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忌談百刑
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【第0話 忌談百刑】
"( )"
――これは刑罰なのです。
私たちの犯した罪に対する厳正な"罰"。
許しを乞う気はありません。
救いの手が差し伸べられることも求めません。
何故なら、これは因果応報の理だからです。
忌むべき百の"忌談"を集め、それを肉に描き込むのです。
自らの血肉と化すのです。
さぁ、集めましょう。
私たちの懲役は、始まったばかりなのですから。
集めましょう。
"題"を求めて、"解"となす。
これは、刑罰なのですから。
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――果たして、もう1枚の手作りSDは、自販機の下、百円玉や十円玉なんかに紛れて、そこにあった。
やはり材質は厚紙で、片面には"まいくろえすでぃかーど その2 8ぎが"と書かれている。
俺はすぐに携帯にその手作りSDを挿入しようと思ったが、もし1枚目と同じような画像だったら、
この場で開くのは、はばかられたので、すこし路地裏に入ったところで、入れ替えることにした。
ビールケースや、ポリバケツの陰、ビルのダクトの下で俺は2枚目のSDの中身を展開した。
やはり1枚目と同じように、画像ファイルが1個と、テキストファイルが1個入っている。
画像ファイルを選択し、展開する。
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そこには、昨日と同じように、痣だらけの全裸の少女が映し出されていた。
しかし、1枚目の少女とは痣の位置や、皮膚の色、髪型が異なり、別人だと思った。
四つん這いになりながら、自身の片手で目線を隠して、どこかの公園の鉄棒に、放尿している。
首には首輪がついていて、そこに装着されたリードが、手前側に伸びていた。
どうやら、その撮影者が、そのリードを握っているようだ。
また、胸糞が悪くなる。
もしこれが、俺がそう言う幼女趣味を持っていたら、興奮する案件なのだろうか。
しかし、生憎、俺にはそんな趣味が無かったし、むしろ撮影者に対する憎悪が膨れ上がるだけだった。
今思えば、昨日から俺が抱いていた、"正義感"だとか"憎悪"だとかっていうのは、
このSDカード内から流れてくる、少女達の無念が俺に流れ込んできて、そう感じさせていたのかもしれない。
だって、やっぱりこの少女も死んでいるって思ったから。
いや、正確には"殺されている"の方が正しいのだろうか。
テキストファイルは、1枚目と全く同じで"わたしたちを さがして"とだけ書いてあった。
俺はなるべく、その少女を視界で捉えないようにして、
その背景から、撮影場所を割り出そうとした。
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後ろの方に、駅前の時計塔の天辺が見えている。
でも文字盤が見えないという事は、どうやら駅の北西から撮影した物らしい。
俺は自分のガラケーで、拝成駅付近の公園を検索する。
そしていくつかヒットした中で、駅の北西にあるものをピックアップした。
"拝成なかよし公園"、どうやらここが、胸糞悪い撮影会が行われた場所らしい。
俺は怒りに歩を速めながら、その公園へと向かった。
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――公園にも人影は無い。
しかし子供の足跡が多数残されているので、先ほどまでは遊んでいたのだろうと思う。
また17時だというのに、思えばもう日は落ちて、すっかり暗くなっている。やっぱり冬は陽が落ちるのが速い。
しかし同時に俺は、この状況に歯噛みした。
なんてったって、暗くなってきたうえに、雪が積もっているのだ。
もしさっきみたいに、地面に無造作に置かれているのであれば、発見はほぼ不可能だろう。
俺は地面に眼を落しながら、公園の中を練り歩いてみる。
子供の足跡によって、雪と泥の混ざった汚いまだら模様ばかりが延々と目に入る。
そのうち、遊具が固まっている一角にやってきた。
先ほどの2枚目の通りなら、撮影が行われた場所近くに3枚目のSDが落ちているはずだ。
俺はくるりと視線を巡らすと、支柱が黄色い鉄棒を見つけることが出来た。
あの写真と"黄色"という符号の合致が、あまり気分の良いものではない感情を呼び起こす。
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鉄棒は、4つ連なっている。
低い鉄棒、中段の鉄棒、俺の胸くらいの高い鉄棒、そして、体操選手が使うような、俺の身長よりも高い鉄棒。
少女が尿を引っ掛けていたのは、一番低い鉄棒だったはずだ。
もう画像は見たくなかったので、記憶を頼りに、その周辺を探してみる。
支柱の根元を蹴り飛ばして、雪を払う。しかしそこにSDカードは無かった。
しゃがみ込んで、支柱の側面までくまなく探したが、見つからない。
俺は立ち上がってから腰を反らせる。バキバキと背骨が鳴った。
3枚目があるならここなんだ。それは間違いない。それでも見つからないのは、既に誰かが持って行ったのか?
そんな事を考えながら、腰を元の位置に戻すとき、俺は一番高い鉄棒の側面に、セロテープで何かが貼り付けられていたのを見た。
近づいてからよく目を凝らすと、それは俺の探していた3枚目のSDカードで間違いなかった。
俺は胸くらいの高さの鉄棒の上によじ登って、一番高い鉄棒の側面から、SDカードをはぎ取った。
"まいくろえすでぃかーど その2 9ぎが"やはり子供の字でそう書かれている。
そして、ここに人気のない事を再確認すると、2枚目と3枚目を入れ替えた。
同じだ。画像ファイル1個と、テキストファイル1個。
俺はまたこみ上げてくる吐き気を押さえながら、画像ファイルを展開する。
そこには、また全裸の少女が、目線を隠して写っていたのだが、
それ以上に俺はその背景に、予想だにしていなかったものを見た。
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少女の背後に写っていたのは、数年前に病死した、"稀代の芸術家 王歯車≪ワン・チーヂェア≫"の邸宅だった。
皆も知ってるよな? 拝成市に住んでた芸術家で、よくテレビに出てたもんな。
( ^ω^)「知ってるお。たしか戦時中に中国の大連から来たっていう」
(´・ω・`)「40年くらい前の東京万博で、モニュメントのデザインをしたんだっけ?」
ξ゚⊿゚)ξ「あれでしょ? 変な家の」
そう、そいつだよ。そいつの家が写っていた。
なんでそんなすぐに俺が、その"王歯車"の家だってすぐに分かったか、当時の報道を覚えてるやつなら分かるよな。
10年くらい前、"王歯車"は近隣住民に集団訴訟を起こされていた。
理由は"街の景観を壊す邸宅の過剰改築"
芸術家だからっていうコトもあるんだろうけど、広い敷地いっぱいに、カラフルな家を複数個めったにくっつけたみたいな
派手で、背の高い、禍々しい家を建てたことで、住民トラブルに発展したわけだな。
当時そのニュースが何度か放映されたのを覚えていたから、その派手な外装に見覚えがあった訳だ。
"歯車城"とか"混沌庵"なんて揶揄されてたんだけど、
結局歯車が、その莫大な資産から、近隣住民を全員、もっといい一等地に土地と家ごと買って引っ越しさせたから、
その訴訟も取り下げられて、そこから次に歯車の名前を聞いたのは2年前の彼の病死で、それが最後だった。
それ以降あの家は、微妙に街の名物っていうか、半ば心霊スポット扱いされてるみたいで、
死んだ歯車が、あの三角の窓から顔を覗かせている、とか、あっちのハート型の窓から腕が見えたとか、
そういう話題に事欠かない、拝成の不思議スポットの一つになってるらしいな。
辺り一帯は全て歯車が購入した土地な訳だし、死後の管理は親戚に権利を引き継いだらしいんだけど、
本当に金に困るまでは売らないでくれっていうんで、未だに街に残り続けているってわけだ。
まぁこの辺は、この出来事があってから調べた事なんだけどな。
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今から歯車邸に向かうとなると、午後7時を超えるか。
しかし、むしろそのくらいの時間の方が、あの辺の人気はより減るのかもしれない。
もしかしたら、あの混沌庵に不法侵入することもあるかもしれない。
俺は家に連絡し、今日は外で友人と飯を食べるとお袋に伝えると、
またちらつき始めた雪の中を、歩き始めた。
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――歯車邸は、異質な存在感を放っている。
まず怖いのが、本当に一帯に人が住んでいないようで、どの家も明かりがないこと。
幾つかの家には、売地の看板が立っていたが、近くにこんな奇怪な家があるのでは、購入者も現れないのも納得だ。
やたらめったらな増築改築を繰り返した、とニュースでは聞いていたが、
あらためて目の当たりにすると、この家はまるで"生き物"だった。
その部屋≪細胞"cell"≫が増殖して、自らの体をより巨大なものに変貌させていったようにしか思えない。
そこに人為的な設計やデザインがあるとは思えず、ただ生物的本能によってのみ肥大化したような気持ち悪さがあった。
それは多分、はた目から見ても分かるくらい、その増築が"理"に適っていないからだろう。
"トマソン"って知ってるか?
何処にも繋がっていない階段。出入り不可能な高い位置にぽつんと設けられたドア。
絶対に開かないであろう歪んだ扉、登って降りるだけのスロープ。
そういう建築物としての役割上無用の長物と言わざるを得ないパーツが、
無数にその巨体にこびり付いている。
更には家自体も、五軒六軒の家々を、巨人がおにぎりにでもしたかのような造形で、
何処が何処に繋がっているのか、外観からは全く分からなかった。
こんな家で暮らすってのはどんな気分なんだろうな。
案外玄関入ってすぐに、居住に必要な機能が固まっていて、後は全部張りぼてなのかもしれない。
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しかし、俺はもう一つの可能性を頭に思い描いていた。
この家は、"誰かを中から逃がさないように作られた"んじゃないのか?
"ウィンチェスター・ミステリー・ハウス"っていうのが、アメリカのカリフォルニア州に存在する。
ウィンチェスターライフルなんて聞いたことないか?
あの銃製造のウィンチェスター社の社長の奥さんが、立て続けに娘と社長である夫を亡くし、
その件を霊媒師に相談したところ、ウィンチェスター製の銃で死亡した怨念たちが、家族を呪っていると言われたんだ。
そして、家を生涯増築し続けるように助言された。
それは、その彼女を追う悪霊≪レギオン≫達を、屋敷の中で惑わせるための策であり、
その屋敷の中から奴らを出さないための牢獄でもあった。
幾つもの行き止まりがその家のありとあらゆるところに存在し、彼女はそこに悪霊を閉じ込めてしまえると信じていた。
結局彼女は死ぬまで、その莫大な遺産を投じて、増築を続けたってんだ。
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それと同じ感じがすんだよな。
何かとんでもないものを閉じ込める、そういう監獄、牢獄の雰囲気が漂ってるんだ。
家であるのに家でない。侵入されない為ではなく、脱走されないようにするための奇奇怪怪。
じゃあ、一体彼の隠したかったものはなんだ。逃げられたくないモノとは何だ。
決まってる。
俺は、その敷地内に備え付けられた、地蔵なのか悪魔のか分からない外見のポストと思しきものの口に手を突っ込む。
3枚目のSDカードの少女の横に写っていたのが、コイツだった。もし4枚目があるのなら、ここだと思っていたんだ。
この悪魔から内臓を引っ張り出すみたいに、喉奥を引っ掻き回す。
すると、指先に、なにか小さなものが触れた。
それを摘み上げながら、腕を引き抜く。
指先には、思った通り、あの厚紙の長方形、4枚目のSDカードが摘まれていた。
"まいくろえすでぃかーど その4 5ぎが"
また、幼い子供の文字だ。
直ぐに携帯に挿入した。また画像ファイルとテキストファイル。
画像ファイルにカーソルを合わせて、決定ボタンに親指を置く。
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その瞬間、なんていうのかな、頭の中に、冷たい電波の痛みみたいなのが走ったんだ。
この画像ファイルは、今までのモノとは違う。
まるで、ここからが本番だとでも言うように、このファイルの中には、更に濃縮された"悪意"が塗り込まれている。
そういう確信めいた予感がしていた。
嫌な感じだ。胸騒ぎがする。これを押してしまったら、もう自制も、後戻りも効かなくなる気がする。
本当にそれでいいのか、という自分がいる。
その自分は、結局己が救えるものなど何もなく、お前はただ自己満足と、好奇心の上に
"正義感"なんていう大義名分を塗りたくって覆い隠しているだけじゃないのか、と俺の耳元で囁く。
でも、そんな頭の中に逆らうように、俺の指は決定ボタンをプッシュした。
画像が展開される。
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「……っち」
思わず舌打ちが出た。
いや、そんな風に、悪態をついて、軽くあしらえるレベルのように扱わないと、
胃の内容物を全てぶちまけたくなる、そんな画像だったんだ。
食堂なのだろうか、薄暗い、長い長いテーブルに、幾つかの燭台と、料理が並べられている。
そこには数人の全裸の少女が、目隠しをして、ナイフとフォークを持って座らされていて。
そして、そのど真ん中に置かれた料理は、明らかに人の形をしていた。
首を切り離された少女の胴体が、まるで北京ダックみたいに香ばしい飴色に焼かれている。
その上に、これもまた目隠しをされた少女の生首が乗っかっていて、
舌を引き出され、そこには11本の蝋燭と、"お誕生日、おめでとう"のメッセージカードが突き刺さっていた。
本当に、くそったれなお誕生日会の様子が、そこには映し出されていた。
ここまで来ると、俺の中の疑念は、もう確信に変わっていた。
この写真を撮ったのは"王歯車"だ。アイツは、幼女嗜好≪ペドフィリア≫の加虐性欲者≪サディスト≫だったんだ。
テキストファイルを開く。そこには、今までと違う文字列があった。
"うらの ぴんくの かべの うえから ごばんめ みぎから さんばんめの しかくい まど"
今までの流れから言うと、きっとこれは、この悪魔の屋敷への侵入経路なのだろう。
ムカつく胃をコートの上から殴りつけながら、俺は裏手に回った。
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裏は裏で、酷い造形をしている。家の隅の部分が二・三個連結したようなそこは、
側面が全て違う色で塗られていて、目がチカチカする。
そこからピンクの壁を探して、壁に沿って歩く。すると、丁度真ん中あたりに、三角形のピンクの壁が現れた。
様々な形の窓が、そこに無数に取り付けられている。その中から、テキストファイルの指示通り、
上から五番目、右から三番目の四角い窓探す。
あった。確かに四角い、小さな窓がそこには存在した。
試しに他の窓を開けようとしてみたが、鍵がかかっていて開かなかった。
しかし、その四角い窓は、少しの抵抗があったものの、やがてその両翼を広げるように開いたんだ。
薄いほこりがサンには残っていて、歯車の死後、誰もここを開け閉めしていない事が分かる。
俺はその小さな窓に、体を捩じ込むようにして歯車城に侵入した。
降り立った場所は台所だった。丁度流し台の上あたりに出た。
俺はシンクに一度降りて、その後床に飛び降りた。
家電製品などは取っ払われているのか、収納以外には冷蔵庫やレンジなどは存在しなかった。
唯一調理場に備え付けられているオーブンだけが残っている。
台所だけでも、三方向に出入り口があった。扉は無く、その先が見える。
しかし、ただそれだけで、あり得ないほど暗かった。
それはそうだ。この家は、内部に行けば行くほど、何の燈も存在しなくなるのだ。
台所には無数の窓があるからまだいいが、それよりも奥には、窓からの月明かりさえ入らない暗黒空間だった。
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俺は自分の携帯の方のカメラ用ライトをつけて、三方向それぞれを照らした。
二方向は長い廊下だったが、左斜め向こうの出入り口だけは広い空間に繋がっているようだった。
そこには長いテーブルの先端が灯りの輪の中に見え隠れしていて、あの画像の食堂であることが分かった。
あの少女の丸焼きが乗っけられていたテーブル。
忌々しいその地獄の入り口に、一歩踏み込む。
冬の空気に締め付けられた寒さが、この食堂の中に渦巻いている。
赤絨毯を敷かれた床を歩いても、一切の足音がしなかった。
テーブルの上の燭台には当然明かりは無い。ただ磨き込まれているのかライトが当たると、眩しすぎるくらいに反射した。
俺はそのテーブルをくまなく探してみた。備え付けの椅子も、その背もたれや、腰掛の下部に至るまで。
だが見当たらない。
次に俺は、その長テーブルに掛けられたテーブルクロスをくぐって、その真下をくまなく探した。
すると、その真ん中あたりにあった机の支えの脚部に、またマイクロSDがセロテープで貼り付けられている。
爪でその端を引き剥がしてから、一気にそれを剥ぎ取った。
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"まいくろえすでぃかーど その5 6ぎが"
机の下から這い出ると、すぐに携帯に入れ替える。
中身は変わらず、画像ファイルと、テキストファイル。
正直もう画像ファイルは見たくなかったが、開かない訳にはいかない。
震える指で決定ボタンを押す。読み込まれた画像が、鮮明に映し出される。
同じだ。全部。歯車の"底なしの悪意"を濃縮したような写真がそこに納められている。
目玉を刳り抜かれて裸にむかれた少女が、四肢全てを鎖に繋がれ、宙づりにされていた。
さらに、小児児童特有のぷっくりと膨れた腹に、まるで"ダーツ盤"のような模様が描かれていて、
そこに幾本もの"ダーツ矢"が突き刺さっていた。
次に、テキストファイルを開く。そこには"たすけて"の四文字だけが、
その短さの中に、悲痛と悲壮をありったけ込めて書き込まれていた。
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――俺は、最後の部屋に辿りついていた。
6枚目のSDカード、"まいくろえすでぃかーど その6 4ぎが"
画像:少女が自らの手首に傷をつけて、風呂に溜めている。その風呂にも、一人の少女が浸かっている。
テキスト:"いたいよ"
7枚目のSDカード、"まいくろえすでぃかーど その7 10ぎが"
画像:ハート形の扉のノブに、少女の物と思しき、手首だけがくっついている。
テキスト:"ここだよ"
この二枚のSDカードを、それぞれ、
壁から鎖の無数に生えた部屋と、ただっぴろい部屋のど真ん中に小さなバスタブが置いてある浴場から発見した。
そして、俺は最後のSDカードに写っていた、ハート形の扉の前にいるのだ。
ここまで来るのに、だいぶ時間を使ったし、正直、元の経路をギリギリ覚えてはいるが、
ちょっと道を忘れたら、永遠に出ることは不可能な気がする、やはりこの家は奇妙に捩じくれ繋がってるようだった。
何にもない部屋が無数に点在し、更に狭い通路が幾重にも折り重なってさらに伸ばされていて、
それらが上下左右前後に接続しているのだからタチが悪い。
移動手段も、階段に梯子に、登り棒のようなものから、滑車や、自分でクランクを回すエレベーターと
ありとあらゆる方法での移動をさせられるので、正直ある程度の知能知識がないと、移動すらままならないだろう。
それこそ、内部奥深くに閉じ込められた、年端のいかない少女には絶対に脱出は不可能だと言い切れる。
大人の力がないと動かない仕掛けや、身長がないと届かないドアノブなど、意地の悪い趣向を持って、
この家は彼女らを飲み込み、かみ砕き、咀嚼し、溶かし、苛み続けたのだろう。
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俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く。
黴臭い匂いと、鉄のサビの匂いが、その隙間から零れてくる。
更に、驚くことに、そこからはうっすらと光が伸びてきた。
そして、全て開き切った時、俺は"王歯車"のその"悪意"の全てを見た。
大きな広間だった。この部屋はあの"混沌庵"の中でも一番高い位置にあるらしい。
相当高い位置に開けられた天窓から、月の燈が入ってきて、"それ"の全てを照らしていた。
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――大きな、鳥籠だ。
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異常鉄骨って分かるか? あの太い、棒状のワッフルみたいな溝の付いた鉄骨。
その鉄骨で編まれた、巨大な鳥籠。それが部屋いっぱいにその領域を広げている。
鳥籠の向こうには、小さな机が見える。
そして、その鳥籠の鉄骨が集中する一番上のところから、"鉤"が伸びていて、
そこに何かがぶら下がっていた。
俺は月明かりと、携帯のライトを頼りに、その"何か"を更に照らし出す。
何か、ブドウのようなものが、吊り下げられている。
そこから太い毛のようなものが少ない数生えていて――。
そこまで見て、やっとその正体に気が付いた。
一つの首から、複数の少女の胴体が生えているんだ。
俺が太い毛のようだと思っていたのは、全て少女たちの四肢だったんだ。
一つの首で、七人分の胴体の重みを支えている少女の顔は、あまりに高い位置にあるので見えなかったが、
今までの写真の少女のように目隠しをしているようだった。
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俺がその少女の塊に気付いた時、部屋の中に、鳥の鳴き声が響いた。
"――で、――で"
そして、歌に合わせて、少女の首が、ゆっくりと伸びていく。
あの胴の集合体が、降りてくる。ゆっくり、ゆっくり。
複数個の腕や脚がてんでばらばらの方に動かされて、鳥の羽ばたきのようにせわしく上下する。
"――いで、――いで"
そのさえずりが、よりはっきりした人間の声に変わっていく。
怨嗟の念のこもった、強い"否定"の感情のこもった、暗い歌声だ。
聞いているだけで膝が震えてくる。彼女らの無念が、俺の骨髄に注射されるように、じわり背骨を這い上がる。
"――ないで、――ないで"
これは、俺にどうこうできるもんじゃない。
やっとそれに気が付いた。あるいは、俺は彼女らを救うために呼ばれたのではなく、
彼女らの"餌"として、この多重次元構造の蜘蛛の巣にかかってしまった愚かな虫けらだったのかもしれない。
体の端々から糸が絡まっていく感覚。"死"という概念を、丁寧に丁寧に織り上げた上質の反物が、俺の全身を締め上げる。
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途端、胴体の塊を支えていた首に力が無くなり、まるでゴムが伸びるみたいに急激にその長さを増して、
ハンバーグのたねが床に叩きつけられるぐちょ、とべちゃ、が合わさった音と共に、その塊が降り立った。
上から伸ばされた細い糸のような首に、七つの少女の胴体が実った、そのグロテスクな果実は、
その落下の衝撃に身もだえするように扇動している。
そして、その、上から響く歌声が絶叫に変わるとともに、
その塊は鳥籠の隙間を、その肉を柔軟に変形させながら染み出てくる。
"みないでッ! みないでェ――――――――――――――ッ!!!!"
瞬間、肉の波が、その塊から迸った。
ぎゅおんという唸りを上げて、俺を飲み込もうと、その体を目いっぱいに広げて四肢を"射出"してくる。
アレに掴まれたら、俺は多分死ぬ。
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その強烈な恐怖が、バネ仕掛けの機械みたいに、俺の体を弾き飛ばした。
自分の筋力で動いたとは思えないような、滅裂な動きのまま、ハートの扉を飛び出した。
そのまま元来た大穴に飛び込んで、更にその奥の部屋に逃げ込む。
後ろからは、七人の少女の肉の塊から構成された、節足動物のようなそれが、
物凄い速度で這いずりながら俺を追ってくる。ぐりんぐりんと回転しながら、自身を運ぶ足を入れ替えて、
柔軟に、しなやかに、おぞましく、その肉を可変させながら、狭い通路も通過するんだ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイッッッ!!!
この家全体から漂う悪虐の空気と、彼女らの行き場を失った明確な殺意が合わさって、
俺の背中に爪を立てる。その度に、俺の魂の一部が欠けていく気がする。
喉の奥が、蒸発しきって失われた水分のせいでぴったりと張り付いて閉じてしまう。
呼吸が出来ない。鼻も、鼻水でふさがってしまっている。
それでも止まれない。
止まったらあの肉塊に捻り殺され、しかもこの煉獄ともいうべき混沌庵に未来永劫閉じ込められて、
彼女らと同じく永遠の責め苦を受けることになるのが分かり切っているからだ。
そうなったら、それはもう、生きるとか死ぬとかではなくて、
生きて、死んで、生き返って、また死んでを繰り返すだけの不毛の輪廻に囚われ続けるのと同じだ。
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もうすでに、どこをどう移動したのか分からない。何度も同じ場所を通っている。
気がする、ではなく間違いなく通っている。何故なら、俺が一度通った後には、
あのたった一個の頭から伸びる白い首が床に伸びているから。
場所によっては何重にもその首がとぐろを巻いていて、そこを俺が何周もしたことを示している。
出れない。出ることが出来ない。
当たり前だ。この家の用途は"ソレ"なんだ。
決して脱出が出来ない永劫の迷宮。一度囚われたら二度と出るとの叶わない、悪魔の館。
それがこの家なのだから。
俺は走り抜けながら、数少ない家具を引き倒して道を塞ごうとする。
それでもその七つの胴の集合体は、それらを踏みつぶし、あるいは持ち上げて、
更には形を柔軟に変形させて、ぶにぶにと俺を追ってくる。
しかもその家具を倒した場所を俺は何度も通ることになるので、
結局その行為は自分の首を絞めているだけだった。
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崩れた家具を飛び越えて、蹴りどけて、そうやって逃げ惑う俺は、床に開けられた人一人分くらいの移動用の穴に躓いて、
もんどりうって床を転がった。そして、ブチまけられた道具類に体を裂かれながら、その勢いで、もう一度立ち上がろうと試みた。
その時、なにか固いものが俺の掌の下にあった。俺は何か有効な武器であることに望みをかけて、
それを引っ掴んで立ち上がった。
そしてまた走り出す。後ろを振り返ると、さっきまで俺が転がっていた場所に、
あの化け物が、その巨体を叩きつけるのが見えた。間一髪だった。
俺は暗闇の中、目を凝らして、その手の中の物を見る。
"ライター"だった。小型の、煙草とか買うとついてくる100円ライターが、俺のてのひらに納まっていた。
こんなものでどうしろというのだ。逃げ惑いながら、ありとあらゆる場所に放火して、そしてこの館ごと焼き落として、
いっそこの化物と心中するか? でもその前にコイツに囚われて、そしてあの世までコイツの一部として地獄に落ちるのはごめんだ。
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考えろ、彼女らは、なんであのSDカードを俺に見つけさせた。
何でこの家に導いた。彼女らの望みはなんだ。
いや、分かっている。解放だ。この家からの解放。
しかしもう、"王歯車"は死んだんだ。奴の魂はとうにこの世界を離れ、
彼女らも自由になるべきなんだ。それが当然の帰結なんだ。
それがどこかで狂っている。どこかで彼女の魂が目詰まりを起こしている。
それこそ牢獄のように、鳥籠のように、彼女らを捕らえ続ける何かがあるんだ。
それはなんだ、この家そのものか?
いやそうじゃない、だって彼女らはこんなにも自由に家の中を走り回っているじゃないか。
もっとなにか根源的な、根本的な、彼女らを封じ込めている何かがこの屋敷には存在している。
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"みないで"
不意に、あの鳥籠の中の首が叫んだ言葉を思い出した。
そうだ、彼女らは、どの写真も目隠しをしていた。
彼女らは、自分を見てほしくなかった。
穢された自分を、汚された自分を。それが封じ込められた写真を。
だから、それが未練なんだ。それが心残りで、この館を離れられない。
それはなんだ。彼女らの、見られたくない、目隠しの下の――。
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瞬間、俺は反転した。
此方に向かってくる肉の塊に向かって走る。
勝負は一瞬だ。負ければ死ぬ。
廊下いっぱいに28本の四肢を伸ばして、移動する蜘蛛の巣のようにこちらに迫ってくる。
避ける隙間なんて一つも無い。でも、それでも俺は走った。
そして、俺と七人の少女の悪霊≪レギオン≫が交錯する瞬間。
俺はタイミングを合わせて、さっき躓いたあの穴の中に飛び込んだ。
頭上を化け物が超えていく。そしてさらに向こうで、何かにブチ当たるような音がした。
俺はその穴をよじ登って後ろを見た。思った通り、あの巨体は前進する力は強い様だが小回りは効かないんだ。
だから俺が下穴に逃げて、慌ててそれを追うために反転したけど、足を取られて絡まる毛玉みたいに、滑り抜けたんだ。
そして、再び起き上がりこちらを追いかけようとする"ソレ"を尻目に、俺は"首を辿って"走り出した。
こうすれば、いつか必ずあの"鳥籠の部屋"に辿りつく。
もう、そこだけなんだ。何かあるとすれば。
見られたくないものがあるなら、そのそばで見張るのが一番いいから。
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――俺は、長く伸びた首を辿って、再びあの部屋に舞い戻った。
鳥籠の鉤にひっかかった少女の首は、未だにか細く"みないで"と泣いている。
俺はその声に耳を塞ぎながら、ドアと反対の鳥籠の向こうに見えた、小さな机に向かった。
あの首の近くにある、"見られたくないもの"があるとしたら、ここしかない。
机に備え付けの引き出しを開ける。
その中には、
苦痛や涙に顔を歪めた、無数の少女の写真があったんだ。
本来なら可愛らしい顔だったであろう顔面は、ことごとく恐怖と蹂躙によって、人間の相貌を喪失している。
多分恐らく、日本人ではない。金で買われた彼女たちは、この醜く崩れしまった顔を見られたくなかったんだ。
目隠しを外した、この狂気じみた顔を。
だから結局やっぱり、彼女たちをここに閉じ込めていたのは"王歯車"だったんだ。
本当の牢獄は、異常増築の家でも、異常鉄骨の鳥籠でもない、この写真だったんだ。
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写真は、魂を封じ込めるって聞いたことがあるだろ?
七人の少女が、ここにやってきて、苦しんで死ぬまでのポートフォリオが、
彼女らの魂を捕らえて、そしてやがてこの引き出しにごったに詰め込まれた写真たちのように、
ひとつの塊になって、苦しんでいた。
俺は、握りっぱなしだったライターを使って、その写真に火をつけた。
一枚目が焼けると、その後は早かった。少女として、女として見られたくないそれらが一斉に燃え上がって塵へと変わっていく。
後ろを振り返ると、長く延ばされた彼女の首は、すっぽりと抜け落ちて、その端からまるで導火線に火がついたみたいに、
ドアの向こうに伸ばされた自らを、消しながら追っていく。
そうして、多分、あの先にある少女たち七人分の煮凝りの肉体も消えるのだろう。
そして、鉤に吊るされた首は、歌うのをやめていた。
俺からは後頭しか見えなかったから、どんな表情をしているのかは分からなかった。
そして、写真の最後の一かけらまで、すっかり焼け落ちると、その首も消えてしまった。
その後、俺はあれほど脱出不可能と思われた館を、案外すんなりと、しかも玄関から出ることが出来た。
あんなに恐ろしく、そして長い時間をあの中で過ごしたように思っていたけど、時間にして一時間しか経っていなかった。
俺は、彼女らを救ったんだろうか。それとも殺したのだろうか。
救うと殺す。相反する事象の狭間に揺れながら、俺は強くなってきた雪の中を帰った。
-
後日、友人と駅前で遊んだ後に、俺の家でゲームでもするかって話になった。
二人で俺の部屋に入ってコートを脱いだ時、俺のポケットから、あの日の七枚のマイクロSDカードが零れ落ちる。
『なんだお、それ』
友人がそれを目ざとく見つけて、俺はSDを処分し忘れていたことを思い出した。
( ^ω^)「僕やん!」
俺は説明に困ってしまって、とりあえず、「暗号ごっこ」とだけ返して、
その七枚を炬燵の上に放った。
友人はそれを順番どおりに並べてから、
『ドクオ、この時期になると奇行が増えるおね』
と言う。
-
『去年のこの時期も、受験前だっていうのに、探偵ごっことか言って、妊婦さんをつけ回してたし』
「あ、あれはちげーよ! お前の勘違いだってッ!」
俺がそう返す頃には、友人は真剣な顔でそのSDを見つめる。そしてこんなことを言った。
『コレ、容量がちょっとずつ違うんだおね』
「ん? どゆこと?」
『ほら、その1から7まで並べると、最初は"8ぎが"、次も"8ぎが"。でも次から全部数字がバラバラで、9,5,6,4,10 って続くんだおね』
「ホントだ」
気が付かなかった。そのSDに納められていた内容の方にばかり気を取られていて、
そんなところまで、気が回らなかったのだ。
そして、その事実を噛み締めている俺よりも早く、また友人が口を開く。
-
『これ、"ミナゴロシ"じゃないかお?』
「え、何それ」
『あー、いや、なんていえばいいんだお? "3,7,5,6,4"で"ミナゴロシ"って読むっていう、えーっと、数字の語呂合わせってヤツ?』
それを聞いて、俺はその数字の羅列の、"日本語読み"を試みた。
――なるほどな。
俺は、多分、あの子たちを"救った"んだろう。
あの子たちの願いは、この世から消えることだったんだ。
それが彼女らにとっての救いだった。
だから、俺はあの日、あの館に呼ばれて、彼女たちを"救い殺した"んだ。
その時、俺もやっと、あの一連の出来事から、解放された気がした。
表裏一体だったんだ。
コインの裏表のように。
きっと、俺は――。
-
『8 8 9 5 6 4 10』
【鳥籠の中のろくろ首≪デュラハン・イン・ザ・バードジェイル≫ 了】
-
【幕間】
('∀`) 「っしゃぁッ!! どやッ!!」
( ^ω^)「……なっがぁ〜」
ξ゚⊿゚)ξ「ながいわ」
(´・ω・`)「ながいね」
川 ゚ -゚)「ながいな」
(;'A`) 「え、ちょ、感想それだけッ!?」
ξ゚⊿゚)ξ「ぶっちゃけ長い回ってちょっと"刑務官"殿の反応鈍るのよね」
('A`) 「べ、別にいいじゃん! ご機嫌伺いでやってるんじゃないもんッ! むきゅーッ!」
ξ゚⊿゚)ξ「まぁ、最後だからって張り切ったって事にしておくわ」
( ^ω^)「……つんさん」
ξ゚⊿゚)ξ「ん、なに?」
( ^ω^)「おなか すいたお」 ギュゴルルルルル
ξ゚⊿゚)ξ「はいはい、じゃあご飯にしましょうか」
川 ゚ -゚)「うむ、良い頃合いにご飯になったな」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、閑話休題と行きましょうか」
-
【閑話休題】
( ^ω^)「相変わらずうめぇお"感詰"」モッチャモッチャ
(´・ω・`)「でも、これ数日喰い続けろって言われたら地獄かもね」
川 ゚ -゚)「塩みが欲しいな」
ξ゚⊿゚)ξ「早くもこの生活に慣れてきて文句出始めたわね」
('A`) 「順応性の高さが自慢だからな、俺ら」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあご飯食べながら、"刑務官"殿の"尋問"に応えていきましょう」
-
『>>293 現在の収監環境』
( ^ω^)「牢屋だお」
(´・ω・`)「牢屋だね」
ξ゚⊿゚)ξ「コンクリ打ちっぱなしの箱の一面が鉄格子、っていう"ザ・監獄"よね」
川 ゚ -゚)「他もいくつかの牢屋が見えるけど、誰も入ってないな」
( ^ω^)「服は制服だお」
ξ゚⊿゚)ξ「拝高は男女ブレザーね」
(´・ω・`)「腹が減るって事は、その後の生理現象とかどうしたらいいんだろうね」
( ^ω^)「あの隅に、工事現場にある簡易トイレがあるお」
川 ゚ -゚)「音、聞こえるな」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、誰かがトイレに入ったら、残りの全員で、"大地讃頌"を熱唱するというルールを設けましょう」
('A`) 「そんなのうんこする側が落ち着けないよ……」
-
『>>384 話の長さ』
('A`) 「こればっかりはなぁ」
(´・ω・`)「正直全員短くしようと努力してるんだけどね」
ξ゚⊿゚)ξ「長くなる話は長くなるのよねぇ」
('A`) 「極端に長い予感がするのはかいつまんで話すようにしてるけど」
( ^ω^)「一時間超えると、座ってても足痺れてくるお」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、まぁ、健康を損なわない程度に、鋭意努力案件って事で」
('A`) 「ぶっちゃけ四コマで纏められる話もあるけど」
('A`) 「幽霊だー→襲われた→退治だ→ハッピー、みたいな簡素な話にしかならないんだよな」
川 ゚ -゚)「まぁ、短くすれば、話せる話数も増えるからな」
('A`) 「その分早く"釈放"されるってんならそれに越したことはないな」
-
『>>776-770 出"題"について』
( ^ω^)「基本何でもいいお」
('A`) 「早ければ早いほど、早く話せるしな」
(´・ω・`)「でも、"題"が出てくるまでがプチ休憩時間だから、時間かかるのも嫌いじゃないけどね」
ξ゚⊿゚)ξ「結果"刑務官"殿の自由にしてもらえればそれでいいわよね」
( ^ω^)「所詮"囚人"の僕らに、自由なんてないんだお」
(´^ω^`)「何かムカつくことがあれば"解"の中で復讐してやればいいからねッ!」
( ^ω^)「出たッ! ショボちゃんの陰湿な仕返しッ!」
('A`) 「ルールの穴を突く、汚い手口は誰にもバレずに相手の精神を破壊するぞッ!」
川 ゚ -゚)「やっぱみんなショボを人間から徐々に遠ざけようとしているな」
ξ゚⊿゚)ξ「友達じゃなかったら、関わりたくない人種だわ」
(´^ω^`)「ツンちゃんの"七色ポケット"の万倍"痛い"話を書いちゃうぞぉ〜」
( ^ω^)「鬼畜」
-
『>>481 差し入れ』
ξ゚⊿゚)ξ「それから、みなさんお待ちかねの差し入れよッ!!!」
('∀`) 「やったぁあああああああッ!!!!!」
( ^ω^)「喰いもんッ!!! 娯楽ぅッ!!!!!」
川 ゚ -゚)「クーラーと低反発枕貰っていいか?」
ξ゚⊿゚)ξ「もうここで暮らしていこうとしてるじゃない」
ξ゚⊿゚)ξ「えーっとね、これ、"パズル"みたいよ」
( ^ω^)「パズル?」
ξ゚⊿゚)ξ「一応娯楽なんじゃないの?」
(´・ω・`)「どれどれ〜? oh……。100cm×100cmの5000ピースだって」
('A`) 「めっちゃ細かいやんッ!」
(´・ω・`)「これ一ヶ月とかかかる奴だ……」
ξ゚⊿゚)ξ「でも完成絵はパッケージに書いてあるわよ」
-
川 ゚ -゚)「私だッ!」
( ^ω^)「……」
('A`) 「……」
(´・ω・`)「……」
ξ゚⊿゚)ξ「……」
川 ゚ -゚)「……ちょっと後ろ向いてもいいか?」
ξ゚⊿゚)ξ「……どうぞ」
川 ゚ -゚)「じゃあ、お言葉に甘えて」
( 川川从 フヒッ……フヒヒッ……
( ^ω^)「あぁ、普段あんまり笑わないと、あんな気持ち悪い笑い方しか出来ないんだおね」
(´・ω・`)「悲しい呪いだね」
ξ゚⊿゚)ξ「でも二度と見たくないから正直後ろ向いてくれるのメッチャありがたいわね」
('A`) 「言うな。さっき喰ったもん全部出すぞ」
-
川 ゚ -゚)「いや、すまないな」
ξ゚⊿゚)ξ「いえいえ」
川 ゚ -゚)「でも、一つだけ言いたいことがある。私はこんなだっせぇ服は着ないぞ」
ξ゚⊿゚)ξ「いや、あんた私服全部、動物のでけぇ顔がプリントされたトレーナーじゃない」
( ^ω^)「あの紫水玉に、パンダのドアップがプリントされたトレーナー何処に売ってんだお。逆に欲しいお」
(´・ω・`)「僕は首を180°捻った梟の全身図がプリントされたスパンコール塗れのあれが印象深いなぁ」
('A`) 「クーさんは一人でトレーナー動物園を開きゃなきゃいけない呪いもかかってるのか?」
川 ゚ -゚)「いや、可愛いだろ、殺すぞ」
( ^ω^)「こっわ」
ξ゚⊿゚)ξ「急にフルスロットルの殺意をまき散らせるのもまた才能よね」
-
川 ゚ -゚)「それと、もう一つ驚いたことがあって、このピエロなんだが、私の見たピエロと超似てるんだよなぁ」
(´・ω・`)「そうなの?」
川 ゚ -゚)「あぁ、めっちゃ似てる。怖いくらいに」
('A`) 「クーさんが細かく話したから、うまく伝わったんじゃない?」
(´・ω・`)「"刑務官"殿の、物語を読み解く力の高さだと思うよ」
川 ゚ -゚)「そうだな、それぐらい似ている」
川 ゚ -゚)「なので今から私はパズルに勤しむが、いいな?」
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっ! それは困るわよッ!」
川 ゚ -゚)「じゃあ聞きながらやるからぁ〜。ちゃんと聞くからぁ〜。話すときは止めるからぁ〜」
ξ゚⊿゚)ξ「う〜ん……」
(´・ω・`)「クーさんマルチタスク能力メッチャ高いから大丈夫じゃないかな」
('A`) 「勉強しながら読書して映画見て英会話のリスニングして更に飯食う人だからな」
( ^ω^)「どれも平均以上にこなすから怖いお」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、ちゃんと聞けるな許可するわ」
川 ゚ -゚)「よっしゃっ! 2時間で完成させるぞ!」
('A`) 「マジで完成させそうで恐ろしい」
-
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、そろそろ休憩も終わりにして、次の"解"いきましょうか」
( ^ω^)「"題"は>>945でいいかお?」
(´・ω・`)「おっけ」
('A`) 「五週一発目は誰が行く?」
(´・ω・`)「また、僕でもいいかな?」
ξ゚⊿゚)ξ「分かったわ」
ξ゚⊿゚)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう」
-
乙
-
おつ
たしかに長くて文章の密度も濃かったけど、
ラストの数字の答えが分かってニヤっと出来たので満足。
ドクオの語り方なんか好きなんだよな。
これから自分も良い気持ちで眠れる。
-
おつおつ
どの話も情景が想像しやすくて余計に怖くなる
-
おつおつ
SDの数字は被害者の子の年齢かと思った
しかし今回は今までの中でも一番きつかった
-
おつおつ
-
ショボンの話楽しみだわ〜
安価なら『見えない』
-
ショボならきっとえっぐいのもってくるんだろうなぁ(ニッコリ)
安価なら『花』
-
おつおつ
ドクオへの皆の雑な扱いに笑う
数字語呂合わせにしばらく悩んだから自分は駄目です
安価なら『布』
-
面白かった乙
安価なら「海」
-
長くても全然問題ないわ〜。
むしら楽しめる。
安価なら「スケルトン」
-
面白かったお疲れ様!
家の中に侵入したあとはすごく怖かったけど、最終的にはいい話でよかったよ。
-
乙、すごい面白い
度胸のあるドクオが悔しいけどカッコよかった
-
乙!
ほんと面白い、最近の楽しみになってる
-
そろそろ1000か、次の話でぎり収まるかね…
-
段々怪奇現象に慣れてきてるのか、化け物退治の少年探偵団っぽさが出てきたな
で、お前ら何の罪でここにいるんだ?肉に書き込むってなんなんだ?
刑務官にも教えてくれよ
-
乙
これを朝5時にあげてるとかすげえな
感詰で腹ふくれたらほどほどに寝るのよ
-
【第21話 糸喰らいの神馬】
"(´・ω・`)"
――ねぇみんな、僕って髪の色素が薄いでしょ?
川 ゚ -゚)「そうだな」
ξ゚⊿゚)ξ「私はイギリスとのクォーターだからまだ分かるけどね」
( ^ω^)「なんか栗色を更に明るく薄くしたみたいな色だおね」
('A`) 「オレンジ成分多めのフルーツオレって感じだな」
この頭髪のせいで、昔から苦労したんだよね。
小学校の頃はまだもう少し暗くってさ、こげ茶ぐらいだったんだけど、中学から一気に色が抜けたんだよ。
教育指導の教諭からがみがみ言われて、その度に親が医師の診断書を持って行かなきゃいけなかったし。
上級生からも生意気なヤツ認定はされるしさぁ。
じゃあ黒に染めればいいだろって思うかもしれないけど、僕肌が弱いから、染薬とか使うともう頭皮がとんでもなくなるんだよね。
あと親、特に母親が染めるのには大反対で。
って言うのも、この色素の薄さは母親譲りで、しかももっと遡ると僕の曾祖母ちゃんからの遺伝らしいんだよ。
そして、なんで僕らの一族がこうなってしまったのかの話を、僕は祖母から聞いたことがあるんだ。
今から話すのは、僕の"曾祖母"の話だよ。
-
僕の曾祖母は1900年の、明治時代後期に、中部地方の農村で生まれたんだ。
名前は"阿部なち"。貧乏農家の4番目の子供だって言ってたかな。
当時は、地租改正や干害の影響もあって、農村不況が続いていた。
家族全員で朝から晩まで畑仕事をしても、全員食っていくことが出来なかったんだって。
だから、基本農村部では、子供がある一定の年齢に達したら、長男以外は、男は街の商人の所へ丁稚に行かせるか、
女は、製糸や紡績の工場に女工として出稼ぎに行かせたんだ。
12才で家を出されて、帰ってこれるのは正月くらい。
後は自由の利かない生活を送って、男だったら出世するか、独立するか、女だったらどっかの男に拾われるか、
そうでもしないと死ぬまで出稼ぎ生活を続けたんだって。
-
曾祖母――僕が生まれる前に死んでて面識もないから、これからは"なちさん"って呼ぶね――の生まれた中部の諏訪は、
その盆地が多い地形を生かして、養蚕業と製糸業が盛んだったんだって。
逆に盆地は雨が少ないから、農業には向かなかったらしいけど。
盆地は水はけが良くて日当たりのいい扇状地が多いから、蚕の餌になる桑が良く育った。
養蚕農家はその桑で蚕を育てて、繭になったら製糸工場に運び込む。
そして、その繭から糸を作るのが、製糸工場だね。
当時の女工の詳しい生活を知りたいなら、"野麦峠"か"女工哀史"でも読めばいいよ。
なちさんが働ける年齢になったのは1912年。丁度明治天皇が崩御なされて大正時代が始まった年だね。
君たち製糸工場と言えば、どこが有名か分かるかい?
川 ゚ -゚)「群馬の富岡製糸城だな」
ξ゚⊿゚)ξ「国内初の官営工場だっけ?」
そうそう。
その富岡製糸場の成功を受けて、日本全国に大規模な製糸工場が乱立した。
でもね、富岡製糸場は、リリエンタール・シュタット商会から派遣されたお雇い外国人"ポール・ブリューナ"の先進的マネジメントと
それから国の財力面でのバックアップがあったらか成功したわけで、
そういう後ろ盾のない工場のどこに歪が出るのかっていうと、当然そこの従業員、つまりは"女工"達に集約されるわけだ。
-
大正時代の前半からは、ほぼ人さらい同然のような人買いで、貧乏農村から子供を掻き集めて、
無理矢理狭い狭い寄宿舎で生活させる工場が増えた。
風呂は一週間に一回あるかないか。服の洗濯は更に回数が減る。
食事は麦に稗と粟の混じった飯に、干物と漬物が一切れ。
朝の日の出と共に始まって、陽が沈んでやっと仕事の終わり。
特に夏なんかは陽が出ている時間が長いから、一日14時間位働いていたらしいね。
場合によっては、検番っていう監視員や、その工場の経営者に性的な慰み者扱いされる場合もあったらしいね。
寝る場所も、畳一畳に布団を敷いて、雑魚寝。衛生状況も良くない事が多かったらしいよ。
だから風邪なんか引くと即肺炎まで行っちゃって、しかもそれが他者に感染する前に、
さっさと手切れ金を渡して、国に帰らせるんだって。大体帰る途中で死ぬらしいけど。
それでもまだ、農村で、育たない作物相手に農作業するよりは全然マシだったって言う女工さんが多かったってんだから
今の時代はなんて恵まれているんだろうって、こんな時代に生まれた事を感謝せざるを得ないね。
まぁともかく、なちさんも、生まれた瞬間に工場側が出産祝いと称して親に金を貸し付けて、
"いつかその子がウチで働いて返してくれたらいいんです"なんて甘言に乗せられてホイホイ金をもらった親のせいで、
産声上げたその日から、12才になったら、強制的に女工になることが決定していたんだって。
そして1912年の1月上旬。里に帰ってきていた女工の姉さんたちと一緒に、彼女は諏訪の製糸工場に出稼ぎに出た。
おっとぉ、おっかぁを楽にしてやりたい、その一心で。
雪の吹き荒ぶ中、雪駄に染みる冷たさで、足先がヒビ割れそうになりながら、彼女は峠を越えていくんだ。
-
工場につくと、まずは女将さん――工場経営者の奥さんだね――に部屋を宛がわれた。
初日から働くことはせずに、まずは食事と睡眠が与えられるんだ。
しかも食事は銀シャリで、おかずもたんと付けてさ。
頑張って働けば、毎日これが食べられるよなんて言われて、なちさんは殆ど初めて食べる白飯をお腹いっぱい食べたんだって。
勿論これは女将さんの嘘で、まぁどこの工場でもそうだったんだけど、女工の脱走を防ぐために、
最初にいい思いをさせて、希望を持たせることで、逃げにくい思想を植え付ける策だったみたいだよ
('A`) 「ブラァック……」
( ^ω^)「現代社会の闇はこの頃から変わらないんだお……」
そして浴場に行ってお風呂に入って、干したばかりの布団で寝る。
なちさんは布団の中で思ったんだって。姉さんたちが、工場に帰りたくないって泣いていた意味が分からないって。
自分だったらずっとここで働きたいのに、なんてさ。
これから始まる地獄の事も知らずに、のんきにも。
-
次の日、なちさん含む新入りの女工たちは、女将さんが先導して工場の見学をしたんだ。
工場の中は、冬だっていうのに、蒸し暑かった。
そんなに厚くない着物だったのに、体が汗ばんでくるくらいに。
そして、何よりも、臭いんだ。湿気の中に、香ばしさと、それからたい肥の匂いを混ぜたような不快感が漂っている。
これが"煮繭"の匂いか。噂には聞いていた。製糸の過程で、釜で繭を煮るっていうのがあるんだけど、
結局繭の中には蚕さんがいるわけで、蚕って虫だからさ、そのまんま蟲を煮詰めた匂いが工場内に充満してるわけさ。
しかもその蒸気のせいで室温も高くて、より匂いは濃厚に、鼻腔にへばり付くみたいな粘度になるわけ。
思わずなちさんが、着物の裾で鼻を隠すと、隣のなちさんと同じく新入りの女の子が吐いたんだ。
匂いに耐えきれなかったんだね。そしたら、今まで優しかったはずの女将さんが急に鬼の形相で大激怒したんだ。
『お前はこれからこの匂いの中で働くんだ! お蚕様の匂いを嗅いで吐くなんて、この罰当たりが!!』
そう言いながら、繭を煮た後に釜の底に残る蚕の死骸を集めた壺から、数十匹の蚕の死骸をつかみ取ると、
その子の髪を引っ掴んで、無理矢理その蟲の団子を口の中に捩じ込んだんだ。
女の子は、喉の奥に蟲団子を詰まらせて、結局また吐き戻したんだけど、
女将さんは、今日のあんたの飯はそれだからねッ! なんて金切り声で叫んだらしいよ。
ちなみにこんな話をすると、虫を喰うとか気持ち悪いよ! って思うかもしれないけど、
長野だと普通に蟲を喰うし、蚕も食べるから、そんなに異常な事でもないらしいんだ。
なちさんも、時折、女工の姉さんたちが分けてくれる、蒸気式の糸繰り機に接続された蒸気管で炒った蚕は美味しかったって言ってたって。
だからと言って匂いまで、しかも数千匹の蚕を煮詰めたやつまで許容できるかは難しいよね。
実際新入りの子は、吐いた子以外も全員気分が悪そうな顔をしていたっていうしね。
いや、実際は女将さんの豹変っぷりにビビってただけかもしれないけどね。
-
そして工場の見学が終わると、彼女たちは別の部屋に集められたんだって。
そこには医者風の男がいて、彼女ら新入り女工を全員裸にすると、一人ひとり丁寧に調べ上げる。
健康状態や、体の発育に応じて、どの製造工程に配置するかを決めるらしかった。
誰もがみんな煮繭担当にはなりたくないって思ったんだけど、まぁぶっちゃけ9割がその担当にされたんだ。
でも、なちさんと、もう一人の女の子だけは、煮繭どころか、製糸工場勤めですらない担当に配属された。
それは、ご飯を作ったり、お洗濯をしたり、寄宿舎を掃除したりっていう、女中のような仕事をする役だったんだ。
女将さんが、二人にそう告げた時、他の全員が、羨むような、恨むような視線を無遠慮に投げつける。
でも彼女らも、そんな役職に就くとは思ってなかったから、拍子抜けというか、なんだか落ち着かない気持ちになったんだ。
実際の仕事は明日からだというんだけど、寝床は工場勤めと、女中組とで分けられることになった。
というか、女中担当の二人だけは、昨日寝泊まりした場所から布団を持って移動して、
寄宿舎の外の、別の小屋みたいなところで生活することになったんだ。
-
二人はさっそく布団を持って寄宿舎外に行く。
すると、先輩って言い方でいいのかな? 何年もここで女中勤めをしているという姉さんが出迎えてくれた。
そして、彼女らを二階の部屋まで案内すると、そこに布団を置かせた上で、一階の広間に連れてきた。
そこには10名の女がいて、全員二人の先輩だって自己紹介を始めたんだ。
なちさんは不思議に思った。
先輩全員、髪の色が薄かったんだ。こげ茶、茶色、オレンジ、黄色、クリーム色、銀。
それぞれ程度は違えど、みんな異人さんみたいな色で、眼に眩しい。
さっき二人を迎えてくれた一番年上の姉さんは、あまりにも美しい銀色で、それこそ、"絹"の様だって思った。
彼女たちは、工場ではなく、こっちに配属されたのは幸運だったね、と口々に話す。
それから、この担当は、"髪が長くないとなれない"とも。
確かになちさんと、もう一人――名前は確か房枝、なちさんは"ふーちゃん"って呼んでたって――は、新入りの女工さんの中では髪が長かった。
だからこっちに来たんだ。
でも、それでも新たな疑問が湧く。なぜ髪が長いと女中担当になるんだろう。
なちさんが首を傾げると、もう一人の子が、それを先輩に聴いてくれた。
すると先輩たち全員が、"日曜日になれば分かる"とニコニコするばかりで、教えてはくれなかった。
銀髪の先輩が、『明日早速女工さんの朝餉作りから働いて貰うから、今日は早く寝なさい』と言うと、
全員がそれに返事をして、それぞれの部屋に向かった。
-
次の日から、なちさんのお仕事は始まった。
まずは、起床してすぐに、寄宿舎の扉にかけられた閂と錠前を外して、厨房に入る。
閂と錠前は、当然女工の脱走を防ぐためについている。窓ははめ殺しだから開かないらしい。
そして早速朝餉の準備をする。
初日に食べたような贅沢なものではなく、ごく質素な雑穀米と干物、それに薄い味噌汁をつける。
後はそれを食堂に持っていって、起きてきた女工さん達が、自分の茶碗を差し出すと、そこに盛り付けた。
朝食が終わると、次に布団干し、洗濯、掃除が待っていた。
寄宿舎の部屋の番号で、布団干しと洗濯の順番が決まっていて、
毎日一部屋ずつキレイにしていくのだそうだ。
寄宿舎の裏の干し場に布団を干して、布団たたきで叩く。
井戸水を汲んで、大きな桶にそれと女工さんの着物を入れて、踏む。
どうせ大してキレイにならないし、蚕の匂いは染み付いて取れないという理由から、洗濯板は使わなかった。
それを更に干して、次はすぐに昼餉の準備だ。
-
昼餉も朝餉とそれほど変わらないメニューで、
仕事を一段落した女工さんから、徐々に食堂にやってくる。
姉さんの一人が、『仕事が終わらないグズは、昼飯抜きなんだよ』なんて笑いながら耳打ちしてきた。
なちさんも、それに笑いながら返した。
自分たちも遅れてご飯を食べて、後片付けすると、今度は工場内の清掃をすることになった。
流石に、あの匂いと無縁の生活は送れないらしい。
なちさん達は、煮繭の大釜や、イタリア式のケンネル機構の間を縫うように、箒を軽くかける。
あまり激しくかけてしまうと、繭糸のセシリンという粘ついている成分にホコリが付着して品質が落ちるのだそうだ。
それが終わってしまうと、夕餉の時間まで、3時間程度暇が出来る。
その間、彼女らは、自分たちの住む小屋に戻って、お茶を飲んだり、
女将さんが用意してくれたおやつを食べたりして過ごした。
-
女将さんは、彼女ら女中役にやけに優しくて、昨日工場内で見せた鬼の形相は嘘のようだった。
一人ひとりの色素の失われた長い髪を撫でながら、今日の体調を聞いてきたり、世間話に花を咲かせたりしていた。
そして夕餉前に、干していた布団と着物を取り込んでしまうと、
疲れてくたくたになってしまった女工さんのために、夕餉を作る。
そしてその片付けも終わってしまえば、彼女らの一日の仕事は終了だ。
日曜日だけは、コレに風呂を沸かす仕事が追加されるとのこと。
正直4時起床の19時終わりという労働時間なわけだが、
働き詰めというわけでもなく、楽しくおしゃべりして、適度に休憩を挟んでいるので、
疲れもそんなに無かった。
もちろん、初日だし、まだ12歳だから、姉さんたちがなるべく負担の少ない仕事を振ってくれたのだとは思うが、
それでも女工達の、あの疲れきった表情で、家畜のように夕餉を喰らうさまを見ていると、
本当に工場担当じゃなくてよかったと心から思った。
その晩は、銀髪の姉さんが一緒に寝てくれた。
『今日はよく頑張ったね。お母さんの代わりにはなれないけど、ここにいる間は、本当の姉だと思っていいのよ』
そう言いながら、なちさんと、ふーちゃんを、その胸に抱えてくれる。
その暖かさに涙が出そうになりながら、三人で一塊になって眠りについた。
-
異変は、それから3日後の日曜日に起こった。
工場は、日曜日だけはお休みになるんだけど、女中組は休みってわけには行かなかった。
女工さん達はお休みでもご飯は食べるわけだし、日曜日は、彼女たちが心待ちにしている入浴の準備もあるからだ。
でも普段は楽をしているし、仕事量も、いつもの半分以下だったから、
なちさんも、それほど不満に思うわけじゃなかった。
でも、夕餉の準備も終わり、自身たちも風呂に入って、小屋の広間で喋っていると、そこに女将さんが入ってきたんだ。
『みんな、"寒晒し"、行くで』――そう、なちさん含む女中たちに声をかけた。
すると、示し合わせたように姉さんたちは立ち上がって、新入り二人の手を引いて外に出た。
外には、台車に乗せられた出荷前の生糸の束が幾つか用意してあって、姉さんたちはそれを両手に抱えると、
先を進む女将さんの後についていく。
なちさんも、首を捻りながらも、姉さんたちのように、肌触りの良い生糸の束を小脇に抱えて後を追ったんだ。
一番年の近い姉さんに、なちさんは聞いた。
「あの、寒晒しってなんですか?」
すると、姉さんは歩幅を小さくして、彼女の歩く速度に合わせながら、説明してくれた。
『あのな、生糸っていうのは、冷水で〆てから、冷たいところで乾燥させると、一層キレイになるんだ。
それを"寒晒し"っていうの。この工場の近くに、洞穴があって、そこの冷たい湧き水で、生糸を洗って、干すんだ』
-
へぇ、そんな工程があるのか。
でも、それだったら、女工さんがやればいいのに、となちさんは思った。
今は1月半ばで、そんな冷水に手を突っ込んだら、ただでさえ水仕事の多い女中業に輪をかけて
あかぎれができそうだ。
彼女はここで働き始めて、既に出来ていた幾つかのあかぎれをさすりながら、頬をふくらませる。
でも、そんな彼女を見て、姉さんは続けた。
『っていうのは、女将さんの嘘。卸先にそう言って、ウチの生糸は特別に美しいって売りにしてるわけだ。
美しいのはホントだけど、やってることは違う。いっとう美しい生糸の作り方なんて、正直に教えるわけがないよな。
ホントはね、もっと面白いコト、やってんだよね。アタシらはこの日が待ちどうしくなっちまってんだよ』
そう言いながら、からからと笑った。
意味が分からなかったが、あの優しい姉さんたちが楽しみにしているなら、そう悪いことでもなさそうだと、
期待半分不安半分で、その列の最後尾を歩いた。
-
ついたのは、工場の裏手にある、石切場だった。
ここで石切りが行われていたのは随分昔のことで、今は使われていないんだけど、
その奥の方に出来た洞穴に、彼女らはどんどんと進んでいく。
なちさん達新入り二人は、姉さんに手をひかれながら、階段で、闇の底へと沈んでいった。
やがて一番底まで降りてくると、大きな扉があって、
女将さんはその扉にかかった錠前を、懐から出した鍵で開く。
中は真っ暗で何も視えないんだけど、慣れた手つきで女将さんはマッチを擦って、
その闇の中の行灯に火を入れた。
ふんわりと辺りが優しい炎の色で照らされる。
中は、自分たちの住んでいる小屋ぐらいの広さがあった。
そして、その壁際に、不思議なものが、蠢いていた。
-
真っ白くて、大きな、毛玉。
.
-
他に説明のしようがないってくらいの毛の塊が、そこでもぞもぞと動いていたんだ。
しなやかに炎の揺らめきを反射する毛は地面まで垂れていて。大きさは大体馬が寝転んでいるくらい。
そんな毛玉が、10個ほど、洞窟の壁に沿うように並べられている。
唖然としている新入り組に、女将さんは櫛を握らせた。紅く塗られ、表面に蒔絵のしてある鼈甲の櫛。
そして、新入り二人に、今から行う事を説明しだしたんだ。
あそこにいらっしゃるのは"おくぃなさま"と言われる、布の神様である。
"おくぃなさま"は生糸を召し上がる。その代わりに櫛であの御身体をすくと、あの美しい毛を分けてくださるのだと。
"おくぃなさま"は髪の長い若いおなごしか好まない。
今からお前たちは、"おくぃなさま"に生糸をお供えして、その御身を櫛で愛撫するのだと。
口をあんぐり開けながら放心している新入り二人の名を、
それぞれ姉さんたちが呼んだ。
見渡すと、姉さんたち全員が、"おくぃなさま"とかいう毛玉に、その身を半分以上埋めながら、
さも愛おしいというように、丁寧に、優しく、櫛をかけている。
彼女らにはまだ理解が出来ない感情のこもった熱い吐息を漏らしながら、熱心に、何度も、その体毛に櫛を通す。
そのたびに、その櫛には大量の銀毛が絡みついて、姉さんたちはそれを束ねては、地面に並べた。
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気味の悪い光景だった。虚ろな目をしながら、"神"だという毛玉に櫛をかけるというその行為が、
不気味で、彼女の理解の範疇を超えた不整合な感情を想起させる。
それでも、仕事だというのであれば、やらない訳にはいかないのだ。
彼女は自分の名前を読んだ、古株の銀髪の姉さんのところに、櫛を握ったまま駆けていく。
そして、その"おくぃなさま"とかいう毛玉の近くにちょこんと座った。
銀髪のねえさんは、その毛玉に半分飲み込まれるようにしながら、なちさんに、持ってきた生糸を、
"おくぃなさま"の前に供えるように言いつけた。
しかし、"前"と言われても、ただの巨大な毛の塊に、前も後ろもありはしないわけで、分かったもんじゃない。
でも、姉さんは、既に目をとろんとさせながら、"おくぃなさま"に櫛をかけて、それ以上聞ける雰囲気でもなかった。
仕方がないので、なちさんは毛玉からして、行灯のある方向へ生糸を置いた。
すると、その毛玉の一部が盛り上がり、まるで首でも伸ばすように、おいた生糸へと伸びていく。
その様子は、昔見た、田んぼを耕すのに使っていた馬が、寝転びながら、産んだ仔馬を舐める様に似ていた。
そして音もなく、生糸が、その毛の塊の中に吸い込まれていく。
これが"おくぃなさま"の食事なのだろうか。
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銀髪の姉さんは、その様子を見やると、急になちさんの手を引いて、"おくぃなさま"の中に、彼女の体を沈めた。
その瞬間、なちさんは声をあげそうになった。
生糸なんて目じゃないほどの艶やかな感触。着物からはみ出た肌に、その体毛が当たるだけで、歓喜の声を上げたくなる。
じんわりと、今まで彼女が意識したことの無い"女"の部分が、その感触に敏感に反応する。
徐々に熱くなっていく下腹部に、身悶えしながら、どんどんとその毛の中に体が飲まれていくのを感じた。
ひぃひぃと声にならない声が喉奥から漏れ出す。体が自分のモノではないように、敏感に反応する。
『気持ちいいでしょ? "おくぃなさま"はね、私達に御恵をくださるのよ』
姉さんはそう言いながら、なちさんの手をとる。
そして、彼女の持っていた紅い櫛で、"おくぃなさま"の体毛をとかさせた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
声なき絶叫。いや、絶頂。
ガクガクと痙攣しながら、今自分の背筋を駆け上った理解の出来ない感覚を噛みしめる。
痺れるような、くすぐられるような、それ以上に刺激的で、なお甘美な、こそばゆい、奔流。
それが脳に達して、次に全身に駆け巡る。そうやって体の隅々まで"おくぃなさま"の御恵に舐め回されると、
もう何も考えられなくなる。
びちゃびちゃと垂れてくるよだれも気にせずに、なちさんは、狂ったように櫛を駆け続けた。
やがて櫛が、絡まった体毛で埋め尽くされる頃には、なちさんは痙攣しながら失禁して動けなくなっていた。
後でなちさんが先輩方に聞いたら、最初は全員そんな感じだったらしい。
結局彼女は、銀髪の姉さんに背負われて、その"おくぃなさま"の間を後にした。
その背中に揺られながら、別の姉さんが言っていた『待ち遠しい』の意味を理解したんだ。
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その次の日から、なちさんはもう"おくぃなさま"に櫛を通すことしか考えられなかった。
何をしていても、昨日のあの痺れが、下腹部から這い出てきて、彼女の全身を愛撫する。
ふーちゃんも同じようで、やけに熱い吐息を漏らしながら、内股で寄宿舎の掃除をしている。
姉さんたちは慣れているのか、いつも通りだったけど、未だ恋すらしたことの無い彼女らにとって、
その刺激はもはや麻薬みたいなものだったんだろうね。
そしてまた日曜日がやってきて、そして"おくぃなさま"の毛を梳く。
その度に、何度も絶頂に達しては気絶し、また絶頂するを繰り返す。
体が真っ二つになってしまうのではないかと言うくらい仰け反って、足がつる程につま先に力が入る。
歯を食いしばり上がら白目を向くその表情は、決して苦悶に歪んでいるわけではなくて、
むしろその全身が"女に生まれてきたこと"を喜んでいるようだった。
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そうやって3ヶ月あまりが過ぎて、春が来た。
その日は新月だった。
なちさんは窓の外から見える、石切り場を眺めていた。
明日は待ちに待った日曜日。明日も"おくぃなさま"に櫛をかけることが出来る。
それを考えただけで、股の内側が露に濡れた。
『もう、灯り消すよ?』
ふーちゃんが、なちさんにそう言いながら、行灯に手をかける。
彼女はそれに短く答えると、布団へと戻ろうとした。
「――待って」
思わず声を上げる。ふーちゃんは、その声に動きを止めた。
もう一度、窓を見る。"窓の外"ではなく、"窓に映る自分"を見た。
――髪の色が、薄くなっている。
-
思えば、この小屋にも寄宿舎にも工場にも鏡が無いから気が付かなかったけど、たしかに少し茶色くなっている。
なちさんは、ふーちゃんの方に顔を向けると、行灯の光に照らされた彼女の頭髪を見る。
やはり、茶色い。ここに来た当初は、綺麗な濡鴉色の黒髪だったのに。
その事実が一体何を示すのかは分からなかったが、それが"おくぃなさま"によるものであることは明白だった。
先輩たちも、こうやって髪の色を失っていったのか。
それに気づいた途端に、急に恐怖に襲われる。
"おくぃなさま"の得体のしれなさを、今更突きつけられたのだ。
神様だというあの毛の塊は、私たちに快楽を渡す代わりに、何を奪っているのだろう。
本当に、お供えしている生糸だけなのだろうか。
いや、生糸の代わりに、それ以上の品質の体毛を頂いているのだ、釣り合いが取れない。
私たちに与えられるあの甘い痺れの対価は、一体何なのだ。
私は"おくぃなさま"の事を何も知らないのだ。
気づけば、春先になったばかりで、まだ肌寒い部屋の中だと言うのに、手のひらに、粘ついた汗をかいていた。
その次の日だ。銀髪の姉さんが、首を吊ったのは。
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朝、目が覚めて、布団を畳むと、いつものように寄宿舎の錠前を外して、女工さん達の朝餉の準備をするはずだった。
でも、布団を畳んでいる時に、窓の外に、何か妙なものが揺れているのが目の端に映った。
窓に近づいて目を凝らす。
小屋から見える寄宿舎の裏手。いつも布団を干す場所に、大きな楢の木が生えていて、
その枝に、何かがぶら下がっている。距離が離れているので、大きさが測りにくいが、それなりに大きいはずだ。
それは、そう、丁度、人間くらいの――。
そこまで考えた瞬間、なちさんは一階に駆け下りた。
一階の広間では、既に姉さんたちが、寄宿舎へ出向く準備をしていたが、
その中に、最年長である、銀髪の姉さんの姿が無い。
やっぱりッ!!
なちさんが、さっき窓の外から見える楢の木に、人がぶら下がっていた気がすると姉さんたちに伝えると、
全員の顔から、血の気が一気に引いた。そして全員が全員で、小屋を飛び出して、寄宿舎の裏手に回った。
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果たしてそこには、楢の木の枝に、生糸を束ねた縄を首にかけて垂れ下がっている銀髪の姉さんがいた。
目玉は飛び出しかけていて、口からは紫色に膨れ上がった舌が伸びていた。
寝間着の裾から見える足の先からは、黄色い液体が滴って、それが落ちた跡は、まだ寒い諏訪の朝に湯気を立てている。
そして、何よりも異様だったのが、その下腹が、赤子でも孕んだように、大きく膨らんでいることだった。
昨日まではそんな風に膨らんでいなかった。たった一日で子供が出来るなんて聞いたことが無い。
――死んでいる。誰がどう見ても。
あの優しかった姉さんが。自分の事をいつでも気にかけてくれた姉さんが。
本当の姉のように慕っていた姉さんが。大好きな姉さんが。
そう思った瞬間、なちさんは叫んだ。
しかし、それよりも早く、姉さんの一人が、口を塞いだ。
『声を出しちゃダメ』叱責の意味を含んだ、今まで聞いたことが無い厳しい口調だった。
口を塞がれたまま、他の姉さんの顔を見ると、全員驚いてはいるが、
それは決して銀髪の姉さんが死んだことに対してでは無いことが分かる。
彼女らは、"こうなることを知っていた"のだ。
-
やがて、別の姉さんが、女将さんを呼んできた。
女将さんは特段悲しむ様子も無く、持ってきていた台車に、木から降ろした彼女の遺体を乗せた。
そして、『行きますよ』と女中たちに一声かけると、あの石切り場へと台車を転がしていく。
姉さんたちは、誰一人、泣かず、喋らず、ただ悲痛な面持ちでその後をついていく。
その姿はまるで、今から人買いに売られる、奴隷の集団のようだった。
なちさんは、優しくしてくれた銀髪の姉さんとの思い出を思い出し、涙目で後を追った。
ふーちゃんも、垂れてくる鼻水を啜っていた。
石切り場につくと、数人で、遺体を洞穴の奥に運んでいく。
後の女中らは、それについていった。
そして、"おくぃなさま"の間の扉の前まで来ると、いつものように、女将が錠前を外して、全員が中に入った。
いつものように、マッチで行灯に火を入れると、灯りが一面に広がる。
でも、その光景はいつもとは違っていた。
普段はまんまるの毛の塊でしか無い"おくぃなさま"が、天高くその首を伸ばしていた。
洞穴の中を、その伸びた首の影が埋め尽くす。
まるでこの"死"を待っていたように、文字通り"首を伸ばして"いる訳だ。
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その異様さに更に拍車をかけるように、女将が叫んだ。
『さぁさ、"おくぃなさま"。大変長らくお待たせ致しました。本日やっと一人、"おくぃなさま"へその身を捧げる献身者が現れました。
どうかこの者を貴方様の御身へとお迎えくださいッ!! 今宵は御馳走に御座いますッ!!!』
そう言うと、"おくぃなさま"達の真ん中に、彼女の遺体を置いて、寝間着を剥ぎ取った。
全裸の遺体が、晒される。
その肌も髪も、白磁のように生々しく、爛々と行灯の燈をその身に映している。
彼女の下腹部は、へそを頂点に、極限まで盛り上がり、まさに妊婦のそれをしていた。
女将は懐から、大きな布裁ちばさみを取り出すと、その刃の一方を、思い切りそのへそに突き立てた。
「ひっ!」
なちさんは、そのあまりにも唐突でおぞましい光景に声を上げた。
口元がわなわなと震え、目を逸してしまいたいのに、瞬き一つ出来ない。
それに気づいた年の近い姉さんが、なちさんの手をぎゅっと握ってくれた。
彼女の手も、同じように震えていた。
女将はズブズブとその先端を沈めていく。そしてある所まで到達すると、そのハサミを"閉じた"。
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――じょきん。
皮膚と、肉とを裂く音がした。
でも、傷口からは、血が出てこない。既に心の臓が止まっているので血流が無いのだ。
そのまま女将は、みぞおちの方までハサミを入れて、遺体を切り開いていく。
きっかりみぞおちまで入れると、次に反対方向へハサミを入れる。どんどんと。
そうしてすっかりと彼女の体を切り開くと、その臓物の中に腕を突っ込んで、かき回し始めた。
ぐちゅん、ぐちゅん。
辺りに、既に黒く変色した、彼女の血液の塊が溢れだす。
しかし女将はそれに構わずに、腹の中を弄り続けた。
そして、何かを探り当てたように、一瞬動きを止めた後に、そこから巨大な肉塊を引きずり出すと、
その肉塊と、体とが接続している部分を、またハサミで切り取った。
それが、"子宮"であると知るのは、なちさんが、僕のお祖母さんを産んだ時だったそうだ。
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人間の頭部二つ分までに膨れ上がったその子宮を、まるで神に生贄でも捧げるみたいに、掲げると、
それに合わせて、"おくぃなさま"の首が、激しく上下される。
喜んでいるのだ。あの肉の中身が、彼らの好物なのだ。
なちさんはそう思った。
女将は掲げた肉塊を突き上げるように、ハサミを入れる。そして、下から上に、一気に切り開いた。
ばしゃ、という水音とともに、血に塗れた、何かが溢れ出す。
それは、見まごうこと無く"おくぃなさま"の体毛だった。
ぬらぬらという紅い粘液にまみれてなお、尊厳な美しさをかけらも残っていない。
いや、それどころか、血によって洗練されたそれは、いつも以上の輝きと、艶やかさを身に着けていた。
『さぁッ! 召し上がりませいッ!!!』
自身の着物も、真っ赤に染め上げた女将がそう叫ぶと、
"おくぃなさま"たちの首が、その地面に広がった血液と毛の混合物に瞬く間に群がった。
そして、いつもは立てない、"じゅるじゅる"、"むしゃむしゃ"という咀嚼音を響かせさながら、
それを丁寧に、丹念に舐め取っていく。
地獄だ。地獄絵図よりなお酷い、本物の地獄。
体を切り開かれ、子宮をえぐり取られ、その中身は、得体の知れない"神"を騙る異形に食い荒らされる。
女にとっての地獄に、コレ以上のものなんてあるのだろうか。
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そうして、床がすっかりキレイになって、"おくぃなさま"達が、いつもの毛玉に戻ると、
女将は、さ、行くよとだけ言って、さっさと出ていってしまった。
残された彼女らも、今更この場所でどうすることも出来ないし、
朝餉の支度もまだ済んでいないので、急いで外に出て、また無言のまま寄宿舎へ向かった。
その晩、なちさんとふーちゃんは、布団に潜り込みながら話し合った。
きっと、"おくぃなさま"に魅入られると、ああいう風に、"おくぃなさま"の御馳走になってしまうのだ。
私達の髪の色が薄くなるのは、御馳走に近づいている証拠なんだ。
銀髪の姉さんみたいに、髪から全て色が抜けると、きっと"食べごろ"なんだ。
私達が、女工たちに比べて、こんなにいい暮らしをさせてもらえているのは、
きっと家畜を太らせてから食べる行為そのものなのだと。
そして何より、あの優しかった姉さんを殺したことが許せないと。
そしてその日から、二人は、この工場からの脱走と、"おくぃなさま"への復讐を計画した。
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まず、脱走自体は簡単だった。夜中にこっそりと、山中へと逃げ出してしまえばいい。
寄宿舎と違って、この小屋には脱走防止の錠前なんかは付いていない。
ただ、検番が夜通しで見回りをしているから、上手く夜の闇に紛れる必要がある。
丁度、この工場から続く山道が二手に分かれている。
追手を巻くために、恨みっこなしで、そこで分かれて逃げる手はずになった。
逃げた後のことは考えていなかった。
ただ、あの死に方だけは、"おくぃなさま"の御馳走になることだけは避けたかった。
多分おそらくきっと、あの死に方は、死よりももっとおぞましい何かだと思ったから。
問題は、"おくぃなさま"への復讐だ。
それ自体は至極簡単で、基本身動き一つしない"おくぃなさま"に、食事の支度に使う油を浴びせて、
竈に火を入れるためのマッチを投げつけてやればいい。
問題はあそこに入るための"鍵"だ。アレは女将しか持っていないし、
しかも多分、日曜日のあの櫛入れの時にしか持ち出さないのだろう。
それをどう手に入れるか。
一つは、経営者一家の住んでいる邸宅に忍び込むこと。
この工場を出て、少し行ったところに、その邸宅はあると聞く。
しかしそこにたどり着くことこそもう既に"脱走"であり、
更にもう一度工場まで戻ってきて、扉を開けて、油を撒いて、というのは、些か危険すぎるというものだ。
もう一つは、日曜日の櫛入れの後に、女将から鍵を盗むこと。
こっちの方が、現実的だろう。
問題は、二人がまだ12歳で、当然スリの技術など無いということだ。
二人は、うんうん唸りながら、朝日が登るまでその方策を考えた。
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そして、ある一つの策にたどり着いた。
日曜日には、風呂を沸かす。それを利用しようと。
工場内には、生糸を一部だけ先染め状態で出荷するための、"染料"がある。
櫛入れの儀式が終わって、あの暗い階段をあがるときに、闇に乗じて、その染料を女将に浴びせるのだ。
そして、邸宅までその状態で戻ると、肌に染料が染みてしまいますと言って、
寄宿舎内の浴場を使わせるのだ。そこでは当然服を脱ぐだろう。
そして、女将が湯浴みをしている間に鍵を盗み、またあの洞穴に戻り、
"おくぃなさま"を焼き殺して逃げる。
油壺は、予め、"おくぃなさま"の間の手前の岩場の隙間に隠しておいて、マッチは当日懐に隠せばいい。
勝負はただの一度、三日後の日曜日だと決めた。
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――そして決戦の日。
二人は、櫛入れの儀式のときも、その"おくぃなさま"の与えてくる快楽に、下唇を噛みしめることで耐えた。
暗がりなので誰にも気づかれなかったが、唇には、後々まで残る深い噛み傷が出来ており、出血もしていた。
姉さんたちは、あんな出来事があったのに、またその快楽に身を委ねてしまっている。
もうもはや、あの人達は、飼いならされてしまっているのだ。
女将に、"おくぃなさま"に。
そして、自分の髪が、あの優しかった姉さんのように、すっかり銀色になって、自身が貪り食われるまで、
延々とその快楽を享受し続けるのだろう。
思えば、まだ幼くて、また、貧乏農家育ちで体の成長が未発達だったのが、
二人の思考を淫靡な快楽に捕えるのを防いだのかもしれない。
もしもう少し年齢が上だったら、きっと彼女らのように、あの毛の中にまみれながら死を待つだけの生き物に成り下がっていただろう。
そして今日のお勤めが終わって、いつものようにあの暗い階段を登るときに、
なちさんは岩場の上に引っ掛けておいた生糸の束を引っ張った。
そうすることで、先頭を行く女将の頭に、染料がひっくり返るようにしておいたんだ。
『ぎゃあっ!! な、なんだいッ!!』
狙い通り、女将の頭に紫の染料が降り注いだ。
そして、誰よりも早く、女将自身が、その匂いから、自身が頭から被ったのは染料であることに気がついた。
流石、そのへんは長いことこの工場を取りまとめていただけのことはある。
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どうかなされました、と姉さんたちが女将を心配して取り巻く。
女将は悪態を付きながら、
『どうせトロい女工が、休みの日に脱走経路を下見にでも来た時に、その目印に置いたんだろう。
この先は行き止まりだから、諦めてその辺に置きっぱなしだったんだ』
と自己完結してくれた。かなりの好都合だった。
すかさずなちさんが、女将さんに言った。
「女将さん、そのままだと、肌に染料が染みて、落ちなくなります。汚い所ではございますが、我々の寄宿舎の浴場をお使いください。
本日は日曜日なので、湯が張ってあります」
『あぁ、そうだねぇ。こんなで帰ったら、旦那に笑われちまうからねぇ』
――やった。計画通りだ。
-
そしてすかさず、ふーちゃんが、
「私共の部屋に、着物の予備がありますので、後で脱衣所にお届けにあがります」
と言って、先に小屋へと走っていった。
こうすることで、自らが脱衣場に行き、女将の着物から鍵をくすねる時間を作ったんだ。
他の姉さんにやらせると、変なタイミングで鉢合わせしかねない。
その時間に脱衣所に居ても違和感のない理由を立てたわけだね。
そして、なちさんは、姉さんたちの隙を見て、小屋から出て、あの洞穴の扉の前で待った。
着物の懐には、マッチと、それから何日か溜め込んでおいた、干し芋や干物の入った袋がある。
これで、山中を逃げ惑っても、数日間は持つはずだった。
もしこの山を降りることが出来たら、女郎にでもなろう。
いくら女郎が、自分の体を売る仕事だって行っても、喰われる仕事よりはずっとマシだろう。
ここより酷い地獄なんて、そうそうない筈だから。
-
数分もすると、ふーちゃんは、手に鍵を持って、階段を降りてきた。
『やった! 成功だ!』
「まだだよ! "おくぃなさま"を焼き殺して、姉さんの仇を取るんだ!!」
二人は、逸る気持ちを抑えて、錠前に鍵を差し込んだ。
カチリ、という音と共に、錠前が外れる。そして閂を上げて、扉を開いた。
一瞬扉の向こうに風が吹き抜ける、"コォォ"という音がして、それ以降の音は無かった。
二人は、女将がいつもやっていたみたいに、行灯のある位置まで行くと、火を灯した。
洞穴に光が溢れる。
"おくぃなさま"はいつもの様に、毛玉の状態で、壁際に転がっていた。
「……やろう」
『……うん』
二人は一度扉の外に出て、岩場の影に隠してあった油壷を抱える。
そしてまた"おくぃなさま"の間に戻ると、一度顔を見合わせて、大きく頷くと、
その壺の中身を、そこらじゅうに撒き散らした。
"おくぃなさま"は、その体毛が油に塗れても、身動き一つしない。
本当に糸を喰う時しか動かないのだ。
そして全ての"おくぃなさま"と床に油を撒いて、なちさんは、懐のマッチに手をかけた。
――その時。
-
『こんのクソガキどもがぁあああああああああああッッ!!!!!!』
般若が、飛び込んできた。
しかし、それは当然見間違いで、その正体は、怒りに髪を振り乱し、口を耳まで裂けるほど開いた、女将だった。
行灯の光を反射して、目は爛々と輝き、その手には、あの日姉さんの体を裂いた、大鋏が握られていた。
『"おくぃなさま"になんてことをッ!!!!! なんてことをををををををををッッッ!!!!!』
猛然と此方に近づきながら、そのハサミを振り上げる。
二人は女将のあまりの形相に、すくむ足を殴りつけて、なんとか後ずさりをした。
しかし、それ以上の動きは、封じられてしまったかのように、緩慢にしか動けない。
『お前らは、何回死んでも許さんぞぉおおおおおッ!!!!!!』
女将は二人の前まで来ると、その振り上げたハサミを、なちさんの、その眼球めがけて振り落とした。
-
(殺されるッ!!!)
そう思った瞬間、足元に広がる油に足を取られて、なちさんは尻もちを付く。
そこに勢い余った女将が倒れ込んできたのを転がって避けた。
なちさんと、女将は、油まみれの床を転がって、立ち上がることが出来ない。
お互いが四つん這いのまま、追いかけ合う。
『殺すッ!!! 殺してやるッ!!!!!』
彼女の足がさっきまであったところに、ハサミが振り下ろされ、ガツン、という鋭い音を立てる。
このままじゃいつか足を刺されて動けなくなる。そして自分も姉さんみたいに"開き"にされて殺されるのだ。
しかし、それよりも早く、なちさんに着物の帯が伸ばされる。
『これを掴んでッ!! 早くッ!!!』
ふーちゃんが、自分の帯を解いて、此方に投げてよこしたのだ。
既にふーちゃんは、扉の外にいる。コレならばッ!
なちさんは、自分の手首に帯を絡めると、「引いてッ!」と声をあげる。
そして、その帯の端を、ふーちゃんが思いっきり引っ張った。
-
油に塗れた岩の床の上を、なちさんの体が滑る。
『ま、待てクソガキッ!!』
女将の伸ばした腕は空を切り、扉の外まで滑り出た。
そして、そのまま階段を駆け上がっていく。
マッチを持っているのは、なちさんだけじゃなかった。
今の油に塗れた体では火をつけることが出来ない。でも、そうじゃないふーちゃんには出来る。
ふーちゃんは、扉を閉めると、閂と錠前をかけてしまう。
扉の内側からは、般若の絶叫が聞こえる。
でも、これで終わりなのだ。
ふーちゃんは、"なちさんの体によって"門の外まで伸ばされた油の跡にマッチを近づける。
門の下の隙間を通って、その炎は、あの"おくぃなさま"の間を焼き尽くすのだ。
-
『くたばれ』
.
-
そういって、ふーちゃんは、油に、マッチを投げ入れた。
『ガァアァァァアァアアアアァァァァアアアアアアアァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!』
耳を劈くような轟音が、扉の向こう側から聞こえる。
鬼が焼け死ぬ断末魔だ。いや、それだけじゃない。
もっと大勢の、恐ろしいほど大勢の阿鼻叫喚が、この中から染み出してくる。
これはきっと、"おくぃなさま"と、奴らに喰われた姉さんたちの、魂の叫びなのだろう。
あまりにも大きなそれは、きっと岩切場を飛び出して、検番の耳にも届くだろう。
だとしたら好都合だ。
検番がここに来る間に、工場の裏を通って、山道に出て、後は走り抜けるだけ。
二人は階段を上がると、月夜の中を駆けていく。
二人の髪は、月明かりを透かすほどに薄い栗色になっていた。
こんな髪で街に出たら、きっと奇異の目で見られるだろう。
異人との混血としていじめられるかもしれない。
でも、それでも、死ぬよりはマシなのだ。
ここより酷い地獄なんて、そうそうない筈だから。
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――というわけで、そのせいで、僕の代になっても、髪の色が薄いままなんだって。
【糸喰らいの神馬 了】
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【幕間】
(´・ω・`)「どうよ。今までとは趣向を変えてみました」
( ^ω^)「なんかキモい話だったお」
川 ゚ -゚)「もやもやするな」
('A`) 「っていうか最後の方絶対はしょったろ」
(´・ω・`)「だってこのまま行くと、なんかとんでもない事になりそうだったんだもん」
ξ゚⊿゚)ξ「とんでもないことって?」
(´・ω・`)「えっとね、なんかね、"分裂"しそうだった」
('A`) 「なにがだよ」
(´・ω・`)「んー? "空間"?」
( ^ω^)「くっそ曖昧やが」
(´・ω・`)「コレはもう今この瞬間に話す人しかわからないって! 結構焦ったんだから」
川 ゚ -゚)「じゃあ、まぁ仕方がないか」
(´・ω・`)「そういうことにしようよ。次からは、なんか"心機一転"みたいな気分になる気がするし」
( ^ω^)「どんな予感だお」
('A`) 「じゃあ、その"心機一転"次の"題"行くか」
川 ゚ -゚)「じゃあ、私が行こうか」
川 ゚ -゚)「"題"は当然>>1000でいいな」
( ^ω^)「あにば〜さりぃ〜」
ξ゚⊿゚)ξ「いいわね!」
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