
デレシアの静かな脅しとトラギコの制止があれば、ワカッテマスが聡明である限り動かないだろう。

彼らの目的地がどこであれ、デレシアたちはラヴニカでこの列車旅を終える予定になっている。
“レオン”の修理が終われば後はディを使ってラヴニカを後にするだけだ。
ラヴニカの後はせっかくなので街をいくつか挟み、イルトリアに向かおうと考えていた。

ノパ⊿゚)「ま、今更あたしたちに突っかかって来ることはねぇだろうからいいけどさ。
    統率者さんはどうなんだろうな」

デレシアはヒートたちにワカッテマスのことについて話を済ませていた。
今後の旅の障害になり得る彼の正体、所属している組織についての話は重要なものだ。
特にヒートについては名高い殺し屋の過去を考えれば、モスカウにマークされている可能性が高く、近寄らない方がいい。
トラギコが気づいていなかったことを思い起こせば、別の人間が担当している可能性が高そうだ。

ζ(゚ー゚*ζ「狙いは私だけだったみたいだから、あまり気にしなくていいと思うわよ」

ノパ⊿゚)「デレシアがそう言うんなら、大丈夫だろうな。
    ……明日の夜にはラヴニカか。
    レオンがすぐに修理できりゃあいいんだがな」

194名無しさん:2019/08/05(月) 07:17:22 ID:N8Hjim3Y0
モスカウもそうだが、ティンバーランドの危険性についてヒートは心配しているようだ。
確かに、彼女の心配するように、どこかへの滞在が長引けばそれだけ危険が増えることになる。
なりふり構わず動き出しつつあるティンバーランドの細胞がどこに潜んでいるのか分からない以上、長居は避けるべきだ。

ζ(゚ー゚*ζ「滞在場所とかは安全なところだから安心して。
      ただ、ラジオで流れていた情報が気になるのよね」

ノパ⊿゚)「どんな話だ?」

ζ(゚、゚*ζ「ギルド内で揉めてる、って話。
      “キサラギ”ってギルドが協定を変えようとしているのよ。
      あの街を支えるための協定なんだけど、それを今になって、っていうのが気になるのよね」

昔からあるものが急激な変化を迎えることは往々にしてあるが、そんな時には必ず外的な要因が関係している。
最古参の一つであるキサラギがその扇動を行うということは、彼らを焚きつけた存在があるはずだ。
世界の動きを考えて、あまりにもタイミングが良すぎる。
ティンバーランドが隠れ蓑にしている内藤財団が動いているのであれば、ラヴニカは再び血で血を洗う抗争の火に包まれることになる。

ギルドパクト成立にあたって流した血と死者を忘れた世代が今再び争いを起こすのであれば、これほど嘆かわしい話はないだろう。

ノパ⊿゚)「観光客には関係なさそう……ってわけじゃないんだな」

ζ(゚、゚*ζ「キサラギが交通や観光を束ねるギルドなのよ。
      だからスノー・ピアサーが到着した時にその争いに巻き込まれないとも限らないのよね」

スノー・ピアサーはエライジャクレイグの一部であり、その車両に手を出すということは街同士の争いということになる。
地上を素早く安全に移動する唯一の手段である列車を取り仕切るエライジャクレイグは、絶対にして不可侵なのだ。
陸運最大の手段を失えば、街が被る被害は本人たちが想像している以上の物になる。
最悪の場合、街が滅びてもおかしくない。

ζ(゚ー゚*ζ「ま、一応備えておきましょう」

(∪´ω`)「おっ」

ブーンは硬めのパンを使って皿に残ったスープを拭うようにして取り、ボルシチが染みたパンを美味しそうに頬張った。
彼にはまだ、今の状況はよく分かっていないだろう。
デレシアたちが心配しているのは水面下の動きであり、子供にはまだまだ分からない世界だ。
しかし、ブーンも無関係のままではいられない。

彼がデレシアたちと旅を続ける以上争いごとからは決して逃げられない。
そろそろ彼にも武器を手渡し、己の身を守るだけの技術を教えていかなければならない。
勉学も身を守るための物だが、この世界を知識だけで乗り切ることはできない。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しい?」

(∪*´ω`)「美味しいですお」

ζ(^ー^*ζ「それは良かった」

195名無しさん:2019/08/05(月) 07:17:42 ID:N8Hjim3Y0
彼がその必要に迫られる日が来るのは、そう遠いことではない。
だがデレシアもヒートも、ブーンに人殺しをさせたいわけではなかった。
可能であれば誰も殺さない人生を歩んでもらいとさえ思っているが、この時代、そして彼の進む道は決して奇麗なままではいられない。
一体いつ、そして何故彼がその手を汚すのか。

一抹の不安を抱きつつも、デレシアはそれも含めて彼の成長を見守っていこうと改めて思ったのであった。

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i:il|l       |i;';';';';';';';';';';';';';'\|_,.。o≦⌒;';';';';';';';';';';';';';';'>''" August 19th PM00:12
スノー・ピアサー内 / 一般寝台車
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熱いシャワーと熱い湯船で体を清め、トラギコ・マウンテンライトはようやく一息つくことが出来た。
湯船に浸かりながら、トラギコは生きてスノー・ピアサーに到着できたことを痛感していた。
銃を奪い、トロッコを奪い、狭苦しいトンネル内での銃撃戦を経て、生きて風呂に入る喜びを噛み締めるのは人として当然だ。
一時間近い入浴を終え、トラギコは買ったばかりの服に身を包み、リビング兼寝室に戻る。

(=゚д゚)「まさかあんたと仕事するとは、思ってもみなかったラギよ」

( <●><●>)「そうか、私は遅かれ早かれ一緒になると思っていましたよ」

新聞を読みながらサンドイッチを食べるワカッテマス・“ロールシャッハ”・ロンウルフを見て、トラギコは溜息を吐いた。

(=゚д゚)「はぁ…… で、あんたは本部に何て命令受けたラギ?」

( <●><●>)「トラギコ君と同じですよ。
        デレシアを見定め、逮捕する、です」

(=゚д゚)「ログーランビルの生き残りはどうしてるラギ?」

( <●><●>)「ちゃんとこちらの監視下にあるから安心してください。
        それより、君の報告を私は聞いていないんです。
        ラヴニカに着くまでは時間があるから、話をしましょう」

新聞を畳み、ワカッテマスはサンドイッチの残りを口に放り込み、コーヒーで流し込んだ。
その目はまっすぐにトラギコを見据え、決して逃さないという明確な意思を表している。

(=゚д゚)「本部でいやって程話したから、遠慮しておくラギ。
    それに、この際だから言っておくけど俺はあんたが苦手ラギ」

196名無しさん:2019/08/05(月) 07:18:02 ID:N8Hjim3Y0
トラギコにとって、ワカッテマスは天敵のようなものだ。
モスカウを統率する彼の行動はトラギコでさえ理解しきれないものがあり、情報を利用した脅しは彼の十八番だ。
対象の家族構成は勿論だが、その過去にまで切り込み、弱みを見つけ出すことに関しては警察で最高の腕を持っていると断言できる。
それでいて飄々とした言動は真意を悟らせず、こちらが彼をどう見るのかによって、その存在感が変化する。

その様から“ロールシャッハ”と渾名をつけられ、敵味方問わずに恐れられている人間である。
デレシアも分かりにくいが、この男も分かりにくい。
同僚として共に働くのがここまでやりにくい男は、トラギコの中では今までにいなかった。

( <●><●>)「はははっ、酷い言い草ですね。
        しばらくの間一緒に行動するんですから、親睦を深めるのはお互いにとって利益があると思いませんか?」

(=゚д゚)「親睦を深めなくても、仕事はちゃんとするラギ」

親睦を深めたつもりになっているだけ、ということも十分にあり得る。
緊急時に背中を預けられない人間とは、正直、一緒の現場で仕事をしたいとは思えない。

( <●><●>)「そうですね、じゃあまずはショボンとジョルジュについて私から話をしましょう」

(=゚д゚)「……」

( <●><●>)「ショボンとジョルジュの二人に共通しているのは、早期退職者ということです。
        退職理由なんて言うのは、君も知っているでしょうが自己都合の一言で済んでしまいます。
        まぁ私はその辺が気になっていたので、調べてみました。
        ……どうですか、一緒に話をする気にはなりましたかな?」

(=゚д゚)「……続けてくれ」

( <●><●>)「あの二人は、警察の体制に対して不満を抱いているという共通点がありました。
       ジョルジュ君については君がよく知っているだろうから説明を省きますが、ショボン君は初耳でしょう。
       彼が警察を引退後、ある地方で隠居生活を送っていました。
       その町で妻と子供を暴徒に殺されてしまいましたが、警察が介入できない事情がありましてね。

       その一件から数年後、彼は探偵になったわけです。
       何かがその間に起きた、と考えるのが自然でしょう」

彼と共に事件を追ったのは僅か三か月だけだったが、確かに、彼に妻子がいるのは聞いたことがあった。
流石はワカッテマスだ。
しかし、知りたいのはそんなことではない。

(=゚д゚)「ジョルジュとの共通点っていうのは何ラギ?」

197名無しさん:2019/08/05(月) 07:18:24 ID:N8Hjim3Y0
( <●><●>)「これはあくまでも私の推測ですが、二人は正義感の強い人間でした。
        それがある一定のレベルを越えてしまったんでしょうね。
        で、私が聞きたいのは主に彼らが所属しているという組織についてです。
        聞いたでしょうが、ティンカーベルからの移送団が襲撃されてショボンが奪われました。

        円卓十二騎士の戦闘記録を見ると、名持ちの棺桶が複数機確認されています。
        しかも潜水艦まで持ち出してきました。
        これだけの財力と武力、人員を確保している存在を知りたいんです」

(=゚д゚)「あんたと俺の仕事はその組織調べじゃないだろ。
    デレシアとその組織がどう関係あるラギ?」

( <●><●>)「デレシアとその組織は無関係でないにしろ、少なくとも、彼女がその指揮を執っていないのは分かります。
        私の得た情報とベルベット・オールスターの報告したものに盛大な違いがあった上に、彼自身の信用が今はできません。
        きっと今頃、彼も含めて尋問が始まっているでしょうね」

(=゚д゚)「よくあいつを尋問しようと思ったな。
    誰の判断ラギ?」

報道担当官は言わば警察のマスコミ向けの顔。
そう簡単に表舞台から引きずり下ろすことのできない存在のはずだ。
特に、外聞を気にする上層部がここまで素早く対応できるとはにわかに信じがたい。

( <●><●>)「あぁ、それは私の判断ですよ。
       もちろん表向きには尋問とはしませんが、どうにも昔から胡散臭いと思っていましてね。
       彼の出自が奇麗すぎるのもそうですが、今回のティンカーベルの一件の動きが不自然です。
       で、私は組織について知りたいのです。

       こうしてデレシアを追うのは悪くないが、如何せん、あの女性はまだこちらの手に余ります。
       それに、あれだけの事件の陰に彼女がいるのと同じように組織の存在もある。
       なら、優先事項は明白でしょう」

(=゚д゚)「接触したのか、デレシアに」

( <●><●>)「そりゃあ仕事ですからね。
       参りましたよ、私の正体を見破るなんて完全に想像していませんでした」

内心でトラギコはワカッテマスに同情した。
あのデレシアに善意以外の感情を持って接触し、無事で済むことなどまず有り得ない。
それは彼女に対する信頼だ。
例えモスカウの統率者であったとしても、あの女を出し抜くことは不可能だ。

聡いデレシアのことだ、ワカッテマスが監視していることに気づき、色々と手を打ったのだろう。
それにしてもワカッテマスの正体を当てるとは、つくづく恐ろしい女だ。
トラギコの獲物に手を出そうとした男には、丁度いい薬になっただろう。

(;=゚д゚)「あんたがしくじるなんて、道理でスーフリなんて変な天気になるわけラギ」


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