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SSスレ「マーサー王物語-サユとベリーズと拳士たち」
1
:
◆V9ncA8v9YI
:2015/05/02(土) 12:22:52
ずっと前にマーサー王や仮面ライダーイクタを書いてた者です。
マーサー王物語の数年後の世界が書きたくなったのでスレを立てました。
2007年ごろに書いた前作もリンク先に掲載しますが、
前作を知らなくても問題ないように書くつもりです。
SSログ置き場
http://jp.bloguru.com/masaoikuta/238553/top
888
:
名無し募集中。。。
:2016/06/04(土) 22:42:35
この2人がアサヒより自分を優先してくることはモエミーにもわかっていた。
だからあえてアイナに攻撃を集中させて距離を取ることで背後に隙を作り、カ・カを飛びかからせたのである。
だが、突くことができたのになぜ斬らずに放り投げたのか。
それは「時間稼ぎ」だった。
上空に飛ばされたカ・カは懸命にバランスを取り、着地に備えようとしていた。
しかし放り投げられた先で、既に攻撃対象から外していたアサヒの姿が目に入る。
アサヒは腰を落とし、両肘を横腹につけて何か力を溜めている。
アサヒの周りの空間が、まるでプロミネンスのように激しいオーラで歪んでいるように見えた。
この時、初めてカ・カは自らの窮地を自覚した。
アサヒと自分の着地点には5mほど距離がある。近接攻撃のアサヒでは射程範囲外だ。
だが、アサヒはあの傷で何か大それたことを間違いなく企んでいる…。
そして空中にいる限り自分は避けることはできないし受身も取れない。
寒気がゾワッと全身を走った。
強敵、カ・カを倒すにはもうこれしかなかった。
この技は発動前に体内の気を練りに練って極限まで洗練しなければならないため、時間が必要なのである。
それは鍛錬を積んだアサヒには数秒に過ぎなかったが、殺し屋カ・カにはその数秒が命取り。
何とか自分でその隙を作ろうとしたがその前にやられてしまい、後は発動させるのが精一杯。
だからアサヒは代わりにモエミーにその数秒の時間を作ってくれるように頼んだのだ。
「アサヒちゃん、決めて!!」
モエミーはアサヒを信じて、その時間を作った。
アサヒはモエミーの信頼に応える。
カ・カは焦った。
早く、コンマ数秒でも早く、技の発動より早く着地できれば回避できる。
懸命に足を伸ばし、大地を求める。
早く、早く。
アサヒは落ち行くカ・カから目を離さず、左拳を前に突き出し、右拳を思い切り後ろに引き絞る。
そして最大級の気合を発し、右の正拳を打ち出した。
光。
大きな爆発。
それはまさに太陽フレア。
一瞬でカ・カは壁に激突し、大きくめり込んで動かなくなっていた。
自らの太陽エネルギーを最大限に高めて爆発させ、拳気にして放つ。
それは錬気なれば、目には見えず、離れた相手でも打ち砕く。
そこに在るのに見えない、雨夜の月。
アサヒの最終奥義『神手』が、見事に炸裂した。
「やったよ・・・ありがとう、モエミーちゃん・・・」
アサヒは力尽き、ばたりと倒れた。
889
:
名無し募集中。。。
:2016/06/05(日) 11:18:23
凄いバトルだ…読んでて鳥肌たった…
890
:
名無し募集中。。。
:2016/06/06(月) 06:13:03
「・・・チッ」
カ・カが倒され、アイナ軍団も後は頭領のアイナひとりとなった。
ついに1対1、最後の闘いだ。
モエミーはアイナに対峙しながらアサヒの状況を伺う。
倒れたアサヒにはユカニャ王と残りの護衛がすぐに介抱にあたっていて、何とか大丈夫そうだ。
アイナは背後の倒れた自軍兵の山を見て、改めてモエミーに目をやる。
さすがのモエミーも、あれだけの数のオレンジ使用者を相手にした後では満身創痍。
至る所から出血があり、肩で大きく息をしている。
アイナは無傷の自分が負けるはずがないと思っていたが、念を入れることにする。
だがその懐に手を入れようとするのをモエミーは許さなかった。
あっという間に間合いを詰めた九印の刃がアイナの手に伸びる。
「させないっ!」
「おっと!?」
モエミーにはバレていた。アイナの懐には自分用のオレンジがあったのだ。
モエミーも今まで散々苦労させられたあの液体を今アイナに使われたらまずいと分かっている。
それだけは阻止しながら倒さなくてはならない。
突き、薙ぎ、叩く。モエミーは大きく器用に九印を振り回して、休まずアイナを攻める。
アイナはなかなかオレンジを手にできない。
足を薙ぐように九印を振り、ジャンプでかわしたところを斧のように上段から叩き切る。
アイナはたまらずジャマダハルでガードし、膝をつく。
すぐにモエミーは九印を引き、回転してアイナの顔に斬りつける。
アイナは前転でかわすがモエミーは逃がさず柄の部分を殴り当てた。
「くッ・・・」
怯んだアイナにモエミーの刺突連打が襲い掛かる。
だがアイナも伊達にKYAASTだったわけではない。
「懐に入ればオレの勝ちだろ?」
アイナの戦闘スタイルもカ・カ同様、いや尊敬する戦士と同様に、俊敏に立ち回り接近戦を手数で圧倒するタイプ。
突きをジャマダハルでずらしてダッキング、スッとモエミーの目の前に躍り出た。
こうなると方天戟のリーチがデメリットとなる。隙だらけのモエミーがそこにいた。
「終わりだッ!」
「そうはいかない!」
「なにっ!?」
確実に喉を突き刺したはずのジャマダハルが金属音と共に弾かれる。
アイナが目にしたのは柄の短い手槍を持つモエミーだった。
そのまま上段中段下段とコンビネーションで斬りつけてくる。
突然のモエミーの近接対応に不意を突かれたアイナはガード一辺倒。
何とかモエミーの一撃を強く叩いて飛び下がって距離を取る。
が、モエミーはそれも許さない。
下がるアイナめがけてぶんっとその手槍を振る。
すると当たらない距離に飛んだはずのアイナの太ももがズバッと血を噴いた。
「ぐうぅっ…なんだ…?」
アイナの足を斬ったのは、リーチの長い方天戟・九印だ。
なぜモエミーが2つの槍を使っているのか?
891
:
名無し募集中。。。
:2016/06/06(月) 06:14:10
だがこれは簡単なことだった。
九印の柄には伸縮自在のスイッチが付いているのだ。
モエミーはこれで近接戦闘の際には柄を短くして手槍として使い、対応するのである。
「チッ、小賢しい真似をしやがって!」
再びリーチを取ったモエミーはさらにアイナを攻め立てる。
攻勢のモエミーにアイナは少しずつ圧され、生傷が増え始めていた。
アサヒの介抱は衛生兵に任せ、戦況を固唾を呑んで見守るユカニャ王。
ここまではモエミーがリードしている。
まだ安心はできないが少しずつまた勝ちの目が出てきた、そう感じ始めていた矢先。
ユカニャ王の視界の端を何者かが横切る。
「…え!? モエミー、危ない!!」
だがその声は遅かった。
モエミーの九印がアイナのガードを弾き、ついにその胸に刺さろうかというその瞬間。
ひとりの人物が間に飛んで入った。
九印はその人物に突き刺さり、動きが止まる。
「!!?? なんで・・・はッ!!??」
それはもう動けないはずのカ・カだった。
カ・カが最後の力を振り絞り、身を挺してアイナを守ったのだ。
だがこのカ・カの働きは単にアイナへの直撃を防いだだけではなかった。
これが今回のカ・カ最大のファインプレー。
「ありがとうよ、カ・カ…おかげでちゃんと『飲めた』ぜ」
カ・カの身体がずるりと崩れ落ちる。
モエミーの顔が凍りつく。
そこには空になったオレンジのアンプルを持ったアイナがいた。
892
:
名無し募集中。。。
:2016/06/06(月) 20:27:51
「あ・・・あぁ・・・そんな・・・」
オレンジを飲んだアイナの強さをユカニャ王が知らぬはずがない。
またもや形勢は逆転してしまった。
「ぐはぁっ!」
反応もできずにモエミーの胸から血が噴出した。
今のアイナのジャマダハルより速く動ける者はこの場には存在しない。
モエミーの胸のサイズはアサヒより上ではあるが、ジャマダハルの斬撃をまともにくらえばひとたまりもないのだ。
「ぐ・・・がはぁっ・・・」
「モエミー!」
膝をつくモエミーの口から血がこぼれる。
ユカニャ王は震えながらも懸命に見守ることしかできない。
「フン・・・頑張ってくれたが、ここまでだな!」
モエミーの周囲にアイナの残像がババッと表れて消えると、更にモエミーの体中から鮮血が飛び散った。
「・・・くッ・・」
ここまでオレンジを飲んだ大軍を相手に立ち回って全滅させただけでも驚異的な粘りだというのに、
攻勢から一転、逆襲を受けたモエミーの体力も精神力も限界だった。
ここで自分が倒れたらユカニャ王の命が、果実の国が奪われてしまう。
しかし必死に意識を繋ぎ止めても、ボロボロの身体で振る方天戟には、威力も怖さも、もうない。
アイナはやれやれ、と言った表情で方天戟を受け止めると大きく遠くへ蹴り飛ばす。
「ここで見てな・・・果実の国の王位継承をな!」
そう言い放つとアイナは素早くモエミーの背後に回り、強烈な肘打ちを落とす。
モエミーは床面に叩きつけられ、もう立ち上がることはできなかった。
893
:
◆V9ncA8v9YI
:2016/06/06(月) 22:54:39
緊迫したシーンなのにアサヒより上という一文が気になってしまう……
894
:
名無し募集中。。。
:2016/06/06(月) 23:52:07
希望は潰えた。
絶望へのカウントダウンが始まる。
震えるユカニャ王に向かって一歩、また一歩と金髪のアイナが近付いてくる。
「う、うわああああああああああ!!!」
最後の護衛兵などアイナの敵ではなかった。ましてやオレンジを飲んでいるのだ。
為す術もなく斬られ倒れていく護衛たち。
ユカニャ王を守る最後の壁はあっという間に消えていった。
するとアイナの前に出る影がひとつ。
ひとりの護衛兵がブルブル震えながらアイナに話しかける。
「アイナ様・・・私のことをお忘れですか・・・?」
「新兵の頃より貴女に従い、貴女に育てて頂いた者です・・!」
それはアイナがKYAASTだった頃の部下の一人だった。
アイナの強さに憧れ、果実の国とアイナのために尽くしてきた一介の兵だ。
「お願いです、もうお止めください、このようなことは・・・」
「まだ間に合います、もう一度あの頃を思い出してください・・・!」
「貴女はそんな女性ではなかったはず・・・私は信じています、貴女g」
「うるせえよ」
言い終わらぬ内に兵は無残に斬り捨てられた。
それは氷。どこまでも凍てつく氷のように冷たいアイナの眼。
もう誰もアイナを止めることはできない。
流血の水たまりに足を踏み入れるアイナの靴に、黒い血がピチャリと跳ねる。
最後の護衛もあっけなく斬られ、この場に立つ者はいよいよユカニャ王とアイナの2人だけとなった。
「やめなさい・・!」
「ん?何の真似だそれは」
ピーチジュースが無くとも、ユカニャ王は王であった。
ガタガタと震えながらも、隠し持っていた護身用の小型拳銃デリンジャーを構えている。
意地でも、このままタダではやられない。
「そんな生まれたての小鹿みたいに震えてて、弾丸が当てられるのか?ははは」
「やめて・・これ以上近付かないで・・私にこれを撃たせないで・・!」
「アイナ・・やめましょう、こんなこと・・」
「泣き落としか?さすがあざといなユカニャ。だがここまで来てやめられるわけねぇだろ!」
「それでも・・・私は・・・!」
「やってみろ!!オレンジを飲んだこのオレが、そんなヘナチョコ拳銃を避けられないとでも思ってるのか?」
ユカニャ王は覚悟した。
ぎゅっと目を瞑って思い切り引き金を引く。
ぱん。
だがその結果は大方の予想通り。
アイナは余裕でかわし、ついでにデリンジャーも手から叩き落としていた。
万策尽きたユカニャ王は、力なく床に膝をついた。
昨日同様に、王の首に冷たく当たるアイナのジャマダハル。
もはやユカニャ王の命と果実の国の命運は風前の灯。
その首筋には、震えすぎて刃に当たった皮膚から薄く血が垂れ始めていた。
アイナは大きく息をつく。
「ふぅ・・・招かれざるゲストが2人も来やがったから手間取っちまったが、ようやくオレの望みが叶うってわけだ」
「ユカニャ!さぁ国民どもと、てめぇの胴体にお別れしな!」
ユカニャ王は今度こそ最期を感じ、強く目を瞑る。
国民たち、そして遠く戦いに赴いたKASTのみんな・・・ごめん。
「ユカ・・・」「ユカちゃん・・・」
「ユカニャ王…」「王様…」
わずかに意識のある全ての戦士が、ことの成り行きを歯を食いしばって見つめていた。
アイナはジャマダハルを大きく振りかぶると、
ユカニャ王の首めがけて斬り落とした。
895
:
名無し募集中。。。
:2016/06/06(月) 23:53:57
金属音。
それも強い意志のこもった、抵抗の刃の音。
ユカニャ王は恐る恐る目を開いた。
まだ自分は死んではいない。
見上げると、ローブを深くかぶった人物が、アイナのジャマダハルをギリギリで受け止めていた。
「な、なんだ!?」
最後の最後に、予想もしなかった乱入に驚くアイナ。
だが本当の驚きはこの後にやってくる。
「悪いな・・・招かれざるゲスト、3人目だ」
まさかまだ奥の手を残していたのかと、アイナはユカニャ王を見た。
だがユカニャ王も何がなんだかわかっていない顔をしている。
「誰だてめ・・・ハッ!!??」
アイナは気付いた。
ジャマダハルを受け止めるその刃。裾からのぞく腕。
そして醸し出すこの空気。
アイナの表情が一瞬で強張り、急いで飛び下がる。
「つれないことを言うな。私が誰だかわからないか?」
アイナの身体中から、冷や汗がじっとりとにじみ出る。
知らないわけが無かった。
まさか。こいつは。こいつだけは。
その人物がゆっくりとローブを外し、素顔を見せる。
そこにいた全員が声を失った。
果実の国軍も、アイナ軍団さえも。
言い尽くせぬ衝撃が一帯を貫いた。
「私は・・・お前だよ」
なぜなら、
ローブを脱いだその人物、
その人もまた、アイナ・ツカポン・アグリーメントだったのだから。
896
:
名無し募集中。。。
:2016/06/06(月) 23:59:47
やばい…鳥肌がだった!いったいどういう事なんだ!?
てか本編作者さんどこ気にしてんのさw
897
:
名無し募集中。。。
:2016/06/07(火) 21:20:35
??
助けに来た方が本物のツカポン?全然先がよめない
898
:
名無し募集中。。。
:2016/06/07(火) 22:47:15
もう一人のA INA。
まったく同じ顔の2人のアイナ。
「て、てめぇは・・・!!」
飛び下がったアイナはようやく言葉を発した。
だがアイナ以外の人物たちは未だに状況が理解できていない。
なぜ同じ顔の人物が2人いるのか??
最初からいた方は金髪ロング、今来た方が黒髪ショート。かろうじて見分けは付く。
果実の国の国民たちが知っているかつてのアイナは黒髪ショートだった。
それにずっと共に戦ってきたユカニャ王だけは、黒髪の方からどこか懐かしい空気を感じていた。
となると、金髪の方が偽者のアイナなのだろうか??
「ど、どっちが本物なの…?」
先程まで生死の境目にいたユカニャ王が、止まらぬ震えを押さえながら聞く。
黒髪のアイナは落ち着いて答える。
「どちらも本物さ、ユカニャ王」
899
:
名無し募集中。。。
:2016/06/07(火) 22:53:47
一同はますますわからなくなってしまう。
だが混乱する皆を前に、黒髪のアイナがゆっくりと口を開いた。
「わからなくて当然だ、私だって今も信じられないのだから」
そして金髪アイナをけん制しつつ、淡々と語り出す。
「今こそ語ろう、あの日に何が起きたのか・・・」
アイナがKYAASTにいた頃。
オレンジを飲むことでアイナは無双の活躍をしていた。
新しい力。国を守る力。KYAASTの大黒柱とまで呼ばれた。
仲間でありライバルでもあった、サユキやカリンをも凌駕する力、そして自分。
アイナは幸せだった。何もかもがうまくいっていた。
だがオレンジの強大な力の影響は、少しずつアイナの身体を蝕んでいく。
普段の自分とオレンジを飲んだ自分。その乖離に悩み始めた。
自分はこのままでいいのか、本当の自分の実力が追いついていないまま、戦い続けていいのだろうかと。
オレンジによる各能力の飛躍的な増強は、肉体は耐えられても、常人では精神が耐えられない。
よって脳は自己防衛的に、本人の中にオレンジを制御するための、もうひとつの仮想人格を作る。
そのおかげでアイナは戦場でもオレンジの力をいかんなく発揮することができたのだ。
アイナが本来の自分との乖離に悩むうちに、少しずつ、仮想人格の力が強まってくる。
オレンジをうまく扱い、成功を手にし続ける攻撃的な人格。
それはアイナの中にいる、もうひとりのアイナ。Aina I N Aina。
アイナは徐々にその人格を抑え続けられなくなりつつあることに怯えていた。
だがオレンジなしで戦場に出れば元の自分のまま。苦しかったが飲まないわけにいかなかった。
そしてあの日。
アイナが目覚めた時、もう一人の自分が『現実世界に存在』していたのである。
それが今目の前にいる、金髪のアイナだったのだ。
とても信じられない現象だったが、猛烈に悪い予感がした。結果はその通りだった。
金髪のアイナはオレンジの原液を盗んで遁走し、黒髪のアイナは事態を収拾しようと単身で追いかけた。
そして国境山中の崖まで追い詰めたものの、オレンジを飲んだ金髪アイナに返り討ちにされ、突き落とされてしまう。
こうして黒髪アイナは滝に飲まれ、行方知れずとなったのだった。
900
:
名無し募集中。。。
:2016/06/07(火) 22:59:31
驚愕の真実。
誰もが一言も漏らさず、黒髪のアイナの言葉に耳を傾けた。
だがその内容を疑う者はひとりもいない。
現にこうして目の前に2人のアイナが存在しているのだから。
「それから河に流されて、気付いたときにはアンジュ国の外れにあるサナトリウムにいた」
「そこのフユカという女性に助けられ、傷を治して、今までずっと暗躍するそいつを追っていたんだ」
「アイナ・・・あなた・・・ずっと一人で・・・ずっと独りで戦っていたのね・・・」
全てを知ったユカニャ王は、溢れる涙を抑えられなかった。
「どうして、どうして話してくれなかったの・・もっと早くに知っていれば・・・うぅ」
誤解だった。不幸な出来事に襲われただけ。脱走者でも犯罪者でもない。
黒髪のアイナはKYAASTだったあの頃と何も変わっていなかったのだ。
「報告が遅くなってすまない、ユカニャ王」
「そしてたくさん迷惑をかけてすまなかった・・・いくら謝っても許されることではないが」
「私は責任を取らなくてはならない・・・!」
黒髪のアイナはそう言うと、改めて金髪のアイナの方に向き直った。
「やっと会えたな、もう一人の私。この日をどれだけ待ち焦がれたことか」
「今日でこの運命ともお別れだ!私は私を取り戻す!」
「まさか生きていたとはな…あの時に死体を確認しておくんだったぜ」
「だが昨日までと何も変わらねぇよ。あの日からもこれからも、アイナ・ツカポン・アグリーメントはずっとオレだけだ!」
「今度こそ完全に存在を消してやる!」
金髪のアイナがジャマダハルを構える。
同時に黒髪のアイナもジャマダハルをその右腕に装着する。
ユカニャ王の心は震えた。
この姿。あれから何年経っても、今も忘れぬこの雄姿。
戦場を駆け抜けた、あのアイナとジャマダハル「梅茶香」。
希望が、もう一度この国に帰ってきたのだ。
「アイナ・・・!」
ユカニャ王を見て、強く頷く黒髪のアイナ。
正真正銘の、最後の闘いが始まった。
901
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 06:52:10
あぁ・・・俺達のつかぽんが帰ってきた
しかもここでふーちゃんの名前が出てくるなんて…アンジュ国にまだいたんだね
「梅茶香」=ばいちゃーこかw1本づつのジャマダハル…前作のチサトとアスナの戦いを思い出す
902
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 22:27:36
金髪のアイナが素早く踏み込み、足を刈るように斬りつける。
バックステップでかわし、即座にダッシュで距離を詰める黒髪のアイナ。
ドシュドシュッと風を切る重い音がアトリウムに響く。
金髪のアイナも負けじとしゃがみこんで避け、アッパー気味に突き上げる。
背中を反らせて最小限の動きでかわした黒髪のアイナが右腕で突くと、金髪が数本、風に舞った。
「ケッ…ちったぁ鍛えたようだが、まだまだ十分『見える』ぜ」
「オレンジが欲しくなったんじゃねえのか?クックック」
「私はオレンジは使わない。私自身の力でお前に打ち勝ってみせる!」
「面白れぇ、やってみやがれ!」
そう言うと一気にギアを上げる金髪のアイナ。
そのスピードは先程モエミーを斬り刻んだ時のように残像が出るレベルである。
高速で黒髪のアイナの周囲を飛び回り、かく乱する金髪のアイナ。
一瞬でも隙ができれば斬撃が襲ってくる。
「ハァッ!」
「くッ!!」
キンキン、と刃が交錯する音がする。
だがそれすら、倒れている一般兵では目が追いつかない。
かろうじて見えているユカニャ王だったが、心境は穏やかでない。
幼少より蹴球で鍛えた強靭な脚力もアイナの武器の一つなのだが、
やはりオレンジを飲んだ金髪のアイナの方が、スピードも力も優勢なのだ。
元々の力に加えて、重力も感じずリミッターも外れているのだから当然である。
徐々に凶刃は黒髪のアイナの身体に届き始めた。
黒髪のアイナの攻撃はほとんど当たらず、当てても防がれていた。
意を決したように金髪のアイナの移動先を呼んで足払いを仕掛けるも、
直前で空中に逃げられ、一回転した金髪アイナに肩を斬られる。
意表をついた裏拳で急襲しても、金髪アイナには払い流され、腹に思い切り膝を入れられてしまう。
「ぐふっ…かはっ…」
黒髪のアイナは明らかに劣勢だった。希望に暗雲が立ちこめる。
やはりオレンジの力は圧倒的なのだ。今の金髪アイナに勝てる者などいるのだろうか。
黒髪のアイナは集中が切れたかのように、大振りで何度もジャマダハル「梅茶香」を振り下ろす。
もちろんそれらは全てかわされ、逆に落ち切った右手を蹴り上げられ、梅茶香は外れて地に落ちた。
武器すら失った、黒髪のアイナ。既に負傷箇所も多く、肩で息をしている。
金髪のアイナが動きを止めてゆっくりと近付いてくる。
「ここまでだな…ノコノコ出てこなければそのまま生きていけたのに、馬鹿な真似しやがって」
「もう終わりにしようや。お前はオレに勝てない。潔く死にな、もうひとりの自分の手に掛かってなぁ!」
金髪のアイナはジャマダハルを引き、腰を落としていく。
最大スピードで一気に駆け抜けながら斬る、いや構えからして心臓を貫くつもりだろう。
今度こそ終わりだ。
武器すらない黒髪のアイナに防ぐ手立てなど残されていない。
最後の希望が、目の前で消え行く・・・。
だがユカニャ王は気付く。
黒髪のアイナの瞳の光が、まだ消えていないことに。
ダメージでフラつく身体の、その瞳の奥に確かな闘志を見た。
黒髪のアイナは、丸腰でも何か考えている。
ユカニャ王はその瞳の光に殉じることにした。
指を組んで、祈る気持ちで最期の攻防を見届ける。
(アイナ・・・あなたを信じてる!)
903
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 22:29:15
ここからの出来事は全て一瞬だった。
見えたのは、2人のアイナとユカニャ王、倒れたビター・スウィートの2人だけ。
黒髪のアイナが軽く腕を上げて構えると、金髪のアイナの脚に力が入る。
力は足の親指から発して膝、大腿、腰で前進する力に変換され、爆発的なスピードが生まれる。
もう次の瞬間には金髪アイナのジャマダハルの切っ先は、黒髪アイナの左胸に到達していた。
胸当てを貫き、服の繊維を切り裂いて進むジャマダハル。
その切っ先は、服を抜けて肌に触れ、表層組織を掻き分ける。
毛細血管が破壊され、鮮血が外へと溢れ出す。
だがその刹那、黒髪のアイナの目がカッと見開かれる。
何年も待ちわびたこの瞬間。
忌まわしき運命を越えて、今アイナの闘志が燃え上がる。
両手で胸を刺すジャマダハルごと腕を取る。
切っ先を外し、そのまま飛びつくように地面を蹴る。
右足は大きく振り上げて踵落としを後頭部へ、
同時に下からは渾身の左蹴り上げが、顎を目がけて加速する。
全力で腕を取られた金髪のアイナに避けることは不可能。
天と地から迫りくる、殺気をはらんだ風圧と戦慄。
次の瞬間、金髪のアイナの頭部は上下同時に、最大級の衝撃と共に蹴り込まれた。
因縁も、運命も、思い出も、後悔も、執念も、責任も、全て乗せて、
まるで大顎を開けたワニの如く、強烈で残酷に頭蓋骨を噛み砕く。
そして両脚は頭部を挟んだまま、体重を預けて身体ごと地に落とす。
それは因縁を断ち切る、とどめのギロチンであった。
素手だからこそできた、一度きりの大技。
仕掛けられた相手は問答無用で夢の世界へと連れ去られ、二度と戻ることはない。
黒髪のアイナが研鑽に研鑽を重ね、この日、このチャンスのために、磨き抜いてきた秘奥義。
その名も「夢王」、ここに完了。
904
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 22:31:23
終わった。
長い戦いが、今終わった。
ユカニャ王は未だ信じられないといった表情で目を見開いている。
それは倒れたままのモエミーとアサヒも同じだった。
黒髪のアイナは、ずっと、ずっと、この一撃に賭けていた。
いくら鍛えても、常人がオレンジに長期戦を挑むのが不利なのは自分が良く分かっていた。
集中力と動体視力が増大し恐怖心もないのだから、一度外してしまえば最後、2度目は通用しない。
だからこそ、オレンジの隙をついて一撃で確実に葬り去る必要があった。
ユカニャ王が悲しい事件でその力を失ったように、
オレンジの弱点は恐怖心のなさと、その力への驕りにあるとアイナは考えた。
特に使い続けている金髪のアイナなら尚更だ。
だからあえて攻撃を受け、自分の方が強いと自覚させ、愛用の武器すらわざと捨てて丸腰になったのだ。
そうすれば金髪のアイナには必ず油断が出る。
だが、それは一度きり。そのチャンスに決めきらなければ自分の負けであり、死だった。
果たして、金髪のアイナはフェイクも入れずに全力で心臓を狙ってきた。
突進の狙いさえ分かれば、ベクトルをずらして一瞬なら隙を作ることができる。
そして一撃必殺の「夢王」を叩き込んだのだった。
それは怖ろしい賭け。まさに命懸けの作戦だった。
勝負が終わっても、未だに黒髪のアイナは全身から冷や汗が止まらず、荒い息を吐いている。
どんなに怖くても、あきらめない。
最期まで希望を捨てず、心で勝つ。
これが黒髪のアイナの、たったひとつの作戦だった。
倒れた金髪のアイナ。もう動くことはできない。
ユカニャ王が近付くと、その身体はサラサラと灰になって崩れてゆく。
アトリウムに一陣の風が吹くと、その灰も風に乗って散っていった。
こうして、数年前からの因縁の全てが終わったのだった。
905
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 22:35:02
「アイナはこれからどうするの・・・?」
「さあ、まだ何も決めていないな」
「もし、もし良かったら・・もう一度・・」
「いや、それはダメだよ、ユカニャ王」
ユカニャ王の申し出に、アイナは首を振ってきっぱりと断った。
「一連の事件の原因は全て私にある。迷惑をかけた責任は取らなくてはならない」
「・・・その気持ちだけ頂いておくよ、ありがとう」
そしてアイナはいずこかへと旅に出た。
ユカニャ王は忘れないだろう。
オレンジの運命に翻弄された一人の戦士のことを。
そして本当の実力を身につけ、オレンジの運命に打ち勝った、誇るべき友のことを。
さようなら。
そしてありがとう、アイナ。
全てを終えて、ユカニャ王は玉座で物思いに耽る。
今回の一連の事件のこと。
奇しくも、「ジュースへの決別」という同じ選択をしたアイナとKAST。
開発中の"NEXT YOU"。
そして宿敵"ファクトリー"。
KASTと、果実の国の未来のために、
王として取るべき選択は。
窓の外には曇り空が広がっている。
大きく息をつくと、ユカニャ王はゆっくりと目を閉じた。
(終)
906
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 22:38:37
以上です
お付き合い頂きましてありがとうございました
907
:
名無し募集中。。。
:2016/06/08(水) 23:59:34
何故ユカニャ王は力を失ったのか?
開発中の"NEXT YOU"とは?
アイナと再び出会う事はあるの?
気になることは沢山あるけどまずは完結乙でした本編の物語が進めばまた新たな外伝も出てくるのかな?
908
:
名無し募集中。。。
:2016/06/09(木) 22:04:19
上二つは本編に記述がありますね
最後のはどうでしょうね
ちなみにつかぽんには「オレンジジュース」という持ち歌が本当にありますw
909
:
◆V9ncA8v9YI
:2016/06/10(金) 01:23:53
外伝さん、お疲れ様でした。
緊迫感のあるバトルシーンが楽しめただけでなく、
「KASTが居なくなったら国防はどうなるの?」という本編のツッコミ所を補っていただいたことについても嬉しく思ってます。
アイナやビタスイが本編に出る事は有りませんが、ユカニャ王は重要な役回りで再登場する予定です。
その際には今回のお話を意識してしまうかもしれませんね。
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