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忌談百刑
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【第0話 忌談百刑】
"( )"
――これは刑罰なのです。
私たちの犯した罪に対する厳正な"罰"。
許しを乞う気はありません。
救いの手が差し伸べられることも求めません。
何故なら、これは因果応報の理だからです。
忌むべき百の"忌談"を集め、それを肉に描き込むのです。
自らの血肉と化すのです。
さぁ、集めましょう。
私たちの懲役は、始まったばかりなのですから。
集めましょう。
"題"を求めて、"解"となす。
これは、刑罰なのですから。
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そろそろ1000か、次の話でぎり収まるかね…
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段々怪奇現象に慣れてきてるのか、化け物退治の少年探偵団っぽさが出てきたな
で、お前ら何の罪でここにいるんだ?肉に書き込むってなんなんだ?
刑務官にも教えてくれよ
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乙
これを朝5時にあげてるとかすげえな
感詰で腹ふくれたらほどほどに寝るのよ
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【第21話 糸喰らいの神馬】
"(´・ω・`)"
――ねぇみんな、僕って髪の色素が薄いでしょ?
川 ゚ -゚)「そうだな」
ξ゚⊿゚)ξ「私はイギリスとのクォーターだからまだ分かるけどね」
( ^ω^)「なんか栗色を更に明るく薄くしたみたいな色だおね」
('A`) 「オレンジ成分多めのフルーツオレって感じだな」
この頭髪のせいで、昔から苦労したんだよね。
小学校の頃はまだもう少し暗くってさ、こげ茶ぐらいだったんだけど、中学から一気に色が抜けたんだよ。
教育指導の教諭からがみがみ言われて、その度に親が医師の診断書を持って行かなきゃいけなかったし。
上級生からも生意気なヤツ認定はされるしさぁ。
じゃあ黒に染めればいいだろって思うかもしれないけど、僕肌が弱いから、染薬とか使うともう頭皮がとんでもなくなるんだよね。
あと親、特に母親が染めるのには大反対で。
って言うのも、この色素の薄さは母親譲りで、しかももっと遡ると僕の曾祖母ちゃんからの遺伝らしいんだよ。
そして、なんで僕らの一族がこうなってしまったのかの話を、僕は祖母から聞いたことがあるんだ。
今から話すのは、僕の"曾祖母"の話だよ。
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僕の曾祖母は1900年の、明治時代後期に、中部地方の農村で生まれたんだ。
名前は"阿部なち"。貧乏農家の4番目の子供だって言ってたかな。
当時は、地租改正や干害の影響もあって、農村不況が続いていた。
家族全員で朝から晩まで畑仕事をしても、全員食っていくことが出来なかったんだって。
だから、基本農村部では、子供がある一定の年齢に達したら、長男以外は、男は街の商人の所へ丁稚に行かせるか、
女は、製糸や紡績の工場に女工として出稼ぎに行かせたんだ。
12才で家を出されて、帰ってこれるのは正月くらい。
後は自由の利かない生活を送って、男だったら出世するか、独立するか、女だったらどっかの男に拾われるか、
そうでもしないと死ぬまで出稼ぎ生活を続けたんだって。
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曾祖母――僕が生まれる前に死んでて面識もないから、これからは"なちさん"って呼ぶね――の生まれた中部の諏訪は、
その盆地が多い地形を生かして、養蚕業と製糸業が盛んだったんだって。
逆に盆地は雨が少ないから、農業には向かなかったらしいけど。
盆地は水はけが良くて日当たりのいい扇状地が多いから、蚕の餌になる桑が良く育った。
養蚕農家はその桑で蚕を育てて、繭になったら製糸工場に運び込む。
そして、その繭から糸を作るのが、製糸工場だね。
当時の女工の詳しい生活を知りたいなら、"野麦峠"か"女工哀史"でも読めばいいよ。
なちさんが働ける年齢になったのは1912年。丁度明治天皇が崩御なされて大正時代が始まった年だね。
君たち製糸工場と言えば、どこが有名か分かるかい?
川 ゚ -゚)「群馬の富岡製糸城だな」
ξ゚⊿゚)ξ「国内初の官営工場だっけ?」
そうそう。
その富岡製糸場の成功を受けて、日本全国に大規模な製糸工場が乱立した。
でもね、富岡製糸場は、リリエンタール・シュタット商会から派遣されたお雇い外国人"ポール・ブリューナ"の先進的マネジメントと
それから国の財力面でのバックアップがあったらか成功したわけで、
そういう後ろ盾のない工場のどこに歪が出るのかっていうと、当然そこの従業員、つまりは"女工"達に集約されるわけだ。
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大正時代の前半からは、ほぼ人さらい同然のような人買いで、貧乏農村から子供を掻き集めて、
無理矢理狭い狭い寄宿舎で生活させる工場が増えた。
風呂は一週間に一回あるかないか。服の洗濯は更に回数が減る。
食事は麦に稗と粟の混じった飯に、干物と漬物が一切れ。
朝の日の出と共に始まって、陽が沈んでやっと仕事の終わり。
特に夏なんかは陽が出ている時間が長いから、一日14時間位働いていたらしいね。
場合によっては、検番っていう監視員や、その工場の経営者に性的な慰み者扱いされる場合もあったらしいね。
寝る場所も、畳一畳に布団を敷いて、雑魚寝。衛生状況も良くない事が多かったらしいよ。
だから風邪なんか引くと即肺炎まで行っちゃって、しかもそれが他者に感染する前に、
さっさと手切れ金を渡して、国に帰らせるんだって。大体帰る途中で死ぬらしいけど。
それでもまだ、農村で、育たない作物相手に農作業するよりは全然マシだったって言う女工さんが多かったってんだから
今の時代はなんて恵まれているんだろうって、こんな時代に生まれた事を感謝せざるを得ないね。
まぁともかく、なちさんも、生まれた瞬間に工場側が出産祝いと称して親に金を貸し付けて、
"いつかその子がウチで働いて返してくれたらいいんです"なんて甘言に乗せられてホイホイ金をもらった親のせいで、
産声上げたその日から、12才になったら、強制的に女工になることが決定していたんだって。
そして1912年の1月上旬。里に帰ってきていた女工の姉さんたちと一緒に、彼女は諏訪の製糸工場に出稼ぎに出た。
おっとぉ、おっかぁを楽にしてやりたい、その一心で。
雪の吹き荒ぶ中、雪駄に染みる冷たさで、足先がヒビ割れそうになりながら、彼女は峠を越えていくんだ。
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工場につくと、まずは女将さん――工場経営者の奥さんだね――に部屋を宛がわれた。
初日から働くことはせずに、まずは食事と睡眠が与えられるんだ。
しかも食事は銀シャリで、おかずもたんと付けてさ。
頑張って働けば、毎日これが食べられるよなんて言われて、なちさんは殆ど初めて食べる白飯をお腹いっぱい食べたんだって。
勿論これは女将さんの嘘で、まぁどこの工場でもそうだったんだけど、女工の脱走を防ぐために、
最初にいい思いをさせて、希望を持たせることで、逃げにくい思想を植え付ける策だったみたいだよ
('A`) 「ブラァック……」
( ^ω^)「現代社会の闇はこの頃から変わらないんだお……」
そして浴場に行ってお風呂に入って、干したばかりの布団で寝る。
なちさんは布団の中で思ったんだって。姉さんたちが、工場に帰りたくないって泣いていた意味が分からないって。
自分だったらずっとここで働きたいのに、なんてさ。
これから始まる地獄の事も知らずに、のんきにも。
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次の日、なちさん含む新入りの女工たちは、女将さんが先導して工場の見学をしたんだ。
工場の中は、冬だっていうのに、蒸し暑かった。
そんなに厚くない着物だったのに、体が汗ばんでくるくらいに。
そして、何よりも、臭いんだ。湿気の中に、香ばしさと、それからたい肥の匂いを混ぜたような不快感が漂っている。
これが"煮繭"の匂いか。噂には聞いていた。製糸の過程で、釜で繭を煮るっていうのがあるんだけど、
結局繭の中には蚕さんがいるわけで、蚕って虫だからさ、そのまんま蟲を煮詰めた匂いが工場内に充満してるわけさ。
しかもその蒸気のせいで室温も高くて、より匂いは濃厚に、鼻腔にへばり付くみたいな粘度になるわけ。
思わずなちさんが、着物の裾で鼻を隠すと、隣のなちさんと同じく新入りの女の子が吐いたんだ。
匂いに耐えきれなかったんだね。そしたら、今まで優しかったはずの女将さんが急に鬼の形相で大激怒したんだ。
『お前はこれからこの匂いの中で働くんだ! お蚕様の匂いを嗅いで吐くなんて、この罰当たりが!!』
そう言いながら、繭を煮た後に釜の底に残る蚕の死骸を集めた壺から、数十匹の蚕の死骸をつかみ取ると、
その子の髪を引っ掴んで、無理矢理その蟲の団子を口の中に捩じ込んだんだ。
女の子は、喉の奥に蟲団子を詰まらせて、結局また吐き戻したんだけど、
女将さんは、今日のあんたの飯はそれだからねッ! なんて金切り声で叫んだらしいよ。
ちなみにこんな話をすると、虫を喰うとか気持ち悪いよ! って思うかもしれないけど、
長野だと普通に蟲を喰うし、蚕も食べるから、そんなに異常な事でもないらしいんだ。
なちさんも、時折、女工の姉さんたちが分けてくれる、蒸気式の糸繰り機に接続された蒸気管で炒った蚕は美味しかったって言ってたって。
だからと言って匂いまで、しかも数千匹の蚕を煮詰めたやつまで許容できるかは難しいよね。
実際新入りの子は、吐いた子以外も全員気分が悪そうな顔をしていたっていうしね。
いや、実際は女将さんの豹変っぷりにビビってただけかもしれないけどね。
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そして工場の見学が終わると、彼女たちは別の部屋に集められたんだって。
そこには医者風の男がいて、彼女ら新入り女工を全員裸にすると、一人ひとり丁寧に調べ上げる。
健康状態や、体の発育に応じて、どの製造工程に配置するかを決めるらしかった。
誰もがみんな煮繭担当にはなりたくないって思ったんだけど、まぁぶっちゃけ9割がその担当にされたんだ。
でも、なちさんと、もう一人の女の子だけは、煮繭どころか、製糸工場勤めですらない担当に配属された。
それは、ご飯を作ったり、お洗濯をしたり、寄宿舎を掃除したりっていう、女中のような仕事をする役だったんだ。
女将さんが、二人にそう告げた時、他の全員が、羨むような、恨むような視線を無遠慮に投げつける。
でも彼女らも、そんな役職に就くとは思ってなかったから、拍子抜けというか、なんだか落ち着かない気持ちになったんだ。
実際の仕事は明日からだというんだけど、寝床は工場勤めと、女中組とで分けられることになった。
というか、女中担当の二人だけは、昨日寝泊まりした場所から布団を持って移動して、
寄宿舎の外の、別の小屋みたいなところで生活することになったんだ。
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二人はさっそく布団を持って寄宿舎外に行く。
すると、先輩って言い方でいいのかな? 何年もここで女中勤めをしているという姉さんが出迎えてくれた。
そして、彼女らを二階の部屋まで案内すると、そこに布団を置かせた上で、一階の広間に連れてきた。
そこには10名の女がいて、全員二人の先輩だって自己紹介を始めたんだ。
なちさんは不思議に思った。
先輩全員、髪の色が薄かったんだ。こげ茶、茶色、オレンジ、黄色、クリーム色、銀。
それぞれ程度は違えど、みんな異人さんみたいな色で、眼に眩しい。
さっき二人を迎えてくれた一番年上の姉さんは、あまりにも美しい銀色で、それこそ、"絹"の様だって思った。
彼女たちは、工場ではなく、こっちに配属されたのは幸運だったね、と口々に話す。
それから、この担当は、"髪が長くないとなれない"とも。
確かになちさんと、もう一人――名前は確か房枝、なちさんは"ふーちゃん"って呼んでたって――は、新入りの女工さんの中では髪が長かった。
だからこっちに来たんだ。
でも、それでも新たな疑問が湧く。なぜ髪が長いと女中担当になるんだろう。
なちさんが首を傾げると、もう一人の子が、それを先輩に聴いてくれた。
すると先輩たち全員が、"日曜日になれば分かる"とニコニコするばかりで、教えてはくれなかった。
銀髪の先輩が、『明日早速女工さんの朝餉作りから働いて貰うから、今日は早く寝なさい』と言うと、
全員がそれに返事をして、それぞれの部屋に向かった。
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次の日から、なちさんのお仕事は始まった。
まずは、起床してすぐに、寄宿舎の扉にかけられた閂と錠前を外して、厨房に入る。
閂と錠前は、当然女工の脱走を防ぐためについている。窓ははめ殺しだから開かないらしい。
そして早速朝餉の準備をする。
初日に食べたような贅沢なものではなく、ごく質素な雑穀米と干物、それに薄い味噌汁をつける。
後はそれを食堂に持っていって、起きてきた女工さん達が、自分の茶碗を差し出すと、そこに盛り付けた。
朝食が終わると、次に布団干し、洗濯、掃除が待っていた。
寄宿舎の部屋の番号で、布団干しと洗濯の順番が決まっていて、
毎日一部屋ずつキレイにしていくのだそうだ。
寄宿舎の裏の干し場に布団を干して、布団たたきで叩く。
井戸水を汲んで、大きな桶にそれと女工さんの着物を入れて、踏む。
どうせ大してキレイにならないし、蚕の匂いは染み付いて取れないという理由から、洗濯板は使わなかった。
それを更に干して、次はすぐに昼餉の準備だ。
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昼餉も朝餉とそれほど変わらないメニューで、
仕事を一段落した女工さんから、徐々に食堂にやってくる。
姉さんの一人が、『仕事が終わらないグズは、昼飯抜きなんだよ』なんて笑いながら耳打ちしてきた。
なちさんも、それに笑いながら返した。
自分たちも遅れてご飯を食べて、後片付けすると、今度は工場内の清掃をすることになった。
流石に、あの匂いと無縁の生活は送れないらしい。
なちさん達は、煮繭の大釜や、イタリア式のケンネル機構の間を縫うように、箒を軽くかける。
あまり激しくかけてしまうと、繭糸のセシリンという粘ついている成分にホコリが付着して品質が落ちるのだそうだ。
それが終わってしまうと、夕餉の時間まで、3時間程度暇が出来る。
その間、彼女らは、自分たちの住む小屋に戻って、お茶を飲んだり、
女将さんが用意してくれたおやつを食べたりして過ごした。
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女将さんは、彼女ら女中役にやけに優しくて、昨日工場内で見せた鬼の形相は嘘のようだった。
一人ひとりの色素の失われた長い髪を撫でながら、今日の体調を聞いてきたり、世間話に花を咲かせたりしていた。
そして夕餉前に、干していた布団と着物を取り込んでしまうと、
疲れてくたくたになってしまった女工さんのために、夕餉を作る。
そしてその片付けも終わってしまえば、彼女らの一日の仕事は終了だ。
日曜日だけは、コレに風呂を沸かす仕事が追加されるとのこと。
正直4時起床の19時終わりという労働時間なわけだが、
働き詰めというわけでもなく、楽しくおしゃべりして、適度に休憩を挟んでいるので、
疲れもそんなに無かった。
もちろん、初日だし、まだ12歳だから、姉さんたちがなるべく負担の少ない仕事を振ってくれたのだとは思うが、
それでも女工達の、あの疲れきった表情で、家畜のように夕餉を喰らうさまを見ていると、
本当に工場担当じゃなくてよかったと心から思った。
その晩は、銀髪の姉さんが一緒に寝てくれた。
『今日はよく頑張ったね。お母さんの代わりにはなれないけど、ここにいる間は、本当の姉だと思っていいのよ』
そう言いながら、なちさんと、ふーちゃんを、その胸に抱えてくれる。
その暖かさに涙が出そうになりながら、三人で一塊になって眠りについた。
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異変は、それから3日後の日曜日に起こった。
工場は、日曜日だけはお休みになるんだけど、女中組は休みってわけには行かなかった。
女工さん達はお休みでもご飯は食べるわけだし、日曜日は、彼女たちが心待ちにしている入浴の準備もあるからだ。
でも普段は楽をしているし、仕事量も、いつもの半分以下だったから、
なちさんも、それほど不満に思うわけじゃなかった。
でも、夕餉の準備も終わり、自身たちも風呂に入って、小屋の広間で喋っていると、そこに女将さんが入ってきたんだ。
『みんな、"寒晒し"、行くで』――そう、なちさん含む女中たちに声をかけた。
すると、示し合わせたように姉さんたちは立ち上がって、新入り二人の手を引いて外に出た。
外には、台車に乗せられた出荷前の生糸の束が幾つか用意してあって、姉さんたちはそれを両手に抱えると、
先を進む女将さんの後についていく。
なちさんも、首を捻りながらも、姉さんたちのように、肌触りの良い生糸の束を小脇に抱えて後を追ったんだ。
一番年の近い姉さんに、なちさんは聞いた。
「あの、寒晒しってなんですか?」
すると、姉さんは歩幅を小さくして、彼女の歩く速度に合わせながら、説明してくれた。
『あのな、生糸っていうのは、冷水で〆てから、冷たいところで乾燥させると、一層キレイになるんだ。
それを"寒晒し"っていうの。この工場の近くに、洞穴があって、そこの冷たい湧き水で、生糸を洗って、干すんだ』
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へぇ、そんな工程があるのか。
でも、それだったら、女工さんがやればいいのに、となちさんは思った。
今は1月半ばで、そんな冷水に手を突っ込んだら、ただでさえ水仕事の多い女中業に輪をかけて
あかぎれができそうだ。
彼女はここで働き始めて、既に出来ていた幾つかのあかぎれをさすりながら、頬をふくらませる。
でも、そんな彼女を見て、姉さんは続けた。
『っていうのは、女将さんの嘘。卸先にそう言って、ウチの生糸は特別に美しいって売りにしてるわけだ。
美しいのはホントだけど、やってることは違う。いっとう美しい生糸の作り方なんて、正直に教えるわけがないよな。
ホントはね、もっと面白いコト、やってんだよね。アタシらはこの日が待ちどうしくなっちまってんだよ』
そう言いながら、からからと笑った。
意味が分からなかったが、あの優しい姉さんたちが楽しみにしているなら、そう悪いことでもなさそうだと、
期待半分不安半分で、その列の最後尾を歩いた。
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ついたのは、工場の裏手にある、石切場だった。
ここで石切りが行われていたのは随分昔のことで、今は使われていないんだけど、
その奥の方に出来た洞穴に、彼女らはどんどんと進んでいく。
なちさん達新入り二人は、姉さんに手をひかれながら、階段で、闇の底へと沈んでいった。
やがて一番底まで降りてくると、大きな扉があって、
女将さんはその扉にかかった錠前を、懐から出した鍵で開く。
中は真っ暗で何も視えないんだけど、慣れた手つきで女将さんはマッチを擦って、
その闇の中の行灯に火を入れた。
ふんわりと辺りが優しい炎の色で照らされる。
中は、自分たちの住んでいる小屋ぐらいの広さがあった。
そして、その壁際に、不思議なものが、蠢いていた。
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真っ白くて、大きな、毛玉。
.
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他に説明のしようがないってくらいの毛の塊が、そこでもぞもぞと動いていたんだ。
しなやかに炎の揺らめきを反射する毛は地面まで垂れていて。大きさは大体馬が寝転んでいるくらい。
そんな毛玉が、10個ほど、洞窟の壁に沿うように並べられている。
唖然としている新入り組に、女将さんは櫛を握らせた。紅く塗られ、表面に蒔絵のしてある鼈甲の櫛。
そして、新入り二人に、今から行う事を説明しだしたんだ。
あそこにいらっしゃるのは"おくぃなさま"と言われる、布の神様である。
"おくぃなさま"は生糸を召し上がる。その代わりに櫛であの御身体をすくと、あの美しい毛を分けてくださるのだと。
"おくぃなさま"は髪の長い若いおなごしか好まない。
今からお前たちは、"おくぃなさま"に生糸をお供えして、その御身を櫛で愛撫するのだと。
口をあんぐり開けながら放心している新入り二人の名を、
それぞれ姉さんたちが呼んだ。
見渡すと、姉さんたち全員が、"おくぃなさま"とかいう毛玉に、その身を半分以上埋めながら、
さも愛おしいというように、丁寧に、優しく、櫛をかけている。
彼女らにはまだ理解が出来ない感情のこもった熱い吐息を漏らしながら、熱心に、何度も、その体毛に櫛を通す。
そのたびに、その櫛には大量の銀毛が絡みついて、姉さんたちはそれを束ねては、地面に並べた。
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気味の悪い光景だった。虚ろな目をしながら、"神"だという毛玉に櫛をかけるというその行為が、
不気味で、彼女の理解の範疇を超えた不整合な感情を想起させる。
それでも、仕事だというのであれば、やらない訳にはいかないのだ。
彼女は自分の名前を読んだ、古株の銀髪の姉さんのところに、櫛を握ったまま駆けていく。
そして、その"おくぃなさま"とかいう毛玉の近くにちょこんと座った。
銀髪のねえさんは、その毛玉に半分飲み込まれるようにしながら、なちさんに、持ってきた生糸を、
"おくぃなさま"の前に供えるように言いつけた。
しかし、"前"と言われても、ただの巨大な毛の塊に、前も後ろもありはしないわけで、分かったもんじゃない。
でも、姉さんは、既に目をとろんとさせながら、"おくぃなさま"に櫛をかけて、それ以上聞ける雰囲気でもなかった。
仕方がないので、なちさんは毛玉からして、行灯のある方向へ生糸を置いた。
すると、その毛玉の一部が盛り上がり、まるで首でも伸ばすように、おいた生糸へと伸びていく。
その様子は、昔見た、田んぼを耕すのに使っていた馬が、寝転びながら、産んだ仔馬を舐める様に似ていた。
そして音もなく、生糸が、その毛の塊の中に吸い込まれていく。
これが"おくぃなさま"の食事なのだろうか。
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銀髪の姉さんは、その様子を見やると、急になちさんの手を引いて、"おくぃなさま"の中に、彼女の体を沈めた。
その瞬間、なちさんは声をあげそうになった。
生糸なんて目じゃないほどの艶やかな感触。着物からはみ出た肌に、その体毛が当たるだけで、歓喜の声を上げたくなる。
じんわりと、今まで彼女が意識したことの無い"女"の部分が、その感触に敏感に反応する。
徐々に熱くなっていく下腹部に、身悶えしながら、どんどんとその毛の中に体が飲まれていくのを感じた。
ひぃひぃと声にならない声が喉奥から漏れ出す。体が自分のモノではないように、敏感に反応する。
『気持ちいいでしょ? "おくぃなさま"はね、私達に御恵をくださるのよ』
姉さんはそう言いながら、なちさんの手をとる。
そして、彼女の持っていた紅い櫛で、"おくぃなさま"の体毛をとかさせた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
声なき絶叫。いや、絶頂。
ガクガクと痙攣しながら、今自分の背筋を駆け上った理解の出来ない感覚を噛みしめる。
痺れるような、くすぐられるような、それ以上に刺激的で、なお甘美な、こそばゆい、奔流。
それが脳に達して、次に全身に駆け巡る。そうやって体の隅々まで"おくぃなさま"の御恵に舐め回されると、
もう何も考えられなくなる。
びちゃびちゃと垂れてくるよだれも気にせずに、なちさんは、狂ったように櫛を駆け続けた。
やがて櫛が、絡まった体毛で埋め尽くされる頃には、なちさんは痙攣しながら失禁して動けなくなっていた。
後でなちさんが先輩方に聞いたら、最初は全員そんな感じだったらしい。
結局彼女は、銀髪の姉さんに背負われて、その"おくぃなさま"の間を後にした。
その背中に揺られながら、別の姉さんが言っていた『待ち遠しい』の意味を理解したんだ。
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その次の日から、なちさんはもう"おくぃなさま"に櫛を通すことしか考えられなかった。
何をしていても、昨日のあの痺れが、下腹部から這い出てきて、彼女の全身を愛撫する。
ふーちゃんも同じようで、やけに熱い吐息を漏らしながら、内股で寄宿舎の掃除をしている。
姉さんたちは慣れているのか、いつも通りだったけど、未だ恋すらしたことの無い彼女らにとって、
その刺激はもはや麻薬みたいなものだったんだろうね。
そしてまた日曜日がやってきて、そして"おくぃなさま"の毛を梳く。
その度に、何度も絶頂に達しては気絶し、また絶頂するを繰り返す。
体が真っ二つになってしまうのではないかと言うくらい仰け反って、足がつる程につま先に力が入る。
歯を食いしばり上がら白目を向くその表情は、決して苦悶に歪んでいるわけではなくて、
むしろその全身が"女に生まれてきたこと"を喜んでいるようだった。
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そうやって3ヶ月あまりが過ぎて、春が来た。
その日は新月だった。
なちさんは窓の外から見える、石切り場を眺めていた。
明日は待ちに待った日曜日。明日も"おくぃなさま"に櫛をかけることが出来る。
それを考えただけで、股の内側が露に濡れた。
『もう、灯り消すよ?』
ふーちゃんが、なちさんにそう言いながら、行灯に手をかける。
彼女はそれに短く答えると、布団へと戻ろうとした。
「――待って」
思わず声を上げる。ふーちゃんは、その声に動きを止めた。
もう一度、窓を見る。"窓の外"ではなく、"窓に映る自分"を見た。
――髪の色が、薄くなっている。
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思えば、この小屋にも寄宿舎にも工場にも鏡が無いから気が付かなかったけど、たしかに少し茶色くなっている。
なちさんは、ふーちゃんの方に顔を向けると、行灯の光に照らされた彼女の頭髪を見る。
やはり、茶色い。ここに来た当初は、綺麗な濡鴉色の黒髪だったのに。
その事実が一体何を示すのかは分からなかったが、それが"おくぃなさま"によるものであることは明白だった。
先輩たちも、こうやって髪の色を失っていったのか。
それに気づいた途端に、急に恐怖に襲われる。
"おくぃなさま"の得体のしれなさを、今更突きつけられたのだ。
神様だというあの毛の塊は、私たちに快楽を渡す代わりに、何を奪っているのだろう。
本当に、お供えしている生糸だけなのだろうか。
いや、生糸の代わりに、それ以上の品質の体毛を頂いているのだ、釣り合いが取れない。
私たちに与えられるあの甘い痺れの対価は、一体何なのだ。
私は"おくぃなさま"の事を何も知らないのだ。
気づけば、春先になったばかりで、まだ肌寒い部屋の中だと言うのに、手のひらに、粘ついた汗をかいていた。
その次の日だ。銀髪の姉さんが、首を吊ったのは。
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朝、目が覚めて、布団を畳むと、いつものように寄宿舎の錠前を外して、女工さん達の朝餉の準備をするはずだった。
でも、布団を畳んでいる時に、窓の外に、何か妙なものが揺れているのが目の端に映った。
窓に近づいて目を凝らす。
小屋から見える寄宿舎の裏手。いつも布団を干す場所に、大きな楢の木が生えていて、
その枝に、何かがぶら下がっている。距離が離れているので、大きさが測りにくいが、それなりに大きいはずだ。
それは、そう、丁度、人間くらいの――。
そこまで考えた瞬間、なちさんは一階に駆け下りた。
一階の広間では、既に姉さんたちが、寄宿舎へ出向く準備をしていたが、
その中に、最年長である、銀髪の姉さんの姿が無い。
やっぱりッ!!
なちさんが、さっき窓の外から見える楢の木に、人がぶら下がっていた気がすると姉さんたちに伝えると、
全員の顔から、血の気が一気に引いた。そして全員が全員で、小屋を飛び出して、寄宿舎の裏手に回った。
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果たしてそこには、楢の木の枝に、生糸を束ねた縄を首にかけて垂れ下がっている銀髪の姉さんがいた。
目玉は飛び出しかけていて、口からは紫色に膨れ上がった舌が伸びていた。
寝間着の裾から見える足の先からは、黄色い液体が滴って、それが落ちた跡は、まだ寒い諏訪の朝に湯気を立てている。
そして、何よりも異様だったのが、その下腹が、赤子でも孕んだように、大きく膨らんでいることだった。
昨日まではそんな風に膨らんでいなかった。たった一日で子供が出来るなんて聞いたことが無い。
――死んでいる。誰がどう見ても。
あの優しかった姉さんが。自分の事をいつでも気にかけてくれた姉さんが。
本当の姉のように慕っていた姉さんが。大好きな姉さんが。
そう思った瞬間、なちさんは叫んだ。
しかし、それよりも早く、姉さんの一人が、口を塞いだ。
『声を出しちゃダメ』叱責の意味を含んだ、今まで聞いたことが無い厳しい口調だった。
口を塞がれたまま、他の姉さんの顔を見ると、全員驚いてはいるが、
それは決して銀髪の姉さんが死んだことに対してでは無いことが分かる。
彼女らは、"こうなることを知っていた"のだ。
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やがて、別の姉さんが、女将さんを呼んできた。
女将さんは特段悲しむ様子も無く、持ってきていた台車に、木から降ろした彼女の遺体を乗せた。
そして、『行きますよ』と女中たちに一声かけると、あの石切り場へと台車を転がしていく。
姉さんたちは、誰一人、泣かず、喋らず、ただ悲痛な面持ちでその後をついていく。
その姿はまるで、今から人買いに売られる、奴隷の集団のようだった。
なちさんは、優しくしてくれた銀髪の姉さんとの思い出を思い出し、涙目で後を追った。
ふーちゃんも、垂れてくる鼻水を啜っていた。
石切り場につくと、数人で、遺体を洞穴の奥に運んでいく。
後の女中らは、それについていった。
そして、"おくぃなさま"の間の扉の前まで来ると、いつものように、女将が錠前を外して、全員が中に入った。
いつものように、マッチで行灯に火を入れると、灯りが一面に広がる。
でも、その光景はいつもとは違っていた。
普段はまんまるの毛の塊でしか無い"おくぃなさま"が、天高くその首を伸ばしていた。
洞穴の中を、その伸びた首の影が埋め尽くす。
まるでこの"死"を待っていたように、文字通り"首を伸ばして"いる訳だ。
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その異様さに更に拍車をかけるように、女将が叫んだ。
『さぁさ、"おくぃなさま"。大変長らくお待たせ致しました。本日やっと一人、"おくぃなさま"へその身を捧げる献身者が現れました。
どうかこの者を貴方様の御身へとお迎えくださいッ!! 今宵は御馳走に御座いますッ!!!』
そう言うと、"おくぃなさま"達の真ん中に、彼女の遺体を置いて、寝間着を剥ぎ取った。
全裸の遺体が、晒される。
その肌も髪も、白磁のように生々しく、爛々と行灯の燈をその身に映している。
彼女の下腹部は、へそを頂点に、極限まで盛り上がり、まさに妊婦のそれをしていた。
女将は懐から、大きな布裁ちばさみを取り出すと、その刃の一方を、思い切りそのへそに突き立てた。
「ひっ!」
なちさんは、そのあまりにも唐突でおぞましい光景に声を上げた。
口元がわなわなと震え、目を逸してしまいたいのに、瞬き一つ出来ない。
それに気づいた年の近い姉さんが、なちさんの手をぎゅっと握ってくれた。
彼女の手も、同じように震えていた。
女将はズブズブとその先端を沈めていく。そしてある所まで到達すると、そのハサミを"閉じた"。
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――じょきん。
皮膚と、肉とを裂く音がした。
でも、傷口からは、血が出てこない。既に心の臓が止まっているので血流が無いのだ。
そのまま女将は、みぞおちの方までハサミを入れて、遺体を切り開いていく。
きっかりみぞおちまで入れると、次に反対方向へハサミを入れる。どんどんと。
そうしてすっかりと彼女の体を切り開くと、その臓物の中に腕を突っ込んで、かき回し始めた。
ぐちゅん、ぐちゅん。
辺りに、既に黒く変色した、彼女の血液の塊が溢れだす。
しかし女将はそれに構わずに、腹の中を弄り続けた。
そして、何かを探り当てたように、一瞬動きを止めた後に、そこから巨大な肉塊を引きずり出すと、
その肉塊と、体とが接続している部分を、またハサミで切り取った。
それが、"子宮"であると知るのは、なちさんが、僕のお祖母さんを産んだ時だったそうだ。
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人間の頭部二つ分までに膨れ上がったその子宮を、まるで神に生贄でも捧げるみたいに、掲げると、
それに合わせて、"おくぃなさま"の首が、激しく上下される。
喜んでいるのだ。あの肉の中身が、彼らの好物なのだ。
なちさんはそう思った。
女将は掲げた肉塊を突き上げるように、ハサミを入れる。そして、下から上に、一気に切り開いた。
ばしゃ、という水音とともに、血に塗れた、何かが溢れ出す。
それは、見まごうこと無く"おくぃなさま"の体毛だった。
ぬらぬらという紅い粘液にまみれてなお、尊厳な美しさをかけらも残っていない。
いや、それどころか、血によって洗練されたそれは、いつも以上の輝きと、艶やかさを身に着けていた。
『さぁッ! 召し上がりませいッ!!!』
自身の着物も、真っ赤に染め上げた女将がそう叫ぶと、
"おくぃなさま"たちの首が、その地面に広がった血液と毛の混合物に瞬く間に群がった。
そして、いつもは立てない、"じゅるじゅる"、"むしゃむしゃ"という咀嚼音を響かせさながら、
それを丁寧に、丹念に舐め取っていく。
地獄だ。地獄絵図よりなお酷い、本物の地獄。
体を切り開かれ、子宮をえぐり取られ、その中身は、得体の知れない"神"を騙る異形に食い荒らされる。
女にとっての地獄に、コレ以上のものなんてあるのだろうか。
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そうして、床がすっかりキレイになって、"おくぃなさま"達が、いつもの毛玉に戻ると、
女将は、さ、行くよとだけ言って、さっさと出ていってしまった。
残された彼女らも、今更この場所でどうすることも出来ないし、
朝餉の支度もまだ済んでいないので、急いで外に出て、また無言のまま寄宿舎へ向かった。
その晩、なちさんとふーちゃんは、布団に潜り込みながら話し合った。
きっと、"おくぃなさま"に魅入られると、ああいう風に、"おくぃなさま"の御馳走になってしまうのだ。
私達の髪の色が薄くなるのは、御馳走に近づいている証拠なんだ。
銀髪の姉さんみたいに、髪から全て色が抜けると、きっと"食べごろ"なんだ。
私達が、女工たちに比べて、こんなにいい暮らしをさせてもらえているのは、
きっと家畜を太らせてから食べる行為そのものなのだと。
そして何より、あの優しかった姉さんを殺したことが許せないと。
そしてその日から、二人は、この工場からの脱走と、"おくぃなさま"への復讐を計画した。
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まず、脱走自体は簡単だった。夜中にこっそりと、山中へと逃げ出してしまえばいい。
寄宿舎と違って、この小屋には脱走防止の錠前なんかは付いていない。
ただ、検番が夜通しで見回りをしているから、上手く夜の闇に紛れる必要がある。
丁度、この工場から続く山道が二手に分かれている。
追手を巻くために、恨みっこなしで、そこで分かれて逃げる手はずになった。
逃げた後のことは考えていなかった。
ただ、あの死に方だけは、"おくぃなさま"の御馳走になることだけは避けたかった。
多分おそらくきっと、あの死に方は、死よりももっとおぞましい何かだと思ったから。
問題は、"おくぃなさま"への復讐だ。
それ自体は至極簡単で、基本身動き一つしない"おくぃなさま"に、食事の支度に使う油を浴びせて、
竈に火を入れるためのマッチを投げつけてやればいい。
問題はあそこに入るための"鍵"だ。アレは女将しか持っていないし、
しかも多分、日曜日のあの櫛入れの時にしか持ち出さないのだろう。
それをどう手に入れるか。
一つは、経営者一家の住んでいる邸宅に忍び込むこと。
この工場を出て、少し行ったところに、その邸宅はあると聞く。
しかしそこにたどり着くことこそもう既に"脱走"であり、
更にもう一度工場まで戻ってきて、扉を開けて、油を撒いて、というのは、些か危険すぎるというものだ。
もう一つは、日曜日の櫛入れの後に、女将から鍵を盗むこと。
こっちの方が、現実的だろう。
問題は、二人がまだ12歳で、当然スリの技術など無いということだ。
二人は、うんうん唸りながら、朝日が登るまでその方策を考えた。
-
そして、ある一つの策にたどり着いた。
日曜日には、風呂を沸かす。それを利用しようと。
工場内には、生糸を一部だけ先染め状態で出荷するための、"染料"がある。
櫛入れの儀式が終わって、あの暗い階段をあがるときに、闇に乗じて、その染料を女将に浴びせるのだ。
そして、邸宅までその状態で戻ると、肌に染料が染みてしまいますと言って、
寄宿舎内の浴場を使わせるのだ。そこでは当然服を脱ぐだろう。
そして、女将が湯浴みをしている間に鍵を盗み、またあの洞穴に戻り、
"おくぃなさま"を焼き殺して逃げる。
油壺は、予め、"おくぃなさま"の間の手前の岩場の隙間に隠しておいて、マッチは当日懐に隠せばいい。
勝負はただの一度、三日後の日曜日だと決めた。
-
――そして決戦の日。
二人は、櫛入れの儀式のときも、その"おくぃなさま"の与えてくる快楽に、下唇を噛みしめることで耐えた。
暗がりなので誰にも気づかれなかったが、唇には、後々まで残る深い噛み傷が出来ており、出血もしていた。
姉さんたちは、あんな出来事があったのに、またその快楽に身を委ねてしまっている。
もうもはや、あの人達は、飼いならされてしまっているのだ。
女将に、"おくぃなさま"に。
そして、自分の髪が、あの優しかった姉さんのように、すっかり銀色になって、自身が貪り食われるまで、
延々とその快楽を享受し続けるのだろう。
思えば、まだ幼くて、また、貧乏農家育ちで体の成長が未発達だったのが、
二人の思考を淫靡な快楽に捕えるのを防いだのかもしれない。
もしもう少し年齢が上だったら、きっと彼女らのように、あの毛の中にまみれながら死を待つだけの生き物に成り下がっていただろう。
そして今日のお勤めが終わって、いつものようにあの暗い階段を登るときに、
なちさんは岩場の上に引っ掛けておいた生糸の束を引っ張った。
そうすることで、先頭を行く女将の頭に、染料がひっくり返るようにしておいたんだ。
『ぎゃあっ!! な、なんだいッ!!』
狙い通り、女将の頭に紫の染料が降り注いだ。
そして、誰よりも早く、女将自身が、その匂いから、自身が頭から被ったのは染料であることに気がついた。
流石、そのへんは長いことこの工場を取りまとめていただけのことはある。
-
どうかなされました、と姉さんたちが女将を心配して取り巻く。
女将は悪態を付きながら、
『どうせトロい女工が、休みの日に脱走経路を下見にでも来た時に、その目印に置いたんだろう。
この先は行き止まりだから、諦めてその辺に置きっぱなしだったんだ』
と自己完結してくれた。かなりの好都合だった。
すかさずなちさんが、女将さんに言った。
「女将さん、そのままだと、肌に染料が染みて、落ちなくなります。汚い所ではございますが、我々の寄宿舎の浴場をお使いください。
本日は日曜日なので、湯が張ってあります」
『あぁ、そうだねぇ。こんなで帰ったら、旦那に笑われちまうからねぇ』
――やった。計画通りだ。
-
そしてすかさず、ふーちゃんが、
「私共の部屋に、着物の予備がありますので、後で脱衣所にお届けにあがります」
と言って、先に小屋へと走っていった。
こうすることで、自らが脱衣場に行き、女将の着物から鍵をくすねる時間を作ったんだ。
他の姉さんにやらせると、変なタイミングで鉢合わせしかねない。
その時間に脱衣所に居ても違和感のない理由を立てたわけだね。
そして、なちさんは、姉さんたちの隙を見て、小屋から出て、あの洞穴の扉の前で待った。
着物の懐には、マッチと、それから何日か溜め込んでおいた、干し芋や干物の入った袋がある。
これで、山中を逃げ惑っても、数日間は持つはずだった。
もしこの山を降りることが出来たら、女郎にでもなろう。
いくら女郎が、自分の体を売る仕事だって行っても、喰われる仕事よりはずっとマシだろう。
ここより酷い地獄なんて、そうそうない筈だから。
-
数分もすると、ふーちゃんは、手に鍵を持って、階段を降りてきた。
『やった! 成功だ!』
「まだだよ! "おくぃなさま"を焼き殺して、姉さんの仇を取るんだ!!」
二人は、逸る気持ちを抑えて、錠前に鍵を差し込んだ。
カチリ、という音と共に、錠前が外れる。そして閂を上げて、扉を開いた。
一瞬扉の向こうに風が吹き抜ける、"コォォ"という音がして、それ以降の音は無かった。
二人は、女将がいつもやっていたみたいに、行灯のある位置まで行くと、火を灯した。
洞穴に光が溢れる。
"おくぃなさま"はいつもの様に、毛玉の状態で、壁際に転がっていた。
「……やろう」
『……うん』
二人は一度扉の外に出て、岩場の影に隠してあった油壷を抱える。
そしてまた"おくぃなさま"の間に戻ると、一度顔を見合わせて、大きく頷くと、
その壺の中身を、そこらじゅうに撒き散らした。
"おくぃなさま"は、その体毛が油に塗れても、身動き一つしない。
本当に糸を喰う時しか動かないのだ。
そして全ての"おくぃなさま"と床に油を撒いて、なちさんは、懐のマッチに手をかけた。
――その時。
-
『こんのクソガキどもがぁあああああああああああッッ!!!!!!』
般若が、飛び込んできた。
しかし、それは当然見間違いで、その正体は、怒りに髪を振り乱し、口を耳まで裂けるほど開いた、女将だった。
行灯の光を反射して、目は爛々と輝き、その手には、あの日姉さんの体を裂いた、大鋏が握られていた。
『"おくぃなさま"になんてことをッ!!!!! なんてことをををををををををッッッ!!!!!』
猛然と此方に近づきながら、そのハサミを振り上げる。
二人は女将のあまりの形相に、すくむ足を殴りつけて、なんとか後ずさりをした。
しかし、それ以上の動きは、封じられてしまったかのように、緩慢にしか動けない。
『お前らは、何回死んでも許さんぞぉおおおおおッ!!!!!!』
女将は二人の前まで来ると、その振り上げたハサミを、なちさんの、その眼球めがけて振り落とした。
-
(殺されるッ!!!)
そう思った瞬間、足元に広がる油に足を取られて、なちさんは尻もちを付く。
そこに勢い余った女将が倒れ込んできたのを転がって避けた。
なちさんと、女将は、油まみれの床を転がって、立ち上がることが出来ない。
お互いが四つん這いのまま、追いかけ合う。
『殺すッ!!! 殺してやるッ!!!!!』
彼女の足がさっきまであったところに、ハサミが振り下ろされ、ガツン、という鋭い音を立てる。
このままじゃいつか足を刺されて動けなくなる。そして自分も姉さんみたいに"開き"にされて殺されるのだ。
しかし、それよりも早く、なちさんに着物の帯が伸ばされる。
『これを掴んでッ!! 早くッ!!!』
ふーちゃんが、自分の帯を解いて、此方に投げてよこしたのだ。
既にふーちゃんは、扉の外にいる。コレならばッ!
なちさんは、自分の手首に帯を絡めると、「引いてッ!」と声をあげる。
そして、その帯の端を、ふーちゃんが思いっきり引っ張った。
-
油に塗れた岩の床の上を、なちさんの体が滑る。
『ま、待てクソガキッ!!』
女将の伸ばした腕は空を切り、扉の外まで滑り出た。
そして、そのまま階段を駆け上がっていく。
マッチを持っているのは、なちさんだけじゃなかった。
今の油に塗れた体では火をつけることが出来ない。でも、そうじゃないふーちゃんには出来る。
ふーちゃんは、扉を閉めると、閂と錠前をかけてしまう。
扉の内側からは、般若の絶叫が聞こえる。
でも、これで終わりなのだ。
ふーちゃんは、"なちさんの体によって"門の外まで伸ばされた油の跡にマッチを近づける。
門の下の隙間を通って、その炎は、あの"おくぃなさま"の間を焼き尽くすのだ。
-
『くたばれ』
.
-
そういって、ふーちゃんは、油に、マッチを投げ入れた。
『ガァアァァァアァアアアアァァァァアアアアアアアァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!』
耳を劈くような轟音が、扉の向こう側から聞こえる。
鬼が焼け死ぬ断末魔だ。いや、それだけじゃない。
もっと大勢の、恐ろしいほど大勢の阿鼻叫喚が、この中から染み出してくる。
これはきっと、"おくぃなさま"と、奴らに喰われた姉さんたちの、魂の叫びなのだろう。
あまりにも大きなそれは、きっと岩切場を飛び出して、検番の耳にも届くだろう。
だとしたら好都合だ。
検番がここに来る間に、工場の裏を通って、山道に出て、後は走り抜けるだけ。
二人は階段を上がると、月夜の中を駆けていく。
二人の髪は、月明かりを透かすほどに薄い栗色になっていた。
こんな髪で街に出たら、きっと奇異の目で見られるだろう。
異人との混血としていじめられるかもしれない。
でも、それでも、死ぬよりはマシなのだ。
ここより酷い地獄なんて、そうそうない筈だから。
-
――というわけで、そのせいで、僕の代になっても、髪の色が薄いままなんだって。
【糸喰らいの神馬 了】
-
【幕間】
(´・ω・`)「どうよ。今までとは趣向を変えてみました」
( ^ω^)「なんかキモい話だったお」
川 ゚ -゚)「もやもやするな」
('A`) 「っていうか最後の方絶対はしょったろ」
(´・ω・`)「だってこのまま行くと、なんかとんでもない事になりそうだったんだもん」
ξ゚⊿゚)ξ「とんでもないことって?」
(´・ω・`)「えっとね、なんかね、"分裂"しそうだった」
('A`) 「なにがだよ」
(´・ω・`)「んー? "空間"?」
( ^ω^)「くっそ曖昧やが」
(´・ω・`)「コレはもう今この瞬間に話す人しかわからないって! 結構焦ったんだから」
川 ゚ -゚)「じゃあ、まぁ仕方がないか」
(´・ω・`)「そういうことにしようよ。次からは、なんか"心機一転"みたいな気分になる気がするし」
( ^ω^)「どんな予感だお」
('A`) 「じゃあ、その"心機一転"次の"題"行くか」
川 ゚ -゚)「じゃあ、私が行こうか」
川 ゚ -゚)「"題"は当然>>1000でいいな」
( ^ω^)「あにば〜さりぃ〜」
ξ゚⊿゚)ξ「いいわね!」
ξ゚⊿゚)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう」
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面白かった!
乙です
-
乙
>>980の
>ぬらぬらという紅い粘液にまみれてなお、尊厳な美しさをかけらも残っていない。
は、かけらも失っていないに読み替えていいのかな?
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乙!今回も面白かったです
ksk
安価なら『ショートケーキ』
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ああ、スレを跨がないようにかwww
乙乙!途中、エロかとチョット期待したじゃないか畜生
安価なら、ドッペルゲンガー
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分裂ってそういうことかwwwww
端折られた部分が気になりますねえ…乙。
お題なら「すいぞくかん」
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題:中だし義母レイプ
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