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【艦これ】潜水艦泊地の一年戦争
444
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/06/01(土) 01:07:14 ID:H/ThIME6
――――――――――――――
ここまで。
ラストスパートに入ります。
あと三分の一くらいかな? 構成次第、悩み中。
最後までお付き合いください。
待て、次回。
445
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/06/01(土) 01:07:35 ID:6WWvDd7I
お疲れ様です。
舞ってる次回
446
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/06/01(土) 08:19:40 ID:LlbYMWvg
乙乙、一気に時間が進んだと思ったら……4人って、4人のことだよな……どうなる次回
447
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/06/04(火) 01:52:11 ID:SfrtCzc6
乙
待つぞ
448
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/06/07(金) 05:13:47 ID:G7YtkRFI
すげーひきこまれる
449
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/06/29(土) 18:39:19 ID:iOuQZPZ6
もしや作中の経過時間に投稿ペースを合わせる高度な仕込みを……?
なんにせよ続き読みたい欲を抑えつつ待機
450
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 18:53:39 ID:mW99/TnI
――――――――
最初は、単なる好奇心と言いますか、深い意味はなかったんです。
赤ヶ崎の性的虐待を調べるに際し、青葉は田丸三佐から頂いた内密のデータは勿論、過去の新聞や雑誌、ネットニュースなどでも情報を探しました。
司令官は水泳の全国大会に出場し、見事優勝したと窺いました。将来を嘱望された、とも。それが潜水艦たちの教官として任命された理由ならば、恐らくあの四人もそうであったのだろうと、ふと思ったのです。
……いろいろ漁ってみたのですが、彼女たち四人の名前は全く出てきませんでした。ただの一度たりとも、です。そういうこともあるのかもしれないと最初は気に留めませんでした。水泳の実力者が、イコールで軍人として有能かは関係ありませんからね。
ですが、名前が引っかからない、それはおかしな話だと思い直したんです。公式の大会の出場選手一覧にさえなかったのは、あまりにも不自然。
司令官、どうですか。あなたはあの四人の履歴を知っているはずです。中学、高校と帰宅部だった――そんな記録にはなっていません。
「……あぁ」
451
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 18:54:53 ID:mW99/TnI
可能性は二つです。大会の記録が間違っているのか、データがおかしいのか。青葉は後者だと思いました。
調べましたよ。あの四人が高校生だった頃の水泳の大会、その選手一覧。名前に頼れないのなら、顔写真しかありません。勿論上位入賞者くらいしか顔なんて載りませんから、一苦労でした。
「……あったのか」
はい、なんとか、ありました。山陰地方の小さな大会で、メドレーリレー、二位。幼かったですが、間違いなく、イムヤさんでした。ただし名前は違うし、イムヤさんは山陰地方になんて住んだはずはなかったはずです。
人違い? いえ、とてもそうは思えませんでした。あんなに瓜二つの他人がいる確率を信ずるくらいなら、入力をミスのほうを疑える程度には。
論より証拠。司令官、確認しますか?
「……いや、いい」
……そうですか、わかりました。
452
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 18:56:58 ID:mW99/TnI
残念ながら、残りの三人については、情報は何も得られませんでした。しかしそれは裏を返せば、そもそも四人とも、「この世に存在しない人間である」ということを証明しています。
たとえどんな不世出の人間であろうとも、司令官、公的な資料にさえ名前が一つも乗らない人間てのは、ありえないんです。
小学校、中学校、高校。入学式、卒業式、その他イベント。あるいは自治体の統計調査。全てが別人だなんて、宇宙人じゃあるまいし。
「……なんのために? そんなことをする理由、なんて」
いくらでもあります。反田丸派の妨害工作の可能性なんて一番高い。でなくとも、息のかかった構成員を送り込んで、有利に事を運びたい陣営もいるでしょう。
司令官、あの四人は嘘にまみれているのですよ。
* * *
453
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 18:58:45 ID:mW99/TnI
* * *
青葉の言ったことを全て鵜呑みにはできなかった。まず、突拍子もなさすぎる話だというのが一つ。経歴を偽ることのメリットが俺にはどうしても理解できなかったのだ。
過去を改竄してどうする? だいたい身辺調査をどうやって潜ったのだ。青葉の論は四人が経歴詐称した前提で進んでいるが、百歩譲って理由をさておいたところで、いまこうして無事に、何事もなく日常が過ぎていることを証明していない。
彼女の言うことを逆手にとれば、そういう青葉こそが俺たちの信頼関係をがたつかせようとしている妨害工作なのではないかとさえ言えるのだ。
「あの四人の過去にはなにもなさすぎます」
青葉は言った。
それでは先ほどの説明の焼き直しではないか。そう反駁しようとした俺の口を、手で制してくる。
454
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 18:59:31 ID:mW99/TnI
「仮に経歴に詐称がなかった場合、です。
艦娘には、普通の子女はなれません。ならない、じゃないんです。なれないんです。深海棲艦の話が絶対に漏れるわけにはいかず、かつ艦娘という存在も秘密裡で、しかしそれでも人手は集めなければならない」
「だから、それは、人事部が、口の堅い奴を」
赤ヶ崎だけの話ではなく? 頭と口が同期しない。俺が本当に尋ねたいのは言葉の裏側にあった。
「もう後がない人間を選んでいるんですよ。それしかない人間を。
たとえば金銭。家族が借金を抱えていたり、稼業が破産寸前だったり、重たい病気の家族がいたり。今後の職を融通してくれるというのもあるでしょうね。足元を見られていたとしても、そのことに気づいていたとしても、飲まなければならない要求はあるものです」
彼女自身、命を狙われて、身を護るために艦娘をやらざるを得なかったように。
「――それか、復讐か」
その言葉に心臓を突き刺された気分になる。脚がにわかに痛みだした。
復讐。怒り。奪われ、喪ったものへ鎮魂歌を捧げる行為。
455
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:01:09 ID:mW99/TnI
「家族を深海棲艦によって奪われた人間は、決して多くは有りませんが、確実に存在します」
あぁ、知っている。知っているさそんなこと。
「艦娘をぱっとやめられちゃ困るわけですよ。だから、やめない人間を――やめることなんて到底できないような人間を選ぶ。選んでいる。それなのに、あの四人の過去にはなにもない。それは理屈にあいません」
「……まだ実験部隊だ。特別扱いというか、その枠組みの中にいないだけじゃないか?」
「……司令官がそうお考えなのでしたら、青葉はなにも言うことはありませんが」
あぁ、くそ。そんな言い方をするんじゃねぇ。
確かに、そうなのだとすればそうなのだろう。青葉の論陣が多少結論ありきの恣意的なものだとしても、指摘された部分に関しては、そういう可能性は、確かにある。
あるさ。あるとも。
あるが、しかし。
しかしだぜ?
456
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:01:53 ID:mW99/TnI
イムヤこと本田美弥は幼少期から東京で過ごし、両親ともに健在で、水泳の関東大会まで出場した。本戦は惜しくもコンマ数秒差の四位でインハイ出場は叶わなかったが、その実力は折り紙つきだった。
ゴーヤこと楠聡子は転勤族の父親と専業主婦の母のもとに生まれ、北は北海道から南は福岡まで、全国を転々と過ごしてきた。大きな大会には出場できなかったが、ずっと水泳はスクールで習っていたという。
ハチこと一条さくらは資産家の一人娘として大事に育てられたが、母親と癌で死別してから、それまで複数かけもっていた習い事を水泳一本に絞った。高校入学当初から、北九州大会のレベルでは上位常連。
イクこと後藤奈々は中学までは飛び込みの選手だった。しかし引っ越しを機に、周囲に飛び込みのできるプールがない環境となり、競泳へと転向した。持ち前の勘の良さですぐに頭角を現し、高3の夏にはインハイ出場経験もある。
……それら全てが嘘だと、俺にそう信じろと?
457
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:04:03 ID:mW99/TnI
青葉曰く、誰一人として有名な選手ではないそうだ。少なくとも情報は見つからなかった。四人が自らのものとしている経歴と、事実には、乖離がある。深い深い海溝が横たわっている。
俺は当然、四人の経歴に対して、裏などとってはいない。それは俺の仕事ではないからだ。書類と事実に食い違いがある場合、普通は書類が間違っているという判断をひとは下すだろう。それが意図的にしろ、過失にしろ。
本当にあの四人が、青葉の言った通り、反田丸派の一員だというのか? それともまるで逆で、青葉こそが俺たちの心をかき乱そうとする裏切り者なのか?
「……」
青葉を見た。彼女もまた、真っ直ぐにこちらを見返してくる。その視線に虚偽や衒いは見受けられない……俺の目が節穴でなければ。
一息つこうとして、思ったよりも大きく、深く、息が出た。長い、長い、吐息。自らの精神的な疲労と戸惑いを初めて知るも、同時に頭は明朗だった。
458
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:04:39 ID:mW99/TnI
体が重い。俺は椅子に背中を預けて、震える、覚束ない手で、ポケットから携帯電話を引き抜く。電話帳からその名を探す。
「……どうか、しましたか?」
問われるが無視する。
心当たりは、大いにあった。
「……もしもし」
「やぁ、久しぶりだね。きみから連絡を寄越すなんて珍しい。どうしたんだい」
「……あの四人の」
「うん?」
「あの四人の経歴について、なにか、知っていることはないか」
「……」
僅かな沈黙のあと、電話の向こうで、「ふむ」と声が聞こえた。
「なるほど。ばれてしまったか」
田丸剛二。
やつは、まるで悪びれもせずに、そう呟く。
459
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:06:07 ID:mW99/TnI
俺はあの四人が敵であるとは思えなかった。そこには当然希望的観測も多大にあったけれど、訓練生時代の数年、そして本格始動してからの数か月を考えれば、彼女たちの行動におかしなところは決して存在しない。
そう。繰り返しの結論になるが、日常は無事に過ぎているのだ。仮にあいつらが敵方だとしても、この現実との差異の説明にはならない。
ならば青葉が敵の一員で、妨害工作を行っているのか? だとしたら、それもまたお粗末な話だ。こんなすぐ調べればわかるような話を以てして、戦力の分断など正気の沙汰ではない。寧ろその事実は青葉への信頼をより増しさえするだろう。
あの四人は敵でなく、青葉もまた敵でない。それでも書類と事実は食い違っていて、だとしたらあの四人は嘘をついており、けれど敵ではなく――それは論理の堂々巡り。
嘘をついている。しかし敵ではない。この要素を同時に満たす解が必要だった。
青葉は言った。艦娘になるには理由が必要だと。俺は、その言説には肯定的であるけれども、全てが正しいとも思えない。というよりは説明が僅かに狭量なのだ。
俺ならばこう言うだろう。「深海棲艦と戦うには」理由が必要だ、と。
460
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:13:10 ID:mW99/TnI
戦いに理由が必要なのは艦娘だけではない。俺もだ。俺もまたそうなのだ。
金であったり、復讐であったり、それ以外の大事なものであったり。
田丸だってそうなのではないか?
あの四人だってそうなのではないか?
もっと言ってしまえば、あの四人は田丸が連れてきたのではなかったか?
経歴の改竄が人事部や田丸の目をすり抜けた可能性が低いのであれば、逆説的に、それは人事部や田丸こそが経歴の改竄を意図的に見過ごしていることの証左になる。
そして何よりも、ありとあらゆる理屈を弄する前に、そもそも俺は田丸を疑うことにしているのだ。
「お前が知らないはずはないだろう」
「いや、困ったね。信頼されたものだ。疑われたものだ、と言ったほうがいいのかな」
「質問に答えろ」
「性急だね。だが、まぁ、誤魔化し続けられるとは思っていなかった。嘘はいずれ露見する。あんな急ごしらえの改竄なんて、所詮間に合わせだ」
461
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:18:35 ID:mW99/TnI
田丸の言葉は余裕で満ちていた。揺らぎはない。常に自信満々で、堂々としていて、事実こんな状況になったとしても、本当に予定の範囲内なのだろう。
あぁそうだ。田丸が心からあいつらの経歴詐称を秘匿したいのであれば、適当にでっちあげたウェブサイトなどを形だけでも準備しておけばよかったのだ。だが、田丸はそうしなかった。なぜか。そうする必要がなかったからだ。
少しの間だけ保たせられればそれでよかった。
理由は、いまの俺にはわからない。
「田丸。どうしてあいつらの経歴を書き換えた。そんなことをして、一体なんの意味がある」
「よくわからない話だね。きみはその意味をわかっていない。ならば、改竄してもしなくても同じようなものだ。それなのに、きみはわざわざ電話してきてまでおれを詰問する。おれはそれが、とても……喜ばしい」
「喜ばしい?」
どういうことだ?
「おれはね、きみ、『誰かのためになら頑張れる』と、そう信じているんだよ。きみは信じてくれないかもしれないがね。いや、事実おれも信じられなかったんだが、どうやら、そうらしい」
462
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:19:58 ID:mW99/TnI
「……お前の話なんてどうだっていい。俺の質問に答えるんだ、田丸」
「答えてあげているじゃないか。だからだよ。おれは別に、復讐が動機となって、原動力となって、そんなきみのことを否定するわけじゃあない。けれどね、それじゃあ大きなことは為せないんだ」
人間は言い訳が得意な生き物だからね。田丸は自嘲気味に呟く。
「ちょっと躓いた時や挫けそうなときに、自分のために生きていると、人間は容易く嘘をつける。失った脚は悔しかろう? でも、それを許容して、前向きに生きることだってできる。あえて良い言い方をすればね。だけど実際はこうさ――『復讐なんて何も生まない』なんてしたり顔で、苦境から逃げようとするだけなんだ。
自分のために生きる人間は、そうやって自分を誤魔化して、辛い現実から逃げたがる。別にそうする人間をおれは十把一絡げに否定はしないが……でもね、きみ、潜水艦娘計画で、おれのプランの中で、そんな人間を置いておけるほど、おれは妥協しぃじゃあない」
463
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:20:36 ID:mW99/TnI
「……俺を選んだのは、あんただ」
「あぁそうさ。言ったろう? 復讐ってこと自体を否定しやしないんだ。否定できる身分じゃあない。おれが言いたいのはね、きみ、復讐心はきっかけであって、最初の一歩を踏み出す力であって、走り続ける活力にはなり得ないということなんだよ」
俺は、……何かを言おうとして、ぐ、と堪えた。言おうとした言葉が自分の中には最早存在すら希薄であることに、いまさら、ようやく、気が付いたのだった。
失った脚の痛みにとって代わる心の暖かさを、俺は知ってしまっていたから。
田丸の言葉を借りるとすれば、俺が走り続けていられるのは、あの四人と、そして青葉がいてくれるからだという側面を、決して無視できなかったから。
「あぁ、確かにきみの察した通り、おれはあの四人の経歴を改竄した。あの四人の境遇は、そりゃあもう酷いものだよ。貧困、家庭崩壊、一家離散、犯罪加害者遺族……それらを脱しようとする力は凄いものだった。
輝かしい人生を希求する度合いが、とにかく群を抜いていた。だからあの四人が、新しい計画に抜擢された」
464
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:21:48 ID:mW99/TnI
あの四人が? 本当に?
俺が見てきた笑顔の裏側を、俺は推察することさえしてこなかった。……少なくとも、出会った当初は。
俺もまた自らの復讐で手いっぱいだった。
「けど、そんな世界でいつまでも暮らしていられると、計画が立ちいかなくなってしまう。想像してもみなよ。あの子たち全員が、止むにやまれぬ事情があって深海棲艦と戦っていると嘗てのきみが知ったなら、きみはどうにでもなれと、どうせ後に退けぬ身だからと、あの子たちを半ば自棄に使ったろう?
あの子たちだってそうだ。きみが失った脚のためにのみ戦っていると知れば、そこに信頼関係は生まれなかった。それでは困る。困るんだよ」
「田丸、お前は」
一体どこまで、遠くを見据えている? 人の心を見透かしたように話す?
465
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:23:10 ID:mW99/TnI
「だからおれがあの子たちに言ったんだ。きみと親密な仲になるようにね」
どうしてそんな的確に、俺が知りたかった、そして知りたくなかったことを伝えてくる?
466
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/06(土) 19:24:17 ID:mW99/TnI
―――――――――――
ここまで
間が空いてしまってすいません。会社が変わり、生活リズムが変わり、執筆の時間がとれませんでした。
慣れるまではのんびり更新になります。ご了承ください。
そして、全部田丸が悪い(二度目)
待て、次回。
467
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/06(土) 20:45:37 ID:u7Iy.kTk
待ってた乙!
人の心が分かる人でなしってタチが悪いんやなって
468
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:05:05 ID:pabx.kI.
苦しい。胸が重い。
心が、とっくに過去へ置き去りにしてきたはずの心が、ずきずきと痛む。
息ができない。溺れてしまいそうだ。このままでは。早く。
どうして。
俺は、泳ぐのは、泳ぐのだけは、得意だったはずなのに。
泳ぐことこそが俺の価値で、俺そのものだったはずなのに。
当然か。今の俺には、脚がないのだから。
あぁ、誰か、誰か、誰か、助けてくれ。
「誰か」と呼ぶにつけ、俺の脳裏には、より燦然と輝きを増す四人の少女たちの姿があった。
全ては嘘で、偽りで、そんな関係だったというのに。
「それをっ!」
酷くヒステリックな声が飛び出て、周囲、喫茶店の客が何事かと俺を見る。
「……どうして今更俺に言う。言うんだ。俺が激昂して、お前のもとを去るとは思わないのか」
469
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:05:45 ID:pabx.kI.
「去らないだろう、きみは。だから言ったじゃあないか。間に合わせだと。
きみと四人が良好な関係を築けていれば、きみも四人も、最早自らの利益では逃げやしないさ。しかもきみは、他の泊地での虐待、その事実を調査中の身だ。後任が下種である可能性は捨てきれないだろう?」
俺の胸中を見透かしたような田丸の声音。ともすればあいつらを人質にとっているかのようにさえ聞こえる。
「……お前は、どうして、なんのために、そこまでして」
俺たちの関係性を無理やりにねじ込んでまで、
「計画を成功に導こうとするんだ」
「どうして? そんなことは決まっているじゃないか」
田丸は心底おかしそうに笑った。
笑って、「復讐だよ」と言った。
「……」
これ以上、話すこともないだろう。寧ろそうであってくれ。そんな気持ちを籠めて通話を切る。
ずっしりとした積乱雲は重なり続け、喉から溢れそうな勢いだった。頭痛がひどい。誰かが脳みその奥底でドラム缶を蹴飛ばし続けている。
470
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:08:46 ID:pabx.kI.
一部始終を聞いていた青葉は、困ったように笑った。辟易しているようにも見える。どんなに飼い主が悪人だとて、人倫を介さぬ人間だとて、餌をくれるうちはありがたい存在だ。俺たちはそうやって生かされている。
田丸の犬。きっとそうなのだろう。やはり、そうなのだろう。
「困ったものです」
その言葉が何に向けたものなのか、誰に向けたものなのか、判然としない。
「……車、運転できますか? 大丈夫ですか?」
「……」
大丈夫などではなかった。しかし、それでも、帰らなければならない。
なぜ? どうして?
あそこには俺を待っている人間などいやしない。いや、違うのか? あいつらは俺を待っていてくれているのか? あいつらはなんなんだ? 俺は、俺たちは、一体……?
真実と虚偽の境界はどこまでも不鮮明で、不明瞭で、まるで溶け合っているようにさえ思えた。座っている椅子、手首の腕時計、首筋を伝う汗、それらまでも田丸が仕組んだという懸念が拭えない。
471
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:09:34 ID:pabx.kI.
なにを善良ぶっているのだ。なにを被害者ぶっているのだ。俺が言う。どこかで醜態を嘲笑っている。はじめたのはお前じゃないか。そうしようと思ってそうしたのだ。それなのに悔やむ、そんなのは無責任というものだ。
俺の影は悪魔のような誹りをぶつけてくるが、悪魔のくせに正論だった。正論しか言わない存在とは悪魔的存在で、故に正論攻めは悪魔的所業に等しい。
許してくれ。なんで、どうして、いまさら、俺にそんなことを言うのだ。確かにあいつらを騙そうとした。恋愛の情に任せれば言うことをきくと思った。どうせ年端もいかぬガキなのだから、大した手間ではないだろうとさえ考えていた。
それでも俺は、今や、あいつらのことを愛しているのだ。途轍もなく大事な存在なのだ。今が良ければそれでいいなんてことをぬかすつもりはないが、過去を顧みての自省に全ての価値を置く必要はないと、ハチが教えてくれたのだ。
誰かの笑顔を見ることが、自分が笑顔になるよりも、ずっと心が暖かくなることを知った。誰かの隣にいる温もりが、孤独に吹きさらされる夜よりも、ずっと脚の痛みを和らげることを知った。全てゴーヤのおかげなのだ。
472
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:10:04 ID:pabx.kI.
あいつらの笑顔は、作り物だった。田丸の指示だ。そうなるべくしてそうなった。俺だけが知らない。滑稽な。なんとも、滑稽な。
だけど、だけれども。
俺の胸には一抹の希望が残っていた。確かに最初はそうだったかもしれない。いや、ここにきて曖昧な言葉を使うのはやめよう。確かに最初はそうだった。俺はあいつらなぞ決して好いてはいなかった。
ところが今はどうだ。人は変わる。少なくとも俺はそうだった。あいつらが変えてくれた。それがよかったのかどうかはどうだっていい。どうでもいいことだろう。
だって俺はいま満ち足りている。
砂上に立つ楼閣が、崩れただなんて続きはない。
音を立てて椅子から立ち上がる。一歩を踏み出す。前払い制がありがたかった。一刻も早く、俺はあの泊地へ戻りたかった。ここまでの気持ちは初めてだった。
473
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:10:36 ID:pabx.kI.
法定速度を二十も三十も超過して、それでも事故を起こさなかったのは奇跡と言っていい。俺は駐車場の白線を跨ぐように止め、車のキー、サイドブレーキさえ今は惜しいと、車を飛び出す。
走る。
泊地の扉を勢いよく開け放つ。
娯楽室に四人はいた。大富豪に興じている。驚いた顔――物音にか、俺の形相にか。
「っ……」
言葉に詰まる。四人を前にして、言おうと決めた言葉はあったのだが、いざ直面してしまえばすぐさま奥へと引っ込んでしまった。こんなところで臆病の虫がちらつくのだ。
「……あ」
イムヤがぞっとした顔をした。
俺と彼女が、同時に息を呑む。
「俺はっ! お前らを、愛している!」
「やめてぇっ!」
474
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:11:19 ID:pabx.kI.
きぃん、と鋭い金切り声が、俺の必死の絶叫を打ち消した。切迫。悲痛。懇願。それは俺が知るイムヤの声ではなかった。俺の知らない少女の声だった。
走ってきたせいか息が上がっている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
鼓動がうるさい。汗が滲む。――本当に走ってきたせいか?
「っ、ひ、っぐ、うぅ、うぇ」
ゴーヤが、自分の顔を手で覆って、嗚咽を漏らす。
イムヤは色の消えた無表情で、すっと立ち上がった。
ハチの手が優しくゴーヤの頭、そして肩に降ろされる。
ゆっくり立ち上がり、イクが俺とゴーヤの中間点に動く。
475
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:13:07 ID:pabx.kI.
「……」
呼吸のペースは戻っても、鼓動と、汗が、戻らない。
「そっか。ばれちゃったんだね」
ぽつりと、イムヤ。
「悪いことは、できないなぁ」
「行きましょう、ゴーヤ」
介添えのハチとともに、ゴーヤは袖口で止め処なく溢れる涙を拭い、拭って、拭い続け、目元を真っ赤に腫らす。
「ひっ、ひっく……うん、うぅ、っ……」
三人が揃って部屋を後にしようとする。俺の頭はいまだに嵐が吹き荒んでいたけれど、思考能力など皆無に等しかったけれど、それでも自然と体は動いた。自分がどうすべきかなど初めからわかっていた。
追いすがる。そうするしかない。
476
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:13:40 ID:pabx.kI.
「待て」
待てよ。待てってば!
待ってくれ!
一歩踏み出したところで、恐らくわかりきっていたのだろう、イクが行く手を阻んだ。堂々と、胸の前で腕を組んで。
「……退け」
退かすことも、可能ではあった。しかしそれは俺の望むことではない。
「やだ」
「イク」
頼む。後生だから。
「何も解決しないのね。この世は信じられないようなことが頻繁に起こるの。そういうのに慣れちゃうとね、信じたいはずのことも信じられなくなっちゃう」
「なにを言ってるんだ」
「イクたちは提督の敵じゃないよーって。騙してたのはごめんなさい。その様子じゃ、田中のおじさんにも話は聞いてるんでしょ?」
田中? 田丸のことか?
477
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:14:30 ID:pabx.kI.
「謝って許してもらおうとは思ってないの。提督さんが許してくれたとしても、ね。田中のおじさんのせいにもしない。話を持ち掛けてきたのはあっちだとしても、決めたのはイクたちだし。……手段も含めて」
田丸は、親密になるように、と四人に言い含めていたらしい。どうやら、イクの言葉を信じる限りでは、本当に文字通りの意味だったようだ。手段は問わずと。
「……それで、それに、俺が頷くとでも?」
「力づくでどうにかできる問題じゃないのね。かといって、愛でもどうしようもない。愛が全てを解決するのは」
「――フィクションの中だけ、か?」
「ううん。違うの。愛が全てを解決するのは、『愛で全てを解決できるような段取りの上』でだけなの」
……今は、違う、と?
俺はそれに頷いて、従わなければならないと?
478
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:15:10 ID:pabx.kI.
「ごめんなさい。迷惑かけて、かけっぱなしで」
イクはそこで踵を返した。たった二歩か、三歩か、それくらいの距離。そもそもゴーヤたちだって自室に戻っただけなのだ。無限などでは決してない。そう思えてしまうのは、あくまで俺の勘違いに過ぎない。
動け、動け、俺の脚よ。なくなったはずの脚よ。今動かずして、なら、なんのためにある!?
扉が閉められる。
テーブルの上、大富豪が途中で投げ出された、トランプの束。渾身の2が、ジョーカーで流されている。
娯楽室の空気は静かで、しんと冷えていて。
笑い声も、楽しかった光景も、全ては過去へと消え失せて。
俺の手の中に残ったものが、僅かにそんな、過去の美しい映像ぽっちだとは、信じたくなかった。
479
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/07(日) 00:15:51 ID:pabx.kI.
――――――――――
ここまで
オリキャラはいくらでも曇らせてよい。古事記にもそう書いてある。
待て、次回。
480
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/07(日) 08:52:35 ID:AqGOe7IQ
乙 待つぞ
481
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/07(日) 09:46:49 ID:8ObLthaM
数時間後に更新くるとか思わんやんけ(歓喜)
一瞬でお互いに全てを察してるの本当に同じ時間を積み上げてきたんだなって
482
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/14(日) 19:40:56 ID:jJprgcDk
おつです
やっと追いついた・・・くそえぐいストーリーになってて心臓ドキドキしてるわ
この話にハッピーエンドはあるのか・・・?
483
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:18:45 ID:lC4hwocw
眼を覚ます。
全てが夢だったらどんなによかっただろうか。そんな有り触れた、使い古された、陳腐な言い回しを、俺は一体人生において何度使ったか知れない。
深海棲艦に襲われたとき。ベッドの上で、脚の喪失に気付いたとき。ゴーヤたちとの生活での幸せと、自責の念に板挟みになっていたとき。
そして、今。
なにより、今。
いつも通りの時間に起きて、着替え、ランニングに出る。泊地に戻り汗を流し、そのまま食堂へ。六人分の朝食をさっと作って、皿に盛り、テーブルへと並べる。
食事を摂りながら今日のスケジュールの確認。赤ヶ崎泊地での演習が午前から入っている。あんまりのんびりとはしていられない。俺は手早くかきこみ、新聞を読んでいる青葉を促した。
すっかり冷めてしまった四人分をゴミ箱へと捨てる。
484
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:19:59 ID:lC4hwocw
既に一週間が経過しても、亀裂がふさがる様子はなかった。それどころか地殻変動のように、より深く、より後戻りのできない破断が起きている気さえする。
「提督」
「ん」
イムヤがぺたぺたとスリッパを鳴らしながら降りてくる。差し出された手に、俺は車の鍵をくれてやった。
赤ヶ崎泊地への演習は、直近二回、あいつらだけでいっていた。対外的には俺の多忙が故、となっている。それで騙しとおせているのかは自信がなかったけれど。
他人からの拒絶がここまで恐ろしいものだということを、俺はここにきてよくよく理解させられた。追いすがった先に突き付けられたノーは、二度、三度と重ねられて、俺の脚を縫いつける楔となっている。
案外時間が癒してくれるのかもしれない。それは敗者の戯言である。わかっている。だが、そんな薄っぺらい未来を信じたくなるほどに、俺とあいつらの距離は開いてしまっていた。
485
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:20:50 ID:lC4hwocw
イムヤとは事務的な会話をするばかりである。お互い、率先してそれ以上のやりとりをしようはしなかったし、なんなら視線さえあわさなかった。
イクは比較的良好な関係を築けている。はずだ。少なくとも、三人の様子はそれとなく教えてくれる。かといって、俺と、特にゴーヤの関係については完全に口を閉じてしまっている。
ハチについてはよくわからなかった。彼女が俺に、何らかのアプローチをかけようとしているらしくはあるのだが、結局こちらまでやってこないのだ。何かを言いたげな顔をして、去って行くばかり。
ゴーヤの姿はあの日以来一度も目にすることはなかった。
きちんと食事は摂っているだろうか。スナック菓子と清涼飲料水ばかり飲んでいやしないだろうか。0時の消灯を厳守しろとは言わないが、夜更かしはしすぎていないだろうか。体調は崩していないだろうか。
笑えているだろうか。
「司令官」
「ん?」
「第五海域のほう、戦力の追加投入が決まったそうですよ。動くならそろそろはじめないと、出遅れます」
「ん……そうだなぁ」
ソファに体を預ける。中古で買ったソファは、中央部分のスプリングが少しだけへたっていた。
486
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:21:48 ID:lC4hwocw
第五海域の攻略は、はっきり言って難航しているようだった。敵の新型、戦艦とも空母とも呼べないごたまぜの何か、奇怪で醜悪な化け物が、とかく猛威を振るっているとのことだった。
さらに、第五海域は全体的に暗礁が多く、かつ孤島が密集しているため、風や波が読みづらい。そのこともまた円滑な運用に支障を来しているらしいのだ。
戦力の逐次投入は愚策と誰もが知っている。この機を逃せば、一枚噛むことは難しいだろう。
しかし。
「お前、こないだの演習のログ、見たか」
「……えぇ、まぁ」
「どうだった」
「……」
「どうだったか、と聞いているんだ。『青葉海士長』」
「……僭越ながら、申し上げますと……酷い、の一言につきます」
「そうだな。はっきり言ってクソだ。なにもできちゃいない。それどころか、できていたはずのことさえグダついている。基礎さえ守れてなきゃ、そら何もできねぇわな」
487
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:23:21 ID:lC4hwocw
直近二回のデータは、それはもう酷いものだった。散々を通り越して、惨憺たる結果である。赤ヶ崎の神通や球磨とも、ようやくなんとか粘れる程度になっていたはずのあいつらは、一体どこへ行ってしまったのか。
それが、俺たちの間の一件に端を発するものなのだということは、想像に難くなかった。
あいつらも苦しんでいるのだろうか。あるいは、苦しみ続けていたのだろうか。そうであったらいいなと思う俺は、他人の不幸を願っていることになるのだろうか。極悪人なのだろうか。
それか、もしかしたら。
もうやる気をなくしているのかもしれない。俺を騙していたことがばれて、良好な関係を築けないままに無駄な一年を過ごしたところで、どうせ潜水艦娘計画は成功しない。必要以上に頑張る必要はない。
いや、しかし、どうだろう。
そんな簡単に諦めるような人間を――青葉も言ったことだ。もう後に退けない人間を選んでいると。悔しいけれど、田丸の選別が大きく外れるとは、俺には思えなかった。
だが、それでも、なんにせよ。
どんな事情があったとしても、いくら田丸が人を見抜く眼識の持ち主だとしても、事実としてあるのは有り得ない落ち込みを見せる数値なのである。このままではまずい。計画はおじゃんだ。
488
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:25:34 ID:lC4hwocw
「あーあ」
青葉が新聞を畳み、俺の隣に座る。
「このまま、青葉、死んじゃうんですかねぇ」
ぽつりと、他人事のように漏らしたその言葉が、なんだか俺は非常にツボに入ってしまった。
「くくっ。暢気なもんだ」
「まぁ、その、なんですか。覚悟はしてましたから。司令官に報告しないという選択だってできたわけですし……」
「そうだな」
それでも青葉は伝えてくれた。なぜ、理由はわからない。きっとそれこそがジャーナリストの矜持なのだろうと感じるが、具体的にはさっぱりだ。
潜水艦娘計画の失敗が即ち青葉の死ではない。だが、絞首台の階段を、二段、三段飛ばしで駆けあがっていくようなものだ。青葉の命は、彼女の立場と、田丸の権力によって守られている。
489
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:26:26 ID:lC4hwocw
「大体あなたがもっとうまくやらないからですよ。大人のくせに、どうして強い心をもってないんですか」
「強い心で職務に臨んだんだよ。だからゴーヤはころっと落ちた」
「手を引っ張られて、あなたも一緒に落っこちた、と」
「違いない」
「もっと踏ん張ってください」
「そりゃあ無理筋ってもんだぞ。俺みたいなおっさんが、あんな天真爛漫さに中てられたら、こうなるのも当たり前だ」
「たとえそれが毒餌だったとしても?」
「まだそうと決まったわけじゃない」
「そんなもんですか」
青葉は嘆息して、
「あーあ。死にたくないなぁ」と呟いた。それがやはりあまりにも他人事のようだったので、俺はどうにも面白くなってしまう。
毒餌と評されたゴーヤの、あるいは四人の態度が、果たして本当に毒であったのかどうかは自信がない。あいつらが田丸の話に乗ったのは、あくまでそこに彼女たちなりの利益があったからだ。金か、あるいは将来か、その両方。
490
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:27:38 ID:lC4hwocw
しかしそれらはどのみち、潜水艦娘計画が成立してこその話である。ならば俺とあいつらは目的を合一にしている。俺を籠絡させるのは――俺があいつらを情愛で絡め取ろうとしたのは、あくまで手段に過ぎない。それは決して目的ではない。
だから、いま、こんな状況を生み出すことは、そもそもが彼女たちの利益に反しているのだ。もっと言えば田丸の利益にさえ反している。
おかしな話だ。
俺はそこに希望の光を見る。
そこに死の暗闇を見ている青葉には申し訳ないが。
俺とあいつらを繋ぐ絆とやらに、一縷の可能性を懸けている。
「ねぇ、司令官」
ぎ、とソファのスプリングが軋んだ。座面の不安定感を嫌ったのか、青葉が少しだけ、こちらへと詰めてくる。
薄紫色の髪の毛が、視界の半分以上を埋め尽くす。
「なんだ」
「ゴーヤさんとハチさん、どっちが本命なんですか?」
「……藪から棒に、どうした」
「いえ。こんな時くらいしか聞く機会もなさそうでしたので」
なぜ俺とハチの関係を知っているのか、そこへの疑問は最早なかった。女性関係について根掘り葉掘り尋ねられるなんて、俺も随分と有名人になったものだった。
491
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:29:27 ID:lC4hwocw
「夜な夜な逢瀬を重ねていることは知っていますが、その経緯を知りませんで。ゴーヤさんとのほうが長いのでしょう? なぜハチさんも? お二人はなんと言っているんですか? イクさんとイムヤさんは抱かないのですか?」
「俺を性豪のように言うな」
「違うのですか?」
「他人のセックスなんて気にしたこともねぇよ」
そんな余裕のある人生など送っていない、という悲しき事実がそこにはあった。
「じゃあ青葉を抱いてみます?」
「は」
喫煙を嗜む人種でなくてよかったと、心底思う。きっと咥え煙草を膝へと落としてしまっていただろうから。
眼がまんまるになっている覚えはあった。目の前の青葉は、悪戯めいた、そうやって本心を隠して生きるのがこいつの処世術なのだとありありわかる笑みを浮かべ、上目遣いにこちらを見ている。
大体、大抵、「してみます?」と聞いてくる人間に碌なやつはいないものだ。こちらに選択を委ねているようで、その実してほしいのだ。
492
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:30:37 ID:lC4hwocw
してほしい?
青葉が? 俺に?
まさか。
「死ぬ前に男っ気がないってのも、そりゃあ心残りがありますから」
「あるのか」
「あるんです」
嘘だろうな、とは思った。十割が嘘だと決めつけられるほど、女心にも読心術には通じていなかったが。
青葉は清潔感の香りがした。決してデオドラントのそれではない、透き通ったにおい。それはあいつらのような、健康的で、僅かに甘いものとはどこかが、しかし確実に違う。
「……遠慮しておくよ」
気づけば俺たちの距離は随分と縮まっていた。心理的にも、物理的にも。それだのに俺は、申し訳ないことなのかもしれないが、青葉を抱こうなんて気持ちは微塵もありゃしないのだ。
彼女の名誉のために言っておくならば、それは魅力がどうとかいう問題ではなかった。たとえば、全てが最早手遅れで、俺にできることは何もなくて――ただ待つことすらも許される身ではなかったのだとしたら。
ならば俺は、きっと、多分、恐らく……いや、確実に、この青葉の誘いにのっていたのではなかろうか。あぁそれもいいかもな、どうせ時間が流れるのを待つばかりなのだし、と。
493
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:31:30 ID:lC4hwocw
一時の無聊は気持ちを殺ぐ。
俺はまだ、終わってはいない。
「そうですか」と青葉は言った。「なら、満足です」と。
彼女は続ける。
「それなら、青葉にも、まだ希望がもてます。青葉は――青葉も、まだ、終わっちゃいないってことですか」
「買い被りすぎるのもよしてくれよな」
「一応これでも記者のはしくれでしてね。ひとの気持ちは、わかるほうなんですよ。司令官、あなたは、ふふっ」
なぜ笑う。どうして笑う。
「ひとの期待を裏切るのが苦手な人種ですね?」
「……笑うんじゃねぇよ」
単なる利害関係の問題だろう。
494
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:32:23 ID:lC4hwocw
「あとの半年間、ただただ肉体的快楽を貪るだけの堕落モードも、興味がないと言えば嘘になりますが――やはり、繰り返しになりますけれど、青葉はまだ死にたくない。第五海域のほう、ねじ込んでみます」
「田丸も好きに使え」
俺たちをこんな目にあわせてくれたのだ。それ相応の仕事をやつにもしてもらわねば割に合わない。
「もちろん! 『過労死』が、日本が世界に誇る文化だってこと、あの男に叩き込んでやりますよ!」
俺たちは硬く握手をして、どちらともなく笑った。
いまが絶望の泥沼に嵌っていたとしても、どんなにお先が真っ暗闇でも、そこには何一つ問題などありはしない。あいつらのことを想うたび、春の木洩れ日を散策するような、どこか落ち着かない、浮足立つ、そんな気分にさせられる。
俺は知っている。嘗て、何十年も、何百年も、あるいは何千年かもしれないそんな昔。
雲の切れ間から覗く光にも似た感情を、希望と呼んだ。
地平線の先、地球の果て、どこまでもいけるほどの情熱を、愛と呼んだ。
* * *
495
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:33:03 ID:lC4hwocw
* * *
それから一週間後、北上が赤ヶ崎の提督を撃ったとの一報が入った。
496
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/14(日) 22:34:13 ID:lC4hwocw
――――――――――
ここまで
初期プロットでは希望を持てずに青葉と堕落していくはずでしたが、思ったよりこの男は強かった。
待て、次回。
497
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/14(日) 23:28:16 ID:jJprgcDk
乙
次はまた一週間後かな?急展開の連続で次の更新が楽しみだ・・・
498
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/15(月) 02:23:07 ID:traQVyQM
乙んぽ、いやはやここからが回天かと思わせてから〜の北上の一報とかこの
>>1
はドSぞ
499
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/15(月) 03:32:49 ID:RhTJH07w
乙
撃った!?
500
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/15(月) 20:08:01 ID:mMuCaDAM
乙、待つぞ
501
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:34:56 ID:mveeixSM
の世は信じられないことばかりが起こる。
目の前の、「田中」と名乗った男の説明を聞いて、あたしは――あたしたちは、絶句していた。徹頭徹尾が空想的。深海棲艦だとか、艦娘だとか、戦争だとか、シーレーンだとか。
なにより、積み上げられた札束だとか。
鈍く銀色に光るアタッシュケース、それに詰められた一万円札だなんて、映画でしか見たことがない。
「……」
部屋にはあたし以外に三人いて、そしてあたしを含めて四人とも、ちょっと待って何が何だか全然わかんないと言おうとしながらも、言葉は現金の輝きに呑みこまれていた。
「……」
金髪で眼鏡の女の子は冷静さを装うと精一杯。顔こそ澄ましているけれど、膝の上でセーラー服のスカートをぎゅっと握りしめて、小刻みに貧乏ゆすりをしている。
桃色の女の子は真逆で、すぐにわかるくらい顔を顰めていた。理解が追いつかないのか、あるいはこれが夢の中だとでも思っているのかもしれない。
左右と後ろ、三つに髪の毛をくくった女の子は、腕を組んで思案顔だ。田中の言葉の真意を探ろうとしているのか、でなければどうやって逃げるか算段を組んでいるのかもしれない。
502
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:36:31 ID:mveeixSM
あたし? あたしは、口角があがるのを抑えるので必死だった。
この世は信じられないことばかりが起こる。
「君たちは新しい艦種、『潜水艦』の候補者として選ばれた。もし引き受けてくれるなら、現在の不安を全て掻き消すことのできる契約金、そして安定した将来を保障しよう」
あたしの場合は全てが悪いことだった。映画みたいな、クソみたいな、信じられないことばかりだった。
お父さんが人をふたり殺してから、どこに逃げても悪評はつきまとった。現代日本は隣人関係が希薄だなんて言うけれど、そんなの嘘っぱちだ。誰も彼もが他人の粗探しばかりをしている。騒音とか、ゴミ出しの曜日を守らないとか、父親が人殺しだとか。
北海道に逃げても、福岡に逃げても、東京に逃げても、どこからともなくあたしの環境は周囲に漏れ出る。どんなに必死に隠したところで、一年もたてば、あたしがあの男の娘だということは広まってしまう。
503
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:37:18 ID:mveeixSM
引っ越しだってただじゃない。職を転々とすれば、そりゃあお金なんて貯まらない。
お母さんはある日倒れて、満足に病院にかかることもできず、そのままころっと逝ってしまった。
貧乏が悪かったんじゃない。あのクソ親父が悪かったのでもない。
ただただ運が悪かった。それだけだ。それだけが全てなのだ。
あたしはそうやって割り切って生きてきたし、そのおかげか、ようやくここらであたしにも、来るべきものがやってきたのだ。
そうしてあたしたちは候補生としての生を歩み出した。くそったれな人生からおさらばした、輝きに満ちた第二の人生。他の三人も誰一人辞退しないのは少し驚きだったけれど、きっと大なり小なり理由があるのだろう。そんな顔をしている。
毎朝鏡で見る顔だからわかる。
あたしたちは本名を名乗ることを許されなかった。経歴は全て与えられた。その意味は告げられなかった。「田中」のおっさんは随分と柔和な笑みを浮かべ、だけど全く底知れない。逆らわないほうがいいと本能が教えてくれている。詮索するな、とも。
別によかった。興味もない。きちんと給金を振り込んでくれれば、それで役目は果たされている。そのぶんだけあたしたちも頑張ってご覧に見せようってな具合。
イムヤ。それがあたしの名前。
504
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:39:12 ID:mveeixSM
「田中」のおっさんは、まず、これからやってくるあたしたちの上司――教官と親密にしてくれ、と言った。必ずや、と。手段は問わない、と。
「理由はいくつかある。まず、共同生活に信頼関係は必要不可欠だ。彼は悪い男ではないけどね、しかし、気難しい男でもある。きみたちか彼、どちらかが胸襟を開いてこそ形成されうるということを、肝に銘じてほしい。
次に、この潜水艦娘計画の最高責任者はおれだけれど、実質的に現場の指揮を執るのは彼だ。采配は全て任せてある。つまり、きみたちの上申は全て彼次第ということさ。くだらない諍いは誰の得にもならない。開けた将来を棒に振りたくはないだろう?」
媚び諂って、ご機嫌をとって、見捨てられないようにしろ、か。
それは信頼関係うんぬんよりも、ずっともっと、はっきりわかりやすい。あたしはわかりやすいほうが好きだ。いたずらに物事を迂遠にするのは趣味じゃない。
おっさんの言うことは正論であるように思えた。折角、思いがけずに回ってきた、この信じられない運の良さ。ただ上司に嫌われただけで不意にするにはさすがに惜しい。
505
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:40:37 ID:mveeixSM
「……国村健臣だ。これからお前らの教官になる」
よろしくすら言わない男がそうしてあたしたちの前に現れた。眼の隈がやたらと酷いけど、なによりも、右足の膝から下が大きく欠けていた。白い、滑らかな、セラミックにも似た脚へとすげ変わっている。
いけ好かない男。それが第一印象だった。人間性がとにかく疑わしい。打算的で、常に頭の中で算盤を弾いているような、そんなやつ。あたしたちのことを道具としか思っちゃいないのが丸わかり。
おっさんはやつのことを「悪い男ではないが気難しい」と評したけど、あたしにはさっぱりわからなかった。どこからどうみてもクソヤロウじゃんか!
でも、そっちのほうが好都合と思い直す。相手がいいひとだったなら、きっと情が移ってしまうに違いない。突き抜けた駄目人間の方が、いっそ開き直ることができる。
506
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:41:22 ID:mveeixSM
「どうします?」とハチが言った。彼女はとことん自分の意見を表に出さない。かといって勝ち馬に乗ろうと言う気概もない。いや、違って、そもそも自分の意見というものがないのだ。
彼女はいつもすぐに意見を尋ねる。こちらにふる。それは一見すればリーダーシップなのかもしれないが、よぉく見れば似て非なる小狡さでしかない。卑怯者の責任逃れ。
「どーでもいいけどぉー」とゴーヤが言った。ポーズではない。心底どうでもいいと思っているのだろう。彼女がこうした、厭世的で意欲に欠く発言をするのも毎度のことだった。
殆どそれは投身自殺のようなものだ。彼女は、いざとなれば、その身ひとつで深海棲艦とやらの群れに突っ込むことさえ躊躇わらないだろう。きっと、幸せな将来を想像することが壊滅的に苦手なのだと想像がつく。
「艦娘が男にはなれないってのが本当なら、発言権なんかないに等しいの」とイクが言った。星がキラキラと輝くその瞳は、まるで焦点があっていない。酒や薬のせいではなさそうだし、かといって重度の斜視にも見えなかった。
あたしはたまに、この脳みそがてんでバラバラになってしまったような言動のこの女が、実は全てを知ったうえで、その全知に飽いてしまったのではないかと妄想することさえある。
507
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:41:55 ID:mveeixSM
「なら、あたしにちょっと考えがあるんだ」
ゲームをしようよ、とあたしは言った。
どうせ男なんてのは馬鹿で単純な生き物なのだから、あたしたちは華の女子高生――を投げ捨てることを余儀なくされた不幸者――なのだから、ちょっと胸でも押し付けてやれば、鼻の下を伸ばすに決まっている。
でも、急に四人が、なんてのは現実的ではない。相手に身構えられたらおしまいだ。
「だからさ、一人ずつ回そうよ。順番こに、半年くらいの長めのスパンで、あの男を懐柔してやるの。偽物の愛でしばりつけてやるの。首輪を付けた犬を見てみたくない?」
「別に、いーんじゃない?」
どうでも、とゴーヤ。
「はーいっ、イクは賛成なのっ!」
机を叩いてイクが叫んだ。
「それなら、はい。いいと思います」
そしてお決まりのハチの追従。
508
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:42:42 ID:mveeixSM
最初はぐー、じゃんけんぽん。
順番はあっさりと決まった。ゴーヤが最初。次がハチ。イクが三番目で、ラストがあたし。
まぁ、別にいいんじゃない? どうだって。……とゴーヤの真似をするつもりはなかったけど、この時点であたしは、そもそもあたしの番が回ってくるだなんて思っていなかった。ハチかイクの大きな胸にやられてしまうだろうと踏んでいたからだ。
そして、その予想は大きく外れた。
外れてしまった、と言うべきか。
「……」
車は、対向車さえほとんどいない山間の道を抜けていく。時折標識が曲がっていたり、ガードレールがない部分があったり、そんなところにびくりとしてしまう。
助手席ではイクがいびきをかいていた。
後部座席で、ゴーヤが顔を覆っている。眠っているのか、いないのか。
ハチは静かにゴーヤの手を握るばかり。
509
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:43:15 ID:mveeixSM
全てあたしが悪いのだ――そんなヒロイックな感傷に身を委ねたところで、何一つ解決しやしないということは、他ならぬこの身が最もわかっている。それでも、それが事実なのだ。厳然たる。確固たる。
あたしがあんな性根の腐った提案をしなければ、きっと、誰も傷つかなかった。ゴーヤは泣かず、ハチも悲痛な顔をせず、提督だって笑えていた。
あのときあんなことを言いださなければ。
いや、それとも、方向修正をしようとしなかった報いなのか? 嫌な予感は確かにあった。こんなことやめようと言う機会はいくらでも存在していたはずだ。
あたしたちの教官は確かに嫌な男ではあったが、それだけの男ではなかった。不器用ながらもあたしたちに理解を示そうとしてくれていたし、寄り添おうとしてくれた。仕事はきちんとこなして、不足なんてあったためしもない。
ゴーヤはあたしたちの中でもとりわけ家族というものに飢えているようだったから、提督に懐くのは案外すんなりといって、決して演技ではない笑いとともに会話をしている姿は何度も見た。
あたしだって、この人に使われるのも悪くはないかな、なんて思っていたのだ。
510
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:44:36 ID:mveeixSM
たとえばゴーヤが熱を出したなら、林檎のすりおろしたものとヨーグルトを混ぜてやって、それと卵雑炊をもってきた。自分の夕食はすっかり冷めきった生姜焼きにも関わらず、それさえも手早く胃袋に収め、夜にはスケジュールの微調整に入る。
バレンタインデーにハチが戯れにチョコレートを買ってくれば、まるでばかみたいに驚いて、喜んで、きちんとホワイトデーにはお返しをくれた。三倍には足りないかもしれんが、なぁんて、どれだけ世間知らずなんだか。
イクが減圧症で意識を失いかけたとき、怒って怒って大変だったこともある。それから少しだけ過保護になった。大体いつも護岸に腰かけながら、バイタルサインを逐次確認するのだ。
昨日があたしの誕生日だったことを何気なく話せば、一日遅れですまないと謝って、ケーキさえ買ってきた。その日の夕食はハンバーグだった。飾り付けをしたほうがよかったか? なんて言うもんだから、そうだ、あたしたちは堪えきれずに笑ってしまったんだった。
511
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:45:19 ID:mveeixSM
あたしは知っていた。いつからか、ハチの提督を見る眼が、それまでと違っていることを。
ハチは決して自主性が皆無の人間ではなかった。ただ、常人よりもずっと深くに眠っていて、陽の光を浴びてこなかっただけ。それをなんとか掘り起し、芽吹かせたのは提督その人だ。
彼はとにかく根気よく訊いた。体調や訓練のきつさ、座学でわからないところ、もっと単純に夕食のメニューはなにがいいか。最初は「なんでもいい」「別にない」としか答えなかったハチも、いつの間にか絆されて。
あたしたち四人の仲はもちろん悪くない。だけど、だからこそ、触れちゃいけないラインがあることも何となくわかる。あたしはお父さんが人殺しだということを知られたくなんてなかったし、きっと似たようなことが、他の三人にもあったのだと思う。
荒れ地にも根気よく水をやれば、いずれ生命を息づかせよう。もしかしたらあたしたちは提督を籠絡するつもりでいて、その実、薬として彼を活用していたのかもしれない。
あぁ、だから、やっぱり、そうだ。
ハチがゴーヤに「役目を変わって」と言ったとき、全てを終わらせるべきだったのだ。
ごめんなさいと提督に謝って、心の底から頭を下げて、そうして彼が許してくれた時に初めて、
違う。
512
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:46:45 ID:mveeixSM
許してもらえるまで頭を下げなくてはならない。そうすべきだった。そうしなければならなかった。
やるべきことをやらなかったがために、あたしたちは、血の滲むほどに唇を噛み締める羽目になっている。
誰か、それとも神様、言い訳を許してほしい。あたしたちが自らの首を絞めたのは、ひとえに怖かったから。臆病だったから。どこまでも打算的な人間だったから。
誰かに嫌われることが孤独の夜よりも恐ろしいなんて知らなかったから。
それを知ってしまったから。
513
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:48:33 ID:mveeixSM
「私は、教官のことが好きなんです。ゴーヤ、もういいでしょ? 少し早いけど、私の番にして」
……いま、後部座席で顔を覆っているゴーヤの姿を、過去にも見た。このいまは本当に「いま」なのだろうか?
ハチにそう告げられた彼女は、媚びるように笑い、困ったように眉を寄せ、苦しいように息を吐いて、
「……ゴーヤも、……ゴーヤッ、教官のことが、好きになっちゃった、よぉ」
罪悪感に押し潰されるように、泣いたのだった。
514
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/16(火) 23:50:19 ID:mveeixSM
――――――――――――
ここまで
唐突な回想は大事。
ゴーヤとハチの仁義なき争い。
待て、次回。
515
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/17(水) 06:40:41 ID:3GTgmehQ
ミイラ取りがミイラに…
516
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/17(水) 06:57:40 ID:USRsnccY
こっちもこっちで…
待つぞ!
517
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/17(水) 06:59:31 ID:40qpY9jQ
お疲れ様
待ってる次回
518
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/17(水) 07:34:08 ID:n3sBbdxY
この頻度で更新来るとはありがたや
しかし艦娘視点で見た提督がドチャクソ甲斐甲斐しくて何ともまぁ
乾いた心にそれはもう響いちゃうよなと
519
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:30:05 ID:HWVKcRI.
ゴーヤは本当に馬鹿だと思う。
ゴーヤは本当に阿呆だと思う。
ゴーヤは本当に愚かだと思う。
でも。
だからこそ。
私は彼女にも、提督にも、幸せになって欲しいのだ。
気が付いたらあの人のことを目で追っていた。自覚はそこからだった。行動が感情を引き連れてきて、私の前へと突き出したのだ。これが下手人です、と。いかにしてやりましょうか、と。
だけど私は知っている。本当の黒幕は透明人間なのだということを。光学迷彩を纏った感情が、行動を唆して、そうさせたのだ。
520
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:30:39 ID:HWVKcRI.
どうしてあのひとを好きになったのかと尋ねられても、私はきっと、正解を導き出すことはできないと思う。
確かに格好いい。有体に言えばイケメンだ。スタイルもいいし、頭もきっと悪くないのだろう。
性格は……わからない。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる姿もあれば、幸せそうなわたしたちを見て酷く泣きそうになっている時もある。わけもなく怖い顔をしているときだって。
最初の頃、彼はとても死んだ目をしていた。その「とても死んだ」という形容が不可思議である自覚はあるのだけれど、事実いまでもそうだったとしか思えない。彼は生きていて、生きていなかった。
言葉遊び? 違う。そんな揶揄はてんで的外れ。
彼は生を謳歌していなかったのだ。
それがいつからだろう、顔に、瞳に、光と力が宿り出したのは。
いや、やめよう。そんな張り合いをしたって意味がないことは私が一番よくわかっている。
ゴーヤと付き合いだしてからだ。
521
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:44:12 ID:HWVKcRI.
めでたしめでたしといけばよかったのだけど、残念ながら私は生きていたし、生きていかねばならなかった。生きるために何が必要かさえわからなかった私が、だ!
必要最低限にさえ満たない常識しか持ち合わせていない私の生きる将来は、あまりにかそけき道だったと言ってよかった。田中三佐が私の身柄を引き受けに養護施設へやってきたときは、みんな胸を撫で下ろしたことだろう。
本の外にしかないこともある。知識としては知っていたその文言を、私は軍に入って共同生活を送る中で、骨身に沁みさせた。生きるために仕方なくと割り切っていた訓練や座学は、いつの間にか私を前向きに生きる原動力とさせた。
ゴーヤにしろイムヤにしろイクにしろ、しっかりとした理由を持ってこの計画に臨んでいる。しかし私には何もない。自らの空洞を見つめたことは何度もあったのに、十八年目なってようやく恐れを覚えるなんて。
あの悪趣味なお遊びもそうだ。それは田中三佐からのオペレーションも兼ねていて、なんのためにそんなことをしたかと問われれば、私たちの未来のためと答えるしかない。少なくとも私以外の三人は、明確な目的意識を持って、彼を騙そうとした。
522
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:45:06 ID:HWVKcRI.
私だけ。私だけが、流されて、ただなんとなく賛成して。
そうすることが何よりも楽だから。
かぶりを振る。私は人間として満足に生きる力こそなかったけれど、満足に生きよう、生きたい、生きるべきなんじゃないかという気持ちだけは、なんとか持つことができていた。
理由の明白な、それでも解決の目途の立たない焦燥感が、四六時中肋骨の内側を掻き毟っていた。
それから逃げるように、ただ走る。ひた走る。このままどこかへ行けるのではないかと思いこめるくらいに。
その先に彼がいたのだ。
とても死んだ目をした彼が。
なぜ? どうして?
そんな目になっているのに生きるんですか。
そんな目になってでも生きたいんですか。
私は勿論、当然のように彼のことなど知らなかった。興味もなかった。だからその目が、体を引きずるようにして歩く姿が、単なる寿命の残滓なのか、はたまた炭と化しながらも命を酷使する殉教者なのか、判断がつかない。
523
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:46:47 ID:HWVKcRI.
どちらにせよ、そんなぼろぼろの体になってまで生きるべき価値が、為すべき何かが、人生にあるものだろうか? いつの日か私にも充足が得られる日が来るのだろうか?
問うた私への返答はぶっきらぼうに過ぎた。
お前がいま何をしたいかで生きろ。
俺もそうしているのだから。
相も変らぬ死んだ目で、私のことなどまるきりどうでもよさそうに――それでも律儀に、何かを確かめるように。もしかしたら私に向けられた言葉ですらなかったのかもしれない。
そうなの? 本当に? 嘘だ。私はそれらの言葉をぐっと飲み込んだ。吐瀉物を飲み込むよりはずっと楽。そのかわり、顔は余計に変な風になったけれど。
彼の言葉は、彼が死んだ目をしている説明に、なにひとつなっていない気がした。
それでもその言葉は私にとってのしるべとなった。
だから私は彼を目で追うことにした。少なくとも、自分の中では、そういう目的がきちんとあった。はず。
524
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:48:19 ID:HWVKcRI.
それはまさしく私の人生の転機といっても過言ではなかっただろう。両親の歪んだ教育の根は深かった。本と両親が全ての世界では、他者との交流は不必要で、故に意思さえもいらなかったから。
誰しもの胸の内には炎がある。自分のどこを探しても気配すら掴めなかったそれは、いま、ようやく、さも初めからいましたよと言う風に、すまし顔で、心の中心にどっかと腰を下ろしている。
私はこの人が好きだ。
そうか。好きなんだ。
「……ゴーヤも、……ゴーヤッ、教官のことが、好きになっちゃった、よぉ」
「……」
泣きじゃくる彼女を見て、私は小さく「あぁ」と呟いた。なんて馬鹿で、阿呆で、愚かなことか。交流が長く続けば続くほど、情も深くなるなんてのは、本を読むまでもなくわかりきったことなのに。
それでも、彼を死地から救ってくれたのが、ゴーヤその人であることに疑義の挟みようなんてなかった。
もしかしたら私は、「あぁ」のあとに続けて「そうだよね」と言いたかったのかもしれない。「わかるよ」と。
いいひとだもん。
525
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:49:33 ID:HWVKcRI.
愛に悩み恋に苦しむのが、有るべき青春の姿なのだろう。小説や映画に出てくるようなきらきらと輝くジュブナイルは、大抵そういうものだった。
だけどゴーヤは違う。板挟みで苦しんでいる。騙して、その末に手に入れたものの汚らわしさに耐えきれないでいる。
ならそれを手放してよ。いらないんならちょうだい。間違ったこと言ってる? 言ってないよね?
そうひどく思う反面で、私は憤りさえも感じていた。それはゴーヤに対する止め処ない怒りだった。そんな簡単に諦めんなよ、めそめそすんじゃねーよ、泣くくらいならもっと他にやることがあるだろうがよ、という。
彼を死地から救った、掬い上げてくれた彼女なら、笑顔で見送れる気がしたのに。
526
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:50:51 ID:HWVKcRI.
きっかけがなに? 騙していたからなに? どうだってよくない? いや、どうだっていいは言い過ぎかもしれないけれど、過去って今よりも未来よりも価値あるものなの?
だったらつまり、つまりだよ?
私は両親の教えをこの先ずっと守って生きていかなきゃならないってこと?
体の芯から湧いてくる無限の熱量を封印してかなきゃならないってこと?
そんなはずがあるわけない。
幸せになればいいじゃん! なっちゃえばいいじゃん! なれよ! なっちゃえよ、もう!
五人で生活して、笑いあって、おいしいご飯食べて、ちょこっとだけ恋をして……今したいことってそれじゃないの? それを捨てて代わりに手に入れたのが悲しみと涙?
ふざけんな!
提督も同じだ。腹が立つくらいに似たものどうし。どんなしがらみがあったのかなんて知らないけど、変なところで度胸を発揮する癖に、最後の一線だけは絶対に超えてこない。しかもその一線が、所謂「常識」「良識」とかじゃあなくて、自分の中だけで決めた頑ななやつだから困ったもの。
527
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:54:35 ID:HWVKcRI.
「胸を張って生きていきたいんだ。全てが終わった後に、俺は『あぁよかったな』と思いたいんだ。そう思いたいということを、ようやくわかったんだ」
提督、あなたはそう言いましたね。きっとあれこそが本心なのでしょう。どんな紆余曲折があったのか、想像することさえも困難に違いありませんが、死んだ目をしていたころのあなたはもういない。ゴーヤが殺した。生まれ変わらせた。
だから私はゴーヤが嫌いになれない。
彼女に――彼女にも。
私と両親だけの閉じた世界の轍など踏んでたまるか。
幸せになって欲しい。
胸を張って生きていたい。奇遇ですね、私だってそうです。ゴーヤも、そうなんでしょう。畢竟イクやイムヤだって。
胸を張って生きていたいからこそ、ゴーヤの涙は止まらない。
このままじゃあ燃えがらのまま生きていくことしかできないと知っているから。
528
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:57:12 ID:HWVKcRI.
「……提督、怒ってるよね」
しゃくりあげすぎて、掠れた声でゴーヤが言う。意識していなければ車の走行音にすら掻き消されてしまいそうだった。
「……怒ってもくれないか」
幻滅されちゃったから。あたりまえだよ、利用されたら、普通の人は、やだもんね。しかも、こころなんて、何より一番大切で、大事にしなきゃならない……それを、利用なんて。
ゴーヤは気づいているだろうか? この件に関しては、別に彼女だけが一人でやったわけではない。この車に乗っている人間はみな同罪なのだ。
関係性なんていくらでも変わり得る。いつまでも過去に拘泥することは誰も幸せにしない。そうは言ってみたものの、ゴーヤは「……うん、そうだね」と聞いているのかわからない生返事。何度も繰り返したやりとり。
529
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:57:52 ID:HWVKcRI.
結果論的に遡って語る最善、最良に意味はないだろう。私たちは、私たちがあのときとり得る可能性の中で、一番効用の高そうな選択肢を択んだ。その結果が私たちに牙を向いているのなら、また、いま、最善と最良を目指した選択をすればいいだけだ。
そうでしょ? 違う?
「……うん」
あーもう!
「全部言うしかないんじゃないの?」
……え?
前方から声が聞こえてきた。代わりに、先ほどまで聞こえていたいびきがなくなっている。
「ゴーヤは自分の気持ちを楽にしたいだけなの。あー、ごめん。責めてるんじゃなくて……それくらい提督さんのことが好きだから、回り回って臆病になりすぎてるってこと。それじゃあ正しい判断は下せないと思うのね」
530
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 22:59:09 ID:HWVKcRI.
「……」
「勇気が出ない? 度胸がない?」
イクはこういうひとだった。唐突にやって
きて、一気に物事全てを解決の方向へと導いていく。
ある種の剛腕、解体現場の重機を容易に想起させるほどの。先ほどの私の言葉を引用するなら、「これが最善。ただし、やれるなら」という辣腕でもある。
ただし、やれるなら。
正論は定義として「正しい論」であるのだから、正論が正しくないことはありえない。だからこその「ただし」。正しいからこその。
正誤と善悪は近いようでいて、遠くもある。なにより私たち人間が、きっと、そういう生き物ではない。
全てを説明して、一から十まできちんと喋って、そうして謝る。結局のところ私たちにできることはこれだけで、提督に許してもらうことしかできない身なのだ。降って湧いたような幸運など訪れるはずもない。
できるならとっくにやっている。
531
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 23:00:09 ID:HWVKcRI.
ことはそう単純ではない。簡単ではない。ゴーヤでなくとも身が竦む。
提督に嫌われるのは怖かったし、見捨てられるのも怖かった。拒絶を想像しただけで、胸の奥底がきゅっと縮こまる。それに、計画はどうなるのだ。潜水艦は? 私たちのこれまでは、これからは。
……自らに反吐が出そうになる。結局私たちは、自らの利益のために提督を利用してなお、いまだに自らのことしか考えていない。傷つけた彼の心配をしつつも、己の破滅をも気に病んでいる。
どちらも手に入れるなんて都合のいい話、あるはずなんてないというのに。
「……」
ゴーヤは、喋らない。
「……そうだよね」
だから、イムヤがため息交じりに応えたのには、少々驚いた。
いや、よくよく考えれば当然か。責任逃れをするわけでは決してないけれど、イムヤが言いださなければこんなことにはならなかったという可能性は、どこにいっても付きまとう。現状に胸を痛めていないというのは、あまりに私が早計だった。
532
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 23:01:11 ID:HWVKcRI.
「やっぱり、それしかないですよね」
追従する。誤解しないで欲しい。私の悪癖が出たのではない。私はきちんと考えて、信念を持って頷いたのだ。
私は提督に言ったから。今がなによりなのだと。過去でもなく、未来でもなく、いま。私たちにはいましかないと。
「ゴーヤは、どうしたいの?」
慈愛に満ちたイクの言葉。
「……わかんない。わかんないよ。なんて言ったらいいのかもわかんない。どんな顔をしたらいいのかもわかんない。息をするのだって、頭ん中がぐちゃぐちゃになって、忘れちゃいそうになるんだ」
「ゴーヤは、どうなりたいの? 夢があるから、将来のために、田中三佐の下に就いたんじゃないの?」
「……わかんない。それも、わかんない。だってあのとき、確かにゴーヤには夢があったんだ。二つ。たったふたっつの、それさえあれば生きていけるって、ゴーヤは思ってた。
家族が欲しくて、深海棲艦が憎くて、そのためならなんだって犠牲にできるって……学校の友達も、故郷も、自分の体も、嬉しいとか楽しいとかそういうのも、全部、なくなってもいいからって」
533
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 23:01:56 ID:HWVKcRI.
ゴーヤの体が、手が、震える。イクがこちらを見ていた。私は頷いて、桃色の髪の毛へと優しく手を伸ばし、冷たい指先も握り締める。
「お母さんを殺した深海棲艦が嫌い。私を捨てたお父さんが嫌い。でも、でも、そんなことのために、嫌いななにかを理由に、誰かを騙したり傷つけたりして夢を叶えようとすることが、……」
うぅ、とゴーヤの口から堪えきれない嗚咽が零れた。
「……わかんない。わかんないよ。胸を張って、生きていける何かが欲しいよぅ」
「……」
海の輝きが見えた。木々の隙間から、少し先、開けた岬のほど近くに、赤ヶ崎泊地が確認できる。
ゴーヤは泣いていた。
彼女を慰めることができるのは、きっと世界にただひとりしかいないだろうと思われた。
その人物は、最早私たちの隣には、いない。
534
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/20(土) 23:02:59 ID:HWVKcRI.
―――――――――
ここまで
おしまいまであともう少し。夏が終わるまでには。
待て、次回。
535
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/21(日) 01:00:52 ID:3USeFIaQ
おっつー
536
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/21(日) 09:17:01 ID:eGoIENI.
乙乙、潜水艦娘の正式採用後の話もいつか読めたらなーって
537
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/21(日) 11:45:31 ID:wfiCKoEM
乙!待つぞ!
538
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/07/21(日) 12:11:53 ID:L8Ek358.
乙
イムヤの父は殺人犯、ゴーヤの母は深海棲艦の犠牲者、ハチの両親はハチを監禁の後何らかの理由で施設送り
さて、イクの見てきた地獄はどんなモノかな?
539
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/21(日) 12:48:39 ID:Cs8kk5rk
眼を瞑る。
と、勿論何もかも見えなくなって、真っ暗闇が広がる。その状態を続けていくと、なにもしていないのにどんどん周囲の音さえも遠ざかっていって、どこかのタイミングでふっと体が宙に浮く錯覚に囚われる。
その宇宙と見間違うような空間に――いや、宇宙なんて一度も行ったことはないんだけど――どろどろした、半固形の、泥濘にも似た何かがあった。
子供のころからそうだ。施設の布団で眠りにつく最中、わたしは幾度となくこの泥濘を見つめていた。ふつふつあぶくを立てる泥濘を。
怒りや憎しみは形を持っている。
これがそうだ。
私はこれのために生きてきたといっても過言ではなかった。
540
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/21(日) 12:49:23 ID:Cs8kk5rk
「……」
ぢうぢうと音を立てる肉汁、白くけぶる鉄板、ゆっくりと溶けていくパセリ入りのバター、芳しいにおいの最上級ステーキ。店のランクがゆえだろう、テーブルの端に調味料の類は置かれてなくって、給仕が恭しくお辞儀をしながら「お使いください」。
テーブルマナーなんて習ったことはなかった。もたもたしながら、ナイフとフォークの左右を入れ替えつつ、しっくりくる方を選ぶ。
肉の先で、「田中」と名乗った男は笑みを浮かべていた。
「……なに?」
「いや、なんでもないさ。きみの所望で連れてきたんだ、食事中に話をするほど、おれはマナーの悪い人間ではない」
この田中という男、軍人であることはなんとなくわかったのだけど、どうして施設にやってきて、わたしを連れ出そうとしたのか、それだけがわからなかった。
親族ではなく、面識すらない。ただ彼が施設長と話をした後、あっさりと外出許可が降りて、「何か食べたいものはあるかな?」という質問にわたしがこう答えただけだ。「おいしいお肉」。
541
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/21(日) 12:49:58 ID:Cs8kk5rk
上等な肉と言えば霜降りとかいうやつだろう、程度の認識しかなかったわたしにとって、その食事は至福を越えた驚愕の連続だった。肉がやわらかい。のに、脂っこくない。けど、うまみっていうのだろうか、そういうあれが凄く濃密で、なんか、凄く……凄い。
付け合せのマッシュポテトやグラッセでさえも、もうほっぺたが落ちそうになって、施設の栄養士さんたちには悪いけど、これからの食事への価値観は大きく変革されそうだ。
けど、いくらわたしが馬鹿だからって、ただより高いものはないという言葉くらいしっている。うまいだけの話はない。おいしいステーキが何に変わるのか、代償は一体なんなのか。
それを考えるなら奢ってもらうべきではなかったのかもしれないけど、いざとなれば踏み倒す覚悟は満々だった。わたしはただ、この田中とかいうひとの厚意に甘えたにすぎない。
542
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/21(日) 12:50:28 ID:Cs8kk5rk
「お母さんの仇をとりたくないかい?」
鋭い金属音がレストラン中に響き渡った。
わたしがやつの右手を、持っていたフォークで突き刺そうとしたのだ。しかしそれは失敗した。ぶつかりはしたけど、突き刺せなかった。
田中の右手、白い手袋の下は、義手だった。
「お母さんの話をするんじゃあ、ねーっ!」
もっと言えば、家族の話なんてしたくはなかった。
「きみのお母さんを殺した化け物は深海棲艦という」
わたしの話をまったく無視して、田中は続けた。こちらがどうであれ続ける気しかないのだろうことは、想像に難くなかった。彼の瞳にはそれだけの力があったからだ。
けれど、わたしが黙ったのは、決して彼の眼力に負けたからではない。口ではなんと言おうとも、田中のその話に興味がないはずもなくて。
543
:
◆yufVJNsZ3s
:2019/07/21(日) 12:51:17 ID:Cs8kk5rk
「……」
「謎の生物に、家族で乗った客船が襲われたそうだね」
赤ん坊のころの話だ。一歳くらいのときの。だから正直、そのときの記憶は、ない。お母さんの顔もお父さんの顔も覚えていないし、船を襲ったという怪物のことだって。
だけどお母さんはビデオカメラを回していた、らしい。らしいというのはそれもまた伝聞に過ぎないからだ。そこには得体のしれない奇妙な生物が映っていて、そいつが客船に攻撃を加えていて……でも、誰も信じなかった。
どういうわけかテレビにも取り上げられたその映像は、新種の生物かもだとか、某国の新兵器かもだとか、いろんな憶測を呼びに呼ぶ。
その結果、あれはスタジオで撮られた特撮物の映像に過ぎず、程度の低い子供だましであると、専門家と名乗る女性が言っていたのだという。
わたしが一連の話を知ったのは、物心ついた時、施設に入れられてしばらくしてからだったけど。
客船が襲われ、母は死んだ。わたしと父親は一命を取り留めたが、その後父親は蒸発した。
わたしはひとりぼっちになった。
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