したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ハロプロバトル・ロワイアル 誰が生き残るのか

1名無し募集中。。。:2015/02/21(土) 18:57:04
運次第

30名無し募集中。。。:2015/10/18(日) 22:32:07
久しぶりの更新待ってました!!ついに12期はーちん登場…ブログで「12期を守る」と言った小田ちゃん26の言うとおりプラグがたってしまうのか…

31名無し募集中。。。:2015/10/24(土) 15:08:05
さくらは、磁石を読んで自分のノートブックに何かを書きこんでいた。
亜佑美を見やると、ちょうどブーツの紐を最大限にきつく締めつけるのに余念がないところだった。
生きるも死ぬも靴の紐次第、さくらは自分のブーツをちらっと見下ろした。

音をたてずに前進あるのみ。先頭の亜佑美は優雅な動きで進んでいた。
鹿のように歩く亜佑美の5メートル後ろは春水だった。
その春水が、たまたま腐って脆くなっていた倒木を踏みつけた。
そして、斜面を転がりだして石や折れた枝を巻き添えにして、岩に衝突してやっと止まった。
さして大きな音ではないが、人間しかたてることのない音であることは否定できなかった。

春水は身体をすくめ、起こるべき反応を待ちかまえた。
森は、依然、沈黙していた。春水は、いたたまれない気持ちで耳をそばたて目を光らせた。
自分が足手まといに思えて春水は、ひそかに歯を食いしばった。

さくらが、音もなく茂みをかき分けて追いついてきた。
心配そうな目で、春水の顔を覗きこんだ。
「もう少しで“ランディング・ゾーン”だから。頑張るのよ、いい?」

亜佑美は無言で、さくらが潜りこんだ茂みがざわつくのを見ていた。
他人の能力の問題で、正確には能力欠如の問題で、行動に妥協を強いられるのは、大いに不本意だった。
進路に戻って追いついてきたさくらと春水に、亜佑美は唾を飛ばして言った。
「尾形ちゃんは、あんたの荷物よ。遅れても自分で面倒みなさいよ」

これは、はったり半分の、ひとつ間違えば結束を崩しかねない危険な言いぐさだった。
だが、亜佑美に言われるまでもない。定石を破ったのは自分である。
放心したようだった春水の表情が、コーチに気合いを入れられた運動選手のように引き締まった。

さくらは公私いずれの面でも、亜佑美に悪い感情を抱いたわけではない。
進路に戻った亜佑美は、今度は一歩一歩慎重に前進を始めていた。
石田さん、素直じゃないから…。

32名無し募集中。。。:2015/10/24(土) 18:18:44
反応を示すひまもなかった。ギラリと光る金属が空に振り上げられ、さっと下ろされる。
拳銃を構えようとした稲場愛香の片腕を肘の上で簡単に切断した。
縮んで痙攣する筋肉が空に向かって弾を撃った。

愛香は、腕から血を噴き出して苦痛の叫びをあげた。
直後、剃刀のように鋭い新月刀が一閃して、愛香の気管を切断した。
愛香は前屈みに倒れこみ、葉や茎の破片を撒き散らしながら下の地面に落ちて、鈍い音をたてた。

愛香の心臓は、まだ動いていて、咽喉の傷口と腕の傷口から血が奔流となって飛び出していた。
静粛、円滑、迅速な殺しだった。

血みどろの新月刀を傍らに置き、金澤朋子はリボルバーを握りしめた腕を拾い上げた。
指を引き剥がし、弾倉をスウィング・アウトして星形のエジェクターを押し、弾丸を手のひらに落とした。
次に、手もとを見ないで、弾丸を弾倉の薬室にこめた。
そして、音を響かせてシリンダーを元通りにはめた。

「やっと拳銃が手に入ったね」宮崎由加が朋子を振り返った。
木の幹にもたせかけてある小関舞から手を離し、由加は立ち上がった。
舞の首は横向きに倒れて、そのままになっていた。
次の瞬間、身体全体が前のめりになって、ばたりと地面に転がった。首の骨を折られていた。

「そっちはどう、ゆかちゃん?」朋子に訊かれ、由加はにっこりと微笑んだ。
「これがあった」2個の手投げ弾のピンを調整してベルトに装着した。
それから櫛を取り出して乱れた黒髪をとかしはじめた。

何かが、第六感が朋子を凍りつかせた。「ゆかちゃん?」
M1カービンの30口径ショートライフル弾が由加の胸を一瞬のうちに貫いた。
由加は、それが自分の肋骨、肺、心臓を突き刺し、最後には背中を貫通していく過程を感じていた。
呼吸ができなくなり、心臓が破裂し、意識が薄れるのを感じながらも、由加はもがいた。

「あら、どこだ…。どこいった…」スコープを覗いていた狙撃手は朋子を見失って舌打ちした。
「こそこそしやがって」岡井千聖はライフルを肩にかつぐと、追撃を開始した。

33名無し募集中。。。:2015/10/24(土) 20:01:51
川は深く、流れは速かった。
鈴木香音、工藤遥、羽賀朱音の3人は、岩だらけの坂道を、下の川目指して降りていくところだった。

下生えの茂みをすり抜けた。そのとき、香音が突然、中腰のままで凍りついたようになった。
汗が噴き出して、顔がこわばっている。香音はそっと手を上げて遥と朱音を停めた。
香音は、髪の毛より細いワイヤーをじっとにらんでいた。触れたら一巻の終わりだ。

片手を伸ばしてワイヤーの手前2センチのところに指で線を引く。
やっと遥もワイヤーに目の焦点を合わせてうなずいた。
香音は、ワイヤーを辿って、葦の根元にそれが消えているのを見つけた。
かがみこんで、両手でそっと葦の根を分けてパイ皿くらいの仕掛け地雷を露呈した。

「引き返してる時間はありませんよ」朱音の声は低く、悲しげではあったが、しっかりしていた。
遥は地図を見ている香音に顔を向けた。「いちばんいいルートは?」
香音は一瞬考えてから答えた。「河口堰だね。水門を通っていけば、キル・ゾーンを突っ切れる」

縄梯子を使い、3人はひんやりした空洞に入っていった。
朱音は膝まで水につかりながら、どうして水浸しになっているのだろうと思いを巡らせた。
水位は徐々に上がっているように見えた。

「この見取図が正しければ、狭い整備用シャフトがあります」遥が、ほとんど水没した小さなハッチを指した。
「25メートル先です」それが、水面下の25メートルを意味することを朱音は了解した。
「ずぶ濡れになる準備はできてる?」香音は短い笑い声をあげた。

「距離は確か?」香音が遥を振り返った。
「誰か先に偵察に行ったほうがいい。どぅー?」
朱音が眉をひそめて香音を見た。だが、遥はハッチに近づいて中を覗きこんだ。
「行きたくない」遥がつぶやいた。香音がもっともらしく答えた。「行きたくないのは皆同じ」

遥は肩をすくめ、物思いにふけるような顔をした。
ヘッドランプを点灯して、深く息を吸いこみ、そのまま水中に飛びこんだ。

34名無し募集中。。。:2015/10/24(土) 22:02:34
暴君手慣れ過ぎwでも手に汗握るこの緊張感…読んでて引き込まれます

35名無し募集中。。。:2015/10/24(土) 22:07:49
こんなに長い時間、潜水できる人間がいるだろうか?
なかなか帰ってこない遥のことが気になって、朱音は冷たい水で手を濡らし、その雫を額の上に垂らした。

水面がぶくぶくと泡立ち、香音と朱音は振り返って身を固くした。
遥が水面に姿を見せた。遥は死に物狂いで空気を吸いこんだ。
ようやく喋れる状態になると、遥はあえぎながら言った。
「水面は思ったより近い。これなら行けると思う」

水中の視界は最悪だったが、一行はどうにか水面に浮かび上がり、口を大きく開け、あえぎ、咳きこみながら、空気を胸いっぱいに吸いこんだ。
目に入った水を瞬きではじき飛ばしながら、朱音はぼんやりとした人影が近づいてくるのが分かった。

誰…?その人影は、朱音を指し招く光を放った。
「ちっきしょう!」香音が叫ぶと同時に朱音を突き飛ばした。
マシンガンのストロボのようなマズル・フラッシュがきらめき、香音と遥がもがきながら、ねじれるように倒れた。

血が噴水のように噴き上がった。次の一連射が放たれる前に、朱音はほとんどパニック状態になりながらも、遮蔽物に身を隠した。
ベルトポーチからナイフを取り出す。追い詰められたことは分かっていたが、自衛本能はまだ働いていた。

P90短機関銃の弾倉をはずした佐々木莉佳子の顔が瞬く間にゆがんだ。
ここまで引き金を目一杯引いてフルオートマチックで連射してきたのだから当然ではある。弾がない。
アドレナリンがまわりすぎていると、ついついそういうことをやってしまうものだ。

莉佳子は、コンバット・ナイフを引き抜いて歯でくわえた。
仕留め損なったのは1人。たしか羽賀朱音だった。
接近戦の期待にぞくぞくしながら、莉佳子は朱音が隠れている場所の様子を窺った。

36名無し募集中。。。:2015/10/25(日) 10:04:31
生きているだけでも運がいいということは分かっていた。
枝が揺れたり、葉が落ちたりするたびに、朋子は素早くそちらに目を向けた。
草場に手を入れ、湿った土を少しつかみ取る。それを顔や首に塗りたくり、目を閉じてまぶたにもしっかり塗った。

スナイパーが追ってくるのは確実だった。まだ遭遇していない敵がいる可能性もある。
朋子は頭から思案を閉め出した。アドレナリンの効果を調整するためにゆっくり呼吸した。
身体の欲求より脈拍を低く抑える必要がある。
心拍数が上がれば、速く走れるだろうが、銃の狙いは定まりにくくなる。

頭上を切り裂く銃弾で、敵のおよその位置と方角が分かった。
朋子の位置からは敵が見えない。茂みの低いところを狙い、反撃に1発撃った。

森は静かになった。聞こえるのはかさかさと葉の揺れる音と、自分の呼吸の音だけだった。
敵の位置を確かめようと朋子は目を凝らしたが、相手はそんな間抜けではなく、しっかり隠れていた。
弾薬の残量が少ないのか、確実な機会を待っているのか。こちらも同じような状況ではある。
おまけに敵は、地形の有利さも最大限に活用していた。練度が高い。

千聖は生暖かい血が太股を伝うのを感じて、顔をしかめた。
弾はかすっただけなので、骨折も、動脈の損傷もない。
やたら痛いが体組織の損傷だけで、さしあたり危険はない。

弾薬の残量は少なく、敵はぴんぴんしていて応戦している。
こんなはずではなかった。どちらかといえば、こちらの傷のほうが深いかもしれない。
「え?」固い物が木の幹を叩き、山側の下生えに落ちる音が聞こえた。
千聖が急いで地面に伏せた直後、手投げ弾が炸裂した。

爆音が轟き、千聖は衝撃波に洗われ、致死範囲から吹き飛ばされた。耳が鳴った。
手から落ちたカービン銃を探して、千聖は狂ったように辺りを見回した。
手を伸ばそうとしたそのとき、カービン銃を誰かのブーツが踏みつけた。

「けりがつきましたね」朋子のリボルバーが千聖の頭部にぴたりと狙いをつけた。
ちゃっかり手投げ弾を持っていったわけね…。千聖は笑ってしまいそうだった。
「…くたばれ」千聖はあえぎながら言った。
銃弾は千聖の目を突き破って、頭蓋の後ろから頭蓋骨の大きな断片と一緒に飛び出した。

37名無し募集中。。。:2015/10/25(日) 11:10:55
莉佳子は右手でナイフを緩く持っていた。先端を上に向け、親指をブレードの中央に置いている。

朱音も同様に、ナイフを胸の高さに保ち、腕を曲げ、足を肩幅に広げた。
両者とも、瞬時に体重移動できるような体勢のまま、しばらく互いの目を見つめ合っていた。

朱音は敵の力量を見定めようとした。自分が見定められているのも分かった。
目の前にいる莉佳子は、身体は細身だが、力と速さを出すために、あらゆる部位が研ぎ澄まされていた。まさに“殺し屋”だった。

莉佳子は、朱音があちらこちらに浅い傷があるのが分かった。
マシンガン掃射のおかげか、シャツもところどころ赤くなっている。
それなのに、寒気がするほどの無表情には、怒りも興奮も覚悟も見えなかった。
その目の奥には、思考も感情もないかのような印象を受けた。

莉佳子があごを引いた――殺し屋の一礼――敵に示す敬意のしるし。
朱音はあごを引かなかった。
莉佳子が突進し、素早く距離を詰めた。首をめがけてナイフを突き出した。信じがたい速さだった。

朱音は身をよじってかわし、ブレードが空を切る音を聞いた。
腹への返しの突きを出したが、莉佳子はひらりと下がり、ブロックしながらナイフを突きあげた。

動きが見えて、朱音は避けようとしたが、ブレードに右腕を切られるのが分かった。
あまりにも鋭利な攻撃で、ほとんど痛みは感じなかった。

ふたりは同時に離れた。互いに攻撃を受けやすい体勢のリスクを避けたのだ。
どちらも無表情で、平然とした顔だった。

莉佳子もそうだろうが、朱音は戦術を考えた。最初の交戦で朱音は切られ、莉佳子は無傷だった。
敵は同じように、朱音をすり減らしていくことを繰り返せばいい。

朱音は少しずつ後退り、足が水に浸かるようになっていた。
朱音は防戦一方だった。莉佳子は朱音が避けても、次々と手を繰り出してきた。
勢いを緩めることなく、ひと突きごとに前に出てきた。

水位が向こうずねの真ん中ほどになった。朱音は莉佳子の攻撃パターンの変化についていけず、腹を切りつけられた。
朱音は思わず顔をしかめた。痛みを顔に出してしまった自分を心の中で罵った。

絶え間なく責め続ける消耗は、莉佳子のスピードにも影響が出ていた。
だが、その反射神経は依然として朱音を上回っている。
防御のほうが体力を使わない。朱音がそれを知っていることを、莉佳子も知っている。
この決闘がすぐには終わらないと分かったうえで、ペースを守っているのだ。

攻撃を仕掛けるたびに、そしてそれを受け流すたびに、両者のスタミナは奪われた。
疲労で必ずミスをする。このままでは、自分のほうが早くその段階に達すると朱音には分かった。

38名無し募集中。。。:2015/10/25(日) 12:09:08
莉佳子がまた突進してきた。朱音は莉佳子の髪をつかもうとしたが、莉佳子はすでに身体を回転させて逃げた。
誘いだった。仕留められる、深追いしすぎた。
莉佳子は低い体勢のまま、朱音の懐に飛びこんできた。ナイフが首をめがけて突き出された。

「羽賀ちゃん!!」血塗れの遥が最期の力を振り絞って、朱音と莉佳子の間に割って入った。
遥は唯一、自分にできることをした。自分の身体をナイフの軌道上に置いたのだ。

切っ先が遥の背骨に刺しこまれた。皮膚と筋肉がこそげた。
ブレードが真っ赤に染まった。朱音は息を呑み、悲鳴を必死でこらえた。脚ががくがくと震えた。

立っているだけでも、意志の力を総動員しなければならなかった。
残虐な笑みが、莉佳子の顔に浮かんでいる。
遥を貫くナイフより、その笑みのほうが、朱音にとっては痛烈だった。
朱音の心の奥深いところに突き刺さり、まだ死んでいないことを思い出した。

朱音は莉佳子の手をつかみ、そのまま足をかけて倒した。
水面に倒れる前に、朱音は莉佳子の胸骨の根元にパンチを入れた。
莉佳子は水面下に沈み、遥と朱音の体重を一身に受けた。
転んだ衝撃は水で和らいだが、横隔膜が麻痺し、身体から力が完全に抜けた。

朱音はナイフの切っ先を、莉佳子のむき出しの首に突き刺した。
莉佳子は大きく目を見開いた。頸動脈の厚い血管壁をざくりと切った。
莉佳子が身を投げ出し、両手で首を押さえたが、遅かった。血飛沫が水を赤く染めた。

莉佳子が目の前の水面に浮いていた。両の手のひらで傷口を押さえ、必死で血飛沫を止めようとしている。
そして不可能を可能にしようと――生きようと――したが、深紅の広がりが急速に水面に膨らんでいた。

口の中に血が溢れ、莉佳子はしわがれた声を出していた。
顔は蒼白で、血はどぎつくほとんど黒く見えた。
莉佳子はまばたきもせず、朱音を見上げていた。
その目には恐怖も、憎悪もなく、平然と運命を受け入れているようだった。

朱音は自分の番が来たら、そのときどんなものが自分の目に宿っているのだろうかと思った。
それを最後に、朱音は莉佳子から目を離した。

朱音は倒れている香音と遥を、水に浸からないところに運んで横たえた。
自分を助けるために死んでいった。ここで諦めるわけにはいかない。
生き延びる義務がある。だが、そうは言っても、どうすれば?
朱音は荷物をまとめながら、泣き続けた。

39名無し募集中。。。:2015/10/25(日) 22:06:35
十三夜くらいの月が昇った。峡谷を横切る薄い霧雲が、その白い輝きを時に遮り、時に薄めている。
しかし、森の中は湿っぽく、活気がなく、インクを流したように真っ暗だった。

野中美希は、断続的にうとうとする程度で、眠りこむことはしなかった。
消耗しているが、敵に備えねばならず、神経が尖っていた。
見張りをしている牧野真莉愛に近づき、呼びかけた。

「まりあちゃん?」真莉愛は、美希に無邪気な目を向けた。
鎮静剤を投与された精神病患者がやるように、身体をゆっくり独特のリズムで揺すっている。
身体機能は変わりないが、自我の一部が壊れかけている。
美希は、蛸壺のような簡易壕を指して言った。

「見張り、やるから。まりあちゃん、休んで」
かすかだが身体を震わせ息を停めたあと、真莉愛は従順にうなずいた。「うん」

真莉愛は無意識に、この恐怖の体験とは絶縁しようと努力していた。
この悪夢は実際には起きていないのだと、自分に言い聞かせていた。
だが、疲れきっていた真莉愛は、すぐにうとうとしはじめた。

美希は、暗闇と風が木や石を材料に造りだす、超現実的絵画のような異様な風景を魅せられたように眺めていた。
人を拒絶する黒い森から忍び寄る不安に苛まれながらも、これからのことを考えていた。

キリストについても考えた。だが、美希の想像力の中の神は、どう考えても自分を救ってくれそうではなかった。
この人外境に降臨する神など存在しないだろう。

そんな思索の最中にも、美希の耳は周囲の音の変化を聞き取っていた。
耳を澄ました。何か変わった動きが森の一角にある。
肉食獣に怯えて逃げる小動物。蛇に襲われた鳥。
そういう夜の森につきものの音が、北北東90度の範囲に限り消えてしまったのだ。

美希は右手を腰に伸ばし、小刀を掌に滑りこませた。
ボタンに指を触れると、刃が音もなく飛び出した。
その銀色の凶器は、全長約30センチで切っ先が非常に鋭い。
美希は大きく息を吸いこんで、戦闘に備えた。

40名無し募集中。。。:2015/10/26(月) 10:57:19
あかねちんがお荷物かと思いきや想像以上の戦闘力…そしてくどぅー男だな

これで12期全員登場か…ちぇるは戦闘力高そうだなぁ

41名無し募集中。。。:2015/10/26(月) 20:43:58
峡谷の大きな屏風岩に接しているモミの林で、山木梨沙は空を見上げた。
太陽が落ちてしまったため、沈んだ暗い色調が周囲を支配していた。
梢の上におぼろに光る月が見えた。

最後に食事をしてから、24時間近く経っている。
森戸知沙希の胃はしきりに空腹を訴えていた。

梨沙と知沙希は、野営地を選んで斜面を登り、藪に座りこんだ。
梨沙は背負っていたバックパックを下ろすと、パンの袋を取り出した。
知沙希は、生まれてはじめて蝶の羽をつまむ子どものような顔でパンを見ていた。
「食べていいよ」梨沙は優しく微笑んだ。

半分に割ったパンに、知沙希はかぶりついた。
梨沙はバターを塗って一口かじったが、知沙希は小さな容器入りのバターをそのまま食べた。
梨沙が、お説教をした。
「ちぃ、お行儀が悪いわ。可愛い子が台無しよ」
「だって」
「これも食べなさい」梨沙はからかうような笑顔でパンを渡した。

背中を丸めて横たわっている知沙希を、梨沙は静かに見ていた。
暗がりの中に、ぼんやりした輪郭をどうにか判別できるくらいの月明かりだった。
顔は髪の陰に隠れ、呼吸は規則正しく安定していた。
両腕は、まるで何かを守るように、あるいは苦しんでいるかのように、腹のまわりに巻きついている。

じっとしていた身体が、もぞもぞと動いた。
何か嫌な夢でも見ているのだろうか…。

私たちは、ここから生きては帰れない…。
これから、知沙希が誰かを殺したり、誰かに殺されたりすると考えるだけで無限に広がる悲しみが沸き上がった。

知沙希が何も気づかないうちに、
何もかも終わりにしてあげられる。苦しみも悪夢も…。
梨沙は、音もなくナイフを握ると、刃の先端をじっと見つめた。

42名無し募集中。。。:2015/10/26(月) 22:07:12
梨沙は、自分のすすり泣く声を聞いた。
梨沙の目は、赦しを、情けを請うていた。
できない。身体が冷たくなっていくのを感じながら、手首をさっと翻した。
出したときと同じように音もなく、ナイフをしまいこんだ。

「…梨沙ちゃん…」ふいに、知沙希が穏やかな声で言った。
梨沙は跳びあがって、わずかに後ずさった。
知沙希の顔に言葉にならない悲しみが広がり、それが彼女を苦しめるのを、梨沙は見つめていた。

「…怖くないよ…わたし…」
知沙希が梨沙の顔に片手を伸ばすと、梨沙はたじろいだ。
知沙希は一瞬手を止めてから、再び前に伸ばした。
梨沙の額を撫で、ほつれ髪を後ろにかきあげた。
優しく、心地いいとも言える仕草だった。
母親が子どもに触れるような、身繕いをしてやるような、慰めてやるような…。

「梨沙ちゃんなら…わたし、怖くない」
知沙希は梨沙にナイフを指し示した。底知れぬ深い悲しみ。
「わたしの中に残っているわたしが…消えてしまわないように」

「私もすぐに行くから…待ってて」
梨沙は、こんなときに言葉というものがどんなに無意味に響くかということを考えないように努めた。
刃が完全に知沙希の心臓に突き刺さった。

ゴム引きのポンチョに包まれた知沙希の亡骸が、横たえられていた。
穏やかな表情だった。泣き崩れそうになりながら、梨沙はその唇に口づけをした。
「待ってて」低くささやき、ジッパーを引き上げた。

梨沙はナイフを胸にあてた。柄を一押しする。
刃がほんの少し肉に突き刺さっただけで、目の眩むような激痛が走った。
こんなことでは、志をとげる前に失神してしまう。
今度は地面にナイフを押し当てて、身体の重みで刃が貫通するようにした。

心臓に突き刺さったのかは分からなかったが、これだけ出血が多ければ死ねる気がした。
『梨沙ちゃん』知沙希の声が聞こえた。
自分が死んだと気づいたのはそのときだった。

43名無し募集中。。。:2015/10/27(火) 00:48:15
ちぃちゃんとつゆ姉さん…こんなの切なすぎる…

44名無し募集中。。。:2015/10/27(火) 22:03:45
風と砂と悲鳴をあげる空。
唸りを立てて風はますます強さを加えながら迫ってくる。
真莉愛は、その風になすすべもなく巻きこまれ、ついに呼吸を奪われてしまう。

気がつくと真莉愛は呻きをあげながら半身を起こし、絶えだえにやっと息をしていた。
やがてそれがおさまって、深い呼吸をひとつしてから、辺りを見回した。
森の中、自分で掘った簡易壕だった。

額から頬、乳房の間にぐっしょりかいている冷や汗を拭き取り、真莉愛は枕がわりにしていたバックパックを引き寄せた。
見張りを交代するまでには、まだ少し時間があった。

真莉愛は水筒の水を飲み、調理済み糧食を開封して、固いクラッカーを頬張った。
そうしながらも、目の焦点は定まらず、オニックスのような黒い瞳孔は広がっていた。
痛み、疲労、絶望。まだ死んではいないが、ほとんど死にかけているような気持ちだった。

生き残るなんてことはできそうもない。
血を流して死ぬことのほかに、自分にできることはない…。
涙が真莉愛の顔を流れ落ちた。

美希は、小刀を脇に低く構えて、用心深く闇夜を見ていた。
神経質になりすぎている。決然と戦闘に備えてはいたが、実際は骨の髄まで疲れていた。

ゲーム開始から、美希を前進させていた鍛錬とアドレナリンのうち、アドレナリンはもう枯渇した。
残っているのは鍛錬だけだった。

夢も見ずに眠りたかった。緊張をほぐすのに必要な休息を願った。
それが永遠の安らかな眠りになる可能性はきわめて高いのだが。

そのとき、銃声が聞こえた。
美希はたったいま吹き寄せたとおぼしい冷気を、必死で振り払った。

「野中ちゃん!?」真莉愛が懐中電灯を照らしながら駆け寄ってきた。
次の瞬間、真っ暗闇と低い物音が、右手の森の奥、鼓膜が破れそうな爆発音に取って代わられた。

45名無し募集中。。。:2015/10/27(火) 23:25:50
美希と真莉愛は、小走りに近づいてくる足音を聞いた。
ふたりはぴたりと動きを止めて、音の源のほうを振り返った。
かすかな月の光で、拳銃を構えた人影だと分かった。

降り注ぐ超現実的なブルーがかった月光の輝きに、その人影はゆらめきを見せていた。
左手に38口径の短銃身のリボルバーを持っている。
「動かないで」

「さ…佐藤さん?…」声で佐藤優樹だと分かった。
真莉愛が思わず懐中電灯をまともに向けた。
「野中ちゃん…牧野ちゃん?かな」拳銃を突きつけたままだったが、声音はいくらか和らいだ。

優樹はコンバット・ギア一式の迷彩服を身につけ、弾薬ケースをずらりとベルトにぶら下げていた。
マチェーテと呼ばれるジャングル刀を左の腿に縛りつけている。
おまけに一般支給装備の胸部縛帯の背中に、新月刀とM1カービン銃を交差させる形で背負っていた。

美希と真莉愛が息を飲んだのは、優樹の髪から湯気が立ち、蛇口から水が漏れるみたいにあごから血が滴っていたからだ。
「…佐藤さん…大丈夫ですか?」真莉愛が震える声で尋ねた。
「え?何が?」優樹は当惑した顔で答えた。

美希は戦慄して、理解した。
誰かの血を頭から浴びている。さっきの銃声と爆発音。
「…佐藤さんの血じゃない」

「わ!」手の甲で血を拭いて、ようやく優樹は自分が血の飛沫を浴びていたことに気づいた。
「水筒持ってる?」優樹が訊いた。
「は、はい」「貸して��」真莉愛から水筒を受け取り、ばしゃばしゃと顔を洗った。

「まったくもう。自爆なんかされてさ。まーも危なかったんだよ」
美希と真莉愛には何のことだか分からなかった。
「そ、そうですか…」「大変…でしたね」とりあえず先輩の話には合わせなければならない。

46名無し募集中。。。:2015/10/28(水) 11:05:24
フルアーまーちゃんか…全部戦利品だとしたからどれだけ倒してきたのか…

47名無し募集中。。。:2015/10/29(木) 20:01:02
そろそろ夜明けも近くなり、ブルー・ブラックの空に、ほんのちょっと明るみが射してきた。
夜の闇が高ぶらせた妄想も、朝の光の中で平静に戻っていく。

高木紗友希は、苔が踏みしだかれている跡に目をつけた。
ベレッタを抜いた。押し潰された茨の藪を乗り越えたとき、赤い血だまりを見つけた。
飢えた蠅が食事を求めて集まっていた。

相川茉穂だった。首を切り落とされかけている。喉を切り裂かれていた。
紗友希は、さっき食べたバナナが胃から食道へ戻ってくるのを感じた。

その次に見つけた死体は、誰なのか分からなかった。
首も上半身も残っていなかったからだ。
葡萄を押し潰したように腱や血や骨が激しく飛び散っていた。
さすがに紗友希も、むかつきを抑えるために、口を押さえて指を噛んだ。

しゃがみこんでいた紗友希は、やがて切れたチェーンについている認識票を手に立ち上がった。
刻みこまれた名前を見た紗友希の表情は暗くなった。こめかみがぴくりと動いた。

「とも…」あの女の血管には氷水が流れていると思っていたが、こうして赤い血が流れていたとはね…。
朋子は後ろに目があるような女だった。不意打ちすることは不可能に思えた。
待ち伏せに遇ったと考えることすら、いまは亡き同僚への侮辱だった。
懐疑で眉をしかめながらも紗友希はつぶやいた。「やり手だ…」

紗友希は、空気を嗅ぎ、周囲の環境全てを丹念に見てとっていた。
追われている…。兆候があるわけではないが、頭の奥をしつこく刺激された。
スナイパーがいる。危険を感知したが遅かった。遅すぎた。

紗友希は坑弾ベストを着ていた。拳銃弾の阻止には効果的に役立つが、ライフルの口径の銃弾には無力だ。
銃弾は胸の真ん中に当たった。空が落ちてくるように感じられた。
後頭部を激しく地面に打ちつけ、すべてが静かになった。

48名無し募集中。。。:2015/10/29(木) 21:44:32
譜久村聖は大きなドラグノフ・スナイパー・ライフルを胸に抱えていた。
倒れている紗友希を注意深く見る。仰向けで、その身体のまわりに血が広がっていた。

近寄ってみると、まだ息があった。拳銃はすぐ脇にあったが、手を伸ばす素振りは見せなかった。

突き刺すような眼差しには、瀕死にも関わらず、獰猛な敵意が認められた。
フェアな戦いではないということは、認めていた。
だが、聖はスナイパーであるし、そもそもフェアな戦いなど聖の流儀ではなかった。

聖はベレッタを拾い、遊底被を2センチ引いて、弾薬が装填されていることを確かめた。
「ありがとう」

紗友希の唇が動いていたが、肺の空気が足りなかった。
しゃべることも、命乞いすることもできなかった。
何か言いたいの?聖はしばし考えた。
しかし、いずれにしろ重苦しい結末を迎えようとしている。
紗友希の首がゆっくりと片側に折れた。

聖はベレッタのグリップをベルトに引っかけて、腰の後ろに挟んだ。
深紅の弧を踏まないように気をつけながら、紗友希のポケットを調べた。

予備の弾薬、何枚かのチューインガム。
聖は1枚のガムの包み紙をむき、折り畳んで口に入れた。ペパーミントだった。
「ありがとう」

称賛の意を示した聖に、筋肉が痙攣でもしたのか、紗友希の死体が急にびくりと動いた。

聖は立ち上がり、別の隠れ場所を探そうかと考えた。
排水溝か涸れ谷を見つけて、堆積物や土で身体を覆い、獲物を待つ。
空腹や虫刺されや尿意は我慢する。さぞかし不快だろう。

聖は考え直した。狙撃者から急襲者へ。手口を変えるのも悪くない。
それに、聖に言わせれば、最大の防御は攻撃だ。

49名無し募集中。。。:2015/10/30(金) 19:52:57
亜佑美はショットガンの銃身に添えた左手に力をこめた。
“獲物”との間はほどよく見通しが利き、腰ほどの高さの草木も生い茂っている。
身を潜めるには好都合だし、この距離ならば仕留められる。
亜佑美は、狙いを定めた引き金を絞った。

「すごい!丸焼きにしたら食べるのに1週間かかりそうです」
雌鹿だった。さくらは躊躇することなく、その鹿の肛門にナイフを沈めた。
てきぱきと切り捌いた。サーロインと腰肉、それに脊椎の下にある小さなフィレ肉も摘出した。

亜佑美は思わず感嘆しながら、その様子を眺めていた。
切開の仕方も迷いがない。まったく無駄がないのだ。
「なんでも手際がいいのね、あんたは」

亜佑美とさくら、そして春水の3人は、新たな隠れ家にしたちっぽけな小屋に戻った。
ひと間の小屋に3つある窓には、内側から板が打ちつけてある。
まわりの松も自由気ままに、小屋の際まで生い茂っていた。

亜佑美たちは、壁や屋根板を調べながら、さらに小屋のまわりを進み、正面に戻った。
安全だと納得がいくと、中に入って“戦利品”を置いた。

膝くらいの高さのずんぐりした石炭火鉢に火を入れた。
ゲーム開始以来の豪勢な食事だった。肉汁の焼ける音がした。

ステーキを楽しんだら、亜佑美は眠気に襲われた。
昨夜は寝ずの番をしていたのだから、当然ではあった。
「石田さん、休んでください。見張ってますから」

亜佑美は床に寝袋を敷いて、仰向けになり、ナイフをすぐそばに置いてから潜りこんだ。
2時間睡眠をとれば、また長い1日を切り抜けられるはずだ。
寝心地のいいベッドで8時間通してたっぷり寝ないと全力で戦えないようでは、とっくに死んでいた。

亜佑美は夢も見ずに眠っていた。
深く、安らかな眠りだった。ほんのつかの間ではあったが。

寝足りないとは思いつつも、亜佑美は目を覚ました。
寝足りないくらいで目覚めるほうが、まったく目を覚まさなくなるよりはるかにましだ。

50名無し募集中。。。:2015/10/30(金) 21:10:24
亜佑美が化学処理式トイレから出てくると、さくらが上半身裸になっていた。
春水が、さくらの肩の銃創に滅菌ガーゼと圧迫包帯を巻いていた。

痛みを少しでも和らげるために、包帯を精いっぱいきつく巻いた。
「大丈夫ですか?」春水が心配そうに訊いた。
思っていたよりもずっと楽に肩を動かせると分かった。
さくらは、服の上から包帯を確かめながら言った。
「いい感じよ。ほとんど痛くない」

さくらの言葉に春水は嬉しそうな顔をした。
「うちら、もうなかなかのチームになってますね」
同意を求めるように、春水は亜佑美に顔を向けた。

寝起きで機嫌が悪かったのもあるが、何かが癪にさわった。
「そこまでにしといて」亜佑美はぶっきらぼうに言った。
さくらと春水に視線を戻した。「あたしたちはチームじゃない」

ゲームの趣旨を考えれば、間違いのない答えだった。
春水はうなだれて、足をもじもじと動かした。
亜佑美は、ばつが悪くなった。気づかれる前に、目を背けた。

「じゃあ、何なんですか?」泣きそうな春水を見かねて、さくらが助け船を出した。
亜佑美はしばらく自分たちの関係を表す言葉を考えていたが、思いつかず、肩をすくめた。

「勘違いしちゃいけないってこと。あんたたちと協力するのは、あんたたちがあたしの力を必要としてるから。
あたしがあんたたちに協力してるのは、当面、あんたたちがあたしの役に立つからよ」
亜佑美は、彼女らが必要だとは、あえて言わなかった。

「役に立たなくなったらどうなるんですか?」
さくらの口調は穏やかだったが、その目は微妙に挑発の色合いを示していた。
なかば自分に向けて言っているようでもあった。
さくらは、ショットガンに意味ありげな眼差しを向けた。

なかなか訊けることではない。
亜佑美は言った。「やっと根性というものが分かってきたみたいね」
さくらも負けていなかった。「やっとユーモアが分かってきたみたいですね」

春水は、この言葉のフェンシングに戸惑った。
喧嘩をしているようで、険悪でもなく、面白がっているようにすら思えた。
春水は合点した。そうか、これが例のビジネス…。
いいコンビやな。笑い声はなかったが、ちょっと頬が緩んだ。

あの子ら、どこにいてるんかな…。春水は同期のことを考え、歯を噛みしめた。

51名無し募集中。。。:2015/10/31(土) 14:21:38
シリアスなだーさくも良いね…こんな状況なのにニヤニヤしちゃうw

52名無し募集中。。。:2015/10/31(土) 19:59:16
美希と真莉愛が持っていた調理済み糧食を、優樹は60秒で食べ終えた。
なるべく痛みを感じない方法で殺してあげよう。
同じグループの仲間でもあるし、食べ物もくれたのだ。
彼女らは、それくらいの計らいに値するだけのことはした。

弾薬の節約にはならないが、後頭部を撃ち抜くのがいちばんいいだろう。
優樹はホルスターからリボルバーを抜いた。

2対1ではあるが、奇襲、速度、激烈な攻撃の組み合わせがあれば、優位は得られる。

美希は、背後に接近してきた優樹に気づいた。
間違いない。美希の勘は、これが脅威だと識別した。
行動に移る潮時だと知った。

2発を胸に、3発目は額にとどめの弾丸を撃ちこまなければならなかった。
優樹は、倒れている美希を感心して瞠目した。
優樹の胸には、美希の小刀が引き裂いた長い傷が口を開けていた。

おかげで、真莉愛には逃げられてしまった。
美希の戦闘の技量を、一段階低く見積もってしまった自分に甘さがあった。
いや、そもそも妙な情けをかけたところが間違いだった。
胸の傷が大きく開いて、優樹の股から両脚の内側に血がだらだらと流れ落ちた。
よろよろと膝をつき、優樹は地面にくずおれた。

真莉愛は全力で走った。勢い余って転び、強かに顔を地面に打ちつけた。
低い喘鳴とともに、血の混じった泡が口から出た。
頭脳がまだ、周囲の状況を把握しきれていない。

鼓膜が裂けそうな銃声。
“まりあちゃん!!逃げて!走って!!”美希の叫び声。
真莉愛の目に涙が浮かんだ。全身にみなぎる恐怖で、心臓が破裂するかと思えた。

すると突然、真莉愛が膝をついた地面が崩れだした。
空が見えなくなり、暑く繁った木の葉に全身をこすられ、枝に叩かれながら空中を落下していた。

真莉愛がいた場所は谷川の上に張りだした崖っぷちで、樹の根と苔に覆われていたため、それと分からなかった。
かなりの深さにわたって下の土が崩れ落ちて支えがなくなり、脆弱な表層だけが残っていたのだった。

53名無し募集中。。。:2015/10/31(土) 21:23:18
高いモミの樹の枝にぶつかり、真莉愛は息が詰まった。
さらにいくつかの、天蓋のように重なり合った木々の梢に叩きつけられた。
真莉愛は、なんとか枝に掴まって落下を食い止めようと苦闘した。

ついに、大きな下枝の根本に溜まった厚い枝葉や苔の堆積の上に引っかかった。
全身を打撲して、ほとんど気を失いかけていた。

頭がふらふらして、視界が霞んだが、堅く頑丈な枝を掴むつもりでもがいた。
その途端、また支えが滑り落ち、真莉愛は下の谷川の激流に投げ出された。

激しい水流。水を吸って重くなった衣服とブーツに逆らって浮き上がるのは、不可能だった。
大きな底流に巻きこまれ、暗い水中を流されているうちに、意識が遠のいた。

真莉愛は、半昏睡状態に陥りながら、幻を見ていた。
このまま溺れ死ぬ…。嫌だ、嫌だ、嫌だ。生存本能が戻った。

真莉愛は身体をまるめて片方のブーツ、そしてもうひとつと紐を解いた。
一回転して水底の岩を蹴りつけ、ブーツを脱ぎ捨てた。
その減量で真莉愛の身体は、水面に浮かび上がった。
重苦しく身体にへばりつく迷彩服も脱ぎ捨てて身軽になった。

どうにか水を掻きながら、岸に向かおうと一心不乱だった。
だが、泳ぎ着く前に、気まぐれな水流に弄ばれた。
岸とは逆方向に吸い寄せられ、高さ30メートルの滝壺に落ち、底に引きこまれた。

滝壺の底で、瀑布の響きの中に上下の位置感覚をなくした。
自分がどこにいるのか、水面に出るにはどっちへ行けばいいのか。
真莉愛はパニック状態になっていた。

その時、ひとかきが真莉愛を別の流れに運んで、幸運にも息が切れる寸前に水面に顔を出せた。
完全に力は尽きかけていた。真莉愛は最後の力を振り絞り、浅瀬に着いた。

川岸に淀んでいる泥と腐敗した植物の堆積に頭から倒れこんだ。
奮い起こせるだけの力はもうなかった。立てない。

人の声が微かに聞こえた。真莉愛の身体は、強烈な衝撃に直面したときの対処法を実行した。
一時的に機能を遮断したのだ。真莉愛は気を失った。

54名無し募集中。。。:2015/11/01(日) 13:32:17
水晶のように澄んだ水柱が立ち、黒い影が水面を破った。
強い流れがあっという間に鏡のような川面を取り戻したときには、その影は消えていた。

「あれは…」朱音は背筋をぴんと伸ばし、厳しい表情を浮かべた。
人影だったように見えた。
朱音は耳を澄まし、息を整え、感情を抑えようとしていた。
緊張を解かないように、傾斜を駆け登っていた。

朱音は注意力を鋭くしながら、その人影を離れたところからじっと見守った。
昂然と最後の力を振り絞り、弱った腕で川縁から上がった姿を見て、朱音は確信を強めた。
「まりあちゃん」朱音は思わず叫んでいた。

膝を少し持ちあげて、両腕を斜めに伸ばし、仰向けに横たわっていた。
這おうとしたのか、あるいは一瞬立ちあがったが、腕と脚の力が抜けたのかもしれない。

真莉愛はまったく動かず、物音もたてていなかった。
朱音は怯えながらも、そっと真莉愛に近寄った。
胸が微かに上下している。首に手を当てると、脈があった。

「まりあちゃん、まりあちゃん」
ショックのせいで幻覚を見ているのかと、真莉愛は思った。
今度は怒鳴り声が聞こえた。「まりあちゃん!!しっかりして!」
真莉愛は、目に映るぼやけた姿にのろのろと話しかけた。
「まりあ、とっても死にそうなんです…」

「は…羽賀ちゃん?…」
朱音は、どうにか真莉愛を抱き起こして立ちあがらせた。
よろよろと進む真莉愛の脇に素早く頭を入れて、身体を支えた。
「は…羽賀ちゃん…なの?…」
真莉愛は同じことを訊いた。

「しっかりして」朱音が鋭くささやいた。
自分が一歩ごとに朱音にどんどん体重をあずけていることに、真莉愛は気づいた。

55名無し募集中。。。:2015/11/01(日) 15:25:08
ようやくのことで隠れ家の小屋にたどり着くと、真莉愛は意気阻喪してがくんと頭を垂れた。

朱音は長い溜め息を漏らして、真莉愛の身体をそっと横たえた。
気を失っている真莉愛の頭を持ちあげて、クッションを敷いた。

ぐしょ濡れの服を脱がせて、朱音は気後れと戦いながら、真莉愛の頭から爪先まで調べた。
血管の断裂や下肢が不自由になるような損傷はなかった。
あちこち怪我をしてはいるが、心配は要らないだろう。
数日、あるいは数週間、ずきずき痛むのを気にしなければいいだけだ。
生きていられればの話だが。

朱音はランタンに火を入れた。
その暗い灯りの熱だけが、暖房の代わりだった。

パンク修理キット――救急用品セット――で精いっぱいの傷の手当てをした。
傷を消毒薬で洗い、冷たいゼリーをチューブから押し出して、化学反応を起こさせる。
数秒後、真っ白い湿布ができた。
こわばって腫れている左手首にそれを巻きつけ、圧迫ガーゼで固定した。
これで、腫れがひどくなるのを抑えられるだろう。

乾燥してカビ臭い物置から、朱音が戻ってきた。
厚いウールの毛布を手に持っていた。
動物の小便の臭いがしたが、真莉愛の身体は冷たかったので仕方ない。
朱音は真莉愛に毛布をかけて、外の様子を見に出ていった。

真莉愛は大きく目を瞠った。なかなか起きあがれなかった。
鈍い動きでようやく上半身を起こすと、周囲の状況を見てとった。
「こ…これ…ここは…」

そのとき、かがんでいる人影が大きく見えた。「大丈夫?まりあちゃん」
思い出した。のろのろと記憶が戻った。
真莉愛は、自分の身体を見おろした。
「は、羽賀ちゃん…が…し、してくれたの?…」

「応急手当だけだよ」朱音が答えた。
「川を流されてきたみたいだけど…何があったの?」今度は朱音が訊いた。

そうだ。また思い出した。どこかから落ちて、川に…。
逃げて、走って、落ちたんだ…。
遠くを見る目になっていた真莉愛が過呼吸になった。
優樹と美希の、熾烈で残虐な暴力がはっきりと脳裏によみがえった。

真莉愛は目眩と吐き気に襲われた。
胆汁を吐き、何も出てこないままゲエゲエと身をよじった。

朱音が真莉愛を抱き締めた。
動揺しながらも、真莉愛も朱音を必死で抱き締めた。
まるで、お互いが別の世界に漂いださないための碇の役目を果たしているかのように。

ぎこちないハグをしながら、いつしかふたりとも大声をあげて泣いていた。
「都合が悪いときに、来合わせたかな?」
後ろから声が聞こえた。

56名無し募集中。。。:2015/11/01(日) 19:48:25
長く感じられる一瞬に互いを見つめていた。
譜久村聖に分があった。腕を伸ばして発砲した。
ベレッタの銃弾は、ターゲットの胸と腹に命中した。
植村あかりは、衝撃で後ろに転がり、派手に倒れた。

あかりの耳に、静寂の空気を裂いた銃声が届いたときには遅かった。
拳銃を抜こうとしたが、手遅れだった。
胃のあたりと胸骨の2センチほど下に命中した。

あかりはショックと痛みに耐えながら、じっと横たわっていた。
ケブラー防弾ベストのおかげで、殴られた程度の痛みだった。
急いで近づいてくる足音を聞きながら、できる限り息を浅くした。

聖は、あかりの腰のあたりを靴で突ついた。
ボディー・アーマーを身につけていることが分かったときには、あかりの蹴りに突き飛ばされていた。

あかりは聖が立ち直る前に、左手で聖の左手首をつかんで、拳銃ごと地面に押しつけた。
右肘を聖の顔に打ちつけた。頬骨に命中した肘が横っ面をえぐる感触を得た。

反撃を受け、腹部に拳を何発も食らった。
深刻なダメージこそないものの、それでも痛かった。
あかりは顔を歪めて、肘打ちで応じたが、まともに当たらなかった。
聖は首を巧みに左右に振り、とらえにくかった。

あかりは、聖の手首を放して両手で両肩をつかみ、膝を突き上げた。
聖は顔を歪めたが、戦意を消失させるほどの衝撃を神経末端に与えることはできなかった。

聖の額が、あかりの顔面に打ちつけられた。
衝撃で星が見えた。よろめいたが、なんとか踏みとどまった。
銃口が向けられる前に、ベレッタと聖の手をつかんだ。

まだ頭がくらくらしている隙に、銃口があかりの頬にぎりぎりと突きつけられた。
バン。危ないところで、あかりはどうにか顔を逸らした。
ベレッタのスライドが音をたてて後ろに下がり、最後の空薬莢が地面に落ちた。

叫び声と同時に、聖が身体を投げ出すようにして強引に前に出た。
あかりはバランスを崩して押しこまれ、聖にのしかかられた。

57名無し募集中。。。:2015/11/01(日) 21:00:14
あかりは素早く身体をよじって抵抗し、左腕を力ずくで聖の首に巻きつけた。
そのまま腕を聖の首の後ろに通し、肘の内側で首を強く挟んだ。

そして、左手を右肘にかけてしっかり固定すると、ぐいと右に引き、背中を地面につけた。
聖と並ぶように倒れると、あかりの腕も動きに連動した。
右前腕の端が聖の咽喉の上にがっちりと固定された。

あかりは全力で締め上げた。ふたりとも呻き声を漏らしながら暴れた。
左右の頸動脈が遮られ、聖はいっそう激しく暴れた。
あかりの固めた腹に肘を打ちつけたり、目を潰そうとしてきた。

気絶するまでの10秒間で、この絞め技から逃れられないことは悟っているらしく、腕は狙わなかった。
あかりが自分から放すように仕向けるしか脱出の方法はない。
もちろん、そうするわけにはいかない。

聖の身体から力が抜けたあとも、あかりは60秒間絞め続けた。
脳への血流を止めて、気絶から死へと確実に追いやった。

あかりは立ち上がり、聖の死体から離れるとき、落ちていたリボルバーが爪先に触れた。
これほど近くにあったのなら、これを拾って、手間をかけずに済んだかもしれない。

何度も肘や拳を食らって腹部と腰がずきずきしていた。
だが、せいぜいその程度だ。

ボディー・アーマーにめりこんだ銃弾を探った。
内側にも手を入れて、出血がないか確認した。
弾丸は貫通していなかった。

自分のほうが素早く、練度が高く、冷血であるとはいえ、聖の死体を見ながらあかりは考えた。
自分の激しい鼓動がいまも全身に血をめぐらしている理由は…。

ついていた。ついているのはいいことに違いない。
しかし、つきは瞬時に変わる。幸運などというものは、逃げ足が速く、浮気性だ。

あかりは血と下唇の一部を、ぺっと吐き出した。
脅威はないかと、素早く状況評価を行った。
激しい格闘と、胃酸の逆流で倒れそうに気分が悪い。

敵に近づく機会を与えることにはなるが、休む必要を感じた。
肉体だけでなく、思考の働きも鈍っている。
休める場所を探すため、あかりはゆっくりと歩きだした。

58名無し募集中。。。:2015/11/03(火) 14:45:08
春水の目に映るその姿は、まぶしすぎる太陽のせいでぼやけていた。
目を細くして光を避けると、黒ずくめで顔を覆った人影だと分かった。
きびきびとこちらに向かってくる人影の手には、銃身の短い武器を構えているのが見えた。

「石田さん!小田さん!」
脅威があることを察した春水の瞳孔は拡大した。

危険の兆候の動きを見てとった亜佑美が、さっと身を引き、ショットガンに手を伸ばした。
自動火器の掃射音が突き抜けてきた。
銃弾が小屋の壁や床に当たり、木片、漆喰、埃を宙に舞いあげた。

「はーちん!伏せて!!」さくらが叫んだが、遅かった。
連射された弾丸がミシン目を打ち、木片を勢いよく飛び散らせた。
そして、春水の両脚と背中に突き刺さった。

「尾形ちゃん!」「はーちん!」
春水が横向きに倒れて、床の上でのたうった。
死の激痛は、始まった途端に終わった。

続けざまに、高発射速度のサブマシンガンの短い連射が放たれた。
攻撃を防ごうにも、こんな小屋は貧弱な楯でしかない。
なんら身を守ることはできない。

「くそ!」亜佑美は身を隠せるところはないかと、懸命にあたりを見回した。
撃たれる前にたどり着けそうなところはない。
まぐれで当たってくれと祈りながら、向き直ってショットガンを撃った。

マシンガンの反撃の咆哮があがった。
さくらは両手両膝をつき、頭をさげて這いながら、春水を射線から離そうと引っ張った。

さまざまな思いが脳裏に押し寄せてきた。
だが、まだ感傷的になってはいられない。
さらに多くの銃弾がさくらの頭上を飛んでいった。
壁に当たって漆喰の白い煙が立ちのぼった。

亜佑美は敵の位置を確認しようと陰から顔を出した。
汗ばむ手でしっかりショットガンを構える。
影が見えた。急いで腕だけを伸ばして2発撃った。
まもなく銃弾が飛んできた。亜佑美はすぐさま頭を引っこめた。

的をとらえた確率はおそらく低いが、マシンガンの銃撃が止まったのを見ると、
それほどひどい狙いでもなかったらしい。
直後に銃弾が降り注いできた。亜佑美の脚に命中した。

「あう!」亜佑美があまりの痛みにうめいた。
左ふくらはぎのあたりが、弾に肉をえぐられ赤く染まっていた。
「石田さん!」9ミリ弾の弾幕が返ってくると、さくらは陰に隠れるしかなかった。

「石田さん!ショットガンをこっちに滑らせて!」
手が血塗れになっている亜佑美が、12番径のショット・シェルを口にくわえて素早く装弾した。
さくらに向けて床の上を滑らせた。滑るのは慣れている。
さくらがそれをつかみ、また陰に隠れた。

無駄にできる弾薬はない。襲撃者に近づきたいが、飛び出せば、鉛の雨を浴びることになる。
完全に身動きがとれなくなっているのも分かった。

だが、退路が遮断されたからには、前に進むしかない。
さくらは筋肉を張りつめ、歯を食いしばり、全速力で宙に躍り出た。

59名無し募集中。。。:2015/11/03(火) 17:39:16
水が流れるような音が聞こえ、亜佑美はそちらに目を向けた。
ポリタンクに銃弾が風穴を開けていた。
ディーゼル油がどぼどぼと流れているのが分かった。

化学の知識は人並みにしかないが、引火点はガソリンより高く、はるかに引火しにくいことは知っていた。
マッチでも火はつかない。
だが、すぐ横に油溜まりがあると、そんなことは気休めにはならなかった。

走って逃げたかったが、背中に弾を食らって死ぬ。
ましてや、この脚では敏捷には動けない。
亜佑美は、恐怖と苦痛とで背筋が寒くなった。

「小田!?」飛び出していくさくらの姿が視界に入った。
「無茶だって!」亜佑美は叫んだが、さくらはもう駆け出していた。

ばら撒かれた弾丸の1発が、さくらの右腿に食いこんだ。
灼けるような激痛が走ったが、襲撃者にショットガンを向けて撃った。

黒いジャンプスーツを着て、目出し帽をかぶった襲撃者は、宙に持ちあげられ、仰向けに飛ばされた。

弾薬は尽きたが、この至近距離で散弾を食らえば即死する。
さくらは、太腿の銃創の激しい痛みに、地面に転がった。

「小田!小田!」足を引きずりながら、亜佑美がやってきた。
さくらは息を呑んだ。目出し帽の襲撃者がかがむような格好で、立っていた。

亜佑美が、ウージーの床尾で腹を殴られ、膝を折った。続けて頭を殴られた。

苦し気に息を切らしながら、目出し帽を脱ぎ捨てた。光井愛佳だった。
インナータイプの防弾ベストを着けていた。
エネルギーの半分は吸収するかもしれない。だからまだ生きている。
しかし、至近距離の散弾は内臓を損傷させるくらいの威力は残る。
愛佳は血を吐いた。

バランスを崩さないように、よろよろとしていたが、愛佳はふたりから目を離さなかった。
その目はつりあがり、恐怖は微塵もなく、憎悪だけを見せていた。
顔に剣呑なものが刻みこまれていた。

「…ホンマ…頼もしい…後輩やで…」
愛佳は、亜佑美の血に染まった脚をブーツで踏んだ。
歯をむき出して、じわじわと力をこめた。亜佑美は悲鳴をあげた。

さくらは死を悟った。萎縮も命乞いもしないことを示した。
たいした抵抗ではないが、銃弾に撃ち抜かれるまでにできることといえば、それくらいしかない。

カチッ。ウージーの弾倉が空になっていた。
さくらはためらわなかった。地面についていた膝を伸ばして、愛佳の無防備な顔に頭突きを食らわせた。

骨、軟骨、歯が折れ、愛佳は後ろによろめいた。
壁にぶつかって、ディーゼル油が溜まっているところに尻餅をついた。
意識はあるようだが、朦朧としていた。「ぶっ殺したる!」

亜佑美は、愛佳が油で滑りながらもがいている隙に逃げた。
探し物も、その場所も知っていた。
箱の中から、信号紅炎を1本取り出した。

キャップをくわえて、本体を引き離した。点火コードを人差し指にかけて引く。
信号紅炎が点火し、3万カンデラの閃光と熱が溢れ出た。

亜佑美は噴き出す火を、油の溜まりに向けた。
すぐさまディーゼル油が燃えあがり、広がった。
爆発性はないと知ってはいたが、熱気がすぐに押し寄せた。

油にまみれた愛佳は、燃え広がる火炎から遠ざかろうとしたが、手遅れだった。
自分に炎が燃え移っているのを見て、断末魔の叫び声をあげた。

「…生きてる?…」
「…はい…なんとか…」
さくらは呼吸を整えた。眉間にめりこんでいた愛佳の切歯を引き抜いた。

60名無し募集中。。。:2015/11/03(火) 20:53:27
まさか愛佳まで参戦してたなんて!?これからOGも出てくるのか…でもまだ一応ハロプロ所属かw

61名無し募集中。。。:2015/11/08(日) 14:53:28
黒い雲が空を覆いつくしていた。
雨風がたちまち亜佑美とさくらを濡らした。
凍えるような豪雨のなか、小屋から空に向かって広がっていた火と煙はやがて消えた。

まるでマッチ棒でできていたかのように激しく燃えていた愛佳の死体に、亜佑美はろくに目も向けずにシートをかぶせた。
それはなおもくすぶり、焼け焦げたロースト・ポークのような臭いが漂っていた。

さくらは、倒れている春水の首に手を当てた。
潤んだ血走った目で亜佑美を見上げた。
「…しっかりしなさい…まだ終わってないんだから」
亜佑美の声は、紙やすりのようにざらざらしていた。

これだけの銃撃戦ではあるが、亜佑美もさくらもひどい怪我をしていた。
適切な対監視行動など無理だ。
本来なら、素早くこの場を離れるべきだが、その結果、傷口が化膿したり、新たな敵に見つかったりするのはまずい。

とどまるプラスと、移動するマイナスを比べ、ふたりは間に合わせの応急手当に取りかかった。
よほどの理由がない限り外には出たくないような悪天だった。
敵もそう思ってくれることを祈るしかなかった。

亜佑美のふくらはぎも、さくらの太腿も、幸いにしてきれいな貫通銃創だった。
歯を食いしばり、傷口を洗って残滓を落とした。
射入口と射出口に、たっぷりとヨードチンキを注いだ。
消毒剤の軟膏を塗り、きつすぎない程度に、しかし、しっかりと傷口を押さえた。

さくらは、血が染みわたった包帯を取り換え、溝状の傷にグラニュー糖を撒いた。
小屋の不衛生さからして、傷口に病原菌が侵入しているだろう。
糖の抗菌作用がバクテリアを殺すか、侵入を遅らせてくれることを願った。

亜佑美の傷はもっとひどく、縫合しなければならなかった。
「傷口を閉じるには、筋肉に深く刺さないといけません…いいですか?…」
さくらは、先端が鉤状に曲がった縫合針に糸を通しながら訊いた。

亜佑美はうなずいた。苦痛を予測して、すでに涙が出ていた。
消毒薬を傷口に注ぎ、さくらが針を刺した。
鉤状の針が、傷口の下を通ると、新たに出た血が泡のようになった。

亜佑美は悲鳴を押し殺した。涙が止めどなく落ちた。
鋭い針の曲がった先端が、皮膚から出てきた。
さくらは糸のところを持ち、針を上に引きあげた。
縫いながら、ガーゼで血を拭い、消毒薬を注いだ。

さくらは縫合を続けた。「ほとんど終わりです…あとは締めて結束するだけ…」
糸を引くと、傷口が閉じて、出血が完全に止まった。
「これで大丈夫…なはずです…」

亜佑美は目を閉じて、気を失っていた。
さくらは、亜佑美を起こさないようにそっと包帯を巻いた。

傷口を洗浄し、出血も止めたから、ちゃんと治るだろう。
傷跡は残るだろうが、すでにいくつもあるのだから、増えてもたいした違いはない。

疲れた。アドレナリンの酔いが頂点に達し、目を開けているのがつらくなっていた。
さくらは、ショットガンを抱いて、亜佑美に寄り添うようにあぐらをかいて座った。
失血と疲労が意識を曇らせ、五感を鈍らせていた。

62名無し募集中。。。:2015/11/08(日) 17:41:35
黒い戦闘服とタクティカル・ハーネスを着用していた。
手にはワルサーP99を握っている。
その小型拳銃の銃口は、朱音の眉間に向けられていた。

「殺してほしい?」宮本佳林は訊いた。
朱音はどうにか首を振った。真莉愛は目を見開き、口をあんぐりと開けていた。

「どうするつもりですか?…」朱音が訊いた。
こちらはふたり。相手はひとり。
だが、こちらには拳銃はない。
捕食者と獲物との関係は、急に変えられそうもなかった。

佳林は、まばたきひとつせず真莉愛と朱音に顔を向けた。
抵抗されないと高をくくっているようだった。
かすかに笑みを浮かべて、立つようにふたりに片手で指図した。

朱音はいわれたとおりにした。真莉愛も震えながらおずおずと立ちあがった。
佳林に、太股と尻、腰まわりと脇の下をぽんぽんと叩かれる間、朱音はじっと動かなかった。
このボディーチェックは朱音の左手首には近づかなかった。
朱音はほっとしたが、顔に感情はまったく見えなかった。

佳林は、真莉愛を見て、肩をすくめた。
「ボディーチェックは必要ないみたいね」
佳林の言葉は皮肉を帯びていた。真莉愛が着ているのは下着だけだった。

朱音は、目を常に動かし続け、利用できるものを探した。
だが、優劣の差をひっくり返せるようなものはない。
チャンスがあるとすれば、見くびってもらうことだけだ。

佳林は落ち着いてはいるが、気を緩めてはいない。
無性に引き金を引きたそうな顔からして、逃げられる可能性は劇的に低そうだった。

「座りな」佳林が言った。
「立ってるほうがいいんです」朱音が応えた。
佳林が一歩、近寄った。「命令だよ。勧めてるわけじゃない」
「それでも」朱音は言った。「立ってます」

佳林の目がわずかに細くなった。
朱音はうしろの壁に突き飛ばされた。抵抗しなかった。
苦しげな声を漏らしたが、苦しくはなかった。

思惑どおりだ。朱音は、佳林と目を合わせたまま、歩み出た。
この挑発は、パンチになって返ってきた。

パンチは速かったが、ぎこちなかった。
距離が近すぎて、体重を乗せられず、バランスも悪く不自然だった。
朱音は腹を固くしたが、パンチを防ぎはしなかった。
まともに腹に入り、朱音は咳きこんだ。

朱音はそのまま必要もないのに長々と咳きこみ、嗚咽を漏らし続けた。
簡単に服従させられることを、すでに示した。
「そろそろ座る気になった?」佳林が陰険な目つきになった。

視線がふたりを離れた。ほんの一瞬。
真莉愛は身を乗り出して両手をあげ、拳銃をつかんだ。
同時に、朱音は左前腕につけた鞘からナイフを抜いた。

佳林は、拳銃をもぎ取ろうとした真莉愛の腹に銃口を押しつけて発砲した。
「まりあちゃん!」
朱音は、銃口を向けようとしていた佳林の手首をつかみ、その腹を繰り返し突き刺した。

銃声が大きく響いた。弾ははずれ、壁に風穴を穿った。
佳林の顔が苦痛でゆがみ、仰向けに転がった。
銃口が上を向きかけていた拳銃を蹴りあげ、朱音はさらに佳林の側頭部を蹴った。
顔を踏みつける。骨と軟骨がかかとの下でつぶれた。

63名無し募集中。。。:2015/11/08(日) 22:27:09
「まりあちゃん!」
射出銃創から流れ出た血の跡が、床でぎらりと光っていた。
真莉愛がか細いうめき声を漏らした。

「まりあちゃん!」
朱音の頬を伝う涙が光っていた。真莉愛の波打つ長い髪を優しく撫でた。

「…まりあ…死ぬの?…」
真莉愛は訊いたが、答えは分かっていた。
朱音は首を振った。涙が溢れ出た。真莉愛は朱音の手に触れた。

真莉愛は慰めを求めて、朱音の手を握りしめた。
朱音はその手をきつく握り返した。
真莉愛は目を閉じた。朱音は、真莉愛の手に力が入るのを感じ取った。
力が抜けた。「…まりあちゃん?…」真莉愛はまったく動かなかった。

朱音は、歯を鳴らし、唇を真っ青にして、自分の意志ではどうしようもないほど震えていた。
それでも、真莉愛のほっそりした身体をポンチョでくるんでやった。

朱音は、涙を拭き、乱れた髪を目から払いのけた。ゆっくりと立ちあがった。
使える装備はないかと、佳林の死体を調べた。
多用途ベルトを腰に固定し、右太腿に吊るす拳銃のホルスターをつないだ。
左太腿にはナイロン製の弾倉入れを取りつけた。
そこにそれぞれ拳銃と予備弾倉2本を入れた。

強化素材の戦術ニーパッドとエルボーパッドも拝借した。
身体を保護する装備がせっかくあるのに使わないのは感心できない。

どうにか準備を整えた。むごたらしい有り様になっているこの場所から遠ざかりたかった。
朱音は、真莉愛の亡骸に無言で手を置いた。
また涙が出そうになり、顔をそむけた。

深く息を吸ってから、朱音は小屋を出た。
焦燥にかられながら、灰色の濃い霧の中へと歩いていった。

64名無し募集中。。。:2015/12/14(月) 21:56:49
Sisters In Arms 殺戮のオデッセイ

65名無し募集中。。。:2016/01/01(金) 20:23:50
実は書き始めた時に「最初に登場するのは小田ちゃん」「最後に登場するのは鞘師ちゃん」とぼんやり決めていたわけです
それが鞘師ショックでどうにも違和感ある結末になってしまって…
練り直しても練り直しても鞘師ショックが…
とまあ単なる自己弁護なんですけどねw
愚見と駄文に付き合って読んでくれた人 どうもありがとう
またどこかで何か書いたら付き合ってねw

66名無し募集中。。。:2016/01/02(土) 07:29:27
お疲れさ・・・って、えー!!終わっちゃったの?残念だけど鞘師卒業が理由なら仕方ないね…
次回作楽しみにしてます

67名無し募集中。。。:2016/01/17(日) 20:09:56
【プロローグ】

部屋の奥で、男が嘔吐している音が私の耳に届いた。
もうひとりの男が付き添い、身体を支え、手を貸してやっていた。

やがて吐いていた男が、黙ったまま第三の男に駆け寄り、身体から静かな怒りを放った。
「彼女たちには、自分の身に何が起きているのか分からないとおっしゃっていたはずです」
責めるような口調で男が言った。「何も感じることはないと」

第三の男もまた、紙のように白い顔色をしている。
深く息を吸い込み、狼狽している男に向かって言った。
「さっきリードアウトを見ただろう。身体機能の回復は、まだ45パーセントだったはずだ。
ほとんど意識はない。もし、何かを感じたり体験したりしても、それは夢のようなものでしかない。
マニュアルにも書いてあったはずだ。彼女たちは何ひとつ覚えてはいない」

第三の男は、レーザーのメスを、私の胸骨の上に移動させた。
まっすぐ、くっきりとした直線を引くと、胸骨の中心からへそのすぐ上まで、下に向かって切り込みが入った。
最初の切開が終了した。筋膜と筋肉の間、そして肋膜にメスが入れられた。

レーザーのメスが入ると同時に傷口が焼灼されるので、出血は最小限にとどまっている。
切り口もきれいなものだ。

そのときの私は知らなかったのだが、私はわずかな物質から得られた大きな成果だった。
血液のサンプル。骨髄、脾臓、脊髄液から採取された組織。
粉々に成って散財したDNA。菌に冒された細胞。それらから私は生まれた。

吐いていた男が私の近くにやってきた。目をしばたき、私の顔を覗きこんだ。
きれいさっぱり汚れを落とした身体の上に消毒済みの衣服を着て、手術用のバイザーをいじっていた。

「落ちつけよ」介抱していた男がからかうように声をかけた。「汗だくじゃないか」
「……何も感じていない……本当に?」
汗のしずくが、額からバイザーの上に流れ落ちた。

「人間にしか見えない…。皮膚も、血や内臓まであるのに…」
うなり声が出そうになった。
「もちろん、それは全部本物だからな。クローン組織から造られた“生物”ではある」

吐いていた男が言葉をはさんだ。
「記憶の方は?」
「さてと」男が庇護者ぶった口調で言う。「それをいまからやる」

68名無し募集中。。。:2016/01/17(日) 21:06:22
男は麻酔装置に近づき、投薬量を急激に増やした。

「この生物には、連想能力に何らかの欠陥があるんだよ。軽度の自閉症とでも言うのかな」
男は私の体内スキャンに見入りながら言った。

私はこっそりと、拘束器具の強度を試した。
器具はがっちりと固定され、びくともしない。
身体の力を抜いた。もう逃げ出すことはできない。

「驚くかもしれないが、人間として申し分のない理解能力はある」
男は手もとのリードアウトをちらりと見た。
脳の動き。呼吸。心拍数。すべて良好だ。
「準備完了」

吐いていた男が眉をひそめた。
「…記憶を消すんだな」
その男と私は、テレパシーで通じ合っているかのように、目と目を見合わせた。

「脳のこの部分、ここに認知的不協和を起こす。それで“消去”さ」
ふたたび視線が交わされた。
「…殺された“経験”を追体験するということか?…」

「その通りさ。この子が何回殺されたかは、資料に書いてあっただろう」
「…残酷な話だな」
男が横目で私をちらりと見た。苛立っているのが分かる。

「次のゲームに間に合わさなきゃならん。これが我々の仕事さ」
男がプログラムを開始し、作業経過をチェックした。

「さて、始めるよ。一言アドバイスしよう。これから君は“死ぬほど辛い”体験をする。
だが、永遠に続くわけではない。悪い夢みたいなものだ。
今度、目覚めたときには、君は新しい“井上玲音”になっている」
男は無理にこわばった笑みをつくってみせた。

私は、狼が別の狼に挑むように、射るような目で男を見つめた。
男は視線を床に落とした。

次の瞬間、混乱した世界が洪水のように私に押し寄せた。
いや、混乱しているのは、私自身だ。
悲鳴を上げ、死んだ。燃え上がる炎に焼かれた。
銃口が目の前で光った。ぬめぬめした臓物が散らばった…。

「井上玲音、出発しなさい」
目が覚めた私は、まばゆい光の外に放り出された。

69名無し募集中。。。:2016/01/18(月) 12:20:43
というわけで[新章]スタートです
グループ対抗になります
メンバーが殲滅されるか領地を占領されると負けです
イメージとしてはサバゲーを実弾でやってるようなものですね
基本的に同じグループのメンバーは味方ですが「スパイ」がいたり「寝返る」メンバーがいたりいなかったり…
人数の不公平があったりしますがそのあたりは深く考えていませんので悪しからずw

70名無し募集中。。。:2016/01/18(月) 21:45:44
[第1部]

誰もが、5分前の最初の接触以来、敵の顔を見ていなかった。
ひとりひとりが自分だけの小さな、しかし生死に関わる仕事に完全に没頭していた。
より大きな状況を眺めている時間などなかった。

敵は射撃をやめて、木立の背後で態勢を整えていた。
広瀬彩海は最初にそれに気がついた。
必死になってニワトリのように腕を下に動かすことで、ようやくメンバーに射撃をやめさせることができた。

外辺部は不気味なほど静かになった。
戦列に並ぶこぶしファクトリーのメンバーたちは、敵の動きを正確に知ろうと、横目で見たり、耳をそばだてた。

沈黙は大きなM60機関銃で仕事を始めた和田桜子の激しい音によって破られた。
たくましい桜子は機関銃をまるでおもちゃのように持ち上げ、
2脚の銃身支持台に据えると、間断なく発射した。
肩が振動するのに合わせて、ネックレスが胸で踊っていた。

そのときになると、誰もが射撃に参加していた。
桜子は引き金から指を離さずに、横にいた田口夏実を突っついた。

夏実は脇に身を伏せながら、突っつかれた意味を即座に理解した。
夏実は胸にかけてある弾丸のベルトを素早く外して、機関銃に挿入した。

「敵は?どこ?」桜子は夏実が弾薬ベルトを挿入する間にちょっと息をついで叫んだ。
「どこ?どこにいるの?」桜子が繰り返した。

「あそこ!」弾が込められ、いつでも射撃を再開できることを知らせるために夏実は桜子の肩を叩いた。
「あそこだよ!あそこ!」夏実が叫んだ。

死に物狂いの桜子のすぐ右側では、小川麗奈が自分のアサルトライフルの安全弁と格闘していた。
麗奈は慌てていた。発射することも、弾倉を開けることもできなかった。
薬室に弾丸が詰まってしまったのだ。

麗奈は手も足も出ず、完全に無防備になっていた。
他のメンバーのように、やみくもに木立に向かって発射するという儀式に参加できない。
その儀式を通じて自分の弱さをまぎらわせることができなかった。

詰まったライフルをいじくり回していた麗奈は、突然、冷静になった。
手投げ弾を素早く、入念に外した。陽気に微笑みながら、木立に向かって手投げ弾を放った。

そこに敵がいることが直感で分かった。
麗奈は自分がライフルを持っていないことを忘れて、狂ったように木立に匍匐して行った。

71名無し募集中。。。:2016/01/19(火) 20:35:22
「ばか!れなこ!」
黒い地面を腹ばいでじりじり進んでいく麗奈を見つけて、野村みな美は叫んだ。
叫ぶと同時に、風を切って背の高い草むらから飛び出した。

みな美は、視界に入る動くものにほとんど狙いもつけずグレネード・ランチャーを撃ちまくった。
「さこ!右翼を掩護!」彩海が桜子を振り返って叫ぶ。

藤井梨央を後方掩護に残して、浜浦彩乃と井上玲音が突撃した。
獲物を探す虎のように、ふたりは飛んでくる弾丸をかいくぐった。

麗奈とみな美の間近に到着した彩乃と玲音は、麗奈を囲んで隊型を組んだ。
みな美は40ミリ榴弾を詰め替えて、3人で休みなく弾丸を撒き散らした。

敵の姿が目視できた。MP5サブ・マシンガンを持った中島早貴だった。
待ち伏せていたのは℃-uteだった。人数ではこちらが有利だ。
両側を固めれば、挟み撃ちの態勢になれる。

彩海は梨央に叫んだ。「藤丼!武器を持って前進!」
梨央の耳の中は、手投げ弾の衝撃でガンガン鳴っていた。

手投げ弾が爆発音を立て続ける中で、梨央は言い返した。
「もう一度言って!聞こえない!」

桜子は息もつかずに弾を撃ち続けていた。銃身から煙が出てきた。
夏実はプラスチックの瓶から油を注ぎ、銃身が柔らかくなって曲がってしまわないようにしていた。
油は金属に当たると同時に音を立てて蒸発した。
ふたりは排出された真鍮の薬莢と、それをつなぐ灰色の金属の帯の山に囲まれた。

撤退する萩原舞の姿が見えた。再結集するために後退している。
水平に広がっていた砲火が断続的になっていた。
制圧できる。みな美は防衛線にランチャーを撃ち、木々の表面にさざ波を起こした。

みな美が叫んだ。「確保!掩護して!」
しかし、勝利の実感は不意に消し飛んだ。
樹木のどこかに装着されていたクレイモア地雷が鈍い音とともに爆発した。

みな美は胸にベアリングのボールの一斉射撃を浴びた。
背中一面に血が広がる。
「のむさん!のむさん!」麗奈は絶叫した。「のむさん!のむさん!」

72名無し募集中。。。:2016/01/19(火) 22:20:38
彩乃が新しい挿弾子をライフルに叩き込み、逃げ出す敵を阻止するために弾幕を張った。
麗奈はグレネード・ランチャーを拾い上げ、走り去ろうとしていた鈴木愛理を撃った。

榴弾は愛理を直撃して、服も皮膚も炎に包んだ。
すさまじい悲鳴を上げて、愛理はそのまま茂みに跳び込んで転げ回った。
大きな火柱になった愛理は、玲音が放った弾丸に吹き飛ばされた。

「後ろ!」彩乃の警告の叫びに、玲音は素早く伏せた。
発砲しようとしていた岡井千聖に、麗奈がただちにランチャーを発射した。

榴弾が千聖の頭を吹き飛ばした。
玲音が地面に伏せながら1回転してライフルを発射した。
この一弾が千聖の装備していた弾薬に命中し、千聖が爆発した。
千聖はハンバーガーになったあげく、空中に撒き散らされた。

戦闘意欲で発狂寸前の麗奈は、遮蔽物も気にせず敵の火線に身体をさらけ出した。
「戻って!れなこ!だめよ!」
彩乃が喚きながら、必死に麗奈を引きずった。

みな美はクレイモアのワイヤーを引っかけたのではない。
℃-uteチームが撤退するために、遠隔操作で爆発させたのだ。
深追いすれば、地雷に粉砕される。
計画的かつ効果的な待ち伏せ…。

やがて、戦場は死んだように静まり返った。
℃-uteチームは吹き飛ばされたか、ジャングルに逃げたかどちらかだ。

踏み荒らされた茂みに、壊れた人形のようになったみな美が横たえられた。
麗奈はぽかんとだらしなく開けた口からよだれを、目からは涙を流していた。

「ポンチョでくるんであげて」
メンバー全員が虚脱状態だった。
動いているのは、各々の銃から漂う薄青色の硝煙だけだった。

どうにか仮設基地に到着したこぶしファクトリーメンバーは、憔悴していた。
大殺戮現場から少しでも早く遠くに離れたかった。
できる限り迅速に“死”から離れたかったのだ。

みな美を埋葬するために、玲音は屍衣の支度をしていた。
地面に伏せたとき唇を打って血を滲ませていたが、負傷はそれだけだった。
疲労と怒りに焼かれ、咽喉が渇いてもいた。

なぜ、あのルートに℃-uteチームが待ち伏せていたのか…。
周到で綿密な作戦…。

玲音は混乱をきたして頭を振った。
耳のあたりの血管が脈打っているのが分かった。
裏切り者がいる…。

73名無し募集中。。。:2016/01/24(日) 18:15:20
防衛ラインのうち、掩蔽壕のひとつが迫撃砲にやられて砂袋の層の一部がなくなっていた。
彩乃が、掩蔽壕を補強するために鉄条網を設けることを提案した。

砂袋も鉄条網も、敵が本気で攻めてくれば結局のところ役には立たない。
しかし、みな美の死でメンバーはどうしたらよいのか当惑していた。
お互いにぎこちなくなりつつある基地での生活には、忍耐と協力でやっていく作業が必要だった。

新しい蛇腹式の有刺鉄線のカミソリの刃のようなトゲで、鉄線を張っているメンバーたちの手はたちまち切れた。
だが、彼女たちはあえて感情を示そうとはしなかった。

夏実が麗奈に飛びかかったことで、沈黙が破られた。
「あんたがバカな真似するから!」
ぎこちない右フックはそれたが、麗奈は避けようとして有刺鉄線につまずいた。
鉄線が揺れて、歓迎されない訪問者のために仕掛けられていた閃光装置のひとつが燃え上がった。

彩乃がすかさず麗奈と夏実の間に入り、どちらかがもう一度パンチを加えられる前に無言でふたりを分けた。
「あんたのせいでのむさんが!」夏実が怒鳴った。
鼻の穴が広がり、こぶしはなおしっかり固められていた。
いつもの子どもっぽさは消え、ストリート・ファイターの気迫だった。

「落ち着きなよ、たぐっち」
桜子が冷静な態度で言った。
彩乃がふたりを離しておくために、また腕を広げた。
「アタッカーはアタックするのが仕事。のむさんは自分の仕事をした」彩海がその場を収めた。

「ちくしょう!」夏実が声を荒げて言った。
首の血管が浮き上がり、目をひんむいている。
「もう、落ち着きなさいってば」桜子がきっぱりと言った。

「違う!敵襲!」夏実が再び叫んだ。
小火器の射撃が断続的に襲ってきた。
「伏せて!」玲音が大声を出した。
「敵襲よ!」玲音がもう一度叫んだが、麗奈は凍ったようにただ突っ立ったままだった。

「側面に回るのよ!」彩乃が他のメンバーに呼びかけた。
身を低くして走るメンバーたちの胸の上で弾薬帯や認識票がはね上がった。
彼女たちの頭の上を銃弾がびゅんびゅん飛んでいた。

梨央と彩海が、麗奈に身体を屈めさせて先を走った。
銃弾が通った跡に、風が音を立てて巻き上がる。
「肝をつぶす」という言葉を身をもって実感した。

「アンジュルムよ」彩乃が敵の位置を読み取り、見定めた。
今ではRPGも小火器の射撃とともに撃ち込まれてきた。

「武器を持って前進」彩海が場所を示した。
「たんまりと銃撃を見舞ってやるのよ」

「制圧するまで後退はしないよ、はまちゃん」玲音は熱い眼差しで彩乃を見た。
「もちろん」彩乃が厳粛に玲音に向かって言った。
RPGがひゅるひゅると音を立てて通過した。

74名無し募集中。。。:2016/01/24(日) 21:09:27
玲音は手投げ弾のピンを抜いて、フットボールのフォワードパスの要領で投げた。
手投げ弾はアンジュルムメンバーたちの頭上高く弾道を描いて飛び、バウンドして転がった。
息詰まる一瞬が過ぎた。

大音響とともに玲音は走り抜けた。
斜面を駈け降り、銃を構えかけていた和田彩花の真ん前に着地した。
仰天した彩花は銃を振り回して玲音に打ってかかった。

同時に横から田村芽実が鉢合わせせんばかりの勢いで、ナイフを振りかざして斬りつけてきた。
玲音の頬に血が走った。
しかし、玲音は素早い身のこなしで芽実の上半身に片腕を巻きつける。
容赦なく肘の関節をひねり壊した。
そして、発砲してきた彩花の銃弾の盾に使った。

芽実は味方のリーダーの弾丸によって内臓をぶち抜かれた。
すかさず玲音は、驚愕した彩花の顔にサブ・マシンガンを突きつけて吹っ飛ばした。
玲音が手を放すと、芽実は倒れている彩花に重なるように崩折れた。

次の瞬間、佐々木莉佳子が発射した榴弾が、玲音の足下で爆発した。
鋭い破片が玲音のベストに食い込んだ。

「れいれい!?」踏み込んできた彩乃が顔を紅潮させて叫んだ。
彩乃はすさまじい勢いで莉佳子に向けて掃射をくれた。
莉佳子は間一髪でそばの茂みに頭から飛び込んで姿を隠した。

ぎざぎざの金属片が玲音の肩の肉に食い入った。
だが、この危険が迫っている状態で傷の痛みをかまう贅沢は許されない。
玲音は目を細めただけで、彩乃にピース・サインを見せた。

彩乃が莉佳子を追撃しに走ると、玲音は血で染まったカーキ色のシャツの袖を破り捨てた。
近くで桜子の機関銃の発射音が炸裂した。

サブ・マシンガンを構えて、丘の中腹を駈け上った。
目をむいた相川茉穂と顔を突き合わせることになった。
話して解る雰囲気ではなかったので、玲音は茉穂の頭に弾丸を見舞った。

アンジュルムは、こぶしファクトリーの予想外の反撃と、リーダーを失ったことで撤退せざるを得なかった。
苔を踏み散らし、木の枝はへし折るし、お粗末な逃げ方だ。
簡単に突き止められる跡を残して逃げるとは。

茂みをかき分けて玲音は小さな空き地に出た。
その先は険しい崖になっている。
崖の上端は岩棚で、そこからまたジャングルになる。
玲音は崖の際まで近寄り、浅い洞穴を見つけた。
入り口は、苔と泥が覆い被さってほとんど隠れていた。

上方に不自然な動きを感じた玲音は岩の陰に飛び込んだ。
ほぼ同時に、斜めの方角から弾丸の雨が地面に降り注いだ。

そこへ彩海が追いついた。
茂みが尽きるところで、一旦停まって様子を窺っている。
目配せをして、崖の中腹の射手を指差した。
弾丸の雨の最中に飛び出すことのないように。

そのうえで玲音は手招きした。
掩護射撃して敵を怯ませる隙に、走ってこいというサインだった。

玲音は、そのとおり速射で崖の苔を飛び散らせて敵を洞穴に追い込んだ。
彩海は無事に走って岩の陰に這い込んできた。

すぐに彩海は、玲音の裂けて血で汚れたシャツに気がついた。
「れいちゃん、撃たれたの?」
「榴弾がかすったの」玲音は固まった血を平然と眺めて解説した。
「どうでもいいけど、血を流す暇もないのね」

75名無し募集中。。。:2016/05/23(月) 21:19:31
続けて

76名無し募集中。。。:2017/04/05(水) 19:59:41
加賀横山に可能性を感じ始めた

77あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

78名無し募集中。。。:2017/09/20(水) 15:26:10
凄絶なんだけどすごく面白いな
もう書いてくれないんだろうか

79名無し募集中。。。:2018/06/08(金) 20:54:28
鞘師復活か…
続き書こうかな


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板