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三日月転じて君を成す

119 ◆3XA49WdHCM:2017/08/21(月) 22:06:59 ID:/PzBB3R60
【幕間 ただ今の進行状況】

第一幕 >>3-64

第二幕 >>68-118

120名無しさん:2017/08/21(月) 22:19:45 ID:agLIFNJ60
乙!続きが待ち遠しい

121 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:00:03 ID:NXe5lRwo0
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                   開幕


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122 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:01:04 ID:NXe5lRwo0
胡井しぃ。
それが姉の名前だと、でぃさんは教えてくれた。

(#゚;;-゚)「姉さんは本気で女優を目指していました」

(#゚;;-゚)「小さなときから、私なんかとはくらべものにならないくらい可愛くて、
    成長するにつれてどんどん大人びて、スタイルも良くなっていって」

(# ;;- )「あの人と姉妹でいられたことは、私の一番の誇りです」

そう言うとでぃさんは、頬を撫でて、赤らめた。

今日会おうと、提案したのはでぃさんからだった。

先日のことを謝りたいとメールにて伝えたところ、
「会おう」という端的な、折り返しの電話がかかってきた。

123 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:02:06 ID:NXe5lRwo0
喫茶店を待ち合わせに選んだのもでぃさんだ。

( ,,^Д^)『この前は嫌な思いをさせてすいませんでした』

テーブル席に案内されるとすぐに、俺は頭を下げた。

(#゚;;-゚)『それはもういいから』

それっきりで、この話は終わった。

でぃさんは謝罪を聞くつもりなど毛頭無くて
お互いのコーヒーが届いてからも、
さしてカップに手をつけることもなく
ひたすらしぃの話を続けていた。

124 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:03:04 ID:NXe5lRwo0
太陽が高く昇り始めたのでブラインドを閉めた。
強い光が途絶えても、うっすら赤みが漏れてくる
暑さにもいい加減飽きたのに、太陽は気を緩めてくれない。

(#゚;;-゚)「秘蔵の画像もあるんですよ。
      劇場の控え室で着替えているところの写真。見ます?」

(;,,^Д^)「……いや、遠慮します」

(#゚;;-゚)「遠慮なんていいんですよ」

(;,,^Д^)「……」

でぃさんは顔色を変えなかったが、声は妙に止めどなかった。

125 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:04:04 ID:NXe5lRwo0
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¢第三幕¢


 朔夜に君を笑顔で送れば



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126 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:05:04 ID:NXe5lRwo0
やがて、話は途切れた。

区切りのいいところというわけではなく、
風にあおられてろうそくの火が消えるように、
何も残さず、その声は聞こえなくなった。

テーブルを遠い目で見つめたまま

(#゚;;-゚)「姉さんは、自殺したんです」

やや力んだ調子ででぃさんは言った。

127 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:06:03 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「私にも、お母さんにもお父さんにも、理由はわかりませんでした。
     書き置きらしきものも見つからなくて、家族みんなで呆然として」

(#゚;;-゚)「テレビでは姉さんの話題が取り沙汰されていました。
     勝手に姉さんの心情を察して、同情や追悼を繰り返していましたけど
     そんなものを見せられても、何を感じればいいのか私にはわかりませんでした」

(#゚;;-゚)「今までずっと、それを知りたいと思ってきました。
     でも、いないものはもういないんです。
     何も残さなかったということは、
     それが姉さんの意志なんです」

でぃさんは言葉を切って、唇の端を噛んでから、続けた。

(#゚;;-゚)「写真のデータもそのうち消そうと思うんです」

( ,,^Д^)「何もそこまでしなくても」

(#゚;;-゚)「いいえ、けじめですから」

128 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:07:03 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「何度も言いますけど、私、キュートさんのこと悪いと思っていませんよ。
     私が夢を見すぎていたんです。いつまでも、覚めなきゃいいと思って」

でぃさんは初めてコーヒーに口をつけた。
言葉を流し込むように、喉を鳴らしてそれを飲むと、勢いよくため息をついた。

(#゚;;-゚)「ところでタカラさん」

( ,,^Д^)「はい、なんでしょ」

(#゚;;-゚)「午後のご予定は」

( ,,^Д^)「俺のですか? 今日は空けてますけど」

(;,,^Д^)「ていうか空けておいてってあなたが言ったんですよね?」

(#゚;;-゚)「そこまでは聞いてないです」

(;,,^Д^)「あ、はい」

129 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:08:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「で、空いてるんですね? へえそう。なるほどなるほど」

なるほど、と何度も頷くと、でぃさんは机に手をつき俺に詰寄ってきた。
オーバーすぎるその所作にも、今は突っ込んではいけないらしい。

(#゚;;ヮ゚)「じゃ、ちょっと付き合ってください」

でぃさんは、今までにないほど口を開いてにやけてみせた。
びっくりするくらい似合っていなくて、笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。

つまりはデートのお誘いだった。

キュートがいたらどんな反応をしただろう。
そんなことを考えるのは不誠実だろうか。

今日中にやりたいことをお互いに列挙すると
話し合って、優先順位をつけていった。

130 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:09:04 ID:NXe5lRwo0
外はやはり暑く、青空は嫌になるほど清々しかった。
俺の肩の高さででぃさんの頭が揺れている。
手の甲が触れそうになるたびに俺が勝手に強張っていた。

待ち合わせた街にも遊べる場所はあったのだが
せっかく外に出たのだし、というでぃさんの提案で地下鉄を乗り継ぎ
今年開店したばかりの複合型商業施設を目指した。

電車の座席は親子連れに占拠されていて、賑やかに会話が飛び交っている。

まだ10歳に満たないくらいの女の子が
俺とでぃさんを眺めて、母親に何か言伝していた。
母親が唇の前でそっと人差し指を立てると
それきり女の子は俺たちの方を見なかった。

目的地に近づくにつれて乗車率は高くなった。
会話のボリュームが次第にふくれあがる。

131 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:10:04 ID:NXe5lRwo0
地下鉄の窓には俺とでぃさんが映っている。
俺の身体は相変わらず血色が悪い。
その横のでぃさんは真っすぐ窓を見つめている。
でぃさんの唇が動いているように見えたが、声は聞き取れない。
そもそも声に出していないらしかった。

中途の駅でドアが開き、乗客が雪崩れ込み、圧がかかる。

でぃさんの細い腕が、俺の腕とくっついた。すると

汗ばんだその手の甲が翻り、俺の掌を包もうとした。

一度目は人差し指と中指が反発し、二度目は小指が絡まった。
三度目にようやく彼女の指は、俺の指の股に収まる。

132 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:11:04 ID:NXe5lRwo0
窓に映るでぃさんはまだ硬い顔をしている。


力の入りすぎたでぃさんの掌を宥めたくて
俺の方からも、その甲の節に指を沿わせる。



小さな悲鳴が聞こえた。
驚いて、つい、俺も動きを止める。



(#゚;;-゚)「続けて」

と、囁かれた。

133 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:12:03 ID:NXe5lRwo0
彼女の手はとても冷たかった。
指先がようやく強張ることをやめてくれた。

( ,,^Д^)「初めてタメ口きいてくれましたね」

俺も囁き声で返した。

(#゚;;-゚)「うん。だから、そっちもやめて」

ごもっともだ。

134 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:13:04 ID:NXe5lRwo0
アナウンスが流れ、電車が止まり、人が流れ出ていく。
目的地だった。人混みはまだまだ抜け出せない。

俺とでぃさんの組んだ手の下を
小さな男の子がにやけ面で通り抜けようとして
母親に首根っこを掴まれ、思い切り頭を叩かれていた。


駅内からの通路が、複合施設の地下階に直接通じていた。
途中からは冷房も強く利き、風圧を感じるほどだった。

人混みばかり気になっていたが、
店の中に入ってしまえば通路も広く、
客はみな散り散りになった。

涼しくて、広くて、快適だ。
煌びやかな装飾で『祝』の文字が踊っている。

135 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:14:03 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「どこいこう」

( ,,^Д^)「何か興味ある?」

(#゚;;-゚)「この前訊いたよね?」

( ,,^Д^)「……ああ、趣味は無いってやつね。はいはい」

たとえ無目的であろうとも、
ただ歩いているだけで気分がよくなるのは
華やかな場所のいいところだ。

俺とでぃさんの共通点は、毎度お馴染み、演劇だ。
最新の複合施設にそれを求めるのはなかなか厳しい。

趣味が多様化された今の世の中、
演劇抜きで人生を楽しんでいる奴は大勢いる。

それでもせめて、と関係性を模索して、俺たちは映画を見ることにした。

136 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:15:04 ID:NXe5lRwo0
大味な映画にはお互い興味がなかったので選択肢からは除外して
CGを使っていなさそうだから、という理由だけでセピア調の邦画を選んだ。
現代が舞台であり、主人公に何の能力もなく、
誰も死にそうにない、今どき珍しいタイプの恋愛映画だった。

シアターの中は空いていた。
柔らかい椅子は座り心地が良かった。

時間にして二時間弱。
俺とでぃさんは静かだった。

組んでいた手はいつの間にか離されていて、
でぃさんは親指の爪をずっと、柔な唇に押し当てていた。

映画が終わり、飾り立てられたロビーを抜けると
でぃさんが一際大きなため息をついた。

137 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:16:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「ちょっと拍子抜けだったなあ」

おそらく苛ついているであろうでぃさんに向けて、
考えていたフォローを俺はなるべく早めに口にした。

( ,,^Д^)「端々に努力はみられたけどね。
      とりあえず疲れたよね? 休憩がてらどこかに

                 (#゚;;。゚)「天然物のクソ映画だったわ」

息が詰まるかと思った。

ロビーを出たとはいえ、同じシアターにいた人もまだ周りに大勢いた。
多くの人の動きが止まった。何人かは露骨に顔を顰めて俺たちを振り向きもした。

138 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:17:04 ID:NXe5lRwo0
(;,,^Д^)「ちょっ、どっか入ってから! な!」

無理矢理手招きして、二つ階下のレストランに雪崩れ込んだ。
時間帯は遅めのランチタイムだ。なんとか並ばず避難できた。

席につくなりでぃさんが口火を切った。
. _,
(#゚;;-゚)「演出過多はこの際目を閉じるよ。エンタメ性を保つには刺激を欠かしちゃいけないし。
     でもわかりやすければいいってものでもないよ。ぺらっぺらだよ。人間をなんだと思っているんだよ。
     人は驚くときいつでも息を飲んで目を見開くの? 怒ればいつでも眉間に皺が寄るの?
     笑うときは歯を見せて泣くときは噎ぶ? 本当に? 全員? 必ずそうだと言い切れる?」

(;,,^Д^)「そ、そうだな、演技は下手だったよ。顔や仕草は格好いいし画は決まっていたと思うけども」
. _,
(#゚;;。゚)「決めてる画だけ作りたいなら写真集でも撮ってろよ」

(;,,^Д^)「す、すいません……出過ぎた真似を」

139 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:18:05 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「タカラさんならどうする?」

(;,,^Д^)「え? 俺!?」

(#゚;;-゚)「脚本にはト書きで指示も出すでしょ?」

(;,,^Д^)「そりゃまあそうだけど、演技云々まで踏み込めるわけじゃないし」

(#゚;;-゚)「なんでもいいよ。あの映画、どうやってもっと良くする?」

(;,,^Д^)「うーん、そこまでいうなら。自分なりに思ったことだけど、
      まず告白シーンはあのままだと台詞過剰だし、逆に黙らせて」

記憶に残っている限りの気になったシーンを羅列し、差し替えていく。
自分の脚本に朱書きをするような感覚だ。作業そのものは慣れている。

140 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:19:08 ID:NXe5lRwo0
とはいえ所詮は即興だ。
話している間に矛盾も起こる。
それでもでぃさんは黙って聞いていて
時折深く頷いてくれていた。

(#゚;;-゚)b「いい映画になる」

(;,,^Д^)「んな! 大袈裟だ」

(#゚;;-゚)b「いや、なるよ。私には思い浮かぶよ」

( ,,^Д^)「そう言ってもらえると……うん、うれしいな。ありがと。
      実際劇としてやるとしたら、役者への指示で苦労しそうだけど」

(#゚;;-゚)「姉さんなら、絶対汲み取れたはず」

俺が言葉をつまらせ、間が開いたところで
きびきびと歩くウェイターが料理を手早く置いていった。

でぃさんの前に置かれたステーキでは、景気よく脂が跳ねている。
その肉汁迸る真っ只中に、でぃさんは勢いよくフォークを突き刺した。

141 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:20:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「……でぃさん」

(#゚;;-゚)「うん?」

( ,,^Д^)「もしかしていつもその食べ方なんですか?」

(#゚;;-゚)「あー、うん。癖になってる。感触がいいんだよ」

(;,,^Д^)「ナイフ使いましょうよ」

(#゚;;-゚)「これから使う」

でぃさんの握ったナイフが肉をするする切り分けていく。

142 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:21:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「……お酒とか、飲む?」

(;,,^Д^)「いやいや、まだ昼過ぎだし」

(#゚;;-゚)「あたしはよく引っ掛けるよ」

(;,,^Д^)「へ、へえ。意外な、あ、どうぞお好きに」

. _ カランッ
〝ェ'

ファミレスのワインというものを俺は初めて見た。
でぃさんはひとくち含んで、喉を鳴らし、呆けたような溜息をひとつ。
  _,,
( #゚;;)「姉さんは私に呪いを掛けたの」
  づェ'

143 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:22:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「……」
   _,,
( #-;;)「この世のほとんどの役者が大根に見える呪い」
  づェ'

(;,,^Д^)「地味にキツい」

(#゚;;-゚)「本当に」
づェ'

( ,,^Д^)「映画、やっぱり嫌だった?」
 _,
(#゚;;-゚)「それは嫌って言えないよ」
づェ'

(;,,^Д^)「それもそうか」

144 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:23:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「タカラくんは気にすることない。姉さんのせいなんだから」
づェ'

グラスに注がれたワインがもう半分になっている。

(#゚;;-゚)「もういないんだって、何度も自分に言い聞かせているのに」
づェ'

何も言えなかった。
何を言っても慰めにしかならない。
何の救いにもならない慰めは言うべきじゃない。

二人黙々、食事を進めた。

早々に食べ終えて、ドリンクバーでコーヒーを注ぎ、席に戻ると
でぃさんは細切れにした肉をひとつずつじっくり口に運んでいた。

145 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:24:06 ID:NXe5lRwo0
店の中では慌ただしく人が入れ替わる。

笑い声も、
疲れのため息も、
どこかで転んだ子の泣き声なども
一緒くたに渦巻いている。

人がたくさんいる。
このお店を出ても、同じことだ。

今を生きている人々が、目に映るものを信じて、
前を向いて生きている。

146 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:25:04 ID:NXe5lRwo0
それなのに、
でぃさんが探している人も、俺が信じている人も
もう二度と、俺たちの近くには決して姿を見せない。

当たり前だとわかっているが
それは、見つめ続けるには大きすぎる壁だ。





(#+;;-+)~゚「……むにゃ」

147 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:26:03 ID:NXe5lRwo0
(;,,^Д^)「あれ!? でぃさん?」

(#+;;-+)「にゃ」

( ,,^Д^)「もしかしてお酒弱いんですか?」

(#+;;-+)「んにゃことないで、げっふ」

(;,,^Д^)「すいませーん! お冷やください!」

いくら小柄だといったって、力の抜けた身体はそれ相応に重たい。
俺だけでは支えきれず、店員さんたちに手伝ってもらい、奥のテーブルへ運んだ。

散々お礼の頭を下げて、
でぃさんの顔色が青ざめないか観察し続けた。

やがて、頬に赤い痕を残したまま
ぼやっと起きたでぃさんの腕を引っ張り足早に外へ出た。
ほとんど背負っているようなものだった。

148 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:27:04 ID:NXe5lRwo0
空には鬱々とした雲が西から広がり始めていた。
嫌だなと思っている間には頬に水を感じ、急いで駅を探した。

構内通路から入ってきたことを
ようやく思い出したときにはもう遅く、
雨は大粒になって降り注いできた。

でぃさんはまだ眠たそうだった。

(#+;;-+)「……ごめん」

( ,,^Д^)「いいですよ。でぃさん軽いですから」

(#+;;-+)「そういう問題じゃない」

( ,,^Д^)「まあそうっすね」

(#+;;-+)「……てか敬語」

(;,,^Д^)「え、あ、ごめん」

(#+;;-+)「……」

149 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:28:05 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「ま、これでおあいこってことで」

お洒落なお店の軒下で、全身を煌びやかに着飾った人たちと擦れ違った。
多分俺には一生無縁であろう気品に塗れたその人たちにも、雨は等しく降り注ぐ。

濡れるがいいさとほくそ笑んでいたら
幅の広い高級車が通り過ぎて、少し離れたところで止まり、
気品の御方々が嬌声を上げて車内に入っていった。

苛立ちそのまま舌打ちをする。
でぃさんは鼻で笑ってくれた。

( ,,^Д^)「そういえば、一つ思い出したんですけれど」

( ,,^Д^)「お姉さん、もしかして高校で演劇部でした?」

(#+;;-+)「……一応入っていたよ。仕事もあったから、
     あまり身を入れてはできなかったみたいだけど」

( ,,^Д^)「やっぱりそうか」

150 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:29:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「多分俺、お姉さんの演劇を見たことありますよ」

高校一年生のときのことだ。
文化祭の一件で演劇に興味を抱いた俺は、観賞できる場所を探した。
東京まで脚を伸ばせば有名な劇場がいくつもあったけれど、
交通費諸々の費用面で、遠出をするのは断念した。

文化祭のような、学生主体の活動ならば出費を抑えられると思い
検索して、ヒットしたのが斜向かいの県にある私立高校の定期公演だった。

胡居しぃさんは、思い返すと主役級の扱いを受けていたと思う。
そちらの方面に詳しければ、もっと、忘れられない思い出になっていたのかもしれない。

(#+;;-+)「なっつかしいなあ」

俺に寄りかかって久しいでぃさんが、心持ち顔を上げて感慨深げにため息をついた。

151 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:30:07 ID:NXe5lRwo0
(#+;;-+)「タカラくんともどこかで会っていたのかもしれないね」

( ,,^Д^)「俺、恥ずかしかったからなるべく人目を避けていたけれど」

(#+;;-+)「あたしも避けてたよ。姉さん意外興味なかったし」

あの頃の俺にでぃさんとの接点はなかったし、
でぃさんが俺を見つける理由もなかった。
それでも俺たちは確かに同じ場所にいたのだ。
意識すると、なんだかこそばゆい。
意味などあるはずもないのに、それを求めてみたくなる。

152 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:31:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「あのときの公演、俺のパソコンに映像がありますよ」

俺の口が勝手に動いた、
と言えればどれだけ楽だろうか。

俺の意志が通じていないと、
都合良く思い込むには、熱が入りすぎていた。

( ,,^Д^)「うち、来ます?」

鼓動が痛いほど胸を打っている。
耳の奥で血潮が鳴り続く。

(#゚;;-゚)「うん」

相変わらず顔が赤かったけれど、でぃさんはもう目を開けていた。
濁りのない黒の瞳に、曇り空の隙間から覗く夕焼けが映りこんでいた。





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153 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:32:04 ID:NXe5lRwo0
片手で数えられるほどしか乗ったことのなかった電車に座り
ターミナル駅に降り、見たことも聞いたこともない路線に乗り換えた。

ビル群はすぐに遠のいて、田んぼと畑の入り交じる畦道の合間を抜けていった。
ただでさえ寒々しい冬枯れの景色に人気はなくて
学校をサボっているわけではないのに、
鬱々としたものが胸のうちを抜けなかった。

演劇の何に引かれたのか、誰に引かれたのか、
後になって理由をつけたして遊んだりもしたけれど
結局本当のことは当時の俺にしかわからないし、その頃の俺はもういない。

寒さに震える掌を一人吐息で温めながら、駅舎の外へ通ずる階段を降りた。

154 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:33:03 ID:NXe5lRwo0
高校一年生の冬。

市営文化会館には、主に高校生を中心に近隣住民が集まっていた。
見知ったものは当然いない。そのことがむしろ心地よかった。

受付の器量の良い女子にパンフレットを渡されて
自由席の一番後ろの隅でそれを読み、飽きるとスマートフォンで時間を潰した。

始まりが近づき、灯りが薄暗くなる。
見づらくなった画面を閉じると、両隣の席が埋まっていた。

人の入りは多かった。文化祭の比じゃない。
期待値の高い学校なのだとそのときになってようやく気づいた。

開場の灯りはますます暗くなり、
ついには何も見えなくなって
アナウンスが粛々と流れる。

簡単な挨拶とご足労への謝辞が終わり、音が途絶える。

開始の合図が鳴り響き、幕があがった。

155 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:34:04 ID:NXe5lRwo0


(:;:;:;:;:;)


照明。


(*゚ー゚)


襤褸切れのマントを羽織った女性が立ちつくしている。
後ろに昇る満月を見上げ、両腕を大きく広げた。
翻るマントの内側でホルスターが光っている。


荒廃した世界。周りの人たちのほとんどは人形だ。
誰が本物の人間なのか、知る術は失われてしまった。


ナレーションが淡々と、舞台設定を述べ、また静かになった。
舞台背景にまつわるそれ以上の説明は何もなかった。

156 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:35:03 ID:NXe5lRwo0
あたりが、光に照らされる。
崩れた家の中で、人々が細やかな酒宴を開いていた。

脇役の一人が女性に絡んだ。

    『旅人さんよ、あなたはいったいどこまで歩くんだ。何にもありゃしないのに』

それに対して、しぃが答える。

(*゚ー゚)『この偽物だらけの世界がどこまで続いているとしても、私は決して歩みを止めない。
    仕方ないでしょう? 生きる意味はないけれど、死にたくもないのだもの』

流れるようにそう言って、女性は席を立ち、マントを翻した。



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157 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:36:04 ID:NXe5lRwo0
観たのは随分昔だ。
こんな内容だったかなと首を傾げたくもなった。
それでも異色の劇だったことはうっすら記憶に残っている。


( #-;;)「ああ、綺麗」

パソコンの画面を凝視していたでぃさんが嘆息をついた。
俺も深々と頷いていた。

画面の中のしぃさんは、傷だらけの顔を汗みずくにしながら走っている。
歪んだ顔に刻まれる皺の一筋一筋が目に焼きつく。

セットを動かす黒子が意味深な手を振り抜いて、舞台の上を踊り回る。
はたと動きを止めた隙に、しぃさんが舞台袖へと身を隠し、
身なりを変えてまた登場する。見た目も、性格も、切り替わっている。

あるはずの無い世界がそこには確かに広がっていた。
それなのに実感が籠もっている。
そこで巻き起こる哄笑も、慟哭も、耳を劈き痺れさせる。

158 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:37:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「……すっげ」

演劇について、あの頃の俺よりもそれなりに学んだはずなのに
結局高校一年生のときとまったく同じ言葉をこぼしてしまっていた。

プレイヤーのシークバーが自動で終わりに向かっていく。

一時間の上演も佳境に入り
目に映るあらゆる障害を薙ぎ倒したあとで、
しぃさんは観客席の遠くを見つめ、不敵に微笑んだ。

(*゚ー゚)『本物の人間なんて、どうでもいいのかも。
    私が見ているこの世界が、私には一番大事なんだから』

幕が降りる。
拍手の音。ざわめき混じりの感嘆の声が広がる。
今一度幕が上がり、一列に並んだ登場人物たちが笑顔を振りまいて
一際拍手の音が大きくなり、唐突に、再生が止まった。

159 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:38:03 ID:NXe5lRwo0
真っ暗になった画面を閉じながら

(#゚;;-゚)「ありがとね」

柔らかいものを所望して、
とりあえず俺の枕を抱いていたでぃさんは
横座りの身体を捻って俺に礼を述べた。

(#゚;;-゚)「久しぶりで、楽しかった」

( ,,^Д^)「俺も」

そのビデオは、文化会館のスタッフが撮影し、参加者に配布したものだ。
本来ならふらっと寄っただけの俺には手に入れられないはずのものを
吹成大学の演劇部員がたまたま持っていて、懐かしさに駆られてもらいうけた。

思い返せば、キュートのいないところでも、俺は演劇に引きつけられていた。

(#゚;;-゚)「他にも映像、いっぱいあるんだね」

再生アプリを閉じるとフォルダの中が垣間見えた。
日付順に整理しておいたそれらを指して、でぃは俺を見た。

160 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:39:05 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「もしかしてキュートさんの?」

( ,,^Д^)「察しがよろしいことで」

(#゚;;-゚)「夜な夜な見惚れるの?」

(;,,^Д^)「否定できないけど」

( ,,^Д^)「脚本を練るときに過去の映像を流していたんだよ」

(#゚;;-゚)「ははあ、そりゃなかなか」

呆れながら、でぃさんは笑う。

(#゚;;-゚)「離れないね」

全く以て。

(#゚;;-゚)「あたしと同じだ」

161 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:40:04 ID:NXe5lRwo0
でぃさんにマウスを託す。
フォルダが開かれる。

動画の再生を待つ間に、
でぃさんが俺に身を寄せてくる。

髪の束が俺の喉元を擦っていった。

心配になるくらい、身体は細くみえていたけれど
こうして触れてみると、意外な膨らみを感じた。

体温は低いけれど、それは決してゼロじゃない。
皮膚の下では温かい血潮が流れている。
でぃさんはここにいる。

(#゚;;ヮ゚)「呪われているんだよ、君も」

162 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:41:04 ID:NXe5lRwo0
俺の前髪を書き上げて、でぃさんが顔を歪めた。
八重歯のそばで舌先がちろちろと揺れていた。

腕の端から絡まっていく。
でぃさんの顔は正面から逸れた。

浮いた肩甲骨に手を這わせると、震えが一層伝わってくる。
早鐘のような鼓動は、俺のものなのか、彼女のものなのか。
もはやよくわからない。

幾ばくかの時間をそのままで過ごした。
実際のところは数秒だったのだろうけど
今日一日のどの時間よりも長く、深く
でぃさんに近づけた気がした。



(#゚;;ー゚)「他のも見ていい?」

( ,,^Д^)「……どうぞ」

163 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:42:04 ID:NXe5lRwo0
マウスポインタがフォルダの上をくるくる回る。
一番古いものは、しぃさんの出ていたあの公演だ。
その隣にある夏の日付のものに、でぃさんの目が留まる。

(#゚;;-゚)「これがキュートさんの一番最初の演劇?」

( ,,^Д^)「日付的にはね。俺が撮ったものじゃないけど」

今から高校二年生の夏、演劇部の県大会が行われた。
一校三十分を上限として各校の上演をし、ポイントをつけて優劣を競う。
上位陣には全国大会への出場が約束されていた。

( ,,^Д^)「俺はその日、自分の部活の大会が重なっていたから行けなかった。
      あとになって欲しくなって、昔の演劇部の知人を当たって、このデータを見つけたんだ」

(#゚;;-゚)「……キュートさん、いつ出る?」

( ,,^Д^)「最初の方」

164 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:43:05 ID:NXe5lRwo0
再生ボタンがでぃさんの手によりクリックされる。
ざわめきから入るのは先ほどの映像と同じだ。ただその規模が違う。
ステレオで深々とした人々の息遣いや会話、物音が流れ、ブザー音で遮られる。


アナウンス、


   開始の合図。



       そして幕開け。

       俺はこのシーンを何度も見た。



紙でできたお城と森の木々。
その下にて、一人の女子が走ってくる。
澄んだ青のドレスを羽織った、高校二年生のキュートだった。

165 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:44:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「主役?」

そう見えてくれていたなら、うれしい。

( ,,^Д^)「いいや」

舞台袖から、黒装束の集団が躍り出る。
逃げていたキュートは足を縺れさせ、転ぶ。
追っ手たちが到着すると、煌めく白刃が彼女を襲った。


    鋭い悲鳴。


       暗転。

166 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:45:04 ID:NXe5lRwo0
再び光が灯ると、深緑の地味な出で立ちをした少女が現れた。
川の音が流れる中、汚れた布をこすり合わせている。

彼女は郊外の村娘だ。王族などとは縁もなく、
あと半年もしたら付き合いのある農家に嫁ぐこととなっていた。

決められていた将来像と、
終わらない洗濯が相まって、
深いため息。愚痴を一つ。

ふと、彼女は目をすがめる。
川の中に何かがある。

ズボンのすそを捲り上げて川に入り込む。

167 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:46:03 ID:NXe5lRwo0
青いドレスに輝かしいティアラ。
王族の紋章が刻まれているそれに息をのみ、それからあたりを確認する。

好奇心に駆られ、木陰にてそれらを纏う。
水辺に映る自分の姿を見て、満足していると、突然馬がやってくる。
王族の使者である彼は、彼女の手を引き、有無を言わさず城へと連れていった。



(#゚;;-゚)「『王子と乞食』か」

( ,,^Д^)「お姫様はもう出てこないけどね」

168 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:47:04 ID:NXe5lRwo0
貧民である少女が、王女とよく似た背格好だと気づいた王は、
暗殺の失敗を誇示するために彼女を利用する。

一方の少女はいままでとはまるでちがう生活に、
戸惑いながらも、徐々に慣れていく。

( ,,^Д^)「この主役の子、学年がキュートの一つ上だったんだ」

(#゚;;-゚)「つまりこれが最後の公演だった、ってこと?」

( ,,^Д^)「そういうこと」

素っ気なく言いすぎたせいか、でぃさんは横目で俺を見つめた。
注がれる視線は合わせずに、俺はなるべく口を動かすことに専念した。

169 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:48:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「慣例通り三年生のその人を主役にするか、
      それとも二年生ながら実力のあるキュートを推すか。
      大会の前に、部内ではかなり深い対立が出来上がっていたらしい」

( ,,^Д^)「二年、一年の間では後者の意見が優勢だった。
      三年生の中でも、実力重視派が多数派だったらしい。
      実際練習が本格化するときまで、キュートが主役になるものだと思われていた」

( ,,^Д^)「でも、キュートは自分から降りた」

これらのことは、大学に入ってからキュートに直接訊いたことだ。
なかなか話してくれなくて、時間は掛ったけれど
長らく俺の中で謎のままだったことは、それで解けた。

( ,,^Д^)「来年もあるから、とキュートは言っていたらしい」

170 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:49:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「でも、実際は途中で辞めた」

( ,,^Д^)「そう。秋の文化祭のときにはもう、彼女は部に在籍していなかった」

( ,,^Д^)「ちょうど、ここのシーン、見てくれ」

劇中にて、元村娘の少女が、月を見つめながら物思いに耽っている。
唯一彼女の真実を知る従者の男に、彼女は自分の思いを吐露する。

村に残してきた家族や許嫁のこと、正体を名乗れない窮屈さ。
そのあと、前のお姫様への同情を口にする、はずだった。

171 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:50:03 ID:NXe5lRwo0
間があった。
従者を演じている男の子が、不審そうに顔を顰めた。

少女は息を吸い込んで、微笑み、それから低い声で言葉を添えた。

   「せいせいしたわ」

この台詞は、脚本には載っていなかったらしい。

部内での評判は良くなかった。
劇中の人物の意図から全く外れた、
演者自身の台詞だということが誰の目にも明らかだった。

だが、県大会の品評者は異なる判断を下してしまった。

( ,,^Д^)「『決して善心一辺倒でない、貧民の少女の屈折した心情が凝縮されている』
      顧問が受け取った講評シートには誉め言葉とともにそう書かれていたらしい」

172 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:51:05 ID:NXe5lRwo0
結局、演劇部が全国大会に行くことはなかったけれど
講評の内容を見た部員たちは一転、先輩を一目置くことになった。

キュートただ一人を除いて。

この話をしてくれたとき、キュートは深い笑窪をつくってみせた。

o川*゚ー゚)o『目に見えるものが正しく見えたら、人はそれを信じちゃうんだよ。
       人間なんて、こんなものかって。怒る気も失せたよね』

頬杖をついていた彼女の手は指先まで震えていて
それに気づいていながらも、俺はそのことに触れられなかった。

彼女と初めて、面と向かって話せた日の思い出だ。

173 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:52:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;。゚)「私は評価しないよ」

画面を見つめていたでぃさんが、突然強い口調で言った。

(#゚;;o゚)「暗がりをチラ見した程度で深みと思い込むなんて、
     黒いものが好きな中学生と変わらないよ。
     どこの誰だかしらないけれど、品評者が浅いだけ。
     だから気にすること、全然ない」

クッションを叩きながら、でぃさんは俺を睨んだ。

(#゚;;-゚)「って、キュートさんに伝えて、絶対」

( ,,^Д^)「……ああ」

でぃさんは全身を滾らせていた。
本気で怒ってくれていた。

174 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:53:04 ID:NXe5lRwo0
( #-;;)「飽きた」

劇の再生が止められる。

でぃさんは欠伸をして、窓の外を眺めた。

ベランダの向こう側に広がる夜は更けていく。
星だけの空だ。いつかのように、月はまだ見えていない。

(#゚;;-゚)「今日は新月?」

( ,,^Д^)「まだだよ」
 _,
(#゚;;-゚)「しぶとい」

175 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:54:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「前に会ったときからまだ三日しか経ってないし」

(#゚;;-゚)「え、そうなの」

(;,,^Д^)「まあ、長く感じるのは同意だけど」

( ,,^Д^)「そうだ、月といえば」

思い出したものが、俺の背中を押した。

( ,,^Д^)「でぃさん。三日月ってどんな形?」
 _,
(#゚;;-゚)「ん?   はい」

でぃさんはカーペットに指でなぞった。





      __
    '''‐-、 `ヽ
        ヽ  `、
         ;.  .;
        j  .i
         i  .゙
        /  ,´
    ,,, -‐'":/
      ̄ ̄

176 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:55:05 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「向きが合ってる。さすが」

(#゚;;-゚)「へへ、どうも」

( ,,^Д^)「三日目の月だから、三日月。だよね」

(#゚;;-゚)「名前のとおり」

( ,,^Д^)「月齢一日目は新月。おおよそ七日目には半月。十五日で満月。
      この前会ったときは、二十三日目の月だ。
      午前零時に昇る月は、下弦の、おおよそ半月だったんだ」


そして、三日後の今日。

177 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:56:06 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「二十六日目の月は、どんな形?」



(#゚;;-゚)「……三日月?」



( ,,^Д^)「を、ひっくり返した形です」


あと三日で見えなくなる月。

月齢が経ると、月の出は遅くなる。
二十六夜の月が出るのは早くても深夜一時過ぎだ。
普通の生活を送る人の眼にはあまり映らないけれど
かつては夏の夜更けに、その月を眺める風習もあったという。

178 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:57:04 ID:NXe5lRwo0
σ( ,,^Д^)「キュートの首のこのあたりにさ」

背中に手を回す。
首の付け根、俺からは見えない位置だ。

( ,,^Д^)「二十六夜の月によく似た痣があるんだよ。
      普段は髪に隠れて見えないんだけど、かきあげると、しっかり見えてさ」

演劇部での顛末を聞いたとき。
赤らんだ眼を拭いながら、キュートは机に突っ伏した。

何を言うこともできないまま、
目のやり場に困っていたものだから、
俺はずっとその痣だけを見つめていた。

179 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:58:08 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「キュートに教えてやると、やたらと喜んだんだ。
     自分の秘密のトレードマークだとか言って」

演劇を続けるべきだと彼女に言い寄ると、最初は渋い顔をされた。
彼女にとってみればもう懲り懲りだったのだろう。
その気持ちもよくわかっていた。

だけど、高校一年生のときに彼女の演技を見た衝撃が、
まだ俺の中で根強く生き残っていた。

演劇部の知り合いを探して、最初に出会ったのがジョルジュだった。

当初から風変わりな男だったけれど、
事情を聞かせると、心強い味方になってくれた。
あっけらかんとしたあの男のハレの気に、
キュートも俺もかなり引っ張り上げられたと思っている。

180 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 21:59:04 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「大学の演劇部では芸名をつけることができたんだ。
      キュートと一緒になって考えたときに、二十六夜の月の案が出て
      語呂が悪いからどうにかしようと、さらに悩んで」


二と十と六とで、


( ,,^Д^)「ニトロ」


かなり強引だと思ったけれど、キュートは気に入ってくれた。
パッと聞いただけではわからないところが秘密っぽくてよかったらしい。

この名前を、彼女はとても大切にしていたと思う。

( ,,^Д^)「今度、また彼女を書こうと思うんだ」

181 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:00:04 ID:NXe5lRwo0
ニトロさんは俺の生み出した人物だ。
そう、ジョルジュに言われた。
キュートには関係のない人物だとも。



( ,,^Д^)「でぃさん」

思いついたことなのか、
それとも無意識のうちに考えたことだったのか。
今となってはわからない。

わかるかわからないのかなんて、
本当は重要ではないのかもしれない。

182 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:01:04 ID:NXe5lRwo0
改めて、でぃさんと相見える。

( ,,^Д^)「ニトロさんを演じてみませんか」

キュートと似ているとか、ちょっとしたしぐさが気に入ったとか
結論に矢印で結び付けられるような
立派な理由は思いつかないし、言いたくもない。

俺は今日、でぃさんに近づけた気がした。
そのうえで、彼女ならできる気がした。
でぃさんのことを信じていいと思い、だから頭を下げた。

183 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:02:04 ID:NXe5lRwo0
でぃさんは手元に引き寄せていたクッションを
脇に置いて、俺を見下ろした。

( #-;;)「敬語」

( ,,^Д^)「あ」

ごめん、と言葉を続ける前に
でぃさんは音もなく立ち上がった。

でぃさんは色白の顔で俺を見下ろした。
表情はなかった、と思った。

焦点が俺に合っている。
今日一日、その視線をずっと
待ち望んでいたはずなのに
なぜだか背筋に冷や汗が流れた。

184 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:03:04 ID:NXe5lRwo0
(#゚;;-゚)「本当に、本気で言ってる?」

答える前に、でぃさんが首を横に振った。

(#゚;;-゚)「焦っちゃだめ。そういうのはやめて。
     私が言うのも変かもしれないけど」

畳の上をすたすたと玄関まで歩いていき
ドアノブに手をかけて、俺を振り向いた。

(#゚;;-゚)「今日はどうも、ありがとう。また誘って」

185 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:04:04 ID:NXe5lRwo0
言葉が途切れる。

でぃさんは心持ち目線を下げて
その口元をゆがめた。

笑っている、ように見えた。
ほんの一瞬だけ。



(# ;;ー )「最後に」



(#゚;;ヮ゚)「最後にキュートさんの話を君に振って、本当によかったよ。
     君の笑っている顔を、今日、ようやく見ることができたもの」

186 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:05:04 ID:NXe5lRwo0
玄関は音を立てて閉じた。
聞こえてきた街の喧騒もすぐに聞こえなくなった。

古ぼけた空調のノイズが頼りなく耳に届いてくる。


でぃさんのことがわかった。
親しくなれた。

俺はそう思っていた。



……どうしてそう思えたんだ?


一人残された部屋の中は、やたらと広く感じられた。

187 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:06:05 ID:NXe5lRwo0
( ,,^Д^)「……キュート」

なるべく自制していたその名前を口にした。

返事はなかった。
まだ、どこかにいるのだろうか。

その保証はどこにもない。


視界が滲んだ。


( ,, Д )「どこにいるんだよ……お前は」

188 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:07:04 ID:NXe5lRwo0
窓の外から見える夜は
遠くぼやける街の光があるほかは
すっかり闇に包まれていた。

俺は身をちぢこませた。
膝と膝の間に顔を挟んだ。
畳の節目が数えられるくらい、低く頭を垂れた。

喉の奥が燃えているようだった。
息をするのも苦しくて、目を開けるのも厭わしい。

189 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:08:05 ID:NXe5lRwo0
何もかもがわかっていたつもりでいた。

なぜかといえば、声が聞こえていたからだ。

でも、キュートの言っていたことは正しかった。

一人の夜に、ごまかしは利かない。



この世界にキュートはいない。
どこにもいない。



途絶された部屋の中で、必死で喉を震わせた。
聴きたくもないその呻きは
いつまでも耳を離れてくれなかった。

190 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:09:04 ID:NXe5lRwo0
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Please wait for the next act....



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191 ◆3XA49WdHCM:2017/08/23(水) 22:10:59 ID:NXe5lRwo0
【幕間 ただ今の進行状況】

第一幕 >>3-64

第二幕 >>68-118

第三幕 >>121-190

192名無しさん:2017/08/23(水) 23:26:17 ID:aCWtsfNU0
おつおつ

193 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:00:04 ID:5wZQzcCE0
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                   開幕


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194 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:01:04 ID:5wZQzcCE0
でぃさんが俺の部屋に来てから、数日が経った。

お盆休みを挟んでいる間、実家に帰省するか迷ったが
いざ連絡してみると、俺抜きでの家族旅行が敢行されていた。

俺のいなくなった実家では俺抜きでの日々が続いている。
部屋には埃が積み重なっているのだろう。
高校生までの自分がどんな生活を送っていたか、今では記憶も曖昧だ。

ヒグラシの鳴き声が早めに聞こえてくるようになってきた。
夏ももうじき終わる。
秋になり、やがて冬がやってくる。

過ぎ去る時間の流れに圧倒されて
布団から起き上がれなくなっていた、
ある日の朝、

    「ただいま」

と、声が聞こえてきた。

195 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:02:04 ID:5wZQzcCE0
エコーのかかったその声は、懐かしくて
「おかえり」に力が入ってしまった。

前の日常に戻れる。

安堵したのもつかの間だった。

違和感が耳に残っていた。

聞流してしまえたらよかったのに
意識に上ったらもう、
無視することができなかった。

196 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:03:04 ID:5wZQzcCE0
( ,,^Д^)「キュート?」

返事を待つ時間が異様に長く感じられた。

存在の不確かな彼女の声は、


やはりどこか、小さくて


そして





川*゚ー゚)「どうしたの?」



何かが足りなくなっていた。

197 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:04:04 ID:5wZQzcCE0
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¢第四幕¢


 三日月転じて君を成す



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198 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:05:04 ID:5wZQzcCE0
( ,,^Д^)「……今までどうしていたんだ」

川*゚ー゚)「んー、わからない。なんか、溶けてた感じ」

軽妙に笑った声は俺の耳を幾度も撫でた。

川*゚ー゚)「空の上とか、地面の中とか、
      適当な場所にいてずっとみんなを見ていたの。
      神様にでもなったみたいだったよ」

( ,,^Д^)「何もできない神様か」

川*^ヮ^)「うん。すっごい、暇。
      だからたぶん、私には向かないな」

消費期限ぎりぎりの食パンとジャムを摺り合わせ
卓袱台にお盆を敷いて手早く食べ終え、服を着替えた。

今日は割と忙しい日だ。
まず午前中にはジョルジュと会う。
午後には長々とバイトを入れていた。

199 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:06:04 ID:5wZQzcCE0
( ,,^Д^)「なあ、キュート」

川*゚ー゚)「うん?」

( ,,^Д^)「雰囲気変わった?」

川*゚ ヮ゚)「わかるー?」

軽やかに彼女は応えてくれた。
くるくるその場で回ってでもいるようだ。

ただ、俺の思い描く像はぼやけている。
いくら目を瞑っても、
こめかみや眉間を抓っても、
はっきりとはしてくれない。

200 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:07:04 ID:5wZQzcCE0
体力とか、そんな感じの何かが失われているのか。
それとも俺が忘れかけているのだろうか。
いずれにしろ考えると背筋が寒くなって、
一度羽織ったTシャツの裾を何度も無闇に振るった。

川*゚ー゚)「今日は一日おともするよ」

( ,,^Д^)「そりゃ頼もしい。よろしく頼む」

二人して外に出る。
陽射しはあまりにも強く、目に痛い。
絵画みたいな入道雲が青空を埋めようとしていた。

201 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:08:05 ID:5wZQzcCE0
大学では企業主催の説明会が開かれていたらしく、
俺と同じ年だった連中が、スーツを着て足早に歩いていた。

就活は三月からだと、公的には言い渡されていたけれど
気の早い奴らは夏のうちから行動しなければならない。
噂として耳にしたことはあったけれど、実際に目にするのは初めてだ。

まだ折り目の新しいスーツを着こなす彼らを見て
去年の俺なら笑っていたかもしれないが
今は気ばかり焦ってしまう。

学生という身分が剥ぎ取られようとしている。
笑う余裕もなくなってくる。

202 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:09:04 ID:5wZQzcCE0
将来のことを考えているか。

堪らなくなって、待ち合わせ場所のテラスに着くなり質問をした。
  _
( ゚∀゚)「もちろん、演劇を続けるよ。決まってるだろ」

何のてらいもなくジョルジュは答えた。

( ,,^Д^)「……就活は?」
  _
( ゚∀゚)「しねえよそんなの」

(;,,^Д^)「マジか……」
  _
( ゚∀゚)「お前、俺が遊びでやっているとでも思っていたのか」

203 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:10:04 ID:5wZQzcCE0
もちろん、ジョルジュのしていることは、
規模で言えばとっくに趣味の域を超えている。

秋以降の公演の準備も着々と進められている。
もしも収入が安定し、知名度を上げれば、軌道に乗るだろう。

簡単じゃないとわかっていても、ジョルジュなら
なんとかなりそうな気もしてくる。
  _
( ゚∀゚)「お前も脚本で生計立てるんじゃないの?」

(;,,^Д^)「無茶言うなよ!」

204 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:11:04 ID:5wZQzcCE0
文章を書くことは、好きだ。
それを活かせる仕事を調べなかったわけじゃない。

誰もが文章を発信できるこの世の中で、
文字を綴ることを主とした職は溢れ返ってはいたが
軽く調べてみるだけでも、薄給や激務の噂が飛び交っていた。

それでも、本当に書くことの好きな人ならば
真っ直ぐ飛び込んでいくことができるのだろうか。
少なくとも、俺にはそれほどの覚悟はない。
  _,
( ;゚∀゚)「え? じゃあ、テマエミ荘の脚本どうするんだよ」

( ,,^Д^)「……現実問題として時間は取れなくなるだろうな。
     俺もいつまでお前らの手伝いができるかわからん」
  _,
( ;゚∀゚)「うおお……盲点だった……どうしよ」

ジョルジュは大まじめに頭を抱えて呻いていた。

205 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:12:04 ID:5wZQzcCE0
溜息交じりに視線を泳がせていたら、
学部棟から人が出てくるところが見えた。

よくよく見ればでぃさんだ。

(#゚;;-゚)        (^Д^,, )


目と目がかち合い、

    ))     ((
(゚-;;゚#)        ( ,,^Д^)


ほとんど同時に逸らした。

でぃさんの首から下が視界の端に少しずつ動いていくのを見送った。

206 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:13:04 ID:5wZQzcCE0
  _
( ゚∀゚)「お前も心労が絶えないな」

指を折り畳んだ手で、両耳を押さえながら、
ジョルジュがこそりと言ってくれた。

( ,,^Д^)「知ってるのか」
  _
( ゚∀゚)「俺の情報網を舐めてもらっちゃ困る」

別に舐めているつもりはない。

先日訪れたあそこは、
できたばかりのショッピングモールだ。

ジョルジュの知り合いの誰かしらが
遊びに行っていてもおかしくないだろう。

207 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:14:04 ID:5wZQzcCE0
  _
( ゚∀゚)「で、どんな感じでうまくいかなかったんだよ」

(;,,^Д^)「どうったって……それはやめてくれよ」
  _
( ゚∀゚)「じゃどこまでうまくいったかをだな」
)└
(⌒,,^Д)「てめえそりゃ同じだろうが!」
  _
( ゚∀゚)「とりあえず手をつないでいたって情報は上がってきてるけど」

(;,,^Д^)「ひっ……まあ、うん」
  _
( ゚∀゚)「まさか手をつないで終わりってわけじゃないだろ?」

(;,,^Д^)「…………終わったけど」
  _
( ;゚∀゚)「……ひっ」

208 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:15:04 ID:5wZQzcCE0
ジョルジュは心持ち目線をあげて
中空を見つめながら、
口を「い」や「え」の形にころころ変えたあとで
ふっと目を閉じ息を吐いた。
  _
( -∀-)「こんな話を聞いたことがある。
     大事故に巻き込まれるなどの強いショックを受けた人間は
     機能不全を起こしやすいという」
)└
(⌒,,^Д)「しねーよバカやろ――ん?」

(;,,^Д^)「あれ、そういえば最近」
  _
( ;゚∀゚)「え、本気で?」

209 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:16:04 ID:5wZQzcCE0
(;,,^Д^)「なんか……やり方を忘れたような」
  _
( ;-∀-)「うわ茶化してすまねえ!」

(;,,^Д^)「謝るな! やめろ! そんなことあってたまるか。
      ちょっと待て今から記憶遡るから」

川*゚ー゚)「何のこと?」

(;,,^Д^)「あっ……」

210 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:17:04 ID:5wZQzcCE0
いつでもそばにいるということが、原因だと
わかったところで口に出すわけにもいかず
怪訝な顔をするジョルジュには苦笑いで押し通した。

でぃさんとは何も起きなかった。
それが事実で、変わりはない。

ジョルジュも興が冷めたのか、
カップに入った麦茶を一気に煽った。
飲み切っても、なかなか手から離さなかった。
  _
( ゚∀゚)「用を忘れるところだった」

ジョルジュは掌を俺に差し出した。
俺もうなずいてその上に冊子を置く。
校正した脚本だ。

211 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:18:04 ID:5wZQzcCE0
( ,,^Д^)「ニトロさんが登場した分、増えたよ」
  _
( ゚∀゚)「確かに、ちょっと厚いな。削らないといけないかもしれないな」

( ,,^Д^)「ああ、削っていいところは備考に書いておいたよ。
      整合性が取れるようにも配慮している」
  _
( ゚∀゚)「さすが」

いうなりジョルジュは、脚本を自分のリュックにしまう。

( ,,^Д^)「読まないのか?」
  _
( ゚∀゚)「ちょっと別件もあってね。大丈夫、集中できるときに読むから」

212 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:19:04 ID:5wZQzcCE0
ならわざわざ俺を呼び出す必要はないんじゃないだろうか。
言いたくなったが、やめておいた。

部屋に籠もりきりだった俺を
外に出す口実だったのかもしれない。

そこまで考えるのはちょっと、
優しさに期待しすぎかもしれないが。
  _
( ゚∀゚)「じゃ、将来とかそんなことは今はおいといて
     この脚本が上手くいっても、いかなくても
     いずれまた何かしら、近いうちにお願いすると思う。
     そのときはよろしく頼むぜ」

ジョルジュが席を立とうとする。

( ,,^Д^)「……あのさ」

口を挟むならここしかなかった。

213 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:20:03 ID:5wZQzcCE0
  _
( ゚∀゚)「ん?」

小首を傾げるジョルジュに向って
練っていた質問をぶつけてみる。

( ,,^Д^)「むかし俺がキュートを連れてきたとき、すぐに受け入れてくれたよな?
      あれっていったい、なんでだったんだ」

さぞや唐突な質問に聞こえたことだろう。
もしもその点を突っ込まれたとしたら
キュートのことを忘れられないからとか、
いろいろな言い訳を駆使しようと考えていた。
  _
( ゚∀゚)「……」
  _
( -∀)「やれやれ」

ジョルジュは大袈裟に肩を竦めてみせた。

214 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:21:04 ID:5wZQzcCE0
  _
( ゚∀゚)「そんなもの、理由はたった一つだ」

俺やキュートの何を信じたのか。
ジョルジュの答えを俺は、固唾をのんで見守っていた。




  _
( ゚∀゚)「勘!」


  _
( ゚∀゚)b「以上だ」

215 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:22:04 ID:5wZQzcCE0
「じゃあな」と残して、ジョルジュの背中はどんどん遠ざかっていく。
頼りがいがないんだか、あるんだかよくわからない。

川*゚ー゚)「安定してるね」

俺の後ろで、キュートは楽しげに言った。

( ,,^Д^)「あんな答えでよかったのか?」

川*゚ー゚)「十分だよ。知りたかったことだったし」

川*^ヮ^)「いい思い出になったよ」


もうじきキュートは消える。
キュートはその予想を口に出して、朝、俺に伝えてきた。

216 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:23:04 ID:5wZQzcCE0
川*゚ー゚)『あたしはたぶん、この前本当に消えるはずだったんだよ。
     だけどきっと、ここに引っかかって、たまたま戻ってきちゃっただけ』

川*゚ー゚)『だから、いつ消えてもおかしくないように
      せめて今のうちにできることをしておきたいの』

( ,,^Д^)『できることって……何がしたいんだ』

川*゚ー゚)『それは』

川*^ー^)『一緒に考えて』

217 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:24:04 ID:5wZQzcCE0
川*゚ー゚)「ほら、次どこへいくか考えようよ」

相変わらずキュートの声は弾んでいる。

目を閉じていれば、
声のかすれを気にしなければ、
すぐそばにいてくれているようだった。

だからこそ、目を開くのが怖い。
周りに誰もいないとわかると
キュートが一気に遠くなったように感じてしまう。

( ,,^Д^)「……とりあえず、街に出てみようか」

川*゚ー゚)「いいね。新しいところ?」

( ,,^Д^)「いや、行ったとのある場所にいこう」

218 ◆3XA49WdHCM:2017/08/25(金) 21:25:04 ID:5wZQzcCE0
彼女と歩いた記憶がある場所ならば
まだ、イメージしやすいから。

とてもじゃないけど、そんなことは口に出せない。
言えないことが、ひそやかに積み重なっていく。

川*゚ー゚)「それもいいな。うん、とっても」

紙コップをゴミ箱に放り投げる。

バイト先に一度連絡を入れた。
急用だと押し切って、休みとする。
苛立ち混じりの文句も聞こえてきたから
今度行くときは大目玉を食らうかもしれない。

俺はテラスを後にした。


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