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Ammo→Re!!のようです

398名無しさん:2020/03/23(月) 08:12:35 ID:gqdL6qvY0
二人は階段を一段飛ばしで駆け下り、姿が見えなくなった。
その間、ワカッテマスは二人を追う様子も、関心を持っている様子もなかった。
彼の視線はまっすぐ、デレシアにだけ向けられたまま。
複数の標的がいる際、その中で最重要の人間だけを狙う判断力。

流石はモスカウの最高責任者。
トラギコの上司であることから、ある程度は予想できていたが、この男は優秀な男だ。
優秀ならば、デレシアの期待通りの行動をしてくれることだろう。
ワカッテマスが何を目的としてデレシアの前に立ちはだかったのかは興味の対象外だが、立ち塞がるのであれば排除するだけだ。

先ほどの一発は脚に当てるつもりの一発だったが、弾は彼を撃ち抜くことはなかった。
それが意味する答えは、デレシアを感心させるのに十分だった。

ζ(゚、゚*ζ「……ウォッチメンね、それ」

( <●><●>)「ははっ、凄いですね。
       この一瞬で見破ったのは、貴女が初めてですよ。
       やっぱり思った通り、貴女は凄い」

“ウォッチメン”。
コンセプト・シリーズに近い特性を持つ名持ちの棺桶であり、偽装による潜入に特化した棺桶。
あらゆる視覚情報をご認識させるための装備であり、例えそれが機械仕掛けの目であろうと、人間の目であろうと。
デレシアの狙いを狂わせたのもその機能が原因だ。

ただし、正体さえ分かれば問題はない。
対処法は既に確立されている。

( <●><●>)「となると、この姿は意味がなさそうですね」

次の瞬間、ワカッテマスの姿が消え、本来の姿が現れた。
鏡のように周囲を反射させる金属質の特殊な繊維を使った装甲。
顔も、指も、そしてバッテリーさえも鏡面じみた姿はまるで鏡から這い出てきた化け物にも見える。
キャッツなどの棺桶と同様に、全身の筋力を補助する装甲だ。

コンセプト・シリーズである“ウィドック”から着想を得て、量産にまでこぎつけたその機能は何も知らない人間にとっては脅威だ。

(:::::::::::)「さて、お相手願いましょうか」

ζ(゚、゚*ζ「後十七秒だけね」

399名無しさん:2020/03/23(月) 08:13:02 ID:gqdL6qvY0
左腰から散弾を装填したソウドオフショットガンを抜き放ち、デレシアは続けて銃爪を二度引いた。
光学迷彩の様に周囲の景色に同化することのできる棺桶は他にもあるが、ウォッチメンは静音性や軽さ、運搬の容易さに重点を置いているために十分な装甲が確保されていない。
銃弾の貫通は防げたとしても、その衝撃を緩和することは出来ないのだ。
広範囲に攻撃が可能な散弾は特に有効になる。

片手でショットガンを排莢し、もう片手に構えたデザートイーグルで天井に設置されているスプリンクラーを狙い撃った。
故障したスプリンクラーから嵐のように雨が降り注ぎ、一瞬で周囲一帯が水にぬれる。
そして、降り注ぐ水の中に浮かび上がる輪郭。
高性能な光学迷彩の数少ない弱点の内二つを、デレシアはこの一瞬で容赦なくついた。

一つは、映像の処理と周囲の風景にコンマ数秒のずれが生じること。
そしてもう一つは、映像の処理はあくまでも装甲の表面にだけ行われることで、そこに付着した物には干渉できないということだ。
デレシアはそれをスプリンクラーによって実現させた。
どれだけ透過性を高めたところで、体表をしたたり落ちる水滴、弾く水滴はごまかせない。

これにより、デレシアは一切の視覚的な情報の不利を持たなくなる。
相手が所持する武器は宙に浮いた状態になるため、装甲の下や背中に隠せる薄い刃のナイフが好まれる。
接近戦を挑まれたとしても、デレシアは対処が出来る。

「参りましたね、ここまで完璧な対応をされたのも初めてだ」

ζ(゚、゚*ζ「そう、それならさようなら」

これ以上遊んでいる暇はない。
下に行ったヒートたちと合流し、策を練らなければならない。

〔 【≡|≡】〕『させるかよ』

階段を一気に飛び降り、デレシアの背後に現れた男はそう声に出し、同時に高周波振動の音をさせるナイフを一閃させた。
全身を覆う分厚い装甲が持つ重量のせいで、マン・オブ・スティールは他の強化外骨格程素早く動くことが出来ない。
その反面、着地と同時に生じさせた衝撃は足場にしている階段の踊り場を大きく揺らし、デレシアのバランスを崩させる一撃へと転じた。
しかし、上の階から響く跫音から接近を感知し、デレシアを挟撃するために相手が取るべき最善の手段を予測していたデレシアには意味がなかった。

踊るように身を翻してそれを回避すると同時に、ワカッテマスがいる下の階に跳躍。
ワカッテマスの足がある場所に向け、着地に際して生じる衝撃を乗せた足払いを放つ。
斧が大木を切り倒すような一撃は寸分違わず彼の足に直撃し、確かな手ごたえを感じた。

(:::::::::::)「うおっと?!」

倒れたワカッテマスにショットガンの銃腔を向け、銃爪を引いた。
彼は転倒しながら身を捻り、追撃をやり過ごそうとしたが、散弾から逃れ切ることは叶わない。
装甲を貫通しないことを承知で撃った一発は、だがしかし、彼の肉体に甚大なダメージを与えたことだろう。

(:::::::::::)「ぐっぬっ……?!」

仮に回避行動が間に合ったとしても、掠っただけで十分な牽制効果がある。
二人がデレシアの動きに翻弄されている隙に、彼女はするりと下の階に移動し、そのままビルの外に出た。
ビルの前には警報を聞いたゲートウォッチと警備会社の人間が武装して待機しており、その背後には人だかりができていた。
その陰にヒートたちの姿を見つけ、デレシアは駆け寄った。

400名無しさん:2020/03/23(月) 08:13:26 ID:gqdL6qvY0
ノパ⊿゚)「時間通りだな」

(∪´ω`)「大丈夫ですかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。お買い物が台無しになっちゃったけどね。
      さ、仕切り直しましょう」

商品はまた後日買えばいい。
三人は合流してすぐにその場を立ち去り、可能な限り街の中心部に向かう。
それは事前に決めていた緊急時の動きで、彼女たちが滞在している場所を推測させにくくするのと同時に、相手がどれだけの規模でデレシア達を追ってくるのかを把握するという目的があった。
ビルからデレシア達が立ち去るのを呼び止める人間は一人もいなかった。

だが代わりに、ビルに入ろうとする人間が二人いた。

(=゚д゚)「ここラギね」

( ゙゚_ゞ゚)「ここにいるのか、デレシアが」

二人が足を踏み入れた時、デレシア達の姿はもうそこにはなかった。

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      _ ィニ二ト、
   ィニ「  l|   l|l \
   」 |l  l|   l|  l|l\     f__
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    」 |l  l|   l|  [」ニ=lト 、   \\_、
    」 |l  l|   l|  [」ニ=‐‐ lト、__\|〕
    」 |l _」 -‐l|  ¨|    l|l \   \____     同日 某時刻
    」 |「  |l  l|  l|    l|    \   \|ヽ
    」 |l  l|l  l|  」 -‐ l|     |l\    \|ヽ_
    」 |l _」 -‐i|  ¨l「    l|    l|  \   \]ヽ_
    」 |「 i|   i|  |l     l|     」  -‐|   ¨~l|\]ヽ_
    」 |l  i|   i|  |l   -‐l|    ¨~「  │    」|l  \]ヽ_
    」 |l _」 -‐i|  ¨l「    l|    l|    |    」|     \]
    」 |「 i|   i|  |l     l|     」  -‐|   ¨~l|\     |
    」 |l  i|   i|  |l   -‐l|    ¨~「  │    」|l  \ │
    」 |l _」 -‐i|  ¨l「    l|    l|    |    」|     \|
    」 |「 i|   i|  |l     l|     」  -‐|   ¨~l|\     |
    」 |l  i|   i|  |l   -‐l|    ¨~「  │    」|l  \ │
    」 |l _」 -‐i|  ¨l「    l|    l|    |    」|     \|
    」 |「 i|   i|  |l     l|     」  -‐|   ¨~l|\     |
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トラギコとオサムが現場となったビルに到着したのは、全くの偶然という訳ではなかった。
二人が拘束されたビルは実際にゲートウォッチの駐屯地として使用されており、地下から地上に出るまでの間に銃撃戦にならなかったのは二人にとって幸運と言うほかない。
すれ違ったゲートウォッチの人間達は二人を見ても特に拘束しようともせず、会釈をしただけだったのが幸いだった。
その姿を見て、トラギコはゲートウォッチの中に潜んでいる細胞の数は決して多くはないと考えた。

401名無しさん:2020/03/23(月) 08:13:52 ID:gqdL6qvY0
ビルの内部で二人が抗戦することがなかったのは、ゲートウォッチ内部にいる細胞たちが自分たちの存在を知られたくないためだろう。
彼らが臆してくれたおかげで、トラギコたちは無用な殺生をせずに済み、ティンバーランドに属していないゲートウォッチの恨みを買うことを防げた。
二人はそれから喫茶店に向かいたいというオサムの強い要望により、2ブロック離れた場所にある喫茶店でコーヒーを飲んだ。
そしてある程度の状況説明が終わると、オサムは耳を小指で掻いてあくびをした。

( ゙゚_ゞ゚)「つまり、その組織が俺のデレシアを狙ってるんだな」

極めて端的な話をすればそうなるため、トラギコは何も言わずに窓の外を見た。

( ゙゚_ゞ゚)「俺の邪魔をするんなら、あいつらまとめて俺の敵だな」

(=゚д゚)「あぁ、そうなるラギね」

オサム・ブッテロについて、トラギコはあまり多くを知らない。
彼が殺し屋であることは分かっているが、トラギコにとっての疑問は、彼がモスカウによって手配されているかどうかだった。
広域手配をされている殺し屋ならば、担当者がついているはずだが、それはトラギコには分かりかねることだ。
ツー・カレンスキーは書類があると言っていたが、トラギコは彼がモスカウに追われているかどうかの確認をしていなかった。

( ゙゚_ゞ゚)「で、あんたは警官だろ。
    なのに何で俺をこうして野放しにしてるんだ?」

(=゚д゚)「捜査上の機密事項って奴ラギ」

実際のところ、記憶を失っていたこの男を独断で連れ出したのはワカッテマスであるため、トラギコには答えられない。
生き証人であるこの男を失いたくないのは今も変わらないが、そのためには常に監視しなければならないというジレンマがあった。
しかし、この男は戦闘経験が豊富で度胸もあるため、トラギコはこの男を利用しない手はないとも考えていた。
協力させれば、常に手綱を握ることが出来るだけでなく、デレシアにつながる答えを手に入れられるチャンスにも巡り合えるだろう。

そうなればオサムは用済みとなり、最寄りの警察署に連れ込めばいい。
最悪、死んでしまっても構わないのだ。
ティンバーランドの騒動が終われば、トラギコが取り掛かるべきはデレシアの逮捕。
今はそのための土台作りの期間なのである。

( ゙゚_ゞ゚)「ま、あんたが何を狙ってるかは興味がねぇが、一つ言っておくぞ。
    デレシアを狙ってるってんなら、あんたも俺の敵だ」

(=゚д゚)「そりゃ怖えラギな。
    覚えておくラギよ」

そうして話している間に通りが騒がしくなり、ゲートウォッチの服を着た人間達が走っていくのが見え、二人はそれを追うことにしたのであった。
結果、二人はこうして雪鹿番長のビルへと導かれたのだ。
周囲の制止を振り切ってビルの中に入ったその瞬間、巨大な影が階段から突然落下してきた。
衝撃と振動が二人を襲い、同時に、現れた影が巨大な強化外骨格であるのを見咎めた時、その足は出口に向けてすぐに向きを変えていた。

〔 【≡|≡】〕

重金属特有の鈍い音と輝きを放つ灰色の装甲。
見るからに分厚く、そして堅牢なそれをまるで鱗のように身に纏い、亀のような甲羅で四肢と背中を守る強化外骨格。
着地した床はコンクリートに木の板を敷き詰めた物だったが、それが土台から抉れるほどの重量を持っていた。
両腕には仕込み盾のような物が備わっており、両手に銃火器は見当たらなかったが、その巨躯は彼の経験と本能が警報を発して戦闘を回避させるには十分すぎた。

402名無しさん:2020/03/23(月) 08:14:22 ID:gqdL6qvY0
(;=゚д゚)

(;゙゚_ゞ゚)

躊躇わずに引き返した二人とは対称的に、ゲートウォッチの人間達は前進した。

从´_ゝ从 (,,゚,_ア゚)

警告はなく、ライフルの発砲音が彼らの立場をはっきりと告げている。
トラギコが見ただけでも、ゲートウォッチが十人以上はいる。
武装解除を要求する怒号が響き、次々に棺桶の起動コードが紡がれる。

『今日は今までで一番長い一日になる』

トゥエンティー・フォーの起動コードが聞こえ、それをカバーするように再び銃声が鳴り響いた。
重量級の棺桶には重量級をあてがうのは基本だが、恐らく、野次馬に対しての被害を最小限に食い止めるための選択だったのかもしれない。
その証拠に、ビル入り口にいた野次馬たちは蜘蛛の子を散らしたように消えつつあり、その前にはアクリル製の防護盾と拳銃を構えた警備員が二十人近く立っている。
横一列に並んだ彼らの陣形の外に出る前に、二人は振り返って戦況を見ることにした。

これから彼らが相手にする人間の力と棺桶の能力を知っておくのは意味がある。
二人は無言のまま警備員たちの後ろに逃げ、その様子を観察する。

〔::‥:‥〕『装甲が自慢らしいが、どこまでやれるかな』

確かに、トラギコも相手の棺桶が頑丈さに特化していると推測したが、その領域で言えば真っ先にトゥエンティー・フォーの名が挙げられる。
Bクラスながらもその頑強さは抜群であり、例え高周波刀を使ったとしても容易に撃破することはできない。
そしてここはラヴニカであり、職人の街。
姿を現したのはトゥエンティー・フォーだけではなく、ソルダットのカスタム機もあった。

都市迷彩を施したソルダットには追加装甲とミニガンが装備されており、圧倒的な力の差を見せつけるためのようにも思われた。
問答もなくソルダットのミニガンが火を噴き、十字砲火が浴びせられる。
曳光弾による軌跡は的確な射撃を知らしめるが、装甲に当たって花火のように散る様は絶望感すらあった。
その射撃を受けながら、巨大な強化外骨格は両腕を顔の前に掲げながら歩き出した。

だがその直前、トゥエンティー・フォーが前進し、ソルダットの盾として援護を行う。
銃弾が通用しないと判断したソルダットはミニガンを捨て、背負っていた長い柄を持つメイスを構えた。
四枚の刃で構成された頭部は戦端が鋭利に尖っており、まるで槍のようにも見えた。
そしてその武器は、トラギコがこれまでに見たことのないものだった。

近接専用の武器は多くあるが、打撃用の武器はそう見ることはない。
そう思った次の瞬間、メイスから耳をつんざく高周波振動の音が聞こえた。

([∴-〓-]『さぁて、化け物退治といこうか!!』

六機のソルダットがメイスを手に一気に襲い掛かる。
最初に二機が低い位置から振り上げ、両腕を顔の前から弾き飛ばそうと試みるが、その腕は微動だにしなかった。
背中にあるバッテリーを狙った三機の一撃も、まるで意に介していない。
最後に頭部を襲った横殴りの一閃も耐え、金属を削る耳障りな音が響き渡る。

高周波振動を用いた打撃武器のもたらす破砕力は言うまでもないが、それを多方から受けてまるで動かない姿は悪夢そのものだ。

403名無しさん:2020/03/23(月) 08:15:10 ID:gqdL6qvY0
(;=゚д゚)「マジか」

(;゙゚_ゞ゚)「高周波振動を止めるってなると、ありゃあ相当なもんだぞ」

流石のオサムもあの棺桶の異常さに慄いている。
殺し屋として棺桶を使い、棺桶を屠ってきた人間の目から見てもあの硬さは異常なものに見えるようだ。
ひとまずは、尋常ではない硬さを持つ棺桶ということを知ることが出来ただけでも御の字だ。

( ゙゚_ゞ゚)「どうする? 最後まで見るのか?」

トラギコは首を横に振った。
高周波振動が通用しないのであれば、ブリッツでは援護にもならない。
加勢することも出来ない以上、ここにいるのは時間の無駄だ。

(=゚д゚)「見たところで、この状況は変わらねぇか悪化するだけラギ。
    むしろデレシア達はこの場からずらかってるって可能性が高いラギ。
    俺らも退散するラギよ。
    俺の見立てじゃ、デレシア達は駅に行くはずラギ」

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デレシアはナヒリ銃火器店に向かわず、街の中心に位置する評議会堂に向かっていた。
評議会堂の下には駅があり、ラヴニカの各所へと通じる地下鉄がある交通の要所だ。
雪鹿番長のビルから五百メートルほど離れてから、デレシアはようやく通常の歩く速度へと戻した。

ノパ⊿゚)「駅に向かってるのか?」

評議会堂は街のシンボルともいえるもので、基本的にはどの場所からでも見やすく設計されている。
彼女たちが今歩いているなだらかな下り坂からは、その姿がよく見えた。
ヒートがデレシアの動きからその目的地を言い当てたのは、彼女が優れた殺し屋として人の行動を観察する技術を身に付けているからだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、あそこなら色々便利だからね」

(∪´ω`)「便利?」

ζ(゚ー゚*ζ「まず一つに、狙撃されるようなことがない。
      次に、あの評議会堂はちょっとやそっとじゃ壊れないの。
      後は移動するための道がたくさんあることだけど、これは相手にしてもそう。
      狙いは私たち、もしくは“レオン”ね」

404名無しさん:2020/03/23(月) 08:16:21 ID:gqdL6qvY0
ラヴニカの評議会堂は戦いの歴史の中で再建築され、改装されてきた建物だ。
本来、ギルドマスター達が公式に行う会合はその建物で行われるため、外部や内部の人間が謀反を起こせないような設計がされている。
常駐する衛兵の質も優れており、決して見掛け倒しの建物ではないのだ。

ノパ⊿゚)「まだレオンを狙ってんのかよ、しつこい連中だな」

マン・オブ・スティールは“対強化外骨格用強化外骨格”として開発され、奇しくもレオンと同じ設計思想を持つ棺桶だ。
その装甲はこれまでに開発されたどの棺桶よりも頑丈であり、ほぼ全ての攻撃から身を守ることが出来る。
トゥエンティー・フォー以上の装甲、そして攻撃に対する防御手段の豊富さ。
“プレイグロード”のDVXガスですら耐えることが出来るため、例えその歩みが鈍重だとしても驚異的な存在であることには変わりがない。

対抗できる数少ない棺桶の一つが、同じコンセプトで開発されたレオンなのである。
“ハート・ロッカー”と共に運用する予定だったレオンを今も狙う理由は、マン・オブ・スティールの存在が挙げられる。
数少ない天敵を排除することぐらいは、彼らがこの街に現れた理由としては十分なものだ。
彼らがレオンを狙っていると感じたのは、正にその点にあった。

ラヴニカ内への密かな進行が目的であれば、行動があまりにも中途半端だった。
昨夜の騒ぎが起こらないように細心の注意を払うべきなのに、まるで別のことに意識を向けているかのような動きだった。
動きに繊細さも一貫性もないという天が、デレシアに疑念を抱かせた。
あわよくば一石二鳥を狙うような、助平心が見え隠れする動きは現場での経験が少なく、理屈が好きな人間にありがちな行動だ。

イルトリアやジュスティアの軍人、もしくは警察官だった人間ならばまずどちらかに狙いを絞っていただろう。
となると、デレシアが知る相手のメンバー的にはイーディン・S・ジョーンズが候補に挙がる。
棺桶マニアの彼ならばレオンに執着心を見せたとしても不自然ではない。
無論、他の人間達の目的はラヴニカへの内藤財団の参入する下地作りだったのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「あわよくば、ってところかもしれないけどね。
      これまでとは備え方が違うから、結構突発的な作戦になっているわね。
      だからそこまでしつこくは追ってこないはずよ」

相手が本気でないのは分かるが、それでも、用心しすぎるということはない。
懐から小型のインカムを取り出し、デレシアはそれに小さく声をかけた。

ノパ⊿゚)「誰を呼んだんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ディを呼んだの。
      さっきの棺桶は動きが鈍いから、バイクに乗れば追いつかれることはありえないわ」

マン・オブ・スティールは拠点防衛に特化した物であるため、その運動性を無視して設計されている。
使用者が脱ぎ捨てでもしない限り、デレシア達に追いつくことは不可能だ。
レオンの修理が終わるまでの間、ナヒリの元に余計な人間を送り込むことは避ける必要がある。
追跡する人間を欺き、相手の狙いを一か所に戻せばこちらへの脅威はなくなるだろう。

(∪*´ω`)「ディが来るんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、離れていてもディは賢いから呼べば来てくれるのよ」

405名無しさん:2020/03/23(月) 08:17:56 ID:gqdL6qvY0
遠隔地からの音声入力、そしてそれに応じた完全自立運転はアイディールの持つ特徴の一つだ。
声が届く範囲内でなくとも、こうしてインカムなどの無線通信を使うことでその声の発信場所に向けてディは運転手を必要とせずに移動が出来る。
その強みを生かすため、デレシアはディのカスタムを施した。
後はデレシア達が合流に最適な場所、ラヴニカ駅に到着することが先決だ。

街は今、ティンバーランドの存在について察知をし始めたことだろう。
その状況下で内藤財団が介入をすれば、立ちどころに関係が嗅ぎつけられるだろう。
ビルに残る人間達は関係を悟られまいと、デレシアを仕留めそこなった以上はその場から退避するしかない。
退避した後は鳴りを潜め、少なくとも内藤財団介入の最適なタイミングを待つしかない。

しかし、リスクを管理するために偽装用の少数の分かりやすい捨て駒を用意することは想像できた。
分かりやすい生贄があれば、街の人間達の視線はそこに向けられる。
疑念の目もそこに向き、衆人環視の元で罰せられれば疑念は晴れる。
そうなることが相手にとっては理想だが、デレシアにとっては当然、理想ではない。

既にマン・オブ・スティールが表に出た以上、その使用者の特定は速やかに行われることだろう。
果たしてあの棺桶が誰の手元にあり、その人間がどこに所属する何者なのかはすぐに分かることだ。
あのビルでデレシアを屠っていれば、この一連の騒ぎを起こした黒幕はデレシア達ということになり、罪を擦り付けることが出来ただろう。
姿を大勢に見せたことによってそれが破綻し、一石二鳥の夢は脆くも崩れ去った。

後はレオンの奪取をさせなければ、ティンバーランドがこの街でやろうとしたことは全て失敗したことになる。
潜在的な細胞の存在は否めないが、それでも、彼女が滞在している間にはもうこれ以上の騒ぎは起こせないだろう。

ノパ⊿゚)「ラヴニカの後はディでどこを目指すんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「タルキールに向かおうと思うんだけど、途中で何回かキャンプをしないと難しいわね。
      最終的にはイルトリアね。
      ロマやロウガのいる街よ」

(∪*´ω`)「おー! ロマさんやししょーに会えるんですかお!」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。 でも、まだまだ時間がかかるわ。
      旅はゆっくり、再会は久しぶりに、が一番よ」

ここからタルキールまではディを使って一週間ほどかかるだろう。
そこからいくつもの街を経由し、イルトリアに到着することになる。
単純な距離で言えば、ジュスティアからラヴニカまでの距離と大差はない。
目的のない旅だからこそ、旅程を気にしないで時間を贅沢に使えるのはいつでも嬉しい限りだ。

ノパー゚)「ま、そうだな。
    あいつらがこっちにちょっかいを出そうってんなら、返り討ちにするだけだな」

ζ(^ー^*ζ「えぇ、そうね」

駅に続く階段を上り、三人は駅構内の広い空間に出た。
そこは地下に通じる階段と、地上を走る列車の乗り場になっている。
線路の上を跨ぐように作られた鉄の足場が鳥の巣の様にも見える。
スノー・ピアサーが到着した時は薄暗かったが、今は降り注ぐ日光がその全貌を照らし出している。

ζ(゚ー゚*ζ「どう? こうして見ると、ラヴニカ駅って結構面白い形をしているでしょ」

406名無しさん:2020/03/23(月) 08:18:51 ID:gqdL6qvY0
(∪´ω`)「おー、ぐちゃぐちゃしていますお」

ζ(^ー^*ζ「うふふ、そうね。 ぐちゃぐちゃね」

ノパ⊿゚)「どうして足場がこんなに上にあるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「列車のメンテナンスが簡単にできるようにしているのよ。
      雪が積もりやすいから、それを降ろすのもそうだし、最悪、氷柱が直撃した天井とかを修理できるの」

クラフト山脈周辺は強烈な寒気によって水分が瞬く間に凍り付くが、日照時間の影響で氷柱が生じやすい環境にある。
このラヴニカも例外ではなく、雨が降った翌朝には軒下に氷柱が見られる。
高架下に生まれた氷柱が街を走る列車に落ちてくることは日常茶飯事であり、そのメンテナンスは列車運行を円滑に行うには必要不可欠なものだ。
エライジャクレイグの整備員への技術提供は、実のところ、ラヴニカへの委託によるもので成り立っている。

駅に常駐している整備士たちは足場を使って列車の整備を行うため、実際に整備が行われる際はこの足場が移動と変形を繰り返し、最適な形を保つことになっている。
その原理はエライジャクレイグの街にも取り入れられ、相互に情報の交換を行い、設備の改善に生かしているのだ。
雪深い地域は列車による物資の輸送なしには生活が成り立たないのだ。

(∪´ω`)「つらら?」

ζ(゚ー゚*ζ「水が凍って、槍みたいになる現象よ。
      機会があればきっと途中で見られるわ」

今は夏であり、冬に比べて比較的暖かい事から、列車への雪害はほとんど出ていない。
この設備が本格的に稼働するのはもう数か月先のことだろう。
しかし街から離れた場所ではこの時期でも気温がマイナスに至る場所が多々あり、そこでは木々に出来た氷柱を見ることが出来るはずだ。

(∪´ω`)「スノー・ピアサーは、そういうのしなくて平気なんですかお?」

ラヴニカ駅に到着した時、スノー・ピアサーが行ったのは物資の搬入出だけだ。
メンテナンスを受ける機会がほとんどなかった時のことを、ブーンは思い出して聞いているのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「少なくとも、雪で異常が出るような作りはしていないのよ。
      でも、これから時間が経てばどうなるかは分からないわね」

高周波振動発生装置を備えたスノー・ピアサーなら、雪害はまず無縁の物だ。
しかし、各車輌をつなぐ連結部や車輪は雪によるダメージを継続的に負うことになるだろう。
メンテナンスが完全に無用、というわけにはいかないのだ。

ノパ⊿゚)「なるほどね。
    それに、ここでなら追いかけて来た奴も簡単に見つけられる。
    いい場所だな」

そう言って、ヒートとデレシアは同時に振り返った。
そこにあるのは二人が上ってきた階段と、地面に浮かぶ人の形をした影。

ζ(゚ー゚*ζ「その手品が私に通じないことは分かったと思ったんだけど、頭が悪いのかしら?」

407名無しさん:2020/03/23(月) 08:21:57 ID:gqdL6qvY0
一瞬の間を開けて、その空間にワカッテマスの姿が浮かび上がった。
その姿さえも、映し出された映像に過ぎないことをデレシアは知っている。
実像との差異が攻撃をそらさせるため、正体が分かっている以上、見るべきはその足元にできている影だ。
今のところ、彼の実像と影に矛盾はない。

( <●><●>)「いえいえ、道中姿を見られるのは嫌でしてね。
       こうしてお話出来る機会を得られるのは、きっとそうないでしょうから」

ζ(゚ー゚*ζ「そう。 どうにかなりそうかしら?」

( <●><●>)「どうにかするのが私の仕事です。
       取り急ぎ、“レオン”の在り処を知りたいのですが」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それはどうして?」

( <●><●>)「そういう要望がありましてね。
       要望があれば出来るだけ叶えてあげたくなるのが人間でしょう?」

ζ(゚、゚*ζ「あら、それなら人数が足りないじゃないかしら?」

( <●><●>)「ボランティアなのでね、仕方ありません」

ζ(゚ー゚*ζ「あの人には話してあるの?」

( <●><●>)「いえ、その必要はありません。
        ……いくつか確認をしたいのですが、その時間はもらえますか?」

ζ(゚ー゚*ζ「いいわよ」

( <●><●>)「貴女が、デレシアで間違いないのですね?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうよ。
      ワカッテマス・“ロールシャッハ”・ロンウルフ」

( <●><●>)「貴女と会えて光栄です。
       そして、私の願いが聞き入れられない以上、やることは一つしかありません」

ワカッテマスはゆっくりと両手を挙げて、その場に膝を突いた。

( <●><●>)「肩で済ませてもらえると助かります」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、その通りにしてあげるわ」

デザートイーグルを構え、二発撃った。
銃弾は狙い通り、彼の両肩を直撃した。
反動でワカッテマスは後ろに吹き飛び、階段を転がり落ちて消えた。
驚いたことに、彼は悲鳴一つ上げなかった。

ノハ;゚⊿゚)「あいつは、何がしたかったんだ?」

408名無しさん:2020/03/23(月) 08:22:22 ID:gqdL6qvY0
ζ(゚ー゚*ζ「撃たれたかったんでしょ」

ノハ;゚⊿゚)「殺さなくてよかったのか?」

ヒートの疑問はもっともだ。
彼女たちを狙う人間であれば、撃ち殺しておくのが当然だ。
あえて生かす必要性も、そのメリットもない。
しかし、彼の場合は少し事情が違うため、殺すよりも殺さない方が有益なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、その必要はないわ。
      まぁ後一週間は両腕がまともに使えないから、役には立たないはずよ」

それでも、デザートイーグルの銃弾を二発肩に受けた衝撃は相当なものだ。
薄い装甲を貫通しないよう、通常の弾で撃ったため、彼の両肩は大きなダメージを受けていることだろう。
折れたか、あるいは外れたか。
いずれにしても、戦線に復帰するためには時間がかかるだろう。

ワカッテマスと入れ替わるように、ディがエンジン音と共に階段から姿を見せた。
まるで馬が主人に寄り添うかのように、ブーンの傍にゆっくりと停車した。

(∪*´ω`)「すごいですお!」

ノパー゚)「無人で階段を上って、ここまで来れるってのはほんとにすげぇな」

ζ(゚ー゚*ζ「全てのバイクの終着点、理想像を目指して作られたからね。
      待機してもらっている間にラヴニカを走って地図情報も更新されたから、もっと便利になったわよ」

三人はディにまたがり、ヘルメットを被った。
それからデレシアは軽くエンジンを吹かし、ディの状態を確認した。
バッテリー残量も空気圧も、全て問題はない。

ζ(゚ー゚*ζ「行きましょう、ディ」

デレシアがそう呟くと、ブーンとヒートもそれに続いた。

(∪´ω`)「よろしく、ディ」

ノパー゚)「頼むぞ、ディ」

ディのメーターが喜びを表すピンク色に変化し、そして、デレシアはアクセルをひねった。
店に持って行ったついでに、ディのメーターにも一工夫を加えた。
メーター類は全てアナログでの表示だが、ラヴニカに到着したのを機に、メーターを覆うパネルに様々な情報を表示する機能を復活させた。
しばらくの間使えていなかった機能だが、修理に必要な部品を手に入れることが出来たため、デレシアが手を加えたのである。

あともう一つ、デレシアは取り入れたい機能があった。
それに必要な部品はラヴニカ滞在中に手に入る算段がついており、レオンの修理が終わる頃にはディに新たな機能が追加されることだろう。
三人を乗せたディはデレシアの運転に従い、地下鉄に通じる階段を下り始める。
薄暗かった地下道にディが入ると、天井の明かりが強さを増した。

409名無しさん:2020/03/23(月) 08:23:50 ID:gqdL6qvY0
静かなエンジン音が反響し、響き渡る。
地下鉄の乗り口を目指して進むと、改札口に立っていた駅員が驚愕の表情を浮かべて硬直しているのが見えた。
駅員の前でディを停車させ、デレシアは笑顔で尋ねた。

ζ(゚ー゚*ζ「三人と一台なんだけど、これで足りるわね?」

ミ;^つ^ル「え、あ、はい」

金貨を一枚駅員に手渡し、改札を通過する。
乗り口から線路に降り、そのまま進む。
ディがすぐにサスペンションを最適なものに調節したおかげで、着地の衝撃はまるで感じることはなかった。
レールの枕木の上を走っても、振動はなかった。

ギアを変え、速度を更に上げる。
暗い空間を認識したディの三眼のヘッドライトは眩い輝きを広範囲に向け、モノクロームの景色を生み出している。

ノパ⊿゚)「で、どこに向かうんだ?」

インカムを通じて、ヒートの声がヘルメットの中から聞こえる。

ζ(゚ー゚*ζ「ラヴニカの地下にはいろんな抜け道が残っているの。
      それを使って、一旦別のアウトドアショップに行こうと思って。
      雪鹿番長以外にもあるから、そこに行きましょう」

キャンプ用品は他の店にも用意されている。
ラヴニカは非常に広く、同じ業種でも多くの会社が軒を連ねている。
そのため、今のような事態に陥ったとしても選択肢を失うことはないのだ。

(∪´ω`)「ここに列車は来ないんですかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「来るわよ」

ノパ⊿゚)「え」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、ディは追いつかれないから。
      そうよね、ディ?」

ディのメーターに、肯定の文字が現れる。
実際に列車が来たとしても、ディには接近警報装置と衝突防止装置が内蔵されている。
時速500キロ以上での走行が可能なディに追いつくことが出来る列車は、少なくともエライジャクレイグは勿論、現代には存在しない。
速度をやや落とし、デレシアはレールの上から逸れ、暗闇に向けてディを走らせた。

旧時代に作られた非常時用の脱出経路を知るのは地下鉄の整備をしている人間と、車掌だけだ。
しかし、その位置と数は地図を見ながら確認しなければならない程であり、熟練の車掌でさえも全貌を把握している人間はほとんどいない。
だがディの中にはそれらの情報が全て入っており、どの出口がどこに通じているのか、完璧に理解をすることが出来た。
階段を上った先には古びた鉄柵があったが、すでにその扉は地面に落ちて朽ち果てており、その役割を失っていた。

410名無しさん:2020/03/23(月) 08:24:13 ID:gqdL6qvY0
地下鉄はラヴニカ内を移動するために作られたものだが、その用途は何も、離れた場所に向かうためだけの物ではない。
地上と地下をつなぐ役割も担っていて、有事の際には地上から地下へ、地下から地上への移動を円滑に行うための非常用移動手段も兼ねていた。
そのため、非常口が徒歩で移動するための地下道も兼任しており、本来の地図を見るとアリの巣の様にラヴニカ内を繋いでいることが分かる。
かつてあった大きな紛争時、この通路が彼らを一つにし、勝利をもたらしたと言われていた。

当然、その存在が周知されていない以上、その通路のメンテナンスはまるでされておらず、電灯は全て接触不良を起こしていた。
本来は太陽光を取り入れているはずの補助灯も機能を果していない。
複雑に交差する地下道を正確に選んで進み、目的の出口から外に出た。
そこは小さな石造りの橋の下にある出入り口で、人気はなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、到着」

橋の下には川が流れていて、ここが河川敷であり、街の中央を流れる川ではなく、そこから分かれた小さな川であることは一目で分かった。
後は少しの間どこかで時間を潰し、相手がこの街から引き上げるのを待つのが賢いやり方だ。
スノー・ピアサーに乗り合わせた人間達は、今再び、それぞれの道へと戻っていく。
トラギコも、そして他の人間も――

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            〃,.-≡ミ、
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           /: : : : : 〉ヽ:}  同日 某時刻
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――事態は刻一刻と悪化していた。
事の発端はラヴニカ駅に向かう途中で、トラギコたちが道を尋ねたゲートウォッチが、ティンバーランドの息のかかった人間だったことだ。
二人を見るなり血相を変え、襲い掛かろうとしてきたところをトラギコが反射的に投げ倒し、その手からMP7短機関銃を奪っていた。
もう一人のゲートウォッチもオサムが殴り倒し、銃を奪い取った。

衆人環視の中で突如として発生した暴行騒ぎは、連日起きている騒動に影響によって瞬く間にその場から一般人たちを遠ざけた。
残ったのは、引き下がってはならないという確固たる信念を持った人間だけ。

(;=゚д゚)「あ、やべっ」

警戒態勢にあった他のゲートウォッチに目撃されたところから、トラギコとオサムの逃走が始まった。
一般人が大勢いる中では流石のゲートウォッチも発砲を躊躇し、テーザー銃を構えて追跡を始めた。

「逃げるな!!」

テーザー銃の射程に入ろうものなら、二人は電流によって動きを奪われることになる。
少しでも速度を緩めるわけにはいかない。
強化外骨格の補助を得ているオサムは、トラギコよりも先を走る。
彼がある一定以上の距離を開けないのは、駅の方角が分かっていないことと、デレシアについての情報をトラギコからまだ聞き出したいという思惑があるからだ。

411名無しさん:2020/03/23(月) 08:25:47 ID:gqdL6qvY0
期せずしてトラギコはデレシアの犯罪に通じる生き証人と行動を共にすることが出来たが、この状況下では素直に喜べない。
二人は一度内藤財団の社長と面識を持った以上、いつまでもティンバーランドから逃げることはできない。
白を切るのも無理がある。
特に、二人はティンバーランドに対して明確な敵意を表した人間であり、今更取り入ろうというのは虫が良すぎる話だ。

(;=゚д゚)「駅は中止ラギ!!」

トラギコは目の前を走るオサムに、そう怒鳴った。
走り続けているせいで胸が痛い。

( ゙゚_ゞ゚)「……分かった」

トラギコの意図を汲み取り、オサムは走る速度を落として並走した。

( ゙゚_ゞ゚)「どうするんだ?」

(;=゚д゚)「川だ、川に行くラギ」

( ゙゚_ゞ゚)「理由は? デレシアがいるのか?」

(;=゚д゚)「一旦地下に逃げないと、地上じゃあいつらどこにでもいるラギ。
    寝る前にハチの巣にされるラギよ」

厳戒態勢の敷かれた状況下では、逃げることしかできない。
地下に逃げ込み、ほとぼりが冷めた頃にこの街を脱出するのがトラギコの考えついた最善の解決策だった。
ゲートウォッチが敵に回れば、トラギコたちはこの街に長居することはできないのだ。
できる限り大きな通りを選んで走り、トラギコはようやく川沿いの道に辿り着くことが出来た。

(,,゚,_ア゚)「逃がすと思うかよ!!」

だが、そこにはすでに二人のゲートウォッチがテーザー銃を構えて待ち構えており、挟み撃ちにされた。
川に入るには、目の前に現れた二人を無力化しなければならない。
しかも、襟から覗き見える灰色の布は、オサムと同じ“キャッツ”に近い強化外骨格のそれだ。

(;=゚д゚)「殺らずにやるラギ!!」

( ゙゚_ゞ゚)「ちっ、面倒くさいな」

トラギコはそう言って背後を向き、銃を構える。
そしてオサムは正面に短機関銃を構え、進みながら銃爪を引いた。
挟撃を脱するためには、どちらかに穴を作らなければならない。
正面を突破する力が強いオサムに前を任せたのは、彼が装備している強化外骨格による正確な銃撃を期待してのこと。

対してトラギコは、警備を担当する人間が最も嫌うことを知っているため、背後から迫るゲートウォッチに対して、圧倒的な牽制が行える自信があった。
その狙いは二人の間で一瞬にして導き出された答えであり、一切の打ち合わせもなく導き出された行動だった。
トラギコは銃腔を民間人に向け、ゲートウォッチが立ち止まらざるを得ない状況を作り出す。

( 0"ゞ0)「や、止めろっ!!」

(=゚д゚)「……」

412名無しさん:2020/03/23(月) 08:26:52 ID:gqdL6qvY0
相手の初手は制止。
次に来るのは、防衛だ。
それを理解しているトラギコは銃爪にかけた指をそのままに、相手が民間人の前に飛び出して銃弾から庇おうとする姿を見届けた。
跳弾の危険性もある中で、トラギコは銃爪を引くことはしなかったが、安全装置は外したままにしていた。

背後では代わりにオサムが発砲し、ゲートウォッチの動きを牽制していた。
デレシアに関わって生き延びただけあり、彼の腕は確かで、同じ棺桶を装備したゲートウォッチ達は防御を強いられ、接近したオサムによってその場に組み伏せられていた。

( ゙゚_ゞ゚)「急げ!!」

オサムに言われる前にトラギコは全力で走り、オサムと共に川に向かって飛び降りた。
僅かの浮遊。
その間に願うのは、その川にある程度の深さがあることだ。
足先から水面に着水し、そのまま水底まで一気に沈む。

水は氷のように冷たく、驚くほど澄み切っていた。
筋肉が硬直して動かなくなる前に、少しでも距離を稼ぎたい。
川の流れに乗り、川下に向けて水中を泳ぐ。
息が苦しくなってきたところで、水面に浮上した。

(;=゚д゚)「ぶはっ!」

周囲を見渡し、追手がいないことを確認する。
見ている景色が驚くほど速く流れていることから、この川の流れが急なことが分かった。

(;゙゚_ゞ゚)「冷てぇっ!」

トラギコのすぐそばからオサムが浮上した。
はぐれずに済んだことを喜ぶよりも先に、トラギコはこの後の方針を伝える。

(;=゚д゚)「このままどこか人気のないところに逃げるラギ」

(;゙゚_ゞ゚)「俺はいいが、お前は筋肉が動かなくなって泳げなくなるぞ」

(;=゚д゚)「そん時は頼むラギ」

(;゙゚_ゞ゚)「ちっ、人を何だと思ってるんだこいつは」

だがトラギコは、彼が協力するという確信があった。
デレシアに対する並々ならぬ執着心を利用すれば、便利な協力者を得ることが出来る。
犯罪者と手を組むのは癪だが、使い方次第ではかなり優秀な部類に分けられる。
しばらくの間は利用し続け、生かし続けた方が今はいいはずだ。

それから二人は川を下り、小さな橋の下に身を隠し、追手の有無を確かめた。
船で追ってくる様子もなかったため、すぐに陸に上がり、適当な隠れ場所を探すことにした。
想像以上に水が冷たく、風が容赦なくトラギコの体温を奪う。

(;=゚д゚)「さ、さみぃっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「そりゃそうだろ。 で、どこかあてはあるのか?」

413名無しさん:2020/03/23(月) 08:27:15 ID:gqdL6qvY0
(=゚д゚)「地下なら適当に寝泊まりできる場所があるはずラギ。
    なけりゃ作ればいいラギ」

ワカッテマスに教えられた地下への行き方が、こんな時に役立つとは思わなかった。
彼とは別れたままだが、しばらくは会えなくなるだろう。
別行動を取ることになったとしても、トラギコは困らないため、後はそれぞれの判断で動くだけだ。
元より、デレシアを追う役割を奪われないためにも、この状態が双方にとって一番都合がいい。

(=゚д゚)「とりあえず、電話ボックスを探すラギ」

( ゙゚_ゞ゚)σ「あれか?」

オサムが指さす先には、確かに、電話ボックスがあった。
このような場所にまで電話がある光景は奇妙だったが、この街の歴史と地下の存在を考えると、何かがあった際にすぐ避難が出来るようにという配慮からだろう。
確かに、出入り口は複数存在したほうが非常時には効果的だ。
例えば地上を大型のハリケーンが襲ったとしても、地下に避難できれば少なくとも命を失うことはない。

どこに住んでいようとも地下に避難できるという強みは転じて、闇取引の温床にもなりかねないリスクを孕んでいるが、ギルドの存在がそれをコントロールしている。
歴史が生み出した絶妙なバランスは、今や薄氷の上に建つ家の様に危うい物になってしまっている。
内藤財団、そしてティンバーランドという存在は間違いなくこの街にとっては害悪でしかない。
遅かれ早かれ、ラヴニカは何かしらの対抗措置をするはずだ。

ギルドマスターが大勢失われ、街に多少の混乱が訪れてはいるものの、街の人間達は冷静さを欠いてはいない。
街の再生は時間がかかるだろうが、不可能ではない。

(=゚д゚)「おお、あれラギ。
    さっさと降りて、風呂にでも入りてぇラギ。
    お前先に入れラギ」

計画と予定が狂ったのであれば、後で修正をすればいい。
修正が出来ないのであれば、再び計画し直せばいい。
レールが間違った方向に進んでいるのならば、新たなレールを敷けばいいだけなのだ。
オサムが電話ボックスに入り、後からトラギコが入る。

(;゙゚_ゞ゚)「おいおいおい、何だよ、何のつもりだよ!?」

(=゚д゚)「落ち着けよ、俺にその気はねぇラギよ」

それは本心からの言葉だ。
しかし、ワカッテマスがトラギコにしてみせたように、二人が同時に下に降りるにはこの方法しかないのだ。
電話のボタンを押し、そして、二人は地下に落ちて行った。

414名無しさん:2020/03/23(月) 08:28:35 ID:gqdL6qvY0
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( ^ω^)「……なるほど、それは残念だったね」

西川・リーガル・ホライゾンはジャケットに袖を通しながら、インカムの向こうにそう声をかけた。
その声色は優しげで、彼の表情も笑みのままだった。
だが、インカムの向こう側から聞こえてくる声は怯えていた。

(;゚д゚ )『も、申し訳ありません……』

相手は元イルトリア軍人のミルナ・G・ホーキンスだ。
彼は軍人として優秀な人間だったが、その怯え方は軍人らしからぬものだった。

( ^ω^)「いやぁ、いいんだよ。
     元々君は、私のボディーガードとして来たんだからね。
     二兎を追う者何とやら、だ。
     それより、私との合流は問題ないのかな?」

(;゚д゚ )『はい、定刻通りにお迎えにあがります』

( ^ω^)「そうか、それは良かった。
     他の同志たちの状況は?」

(;゚д゚ )『予定通り、出航の準備を整えています』

( ^ω^)「新しい同志が二人増えたという報告も聞いているんだけど、その詳細は?」

415名無しさん:2020/03/23(月) 08:30:10 ID:gqdL6qvY0
(;゚д゚ )『一人は女で、素性は不明です。
    もう一人は同志ショボンとジョルジュの元同僚の、ワカッテマスという男です。
    ジュスティアの難事件専門の部署を統率する人間です』

ネクタイを首にかけ、リーガルの手はそこで止まった。

( ^ω^)「……その男は、信用できるのか?」

(;゚д゚ )『昨晩、ギルドマスターの会合に急行した連中を処理したのが彼です。
     少なくとも、ジュスティアの意向で動いているはずがありません』

( ^ω^)「その根拠は?」

(;゚д゚ )『ジュスティアは腐ってもジュスティアです。
     他の街の要人をあれだけ殺害する許可を出すはずがない。
     しかも、その指示を出してからあの男はすぐに了承しました。
     つまり、事前の打ち合わせなしにこちらの作戦に参加したのです』

( ^ω^)「それで? その結果を考慮して、同志として招き入れてもいい、と」

インカムの向こうから、唾をのむ音が聞こえた。
僅かの間の後、ミルナは答えを出した。

(;゚д゚ )『その通りです』

( ^ω^)「同志ショボンの意見は?」

(;゚д゚ )『私と同意見で、ジュスティアの介入があれば殺害をするはずがない、と』

( ^ω^)「なるほどね、それならいい。
     もう一人の方は?」

(;゚д゚ )『モーガン・コーラについては、まだ何とも。
     ただ、負傷していた同志ショボンを救出し、デレシア達の居場所も提供した背景から、信用できるかと』

鏡を前にネクタイを結び始め、リーガルはしばらく無言になった。
この街で彼が行うはずだった下準備は、昨晩で無に帰した。
今や街中のギルドが内藤財団に対して不信感を抱いており、街の中に入りこんだとしても長くは続かないだろう。
街にいる協力者たちもしばらくは動けないことから、リーガルの来訪は無駄足となった。

だがそれは、決して誰かの悪意による結果ではなく、良かれと思っての結果だった。
自爆用の棺桶を使われさえしなければ、問題はなかったのだ。
ハスミ・トロスターニ・ミームの自爆は誰にも予期できなかったことであり、人選を誤ってしまったリーガルの責任でもある。

( ^ω^)「分かった。 君がそう言うのなら、その言葉を信じよう。
     ただ、その二人は“オクトパシー”に乗ってもらいなさい。
     次の歩みに参加して、その本気度を見極めよう」

416名無しさん:2020/03/23(月) 08:32:00 ID:gqdL6qvY0
ラヴニカに到着して間もなく二人の同志に恵まれるのは幸運と言う他ないが、逆に、何者かの作為を感じてしまう。
作為があるのならば、その作為ごと受け入れて進めばいい。
圧倒的な力を前にすれば、どのような作為も意味をなさない。
雑草が大樹の成長を阻むなど有り得ないように、彼らの歩みは止まらないのだ。

( ^ω^)「我々の夢に賛同してくれる実力者なら、大歓迎だからね」

ティンバーランドに参加するのは戦闘経験豊富な人間ばかりではない。
世界を変えたいという強い気持ちさえあれば、ティンバーランドは分け隔てなく受け入れる。
末端の構成員だとしても、それは大樹を成長させる必要な栄養となる。
一歩ずつ、世界は変わっていく。

( ^ω^)「では、後で会おう」

通信を切り、リーガルは溜息を吐いた。
年の離れた部下を叱咤したり、指示を出したりするのは未だに慣れなかった。
自分がやらなければならない立場である以上、それを疎かにしてはならないのは理解している。
しかし、どうしても寂しさというものを感じてしまうのだった。

誰かに弱音を吐露したい。
誰かに労ってもらいたい。
誰かに認めてもらいたい。
誰かに、必要とされたい。

それはリーガルが物心ついた時から求め続け、そして、手に入れられないものだった。
母は若くして彼を生み、女手一つで育て上げた。
そこには使命感のような物があったのだろう。
何かの枠に当てはめるようにして、リーガルは敷かれたレールの上をはみ出すことなく進み続けた。

それが当然であり、それだけが彼に与えられた道だったからだ。
学校に通っていても、同級生とは常に一線を引いた状態で過ごしていた。
生まれた時からリーガルと彼らとは天と地ほどの差がある境遇にあり、尚且つ背負っているものが違うのだと、母に教えられた。
彼の母、即ち、西川・ツンディエレ・ホライゾンは彼と他者を別物に扱ったが、家庭内ではまるで相手にしなかった。

認めてもらいたいという欲求を満たすため、リーガルは努力をした。
功績、実績を積み重ねても、母は彼を褒めなかった。
それは出来て当然のことであり、褒めることではなかった。
そして気が付けば社長の座に座り、今に至った。

ティンバーランドの思想については、彼が読み書きを習うよりも先に教わっていた。
そうして出来上がった今がある。
友人がいないと気づいたのは、実のところ、そこまで昔のことではない。
誰もが彼と一定の距離を開け、内心では彼の背後にある物を気にして対等な関係には立とうとはしなかった。

しかし、昨晩出会ったブラントは違った。
立場を知った上で、まるで気にした様子もなく話をしてくれた。
恐らく、人生であそこまで酔ったのは初めてだった。
彼とはまた会って酒を呑み、今度は同じ夢の話をしたいものだ。

いつか二人のレールが交わる時が来たら、改めてその話をしたいとリーガルは心に決めたのであった。

417名無しさん:2020/03/23(月) 08:32:56 ID:gqdL6qvY0
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           从 f _    _  /.イ
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(’e’)「いやあ、駄目だったねぇ!! あっはっは!!」

鋼鉄製の艦内に響き渡ったイーディン・S・ジョーンズの笑い声に釣られたのは、たった一人だけだった。

( *´艸`)「あははっ!! ケセラセラ、ってやつですよ!!
     朝日はまた昇るんですから、次に期待ですねっ!!」

モーガン・コーラの笑い声がそれに重なり、ショボン・パドローネは頭を抱えたい気持ちに苛まれた。
ただでさえジョーンズ一人でストレスが溜まる状況に、姦しい女が加わったのは頭痛の種が増えたのは好ましくない。
しかし、ショボンは彼女に救われたという忌まわしい借りがある。
無碍にできるはずもなく、全身の痛みを紛らわせるために鎮痛剤をボトルから二錠手に取って水で飲んだ。

既に原子力潜水艦“オクトパシー”はラヴニカの港から出港して、新たな土地に向けて航海を開始している。
新たに加わった二人の同志を加えて、艦内の食堂ではささやかな歓迎会が始まっていた。
ラヴニカで買い入れた酒や紅茶、コーヒーを飲みつつ、それぞれが談笑をしている。
潜水艦という閉鎖的な空間に現れた唯一の女を囲んで、男たちがモーガンを質問攻めにしている。

男の世界に現れた異性は、彼らにとって女神のようなもの。
普段は鋼鉄のような男たちも、この時ばかりは破顔している。

(´・ω・`)「ったく、現金な奴らだな」

( ゚∋゚)「そう言うな、ショボン。
    あいつらがラヴニカに寄港して最初に行った店を知ってるか?」

隣に座って瓶ビールを飲むクックル・タンカーブーツがショボンの肩に手を乗せ、盛り上がっている船員たちを指さす。

( ゚∋゚)「航海が長いとな、人肌恋しくなるんだよ、主に異性のな」

元軍人のクックルには、彼らの気持ちがよく分かるのだろう。
軍人経験のないショボンも理屈や感情を察することぐらいは出来るが、経験をしていない以上、理解しているとは言えないのが正直なところだ。

(´・ω・`)「それぐらい分かっているよ。
     別に咎めようってわけじゃない。
     ただ――」

( <●><●>)「いきなり二人増えたのが引っかかる、ですか?」

418名無しさん:2020/03/23(月) 08:33:58 ID:gqdL6qvY0
クックルと反対の方に現れたワカッテマス・ロンウルフが、クックルと同じように肩に手を乗せた。
彼は琥珀色の液体の入ったグラスを持っていた。
漂う香りから、ウィスキーを飲んでいるのが分かった。
ショボンが何かを言うよりも先に、彼が言葉を続ける。

( <●><●>)「君の言わんとすることぐらい、分かっていますよ」

ワカッテマスの手を払い除け、ショボンは舌打ちをした。

(;´・ω・`)「ちっ」

( <●><●>)「ちっ、は傷つきますね。
       今は仲間でしょう、ショボン」

(;´・ω・`)「呼び捨てにする間柄じゃないだろ」

年齢で言えば、ショボンはワカッテマスよりも年上だ。
しかし、彼の醸し出す雰囲気は年齢をも隠すだけのものがある。
 Can be anything
“何にでもなれる者”、“ロールシャッハ”の渾名は伊達ではない。

彼の素性も特性も知るショボンとしては、そう容易に彼を受け入れるわけにはいかなかった。
若くしてショボンよりも上の立場でありながら、解決してきた難事件の数は文字通り桁が違う。
モスカウの統率者に対して容易に心を開くのは危険だと、ショボンは骨身に染みて理解している。
特にこの男は、渾名が示す通りの男なのである。

( <●><●>)「それは昔の話でしょう?
       今は部下も上司もないんですから、気にしないでください」

(;´・ω・`)「……どうして、この組織に?
     モスカウの統率者が、ジュスティアを裏切るのか?」

彼に質問し、帰ってきた答えが真実か否かは決して分からない。
例え薬を使ったとしても、彼の出す答えは変わらない。
それが彼の特筆すべき能力であり、警戒すべきものなのだ。

( <●><●>)「私にはやりたいことがあるんですよ。
       モスカウの制約が邪魔な時もあるんです」

(´・ω・`)「やりたいこと、っていうのは何だ?」

( <●><●>)「知りたいですか?
       でも、教えるわけにはいきませんね。
       貴方だって、人の過去を探られるのは嫌でしょうよ」

(´・ω・`)「……そうか」

419名無しさん:2020/03/23(月) 08:35:06 ID:gqdL6qvY0
彼の能力を知る者として、この会話で何かを得られた実感はない。
全てが虚偽である可能性を秘めているため、情報としての価値があるかすら分からないのだ。
それでも訊かずにいられなかったのは、可能性の一つとして、彼が真実を話す場合があるためだ。
後は行動が全てを証明してくれることだろう。

( <●><●>)「ご理解いただけたようで何よりです。
       さぁ、今はこの同志たちで酒を酌み交わしましょう。
       世界を変える仲間じゃないですか」

(´・ω・`)「えぇい、気安く肩を組むな。
     まだ信用しているわけじゃないんだ、勘違いをするんじゃない」

( <●><●>)「ははっ、残念。
       では行動で示す他ありませんね」

(´・ω・`)「とりあえず、あの香水臭い女をどうにかしてくれ。
     せっかく男の匂いになってた船内が、あっという間にトイレの匂いになっちまった」

( <●><●>)「どうにか、と言われましても。
       同じ志を持つ者を無碍にするのは、流石に私には出来かねますね」

モーガンから漂う香りは、ショボンにとっては不快なものだった。
他の乗員にとっては久方ぶりの女の香りで、彼女が姿を現した時から沸き立っていた。
このオクトパシーに乗船するティンバーランドの人間は、ほとんどが上位の人間になるため、女性は限られている。
女らしい女は、かなり久しいのだろう。

潜水艦という極めて閉鎖的な空間に訪れた一時の気分転換の機会であるため、諌めるような事でもない。
しかし、ショボンはあの匂いが苦手だった。
人工的に作り出された花の匂いは特に苦手で、目を向けるのも嫌いなのだ。

(´・ω・`)「ちっ」

( *´艸`)「同志ショボン! どうしたんですか、そんなに顔をしかめて?」

(;´・ω・`)「ぐっ?!」

いつの間にか、モーガンがショボンの目の前に現れていた。
猛烈に強い香水の匂いに、ショボンは思わず鼻を腕で覆い隠し、席を立つ。
遠くにいても濃いと思っていた匂いをこれだけの至近距離で嗅がされれば、それは半ば毒ガスの攻撃にも匹敵するものだ。
他の男たちが誰も不満を言わないのが不思議で仕方がない。

(´うω・`)「誰かの香水が嫌いなだけだ、気にするな」

( *´艸`)「そんなぁ」

わざとらしくモーガンが眉を垂らし、物悲しそうな表情を浮かべるが気に病むことはない。
自分が窮地に陥った際、性根の腐った女の見せるあざとい仕草もまた、ショボンの嫌いなものだった。

(´うω・`)「部屋に戻って寝る。
      俺はケガ人なんだ、鼻まで壊したくはない」

420名無しさん:2020/03/23(月) 08:35:31 ID:gqdL6qvY0
鼻を覆ったまま嫌味を言い残し、ショボンは部屋へと足早に退散した。
残されたモーガンは数秒の間落ち込んだ素振りを見せたが、すぐに仕切り直して先ほどの調子に戻った。

( *´艸`)「疲れているのに、私やっちゃいましたねっ! いっけない!」

その言葉と声は、ショボンを更に苛立たせるだけだったが、ベッドの上で横になった途端、すぐにまどろみが訪れた。
瞼の奥が熱くなり、全身の力が抜けていく。
疲労と心労によって、自らの体が限界まで酷使されていたことを思い知らされる。
この街に降り立ったことによってショボンの予定が狂ったが、命がある限りはいくらでも修正が出来る。

モーガンを見ていると苛立つ理由を、ショボンの心は何度も反芻していた。
匂いもそうだが、何よりも彼の妻とは対照的なその存在が苛立ちの原因だった。
彼の妻は男勝りで、女という存在を武器にせず、自分を武器にする自立した女性だった。
嫌いなものが目の前に現れた時、反射的に己の好みを思い浮かべることが起因しているのだろう。

既に失った妻子を思い出させるモーガンの存在は、ショボンがショボンである以上、決して受け入れられないのだ。
そして、彼がティンバーランドにいる以上、妻子の存在は決して記憶から消えることはない。
つまり、彼が生きる限りモーガンはショボンにとって嫌悪の対象で在り続ける。
これは彼女の問題ではなく、ショボンの問題だと分かり切っている話だ。

それでも、とショボンは思いながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

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          ⌒∨イ:::::/   \ {    ´,   August 28th AM07:43
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その日は、ナヒリ銃火器店のソリン・マルコフにとっての記念日となった。
彼は師匠を技術面で越え、失われた叡智の一つを現代に復活させることに成功したのだ。
十日近くも試行錯誤と思考を繰り返し、人生で最も濃厚な時間を過ごした。
彼の目の前には、完璧に修理と復元を終えた“レオン”の姿があった。

( 0"ゞ0)「……ふお」

仕事の合間にこの作業をしていた体になっているが、事実は逆だった。
レオンの修復に労力を割き、気力を割いた。
その間に仕事で請け負った棺桶を修復し、本職をこなした。
仕事の優先度が逆転していたが、彼の価値観は逆転していなかった。

421名無しさん:2020/03/23(月) 08:35:53 ID:gqdL6qvY0
彼は、職人として最大の壁に挑む権利を持っており、それに挑むだけの覚悟があったのだ。
店の人間達もまた、そんな彼の姿勢を理解しているため、何も咎めなかった。
技術で勝る人間がその全てを注いで取り組みたい仕事があるのであれば、それを後押しするのが職人なのだと、職場の思考は統一されているのだ。

( 0"ゞ0)「おおおおおっ!!」

職人たちが集まり、コーヒーを飲んで今日のスケジュールを確認している中に、ソリンの雄叫びが木霊した。
連日様子のおかしかったソリンを心配していた弟子たちは、心配そうに視線を向け、次の動向を見守る。
ソリンの喉の奥から、心からの叫びが湧き出た。

( 0"ゞ0)「できた、できたぞおおおおお!!」

彼にとって、師匠であるアーカム・ダグソンを越えることはこの仕事に興味を持った時からの悲願だった。
アーカムは棺桶に関する技術、知識において今なお伝説の職人として語り継がれる存在。
そんな彼を越えることは全ての棺桶職人にとって、決して叶うことのない夢幻として思われ続けてきた。
自称アーカムの弟子は数十人を下らないと言われているが、その中でもソリンは直属の弟子として誰からも認められている。

一番弟子である彼でさえ、何一つとして越えることが出来ないまま今の立場にいることが情けなく、苦痛の日々を味わい続ける原因になっていた。
それはある意味呪いの様に彼に付きまとい、苦悩させてきた。
しかし今、彼は確かに越えることが出来たのだ。
レオンの左手に備わっている防御機能、その復元に成功したのである。

復元をする上で最後の壁として高く立ちはだかっていた“ぎらつく油”は、レオンの左腕を間違いなくコーティングしており、様々な武器からの攻撃を防ぐ力を与えている。
ロストテクノロジーである“ぎらつく油”の再現に成功した人間は、間違いなくソリンが初めての存在だ。
必要な情報を得るために資料を漁り、材料と製法を模索し、ようやく得た結果がこれなのだ。
“ぎらつく油”の復元は当然、容易ではなかった。

協力者がいなければ、この偉業は果たせなかっただろう。
自らの力だけで解決しようとしなければ、道は開けたのだ。

( 0"ゞ0)「ああっ、やったぞ、やってやったぞ!!
      俺はやったんだっ……!!」

老齢のソリンの心は、十代の頃の様に若返っていた。
圧倒的な達成感。
夢を叶えたことにより、今、彼の肩の荷が下りた。
その夢は足枷であると同時に、彼を奮い立たせ続ける原動力でもあった。

思い返せば、彼が棺桶に興味を持ったのは物心がついた頃からだった。
かつて世界を終わらせたとされる兵器は彼の身の回りに鎮座し、復元される時を待ち続けていた。
戦場の跡地から発掘された棺桶の中には白骨が残されていることが多々あるが、ラヴニカの職人たちはその遺体を手厚く埋葬し、それから棺桶の復元に取り掛かる。
彼が心を惹かれたのは、無神論者である職人たちが遺体を埋葬する時には必ず白い花を敷き詰めた場所で執り行う瞬間だった。

それは戦死した人間達に対する敬意であり、長い時を経て埋葬されることへの労いでもあるのだと教えられた。
そしてその儀式が終わると、職人たちは何事もなかったかのように作業に取り掛かるのだ。
作業は棺桶の状態によって常に変化した。
戦地で発見されるものは必ずどこかに損傷個所があり、それを直さなければならなかった。

422名無しさん:2020/03/23(月) 08:36:18 ID:gqdL6qvY0
量産機ならば部品を入れ替えるだけでだいぶ具合は良くなるが、生産された数が少ない物となると、その作業は困難を極める。
パズルを完成させるように、様々な部品を使っては復元を試み、可能な限り元の状態に戻すのが彼らの腕の見せ所だ。
ソリンが今でも覚えているのは、錆と損傷で土塊に見えた棺桶が、翌日には眩い光沢を放つ棺桶に復元されていたときの感動だ。
人間の力はどこまでも伸ばすことが出来る。

追いつこうとすれば、追い越すこともいつかは出来るのだと考え、彼は職人の道を選んだ。
決して楽な道のりではなかった。
彼よりも才能のある職人は大勢おり、ギルドの傘下にある職人たちの間で修業を積む中で、一人、また一人と道を変える者が続出した。
天才と謳われる同期の職人たちに交じり、ソリンの姿があった。

彼は逃げ出すことはなく、常に研究と努力を続けることで、その手に技術を掴むことに成功していた。
彼は平凡ではあったが、秀才だった。
十年、二十年と日々が過ぎ去り、いつしか彼の前を歩く人間が減り、彼の後ろに人が増えた。
最後まで追い続けようとしたアーカムもいなくなった時、彼は孤独に似た感覚を覚えた。

月日が流れ、向上心の燃えカスだけが心の中で燻ぶり、やがて消え去るのを待つだけだった。
だが、デレシアが現れ、師匠でさえ完成させられなかった作品を目の当たりにした時、その燃えカスの熱が増すのを感じた。
今しかできない。
今を逃せば、一生後悔すると彼の本能が告げていたのだ。

それからの日々は充実した時間を過ごしていた。
目標と呼べるものを手に入れ、それに向けて彼は全てを注ぐだけの意味を見出すことが出来た。
試行錯誤と再考を重ね、足りない部分を補い、辿り着いた時の達成感は人生で最も幸せな瞬間だった。
彼の意識がぼんやりと白く包まれ、全ての境界線が曖昧になり始めた。

圧倒的多幸感に包まれたソリンは眠るようにその場で倒れ、二度と目を覚ますことはなかった。
しかしその表情は満足げな笑顔を浮かべたままで、苦悶の色は一切なかった。
誰もが彼の死を悲しんだが、誰もが彼の心に未練はないと確信をしていた。
彼は文字通り命を懸けて夢を追い求め、追いつき、そして追い越したのだ。

――八月二十八日はソリン・マルコフの命日であると同時に、彼が夢を叶えた日にもなったのである。

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Ammo for Rerail!!編
第十章【Rerail-仕切り直し-】 了

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423名無しさん:2020/03/23(月) 08:37:01 ID:gqdL6qvY0
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ルールが破る為にあるのなら、レールも脱する為にあるのだろう。
力のない者が脱したままではいずれ滅びる点で言えば、両者は同じと言えるだろう。
問題なのは、意図の有無にかかわらず脱した後にどうするのか、という点だ。

                                           ――“定刻のジュノ”

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September 3rd AM04:05

先月までの騒ぎが嘘のように、ラヴニカには平穏な日々が訪れていた。
危惧されていた内藤財団の介入もなく、ゲートウォッチの崩壊もなかった。
早朝のラヴニカには夏の空気と冬の匂いが流れ、川のせせらぎと工場から聞こえてくる作業の音、そして昨晩の喧騒の残り香があった。
一台のバイクがエンジンを始動させ、街中を静かに走り出す音は街の音の一部と化すまでもなく、風の音の中に溶けていく。

三人を乗せた大型バイクはパニアの他にも積載をしていたが、微塵も重さを感じさせない軽快な走りを見せている。
バイクが走り去った数分後、オフロードバイクが三台、その後ろから姿を見せた。
それは一見すればオフロードバイクだが、奇妙なことに、そこに座る人間は誰もいない。
“ピン・ホイール”という量産された偵察用の強化外骨格は、攻撃用の武装を一切持たず、両手両足にある車輪を器用に使って舗装路を高速で移動することが出来る。

その肩にはゲートウォッチの印が刻印され、彼らが追跡を行っているのだと分かる。
まだ人の少ない朝のラヴニカを疾走する彼らは、円を描くように走り、その円が徐々に収束していく。
その中心にあるのはラヴニカの評議会堂。
即ち、ラヴニカ駅だ。

三人乗りのバイクは駅に入り、そして、レールの上に降り立った。
この時間はまだ列車が運行しておらず、バイクの背後からも前方からも危険が迫ることはない。
ましてや、そのバイクが降りたのは外部に抜ける唯一の線路。
最低でも後一日はその線路を利用する列車はいないのだ。

           Rerail
ζ(゚ー゚*ζ「さ、仕切り直しよ」

彼女たちの後ろから迫っていたピン・ホイールがホームに姿を現した瞬間、女性はそう呟き、デザートイーグルの銃爪を引いていたのであった。

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rerail!!編
Epilogue【Ammo for Rerail-仕切り直しの銃弾-】

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424名無しさん:2020/03/23(月) 08:37:23 ID:gqdL6qvY0
同日 同時刻 ラヴニカ

ラヴニカ駅の地下に、二人の男がいた。
男たちは頭上から聞こえてきた銃声に、思わず立ち止まった。

(=゚д゚)「やっぱり来たラギね」

( ゙゚_ゞ゚)「やるねぇ、流石俺の惚れ込んだ女だ」

(=゚д゚)「俺たちもさっさと動くラギよ」

トラギコ・マウンテンライトは列車の扉をこじ開け、運転席に乗り込んだ。
電源を入れ、事前に調べていた通りにスイッチを入れていく。
ほとんどの操作が電子制御であるため、トラギコが行うのはマニュアル操作に切り替えた加速と減速の操作だけになる。
先頭車両と後続の車輌をつなぐ箇所は切断済みで、彼らが乗る一両だけが走るように細工は済ませてあった。

( ゙゚_ゞ゚)「そういえば、デレシア達の次の目的地はどこか分かってるのか?」

オサム・ブッテロの質問に対して、トラギコは意地の悪い笑顔を浮かべて答えた。

(=゚д゚)「知らん。 だが、ある程度の予想はつくラギ」

二人は今、奇妙な協力関係の中で行動を共にしていた。
トラギコはオサムの持つ情報を必要とし、オサムはトラギコが持つデレシアに関する情報を必要としている。
内心ではオサムが独走してデレシアを追うと危惧していたが、彼にはそれが最善でないことが分かっていた。
デレシアを追うためには彼女を狙う組織の存在を無視することは出来ず、その組織を相手にするには一人では無理なのだ。

相互協力がなければ互いの目的は達成できないと分かっているからこそ、二人はその立場にも関わらず行動を共にすることが出来ていた。
刑事と殺し屋。
その組み合わせは、かつてのトラギコが想像したことのない奇妙極まりないものだ。
しかし、犯罪者を憎むからこそ、犯罪者の心理を理解できるという矛盾じみた感覚を持つトラギコだからこそ、この形が成り立つ。

( ゙゚_ゞ゚)「その予想にのっとって行動するのか」

(=゚д゚)「まぁな。 だから、俺たちは先回りをするラギ」

最終ブレーキを解除し、トラギコは速度を上げて列車を走らせ始めた。
列車の稼働を感知した地下鉄の暗いトンネルに、明かりが一瞬で灯る。

(=゚д゚)「レールの切り替え、間違えるなよ」

( ゙゚_ゞ゚)「分かってる」

走り始めた列車の窓からオサムが上半身を出し、フランキ・スパスを構える。
そして進行方向にある切り替え機に狙いを定め、銃爪を引いた。
放たれた強化ゴム弾はレバーに命中し、レールが切り替わる。
ポンプアクションで排莢し、今度は体を後ろに向けた。

425名無しさん:2020/03/23(月) 08:37:43 ID:gqdL6qvY0
                                    Rerail
切り替え地点を通過した直後、オサムは再び発砲し、レールを元に戻した。

( ゙゚_ゞ゚)「よし」

(=゚д゚)「やるじゃねぇか」

( ゙゚_ゞ゚)「さて、じゃあ目的地を教えてもらおうか」

(=゚д゚)「ま、減るもんじゃねぇから教えてやるラギ。
    ――イルトリアに行くラギ」

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                                  ,/7
                                    /::::7同日 同時刻 ジュスティア
                               , -‐/::::/ 、
                           /  /::::/  丶、     _,,  -‐
                  . -‐-、       〈  イ'::::/'´: .   丶ァ≦`ヽ
              .  ´     ',    く.l  lレ'" ̄ ̄      ヽ ヽ
           .  ´       ,. '  ̄ ̄  {_/  , - 、          l |
         .  ´           ,. '´        トr< _)ノ::\       _} |
   ,.. : ´        ,.  '´             .jフ........::::::::::::::::丶---‐<_ノ∠ -‐
  〃⌒\     ,.  '´                ’                   /
 〈 : : : : : ヽ ,.  '´                                     /
  ヽ、   ' ================================================''
    `   ー------------------------------ '´
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ジュスティアの市長室には、上品なコーヒーの香りが漂っていた。
その部屋には一人の男がいた。
男の名は、フォックス・ジャラン・スリウァヤ。
部屋の持ち主にして、ジュスティアを統べる市長その人だ。

フォックスはコードレスの受話器を肩と耳の間に挟み、万年質を白い紙の上に走らせていた。
そよ風が草木を撫でるような軽やかな音とは裏腹に、フォックスの声は低く、そして硬かった。

爪'ー`)】「ほほう、人権だなんて、お前にしては面白いことを言うじゃないか。
     だが、人権なんていうのはな、一を助けて百を切り捨てる糞の常套句なのさ。
     特に、犯罪者に対してはそんなものは必要ないんだよ」

赤く塗られた受話器の向こうからの言葉を聞いて、フォックスは鼻で笑う。
紙に並ぶ文字列はまるで楽譜の様に美しい配列を保ち、その動きは一定間隔でリズムを刻んでいる。
罫線も引かれていない白紙だが、彼の字は一切ぶれることなく綴られていた。

爪'ー`)】「で、望みは?」

そこで初めて、フォックスの手が止まった。

爪'ー`)】「どこでその話を聞いた?」

426名無しさん:2020/03/23(月) 08:38:04 ID:gqdL6qvY0
彼の声は先ほどと同じだが、込められた感情は明らかに違う。

爪'ー`)】「……そうか。
     だが、分かっているとは思うが邪魔だけはするなよ。
     あれは我々の獲物でもある」

フォックスは無言で返答を待った。
すぐに出た返答を聞き、フォックスの表情が僅かだが和らいだ。

爪'ー`)】「あぁ、それならいい。
     次の動きは分かっているのか?」

再びフォックスはペンを走らせる。
先ほどまでの焦げ付くような殺伐とした雰囲気は既に薄れ、普段のそれに戻りつつあった。

爪'ー`)】「いや、こちらも分からない。
     分かったところでどうしようもないと判断して、別の方に手を打った。
     幸いにも、一時的ではあるがウチからの派遣も可能になったから、まぁ悪くはならないだろう」

新たな紙を取り出し、文字を書き綴る。

爪'ー`)】「いざとなれば、私が動く。
     安全な場所から糞垂れてる奴の言うことなんて徹頭徹尾糞なんだよ、って奴さ」

受話器の向こうとフォックスの笑い声は同時だった。
それが双方にだけ分かる冗談の類であることは明白だ。

爪'ー`)】「ふんっ、お前に言われるまでもない。
     精々長生きするんだな」

電話を切り、フォックスは最後の一文と自分の名前を書き、万年筆を置いた。
書き綴った紙を丁寧に折り、封筒に詰める。
最後に封蝋をして、ぬるくなったコーヒーを飲んだ。

              Rerail
爪'ー`)「さて、これでレールに戻ったか……」

427名無しさん:2020/03/23(月) 08:38:48 ID:gqdL6qvY0
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静寂に包まれた空間だった。
水の中に潜り、全ての音を断ち切ったような静寂。

ξ゚⊿゚)ξ

静寂の中に、壮年の女がいた。
内藤財団副社長、西川・ツンディエレ・ホライゾン。
彼女は無言のまま、そして、布擦れの音一つさせることなく歩んでいる。
その所作は機械そのものだが、その顔に浮かべる険しい表情は間違いなく人間のそれだ。

その空間は白を基調とした清潔感のある内装をしており、彼女が歩んでいるのは廊下ではあるが、手術室のような無機質さもあった。
そこを凛として歩く彼女は、さながらこれから大手術を控えた執刀医といったところだろう。
廊下の片面は全て巨大なガラスで区切られており、その外には雪に覆われた雄大な自然が見えているが、音は一切聞こえてこない。
床も壁もガラスも、全てが防音性の素材で作られているため、自ら音を発さない限りは絶対の静寂が約束されているのだ。

廊下の果てにある扉を開くと、そこは白く、広い空間があった。
四方をガラスに囲まれ、調度品は僅かだが、明らかに異質の機械がその中央にある。
大樹の幹を思わせる巨大な機械は天井にまで達し、その頂上からは様々な太さのケーブルが枝のように広がっている。
ケーブルは全て金色のカバーで覆われ、正に黄金の大樹を連想させる。

その機械の中心に、男が座っていた。

(:::::::::::)

静寂の中に、老年の男がいた。
男は笑みを浮かべ、彼女を見つめていた。

(:::::::::::)「やぁ、元気だったかい」

428名無しさん:2020/03/23(月) 08:39:09 ID:gqdL6qvY0
その声は見た目の割には若々しく、どこか青年の様な力強さがあった。
鋼を彷彿とさせる冷たい声で、ツンが答える。

ξ゚⊿゚)ξ「はい、お気遣いいただきありがとうございます」

ツンは一歩ずつ、男に向かって歩み寄っていく。
歩調は変わらないが、どこか焦っているような雰囲気があった。

(:::::::::::)「どうだい、仕事は順調かな」

ξ゚⊿゚)ξ「はい、順調です」

気さくな質問に対する返答は変わらず素っ気がない。
男はそれを気にした様子も見せず、続けた。

(:::::::::::)「君は相変わらずだね」

ξ゚⊿゚)ξ「はい、相変わらずです」

二人の口調はまるで噛み合っていないように聞こえるが、どちらもそれを気にした様子はない。
ツンが彼の前に立った時、彼女は破顔した。

ξ゚ー゚)ξ「貴方も相変わらずのようで、何よりです」

そして、ツンは男に抱きついた。
果たしてこの光景を見て、どれだけの人間が内藤財団副社長のこのような姿を受け入れられるだろうか。
ビジネスライクな生き方をし続ける彼女が、まるで少女のような笑みを浮かべ、異性に甘えるという行為。
例えこの光景を見せられても、彼女を知る人間は誰もこれを信じないだろう。

(:::::::::::)「ははっ、おかげで相変わらずさ」

ツンの背中を撫で、男はそう言った。
二人の間には親子ほどの年齢差があるが、その対応の仕方は親子というには親密すぎる。
恋人か、あるいは夫婦か。
もしくは、それ以上の親密な間柄であることは間違いない。

(:::::::::::)「君たちが頑張ってくれているから、私は私でいられるんだ」

ξ゚ー゚)ξ「ありがとうございます」

(:::::::::::)「ラヴニカの報告は受けている。
     失ったものもあるが、新しい同志が増えたみたいで何よりだよ」

ξ゚ー゚)ξ「はい、世界を変えようという志を持つ者が増えるのは喜ばしいことです」

(:::::::::::)「あの女の動向は分かっているかい?」

その言葉で、ツンの表情は元の引き締まったものに切り替わった。
だが彼の胸から離れようとはしない。

429名無しさん:2020/03/23(月) 08:39:30 ID:gqdL6qvY0
ξ゚⊿゚)ξ「報告によればラヴニカを脱し、西に向かっているとのことです」

(:::::::::::)「西……イルトリアに行くつもりか」

ξ゚⊿゚)ξ「あの街の近くにいる同志に声をかけますか?」

(:::::::::::)「いや、まだいい。
     あの女がこちらの意図に気づいたとして、こちらを追ってこないのであればそれでいい。
     我々の歩みに変更はない」

それから二人は無言で抱き合い、時間だけが流れた。
二人分の呼吸がその空間に漂い、静寂をより一層際立たせた。

(:::::::::::)「さぁ、世界が我々を待っている。
     歩みを続けよう」

静かに響いたその声には、明確な覚悟が込められていた。
それは象の歩み。
或いは、圧倒的な力を見せつける地鳴り。

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                脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】

     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】

           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】

      撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】

     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】

            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】

             制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】

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430名無しさん:2020/03/23(月) 08:39:55 ID:gqdL6qvY0
.




( ^ω^)「全ては、世界が大樹となる為に」





――内藤財団創始者、内藤・ホライゾンの声はただ静かに、部屋の中に溶けて行ったのであった。

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               Ammo→Re!!のようです
                 ,-┐ ∧ヾ V7 rァ
              ,r-、」 k V ハ Y / //__
                ィx \マ ィ、 〈 | 、V rァ r‐┘
             > `‐` l/,ィ V / 〉 〃 ,ニ孑
            f´tァ 厶フ ヽ! fj |/厶7厶-‐¬
             │k_/`z_/> ,、    ,、 xへ戈!│
            | l      ̄ | f^´  ̄    !│
            ヽ`ー--、____| |      / /
             \       __ ̄二ニ='/
              `<ニ二、_____/
                    ``ー----─ '´
              Ammo for Rerail!!編 Epilogue
                 To be continued...!!
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431名無しさん:2020/03/23(月) 08:40:31 ID:gqdL6qvY0
これにて投下はお終いです

質問、指摘、感想等あれば幸いです

432名無しさん:2020/03/23(月) 09:41:07 ID:/UHghxo60
乙です。ラスボスは珍しく西川なのかと思ったらここにきてブーンがくるのは盛り上がるね!

433名無しさん:2020/03/23(月) 23:49:55 ID:ra2C.QQ.0
おつ!
情報がいろいろ多すぎて凄い回だわ
ワカッテマスがどう動いていくのか楽しみでしょうがない

434名無しさん:2020/03/25(水) 10:58:44 ID:MobD.kNg0
来てた乙乙
内藤の強ボス感半端ない

435名無しさん:2020/03/25(水) 16:11:23 ID:K6UIBQQg0
( ^ω^)と( ^ω^)が両方出てくると思わなかったwww
( ^ω^)はζ(゚ー゚*ζを知ってたりするのかな?( ^ω^)と(∪´ω`)の成長が
今後のカギになりそう。( ^ω^)と( ^ω^)、( ^ω^)とξ゚⊿゚)ξの関係も気になるし、
( ^ω^)と(=゚д゚)の関係がどのように物語に関わってくるのかも目が離せないな。

436名無しさん:2020/04/19(日) 18:09:44 ID:v1eV.rNk0
おつです!
まさかの創始者も同じ顔とかいろいろ気になるとこがいっぱいだ…

>>404
動きに繊細さも一貫性もないという天が、
天→点  だと思われます

437名無しさん:2020/04/19(日) 20:18:14 ID:Ox3Goj0c0
>>436
半角か全角か、という微細な違いの理由はまたおいおい語られる予定です

ギギギ……!
ご指摘ありがとうございます!
これを機に、文字入力のツールを検討します……

438名無しさん:2020/05/11(月) 21:48:16 ID:GITkgqsc0
今週の土曜日か、もしくは日曜日に投下を予定しています
決まり次第こちらで報告させていただきます

439名無しさん:2020/05/11(月) 22:44:54 ID:h3v3QdHY0
うおおおおおおおおお待ってます嬉しい

440名無しさん:2020/05/14(木) 17:11:16 ID:Xus5S2oc0
土曜日にVIPでお会いしましょう

441名無しさん:2020/05/14(木) 19:30:47 ID:ZXbvnz7c0
よっしゃーまってます!

442名無しさん:2020/05/17(日) 15:47:02 ID:PtVtWlxw0
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クラフト山脈を堺に、世界は東と西に分けられる。
文明的な東か、それとも、あらゆる意味で自然的な西か。
もしも力がないのであれば、東側の世界への旅行をお勧めする。
東の世界にはジュスティアがある。

イルトリアのある西の世界は、弱肉強食の世界なのだから。

                       ――GTB旅行代理店の店長、ウッティ・シュランバー

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September 3rd AM04:07

九月だというのに、ヨルロッパ地方の海沿いに吹く風は例年通り凍てつく程の寒さだった。
吐き出した息が全て凍り付くのではないかと錯覚するほどの空気は、水平線から浮かび上がる太陽の光とは真逆だった。
夏の太陽の力をもってしても、この地方の気温は和らぐことを知らない。
日陰になりやすい場所には雪が疎らに残ったままで、この地方が冬になればどれだけ冷えるのか、想像に難くない。

ただ、このヨルロッパ地方の気温ですら、ベルリナー海を越えた北に広がる凍てつく大地に住む人々にとっては、暖かなものに感じるだろう。
極北の大地にある唯一の街“ホワナイト”は、一年中夜が訪れない、世界で最も気温の低い白夜の街だ。
太陽はあるが気温が常にマイナスであるために野菜が実らず、食事は魚か肉が主となる。
そのため、月に数回、荒波を越えて訪れる輸送船が運んでくる野菜の缶詰とビタミン剤がホワナイトにいる人間にとっての命綱になっていた。

輸送船で運ばれてくる大きなコンテナには、食料品や生活必需品が詰まっており、その中身は世界各地からの輸出品がジャーゲンで荷下ろしされ、ホワナイトのためだけに整理された物だ。
それが列車を使って“ギルドの都”ラヴニカに輸送され、更にそこで追加の物資を積み込み、最終的にはポルタレーナという港湾に運ばれて輸出される。
ポルタレーナは街ではなく、そこを利用する人間達によって整備されている“どこの街にも属さない港”であり、カニ漁船の集合場所でもある。
カニ漁の時期になれば世界各地から一攫千金を夢見た者たちが集まり、小さな港が一つの街の様に姿を変える。

食品を販売する者、トレーラーを改造した移動娼館を運転してくる者、船の修理や装置を販売する者などが出稼ぎに来るのだ。
カニ漁は十一月に解禁になるため、出稼ぎ労働者たちはそれよりも一か月前には現地入りし、それぞれの場所を決めるのが習わしとなっている。
無論、それよりも早くに港に行って場所を取る行為は一切禁止されておらず、むしろその辺りのルールはそこを利用する者たちの間で勝手に決まって行くのだ。
ポルタレーナに近いラヴニカもその時期になると職人を派遣するのだが、あくまでも設備の整備と電力の提供だけで、物販などの商売には手出しをしない。

祭りの様に慌ただしかったカニ漁の終わりにはそれぞれが売り上げの一部を使い、港の整備費に充てるのも、彼らが自発的に考え出したルールの一つであった。
この奇妙な関係はずっと昔から受け継がれ続け、今日に至っている。
その空気が病みつきになった人間達が、また翌年もポルタレーナを訪れるのである。

(,,゚,_ア゚)「さぁて、今年はどれくらい稼げるかな」

(-゚ぺ-)「一万ドルは稼ぎたいねぇ」

乾き、凍り付いた大地を穏やかな速度で走る大型トラックのハンドルを握るアダム・デルトロと、その妻シャチエはポルタレーナを目指す出稼ぎ労働者の一人だった。
普段は遥か西にある“食い倒れの街”ホールバイトでバーガーショップを経営する夫婦は、年に一度、このカニ漁で屋台を出すことを楽しみにしていた。
彼らが住むホールバイトは食事に関する熱意と肥満率が世界屈指の街であり、食事や料理に費やす金額は破滅的と言ってもいいほどだ。
デルトロ夫婦の店も多分に漏れずその破滅的な店であり、売り上げのほとんどが彼らの飲食と店の材料費で消えてしまう。

443名無しさん:2020/05/17(日) 15:47:25 ID:PtVtWlxw0
いわゆる自転車操業で店を成り立たせ続けて、すでに十年以上が経過しているのは、彼らの経営手腕が優れているのか、それとも運がいいだけなのかは誰にも分からない。
鉄道都市“エライジャクレイグ”が敷いたレールは陸路で移動する人間にとって、この上のない道標になる。
この道を進めば間違いなく人のいる街に辿り着けるだけでなく、安全も約束されているため、線路の脇に轍が絶えることは無い。
エライジャクレイグの線路に付き添うようにして、凍結した地面に道なき道が生まれていく様子が、アダムは好きだった。

荒涼とした砂と岩、そして雪と雑草の広がる景色の中に変化を見出すのは至難の業だ。
だが逆に、変化を見出すことが出来れば、そこには何かがあるということ。
例えば彼らのトラックが走る道がアスファルトで舗装されたものに変わったり、あるいは、視線の先に明らかな人工物が見えてきた時がそうだ。
ラヴニカの街並みが大分大きく見えてきた時、シャチエが声を上げた。

(-゚ぺ-)「……あれ、何?」

(,,゚,_ア゚)「へ?」

シャチエが指さした先に、光る何かがいた。
小さなそれは瞬く間に接近し、彼らの横を通り過ぎた。
音が、やや遅れて聞こえてきた。
一瞬でバックミラーの点となったそれは、もう彼の視界にはいなかった。

土煙だけが、まるで足跡の様に残されていたが、海風がすぐに全てを消し去ってしまう。

(,,゚,_ア゚)「……バイク、だったな」

(-゚ぺ-)「ねぇ、今のバイク、三人ぐらい乗ってなかった?」

(,,゚,_ア゚)「はははっ、んなわけあるか。
     二人だよ。
     三人も乗ってあれだけの速度で走れるバイクなんて、あるもんか」

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       ;;⌒  、
   (;;; ,,;;    ヽ、 _,,,...:-‐‐=-..,,,_
       (_,,,  ;;ノ,r'":: ::      ::\,,.....,            ;;⌒  、
          ,,r'":: :: :...     ::: . ::; :::.`'::.、      (;;; ,,;;    ヽ、
        ,:r'::: :: .::: ::      ::    :; ::: .:: `':.、      (_,,,  ;;ノ
      ,r'":::.. ..:: ..:::. ....      :  ::  :; :: ::. ::`'::、_
    ,r'"::::  ...::: :...::: :: ;,,, - '''' ''':‐-,, ,,      ::. ::`'::、_          __,, - ''""
  ,r'"...::::.. ......:::::               " ''''‐- ,..,,,...  __,, -‐- ,... .-‐‐''''"
,r'":::,,,,,, :::::......:::::: ...               _,, - ''" ""'''"" `'' -,..
  :::.....                     -‐"          The Ammo→Re!!
     ::::,,,::;;;;:::::::: :::::;;;;;::::::: ;;:::::;::;;;;::::,:::::;;;;;::;;; :::,,::::::: ::::; ;;;原作【Ammo→Re!!のようです】
  ...:::::;;:::::::::::;;;;,::::::::::::::::::::://::::,,;;;;:::::::::::;;;;:::::::: :::::;;;;;::::::: ;;:::::;::;;;;:::;;::;::::://:::::::.::::;;:.......
 ::::;;; :::,,::::::: ::::; ;;;;:: :::::::::: //...::::.::::;;;;:;;;;;,:;;;;;::;;;;;;;;;;:::::::::: :::::::: ;;;;;;;;;;;; :::://:;::::::::::;;;::::::;;::::::::...,,,
WWWwwwjij,,.、,、,,,vWWwjjwvjiiijwwiijijyyywWwWWjjwv,,.、,、,,,jiiijwwiijijyyviiijwiijijywWw
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444名無しさん:2020/05/17(日) 15:47:45 ID:PtVtWlxw0
同日 AM04:11

山から下りてきた冷気は涼しい朝を町に運び、長閑な朝を静かに告げる。
朝の空気を嗅ぎ取った動物たちが、のそりと目を覚ます。
こうして、クラフト山脈の南にあるカントリーデンバーの夏の朝は、周囲を取り囲む山々に住む虫と動物の大合唱から始まる。
カントリーデンバーの人口は百人以下で、並ぶ家屋の間隔は非常に広い。

世界でも有数の自給率を誇るカントリーデンバーの朝は早く、動物たちの次に人間達が目を覚ます。
農具を持つ者、家畜に餌をやる者、搾乳をする者。
この町で働かない人間は身体的、体力的な理由を除けば一人としておらず、老人や子供も体が動くのであれば朝から畑仕事に精を出す。
町にある学校は小さく、様々な学年の子供たちが朝の仕事を終えてから一つの校舎に通っていた。

酪農業を営む家の子供もいれば、当然、農業を営む家の子供もいた。
どの家も昔からこの土地に住む家系であり、ほぼ全員が幼馴染のようなものだった。
その中に、つい最近引っ越してきたばかりの家の人間がいた。
その家はこの町では珍しく、自給自足の輪にまだ入っていなかった。

町に越してくる人間の目的は自給自足に憧れているか、田舎生活を送りたいと思う者たちが大半だ。
彼らが越してきた目的は怪我の療養とだけ周囲には伝わっており、和を乱す存在ではないため、特に不当な扱いを受けているということはなかった。
三人の兄妹の中で学校に通っているのは、一番年下の少女だけだ。
残った兄弟は主に家で小さな菜園を試行錯誤して整え、この町の生活に馴染もうと努力をしていた。

朝から庭の土を耕すクルーカットの若い男は、この涼しい時間帯にできる限り肉体労働を済ませておきたかった。

(´<_`n)「ふぅ……」

額に浮かんだ汗を、首にかけたタオルで拭う。
いくら涼しい時間帯とは言っても、体を動かせば自ずと汗は出る。
広大な庭を耕す作業を一人で黙々とこなし、溜息を吐きながらも男は充実していた。
不自由な体になった兄の世話をすることも、小学生の妹の世話をすることも、全く苦に感じていない。

フィンガーファイブ社に勤めていたころとはまるで労働の内容が違う。
こうして畑を作ろうと鍬を振り下ろしている間、男は自分が生きていることを実感し、充実感を味わうことが出来ていた。
この町では人と人とが助け合い、足りないものを補い合いながら生きている。
その生き方は男が理想とするものであり、これからの世界に必要なものだと感じていた。

風が体を洗い流すように吹き付ける。
涼しい風が心地よい。
都会と違って澄んだ空気の中で動く贅沢。
失ったものを考えるよりも、今はこうして得られたものを楽しむことが大切なのだと、男は考えを改めていた。

内藤財団から配布されたラジオから聞こえる世界のニュースに耳を傾けつつ、オットー・スコッチグレインは決意を新たに、鍬を振り上げたのであった。

445名無しさん:2020/05/17(日) 15:49:56 ID:PtVtWlxw0
同日 AM04:11

山から下りてきた冷気は涼しい朝を町に運び、長閑な朝を静かに告げる。
朝の空気を嗅ぎ取った動物たちが、のそりと目を覚ます。
こうして、クラフト山脈の南にあるカントリーデンバーの夏の朝は、周囲を取り囲む山々に住む虫と動物の大合唱から始まる。
カントリーデンバーの人口は百人以下で、並ぶ家屋の間隔は非常に広い。

世界でも有数の自給率を誇るカントリーデンバーの朝は早く、動物たちの次に人間達が目を覚ます。
農具を持つ者、家畜に餌をやる者、搾乳をする者。
この町で働かない人間は身体的、体力的な理由を除けば一人としておらず、老人や子供も体が動くのであれば朝から畑仕事に精を出す。
町にある学校は小さく、様々な学年の子供たちが朝の仕事を終えてから一つの校舎に通っていた。

酪農業を営む家の子供もいれば、当然、農業を営む家の子供もいた。
どの家も昔からこの土地に住む家系であり、ほぼ全員が幼馴染のようなものだった。
その中に、つい最近引っ越してきたばかりの家の人間がいた。
その家はこの町では珍しく、自給自足の輪にまだ入っていなかった。

町に越してくる人間の目的は自給自足に憧れているか、田舎生活を送りたいと思う者たちが大半だ。
彼らが越してきた目的は怪我の療養とだけ周囲には伝わっており、和を乱す存在ではないため、特に不当な扱いを受けているということはなかった。
三人の兄妹の中で学校に通っているのは、一番年下の少女だけだ。
残った兄弟は主に家で小さな菜園を試行錯誤して整え、この町の生活に馴染もうと努力をしていた。

朝から庭の土を耕すクルーカットの若い男は、この涼しい時間帯にできる限り肉体労働を済ませておきたかった。

(´<_`n)「ふぅ……」

額に浮かんだ汗を、首にかけたタオルで拭う。
いくら涼しい時間帯とは言っても、体を動かせば自ずと汗は出る。
広大な庭を耕す作業を一人で黙々とこなし、溜息を吐きながらも男は充実していた。
不自由な体になった兄の世話をすることも、小学生の妹の世話をすることも、全く苦に感じていない。

フィンガーファイブ社に勤めていたころとはまるで労働の内容が違う。
こうして畑を作ろうと鍬を振り下ろしている間、男は自分が生きていることを実感し、充実感を味わうことが出来ていた。
この町では人と人とが助け合い、足りないものを補い合いながら生きている。
その生き方は男が理想とするものであり、これからの世界に必要なものだと感じていた。

風が体を洗い流すように吹き付ける。
涼しい風が心地よい。
都会と違って澄んだ空気の中で動く贅沢。
失ったものを考えるよりも、今はこうして得られたものを楽しむことが大切なのだと、男は考えを改めていた。

内藤財団から配布されたラジオから聞こえる世界のニュースに耳を傾けつつ、オットー・スコッチグレインは決意を新たに、鍬を振り上げたのであった。

446名無しさん:2020/05/17(日) 15:50:34 ID:PtVtWlxw0
同日 AM04:11

山から下りてきた冷気は涼しい朝を町に運び、長閑な朝を静かに告げる。
朝の空気を嗅ぎ取った動物たちが、のそりと目を覚ます。
こうして、クラフト山脈の南にあるカントリーデンバーの夏の朝は、周囲を取り囲む山々に住む虫と動物の大合唱から始まる。
カントリーデンバーの人口は百人以下で、並ぶ家屋の間隔は非常に広い。

世界でも有数の自給率を誇るカントリーデンバーの朝は早く、動物たちの次に人間達が目を覚ます。
農具を持つ者、家畜に餌をやる者、搾乳をする者。
この町で働かない人間は身体的、体力的な理由を除けば一人としておらず、老人や子供も体が動くのであれば朝から畑仕事に精を出す。
町にある学校は小さく、様々な学年の子供たちが朝の仕事を終えてから一つの校舎に通っていた。

酪農業を営む家の子供もいれば、当然、農業を営む家の子供もいた。
どの家も昔からこの土地に住む家系であり、ほぼ全員が幼馴染のようなものだった。
その中に、つい最近引っ越してきたばかりの家の人間がいた。
その家はこの町では珍しく、自給自足の輪にまだ入っていなかった。

町に越してくる人間の目的は自給自足に憧れているか、田舎生活を送りたいと思う者たちが大半だ。
彼らが越してきた目的は怪我の療養とだけ周囲には伝わっており、和を乱す存在ではないため、特に不当な扱いを受けているということはなかった。
三人の兄妹の中で学校に通っているのは、一番年下の少女だけだ。
残った兄弟は主に家で小さな菜園を試行錯誤して整え、この町の生活に馴染もうと努力をしていた。

朝から庭の土を耕すクルーカットの若い男は、この涼しい時間帯にできる限り肉体労働を済ませておきたかった。

(´<_`n)「ふぅ……」

額に浮かんだ汗を、首にかけたタオルで拭う。
いくら涼しい時間帯とは言っても、体を動かせば自ずと汗は出る。
広大な庭を耕す作業を一人で黙々とこなし、溜息を吐きながらも男は充実していた。
不自由な体になった兄の世話をすることも、小学生の妹の世話をすることも、全く苦に感じていない。

フィンガーファイブ社に勤めていたころとはまるで労働の内容が違う。
こうして畑を作ろうと鍬を振り下ろしている間、男は自分が生きていることを実感し、充実感を味わうことが出来ていた。
この町では人と人とが助け合い、足りないものを補い合いながら生きている。
その生き方は男が理想とするものであり、これからの世界に必要なものだと感じていた。

風が体を洗い流すように吹き付ける。
涼しい風が心地よい。
都会と違って澄んだ空気の中で動く贅沢。
失ったものを考えるよりも、今はこうして得られたものを楽しむことが大切なのだと、男は考えを改めていた。

内藤財団から配布されたラジオから聞こえる世界のニュースに耳を傾けつつ、オットー・スコッチグレインは決意を新たに、鍬を振り上げたのであった。

447名無しさん:2020/05/17(日) 15:52:14 ID:PtVtWlxw0
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_,,.;:--''"´.. .. .: . :. : :.. : .:: ヽ  総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当
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同日 AM04:33

凍てつくような風を切り裂きながら、その大型バイクは線路の上を猛スピードで駆けている。
次第に速度を落とし、バイクは線路から離れ、舗装されていない道路へと降りた。
乗車している人間は三人いたが、誰もその衝撃に体を揺らすことは無かった。
電子制御されたサスペンションが車体の角度や速度を考慮して衝撃を吸収するように設計されており、姿勢制御装置が絶妙なバランスを調節しているからだ。

大型の猛禽類を彷彿とさせる姿を持つそのバイクの性能は、間違いなくこの世界で最高の物だった。
“理想”の名を冠し、全てのバイクの頂点に立つように設計された旧世代の発明品。
現存する車体に現役で乗っている人間は今、この世界に一組の旅人しかいなかった。
世界で唯一、そのハンドルを握る女性は、ベルリナー海に目を向けた。

凪ぐことを知らない海には小さな漁船が浮かび、浮かんできた太陽の光で乱反射する水面に写る小さな影絵のようになっていた。
車体を傾け、彼女はバイクを海の方に走らせる。
静かに、しかし素早くギアを変え、速度を落とす。
ギアを変えた時の音はまるで聞こえず、エンジンブレーキによる急激な速度減退もなかった。

速度は穏やかに落とされ、正面からの風が和らぐ。
彼女の目的地は小さな港町、ヴォルデモールだ。
ラヴニカに近く、尚且つ、毎年カニ漁の時期に姿を現すポルタレーナにも近いその町は漁業で成り立つ漁師の町だ。
漁師たちは皆、太陽よりも早く海に出て昼前には家に帰り、夜明け前に漁に出るという規則的な生活を送っている。

従って、その町が活気づくのは必然的に朝になるのだ。
パッセンジャーシートには、赤毛の女性が座っていた。
上品に淹れた紅茶を彷彿とさせる髪と瑠璃色の瞳。
その女性は右肩を骨折していたが、ギプスも外れ、完治まで二週間ほどと診断を受けていた。

448>>445-446 はエラーによるミスです:2020/05/17(日) 15:58:23 ID:PtVtWlxw0
左手は運転手の女性に、そして右手は二人の間に座る少年の肩に添えられていた。
二人の女性に挟まれた少年は風から守られ、心地よい暖かさに耐えられず、眠りについていた。
少年と運転手の女性はベルトで繋がれ、万が一にも転落することは無いよう、気をつけられている。
女性たちは少年が眠っていることに気づいており、ヘルメットにつけたインカムのチャンネルを調節し、二人だけで会話をしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「確か、ヴィンスに行ったことがあるんだったわね。
      海路で行ったの?」

それは運転手、デレシアの言葉だ。
パッセンジャーシートで周囲の景色に目を向けるヒート・オロラ・レッドウィングは、肯定の言葉から始めた。

ノパ⊿゚)「あぁ、昔に家族とな。
    ただ、あんまり記憶に残ってないんだ。
    確かヴィンスの先にイルトリアがあるんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、普通の人たちは陸路でしか行けない場所よ。
      海運業の人たちは船で行けるけど、基本的に軍港だから観光船は停泊できないのよ」

ノパ⊿゚)「オアシズはどうなんだ?
    停泊しないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「オアシズはその先にあるイゴリアス、って街に停まるの。
      そこから陸路で行くのよ。
      イゴリアスはイルトリアから軍事関係の要素を抜いたものだと思えばいいわ」

イルトリアから西に向かうと、比較的大きな街がある。
その街は漁業などを主な産業としており、他の地域にある港町と似た生活を送っている。
ただし、そこに住むのはイルトリアで引退した軍人たちであり、名目上は別の街ということになっているが実質的には同じ街なのだ。
軍需産業を生業とするイルトリアでの生活には常に力と活力が求められ、老後は静かに過ごしたいという人間のための場所が必要だった。

そこでかつての市長が近場に別の街を作り、イルトリアでの生活を終えた人間達にとっての保養所のような街が出来上がったのである。
恨みを買うことの多いイルトリア軍人が退役後に改名し、素性を隠すのと同じように、彼らには安息の地が必要なのだ。
イルトリア人が引退後に移住する街の第一位である背景には、そのような歴史的な事情があるのだった。
歴史的事情を知る人間はあまり多くはないが、イルトリアとの強いつながりは比較的知られていることだった。

ノパ⊿゚)「しかし流石に海風が冷たいな」

防寒性能と防風性能の高い服を着ているが、隙間から入り込む風は防げない。
ディの風防性能をもってしても、横から吹き付けてくる風はどうしようもないのである。

ζ(゚ー゚*ζ「横殴りの風はどうしようもないからね。
      正面からの風はだいぶ当たらないでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ、びっくりするぐらいな。
    そういや、デレシアはホワナイトに行ったことはあるのか?」

水平線の果てにある氷結の街、白夜の街。
ホワナイトを観光地として訪れる人間は極めて稀であり、一年を通して十人もいない程だ。
ベルリナー海の果てに見える白い筋が、全て、氷で出来た極北の地なのである。

449名無しさん:2020/05/17(日) 15:59:29 ID:PtVtWlxw0
ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、あるわよ。
      あそこにはペンギンとか色々な動物がいてね、面白い所よ」

ノパ⊿゚)「ずーっと気になってたんだけどよ、ホワナイトには昔から人がいたのか?
    それとも、人が移っただけなのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、いい質問ね。
      あそこにいる人たちは移っただけで、人は住んでいなかったわ。
      人が住むには厳しすぎる環境なの、あの街は。
      だから今、氷の中に施設を作ろうってしているみたいね」

何せ植物が育たない土地である以上、人間にとって食糧問題は極めて深刻な土地だ。
極寒の土地にある数少ない食料はほとんどが分厚い氷の下を生活の拠点としており、人間が介入できる場所ではない。
それでも、その土地に住もうとする学者たちの情熱は計り知れないものがある。
何度かビニールハウスによる温室野菜製造を試みていたが、その全てが強風と雪によってとん挫し、その代案として今動いているのが氷床を削った氷中施設の開発だ。

これまで足の下にある地面としてだけ認識していた氷に、風と自然災害、そして野生動物の脅威から確実に身を守れるという利点を見出したのである。
地中の街は現存しており、厳しい環境下でも快適に過ごせることが証明されている。
だがそれは岩や地面を掘削したものであり、太陽光によって溶ける危険性のある素材ではない。

ノパ⊿゚)「氷の中に、ねぇ。
    それだけ分厚い氷なのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、新しい規格で言うなら3キロはあるはずよ。
      最大値は確か、私の知る限りだと5キロね」

ノハ;゚⊿゚)「そんなに分厚いのか……
    ほとんど山だな」

ζ(゚ー゚*ζ「だからこそ、掘削して建物にしようと思ったんでしょうね」

それを可能にする装備があり、尚且つその後のことまで考えていれば極めて面白い発想だ。
ただ、氷床を削るということは自分たちの頭上がいつ崩れ落ちるかも分からない危険を孕んでいるだけでなく、その出入口が何かの拍子に凍り付くリスクも考えなければならない。
十分な準備をしなければ、豪華な遺体安置所になるだけだ。

ノパ⊿゚)「しっかし、デレシアは何でも知ってるな。
    旅をしてどれくらいになるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ううん、知らないことだらけよ。
      だって、どれくらい旅をしているのかなんて忘れちゃったもの」

そして二人は秘密を共有した少女の様に、静かに笑い合う。
過ぎ去る景色が、夜明けを迎えて間もない空と共にその色彩を変えていく。
瑠璃色の空から青空へと切り替わるまでの僅かな時間。
月の輪郭が青空に溶けつつある幻想的な風景を眺めて、デレシアは目を細めた。

ζ(゚ー゚*ζ「奇麗ね」

ノパー゚)「あぁ、いい景色だ」

450名無しさん:2020/05/17(日) 16:00:26 ID:PtVtWlxw0
空に浮かぶ雲が流れ、形を変え、色を変える。
夏を象徴する大きな入道雲が、空の彼方に悠然と佇んでいる。
気温は冬だが、鼻孔を通り抜ける空気は確かに夏のそれだ。
不思議と気分が高揚する、力に満ちた香りのする空気。

どれだけ旅をしても、この空気の気持ちよさは決して飽きることは無い。
彼女は人間が空気で季節を察知できる理由を詳しく知らないが、あまり深く考えたこともないし、考えるつもりもない。
ヒートに言った通り、デレシアには知らないことがいくらでもある。
しかし、知らないことが悪い事でないことは知っている。

理由を考えてもどうしようもないことは、やはり、どうしようもないのだから。

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L|  .ヘ‐'      >''"    _,,,............,,_    `'マ〜く
ー'゙´    ァ=ーっ   ,x<´  ¢_¢  `>x   ヽ.ヽ編集・録音・テキストエフェクトデザイン
      // 广´ /〃↑゙ヽ l÷l 〃♂ヽ {\__ノ ⌒^゙ヽ  撮影監督・美術監督
      //  } ∩/ ①乂__,.彡,.」⊥L乂__,.ノ__\    美術設定・ビジュアルコーディネート
    /   U } `¨丁/      `丶.丁¨´{      /
    {       |ニニニ7    〃⌒ヽ.   マニニ|x-‐─《        【ID:KrI9Lnn70】
     '.      jニニニ{     {{QQQ}}    }ニニ!::::::::::::::::.
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同日 AM05:06

陸路を使って輸送をするのは、何も列車に限った話ではない。
列車はエライジャクレイグの所属でなければ使えないため、そうでない輸送業者はトラックを使うしかない。
長距離輸送トラックは一台で走ることはなく、基本的に最低でも三台が一緒に移動することになっていた。
これは道中にトラックを襲う強盗に対抗するためと、万が一トラブルが発生した場合に助け合えるようにという工夫だった。

同じ企業のトラックがグループを組むのが普通ではあるが、必要であれば同業他社とグループを組んで走ることもある。
トラックドライバーの連携力は企業間のそれよりもはるかに強く、極めて密な関係が作られていた。
その日、ラヴニカを出発したトラックの一団は十台にもなる大きなグループだった。
彼らが運ぶのは精密機器の類であり、強盗によって奪われたり、事故で配送できないことがあってはならない商品だった。

無線機を使って連絡を取り合い、適宜休憩などをしつつも、運転手はラジオや好みの音楽を聴いてそれぞれの時間を満喫している。
ラヴニカで復元された自動操縦補助装置の試運転もかねて構成された一団は、全く同じ速度と車間を保ったまま、しばらくの間舗装された道路を進む。
彼らの納品先はイルトリアであり、ここから先は、長く険しい道のりになることが分かり切っている。
運転で使うストレスを少しでも軽減するために導入された装置は、彼らの想像以上の効果を発揮していた。

細かなブレーキ操作もいらず、情報が登録されている車輌の加減速を検知して自動でその操作を行うため、運転手は緊急時の操作だけを気にすればいいのだ。
長い一直線の道路を走る場合は仮眠することも出来るため、ドライバーたちは先頭の位置を順番で交代し、目的地を目指す。
彼らはダイナーの駐車場で朝食を済ませようと無線で相談し、現在位置から最も近く、そして最も広い駐車場を持つ店に行くことになった。
この時間帯に先頭を走るのは、熟練ドライバーのポットラック・ポイフルだ。

451名無しさん:2020/05/17(日) 16:02:41 ID:PtVtWlxw0
何度も通った道ではあるが、彼の視線は油断なく周囲に向けられていた。
輸送トラックを狙う人間はいつどこから来るのか分からない。
こちらが大所帯であったとしても、命知らずのならず者は躊躇なく襲ってくる。
積み荷に損害を与えでもすれば、彼らはまとめて職を失うだけでなく、膨大な借金を背負うことになるだろう。

短機関銃やライフル弾までならこのトラックは耐えられるが、それ以上の火力を用意されればひとたまりもない。
特に、タイヤへの攻撃は避けなければならない。
トラック本体の装甲は厚く硬いが、タイヤは強化繊維を使ったゴムであるため、爆破されたり軸を地面から吹き飛ばされたりすれば、それだけで走行不可能になる。
走れなくなったトラックは格好の標的となり、運転席に賊が押し入ればそれまでだ。

運転席から手が伸ばせる範囲には、合計で三丁の銃が隠されているが、どこまで抵抗できるのかはその時の運次第だ。

从´_ゝ从「ダイナーまであと数分だ。
     駐車は自分たちで頼むぞ」

無線機にそう呼びかけると、次々と返事が返ってくる。
雪と地面とがまばらに見える道を進み、やがて、店の数十倍はあろうかという広大な駐車場を持つダイナーが見えてきた。
陸路を使う人間達をメインターゲットに据えた経営をするそのダイナーは、数十年以上の歴史を持つ老舗中の老舗だ。
昔から店が続くためには実績と実力が伴わなければならないが、そのダイナー“MVF”はどちらも満たしている優良店だった。

店の売りは何と言っても、食べ応えのある料理そのものだ。
パンケーキもサンドイッチも、その全てが長距離運転をする人間達の空腹を満たすに足る量でありつつも、しっかりとした味付けがされている。
特に有名なのが、運転中でも食べられることを前提として作られたボリュームのあるサンドイッチだ。
これは手ごろなバゲットに薄くスライスしたローストビーフを何層にも重ね、その上に薄切りにしたタマネギときゅうりのピクルス、程よく溶けたプロセスチーズを挟んだものだ。

そして、それをコンソメと野菜で作った特製のスープに浸し、防水性の高い紙で包み、紙コップに入れて提供するのである。
パンがスープでふやけているため、口の中が渇くことなく、そしてストレスなくサンドイッチを食べることが出来る一品だ。
それを紙コップに入れることで、手を汚すことなく、更にトラックに備え付けられているドリンクホルダーに置くこともでき、更には滴るスープやはみ出した具材は全てカップの中に落ちる。
そのため、最後はコップを傾けてまるでスープを飲む様に全てを食べつくすことが出来るのだ。

ラヴニカで店を出していた夫婦が始めた店は、この“ディップ”というサンドイッチ一つで運送業の人間達の心を鷲掴みにした。
ポットラックもそのサンドイッチに魅せられた一人だ。
MVFの看板が見え、彼は減速し、補助装置のスイッチを切る。
全員が余裕をもって駐車し、ポットラックだけがトラックを降りた。

彼が車を離れている間、駐車場にいる仲間たちが彼のトラックを見張ることになっている。
寒さで震える手でダイナーの戸を開くと、外の空気とはまるで異なる温かな空気で満たされていた。
独特の甘く柔らかな香りの中、席には疎らに客が座り、談笑している。
持ち帰り注文用の札を掲げ、大声で注文をする。

从´_ゝ从「ディップのラージを十個と、コーヒーを同じだけ頼む!!」

給仕がポットラックを一瞥して頷き、その注文を厨房に向けて繰り返した。
注文した品が来るまでの間、レジの傍に置かれていた新聞を手に取って広げる。
ラヴニカでの騒動の鎮静化とその後の動きについての記事が一面の半分に大きく書かれ、その下には同じぐらいの大きさで別の記事が載っていた。

从´_ゝ从「へぇ、ジュスティアがねぇ」

ここから遠く離れた街のニュースの見出しにそんな声を出した時、彼の横に立つ男が現れた。

452名無しさん:2020/05/17(日) 16:04:35 ID:PtVtWlxw0
(=゚д゚)「ディップのラージを二つとコーヒー二つ頼むラギ!!」

頬に傷を持つ男の声は混雑する店内でも非常に良く通る、腹から出された声をしていた。
低く、まるで獣の咆哮のように重圧的な声は男らしさに溢れ、力強い。
叫ばずにそれだけの声量を出す男は、まるで教師か歌手のようだった。
頬に走る深い傷跡が手負いの獣のように男を見せている。

(=゚д゚)「あんちゃん、トラックの運転手ラギか?」

声をかけられ、ポットラックは思わず彼の事を見つめていることに気が付いた。

从´_ゝ从「あぁ、そうだ。
     あんたは?」

(=゚д゚)「ヒッチハイカーラギ」

从´_ゝ从「こんなところでヒッチハイク?
     捕まらねぇだろ」

観光地ではない上に、車の利用率もこの周辺は極めて低い。
車旅をする人間もいることにはいるが、よほどの物好きぐらいしかおらず、それも八月の頭から半ばにかけてしかいない。
言わずもがな、治安の悪さと気温の厳しさ、悪路が影響しているため、基本的には皆列車を使うのである。
ヒッチハイカーに扮した強盗も世の中にはいるため、仮に見たとしても、関わり合いにならないのが普通だ。

(=゚д゚)「ダメラギね。
   これがボインのねーちゃんなら、入れ食いだったんだろうけど、男が二人ってのがネックみたいラギ」

从´_ゝ从「おいおい、そっちの趣味があるのかよ」

(=゚д゚)「いや、そういう趣味はねぇラギ。
   それが悪いとは言わねぇけどな」

この言葉に、ポットラックは少し心を開いた。
同性愛者である彼は、そのことを誰にも話したことがない。
例え親しい間柄の人間であっても、正直に話せば差別を受けるのは目に見えている。
一般的に同性愛は嫌悪されるもので、肩身の狭い思いをしなければならないのがこの時代なのだ。

他人と違うというハンデ。
一般から逸しているという異端。
こうして運送業をしているのは金が溜まること、そして何よりも人との接点が最小で済むということが理由だった。
人と関わり合いになることが増えれば、彼は自分の気持ちを誤魔化しきれなくなってしまう。

それは彼が学校で、そして家庭で学んだ処世術であり、生き方だった。

(=゚д゚)「昔の知り合いがストーンウォールにいてな、ま、他人に迷惑をかけないんならどうでもいいラギよ」

同性愛者にとっての楽園、ストーンウォール。
そこに知り合いがいるならば、その知り合いは間違いなく同性愛者だ。
この男は同性愛者に対して、何も偏見を持っていないのだろうか。

453名無しさん:2020/05/17(日) 16:06:05 ID:PtVtWlxw0
从´_ゝ从「あんた、変わってるな」

(=゚д゚)「よく言われるラギ」

从´_ゝ从「ちなみに、どこを目指してるんだ?」

(=゚д゚)「イルトリアラギ」

从´_ゝ从「よりにもよってイルトリアか。
     観光、じゃあねぇな」

イルトリアに観光に行く人間は真っ当な人間ではない。
間違いなく頭のネジが外れているか、堅気ではないはずだ。

(=゚д゚)「あぁ、やることがあってな。
    だがこのペースじゃ、間に合わなそうラギね」

ポットラックが注文したメニューが大きな袋に入れて運ばれてきた。
運転手相手に商売をしている店員はこちらが何も言わずとも、コーヒーとディップを小分けの袋に入れてくれていた。
そして、隣の男にも紙袋が二つ手渡される。

从´_ゝ从「なぁ、あんたさえよければこの袋持つの手伝ってくれないか?」

その声掛けは、ある種の期待を込めたものだった。
確実な理由は分からないが、この男は悪人ではない。
それ故に、ポットラックはこの男との出会いをここで終わりにするべきではないと判断したのである。

(=゚д゚)「あぁ、いいラギよ。
    外の連中に持っていくんだろ?」

从´_ゝ从「助かるよ。
     流石のこの人数分は持てなくてな」

(=゚д゚)「なぁに、どうせ手は空いているから気にするな。
    もう一人は外にいるから、そいつにも持たせるラギ」

从´_ゝ从「そのお礼と言っちゃなんだが、俺のトラックに乗ってくか?
     納品先がイルトリアなんだ」

(=゚д゚)「マジかよ、そいつは助かるラギ」

从´_ゝ从「ポットラック・ポイフルだ、よろしく頼む」

ポットラックは握手を求め、右手を差し出した。
男は笑みを浮かべ、握手に応じてくれた。
力強く握手を交わし、男が名乗った。

(=゚д゚)「トラギコ・マウンテンライトだ。
    腕っぷしはいいから、ま、用心棒と思ってくれればいいラギよ」

454名無しさん:2020/05/17(日) 16:11:56 ID:PtVtWlxw0
幸か不幸か、このトラギコの言葉の意味を理解するのはその日の夜のことであった。

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: : : : : : : : : : :|: o: : : : : : : : |: : : : : : :_。s≦二二ー      /.
     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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同日 AM05:13

三人を乗せたバイクが、ヴォルデモールの入り口に到着した時、すでに市場は活気づいていた。
その様子を見なくても、港の方から聞こえてくる大きな声が何よりの証拠だ。
漁に出ていた船のいくつかが荷下ろしを始めているのが見え、競りもすでに始まっているのが分かる。
身を切り裂くような強く冷たい海風とは逆に、太陽の光は徐々に強くなりつつある。

ひと際強い風が吹くと、二人の女性の間で眠っていた少年、ブーンは身をよじらせた。

(∪-ω-)「おー」

ノパ⊿゚)「ブーン、起きな。
    着いたぞ」

ヒートに肩を揺らされ、ブーンがゆっくりと目を覚ました。

(∪´ω`)「お」

ノパー゚)「おはよう、ブーン」

ζ(^ー^*ζ「おはよう、ブーンちゃん。
       よく眠れたかしら?」

(∪*´ω`)゛「あ……はい、眠れましたお」

気恥ずかしそうにしつつ、ブーンはそう答えた。
三人はバイクを降り、市場に向かって歩き出した。
ヴォルデモールの朝市は漁師と地元の人間達で賑わいを見せ、市場に卸されたばかりの新鮮な魚介類が店先に並び、威勢のいい売り子の声が市場に響き渡る。
何度も朝市を見たが、ブーンにとってはその光景が色褪せることは無く、視線を四方に巡らせては好奇心にローブの下にある尻尾が揺れるのであった。

455名無しさん:2020/05/17(日) 16:18:12 ID:PtVtWlxw0
ζ(゚ー゚*ζ「朝ごはんは何か食べたいものはある?
      ここでは新鮮なお魚が並ぶから、海鮮丼とか美味しいわよ。
      生の魚をご飯の上に乗せて、特製のソースがかかったやつよ。
      お味噌汁もついてくるわよ」

新鮮な魚は漁港の特権だ。
それを贅沢に使った海鮮丼は大抵の港町で販売されており、その味は期待を裏切ることはほとんどない。

(∪*´ω`)゛「海鮮丼、食べたいですお」

周囲に目を向けていたヒートが、屋台の看板を見て声を上げた。

ノパー゚)「おっ、フィッシュアンドチップスもあるんだな。
    ここのは美味いのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「ラヴニカのはああいう味だけど、ここのはまたちょっと違う味なのよ。
      油と魚が新鮮で、魚に下味をしみ込ませているから塩も酢もかけなくて美味しいの」

ノパ⊿゚)「へぇ、新鮮な油がここで採れるのか?」

ヒートの疑問はもっともだ。
この辺りでは植物性の油を採るのが難しく、実際にそれは高級品の類になっている。
そのため、使用される油は動物性の物が主になるのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ここの油は海で取れた動物性の油よ。
      シャチとかクジラとか、何ならクジラ肉の料理も美味しいわよ」

クジラなどの大型の哺乳類は貴重なたんぱく源であり、様々な資源をもたらす重要な生物だ。
捕鯨を生業にする漁師はベルリナー海に面した漁村の中でも、捕鯨船を持ち、それをメンテナンスできる街に限られる。
ラヴニカから近い街はほとんどが捕鯨を行える設備を持ち、その船で漁に出ることは漁師たちにとって一種のステータスになっている。
一頭持ち帰るだけで十分な食料と資源が手に入り、加工した品を売ることで現金も手に入る。

大型の銛を打ち出す捕鯨砲を操ることは特に名誉とされ、どれだけ素早く、そして確実に対象を仕留めるのかが実力とされている。

(∪*´ω`)「クジラ……」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、美味しいわよ、ここのクジラ肉は。
      この先にある定食屋に行けば、美味しい海鮮丼もクジラ肉も食べられるわ。
      そのお店のご主人が元捕鯨漁の偉い人で、獲れた肉をすぐに分けてもらえるのよ」

ノパー゚)「いいね、上等なクジラ肉は久しぶりだ」

声の飛び交う市場を進み、デレシア達は人の間を泳ぐように進む。
店先に並ぶ色とりどり、大小さまざまな魚に思わず目移りしてしまう。
それは他の二人も同じで、ヒートとブーンは変わった魚を見る度に感想を言い合っている。
色鮮やかな魚もいれば、角を持ったものや牙を持ったもの、一目で魚とは分からない奇妙な形をした魚もいる。

456名無しさん:2020/05/17(日) 16:21:58 ID:PtVtWlxw0
(∪´ω`)「お?」

ノパ⊿゚)「お?」

ζ(゚、゚*ζ「ん?」

二人が同時に不思議な声を出して立ち止まり、ある店の前に置かれている魚の切り身と札を見ていた。
デレシアも立ち止まってそれを見ると、そこには警告文が書かれていた。

ノパ⊿゚)「死に至る恐れがありますが、美味です。
     自己責任で食べてください、ってどういうこった?」

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら……バラムツね、これ」

(∪´ω`)「バラムツ?」

ζ(゚ー゚*ζ「人間には消化できない類の油を持つ魚よ。
      私は食べたことないけど、美味しいらしいわね。
      でも、絶対にお勧めはしないわ」

その理由を今語ることはしないが、魚介類にはこういった面白さがある。
陸上生物と比べて、海の生物はその多くが謎に包まれている。
未発見の生物も多く、研究者たちは日々新たな発見と新たな謎に一喜一憂し、前文明が残した情報を更新していた。
ホワナイトの研究に最も出資をしている学者たちの街“テルコナレーラ”では、生物に限らず様々な知識と情報が収集され、解明されている。

いつの時代でも、成し遂げようとする人間のその気持ちこそが、何よりも強い原動力として人を動かすのだ。

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            //∨|八i |  | ヒ|乂 ///イ     |     j: : : . '.
            ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//    ミ=彡 ;    /: : :八: :\
            /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
           / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
            撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】
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同日 AM06:10

打刻カードを専用の機械に通し、夏用の薄いスーツを着た男は自分に与えられた席に着いた。
机の上は奇麗に整頓され、無駄なものはほとんど置かれていない。
出勤途中に購入したアイスコーヒーを一口飲み、一息つく。
机上に置かれていた文字の入力と出力が行える機械を起動し、男は昨日途中まで入力していた書類の続きを書き始めた。

457名無しさん:2020/05/17(日) 16:23:00 ID:PtVtWlxw0
仕事をしている間、他の席の人間達と違って、彼は世間話をすることなく仕事に没頭していた。
愛想が悪いわけではなく、この職場での仕事にまだ慣れていないわけでもなかった。
男に与えられた仕事は極めて単純だが、彼にしかできない仕事であり、その仕事には集中力が必要だった。
その点、彼には集中力における才能があった。

一つのことに没頭し、それを最後まで貫き通す圧倒的な集中力。
それは、彼の仕事においては明確なまでの才能だった。

「頑張りすぎるなよ」

通りすがりに同僚がそう言って、彼の机に茶菓子をいくつか置いて去った。
男は礼を言って、ありがたく茶菓子を口にした。
砂糖漬けのオレンジピールをほろ苦いチョコレートでコーティングした菓子は、コーヒーと抜群に相性が良かった。
この職場の人間は、彼がこれまでに務めてきた職場の人間とは違い、ぶっきらぼうに親切な人間が多かった。

しばらくすると、彼が待っていた人物が現れた。

<ヽ`∀´>「悪い悪い、待ったニダ?」

細く鋭い目をした壮年の男、ニダー・スベヌは彼の世話係のようなものだった。
背はそこまで高くはないが、その分黒いポロシャツの下にある体つきはしっかりとしており、歳を感じさせない若々しさがある。
同僚への面倒見がよく、仕事も出来るために人望が厚い人間だ。
彼と共に働いて過ごした時間は短いが、彼ほど優れた上司は見たことがなかった。

周囲へのフォローもそうだが、何より、上司として罵倒ではなく的確な指示やアドバイスを与えるのだ。

(-@∀@)「いえいえ、今来たところですよ」

そして眼鏡をかけた男、アサピー・ポストマンは初任給で買った眼鏡のブリッジを指で上げつつ、ゆっくりと席を立った。
彼は今、ジュスティア警察で働くことになっていた。
ジュスティア警察に連行され、聴取を受けた彼は勤めていたモーニングスター新聞を解雇になり、その場で警察への就職が決定したのであった。
臨時採用の身分ではあるが、給与も待遇も文句はない。

当初、アサピーは厳しい取り調べを受けるかと覚悟をしていたが、その通りにはならなかった。
拘束され、彼は最初に警察の取調室に連れていかれた。
そこで島で起きたことを話すと、すぐにホテルに案内された。
監視付きではあったが、彼らの姿も気配もアサピーには関知することも出来なかったのは言うまでもない。

豪華な三食が提供されるだけでなく、更には広々とした個室に広い湯船まであり、サービスも完ぺきだった。
間違いなく彼がこれまでの人生で過ごした中で最高のホテルだった。
二日後、連れて行かれたのは市長室だった。
市長室の椅子に座る男を、アサピーは知っていた。

正義の都ジュスティア市を統べる、正義の体現者。
事実上、ジュスティアにおける全ての組織の最高責任者。

爪'ー`)『やぁ、君がアサピー・ポストマンだね?
    うちのトラギコが世話になった。
    市長の、フォックス・ジャラン・スリウァヤだ』

458名無しさん:2020/05/17(日) 16:23:52 ID:PtVtWlxw0
それからコーヒーを馳走になり、世間話とアサピーのこれまでの仕事についての賛辞があった。
ジュスティア市長は笑みと共に、アサピーが解雇された旨を伝えた。

爪'ー`)『非常に言いづらいんだが、君はモーニングスター社を解雇処分にされてしまったよ』

(;-@∀@)『でえぇぇっ?!』

爪'ー`)『言っておくが、我々は一切圧力をかけていない。
    確かな情報筋によれば、内藤財団からの圧力だよ。
    あのティンカーベルで君が襲われたその日に、君は内藤財団からの指示で解雇になったんだ』

(;-@∀@)『そ、そんな……』

モーニングスター社は大手の新聞社だが、その運営にはスポンサーがいなければ成り立たない部分が多い。
世界最大の企業である内藤財団からの圧力があれば、従業員を一人解雇することなど痛くもかゆくもないはずだ。
ティンカーベル支社の従業員が彼一人を残し、全員殺されてしまったことを考えれば、適当な理由を付けて解雇するのは容易だろう。

爪'ー`)『君は多くを知りすぎた。
     そして、君が知っていることは多くの人間が知らないことだ。
     内藤財団にとって、君は邪魔な存在のようだね。
     何か心当たりはあるのかな?』

言うまでもなく、フォックスはアサピーが考えるよりも遥かに優れた人間だ。
アサピーやトラギコが想定している敵組織の概要について、出てきた情報からすでに答えを導き出しているのだろる。
確認するまでもなく、島で事件を起こした組織の背後に内藤財団の影があることを突き止めているはずだ。

(;-@∀@)『えっと……』

ただし、トラギコも危惧していたが、この街にも組織の息のかかった人間がいないとは断言できない。
実際問題、名のあるジュスティア出身者が組織の中にいるのだ。
それを考えれば、市長が組織の人間ではないという根拠がない。
情報を知りすぎた人間が消されるのは、フィクションの世界だけでなく、どの世界においても存在する問題なのだ。

爪'ー`)『君が警戒するのは当然のことだ。
    これについてはまた今度話をしよう。
    さて、本題なんだが、しばらくの間は警察で働いてもらいたいんだ。
    いきなり正規採用、とは出来ないが、それ相応の待遇で迎え入れたい』

(;-@∀@)『ぼ、僕がですか?』

爪'ー`)『君は、写真に命をかけられる人間だ。
    その力をぜひ捜査に活かしてもらいたい。
    警察には優秀な人材が多くいるが、写真一枚にそこまで情熱をかけられる人間はいないんだ。
    一枚の写真がもたらす影響力を知らないからさ』

(;-@∀@)『でも僕は、トラギコさんと一緒に――』

爪'ー`)『あぁ、彼はスノー・ピアサーで出張に行ってもらった。
    ヨルロッパ地方にね』

459名無しさん:2020/05/17(日) 16:25:05 ID:PtVtWlxw0
頭で理解するまでに数秒を要し、アサピーが口にしたのは、恥も何もないそのままの感想だった。

(;-@∀@)『僕を置いて?!』

爪'ー`)『彼を恨まないであげてくれ。
     自由人に見えるが、彼は結構多忙でね。
     特に優秀な人材だから、どうしても動いてもらわないといけなかったんだ』

(;-@∀@)『はぁ…… それで、僕に一体どんな仕事を望んでいるので?』

爪'ー`)『写真を撮ってもらいたいのさ。
     ただ、それだけだよ』

彼に出来る仕事はそれだけであり、それを活かせるのであれば構わなかった。
トラギコとの合流はいつになるか分からないが、ジュスティアで暮らすのも悪くはない。
そして、アサピーはしばらくの間ジュスティアで生計を立てていくことになったのであった。

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                   __
                   =ニニニニニ=
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                  =ニニニニニニニ=
                 |ニニニニニニニニ}
              丿ニニニニニニニニ|
              〈ニニニニニ,ニニニニ{
            ヽニニニ/ニニニニヘ
              丶ニニ/ニニニニニ|_
                 > ´ニニニニニニニ=
          _‐=ニ二二二二二二二二二二二ニ=‐_
       _‐=ニ二二二二二二二二二二二二二二二二=‐_
     ≦二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二≧
    /二二二二二二二二二二二二制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】
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同日 AM06:11

男は森の中で古びたオフロードバイクを降り、積んでいた荷物を無言で降ろし始めた。
同乗者も同行者もいない、一人きりの荷ほどきは淡々と、そして的確な動線で素早く行われた。
無駄のない動きは機械じみた精確さを秘めており、男の手足は彼が思った通りに最短の動線で動いていた。
小型のテントがくぼみのある斜面に設営され、その上に目の細かい森林迷彩のネットがかぶせられ、木の枝や木の葉が括りつけられる。

偽装掩蔽壕のような姿となったテントの中にはバイクも、そして他の荷物も全てが収納され、小さいながらも立派な拠点と化した。
登山客も山菜取りの人間も、猟師さえも寄り付かない山中に建てられたその拠点は、狩りをするためのものだった。
男はライフルをテント内に持ち込んでおり、設営が終わると同時に僅かな光の中で整備を始めていた。
そのライフルは、明らかに獣を狩るための物ではなかった。

高倍率のスコープには反射防止のレンズカバーが装着され、本体には黒い塗装面を隠すために偽装用の布が巻かれている。
獣相手であればここまでの偽装は不要だが、何よりもそのライフル自体が最初から獣を相手にしていないのだと如実に物語っている。
それは細部に改造の施された対物ライフル、チェイタックM200だった。
ドラムマガジンには50発の特注品の銃弾が込められ、ライフルの銃身は通常よりも長く、そして狭く設計されている。

460名無しさん:2020/05/17(日) 16:26:53 ID:PtVtWlxw0
全ての部品が吟味され、取り替えられたそのライフルはラヴニカで最高の銃匠が手掛けた専用のカスタム品だ。
この世に一挺しか存在せず、同じ品は一度として作られていない逸品。
最大有効射程は5000メートルにも及び、その威力は防弾仕様の鉄板でさえ貫通する程だ。
少なくとも、獣以上の何かを殺すのでなければこれほどの改造は不要だろう。

事実、男は獣を狩りに来たのではなかった。
男は人間を狩りに来ていた。
用意したライフルは三種類。
このテントに置かれたライフルはその中でも最大の物であり、他のライフルはまた別の用途のために用意した彼の愛銃だった。

夏の山に巣くう如何なる獣でも、彼ほど恐ろしい生物はいないだろう。
姿の見えない場所から確実に標的を仕留めるその男は、淡々と準備を進める。
彼の頭にあるのは一つの考えだった。
全ては。

そう、全ては――

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                     Ammo→Re!!のようです
                     Ammo for Remnant!!編

                序章【Remnants of dream-夢の残滓-】

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461名無しさん:2020/05/17(日) 16:27:39 ID:PtVtWlxw0
同日 AM06:29

朝食後に街の見学と食料の買い出しを終えた三人は、駐車していたバイク――ディ――の元へと戻った。
荷物を積み直し、ヘルメットを被ったところで、デレシアが悪戯っぽく微笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ブーンちゃん。
      ディに“ただいま”って、言ってあげてくれるかしら?」




(∪´ω`)「お? ディ、ただいまだお」




その言葉の直後、ディのエンジンが低い音を立てて始動した。
そして――








(#゚;;-゚)「お帰りなさい、ブーン」









――その時のブーンの喜び様は、彼女が予想した以上のものだった。

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               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!


                序章【Remnants of dream-夢の残滓-】 了

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462名無しさん:2020/05/17(日) 16:32:13 ID:PtVtWlxw0
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列車は確かに便利だ。
だが、必要がない限り俺はトラックを選ぶ。
列車は寄り道できないが、トラックは好きなように動けるからだ。
この仕事の醍醐味は、寄り道にあるんだ。

                               レオルロイド運輸社長 ルーズ・サントス

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September 3rd AM06:30

世界最高のバイクを目指して作られた“アイディール”の持つ特徴の一つに、自己学習型の人工知能が搭載されている点がある。
自ら思考し、乗り手の癖や走っている路面の情報などを元に最適な設定を随時行うだけでなく、対話が出来るようにも設計されていた。
だがその機能は、必ずしも全てのバイク乗りに歓迎される機能ではないため、販売時にはオプションとして別売りされた機能だった。
人工知能と人間との対話という夢物語のような機能は多くのバイク乗りに望まれ、実現したものだ。

当初はネットワークを用いた情報の提供などが主だったが、搭載されている人工知能は設計者の想像を超えて、遥かに優秀だった。
会話と情報が蓄積されるにつれ、アイディールはその乗り手を本人以上に理解する存在へと昇華し得たのだ。
残念なことに、その夢が結実するまでには時間が必要であり、当時の世界情勢がそれを許さなかった。
デレシアはその機能について知っており、ラヴニカの街でそのオプション機能を有効にする道具を揃えた。

必要だったのは音声を出力するための装置だけだったため、そこまで難しい作業ではなかった。
インカム越しの音声だけでなく、ヘルメットを装着していない状態での会話も可能になったディに、ブーンは興奮して喜んでいる。
プレゼントをもらった子供が見せる素直な反応は、見ていて気持ちが良い物だ。

(∪*´ω`)「ディ、喋れるようになったんですかお?!」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ラヴニカでちょっと道具を揃えてね」

子供はこの状況を素直に受け入れられるが、知識や常識で世界を見る大人にとってはにわかに信じがたい光景のはずだ。
流石のヒートも、バイクが喋ったことに対して、すぐに受け入れることが出来ていない様子だった。
この時代で人工知能がここまで復元されたのは、恐らくは初めてのことだろう。

ノハ;゚⊿゚)「バイクが喋るのか……」

(#゚;;-゚)「肯定します。 私にはその機能が備わっており、デレシア様に機能を開放していただきました」

ディの声は抑揚のない、機械が作り出した若い女性の合成音声だったが、人との会話を経てその喋り方も変わってくるはずだ。
情報の獲得による自己学習能力は、生き物と形容しても何ら遜色のないものだ。
ディは既に膨大な量の情報を持っていたが、人との対話はこれが初めてのことだった。

(∪*´ω`)「ディすごいお!」

(#゚;;-゚)「肯定します。 私はすごい」

心なしか、その声は誇らしげな響きを含んでいた。

463名無しさん:2020/05/17(日) 16:32:42 ID:PtVtWlxw0
ノハ;゚⊿゚)「ジョークなのか、それとも本気なのかも分からねぇが、確かに凄いな。
    会話はどこまで返答が出来るんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「話せば話すほど、この子は学習するわ。
      私達の会話を聞いて、そこからも学ぶわよ」

初期状態で理解できる会話内容は限られているが、それでも、膨大な量の情報をもとに作られたプリセットだ。
そのプリセットを状況に応じて変化させ、それを使用した際の反応を元に、更に別の方法を模索して会話対象に合わせて最適化をしていく。
人間の会話を通して情報を獲得するため、話すことでディは成長し続けるのだ。

(#゚;;-゚)「肯定します。 皆さんの会話を聞いて、私は学習することが出来ます」

(∪*´ω`)「一緒に勉強するお」

(#゚;;-゚)「賛同します。 ブーンと私は、共に勉強することでより多くを身に付けられると考えます」

ノパ⊿゚)「あたしらの名前はどうやって覚えたんだ?」

(#゚;;-゚)「ヒート様たちが私の近くで会話をしている時に、そこから搭乗者の名前と特徴を学習しました」

ディには使用者に応じて設定を最適化する機能が備わっており、名前の記録はその一環だ。
他にも声や体重、運転時の癖や好みの傾向などの細かい情報が記録されるため、その人間そのもののデータがディの中には保存されている。

ノパ⊿゚)「へぇ、すげぇな。
    ところでよ、何であたしらは様、をつけるんだ?」

(#゚;;-゚)「彼の年齢を考慮、および、お二人の会話から最適な呼称を導き出しました。
   修正が必要であればお申し付けください」

ノパー゚)「ならよ、あたしのことはヒートでいいよ。
    様なんて柄じゃねぇ。
    それと、もっと砕けた言葉遣いを学んでくれるとあたしは嬉しいな」

ヒートは既にディを機械としてではなく、友人の様に扱うことに決めたようだ。
それはブーンがディを友人として扱っていることもあるのだろうが、きっと、彼女自身の人間性がそうさせるのもあるのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも、デレシアでいいわよ。
      一緒に旅をするんだから、他人行儀じゃない口調を学んでね」

(#゚;;-゚)「かしこまりました」

(∪*´ω`)「わーい! ディとお話できるお!」

(#゚;;-゚)「私も、ブーンとお話ができるのを楽しみにしておりました」

そして三人がディに跨り、三人と一台の旅が再開された。
ブーンは移動中も積極的にディと会話をし、互いに学びを深めた。
どちらも会話が不得手ではあるが、ブーンはディとの会話で単語を覚え、文法を覚えた。
逆にディは砕けた表現や子供の言葉遣いを覚え、彼に対して適切な距離を模索した。

464名無しさん:2020/05/17(日) 16:33:13 ID:PtVtWlxw0
その微笑ましい会話を聞いて、デレシアもヒートも、笑みを絶やさずにはいられなかった。
疑問に思ったことを次から次へと訊き、ブーンは知識を増やしていく。
本を読むのもいいが、こうして他人の言葉で教えられた方が覚えることも多い。
思いもよらぬ単語が出てきたのは、次の目的地である海辺のキャンプ場の入り口まで残り10キロの地点でのことだった。

(∪´ω`)「ディは、海鮮丼って知ってるかお?」

(#゚;;-゚)「はい、知っています。 魚介類を乗せた丼物料理のことですね。
   わさび醤油をかけて食べるのが一般的とされ、その主な発祥地はジャネーゼであるとされています」

(∪´ω`)「ジャネーゼ? それはどんな街なんだお?」

(#゚;;-゚)「いいえ、違います。 ジャネーゼは国です」

(∪´ω`)「国?」

ノパ⊿゚)「国?」

(#゚;;-゚)「国です。 国家です」

二人が聞き返したことに対し、言葉を変えて答えたディに悪気はない。
ただ、彼女の中にあるデータベースには、国という概念が失われているという前提がないのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「昔の単位ね。 村や街が集まって、一つの組織になった状態が国よ」

今は国などなく、その全てが第三次世界大戦で滅びた。
そして時が流れても、人々は街以上の大きな存在を作ろうとはしなかった。
シャルラは自治区で分かれているが、実際は家屋の間隔が広いだけの広大な田舎町だ。
その形に追従する街がないことからも分かる通り、今の時代には街以上の組織は必要とされていないのだ。

(#゚;;-゚)「はい、そうです。
    デレシアに質問です。
    現在、国は存在していますか?」

二人の反応だけで、ディは答えを見つけたようだ。
自らが製造された時間と今の時間の差を考慮し、その答えを見つけたのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ゼロ、なしよ」

(#゚;;-゚)「情報の更新を行いました。
    ご協力感謝いたします。
    地形データは以前の物がありますが、国のデータについては更新されておりませんでした」

ζ(゚ー゚*ζ「ネットワークが死んでいるから、仕方ないわ。
      その辺りのデータについては、また今度入力してあげるわね」

(#゚;;-゚)「ありがとうございます」

(∪´ω`)「どうして、一つにまとめる必要があるんですかお?」

465名無しさん:2020/05/17(日) 16:33:37 ID:PtVtWlxw0
ノパ⊿゚)「あぁ、確かにそうだな」

それはブーンの素朴な疑問だったが、ヒートも小さな声で同意の言葉を口にした。
国という概念がない以上、彼女たちの頭に浮かぶのは街と村が手を組んでいる光景だろう。
その利点がすぐに浮かばないのは、今の時代では仕方のない話である。

ζ(゚ー゚*ζ「大きくなればなるほど、力の強い国になるの。
      力が強ければ、他の人たちに侵略されないで済むでしょ?」

(∪´ω`)゛「おー、なるほど」

ζ(゚ー゚*ζ「ただ、意見の統一が大変なのよ」

ノパ⊿゚)「ジュスティアとイルトリアをまとめるようなもんか」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、全然異なる意見の街でもまとめないといけないの。
      だから国と言っても、その街ごとのルールをある程度保ったまま、国としてのルールも守らせる形のもあったのよ」

(#゚;;-゚)「州や県という単位であると捕捉をします。
    今は州すらもないのですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「……いえ、似たような物であれば最近出たわね」

ノパ⊿゚)「どこだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「カルディコルフィファームよ。
      一か月ぐらい前に、3つの街が一つになったアレよ」

ノパ⊿゚)「内藤財団が手を貸してる、って街だな」

ζ(゚ー゚*ζ「隣接しているならまだしも、離れた場所にある街を3つも一つにしたのだもの。
      州を作る実験と実績を手に入れたかったんでしょうね」

ノパ⊿゚)「実験ってことは、目的は別にあるのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あいつらの目的が昔と変わっていなければ、ね。
      世界を一つの国にするのが、あいつらのゴールよ」

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           ィfて_,ノ) ノ^¨ ̄              `''…‐-=彡
            {¨^ー='’:: :     /  > ≦. ̄.≧x、     O Y
            】‐--‐ァ.:.:: :   Ammo→Re!!のようです
           】‐-‐〈:.:.:.:. : :,xAmmo for Remnant!!編
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           第一章【Remnants of footprints-足跡の残滓-】
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              i| l| :{! { !           ′ j  ':.:.:.: :   |: : /
          ! | l  ', ', ‘  ゙、     ノ ,   } ノノ::.:.:.: :     l: :/
           ‘ミ辷__ ,i、 、ゝ, ` -- ´  '  ,' /ニ二三:.;;__ .ノ '′
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466名無しさん:2020/05/17(日) 16:34:00 ID:PtVtWlxw0
同日 AM07:30

アサピー・ポストマンにとって、カメラとは武器そのものだ。
狙撃手が一撃二殺・一発必中を信条とするように、彼はシャッターを切るその一瞬に全てをかけた。
効果的なアングルやタイミングは後でいくらでも言えるが、何よりも重要なのは、撮影する機会を見逃さないことだ。
ジュスティア警察で働くことになった彼に与えられたフィルムを必要としないカメラは、これまでに使ってきたどのカメラよりも彼の目的に合致した性能を有していた。

間違いなく最高級品に分類されるカメラを首から下げ、アサピーはコインパーキングに停めた車の中で朝食のレタスサンドイッチを頬張っている。
運転席に座るニダー・スベヌは紅茶とブリトーを食べながら、窓の外に目を向けている。
車内にはラジオから聞こえる陽気な音楽とパーソナリティの声が流れ、その合間合間に二人の咀嚼音が入った。
アサピーに依頼された仕事は写真の撮影だが、その内容は捜査に関係するものばかりだった。

最初に彼が任されたのは密売人の胴元を撮影することで、これはすぐに完了した。
そして彼が撮影した写真は翌日、胴元の逮捕に大きく貢献することになった。
単独で行動したいというのが本音だったが、アサピーはティンカーベルで起きた事件の重要参考人として警察に保護されることになっていた。
そのため、自由な行動は制限がかかり、仕事中は必ずニダーと共にいなければならなかった。

仕事をこなす中で、アサピーはニダーの人間性が気に入り、この保護期間が苦ではなかった。
トラギコ・マウンテンライトが約束したスクープについては、半ば諦めているが、新しい土地での生活は悪くはない。
むしろ、ティンカーベル支社にいた頃よりも遥かに充実している。
サンドイッチを食べ終え、カフェインレスコーヒーを口にしたアサピーは視線を車外に向けたまま、ニダーに声をかけた。

(-@∀@)「今日はどんな仕事をする予定なので?」

<ヽ`∀´>「密輸組織の構成を把握したり、その辺の捜査をしたりするニダよ。
      輸入品のチェックは厳しめだけど、どうしても把握しきれないものがあるニダ。
      品が流れているか、とかそういったところニダ」

彼の食べているブリトーはピザの具を使ったもので、トマトとバジル、そしてベーコンとモッツァレラチーズの得も言われぬ香りがする。
食欲をそそる匂いの正体はその中に隠れた胡椒とニンニクの香ばしさだ。
レンジで一度温められているため、彼が一口かじるたびにチーズが伸び、視覚的にも美味そうだった。

(-@∀@)「へぇ、例えばどんな品を?」

対して、アサピーのレタスサンドは文字通りレタスが主な具として挟まった簡素なものだ。
スライスオニオンとマヨネーズ、そしてクレソンが挟まっている。
健康と財布に優しいものを選んだ結果がこれだが、ニダーの食べているブリトーにすればよかったと後悔していた。

<ヽ`∀´>「薬物が一番多いけど、禁輸品が一番ニダね。
      毒物や汚い爆弾がそれにあたるニダ」

(-@∀@)「汚い爆弾?」

聞いたことのない言葉に、アサピーが聞き返す。
ニダーは説明の言葉を考えるようにふむ、と言ってそれから続けた。

467名無しさん:2020/05/17(日) 16:34:32 ID:PtVtWlxw0
<ヽ`∀´>「シャルラ方面で時々見つかることがある、科学物質を使った爆弾ニダ。
      特殊な毒、と言ったほうが分かりやすいニダね。
      爆発して拡散するだけじゃなくて、その物質が毒を発するニダ。
      しかも、かなり長期間にわたって残留するから厄介ニダよ。

      一番厄介なのは、目的が大量殺戮ではなく汚染ってところにあるニダ。
      紛争地域ではよく使われるニダよ。
      汚染地域は人が長期間住めなくなるし、外部との接触も一気に無くなるニダ。
      相手の町を潰すならこれが一番安くて手っ取り早いニダ」

(-@∀@)「なるほど、そんなものを持ち込まれたら危険ですものね」

細菌兵器やウィルスを使った攻撃は世界中至る所で行われている。
特に重宝されるのが、長期間の潜伏期間を経て大規模に感染し、死亡率の低いものだ。
知らずに自らが運び手となり、親しい人間を次々と感染させていくのは見えない恐怖をまき散らすのに最も適している。
最高なのはそのワクチンが存在することで、相手に対して理不尽なまでの要求をすることが出来る状態だ。

相手の街を攻撃し、金や何かしらの要求をのませる為に手段を選ばない人間は後を絶たない。
企業間の争いでもそれは健在であり、それを未然に防ぐためにも、警備関係の組織との契約は保険と同等の価値を持っている。
世界中で契約されている警備関係の会社の多くが、ジュスティアかイルトリア関係というのも納得できる話だ。
現時点で最も力を持つ街を列挙すれば、間違いなくこの二つの街が名を連ねることになる。

相反する思想を持つ街でありながら、その力が同じ市場で拮抗しているのは面白い話だ。
互いに互いを認め、そして反発していなければこの世界の在り方は変わっていたことだろう。

<ヽ`∀´>「後は時々、違法にこの街に入ろうとする人間がいるニダ。
      ジュスティアは税金が高い分、色々な社会保障のサービスが充実しているから、難民が流れてくることがあるニダ。
      正規の手続きをせずに、っていうのが厄介ニダよ」

(-@∀@)「どうしてそんなことを?」

アサピーはその性分から、分かっていても訊かずにはいられなかった。
自分の中で理由についてある程度検討がついていても、それとは違う問題が出てくることがある。
確認の意味を込めた質問に、ニダーは嫌な顔ひとつしないで答えた。

<ヽ`∀´>「通り過ぎる分には構わないけど、留まったまま出て行かないニダ。
     で、勝手に居座って税金を払わないだけじゃなく、厚かましく社会保障を受けようとするニダよ。
     権利ばかり主張するくせに、やることをやらないから困るニダ。
     そういう輩は後ろめたいから正規よりも安い賃金で働かせやすいし、あくどい商売の餌食になるニダ」

(-@∀@)「なるほど」

法がある以上、それを掻い潜ろうとする人間は必ず現れる。
法の縛りを抜けた先に得られる莫大な利益、そして独占的な市場。
特に人件費の削減と同時に相手の弱みを握れるのは、風俗関係の店にとっては大きな魅力だろう。
これまでジュスティアという街について深く関わることのなかったアサピーにとって、この数十日間は極めて貴重な日々だった。

468名無しさん:2020/05/17(日) 16:35:01 ID:PtVtWlxw0
実情と噂はやはり相容れないものだ。
街の法律で規制されている風俗関係の業界はその実、暗黙の了解で認知されており、過激なことをしなければその存在は摘発の対象外になっている。
しかし、従業員に対して何らかの不正行為などが発覚した際には容赦なくその店は摘発され、見せしめを受ける。
対外的には綺麗な街ではあるが、やはり、警察は取り締まりすぎると問題が起こりやすいことを知っているのだ。

このことを万が一記事にしようものなら、アサピーが朝日を拝むことは二度とないだろう。
暗黙のルールとは総じてそういうものなのだ。
踏み越えてはならない一線。
それを暴き立てることで得をするのが自分一人しかいないのであれば、それは報道するべきものではない。

少なくとも、この街の警察は全ての不義を叩き潰しているわけではないのだ。
口にはしないが、恐らく、このことは市長の耳にも届いていないのではないだろうか。

<ヽ`∀´>「正直者がバカを見ることのないようにするのが警察の仕事ニダ。
      密輸組織は潰しても潰しても湧いて出てくるから、いっそ全貌を把握しようと思うニダ。
      だからそのためには、まず末端を見つけてそこから大物を見つけ出すのが目的ニダ」

獅子を仕留める際は四肢を奪え、という言葉が示すとおり、大きく厄介な獲物を仕留めるために足元から囲んでいくという考えだ。
これはジュスティアの中で浸透している考えであり、特に、警察の中で大きな割合を占めえる考えでもあった。
大捕物が行われる時には、間違いなくその末端が発端となるため、捜査方針の鉄則と言ってもいいだろう。

(-@∀@)「もしも不法に入ってきた人間を見つけたらどうするつもりで?」

<ヽ`∀´>「放っておけばそこからまた腐るから、捕まえるしかないニダよ。
      で、今日アサピーに協力してもらいたいのはその人間達の生活とかを撮影してもらいたいニダ」

(-@∀@)「え? 捜査現場とか、密輸品現場とかそういうのでなく?」

警察の広報活動をするのであれば、警察の活躍を撮影する必要がある。
例えば、警官が犯人を逮捕する瞬間や、悪人が悪事を働く瞬間がそれにあたる。
逮捕された人間が、何故に逮捕されるのかを大衆に知らしめるためにもその類の写真は必要不可欠だ。
犯人に関しては可能な限り極悪そうに、そして、反省の色がないような一枚を撮影するのはアサピーたちのような人間にとっては絶対だ。

犯行現場の写真においては、同情をされるような写真が撮れたとしたら、大抵が破棄される運命にある。
子供の写真や、監禁されていたような痕跡一つでもそうだ。
真実は複数あってはならない。
新聞記者やジャーナリストの仕事は詰まるところ、“トマトはこんなにも赤いのだ”、と大声で叫ぶことにある。

それは真実を告げるのではなく、真実を可能な限り大々的に、そして衝撃的な言葉で伝えることなのだ。
単純な真実であればあるだけ、人はそれを盲目的に信じてしまう。
そうなればその記事を取り扱った社の新聞は売れ、犯人――ではない人間も含めて――は社会的な制裁を判決以上に受けることになる。
それこそが、新聞記者たちの仕事なのだ。

例えそれが真実ではないものだとしても、大衆が求めるものであれば必要なだけ誇張するのだ。
記者を志す人間ならば、初心が違ったとしても、自ずとその力が身についてしまう。
アサピーもその技術を持っているが、幸か不幸か記事を書くという才能には恵まれず、執念深い取材というのも得意ではなかった。
彼は写真撮影においてのみ特化した人間であり、それが彼を生きながらえさせるための力だった。

ニダーの指示は、これまでにアサピーが手掛けてきた仕事の中でも、かなり変わったものになることは間違いなかった。

469名無しさん:2020/05/17(日) 16:36:22 ID:PtVtWlxw0
<ヽ`∀´>「この街中の人間に、現状を見せる必要があるニダ。
      不法移民の中じゃ、ジュスティアは無償で助けてくれることになっているらしいニダ。
      何ヶ月か前には、その権利を主張するデモを企てていたから全員捕まえて叩き出したニダよ。
      一般市民の協力を得るためにも、現状を大々的に知らせる必要があるニダ。

      街の中にもぐりこんだ奴を見つけるには、街の人間が一番の協力者ニダ」

(-@∀@)「じゃあ、ショッキングに見えるように撮ればいいですか?」

悲惨な現状を写すのであれば、そこに必要なのはより衝撃的に見えるよう配置をした写真が好まれる。
例えばベッドの隅にコンドームや注射器を置いたりするだけで、その写真が持つメッセージ性は非常に強くなる。
部屋の中に散らばっていた物を動かすときもあれば、人によってはあらかじめ用意する人間もいる。
一枚の写真にどれだけ多くの“情報”を詰め込めるのかが、カメラマンとしては重要なのだ。

<ヽ`∀´>「そこは全面的に任せるニダよ。
      上から何か言われても、ウリが責任を取るニダ」

このニダーという男は気休めのようにも思えるこの言葉を実際に行うため、厚い信頼を得ている。
来て間もないアサピーですら、それを認識できるほどに彼の言動は立派なものだ。
ジュスティアという街がそうさせるのか、それとも、彼が生まれながらにそう育ったのかは分からない。
元から写真で小細工を弄することは好きではないアサピーとしては、彼とともに仕事ができるのは気分が楽だった。

(-@∀@)「助かります。 で、今日はどんなスケジュールで動きますか?」

<ヽ`∀´>「とりあえず、朝食はしっかり食べるニダ。
      ウリはまだもうちょっと時間をかけて食べるから、アサピーもゆっくりしているといいニダ。
      パイナップルの芯食べるニダ?
      これを売ってる店の婆さんと仲が良くて、安くしてくれるニダよ」

ドライフルーツのパイナップルが入った紙袋を差し出され、アサピーは礼を言って一つ摘みとった。
棒状になったそれは、パイナップルの芯を加工して作られたもので、歯ごたえと食物繊維が豊富な食べ物だ。
口に含み、噛みしめると凝縮された甘みが口の中に広がった。
十分すぎる甘みが知らずに疲れていた脳へと染み渡る。

<ヽ`∀´>「仕事はオンオフが肝心ニダよ」

まだ湯気の立っているブリトーの最後の一片を口に収め、ニダーはそう言った。
警察官という人種を何人も見てきたが、ジュスティアに来て分かったのは彼らが実直な人間だということだ。
トラギコのような人間は例外として、仕事の同僚としてここまで付き合いやすい人種はそうそういない。
それぞれが己の仕事をこなし、余力があれば苦労をしている人間の補助に回り、その立場が逆になることもある。

そうしてその気遣いが連鎖し、仕事が円滑に回転していく。
これがジュスティア。
これが、“正義の都”として知られる街のその中心にいる人間たちなのだ。
冗談を言い合うことはあるが、仕事を疎かにしたり、粗雑な言動をする人間はいなかった。

(-@∀@)「個人的なことを訊いてもいいですか?」

<ヽ`∀´>「答えられる範囲でならいいニダよ」

470名無しさん:2020/05/17(日) 16:37:08 ID:PtVtWlxw0
パイナップルを食べつつ、ニダーは答えた。

(-@∀@)「ニダーさんは警察官になって長いんですか?」

<ヽ`∀´>「そうニダね。
      気づいたらベテランの部類にいたニダね」

合間に紙袋が差し出され、礼を言ってパイナップルをまた一つ口に運ぶ。

(-@∀@)「ありきたりな質問なんですが、何故警察官を目指したんですか?」

<ヽ`∀´>「うーん、難しい質問ニダね。
     ウリは正しく生きる人の味方をしたいと思ったのがきっかけニダね。
     子供の頃にそう思って、気がつけば今の立場ニダよ」

(-@∀@)「なるほど。 主にどのような事件を担当することが多いんで?」

<ヽ`∀´>「この街は警察の足元だけど、だからこそ色々な犯罪が起こるニダ。
      規制の多い場所ではありがちなことニダよ。
      所謂グレーの部分を突っつくような連中がいるニダ。
      ウリはその犯罪を起こす人間たちから情報を得るのが主な仕事だから、特定の種類の事件、ってことはないニダね。

      だから正直、アサピーが来てくれたおかげで外回りの仕事ができて結構嬉しいニダよ」

(-@∀@)「ははぁ、本来は尋問担当者、ってところですかね?」

<ヽ`∀´>「まぁそんな感じニダね。
      あんまり華やかな仕事じゃないけど、やりがいはあるニダ」

(-@∀@)「今までで関わった中で、一番大きな事件は?」

<ヽ`∀´>「うーん、十字教の過激派が企てた大規模なテロニダね。
      間に合ってよかったニダよ」

(-@∀@)「それって、あの“グラウンドクロス未遂事件”ってやつですか?」

<ヽ`∀´>「おっ、よく知っているニダね。
      それを担当したニダよ」

世界にある宗教の一つ、その最大勢力である十字教。
その十字教の一部過激派が、ジュスティアに対して敵対心をむき出しにしているのは有名な話だ。
正義を掲げるジュスティアは悪魔の手先であると信じる彼らは、ある時、大規模な無差別テロを企てた。
ジュスティア市内で毒と爆薬を使った同時テロの計画は未然に防がれ、組織はジュスティア軍と警察によって文字通り壊滅した。

市内に潜伏していたテロリストとその支援者が逮捕され、裁判を受けるまもなく処刑された。
それに対して多くの人権活動家たちが講義の声を上げたが、ジュスティア警察代表者はただ一言、“殺されそうになった者の人権を案じよ”と言い放った。
密かに話題になったのは、果たしてどのようにその情報を得たのか、ということだったがコメントは一切出ないまま、事件は終わりを告げたのである。

(-@∀@)「いいんですか、それを僕に教えて?
      だって確か、関係者への報復を防ぐために関係者の名前は伏せるって――」

471名無しさん:2020/05/17(日) 16:37:55 ID:PtVtWlxw0
<ヽ`∀´>「あっ、やべっ……
      これ、オフレコで頼むニダね」

(-@∀@)「それはもちろんですよ!!」

<ヽ`∀´>「他に何かあるニダ?」

(-@∀@)「多分答えてもらえないとは思うんですけど、先日連行されてきたティンカーベル事件の容疑者たちの尋問は、ひょっとしてニダーさんが担当されるので?」

ニダーは相変わらず薄らと笑顔を浮かべたまま、涼しい顔で答えた。

<ヽ`∀´>「訊いてどうするニダ?」

(-@∀@)「いえ、僕の写真が使われるのなら、嬉しい限りだなぁと」

<ヽ`∀´>「あの写真は間違いなく使われるニダ。
      報酬は追加で出るから、安心してほしいニダ。
      あれだけの事件の写真だから、まぁ5000ドルは下らないニダね」

(;-@∀@)「そ、そんなに?!」

<ヽ`∀´>「しかもあのカラマロス・ロングディスタンスの裏切りを証明する一枚ニダ。
      軍は大荒れ、上層部はもうカンカンだったニダよ」

(;-@∀@)「なるほど、もしやとは思っていましたが、ひょっとしてニダーさん、僕の護衛も兼ねています?」

<ヽ`∀´>「ん? そりゃそうニダ。
      重要参考人を警護しないなんて有り得ないニダよ」

(-@∀@)「それは心強い」

<ヽ`∀´>「だから泊まってるマンション一棟全部が、警察寮になっているニダ」

(-@∀@)「……え? あそこ、そうだったんですか?」

<ヽ`∀´>「聞いてないニダ? 特別武装隊警官の候補生たちの寮だって」

(;-@∀@)「そりゃ、確かにみんな同じ時間に帰ってきて、朝早いですが……」

<ヽ`∀´>「ま、そんなわけで暴漢が襲撃してくることはそうないニダ」

(-@∀@)「なるほど。 ありがとうございます」

<ヽ`∀´>「ウリからも質問してもいいニダ?」

(-@∀@)「えぇ、もちろんですよ」

<ヽ`∀´>「トラギコとはどこで知り合ったニダ?」

(-@∀@)「ティンカーベルで偶然……」

472名無しさん:2020/05/17(日) 16:38:15 ID:PtVtWlxw0
実際には彼の家にトラギコが潜伏しており、脅される形で協力することになったのがきっかけだった。
彼の噂は聞いていたこともあり、その破天荒さについては素直に受け入れることができた。
今ならよく分かるが、“虎”と呼ばれる刑事について知らない新聞記者はモグリだ。
ペンを用いても彼にも勝てない。

現実問題、ペンで対抗できる相手は限られている。
新聞が銃にも勝るとしたら、それは相手が命よりもプライドを重視する人間が相手の場合だけなのだ。
もし、アサピーが変な正義感に駆られた新聞記者で、トラギコの粗暴な言動について取材を進めていたら、カメラもペンも全て破壊されていただろう。
彼と行動を共にして分かったのは、彼は根っからの善人であり、警察の仕事は彼の天職だということだ。

<ヽ`∀´>「よく一緒にいられたニダね。
      殴られたりとかしなかったニダ?
      あいつ、マスコミが大嫌いだから、よく記者なんかと揉めるニダよ」

軽く小突かれることはあったが、それ以上の暴力行為はなかった。
トラギコが丸くなったのか、それともアサピーが特例なのかは分からない。

(-@∀@)「うーん、殴られはしませんでしたね。
      ニダーさんはトラギコさんとどれくらいの付き合いになるんですか?」

<ヽ`∀´>「うーん、多分向こうはウリのことあんまり知らないと思うニダ」

(-@∀@)「意外ですね、ニダーさん顔が広そうなのに」

<ヽ`∀´>「向こうは現場職、ウリは内勤だからしかたないニダよ。
      それに、ウリとあいつは仕事で顔を合わせることがまずないニダ」

(-@∀@)「ん? それはどういう……」

<ヽ`∀´>「っと、そろそろ始めるニダよ」

会話はそこで切り上げられ、二人は車を出た。
夏の日差しの下、これからさらに暑くなることを予感させる空気の中を歩く。
薄手のスーツを着ていたが、すでにその下には汗が滲み、額には汗が浮かんでいたためにすぐに脱いだ。

(;-@∀@)「しかし、今日も暑いですね」

<ヽ`∀´>「まだ九月ニダ。
      後は良くも悪くも、この暑さはスリーピースが原因の一つニダね」

(;-@∀@)「あの外壁が? 何故?」

<ヽ`∀´>「あれは冬になると外気を防ぐ役割があるけど、逆に、中に熱気が溜まりやすいニダよ」

(;-@∀@)「なるほど、防御の代償ですね」

<ヽ`∀´>「まぁこの時間は仕方ないニダ。
      八時になったら涼しくなるニダよ」

473名無しさん:2020/05/17(日) 16:38:47 ID:PtVtWlxw0
(;-@∀@)「確かに、八時以降は涼しいですよね。
      気にしてなかったけど、その理由を訊いてもいいですか?」

<ヽ`∀´>「壁が太陽光発電を兼ねているニダ。
      で、蓄えた電力を使って送風換気をするニダよ」

(;-@∀@)「でかい換気扇でもあるんですか?」

<ヽ`∀´>「そんな感じニダ。
      詳しくは安全の問題にも繋がるから教えられないけど、八時以降にならないと夏はちょっと厳しいニダ」

(-@∀@)「換気扇が止まったら大変そうですね」

<ヽ`∀´>「ははっ、確かにそうニダね」

ニダーの半歩後ろを歩き、彼の進む場所の見当を頭の中でいくつか浮かべる。
街の中には貧困層が多く住まう場所があり、それは意図的に密集させられていると聞いている。
それを実施した当時は治安の悪化が懸念されたが、警察の介入と行政による保障によってその心配は杞憂に終わった。
だがそれでも、収入が少ない家庭というのは存在し、街の保障は手厚いとは言っても、自ら稼ぐことが前提となっている以上は手放しで暮らすことは許されていない。

二人が歩いているのはまさにその貧困層の集まる場所であり、行き先については正直なところ、ここにある店の全てが対象と言っても過言ではない。
アサピーには記者の頃からの習慣として、何かが起きた際、その背景について想像を膨らませるという癖があった。
それは写真を撮る際の物語を作りやすくなるだけでなく、確信を突いた質問を相手にできるという行為を空き時間で済ませることで、相手に逃げる隙を与えないための工夫だった。
住宅密集地にある小さな駐車場で立ち止まり、ニダーは腕時計を見た。

<ヽ`∀´>「さて、そろそろニダね」

(-@∀@)「へ?」

何かを考える間もなく、次の瞬間、目の前にあった二階建ての建物の扉が爆音と共に吹き飛んだ。
間髪入れず、扉を失った入り口の奥で白煙と閃光、そして何よりも耳を弄する強烈な炸裂音があふれ出し、アサピーを襲った。
耳鳴りが耳の奥から消え去らぬ事を知りながらも、反射的にアサピーは左耳を塞いでいた。
これが閃光手榴弾によるものだと分かったが、それ以上は何もできない。

隣で同じだけの音を聞いていたはずのニダーは涼しい顔でその建物に目を向け、事の行く末を見守っている。
アサピーの右手はカメラを握り、無意識の内にシャッターを切って数枚の写真を撮影していた。
フィルムとは違い、そのカメラは彼の想像以上の速度で写真を撮影できるうえに、気に入らない物は後でいくらでも削除できるため、被写体を狙えない状況ではこうして何かを撮影することを癖づけていたのだ。
鼓膜の奥で音がこもり、やはり何も聞こえない中、アサピーがようやくカメラを構えることが出来たのは爆音から一分後のことだった。

<ヽ`∀´>「……」

ニダーが何か言っているのは分かったが、まだ言葉としての認識が出来ないため、アサピーは彼ではなくファインダーの先に意識を集中させた。
薄れていく白煙の中から、やがて、人影が見えてきた。
それは武装した警官と、後ろ手に手錠をされた男たちだった。
建物の近隣からぞろぞろと野次馬が出てきて、その様子を眺め始めている。

逮捕劇ではよくある光景だったが、アサピーは広角の写真を数枚撮影し、その後は逮捕された人間達が護送車に乗せられるまでを撮影した。
サイレンが遠ざかっていくのが分かったため、アサピーはニダーの方を向いた。

(;-@∀@)「何だったんですか、あれは」

474名無しさん:2020/05/17(日) 16:39:47 ID:PtVtWlxw0
<ヽ`∀´>「あれは売り子の逮捕ニダ。
      禁止されている薬物を仕入れて、それを売りさばいていたニダ。
      依存性の高い薬で、しかも安価ニダ。
      ここ最近で警察が一番手を焼いている代物ニダ」

(-@∀@)「安価で依存性が高い、ってことは、簡単に広まるってことですものね。
      その薬の出どころは分かっていないんです……よね?」

<ヽ`∀´>「そうニダ。
      ぶっちゃけて言うけど、これは相当重要な仕事ニダ。
      ウリたちは捜査本部とは独立した形で調査して、その根元を見つけるニダ」

(-@∀@)「で、どうしてそれを僕に見せたんですか?
      不法に入ってくる人間達の生活の様子を撮影するのが目的では?」

<ヽ`∀´>「それは署内で使う建前ニダ。
      本命は、そうやって入ってくる連中と薬との因果関係を示す物、そのパイプラインを見つけることニダ。
      アサピーは信頼に足る人間だ、って市長からの推薦もあってウリと組むことになったニダ。
      ただ、やることは変わらないニダ。

      連中に関する写真を撮ってほしいニダ」

つまり、撮影するべき写真も目的も変わらないが、本質が変わってくるということだ。
アサピーが撮影した写真は恐らく、不法移民を摘発するために市民に協力を仰ぐことに使われるだろう。
それはあくまでも副産物であり、本命は薬物売買の根本を見つけること。
その証拠品と人間の撮影に、アサピーは使われるのだ。

(-@∀@)「……なるほど」

<ヽ`∀´>「今さっき撮った写真、ちょっと見せてほしいニダ」

アサピーはカメラをギャラリーモードに切り替え、ニダーに渡した。
撮影した写真を次々に見比べ、そして、広角で撮影した写真を拡大し始めた。

<ヽ`∀´>「まずは、ここから始めるニダ」

ニダーが指さしたのは、件の建物から離れた場所に立つ女だった。

(-@∀@)「何故、この女性を?」

夏だからだろうか、女性は薄手の服を着ており、現場となった建物から離れるようにして歩いている様子だった。
髪は肩まであり、根元が黒く、毛先が茶色い。
近くで見なければ年齢は分からないが、偶然移った手の皺がそこまで歳を取っていないことを暗に示している。
顔は化粧でいくらでも誤魔化せるが、手の甲には年齢が如実に表れる。

しかし、とりわけ不自然そうな恰好をしているわけでもないため、アサピーは何故ニダーがこの女性を指したのか理解できなかった。
彼は出し惜しむこともなく、その答えを教えてくれた。

475名無しさん:2020/05/17(日) 16:40:20 ID:PtVtWlxw0
<ヽ`∀´>「ウリが見ていた限り、こいつは閃光手榴弾が使われたか、扉がぶち破られた際の一回しか振り返らなかったニダ。
      恐らく、この建物にいた人間と何か関係があったか、警察に後ろめたいことがあったか。
      もしくは、その両方が考えられるニダ。
      普通、誰が連れていかれるのかまで見たくなるのが人間ってものニダ」

(-@∀@)「なるほど……」

人間の心理、そして、この地域柄が生み出す無意識下の行動がある。
何か揉め事が起きた時、その場所が自分に関係のある場所であれば、人はそこから遠ざかろうとする。
そうでない場合は、事の顛末を見たいという人間の知識欲が働き、事件現場から現れる新たな情報に目を向けようとする。
この近隣の人間は警察に対して、間違いなく好印象を抱いていない。

グレーゾーンの中で生活する人間達にとっては、警察はいつ現れてもおかしくない存在であり、それが自分に関係のある存在である場合、すぐにでも逃げなければならない。
そのため、警察が誰を連行するのかを見定める必要がある。
自分に関係のある人間であれば足早に逃げ去り、関係がないようであれば、元通りの生活を今までよりも慎重に過ごすことになる。
ニダーの観察眼が確かであれば、女性は一度だけしか振り返らなかった。

それはつまり、音のした場所には彼女の関係する人間、もしくは彼女はこの地域に関係のない人間であることになる。
前者がニダーの予想で、後者だった場合は完全な徒労に終わる可能性があるが、服装と時間帯がそれの可能性を極めて低くさせている。
徒労に終わらない捜査など、警察官の中にはないのだろう。

<ヽ`∀´>「ま、捜査の基本は足を使うことニダ。
      一緒に頑張るニダよ」

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              ////!:.:.:.:.:.:./: : : : : i:.:.:.:.:.i{
              '////,:.:.:.:.:.:i: : : : : : !:.:.:.:.:.》 同日 AM08:03
              '////〉:.:.:.:.!: : : : : : }:.:.:./
           //// {:.:.:.:.:乂: : : : /:.:.:{
             {////.{:.:.:.:.:.:.:.:.): : /:.:.:.:.}
           '///ア=、 7== ゝ'~~し
           ゝイ   ノ {
                {_丿
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鉄製のフライパンの上で、厚切りのベーコンが弾けるように踊り、甘く香ばしい香りを放つ。
弾ける油に臆することなく適切な時間でそれを反転させると、黄金色と表現するにふさわしい焼け目が上になる。
そして再び油の中でベーコンが爆ぜ、香ばしさを際立たせる。
そこに新鮮な鶏卵を加え、少量の水と共に素早く蓋をする。

料理人の体内時計通りにトースターが時間を告げ、エプロンを付けた男はフライパンから蓋を取る。
白い湯気と共に甘い香りが広がる。
素早くコンロの火を止め、ベーコンが目玉焼きと一体となったまま、余分な水分が入らないよう慎重にフライ返しで平皿に盛り付ける。
瑞々しいレタスとミニトマトを添え、焼けたばかりのトーストを別の皿に乗せて朝食が完成した。

(´<_` )「おーい、イモジャー、ご飯できたぞー」

476名無しさん:2020/05/17(日) 16:41:54 ID:PtVtWlxw0
オットー・スコッチグレインは日課の朝食作りを終え、妹のイモジャ・スコッチグレインを呼びに部屋に向かった。
恐らくは着替えを終えている妹の部屋は、彼が料理を作ったキッチンのほぼ真上に位置している。
跫音や物音は特に聞こえなかったため、まだ寝ていると考えた。
起立性調節障害を患っているイモジャは、朝早くに起きることが非常に難しく、誰かの手を借りなければ自力で起床するのは困難を極める。

起立性調節障害はその特性ゆえに、理解のない人間からは怠け病の様に言われるが、本人とその家族は苦しみの中である一定の時期を過ごさなければならない。
彼の妹もまた、その理解を得られなかったためにこうして引っ越すことに同意し、ついてきたのだ。
田舎の町ではあるが、学校は機能をしており、妹の抱える病気についての理解もあった。
冷房の効いた部屋に入ると、イモジャはまだ布団の中にいた。

l从-∀-ノ!リ人「うー」

(´<_` )「半熟の目玉焼きが台無しになっちゃうから、起きてくれ」

揺さぶるが反応はなく、オットーは仕方なく彼女を持ち上げるようにして起こした。

l从・∀・ノ!リ人「うおー、おはようなのじゃー」

猛烈に気だるげな返事をする妹に、オットーは微笑みをもって挨拶を返した。

(´<_` )「おはよう、イモジャ。
     さぁ、ご飯にしよう」

妹の手を引く形で起こし、階段を慎重に降りる。
気が付けば、階段にまでベーコンの香ばしい香りが届いていた。
この町で作られている燻製ベーコンの味は彼が今までに食べてきたどのベーコンよりも濃厚で、芳醇だった。
恐らくは燻製の段階で使われているチップが違うのと、育てられている豚がいいのだろう。

人の脳を起こす手段として香りが有効なのは言うまでもなく、それが食欲をそそる物だとなおの事効果は高い。
テーブルに誘導されて席に着き、イモジャは目の前に並ぶ朝食に目を輝かせた。
ナイフとフォークを使って、彼女はすぐに料理を食べ始めた。
その姿を見て、オットーは自分の努力が一瞬で報われ、誇らしい気持ちで満たされる。

自分も椅子を引いて食事を始め、改めて自分の料理の才能と食材の持つ潜在能力の高さに驚かされる。
こうして並ぶ食材の全てがこの町、カントリーデンバーで生産された物だ。
若干分厚く切ったベーコンの脂身はサクサクとした食感をも有し、噛む度に甘い油が口の中に広がる。
目玉焼きに使われている卵の黄身は味が濃厚で、単純な料理でありながらも、その味は贅沢なものだった。

ベーコンに黄身を絡ませたものをトーストに乗せれば、それだけで十分な料理へと変貌する。
レタスはみずみずしさだけでなく、程よい苦みと甘みがあり、トマトの酸味と甘みは口の中を一口毎に再調整してくれる。
紅茶をポットから妹者の目の前に置いたマグカップに注ぎ、自分のカップにも注ぐ。
漂う豊かな香りにめまいを覚えそうになる。

これと同じものを栄えている街のレストランで食べようものなら、百ドルは下らないだろう。
だがここでは数ドルで済む。
費用的にも味的にも優れた食事が供給されていれば、確かに、この町が悪戯に発展の道を選ばないのも頷ける。
経済を選んだ先にある物を、オットーは知っているつもりだった。

477名無しさん:2020/05/17(日) 16:43:50 ID:PtVtWlxw0
経済とは確かに生き物のように成長と減退を繰り返すが、その根底にあるのは人間があってこそだ。
人間がいなければそもそも経済などという概念は存在せず、それは意味を持たなくなる。
より豊かな富を求めるのであれば話は別だが、幸福な生活を目指すのであれば、この町は非の打ち所がない。
衣食住が整ってさえいれば、人は十分に幸せなのだ。

(´<_` )「学校はどうだ? 慣れたか?」

l从・∀・ノ!リ人「慣れたのじゃ!
        皆優しい人ばかりで、すっごい楽しいのじゃ!」

以前までは教師の理解が得られなかったために、学校に登校することを嫌がっていた妹の変化に、オットーは改めて自分の決断が正しかったと確信する。
学校が楽しいという言葉は、保護者としては嬉しいことこの上ない。
学び、育ち、そして自分の夢を見つけられることが兄の願いだ。
彼女が生きるこの世界を、少しでもよくしようと活動する甲斐がある。

力が全てを決定し得る時代など、人間ではなく動物の歴史だ。
武力、財力、権力。
それらを持たない者は無力さを嘆き、力の前に屈するしかない。
オットーはそれが我慢ならなかった。

人が人である以上、対話は可能なのだ。
対話が出来るのならば、協力も出来る。
協力が出来るのならば、世界は間違いなく変化できるのだ。
力で全てを押し切らずとも、人は分かり合える世界を作り出せる。

そのための歩みを人が選ぶために、彼は、ティンバーランドへと協力しているのである。
フィンガーファイブ社はティンバーランドへの資金援助と活動の協力をする内藤財団直系の企業であり、彼らはその従業員だ。
親族が主な経営を行っており、オットーたちも役割のある従業員だったが、特例休暇を取得して今に至る。
彼らがティンバーランドへと加入する条件に挙げられたのは、イルトリアの魔女、ペニサス・ノースフェイスの殺害だった。

それは辛くも成功し、二人はティンバーランドの一員として認められた。
兄のアニー・スコッチグレインは大怪我を負い、自力での歩行は出来ない。
ペニサスを襲撃した際に右腕と右足、睾丸を欠損し、入院中に左足の健が切られて焼き塞がれた。
意識を取り戻してからはリハビリに専念するため、今も自室で体を動かしている。

そんなことを考えていると、汗で濡れたシャツを着たアニーがやってきた。

( ´_ゝ`)「おお、美味そうだな」

機能を奪われた腕と足には、軽量合金で作られた強化外骨格が装着されている。
戦闘用ではなく、医療用の強化外骨格は短い充電で長時間の活動が可能であり、失われた手足の機能を補って余りある力を持っていた。
使い慣れるのに少しだけ時間がかかるが、それでも、手足を失ったストレスを大いに緩和する力があった。
防水性が高く、腐食しない素材で作られた強化外骨格を取り外すのは就寝中ぐらいだろう。

今では新たな手足として受け入れることにし、彼はこうして毎朝運動を兼ねて自室でのリハビリに勤しんでいる。
給与は会社からもらえるが、ここでは金があっても大した意味を持たない。
生活できるだけの力がなければ、金など、意味がないのだ。
小さなコミュニティ故に対人関係は慎重にならざるを得ず、オットーは家事を済ませた後は町の人と共に山に向かい、害獣の駆除などを手伝うことになっている。

478名無しさん:2020/05/17(日) 16:45:17 ID:PtVtWlxw0
害獣駆除には銃や罠を使い、獲れた獣は参加者に平等に割り振られる。
毛皮などは加工され、土産や冬に使う道具に姿を変える。
まさに、自給自足の生活だ。
その生活を一人で行うのは不可能であり、協力し合わなければならない。

例えそれが、越してきて間もない人間だとしても。
この町に住むということは、この町の一部になるということなのだ。

(´<_` )「美味そう、じゃないぞ。
     美味いんだ」

( ´_ゝ`)「そりゃあ期待できそうな言葉だ。
     どうだ、イモジャ、美味いか?」

l从・∀・ノ!リ人「美味しいのじゃ!」

( ´_ゝ`)「イモジャがそう言うんなら美味いに違いない」

そして、家族団らんの時間が始まる。
登校開始まではまだ時間があるため、三人は他愛のない話をして、この時間を有意義なものにする。
彼らは、まだ知らない。
知る由もない。

――その団欒がそう遠くない内に失われるということに、まだ、気づいていない。

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.  . '  :     '    ,     ;   '   ,     ;   同日 AM09:56
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ヴォルデモールから海岸沿いに西に進んだ場所に、その町はあった。
スミーカノステという小さな町で、レストランと兼業しているモーテルが一件だけしかなく、料理を提供する店も五指に収まる程だ。
漁村、という言葉がしっくりくるとデレシアは胸中で思った。
南にあるカントリーデンバーと同じように、極力自給自足を目指しているつつましい町だが、ここは気候が厳しいために農作物は外部に頼らざるを得ない。

479名無しさん:2020/05/17(日) 16:47:10 ID:PtVtWlxw0
新鮮な魚介類を買うことが出来るが、近くにある大きな街と比較すればその漁獲量は微々たるものだ。
自分たちの生活を維持するために毎日働く。
それが、このスミーカノステという町なのだ。
このような形態の町は特別なものではなく、世界中に点在している。

豊かな経済力を手にできない以上は、そこに住む人間達が不都合なく生活できるだけの生活力を身に付けるしかない。
そうして自力で生きられるようになった町だけが、今は生き残っているのだ。
優れた形態の町だけが生き残り、そうでない、依存しきった町は衰退し、滅んでいく。
特に、不定期に訪れる食糧難と異常気象は海沿いに住む人間達にとっては決して避けられない問題だ。

内陸の町も日照りなどの被害を避けられるわけではなく、いつの日か訪れる災厄に対抗する力を蓄えている。
近隣の町が協力し合うこともあれば、逆に、相手の町の持つ力を奪い取ろうとする人間達もいる。
自然淘汰の末にあるのが今の町であり、今ではほとんど小競り合いのようなことは無い。
町が生き残るためには経済に頼らなくてもいい。

町とは人間が集まって出来る物であり、人間が集まるためには安定が必要だ。
非常時に硬貨など何の意味も持たない。
水と食料。
この二つと住む場所さえあれば、人は生きていくことが出来る。

故に、今生き残っている町は非常時への備えがあるか、圧倒的な力を有しているかだ。

ノパ⊿゚)「見事に何もねぇ町だな、ここは」

ヒートの感想が彼女の口から思わず漏れ出た感想は、核心を突いていた。
建ち並ぶ家屋の間隔は広く、道路は未舗装。
屋根や地面には雪が残り、吹き付ける風を防ぐものはほとんどない。
ヴォルデモールと比べて市場に活気もなく、寒々しく寂しい印象は拭いきれない。

ζ(゚ー゚*ζ「市場もこの町の人間向けのだから、呼び込む必要もないからね。
      活気を出す必要がないのよ」

(∪´ω`)「お店は、それで大丈夫なんですか?」

いい着眼点と質問だった。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、誰が何を売って、誰が買うのかが決まり切っているから大丈夫なのよ。
      それにここでは物々交換が基本になっているから、お金のやり取りがあまりないの。
      波力と風力発電があれば、ベルリナー海でいくらでも電力が作れるからね」

ノパ⊿゚)「船の修理とか、その辺はどうなってるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「修理屋さんを代々やる家があるから、そこが請け負っているのよ。
       何かあった時に修理をする代わりに、食料とかを先払いでもらえるの」

このような形態の町は世界中に点在し、世界の経済活動には大して関心を持たない人間の集まりとなっている。
稀にその形態を変えて商売の道に切り替える町もあるが、その多くは失敗に終わっている。
観光を売りにするには他とは違うものがなければ意味がなく、付け焼き刃的な名物などを生み出したところで、客は来ないのだ。
口コミやラジオ、あるいは新聞を使って情報を広めたとしても、素人の思いつく発想はたかが知れている。

480名無しさん:2020/05/17(日) 16:47:31 ID:PtVtWlxw0
文明的な道具に頼らなければ、人は十分に生きていくことが出来る。

(∪´ω`)「おー、その人たちの道具が壊れたら、どうするんですかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、いい質問ね。
       その時は町の外に行かないといけないから、お金が必要になるの。
       大体の場合、何か売る物を持って別の町に行ってお金を稼いで、それから道具を修理してもらうわね」

ノパ⊿゚)「道具に頼らなければ自給自足で済むわけだな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 だからこの町はある意味、完成された形でもあるの」

三人の後ろを静かに自立走行するディを見て、デレシアはそう言った。

ζ(゚ー゚*ζ「この辺りは来たことあるの?」

(#゚;;-゚)「はい、通り過ぎたことがあります」

(∪´ω`)「じゃあ、こうしてお散歩するのは初めて?」

(#゚;;-゚)「そうですよ、ブーン。
    むしろお散歩自体、私にとっては初めてのことです」

ノパ⊿゚)「散歩のできるバイクなんて、多分ディぐらいだろうよ。
    あたしの知る限りはそうだ」

デレシアの知る限りでも、同意見である。
普通のバイクに散歩という概念は当てはまらないが、ディの場合、情報を吸収するための活動としてそれを自発的に行う設定が可能だ。
実際、ラヴニカでは単独での走行によって地形情報の更新を行っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「自立走行が出来るバイクは何種類か作られたけど、こうして理想的な形態になったのはディだけよ。
       どう? 初めてのお散歩は」

(#゚;;-゚)「走るよりも細かな情報の取得が可能です。
    交通量や人の動きについては、このように観測する他ありませんから」

町を見て回るのに、そう時間は必要なかった。
数十分で一通り見終わると、三人と一台は見晴らしのいい高台へと向かった。
灯台の立つそこからはベルリナー海を一望でき、眼下に岸壁と砂浜が広がっている。
絶えず強風が吹きつける立地だが、高潮に巻き込まれる心配もなく、仮に襲撃者がいてもその方向が特定できる。

夜は風が強く寒いだろうが、それもまた、キャンプの楽しみである。
ディを停め、デレシア達はテントの設営を始めた。
ティンカーベルでのキャンプを思い出したブーンは、腕のリハビリを兼ねて作業をするヒートを積極的に作業を手伝う。
時にはブーンがハンマーを振るってペグを打ち付け、フレームを組み立てる。

三人と一台が寝泊まりするのに十分な広さのテントが建ったのは、設営開始から数十分後のことだった。
冷たい風が火照った体を心地よく撫で、太陽の光が強さを増す。
白い雲が風に流され、ベルリナー海から続々とやってくる。
椅子を海に向けて置き、ローテーブルの上でデレシアは紅茶を淹れ始めた。

481名無しさん:2020/05/17(日) 16:50:06 ID:PtVtWlxw0
(∪´ω`)「はいすいの、じん?」

(#゚;;-゚)「背水の陣、です。
    あえて自らを追い込むことで力を発揮させる方法と言われています」

(∪´ω`)「怖いお……」

(#゚;;-゚)「はい、怖いですね。
    ですが人間には、その怖さが力になる時があるようです。
    ちなみに私は、まんじゅうが怖いです」

(∪´ω`)「お? まんじゅう?」

(#゚;;-゚)「今のは冗談です」

ヒートとデレシアが紅茶を飲む間、ブーンはディの上に跨り、会話を続けていた。
正確には、ブーンはディのタンクの上で本を広げ、勉強を教わっていた。
人とバイクとがあのように接する時代を、果たして、誰が予想できただろうか。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、楽しそうね」

ノパー゚)「あぁ、いいことだな。
    そういえば、前にした話の続きをしてもいいか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、いいわよ」

ノパ⊿゚)「連中は国を作る、って言ってたけど何でそんな面倒なことをするんだ?
    今のままじゃ何か不都合なことでもあるのか」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ、昔の話になるんだけど、国っていくつもあったのよ」

デレシアは木の枝を使って、地面に絵を描く。

ζ(゚ー゚*ζ「ここからここまでは、A国のもの。
      ここからここまでは、B国のもの、って分け合っていたの」

ノパ⊿゚)「へぇ、線でも引いて管理してたのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「壁を建てている国もあったけど、基本的にはあまりなかったわね。
      地続きの国は壁を建てるだけでも結構なお金がかかるから。
      その境目に関して問題が起きると、国同士で争うこともあったわ」

ノパ⊿゚)「今でいう、街同士の戦争か」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 今は境目についてはかなり曖昧でしょ?
       それが厳格だったのよ、大昔は」

482名無しさん:2020/05/17(日) 16:50:58 ID:PtVtWlxw0
境目が曖昧だからこそ、道路を進んで舗装する街は少ない。
物流に関わる街であれば、安全な輸出入の道を確保するために舗装と整備を行うが、そうではない田舎の町になると舗装路がある方が珍しい。
旧時代の道路が残っていたとしても、整備されていなければ穴とヒビの多い悪路と化してしまう。
それを避けるために、近くの町同士で資金を出し合い、舗装を依頼することがある。

ノパ⊿゚)「そんな状態に戻してどうすんだ?
    というか、得しないだろ、そんなことしても」

ζ(゚ー゚*ζ「今の状態だとそうね。
      国という統治方法よりも、街の方が便利だもの。
      ただ、あいつらがやろうとしているのは国に分けることじゃなくて、一つの国にすること。
      世界政府、あるいは世界国家、なんていう風に言われている考え方よ」

国境を廃し、統一の基準の元に国という概念を解体する。
そして国を再編成したものが、彼らが長年夢見ている最終目標だった。
今のティンバーランドも恐らくは同じ思想で動いていることだろう。
単位の統一、そして情報の統制がその証拠だ。

各地に散らばった細胞を使い、街と町を繋ぎ、強力な姿へと変貌させる。
カルディコルフィファームはそのいい例で、見方を変えれば小国家としての体を成している。
離れていた町を繋ぎ合わせ、一つの大きな街に姿を変貌させた。
それまで小さかった町が力を得たことにより、周辺地域への影響力は無視できないものがあるはずだ。

ノパ⊿゚)「内藤財団がラジオをあっちこっちに撒いたのも、やっぱりその下準備か」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、間違いなくね。
      世界情勢をすぐに伝えられるし、何より、それが嘘の情報でも十分に機能をするもの」

情報は時として、銃よりも厄介な武器になる。
限られた情報を盲信した人間が昨日までの隣人を殺して回り、大規模な虐殺と紛争が発生することが数年に一度は起こる。

ノパ⊿゚)「ってことは、世界中を巻き込む準備は出来上がっているってことか。
    デレシアはどう思ってるんだ、国ってやつを」

ζ(゚ー゚*ζ「正直、この時代には不要の考え方ね。
      街で十分よ。
      それぞれ違うから面白いのよ、この世界は」

ノパー゚)「そいつは同意見だ」

ζ(゚ー゚*ζ「多分ネックになってるのは、ジュスティアとイルトリアでしょうね。
      国にする必要がないほどの力を持つ街を巻き込むには、それ以上の力がいるわ。
      長期的な目で変えようとはしないで、変えるとしたら一気に動くと思うわよ」

ノパ⊿゚)「大体答えは見当がついてるけどよ、もしもあいつらが動いたら、デレシアはどうするつもりなんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「潰すわよ、徹底的に」

ノパ⊿゚)「質問ばっかりで悪いんだが、あいつらの事を知ってるのは他にもいるのか?」

483名無しさん:2020/05/17(日) 16:51:23 ID:PtVtWlxw0
ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、正にジュスティアとイルトリアね。
      “デイジー紛争”をきっかけに、組織の存在は察知していたわよ」

ティンカーベルで起こったイルトリアとジュスティアの軍事的な衝突。
その背後には、間違いなくティンバーランドの影があった。
双方を争わせることで弱体化、あるいは消滅を目論んだのであろう画策は、だがしかし、ペニサス・ノースフェイスと当時の市長たちの活躍により未遂に終わった。
一発の銃弾が世界を変えたかもしれない事件の当事者は、今はもう誰も生きていない。

ひょっとしたら、ディはいくつかその時のことを記憶しているかもしれない。

ノパ⊿゚)「ま、何かあったらあたしも手を貸すさ」

ζ(゚ー゚*ζ「無理はしないでね、ブーンちゃんが悲しむわ」

ノパー゚)「あぁ、もう無理はしないってことと、あの糞尼は、間違いなくあたしの手で殺すって決めたからな。
    でも、次に無理をするとしたら、そん時はブーンのためって決めたんだ」

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:.:;:べ、___,,/ ̄`ヾ;:::.:..:;.:...::.:::;:.::/.:::.::......`ヽ::::::::..      r-、   .同日 PM05:17
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日が傾き、周囲が徐々に暗くなっていく。
殺伐とした風景が続く中を、トラックの一団は同じ車間と同じ速度で走り続ける。
未舗装の路面が積み荷にかける負担を考え、速度は決して速いとは言い難いが、不満のある速度でもなかった。
最後尾を走るトラックの運転席で、ポットラック・ポイフルはラジオから聞こえてくる音楽を口ずさみ、同乗者に声をかけた。

从´_ゝ从「なぁ、トラギコ、あんたは晩飯何が食いたい?」

二人掛けの助手席に座っていたトラギコ・マウンテンライトは読んでいたペーパーバックから目を上げ、答えた。

(=゚д゚)「肉だな。
    血の滴るような肉とワインがいいラギね」

从´_ゝ从「オサムは?」

トラギコの後ろにある広々とした席で眠っていたオサム・ブッテロが、ぼそぼそと言葉を紡いだ。

484名無しさん:2020/05/17(日) 16:51:57 ID:PtVtWlxw0
( ゙゚_ゞ゚)「あー、パンケーキだ、シロップの滴るようなパンケーキとハチミツが飲みたい」

(=゚д゚)「……気にするな、とりあえず、あんたたちに合わせるラギよ。
    またどこかのダイナーに寄るラギか?」

从´_ゝ从「あぁ、さっきヴォルデモールを通り過ぎた時に看板が見えたなかったか?
     トラック野郎御用達の店は、大体決まってるんだ。
     それに安心してくれ、肉もワインも、パンケーキも食える。
     味は保証するよ」

(=゚д゚)「へぇ、そいつは嬉しいラギね。
    料理評論家みたいなやつらよりも、あんたらみたいな連中の口コミが一番信頼できるラギ」

派遣型の警官であるトラギコにとって、各地にある美味なものを食べるのは小さな楽しみである。
少なくとも、頭の痛くなるような事件が連続している時には美味い物を食べれば多少は心が安らぐ気がするのだ。
高級な料理よりも、やはり、大衆向けの味がトラギコの好みだった。

从´_ゝ从「肉を食っても余裕があるようだったら、そこはコロッケが美味いんだ。
      ジャガイモだけで作ったコロッケなんだが、抜群に美味い」

(=゚д゚)「あとどれぐらいで着くラギ?」

从´_ゝ从「そうだな、この速度ならざっと一時間、ってところだな。
     この辺は路面があんまりよくないから、速度を出せないんだよ。
     小腹が減ったんなら、後ろの席に色々あるぞ」

間髪入れず、後ろの席でオサムが立ち上がる音が聞こえた。

( ゙゚_ゞ゚)「どの辺りだ?」

从´_ゝ从「保冷庫があるだろ? そこに色々あるはずだ。
     腹いっぱいにすると、次のところで食えなくなるぞ」

まるで子供に言い聞かせる親のような言葉だった。
オサムはその言葉で探索する手を止め、席に戻った。

( ゙゚_ゞ゚)「ちぇっ、仕方ない」

二人の苦笑が同時に口から出た時、ラジオからジュスティアに関するニュースが流れ始めた。

『それでは、本日のニュースです。
昨夜、ジュスティア市長のフォックス・ジャラン・スリウァヤからの発表があり、ティンカーベルでの事件を企てた組織に関する情報に懸賞金がかけられました。
ティンカーベルでの事件においては、セカンドロックの襲撃、容疑者移送中の襲撃など、非常に多くの戦闘行動があり、多数の死傷者が出ています。
これを受け、有力な情報提供者に最高で100万ドルの報酬を出すことと、契約先の街に派遣している警察官の人数と装備を改めることが決定されました』

( ゙゚_ゞ゚)「随分とでかく動いてるな」

(=゚д゚)「そりゃあ大事だったからな」

485名無しさん:2020/05/17(日) 16:52:36 ID:PtVtWlxw0
从´_ゝ从「あれだろ、橋を落とされたやつだろ?
      どうなってんだかな、今の世の中」

(=゚д゚)「まったくラギ。
    これで賞金稼ぎが増えることになるラギね」

賞金首は主に発見して逮捕することが困難であると判断した犯罪者にかけられることが多く、その目的は犯罪者に対する牽制だった。
周囲に自分を狙う人間がいると疑心暗鬼になり、不安に襲われて自首する者は決して少なくはない。
生死を問わずにその人物が社会的、法律的な制裁を受けることがジュスティアの達成するべき最低限の目標であるため、賞金首の形態は便利なものだった。
ただし、それを発令するには街単位の判断に委ねることが原則で、ジュスティアが率先してそれを発表することはない。

誤認による被害者や巻き込まれる人間のリスクを天秤にかけた時、ジュスティアとしてはあまり容認できることではないのだ。
故に、市長が依頼をして初めて賞金首が各所に知らされることになる。
今回異例だったのは個人ではなく、組織に対して賞金がかけられたことだ。
トラギコのような現場の人間がこの発表を聞いた時に思うのは、警察本部でさえ組織の情報を掴めていない、という点である。

優れた情報網を持ち、世界中にいる関係者でも有力な情報を得られていないということは、かなり手ごわい組織であると判断することになる。
トラギコの所属する“モスカウ”も恐らくは、正確な情報を掴めていないのだろう。
彼が情報を提供した上層部の下した判断は、決して悪手とは言えなかった。
中途半端に情報を秘匿しても、喜ぶのはジュスティア内部に潜んでいる組織の人間だけだ。

疑問があるとしたら、何故フォックスの発表が遅れたのか、という点だ。
彼は優秀な人間で、判断を誤るとは思えない。
決断するのに時間が必要だとしても、襲撃から二、三日で発表が出来るはずだ。
何かを準備していたのか、それとも、何かを警戒していたのか。

半月も間を開けたことに、トラギコは何か意図があると考えた。

( ゙゚_ゞ゚)「賞金のシステムは悪くないんだが、どうやって情報の真偽を判断するつもりなんだ」

(=゚д゚)「俺に訊くな。 俺は関係ねぇラギ」

情報に対して賞金を懸ける際、必ずと言っていいほど、偽の情報が出てくる。
それは捜査を混乱させ、正確な動きを邪魔する効果がある。
牽制が目的の懸賞金であるのなら、やはり、フォックスが時間をかける必要はない。
モスカウの統率者、ワカッテマス・“ロールシャッハ”・ロンウルフを派遣したことと関係があるのだろうか。

ラヴニカで別れて以降、連絡らしきものは一切ない。
単独行動がモスカウの人間が持つ性質的なものである以上、トラギコとしてはありがたい限りだ。
幸か不幸か、トラギコが欲している情報を持つオサムを手元に置くことが出来たが、言い換えれば面倒を押し付けられた形でもある。

从´_ゝ从「あんたら色んな街に詳しそうだな。
      さっきの店だけどな、ホールバイトって街の出身者がやってるんだ。
      行ったことあるか?」

ポットラックの良い所は、トラック運転手らしく相手の過去に深入りしないところだ。
これがもしも別の、例えば街にあるバーやホテルでの会話であれば、トラギコたちがどこの出身者かと訊くことだろう。
そして二人の仕事についても、あれこれと詮索したかもしれない。
しかし彼は、その辺りの距離感を心得ていた。

486名無しさん:2020/05/17(日) 16:53:09 ID:PtVtWlxw0
(=゚д゚)「“食い倒れの街”か。
    行ったことは無いけど、話は聞いたことがあるラギね」

( ゙゚_ゞ゚)「俺は名前も知らんな。
     どんな場所なんだ?」

从´_ゝ从「タルキールとヴィンスの真ん中辺りにある街で、正直そこまで大きな街じゃない。
     だけど、そこは飯がとにかく美味いんだ。
     屋台だろうがどこだろうが、美味い。
     そんでもって、量がやばい」

ヨルロッパ地方にある街で、海から離れた内陸の方にあることは知っている。
街中にある飲食店の数は、ホテルの数よりも多いと言われているほどだ。
観光客はホテルを予約しなくても飲食店で眠りに落ちるまで滞在できるため、その行為自体が一種の名物の様になっていると聞いたことがある。

(=゚д゚)「他の大盛りがホールバイトの小盛り、って言うのは聞いたことがあるラギ」

从´_ゝ从「あぁ、そのぐらいの差がある。
     実際、三日もいれば四ポンド半は――っと、今はキロで言うんだったな。
     ちょっと待ってくれよ、今勉強してるところでな、一ポンドがコンマ四だから……
     三日で大体二キロは太る」

(=゚д゚)「へぇ、運送業も単位の変更をするラギか」

先月行われた内藤財団による新単位の発表。
内藤財団が関わっていた企業を筆頭に単位の変更が速やかに行われ、その影響は予想に違わず世界中に広がっている。
世界最大の企業である彼らが単位を切り替えると言えば、それに従う会社も切り替えることになり、取引先も否が応でも変更しなければならなくなる。
製造業において単位を握られるということは命を握られることに等しい。

大手の取引先が新規格で製造を指示すれば、下請けはその規格に合わせて製造をする。
すると、従来の規格が邪魔になるため、製造の速度と精度が低下することにつながる。
そうなれば、大手は新たな下請け会社に依頼をするだろう。
取引先を失った下請け会社は生命線を絶たれることになり、待っているのは廃業、もしくは買収されるという未来だけだ。

つまり内藤財団の発表はある意味で、世界中の企業に対する宣戦布告に等しかったのだ。
ライバル視をしている大手企業でさえ、内藤財団とのつながりを完全に断つことは出来ない。
どの企業も商売をする以上、どこかで内藤財団とのつながりが見つかるのである。
“内藤財団指数”とも呼ばれるその形態は、一歩間違えれば経済の支配に繋がってしまう。

それを分かっているからこそ、新単位の発表に対してどの企業も声を上げなかったのだろう。

从´_ゝ从「俺たちは長さと重さの単位が絶対に必要になるからな。
      荷物の大きさと重さで値段も変わるし、トラックの調節も必要になる。
      ま、仕方ねぇさ」

( ゙゚_ゞ゚)「なぁ、その店は値段は高いのか?」

从´_ゝ从「これがな、びっくりするぐらい安いんだよ。
     安くて美味くて量がある、っていうのが売りだからな」

487名無しさん:2020/05/17(日) 16:53:49 ID:PtVtWlxw0
(=゚д゚)「よくそれで商売できるラギね」

トラック運転手は通りかかる街について、旅行客よりもその内情に詳しい。
これからトラギコが向かうヨルロッパ地方は、彼にとってあまりなじみのない地域なのだ。
小さなことでも情報があるだけで物事は有利に進む。
目的地であるイルトリアについて、足を踏み入れようと思うジュスティア人や警察官はいない。

トラギコでさえ、立ち寄ろうと思ったことも、その機会に恵まれたこともない。

从´_ゝ从「街が本家で、その店のノウハウやらレシピやらを系列店や関係店に年間契約で売ってるんだ。
      フランチャイズ、って運営形態らしい。
      だから街全体が潤っているから、飲食業への保証金も多い。
      その分価格が抑えられるんだそうだ」

( ゙゚_ゞ゚)「じゃあ今晩行くところも、そういう店ってことか」

从´_ゝ从「そうそう。 コロッケのレシピとかがそうなんだ。
     例えば1ドルのコロッケが一年で1万個売れたとしたら、その分の売り上げの何割かを支払うんだ」

(=゚д゚)「でもよ、売り上げを誤魔化せば支払う金額は安く済むんじゃねぇのか?」

从´_ゝ从「そう思うだろ? そうなんだよ、実際。
     ただ、そこは信頼関係で成り立たせているのが面白い所なんだ」

(=゚д゚)「ってぇと、店側の主張を信じるってことラギか」

从´_ゝ从「そりゃ、年間の契約費用は別に取られるけどな。
      プラスアルファの金については、店側の主張を信じることになってる」

(=゚д゚)「お人好しっていうか、このご時世に珍しい商売の仕方をするラギね」

从´_ゝ从「あぁ、だから皆あの街が好きなのさ。
     悪事を働こうって気持ちがなくなる」

それから三人はこれまでに訪れたことのある街についての話を始めた。
世界にある街の数、そしてその名前を正確に全て言える人間は学者でさえもいないだろう。
街は生き物のように生まれ、潰え、別れ、そしてまた生まれる。
地図屋は毎年その会社のある街の周辺地域を調査し、地図に仕上げる。

そして地図屋たちは異なる会社であろうとも、最終的にはその地図をある程度の地域ごとにまとめて記載したものを販売する。
特に物流に関わる人間はその地図を頼りに配送をするため、街の位置は非常に重要になる。
道路のある場所ならばまだしも、今彼らが走っているような荒涼とした大地が広がり、道路標識も舗装もない場所では地図が頼みの綱になる。
目標物だけで位置が分かる程に慣れている人間であっても、悪天候や夜間にはその感覚が狂ってしまうため、地図は必須なのだ。

時間が経ち、目的地が近づいてきたことが無線機を通じて先頭車両の男によって全員に伝えられる。
自動運転を切り替える準備を始め、ポットラックは姿勢を正した。

从´_ゝ从「そろそろだな。
      買い出しに行くのはドミニクって奴だ。
      悪いけど、また頼むぜ」

488名無しさん:2020/05/17(日) 16:54:09 ID:PtVtWlxw0
(=゚д゚)「任せるラギ。
    俺たちは店で食ってていいラギか?」

从´_ゝ从「あぁ、ここで一旦長い休憩を取ることになってる。
      トイレとか外の空気を吸いたいとか、色々あるからな。
      ただ、積み荷のことがあるから外に出るのは交代制にしてるんだ。
      モーテルがこの先にあって、到着は大体11時ぐらいになるから、それまでの休憩さ」

(=゚д゚)「分かったラギ。
    何かあったらすぐに声をかけてくれよ」

从´_ゝ从「頼もしいな、助かるよ」

日が暮れ、空が黒と群青色に染まる頃、右手側に広大な駐車場――整地しただけ――と店が見えてきた。
空に輝く星のように、その店の看板は小さな光で照らし出されている。
赤茶色の屋根を持つ一階建てのダイナーはその見かけの割に大きく、店の中は外から見ただけで賑わっているのが分かる程だった。
辺鄙な土地にも関わらずこの人気ぶりは、必然、その料理が優れていることを示している。

トラックの一団は無駄のない動きで隣り合わせに駐車し、無線機を使ってそれぞれの運転手が夕飯の依頼をドミニクに伝える。
トラギコとオサムはトラックを降り、ドミニクと共にダイナーに入った。
店内は外から見た通りに混雑しており、高めの天井が解放感を演出している。
外の空気とは違い、店内の室温は程よく調節されていた。

メモ帳に書かれた注文を店員に伝え、三人は待機用の椅子に座った。

(^J^)「あんたらはここで食うんだろ?」

(=゚д゚)「あぁ、せっかくだからな。
    コロッケが美味いって聞いてな、どうせならビールと一緒に飲もうと思うラギ」

(^J^)「ポットラックはあれで結構グルメだからな、あいつのお勧めなら間違いないさ。
   ……なぁ、あんまり深い意味はないんだか、あいつをどう思う?」

(=゚д゚)「いい奴ラギよ。
    詮索してこないってのがいいラギ」

( ゙゚_ゞ゚)「あぁ、詮索好きは好きじゃない。
    それは俺も同感だ」

(^J^)「そっか、そりゃ安心したよ。
   あいつ結構自分のことを話さないから、苦手な奴もいるみたいでな。
   仲良くしてやってくれ」

(=゚д゚)「そりゃそうラギ。
    むしろ俺らからしたら、乗せてもらってるだけありがたいラギ」

(^J^)「あんた、見た目によらずいい奴なんだな」

(=゚д゚)「よく言われるラギよ」

489名無しさん:2020/05/17(日) 16:54:49 ID:PtVtWlxw0
( ゙゚_ゞ゚)「俺も言われるんだ、実は」

(=゚д゚)「まだ寝ぼけてるのか、後で俺がタバスコジュース奢ってやるラギ」

(^J^)「それならちょうどいいメニューがここにあるんだ。
   チャレンジメニューって言ってな、完食できればタダ、できなければ罰金って奴さ。
   チキンレース、って名前の料理だ」

(=゚д゚)「臆病者でも炙り出すレースラギか?」

(^J^)「鳥の手羽を使った唐揚げなんだが、辛さが五種類あるんだ。
   これが厄介なのさ」

( ゙゚_ゞ゚)σ「辛い料理なら任せてくれ、こいつがいくらでも食う」

(=゚д゚)「そりゃあいい、後で手前の目に特製の目薬をくれてやるラギ」

(^J^)「はははっ、仲いいな、あんたら。
   おっ、料理が来たぞ」

店員が持ってきた紙袋を三人で分担して受け取り、それぞれの運転手の元へと届ける。
そして運転手たちがトラックで食事をする間、トラギコたちはダイナーへ再び向かった。
カウンター席に案内され、二人はビールとコロッケを注文した。
注文の品が来るまで、一分もかからなかった。

コロッケは小皿に一つだけ盛られ、付け合わせには申し訳なさ程度のキャベツの千切りが乗っている。
この辺りの気候の関係でキャベツなどの葉物が高いことは知っているため、二人はそれに対して何も思わなかった。
大人の顔程の大きさのジョッキには金色に輝くビールが注がれ、真綿の様に白く柔らかそうな泡が乗っている。
二人はビールジョッキを無言でぶつけ合い、その中身を呷るようにして一気に飲んだ。

(=゚д゚)「ぷはっ!!」

( ゙゚_ゞ゚)「ふほっ!!」

ソースをたっぷりとつけたコロッケをフォークで半分にすると、中から湯気が立ち上ってきた。
ザクザクとした衣は、間違いなく揚げたてであることを意味している。
潰したジャガイモと、ザク切りのジャガイモで作られたコロッケからは甘く香ばしい香りが湯気と共に漂う。
口に放り込み、咀嚼した瞬間、猛烈な旨味が口中に広がった。

コロッケにつけたソースは酸味、辛味、そして甘味がちょうどいい塩梅で一体となっており、それだけでも十分に美味い。
中のジャガイモには甘味と若干の塩気があり、それがソースによって口の中で一つの料理として完成する。
衣の歯応えは楽しくすらあった。
それを一気にビールで流し込む。

(=゚д゚)「うめぇ!!」

溜息と共に声が出る。
単純な味の中にある複雑な構成は、酒だけでなく普通の食事としても優秀だ。
白米か、もしくはコッペパンが欲しいところだった。
この皿に乗っているキャベツとコロッケを挟めば、恐らくは最高のコロッケパンに化けることだろう。

490名無しさん:2020/05/17(日) 16:55:21 ID:PtVtWlxw0
( ゙゚_ゞ゚)「確かに、こんな美味いコロッケは初めてだ」

(=゚д゚)「そういやよ、お前は主にどこで活動してたんだ?」

( ゙゚_ゞ゚)「何だ、今更俺を逮捕しようってか?」

ラヴニカで合流して以降、二人の関係は良好な物になっていた。
名うての殺し屋のオサムに関する逮捕案件は、トラギコの知る所ではない。
むしろ、記憶を失っている犯罪者を外に連れ出したのは他ならぬワカッテマス・ロンウルフ本人だ。
つまり、ジュスティア警察がオサムの正体を知っておきながら逮捕しなかったことになる。

トラギコがここで彼に手錠をかけてジュスティアに連れて行ったところで、得られる物は交通費などに関する申請書ぐらいだ。
二人の目的が一致している間は、まだ協力関係でいても問題はない。

(=゚д゚)「そりゃまた今度ラギ。
    土地勘がある場所なら、色んな情報が得られるからな」

( ゙゚_ゞ゚)「なるほどな。 だけど俺はヨルロッパ地方にはあんまり来たことはないぞ。
     こっち側はイルトリアがあるからな、殺し屋をやるんならこっち側は相当な実力がないと商売にならない」

(=゚д゚)「確かにな」

西のイルトリア。
東のジュスティア。
世界を二分する時には、このように切り分けることが出来る。
位置もそうだが、互いの街が持つ圧倒的な力が分断する時の最たる理由だ。

( ゙゚_ゞ゚)「仕事で数回だけだな。 少なくとも、十回以下だ」

(=゚д゚)「ってことは、イルトリアも初めてラギか」

( ゙゚_ゞ゚)「あぁ。 あそこに好んで行く奴なんていないだろ。
    それに、あの街で俺が仕事をすることはねぇよ。
    俺よりもやばい奴がいるんだ、冗談じゃない」

残ったコロッケが冷めない内に二人はそれを胃に収め、ビールを追うように飲む。
イルトリアはその多くが軍人、あるいはそれに似た職業に就くことで有名なことからも分かる通り、戦闘行為が日常生活の中に組み込まれているのである。
ジュスティア人が警察に憧れるように、イルトリア人は軍人に憧れ、その職を志すという。
異なる民間軍事会社に就職したイルトリア人が戦場で再会し、殺し合うことは良くある話のようだ。

彼らの恐ろしいところは、人を傷つけることに対して幼少期から訓練を積んでいる人間が多いということである。
学校教育の中で行われる自己防衛の授業では徒手格闘、武器を使った訓練も行うと聞いたことがある。
流石のジュスティアでも護身術を学ぶ程度で、武器を使った学習は行わない。
ある意味、殺しの英才教育を受けた人間達が住む街であるため、目的がない限りは寄り付く人間はまずいない。

しかしその反面、イルトリアの犯罪率は極めて低く、その解決率は極めて高い。
殺し屋であるオサムが忌避するのも頷ける話だ。
イルトリアは銃で武装し、ジュスティアは正義で武装する。
どちらも厄介な存在であることに変わりはないが、正義という精神的なものが介入しない限り、単純な厄介さはイルトリアに軍配が上がる。

491名無しさん:2020/05/17(日) 16:56:02 ID:PtVtWlxw0
( ゙゚_ゞ゚)「この後の話だが、イルトリアに着いてからどうするんだ?」

(=゚д゚)「そりゃ、お互いの目的が来るのを待つだけラギ」

言わずもがな、それはデレシア一行のことである。
彼女がイルトリアに向かうというのは、ただの勘ではなかった。
トラギコが調べた限り、これまで彼女が関わってきた人間の多くがイルトリア出身者である可能性が高かった。
つまり、イルトリアとの強いつながりを持つのであれば、最終的にはそこに辿り着くはずだ。

スノー・ピアサーの到着駅を考えても、イルトリアへ向かう可能性は非常に高い。
件の組織、ティンバーランドと深い因縁のある彼女がイルトリアに向かう理由も、いくらでも考えつく。
無論寄り道などはあるだろうが、トラギコは自分の推測が正しいことを確信していた。

( ゙゚_ゞ゚)「待つのはいいとしても、金はあるのか?
     俺の手持ち、後三ドルだけだぞ」

(=゚д゚)「まだ大丈夫ラギ。
    小遣いもらったからな」

出張費としてもらった金もあるが、ワカッテマスが密かにトラギコの荷物に忍ばせていた金もあった。
付箋に追加出張費、と書かれていただけだが、一万ドルも費用でもらったのは初めてのことだった。
それだけ長期間の出張を予定しているのか、それとも、別の面倒ごとを押し付ける気なのか。
両者である可能性は否めず、これまでの傾向を見るに、その可能性が一番高かった。

しかし金がある以上、トラギコは憂うことなくこの仕事を続けられる。
ティンバーランドの一件がどれだけの期間続くのかは分からないが、彼らがまだ本格的に動いていないのが気がかりだった。
世界中でこれだけ騒ぎを起こしておきながら、まだ、その最終目的が分からない。
経済の支配を目論んでいるのであれば、それはもう十分に果たされている。

だが、それはあくまでも第一段階、途中経過でしかないとトラギコは考えている。
その気になればもっと早い段階で実行出来た問題であり、尚且つ、街を巻き込んだ争いを起こす必要はない。
途中経過のその先、ティンバーランドの歩みの先にある物が分からなければ、この一件は解決することは無いだろう。
恐らくはデレシアがその答え、もしくはヒントを持っている。

彼女に再び会った時の事を考えつつ、トラギコはメニューを開き、豚のスペアリブを注文した。
揚げ物が美味い店は大抵何を食べても美味いのだ。
そして二人は腹八分目で食事を終え、トラックに戻ることにした。

(=゚д゚)「……」

( ゙゚_ゞ゚)「……」

トラックに近づいたところで、二人は無言になった。
二人は同時に拳銃を抜き、安全装置を解除して遊底を引いた。
撃鉄の起きた拳銃を構え、トラックが牽引しているコンテナの方に回る。
コンテナのすぐ傍で三人の男たちが一人の男を囲んでいた。

取り囲まれている男はポットラックだった。
トラギコは銃を背中側に隠し、片手をあげて声をかけた。

492名無しさん:2020/05/17(日) 16:56:33 ID:PtVtWlxw0
(=゚д゚)「よう、どうしたラギ?」

取り囲んでいる男たちは、トラックの運転手ではなかった。
覆面をし、手にはナイフを持っている。
その切っ先はポットラックの喉元に押し当てられ、彼の怯えている表情が見えた。
怯えて声が出せないのは、一目で分かった。

(::0::0::)「うるせぇ、失せろ」

(=゚д゚)「おいおい、怖い事言うなよ――」

次の瞬間、銃声と共にポットラックにナイフを向けていた男が崩れ落ちた。
銃声はトラギコの背後からだった。

( ゙゚_ゞ゚)「――怖すぎて銃爪引いちまったじゃねぇかよ、おい」

残った二人の男が体の向きを変えるよりも先に、トラギコはM8000で二人の膝に銃弾を馳走していた。
膝を破壊されたことによって男たちは悶絶しながらその場に倒れ、悲鳴と呪詛を口にする。
オサムが撃った男は口を押え、くぐもった悲鳴を上げている。

(=゚д゚)「平気か?」

从;´_ゝ从「あ、あぁ、ありが……とう」

(=゚д゚)「なぁに、良いってことよ。
    ところで、この辺りの犯罪者の扱いはどうなってるラギ?」

周囲に見える明かりはまばらで、非常に小さな町の端にこのダイナーがあることは分かる。
問題は、その町の法律がどうなっているのか、だ。
必要であれば引き渡しの手続等があるのだが、それは町の人間でなければ分からない。

从;´_ゝ从「あんたら一体、何なんだ……」

(=゚д゚)「言っただろ、腕っぷしがいいって」

店員の通報を受けて警備会社の人間が現れた時には、すでにトラックは出発した後だった。
駐車場には血痕と重症の強盗。
そして、三つの薬莢が転がっているだけであった。

493名無しさん:2020/05/17(日) 16:56:59 ID:PtVtWlxw0
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:,.__,  ""''''''''':::::......"""''''''"""''''第一章【Remnants of footprints-足跡の残滓-】 了
  """"''''''''''':::::::::;;;;,,,,,....._        ""'"             ....,,_,,,...;:;::''""
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494名無しさん:2020/05/17(日) 17:07:39 ID:PtVtWlxw0
これにて今回のお話はお終いです

質問、指摘、感想などあれば幸いです

495名無しさん:2020/05/17(日) 17:32:35 ID:J.yp0V2s0
乙です

496名無しさん:2020/05/17(日) 18:21:56 ID:/2f3VLtQ0
おつ!
流石兄弟が幸せそうにしてるけどデレ達に惨たらしく殺される未来が見えるから辛い…もう出てこないでくれ…

497名無しさん:2020/05/18(月) 16:39:38 ID:8b3nHezU0

アサピーアニジャオトジャと懐かしい人たちがでてきたな。彼らの行く末はいかに
トラギコオサムのデコボコ感がすごくおもしろい…!イルトリアいってどうなるかな


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