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夢見る人に之聴く人のようです

1名無しさん:2017/04/25(火) 21:04:20 ID:gNviqX360
母親がわりの親戚に手を引かれ、おずおずと診察室にやって来た君は当時九歳であった。

(゜д゜@「うちの子変なんです」

変、とは一体なんだろう。
生きる意欲を失くした人のことか。
支離滅裂な妄想に囚われ習慣に固執する人のことか。
はたまた集中力が切れやすく、走り回ってしまうのか。
言葉の意味を図りかねている僕に、如何なる異常が見られるのか、その人は語り始めた。
しかしそれよりも、僕の視線は彼女に釘付けであった。
貧相な体つきに伸ばしっぱなしの髪。
頭皮は白く粉が吹き、風が吹けば雪のように舞いそうだった。
爪もまた伸びっぱなしだった。
白貝のような爪の奥には、垢がどっちゃり積もっているようだった。
そういえば微かに異臭もする。
饐えた臭いは、少女には似合わなかった。
なにより一番気になるのは表情だ。
目の下は窪み、まなこは赤く充血し、瞼は薄く晴れていた。
血色の悪い唇は噛み締められている。
針の筵に座り続けているような雰囲気が、診察室に満ち始めていた。
ともすれば、隣の夫人は彼女の獄卒であろうか。

(゜д゜@「こういうわけで」

と、どういうわけかは分からないが、夫人はとにかく困っているようだった。

(´・_ゝ・`)「お話しはよくわかりました」

分かっていない。
分かっていないが、分かることはある。

(´・_ゝ・`)「では直ちに入院ということで」

僕の申し出に、夫人は大喜びしていた。
少女は僕をちらと見た。
僕もまたちらと見返すと、少女はそっと目をそらした。
子に親は必要であるが不必要なこともある。
彼女に最適な空間を提供すべきだろう。

(´・_ゝ・`)(ところで何が変なのやら)

入院の手続きを機械的に行う一方で、僕は気になっていた。

彼女の奇妙な性質については、一夜明けてから分かった。

182名無しさん:2017/07/20(木) 18:07:59 ID:n0wSdUXs0
みるみるうちに、ペニサスの目には涙がたまり出す。
おろおろするみんなに向かって、ペニサスは叫んだ。

( 、 *川「うれしいのに、泣いちゃうの!」

一瞬、静まり返って。
フォックスが、ゲラゲラと笑いだした。

爪'ー`)「ったくよー、心配させやがって! それは幸せな証拠だ!」

( 、 *川「おかしくないの? 変じゃないの?」

(´・_ゝ・`)「おかしいことでも変なことでもないよ」

しゃがみこんで、視線を合わせる。
ペニサスの頭に、クックルが止まった。
心配そうに、鳴くその声は、寂しい響きがした。

(´・_ゝ・`)「それは君の心に気付いて、君の体が正直に反応した証だよ」

从 ゚∀从「そうだよ」

ハインは、柔らかく言う。

从 ゚∀从「その気持ちを、ずっと忘れないでほしいな」

唇を噛み締めながら、彼女は微笑んでいた。

183名無しさん:2017/07/20(木) 18:08:25 ID:n0wSdUXs0
ペニサスが泣き止んでから、パーティーは本格的に始まった。
いつもの夕食よりはずっと早い時間からご飯を食べることになるが、今日は気にしない。
みんなと楽しく、今までのお誕生日をお祝いするのが主なのだから。

lw´‐ _‐ノv「ぺにちゃん誕生日おめでとー!」

ぎゅーう、とシュールは抱きついた。
ペニサスは、きゃあきゃあと言いながら笑った。

lw´‐ _‐ノv「はい、プレゼント」

差し出されたのは、正方形の箱。
いかにもプレゼントです、といった趣だ。

('、`*川「開けてもいい?」

lw´‐ _‐ノv「もちろん」

丁寧に、ペニサスは包装紙を剥がす。
そーっと、そーっと。
みんなが見守る中。
出てきたのは、二つのタッパー。

lw´‐ _‐ノv「それ、すごいんだよ」

不思議そうな顔をするペニサスに、シュールは胸を張る。

lw´‐ _‐ノv「炊きたてアツアツのご飯を冷まさずに、冷蔵庫にしまえるんだよ!」

一瞬の沈黙ののち、フォックスの咳払いが響いた。
おそらく笑いをこらえようとしたか、こらえきれなくなってデルタにど突かれたのであろう。
きょとんとしていたペニサスは、顔を輝かせる。

184名無しさん:2017/07/20(木) 18:08:58 ID:n0wSdUXs0
('、`*川「冷まさなくていいんだ!」

lw´‐ _‐ノv「うん、いいんだよ!」

('、`*川「ありがとう、しゅーちゃん」

lw´‐ _‐ノv「よかった、喜んでくれて」

o川*゚ー゚)o「はいはい、シューちゃんの次はお姉ちゃんねー」

妹を押しのけて、キュートは袋を差し出した。

('、`*川「わあ……!」

ピンクの袋から出てきたのは、眠り姫の絵本であった。
しかもただの絵本ではない。
一つ一つのページが刺繍で表現されている。
絵本というより、美術館のパンフレットのようであった。

('、`*川「きれい……」

上品な金色のスパンコールでできたドレス。
膿んだ海色の目をした悪い魔女。
髪の毛のような細さの糸によって繰り出される、糸車の躍動感。
催花雨のごとく、城へと降り注ぐ眠りの呪いと姫を守る荊。
そして、呪いを解く王子様のキス。
何もかもが美しく、子細に描かれていた。

('、`*川「ありがとう、毎日読みます」

o川*゚ー゚)o「どーいたしましてー」

心底嬉しそうに、キュートは笑った。

185名無しさん:2017/07/20(木) 18:09:26 ID:n0wSdUXs0
( "ゞ)「次は僕でいいかな」

といってもそんなに大したものじゃないんだけど、とデルタは小さな包みを差し出した。

( "ゞ)「気に入ってくれるといいけど」

('、`*川「ハンカチだ!」

薄いラベンダー色の布地に、Pと刺繍がされていた。
言わずもがな、ペニサスのPである。

( "ゞ)「ランドセルの色と同じものにしてみたんだけど……」

気遣い上手な彼らしいプレゼントであった。

('、`*川「デルタさん、ありがとう。大事に使います」

( "ゞ)「お誕生日おめでとう、ペニサスちゃん」

爪'ー`)「次はオレでいいかやー?」

ひょっこりと、その背から顔を出すフォックスの顔は赤かった。
むろん、酒のせいではない。
今日はジュースしか用意していない。
緊張しているのだ。

(´・_ゝ・`)「昔から変わんないね」

( "ゞ)「まったくだ」

ひそめきあう僕たちに気付かず、フォックスは小箱を渡した。

186名無しさん:2017/07/20(木) 18:09:51 ID:n0wSdUXs0
爪'ー`)「ハーモニカだ」

( "ゞ)「開ける前に言っちゃうのそれ」

爪'ー`)「あっやべ、うっかりしてた」

控えめに、波立つように笑いが広まった。
もっとも、ペニサスはハーモニカを知らなかったらしい。
開けてもどのように使うのか、困ったように固まっていた。

爪'ー`)「それはな、こうやって使うんだよ」

ウエストポーチから、年季の入ったハーモニカが飛び出した。
それを口にあてがうと、聞き覚えのある曲が聞こえてきた。

lw´‐ _‐ノv「ハッピーバースデーの歌!」

シュールは嬉しそうに、口ずさむ。
それにつられて、僕たちも歌い出す。
わけのわからないペニサスは、それでも嬉しそうに聞いていた。

爪'ー`)「っとまあ、こんな風に使うわけよ」

慣れるまで大変だけどな、とフォックスは笑った。

('、`*川「今度教えて?」

爪'ー`)「いいぜ、酒抜いて教えてやるよ」

にっかりと、フォックスは笑った。

187名無しさん:2017/07/20(木) 18:10:18 ID:n0wSdUXs0
(-_-)「なーんかすごい人の後にプレゼント渡すのって気がひけるわー」

頬をぽりぽりとかきながら、ヒッキーは造花を差し出した。

(-_-)「ごめんな、俺こういうの慣れてねえから」

('、`*川「かわいー!」

と、ペニサスは歓声をあげた。
クラッカーを持ったウサギが飛び出す、ポップアップ式のカード。
その下には、お誕生日おめでとう!と印刷されていて。
その横に、小さくペニサスちゃん、と書かれていた。

(-_-)「……まあ喜んでくれたんならいいや」

('、`*川「ありがとう、ヒッキー」

(´・_ゝ・`)「ヒッキーくんって言いなさい」

(-_-)「いいっすよ先生、かわいいじゃないっすか」

相変わらず、頬をぽりぽりかきながら、ヒッキーは去った。

188名無しさん:2017/07/20(木) 18:11:48 ID:n0wSdUXs0
(#゚;;-゚)「次、わたしかな」

ピンクの半紙と、さらに薄い白い紙が、かろうじてリボンで纏められている包みが手渡される。
そっと銀色のリボンを引っ張ると、

('、`*川「パジャマ!」

ガーゼ生地でできたワンピースが、出てきた。
胸元には、虹色のたてがみを持ったユニコーンがプリントされていた。

(#゚;;-゚)「もうすぐ夏だから汗疹とお腹を冷やしすぎないようにね」

誕生日おめでとう、そう言って静かにでぃは微笑んだ。

('、`*川「先生、今日から着ていい?」

(´・_ゝ・`)「君の好きにしなさい」

答えると、ペニサスは目を細めた。

189名無しさん:2017/07/20(木) 18:12:20 ID:n0wSdUXs0
从 ゚∀从「お誕生日おめでとーう」

にぃ、と笑うハインに、ペニサスはまじまじと見つめる。
今日の彼女は、黒いワンピースを着ていた。
ぱっと見魔女のようにも見えた。

('、`*川「今日はドレスなんだね」

不思議そうに言うペニサスに、

从 ゚∀从「そうね、今日は女の子の気分だから」

あっさりとかわして、ハインは小さな袋を差し出した。

从 ゚∀从「クッキー作ってみたの」

('、`*川「クッキー!」

( ゚∋゚)「チチチッ!」

目を輝かせるペニサスの隣で、クックルも鳴いた。

(´・_ゝ・`)「こらクックル、それはペニサスのだぞ」

('、`*川「いいよ、クックルにもあとであげるね」

ふふりと笑って、ペニサスは言う。

('、`*川「ありがとう、ハインちゃん」

从 ゚∀从「どういたしまして」

そうして、裾を少し摘み上げて、上品に礼をした。

190名無しさん:2017/07/20(木) 18:12:53 ID:n0wSdUXs0
ノパ⊿゚)「そろそろ終わりが見えてきたね」

ペニサスの周りには、すでにプレゼントで溢れかえっている。
帰りはデルタに車で送っていってもらう予定だったが、そうしておいてよかったと僕は思っていた。

(´・_ゝ・`)(なにしろバスで帰ってたら、持ちきれない)

それもまた、幸せではあるのだが。

('、`*川「ヒーちゃんはなんで背中に手回してるの?」

ノパ⊿゚)「ああ、これ?」

ふふん、と得意げにヒートは笑って、

ノパ⊿゚)「お誕生日おめでとう、ペニサスちゃん」

くまのぬいぐるみを差し出した。

('、`*川「くまさん!」

これがなかなかに大きくて、ペニサスは抱えるのに少し苦労した。

ヽ(・(ェ)・) ノ ゙「くまさんだよー」

ひこひこと、ヒートはくまの手を動かす。

゙ヽ(・(ェ)・) ノ「あとでぼくになまえをつけてね!」

('、`*川「つけるよ、大事にするよ」

ぎゅぅ、と抱きしめて、ペニサスは笑った。

191名無しさん:2017/07/20(木) 18:13:17 ID:n0wSdUXs0
o川*゚ー゚)o「院長、トリですよ」

(-_-)「トリってめっちゃプレッシャーだよね」

从 ゚∀从「うんうん」

(´・_ゝ・`)「そこ、露骨にプレッシャーかけない」

冷やかす三人は、ぱりぽりとポテチを食べている。

(´・_ゝ・`)(そんなこと言われると、緊張しちゃうだろう)

一度だけ、深呼吸をする。
肺を無理やり広げるようにして、息をすると少しだけ気持ちがほぐれるのだ。

(´・_ゝ・`)「僕からのプレゼントは、」

封筒状の、包みを渡す。
ペニサスは、すぐに袋を開けた。

('、`*川「あ!」

爪'ー`)「なんだなんだ?」

('、`*川「匂い付きのペン!」

(´・_ゝ・`)「うん」

バニラ、いちご、石鹸、オレンジ、ぶどう。
もちろん、インクにはラメも入っている。

192名無しさん:2017/07/20(木) 18:13:42 ID:n0wSdUXs0
(´・_ゝ・`)「君には、こういうものを持たせていなかったね」

考えてみれば、実用性重視の鉛筆や赤ペンしか与えていなかった。
せっかく手紙をもらっても、あれでは可愛げのない返事しか書けない。

(´・_ゝ・`)「気付いてあげられなくてごめんね」

まだまだ僕は、立派な父親だとは言えなかった。
それでも、ペニサスは、

('、`*川「うれしい」

僕を真っ直ぐ見つめて、

('、`*川「すっごくうれしいの」

喜んでくれる。

193名無しさん:2017/07/20(木) 18:14:13 ID:n0wSdUXs0
次の日も、平日はやってくる。
まだまだ休みには程遠く、しかし次の日も楽しんで迎えられそうなくらいには遊び尽くした。
片付けも七時には終わり、各自解散となった。

(´・_ゝ・`)「眠いか」

目をこすりながら、首を振るペニサス。
クックルは、とうに寝付いてしまっていた。
今は、ペニサスの手の中で眠っている。

(´・_ゝ・`)「寝なさい」

その頭を撫ぜてやって、僕は無理やり寝かしつけてしまう。
あと十分ほどで、デルタの車は僕の家に着く。
その少しの間でも、休ませてやったほうがいいだろう。

(´・_ゝ・`)「悪いな、忙しいのに」

信号から目を離し、ミラー越しにデルタと目があった。
その目尻は少し下がっており、笑っているのがよくわかった。

( "ゞ)「俺も子供に戻った気分だった」

(´・_ゝ・`)「子供、か」

( "ゞ)「俺も誕生日会とやらに行ったことがないからな」

(´・_ゝ・`)「やっぱり男はやらないよな」

( "ゞ)「やらないなあ」

(´・_ゝ・`)「うん」

194名無しさん:2017/07/20(木) 18:14:40 ID:n0wSdUXs0
( "ゞ)「でも、楽しかった」

(´・_ゝ・`)「そうだな」

( "ゞ)「ケーキなんか久々に食べた」

たまにはいいな、という言葉と共にアクセルが踏まれた。

(´・_ゝ・`)「君の誕生日にもケーキを買ってあげようか」

( "ゞ)「やめてくれよ」

そう言うデルタの声は、あまり嫌そうではなかった。

195名無しさん:2017/07/20(木) 18:15:07 ID:n0wSdUXs0
家に着いてもペニサスは寝ぼけ眼であった。
歯磨きだけでもかろうじて済んだのが、せめてもの救いである。
そのあとはもう、苦労して風呂や着替えを済ませた。
力の抜けた人間というのは、とても重い。
いくら子供でも、それは変わらなかった。

(´・_ゝ・`)(世の中の親は大変だな)

軽々と子供を持ち上げて、さかさかと歩く親はいくらでも見た。
が、こんなにも大変だったとは。

(´・_ゝ・`)(それでもやっぱり、かわいいもんだな)

正体もなく眠るペニサスの胸元には、虹色のペガサス。
その隣には、くまのぬいぐるみ。
サイドボードには、眠り姫の絵本。
その隣には、アロマキャンドル。

(´・_ゝ・`)(これはもうひとつのプレゼント)

ライターで炙ると、部屋にラベンダーの香りが広がった。

(´・_ゝ・`)(僕にできることは数少ない)

悲しいことに、万能ではない。
僕にできることは、彼女の身を案じてうろたえることだけ。

(´・_ゝ・`)(でも幸せになってほしいのは本当だよ)

だから、どうか、いい夢を。

196名無しさん:2017/07/20(木) 18:15:30 ID:n0wSdUXs0
7.まとめてお祝い、幸せな証拠

197名無しさん:2017/07/20(木) 18:15:53 ID:n0wSdUXs0
お題一覧

狐の嫁入り
番狂わせ
パルクール
フリスビー
かんな
殺虫剤
自販機

お題を三つ募集します

198名無しさん:2017/07/20(木) 18:16:27 ID:n0wSdUXs0
目次

>>1
1.鉄火巻き味の歯磨き粉

>>24
2.底なし穴と熱いお湯

>>49
3.夜泣きとパパ

>>75
4.ピクニックとじゃがいもの小鳥

>>112
5.にせものとかたつむり

>>144
6.まよなかとパンケーキ

>>169
7.まとめてお祝い、幸せな証拠

199名無しさん:2017/07/20(木) 18:19:14 ID:n0wSdUXs0
誤爆してごめんなさいでした、紅白がんばります

200名無しさん:2017/07/20(木) 18:22:56 ID:r9wbMxEY0
いいですね。


201名無しさん:2017/07/20(木) 21:12:32 ID:Xf881Pwc0
乙、一気読みさせてもらいました。
ペニサスが徐々にころころと表情を変えていく様がとても愛しい。

お題 片付け

202名無しさん:2017/07/20(木) 21:24:34 ID:w1kV5g6k0
お題:スポーツ

203名無しさん:2017/07/21(金) 03:04:52 ID:dU4ttmaY0
ほんと優しいお話で心が安らぐ

204名無しさん:2017/07/21(金) 17:10:06 ID:I7F.kFPU0
あ〜涙出るぜ〜ちくしょー

205名無しさん:2017/08/10(木) 16:42:54 ID:Ilc8Y3Ms0
優しくて不思議な話で好き
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2412.png

206名無しさん:2017/08/10(木) 17:15:52 ID:KOgcELAA0
想像してた雰囲気まんまだ

207名無しさん:2017/08/10(木) 21:29:58 ID:uwIEBjLo0
歯磨き粉から鉄火巻きが出てる!

208名無しさん:2017/08/10(木) 21:36:18 ID:FtBZ1hHk0
いいなぁ

209名無しさん:2017/08/27(日) 20:36:39 ID:9zY08n1k0
夢を見た。
水の中なのに、息ができる夢。
光は遠くにあって、わたしはそこからどんどん遠ざかる。
だけど怖くはなかった。
わたしは瓶を握りしめていた。
心細くなると、わたしは瓶へと口をつける。
そうして、空の瓶に息を吹き込むと、黒い雲のようなもので満たされる。
これは不安、だ。
わたしの心に巣食う不安を、この瓶は取り除いてくれる。
魔法の瓶。
素敵な瓶。

('、`*川(それでも先生に会いたいな)

瓶を捧げもつようにして、手を伸ばす。
光が、落ちて来る。
わたしの元へ、降ってくる。
目が覚めて、ひんやりと冷たい感触がした。
右手を見ると、小さな瓶が握られていた。
形は細長く、リコーダーにも似ているし、牛乳瓶にもよく似ていた。

('、`*川(夢で見た通りだ!)

じゃあこれはきっと、不安を取り除く瓶なのだろう。
早速先生に見せに行こうと起き上がり、思い出す。

('、`*川(今日、お仕事だって言ってた)

それも学会に行くと言っていた。
先生の仕事はたくさんあるけど、その中でも一番忙しいお仕事だった。
だから昨日先生は、早く起きて準備すると言っていた。

210名無しさん:2017/08/27(日) 20:37:11 ID:9zY08n1k0
('、`*川(じゃましちゃ悪いね)

それに今日の夢は、そんなに怖い夢でもない。
だから先生には内緒で、この夢を使ってみようと考えた。

('、`*川「おはよー、先生」

(´・_ゝ・`)「おはよう、ペニサス」

リビングへ行くと、先生はもうスーツを着て、なんなら家を出るようだった。

(´・_ゝ・`)「良かった、君と少しでも話せて嬉しいよ」

('、`*川「ほんと?」

そう言われると、少し照れちゃう。

(´・_ゝ・`)「今日は怖い夢見なかった?」

柔らかく降ってきた声に、わたしは頷く。
わたしは、前よりも夢を見る回数が減ってきていた。
見ていても、覚えていない時もある。
はっきりと覚えていない夢は、多分現実にはならない。
初めてのことだった。
先生に会うまでは、毎日のように夢を見ていた。
本当に不思議だけど、きっとそれは先生がお話しを聞いてくれるからだろうとわたしは信じていた。

(´・_ゝ・`)「それならよかった」

ホッとしたような顔をして先生は頷いて、鞄を持つ。
後ろ手に隠した瓶には気付いていない。

211名無しさん:2017/08/27(日) 20:37:40 ID:9zY08n1k0
(´・_ゝ・`)「じゃあ、僕はもう行くから。朝ごはんはちゃんと……」

('、`*川「パンとヨーグルトとバナナ!」

(´・_ゝ・`)「そうそう。ちゃんと食べて、ペニサスも学校、頑張るんだよ」

('、`*川「はーい」

言いながら、玄関までお見送り。

('、`*川「いってらしゃい先生」

(´・_ゝ・`)「いってきます」

手を振って、ドアが閉まったら、またリビングへ。

('、`*川「クックル!」

鳥かごに手を出して、クックルを乗せた。

('、`*川「おはよー」

( ゚∋゚)「チチッ」

クックルは、賢い。
小鳥なのに、わたしよりもずっと頭がいい。
前世は人間だったのではと思うくらい、クックルは賢かった。

('、`*川「クックル、瓶に頭を入れてみて」

( ゚∋゚)「チッチィ?」

だからクックルは、わたしの言うことを聞く。
おねがいすれば、なんでも聞いてくれるのだ。

212名無しさん:2017/08/27(日) 20:38:08 ID:9zY08n1k0
('、`*川「そうそう、そのまま息してて」

( ゚∋゚)「チィ……」

首を傾げるクックルの、くちばしから、黒いもや。
手乗りさせている腕からそっと、瓶から引き離す。
すると不安はうねうねと動いて、一つの景色を見せた。
広い、広い、海だった。
青い空、青い海。
どこまでも澄んだ、果てのない、無限の海。

('、`*川(今朝の夢の中みたい)

クックルは、わたしの夢から生まれたから、夢に戻りたくないのかもしれない。

('、`*川(じゃあ夢は、海なのかなぁ)

分からない。
ただただ広いこの海が、クックルの不安なのだろう。

('、`*川「心配しなくてもいいよ、クックルはうちの子だからね」

( ゚∋゚)「チチッ!」

そうして、クックルと一緒にパンを食べた。
クックルのお気に入りはジャムパンで、ブルーベリーよりイチゴが好きらしい。
わたしはブルーベリーの方が好きだから、今日はブルーベリーにしちゃうけど。

( ゚∋゚)「チィ」

('、`*川「だめだよ、ご飯食べないと」

213名無しさん:2017/08/27(日) 20:38:50 ID:9zY08n1k0
促せば、ようやくクックルは食べ始めた。
うん、でもやっぱり、いい子だ。
褒めながら、かりかりと頭を撫でてやった。
食べ終わったら、今度は学校に行く。
クックルも一緒に着いてくる。
最初はからかわれたり、先生に注意もされた。
だけどクックルはお利口だから、段々その事が伝わってきて、みんなに受け入れられるようになった。
だから今日も、ずっと一緒にいる。

ミセ*゚ヮ ゚)リ「おっはよー!」

('、`*川「おはようミセリちゃん」

この子はミセリ。
一番初めにお友達になってくれた子だ。
転校したての頃、お誕生日会に招待してくれたのは、嬉しかったなぁ。

ミセ*゚ー゚)リ「鳥ちゃん今日もいるんだね」

手を伸ばすミセリに、クックルは嫌がってランドセルに逃げた。
クックルは、先生とわたし以外に触られたくないらしい。
ミセリも分かってるのに、諦めが悪いんだ。

ミセ*゚ー゚)リ「けいかい心強いねぇ」

('、`*川「しょうがないよ、クックルは特別だから」

そう言いながら、大きな洋風の家の前で止まる。
ここはツンとデレのお家。
二人ともお金持ちで、庭がすごく広い。
今の時期にはモッコウバラが咲いていて、綺麗なアーチを作っている。
その先には楡の木やマロニエの木があって、なんだか日本じゃない気がしてくる。
ラベンダーとか、カモミールとか、ハーブもたくさん植えてあるのだ。

214名無しさん:2017/08/27(日) 20:39:21 ID:9zY08n1k0
ξ゚⊿゚)ξ「おはよー」

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう」

二人は、双子だ。
ツンはお姉さんで、デレは妹。
いつでも仲良しだけど、それはきっとお母さんがいないから。
二人が生まれた時に、体が弱って亡くなったそうだ。
お父さんも忙しいし、お家にはお手伝いさんとか家庭教師とか大人ばっかりだと聞いた。
お互いが味方で友達でお母さんだとデレが言っていた。

ミセ*゚ー゚)リ「今日もかわいい服着てるー」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ、ありがとー」

ξ゚⊿゚)ξ「服なんかいっぱいあるからどうでもいいけどね」

そうは言うけど、本当は大切なものだってわたしは知っている。
この間男子がデレの服を引っ張った時、ツンはすごく怒っていた。
乱暴したこともそうだけど、きっとそれはものを大事にしているからだと思う。
素直じゃないけど、やっぱりツンはいい子なんだ。
その分デレは、少しのほほんとしたところがある。
口数も少ないし、ツンのそばに寄り添っているだけだ。
でも時々、大人みたいな顔をする。
ちょうど先生が、わたしを引き取るかどうかで悩んでいるような顔に似ていた。

('、`*川「あ、そうだ」

ランドセルから、瓶を出して三人に見せる。

215名無しさん:2017/08/27(日) 20:39:55 ID:9zY08n1k0
('、`*川「ねえね、面白い手品しない?」

ミセ*゚ー゚)リ「手品!」

振り返って嬉しそうにいうけれど、そのまま歩くのは危ないと思った。
でもミセリは変なところで器用なのだ。
そのままスイスイ歩いてみせた。

ξ゚⊿゚)ξ「どうせ子供騙しのやつでしょう」

ζ(゚ー゚*ζ「お姉ちゃんは手品嫌い?」

ξ゚⊿゚)ξ「嫌いって言ってないでしょ」

('、`*川「うーんと、わたしもタネはよく知らないんだけどね」

とぼけて、手順を説明する。

ξ゚⊿゚)ξ「ほんとに出来るのかなぁ」

胡散くさそうなツンを押しのけて、ミセリが手を挙げた。

ミセ*゚ー゚)リ「いっちばんのりー」

ふぅ、と息を吹き込むと、やっぱり黒いもやが出た。
ぐるぐる渦を巻き、やがてそれは一枚の紙になった。

ξ゚⊿゚)ξ「なにこれ」

ζ(゚ー゚*ζ「テスト用紙みたい」

ミセ*゚ー゚)リ「あぁーテスト……」

げんなりするミセリを見て思い出す。
そういえば、今日漢字のテストが返ってくる日だった。
ミセリの不安は、その点数なのだろう。

216名無しさん:2017/08/27(日) 20:40:29 ID:9zY08n1k0
ミセ*゚ー゚)リ「やーだーなーテストやーだーなー」

ξ゚⊿゚)ξ「なんだかよく分かんないけど面白いわね」

次にツンが息を吹き込むと、黒いもやは女の人に変化した。
柔らかな笑みを浮かべるその人は、

ξ゚⊿゚)ξ「ママ……」

写真でしか見たことのない、ツンのお母さんだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……」

ガラス玉のような目が、薄れゆくもやを見つめている。
やっぱり気を強くしていても、ツンは寂しくて不安に違いなかった。
なんだか見ちゃいけないものを見た気がして、ごめんなさいと言いたくなった。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしも、いい?」

デレは珍しく、率先して流れに乗った。
いつもなら、ツンに急かされないとやらないのに。
デレのもやから出来上がったのは、カモメだった。
海を気持ちよさそうに、旋回している一羽のカモメ。

ミセ*゚ー゚)リ「かわいい〜」

ξ゚⊿゚)ξ「そう? ちょっと目つきが怖いけど」

ζ(゚ー゚*ζ「不思議だねえ」

笑いながらもデレの目は、あの大人の目にそっくりだった。

('、`*川(なにが一体不安なのかな)

羽毛を散らし、消えゆくカモメを眺めながら、わたしはずーっと考えてしまった。

217名無しさん:2017/08/27(日) 20:41:09 ID:9zY08n1k0
学校が終わって、今度は真っ直ぐ帰らずに、ちょっと寄り道。
帰り道の途中に公園があって、いつもそこにはフォックスがいる。
ほら、今日も噴水の前のベンチで寝てる!

('、`*川「フォックス、フォックス!」

ゆさゆさと揺さぶると、とろんとした目がやっと出てきた。

爪'ー`)「あんれ、もうそんな時間か」

あくびをするフォックスの片手には、ワンカップのお酒が握られている。
でも、中身は空っぽ。
きっとわたしが来るのを待ってて、すっかり飲んでしまったんだ。

('、`*川「お酒くさぁい」

爪'ー`)「いい匂いだろう」

('、`*川「全然」

爪'ー`)「そう思えているうちが一番楽しいよ」

フォックスは、時々わたしを羨むようなことを言う。
わたしからすると、大人になっても遊んでるフォックスが羨ましいけど。
でもあんまり良くない大人の見本だってデルタさんは言っていた。
でも悪くない大人だし、信用していいよとも言っていた。
良くないのに悪くないって難しいけど、社会になじめていない事はきっとたしかだと思う。
それで、公園に集まって何をしているのかと言うと、ハーモニカを習いに来てるのだ。
フォックスの家はわたしの家から遠いらしいし、汚くて見せられないって話していた。
だからフォックスが、わたしの帰る頃を見計らって公園に来てくれる。
いつでも暇してるから、いつでも好きな時に呼んでくれ、ってフォックスは言っていた。
それにしても、生活するお金はどこから来ているんだろう。
この間の誕生日会でもらったハーモニカだって、ピカピカの新品で、なんだか高そうな刻印まで入っていた。

218名無しさん:2017/08/27(日) 20:41:45 ID:9zY08n1k0
('、`*川(それでもフォックスの服はいつでもヨレヨレだけどね)

何度かお巡りさんに、不審者と間違えられた時もあった。
その時は慌てて先生に電話して、説明してもらった事もあった。
先生も、もうちょっと着るものに気をつけなさいと怒っていたけど、フォックスには全然効かないようだった。

('、`*川(それでも不安に思う事ってあるのかな)

気になって、わたしはハーモニカの吹く音を間違えた。
フォックスは、ニコニコと笑っていた。

爪'ー`)「今日はそそっかしいねぇ、ペニサス」

('、`*川「んー……」

と考えて、わたしはようやく瓶を取り出した。

('、`*川「ねえねえ、これに息を吐いてみて」

爪'ー`)「うん? いいけどなんで」

そう言いながらも、フォックスの目はキラキラとしていた。
何かきっと楽しい事が起こるに違いない! と思っている目だった。
本当にこの人は大人なんだろうか。
やっぱり少し、不思議に思いながら、フォックスのもやを眺めていた。
もやは、ぐるぐる、ぐるぐる、回っている。
ずーっと、回っている。

('、`*川(読み込みのおそいパソコンのマークみたいだ)

フォックスは、黙ってそれを見守っていた。
そのうち、もやは音符になった。

219名無しさん:2017/08/27(日) 20:42:23 ID:9zY08n1k0
爪'ー`)「おおっ、すげえな」

笑うフォックスの目の前で、音符は膨らんだり縮んだり、まるでリズムを刻むように変化する。
そのうちそれは、ドッドッドとドラムを吐き、シンセサイザーのきらびやかな音を叩き出す。

爪'ー`)「……これ、」

フォックスは、笑うのをやめた。
見たこともないような表情で、瓶を見つめた。
そのうち音符は、どこかで聞いたことのあるようなメロディを歌う。

♪「君が好き〜 君が好き〜」

('、`*川「あ」

アイドルの歌。
テレビでこの間やっていた音楽番組のランキングで、名曲と呼ばれていた歌。
もうその歌を歌っていたグループは解散してしまったけど、ストレートな歌詞で空前のヒットを生み出したと説明がついていた。

爪 ー )「……やめてくれ」

フォックスは、わたしから瓶を奪った。

爪 ー )「こんな歌もう、たくさんだ……!」

そうして瓶は、放物線をえがき、噴水へと落ちた。

('、`;川「フォックス?」

爪 ー )「う、うっうぅ……」

フォックスは、泣いていた。
すごく傷付いた顔をして。

220名無しさん:2017/08/27(日) 20:43:02 ID:9zY08n1k0
爪'ー`)「……ごめんな、ペニサス。今日はもう、帰るわ」

何も言えぬうちに、フォックスは去っていった。
謝ることも、なぐさめることもできないうちに。

('、`*川(……こんなこと、するんじゃなかった)

噴水に投げ入れられた瓶は、割れずに残っていた。
拾い上げた時にはすっかり、フォックスのもやも消えていて、あれは夢だったんじゃないかとも思えた。
それでもまだ、胸は苦しい。

('、`*川(誰かがいたずらしないうちに持ち帰らなきゃ)

( ゚∋゚)「チチッ……」

なぐさめるように鳴くクックルに、少しホッとする。

('、`*川(不安を取り除く瓶じゃなかった)

考えてみれば、みんなもやを見た後にすっきりした様子はないのだ。
ただいたずらに、人を傷つけただけ。

('、`*川(わたしのバカ)

素直に先生に話せばよかった。
そうしたら、フォックスを泣かせることもなかったのに。
びしょびしょの瓶を隠すように抱えて、公園を出ようとしていた時だった。

(>、<*川「きゃっ!」

221名無しさん:2017/08/27(日) 20:43:36 ID:9zY08n1k0
誰かにぶつかってしまい、瓶はごろごろと転がっていった。

「おい、大丈夫か?」

その中性的な声には、聞き覚えがあった。

('、`*川「ハインちゃん……」

思わず呟いた言葉に、彼女は頭を振った。

从 ゚∀从「格好をよく見てくれよ」

慌てて見ると、今日の格好はブレザーにスラックス。
どうやら学校帰りで、今日は男の気分らしいとわたしは察した。

('、`*川「ごめんなさい……」

从 ゚∀从「いいっていいって。わざとじゃないんだから」

ひらひらと手を振るハインくんは、わたしの顔を覗き込む。

从 ゚∀从「何があった?」

問われて、思わず夢のことを話しそうになる。
だけど、言っても信じてもらえるだろうか。

('、`*川(先生やフォックス、ヒートさんは信じてくれたけど)

それにまた、傷付けるのが怖かった。

从 ゚∀从「ちょっと待ってろ」

222名無しさん:2017/08/27(日) 20:44:04 ID:9zY08n1k0
ハインくんはそう言って、自販機まで駆け出した。
一回、二回、三回。
ボタンを押して、戻ってきたその手にはコーラとオレンジジュース、麦茶が握られていた。

从 ゚∀从「好きなの取れよ」

('、`*川「でもお金……」

从 ゚∀从「んなこと気にすんなよ」

乱暴な口調だけど、目元には心配しているのがにじんでいた。
わたしは、コーラを選んだ。

从 ゚∀从「ちょっとあのベンチに座るか」

うながされるまま、わたしはハインくんとお話をした。
たわいのない話ばっかりだ。
国語と図工の授業が好きとか、体育も好きだけど得意じゃないとか。

从 ゚∀从「俺も体育苦手だなあ」

('、`*川「ハインくんも?」

从 ゚∀从「うん、大っ嫌い。でもスポーツは好きだけどな」

ちょっと不思議な違いだけど、分かる気はした。
体育はノルマをこなさなきゃいけないから気が重い。
でも、体を動かすのは楽しい。
逆上がりはちっとも出来ないけど、ドッジボールとかは好きだった。

从 ゚∀从「そうそう、そういうのに近いね」

223名無しさん:2017/08/27(日) 20:44:32 ID:9zY08n1k0
話したら、ハインくんも嬉しそうに頷いた。
人が笑っているのを見ていると、心がやわらかくなる。
あんなにひどく落ち込んでいたのに、元気になれるから、笑顔っていいなと思った。

从 ゚∀从「ところでその瓶は大事なものなのか?」

言われてわたしは慌てて隠した。
それを見て、ハインくんは吹き出した。

从 ゚∀从「バレバレだって。気になるなあ」

('、`*川「ええっと……」

困った末に、わたしは、

('、`*川「これは、魔法の瓶!」

素直に、答えてしまった。

从 ゚∀从「魔法かぁ。呪文唱えると飴っころが出てくるとか?」

('、`*川「うーん……そんな感じ……」

じりじりと近付いてくるハインくん。
どうしてなのかと見つめるわたし。
ハインくんが、手を伸ばす。

('、`*川「あっ!」

ダメと言う前に、瓶はハインくんの手元に収まっていた。

224名無しさん:2017/08/27(日) 20:45:15 ID:9zY08n1k0
('、`;川「ダメ! 返して!」

(# ゚∋゚)「チチチッ!」

クックルが、ハインくんの周りを飛び回る。
ハインくんは手で追い払いながら、瓶を覗き込む。

从 ゚∀从「きれーな瓶だなあ」

('、`;川「ダメなの、ねえ、返して……」

从 ゚∀从「見るだけだって」

くすくすと笑うけど、しゃれにならない。
ハインくんは立ち上がって、瓶を観察する。

('、`;川(このままじゃ手が届かない……)

取り戻そうとして、ベンチから立ち上がる。
その拍子に、コーラの缶が倒れた。
ハインくんは、これ見よがしに歩く。
歩きながら、口元に瓶を寄せて、

('、`;川「ダメェーー!!!」

ブォーーー、と息が、吐き出されて、瓶が鳴る。

从 ゚∀从「やっぱやりたくなっちゃうよなぁ」

('、`;川「返してったらぁ……!」

(# ゚∋゚)「チィ!」

从; ゚∀从「あいたっ」

クックルが突いた拍子に、瓶が落ちる。
黒いもやが、うずまく瓶が、落ちる。

225名無しさん:2017/08/27(日) 20:45:52 ID:9zY08n1k0
ばりん。
割れた。
割れて、そこから、ハインさんが飛び出して、

从; ゚∀从「え……」

从∀ 从「…………」

从∀∴∵∴∵|「     」

从;-从「…………」

消えた。
瓶は、跡形もなく消えた。
ハインくんは申し訳なさそうに謝ってきたけど、それよりも相手の方が心配だった。

从 ゚∀从「俺は大丈夫だって。こっちこそごめんよ、大事なものだったのに……」

('、`*川「いいの、いいの……」

何ともないなら、いいの。
言いかけて、口が止まる。

('、`*川「……本当に、何ともない?」

从 ゚∀从「何ともないよ、大丈夫」

そうして、ハインくんはわたしの手にオレンジジュースを握らせた。
コーラの缶は、ハインくんが片付けてくれた。

('、`*川(初めから何にもなかったみたい)

でもやっぱり、これは夢じゃない。

('、`*川「夢じゃ、なかった……」

やっぱり夢は怖い。
夢が現実になるのは怖い。

('、`*川(先生)

早く、会いたい。

226名無しさん:2017/08/27(日) 20:46:14 ID:9zY08n1k0
8.不安のボトルキープ

227名無しさん:2017/08/27(日) 20:46:44 ID:9zY08n1k0
目次

>>1
1.鉄火巻き味の歯磨き粉

>>24
2.底なし穴と熱いお湯

>>49
3.夜泣きとパパ

>>75
4.ピクニックとじゃがいもの小鳥

>>112
5.にせものとかたつむり

>>144
6.まよなかとパンケーキ

>>169
7.まとめてお祝い、幸せな証拠

>>209
8.不安のボトルキープ

228名無しさん:2017/08/27(日) 20:47:10 ID:9zY08n1k0
お題一覧

狐の嫁入り
番狂わせ
パルクール
フリスビー
かんな
殺虫剤


お題を四つ募集します

229名無しさん:2017/08/27(日) 21:11:35 ID:9hm2WKR60
おつおつ!ペニサスにとって夢はやっぱり不安なんだね

お題:琥珀色

230名無しさん:2017/08/28(月) 03:22:14 ID:68nCeVFs0
やっぱおもしれーわ

231名無しさん:2017/08/28(月) 03:28:35 ID:WK3yL8sA0
この時期に投下は嬉しいね
お題:開けっぱなし

232名無しさん:2017/08/28(月) 12:25:52 ID:BfdVT.VY0
お題・背中合わせ

233名無しさん:2017/08/28(月) 12:27:00 ID:BfdVT.VY0
途中送信してしまった、それぞれの不安が一体何が起こったのか気になるね、乙

234名無しさん:2017/08/28(月) 16:45:35 ID:DB.q/i460
お題 踏切

235名無しさん:2017/08/28(月) 18:45:36 ID:Q3Uo7wTU0


236名無しさん:2017/09/17(日) 17:18:49 ID:LxLvIZT60
('、`*川「ただいまー」

玄関からペニサスの、気落ちしたような声が聞こえてきた。

(´・_ゝ・`)「おかえり、ペニサス」

('、`*川「先生もおかえり」

出迎えに行くと、ペニサスはランドセルを下ろしている最中だった。
やんわりと力なく笑う姿は、やはりどう見ても元気がない。
ここ最近、ずっとこんな調子である。

( ゚∋゚)「チチッ」

クックルがペニサスの頭から飛び立ち、僕の肩へと飛び乗ろうとする。
が、

 _,
( ゚∋゚)「……チチチッ!」

不機嫌な声をあげて、再びペニサスの元へと逃げ帰った。

('、`*川「どうしたの、クックル」

 _,
( ゚∋゚)「チチチッ」

どうやら彼は気付いてしまったらしい。

(´・_ゝ・`)「ペニサス、ちょっとおいで」

('、`*川「なんだろ?」

呟くペニサスを、リビングへと連れて行く。

237名無しさん:2017/09/17(日) 17:19:20 ID:LxLvIZT60
( 〈i〉ω〈i〉)「なーご」

('、`*川「……猫?」

リビングにて、でっぷりと寝転がるそれを認めると、ペニサスは僕を見た。

(´・_ゝ・`)「そう、猫だよ」

('、`*川「飼うの?」

 _,
( ゚∋゚)「ヂチッ」

戸惑うようなペニサスと、あからさまに嫌がっているクックル。
僕は首を横に振った。

(´・_ゝ・`)「デルタから預かることになったんだ」

('、`*川「デルタさんから?」

意外そうな声に、僕は頷いてみせた。
デルタは昔から無類の猫好きである。
彼の地元では半野良猫状態の、いわゆる地域猫がたくさん居るらしい。
路地に、店先に、塀に、空き地に、とにかく歩けば猫に会わないことはないと言っていた。
ゆえに彼の生活にはすっかり猫が染み付いてしまっている。
いないと寂しいというより、不自然だと力説しているくらいだった。
そういえば学生の頃には、猫のいる喫茶店やらに誘われて付き添った覚えもあった。
男一人であのファンシーで女性だらけの空間に行くのは忍びないというのは彼の言い分だが、
それは男三人団子になって行っても同じことではないかと薄々感じていた。
つまるところ、恥のお裾分けである。
とはいえ、僕も猫は嫌いではない。
有料のおやつを目当てに群がる猫を撫でくりまわしたり、寝ている猫をひたすらに観察していたり……。
今となってはいい思い出である。

238名無しさん:2017/09/17(日) 17:19:45 ID:LxLvIZT60
さて、猫中毒のデルタが何故僕の家に預けてきたのか。
理由は二つある。
一つはデルタが夏休みに入ったからである。
長らく実家に帰っていなかった彼は、どうも先日御母堂様よりきつく叱られたらしい。
ゆえに帰省しなくてはならなくなった。
しかし猫を長距離移動させるのには気がひけるし、なにより実家にも猫はわんさといる。
デルタによるとその数なんと七匹。
これだけいると、よそものの猫を嫌う猫もいるだろうと彼は踏んだのだ。
そして今は真夏。
猫一匹家に置いて、全部屋クーラーをきかせるのも電気代は掛かるし、万が一何かあってからでは遅い。
そこで、僕に白羽の矢が立ったわけだ。
……もう一つの理由は、やはりペニサスのことである。
ここ最近、何かを思いつめているような雰囲気があるのに、少しもこちらに甘えてはこないのだ。
僕もあまりしつこく聞いてはいないのだが、何か悩みがあるに違いなかった。
話してくれないのはとても悲しいし、これ以上僕もどうすればいいのか分からなかった。
それでも出来ることといえば、楽しみを増やすことである。
幸いにもこの猫ジョイナスは、人懐っこく子供にいくら触られても構わないというタイプだった。
デルタ曰く、このだるだるとした、力の入らない立ち振る舞いが猫の愛らしさの一つらしい。
それに当てられて、ペニサスの悩みもほぐれるといいな、というのが僕の目論見である。

( 〈i〉ω〈i〉)「なーご」

琥珀色の目が、ペニサスとクックルを捉えた。
なんだか笑っているようにも見える眼差しだ。

('、`*川「先生、触ってもいい?」

(´・_ゝ・`)「好きになさい」

 _,
( ゚∋゚)「ヂヂッ」

239名無しさん:2017/09/17(日) 17:20:39 ID:LxLvIZT60
興味津々のペニサスから、僕の背中へとクックルは、逃げ込んだ。

(´・_ゝ・`)「家に戻るかい?」

( ゚∋゚)「チチチッ」

早くしてくれと言わんばかりに、クックルはシャツを引っ張った。
ケージへと向かう最中、背後からは、

('、`*川「かわいいー」

( 〈i〉ω〈i〉)「にゃーご」

('、`*川「もふもふ〜」

( 〈i〉ω〈i〉)「なぁごろ」

('、`*川「お腹だるだるだぁ〜」

( 〈i〉ω〈i〉)「うなんな」

('、`*川「言葉が分かるの?」

( 〈i〉ω〈i〉)「なんなご」

('ー`*川「ふふふ」

( 〈i〉ω〈i〉)「なおなお」

微笑ましい声が届き、僕は安堵していた。
動物には癒し効果があり、治療法の一つとして確立もされている。
そうだと知っているにしたって、ここまでペニサスが喜んでいるのを見ると、やはり嬉しいものがあった。

240名無しさん:2017/09/17(日) 17:21:03 ID:LxLvIZT60
しかし、ジョイナスはただの猫ではなかったのだ。
ジョイナスが来て三日ほど経った朝。
猫がいることにすっかり違和感を感じなくなった頃である。

('、`*川「ジョイナスはよく伸びるねえ」

( 〈i〉ω〈i〉)「なんなん」

立ち上がったペニサスに前足の脇から抱えられ、ジョイナスの胴はアコーディオンのように伸びきっていた。
今日からペニサスの夏休みは始まった。
最近見せていたあの暗い表情も、ジョイナスのお陰か鳴りを潜めていた。

 _,
( ゚∋゚)「チチッ」

……とはいえ最近クックルは構ってもらえていないので、不機嫌なことこの上ないのだが。

('、`*川「先生、朝ごはんまだー?」

(´・_ゝ・`)「待ってて、今ピザを焼くから」

先日通販で取り寄せたばかりのピザである。
甘酸っぱいトマトソースに四種のチーズがびよびよに伸びるナポリピザは、ペニサスのお気に入りだ。
この間聞いたら鉄火巻きと同じくらい好きだとも言っていた。

(´・_ゝ・`)(まったくかわいいんだから)

そう思いながら、冷凍庫を開けた時である。
ヒュン、と風を切る音がした。

(´・_ゝ・`)「へ?」

241名無しさん:2017/09/17(日) 17:21:27 ID:LxLvIZT60
一枚、二枚、三枚。
冷凍庫から飛び出したのは、ピザだった。

('、`;川「あー!!!」

( 〈i〉ω〈i〉)「ぶにゃっ!?」

( ゚∋゚)「チチチチッ!?」

フリスビーのごとく回転し、飛び回る冷凍ピザ。
飛散するチーズ。
掃除したばかりのフローリングに、舞い散るチーズ。

('、`;川「せ、せんせぇー……!」

(´・_ゝ・`)「夢か!」

('、`;川「言うのわすれてたぁ……」

半べそのペニサスは、頷いた。
どうも冷凍のピザが飛ぶ夢を見たらしい。

(´・_ゝ・`)「いいよ、怒らないよ」

分かった分かった、と頷くと、ピザは失速。
一つはフライパンの中に、一つはテーブルの上に。
もう一つはフローリングに。

242名無しさん:2017/09/17(日) 17:22:28 ID:LxLvIZT60
('、`*川「…………」

(´・_ゝ・`)「…………」

('、`*川「先生、」

(´・_ゝ・`)「拾うのはなし」

('、`*川「だってピザが」

(´・_ゝ・`)「床はダメです、お腹壊すといけないから」

('、`*川「床きれいだよ?」

(´・_ゝ・`)「ダメなものはダメです」

('、`*川「だってぇ……」

諦めの悪いペニサスに、僕はダメを繰り返す。
それを尻目に、ジョイナスは、

( 〈i〉ω〈i〉)「なんなごなぁ」

一鳴きして、ピザの上に横たわった。

243名無しさん:2017/09/17(日) 17:22:49 ID:LxLvIZT60
('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「……」

('、`*川「……先生」

(´・_ゝ・`)「火通してもダメです」

('、`*川「ダメですか」

(´・_ゝ・`)「ダメったらダメです」

そう言って、ジョイナスを風呂場に、ピザをゴミ箱へと放り込んだ。

( 〈i〉ω〈i〉)「なぁああーご!!」

抗議してくるが仕方がない。
全身トマトソースが付いたまま歩かれては困るのだ。

(´・_ゝ・`)(やれやれ!)

思わず笑いながら、暴れまわるジョイナスを洗ってやった。
結局朝食を食べることができたのはそれから一時間後で、十時を過ぎていた。

244名無しさん:2017/09/17(日) 17:23:10 ID:LxLvIZT60
狂乱じみた朝食の後、ペニサスは宿題をしに自室へとこもった。
僕はというと、飛び散ったチーズの掃除と皿洗いに腐心していた。

(´・_ゝ・`)(いやぁ、なかなか休みの始まり方がハードだった)

そんなことを思っていると、

( 〈i〉ω〈i〉)「なーぁご」

ジョイナスがキッチンへと入って来た。

(´・_ゝ・`)「ジョイナス?」

皿洗いしている手を止め、僕はしゃがんだ。
どうにも何か用事があると訴えているような目つきであった。

(´・_ゝ・`)「どうした」

( 〈i〉ω〈i〉)「なんな」

餌でも足りなかったのだろうか。
しかしデルタから預かった食事のメモには忠実に従ったはずである。
曰く、高級なペットフードの上にかんなで厚く削った鰹節をふた片、だったはずだ。
それともどこか具合が悪いのだろうか。
そう悩んでいる時だった。

( 〈i〉ω〈i〉)「さっきのお湯、少し熱かった日暮里」

(´・_ゝ・`)「…………え?」

喋った。
聞き間違えていなければ、日暮里と喋った。

245名無しさん:2017/09/17(日) 17:23:35 ID:LxLvIZT60
(´・_ゝ・`)「……ジョイナス?」

( 〈i〉ω〈i〉)「いかにも、吾輩はジョイナス日暮里」

名前の後に地名がつくのはそこが生まれた地であり、忘れないようにしているからだとジョイナスは補足した。
いや、そんなことはどうでもいい。

(´・_ゝ・`)「猫が喋った……」

( 〈i〉ω〈i〉)「そりゃ喋る日暮里。猫は言葉を話せないふりをしているだけ日暮里」

事態を飲み込むことは出来ない。
しかし、ペニサスの夢で妙ちきりんな目に遭うことにはすっかり慣れきっていた。
ゆえに僕は、違和感なくジョイナスと接することが出来た。
半分は、ペニサスの夢のせいではないかと疑いながら。

(´・_ゝ・`)(でも、さっき念入りに確認したし)

となると、やはりこれは現実なのだ。

(´・_ゝ・`)「わざわざ喋るということはなにか話があるんだね?」

確認すると、ジョイナスは頷いた。

( 〈i〉ω〈i〉)「あの少女が蟹の娘だって、君は知ってる日暮里?」

蟹、とは何のことであろうか。
いまいち返事に迷っていると、ジョイナスは言葉を続けた。

246名無しさん:2017/09/17(日) 17:23:59 ID:LxLvIZT60
( 〈i〉ω〈i〉)「夢というものは広大な海で出来ている日暮里」

(´・_ゝ・`)「海」

浮かんで来たのは、大海原。
どこまでも青く、空と海との境が曖昧になってしまう、青い海。

( 〈i〉ω〈i〉)「そう、海日暮里」

入眠すると人間は、夢の海へと行き着くらしい。
深く、深く、人間は海底へと沈み込む。
すると肉体は水となり、魂は無数の泡となる。
自他の境なく、泡と化した人間の魂。
それらがぶつかり合い、海面へと顔を出した時、人間は眠りから目を覚ますのだそうだ。

(´・_ゝ・`)「つまり夢は……」

( 〈i〉ω〈i〉)「他人の記憶を追体験していると言ってもいい日暮里」

だから感覚の生々しかったり、普通では考えられないような事物が重なってシュールな夢を見るのだろう。

( 〈i〉ω〈i〉)「しかし、蟹は違う日暮里」

蟹。
それは、泡にも水にもならない人間のこと。
夢の海を自由に渡り、現実と夢とを繋ぐ者。
ジョイナスは、そう言った。

(´・_ゝ・`)「じゃあ、蟹の娘というのはペニサスのことなんだね?」

( 〈i〉ω〈i〉)「専門用語で言うとそう言うことになる日暮里」

247名無しさん:2017/09/17(日) 17:24:26 ID:LxLvIZT60
納得しながらも、やはり気になることはあった。

(´・_ゝ・`)「なぜそんなにも詳しいんだ?」

( 〈i〉ω〈i〉)「猫は寝るのが仕事日暮里。そんな事くらい、どこの猫も知っている日暮里」

言いながらも、ジョイナスは目を細めた。
ただし笑っているようには見えなかった。
言うならば、僕を咎めるような眼差しであった。

( 〈i〉ω〈i〉)「夢の海は死者の世界日暮里。つまり、入眠は仮死とも言える日暮里」

おどろおどろしい響きを持った声音は、なおも続ける。

( 〈i〉ω〈i〉)「あの海には様々な生物がいる日暮里」

(´・_ゝ・`)「たとえば?」

( 〈i〉ω〈i〉)「死者は魚に、あるいは鳥になる日暮里」

(´・_ゝ・`)「なぜそこに違いが発生するんだ」

( 〈i〉ω〈i〉)「死んだ事に気付かない人間の肉体は水に、魂は魚になる日暮里」

その魚がやがて他の魚に食われるなり、泳ぎ疲れて死ぬと、大きな泡となる。
その泡は、ゆっくり、ゆっくりと夢の海を浮上する。
海面に現れたそれがぱちりと弾けることで、生まれ変わることができる。
その泡が魚群に突っ込んだり、他の泡によって無数に散らされてしまい、生まれることが叶わない者もいるらしい。

248名無しさん:2017/09/17(日) 17:25:15 ID:LxLvIZT60
( 〈i〉ω〈i〉)「一方、鳥は前世の記憶を保ったまま、人間になりたいと思っている連中日暮里」

こちらは海に馴染むことなく、肉体と魂を保持したままに延々と空を飛んでいるそうだ。
もちろん、飛ぶのに疲れて海へと落ちれば魚になるのみだ。
しかし、諦めの悪い鳥は一定数いるという。

(´・_ゝ・`)「しかし、どうやって記憶を保ったままこちらに来るつもりなんだ?」

( 〈i〉ω〈i〉)「蟹を使う日暮里」

世界規模で探したとしても、蟹は少数しかおらず、見つけた鳥は死にものぐるいで接近するという。

( 〈i〉ω〈i〉)「そして、蟹が現実へとくっつけようとしている夢に入り込む日暮里」

(´・_ゝ・`)「まさか……」

( 〈i〉ω〈i〉)「そのまさか日暮里」

蟹の夢に紛れ込んだ鳥は、己の望んだ容姿と地位を確立して人間となる。
そして、蟹が目を覚ました後に……。

( 〈i〉ω〈i〉)「永遠に夢が覚めないよう、蟹を殺してしまう日暮里」

それは、ドアを閉める感覚に近いのだろう。
いつまでもドアが開けっぱなしであれば、再び夢の海へと引きずり込まれてしまう。
そこへ戻ればまた、人間から鳥に、あるいは魚へと戻ってしまう。
だから泡沫の夢を、確固たる現実としたい。
そのために、欲深い鳥は蟹を殺す。

249名無しさん:2017/09/17(日) 17:25:42 ID:LxLvIZT60
(´・_ゝ・`)「……それが、ペニサスに来る可能性は」

( 〈i〉ω〈i〉)「十分ある日暮里」

(´・_ゝ・`)「…………」

僕は、何も知らなかった。
ペニサスだって、そんなことは一言も話したことはない。
もしかしたら、知らないのかもしれない。
それでも。

(´・_ゝ・`)「……あんまりだ」

年端もいかない娘である。
大きな病気だってしたことがない。
やっと人生が楽しくなってきた頃合いだ。

(´・_ゝ・`)(だって、今まで散々な目に遭ってきたんだ)

眠りは生きていくために必要不可欠だ。
それなのに、夢を見れば必ず現実を侵食してしまう。
ゆえに人から恐れを抱かれ続け、凡そ情というものに触れたことがない。
何もかも諦めきったあの目。
人の神経を逆撫でしないように配慮した小さな声。
あれらを思い出すたびに、僕の心はきゅっと締め付けられるのだ。

250名無しさん:2017/09/17(日) 17:26:32 ID:LxLvIZT60
もっと早くに出会うきっかけがあれば、あんな頑なな表情をペニサスが知る必要なんかなかったはずだ。
ペニサスには幸せになってほしい。
僕が望むのはただそれだけで、大それたことは要求していないはずだ。
信頼できる人がいて、学校にも通って、時々遊びに行って、美味しいものを食べる。
蟹ではない普通の人間であれば、大体の人が享受できる、小さな幸せだ。
それなのに、

(´・_ゝ・`)(どうして、)

眠る度に、鳥から襲われることを想定しないといけないのか。
目が覚めて、朝食を作って、ちっとも起きてこないから寝室を見に行って、

(´ _ゝ `)(ペニサスが生きているかどうかを確かめなきゃいけないだなんて……!)

普通に暮らす。
それすらも、叶わないというのか。

(´ _ゝ `)「……僕は、無力だ」

( 〈i〉ω〈i〉)「なにを弱気になってる日暮里」

呆れたように、ジョイナスは僕の踝に爪を立てた。

( 〈i〉ω〈i〉)「猫の間でも蟹の噂話は有名日暮里」

ごろごろと、気まずそうに喉が鳴る。

( 〈i〉ω〈i〉)「どの蟹も酷く孤立していて、一様に短命だった日暮里」

251名無しさん:2017/09/17(日) 17:27:25 ID:LxLvIZT60
想像のつく話だし、実際目にしてきた光景だ。
夢が現実になるなんて、荒唐無稽であるし、僕だって信じるのに時間がかかった。
通常と異なるように見えるものを、人は恐れる傾向にある。
であれば、排除したがるのが人間の業だ。
……それでもやはり、受け入れてしまったのはペニサスは幼かったし、悪意ある行動ではないからだ。
生まれつきの体質。
業界でもよく見かける光景だ。
人より少しホルモンの分泌量に増減があるだけ。
人より少しシナプスが特異なだけ。
ほんの少し。
この少しの差によって、人は苦しめられるのだ。

(´・_ゝ・`)(そうか)

人は、死ぬ。
いつでもその危険性はある。
生まれながらにして心臓に病を抱える者がいる。
その人は普段生を謳歌していても、発作によって突然亡くなる事もある。
そこに老いも若いも存在はしない。
若くても死んでしまうのだ。
ペニサスも、同じなのだ。
鳥に出会ってしまうのは一つの発作なのだ。

(´・_ゝ・`)「……だとしても、守ってあげたい」

( 〈i〉ω〈i〉)「そんな風に優しく蟹と接する人間は初めて見た日暮里」

ころころと、鈴のなるような声でジョイナスは笑った。

252名無しさん:2017/09/17(日) 17:28:06 ID:LxLvIZT60
( 〈i〉ω〈i〉)「今朝の事もびっくりした日暮里」

(´・_ゝ・`)「夢が現実になったことが?」

( 〈i〉ω〈i〉)「違う日暮里。君が夢を海へと還したから日暮里」

蟹が現実へと繋いだ夢は、とても淡い。
誰かが真剣に傾聴し、それは現実でありながらも夢であることを肯定された瞬間、夢は海へと還される。
けれども、その語尾には「らしい」が付き物であった。

( 〈i〉ω〈i〉)「猫の間では連綿と語り継がれてきた噂に過ぎない日暮里」

まさかこの目で見ることになるとは思わなかった、と小さくジョイナスはつぶやいた。

( 〈i〉ω〈i〉)「あの子はいい父親を持った日暮里ね」

そう言われても、嬉しくはなかった。
当たり前だという意識しかない。
独身で子供の世話どころか興味も持ったことがない、下手すれば鬱陶しいとすら思っていた僕だ。
それでも大事にする、そうしたいと強く決意した。

( 〈i〉ω〈i〉)「……君はあの子のことが愛しくて仕方がないんだ日暮里」

くすぐるような視線に、頬が紅潮するのが分かった。
しかしそこに間違いはない。

( 〈i〉ω〈i〉)「だからこそ、鳥からも守ってほしい日暮里」

猫は、琥珀色の視線で僕を射抜く。

(´・_ゝ・`)「……教えてくれてありがとう」

いつまでも絶望している場合ではない。
しっかりしなくてはいけないのだ。

253名無しさん:2017/09/17(日) 17:28:37 ID:LxLvIZT60
(´・_ゝ・`)「……ところで、ジョイナス」

( 〈i〉ω〈i〉)「なんだ日暮里」

(´・_ゝ・`)「君は夢の海を見たことがあるのかい?」

僕の質問に、猫は頷いた。

( 〈i〉ω〈i〉)「まさか夢の海を見たい日暮里?」

頷くと、ジョイナスは考えるような仕草をした。
具体的にいうと顔を洗っているだけなのだが、随分と知性を伴った行動のように思えた。

( 〈i〉ω〈i〉)「夢の中で夢と気付けば、自然と見えるようになるはず日暮里」

(´・_ゝ・`)「つまり明晰夢を見ればいいんだね」

明晰夢については、仕事で触れたことがあった。
と言っても、不眠で精神をやられた人から相談を受けた時に耳にしただけである。
医学的見地からいうと、睡眠は脳の休息で、夢は記憶の整理をしている最中である。
その内容を覚えているのは覚醒直前に見たものだけ、つまり覚えていないだけで人間は随分と夢を見ているのだ。
しかし、夢を操作するとなると話は違ってくる。
明晰夢は、本来夢を見ている間は眠っているはずの機能を故意に動かす必要がある。
だからいくら寝ても脳は休むことが出来ないし、常態化してくれば体にも影響が出てくるのは至極当然の結果なのだ。

254名無しさん:2017/09/17(日) 17:29:24 ID:LxLvIZT60
(´・_ゝ・`)「早速今夜やってみるよ」

('、`*川「なにをやるの?」

(´・_ゝ・`)「え?」

振り向けば、ペニサスが不思議そうに僕を眺めていた。

('、`*川「ねーねー、何の話をしていたの?」

そう問われても、まさか鳥の話をして怖がらせるわけにはいかない。

(´・_ゝ・`)「内緒」

('、`*川「えー、けちぃ」

(´・_ゝ・`)「いいから宿題しなさい」

('、`*川「今日の分は終わりだもんー」

言いながら、ペニサスは僕の脇腹をつつく。

('、`*川「ねーえ、洗い物しないでジョイナスとなに話してたの?」

(´・_ゝ・`)「いいから」

助けを求めるように床を見れば、

( 〈i〉ω〈i〉)「なぁん、なごむん」

自分でなんとかしろ、とジョイナスは言っているようだった。

255名無しさん:2017/09/17(日) 17:29:50 ID:LxLvIZT60
9.ピザの布団と博識な猫 了

256名無しさん:2017/09/17(日) 17:30:14 ID:LxLvIZT60
お題一覧

狐の嫁入り
番狂わせ
パルクール
殺虫剤
背中合わせ
踏切

お題を四つ募集します

257名無しさん:2017/09/17(日) 17:30:38 ID:LxLvIZT60
目次

>>1
1.鉄火巻き味の歯磨き粉

>>24
2.底なし穴と熱いお湯

>>49
3.夜泣きとパパ

>>75
4.ピクニックとじゃがいもの小鳥

>>112
5.にせものとかたつむり

>>144
6.まよなかとパンケーキ

>>169
7.まとめてお祝い、幸せな証拠

>>209
8.不安のボトルキープ

>>236
9.ピザの布団と博識な猫

258名無しさん:2017/09/17(日) 17:33:54 ID:LxLvIZT60
>>205
支援絵ありがとうます!
とても可愛くて暖かい絵柄で素敵です
そんな雰囲気に似合うようなお話にできたらいいですね

私事ですが三千世界に票を投じてくださった方々ありがとうございました
なんとか入賞できて嬉しいです
夢見るはまだまだ続いていきますのでご愛顧願えれば幸いです

259名無しさん:2017/09/17(日) 18:48:31 ID:RxVSSq0c0
おお、三千世界あんただったのか
お題:和楽器

260名無しさん:2017/09/17(日) 22:51:50 ID:zN52YotA0
現行で1番好き

お題、中出し義母レイプ

261名無しさん:2017/09/18(月) 00:44:09 ID:eSayul0Y0
お題 ペンギン

262名無しさん:2017/09/19(火) 22:11:04 ID:ELtnesj60
おつ、この雰囲気好きだ
鳥と最初聞いてクックルを思い浮かべたけれど彼は夢の産物?だから違う扱いか。
人間になろうと夢の中から出てきて、蟹を殺す奴=鳥がいる訳だな。

お題 鏡

263名無しさん:2017/10/13(金) 14:47:10 ID:i2sO3u4w0
やっと追いついた
続き待ってます

264名無しさん:2017/11/04(土) 20:52:37 ID:Pddo/.m.0
「――これよりプールの点検を始めます。
 終了予定時刻は三十分後となります。
 皆さん、プールサイドへ上がってください」

古ぼけたスピーカーから、ざりざりとした言葉が飛び出した。
聞き取りにくかったけど、大人も子どもも一斉に
プールサイドへと向かっているから、わたしたちもそれにならった。

ミセ*;゚ー゚)リ「ひゃー、あついあつい」

かんかん照りの下、タイルは鉄板のように熱かった。
ミセリはぴょんこぴょんことはねている。

('、`*川(すべって頭をぶつけたりしないといいな)

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ、お昼ご飯にしない?」

ツインテールのうち一つを掴んで、ぞうきんのようにぎゅうぎゅと絞るツンの一言に、

ζ(゚ヮ゚*ζ「さんせー、お腹ぺっこぺこだよぉ」

と、デレが手を叩く。
今日は、みんなでプールに来た。
ゴミの焼却場の隣にある温水プールで、ちょっと家からは遠かった。
だけどみんなで待ち合わせをして、電車に乗って、
お弁当を持たずにお昼を選べるなんて、すっごく楽しいに決まっていた。

ミセ*゚ー゚)リ「あたし焼きそばがいいなー」

相変わらず跳ねているミセリは、頭をかたむけている。
どうやら耳に水が入ったらしい。

265名無しさん:2017/11/04(土) 20:53:08 ID:Pddo/.m.0
ξ゚⊿゚)ξ「たこ焼きも食べたいし、アイスもいいよね」

ペンギンの絵が描いてあるのぼりを見てのつぶやきに、

ζ(゚、゚*ζ「いけないんだー、お姉ちゃん
     ちゃんとご飯食べなさいって兄者さんに言われてたでしょう」

すかさずデレはつっこんだ。
兄者さん、というのは二人の家にいるお手伝いさんだ。
おじさんというよりおじいちゃんと言った方がいい年で、
だけど家のことはなんでもこなせるスーパーおじいちゃんなのだ。
何度か会ったことがあるけれど、とっても親切にしてくれるいい人だった。

ξ゚⊿゚)ξ「いいじゃん、たまには」

ζ(゚、゚*ζ「ダメだよう」

口を尖らせている二人は、本当にそっくりだ。
二人の間に透明な板をはさんだら、きっとそれを鏡だとかん違いするだろう。

ミセ*゚ー゚)リ「ペニサスは何食べたい?」

('、`*川「へ?」

ミセ*゚ー゚)リ「お昼だよ、おーひーる!」

ぼんやりと考えていたわたしに、ミセリはニコニコと話しかけてくる。
すっとぼけた声をあげてしまったけれど、気をわるくした様子はない。

266名無しさん:2017/11/04(土) 20:53:36 ID:Pddo/.m.0
('、`*川「うーん、わたしも焼きそばかなあ」

遠くから行列をながめる限り、一番空いているのは焼きそば屋さんだった。
逆に混み合っているのはホットドッグとラーメン屋さんだった。
あの調子だと注文する前に、先にプールの点検が終わってしまいそうだった。

ζ(゚、゚*ζ「ねーえ、焼きそばにしようよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……しょうがないわね」

焼きそば対たこ焼きのあらそいは、めずらしくデレの勝利だったらしい。
いつもならツンの言い分に、デレがおとなしく従うパターンが多かった。

('、`*川(でも、たしかにたこ焼きだけじゃお腹すくよねえ)

ぎゅぎゅーと鳴ったおなかの音を聞きながら、わたしは大盛りにしようかまよっていた。
けれどもやっぱり、ツンはたこ焼きをあきらめることが出来なかったらしい。

267名無しさん:2017/11/04(土) 20:54:07 ID:Pddo/.m.0
ξ゚⊿゚)ξ「デレ、あんたは焼きそば買っておいて」

ζ(゚ー゚*ζ「どこ行くの?」

不安げなデレの声に、ツンはとなり三つ先にある列を指した。

ξ゚⊿゚)ξ「たこ焼き、半分こしよ」

ζ(゚ー゚;*ζ「で、でもお」

ミセ*゚ー゚)リ「二人の分も買っておこうか?」

ξ゚⊿゚)ξ「んーん、平気」

ζ(゚ー゚;*ζ「お姉ちゃん……」

('、`*川「だいじょうぶだよ」

なだめながらも、やっぱりデレはツンの背中を見つめている。
返事も聞かずに遠ざかって行くそれは、あっという間に人混みにまぎれていった。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、じゃあさ、一番先に注文していいよ」

さっとミセリは体をずらして、デレを前にと追いやった。
すんなりと気を利かせてくれるから、本当に
ミセリは優しいんだなあとわたしはのんきに構えていた。

268名無しさん:2017/11/04(土) 20:54:38 ID:Pddo/.m.0
ζ(゚、゚*ζ「……ごめんね、ありがと」

気まずそうにつぶやきながらも、デレは焼きそばを注文した。
そしてパックを手にするやいなや、

ζ(゚ー゚*ζ「お姉ちゃんのところ、行ってくるね!」

なんて、かけ出した。

ミセ*゚ー゚)リ「お姉ちゃん大好きなんだねー」

('、`*川「ねー」

ミセ*゚ー゚)リ「わたし一人っ子だからわかんないなあ」

うんうん、とうなずくわたしも、やっぱり焼きそばを頼んだ。
けれどここからが大変だった。

ζ(゚、゚*ζ「…………」

まもなくわたし達と合流したデレのそばには、ツンがいない。

ミセ*゚ー゚)リ「おかえりー、ツンは?」

トイレに行ったのかしら、と考えるわたしをうらぎって、

ζ(゚、゚*ζ「……お姉ちゃん、いないの」

ミセ*;゚ー゚)リ「……え?」

ζ(゚、゚*ζ「どこにもいない」

269名無しさん:2017/11/04(土) 20:55:05 ID:Pddo/.m.0
ようやくことの重大さを理解できたのは、デレの顔から
血の気が引いていることに気付いた時だった。

( 、 ;川(誘拐だ……!)

ζ( ー *ζ「たこ焼き屋さんにも聞いたけど、そもそもそんな子見なかったって……」

ミセ*;゚ー゚)リ「まって、ヤバイじゃんそれ」

( 、 ;川「どうしよう……」

ざわざわと心が寒くなるような感覚に、むねがいたくなる。
だけど、

ミセ*;゚ー゚)リ「トイレは探した?」

ζ( ー ;ζ「うん……」

ミセ*;゚ー゚)リ「入れ違いかもしれないから、もっかい探そ」

ミセリは、やっぱり強かった。

ζ( ー ;ζ「お姉ちゃん……」

ミセ*;゚ー゚)リ「大丈夫だから。探そ?」

('、`*川「……大人に言った方がいい?」

ミセ*;゚ー゚)リ「そうだね、うん。
      それ、ペニサスに任せていい?」

270名無しさん:2017/11/04(土) 20:56:18 ID:Pddo/.m.0
うなずくと同時に、わたし達はちりぢりになった。
監視員さんに伝えると、まもなくプールの出入り口は閉鎖された。
間に合えば犯人はプールから出ることができなくなる。
そうすれば捕まえることができるかもしれないから、と監視員さんは言っていた。

('、`;川(いつから居なくなっちゃったんだろう)

ひょっとしたら、とっくに連れ去られて外にいるのかもしれない。
心細くなる一方で、わたしはミセリたちをさがしていた。
ひょっとすると合流しているかもしれない、と希望すら持っていた。
だけど、

ミセ*;゚ー゚)リ「やっぱり、見つかんない」

ζ( ー *ζ「お姉ちゃん……」

へたり込んでいるデレに、ミセリはさまざまな言葉ではげましていた。
それだって限界があった。

271名無しさん:2017/11/04(土) 20:56:59 ID:Pddo/.m.0
('、`*川「……もう一回、探してみる」

ミセリたちと合流したら、迷子センターに来るように、と監視員さんは言っていた。
だけどやっぱり、その場でじっとなんかしていられなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしも行く」

ミセ*゚ー゚)リ「……じゃあ、わたし迷子センターでツンのこと待ってるよ」

本当はミセリだって探しに行きたいんだろう。
ぎゅっと手をにぎりこんで、ミセリは苦しそうにそう言った。

('、`*川「ごめんね、ミセリの分もいっしょうけんめい探すから」

ζ(゚ー゚*ζ「きっと連れてこれるようにするから、待ってて」

そうして三人ともうなずいた。
わたしとデレはもう一度、人混みの中へと向かった。

ζ(゚ー゚*ζ「おねえーちゃーん!!」

('、`*川「ツンちゃんー!」

大声で呼んでも、周りにはけげんそうな顔をして通りすがる大人だけだ。
それもやっぱり、誰も手伝ってはくれない。

('、`*川(こんな時、先生がいたらなぁ)

きっといたらツンのことを見つけてくれただろうし、変な人にさらわれないように守ってくれるはずだった。

272名無しさん:2017/11/04(土) 20:57:24 ID:Pddo/.m.0
ζ(゚ー゚*ζ「……プールになんか行きたいって言わなきゃよかった」

ぽつとつぶやかれたその言葉に、わたしはハッとする。
そういえば今日のお出かけは、デレが言い出しっぺだった。
だけどわたしだってプールに行きたいと思っていた。
ミセリだって、ツンだって、きっとそれはおんなじに違いなかった。

('、`*川「デレちゃんのせいじゃないよ」

人混みにまぎれそうになるデレの手を取って、わたしは引き止める。
このままはぐれてしまったら、また一人いなくなってしまう気がした。

ζ(゚ー゚*ζ「……ううん、いっつもわたしのせいなんだ」

となりに追いついても、デレはわたしの目を見ない。
のぞきこむと、まっくらなほら穴のような色の目が前を見すえていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ツンのママが死んだのも、わたしのせいだよ」

('、`*川「え……」

それってどういう、とは聞けなかった。

('、`;川「ひゃあ!?」

273名無しさん:2017/11/04(土) 20:58:30 ID:Pddo/.m.0
背後から頭をわしわしとされて、振り返る。
そこには、

从 ゚∀从「こんちゃー、ペニサス」

ジーンズ柄の海パンにラッシュガードという変わった格好のハインくんがきた。

(;-_-)「ちょっと待ってよ、ハイン」

遅れてその後にはヒッキーくんもやってきた。
キョトンとしているデレに、わたしはそれぞれ先生の知り合いだと説明をした。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあペニサスちゃんのお友達だね」

(-_-)「まあね」

いつものゆううつそうな声ではなく、どこか照れたような調子でヒッキーくんは答えた。

('、`*川「二人でいるなんてめずらしいね」

でぃさんをふくめた三人で行動しているようなイメージを
持っていたから、思わず口に出してしまった。
ハインくんにはそれが分かったみたいで、すましたように笑った。

274名無しさん:2017/11/04(土) 20:59:03 ID:Pddo/.m.0
从 ゚∀从「あの子の体じゃあ、プールになんか来れないからね」

('、`*川「そうなの?」

从 ゚∀从「色々あるんだよ、色々」

(-_-)「気遣いしいだしね、桐崎さん」

ほがらかに笑う一方で、深くは聞くなと言われているような気がした。
わたしはなんとも答えられずに、だまって笑うばかりだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃん……」

('、`*川「デレちゃん?」

ほんの少し背伸びして、デレは耳元に口を寄せた。

ζ(゚ー゚*ζ「おねがい、一生のおねがい。
     ペニサスちゃんのお友達にもお姉ちゃん探すの、手伝ってほしいの」

('、`*川「もちろん」

むしろその考えにいたらなかったことに、わたしは歯がゆくなっていた。
デレからすれば、今までのやり取りなんかどうでもいいに決まっていた。

275名無しさん:2017/11/04(土) 20:59:35 ID:Pddo/.m.0
('、`*川(ミセリちゃんみたいになれないな)

自分で自分にガッカリしながら、わたしはことを説明した。

从 ゚∀从「……大事件じゃん」

聞き終わったハインくんは開口一番に、ポツリと呟いた。

(-_-)「デレちゃんだっけ、その子とまるっきり
    おんなじ顔の子を探せばいいんだね?」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。わたしとお姉ちゃんは鏡で見たみたいにそっくりなんだ」

从 ゚∀从「一卵性双生児ってやつだ」

ζ(゚ー゚*ζ「ほんとは二卵性だよ」

よくわかんない会話を広げながら、その場は一旦離れることにした。
もし見つけたら、迷子センターまで送ってくれると二人は約束してくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ペニサスちゃん」

('、`*川「そんな、わたしなんにもしてないよ」

ζ(゚ー゚*ζ「ううん、だって大人のお知り合いがいるなんてすごいもの」

ゆるゆると笑うデレは、一転して暗い顔になる。

ζ(゚ー゚*ζ「……大人っていいものなんだよ、本当に」

('、`*川「デレちゃん……?」

まるでその言い方は、昔大人だったから知っている、という風だった。

276名無しさん:2017/11/04(土) 21:00:07 ID:Pddo/.m.0
ζ(゚ー゚*ζ「パパが帰ってこないのは、大人でいるのが楽しいからなんだよ」

('、`*川「楽しいと帰りたくなくなるの?」

ζ(゚ー゚*ζ「だって大人になると出来る事が沢山あるんだよ」

('、`*川「デレちゃん、」

人混みにはばまれて、わたしは慌てて背伸びする。
幸いにもデレちゃんはそう遠くもないところにいた。
彼女めがけてかけだそうとした時だった。

('、`;川「きゃっ!」

「; ⊿ )「っ」

ケープのようなタオルを被った子どもと、正面しょう突。
しりもちをお互いについてしまった。

(#’e’)「気をつけろクソガキ!」

側にいた父親らしき人にどなられて、わたしは何もいえなくなる。

277名無しさん:2017/11/04(土) 21:01:01 ID:Pddo/.m.0
こわかった。
あやまることも何も出来なくて、ただそこにへたり込んでしまう。
なぐられるのかもしれない。
人目があっても、する人はする。
石のように固まるわたしをしり目に、その人は子供の手をらんぼうに取った。
足早に、逃げるようにして親子は去っていく。
だけど。

ζ( Д ;ζ「お姉ちゃん!!」

デレが、そう叫んだ。
びくりと震える肩。
ケープの子どもはいまだにうつむいている。
その手を無理やり引いていく父親。
違う。

('、`;川「だれか、とめて!!!」

走って追いかけても、追いつかない。
男はツンを小脇に抱えて走っていた。

('、`;川「たすけて、たすけてったら!!」

さけんでも、大人はポカンと見ている。
気付かれない。
見て見ぬふりをされている。
あの時と同じだった。
涙があふれてくる。
昔、わたしが外でいじめられていても、誰もとがめる人はいなかった。
しつけだから、家の事情だから。
だから他人が口を出すのはおこがましい。
だからわたしは、たすけてもらえなくて、でも、だって、

( 、 ;川「だれでもいいからたすけてよぉ……!!!!」

だだをこねる子どもみたいにさけんだ時だった。

278名無しさん:2017/11/04(土) 21:01:39 ID:Pddo/.m.0
バキ、と枝が折れるみたいな音がした。
よろよろとその音がした方向へ、わたしは歩く。

ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃん」

追いついたデレは、わたしの体を支えてくれた。
そうしてようやく、

从# ゚∀从「子ども攫って楽しいんか? あ?」

(;’e’)「や、やめ、」

从# ゚∀从「テメーのことなんか聞いてねぇんだよカス。クズ。
     社会のゴミってのはテメーみたいな野郎のことを言うんだよ」

わたしは、男がどうなったのかを知った。

279名無しさん:2017/11/04(土) 21:02:10 ID:Pddo/.m.0
('、`;川「あ、あ……」

(;-_-)「やめろってハイン!」

从# ゚∀从「なんで? コイツどーせロリコンってやつだろ」

(;-_-)「だけど……!」

从# ゚∀从「レイプして楽しんだ後に殺っちまうに決まってる!
     弱い奴にしか偉ぶれない、どうしようもないこんなクズ……!」

(;-_-)「やりすぎだって言ってんだ!」

ヒッキーくんが、ハインくんを止める。
止めても、ハインくんは男を殴った。
何度も、何度も、何度も。
水を打ったように静まり返った取り巻きたちは、やがて我に返って口々に騒ぎ出す。

从# ゚Д从「離せ! 離せったら!!」

なおも暴れるハインくんを、大人たちは引きはがす。
血まみれの男は、ぐったりとしている。
そのかたわらで、ケープを身につけたままのツンはぼう然と立ちつくしていた。
わたしはやっぱり、泣くことしか出来なかった。

280名無しさん:2017/11/04(土) 21:02:45 ID:Pddo/.m.0
ツンは、無事だった。
無事というのは、写真を撮られたり
体を触られたりしていなかった、ということだ。

('、`*川(ハインくんの言う通り、変なことする気だったのかな)

想像しても、いまいちピンとこない。
ただそれでも、いつかの先生が言った言葉を思い出した。
(´・_ゝ・`)『僕みたいな人ばかりではないからね。
       子供を悪い大人から守りたいんだよ』

('、`*川(あの人は、悪い大人だった)

誘拐犯は、警察に連れていかれた。
ハインくんも、それとは別のパトカーに乗ってった。

(-_-)「あーあ、とんだプールになっちゃったね」

迷子センターのすみっこで、ヒッキーくんはラムネを買ってくれた。
お礼を言うと、ほんの少しだけ笑ってくれた。
その手にはコーヒーの缶が握られていた。

281名無しさん:2017/11/04(土) 21:03:34 ID:Pddo/.m.0
('、`*川(先生と同じ名前だ)

缶の名前を目で追うものの、そのうち出来なくなった。
わたしの隣ではなく、背中合わせに座ってしまったからだ。
顔を見られたくなかったのかもしれない。

('、`*川(デミタス)

缶コーヒーの名前を反芻して、

('、`*川(、先生)

やっぱり、そう付け足した。
あと少ししたら、先生が来る。
ミセリちゃんは一足先に、ミセリのママが迎えに来た。
その次には、兄者さんがツンたちを迎えに来た。

ξ゚⊿゚)ξ『……こんな時でも、パパは来ないのね』

悲しそうに目を伏せて、ツンは言った。
デレはそれをなだめながら、兄者さんの運転する車へと乗り込んだ。

('、`*川(デレちゃん)

デレは、変な子だと思った。
ハインくんが犯人を殴っていても、なんともないよという顔をしていた。
もしかしたらショックだったのかもしれないけど、なんだかそうだとは思えなかった。


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