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三日月転じて君を成す
19
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:17:05 ID:BS0GLIuI0
o川*゚д゚)o「緊急避難!」
(;,,^Д^)「すいません! ちょっと腹痛いんで」
弾けるように席を立つと、一目散にトイレへと駆け込んだ。
他の客は誰もいない。
好都合だ。
薄汚れた洗面台の前に立ち、鏡に映る自分を見つめた。
そこには俺しか映っていない。
( ,,^Д^)「……おい」
o川;゚ー゚)o「いや、いやいやいやいや」
エコーがかった彼女の声が幾重にもこだまする。
20
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:18:04 ID:BS0GLIuI0
o川;゚ー゚)o「あたしのせいにする気!?」
( ,,^Д^)「だってどんどん悪くなっていったし」
o川;゚ー゚)o「そりゃ確かにそうだったけど、考え巡らせたんだよこれでも」
o川#゚д゚)o「ていうかそっちも考えてよ! 何あたしが言ったことそのまま使ってんの」
( ,,^Д^)「俺にそんな才能ないし」
o川#*゚ー゚)o「あたしだって凡だよ、凡!」
彼女の叫ぶ声が響いて、また少し眩暈に見舞われる。
21
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:19:04 ID:BS0GLIuI0
両手をついて、溜息をつく。
前を見ると、鏡の中で、
俺が独り、窶れた顔して立っている。
彼女、キュートはここには映っていない。
鏡から目を離しても、彼女は見えない。
誰にも彼女の声を聞くことはできない。
俺より少し背の低かった、彼女の姿が失われてから、
その声はいつも、俺の頭の中だけに響いていた。
(;,,^Д^)「はあ、もう帰りたい」
o川*゚ー゚)o「もったいない。ジョルジュくんに悪いでしょ」
(#,,^Д^)「そのジョルジュが来ないからこんな羽目になってんだぞ」
22
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:20:04 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「でもでも、今日一日のスケジュール全部ジョルジュくんが調整したんだよ?」
( ,,^Д^)「そりゃまあ、そうだけど」
o川*゚ー゚)o「そもそも忙しい中無理をして時間作ってくれようとしていたんだし
それがダメになったからって責めることなくない?」
(;,,^Д^)「……そう、ですね」
o川*゚д゚)o「ていうかこちらから恋人探しのお願いをしておいて
本番になってまでジョルジュくんを頼るのっておかしいよね?」
(;,,^Д^)「……」
23
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:21:04 ID:BS0GLIuI0
o川*-' -)o「……はあ、先が思いやられる」
実体の無い彼女には、身体的表現は伴っていないわけだけど
大きく落差のあるその声は、がっくりと肩を落とす様が思い浮かばれた。
o川*-' -)o「……あたし、ずっと真剣なんだけど」
低めの声で彼女が言う。
o川*-' -)o「わかってる?」
( ,,^Д^)「……うん」
o川*゚ -゚)o「じゃ、本気でやって」
24
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:22:05 ID:BS0GLIuI0
彼女が言い切るのと同時に、シンクの蛇口が開かれた。
俺は触っていない。きっと彼女が動かしたのだ。
o川*゚ー゚)o「手、拭いて。乾いたままだと怪しまれるよ」
言われるがままに、冷たい水で掌を濡らした。
しばらく固まって、それから手を一気に引き上げ、頬を叩いた。
o川*゚ -゚)o「え?」
彼女の息をのむ音が聞こえた。
( ,,^Д^)「……悪かったな、キュート」
短く息を吐き、背筋を伸ばした。
( ,,^Д^)「帰りたいとか、今は無し、な」
o川*゚ー゚)o「……うん」
25
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:23:04 ID:BS0GLIuI0
キュートが話すとき、俺の頭には彼女の像が浮かんでいる。
声から推測する、俺の都合の良い想像でしかないけれど
今は安堵しているようで、
俺はようやくホッとする。
( ,,^Д^)「じゃ、いっちょ行ってくるか」
o川*゚ー゚)o「私もアドバイス頑張る」
弾むような調子でキュートが続けた。
( ,,^Д^)「あの人、お前とも相性悪そうだけど」
26
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:24:04 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「いいよ、気にしないで」
o川*^ヮ^)o「今の私にできることなんて、これくらいしかないんだから」
楽しい意味では決してないのに
俺が思い描くキュートは、こんなときでも笑顔だった。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸
27
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:27:05 ID:BS0GLIuI0
猛烈な熱気と蔓延る黒煙。
それらが肌を包み込む感触が未だに残っている。
全身が傷だらけだった。
熱が傷痕を焼き続けるので、身体が切り刻まれているような気がした。
痛みに麻痺した身体で必死に這いつくばり
芋虫のように身を捩って、ひしゃげたドアの隙間から外へと出た。
横転したタンクローリーの巨体が夜闇に聳えていた。
後続の車両が何台も激突していて、小高い山を形作っていた。
動けなくなった。
現実離れした光景に目を奪われていた。
少しでもタンクが転がれば、間違いなく死ぬ。
頼みの車は逆さになっているし、走って逃げ切るような体力もなかった。
28
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:28:04 ID:BS0GLIuI0
辺り一面は文字通りの火の海だ。
踊り狂う火炎が網膜を焼きつけてくる。
目を閉じれば、その端から涙が零れた。
それらもすぐに蒸発して消えていった。
喉にも灰が入り込んでいて、呼吸が切れ切れになった。
口を開けているのも辛い。
それでも無理矢理に息を吸い、叫んだ。
爆ぜる炎の音に掻き消されながら、何度も繰り返した。
ほんの数分前まで、助手席に座って笑っていた人の名前を。
呼びかけに応える声は、憶えている限りでは一度も聞こえてこなかった。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸
29
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:31:05 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「身体、無くなったんだよね」
と、キュートは突然言い出した。
何言ってんだか、と笑いたくなったが
皮膚焼けた俺の顔が痛んだので、
身動ぎすらできず、言葉を聞き流していた。
俺には全身包帯が巻かれていた。
目のところは開放されていたけれど、
光の刺激すら耐えがたく、
のんきに周りを眺める気にはなれなかった。
瞼の裏側ばかりを見つめていた。
差込む光の強弱を見て、
今は朝なんだろうなとか、想像して過ごしていた。
すさまじく暇だった。
だから彼女の声が聞こえたときは、
わけがわからないと思いつつも、率直に嬉しかった。
30
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:32:04 ID:BS0GLIuI0
包帯を解く許可が下りたのは入院してからひと月後のことだ。
外気に触れる俺の顔を、
看護師さんが覗き込んで微笑みかけてくれていた。
心配なしと諭した後に
鏡を見るかと尋てきて、
「はい」と短く答えたら、見せてくれた。
それが俺の顔だと、すぐには認識できなかった。
輪郭には見慣れない凹凸が見受けられ、
髪の毛はすっかりそぎ落とされていた。
血の気がない、真っ白な顔だ。
それでも目や鼻、口周りは比較的形を残していた。
鼻の下あたりを見つめていたらだんだん実感が湧いてきた。
凹んだ俺の顔から皮膚を一旦引き剥がして、また張り付け
トンカチでゴンゴン叩いて元に戻そうとすればこんな顔になると思った。
31
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:33:05 ID:BS0GLIuI0
( ,,メД )「ありがとうございました」
頷くと首の皮膚が引きのばされる。
思いも寄らない痛みに悲鳴を上げた。
困ったことがあったら何でも言ってね、と
看護師さんはまた俺に顔を近づけて言った。
ブラウン気味の瞳の潤みさえ見えるほどだった。
痛みを恐れつつ首を回せば病室の全景は見渡せた。
カーテンで仕切られたスペースがいくつかあり、
開けているところでは包帯を巻かれた人たちが寝転んでいた。
身体の一部だけの人もいればほとんど全身という人もいる。
彼らは俺と同じ、事故の被災者らしかった。
32
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:34:14 ID:BS0GLIuI0
( ,,メД )「聞きたいこと、あるんですけど」
再び看護師さんと向き合って、質問した。
キュートのことを、だ。
事故の当日、俺の隣に座っていたはずの、
そしてつい先頃までその声が聞こえてきていた、彼女のことを。
看護師さんは困り顔になっていた。
彼女の声は包帯を解く直前まで聞こえていたので
てっきりキュートは、俺のすぐそばにいるものだと思っていた。
だから軽い気持ちで返事を待っていた。
看護師さんは身を強張らせて口元を手で覆い、
潤んだ瞳を泳がせると、
俺と目を合わせないまま教えてくれた。
33
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:35:04 ID:BS0GLIuI0
曰く、俺がこの一般病棟に運ばれてきたのは今朝のことだということ。
それまで俺は集中治療室に閉じ込められていたということ。
集中治療室には親族以外誰も面会できないうえに、
その親族でさえガラス越しでしかまみえることができないということ。
担当医以外の誰かが俺に声を掛けるということはほぼあり得ないということ。
ついでに担当医は中年の男性だということ。
( ,,メД )「……空耳、でしかありえない?」
俺が小さく呟くと、看護師は目を滲ませ、
またくるからねと俺に手を握ってくれた。
憐れみに満ちた声色が気になって、
遠ざかっていくその人の脚を
俺はしばらくまじまじと見つめ続けていた。
o川*゚ー゚)o「ちょっと! おしり見つめすぎだよ」
34
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:36:05 ID:BS0GLIuI0
今度こそ本気で悲鳴を上げた。
看護師さんはすっとんで戻ってきた。
飛び交ってくる質問攻めに、
いえ、別に、何も、と防戦したのち
疲れを訴え横になったら、ようやくそっとしておいてくれた。
ベッドの周りが静かになったのを確認して、俺はこっそり声を出した。
( ,,メД )「キュート?」
o川*^ヮ^)o「はいはーい」
まったく調子に変わりがない。
( ,,メД )「どこにいるんだお前」
o川*゚ー゚)o「んー、だいたいタカラくんのそば?」
(;,,メД )「なんで疑問っぽいんだよ」
o川*゚ー゚)o「しかたないじゃん、見えないんだもん」
35
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:37:06 ID:BS0GLIuI0
昔どこかで聞いた話だが、透明人間は目が見えないらしい。
光を受容する網膜が透明なため、像を紡ぐことができないのだという。
身体を失った彼女が何を以て見えていると言い張るのか
科学の力ではきっと解明出来ないと思う。
若干エコーのかかった彼女の声が
俺以外の誰にも聞こえていない理由もきっとわからないまま、
聞こえている俺がおかしいという話で落ち着いてしまうに違いない。
はてなが頭に山ほど浮かび、のしかかられて思考が止まった。
ぼんやりシーツを見つめていると、その端っこがふわりとめくれた。
o川*゚ー゚)o「ほら、これくらいならできるよ」
シーツの端が角のようにつきだして、指と指の間に挟まった。
手の甲どうしを合わせた、と言うには、シーツの指が反りすぎていた。
36
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:38:05 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「ね?」
頭の中では彼女の姿を思い浮かべることが出来た。
つい一ヶ月前まで、俺の傍にいた顔だ。
まだ忘れるには早すぎるし、
毎日声を聞いていたのだから、失ったという実感もない。
( ,,メД )「本当なんだな」
何で信じたか、具体的に述べるのは難しい。
あえていえば、それが彼女の声であったから
信頼できたんだと思う。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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37
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:41:06 ID:BS0GLIuI0
_
( ゚∀゚)『あ、もしもし? 今終わったんけど』
( ,,^Д^)「……今更すぎるわ」
レストランからはとっくに離れていた。
宵の口の道を半ば放心して歩いているうちに、
携帯電話の震えに気づいた。
折り返しの電話をすると、
ジョルジュはすぐに出てくれた。
_
( ゚∀゚)『今から駆けつけることもできるけど。どうする』
少し考えてから、答える。
( ,,^Д^)「こっちももう終わりにするよ。でぃさんと駅についたし」
_
( ゚∀゚)『……でぃさん?』
( ,,^Д^)「ん?」
_
( ゚∀゚)『……あれ? あれれ?』
ジョルジュの声が遠くなり、しばらくしてまた元の音量に戻った。
38
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:42:05 ID:BS0GLIuI0
_
( ゚∀゚)『やー、驚いた』
( ,,^Д^)「なんだよ」
_
( ゚∀゚)『あの人、こういうときに来るんだな』
( ,,^Д^)「何言ってるんだよ。お前が薦めてきたんだろ」
_
( ゚∀゚)『いや』
( ,,^Д^)「お?」
_
( ゚∀゚)『なんだろ、忙しかったからかな。指が滑ったみたいだ。うん』
(;,,^Д^)「…………」
_,
( ゚∀゚)ゞ『間違えたわ。ごめんな。はは』
(;,,^Д^)「嘘だろおい!?」
39
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:43:07 ID:BS0GLIuI0
疲れ切っていたはずなのに、腹の底から声が出た。
無理をしたせいか、若干攣った。
(;,,^Д^)「確かに、なんか、思ってたノリとかなり違ってたけど」
_
( ゚∀゚)『マイペースな人だからな』
(;,,^Д^)「いやでもおかしい。嫌ならそもそもこないだろ普通」
_
( ゚∀゚)『それじゃあ、嫌じゃないんだろうよ』
(;,,^Д^)「???」
_, 、
( -∀-)『マイペースな人なんだよ』
それがまるで免罪符かのように連呼する。
40
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:44:05 ID:BS0GLIuI0
_
( ゚∀゚)『一応彼女もうちの団員だし、共通の話題もあっただろ』
( ,,^Д^)「え、そうなの?」
_
( ゚∀゚)『聞かなかったのかよ』
(;,,^Д^)「趣味はないって言ってたぞ」
_, 、
( -∀-)『あー、それはたぶん、仕事熱心だからだな』
感慨深げに語るジョルジュの言葉にノイズが走って、息をのむ音が聞こえてきた。
_
(;.゚∀゚)『げ、わりい、なんかまた呼ばれてるから切るわ』
( ,,^Д^)「落ち着かねえな」
_
( ゚∀゚)『悪いな。脚本の方も頼むぜ、じゃあな』
またな、と俺が答えた時にはもう切られていた。
ため息をついて、ベンチにもたれかかる。
夏の夜の温もりが重苦しく降りてきていた。
41
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:45:05 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「ジョルジュくんは相変わらずだね」
愉快そうにキュートが言った。
元々ジョルジュは大学の演劇部に所属していた。
中心になって立ち回っていたのだが、
面倒な目にあったらしく、二年にあがるころに退部をした。
とはいえジョルジュ自身は、演劇を離れる気がさらさらなかったらしく、
学校内のあちこちや他の大学、社会人サークルなどにも足を運び、
協力してくれる人たちを募って劇団を立ち上げた。
名を「テマエミ荘」という。
これが大学二年の冬、つまり今年の初めのことだ。
42
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:47:06 ID:BS0GLIuI0
俺も通う、吹成大学の学生課と折り合いをつけ
校内の劇場の使用許可も手に入れて
今年の秋には初公演を控えていた。
内容として、まず古典作品を一本。
それから間に合ばオリジナルの作品を一つ。
その話をジョルジュは俺に持ちかけてきていた。
悩んだ末に、返事を決めかねた翌々日に、
俺は旅行先で事故に遭遇することとなった。
o川*゚ー゚)o「懐かしいな、演劇部」
耽るように呟いていたのは、吹成大学の演劇部のことだろう。
キュートはそこに所属して、皆に評価もされていた。
43
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:48:08 ID:BS0GLIuI0
( ,,^Д^)「そんなに昔でもないだろ」
o川*゚ー゚)o「昔だよ。最後の公演、雪が降っていたもの」
寒空の下を、真夏の今、想像するのはちょっと難しい。
俺は開始に間に合わなくて、受付係が撤収しようとしている間になんとか滑り込んだ。
音を立てすぎないようにと散々に釘をさされ、大扉をそっと開くと
暗闇の向こうに輝く舞台が見えていた。
降り注ぐライトは細く、上方には月、下方には一人の女性。それがキュートだった。
舞台の上に立つ彼女の姿は、もう何年も見ているというのに、鮮やかに目に映った。
o川*゚ー゚)o「あのときの口上、言える?」
44
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:49:06 ID:BS0GLIuI0
(;,,^Д^)「え? やだよ、恥ずかしい」
o川*゚Д゚)o「えー、人に言わせておいて!」
(;,,^Д^)「そりゃそうだけど」
キュートが登場するときの脚本は全て俺が担当していた。
試みにと手を出したことが、いつのまにやら習慣となっていた。
o川*゚ー゚)o「ほらほら、最初だけでいいから。ほら」
催促が耳を何度もつつく。
ため息をつきながら、緩みそうになる頬をどうにか堪えた。
45
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:50:06 ID:BS0GLIuI0
(;,,^Д^)「……た、『たとえ輝く太陽が、私達を見捨てても』……えっと」
o川*- -)o『夜の月さえあればいい』
( ,,^Д^)『夜の月さえ、あればいい』
o川*゚ー゚)o「そうそう、続き、どうぞ」
( ,,^Д^)「……『あれは』」
あれは私の心の理想。
姿形が変わっても
いつかは元へと戻るもの。
46
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:51:06 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「言えたじゃん! おめでとう!」
(;,,^Д^)「え? 俺まだ何も言ってないけど?」
o川*゚ー゚)o「へ?」
口上を続けた声は、
俺より、もっとずっと、か細い声で、
俺の後ろから聞こえてきた。
(#゚;;-゚)「良かったら」
振り向いたら、ペットボトルが胸もとにあたった。
描かれている富士山の頂上がまっすぐ俺を指していた。
47
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:52:06 ID:BS0GLIuI0
(;,,^Д^)「え、あ。買ってくれたんですか?」
(#゚;;-゚)「要らないなら捨てて良いですよ」
(;,,^Д^)「いやいやいや、飲みます! ありがとうございます」
でぃさんはすたすたと俺の腰掛けて
自分のペットボトルを口につけた。
顔は上を向いたけど、目はずっと開いている。
食事中も、談笑中も、
夜道を一緒に歩いてからも、俺から敬語は全く抜けなかった。
でぃさんがどんな人か、俺には未だによくわからない。
48
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:53:05 ID:BS0GLIuI0
(#゚;;-゚)「……夜だけど、月、ないんですね」
今度はちゃんと聞き取れた。
でぃさんはペットボトルを降ろして、
駅舎の天蓋に嵌まった窓から、覗く空を観ていた。
星が輝くばかりの空だ。
(#゚;;-゚)「今日は新月なんでしょうか?」
質問をされたのは、今日初めてかもしれない。
49
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:54:06 ID:BS0GLIuI0
俺は時計を見た。
( ,,^Д^)「あと三……いや、二時間半くらいしたら昇りますよ」
反射的に答えた俺に、でぃさんは目を見開いた。
あまりにまっすぐ見つめてこられ、思わず身が竦む。
(;,,^Д^)「な、なんでしょう」
(#゚;;-゚)「詳しいんですね、やっぱり」
( ,,^Д^)「やっぱり? えっと、昔調べたことがあったんですよ」
話を広げようと身を乗り出したそのときに、強い風が吹いてきた。
ホームドアの向こう側で、特急電車がやってきたのだ。
この駅は通過駅。スピードを緩めることはない。
50
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:55:06 ID:BS0GLIuI0
(#゚;;-゚)「……さっき、誰かと話していましたよね」
行き過ぎる電車の音が消えると、でぃさんの問い掛けが耳に入った。
か細いのに、タイミング悪く、聞き逃すことができなかった。
(;,,^Д^)「ジョルジュからの電話、ですよ」
何気ないように答えたが、首を横に振られてしまった。
(#゚;;-゚)「電話のことじゃないですよ。そのあと」
空気が少し、冷えた気がした。
(#゚;;-゚)「独り言のようなのに、独りじゃない感じでした」
51
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:56:10 ID:BS0GLIuI0
(;,,^Д^)「ずっと聞いてたんですか? そばで?」
(#゚;;-゚)「邪魔しちゃいけないと思いまして」
何もないところへ向って喋っている俺を見て
でぃさんが何を思ったのか、考えると背筋が寒くなる。
否定する言い訳を考えているうちに、でぃさんの手が
俺と彼女の間を漂った。
( ,,^Д^)「何してるんです?」
(#゚;;-゚)「このへんに、誰かいました?」
52
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:57:06 ID:BS0GLIuI0
(;,,^Д^)「……」
o川*゚ー゚)o「すご、だいたいあってる」
(;,,^Д^)「マジで!?」
._,
(#゚;;-゚)「……なに突然」
でぃさんは眉を顰めて俺の顔を覗き込んできた。
(;,,^Д^)「…………」
_,,
(#゚;;-゚)「…………」
( ,,^Д^)「……あの」
53
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:58:07 ID:BS0GLIuI0
考えを巡らせているうちに、悩むことが面倒になった。
言っても良いかと思ってしまった。
( ,,^Д^)「笑わないで聞いてもらえますか」
でぃさんの乗る電車が来るまで、時間は五分もなかった。
なるべく簡潔に、必要なことだけ伝えようとした。
( ,,^Д^)「キュートって人を知ってます?」
でぃさんが微かに息を飲むのがわかった。
54
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 21:59:09 ID:BS0GLIuI0
(#゚;;-゚)「ジョルジュくんやタカラくんと同じ
吹成大学の、演劇部だった人、ですね。
テマエミ荘にも入る予定だったって聞いています」
(#゚;;-゚)「同じ舞台に立つことは結局なかったけど、
演技自体はDVDで観たよ」
( ,,^Д^)「……どう思いました?」
(#゚;;-゚)「見惚れました」
o川*゚ー゚)o「……うへへ」
その彼女が、俺とは大学一年生の頃からの付き合いで
事故に遭った後、今でも声だけが聞こえていると、
俺は素直に伝えて聞かせた。
55
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:00:06 ID:BS0GLIuI0
(#゚;;-゚)「なるほど、そういうことですか」
でぃさんは頷いていた。
あまりにもあっさりしていて、却って不安になった。
( ,,^Д^)「信じるんですか? 俺のこと」
o川;゚ー゚)o「ちょっと、ストレートに訊きすぎじゃない?」
と、キュートに心配されながらも、俺はでぃさんの答えを待った。
(#゚;;-゚)「興味が湧きましたから」
ほんの数分前まで、
でぃさんがこんなことを言うとは思いも寄らなかった。
何が起こるかわからないものだ。
56
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:01:06 ID:BS0GLIuI0
(#゚;;-゚)「あの、もしよければ、お願いしたいことがあるんですけど」
電車の警笛が聞こえてきたとき、
でぃは声を張って、俺に向き合った。
(#゚;;-゚)「私も、キュートさんとお話できないでしょうか」
電車が到着する。
ホームドアが左右に開き、帰宅時間の大人達がだらだらと降りてくる。
早くいかないと、スペースが埋まってしまうだろう。
それなのにでぃさんはじっと、俺の答えを待っていた。
(;,,^Д^)「えっと……」
57
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:02:07 ID:BS0GLIuI0
言葉の真意がつかめなかった。
金縛りにあったように立ちつくしていた俺に代わって
o川*゚ー゚)o「私はいいよ」
キュートが答えた。
俺がそのことを伝えると、
深々と頭を下げて、でぃさんが車内に入っていった。
遠ざかる窓の向こう側で振り返ることは一度もなかった。
( ,,^Д^)「変わった人だ」
正直、肩の荷が下りた気になった。
58
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:03:07 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o「くせは強いけど、良い人だよ」
キュートはフォローするように言う。
声は明るい。楽しんでいるようですらある。
恋人をつくってほしい。
そんな不思議なお願いを
キュートが最初に言い出したのは、
夏になって間もなくのことだった。
59
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:04:07 ID:BS0GLIuI0
o川*゚ー゚)o『いつまでも独りきりだと淋しいでしょ?』
というのがキュートの言い分だった。
俺はとても頷けなかった。
)└
(⌒,, Д )『なんでそんなこと言うんだよ』
相手の姿が見えないものだから
アパートの自室の天井を睨んで、歯を噛みしめた。
キュートはまるで自分のことを
存在していないもののように扱っていた。
それが俺は気にくわなかった。
60
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:05:07 ID:BS0GLIuI0
淋しくなどない。
孤独など怖くはない。
そんな弱い心は端から持ち合わせていない。
俺なりに切に、何度も伝えた。
熱が上がって、頭が痛くなって、
すり切れていく声の向こう側で
キュートも次第に荒っぽく、感情的になっていった。
見えない相手との言い合いに、区切りはなかなか見つけられなかった。
61
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:06:06 ID:BS0GLIuI0
o川* д)o『お願いだよ』
最終的にはキュートの啜り泣く声に、
俺は自分の声を無くした。
o川* д)o『幸せになってほしいだけなんだよ』
俺の名を呼び、キュートは何度もそう言った。
必死な様子で崩れた顔が自然と思い起こされて、
反論する意欲は崩れてしまった。
事実上の降伏だ。
それからすぐに、知り合いの中で唯一、顔の広いジョルジュに連絡を取り、
脚本のことを話しがてら、そういった人を探していると伝えた。
62
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:07:03 ID:BS0GLIuI0
最初のうち、ジョルジュは難色を示した。
救われた思いだった。
そのまま批判してくれと、こっそり願ってもいた。
でも、結局そんなに都合良くいかなかった。
_
( ゚∀゚)b『できる限り、後押しするぜ』
こうして俺は今日一日、
乗り気でないという心根を
隠さなければいけなくなった。
ジョルジュが用意してくれた場所で、
来てくれたでぃさんと仲良くなったかと言えば、
それは微妙なところだろう。
でも、キュートの話をすることができた。
何が起こるかわからないものだ。
勝手かもしれないが、今は、前より気分が良い。
63
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:08:06 ID:BS0GLIuI0
夏の夜は過ぎていく。
( ,,^Д^)「帰ろっか」
o川*゚ー゚)o「うん」
言葉少なに、家路についた。
月は夜更けに出たことだろう。
確認するつもりでいたのだが、
あいにく、すっかり忘れてしまい
長いこと眠りこけていた。
64
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/19(土) 22:09:06 ID:BS0GLIuI0
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Please wait for the next act....
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65
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:17:17 ID:7HepJjlI0
いい雰囲気だ、おつ
66
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 22:25:11 ID:XwR7h2s.0
いいねー
67
:
名無しさん
:2017/08/19(土) 23:40:29 ID:dSjka1r.0
この静けさたまらん
おつ!
68
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:00:02 ID:/PzBB3R60
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開幕
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69
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:01:03 ID:/PzBB3R60
高校一年生の文化祭で、生まれて初めて演劇というものを観た。
現代に生きる少年がエルフの力を借り、時を超え
百年戦争に殴り込むという、なかなか奇抜なシナリオだった。
後に世界史の授業でその戦争の名前が出たときには感慨深く思ったものだ。
あけすけに言えばとっちらかり、
ついていくというよりも、引きずられながら観賞した。
憶えているのは、ジャンヌダルクが出てきたということ。
どこからどう見ても普通の体育館のステージで、
ハリボテのお城に見下ろされて、
時折声を上ずらせる演劇部員に囲まれながら、その人だけが、
何百年も前の戦場を駆け抜けた英傑を彷彿とさせた。
70
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:02:03 ID:/PzBB3R60
物語を見ること、聞くことは、昔から好きだった。
アニメや漫画も比較的制限なく集めることが出来たし、
中学生になった頃からは小説や映画にも耽るようになっていた。
醒めた眼で観るようになっていたのは、
果たしていつ頃からだっただろうか。
受験のことや将来のこと、
周りの人間関係等を頭にたたき込んでいるうちに、
気がついたら、虚構の人物たちについて考えることはなくなっていた。
高校生ともなればそれが普通だと自分に言い聞かせていた。
71
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:03:03 ID:/PzBB3R60
俺はその人のことが羨ましかったのだと思う。
別の催しまでの時間潰しとして観覧していた俺は、
飽きたらさっさと抜け出す心持ちでいたのだが、
その人のことが気になって、結局最後まで見届けてしまった。
後に、友人たちと演劇部について話題になった折、
ジャンヌを演じていたのが自分と同じ一年生だと聞かされて、かなり驚いた。
さらに後になって、その人が俺と同じ大学に入ったと知ったときには、なおさら。
授業の合間や放課後に構内を歩き回り、ようやく見つけた彼女に近づいて、
同郷であることを皮切りに話をするようになった。
同じ高校であることを明かして、俺を憶えていないことを彼女が詫びて、
そりゃ話したことないもんなと思いながら黙って朗らかに接し続けた。
72
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:04:03 ID:/PzBB3R60
ある程度の話を交わし、
一緒に横になって歩くことに違和感がなくなった頃に、
俺はずっと抱え込んでいた疑問をぶつけた。
( ,,^Д^)「キュートさん。
. どうして演劇部を途中で辞めたんですか」
二年生の文化祭。
心待ちにしていた演劇部の舞台の上に、
彼女の姿がなかったことが、ずっと気がかりだったのだ。
73
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:05:03 ID:/PzBB3R60
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
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¢第二幕¢
有明はいつも満たされず
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┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸
74
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:06:02 ID:/PzBB3R60
四月の初めにごった返していた大学の構内も、
五月の連休が明けた頃には歩く人の数が減り、
七月の試験が終わってしまえば、
暇な若者が点在するだだっぴろい公園と化す。
高校時代の、夏休みの皮を被った補習三昧とのあまりの違いに、
最初のうちは意表を突かれたものだけど、三年目ともなれば慣れてくる。
急ぎ気味に図書館へと入る。冷房の利きがありがたい。
図書館の二階には広々としたパソコン室があった。
レポートの作成や課題の調べ物、休み時間の暇潰しなどに使われる場所だ。
基本的には学校関係者のみが立ち入り可能なのだけど、
長期休暇の期間だけは他校の人も入ることができ、
他の大学と関わる、いわゆるインカレサークルにも活動しやすいようになっている。
だから、待ち合わせ場所には適していた。
(#゚;;-゚)「こんにちは」
75
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:07:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「早いっすね」
(#゚;;-゚)「午後練の日の朝は暇ですから」
でぃさんは相変わらず言葉少なに、俺の後をついてきた。
パソコン室は閑散としていた。
和やかな雰囲気で集まっている学生がちらほら見受けられる程度だ。
予約しておいたノートパソコンを借り、窓際のテーブル席に腰掛ける。
なるべくでぃさんの身体の方へパソコンを寄せ、電源を入れた。
( ,,^Д^)「これでよしっと」
_ミつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
テキストエディタを画面いっぱいに広げる。
76
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:08:03 ID:/PzBB3R60
(#゚;;-゚)「もう大丈夫?」
( ,,^Д^)「いや、待ってください」
_ミつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
制して、それから「キュート」と続けた。
o川*゚ー゚)o「ほいきた」
音がなくなる。
俺もでぃさんも黙る中、
エディタの白画面に、一点混ざる。
77
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:09:04 ID:/PzBB3R60
┌─────────────────────┐
│ ..│
│ │
│ │
│は┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────┘
(#゚;;-゚)「あ」
たどたどしい語り口のように、
一文字ずつ打ち込まれていく。
78
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:10:03 ID:/PzBB3R60
┌─────────────────────┐
│ ..│
│ │
│ │
│はじめまして┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────┘
o川*^ー^)o『はじめまして』
書き終わると同時にキュートは声を出した。
(#゚;;-゚)「こちらこそ」
79
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:11:03 ID:/PzBB3R60
でぃさんは手を伸ばし、テキストエディタに文字を刻んでいく。
┌─────────────────────┐
│ │
│ │
│ │
│こちらこそ┃ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
│ │
└─────────────────────┘
( ,,^Д^)「打つ必要あります?」
(#゚;;-゚)「キュートさんもこうしてますし」
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
言いながら、でぃさんは素早く指を動かす。
俺なんかよりずっと熟れているようだ。
80
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:12:03 ID:/PzBB3R60
(#゚;;-゚)『この前吹成大学演劇部の去年の冬公演を拝見しました』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
o川*゚ー゚)o『ありがとう! まだまだ未熟だったと思うけど』
(#゚;;-゚)『そんなことはないです。のびのびとしていて、観ていて気持ちが良かったです』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
(#゚;;-゚)『……ファンになりました』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
でぃさんの表情は相変わらず変化に乏しかったが
書かれる文字には淀みがなかった。
81
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:13:03 ID:/PzBB3R60
o川*゚ー゚)o『去年の夏の公演は見た? あのときの演出ってちょっといつもと違ってて』
(#゚;;-゚)『噂で聞いたことがあります。影の具合で浮遊感を表現したとか』
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
打ち込みが段々速くなってくる。
一心に画面と向かい合うでぃさんを見ていたら
わずかばかり残っていた不安が、いつの間にか消えていた。
( ,,^Д^)「すいません、俺、ちょっと用済ませて来ますんで」
(#゚;;-゚)「ええ、わかりました」
ヽつ. / ̄ ̄ ̄/
\/___/
o川*゚ー゚)o「気をつけてね」
( ,,^Д^)「なるべく早めに戻るよ」
82
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:14:06 ID:/PzBB3R60
(#゚;;-゚)「……うん」
(;,,^Д^)「あっ」
キュートに答えたつもりだったのだけど、
(#゚;;-゚) ?
訂正するのも野暮ったい。
(;,,^Д^)ゞ「……はい」
気まずさに顔を歪めながらも、足早にパソコン室を後にした。
┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰┰
┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸┸
83
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:16:03 ID:/PzBB3R60
大学内でも一等古びた木造校舎の地下階に、昔ながらの劇場があった。
カビの匂いがうっすら残るその劇場の使用権は今、
吹成大学演劇部とテマエミ荘とで折半されている。
_
( ゚∀゚)「よう、タカラ」
その劇場の薄暗い控室が待ち合わせ場所だった。
折り畳みテーブルを挟み、パイプ椅子にて一息つく。
( ,,^Д^)「なんか久しぶりにお前の顔を見た気がする」
84
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:17:03 ID:/PzBB3R60
退院してから四か月。
電話を聞いたりメールを読んだり、連絡こそ取りあっていたものの、
こうして顔を合わせたのはおそらく初めてだ。
_,
( ゚∀゚)「少し見ない間に、お前……縮んだ?」
(;,,^Д^)「んなわけあるかっ」
_
( ゚∀゚)「やつれただけか。顔色も悪いな。本当に大丈夫かよ」
( ,,^Д^)「疲れは抜けねえけど、なんとかやってるよ」
まだ午後を少し回ったところだが、寝ようと思えば寝られるだろう。
退院してからずっとこんな調子だ。
予想より早い回復だと医者には言われたが、
やはりどこかで無理をしているのだろうか。
入院中に筋肉は削ぎ落ちてしまったし、
頭痛や吐き気も時々襲ってくる。
本調子はまだ遠い。
85
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:18:03 ID:/PzBB3R60
_,
( ゚∀゚)「ここでぶっ倒れたら、うちに変な噂がたつから、気をつけてくれよな」
にやけた顔でジョルジュは言った。
俺たちが話している間にも、テマエミ荘の団員は控え室に入ってくる。
ロッカーに荷物を降ろすと、さっと着替えて舞台に向かう。
これから舞台装置の準備をするのだという。
全ての準備が終わるまではまだ時間がある。
それまでが空いている時間だと、ジョルジュ自身が指定してきた。
_
( ゚∀゚)「さてじゃあ、長引かせても悪いから、読ませてもらうぞ」
( ,,^Д^)「よろしくお願いする」
86
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:19:03 ID:/PzBB3R60
俺が差し出した冊子――脚本を、ジョルジュは読み始めた。
眼鏡もコンタクトもしておらず、さりとて視力も悪くないのに、
ジョルジュはいつでも鼻先にくっつけるようにしてそれを読む。
隈なく読んでいるのだろう。
何度も見ているのに、こちらも毎度緊張する。
脚本の話が来てすぐに、俺は事故で入院する羽目になった。
入院中もジョルジュとの約束を思い出さないわけではなかったが、
連絡を取るほどの気力はさっぱり残っておらず
退院してから「さすがに無理だ」とメールを送った。
返事がなかったので、この話は立ち消えたものだとばかり思っていた。
87
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:20:03 ID:/PzBB3R60
ところが後日の夜更けに、ジョルジュから電話がかかってきた。
いわく、脚本のことはジョルジュも焦り、書けそうな他の人も当たったが、
どうにも上手くいかなかったり、逃げられたりしたらしい。
話を聞いているうちに俺にも情が移ってきた。
懇切丁寧に相槌を打ち、そのうち眠くなってきて、
次の日に目覚めると、
文字数、ページ数、シーン数の指定がスマートフォンのメモに残っていた。
若干引いた、が、
いざ目の前にすると不思議とやる気もわいてきた。
練習の開始は夏からだと聞いていた。
それに合わせ、勢いに任せて毎日ストーリーを捏ね繰り回した。
その結果を今、こうしてこいつに見せている。
88
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:21:03 ID:/PzBB3R60
_
( ゚∀゚)「よく間に合わせたな」
ダメなときはダメだと最初に言う。
それがジョルジュの信条だった。
( ,,^Д^)「関係者各位に袋叩きに遭う友人を見捨てるのは忍びないからな」
_
( ゚∀゚)「いやあ、全く。恩に着る。企画会議に出してみるよ」
30分ほどの内容が収められたその脚本を
ジョルジュは今一度顔の前に掲げ、
自分のリュックサックにしまおうとしたところで、はたと止まった。
_
( ゚∀゚)「そういえばさ、ちょっとだけ気になったんだけど」
脚本の初め、登場人物紹介のページを広げ、指を差した。
89
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:22:04 ID:/PzBB3R60
主人公になる男がいて、ヒロインにがその横に並ぶ。
そのあとは空白になり、
次のページからは別の登場人物の名前が三人並んでいる。
_
( ゚∀゚)ρ「ここ、スペース開いているよな?」
ジョルジュの言う意味はわかった。
答えあぐねている俺に、
ジョルジュは言葉を重ねてきた。
_
( ゚∀゚)「もしかして、ニトロさんを充てようとしたのか?」
さらりと問われ、むしろ言葉に詰まる。
90
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:23:03 ID:/PzBB3R60
(;,,^Д^)「……なんでわかるんだよ」
_
( ゚∀゚)「そりゃ、お前、ニトロさん専属だったし」
ニトロさんというのは、吹成大学演劇部の
オリジナル脚本で度々登場していた人物名だ。
名前のとおり破天荒で、既存秩序を破ってくれるキャラクター。
元々は俺の脚本にだけ登場していたのだが、
使い勝手の良さから他の脚本担当者の目に留り、
俺に許可を取って使用するようになった。
いってみればスターシステムのようなものだ。
特に誰が決めたわけでもないのに、
その人物のことをみながニトロさんと名付けた。
演じるのはただ一人、キュートと決まっていた。
91
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:24:03 ID:/PzBB3R60
_
( ゚∀゚)「全体を読んでみても、ニトロさんが混ざるとより面白くなりそうな気がしたぜ」
ニトロさんを中心に配置して、
彼女がどうやって既存の枠組みを破壊してくれるかを考える。
それが俺の、演劇部にいるうちに習熟した、たった一つのやり方だった。
今回も、整合性が取れるようにしてからニトロさんを削除した。
人物紹介の空白から見抜かれるとは思いもよらなかった。
_,
( ゚∀゚)「どうして消したんだ」
ジョルジュは強い眼で俺を見つめていた。
笑っているのでも怒っているのでもなく、じっと俺の答えを待っていた。
92
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:25:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「……キュートはもういないから」
人物を演じるには、どうしたって身体がいる。
脚本として、セリフの頭に指し示す記号として存在していても
演劇として、舞台の上に立つその人物を、演じる人はもういなくなってしまった。
いくら声が聞こえ、頭の中で思い描けても、その姿が顕現できるわけじゃない。
悩んだ末に、キュートにも相談してはいた。
o川*゚ー゚)o『私のいない脚本も書けるようにならなきゃね』
この先の俺のことをキュートは考えてくれている。
そう感じたからこそ、最後にはニトロさんの名前を消した。
93
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:26:03 ID:/PzBB3R60
一瞬ジョルジュに、キュートことを話そうか迷った。
彼女が頷いてくれているといえば、ジョルジュはあっさり退いたかもしれない。
口を開きかけた途端、ジョルジュの方から声を発した。
_
( ゚∀゚)「俺は、キュートの話はしていない」
ジョルジュの顔から表情が薄れた。
墨を塗ったような瞳が俺を貫いていた。
_
( ゚∀゚)「ニトロさんは、お前の中で死んだのか?」
返答にまた窮す。
( ,,^Д^)「演じていたのはキュートだっただろ」
94
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:27:03 ID:/PzBB3R60
_
( ゚∀゚)「だから、彼女が死んだらニトロさんも消えるのか? そうじゃないだろ」
ジョルジュは脚本を机に置いて、身を乗り出した。
声を荒げることもないのに、熱気が瞳に宿っていた。
_
( ゚∀゚)「キュートが重要じゃなかったとは言わないよ。
でも、あくまでもあの人は責務として演じていたに過ぎない。
ニトロさんはお前が生み出した人物だろ。
だったらお前、退場するそのときまで、ちゃんと向き合ってやれよ」
言い終わると、ジョルジュは椅子に凭れ掛かり、溜息をついた。
_, 、
( -∀-)「ま、俺のただの持論だし、聞き流してくれても構わないけど」
95
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:28:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「……いや」
俺が想像する以上に、ニトロさんは大きな存在になっていたらしい。
ジョルジュ一人にとって、だけでもないだろう。
ニトロさんはすでに、大勢の人の記憶に残っている。
この世に存在しないその人物に、姿かたちはないけれど、
演じる人さえいればまた登場することができる。
そのような考え方を俺は今までしてこなかった。
キュートの存在が大きすぎて、ニトロさんのことまで考える余裕がなかった。
96
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:29:03 ID:/PzBB3R60
脚本のページをめくり、
ρ(^Д^,, )「……登場するにしても、後半だ」
シーンを選びながら俺は言った。
ρ(^Д^,, )「前半の練習をしているうちに、時間をくれれば書き直せるかもしれない」
_
( ゚∀゚)「2週間だ」
ジョルジュはようやく表情を崩してくれた。
歯を見せてにやっと笑う。
そのしぐさを俺は何度も見てきた。
彼が一等面白いことを考えるときの顔だ。
97
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:30:04 ID:/PzBB3R60
_
( ゚∀゚)「形にならないようだったら元のとおりにいく。
でも、いつでも逃げられるなんて思うなよ」
( ,,^Д^)「もちろんだ。やるからにはまじめに書くさ」
答えながら、頭の中で脚本を思い出していた。
話の全貌が明らかになったところで、ニトロさんが介入してくる。
秩序を壊し、新しい舞台を作り上げる。
胸の内が沸いた。
キュートは嫌がるかもしれないが、説得する。
それくらいの努力はしよう。
なによりも今、俺がニトロさんを書きたくて仕方がない。
98
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:31:03 ID:/PzBB3R60
_
( ゚∀゚)「よし」
再び手にした脚本をリュックにしまうと、ジョルジュは立ち上がった。
控え室の窓の外では舞台装置があらかた出来上がっていた。
森や洋館のセットが整い、ハリボテの半月を団員が引き揚げているところだった。
_
( ゚∀゚)「だいたい終わったみたいだ。俺も仕事に戻るよ。
まだ役者が揃いきってはいないようだけど」
控室のロッカーの中に、まだ鍵のかかったままのものがあった。
ネームプレートには「胡居でぃ」と書かれている。
99
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:32:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「あれ、もしかしてでぃさん?」
_
( ゚∀゚)「そうそう。ルーズじゃないはずだけど、珍しいな」
( ,,^Д^)「……」
でぃさんはキュートと話している。
練習という、織り込み済みのスケジュールに、遅れるとは考えにくい。
話に熱中しすぎているのか、それとも。
_,
( ゚∀゚)「電話も出ねえな」
スマートフォンの画面を見ながらジョルジュはぼやいた。
_,
(;,,^Д^)
俺は立ち上がった。
100
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:33:03 ID:/PzBB3R60
_,
(;,,^Д^)「ここにくる前に図書館で見かけたんだ。ちょっと見てくるよ」
_
( ゚∀゚)「そっか、悪いな。しばらくは彼女抜きで頑張るけど、
. 遅くなりすぎると支障がでるから」
頼むわ、と一声残して、ジョルジュは控室を出た。
俺も後をついて出て、ジョルジュとは反対に出口への階段を上った。
だんだん聞こえてくるセミの声が、外に出ると一気に音量を増す。
暑い陽射しも照り付けて、地下に慣れていた目がくらんだ。
試みに自分でもでぃさんに電話してみたが、
やはり応答は得られなかった。
胸騒ぎはいよいよ大きくなってきた。
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101
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:36:06 ID:/PzBB3R60
コンピュータ室に戻っても、でぃさんの姿は見つけられなかった。
俺が貸し出したパソコンが、机の上にぽつんと閉じられていた。
( ,,^Д^)「キュート?」
パソコンに向かってひっそりと声を掛ける。
返事はなかった。
もしやいないのか。
焦り気味に今一度呼びかける。
o川*゚-゚)o「うん」
ようやく力のない一言が返ってきた。
102
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:37:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「でぃさん、どこいったかわかるか? テマエミ荘の方すっぽかしているようなんだけど」
o川*゚-゚)o「……ごめん」
_,
( .,,^Д^)「知らないか」
何も言わずに席を立つ。
でぃさんに限ってそんなことがあるだろうか。
たった一度しか会ったことはないが、不義理な人には見えなかった。
( ,,^Д^)「なにか急用が入った様子だったか?」
問いかけに、キュートはまた黙った。
103
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:38:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「キュート?」
自然、独り言が多くなる。
コンピュータ室に人は少ないが、それでも同じことばかりしていると目立つ。
視線をいくつか感じる中、こっそり席についた。
先ほどまででぃさんが座っていた席だろう。
まだ温もりが残っている。
席を立ったのは、そう前のことではないらしい。
( ,,^Д^)「あれ? これ」
閉じているパソコンの電源は、点いていた。
104
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:39:03 ID:/PzBB3R60
o川*゚ ゚)o「あ」
o川* )o待って」
制止するキュートの声を聞かず、手を伸ばして開く。
テキストエディタがすぐに目に入ってきた。
┌─────────────────────┐
│ ..│
│ ..│
│ ..│
│諦めた方がいいと思います。 ....│
│お姉さんはもうこの世のどこにもいません。 ......│
│いつまでも後ろを見ているのはもったいない。 ....│
│生きているのなら、前を向いた方がいい。 │
│私はそう思います。┃ .....│
│ ..│
│ ..│
└─────────────────────┘
105
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:40:03 ID:/PzBB3R60
それは、目に入ってきた数行のテキストの、最後の文章だった。
(;,,^Д^)「……これ、お前が書いたのか」
o川*゚-゚)o「そうだよ」
キュートは次第に、少しずつ教えてくれた。
o川*゚-゚)o「でぃさんが私と話したかった理由、わかったよ。
死んだお姉さんと話したかったから、私にその方法を教えてくれって頼んできたの」
o川*゚-゚)o「あたしはわからないって正直に答えたよ。そしたら、必死になって頼んできて」
o川*゚-゚)o「中途半端に受け答えしちゃいけない気がしたの。だから……」
o川*゚-゚)o「思っていること、正直に伝えたんだよ」
106
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:41:09 ID:/PzBB3R60
消え入るようだったキュートの言葉は、
終わりの方でわずかに力が籠められた。
開き直ったようにも聞こえた。
( ,,^Д^)「思っていることって、なんだよ」
目のやり場がないものだから、仕方なくパソコンを見つめながら言う。
テキストエディタではカーソルが相変わらず明滅を繰り返している。
どれだけ睨んでも、文字が書かれることはなかった。
o川*゚-゚)o「たとえばさ」
キュートの言葉が突然降りかかってくる。
これほどまでに唐突に感じたことがこれまであっただろうか。
107
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:42:03 ID:/PzBB3R60
o川*゚-゚)o「このパソコンに文字を打つときはこうするけれど」
キーボードが動く。
o川*゚-゚)o『どうやって打っているのかはわからない』
と、文字が書かれた。
o川*゚-゚)o『指を動かしているのとは違うんだよ。
本当に、念じているだけで文字が打たれるの。
自分の身体が空気の中に溶け込んでいるみたいなの』
o川*゚ー゚)o『こんなのもう、人間じゃないよ』
108
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:43:03 ID:/PzBB3R60
o川*゚ー゚)o『私がここにいるのは何かの間違いなんだよ。
だから、タカラくんにも私ばかりを見てほしくないの。
もっと前を見て、今を生きている自分を大事にして。
せっかく生きているんだから』
( ,,^Д^)「……無理言うなよ」
軽妙に打ち込まれていく文字を見ていたら
どうしても口を挟みたくなった。
( ,,^Д^)「お前はちゃんとここにいるだろ。
どっからどう……聞いたって。だから、無視できねえよ」
o川*゚ー゚)o「……それは」
109
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:44:03 ID:/PzBB3R60
o川*゚ー゚)o「声が聞こえているからだよ」
o川* ー )o「ただそれだけのことなんだよ」
不意に、肩が軽くなった気がした。
目の前の景色が明るんで、
耳に入る音が微かに音程を上げて、
本当に僅かな差が、俺の周りを取り囲んだ。
( ,,^Д^)「キュート?」
110
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:45:03 ID:/PzBB3R60
返事はない。
パソコンの画面にも変化はない。
どこにも、いない。
(;,,^Д^)「どこいったんだよ」
どこかへいくというのも、都合の良い解釈だ。
その「どこ」というのも無いのかもしれない。
たとえキュートが消えたとして、俺に察知することはできない。
俺がキュートを実感していたのは、声と、微かな触感だけ。
111
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:46:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「……納得できるかよ」
パソコンの電源を落とし、強引に閉じた。
先ほどから独り言を続けていた俺を
ちらちら見つめていた奴らを睨み付けて、
返却棚にパソコンを押し込めた。
痛い静寂が耳を突く。
踏みにじるようにパソコン室を出た。
図書館の中は静かだ。誰も何も喋っていない。
寝息さえも聞こえない。
何も聞こえないということが、
鬱陶しくてしかたなかった。
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112
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:50:03 ID:/PzBB3R60
二年半も通っていれば、大学の立地等についてもそれなりに詳しくなる。
やや都心の狭い敷地の中に、複雑に建ち並ぶ学部棟や講堂、渡り廊下。
隙間に敷き詰められた生け垣やイチョウ、ケヤキの木々。
構内の西側には雑木林がある。
生物学科の実験室を取り囲んだそこは、
本来観察のためにある場所だけれども、
遊歩道やベンチが設置されており、塀の外の通りにも面している。
学生の連中も、
あるいは近隣を歩く余所の人も、
自由に立ち入ることができた。
ちょっとした公園のような場所だ。
蝉の声が鳴り響く。
あまりにも鳴くものだから、もはや五月蠅いとも感じない。
113
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:52:03 ID:/PzBB3R60
濃い緑の中に繊細な百日紅の花が見える。
根元には池が広がっていた。
ビオトープだ。
名前も知らない魚が泳いでいる。
( #)
畔に立つでぃさんの小さな背中を見て、言葉に詰まった。
足下にあった枝を踏んでしまって、
( .#゚;;)
結局それがでぃさんを振り向かせた。
黒々とした眼の下で、口が綻ぶ。
それが初めて見たでぃさんの笑顔だった。
114
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:54:03 ID:/PzBB3R60
(#゚;;ー゚)「キュートさんに怒られちゃいました」
微笑んだ口元がひっそりと色を濃くしていく。
笑顔になるには歯を噛みしめる必要がある。
昔、そんな話を誰かから聞いた。
(#゚;;ー゚)「良い人ですね、あの人。
今の私のどこがダメか、とってもはっきり言ってくれたもの」
( ,,^Д^)「気にすることはないですよ」
咄嗟に俺は口を出した。
115
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:56:03 ID:/PzBB3R60
( ,,^Д^)「あいつもちょっと弱っていたんだと思うんです。
自分の存在が不安定なものだから
その不安をぶつけるようなこと、してしまったんです。
でぃさんを傷つけるつもりは全くなくて」
(#゚;;-゚)「傷ついていません」
でぃさんは脚を広げ、俺にはっきりと向き合った。
声の質が違う。
張りのある、よく通る声になっていた。
116
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 21:58:03 ID:/PzBB3R60
(#゚;;-゚)「それに、タカラくんがどう思うかは関係ありません。
キュートさんが言ってくれたことを、私がどう受け止めるかが肝心なんです」
(# ;;- )「そして、私はその言葉に納得したんです。だからもういいんです」
俯いたでぃさんの口はもう綻んでいなかった。
真一文字に結んだ唇がくるまって、皺が見えるくらい噛みしめられている。
(# ;;- )「お姉ちゃんは、もういないんです」
両の掌がその顔を覆い尽くし、前髪を掻きむしって、
震えた両脚がくずおれた。
117
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 22:00:04 ID:/PzBB3R60
スローモーション映像ように、
一つ一つの所作が目に飛び込んでくる。
泣いている声が聞こえてくる。
弱々しいのに、耳にはっきりと届く。
痛いほどに伝わってくる。
慰めの言葉も、励ましの言葉も、
今この瞬間には、とても口に出せなかった。
118
:
◆3XA49WdHCM
:2017/08/21(月) 22:01:03 ID:/PzBB3R60
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Please wait for the next act....
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