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(=゚д゚)夢鳥花虎のようです

99名無しさん:2018/08/25(土) 22:14:51 ID:Eow5O3ts0
Part2は明日VIPで投下いたします

100名無しさん:2018/08/25(土) 23:29:13 ID:So91oOHM0
乙乙

101名無しさん:2018/08/26(日) 00:02:31 ID:4Qn0XqR60
おつ

102名無しさん:2018/08/26(日) 07:52:30 ID:mLJlPMz20
>>86
曲がり道においては特に最旬の注意

細心の注意

103名無しさん:2018/08/26(日) 12:45:25 ID:0g3MmhxE0

この後のバトルパートも楽しみ

104名無しさん:2018/08/27(月) 06:58:37 ID:272yTWzU0
‥…━━ Part2 ━━…‥

トラギコ達を乗せたバイクはすでに荒野へと進出し、砂煙を巻き上げながらヴェガに向けて着実に進んでいた。
オリノシはすでに遥か後方の地平線に消えていて、振り返っても前を向いても、どこを向いても土と青い空しかなかった。
時刻は午前九時。
荒野を走り続けて、すでに五時間以上が経過していたが、その間両者に会話はなかった。

口を開けばバンダナで塞いでいる口と鼻に砂が入り込むだけでなく、貴重な体内の水分が奪われることを危惧しての事だった。
通り過ぎる景色は荒廃的だが、悪い物でもない。
都市部での生活が長くなればこういう景色を懐かしむのと同時に、恋しくも思うものだ。
空を漂う雲を見るのも良いし、空の青さを堪能するのもいい。

エンジンの鼓動に耳を傾け、タイヤが砂利を踏みしめる感触を味わうのもいい。
早目に町を経つことが出来たことで、道中何もなければ今晩にでもヴェガに到着できるだろう。
陽が頭上に輝き始め、顔に吹き付ける風が冷たさを完全に失っていた。
陽を遮るものが何もない場所なだけに、風は熱を帯び、息をするだけでも汗が噴き出してくるほどの熱気が彼等を襲う。

バイクは天候の影響を常に受け続ける乗り物だ。
このまま走り続けることも可能だが、空腹を覚え始めてきたこともあり、適当な日陰で休憩を取ることに決めた。
折しも、二人の眼前に巨大な岩山が見えてきた時の事だった。
この大地に点在する岩山は最終的には巨大な渓谷へと通じる目印となる。

大地を両断するようにひび割れた裂け目のほぼ中心には、渓谷を象徴する特徴的な岩がある。
大地が隆起し、まるで睡蓮のように変形した岩の姿から、グレートロータス渓谷と呼ばれている。
グレートロータスにある道は自然が作り出したものであり、人の手が加えられている場所はほとんどない。
この場所に町を作ろうとする人間もいないままこうして風雨にさらされ、常に形を変え続ける天然の迷路。

道の両脇に聳える岩は地面から生えたような形をしており、日陰には困らないが、いつ崩れ落ちてきてもおかしくない不安定な形状をしているのが問題だ。
安全に腰を落ち着けて食事を摂る事の出来る場所を探しつつ、トラギコはギアを落としてゆっくりと渓谷を走り始めた。
巨大な門のように聳える岩の間にある道は緩やかな上り坂で、その先は白くかすんでいて見えない。
渓谷に踏み入ると、途端に日影がトラギコ達を覆った。

複雑に入り組んだ狭い道が幸いし、強い風が正面から通り抜けて行く。
日陰で温度の下がった温い風だが、無いよりはいい。

(,,゚Д゚)「そろそろ飯にするラギ」

( ><)「このまま行かないんですか?」

(,,゚Д゚)「合流予定は明日の夜ラギ。
    まだ余裕があるから焦らずに行くラギ」

こういう時、焦って動けば余計に時間を喰う事になりかねない。
焦りは禁物であり、今は不要なのだ。
距離と道のり的に考えて、ここで休んだとしても今夜にはヴェガには着ける計算である。
適当に開けた場所を見つけ、そこにバイクを停める。

先にビロードを降ろし、パニアから缶詰と水、そしてオリノシで買っておいた適当なサンドイッチを取り出させ、ローテーブルに並べさせる。

105名無しさん:2018/08/27(月) 06:58:57 ID:272yTWzU0
(,,゚Д゚)「缶詰は汁も少し飲んでおけよ。
   塩分の補給になるラギ」

ビロードが並べ終えるのと同時にトラギコは紙パックの水に手を伸ばし、貪るようにして食事を始めた。
それに従ってビロードも食事を始める。
余計なことを話すこともなく、谷を風がすり抜けて行く音に耳を傾け、静かな食事が続く。
喉を鳴らして水を飲み、しなびたサンドイッチを胃袋に落としていく。

朝食を兼ねた昼食で最も美味いのは缶詰でもサンドイッチでもなく、水だった。
直射日光によって肌から蒸発していった水分が体の中に取り込まれていく感覚は勿論、喉が潤う瞬間は何とも言えない充実感を覚えられる。
黙々と食事を続けていると、風音の中にエンジン音が徐々に紛れていくのに気が付いた。

(,,゚Д゚)「……嫌な予感がするラギ」

( ><)「思い当たる節でもあるので?」

(,,゚Д゚)「このバイクを盗もうとした奴の指を全部折っておいたんだが、多分その絡みかもしれねぇラギ」

(;><)「指を?!」

(,,゚Д゚)「あぁ。
    前からあの町でバイクを分解されたり売られたり、って話を聞いてはいたんだが、あそこは町ぐるみで盗みや詐欺をするから犯人が捕まる事はねぇんだ。
    だから、指を折っておいたラギ。
    いい見せしめになるだろ」

腰のM8000の弾倉を確認して、安全装置を解除しておく。
報復に来た人間やギャングだった場合、必ず銃が必要になる。
先手が打てるようにしておけば、戦闘を有利に進めることができるだろう。
トラギコの経験的に言えばこれは仲間の報復に来た人間ではなく、モーターサイクルギャングである可能性の方が高かった。

町から追いかけてきたのであれば時間が短すぎる上に、あまりにも愚かすぎる行動だからだ。
となると、この渓谷に入り込んだ人間を獲物にしている人間と考えるのが自然である。

(,,゚Д゚)「お前も銃を用意しておけよ。
    撃たれる前に撃たないと、こっちが死ぬラギ」

(;><)「わ、分かりました」

ビロードもコルトを取り出して、撃鉄を起こした。
装弾数は少ないが、威力が高い。
相手がライフルで武装をしていない限りは、この場所でも十分に戦える。
遮蔽物が無く、それでいて狭い立地は得物の有利不利を無意味にしてくれる。

食事を早々に終わらせ、片付けをビロードに任せてトラギコはエンジン音が近付いてくる方向に意識を集中させた。
音の感覚的に、接近してくるのはバイクのようだ。
やがて姿を現したのはオフロードタイプのバイクに跨る、五人の厳めしい男達だった。
黒いバンダナを頭に巻き、タンクトップの上に黒い皮のベストを身につけ、背中にショットガンをぶら下げた彼らは全員黒いサングラスをかけていた。

106名無しさん:2018/08/27(月) 06:59:26 ID:272yTWzU0
バイクとベストには同じエンブレムがあった。
髑髏の頭を持った鹿のエンブレムは、彼等が間違いなくモーターサイクルギャングの人間であることを意味していた。
そのまま通り過ぎるはずもなく、五台のバイクは荒々しくトラギコ達の前で停車した。
後輪から舞い上がった土煙が風に流され、両者の間に流れる。

(,,゚Д゚)「何か用ラギか?」

(・´ω`・)

男達はニヤニヤしながらトラギコを見るだけで、返答をしない。
後ろでパニアに荷物を詰めていたビロードが手を止めて、彼らを見る。

(,,゚Д゚)「気にせず手を止めるな」

トラギコの言葉の途中で、一人が思い切りエンジンを吹かした。
耳をつんざくほどの大音量だったが、トラギコは眉を僅かに顰めただけでそれを冷ややかな目で見つめている。

(,,゚Д゚)「用があるなら口を使え」

(・´ω`・)

返答はない。
代わりに、五人がそれぞれエンジンを吹かして下品な笑みを浮かべながらトラギコを見つめている。
獲物を狩る前の余裕、前戯的な行為だ。

(,,゚Д゚)「バイクの趣味も最悪だが、そのエンブレムもまるで十二のガキが描いたみたいラギ」

(;・`ω´・)

ニヤニヤ笑いが消え、エンジンを吹かす行為も止んだ。
今度はトラギコが笑む番だった。
モーターサイクルギャングにとって我慢できない事の一つに、己のバイクを貶されることがある。
そしてもう一つ。

彼等にとって、エンブレムは決して汚してはならない信仰対象のような意味がある。
それを貶した人間には死だけが待っており、両方に唾を吐き捨てるような行為を及んだ人間は、楽には死ねない。

(,,゚Д゚)「悪い、嘘が言えねぇんだ」

最後の一言を皮肉そうに放った瞬間、男達の手が背中のショットガンに伸びる。
だが、彼らはトラギコを殺すには遅すぎ、そして弾から逃げるには近づきすぎていた。

(,,゚Д゚)「ビロード!」

トラギコの声はベレッタを素早く抜き放つのと同時に発せられ、銃爪はその直後に引き絞られた。
最も近くにいた男の眉間に小さな穴が開き、すぐさま二人目の胸に当てた。
背後からビロードの射撃が行われ、それは別の男の足を穿ち、バイクのヘッドライトを砕いた。
四人目、そして五人目はトラギコが容赦なく撃ち殺した。

107名無しさん:2018/08/27(月) 07:00:36 ID:272yTWzU0
膝を撃たれた男はバイクから転げ落ち、膝を押さえて悲鳴を押し殺している。
せめてもの強がりなのだろう。
そんな彼の頭に銃腔を向け、トラギコは無慈悲にも銃爪を引いた。
横転したバイクからは虚しいアイドリング音が聞こえていたが、やがて、安全装置が作動してそれも聞こえなくなった。

(,,゚Д゚)「お前、もう少し射撃の練習をしておけラギ」

(;><)「済みません……」

(,,゚Д゚)「警察のない場所じゃ、殺るか殺られるかなんだ。
    躊躇ってたら誰かが死ぬだけラギ」

ビロードは射撃が下手なわけではない。
彼はまだ人を撃つことに慣れていないだけで、その気になれば二人は殺せていたのだ。
一発目が膝に当たったのは、無意識の内に狙いを下に向けていたからであり、それさえなければコルトの銃弾は上半身に当たっていたはずなのだ。
警官になってから日が浅い人間にとって、人を撃ち殺すのはまだ抵抗があるだろうが、それに慣れなければ、現場で殺されるのは自分か仲間だ。

早い段階でそれを学んでもらいたいと思う反面、トラギコのように躊躇いなく人を殺すような精神性は持ち合わせてもらいたくはなかった。
理由はどうあれ、人を殺すことはいつだって心に傷をつける。
今もトラギコはギャングを撃ち殺したが、何一つ気に病んではいない。
最善の結果のために銃爪を引くことが出来なければ警官は務まらないが、倫理観を失ってしまえばただの殺人者に成り下がってしまう。

以前、本で読んだことがある。
軍人と殺人者の違いは任務か、それ以外かであると。
とどのつまり、両者の間にあるのは他者の命令による行動か、それとも己の行動かということだ。
もしもここでこのギャング達を生かしておけば、無害な旅人が殺されるかもしれない。

それらを防ぐためには、こうして殺すのが最善の行動であるとトラギコは考えていた。
彼らに警察の影響が及ばないのであれば、罪に問う必要はない。
そう。
必要はないのだ。

警察はあくまでも契約関係にある街々の秩序を守ることが仕事であり、その他の事件は一切無関係なのだ。
いわば、他人の家で起きた身内揉めのようなものであり、介入はただのお節介なのである。
逆を言えば、契約関係のない場所における警官殺傷はただの傷害事件でしかなく、その判決はそこを管理する町の司法に一任されるのだ。
硝煙の香りが風に掻き消され、渓谷にあった一瞬の喧騒はその姿を消す。

安全装置をかけて銃をホルスターに戻し、バイクに跨る。

(,,゚Д゚)「行くぞ」

( ><)「はい」

後ろにビロードが乗り、車体が僅かに沈む。
そして、トラギコはバイクをヴェガに向けてまっすぐに走らせた。
バックミラーに映る死体はやがて遠くに消え、二人は渓谷を後にした。
背中に感じるビロードの体重は軽く、子供のようにも思えた。

108名無しさん:2018/08/27(月) 07:00:57 ID:272yTWzU0
渓谷を抜けると頭上に青空が戻り、夏の日差しが照らし出す開けた大地が見えてきた。
赤銅色の大地が再び見えてきたが、最大の違いは次に進むべき道は眼下にある螺旋状の下り坂であることだ。
すり鉢状の下り坂は自然の悪戯が作り出した天然の道と言われており、その果てにあるのはグレートロータスの底。
その道には川が流れ、多くの野生動物達にとっての楽園となっている。

猛毒を持つ蛇や獰猛な肉食獣も多く生息しているため、グレートロータスの底は速やかに通り過ぎることが推奨されている。
ギアを落としてエンジンブレーキを利用し、下り坂を進む。
時折小さな石が頭上から落ち、ヘルメットに当たる音が聞こえてくる。
隆起した岩の中には極めて不安定な物もあるため、この場所はいつどこが崩落しても不思議ではない。

足場が崩れるか、それとも頭上の岩が崩れ落ちるか。
全ては運次第である。
こうして走っているバイクの重みで足場がひび割れ、崩れないとも限らない。
可能な限り急ぎつつも、砂という二輪にとっては忌々しい存在を認識しながら、トラギコは断続的にアクセルを捻った。

その甲斐あってか、底に到着するまでに足場が崩れ落ちることも転倒することもなかった。
グレートロータスの底は涼しい風が吹き、頭上を見ると四方を囲む岩によって空の高さを思い知らされる場所だった。
まっすぐ前を向いたとしても、空の果てに白んで見える岩山が己の存在の小ささを認識させる。
蒼い空に浮かぶ白い雲が流れて行く先にあるのは、目的地である賭博の街、ヴェガである。

過去、ヴェガに行ったことは何度もあるが、あの街の印象は決して悪くはない。
どのような街であるかを理解しないで観光だけを目当てで行くのであれば、印象は最悪になる。
人通りの多い場所に並ぶ飲食店も全てが善良な店とは限らず、テーブルチャージの名目でぼったくりを行う店が平然と軒を連ねている。
同様にホテルも高額な請求が滞在後に行われたり、部屋中の鏡がマジックミラーになっていて、変態たちに鑑賞されている場合もあるのだ。

被害を訴え出る人間が多くいるが、それらの大半はヴェガにおける違法な行いにはならない。
ヴェガの法律は基本的なものではあるが、特徴的な一文が加えられている。
本人が同意した契約は絶対である、というものだ。
飲食店もホテルも、全ては契約に基づいて営業をしている。

メニューの裏や店の奥に小さく、そして密かに掲げられている契約文。
誰もが見落とすその契約文に、彼らの行いが契約通りであることを示す一文が書かれているのである。
そういった店が長続きするかと言えば、現実問題としてそうではなく、一年と持たずに閉店するのが常だ。
ただ、潰れても再び立ち上がるのがヴェガに生きる人間達の逞しいところである。

無論、それらはヴェガの悪い部分だけである。
あの街は賭博で栄え、賭博と共に成長をする街だ。
一夜にして億万長者になる者もいれば、家を失う者もいる。
それがヴェガなのである。

ルールを理解して適度に楽しむことを意識すれば、あの街は決して悪い街ではない。
市長は街全体が利益を出せるように動き、街もそれに追従する。
そうして街は日々発展と進歩を続けているのである。
二人を乗せたバイクはやがて、グレートロータスの底から抜け出すための道に差し掛かった。

そして、二人は同時に視線の先にある物を見て、落胆せざるを得なかった。
彼らを待っているはずの道を落石が塞いでいたのである。
周囲の状況を見ると花弁のような岩が数日前に落下したのだろうと推測できるが、その岩の大きさは二階建ての建物に匹敵するほどの高さがあった。
登るのは不可能だ。

109名無しさん:2018/08/27(月) 07:02:03 ID:272yTWzU0
そばをバイクで通り過ぎようにも、砕けた岩が絶妙な角度で塞いでいてバイクでの通過は無理だった。
人間であれば、腰を屈めて通過することが出来るだろう。
岩から少し離れた場所にバイクを停め、エンジンを切る。

(,,゚Д゚)「バイクを捨てて歩くしかねぇな、こりゃ」

陽はまだ落ちていないが、日陰の多く水場の近いこの場所は夕方になればかなり冷える。
キャンプ道具を持って来ていて助かったと、トラギコは心底安堵した。
夜通し歩いても体力を消費するだけだ。
今日は早めにキャンプを始め、夜明けとともに移動すればいい。

(,,゚Д゚)「どうしたって到着は明日になるラギ。
    とりあえずテントを張って、夜明けに出発だ」

( ><)「分かりました」

それから二人はバイクから荷物を降ろしてテントを張り、空が群青色に染まる頃には食事の準備を始めていた。
購入した缶詰と乾麺を使って簡素な料理を仕上げる。
トラギコは近くに自生していた野草を川の水で洗い、湯で、塩で味付けをしたものを副菜として作ったが、ビロードは気味悪がって食べなかった。
確かに野生のえぐみが効いた味で、万人受けするものではなかったが、成分は分からないが栄養はあるしとりあえず腹は膨れる。

出来上がったスープパスタを咀嚼し、缶詰の汁を少し足して味の調節を測る。
あまり美味くはなかったが、不味くもない微妙な味だった。
時が過ぎ、辺りがすっかりと夜の闇に覆われ、周囲を照らし出すのは水を沸かすガスの炎と頭上を埋め尽くす星の光だけとなった。
星明かりだけでも周囲の影の濃淡が分かるぐらいには明るい。

月明りはここには届かないが、不便はしなかった。

( ><)「どうして、刑事は警官を目指したんですか?」

沸かした湯でインスタントコーヒーを作っていたトラギコはそんな質問を受け、わずかに目線をビロードに向けた。
炎で揺らめく彼の瞳には、真剣さが窺えた。

(,,゚Д゚)「真面目に生きている奴が馬鹿を見る世の中にはしたくなかった、それだけラギ」

( ><)「意外ですね」

(,,゚Д゚)「何でだよ」

( ><)「自分が聞いていた刑事の噂は、真逆でしたから……」

確かに、合法的に暴れられるからこの仕事を選んだのだろうと言われたことがあるが、それは大きな誤解だ。
暴れたいだけであれば、軍隊に入ればいい。
そうすればもっと合法的に暴れられる。

(,,゚Д゚)「そういうお前は、どうしてだよ」

( ><)「子供の頃からずっと言われてきたんです、お前は警官になれって。
     うち、両親が警官で二人とも上の階級の人だったから、きっとそうさせたかったんでしょうね」

110名無しさん:2018/08/27(月) 07:02:28 ID:272yTWzU0
ジュスティアでは一般的な親の言葉だ。
正義感の強い家庭で産まれ、正義感の強い社会で生きていけば自ずとそうなる。
街全体が正義を信仰するジュスティアならではの教育方針だが、トラギコの家庭はそう言う意味で少し異端だった。

(,,゚Д゚)「お前は何がしたかったんだ?」

自分で飲む予定だったコーヒーをビロードに質問と共に差し出す。
彼の動きが一瞬止まった。

( ><)「え?」

(,,゚Д゚)「お前の夢だよ。
    両親がキャリアだがなんだか知らねぇが、お前の夢はなんだったんだよ」

( ><)「さぁ、考えたこともなかったです」

哀れな男はコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
だが、今トラギコにその話をしてきたという事は、何か思う所があるのだろう。

(,,゚Д゚)「じゃあ何を悩んでるんだ?」

( ><)「悩んでるって、分かりますか?」

まさか、ここまで分かり易い人間だとは思わなかった。
話を聞いてもらいたい人間特有の話しかけ方を自覚していないという事は、この男は友人が少ない可能性が高かった。
それ自体は悪いことではないが、警官として、人との接し方を知らないのは間違いなく悪い事だ。
コミュニケーション能力の無い人間が潜入捜査まがいの事をするなど、恐らく前代未聞の事態だ。

(,,゚Д゚)「……お前、友達少ないだろ」

(;><)「そ、そんなことありませんよ!」

(,,゚Д゚)「その割にはコミュニケーションスキルに難ありラギね。
    まぁいいけどな。
    で、何の悩みだ? 恋愛相談なら自己責任でどうにかしろ」

( ><)「今こうして警官を続けていていいのかな、って思うんです。
     僕は自分の夢なんて考える時間がなかったから、警官になるしかなかっただけで、正義を守るとかあまり真剣に考えたことが無かったんです。
     それなのに……正義の執行人としてこうして仕事をしているのが不誠実な気がして」

(,,゚Д゚)「逆に聞くけどよ、誠実じゃなきゃ警官はできねぇのか?」

( ><)「法律を守らせる以上、誠実さは必要だと思います」

(,,゚Д゚)「俺の知る限り、不誠実さのない警官なんて一人もいねぇラギよ。
    誠実なだけじゃ生きていけない世の中だからな」

111名無しさん:2018/08/27(月) 07:03:06 ID:272yTWzU0
この世界は力が支配する世界。
例え法律に反する人間がいたとしても、それを覆す力があれば何一つ不自由なく生きていられる。
正道が通じない相手に対して警官が力を行使する際には、不誠実な方法を取らざるを得なくなる。
少なくともそれをしなければならない人間が警官の中には出てくることを考えれば、誠実で在り続けられる人間は警官には向いていないのだ。

(,,゚Д゚)「ま、モラトリアム真っただ中なのは分かったラギ。
    後は自分で考えろ。
    自分で見て、自分で経験して、そっから答えを出せばいいだろ。
    転職するのはその後だって遅くはねぇラギよ」

(;><)「モラトリアムじゃないですって!」

(,,゚Д゚)「似たようなもんだろ。
    ようやく自分の事を考える機会を得られたんだ、精々悩むんだな」

ジュスティアに多くいる教育熱心な家庭で育った警官の中には、一か月もせずに退職し、全く別の仕事に就く者がいる。
トラギコの同期にもカフェの経営者になった人間がいたが、あまり裕福な生活でなくともジュスティアで楽しげに毎日働いている。
ジュスティアに帰った際、情報を収集するには最適な店として今も重宝している。

(,,゚Д゚)「とりあえず、このヤマを終わらせてからだな。
    それから考えても遅くはねぇラギ」

( ><)「そう言えば、カジノ・ロワイヤルの詳細を聞かされていないのですが、どんな内容なのかご存知ですか?」

(,,゚Д゚)「書類にあった限りじゃ、潜入捜査と実力行使だ。
    違法カジノを見つけてその胴元を捕まえる。
    問題はその違法カジノへの潜入方法ラギ。
    まぁ何か考えがあるんだろうが、気を付けねぇと翌朝には砂漠で干されちまう。

    お前、ヴェガに行ったことはあるラギか?」

( ><)「いえ、ありません。
     教えてもらえると助かります」

(,,゚Д゚)「賭博があの街の名物なのは知ってるだろ。
    賭博って言うのは、それを取り仕切る人間が儲かるように出来てる前提があるラギ。
    その前提がある以上、賭博が名物になると必然的に客の奪い合いになる。
    で、賭博以外の方法で金を稼ごうとする輩が少なからずいるんだよ、あの街には」

( ><)「というと?」

(,,゚Д゚)「売春、ドラッグ、誘拐、詐欺。
    ま、そういったところだ」

( ><)「確か、ヴェガの法律では……」

無論、それら全ては違法の商売だ。
だが、違法も法である。
表向きは法律を守り、裏側では利益の一部を流すことでそれに目を瞑るという暗黙の法律があるのだ。
これは法律書にも、ましてやガイドブックにも載ってはいない。

112名無しさん:2018/08/27(月) 07:03:34 ID:272yTWzU0
載せることなど出来るはずがない。
しかし、これでいいのである。
飴と鞭、その使い分けこそがじゅうようなのだ。

(,,゚Д゚)「全部違法だよ。
    だが、あくまでも法律の話だ。
    あの街のルールでは認められてるラギ。
    それを覚えておけば少なくとも干物にならずに済むラギ」

要求されていたカジノ・ロワイヤルへの参加条件に戦闘経験があったことから、すでに違法カジノを経営している組織は見当がついているのだろう。
そしてその組織は極めて暴力的な組織であり、尚且つ、街の中でも重要な役割を担っている表の顔があると予測が出来る。

(,,゚Д゚)「あくまでも今回摘発するのは違法カジノだけだ。
    それ以外のことについては一切目を瞑れ。
    ヤクの売人だろうが売春婦だろうが、下手に刺激するとろくでもないことになるラギ」

(;><)「街の警官達は今も違法行為に目を瞑っている、と言う事なんですか?」

(,,゚Д゚)「極論だな。
    いいか、表向きの法律は守るが、街が望んでいる違法行為は手を出さないのが鉄則なんだよ。
    あくまでも雇い主が望む形を保つのが俺達の仕事だ。
    契約先のルール次第ではどうにでもなるのさ」

( ><)「難しい街ですね、ヴェガは」

(,,゚Д゚)「正直、難しいな。
   塩梅ってやつを学んだ後ならそうでもないが、今のお前は現場での経験が浅いからな。
   逆を言えば、お前は余計なことに影響を受けていないからある意味では頼もしい存在になるかもしれないラギ」

無鉄砲さは往々にして面倒をもたらすが、状況がどうしようもなくなっている時には固定概念を持たないため、想像以上の何かをする可能性がある。
この新人警官はまだ、どういう人間として犯罪と向き合っていくのかが分かっていない。
彼なりの立ち位置で動く時が来れば分かるが、その時が緊急事態の時でないことを切に願うばかりだ。

( ><)「刑事は、何か悩んだことはないんですか?」

(,,゚Д゚)「悩むだけ無駄な事は悩まない主義ラギ。
   特に、仕事に関しては悩むだけ無駄だからな。
   さて、そろそろ寝るぞ」

火を消し、二人を包む世界は青白い物へと変わった。
川のせせらぎと虫の鳴き声が聞こえてくる、涼しげな夜だ。
ランタンがいるかと思ったが、星空の明かりで十分に周囲を見る事が出来る。
荒野の夜。

岩の作り出す濃い影と淡い光の幻想的な風景。
後で長距離を歩くことを考えれば帳尻が合わないが、この景色は決して嫌いではない。
シュラフを枕にトラギコはすぐに瞼を降ろし、眠りにつくことにした。
外にいるビロードは何かを考えているのか、中に入ってこない。

風邪を引いたり毒虫に刺されなければいいと思いながら、トラギコはゆっくりと眠りの世界へと落ちて行った。

113名無しさん:2018/08/27(月) 07:04:15 ID:272yTWzU0
――懐かしい夢を見た。

子供の頃の夢だった。
正義に焦がれ、悪を信じた頃の夢だった。
きっとこれが、初心と呼ばれるものなのかもしれないと、トラギコはぼんやりと思った。
警官になって多くの犯罪者と被害者を見てきた。

銃を手に、犯人たちと撃ち合いを繰り広げ、その手を血で汚した夢だった。
〝汚れ人〟と呼ばれる先輩警官がいた。
彼は暴力的かつ超法規的な手段を用いて犯罪者を殺し、暴力を振るい続けていた。
それは必要悪として組織内でも黙認され、警察の考えとは真逆の存在である彼が必要不可欠な存在として署内で有名人となっていた。

彼はトラギコにいくつかのアドバイスをくれた。
拳銃を使う時の覚悟、そしてその必要性。
そしてトラギコは抑止力となるべく、暴力を従えることにした。
警官の身分証と暴力、そして銃がトラギコの装備となって事件を解決し、犯罪者たちにその名前を刻むことに成功した。

法を恐れない犯罪者たちはトラギコの存在を恐れ、その噂は世界中に伝播した。
ジュスティアの中にいる虎についての噂は独りでに膨れ上がり、事実と虚構が入り混じった化物になった。
目的が果たせたから良しとするが、署内での肩身は狭くなり続けた。
新聞社と争う事もあった。

被害者への執拗な取材と警察の仕事を妨害するほどの熱心さに業を煮やし、カメラと共に記者の顔を殴りつけ、病院送りにすることは一年に十回以上はある。
特に、被害者があまりにも哀れであればあるだけ、記者たちはそれを喜んだ。
他人の哀れな姿は人によってはこの上なく幸福な光景になり、そして、その姿は購買意欲を促進させる。
ラジオ社は録音した声を電波に乗せて世界に広め、新聞社は悲痛な写真を紙面に乗せて人々の視覚に訴えかけた。

自分の担当した事件の被害者に対してそれがされた際、トラギコは会社に乗り込んで実行者の鼻を折ったが、首にならずにこうして仕事を続けられている。
それは結局、彼の先輩がそうであったように、彼のように法律に縛られない存在が求められているからであった。
ゆっくりと目を開け、腕時計を見る。

(,,-Д-)

七月十三日、午前二時。
肌寒さすら感じられる時間だった。
静かに起き上がり、闇に慣れた目を擦り、ビロードの姿を探す。
彼はトラギコの横で静かに寝息を立てていた。

(,,゚Д゚)「起きろ、時間ラギ」

肩を揺さぶり、彼を起こす。

( ><)「ん……」

(,,゚Д゚)「ほら、さっさとしろ」

一足先にテントから出て行き、テントを畳み始める。
ペグを外してフライシートを片づけ、ポールを外し、本体を倒す。
ゆっくりと布が崩れ落ちてテントの中でようやく身を起こしたビロードの体を覆った。

114名無しさん:2018/08/27(月) 07:04:37 ID:272yTWzU0
(;><)「ちょっ!?」

(,,゚Д゚)「起きろって言っただろ」

悪戯っぽくそう言って、持ち運べそうな装備だけを選んでパニアに詰め込む。
優先したのは食料品だった。
特に水は昨日の内に川の水をろ過した上で煮沸消毒して容器に入れてある。
万が一方向を見失っても、少しの間は生き延びられるためだ。

食料が無くても人間はある程度生きていられるが、水が無ければすぐに死に至ってしまう。
特にこの地域のような乾燥した場所であれば、水分の補給は困難を極める。
テントからビロードがぶつぶつと文句を言いながら這い出て、テントを乱暴に畳みだした。

(,,゚Д゚)「朝飯は水とパンラギ。
    飲んだらすぐに行くぞ。
    夜までには向こうに着いておきたいからな。
    それと、テントはバイクに被せてペグで固定しておけ。

    その方が親切ラギ」

( ><)「分かりました」

塩を一つまみ入れた水を飲み、溜息を吐く。
寝起きの体に沁み渡る水が心地いい。
片付けも食事も済ませ、二人は一つずつパニアを持って歩き始めた。
まだ真夜中の暗さだったが、二人の目にはしっかりと周囲の景色が見えていた。

淡く照らされた闇の中、岩の間をくぐってその先に続く道を行く。
二人は無口のまま歩いた。
口を開く必要はなく、相手が何を求めているのかは動きを見れば大体分かったからだ。
大した会話をしていないのにもかかわらず、二人は相手の事を少しずつ理解し合っていた。

二時間をかけてグレートロータスを抜け、二人は荒野へと舞い戻った。
トラギコは水を一口飲み、容器をビロードに渡して水分を補給させた。
ここから後は数十キロの徒歩になる。
日差しを遮るもののない、地獄の釜の中での行進だ。

地平線の果てが柔らかな炎の色に輝き始めている。
夜明けが近い。
午前四時過ぎ。
日の出はもう間もなくだ。

砂の下に隠れているアスファルトを道標にして、一歩を大きく踏み出し、二人の行進は続く。
次第に世界を包む光が力を増し、夜の名残が風に流れてどこかへと消え去る。
群青色、瑠璃色、そして黄金色。
空がグラデーションで彩られ、夏の熱を持った風が荒野に流れ込む。

115名無しさん:2018/08/27(月) 07:05:49 ID:272yTWzU0
生物の息吹が声となって周囲から響き、暗い空の下で生命の合唱が始まる。
その合唱に合わせるようにして、ほんの一瞬だけ強い風が吹き、世界が夏色に染まる。
荒野の夜明けだった。
血と暴力の世界に生きる粗暴な男でさえ息を呑むほどの美しく幻想的な光景は、その名残を欠片も残すことなく消え去った。

そして、夏の日差しと夏の気温が二人の意識を現実へと引き戻した。
日光を遮るもののない荒野で過酷なのは、照り返しだ。
頭上だけでなく足元からも容赦なく熱が上昇し、二人の体内にある水分は恐ろしいほどの速度で失われていく。
二人は何も喋らなかった。

代わりに、腰に巻いていたジャケットを頭に被った。
日差しから逃れる日陰を見つけるまで、休憩は一切なかった。
休憩は五分以内と定め、水分は少量ずつ口に含み、無駄なく時間を使った。
彼らの目的地まではまだ長い道が残っている。

路上強盗に襲われても応戦できるよう、二人は油断なく足を動かし続けた。
肌を焼く様な熱風が吹き付け、汗が体の奥から溢れてくる。
額から出た汗が頬を伝い、顎から地面に落ちて砂に吸収される。
じりじりと体力が削られていくのが痛感できる。

(;,,゚Д゚)

(;><)

足が重い。
水の入ったパニアが重い。
目的地はまるで見えず、見える景色はまるで変化がない。
真っ青な空と白い雲。

地平線の向こうに見える入道雲。
砂と岩。
そしてサボテンと乾燥した草。
ひび割れ、朽ち果て、変わり果てたアスファルトの道路を頼りにひたすらに進む。

この道を進むことがヴェガへの近道であり、迷わないための確実な手段だった。
このアスファルトが敷かれたのは遥か昔の事であり、その後、補修工事などは一切受けていないと聞いている。
どこかで途絶えている場合も大いに考えられるが、ヴェガの近くにまでくれば街の賑やかさや轍が目印になる。
無駄な言葉を交わすこともなく、二人は歩き続けた。

陽が頭上に差し掛かる頃、トラギコの視線の先に小さな影が現れた。
陽炎のように揺らめく影は間違いなく街の遠景。
足の下にあるアスファルトを隠していた砂も薄くなり、真っ直ぐに影へと続いている。
あれがヴェガ。

荒野に佇む幻惑の街。
一夜の夢幻を売り買いする賭博の聖地にして、金の亡者が巣食う幻想の街。
そして、トラギコ達の仕事場だ。

(;><)「ぁぅ……」

116名無しさん:2018/08/27(月) 07:06:12 ID:272yTWzU0
斜め後ろを歩いていたビロードが奇妙な言葉を発し、倒れたのは正にその時だった。

(,,゚Д゚)「おい、聞こえるラギか?」

(;><)「きゅう……」

乾いた砂の上に倒れたビロードの傍に駆け寄り、頬を叩く。
反応が無い。
体が僅かに痙攣をしており、熱中症の疑いがあった。

(,,゚Д゚)「マジか……」

ヴェガまでは目視で五キロ。
辺りに日陰はない。
取り急ぎ水分を補給させ、体を冷やさなければならない。
上着をはだけさせ、風通しを良くする。

パニアから水の入った袋を取り出して、ビロードの頭から体にそれをかけてやる。
少しでも冷やすためには、こうして水を使わなければ間に合わないと判断したのだ。
次に、塩を一つまみ入れた水を彼の口元に運び、どうにか飲ませる。
喉が動き、水を飲んでいることが分かった。

状況はまだ最悪ではない。
たっぷりと飲ませた後、トラギコも水分を補給する。
そしてすぐにビロードを背負い、ジャケットを使って彼が落ちないように自分の体と結び付けた。
必要最低限の道具を一つのパニアにまとめて右手で持ち、左手でビロードを支える。

(,,゚Д゚)「少し我慢しろよ。
    すぐに病院に連れて行ってやるラギ」

短く息を吐いて、トラギコは駆け出した。
大人の男を一人背負いながらも、その足取りはしっかりとしていた。
ビロードが肥満体でなくて心底よかった。
背負った感じ、彼の体重は七十キロ未満。

これならば運べるギリギリの重量だった。
暑さは刻一刻と増すばかりだったが、トラギコの走る速さは変わらなかった。
汗が額から流れ落ち、喉が渇いて口の中は砂で余計に水分を失っていた。

(;,,゚Д゚)「ったくよ……」

――四十分。
それが、ビロードが倒れてからヴェガに到着するまでに要した時間だった。
街の入り口に到着したトラギコはそのまま急いで最寄りの病院へと駆け込み、ビロードを医者に診せた。
命に別条はなく、点滴を打ちながら一時間ほど休ませれば問題ないとの診断を聞いて、トラギコは待合室のソファの上で安堵した。

全身汗で濡れ、服が肌に張り付いていて気持ちが悪い。
早くシャワーを浴びて服を着替えたかった。

从´_ゝ从「しかし、あんたすごいね」

117名無しさん:2018/08/27(月) 07:06:34 ID:272yTWzU0
白衣に身を包んだ医者は、汗と土と砂で汚れたトラギコを見てそんな感想を漏らした。
ソファを汗で汚していることについては特に何も言われなかったことに、トラギコは少し安心した。
ソファのクリーニング代を請求されでもしたら、後で本部の経理担当者からどんな嫌味を言われるか分かった物ではない。

从´_ゝ从「彼を背負って荒野を走って、何ともないなんてね。
     脱水症状もないし、熱中症にもかかっていない。
     鉄人だ」

(,,゚Д゚)「何ともなくはないラギ。
    服から汗が滴ってるラギ」

医者が嬉しそうに笑みを浮かべて水の入ったコップを渡してきたので、トラギコはありがたくそれを受け取り、一口で全て飲み干した。
冷たい水が体の内側に沁み渡り、失われた水分が僅かに補われたことが分かった。

从´_ゝ从「ははっ、それだけ元気ならあんたは水だけでよさそうだな。
     ここには観光で来たのか?」

(,,゚Д゚)「ま、そんなところラギ。
   男だからな、賭けが好きなんだ」

从´_ゝ从「まぁ遊ぶ程度にしておいた方がいい。
     あんたをリスペクトしているから言うが、これはアドバイスだ」

随分と人のいい医者だ。
賭けを勧める人間と言うのは、必ず賭けに関わっている人間と言うことになる。
医者が賭けをするようになれば、患者の命も賭けの対象になっていたとしてもおかしくはない。
そして賭けで勝つために患者の命を操作することも考えられる。

正気を失った医者は何をしでかすか分からないのだ。

(,,゚Д゚)「そうしておくよ。
    ところで、この辺りで安全なホテルを知らないラギか?」

从´_ゝ从「予算は?」

(,,゚Д゚)「出来るだけ安く済ませたい」

从´_ゝ从「なら、ビルボホテルがいい。
     設備が綺麗だし、何より客の荷物に手を出す奴がいない」

清掃係が小遣い稼ぎとして客の荷物に手を出すことはよくある話だ。
特に多くの荷物を持たないトラギコ達であるが、仕事に関係する書類に手を付けられでもしたら大事になる。

(,,゚Д゚)「ビルボホテルだな。
    ありがとうよ、ドクター」

从´_ゝ从「あんたの友人はどうする?」

118名無しさん:2018/08/27(月) 07:06:54 ID:272yTWzU0
(,,゚Д゚)「ガキじゃねぇんだ、場所だけ教えておいてやってくれラギ。
    俺は先にホテルでシャワーラギ。
    で、いくらだ?」

从´_ゝ从「三ドルだ」

(,,゚Д゚)「随分と安いな」

从´_ゝ从「儲かっているからな。
     夜になれば分かるさ」

確かに、怪我人が次から次へと運ばれて来れば金には困らない。
値段が安いと次に運ばれる時もここを選び、結果的に病院が儲かる仕組みを成立させている。
流石は賭博の街だ。
賭博で唯一の必勝法は、負ける賭けは絶対にしないこと。

それを商売に置き換えて考えると、無意味な低価格などなく、最後に儲かるように作っているのである。

(,,゚Д゚)「なるほどな。
    それじゃ、世話になったな」

ソファから立ち上がって、トラギコは振り返ることなく病院を出て行った。
ヴェガの街は周囲の荒野からは想像が出来ないぐらいに緑と水、そして人工物の豊かな都会だった。
奇抜な形のビルやオブジェがアスファルトの道路沿いに並び、街路樹と共にソーラーパネルが太陽の光を浴び、ビルの間に設置された送風機を動かして人工的な風で街を冷やしている。
走る車はどれも高級車ばかりで、タクシーさえ高級仕様のものだった。

観光客向けに設置された街の地図が描かれた看板を見て、ビルボホテルの位置を確認した。
道路を挟んですぐの場所にあり、しかも大きな道路に面しているという好立地だった。
大きな道路があるという事は、人目につきやすく、防犯面で役に立つという事だ。
このホテルを選ばない理由は今のところなさそうだ。

曇りガラスの扉を押し開け、エントランスの受付係が恭しく一礼した。

川_ゝ川「いらっしゃいませ。
    ご予約はありますか?」

(,,゚Д゚)「いいや。
    だが、隣の病院のドクターからここを推薦されてね。
    二人だが、泊まれるか?」

川_ゝ川「期間によってですが、どうされますか?」

(,,゚Д゚)「一か月。
   料金は勿論前払いラギ」

受付係は表情を変えないまま、声色だけで喜びを表現した。

川_ゝ川「一か月であれば、ご利用いただけます。
    食事なしで六百ドルになりますが、よろしいですか?」

119名無しさん:2018/08/27(月) 07:07:19 ID:272yTWzU0
一泊二十ドルの計算になる。
決して安い料金ではないが、良心的な価格設定だと言える。

(,,゚Д゚)「飯ありだと?」

川_ゝ川「千五百ドルになります」

ホテルの食事はたかが知れている。
それに、戻ってきて食べるような動きはしばらく出来ないだろう。
あくまでも観光客を装うのであれば、食事は全て外で済ませた方がいい。
金を持った旅行者であることがアピールできれば、カジノからの受けもいい。

千六百ドルを渡して、トラギコは注文をした。

(,,゚Д゚)「なら飯なしでいいラギ。
    トライダガーとビロスの二人だ。
    ビロスは遅れてくる。
    それと、着替えが欲しいラギ。

    ジーンズとポロシャツでいいから届けられるか?下着と靴下もだ」

川_ゝ川「かしこまりました。
    ではこちらが鍵です」

ハードケースに入れられたカードキーを受け取り――キーには三〇二と書いてある――、エントランスの横にある階段を上って三階へと向かった。
毛足の短い絨毯の敷かれた階段は大人四人が歩けるほどの幅があり、避難経路としても使えそうだ。
カードキーをかざして開いた部屋は思いのほか広く、ベランダに通じる窓からは下の大通りが一望できる。
シーリングファンが回転する部屋は空調が程よく効いており、外の気温と比べると天国のように涼しかった。

パニアを開いて中に入れていた水を一気に飲み干し、一息つく。
それから入口へと向かい、部屋の安全性を確認する。
施錠の手間が省けるオートロックなのはありがたかった。
チェーンロックをかけてから汗で濡れた衣類を脱ぎ捨て、浴室へと入った。

広い浴室の半分を大きく深い浴槽が占め、もう半分が洗い場だった。
熱いシャワーを頭から浴びて、汗を一気に流し落とす。

(,,゚Д゚)「ふぅ……」

疲れた体を熱い湯がじっくりと癒す。
流石に大人の男を背負ってのマラソンは堪える。
ともあれ、ビロードが無事で何よりだった。
新人警官が早速熱中症で死んだとなれば、笑うに笑えない話として語り継がれるだろう。

それに何より、未来のある若者が死なずに済んだのが幸いだ。
まずはそこを安堵すべきだが、同時に、ビロードについて不安を抱かずにはいられなかった。
体力が彼の意地とまるで合っていない。
戦闘にはまるで向かないタイプの傾向だった。

120名無しさん:2018/08/27(月) 07:09:00 ID:272yTWzU0
責任感が強いのはよく分かったが、自分が倒れることで周囲に与える影響を考えられていないのが彼の若さを物語っている。
今後の動き次第では、カジノ・ロワイヤルから外した方がいいことになるかもしれないが、それを決めるのはトラギコではなくシラヒゲだ。
上層部の目論見通りトラギコはビロードとの連携力を確認する問題に直面し、欠点などを見る事が出来た。
風呂から出て、トラギコはバスローブに身を包んだ。

備え付けの冷蔵庫から水を取り出して飲み、火照った体を冷やす。
汗が滴る程濡れた衣類はコインランドリーで洗うとして、後で着替えを適当に買いに行かなければならないだろう。
カジノにラフな格好で入るのは田舎者の貧乏人がすることだ。
金を持っている事をアピールするには、ジャケットを着て身なりに気を配らなければならない。

部屋の扉がノックされ、外から声がした。

|゚レ_゚*州「トライダガー様、衣服をお持ちいたしました」

(,,゚Д゚)「おう」

念のためにのぞき穴から外を確認し、それから扉を開く。
制服に身を包んだ若い女が紙袋をトラギコに差し出す。
笑顔がまるで仮面のように顔に張り付いていて、その奥にある感情がまるで読めない。
人によっては愛想がいいと言うかもしれないが、これがホテルで働く人間の標準的な態度であることを考えれば、別に特別愛想がいいわけではない。

サービス業において重要なのは、言動と仕事の結果が連動しているか否かなのである。

|゚レ_゚*州「こちらになります」

(,,゚Д゚)「ありがとよ」

何か物欲しげな目をしていたが、トラギコはそれを無視した。
チップで生計を立てている従業員は大勢いるが、それはあくまでも文化的な物であり、必ずしも払わなければならないものではない。
トラギコはすでに服の金を渡しているため、追加で料金を支払う義理はない。

(,,゚Д゚)「洗濯とか頼めるラギか?」

|゚レ_゚*州「はい、もちろんでございます。
     ただ、五ドルかかりますが」

(,,゚Д゚)「分かった。
    ちょっと待ってろ」

そう言って部屋に戻り、紙袋から着替えを取り出してベッドの上に放り投げ、代わりに先ほど脱いだ汗で濡れた服を袋に詰めた。
そして再び従業員のところへと行き、それを差し出す。

(,,゚Д゚)「これを頼むラギ。
   ……ほらよ」

そう言って、トラギコは十ドルを渡した。

(,,゚Д゚)「釣りはチップだが、その代わりに後で俺の連れが来た時に気を配ってやってくれラギ。
    お前、名前は?」

121名無しさん:2018/08/27(月) 07:09:28 ID:272yTWzU0
|゚レ_゚*州「ありがとうございます、トライダガー様。
     私はエイミーです」

(,,゚Д゚)「よし、エイミーだな。
    この街でスーツを買いたいんだが、いい店を知らないか?今夜カジノで着たいんだ」

エイミーは少し考える仕草をして、それから口を開いた。

|゚レ_゚*州「サップはご存知ですか?」

(,,゚Д゚)「あぁ、知ってるが使ったことはねぇラギ」

世界的に展開している服の販売店であるサップは、その品質の高さと良心的な価格設定によって世界中の街に展開し、成功を収めている服屋の一つだ。
特にフィリカなどの熱帯地域では熱心な購買者が根付いており、広い世代や人種に受け入れられていることで有名だ。
ただ、服に対してあまり執着しない人間にとっては割高な店であり、品質よりも実用性を求める人間にとっては無縁の店でもある。

|゚レ_゚*州「正直、他の店は高いので観光であればこの店が一番いいかと」

(,,゚Д゚)「なるほどな。
    ありがとよ、エイミー」

扉を閉め、服を着替える。
ダークグレーの半袖のオックスフォードシャツと、黒いスキニージーンズだった。
彼女にチップを払ったのは、同情や下心からではない。
現地の情報をよく知る人間を確保し、定期的に安全な情報を提供する存在を手に入れたかったのだ。

特に、情報を入手するのであれば異性の方がいい。
同性とは違う着眼点から情報を見ている事が多く、その気付きによって新たな情報へとつながるものがある可能性が高いのだ。
スーツ代を差し引いて残る金は二千ドルほど。
ホテル代が思わぬ出費となったが、種銭はまだある。

これを使って何倍にもすれば、まだまだ活動は出来る。
増やすのであれは今夜、シラヒゲ達と合流してからだ。
ベッドの上でM8000を軽く分解し、状態を確認する。
本体に付着した細かな砂埃をふき取り、弾倉の弾を一旦全て取り出して拭いてから込め、組み立てを完了させた。

撃鉄の動き、安全装置の動き、遊底の動き、銃爪の動きを確認してからそれを腰のホルスターに収める。
そして完全にリラックスした状態から銃を右手で抜き、構えた。
その速度は瞬きよりも早く、ホルスターから銃が出る時には安全装置も解除され、撃鉄も起きた状態になっていた。
後は銃爪を引けば銃弾が放たれるだけであり、即ち、いつでも人を殺せる状態にあった。

ホテルから外に出ると、涼しげな風が彼の前身を吹き撫でた。
風力、そして太陽光発電による人工的な風は街中を駆け巡る水と相まって、蒸し暑い熱気を彼方へと吹き飛ばしていた。
濡れた髪が渇くのも時間の問題だろう。
日差しの強さはまるで変わらないが、これならば日中歩き回ったとしても熱中症にならずに済むだろう。

トラギコはビロードのいる病院へと急ぎ足で向かうことにした。
本当は彼に直接ホテルに来てもらうのがいいのだが、その前にやるべきことがある。
受付を無視して病室へと行き、ベッドの上で呆然と天井を眺めているビロードを見つけた。
点滴を打っている姿はまるで末期の癌患者だ。

122名無しさん:2018/08/27(月) 07:09:55 ID:272yTWzU0
何を絶望視しているのかは知らないが、今はそんな目で仕事をしてもらいたくはない。
トラギコは彼の枕元に立ち、肩を揺さぶった。

(,,゚Д゚)「おいこら」

(;><)「あ、と、トラギコさん」

(,,゚Д゚)「ホテルを取っておいたラギ。
   俺はトライダガー、お前はビロスって名前だ。
   三〇二号室だ、覚えたか?」

(;><)「は、はい。 す、すみま」

謝罪の言葉を無理やり遮り、彼の胸の上にカードキーを放ってここに来た用件を伝える。

(,,゚Д゚)「俺はこれからスーツを買いに行くラギ。
    お前は後で自分の金を使ってスーツを買え。
    汗臭いままカジノには行けないからな」

何かを言おうとするビロードを無視し、トラギコは病院を後にしてエイミーに教えられたサップへと急いだ。
スーツを作るのには時間がかかる。
生地を決め、採寸をし、好みに合わせて形を決めて行く工程で三十分。
ボタンやらなにやらの指定で最終的には一時間近くかかってしまう。

受け取り時間は選んだ生地などによって左右されるため、それらの時間をいかに省くのかが時間短縮の決め手となる。
サップはやや奥まった路地の一角にあった。
歴史を感じさせる佇まいは大通りにあるカジノとは真逆のデザインで、実に大人し目の店構えをしている。
ショウウィンドウに並ぶスーツは無難な型ではあるが、目を引く様な鮮やかなライムグリーンをしている。

どの展示品もそれぞれ主張していることは違うが、使われている色は三色以内に収められていた。
店の扉を開き、中に入ると落ち着いた音楽が流れ、ここだけ外から完全に隔離された別の空間の様に感じられた。
陳列されているセットアップスーツを無視して、トラギコは真っ先に店員へと向かった。

(,,゚Д゚)「なぁ、オーダーメイドスーツを作りたいラギ。
    カジノで着られるようなちゃんとしたやつだ」

( ''づ)「はい、承ることができます。
    お好みは?」

上下黒のスーツとベストを着た中年の男は、トラギコの注文に対して即答した。

(,,゚Д゚)「あんたのセンスに任せるラギ。
    ただ、急いでるんだ。
    今晩には使いたいラギ」

( ''づ)「かしこまりました。
    夕方にはご用意できます」

123名無しさん:2018/08/27(月) 07:12:39 ID:272yTWzU0
エイミーの情報の正確さが証明された。
恐らく、ドレスコードの存在を聞いた旅行客がスーツを急いで購入するという傾向を素早く商売へと取り込み、迅速な販売を可能にしているのだろう。
これが個人経営の店とチェーン展開している店の大きな違いだ。
現場で何よりも大切なのは売る事であり、意地を通すことではない。

企業が経営している店は如何に商品を売るのか、そこに重点を置いているのだ。

(,,゚Д゚)「よろしく頼むラギ。
    いくらラギ?」

( ''づ)「二百ドルになります」

値段も良心的であり、この店を選ばない理由はなかった。
百ドル金貨を二枚渡し、店の奥にある採寸部屋へと案内された。
小さな試着室がいくつも並ぶ広い空間にはトラギコの他に数人の客と店員がおり、それぞれの服の好みについて話を進めていた。

( ''づ)「しばしお待ちください」

そう言うと男は小さな電子端末を取り出して、トラギコの前に立った。
細長い棒状の端末はレンズが付いていたが、カメラとは思えない形状をしており、さながらボールペンのようだった。
そして男は端末を構えてレンズをトラギコに向けたまま、彼の周りを一周し、再び正面に戻ってきた。

( ''づ)「採寸が終わりましたので、後は夕方の受け渡しになります」

(,,゚Д゚)「今ので採寸が終わったのか?」

( ''づ)「そうなんです。
    実は最近本社が導入したばかりのもので、一店舗に一台しかない採寸器なんです」

時間がかなり短縮できたのは嬉しい話だ。
空いた時間は食事に当て、ホテルでゆっくりとくつろげる。

( ''づ)「生地にこだわりはありますか?」

(,,゚Д゚)「ないが、派手なのは勘弁してくれラギ」

流石に蛍光色のスーツを着て行くわけにはいかない。
それは悪い意味で目立ち、目的達成を阻害する。
法の抜け目に存在するカジノが目立つ人間を招き入れるなどあり得ない話で、どちらかと言えば、秘密を守れる人間が歓迎される。

( ''づ)「かしこまりました。
    こちら、引換券になります」

番号の書かれた紙を受け取り、それを胸ポケットにしまう。

(,,゚Д゚)「夕方にまた来るラギ」

( ''づ)「ご来店をお待ちしております。
    失礼ですが、お名前は?」

124名無しさん:2018/08/27(月) 07:13:15 ID:272yTWzU0
(,,゚Д゚)「トライダガーだ」

出口まで見送られ、トラギコは店を出て一息ついた。
今夜、ようやく仕事に取り掛かることが出来る。
合流予定の場所で、この作戦の詳細が語られることは間違いない。
恐らくトラギコ達が最初にやらなければならないのは、違法カジノに通じる人間を見つけ出し、信頼を勝ち取る事だ。

果たしてビロードにそれが出来るかは疑問だが、出来るようにしなければならないのが仕事だ。
再びホテルへと戻る前に、近くのパブへと足を運ぶことにした。
サップから五分ほどの場所にパブの看板を見つけ、開店中の目印を見てから木製の扉を押して中に入る。
ジャズと冷えた空気がトラギコを歓迎した。

狭い店内には客が男三人だけしかいなかったが、その三人は一つのテーブルを囲んで飲んでいた。
つまり、客はトラギコを合わせて二組だけと言う事になる。
奇妙だった。
この時間は安酒を飲まない主義の人間だらけなのか、それとも、この店に客が寄り付かない理由があるかの二択だ。

注文口と支払口を兼ねたカウンターへと行き、メニューを見る。
価格は平均的なものだった。
特にぼったくりというわけではなさそうだった。
薄手のタンクトップを着た女の店員がトラギコに気付き、レジのところまでやって来てカウンター越しに微笑んだ。

それを黙殺し、トラギコは注文を短く告げた。

(,,゚Д゚)「ビールを大ジョッキで。
    後はピクルスを」

川д川「二ドル五十セントです」

言われた金額を丁度女に渡し、席に座って注文の品が届くのを待つ。
数分後、女がビールとピクルスを乗せた盆を持ってきた。
受け取ってすぐにビールを一口飲み、喉の渇きを癒す。
炭酸とアルコールが体に沁み渡り、深い溜息混じりの声が出た。

(,,>Д<)「くぅっー!」

ミニ胡瓜のピクルスを食べ、その独特の酸味に唸る。
この味がいいのだ。
幼い頃はこの酸味が苦手だったが、大人になってからはこの酸味が癖になって体によく馴染む。
あまり深みを感じられず、安定したこの味は恐らく、ただの瓶詰のピクルスだろう。

だがそれでも疲れた体には良く合う。
いつだったか、先輩に連れられてバーに行き、そこで食べた自家製のピクルスに感激した記憶がある。
何度も同じ注文を繰り返すので、その店の店主がトラギコにだけ特別に持ち帰り用のピクルスを売ってくれるようになった。
店主が路上強盗に殺されるまで、トラギコはそのピクルスを毎日のように買って帰ったものだ。

よく冷えたビールとピクルスは瞬く間にトラギコの胃袋へと消えて行った。

(*゚ー゚)「ねぇ、旦那」

125名無しさん:2018/08/27(月) 07:15:46 ID:272yTWzU0
猫なで声が正面から聞こえてきたが、トラギコはそれを無視した。
この手の声は目的が決まっている。

(*゚ー゚)「ねぇってば」

(,,゚Д゚)「うるせぇよ。
    ビールをもう一杯くれ」

カウンターの女にそう言って、トラギコは席の上に置かれていた新聞を広げた。
紙面には別の街で起きている様々な事件が載せられ、特に話題性の高い物から順に並んでいる。
トップを飾るのは別の街で起きた連続強姦殺人事件についてだった。
被害者は皆子供で、詳しくは書いていないが、相当残忍な殺され方をしたと聞いている。

胸糞の悪くなる話だが、いずれその街にいる警官が解決するだろう。
別のページではサッカーの話題が載っていたが、あまり興味が無いので別の記事に目を移した。

(*゚ー゚)「あたしにもビール頂戴」

(,,゚Д゚)「手前の分は手前で払えよ」

未だにトラギコは女の顔を見ようとはしなかった。
見なくても大体想像がつく。
この店の中にいたはずの三人組は全員男だったし、店員はこの声ではない。
となると、自ずとこの女の正体が分かってくる。

店の奥に隠れていた、もしくはトラギコが店に入るのを見ていた人間だ。
狙いはただ酒ではないだろう。

(*゚ー゚)「そんなこと言わずに、一杯だけでいいから」

(,,゚Д゚)「嫌ラギ。
   俺はお前みたいに化粧の濃い女は嫌いラギ。
   失せろ」

(*゚ー゚)「そんなぁ。
    ね、一杯だけでいいからさぁ」

(,,゚Д゚)「それと、性格が不細工な奴に驕るぐらいなら俺はその金でオセロでもやる方がいいラギ」

紙面を捲り、新たな記事に目を通す。
どうやら内藤財団――世界最大の企業――が福祉事業の拡大を図るらしかった。
内藤財団はその成長力がまるで留まる事を知らず、日に日に成長して次から次へと新しい事業を展開し、新たな製品を発表している。
急成長をしているのであれば癒着や黒い産業への着手が疑われるが、内藤財団はかなり昔から存在する由緒ある企業で、
下手に評価を下げるような商売には手を出していない事が複数の潜入捜査官の調べで分かっている。

川д川「ビールお待たせしました」

先ほどの女店員がやって来て、机の上にジョッキを置いた音が聞こえた。
ただ、音は二つだった。

126名無しさん:2018/08/27(月) 07:16:09 ID:272yTWzU0
(,,゚Д゚)「いくらだ」

川д川「そんな野暮なこと言わずに、まずは乾杯してやりなよ」

店員のそんな無責任な言葉を一切無視し、トラギコは淡々とした声で言った。

(,,゚Д゚)「俺は俺の分だけ払うラギ。
   確か一ドル五十セントだったよな、メニューにあるビールの値段は」

空になったジョッキに自分のビール代を丁度入れ、それを奥にやる。
新聞を畳んで、ようやく正面に来ていた女を見た。
ただし、その時にトラギコの目には剣呑な雰囲気が宿り、敵意を明確に表出していた。
女の顔は厚い化粧で覆われ、元の顔の判別は出来ないが、ひび割れた唇が決して若くない事を物語っている。

(,,゚Д゚)「いいな、俺は俺の分だけ払うラギ。
    この厚化粧女の分は知らん」

川д川「お客さん、男らしさってのを見せた方がいいよ」

(,,゚Д゚)「うるせえな、口出しするんじゃねぇよ」

(-゚ぺ-)「……さっきから聞いてれば、おっさん、女々しすぎるんじゃねぇか」

奥の席で酒を飲んでいたはずの男の一人が立ち上がり、そんな言葉と共に近づいてきた。
露骨に筋肉を強調する黒いタンクトップと黒い肌、そしてトサカのように逆立てた金髪。
見た目の年齢はトラギコよりも若く、荒々しさを上手に表現した言動は見事な物だ。

なるほど、とトラギコは納得した。
ここはぼったくりパブだ。
突然現れたこの女の注文した酒に法外な値段を設定し、女に目がくらんだ男が金を巻き上げられる寸法になっているのだろう。
いざとなった時、すでに店に待機している仲間が逃げないようにあれやこれの手を出してくるのは間違いない。

サップでいい買い物が出来たと内心で喜んでいたが、やはり、どうにも最近店に恵まれないようだ。

(-゚ぺ-)「一杯ぐらいおごってやれよ」

(,,゚Д゚)「何だってんだ、この酒場は。
   ローストチキンの出来損ないが喋るのかよ」

もうすっかりトラギコは酒を飲む気分ではなくなっていた。
いつの間にか女と店員は先ほどまでの場所から離れ、入り口の扉を閉め、カウンターの裏に逃げている。
狩りの時間と言いたいのだろうが、それはこちらの台詞である。

(-゚ぺ-)「おい、それは俺に向かって言ってんのかよ」

(,,゚Д゚)「なぁ、悪いことは言わねぇからオーブンの中に戻っておけ。
   中途半端な焼き加減だと誰にも食ってもらえねぇラギ」

(-゚ぺ-)「このっ!!」

127名無しさん:2018/08/27(月) 07:17:02 ID:272yTWzU0
胸倉を掴まれたトラギコは溜息を吐く代わりに、男の右目に指を突きたてた。
男は悲鳴を上げてトラギコを離し、その場で膝を突いた。
眼球を潰しまではしていないが、相当な痛みのはずだ。

(,,゚Д゚)「俺からぼったくろうなんて百年早いんだよ、馬鹿が」

その言葉を送ってから、勢いをつけて男の頭を蹴り飛ばした。
蹴られた勢いで男はテーブルを幾つか巻き添えに転がり、頭を押さえたまま大人しくなった。

(,,゚,_ア゚)「手前!!」

奥の席の二人が机を叩いて立ち上がる。
これ以上ここで無駄な時間は過ごしたくない。
冷えた酒が飲めたのはいいが、今やこの場所には何の価値も見いだせない。
情報収集をする場所として利用できればと思ったが、ここで得られるのはろくでなしの情報だけになるだろう。

(,,゚Д゚)「もうここには来ねえよ」

(,,゚,_ア゚)「来なくて結構だが、金は置いて行ってもらうぞ!!」

女達もナイフや棍棒を持ち出し、カウンターの裏から出てきて分かり易い威嚇の姿勢を取る。
殺すつもりはないのだろうが、痛めつけて金品を奪うつもりなのがよく分かる。
殺しが分かれば警察の厄介になり、以後獲物を得られなくなることから銃を持ち出さなかったのが彼等の失敗だ。

(,,゚Д゚)「俺は女だろうが何だろうか、一切容赦しねぇラギ。
    整形外科の予約を忘れるなよ」

今のトラギコは警官として立ち振る舞わずに、乱暴者の客として立ち振る舞わなければならない。
ここでの立ち振る舞いは風の噂となって街に流れ、やがてはトラギコの目的達成を後押しすることになる。
行儀のいい人間ではなく、ルールに縛られない生き方をしている方が裏の人間から好かれやすい。
それに、こういう輩を叩きのめすのは個人的にも好きだ。

椅子を蹴り倒し、脚を一本折る。
頼りないが、場末の馬鹿相手にはこれで十分だ。

(,,゚Д゚)「さぁて、酔い覚ましの運動ラギ」

最初にトラギコが狙ったのは、声をかけてきた女客だった。
二歩で間合いを詰め、相手が反応するよりも先にトラギコが攻撃を加える。
細い折り畳み式のナイフを持っていた女の手首を容赦なく叩いて砕き、武器を手放させる。
手を押さえながら悲鳴を上げる女の腹に蹴りを放ち、女は体をくの字に折って嘔吐した。

その顔に向けて強烈な前蹴りを食らわせ、勢いよく吹き飛んだ女は背中をカウンターに強かに打ち付けて気を失った。
そして、次に狙いを付けたのも勿論、女店員だ。
女相手にまるで手加減をしない姿を見て怖気づいたのか、獲物を構える事さえ出来てなかった。
そんなことに構うことなく接近し、椅子の足で女の頭頂部を強打し、崩れかかったところにすかさず追撃を加える。

(*;-;)「あびっ?!」

128名無しさん:2018/08/27(月) 07:18:41 ID:272yTWzU0
フルスイングの一撃は女の鼻と心を折り、戦意を完全に喪失させ、そして意識を失わせた。
獣の眼光を放つ眼が残り二人の姿を捉え、雄弁に彼の凶暴性を物語る。
一瞬の内に群れの中で最も弱い二人を無力化した彼の決断力の速さと、容赦のなさは今まで彼らが相手にしてきた獲物たちにはなかった物だろう。

(,,゚Д゚)「何だ、来ないのか?」

不敵な笑みを浮かべ、トラギコは残った二人を挑発する。
まずは頭数を減らしさえすれば問題ではない。
彼らの強みは数。
その強みを一瞬で失った以上、彼らに勝機はない。

(,,゚,_ア゚)「……くっ!!」

それでも二対一という状況は、無知な人間にとってはこの上なく有利な状況に見える事だろう。
所詮女を倒しただけの余所者。
恐れる必要はないと判断し、同時に襲い掛かってきた。
二人の獲物はバタフライナイフとナックルダスター。

使い方次第で人を殺せるが、果たして、彼らにそれが出来るだろうか。
人を殺すのには経験がいる。
物のはずみで殺すこともあるが、意識して相手を殺すにはやはり覚悟をする必要があり、それは容易ではない。
最初からそれを使ってトラギコを殺そうとすればよかったのに、そうしなかったのは経験が不足しているからに他ならない。

ナイフを持った男はそれを振りかぶり、攻撃を加えてきた。
小ぶりなナイフを振りかぶる愚は、最早見るに堪えないレベルの問題だった。
トラギコは難なく椅子の脚で男の手首を叩き、ナイフを手放させた。
攻撃手段を奪われた男は一瞬ひるみ、そしてトラギコの掌底が顎を下から突き上げて男の体を僅かだが宙に浮かせる。

意識が遠のきかけている男の頭を打ち上げるようにして放たれた回し蹴りが襲い、意識と共に男の体はカウンターの上に飛んで行った。
最後の一人が銀色の輝きを放つ拳を繰り出してきたのを寸前で回避し、カウンターを腹部に見舞う。
だが、それを予期していたのか男の腹筋は力を入れて固められていた。
トラギコの拳を受けた男は不敵な笑みを浮かべる。

それを見て、トラギコは男の股間を蹴り上げた。
男は白目をむいて倒れた。

(,,゚Д゚)「ったく、せっかくシャワーしたってのによ」

店を出る際、入り口にかかっていた看板を準備中に変えてからホテルへと足を向けた。
そろそろビロードが帰ってきている頃だろう。
ホテルに入ると先ほどの係員がにこりと笑みを浮かべ、ビロードが来た旨を伝えた。

川_ゝ川「お連れ様ですが、少しお疲れの様でした」

(,,゚Д゚)「だろうな」

階段を上がって部屋の扉をノックし、声をかける。

(,,゚Д゚)「おい、俺だ」

129名無しさん:2018/08/27(月) 07:19:04 ID:272yTWzU0
扉がすぐに開かれ、ビロードが顔を出した。
顔色が大分よくなっており、少しだけ安心した。
ほのかに香る石鹸の匂いが、シャワーを浴びた後だという事を物語っている。
服も黒いポロシャツと黒いジョガーパンツに着替えており、恐らくエイミーを経由して購入したのだろうと推測できた。

まだ仕事は出来そうだが、今日はあまり無理をさせられない。
夜の打ち合わせを終えたら、ビロードだけホテルに帰してトラギコは事前に仕込みをしに行くべきだろう。
中に入ると、ビロードがまず頭を下げた。

( ><)「迷惑をかけ――」

(,,゚Д゚)「――気にするな、仕方ねぇラギ。
   ただ、次からは無理をするな」

謝るようなことではない。
強いて謝ることがあるとしたら、ぎりぎりまでそれを言い出せなかった事だけだ。
それに気付けなかったトラギコにも責任はある。
故に、次からはビロードの行動に目を配る必要が出てきた、それだけの話だ。

生きていれば次に反省を生かせるのだから、それでいい。

(,,゚Д゚)「飯は食えるラギか?」

( ><)「正直、お腹がすきました」

恥ずかしげにそう言ったビロードの頭の上に、トラギコは無意識の内に手を乗せていた。
まだこの男は子供の部分が残っている。
警官になったばかりと言う事は、つい最近までは学生だったのだ。
この世界に順応できていなくても無理はないが、これから徐々に慣れて行かなければならない事を学ぶだろう。

(,,゚Д゚)「なら、たらふく食うぞ」

( ><)「はい!」

(,,゚Д゚)「その前に、お前もスーツを作りに行くか。
   汗で酷いことになってるだろ、俺達のは」

( ><)「あ……はい、そうです。
      絞ったら汗が出てくるぐらいだったので、ホテルにクリーニングと着替えを頼みました」

恐らく、エイミーが約束通り気を利かせてくれたのだろう。
どうやら優秀な従業員を引き当てたようだ。

(,,゚Д゚)「サップって店が近くにあったから、そこで作れば夜には間に合うラギ。
    問題はないな?」

( ><)「勿論です」

130名無しさん:2018/08/27(月) 07:19:41 ID:272yTWzU0
それから二人はサップに向かい、ビロードのスーツを新たに購入した。
適当な飲食店を探して歩いていると、先ほどトラギコとひと悶着のあったパブの前に救急車が停まり、ちょっとした人だかりが出来ていた。
すぐに店の中から担架に乗せられた男達が運び出され、救急車に乗せられていった。
その様子を横目で見ながら通り過ぎた後、ビロードが疑問を口にした。

( ><)「喧嘩ですかね?」

(,,゚Д゚)「酔っぱらったんだろ。
    よくある話ラギ」

適当なレストランを見つけ、そこで改めて酒と食事を摂ることになった。
二日に渡る軽いアウトドアの旅を強いられた二人は、奇遇にもステーキと赤ワインを注文し、それを味わうようにしてゆっくりと胃に収めて行った。
レアの焼き加減で出された牛肉は柔らかく、そして肉汁溢れるものだった。
噛めば噛むほど味が染み出すようで、甘さまで感じるほどだった。

それを赤ワインと共に味わう内に、気が付けばボトルは三本空になり、ステーキは二人で五枚を平らげていた。
一時間ほど経つと、ビロードの瞼がほとんど閉じかけ、今にも眠りそうな様子になった。
酒の効果もあり、緊張の糸が一気に緩んだのだろう。
ようやく目的地に到着して無事に食事を済ませたのだから、それも仕方がないだろう。

(,,゚Д゚)「寝るならホテルで寝ろよ」

( ><)「ふぁい……」

(,,゚Д゚)「ったく、手間のかかる奴ラギね」

会計を済ませ、ビロードを担いでホテルへと戻った。



‥…━━ Part2 End ━━…‥

131名無しさん:2018/08/27(月) 07:34:12 ID:Nx2Fkz.s0


132名無しさん:2018/08/27(月) 12:21:26 ID:h7GZnqF20
お疲れ様でした!
こっちにも投下してくれてありがたい

133名無しさん:2018/08/27(月) 17:00:09 ID:4/NwZKdU0
乙、読みごたえあって好き
トラギコの酒場の喧嘩しらばっくれてるのワロタ

134名無しさん:2018/08/31(金) 20:51:26 ID:GXull27I0
明日VIPでお会いしましょう

135名無しさん:2018/09/01(土) 13:17:57 ID:LnDk3aVQ0
きた!待ってる

136名無しさん:2018/09/02(日) 08:09:09 ID:TtIaSOzQ0
‥…━━ Part3 ━━…‥

ラグジュアリーカジノの歴史は古く、一世紀以上も前にはすでにヴェガに存在しており、この街を賭博の街にする上で決して欠かすことのできないカジノである。
五階建ての建物は全てのフロアに賭博用のスペース以外にレストラン、バー、ダンスショーを見るスペースなどが確保されており、
賭けに参加しないで雰囲気だけを楽しむ客がいるほどの徹底した雰囲気作りがされている。
全てのフロア、賭けの席には監視役の屈強な男が立ち、不正が行われないか常に目を光らせている。

天井は高く、開放感のある作りをしている。
控えめに流れるフリージャズの上に、客達が口にする喜びと悲しみの声が重ねられる。
明るすぎず暗すぎず、を追求した照明が店の中を常に黄昏時の色合いに染め上げていた。

ここのカジノで扱われている賭博の種類は五種類。
一階から順にポーカー、スロット、ルーレット、ブラックジャック、そしてラシャン・ルーレットのフロアが設定されている。
世界的に見てもラシャン・ルーレットを種目に加えたのはこのカジノが初めてであり、唯一の存在だった。
一挺のリボルバー式拳銃を用意し、模擬弾五発、実弾一発を込めて全員がシリンダーを回し、己の米神に銃腔を向けて銃爪を引くというシンプルかつ危険なルールの賭けだ。

無論、このカジノでは死人を出さないために実弾の代わりにゴム弾を入れて勝負をすることになる。
勝負をするのは最大五人の客とディーラーが一人。
敗者はゴム弾を引き当てた人間。

一周目は六分の一の確率で勝負をし、弾を増やして最後の一人になるまで続ける。
最終的にゴム弾は五発になり、勝者が賭け金の十倍を得るゲームである。

七月十三日、夜八時。
その日一番の番狂わせとも言える賭けがラシャン・ルーレットのフロアで起きた。

ラシャン・ルーレットを担当するディーラー、ベット・フェルナンドはこの道二十年のベテランで、どんな勝負の際にも決して表情を崩さない初老の男だった。
だが、目の前に座る客の眼光も然ることながら、その豪運に怯えの感情を抱いてしまっていた。
すでに勝負は最終局面、ゴム弾が五発装填された状態の銃がフェルナンドの手にあった。
シリンダーを回したのは目の前の男で、弾を込めたのはフェルナンドだ。

自分が負ける構図は思い描けなかった。
間違いなく彼が勝つように出来ている。
彼の順番に模擬弾が来るように仕組んである。
だから負けることはない。

なのに、目の前に座る男に勝てる構図が思い描けない。
剣呑な雰囲気を漂わせ、妙に膨らんだ懐が拳銃の存在を匂わせていることが問題なのではない。
男の眼が、問題なのだ。
今までに大勢の客を見てきたが、この男と同じ眼は今までに一度だけしか見たことが無い。

稀代の賭博王、エスポワール・ジイカがこのカジノで行ったポーカーの世界大会で最後に見せた眼だ。
彼はその大会で伝説を残し、世界最高金額の賞金を手にしている。
誰の眼にも不利な状況にも関わらず、ジイカは逆転をして見せた。
子供の頃に見て、強烈に網膜に焼き付いている光景だ。

(,,゚Д゚)「どうした、早く引くラギ」

137名無しさん:2018/09/02(日) 08:09:32 ID:TtIaSOzQ0
銃爪を引けば決着がつく。
この勝負はそういうものだ。
模擬弾ならばディーラーの勝ち。
それ以外なら客の勝ちだ。

賭けられた金は千五百ドル。
大した金額ではない。
負けたとしてもカジノ側が失う金額は極めて少ない。
恐れる必要はない。

銃爪を引きさえすれば終わるのだ。

(,,゚Д゚)「時間稼ぎか?感心しないラギね」

(ΞιΞ)「いえ、すぐに引きますので」

撃鉄を起こして、銃爪に指をかける。
勝てる。
勝てるのだ。
数十人のギャラリーが彼等を取り囲む中、ジイカは完全に男の事だけを見ていた。

それ以外の些事は目に入らず、耳にも入らなかった。
ゆっくりと絞るようにして銃爪を引き、衝撃が彼の頭を揺らし銃声が耳を聾した。

頭に巡るのは痛みの認識と、圧倒的な疑問。
何故、弾が出たのかという当然の疑問だ。
シリンダーに施された細工で、彼は勝負に勝つようになっているのだ。
それが、どうして。

(,,゚Д゚)「悪いが、俺の勝ちラギ」

* * *

カジノ内で使われる賭金はヴェガ公認のカジノで使う事の出来るチップを使用し、金貨を運ぶ手間と手早いチップ計算、そして偽造防止機能を両立させている。
客は賭けに参加する前に特殊な加工が施されたチップを購入し、好きな賭博へと参加する。
チップは最終的にカジノ内の換金所で現金に換えるか預けるか、それを持ち帰るかを選ぶことが出来る。
持ち帰ったチップは別のカジノで使用することも出来るが、公認のカジノでなければ使う事は出来ない。
無論、ヴェガ以外の街に持って行ったところであまり役には立たない。

一万五千ドル。
それが一度の博打でトラギコが稼いだ金額だった。
ジュスティアがトラギコ達に渡した予算の三倍だ。

( ><)「トライダガーさん、すごいですね!」

オーダーメイドのスーツに身を包んだ二人は堂々とした歩みで、カジノのフロアを闊歩していた。
天井に煌びやかな光を放つシャンデリア、人を高揚状態にさせる音楽、甘い香水の匂い、そして人々の笑い声と叫び声。
喜怒哀楽、様々な感情が一つの空間で混ざり合うカジノ独特の雰囲気にビロードはすっかり魅了されているようだった。
仮眠を取った事もあり、どうやら眼は冴えているようだ。

138名無しさん:2018/09/02(日) 08:09:55 ID:TtIaSOzQ0
(,,゚Д゚)「あの賭博はディーラーが勝つ方法があるラギ、それを逆に利用すればこっちが勝つラギよ」

( ><)「勝つ方法?」

(,,゚Д゚)「お前が一人で一万ドル勝ったら教えてやるラギ」

一度の賭けで最初の資金から三倍に膨れ上がり、ヴェガでの軍資金を補充することに成功した。
この調子で金を稼いでいき、違法カジノの関係者に顔を覚えさせられれば、声をかけられるのは時間の問題だ。

(,,゚Д゚)「晩飯でも食うか。
    奢ってやるラギ」

カジノ最上階にあるバーで高級なスコッチとチョコレート、山盛りのバッファローウィングとハギスを頼み、支払いをチップで済ませる。
稼いだチップの量を見て、店員がソファ席に案内した。
まるで沈むような柔らかさのソファに、思わず驚きの声が出る。

(,,゚Д゚)「すげぇな。
    このソファ、マシュマロみてぇラギ」

( ><)「あの、晩飯って……」

(,,゚Д゚)「あ?これが今夜の晩飯だよ」

( ><)「健康に悪いメニューにしか見えませんけど……」

(,,゚Д゚)「いいか、いつ弾が飛んできて死ぬかは誰にも分からねぇだろ。
    だったら、健康なんて気を遣うだけ時間の無駄ラギ。
    好きな時に好きな物を食べて飲む、これが一番ラギよ」

ビロードは少し考え、意見を口にする。

( ><)「でも結局、早死にしては仕方がないんじゃないでしょうか」

(,,゚Д゚)「早死にしたら、その時はその時ラギ。
    自分の好きなように生きて死ぬんだったら、それでいいラギ。
    じいさんになってから好きに生きなきゃならねぇなんて、それこそ時間の無駄ラギ」

( ><)「長生きすることで得られる幸せもあると思うんです」

(,,゚Д゚)「ま、考え方は人それぞれラギ。
    無理強いはしねぇよ。
    何か他に喰いたいもんがあるんなら、自分で頼めばいい。
    俺は美味いスコッチが飲みてぇラギ」

深緑色のボトルを手に取り、トラギコはそれをグラスに並々と注いだ。

(,,゚Д゚)「そういや忘れてたが、お前は何を飲むラギ?」

( ><)「同じのを飲みます。
     じゃあ、ダブルで」

139名無しさん:2018/09/02(日) 08:11:29 ID:TtIaSOzQ0
ビロードの注文通りの量を注ぎ、手渡した。
彼のグラスと己のグラスをぶつけて先に乾杯の合図を済ませる。
手に持ったグラスの中にある琥珀色の液体が、店の証明を反射してキラキラと輝いている。
口元に運ぶと、独特の煙の香りがトラギコの鼻腔に届く。

芳醇な香りがただならぬ美味さを予感させる。
一口、ほんの少しだけ口に含んでゆっくりと飲む。
鼻から息を吐いて、改めて、突き抜ける煙の香りに恍惚とした。
同じく一口飲んだビロードは、その香りにむせていた。

(,,゚Д゚)「いい酒ラギ」

(;><)「よっ、よくこれ飲めますね……祖父の薬の匂いがします……」

(,,゚Д゚)「まぁそう言う奴もいるラギ。
   ブランデーでも飲むか?」

( ><)「あまり度数の強いのは苦手で……」

(#゚Д゚)「手前、そういう大事なことは先に言うラギよ!
    何も言わねぇから飲めるかと思っただろ。
    ったく、ほら、新しいの頼め。
    それは俺が飲むラギ」

(;><)「い、いいですよ」

(,,゚Д゚)「うるせえ、寄越せ」

メニューを強引に押し付け、ビロードの手からグラスを奪う。
無理に飲んでも意味がない。
酒は楽しんで飲むことにこそ意味があるのだ。

(,,゚Д゚)「酒っていうのは、楽しむために飲むもんなんだよ。
    覚えておくラギ」

机に置かれていたベルを鳴らし店員を呼ぶ。
店員はメニューを抱え、すぐに表れた。

(,,゚Д゚)「好きなのを頼め。
   いいか、遠慮するなよ」

( ><)「じ、じゃあ……サケを冷で。
     炙ったあたりめに七味とマヨネーズを添えて下さい」

店員は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべて注文を繰り返した。

Ie゚U゚eI「サケの冷とあたりめですね。
     御猪口はいくつお持ちいたしますか?」

140名無しさん:2018/09/02(日) 08:11:51 ID:TtIaSOzQ0
(,,゚Д゚)「二つだ。
   サケは二合で頼むラギ。
   後、俺に水をくれ」

そう答えたのはトラギコだった。
ビロードが注文をするよりも早く彼のグラスは空になっていた。
トラギコはビロードについての認識を更新することにした。
彼は、酒の楽しみ方を知っている。

ただ、それを表に出さないだけなのだ。
何ともまどろっこしい男だが、少しだけ気に入った。

サケは米を原料とした酒で、極めて特殊な種類の物だ。
まず、この酒だけは量を数える時に特殊な単位を用い、特殊な容器――徳利と御猪口――を用いて飲むのが作法とされている。
ほとんどの種類が無色透明ではあるが、その飲みやすさは比類なきものがあり、上等なサケともなるとまるで水のように飲むことが出来る。
このサケは驚くほど野菜と魚との組み合わせの相性がよく、気が付けば一瓶を飲み干していることがよくある。

難点を一つ上げるとするならば、質が悪い物を飲むと悪酔いすることと驚くほど高価で製造に手間がかかること事ぐらいだ。

(,,゚Д゚)「サケが好きなのか」

( ><)「はい、父の影響で。
     すみませ」

(,,゚Д゚)「謝るな。
    いいか、俺が好きなのを遠慮なく頼めって言ったんだ、謝る必要はねぇラギ。
    だが、いい趣味をしてるんだな、お前の親父は」

( ><)「そ、そうですかね」

少しだけ恥ずかしげにそう答えたビロードは、上目遣いにトラギコを見た。
まるで子供のようなその仕草に、トラギコは深い溜息を心の中で吐いた。
この男の家庭環境が容易に想像でき、そして不憫に思えてしまったのだ。

(,,゚Д゚)「あぁ、いい趣味ラギ」

だから、こうして彼が望む答えを口にしてしまったのだと、トラギコは自分に言い聞かせることにした。
まるで歳の離れた弟のような男だ。

Ie゚U゚eI「お待たせいたしました」

ほんの数分で店員がサケと肴、そして水を持ってやって来た。
徳利と呼ばれる小さな容器はサケで満たされ、御猪口と呼ばれる小さなグラスが二人の前に置かれる。
徳利をビロードよりも早く手に取り、彼の御猪口に適量を注ぐ。
徳利を置くと、次はビロードがトラギコの御猪口に適量を注いだ。

これがサケの作法だ。
以前、書籍で読んだことがある。
サケと酒は作法が異なり、また、その価値観も大きく異なると。
酒は自分が楽しむために飲むのであって、サケは相手が楽しむために飲むのである、と。

141名無しさん:2018/09/02(日) 08:14:05 ID:TtIaSOzQ0
水を飲んで口の中にあるウィスキーを全て洗い流し、胃袋へと落とし込む。
サケは繊細な味と香りが主役であるため、より強い香りと味を持つウィスキーの存在が口の中に残っているのは問題外なのだ。

(,,゚Д゚)「じゃあ、改めて乾杯ラギ」

( ><)「は、はい!」

小さな御猪口を軽くぶつけ、同時に口にサケを含む。
甘い香りが口中に広がるが、口当たりはまるで水だ。

(,,゚Д゚)「ほう」

( ><)「あぁ、これはいいサケですね」

二人で改めて酒を堪能していると、跫音が二人の前で止まった。
二人分の跫音の正体は確認するまでもない。

〈::゚-゚〉「お楽しみのところ失礼するよ。
    さっきの賭け、あれは見事だったな」

サングラスとブーニーハットを被り、シャツとカーゴパンツを履いたイシ・シンクレア。
砂漠観光客そのものの恰好に、思わず吹き出しそうになってしまう。
見事な溶け込み具合だ。

( ´W`)「是非話を訊きたいんだが、いいかな?」

グレーのスーツを着崩し、ビールジョッキを持つのはシラヒゲ・チャーチルだ。
こちらもカジノを楽しむ人間といった風貌で、この場に溶け込んでいる。

(,,゚Д゚)「ああ、勿論いいさ」

L字型のソファ席に二人が腰かけ、盃をぶつけ合う。

( ´W`)「砂漠の旅はどうだった?」

意地が悪そうに口元を吊り上げながら、シラヒゲがトラギコの目を見て言った。
答えは分かり切っているのに、あえてそれをトラギコの口から出させようというのだ。
趣味の悪い話である。

(,,゚Д゚)「途中で道が塞がっていて、バイクを捨てるところまでは順調だったラギ」

( ´W`)「道が?グレートロータスのか?」

これはシラヒゲも知らない情報だったようで、素直に驚きの感情を表に出していた。
流石にそこまで手回しはしていなかったことに安心したが、最盛期のシラヒゲならばやりかねない事でもあった。
彼が嘘を吐いている可能性も無きにしも非ず、という事で心にとどめておくことにした。

(,,゚Д゚)「あぁ、残念だが事実ラギ。
   そっちは?」

142名無しさん:2018/09/02(日) 08:14:25 ID:TtIaSOzQ0
( ´W`)「全て順調だ」

シラヒゲは喉を鳴らしてビールを飲み、ジョッキを瞬く間に空にした。
そして、トラギコとビロードの目を交互に見て、前屈みの姿勢になってから頷いた。
これから本題に入るようだ。

( ´W`)「あの賭けのおかげで、お前のファンが出来ているみたいだ。
    この調子で有名人になるつもりはあるか?」

(,,゚Д゚)「最初からそのつもりラギ。
   正直、ここで賭けをしていてもあまり儲からなさそうだからな。
   その内声がかかるのを待つが、長くなりそうなら方法を変えるラギ。
   そっちは?」

( ´W`)「こっちはカジノ以外の商売を楽しむつもりだ」

違法カジノに手を出している組織があるとしたら、カジノ以外の方法にも手を染めていると考えるべきだ。
売春や薬物の売買、他にも非合法的な事に手を伸ばしていれば、そこをきっかけにカジノの存在に辿り着ける。
どちらがより近道なのかは、今の段階では分からない。
しかし、手広く一つひとつの可能性を試してみるしかない。

(,,゚Д゚)「パーティーは、相手を見つけてからか?」

( ´W`)「ある程度目星をつけてからだ。
    イシ、あれを渡してやれ」

〈::゚-゚〉「ほら、これをやるよ。
    俺は使わないからな」

静かにグラスを傾けていたイシが懐から小さなカードを取り出し、さりげなくトラギコに渡した。
薄いが、金属で作られているのは分かる。
ただ、銀色に輝くカードの表面には幾何学模様が刻印されているだけで、文字などは一切書かれていない。

〈::゚-゚〉「予算不足になった時に使うと良い」

(,,゚Д゚)「これは?」

〈::゚-゚〉「ヴェガのVIPPERカードだ。
    大切にしろよ」

VIPPERカードはヴェガでのみ使用することのできる信用証明書のようなもので、発行するためには市長の直接的な許可が必要になる。
つまり、このカードを所有する人間は市長からの信頼を得るに足る人間であり、財力を有していることを意味するのである。
ヴェガが認めている全てのカジノでこのカードを使用し、現金を持っていなくてもチップを借り入れられることが出来る。
万が一その日の内に借り入れたチップ分の金が返せなくても、このカードがあればカジノへの支払いはヴェガが立て替えることになっているのだ。

無論、最終的にはヴェガにその金を返さなければならないが、そもそもそのような事をする人間にこのカードは発行されない。
話には聞いていたが、実物をこうして手にするのは初めての事だった。

(,,゚Д゚)「どうやってこれを手に入れたんだ?」

143名無しさん:2018/09/02(日) 08:17:08 ID:TtIaSOzQ0
〈::゚-゚〉「俺達は友好的な人間だから、市長とは仲良しなのさ。
    ってのは冗談として、市長から捜査の役に立ててくれって長官がもらったらしい。
    俺達は使わなそうだからな」

(,,゚Д゚)「ありがとよ。
   俺はこれからもう少し賭けをしていくが、そっちは?」

二人は肩を竦め、ニヒルな笑みを浮かべてイシが答えた。

〈::゚-゚〉「とりあえずは、娼館だな」

娼婦たちは街の裏側についてよく知る優秀な情報源だ。
表立っての売春は許可されていないが、黙認されている彼女達を取り扱うのは当然、裏社会の人間達になる。
そして彼女達は雇い主と客の両方から情報を得て、驚くほど緻密な繋がりを用いて共有をしていく。
彼女達も商売人であるため、その情報を悪戯に流布することはない。

しかし、金を掴ませれば口の軽い女は簡単に情報を口にする。
一見の客に情報を流すことはしないが、裏を返すなどして信頼を勝ち取る事が出来れば、後は時間の問題だ。

(,,゚Д゚)「性病に気を付けろよ」

ジュスティアにも娼館はあるが、非合法であるために発見され次第すぐに閉店に追い込まれている。
無論、全ての店を消し去るようにと指示を出しているのは市長で、警察内の対策部署は意図的に数軒見逃し、住民が欲望を発散する場所の確保と女たちの収入減を守っている。
これは署内の中でも一部の人間だけが知っている話で、ビロードは確実に知らない話だ。
むしろ、彼は女を買ったこともないだろう。

〈::゚-゚〉「あぁ、駄目になった時は慰めてくれるよな?」

(,,゚Д゚)「冗談じゃねぇラギ。
    自分の右手に頼めよ」

ジョークを言い合い、今後の動きについての確認が取れた。
後は、どれぐらいの頻度で連絡を取るか、だ。

(,,゚Д゚)「また会えるラギか?」

〈::゚-゚〉「あぁ、二日後にまたここにこの時間、でどうだ?」

イシが差し出して見せてきた腕時計の針は、夜の九時半を示していた。
二日後の九時半、時間で言えば、四十八時間の中でどれだけ違法カジノの尻尾を掴めるかが試される。
のんびりできる余裕はない。

(,,゚Д゚)「二日後だな。
   分かった。
   今日は良い時間を過ごせたよ」

〈::゚-゚〉「それじゃあ、邪魔をしたな」

何事もなかったかのように二人は席を立ち、客の中に消えて行った。

144名無しさん:2018/09/02(日) 08:17:30 ID:TtIaSOzQ0
( ><)「僕の事は言わなくて良かったんですか?」

(,,゚Д゚)「あ?言う必要ないだろ。
   それとも何か、心配してもらいたいのか?かまってちゃんの餓鬼が、手前は」

(;><)「そ、そういうわけじゃ」

(,,゚Д゚)「なら、いいんだよ。
    手前は何もしくじってない、それでいいじゃねぇか。
    後は結果で示せばいいラギ」

サケを注いで、一口で飲む。
甘い中にも舌に感じる刺激が面白い酒だが、どうにもトラギコはこちらよりもウィスキーの方が性に合っているようだ。
バッファローウィングを素手で掴んで黙々と食べ、ウィスキーを飲む。
味の濃い肴がよく合う。

骨に着いた僅かな肉と軟骨を丁寧にしゃぶり取り、再び酒を飲む。
次々とバッファローウィングを胃袋に収め、最後は指に大量に付いているソースを舐め取った。

(,,゚Д゚)「ふぅ、悪くねぇな」

この肴は日本酒には絶対に合わない。
繊細な味を香辛料と調味料で完全に殺すだけでなく、あの甘みと喧嘩することは間違いない。

( ><)「綺麗に食べるんですね、トライダガーさんって」

(,,゚Д゚)「鳥の骨に残った肉と軟骨が美味いラギよ」

他愛ない話をしながらも、トラギコの視線は店内に向けられていた。
先ほど、シラヒゲが言っていたファンを探しているのだ。
ファン、とは勿論文字通りのファンではない。
トラギコの持っているチップを目当てにしている追剥のような、賭博に負けて虫の居所が悪い馬鹿か、裏のカジノに勧誘するに足るかを観察している手合いか、だ。

それを見極める最も簡単な方法は、彼らがどこで何をしているか、である。
レストランに入らずに待ち伏せをしているようであれば前者であり、レストランで食事をしているのであれば後者だ。
とは言え、いるかも分からない人間に気を遣い続けるのも馬鹿馬鹿しいので、トラギコは食事を続けた。
ハギスにスコッチをたっぷりとかけて、それを頬張る。

この独特の風味と味が、スコッチにはよく合うのだ。

十時半。
空腹を満たした二人はカジノ内を腹ごなしがてら歩いていた。
酒が回っているのか、ビロードの足取りは若干危ういところがあった。
二人は今、三階のルーレットコーナーにいた。

ルーレットのルールはシンプルだが、ディーラーが玉を操作できるという問題があるため、ここでは勝負をするべきではないのは明らかだった。
事実、トラギコ達が見ている前で堂々と操作が行われていた。
熟練のディーラーともなれば、高速で回転するルーレットの任意のポケットに玉を入れるのは当然持っている技術の一つなのだ。

(,,゚Д゚)「……稼ぐなら、後はポーカーラギね」

145名無しさん:2018/09/02(日) 08:17:51 ID:TtIaSOzQ0
階段を使って一階に降り、ポーカーのゲームを観戦する。
手前のテーブルで丁度ゲームが始まったところだった。
慣れた手つきでホールカードが二枚ずつ配られ、皆がチップを指で弄び始めた。
ディーラーは不正行為防止のために残されたカードを鮮やかな手つきでシャッフルし、一番上のカードを周囲に見えないよう机の下にあるシュレッダーに入れて処分した。

席を囲む六人の中で、最も外見の若い男が開始の合図を口にした。

('A`)「十ドルにしておくよ」

まずはスモールブラインド――最初に強制的にチップを賭ける人間――の役を担う男がチップを積む。
続いて、ビックブラインド――二番目に強制的にチップを賭ける人間――の役を担う男が二十ドルチップを積んだ。
よくある流れに、一瞬だけ平凡な試合展開を予想したが、トラギコのうなじが逆立ってそれを否定した。
何かが起こる、そんな試合を予感させた。

川 ゚ 々゚)「コール――直前の人間と同額を賭ける――するわ」

アンダー・ザ・ガン――三番目に賭ける人間――の女が十ドルチップを二枚置く。
結局、続く人間は二十ドルでコールをすることになり、スモールブラインドの男の順番となった。
通常であれば、ここは他と同額にするために十ドルを払ってプリフロップ――最初の賭け――を終わらせるのが定石だ。
だが、そんな空気を一気に切り替えたのは、スモールブラインドの男だった。

('A`)「じゃあ僕はレイズ――賭け金の上乗せ――しようかな。
   五百だ」

そこで、観戦していた人間達が一気にざわめいた。
男はここで最小の賭け金を五百ドルに設定し、雑魚、もしくは金のない人間を排除する行動に出たのである。
これは己の手札がこの段階で強いことをアピールする手段であるが、同時に、自分の手札が弱いことを悟られないためのブラフの効果も持ち合わせている。

(;゚д゚ )「くそっ、フォールド――賭けから降りる――だ」

(;´_ゝ`)「ちっ、降りる」

初手から五百ドルにレイズする行為は、無謀とも言えるし、それだけ勝算があるからとも捉えられる。
これは面白い試合になりそうだった。
一瞬にして場には二人だけとなり、試合が幕を開けた。
ポット――蓄積された賭け金――は千百ドル。

コミュニティカード――場に公開されるカード――が三枚、テーブルの中央に出される。
スペードのキング、スペードの9、そしてハートの3だった。
この段階ではまだ役に立ちそうもない組み合わせだった。
だが場に残った二人の男――もう一人は勝負に乗った壮年の男――は表情を崩さず、ボードに置かれたカードを冷静に見つめている。
手札との組み合わせではブタにしかならなそうだが、彼らは間違ってもそれを悟られないように表情を殺している。

(,,゚Д゚)「ビロード、試合を見る余裕はあるラギか?」

(;><)「あ、あります……大丈夫……です」

(,,゚Д゚)「コーヒーでも飲んでそこで座って見てろ。
   面白くなるぞ、この試合」

146名無しさん:2018/09/02(日) 08:18:13 ID:TtIaSOzQ0
若い男は傍らに置かれたチップの山を無作為に摘まんでは戻し、相手の集中力を削ぐ音を鳴らす。
青年と言ってもいいほどの外見だが、その冷静さは見た目以上の年齢を思わせた。
そして青年は相手の出方を窺うための言葉を、微塵の動揺も感じさせない静かな声で告げた。

('A`)「チェック――賭けをせず、相手の出方を窺う――しようかな」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「ベット――賭け金を出す――だ」

受けて立った男は、百ドルチップを二枚場に置いた。
極めて堅実な張りだ。

('A`)「レイズ」

青年はそれを見て再び賭け金を五百ドルに吊り上げ、壮年の男はコールをした。
これでポットの金額は二千百ドル。
まだ二巡目が終わったところでそこまで凄まじい賭けという状況ではないが、まだ何かが起きそうな予感は一向に薄れなかった。
小さな炎はやがて大火へと変わるのだ。

ターン――三巡目――が訪れ、四枚目のカードが開示される。
スペードのジャックだった。
青年は満面の笑みを浮かべ、指先で弄んでいたチップの一山を目の前に差し出した。

('A`)「ベットしよう。
  五千ドル」

場が動いた。
五千ドルと言えばかなりの大金になる。
それをこのタイミングで出すという事は、彼の手札にあると予想されるカードの組み合わせはストレート、もしくはストレートフラッシュである可能性が高かった。
無論、はったりであることの方が多い世界であるため、相手をこの試合から降ろすことが目的の金額かも知れない。

しかし、男はテーブルの端を指でリズミカルに叩いて、チップを出した。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「レイズ。
       七千ドルだ」

('A`)「なら、僕はコール」

合計一万六千百ドルのポットとなり、一気に緊張感と熱がトラギコの頬を撫でた。
面白い。
実に面白い試合だった。
ビロードも酔いが醒めたのか、息を飲んで展開を見守っている。

リバー――最終四巡目――のカードは、ダイヤの2だった。
そこで初めて、青年が押し黙って手札とボードのカードとを見比べ、溜息を吐いた。

('A`)「……降りるなら今の内だけど?」

その挑戦的な一言を浴びた壮年の男は、だがしかし、くすりともせずにその提案を無視した。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「それはこっちの台詞だ、ボウズ」

147名無しさん:2018/09/02(日) 08:22:12 ID:TtIaSOzQ0
('A`)「いいの?勝負をするなら、本気でいくよ?」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「ははっ、やってみろよ」

('A`)「なら、勝負しようか。
   オールイン――所持しているチップを全て賭ける――三万ドルだ」
 _、_
(;,_ノ` )「なっ!?」

三万ドル。
それは、容易に失う事の出来ない大金だ。
ポットにある金も大金だが、ここで降りれば悪戯に金を失うだけになる。
しかし、勝負に乗れば更に大きな額を失いかねない。

男は沈黙し、深く呼吸をした。
彼の傍らに積まれたチップはギリギリ三万ドルを出せるだけありそうだが、後は、度胸がいる。
 _、_
(;,_ノ` )「コ……コール!!」

男は絞り出すような声で叫び、チップを出した。
ディーラーは双方を見て、静かに己の仕事を実行した。

「ショーダウンです」

二人の手札が開かれ、歓声と悲鳴が上がった。

壮年の男の手札はスペードの7と6のフラッシュ。
青年の手札はスペードの10とクィーン。
即ち、ストレートフラッシュ。
勝敗は一瞬で決し、一人は夢を得て一人は夢を奪われた。

('A`)「だから言ったのに」

チップを全て手元に集めて、青年はそう言った。
負けた男は頭を抱えて悶絶しているが、近くにいた観客たちはその度胸と潔さに拍手と励ましの言葉を送った。
客の中には男の健闘を現金で称える者までいた。
これがヴェガの誇るエンタテインメントであり、恐ろしさでもある。

一夜の内に全てを得るか、それとも失うか。
ほんの一回の判断ミスでこの有様だ。

(,,゚Д゚)「……ビロード、何か気付いたことはあるラギか?」

(;><)「え?あ、ポーカーって面白そうだなって……」

(,,゚Д゚)「そうか」

――どうやら、気付いた人間はトラギコだけの様だ。
あの勝負で、イカサマがあったことに気付いたのは。

148名無しさん:2018/09/02(日) 08:22:32 ID:TtIaSOzQ0
ホテルに戻った時には日付が変わり、ビロードはすぐにベッドで爆睡した。
トラギコはポーカーで行われたイカサマ行為について、素直に感心していた。
あれは組織的なイカサマで、かなり慣れた手つきだった。
よほど警戒して監査していなければ見過ごしてしまうほど、その動きは洗練されていた。

イカサマを仕掛けたのは青年とディーラーだった。
仕掛けは極めて単純だが、あの熱がそれを巧みに誤魔化したのである。
青年はチップを指で弄んでいるように見せかけ、その音と仕草でディーラーに合図を送っていたのである。
それを受けてディーラーはカードを操作し、ストレートフラッシュを完成させたのだ。

恐らく、最初に二枚のカードが配られた時点で手札を知らせ、ディーラーが理想の展開を作り上げたのだろう。
あの二人がグルだとしても、トラギコはそれをカジノに報告するつもりはなかった。
むしろ、好機と捉えた。
カジノ内に仲間を作るためにはかなりの人脈、そして力が必要になる。

あの青年が仕掛け人だとすれば、なかなか見どころがある。
いい悪党になるだろう。
特に、この賭博の街においては英雄に近い悪党になる。
そんな男ならば、違法カジノについて何かしらの情報を持っているはずだ。

あれだけの大勝をしたのだからラグジュアリーカジノにはしばらく出現しないと考えると、他のカジノにいる可能性が高かった。
今回はカジノが賭けの最小金額をかなり細かく設定していたため、あまり大きな勝負にはならず、イカサマをしてまで勝とうとする人間は少数だ。
合法カジノの中で最も賭け金の高いエクスペカジノであれば、あの何倍もの勝負になるだろう。
そうすると、自然とイカサマを駆使して勝とうとする人間が生まれてくるのだ。

ならば、そこに一枚噛ませてもらおう。
そうすれば、トラギコの目的が早期に達成される見込みが高まる。

水をグラスに注いで二杯飲み、溜息を吐く。
しばらくは頭を使う仕事が続くが、ある程度巣が分かれば力仕事になる。
まずはビロードが仕事の役に立つように訓練をしなければならないのが、当面の課題となる。
この男が得意とする賭博が何なのか、それを見定めることが出来れば課題を攻略するのは容易だが、そうそう上手くいくものとは思えない。

明日の朝から適当なカジノに向かわせ、適性を自分で判断させるのがいいだろう。
三杯目の水を飲んで、トラギコはベッドの上に横になった。
瞼はすぐに落ち、深い眠りが訪れた。

* * *

夜が明け、トラギコの姿はチェーン店のバーガーショップにあった。
遅めの朝食はハンバーガーとコーラ、そしてコールスローのモーニングセットだった。
味は平凡、価格は安価。
一応、衛生面などは大手の店と言う事もあって安心は出来た。

安い薄い合いびき肉が安いバンズに挟まれ、何とも安い味をしている。
ヴェガにまで来て食べるような食事ではないが、提供されるまでの時間が短い事と、とにかく安く腹を満たせることからこの店を選んだのであった。
そして、この店はモーニングセットを頼むと朝刊が読めるという特典も選んだ理由の一つだった。
今朝、トラギコは五千ドルをビロードに渡し、夕方に一度ホテルで合流することだけを取り決めてそれぞれ別行動をとることにしていた。

149名無しさん:2018/09/02(日) 08:23:29 ID:TtIaSOzQ0
別れて行動すればそれだけ情報が手に入りやすいことと、ビロードが自分の力で適性を見出す事を狙っての選択である。
軍資金五千ドルをどう使い、どう増やすのかが見ものだ。
食事をしつつ、新聞に目を向ける。
相変わらず世界で起こる凶悪事件に対して、マスコミは勝手な予想と私見を織り交ぜた記事を書いていた。

小説やラジオドラマのように簡単に犯人が捕まえられれば誰も苦労はしないし、毎年殉職する警官も出てこないのだ。
犯人の予想や捜査で得ている情報を嗅ぎ付け、それを記事にする姿勢もまるで変わる様子が無い。
彼らのせいで犯人の警戒心が強まり、捜査が難航することが多々ある。
秘密裏にマークしていた容疑者をマスコミが嗅ぎ付けた時には、しばらくの間その記者をジュスティアの留置所に送り込んだこともある。

新聞を畳み、机の端に放る。
紙ナプキンで口元を拭い、カップの底に残ったコーラを飲み干してから席を立った。
店の外を吹き抜ける風は涼しかったが、日差しは相変わらずきつい。
シャツの袖を捲り、ジャケットを肩にかけて歩き出した。

朝十時の空は突き抜けるような青さで、白い入道雲がいくつも空に浮かび、地平線にもその姿が見られた。
夏の空模様だった。
まず、トラギコは預けていた昨夜の儲けを受け取るためにラグジュアリーカジノに向かった。

「いらっしゃいませ」

受付に立つ男は笑顔でトラギコを迎え入れた。
例え昨夜、トラギコがディーラーの仕組んだイカサマを逆手に取ってイカサマをした人間だと分かっていても、証拠がない限り彼らは笑顔でトラギコを迎えるしかないのだ。

(,,゚Д゚)「昨日預けた金を返してもらいたんだ。
    トライダガー、って名義ラギ」

「こちらのカジノでご利用ですか?」

(,,゚Д゚)「いや、エクスペカジノに行くラギ」

「かしこまりました」

恭しく頷いた男はカウンターの下で何かを操作し、すぐに笑顔を浮かべて半透明のチップを手渡した。

「こちらがお客様のチップになります。
向こうのカウンターにお渡しいただければ、お客様がお預けになったチップが渡されます」

(,,゚Д゚)「分かった。
    ありがとよ」

立ち去ろうとしたトラギコを、男の声が止めた。

「それと、お客様」

(,,゚Д゚)「あん?」

男は相変わらずの笑顔を浮かべたまま一言だけ口にした。

「お客様に限り、ラシャン・ルーレットのレートを一千倍にするとオーナーからの伝言です」

150名無しさん:2018/09/02(日) 08:23:56 ID:TtIaSOzQ0
(,,゚Д゚)「ははっ、気が向いたらな」

やはりあの勝負が原因で、トラギコはカジノの中でマークされたようだ。
良きにしろ悪きにしろ、目立ったのであれば目的が達成されたことが分かる。
賭博に関する噂はすぐに広まり、そしてすぐに誇張される。
後はそれがどこまで浸透するのかが楽しみだった。

エクスペカジノは大通りを隔ててラグジュアリーカジノの斜向かいに佇む、二階建ての巨大な白い建物だった。
ここがヴェガで最も賭け金の最低金額が高く、配当の率も高いカジノだ。
ここで大勝すれば間違いなく街中のカジノに名が知れ渡る。
となると、絶対に勝つことができる賭博を選ばなければならない。

まずは店に入り、チップを交換する。
すぐに一万五千ドル分のチップは専用のケースに入れて渡され、フロントに置かれたフロアマップを見た。
ここはラグジュアリーカジノよりも低い二階建てだが、フロア自体の広さは決して引けを取らず、賭けの種類も豊富だ。
天井の高さで言えば、こちらの方が倍近い高さがある。

しかし朝という事もあって、客はまばらで賑わいに欠けていた。
賭け金の上限が最も高いのはやはり、ポーカーだった。
だがポーカーは人数が集まらなければ得られる金が少なくなってしまう。
客が増えるまでの間は様子見をするべきだろう。

近くにあったカウンターバーに立ち寄り、ウィスキーのソーダ割りを注文した。
来店して一杯目は無料との事を聞き、次にこの店に来る時には高級な酒を頼もうと決めた。
ポーカー以外の賭博で目を引いたのは、丁半と呼ばれるものだった。
サイコロを二つツボと呼ばれる小さな筒に入れ、出た目の数が偶数か奇数かを当てる賭博だ。

偶数を丁、奇数を半と呼ぶのがこの賭博独自のルールである。
レートは一対一が原則であり、賭けをする人間の人数が揃っていたとしても、丁半共に賭ける人間がいなければ成立しないという、少し変わった面もある。
賭けた分だけ手元に来るのは儲けが少なそうに見えるが、ポーカーと違って勝者は一人とは限らず、手堅く賭けていけば確実に金を増やせる賭博だ。
サイコロと筒があればどこでも出来る賭博であるため、場末の賭博場でよく開かれており、こうした高級なカジノではなかなかお目にかかれない種目だった。

この店独自のルールにも目を通し、トラギコはこの賭けに興味を持った。
酒を片手に、丁半賭博のテーブルへと向かった。

「さぁ、張った張った!」

威勢のいい声が聞こえてきた。
静かなジャズの流れる店内には不似合いな野太い声は、丁半賭博のテーブルから響いていた。
その熱気あふれる声の主は、上半身裸の男だった。
客達よりも一段高い席に座り、ツボを手で押さえて彼の前に座る客達を睨みつけるようにして見回し、声を出して賭けを募る。
賭けに参加しているのは十人の男女だった。

「丁半駒揃いました!では、勝負!」

ツボが取り除かれ、サイコロの目が開帳される。
四と三、半だ。

「シソウの半!」

151名無しさん:2018/09/02(日) 08:24:36 ID:TtIaSOzQ0
チップが移動し、溜息や歓声が上がる。
その熱気を見て、金を増やす程度に参加することを決めた。
あの熱気の中であれば、多少勝ち続けたとしても、問題はないだろう。

(,,゚Д゚)「俺もいいラギか?」

「勿論。
ささ、お座りくだせぇ」

席に着くと、ツボ振りと呼ばれるディーラーがすぐに賭けを始める。
ツボの中に何もないことを見せつつ、サイコロが正常であること、そして彼の手の中にサイコロが二つだけある事を見せつける。

「よござんすね?」

全員が頷く。
そしてツボ振りがサイコロをツボに投げ入れ、中で上手く回転させてから客の前に置いた。
サイコロの姿はツボで隠されていてまるで見えない。

「さぁ、張った張った!」

丁半を募る。
ここからがこの店独自のルールになる。
普通であれば丁半の数が大体同数になるように調整が入るのだが、ここでは丁半がいさえすれば、人数は関係なく勝負が始まるのである。
そして、負けた人間は賭けた金の二倍を支払うことになる。
支払えない場合は、店が非常に良心的なレートで金を貸し出してくれることになっていた。

テーブルに描かれた丁半を示す位置にチップを置いて、己の意志を表す。

「丁半駒揃いました!」

トラギコは丁に五百ドル賭けていた。
この賭け金は下限の金額であり、上限は一万ドルとなっていた。
まずはツボ振りの腕を見るための張り。
見極めるのは次の一戦からだ。

丁に賭けているのはトラギコを含め、四人。
残りの七人は皆半に賭けている。

「勝負!」

ツボが退けられ、サイコロが姿を現す。

「グサンの丁!」

賭けられた金額に応じ、各々がチップを受け取り、奪われた。
参加者の増減がない事を確かめてから、ツボ振りは素早く次の賭けを始める。

「よござんすね?」

ツボとサイコロの確認を済ませ、再びツボが振られた。

152名無しさん:2018/09/02(日) 08:25:02 ID:TtIaSOzQ0
「さぁ、張った!」

賭場の熱に当てられた者達が丁半を口にしつつ、チップを積んでいく。
覚悟を決めた様子で五千ドルを積んだ男の目は血走り、興奮状態にあった。
男が賭けているのは半だった。
それに感化されたのか、他の客達もチップを上乗せして大勝を夢想した。

トラギコはその熱に流されることなく、再び五百ドルを丁に賭ける。
丁は六人、半は五人だった。

「勝負!」

緊張の一瞬。
ツボ振りはゆっくりとツボを退け、結果を見せつける。

「ピンゾロの丁!」

方法はまだ分からないが、このツボ振りが細工をしているのは間違いなかった。
大張りはタイミングを見計らってやるしかない。
更に熱気が増し、参加者たちの賭け金が一気に高騰していく。
手堅く賭けて行くと思われたスーツの男が、上限である一万ドルを賭けた。

男が賭けたのは丁。
その賭けに呼応してか、更に六人が丁に賭ける。
腰に短刀を携えた監視役に悟られないよう、トラギコは覚悟を決める。

続く第三戦。
トラギコは一千ドルを半に賭けた。

「サブロクの半!」

一気に多額のチップが動く。
読み通りだ。
ツボ振りの仕事は詰まる所、カジノを儲けさせることにある。
ここの独自ルールでは賭け金の具合によってはカジノ側が赤字になってしまう。

だがそれは正々堂々とした賭けをしていた場合に限る話だ。
絶妙なところで調整が入り、カジノが黒字になるように仕組まれていれば長続きする。
その最良の方法は、厚く張った側から搾り取る事だ。
賭け金を見てカジノ側が最終的に得る金を計算し、不自然さのないように駆け引きをしていくのだ。

そのタイミングを見極める事が出来れば、トラギコは漁夫の利を得ることが出来る。
だがそれでは意味がない。
相手の予想を裏切る勝利を得てこそ、意味があるのだ。

元金は五百ドルだったが、今は二千ドルに増えた。
これで勝負を挑むには、今、この場はあまりにも熱くなりすぎている。
仕方がないと諦め、トラギコは四戦目に参加することにした。

「よござんすね!」

153名無しさん:2018/09/02(日) 08:25:23 ID:TtIaSOzQ0
その一瞬、ツボ振りの目がトラギコの目を確かに見た。
マークされた、と直感でトラギコは悟った。
次に大張りをした場合、トラギコは負ける。
この男はそれが出来る。

「さぁ、張った張った!」

厚く張りたいところだが、目を付けられたらそうもいかない。
負けると分かっている勝負に乗るのは愚の骨頂だ。
だが、必要があればその勝負に乗るべきだ。
周囲が千ドル以上の張りを続ける中、トラギコもその流れに合わせて二千ドルを半に賭けることにした。

「勝負っ!ロクゾロの丁!」

そして出た答えは、トラギコの予想通りだった。
再びトラギコは二千ドルを獲得する。
今の勝負でツボ振りのところに流れて行った金は一万五千ドル。
ツボ振りの傍に積まれたチップの数を計算すると、少なく見積もっても十万ドル以上はある。

つまり、それがそっくりそのままカジノ側の儲けとなるわけだ。
客とカジノ、最終的に勝つのはいつだってカジノなのだ。

(,,゚Д゚)「なぁ、そろそろ漢を見せないラギか?」

トラギコは先ほど大張りをした男達を見て、そう言った。

(,,゚Д゚)「あんたらが漢を見せるなら、俺は次に一万ドルを賭けるラギ。
   どうだ?」

「……いいだろう、面白い」

「ははっ、いいねぇ」

そして場の熱は他の博徒にも伝染し、灼熱の賭場へと変貌させる。

「私も乗るわ、女だけどね」

「こういうノリ、嫌いじゃないねぇ」

明らかにツボ振りの顔が青ざめ、動揺の色が浮かぶ。
それもそうだ。
参加した人間が全員一万ドルを賭けた大勝負に出ると宣言したのだから。
十一万ドルが動く大勝負。

不正行為が発覚した時のリスクなどを考え、ここでは運否天賦の博打をしなければならなくなる。
イカサマ抑制の大勝負に対して、このツボ振りは監視役に目で指示を求めたが、監視役は無表情に徹してそれを黙殺した。
後はツボ振り次第だと分かり、トラギコは視線を彼に集中させた。
他の博徒達もツボ振りへと視線を向け、大勝負の開始が宣言されるのを待つ。

「よ、よござんすね!」

154名無しさん:2018/09/02(日) 08:26:19 ID:TtIaSOzQ0
「よし来い!」

体を震わせるほどの熱気。
勢い。
ツボ振りはそれに気圧されるような形でサイコロをツボに入れ、投じた。
ツボの下にあるサイコロはすでに答えを出し、解放の時を待っている。

後は、その数字が奇数か偶数かを当てればいい。
確率は二分の一。
得られる金額は一万ドル。
失う金額は二万ドル。

周囲の博徒たちはやはりというか、当たり前のように他の人間の出方を窺っている。
そう易々と二万ドルを失うわけにはいかないという、当たり前の思考がそうさせるのだ。

(,,゚Д゚)「言い出したからには、張らせてもらうラギ」

そして、トラギコは一万ドル分のチップを丁に賭けた。
残り十人。

「では、私もいこう。
丁だ」

「なら俺は半……いや、丁にしておこう」

そして続々とチップが置かれ、気が付けば、丁に九人。
半にはわずか二人だけとなった。
これが通常のルールであれば人数の偏りから均等になるように仕切るのだが、ここにはそれがない。
ツボ振りはこの状況で勝負をしなければならない。

半を出してカジノ側が勝てば十六万ドルの儲けになるが、負ければ七万ドルの損失になる。
さて、どう動くか。

「勝負!」

丁半賭博には〝九半十二丁″という言葉がある。
サイコロの組み合わせによる丁半の数を表すものだが、それは転じて、確率の問題へとつながる。
つまり、丁に賭けたほうが当たる確率は高いのだ。
手堅く狙い、確実に利益を得る。

それが賭けを長く楽しむための秘訣だ。
事実、トラギコが参加した賭けでは、丁の割合の方が高かった。
ツボが開き、サイコロの目が露わになる。
目は五と三、合計は偶数の八。

つまり、丁。

「グサンの丁……!」

155名無しさん:2018/09/02(日) 08:39:31 ID:TtIaSOzQ0
その瞬間、喝采が起きた。
大勝を得た客たちは皆悲鳴とも歓声ともいえぬ声を上げ、喜びをあらわにする。
大勝負に勝ったのだから、無理からぬ話だ。
ツボ振りはポーカーフェイスを貫いているが、内心は相当動揺しているだろう。

彼が後で処分を受ける可能性は大いにあった。

(,,゚Д゚)「ありがとよ」

チップを受け取り、賭場を後にしようとする。

「お客さん、お帰りになる前に最後に私ともう一勝負しませんか?」

それは思いがけない誘いだった。
監視役の男がいつの間にかトラギコの傍に立っており、肩にそっと手を置いてそう言ってきたのだ。
拒否権はあるかもしれないが、ここで拒否するよりも乗った方が面白くなりそうだった。
他の客達もトラギコの返答を待ち、期待に目を輝かせている。

(,,゚Д゚)「いいラギよ。
    だが、条件を付けてもいいラギか?」

「条件次第ですが、どのようなもので?」

(,,゚Д゚)「俺とあんたでサイコロを一つずつ振って勝負する。
    それなら不正もない、正真正銘のギャンブルになるラギ」

変則的なルールに従うカジノはほとんどないが、今回のように相手から声をかけてきた場合は別だ。
それはカジノ側がトラギコを厄介な客として見なし、ここで目を潰しておこうと考えている証であり、こちら側にも提案する権利がある。

「いいでしょう」

(,,゚Д゚)「そうこなくっちゃな。
   おい、ツボ振りさんよ。
   新品のサイコロとツボを貸してもらおうか」

「は、はい」

台の下からケースに入ったサイコロとツボが取り出され、トラギコと監視役がそれぞれ手にする。
サイコロとツボを検め、仕込みが無いことを確認する。
それぞれがサイコロを一つだけ振ることで、少なくともイカサマによる結果の操作はなくなるだろう。

(,,゚Д゚)「じゃあ、勝負ラギ」

「こちらからも一つ提案をしてもいいですか?」

(,,゚Д゚)「内容によるラギ」

「他のお客様方が見ているだけというのは、やはりカジノらしくありません。
私とお客様、どちらが勝つのか賭けていただくというのはいかがでしょう?」

156名無しさん:2018/09/02(日) 08:39:55 ID:TtIaSOzQ0
(,,゚Д゚)「俺はかまわねぇラギよ。
    その方が面白いラギ。
    俺達の賭けが不成立の場合はサイコロの振り直し、でいいな」

「はい、勿論です。
……ツボ振り、募りな」

「へい。
皆さま、極めて異例の丁半賭博ではごぜぇますが、二度とない貴重なこの一戦、なにとぞご参加のほどよろしくお願ぇいたしやす。
当店の者が丁、対するお客様が半。
よござんすね!」

喉の渇きを覚え、手元に置いてあった酒を一気に飲み干す。
この緊張感がたまらない。
得るか、それとも失うか。

二人は目を見合わせ、サイコロをツボに入れて回し、同時に台の上に置いた。

「俺は半だ」

「では、私は丁にします」

二人は一万ドルをそれぞれの場所に置く。
幸いなことに一度で丁半が別れ、無駄な時間を使わずに済んだ。
後は、他の客達の賭けに移行する。

「さぁ、張った張った!」

「半だ!」

「私は丁」

ギャラリーとして集まっていた他の客達も賭けに参加し、二十人近くの博徒が集結していた。
賭けの分布は丁が多く、半は二桁もいなかった。
カジノ側が有利だと考えるのは当然だ。

しかしここにあるのは真剣勝負そのものだった。
片方のサイコロだけを操作したとしても、丁半を確定させることは出来ない。
それぞれの思惑、そして勘だけを頼りに行う生粋の賭博がここにはあった。
二分の一の確立を当てる博打、頼れるのは勘だけ。

博徒としての勘だけが、勝敗を決するのだ。
不安を抱いたとしても、それを顔に出したとしても、結果には何一つ影響はない。
すでに賽は投げられ、答えは出ているのだから。

『勝負!!』

二人、同時に叫び、ツボを取り除く。

結果は――

157名無しさん:2018/09/02(日) 08:40:35 ID:TtIaSOzQ0
「グイチの丁!」

拍手と喝采に囲まれ、トラギコと監視役の男は握手を交わした。

(,,゚Д゚)「最後にいい勝負が出来たラギよ」

「私も、久しぶりに胸が高鳴りました。
ありがとうございました」

負けはしたが、トラギコの失った金額は六千ドル。
また別の博打で取り戻せばいい。
熱気の残る席を離れ、カウンターバーへと向かった。

(,,゚Д゚)「アードベックのストレートをダブルでくれ」

「かしこまりました。
この一杯は、私のおごりにさせていただきます」

(,,゚Д゚)「いいのかよ」

「えぇ、久しぶりにいい勝負が見られたお礼です」

バーテンはグラスに琥珀色の液体を注ぎ、それをトラギコにそっと渡した。

「どうぞ」

(,,゚Д゚)「どうも。
    やっぱりこの時間はまだ客が少ねぇんだな」

「そうですね。
やはり、ヴェガは夜が本番ですので」

(,,゚Д゚)「確かにな。
    なぁ、何かお勧めの賭博はないか?
    さっき六千ドル負けてな、補てんしなきゃならねぇラギ」

「金額と確実性で言えば、スロットですね」

(,,゚Д゚)「なるほどな」

ディーラーとの勝負でなければ、トラギコは自らの顔を売る事が出来ない。
それでは意味がないのは分かっているが、元手が無ければ勝負も出来ない。

(,,゚Д゚)「じゃあ、スロットに挑戦してくるラギよ」

一口でウィスキーを飲み干してから、トラギコはしっかりとした足取りで同じ階にあるスロットエリアへと向かった。
百台以上がずらりと並ぶスロットの前には数人の客が座り、回転する数字と絵柄に一喜一憂している。
スロットの中に一台だけ、抜きんでて光り輝く物があった。
それは間違いなく、スロットマシーンの親玉。

158名無しさん:2018/09/02(日) 08:40:55 ID:TtIaSOzQ0
高難易度、高排出の一台だった。
メガバックスと呼ばれるタイプの物で、最低三ドルからの参加が可能だが、当たれば一億ドル以上を手にすることも夢ではない。
事実、数年に一度、人生最後の運をここで試して勝った人間が一人は出てくるのだ。
台の上に表示されている賞金額は七千万ドル。

前回の大当たりから今日にいたるまで蓄え続け、次の排出を待っているのだ。

(,,゚Д゚)「どれ、一つやってみるかな」

このメガバックスは六列の軸に描かれた絵柄と数字を特定の形で一致させることで、それに該当する賞金が支払われることになっている。
ただし、賭けた金額に応じてその形の種類が増減する。
最低金額の三ドルであれば、指定される形は一種類だけになる。

トラギコはとりあえず三ドル入れ、どれだけの速度で軸が回転するのかを観察することにした。

スロットが回転を始め、手元のスイッチが色とりどりに点滅する。
回転速度に目を慣らしつつ、一番目立つ色の柄がどう配置されているのかを把握する為、一列ずつ観察した。
赤い色が一つの軸に二つ、もしくは一つ。
形状は数字、恐らくは七だろう。

三ドルの場合、要求されているのは数字の七を四つ以上横一列に並べることだ。
速度とパターンをある程度覚え、それを確かめるために感覚でスイッチを押す。

(,,゚Д゚)「……あ?」

派手な音と光がスロットから発せられ、トラギコは思わず間の抜けた声を出してしまった。
この日、トラギコは朝一番幸運な男としてエクスペカジノに名を残すことになった。


‥…━━ Part3 End ━━…‥

159名無しさん:2018/09/02(日) 08:42:20 ID:TtIaSOzQ0
続きは今夜VIPでお会いしましょう

160名無しさん:2018/09/02(日) 09:02:38 ID:suNnnWkI0

すまん丁半やったことないから分からんのだけど偶奇を当てるゲームなら確率は一緒じゃないの?

161名無しさん:2018/09/02(日) 10:01:18 ID:UZYJU9ds0
偶 2,4,6,8,10,12の6パターン
奇 3,5,7,9,11の5パターンだから偶数の方が組み合わせが多くなりそう

カジノとかカモられそうでいったことないからこういうシーンは新鮮でおもしろい

162名無しさん:2018/09/02(日) 13:18:52 ID:TtIaSOzQ0
>>160
From Wikipedia
https://dotup.org/uploda/dotup.org1632323.png

163名無しさん:2018/09/02(日) 13:26:03 ID:r44Qm/JQ0
見てるだけなら賭博って面白いね、めっちゃワクワクする
なお実際に手を出した場合

164名無しさん:2018/09/02(日) 14:49:09 ID:suNnnWkI0
>>162
つまり丁半の出目の呼称としては丁の方が多いけど、結局出目の総数は一緒だから丁半どちらが出やすいって事はない、でいいんだよね?

165名無しさん:2018/09/02(日) 15:34:48 ID:TtIaSOzQ0
>>164
Yes! つまりトラギコは勘違いをしたまま賭けに出ていたわけでございます……

166名無しさん:2018/09/02(日) 19:06:31 ID:a665iS7o0
こっちでもやってくれてありがたい!

167名無しさん:2018/09/03(月) 19:08:47 ID:ymNLoy3o0
VIPスレ見つかんねえ.��喰���謾�(°�� ��°)����謾����.

168名無しさん:2018/09/03(月) 19:35:26 ID:.k9T1UJc0
>>167
昨日のはこれ
(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1535882561/

169名無しさん:2018/09/03(月) 19:36:46 ID:GxVJbkMg0
‥…━━ Part4 ━━…‥

理外の大金を得たトラギコは、だがしかし、カジノを去ろうとはしなかった。
カジノにはまだ用が有り、しばらくは賭けを続けることにしていた。
当然、彼のおこぼれにあずかろうとするハイエナたちがいたが、トラギコはその一切を無視した。
中には体で彼を誘惑しようとする女もいたが、やはり彼は首を縦には振らなかった。

彼はカジノ中の賭博に参加したが、特に熱心に参加したのはポーカーだった。
昼食のサンドイッチを食べながら賭けに参加し、三時には紅茶を飲みながら参加した。
勝率は振るわなかったが、ディーラーの癖や全体の傾向を掴んでからは負ける額よりも勝つ額の方が大きくなっていった。
そしてビロードと約束をしている夕方になるまでポーカーに興じた結果、トラギコの所持金は七千五百万ドルにまで膨れ上がっていた。

正直、今この瞬間に警官を引退しても十分に生きていけるだけの金だったが、彼は辞める気はさらさらなかった。
チップの大部分を預け、カジノを後にした。
まっすぐにホテルに向かわず、トラギコは得た金を使って携帯電話や銃の弾を購入して回った。
欲しかったものをある程度購入し、大通りの半ばで立ち止まって振り返った。

(,,゚Д゚)「用が有るんなら早目に言いな、俺は暇じゃねぇラギ」

トラギコが大儲けをした時から、ずっと視線を感じていた。
その視線の主は、カジノを出てからも彼の背中にずっと目を向けていた。
振り返ったトラギコが見たのは、意外にも、昨夜ポーカーで大勝を掴んだ青年だった。

('A`)「ははっ、流石に鋭いですね。
   ねぇ、おじさん。
   結構儲けましたね」

(,,゚Д゚)「金は多くて困ることはねぇからな。
   それを言いたいだけラギか?」

('A`)「いえ、もっと儲けられる話がありまして。
   どうです?一緒に組みません?」

(,,゚Д゚)「ここのカジノ相手にイカサマやろうってんなら、俺は断るラギ」

ここで素直に受け入れてはいけない。
この時を待っていたと相手に悟られないよう、ただの博徒であることを相手に思わせなければならないのだ。

('A`)「大丈夫。
   そういうのに縛られないカジノで勝負をするんです。
   僕となら絶対に上手くいく」

(,,゚Д゚)「……詳しい話は後で聞こうか。
   今夜九時、エクスペカジノの前で会おう」

('∀`)「そうこなくっちゃ。
   じゃあ、また後で」

170名無しさん:2018/09/03(月) 19:37:23 ID:GxVJbkMg0
遂に、手がかりを掴むことが出来た。
その喜びは決して表に出さず、そして気を抜くことなくホテルへの道を急いだ。
道中、尾行されていない事を確認するためにわざと大回りをしたり、適当な店に入ったりとしたが、先ほどの青年のような人間は見当たらなかった。
ホテルの部屋に着くと、すでにビロードはベッドに腰かけてラジオを聴きながらコーヒーを飲んでくつろいでいた。

その表情はどことなく、一皮むけて成長した様に見える。

(,,゚Д゚)「どうだった?」

トラギコの質問に、ビロードは嬉しそうに笑みを浮かべて立ち上がる。

( ><)「七十万ドル、勝ちました!」

(,,゚Д゚)「何?お前が、か」

( ><)「はい!アイテイカジノってところにチェスの賭博があったんです!」

育ちがよさそうな事は分かっていたが、チェス賭博が彼の得意分野だとは考えていなかった。
しかもそれを賭けに活かせるとは想定外だ。
だがチェスであればイカサマのしようがないため、実力だけでどこまでも勝ち上がれる賭博とも言える。

( ><)「皆弱くて、気付いたら大儲けですよ!」

(,,゚Д゚)「そいつは良かったラギね」

気恥かしげに笑い、ビロードはもじもじとする。
本当に子供のような奴だった。
少し間を開けて、ビロードはトラギコの眼を見る。

( ><)「これで、昨夜の秘密を教えてくれるんですよね!」

(,,゚Д゚)「あぁ、そうだな。
    ラシャン・ルーレットもそうだが、ディーラーってのは微細な変化に敏感なんだ。
    例えば重量の変化、速度の変化なんかにな。
    で、あのリボルバーには細工がされてた」

( ><)「どんな細工なんですか?」

(,,゚Д゚)「模擬弾とゴム弾では重さが違うだろ?
    それを利用して、ゴム弾が任意の場所に来るようにコントロールできるラギ。
    だからそれを逆手に取った」

最後の一戦、トラギコはシリンダーを回転させる際、意図的に回転を狂わせ、弾が発砲される位置で止めた。
本当なら模擬弾の場所で止まるように細工されているのであれば、止まる場所から一つ動かすだけでいい。
重さで弾の有無を確認するなど、現場で飽きる程弾と銃を触っているトラギコにとっては訓練する必要もない技だった。

( ><)「トラギコさんはどうでした?」

(,,゚Д゚)「丁半賭博でちょいと負けちまってな」

171名無しさん:2018/09/03(月) 19:37:46 ID:GxVJbkMg0
( ><)「あら……でもまぁ、あれは確率の勝負ですからね、仕方ないですよ」

(,,゚Д゚)「あぁ、大人しく丁に賭け続けておけばよかったラギ」

その言葉を聞いたビロードは首を傾げた。

( ><)「え? 何でですか?」

(,,゚Д゚)「九半十二丁って言葉があるだろ。丁の方が当たる確率は高いってやつだ」

( ><)「それはあくまでも呼称の話で、実際に丁半の確立は半分ですよ」

背中に嫌な汗が浮かぶ。
彼が嘘を吐いている様子も、ましてや、からかっている様子も見られない。

(;,,゚Д゚)「……本当か?」

(;><)「そ、そうです……よ?」

トラギコは少しの間沈黙し、ビロードの肩に手を置いた。
言葉を選び、慎重に口から絞り出す。

(;,,゚Д゚)「つまり俺は、あれか、馬鹿ってやつラギか?」

(;><)「よ、よくある勘違いですよ! 気にしなくて大丈夫です!
     そ、それより最終的な収支はどうだったんですか?」

(,,゚Д゚)「あぁ、七千五百万の勝ちだ」

(;><)「え?」

(,,゚Д゚)「七千五百万ドルだ。
    まぁそれよりも、違法カジノへの足掛かりを手に入れたラギ」

( ><)「ほ、本当ですか!?」

これが今日一日で最も得たものと言ってもいいだろう。
今回彼らがこの街に来ている理由そのものであり、これが発見できなければいつまでも状況が変わらない。
正に値千金の情報だ。

(,,゚Д゚)「だが今夜俺一人だけしか行けねぇラギ。
    だからお前とは別行動ラギ」

( ><)「……分かりました。
     お気をつけて」

(,,゚Д゚)「何しょげてんだよ、おい」

172名無しさん:2018/09/03(月) 19:38:16 ID:GxVJbkMg0
自然と手がビロードの頭に伸びていた。
ぐしゃりと髪を乱暴に撫で、トラギコは溜息を吐く。
この男は褒められることに慣れていないと同時に、それをどう求めればいいのかを分かっていない子供のような部分があった。
子供じみた大人の部分がこの男にはあった。

(,,゚Д゚)「百万ドルは稼いでおけよ、全部終わった後の飲み代に使うんだからな」

( ><)「は、はいっ!」

単純な男だったが、それもこの男の長所なのかもしれない。

(,,゚Д゚)「とりあえず飯でも食うラギか。
   俺のおごりラギ。
   喰いたいもんはあるか?」

( ><)「ぴ、ピザとか食べたいです」

(,,゚Д゚)「よし、分かった」

フロントに内線をかけ、ダイス・ピザに出前をするよう依頼した。
十分後、驚くほどの速さでピザが到着したとの連絡が内線でかかってきた。
ピザをエイミーに持って来てもらうよう伝え、受話器を置いた。

|゚レ_゚*州「トライダガー様、ピザをお持ちしました」

扉がノックされ、エイミーの声が聞こえてくる。
一応のぞき穴から確認し、彼女を中に入れた。

(,,゚Д゚)「悪いな」

|゚レ_゚*州「いえ、お気になさらないでください」

ピザを受け取り、料金分の金と彼女へのチップとして十ドルを渡す。

|゚レ_゚*州「ありがとうございます」

(,,゚Д゚)「何かあったらまたあんたに頼むよ。
    その時はよろしくな」

勿論、と言ってエイミーは頭を下げて部屋を出て行った。
ローテーブルの上に置かれたピザの箱を開いて、注文通り厚めの生地の上に濃厚なトマトソースと鮮やかなフレッシュバジル、そしてモッツァレラチーズがたっぷりと乗っていた。
マルゲリータピザはトラギコの好物の一つで、手軽で安く、腹持ちがいいのが気に入っている。

まだ冷めていないピザを一切れ掴んで、一気に齧り付く。
トロトロに溶けたチーズが口中に広がり、溶岩のようなソースが舌の上に垂れてくる。
熱い。
熱いが、美味い。

173名無しさん:2018/09/03(月) 19:39:11 ID:GxVJbkMg0
熱気を鼻から吐き出すと、バジルの苦みと香りが鼻腔を突き抜ける。
口の端から垂れ落ちそうになるチーズを指で摘まんで上に乗せ、黙々と口の中にピザを収めて行く。
一切れ全てを口に入れて咀嚼し、一気に飲みこむ。

(,,゚Д゚)「何見てんだよ。
    ほら、さっさと食えよ」

( ><)「熱く、無いんですか?」

(,,゚Д゚)「熱いに決まってるだろ。
    熱いのも味の一つなんだから、冷めない内に食うのが一番ラギ」

冷めたピザは美味くない。
特に、チーズが冷めて固まったピザは最悪と言ってもいい。
そんなピザを食べるぐらいなら、小麦粉を練った何かをケチャップにつけて食べた方がまだいい。
備え付けの冷蔵庫からビロードが炭酸水の瓶を取り出し、栓を抜いてトラギコに手渡した。

(,,゚Д゚)「気がきくようになったラギね」

( ><)「いつ二日酔いになってもいいように買っておいたんです」

(,,゚Д゚)「やるじゃねぇか。
    とりあえず、冷めないうちにお前も食えよ」

( ><)「はい」

酒はなかったが、それでも食事は楽しいものとなった。
五切れ食べてからトラギコは口元と指を拭って、炭酸水を一気に飲んだ。

(,,゚Д゚)「じゃあ、おれは仕事に行ってくるラギ。
    そっちもしくじるなよ」

( ><)「任せてください。
     この辺りの連中、チェスはアマチュアレベルですから」

(,,゚Д゚)「言うじゃねぇか。
    お前はプロなのか?」

( ><)「ああ、はい、そうなんです、実は」

(,,゚Д゚)「マジかよ。
   なら、期待できそうだな。
   じゃあ後は頼んだラギ」

片手を挙げてそう言い残し、部屋を出る。
時計は八時半を指していた。

真っ直ぐエクスペカジノに寄り、百万ドルを現金化する。
流石にこれだけの大金を裸で持ち運ぶわけにはいかず、カジノからアタッシェケースを百ドルで買うことにした。
ずっしりとした銀色のアタッシェケースを片手にカジノを出ると、そこにはあの青年が立っていた。

174名無しさん:2018/09/03(月) 19:39:34 ID:GxVJbkMg0
('A`)「早いですね」

(,,゚Д゚)「時間は重要だからな。
    ところで、あんたの名前は?」

('A`)「僕はドクオ・バッジェスです。
   そういう貴方は?」

ドクオと名乗った青年が握手を求め、手を差し出す。
その手を握り返し、トラギコも名を告げる。

(,,゚Д゚)「トライダガーだ」

('A`)「よろしく、トライダガーさん」

ドクオに先導され、煌びやかな明かりで溢れる街を歩く。

(,,゚Д゚)「ところで、どんなところに案内してくれるんだ?」

('A`)「高レート、高リターンの店ですよ。
   トライダガーさん、そういうのお好きでしょう?」

(,,゚Д゚)「へぇ、何でそう思うラギ?」

('A`)「昨日、僕のポーカーを見ていて面白くなる、って言っていましたよね。
   だからですよ」

(,,゚Д゚)「よく覚えてるラギね。
   まぁ昨日の手口は見事だったが、取り分はどうなってるんラギ?」

('A`)「……やっぱり気付いていましたか。
   僕が四、相手が六です。
   ま、ここじゃ小遣い稼ぎみたいなものですけどね」

大通りから離れ、二人は人通りが疎らな道へ。

('A`)「僕は勝つのが好きなんです。
   相手を出し抜いて大勝する、そんな賭けが好きなんですよ」

(,,゚Д゚)「博徒の夢だな」

('A`)「えぇ、何もしなければ夢です。
   でも、夢を掴むためには努力が必要なんです」

(,,゚Д゚)「その努力が通じるかは別だが、その姿勢は気に入ったラギ。
    ただ、高レート、高リターンには高リスクが付き物だろ」

('A`)「これから行く店のギャンブル自体がリスキーですから、そこはある意味で安心してください」

175名無しさん:2018/09/03(月) 19:40:00 ID:GxVJbkMg0
そしてある雑居ビルの前へと辿り着き、ドクオは錆びた扉の横にあるインターフォンを三度鳴らした。
重々しい音を響かせ、扉が奥に開かれる。
夏にも拘らず黒い服と黒いサングラスをかけた男が二人をじっと見つめ、奥へと案内した。
内装はコンクリートがむき出しで、まるで飾り気がない。

廊下の突き当りを左に曲がると、そこに別の黒服が立っていた。
肩にサブマシンガンを提げ、銃把を握って人形のように微動だにしない。
男の傍らにあるテーブルには金属のトレイが置かれ、番号札がいくつも並べられている。

「ボディチェックを」

案内してきた男が金属探知機を使ってドクオの体を調べる。
何事もなく、ドクオは更に奥へと通された。
トラギコも同じようにして金属探知機によるボディチェックを受け、案の定、腰に提げている拳銃でそれが反応した。

「確認しても?」

(,,゚Д゚)「あぁ、勿論。
    気を付けろ、そいつは俺みたいに冗談が通じねぇラギ」

トラギコの腰からM8000を慎重に取り出した男は、それをトレイに乗せた。

「ケースの中も確認させてもらいます」

(,,゚Д゚)「ほらよ」

男はケースを受け取るとそこに入っている百万ドル分の金貨を確認し、トラギコに返却した。

「では、どうぞお進みください」

再びドクオの誘導で、建物を奥へと進んでいく。
弱々しい明かりを放つ蛍光灯が部屋番号の書かれた扉を照らす廊下は薄暗く、空気は異様なまでに冷えていた。
そしてドクオは蛍光灯が明滅する扉の前で立ち止まり、扉を一定のリズムでノックした。
すると、扉の向こう側からもノックが返され、それに応じてドクオのノックが行われる。

扉が開くと、また、武装した黒服が立っていた。
黒服の背後には地下に通じる階段があり、その先にある扉から光が漏れ出ていた。
光につられるようにして二人は階段を下り、その先にある空間へと足を踏み入れた。

(,,゚Д゚)「ほう」

そこは、地下の賭博場にしてはあまりにも質素な作りをしていたが、立ち込める独特の空気は紛れもなく賭博場そのものだった。
籠った空気の漂う部屋の中央には円形のリングがあり、それを取り囲むようにして鉄柵が設けられ、リングを上から見下ろす形でトラギコ達のいる犬走りがあった。
よく見れば、鉄柵の下には席があり、そこに恰幅のいい男や派手なドレスを着た女が座って雑談を交わしている。

(,,゚Д゚)「コロシアムか?」

('A`)「ふふ、近いですが違いますね。
   とりあえず今日は観戦をしましょう、そうすれば勝つ法則が見えてくる」

176名無しさん:2018/09/03(月) 19:40:27 ID:GxVJbkMg0
数分後、ブザーの音が部屋に鳴り響き、照明が全て落とされた。
それまで聞こえていた話し声が止み、静寂が訪れる。
リングの中心にスポットライトが当てられる。
そこに、一人の男が立っていた。

怪しげな骸骨の仮面をつけ、タキシードを身につけた男は金色に輝くマイクを手にしている。

『紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。
これより、十三人のガンマンによる荒野の決闘を行います』

聞いたことのない賭博の名前にトラギコが眉を潜めていると、ドクオが耳打ちをした。

('A`)「変形ラシャン・ルーレットです」

(,,゚Д゚)「変形?」

('A`)「見てれば分かります。
   ……おっ、始まりますよ」

ライトの幅が広がり、リングを囲む位置に立つ十三人を照らす。
男も女もいたが、中には子供もいた。
皆数字の書かれた上下白の服を着て、両手足には枷を嵌めている。
足枷は地面に鎖で繋がれ、そしてその手にはリボルバーが握られていた。

あまりにも異様な光景だった。

『それでは第一試合、使用する弾は一発!』

黒服の男達が現れ、参加者たちに銀色に輝く弾丸を手渡した。

『弾を込めろ』

言われた通り、輪胴弾倉にその弾を込める。
指が震え、何度も失敗する者もいた。

『頭の上に掲げ、回転させろ』

震える手で銃を上に向け、弾倉を回転させていく。

『もっとだ!!』

更に回転させる音がまるでラジオのノイズのように響く。
仮面の男はそう言いながら、リングから離れ、影の中に消えていた。

『撃鉄を起こし、構えろ』

そして、その号令と共に十三人が銃を構えて撃鉄を起こした。
銃腔の先には人がいる。
誰もが誰かを狙い、そして狙われている奇妙な構図。
一度に二人に狙われる者もいれば、狙われていない者もいた。

177名無しさん:2018/09/03(月) 19:40:48 ID:GxVJbkMg0
彼らの眼は怯え、恐怖に体が震えている。

『ライトが消えたら撃て』

静寂。
痛いほどの沈黙の中、離れた位置にいるトラギコの耳には参加者の乱れた呼吸が聞こえてくる。
光が消える時を死ぬほど恐れているように見える。
そして、明かりが消えた。

フラッシュのように銃声と発砲炎が暗闇を切り裂き、静寂を吹き飛ばした。
耳をつんざく悲鳴が上がる。
トラギコの耳に間違いが無ければ、銃声は四つ聞こえた。
再び明かりが空間を照らし、答えを発表した。

凄惨な答えを。

『四番、五番、七番はリタイア!』

司会者が倒れている男女の服に書かれた数字を読み上げ、囲んでいる客達からは歓声と落胆の声が同時に上がっている。
七番の服を着た女は左肩を撃ち抜かれ、血の海の上でもがいていた。
すると、黒服が歩み寄ってきて彼女の頭に銃弾を撃ち込んだ。

(,,゚Д゚)「……なるほど、変形だな」

これは殺しだ。
人の生死で賭博をする、間違いなく違法なカジノだった。
ラシャン・ルーレットのように模擬弾ではなく、実弾を使っての殺し合い。
運よく生き延びても、弾が当たれば命を奪われる。

それがルールなのだろう。
弾が当たれば死亡したと見なされ、すぐに死体にされる。

('A`)「最低金額で賭けても、当たれば十万ドルは下らない。
   参加者だともっともらえる」

(,,゚Д゚)「参加者の基準はなんだ?」

('A`)「ここはヴェガですよ。
   金のために何でもする連中は、毎晩必ず出てくる」

一獲千金の夢を見て賭博に参加し、夢破れた者達が流れ着くのはやはり、賭博。
己の命を賭けの道具として使われ、運が良ければ生き延び、悪ければ死ぬ。
あまりにも割に合わない賭博だ。

(,,゚Д゚)「これに必勝法も糞もあるのかよ。
    おまけに、動くかどうかの制限もないんだろ」

178名無しさん:2018/09/03(月) 19:41:09 ID:GxVJbkMg0
('A`)「少なくとも、ただ賭ける人間に必勝方はないです。
   それに、参加者は相手が動くことを考慮して、胴体を狙うのがセオリーです。
   相手を狙う以上、動くことはまずしませんけどね」

(,,゚Д゚)「……ほう。
   それで、俺を呼んだのは何故ラギ」

眼下では死体の上に黒い布が被せられ、参加者たちの手からリボルバーが回収される。

('A`)「……この賭けは単純な賭けです。
   最後まで生き残れば勝ち。
   つまり、死ななければ勝ちなんです。
   逆に言えば、自分以外の全員が死ねば金は手に入る」

(,,゚Д゚)「で?」

('A`)「下の撃ち合いに参加すれば、勝つ確率は跳ね上がる。
   それこそ、必勝のレベルにまで」

『弾を込めろ。
今度は二発だ』

第二戦、生き残った十人が再び殺し合いに身を投じる。

(,,゚Д゚)「やることやらなきゃ、それは無理ラギ」

『頭の上に掲げ、回転させろ!』

('A`)「そう。
   だからやるんです、やるべきことを」

『撃鉄を起こせ。
構えろ』

('A`)「そうすれば勝てる。
   大金を手に入れられるんです」

(,,゚Д゚)「仮にお前の言うやるべきことが分かったとして、誰が実行するかが問題になるラギ。
    あの場所に立つとなれば――」

('A`)「分かっているんです、やるべきことは。
   十三番の男を見てほしいんです」

『ライトが消えたら撃て』

言われた通り、十三番の男を見る。
黒と白が混じった髪は肩まで伸び、猫背のままで銃を構えている姿はまるで浮浪者だ。
だが、その目は獣のそれだ。
自分に向けられている銃腔に目を向け、銃を持つ己の腕はまるで微動だにしない。

179名無しさん:2018/09/03(月) 19:41:29 ID:GxVJbkMg0
あれは銃撃戦を知っている者の動きだ。
しかも男の片目は閉じられている。
それが意味するものは明らかだった。
暗闇に目を慣らすためである。

光が消え、閃光と銃声。
悲鳴はなかった。
ゆっくりとライトが灯ると、立っているのは五人だけになっていた。
勿論、十三番の男は健在だ。

('A`)「分かりましたか?」

(,,゚Д゚)「野郎、屈みながら撃ったのか」

男の髪が見た時と変わっていることに気付いたのと同時に、彼の手元のリボルバーから硝煙が漂っていること見て、状況を察した。

('A`)「明かりが点くまでの間、動くことは禁止されていないんです。
   それに、銃爪を引く回数も」

(,,゚Д゚)「そんなガバガバなのか、このルールは」

('A`)「銃に細工がされていて一度だけしか引けないようにはなっていますが、リボルバーの構造を理解していれば何度でも引けるんです。
   つまり、意図的に作られた穴のようなルールなんです」

胴体を狙っている相手に対して屈んだところで、弾が全て避けられるわけではない。
そして律儀に一回だけ銃爪を引かずに弾が出るまで引けば、狙っている人間を屠る事が出来る。
ライトが消えてから点くまでの間は五秒程。
最低でも二度は銃爪を引ける。

(,,゚Д゚)「狙いさえ外さなければ、後は避けることにだけ注意すればいいってことか」

('A`)「えぇ。だから一度この賭博で撃ち合った人間は、もう二度と参加することはないんです。
   つまり、この攻略法はまずもって共有されない。
   一試合につき一人だけの生還者。
   それに、生還したとしてもその後は恨みを持つ人間に消されるのがほとんど。

   攻略法を知るのはこの賭けの参加者、もしくは観戦している人間だけになります」

(,,゚Д゚)「対策がありそうなもんだがな」

('A`)「そこが問題なんです。
   残り五人以下になった時には……ほら、ああいう風になります」

視線の先で参加者たちの足枷が外され、中央に集められる。
そして円を描いて並び立つ。
一度外された足枷は前の人間の足枷と繋がれ、手枷も同様に鎖で繋がれた。

『これより早撃ち対決へと移行する。
弾は三発!』

180名無しさん:2018/09/03(月) 19:42:03 ID:GxVJbkMg0
仮に最初の勝負で体を屈めて銃弾を回避したとしても、それ以降の勝負でこのような状況になれば、たちまち不利になる。
それまで有効であると信じて疑わなかった手段が封じられれば、後は、怯えるだけ。
覚悟が無ければただただ、怯えるしかできないのだ。

『撃鉄を起こし、構えろ!』

十三番の男は銃をどうにか構えるが、その手は震えている。
演技だとしたら大したものだが、恐らくあれは、素の反応だ。
彼の銃腔は前の男に。
彼の後頭部には後ろにいる子供の銃が向けられている。

先ほどのように銃爪を複数回引くことは難しいだろう。

('A`)「そして、今度はライトが消えません。
  でもこの局面を打破できるような人間であれば、この賭けは勝てるんです」

(,,゚Д゚)「それこそ理想論ラギ。
    今まさに殺されるかもしれないってのに、勝つための手段を画策できる人間なんて用意できるわけないラギ」

('A`)「だからこそのトライダガーさんなんですよ。
   僕と組んで、この賭博を」

(,,゚Д゚)「今は返事が出来ねぇラギ。
   特に、お前が俺を賭けに出そうって考えている内は無理ラギ」

なるほど、確かにこのドクオの言っている事には理がある。
最後のこの局面さえ乗り切れば、賭けには勝てる。
だがそれは極論であり、荒唐無稽な理想論である。
そんなものに命をかけられるほど、トラギコは馬鹿ではない。

この男がギャンブル好きなのは分かる。
しかしそれは、己の命が危険にさらされていない段階で楽しむスリルでしかなく、実際に命がかかるとなると、踏みとどまるだろう。
正直なところ、今はこのカジノの場所が分かっただけでトラギコの仕事は一部終わったと言っても過言ではないのだ。

('A`)「どうしてそう思うんですか?」

(,,゚Д゚)「お前が好きなのは勝つことで、死んだり殺したりすることじゃねぇんだろ。
    だったら、俺を呼んだのはこの高リスクな賭けの仕組みを理解して協力してくれる人間になり得ると思ったから、って考えるのが自然ラギ」

('A`)「そこまで分かっているのなら話は早い。
   どうです?」

(,,゚Д゚)「言っただろ、今は返事が出来ねぇ。
   俺はお前を信用していないラギ。
   ひょっとしたら俺に保険金をかけてそれを手に入れようとしているかもしれないからな。
   だが面白い物が見れたことについては感謝しておくラギ」

181名無しさん:2018/09/03(月) 19:42:25 ID:GxVJbkMg0
下では狂宴が続けられている。
最後の一人になるまで、とは言っていたが最悪の場合は全員死ぬことになる。
これ以上この現場にい続けるのは、彼の性分に合わない。
ここはすぐにでも摘発すべき場所だが、他の違法カジノの位置も把握しておかなければここで潰しても意味がない。

一度でより多くのカジノを潰すためには、今は耐えなければならない。

(,,゚Д゚)「他にこういう店はないのか?」

('A`)「くくく……ありますよ、後一店だけね」

(,,゚Д゚)「一店だけ?もっとあるだろ」

('A`)「いえ、あると言えばありますが、そこはただのチンピラの集まる場所です。
   賭博と言うよりも、仲間内だけで行う無意味な場。
   儲けるには程遠い屑の集まりですよ」

(,,゚Д゚)「なるほど。
   表はあれだけあるのに、裏は二店だけとは寂しいラギね」

('A`)「最近摘発が厳しくて、店を畳んで真っ当にやった方が儲かると思ってるんですよ。
   でも観光客の中には、こういう裏の賭けの方が好きな人間が大勢いるのも事実。
   結局残っているのはここともう一店だけなんですよ」

銃声が響き、歓声が上がる。

(,,゚Д゚)「もう一店もこんな感じなのか?」

('A`)「いえ、もう一店は素手の殴り合いです」

唯一の生存者が発表され、会場は再び歓声に包まれた。
生き残ったのは十三番の男だった。
何という豪運だろうか。

(,,゚Д゚)「そっちの方が確実そうに聞こえるな、これを見た後だと」

('A`)「闘技者を一人用意して、後は乱戦するんですが、相手が元プロとかなので勝ち目は薄いです。
   それに、反則技が無いので基本的にやりたい放題ですよ。
   女が出た時なんか、最早見世物になっていましたから」

(,,゚Д゚)「……なら、俺はそっちがいいラギ」

('A`)「女にあまり興味がなさそうだと思いましたが」

(,,゚Д゚)「女を嬲る趣味はねぇ。
   元プロだかなんだが知らねぇが、力だけで解決するんならそのほうが手っ取り早いだろ」

182名無しさん:2018/09/03(月) 19:42:51 ID:GxVJbkMg0
どこにでも腕自慢の馬鹿はいる。
そして、その馬鹿を信じる大馬鹿者もいる。
ラシャン・ルーレットは運の要素が死に直結するため、避けた方がいい。
であれば、殴り合いで制することで金を得られる賭博の方がいくらか健全だ。

('A`)「じゃあ、一応見に行きますか」

(,,゚Д゚)「見に行くだけじゃなぇ、参加するんだ」

('A`)「え?」

(,,゚Д゚)「俺がやるラギ。
    金はお前が賭けろ」

('A`)「グローブすらない殴り合いですよ?下手すれば死にますし、骨折や後遺症だって」

(,,゚Д゚)「やられなきゃいいんだろ、要するに」

('A`)「それに、無銘の人間が参加するにはそれなりの証明書が必要になります」

(,,゚Д゚)「VIPPERカードを使うラギ。
   これが一番手っ取り早い証明書だろ、この街じゃ」

('A`)「まぁ、そうですが……」

ドクオよりも先にその空間を出て行き、建物に入ってからの道のりを確認する。
恐らく、目印になるのは明滅している蛍光灯だ。
建物の位置と賭博会場への道さえ分かれば、後は突入に際して気を付ける警備の装備に目を向けるだけだ。
身体検査をされた場所には、先ほどと同じ男が立っていた。

「お帰りですか?」

(,,゚Д゚)「あぁ、血が苦手なんだ」

冗談を言ってその場で銃を返してもらう。
すぐその場で銃の状態を検め、ホルスターに戻した。
持ち物を回収しはするが、流石に手は出さないらしい。

建物を出ると、夏の夜独特の涼しい風が通り抜けた。
もう夜中の十時半だった。

(,,゚Д゚)「で、次の店はどこにあるんだ?」

* * *

クックル・サラムはヴェガのリングで拳を振るい、へヴィ級ボクサーのチャンピオンとしてその名を轟かせた大柄な男で、
鋼のように鍛えた体とコーヒー色の肌は彼のリングネームである〝アイアンクックル〟の由来にもなっている。
現役引退後、彼の姿は非合法の闘技場にあった。
実のところ、彼が現役引退を決意したのは、同じ階級で彼を苦戦させる人間がいなくなり、退屈を覚え始めたからだった。

183名無しさん:2018/09/03(月) 19:43:45 ID:GxVJbkMg0
戦いを求め、彼は裏の世界へと足を踏み入れた。
そこは刺激に満ち、彼を満足させ続けてくれた。
今夜の試合は四人組による乱戦。
ムエタイ、プロレス、ボクシング、そして飛び入り参戦した素人。

クックルは脳味噌まで筋肉で作られているような馬鹿ではなく、冷静に状況を判断して的確な答えを導き出せる計算高さを持っている。

( ゚∋゚)(さて、あの筋肉ダルマをどうするかな)

素人の男は無視するとして、残った二人の内最も警戒すべきなのはレスラーだ。
彼らの打たれ強さは正直なところ、ボクサー以上である。
彼らは攻撃を受け切り、その上で攻撃を繰り出す。
エンタテインナーとしての側面だけ見れば彼らはシナリオ通りの動きをしていて、真剣勝負には向いていないように見えてしまう。

だがクックルは知っている。
彼らの拳の硬さと底なしの体力を。
今彼と同じリングに立つあのレスラーは、名を馳せてはいないが、それなりのキャリアを積んできていることは見て分かる。
しかし、ムエタイの男も侮れない。

全てはムエタイの男の動き次第だ。
彼の視線はレスラーに注がれ、レスラーはクックルを見ている。
ならば、狙うべきはレスラーだ。
素人の男は欠伸をしていた。

(,,゚Д゚)「ふぁっ……あぁっ……」

コンクリート製の四角いリングの隅に立つ四人はそれぞれ視線と相手の動きに目を向け、ゴングが鳴ると同時に最善の動きを取ることになる。

そして、ゴングが鳴り響いた。

三方向が同時に動く。
事前の予想通り、ムエタイの男はレスラーの男に向かって走りだしている。
ムエタイが誇る蹴り技は無防備なまま受けるには、かなり威力が高い。
しかも助走付となると、その一撃がもたらす深刻なダメージは計り知れない。

クックルは間違っても自分が蹴りを喰らわないよう、腕を眼前に掲げながら接近する。
レスラーの男はムエタイの男が放った飛び蹴りを受け、そして、その足を容赦なく折った。
骨の折れる音と悲鳴、そして歓声が一気に押し寄せる。
彼には同情するが、このチャンスを逃す手はない。

大げさにアピールをするレスラーに接近し、無防備になっている顎に左ジャブを放つ。

( ゚∋゚)「はっ!」

@@@
@#_、_@
 (  ノ`)「ぐっ?!」

だが彼はそれを予期していたかのように、ジャブを額で受け止めた。
額は人体の中でもかなり堅牢な部分であり、そこを素手で殴るという事は、素手でレンガを殴るのに等しい愚行である。

184名無しさん:2018/09/03(月) 19:44:40 ID:GxVJbkMg0
@@@
@#_、_@
 (  ノ`)「見えてんだよ!」

レスラーは掴んでいたムエタイの男を武器のように振り回し、クックルの頭上から振り下ろしてきた。
辛うじてそれをバックステップで避け、直前まで彼の脚があった場所に男の頭が激突した。
目と鼻から血が吹き出し、一瞬で男は白目をむいた。
恐らく、今の一撃で頭部に重大な損傷を負ったことだろう。

@@@
@#_、_@
 (  ノ`)「らぁっ!!」

横凪の一閃を回避しようとしたが、途中で男の足を手放して投擲してきたため、防御に成功するも威力を殺しきれずにその場に倒れてしまう。

@@@
@#_、_@
 (  ノ`)「もらった!!」

レスラーの戦い方は二面的な物ではなく、三次元的なものになる。
上と下からの攻撃と言う、ボクサーにはない発想。
倒れた相手に対する追撃は、ルールに縛られない彼等ならではの進歩を遂げ、洗練されてきた。
痙攣する男を退けた時、レスラーの体は空中にあった。

ダイビング・ボディ・プレスだ。
これを受ければ、次に待っているのは関節技。
そして、死だ。

(;゚∋゚)「させるか!!」

転がってその攻撃を回避し、着地した男の左膝に右ストレートを見舞った。
レスラーは足を狙う方が賢い。
彼らの体格の良さを利用するのだ。

@@@
@#。、。@
 (  ノ`)「あ……が……」

突如レスラーが呻き、その場に倒れた。

(,,゚Д゚)「恨むなよ。
   運が良ければ一つは残る」

素人の男はクックルとほぼ同時のタイミングでレスラーに金的を与えており、その一撃でダウンを奪っていた。
気絶したレスラーは折り重なるようにムエタイの男の上に倒れ、泡を吹いている。

(#゚∋゚)「お前っ……!!」

(,,゚Д゚)「おう、後は手前だけだな」

185名無しさん:2018/09/03(月) 19:45:14 ID:GxVJbkMg0
態勢を整え、クックルは本気で拳を固めた。
慈悲深くも最後まで生かしておいてやったというのに、何だ、この態度は。
まるで狩人か何かを気取っている。
腹立たしい。

闘技者として、このような男は相応しくない。
路上の喧嘩自慢程度の素人が、このような卑怯な真似をして図に乗っているのが気に入らない。

( ゚∋゚)「しっ!!」

電光石火のコンビネーションブロー。
これで終わる。
これで、クックルの勝ちになる。
そのはずだった。

だが男は余裕を持って後退して拳を躱し、口の端を吊り上げてほくそ笑んだ。
風に乗って、彼の呟きが耳に届く。

(,,゚Д゚)「これで元プロかよ」

(#゚∋゚)「殺しっ――」

クックルが必殺の右ストレートを繰り出すべく踏み出したのに合わせて、男も前に身を乗り出してきた。
素人風情がこのタイミングで踏み込むとは思わず、クックルの反応が僅かに遅れる。
勢いが乗り切らないまま攻撃を放っても、反撃の隙を与えてしまうという判断が、彼の動きを止め、男の攻撃が先に放たれることになった。
互いに接近した勢いを利用し、肋骨を狙った掌底による一撃。

鍛えようのない骨を攻撃され、流石に苦悶に顔が歪む。
抱き合うほどの近距離は、ボクサーにとって死角の一つだ。
手出しをする技として彼が身につけているのは引き剥がすか、ヘッドバットだけ。
次の手を考えているクックルの顔に男の両手が添えられ、小さな声が聞こえた。

(,,゚Д゚)「目玉を潰されたくなけりゃ、ギブアップするラギ」

眼球の下に親指が差し込まれ、徐々に力が入っていく。
男の眼は本気だった。
失明してからの人生を想像すると、クックルは身震いを押さえきれなかった。
だが脅しかもしれない。

人間が人間の体を破壊するのには、勇気が――

(,,゚Д゚)「そうか、いらねぇんだな」

親指が第一関節まで眼窩に一気に挿入された。
激痛と恐怖が思考を白く塗りつぶし、恥と言う概念を忘れさせた。
体裁を取り繕う事も出来ぬまま、声帯を振るわせて彼は敗北を宣言した。

(;゚∋゚)「ギブアップ、ギバーップ!!俺の負けだ、止めてくれ!!」

* * *

186名無しさん:2018/09/03(月) 19:45:44 ID:GxVJbkMg0
二千万ドル。
それが、トラギコが一試合で稼いだ金だった。
選手控室でビールを飲んでくつろぐトラギコは黒服からファイトマネーの三百万ドルを受け取り、ドクオからは賭けに勝った金を受け取った。
この番狂わせによって会場はまだ興奮状態にあり、次の試合が始められないでいた。

('A`)「本当に勝つなんて……」

(,,゚Д゚)「ビギナーズラックってやつラギ」

相手が油断してトラギコを雑魚と見なして勝手に潰し合ってくれたおかげだ。
レスラーは相手にしたくなかったが、それは他の人間も同じだったようで、容易に急所を攻める時間を稼いでもらう事が出来た。
顔を覚えられたことで、次に参戦したら最優先で潰されるだろう。
つまり、二度目はない。

一度だけの勝利だったのだ。
金貨の束を持参したアタッシェケースに詰めていくが、ファイトマネーである三百万ドル分をドクオに渡した。

(,,゚Д゚)「お前の取り分ラギ。
   案内ご苦労だったな」

これで二か所のカジノの場所、そしてその実態を把握することが出来た。
手数料としては十分だろう。

('A`)「……もう一儲けしませんか?次を最後の山にしてもいいぐらいの話なんです」

(,,゚Д゚)「悪いが、金はもういらねぇよ」

今日一日で九千五百万ドルの儲けだ。
ヴェガに来る誰もが夢見る大勝利を果たし、富豪の仲間入りを果たしたことになる。
この金の使い道の大半はトラギコが生み出した出費の補填と、ジュスティアのインフラ整備に使われるだろう。
後で幾らか抜いておかなければ、働き損というものだ。

('A`)「そう言わずに、頼みますよ」

(,,゚Д゚)「同じことを言わせるなよ、俺は気が短いんだ」

('A`)「スリルが味わいたいんなら、とっておきのネタがあるんです。
   ヴェガの秘密について」

一旦手を止め、ドクオを見る。
彼の眼は嘘を言っているようには見えない。
むしろ、共犯者を作ろうとしている目をしている。

(,,゚Д゚)「どういうことだ?」

('A`)「その前にまずは、手を組むかどうかを教えてもらいたいですね。
   それなりのリスクがありますから」

(,,゚Д゚)「……いいだろう、話してみろ」

187名無しさん:2018/09/03(月) 19:46:05 ID:GxVJbkMg0
('A`)「ここじゃ話せません。
   とりあえず、ここを出ましょう」

一般のホテルに偽装した賭場から出て行き、ドクオの案内で古いアパートの一室へと場所を移した。
大通りの絢爛とした場所から離れ、荒野にほど近いヴェガの吹き溜まりのような場所に彼の家はあった。
家具は最低限のものだけで、裕福な暮らしをしているとは言い難い。
ローテーブルと古いソファ。

そして、小さな冷蔵庫だけがひっそりと置かれている。
ソファに腰かけ、缶ビールを飲みながらトラギコは話を聞くことにした。

('A`)「ヴェガにある違法カジノ、その胴元の話です」

(,,゚Д゚)「その言い方だと、胴元が同じなのか?あの二軒」

('A`)「まず間違いない。
   僕はこの街で十年以上、賭博をして生活しています。
   裏の事なんて、嫌でも分かる。
   ただ、これは僕の直観によるところが大きいんですが」

(,,゚Д゚)「あのな、直感は情報とは言わねぇんだよ」

('A`)「違法カジノは常に同じ数が動いているんだ。
   最大で二軒。
   時々摘発されるけど、その後にはまた二軒だけ復活するんだ」

(,,゚Д゚)「その数だけじゃ意味がないラギ。
   それこそ、こじつけラギ」

数字は数字でしかない。
法則性のある数字だとしても、その数字が何を意味しているのかは別の証拠が無ければ導き出せない。
考える側が都合よく解釈すれば、誰かがくしゃみをする時間にさえ意味が生まれるのだ。

('A`)「それでも違法カジノは絶対になくならないことが、一番の不信点なんだ。
   ここの市長は随分徹底しているけど、その行動の裏をついて違法カジノが出てくる。
   まるで、捜査や警戒の穴を知っているようにね。
   それに、逮捕された運営者が翌週には別の違法カジノにいるのを見てきた。

   秘密裏に釈放されているとしか思えない」

(,,゚Д゚)「……市長が違法カジノを経営、もしくは認知しているって言いたいラギか?」

('A`)「察しが良くて助かります。
   更に言えば、警察も関係していると僕は思っています」

(,,゚Д゚)「あくまでも想像の域は出ないけどな」

188名無しさん:2018/09/03(月) 19:46:30 ID:GxVJbkMg0
陰謀論を唱える人間は皆、具体的な証拠ではなく偶然などをそれらしく繋げて真実らしいものを作り出す。
しかし、カジノ経営者が同一人物であった、という証言が気になる。
どうやらヴェガの刑務所を見る必要があるかもしれない。
収監されてから秘密裏に開放し、再び経営を指せている可能性が高い。

(,,゚Д゚)「それでも仮に、お前の言う通りヴェガの市長が関係していたらどうするつもりラギ?警察に訴え出るラギか?」

('A`)「そんな事をしても僕の儲けはありません。
   口止めを材料に、一枚噛ませてもらうんです。
   そうすれば、金に困ることは絶対にない」

(,,゚Д゚)「だとしたら、確実な証拠を手に入れなきゃ意味がねぇぞ。
   言い逃れされないような証拠をな」

市長が違法カジノの経営を行い、金を得ている場合、警察は市長を逮捕することが出来る。
そうすれば当初の目的は達成され、違法カジノを潰すことが出来る。
しかし賭博狂いの男の言葉だ。
真面目に聞いていると馬鹿を見る可能性がある。

これは持ち帰り、こちらで対抗手段を用意した方がいいだろう。
この男に任せれば事態はトラギコの思惑とは真逆の方向に動いてしまいかねない。

(,,゚Д゚)「……ところで、俺がここでこの話を断るとしたらどうするラギ?」

('∀`)「はははっ、それを言わせると思いますか?」

その言葉を合図に、部屋の扉が開いて筋骨隆々とした禿頭の黒人が現れた。
白いシャツとジーンズという出で立ちでありながら威圧感を放つのは、シャツを下から押し上げる発達した筋肉の存在だ。

(;;・∀・;;)「ふしゅ……ふしゅる……」

('∀`)「まずは情報料としてそのケースをもらいます。
   それから、そうですね、適当な砂漠でハイキングでもしてもらいましょうか」

(,,゚Д゚)「金に目がくらんだのか、お前は」

溜息と共に席を立ち、トラギコは男と睨みあう。
背丈はトラギコの方が頭一つ分小さいが、問題はない。
体格の差で勝敗は決しない。
勝敗を左右するのはいつだって人間の本質、そして身につけた技量なのだ。

('∀`)「労せず二千百万ドルもらえるならそうします。
   それに、エクスペカジノに預けてある七千万四百万ドルも手に入れば、変にリスクを冒す必要はないですからね」

(,,゚Д゚)「あの話は嘘だったのか」

('∀`)「いえ、本当ですよ。
   嘘を言ったら貴方は話を聞こうともしなかったでしょう」

189名無しさん:2018/09/03(月) 19:47:12 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「そういう所は馬鹿じゃねぇんだな。
   俺に手を出そうって言うんなら、俺もそれなりに応戦するラギ」

(;;・∀・;;)「ボス、こいつ黙らせる?」

指の骨を鳴らし、男が近付いてくる。

('A`)「そうだな、とりあえず腕の一本でも折れば言う事を聞くだろう」

(,,゚Д゚)「そうかい」

黒い腕がトラギコに伸びる。
それがトラギコに触れるより先に彼は半歩後ろに後退し、腰のM8000を抜いて男に向けた。
安全装置は外され、撃鉄は起きている。
すでに薬室に一発送り込んでおり、後は銃爪を引くだけで男の脳漿は壁の模様の一部になる。

(,,゚Д゚)「そら、これならどうするラギ?」

('A`)「撃てるはずがない。
   あなたはあの時目を抉れたのにそうしなかった。
   つまり、理性のブレーキが――」

トラギコは微笑と共に銃腔を下げ銃爪を引いた。
膝を撃ち抜かれた男は転倒し、更に無事な方の膝に二発目の銃弾を浴びて泣き叫んだ。

(;;;∀;;;)「ひっ、ひぎぃ……!!」

(,,゚Д゚)「悪いな。
   理性のブレーキなんてのは、もっとまともな奴に期待してくれ」

(;゚A゚)「あ、あな、なんてことを!!」

(,,゚Д゚)「どうしたい?俺を止めてみるか?こいよ、男の子だろ」

(;゚A゚)「ああ、あわ……」

(,,゚Д゚)「ったく、よっ!」

(゚A゚)「あぼっ?!」

落胆し、トラギコは後ろ回し蹴りをドクオの顔に食らわせた。
衝撃で鼻の骨が折れ、前歯が二本床に落ちる。
怯える彼の首を掴んで、トラギコは優しく声をかけた。

(,,゚Д゚)「これに懲りて、俺に手を出そうなんて二度と考えない事ラギね」

青ざめた顔でドクオは何度も首を縦に振る。
病院代は事前に渡してある三百万ドルがある。
これで賭博から足を洗えば、多少はまともな生活を歩むだろう。
金を稼いでいると言っていた割にこの生活具合である点を見ると、彼は金の使い方を分かっていない。

190名無しさん:2018/09/03(月) 19:49:00 ID:GxVJbkMg0
賭博の熱に溺れている哀れな中毒者だ。
これだけの刺激を味わえば、しばらくは賭博に関わろうとは思わないだろう。
賭け狂いの男には丁度いい薬になったはずだ。

(,,゚Д゚)「じゃあな」

アパートを出ると、乾いた冷たい風が吹いていた。
空に浮かぶ黒い雲はどこかへと流れ、月のおぼろげな明かりが周囲を優しく照らしている。
少し離れた場所は星屑を撒き散らしたかのように輝き、賑わいがここまで聞こえてくるが、この場所はあまりにも寂しすぎた。
街灯の明かりがどうにか道を照らしているが、そこに浮かび上がる道路はひび割れ、砂で覆われている。

大通りでは道端に身形の整ったカジノの客引きが立ち、ここでは娼婦が紫煙をくゆらせながら節くれだった指で客を手招きする。
ここは吹き溜まり。
ヴェガの暗部。
銃声が聞こえていたはずなのに、誰も騒ぎもしない。

つまりは、皆、それに慣れているという事だ。

(,,゚Д゚)「さて、ようやく仕事が出来そうだな」

違法カジノの実態がどうなっているのか、それはカジノを潰した後で存分に探ればいい。
市長とカジノの繋がりを見つけて事件を公にするためには、少しだけ準備と根回しをしておく必要があった。
ビルボホテルに向かい、部屋に戻る。
日付はすでに代わり、七月十五日になっていた。

七月十五日、深夜十二時三十分。
ビロードはすでにベッドの上で眠りにつき、規則正しい寝息を立てている。
トラギコが帰ってきたことに気づいた様子はない。
鈍感なのか、それとも大物なのか、まるで分からない男だった。

金の入ったアタッシェケースを置いて、手早くシャワーを浴びる。
頭はまだすっきりとしない。
むしろ、精神的な部分ですっきりとしなかった。
理由は分かっている。

違法カジノで行われていたラシャン・ルーレットだ。
あれは見過ごすわけにはいかない。
見過ごしてしまえば、トラギコは警官として大切な物を捨てることになる。
シャワーを終え、スーツに身を包んでトラギコはケースを手に再び外へと出て行った。

冷たい風がシャワーで火照った体を容赦なく冷やすが、内側に宿る熱は一向に冷めなかった。
カジノ自体は明日潰すとして、それを運営している人間達に対して何かしらの報復処置が必要だ。
彼が持ち歩いている拳銃はそのためにあるのだ。
先ほどのビル前には、黒塗りの車が数台停まっていた。

そして黒服の男達が銃を手に周囲を警戒し、出入り口の前を固めている。
それを気にせず、中に入ろうとしたトラギコを男達が止める。

「おい、ここは駄目だ」

191名無しさん:2018/09/03(月) 19:49:36 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「まぁそう言うなよ。
   ここのボスと話があるんだ。
   とりあえず、中にいるボスにこれを渡してくれればいいラギ」

そう言って、アタッシェケースを開いてそこにある二千万ドル分の金貨を見せる。
この時点で、男達の訓練度合いが低いことがよく分かる。
ケースを無防備に開かせるなど、あり得ない話だ。

「……分かった」

金を受け取った男がビルへと入っていく。
その間、トラギコは男達に囲まれて待つことにした。
練度の低い警護を雇っているという事は、あまり儲かっているわけではなさそうだ。
ドクオの言う通り、市長が絡んでいるとしたら、上納金的な物があるのかもしれない。

ほどなくして、先ほどの男が戻ってきた。

「車に乗れ」

(,,゚Д゚)「あ?」

「会長がお前と会いたいそうだ」

(,,゚Д゚)「へぇ、そりゃ嬉しいラギね。
   ドライブでもするのか?」

「いいからさっさと乗れ」

(,,゚Д゚)「強引な奴だな、女に嫌われるラギよ」

渋々を装って車に乗りこむ。
少しすると車が動き出し、トラギコを乗せた車は大通に向かう道を進み始めた。
前後に同じ黒いセダンが続き、一行はやがて最高級ホテル、ヘヴンスゲートホテルへと到着した。
贅沢の粋を極めたホテルの入り口には当然、警備を担当する男達が並び立ち、専属契約を結んでいる警官も立っている。

五十階建てという驚異的な高さは街のシンボルの一つとして知られ、そこから眺め降ろす夜景は一万ドルの夜景とさえ呼ばれている。
事実、このホテルに一泊するのに必要な金額は一万ドル。
そう簡単に小市民が宿泊や滞在が出来るような場所ではないのだ。
車のドアが外から開かれ、トラギコは車外に足を踏み出した。

「これを持って行け」

先ほどトラギコと話した男が、カードキーを渡してきた。

(,,゚Д゚)「どういうことラギ?」

「ボスがお前に会うと言っているんだ。
ただし、一人で行け」

(,,゚Д゚)「迷子にならないよう努力するラギ」

192名無しさん:2018/09/03(月) 19:49:58 ID:GxVJbkMg0
キーを受け取って、ホテルに入る。
ビルボホテルとは空気がまるで異なり、靴の下に感じる絨毯の柔らかさも別物だ。
適度な空調、照明。
そして従業員の質。

開かれた自動ドアからトラギコが入り、受付に歩み寄る間に静かに黒服が近付いて絶妙なタイミングで抜かす。
黒髪の毛を短く揃えた女の黒服はトラギコに深々とお辞儀をし、エレベーターの方にさりげなく誘導した。

「お待ちしておりました、トライダガー様」

(,,゚Д゚)「待たせたな、お嬢さん」

到着していたエレベーターの最上階のボタンが押され、そのままトラギコは一人で乗り込む。
静かにガラス張りの昇降機が上昇し、外に見える景色が変わりゆく。
あのカジノのボスはあの場にいなかったのだろうか。
ではなぜ、トラギコがここに呼ばれたのだろうか。

二千万ドルを持ってきた事で信頼を得たのであれば、随分と間抜けな経営者だと言わざるを得ない。
わざわざ毒の要素を体に招き入れるような真似をする人間は間抜けか、それとも入念な準備をした上で相手を罠にはめるタイプの人間だ。
ホテルの人間がトラギコの偽名を事前に知っていた事を考えると、後者である可能性も捨てきれない。
最上階に辿り着き、扉が開く。

最上階にある部屋は全部で四部屋だけ。
その内の一室の前に、やはり、黒服の警護が二人立っていた。
肩からアサルトライフルを提げ、銃把を掴んでいる。
サングラスのせいで目がどこを向いているのか分からないが、トラギコがエレベーターから降りて来た時、彼らの肩が僅かに強張ったのを見逃さなかった。

(,,゚Д゚)「招待されたトライダガーだ」

「お待ちしておりました」

カードキーを男に手渡し、中に入る。
扉が閉まると、部屋の中にいた一人の男がゆっくりと振り返った。

(<・>L<・>)「久しぶりですね、トラギコさん」

(,,゚Д゚)「……手前、誰だ?」

グレーのスラックスとベストを着た男は、白い仮面を被っていた。
表情も何もない、眼の穴が開いただけの白い仮面。
くぐもった声と体型が男であることを物語っているが、指や髪からは年齢を判断することはできない。

(<・>L<・>)「私の事は気にしないでください。
       それよりも、私に何の用ですか?」

ベレッタをゆっくりとホルスターから抜いて、静かに構える。

(,,゚Д゚)「俺の名前を何で知ってるラギ」

193名無しさん:2018/09/03(月) 19:51:48 ID:GxVJbkMg0
(<・>L<・>)「それは勿論、有名人ですからね。
      〝虎〟と関わり合いになりたくない人は大勢います」

安全装置を外し、撃鉄を起こす。
狙いは男の胴体に合わせ、指は銃爪にそっと添えられた。

(,,゚Д゚)「答えろ。
    手前は誰ラギ」

(<・>L<・>)「仮に名前を言って、顔を見せたところで分かりませんよ。
       貴方はそういう人ですから」

(,,゚Д゚)「久しぶり、って言っただろ。
    ってことは一度会ったことがあるのか?」

(<・>L<・>)「ふふ、まぁそれに近いということにしておきましょう」

(,,゚Д゚)「撃たれてから話すのはつらいぞ」

(<・>L<・>)「私と貴方のなれそめは、別に今知りたいことではないのでしょう。
       ……あのカジノについて訊きに来たのではないのですか?」

(,,゚Д゚)「あぁ、そうラギ。
   手前が経営者か」

(<・>L<・>)「いいえ、私は経営者でも運営者でもありません。
       私はただ、あの場所を任されているだけです」

(,,゚Д゚)「言葉遊びをしようってんじゃねぇんだよ。
    変形ラシャン・ルーレット、あれを管理しているのは手前かどうかって訊いてるラギ」

右手で銃を構えながら、左手で結束バンドを取り出す。

(<・>L<・>)「あの場所は狂気に満ちています。
       耐えがたいほどの狂気、あんな空間はあるべきではないのです」

(,,゚Д゚)「分かった、続きは刑務所で隣のゴリラ相手に呟いてろ」

(<・>L<・>)「ドクオと会って話を聞いたのでしょう。
       そのことについて、貴方に話しておきたいことがあるのです」

ドクオと行動しているところを見られたのだろう。
そして、彼の名前まで把握しているという事は、トラギコの目的も筒抜けである可能性が高かった。
どこかに内通者がいるのか。
だが、カジノ・ロワイヤルに参加しているメンバーの中でヴェガに滞在しているのは四人だけ。

その誰かから情報が漏れるとは考えにくかった。
となると、警察署内、もしくはヴェガの市長から情報が漏えいしている可能性が考えられる。
特に状況と情報管理の意識が低そうな人間を考えると、市長の可能性が濃厚だ。
何故漏えいしたのか、それが問題だった。

194名無しさん:2018/09/03(月) 19:52:33 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「……何だよ」

(<・>L<・>)「信じる信じないは任せます。
       私が逮捕されたとしても、また違法カジノは形を変えて復活します」

(,,゚Д゚)「らしいな。
   ドクオから聞いてるラギ。
   市長が関係しているのか?」

(<・>L<・>)「それすらも、私には分かりません。
       私は案山子のような物で、あの場所で金を集めていただけなんです。
       発案や運営は別の人間が担当しています。
       そして、私にはこれ以上の情報がないのです」

よくあるリスク管理の経営方法の一つだ。
それぞれの担当を独立させ、単独では役に立たないが、それをまとめた時に一つの絵になる分散方法。
複数の組織を使うことによって細分化し、万が一の際のリスクを封じるやり方だ。
情報が無ければそれらを一つに統合することは不可能であり、追跡も出来ないという厄介な方法。

やはり、一筋縄ではいかなそうだった。

(,,゚Д゚)「それだけのためにここに呼んだのか?手紙でも伝言でもよかったじゃねぇか」

(<・>L<・>)「いえ、それはおまけです。
       本当のことを言うと、貴方がヴェガに来ていると分かって、私は貴方に直接お礼が言いたかったんです。
       大した話をすることはできませんが、せっかく私に会いたがっているのだから、と思って利用させてもらいました。
       その内言えなくなってしまいますから」

(,,゚Д゚)「何の礼ラギ?
    俺は手前の事なんか知らねぇラギ」

仮面をつけた金持ちの知り合いはいない。
この男が何を言いたいのか、いまいち分からない。
気のせいか、仮面の下で男が悲しそうな顔を浮かべた様に思えた。
そして、男は仮面を脱ぎ捨てた。

気弱そうな男の顔がそこにあった。

(´・_ゝ・`)「……デミタス・キーマン、という名前はご存知ですか?」

(,,゚Д゚)「知らねぇな」

(´・_ゝ・`)「七年前、ヴェガの路地裏で殺されそうになっていた男を助けたことなんて覚えていないでしょう」

(,,゚Д゚)「助けた奴の名前なんて、いちいち覚えちゃいねぇよ」

195名無しさん:2018/09/03(月) 19:52:59 ID:GxVJbkMg0
(´・_ゝ・`)「ははっ、そうでしょうね。
     貴方はそういう人だ。
     ……でも、ちゃんと自分の口で直接お礼を言いたかったのは事実です。
     あの時、貴方のおかげで私は今日まで生きて、妻と娘も得る事が出来ました。

     あの時は本当にありがとうございました、トラギコ・マウンテンライトさん」

(,,゚Д゚)「さぁな、だが、その言葉はとりあえず受け取っておくラギよ。
    デミタス・キーマン」

撃鉄を戻し、安全装置をかけた銃をホルスターに戻す。
この男は敵ではなさそうだ。
有益な情報を聞き出すことは出来なかったが、カジノ摘発に際して何かしらの裏があることは間違いないことが分かった。
それだけでも良しとしよう。

(´・_ゝ・`)「お預かりした金は、宿泊先に届けさせていただきました。
     それと、身勝手な願いを一つよろしいでしょうか?」

(,,゚Д゚)「聞くだけ聞いてやるラギ」

デミタスは目を少年のように輝かせ、大人のようにかしこまり、言葉を紡いだ。

(´・_ゝ・`)「一緒に酒を飲みませんか?」

* * *

七月十六日。
星明かりが眩く煌く夜八時。
覆面をし、武装した男達がヴェガの闇夜に紛れて移動していた。
彼らの手にはUMP45があり、サプレッサーとダットサイト、緑色の光を放つレーザーサイトが装着されていた。

男達の服装は黒で統一され、鉄板を入れた防弾ベストのファスナーでさえ黒だった。
だが、彼らが被る仮面は違った。
合金で作られた仮面は笑みを浮かべた骸骨を模し、銀色で塗装されている。

(<>L<>)「……」

異様な姿をした男達の姿は街の二か所にあった。
どちらも白い配送用バンの後部座席に七人が乗り、装備の最終点検を行っていた。
運転席にいるのは人の良さそうな顔をした男で、有名な配送業者の制服を着ている。
だが彼らの懐に潜む物と眼光の鋭さは配送業者のそれではなく、狩人にこそ相応しいものがあった。

街の大通りから離れ、薄暗い路地にバンが停車し、エンジンが切られた。
後部座席の男達は腕時計の放つ蓄光塗料の明かりを見て、腰を上げた。
無言のまま秒針が動くのを見つめ、八時十分丁度になった瞬間、彼らは車から素早く降りた。

バンから降りた一行は、古い雑居ビルに接近した。
一人の男が錆の浮かぶ扉の前に立ち、インターフォンを三度鳴らす。
鉄の扉がゆっくりと開き、男はそれを思い切り押し開いた。
後続の男達がその隙に一気に内部に入り、スーツを着た男に銃口を向けて床に伏せるよう無言で命令をした。

196名無しさん:2018/09/03(月) 19:53:21 ID:GxVJbkMg0
男は咄嗟の事に唖然としていたが、仮面の男の一人が黒服を押し倒し、白い結束バンドを使って両手を背中で縛り上げた。
両脚も同じようにして縛り、レッグバッグからスタンガンを取り出して男の首筋に当て、一気に電流を流し、気絶させた。
先を行く三人とは別に、四人はそれぞれ別の場所に向かって散っていく。

廊下を進んでいく三人の男達は、突き当りにいた男をテーザー銃で沈黙させ、縛り上げた。
先頭を歩く男は明滅する蛍光灯の扉を選び、一定のリズムでノックをする。
ノックが返され、再びノックで返答する。
扉がじわりと開いた瞬間、扉を蹴り開く。

すぐそこに立っていた黒服の男はテーザー銃で意識を奪われ、後頭部から地面に倒れた。

(<>L<>)「警察だ、全員動くな!!」

銃を構え、その先にいる男女達に警告する。
その警告を冗談か何かだと思ったのか、人相の悪いパンチパーマの男が歩み寄ってくる。

「何だ、手前ェ!!ブッこ――」

瞬間、男の爪先が吹き飛んだ。
男は倒れ、脚を押さえて子供のように泣き喚いた。
男の頭を踏みつけ、仮面の男が大声で命令する。

(<>L<>)「抵抗するなら容赦なく撃つ!全員両手を頭の後ろで組んで這いつくばれ!」

吼えるような男の声に、ほとんどの人間がそれに従った。
しかし中には逃げようとする者達がいた。
闘技場を囲む位置に座っている人間達だ。
今ならば逃げ遂せられると思ったのだろう、愚かなことだ。

(<>L<>)「スタン!」

男の短い指示を受け、次々と下のフロアにスタングレネードが投げ入れられる。
至近距離に雷が落ちたかのような閃光と爆裂音が狭い空間に響き渡り、仮面を付けていない全ての人間の動きを止めた。
先ほど別れた四人が下に現れ、体を丸めて悶える人間達を次々と捕縛していく。
今回用意した結束バンドはジュスティア警察が正式に採用しているもので、絶妙な柔軟性によって人間の力ではまずもって破る事は出来ないものだった。

手早く拘束され、手早く中央のリングに集められる。
溢れた人間はそれを囲むようにうつ伏せにさせ、抵抗の素振りを見せる者にはテーザー銃が使用された。
誰も動かなくなるのを確認してから男は腕時計の針を見て、満足そうに鼻を鳴らした。

(<>L<>)「上出来じゃねぇか」

――違法カジノの摘発、そして関係者全員を逮捕するのに〝カジノ・ロワイヤル〟と現地警察が要した時間は十五分だった。
定刻通りにそれぞれのカジノ前に護送車と応援部隊が到着し、捕えた経営者たちを次々と乗せ、街から離れた荒野に建設された刑務所へと連れて行く。
後は裁判で市長が刑を言い渡し、裁きを受けるだけである。
本当であれば、だ。

どこからか事件の匂いを嗅ぎつけたマスコミたちが集まり、男達はあっという間に取り囲まれて写真を撮られた。
男達はインタビューには一切応じず、ヴェガ警察の報道担当官が場所を変えて代わりに返答することになった。
マスコミたちが消えるのを見送ってから、違法ラシャン・ルーレットのカジノを摘発したトラギコは仮面を取った。

197名無しさん:2018/09/03(月) 19:53:50 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「死者はなし、ばっちりラギ」

( ><)「でも最後のスタンで大分被害が……」

トラギコの隣で同じく仮面を脱いだビロードが補足するようにつぶやく。

(,,゚Д゚)「ヴェガの法律じゃ、違法と知って利用する連中も犯罪者ラギよ。
    多少痛い目を見ないと、あいつらまた繰り返すラギ」

( ><)「でもこれで違法カジノは潰したから、繰り返しようがないのでは?」

(,,゚Д゚)「まぁ、それはこれから分かるラギ」

( ><)「市長が関わっているっていう、あれですか?」

あの夜、トラギコは得た情報をビロードに話していた。
眉唾物の話だが、確かに、潰しては湧き出てくる違法カジノの存在は不自然だった。
まだ不確定な情報だけに、これは彼らの間だけに留め、他の二人には黙っていることにした。
代わりに昨夜、予定通りの時間に集まった人間達の間で違法カジノの情報を共有し、現地警察と協力して一斉に摘発することとなった。

作戦は極めて単純で、少人数で侵入後、一気に制圧するという流れだった。
トラギコの提案によって結束バンドとスタングレネードを大量に用意し、死者を出さない方針で作戦が決行された。
先ほど連絡で聞いたが、シラヒゲ達のチームでは抵抗する人間がいた為、数人を射殺することになったそうだ。

(,,゚Д゚)「市長が関わってるんなら、今回の逮捕者に対して何か不自然な処遇が下されるはずラギ。
    だが昨日見た新聞には、処罰は五十年の無償労働が判決にあったラギ。
    その翌週には目撃されている事を考えると、裏で何が動いているとしか思えねぇラギ」

( ><)「刑務所に行って確認しますか?」

(,,゚Д゚)「あぁ、それが確実だろうな。
    まずはあの馬鹿どもが収監されてから行くラギ。
    目立たないようにな」

( ><)「シラヒゲさん達には報告をしない方が?」

(,,゚Д゚)「分かってきたじゃねぇか。
    でもその前に、ちょいと現場を調べようじゃねぇか。
    荒らされる前にな」

武器を持ったまま、トラギコ達は再び地下のカジノへと向かった。
立ち入り禁止を示す黄色と黒のテープをくぐり、ラシャン・ルーレットの会場に降りる。
フェンスに囲まれたリングは下の観客席よりもやや高い位置にあり、銃弾が観客席に飛んでも大丈夫なように強化アクリルの壁が設けられていた。
リングの上には黒く変色した血の跡が残り、中にはまだ赤さを失っていない、比較的新しい物もあった。

(,,゚Д゚)「とりあえず、事務所を探すぞ」

何かしらの情報が残っているとしたら、ここを運営していた人間がよく出入りしている場所に限られる。
事前にビルの図面は確認しており、特別な抜け道はないことが分かっている。
不安な点としては、このビルの所有者は市長であるという事だけだ。

198名無しさん:2018/09/03(月) 19:54:14 ID:GxVJbkMg0
リングから離れた壁際にドアノブを見つけ、トラギコは駆け寄る。
押しても引いてもびくともしない。
施錠されているのだ。
あの騒動の中、ここが施錠されるタイミングは限られている。

つまり、スタングレネードを投げ入れる直前、トラギコが警告をした時だ。
あの時に何者かがここの扉を閉ざし、何かを封じ込めたのだろう。
勿論、事前に扉が閉ざされていた可能性もあるが、ここの状況確認は制圧直後に現れたヴェガ警察の応援部隊が――

(;,,゚Д゚)「――やられた、くそっ!!」

警察が現場を制圧した際、部屋の鍵がかかったまま放置するはずがない。

(;><)「ど、どうしたんですか?」

(#゚Д゚)「ヴェガ警察の中に裏切り者がいるって話ラギ!」

扉からヴィキーを遠ざけ、蝶番の位置を狙ってUMP45を撃つ。
弾倉の中身全てを撃ち尽くし、コンクリートの壁を砕く。
扉が僅かに傾ぎ、その奥にある暗い空間が見えた。
だが暗すぎて何も見えない。

弾倉を取り換え、薬室に一発送り込む。
待ち伏せされているかもしれない事を考え、スタングレネードを用意する。

(,,゚Д゚)「ビロード、援護しろ」

スタングレネードを隙間に投げ入れ、中にいるかもしれない人間の視覚と聴覚を奪う。
扉を力ずくで開き、中を確認する。
ビロードが背後からライトで中を照らした。

(,,゚Д゚)「……マジか」

そこには、もう一つの扉があるだけ。
そう、もう一つの扉があったのだ。

(;><)「そんな、ここに扉があるなんて設計図には載っていませんでした!」

(,,゚Д゚)「こりゃいよいよ市長が怪しくなってきたラギ」

市長であれば設計図に手を加えることも削除をすることも可能だ。
彼がもつ建物で賭けを行えば場所代を回収することも、そこでの秘匿性を高い状態で維持することも出来る。
二人は一度その部屋を出て、トラギコは影から新たな扉のノブに銃腔を向け、一発だけ発砲する。
金属のノブに銃弾が当たり、直後、扉の向こうから大爆発が起きた。

(;,,゚Д゚)「のわっ!?」


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