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(=゚д゚)夢鳥花虎のようです

198名無しさん:2018/09/03(月) 19:54:14 ID:GxVJbkMg0
リングから離れた壁際にドアノブを見つけ、トラギコは駆け寄る。
押しても引いてもびくともしない。
施錠されているのだ。
あの騒動の中、ここが施錠されるタイミングは限られている。

つまり、スタングレネードを投げ入れる直前、トラギコが警告をした時だ。
あの時に何者かがここの扉を閉ざし、何かを封じ込めたのだろう。
勿論、事前に扉が閉ざされていた可能性もあるが、ここの状況確認は制圧直後に現れたヴェガ警察の応援部隊が――

(;,,゚Д゚)「――やられた、くそっ!!」

警察が現場を制圧した際、部屋の鍵がかかったまま放置するはずがない。

(;><)「ど、どうしたんですか?」

(#゚Д゚)「ヴェガ警察の中に裏切り者がいるって話ラギ!」

扉からヴィキーを遠ざけ、蝶番の位置を狙ってUMP45を撃つ。
弾倉の中身全てを撃ち尽くし、コンクリートの壁を砕く。
扉が僅かに傾ぎ、その奥にある暗い空間が見えた。
だが暗すぎて何も見えない。

弾倉を取り換え、薬室に一発送り込む。
待ち伏せされているかもしれない事を考え、スタングレネードを用意する。

(,,゚Д゚)「ビロード、援護しろ」

スタングレネードを隙間に投げ入れ、中にいるかもしれない人間の視覚と聴覚を奪う。
扉を力ずくで開き、中を確認する。
ビロードが背後からライトで中を照らした。

(,,゚Д゚)「……マジか」

そこには、もう一つの扉があるだけ。
そう、もう一つの扉があったのだ。

(;><)「そんな、ここに扉があるなんて設計図には載っていませんでした!」

(,,゚Д゚)「こりゃいよいよ市長が怪しくなってきたラギ」

市長であれば設計図に手を加えることも削除をすることも可能だ。
彼がもつ建物で賭けを行えば場所代を回収することも、そこでの秘匿性を高い状態で維持することも出来る。
二人は一度その部屋を出て、トラギコは影から新たな扉のノブに銃腔を向け、一発だけ発砲する。
金属のノブに銃弾が当たり、直後、扉の向こうから大爆発が起きた。

(;,,゚Д゚)「のわっ!?」

199名無しさん:2018/09/03(月) 19:54:46 ID:GxVJbkMg0
熱風と瓦礫、そして衝撃によってトラギコとビロードの体はリングを囲うフェンスにまで吹き飛んだ。
幸いなことに、安全に吹き飛ぶことが出来たおかげで外傷はないが、爆発の衝撃で耳鳴りが酷かった。
ふらつきながら先ほどの部屋に目を凝らすと、瓦礫の山と化していた。
あれでは扉の向こうにあるかもしれない通路は塞がれ、何より、設計図と作りが違う事を指摘できない。

指摘しても、爆発のせいで塞いでいたはずの過去の通路が現れたと言い逃れをされ、はぐらかされる。
隠し通路の存在と市長を結び付けようにも、このままではどうしようもない。
トラギコの堪忍袋の緒が切れた。
何が何でもこの事件の黒幕を表に引き摺り出し、然るべき裁きを受けさせてやらなければ気が済まない。

例えそれが市長であろうが、誰であろうが関係ない。

(,,゚Д゚)「おいビロード!生きてるラギか!」

(;><)「いてて……」

(,,゚Д゚)「ならいいラギ」

服に付いた汚れを払い、次にやるべきことを整理した。
とりあえず黒幕を殴る事は決めた。
そこに至るまでの経緯を逆算し、今夜の内に決着をつけなければ逃げられると考え至った。
扉に仕掛けられていた爆弾は、万が一に備えての証拠隠滅の罠。

そしてそれを起爆させるのは、余計な好奇心を持った人間だけ。
つまり、トラギコのようにこの扉の存在に気づき、行動する人間だ。
すでに証拠隠滅を図っている可能性が極めて高かった。
追うべきは護送車、そしてその行き着く先だ。

(,,゚Д゚)「刑務所に行くラギ!」

そのままビルを飛び出し、二人はタクシーを捕まえようと大通りに向かう。
すると、二人の前に黒塗りのセダンがブレーキの音を響かせながら急停車した。
助手席の窓が開き、車の搭乗者が顔を出す。
それは、スーツ姿のシラヒゲとイシだった。

( ´W`)「急ぐんだろ?」

運転席でハンドルを握るシラヒゲの言葉に頷き、トラギコとビロードはセダンに乗り込む。
扉が閉まるとセダンは猛スピードで大通りを進み、ヴェガの北に向かっていた。
刑務所とは真逆の方向だった。
気付いた時には扉が強制的にロックされ、逃げ道を奪われていた。

(,,゚Д゚)「……どういうことラギ」

( ´W`)「着いてから話す」

助手席でイシが二人にさりげなく視線を向けている事に気づき、トラギコは黙ることにした。
まさか、この二人が市長に買収されているというのか。
だがそれにしては、トラギコ達から銃を奪おうともしない。
懐に手を入れて相手の出方を見るが、特に何も言ってこない。

200名無しさん:2018/09/03(月) 19:55:10 ID:GxVJbkMg0
目的がよく分からないまま、車はヴェガの市長宅兼役所に到着した。
市長室に通され、高価そうな彫刻が施された木製の扉を開く。

( ・∀・)「やぁ、悪いね、シラヒゲ君」

白髪の混じった黒い髪を後ろになでつけ、豊かな口髭を生やした初老の男はソファの上でグラスに入った透明の液体を飲んでいた。
漂う香りとローテーブルに置かれたボトルから、その液体がブランデーであることが分かる。
一目でそれと分かる上質な生地で作られたグレーのスーツを着込み、その指には金色の指輪が一つずつ嵌められていた。
この男こそが、ヴェガの市長。

賭博の街を統べるモララー・グッドマン、その人である。

( ・∀・)「まぁ座りたまえよ。
     その二人が君の言っていた?」

( ´W`)「はい、市長。
    トラギコとビロードです」

名を呼んだ二人をモララーの向かい側に座らせ、シラヒゲはトラギコの両肩に手を置いた。
動くな、という意味だった。
UMPをさりげなくトラギコの肩から外し、シラヒゲはそれを自らの肩にかける。

( ・∀・)「何か飲むかね?」

(,,゚Д゚)「いらねぇラギ。
    それより仕事に戻らせろラギ」

( ・∀・)「ははっ、まるで獣だな。
     だが、仕事はもう完了しているんだ。
     戻る必要はないよ」

(,,゚Д゚)「……どういうことラギ」

( ・∀・)「これはエンタテインメントと治安維持の一環でね。
     もう何年もずっとやっているんだが、そろそろマンネリ化が酷くて困っていたんだ。
     だから、いっそ大げさにやってアピールしつつ、小さな芽を潰すことにしたのさ」

(,,゚Д゚)「あの二軒のカジノをわざと潰して、示威行動に役立てたってことラギか」

大手の店が取り締まられれば、小さな店は次は我が身と怯え、店を畳んで逃げることになる。
ヴェガの警察は機能し、違法カジノは存在することが難しいと言わしめるための余興。
その余興に付き合わされたと考えると、腸が煮えくり返るようだった。
それならばトラギコが出張る必要はなく、むしろ、新入りの警官だけで十分な話だ。

( ・∀・)「その通りだよ。
     まぁそれに、何事も合法の物だけでは飽きるからね。
     息抜きをするような場所を作って、客を楽しませるのが市長の役目だ。
     こちらは金を得て、向こうは楽しみを得る。

     ウィンウィンの関係というやつさ」

201名無しさん:2018/09/03(月) 19:55:33 ID:GxVJbkMg0
モララーがグラスを傾け、酒を口に含んだ。
売春や薬物の販売について黙認していることは知っていたが、自ら違法カジノを産み出し、潰すというのは全く聞いたことが無い。
むしろ、それならばそれで勝手にやっていてもらいたいことだ。
こちらを巻き込むのは極めて迷惑と言うものだ。

それに、看過できない事が一つあった。

(,,゚Д゚)「変形ラシャン・ルーレットの黒幕は手前ラギか」

( ・∀・)「あれは勝手に運営者が暴走しただけだ。
     私だって人殺しをしているとは思わなかったものでね、流石に今回は厳罰を下すことにしたよ」

(,,゚Д゚)「形はどうあれ、後ろで糸を引いてたのが手前なら、罪は償ってもらうラギ」

薬物などの可愛らしいものならまだしも、殺しを黙殺するわけにはいかない。
こればかりは、トラギコの中にある、越えてはならない一線だった。

( ・∀・)「おいおい、聞いていただろ?あれをやったのは、運営者。
     私はあくまでも無関係なんだ」

殴りかかろうかと身を動かしかけたが、肩を掴むシラヒゲの腕に力が込められ、立ち上がることが出来なかった。
無表情でトラギコを見下ろす彼を睨み上げ、一つ問う。

(,,゚Д゚)「……うちの市長はこれを知ってるラギか?」

答えは沈黙だった。
無言を否定と取るのも肯定と取るのも自由だが、まるで意味のない、生産性のない答えだった。
イシに視線を移すも、彼も同様にビロードを押さえつけて無表情のまま沈黙している。

( ・∀・)「話を戻そう。
     君達カジノ・ロワイヤルが活躍してくれたおかげで、違法カジノ二店は無事に摘発された。
     そして、彼らはマフィアと繋がっていたため、護送中に報復されて全員が爆死した。
     これが、シナリオだ」

(,,゚Д゚)「口封じか」

( ・∀・)「裁判をしてもあまり盛り上がらないからね。
     そろそろ変化が必要だったのさ。
     それに、ジュスティア警察の優秀さも周知できるからね。
     ほら、明日の朝刊だ」

ローテーブルの上に置かれていた新聞を指さし、モララーは再び酒を飲む。
黒煙を吐き出す護送車の横に報道担当官による今回の一連の作戦とその成功秘話が語られており、そこにはビロードの名前でコメントが書かれていた。
ビロードに関しては彼が如何に優秀で、金の羊事件を解決した背景についてありもしない話を担当官が述べており、今後の警察に必要な逸材だと褒め称えていた。
民間人を乗せた護送車は狙われず、カジノに関わっていた人間達の護送車が銃撃された後爆破され、
全員の死亡が確認されたと書かれているが、爆殺する必要がなかった従業員もいたかもしれない。

デミタスの罪は別に死で償わなくてもよかったはずだ。

202名無しさん:2018/09/03(月) 19:56:36 ID:GxVJbkMg0
( ・∀・)「というわけで、君達の仕事は無事に終わったわけだ。
     君たちが全力で動いてくれたおかげで、街の人間も大喜びだよ」

つまり、最初から最後までトラギコ達はピエロのように動き回っていただけなのだ。
違法カジノ摘発チームの存在も、その仕事内容も。
全てが偽り。
恐らくは、現地警察もこの事を知っていて協力しているのだ。

そして当然、ジュスティア警察の長官もそれを理解しているのだろう。
警察はあくまでも契約関係にある街の法律を守らせるのが仕事であり、その街を統べる人間が意図的に行い、警察に伝えてある物事であれば取り締まることはできない。
彼らの仕事は秩序を守ることであり、契約者の意図に反した正義を執行することではない。
例え事件の終わりがこんな茶番に付き合わされて終わったとしても、文句を言う権利はないのだ。

(,,゚Д゚)「……そうかよ」

トラギコの体から力が抜ける。
これ以上ここにいて憤っても仕方がない。
長居すると肺が腐りそうだ。

(,,゚Д゚)「俺は帰るラギ。
    後はあんたらで仲良く勝手にやってくれ」

ゆっくりと席を立つ。
シラヒゲの手が肩から離れ、トラギコは出入り口へと向かった。
その後ろをビロードが心配そうについて行こうとする。

( ´W`)「ビロ、お前はここに残れ。
    話がある」

(;><)「あ、あぅ」

シラヒゲに呼び止められ、ビロードは逡巡した挙句、そこで立ち止まるという選択を取った。

(,,゚Д゚)「そうだ、最後に」

そう言って扉の前で立ち止まる。

( ・∀・)「何だね?」

(,,゚Д゚)「痛い目にあったことはあるか?」

振り向きざまにトラギコはテーザー銃を抜いて、モララーに向かって銃爪を引いた。
二本の針がモララーの胸に突き刺さり、数十万ボルトの電流が彼の体を駆け巡った。
モララーは悲鳴を上げてソファの上に倒れ、トラギコをシラヒゲが押し倒し、その背中に馬乗りになった。

(;・∀・)「あびゃっ?!」

奇妙な声と共にモララーの四肢が痙攣している。

(;´W`)「何をしている、貴様!!」

203名無しさん:2018/09/03(月) 19:56:59 ID:GxVJbkMg0
〈::゚-゚〉「狂ったか、トラギコ!!」

イシがトラギコの両手を背中側で縛り上げる。
ビロードは呆然とその様子を見ているだけだった。

(,,゚Д゚)「仕事を果たしただけラギよ、先生。
    最初にもらった書類には、カジノの摘発とあったラギ。
    そしてその黒幕を見つけたから、逮捕しようとしているだけラギ」

(#´W`)「話を聞いていただろう!!これは政策なんだ、干渉するな!!」

(,,゚Д゚)「干渉なんてしてないラギ。
    何せ、それが事実かどうかなんて俺は訊いてないラギよ、先生と違って。
    なら局長に聞いてみますか?」

例えヴェガ市長直々にこれが茶番であると言ったとしても、トラギコはその真偽を調べる術はない。
万が一、市長が何者かに脅されてそう喋っているだけかもしれないし、正常な判断力を失っているだけかもしれない。
ならば、最初に彼が引き受けた仕事を果たすのが職業的な正解だ。

(,,゚Д゚)「話を降ろしてもらっていない以上、俺に非はないラギ。
    俺の上司はあんたじゃない。
    セントジョーンズ局長ラギ。
    局長から話がなければ、俺は最初の予定通り犯罪者を逮捕するラギ」

(#´W`)「っ……!!」

トラギコの性格をよく知るシラヒゲだからこそ、この話を黙っていたのだろう。
もしこれを聞けば、トラギコは彼の予想外の行動をとって作戦の根幹を変えかねない。
あえて黙っていたことが裏目に出たと分かった時には、もう遅いのだ。

( ´W`)「イシ、長官に連絡をしろ!!今すぐに!!」

(,,゚Д゚)「……分かったら離して下さいよ、先生」

( ´W`)「ビロ、救急車を呼んで市長を病院に連れて行け!!」

病院に逃がせば、トラギコが市長を逮捕するまでの間にセントジョーンズから連絡が来る。
そうすれば、逮捕は出来なくなる。
それが狙いなのだ。

(,,゚Д゚)「ビロード、耳を貸すな」

( ´W`)「ビロ!!命令に従え!!」

(;><)「あ、あ……」

上司二人から同時に命令を下され、ビロードは右往左往する。
その姿に業を煮やしたのか、シラヒゲが更に大声で怒鳴る。

(#´W`)「お前の上司はこの俺だ!!」

204名無しさん:2018/09/03(月) 19:57:22 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「ビロード、お前のやりたいようにやればいいラギ」

(;><)「うわああああぁぁぁ!!」

叫びながら、ビロードは受話器を持ちあげたイシにテーザー銃を向け、発砲した。

〈::゚-゚〉「あぎっ?!」

イシは受話器を持ったまま倒れ、ビロードはカートリッジを交換し、テーザー銃をシラヒゲに向けた。

(;´W`)「自分が何をしているのか、理解しているんだろうな!!」

(;><)「ぼ、僕は……僕は……!!」

銃を構える手は震えていたが、その目はしっかりとシラヒゲを見据えている。

(,,゚Д゚)「お前はどうしたいんだ、ビロード」

銃爪は慟哭と共に引かれ、シラヒゲの体に二本の針が突き刺さる。
筋肉が硬直し、シラヒゲはそのまま卒倒するように倒れた。

(;´W`)「馬鹿……がっ……!!」

* * *

七月二十日。
ヴェガから帰還したカジノ・ロワイヤル一行はその日、ラブラドール・セントジョーンズの前に集められていた。
ジュスティア警察の会議室を一室貸切り、極秘裏にある会議を行うためだった。
会議室には上質な木材で作られた円卓が三か所に置かれ、クッション性の高い椅子が並んでいる。

一つの円卓にトラギコ・マウンテンライトとビロード・フラナガン、そして彼らの向かい側にシラヒゲ・チャーチルとイシ・シンクレアが座っている。
そして、セントジョーンズは沈黙したままその円卓の傍に立っていた。
セントジョーンズの沈黙は招集から十五分後に、彼の言葉で終わりを告げた。

(’e’)「……結論から言おう。
    今後、ヴェガとジュスティアが契約することはなくなった」

誰もその言葉に対して異議を唱えたり、質問をしたりすることはない。
セントジョーンズは続ける。

(’e’)「双方の方向書を読ませてもらった。
    この一件、事件としてジュスティア警察は処理することにした」

トラギコはどこからか取り出した缶コーヒーを飲み、軽くげっぷをした。
そしてその挑戦的な眼は眼前に座る二人に向けられている。

(’e’)「ただし、シラヒゲ、イシ、お前達がジュスティア内で起こした事件としてな」

(;´W`)「何?!」

205名無しさん:2018/09/03(月) 19:57:52 ID:GxVJbkMg0
シラヒゲが思わず声を上げる。

(#´W`)「どうして我々なんだ?!」

(,,゚Д゚)「そりゃあ、違法行為に手を貸していたからラギ」

(#´W`)「トラギコ、貴様、何をした!!」

(,,゚Д゚)「……先生、俺は何もしてないラギよ。
    俺は、ね」

懐に手を伸ばし、トラギコはヴェガで購入した携帯電話を取り出した。

(,,゚Д゚)「カジノで大勝ちしたんでね、つい買ったラギ。
    で、あの時車の中でついボイスレコーダーを起動しちまってね。
    とりあえずあれ以降の会話を全て聞かせてみたわけラギ」

(#´W`)「この作戦は長官も知っていることだ、何を馬鹿なことを!!」

(,,゚Д゚)「だろうな。
    俺は市長に聞かせたラギ」

(;´W`)「なっ……貴様っ……!!」

カジノ摘発の前にトラギコが行ったのは、情報通りモララーがこの一件に関わっていたとしたらどのようにしてそれを公にし、責任問題につなげられるかという問題の解決だった。
欲しかったのは確実な証拠、つまり、言質を取る事だった。
そのために使う道具として、携帯電話を購入した。
そして、最悪の事態を想定した。

カジノ・ロワイヤルを編成するにあたり、長官の承認は絶対に必要不可欠な物だ。
もしモララーが根回しをしていて、警察への強い影響力を持っていたとしたら、どれだけ逮捕したとしても犯罪者に逃げられてしまう。
それを阻止するために、トラギコが考えたのは警察以上の影響力を持つ人間の協力を得る事だった。
つまり、正義の都の支配者。

正義の体現である、ジュスティアの市長からの協力だ。
警察の最高権力者よりも遥かに影響力があり、発言力もある市長に何かしらの情報伝達が出来れば、万が一何かが起きても対抗することが出来る。
いわば、ジュスティアにおける切り札なのだ。

(,,゚Д゚)「長官は知っていても、流石に市長は知らなかったみたいラギね」

警察の最高権力者は長官である。
そのことに間違いはない。
だが、作戦の責任者は局長だった。
しかしながらあの時、シラヒゲは局長ではなく長官に電話をするようイシに告げていた。

そこに彼のミスがあった。
まず、局長に連絡すべきだったのだ。
それをしなかったのは、局長に電話をしても無意味だったからであり、ということはつまり、作戦の詳細は完全に共有されているわけではない事が想定された。
現場の判断と市長の意見が食い違う事はよくある話で、どちらかと言えば現場裁量によって決められることが多い。

206名無しさん:2018/09/03(月) 19:58:45 ID:GxVJbkMg0
ヴェガに於いては、それが売春や薬物販売の黙認である。
あえて逮捕しないことによって、街全体の利益や秩序の保護に役立っているということが分かっているため、現場ではそれを言及しないことになっていた。
当然、長官はそれを知っている。
むしろ知らないのは市長ぐらいだろう。

ジュスティア内部でさえそうしているのだ。
現場に出ない人間は違法に対して黙認する匙加減を知らず、違法行為を一概に逮捕するべしと口にする。
それがジュスティアの市長だ。
しかしながらトラギコの行為は、現場で働く人間達にとっては暗黙の了解をないがしろにするもので、非難されて当然の行動である。

(,,゚Д゚)「人を騙すにしても、限度ってものがあるラギ。
    だから俺も限度を越えさせてもらったわけラギ」

正直なところ、市長がヴェガの政策について理解を示しているかどうかは分からなかった。
録音した音声を利かせたところで意味があるかは分からなかったが、結果として、トラギコはこの賭けに勝ち、シラヒゲ達は賭けに負けた。
もしも録音が無ければ、悪名高いトラギコの言葉を市長が聞き入れることはなかっただろう。
録音の有無が勝敗を分けたのである。

あの時トラギコが懐に手を入れるのを防いでいれば、こうはならなかった。

(’e’)「……シラヒゲ、イシ。
    お前達の処遇は追って連絡がいく。
    まずは自宅待機だ」

二人は席を立ち、トラギコを睨みつけた。
暗黙の掟を破った男に対して、非難の目を向けるのは仕方のない事だが、トラギコは睨み返した。

(,,゚Д゚)「何か?」

(#´W`)「お前が救いようのない馬鹿だったとは知らなかったよ」

(,,゚Д゚)「あぁ、俺もびっくりラギ」

賭けで命を奪うことを命じた人間。
己の保身のため、操り人形を爆殺するよう命じた人間。
それが同一人物なのであれば、例え街の利益に関することだとしても、法に照らし合わせて対処するべきなのだ。
それをこの二人は怠り、あまつさえ、協力した。

それがトラギコの中にある一線を越え、激怒させた。

〈::゚-゚〉「これで満足か、トラギコ」

イシが嫌味っぽく声をかけて来たので、トラギコは淡々とした口調で答える。

(,,゚Д゚)「糞ほども愉快じゃないけどな」

跫音荒く、二人が会議室を出て行く。
残った三人の間に沈黙が流れた。
ベテランで人望もある二人の降格は、間違いなく署内でも噂になる。
そして最終的にはトラギコが原因であることに行き着き、何かしらの嫌がらせが行われるだろう。

207名無しさん:2018/09/03(月) 19:59:16 ID:GxVJbkMg0
嫌がらせを受けるのには慣れており、また、その報復をするのにも慣れている。
署に長くいる人間ほどそれをよく分かっているだろうから、嫌がらせをするのは決まって中堅どころの馬鹿に限られてくる。

(,,゚Д゚)「責めるラギか?」

トラギコの問いに、セントジョーンズは首を横に振った。

(’e’)「まさか。
    だがお前にも処罰がある」

(,,゚Д゚)「仕事熱心すぎましたからね、覚悟はしてたラギよ」

(’e’)「一応聞くが、ヴェガで得た大金をどうした。
    こちらの調べでは、九千五百万ドルを手に入れたはずだが」

やはり、そこが問われてしまった。
理外の儲けである九千五百万ドルの行方は気になるだろう。
元はと言えば、カジノで大勝するために使ったのは警察の経費。
つまり、カジノでの儲けは警察に還元しなければならないのだ。

だがセントジョーンズはそのことについて咎めるような口調ではなく、事務的に淡々と説いている。
恐らくは、上からの指示で事務的に訊いているだけだろう。

(,,゚Д゚)「全部飲み代に使ったラギ。
    いい酒を飲んで身分をアピールする必要があったので」

事実、トラギコは得た金を全て使い果たしている。
今さらそれを渡せと言われても、残念ながら逆立ちしてもその金は出せないのだ。

(’e’)「ほぅ。
    そう言えば世間話なんだが、ジュスティアにある児童養護施設に〝ビロス刑事〟の名で多額の寄付金があったそうだ。
    全部の施設を合わせると、九千万ドルらしい」

(,,゚Д゚)「へぇ、そりゃすごいラギ。
    物好きな奴が世の中にはいるもんラギね」

(’e’)「そしてお前達がモララーに支払うことになった賠償金は五百万ドル。
    二つを結びつけると九千五百万ドルになる。
    奇妙だとは思わないか?」

(,,゚Д゚)「いいえ、全然。
    俺がこの街に戻ってくる時、持ち物検査をしたでしょう?」

(’e’)「そうだな、お前は確かに持っていなかった。
    ちなみに、ヴェガにいるエイミーとかいう女を知ってるか?」

(,,゚Д゚)「ホテルにいた女ラギね」

(’e’)「その女からお前宛に荷物が送られてきた日と、寄付のあった日が同じなんだが、これも偶然か?」

208名無しさん:2018/09/03(月) 19:59:41 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「ただの偶然ラギよ、気にする程の事じゃありませんラギ」

セントジョーンズは笑みを浮かべもせず、トラギコの言葉を聞いていた。
そこまで調べがついているのならば、これはやはり形式的な質問で、トラギコが認めるかどうかを知りたかっただけなのだろう。

(’e’)「そうか、それならいいんだ。
    その施設から手紙を預かっているんだが、後でお前に渡しておく。
    保管しておけよ」

(,,゚Д゚)「資料の保管と言う事であれば」

机の上で腕を組み、セントジョーンズは短い溜息を吐く。

(’e’)「さて、単刀直入に処遇の話をしよう。
    トラギコ、お前にはジャーゲンに行ってもらう。
    先日、一つ大きな事件が解決したばかりなのは知っているか?」

(,,゚Д゚)「……子供を犯して殺す変態ですか?」

連日新聞に載っていた連続強姦殺人事件。
被害者は皆子供で、犯された後に惨殺された事件である。
ようやく解決出来たのであれば、それは何よりである。
ただし、場所が場所だけに安心はできない。

(’e’)「そうだ。
    それを担当していた警官達が揃って転属願いを出して来てな。
    理由は分かるだろ?」

(,,゚Д゚)「若者が更生することを重要視する法律のせい、ラギね」

(’e’)「……犯人は、未成年だったよ。
    しかも精神疾患者で尚且つ当時は酒を飲んでいたってことで、半年だ」

(;,,゚Д゚)「半年?嘘だろ、いくら何でも」

(’e’)「未成年で尚且つ判断能力がない人間に重い責任を負わせない、それがあの街の法律だよ」

どんな犯罪者でも未成年であれば基本的には更生の余地を与え、社会に貢献させるという事を基本に考えた法律。
若者の可能性を重んじるその法律は今の市長、ジョセフ・アルジェント・リンクスがその椅子に座った時から始まり、今日に至っている。
法律が改正された当時、その政策は警察に大きな衝撃を与え、困惑させた。
そして今、ジャーゲンが抱えている問題は、再犯率の高さだった。

これは当時から言われている事だが、ジャーゲンでは世界基準の成人年齢である二十歳未満であれば殺人を犯したとしても、
更生の余地があると見なされれば仮釈放され、早ければ一年もせずに監察官を付けるという条件で釈放されることもある。
更生率の高さと再犯率の高さの天秤が均衡を保っている異常な状況から職務に疑問を抱くことが多く、警官の定着率は低迷傾向にある。
逮捕した若者が一か月後にはまた別の犯罪に手を染め、同じ警官に逮捕されることは日常茶飯事と言ってもいい。

警官はその場所の治安が少しでも良くなるよう努力をするものだが、それが一向に報われないとなれば、そうなってしまうのも仕方のない話だ。

209名無しさん:2018/09/03(月) 20:00:06 ID:GxVJbkMg0
(’e’)「それと、ビロード。
    お前もジャーゲンに転属だ」

(;><)「は、はい……」

(’e’)「お前の場合は処罰じゃなく、市長の意向がある。
    ヴェガでの一件でお前は有名人になった。
    なら次は、ジャーゲンで勤務をして治安が良くなれば、更に名を馳せる事が出来る、とのことだ」

いよいよ本格的にビロードを英雄に仕立て上げようというのだろうが、果たして、本人はそれを望むのだろうかとトラギコは思った。
ミニマルでもヴェガでも、彼自身が何かを解決したことはない。
まだまだ青く、現場で責任を持たせるには早すぎる。
背負わされている期待の重さは、見ているこちらが不安になる程だ。

(’e’)「トラギコ、面倒を見てやってくれ」

(,,゚Д゚)「他に適任がいるでしょう」

(’e’)「あの街で気兼ねなく動ける人間はお前ぐらいだ。
    お前を転属させるのは俺の独断だ、分かってくれ」

(,,゚Д゚)「局長がそう言うなら、引き受けますが、本人の意志はどうラギ?
   俺に巻き込まれるのはそろそろきついと思うラギが」

(;><)「いえ、僕は……トラギコさんさえよければ、一緒にいていただけると助かります。
     僕一人だと、何も出来ません……」

あの日からずっとこの調子だが、そろそろ気持ちを切り替えてもらわなければならない。
いつまでも引き摺っていては、今後に関わってくる。

(,,゚Д゚)「お前は何も間違ったことをしてないんだから、いつまでもくよくよしてんじゃねぇよ」

(;><)「ですが、僕がもっとしっかりしていたら……」

(,,゚Д゚)「しっかりしていたところで、今回はどうしようもねぇラギ。
    その代わり、ジャーゲンではお前が今回の一件を踏まえてどう動くのか楽しみにさせてもらうからな。
    後始末は俺がするラギ、気負わず思いっきりやれ」

(;><)「でも、もしまた失敗してしまったら……」

この男のマイナス思考は一度どこかで断ち切らないといけないが、恐らくこれは、彼の育ちに関係があると思われた。
失敗を許されない完璧主義の人間に育てられれば、必然、こうなる。
そして失敗を恐れて何もしなくなるのだ。

(,,゚Д゚)「失敗ってのはな、それを次に活かさない馬鹿の事ラギ。
    俺を見てみろ、九半十二丁を見事に勘違いしていてもこうしてぴんぴんしてるラギ。
    違うか?」

(;><)「そ、それとこれとは」

210名無しさん:2018/09/03(月) 20:00:35 ID:GxVJbkMg0
(,,゚Д゚)「同じだよ。
    おかげで俺は正しい意味を知れたし、丁半賭博で馬鹿をやらかすことはなくなったラギ。
    だったら、お前が何を反省しているのかは知らないが、次に活かせば意味のある事だろ?
    それを経験って言うラギよ」

この若造がどこまでやれるのかは未知数だが、変な期待ばかり背負わされて潰れるのを見るのも寝覚めが悪い。
まだ自分の未来も夢も具体的に思い描けていない子供じみたこの男は、警官を続けるとは限らないのだ。
ジャーゲンで働いたことはないが、あの街については良く知っている。
少なくとも、ビロードを一人で行かせるよりはトラギコが一緒にいた方がいいだろう。

(’e’)「悪いな、トラギコ。
    とりあえず二人には一週間の休暇を出す。
    しっかりと休み、準備を整えてからジャーゲンに向かってくれ」

(,,゚Д゚)「今度もバイクで行け、とは言いませんよね」

(’e’)「流石にお前達のケツがもたないだろうから、今回はエライジャクレイグの高速鉄道を利用してくれ。
    乗車券は当日に渡たす。
    一応、向こうの所長にはお前らが行く事は伝えてある」

(,,゚Д゚)「それを聞いて安心したラギ。
    じゃあ、俺は帰って寝るラギ」

ゆっくりと席を立ち、出口へと進むトラギコの背中越しにセントジョーンズの声が投げかけられた。

(’e’)「帰る前に一つ聞かせてくれ、トラギコ」

(,,゚Д゚)「はい」

トラギコは振り返らない。
セントジョーンズがこういう時に投げかけてくる質問は、いつも意地が悪い物だと決まっているのだ。
きっと今、彼は悲しそうな顔を浮かべている事だろう。
彼はそういう男なのだ。

(’e’)「後悔はしているか?」

(,,゚Д゚)「知っているはずですよ、局長。
    俺は自分のやったことに後悔はしない性格なんですよ」

(’e’)「それを聞いて安心したよ」

会議室を出てすぐに、トラギコはシラヒゲに横面を殴られた。
そこで待ち構えている可能性、そして何かをされる可能性は考えていたため、慌てることはなかった。

(,,゚Д゚)「……何ラギか」

口の中が切れ、血の味が広がる。
久しぶりに喰らったシラヒゲの拳は、昔と同じ強さだった。
石で殴られたかのような衝撃は健在。
まだまだ現役で通用する力強さだ。

211名無しさん:2018/09/03(月) 20:01:26 ID:GxVJbkMg0
(#´W`)「俺はてっきり、お前に恥があるもんだと思っていたんだがな」

その言葉を聞いたトラギコは、シラヒゲの胸ぐらを掴んだ。
体格差はそこまでない。
違いは年季、そして、致命的なまでに異なる価値観だった。

(,,゚Д゚)「警官に必要なのはそんなもんじゃねぇラギ」

そして、トラギコの拳が彼の頬を直撃し、確かな手応えを感じた。

(,,゚Д゚)「恥やプライドで何が救える?何が報われる?あんたも歳を取って保身に走るような人間に墜ちたんだな、残念ラギ。
    その気になりゃ、あの市長を刑務所にぶち込めたんだ。
    そうすればまた誰かの生死が賭けに扱われることはなかったはずなのによ」

もはや、トラギコはこの男に対して尊敬の念を抱くことはないだろう。
警官が本来救わなければならないのは誰なのか、何なのかを忘れてしまい、自分を守るために生きる人形と化した彼は軽蔑の対象だった。

(,,゚Д゚)「俺達は確かに契約通りに仕事をするべきなんだろうさ。
    だがな、それが警官の仕事なのかよ。
    それなら喧嘩自慢のクソガキでも出来る仕事ラギ」

(#´W`)「青臭い事を抜かすなよ、小僧が。
    ルールを守る人間がルールを破ったら、誰がルールを守らせるんだ」

トラギコを振りほどき、シラヒゲは折れた奥歯を地面に吐き捨てた。
その目はぎらつき、トラギコをまっすぐに睨みつけている。
トラギコもまた、肉食獣のような鋭い視線をシラヒゲに向ける。
双方の間に見えない圧が生じ、ぶつかり合った。

声を荒げることはない。
これ以上殴り合う事もない。
拳を一度交わせば分かる。
もう、昔のような関係に戻ることは出来ないという事が。

決別でもなく決裂でもなく、ただ、交わることが無い存在なのだと認識しただけなのだ。

(#´W`)「青臭さは昔から変わらないな」

(,,゚Д゚)「変える必要がないんでな」

二人は互いに背を向け、それぞれ別の場所へと歩き出す。
彼らは過去に捉われるほど時間を持て余してはいない。
彼らが働くということは、世界はまだ彼らを必要としているのだ。
方法は異なるが、彼らの目指す物の根底は同じだった。

そう、違うのは方法だけなのだ。
だからこそ、彼らはこれ以上の議論をすることはなかった。
世界から一人でも不幸な人間が減る事を願い、彼らは法の番人となって街を転々とし、仕事を果たすのだ。

212名無しさん:2018/09/03(月) 20:01:58 ID:GxVJbkMg0
ヴェガはこれから先、砂金で作られた城のように危うくも輝かしい姿を人々に見せ続ける事だろう。
強風によって城が崩れ、消え去る危うさがあっても、彼らはその生き方を変えないだろう。
トラギコ達がそうであるように、彼らは己の正しさを信じて今日を生きているのだ。

力によって全てが変えられる時代に生きているのだとしても、彼らは互いがそうであるように、歩みを止めることはない。




例えこの先、世界がどう変化しようとも――




     第二章 了

213名無しさん:2018/09/03(月) 21:26:37 ID:ADTo3JBI0
この絶倫め!乙だ

214名無しさん:2018/09/04(火) 20:59:46 ID:tLynjOzY0
おつ やっぱサイコーだわ

215名無しさん:2018/09/05(水) 21:31:48 ID:ScqBG8ts0
やっぱトラギコが一番好きだわ

216名無しさん:2018/09/05(水) 23:22:26 ID:TFGc/1nI0
乙乙

すげぇみんなかっこいいよマジで

217名無しさん:2018/09/05(水) 23:59:32 ID:SxVdn1bI0
…うっ、

ピユッピュッ  ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2533.jpg

……ふぅ

218名無しさん:2018/09/06(木) 07:06:48 ID:xkiRzKb.0
>>217
か、かっけEEEEEEEEEEE!!
ありがとうございますぅううう!!

219名無しさん:2018/11/18(日) 22:15:31 ID:ulP8ZzPA0
長らくお待たせいたしました
土曜日、もしくは日曜日にVIPでお会いしましょう

220名無しさん:2018/11/18(日) 22:34:13 ID:yDsyPpLY0
やったぜ。待ってる

221名無しさん:2018/11/18(日) 22:36:40 ID:uDVG6Chw0
日曜日
つまり今日か

222名無しさん:2018/11/18(日) 23:00:52 ID:/fqSnv0Q0
待ってたよ ありがとう

223名無しさん:2018/11/24(土) 21:27:00 ID:KYBXDAFg0
すみません、今日は漢の子の日だったので投下は明日行います!

224名無しさん:2018/11/24(土) 22:23:45 ID:SeAtHcuY0
わヵル・・・まヂっらぃょね。。。ぉとコのコのヒ´〜`

225名無しさん:2018/11/24(土) 23:23:20 ID:Kq72rssY0
なんやねんそれ

226名無しさん:2018/11/25(日) 00:30:21 ID:IHuoS7hI0
期待してる

227名無しさん:2018/11/25(日) 19:02:51 ID:vNvrff4.0
(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1543138481/

228名無しさん:2018/11/26(月) 19:26:55 ID:Wp8t4WeI0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第三章【CAL21号事件】

正義とは何か。我々はこの事件を機に今一度考え直す必要があるのではないだろうか。
                          ―――ジュスティアで回収された新聞記事より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

‥…━━ Part1 ━━…‥

十二月のジャーゲンは街全体が白に染まり、誰もが分厚いダウンのコートやマフラーを使って防寒に必死だった。
ジャーゲンで生活する人々はこの寒さに慣れているため、特別何か思う事はないが、他所の街から来た人間にとっては殺人的な寒さだった。
十二月七日の朝も、毎年同様、ジャーゲンは白化粧を済ませ、人々の吐く息をも白く変えた。
月が変わってから青空はまだ一度も見えておらず、灰色の空が街の頭上を覆い、灰のような雪を降り積もらせた。

大都市とは行かないが、ジャーゲンの街は背の高いビルが立ち並び、多様な人種が日々訪れる交易の街だった。
東に行けば海が広がるが、ジャーゲン自体は海を利用した商売よりも陸路を使った貿易を得意としている。
北の大地は季節の変化によって大きくその表情を変えることで知られており、冬には雪道、夏には荒野、そして梅雨には泥と濁流によって交通は極めて不便な物になる。
そのため、ジャーゲンよりも奥にある街に向かうために一度そこに立ち寄り、車輌を交換する必要がある。

中継地点として最適な場所に位置しているが故に、盛んな商売や名物は何もない。
そんな事をしなくても街に金は落ちるし、必要な物資は頼まずとも運ばれてくるのだ。
港には多くの街から船が来ることもあり、外交的な理由から警察の立ち入りは指示されていなかった。
フェンスで囲まれた港にはエライジャクレイグが管理する鉄道が通っており、それもまた交易に必要な要素の一つだった。

そこは様々な街が絡み合う場所だけに、些細なトライブルが大きな火種となって顧客を減らすことを避けたいという、街の意向がそのまま表れていた。
朝の陽ざしが街に降り積もった雪を照らし、輝かせる。
煙のように街中から立ち上る湯気によって、朝日がまるでスポットライトのように空から差し込んでいる。
灰色の空に開いた僅かな切れ間から青空が一瞬だけ顔を出したが、それに気付いた人間は、その街には一人しかいなかった。

(,,゚皿゚)アグッ

トラギコ・マウンテンライトは街にあるコーヒーショップのテラス席で、巨大なタンブラーにたっぷりと注がれた甘いコーヒーを啜りながら、バゲットのサンドイッチを齧り付いていた。
チーズ、生ハム、レタスとトマトというシンプルな素材に酸味の強いドレッシングとマヨネーズだけの味付けだが、朝食としてはこれで十分だと考えていた。
健康志向のサンドイッチが増える中、こういった昔ながらの味がありがたい。
特に、さりげなくドレッシングに混ぜられたレモンの風味が朝の目覚め切っていない体に沁み渡る。

疲れた体に沁みる味もいいが、食材もトラギコ好みの量が挟まれ、レタスは一度ドレッシングにくぐらせて嵩を減らした後に多めに盛られ、芸の細かさが輝いている。
チーズも匂いのきついものではなく、プロセスチーズを薄くスライスした物であるため、全体的な味に邪魔をしないでいい引き立て役になっている。
黒いダウンコートにニット帽、そしてマフラーを首に巻いて防寒対策をした姿で朝食を堪能する彼を見て、警官だと分かる人間はいないだろう。
足元は冬用のシンサレートが入った完全防水のブーツで覆い、くるぶし以上の高さに雪が積もったとしても彼の足は濡れることはなかった。

(,,゚〜゚)モニュモニュ

だが実際、彼の懐には警察の身分証と銃が隠れており、何かが起きてしまった際にはその身分を明かして犯人を現行犯逮捕することも可能な状態だった。
この店の主はトラギコの事を覚えたようで、彼が朝食に来た際には無言で自家製のピクルスが小皿いっぱいにサービスされることになっていた。
赴任してから半年近くが経過し、ジャーゲンの治安は目に見えて回復していた。
特に、再犯率の劇的なまでの低下は見事の一言に尽きる。

229名無しさん:2018/11/26(月) 19:27:37 ID:Wp8t4WeI0
トラギコが到着してから取り組んだのは、徹底した再犯対策だった。
署に到着した初日、トラギコとビロード・フラナガンは怪訝な目で迎え入れられた。
前任の派遣警官達が逃げるように転属を希望し、その代わりにやってきた人間が今話題の新人警官と〝虎〟だったことで、警察本部がこの地域に期待をしていないのだと勘違いをされたのだ。
ロッカーに下らない嫌がらせが行われるより先に、トラギコはビロードを引き連れて街に向かい、早速彼等を襲ってきた路上強盗犯を逮捕した。

逮捕の際、犯人が抵抗しそうになったことを受け、やむなく犯人の両手を折ることになった。
路上強盗犯を働いた未成年の少年達は両手首をトラギコに蹴り砕かれ、大切なことを幾つか学ぶことになる。
容赦のない大人は恐ろしいものであり、ナイフ程度では脅せない相手がいるという事を。
斯くして少年達は折れた両手を縛り上げられ、トラギコの恐ろしさを留置所仲間達に話すことになった。

その数時間後、数日前に釈放された別の少年が顔を二倍に膨れ上がらせ、息も絶え絶えに同じ留置所に運ばれた時、若者たちはこの街に大きな変化が訪れたのだと察した。
翌日、仲間の報復のために徒党を組んでトラギコを襲った少年少女たちは例外なく返り討ちに合い、僅か二日で留置所はその最大収容人数を越える異常事態となった。
トラギコが派遣されてから三日目。
遂に留置所にいる犯罪者の人数が最大収容人数の二倍になり、一時的に刑務所に移送することになった。

そして、それが警官達の心を変えた。
これまで事件が起きたら惰性的に捕まえるだけだった警官達は街のパトロールを徹底して行い、犯罪を未然に防ぐために奮闘した。
トラギコが送り込んでくる未成年達は例外なく逮捕時に暴力を受け、良くて打撲、悪くて骨折という被害を受けていた。
実はそれ自体はジャーゲンの法律に触れるものではないが、これ以上トラギコが動くと刑務所が病院と化しかねないと危惧したからだ。

そして、本来の仕事が何なのかを思い出したことが一番の理由だった。
ジャーゲン警察の所長であるサナエ・ストロガノフがトラギコを窘めることはなく、提出される報告書に黙って承認印を押すだけだった。
彼女はトラギコに何か言ってもあまり意味がないことを知っており、尚且つ、ジュスティア警察局長の指示でしばらくは好きにさせることにしたのだ。
彼女は仕事一徹の人間として知られており、十年ほど前に休んだのを最後に、今日まで一日も休んでいない。

そして十二月になる頃には、ジャーゲンの街にいる犯罪経験のある者達はトラギコのことについて嫌でも認識することになり、捕まるのであれば彼以外の人間がいいと考えるようになっていた。
トラギコに目を付けられれば何をされるか分からない。
その認識が未成年の犯罪率を僅かずつだが低下させ、街の治安回復に貢献していた。
しかしながら、トラギコの存在と活躍を善良な街の人間が知ることはなく、ようやく警察が仕事をするようになったのだと感じる程度だった。

(,,゚Д゚)「……はぁ」

ゆっくりと咀嚼していたサンドイッチをコーヒーで飲み下し、溜息を吐く。
トラギコの勤務形態はかなり特殊で、警察の中では秘匿常時勤務型、と呼ばれている物だ。
彼が署に顔を出すのは月に一回程度で、それ以外は常に街の中を巡回している。
基本的に朝六時に街に繰り出し、夜十時に指定されたマンションに帰るが、場合によってはそれが変動することもある。

自らが警官であるとは知られない為に制服に袖を通すことはなく、私服警官のように街中で発生する事件の対応を行うのだ。
この勤務形態が許されるのはベテランの警官だけであり、新任や現場経験の浅い者は絶対に許可が下りない。
今、トラギコが心がけているのは偽りの日常を作り出し、それに溶け込むことだった。
この街の最大の癌である未成年に対する過保護な法律に対抗するには、警官という身分を可能な限り消し去り、民間人に成りすますことが最善の手段だ。

ほぼ全ての犯罪者に言えることは、彼らが獲物にするのは民間人であり、訓練を受けていて尚且つ巨大な組織に属している人間は標的ではないのである。
犯罪者は相手の仕草や言動からその人間を想像し、武器を用いれば勝てる、もしくは目的を達成できると判断した際に行動を起こすのが常だ。
特に思慮の浅い子供であれば、それはほとんど間違いない。
彼は朝、決まった喫茶店で朝食を済ませ、昼までの間は路地裏を中心に歩き回り、図書館に足を運んで知識を深め、陽が落ちる頃にはまた路地裏に向かい、街中にある酒場や風俗店で情報を仕入れた。

230名無しさん:2018/11/26(月) 19:28:12 ID:Wp8t4WeI0
そうしてトラギコに対して愚行を働いた人間は返り討ちに合い、無力化した後ビロードに連絡が行き、警察車両に乗せられるという流れになっている。
当然、手柄と呼ばれるものは全てビロードの物になるのだが、トラギコは全く気にしていなかった。
彼が欲しいのは手柄ではないのだ。
欲しいのは、もっと別の物だった。

喫茶店の前を行き交う人々はまだまばらだが、次第に多くなってくる。
会社に向かう者、道路の雪をスコップでどけて屋台を始める者、道端に落ちている空き缶を拾って、その日限りの生計を立てる者。
いたって普通の街であり、極めて他者に無関心な街でもあった。
〝慈悲の街〟と呼ばれてはいるが、それは法律の話であって人間性の話ではない。

故に、この街に生きる人々は他者に無関心な者が多く、自分に関心が強い人間が多かった。
道端で転んで泣く子供がいても相手をするのは十人に一人。
老人が無茶な注文を店にしていても、誰も非難しないどころか関わろうともしない。
誰かの大きな声に流されることで事なきを得る、実に不愉快な街だった。

イ´^っ^`カ「旦那、朝刊です」

(,,゚Д゚)「悪いな」

喫茶店の店主が、この時間帯で唯一の客であるトラギコと親しく言葉を交わすようになるのは必然だった。
普段はサービスにない朝刊も、トラギコが足しげく通ったからこその成果だ。
この店は街の目抜き通りの一角にあり、見晴らしの良さと安定した客層が気に入った事で目を付けていた。
今朝の新聞の一面には、西の町で起きている大規模な紛争について書かれていた。

地下資源が豊かだが、その他の資源が乏しく、水の奪い合いや作物の奪い合いでしばしば紛争が起こってしまう。
時には大企業が後押しをして紛争を長期化させ、資源を吸い上げるという構図もよく見られる。
しかし、世界に流通する硬貨は地下資源なしでは作り得ないものであるため、紛争はこれから先もなくならないだろう。
そういった貧困の蔓延る地域ではジュスティア警察と契約する町はなく、ジュスティアも進んで契約をすることはない。

いつ支払不能になるか分からない相手とは契約を結ばないのは当然だった。
よく記事を読むと、内藤財団が紛争早期終結のためにかなりの金額を注いでいることが書かれており、農耕技術や水資源の入手方法などを広めるようだった。
果たして何年かかるのか分からないが、あの世界最大の企業が力を注ぐとあって、競合する企業が続々と名乗り出そうとしているらしい。
新聞を片手でめくりながらコーヒーを一口飲み、体の内側に熱い液体を取り込む。

店の中には席があり、当然、暖房もよく効いているがトラギコは外で食事をすることにこだわっていた。
ここにいればすぐに事件現場に向かえる上に、彼の顔を知る人間――トラギコに逮捕された人間――にとっていい抑止力になるのだ。

(,,゚Д゚)スズッ

香ばしい液体がトラギコを落ち着かせる。
トラギコの好み通り、砂糖がたっぷりと入ったこのコーヒーは格別に美味かった。
無論、トラギコはコーヒーの良し悪しが分かる舌を持っていない。
好きか嫌いか、その二つだけを判別するだけである。

もしくは、美味いか不味いか。
その分類でいけば、このコーヒーは美味くて好きだった。
何もコーヒーに気取った苦みを求める訳でも、眠気覚ましを期待しているわけではない。
今は温かくて美味い物を飲みたいだけなのだ。

トラギコの座る席の向かい側の椅子が引かれ、紺色の服を着た男が一人座った。

231名無しさん:2018/11/26(月) 19:28:39 ID:Wp8t4WeI0
( ><)「おはようございます、トラギコさん」

(,,゚Д゚)「よぅ、元気そうラギね」

それは、警察の制服とコートに身を包んだビロードだった。
以前よりも体重が増え、全身に筋肉が付いてきているのがよく分かる。
栄養価の高い食事と訓練を欠かさずにストレスの少ない日々を過ごせば、必然、こうなるのだ。

( ><)「おかげさまで。
     先日の強盗犯も助かりました。
     余罪がかなりあるみたいで、流石に重い刑になるようです」

トラギコが夜中のコンビニで夜食を見つくろっている時に訪れた強盗犯は、レジの金だけでなく彼の財布の中身まで要求してきた。
余計な事をせず、一目散に逃げていれば強盗犯は頭に熱いコーヒーをポットごと浴びることもなく、鼻と前歯を折られて病院で一週間過ごすことも無く済んだのかもしれない。

(,,゚Д゚)「そりゃよかったラギ。
    そろそろ慣れて来たラギか?」

( ><)「流石に慣れましたよ、トラギコさんのおかげです。
     相棒として働けそうですかね?」

(,,゚Д゚)「ははっ、冗談も言えるようになったみたいラギね」

( ><)「おかげさまで」

着任後、しばらくの間はトラギコが治安のあまりよくない地域での立ち振る舞いを教えてやったが、途中からビロードは自ら率先して動くようになった。
特に彼が好んで用いるのが、テーザー銃を用いた逮捕だった。
ジャーゲンの法律に於いて逮捕時の細かな規定はなく、必要に応じて適切な方法で犯人を逮捕すべし、と書いてあるだけだ。
これはジャーゲンの市長が代々犯人を捕まえた後の処遇に気を遣い、それ以外についてはあまり意識を向けていない事を表している。

それを逆手に取ったトラギコの行動は、結果として犯罪の抑止力となり、治安回復に役立ったわけである。
ビロードは一人で仕事が出来る程度には成長しているが、未熟な点が多い。
そして、当たり前のことだが彼の逮捕術や仕事の方法がトラギコのそれに似通ってきているのが心配だった。
悪い手本を良い手本と捉えられては困るが、この街では多少力づくでやらなければ再犯する人間がいつまでもいなくならない。

本部はあまり快く思わないだろうが、今回は珍しくトラギコもそれと同意見だった。
この男はトラギコではなく、別の人間を模倣した方がいい。
警官らしい警官になれば、それだけでも効果はある。

( ><)「未成年の再犯率もかなり減少して、所長が喜んでいました。
     トラギコさんへの愚痴は変わらずですが」

(,,゚Д゚)「そいつはいい。
    で、何か用ラギか?」

( ><)「……実は、昨夜気になる事件があったんです」

コートの下から、小さく折りたたんだ紙をトラギコに差し出す。
口頭では説明し辛いことなのだろうか。
紙を無言で広げ、そこに書かれている事件の概要を二度読んでから、トラギコはビロードの顔を見た。

232名無しさん:2018/11/26(月) 19:29:03 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「……どこまで調べたラギ」

( ><)「類似の事件はこの街で一年以内に十件以上起きています。
     最低でも十年ぐらい前にまでさかのぼります。
     一年以内に起訴、逮捕されているのは三人。
     逮捕できていないまま逃げ延びているのは最低でも五人はいます。

     捕まえた人間は全員釈放され、今は当時とは違う名前で生活をしています。
     全員、事件当時は未成年です」

(,,゚Д゚)「この街にいるのは?」

( ><)「不明です。
     というより、調べられないように釈放後、犯人に関係する資料は全て処分されていました」

未成年を保護する法律においては、重い罪を犯した人間は釈放の際、全く違う身分を手に入れて更生を図ることになっている。
違う名前、違う仕事、違う人生。
殺人をなかったことにし、うしろめたさを感じることなく人生をやり直させるという目的だ。
だが、それがジャーゲンにおける再犯率の高さに繋がっていた。

この法律が本格的に動き出したのは今から十年ほど前からであり、未成年による犯罪率が上昇した時期と一致している。
無能な人間が誰なのか、一目で分かる。
そして、街が出来てから変わらない法律の中に、責任能力の有無がある。
年齢を問わず、犯行当時の責任能力の有無によって刑罰がかなり変動する。

薬物は勿論、飲酒によっても責任能力の低下が認められれば、例え加害者の過失が十割だとしても、無罪判決が下されることがあるのだ。
穴だらけの法律を役人たちは慈悲と呼ぶが、トラギコにしてみれば、無能としか言えなかった。

(,,゚Д゚)「証拠は?」

( ><)「それが、現場には指紋はおろか犯人に繋がりそうな物は何も見つかっていません」

(,,゚Д゚)「何も? これだけの事件で何もないなんてありえねぇラギ。
    鑑識はちゃんと仕事してるのか」

紙に書かれている事件が起きたのであれば、何かしらの証拠は現場に残されているはずだ。
こういう事件は計画性に欠き、衝動的なものが多い。
仮に計画的だったとしても、これだけの事をやって何もないはずがない。

( ><)「僕も調べましたが、本当に何もないんです。
      体液も、毛髪も。
      まるで掃除された後みたいだったんです」

(,,゚Д゚)「遺体にも残ってないラギか?」

( ><)「遺体はすぐに回収されてしまったんです。
      この街で死体清掃を専門にしている、ローゼンという会社です。
      死体の損傷などがひどい場合には警察と清掃業者が連動して動くように法律で定められていて、
      保護者が同意した場合、こちらが死体に残った証拠を手に入れる前に完全に掃除が終わってしまうんです」

233名無しさん:2018/11/26(月) 19:29:24 ID:Wp8t4WeI0
そこでトラギコは、ジャーゲンの法律で保護されているのが生きている人間だけではない事を思い出した。
家族の拒否がなければ、凄惨な現場に残された遺体を可能な限り生前の状態に戻した上で、警察に引き渡されることになっている。
しかもそうした場合、多額の見舞い金が出されるとあって拒む人間はいなかった。
それは全ての死体ではなく、子供の死体に限定されているという所が厄介な点だった。

更に、同委ではなく拒否、と明記されている事がいやらしさを倍増させている。
歴代の市長と業者との癒着の可能性は濃厚だったが、これは大した問題ではない。
問題なのは、決定的な証拠を偽善で失ってしまう事だった。
この制限については事件解決の糸口を失うという観点から、ジュスティア警察が改善を要求している項目の一つだったが、一向に動きは見られなかった。

(,,゚Д゚)「……俺も調べてみるが、そっちでもそれとなく調べておいてくれラギ。
    この事件、絶対にこれで終わらねぇラギ」

( ><)「お願いします」

そう言って、ビロードは足早に街に消えていった。
残ったトラギコはコーヒーを飲み、改めて、紙上の事件を読み返した。

児童強姦殺人事件。
被害者は六歳の女児。
事件現場は女児の自宅自室。
徹底的に性的暴行を受け、全身には打撲や擦過傷、意図的に浅く刺したと見られる刺し傷。

死因は窒息死だが、首を締められた痕は見られず、何かで喉を塞いだ結果であることが解剖の結果分かっている。
トラギコの想像では、恐らく、加害者の性器によるものだ。
同じ人間の仕業とは思えないほどの凌辱の末、少女は幼い命を奪われた。
家族は仕事の関係で夜遅くまで家に帰ることが出来ず、変わり果てた我が子を見つけたのは、夜の十時。

命が奪われてから、七時間後の事だ。
このままこの犯人を野放しにすれば、間違いなく、再び事件が起きる。
トラギコの勘が当たったのは、それからわずか三時間後の事だった。

‥…━━ 十二月七日 午前八時三十分 ━━…‥

十二月七日、エミリー・ライアンの両親は朝食をリビングに用意してから仕事に出かけ、彼女は一人で冷めたトーストを食んでいた。
一人の朝食には慣れていたが、彼女の誕生日を祝う言葉が無いのはいつも悲しかった。
七歳と六歳の誕生日の時は誕生日のケーキが朝食で、冷蔵庫にあるスーパーの惣菜が夕飯だった。
彼女が寝静まった時にプレゼントが枕元に置かれ、一日遅れて彼女はプレゼントを手にした。

八歳の誕生日である今日の朝食は特別なものではなく、いつもと同じだった。
冷めたトースト、サラダ、コーンフレークとビタミン剤。
学校の給食とはまるで違う、冷めきった食べ物は彼女の心にある孤独感を凍らせていった。
朝食を終え、エミリーは洗顔をして歯を磨き、地元でも有名な進学校の制服に袖を通した。

学校に行くのが彼女にとって唯一心が安らぐ時だった。
学校には友達がいる。
友達と話している間、彼女は嫌なことを考えないで済むし、友達は彼女の誕生日を祝ってくれる。
両親がくれたぬいぐるみよりも、友達に祝いの言葉と共にもらった文房具の方が彼女にとって何倍も嬉しい物だった。

ランドセルを背負い、家を出る。

234名無しさん:2018/11/26(月) 19:29:48 ID:Wp8t4WeI0

( '-')「……だあれ?」

扉を開けたところに立っていた人間に、思わず声をかける。
生まれてから今日までこのマンションで暮らしているが、このような事態は初めてであり、その人間と会うのも初めてだった。
両親に用があるのだろうかと考えていると、その人間は検査に来たのだと言う。
確かに手には何か道具を持ち、作業員風の服を着ている。


( '-')「でも、あたし学校にいかなくちゃ」

すぐに終わるという言葉を聞き、エミリーは腕時計を見た。
五分ほどであれば余裕がある。
夜に来られても両親がいなければ、また来てもらうことになると考え、エミリーは首を縦に振った。


( '-')「じゃあ、どうぞ」

そしてエミリーはその人物を家に入れた。
鍵が音もなくしめられ、彼女の首筋にスタンガンが押し当てられた時、自分が誤った人間を家に招き入れてしまったことに気付いたが、全てが手遅れとなった。

その日、エミリーは学校を無断で休んだ。
風邪が学校で流行していたこともあり、担任は気にしなかった。

――その日はエミリーの誕生日と同時に命日となった。
どれが破瓜の血なのか、現場に飛び散った血からは誰にも分からなかった。

‥…━━ 十二月七日 午後十一時 ━━…‥

同日、午後十一時。
ビロード・フラナガンが現場に到着した時、すでに死体は運び出された後だった。
現場に残されたのは被害者の体液と鑑識官が三人、そして事件担当者のビロードを含めた五人の声にならない声だった。

('A`)「死体はどうしたんだ」

担当責任者のドクオ・マーシィが苛立ちを声に含めて周囲に問う。
捲り上げた上着の下に見える黒い肌は浮かんだ汗と血管によって、まるで鋼鉄の塊の様だった。
答えたのは、鍛え上げられたドクオとは対照的にか細く小柄で、白いマスクをした鑑識官の男だった。

( ''づ)「死体処理専門のマジョリティ社が持って行きました、我々が到着する十分前です。
    所長の許可も得ていました」

('A`)「あのハイエナ共、どうにかできないのか」

( ''づ)「現場に最も近い会社が派遣されるから、通報と同時に動く我々より速いんです」

(#'A`)「糞っ!」

235名無しさん:2018/11/26(月) 19:30:35 ID:Wp8t4WeI0
ドクオは毒づき、ビロードを見た。
街との契約がある以上、それに従わなくてはならない。
惨殺された死体が子供でなければこちらの方で証拠を探れるだけに、この犯人の狡猾さがよく分かる。
犯人は人間の屑だが馬鹿ではなさそうだ。

(#'A`)「マジョリティ社に行って、あいつらが余計なことをする前に証拠を取って来い」

( ''づ)「難しいと思います。
     マジョリティ社の売りは早さです。
     専用車があって、そこで既に清掃を始めているはずです」

('A`)「この街は糞しかいないのか。
   とにかく、証拠を集めるぞ。
   監視カメラや目撃証言、その他なんでもいい、とにかくこの事件を起こした糞野郎を掴める材料を手に入れるんだ」

そして、ビロードを始めとする捜査官たちは情報収集を行い、鑑識官は現場から必死に証拠を探した。
毛髪、体液、指紋、靴跡に至るまで徹底的な現場検証が行われる。
それから分かったのは、犯人は無理やり押し入ったのではなく、招き入れられたという可能性だけだった。
当然、聞き込みの結果も鑑識官からの報告もドクオを満足させることはなかった。

署に帰ってから、ビロードはようやく遺体の検査結果を手に入れる事が出来た。
外傷多数。
暴行は性器を損傷させただけでなく、肛門に異物を挿入されたことによって直腸が破裂していた。
死因はスタンガンによる心停止。

火傷の痕から分かったのは、全身に何度もスタンガンを当てられ、最終的に直接的に命を奪うことになったのは心臓の真上に与えられた一撃だった。
女児の顔にはあまり目立った傷が無いのも、前回の被害者と共通している。
同一犯と考えてまず間違いないだろう。
署で管理している幾つもの事件ファイルを自分の席に持って行き、過去の事件と照らし合わせる。

類似の手口はいくつもあり、同一犯であることを結びつける要素はなかった。
未成年が犯人だった事件についてはいくら調べても、そこから先に結び付けられないという問題もあった。
そう。
そこが問題だった。

調べても結局、ほとんどの情報が袋小路の状態であるため、意味をなさないのだ。
溜息を吐いて席を立つ。
給湯室に向かい、インスタントコーヒーを作ることにした。
署には徹夜で業務にあたる者や夜勤の者が疎らに残っていた。

(,,゚Д゚)「二件目だってな」

給湯室で湯を沸かしていると、背中からトラギコの声が聞こえた。

( ><)「……はい、また証拠は見つからずです」

(,,゚Д゚)「そうラギか。
    こっちも情報を探ってはいるが、まるで駄目ラギ」

236名無しさん:2018/11/26(月) 19:31:08 ID:Wp8t4WeI0
('A`)「よぅ、トラギコ。
   久しぶりだな」

小さな給湯室に新たな来訪者があった。
赤いセーターを着たドクオだった。

(,,゚Д゚)「おう、ドクオ。
    この山、俺にも関わらせろラギ」

('A`)「お前に頼む手間が省けたよ。
   どうだ、お礼にコーヒーを飲ませてやるよ、ビロードのな。
   こいつの淹れるコーヒーは美味いんだ」

そう言いながら、ドクオはビロードの肩を力強く何度も叩く。
ビロードは迷惑そうに、だが、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
彼は言動が荒いものの、それが彼の面倒見の良さと相まって職場全体の兄のような存在だった。

(;><)「インスタントですよ、いつも……」

('A`)「いいんだよ、インスタントでも。
   自分で淹れるよりよっぽど美味い」

(,,゚Д゚)「違いないラギ。
    捜査の規模はどれぐらいで展開するラギ?」

('A`)「それが、所長から小規模でやれってお達しが出てるんだ。
   理由は不明だが、圧力があったのかもな」

(,,゚Д゚)「人数はどれぐらいでやるつもりラギ?」

('A`)「正直なところ、こまごまと事件が毎日起きているせいで、せいぜい二人だ」

それを聞いて、トラギコが少し考え込んだ。

(,,゚Д゚)「なるほどな、なら、ビロードをそこに入れてやれラギ。
   俺の動きに他の連中を合わせるのは無理ってもんだからな」

('A`)「分かった。
   お前には借りがあるからな、これで少しは返せたか?」

(,,゚Д゚)「どうだろうな。
   それと、無駄だとは思うがこっちが調べる前に死体を洗浄するのを止めさせるよう伝えてくれラギ。
   このままじゃ被害者がどんどん増えるだけラギ」

('A`)「俺からも言ったさ、だけど返事はノーだったよ。
   所長からここの市長に話そうとしたらしいが、面会拒絶の上に手紙で〝会って話をしたければアポを取り、市長同士で話をする〟とさ。
   馬鹿げた話だ」

237名無しさん:2018/11/26(月) 19:31:38 ID:Wp8t4WeI0
小さな町ならば己の力を知らず、ジュスティア市長に対して横柄な態度を取る者はいるが、この街は貧困にあえいでいるわけでもない、普通の街だ。
遠まわしに話をする気はない、ということを意味しているのだろう。

(,,゚Д゚)「どいつもこいつも使えねぇラギね。
   街のパトロールを増やすのがどっちの問題にも対処できるラギ」

('A`)「そのつもりで今ローテーションを組んでるんだが、人手が足りないんだ。
   分かるだろ、一つの事件に集中できるだけの余裕はないんだ」

(,,゚Д゚)「まぁな。
   規模と人数が合ってねぇラギ。
   だがそれは俺達の言う事じゃねぇからな。
   ま、コーヒーを御馳走になってから俺は仕事に行くラギ」

ビロードの知る限り、トラギコは休憩をほとんど取らずに街の治安維持のために活動している。
果たして彼はいつ休むのだろうか。
一体、いつ休むことが出来るのだろうか。

‥…━━ 十二月八日 午前八時 ━━…‥

十二月八日。
朝、いつも通りに目が覚める。
目覚まし時計は不要だった。
彼は正確無比な体内時計を持ち、決めた時間に起きる事が出来る能力があった。

トラギコ・マウンテンライトがジャーゲンで目を覚ますのは、決まって朝の五時。
眠りにつく時間は日によって異なり、昨日は日付が変わってからベッドの上で横になったところまでは覚えている。
彼にとって睡眠時間の量はさほど問題ではなく、事件を解決できない事こそが問題であると考えていた。
眠っている間に誰かが襲われ、誰かが嗤う。

それを後で知って後悔するぐらいなら、トラギコは燃え尽きるまで働き続けたいと考えていた。
シャワーを浴び、洗顔をして目を覚ます。
日課と化した喫茶店での朝食を済ませ、街の様子を見て周る。
重々しい灰色の空からは、今にも何かが降ってきそうな気配がする。

道路に積もった雪は踏み潰され、車輪に圧され、土と混じって茶色に変色していた。
両手を上着のポケットに入れ、トラギコは視線だけを周囲に向け、ゆっくりと歩いた。
犯人の活動時間は幅広く、特定の時間帯にだけ活動するような種類の人間ではなかった。
トラギコの予想した通り、犯人は頭が切れる人間で、法律の抜け道を熟知している。

あれからトラギコも情報を探ってみたが、犯人の顔は勿論だが、性別すら分かっていない状況だった。
監視カメラに残された唯一の映像には帽子を目深に被った作業員風の人間の背中だけが映っており、犯人特定につながる要素はなかった。
現行犯で捕まえるのが最も確実だが、そのためには相手の思考を読まなければならない。
狙っているのは女児で、保護者が不在の状況を把握した上での犯行に思える。

事前に相手の事を調べておかなければ出来ない事であるため、出所してから数日で出来る芸当ではない。
協力者がいると考えたとしても、なんら不自然ではない。
複数の犯人がいて、順番を決めて犯行に及んでいることも考えられた。
情報が致命的に欠けていることが何よりも捜査を難航させた。

238名無しさん:2018/11/26(月) 19:33:14 ID:Wp8t4WeI0
犯人が男の可能性もあるし、女の可能性も十分にあった。
証拠がない今、犯人の性別すら判断できないのだ。
性別が分からなければ捜査の範囲を絞ることも敵わない。
今警察に出来ることは街を巡回し、怪しげな行動をしている人間がいないかを探すことぐらいだった。

署内で唯一自由に捜査することを許されているトラギコは、マンションやアパートではなく、別の場所に意識を向けてみることにした。
この手の下種は同じ手を何度も繰り返すうち、飽き、別の方法で己の欲を満たそうとする傾向にある。
子供が一人でいる時間や状況を狙うのに飽きたら、次に狙うのは自ずと絞られる。
ジャーゲンの街には、他の街とは違って児童養護施設が多く存在する。

これもまた法律の関係で、未成年の出産に際し、養育が困難であることなどを理由に子供を施設に譲ることが可能になっている。
その多くが望まない形での妊娠であり、母親には最初から子供への愛情など微塵もない。
故に、育った子供は成人と同時に社会に出て、その多くが顔も知らない母親と同じことを繰り返すのだ。
街の目抜き通りからしばらく歩いたところにある背の低い鉄の門を開き、街の中で最も小さな施設を訪れた。

門に鍵はなく、入り口にいるはずの警備員もいなかった。
あまりにも警戒心の無い施設だった為、トラギコは職員の一人を呼び止め、責任者を呼ぶように言った。
数分後、小走りで建物から出てきたのは三十代後半と思わしき女性だった。
化粧のない顔には疲労の色が僅かに見えるが、心が疲弊しているわけではなさそうだ。

警察の身分証を見せ、連日発生した事件について話をした。

「酷い話ですね……ご忠告通り、ウチも気を付けますね。
何かアドバイスとかあれば教えてもらっても?」

(,,゚Д゚)「とにかく出来るのは、施錠は確実にして子供たちを一人にさせないようにしてくれ。
   警備員にもそう言っておくラギ」

「分かりました、寒い中ご苦労様でした」

その日、トラギコは街中にある施設に足を運び、決して他人事だと思わないように念を押した。
恐ろしいことにどこの施設もトラギコが身分証を出さなくても問題はなく、そのまま施設内に入る事が出来てしまった。
これは犯人にとって好都合で、その気になれば児童を一人連れて行くことも簡単なことだっただろう。
トラギコの言葉を素直に聞いてくれればいいのだが、果たして、そう上手くいくだろうか。

日が暮れ、街全体が薄ぼんやりとした光に包まれる。
街灯の明かりを雪が反射し、ビルの光が雪を照らす。
微量な雪が風にあおられ、右へ左へと踊るように舞う。
氷のように冷たい風が吹き、トラギコは身を震わせた。

暖かい酒でも飲みたいところだったが、あれだけの事件が起きた後であれば、酒を飲むのは控えた方がいいだろう。
いつ現場に遭遇するか、いつ殺し合いになるかも分からない状況なのだ。
すっかり日も暮れ、夜の十時半になるまでトラギコは街を歩き続けた。
深夜まで営業しているダイニングに入り、コーヒーとステーキの夕食を注文した。

肉厚な赤身のレアステーキは食べ応えがあり、噛むたびに肉の甘みと塩が合わさって絶妙な味を作り出していた。
五百グラムのステーキをわずか五分で平らげ、店内に流れるジャズの音楽に耳を傾ける。
ふとある考えが思い浮かび、トラギコは代金を机の上に置いてから腕を組んで、ゆっくりと瞼を降ろした。
音に意識を集中させ、静かに呼吸をする。

239名無しさん:2018/11/26(月) 19:33:35 ID:Wp8t4WeI0
体が弛緩し、余計な力が抜け落ちる。
眠りに落ちる訳でもなく、瞑想するわけでもない。
意識だけを覚醒させたまま、視覚などの余計な情報を遮断することで体を休めるための行動だった。
その状態から丁度一時間後、トラギコはゆっくりと瞼を開いた。

支払いはすでに処理され、領収書だけが机上にあった。
それを掴んでコートのポケットに入れ、立ち上がる。
店の外に出ると、肌を刺すような冷たい風が吹いていた。
すでに時計は一時を指し示しており、日付はとうに変わり、十二月九日になっていた。

‥…━━ 十二月九日 深夜 市街 ━━…‥

ここからが本番だった。
人通りのほとんどない道を歩き、朝から歩き回って覚えた施設の見回りに向かう。
もしも犯人が施設に手を出すとしたら、間違いなく夜を狙うはずだ。
闇夜に乗じて行動すれば、少なくとも目撃される心配は格段に減る。

子供を狙う犯罪者の心理にあるのは、抵抗できない者を蹂躙することに快感を覚えるという点に尽きる。
日頃自分を抑圧し、その抑圧してきた欲望を一気に発散する相手として、間違っても自分に反抗するような大人では有り得ないのだ。
最初の二件で大人が近くにいないタイミングを狙ったのがその証拠だ。
思案しながら雪の積もった暗い道を選んで歩いていると、正面にフードを目深に被った少年がニヤニヤ笑いを顔に浮かべて近寄ってきた。

从´_ゝ从「おっさん、女探してるのか?」

(,,゚Д゚)「あぁ?」

どうやら客引きのようだった。
歩く速度を変えることなく、トラギコは歩き続けた。
その横を犬のように少年がついてくる。

从´_ゝ从「若い娘紹介してやろうか?」

不意に、トラギコはこの女衒たちを利用できるのではないかと考え、話を合わせることにした。

(,,゚Д゚)「若さによるラギ」

从´_ゝ从「一番若いので十七だ」

(,,゚Д゚)「もっと若いのがいるだろ」

从´_ゝ从「おいおい、勘弁してくれよ」

少年の眼はそう言っていない。
金次第でこの男は別のネタを口にして、トラギコが欲している情報の糸口を提供してくれるかもしれなかった。

(,,゚Д゚)「十出す、と言ったら?」

从´_ゝ从「……十万、ってことか」

(,,゚Д゚)「金で解決できるんならそれが一番だろ」

240名無しさん:2018/11/26(月) 19:34:04 ID:Wp8t4WeI0
从´_ゝ从「なら、十引ける」

トラギコは足を止めた。
獲物が食いついた。

(,,゚Д゚)「年齢を、か」

从´_ゝ从「あぁ。引けると言っても、最大でも十二までだ。
     それ以上出すのは勝手だが、引けるのはこれが限界だ。
     それ以下になると使い捨てになるからな。
     だが、二日ぐらい待ってくれればそれ以上も行けるぜ」

十七歳から十二を引いた数、それが意味するのは下種たちの性欲の捌け口となる女児の年齢が五指に収まるという事だった。
金で年齢の問題が解決できるのであれば、実際にそれを実行している人間がいるという事だ。
ならば容赦はいらない。
子供が食い物にされる犯罪を見逃すことはできない。

(,,゚Д゚)「なるほどな。
   なら、十二出すラギ。
   連れて行ってくれラギ」

从´_ゝ从「その前に金が先だ。
     本当に十二持ってるか、見せてもらうぞ」

(,,゚Д゚)「勿論。
   ただ、お前が盗まないとも限らないから、こっちに来いラギ」

そう言って、上着を僅かに開いて懐を見せる。

从´_ゝ从「暗くて見えねぇよ」

(,,゚Д゚)「だったらもっと寄ればいいだろ」

舌打ちをして、少年が近付いてくる。
トラギコの懐を覗き込み、そして、耳元で聞こえた撃鉄を起こす音で動きを止めた。

(,,゚Д゚)「これが十二万ドルの音ラギ。
   勉強になったラギね」

从´_ゝ从「……料金を踏み倒せると思ってんのかよ」

(,,゚Д゚)「まさか。
   俺は情報に興味があるラギ。
   とりあえず連れて行くラギ」

从´_ゝ从「へっ、冗談じゃねぇ。
     仲間を売るなんて出来るかよ」

(,,゚Д゚)「見上げた根性だが、俺を知らねぇってのは不運だったラギね」

241名無しさん:2018/11/26(月) 19:34:25 ID:Wp8t4WeI0
銃床で少年の後頭部を強打し、雪の上に昏倒させる。
両手を背中側で縛り、そのまま街灯の明かりさえ届かない路地へと連れて行く。
トラギコの拳が少年の太腿に直撃し、悶絶させる。
声が周囲に響かないよう、トラギコは少年の顔を汚れた雪に押し付けた。

(,,゚Д゚)「どうだ、少しは頭が冷えたラギか?」

从;´_ゝ从「へ、こ……」

(,,゚Д゚)「そうか」

少年の臀部をブーツの爪先が襲い、犬のような鳴き声が少年の口から漏れ出た。
力加減を調整して、狙いを臀部から股間へとずらし、睾丸を蹴り飛ばした。

(,,゚Д゚)「で、どうだ?」

从;´_ゝ从「くそっ……!」

(,,゚Д゚)「そうか」

それから五分間。
少年にとって、人生で最も屈辱的で耐え難い痛みの時間となった。
トラギコの攻撃は的確で、痛みを多く感じる場所ばかりを執拗に狙っていた。
主に下半身を徹底的に痛めつけ、仕上げはろっ骨への圧迫だった。

骨が折れないギリギリの範囲でトラギコは暴行を加え続け、少年は遂に音を上げた。

从;´_ゝ从「わ、分かった……!連れてく、連れて行くから!」

(,,゚Д゚)「最初から素直になっておけばいいラギ」

首根っこを掴んで少年を立たせ、二歩先を歩かせた。

从;´_ゝ从「あんた、警察なのか」

(,,゚Д゚)「無駄口叩くんなら、次は奥歯を折るぞ」

雪を踏みしめる二人分の跫音だけが耳に届く。
辺りはすでに寝静まり、車の音さえ聞こえない。
五分後、少年の足は古びたマンションの前で止まった。
三階建てのマンションに見える明かりは僅かだが、外にまで漂ってくる匂いは間違いなく、まともな人間が生活しているそれではなかった。

怯えた目でトラギコを見つめ、ここが目的の場所であることを無言で告げた。

(,,゚Д゚)「俺は餓鬼に興味はねぇラギ。
    お前の仲間のところに連れて行け。
    余計なことをしたらお前の今後の食事は液体になるラギ」

242名無しさん:2018/11/26(月) 19:35:36 ID:Wp8t4WeI0
少年は渋々先を歩き、三階の奥にある部屋に連れて行った。
明かりの下で見ると、やはり、この少年は未成年にしか見えなかった。
犯罪組織が小間使いに使うのはいつだって子供だ。
法律で保護されているだけでなく、脅したり力を見せつけるだけで簡単に操る事が出来る彼らは、極めて便利な道具なのである。

特にこの街では、子供は何度でも使える怖いもの知らずの兵隊にもなり得るため、犯罪組織は重宝している。
扉が開かれ、厳めしい顔をした男が姿を現した。

(-゚ぺ-)「ダニー、何だ。
     ……そいつは?」

从;´_ゝ从「あ、こ、こいつは」

(,,゚Д゚)「客だよ、招かれざる類のな」

笑顔でそう告げながらトラギコはダニーと呼ばれた少年ごと男を蹴り飛ばし、部屋の中に入りこんだ。
彼の右手にはベレッタが握られ、いつでも発砲できる準備が整えられている。
床に倒れていた男の顔を容赦なく何度も踏みつけ、鼻の骨と前歯、そして心を折った。
ダニーは足首を正確に狙って踏み、走れないようにしておく。

抵抗力を奪った男の髪を掴んで立たせ、後ろから羽交い絞めにした。
これで上等な楯が出来た。
物音に気付いた人間達が部屋の奥から出てくるが、トラギコが人質を構えているのを見て、一歩下がった。

(,,゚Д゚)「そうだ、全員いい子にしてろよ。
   部屋に隠れてるやつもまとめてリビングに行くラギ、今すぐに」

(-゚ぺ-)「だ、誰も隠れてなんかいねぇよ!」

(,,゚Д゚)「そうラギか? 膝に穴を開けられてから歩くのはしんどいラギよ」

手近な部屋に向けて、トラギコは二発銃弾を撃ち込んだ。
悲鳴が上がり、中から少年達が飛び出してくる。
熱を持った銃腔を人質の頬に押し当てる。
肉が焼ける音と男のうめき声が嫌に大きく響く。

その音が極上の警告音として部屋にいる人間を炙り出した。
リビングに集まったのは六人。
トラギコは玄関に倒れているダニーに指示を出し、彼らの手足をダクトテープで縛るように言った。
トラギコの暴力を身に染みて理解したダニーは言われるがままに大人たちの自由を奪った。

最後に、トラギコが人質にしていた男の手足も縛らせ、部屋に入ってから五分で制圧が完了した。
全員トラギコに背を向けた状態で膝を突き、首を垂れている。
ダニーは青く腫れた足を庇いながら、ふらつく足で椅子に腰かける。

(,,゚Д゚)「おい餓鬼。
    警察に電話するラギ。
    自白するから逮捕してくれってな」

|゚レ_゚*州「やめろ、ダニー!手前電話してみろ、ただじゃ――」

243名無しさん:2018/11/26(月) 19:36:03 ID:Wp8t4WeI0
喚き声を上げた男に、トラギコはM8000の銃腔を向ける。
彼と違ってM8000は無口で、何より雄弁だ。
目的が明白で、その銃口が口を開く時、言葉の対象となる物はもれなく弾丸の接吻を受けることになる。

(,,゚Д゚)「ただじゃ、何だって?」

|゚レ_゚*州「手前が何者か知らねぇが、覚悟しておけよ!俺達は泣く子も黙る――」

(,,゚Д゚)「面白れぇ。
   なら、黙らせてみろ」

言い終わるのと同時。
トラギコは銃爪を引いた。
男の左耳が吹き飛んで壁の染みになった。
撃たれた男はパニックに陥り、涙を流しながらヒステリックな声を上げる。

|゚レ_゚;州「お、俺の……俺の耳がっ!う、撃ちや、撃ちやがったな!?」

(,,゚Д゚)「おい、黙らねぇぞ。
    どうなってるラギ? 泣く子も黙るんじゃなかったのか?」

ダニーは急いで電話をかけ、何度も噛みながら、必死に警察に状況を説明している。
床を転がる薬莢の音がまだ聞こえている。

|゚レ_゚;州「お前、賞金稼ぎの類か?」

縛り上げられた男の言葉に対してトラギコが答えることはない。
後は警官達が到着してから、ゆっくりと署で話をすればいい。
この状況で言葉を発するだけの胆力があるということは、恐らくはこの男が主犯格。
後で話を聞くならこの男だろう。

|゚レ_゚;州「俺達が逃げるのに手を貸せば、もっと儲けさせてやれるぞ」

(,,゚Д゚)「金に興味はねぇラギ。
   今興味があるのは、子供を食い物にした手前等がどんな声で泣くかだけラギ」

通報から七分後、警官達が売春宿と化したマンション全体をくまなく調べ、二十人以上の未成年と十人以下の成人済み男性を逮捕した。
客として訪れていた男達の中にまで未成年がいたことは意外だったが、合計で三十名近くの逮捕者が出る大取り物となった。
売春をしていた女は二十代から五歳までと幅広く、全員が警察署に送られた。
参考人と言う形でトラギコも警察に向かい、所長室で事の顛末をサナエに伝える。

サナエは表情を変えなかったが、短く溜息を吐いて落胆の意志を示した。

▼ ,' 3 :「今回は何が目的だったんだ?」

(,,゚Д゚)「連続して起きた強姦殺人の情報を仕入れようと思ったんですよ。
   小規模でやれとか仰った馬鹿がいたようなので、俺が担当することにしたんです」

▼ ,' 3 :「それは私が言ったんだが」

244名無しさん:2018/11/26(月) 19:36:27 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「ああ、すみません。
   悪気はないラギ。
   事実を言っただけラギ」

再びサナエが溜息を吐く。
年老いた女性ながらも、その迫力は男に引けを取らない。

▼ ,' 3 :「言いたくはないが、例の強姦事件に割く時間も人員もないんだ。
     毎日未成年が犯罪に手を染め、再犯する。
     それを食い止めるだけでもかなりの労力なんだ」

(,,゚Д゚)「言いたくはないですがね、所長。
   俺が来てからは再犯率も落ちているはずラギ。
   署の連中もようやくやる気になっただけで、これが普通ラギ。
   この署で逮捕数が一番多いのが誰か、知ってるラギね?」

▼ ,' 3 :「君が来てから市民からのクレームが増えたのも知っているか」

(,,゚Д゚)「えぇ、馬鹿がさえずってる話なら知っていますラギ。
   そいつらの素性を調べてみてくださいよ、逮捕した糞餓鬼どもの親ラギよ」

▼ ,' 3 :「私が言っているのは、君のやりすぎた逮捕の仕方についてだ。
      彼らは犯罪者であるとしても、法律で保護されているんだ」

(,,゚Д゚)「法律に従って行動しているだけラギよ、俺は。
    逮捕された餓鬼どもが甘やかされるのと同じラギ。
    それに、保護されているのは犯罪者ではなく市民全体の話ラギ。
    被害者も含めてね」

▼ ,' 3 :「この街にはこの街のルールがある。
     派遣されている以上、この街で働く私達に敬意を払うつもりはないのか」

派遣されてから初めて、トラギコはサナエの高圧的な姿を見た。
成程、長く生きているだけはあるが、生ぬるい場所で温い生き方をしてきた人間らしい言葉だ。
退屈な言葉のあまり、涙が出そうだ。

(,,゚Д゚)「敬意? 所長、俺がこの街に派遣された理由を知ってるラギか?
    治安の回復であって、あんたたちに敬意を払う事じゃないラギ」

▼ ,' 3 :「……とにかく、この事件に手を貸せるほど今暇な人間はいないんだ。
     君一人でやるんならいいだろう」

(,,゚Д゚)「本気で言ってるラギか、あんた」

▼ ,' 3 :「君がチームワークというものができないのはよく分かった。
      だったら、一人で、仕事をするといい」

(,,゚Д゚)「それはあんたの意見なのか、それとも、この街の意見なのか?」

▼ ,' 3 :「世間一般的な意見だ」

245名無しさん:2018/11/26(月) 19:36:50 ID:Wp8t4WeI0
これ以上の問答が無意味であると考え、トラギコは席を立った。
部屋の扉に手をかけた時、サナエの静かな声が背中に投げかけられた。

▼ ,' 3 :「正義の味方になりたいんなら、周りと歩調を合わせるんだな」

その言葉を鼻で笑い飛ばし、扉を閉める直前に答えを返した。

(,,゚Д゚)「なら俺は、一人で歩くラギ」

署内は深夜にもかかわらず、大勢の警官で活気づいていた。
トラギコが署に持ち込んできた事件の事後処理には、多くのベテランと女性警官が必要だった。
犯行グループの証言を取り、調書を作り、余罪や仲間の存在を聞き出すためにはやはり、経験の浅い人間には荷が重すぎる。
自分の身を売った少女たちについては、婦人警官が経緯などの情報を聞き、やはり調書にまとめた。

この街では売る方も買う方も等しく法律で禁止されており、彼女達は被害者としてだけではなく犯罪者として扱われる。
署の最上階にある取調室に向かうと、三つしかない部屋の前に警官が一人ずつ立っていた。
逮捕した人間の中でも容易に話が終わる人間を先にして、難しそうな人間は最後の方に回すのがここでのやり方として定着している。
トラギコが来る前はその制度すらなかった。

(,,゚Д゚)「取り調べはどんな調子ラギ?」

扉の前に立つ警官の一人にそう声をかける。

「まだ六人です。
女たちは一度病院に連れて行ってからなので、半分ぐらいですね」

警官がバインダーに挟んだ一覧表を見せてくれた。
名前の横に年齢が書かれており、その若さに驚いた。
売春を斡旋していた側で最も若いのは十四歳の少年だった。
世も末と言いたくなるほどの現状だ。

(,,゚Д゚)「なるほどな。
   残りは留置所ラギか?」

「えぇ。
場所は分かりますか?」

(,,゚Д゚)「分かってるラギ。
    適当な部屋を一つ借りたいんだが、どこかないラギか」

トラギコの言葉から意図をくみ取った警官は口角を少し上げた。

「なら、留置所の隣にある簡易取調室はどうですか? あそこなら声は外に漏れませんよ」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    じゃあ、頑張れよ」

246名無しさん:2018/11/26(月) 19:37:17 ID:Wp8t4WeI0
まだ彼らの仕事は続きそうだったが、これだけの大規模な逮捕が公になれば、街の中で行われている違法性の高い売春は鳴りを潜めるだろう。
だがトラギコの目的は売春の摘発や根絶ではなく、児童に対して性的な欲求をぶつける人間の情報にあった。
途中、トラギコは缶コーヒーを販売機で購入し、すれ違った警官を呼び止めて一緒に留置所に向かった。
留置所の中で最も横柄な態度を取っていた主犯格らしき男を選び、管理取調室に連れて行く。

手錠と机を繋いでから、男をパイプ椅子に座らせる。
簡易取調室はその名の通り簡易的な取調室で、机と椅子しか備品はなかった。
マジックミラー越しに中の様子を見る部屋も空調設備も、窓さえなかった。
唯一の出入り口を背にトラギコが立ち、外には警官が立っている。

逃げるには警官二人を倒さなければ不可能だ。
不自然に茶色い短髪にそり込みの入った三十代後半の男は、見るからに不機嫌そうに顔を顰め、挑発するような目線と口調でトラギコの神経を逆なでした。

|゚レ_゚;州「へぇ、あんた警官だったのかよ」

トラギコは男の後ろに行き、静かに言葉を発する。

(,,゚Д゚)「俺が許可をした時以外は口を閉じてろラギ。
    これが最初で最後の警告ラギ」

|゚レ_゚*州「はいはい、分かりましたよお回りさ――」

口を開いている途中で、トラギコの拳が男の後頭部を直撃し、男の額が強かに机に叩き付けられた。

|゚レ_゚;州「ぐっ……!!こ、この」

再びトラギコの拳が男を襲う。
額を再び強打し、男が悶絶する。
トラギコは無言のまま男の首を掴み、何度も机に叩き付けた。
額から血が流れ、男が涙を流して音をあげるのに要した時間は、トラギコとの会話から僅かに三分だった。

|゚レ_゚;州「わ、分かった……!!あんたの言うとおりにするから!!」

(,,゚Д゚)「まず質問ラギ。
   主犯はお前か?」

|゚レ_゚;州「今取り調べを受けてるダニーってやつだよ。
     俺はそいつの」

男の髪を掴んで再度机に叩き付け、缶コーヒーの角を使って肩の関節を執拗に攻める。
スチール缶が骨に食い込む痛みで男は悲鳴を上げた。

(,,゚Д゚)「そいつは十四の餓鬼だ。
   俺をからかったり、嘘を吐くたびに十倍にしてお前の体に返す。
   もう一度訊くぞ。
   主犯は誰ラギ」

|゚レ_゚;州「だから、ダニーだって!あいつが俺達のリーダーなんだよ!
     他の連中に聞いても同じことを言うから、確かめてみろよ!」

247名無しさん:2018/11/26(月) 19:37:38 ID:Wp8t4WeI0
トラギコは椅子を蹴り飛ばし、男を跪かせた。
そして男の脛を踵で踏みつけ、徐々に体重を加えていく。
骨が折れるまでにそう時間はかからないだろう。

(,,゚Д゚)「そいつは客引きだ。
    そして、お前はあいつに指示を出していたラギ。
    つまりあいつがリーダーってことはないわけラギ。
    俺は親切だからもう一度だけ聞いてやるラギ。

    尻尾きりのために用意しておいた肩書だけのリーダーじゃねぇ、顧客情報を扱って金の流れを理解している奴を話せって言ってるラギ。
    脛を折ったら次は股間を潰して玉無しにしてやる」

未成年者が逮捕者の中にいた時点で、トラギコは彼らが少年を生贄にすることは明らかだった。
未成年であればこの街の法律に守られ、尚且つ、他の人間への罪の言及が行われなくなる。
逮捕された時は本人を除いた全員が同じ答えをするようにしておけば、必然的に名を挙げられた少年が主犯として裁かれ、他の人間は減刑となる。
この街で警官をする人間であれば、容易に想像できる逃げ方だ。

ここまで暴行を受けたことで、男はトラギコが本気で骨を折り、睾丸を潰しかねないと察したのだろう。
喉から絞り出すような声で男は言った。

|゚レ_゚;州「そ、そうだよ……俺が、その辺を取り仕切ってた……」

(,,゚Д゚)「顧客データも扱ってたんだな?そのデータはどこにあるラギ」

彼が欲しているのはデータだ。
データさえあれば、途方もない捜索活動をせずに済む。

|゚レ_゚;州「んなもん作らねぇよ。
     女のデータならあるけど、客のデータなんて取っておくだけ信頼を損なうからな」

確かに、女衒は客の信頼が無ければ成り立たない商売だ。
女を扱うには恐怖を、即ち、個人情報と暴力と薬があれば事足りる。
客の場合は、秘匿性の保証がそれにあたる。
普通の風俗店では買う事の出来ない、日常生活では交わる事のない女の体の味を知りたい人間と言うのは、まず間違いなくそれを隠し通したいものだ。

この男の言っていることは至極真っ当だが、トラギコに対しての言葉としては極めて不適切だった。

(,,゚Д゚)「なら、代わりにお前の脳味噌を使えラギ。
    十歳以下の女児を買う人間の中に、女はいたラギか?
    他のところでもいいが、そういう情報はあるか」

|゚レ_゚;州「いや、女はいねぇよ。
     女は基本的に若い男を買うし、それにそれをやってる連中は一つだけでウチじゃねぇ」

(,,゚Д゚)「つまり、女児の需要は男にあるってことラギね。
    この街でそういう男は何人ぐらいいるラギ?」

|゚レ_゚;州「さっきも言ったけど、細かいデータなんてのは残してねぇよ。
     ただ、二十人ぐらいだったと思う」

248名無しさん:2018/11/26(月) 19:38:05 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「その中で暴力行為を好んだ男は?」

|゚レ_゚;州「ご、五人ぐらいだ……」

(,,゚Д゚)「その五人の人相と特徴を言え。
    全員思い出すまで、五分ごとにお前の歯を一本折る。
    足りなくなったら爪と指を使うラギ」

男は必死の形相で客の特徴を伝えた。
人相の詳細とおおよその年齢、そして最後に利用したタイミング。
欲していた情報を聞き出せる限り手に入れ、トラギコはそれらの情報を基に捜査を始める準備を整える必要があった。

(,,゚Д゚)「――これ以上は何もないのか?」

|゚レ_゚;州「思い出せる限りは全部話した!本当だ!」

(,,゚Д゚)「次ラギ。
    他に人身売買をしている組織について話すラギ」

|゚レ_゚;州「む、無理に決まってるだろ!話したら俺は殺される!」

(,,゚Д゚)「そうか。
    ならお前に訊きたいことは全部ラギ。
    協力してくれた礼に、お前にプレゼントをやるラギ」

|゚レ_゚;州「ひっ……!」

(,,゚Д゚)「落ち着けよ。
    もうお前を殴っても何も出てこないんだ。
    だから俺は考えたんだが……」

そしてトラギコは意地の悪い顔を浮かべ、小さく告げる。

(,,゚Д゚)「ムショの連中にお前の事を紹介しておいてやるラギよ。
    ガキを売った奴だってな」

刑務所には法を破った人間達が集められるが、その中には変わった掟がある。
犯した罪の内容如何によって、社会的な制裁以上の制裁が待っているのだ。
子殺し、強姦魔は特にその制裁の対象になりやすく、生きて刑期を満了できる人間は一握りしかいない。
刑務所内で溜まった鬱憤やストレスのはけ口として使われているだけだが、彼らに言わせれば、法に裁けないものを代行しているだけだという。

受刑者の中に残っている正義感というものが悪意を帯びた結果、毎年一定の数は刑務所内でのトラブルが原因で死ぬことになる。
例えばそれは風呂場で偶然足を滑らせて頭を強打したり、階段から転げ落ちたり、己の罪の意識にさいなまれて自殺をしたりなど多様だ。
刑務官もそれらについては基本的に見て見ぬふりをし、受刑者の正義ごっこは黙認されていた。
児童買春の取引をしていたことが知られれば、刑務所にあるカーストの最底辺に位置することになる。

命が助かったとしても、何かしらの障害を負う事は避けられない。

(,,゚Д゚)「話したくなったら言ってくれラギ、生きてるうちにな」

249名無しさん:2018/11/26(月) 19:39:37 ID:Wp8t4WeI0
|゚レ_゚;州「か、勘弁してくれ!」

男の悲痛な懇願を無視して取調室を出て、後の処理を扉の前で待機していた警官に託す。
この後は男を留置所に戻し、別の人間に取り調べを受け、それから裁判を待つことになる。
トラギコが刑務所の人間に男の罪状について話さなくても、刑務官たちの間から情報が流され、リンチに合う事に変わりはない。
聞き出した五人の特徴を基に、性犯罪者のデータベースを調べる為、資料室に向かう。

かび臭い資料室には紙の資料が並び、ジャーゲンに警察が設置されてから今に至るまでの犯罪の記録が残されている。
殺人と性犯罪、そして窃盗はこの街では特にその割合が多く、そのせいで資料室は最早倉庫と形容してもいいほどの雑多な様子だった。
高く積み上げられた金属ラックに並ぶファイルの列に気圧されることなく、トラギコは性犯罪の記録を調べ始めた。
ここに残されている資料は皆、犯罪者が成人済みであることが条件になっている為、そこまで有益とは言い難い。

だが、五人の顧客がこの中にいれば不要な物を削る事が出来る。
最新の資料から順に調べて行くが、資料は犯人の情報は勿論だが、被害の手口や被害者の遺体などの写真も含まれていた。
憤りと吐き気を押さえながら、トラギコは簡素な椅子と机の前で黙々と資料を読み漁った。
すっかり冷めきったコーヒーを飲み、時計の針が朝七時を指し示す頃には、過去二十年分の資料が読み終わっていた。

情報と該当する人間が三人いたが、正確さについては不明だった。
資料室を出ると、久しぶりの朝日がトラギコの眼に入ってきた。
雲がようやく薄れ始めたのだろう。

( ><)「トラギコさん、お疲れ様です」

廊下を歩いてきたビロードが声をかけてくる。
目の下に酷い隈が出来ていた。

(,,゚Д゚)「ひでぇ顔してるな、ビロード」

( ><)「言われたくありませんよ、今のトラギコさんには。
     逮捕・補導した人間全員の証言と簡易裁判が終わったのでお伝えしておきますね。
     移送先の刑務所には全員の罪状を伝えてあります。
     護送車は先ほど出発し、補導した子供たちは施設に引き取ってもらうことになりました。

     取り調べの結果は後で印刷してお渡しします」

正直、トラギコはビロードの適応能力の高さに驚いた。
必要な情報と手続きを済ませた手腕は、本部で働いてもなんら遜色のないもので、下手なベテランぶっている人間よりもよほど使える。

(,,゚Д゚)「分かった。
    少しは休んだ方がいいぞ、年末は特に休める時に休まないといつまでも休めないからな」

( ><)「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。
     ……ところで、所長があの事件をトラギコさん一人でやるようにと命令したそうで」

(,,゚Д゚)「あぁ、人手不足らしいからな。
    お前は命令に従っておけ、目を付けられたら出世なんて無理ラギ。
    俺が言うんだ、間違いねぇ。
    その代わり、情報の横流しと協力を頼むラギ」

250名無しさん:2018/11/26(月) 19:40:07 ID:Wp8t4WeI0
( ><)「任せてください、トラギコさん。
     それと、一つ情報があります。
     犯人は男です」

(,,゚Д゚)「……どうやって調べたんだ?」

性別を絞る要素を探していたトラギコにとって、それは朗報だった。

( ><)「例の清掃業者にいる一人から情報を聞いたんです。
     遺体には男の体液が残っていたそうです」

(,,゚Д゚)「なら犯人の特定ができるじゃねぇか」

( ><)「えぇ、色々と調べてみたんですが、やはり上からの圧力が凄まじいみたいです。
     法律を絶対に遵守させるべし、とのことで多額の補助金が出されているから企業は潤っているようです」

(,,゚Д゚)「よく情報が聞き出せたラギね、あいつら金はあるんだろ?」

( ><)「良心に訴えかけてみたんですが、それが上手くいきました。
     ですが聞き出せたのはここまでで、これ以上は駄目でした。
     証拠品を持ち出すことも提案したのですが、清掃後はボディチェックがあるそうです」

不自然なほどに徹底しすぎているが、企業としては余計な材料を外に持ち出させない事で会社の立場を守っているのだろう。
万一にでもそれが持ち出されでもしたら、会社は秘密を守る事も出来ないだけではなく、仕事を満足に行えない事を示してしまう。
街が定めた法律は死体を可能な限り生前の状態に戻すことであり、決して死体から何かを持ち去る事ではないのだ。
何故事件解決の鍵をここまで消し去ろうとするのかは理解に苦しむが、それでも、残された証拠品からやれるだけのことをやるしかない。

手がない訳ではないのだ。

(,,゚Д゚)「さて、今から街の見回りに行ってくる。
    ビロード、この街にある児童施設に片っ端から連絡してくれラギ。
    不審な男に気を付けろってな。
    それと、保育園や幼稚園にも連絡を回す様に伝えろ」

( ><)「分かりました。
     トラギコさん、寝てないんじゃないですか?」

(,,゚Д゚)「まぁな。
    とりあえずは散歩でもして眠気を覚ますさ」

( ><)「犯人が早く捕まるよう、助力します」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    分からず屋の所長にばれないように気を付けろよ」

( ><)「そうします。
     それじゃあ、また今度」

(,,゚Д゚)「あぁ、またな」

251名無しさん:2018/11/26(月) 19:40:29 ID:Wp8t4WeI0
‥…━━ 十二月九日 午前 市街 ━━…‥

男はジャーゲンの街をゆっくりと歩きながら眺め、すれ違う人をさりげなく観察していた。
歩く速度は決して速くはないが、彼の心は逸っていた。
彼の眼に写るのは歪んだ情報群。
成長した女。

年老いた女。
醜い女。
成長した男。
小さな男。
年老いた男。

そして、最高の性処理道具が歩いている。
まるで誰かに壊してもらう事を待ち望んでいるかのようなその造形、存在に男の心と下半身は高ぶっていた。
だが男は冷静だった。
突発的な犯行に及ぶことはあるが、決して無計画なわけではない。

余計な邪魔が入らないように心掛け、次の道具を楽しめるように安全に現場から立ち去るための算段を建ててから犯行に及んでいた。
彼の眼が探しているのは一人で歩いている女児だった。
女児は良い。
柔らかく、良い声で泣く。

命の灯火が消える寸前まで助けを求め、希望と奇跡を信じている姿はこの世の宝だ。
それを手折り、蹂躙し、凌辱するのがたまらなく好きな瞬間だった。
生き甲斐と言ってもいい。
こんなに気持ちのいいことを止められるはずがない。

自慰行為を手で行うように、彼は女児を使って性的な快感を得て安寧を感じるのだ。
しばらく物色をしていると、男は街の空気が変わっていることに気付いた。
その正体は、彼の興味の対象である女児たちが一人で行動していない事だった。
数人で歩いているか、保護者が傍にいた。

これではお預けを喰らっている状態だ。
明らかに何か、彼の望まない事が起こった証だった。
警察が動いたと考えるべきだが、それは彼の中では起こり得る可能性の最も低い事態だった。
現実をこうして目の当たりにすると、警察が動いたとしか考えようがない。

苛立ちを押さえるためにも、この股間の高ぶりを押さえなければならない。
娼婦は論外だ。
そんな穴を使う気にはなれない。
穢れの無い、まだ瑞々しい穴がいいのだ。

それなのに。
忌々しい大人共が彼の道具の周りにいるせいで手出しをすることが出来ない。
何とも酷い話だ。
彼はただ穴を楽しみたいだけであって、何か悪事を働くわけではない。

252名無しさん:2018/11/26(月) 19:40:50 ID:Wp8t4WeI0
果実をどのタイミングで食すかは人次第だ。
彼はたまたまそれが早いというだけで、他の人間と何も変わりはない。
健全で、実に人間らしい思考をしているのだ。
これが同じ人間の行いかと、苛立ちが募る。

人間が食事をするのと同じだ。
睡眠をとるのと同じだ。
全ては動物的な本能に従っているだけで、それを満たそうとするのは人間として当然だ。
だから彼は悪くない。

それが、連続強姦殺人事件の犯人であるこの男の主張であった。
尾行すれば聡い何者かに見咎められ、今後の活動に支障が出かねない。
それは困るのだ。
彼はまだ捕まるわけにはいかず、捕まればしばらくの間穴を楽しめない。

夕飯の献立を考えるように、この後の性処理について考える。
いささか不服ではあるが、この街にある幼女専門の売春宿に行くしかないのだろうか。
法外な値段で子供を売り払う下種たちの世話になるのはあまり気乗りがしないが、この疼きを鎮めるためには仕方がない。
しかし商品を彼の好きにできるわけではないため、不完全燃焼もはなはだしい。

欲望の小出しは精神衛生上大変よろしくない。
どうにかして欲望の発散をしなければならない。
人間が排泄を我慢できないのと同じように、彼は性欲を我慢できないのだ。
むしろ、我慢するべきものではないとさえ思っている。

そこでふと、ある考えが思い浮かんだ。
売春はあくまでも穴をレンタルするだけで、肉そのものを我が物にするわけではない。
ならば、肉を買えばいいのだ。
彼には肉を売っている場所に心当たりがあった。

それに何より、売り物であれば細かなことを気にしなくて済む。
後始末も簡単で、時間を気にすることなく好きにできる。
思い立ったらすぐに行動する彼は、まだ陽の高い時間にも関わらず、極めて非合法的な人間への連絡を考え付いた。
公衆電話を使い、その人間へと連絡を行う。

『誰だ、こんな時間に』

(:::::::::::)「七歳ぐらいはいるか?」

『……十二万ドルだ』

時折彼は、この人間から女児を買う事があり、声だけで誰なのか伝わるようになっていた。
これが人間同士の繋がりと言うやつだが、大人の男と話すのは苦痛だった。

(:::::::::::)「大丈夫だ。
    じゃあ、いつもの場所に届けてくれ」

『待て、最近はサツが動いて物騒になってるんだ。
場所を変える』

253名無しさん:2018/11/26(月) 19:41:17 ID:Wp8t4WeI0
(:::::::::::)「詰めて宅配してくれればいい」

『分かった。
いつものところに届ける。
三十分後だ。
オプションは?』

(:::::::::::)「必要ない。 金はいつもの通りに」

電話を切って、男は一先ず安堵の溜息を吐いた。
これでいい。
不服ではあるが、どうにか欲望の発散は出来そうだった。
天然の魚と養殖の魚のそれぐらい差が現れる問題だったが、渇きを満たすためにはあまり贅沢は言っていられない。

はやる気持ちをどうにか押さえながら会員制の無人ホテルへと向かい、彼専用の部屋へと向かう。
エレベーターで最上階の七階に到着する頃には、彼の股間は痛いほどに膨らんでいた。
部屋にあるのは簡素なキングサイズのベッドとシャワールームだけ。
それ以外の調度品は何もなく、それ以上の調度品は求めていなかった。

この部屋で彼が気に入っているのはその簡素な作りと徹底した防音設備だった。
この部屋で銃声が鳴ったとしても、隣の部屋はおろか廊下さえ音が漏れることはない。
部屋の鍵とチェーンをかけ、一息つく。
ベッドの傍に大きなピンク色のスーツケースが置かれているのを確認して、口角が挙がる。

股間が痛いほどに膨れ上がっている。
もう我慢は出来そうにもない。
フローリングの床を革靴の踵が叩く音が、まるでドラムロールだ。
プレゼントの包装紙を破るように、男はスーツケースを開いた。

「……っ!!」

そこには両手足を縛り、目隠しと猿轡を噛まされた私服姿の女児がいた。
ブロンドのショートヘアが可愛らしい。
何が起きているのかまるで分かっていない様子で、自分が詰められていたスーツケースが開かれたことにただただ驚いているようだった。
怯えている姿がたまらない。

だがこれではよくない。
恐怖を堪能するためには、まずは素材を徐々に吟味しなければならない。
何事にも作法というものがあり、それを守ることで秩序が得られ、何も考えない獣では味わう事の出来ない格別な味を感じる事が出来るのだ。
ホットパンツとシャツの組み合わせは実に子供らしく無邪気で、そこから惜し気もなく見える四肢がまるで果実の様だ。

我慢の限界だった。
男は女児の太腿に手を伸ばし、その肌をまずは指先で楽しんだ。
猿轡の奥から聞こえる悲鳴がいいアクセントになり、指先に感じる体温と柔らかくすべすべとした肌の感触だけで射精しそうだった。
太腿を擦りつつ、頬に手を添える。

汗ばんだ肌に、確かな恐怖の色を感じる。
太腿に這わせていた手を足の付け根へと移行し、もう一つの手で首を締めた。
徐々に力を込めこれから命を奪わんとする男の意志を伝えた。
肌に汗が浮かび、付け根の部分が震えはじめる。

254名無しさん:2018/11/26(月) 19:41:47 ID:Wp8t4WeI0
いい兆候だ。
実にいい兆候だ。
これは逸材だ!まだ命に縋ろうとする姿勢がある。
そう簡単に壊れず、男を満足させてくれる逸材に違いない。

女児の顔が赤くなり、縛られた手足を動かして必死の抵抗を見せる。
小さく細い手足をいくら動かしても、大人の力に勝てるはずがない。
この優越感。
前菜としては上出来だ。

足を縛るテープに切れ目を入れて、拘束を解いてやる。
ジタバタと足が動いていた。
最高の眺めだ。
決して届かない抵抗と悲鳴を生み出しているのは男の手。

男の意志によって、女児の必死の抵抗を全て封じる事が出来る。
これ以上ない快感。
生物である以上、最も大切にしている命を奪われまいと見せる抵抗はその命最大のものになる。
全力の抵抗を容易くねじ伏せることの愉しみは、選ばれた者にしか味わう事を許されない果実そのものだ。

これは他の何かで代用できるものではない。
足の付け根に汗とは違う体液が滲み出て来たのを感じて、男は首から手を離した。
目隠しの下から涙が流れ、女児が声を殺して泣き始めた。
涙を舐めとり、その淡い塩気に舌鼓を打った。

次に男は猿轡を取り、声を出させることにした。
いつまでも言葉にならない声では飽きてしまう。
味に変化をつけ、料理を楽しむのもまた人間としての嗜みであり、マナーでもある。
男はこれから暫くの間警察のせいでこの感覚が味わえない事を考えて、今回は特に念入りに堪能することに決めたのであった。

命を蹂躙され、凌辱の限りを尽くされた女児の死体が路地裏でゴミ箱に詰められているが発見されたのは十二月十二日の早朝だった。

‥…━━ 十二月十二日 午前 路地裏 ━━…‥

身元不明の女児の死体が発見されたとの通報を受け、鑑識班を伴った警官達が現場に到着した時、数人が死体から目を逸らした。
成程確かに、身元不明であるということも頷ける凄惨さだった。
野犬に食い千切られたせいで顔のパーツは判別不可能なほどに変わり果て、女児であると一目で判別するのは難しい所だった。
ビロードは口をハンカチで覆いながら、周囲の状況を確認した。

この路地裏はホームレスたちでさえあまり使わない、ビルの合間にある吹き溜まりのような場所であり、目撃証言は期待できない。
犬によってゴミ箱が倒されていなければ清掃車が来るまで誰も気づかなかっただろう。
それ故に、何かしらの証拠が残されている可能性が高くもあった。
人が来ないという事は、真新しい証拠品は犯人につながる手がかりとなり得る。

身元不明の死体である以上、それを預かるのは警察の仕事になる。
この街の法律に従って言えば、身元不明の遺体に対する処遇は特に定められていない。
この女児の親族がいつ現れるのか分からなければ、警察としては先に解剖と分析を行う事が出来る。
極めて遺憾な話だが、この女児のおかがで犯人特定に向けて大きく前進することになる。

255名無しさん:2018/11/26(月) 19:42:07 ID:Wp8t4WeI0
彼女の死を決して無駄にしないためにも、ビロードたちは全力で事件を解決しなければならないのだ。
一度事件が発生すれば、流石に署長もトラギコ一人に一任するわけにもいかず、こうして警官を派遣せざるを得なくなる。
そして分析などがひと段落したらトラギコに任せることになるため、事件の初動である今この段階でどれだけの情報を手に入れてトラギコに引き渡せるかが重要だ。

( ><)「遺体をすぐに検死に回してください。
     今ならまだ証拠が採取できるはずです」

( ''づ)「分かってる、落ち着け」

青い死体袋に赤黒い塊となった女児が詰められ、運ばれていく。
現場に残されたゴミ箱も袋に念入りに包んで、警察へと向かうワゴン車に乗せられる。
ワゴン車と入れ替わりに、トラギコがやってきた。

(,,゚Д゚)「どうだ」

( ><)「最悪です。
     以前の二件とは違って、かなり酷い状態でした。
     ですが、今検死課に遺体を運んだので何かしらの証拠が得られるはずです」

(,,゚Д゚)「そいつは重畳ラギ。
    これで一気に――」

その時、鑑識官の一人が携帯電話を手に二人の元に駆け寄ってきた。

「今連絡があって、遺体が清掃業者に渡されることになりました!」

(,,゚Д゚)「何?! 身元不明じゃねぇのか!!」

トラギコの怒声に気圧されながらも、鑑識官の男は報告をした。

「ついさっき、親が出てきて自分の娘だと証言を!運送中の車内で遺体の特徴と証言を照らしあわせた結果、一致したそうです!」

(,,゚Д゚)「……おい、車を停めさせておけラギ。
   理由は何でもいい、業者よりも先に遺体から証拠を手に入れさせるラギ!」

「そ、それがたまたま業者の車が近くにいて、すでに引き渡しが行われたと!」

いくら何でも出来すぎている。
何者かの作為があるのは間違いなかった。
だが何故、そのような事をするのかビロードには考え付かなかった。
彼はトラギコの眼に本物の殺意が浮かぶのを見たが、それは一瞬で消え去った。

鑑識官は持ち場に戻り、仕事を再開した。

(,,゚Д゚)「おい、ビロード」

拳を握り固め、トラギコはゾッとする程冷静な声色で声をかけてきた。

(;><)「は、はい」

256名無しさん:2018/11/26(月) 19:42:27 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「名乗り出てきた母親を拘束して、身元を徹底的に調べておけラギ。
    後で俺が尋問するラギ」

(;><)「分かりました。
     ですが、尋問って……」

取り調べではなく、尋問という言葉をトラギコが選んだのには理由があるはずだった。
彼はおそらく、件の母親を使って事件の裏に潜む人間を引きずり出そうとしているのだろう。
だが、警官による尋問を実施する際には上長の許可もしくは命令が必要になる。
果たして、その点をトラギコは考えているのだろうか。

(,,゚Д゚)「タイミングが不自然すぎるラギ。
    警察内部に犯人隠匿に協力してる奴がいると見て間違いねぇラギ。
    だがその前に俺はあの子供の出所をちょっと聞いてくるラギ」

( ><)「まさか、刑務所に?」

(,,゚Д゚)「あぁ。
    この街にある人身売買組織について訊いてくるラギ」

彼の行動力には目を見張るばかりだが、暴走しないかだけがビロードにとって不安の種だった。
彼は孤独に生き、単独で動き、独力で解決しようとしているように見える。
まるでそうしなければならないのだと自分に言い聞かせているように、そうでなければならないのだと考えているかのように。

‥…━━ 十二月十二日 午前 刑務所 ━━…‥

刑務所に入れられてから面会人が来るのは、その男にとって初めての事だった。
しかもアクリル板越しの会話ではなく、模範囚でしか許されないグラウンドでの面会だった。
果たしてどこの誰だろうかと心躍らせながら待ち、面会人が姿を現した時、男は数歩後退った。
刑務所にいる人間全員がその名を刻む、恐怖の対象。

虎と呼ばれる刑事だった。

(,,゚Д゚)「よぅ、来てやったぞ」

|゚レ_゚;州「な、何で……!!」

(,,゚Д゚)「話しにきたラギ。
    お前がすぐに話せば俺は余計な運動をしなくて済むラギ」

トラギコの姿を見て、男の全身が総毛立っていた。
話をするのも恐ろしいが、獣のように鋭い目で睨みつけられている時が最も恐ろしい。
この男なら何をしてきても不思議ではない。
身をもって体験したからこそ分かる。

今、トラギコは一切の容赦をしないつもりだ。

(,,゚Д゚)「前にお前に話した、人身売買組織について教えろラギ。
    今すぐに」

257名無しさん:2018/11/26(月) 19:49:57 ID:Wp8t4WeI0
|゚レ_゚;州「ひっ!」

普通はいるはずの看守たちはどこにもいない。
これから先何かが起こったとしても、誰も何も目撃していないため、彼がトラギコに暴行を受けたとしても妄言として処理されるのだ。
最悪、命を奪われるような暴行も覚悟しなければならない事は、同じ刑務所の人間から聞かされていた。

(,,゚Д゚)「挨拶の前にまずは目玉を抉るラギ。
    右か左か、好きな方を選ばせてやるラギよ。
    その後、片方の耳を引き千切ってから挨拶をするラギ。
    俺は礼儀正しいラギ」

|゚レ_゚;州「わ、分かった!!話す、話すから勘弁してくれ!!」

(,,゚Д゚)「俺が勘弁するかどうかはお前の情報次第ラギ」

‥…━━ 十二月十二日 午後 ジャーゲン警察取調室 ━━…‥

結論から言えば、トラギコが得た情報は有益だったが、手遅れだった。
母親の証言が虚言であり、女児が人身売買されたのだと分かった時には、すでに死体の清掃は完了した後だった。
取調室で母親を語った女は金で雇われただけだと言い、相手の正体は何も知らないという。
生活に困窮しての犯行との事だったが、トラギコの拳はその理由で止めることは誰にも出来なかった。

頬骨と前歯を折られた女は刑務所に運ばれてすぐに医務室へと向かい、顔をギブスと包帯で覆うことになった。
苛立ちを押さえきれず、トラギコは無人となった取調室の椅子を蹴り壊した。

(#゚Д゚)「糞っ!!」

女を雇った人間を追ったところで袋小路になるのは目に見えていた。
人身売買組織を摘発し、壊滅させたが少しすればまた同じ仕事が始まるだろう。
この街で人身売買を行う事は極めて容易く、トラギコはその点を極めて危惧していた。
人命が金で売り買いされるという現実は易々と受け入れられない問題だ。

殺された女児を売った人間は明らかに尻尾切りの人間達で、本命は安全な場所に隠れているはずだ。
その人間を探すのが先か、それとも犯人を捜すのが先か。
どちらも優先順位は高く、天秤にかけるにはいささか厳しいところがあった。
特に一人だけとなると、二つ同時に解決するのは不可能だ。

所長は相変わらずトラギコ一人で連続強姦事件の捜査と対処を命じ、他の警官達は他の事件に回されている。
成程確かに、日々事件が多発しているために人手を割くことが出来ないのは理解できるが、事の重大性をまだ理解し切れていない節がある。
すでに三人の犠牲者が出ているのに、これを路地裏の恐喝事件と同様に捉えているのだ。
女でありながらその辺りへの理解はまるで薄いようで、説得による協力は難しそうだった。

他の二件と異なり、今回は金で買った女児を殺していることから、よほどの状況にあったのだと推測された。
強姦魔は娼婦と性交渉するよりもその辺りを歩いている人間を犯すことに興奮を覚え、それを喜びとしている事がほとんどだ。
無理やり犯すことが彼等の目的であるにも関わらず、今回は金を払っての犯行。
つまり、何かしらの理由で妥協をしたのだ。

258名無しさん:2018/11/26(月) 19:50:19 ID:Wp8t4WeI0
その理由とは、まず間違いなく警察官の数が街中に増えたことであろう。
人目を気にしなければならない状況に陥り、人身売買組織に一報を入れ、犯行に及んだ。
ならば、この犯人はどこで女児を犯したのだろうかと考えれば、自ずと安全な建物を選ぶことが浮かび上がる。
その後に女児の死体を捨てたのであれば、まだ証拠が犯行現場に残されている可能性があった。

死後三日ほどが経過しているとの報告から逆算すれば、その可能性は低い。
極めて低いが、今はその可能性を信じたかった。
トラギコが刑務所で手に入れた証言によれば、売買は無人のノウマンズホテルで行われているという。
会員制であり、外見は古びたビルだが、そのセキュリティは最新式の物で固めてあるとのことだ。

場所は分かっているが、やはり所長の意向により、鑑識官はまだ派遣されていない。
それどころか、この事件の担当者であるトラギコ以外は一切かかわらないように命令が下されていた。
年末強盗の数が増え始める時期でもある為、街中のパトロールに人員が割かれているのだ。
トラギコは武器庫へと急ぎ足で向かった。

口を真一文に結び、余計なことは一切考えず、喋らない。
上の意向がどうあれ、彼は彼の仕事として手に入れるべき証拠品を手に入れなければならない。
証拠品が無ければ目撃証言でもいい。
どんなにか細い物であっても、犯人を突き止める手がかりになりさえすればいいのだ。

気持ちを落ち着かせるために、一旦シャワー室に向かい、汗を流す。
その後、新たなスーツに着替えて気分を整えた。
証拠探しをしている間に余計な人間が出てこないとも限らない為、武器庫からH&K社のMP5K短機関銃とマガジンを拝借し、アタッシェケースに入れて持ち出した。
署にあるオフロードバイクを使って街に向かう。

地面に積もっていた雪は昼の日差しでぐずぐずに溶け、道路はにわかに渋滞を起こしていた。
バイクの利点を使い、車の間をすり抜けて目的地へと急ぐ。
証言から発覚した建物の前には清掃業者の車が一台停まっていた。
それを見た瞬間、トラギコは最悪の展開を予想した。

もしもこの清掃業者が犯行現場の清掃作業を行っていたとしたら、そこに残されている証拠品の一切合切が消滅してしまう。
どこの馬鹿が依頼したのかは知らないが、今すぐに確認をする必要があった。
アタッシェケースから短機関銃を取り出して、ビルへと足を踏み入れる。
無人のフロントを通過するためには会員証が必要だったが、トラギコはそれを銃で撃ち壊して強引に通過した。

音を頼りに建物を捜索し、掃除機の音が聞こえる一室を見つけ、扉を開いた。

(,,゚Д゚)「警察だ、動くな!!」

銃を構え、部屋にいる人間達の動きを制する。
清掃業者の制服である青いつなぎを着た男が三人、それぞれ掃除道具を手に立っていた。
彼らの足元には血痕が残されており、まだ清掃が始まったばかりであることが分かった。
証拠はまだ残されている。

(,,゚Д゚)「どこの誰に頼まれたのかは知らねぇが、今日は仕事は休んでもらうラギ」

「おいおい、警察の旦那。
そいつはちょっと乱暴ってもんだ」

259名無しさん:2018/11/26(月) 19:50:43 ID:Wp8t4WeI0
帽子を取って、一番体躯の大きな男がトラギコに歩み寄ってくる。
ゴム手袋を外し、拳と首を鳴らして威嚇をしてきた。
妙に強気な男だった。

(,,゚Д゚)「乱暴でも何でもいいが、ここは事件現場ラギ。
    掃除は後ラギ」

「こっちは仕事でやってるんだ、邪魔しないでくれ」

(,,゚Д゚)「こっちも仕事なんだ。
   邪魔するな」

一気に漂う、険悪な雰囲気。
銃を持っているトラギコと、拳だけの男。
喧嘩にすらならない。

「市長からの仕事なんだ、邪魔するんならあんたの事を報告するぞ」

その言葉に、トラギコは僅かに眉を潜めた。
何故市長がここの清掃を命じる必要があるのか、まるで理解が追いつかない。
そもそも理解できない法律を展開している以上、理解など無理なのかもしれないが、今回の件についてはまるで理に適っていない。
否、男の証言が嘘である可能性もある。

(,,゚Д゚)「市長の命令だろうが、こっちは警察としての仕事なんだ。
   俺の邪魔をするんなら、脚に穴を空けられても文句は言えねぇラギ」

「撃てるわけがねぇ。
警官はいつもそうだ。
ハッタリなら、ヴェガで勉強してくるんだな」

(,,゚Д゚)「そうかい」

MP5Kが火を噴いた。
男は悲鳴を上げてその場に倒れた。

「ここに来る前にヴェガで予習してきたんだ。
どうだ、勉強になったか?」

「この、馬鹿がっ!本当に撃つ奴が……!」

(,,゚Д゚)「いるんだよ、ここに。
   捜査の妨害及び事件現場への介入による証拠隠滅幇助でムショにぶち込んでやるラギ」

「糞っ、こいつを黙らせろ!!」

残った二人にそう命令するが、トラギコの容赦のなさを見て動く様子はない。
流石に銃を平気で撃つ警官が相手となれば、喧嘩早い人間でも躊躇うだろう。

(,,゚Д゚)「お前らはさっさと部屋から失せろ。
    そうすりゃ、いいことがあるかもだ」

260名無しさん:2018/11/26(月) 19:51:04 ID:Wp8t4WeI0
「お、俺を置いていくな!!」

その言葉は二人の背中に届きはしたが、彼らは躊躇うことなく部屋から走り去ったのであった。
残ったトラギコは携帯電話を使い、警察署に連絡を入れる。
だが誰も電話に出ない。
文字通り署にいる人間を全員パトロールに出しているのだとしたら、所長は歴史に名を残す馬鹿と言うことになる。

これではいくら通報が入ったところで、誰も動くことはできない。
しぶしぶ電話を切り、それをポケットに入れようとした時、着信があった。

(,,゚Д゚)「おう」

( ><)『トラギコさん、ビロードです。
     署に電話をしましたよね?』

(,,゚Д゚)「あぁ。
    誰も出なかったけどな」

( ><)『……所長がトラギコさんからの着信は無視しろ、と全体に通達したんです。
     例の女を殴った事で、どうにもキレちゃったみたいで』

(,,゚Д゚)「あの女は事件を終わらせたくないのか、それとも俺の邪魔をしたいのかどっちからしいラギね。
    お前は今どこから電話してるラギ?」

( ><)『近所のパトロールをしています。
     署にいるドクオさんが僕に電話をして、トラギコさんに伝えるように教えてくれたんです。
     署の人間が皆所長の意見に賛同しているわけじゃないんです』

(,,゚Д゚)「ともあれ、俺は協力を得られないってことだな。
    丁度いい、鑑識をこっちに寄越してもらいたいんだが、どうにか都合を付けられるラギか?」

( ><)『最善を尽くします。
     最悪、僕が行きます』

(,,゚Д゚)「あぁ、助かるラギ。
    じゃあな」

今度こそ電話をしまい、部屋の捜査を始めることにした。
銃創を押さえて泣きじゃくる男の髪を掴んで廊下に放り出し、余計な体液や毛髪、血痕がこれ以上現場に残らないようにする。
手袋を付け、鍵とチェーンをかける。
跫音が遠ざかって行くのが聞こえ、男が逃げて行ったのが分かった。

大げさな男だった。
改めて現場を見ると、フローリングには血痕らしきものが僅かに残されていた。
キングサイズのベッドの傍にはスーツケースが開いた状態で置かれ、中には何もなさそうだった。
しかし証言を思い出すと、売買された子供はこうしてスーツケースに入れて送り届けられることがあるようだ。

261名無しさん:2018/11/26(月) 19:51:24 ID:Wp8t4WeI0
つまりここで犯人が女児を手に入れ、犯行に及んだと考えられる。
部屋にある窓には分厚いカーテンが三重に引かれ、決して外から中が覗けないようになっていた。
あまり動き回らずに部屋の中を観察する以外、専門家的な知識を持たない彼に出来ることはない。
しかし現場確保をするという事は極めて重要なことであり、様々な証拠品が残るこの部屋がもたらす事件解決への功績は計り知れない。

(,,゚Д゚)「……ん?」

足の裏に熱を感じ、トラギコは思わず声を出した。
分厚い靴底越しにも分かる熱というのは、普通では有り得ない。
大きな熱を生み出す原因が無ければ――

(,,゚Д゚)「マジかよ……!」

最悪の予感とも確信とも言える想定を胸に抱いて、トラギコは部屋の扉を僅かに開いた。
猛烈な熱風がトラギコの顔を直撃した。
思わず扉を閉め、部屋の中に戻る。
これは、紛れもなく火事だった。

だが火災報知機がまるで機能していない。
警報の音もスプリンクラーも作動した様子が無く、何者かの作為を感じた。
火の回りの早さも不自然であり、タイミングから考えて、証拠隠滅を図る人間の策謀に違いない。
更に、この部屋には緊急用の梯子など、火災に対しての備えがまるでなされていなかった。

そこまでして、この事件を解決されては困る人間がこの街にいると思うと、トラギコは気分が悪くなった。
強姦殺人犯をどうして庇いだてなければならないのかを考えると、犯人の素性は自ずと絞られてくる。
本人、もしくは本人に深く関係している人間が社会的に高い地位にいる可能性だ。
捜査の領域をこれで狭められるが、まずは生きて脱出することと、証拠品を幾つか持ち帰る必要があった。

果たしてどれが証拠品として有益な物なのか、今の段階で見つけ出すのは難しい。
持って行ける大きさで、となるとキャスター付きのスーツケースが妥当だろうか。
選んでいる時間もあまりなさそうであることから、スーツケースを手に取って部屋を出ることにした。
熱風と黒煙が廊下に充満していた。

七階にまで炎が到達しているのか、それとも火元が六階なのか。
まるで分からない。
他の部屋に人がいるかどうかについて、彼には考えるだけの優しさと余裕はなかった。
ケースを引いて急いで移動をする。

エレベーターはいつ停止するか分からない為、非常階段を探す。
だがしかし、非常階段は廊下のどこにも設置されていなかった。
胸騒ぎがした。
トラギコのいる場所から地上に降りるには、階段を使う他ない。

そして階段は一か所だけ。
もしも証拠を消し去りたいのであれば、トラギコがこのホテルから出て行くのを見逃すだろうか。
否、あり得ない。
証拠共々トラギコを殺し、不運な火災事故として処理するはずだ。

262名無しさん:2018/11/26(月) 19:51:45 ID:Wp8t4WeI0
ならば、一方通行である階段を使えばトラギコの不利は揺るがない。
外から消防車のサイレンが聞こえてきたが、トラギコはその音を信用しないことにした。
避難する人間達がいる中、逆走しても怪しまれない人間は限られている。
しかも顔を隠すためのマスクや重装備に身を包んでいてもなんら不自然さのない存在。

消火器ではなく火炎放射器を背負っていたとしても分からないだろうし、それがあれば証拠を完全に焼き払う事が出来る。
短機関銃の安全装置を解除したまま、トラギコは廊下の突き当りにあるエレベーターへと向かった。
階段とは真逆の位置にあり、階段から来る人間との距離を開けていられるのが幸いだった。
エレベーターのボタンを押しても反応は何もなく、昇降機が動く様子はない。

空気の熱で汗が吹き出し、服を濡らす。
携帯電話を使い、警察へ連絡を試みるも、やはり電話には誰も出ない。

(,,゚Д゚)「帰ったら絶対に殴ってやる、あの糞尼」

スーツケースと銃から一旦手を離し、扉をこじ開けようとする。
僅かだが扉が開いたと思った時、階段のある方向に人影が現れたのを見咎めた。
短機関銃を手に取り、屈んで様子を窺う。

「消防署です!逃げ遅れた方がいたら声を上げてください!」

そう言いながらも、彼らは先ほどまでトラギコのいた部屋に迷わず進み、扉を蹴破って中に入って行った。
確認できただけでも人数は五人。
一人は扉の前に残り、警戒に当たっている。
廊下に立ち込める煙は徐々にその濃さを増し、いよいよ命の危険がより具体的に感じられて来た。

エレベーターの扉を開こうものなら、その音を聞きつけて駆けつけてくるに違いない。
少しして、部屋の中から消防士たちが駆け足で出て来たかと思うと、オレンジ色の炎が部屋から噴き出してきた。
間違いなく人為的な炎であり、証拠の隠滅が彼等の目的である何よりの証拠だった。
そのまま男達が階段を下りて消えようとした、正にその瞬間。

トラギコの懐にしまってあった携帯電話が振動音を発した。

「ん?! 誰かそこにいるのか!」

見ると、警察署からの電話だった。
最悪のタイミングだ。
かけ直すにしてもタイミングというものがあるだろうに。
舌打ちをして着信を拒否し、トラギコは腹をくくった。

「消防署の者です、避難を!」

声を出さずに、トラギコはMP5Kを三点射撃に切り替え、銃爪を引いた。
三発の銃弾は声の方向に向けて正確に飛び、声の主に直撃した。

「あぐっ!?」

「あいつだ、あいつを殺せ!!」

263名無しさん:2018/11/26(月) 19:53:16 ID:Wp8t4WeI0
物騒な言葉と共に銃声が響き、耳のすぐそばを銃弾が掠め飛んで行った。
セレクターをフルオートへと切り替え、片手で牽制射撃を加える。
瞬く間に弾倉一つを使い切ったが、男達を階段の方へと追いやることに成功した。
弾倉を交換して射撃を継続し、片手と足を使ってエレベーターの扉を無理やりに開く。

人一人分が通れるだけの幅が出来たと思った時、銃声と共に傍に置いてあったスーツケースが砕け散った。
煙が濃くなり始め、数メートル先に落ちているはずのスーツケースの破片がまるで見えない。

(;,,゚Д゚)「ちっ!」

三点射撃に切り替え、弾幕を張る。
這うように姿勢を低くし、スーツケースの破片を一つ手に取った。
今は生きて逃げることが先決だったが、せめて何かしらの手がかりになればと思い、その破片を密閉袋に入れた後、ポケットにしまった。
携帯電話を開いて、警察署にリダイヤルする。

応対したのは熟年の女オペレーターだった。
電話に出たのは偶然か、それとも諦めたのか。
今は分からないが、それこそどうでもいい問題だった。

『はい、こちら警察署』

(,,゚Д゚)「俺だ、トラギコだ! さっき俺に電話してきた糞馬鹿は誰ラギ!」

『少々お待ちください……いえ、誰も電話していないようですよ』

妙だった。
着信と応対が連動していながら、電話をした人間が名乗り出ない。
話がかみ合わないという事は、かみ合わなければならない所に作為があるという事。

(,,゚Д゚)「なら今すぐノウマンズホテルに人を寄越せ!!
    消防士に偽装した連中が証拠隠滅してやがるラギ!!
    それと、消防への連絡は調べられるか?」

『了解しました、ノウマンズホテルですね。
消防への連絡は来ていないようですが、何かあったのですか?』

(,,゚Д゚)「放火だ、警報装置もスプリンクラーも切られてる!!
    このままだと周囲に被害が広がるラギ!」

『ただちに消防に連絡します。
他に情報は』

(,,゚Д゚)「俺が警察保険に入ってるか分かるラギか?」

『先日申告用の書類を送ったので、入っているはずですが。
何故ですか?』

上着を脱いで、それを左手に巻き付ける。

(,,゚Д゚)「病院代がかさみそうだからだ!」

264名無しさん:2018/11/26(月) 19:53:37 ID:Wp8t4WeI0
電話を切り、エレベーターシャフトを覗き込む。
オレンジ色の炎が下に見えているが、予想では炎は六階から五階のどちらからか出ているはずだ。
証拠を早急に焼き払うのならば、不自然さのないように真下にある部屋を燃やすのが一番だ。
となると、それ以下の階はまだ燃えていない可能性が高い。

煙のせいで昇降機はまるで見えなかった。
どこで停止しているかは分からないが、降りられるところまで行くべきだ。
ワイヤーが動いていないことを確認し、一息に飛び降りた。
ワイヤーを左手で掴み、摩擦と熱で手が焼けないようにする。

トラギコは速度を上げて落下して行き、ついに、脚の裏に固い鉄の感触を味わうことになった。
昇降機の天井に到着したが、ここが何階なのかは分からない。
足元の昇降機にある通気口を蹴り破って、中に入った。
電気の消えた昇降機の中には誰もおらず、薄ぼんやりとした空間があるだけだ。

扉をこじ開けると、外の光が目に差し込んできた。
床に書かれた数字が階数を教えてくれる。

(,,゚Д゚)「ちっ、三階かよ」

それでも、三階分のショートカットができたことは重畳と言えよう。
炎はこの階にはまだ届いておらず、やはり、予想した通り彼らが放火したのは六階だったようだ。
証拠を確実に焼き払うための行動力と情報力は、少なくともその辺りで捕まえられる三下では有り得ない。
組織的な存在が背後に必ずあるはずだ。

少なくとも、警察内部から情報を聞き出し、市長への圧力も可能な程の大きさがあるのは間違いない。
長い間仕事をしていてそんな存在に気付けなかったことが業腹だが、それを所長が知っている可能性がある事も許し難かった。
この事件から早々に手を引くように圧力をかけているのもそうだが、恐らく、電話をかけてトラギコの居場所を彼らに知られるようにしたのは所長だ。
となれば、犯人を庇う組織に所長が通じていると考えるしかない。

また警察官の不祥事かと思うと、情けなくて言葉もない。
法律を守らせる存在が法律を破る手伝いをするのはあってはならない事だ。
トラギコはその一線を越えはしない。
法律を守らせるために、法律を破る事は多々あった。

特に暴力沙汰に関しては否定するつもりもなかった。
そうしなければ守れない物もあったのだ。
私利私欲のために法律を破るなど、言語道断である。

三階の廊下で、トラギコは逡巡した。
ここで地上に降りればそれで終わるが、ホテル内にいるあの人間達が誰に雇われたのかは分からないまま終わってしまう。
貴重な証拠品の大部分を失ったのだから、せめて別の物で今回の損失分を補てんするしかない。
MP5Kの弾倉は今装填されている一つ限り。

三十一発の銃弾で五人を殺せるか。
階段で待ち伏せたとしても、相手の装備も技量の詳細も分からない。
素人ならばいいが、プロなら殺されるのがオチだ。
M8000もあるが、どこまで対抗できるのかははなはだ疑問だ。

265名無しさん:2018/11/26(月) 19:53:57 ID:Wp8t4WeI0
トラギコは決断した。
情報を一つでも手に入れ、一日も早い事件解決を目指す。
その足は階段へと迷いなく進み、MP5Kを油断なく両手で構えながら上を目指した。
出口で待ちかまえるという選択肢もあるが、それをすると民間人への被害もそうだが、トラギコが悪者と勘違いされ、民間人に射殺される可能性も考えられる。

屋内で決着を付けられるのであれば目撃者はおらず、邪魔をする存在もいない。
一人だけ半殺しにして情報を引き出せば、こちらの物だ。
ビロードたちが到着してから戦闘になればいいのだが、そう都合よく物事が運ばない事をトラギコはよく知っている。
もしも所長が犯人の肩を持つ人間の一人であれば、ビロードたちがトラギコのところに向かうのを容認するとは思えない。

今の状況では、最初から援軍は期待してはいけない。
せいぜい期待してもいいのは、本物の消防士たちが到着して証拠品がこれ以上焼失するのを防いでくれることぐらいだ。
いつ目の前に何が現れてもいいように銃を構えながら、一段ずつ慎重に階段を上ってゆく。
銃爪には指をそっと添えるだけにし、間違っても民間人を撃たないように注意をする。

しかし、彼の配慮をあざ笑うかのように上から銃声が聞こえてきた。

(#゚Д゚)「マジかよ、あいつら!」

目撃者を殺しているのだとしたら、一刻の猶予もない。
一段飛ばしで階段を駆け上がり、銃声の聞こえる六階へと到着する。
熱風と炎、そして黒煙がトラギコを出迎えた。
視界はゼロ。

黒煙の中で唯一、禍々しいほど煌々と明かりを放つ炎だけがこの空間が異様な場所なのだと教えてくれる。
視界がまるでない中で、どうして発砲するのか。
それは彼らに人が見えているからに他ならない。
人が見えるという事は、特殊な装備を使用しているという事。

煙の中で彼らの姿を見ただけであるため、その詳細は分からないが、少なくとも〝兵器〟を持ち出している事は考えにくい。
ならば、人間の眼ではなく機械の眼を使っている事が容易に想像できた。

(,,゚Д゚)「俺はこっちラギ!!」

煙を吸い込まないよう、スーツの袖で口を押えながら大声で叫ぶ。
銃声が一瞬だけ止むと、黒煙の中に発砲炎の煌きが生まれ、銃声が響いた。
銃弾が空気を切り裂く音が目の前を通過していく。
やはり、相手は人間の姿をこの煙の中でも視認できている。

銃腔を黒煙の向こうに向けつつ、階段を下りて踊り場の影で相手の出方を窺うことにした。
相手が救い難い馬鹿でなければ、無策で飛び出してくることはない。
黒煙で姿が見えていない分、トラギコの方が不利だ。

(,,゚Д゚)「なぁ、取引しないか!」

黒煙の向こうに、トラギコは声をかけた。
反応はない。

(,,゚Д゚)「五十ドルやるから、投降してくれ!」

266名無しさん:2018/11/26(月) 19:54:36 ID:Wp8t4WeI0
銃弾が返答の代わりとして撃ち込まれたが、そこにトラギコはすでにおらず、下の階に移動した後だった。
恐らく、相手は熱を可視化することのできるサーマルゴーグルを使用しているのだろう。
いくら煙が充満していても、人間の発する体温がある限りトラギコを見つけることは容易なはずだ。
最初の段階でトラギコが見つからなかったのは、単純に煙の量が少なく、彼らがゴーグルを使用する必要が無かったためだろう。

運が良かったとしか言えないが、この悪運の良さを生かさなければそれすらも意味を持たない。
しかし、サーマルゴーグルは極めて高価な品だ。
この街で仕事をする掃除屋が持つにしては、高級すぎるぐらいである。
煙の中でも問題なく使用できる耐久性と信頼性のある物は警察でも採用されており、その強力さと貴重さをトラギコは良く知っていた。

資金や装備面でのバックアップも受けていると考えるしかない。
苛立ちを胸に抱きながらも、トラギコは四階まで派手に音を立てて下り、上から跫音が近付いてくるのを廊下の死角に隠れて待った。

「……油断するなよ、跫音が途絶えた。
待ち伏せしているかもしれない」

抑え込まれた声が聞こえる。
しかし彼らはまだトラギコには気付いていない。
二人分の跫音が近付いてくる。
成程、階段を下るチームと廊下を探索するチームに分けたのだろう。

理に適った行動だが、分散したのは悪手だった。
悪知恵の働く獣を相手にするならば、力は集中させておくべきなのだ。
二人が互いの死角を補いながら来ることは容易に予想できる。
ならばこちらに出来ることは一つしかない。

(,,゚Д゚)「あばよ」

見つかる前に、こちらから出迎えることだ。
虚をつくことで相手が動くよりも先に動き、刹那の時間を征することが出来るのだ。
トラギコは男の頭に銃腔を向け、フルオートで銃弾を放った。
トラギコを探しに来た二人の男は頭を肉塊へと変え、その場に崩れ落ちた。

互いに死角を補うという事は、極めて近い距離に互いの急所があるという事にもなる。
よほどの身長差が無い限りは、こうして相方の頭を吹き飛ばせば流れ弾でもう一人も殺せる。
これで、残り三人。
すかさず下の階に向かっていた人間が銃弾を放ち、トラギコをその場にくぎ付けにした。

銃だけを出して撃ち返し、反動の感触で弾切れを感じ取る。
不要になったMP5Kをその場に捨てるが、まだ手は残っている。
M8000をホルスターから取り出し、その存在を確かめるようにして両手で銃把を握る。
制圧射撃があるという事は、それは味方がトラギコに接近する合図でもある。

発砲音の中に隠された跫音を聞き取り、覚悟を決めて物陰から飛び出して男を正面から一発で射殺し、その死体を掴んで楯にしながら続けて連射する。
最後の二人も銃弾を浴びてその場に倒れ、銃声が止んだ。
硝煙の香りが煙の匂いに紛れて漂い、トラギコの鼻に届いた。
僅かな静寂の後、呻き声が二つ。

二人の男は階段を転げ落ちて踊り場で悶絶していた。
男を楯にしつつ、トラギコは二人に声をかけた。

267名無しさん:2018/11/26(月) 19:55:02 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「素直な方を助けてやるラギ。
    もう一人は殺す」

「お、俺が話す……」

(,,゚Д゚)「雇い主と依頼内容を言えラギ」

「依頼内容は、指定された部屋の完全な焼却と……警官一人を殺すことだ」

(,,゚Д゚)「で、誰が依頼したんだ」

息をのむ音が聞こえた。

「し、知らないんだ……!」

M8000の銃腔を男に向ける。
それまで饒舌に話そうとしていた男が、途端に口を噤む。
明らかに嘘を吐いている様子だった。

(,,゚Д゚)「言っただろ、俺は素直な奴を助けるって。
    お前は素直じゃなさそうラギ」

「ま、待て!!」

銃声。
そして悲鳴。

(,,゚Д゚)「話せよ、素直に」

耳を撃ち抜かれた男は激痛に悶え、話をするどころではない。

(,,゚Д゚)「この街の法律にのっとって言えば、警官に発砲してきた奴は殺しても問題ないんだ」

口を開いたのは、もう一人の男だった。

「バーバラだ!バーバラ・ホプキンス!そいつからの依頼だよ!!」

(,,゚Д゚)「そいつはどんな女ラギ?」

「この街のパイプ役の男だよ!仲介業者だから、誰が頼んできたのかはそいつに訊けば分かる!!」

後の手続きについては街のゴロツキや情報屋を使って調べればいいだろう。
この二人はもう用済みだ。
逮捕したとしても、街の法律が彼等をどう裁くのかは目に見えている。
余罪についての追及はせず、よくて数年。

悪くて数カ月で彼らは再び野に放たれるだろう。
こうしてトラギコを殺しに来るだけではなく、ホテルの客達を躊躇せず殺している姿を見れば、同じことを繰り返すのは明白だ。

「早く病院に連れて行ってくれ!血が、血がやばいことになってるんだ!!」

268名無しさん:2018/11/26(月) 19:55:23 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「あぁ、そうだろうな。
    ところで、お前らホテルの客を何で殺したラギ?」

「あぁ?!」

(,,゚Д゚)「殺すんなら俺だけのはずだろ」

「それは……」

言葉を最後まで聞くことなく、トラギコは銃爪を引いて二人を射殺した。
ようやくこれで終わりだ。
楯にしていた死体を手放し、一息吐く。
ジャケットの中に証拠品がしっかりと残されていることを確認してから、トラギコは階段を急いで駆け下りた。

――消防車はそれから間もなく到着し、消火活動が行われた。
通報によって数台のパトカーが来たが、その内の一台乗ってトラギコは警察署に戻ることになった。
運転していた警官が言うには、所長がトラギコをすぐに呼び戻すように命令したとの事だった。
ビロードは所長命令で別の場所で起きた強盗事件の対応をしているようで、ここには来れないらしかった。

警察署に着いてからすぐに、トラギコは所長室に連れて行かれた。
すでに昼の二時だった。
そして、無言のまま三十分以上固い椅子の背もたれに背中を預け、トラギコは欠伸を噛み殺そうともしなかった。
軋みを上げる彼の椅子とは対照的に、サナエの椅子は肉厚なクッション素材で快適そうだった。

金の使い所で人となりが分かるとはよく言ったものだが、サナエの金の使い方は、彼女の人間性を的確に示しているようには見えなかった。
机の上で腕を組んでひたすらに睨みつけてくる彼女の思考は、果たして、何に対して重きを置いているのだろうか。
そして今、何を言いたいのか、まるで分からなかった。
サナエがようやく口を開いたのは、トラギコが部屋に備え付けられているコーヒーメーカーで淹れた三杯目のコーヒーを口にした時だった。

▼ ,' 3 :「お前は何がしたいんだ、トラギコ」

(,,゚Д゚)「あんたが望んでいる通りさ、所長。
    一人で事件を解決しようと躍起になってたら、思わぬアクシデントが起きてね。
    ホテルが全焼する前に消防が来たおかげで、火事による死者はゼロ。
    犯人に射殺されたのは八人。

    死者を最小限に抑えられなかったと言えば、その通りですけどね」

炎は六階と七階を燃やしたが、それ以下の階には煙による被害だけで済んでいた。
後で分かった事だが、消火設備も警報装置も破壊されており、火事が発生している事を通報したのはトラギコが最初だった。

(,,゚Д゚)「俺がしたいのは、あの事件を起こした糞野郎を捕まえる事ラギ」

▼ ,' 3 :「だからと言って、何も殺す必要はなかったんじゃないのか」

(,,゚Д゚)「なら殺されろと?証拠を隠滅するよう指示を受けてきた連中が話し合いに応じると本気で思ってるラギか?
    しかも、あのホテルにいた無関係な人間を殺した以上、説得は無理ラギ」

▼ ,' 3 :「可能性はゼロじゃない。
     我々は最善を尽くすべきだ」

269名無しさん:2018/11/26(月) 19:55:46 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「手前が俺一人でやるように仕向けておいて、よく言うラギね。
    可能性がゼロじゃないなら、どうして俺一人で捜査させてるのか、納得のいく理由を話してもらうラギよ」

だがサナエの眼は揺るがない。
態度も、姿勢も、何一つ揺るがなかった。

▼ ,' 3 :「ジュスティアの時はどうだったか知らないが、ここはジャーゲンだ。
      この街にいる警官の人数と発生する事件の頻度、そしてその対応に必要な人員を考えてもらおうか。
      贅沢出来るような場所じゃないんだよ、ここは」

(,,゚Д゚)「手前等が怠慢だったからだろ、それは。
    数字を語りたいんなら、俺が来てから逮捕・補導した糞共の数がどれだけ増えたか見てからにしてもらうラギ。
    現段階で、すでにこの署で最高の検挙数ラギ」

▼ ,' 3 :「……それだよ、トラギコ。
     お前が来てから事件に警官が駆り出されることが増えた。
     つまり、お前のせいでもあるんだ。
     分かるか、お前がお前の首を締めてるんだ」

人は怒りを通り越すと憐れみや呆れの感情を抱く。
トラギコは今、サナエの発言に対してその両方の感情を抱いていた。
こんな女が何故ここで所長を務められているのか、理解に苦しむ。

(,,゚Д゚)「警官が治安維持のために駆けずり回るのは当然ラギ。
    それを怠ってきて、ようやく普通になった途端に俺のせいで仕事が増えただ?
    真面目に生きている連中が馬鹿を見るような街に加担してる奴が、偉そうな口を利くなよ」

▼ ,' 3 :「お前こそ、誰に口を利いているのか分かっているのか?」

サナエが目を細めて、トラギコを睨めつける。
だがトラギコにとって、その視線は別段何かを感じるような物ではなかった。
経験から来る鋭い眼光ではなく、立場と年齢から生み出す眼光は恐れる対象ではない。

(,,゚Д゚)「当たり前だろ。
    初心を忘れた馬鹿に口利いてんだよ、俺は」

▼ ,' 3 :「ヴェガの時もそうだったらしいが、お前はルールを破るのが趣味のようだな。
     少し休暇でも取らせてやろうか」

(,,゚Д゚)「人手不足の時に休むわけにはいかねぇし、あの糞野郎がまた何かをする前に捕まえたいんだよ、俺は。
    何かが起きてから動くのは誰にだってできるラギ。
    それこそ、警察じゃなくてもいいラギ」

▼ ,' 3 :「吼えるのも結構だが、仕事であることを忘れるなよ。
      次にお前が何かやらかしたら、私は本部にお前を懲戒免職にするよう連絡をする」

(,,゚Д゚)「やりたきゃやれよ、今すぐにでもな」

270名無しさん:2018/11/26(月) 19:56:07 ID:Wp8t4WeI0
最終的にサナエが使ったそのカードは、トラギコが彼女に対して完全に見切りをつけるのには十分すぎるものだった。
権力を武器に使った時点で、この女は根本的な解決を求めているのではなくトラギコに対する沈黙と服従を要求したことになる。
つまり、見ているのは自分の保身であり、事件の解決ではないのだ。

▼ ,' 3 :「正直、お前にこの仕事は向いていない。
      いいか、警官は法律を守らせる存在なんだ。
      警官が法律を破ってまで法律を守らせるなど、矛盾も甚だしい。
      我々は雇われている存在だという事を忘れるなよ」

トラギコは今、目の前に座る権力に酔った豚と話す気持ちはなかった。
話しても不毛であり、時間の無駄にしかならない。
こちらが正論を言ったとしても、懲戒免職のカードを出して会話を打ち切られることだろう。
ならば懲戒免職される前に、この事件を解決したかった。

そのためには証拠品を鑑識課へと渡し、街に行って犯人の手掛かりを掴みたかった。
バーバラ・ホプキンスという人間を探し、誰からの依頼なのかを突き止めれば証拠品以外からのアプローチで犯人に近づける。
無言のまま立ち上がり、出口へと向かう。

▼ ,' 3 :「返事ぐらいしたらどうだ」

(,,゚Д゚)凸

トラギコは振り返らず、中指を立てて返事をした。
扉を閉め、前を見るとドクオ・マーシィが白い歯を見せて笑っていた。

('A`)「ようトラギコ。
   クビにでもなったか?」

ドクオは皮肉気にそう言ってトラギコの肩を叩いた。
恐らく盗み聞きをしていたのだろう。

(,,゚Д゚)「その日も近いかもな。
    だがその前に、やることはやるラギ」

('A`)「お前ならそう言ってくれると思ったよ。
   ……鑑識からの回答が来た」

声を潜め、ドクオはトラギコを連れて部屋の隅へと向かう。

(,,゚Д゚)「そいつは嬉しいラギね。
    で、何だって」

('A`)「指紋が一つだけ見つかった。
   だが、この街にある犯罪者名簿にない指紋だった」

(,,゚Д゚)「登録が無い?つまり、余所者ってことラギか?」

('A`)「俺もそう思ったんだが、これだけの影響力を持つ人間が、街に無関係な人間とは思えない。
   少なくとも犯罪者のデータベースには登録がなかった」

271名無しさん:2018/11/26(月) 19:56:27 ID:Wp8t4WeI0
少なくとも掃除屋や運び屋の物ではないはずだ。
彼らはいつ犯罪の一端を担わされるか分からない仕事であるため、指紋は間違っても現場や品物に残すことはない。
犯人に極めて近い人間のそれであることは間違いなさそうだ。

(,,゚Д゚)「まだ登録されていないだけで、初犯の可能性もあるのか」

しかし、初犯にしては手口が手馴れているようにも思えた。

('A`)「もう一つある。
   未成年で一度ムショにぶちこまれた奴だ。
   未成年なら指紋情報はなかったことにされる」

(,,゚Д゚)「また未成年問題ラギか。
    釈放されても履歴が残らないってのが問題ラギね」

('A`)「全くだ。
   それと、お前が調べていた三人の男。
   あいつらは白だ」

徹夜で探し出した資料の三人の素性について、トラギコはドクオに調査の協力を依頼していた。
一人でやりきることは極めて非効率的であり、同僚の協力を得るのは警官として当たり前の話だった。
そしてドクオは、そんな当たり前を行ってくれる人間だった。

('A`)「全員、再犯でムショにいたよ。
   しかも、その内の二人は獄中でナニを潰されて切除されてる。
   指紋も一致しなかった」

(,,゚Д゚)「となると、やっぱり未成年の可能性が高いな」

('A`)「俺に出来るのはここまでだ。
   お前が呼び出される前に、所長に釘を刺されちまってな」

やはり、あの所長のすることはどうにも気に入らない事が多い。
頑なにトラギコの仕事の邪魔をするのは、最早意地のようなものが彼女を動かしているとしか思えない。
確かに、どれだけ彼女が努力をしても達成し得なかった検挙率の向上と犯罪率の低下をトラギコが変えてしまったのだから、面目は丸つぶれだろう。
だがそれは彼女が自ら招いた行為であり、いわば自業自得なのだ。

(,,゚Д゚)「いいんだ、気にするな。
   貸し一つラギね」

('A`)「いや、俺はお前に借りが山ほどあるからそこから削っておくさ。
   俺が言えたことじゃないが、この事件は根が深いぞ」

ドクオが手を貸せるのも限界がある。
これ以上は彼の首に関わってくる。
あの所長ならば、そうしかねない。
権力を武器として一度振るえば、それ以降は良心の呵責も躊躇もなくなる。

人間とはそういう生き物なのだ。

272名無しさん:2018/11/26(月) 19:56:48 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「知ってるさ。
    今からちょっと出かけて、施設の連中に注意を促してくる。
    もし時間があれば、バーバラってやつの居場所を調べておいてくれ」

('A`)「分かった。
   俺達もパトロールがてら、施設に声がけするよう連絡しておく」

(,,゚Д゚)「助かる。
   じゃあ、またな」

‥…━━ 十二月十二日 午後四時 ブルーハーツ児童養護施設 ━━…‥

ジャーゲンの郊外に、ブルーハーツ児童養護施設はあった。
古びた建物は何度も修繕と改築が行われ、廊下や壁は絶えず傷がついていた。
三階建ての鉄筋コンクリート製ではあるが、外壁には血管のように蔦が絡みつき、小奇麗には見えない。
建物の周囲を囲む金網のフェンスも心もとなく、ペンチが一つあれば簡単に穴を空けられる貧相な作りだった。

それでも、雑草などは定期的に処理されているため、陰鬱な施設というよりも使い込まれた施設という印象を見る者に与えた。
施設責任者は建物に残された傷は子供たちの成長の証であると断言し、叱るべきものではないと職員に口癖のように話していた。
そのせいも有ってか施設の中は大分朽ち果てた様な、古い屋敷を思わせる雰囲気が漂っていたが、決して暗いものではなかった。
安心感とも言えるそれは、古民家が持つ空気に酷似している。

施設の割には広い庭には、巣立った子供たちが大人になり、感謝の証として寄付した遊具や果樹がある。
果樹は子供たちの食事を支えるだけでなく、遊び場としての役割も持っていた。
何度枝が折れても、果樹は子供たちを優しく見守り、太い幹で彼らに遊び場を提供した。
施設の運営に必要な金は街の補助金と、寄付金で賄われていた。

ジャーゲンにある多くの児童養護施設がそうであるように、ブルーハーツもあまり贅沢な暮らしは出来ていない。
街中にある施設の数は上昇傾向にあり、受け入れている児童の数で補助金が大きく変わってくる。
互いに潰し合わないよう、各施設は役割を分担することで組織化し、補助金を奪い合うという事のないよう工夫をした。
この施設が担当するのは六歳から十二歳までで、それ以下や以上の年齢になると、別の施設に移動することになる。

そして最終的に十八歳になった時点で働き始め、施設を巣立つことになるのだ。
施設長は子供たちの事を溺愛しており、赴任してから毎日欠かさず日誌を付けている。
その日誌は膨大な数に膨れ上がり、三十年以上の日誌が倉庫に保管されていた。
事細かに書かれた日誌からは施設長が子供たち一人一人に目を向け、見守っているのかが読み解く事が出来る。

更に、子供たちの抜け落ちた歯もしっかりとケースに入れて保管してあり、その愛情深さは確かな物だった。
イトーイはブルーハーツにいる子供たちの中で、一番活発な十二歳の男児だった。
木登りをすれば梢まで行き、喧嘩をすれば必ず相手に怪我を負わせた。
だが決して、弱い者には手を出さない男児でもあった。

しかし彼は自分のことについて話すことはなく、周囲の子供たちが将来の夢を語る中で頑なに口を閉ざし、職員たちを困らせていた。
来年の春にはここを巣立ち、別の施設に行くことについては不満を漏らしていないが、何が原因なのかは誰にも分からないでいた。

十二月十二日、午後四時。
イトーイにとって、その日は一生の思い出になる日だった。
いつものように施設の中で遊んでいると、見知らぬ男が玄関に現れた。
その男は黒いダウンのコートを着ており、目つきは極めて悪かった。

273名無しさん:2018/11/26(月) 19:57:09 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)

逆立ったブロンドの髪も厳めしいが、彼の放つただならぬ雰囲気にイトーイは気圧された。
施設長と会話をしている様子を見る限りでは、悪人には見えない。
男が途中で懐から警察官だけが持つ身分証を取り出したのを見た時、イトーイは一気に興奮した。
施設長と男が話しているのを知りながらも、男の傍に駆け寄った。

以`゚益゚以「おじさん、警官なの!?」

「こら、イトーイ。
向こうに行ってなさい、今お話をしているでしょう」

窘められ、イトーイは大人しく下がった。
だが男から目を離すことなく、二人の話が終わるのを待った。
五分ほど経った頃、男はイトーイの眼を見た。

(,,゚Д゚)「坊主、話でもするラギか?」

以`゚益゚以「うん!」

「あら、刑事さんいいんですか?」

(,,゚Д゚)「気にしないでくれ。
   今の内に戸締りとセキュリティの確認を」

「イトーイ、迷惑をかけてはいけませんよ」

以`゚益゚以「分かってるよ!」

施設長は軽く会釈をして、その場を去った。
男はその場に屈んで、イトーイに目線を合わせた。

(,,゚Д゚)「で、俺に何か訊きたいことでもあるのか?」

以`゚益゚以「おじさん、警官なんでしょ!俺も将来警官になりたいんだ!」

イトーイは男の手を握った。
ゴツゴツとした手で、肌は乾燥していた。
だが優しさが伝わる不思議な手だった。

(,,゚Д゚)「ほぅ。
    なんで警官なんかになりたいラギ?
    正直、給料は良くねぇラギ」

イトーイは首を横に振る。

以`゚益゚以「俺、悪い奴らが嫌いなんだ」

274名無しさん:2018/11/26(月) 19:57:29 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「悪い奴ら、か。
    中々頼もしいことを言うじゃないか、イトーイ。
    なら、働く先はジュスティアだな」

以`゚益゚以「うん。でも俺、この街で働きたいんだ。
      ほら、この街って嫌な奴が多いだろ?だから俺が片っ端から捕まえてやるんだ!」

(,,゚Д゚)「ははっ、いいな。
    なら今の内に鍛えておかないとな。
    どれ、ちょっとパンチをしてみろ」

男は手を広げ、そこに拳を打ち込むように指示をしてきた。
イトーイは遠慮なく、本気でパンチを放った。
男の手にイトーイの拳が当たる小さな音がした。

(,,゚Д゚)「いいパンチだ。
    だけど、惜しいラギ。
    パンチは腰を入れて、脚の力を利用して打つラギ」

そして男はイトーイにいくつかのコツを教え、再度パンチを打ち込ませた。
先ほどとは比べ物にならない程の大きな音が聞こえた。
自分自身、これほど大きな音が鳴るとは思っていなかったイトーイは驚き、己の拳を見た。

(,,゚Д゚)「良い筋をしてるな、イトーイ。
    もし困っている人がいたら、そのパンチをお見舞いしてやれ。
    パンチだけじゃなくて、足の速さも必要ラギ。
    いいか、体力と知識がなけりゃいい警官にはなれねぇぞ。

    勿論、飯で好き嫌いは無しラギ」

以`゚益゚以「分かったよ、おじさん!」

(,,゚Д゚)「いい返事だ、イトーイ。
    だが、俺はおじさんじゃねぇ。
    俺はトラギコって言うラギ、よろしくな」

トラギコと名乗った男が握手を求めて来たので、イトーイは喜んでその手を握った。
力強く握り返され、少し驚いた。

(,,゚Д゚)「いつかお前と同じ職場で働くことになる男の名前だ、覚えておいてくれよ」

以`゚益゚以「うん!」

(,,゚Д゚)「それと、もう一つだけいいか」

以`゚益゚以「何?」

275名無しさん:2018/11/26(月) 19:57:52 ID:Wp8t4WeI0
(,,゚Д゚)「警官に必要なのは体力だけじゃねぇんだ。
    ガッツが無いと、何も出来ねぇラギ。
    いいか、ここぞという時に動ける勇気とガッツを忘れるな。
    それがあれば、大抵の事はどうにかいくラギ」

以`゚益゚以「勿論、忘れないよ!」

(,,゚Д゚)「よし、それじゃあ飯を食ってよく眠るんだ。
    またな、イトーイ」

最後にトラギコはイトーイの頭を撫でて、施設を後にした。
その背中を見送ってから、イトーイは夕食を食べるために食堂へと駆け足で移動した。
まずは体力を身につける。
そのためには食事をする事が大切であり、好き嫌いはしないのが基本だ。

夕食を見ると、彼の苦手なピーマンの料理だったが、それを全て平らげ、お代わりもした。
施設長は驚き、何があったのかと訊いてきたが、イトーイは何も言わなかった。
彼の夢が実現した時に初めて、施設長に伝えるのだ。
それまではトラギコ以外に、彼の夢を語るつもりはなかった。

「皆さん、今日は特別なデザートがありますよ。
男の子と女の子でケーキが違うから、喧嘩をしないで食べるんですよ」

施設長が皆にケーキを振る舞い、誰かの誕生日でもないのにそれが食べられることが嬉しかった。
だがイトーイは、ケーキを年下の子供たちに譲った。
まずは一歩。
誰かのために何かをしてあげられる人間になる、その練習だ。

夕食後、イトーイは初めて自主的に勉強部屋へと行き、教科書とノートを広げた。
警察の試験がどのような物かは分からないが、とにかく、勉強をしなければならないと考えたのである。
苦手な算数を学び、少しでも知識を増やそうと努力をした。
勉強がこんなにも楽しく、そしてやりがいのあるものだとは知らなかった彼は、知識を吸収することの楽しさを感じていた。

風呂に入る前に、イトーイは部屋でトレーニングをすることにした。
八人部屋の中でイトーイだけが黙々とトレーニングを行い、他の子供たちはトランプに興じていた。
いつもは八人でトランプに興じるのに、と不思議そうにイトーイを眺めては、子供たちは首を傾げた。
風呂に入ってからも、イトーイの興奮は冷めなかった。

トラギコとの出会いは人生の中で最も刺激的で、最も感動的な物だった。
正直なところ、イトーイはこれまで警察官は勿論だが、大人という生き物が好きではなかった。
だが、ある日を境に警察官に対して、そして大人に対しての見方が変わったのだ。
街に蔓延っていた悪党たちを痛めつける、虎と呼ばれる警官。

その警官の話を聞いた時、イトーイは胸がときめくのを押さえられなかった。
本の中だけにいると思っていた正義の味方は、実在していたのだ。
そしてトラギコを見た瞬間、イトーイは彼が虎と呼ばれる警官であることを確信したのであった。
消灯の時間となり、各々は部屋へと戻っていく。

276名無しさん:2018/11/26(月) 19:58:15 ID:Wp8t4WeI0
建物の一階に六歳から八歳。
二階に九歳から十一歳。
そして三階に十二歳の部屋がある。
男女は別々の部屋に分かれてはいるが、その行き来は自由だった。

施設関係の人間は各階の一室におり、何かあった際にはすぐに駆けつけられるようになっていた。
瞼を降ろしても一向に眠気が訪れない。
そのまま時間だけが過ぎていく。

物音に気付いたのは、果たして何時の事だったのだろうか。
音は一階から聞こえているようだったが、誰も止めない事から、施設の人間が何かをしているのだろうと思った。
だが音が二階へと移り、音の正体は幽霊ではないだろうか、と思い、布団を頭から被った。
早く音が聞こえなくなることを願いながら、瞼を強く閉じる。

そして音が三階へと移ってきた時に、背筋に寒い物を感じた。
極めて気持ちの悪い何かを察知し、体が反応したのだ。
音は隣の部屋から聞こえていた。

軋むような音。
バタバタとした音。
せき込むような音。
すすり泣くような声。

隣にいるのは女子たちだ。
何をしているのか。
何が起きているのか、耳を塞いでも音が聞こえてくる。
純粋に怖かった。

体が竦み、布団から出ようとさえ思えない。
このまま眠りに落ちて、気が付けば朝になればいいのにと願うが、音は止まない。

「……けて」

それは、人の声だった。
聞き覚えのある声だった。

「え……」

助けを求める声。
それが隣の部屋から聞こえている。
何を怯えているのだ、自分は。
トラギコに言われたことをまるで無視し、あまつさえ、自分が目指すべきものにあるまじき行為をしている。

恐怖から目を逸らし、逃げている。
それでは警官になれない。
正義の味方になることなど、出来ない。
誰かが助けを求めているのならば駆けつけ、手を貸してやらなければならないのだ。

277名無しさん:2018/11/26(月) 19:58:38 ID:Wp8t4WeI0
布団から顔を出し、しっかりと目を開く。
息が荒い。
心臓が早鐘を打つ。
落ち着けと言い聞かせ、その時、不自然なことに気付いた。

この部屋から寝息が聞こえない。
いつもイビキをかいているトッドでさえ、まるで息をしていないようだ。
今、隣の部屋の異常事態に気付いているのはイトーイだけ。
やるしかない。

今が、覚悟を決める時なのだ。
ベッドから降りて、野球バットを持って部屋を出る。
木製のバットならば、立派な武器になる。
野球で何度も振るってきたこともあり、イトーイにとっては使い慣れた武器だった。

女子の部屋の前に立つと分かるが、やはり気のせいでなく、隣の部屋からは僅かに声が漏れ出ている。
肉と肉がぶつかり合うような、水を握り潰すような音もする。

以`゚益゚以「あ……っ……」

声をかけようにも、何故か声が出ない。
掠れて声にならない。
力が入らない。
こんなにも恐ろしいのに、足は前にも後ろにも動かなかった。

見えない物を恐れていては、何にも立ち向かうことなどできない。
勇気を振り絞らなければならないのは、今。
息を吸って、どうにか吐き出す。
この所作を数度繰り返し、気持ちを整える。

勇気が欲しい。
ほんのわずかの勇気で良い。
湧き出てきた勇気は、彼の足を前に動かした。
扉に手をかけ、静かに開く。

異様な匂いがした。
そして、異様な光景が目に飛び込んできた。

男が女子を抱きしめ、腰を動かしている。
女子の小さな手足が力なく揺れ、男が腰を動かすたび、呻き声が聞こえた。
今にも消え入りそうな呻き声は、何かに口を塞がれているせいでそう聞こえるだけで、実際は叫び声だった。
男は扉に背中を向けているため、顔を見ることが出来ない。

そのおかげで、イトーイもその存在を悟られていない。

(:::::::::::)「ふぅ……ふぅ……!」

278名無しさん:2018/11/26(月) 19:58:59 ID:Wp8t4WeI0
男の声が聞こえる。
気持ちの悪い男の声が。
周囲を見ると、床の上に女子たちが倒れていた。
寝巻がはだけている者や、裸の者もいた。

全員、息をしていなかった。
恐怖が再びイトーイの体を支配した。
何が起きているのか、まるで思考できない。
女子たちは何をされたのか、それすらも分からない。

だが分かることが一つだけあった。
この男は、悪であると。

以`゚益゚以「あっ……!!あああああ!!」

声が出た。
そして、イトーイはバットを振りかぶり、男の背中に振り下ろした。

(:::::::::::)「ってぇな!!」

次の瞬間、イトーイは文字通り吹き飛んだ。
顔を殴られ、イトーイは意識を失いかけながら廊下に転がり出た。
鼻血が顔中に付着し、眼からは涙が溢れ出た。
痛かった。

だが、それ以上に怖かった。
バットで殴りかかったのに、男はまるでびくともしていない。

(:::::::::::)「うっ!!くぅ……あぁぁ……」

男は気持ちよさげに声を上げ、体を震わせた。
女子の手足はいつの間にか動かなくなっていた。

(:::::::::::)「ったくよ、何でお前、生きてんだよ」

男が立ちあがる。
男は下半身に何も履いていなかった。
股間だけが異様に盛り上がり、それが濡れているのが見えた。
闇夜の中で、男の顔は良く見えない。

男が近付いてくる。
このままでは殺されると判断したイトーイの体は、自然と動いていた。

以`゚益゚以「こ、こ、こいよ!!」

バットを杖に立ち、それを構えた。

(:::::::::::)「男をどうにかする趣味はないんだよ、雄ガキが。
    俺の愉しみを邪魔しやがって」

279名無しさん:2018/11/26(月) 19:59:20 ID:Wp8t4WeI0
あっけなくバットは蹴り飛ばされ、イトーイも同様に再び床に転がることになった。
しかし不思議と、先ほどまでの恐怖はなかった。
今は、戦わなければならない時だというのが分かっていた。
彼の小さな体は命の全てを燃やし尽くす覚悟が決まっていた。

(:::::::::::)「ぶっ殺してやるよ」

蹴られたのは左肩だった。
利き手ではない。
ならば、バットが無くても武器はある。
トラギコが褒めてくれた拳がある。

正義の味方が認めてくれた、イトーイの誇り。
これから先、大勢の人間を救うことになる拳だ。
今なら分かる。
怖いのは死ぬことではない。

何もせず、何も出来ずに死んでいくことが怖いのだ。
拳を握り固める力が強くなる。

以`;益;以「うわぁぁぁぁぁ!!」

叫び声を上げながら飛び起き、助走をつけて男に殴りかかった。
狙うは顔面。
一矢報いるための一撃。
拳は確かに男の顔を捉えた。

(:::::::::::)「……なんだ、そりゃ」

しかし、イトーイの渾身の一撃はまるで効果がなかった。
代わりに、男の拳がイトーイの腹を襲った。

以`;益;以「げふっ!?」

(:::::::::::)「ガキのパンチが効くかよ」

そんなはずはない、とイトーイは混濁した意識の中で否定した。
この拳はトラギコが認めてくれたのだ。
絶対に効くのだ!

激痛で涙が流れ、呼吸が落ち着かない。
それでも彼は立ち上がろうとした。
小さな体を健気に震わせ、満身創痍のボクサーのようにふらつく足と手で、どうにか上半身を起こす。
男の足がイトーイの背中を思い切り踏みつけた。

何かが折れた。
何かが爆ぜた。
体の中で何かが溢れて、そして、それは己の命に係わる事だと理解出来た。
口から血を吐き出し、咳き込んではまた血を吐く。

280名無しさん:2018/11/26(月) 19:59:48 ID:Wp8t4WeI0
それでもまだ、彼の心までは折れなかった。
拳にはまだ力が入る。

(:::::::::::)「死ねよ、ガキが!!」

以`;益;以「あああああああああ!!」

雄叫びにも似た声を上げ、イトーイは男に飛び掛かった。
そして男の髪を掴み、思いきり引っ張った。

(:::::::::::)「……っの野郎!!」

男がイトーイを引き剥がそうとするが、イトーイは声を上げながら抵抗を続けた。

以`゚益゚以「ああああ!!」

(:::::::::::)「うるせぇんだよ!!」

男の手がイトーイの首を掴んだ。
一気に力が込められ、イトーイは呼吸が出来ない状態に陥った。
顔に血が溜まるのが分かった。
意識が遠のく。

全身から力が抜けていく。
イトーイの手が男の髪から離れた。
その隙に床に叩き付けられ、イトーイの意識がより一層遠ざかる。

(:::::::::::)「この!!」

腕が踏みつけられ、イトーイの細い腕は呆気なく折れた。
もう、パンチを繰り出すことは出来ない。
それでもまだ拳は残されている。
夢はまだ追える。

諦めてはいけない。
せめてもの抵抗として、イトーイは男を睨みつけた。

(:::::::::::)「糞!!」

拳が潰された。
イトーイが抱いた淡い夢の懸け橋となるはずだった、小さな拳。
トラギコが認めてくれた拳。
これから大勢の人間を救うことになるはずだった拳。

男に一矢報いた拳。
今は、握り固めた状態で指の骨が砕け、再び自らの意志で開閉することは出来ない。
この手で夢は追えるのだろうか。
誰かを救うはずの手は、何かを掴めるのだろうか。

281名無しさん:2018/11/26(月) 20:00:08 ID:Wp8t4WeI0
ここで夢も命も終わるのだろうか。
朦朧とする意識の中、イトーイは自分が叫んでいることにさえ気付けていなかった。

(:::::::::::)「ガキが!!」

嗚呼。
誰か。

以` 益 以

誰か。
助けて。

(:::::::::::)「俺の!!」

正 義 の 味 方 ――

(:::::::::::)「愉しみの!!」

―― ト ラ ギ コ

(:::::::::::)「邪魔しやがって!!」

そして。
イトーイが最後に見たのは顔に迫る靴の裏。
イトーイが最後に感じたのは痛み。
イトーイが最後に願ったのは、救済だった。

正義の味方に救いを求める声は誰にも届くことなく、無慈悲に踏み潰された。
十二月十三日。
雪がちらつくその日、イトーイはあまりにも短い生涯を終えた。

――後にCAL21号事件と呼ばれるこの事件を解決へと導いたのは、一人の少年の命がけの抵抗だった。

282名無しさん:2018/11/26(月) 20:00:38 ID:Wp8t4WeI0
これにてPart1は終了です
続きは土曜、もしくは日曜日に投下いたします

質問、指摘、感想などあれば幸いです

283名無しさん:2018/11/26(月) 20:30:59 ID:xrqR9oEg0
乙です!

284名無しさん:2018/11/26(月) 23:24:58 ID:DX7t.0Oo0
イトーイ...間に合って欲しかったよ

285名無しさん:2018/11/27(火) 01:21:42 ID:yONhuhIA0
おつ ほんと内容が濃くてすき

286名無しさん:2018/11/27(火) 08:02:45 ID:7uIxrrBI0
乙です!
イトーイ……

287名無しさん:2018/11/29(木) 20:31:14 ID:dCQchJxk0
。゚( ゚��ω��゚)゚。イトーィ……

288名無しさん:2018/12/01(土) 19:10:29 ID:yfh5T2360
明日VIPでお会いしましょう

289名無しさん:2018/12/02(日) 02:37:47 ID:9RrSNILU0
続きめちゃくちゃ気になってた 楽しみ

290名無しさん:2018/12/02(日) 19:32:07 ID:iFpjL1OU0
(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1543744368/

291名無しさん:2018/12/03(月) 18:56:42 ID:/d4jdjY20
‥…━━ Part2 ━━…‥

‥…━━ 十二月十三日 早朝 ブルーハーツ児童養護施設 ━━…‥

通報を聞き、警察車両とトラギコ・マウンテンライトが現場に到着したのは明け方四時の事だった。
救急車に続々と人が乗せられ、運ばれていく。
昨日トラギコが不審者や不審物に気を付けるように言ったばかりの場所だっただけに、彼は行き場のない憤りを胸に抱いた。
建物に入ると、まだ一階から子供たちの死体を運び出している状況だった。

生存者はすでに病院に運ばれ、この建物に残っているのはすでに事切れている子供だけだった。
生存者は僅か三名。
全員が性器に重度の傷を負わされ、瀕死の状態だった。
残った死体も一目でそれと分かる性的な暴行を受け、殺されていた。

ただし、性的暴行を受けたのは全て女児で、男児が性的暴行を受けた痕はなかった。
男児は皆ベッドの上で絶命しており、詳細はまだ分からないが、毒が使用されたようだった。
三階に上がると、廊下に見知った顔の子供が倒れていた。
イトーイだった。

一目で首が折られて絶命しているのが分かった。
彼だけが唯一の例外であり、間違いなく犯人と対峙したことが分かる。
見開かれた虚ろな瞳がトラギコを見つめていた。

(,,゚Д゚)「……イトーイ」

死体のそばに屈んで、小さく名前を呟いた。
返事など、当然ない。
子供が大人に勝てるはずがないのに、イトーイは立ち向かったのだ。
恐ろしかっただろう。

痛かっただろう。
悔しかっただろう。
抵抗しなければ、彼は生きていられたはずだ。
しかし、現場に落ちているバットや状況を見れば分かる通り、彼は隣の部屋にいた女児たちを救おうとしたのだ。

ジュスティアにもこれほど勇敢な警官はそういない。
生きていれば優秀な警官として、大勢の人間を救ったことだろう。
ふと、イトーイの潰された手に目が行き、そこで止まった。

(,,゚Д゚)「これは……!!」

彼の手には人の毛髪が何本も絡みついていた。
この状況で言えることは、この毛が犯人の物である可能性が極めて高く、今ここで採取するのが正解だと判断した。

(,,゚Д゚)「鑑識!!すぐに来てくれ!!」

切羽詰った様子のトラギコの叫びに、鑑識官が階段を駆け上ってきた。
以前から何度も顔を合わせているため、すっかり馴染となった男だ。
現場を調べることに関しての腕は確かで、彼ならば安心して証拠品を任せられる。

292名無しさん:2018/12/03(月) 18:57:14 ID:/d4jdjY20
( ''づ)「どうしたんですか?」

(,,゚Д゚)「この小僧の手にある毛髪を採取しろ、今すぐに」

言われた通り、鑑識官はピンセットで毛髪を採取し、一本残らず袋に詰める。
しっかりと袋の封を締め、採取日時と場所を書いた。

(,,゚Д゚)「俺の予想だと、もうそろそろ連絡が来るはずラギ」

今回は掃除屋よりも早く現場の確保に成功したから良い物の、前回のように途中で奪われでもしたらイトーイの努力が無駄になる。
彼が得た証拠品以外にも現場には山のように痕跡が残されていた。
本来であればこれほど杜撰な犯行に及ぶ人間でありながら、これまでに証拠が出てこなかったのはあまりにも速すぎる掃除屋の対応が問題だったと言えよう。

( ''づ)「掃除屋ですか?ですが、ここの施設の人間が同意をしなければ……」

これまでは被害者が単独で、保護者からの依頼によって遺体の清掃が行われた。
だが、このような施設の場合はその決定権を握るのは施設長だ。
施設関係者は今、警察車両に乗せてゆっくりとした速度で移動している最中だ。
そう簡単に連絡を取って買収することは出来ない。

これまでとは違い、いち早く現場に到着できたのはトラギコ達だったために、相手の動きを封じる事が出来た。
保護された女児と遺体からも男の体液を採取できていたが、毛髪と合わせることで犯人を確実に特定することが出来る。

(,,゚Д゚)「これまでの経緯を見てれば分かるが、相手はかなり強引な手段で証拠を消しに来るラギ。
    だからこの証拠品は俺が預かるラギ」

鑑識官の男は少し考え、袋をトラギコに手渡した。

( ''づ)「この事件、必ず終わらせましょう」

(,,゚Д゚)「あぁ、勿論だ。
    絶対に犯人をムショにぶち込んで死ぬほど後悔させてやるラギ」

ジャケットの懐に袋を入れ、現場をこれ以上汚さないために階段を下りて行った。
一階に到着した時、警官達と揉める一団があった。

「だから、俺達は仕事を依頼されたんだよ!」

「そんな話は聞いていない、今すぐ引き返せ!!」

青いつなぎを着た清掃業者と思わしき男達が道具を手に、入り口を塞ぐ警官達に詰め寄っている。
近くにいた警官にトラギコは声をかけた。

(,,゚Д゚)「どうしたラギ」

「清掃業者が現場の清掃を依頼されたと言っているんです。
我々にそんな情報は来ていないので、通すわけにはいかないんです」

(,,゚Д゚)「俺が話をしてやるラギ。
    少し離れてろ」

293名無しさん:2018/12/03(月) 18:57:45 ID:/d4jdjY20
そう言いながら、トラギコの手はホルスターに伸び、M8000を掴んでいた。
安全装置を解除し、遊底をこれ見よがしに引いて初弾を薬室に送り込んだ。
撃鉄はすでに起き、銃爪に僅かな力を加えるだけで鉛弾が飛び出す。
その銃腔は、清掃業者たちに向けられた。

(,,゚Д゚)「失せろラギ。
    現場を荒らされてたまるか」

「なっ!?俺達一般市民に銃を向けるのかよ!」

一番声と体の大きなその男以外、業者たちは大きく退いた。
警官達も一歩後退し、トラギコと大柄の男が対峙する。
銃腔は男の胸に向けられ、トラギコの指は銃爪に軽く添えられていた。

(,,゚Д゚)「一般市民だろうが何だろうが、捜査の邪魔をするんじゃねぇラギ」

「俺達は仕事を頼まれてるんだ、そっちが邪魔するな!」

どうにも威勢がいい男だ。
何かそれなりの後ろ盾があるのだろうか。

(,,゚Д゚)「俺は優しいからもう一度だけ言ってやるラギ。
    邪魔をするな」

「ははっ、俺にはジャーナリストのダチがいるんだ。
手を出してみろ、すぐにお前の記事を書かせてクビにさせてやるよ。
あぁそれと、俺は寛容だからもう一度だけ言ってやるよ、おまわりさん。
邪魔するな」

威勢の良さの理由が分かったところで、トラギコは安心して銃爪を引いた。
男の膝に穴が開いた。
そして跪き、足を押さえてうずくまる。
凍り付く様な早朝の街に、男の悲鳴と銃声が木霊した。

「あはぁっ!?」

(,,゚Д゚)「ジャーナリストのダチはどこに行ったラギ?あぁ?ほら、遠慮しなくていいから呼べよ」

ジュスティアが契約際に提示している法律の基本セットにおいて、警察官の捜査妨害をした際、警告に従わなかった場合は武力による鎮圧が許可されている。
これはよほどのことが無い限り法改正がされない部分であり、トラギコが多用する法律の抜け道の一つだった。
ジャーゲンでは勿論、この部分は手を加えられていない。

(,,゚Д゚)「今の内に証拠品を集められるだけ集めておけラギ」

「は、はいっ!」

警官達は施設へと戻り、死体の搬出と現場検証を再開した。
残ったトラギコと清掃業者たちは対峙し、一言も発さない状態が続いた。
彼らが待っているのは別の存在がこの状況を変化させることだった。
その存在とは、警察上層部からの撤退指示だ。

294名無しさん:2018/12/03(月) 18:58:09 ID:/d4jdjY20
所長の命令が現場に届けば、その時になって初めてトラギコ達は引き上げることになる。
しかし、その命令が届いていない以上、規定通りに捜査を続行することが出来る。
トラギコの携帯電話が振動したのは、それから数分後の出来事だった。

(,,゚Д゚)「はい」

▼ ,' 3 :『掃除屋がそっちに行っているだろう』

相手の名前を聞くまでもない。
サナエだ。

(,,゚Д゚)「えぇ、来てますよ」

▼ ,' 3 :『掃除をさせろ。
      これは施設からの依頼だ』

(,,゚Д゚)「分かりました。
    では我々が現場から引き上げてから、彼らに施設を任せることにしますラギ」

▼ ,' 3 :『今すぐに、明け渡せ。
      いいか、私の命令を無視すればどうなるか想像できないわけでもあるまい』

(,,゚Д゚)「あぁ、簡単に想像できるラギ。
    あんたが顔を真っ赤にして本部に電話する姿ぐらいな」

一方的に電話を切って、トラギコは施設の中に向けて大声で叫んだ。

(,,゚Д゚)「所長からの伝言だ!!証拠品を集めたら引き上げろとさ!!」

最後の死体が運び出され、トラギコ達が業者に現場を譲ったのはトラギコの言葉から三十分が経過した時だった。
トラギコは鑑識官の男達と同じバンに乗り込み、警察署へと向かう。
車内には運転手を含めて五人の男達が乗り合わせていた。

(,,゚Д゚)「証拠はどれだけ見つけられたラギ?」

質問に答えたのは、トラギコに毛髪を渡してくれた男だった。

( ''づ)「相当な数です。
    指紋、唾液、精液、そして毛髪。
    食堂にあったケーキの箱からも指紋が採取されていますが、現場で採取されたものとは後で照らしあわせることになります。
    ここまで集まれば特定は時間の問題です」

(,,゚Д゚)「よし、上出来だ」

( ''づ)「で、実際のところ所長は何て言ってきたんですか?」

(,,゚Д゚)「さっさと掃除屋に引き渡せってさ。
    三十分で引き渡せたんだ、十分ラギ」

295名無しさん:2018/12/03(月) 18:58:40 ID:/d4jdjY20
すると、助手席から顔を覗かせて別の男が声をかけてきた。

「何で所長はこの事件に触れたがらないんでしょうね」

(,,゚Д゚)「俺もそれが気になってるんだが、まだ確信に至る材料が無いラギ。
    犯人を捕まえればそれも分かるだろうよ」

今度は運転席の男が口を開いた。

「噂になってますよ、トラギコさん。
次何かしたらクビになるって」

(,,゚Д゚)「その時はその時ラギ。
    だがその前にこの事件はきっちりとカタを付けてやるラギ」

「我々も協力しますよ」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    俺には証拠品の分析や採取なんてのは出来ねぇラギ。
    お前達がいないと何も出来ねぇからな」

「はははっ、〝虎〟にそう言われると照れますね」

「トラギコさんがこの街に来るまで、俺達の仕事って言ったらあってないような物でしたから。
こうしてちゃんと事件解決につながる手伝いが出来るのは嬉しいことですよ」

と、別の席の男が同調する。
ジャーゲンの再犯率の高さと法律の無能さを目の前にしてしまえば、気持ちが萎えるのも分かる。
分かるが、それでは何も変わらないのだ。
無気力を環境のせいにするのはあまりにも容易であり、無責任だ。

少なくとも、警察官である以上は嘆いて足を止めてはならない。

(,,゚Д゚)「誰かがやらないんなら、自分がやればいいだけラギ。
    俺がここを離れても、そういう気持ちでやってれば犯罪に手を染める馬鹿は減っていくラギ。
    一朝一夕にはいかないものなんだよ」

最悪の場合、トラギコは懲戒免職を突きつけられても仕方がないと思っていた。
これまでの積み重ねを考えれば、十分に考えられる話だ。
しかし、サナエの発言力は極めて低いことをトラギコは知っていた。
治安維持に失敗し、改善がみられないままの状態で長い時間を過ごしてきた功績は、彼女の無能さと無責任さを如実に物語っている。

対して、少なからず治安回復に貢献してきたトラギコの存在は暴力的と言う面に目を瞑れば、極めてジュスティア的な働きをする警官だった。

(,,゚Д゚)「署に着いたら早速調べを進めてくれラギ。
    俺は別の方面から追い詰めるラギ」

( ''づ)「分かりました。
     気を付けてくださいよ」

296名無しさん:2018/12/03(月) 18:59:19 ID:/d4jdjY20
一行を乗せた車はほどなくして警察署に到着し、鑑識官達は回収した証拠品を手に急いで署内に向かった。
トラギコはバンに戻り、病院へと車を走らせた。
先ほど鑑識官の人間は指紋や体液が、と言っていたが何よりも大きな証拠となるのは生き証人がいる事だった。
生存者が三人いるという事は、少なからず犯人を目撃している可能性がある。

問題は被害者がまだ幼い子供であり、犯人についての証言を拒むという事が考えられた。
しかし、それ以上にトラギコが危惧しているのは彼女達が口封じのために殺されないだろうか、と言う事だった。
前回の様に証拠品を燃やし、トラギコを殺すために一般人を撃ち殺す人間を雇うような人間が背後にいる。
ならば、証人が生きているという事を見過ごすとは思えない。

これまではほぼ完全に証拠を隠ぺいしてきていたが、今度ばかりはそうはいかない。
証拠はこちらで押さえ、確実に犯人を逮捕する。
これだけ大規模に被害者が出た以上、流石のサナエでも本腰を入れざるを得ないだろう。
病院に到着し、先に来ていた婦人警官達と集中治療室前で合流した。

婦人警官は四人おり、全員私服ではあったが、懐から僅かに銃床が覗き見えていた。

(,,゚Д゚)「容体は?」

「全員集中治療室に入っています。
命は助かりそうですが、心の方が……」

やはり、精神的な面でのダメージは大きいだろう。
彼女達がまだその意味を理解していない中で受けた性的暴行は、体だけでなく、心に大きな傷を残す。
男と話すことに対して恐怖を抱くようになれば、彼女達の今後の人生が大きく狂ってしまう。
故に、こうした事件が起きた際には同性の婦人警官が付き添う事になっている。

(,,゚Д゚)「何人ぐらい病院にいられそうラギ?」

「正直、所長次第ですね。
今は四人で待機していますが、いつ戻されるか分かりませんから」

サナエの言い分に、全く理がない訳ではない。
彼女は街全体の治安維持を考えており、一つの事件に集中すべきではないと考えている。
しかし問題は、起きた事件の悪質さと早期対応の必要性を考慮していない点にあった。
街で起きている事件の大半は窃盗や傷害事件であり、強姦殺人事件と並べて考えるような物ではない。

サナエはそこを理解していない節があり、トラギコが関わっていることもあってかまるで理解しようとしていなかった。

(,,゚Д゚)「前の一件を考えると、口封じに来る人間がいるかもしれないラギ。
    用心しておけ」

「えぇ、分かっています」

病室に移されるまでは出来ることはあまりないが、こうして病院で待っていれば、口封じに来た人間を捕えることが出来るかもしれない。
携帯電話に着信があり、トラギコは一度裏口から外に出て、電話に応じた。

(,,゚Д゚)「はい」

▼ ,' 3 :『今どこにいる』

297名無しさん:2018/12/03(月) 19:00:08 ID:/d4jdjY20
電話の主はやはり名乗らなかったが、その声がサナエであることは明らかだった。
苛立ち、今にも爆発しそうな声色だったが、トラギコは無視をすることにした。

(,,゚Д゚)「病院ラギ」

▼ ,' 3 :『掃除屋を撃ったのは事実か?』

(,,゚Д゚)「えぇ、捜査の邪魔をしてきたんでね。
    最初に言っておきますが、法律上、何も問題はありませんラギ」

▼ ,' 3 :『……そのことについて、お前に取材をしたいと言ってきている人間がいるんだが。
     それについて、何かあるか?』

(,,゚Д゚)「別に、何も」

▼ ,' 3 :『いいか、法律上問題が無くても世間がどう見るかは別だ。
      取材に応じ、イメージダウンが無いように答えろ』

本来であれば断りたいところであろうが、そうしないということは何か理由があるに違いない。
トラギコが取材に応じて何が起きるのか、それを想像できない程まだサナエは耄碌していないはずだ。
それでも応じるという事は、取材を申し出た人間が何かしらの力を持っていると考えるべきだろう。

(,,゚Д゚)「ただ、俺は病院からしばらく動くつもりはありませんラギ。
    取材をしたいと言っている奴をこっちに寄越してください」

▼ ,' 3 :『いいだろう。
      くれぐれも余計なことをするなよ』

(,,゚Д゚)「善処しますラギ。
    で、相手の名前は?」

▼ ,' 3 :『……アサピー・ホステイジだ』

その名前を聞いて、トラギコはサナエが何故取材に応じるように言ってきたのか理解出来た。
アサピー・ホステイジはフリーのジャーナリストで、世界各地に飛び回ってはスクープを探し出す、いわばイナゴのような男だ。
この男とトラギコは一度だけ面識があるが、それは警察がマークしていた容疑者を聞きつけたアサピーが余計な行動を起こして容疑者を逃し、激怒したトラギコが彼を拘束した時だった。
曰く、容疑者であってもアサピーには取材をする権利がある、との事だったがその言葉はトラギコの拳で最後まで紡がれることはなかった。

取り逃がした容疑者は捕まえたが、その間に起きた事件の被害者については、アサピーが何か言及することはなかった。
後日、彼は警官に不当監禁されたと新聞に記事を載せ、更には損害賠償を請求した挙句自伝まで発刊したことがある。
彼はマスコミ業界全体に大きなコネを持ち、電話一つでラジオに出演することも出来る程の男だ。
結果、アサピーはジュスティアに立ち入ることを永久に禁止され、警察全体からも敵視されていた。

以降、アサピーは警察に対して否定的な記事を取り上げるようになり、警察のイメージダウンに注力するようになった。
今回彼の取材を受け入れたのは、ジャーゲン警察について根も葉もない記事を書かれるぐらいならせめてトラギコ一人の責任問題にしてしまえばいいという、リスク管理の問題だった。

(,,゚Д゚)「分かりました。
    では場所を伝えておいてくださいラギ」

298名無しさん:2018/12/03(月) 19:00:40 ID:/d4jdjY20
電話を切って、空を見上げた。
空を覆う灰色の雲の向こうにうっすらと青空が見える。
小さな雪が静かに降り、雲がゆっくりと流れていく。
当然のことだが、大勢の子供が凌辱されて殺されても、空は何も変わらない。

しかし、感傷的になっても今は仕方がないとトラギコは思った。

( ><)「トラギコさん、大丈夫ですか?」

振り返るとそこには茶封筒を手に佇むビロードがいた。

(,,゚Д゚)「おう、どうした?」

( ><)「鑑識からトラギコさんに検査結果が出たから持って行くように、と言われて」

茶封筒を受け取り、中の書類に目を通した。
それは死体の残留物から確認された薬物についての調査書だった。
そこには、男児と女児で使用された薬物が異なることが記されていた。
男児には遅行性の猛毒が使用され、女児には強力な睡眠薬の一種が使われたことが書かれていた。

いずれも胃の中にあったケーキから毒が確認され、事件のあった夜に出されたデザートが原因であることが分かった。
施設関係者によると、子供たちへの寄付として送られてきたケーキに、男女で別の物を提供するようにとの添え書きがあったという。
そしてイトーイだけが、己のケーキを食べずに別の子供に渡したという供述が添付されていた。
別の書類には、現場で見つかった指紋と以前に手に入れた指紋が一致したとの旨も書かれていた。

早速鑑識課の人間達が調べてくれたのだと思うと、彼らに頭が上がらない思いだ。
すると疑問になるのが、職員たちは何故あれだけの事が起きていたのに誰も起き上がって対処しなかったのか、ということになる。
その疑問に答えたのは、ビロードだった。

( ><)「事件当日、施設関係者は皆ケーキと共に送られてきた酒を飲んだとの事です。
     どうやら女児に使われた毒と同じものが盛られていたようです」

(,,゚Д゚)「今回は計画的、ってことラギ。
    毒の出所は?」

( ><)「今調査中です。
     配達業者と依頼人についても調査して、箱に残っていた指紋を調べるそうです」

ここまで証拠が出そろえば後は時間次第だが、相手が未成年だった場合にどうするかが問題だった。
未成年の犯罪者は記録が残されず、指紋などの情報は全て処分されている。
その点について、トラギコは別の側面から考えることにしていた。
未成年者の情報はなくとも、犯罪の情報は残っている。

丁度アサピーという打ってつけの情報収集専門家がトラギコの前に来ることも有り、それを利用しない手はなかった。
一件だけ、トラギコは犯人に繋がりそうな事件に心当たりがあったのだ。

(,,゚Д゚)「署の方で何か変わった動きはあるラギか?」

( ><)「今のところありませんが、逆に、まだ対策チームを編成する様子もありません」

299名無しさん:2018/12/03(月) 19:01:08 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「サナエのババア、何考えてんだ。
    それはそうと、お前の方の仕事はどうラギ」

( ><)「僕の方は小さな事件ばかりで、未成年よりも年寄りの万引きの方が増えています。
     正直、誰にでも出来る事件ばかりですよ。
     どうにもサナエ所長は僕らを引き離しておきたいみたいですね」

(,,゚Д゚)「らしいな。まぁいい。
    ビロード、お前はお前で仕事に専念しろラギ。
    俺は俺でやっておくラギ」

( ><)「分かりました。
     そうだ、僕も携帯電話を買ったので何かあったら連絡をください」

手帖に番号を走り書きし、そのページを千切ってトラギコに手渡す。

(,,゚Д゚)「悪いが、何かあった時には手を貸してもらうラギ」

( ><)「喜んで」

トラギコは意識せずに右手を差し出していた。

( ><)「え?」

(,,゚Д゚)「頼りにしてるぞ、ビロード」

( ><)「は、はい!」

二人は握手を交わしてその場で分かれ、トラギコは病院内へと戻ることにした。
まだ集中治療室から幼児たちは出てきていないようで、警官達は無言で首を横に振った。
併設されているカフェテリアに向かおうとしたところで、男が一人近づいてくるのが見えた。
長い灰色の髭を生やし、髪を頭頂部で結んだアサピー・ホステイジだ。

見るかに上質そうな灰色のスーツで身を固め、足元にはコードバンの靴が輝きを放っている。
人を嘲るような上目遣いで、アサピーはねっとりとした声を発した。

(-@∀@)「へへっ、久しぶりですね、トラギコの旦那」

(,,゚Д゚)「手前にそう呼ばれるほど仲が良かった記憶がねぇんだけどな」

(-@∀@)「そういいなさんな。
     立ち話もなんですから、コーヒーでも飲みながらどうですか?」

(,,゚Д゚)「いいや、遠慮するラギ。
    ここで話せラギ」

この場を離れている時に襲撃されれば、生き残った子供たちを失いかねない。

(-@∀@)「ご婦人方に聞かれちゃ困ることだってあるでしょう?」

300名無しさん:2018/12/03(月) 19:01:29 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「ねぇよ。
    それとも俺をここから離すよう、誰かに言われてるのか?」

(-@∀@)「相変わらずの強情さだ。
     まぁいい、単刀直入に言いますわ。
     掃除屋の件はただの大義名分で、この事件、あたしにも一枚噛ませてもらいたいってのが本音でさぁ」

(,,゚Д゚)「理由は?」

(-@∀@)「あたしはスクープが欲しい。
     あんたさんは犯人に関する情報が欲しい。
     協力すれば、あっという間に真実に近づけまさぁ」

アサピーの発言を最後まで聞いてから少しの間を置いて、トラギコは鼻で笑った。
この男、自分の使い方をよく分かっているようだ。

(,,゚Д゚)「俺に旨みがねぇラギな」

そしてアサピーはニヤリと笑みを浮かべ、トラギコにだけ聞こえる声量で話を続けた。

(-@∀@)「犯人に心当たりがある、と言ったらどうでしょう」

(,,゚Д゚)「言うだけなら誰にでも出来るラギ。
    根拠と証拠がなきゃな」

(-@∀@)「相手は未成年で、似たような前科がある、と言ったら?」

(,,゚Д゚)「そこまでは俺も考えたラギ。
    問題は、そいつの名前も顔も分からない事ラギ」

(-@∀@)「あたしは別でさぁ。
     何せ、そいつの裁判を傍聴してたんだ。
     そしてそいつは、すでに釈放されているんでさ」

(,,゚Д゚)「そいつの判決が出たのは七月二十日で、まだ刑務所の中のはずラギ。
    どういうことラギ」

(-@∀@)「えぇ、半年間の判決が出ましたが、実際にもう娑婆に出てるんでさぁ。
     これまでに何度か取材をしようと刑務所に行きましたが、そいつはいなかった。
     看守はシラを切っていましたが、他の受刑者から聞きました。
     刑事さん、間違いありません」

子供を相手にした強姦殺人事件は、この街に来る前から知っていた。
そしてその犯人が捕まり、半年間刑務所に送られていることも聞かされていた。
二つの事件には共通点が多々あり、真っ先に疑ってかかっていたが、資料を確認したら今も刑務所の中にいる事になっており、事件を起こすのは不可能であると判断して除外していた存在だ。
この事件こそが、トラギコの中にある心当たりだった。

しかし、アサピーもトラギコもその犯人に注目をしていた。
外に出ているはずのない犯罪者に。

301名無しさん:2018/12/03(月) 19:02:01 ID:/d4jdjY20
(-@∀@)「あたしが追えるのは途中までなんでさ。
     だから、あんたさんと手を組めばこいつを追いかけられる。
     どうです?悪い話じゃないでしょう」

(,,゚Д゚)「何でこの事件に関わろうと思ったラギ?」

(-@∀@)「あたしはジャーナリストですよ?真実を大衆に伝える義務ってのがあるんでさぁ」

(,,゚Д゚)「初めて聞いたな、そんな話」

(-@∀@)「まぁそこはいいじゃありませんか。
     で、どうしやす?」

(,,゚Д゚)「いいだろう。
    ただし条件があるラギ」

(-@∀@)「なんですかい」

(,,゚Д゚)「俺の邪魔をするなよ」

(-@∀@)「へへっ、分かってますよ。
     殴られるのも撃たれるのも御免なんで」

アサピーが左手を差し出してきた。
それを一瞥して、トラギコも左手で握手に応じた。

(-@∀@)「じゃあ、また」

左手を素早く上着のポケットに入れ、アサピーから密かに渡された紙をそこにしまった。
他の警官達に聞かれなくない情報がそこにあると考え、少し離れた場所で見ることにした。

紙には電話番号と共に、一枚のスケッチが描かれていた。
それは法廷に立つ一人の男を描いたものだった。

(,,゚Д゚)「……こいつか」

この街では未成年が加害者の場合、法廷にカメラを持ち込むことが禁止されている。
そこで記者たちは犯人の姿をスケッチで残すのだが、犯人が素顔の状態で法廷に立つことは極めて珍しい。
これはおそらく、一瞬だけ見えた犯人の姿を描いたものなのだろう。
使えるかどうかは別として、これを手がかりに進めていくしかない。

気になるのは、犯人がすでに出所しているという事だった。
模範囚であっても、あれだけの事件を起こしたのだから刑期が短縮されることはあり得ない。
治療室から三つの担架が運び出される音が聞こえ、トラギコは婦警たちと共に病室に付いていくことにした。
三人の女児は特別病室へと運ばれ、大きなベッドの上に寝かされた。

顔に痛々しい傷を負った女児もいれば、両腕をギブスで固められた女児もいた。
彼女達がこのような仕打ちを受けていい理由など、この世のどこにもない。
改めて犯人を捕まえ、然るべき罰を受けさせることを誓ったトラギコは婦警たちに伝言を残して外に出ることにした。

302名無しさん:2018/12/03(月) 19:02:31 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「誰が何を持って来ても、絶対に食わせるな。
    いいな、面会も全て拒否ラギ。
    犯人が見つかって捕まるまでは、この子たちを他の連中に会わせるなよ」

「分かりました、出来る限りの手を尽くします」

(,,゚Д゚)「俺を殺そうとした奴らは銃を持って、しかもホテルに放火をしたラギ。
    そしてこの子たちを襲った屑は毒を盛ってきたラギ。
    相手を気が狂った変態だと思うな。
    相手は正真正銘、行動力のある屑ラギ」

病院から出てトラギコが向かったのは、いつも朝食を食べていたコーヒーショップだった。

イ´^っ^`カ「おや、今日は遅いですね」

(,,゚Д゚)「まぁな。
    いつものセットと、昼飯用にでかいサンドイッチを頼むラギ」

何はともあれ、まずは食事を済ませるところからトラギコは始めることにした。
空腹の状態では万全ではない。
急いで朝食を済ませ、昼食を手に入れると、街の散策を始めた。
昼を過ぎると青空は消え、分厚い雲が空を覆っていた。

雪の粒も大きさを増し、溶けて汚れていた雪の上に新たに降り積もり、白い絨毯を作り出しつつあった。
午後三時を過ぎると、街は雪に覆われ、交通の麻痺が始まった。
道を歩く人影も減り、次第に車の数も減った。
だがトラギコは歩き続け、すれ違う人の顔を観察していた。

――そして陽が完全に落ち、世界が白と黒に包まれた頃、トラギコの姿は街の中でもゴロツキが集まることで有名な酒場にあった。
酒場は連日狂気じみた若者たちの叫び声や怒鳴り声で賑やかになるのだが、その日は、誰一人として大きな声を発することはなかった。
店に入るまでは笑顔を浮かべていた人間も、店内の異様な空気を感じるとすぐに真顔になり、席についても無言のまま時間を過ごしていた。
店の外に出たり席を立ったりすることなど、まるで出来なかった。

ジャーゲンの若者たちが最も恐れている男がそこにいるのだから、無理もない。

(,,゚Д゚)「お前らに話があるラギ」

誰も返事をしなかった。
ラジオから流れてくる音が不気味に店内に響く。
それ以上に、トラギコの声は人々の耳に届き、支配していた。

(,,゚Д゚)「今朝、ブルーハーツ児童養護施設が襲われ、子供たちが強姦され、殺されたラギ」

店内の客は一人として、身じろぎひとつしない。

(,,゚Д゚)「俺はその犯人を捜しているラギ」

「……おい、今、何て言ったんだ?」

303名無しさん:2018/12/03(月) 19:03:15 ID:/d4jdjY20
それは、店の隅に座っていた男の口から発せられた一言だった。
客達が一斉に男に目を向ける。
無精ひげを生やした長髪の偉丈夫は、信じられない物を見るかのような目で、トラギコを見ていた。

(,,゚Д゚)「ブルーハーツ児童養護施設で起きた強姦殺人事件の犯人を捜している、と言ったんだ」

「嘘だろ……おい!!」

どうやらトラギコの行動よりも、施設の名前に驚いているようだった。

「俺の……俺の腹違いの弟がそこにいるんだ、ああ……じ、ジョシュアって名前の……!!
ジョシュアは無事なのか?!」

(,,゚Д゚)「……残念だが、男児は全員殺されたラギ。
    女児も全員凌辱され、生き残ったのは三人だけラギ」

男は口を押えながら、声を上げて泣き出した。
その姿を見て、数人の客の間にも動揺が走った。
恐らく、児童養護施設の出身者か関係者なのであろう。

(,,゚Д゚)「俺はお前らに喧嘩を売りに来たんじゃないラギ。
    この事件を起こした異常者についての情報を聞きに来たんだ」

「あんた、やっぱり警官だったのか」

非難するような口調で投げかけられたのは、派手な化粧をした女の言葉だった。
女の態度から察するに、前にトラギコが逮捕した人間なのだろう。

(,,゚Д゚)「だったらどうした。
    警察に協力するのはお前らの流儀に反するってか?」

「ならここじゃなくて、どこかの興信所にでも行きなよ。
ここはね、あんたみたいな人間が来るところじゃないんだよ」

(,,゚Д゚)「あぁ、出来れば俺だってこんなところに来たくはねぇラギ。
    だけどな、この糞野郎を捕まえる為なら俺はどんなところにでも喜んで行くラギ」

「はっ!あたし達を捕まえておいて、あんたが困った時に手を貸せってのかよ!」

(,,゚Д゚)「威勢がいいな、女。
    その通りだよ。だからどうした。
    俺が警官でお前らがならず者だろうが、何の罪もない子供を凌辱して殺した奴を見逃していい理由になるのかよ。
    冗談じゃねぇラギ!!」

トラギコの怒鳴り声に、誰もが再び沈黙した。
先ほどまでトラギコに食って掛かろうとしていた女も口を噤み、恐怖に目を見開いていた。

304名無しさん:2018/12/03(月) 19:03:42 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「別に正義の味方になろう、って言ってるわけじゃねぇラギ。
    お前らの中に俺が捕まえた奴がいるんなら、それはそいつが罪を犯したから俺がそうしただけラギ。
    だから今度も同じラギ。
    罪を犯した奴がいるから、俺が捕まえるラギ。

    お前らは平気なのかよ、年端もいかない子供がこんな目に遭って、またそれが繰り返されるかもしれないって言うのを黙っていられるのかよ。
    お前らの嫌いだった大人ってやつは、そういう連中だったんじゃねぇのかよ」

誰も何も言えなかった。
トラギコの言葉に感動したからでもなく、何を言えばいいのか分からないのだ。
そして、何をすればいいのかも。

(,,゚Д゚)「お前らの知っている限りで良いラギ。
    七月に同じことをして捕まった男の行方を知りたいラギ」

少しの間があった。
誰かが唾を呑む音さえ聞こえてくる、痛いほどの沈黙。

「し、知ってる」

沈黙を破ったのは、先ほどトラギコに食って掛かってきた女だった。

「名前は知らないけど、よくいる場所なら知ってる」

(,,゚Д゚)「どこだ、そいつはどこにいるラギ」

「埠頭のコンテナ林だよ、俺も昨日見た」

コンテナ林とは、ジャーゲンの東にある港の一角の事だ。
高く積まれたコンテナが林のようにいくつも聳え立ち、毎日その形を変えることからそのように呼ばれている場所。
だがそこは輸出入に関係する人間だけが出入りをする場所で、街との境目は高さ五メートルのフェンスで区切られている。
船舶と貨物列車だけが利用するその場所には当然ながら、大勢の人間と貴重な品々が出入りをする。

万が一に備えて、無関係な人間が出入りをしないように設置されたフェンスには高圧電流が流れており、毎年数人の死者が出るという。
運輸に関わらない人間はまず立ち入ることのないジャーゲン経済の心臓部に、どうしてこの若者たちがいたのだろうか。

「あそこにゃ、結構ヤバい薬とか売ってる人間が来るからね。
言っとくけど、あたしは薬のために行ったんじゃないからね。
彼氏があそこで働いてるんだ」

「お、俺もクスリにゃ手を出しちゃいねぇよ」

密輸手段はさておいて、確かに、人の入れ替わりが激しい場所であればそういった取引がされていることは不自然ではない。
交易の拠点となる場所では後腐れなく仕事が出来る為、売春や売買が横行する。
トラギコ達はその場所に近づかないよう市長から命令が出されており、基本的には運送関係の人間達で自治をするように特別な扱いがされていた。
つまるところ、市長はその犯罪行為を認知しているのだ。

(,,゚Д゚)「分かったラギ。
    コンテナ林だな」

305名無しさん:2018/12/03(月) 19:04:14 ID:/d4jdjY20
「あそこはサツを歓迎していないことぐらい知ってるだろ、本気で行くのかよ」

(,,゚Д゚)「歓迎されていようがいまいが、俺のやることは変わらねぇラギ。
    他に何か情報を持ってる奴はいるか?」

「役に立つかは知らねぇが」

そう言ったのは、先ほどトラギコの言葉に動揺して泣いていた男だった。
目を赤く腫らし、鼻水をすすりながら言葉を続ける。

「そいつはトリックスター運輸って会社の制服を着てた」

(,,゚Д゚)「今も働いてるのか、そいつは」

「一か月ぐらい前の話だから、今はどうか知らねぇ。
後、多分だけどそいつ、ブルーハーツにいたことがある奴だと思う。
俺もそこにいたから、なんとなくだが……」

(,,゚Д゚)「そうか……何にしても助かるラギ。
    さて、俺はもうこの店を出るラギ。
    戻ってくることはねぇだろうから、後は好きに楽しんでてくれラギ」

カウンターの上に百ドル金貨を二十枚ほど無造作に置いて、先ほどから固まっていた店主に声をかける。

(,,゚Д゚)「これで店の連中に奢れるだけ奢ってくれラギ」

コートを肩にかけて店の外に出ると、すっかり景色は白一色に染まっていた。
真っ白い息を吐き、気分を落ち着かせる。
後一歩のところまで迫ってきている。
そう考えると、否応なしにトラギコの全身の筋肉が緊張した。

容疑者を逮捕する時、多少手荒な真似をしても問題はない。
肋骨を数本と腕、後は足を折った状態で取調室に送り込むことを考えた。
ダウンコートを着て、ファスナーを一番上まで上げる。
携帯電話を使って、まずはビロードに連絡を入れた。

(,,゚Д゚)「俺だ。容疑者の位置が分かったラギ。
    コンテナ林で合流するぞ」

( ><)『分かりました。
     丁度この天候のおかげか、特に事件もないので向かいます』

腕時計に目をやる。
蓄光塗料が指し示すのは、夜の八時十五分。

(,,゚Д゚)「九時半に合流できるラギか」

( ><)『行けます。
     では、その時間にコンテナ林の入り口で』

306名無しさん:2018/12/03(月) 19:04:34 ID:/d4jdjY20
一度電話を切り、歩きながら次の人間に電話をかけた。

(,,゚Д゚)「アサピーか?」

(-@∀@)『おや、お早いことで。
     ってことは、何か情報が手に入ったんですね?』

(,,゚Д゚)「お前の言う通り、奴の目撃情報があったラギ。
    俺はこれから奴を捕まえに行くが、どうするラギ」

(-@∀@)『そりゃあ勿論、あたしも同行させてもらいまさぁ。
     スクープの瞬間は逃さないのが鉄則なんでね。
     それで、時間と場所は?』

(,,゚Д゚)「手前が邪魔をしないって約束するんなら教えてやるラギ。
    いいか、間違ってもインタビューをしようなんて考えるなよ」

(-@∀@)『……分かってますよ』

(,,゚Д゚)「九時半にコンテナ林ラギ。
    お前も一緒に探して、見つけ次第連絡をよこしてくれラギ」

(-@∀@)『へへっ、捕まえるところだけ撮れればそれでいいんで』

通話を終え、トラギコは両手を上着のポケットに入れて歩き出す。
雪はすでに踝の上まで積もっているが、空からは何も降ってきていなかった。
明日になればまたこの雪は溶け、何事もなかったかのように一日が過ぎるだろう。

轍を辿るようにして歩くことで、余計に濡れる面倒を省く。
まだ九時前なのに車の往来はまるでなく、街全体が静まり返っていた。
極めて静かな夜に聞こえるのは風の音と、雪を踏み潰す音。
凍るように冷たく澄んだ空気が肺を満たす。

一刻も早く容疑者を捕まえ、事件を終わらせたいという気持ちだけが大きな音を立て、熱を帯びてトラギコの体を血と共に駆け巡る。
寒さは大して感じなかった。
感じるのは、焦りに似た感情だった。
コンテナ林を囲むフェンスの前には、小さなプレハブ小屋が建っていた。

それが出入りを管理するための建物だと分かるのには、時間はあまり必要なかった。
プレハブの窓からは明かりが漏れ、ラジオの音に混じって時折笑い声が聞こえてくる。
等間隔に設置された街灯のオレンジ色の明かりが周囲一帯を染め上げ、不気味な雰囲気を漂わせている。
潮騒と潮の香り。

仄かに鉄の匂いもする。
ここに硝煙の匂いが混じらないことを願うばかりだ。
九時二十三分。
トラギコはフェンスにもたれ掛かり、後の二人が到着するのを待った。

五分後、ビロードが現れた。
流石に警察の制服ではなく、ダウンコートを着て厚手のジーンズをはいていた。

307名無しさん:2018/12/03(月) 19:04:56 ID:/d4jdjY20
( ><)「お待たせしました」

(,,゚Д゚)「あと一人来るラギ。
    ちょっと待ってろ」

( ><)「あと一人?誰なんですか?」

(,,゚Д゚)「アサピー・ホステイジってジャーナリストだ」

(;><)「アサピー?!
     僕でも彼の悪評は知っていますよ」

(-@∀@)「ははっ、酷い言いぐさですな。
     若きエース、ビロード・フラナガン」

暗闇から溶け出すようにして現れたのは、全身黒い服に身を包んだアサピーだった。
その手にはしっかりとカメラが握られており、背中には三脚を背負っていた。

(,,゚Д゚)「ここにいるって話だが、今いるかは分からねぇラギ。
   ビロード、アサピーと一緒に探してくれ。
   そいつが容疑者の顔を知ってるラギ」

( ><)「……分かりました」

(-@∀@)「よござんす」

(,,゚Д゚)「ビロード、見つけ次第テーザーを撃っていいラギ。
   話は奴を捕まえてからだ」

それを聞いたアサピーが少し驚いた表情を浮かべる。

(-@∀@)「いいんですかい?あたしの前でそんな事言っちまって」

(,,゚Д゚)「俺がどういう男か知ってるだろ」

(-@∀@)「へへっ、分かってますよ。
     それに今回は警察のスキャンダルなんかよりも、事件の犯人を捕まえる方がよっぽどネタとしていいんでね」

この男の報道に対する執着心は信用ならない部分があるものの、逆に、その執着心を理解して使えば優秀な駒となる。
民間人の情報提供者よりもゴシップに貪欲で、一枚の写真を撮るためだけに何日も平気で張り込み、道徳観を無視した行動を行える。
警察としては厄介な存在だが、使い方次第では警官以上の情報収集・追跡能力を有した逸材になり得るのだ。
ビロードと組ませたのは確かに、彼が犯人の顔を知っているからというのもあるが、アサピーが犯人に余計なことをしないようにビロードに監視させる意味もあった。

それに、二人でいれば多少は命を狙われるリスクが減る。
出来るのであれば、犯人はトラギコが確保したいところであった。

(,,゚Д゚)「じゃあ、行くぞ。
    何かあれば電話をするラギ」

308名無しさん:2018/12/03(月) 19:05:24 ID:/d4jdjY20
そしてトラギコはプレハブ小屋に入り、警察の身分証明を見せ、フェンスの内側に入れるように命令をした。
警察が普段は近寄らない場所ではあるが、契約ではこの場所も警察が治安維持をすることになっている。
プレハブ小屋の中で酒盛りをしていた男達は一瞬だけ面食らった様子だったが、トラギコの眼に気圧されて、大人しく扉を開いた。
三人は堂々と正面から入り、コンテナが高く積み上げられた埠頭へと足を踏み入れた。

鋼鉄の塊がまるで大樹のように聳え立ち、ひっきりなしに金属同士がぶつかる重々しい音が響いてくる。
大型の輸送船が接岸し、大型クレーンが巨大なコンテナを持ち上げて新たなコンテナの木を作っていた。
まず、トラギコは二人に話していない事があった。
犯人が目撃された時、トリックスター運輸の制服を着ていたという点だ。

これは先入観を持たずに捜査をさせる為であり、余計な情報で犯人を見逃してもらいたくないという考えからだった。
しかし、トラギコは先にトリックスター運輸に向かう事にしていた。
このコンテナ林を使う会社は無数にあり、作業員のために作られた簡易的な支所がいくつもある。
情報を集めるのであれば、まずは所属をしていた会社に足を運ぶのが定石だ。

足元から、まだ新しい雪を踏む音が小さく鳴る。
その音に金属の重低音と波の音が重なる。

「兄さん、どうだい?」

横から声をかけられ、足を止めずに目を向ける。
街灯の下に白い息を吐く男が立っていた。
薬物の売人か売春斡旋人である可能性しか考えられず、無視をしようかと思ったが、トリックスター運輸の場所を聞き出すのに都合がいいことに気付いた。

(,,゚Д゚)「あぁ、ちょっと頼みたいことがあるラギ」

「へへっ、そうこなくっちゃ」

(,,゚Д゚)「こっちに来てくれラギ」

懐に手を入れ、密かに財布を出すような仕草をする。

「大丈夫だって、ここにサツはこねぇからよ」

男は堂々と白い粉の入った袋を上着から取り出し、トラギコにそれを見せた。
無知は人を恐ろしいほどの馬鹿に仕立て上げる時があるが、この男のタイミングの悪さは抜群だった。

(,,゚Д゚)「あんたの後ろに誰か人がいたら怖いからな。
    こっちに来てくれよ」

実際、薬物の取引を装った路上強盗事件はよく起こる。
路地裏や人目に付かない場所に誘導し、そこで金品を奪い取るという手法だ。
売春でも同じような手口を使い、下心を出した男から金を巻き上げるという事件は後を絶たない。

「ちぇっ、分かったよ。
用心深い兄さんだ」

男はニヤニヤ笑いを浮かべながらも周囲を見回し、それからトラギコのように歩み寄ってきた。

309名無しさん:2018/12/03(月) 19:05:56 ID:/d4jdjY20
「百五十ドルだ。
まじりっけなしの極上の品だぜ」

(,,゚Д゚)「確かに、純度が高そうラギ。
    輸入したばっかりのやつか?」

「よく知ってるね。
そうさ、だからどこかのケチな奴らと違って、変な粉を入れて量を誤魔化すこともしちゃいねぇ。
百パーセントピュアな粉だ」

(,,゚Д゚)「なるほどな。なら――」

懐から拳銃を取り出し、銃腔を男に向ける。

(,,゚Д゚)「――この場で現行犯逮捕すれば、色々と面白くなりそうラギ」

「なっ、ちょっ!?」

(,,゚Д゚)「黙れ。 まず、お前が持っている粉を全てこの場に捨てろラギ」

「ど、どういう……」

(,,゚Д゚)「袋を開けて、中の粉を全部雪の上に捨てろってことラギ。
    これ以上の説明はしないラギ。
    お前が質問を一つするごとに、俺はお前の指を折るラギ。
    俺に同じことを言わせたら、鉛弾を一発くれてやるラギ」

男は怯えながら、トラギコの指示通りに袋を破いて粉を捨てた。
二十袋以上破いて捨てても、トラギコは銃腔を男から逸らさなかった。
男は靴の中から更に六袋取り出して、中身を捨てた。

(,,゚Д゚)「次だ。
    トリックスター運輸の建物まで案内しろラギ」

「なっ、なな、何で」

トラギコの手の中で、撃鉄を起こす音が不気味に鳴った。

「もも、勿論!」

男を先に歩かせ、その後ろを付いていく。
何度かコンテナの間を通りながら進み、三階建ての建物の前で男が止まった。
コンクリートで作られた飾り気のない四角い建物にはカーテンも付いていない四角い窓があり、人が動いている様子がよく見えた。

「こ、ここです」

(,,゚Д゚)「ご苦労。
    二度と薬を売るな、いいな。
    次に見つけた時は生きたまま海に沈めるラギ」

310名無しさん:2018/12/03(月) 19:06:22 ID:/d4jdjY20
「はひぃっ!」

小さく悲鳴を上げ、逃げるようにして男はコンテナ林の中に消えて行った。
残されたトラギコは建物を見上げ、まだ中に人がいることを確認してから中に入った。
一階には受付すらなく、まるで倉庫のように多くの荷物が雑然と積み重ねられ、散らばっていた。
その中で、緑色の制服を着た男達が荷物を右から左へ動かしている。

天井にぶら下がっているスピーカーからはラジオが流れていた。

(,,゚Д゚)「責任者はいるか?」

トラギコの突然の問いかけに、制服を着た男の一人が動きを止める。
運送業をしているだけあり、その体躯はしっかりとしている。
腕はまるで丸太のように太かった。

「何の用だい?」

(,,゚Д゚)「人を探してるラギ」

身分証を見せ、警官であることを伝える。
すると、最初に対応した男が少しだけ眉を潜めた。

「俺が責任者のアンドレだ。
ウチのもんが警察の厄介にでも?」

(,,゚Д゚)「そんなところだ。
    あんたのところに、こんな男はいるか? 未成年の男だ」

アサピーから受け取ったスケッチを見せると、アンドレは首を傾げ、口を開いた。

「さぁ、これだけじゃ分からねぇな。
他に何か特徴はあるか?」

(,,゚Д゚)「子供好きだ、悪い意味でな。
    昨夜仕事に来ていない奴ラギ」

「俺は確かに従業員の顔は把握してるが、性癖までは。
それに、昨日仕事に来てない奴はわんさといる」

「それ、ビンズじゃないですか?」

それは、アンドレの後ろから聞こえてきた声だった。
男は木箱を移動させながら、世間話をするかのように話を続けた。

「歓迎会の後、俺達が風俗に連れて行ってやるって言ったのに、あいつ、成熟した女に興味ないって言ってましたからね。
ありゃあマジもんですよ」

「あぁ、ビンズか。
刑事さん、ビンズ・アノールってやつです」

311名無しさん:2018/12/03(月) 19:06:44 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「そいつに関する書類はあるラギか?」

「ちょっと待ってくださいよ」

アンドレは一度奥に向かい、すぐに紙を持って戻ってきた。

「これしかありませんが」

(,,゚Д゚)「早いな」

「何せ四か月前に来たばっかりですからね」

書類に目を通しながら、もしもこのビンズという男が七月に逮捕された男と同一人物であれば、一カ月ほどで刑務所から出てきたことになる。
つまり、ほとんど刑罰を受けずに出たという事だ。
履歴書を見る限りでは、年齢は十八歳。
未成年であり、添付されている顔写真とスケッチは特徴が似ている。

(,,゚Д゚)「こいつは今どこにいる?」

書類を折り畳んで懐にしまいながら、トラギコは最も重要な話を切り出した。

「あー、実は……」

アンドレが言いよどむ。

「さっき、解雇しまして」

(,,゚Д゚)「何?」

「あいつ、クスリをキメて仕事をしようとしてたんですよ。
だから俺が、クスリをキメるなら辞めろ、って言ったんです。
そしたらあいつ、俺の目の前でキメてからここを出て行ったんですよ。
そのくせ、髪は丸坊主にしてきて、順序が逆だってんですよ」

(,,゚Д゚)「どれぐらい前の話だ」

「つい十分前です。
今頃宿舎に荷物を取りに行ってると思いますが」

この瞬間、トラギコはビンズが犯人であると確信した。
万が一警察に捕まった場合でも、薬物を日常的に摂取していた事が証言されれば、刑罰はかなり軽くなる。
それがこの街の法律だ。
あえて従業員の前で薬物を使用することで、その証言の強さを確かなものにするという、極めて悪質な方法。

未成年でなおかつ判断能力が欠如した状態での犯行となれば、間違いなく、この男は死刑にはならない。

(,,゚Д゚)「宿舎はどこだ」

焦りを抑え込みながら、トラギコは質問をした。

312名無しさん:2018/12/03(月) 19:07:10 ID:/d4jdjY20
「この先を線路沿いにまっすぐ北に行ったところに、各社共同の宿舎があります。
そこの703です」

(,,゚Д゚)「もし奴を見かけたら捕まえておくよう、従業員に指示を出しておけ。
    いいな、絶対に逃がすな!!なんなら他の会社にも伝えておけ!!」

建物を出て、トラギコは全力で走り出した。
携帯電話を取り出して、ビロードに急いで電話をかける。

( ><)『どうしました?』

(,,゚Д゚)「容疑者はビンズ・アノールって男ラギ!!十分前にヤクをキメてる!!
    俺は宿舎に向かうから、お前は応援を呼んで出入り口を塞げ!!」

( ><)『わ、分かりました!!』

顔に吹き付ける風が刺すように冷たい。
冷え切った空気を取り込んだ肺が痛む。
まるで氷柱を喉と肺に突き刺されているようだ。
線路の上にはエライジャクレイグの貨物列車が停車しており、男達が荷物の積み込みを行っていた。

男達はトラギコを怪訝な目で見つめたが、すぐに仕事に戻った。
雪のせいで思ったよりも早く走れず、宿舎に到着するのに五分の時間がかかってしまった。
宿舎は背の高い建物が連なる古いもので、セキュリティとは無縁の構造をしていた。
この埠頭を仕事場にする人間の数にしては、部屋数が多すぎるようにも思える。

一部を貸し部屋として機能させ、遠方から来た人間を一時的に泊めるようにしているのかもしれない。
部屋番号から察するに七階にあると予想し、階段を駆け上った。
七階に到着した時、ある部屋から男が一人出てきた。
マスクをつけ、白いロングコートで全身を覆い、更にはフードを目深に被っているため顔を確認することはできない。

だが、男が出てきた部屋の番号は703。
トラギコと目が合った瞬間、男は走り出した。
トラギコは冷静に、かつ素早くM8000を懐から抜き、男の足を撃った。
正確に膝関節を後ろから撃ち抜かれた男は、顔からその場に転倒する。

(,,'゚ω'゚)「あひっ?!」

もう一発、男のアキレス腱に撃ち込んだ。
これで歩いて逃げ出すことは出来ない。
扉が開け放たれたままの部屋の前を通ると、冷たい風が部屋から吹き抜けてきた。
その瞬間、トラギコは悟った。

一杯喰わされた、と。

部屋の中に土足のまま上がると、ベランダに通じる窓が開いていた。
カーテンが風に揺れ、ビンズがベランダを使って逃げ出したことを物語っている。
どのタイミングでトラギコの動きに気付いたのかは分からないが、少なくとも、十分前、つまりトリックスター運輸で解雇になるまでは知らなかったはずだ。
何者かがトラギコの動きを伝えていたとしか思えない。

313名無しさん:2018/12/03(月) 19:07:52 ID:/d4jdjY20
先ほど逃げ出した男は囮。
時間稼ぎをするためのただの捨て駒だったのだ。
ベランダに出て、足跡を確認する。
手すりを越えて動いた痕跡があった。

周囲を見渡し、人影を探す。
街灯が照らすモノクロの不気味な世界の中、動く物を見つけた。
それは、建物の壁沿いに設けられた僅か突起物を足場に動く人間だった。

(,,゚Д゚)「ビンズ!!動くな!!」

名前を呼ばれた男――ビンズ――はニヤリと笑い、そのまま壁沿いに逃亡を続けた。

(::゚∀゚::)

仕方なく撃とうとしたが、ビンズは突如壁から飛び立ち、街灯にしがみついて一気に下に消えて行った。

(,,゚Д゚)「野郎!!」

七階から一階まで降りるにはあの方法しかない。
トラギコも壁沿いに移動し、街灯にしがみついて降りた。
足跡はコンテナ林の方に向かっていた。
足跡と跫音を頼りに駆け、その背中を追いかける。

流石に若いだけあり、足が速い。
だが負けてはいられない。
ここで捕まえなければ、再び忌まわしい事件が起きかねないのだ。
ビンズは方向を変え、線路の方へと向かった。

トラギコはビンズの狡猾さに舌を巻いた。
世界に多々ある線路は、そのほぼ全てが鉄道都市エライジャクレイグの所有するものであり、同時に、エライジャクレイグの土地でもあるのだ。
その土地で起きたことはその土地の法律を用いて裁くことになる。
当然、警官が逮捕する権利を有しているか土地に委ねられる。

エライジャクレイグは警察との契約を線路ではなく、列車内でのみ交わしており、線路上は警察の管轄外だった。
つまり、手出しが出来ない領域になる。
パトカーのサイレンが静かだった埠頭に鳴り響き、状況が更に変化したことを告げる。
応援が来たのである。

後は、ビンズが線路に入る前に捕まえられるかが問題だった。
銃を構え、銃爪を引く。
銃弾はコンテナに当たって跳弾し、明後日の方向に飛んで行った。
ここで発砲すれば、民間人を巻き添えにしかねなかった。

二人の距離は徐々に縮まっていくが、まだ百メートル近くの差があった。
このままでは追いつけないと判断し、コンテナ林を抜け、線路の手前に来たところで撃つことにした。
この際、撃ち殺してしまっても仕方がない。
トラギコの思惑通り、二人はコンテナ林を抜けて線路に入るための簡易プラットホームを正面に捉える場所に出た。

314名無しさん:2018/12/03(月) 19:08:23 ID:/d4jdjY20
ビンズはプラットホームに向かってラストスパートをかける。
トラギコは走りながらも、両手でM8000を構える。
銃爪に指をかけ、弾倉の中身を撃ち尽くしてでも止める覚悟を決めた。

――太陽が落ちて来たかのような眩い閃光が、二人の男を正面から容赦なく照らし出した。

(,,>Д<)「なっ?!」

思わず手で目を庇うほどの眩さ。
闇に慣れた目にはあまりにも強すぎる光と共に、大勢の警官が現れ、ビンズを羽交い絞めにして押し倒した。
そして、トラギコも数人の警官に囲まれ、疾走を妨害された。

(#゚Д゚)「どけよ、お前ら!!」

「容疑者は確保しました、落ち着いてください!!」

ビンズはそのまま隠れていたパトカーに乗せられ、連行されていった。
残されたトラギコを囲む警官達が離れ、トラギコの怒りの矛先が自分に向けられないよう、両手を小さく挙げてこれ以上は何もしない事をアピールする。

(#゚Д゚)「正直に教えてくれラギ。
    これは所長の差し金ラギか?」

妙なのはビロードたちよりも先に警官がこの場所に到着できた理由だ。
何者かの手引きが無い限り、不可能なはずだった。

「……はい、サナエ所長からの指示です」

(,,゚Д゚)「ビロードはどこラギ?」

警官は気まずそうに息を飲んで、そして、答えた。

「先に、署に戻っていただいています。
も、勿論これも所長の指示です」

と言う事は、アサピーは逃げおおせたのだろう。
今もどこかの物陰で写真を撮っているかもしれない。

(,,゚Д゚)「宿舎の七階に容疑者の共犯者がいるラギ。
    はやく病院に連れて行くなり、どうにかしておいてくれ。
    どうせ俺も連れ戻るように命令されてるんだろ」

トラギコの腹の虫が収まらなくとも、容疑者が確保された。
ならば、それでいい。
事件を防げるのであればそれに越したことはない。
事件解決を前に、個人の矜持は無視して然るべきだ。

今の状況が到底受け入れられないような物であっても、ここで怒り狂うのは無意味なのである。

「済みません、トラギコさん。
我々もやりたくはないのですが、分かってください」

315名無しさん:2018/12/03(月) 19:09:02 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「……さっさとしてくれ、少し疲れたラギ」

警官達に誘導され、パトカーに乗せられる。
窓の外に目をやると、コンテナの上に人影が見えた。
恐らくアサピーだろうが、もう、どうでもよかった。
後は容疑者であるビンズが犯人となれば、トラギコが走った意味もある。

車内は暖房がよく効いていて、すぐに眠気に襲われた。
長らく張りつめていた緊張の糸が一気に緩み、これまで蓄積されてきた疲労もあっての事だろう。
パトカーがゆっくりと走り出す。

('A`)「ご苦労だったな、トラギコ」

運転席からの声で、トラギコは眠りに落ちそうな瞼をどうにか開いた。

(,,゚Д゚)「ドクオか」

('A`)「あぁ、お前らを連れ戻せってあのババアに言われてな。
   随分と無茶をしたな」

(,,゚Д゚)「こんなの無茶に入らねぇラギよ。
    これであいつの遺伝子情報と、こっちが手に入れたのが合ってれば――」

('A`)「――それなんだがな、お前がこっちで動いている間に署で火事が起きた。
   小規模な火事だったが、火元が悪かった。
   保管庫の一角が燃えた」

一気に眠気が醒めた。
それどころか、吐き気さえ覚えた。

(,,゚Д゚)「ちょっと待てよ、その一角って」

('A`)「今回の事件で集めた証拠品の棚だ。
   真下の棚に保管されていた可燃性の液体が発火して、上の棚を燃やしたらしい。
   指紋や体液は灰になって、何も残ってない」

(,,゚Д゚)「なぁ、俺は手違いであのサナエを殺すかもしれないが、止めてくれるなよ」

('A`)「落ち着けよ。
   俺達だって馬鹿じゃない。
   所長がこの事件を葬りたいのは誰だって分かる。
   だから、一部だけ証拠品を動かしておいたんだ。

   犯人の体液、それだけだがな」

体液があれば、確かに犯人と同一人物であるかを判断することが出来る。
しかし、失われた物はあまりにも多すぎる。
可燃性の液体云々の話も、明らかに警察内部の人間が手引きして用意したとしか考えられない。
警察内部にいる裏切り者は、最低でも二人はいるだろう。

316名無しさん:2018/12/03(月) 19:09:23 ID:/d4jdjY20
トラギコの動向を伝えた人間と、署内で工作をした人間だ。
どうしてこの事件の犯人を庇い立てするのか、全く理解できない。
生かしておく必要もない。

(,,゚Д゚)「まだゆっくり出来そうにねぇラギ」

犯人と共にトラギコが探さなければならないのは、署内にいる裏切り者だった。
サナエが関与している証拠も合わせて探し出し、まとめて引き摺り下ろさなければこの街が腐ったままになる。
それでは再び同じ事件が起きた時、何一つ反省が活かせないことになる。
そうはさせない。

そんな事、させていいはずがない。

('A`)「それで、どうするんだ?」

(,,゚Д゚)「どうする?決まってんだろ、あの糞野郎の裁判が始まる前に、署内の裏切り者を見つけて黒幕を聞き出すラギ」

('A`)「分かった。
   何か手伝えることはあるか?」

(,,゚Д゚)「何もねぇよ。
    クビになるんなら、俺一人でいい」

('A`)「ははっ、相変わらずで安心した。
   そうだ、前に言ってたバーバラ・ホプキンスって男だが」

ノウマンズホテルでトラギコを襲った人間が口にした、仲介役の男の名前だ。

(,,゚Д゚)「居場所が分かったのか?」

('A`)「あぁ、遺体安置所だ。
   昨日、ビルから飛び降りたらしい」

こうしてまた一つ、真実に到達するための要素が消されていく。
そして、署内にいる裏切り者についての情報が一つ増えるのであった。

‥…━━ 十二月十五日 午前十時十五分 裁判所 ━━…‥

十二月十五日。
警察は現場で採取した体液とビンズの体液を照合し、それが同一人物の物であることを確定させた。
裁判はその日の内に行われることとなり、警察側は最優秀と言われる検事をジュスティアから呼び寄せることになった。
ライダル・メイ検事はこれまでに関わってきた事件で常に優秀な成果を挙げ、被害者側の意見をほぼ確実に叶えてきた実績を持つ。

四十代のベテラン検事である彼女は、ジュスティア内外で起きた凶悪事件を担当させられることが多く、ほぼ全ての事件で被害者側の要望を叶えてきた。
対する弁護側は、フェニックス・ライトという伝説的な経歴を持つ弁護士を雇い、この日に備えた。
ライトは若くして難事件を担当し、被告人の無罪を勝ち取ってきた。
当然、依頼料は極めて高く、ジャーゲンに呼び寄せるだけでも相当な金が必要になる。

317名無しさん:2018/12/03(月) 19:09:43 ID:/d4jdjY20
だが弁護士を雇うのに必要な経費は全て彼が支払い、ビンズは取り調べに対して全て沈黙を貫いてきた。
警察にとっても、今日が初めて犯人の意見を聞く場になる。
アサピーの証言によれば、このビンズと言う男は間違いなく半年前に有罪判決を受けた犯人と同一人物だという。
その時の名前は有罪判決と同時に変更され、今のものになったという。

ジュスティアとの契約関係にある街で行われる裁判は、基本的に被害者側の要求が受け入れられ、裁判長としての判断というのはあまりない。
弁護側と検察側に分かれ、互いの言い分を述べはするが、結局のところ被害者がどのような刑を望んでいるのかを法律と照らし合わせ、その落としどころを裁判長が判断し、判決を下す。
重要になるのは被害者側の意志と、犯人側の主張だ。
単純な殺人事件が起きたとしても、その背景にある物によっては被害者側の意見を棄却することも有り得る。

性的な虐待を受け続けてきた娘が父親を殺害した事件では、加害者側は罪に問われなかった実例がある。
その為、双方ともに証拠と意見を用意することが最も重要になる。
被害者側の代表として、ブルーハーツ児童養護施設の施設長が法廷に立ち、犯人に死刑を求刑することになっている。
トラギコを始めとする事件に携わった警官達は傍聴席に案内され、後は、メイに託すことになる。

傍聴席にはビロードやドクオ、サナエの姿があった。
この事件はジャーゲンの抱える問題を凝縮したようなもので、世間からの注目度も高い。
その一端を担っているのはアサピーの力だった。
彼が撮影した写真と記事は瞬く間に世界中に広まり、今や、裁判所の前に大勢の人だかりが出来ているほどだ。

世界中から集ったやじ馬たちの声が法廷にまで届いている。
裁判は二日に分けて行われ、初日である今日は事件全体の概要の確認となる。
裁判官は厳めしい顔つきをした禿頭の男で、白い髭を胸まで垂らしているのが特徴的だった。
五十代以上であることは見た目からも分かるが、その真っ直ぐな眼はこの仕事に誇りをもっていることを語っている。

午前十時十五分。
開廷。

検事と弁護士がそれぞれの位置に着き、続いて、オレンジ色の囚人服を着た犯人が登場した。
一見すれば普通の青年にも見えるが、これだけの状況にありながら笑顔を浮かべている姿は不気味と言わざるを得ない。
一ミリほどしかない黒髪はまるで似合っていない。
筋肉ではなく贅肉がついた体は、運動とはあまり縁のない事を示唆している。

食べ物に困っている様子はない。
苦労して育ったわけでもなさそうだ。
これが連続女児強姦殺人事件の犯人。
裁判長が軽く咳払いをして、会場に静寂を求めた。

沈黙したのを確認し、裁判長がゆっくりと話を始める。

「それではこれより、検察側より被告人ビンズ・アノールが起こした事件についての説明を始めます。
被告人は事実と違う事があれば、その場で述べるように」

黒いスーツに身を固めたメイが滑らかな口調で説明を始めた。

「こちらで確認している限り、被告人は十二月六日にナミ・ブラヴァーノ、同月七日にエミリー・ライアンを。
同月十一日、人身売買組織から買った身元不明の少女を。
同月十二日深夜から翌未明にかけて、ブルーハーツ児童養護施設にいる少女十八名に対して性的な暴行及び殺害・未遂を起こしました。
また、同養護施設にいた男児十九名は毒殺、一名は殴る・蹴るなどの暴行により殺害しました」

318名無しさん:2018/12/03(月) 19:10:12 ID:/d4jdjY20
「弁護側、何かありますか」

ビンズが弁護士に耳打ちし、ライトは深く頷いて挙手をした。

(`・_ゝ・´)「男児一名の殺害については意図的ではなく、偶発的な事故であったと」

「事故?」

メイが訝しげに聞き返す。
再びビンズがライトに耳打ちし、彼が口を開く。

(`・_ゝ・´)「毒による人道的な殺害を予定していたが、彼が毒を口にせず、彼が邪魔をしてきたので殺したと」

「検察側は事件の詳細について、被告人の自白を得られていません。
この場で事件についての説明を求めます」

「検察側の意見を受理します。
被告人、詳細を」

(`・_ゝ・´)「異議あり。
     被告人からの供述書を受け取っています。
     弁護側がそれを代読します」

「異議あり。
弁護側が代読する必要性がありません。
そして、供述書について我々は知らされていません」

「弁護側の異議を却下します。
弁護側は供述書を検察側に提出しなさい」

ライトは肩を竦め、茶封筒に入った供述書を持ち上げてみせた。
そしてそれをメイに手渡し、己の席に戻った。
ビンズはゆっくりと立ちあがり、気だるそうに体を傾けながら証言台の前に歩いて行った。

「ビンズ・アノール、説明を」

(::゚∀゚::)「はい。
     どこから説明をすればいいですか?」

「最初からです」

(::゚∀゚::)「あー、最初っからですか。
    えーっと、確か……小さくていい締め具合でした。
    殴るたびに締めてくるので、ナニがもがれるかと」

裁判長が木槌を思い切り叩き付け、ビンズの言葉を遮った。

「事件の概要を話しなさい!!」

319名無しさん:2018/12/03(月) 19:10:45 ID:/d4jdjY20
(::゚∀゚::)「あぁ、はい。
    六日のはよく覚えていないですけど、七日は業者の服を着て行ったらコロッと信じて家の中に入れたので、そのまま。
    馬鹿みたいですよね、知らない人間を家に入れるって。
    だからそれは覚えてます。

次の穴は普通に買ったんです。
だから僕の所有物を壊しただけで、それは特に問題はないんじゃないですか?」

傍聴席からどよめきが起きる。
この男は正常ではない。
異常な人間だ。

(::゚∀゚::)「でー、あぁ、あの施設にケーキを送ったんですよ。
    施設の人間も阿呆ですよね、送られたケーキを食べさせるなんて。
    まぁおかげで僕も美味しい思いが出来たからいいんですけどね。
    男はどうでもいいから死んでもらって、女の子と一緒に遊んだんです。

    楽しかったなぁ、皆動けないけど涙を流したり、抵抗したりするんです。
    で、楽しんでたら雄ガキが起きて殴って来たから、やり返した。
    そっか、これは正当防衛ってやつですよ」

ライトは目頭を押さえ、ビンズの証言に頭を悩ませていた。
打ち合わせにない展開、そして弁護士が危惧していた事態が起きたと考えるべきだろう。

(::゚∀゚::)「以上です」

「……弁護側、何かありますか」

(`・_ゝ・´)「今は何もありません」

「検察側、何か」

「こちらも、今は何もありません」

尋問については明日行われることになる。
今日は双方ともに情報を確認する場であり、本格的な弁護等は行われない。
ここで裁判長を始めとする多くの人間に伝えられたのは、犯人の異常性だった。
予想に反して一日目の裁判が終わり、傍聴人たちがぞろぞろと裁判所を出て行く。

( ><)「トラギコさん、大丈夫ですか?」

(,,゚Д゚)「ん?ああ、俺は大丈夫ラギ」

隣に座っていたビロードが心配そうに覗き込んでいるのに気付き、トラギコも席を立った。
あの男、自分が逮捕されたというのに極めて冷静だった。
嘲るでもなく、慌てるでもなく、ただ逮捕されたという現実をそのまま以下の意味で受け取っているようにしか見えない。
精神的な余裕があるようにしか見えない。

320名無しさん:2018/12/03(月) 19:11:08 ID:/d4jdjY20
何か、切り札でも持っているのだろうか。
裁判所の廊下を並んで歩きながら、トラギコはこれから先のことについて話を始めた。

(,,゚Д゚)「ビロード、明日の公判までまだ時間がある。
    出来る限り証拠を集めるぞ」

( ><)「今から、ですか?」

(,,゚Д゚)「今だから出来る事があるラギ。
    署で起きた火災、どう考えても人為的な放火だ。
    そして俺を殺すよう依頼してきた仲介人が自殺したラギ。
    その犯人を突き止める。

    今日、俺は午後からブルーハーツに行く」

裁判が始まったところで、諦めていい理由にはならない。
犯人が捕まっただけで、事件の真相を解き明かしてはいない。
再びこの事件が起きないようにするためにも、警察内にいる細胞を潰す必要がある。

( ><)「分かりました。
     僕に出来ることがあれば言ってください」

幸いにも、トラギコはこの事件の担当者として一任されており、裁判中は他の事件に駆り出されることもなく時間がある。
そして、トラギコは裏切り者の一人に心当たりがあった。

(,,゚Д゚)「そう言ってくれると思ってた。
    実は頼みが一つだけあるんだ」

署に戻り、トラギコは証拠品が保管されていた場所に向かった。
保管庫の扉は開かれ、まだ何かが焦げた匂いが漂っている。
電気をつけ、被害状況を確認することにした。
火災が起きてから早い段階で消火作業を行ったようで、被害は一部だけに留まっている。

発火場所は例の事件に関する証拠品が収められた棚の下。
不自然な焦げ目が可燃性の液体の使用を物語っている。
鉄製の棚にも関わらず上の棚にある物が燃えたのは、そこに可燃性の液体をかけたからだろう。
棚には確かに黒い煤が付着しているが、上の棚に燃え広がるには燃え方が甘い。

('A`)「どうしたんだ、こんなところに呼んで?」

ドクオの声を聞いても、トラギコは顔を上げなかった。
ビロードに頼んだのは、ドクオにこの場所に一人で来るように伝えてもらう事だった。

(,,゚Д゚)「なぁ、ドクオ。
    どうしてここが燃えることになったんだ」

('A`)「言いたくはねぇが、誰かが燃やしたからだろ」

321名無しさん:2018/12/03(月) 19:11:28 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「だろうな。
    自然発火なんてのはあり得ないラギ。
    それこそ、鑑識の人間が自然発火するようなヤバい物をここに持ってくるはずがない。
    意図的に燃やすしか方法はない。

    だけど、どうしてここだけ燃やす必要があったラギ」

('A`)「証拠が残ってると困る連中がいるんだろ」

(,,゚Д゚)「それならいっそ、この場所全て燃やせばよかった話ラギ。
    どう見ても不自然な燃え方で、証拠を消すために燃やしたとしか思えない。
    そんな事をする意味は何だ」

わざと注目させるために燃やしたのだとしたら、本命は別にある。
例えば、発火地点にあった事件の証拠品を燃やし、それを悟られないためにより注目度の高い事件の証拠品を燃やしたのではないだろうか。

(,,゚Д゚)「下の棚にあった証拠品。
    何の事件の物だ?」

('A`)「……さぁ」

(,,゚Д゚)「そう、分からねぇんだよ。
    何せ全部燃えちまったからな。
    鑑識が機転を利かせて上の物は守れたが、問題はその下にあった物が何だったのかってことラギ。
    燃やした張本人なら分かるだろ、ドクオ」

深い溜息がドクオの口から洩れた。

('A`)「どうして俺だと?」

(,,゚Д゚)「俺がバーバラ・ホプキンスの名前を教えたのは、お前だけなんだよ。
    あのホテルに来た連中は全員死んだから、俺がバーバラの名前を知った事を知る人間はそういないラギ。
    なのに、そいつは翌日には自殺したことになってるラギ。
    なら、署内にいる裏切り者はお前しか考えられないんだよ。

    そいつが火を放ったなら、この上なく理屈に適ってるからな」

('A`)「俺とお前のよしみだからその推理は聞き流してやるよ。
   お前、少し疲れてるんだよ」

本当であればそうしたかった。
勘違いであると信じたかったが、状況が全てを物語っている。

(,,゚Д゚)「あぁ、疲れてるさ。
    だから教えてくれないか?どうして、バーバラが男だって分かったんだ?」

('A`)「それはお前が」

322名無しさん:2018/12/03(月) 19:12:00 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「俺はバーバラ、としか言ってない。
    それなのにお前はバーバラ・ホプキンスのフルネームを知っていて、尚かつ男だってことまで断定してたラギ。
    これはつまり、確信があったんだろ。
    普通、バーバラって言えば女の名前だ」

('A`)「表現の違いだよ、悪かった」

(,,゚Д゚)「それに、俺はバーバラが何者かも言っていなかったラギ。
    ならまず、バーバラという女全般を調べるべきなのに、ピンポイントで、おまけに性別まで言い当ててきたラギ。
    理由を言えよ、ドクオ」

('A`)「タイミング的にそいつだと思ったんだ、それ以外には何もないよ。
   現に、死体として運ばれたのはその一人だけだ」

(,,゚Д゚)「何で俺の言ったバーバラがもう死んだと言いきれるんだ?他の人間の可能性もあり得るだろ」

('A`)「……ははっ」

彼の口から乾いた笑い声が聞こえた。
彼の性格はよく分かっているつもりだ。
あと一押しで、彼の口を割れるとトラギコは確信した。

(,,゚Д゚)「やっぱり何度考えてもお前しかいないんだ。
    本当に燃やしたかった証拠品は別にある。
    そして、お前が燃やしたのは、あの日の火災現場で焼け残った何かだ。
    思いがけない何かが見つかって、それを処分するためにお前は動いた。

    違うか」

ドクオの顔から目から笑みが消えた。
開いていた扉を閉め、後ろ手で鍵をかけた。

('A`)「……お前の言う通りだよ、トラギコ。
   バーバラについてはすでに知っていたし、俺が火を点けた。
   燃やしたのは、お前が殺した連中の装備だ」

(,,゚Д゚)「理由を教えてくれないか」

深い溜息を吐いて、ドクオはトラギコの眼を見た。
その目には暗い影が落ちていたが、死んではいなかった。
腐ってもドクオは警察官であることを、トラギコは良く知っている。
彼が扉を閉めたのは余計な人間が入ってこないようにするためで、他の人間には聞かれたくない話をするからだ。

('A`)「所長からの命令だよ、それ以外に何がある? 俺には家族がいて、金が必要だった。
   この歳で転職をするのはきついからな、仕方なかったんだよ。
   安心しろ、命令は全部録音してあるし、十分な証拠になる装備の一部も保管してある」

(,,゚Д゚)「だと思ったよ。
    本当だったら体液も全部燃やすはずだったんだろ?」

323名無しさん:2018/12/03(月) 19:12:26 ID:/d4jdjY20
決定的な証拠品が別の場所に移動させられている可能性を考えれば、全て燃やすのが正解だ。
しかし放火犯はそうしなかった。
その可能性を考えながらも、燃やさなかったのだ。
全てにおいて、ドクオはわざと足跡を残し、誰かに気付かせようとしていた。

特に、トラギコに気付かせようとしていたのは間違いないだろう。

('A`)「まぁな。
   だから所長はカンカンだったよ。
   悪いがお前の仕業にさせてもらった」

(,,゚Д゚)「それでいいラギ。
    だけど、どうしてそれを言おうとしなかったんだ」

わざわざ出し惜しまずに、トラギコに直接言えばもっと話は簡単に済んだはずだ。
その理由だけが分からなかった。

('A`)「……この街について、お前はどこまで知ってる?」

(,,゚Д゚)「どういう意味だ?」

('A`)「この街は貿易の中継地点。
   そう思っているんなら、それはまだ正解じゃない。
   俺もここで長く働いていて、ようやくその断片を掴むことが出来た。
   この街には特産品がある。

   ……子供だよ」

(,,゚Д゚)「……人身売買ってことか」

('A`)「そうだ。
   どうして警察がコンテナ林に行かないのか、理由がそこにある。
   お前もあそこに行って分かったと思うが、あそこは法律の外にある。
   薬物ならいいが、児童養護施設から引き取られた子供たちを海外に売ってるんだよ。

   見て分かったと思うが、この街にはそんなに仕事は多くない。
   だから売春が横行するし、子供は犯罪に手を出し、無責任に子供を作る。
   この街はそんな子供たちを食い物にしてるのさ」

街の財政が明るくないのは、様々なことからも分かりきっていた。
街で働いている人間に若者が少ないのに、児童養護施設には子供たちが大勢いる。
出て行く人数と入ってくる人数の計算が合わない。
別の街に行くのであれば、そのために必要な金が必要になるはずだ。

だがどうやってその金を工面するのだろうか。
体を売り、心を売り、薬を買って街の外に出る夢を諦めた娼婦がどれだけいるだろうか。
それなのに、街は児童養護施設に補助金を出している。
どこかでより大きな利益を出さなければ、それは赤字にしかならない。

街の財政の帳尻を合わせるには、やはり、大きな収入が必要不可欠なのだ。

324名無しさん:2018/12/03(月) 19:13:13 ID:/d4jdjY20
('A`)「だけど、この街はそれで完結してるんだ。
   誰かが壊す必要なんてないぐらいにな。
   だが、お前は違う。
   例え同僚だろうが上司だろうが、街相手だろうが容赦をしない。

   お前に言わなかったのは、俺に勇気がなかったからだ。
   自分で言いだす勇気が、俺にはなかったんだよ」

自嘲するように笑い、ドクオはそう言った。
その顔にはまだ暗い影が落ちている。
まだ話し終っていない事があるようだ。

(,,゚Д゚)「何であいつらの装備を燃やしたんだ?」

('A`)「警察の関与がばれるからだ。
   よくよく調べてみれば、型落ちした警察の装備だってことが分かる。
   だからそれを燃やしてなかったことにしようとしたんだ、馬鹿な話だろ」

(,,゚Д゚)「それも所長の指示ラギか」

('A`)「あぁ、警察は一切関わっていないことにしたがってたからな」

(,,゚Д゚)「それで、どうしてお前は所長と俺の両方に手を貸すんだ?その理由を聞いてねぇラギ」

('A`)「俺が手を貸してきたのは、さっきも言ったが家族の為だ。
   だけど、いつ俺を切り捨てるとも分からないから用意だけはしておいた。
   後は、それをちゃんと使ってくれる奴が現れるのを待ってただけさ。
   俺は家族を守るために所長の不正に手を貸し、その証拠を保持していただけだよ」

(,,゚Д゚)「それでも立派な犯罪だけどな」

('A`)「知ってるさ。
   だからお前が俺を捕まえてくれ。
   そして、この街を変えてくれ、お前の力で」

(,,゚Д゚)「捕まえはするが、それは後ラギ。
    それと、俺は政治家じゃねぇよ、ドクオ」

時々いるのだ。
トラギコを正義の化身か何かだと勘違いし、信仰に近い感情を抱く人間が。
彼はあくまでも仕事に徹しているだけであり、別の人間から見れば和を乱す存在でしかない。
事実、ヴェガでは契約打ち切りにまで発展した。

ジュスティアにとって安定した契約金を獲得できる街が失われ、警察内の給与にも影響が遠からず出るだろう。
すでにトラギコの給与には深刻なまでの影響が出ている。

('A`)「この街の癌は二つある。
   一つは所長、そして、市長だ」

(,,゚Д゚)「俺にどうしろって言うんだ」

325名無しさん:2018/12/03(月) 19:13:57 ID:/d4jdjY20
('A`)「あの屑野郎は当然最高刑を食らわせてやってもらいたい。
   そのついでに、この二人も裁いてもらいたいんだ。
   いや、分かってる。
   お前がそういうのに興味が無いってことは重々分かっている。

   ……あんなキチガイ野郎を野放しになんてしたくもないし、それを後押しする奴らも気に入らない。
   親として、俺はあいつらを裁いてほしいんだ」

(,,゚Д゚)「所長は分かるが、市長の関与が分からねぇラギ。
   何かネタでもあるのかよ」

実際、市長は法の整備をしただけで今回の事件には関与していない。

('A`)「未成年者が犯罪を起こした際、その犯罪歴諸々が消される法律が本格始動したのはいつか分かるか?」

(,,゚Д゚)「……十年前だったな」

('A`)「お前は知らないだろうが、十年前、ある事件が起きた。
   一人の少年が公園で女児を強姦したんだ。
   犯人が捕まるまでの間は、約三か月。
   その間に例の法律が動き出し、犯人の少年は刑務所に行き、最終的には自由を手にした」

(,,゚Д゚)「その少年ってのは、市長の子供か。
    自分の子供可愛さに法律を、って言いたいのか」

('A`)「噂の域は出ないけどな。
   そして、俺の見立てだとその時の子供ってのが」

(,,゚Д゚)「今回の犯人、ってことラギか」

('A`)「全ては俺の推測だ。
   後は裏付けの証拠が必要になる。
   今、犯人のDNAと市長のDNAを使って親子関係を調べてもらってる。
   これで関係が分かれば、明日の裁判で面白いことになるぞ」

(,,゚Д゚)「……なぁドクオ。
   お前、家族が、って言ってたけどそこまでしていいのかよ。
   殺し屋まで差し向けてくる奴が後ろにいるんだぞ?」

どうにも彼の動きが切羽詰っているように見えて仕方がない。
まるで、やり残したことが無いように清算をしているようだ。
唐突な罪の告白から、トラギコへの依頼。
一体何が彼をここまで動かしたのだろうか。

('A`)「家族は今朝、ジュスティアに逃がした。
   俺のやったことが見つかる前に、奴を捕まえてもらいたいんだ」

(,,゚Д゚)「……お前がDNA鑑定を依頼しているのはどこラギ?」

326名無しさん:2018/12/03(月) 19:14:18 ID:/d4jdjY20
今の時代が作り出したものではないが、気が遠くなるほど昔の人類が開発したDAT――高性能な情報処理端末――を使えば誰でも遺伝子情報を調べる事が出来る。
唯一の問題は、DATは極めて希少であり、操作できる人間は限られているという点だ。
小さな企業は操作することはおろか、購入することすら出来ない。
この街でDATを用いてそのような検査を請け負う場所は、一か所しかない。

('A`)「ここだ。
   今、ビロードを貼りつかせてる」

背中に冷たいものが走った。
ドクオは最後の詰めで失敗を犯した。
警察署内は相手の本拠地であり、何一つ用心していないまま伝達した情報は相手に筒抜けになっていると考えなければならない。

(,,゚Д゚)「何時からその検査をさせてるんだ?」

('A`)「裁判が終わってからだから、十一時ぐらいからだ。
   正午までには結果が出る」

トラギコはドクオを押しのけ、扉に手をかけた。

(;'A`)「どうしたんだ?」

(,,゚Д゚)「お前のやってきたことについては、ある程度は目を瞑ってやるラギ。
   だけどな、ビロードを巻き込んだことについては褒められねぇな。
   あいつはお前が何をしてきたのか知らないんだろ」

(;'A`)「……あぁ」

(,,゚Д゚)「二度とこんなことをさせるな。
   あいつは真っ当な道を歩かせろ。
   俺達とは違う、後ろ指さされない道を」

ドクオを残し、トラギコは保管庫を出て急いで鑑識課の元へと向かった。

‥…━━ 十二月十五日 午前 ジャーゲン警察 鑑識課 ━━…‥

ハシュマル・ディートリッヒはジャーゲンで勤務する鑑識官の中で、最も勤続年数が多く、そして経験の多いベテランだった。
夏に三十歳の誕生日を一人で迎えるまでは、何事もなく警察の仕事を全うし、次の転属の知らせを待つ日々を過ごしていた。
全てを変えたのはトラギコ・マウンテンライトの転属だった。
彼が来てから警察が変わり、街が変わった。

彼によって街中に蔓延っていた小悪党たちは悉く逮捕され、未成年による犯罪件数は劇的に減少した。
誕生日を迎えた日、ハシュマルの気持ちは清々しいものになっていた。
事件が起きてからしか動く事の出来ないハシュマルにとって、トラギコの登場も嬉しい知らせだったが、ビロード・フラナガンの転属も喜ばしいものだった。
最近連続で難事件を担当し、解決している若い警官というのは、この世界にまだ正義があることを再認識させてくれる存在であり、ベテラン勢が引退してからも安心出来る材料だった。

鑑識課に割り当てられている部屋には検査用の道具も然ることながら、極めて高価なDATが置かれており、遺伝子検査や細かな毒素の検査などに用いられている。
一時期はトラギコが逮捕した犯罪者たちの検査で連日フル稼働だったが、今では大分落ち着き、二件の検査結果を待つだけになっている。
その内の一つはすでに結果が出ており、別件で結果を取りに来たビロードに手渡した。
折りたたまれた紙を制服の懐に入れて、ビロードは確かめるようにして懐を叩いた。

327名無しさん:2018/12/03(月) 19:15:06 ID:/d4jdjY20
( ''づ)「じゃあ、そいつを頼むぞ」

( ><)「分かりました。
      ドクオさんのはどれくらいで出来ますか?」

( ''づ)「もうすぐ出来る。
     コーヒーでも飲んで待ってな」

DATに取り込まれた遺伝子情報の分析結果が出るまで、彼にできることは何もない。
椅子に背中を預け、大きく蹴伸びをした。
事件の数が減った事で、彼が着ている白衣は二ヵ月ぶりにクリーニングに出すことができ、先日戻って来たばかりだった。
白衣から漂う洗剤の淡い香りが眠気を誘った。

( ><)「分かりました。
     ハシュマルさん、聞いてもいいですか?」

( ''づ)「俺に答えられる範囲でならな」

( ><)「どうして警官になろうと?」

( ''づ)「真面目に答えたほうがいいのか、それとも少しふざけてもいいのかによるな」

( ><)「真面目にお答えいただけると嬉しいです」

ビロードの眼はまっすぐにハシュマルを見ていた。

( ''づ)「昔、鑑識官が主役のラジオドラマがあってな。
    それの影響だよ」

( ><)「後悔とか、していないんですか?」

( ''づ)「後悔していることがあるとしたら、もっと早くに気持ちの切り替えをしておけばよかった、ってことだよ」

誰かが状況を変えるのを待つのではなく、自ら変えていく事をしていれば街は変わっていたのかもしれない。
少なくともトラギコにはそれができた。
歳は一歳しか違わないのに、彼はまるで十年以上も先に生きているような働きぶりをしている。
嫌でも憧れてしまう。

同じ警察官として、あそこまでまっすぐに走り続けられるのは。

( ''づ)「ま、それでもこの仕事を続けていてよかったと思う事はあるさ」

DATによる遺伝子解析状況が残り二割となった。

( ''づ)「犯人が捕まった時もそうだが、誰かの無実が明らかになった時も嬉しいものさ。
    ビロード、お前はまだ若いんだ、色々試してみればいいさ」

( ><)「はい……それで僕、考えていることがあって」

( ''づ)「ほぅ、何だよ?」

328名無しさん:2018/12/03(月) 19:15:41 ID:/d4jdjY20
( ><)「トラギコさんって、いつも一人ですよね」

( ''づ)「俺が聞いている限り、相棒はいないらしい。
    と言うより、長持ちしないから結果的に一人でいるって聞いたな。
    何だ、あの人の相棒でも目指すのか?」

( ><)「はい、調べたらそういう制度があるみたいなので……」

ジュスティアの派遣警官には数種類の形態があり、ジャーゲンやヴェガで適応されているのは常駐型の警官。
他には、解決困難な事件が発生した際に単独、もしくはチームで派遣される形態がある。
一か所に停滞することが難しいトラギコであれば、後者の形態で派遣された方が確かに力を発揮できそうだ。

( ''づ)「あいつがそれをするかどうかは別物だし、何より上が許可するかが問題だな」

着眼点は極めていい。
しかし、彼を取り巻く環境が問題なのだ。
本部には、トラギコのような人間は確かに必要であるという考えを持つ人間もいるが、それを快く思わない人間の方が多い。

( ''づ)「そう言えば、各地方に本部を設置するって話が本格化するらしい」

昨今の地方犯罪への対処が遅れるとの事から、以前から実験的に進めていた地方本部という概念があった。
特に、金の羊事件によって警官隊の到着時間短縮が再度見直されることとなり、
契約関係にある全ての場所に三十分以内の到着が重要であると強く印象付け、世界中に拠点を配置することが決定された。
その拠点への配属を希望する人間は能力検査を経て、上司の推薦状と共に転属が決定する。

( ''づ)「今回の事件が落ち着けば、二人ともどこかの地方本部に行けるかもな。
    勿論、お前の言ってる形態もありだけどよ」

( ><)「そうですね、トラギコさんに今度話してみます」

心なしか、ビロードの表情に余裕が生まれたように見えた。
これで彼が少しでも仕事をしやすくなれば、将来が明るくなるだろう。
少なくとも、彼のようにいつまでも燻ぶった心のまま同じ場所で腐ることはない。

( ><)「ハシュマルさんもどこかに転属願を出すんですか?」

( ''づ)「俺はいいよ。
    ここでやり残したことがあるからな」

この街で彼がやるべきなのは、これまで目を瞑ってきたことに対して向き合うことだ。
治安を回復するという、本来の仕事に力を注ぎ、街の人間たちが少しでもまともな思考を取り戻す手助けをする。
それが完了して初めて、ハシュマルは己の仕事を果たしたと言えるのだ。
DATが分析を終了したことを告げる音を短く鳴らし、分析結果が紙で出力される。

( ''づ)「ほれ、さっさと持っていきな」

その時、扉がノックされ、思いがけない人物が姿を現した。

‥…━━ 十二月十五日 午前 ジャーゲン警察 鑑識課 ━━…‥

329名無しさん:2018/12/03(月) 19:16:07 ID:/d4jdjY20
警察署内で放火をさせられるのであれば、人一人を殺すことなどそう難しい話ではない。
そして、トラギコが激怒しているのは何もビロードをその場に配置したからではない。
彼が明日に備えて秘密裏に検査を依頼していた検査結果まで危険にさらす行為が、許せなかったのだ。
裁判では証拠品が全てとなる。

証拠が無ければ犯人の罪を重くすることもできず、余罪を追及することも出来ない。
仮定として、ドクオの話が真実なのであれば、今回のビンズの裁判は二日で終わらず、三日目まで伸びることが考えられた。
市長と局長がビンズに何故肩入れするのか、トラギコはある推測をしていた。
その推測はドクオの推測よりも一歩踏み入ったもので、この街の暗部を解き明かす物だった。

その点で言えば、ドクオの行動は遅すぎた。
トラギコはビンズを逮捕し、DNA情報を入手した時に二つ鑑定の依頼をしていた。
結果は今日出ることになっており、恐らく、もう準備は出来ているはずだった。
後は、ビンズを庇い立てする人間の魔手がまだそこに到達していない事を願うばかりだった。

鑑識官の検査室前に到着した時、彼の鼻が嗅ぎ慣れた匂いを感知した。
血の匂いだった。

(,,゚Д゚)「ビロード!!」

扉を押し開けると、より一層濃厚な血の匂いが漂ってきた。
それに混じって、硝煙の匂いも感じ取れた。
床に広がる赤黒い液体の上には、白衣を着た鑑識官の男がうつ伏せで倒れていた。
背中から撃たれたのだろう。

その顔に血の気はなく、胸と喉に穴が開いていた。
その男の顔には見覚えがあった。
イトーイが掴んでいた毛髪をトラギコに渡した男だ。
すでに事切れており、虚ろな目は床に広がった血溜まりを見ていた。

胸についた名札には、ハシュマル・ディートリッヒとあった。
この時初めて、トラギコは男の名前を知った。
離れた場所にはビロードが血溜まりの上に力なく座っていた。

(;,,゚Д゚)「おい、ビロード!!」

ビロードは胸に数発の銃弾を受けており、呼吸はほとんどなかった。
僅かに上下する肩が辛うじて彼の呼吸を伝える。
そして、その命が尽きかけていることも。
壁に備え付けられている非常ボタンを押し、署内に異常事態を知らせる警報音が鳴り響いた。

(;,,゚Д゚)「こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!!」

その場に屈んで上着を脱ぎ、傷口に押し当てる。
すでに失われた血液の量が、彼の命がそう長くない事を物語っている。
それでも最後まで彼の命を諦める事はしたくない。
ビロードはここで死んで良い人間ではない。

このような些事に巻き込まれ、殺されて生涯を終えるなど、あってはならない。

330名無しさん:2018/12/03(月) 19:16:39 ID:/d4jdjY20
(;><)「……トラ……ギ……コ……さん」

薄らと開かれた眼は、トラギコの姿を捉えていた。

(;,,゚Д゚)「喋るな馬鹿!!」

血で真っ赤に染まったビロードの手が弱々しく持ち上げられ、トラギコはすかさずその手を握った。
握り返された力は、まるで彼の残された命そのもののようだった。
死に瀕するビロードの声を聞き逃すまいと、トラギコは彼を抱きしめた。
どうせ止血しても意味がないのならば、それならばせめて、ビロードの命が尽きる時に一人にさせてはならない。

(;><)「僕……あなたと一緒に……仕事が出来て……幸せで……した……」

声が小さくなる。
握った手に込められる力が弱くなる。
口から溢れた血が、トラギコの首筋を濡らした。

(;,,゚Д゚)「今にも死にそうなこと言うんじゃねぇよ。
    いいか、この事件が終わったら有給取って、二人で高い酒を朝まで飲むぞ。
    それまでは死ぬんじゃねぇよ」

返事の代わりに、ビロードが頷く。

(;,,゚Д゚)「それからお前の夢について考えればいい。
    時間はまだたっぷりあるんだ、焦る必要はねぇよ」

小さな頷き。
呼吸が浅くなっている。

(;><)「トラギコさんの依頼……していた……結果は……僕の懐にあります……」

(,,゚Д゚)「そうか。
    よく守ったじゃねぇか。
    これであの野郎どもを地獄に落としてやれるラギ」

背中を優しく叩いてやる。
まるで子供のような扱いだったが、彼には今、安らぎが必要だ。
ごぼごぼとした音が、彼の笑い声だと気付くのに少しだけ時間がかかった。

(;><)「僕……貴方の相棒に……なれますか……?」

(,,゚Д゚)「……あぁ、勿論なれるさ」

だが、ビロードがその返事を最後まで聞くことはなかった。
最後に彼は安心したように小さく息を吐き出して、そのまま力なく項垂れ、トラギコの手を握っていた指からは力が失われた。
僅かに胸に感じていた彼の鼓動はもうない。
ビロード・フラナガンはその短い生涯を、トラギコ・マウンテンライトの腕の中で終えた。

そして、彼が命を賭して守り抜いたものこそが、事件の真相を暴くための鍵となるのであった。

331名無しさん:2018/12/03(月) 19:17:04 ID:/d4jdjY20
‥…━━ 十二月十六日 午前九時 裁判所 ━━…‥

十二月十六日。
午前九時。
ジャーゲン唯一の裁判所前には大勢の人だかりが出来ていた。
カメラを構えた人間や、プラカードを掲げた者。

共通しているのは、裁判所内に彼らを入れるよう要求していることだけ。
それを抑えているのはジュスティアから派遣された警官隊だった。
重装備の警官隊は全員鉄の仮面を被り、M4カービンライフルを構えている。
彼らは命令があればそのライフルの銃爪を躊躇なく引き、暴徒を鎮圧することも厭わない。

事件は世界的に注目を浴びていた。
すでに昨日起きた警察署内での襲撃事件は世界中に知れ渡り、ビロード・フラナガンの死も報じられた。
彼の両親は同日未明にジャーゲンに到着し、息子の遺体を前に泣き崩れた。
彼の最期を看取ったトラギコは記者や警察関係者に対して沈黙を貫き通し、ビロードの両親には一言挨拶をしただけだった。

トラギコの姿は法廷にあった。
ライダル・メイの隣に立つトラギコは上下を黒のスーツにし、開廷の時を待っていた。
彼は昨日手に入れた証拠品と証言をする人間であり、尚且つ、警官の中で誰よりも深くこの事件に関わっている。
そのことから、警察長官から指示を受け、メイと共に裁判に参加することになったのである。

「任せていいんでしょうね」

(,,゚Д゚)「あぁ、材料は揃えたラギ。
    後は、叩き潰すだけだ」

傍聴席にはアサピー・ホステイジ、サナエ・ストロガノフ、警察局長ラブラドール・セントジョーンズ、そしてジャーゲン市長ジョセフ・アルジェント・リンクスらの姿があった。
法廷の二階席にはマジックミラーで仕切られた特別席が設けられ、その奥には被害者の女児たちが施設長と共に裁判の開始を待っている。
ビンズ・アノールは相変わらずの囚人服で、ふてぶてしい態度で椅子に座り、傍聴席の人間を見つめていた。
黒衣に身を包んだ裁判長が入廷する。

緊張の糸が張り詰める。

「双方準備のほどは?」

(`・_ゝ・´)「弁護側、準備完了しております」

「検察側、もとより」

「それでは双方着席を。
これより事件についての尋問・検察側の証拠提示を行います。
弁護側、昨日の情報に補足があればどうぞ」

検察側の人間が着席する。
気のせいかやつれた様子のフェニックス・ライトは首を縦に振り、追加証言をするよう、ビンズに促した。
ビンズは気だるげに立ち上がると、ゆっくりと話を始めた。

(::゚∀゚::)「自分、クスリをやってて、事件当日の事よく覚えていませーん」

332名無しさん:2018/12/03(月) 19:17:28 ID:/d4jdjY20
やはり、この手を使ってきた。
薬か酒か、判断が難しい所ではあったが、ビンズを逮捕した夜に彼が薬物を摂取していたという証言が、トラギコにこの展開を確信させた。
未成年で尚且つ事件の際に判断能力が欠如した状態であれば、罪が軽くなるからだ。

(`・_ゝ・´)「弁護側、以上です」

ライトの言葉で弁護側の証言が終わり、ビンズが腰を下ろした。

「検察側、尋問を」

「裁判長、尋問する人間を交代します」

「許可します。
代理人は氏名と所属を」

トラギコは立ち上がり、淡々と名乗った。

(,,゚Д゚)「トラギコ・マウンテンライト。
    刑事だ」

「では、尋問を」

(,,゚Д゚)「クスリを使用し始めた時期はいつからだ」

(::゚∀゚::)「今年からでーす」

座ったままのビンズがあくび交じりにそう答えた。

(,,゚Д゚)「最近使ったのは?」

(::゚∀゚::)「あんたが俺を捕まえた日だよ」

(,,゚Д゚)「正確な時間を言えラギ」

(::゚∀゚::)「あの会社の連中に聞けば分かるだろ、馬鹿かお前は」

(,,゚Д゚)「こちらが得ている情報では、夜九時半前後だ。
    間違いないな?」

(::゚∀゚::)「はーい、そうでーす」

その言葉を待っていた。
この男は自分で事態を考え、判断する力が無い。
だがそれは薬の影響ではなく、個人の持ち合わせている資質的な問題で、自分で何かを解決することが出来ない。
その原因は、周囲の人間が彼の尻拭いをしてきたためである。

(`・_ゝ・´)「裁判長、これ以上の尋問は無意味です。
     被告はこのように、事件当時、判断能力が欠如した状態でした。
     弁護側は懲役六か月を提案し――」

333名無しさん:2018/12/03(月) 19:17:55 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「――異議あり、だ。
    そいつは事件当時、薬をキメてなかったラギ。
    むしろ、今回が初めてラギ」

トラギコの発言に、傍聴席がざわめきだす。
すかさずライトが席を立ち、異議を申し立てる。
それもトラギコの計算の内だとは知らずに。

(`・_ゝ・´)「異議あり。
      根拠のない言いがかりです。
      逮捕時の検査結果で薬物反応が出ています」

「検察側、証拠はあるのですか?」

(,,゚Д゚)「あぁ、あるさ」

法廷が静まり返る。

(,,゚Д゚)「逮捕時、薬物反応が出ているのは当然ラギ。
    さっきも言ったように、こいつは九時半前後に薬を摂取している。
    目撃情報もあるラギ。
    だけどな、犯行時に薬の影響はなかったんだよ」

トラギコはクリップで止められた書類と、密閉袋を取り出した。
この二つの証拠品が、ビンズたちを重罪人として処理するための、ビロードとイトーイが残した切り札。

(,,゚Д゚)「ブルーハーツ児童養護施設で犯行が行われた際、抵抗した少年がいたんだ。
    その時、少年は犯人の毛髪を掴んでいたラギ。
    毛髪には薬物反応はなかったラギ。
    体液については全部燃やされた上に盗まれちまったから何とも言えねぇが、髪の毛は正直に語ってくれたぞ」

イトーイが手に入れた毛髪。
トラギコはそこに薬物の痕跡がないかを確認する為、鑑識課に依頼をしていた。
犯人に入れ知恵をする者が背後にいると分かった段階で、これほど大量の証拠が残され、逮捕される事を考えたら責任能力の有無を狙ってくると考えた。
トラギコが密かに依頼していた検査結果をビロードは守り抜き、こうしてこの場に繋いだのである。

ビロードが殺された時、彼を殺した人間は検査結果を奪い、処分することを依頼されていたのだろう。
だが、トラギコも検査を依頼していたとは知らなかったのだろう。
検査結果は二つ存在し、ビロードが先に受け取っていた結果が最も重要なものだと知っていたのは殺されたハシュマルとトラギコだけだ。
何も知らない犯人はドクオが依頼した体液に関する情報を盗み、処分した。

もしもドクオとトラギコがほぼ同時に遺伝子検査の依頼をしていなければ、この結果は得られなかった。

(,,゚Д゚)「最低でも三年は薬物の反応がない。
    ってことは、こいつには責任能力があったわけラギ」

(;`・_ゝ・´)「そ、そんな……!!」

334名無しさん:2018/12/03(月) 19:18:27 ID:/d4jdjY20
ライトが大きく動揺する。
彼にとっての切り札は、トラギコが用意した切り札に負けたのだ。
トラギコが欲しかったのは、相手がここぞとばかりに薬物による責任能力の低さを口にする瞬間だった。
その瞬間を正面から退ければ、相手の悪質さがより印象付けられる。

ビンズの顔から笑みが消え、明らかに動揺していた。
これまでの人生、彼は常に誰かに守られ、保護され続けてきた。
その保護が遂に無効となる日が来たのだ。
親の権力、そして異常者という保護。

守りを失った愚者は、何もすることはできない。
抗う事も知らずに生きてきた男は、ここで、己の罪の重さを知ることになるのだ。

(;`・_ゝ・´)「い、異議あり!」

「弁護側の異議を却下します。
検察側、続けてください」

トラギコは裁判長の方を見て、核心部分について一気に話を進めることにした。
この場で話に決着をつける。
明日まで裁判を伸ばせば、また新たな人間と証拠が消されてしまう。

(,,゚Д゚)「この証拠品は事件当日、勇敢な少年が果敢に抵抗して手に入れたものラギ。
    そして昨日、ある警官が証拠隠滅を図る暴漢から検査結果を死守したラギ。
    だが代わりに、別の検査結果が失われたラギ。
    ドクオ・マーシィが依頼をしていた、DNAによる親子関係の検査結果ラギ」

自分の言葉が十分に相手の耳に届き、浸透した頃合いを見計らって、トラギコは続けた。

(,,゚Д゚)「しかし、俺が依頼していた検査は二種類あったラギ。
    一種類は薬物の残留。
    そしてもう一つは、親子関係の検査ラギ。
    その結果、面白いことがここに書いてあるラギ」

手にした紙の束をライトに見せつけ、そして、自らの目線は傍聴席に向けられた。
虎の一睨。
誰もがトラギコの次の一言に耳を傾け、固唾を飲んだ。

(,,゚Д゚)「DNA検査の結果、ビンズ・アノールはサナエ・ストロガノフとジョセフ・アルジェント・リンクスの実子である、ってな」

悲鳴にも似たどよめきが起きた。
傍聴席にいた二人の顔は蒼白となり、震え、歯を食いしばっている。
その様子をすかさずアサピーが絵に収めた。
最早、二人に逃げ場はない。

決して逃げようのない場所に二人が現れ、大勢の人間に真実を聞かせることによって、逃げ道を失くしたのだ。

(,,゚Д゚)「ビンズ・アノールは前回、同様の事件を起こした際にその名前を変えたラギ。
    だが、その時の名前もすでに変わった後の名前だった。
    こいつは最低でも二回は同じように女児を凌辱して殺している」

335名無しさん:2018/12/03(月) 19:18:55 ID:/d4jdjY20
(`・_ゝ・´)「どうして最低でも二回と言いきれるのですか?」

ライトの言葉はまるで、トラギコにさらなる情報を開示するように促しているように聞こえた。

(,,゚Д゚)「この街の法律が変わり、未成年が起こした事件に関してのデータを処分されるようになったのは十年前。
    そこに座っている男が最初に起こした事件が、ちょうどその時期に被るんだよ」

遂にビンズは耳を塞ぎ、目を瞑って俯いた。

(;`・_ゝ・´)「異議あり!全て憶測で、出鱈目だ!」

「弁護側の異議を認めます。
検察側、その証拠を提示してください」

(,,゚Д゚)「話を戻すが、そこの屑は言うまでもなく市長と所長の子供ラギ。
    だが、二人にとってそいつは余計な存在だった。
    だから捨てた。
    児童養護施設に引き取られ、ある時そいつはそこで問題を起こしたラギ。

    同じ施設の女児に手を出した。
    そのことは当時の日誌に書かれているラギ」

掲げて見せたそれは、昨日訪れたブルーハーツ児童養護施設でトラギコが見つけた日誌のコピーだった。
色褪せた日誌には、クリントという名の男児が女児の下半身を舐め、触り、暴力を振るったことが克明に書かれていた。

(;`・_ゝ・´)「異議あり!その男児と被告人が同一人物であるという証拠は――」

(,,゚Д゚)「黙れよ弁護士、まだ俺が話してるんだ。
    ここに、ブルーハーツで保管されていた男児の歯があるラギ。
    その男児のDNA情報とビンズの物を比較し、同一人物だって検査結果が出たラギ。
    今朝の事だ。

    つまり、この時点で恐れたのさ、市長たちは。
    自分達が捨て、自分達の遺伝子情報を持つ子供が罪を犯すことを。
    もし何かの拍子でDNA鑑定でもされたら、自分達のスキャンダルが公になるだけじゃなく、手前等の餓鬼が正真正銘の屑だって知れ渡るからな。
    だから法律を変え、強姦現場にDNA情報が残らないように手を尽くしてきたんだ。

    ちなみに、クリントって名前は赤ん坊にそう書かれた紙が貼り付けられていたからだそうだ。
    後で筆跡鑑定をしてみれば何か面白いことが分かるんじゃないか?
    クリント・アルジェント・リンクスって名前の、糞市長の糞息子だって事がなぁ」

事件の背後に見えてきたのは、スキャンダルと腐ったプライドだった。
傍聴席の二人を見て、トラギコは最後の言葉を締めくくった。

(,,゚Д゚)「そうだろ、二人とも?」

「弁護側の異議を却下します。
ですが、検察側は本件に関係のない事件について話を広げないように」

336名無しさん:2018/12/03(月) 19:19:19 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「そいつは初犯じゃない。
    それに更生もしない。
    そして、自分の立場を利用して子供たちに対して下種な行為をしたラギ。
    精神異常でも薬物中毒でもない。

    ただの屑野郎なんだよ、こいつの正体は」

(;`・_ゝ・´)「異議あり!精神鑑定の結果、彼は精神に異常をきたしており、判断能力と倫理観に関して問題があります」

(,,゚Д゚)「その精神鑑定をした医者のスーツ、最近高級なやつに変わったんじゃないのか?」

(;`・_ゝ・´)「異議あり!検察側はいい加減な憶測で物を言わないでいただきたい」

(,,゚Д゚)「異議あり、でいいんだよな?現にこっちは、所長が証拠隠滅を指示する旨の発言と、それを裏付ける証拠を持ってるラギ。
    昨日、署内で起きた火災で焼け残った証拠品の一つがあるラギ。
    こいつは、警察で使われていた装備で、シリアルナンバーも残ってるラギ。
    照合すればどこに本来あるはずの物なのか、一発で分かるラギ。

    例えばこれが、本来であればジャーゲン警察で採用されているはずの装備一式で、まだそれが署内の誰にも伝達されていないものであることが分かるはずだ。
    これだけ好き放題する奴が、まさか精神科の医者一人を買収できないはずがない!!」

「静粛に!双方、静粛に!」

だが静粛にならなければならないのは、その場にいる全員だった。
傍聴席にいる人間達はジョセフとサナエから距離を置き、セントジョーンズはサナエの後ろに立った。

▼ ,' 3 :「セントジョーンズ、私を疑うのか?」

(’e’)「いいえ、私はトラギコを信じているだけです」

法廷中が十分に加熱し切っている事を確信し、トラギコはその炎が沈静化するのを笑顔で待った。
そして静けさが戻り、裁判長が口を開きかけたところで、満を持してドクオから受け取ったボイスレコーダーを起動した。

▼ ,' 3 :『いいか、証拠品を全て消すんだ』

('A`)『流石にそんなことをしたら疑われますよ』

▼ ,' 3 :『事件を担当しているのはあの馬鹿一人だ。
      あいつに何が出来る』

('A`)『あいつは、トラギコはちょっとやそっとじゃ諦めない』

▼ ,' 3 :『別に諦めさせる必要はない。
      あいつがこの世から消えれば全て解決だ』

ドクオとサナエの会話が流れ終った時、一瞬の静寂が生まれた。
メイが目を大きく見開き、トラギコを見る。
その目が語る事は明らかだった。
だからトラギコは笑顔一つ浮かべずに言いきった。

337名無しさん:2018/12/03(月) 19:19:54 ID:/d4jdjY20
(,,゚Д゚)「言っただろ、叩き潰すって」

爆発音と聞き間違うほどの怒号。
それは、法廷とその外から聞こえてきた。
窓ガラスが振動で震え、裁判長の木槌の音さえも掻き消した。
裁判長が流石に冷静さを欠いて取り乱す。

法廷内だけならばまだしも、このタイミングで外からの怒号が聞こえるとは思いもしなかっただろう。
アサピーがトラギコと目を合わせ、頷いた。
彼は携帯電話を使い、法廷内の全ての会話を外に向けて流していたのである。
そして、その会話を流した先はラジオ局。

ジャーゲンでニュースを取り扱う局にアサピーが独占放送と言う形で裁判内容を垂れ流しにし、そのラジオの音声は外で待機している人間の耳に届いた。
これで事件をもみ消すことは一切不可能となり、後は裁判の行方次第となる。
だが、そのことに気付いている人間はほんのわずかしかいない。
この法廷で気付いているのはトラギコ、アサピー、そしてセントジョーンズだけだった。

「これより三十分の休憩とし、その後、判決を言い渡します!!」

裁判長の大声によって、喧々囂々した法廷が一時的に落ち着きを取り戻す。

「トラギコ、話をしますよ」

鬼の形相を浮かべたメイがトラギコの肩を強く掴み、有無を言わさぬまま控室へと連れて行った。
法廷のすぐそばに作られた狭い控室に入ると、メイは鬼気迫る表情で問いただした。

「貴方は何がしたいんですか」

(,,゚Д゚)「この街の癌を一掃するんだよ。
    証拠は揃ったラギ。
    あの屑とその両親に然るべき罰を与えて、ムショにぶち込む」

「街の政治には干渉しない、これは警察官の基本のはずです」

(,,゚Д゚)「政治じゃねぇよ。
    あいつらが作った法律に反している罪人がいるんなら、それを捕まえるのが俺の仕事ラギ」

「……これ以上、事態をややこしくしないでください」

(,,゚Д゚)「俺がややこしくしてるんじゃねぇ。
    元が糞みたいな事件なんだ」

「他に何か公開しようとしていることは?」

(,,゚Д゚)「何もねぇよ。
    俺はやることをやっただけだ」

「後でどのような処罰が下るかは分かりませんが、私は起きたことをそのまま市長と長官に報告します」

(,,゚Д゚)「あぁ、好きにしな」

338名無しさん:2018/12/03(月) 19:20:23 ID:/d4jdjY20
そして、判決の時が訪れた。
関係者が全員再び法廷へと戻り、裁判長がゆっくりと席に着く。
彼の顔にはすでに疲労感が浮かんでいたが、一瞬だけトラギコに向けた視線に物ありげな色が宿っていた。
まるで、同情するような視線だった。

「それではこれより、被告人、ビンズ・アノールに判決を言い渡します」

誰もが口を噤んだ。
裁判で最も優先されるのは訴えた側の人間、つまり、ブルーハーツ児童養護施設の施設長及び職員の意志だ。
裁判で明らかにされた事件の全貌、犯人の認識などを踏まえ、彼らの要求する刑罰を法律の範囲内で尊重することになる。
未成年で強姦殺人をこれだけ行っていれば、法律の保護の範囲を越え、死刑もしくは執行猶予なしの終身刑となるはずだ。

前例はないが、ここまで事件が大きくなった以上、容易に甘い判決は下せないだろう。
それらの事も考えた上で、トラギコは裁判の一部始終を外部に向けて発信させていたのである。

「……被告人の行った犯罪行為は許されざるものがあり、また、同情の余地は一切ありません。
従って、原告の要望を全面的に受け入れ、言い渡します」

その時。
トラギコの背中に電流が走るような感覚が訪れた。
何かを見落としている。
何かを失念している。

死角にある何か、極めて重要な要素を。
有り得るはずがないと断じ、切り捨て、思考から無意識の内に弾いていた何か。
その感覚の答えは、裁判長の口から語られた言葉によって明らかにされた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           「――被告人に、懲役三年の刑を言い渡します」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

判決を告げた裁判長の眼は静かだった。
判決を受けたビンズの眼は狂気の色に満ちていた。
判決を聞いたライトの眼は驚きに見開かれ、メイは呆然とした。
トラギコの眼は傍聴席に向けられ、そこに座る二人の権力者の表情を読み取った。

勝ち誇り、見下し、安堵していた。
あまりの衝撃に、傍聴席に座る人間も、裁判所の外にいる人間からも声は出なかった。
まるで時間が停止した様に、世界が静寂に包まれた。
最初に声を発したのは、トラギコだった。

(#゚Д゚)「ふざけんじゃねぇ!!」

その声は誰に向けたものなのか、トラギコ自身にも分からなかった。
立ち上がり、誰に向かって殴りかかるべきなのか、殴りかかろうとしたのかも分からない。
彼の思考は一瞬の内に激情で染め上げられ、理性的な言動は勿論だが感情を抑えることも出来なかった。
横にいたメイがトラギコの両肩を押さえなければ、裁判長に掴みかかって殴り倒していたかもしれない。

339名無しさん:2018/12/03(月) 19:20:48 ID:/d4jdjY20
まるで自分の体が自分の物ではないかのように、トラギコの思考と体、そして感情が分離していた。
獣のような慟哭が響く。
いつの間にか、トラギコを押さえる人間は五人にまで膨れ上がっていた。

「原告からの要望なのです、刑事。
未来ある若者のために、更生をする機会を与えたい、と」

(#゚Д゚)「その糞野郎がどうして更生できるって信じられるんだよ!!
    何度も同じことを繰り返す屑で、あんたの育ててきた子供たちをあんな目に遭わせたんだぞ!!」

「刑事、どうか静粛に願います。
判決はもう下り、覆ることはありません」

(;`・_ゝ・´)「裁判長、後学のためにもう少し詳しくお話を聞かせていただきたいのですが」

助け舟を出したのは、意外にもライトだった。
トラギコに向けた目は、優越感に浸るそれではなく、思いがけない事態に発展したことに対しての動揺の色が浮かんでいた。

「刑事が指摘した通り、被告はブルーハーツ児童養護の出身でした。
そして、職員一同と施設長の意向が一致し、懲役三年となったのです」

視線が自然と市長に向けられる。
すでに青ざめていた表情は消え、憐れみを感じさせる目でトラギコを見ていた。
あの男が動いたのだ。
トラギコにとって唯一の誤算は、原告の買収だった。

恐らく、その買収方法は金額ではないはずだ。
例えば、街にある施設全ての補助金を打ち切る、などの条件を出したに違いない。
そうでなければ、人格者の買収は成功しない。
現に施設長は裁判が始まる直前まで、犯人に対して重い罰を望んでいた。

それを覆すためには、天秤の前提を破壊し得るだけの権力が必要になる。
トラギコが力で形勢を逆転させたのと同じように、市長もまた、力によって状況を変えたのである。

(#゚Д゚)「こんな茶番があるかよ、おい!!そいつのせいで何人死んだと思ってる!!」

「静粛にしなさい、刑事!!」

木槌が何度も振り下ろされるが、止まらない。

(#゚Д゚)「どれだけの未来が奪われたと思ってんだよ、この糞野郎一人のために!!」

「これ以上続けるのなら、退場していただきます!!」

(#゚Д゚)「俺が退場しようが免職になろうがいいけどな、その糞野郎は生きている限り子供に手を出す!!
    奪った未来に見合った働きなんて出来るような人間じゃねぇんだよ!!
    施設長たちが買収されてるのは明らかなんだ、こいつを三年で野に放つなんて判決、誰が納得できるんだよ!!
    死んでいった子供たちはどうなる!?犯されて殺されかけた子供は!!一生の傷を抱えたまま生きることになるのに、どうしてそいつは!!」

「退場です!!刑事、貴方はいくらなんでも暴言が過ぎます!!退場しなさい、今すぐに!!」

340名無しさん:2018/12/03(月) 19:21:23 ID:/d4jdjY20
(#゚Д゚)「……そうかよ、喜んでこんなところ出て行ってやるラギ」

そう言って、トラギコは力を抜き、一歩下がった。
彼を取り押させていた五人が諦めたのかと思い、手を緩める。
その一瞬の隙を突いてトラギコは彼らを振りほどき、柵を飛び越え、ビンズに襲い掛かった。
だが、振りかざした拳が彼の怯えきった顔を捉える前に、背中に撃ち込まれたテーザー銃によってトラギコはその場に倒れた。

朦朧とする意識と霞んだ視界の中で分かったのは、トラギコを撃ったのはセントジョーンズだということだった。

(;,,゚Д゚)「糞っ……!糞……がっ……!」

木槌が降ろされ、裁判長の言葉が遠く聞こえる。

「これにて閉廷!!」

ビンズの狂ったような嘲笑が響き渡る。

(::゚∀゚::)「あはははは!!残念だったなぁ、刑事さんよぉ!!
     俺、真人間になるからさぁ、応援してくれよなぁ!!」

一度出された判決は覆らない。
この男は再び名を変え、世間に戻ってくる。
戻り、そしてまた子供を凌辱して殺すのだ。
何人もの子供の命を侮辱した手で、いつか我が子を抱くのかもしれない。

何食わぬ顔で愛をささやくのかもしれない。
殺された子供たちにはそんな未来は得られないというのに、この男はその未来を手にし、再び未来を汚すのだ。
憤りがトラギコの体を動かした。
突き刺さった電極を掴み、無理やり取り去った。

痛みはなく、全身の血の気が引くほどの怒りだけがトラギコの体にあった。
ゆっくりと立ちあがり、笑い声をあげるビンズを睨みつける。

(;,,゚Д゚)「手前らは……絶対に……許さねぇラギ……!!」

「被告人を早く連行しなさい!!その刑事も早く!!」

そして二度目の電流がトラギコの意識を奪い去り、裁判に幕を下ろした。

‥…━━ 十二月十六日 午後十時 某マンション ━━…‥

その日の夜、サナエ・ストロガノフとジョセフ・アルジェント・リンクスは裁判所からすぐに彼女のマンションに帰宅し、家中の鍵とカーテンを閉め、耳栓をして翌朝を待つことを選んだ。
電気は決してつけず、物音も極力立てないように務めた。
全てが最悪の展開だった。
トラギコによって彼女のささやかな抵抗の何もかもが無に帰し、これから先の人生が暗雲に満ち溢れた。

たった一度の過ちが、全てを狂わせた。
市長の甘言に乗り、体を預け、そして身籠った命。
その命を育てることが出来ないと判断したサナエは、ためらうことなく施設に捨てることにした。
せめてもの情けとして、クリント、という名前を残してやった。

341名無しさん:2018/12/03(月) 19:22:05 ID:/d4jdjY20
そして身の回りが固まり、将来が盤石なものになって来た時、問題が起きた。
女児に手を出したことが分かったのだ。
このままではいつか大事になる。
そう判断した市長とサナエは、法改正によってリスクを回避することにした。

捨てたとはいえ、自分達の子供を殺すことは出来なかったのだ。
そして危惧した通り、彼は何度も事件を起こした。
先日の養護施設襲撃を含めて、二十一回の犯行だった。
その全てにサナエたちは対処することとなり、いつしか彼は、自分は何かに守られているのだと理解するようになってしまった。

事件が起きれば警察よりも先に清掃業者を向かわせ、証拠を隠滅し、保護者は大金で買収した。
この街の人間は金が無い。
街がどうにか維持できているのも、人身売買と薬物売買の拠点と言う非合法的な商売が成り立っているからであり、一般家庭には無縁の話なのだ。
金で動かない人間はまずいない。

この街で子供の命は極めて安く、極めて容易に取引される材料となっている。
実際、親が子供に売春を強要する例は連日報告されている。
売春で出来た子供を売春によって育て、その子供も売春によって生きていく。
皮肉な連鎖の続く街に生きる人間達は、金で簡単に動いてくれる。

それが、サナエがこの街で学んだことの一つだった。
やがて、トラギコの介入によって事件の真相が解き明かされる日が遅かれ早かれ来ると判断し、これまでの余罪が明らかになる前に彼を消すことにした。
だが、その全ては失敗した。
警察の装備を横流しした殺し屋たちもトラギコに返り討ちに合い、あまつさえ、現場に証拠を残して死ぬ無能ぶりを晒してくれた。

ドクオはまるめ込んで証拠隠滅の手助けをしてくれたのだと思っていたが、この土壇場で裏切り、証拠を全て処分せず、遺伝子情報の分析までも依頼していた。
幸いなことにその情報を偶然手に入れたサナエは、遺伝子情報もろとも屠ろうと決め、鑑識課の元を訪れた。
部屋にはビロードとハシュマルがおり、二人は突然の来訪に驚いた様子だった。
だが労いの言葉とコーヒーを持参したのが功を奏し、二人は怪訝な顔をしていたが、警戒はしなかった。

無防備な状態の二人に愚痴を幾つかこぼし、その場を立ち去る振りをしてPSS自動拳銃を取り出し、まず初めにビロードを撃った。
PSSは静音性を高めるために小口径であり、装弾数も少ない。
銃弾はビロードの胸に着弾し、彼は何が起きたのか分からない表情のままその場に座り込んだ。
異音に振り返りそうになったハシュマルは喉を撃ち抜き、更に、その背中にも銃弾を浴びせた。

ハシュマルは自ら作り出した血溜まりの上に倒れ、動かなくなった。
ビロードは胸に手を当て、付着した赤黒い血を見て呆然としている。
その間に、彼の下には血が広がっている。

(;><)『所長……な、なんで……』

ビロードが手に持っていた検査結果を奪い、そして、ハシュマルが机の上に置いていた遺伝子のサンプルも回収した。
そして、ビロードの胸に更に銃弾を撃ち込んだ。
最後の一発を頭に撃ち込もうとしたが、すでに弾倉の中は空になっていた。
警察は未だに犯人を特定できていない事から、彼がサナエの事を話すことなく死んだのだと分かった。

目的を達し、今日の裁判で全てが終わるかに思われたが、トラギコがそれを崩した。
彼女が二十年近くも秘密にしてきた全てが公になり、マスコミの人間がそれを街中にラジオで流したことで、今やサナエとジョセフは姿を表に出せなくなっていた。
こうなると分かっていれば、わざわざ施設の人間を買収せずにおけばよかったと後悔ばかりが生まれてくる。
あれがなければ、もう少し世間の風当たりが弱くなったかもしれない。

342名無しさん:2018/12/03(月) 19:22:45 ID:/d4jdjY20
全てはもう手遅れ。
彼女達が思い描いたシナリオは全て白紙となり、待っているのは失脚だ。
ジョセフは一気に老け込み、言葉を発するだけの力も残されていなさそうだった。
すでに家の周りにはパパラッチやデモ隊の人間が押し寄せてきており、気が休まることはない。

だがこのマンションは極めて堅牢に出来ており、彼女の部屋は最上階である十三階にあった。
所長の椅子は勿論だが、明日には正式な処分がジュスティアから通達される。
懲戒免職にでもなれば、彼女は何の保護も受けられない。
今夜中にどこかに逃げ出さなければ、暴徒に殺されるかもしれない。

市長の交代がいつどのように、誰の裁量で行われるのかについては彼女の関与すべきところではない。
逃げる際に役に立つかと思ったが、ジョセフにはそんな余力はなさそうだった。
風がサナエの髪を揺らした時、どこかで窓か扉が開かれたのだと察知した。
耳栓をしているために音に気付かなかったことが原因だった。

▼ ,' 3 :「誰だ?!」

耳栓を外し、サナエは大声で侵入者に声をかけた。
だが返答はない。
武器になりそうな物は何もなく、相手の目的によっては全て従うしかない。
金銭目的であればいいのだが、命が狙いとなると、対抗できる手段がない。

彼女の前に現れたのは複数の少年達だった。
彼らの手にはナイフやバットが握られており、サインをねだりに来たわけではなさそうだった。
むしろどのようにしてこの家に入って来たのか、それが疑問だった。

▼ ,' 3 :「な、何だね、君達は」

「おばさん、お金ちょうだいよ」

ガムを噛みながら少年の一人がそう告げる。
暗闇の中で表情は見えないが、従った方がよさそうだった。

▼ ,' 3 :「そこの棚にある。 全部持って行け」

「……で、聞きたいんだけどさ。
あんた、警察の人間なんだろ?なら分かるよな、正義ってやつ」

少年達が銀色に輝くダクトテープを取り出し、その目的を暗に示唆した。
逃げようにも、ここは十三階。
飛び降りれば間違いなく死が待っている。
こんな形で死を迎えるのは受け入れがたい。

こんな、あまりにも間抜けな死に方など受け入れられるはずがない。

▼ ,' 3 :「こ、殺すつもりなの!?」

「ははっ、何言ってんのさ」

343名無しさん:2018/12/03(月) 19:23:08 ID:/d4jdjY20
ジョセフは抵抗する間もなくダクトテープで口を塞がれ、手足を縛られた。

「害虫駆除だよ」

手近にあった物を投げようとしたが、その前にバットがサナエの横面を襲った。
殴打され、転倒したサナエに少年達は容赦なく襲い掛かり、ダクトテープで自由を奪った。
翌朝、彼女の部屋の扉が開いていることに気付いた複数人のパパラッチによって、サナエの変わり果てた遺体が発見された。
市長は全身に酷い暴行を受けていたが、命に別条はなかった。

片目を失い、両足と右腕の健が切断され、歯が全て折られているだけで、一命はとりとめた。
犯人である少年達はすぐに自首し、市長が作った法律に従って裁判を受け、自首による量刑の軽減恩赦を受け、懲役一年を言い渡された。
少年達がジャーゲン警察所長を殺す姿は、偶然開かれたカーテンの向こうにある建物の屋上に偶然居合わせたジャーナリスト、アサピー・ホステイジによって撮影された。
彼の写真は高額で取引され、世界中に広まった。

彼がサナエの部屋鍵のスペアを持っていた事は、誰にも知られず、闇に葬られることになった。
そして、彼がジャーゲンの児童養護施設の出身者であることに行き着いたのは“虎”と呼ばれた刑事だけだった。



――トラギコ・マウンテンライトはその日から半年の有給を申請した。
これは、彼が仕事をしてきた中で最も長い休暇であった。



第三章 了

344名無しさん:2018/12/03(月) 19:23:52 ID:/d4jdjY20
これにて三章は終了となります
次回の終章で物語は終わりでございます

指摘、感想などあれば幸いです

345名無しさん:2018/12/03(月) 19:48:44 ID:wcCYLjoA0
おつ
ここから冒頭にどうつながるか楽しみ

346名無しさん:2018/12/03(月) 20:27:02 ID:5lHg.wjA0
乙です
引き込まれる面白さ最終章楽しみです

347名無しさん:2018/12/04(火) 15:20:15 ID:vG31WmTs0
乙乙
ビロードが亡くなったときはこうなんだろう…………辛い……

348名無しさん:2018/12/04(火) 18:29:33 ID:jKWkYY6M0
ビンズはこっからどうなるんだろうなぁ……
どうにもされないのかなぁ……
年内完結は予定しておりますのでしょうか

349名無しさん:2018/12/04(火) 19:04:46 ID:x8nDZFN20
>>348
間違いなく年内に完結させますので、もう少しだけお待ちください

350名無しさん:2018/12/04(火) 20:30:10 ID:WhPiRl9E0
最初に殺されてたやつって股間やられてたよな

351名無しさん:2018/12/04(火) 21:51:17 ID:mxVZhWhs0
こっからトラギコが変わるのかな?
どうなるのかほんと楽しみ

352名無しさん:2018/12/05(水) 14:39:08 ID:kJZMXnSg0
こういう前日譚っていいよな

353名無しさん:2018/12/12(水) 20:57:53 ID:pUtW86Zs0
上手いけば今週の土日のどちらかで投下するつもりですたい

354名無しさん:2018/12/13(木) 20:24:40 ID:WMBYiJ/M0
土曜日にVIPでお会いしましょう

355名無しさん:2018/12/13(木) 21:55:35 ID:B01ks5oo0
待ってる

356名無しさん:2018/12/14(金) 00:13:15 ID:MY1aWWPk0
楽しみ

357名無しさん:2018/12/14(金) 15:44:44 ID:vyHcGwxQ0
やったぜ。

358名無しさん:2018/12/14(金) 19:15:40 ID:ajXRm4gs0
これは期隊

359名無しさん:2018/12/15(土) 08:31:43 ID:/wCLljAk0
楽しみ!

360名無しさん:2018/12/16(日) 18:20:25 ID:1oQZzTTo0
終章『鳥には夢を、虎には白い花束を』

二月二十日、朝のジュスティアは大粒の雨に見舞われていた。
氷のように冷たい雨が街に降り注ぎ、人々の足を重くし、黒い空が陰鬱な雰囲気を街にもたらしている。
傘をさして歩く人々を見下ろしながら、ラブラドール・セントジョーンズは想いを別の場所に馳せていた。
局長として彼が抱えている業務のほとんどはすでに手配を終え、彼が主導で行う事はあまり残されていない。

机の上に置かれたカップには冷めきった紅茶が手つかずのままで、すでに一時間が経過していた。

(’e’)「……ふむぅ」

彼が考えているのは、半年の有給を申請したトラギコ・マウンテンライトの動向だった。
トラギコは確かに感情的になりやすく、行動でそれを表す人間だ。
十二月に起きたジャーゲンの事件をきっかけに、彼とは連絡が取れなくなっている。
所属は今でもジャーゲン警察ということになっているが、彼が職場に戻ったという報告も、その後の動向についての報告もない。

最後に見たのは裁判所で激昂した姿だった。
あの後セントジョーンズは翌日に控えていたサナエ・ストロガノフの処分についての報告書をまとめる為、宿泊先のホテルに戻っていた。
ホテルで報告書を書き進め、サナエの行いは警察官として、そして仮にもジュスティアの代表としてジャーゲンの治安を維持する人間のするそれではない、と締めくくった。
そして翌朝、サナエは死体で発見され、その写真が新聞の一面を飾った。

それだけでなく、かなり挑発的な一文が新聞に記載されていた為、一部の新聞はジュスティアで回収されることになった。
流石に警察官の汚職と事件の隠ぺい工作、更には脅迫などが一度の裁判で公表されたことで、一気にジュスティア警察への信用が揺るぐことが危惧されたからである。
焼け石に水と言うものであったが、ジュスティア市長と警察の高官たちは皆その新聞を街から全て一掃した。
だが翌日には新たな展開があり、再びジュスティアは火消に注力することになる。

ビンズの判決が懲役三年から事実上、無罪に減刑されたのである。
懲役三年が言い渡されたビンズではあるが、彼が未成年であること、そして仮に彼が己の罪を償いたいという態度を示した場合、ほぼ無罪として処理できるのだ。
事実、判決が下された翌日、ビンズは生きて子供たちへの償いをしたいと宣言し、尚且つ精神判定の結果を突きつけることでその権利を勝ち取った。
こうしてビンズは“更生の余地あり”と見なされ、懲役三年は要観察、というものへと変わった。

検察側はこれ以上この事件に触れる必要がなくなったため、その結果は受け入れられた。
従来の法律通り、ビンズは書類や登録情報の変更などの諸手続きの関係で約二ヵ月の時間を経て、真新しい人間として世に出ることが決まった。
この問題点を非難する人間も多く、記事にそれを書く者もいた。
しかし、ジュスティア警察の意見はその真逆であり、法律にのっとって裁かれたのであれば、それは契約の中に納まっている話でしかない。

法律的に何も問題が無ければジュスティア警察は介入することなく、それに目を瞑るしかないのだ。
どれだけ悲惨な事件が起きたとしても、犯人の人間性が異常だとしても、判決を覆すよう提言したり、それに不満をぶつけたりすることはない。
双方の関係は治安維持の面における契約関係であり、それ以上ではないのだ。
企業としての考え方はそれが正しいが、確かに人道的ではない事が世論には受け入れられなかったが、一週間も経つとすぐに忘れられた。

この一連の流れは全て、サナエが生前に仕組んでいたレールに沿って動いていた。
精神科医の診断や買収、仮に有罪判決が下ったとしてもすぐに覆せるよう、関係者を動かすところまで全て彼女の手筈通りだった。
トラギコの奮闘で多くの真実が明るみになっても、彼女が生前に敷いたレールは完璧にその役割を果たした。
彼女が殺されるという点を除けば、ビンズへの対応は全て思い描いていた通りだったのだろう。

判決が下った当日の夜、サナエの死体と共に瀕死の市長も発見されたが、彼は政務を行えるような状態ではなく、五日後に別の人間が代行することとなった。
絶望的な状況下の街の再建を名乗り出たのは、内藤財団だった。
彼等の業務内容は手広く、街の政策が上手くいかなくなったりした際に代行することもあり、事態の収束にも手馴れている。
市長がその椅子から降りる前に彼らは街に現れ、契約を取り交わした後、間を開けることなく街の政策代行を引き受けることになった。

361名無しさん:2018/12/16(日) 18:21:07 ID:1oQZzTTo0
代行者がすぐに行ったのは、法律の見直しと改善だった。
未成年を保護する法律の大幅な改善を最初に宣言し、それと同時に街の治安回復に力を注いだ。
これまで暗部としていた埠頭に警察の介入を許可し、人身売買組織や違法薬物の売買組織の摘発を行った。
指揮を執ったのはドクオ・マーシィ率いる現職の警官と、ジュスティアから派遣されていた警官隊だった。

失った信頼を取り戻すため、街は大きく変わり始めたのだ。
その変化に流され、ビンズの起こした事件は〝街が変わるきっかけになった教訓〟のようなものに変わり、終わった物として認識が切り替わった。
警察とジャーゲンとの契約は継続することとなったが、これまで以上の待遇の改善が約束され、警官達のモチベーションが向上して自らジャーゲンに行きたいと名乗り出る警官も出た。
それらが導いた何よりも大きな変化は、子供たちに対する街の変化だった。

街から出される補助金だけでなく、多くの寄付金と共に、就職先の斡旋などが充実することになった。
それらを取り仕切る非営利団体が内藤財団を中心に組織され、その名前は街の変化に大きな貢献をした人間名にちなみ、“イトーイ・ビロード支援会”とされた。
ヴェガの時とは違い、ジャーゲンは警察との関係を良好なままにし、治安の回復にも力を入れ始めている。
だがそれでも、トラギコの姿は消えたままだった。

何かが不満なのか、燃え尽きてしまったのか、それとも警官に対して嫌気がさしたのか。
彼は確かに多くの事件を解決してきたが、まだ年齢的にも若い。
多くの挫折と不条理を経験し、成長していく段階だ。
少し話をして彼を落ち着かせるべきだったのだろうかと思うが、後悔してももう遅い。

街の様子から目を上げ、セントジョーンズは空を見た。
今頃、ジャーゲンは雪が降っている事だろう――

‥…━━ 二月二十日 午前 ジャーゲン 刑務所 ━━…‥

ビンズ・アノール=クリント・アルジェント・リンクスは、独房の中で一人鼻歌を歌っていた。
未成年を保護する法律が改定される前に刑務所に入った彼は、幸いなことに、法改正前の待遇を受けられる数少ない存在だった。
食事は健康にいいものを、運動は好きな時に、そして外部との接触も割と自由なままだ。
刑務所内でのリンチが必至とされていたが、裏で彼のために動いている人間の働きによって独房が割り当てられていた。

幼少の頃から彼は何かに守られている事を知っていたが、あの裁判で、その正体が分かった。
まさか、街の最高権力者たちに守られていたとは思いもしなかったが、彼にとってはどうでもいいことだった。
大切なのは彼が自由気ままに子供たちを犯し、殺せたことだった。
やはり、犯すなら子供が一番だった。

無力で、健気で、そして脆い。
それを自らの手で滅茶苦茶にすることが、何よりも気持ちがよかった。
人形遊びの延長線上であることを言ったとしても、誰も理解を示さないだろう。
一つ彼が気にしていることがあるとすれば、再び彼が子供たちを犯せば、重い罪に問われてしまうという事だ。

これは非常に都合が悪く、大人たちの身勝手な判断によって彼の自由が侵害されるという事だった。
人の気持ちが分からない大人は、いつだって彼の周囲に溢れていた。
児童養護施設の大人たちもそうだが、警察もそうだった。
理解を示してくれる人間と数人知り合う事が出来たが、彼等とはあまり親密な関係にあるわけではない。

あの裁判の後、彼に面会を希望する人間が大勢いたが、不思議なことに誰も金を積もうとはしなかった。
金でなくても、彼が要求した物――児童ポルノ雑誌――を持ってくる人間もいなかった。
人に話を聞くならばそれなりの誠意というものを見せてもらわなければならない。
その点、大人たちは人に誠意というものを要求しておきながら、自分達では一切誠意を見せない。

362名無しさん:2018/12/16(日) 18:21:29 ID:1oQZzTTo0
金が無いと、出所後に女児を買う事が出来ない。
買えないのであれば、どうにかして手に入れる他ない。
全ての原因は大人たちにあると言ってもいい。
大人たちが制限をしなければ、彼は自由に女児を犯して殺すことが出来るというのに。

(::゚∀゚::)「はー、犯してぇなぁ」

いくら無罪を獲得し、安全な刑務所で護られているとは言っても、好きな時に犯せないのは人権侵害も甚だしい。
出所までに二ヵ月の時間を要しているのは、彼自身の身の安全を確保するため手続等が大半の理由で、我慢するしかなかった。
心からの欲求を口にした彼の元に、跫音が近付いてきた。

「ビンズ、お前に面会者が来てる」

(::゚∀゚::)「えー? 金は?」

「……お前の要求した額を持って来てる。
さっさと出てこい」

(::゚∀゚::)「へぇ、話の分かる人が来たってことか。
     どれ、いっちょ話しますかねぇ」

しばらくは取材などを受けて金を稼ぎ、適当な子供を孕ませ、その子供を犯す資金を蓄えておくべきだ。
何をするにも金は必要だ。
これまで得ていた資金援助は打ち切られた為、これからは自分で稼がなければならない。
自伝を執筆すると知れ渡れば、話聞きたさに金を積んで権利を手に入れようとする出版社が必ずある。

何にしても、この場所ではやる気が起きない。

(::゚∀゚::)「そっか、養子にすりゃいいのか」

歩きながら、ビンズは名案を思い付いた。
養護施設から子供を引き取れば、ただで犯せる。
しばらくしたらまた新たな子供を引き取り、犯して殺せばいい。
金を要求されても払えばいい。

自分の所有物に何をしても問題はないだろうと、ビンズは己の考えの正しさを強く認識した。

‥…━━ 二月二十日 午前九時 ジャーゲン 某コーヒーショップ ━━…‥

強い風と共に大量の雪が降り続く、極めて寒い日だった。
これまでにない寒波に襲われたジャーゲンでは、大勢の人間が屋内へと逃げ、暖を求めた。
屋外席を売りにしているカフェなどは軒並み閑古鳥が鳴いていたが、中には好んで窓際の席に座り、硝子の向こうで白く染まる街を眺める客もいた。
あるコーヒーショップでは、開店から客が一人だけしか来ていなかったが、その唯一の客は窓際の冷え込む席に座り、コーヒーを飲んで静かに外を眺めていた。

トラギコ・マウンテンライトは裁判が終わったあの日から有給を申請し、ジャーゲンで静かに時を過ごしていた。
だがそれは、無意味な時間ではなかった。
彼には時間が必要だった。
考え続け、そして、実行するためのあらゆることに時間が必要だったのだ。

イ´^っ^`カ「旦那、これサービスです」

363名無しさん:2018/12/16(日) 18:21:50 ID:1oQZzTTo0
店主がコーヒーを保温ポットで運び、ビスケットの箱がいくつもテーブルに置かれた。

イ´^っ^`カ「たぶん、今日はもうお客さん来ないと思うんでね」

そう言って、店主はカウンターの奥へと行き、椅子に座ってペーパーバックの本を読み始めた。
ラジオが小さな音量で流され、トラギコは店主の心遣いに感謝しながらも、一言告げることにした。

(,,゚Д゚)「そろそろ一人来るが、構わなくていいラギよ」

イ´^っ^`カ「あいよ。……奥に行ってますので、何かあれば遠慮なく。
      看板は後で戻しておいてもらえればいいんで」

店主はカウンターからカップを一つ取り出して、それをトラギコの向かい側の席に置いた。

(,,゚Д゚)「すまねぇな」

トラギコの素性を知る者はこの街でも限られた人間だが、あの裁判の様子を聴いていた店主は彼の正体を知る人間になった。
当然、裁判の結末も知る店主はトラギコがどのような人間かも知っていた。
が、対応は前とあまり変わらず、仕事の話もしない。
ただの客と、理解ある店主という理想的な環境は続いていた。

少しして、店の扉が開き、冷気と共に男が一人現れた。
ニット帽とマスク、そして分厚いコートで身を包むだけでなく、サングラスまでかけている。

(,,゚Д゚)「看板を返しておけ」

男は言われた通り、看板を裏返して閉店中の札を外に向けた。
それからトラギコの前に座り、ポットのコーヒーをカップに注ぎ、マスクをずらして一口飲んだ。

(-◆∀◆)「へぇ、美味いですねぇ」

(,,゚Д゚)「それで、どうだ」

アサピー・ホステイジは曇ったサングラスを取り、眼鏡をかけて店内を見渡した。

(-@∀@)「あっしらだけで?」

(,,゚Д゚)「そんなところラギ」

(-@∀@)「……法整備が完了するのは、読み通り来月からでさぁ。
      流石に全部を改正するのは無理だったようで」

(,,゚Д゚)「そっちの問題は解決ってことラギね。
   それで、他のは?」

(-@∀@)「三人中二人の消息は追えたんですが、後の一人はもう引き取られた後でした。
      面目ありやせん」

(,,゚Д゚)「いや、上出来ラギ。
    ……そうか、引き取られたのか」

364名無しさん:2018/12/16(日) 18:22:10 ID:1oQZzTTo0
(-@∀@)「どこの誰、ってのまでは調べちゃいませんが、確かな情報でさぁ。
     それと、奴はやはり近いうちに娑婆に出る予定になってましたぜ。
     手続きを早めるために裏で金を動かしている人間がいるってのが分かりました」

トラギコはコーヒーを一口飲み、頷いた。
三年の判決が条件を満たせば無罪となる事を、トラギコは理解していた。
となれば、出所するタイミングがいつになるのかが最重要になってくる。

(,,゚Д゚)「あいつに色々と喋られちゃ困る人間がいるってことラギ。
    釈放を早めさせて口封じをするってことは分かってたことラギよ」

独自の調査により、ビンズ・アノール=クリント・アルジェント・リンクスは市長と所長の隠し子であるという特権を生かし、多くの人身売買組織にコネクションを持っていることが分かった。
街に蔓延っていたほとんどの人身売買組織はトラギコの力で潰せたが、それでも、全ての組織を潰したわけではない。
子供が子供を産む限り、人身売買は決してなくならない。
十二月に有給を取ってからトラギコが独自に動いたのは、警察が介入したがらない小さな芽を摘むことも目的の一つだった。

代理市長による街の再生が行われる中、トラギコは人身売買に関わる人間を見つけ出し、程よく暴行した後で警察に突き出していた。
ジャーゲン警察はトラギコの行動を上司に報告することはなく、善良な市民による協力、とだけ日誌に書くようにしていた。
彼は有給を申請していたが、休むことではなく、ジュスティアに己の行動を知られないようにする必要があると判断しての申請だった。

(-@∀@)「その辺りを追ったんですが、世界的な人身売買組織が絡んでいるみたいで」

(,,゚Д゚)「構わねぇよ。奴らにやられる前にこっちがやるだけラギ」

カップのコーヒーを一気に飲み干し、トラギコは新たなコーヒーを注ぐ。
角砂糖を五つ入れ、話を続ける。

(,,゚Д゚)「……それで、お前が俺に何を要求するのか、聞かせてもらうラギよ」

(-@∀@)「へへっ、言ったでしょう? あっしはジャーナリスト。
     スクープが欲しいんでさぁ」

(,,゚Д゚)「ジャーゲン出身者として、何をしたいラギ?」

これまでにひたすらゴシップを貪欲に追い続けてきたアサピーの行動が妙であることに気付いたトラギコは、彼の素性について調べていた。
その結果、彼がジャーゲンの孤児院の出であることを突き止めた。
トラギコに自分の出自を言い当てられても、アサピーは動揺しなかった。

(-@∀@)「街が変わるのは歓迎しやすよ、あっしは。
     でもねぇ、それじゃあジャーナリストは食っていけないんですよ。
     あっしの書いた記事、ジュスティアで回収されちまったようでしてね。
     しばらくあの新聞社とは仕事が出来ませんよ。

     だったらいっそ、ジュスティアの人が関わったでかい事件に絡めば、嫌でも名前が知れ渡るってもんで」

ジャーナリストとして名を馳せるためには、大きな事件に関わることが近道だ。
事件の規模が大きければ大きいほど、そして、それに関する情報をいち早く世界に発信する者こそが名声を握る。
すでに彼はジュスティアで名を広めることは不可能となっており、それを脱却するためには、ジュスティアが決して無視できない程の事件に関わるしかない。
そこで彼は目ざとくも、トラギコに関わることにしたのである。

365名無しさん:2018/12/16(日) 18:23:25 ID:1oQZzTTo0
これからトラギコが予定していることは、間違いなく、大きなスクープになると勘付いたのだろう。
故に、アサピーはトラギコが何をするにしても決して思いとどまらないよう、様々な情報を提供しているのだ。
その瞬間が来るまでの関係であり、その瞬間が終われば別の方向を向いて歩き出す程度の関係である。
ではあるが、忘れてはならないのは、彼が自らの手でスクープを作り出す程の執着心とネジの外れた頭を持っている点だ。

サナエの家を少年達に襲わせ、その殺害シーンを写真に収めて世界に公表するという独占スクープを作り出した事を忘れてはならない。
私利私欲のためだけに、とは言えない背景がありはするが、この男が行ったことは間違いなく犯罪である。
しかし警察はその確たる証拠を得られておらず、尚且つ、少年達の自首によって事件は解決したことになっているのだ。
トラギコがその気になれば逮捕できる男だが、今の彼は休暇中の身であり、その仕事はジャーゲン警察の物だ。

彼にとって、ジャーゲンの病巣の一つを殺させ、その姿を世間に公表しただけでは足りないのだろう。
彼が目指すジャーナリズムというものは、更なる他人の不幸を糧とする職業であり、真っ当な倫理観があれば仕事にならないのだ。

(,,゚Д゚)「好きにしろ。だけど、分かってるとは思うが邪魔をするなよ」

(-@∀@)「分かってまさぁ。で、いつ何を実行するんですかい?」

(,,゚Д゚)「近日中に色々と、ラギ」

これ以上の情報をアサピーに提供するつもりはなかった。
必要な情報は基本的に自分一人で収拾が完了しており、彼はあくまでもそれを確信させるための存在でしかない。
決定的に価値観の合わない人間と仕事をするつもりはない。

(-@∀@)「旦那ぁ、そいつぁずるくないですかい」

(,,゚Д゚)「これは俺のやる事ラギ。お前にゃ関係ねぇ」

(-@∀@)「それを言っちゃぁお終いですよ」

(,,゚Д゚)「いいんだよお終いで」

再びコーヒーを飲み、トラギコは溜息を吐く。
外の雪景色を眺め、それから、アサピーを見てもう一度言った。

(,,゚Д゚)「これは、俺のやる事ラギ」

(-@∀@)「……まぁ、あっしは好きにさせてもらいますがね」

(,,゚Д゚)「それでいい。ともあれ、情報ご苦労だったな」

(-@∀@)「へへっ、じゃあまたいつの日か」

(,,゚Д゚)「あぁ、達者でな」

アサピーは席を立ち、店を出た。
そして、その場に現れた私服警官に取り押さえられ、覆面パトカーに乗せて連れ去られた。
間を置かず、新たな客が雪と共に店に入ってきた。
その客は入り口で立ったまま、それ以上中には入らなかった。

('A`)「……約束通り、あのジャーナリストは捕まえておいたぞ」

366名無しさん:2018/12/16(日) 18:25:20 ID:1oQZzTTo0
トラギコが捕まえる事は出来ないが、仕事中の警官であれば逮捕は出来る。
一時的だとしても、あの男をトラギコの目的から引き離せればいいのだ。

(,,゚Д゚)「悪いな、ドクオ」

('A`)「少しお灸をすえてやらなきゃならなくなったからな、丁度よかった。
   それと、ビンズは今日の深夜保釈される。
   人権擁護団体を名乗る連中が金を積んで、監視付きの保釈が決定した。
   法整備が届いていない範囲でのやり口だから、誰も止められん」

(,,゚Д゚)「そいつらの正体は?」

('A`)「恐らくだが、人身売買組織だ。
   あいつは顧客だったから、話されちゃ困ることが山のようにある。
   口封じをするか、それとも、仲間に引き入れるか。
   そこまでは分からねぇ」

(,,゚Д゚)「アサピーから聞いた情報と同じラギ。
    ってことは、間違いなさそうラギね」

仲間に引き入れたところで、あの男に人身売買が出来るとは思えない。
売り物に手を出し、組織から処分されるのが目に見えている。
だがその人間性の欠如を活かせる部署に配属されれば、生存の道はある。
拷問、もしくはその手の作品を作る上で欠かせない俳優として選ばれれば、その才能を如何なく発揮することだろう。

('A`)「勿論、口封じはさせないさ。
   さっきも言ったが、監視付きだ。
   お前が思っている以上に、ジュスティアはこの事件を重要視してる。
   強がっちゃいるが、傷がまだ完全に塞がり切ってないってことだろうな。

   現に、ジュスティアからすでに応援の警官が派遣されてる」

(,,゚Д゚)「それは都合が悪いラギな」

('A`)「シフト表と配置表をいじる機会があってな。
   監視関係の人間を全員俺達にした。
   今夜、ジャーゲン警察で担当する奴らは、全員お前の味方だ」

(,,゚Д゚)「ばれたらやべぇだろ、全員」

('A`)「責任は全部俺が取るさ。
   お前、有給を出すタイミングで俺の罪を告発しなかっただろ?
   流石にこれ以上お前に借りを作るわけにはいかねぇよ。
   この一件が片付いたら、俺は自首する」

ドクオはこれまで、サナエ・ストロガノフが関わってきた証拠隠滅に手を貸してきた背景がある。
その理由が何であれ、法律上は違法行為であり、罰せられる必要がある。
だが彼は犯罪行為をもみ消す手助けをすると思わせ、その証拠を集めていた。
彼が集めた証拠があったからこそ、トラギコは裁判の場でサナエの罪を周知させることが出来た。

367名無しさん:2018/12/16(日) 18:25:41 ID:1oQZzTTo0
ドクオの罪については一切触れなかったのは、彼の行いの全てが間違っていたわけではないからだ。
それぞれの思惑がどうあれ、ドクオがあの時鑑識課のハシュマルに依頼をしていなければ、トラギコの証拠が消されていたかもしれない。

(,,゚Д゚)「奥さんと子供は?」

('A`)「向こうのおふくろさんと一緒にいる。
   なぁに、単身赴任だってことにしておくさ」

本人がそれを望むのであれば、トラギコはこれ以上何かを言う事はない。
彼は彼の道を歩くと決めたのだ。
それを止める権利は、トラギコにはなかった。

(,,゚Д゚)「そうか、俺が逮捕してやれなくてすまねぇラギ」

('A`)「いいさ、自分の事だ、自分でケリをつけなきゃな」

(,,゚Д゚)「建物に変更はなしラギか?」

('A`)「あぁ、予定通りそこに奴を送る。
   そこは任せてくれ。
   詳しいことは聞かないでおくが、まぁ、上手くやれよ」

(,,゚Д゚)「助かるラギ。
    じゃあ、風邪ひくなよ」

('A`)「お互い、元気でいたいものだな」

そしてドクオは看板を元に戻し、店を出て行った。
彼が出て行ったあとに残されたのは、冷たい空気と少量の雪だけだった。
トラギコはコーヒーを飲み、ラジオの音に耳を傾けた。

『今朝からジャーゲンは、記録的な雪に見舞われており――』

世界が白く染まっていく。
彼の心の中にある何かもまた、白く燃え尽きて行く事だろう。
トラギコの心の中には、あの日から決して衰えることのない炎がくすぶっていた。

『――不要な外出は極力お控えください。では、天気情報に続いて音楽のお時間です』

‥…━━ 二月二十日 午後一時 ジャーゲン 市街 ━━…‥

雪が高く積もり、交通の麻痺が本格化していた。
それだけでなく、街にある多くの店が雪の影響を考え、早々にシャッターを降ろし始めていた。
豪雪の中、トラギコは白い息を吐きながら、ゆっくりと歩いて街の姿を眺めていた。
景色のほぼ全てが白で塗りつぶされ、歩く人間の姿もまるで見えない。

理想的な天候だった。
少なくとも、トラギコがこれからする事にとってこの上なく理想的だった。
予め定めていた店に入り、すぐに酒を注文した。

368名無しさん:2018/12/16(日) 18:26:01 ID:1oQZzTTo0
(,,゚Д゚)「スコッチ、ダブルで。後は適当なつまみを」

( ´∀`)「かしこまりましたモナ」

そして、トラギコは酒を飲んだ。
体の中にある水分全てが酒になるほど、スコッチを喉の奥に流し込む。
味はよく分からない。
そもそも、味があるのかも分からなかった。

一時間かけて一杯飲み終わると、すぐに次を注がせた。
とにかく、酒を飲み続けた。
自棄になっている訳ではなく、酒を飲まなければならないのだ。
これからトラギコがすることに酒は絶対的に必要なのだ。

店主が何かを話しかけてきても、トラギコは無視を決め込んだ。
無駄に言葉を交わすことで、トラギコが正気であることを知られたくなかった。
そして、彼の声を悪戯に発することで正体が露呈するのを避けたかった。
トラギコは誰にも知られない存在であり、そしてい、誰もが酒を大量に飲んでいたと証言できるように振る舞った。

酒を飲み続け、やがて、店主はボトルとチェイサー、そしてつまみを置いて話しかけるのもやめた。
それでよかった。
話をするためにここにいるのではない。
酔うために酒を飲んでいるのでもない。

――トラギコは、酒を飲んでいる姿を見せるためにこの場にいるのだから。

警察官として、トラギコは十年以上働き続けてきた。
多くの犯罪者を見て、多くの被害者を見てきた。
多くの事件に関わり、多くの被害者と話した。
犯人を逮捕し、法律による裁きを受けさせたが、どうしてもトラギコが許せない事があった。

子供が巻き込まれ、命を奪われる事件だけは、どうしても我慢できなかったのだ。
トラギコにとって、子供とは未来そのものだった。
彼にはできない可能性の塊である子供が犯罪に手を染めれば胸を痛め、二度と繰り返させないために強烈な痛みを与えた。
子供たちは何かに縛られたり利用されたりすることなく、鳥のように自由を求めて無垢に懸命に生きてほしかった。

今回、ビンズが犯した罪と与えられる罰はまるで釣り合っていない。
あの男が生きていてこの世の中に利益は何一つとしてない。
今すぐにでも、そう、今晩にでも生きていることを後悔させなければ死んでいった子供たちが浮かばれない。
世の中には復讐や殺しで何も解決しないという人間もいるだろう。

事実、警察でも復讐については憎しみの連鎖を生むだけであるという考えが大半だ。
トラギコの意見は違う。
少なくとも、死んだ方がこの世の中のためになる人間は存在するし、憎しみの連鎖を生むことなく死ぬべき人間もいるのだ。
真面目に生きていた子供たちを犯し、殺し、それでも生き続けるべき人間などいないのだ。

今夜、トラギコはビンズを殺そうと決めていた。
殺した後に司法で裁かれ、私刑であると糾弾されたとしても、二度と同じ被害者が生まれないためにも、そして、未来を奪った男の未来を終わらせるためにも、誰かがやらなければならないのだ。
その為の下地は全て整っている。
整えるために時間を用意したのだ。

369名無しさん:2018/12/16(日) 18:26:23 ID:1oQZzTTo0
アサピーには法整備が進んでいない点、即ち、犯行時の責任能力を加味して判決を下す個所が着手されていないことを確認した。
酒や薬の影響があれば例え殺人を犯したとしても、自首と合わせることで刑罰は格段に軽くなる。
それを証明したのは他ならぬビンズそのものだった。
この街の法律で生かされた男は、この街の法律の抜け道で殺されるのがお似合いだ。

ビンズがどのマンションに連れて行かれ、そこのセキュリティを突破する方法もドクオを通じて調べ済みだ。
ドクオの協力によって、それを邪魔する人間はいない。
判決が下されてから一切変わる事のない殺意が、トラギコの胸の中で燃え続け、どす黒い感情が心を支配している。
どのように殺すかは、最初から決めていた。

イトーイの司法解剖の結果、彼の拳に何かを殴った痕が残されていたのが分かった。
それを聞いて、ビンズは必ず殴り殺そうと心に決めた。
砕かれたイトーイの拳の代わりに、トラギコが拳を振るおうと決めた。
誰かに頼まれたからでも、誰かに理解してほしいからでもなく、奪われた者達の無念をトラギコが晴らしたいだけのために。

断じてこれは正義ではない。
そんなものは、この世の中のどこにもない。
司法は正義なのではなく、ただの秤でしかない。
トラギコはそれをはっきりと認識し、受け入れることにした。

正義など。
正義など、糞にまみれた綺麗ごとでしかないのだ。
世界の正義を名乗るジュスティア警察も、ビンズをそのままにし、法律を理由に相応の罰を受けさせようとしない。
それが正義なのであれば、正義などいらない。

一瞬でもそんなものを信じていた自分が恥ずかしいと同時に、己の無力さが憎らしかった。
犯人を逮捕し、その後に相応の罰が下るかどうかが街の裁量次第なのであれば、それは警官やトラギコでなくても出来る話だ。
民間人が捕まえて、勝手に裁かれればいい。
警察官である必要はどこにもないのだ。

彼はただ、真面目に生きている人間が馬鹿を見る世界が許せないだけであり、それを黙っていられないだけなのだ。
力が全てを変える時代だとしても、他者の人生を踏み躙って生きる人間が世界に必要なはずがない。
彼等が力で人の人生を踏み躙るのであれば、トラギコもまた、力をもって彼らを踏み躙ろう。
故に、これは純粋な復讐であり、報復であり、一点の曇りもない殺人衝動なのだ。

大義も何もなく、獣の感情の赴くまま、トラギコは人を殺すことを決めたのだ。

(,,゚Д゚)「……」

腕時計を見て、時間を確認する。
酒を飲み続けても彼の思考ははっきりとしていた。

‥…━━ 二月二十一日 午前一時 ジャーゲン 市街 ━━…‥

ビンズが護送されたマンションは、今は精神病院で廃人と化している市長の住んでいたものだった。
雪が落ち着き、黒と白の静かな夜。
トラギコは予定通りに正面入り口から堂々と侵入し、目的の部屋へと進んだ。
周囲が寝静まった夜、マンションに響くのはトラギコのブーツが固い床を踏みしめる音だけだった。

370名無しさん:2018/12/16(日) 18:26:45 ID:1oQZzTTo0
迷わず到着し、トラギコはスペアキーを用いて部屋の扉を開いた。
土足のまま部屋の奥へと進み、リビングルームで酒を飲んでくつろぎ、ポルノ雑誌を読んでいるビンズを見た瞬間、トラギコの全身を冷たく燃える感覚が広がった。
あまりにも突然の来訪者に、暖炉の前のソファに座るビンズは面食らった様子で固まっていた。

(::゚∀゚::)「へっ?」

(,,゚Д゚)「……」

最初にトラギコが放ったのは、一切の手加減の無い後ろ回し蹴りだった。
ブーツの固い踵が正確にビンズの頬を捉え、ソファの上から彼を吹き飛ばした。
悲鳴すら上げられないまま、ビンズは食器棚に激突し、砕けたガラスと食器の破片を頭から被った。

(::゚∀゚::)「な、なん」

血塗れになった顔を踏みつけ、言葉を最後まで語らせなかった。
この男が話すことはない。
ただ、死ぬのだ。
ただただ理不尽に、トラギコに殺されるのだ。

ビンズの胸ぐらを掴み、強引に立たせる。
ふらつくビンズをそのまま反対方向に投げ飛ばし、木製のローテーブルの上に落下させた。
机にあった酒瓶とグラスが衝撃で落ち、砕け散る。
ゆっくりと歩き、トラギコはビンズに近づく。

恐怖の中で死なせ、絶望の中で殺す。
この男にはあらん限りの苦痛こそが手向けられるべきだ。
それこそが、ビンズに与えられるべき本来の罰なのだ。

(::~∀゚::)「く、来るんじゃねぇ!!」

床に落ちていた酒瓶が投げられる。
トラギコはそれを避けもしなかった。
酒瓶はトラギコの胸に当たり、虚しく床に転がった。

(::~∀゚::)「あんた、け、刑事だろ……!!
    俺にこんなことして、ただで済むと思うなよ!!」

トラギコは無言のまま、足元の瓶を蹴った。
それは凄まじい勢いでビンズの頭に直進し、彼は思わず両手で顔を覆った。
そうして出来た隙を見て、トラギコは一気に距離を詰めてビンズの股間を蹴り砕いた。
ブーツの爪先が確かに肉を砕く感覚があった。

(::~д゚::)「―――っ!?!?」

その時にビンズの喉を震わせて飛び出してきた声は、屠殺場から聞こえてくる豚の悲鳴によく似ていた。
両手で股間を押さえ、ビンズがその場に崩れ落ちかけたところに、両手の上から再び股間に蹴りを入れる。
砕かれた股間を更に蹴られたビンズは泡を吹いて身を震わせた。

(,,゚Д゚)「どうだ、気持ちいいだろ?」

371名無しさん:2018/12/16(日) 18:27:35 ID:1oQZzTTo0
この男に気絶などという甘えは許さない。
顔を潰す勢いで踏み、鼻の骨と前歯を砕いた。

(::~д゚::)「っ……なん……なんで」

(,,゚Д゚)「思い当たる節がないんなら、考えながら死ね」

再び胸倉を掴んで持ち上げ、壁に向けて投げつける。
派手な音を立ててビンズは床に落ち、壁に飾られていた絵画が衝撃で落下した。
更に、棚に置かれていた高級そうな酒瓶も落下する。
ビンズは砕けた酒瓶を掴み、立ち上がりざまに素早く突き出した。

(::~д゚::)「死ねぇぇっ!!」

(,,゚Д゚)「あっ?」

抵抗の意識が失われたと思っていたビンズの行動を見て、トラギコに出来たのは僅かに顔を傾ける事だった。
それが幸か不幸か、トラギコの命を救い、彼に傷を負わせた。
傷を負うのとほぼ同時にビンズの手首を右手で掴む。
諦めたように笑い、ビンズは手にしていた酒瓶を手放した。

酒瓶はトラギコの右頬を深々と抉り、多量の血をフローリングの床に滴らせる。
しかし、頬を切られたというのに、トラギコはまるで意に介する様子を見せなかった。
トラギコの眼はまっすぐにビンズを睨みつけている。
殺意と敵意、そして憎悪と悪意が混然一体となった眼は煉獄の炎を彷彿とさせた。

(=゚д゚)「……」

(::~д゚::)「へっ、へへっ」

体内で分泌されたアドレナリンが痛みを彼方に押しやり、意識を殺戮の一点に集中させているのだと、他人事のように理解をする。
掴んだ手首に込めた力を更に強くし、にやけながら離れようとするビンズをその場に留めさせる。
にやついた顔が、徐々に強張っていく。

(::~д゚::)「へへっ……へ」

ゆっくりと左手を広げ、人差し指から順に折り込み、最後に親指で封をする。
作り上げたのは拳。
傷の上に傷を重ね、長い月日を経て育て上げられた鉄拳。
これからビンズ・アノールを殺すための凶器。

次の瞬間、トラギコの拳はビンズの折れた鼻を更に細かく砕いた。
それを三度繰り返し、四度目のパンチの際に右手を離した。

(::~д゚::)「へぶっ!!」

後頭部を床に叩き付けられ、ビンズの頭から鈍い音が鳴る。
首を掴んで無理やりに立たせ、自立の出来ないビンズの腹に左の拳が深々と打ち込まれる。
その拳はビンズの内臓を損傷させ、彼の口から血が吐き出された。
続けて右の拳が肋骨を砕く。

372名無しさん:2018/12/16(日) 18:28:28 ID:1oQZzTTo0
常に片方の手がビンズを支え、倒れ込むことを許さない。
内臓を徹底的に痛めつけ、合間に膝蹴りを股間に放った。
体を隅々まで破壊するというよりも、壊した部分を更に壊す。
何一つ、この男には残さない。

与えられるだけの苦痛を与え、生きていることを後悔させ、殺す。

(::~д゚::)「ゆ、ゆ」

声が聞こえる。
何を言っているのかは分からない。
だからトラギコは、彼の顔を殴って奥歯を砕いた。

(::~д#::)「ゆるっ!!」

それでもまだ何かを話そうとした為、突き上げる形で放った掌底で顎を砕いた。
数本、歯が折れた手応えがあった。

(::~д#::)「るん……っ」

まだ声が出てくるが、言葉ではなく声であればいい。
しかし、目が気に入らなかった。
トラギコに向けられる目には、慈悲をこう何かがあった。
そんなものはない。

人差し指と中指を僅かに飛び出させた拳を作り、眼球の破壊を開始した。

(::~д#::)「あがががががががが!?!?」

勿論、一撃で砕くなどと言う慈悲は見せない。
目の前で光を一つ失う貴重な体験をさせてやらなければならない。
人生でも最大で二回しか味わえない感覚だ。
狙うは左目。

瞼の上に拳を乗せ、徐々に圧を加えていく。
必至に両手で抵抗をしてくるが、トラギコの腕はびくともしない。
子供相手に猛威を振るっていた男など、この程度だ。
枯れ木のような細腕でトラギコに対抗できるはずがない。

(::~д#::)「やべ、やべでっ!!」

少しずつビンズの眼球が変形し、そして、爆ぜた。

(::~д#::)「あっ、いあっめ……!!
     めえぇぇぇ!!」

耳障りな声だったが、悪い気分はしなかった。
特別良い気分になるわけでもなく、この男にも人並みの感覚と言うのが備わっていることに驚いた。
首を強く掴んだまま、彼を部屋の中央のカーペットに連れて行く。
そして床に顔から叩き付け、潰した股間を掴み、力任せに引っ張った。

373名無しさん:2018/12/16(日) 18:29:53 ID:1oQZzTTo0
(::~д#::)「あ゛あ゛ああっ、いや……!!
     いやめでぐってあ゛あ゛がガガガがあ!!
     いだいのいや、いやああああああぁぁぁぁぁ!!」

肉が千切れる音が手の中からした。
必死に抵抗するビンズの背中を踏みつけ、黙らせながらトラギコは更に力を入れて陰部の破壊を行った。
両手が気絶したビンズの血で赤く染まり、それを彼の服で拭った。

(=゚д゚)「……汚ねぇ」

ようやく掴める長さに伸びていたビンズの短髪を掴み、力任せに引っ張る。
痛みで再び目覚めさせられたビンズの絶叫が響くが、叫び過ぎて喉が枯れているようだった。
頭皮ごと髪を剥ぎ取り、それを暖炉に放り投げた。

(::~д#::)「ひゅ……ひゅー」

(=゚д゚)「……」

まだ壊し足りない。
まだ殴り足りない。
まだ。
まだ!

ビンズを仰向けに蹴り転がし、馬乗りになる。
両手で拳を作り、当初の予定通りの行動を始めた。
即ち、拳による徹底的な破壊と暴力である。

(::~д#::)「シプッ!!」

肉を叩く音と骨が折れる音。
血が飛び散り、床に落ちる音。
殴った衝撃で潰れた眼球が飛び出し、床に落ちる。
死なないように加減をしながらも、殴打の嵐は続いた。

命乞いの声はいらない。
謝罪の言葉はいらない。
改心と服従を誓う言葉もいらない。
欲しいのは、この男の惨たらしい死だけだ。

この男に語るべき言葉はない。
手向けの言葉などいらない。
いるのは苦痛。
死を望むほどの苦痛を味あわせ、苦痛の中で死を迎えさせる。

――そのはずだった。

背中に突き刺さった電極が、トラギコの計画を全て破産させた。
体に流された電流がトラギコの四肢から力を奪い、ビンズの上から転げ落ちた。

(;=゚д゚)「どがっ!?」

374名無しさん:2018/12/16(日) 18:31:08 ID:1oQZzTTo0
('A`)「ふぅ、間に合ったな。
   背中ががら空きだ、誰かに不意を突かれないように気を付けろよ」

その声は、ドクオ・マーシィの物だった。
どうして外にいるはずの彼がここに来ているのか。
ビンズを殺すのを、どうして今になって邪魔してくるのか。
トラギコの頭の中に浮かぶ疑問を察したのか、ドクオがニコリともせずに答えた。

('A`)「なぁ、忘れてないか?
   俺は悪徳警官なんだぜ。
   今さらお前を撃つのを躊躇うかよ」

(;=゚д゚)「て……めぇ……!!」

('A`)「おいおい、そんなこと言うなよ。
   寂しさで切なくなっちまうだろ」

トラギコの服を掴み、ドクオは部屋の隅まで引き摺って行く。
ジュスティアで採用されているテーザー銃よりも強力に改造した物を使っているのか、電流が一定間隔で流され続けている。
撃ち込まれてから最低でも五分はこの状態が続くだろう。
文句を言う事もまともにできない事よりも、ドクオの行動を理解できない事が頭を支配していた。

('A`)「しっかしまた、随分とボコボコにしたな。
   あと少しで死ぬところだったぞ」

床に着いた顔が持ち上げられない。
あと一歩のところまで追いつめていたのに、ドクオの手によってそれが中断された。
再び誰かに買収されたのか、それとも別の思惑があるのか。
拳を握り固めることも出来ないまま、トラギコはドクオが何をするのか見届けるしかなかった。

('A`)「なぁ、トラギコ。
   俺はお前に一つ嘘を言ってた。
   俺な、離婚したんだよ。
   だから今は、独身男ってわけだ」

それがどうした、とトラギコは目で問う。
独身だから人の覚悟をあざ笑っていい理由にはならない。
トラギコの行いを邪魔する理由にはならない。

('A`)「犯罪者の嫁と子供なんて、あまりにも可哀想だからな。
   ジュスティアに行かせて、それから離婚したんだ。
   どうして俺が離婚しなきゃならないのか、お前なら分かるだろ」

ドクオが拳を握り固める。
その目は紛れもなく――

('A`)「糞ったれな俺のせいだよ」

――正気のままの、ドクオのそれだった。

375名無しさん:2018/12/16(日) 18:32:05 ID:1oQZzTTo0
('A`)「言っただろ。
   ケリをつけるってな。
   悪いな、トラギコ。
   お前をここで止まらせるわけにはいかねぇんだ」

そしてドクオの眼が、瀕死のビンズに向けられる。

('A`)「お前は進め。
   ビロードの分も。
   ハシュマルの分も。
   イトーイの分も、前に進んで来い」

ビンズに跨り、ドクオはその拳を振り下ろした。
トラギコとは違い、痛みを与え続けるための殴打ではなく、殺すための殴打だった。

('A`)「俺はここまでだ。
   この糞をここまで野放しにする片棒を担いだ後始末は俺がする。
   何もかも、俺が背負ってやる。
   こいつは俺が殺す。俺が殺して、俺が責任を取る」

何と自分勝手な意見だろうか。
何と自分本位な言葉だろうか。
それを誰かに担わせるのが嫌だから、自分がこうして殺しに来たのに。
これは義務でも正義感でもなく、トラギコが気に入らないからというだけの物なのだ。

('A`)「このマンションに入る姿を見られたのは俺だけだ。
   つまり、この男を殺したとしたら、状況的に犯人は一人に絞られる。
   自首をしても誰も何も疑わないさ」

有給を出したのは、警官としてこの件を終わらせない為。
その為に、今日まで準備をしてきたのだ。
それを、ドクオの身勝手な自己満足のために台無しにされては意味がない。

('A`)「……お前が酒を飲んで責任能力の抜け道を使おうとしてるのは分かってた」

僅かに聞こえていたビンズの呻き声が完全に聞こえなくなった。
ドクオは依然として殴り続けているが、ビンズの反応は手足が微かに動くぐらいだ。

('A`)「だけどな」

ドクオはゆっくりと立ちあがり、呼吸の止まったビンズの顔を何度も踏みつけた。
骨が砕け、肉が潰れ、血が飛び散る。
最後に一際強く踏みつけ、ビンズの首が音を立てて折れた。

('A`)「それじゃあ、お前が救われねぇ。
   この街を変えたお前が救われないなんてのは、俺が許さない。
   こんな屑とお前とじゃあ、天秤が合わねぇ」

(;=゚д゚)「この……馬鹿っ……」

376名無しさん:2018/12/16(日) 18:33:30 ID:1oQZzTTo0
('A`)「ああ、馬鹿さ。大馬鹿者さ。
   この歳にもなってまだ、俺は信じたいのさ。
   正義の味方ってやつを」

正義。
そんなもの、この世界のどこにもない。
取り繕われただけのそんなものは、ただの綺麗事でしかない。

('A`)「俺が信じるのは、お前の正義だ。
   他の誰かが決めた正義じゃなくて、獣じみたお前の正義を俺は信じたいのさ。
   お前がそんなものを知った事かと言おうが、それでもかまわない。
   ここでお前が警官をクビになれば、救えるはずもの物が救えなくなる。

   いいか、お前にしか救えない人間がこの世界には沢山いるんだ」

ドクオの信用は最早信仰に近いものがあった。
どうしてここまで盲目的にまで信仰できるのか、まるで分からない。
以前から確かにドクオがトラギコに対してそういった感情を持っているのは分かっていた。
誰かに尊敬されるような人間でないというのに、どうしてこういう輩は後を絶たないのだろうか。

('A`)「ビロードがな、調べてたんだよ。
   難事件専門の派遣型警官について。
   お前と一緒に出来ないかどうかの問い合わせをして、解答待ちだった一件だ。
   解答内容については局長に訊くんだな。

   常駐型はその街の法律に従うが、派遣型は特別な権限を持ってる。
   こういう屑を殺しても責任を問われないって権限もあるんだ。
   悪くない話だろ」

死体となったビンズの顔を、ドクオは強く踏みながらそう言った。
口だった穴からドロドロとした赤黒い液体に混ざり、白い歯の欠片が流れ出てきた。

(;=゚д゚)「……」

('A`)「分かるか? お前はお前の正義を、誰にかに邪魔されずに貫けるんだよ。
   その為にはここでお前が処分を受ける訳にはいかないんだ」

(;=゚д゚)「どうして……」

('A`)「さっきも言っただろ? お前にしか救えない人間がいるんだ。
   お前と仕事をした人間はそれをよく分かってる。
   ジョルジュ・マグナーニだって、そういう役割を担っているからクビにならないんだ」

それは、“汚れ人”の渾名を持ち、ジュスティア警察の異端児として知られる警官の名前だ。
そう何度も仕事を共にしたことはないが、彼の在り方は、今のトラギコに酷似していた。

(;=゚д゚)「ふざけんなよ、手前」

377名無しさん:2018/12/16(日) 18:34:03 ID:1oQZzTTo0
ようやくテーザーの電流から解放されたトラギコは、ドクオの気遣いの全てを拒否した。
彼が何を言おうと、彼がトラギコを何と重ねて見ているのかなど関係ない。
このままではトラギコはただの道化と化す。
これはトラギコが始めたことだ。

トラギコが始めて、トラギコが終わらせるべき案件なのだ。
これは彼の事件であり、彼が幕を引かなければならない。
硬直が解けた筋肉を動かし、どうにか立ち上がる。

(;=゚д゚)「俺は正義の味方なんかになるつもりはねぇラギ。
    勝手にお前の正義を押し付けるんじゃねぇよ」

それを聞いたドクオは悲しそうな顔を浮かべ、微笑んだ。

('A`)「……お前ともっと話をしたいが、そろそろ時間だ」

部屋の扉が開き、冷たい風と共に警官が入ってきた。
まだ若い顔立ちをしており、派遣されて間もない新人であることが分かる。

「通報を受けてきたのですが、これは一体……」

('A`)「ビンズ・アノールを俺が殺した。
   こっちのトラギコが邪魔をしようとして来たからテーザーで黙らせた。
   こんな風にな」

そして二度目のテーザーによる電撃で、トラギコは意識を失った。

‥…━━ 二月二十五日 午前十一時 ジュスティア ━━…‥

ジャーゲンで起きたビンズ・アノール=クリント・アルジェント・リンクスを巡る事件の結末は、警察内で大きな波紋を生んだ。
彼を殺害したのはドクオだが、それに至るまでに暴行を加えたのはトラギコという構図が問題だった。
上層部は二人の警官が一人の男を死に至らしめた事は間違っても世間に公表できるものではないと判断し、警察は全ての責任をトラギコに押し付ける形にした。
世間に向けて公表されたのは、ビンズを殺害したのはトラギコであり、ビンズが再び女児に危害を加える可能性が高かったためということにした。

クリント・アルジェント・リンクスの名を取り、ジャーゲンで起きた彼に関する一連の事件はCAL21号事件と名付けられることになった。
マスコミも含め、世論はトラギコの行動を非難しなかった。
所謂ダークヒーローとして彼の行動に賛同し、処分をしないよう求める声が多数挙がった。
目論見通りの展開となり、ジュスティアはトラギコをクビにしないで引き続き警官として働かせることを公表した。

こうしてトラギコの悪名はより一層広まり、犯罪者たちは彼の名前に畏敬の念を抱くようになった。
だがそれは対外的な物であり、実際には事件に関わった人間を処罰しなければならないのが組織というものだ。
更に言うならば、警察内でのトラギコに対する評価は世論とは真逆だった。
内々で事件の責任を取ることになったのは、直接的にビンズを殺害したドクオだった。

経緯と理由はどうあれ、ドクオが最終的に殺害したということで無期懲役の判決――本人の希望――を受け、ジュスティアにある刑務所に収監された。
そしてCAL21号事件を巡るトラギコの処遇について弁護をしたのは、意外にもフェニックス・ライトだった。
彼はラブラドール・セントジョーンズの依頼を受けて法廷に立ち、警察を相手に弁舌をふるい、その結果が今日言い渡されることになっていた。
局長室に呼び出されたトラギコの前に座るセントジョーンズは落ち着き払い、コーヒーを口に含んだ。

378名無しさん:2018/12/16(日) 18:34:23 ID:1oQZzTTo0
部屋にあった彼の私物が全て一つのダンボールに収められている事を除けば、全てが普段と同じ光景だった。
ゆっくりとコーヒーを味わい、嚥下してからセントジョーンズは天気の話でもするような軽い口調で会話を始めた。

(’e’)「頬の傷は大丈夫なのか?」

ビンズに投げつけられた瓶による切創は思いのほか深く、トラギコの右頬にははっきりとその痕が残っている。
医者によれば整形手術をすれば残るとの事だったが、トラギコは隠す必要性を感じられなかったため、それを拒絶した。

(=゚д゚)「えぇ、まぁ」

(’e’)「そうか。それでお前の処遇だが、結論から言おう。
   転属だ」

己の処遇については、ある程度予想はしていた。
ドクオが責任を負った為、トラギコは懲戒免職以外の処分が下ることになる。
今でも彼の行動に納得はしていないが、結果としてこのような形となっている以上は受け入れる他ない。
ここで文句を言っても結論はすでに出ており、何かが変わることはない。

自ら退職をするという選択肢は最初から無く、ドクオの言っていた通り、トラギコはこのまま進み続けるしか道はなかった。
進む道がどうなるのか、それだけが気がかりだった。
地方か、あるいは用務か。
備品庫でマックス・ベンダーと仕事をすることになるかもしれない。

(’e’)「地方本部がいよいよ本格始動する。
   西側沿岸を管轄にする本部に転属し、難事件解決担当部署――モスカウ――に配属される。
   モスカウは知ってるだろ?
   よかったな、お前にぴったりの部署だぞ」

前から話に聞いていた地方本部構想が遂に動くということは、今朝、ジュスティアにいる警官全員に周知されていた。
世界中にある署とは別に、それぞれの街と街を繋ぐ地点に地方本部を設置し、ジュスティアから専門部隊が派遣されずとも迅速な対応が出来るようになる。
従来とは異なり、辺境の地にある町でも他と同じように部隊が短時間で送られてくることになり、治安維持が格段に容易になるのだ。
そして派遣型の勤務体系を取ることになるトラギコは街に所属するのではなく、ジュスティアの法律が適応される地方本部に所属することになる。

つまり、これまでと違って街の法律に縛られることはなくなり、今回のような事件が起きたとしても法律の壁に悩まされることはなくなる。
ビロードが調べていた一件の許可が下りたという事だろう。

(=゚д゚)「……あんたはどうなるラギ?」

(’e’)「俺か? 俺は転属なんかしないさ」

(=゚д゚)「違う、その荷物のことラギ」

(’e’)「書類整理さ」

明らかな嘘に、トラギコは声を低くして言った。

(=゚д゚)「殴る前提で話をさせてもらうラギ。
    辞職するつもりラギか?」

(’e’)「安心しろ、定年だ」

379名無しさん:2018/12/16(日) 18:35:23 ID:1oQZzTTo0
(=゚д゚)「あんたまだ定年って歳じゃねぇラギ。
    正直に言ってくれよ」

(’e’)「いいか、覚えておけ。
   部下の失敗は上司の物で、上司の成功は部下の物だ。
   上司って言うのはな、そういう生き物なんだよ」

(=゚д゚)「つまり、どういうことラギ?」

セントジョーンズは小さな溜息を吐いた。
物分りの悪い生徒に呆れる教師のような仕草だったが、嫌味は感じなかった。

(’e’)「俺は時々、お前が羨ましくて仕方なかったんだ。
   誰よりも警官らしいくせに、警官らしくない事をするお前が。
   だからその未来に賭けさせてもらうことにしただけさ。
   俺の首を一つ追加して事が収まるんなら、安い物さ」

それはつまり、トラギコの起こした問題の責任をセントジョーンズも取ったという事だ。
二人の警官を犠牲にしてまで、トラギコに何をさせようというのだろうか。
嫌な予感がトラギコの脳裏をよぎる。

(=゚д゚)「……」

(’e’)「ドクオと話をしてな、意見が一致したのさ。
   お前は、絶対に警官を続けるべきだ。
   そして一か所に留まらず、自由に捜査をするべきだってな」

どうして、ドクオもセントジョーンズも、トラギコをそんな目で見るのだろう。
規則を破り、暴れまわる人間に期待をするなど、正気ではない。
少なくとも真っ当な警官であれば、そんな事は決してしない。
信仰は自由だが、人間相手の信仰は盲信と同義であり、歓迎するのはかなり無理がある。

(=゚д゚)「俺は、あんたらが思ってるような人間じゃねぇラギ。
    勝手に変な期待をされても迷惑なだけラギ」

だがセントジョーンズは静かに、そして、ゆっくりと首を横に振りながら言った。

(’e’)「お前は、正義の味方でも英雄でもない。
   弱者の希望なんだよ、お前は。
   弱者にとっての希望って言うのは、つまり、彼らにとっての正義なのさ。
   荒々しかろうが暴力的だろうが、その時に縋りたい存在がお前なんだ」

そんなもの、目指した覚えはない。
なった覚えもなければ、聞いた覚えもない。
考えが顔に出ていたのか、それとも察されたのか、セントジョーンズは続けた。

(’e’)「望もうが望むまいが、お前はそういう人間なんだよ。
   現にお前は、警官を辞められない。
   どれだけ自分が酷い目に遭っても、それ以上に他の人間がそうなることが許せないからだ。
   辞められない以上、そう在り続けるしかないんだ」

380名無しさん:2018/12/16(日) 18:36:42 ID:1oQZzTTo0
(=゚д゚)「……人の人生、勝手に決めるんじゃねぇラギ」

(’e’)「そうだな、お前の人生だ。
   お前が好きに歩めばいい。
   だから俺もドクオも、好きに歩かせてもらっただけだ」

(=゚д゚)「そうかよ」

(’e’)「あぁ、そうだよ。
   っと、そうだ。お前がモスカウに所属することになったは、俺の力じゃないからな。
   ビロードの依頼があったから上が動いたんだ。
   あいつが殺される前に本部に問い合わせがあって、上層部があいつの意志を汲んでやろうってな」

(=゚д゚)「……あいつのおかげ、か」

彼に慕われるような事をした記憶がない。
それでも、ビロードがそれを最後に望んでいたのであれば、無碍にすることは出来ない。
最後の贈り物として受け取るしかないだろう。

(’e’)「そんなところだ。さて、有給が残ってるところ悪いが、早速明日から仕事に戻ってもらうことになる。
    まずはマックスのところに行って、受け取る物を受け取って、それからエライジャクレイグで出発しろ。
    モスカウから迎えが来る予定になってるから、明日の九時に駅に荷物をまとめておけよ。
    有給は自主研修ってことで消費するそうだ」

トラギコは瞼を降ろした。
気持ちの整理はもう出来ていた。
ビロード、ドクオ、そしてセントジョーンズ。
彼等の期待は無視し、ただ、自分の為だけにこの転属を受け入れる。

この世に正義が無いのであれば、せめて、獣であり続けよう。
力が全てを変える時代だからこそ、力を振りかざす獣として、犯罪者を襲おう。
そしてビンズを殺さなかったことで、トラギコの手で救う人間が一人でも増えるのであれば、この結末を受け入れる価値がある。
いつの日か、命が燃え尽きるその瞬間にその答えが分かるはずだ。

それまでは獣のように生き、貪欲に事件を追い求めよう。
事件を貪り、犯罪者たちにとっての恐怖で在り続けよう。
瞼を降ろしている間の二秒で覚悟を決め、瞼を開いた。

(=゚д゚)「分かったラギ」

これが、CAL21号事件と呼ばれる事件の終幕。
そして、トラギコ・マウンテンライトの新たな一歩となる瞬間だった――

‥…━━ 二月二十六日 午前九時 ジュスティア駅前 ━━…‥

ジュスティア上空を薄く覆う灰色の雲が風に流され、時折青空の欠片が見える。
マックスから受け取った餞別代りの銀色のアタッシェケースを手に、トラギコは駅前に立ち、静かに待っていた。
迎えに来る人間の特徴は聞いていないが、向こうがトラギコの事を認識すれば問題はない。
駅を利用する人間は少なく、人の数はこの時間でもまばらだ。

381名無しさん:2018/12/16(日) 18:38:22 ID:1oQZzTTo0
白い息を吐き、腕時計に目をやろうとした時だった。

(´・ω・`)「やぁ、トラギコ・マウンテンライトだね?」

ニット帽とマフラーを巻き、コートを着た男がトラギコの前に現れた。
服の上からでも分かる大きな体つきは、彼が並の人間ではない事を物語っている。

(=゚д゚)「そういうあんたは?」

(´・ω・`)「ショボン・パドローネ、ショボンでいいよ。
     君の事はトラギコ君、と呼ばせてもらうよ。
     話には聞いていたが、なるほど、元気がよさそうだね」

手袋を外し、ショボンが右手を差し出してきた。
上着のポケットから手を出し、軽く握手を交わす。
瞬間的に強く握られた為、トラギコは力を入れて握り返した。

(=゚д゚)「……よろしくお願いしますラギ」

(´・ω・`)「へぇ、いい体をしているね。
     これは期待できそうだ」

ショボンはトラギコの肩周りや腰に手を当て、その硬さを確かめた。

(=゚д゚)「俺にその毛は無いラギよ」

(´・ω・`)「はははっ、冗談だよ。
     僕らの仕事は体力がいるからね、安心した。
     ……あの二人は知り合いかな?」

ショボンの指さす方向には、二人の少女が立っていた。
まだ幼い顔つきの二人の少女は女性警官に付き添われ、トラギコの方に歩み寄ってくる。

( '-')「おじさん、トラギコさん?」

(=゚д゚)「あ、あぁ、そうだが?」

( '-')「あのね、これ、どうぞ」


( '-')「どうぞ、なの」

二人の少女に渡されたのは、白い花束だった。
思わず屈んでそれを受け取る。
花の良し悪しは勿論、種類もまるで分からない。
果たしてこの花束は何のための花束なのだろうか。

( '-')「プリンセチアって、お花なの」

(=゚д゚)「そうか、ありがとうよ」

382名無しさん:2018/12/16(日) 18:39:48 ID:1oQZzTTo0
その花が何を意味するのかはよく分からないが、知らなくても問題はないだろう。
問題があるとしたら、この花が何を目的として渡されたのか、である。


( '-')「ううん、私達がありがとう」

(=゚д゚)「え?」

未だに事態を理解できていない事を察し、傍にいた婦警がトラギコに耳打ちした。

「ブルーハーツ出身の二人です。
あれからジュスティアの施設で保護されることになったんです」

(=゚д゚)「……そうか」

ブルーハーツ児童養護施設で生き残った三人の内の二人。
アサピーが追う事の出来た二人だ。
あのままジャーゲンにいたら事態は悪化したかもしれないが、こうしてジュスティアに来たのであれば、少なくとも環境が悪くなることはないだろう。
彼女達の名前は知らないが、何はともあれ、元気そうで何よりだった。

( '-')「イトーイね、私達を助けてくれたの」


( '-')「悪い人をやっつけてくれて、きっとイトーイ、喜んでるから」

( '-')「だから、おじさん、ありがとう」

(=゚д゚)「……そ、そうラギか」

胸が痛い。
この痛みは、苦痛ではなく、心地よささえ感じる痛みだ。
これが何の痛みなのか、トラギコは知らなかった。


( '-')「私達、将来お花屋さんになりたいの。
   だからこれ、私達が作ったの」

( '-')「すごいでしょ」

(=゚д゚)「ああ、すごいな。
    凄く、良い花束ラギね」

嗚呼、とトラギコは気付いた。
これは、この痛みは、喜びだ。
イトーイの努力が、ビロードの努力が、トラギコの努力が無駄ではなかったことをこの子供たちが示している。
それだけでトラギコは報われたのだ。

383名無しさん:2018/12/16(日) 18:41:57 ID:1oQZzTTo0
助けた人間の名前など重要ではない。
重要なのは、助けた後にその人間がどうなるか、だ。
この子供たちはあれだけの目に遭いながらも、夢を見つけたのだ。
それが何よりも嬉しく、何よりもトラギコの心に響いた。

( '-')「おじさん、これからも元気で頑張ってね」

もしも。
もしもこの時、空の雲が晴れ、青空が頭上に広がらず。
もしもこの時、青空を背に輝く太陽の光が差し込まなければ。
思わず誰もが見上げるような見事な空が現れなければ。

(= д )

虎の流した一筋の涙に、きっと、誰かが気付いたことだろう。
立ち上がりながらさりげなく目元をぬぐい、トラギコは二人の頭を撫でた。

(=うд゚)「お前達も元気でな」

子供たちは夢を追い、今日を生きていく。
彼女達が安心して夢を追える世界であるよう、トラギコは前へと進む。
この手が汚れても構わない。
それで誰かを救えるのならば、何度でも汚れて見せよう。

受け取った白い花束を胸に、虎は新たな地へと向かうのであった――

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(=゚д゚)夢鳥花虎のようです
ED テーマ
https://www.youtube.com/watch?v=RFNbKy-w-ug
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384名無しさん:2018/12/16(日) 18:42:55 ID:1oQZzTTo0
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385名無しさん:2018/12/16(日) 18:46:02 ID:1oQZzTTo0
‥…━━ 十五年後 某日 某所 ━━…‥

西側沿岸部を対象とする警察本部は湾岸都市オセアンから北西に30キロほどの位置にあった。
本部には長期にわたる仕事と夜勤を考慮し、仮眠所を兼ねた休憩部屋がいくつもあった。
小さな休憩部屋に置かれたベッドの上で仮眠を取り、昔の夢を見ていたトラギコ・マウンテンライトは起き上がり、大きな欠伸をした。

(=゚д゚)「ふぁぁっ……」

CAL21号事件はトラギコにとって、一つの教訓であり、忌々しい思い出だった。
以降、トラギコは難事件の解決に躍起になり、多くの犯罪者を逮捕・殺害してきた。
何度も注意を受けるも、トラギコは在り方を変えるつもりはなかった。
その結果が年間休日10日というもので、有給はモスカウに配属されてから一度も使っていない。

昨夜も一つの事件を解決し、ようやく仮眠をすることが出来た。
どれだけトラギコが犯罪者たちを懲らしめようとも、凶悪な犯罪が無くなることはなかった。
だが犯罪が無くなりはしなかったが、トラギコが救う人間も無くなることはなかった。
あれから毎年、ビロードの命日にはジュスティアの花屋に電話をし、墓に供える花を用意するように頼んでいる。

あの二人は無事にジュスティアで花屋を営み、夢を叶えていた。
トラギコが墓参りに行けない時は、花屋の二人がビロードの墓に花を供えた。

(=゚д゚)「ねみぃ……」

寝覚めのコーヒーを備え付けのポットから紙コップに注ぎ、喉に流し込む。
十五年の歳月は多くの事を変えた。
ショボンもジョルジュも退職し、ドクオは獄中で心臓発作を起こしてあっけなく死んだ。
アサピーはCAL21号事件が起きた翌年に新たなスクープを追い求め、とある人身売買組織への潜入取材を最後に行方不明となっている。

セントジョーンズは銀行強盗に遭遇し、人質を逃がすために犠牲となって殺された。
CAL21号事件に関係していた人間で現役なのは、もう、トラギコ一人になっていた。
重い足取りで休憩部屋を出て、モスカウ部署に向かった。
部屋に入るとすぐに、ヘッドセットを付け、電話の応対をしていた上司がトラギコを呼び止める。

从´_ゝ从「おうトラギコ、起きたか」

(=゚д゚)「あぁ、何かあったのか?」

从´_ゝ从「オセアンで事件だ。どうだ、行けるか?」

オセアンと言えばかなりの都市だ。
交易で栄え、インフラはかなり先進的な物が揃っている。
配属されている警官達はそれなりにベテランが多いと思うのだが、と言おうとしたがそれを察知した上司が先に口を挟んだ。

从´_ゝ从「ログーラン・ビルで銃撃戦やら爆発やら、とにかく滅茶苦茶らしい。
     一筋縄じゃ行かなそうな事件で、長期化が予想される。
     前の日には結構な銃撃戦もあったみたいだし、こいつは離れしてないと無理だ」

(=゚д゚)「……ちょっと興味が湧いたラギ」

从´_ゝ从「オーケー、そうこなくちゃ」

386名無しさん:2018/12/16(日) 18:47:23 ID:1oQZzTTo0
警官として生きていく以上、いつ命がなくなっても不思議ではない。
セントジョーンズがそうであったように、この世界にはまだ多くの危険が潜んでいる。
特に、自ら進んで犯罪に関わろうとする人間は恨みを買う事が多い。
モスカウ所属の人間は特に恨みを買うため、布団の上で死ぬことが出来れば御の字とさえ言われている。

オセアンで起きたという事件、果たして、どのような組織が関わっているのか。
大規模な組織であれば潰し甲斐がある。
そこから芋ずる式に組織の細胞を摘発し、壊滅させれば犯罪者の数がかなり減らせるはずだ。

从´_ゝ从「ところで、一つ質問してもいいか?」

(=゚д゚)「何ラギ?」

从´_ゝ从「俺が言うのもなんだが、この仕事、よく続けられるな」

これまでに何度も聞いてきた言葉だった。
これだけ危険な仕事でありながら給料は安く、組織内でトラギコに対する風当たりは強い。
未だにCAL21号事件でのトラギコの行いは蛮行だと言い伝えられ、新人の警官でさえトラギコは暴力警官であるという認識を抱いている。
それ自体はまるで構わないが、何も知らない人間にあの事件を語られることだけは許せなかった。

あの事件を語っていいのはトラギコと、そしてビロードだけなのだ。
他の誰にもあの事件は理解されないし、理解してもらいたいとも思わない。
裁判で声を上げ、法律に対して唾を吐き捨てた人間にしか分からないのだ。
気持ちのいい環境ではないが、仕事はこれからも続けていくだろう。

今まで多くの事件を担当し、そして、トラギコはその答えを早い段階から見つけていた。
これは、とても簡単な話なのだ。
どれだけ理不尽な目に遭っても。
どれだけ納得のいかない事があったとしても、この仕事から手を引くことは考えられない。

何故ならこれは――

(=゚д゚)「――これが俺の天職なんだよ」

そして、虎と呼ばれた男は再び歩き出す。
新たな事件を求め、歩き続けるのであった――

(=゚д゚)夢鳥花虎のようです The End

387名無しさん:2018/12/16(日) 18:47:51 ID:1oQZzTTo0
これで本作品は終了となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです

388名無しさん:2018/12/16(日) 19:05:11 ID:C44QNXkI0
乙です
トラギコの涙で俺も泣いた

389名無しさん:2018/12/16(日) 20:57:12 ID:M8qDW/S.0
乙!

390名無しさん:2018/12/16(日) 22:14:38 ID:/azRlEX60
乙乙
ここからトラギコとデレシアたちと関わり、Timberlandをはじめ、力が世界を動かす時代の渦にのまれていくのか。

作中のセントジョーンズが良いキャラしてて楽しめました。
作中で行方しれずになってるのはワタナベと予想してて、トラギコが何時気づくのか楽しみです

391名無しさん:2018/12/17(月) 02:40:25 ID:DIUtlLCQ0
乙です、素晴らしかったです。
すべてのシーンが映像で浮かんできました。

392名無しさん:2018/12/17(月) 05:12:11 ID:dEaiduAI0
おつ 感動した
展開も熱くて面白かった

393名無しさん:2018/12/17(月) 14:40:58 ID:q7flJSVw0
くっそ面白かった

394名無しさん:2018/12/17(月) 18:05:50 ID:JdffcN/s0
おつ
警察連中が熱すぎて後半たまらんかったわ
今回棺桶全く使ってないけどいつ手に入れるのかな?

395名無しさん:2018/12/17(月) 20:52:06 ID:yKhkRNrw0
銀色のアタッシュケースがどこかで出てきたな

396名無しさん:2018/12/17(月) 22:42:48 ID:DPbOzefU0
‥…━━ 二月二十六日 午前九時 ジュスティア駅前 ━━…‥

ジュスティア上空を薄く覆う灰色の雲が風に流され、時折青空の欠片が見える。
マックスから受け取った餞別代りの銀色のアタッシェケースを手に、トラギコは駅前に立ち、静かに待っていた。
迎えに来る人間の特徴は聞いていないが、向こうがトラギコの事を認識すれば問題はない。
駅を利用する人間は少なく、人の数はこの時間でもまばらだ。

397名無しさん:2019/01/05(土) 00:57:35 ID:hNYta5Ek0
警官になると同時に手に入れたとか思ってたけどそんな長くなかったんだな

398名無しさん:2019/01/05(土) 08:13:35 ID:JMgNNDyE0
>>396
よく見たらアタッシェケースだな

399名無しさん:2019/05/14(火) 01:57:48 ID:cccQQ99k0
やっと読んだ
本編も楽しみにしてます


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