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(=゚д゚)夢鳥花虎のようです

199名無しさん:2018/09/03(月) 19:54:46 ID:GxVJbkMg0
熱風と瓦礫、そして衝撃によってトラギコとビロードの体はリングを囲うフェンスにまで吹き飛んだ。
幸いなことに、安全に吹き飛ぶことが出来たおかげで外傷はないが、爆発の衝撃で耳鳴りが酷かった。
ふらつきながら先ほどの部屋に目を凝らすと、瓦礫の山と化していた。
あれでは扉の向こうにあるかもしれない通路は塞がれ、何より、設計図と作りが違う事を指摘できない。

指摘しても、爆発のせいで塞いでいたはずの過去の通路が現れたと言い逃れをされ、はぐらかされる。
隠し通路の存在と市長を結び付けようにも、このままではどうしようもない。
トラギコの堪忍袋の緒が切れた。
何が何でもこの事件の黒幕を表に引き摺り出し、然るべき裁きを受けさせてやらなければ気が済まない。

例えそれが市長であろうが、誰であろうが関係ない。

(,,゚Д゚)「おいビロード!生きてるラギか!」

(;><)「いてて……」

(,,゚Д゚)「ならいいラギ」

服に付いた汚れを払い、次にやるべきことを整理した。
とりあえず黒幕を殴る事は決めた。
そこに至るまでの経緯を逆算し、今夜の内に決着をつけなければ逃げられると考え至った。
扉に仕掛けられていた爆弾は、万が一に備えての証拠隠滅の罠。

そしてそれを起爆させるのは、余計な好奇心を持った人間だけ。
つまり、トラギコのようにこの扉の存在に気づき、行動する人間だ。
すでに証拠隠滅を図っている可能性が極めて高かった。
追うべきは護送車、そしてその行き着く先だ。

(,,゚Д゚)「刑務所に行くラギ!」

そのままビルを飛び出し、二人はタクシーを捕まえようと大通りに向かう。
すると、二人の前に黒塗りのセダンがブレーキの音を響かせながら急停車した。
助手席の窓が開き、車の搭乗者が顔を出す。
それは、スーツ姿のシラヒゲとイシだった。

( ´W`)「急ぐんだろ?」

運転席でハンドルを握るシラヒゲの言葉に頷き、トラギコとビロードはセダンに乗り込む。
扉が閉まるとセダンは猛スピードで大通りを進み、ヴェガの北に向かっていた。
刑務所とは真逆の方向だった。
気付いた時には扉が強制的にロックされ、逃げ道を奪われていた。

(,,゚Д゚)「……どういうことラギ」

( ´W`)「着いてから話す」

助手席でイシが二人にさりげなく視線を向けている事に気づき、トラギコは黙ることにした。
まさか、この二人が市長に買収されているというのか。
だがそれにしては、トラギコ達から銃を奪おうともしない。
懐に手を入れて相手の出方を見るが、特に何も言ってこない。

200名無しさん:2018/09/03(月) 19:55:10 ID:GxVJbkMg0
目的がよく分からないまま、車はヴェガの市長宅兼役所に到着した。
市長室に通され、高価そうな彫刻が施された木製の扉を開く。

( ・∀・)「やぁ、悪いね、シラヒゲ君」

白髪の混じった黒い髪を後ろになでつけ、豊かな口髭を生やした初老の男はソファの上でグラスに入った透明の液体を飲んでいた。
漂う香りとローテーブルに置かれたボトルから、その液体がブランデーであることが分かる。
一目でそれと分かる上質な生地で作られたグレーのスーツを着込み、その指には金色の指輪が一つずつ嵌められていた。
この男こそが、ヴェガの市長。

賭博の街を統べるモララー・グッドマン、その人である。

( ・∀・)「まぁ座りたまえよ。
     その二人が君の言っていた?」

( ´W`)「はい、市長。
    トラギコとビロードです」

名を呼んだ二人をモララーの向かい側に座らせ、シラヒゲはトラギコの両肩に手を置いた。
動くな、という意味だった。
UMPをさりげなくトラギコの肩から外し、シラヒゲはそれを自らの肩にかける。

( ・∀・)「何か飲むかね?」

(,,゚Д゚)「いらねぇラギ。
    それより仕事に戻らせろラギ」

( ・∀・)「ははっ、まるで獣だな。
     だが、仕事はもう完了しているんだ。
     戻る必要はないよ」

(,,゚Д゚)「……どういうことラギ」

( ・∀・)「これはエンタテインメントと治安維持の一環でね。
     もう何年もずっとやっているんだが、そろそろマンネリ化が酷くて困っていたんだ。
     だから、いっそ大げさにやってアピールしつつ、小さな芽を潰すことにしたのさ」

(,,゚Д゚)「あの二軒のカジノをわざと潰して、示威行動に役立てたってことラギか」

大手の店が取り締まられれば、小さな店は次は我が身と怯え、店を畳んで逃げることになる。
ヴェガの警察は機能し、違法カジノは存在することが難しいと言わしめるための余興。
その余興に付き合わされたと考えると、腸が煮えくり返るようだった。
それならばトラギコが出張る必要はなく、むしろ、新入りの警官だけで十分な話だ。

( ・∀・)「その通りだよ。
     まぁそれに、何事も合法の物だけでは飽きるからね。
     息抜きをするような場所を作って、客を楽しませるのが市長の役目だ。
     こちらは金を得て、向こうは楽しみを得る。

     ウィンウィンの関係というやつさ」

201名無しさん:2018/09/03(月) 19:55:33 ID:GxVJbkMg0
モララーがグラスを傾け、酒を口に含んだ。
売春や薬物の販売について黙認していることは知っていたが、自ら違法カジノを産み出し、潰すというのは全く聞いたことが無い。
むしろ、それならばそれで勝手にやっていてもらいたいことだ。
こちらを巻き込むのは極めて迷惑と言うものだ。

それに、看過できない事が一つあった。

(,,゚Д゚)「変形ラシャン・ルーレットの黒幕は手前ラギか」

( ・∀・)「あれは勝手に運営者が暴走しただけだ。
     私だって人殺しをしているとは思わなかったものでね、流石に今回は厳罰を下すことにしたよ」

(,,゚Д゚)「形はどうあれ、後ろで糸を引いてたのが手前なら、罪は償ってもらうラギ」

薬物などの可愛らしいものならまだしも、殺しを黙殺するわけにはいかない。
こればかりは、トラギコの中にある、越えてはならない一線だった。

( ・∀・)「おいおい、聞いていただろ?あれをやったのは、運営者。
     私はあくまでも無関係なんだ」

殴りかかろうかと身を動かしかけたが、肩を掴むシラヒゲの腕に力が込められ、立ち上がることが出来なかった。
無表情でトラギコを見下ろす彼を睨み上げ、一つ問う。

(,,゚Д゚)「……うちの市長はこれを知ってるラギか?」

答えは沈黙だった。
無言を否定と取るのも肯定と取るのも自由だが、まるで意味のない、生産性のない答えだった。
イシに視線を移すも、彼も同様にビロードを押さえつけて無表情のまま沈黙している。

( ・∀・)「話を戻そう。
     君達カジノ・ロワイヤルが活躍してくれたおかげで、違法カジノ二店は無事に摘発された。
     そして、彼らはマフィアと繋がっていたため、護送中に報復されて全員が爆死した。
     これが、シナリオだ」

(,,゚Д゚)「口封じか」

( ・∀・)「裁判をしてもあまり盛り上がらないからね。
     そろそろ変化が必要だったのさ。
     それに、ジュスティア警察の優秀さも周知できるからね。
     ほら、明日の朝刊だ」

ローテーブルの上に置かれていた新聞を指さし、モララーは再び酒を飲む。
黒煙を吐き出す護送車の横に報道担当官による今回の一連の作戦とその成功秘話が語られており、そこにはビロードの名前でコメントが書かれていた。
ビロードに関しては彼が如何に優秀で、金の羊事件を解決した背景についてありもしない話を担当官が述べており、今後の警察に必要な逸材だと褒め称えていた。
民間人を乗せた護送車は狙われず、カジノに関わっていた人間達の護送車が銃撃された後爆破され、
全員の死亡が確認されたと書かれているが、爆殺する必要がなかった従業員もいたかもしれない。

デミタスの罪は別に死で償わなくてもよかったはずだ。

202名無しさん:2018/09/03(月) 19:56:36 ID:GxVJbkMg0
( ・∀・)「というわけで、君達の仕事は無事に終わったわけだ。
     君たちが全力で動いてくれたおかげで、街の人間も大喜びだよ」

つまり、最初から最後までトラギコ達はピエロのように動き回っていただけなのだ。
違法カジノ摘発チームの存在も、その仕事内容も。
全てが偽り。
恐らくは、現地警察もこの事を知っていて協力しているのだ。

そして当然、ジュスティア警察の長官もそれを理解しているのだろう。
警察はあくまでも契約関係にある街の法律を守らせるのが仕事であり、その街を統べる人間が意図的に行い、警察に伝えてある物事であれば取り締まることはできない。
彼らの仕事は秩序を守ることであり、契約者の意図に反した正義を執行することではない。
例え事件の終わりがこんな茶番に付き合わされて終わったとしても、文句を言う権利はないのだ。

(,,゚Д゚)「……そうかよ」

トラギコの体から力が抜ける。
これ以上ここにいて憤っても仕方がない。
長居すると肺が腐りそうだ。

(,,゚Д゚)「俺は帰るラギ。
    後はあんたらで仲良く勝手にやってくれ」

ゆっくりと席を立つ。
シラヒゲの手が肩から離れ、トラギコは出入り口へと向かった。
その後ろをビロードが心配そうについて行こうとする。

( ´W`)「ビロ、お前はここに残れ。
    話がある」

(;><)「あ、あぅ」

シラヒゲに呼び止められ、ビロードは逡巡した挙句、そこで立ち止まるという選択を取った。

(,,゚Д゚)「そうだ、最後に」

そう言って扉の前で立ち止まる。

( ・∀・)「何だね?」

(,,゚Д゚)「痛い目にあったことはあるか?」

振り向きざまにトラギコはテーザー銃を抜いて、モララーに向かって銃爪を引いた。
二本の針がモララーの胸に突き刺さり、数十万ボルトの電流が彼の体を駆け巡った。
モララーは悲鳴を上げてソファの上に倒れ、トラギコをシラヒゲが押し倒し、その背中に馬乗りになった。

(;・∀・)「あびゃっ?!」

奇妙な声と共にモララーの四肢が痙攣している。

(;´W`)「何をしている、貴様!!」

203名無しさん:2018/09/03(月) 19:56:59 ID:GxVJbkMg0
〈::゚-゚〉「狂ったか、トラギコ!!」

イシがトラギコの両手を背中側で縛り上げる。
ビロードは呆然とその様子を見ているだけだった。

(,,゚Д゚)「仕事を果たしただけラギよ、先生。
    最初にもらった書類には、カジノの摘発とあったラギ。
    そしてその黒幕を見つけたから、逮捕しようとしているだけラギ」

(#´W`)「話を聞いていただろう!!これは政策なんだ、干渉するな!!」

(,,゚Д゚)「干渉なんてしてないラギ。
    何せ、それが事実かどうかなんて俺は訊いてないラギよ、先生と違って。
    なら局長に聞いてみますか?」

例えヴェガ市長直々にこれが茶番であると言ったとしても、トラギコはその真偽を調べる術はない。
万が一、市長が何者かに脅されてそう喋っているだけかもしれないし、正常な判断力を失っているだけかもしれない。
ならば、最初に彼が引き受けた仕事を果たすのが職業的な正解だ。

(,,゚Д゚)「話を降ろしてもらっていない以上、俺に非はないラギ。
    俺の上司はあんたじゃない。
    セントジョーンズ局長ラギ。
    局長から話がなければ、俺は最初の予定通り犯罪者を逮捕するラギ」

(#´W`)「っ……!!」

トラギコの性格をよく知るシラヒゲだからこそ、この話を黙っていたのだろう。
もしこれを聞けば、トラギコは彼の予想外の行動をとって作戦の根幹を変えかねない。
あえて黙っていたことが裏目に出たと分かった時には、もう遅いのだ。

( ´W`)「イシ、長官に連絡をしろ!!今すぐに!!」

(,,゚Д゚)「……分かったら離して下さいよ、先生」

( ´W`)「ビロ、救急車を呼んで市長を病院に連れて行け!!」

病院に逃がせば、トラギコが市長を逮捕するまでの間にセントジョーンズから連絡が来る。
そうすれば、逮捕は出来なくなる。
それが狙いなのだ。

(,,゚Д゚)「ビロード、耳を貸すな」

( ´W`)「ビロ!!命令に従え!!」

(;><)「あ、あ……」

上司二人から同時に命令を下され、ビロードは右往左往する。
その姿に業を煮やしたのか、シラヒゲが更に大声で怒鳴る。

(#´W`)「お前の上司はこの俺だ!!」

204名無しさん:2018/09/03(月) 19:57:22 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「ビロード、お前のやりたいようにやればいいラギ」

(;><)「うわああああぁぁぁ!!」

叫びながら、ビロードは受話器を持ちあげたイシにテーザー銃を向け、発砲した。

〈::゚-゚〉「あぎっ?!」

イシは受話器を持ったまま倒れ、ビロードはカートリッジを交換し、テーザー銃をシラヒゲに向けた。

(;´W`)「自分が何をしているのか、理解しているんだろうな!!」

(;><)「ぼ、僕は……僕は……!!」

銃を構える手は震えていたが、その目はしっかりとシラヒゲを見据えている。

(,,゚Д゚)「お前はどうしたいんだ、ビロード」

銃爪は慟哭と共に引かれ、シラヒゲの体に二本の針が突き刺さる。
筋肉が硬直し、シラヒゲはそのまま卒倒するように倒れた。

(;´W`)「馬鹿……がっ……!!」

* * *

七月二十日。
ヴェガから帰還したカジノ・ロワイヤル一行はその日、ラブラドール・セントジョーンズの前に集められていた。
ジュスティア警察の会議室を一室貸切り、極秘裏にある会議を行うためだった。
会議室には上質な木材で作られた円卓が三か所に置かれ、クッション性の高い椅子が並んでいる。

一つの円卓にトラギコ・マウンテンライトとビロード・フラナガン、そして彼らの向かい側にシラヒゲ・チャーチルとイシ・シンクレアが座っている。
そして、セントジョーンズは沈黙したままその円卓の傍に立っていた。
セントジョーンズの沈黙は招集から十五分後に、彼の言葉で終わりを告げた。

(’e’)「……結論から言おう。
    今後、ヴェガとジュスティアが契約することはなくなった」

誰もその言葉に対して異議を唱えたり、質問をしたりすることはない。
セントジョーンズは続ける。

(’e’)「双方の方向書を読ませてもらった。
    この一件、事件としてジュスティア警察は処理することにした」

トラギコはどこからか取り出した缶コーヒーを飲み、軽くげっぷをした。
そしてその挑戦的な眼は眼前に座る二人に向けられている。

(’e’)「ただし、シラヒゲ、イシ、お前達がジュスティア内で起こした事件としてな」

(;´W`)「何?!」

205名無しさん:2018/09/03(月) 19:57:52 ID:GxVJbkMg0
シラヒゲが思わず声を上げる。

(#´W`)「どうして我々なんだ?!」

(,,゚Д゚)「そりゃあ、違法行為に手を貸していたからラギ」

(#´W`)「トラギコ、貴様、何をした!!」

(,,゚Д゚)「……先生、俺は何もしてないラギよ。
    俺は、ね」

懐に手を伸ばし、トラギコはヴェガで購入した携帯電話を取り出した。

(,,゚Д゚)「カジノで大勝ちしたんでね、つい買ったラギ。
    で、あの時車の中でついボイスレコーダーを起動しちまってね。
    とりあえずあれ以降の会話を全て聞かせてみたわけラギ」

(#´W`)「この作戦は長官も知っていることだ、何を馬鹿なことを!!」

(,,゚Д゚)「だろうな。
    俺は市長に聞かせたラギ」

(;´W`)「なっ……貴様っ……!!」

カジノ摘発の前にトラギコが行ったのは、情報通りモララーがこの一件に関わっていたとしたらどのようにしてそれを公にし、責任問題につなげられるかという問題の解決だった。
欲しかったのは確実な証拠、つまり、言質を取る事だった。
そのために使う道具として、携帯電話を購入した。
そして、最悪の事態を想定した。

カジノ・ロワイヤルを編成するにあたり、長官の承認は絶対に必要不可欠な物だ。
もしモララーが根回しをしていて、警察への強い影響力を持っていたとしたら、どれだけ逮捕したとしても犯罪者に逃げられてしまう。
それを阻止するために、トラギコが考えたのは警察以上の影響力を持つ人間の協力を得る事だった。
つまり、正義の都の支配者。

正義の体現である、ジュスティアの市長からの協力だ。
警察の最高権力者よりも遥かに影響力があり、発言力もある市長に何かしらの情報伝達が出来れば、万が一何かが起きても対抗することが出来る。
いわば、ジュスティアにおける切り札なのだ。

(,,゚Д゚)「長官は知っていても、流石に市長は知らなかったみたいラギね」

警察の最高権力者は長官である。
そのことに間違いはない。
だが、作戦の責任者は局長だった。
しかしながらあの時、シラヒゲは局長ではなく長官に電話をするようイシに告げていた。

そこに彼のミスがあった。
まず、局長に連絡すべきだったのだ。
それをしなかったのは、局長に電話をしても無意味だったからであり、ということはつまり、作戦の詳細は完全に共有されているわけではない事が想定された。
現場の判断と市長の意見が食い違う事はよくある話で、どちらかと言えば現場裁量によって決められることが多い。

206名無しさん:2018/09/03(月) 19:58:45 ID:GxVJbkMg0
ヴェガに於いては、それが売春や薬物販売の黙認である。
あえて逮捕しないことによって、街全体の利益や秩序の保護に役立っているということが分かっているため、現場ではそれを言及しないことになっていた。
当然、長官はそれを知っている。
むしろ知らないのは市長ぐらいだろう。

ジュスティア内部でさえそうしているのだ。
現場に出ない人間は違法に対して黙認する匙加減を知らず、違法行為を一概に逮捕するべしと口にする。
それがジュスティアの市長だ。
しかしながらトラギコの行為は、現場で働く人間達にとっては暗黙の了解をないがしろにするもので、非難されて当然の行動である。

(,,゚Д゚)「人を騙すにしても、限度ってものがあるラギ。
    だから俺も限度を越えさせてもらったわけラギ」

正直なところ、市長がヴェガの政策について理解を示しているかどうかは分からなかった。
録音した音声を利かせたところで意味があるかは分からなかったが、結果として、トラギコはこの賭けに勝ち、シラヒゲ達は賭けに負けた。
もしも録音が無ければ、悪名高いトラギコの言葉を市長が聞き入れることはなかっただろう。
録音の有無が勝敗を分けたのである。

あの時トラギコが懐に手を入れるのを防いでいれば、こうはならなかった。

(’e’)「……シラヒゲ、イシ。
    お前達の処遇は追って連絡がいく。
    まずは自宅待機だ」

二人は席を立ち、トラギコを睨みつけた。
暗黙の掟を破った男に対して、非難の目を向けるのは仕方のない事だが、トラギコは睨み返した。

(,,゚Д゚)「何か?」

(#´W`)「お前が救いようのない馬鹿だったとは知らなかったよ」

(,,゚Д゚)「あぁ、俺もびっくりラギ」

賭けで命を奪うことを命じた人間。
己の保身のため、操り人形を爆殺するよう命じた人間。
それが同一人物なのであれば、例え街の利益に関することだとしても、法に照らし合わせて対処するべきなのだ。
それをこの二人は怠り、あまつさえ、協力した。

それがトラギコの中にある一線を越え、激怒させた。

〈::゚-゚〉「これで満足か、トラギコ」

イシが嫌味っぽく声をかけて来たので、トラギコは淡々とした口調で答える。

(,,゚Д゚)「糞ほども愉快じゃないけどな」

跫音荒く、二人が会議室を出て行く。
残った三人の間に沈黙が流れた。
ベテランで人望もある二人の降格は、間違いなく署内でも噂になる。
そして最終的にはトラギコが原因であることに行き着き、何かしらの嫌がらせが行われるだろう。

207名無しさん:2018/09/03(月) 19:59:16 ID:GxVJbkMg0
嫌がらせを受けるのには慣れており、また、その報復をするのにも慣れている。
署に長くいる人間ほどそれをよく分かっているだろうから、嫌がらせをするのは決まって中堅どころの馬鹿に限られてくる。

(,,゚Д゚)「責めるラギか?」

トラギコの問いに、セントジョーンズは首を横に振った。

(’e’)「まさか。
    だがお前にも処罰がある」

(,,゚Д゚)「仕事熱心すぎましたからね、覚悟はしてたラギよ」

(’e’)「一応聞くが、ヴェガで得た大金をどうした。
    こちらの調べでは、九千五百万ドルを手に入れたはずだが」

やはり、そこが問われてしまった。
理外の儲けである九千五百万ドルの行方は気になるだろう。
元はと言えば、カジノで大勝するために使ったのは警察の経費。
つまり、カジノでの儲けは警察に還元しなければならないのだ。

だがセントジョーンズはそのことについて咎めるような口調ではなく、事務的に淡々と説いている。
恐らくは、上からの指示で事務的に訊いているだけだろう。

(,,゚Д゚)「全部飲み代に使ったラギ。
    いい酒を飲んで身分をアピールする必要があったので」

事実、トラギコは得た金を全て使い果たしている。
今さらそれを渡せと言われても、残念ながら逆立ちしてもその金は出せないのだ。

(’e’)「ほぅ。
    そう言えば世間話なんだが、ジュスティアにある児童養護施設に〝ビロス刑事〟の名で多額の寄付金があったそうだ。
    全部の施設を合わせると、九千万ドルらしい」

(,,゚Д゚)「へぇ、そりゃすごいラギ。
    物好きな奴が世の中にはいるもんラギね」

(’e’)「そしてお前達がモララーに支払うことになった賠償金は五百万ドル。
    二つを結びつけると九千五百万ドルになる。
    奇妙だとは思わないか?」

(,,゚Д゚)「いいえ、全然。
    俺がこの街に戻ってくる時、持ち物検査をしたでしょう?」

(’e’)「そうだな、お前は確かに持っていなかった。
    ちなみに、ヴェガにいるエイミーとかいう女を知ってるか?」

(,,゚Д゚)「ホテルにいた女ラギね」

(’e’)「その女からお前宛に荷物が送られてきた日と、寄付のあった日が同じなんだが、これも偶然か?」

208名無しさん:2018/09/03(月) 19:59:41 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「ただの偶然ラギよ、気にする程の事じゃありませんラギ」

セントジョーンズは笑みを浮かべもせず、トラギコの言葉を聞いていた。
そこまで調べがついているのならば、これはやはり形式的な質問で、トラギコが認めるかどうかを知りたかっただけなのだろう。

(’e’)「そうか、それならいいんだ。
    その施設から手紙を預かっているんだが、後でお前に渡しておく。
    保管しておけよ」

(,,゚Д゚)「資料の保管と言う事であれば」

机の上で腕を組み、セントジョーンズは短い溜息を吐く。

(’e’)「さて、単刀直入に処遇の話をしよう。
    トラギコ、お前にはジャーゲンに行ってもらう。
    先日、一つ大きな事件が解決したばかりなのは知っているか?」

(,,゚Д゚)「……子供を犯して殺す変態ですか?」

連日新聞に載っていた連続強姦殺人事件。
被害者は皆子供で、犯された後に惨殺された事件である。
ようやく解決出来たのであれば、それは何よりである。
ただし、場所が場所だけに安心はできない。

(’e’)「そうだ。
    それを担当していた警官達が揃って転属願いを出して来てな。
    理由は分かるだろ?」

(,,゚Д゚)「若者が更生することを重要視する法律のせい、ラギね」

(’e’)「……犯人は、未成年だったよ。
    しかも精神疾患者で尚且つ当時は酒を飲んでいたってことで、半年だ」

(;,,゚Д゚)「半年?嘘だろ、いくら何でも」

(’e’)「未成年で尚且つ判断能力がない人間に重い責任を負わせない、それがあの街の法律だよ」

どんな犯罪者でも未成年であれば基本的には更生の余地を与え、社会に貢献させるという事を基本に考えた法律。
若者の可能性を重んじるその法律は今の市長、ジョセフ・アルジェント・リンクスがその椅子に座った時から始まり、今日に至っている。
法律が改正された当時、その政策は警察に大きな衝撃を与え、困惑させた。
そして今、ジャーゲンが抱えている問題は、再犯率の高さだった。

これは当時から言われている事だが、ジャーゲンでは世界基準の成人年齢である二十歳未満であれば殺人を犯したとしても、
更生の余地があると見なされれば仮釈放され、早ければ一年もせずに監察官を付けるという条件で釈放されることもある。
更生率の高さと再犯率の高さの天秤が均衡を保っている異常な状況から職務に疑問を抱くことが多く、警官の定着率は低迷傾向にある。
逮捕した若者が一か月後にはまた別の犯罪に手を染め、同じ警官に逮捕されることは日常茶飯事と言ってもいい。

警官はその場所の治安が少しでも良くなるよう努力をするものだが、それが一向に報われないとなれば、そうなってしまうのも仕方のない話だ。

209名無しさん:2018/09/03(月) 20:00:06 ID:GxVJbkMg0
(’e’)「それと、ビロード。
    お前もジャーゲンに転属だ」

(;><)「は、はい……」

(’e’)「お前の場合は処罰じゃなく、市長の意向がある。
    ヴェガでの一件でお前は有名人になった。
    なら次は、ジャーゲンで勤務をして治安が良くなれば、更に名を馳せる事が出来る、とのことだ」

いよいよ本格的にビロードを英雄に仕立て上げようというのだろうが、果たして、本人はそれを望むのだろうかとトラギコは思った。
ミニマルでもヴェガでも、彼自身が何かを解決したことはない。
まだまだ青く、現場で責任を持たせるには早すぎる。
背負わされている期待の重さは、見ているこちらが不安になる程だ。

(’e’)「トラギコ、面倒を見てやってくれ」

(,,゚Д゚)「他に適任がいるでしょう」

(’e’)「あの街で気兼ねなく動ける人間はお前ぐらいだ。
    お前を転属させるのは俺の独断だ、分かってくれ」

(,,゚Д゚)「局長がそう言うなら、引き受けますが、本人の意志はどうラギ?
   俺に巻き込まれるのはそろそろきついと思うラギが」

(;><)「いえ、僕は……トラギコさんさえよければ、一緒にいていただけると助かります。
     僕一人だと、何も出来ません……」

あの日からずっとこの調子だが、そろそろ気持ちを切り替えてもらわなければならない。
いつまでも引き摺っていては、今後に関わってくる。

(,,゚Д゚)「お前は何も間違ったことをしてないんだから、いつまでもくよくよしてんじゃねぇよ」

(;><)「ですが、僕がもっとしっかりしていたら……」

(,,゚Д゚)「しっかりしていたところで、今回はどうしようもねぇラギ。
    その代わり、ジャーゲンではお前が今回の一件を踏まえてどう動くのか楽しみにさせてもらうからな。
    後始末は俺がするラギ、気負わず思いっきりやれ」

(;><)「でも、もしまた失敗してしまったら……」

この男のマイナス思考は一度どこかで断ち切らないといけないが、恐らくこれは、彼の育ちに関係があると思われた。
失敗を許されない完璧主義の人間に育てられれば、必然、こうなる。
そして失敗を恐れて何もしなくなるのだ。

(,,゚Д゚)「失敗ってのはな、それを次に活かさない馬鹿の事ラギ。
    俺を見てみろ、九半十二丁を見事に勘違いしていてもこうしてぴんぴんしてるラギ。
    違うか?」

(;><)「そ、それとこれとは」

210名無しさん:2018/09/03(月) 20:00:35 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「同じだよ。
    おかげで俺は正しい意味を知れたし、丁半賭博で馬鹿をやらかすことはなくなったラギ。
    だったら、お前が何を反省しているのかは知らないが、次に活かせば意味のある事だろ?
    それを経験って言うラギよ」

この若造がどこまでやれるのかは未知数だが、変な期待ばかり背負わされて潰れるのを見るのも寝覚めが悪い。
まだ自分の未来も夢も具体的に思い描けていない子供じみたこの男は、警官を続けるとは限らないのだ。
ジャーゲンで働いたことはないが、あの街については良く知っている。
少なくとも、ビロードを一人で行かせるよりはトラギコが一緒にいた方がいいだろう。

(’e’)「悪いな、トラギコ。
    とりあえず二人には一週間の休暇を出す。
    しっかりと休み、準備を整えてからジャーゲンに向かってくれ」

(,,゚Д゚)「今度もバイクで行け、とは言いませんよね」

(’e’)「流石にお前達のケツがもたないだろうから、今回はエライジャクレイグの高速鉄道を利用してくれ。
    乗車券は当日に渡たす。
    一応、向こうの所長にはお前らが行く事は伝えてある」

(,,゚Д゚)「それを聞いて安心したラギ。
    じゃあ、俺は帰って寝るラギ」

ゆっくりと席を立ち、出口へと進むトラギコの背中越しにセントジョーンズの声が投げかけられた。

(’e’)「帰る前に一つ聞かせてくれ、トラギコ」

(,,゚Д゚)「はい」

トラギコは振り返らない。
セントジョーンズがこういう時に投げかけてくる質問は、いつも意地が悪い物だと決まっているのだ。
きっと今、彼は悲しそうな顔を浮かべている事だろう。
彼はそういう男なのだ。

(’e’)「後悔はしているか?」

(,,゚Д゚)「知っているはずですよ、局長。
    俺は自分のやったことに後悔はしない性格なんですよ」

(’e’)「それを聞いて安心したよ」

会議室を出てすぐに、トラギコはシラヒゲに横面を殴られた。
そこで待ち構えている可能性、そして何かをされる可能性は考えていたため、慌てることはなかった。

(,,゚Д゚)「……何ラギか」

口の中が切れ、血の味が広がる。
久しぶりに喰らったシラヒゲの拳は、昔と同じ強さだった。
石で殴られたかのような衝撃は健在。
まだまだ現役で通用する力強さだ。

211名無しさん:2018/09/03(月) 20:01:26 ID:GxVJbkMg0
(#´W`)「俺はてっきり、お前に恥があるもんだと思っていたんだがな」

その言葉を聞いたトラギコは、シラヒゲの胸ぐらを掴んだ。
体格差はそこまでない。
違いは年季、そして、致命的なまでに異なる価値観だった。

(,,゚Д゚)「警官に必要なのはそんなもんじゃねぇラギ」

そして、トラギコの拳が彼の頬を直撃し、確かな手応えを感じた。

(,,゚Д゚)「恥やプライドで何が救える?何が報われる?あんたも歳を取って保身に走るような人間に墜ちたんだな、残念ラギ。
    その気になりゃ、あの市長を刑務所にぶち込めたんだ。
    そうすればまた誰かの生死が賭けに扱われることはなかったはずなのによ」

もはや、トラギコはこの男に対して尊敬の念を抱くことはないだろう。
警官が本来救わなければならないのは誰なのか、何なのかを忘れてしまい、自分を守るために生きる人形と化した彼は軽蔑の対象だった。

(,,゚Д゚)「俺達は確かに契約通りに仕事をするべきなんだろうさ。
    だがな、それが警官の仕事なのかよ。
    それなら喧嘩自慢のクソガキでも出来る仕事ラギ」

(#´W`)「青臭い事を抜かすなよ、小僧が。
    ルールを守る人間がルールを破ったら、誰がルールを守らせるんだ」

トラギコを振りほどき、シラヒゲは折れた奥歯を地面に吐き捨てた。
その目はぎらつき、トラギコをまっすぐに睨みつけている。
トラギコもまた、肉食獣のような鋭い視線をシラヒゲに向ける。
双方の間に見えない圧が生じ、ぶつかり合った。

声を荒げることはない。
これ以上殴り合う事もない。
拳を一度交わせば分かる。
もう、昔のような関係に戻ることは出来ないという事が。

決別でもなく決裂でもなく、ただ、交わることが無い存在なのだと認識しただけなのだ。

(#´W`)「青臭さは昔から変わらないな」

(,,゚Д゚)「変える必要がないんでな」

二人は互いに背を向け、それぞれ別の場所へと歩き出す。
彼らは過去に捉われるほど時間を持て余してはいない。
彼らが働くということは、世界はまだ彼らを必要としているのだ。
方法は異なるが、彼らの目指す物の根底は同じだった。

そう、違うのは方法だけなのだ。
だからこそ、彼らはこれ以上の議論をすることはなかった。
世界から一人でも不幸な人間が減る事を願い、彼らは法の番人となって街を転々とし、仕事を果たすのだ。

212名無しさん:2018/09/03(月) 20:01:58 ID:GxVJbkMg0
ヴェガはこれから先、砂金で作られた城のように危うくも輝かしい姿を人々に見せ続ける事だろう。
強風によって城が崩れ、消え去る危うさがあっても、彼らはその生き方を変えないだろう。
トラギコ達がそうであるように、彼らは己の正しさを信じて今日を生きているのだ。

力によって全てが変えられる時代に生きているのだとしても、彼らは互いがそうであるように、歩みを止めることはない。




例えこの先、世界がどう変化しようとも――




     第二章 了

213名無しさん:2018/09/03(月) 21:26:37 ID:ADTo3JBI0
この絶倫め!乙だ

214名無しさん:2018/09/04(火) 20:59:46 ID:tLynjOzY0
おつ やっぱサイコーだわ

215名無しさん:2018/09/05(水) 21:31:48 ID:ScqBG8ts0
やっぱトラギコが一番好きだわ

216名無しさん:2018/09/05(水) 23:22:26 ID:TFGc/1nI0
乙乙

すげぇみんなかっこいいよマジで

217名無しさん:2018/09/05(水) 23:59:32 ID:SxVdn1bI0
…うっ、

ピユッピュッ  ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2533.jpg

……ふぅ

218名無しさん:2018/09/06(木) 07:06:48 ID:xkiRzKb.0
>>217
か、かっけEEEEEEEEEEE!!
ありがとうございますぅううう!!

219名無しさん:2018/11/18(日) 22:15:31 ID:ulP8ZzPA0
長らくお待たせいたしました
土曜日、もしくは日曜日にVIPでお会いしましょう

220名無しさん:2018/11/18(日) 22:34:13 ID:yDsyPpLY0
やったぜ。待ってる

221名無しさん:2018/11/18(日) 22:36:40 ID:uDVG6Chw0
日曜日
つまり今日か

222名無しさん:2018/11/18(日) 23:00:52 ID:/fqSnv0Q0
待ってたよ ありがとう

223名無しさん:2018/11/24(土) 21:27:00 ID:KYBXDAFg0
すみません、今日は漢の子の日だったので投下は明日行います!

224名無しさん:2018/11/24(土) 22:23:45 ID:SeAtHcuY0
わヵル・・・まヂっらぃょね。。。ぉとコのコのヒ´〜`

225名無しさん:2018/11/24(土) 23:23:20 ID:Kq72rssY0
なんやねんそれ

226名無しさん:2018/11/25(日) 00:30:21 ID:IHuoS7hI0
期待してる

227名無しさん:2018/11/25(日) 19:02:51 ID:vNvrff4.0
(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1543138481/

228名無しさん:2018/11/26(月) 19:26:55 ID:Wp8t4WeI0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第三章【CAL21号事件】

正義とは何か。我々はこの事件を機に今一度考え直す必要があるのではないだろうか。
                          ―――ジュスティアで回収された新聞記事より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

‥…━━ Part1 ━━…‥

十二月のジャーゲンは街全体が白に染まり、誰もが分厚いダウンのコートやマフラーを使って防寒に必死だった。
ジャーゲンで生活する人々はこの寒さに慣れているため、特別何か思う事はないが、他所の街から来た人間にとっては殺人的な寒さだった。
十二月七日の朝も、毎年同様、ジャーゲンは白化粧を済ませ、人々の吐く息をも白く変えた。
月が変わってから青空はまだ一度も見えておらず、灰色の空が街の頭上を覆い、灰のような雪を降り積もらせた。

大都市とは行かないが、ジャーゲンの街は背の高いビルが立ち並び、多様な人種が日々訪れる交易の街だった。
東に行けば海が広がるが、ジャーゲン自体は海を利用した商売よりも陸路を使った貿易を得意としている。
北の大地は季節の変化によって大きくその表情を変えることで知られており、冬には雪道、夏には荒野、そして梅雨には泥と濁流によって交通は極めて不便な物になる。
そのため、ジャーゲンよりも奥にある街に向かうために一度そこに立ち寄り、車輌を交換する必要がある。

中継地点として最適な場所に位置しているが故に、盛んな商売や名物は何もない。
そんな事をしなくても街に金は落ちるし、必要な物資は頼まずとも運ばれてくるのだ。
港には多くの街から船が来ることもあり、外交的な理由から警察の立ち入りは指示されていなかった。
フェンスで囲まれた港にはエライジャクレイグが管理する鉄道が通っており、それもまた交易に必要な要素の一つだった。

そこは様々な街が絡み合う場所だけに、些細なトライブルが大きな火種となって顧客を減らすことを避けたいという、街の意向がそのまま表れていた。
朝の陽ざしが街に降り積もった雪を照らし、輝かせる。
煙のように街中から立ち上る湯気によって、朝日がまるでスポットライトのように空から差し込んでいる。
灰色の空に開いた僅かな切れ間から青空が一瞬だけ顔を出したが、それに気付いた人間は、その街には一人しかいなかった。

(,,゚皿゚)アグッ

トラギコ・マウンテンライトは街にあるコーヒーショップのテラス席で、巨大なタンブラーにたっぷりと注がれた甘いコーヒーを啜りながら、バゲットのサンドイッチを齧り付いていた。
チーズ、生ハム、レタスとトマトというシンプルな素材に酸味の強いドレッシングとマヨネーズだけの味付けだが、朝食としてはこれで十分だと考えていた。
健康志向のサンドイッチが増える中、こういった昔ながらの味がありがたい。
特に、さりげなくドレッシングに混ぜられたレモンの風味が朝の目覚め切っていない体に沁み渡る。

疲れた体に沁みる味もいいが、食材もトラギコ好みの量が挟まれ、レタスは一度ドレッシングにくぐらせて嵩を減らした後に多めに盛られ、芸の細かさが輝いている。
チーズも匂いのきついものではなく、プロセスチーズを薄くスライスした物であるため、全体的な味に邪魔をしないでいい引き立て役になっている。
黒いダウンコートにニット帽、そしてマフラーを首に巻いて防寒対策をした姿で朝食を堪能する彼を見て、警官だと分かる人間はいないだろう。
足元は冬用のシンサレートが入った完全防水のブーツで覆い、くるぶし以上の高さに雪が積もったとしても彼の足は濡れることはなかった。

(,,゚〜゚)モニュモニュ

だが実際、彼の懐には警察の身分証と銃が隠れており、何かが起きてしまった際にはその身分を明かして犯人を現行犯逮捕することも可能な状態だった。
この店の主はトラギコの事を覚えたようで、彼が朝食に来た際には無言で自家製のピクルスが小皿いっぱいにサービスされることになっていた。
赴任してから半年近くが経過し、ジャーゲンの治安は目に見えて回復していた。
特に、再犯率の劇的なまでの低下は見事の一言に尽きる。

229名無しさん:2018/11/26(月) 19:27:37 ID:Wp8t4WeI0
トラギコが到着してから取り組んだのは、徹底した再犯対策だった。
署に到着した初日、トラギコとビロード・フラナガンは怪訝な目で迎え入れられた。
前任の派遣警官達が逃げるように転属を希望し、その代わりにやってきた人間が今話題の新人警官と〝虎〟だったことで、警察本部がこの地域に期待をしていないのだと勘違いをされたのだ。
ロッカーに下らない嫌がらせが行われるより先に、トラギコはビロードを引き連れて街に向かい、早速彼等を襲ってきた路上強盗犯を逮捕した。

逮捕の際、犯人が抵抗しそうになったことを受け、やむなく犯人の両手を折ることになった。
路上強盗犯を働いた未成年の少年達は両手首をトラギコに蹴り砕かれ、大切なことを幾つか学ぶことになる。
容赦のない大人は恐ろしいものであり、ナイフ程度では脅せない相手がいるという事を。
斯くして少年達は折れた両手を縛り上げられ、トラギコの恐ろしさを留置所仲間達に話すことになった。

その数時間後、数日前に釈放された別の少年が顔を二倍に膨れ上がらせ、息も絶え絶えに同じ留置所に運ばれた時、若者たちはこの街に大きな変化が訪れたのだと察した。
翌日、仲間の報復のために徒党を組んでトラギコを襲った少年少女たちは例外なく返り討ちに合い、僅か二日で留置所はその最大収容人数を越える異常事態となった。
トラギコが派遣されてから三日目。
遂に留置所にいる犯罪者の人数が最大収容人数の二倍になり、一時的に刑務所に移送することになった。

そして、それが警官達の心を変えた。
これまで事件が起きたら惰性的に捕まえるだけだった警官達は街のパトロールを徹底して行い、犯罪を未然に防ぐために奮闘した。
トラギコが送り込んでくる未成年達は例外なく逮捕時に暴力を受け、良くて打撲、悪くて骨折という被害を受けていた。
実はそれ自体はジャーゲンの法律に触れるものではないが、これ以上トラギコが動くと刑務所が病院と化しかねないと危惧したからだ。

そして、本来の仕事が何なのかを思い出したことが一番の理由だった。
ジャーゲン警察の所長であるサナエ・ストロガノフがトラギコを窘めることはなく、提出される報告書に黙って承認印を押すだけだった。
彼女はトラギコに何か言ってもあまり意味がないことを知っており、尚且つ、ジュスティア警察局長の指示でしばらくは好きにさせることにしたのだ。
彼女は仕事一徹の人間として知られており、十年ほど前に休んだのを最後に、今日まで一日も休んでいない。

そして十二月になる頃には、ジャーゲンの街にいる犯罪経験のある者達はトラギコのことについて嫌でも認識することになり、捕まるのであれば彼以外の人間がいいと考えるようになっていた。
トラギコに目を付けられれば何をされるか分からない。
その認識が未成年の犯罪率を僅かずつだが低下させ、街の治安回復に貢献していた。
しかしながら、トラギコの存在と活躍を善良な街の人間が知ることはなく、ようやく警察が仕事をするようになったのだと感じる程度だった。

(,,゚Д゚)「……はぁ」

ゆっくりと咀嚼していたサンドイッチをコーヒーで飲み下し、溜息を吐く。
トラギコの勤務形態はかなり特殊で、警察の中では秘匿常時勤務型、と呼ばれている物だ。
彼が署に顔を出すのは月に一回程度で、それ以外は常に街の中を巡回している。
基本的に朝六時に街に繰り出し、夜十時に指定されたマンションに帰るが、場合によってはそれが変動することもある。

自らが警官であるとは知られない為に制服に袖を通すことはなく、私服警官のように街中で発生する事件の対応を行うのだ。
この勤務形態が許されるのはベテランの警官だけであり、新任や現場経験の浅い者は絶対に許可が下りない。
今、トラギコが心がけているのは偽りの日常を作り出し、それに溶け込むことだった。
この街の最大の癌である未成年に対する過保護な法律に対抗するには、警官という身分を可能な限り消し去り、民間人に成りすますことが最善の手段だ。

ほぼ全ての犯罪者に言えることは、彼らが獲物にするのは民間人であり、訓練を受けていて尚且つ巨大な組織に属している人間は標的ではないのである。
犯罪者は相手の仕草や言動からその人間を想像し、武器を用いれば勝てる、もしくは目的を達成できると判断した際に行動を起こすのが常だ。
特に思慮の浅い子供であれば、それはほとんど間違いない。
彼は朝、決まった喫茶店で朝食を済ませ、昼までの間は路地裏を中心に歩き回り、図書館に足を運んで知識を深め、陽が落ちる頃にはまた路地裏に向かい、街中にある酒場や風俗店で情報を仕入れた。

230名無しさん:2018/11/26(月) 19:28:12 ID:Wp8t4WeI0
そうしてトラギコに対して愚行を働いた人間は返り討ちに合い、無力化した後ビロードに連絡が行き、警察車両に乗せられるという流れになっている。
当然、手柄と呼ばれるものは全てビロードの物になるのだが、トラギコは全く気にしていなかった。
彼が欲しいのは手柄ではないのだ。
欲しいのは、もっと別の物だった。

喫茶店の前を行き交う人々はまだまばらだが、次第に多くなってくる。
会社に向かう者、道路の雪をスコップでどけて屋台を始める者、道端に落ちている空き缶を拾って、その日限りの生計を立てる者。
いたって普通の街であり、極めて他者に無関心な街でもあった。
〝慈悲の街〟と呼ばれてはいるが、それは法律の話であって人間性の話ではない。

故に、この街に生きる人々は他者に無関心な者が多く、自分に関心が強い人間が多かった。
道端で転んで泣く子供がいても相手をするのは十人に一人。
老人が無茶な注文を店にしていても、誰も非難しないどころか関わろうともしない。
誰かの大きな声に流されることで事なきを得る、実に不愉快な街だった。

イ´^っ^`カ「旦那、朝刊です」

(,,゚Д゚)「悪いな」

喫茶店の店主が、この時間帯で唯一の客であるトラギコと親しく言葉を交わすようになるのは必然だった。
普段はサービスにない朝刊も、トラギコが足しげく通ったからこその成果だ。
この店は街の目抜き通りの一角にあり、見晴らしの良さと安定した客層が気に入った事で目を付けていた。
今朝の新聞の一面には、西の町で起きている大規模な紛争について書かれていた。

地下資源が豊かだが、その他の資源が乏しく、水の奪い合いや作物の奪い合いでしばしば紛争が起こってしまう。
時には大企業が後押しをして紛争を長期化させ、資源を吸い上げるという構図もよく見られる。
しかし、世界に流通する硬貨は地下資源なしでは作り得ないものであるため、紛争はこれから先もなくならないだろう。
そういった貧困の蔓延る地域ではジュスティア警察と契約する町はなく、ジュスティアも進んで契約をすることはない。

いつ支払不能になるか分からない相手とは契約を結ばないのは当然だった。
よく記事を読むと、内藤財団が紛争早期終結のためにかなりの金額を注いでいることが書かれており、農耕技術や水資源の入手方法などを広めるようだった。
果たして何年かかるのか分からないが、あの世界最大の企業が力を注ぐとあって、競合する企業が続々と名乗り出そうとしているらしい。
新聞を片手でめくりながらコーヒーを一口飲み、体の内側に熱い液体を取り込む。

店の中には席があり、当然、暖房もよく効いているがトラギコは外で食事をすることにこだわっていた。
ここにいればすぐに事件現場に向かえる上に、彼の顔を知る人間――トラギコに逮捕された人間――にとっていい抑止力になるのだ。

(,,゚Д゚)スズッ

香ばしい液体がトラギコを落ち着かせる。
トラギコの好み通り、砂糖がたっぷりと入ったこのコーヒーは格別に美味かった。
無論、トラギコはコーヒーの良し悪しが分かる舌を持っていない。
好きか嫌いか、その二つだけを判別するだけである。

もしくは、美味いか不味いか。
その分類でいけば、このコーヒーは美味くて好きだった。
何もコーヒーに気取った苦みを求める訳でも、眠気覚ましを期待しているわけではない。
今は温かくて美味い物を飲みたいだけなのだ。

トラギコの座る席の向かい側の椅子が引かれ、紺色の服を着た男が一人座った。

231名無しさん:2018/11/26(月) 19:28:39 ID:Wp8t4WeI0
( ><)「おはようございます、トラギコさん」

(,,゚Д゚)「よぅ、元気そうラギね」

それは、警察の制服とコートに身を包んだビロードだった。
以前よりも体重が増え、全身に筋肉が付いてきているのがよく分かる。
栄養価の高い食事と訓練を欠かさずにストレスの少ない日々を過ごせば、必然、こうなるのだ。

( ><)「おかげさまで。
     先日の強盗犯も助かりました。
     余罪がかなりあるみたいで、流石に重い刑になるようです」

トラギコが夜中のコンビニで夜食を見つくろっている時に訪れた強盗犯は、レジの金だけでなく彼の財布の中身まで要求してきた。
余計な事をせず、一目散に逃げていれば強盗犯は頭に熱いコーヒーをポットごと浴びることもなく、鼻と前歯を折られて病院で一週間過ごすことも無く済んだのかもしれない。

(,,゚Д゚)「そりゃよかったラギ。
    そろそろ慣れて来たラギか?」

( ><)「流石に慣れましたよ、トラギコさんのおかげです。
     相棒として働けそうですかね?」

(,,゚Д゚)「ははっ、冗談も言えるようになったみたいラギね」

( ><)「おかげさまで」

着任後、しばらくの間はトラギコが治安のあまりよくない地域での立ち振る舞いを教えてやったが、途中からビロードは自ら率先して動くようになった。
特に彼が好んで用いるのが、テーザー銃を用いた逮捕だった。
ジャーゲンの法律に於いて逮捕時の細かな規定はなく、必要に応じて適切な方法で犯人を逮捕すべし、と書いてあるだけだ。
これはジャーゲンの市長が代々犯人を捕まえた後の処遇に気を遣い、それ以外についてはあまり意識を向けていない事を表している。

それを逆手に取ったトラギコの行動は、結果として犯罪の抑止力となり、治安回復に役立ったわけである。
ビロードは一人で仕事が出来る程度には成長しているが、未熟な点が多い。
そして、当たり前のことだが彼の逮捕術や仕事の方法がトラギコのそれに似通ってきているのが心配だった。
悪い手本を良い手本と捉えられては困るが、この街では多少力づくでやらなければ再犯する人間がいつまでもいなくならない。

本部はあまり快く思わないだろうが、今回は珍しくトラギコもそれと同意見だった。
この男はトラギコではなく、別の人間を模倣した方がいい。
警官らしい警官になれば、それだけでも効果はある。

( ><)「未成年の再犯率もかなり減少して、所長が喜んでいました。
     トラギコさんへの愚痴は変わらずですが」

(,,゚Д゚)「そいつはいい。
    で、何か用ラギか?」

( ><)「……実は、昨夜気になる事件があったんです」

コートの下から、小さく折りたたんだ紙をトラギコに差し出す。
口頭では説明し辛いことなのだろうか。
紙を無言で広げ、そこに書かれている事件の概要を二度読んでから、トラギコはビロードの顔を見た。

232名無しさん:2018/11/26(月) 19:29:03 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「……どこまで調べたラギ」

( ><)「類似の事件はこの街で一年以内に十件以上起きています。
     最低でも十年ぐらい前にまでさかのぼります。
     一年以内に起訴、逮捕されているのは三人。
     逮捕できていないまま逃げ延びているのは最低でも五人はいます。

     捕まえた人間は全員釈放され、今は当時とは違う名前で生活をしています。
     全員、事件当時は未成年です」

(,,゚Д゚)「この街にいるのは?」

( ><)「不明です。
     というより、調べられないように釈放後、犯人に関係する資料は全て処分されていました」

未成年を保護する法律においては、重い罪を犯した人間は釈放の際、全く違う身分を手に入れて更生を図ることになっている。
違う名前、違う仕事、違う人生。
殺人をなかったことにし、うしろめたさを感じることなく人生をやり直させるという目的だ。
だが、それがジャーゲンにおける再犯率の高さに繋がっていた。

この法律が本格的に動き出したのは今から十年ほど前からであり、未成年による犯罪率が上昇した時期と一致している。
無能な人間が誰なのか、一目で分かる。
そして、街が出来てから変わらない法律の中に、責任能力の有無がある。
年齢を問わず、犯行当時の責任能力の有無によって刑罰がかなり変動する。

薬物は勿論、飲酒によっても責任能力の低下が認められれば、例え加害者の過失が十割だとしても、無罪判決が下されることがあるのだ。
穴だらけの法律を役人たちは慈悲と呼ぶが、トラギコにしてみれば、無能としか言えなかった。

(,,゚Д゚)「証拠は?」

( ><)「それが、現場には指紋はおろか犯人に繋がりそうな物は何も見つかっていません」

(,,゚Д゚)「何も? これだけの事件で何もないなんてありえねぇラギ。
    鑑識はちゃんと仕事してるのか」

紙に書かれている事件が起きたのであれば、何かしらの証拠は現場に残されているはずだ。
こういう事件は計画性に欠き、衝動的なものが多い。
仮に計画的だったとしても、これだけの事をやって何もないはずがない。

( ><)「僕も調べましたが、本当に何もないんです。
      体液も、毛髪も。
      まるで掃除された後みたいだったんです」

(,,゚Д゚)「遺体にも残ってないラギか?」

( ><)「遺体はすぐに回収されてしまったんです。
      この街で死体清掃を専門にしている、ローゼンという会社です。
      死体の損傷などがひどい場合には警察と清掃業者が連動して動くように法律で定められていて、
      保護者が同意した場合、こちらが死体に残った証拠を手に入れる前に完全に掃除が終わってしまうんです」

233名無しさん:2018/11/26(月) 19:29:24 ID:Wp8t4WeI0
そこでトラギコは、ジャーゲンの法律で保護されているのが生きている人間だけではない事を思い出した。
家族の拒否がなければ、凄惨な現場に残された遺体を可能な限り生前の状態に戻した上で、警察に引き渡されることになっている。
しかもそうした場合、多額の見舞い金が出されるとあって拒む人間はいなかった。
それは全ての死体ではなく、子供の死体に限定されているという所が厄介な点だった。

更に、同委ではなく拒否、と明記されている事がいやらしさを倍増させている。
歴代の市長と業者との癒着の可能性は濃厚だったが、これは大した問題ではない。
問題なのは、決定的な証拠を偽善で失ってしまう事だった。
この制限については事件解決の糸口を失うという観点から、ジュスティア警察が改善を要求している項目の一つだったが、一向に動きは見られなかった。

(,,゚Д゚)「……俺も調べてみるが、そっちでもそれとなく調べておいてくれラギ。
    この事件、絶対にこれで終わらねぇラギ」

( ><)「お願いします」

そう言って、ビロードは足早に街に消えていった。
残ったトラギコはコーヒーを飲み、改めて、紙上の事件を読み返した。

児童強姦殺人事件。
被害者は六歳の女児。
事件現場は女児の自宅自室。
徹底的に性的暴行を受け、全身には打撲や擦過傷、意図的に浅く刺したと見られる刺し傷。

死因は窒息死だが、首を締められた痕は見られず、何かで喉を塞いだ結果であることが解剖の結果分かっている。
トラギコの想像では、恐らく、加害者の性器によるものだ。
同じ人間の仕業とは思えないほどの凌辱の末、少女は幼い命を奪われた。
家族は仕事の関係で夜遅くまで家に帰ることが出来ず、変わり果てた我が子を見つけたのは、夜の十時。

命が奪われてから、七時間後の事だ。
このままこの犯人を野放しにすれば、間違いなく、再び事件が起きる。
トラギコの勘が当たったのは、それからわずか三時間後の事だった。

‥…━━ 十二月七日 午前八時三十分 ━━…‥

十二月七日、エミリー・ライアンの両親は朝食をリビングに用意してから仕事に出かけ、彼女は一人で冷めたトーストを食んでいた。
一人の朝食には慣れていたが、彼女の誕生日を祝う言葉が無いのはいつも悲しかった。
七歳と六歳の誕生日の時は誕生日のケーキが朝食で、冷蔵庫にあるスーパーの惣菜が夕飯だった。
彼女が寝静まった時にプレゼントが枕元に置かれ、一日遅れて彼女はプレゼントを手にした。

八歳の誕生日である今日の朝食は特別なものではなく、いつもと同じだった。
冷めたトースト、サラダ、コーンフレークとビタミン剤。
学校の給食とはまるで違う、冷めきった食べ物は彼女の心にある孤独感を凍らせていった。
朝食を終え、エミリーは洗顔をして歯を磨き、地元でも有名な進学校の制服に袖を通した。

学校に行くのが彼女にとって唯一心が安らぐ時だった。
学校には友達がいる。
友達と話している間、彼女は嫌なことを考えないで済むし、友達は彼女の誕生日を祝ってくれる。
両親がくれたぬいぐるみよりも、友達に祝いの言葉と共にもらった文房具の方が彼女にとって何倍も嬉しい物だった。

ランドセルを背負い、家を出る。

234名無しさん:2018/11/26(月) 19:29:48 ID:Wp8t4WeI0

( '-')「……だあれ?」

扉を開けたところに立っていた人間に、思わず声をかける。
生まれてから今日までこのマンションで暮らしているが、このような事態は初めてであり、その人間と会うのも初めてだった。
両親に用があるのだろうかと考えていると、その人間は検査に来たのだと言う。
確かに手には何か道具を持ち、作業員風の服を着ている。


( '-')「でも、あたし学校にいかなくちゃ」

すぐに終わるという言葉を聞き、エミリーは腕時計を見た。
五分ほどであれば余裕がある。
夜に来られても両親がいなければ、また来てもらうことになると考え、エミリーは首を縦に振った。


( '-')「じゃあ、どうぞ」

そしてエミリーはその人物を家に入れた。
鍵が音もなくしめられ、彼女の首筋にスタンガンが押し当てられた時、自分が誤った人間を家に招き入れてしまったことに気付いたが、全てが手遅れとなった。

その日、エミリーは学校を無断で休んだ。
風邪が学校で流行していたこともあり、担任は気にしなかった。

――その日はエミリーの誕生日と同時に命日となった。
どれが破瓜の血なのか、現場に飛び散った血からは誰にも分からなかった。

‥…━━ 十二月七日 午後十一時 ━━…‥

同日、午後十一時。
ビロード・フラナガンが現場に到着した時、すでに死体は運び出された後だった。
現場に残されたのは被害者の体液と鑑識官が三人、そして事件担当者のビロードを含めた五人の声にならない声だった。

('A`)「死体はどうしたんだ」

担当責任者のドクオ・マーシィが苛立ちを声に含めて周囲に問う。
捲り上げた上着の下に見える黒い肌は浮かんだ汗と血管によって、まるで鋼鉄の塊の様だった。
答えたのは、鍛え上げられたドクオとは対照的にか細く小柄で、白いマスクをした鑑識官の男だった。

( ''づ)「死体処理専門のマジョリティ社が持って行きました、我々が到着する十分前です。
    所長の許可も得ていました」

('A`)「あのハイエナ共、どうにかできないのか」

( ''づ)「現場に最も近い会社が派遣されるから、通報と同時に動く我々より速いんです」

(#'A`)「糞っ!」

235名無しさん:2018/11/26(月) 19:30:35 ID:Wp8t4WeI0
ドクオは毒づき、ビロードを見た。
街との契約がある以上、それに従わなくてはならない。
惨殺された死体が子供でなければこちらの方で証拠を探れるだけに、この犯人の狡猾さがよく分かる。
犯人は人間の屑だが馬鹿ではなさそうだ。

(#'A`)「マジョリティ社に行って、あいつらが余計なことをする前に証拠を取って来い」

( ''づ)「難しいと思います。
     マジョリティ社の売りは早さです。
     専用車があって、そこで既に清掃を始めているはずです」

('A`)「この街は糞しかいないのか。
   とにかく、証拠を集めるぞ。
   監視カメラや目撃証言、その他なんでもいい、とにかくこの事件を起こした糞野郎を掴める材料を手に入れるんだ」

そして、ビロードを始めとする捜査官たちは情報収集を行い、鑑識官は現場から必死に証拠を探した。
毛髪、体液、指紋、靴跡に至るまで徹底的な現場検証が行われる。
それから分かったのは、犯人は無理やり押し入ったのではなく、招き入れられたという可能性だけだった。
当然、聞き込みの結果も鑑識官からの報告もドクオを満足させることはなかった。

署に帰ってから、ビロードはようやく遺体の検査結果を手に入れる事が出来た。
外傷多数。
暴行は性器を損傷させただけでなく、肛門に異物を挿入されたことによって直腸が破裂していた。
死因はスタンガンによる心停止。

火傷の痕から分かったのは、全身に何度もスタンガンを当てられ、最終的に直接的に命を奪うことになったのは心臓の真上に与えられた一撃だった。
女児の顔にはあまり目立った傷が無いのも、前回の被害者と共通している。
同一犯と考えてまず間違いないだろう。
署で管理している幾つもの事件ファイルを自分の席に持って行き、過去の事件と照らし合わせる。

類似の手口はいくつもあり、同一犯であることを結びつける要素はなかった。
未成年が犯人だった事件についてはいくら調べても、そこから先に結び付けられないという問題もあった。
そう。
そこが問題だった。

調べても結局、ほとんどの情報が袋小路の状態であるため、意味をなさないのだ。
溜息を吐いて席を立つ。
給湯室に向かい、インスタントコーヒーを作ることにした。
署には徹夜で業務にあたる者や夜勤の者が疎らに残っていた。

(,,゚Д゚)「二件目だってな」

給湯室で湯を沸かしていると、背中からトラギコの声が聞こえた。

( ><)「……はい、また証拠は見つからずです」

(,,゚Д゚)「そうラギか。
    こっちも情報を探ってはいるが、まるで駄目ラギ」

236名無しさん:2018/11/26(月) 19:31:08 ID:Wp8t4WeI0
('A`)「よぅ、トラギコ。
   久しぶりだな」

小さな給湯室に新たな来訪者があった。
赤いセーターを着たドクオだった。

(,,゚Д゚)「おう、ドクオ。
    この山、俺にも関わらせろラギ」

('A`)「お前に頼む手間が省けたよ。
   どうだ、お礼にコーヒーを飲ませてやるよ、ビロードのな。
   こいつの淹れるコーヒーは美味いんだ」

そう言いながら、ドクオはビロードの肩を力強く何度も叩く。
ビロードは迷惑そうに、だが、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
彼は言動が荒いものの、それが彼の面倒見の良さと相まって職場全体の兄のような存在だった。

(;><)「インスタントですよ、いつも……」

('A`)「いいんだよ、インスタントでも。
   自分で淹れるよりよっぽど美味い」

(,,゚Д゚)「違いないラギ。
    捜査の規模はどれぐらいで展開するラギ?」

('A`)「それが、所長から小規模でやれってお達しが出てるんだ。
   理由は不明だが、圧力があったのかもな」

(,,゚Д゚)「人数はどれぐらいでやるつもりラギ?」

('A`)「正直なところ、こまごまと事件が毎日起きているせいで、せいぜい二人だ」

それを聞いて、トラギコが少し考え込んだ。

(,,゚Д゚)「なるほどな、なら、ビロードをそこに入れてやれラギ。
   俺の動きに他の連中を合わせるのは無理ってもんだからな」

('A`)「分かった。
   お前には借りがあるからな、これで少しは返せたか?」

(,,゚Д゚)「どうだろうな。
   それと、無駄だとは思うがこっちが調べる前に死体を洗浄するのを止めさせるよう伝えてくれラギ。
   このままじゃ被害者がどんどん増えるだけラギ」

('A`)「俺からも言ったさ、だけど返事はノーだったよ。
   所長からここの市長に話そうとしたらしいが、面会拒絶の上に手紙で〝会って話をしたければアポを取り、市長同士で話をする〟とさ。
   馬鹿げた話だ」

237名無しさん:2018/11/26(月) 19:31:38 ID:Wp8t4WeI0
小さな町ならば己の力を知らず、ジュスティア市長に対して横柄な態度を取る者はいるが、この街は貧困にあえいでいるわけでもない、普通の街だ。
遠まわしに話をする気はない、ということを意味しているのだろう。

(,,゚Д゚)「どいつもこいつも使えねぇラギね。
   街のパトロールを増やすのがどっちの問題にも対処できるラギ」

('A`)「そのつもりで今ローテーションを組んでるんだが、人手が足りないんだ。
   分かるだろ、一つの事件に集中できるだけの余裕はないんだ」

(,,゚Д゚)「まぁな。
   規模と人数が合ってねぇラギ。
   だがそれは俺達の言う事じゃねぇからな。
   ま、コーヒーを御馳走になってから俺は仕事に行くラギ」

ビロードの知る限り、トラギコは休憩をほとんど取らずに街の治安維持のために活動している。
果たして彼はいつ休むのだろうか。
一体、いつ休むことが出来るのだろうか。

‥…━━ 十二月八日 午前八時 ━━…‥

十二月八日。
朝、いつも通りに目が覚める。
目覚まし時計は不要だった。
彼は正確無比な体内時計を持ち、決めた時間に起きる事が出来る能力があった。

トラギコ・マウンテンライトがジャーゲンで目を覚ますのは、決まって朝の五時。
眠りにつく時間は日によって異なり、昨日は日付が変わってからベッドの上で横になったところまでは覚えている。
彼にとって睡眠時間の量はさほど問題ではなく、事件を解決できない事こそが問題であると考えていた。
眠っている間に誰かが襲われ、誰かが嗤う。

それを後で知って後悔するぐらいなら、トラギコは燃え尽きるまで働き続けたいと考えていた。
シャワーを浴び、洗顔をして目を覚ます。
日課と化した喫茶店での朝食を済ませ、街の様子を見て周る。
重々しい灰色の空からは、今にも何かが降ってきそうな気配がする。

道路に積もった雪は踏み潰され、車輪に圧され、土と混じって茶色に変色していた。
両手を上着のポケットに入れ、トラギコは視線だけを周囲に向け、ゆっくりと歩いた。
犯人の活動時間は幅広く、特定の時間帯にだけ活動するような種類の人間ではなかった。
トラギコの予想した通り、犯人は頭が切れる人間で、法律の抜け道を熟知している。

あれからトラギコも情報を探ってみたが、犯人の顔は勿論だが、性別すら分かっていない状況だった。
監視カメラに残された唯一の映像には帽子を目深に被った作業員風の人間の背中だけが映っており、犯人特定につながる要素はなかった。
現行犯で捕まえるのが最も確実だが、そのためには相手の思考を読まなければならない。
狙っているのは女児で、保護者が不在の状況を把握した上での犯行に思える。

事前に相手の事を調べておかなければ出来ない事であるため、出所してから数日で出来る芸当ではない。
協力者がいると考えたとしても、なんら不自然ではない。
複数の犯人がいて、順番を決めて犯行に及んでいることも考えられた。
情報が致命的に欠けていることが何よりも捜査を難航させた。

238名無しさん:2018/11/26(月) 19:33:14 ID:Wp8t4WeI0
犯人が男の可能性もあるし、女の可能性も十分にあった。
証拠がない今、犯人の性別すら判断できないのだ。
性別が分からなければ捜査の範囲を絞ることも敵わない。
今警察に出来ることは街を巡回し、怪しげな行動をしている人間がいないかを探すことぐらいだった。

署内で唯一自由に捜査することを許されているトラギコは、マンションやアパートではなく、別の場所に意識を向けてみることにした。
この手の下種は同じ手を何度も繰り返すうち、飽き、別の方法で己の欲を満たそうとする傾向にある。
子供が一人でいる時間や状況を狙うのに飽きたら、次に狙うのは自ずと絞られる。
ジャーゲンの街には、他の街とは違って児童養護施設が多く存在する。

これもまた法律の関係で、未成年の出産に際し、養育が困難であることなどを理由に子供を施設に譲ることが可能になっている。
その多くが望まない形での妊娠であり、母親には最初から子供への愛情など微塵もない。
故に、育った子供は成人と同時に社会に出て、その多くが顔も知らない母親と同じことを繰り返すのだ。
街の目抜き通りからしばらく歩いたところにある背の低い鉄の門を開き、街の中で最も小さな施設を訪れた。

門に鍵はなく、入り口にいるはずの警備員もいなかった。
あまりにも警戒心の無い施設だった為、トラギコは職員の一人を呼び止め、責任者を呼ぶように言った。
数分後、小走りで建物から出てきたのは三十代後半と思わしき女性だった。
化粧のない顔には疲労の色が僅かに見えるが、心が疲弊しているわけではなさそうだ。

警察の身分証を見せ、連日発生した事件について話をした。

「酷い話ですね……ご忠告通り、ウチも気を付けますね。
何かアドバイスとかあれば教えてもらっても?」

(,,゚Д゚)「とにかく出来るのは、施錠は確実にして子供たちを一人にさせないようにしてくれ。
   警備員にもそう言っておくラギ」

「分かりました、寒い中ご苦労様でした」

その日、トラギコは街中にある施設に足を運び、決して他人事だと思わないように念を押した。
恐ろしいことにどこの施設もトラギコが身分証を出さなくても問題はなく、そのまま施設内に入る事が出来てしまった。
これは犯人にとって好都合で、その気になれば児童を一人連れて行くことも簡単なことだっただろう。
トラギコの言葉を素直に聞いてくれればいいのだが、果たして、そう上手くいくだろうか。

日が暮れ、街全体が薄ぼんやりとした光に包まれる。
街灯の明かりを雪が反射し、ビルの光が雪を照らす。
微量な雪が風にあおられ、右へ左へと踊るように舞う。
氷のように冷たい風が吹き、トラギコは身を震わせた。

暖かい酒でも飲みたいところだったが、あれだけの事件が起きた後であれば、酒を飲むのは控えた方がいいだろう。
いつ現場に遭遇するか、いつ殺し合いになるかも分からない状況なのだ。
すっかり日も暮れ、夜の十時半になるまでトラギコは街を歩き続けた。
深夜まで営業しているダイニングに入り、コーヒーとステーキの夕食を注文した。

肉厚な赤身のレアステーキは食べ応えがあり、噛むたびに肉の甘みと塩が合わさって絶妙な味を作り出していた。
五百グラムのステーキをわずか五分で平らげ、店内に流れるジャズの音楽に耳を傾ける。
ふとある考えが思い浮かび、トラギコは代金を机の上に置いてから腕を組んで、ゆっくりと瞼を降ろした。
音に意識を集中させ、静かに呼吸をする。

239名無しさん:2018/11/26(月) 19:33:35 ID:Wp8t4WeI0
体が弛緩し、余計な力が抜け落ちる。
眠りに落ちる訳でもなく、瞑想するわけでもない。
意識だけを覚醒させたまま、視覚などの余計な情報を遮断することで体を休めるための行動だった。
その状態から丁度一時間後、トラギコはゆっくりと瞼を開いた。

支払いはすでに処理され、領収書だけが机上にあった。
それを掴んでコートのポケットに入れ、立ち上がる。
店の外に出ると、肌を刺すような冷たい風が吹いていた。
すでに時計は一時を指し示しており、日付はとうに変わり、十二月九日になっていた。

‥…━━ 十二月九日 深夜 市街 ━━…‥

ここからが本番だった。
人通りのほとんどない道を歩き、朝から歩き回って覚えた施設の見回りに向かう。
もしも犯人が施設に手を出すとしたら、間違いなく夜を狙うはずだ。
闇夜に乗じて行動すれば、少なくとも目撃される心配は格段に減る。

子供を狙う犯罪者の心理にあるのは、抵抗できない者を蹂躙することに快感を覚えるという点に尽きる。
日頃自分を抑圧し、その抑圧してきた欲望を一気に発散する相手として、間違っても自分に反抗するような大人では有り得ないのだ。
最初の二件で大人が近くにいないタイミングを狙ったのがその証拠だ。
思案しながら雪の積もった暗い道を選んで歩いていると、正面にフードを目深に被った少年がニヤニヤ笑いを顔に浮かべて近寄ってきた。

从´_ゝ从「おっさん、女探してるのか?」

(,,゚Д゚)「あぁ?」

どうやら客引きのようだった。
歩く速度を変えることなく、トラギコは歩き続けた。
その横を犬のように少年がついてくる。

从´_ゝ从「若い娘紹介してやろうか?」

不意に、トラギコはこの女衒たちを利用できるのではないかと考え、話を合わせることにした。

(,,゚Д゚)「若さによるラギ」

从´_ゝ从「一番若いので十七だ」

(,,゚Д゚)「もっと若いのがいるだろ」

从´_ゝ从「おいおい、勘弁してくれよ」

少年の眼はそう言っていない。
金次第でこの男は別のネタを口にして、トラギコが欲している情報の糸口を提供してくれるかもしれなかった。

(,,゚Д゚)「十出す、と言ったら?」

从´_ゝ从「……十万、ってことか」

(,,゚Д゚)「金で解決できるんならそれが一番だろ」

240名無しさん:2018/11/26(月) 19:34:04 ID:Wp8t4WeI0
从´_ゝ从「なら、十引ける」

トラギコは足を止めた。
獲物が食いついた。

(,,゚Д゚)「年齢を、か」

从´_ゝ从「あぁ。引けると言っても、最大でも十二までだ。
     それ以上出すのは勝手だが、引けるのはこれが限界だ。
     それ以下になると使い捨てになるからな。
     だが、二日ぐらい待ってくれればそれ以上も行けるぜ」

十七歳から十二を引いた数、それが意味するのは下種たちの性欲の捌け口となる女児の年齢が五指に収まるという事だった。
金で年齢の問題が解決できるのであれば、実際にそれを実行している人間がいるという事だ。
ならば容赦はいらない。
子供が食い物にされる犯罪を見逃すことはできない。

(,,゚Д゚)「なるほどな。
   なら、十二出すラギ。
   連れて行ってくれラギ」

从´_ゝ从「その前に金が先だ。
     本当に十二持ってるか、見せてもらうぞ」

(,,゚Д゚)「勿論。
   ただ、お前が盗まないとも限らないから、こっちに来いラギ」

そう言って、上着を僅かに開いて懐を見せる。

从´_ゝ从「暗くて見えねぇよ」

(,,゚Д゚)「だったらもっと寄ればいいだろ」

舌打ちをして、少年が近付いてくる。
トラギコの懐を覗き込み、そして、耳元で聞こえた撃鉄を起こす音で動きを止めた。

(,,゚Д゚)「これが十二万ドルの音ラギ。
   勉強になったラギね」

从´_ゝ从「……料金を踏み倒せると思ってんのかよ」

(,,゚Д゚)「まさか。
   俺は情報に興味があるラギ。
   とりあえず連れて行くラギ」

从´_ゝ从「へっ、冗談じゃねぇ。
     仲間を売るなんて出来るかよ」

(,,゚Д゚)「見上げた根性だが、俺を知らねぇってのは不運だったラギね」

241名無しさん:2018/11/26(月) 19:34:25 ID:Wp8t4WeI0
銃床で少年の後頭部を強打し、雪の上に昏倒させる。
両手を背中側で縛り、そのまま街灯の明かりさえ届かない路地へと連れて行く。
トラギコの拳が少年の太腿に直撃し、悶絶させる。
声が周囲に響かないよう、トラギコは少年の顔を汚れた雪に押し付けた。

(,,゚Д゚)「どうだ、少しは頭が冷えたラギか?」

从;´_ゝ从「へ、こ……」

(,,゚Д゚)「そうか」

少年の臀部をブーツの爪先が襲い、犬のような鳴き声が少年の口から漏れ出た。
力加減を調整して、狙いを臀部から股間へとずらし、睾丸を蹴り飛ばした。

(,,゚Д゚)「で、どうだ?」

从;´_ゝ从「くそっ……!」

(,,゚Д゚)「そうか」

それから五分間。
少年にとって、人生で最も屈辱的で耐え難い痛みの時間となった。
トラギコの攻撃は的確で、痛みを多く感じる場所ばかりを執拗に狙っていた。
主に下半身を徹底的に痛めつけ、仕上げはろっ骨への圧迫だった。

骨が折れないギリギリの範囲でトラギコは暴行を加え続け、少年は遂に音を上げた。

从;´_ゝ从「わ、分かった……!連れてく、連れて行くから!」

(,,゚Д゚)「最初から素直になっておけばいいラギ」

首根っこを掴んで少年を立たせ、二歩先を歩かせた。

从;´_ゝ从「あんた、警察なのか」

(,,゚Д゚)「無駄口叩くんなら、次は奥歯を折るぞ」

雪を踏みしめる二人分の跫音だけが耳に届く。
辺りはすでに寝静まり、車の音さえ聞こえない。
五分後、少年の足は古びたマンションの前で止まった。
三階建てのマンションに見える明かりは僅かだが、外にまで漂ってくる匂いは間違いなく、まともな人間が生活しているそれではなかった。

怯えた目でトラギコを見つめ、ここが目的の場所であることを無言で告げた。

(,,゚Д゚)「俺は餓鬼に興味はねぇラギ。
    お前の仲間のところに連れて行け。
    余計なことをしたらお前の今後の食事は液体になるラギ」

242名無しさん:2018/11/26(月) 19:35:36 ID:Wp8t4WeI0
少年は渋々先を歩き、三階の奥にある部屋に連れて行った。
明かりの下で見ると、やはり、この少年は未成年にしか見えなかった。
犯罪組織が小間使いに使うのはいつだって子供だ。
法律で保護されているだけでなく、脅したり力を見せつけるだけで簡単に操る事が出来る彼らは、極めて便利な道具なのである。

特にこの街では、子供は何度でも使える怖いもの知らずの兵隊にもなり得るため、犯罪組織は重宝している。
扉が開かれ、厳めしい顔をした男が姿を現した。

(-゚ぺ-)「ダニー、何だ。
     ……そいつは?」

从;´_ゝ从「あ、こ、こいつは」

(,,゚Д゚)「客だよ、招かれざる類のな」

笑顔でそう告げながらトラギコはダニーと呼ばれた少年ごと男を蹴り飛ばし、部屋の中に入りこんだ。
彼の右手にはベレッタが握られ、いつでも発砲できる準備が整えられている。
床に倒れていた男の顔を容赦なく何度も踏みつけ、鼻の骨と前歯、そして心を折った。
ダニーは足首を正確に狙って踏み、走れないようにしておく。

抵抗力を奪った男の髪を掴んで立たせ、後ろから羽交い絞めにした。
これで上等な楯が出来た。
物音に気付いた人間達が部屋の奥から出てくるが、トラギコが人質を構えているのを見て、一歩下がった。

(,,゚Д゚)「そうだ、全員いい子にしてろよ。
   部屋に隠れてるやつもまとめてリビングに行くラギ、今すぐに」

(-゚ぺ-)「だ、誰も隠れてなんかいねぇよ!」

(,,゚Д゚)「そうラギか? 膝に穴を開けられてから歩くのはしんどいラギよ」

手近な部屋に向けて、トラギコは二発銃弾を撃ち込んだ。
悲鳴が上がり、中から少年達が飛び出してくる。
熱を持った銃腔を人質の頬に押し当てる。
肉が焼ける音と男のうめき声が嫌に大きく響く。

その音が極上の警告音として部屋にいる人間を炙り出した。
リビングに集まったのは六人。
トラギコは玄関に倒れているダニーに指示を出し、彼らの手足をダクトテープで縛るように言った。
トラギコの暴力を身に染みて理解したダニーは言われるがままに大人たちの自由を奪った。

最後に、トラギコが人質にしていた男の手足も縛らせ、部屋に入ってから五分で制圧が完了した。
全員トラギコに背を向けた状態で膝を突き、首を垂れている。
ダニーは青く腫れた足を庇いながら、ふらつく足で椅子に腰かける。

(,,゚Д゚)「おい餓鬼。
    警察に電話するラギ。
    自白するから逮捕してくれってな」

|゚レ_゚*州「やめろ、ダニー!手前電話してみろ、ただじゃ――」

243名無しさん:2018/11/26(月) 19:36:03 ID:Wp8t4WeI0
喚き声を上げた男に、トラギコはM8000の銃腔を向ける。
彼と違ってM8000は無口で、何より雄弁だ。
目的が明白で、その銃口が口を開く時、言葉の対象となる物はもれなく弾丸の接吻を受けることになる。

(,,゚Д゚)「ただじゃ、何だって?」

|゚レ_゚*州「手前が何者か知らねぇが、覚悟しておけよ!俺達は泣く子も黙る――」

(,,゚Д゚)「面白れぇ。
   なら、黙らせてみろ」

言い終わるのと同時。
トラギコは銃爪を引いた。
男の左耳が吹き飛んで壁の染みになった。
撃たれた男はパニックに陥り、涙を流しながらヒステリックな声を上げる。

|゚レ_゚;州「お、俺の……俺の耳がっ!う、撃ちや、撃ちやがったな!?」

(,,゚Д゚)「おい、黙らねぇぞ。
    どうなってるラギ? 泣く子も黙るんじゃなかったのか?」

ダニーは急いで電話をかけ、何度も噛みながら、必死に警察に状況を説明している。
床を転がる薬莢の音がまだ聞こえている。

|゚レ_゚;州「お前、賞金稼ぎの類か?」

縛り上げられた男の言葉に対してトラギコが答えることはない。
後は警官達が到着してから、ゆっくりと署で話をすればいい。
この状況で言葉を発するだけの胆力があるということは、恐らくはこの男が主犯格。
後で話を聞くならこの男だろう。

|゚レ_゚;州「俺達が逃げるのに手を貸せば、もっと儲けさせてやれるぞ」

(,,゚Д゚)「金に興味はねぇラギ。
   今興味があるのは、子供を食い物にした手前等がどんな声で泣くかだけラギ」

通報から七分後、警官達が売春宿と化したマンション全体をくまなく調べ、二十人以上の未成年と十人以下の成人済み男性を逮捕した。
客として訪れていた男達の中にまで未成年がいたことは意外だったが、合計で三十名近くの逮捕者が出る大取り物となった。
売春をしていた女は二十代から五歳までと幅広く、全員が警察署に送られた。
参考人と言う形でトラギコも警察に向かい、所長室で事の顛末をサナエに伝える。

サナエは表情を変えなかったが、短く溜息を吐いて落胆の意志を示した。

▼ ,' 3 :「今回は何が目的だったんだ?」

(,,゚Д゚)「連続して起きた強姦殺人の情報を仕入れようと思ったんですよ。
   小規模でやれとか仰った馬鹿がいたようなので、俺が担当することにしたんです」

▼ ,' 3 :「それは私が言ったんだが」

244名無しさん:2018/11/26(月) 19:36:27 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「ああ、すみません。
   悪気はないラギ。
   事実を言っただけラギ」

再びサナエが溜息を吐く。
年老いた女性ながらも、その迫力は男に引けを取らない。

▼ ,' 3 :「言いたくはないが、例の強姦事件に割く時間も人員もないんだ。
     毎日未成年が犯罪に手を染め、再犯する。
     それを食い止めるだけでもかなりの労力なんだ」

(,,゚Д゚)「言いたくはないですがね、所長。
   俺が来てからは再犯率も落ちているはずラギ。
   署の連中もようやくやる気になっただけで、これが普通ラギ。
   この署で逮捕数が一番多いのが誰か、知ってるラギね?」

▼ ,' 3 :「君が来てから市民からのクレームが増えたのも知っているか」

(,,゚Д゚)「えぇ、馬鹿がさえずってる話なら知っていますラギ。
   そいつらの素性を調べてみてくださいよ、逮捕した糞餓鬼どもの親ラギよ」

▼ ,' 3 :「私が言っているのは、君のやりすぎた逮捕の仕方についてだ。
      彼らは犯罪者であるとしても、法律で保護されているんだ」

(,,゚Д゚)「法律に従って行動しているだけラギよ、俺は。
    逮捕された餓鬼どもが甘やかされるのと同じラギ。
    それに、保護されているのは犯罪者ではなく市民全体の話ラギ。
    被害者も含めてね」

▼ ,' 3 :「この街にはこの街のルールがある。
     派遣されている以上、この街で働く私達に敬意を払うつもりはないのか」

派遣されてから初めて、トラギコはサナエの高圧的な姿を見た。
成程、長く生きているだけはあるが、生ぬるい場所で温い生き方をしてきた人間らしい言葉だ。
退屈な言葉のあまり、涙が出そうだ。

(,,゚Д゚)「敬意? 所長、俺がこの街に派遣された理由を知ってるラギか?
    治安の回復であって、あんたたちに敬意を払う事じゃないラギ」

▼ ,' 3 :「……とにかく、この事件に手を貸せるほど今暇な人間はいないんだ。
     君一人でやるんならいいだろう」

(,,゚Д゚)「本気で言ってるラギか、あんた」

▼ ,' 3 :「君がチームワークというものができないのはよく分かった。
      だったら、一人で、仕事をするといい」

(,,゚Д゚)「それはあんたの意見なのか、それとも、この街の意見なのか?」

▼ ,' 3 :「世間一般的な意見だ」

245名無しさん:2018/11/26(月) 19:36:50 ID:Wp8t4WeI0
これ以上の問答が無意味であると考え、トラギコは席を立った。
部屋の扉に手をかけた時、サナエの静かな声が背中に投げかけられた。

▼ ,' 3 :「正義の味方になりたいんなら、周りと歩調を合わせるんだな」

その言葉を鼻で笑い飛ばし、扉を閉める直前に答えを返した。

(,,゚Д゚)「なら俺は、一人で歩くラギ」

署内は深夜にもかかわらず、大勢の警官で活気づいていた。
トラギコが署に持ち込んできた事件の事後処理には、多くのベテランと女性警官が必要だった。
犯行グループの証言を取り、調書を作り、余罪や仲間の存在を聞き出すためにはやはり、経験の浅い人間には荷が重すぎる。
自分の身を売った少女たちについては、婦人警官が経緯などの情報を聞き、やはり調書にまとめた。

この街では売る方も買う方も等しく法律で禁止されており、彼女達は被害者としてだけではなく犯罪者として扱われる。
署の最上階にある取調室に向かうと、三つしかない部屋の前に警官が一人ずつ立っていた。
逮捕した人間の中でも容易に話が終わる人間を先にして、難しそうな人間は最後の方に回すのがここでのやり方として定着している。
トラギコが来る前はその制度すらなかった。

(,,゚Д゚)「取り調べはどんな調子ラギ?」

扉の前に立つ警官の一人にそう声をかける。

「まだ六人です。
女たちは一度病院に連れて行ってからなので、半分ぐらいですね」

警官がバインダーに挟んだ一覧表を見せてくれた。
名前の横に年齢が書かれており、その若さに驚いた。
売春を斡旋していた側で最も若いのは十四歳の少年だった。
世も末と言いたくなるほどの現状だ。

(,,゚Д゚)「なるほどな。
   残りは留置所ラギか?」

「えぇ。
場所は分かりますか?」

(,,゚Д゚)「分かってるラギ。
    適当な部屋を一つ借りたいんだが、どこかないラギか」

トラギコの言葉から意図をくみ取った警官は口角を少し上げた。

「なら、留置所の隣にある簡易取調室はどうですか? あそこなら声は外に漏れませんよ」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    じゃあ、頑張れよ」

246名無しさん:2018/11/26(月) 19:37:17 ID:Wp8t4WeI0
まだ彼らの仕事は続きそうだったが、これだけの大規模な逮捕が公になれば、街の中で行われている違法性の高い売春は鳴りを潜めるだろう。
だがトラギコの目的は売春の摘発や根絶ではなく、児童に対して性的な欲求をぶつける人間の情報にあった。
途中、トラギコは缶コーヒーを販売機で購入し、すれ違った警官を呼び止めて一緒に留置所に向かった。
留置所の中で最も横柄な態度を取っていた主犯格らしき男を選び、管理取調室に連れて行く。

手錠と机を繋いでから、男をパイプ椅子に座らせる。
簡易取調室はその名の通り簡易的な取調室で、机と椅子しか備品はなかった。
マジックミラー越しに中の様子を見る部屋も空調設備も、窓さえなかった。
唯一の出入り口を背にトラギコが立ち、外には警官が立っている。

逃げるには警官二人を倒さなければ不可能だ。
不自然に茶色い短髪にそり込みの入った三十代後半の男は、見るからに不機嫌そうに顔を顰め、挑発するような目線と口調でトラギコの神経を逆なでした。

|゚レ_゚;州「へぇ、あんた警官だったのかよ」

トラギコは男の後ろに行き、静かに言葉を発する。

(,,゚Д゚)「俺が許可をした時以外は口を閉じてろラギ。
    これが最初で最後の警告ラギ」

|゚レ_゚*州「はいはい、分かりましたよお回りさ――」

口を開いている途中で、トラギコの拳が男の後頭部を直撃し、男の額が強かに机に叩き付けられた。

|゚レ_゚;州「ぐっ……!!こ、この」

再びトラギコの拳が男を襲う。
額を再び強打し、男が悶絶する。
トラギコは無言のまま男の首を掴み、何度も机に叩き付けた。
額から血が流れ、男が涙を流して音をあげるのに要した時間は、トラギコとの会話から僅かに三分だった。

|゚レ_゚;州「わ、分かった……!!あんたの言うとおりにするから!!」

(,,゚Д゚)「まず質問ラギ。
   主犯はお前か?」

|゚レ_゚;州「今取り調べを受けてるダニーってやつだよ。
     俺はそいつの」

男の髪を掴んで再度机に叩き付け、缶コーヒーの角を使って肩の関節を執拗に攻める。
スチール缶が骨に食い込む痛みで男は悲鳴を上げた。

(,,゚Д゚)「そいつは十四の餓鬼だ。
   俺をからかったり、嘘を吐くたびに十倍にしてお前の体に返す。
   もう一度訊くぞ。
   主犯は誰ラギ」

|゚レ_゚;州「だから、ダニーだって!あいつが俺達のリーダーなんだよ!
     他の連中に聞いても同じことを言うから、確かめてみろよ!」

247名無しさん:2018/11/26(月) 19:37:38 ID:Wp8t4WeI0
トラギコは椅子を蹴り飛ばし、男を跪かせた。
そして男の脛を踵で踏みつけ、徐々に体重を加えていく。
骨が折れるまでにそう時間はかからないだろう。

(,,゚Д゚)「そいつは客引きだ。
    そして、お前はあいつに指示を出していたラギ。
    つまりあいつがリーダーってことはないわけラギ。
    俺は親切だからもう一度だけ聞いてやるラギ。

    尻尾きりのために用意しておいた肩書だけのリーダーじゃねぇ、顧客情報を扱って金の流れを理解している奴を話せって言ってるラギ。
    脛を折ったら次は股間を潰して玉無しにしてやる」

未成年者が逮捕者の中にいた時点で、トラギコは彼らが少年を生贄にすることは明らかだった。
未成年であればこの街の法律に守られ、尚且つ、他の人間への罪の言及が行われなくなる。
逮捕された時は本人を除いた全員が同じ答えをするようにしておけば、必然的に名を挙げられた少年が主犯として裁かれ、他の人間は減刑となる。
この街で警官をする人間であれば、容易に想像できる逃げ方だ。

ここまで暴行を受けたことで、男はトラギコが本気で骨を折り、睾丸を潰しかねないと察したのだろう。
喉から絞り出すような声で男は言った。

|゚レ_゚;州「そ、そうだよ……俺が、その辺を取り仕切ってた……」

(,,゚Д゚)「顧客データも扱ってたんだな?そのデータはどこにあるラギ」

彼が欲しているのはデータだ。
データさえあれば、途方もない捜索活動をせずに済む。

|゚レ_゚;州「んなもん作らねぇよ。
     女のデータならあるけど、客のデータなんて取っておくだけ信頼を損なうからな」

確かに、女衒は客の信頼が無ければ成り立たない商売だ。
女を扱うには恐怖を、即ち、個人情報と暴力と薬があれば事足りる。
客の場合は、秘匿性の保証がそれにあたる。
普通の風俗店では買う事の出来ない、日常生活では交わる事のない女の体の味を知りたい人間と言うのは、まず間違いなくそれを隠し通したいものだ。

この男の言っていることは至極真っ当だが、トラギコに対しての言葉としては極めて不適切だった。

(,,゚Д゚)「なら、代わりにお前の脳味噌を使えラギ。
    十歳以下の女児を買う人間の中に、女はいたラギか?
    他のところでもいいが、そういう情報はあるか」

|゚レ_゚;州「いや、女はいねぇよ。
     女は基本的に若い男を買うし、それにそれをやってる連中は一つだけでウチじゃねぇ」

(,,゚Д゚)「つまり、女児の需要は男にあるってことラギね。
    この街でそういう男は何人ぐらいいるラギ?」

|゚レ_゚;州「さっきも言ったけど、細かいデータなんてのは残してねぇよ。
     ただ、二十人ぐらいだったと思う」

248名無しさん:2018/11/26(月) 19:38:05 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「その中で暴力行為を好んだ男は?」

|゚レ_゚;州「ご、五人ぐらいだ……」

(,,゚Д゚)「その五人の人相と特徴を言え。
    全員思い出すまで、五分ごとにお前の歯を一本折る。
    足りなくなったら爪と指を使うラギ」

男は必死の形相で客の特徴を伝えた。
人相の詳細とおおよその年齢、そして最後に利用したタイミング。
欲していた情報を聞き出せる限り手に入れ、トラギコはそれらの情報を基に捜査を始める準備を整える必要があった。

(,,゚Д゚)「――これ以上は何もないのか?」

|゚レ_゚;州「思い出せる限りは全部話した!本当だ!」

(,,゚Д゚)「次ラギ。
    他に人身売買をしている組織について話すラギ」

|゚レ_゚;州「む、無理に決まってるだろ!話したら俺は殺される!」

(,,゚Д゚)「そうか。
    ならお前に訊きたいことは全部ラギ。
    協力してくれた礼に、お前にプレゼントをやるラギ」

|゚レ_゚;州「ひっ……!」

(,,゚Д゚)「落ち着けよ。
    もうお前を殴っても何も出てこないんだ。
    だから俺は考えたんだが……」

そしてトラギコは意地の悪い顔を浮かべ、小さく告げる。

(,,゚Д゚)「ムショの連中にお前の事を紹介しておいてやるラギよ。
    ガキを売った奴だってな」

刑務所には法を破った人間達が集められるが、その中には変わった掟がある。
犯した罪の内容如何によって、社会的な制裁以上の制裁が待っているのだ。
子殺し、強姦魔は特にその制裁の対象になりやすく、生きて刑期を満了できる人間は一握りしかいない。
刑務所内で溜まった鬱憤やストレスのはけ口として使われているだけだが、彼らに言わせれば、法に裁けないものを代行しているだけだという。

受刑者の中に残っている正義感というものが悪意を帯びた結果、毎年一定の数は刑務所内でのトラブルが原因で死ぬことになる。
例えばそれは風呂場で偶然足を滑らせて頭を強打したり、階段から転げ落ちたり、己の罪の意識にさいなまれて自殺をしたりなど多様だ。
刑務官もそれらについては基本的に見て見ぬふりをし、受刑者の正義ごっこは黙認されていた。
児童買春の取引をしていたことが知られれば、刑務所にあるカーストの最底辺に位置することになる。

命が助かったとしても、何かしらの障害を負う事は避けられない。

(,,゚Д゚)「話したくなったら言ってくれラギ、生きてるうちにな」

249名無しさん:2018/11/26(月) 19:39:37 ID:Wp8t4WeI0
|゚レ_゚;州「か、勘弁してくれ!」

男の悲痛な懇願を無視して取調室を出て、後の処理を扉の前で待機していた警官に託す。
この後は男を留置所に戻し、別の人間に取り調べを受け、それから裁判を待つことになる。
トラギコが刑務所の人間に男の罪状について話さなくても、刑務官たちの間から情報が流され、リンチに合う事に変わりはない。
聞き出した五人の特徴を基に、性犯罪者のデータベースを調べる為、資料室に向かう。

かび臭い資料室には紙の資料が並び、ジャーゲンに警察が設置されてから今に至るまでの犯罪の記録が残されている。
殺人と性犯罪、そして窃盗はこの街では特にその割合が多く、そのせいで資料室は最早倉庫と形容してもいいほどの雑多な様子だった。
高く積み上げられた金属ラックに並ぶファイルの列に気圧されることなく、トラギコは性犯罪の記録を調べ始めた。
ここに残されている資料は皆、犯罪者が成人済みであることが条件になっている為、そこまで有益とは言い難い。

だが、五人の顧客がこの中にいれば不要な物を削る事が出来る。
最新の資料から順に調べて行くが、資料は犯人の情報は勿論だが、被害の手口や被害者の遺体などの写真も含まれていた。
憤りと吐き気を押さえながら、トラギコは簡素な椅子と机の前で黙々と資料を読み漁った。
すっかり冷めきったコーヒーを飲み、時計の針が朝七時を指し示す頃には、過去二十年分の資料が読み終わっていた。

情報と該当する人間が三人いたが、正確さについては不明だった。
資料室を出ると、久しぶりの朝日がトラギコの眼に入ってきた。
雲がようやく薄れ始めたのだろう。

( ><)「トラギコさん、お疲れ様です」

廊下を歩いてきたビロードが声をかけてくる。
目の下に酷い隈が出来ていた。

(,,゚Д゚)「ひでぇ顔してるな、ビロード」

( ><)「言われたくありませんよ、今のトラギコさんには。
     逮捕・補導した人間全員の証言と簡易裁判が終わったのでお伝えしておきますね。
     移送先の刑務所には全員の罪状を伝えてあります。
     護送車は先ほど出発し、補導した子供たちは施設に引き取ってもらうことになりました。

     取り調べの結果は後で印刷してお渡しします」

正直、トラギコはビロードの適応能力の高さに驚いた。
必要な情報と手続きを済ませた手腕は、本部で働いてもなんら遜色のないもので、下手なベテランぶっている人間よりもよほど使える。

(,,゚Д゚)「分かった。
    少しは休んだ方がいいぞ、年末は特に休める時に休まないといつまでも休めないからな」

( ><)「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。
     ……ところで、所長があの事件をトラギコさん一人でやるようにと命令したそうで」

(,,゚Д゚)「あぁ、人手不足らしいからな。
    お前は命令に従っておけ、目を付けられたら出世なんて無理ラギ。
    俺が言うんだ、間違いねぇ。
    その代わり、情報の横流しと協力を頼むラギ」

250名無しさん:2018/11/26(月) 19:40:07 ID:Wp8t4WeI0
( ><)「任せてください、トラギコさん。
     それと、一つ情報があります。
     犯人は男です」

(,,゚Д゚)「……どうやって調べたんだ?」

性別を絞る要素を探していたトラギコにとって、それは朗報だった。

( ><)「例の清掃業者にいる一人から情報を聞いたんです。
     遺体には男の体液が残っていたそうです」

(,,゚Д゚)「なら犯人の特定ができるじゃねぇか」

( ><)「えぇ、色々と調べてみたんですが、やはり上からの圧力が凄まじいみたいです。
     法律を絶対に遵守させるべし、とのことで多額の補助金が出されているから企業は潤っているようです」

(,,゚Д゚)「よく情報が聞き出せたラギね、あいつら金はあるんだろ?」

( ><)「良心に訴えかけてみたんですが、それが上手くいきました。
     ですが聞き出せたのはここまでで、これ以上は駄目でした。
     証拠品を持ち出すことも提案したのですが、清掃後はボディチェックがあるそうです」

不自然なほどに徹底しすぎているが、企業としては余計な材料を外に持ち出させない事で会社の立場を守っているのだろう。
万一にでもそれが持ち出されでもしたら、会社は秘密を守る事も出来ないだけではなく、仕事を満足に行えない事を示してしまう。
街が定めた法律は死体を可能な限り生前の状態に戻すことであり、決して死体から何かを持ち去る事ではないのだ。
何故事件解決の鍵をここまで消し去ろうとするのかは理解に苦しむが、それでも、残された証拠品からやれるだけのことをやるしかない。

手がない訳ではないのだ。

(,,゚Д゚)「さて、今から街の見回りに行ってくる。
    ビロード、この街にある児童施設に片っ端から連絡してくれラギ。
    不審な男に気を付けろってな。
    それと、保育園や幼稚園にも連絡を回す様に伝えろ」

( ><)「分かりました。
     トラギコさん、寝てないんじゃないですか?」

(,,゚Д゚)「まぁな。
    とりあえずは散歩でもして眠気を覚ますさ」

( ><)「犯人が早く捕まるよう、助力します」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    分からず屋の所長にばれないように気を付けろよ」

( ><)「そうします。
     それじゃあ、また今度」

(,,゚Д゚)「あぁ、またな」

251名無しさん:2018/11/26(月) 19:40:29 ID:Wp8t4WeI0
‥…━━ 十二月九日 午前 市街 ━━…‥

男はジャーゲンの街をゆっくりと歩きながら眺め、すれ違う人をさりげなく観察していた。
歩く速度は決して速くはないが、彼の心は逸っていた。
彼の眼に写るのは歪んだ情報群。
成長した女。

年老いた女。
醜い女。
成長した男。
小さな男。
年老いた男。

そして、最高の性処理道具が歩いている。
まるで誰かに壊してもらう事を待ち望んでいるかのようなその造形、存在に男の心と下半身は高ぶっていた。
だが男は冷静だった。
突発的な犯行に及ぶことはあるが、決して無計画なわけではない。

余計な邪魔が入らないように心掛け、次の道具を楽しめるように安全に現場から立ち去るための算段を建ててから犯行に及んでいた。
彼の眼が探しているのは一人で歩いている女児だった。
女児は良い。
柔らかく、良い声で泣く。

命の灯火が消える寸前まで助けを求め、希望と奇跡を信じている姿はこの世の宝だ。
それを手折り、蹂躙し、凌辱するのがたまらなく好きな瞬間だった。
生き甲斐と言ってもいい。
こんなに気持ちのいいことを止められるはずがない。

自慰行為を手で行うように、彼は女児を使って性的な快感を得て安寧を感じるのだ。
しばらく物色をしていると、男は街の空気が変わっていることに気付いた。
その正体は、彼の興味の対象である女児たちが一人で行動していない事だった。
数人で歩いているか、保護者が傍にいた。

これではお預けを喰らっている状態だ。
明らかに何か、彼の望まない事が起こった証だった。
警察が動いたと考えるべきだが、それは彼の中では起こり得る可能性の最も低い事態だった。
現実をこうして目の当たりにすると、警察が動いたとしか考えようがない。

苛立ちを押さえるためにも、この股間の高ぶりを押さえなければならない。
娼婦は論外だ。
そんな穴を使う気にはなれない。
穢れの無い、まだ瑞々しい穴がいいのだ。

それなのに。
忌々しい大人共が彼の道具の周りにいるせいで手出しをすることが出来ない。
何とも酷い話だ。
彼はただ穴を楽しみたいだけであって、何か悪事を働くわけではない。

252名無しさん:2018/11/26(月) 19:40:50 ID:Wp8t4WeI0
果実をどのタイミングで食すかは人次第だ。
彼はたまたまそれが早いというだけで、他の人間と何も変わりはない。
健全で、実に人間らしい思考をしているのだ。
これが同じ人間の行いかと、苛立ちが募る。

人間が食事をするのと同じだ。
睡眠をとるのと同じだ。
全ては動物的な本能に従っているだけで、それを満たそうとするのは人間として当然だ。
だから彼は悪くない。

それが、連続強姦殺人事件の犯人であるこの男の主張であった。
尾行すれば聡い何者かに見咎められ、今後の活動に支障が出かねない。
それは困るのだ。
彼はまだ捕まるわけにはいかず、捕まればしばらくの間穴を楽しめない。

夕飯の献立を考えるように、この後の性処理について考える。
いささか不服ではあるが、この街にある幼女専門の売春宿に行くしかないのだろうか。
法外な値段で子供を売り払う下種たちの世話になるのはあまり気乗りがしないが、この疼きを鎮めるためには仕方がない。
しかし商品を彼の好きにできるわけではないため、不完全燃焼もはなはだしい。

欲望の小出しは精神衛生上大変よろしくない。
どうにかして欲望の発散をしなければならない。
人間が排泄を我慢できないのと同じように、彼は性欲を我慢できないのだ。
むしろ、我慢するべきものではないとさえ思っている。

そこでふと、ある考えが思い浮かんだ。
売春はあくまでも穴をレンタルするだけで、肉そのものを我が物にするわけではない。
ならば、肉を買えばいいのだ。
彼には肉を売っている場所に心当たりがあった。

それに何より、売り物であれば細かなことを気にしなくて済む。
後始末も簡単で、時間を気にすることなく好きにできる。
思い立ったらすぐに行動する彼は、まだ陽の高い時間にも関わらず、極めて非合法的な人間への連絡を考え付いた。
公衆電話を使い、その人間へと連絡を行う。

『誰だ、こんな時間に』

(:::::::::::)「七歳ぐらいはいるか?」

『……十二万ドルだ』

時折彼は、この人間から女児を買う事があり、声だけで誰なのか伝わるようになっていた。
これが人間同士の繋がりと言うやつだが、大人の男と話すのは苦痛だった。

(:::::::::::)「大丈夫だ。
    じゃあ、いつもの場所に届けてくれ」

『待て、最近はサツが動いて物騒になってるんだ。
場所を変える』

253名無しさん:2018/11/26(月) 19:41:17 ID:Wp8t4WeI0
(:::::::::::)「詰めて宅配してくれればいい」

『分かった。
いつものところに届ける。
三十分後だ。
オプションは?』

(:::::::::::)「必要ない。 金はいつもの通りに」

電話を切って、男は一先ず安堵の溜息を吐いた。
これでいい。
不服ではあるが、どうにか欲望の発散は出来そうだった。
天然の魚と養殖の魚のそれぐらい差が現れる問題だったが、渇きを満たすためにはあまり贅沢は言っていられない。

はやる気持ちをどうにか押さえながら会員制の無人ホテルへと向かい、彼専用の部屋へと向かう。
エレベーターで最上階の七階に到着する頃には、彼の股間は痛いほどに膨らんでいた。
部屋にあるのは簡素なキングサイズのベッドとシャワールームだけ。
それ以外の調度品は何もなく、それ以上の調度品は求めていなかった。

この部屋で彼が気に入っているのはその簡素な作りと徹底した防音設備だった。
この部屋で銃声が鳴ったとしても、隣の部屋はおろか廊下さえ音が漏れることはない。
部屋の鍵とチェーンをかけ、一息つく。
ベッドの傍に大きなピンク色のスーツケースが置かれているのを確認して、口角が挙がる。

股間が痛いほどに膨れ上がっている。
もう我慢は出来そうにもない。
フローリングの床を革靴の踵が叩く音が、まるでドラムロールだ。
プレゼントの包装紙を破るように、男はスーツケースを開いた。

「……っ!!」

そこには両手足を縛り、目隠しと猿轡を噛まされた私服姿の女児がいた。
ブロンドのショートヘアが可愛らしい。
何が起きているのかまるで分かっていない様子で、自分が詰められていたスーツケースが開かれたことにただただ驚いているようだった。
怯えている姿がたまらない。

だがこれではよくない。
恐怖を堪能するためには、まずは素材を徐々に吟味しなければならない。
何事にも作法というものがあり、それを守ることで秩序が得られ、何も考えない獣では味わう事の出来ない格別な味を感じる事が出来るのだ。
ホットパンツとシャツの組み合わせは実に子供らしく無邪気で、そこから惜し気もなく見える四肢がまるで果実の様だ。

我慢の限界だった。
男は女児の太腿に手を伸ばし、その肌をまずは指先で楽しんだ。
猿轡の奥から聞こえる悲鳴がいいアクセントになり、指先に感じる体温と柔らかくすべすべとした肌の感触だけで射精しそうだった。
太腿を擦りつつ、頬に手を添える。

汗ばんだ肌に、確かな恐怖の色を感じる。
太腿に這わせていた手を足の付け根へと移行し、もう一つの手で首を締めた。
徐々に力を込めこれから命を奪わんとする男の意志を伝えた。
肌に汗が浮かび、付け根の部分が震えはじめる。

254名無しさん:2018/11/26(月) 19:41:47 ID:Wp8t4WeI0
いい兆候だ。
実にいい兆候だ。
これは逸材だ!まだ命に縋ろうとする姿勢がある。
そう簡単に壊れず、男を満足させてくれる逸材に違いない。

女児の顔が赤くなり、縛られた手足を動かして必死の抵抗を見せる。
小さく細い手足をいくら動かしても、大人の力に勝てるはずがない。
この優越感。
前菜としては上出来だ。

足を縛るテープに切れ目を入れて、拘束を解いてやる。
ジタバタと足が動いていた。
最高の眺めだ。
決して届かない抵抗と悲鳴を生み出しているのは男の手。

男の意志によって、女児の必死の抵抗を全て封じる事が出来る。
これ以上ない快感。
生物である以上、最も大切にしている命を奪われまいと見せる抵抗はその命最大のものになる。
全力の抵抗を容易くねじ伏せることの愉しみは、選ばれた者にしか味わう事を許されない果実そのものだ。

これは他の何かで代用できるものではない。
足の付け根に汗とは違う体液が滲み出て来たのを感じて、男は首から手を離した。
目隠しの下から涙が流れ、女児が声を殺して泣き始めた。
涙を舐めとり、その淡い塩気に舌鼓を打った。

次に男は猿轡を取り、声を出させることにした。
いつまでも言葉にならない声では飽きてしまう。
味に変化をつけ、料理を楽しむのもまた人間としての嗜みであり、マナーでもある。
男はこれから暫くの間警察のせいでこの感覚が味わえない事を考えて、今回は特に念入りに堪能することに決めたのであった。

命を蹂躙され、凌辱の限りを尽くされた女児の死体が路地裏でゴミ箱に詰められているが発見されたのは十二月十二日の早朝だった。

‥…━━ 十二月十二日 午前 路地裏 ━━…‥

身元不明の女児の死体が発見されたとの通報を受け、鑑識班を伴った警官達が現場に到着した時、数人が死体から目を逸らした。
成程確かに、身元不明であるということも頷ける凄惨さだった。
野犬に食い千切られたせいで顔のパーツは判別不可能なほどに変わり果て、女児であると一目で判別するのは難しい所だった。
ビロードは口をハンカチで覆いながら、周囲の状況を確認した。

この路地裏はホームレスたちでさえあまり使わない、ビルの合間にある吹き溜まりのような場所であり、目撃証言は期待できない。
犬によってゴミ箱が倒されていなければ清掃車が来るまで誰も気づかなかっただろう。
それ故に、何かしらの証拠が残されている可能性が高くもあった。
人が来ないという事は、真新しい証拠品は犯人につながる手がかりとなり得る。

身元不明の死体である以上、それを預かるのは警察の仕事になる。
この街の法律に従って言えば、身元不明の遺体に対する処遇は特に定められていない。
この女児の親族がいつ現れるのか分からなければ、警察としては先に解剖と分析を行う事が出来る。
極めて遺憾な話だが、この女児のおかがで犯人特定に向けて大きく前進することになる。

255名無しさん:2018/11/26(月) 19:42:07 ID:Wp8t4WeI0
彼女の死を決して無駄にしないためにも、ビロードたちは全力で事件を解決しなければならないのだ。
一度事件が発生すれば、流石に署長もトラギコ一人に一任するわけにもいかず、こうして警官を派遣せざるを得なくなる。
そして分析などがひと段落したらトラギコに任せることになるため、事件の初動である今この段階でどれだけの情報を手に入れてトラギコに引き渡せるかが重要だ。

( ><)「遺体をすぐに検死に回してください。
     今ならまだ証拠が採取できるはずです」

( ''づ)「分かってる、落ち着け」

青い死体袋に赤黒い塊となった女児が詰められ、運ばれていく。
現場に残されたゴミ箱も袋に念入りに包んで、警察へと向かうワゴン車に乗せられる。
ワゴン車と入れ替わりに、トラギコがやってきた。

(,,゚Д゚)「どうだ」

( ><)「最悪です。
     以前の二件とは違って、かなり酷い状態でした。
     ですが、今検死課に遺体を運んだので何かしらの証拠が得られるはずです」

(,,゚Д゚)「そいつは重畳ラギ。
    これで一気に――」

その時、鑑識官の一人が携帯電話を手に二人の元に駆け寄ってきた。

「今連絡があって、遺体が清掃業者に渡されることになりました!」

(,,゚Д゚)「何?! 身元不明じゃねぇのか!!」

トラギコの怒声に気圧されながらも、鑑識官の男は報告をした。

「ついさっき、親が出てきて自分の娘だと証言を!運送中の車内で遺体の特徴と証言を照らしあわせた結果、一致したそうです!」

(,,゚Д゚)「……おい、車を停めさせておけラギ。
   理由は何でもいい、業者よりも先に遺体から証拠を手に入れさせるラギ!」

「そ、それがたまたま業者の車が近くにいて、すでに引き渡しが行われたと!」

いくら何でも出来すぎている。
何者かの作為があるのは間違いなかった。
だが何故、そのような事をするのかビロードには考え付かなかった。
彼はトラギコの眼に本物の殺意が浮かぶのを見たが、それは一瞬で消え去った。

鑑識官は持ち場に戻り、仕事を再開した。

(,,゚Д゚)「おい、ビロード」

拳を握り固め、トラギコはゾッとする程冷静な声色で声をかけてきた。

(;><)「は、はい」

256名無しさん:2018/11/26(月) 19:42:27 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「名乗り出てきた母親を拘束して、身元を徹底的に調べておけラギ。
    後で俺が尋問するラギ」

(;><)「分かりました。
     ですが、尋問って……」

取り調べではなく、尋問という言葉をトラギコが選んだのには理由があるはずだった。
彼はおそらく、件の母親を使って事件の裏に潜む人間を引きずり出そうとしているのだろう。
だが、警官による尋問を実施する際には上長の許可もしくは命令が必要になる。
果たして、その点をトラギコは考えているのだろうか。

(,,゚Д゚)「タイミングが不自然すぎるラギ。
    警察内部に犯人隠匿に協力してる奴がいると見て間違いねぇラギ。
    だがその前に俺はあの子供の出所をちょっと聞いてくるラギ」

( ><)「まさか、刑務所に?」

(,,゚Д゚)「あぁ。
    この街にある人身売買組織について訊いてくるラギ」

彼の行動力には目を見張るばかりだが、暴走しないかだけがビロードにとって不安の種だった。
彼は孤独に生き、単独で動き、独力で解決しようとしているように見える。
まるでそうしなければならないのだと自分に言い聞かせているように、そうでなければならないのだと考えているかのように。

‥…━━ 十二月十二日 午前 刑務所 ━━…‥

刑務所に入れられてから面会人が来るのは、その男にとって初めての事だった。
しかもアクリル板越しの会話ではなく、模範囚でしか許されないグラウンドでの面会だった。
果たしてどこの誰だろうかと心躍らせながら待ち、面会人が姿を現した時、男は数歩後退った。
刑務所にいる人間全員がその名を刻む、恐怖の対象。

虎と呼ばれる刑事だった。

(,,゚Д゚)「よぅ、来てやったぞ」

|゚レ_゚;州「な、何で……!!」

(,,゚Д゚)「話しにきたラギ。
    お前がすぐに話せば俺は余計な運動をしなくて済むラギ」

トラギコの姿を見て、男の全身が総毛立っていた。
話をするのも恐ろしいが、獣のように鋭い目で睨みつけられている時が最も恐ろしい。
この男なら何をしてきても不思議ではない。
身をもって体験したからこそ分かる。

今、トラギコは一切の容赦をしないつもりだ。

(,,゚Д゚)「前にお前に話した、人身売買組織について教えろラギ。
    今すぐに」

257名無しさん:2018/11/26(月) 19:49:57 ID:Wp8t4WeI0
|゚レ_゚;州「ひっ!」

普通はいるはずの看守たちはどこにもいない。
これから先何かが起こったとしても、誰も何も目撃していないため、彼がトラギコに暴行を受けたとしても妄言として処理されるのだ。
最悪、命を奪われるような暴行も覚悟しなければならない事は、同じ刑務所の人間から聞かされていた。

(,,゚Д゚)「挨拶の前にまずは目玉を抉るラギ。
    右か左か、好きな方を選ばせてやるラギよ。
    その後、片方の耳を引き千切ってから挨拶をするラギ。
    俺は礼儀正しいラギ」

|゚レ_゚;州「わ、分かった!!話す、話すから勘弁してくれ!!」

(,,゚Д゚)「俺が勘弁するかどうかはお前の情報次第ラギ」

‥…━━ 十二月十二日 午後 ジャーゲン警察取調室 ━━…‥

結論から言えば、トラギコが得た情報は有益だったが、手遅れだった。
母親の証言が虚言であり、女児が人身売買されたのだと分かった時には、すでに死体の清掃は完了した後だった。
取調室で母親を語った女は金で雇われただけだと言い、相手の正体は何も知らないという。
生活に困窮しての犯行との事だったが、トラギコの拳はその理由で止めることは誰にも出来なかった。

頬骨と前歯を折られた女は刑務所に運ばれてすぐに医務室へと向かい、顔をギブスと包帯で覆うことになった。
苛立ちを押さえきれず、トラギコは無人となった取調室の椅子を蹴り壊した。

(#゚Д゚)「糞っ!!」

女を雇った人間を追ったところで袋小路になるのは目に見えていた。
人身売買組織を摘発し、壊滅させたが少しすればまた同じ仕事が始まるだろう。
この街で人身売買を行う事は極めて容易く、トラギコはその点を極めて危惧していた。
人命が金で売り買いされるという現実は易々と受け入れられない問題だ。

殺された女児を売った人間は明らかに尻尾切りの人間達で、本命は安全な場所に隠れているはずだ。
その人間を探すのが先か、それとも犯人を捜すのが先か。
どちらも優先順位は高く、天秤にかけるにはいささか厳しいところがあった。
特に一人だけとなると、二つ同時に解決するのは不可能だ。

所長は相変わらずトラギコ一人で連続強姦事件の捜査と対処を命じ、他の警官達は他の事件に回されている。
成程確かに、日々事件が多発しているために人手を割くことが出来ないのは理解できるが、事の重大性をまだ理解し切れていない節がある。
すでに三人の犠牲者が出ているのに、これを路地裏の恐喝事件と同様に捉えているのだ。
女でありながらその辺りへの理解はまるで薄いようで、説得による協力は難しそうだった。

他の二件と異なり、今回は金で買った女児を殺していることから、よほどの状況にあったのだと推測された。
強姦魔は娼婦と性交渉するよりもその辺りを歩いている人間を犯すことに興奮を覚え、それを喜びとしている事がほとんどだ。
無理やり犯すことが彼等の目的であるにも関わらず、今回は金を払っての犯行。
つまり、何かしらの理由で妥協をしたのだ。

258名無しさん:2018/11/26(月) 19:50:19 ID:Wp8t4WeI0
その理由とは、まず間違いなく警察官の数が街中に増えたことであろう。
人目を気にしなければならない状況に陥り、人身売買組織に一報を入れ、犯行に及んだ。
ならば、この犯人はどこで女児を犯したのだろうかと考えれば、自ずと安全な建物を選ぶことが浮かび上がる。
その後に女児の死体を捨てたのであれば、まだ証拠が犯行現場に残されている可能性があった。

死後三日ほどが経過しているとの報告から逆算すれば、その可能性は低い。
極めて低いが、今はその可能性を信じたかった。
トラギコが刑務所で手に入れた証言によれば、売買は無人のノウマンズホテルで行われているという。
会員制であり、外見は古びたビルだが、そのセキュリティは最新式の物で固めてあるとのことだ。

場所は分かっているが、やはり所長の意向により、鑑識官はまだ派遣されていない。
それどころか、この事件の担当者であるトラギコ以外は一切かかわらないように命令が下されていた。
年末強盗の数が増え始める時期でもある為、街中のパトロールに人員が割かれているのだ。
トラギコは武器庫へと急ぎ足で向かった。

口を真一文に結び、余計なことは一切考えず、喋らない。
上の意向がどうあれ、彼は彼の仕事として手に入れるべき証拠品を手に入れなければならない。
証拠品が無ければ目撃証言でもいい。
どんなにか細い物であっても、犯人を突き止める手がかりになりさえすればいいのだ。

気持ちを落ち着かせるために、一旦シャワー室に向かい、汗を流す。
その後、新たなスーツに着替えて気分を整えた。
証拠探しをしている間に余計な人間が出てこないとも限らない為、武器庫からH&K社のMP5K短機関銃とマガジンを拝借し、アタッシェケースに入れて持ち出した。
署にあるオフロードバイクを使って街に向かう。

地面に積もっていた雪は昼の日差しでぐずぐずに溶け、道路はにわかに渋滞を起こしていた。
バイクの利点を使い、車の間をすり抜けて目的地へと急ぐ。
証言から発覚した建物の前には清掃業者の車が一台停まっていた。
それを見た瞬間、トラギコは最悪の展開を予想した。

もしもこの清掃業者が犯行現場の清掃作業を行っていたとしたら、そこに残されている証拠品の一切合切が消滅してしまう。
どこの馬鹿が依頼したのかは知らないが、今すぐに確認をする必要があった。
アタッシェケースから短機関銃を取り出して、ビルへと足を踏み入れる。
無人のフロントを通過するためには会員証が必要だったが、トラギコはそれを銃で撃ち壊して強引に通過した。

音を頼りに建物を捜索し、掃除機の音が聞こえる一室を見つけ、扉を開いた。

(,,゚Д゚)「警察だ、動くな!!」

銃を構え、部屋にいる人間達の動きを制する。
清掃業者の制服である青いつなぎを着た男が三人、それぞれ掃除道具を手に立っていた。
彼らの足元には血痕が残されており、まだ清掃が始まったばかりであることが分かった。
証拠はまだ残されている。

(,,゚Д゚)「どこの誰に頼まれたのかは知らねぇが、今日は仕事は休んでもらうラギ」

「おいおい、警察の旦那。
そいつはちょっと乱暴ってもんだ」

259名無しさん:2018/11/26(月) 19:50:43 ID:Wp8t4WeI0
帽子を取って、一番体躯の大きな男がトラギコに歩み寄ってくる。
ゴム手袋を外し、拳と首を鳴らして威嚇をしてきた。
妙に強気な男だった。

(,,゚Д゚)「乱暴でも何でもいいが、ここは事件現場ラギ。
    掃除は後ラギ」

「こっちは仕事でやってるんだ、邪魔しないでくれ」

(,,゚Д゚)「こっちも仕事なんだ。
   邪魔するな」

一気に漂う、険悪な雰囲気。
銃を持っているトラギコと、拳だけの男。
喧嘩にすらならない。

「市長からの仕事なんだ、邪魔するんならあんたの事を報告するぞ」

その言葉に、トラギコは僅かに眉を潜めた。
何故市長がここの清掃を命じる必要があるのか、まるで理解が追いつかない。
そもそも理解できない法律を展開している以上、理解など無理なのかもしれないが、今回の件についてはまるで理に適っていない。
否、男の証言が嘘である可能性もある。

(,,゚Д゚)「市長の命令だろうが、こっちは警察としての仕事なんだ。
   俺の邪魔をするんなら、脚に穴を空けられても文句は言えねぇラギ」

「撃てるわけがねぇ。
警官はいつもそうだ。
ハッタリなら、ヴェガで勉強してくるんだな」

(,,゚Д゚)「そうかい」

MP5Kが火を噴いた。
男は悲鳴を上げてその場に倒れた。

「ここに来る前にヴェガで予習してきたんだ。
どうだ、勉強になったか?」

「この、馬鹿がっ!本当に撃つ奴が……!」

(,,゚Д゚)「いるんだよ、ここに。
   捜査の妨害及び事件現場への介入による証拠隠滅幇助でムショにぶち込んでやるラギ」

「糞っ、こいつを黙らせろ!!」

残った二人にそう命令するが、トラギコの容赦のなさを見て動く様子はない。
流石に銃を平気で撃つ警官が相手となれば、喧嘩早い人間でも躊躇うだろう。

(,,゚Д゚)「お前らはさっさと部屋から失せろ。
    そうすりゃ、いいことがあるかもだ」

260名無しさん:2018/11/26(月) 19:51:04 ID:Wp8t4WeI0
「お、俺を置いていくな!!」

その言葉は二人の背中に届きはしたが、彼らは躊躇うことなく部屋から走り去ったのであった。
残ったトラギコは携帯電話を使い、警察署に連絡を入れる。
だが誰も電話に出ない。
文字通り署にいる人間を全員パトロールに出しているのだとしたら、所長は歴史に名を残す馬鹿と言うことになる。

これではいくら通報が入ったところで、誰も動くことはできない。
しぶしぶ電話を切り、それをポケットに入れようとした時、着信があった。

(,,゚Д゚)「おう」

( ><)『トラギコさん、ビロードです。
     署に電話をしましたよね?』

(,,゚Д゚)「あぁ。
    誰も出なかったけどな」

( ><)『……所長がトラギコさんからの着信は無視しろ、と全体に通達したんです。
     例の女を殴った事で、どうにもキレちゃったみたいで』

(,,゚Д゚)「あの女は事件を終わらせたくないのか、それとも俺の邪魔をしたいのかどっちからしいラギね。
    お前は今どこから電話してるラギ?」

( ><)『近所のパトロールをしています。
     署にいるドクオさんが僕に電話をして、トラギコさんに伝えるように教えてくれたんです。
     署の人間が皆所長の意見に賛同しているわけじゃないんです』

(,,゚Д゚)「ともあれ、俺は協力を得られないってことだな。
    丁度いい、鑑識をこっちに寄越してもらいたいんだが、どうにか都合を付けられるラギか?」

( ><)『最善を尽くします。
     最悪、僕が行きます』

(,,゚Д゚)「あぁ、助かるラギ。
    じゃあな」

今度こそ電話をしまい、部屋の捜査を始めることにした。
銃創を押さえて泣きじゃくる男の髪を掴んで廊下に放り出し、余計な体液や毛髪、血痕がこれ以上現場に残らないようにする。
手袋を付け、鍵とチェーンをかける。
跫音が遠ざかって行くのが聞こえ、男が逃げて行ったのが分かった。

大げさな男だった。
改めて現場を見ると、フローリングには血痕らしきものが僅かに残されていた。
キングサイズのベッドの傍にはスーツケースが開いた状態で置かれ、中には何もなさそうだった。
しかし証言を思い出すと、売買された子供はこうしてスーツケースに入れて送り届けられることがあるようだ。

261名無しさん:2018/11/26(月) 19:51:24 ID:Wp8t4WeI0
つまりここで犯人が女児を手に入れ、犯行に及んだと考えられる。
部屋にある窓には分厚いカーテンが三重に引かれ、決して外から中が覗けないようになっていた。
あまり動き回らずに部屋の中を観察する以外、専門家的な知識を持たない彼に出来ることはない。
しかし現場確保をするという事は極めて重要なことであり、様々な証拠品が残るこの部屋がもたらす事件解決への功績は計り知れない。

(,,゚Д゚)「……ん?」

足の裏に熱を感じ、トラギコは思わず声を出した。
分厚い靴底越しにも分かる熱というのは、普通では有り得ない。
大きな熱を生み出す原因が無ければ――

(,,゚Д゚)「マジかよ……!」

最悪の予感とも確信とも言える想定を胸に抱いて、トラギコは部屋の扉を僅かに開いた。
猛烈な熱風がトラギコの顔を直撃した。
思わず扉を閉め、部屋の中に戻る。
これは、紛れもなく火事だった。

だが火災報知機がまるで機能していない。
警報の音もスプリンクラーも作動した様子が無く、何者かの作為を感じた。
火の回りの早さも不自然であり、タイミングから考えて、証拠隠滅を図る人間の策謀に違いない。
更に、この部屋には緊急用の梯子など、火災に対しての備えがまるでなされていなかった。

そこまでして、この事件を解決されては困る人間がこの街にいると思うと、トラギコは気分が悪くなった。
強姦殺人犯をどうして庇いだてなければならないのかを考えると、犯人の素性は自ずと絞られてくる。
本人、もしくは本人に深く関係している人間が社会的に高い地位にいる可能性だ。
捜査の領域をこれで狭められるが、まずは生きて脱出することと、証拠品を幾つか持ち帰る必要があった。

果たしてどれが証拠品として有益な物なのか、今の段階で見つけ出すのは難しい。
持って行ける大きさで、となるとキャスター付きのスーツケースが妥当だろうか。
選んでいる時間もあまりなさそうであることから、スーツケースを手に取って部屋を出ることにした。
熱風と黒煙が廊下に充満していた。

七階にまで炎が到達しているのか、それとも火元が六階なのか。
まるで分からない。
他の部屋に人がいるかどうかについて、彼には考えるだけの優しさと余裕はなかった。
ケースを引いて急いで移動をする。

エレベーターはいつ停止するか分からない為、非常階段を探す。
だがしかし、非常階段は廊下のどこにも設置されていなかった。
胸騒ぎがした。
トラギコのいる場所から地上に降りるには、階段を使う他ない。

そして階段は一か所だけ。
もしも証拠を消し去りたいのであれば、トラギコがこのホテルから出て行くのを見逃すだろうか。
否、あり得ない。
証拠共々トラギコを殺し、不運な火災事故として処理するはずだ。

262名無しさん:2018/11/26(月) 19:51:45 ID:Wp8t4WeI0
ならば、一方通行である階段を使えばトラギコの不利は揺るがない。
外から消防車のサイレンが聞こえてきたが、トラギコはその音を信用しないことにした。
避難する人間達がいる中、逆走しても怪しまれない人間は限られている。
しかも顔を隠すためのマスクや重装備に身を包んでいてもなんら不自然さのない存在。

消火器ではなく火炎放射器を背負っていたとしても分からないだろうし、それがあれば証拠を完全に焼き払う事が出来る。
短機関銃の安全装置を解除したまま、トラギコは廊下の突き当りにあるエレベーターへと向かった。
階段とは真逆の位置にあり、階段から来る人間との距離を開けていられるのが幸いだった。
エレベーターのボタンを押しても反応は何もなく、昇降機が動く様子はない。

空気の熱で汗が吹き出し、服を濡らす。
携帯電話を使い、警察へ連絡を試みるも、やはり電話には誰も出ない。

(,,゚Д゚)「帰ったら絶対に殴ってやる、あの糞尼」

スーツケースと銃から一旦手を離し、扉をこじ開けようとする。
僅かだが扉が開いたと思った時、階段のある方向に人影が現れたのを見咎めた。
短機関銃を手に取り、屈んで様子を窺う。

「消防署です!逃げ遅れた方がいたら声を上げてください!」

そう言いながらも、彼らは先ほどまでトラギコのいた部屋に迷わず進み、扉を蹴破って中に入って行った。
確認できただけでも人数は五人。
一人は扉の前に残り、警戒に当たっている。
廊下に立ち込める煙は徐々にその濃さを増し、いよいよ命の危険がより具体的に感じられて来た。

エレベーターの扉を開こうものなら、その音を聞きつけて駆けつけてくるに違いない。
少しして、部屋の中から消防士たちが駆け足で出て来たかと思うと、オレンジ色の炎が部屋から噴き出してきた。
間違いなく人為的な炎であり、証拠の隠滅が彼等の目的である何よりの証拠だった。
そのまま男達が階段を下りて消えようとした、正にその瞬間。

トラギコの懐にしまってあった携帯電話が振動音を発した。

「ん?! 誰かそこにいるのか!」

見ると、警察署からの電話だった。
最悪のタイミングだ。
かけ直すにしてもタイミングというものがあるだろうに。
舌打ちをして着信を拒否し、トラギコは腹をくくった。

「消防署の者です、避難を!」

声を出さずに、トラギコはMP5Kを三点射撃に切り替え、銃爪を引いた。
三発の銃弾は声の方向に向けて正確に飛び、声の主に直撃した。

「あぐっ!?」

「あいつだ、あいつを殺せ!!」

263名無しさん:2018/11/26(月) 19:53:16 ID:Wp8t4WeI0
物騒な言葉と共に銃声が響き、耳のすぐそばを銃弾が掠め飛んで行った。
セレクターをフルオートへと切り替え、片手で牽制射撃を加える。
瞬く間に弾倉一つを使い切ったが、男達を階段の方へと追いやることに成功した。
弾倉を交換して射撃を継続し、片手と足を使ってエレベーターの扉を無理やりに開く。

人一人分が通れるだけの幅が出来たと思った時、銃声と共に傍に置いてあったスーツケースが砕け散った。
煙が濃くなり始め、数メートル先に落ちているはずのスーツケースの破片がまるで見えない。

(;,,゚Д゚)「ちっ!」

三点射撃に切り替え、弾幕を張る。
這うように姿勢を低くし、スーツケースの破片を一つ手に取った。
今は生きて逃げることが先決だったが、せめて何かしらの手がかりになればと思い、その破片を密閉袋に入れた後、ポケットにしまった。
携帯電話を開いて、警察署にリダイヤルする。

応対したのは熟年の女オペレーターだった。
電話に出たのは偶然か、それとも諦めたのか。
今は分からないが、それこそどうでもいい問題だった。

『はい、こちら警察署』

(,,゚Д゚)「俺だ、トラギコだ! さっき俺に電話してきた糞馬鹿は誰ラギ!」

『少々お待ちください……いえ、誰も電話していないようですよ』

妙だった。
着信と応対が連動していながら、電話をした人間が名乗り出ない。
話がかみ合わないという事は、かみ合わなければならない所に作為があるという事。

(,,゚Д゚)「なら今すぐノウマンズホテルに人を寄越せ!!
    消防士に偽装した連中が証拠隠滅してやがるラギ!!
    それと、消防への連絡は調べられるか?」

『了解しました、ノウマンズホテルですね。
消防への連絡は来ていないようですが、何かあったのですか?』

(,,゚Д゚)「放火だ、警報装置もスプリンクラーも切られてる!!
    このままだと周囲に被害が広がるラギ!」

『ただちに消防に連絡します。
他に情報は』

(,,゚Д゚)「俺が警察保険に入ってるか分かるラギか?」

『先日申告用の書類を送ったので、入っているはずですが。
何故ですか?』

上着を脱いで、それを左手に巻き付ける。

(,,゚Д゚)「病院代がかさみそうだからだ!」

264名無しさん:2018/11/26(月) 19:53:37 ID:Wp8t4WeI0
電話を切り、エレベーターシャフトを覗き込む。
オレンジ色の炎が下に見えているが、予想では炎は六階から五階のどちらからか出ているはずだ。
証拠を早急に焼き払うのならば、不自然さのないように真下にある部屋を燃やすのが一番だ。
となると、それ以下の階はまだ燃えていない可能性が高い。

煙のせいで昇降機はまるで見えなかった。
どこで停止しているかは分からないが、降りられるところまで行くべきだ。
ワイヤーが動いていないことを確認し、一息に飛び降りた。
ワイヤーを左手で掴み、摩擦と熱で手が焼けないようにする。

トラギコは速度を上げて落下して行き、ついに、脚の裏に固い鉄の感触を味わうことになった。
昇降機の天井に到着したが、ここが何階なのかは分からない。
足元の昇降機にある通気口を蹴り破って、中に入った。
電気の消えた昇降機の中には誰もおらず、薄ぼんやりとした空間があるだけだ。

扉をこじ開けると、外の光が目に差し込んできた。
床に書かれた数字が階数を教えてくれる。

(,,゚Д゚)「ちっ、三階かよ」

それでも、三階分のショートカットができたことは重畳と言えよう。
炎はこの階にはまだ届いておらず、やはり、予想した通り彼らが放火したのは六階だったようだ。
証拠を確実に焼き払うための行動力と情報力は、少なくともその辺りで捕まえられる三下では有り得ない。
組織的な存在が背後に必ずあるはずだ。

少なくとも、警察内部から情報を聞き出し、市長への圧力も可能な程の大きさがあるのは間違いない。
長い間仕事をしていてそんな存在に気付けなかったことが業腹だが、それを所長が知っている可能性がある事も許し難かった。
この事件から早々に手を引くように圧力をかけているのもそうだが、恐らく、電話をかけてトラギコの居場所を彼らに知られるようにしたのは所長だ。
となれば、犯人を庇う組織に所長が通じていると考えるしかない。

また警察官の不祥事かと思うと、情けなくて言葉もない。
法律を守らせる存在が法律を破る手伝いをするのはあってはならない事だ。
トラギコはその一線を越えはしない。
法律を守らせるために、法律を破る事は多々あった。

特に暴力沙汰に関しては否定するつもりもなかった。
そうしなければ守れない物もあったのだ。
私利私欲のために法律を破るなど、言語道断である。

三階の廊下で、トラギコは逡巡した。
ここで地上に降りればそれで終わるが、ホテル内にいるあの人間達が誰に雇われたのかは分からないまま終わってしまう。
貴重な証拠品の大部分を失ったのだから、せめて別の物で今回の損失分を補てんするしかない。
MP5Kの弾倉は今装填されている一つ限り。

三十一発の銃弾で五人を殺せるか。
階段で待ち伏せたとしても、相手の装備も技量の詳細も分からない。
素人ならばいいが、プロなら殺されるのがオチだ。
M8000もあるが、どこまで対抗できるのかははなはだ疑問だ。

265名無しさん:2018/11/26(月) 19:53:57 ID:Wp8t4WeI0
トラギコは決断した。
情報を一つでも手に入れ、一日も早い事件解決を目指す。
その足は階段へと迷いなく進み、MP5Kを油断なく両手で構えながら上を目指した。
出口で待ちかまえるという選択肢もあるが、それをすると民間人への被害もそうだが、トラギコが悪者と勘違いされ、民間人に射殺される可能性も考えられる。

屋内で決着を付けられるのであれば目撃者はおらず、邪魔をする存在もいない。
一人だけ半殺しにして情報を引き出せば、こちらの物だ。
ビロードたちが到着してから戦闘になればいいのだが、そう都合よく物事が運ばない事をトラギコはよく知っている。
もしも所長が犯人の肩を持つ人間の一人であれば、ビロードたちがトラギコのところに向かうのを容認するとは思えない。

今の状況では、最初から援軍は期待してはいけない。
せいぜい期待してもいいのは、本物の消防士たちが到着して証拠品がこれ以上焼失するのを防いでくれることぐらいだ。
いつ目の前に何が現れてもいいように銃を構えながら、一段ずつ慎重に階段を上ってゆく。
銃爪には指をそっと添えるだけにし、間違っても民間人を撃たないように注意をする。

しかし、彼の配慮をあざ笑うかのように上から銃声が聞こえてきた。

(#゚Д゚)「マジかよ、あいつら!」

目撃者を殺しているのだとしたら、一刻の猶予もない。
一段飛ばしで階段を駆け上がり、銃声の聞こえる六階へと到着する。
熱風と炎、そして黒煙がトラギコを出迎えた。
視界はゼロ。

黒煙の中で唯一、禍々しいほど煌々と明かりを放つ炎だけがこの空間が異様な場所なのだと教えてくれる。
視界がまるでない中で、どうして発砲するのか。
それは彼らに人が見えているからに他ならない。
人が見えるという事は、特殊な装備を使用しているという事。

煙の中で彼らの姿を見ただけであるため、その詳細は分からないが、少なくとも〝兵器〟を持ち出している事は考えにくい。
ならば、人間の眼ではなく機械の眼を使っている事が容易に想像できた。

(,,゚Д゚)「俺はこっちラギ!!」

煙を吸い込まないよう、スーツの袖で口を押えながら大声で叫ぶ。
銃声が一瞬だけ止むと、黒煙の中に発砲炎の煌きが生まれ、銃声が響いた。
銃弾が空気を切り裂く音が目の前を通過していく。
やはり、相手は人間の姿をこの煙の中でも視認できている。

銃腔を黒煙の向こうに向けつつ、階段を下りて踊り場の影で相手の出方を窺うことにした。
相手が救い難い馬鹿でなければ、無策で飛び出してくることはない。
黒煙で姿が見えていない分、トラギコの方が不利だ。

(,,゚Д゚)「なぁ、取引しないか!」

黒煙の向こうに、トラギコは声をかけた。
反応はない。

(,,゚Д゚)「五十ドルやるから、投降してくれ!」

266名無しさん:2018/11/26(月) 19:54:36 ID:Wp8t4WeI0
銃弾が返答の代わりとして撃ち込まれたが、そこにトラギコはすでにおらず、下の階に移動した後だった。
恐らく、相手は熱を可視化することのできるサーマルゴーグルを使用しているのだろう。
いくら煙が充満していても、人間の発する体温がある限りトラギコを見つけることは容易なはずだ。
最初の段階でトラギコが見つからなかったのは、単純に煙の量が少なく、彼らがゴーグルを使用する必要が無かったためだろう。

運が良かったとしか言えないが、この悪運の良さを生かさなければそれすらも意味を持たない。
しかし、サーマルゴーグルは極めて高価な品だ。
この街で仕事をする掃除屋が持つにしては、高級すぎるぐらいである。
煙の中でも問題なく使用できる耐久性と信頼性のある物は警察でも採用されており、その強力さと貴重さをトラギコは良く知っていた。

資金や装備面でのバックアップも受けていると考えるしかない。
苛立ちを胸に抱きながらも、トラギコは四階まで派手に音を立てて下り、上から跫音が近付いてくるのを廊下の死角に隠れて待った。

「……油断するなよ、跫音が途絶えた。
待ち伏せしているかもしれない」

抑え込まれた声が聞こえる。
しかし彼らはまだトラギコには気付いていない。
二人分の跫音が近付いてくる。
成程、階段を下るチームと廊下を探索するチームに分けたのだろう。

理に適った行動だが、分散したのは悪手だった。
悪知恵の働く獣を相手にするならば、力は集中させておくべきなのだ。
二人が互いの死角を補いながら来ることは容易に予想できる。
ならばこちらに出来ることは一つしかない。

(,,゚Д゚)「あばよ」

見つかる前に、こちらから出迎えることだ。
虚をつくことで相手が動くよりも先に動き、刹那の時間を征することが出来るのだ。
トラギコは男の頭に銃腔を向け、フルオートで銃弾を放った。
トラギコを探しに来た二人の男は頭を肉塊へと変え、その場に崩れ落ちた。

互いに死角を補うという事は、極めて近い距離に互いの急所があるという事にもなる。
よほどの身長差が無い限りは、こうして相方の頭を吹き飛ばせば流れ弾でもう一人も殺せる。
これで、残り三人。
すかさず下の階に向かっていた人間が銃弾を放ち、トラギコをその場にくぎ付けにした。

銃だけを出して撃ち返し、反動の感触で弾切れを感じ取る。
不要になったMP5Kをその場に捨てるが、まだ手は残っている。
M8000をホルスターから取り出し、その存在を確かめるようにして両手で銃把を握る。
制圧射撃があるという事は、それは味方がトラギコに接近する合図でもある。

発砲音の中に隠された跫音を聞き取り、覚悟を決めて物陰から飛び出して男を正面から一発で射殺し、その死体を掴んで楯にしながら続けて連射する。
最後の二人も銃弾を浴びてその場に倒れ、銃声が止んだ。
硝煙の香りが煙の匂いに紛れて漂い、トラギコの鼻に届いた。
僅かな静寂の後、呻き声が二つ。

二人の男は階段を転げ落ちて踊り場で悶絶していた。
男を楯にしつつ、トラギコは二人に声をかけた。

267名無しさん:2018/11/26(月) 19:55:02 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「素直な方を助けてやるラギ。
    もう一人は殺す」

「お、俺が話す……」

(,,゚Д゚)「雇い主と依頼内容を言えラギ」

「依頼内容は、指定された部屋の完全な焼却と……警官一人を殺すことだ」

(,,゚Д゚)「で、誰が依頼したんだ」

息をのむ音が聞こえた。

「し、知らないんだ……!」

M8000の銃腔を男に向ける。
それまで饒舌に話そうとしていた男が、途端に口を噤む。
明らかに嘘を吐いている様子だった。

(,,゚Д゚)「言っただろ、俺は素直な奴を助けるって。
    お前は素直じゃなさそうラギ」

「ま、待て!!」

銃声。
そして悲鳴。

(,,゚Д゚)「話せよ、素直に」

耳を撃ち抜かれた男は激痛に悶え、話をするどころではない。

(,,゚Д゚)「この街の法律にのっとって言えば、警官に発砲してきた奴は殺しても問題ないんだ」

口を開いたのは、もう一人の男だった。

「バーバラだ!バーバラ・ホプキンス!そいつからの依頼だよ!!」

(,,゚Д゚)「そいつはどんな女ラギ?」

「この街のパイプ役の男だよ!仲介業者だから、誰が頼んできたのかはそいつに訊けば分かる!!」

後の手続きについては街のゴロツキや情報屋を使って調べればいいだろう。
この二人はもう用済みだ。
逮捕したとしても、街の法律が彼等をどう裁くのかは目に見えている。
余罪についての追及はせず、よくて数年。

悪くて数カ月で彼らは再び野に放たれるだろう。
こうしてトラギコを殺しに来るだけではなく、ホテルの客達を躊躇せず殺している姿を見れば、同じことを繰り返すのは明白だ。

「早く病院に連れて行ってくれ!血が、血がやばいことになってるんだ!!」

268名無しさん:2018/11/26(月) 19:55:23 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「あぁ、そうだろうな。
    ところで、お前らホテルの客を何で殺したラギ?」

「あぁ?!」

(,,゚Д゚)「殺すんなら俺だけのはずだろ」

「それは……」

言葉を最後まで聞くことなく、トラギコは銃爪を引いて二人を射殺した。
ようやくこれで終わりだ。
楯にしていた死体を手放し、一息吐く。
ジャケットの中に証拠品がしっかりと残されていることを確認してから、トラギコは階段を急いで駆け下りた。

――消防車はそれから間もなく到着し、消火活動が行われた。
通報によって数台のパトカーが来たが、その内の一台乗ってトラギコは警察署に戻ることになった。
運転していた警官が言うには、所長がトラギコをすぐに呼び戻すように命令したとの事だった。
ビロードは所長命令で別の場所で起きた強盗事件の対応をしているようで、ここには来れないらしかった。

警察署に着いてからすぐに、トラギコは所長室に連れて行かれた。
すでに昼の二時だった。
そして、無言のまま三十分以上固い椅子の背もたれに背中を預け、トラギコは欠伸を噛み殺そうともしなかった。
軋みを上げる彼の椅子とは対照的に、サナエの椅子は肉厚なクッション素材で快適そうだった。

金の使い所で人となりが分かるとはよく言ったものだが、サナエの金の使い方は、彼女の人間性を的確に示しているようには見えなかった。
机の上で腕を組んでひたすらに睨みつけてくる彼女の思考は、果たして、何に対して重きを置いているのだろうか。
そして今、何を言いたいのか、まるで分からなかった。
サナエがようやく口を開いたのは、トラギコが部屋に備え付けられているコーヒーメーカーで淹れた三杯目のコーヒーを口にした時だった。

▼ ,' 3 :「お前は何がしたいんだ、トラギコ」

(,,゚Д゚)「あんたが望んでいる通りさ、所長。
    一人で事件を解決しようと躍起になってたら、思わぬアクシデントが起きてね。
    ホテルが全焼する前に消防が来たおかげで、火事による死者はゼロ。
    犯人に射殺されたのは八人。

    死者を最小限に抑えられなかったと言えば、その通りですけどね」

炎は六階と七階を燃やしたが、それ以下の階には煙による被害だけで済んでいた。
後で分かった事だが、消火設備も警報装置も破壊されており、火事が発生している事を通報したのはトラギコが最初だった。

(,,゚Д゚)「俺がしたいのは、あの事件を起こした糞野郎を捕まえる事ラギ」

▼ ,' 3 :「だからと言って、何も殺す必要はなかったんじゃないのか」

(,,゚Д゚)「なら殺されろと?証拠を隠滅するよう指示を受けてきた連中が話し合いに応じると本気で思ってるラギか?
    しかも、あのホテルにいた無関係な人間を殺した以上、説得は無理ラギ」

▼ ,' 3 :「可能性はゼロじゃない。
     我々は最善を尽くすべきだ」

269名無しさん:2018/11/26(月) 19:55:46 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「手前が俺一人でやるように仕向けておいて、よく言うラギね。
    可能性がゼロじゃないなら、どうして俺一人で捜査させてるのか、納得のいく理由を話してもらうラギよ」

だがサナエの眼は揺るがない。
態度も、姿勢も、何一つ揺るがなかった。

▼ ,' 3 :「ジュスティアの時はどうだったか知らないが、ここはジャーゲンだ。
      この街にいる警官の人数と発生する事件の頻度、そしてその対応に必要な人員を考えてもらおうか。
      贅沢出来るような場所じゃないんだよ、ここは」

(,,゚Д゚)「手前等が怠慢だったからだろ、それは。
    数字を語りたいんなら、俺が来てから逮捕・補導した糞共の数がどれだけ増えたか見てからにしてもらうラギ。
    現段階で、すでにこの署で最高の検挙数ラギ」

▼ ,' 3 :「……それだよ、トラギコ。
     お前が来てから事件に警官が駆り出されることが増えた。
     つまり、お前のせいでもあるんだ。
     分かるか、お前がお前の首を締めてるんだ」

人は怒りを通り越すと憐れみや呆れの感情を抱く。
トラギコは今、サナエの発言に対してその両方の感情を抱いていた。
こんな女が何故ここで所長を務められているのか、理解に苦しむ。

(,,゚Д゚)「警官が治安維持のために駆けずり回るのは当然ラギ。
    それを怠ってきて、ようやく普通になった途端に俺のせいで仕事が増えただ?
    真面目に生きている連中が馬鹿を見るような街に加担してる奴が、偉そうな口を利くなよ」

▼ ,' 3 :「お前こそ、誰に口を利いているのか分かっているのか?」

サナエが目を細めて、トラギコを睨めつける。
だがトラギコにとって、その視線は別段何かを感じるような物ではなかった。
経験から来る鋭い眼光ではなく、立場と年齢から生み出す眼光は恐れる対象ではない。

(,,゚Д゚)「当たり前だろ。
    初心を忘れた馬鹿に口利いてんだよ、俺は」

▼ ,' 3 :「ヴェガの時もそうだったらしいが、お前はルールを破るのが趣味のようだな。
     少し休暇でも取らせてやろうか」

(,,゚Д゚)「人手不足の時に休むわけにはいかねぇし、あの糞野郎がまた何かをする前に捕まえたいんだよ、俺は。
    何かが起きてから動くのは誰にだってできるラギ。
    それこそ、警察じゃなくてもいいラギ」

▼ ,' 3 :「吼えるのも結構だが、仕事であることを忘れるなよ。
      次にお前が何かやらかしたら、私は本部にお前を懲戒免職にするよう連絡をする」

(,,゚Д゚)「やりたきゃやれよ、今すぐにでもな」

270名無しさん:2018/11/26(月) 19:56:07 ID:Wp8t4WeI0
最終的にサナエが使ったそのカードは、トラギコが彼女に対して完全に見切りをつけるのには十分すぎるものだった。
権力を武器に使った時点で、この女は根本的な解決を求めているのではなくトラギコに対する沈黙と服従を要求したことになる。
つまり、見ているのは自分の保身であり、事件の解決ではないのだ。

▼ ,' 3 :「正直、お前にこの仕事は向いていない。
      いいか、警官は法律を守らせる存在なんだ。
      警官が法律を破ってまで法律を守らせるなど、矛盾も甚だしい。
      我々は雇われている存在だという事を忘れるなよ」

トラギコは今、目の前に座る権力に酔った豚と話す気持ちはなかった。
話しても不毛であり、時間の無駄にしかならない。
こちらが正論を言ったとしても、懲戒免職のカードを出して会話を打ち切られることだろう。
ならば懲戒免職される前に、この事件を解決したかった。

そのためには証拠品を鑑識課へと渡し、街に行って犯人の手掛かりを掴みたかった。
バーバラ・ホプキンスという人間を探し、誰からの依頼なのかを突き止めれば証拠品以外からのアプローチで犯人に近づける。
無言のまま立ち上がり、出口へと向かう。

▼ ,' 3 :「返事ぐらいしたらどうだ」

(,,゚Д゚)凸

トラギコは振り返らず、中指を立てて返事をした。
扉を閉め、前を見るとドクオ・マーシィが白い歯を見せて笑っていた。

('A`)「ようトラギコ。
   クビにでもなったか?」

ドクオは皮肉気にそう言ってトラギコの肩を叩いた。
恐らく盗み聞きをしていたのだろう。

(,,゚Д゚)「その日も近いかもな。
    だがその前に、やることはやるラギ」

('A`)「お前ならそう言ってくれると思ったよ。
   ……鑑識からの回答が来た」

声を潜め、ドクオはトラギコを連れて部屋の隅へと向かう。

(,,゚Д゚)「そいつは嬉しいラギね。
    で、何だって」

('A`)「指紋が一つだけ見つかった。
   だが、この街にある犯罪者名簿にない指紋だった」

(,,゚Д゚)「登録が無い?つまり、余所者ってことラギか?」

('A`)「俺もそう思ったんだが、これだけの影響力を持つ人間が、街に無関係な人間とは思えない。
   少なくとも犯罪者のデータベースには登録がなかった」

271名無しさん:2018/11/26(月) 19:56:27 ID:Wp8t4WeI0
少なくとも掃除屋や運び屋の物ではないはずだ。
彼らはいつ犯罪の一端を担わされるか分からない仕事であるため、指紋は間違っても現場や品物に残すことはない。
犯人に極めて近い人間のそれであることは間違いなさそうだ。

(,,゚Д゚)「まだ登録されていないだけで、初犯の可能性もあるのか」

しかし、初犯にしては手口が手馴れているようにも思えた。

('A`)「もう一つある。
   未成年で一度ムショにぶちこまれた奴だ。
   未成年なら指紋情報はなかったことにされる」

(,,゚Д゚)「また未成年問題ラギか。
    釈放されても履歴が残らないってのが問題ラギね」

('A`)「全くだ。
   それと、お前が調べていた三人の男。
   あいつらは白だ」

徹夜で探し出した資料の三人の素性について、トラギコはドクオに調査の協力を依頼していた。
一人でやりきることは極めて非効率的であり、同僚の協力を得るのは警官として当たり前の話だった。
そしてドクオは、そんな当たり前を行ってくれる人間だった。

('A`)「全員、再犯でムショにいたよ。
   しかも、その内の二人は獄中でナニを潰されて切除されてる。
   指紋も一致しなかった」

(,,゚Д゚)「となると、やっぱり未成年の可能性が高いな」

('A`)「俺に出来るのはここまでだ。
   お前が呼び出される前に、所長に釘を刺されちまってな」

やはり、あの所長のすることはどうにも気に入らない事が多い。
頑なにトラギコの仕事の邪魔をするのは、最早意地のようなものが彼女を動かしているとしか思えない。
確かに、どれだけ彼女が努力をしても達成し得なかった検挙率の向上と犯罪率の低下をトラギコが変えてしまったのだから、面目は丸つぶれだろう。
だがそれは彼女が自ら招いた行為であり、いわば自業自得なのだ。

(,,゚Д゚)「いいんだ、気にするな。
   貸し一つラギね」

('A`)「いや、俺はお前に借りが山ほどあるからそこから削っておくさ。
   俺が言えたことじゃないが、この事件は根が深いぞ」

ドクオが手を貸せるのも限界がある。
これ以上は彼の首に関わってくる。
あの所長ならば、そうしかねない。
権力を武器として一度振るえば、それ以降は良心の呵責も躊躇もなくなる。

人間とはそういう生き物なのだ。

272名無しさん:2018/11/26(月) 19:56:48 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「知ってるさ。
    今からちょっと出かけて、施設の連中に注意を促してくる。
    もし時間があれば、バーバラってやつの居場所を調べておいてくれ」

('A`)「分かった。
   俺達もパトロールがてら、施設に声がけするよう連絡しておく」

(,,゚Д゚)「助かる。
   じゃあ、またな」

‥…━━ 十二月十二日 午後四時 ブルーハーツ児童養護施設 ━━…‥

ジャーゲンの郊外に、ブルーハーツ児童養護施設はあった。
古びた建物は何度も修繕と改築が行われ、廊下や壁は絶えず傷がついていた。
三階建ての鉄筋コンクリート製ではあるが、外壁には血管のように蔦が絡みつき、小奇麗には見えない。
建物の周囲を囲む金網のフェンスも心もとなく、ペンチが一つあれば簡単に穴を空けられる貧相な作りだった。

それでも、雑草などは定期的に処理されているため、陰鬱な施設というよりも使い込まれた施設という印象を見る者に与えた。
施設責任者は建物に残された傷は子供たちの成長の証であると断言し、叱るべきものではないと職員に口癖のように話していた。
そのせいも有ってか施設の中は大分朽ち果てた様な、古い屋敷を思わせる雰囲気が漂っていたが、決して暗いものではなかった。
安心感とも言えるそれは、古民家が持つ空気に酷似している。

施設の割には広い庭には、巣立った子供たちが大人になり、感謝の証として寄付した遊具や果樹がある。
果樹は子供たちの食事を支えるだけでなく、遊び場としての役割も持っていた。
何度枝が折れても、果樹は子供たちを優しく見守り、太い幹で彼らに遊び場を提供した。
施設の運営に必要な金は街の補助金と、寄付金で賄われていた。

ジャーゲンにある多くの児童養護施設がそうであるように、ブルーハーツもあまり贅沢な暮らしは出来ていない。
街中にある施設の数は上昇傾向にあり、受け入れている児童の数で補助金が大きく変わってくる。
互いに潰し合わないよう、各施設は役割を分担することで組織化し、補助金を奪い合うという事のないよう工夫をした。
この施設が担当するのは六歳から十二歳までで、それ以下や以上の年齢になると、別の施設に移動することになる。

そして最終的に十八歳になった時点で働き始め、施設を巣立つことになるのだ。
施設長は子供たちの事を溺愛しており、赴任してから毎日欠かさず日誌を付けている。
その日誌は膨大な数に膨れ上がり、三十年以上の日誌が倉庫に保管されていた。
事細かに書かれた日誌からは施設長が子供たち一人一人に目を向け、見守っているのかが読み解く事が出来る。

更に、子供たちの抜け落ちた歯もしっかりとケースに入れて保管してあり、その愛情深さは確かな物だった。
イトーイはブルーハーツにいる子供たちの中で、一番活発な十二歳の男児だった。
木登りをすれば梢まで行き、喧嘩をすれば必ず相手に怪我を負わせた。
だが決して、弱い者には手を出さない男児でもあった。

しかし彼は自分のことについて話すことはなく、周囲の子供たちが将来の夢を語る中で頑なに口を閉ざし、職員たちを困らせていた。
来年の春にはここを巣立ち、別の施設に行くことについては不満を漏らしていないが、何が原因なのかは誰にも分からないでいた。

十二月十二日、午後四時。
イトーイにとって、その日は一生の思い出になる日だった。
いつものように施設の中で遊んでいると、見知らぬ男が玄関に現れた。
その男は黒いダウンのコートを着ており、目つきは極めて悪かった。

273名無しさん:2018/11/26(月) 19:57:09 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)

逆立ったブロンドの髪も厳めしいが、彼の放つただならぬ雰囲気にイトーイは気圧された。
施設長と会話をしている様子を見る限りでは、悪人には見えない。
男が途中で懐から警察官だけが持つ身分証を取り出したのを見た時、イトーイは一気に興奮した。
施設長と男が話しているのを知りながらも、男の傍に駆け寄った。

以`゚益゚以「おじさん、警官なの!?」

「こら、イトーイ。
向こうに行ってなさい、今お話をしているでしょう」

窘められ、イトーイは大人しく下がった。
だが男から目を離すことなく、二人の話が終わるのを待った。
五分ほど経った頃、男はイトーイの眼を見た。

(,,゚Д゚)「坊主、話でもするラギか?」

以`゚益゚以「うん!」

「あら、刑事さんいいんですか?」

(,,゚Д゚)「気にしないでくれ。
   今の内に戸締りとセキュリティの確認を」

「イトーイ、迷惑をかけてはいけませんよ」

以`゚益゚以「分かってるよ!」

施設長は軽く会釈をして、その場を去った。
男はその場に屈んで、イトーイに目線を合わせた。

(,,゚Д゚)「で、俺に何か訊きたいことでもあるのか?」

以`゚益゚以「おじさん、警官なんでしょ!俺も将来警官になりたいんだ!」

イトーイは男の手を握った。
ゴツゴツとした手で、肌は乾燥していた。
だが優しさが伝わる不思議な手だった。

(,,゚Д゚)「ほぅ。
    なんで警官なんかになりたいラギ?
    正直、給料は良くねぇラギ」

イトーイは首を横に振る。

以`゚益゚以「俺、悪い奴らが嫌いなんだ」

274名無しさん:2018/11/26(月) 19:57:29 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「悪い奴ら、か。
    中々頼もしいことを言うじゃないか、イトーイ。
    なら、働く先はジュスティアだな」

以`゚益゚以「うん。でも俺、この街で働きたいんだ。
      ほら、この街って嫌な奴が多いだろ?だから俺が片っ端から捕まえてやるんだ!」

(,,゚Д゚)「ははっ、いいな。
    なら今の内に鍛えておかないとな。
    どれ、ちょっとパンチをしてみろ」

男は手を広げ、そこに拳を打ち込むように指示をしてきた。
イトーイは遠慮なく、本気でパンチを放った。
男の手にイトーイの拳が当たる小さな音がした。

(,,゚Д゚)「いいパンチだ。
    だけど、惜しいラギ。
    パンチは腰を入れて、脚の力を利用して打つラギ」

そして男はイトーイにいくつかのコツを教え、再度パンチを打ち込ませた。
先ほどとは比べ物にならない程の大きな音が聞こえた。
自分自身、これほど大きな音が鳴るとは思っていなかったイトーイは驚き、己の拳を見た。

(,,゚Д゚)「良い筋をしてるな、イトーイ。
    もし困っている人がいたら、そのパンチをお見舞いしてやれ。
    パンチだけじゃなくて、足の速さも必要ラギ。
    いいか、体力と知識がなけりゃいい警官にはなれねぇぞ。

    勿論、飯で好き嫌いは無しラギ」

以`゚益゚以「分かったよ、おじさん!」

(,,゚Д゚)「いい返事だ、イトーイ。
    だが、俺はおじさんじゃねぇ。
    俺はトラギコって言うラギ、よろしくな」

トラギコと名乗った男が握手を求めて来たので、イトーイは喜んでその手を握った。
力強く握り返され、少し驚いた。

(,,゚Д゚)「いつかお前と同じ職場で働くことになる男の名前だ、覚えておいてくれよ」

以`゚益゚以「うん!」

(,,゚Д゚)「それと、もう一つだけいいか」

以`゚益゚以「何?」

275名無しさん:2018/11/26(月) 19:57:52 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「警官に必要なのは体力だけじゃねぇんだ。
    ガッツが無いと、何も出来ねぇラギ。
    いいか、ここぞという時に動ける勇気とガッツを忘れるな。
    それがあれば、大抵の事はどうにかいくラギ」

以`゚益゚以「勿論、忘れないよ!」

(,,゚Д゚)「よし、それじゃあ飯を食ってよく眠るんだ。
    またな、イトーイ」

最後にトラギコはイトーイの頭を撫でて、施設を後にした。
その背中を見送ってから、イトーイは夕食を食べるために食堂へと駆け足で移動した。
まずは体力を身につける。
そのためには食事をする事が大切であり、好き嫌いはしないのが基本だ。

夕食を見ると、彼の苦手なピーマンの料理だったが、それを全て平らげ、お代わりもした。
施設長は驚き、何があったのかと訊いてきたが、イトーイは何も言わなかった。
彼の夢が実現した時に初めて、施設長に伝えるのだ。
それまではトラギコ以外に、彼の夢を語るつもりはなかった。

「皆さん、今日は特別なデザートがありますよ。
男の子と女の子でケーキが違うから、喧嘩をしないで食べるんですよ」

施設長が皆にケーキを振る舞い、誰かの誕生日でもないのにそれが食べられることが嬉しかった。
だがイトーイは、ケーキを年下の子供たちに譲った。
まずは一歩。
誰かのために何かをしてあげられる人間になる、その練習だ。

夕食後、イトーイは初めて自主的に勉強部屋へと行き、教科書とノートを広げた。
警察の試験がどのような物かは分からないが、とにかく、勉強をしなければならないと考えたのである。
苦手な算数を学び、少しでも知識を増やそうと努力をした。
勉強がこんなにも楽しく、そしてやりがいのあるものだとは知らなかった彼は、知識を吸収することの楽しさを感じていた。

風呂に入る前に、イトーイは部屋でトレーニングをすることにした。
八人部屋の中でイトーイだけが黙々とトレーニングを行い、他の子供たちはトランプに興じていた。
いつもは八人でトランプに興じるのに、と不思議そうにイトーイを眺めては、子供たちは首を傾げた。
風呂に入ってからも、イトーイの興奮は冷めなかった。

トラギコとの出会いは人生の中で最も刺激的で、最も感動的な物だった。
正直なところ、イトーイはこれまで警察官は勿論だが、大人という生き物が好きではなかった。
だが、ある日を境に警察官に対して、そして大人に対しての見方が変わったのだ。
街に蔓延っていた悪党たちを痛めつける、虎と呼ばれる警官。

その警官の話を聞いた時、イトーイは胸がときめくのを押さえられなかった。
本の中だけにいると思っていた正義の味方は、実在していたのだ。
そしてトラギコを見た瞬間、イトーイは彼が虎と呼ばれる警官であることを確信したのであった。
消灯の時間となり、各々は部屋へと戻っていく。

276名無しさん:2018/11/26(月) 19:58:15 ID:Wp8t4WeI0
建物の一階に六歳から八歳。
二階に九歳から十一歳。
そして三階に十二歳の部屋がある。
男女は別々の部屋に分かれてはいるが、その行き来は自由だった。

施設関係の人間は各階の一室におり、何かあった際にはすぐに駆けつけられるようになっていた。
瞼を降ろしても一向に眠気が訪れない。
そのまま時間だけが過ぎていく。

物音に気付いたのは、果たして何時の事だったのだろうか。
音は一階から聞こえているようだったが、誰も止めない事から、施設の人間が何かをしているのだろうと思った。
だが音が二階へと移り、音の正体は幽霊ではないだろうか、と思い、布団を頭から被った。
早く音が聞こえなくなることを願いながら、瞼を強く閉じる。

そして音が三階へと移ってきた時に、背筋に寒い物を感じた。
極めて気持ちの悪い何かを察知し、体が反応したのだ。
音は隣の部屋から聞こえていた。

軋むような音。
バタバタとした音。
せき込むような音。
すすり泣くような声。

隣にいるのは女子たちだ。
何をしているのか。
何が起きているのか、耳を塞いでも音が聞こえてくる。
純粋に怖かった。

体が竦み、布団から出ようとさえ思えない。
このまま眠りに落ちて、気が付けば朝になればいいのにと願うが、音は止まない。

「……けて」

それは、人の声だった。
聞き覚えのある声だった。

「え……」

助けを求める声。
それが隣の部屋から聞こえている。
何を怯えているのだ、自分は。
トラギコに言われたことをまるで無視し、あまつさえ、自分が目指すべきものにあるまじき行為をしている。

恐怖から目を逸らし、逃げている。
それでは警官になれない。
正義の味方になることなど、出来ない。
誰かが助けを求めているのならば駆けつけ、手を貸してやらなければならないのだ。

277名無しさん:2018/11/26(月) 19:58:38 ID:Wp8t4WeI0
布団から顔を出し、しっかりと目を開く。
息が荒い。
心臓が早鐘を打つ。
落ち着けと言い聞かせ、その時、不自然なことに気付いた。

この部屋から寝息が聞こえない。
いつもイビキをかいているトッドでさえ、まるで息をしていないようだ。
今、隣の部屋の異常事態に気付いているのはイトーイだけ。
やるしかない。

今が、覚悟を決める時なのだ。
ベッドから降りて、野球バットを持って部屋を出る。
木製のバットならば、立派な武器になる。
野球で何度も振るってきたこともあり、イトーイにとっては使い慣れた武器だった。

女子の部屋の前に立つと分かるが、やはり気のせいでなく、隣の部屋からは僅かに声が漏れ出ている。
肉と肉がぶつかり合うような、水を握り潰すような音もする。

以`゚益゚以「あ……っ……」

声をかけようにも、何故か声が出ない。
掠れて声にならない。
力が入らない。
こんなにも恐ろしいのに、足は前にも後ろにも動かなかった。

見えない物を恐れていては、何にも立ち向かうことなどできない。
勇気を振り絞らなければならないのは、今。
息を吸って、どうにか吐き出す。
この所作を数度繰り返し、気持ちを整える。

勇気が欲しい。
ほんのわずかの勇気で良い。
湧き出てきた勇気は、彼の足を前に動かした。
扉に手をかけ、静かに開く。

異様な匂いがした。
そして、異様な光景が目に飛び込んできた。

男が女子を抱きしめ、腰を動かしている。
女子の小さな手足が力なく揺れ、男が腰を動かすたび、呻き声が聞こえた。
今にも消え入りそうな呻き声は、何かに口を塞がれているせいでそう聞こえるだけで、実際は叫び声だった。
男は扉に背中を向けているため、顔を見ることが出来ない。

そのおかげで、イトーイもその存在を悟られていない。

(:::::::::::)「ふぅ……ふぅ……!」

278名無しさん:2018/11/26(月) 19:58:59 ID:Wp8t4WeI0
男の声が聞こえる。
気持ちの悪い男の声が。
周囲を見ると、床の上に女子たちが倒れていた。
寝巻がはだけている者や、裸の者もいた。

全員、息をしていなかった。
恐怖が再びイトーイの体を支配した。
何が起きているのか、まるで思考できない。
女子たちは何をされたのか、それすらも分からない。

だが分かることが一つだけあった。
この男は、悪であると。

以`゚益゚以「あっ……!!あああああ!!」

声が出た。
そして、イトーイはバットを振りかぶり、男の背中に振り下ろした。

(:::::::::::)「ってぇな!!」

次の瞬間、イトーイは文字通り吹き飛んだ。
顔を殴られ、イトーイは意識を失いかけながら廊下に転がり出た。
鼻血が顔中に付着し、眼からは涙が溢れ出た。
痛かった。

だが、それ以上に怖かった。
バットで殴りかかったのに、男はまるでびくともしていない。

(:::::::::::)「うっ!!くぅ……あぁぁ……」

男は気持ちよさげに声を上げ、体を震わせた。
女子の手足はいつの間にか動かなくなっていた。

(:::::::::::)「ったくよ、何でお前、生きてんだよ」

男が立ちあがる。
男は下半身に何も履いていなかった。
股間だけが異様に盛り上がり、それが濡れているのが見えた。
闇夜の中で、男の顔は良く見えない。

男が近付いてくる。
このままでは殺されると判断したイトーイの体は、自然と動いていた。

以`゚益゚以「こ、こ、こいよ!!」

バットを杖に立ち、それを構えた。

(:::::::::::)「男をどうにかする趣味はないんだよ、雄ガキが。
    俺の愉しみを邪魔しやがって」

279名無しさん:2018/11/26(月) 19:59:20 ID:Wp8t4WeI0
あっけなくバットは蹴り飛ばされ、イトーイも同様に再び床に転がることになった。
しかし不思議と、先ほどまでの恐怖はなかった。
今は、戦わなければならない時だというのが分かっていた。
彼の小さな体は命の全てを燃やし尽くす覚悟が決まっていた。

(:::::::::::)「ぶっ殺してやるよ」

蹴られたのは左肩だった。
利き手ではない。
ならば、バットが無くても武器はある。
トラギコが褒めてくれた拳がある。

正義の味方が認めてくれた、イトーイの誇り。
これから先、大勢の人間を救うことになる拳だ。
今なら分かる。
怖いのは死ぬことではない。

何もせず、何も出来ずに死んでいくことが怖いのだ。
拳を握り固める力が強くなる。

以`;益;以「うわぁぁぁぁぁ!!」

叫び声を上げながら飛び起き、助走をつけて男に殴りかかった。
狙うは顔面。
一矢報いるための一撃。
拳は確かに男の顔を捉えた。

(:::::::::::)「……なんだ、そりゃ」

しかし、イトーイの渾身の一撃はまるで効果がなかった。
代わりに、男の拳がイトーイの腹を襲った。

以`;益;以「げふっ!?」

(:::::::::::)「ガキのパンチが効くかよ」

そんなはずはない、とイトーイは混濁した意識の中で否定した。
この拳はトラギコが認めてくれたのだ。
絶対に効くのだ!

激痛で涙が流れ、呼吸が落ち着かない。
それでも彼は立ち上がろうとした。
小さな体を健気に震わせ、満身創痍のボクサーのようにふらつく足と手で、どうにか上半身を起こす。
男の足がイトーイの背中を思い切り踏みつけた。

何かが折れた。
何かが爆ぜた。
体の中で何かが溢れて、そして、それは己の命に係わる事だと理解出来た。
口から血を吐き出し、咳き込んではまた血を吐く。

280名無しさん:2018/11/26(月) 19:59:48 ID:Wp8t4WeI0
それでもまだ、彼の心までは折れなかった。
拳にはまだ力が入る。

(:::::::::::)「死ねよ、ガキが!!」

以`;益;以「あああああああああ!!」

雄叫びにも似た声を上げ、イトーイは男に飛び掛かった。
そして男の髪を掴み、思いきり引っ張った。

(:::::::::::)「……っの野郎!!」

男がイトーイを引き剥がそうとするが、イトーイは声を上げながら抵抗を続けた。

以`゚益゚以「ああああ!!」

(:::::::::::)「うるせぇんだよ!!」

男の手がイトーイの首を掴んだ。
一気に力が込められ、イトーイは呼吸が出来ない状態に陥った。
顔に血が溜まるのが分かった。
意識が遠のく。

全身から力が抜けていく。
イトーイの手が男の髪から離れた。
その隙に床に叩き付けられ、イトーイの意識がより一層遠ざかる。

(:::::::::::)「この!!」

腕が踏みつけられ、イトーイの細い腕は呆気なく折れた。
もう、パンチを繰り出すことは出来ない。
それでもまだ拳は残されている。
夢はまだ追える。

諦めてはいけない。
せめてもの抵抗として、イトーイは男を睨みつけた。

(:::::::::::)「糞!!」

拳が潰された。
イトーイが抱いた淡い夢の懸け橋となるはずだった、小さな拳。
トラギコが認めてくれた拳。
これから大勢の人間を救うことになるはずだった拳。

男に一矢報いた拳。
今は、握り固めた状態で指の骨が砕け、再び自らの意志で開閉することは出来ない。
この手で夢は追えるのだろうか。
誰かを救うはずの手は、何かを掴めるのだろうか。

281名無しさん:2018/11/26(月) 20:00:08 ID:Wp8t4WeI0
ここで夢も命も終わるのだろうか。
朦朧とする意識の中、イトーイは自分が叫んでいることにさえ気付けていなかった。

(:::::::::::)「ガキが!!」

嗚呼。
誰か。

以` 益 以

誰か。
助けて。

(:::::::::::)「俺の!!」

正 義 の 味 方 ――

(:::::::::::)「愉しみの!!」

―― ト ラ ギ コ

(:::::::::::)「邪魔しやがって!!」

そして。
イトーイが最後に見たのは顔に迫る靴の裏。
イトーイが最後に感じたのは痛み。
イトーイが最後に願ったのは、救済だった。

正義の味方に救いを求める声は誰にも届くことなく、無慈悲に踏み潰された。
十二月十三日。
雪がちらつくその日、イトーイはあまりにも短い生涯を終えた。

――後にCAL21号事件と呼ばれるこの事件を解決へと導いたのは、一人の少年の命がけの抵抗だった。

282名無しさん:2018/11/26(月) 20:00:38 ID:Wp8t4WeI0
これにてPart1は終了です
続きは土曜、もしくは日曜日に投下いたします

質問、指摘、感想などあれば幸いです

283名無しさん:2018/11/26(月) 20:30:59 ID:xrqR9oEg0
乙です!

284名無しさん:2018/11/26(月) 23:24:58 ID:DX7t.0Oo0
イトーイ...間に合って欲しかったよ

285名無しさん:2018/11/27(火) 01:21:42 ID:yONhuhIA0
おつ ほんと内容が濃くてすき

286名無しさん:2018/11/27(火) 08:02:45 ID:7uIxrrBI0
乙です!
イトーイ……

287名無しさん:2018/11/29(木) 20:31:14 ID:dCQchJxk0
。゚( ゚��ω��゚)゚。イトーィ……

288名無しさん:2018/12/01(土) 19:10:29 ID:yfh5T2360
明日VIPでお会いしましょう

289名無しさん:2018/12/02(日) 02:37:47 ID:9RrSNILU0
続きめちゃくちゃ気になってた 楽しみ

290名無しさん:2018/12/02(日) 19:32:07 ID:iFpjL1OU0
(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1543744368/

291名無しさん:2018/12/03(月) 18:56:42 ID:/d4jdjY20
‥…━━ Part2 ━━…‥

‥…━━ 十二月十三日 早朝 ブルーハーツ児童養護施設 ━━…‥

通報を聞き、警察車両とトラギコ・マウンテンライトが現場に到着したのは明け方四時の事だった。
救急車に続々と人が乗せられ、運ばれていく。
昨日トラギコが不審者や不審物に気を付けるように言ったばかりの場所だっただけに、彼は行き場のない憤りを胸に抱いた。
建物に入ると、まだ一階から子供たちの死体を運び出している状況だった。

生存者はすでに病院に運ばれ、この建物に残っているのはすでに事切れている子供だけだった。
生存者は僅か三名。
全員が性器に重度の傷を負わされ、瀕死の状態だった。
残った死体も一目でそれと分かる性的な暴行を受け、殺されていた。

ただし、性的暴行を受けたのは全て女児で、男児が性的暴行を受けた痕はなかった。
男児は皆ベッドの上で絶命しており、詳細はまだ分からないが、毒が使用されたようだった。
三階に上がると、廊下に見知った顔の子供が倒れていた。
イトーイだった。

一目で首が折られて絶命しているのが分かった。
彼だけが唯一の例外であり、間違いなく犯人と対峙したことが分かる。
見開かれた虚ろな瞳がトラギコを見つめていた。

(,,゚Д゚)「……イトーイ」

死体のそばに屈んで、小さく名前を呟いた。
返事など、当然ない。
子供が大人に勝てるはずがないのに、イトーイは立ち向かったのだ。
恐ろしかっただろう。

痛かっただろう。
悔しかっただろう。
抵抗しなければ、彼は生きていられたはずだ。
しかし、現場に落ちているバットや状況を見れば分かる通り、彼は隣の部屋にいた女児たちを救おうとしたのだ。

ジュスティアにもこれほど勇敢な警官はそういない。
生きていれば優秀な警官として、大勢の人間を救ったことだろう。
ふと、イトーイの潰された手に目が行き、そこで止まった。

(,,゚Д゚)「これは……!!」

彼の手には人の毛髪が何本も絡みついていた。
この状況で言えることは、この毛が犯人の物である可能性が極めて高く、今ここで採取するのが正解だと判断した。

(,,゚Д゚)「鑑識!!すぐに来てくれ!!」

切羽詰った様子のトラギコの叫びに、鑑識官が階段を駆け上ってきた。
以前から何度も顔を合わせているため、すっかり馴染となった男だ。
現場を調べることに関しての腕は確かで、彼ならば安心して証拠品を任せられる。

292名無しさん:2018/12/03(月) 18:57:14 ID:/d4jdjY20
( ''づ)「どうしたんですか?」

(,,゚Д゚)「この小僧の手にある毛髪を採取しろ、今すぐに」

言われた通り、鑑識官はピンセットで毛髪を採取し、一本残らず袋に詰める。
しっかりと袋の封を締め、採取日時と場所を書いた。

(,,゚Д゚)「俺の予想だと、もうそろそろ連絡が来るはずラギ」

今回は掃除屋よりも早く現場の確保に成功したから良い物の、前回のように途中で奪われでもしたらイトーイの努力が無駄になる。
彼が得た証拠品以外にも現場には山のように痕跡が残されていた。
本来であればこれほど杜撰な犯行に及ぶ人間でありながら、これまでに証拠が出てこなかったのはあまりにも速すぎる掃除屋の対応が問題だったと言えよう。

( ''づ)「掃除屋ですか?ですが、ここの施設の人間が同意をしなければ……」

これまでは被害者が単独で、保護者からの依頼によって遺体の清掃が行われた。
だが、このような施設の場合はその決定権を握るのは施設長だ。
施設関係者は今、警察車両に乗せてゆっくりとした速度で移動している最中だ。
そう簡単に連絡を取って買収することは出来ない。

これまでとは違い、いち早く現場に到着できたのはトラギコ達だったために、相手の動きを封じる事が出来た。
保護された女児と遺体からも男の体液を採取できていたが、毛髪と合わせることで犯人を確実に特定することが出来る。

(,,゚Д゚)「これまでの経緯を見てれば分かるが、相手はかなり強引な手段で証拠を消しに来るラギ。
    だからこの証拠品は俺が預かるラギ」

鑑識官の男は少し考え、袋をトラギコに手渡した。

( ''づ)「この事件、必ず終わらせましょう」

(,,゚Д゚)「あぁ、勿論だ。
    絶対に犯人をムショにぶち込んで死ぬほど後悔させてやるラギ」

ジャケットの懐に袋を入れ、現場をこれ以上汚さないために階段を下りて行った。
一階に到着した時、警官達と揉める一団があった。

「だから、俺達は仕事を依頼されたんだよ!」

「そんな話は聞いていない、今すぐ引き返せ!!」

青いつなぎを着た清掃業者と思わしき男達が道具を手に、入り口を塞ぐ警官達に詰め寄っている。
近くにいた警官にトラギコは声をかけた。

(,,゚Д゚)「どうしたラギ」

「清掃業者が現場の清掃を依頼されたと言っているんです。
我々にそんな情報は来ていないので、通すわけにはいかないんです」

(,,゚Д゚)「俺が話をしてやるラギ。
    少し離れてろ」

293名無しさん:2018/12/03(月) 18:57:45 ID:/d4jdjY20
そう言いながら、トラギコの手はホルスターに伸び、M8000を掴んでいた。
安全装置を解除し、遊底をこれ見よがしに引いて初弾を薬室に送り込んだ。
撃鉄はすでに起き、銃爪に僅かな力を加えるだけで鉛弾が飛び出す。
その銃腔は、清掃業者たちに向けられた。

(,,゚Д゚)「失せろラギ。
    現場を荒らされてたまるか」

「なっ!?俺達一般市民に銃を向けるのかよ!」

一番声と体の大きなその男以外、業者たちは大きく退いた。
警官達も一歩後退し、トラギコと大柄の男が対峙する。
銃腔は男の胸に向けられ、トラギコの指は銃爪に軽く添えられていた。

(,,゚Д゚)「一般市民だろうが何だろうが、捜査の邪魔をするんじゃねぇラギ」

「俺達は仕事を頼まれてるんだ、そっちが邪魔するな!」

どうにも威勢がいい男だ。
何かそれなりの後ろ盾があるのだろうか。

(,,゚Д゚)「俺は優しいからもう一度だけ言ってやるラギ。
    邪魔をするな」

「ははっ、俺にはジャーナリストのダチがいるんだ。
手を出してみろ、すぐにお前の記事を書かせてクビにさせてやるよ。
あぁそれと、俺は寛容だからもう一度だけ言ってやるよ、おまわりさん。
邪魔するな」

威勢の良さの理由が分かったところで、トラギコは安心して銃爪を引いた。
男の膝に穴が開いた。
そして跪き、足を押さえてうずくまる。
凍り付く様な早朝の街に、男の悲鳴と銃声が木霊した。

「あはぁっ!?」

(,,゚Д゚)「ジャーナリストのダチはどこに行ったラギ?あぁ?ほら、遠慮しなくていいから呼べよ」

ジュスティアが契約際に提示している法律の基本セットにおいて、警察官の捜査妨害をした際、警告に従わなかった場合は武力による鎮圧が許可されている。
これはよほどのことが無い限り法改正がされない部分であり、トラギコが多用する法律の抜け道の一つだった。
ジャーゲンでは勿論、この部分は手を加えられていない。

(,,゚Д゚)「今の内に証拠品を集められるだけ集めておけラギ」

「は、はいっ!」

警官達は施設へと戻り、死体の搬出と現場検証を再開した。
残ったトラギコと清掃業者たちは対峙し、一言も発さない状態が続いた。
彼らが待っているのは別の存在がこの状況を変化させることだった。
その存在とは、警察上層部からの撤退指示だ。

294名無しさん:2018/12/03(月) 18:58:09 ID:/d4jdjY20
所長の命令が現場に届けば、その時になって初めてトラギコ達は引き上げることになる。
しかし、その命令が届いていない以上、規定通りに捜査を続行することが出来る。
トラギコの携帯電話が振動したのは、それから数分後の出来事だった。

(,,゚Д゚)「はい」

▼ ,' 3 :『掃除屋がそっちに行っているだろう』

相手の名前を聞くまでもない。
サナエだ。

(,,゚Д゚)「えぇ、来てますよ」

▼ ,' 3 :『掃除をさせろ。
      これは施設からの依頼だ』

(,,゚Д゚)「分かりました。
    では我々が現場から引き上げてから、彼らに施設を任せることにしますラギ」

▼ ,' 3 :『今すぐに、明け渡せ。
      いいか、私の命令を無視すればどうなるか想像できないわけでもあるまい』

(,,゚Д゚)「あぁ、簡単に想像できるラギ。
    あんたが顔を真っ赤にして本部に電話する姿ぐらいな」

一方的に電話を切って、トラギコは施設の中に向けて大声で叫んだ。

(,,゚Д゚)「所長からの伝言だ!!証拠品を集めたら引き上げろとさ!!」

最後の死体が運び出され、トラギコ達が業者に現場を譲ったのはトラギコの言葉から三十分が経過した時だった。
トラギコは鑑識官の男達と同じバンに乗り込み、警察署へと向かう。
車内には運転手を含めて五人の男達が乗り合わせていた。

(,,゚Д゚)「証拠はどれだけ見つけられたラギ?」

質問に答えたのは、トラギコに毛髪を渡してくれた男だった。

( ''づ)「相当な数です。
    指紋、唾液、精液、そして毛髪。
    食堂にあったケーキの箱からも指紋が採取されていますが、現場で採取されたものとは後で照らしあわせることになります。
    ここまで集まれば特定は時間の問題です」

(,,゚Д゚)「よし、上出来だ」

( ''づ)「で、実際のところ所長は何て言ってきたんですか?」

(,,゚Д゚)「さっさと掃除屋に引き渡せってさ。
    三十分で引き渡せたんだ、十分ラギ」

295名無しさん:2018/12/03(月) 18:58:40 ID:/d4jdjY20
すると、助手席から顔を覗かせて別の男が声をかけてきた。

「何で所長はこの事件に触れたがらないんでしょうね」

(,,゚Д゚)「俺もそれが気になってるんだが、まだ確信に至る材料が無いラギ。
    犯人を捕まえればそれも分かるだろうよ」

今度は運転席の男が口を開いた。

「噂になってますよ、トラギコさん。
次何かしたらクビになるって」

(,,゚Д゚)「その時はその時ラギ。
    だがその前にこの事件はきっちりとカタを付けてやるラギ」

「我々も協力しますよ」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    俺には証拠品の分析や採取なんてのは出来ねぇラギ。
    お前達がいないと何も出来ねぇからな」

「はははっ、〝虎〟にそう言われると照れますね」

「トラギコさんがこの街に来るまで、俺達の仕事って言ったらあってないような物でしたから。
こうしてちゃんと事件解決につながる手伝いが出来るのは嬉しいことですよ」

と、別の席の男が同調する。
ジャーゲンの再犯率の高さと法律の無能さを目の前にしてしまえば、気持ちが萎えるのも分かる。
分かるが、それでは何も変わらないのだ。
無気力を環境のせいにするのはあまりにも容易であり、無責任だ。

少なくとも、警察官である以上は嘆いて足を止めてはならない。

(,,゚Д゚)「誰かがやらないんなら、自分がやればいいだけラギ。
    俺がここを離れても、そういう気持ちでやってれば犯罪に手を染める馬鹿は減っていくラギ。
    一朝一夕にはいかないものなんだよ」

最悪の場合、トラギコは懲戒免職を突きつけられても仕方がないと思っていた。
これまでの積み重ねを考えれば、十分に考えられる話だ。
しかし、サナエの発言力は極めて低いことをトラギコは知っていた。
治安維持に失敗し、改善がみられないままの状態で長い時間を過ごしてきた功績は、彼女の無能さと無責任さを如実に物語っている。

対して、少なからず治安回復に貢献してきたトラギコの存在は暴力的と言う面に目を瞑れば、極めてジュスティア的な働きをする警官だった。

(,,゚Д゚)「署に着いたら早速調べを進めてくれラギ。
    俺は別の方面から追い詰めるラギ」

( ''づ)「分かりました。
     気を付けてくださいよ」

296名無しさん:2018/12/03(月) 18:59:19 ID:/d4jdjY20
一行を乗せた車はほどなくして警察署に到着し、鑑識官達は回収した証拠品を手に急いで署内に向かった。
トラギコはバンに戻り、病院へと車を走らせた。
先ほど鑑識官の人間は指紋や体液が、と言っていたが何よりも大きな証拠となるのは生き証人がいる事だった。
生存者が三人いるという事は、少なからず犯人を目撃している可能性がある。

問題は被害者がまだ幼い子供であり、犯人についての証言を拒むという事が考えられた。
しかし、それ以上にトラギコが危惧しているのは彼女達が口封じのために殺されないだろうか、と言う事だった。
前回の様に証拠品を燃やし、トラギコを殺すために一般人を撃ち殺す人間を雇うような人間が背後にいる。
ならば、証人が生きているという事を見過ごすとは思えない。

これまではほぼ完全に証拠を隠ぺいしてきていたが、今度ばかりはそうはいかない。
証拠はこちらで押さえ、確実に犯人を逮捕する。
これだけ大規模に被害者が出た以上、流石のサナエでも本腰を入れざるを得ないだろう。
病院に到着し、先に来ていた婦人警官達と集中治療室前で合流した。

婦人警官は四人おり、全員私服ではあったが、懐から僅かに銃床が覗き見えていた。

(,,゚Д゚)「容体は?」

「全員集中治療室に入っています。
命は助かりそうですが、心の方が……」

やはり、精神的な面でのダメージは大きいだろう。
彼女達がまだその意味を理解していない中で受けた性的暴行は、体だけでなく、心に大きな傷を残す。
男と話すことに対して恐怖を抱くようになれば、彼女達の今後の人生が大きく狂ってしまう。
故に、こうした事件が起きた際には同性の婦人警官が付き添う事になっている。

(,,゚Д゚)「何人ぐらい病院にいられそうラギ?」

「正直、所長次第ですね。
今は四人で待機していますが、いつ戻されるか分かりませんから」

サナエの言い分に、全く理がない訳ではない。
彼女は街全体の治安維持を考えており、一つの事件に集中すべきではないと考えている。
しかし問題は、起きた事件の悪質さと早期対応の必要性を考慮していない点にあった。
街で起きている事件の大半は窃盗や傷害事件であり、強姦殺人事件と並べて考えるような物ではない。

サナエはそこを理解していない節があり、トラギコが関わっていることもあってかまるで理解しようとしていなかった。

(,,゚Д゚)「前の一件を考えると、口封じに来る人間がいるかもしれないラギ。
    用心しておけ」

「えぇ、分かっています」

病室に移されるまでは出来ることはあまりないが、こうして病院で待っていれば、口封じに来た人間を捕えることが出来るかもしれない。
携帯電話に着信があり、トラギコは一度裏口から外に出て、電話に応じた。

(,,゚Д゚)「はい」

▼ ,' 3 :『今どこにいる』

297名無しさん:2018/12/03(月) 19:00:08 ID:/d4jdjY20
電話の主はやはり名乗らなかったが、その声がサナエであることは明らかだった。
苛立ち、今にも爆発しそうな声色だったが、トラギコは無視をすることにした。

(,,゚Д゚)「病院ラギ」

▼ ,' 3 :『掃除屋を撃ったのは事実か?』

(,,゚Д゚)「えぇ、捜査の邪魔をしてきたんでね。
    最初に言っておきますが、法律上、何も問題はありませんラギ」

▼ ,' 3 :『……そのことについて、お前に取材をしたいと言ってきている人間がいるんだが。
     それについて、何かあるか?』

(,,゚Д゚)「別に、何も」

▼ ,' 3 :『いいか、法律上問題が無くても世間がどう見るかは別だ。
      取材に応じ、イメージダウンが無いように答えろ』

本来であれば断りたいところであろうが、そうしないということは何か理由があるに違いない。
トラギコが取材に応じて何が起きるのか、それを想像できない程まだサナエは耄碌していないはずだ。
それでも応じるという事は、取材を申し出た人間が何かしらの力を持っていると考えるべきだろう。

(,,゚Д゚)「ただ、俺は病院からしばらく動くつもりはありませんラギ。
    取材をしたいと言っている奴をこっちに寄越してください」

▼ ,' 3 :『いいだろう。
      くれぐれも余計なことをするなよ』

(,,゚Д゚)「善処しますラギ。
    で、相手の名前は?」

▼ ,' 3 :『……アサピー・ホステイジだ』

その名前を聞いて、トラギコはサナエが何故取材に応じるように言ってきたのか理解出来た。
アサピー・ホステイジはフリーのジャーナリストで、世界各地に飛び回ってはスクープを探し出す、いわばイナゴのような男だ。
この男とトラギコは一度だけ面識があるが、それは警察がマークしていた容疑者を聞きつけたアサピーが余計な行動を起こして容疑者を逃し、激怒したトラギコが彼を拘束した時だった。
曰く、容疑者であってもアサピーには取材をする権利がある、との事だったがその言葉はトラギコの拳で最後まで紡がれることはなかった。

取り逃がした容疑者は捕まえたが、その間に起きた事件の被害者については、アサピーが何か言及することはなかった。
後日、彼は警官に不当監禁されたと新聞に記事を載せ、更には損害賠償を請求した挙句自伝まで発刊したことがある。
彼はマスコミ業界全体に大きなコネを持ち、電話一つでラジオに出演することも出来る程の男だ。
結果、アサピーはジュスティアに立ち入ることを永久に禁止され、警察全体からも敵視されていた。

以降、アサピーは警察に対して否定的な記事を取り上げるようになり、警察のイメージダウンに注力するようになった。
今回彼の取材を受け入れたのは、ジャーゲン警察について根も葉もない記事を書かれるぐらいならせめてトラギコ一人の責任問題にしてしまえばいいという、リスク管理の問題だった。

(,,゚Д゚)「分かりました。
    では場所を伝えておいてくださいラギ」

298名無しさん:2018/12/03(月) 19:00:40 ID:/d4jdjY20
電話を切って、空を見上げた。
空を覆う灰色の雲の向こうにうっすらと青空が見える。
小さな雪が静かに降り、雲がゆっくりと流れていく。
当然のことだが、大勢の子供が凌辱されて殺されても、空は何も変わらない。

しかし、感傷的になっても今は仕方がないとトラギコは思った。

( ><)「トラギコさん、大丈夫ですか?」

振り返るとそこには茶封筒を手に佇むビロードがいた。

(,,゚Д゚)「おう、どうした?」

( ><)「鑑識からトラギコさんに検査結果が出たから持って行くように、と言われて」

茶封筒を受け取り、中の書類に目を通した。
それは死体の残留物から確認された薬物についての調査書だった。
そこには、男児と女児で使用された薬物が異なることが記されていた。
男児には遅行性の猛毒が使用され、女児には強力な睡眠薬の一種が使われたことが書かれていた。

いずれも胃の中にあったケーキから毒が確認され、事件のあった夜に出されたデザートが原因であることが分かった。
施設関係者によると、子供たちへの寄付として送られてきたケーキに、男女で別の物を提供するようにとの添え書きがあったという。
そしてイトーイだけが、己のケーキを食べずに別の子供に渡したという供述が添付されていた。
別の書類には、現場で見つかった指紋と以前に手に入れた指紋が一致したとの旨も書かれていた。

早速鑑識課の人間達が調べてくれたのだと思うと、彼らに頭が上がらない思いだ。
すると疑問になるのが、職員たちは何故あれだけの事が起きていたのに誰も起き上がって対処しなかったのか、ということになる。
その疑問に答えたのは、ビロードだった。

( ><)「事件当日、施設関係者は皆ケーキと共に送られてきた酒を飲んだとの事です。
     どうやら女児に使われた毒と同じものが盛られていたようです」

(,,゚Д゚)「今回は計画的、ってことラギ。
    毒の出所は?」

( ><)「今調査中です。
     配達業者と依頼人についても調査して、箱に残っていた指紋を調べるそうです」

ここまで証拠が出そろえば後は時間次第だが、相手が未成年だった場合にどうするかが問題だった。
未成年の犯罪者は記録が残されず、指紋などの情報は全て処分されている。
その点について、トラギコは別の側面から考えることにしていた。
未成年者の情報はなくとも、犯罪の情報は残っている。

丁度アサピーという打ってつけの情報収集専門家がトラギコの前に来ることも有り、それを利用しない手はなかった。
一件だけ、トラギコは犯人に繋がりそうな事件に心当たりがあったのだ。

(,,゚Д゚)「署の方で何か変わった動きはあるラギか?」

( ><)「今のところありませんが、逆に、まだ対策チームを編成する様子もありません」


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