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少女「私を忘れないで」

869以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/29(火) 22:43:07 ID:LAAM.8cA
双妹「とりあえず、それが少女さんが最後にしたいことでいいの?」

少女「そうです。それともうひとつあります」

双妹「もうひとつ?」

少女「私、双妹さんに負けるつもりはありませんから」

双妹「ふうん、私がそれを黙って見過ごすとでも?」

男「えっとさあ、そういうのは勝つとか負けるとかじゃなくて――」

双妹「悪いんだけど、男は晩ご飯のお手伝いに行ってくれない?」

少女「そうですね。双妹さんと二人きりで話をしたいです」

男「えっ、ああ……分かった」


どうやら、女の戦いが始まったらしい。
俺は双妹の部屋から退散して、久しぶりに母さんの手伝いをすることにした。

870以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/29(火) 22:50:07 ID:LAAM.8cA
〜市街地〜
夕食後、俺は少女さんを最寄り駅まで送ってあげることにした。
少女さん的には俺と双妹を二人きりにしたくないみたいだけど、家に泊まるのは俺を信用していないみたいで嫌なのだそうだ。


男「さっきのことなんだけど、双妹に何か言われたりしなかった?」

少女「いえ、別に何も言われてないですよ。私が成仏する方法を一緒に考えていただけですし」

男「そうなんだ。それなら良いんだけど――」

少女「それでですね、あの手袋を嵌めた手を触ったときに人肌の感触があったらしくて、それと私がイルカさんに触れたことは、何か関係があるのかもしれないんです」

男「そういえば、なぜかイルカに触れるんだよな」

少女「そうなんです。幽霊同士も触ることが出来るし、私たちも触れ合う方法があるのかもしれません」

男「触れ合う方法って……あの雰囲気でそういう話をしていたのか?!」


双妹と少女さんは仲がいいのか悪いのか、本当にどっちなんだよ。
こればっかりは、もう訳が分からないぞ。

871以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/29(火) 22:54:23 ID:Tsy5Y7wA
少女「えっとほら、私と双妹さんってライバル同士だし、男くんがいると出来ない話もあるから」

男「それなら良いんだけど……」

少女「それでね、以前、友くんが『私の霊波動がイルカさんの超音波と干渉したのかもしれない』って言っていたでしょ」

男「うん、それで?」

少女「双妹さんと考えてみたんだけど、それは違うと思うんです。超音波は空気や水の振動だから、私に当たらないもん。だけどあのとき、イルカさんは私に気が付いて目の前まで泳いで来てくれました」

男「ああ、そうだね」

少女「つまり超音波ではなくて、もっと別な何かを感じ取っていたのだと思うんです」

男「それこそ幽体ってことになるんじゃないの?」

少女「それなんだけど、電磁波なのかもしれません。調べてみたんだけど、イルカさんには磁気感覚があるらしいんです」


磁気感覚――。
そういえば、渡り鳥は地磁気を感じ取れるから方角を間違えないと聞いたことがある。
たしか、クジラが浅瀬に座礁してしまう原因も磁場の乱れだと言われている。

872以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/29(火) 22:58:27 ID:Tsy5Y7wA
少女「恐らく、霊波動は電磁波に近い性質があるのだと思います。ネットによれば、幽霊の正体は電磁波エネルギーだっていう仮説もあるそうですよ」

男「それが関係あるの?」

少女「私が男くんに憑依していたときに会話が出来ていたのは、大脳の視覚や聴覚を操作していたからなんですよ。神経細胞の伝達は電気信号だし、電流が発生すると磁気も発生するじゃないですか」

男「右ねじの法則だっけ」

少女「それは今は良いんですけど、要するに生物の刺激と反応は微弱な電流によって引き起こされているんです」

男「なるほど。でも、その理屈だとイルカが少女さんの姿を見ることが出来た理由は説明できるけど、イルカに触ることが出来た説明にはならないんじゃないかなあ」

少女「イルカさんと人間では、活動電流や電位差の大きさが微妙に違うのかもしれません。そうなると発生する電磁波の強さも違うことになるから、それで私も触ることが出来たのだと思います」

男「電磁波の強さが違うだけで触れるなら、スマホみたいな精密機器にも触れるはずだろ。でも、スマホは落としていたじゃないか」

少女「私は電磁波に近い性質があると言っただけで、電磁波そのものだとは言っていません」

男「それじゃあ、どうして少女さんはあの手袋をはめる事が出来たんだろ」

873以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/29(火) 23:02:26 ID:Tsy5Y7wA
少女「……」

少女「それは分からないけど、実は今、考えていることがあって――」

男「考えていること?」

少女「男くんにとって一番大切な人は双妹さんなのかもしれないけど、それでも私は男くんのことが好きだから――。だから、最後の一歩を踏み出す勇気があれば、私の未練はすべて叶うはずなんです」


そう言った少女さんの声色は、どことなく不安げに感じられた。
双妹のこととは別に、何か言いづらいことでもあるのだろうか。


男「最後の一歩?」

少女「あっ、最寄り駅に着きましたね。送ってもらうのは、ここまでで大丈夫です♪」


少女さんは明るい声で言うと、ふわりと立ち止まった。
そして、にこりと微笑む。
ここから先は、まだ言いたくないということなのだろう。

874以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/29(火) 23:03:29 ID:btsnWA9k
男「それじゃあ、気をつけて」

少女「はい//」

男「そうそう、明後日なんだけど、終業式が終わった後に少女さんの家に行こうと思っているから」

少女「私の家に?」

男「まあそういう訳だから、家にいてくれたらうれしいかな」

少女「じゃあ、お持ちしています」

男「うん、おやすみ」

少女「おやすみなさい」


少女さんは軽く手を振って、駅舎の中へと浮遊して行った。
俺はその後ろ姿を見送り、明後日のことを考えながら夜空を見上げた。

875以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/03(日) 18:07:33 ID:sA6gPbHw
おつ

876以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/15(金) 00:12:08 ID:E8XeL972
1年で終わらんかったね

877以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:45:07 ID:xJEh8Rbw
(3月23日)wed
〜学校・お昼休み〜
お弁当を食べてすぐ、俺は友の席に向かった。
少女さんがあの手袋をはめることが出来た理由を知りたいからだ。


友「――なるほど。少女さんの霊的ダメージが大きかったのは、そういうことだったのか」

男「それで、どうして少女さんがあの手袋を触れるのか気になって……」

友「その説明をしようとしたら専門的な話になるんだけど、それでもいいか?」

男「いや。出来れば、分かりやすく話してくれたら助かるんだけど」

友「そうだなあ。例えば磁石と磁石を近づけると、引き合ったり反発したりするだろ。それと同じで、手袋の霊的な力が幽霊の霊体に直接作用するから除霊したり触ることが出来るんだ」

男「それじゃあ、あの手袋を使えば俺でも少女さんに触れるってことだよな」

友「そういうことになるけど――」

友「ちょっと待てっ! まさか、神になるつもりなのか?!」

878以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:45:44 ID:xJEh8Rbw
男「神になるって、どういうことだよ」


俺は友の言葉に驚いて、声を上げた。
単純に少女さんに触れるんじゃないかと思っただけなのに、何だかとんでもない話になってきたぞ。


友「男は手袋に触れる。少女さんも手袋に触れる。あとは分かるな」

男「ただの下ネタかよっ! 何事かと思って、びっくりしたじゃないか」

友「あらかじめ言っておくけど、霊具は穢れを祓うためのものだからな。少女さんが苦しむだけだぞ」

男「そうだよな。でも、イルカには触ることが出来ていただろ。だから、絶対に何か方法があるはずなんだ」

879以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:46:15 ID:xJEh8Rbw
友「あのさあ、男はどうして幽霊に触ることが出来ないと思う?」

男「それは身体がないからだろ」

友「それもあるけど、幽霊はひとつ上の次元に存在しているからなんだ」

男「ひとつ上の次元?!」

友「俺たちの業界でも『超ひも理論』を研究していて、心霊現象を最新の物理学で説明しようとしているんだ。とりあえず、今回はあの世とか幽世、彼岸の世界だと考えてくれればいいと思う」

男「お……おうっ」

友「それでだ、少女さんはあの世にいるわけだから、俺たちとは異なる空間座標の場所にいることになるだろ。そうなると、いくつか疑問が湧いてくるんだ。例えば、少女さんがどうやって俺たちと会話しているのか――とかな」

友「以前も少し話したけど、生身の体を持たない少女さんが俺たちと会話が出来るのは、幽体を介して一部の電磁波や生きている人間の魂が発している霊波動を意味のある情報として感じ取っているからなんだ。つまり、霊波動は次元を越えて干渉していることになる」

男「霊波動は次元を越えている?!」

880以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:48:24 ID:xJEh8Rbw
友「それを踏まえて霊波動が何なのかだけど、生物の授業で他精拒否のしくみを習っただろ」


他精拒否とは、1つの卵に2つ以上の精子が進入しないようにする仕組みのことだ。
ほ乳類の場合は、最初の精子が卵に進入すると受精電位が発生して最初の他精拒否が行われ、続いて透明帯が変化することで他精拒否が行われ受精が完了する。


友「このときに発生する電流には微弱な電磁波が含まれていて、この波源が魂であり霊体になるんだ。つまり幽霊は電気的な存在で、霊波動は次元を越えて放出されている電磁波のことだと言えるんだ」

男「そういえば、少女さんも霊波動は電磁波に近い性質があると言ってたな」

友「少女さんはそのことに気が付いていたのか。さすがだな」

男「イルカには磁気感覚があって、そのおかげで分かったみたい」

友「なるほど、そういうことだったのか。それで、あのイルカには少女さんの姿が見えていたんだな」

男「イルカに触ることが出来たのも電磁波が関係しているんじゃないかと言っていたけど、それはどう思う?」

友「それを今から説明するんだけど、間違いなく関係あるだろうな」

男「やっぱり、そうなのか!」

881以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:49:11 ID:xJEh8Rbw
友「少女さんは男に憑依をして、自分の姿を見せたり金縛り状態にしたりしていただろ。あれなんだけど、実は電磁誘導と同じような現象として理解することが出来るんだ」

男「電磁誘導?」

友「余剰次元の膜、つまり幽体には肉体と霊魂を繋ぐ役割があるんだけど、少女さんは男の幽体を利用して肉体に繋がっていたんだ。そうすると、自分の霊波動を依り代の身体に直接干渉させることが出来るようになる」

男「えっと……霊波動は電磁波だから、人体に作用すると誘導電流が流れるってことか」

友「ああ、そうだ。普通の憑依霊は催眠状態にする程度の力しか持っていないんだけど、少女さんは身体中の電気信号を意図的に操ることが出来るというわけだ」

男「そう考えると、少女さんってとんでもない事をしていたんだな」

友「……ああ。はっきり言って、少女さんクラスの悪霊は人を突然死させることが出来るからな。原因不明の心不全がその際たるものだけど、中には誘導電流で発生する熱を使って熱中症で殺してしまう怨霊もいたりするんだ」

男「マジか……」

友「別に少女さんを悪く言うつもりはないけど、四十九日まで10日を切っていることも事実だからな。ここまでの話で気に障ったなら、スマン」

男「いいよ、分かってる」

882以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:49:51 ID:xJEh8Rbw
友「それで結局、少女さんに触ることが出来るのかどうかだけど、ポルターガイスト現象を起こすことが出来れば可能性があるかもしれない」

男「ポルターガイスト現象って、物を動かしたりするアレだよな」

友「幽霊はひとつ上の次元にいるから物体に触ることは出来ないけど、電磁力を発生させれば間接的に触ることが出来るはずだ」

男「フレミングの左手だっけ」

友「そう、それなんだけど、実は電気や磁石の力は重力よりもはるかに強いんだ。例えば静電気を溜めた下敷きを頭に近づけると髪の毛が逆立つし、小さな棒磁石でも重たい鉄くぎを持ち上げることが出来るだろ」

男「言われてみれば確かに……」

友「そんな訳で、少女さんが物理干渉をするなら電磁力以外に考えられない。ただ、ローレンツ力の向きは電磁波の進行方向と一致しているから、霊波動で発生している力が余剰次元に向かって作用していることが問題になるけどな」

男「余剰次元ってことは、あの世に向かって力が作用しているってことか。それって大丈夫なのか?」

友「はっきりとは言えないけど、それに関しては恐らく大丈夫だと思う。重力がとても弱いのは『ひも』が閉じていて余剰次元に移動しやすいからなんだけど、そのことで俺たちに悪影響なんてまったくないだろ」

男「そんな事を言われても、まったく意味が分からないんだけど」

883以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:50:22 ID:xJEh8Rbw
眉を寄せると、友はノートに円と波線を書き込んだ。
それを見てもよく分からないが、友によれば分子や原子を小さくしていくと最終的に『ひも』になるらしい。

重力はその『ひも』が輪になっていて、俺たちが住んでいる次元に結びつけることが出来ない。
そのせいで、重力は海に浮かべた浮き輪のように、ゆらゆらと余剰次元に流されて行ってしまうそうだ。
俺たちはその余剰次元に流されていく重力の影響を受けているが、日常生活で異常が発生したという話を聞いたことはない。

それに対して、電磁気力は『ひも』が輪になっていないので、俺たちが住んでいる次元に先端が結び付けられていて固定されている。
そのおかげで静電気や磁石の力は重力よりも強いのだが、理論によっては結び目が解けて余剰次元に移動してしまうことがあると考えられている。
それを何かに例えるならば、水族館の不動の人気者・チンアナゴが気まぐれで泳ぎ始めてどこかに行ってしまうようなものだ。

すると電界や磁界の大きさが急激に変化するので、電磁誘導が生じることになる。
この電磁誘導が人体に作用すると霊的に危険だが、余剰次元に流されていく『ひも』の本数は圧倒的に重力のほうが多いので、ローレンツ力は無視をすることが出来るそうだ。

884以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:51:48 ID:xJEh8Rbw
友「まあそんな訳で、霊波動で発生する力よりも悪霊に憑依されることのほうが危険なんだ」

男「それじゃあ、ポルターガイスト現象の何が問題なんだよ」

友「ローレンツ力が余剰次元を越えて作用する場合、俺たちが生活している3次元方向に継続した力を加えることが出来ないだろ。そうなると、ポルターガイスト現象が発生しないことになるじゃないか」

男「ああ、そっか!」

友「だから、少女さんが物理干渉をするためには、どうにかして3次元方向に作用させることが出来る電磁力を発生させる必要があるんだ」

男「でも水族館に行ったとき、少女さんはイルカにだけ触ることが出来ていたよなあ。さっきも言ったけど、どうやって説明するつもりなんだ?」

友「イルカには磁気感覚があるから、少女さんがどこにいるのか分かっていたんだ。そして、その方向に霊波動を飛ばして干渉していたんだろうな」

男「……まじか」

友「まじだ。今は仮説の段階だけど、そうとしか考えられない」

男「そんなことが出来るとか、イルカって頭が良いのレベルを超えてるだろ!」

885以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:52:28 ID:xJEh8Rbw
友「とりあえず、これで分かってくれたよな。普通の人間が幽霊に触ろうだなんて、どう考えても無理なんだ」

男「何か他に良い方法はないのか? 少女さんを保健室に運んでくれたときくらいの弱い霊具なら、悪い影響はまったくないんだろ」

友「俺の手袋でアレして、ナニするとか勘弁してくれ」

男「あ、ああ……まあ、そうだよな」


さすがにそういう事をされたら、俺も友だち付き合いを考えるレベルで嫌だ。
こんな話を真剣に聞いていろいろと考えてくれた訳だし、十二分に感謝するべきだろう。


友「とりあえず、今回ばかりは俺に出来ることはない。もしあるとしたら、それは成仏に失敗したときに除霊をする、その段取りだけだ」

男「分かった。すごく参考になったよ、ありがとう」

友「まあ、こればっかりは男と少女さんの問題なんだ。二人で解決してくれ」

男「ああ、そうするよ」

886以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:52:59 ID:xJEh8Rbw
男「ところで、少女さんはあのことを知っていたみたいだ」

友「そうらしいな」

男「そうらしいなって、どうして友が知ってるんだよ」

友「どうしてって、今朝、友香さんからメッセージが来たからだけど。昨日の放課後、少女さんが男の家に行って話したんだろ」

男「そうだけど、友香さんとラインもしていたのか!」

友「学校が違うから、ちょっとした話をするときに便利なんだ」

男「もしかして、もう付き合ってるとか?」

友「まだそんなんじゃねえよ」テレテレ

男「まだってことは、これから付き合う予定があるということだな」ニヤニヤ

友「それはまあ、今はいいじゃないか。俺は少女さんのこととか、友香さんの力になってあげたいだけなんだよ」

男「相談に乗ってもらっているうちに好きになるっていうのはよくある話だし、その調子で頑張れよ」

友「それは分かっているけど、男のほうこそ頑張れよ。少女さんがちゃんと成仏できるように」

男「そうだよな」

887以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:53:33 ID:xJEh8Rbw
友「ところでさあ、友香さんがみんなでお花見をしたいって言ってるんだけど、31日の予定は大丈夫かな」

男「金曜日に雪マークが付いていたけど、もうさくらが咲くのか」

友「彩川市の予想開花日が3月31日だから、ここもたぶん2分咲きくらいにはなっていると思う。もちろん行くだろ」


そういえば、水族館に行ったときにお花見をしたいと言っていたし、友香さんにとって少女さんと遊ぶことの出来る最後の機会だ。
俺が断る理由は何もない。


男「もちろん、行くに決まってるだろ」

友「そう言ってくれると思ったよ。それじゃあ、双妹ちゃんにも聞いてみるか」

888以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:54:59 ID:xJEh8Rbw
双妹の席に行くと、双妹は妹友さんと映画の情報誌を読んでいた。
明後日から春休みなので、遊びに行く予定を立てているのだろう。
今朝、登校中に俺もその話をしたら不機嫌そうに「生理が来るから週末は遠出を避けたい」と言っていたけど、今は少し機嫌が良さそうだ。


友「双妹ちゃん、ちょっと良いかな」

双妹「いいけど?」

友「友香さんがみんなでお花見をしたいって言ってるんだけど、31日の予定は大丈夫かな」

双妹「金曜日に雪マークが付いていたけど、もうさくらが咲くの?」

友「彩川市の予想開花日が3月31日だから、ここもたぶん2分咲きくらいにはなっていると思う」

双妹「あー、そっか……」

双妹「31日だね。私からも言うつもりだけど、友香さんに楽しみにしてるって言っておいてね」

友「分かった。ありがとう」

889以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:55:36 ID:xJEh8Rbw
妹友「お花見、いいな〜。でもさあ、2分咲きって寂しくない?」

双妹「そうだけど、いろいろ事情があって」

妹友「そういえば少女さんのこと、あれからどうなったの?」


俺たちに友香さんを紹介してくれたのは、妹友さんだ。
もともと話を振ったのは俺だし、少女さんのことを気にするのは当然のことだ。
しかし、すでに亡くなっているとは言いづらい。


男・双妹「……」

妹友「……そっか。まだ私たちと同い年なのにね」


妹友さんは俺たちの沈黙で察したらしく、表情に影を落とした。
俺は肩を落とし、詳細を伏せつつ事情を話すことにした。


男「それは悲しいことだけど、少女さんの想いは多くの人に繋がっているはずだから……」

妹友「そうだよね。私もそうだと思うよ」

890以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:56:37 ID:xJEh8Rbw
友「ところで、妹友さん! 春休みに友だちを遊びに誘いたいんだけど、何かお勧めの映画ってあるかな」

妹友「あのさあ、ちょっとは空気を読めないの?」

友「こんなの、わざとやってるに決まってるだろ」

双妹「もしかして、友香さんをデートに誘うつもりなの?!」

妹友「えっ、うそっ……友くんに彼女がいるの?! ええっ、信じられない!」

友「まだ彼女ってわけじゃないんだけど」アセアセ

双妹「まだってことは、これから彼女にする予定があるってことなんだ」

妹友「だったら、この映画なんてどうかな。4月29日に後編も上映されるから、次のデートにも誘いやすくなると思うよ」

双妹「そうだね。ちなみに、このループものの映画は避けるべきだと思う。人気はあるみたいだけど、今の友香さんにはお勧めできないから」

男「俺としては、このラブコメはあまりお勧めできないな。ストーリーは面白いんだけど、女性客ばかりで居心地が悪かったから」

友「みんな、ありがとう。参考にしてみるよ」

双妹「相談に乗ってもらっているうちに好きになるっていうのはよくある話だし、その調子で頑張ってね」

妹友「新学期になったら、報告よろしくね〜」

891以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:57:45 ID:xJEh8Rbw
〜自宅・部屋〜
三学期最後の授業が終わり、家に帰ってごろごろしていると、双妹が部屋に入ってきた。
何やら緊張した面持ちをしていて、ただならぬ雰囲気をかもし出している。


男「何かあったのか」


俺は身体を起こし、ベッドに腰をかけた。
すると、双妹はおもむろに俺の隣に座った。


双妹「少女さんのことでちょっと……」

男「少女さんのこと?」

双妹「本当は昨日、話しておくべきだったのかもしれないけど、何となく言い出しにくくて」

男「成仏をする方法のこと――か」

双妹「……うん」

892以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:58:22 ID:xJEh8Rbw
双妹「少女さんは幽霊だから、私は男と少女さんの恋愛を認めない。だけど、少女さんの気持ちには応えたいと思っているの。同い年なのに臓器提供の意思表示をしていて、そんな少女さんのことは尊敬しているから」

男「そのことは本当に凄いと思う」

双妹「そうだよね。私は死んだ後のことだとしても、臓器提供なんて絶対に出来ないもん」

男「俺もだ。臓器を摘出するっていうのが怖いよな」

双妹「そうそう」

双妹「だからね、私は『心の拒絶反応を和らげてあげたい』っていう少女さんのことを応援することにしたの」


なるほど。
少女さんと双妹は、臓器移植をした人に会うことなく気持ちを伝える方法を考えていたのか。

893以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:58:52 ID:xJEh8Rbw
男「もしかして、臓器移植をした人には少女さんの幽体があるから霊波動が影響するとか、そういうことを考えているのか?」

双妹「少し違うかな。レシピエントの人が持っている少女さんの幽体は少女さんの霊魂と繋がっていないんでしょ。だから、霊波動が影響するとは思えない」

男「言われてみれば、そうだな。それじゃあ、どうやって気持ちを伝えるつもりなんだ」

双妹「それは少女さんが話すべきだと思うし、だから私はその……男にこれを渡しておきたいの」


双妹はそう言うと、部屋着のポケットから小さな箱を取り出した。
俺はそれを受け取り、やや緊張している双妹の顔を見る。
これが何なのか、今さら聞くまでもない。
コンドームだ。

894以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:59:22 ID:xJEh8Rbw
双妹「分かっていると思うけど、あと3個残ってる。それは私と男が一緒に買ったようなものだし、残りは男が自由に使ってくれて良いから」

男「ちょっと待てよ。双妹は俺と少女さんの交際を認めていないんだろ。だったら、どうして」

双妹「どうしてって、私が二人の交際を認めていなくても、少女さんとセックスをするのなら必要になるでしょ。もしかして、少女さんが妊娠しないからって、コンドームを着けずにするつもりだったの?」

男「そのときは……着けるに決まってるだろ」

双妹「そのつもりだったのなら良いんだけど、少女さんが幽霊だとしても、着けるのが最低限のマナーなんだからね」

男「ああ、分かってるよ」

双妹「それで、男は本当に少女さんとそういうことが出来ると思ってる?」

男「少女さんにポルターガイストを起こすほどの力があれば可能性はあるみたいなんだけど、どうやら難しそうだ」

双妹「ふうん、そうなんだ」

895以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 21:59:54 ID:xJEh8Rbw
双妹「私ね、考えたんだけど、挿入することだけがセックスではないと思うの」

男「どういうことだよ」

双妹「中学2年生のとき、あの夜、私は寂しくて男に甘えたの」


中学2年生のときの『あの夜』といえば、ひとつしかない。
失恋して様子がおかしかった双妹が、抑えていた気持ちを俺に打ち明けた日だ。


双妹「最初はセックスをしてみたかっただけなんだけど、男がいっぱい話を聞いてくれて、私の気持ちを受け止めてくれて――。あのとき、私はすごく心が満たされた」

双妹「男にとってセックスは挿入して射精することかもしれないけど、それはスキンシップの方法のひとつでしかなくて、一番大切なことは愛されていると感じ合うことなんだと思う」

双妹「私はね、心が大好きでいっぱいに満たされて、男が私で射精してくれたときにすごく幸せを感じるんだよ// それは……少女さんも同じなんじゃないかなあ」

896以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:00:24 ID:xJEh8Rbw
男「愛されていると感じ合う――か」

双妹「そうだよ。ちなみに、私はお兄ちゃんのことが大好きないけない妹だから、そのことは忘れないでね//」


双妹は頬を上気させて、上目遣いで俺を見詰めてきた。
少女さんの未練を叶えてあげたいという気持ちはあるけれど、最近は気持ちが離れているような感じがする。
やっぱり、俺が一番大切にしたいと思える女性は双妹だけなのかもしれない。


男「分かってるよ。双妹の気持ちは俺と同じだから」

双妹「えへへ// それじゃあ、私は晩ご飯の手伝いをしてくるわね♪」


双妹は勢いよく立ち上がると、軽快な足取りで部屋を出て行った。
そういえば結局、どうやって臓器移植をした人に会うことなく気持ちを伝えるのか分からなかった。
双妹は少女さんが話すべきだと言っていたし、明日聞いてみることにしよう。
俺はそう考えつつ、コンドームを洋服ダンスの引き出しに片付けた。

897以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:01:31 ID:xJEh8Rbw
(3月24日)thu
〜学校・少女さん〜
校長先生「おはようございます。いよいよ、平成××年度修了式の日を迎えました。皆さんの先輩方は先日卒業し、普通科と福祉科は3年間、看護科は看護専攻科を経て5年間、雨の日も雪の日も負けることなく勤勉に頑張り続け、それぞれの夢に向かって羽ばたいて行きました。卒業式でも話しましたが――」


看護科1年生、三学期の修了式。
私は校長先生の言葉に耳を傾け、この1年間の出来事を思い返す。

合格した嬉しさと緊張に包まれていた入学式。
友香ちゃんに出会って仲良くなり、クラスのみんなと打ち解けた初夏の日。
そして夏になり、秋になり、楽しかった文化祭。
その一方でレポートの提出に追われ、実習の授業では難しい課題も増えてきて、苦しい日が何度もあった。

だけど、私の望む姿はその先にある。
そう信じていたから、頑張り続けることが出来た。

それなのに――。
看護師になる夢は絶たれてしまった。

898以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:02:10 ID:xJEh8Rbw
校長先生「しかしながら、この冬、大変悲しい出来事が起こってしまいました。我々、北倉高校の仲間である普通科1年生の少年くんと看護科1年生の少女さんが他界し、永い眠りに就くことになってしまいました。連日の報道やインターネット上の書き込みなどにより、心を痛めている人も少なくはないでしょう」

校長先生「我が校は看護教育5年一貫校として伝統があり、生命の尊厳と向き合い確かな技術を磨くことで、医療に携わる者として必要な看護の心を育んでいます。皆さんに今一度考えてほしいことは、たった一つしかない命とどのように向き合うべきなのかということです」


2月13日に私は自殺をした。
校長先生の話で思い出したのか、クラスのみんながすすり泣きを始めた。
普通科の方からもすすり泣く声が聞こえてくる。

私のために涙を流してくれている。
少年くんのために泣いている人がいる。


「全校生徒、1分間黙祷――」


みんなの気持ち、ちゃんと届いたよ。
この1年間、一緒に頑張ることが出来て楽しかったです。
私は今日で終わりだけど、みんなはこれからも頑張ってね!
本当に……本当に、ありがとう。

899以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:02:50 ID:xJEh8Rbw
〜通学路・少女さん〜
三学期の修了式が終わり、友香ちゃんと一緒に北倉駅に向かう。
校門をくぐり、少し歩いたところで立ち止まる。
そして、私は校舎を見上げた。

この1年間、私が頑張ったことの証。
今学年の成績表はお母さんが受け取りに来ているようだ。
駐車場に車が止められていたし、どんなことが書かれているのか楽しみだ。


友香「今日で学校も終わりだね」

少女「……うん」

友香「何だか、まだ信じられないよ……」


友香ちゃんが話しかけてきたので、私は振り返り再び歩き始める。
今日まで毎日のように歩いていた通学路は、明日から歩くことはない。
こうして友香ちゃんと一緒に帰るのも、今日で最後だ。

900以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:03:25 ID:xJEh8Rbw
友香「今日この後なんだけど、何か予定ある? なければ、ちょっと相談に乗って欲しいことがあって……」

少女「今日は男くんが家に来てくれることになっているの。だから、その後でもいいかなあ」

友香「……そうなんだ。それじゃあ、別にいいよ。大したことじゃないし」

少女「ごめんね。明日なら大丈夫だから、10時に友香ちゃんの家に行くってことで良いかな」

友香「じゃあ、近所のバス停で待ってるから」

少女「うん。それにしても、友香ちゃんが私に相談したいことって何なの?」

友香「それは……まあ、ちょっと…………」

少女「もしかして、恋の悩みだったりして〜♪」

友香「んなっ!?」

少女「えっ?! ああ、そうなんだ。ふうん、へえぇっ〜」ニヤニヤ

901以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:04:29 ID:xJEh8Rbw
友香「友くんとはまだそういうのじゃないし。少女のことで助けてもらっているだけだし!」アセアセ

少女「やっぱり、友くんのことなんだ」

友香「〜〜//」

少女「紹介した私が言うのもアレだけど、ちょっと意外かも。最初はあんなに嫌がっていたのに」

友香「私だって、びっくりしてるもん。でも、ホワイトデーのお返しを一緒に買いに行ってから、気持ちがもやもやするようになって――」

少女「それで?」

友香「双妹さんとはただの幼馴染らしいし、誰かを助けるために頑張ることが出来る人って素敵だな〜と思うんだよね」

少女「友くんって、すごく親身になってくれるもんね」

友香「そうそう。それに波長が合うっていうか、この前も友くんが――」


気持ちが昂ぶってきたらしく、友香ちゃんが饒舌に話し始めた。
友香ちゃんは小学生のときにお母さんを亡くしたらしいので、陽気な性格の裏側に感傷的な一面が隠されている。
だけど、この様子だと安心して別れることが出来そうだ。

902以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:05:19 ID:xJEh8Rbw
少女「友香ちゃん。私はもうすぐいなくなるけど、その……友くんと上手く行くといいよね」

友香「う……うん…………//」

少女「それじゃあ、明日は友香ちゃんの家で作戦会議だね!」

友香「……」

少女「あれっ、どうかした?」

友香「私は少女が悪霊になるなんて思えない。本当に成仏しないといけないのかな」

少女「……」

少女「友くんによれば、私は四十九日を過ぎてしまうと魂が壊れてしまうんだって。ドナーになったことは関係ないんだけど、私は普通の幽霊よりも幽体が少ないから、生きている人の霊波動の影響で霊魂が傷付きやすいらしいの」

友香「どうにも……ならないんだ」

少女「私も出来ることなら、ずっと一緒にいたい。だけど、私はもう死んでいるんだよ。それにね、私はやりたい事を見つけたの」

友香「やりたい事?」

903以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:05:53 ID:xJEh8Rbw
少女「臓器移植を受けたレシピエントさんの中には、ドナーである私が死んで自分だけが生きていることに罪悪感を感じている人がいるかもしれないでしょ。それに、私のことを悲しみに沈んで自殺を選んでしまった不幸な女子高生だと考えている人がいるかもしれない」

少女「だからね、本当の私は不幸なんかじゃなくて、多くの人にこんなにも愛されていたんだよってことを知ってもらいたいの。そして、臓器提供と組織提供をした私の気持ちを伝えたい」

少女「そのためには成仏しなければならないの。私のこと、応援してくれるよね?」

友香「……」

友香「そんなことを言われたら、断るなんて出来るわけがないじゃないっ」

少女「ありがとう」

友香「私のお母さんもそんな気持ちだったのかな……」

少女「そうだと思うよ」

友香「そう、だよね」


北倉駅の駅舎に入り、友香ちゃんは寂しげに微笑んだ。
私は立ち止まり、ふわりと通学路を振り返る。
そして、決意を胸に有人改札を通り抜けた。

904以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:06:25 ID:xJEh8Rbw
〜自宅・少女さん〜
友香ちゃんと別れて家に帰ると、お姉ちゃんとメイちゃんが遊びに来ていた。
お姉ちゃんは大事なときなんだから大人しくしていればいいのに、家でじっとしているということは出来ないのだろうか。
だけど、こうしてまた会えたことがうれしかった。


姪っ子「ねえね!」

少女「うん、ねえねだよ。何して遊ぶ?」

姪っ子「え〜っとね、おにごっこ♪」


私が憑依して姿を見せると、メイちゃんは子どもらしく跳んだりはねたり元気に走り始めた。
どうやら、追いかけっこをしたいらしい。
ねえねは憑依霊だから、いくら逃げても追いかけちゃうぞ〜♪


姪っ子「ふえぇ……」オロオロ

姪っ子「きゃっはあ〜〜!」タタタッ

少女「待てまてーっ」

905以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:06:57 ID:xJEh8Rbw
ピンポ〜ン♪
メイちゃんの相手をしてあげていると、来客のチャイムが鳴った。
私はメイちゃんから離れられる距離を広げて玄関に行き、後から来たお姉ちゃんがドアを開ける。


少女「男くん、いらっしゃい♪」

少女姉「どちら様ですか?」

男「こんにちは、男です。今日は先日のお礼をしたくて伺いました」

少女姉「あー、あなたが少女の彼氏さんね。こんにちは、どうぞ上がってください」

男「お邪魔します」

少女「メイちゃん、ご挨拶は?」

姪っ子「……こんにちわ!」ペコッ

男「こんにちは」

少女姉「ふふっ。めいちゃん、自分から挨拶できたね」ナデナデ

姪っ子「うにゅぅ……」

906以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:07:56 ID:xJEh8Rbw
少女姉「それじゃあ、どうぞこちらです」


お姉ちゃんの先導で、私たちは仏間に向かう。
そして一緒に仏間に入ると、男くんはお仏壇の前に座ってお焼香をしてくれた。
お香の薫りが広がり、私も静かに手を合わせる。
自分に哀悼の意を表するのは何だか不思議な気分だ。


少女姉「男くん、今日はありがとうございました。少女も喜んでいると思います」

男「はい」

少女姉「それで先日のお礼とは、どういったご用件でしょうか。母もいればよかったのですけど、あいにく今は妹の学校に行ってまして――」

男「そうなんですね。実は、少女さんにバレンタインデーのチョコをいただいて、今日はそのお礼に――」

少女姉「……ちょっと、ごめんなさい」


お姉ちゃんは男くんの言葉を遮ると、口元を押さえながら気だるそうに仏間を出て行った。
もしかしたら、お線香の匂いで気分が悪くなってしまったのかもしれない。

907以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:08:26 ID:xJEh8Rbw
姪っ子「ねえね。ママはどうしたの?」

少女「ママはね、メイちゃんがお姉ちゃんになれるように頑張っているんだよ。だからメイちゃんもお部屋のお片づけをしたり、ママのお手伝いを頑張ろうね」

姪っ子「……うんっ!」


メイちゃんは可愛い笑顔で、とてとてと仏間を出て行った。
きっと、お姉ちゃんが心配で様子を見に行ったのだろう。


男「少女さんのお姉さん、俺には少し気分が悪いように見えたんだけど……」

少女「今はつわりが始まる時期だから、多分お線香の匂いが駄目だったんだと思う。少し寒いけど、換気をしてあげてください」

男「……ああ、そういうことか」

少女「それはそうと、バレンタインデーのお礼って何なんですか」

908以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:09:23 ID:xJEh8Rbw
男「この前の3連休、少女さんに何をプレゼントすればいいのか考えて、これを買ってきたんだ」


男くんはそう言いながら、通学鞄からラッピング包装をされたヘアピンを取り出した。
さくらの花のモチーフがとても印象的で、淡いピンク色が暖かくて可愛らしい。


男「みんなでお花見に行くことになるとは思っていなかったから被ってしまったけど、少女さんに春を感じてもらいたくて」

少女「男くん、ありがとう」

男「喜んでもらえてよかったよ。開けたほうがいいかな」

少女「お供えしてくれたら、そのままでも大丈夫だよ。着けてみるね!」


前髪をヘアピンで留めて、ちょっとしたヘアアレンジ。
私はそんなイメージを思い浮かべると、幽体の見た目を変化させた。
これで、ちょっと春らしくおしゃれな感じを演出できたと思う。

909以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:09:57 ID:xJEh8Rbw
少女「どうかなあ。似合ってる?」

男「すごく似合ってるよ」

少女「えへへ//」


私は満面の笑みを浮かべ、男くんににじり寄った。
すると、男くんが戸惑った様子で手を重ねてきた。
今はメイちゃんに憑依しているので、男くんに感覚を伝えることは出来ない。

だけど、私の気持ちは伝わっている。
そして、男くんの気持ちが伝わってくる。

そう思ったところで、ふと疑問が湧いてきた。

男くんは双妹さんからバレンタインチョコを貰っているので、双妹さんにもお返しをしているはずだ。
だとしたら、男くんは双妹さんと一緒に買い物をしていた可能性が高い。
バレンタインデーのときがそうだったし、今回も絶対に同じだと思う。

……はあっ。
男くんが私の未練を叶えようとしてくれているのは、すごくうれしい。
それなのに、どうして双妹さんの事で悩まないといけないのだろう。

910以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:10:32 ID:xJEh8Rbw
姪っ子「わわっ、ねえねがキスをしようとしてる!」


メイちゃんの驚く声が聞こえて、私は慌てて男くんから離れた。
いつの間に戻ってきたの?!
というか、キスなんてしないしっ!!


姪っ子「ねえねもママといっしょだね。だいすきだからキスをするの?」

少女「……ええっ?! そ、そうだね」アセアセ

姪っ子「えへへ〜。めいのパパとママもね、だいすきだからいつもチューってしてるんだよ! すごくラブラブなのっ♪」

少女姉「ちょっ?! めいちゃん! その……娘がとんでもないことを言ってしまって、本当にすみません」

男「い、いえ……大丈夫です…………」


お姉ちゃんは慌てて戻ってくると、メイちゃんをたしなめて、私の遺影に悲しげな視線を向けた。
私は今もここにいる。
だけどお姉ちゃんの主観では、男くんは好きな人と死に別れてしまった男性なのだ。

911以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:11:08 ID:xJEh8Rbw
少女姉「あの……もしよろしければ、お菓子でもいかがですか」


お姉ちゃんは持っていたお盆を座卓に置き、あんころ餅とコーヒーを並べた。
男くんが「いただきます」と言って手を伸ばし、メイちゃんが物欲しげにそれを見る。


少女姉「ところで、そのヘアピンが先ほど言われていた少女へのお礼ですか」

男「……はい。遅くなってしまったけど、バレンタインデーのお礼をしたくて」

少女姉「少女のためにありがとうございます」

男「いえ、少女さんのことがその……好きだから」

少女姉「そっか、好きなんだ」

912以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:12:07 ID:xJEh8Rbw
少女姉「めいちゃん。冷蔵庫にお菓子とジュースが入っているから、1つだけ食べていいわよ」

姪っ子「わ〜い♪」トテトテ


男くんをうらやましそうに見ていたメイちゃんは、すぐに仏間を出て行った。
こんな時間にお菓子を食べて、お昼ご飯は食べられるのだろうか。
ちょっと心配かも。


少女姉「男くん。もしかしたら不思議に思っているかもしれないけど、少女の姉にしてはおばさんっぽく見えるでしょ」

男「そ、そんなことないです! 少女さんのあどけない雰囲気が消えた感じで、すごく美人だと思います」

少女姉「ふふっ、お上手ねえ」

少女姉「もうむかしの話なんだけど、私はお母さんが妹を妊娠したとき、すごく嫌だと思ったの。それでお母さんと何度も口論をして、妹なんて生まれてこなければいいって思ってた」


唐突にお姉ちゃんがしんみりと語り始めた。
私のことが嫌だったって、どういうことなんだろう。

913以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:12:40 ID:xJEh8Rbw
男「あの……それって、どうしてですか」

少女姉「高校生の男の子に話すようなことじゃないかもしれないけど、ちょうどそういうことに興味が出てくる年頃だったの。クラスのみんなに噂されるし、私はそんなことをしていた両親が気持ち悪くてすごく恥ずかしかった」

少女姉「少女が生まれてからはそんな気持ちも落ち着いて、それなりに可愛がってあげていたんだけど、大学生になって東京で一人暮らしを始めてからは実家に帰らないようにしていたんです」

少女姉「それから5年前に結婚して主人とこっちで暮らすことになって、娘を妊娠したときに少女は何を言ったと思う?」

少女姉「お姉ちゃんおめでとうって、心から祝福してくれたのよ。その言葉を聞いたとき、同じ年頃のときに気持ち悪いと思っていた自分が、ものすごく恥ずかしかった」

少女姉「だから、娘には夫婦で愛し合うことはとても素敵なことだと教えてあげたいんです。そして、尊い生命を慈しむことが出来るような、そんな優しい女性に育って欲しいと思っています」

914以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:13:10 ID:xJEh8Rbw
男「めいちゃん……は、少女さんが亡くなったことを分かっているんですか」

少女姉「悲しいことが起きたことは理解しているみたいだけど、娘にはまだ難しいんじゃないかしら。だから、大きくなったら少女の優しさを伝えてあげたいです」

少女姉「男くんも少女のことは本当に不幸で悲しいことだけど、お姉さんは新しい恋を探してほしいと思っています。そして、いつか心から愛した女性と幸せな家庭を築いて欲しいです。少女のために、いつまでも立ち止まっていることがないようにお願いします――」

男「そう……ですよね。先日、母にも同じようなことを言われました。でも、今は少女さんのことを想っていたいんです」

少女姉「お姉さんも今はそれで良いと思うよ」

少女「……」

915以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:13:42 ID:xJEh8Rbw
姪っ子「ママー! じゅーすがこぼれたあ」

少女姉「それじゃあ、ごゆっくりしてください」


お姉ちゃんはそう言い残し、仏間を出て行った。

新しい恋を探してほしい――か。
私はもう死んでいるから、男くんの未来を奪ってしまう訳にはいかない。
そのことは私も分かっているつもりだし、温かい家庭を築いているお姉ちゃんの言葉は心に重く圧し掛かってくる。


少女「男くん、あとで話したいことがあります」


私はそう言って、お供えされたヘアピンを見詰めた。
さくらの花のモチーフがとても印象的で、それは私に別れが来ることを予感させた。

916以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:14:13 ID:xJEh8Rbw
〜住宅街・少女さん〜
男くんと一緒にメイちゃんの遊び相手をしてあげて、お昼前に男くんは家に帰ることになった。
私はメイちゃんへの憑依を解いて、男くんと住宅街を歩く。


男「少女さん。よければ、俺の家に来ない?」

少女「外は寒いし、そうさせてもらいます」


そう答えると、男くんが手をつなごうとしてきた。
何度か手がすり抜けて、私は男くんの気持ちを察して憑依し、運動神経を操作して触覚を伝える。
こうすれば、擬似的に手をつないで歩くことが出来る。

しかし、私には触れているという感覚はまったくない。
きっと今の私では霊的な力が弱いということなのだろう。

917以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:14:52 ID:xJEh8Rbw
男「そういえばさあ、友がポルターガイスト現象を起こせば触ることが出来るかもしれないって言ってたんだけど、どう思う?」

少女「ポルターガイスト現象?」

男「漫画とか小説でよくあるだろ。幽霊が物に触ったり、家具を浮かせて吹き飛ばしたりする場面」

少女「ありますねえ」

男「この前、少女さんが霊波動は電磁波に性質が似ていると言っていたけど、友によれば、フレミングの左手の法則と同じ原理でポルターガイスト現象を起こせる可能性があるらしいんだ」

少女「そんなことが出来るんですか」

男「あくまでも可能性なんだけどね。ちなみに、少女さんはイルカに触ることが出来ただろ。実はあれ、イルカが少女さんに向けて霊波動を飛ばして触れるようにしていたかららしい」

少女「ええぇっ?!」

男「イルカって、すごいだろ」

少女「そうですね」

918以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:15:36 ID:xJEh8Rbw
男「それで早速だけど、少女さんもポルターガイスト現象を起こすことが出来るかどうか試してみない?」

少女「フレミングの左手の法則って、中学校の理科で勉強したアレですよねえ」


私はそう言って、左手を電磁力の覚え方の形に合わせてみた。
そして、首を傾げる。
これって、この指と同じ方向に電流を流したり磁界の向きを調整したりしないといけないんでしょ。


男「やっぱり難しい?」

少女「ごめんなさい。ポルターガイストは出来る気がしないです」

男「そっか」

少女「でも、イルカさんの話には興味があります。人通りが増えてきたのであとで話しますけど、私が触れるようになるかもしれない方法があるんです」

919以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:16:10 ID:xJEh8Rbw
〜男くんの部屋・少女さん〜
少女「お邪魔します♪」

男「……」


男くんの家に着き、私は男くんに案内されて部屋に入った。
すると、ドア付近でなぜか男くんが私の様子を窺っていることに気がついた。


少女「どうかしましたか?」

男「いや、その……何でもないよ」

少女「それならいいんですけど、あの日のことなら気にしていませんから」

男「……あ、ああ…………ごめん」

少女「それじゃあ、お話の続きをしませんか」

男「そうだな」

920以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:17:01 ID:xJEh8Rbw
少女「実は昨日の放課後、友くんの家の神社に行って、双妹さんと話し合った方法で未練を叶えることができるのか、巫女さんに相談に乗ってもらったんです」

男「巫女さんに?」

少女「はい、友くんにはちょっと相談しづらいことだから――。それで、男くんは私が英語の授業中に倒れてしまったことがあるのを覚えていますか?」

男「もちろん、覚えてるよ」

少女「良かった〜。男くんも覚えていてくれたんだね//」

男「当たり前だろ」

少女「あのとき私が激痛で倒れてしまったのは、私の肉体から臓器を摘出する手術をしていたからなんです。そのときに私の肉体に残っていた幽体が人為的に切り離されて、その情報が私の幽体に激痛として伝わってきたんです」

男「えっ?」

少女「つまり、私の幽体とレシピエントさんが持っている私の幽体は、今もつながっているんです」

921以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:17:56 ID:xJEh8Rbw
男「ちょっと待てよ! それって、少女さんがまだ生きていたから痛みを感じて苦しんだってこと?!」

少女「そうかもしれませんね」

男「そんなの人殺しと同じじゃないか!」

少女「私の意志を汲んで家族みんなが納得してくれたのだから、殺人にはなりません。脳死は人の死と認められていますし、幽体が残っているなんて普通は知りようがないから、そのことは男くんにも受け入れてもらいたいです」

男「でも、あのときの少女さんは本当に苦しそうだったから――」

少女「新しい生命を育んで出産するとき、女性は痛みを伴うものなんです。臓器の提供もそれと同じなのかもしれません。だから、あのときの苦しみは今の私にとって願いそのものなんです」

男「……ごめん」

少女「それでですね、もし私が自分の幽体を切り離したとしたら、あのときとは逆に、私の幽体の情報がレシピエントさんに伝わると思いませんか」

男「確かにその可能性はあると思う。心臓移植をした人にドナーの記憶が転移する話はすごく有名だし」

少女「そうですよね! それで巫女さんに聞いてみたら、私の幽体の情報がレシピエントさんに伝わることが分かったんです」

922以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:18:26 ID:xJEh8Rbw
男「そうなんだ。でも、どうしてそんなことが――」

少女「私もよく分からないんですけど、私の幽体とレシピエントさんが持っている私の幽体は最初は同じひとつの幽体だったので、量子テレポーテーションに近い現象が起きるのだそうです」

男「量子テレポーテーション?!」

少女「うまく説明できるか分からないけど……」

少女「私は幽体の状態を変えることが出来るので、私の幽体は量子的に重ね合わせの状態にあると言うことが出来るそうです。そして私の幽体の一部を切り離してそれを観測すると、その瞬間に私の幽体がどんな状態だったのか確定します」

男「う……うん」

少女「すると、レシピエントさんが持っている私の幽体は私と同じものなので、その瞬間、私が切り離した幽体と同じ状態になるのだそうです」

少女「こんな感じで私の幽体の情報が伝わると、必ずレシピエントさんの精神に何らかの影響を与えます。これを繰り返すことで、私はたくさんの気持ちをレシピエントさんに伝えることが出来るんです」

923以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:19:10 ID:xJEh8Rbw
男「量子的とか状態が確定するとか、難しすぎてピンと来ないんだけど」

少女「たぶん、双子のテレパシーみたいなものなのだと思います。男くんと双妹さんは魂レベルで同じだから、離れていても心が通じ合っているんですよねえ」

男「ああ、そう言われると分かりやすいかも」

少女「とりあえず、そういうことみたいです」

男「でも未練を叶えるためとはいえ、幽体を切り離して大丈夫?」

少女「切り離すという言い方をしたので少し怖い感じだけど、実際は着ている服を脱いでいくイメージなので大丈夫です。私が苦しい思いをしてそれがレシピエントさんに伝わってしまうと、意味がありませんから」

男「まあ、そっか。そう……だよな…………」

924以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:19:42 ID:xJEh8Rbw
少女「それでですね、私が幽体を脱いでいくと、私を包んでいる幽体が減っていくので霊的な力が強くなっていきます。そうなると、男くんが私に触ることが出来るようになるんです」

男「ええっ?!」


触ることが出来るようになると言うと、男くんが今日一番の驚きを見せた。
きっと、男くんはそういうことが出来ると期待してくれているんだよね。
だけどそのためには、最後の一歩を踏み出す勇気がなければならない。


少女「男くんは今、双妹さんのブレスレットで私の霊波動と共振しやすい状態になっています。それはつまり、私自身も男くんの霊波動の影響を受けやすくなっているということなんです」

少女「そしてすべての幽体を脱ぎ捨てたとき、私は成仏をします」

男「成仏をする……か」

男「ひとつ聞きたいんだけど、幽体を脱ぎ捨てたら霊的な力が強くなるだけじゃなくて、霊波動の影響も受けやすくなるんだよな。それって、魂が傷付いて壊れてしまう可能性があるってことじゃないの?」

925以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:20:17 ID:xJEh8Rbw
少女「……」

少女「それは四十九日を越えてしまった場合の話ですよ」

男「いや、少女さんが除霊が出来る手袋でダメージを受けたってことは、魂が壊れてしまうことに四十九日は関係ないってことだろ。一昨日の夜に送ってあげたとき、最後の一歩を踏み出す勇気があれば未練が叶うと言っていたけど、あれはこのことだったんだな」

少女「……うん、男くんが考えている通りだよ。でもっ! 私は魂が壊れてしまうとしても、レシピエントさんに気持ちを伝えたい。そして、最後に男くんと触れ合いたい!」

男「だからって、魂が壊れてしまったら意味がないんじゃないかな」

少女「私は4月1日を越えてしまうと悪霊になってしまうし、魂も壊れて消えてしまうんだよ。そうなったら私の想いを届けることが出来ないし、男くんと触れ合うことも出来なくなる」

少女「そんなの絶対に嫌だ!」

926以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:20:50 ID:xJEh8Rbw
きっと、私は双妹さんに試されているのだ。
今は気持ちに迷いがあるけれど、だからこそ立ち止まるわけにはいかない。
たとえ魂が壊れてしまう可能性があるのだとしても、私は前に進み続けるんだ。


男「ああ、そうか。双妹は少女さんのことも心配していたのか」

少女「それって、どういうことですか」

男「昨日、いろいろとアドバイスをされたんだ」

少女「へえ、そうなんだ。双妹さんが私のことでアドバイスをするだなんて、珍しいですよね。どんなことを言われたんですか?」

男「それはまあ、教えるようなことじゃないし」

少女「……」

少女「そっか、秘密なんだ……」

927以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:21:28 ID:xJEh8Rbw
アドバイスの内容は分からない。
だけど、これでいくつかはっきりした。
双妹さんは背徳感によるドキドキを愛情だと錯覚しているのではなくて、本気で男くんのことが好きなのだ。

そして、男くんはそんな双妹さんを異性として受け入れている。
さっきお姉ちゃんに「私のことを好きだ」と言ってくれたけど、明らかに言い淀んでいる感じだった。
それは、私への気持ちが離れ始めている証拠なのかもしれない。

ジェネティック・セクシュアル・アトラクション。
状況は少し違うけれど、男くんと双妹さんは異性一卵性双生児として生まれてきたせいでその心理的作用が優位に働き、兄妹でありながらお互いに性的な魅力を感じて惹かれ合っている。
そんな二人に対して私が生きた証を残すためには、最期に何をすれば良いのだろう。
あの日からずっと考えているけど、本当に男くんのことが好きだという気持ちを貫くだけで良いのだろうか――。

928以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:22:00 ID:xJEh8Rbw
(3月28日)mon
〜市街地〜
少女さんが普通の浮遊霊として現世に留まっていられる、最後の1週間。
俺はようやく部活動停止処分から復帰し、久しぶりに部活動に参加することが出来た。
その帰り道、少女さんが真剣な表情で話しかけてきた。


少女「ねえ、男くん。ふと思ったんだけど、春休みが終わったら2年生になるんですよねえ」

男「そうだけど、それがどうかした?」

少女「男くんは将来の夢とか目標は考えているんですか?」

男「……将来の夢?」

少女「はい。双妹さんは保育士になるために勉強をしているんですよねえ」

929以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:22:37 ID:xJEh8Rbw
男「これって言うのはまだないんだけど、双妹や少女さんを見ていて、今は俺も誰かを助ける仕事をしたいなって思ってる」


双妹は双子研究に協力している関係で、小さい子どもたちの力になりたいと考えている。
少女さんは看護師になる夢を叶えることは出来なかったけれど、ドナーとして多くの人の命を救う仕事をやり遂げた。
だから、俺も誰かの命を助ける仕事をしたいと思う。


少女「もしかして、福祉系の仕事をしたいってことですか」

男「いや、福祉系じゃなくて医療分野で設計の仕事をしてみたいんだ。双子研究に協力している関係で医療系の仕事に興味があるし、親父の書斎に行けば専門書がたくさんあるから――」

少女「その仕事、すごく良いと思います! 目標が決まったのなら、今度はそれに向かって頑張らないといけないですね」

男「そうだな。俺も頑張るよ!」

少女「うん♪ 私も応援してるから頑張ってね」

930以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:23:10 ID:xJEh8Rbw
少女「それにしても、みんな、こうして未来に向かって生きていくんだよね――」

男「未来に向かって、か」

少女「この土日なんだけど、中学生のときの友達が弔問に来てくれたの。それから夜に夢枕に立って話をしたんだけど、みんな充実した高校生活を送っているようですごく楽しかった」

男「ふうん、そうなんだ」

少女「私が自殺をしたことを知ってつらい想いをさせたかもしれないけど、私の気持ちはみんなに届いたと思う。男くんと……双妹さんのおかげだよ」

少女「――本当にありがとう」


少女さんは俺に振り向き、満面の笑みを浮かべた。
そして手をつなぎ、春らしい青空を見上げて想いを馳せる。

931以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:23:45 ID:xJEh8Rbw
少女「レシピエントさんにも私の気持ちは届くかなあ」

男「きっと大丈夫だ」


少女さんの生きた証――。
その最後の願いは、俺が頑張らなければ叶える事は出来ない。
少女さんが望むのなら、オトコの俺がリードしてあげなければならないのだと思う。


男「木曜日なんだけど、お花見が終わったら俺の家に来てほしいんだ。最後の夜だし、少女さんと一緒に話をしたいから」

少女「う……うん…………」

男「そ……それじゃあ、今週は春休みを満喫しよう!」


俺は学校前の駅で北倉駅までの切符を買い、二人で繁華街に遊びに行くことにした。
最後の1週間、いろんなことをして楽しもう。
少女さんが成仏をするそのときに後悔だけはさせないように。

932以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:24:45 ID:xJEh8Rbw
(3月31日)thu
〜最寄り駅〜
楽しい時間はあっという間に過ぎて、ついにみんなでお花見に行く日になった。
空には雲が広がっているけれど、雨の予報ではないので晴れていると言って差し支えないだろう。
彩川市では桜が開花したらしいし、今日は絶好のお花見日和だ。
そう思いつつ最寄り駅に行くと、南側の出入り口で待ってくれていた少女さんが爽やかな笑顔で飛んで来た。


男「少女さん、おはよう」

少女「おはよう♪」

双妹「おはよう、今日は晴れて良かったわね」

少女「そうだね。お昼には暖かくなるらしいし、コートを脱がないと暑くなりそうかも」

双妹「幽霊なのに?」

少女「そこは話を合わせてくださいよ」

双妹「まあ、確かに今の季節は着て行く物に困るよね」

少女「そうそう。昼間は暖かいけど夜は冷え込むし――」


少女さんと双妹はおしゃべりをしつつ、有人改札に向かう。
ところどころ棘があるけれど、ちょっとは仲良くなってくれたようだ。

933以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:25:18 ID:xJEh8Rbw
〜北倉駅・バス停〜
北倉駅に着いて待ち合わせ場所に向かうと、すでに友と友香さんが待っていた。
どうやら、俺たちよりも早い時間の電車に乗ってきたらしい。
そして二人が俺たちに気付き、お互いに挨拶を交わした。


友「今さあ、さくらの開花情報を調べていたんだけど、今は2分咲きになっているらしい」

男・双妹「へえ、ちゃんと咲いてるんだ」

少女「良かった〜。お天気にも恵まれたし、お花見日和だね」

友香「そうだね。今日が最後だし、思いっきり遊びましょ!」

少女「お〜っ!!」

男「何だか、少女さん。いつにも増して、テンション高いな」

少女「ふふん♪ さくらが私を呼んでいるのです!」


少女さんは得意げに言うと、身体を揺らしながら満面の笑みを浮かべた。
そんな少女さんに釣られて、みんなの会話が弾む。
それからしばらくして、願いの丘公園行きのバスがやってきた。

934以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:25:57 ID:xJEh8Rbw
〜願いの丘公園〜
バスに揺られること、約15分。
北倉市のさくらの名所のひとつである、願いの丘公園に到着した。
市内で随一の名所といえば城址公園だけど、きっと友香さんなりの想いがあるのだろう。
願いの丘という言葉が示すとおり、今の俺たちには相応しい場所かもしれない。
そう思いつつ、さくらの広場に向かって歩いていると、少女さんが歓喜の声を上げた。


少女「見てみて! さくら、咲いてるよ!」

男「おおっ、ほんとだ!」


幹や枝ばかりが目立って寂しいけれど、ちゃんとさくらの花が咲いている。
二分咲きだとはいっても、これはこれで趣があるかもしれない。

935以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:26:49 ID:xJEh8Rbw
友「それじゃあ、場所を決めようぜ」

友香「友くん、あそこなんて良いんじゃない?」

少女「そうだね。さくらもいっぱい咲いてるし、あそこが良いかも」

友「少女さんもそう言ってるし、そうしようか」


俺たちは芝生の上に移動し、レジャーシートを広げる。
そして、みんなで持ち寄ったお菓子とジュースを開けた。


男「俺たちの……宴がはじまる――!」

双妹「それは良いんだけど、少女さんは何も食べられないでしょ。最初に何するの?」

友香「みんなでカラオケなんてどうかな」

双妹「カラオケ?」

友香「少女は電車やバスの車内放送が聞こえているから、カラオケアプリを使えば一緒に歌うことが出来ると思うの」

男「なるほどな。それは思い付かなかった」

936以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:28:21 ID:xJEh8Rbw
友香「それで一番最初に誰が歌う?」

友「一番手は俺に任せろ!」

友香「さすが友くん、やる気満々だね。このアプリで曲名を検索したら、すぐに始まるから」


友はスマホを受け取り、曲名を入力した。
すると、海賊アニメのインストが流れ始めた。
いかにも少年漫画といった曲調で、友の歌声にも熱が入っている。
場を盛り上げるには、最高の一曲だ。


男「最近の神曲じゃなくて、初期のオープニングで攻めてきたか」

友「ああ、もはや殿堂入りだろ」

男「そうだな」

友香「ねえ、少女。これなら歌えそうかな」

少女「うん、大丈夫。次は誰が歌う?」

双妹「私でもいい? 宴といえば、海賊じゃなくて妹でしょ!」

937以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:28:54 ID:xJEh8Rbw
双妹「〜♪」


外では猫をかぶり、家では兄に甘えてぐーたらライフを満喫している妹の歌。
ノリが良くて楽しいんだけど、歌詞に少女さんを牽制するワードがいくつか含まれている。
まさか、カラオケで少女さんを挑発してくるとは思わなかったぞ。


少女「双妹さん、そういう選曲をしてくるんだ」

双妹「ふふん♪ 私って男のことが好きだし!」

少女「そのこと、こういう雰囲気だと隠さないんだ――」

友香「ねえねえ! そのアニメ、お兄ちゃんが漫画を集めてて私も好きなんだよね〜」

双妹「そうなんだあ。私たちってお兄ちゃんがいる同士だし、少し共感しちゃうところがあるよね」

友香「そうそう! 友香に似てるとか言われて、そんな訳ないじゃんって思いつつ、何となく自分に重ねて読んじゃうんだよね」

双妹「それ、分かる〜」

938以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:29:33 ID:xJEh8Rbw
少女「ねえ、友香ちゃん。今度は私が歌いたいんだけど、入力してくれるかなあ」

友香「うん」

少女「えっと、アルファベットで――」


友香さんは曲名を入力すると、お菓子の箱にスマホを立て掛けた。
そしてイントロが流れ出し、少女さんは胸に手を当てて歌い始めた。
かなり歌い慣れているらしく、優しい歌声が心に沁みこんで来る。

透明感のある音楽と繊細な歌詞。
想いを束ねて未来へと踏み出していく。
それは、とても少女さんらしい選曲だった。


少女「マイクを持たずに歌うって、何だか恥ずかしいね//」

友香「そうかもしれないけど、楽しければ何でもありだよ! ちなみに、1週目はアニソン縛りなの?」

少女「そうだね、そうしよう!」

友香「了解♪」

939以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:30:06 ID:xJEh8Rbw
・・・
・・・・・・
歌って踊って、食べて騒いで。
そしてときどき、トンビにお昼ご飯を襲撃されて。
気がつくと、いつの間にか午後1時を過ぎていた。


男「それじゃあ、そろそろ身体を動かそうか」

友香「身体を動かすって、何をするの?」

男「この公園に行くって聞いて、実はテニスコートの予約をしてあるんだ」

友香「へえ、そうなんだ。でも、少女はテニスを出来ないですよ」

男「少女さんは憑依をすれば身体を操ることが出来るから、擬似的にテニスをすることが出来るんだ」

友香「なるほど。金縛りの応用ってわけですね」

少女「そうそう。それで男くんとダンスゲームで特訓して、最高ランクを獲得したんだから」ドヤァ

友「幽霊なのに、やり込みすぎだろ!」

940以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:30:38 ID:xJEh8Rbw
友香「とりあえず、少女もテニスが出来るのなら早く行きましょうよ」

友「そうだな」


俺たちは公園の管理棟に行き、テニスコートの受付を済ませた。
そして、4人分のラケットとボールを借りてコートに入る。


少女「それでは、突然だけどチーム分けを発表します!」

友香「チーム分け?」

少女「ほら、ダブルスで試合をするでしょ」


少女さんは不敵な笑みを浮かべ、友香さんを見た。
するとそれだけで少女さんの思惑を察したらしく、友香さんは友に視線を向けた。


友香「普通に考えて、私と友くんだよね//」

友「だろうな。男女で分かれると、フェアじゃないし――」

少女「そうなんだけど、私に発表させてほしかったな」ショボン

友香「あ……ああ、ごめんごめん」

941以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:31:09 ID:xJEh8Rbw
少女「それじゃあ、気を取り直して、今こそ特訓の成果を見せるときだ!」


少女さんは威勢よく言うと、春コートを脱いでベンチに置いた。
そして、双妹に歩み寄る。


双妹「少女さんって、意外と躊躇いがないよね」

少女「ときどき言われます」

双妹「念のために言うけど、身体を貸すのは最初の試合だけだからね」

男「もしかして、俺じゃなくて双妹に憑依するの?」

少女「そうですよ。そのほうが、いろいろと都合が良いんです」

男「都合?」

少女「それはすぐに分かると思います。双妹さん、お願いします」


それを聞いて双妹が頷くと、少女さんは双妹の中に入り込み憑依した。
するとその瞬間、双妹の姿が少女さんに変身した。

942以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:31:40 ID:xJEh8Rbw
男「……ええっ?!」

友香「これって、どうなってるの?!」

少女「ふふん♪ 驚いたでしょ〜」


予想外の出来事に呆然としていると、少女さんが得意げに言った。
本当にどうなっているんだ、これは。
というか、双妹はどうなってしまったんだ?!


少女「実は今、双妹さんに憑依した状態で男くんと友香ちゃんの視覚や聴覚を操作しているんです。だから、双妹さんが私の姿に見えるはずです」

友香「少女って、そんなことまで出来ちゃうの?!」

少女「まあね! 以前、男くんに憑依した状態で双妹さんの中に入ったことがあるんだけど、その応用って感じかな」

男「そういうことだったのか」

友香「でも身体を貸す必要はないはずだし、双妹さんには感謝しないといけないですね。ありがとう」

943以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:32:10 ID:xJEh8Rbw
友「話し合うのはそれくらいにして、そろそろ始めようぜ。男と少女さんが本気でやるなら、俺たちも本気を出して勝つだけだ」

友香「――そうだね」

少女「男くん! 絶対に私たちが勝とうね!」

男「おう、そうだな!」

少女「それじゃあ、11ポイント先に取ったほうが勝ちってことで」


双妹というか少女さんはそう言うと、相手コートにボールを打ち放った。
それを友香さんが打ち返し、さらに俺が打ち返す。
テニスのルールは知らないけれど、こうしてラリーが続いているだけでとても楽しい気分になってくる。


少女「わわっ……!」

友「まずは俺たちが1ポイント先取だな」ドヤァ

少女「まだ始まったばかりだし、これからだよ!」

男「そうそう、俺たちのコンビネーションを見せ付けてやる!」

944以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:32:41 ID:xJEh8Rbw
試合を再開し、友香さんがサーブを放った。
俺はそれを打ち返し、お互いに点を取り合う。
そして、俺たちの勝利まであと1ポイント。
少女さんは力強くラケットを振り、飛んできたボールを叩き返した。


少女「えいっ!」


それは友香さんの足元を抜け、友が守備をしている後方に飛んでいく。
しかし、友がいるのはコートの端っこだ。
全力で走ってもラケットは届かない。


友「……!」

友香「はあっ、私たちの負けだね……」

少女「やったあ!!」

男「おっしゃあ!」

945以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:33:11 ID:xJEh8Rbw
俺はラケットを左手に持ち替え、勝利の余韻とともに少女さんとハイタッチをした。
すると、手の平が当たりぱしんと音が鳴った。
そういえば、今は双妹が少女さんの姿に見えているんだっけ。
つまり、この勝利は俺たち3人のチームワークで掴み取ったものなのだ。


少女「……双妹さん、ありがとう」


少女さんの姿が双妹に戻り、双妹の中から少女さんが透けるようにして現れた。
どうやら、憑依を解いたらしい。


男「双妹、ありがとう。こういうことをするなら、事前に教えてくれれば良かったのに」

双妹「そうなんだけど思い付いたのはついさっきだし、友香さんにサプライズをしたかったから――」

友香「そうだったんだ! ありがとう」

双妹「私も何か思い出作りをしたかったし、それだけだよ」

946以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:33:41 ID:xJEh8Rbw
男「それはそうと、喉が渇いてないか?」

双妹「何だか身体が熱くて火照ってるし、冷たいものを飲みたい気分」

男「だろうな。あそこに自販機があるから、何か買いに行こうか」

双妹「うん♪」

少女「あのっ、私も一緒に行きます」

男「俺たちのことは大丈夫だから、友香さんと一緒にいてあげたほうがいいと思うよ」

少女「……」

男「それじゃあ、行ってくる」


俺は3人に声を掛け、双妹とジュースを買いに行った。
そしてしばらく雑談してから戻ってくると、友が一人でベンチに座っていた。

947以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:34:12 ID:xJEh8Rbw
男「少女さんと友香さんは?」

友「二人なら展望台に行ったけど」

男「展望台に?」

友「今日が最後だし、落ち着いて話したいこともあるだろうしな」

男「そうだな」


展望台はこの公園で一番高い場所にあり、市街地を一望することが出来る。
あそこなら開放感もあるし、誰に気兼ねすることなく話をすることが出来るだろう。


友「それじゃあ、男。今から勝負しようぜ。負けた借りを返してやる」

男「おう、望むところだ!」


俺はコートに入り、ラケットを構える。
そして友がサーブを放つと、激しい打ち合いが始まった。

948以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:34:50 ID:xJEh8Rbw
・・・
・・・・・・
テニスコートを借りて、約2時間。
展望台に行っていた少女さんと友香さんが戻ってきて、俺たちはそろそろ帰ることにした。
受付にラケットなどを返却し、遊歩道を散策しながらバス停に向かう。
そんな中、俺はふと少女さんが春コートを着ていないことに気が付いた。
幽体の見た目を変えているだけだろうけど、ここに来たときに着ていた物を持っていないのは、何だか忘れ物をしてしまったみたいで気にせずにはいられない。


男「少女さん、春コートを脱いだまま忘れているんじゃない?」

少女「えっ?」

友香「そういえば、ベンチの上に置きっ放しだよね。でも、帰るときには無かったような……」

少女「それなら大丈夫だよ。あれは忘れ物じゃなくて、私の願いそのものだから」

949以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:35:30 ID:xJEh8Rbw
友香「願いそのもの?」

男「あっ、ああ……あれは幽体を切り離していたのか」

少女「そうだよ。みんなでお花見に来て、歌って騒いでテニスをして、私には大切な友だちがこんなにいるんだよってことを知ってもらいたかったの」

友香「そういうことだったんだ。少女の願い、私はレシピエントさんたちに届いていると思うよ」

少女「うん、私もそう思う!」

男「少女さん。幽体を切り離すときに痛いとか、そういうことは大丈夫だった?」

少女「そういうのは全然なかったです」

男「そうなんだ。それがちょっと心配だったから――」

友「それにしても、少女さんが自分で霊子線を切ったことは知っていたけど、まさか本当に幽体を切り離すことが出来るとはな」

少女「あれを切るのは大変だったけど、幽体を切り離すのは簡単でしたよ」

友「やっぱり、肉体に繋がっていないから切りやすいのか」

少女「多分そうだと思います」

950以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:36:01 ID:xJEh8Rbw
友香「ねえねえ、バスが来てるよ!」

男「ほんとだ。もうそんな時間なのか?」

双妹「出発時間はまだ大丈夫だから、そんなに慌てる必要はないと思うけど」

友「みんな、走れ〜っ」

友香「ちょっ……ええっ?! 友くん、待ってよお!」


出発時刻にはまだ間に合うのに、友が唐突に走り出した。
そんな友をなぜか友香さんが追いかける。


男「乗り遅れたら1時間待ちなのは分かるけど、あの二人は何がしたいんだ」

双妹「まあ、良いんじゃない? 二人とも楽しそうだし」

少女「そうだね。あっ、友くん、もう捕まったよ」クスクス

双妹「私たちも行こうか」

男「ああ、そうだな」

951以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:36:34 ID:xJEh8Rbw
俺たちは先に行った二人と合流し、バスに乗って願いの丘公園を出発した。
楽しかった時間が終わり、窓から見える街並みが俺たちを現実に引き戻していく。


友香「もうすぐ、お別れだね」

少女「そうだけど、もう少し一緒にいられるよ」

友香「……」

友香「どうして、こんなことになっちゃったんだろ――」


友香さんの表情が陰り、口を閉ざした。
車内が重い空気に包まれ、時間だけが過ぎていく。
やがてバスが北倉駅に到着し、俺たちは電車のホームに向かった。

952以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:37:04 ID:xJEh8Rbw
少女「友香ちゃん、電車が来るよ」

友香「……うん」


友香さんは力なく答え、重い足取りで電車に乗った。
そして、ドア付近に立ち尽くす。

友香さんと少女さんに残されている時間は、あとわずかだ。
展望台でたくさん話をしたのかもしれないけれど、このままだと何も言えずに別れることになってしまう。
友香さんはそれで良いのだろうか。

そんな心配をしていると、最寄り駅が近付いてきた頃、友香さんが顔を上げた。
その瞳には決意が込められていて、涙を堪えながら気丈な様子で言葉を紡ぎ始めた。

953以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:37:35 ID:xJEh8Rbw
友香「私、少女のことを尊敬してる」

少女「えっ?! それって、どうして?」

友香「だって、まだ学生なのにたくさんの患者さんを救ったから――」

少女「それを言うなら、私は友香ちゃんに感謝してる」

少女「私がドナーになれたのは、友香ちゃんがすぐに救命処置をしてくれたからなんだよ。私一人だけの力じゃなくて、多くの人が私を支えてくれたから想いを届けることが出来たの」

少女「だからね、人はみんなでみんなを支えて生きている。そのことだけは、絶対に忘れてはいけないと思ってるの」

友香「人はみんなでみんなを支えて生きている――か」

少女「友香ちゃん……」

少女「私の友達になってくれて、本当にありがとう!」

友香「……!」

友香「私こそ、少女は自慢の親友なんだからね!」

少女「うんっ!」

954以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:38:05 ID:xJEh8Rbw
電車が最寄り駅に到着し、ドアが開いた。
友香さんはこの先の駅で降りるので、俺たちとはここでお別れだ。


友香「もう、着いちゃった…………」

双妹「友香さん、一人で大丈夫かなあ」

友「それなら、俺が友香さんを送っていくから。ちょっと心配だし」

少女「そうだね。友くん、友香ちゃんのことをよろしくね」

友「ああ、任せてくれ」

男「それじゃあ、また何かあったら電話するから」


俺はそう言って、双妹と少女さんの3人で電車を降りた。
そして、白線の内側で振り返る。
すると、友香さんが声を張り上げた。

955以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:38:35 ID:xJEh8Rbw
友香「少女っ! 私、絶対に看護師になるから!」

友香「少女に負けないくらい、たくさんの人を笑顔にしてみせるからっ!」

少女「うんっ、頑張ってね! ずっと応援してるよ!」

友香「ありがとう」


友香「――さよなら」


その言葉と同時、電車のドアが閉められた。
友香さんが最後に見せた笑顔は涙で濡れていて、それでいて力強く輝いていて……。
そんな友香さんに、少女さんは電車が見えなくなるまで手を振り続けた。

956以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:39:05 ID:xJEh8Rbw
男「そろそろ帰ろうか」

双妹「そうだね」

少女「……」


友香さんとの別れがあり、俺たちは言葉も少なめに有人改札を通り抜ける。
そして、ふいに少女さんが立ち止まった。


男「どうかした?」

少女「いえ……その…………」


それだけを言い、少女さんは視線を俯けた。
きっと、友香さんのことで感傷的な気持ちになっているのだろう。
たとえ数日前から心の準備をしていたとしても、いざその時が来るとつらくて苦しいものなのだと思う。

957以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:39:36 ID:xJEh8Rbw
男「少女さん、行こう」


俺は優しく言って、少女さんの手を取った。
実際には手がすり抜けてしまったけど、少女さんは顔を上げて微笑んでくれた。
そして、ふわふわと歩き始める。


双妹「ねえ、成仏をする場所は自分の家でなくてもいいの?」

少女「よく分からないけど、別に自分の家でなくても大丈夫だと思います」

双妹「それなら、最後に少女さんと話したいことがあるし、今夜はうちに泊まって行かない?」

少女「ええっ?!」

男「俺も誘おうと思っていたんだけど、駄目かな」

少女「駄目って訳ではないけど、考えておきます」

双妹「もし家族と過ごしたいならそのほうが良いと思うし、無理はしなくていいからね」

男「まあ、そうだよな」

少女「……」

958以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:40:07 ID:xJEh8Rbw
〜自宅〜
俺たちは最寄り駅を出て、どことなく重たい足取りで市街地を歩く。
そして家に着いて中に入ると、少女さんは玄関で靴を脱いできれいに並べた。
いつもは見た目を変えていただけなので、その仕草がとても新鮮に感じられた。


男「少女さんが靴を脱いで並べるところ、初めて見たかも。もしかして、また幽体を脱いだってこと?」

少女「そうですよ。こうしてブーツを脱ぐと、男くんの家に来たんだなって実感するんです。今までは見た目を変えていただけだから」

男「実感する、か。言われてみれば、そうかもしれないな」

双妹「少女さんの靴が玄関に並んでいたら、やっぱり気持ちが違ってくるよね」

少女「生きていたら当たり前のことなのかもしれないけど、それはきっと素敵なことだと思うんです。だから、それが伝われば良いなって――」

男「そっか」

少女「それでは、お邪魔します」

959以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:40:37 ID:xJEh8Rbw
〜部屋〜
部屋に入ると、俺と双妹は並んで座り、ミニテーブルを挟んで少女さんと向かい合った。
沈黙が続いて少女さんは思い詰めたような表情をしているし、双妹はそんな少女さんの様子を窺っている。
俺はこれから少女さんの未練を叶えてあげることになるのかと思うと、何だか緊張してきた。
でも、まずはこの雰囲気をどうにかしなければならない。


男・双妹「今日のお花見、楽しかったね」


俺と双妹の声が重なり、お互いに顔を見合わせた。
そして、少女さんに苦笑する。


少女「はあっ、本当に二人とも息がぴったりだよね」

男「それはまあ、双子の兄妹だし」

双妹「そうそう」

少女「双子の兄妹……か」

960以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:41:08 ID:xJEh8Rbw
少女「あの日から、ずっと考えていたんです」

男「考えていたって何を」

少女「男くんと双妹さんが性行為をしていることは明らかなのに、どうして誰も本気で止めようとしないんだろうって」

男「その話はもう終わったはずだろ」

少女「終わってなんかない。私が赦したのは、少年くんに憑依されたときのことだけだもん」

双妹「それで、少女さんは何を言いたいの?」

少女「男くんと双妹さんは大学病院の双子研究に協力していますよね。その研究で男くんと双妹さんが一緒に採精室に入ることが許されているのは、それ自体が研究対象だからなんです」

男「それが研究対象って、どういうことだよ」

少女「近親者に対して性的な魅力を感じてしまうという心理的な現象があるんですけど、DNAの構造が近ければ近いほど好意的に感じて、お互いに強く求め合うようになると言われているんです。健康な異性一卵性双生児は前例がないし、それを調査しているのだと思います」

少女「男くんと双妹さんは利用されているんです!」

961以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:41:38 ID:xJEh8Rbw
男「利用されているって言われても、俺たちは普通に協力しているだけだし」

双妹「そうそう」

少女「そっか、男くんは『普通に協力しているだけ』って言っちゃうんだ」


少女さんは呆れたように言うと、表情を曇らせた。
今さらこんな事を言ってきて、どういうつもりなのだろうか。
せっかく雰囲気をどうにかしようと考えていたのに、険悪になってしまうだけじゃないか。


少女「ずっと、腑に落ちなかった。でも、やっと分かった」

男「分かったって、何がだよ」

少女「男くんが私に告白してくれたのは、私が憑依していたからなんだね」

男「そんなことは――」

少女「そんな事あるよ! 私は少年くんと同じことが出来る憑依霊なんだから」

962以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:42:08 ID:xJEh8Rbw
男「少女さんはあいつと同じじゃないだろ」

少女「あの日、巫女さんが男くんの霊障を祓ってから、私への気持ちがどんどん離れてる。だから、私が憑依していたことが関係無いはずがないの」


少女さんはそう言うと、おもむろにブラウスのボタンを外し始めた。
その突飛もない行動に俺と双妹は驚いたが、それを気にすることなく少女さんはブラウスを脱ぎ捨てる。
そして、ふわりと浮かんでパンツを下ろした。


男「んなっ?!」

双妹「少女さん、何をするつもりなの?!」

少女「何って、男くんはこの下着、覚えてる?」

男「えっ……いや、はじめて見るんだけど――」


フリフリが可愛いピンク色のベビードールと扇情的なショーツ。
双妹が着てくれたらセクシーで似合いそうだけど、少女さんは小柄で胸もないので子どもっぽさが際立ってしまっているような感じがする。
これなら、普通のブラジャーや水着を着ているほうが可愛いと思う。

963以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:42:39 ID:xJEh8Rbw
少女「そっか、覚えてないんだ。これはね、初めてのデートで男くんが選んでくれたランジェリーなんだよ」

男「そうだっけ」

少女「そうだよ。あのときは私が着たところを見たいって言ってくれたのに、今は双妹さんに着てもらいたいと思っているんだね」

男「そんな訳ないだろ」

双妹「それはさすがに被害妄想なんじゃないの?」

少女「そうでもないよ。私には、男くんと双妹さんの考えていることが何となく分かるんだから」

男・双妹「考えていることが分かる?!」

少女「男くんと双妹さんはブレスレットの力で私の霊波動と共振しやすい状態になっているから、私たちはお互いに影響を受けやすくなっているんです」

964以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:43:09 ID:xJEh8Rbw
双妹「何、それ……」


双妹は不快感をあらわにして、少女さんを見据えた。
やっぱり、考えていることが分かるというのは気持ちが良いものではない。
幽体が少なくなると霊的に触れ合うことが出来るようになるとは聞いていたけれど、こんなことが出来るようになるとは思いも寄らなかった。


少女「双妹さんはあの日、私に言ったよねえ。生きていたときの常識で恋愛するのはやめた方がいいって」

双妹「言ったけど、こんなのって――」

少女「おかしいですか?」

双妹「おかしいに決まってるじゃない! 男の気持ちと身体を操って、考えていることも分かるだなんて!」

少女「だって、私はもう死んでいるし、憑依霊だから普通の人の恋愛観なんて関係無いんです。それは双妹さんも同じはずですよね?」

双妹「それは――」

965以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:43:40 ID:xJEh8Rbw
少女「男くん、答えて」

少女「私と双妹さん、どっちのことが好きなんですか!」


少女さんは真剣な表情を見せ、声を振り絞るようにして問いただしてきた。
俺はその言葉を受けて、双妹と視線を交わす。
そして、少女さんの目を見詰めた。

今は付き合っていることになっているんだし、最後に少女さんの望む言葉をかけてあげるべきなのかもしれない。
だけど、冗談でもそれを言うことは出来ない。


男「俺は少女さんの未練を叶えてあげたい。だから、少女さんの気持ちを大切にしたいと思ってる」

少女「そっか、ありがとう」


少女さんはそう言うと緊張の糸が切れたのか、全身を脱力させた。
そして、口元を緩めた。


少女「それならば、私と別れてください」

966以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:44:10 ID:xJEh8Rbw
男「別れるって、どういうことだよ」

少女「このランジェリーを着てみて、私は男くんとはじめてデートに行ったときのことを思い出したんです」

男「思い出した?」

少女「あのとき、私は自分の気持ちに囚われていて、あまり男くんの気持ちを考えていませんでした。だから、今は男くんの気持ちを大切にしてあげたいと思うんです」

男「……」

少女「残念だけど、男くんは双妹さんのことが好きなんだよね? 私のことを好きだと言いたくないから、『私の気持ちを大切にしたい』とか言って誤魔化したんだよね?」

男「でも、少女さんと別れたら未練を叶えることが出来なくなってしまうじゃないか!」


俺は笑顔で成仏させてあげると約束したんだ。
それなのに、どうすれば未練を叶えてあげることが出来るのか分からない。
このままだと、少女さんは――。

967以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:44:40 ID:xJEh8Rbw
少女「男くんは友香ちゃんと友くんを見て、何も感じないんですか?!」

男「二人は仲が良くなってきたなとは思うけど、それがどうしたんだよ」

少女「やっぱり、何も感じていないんですね」

男「だから、どういうことだよ」

少女「恋愛って、いつの間にかその人のことが好きになっていて、告白して二人で一緒に育んでいくものだと思うんです。その過程で触れ合いたいと思うようになって、愛し合うようになるんです」

少女「だけど、今の男くんは双妹さんのことばかり見ていて、それがない。だから、男くんが未練を叶える必要はもうないんです」

男「……っ」


何かを言わなければならないのに、何も言い返すことが出来ない。
少女さんは、もう俺を必要としていないのだ。

968以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:47:03 ID:xJEh8Rbw
双妹「少女さんは成仏が出来なかったら、魂が壊れてしまうんでしょ。それでも良いの?!」

少女「私は魂が壊れてしまうとしても、自分の気持ちを大切にしたい。とっくに終わっている恋愛に執着するのではなくて、新しい出会いを探したい。マイノリティーだから難しいかもしれないけど、それが『立ち止まらない』ということだと気付いたんです」

双妹「そっか。次に進むことも、立ち止まらないということだもんね」

少女「うん」

双妹「でも、少女さんには次なんて無いでしょ」

少女「確かに私には次が無いけど、私の気持ちを受け取ってくれる大切な人たちには未来があるから――。だから、私は想いを託すことにしたんです」

双妹「想いを託す?」

少女「そうだよ」

969以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:47:34 ID:xJEh8Rbw
少女「私は恋愛が成就したとしても、それで未練がすべて叶うとは思わない。お姉ちゃんみたいに結婚したいし、子どもも欲しい。看護師にもなりたいし、好きな本もいっぱい読みたい」

少女「したいことは、まだまだたくさんあるんです!」

少女「だけど、私の大切な人たちが将来の夢を諦めないでいてくれるのなら、それが私にとっての幸せだなって感じるんです」


少女さんは慈愛に満ちた表情で想いを馳せる。
そんな彼女の優しい想いが、俺にも伝わってきたような気がした。


男「少女さんの気持ち、分かったよ」

少女「そうですか。良かったです」

男「俺たち、もう終わりにしよう」

少女「はい。私を好きになってくれてありがとうございました――」

970以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:48:04 ID:xJEh8Rbw
少女さんとの交際が終わった。
感じるものは、少女さんの優しさと無力感。
結局、俺は未練を叶えてあげることが出来なかった。


少女「……」

少女「ところでですね、私は本当に男くんと双妹さんに出会えて良かったと思っているんですよ。二人がいなかったら、きっと自分を見失っていたと思うから」

男「いや、俺は何も出来なかったし」

双妹「男はともかく、どうして私も?」

少女「小説の読みすぎだと思われるかもしれないけど、少年くんに呪い殺されて絶望するはずだった私の運命を価値のあるものに変えてくれたのが、男くんと双妹さんだからなんです」

双妹「それは言いすぎじゃないかなあ」

少女「そんな事はないよ。二人が異性一卵性双生児だったことも近親相姦をしていたことも、私には必要なことだったんです」

971以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:49:28 ID:xJEh8Rbw
男「それって、どういう事?」

少女「最初に疑問に思ったのが、近親相姦をしていた男くんと双妹さんがどうして私や同級生の男子を好きになったのか、ということです。二人には背徳感のようなものがあったのかもしれないけど、それとは別の意味があったことに気が付いたんです」

男「気が付いたって、何に」

双妹「ちょっと待ってよ。あれは好きだったんじゃなくて、気になっていただけだから!」

少女「それはどっちでもいいんだけど、中学2年生のとき、男くんは双妹さんが気になっていた人と乱闘騒ぎを起こしましたよね」

男「あったな、そんなことも……」

少女「それでみんなが双子の話題をしなくなったから、私は双妹さんのことを兄妹だと知りませんでした。もし知っていたら、バレンタインチョコを買いに行った日、男くんに出会っても悩むことはなかったと思うんです」

少女「つまり、男くんと双妹さんが他の人に目移りをしたのは、私が恋愛で悩んで呪い殺されるために必要な出来事だったからなんです」

972以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:49:59 ID:xJEh8Rbw
双妹「それってさあ、少女さんが死んだのは私たちのせいだって、遠まわしに言ってる?」

少女「そうは言ってないです」

少女「あのときはマスコミの記事や少年くんの自殺のことで悩んでいたから呪い殺される理由はたくさんあるし、その……ぬいぐるみに相談するタイミングとか内容が変わっただけだと思うんです。ただ、私が男くんに告白する決意をしていて双妹さんのことを兄妹だと知っていたなら、私は絶対に死んでなんかいないと言い切れます」

双妹「やっぱり、嫌味に聞こえるし」

少女「まあ、それはともかく、男くんと双妹さんが異性一卵性双生児だってことも、私には必要なことだったんですよ」

男「それはどうして?」

少女「この前、友香ちゃんが看護師を目指している理由を話してくれたんだけど、男くんと双妹さんのことをテレビで見たかららしいんです」

男「ああ、そうらしいな」

少女「友香ちゃんと出逢っていなければ、少年くんに呪われて自殺をしてしまったとき、発見が遅れてそのまま死んでいたと思う。私がドナーになることが出来たのは、男くんと双妹さんが一卵性双生児だったからなんです」

973以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:50:29 ID:xJEh8Rbw
男「そっか。俺と双妹がいたから、少女さんの命がみんなにつながったのか」

少女「そうです。男くんと双妹さんのおかげで、私は生きた証を残すことが出来たんです。そして、男くんと双妹さんの関係を知ってしまったおかげで、最後まで学校に通うことが出来ました。不愉快な思いもしたけれど、それは感謝しています」

双妹「少女さん、もしかして――」


双妹がはっとした声で言うと、少女さんは苦笑した。


少女「男くんと双妹さんが愛し合うことで救われた人が大勢いる。そう考えると、気に入らないけど認めたほうが良いのかなって」

双妹「ありがとう! ねえ、男!!」

男「えっ、ああ……そうだな」

双妹「言っておくけど、前言撤回なんてさせないんだからね!」

少女「しないし」

双妹「それなら良いんだけど、ちょっと意外だったかも」

少女「まあ、そのほうが良いと思うから――」

974以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:50:59 ID:xJEh8Rbw
少女「ところで、今日みんなでお花見に行ったでしょ。実はさくらの木、ソメイヨシノがすべてクローン植物だということは知ってますか」

双妹「それくらいは常識だと思うんだけど、唐突に何の話?」

少女「えっとですね、男くんと双妹さんは一卵性双生児だから、ソメイヨシノに似ているなと思うんです」

男・双妹「言われてみれば、確かに!」


まさしく、目から鱗。
一卵性双生児は体細胞クローンと同じようなものだ。
言われてみれば、俺たちはソメイヨシノと同じなのかもしれない。


少女「ふふっ、ですよねえ」

少女「ちなみに、ソメイヨシノには自家不和合性という性質があって、同一個体の花粉では受粉しないんです。しかも、ソメイヨシノはすべてクローンだから違う木も同じ個体なんです」

975以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:51:29 ID:xJEh8Rbw
双妹「それって、もしかして皮肉のつもり?」

少女「双妹さんにはそう聞こえるんですか。さくらの花には自家受粉を防ぐシステムが備わっているのに、どうして、人は双子の兄妹で性行為をするんでしょうね」

双妹「好きなんだから普通のことでしょ」

少女「でも、子どもを作るのはやめたほうが良いと思うんです」


少女さんはそう言うと、ちらりと俺を見た。
そのことについては、双妹と何度か話をしたことがある。
お互い特に考え方が違うなんてことはないけれど、今は責任を取れないので早いと思う。


少女「ああ、それとですね、ソメイヨシノは全国各地に人の手で植樹されているから自生していた野生のさくらと交雑してしまって、ソメイヨシノによる遺伝子汚染が問題になっているそうなんです。それについて、どう思いますか?」


少女さんが不敵に笑う。
きっと、俺と双妹に『他の人と恋愛をするな』と釘を刺しているつもりなのだろう。

976以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:51:59 ID:xJEh8Rbw
男「どう思うかって、さくらの木に例えなくても直接言えばいいだろ。他の人と恋愛するなって」

少女「それだけだと、私の気持ちが男くんと双妹さんに届かないじゃないですか」

男・双妹「届かない?」

少女「そう! さくらの花と関連付けることで、男くんと双妹さんはさくらの花が咲くたびに私のことを思い出すんです」

男「そんなことをしなくても、俺は少女さんのことを忘れたりしないのに」

双妹「そうだよね。私も少女さんのことは忘れないよ」

少女「分かってないですねえ。私は憑依霊……なんだよ」


少女さんがミニテーブルの上に身を乗り出し、俺たちを見据えた。
その冷たい表情とピンク色のベビードールが妖艶な美しさをかもし出す。
それはとても官能的で儚さも感じさせ、俺は射竦められたかのように視線を外すことが出来なくなった。

977以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:52:30 ID:xJEh8Rbw
双妹「な、何をするつもり?!」

少女「ふふふっ」

少女「男くんと双妹さんは、世界中でたった一組しかいない奇跡の異性一卵性双生児。その奇跡は兄妹で愛し合い、ずっと一緒にいることで輝き続けることが出来るんです。さくらの花が咲いて舞い散っていく、その美しさでみんなの心を魅了するように――」


少女さんは妖しく笑うと、ふわりと浮かび上がった。
ベビードールが揺れて艶かしい素足が目に入り、誘うようにして俺のベッドに移動する。
そして腰を下ろすと、嗜虐的な視線を向けてきた。


少女「男くんに双妹さんを愛する覚悟があるというのなら、私のヘアピンを外してください」

男「ヘアピンを?」


俺がバレンタインデーのお返しで渡した、さくらの花のモチーフが付いたヘアピン。
それを外すということは想いを断ち切るということだ。
しかし、憑依霊であることを強調した少女さんがそんな事をするのは、何となく違和感がある。

978以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:53:07 ID:xJEh8Rbw
少女「その顔、私のことを恐れているんですか」

男「そういう訳じゃないけど――」

少女「さくらの木の下には死体が埋まっているって話、聞いたことがありますよね? 男くんが双妹さんを選ぶというのなら、それくらいの覚悟を持つべきだと思うんです」

男・双妹「……!」


それは強烈な自嘲だった。
さくらのヘアピンを外すことは想いを断ち切ることではなくて、少女さんの意思を受け止めるということ。
少女さんの容姿や雰囲気に惑わされず、己の意志を貫くということ。


男「分かったよ。少女さんの言う通りだ」

少女「では、お願いします」

979以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:53:48 ID:xJEh8Rbw
双妹「男、待って! そのヘアピンを外したら、少女さんの気持ちがみんなに伝わるんじゃないの?!」

男「だろうな」

双妹「だろうなって、少女さんの臓器を移植された人の中には小学生の女の子がいるんだよ。中学生くらいの男子もいたはずだし、それっていいのかな」

男「これはあくまでも俺と双妹の問題だろ。少女さんの気持ちがどんな形で伝わるのかは分からないけど、それを受ける止めることも俺たちにとって必要なことだと思う」

双妹「そ……そうかもね。男がそう言ってくれるなら、私も覚悟を決めようと思う。これからは本気で男と向き合っていくから!」


その決意の言葉を聞いて、俺は立ち上がった。
そして少女さんに歩み寄り、側頭部のヘアピンに手を伸ばす。

――バチッ!

ヘアピンに触れた瞬間、静電気のような衝撃に驚いてとっさに手を引いた。
もしかして、少女さんの霊的な力が強くなったから触ることが出来るようになったのか?!
もしそうだとするならば、ヘアピンを外した振りではなくて、本当に触って外すことが出来る。

980以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:54:19 ID:xJEh8Rbw
少女「本当に残念ですね」

少女「ようやく触れ合えるようになったのに、こんな形で触れ合うことになるだなんて」


俺は何も答えることが出来ず、ただ手を伸ばす。
すると、確かに少女さんはそこにいた。
側頭部から感じる温もりと、指先に絡むさらさらとした髪の毛。
そして霊波動が干渉したのか、少女さんの想いが流れ込んできた。

Ne m'oubliez pas

この別れはあなたが未来へと進んでいくためのもの。
死はつらくて悲しいものだけど、それはあなたと私をつなぐ大切な絆でもあるんだよ。
だから、私はあなたの中で支え続けていけることをうれしく思っています。

楽しいときも悲しいときも、私は絶対に立ち止まったりしない。
あなたが将来の夢を諦めないでいてくれるのなら、それが私の幸せです。

981以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:54:51 ID:xJEh8Rbw
少女「っ!」


ヘアピンを外すと、少女さんが息を呑んだ。
そして、そのまま力なくベッドの上に倒れ込む。


少女「私を……忘れないで」


その声は少し弱々しくて、儚げな表情で口元に笑みを浮かべていた。
何か異常な事態が起こっている。
そう理解した瞬間、少女さんの身体が光の粒子に変わって弾け飛んだ。
それは花火のようにキラキラと輝き、音もなく消えていく。


男・双妹「少女さんっ!?」


もう、そこに少女さんの姿はない。
ベッドの上にはベビードールとショーツだけが残され、それもすぐに溶けるようにして消えていった。

982以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:55:21 ID:xJEh8Rbw
双妹「もしかして、成仏したのかな」

男「たぶん魂が壊れたんだと思う。幽体がほとんど残っていなかっただろうし」

双妹「……そっか」


俺の手には、さくらのヘアピンがまだ消えずに残っている。
つまり、この幽体には少女さんの強い思いが込められていたということなのだろう。
最期に可能な限りありったけの想いを伝えるために――。


双妹「これで良かったんだよね。魂が壊れてしまうとしても、自分の気持ちを大切にしたいって言ってたから」

男「確かにそう言っていたけど、それはどうなんだろうな。少女さんの魂が壊れてしまったのは俺のせいだろうし、俺は少女さんの気持ちに応えないといけないと思うんだ」

双妹「少女さんの気持ちに応えないといけない……か」


双妹はやるせない表情で口にすると、俺に歩み寄った。
そして、さくらのヘアピンを手に取る。

983以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:55:53 ID:xJEh8Rbw
双妹「それで、どうするの?」

男「それは双妹も分かっているんだろ」


俺はそう言うと、双妹を力強く抱き締めた。
すると、双妹は少しためらって俺を抱き締めてきた。

俺と双妹は世界中でたった一組しか存在しない異性一卵性双生児。
誰よりも分かり合うことが出来て、誰よりも一緒にいたいと思える大切な女性。
その双妹と『ひとつ』になることが、少女さんの気持ちに応えることになる。

いや、それは口実で俺自身がそうしたいのだ。

双妹と一緒にセックスをしたい。
コンドームもあるし、それが双妹に伝えたい俺の本心だ。


男「双妹、好きだよ。今夜、ここでゆっくりと話をしたい」

双妹「いいよ。私も……男が好き//」

男「ありがとう。それじゃあ、10時頃に迎えに行くから」

双妹「うん、待ってる。今夜は私たちにとって大切な日にしようね//」

984以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:56:24 ID:xJEh8Rbw
(4月1日)fri
〜男の部屋・双妹〜
目が覚めると、いつも使っている抱き枕が男になっていた。
しっかりとした抱き心地の筋肉質な身体と、太ももに感じる何か硬いもの。

あっ、ああ……思い出した。
私はあのあと、そのまま男と一緒に寝たんだった。

何だか不思議。
毎日のように見ていた男の寝顔が今はとても愛おしくて、お腹に感じる鈍い違和感も幸せな気持ちで心を満たしてくれる。
私たち、本当にセックスをしちゃったんだね。

挿入されたときは少し痛かったけど、同じ双子だからなのかなあ。
すぐに私のことを分かってくれて、気が付くと男を受け止めたい衝動に突き動かされていた。
あのときは心と身体がつながって、本当に『ひとつ』なっていたと思う。

ふふっ♪
好きな人とのセックスって、こんなに幸せな気持ちになれるんだ。

985以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:56:54 ID:xJEh8Rbw
私は男を起こさないように少し離れて、棚に目を向けた。
そして、こうなることを見越して用意しておいた婦人体温計を手に取り、口にくわえる。
今は生理周期の把握と体調管理に利用しているだけだけど、いつか妊活に利用する日が来たりするのかな。

そんなことを考えつつ、ぼんやりと天井を眺める。
すると、部屋が少女さんの幽体の気配で満たされていることに気がついた。
そういえば、いつの間にかヘアピンが消えている。
恐らくそれが溶けて広がっただけなんだろうけど、ふとした疑問から不安が込み上げてきた。

少女さんは最後に、『私は憑依霊なんだよ』と言っていたよね。
もしかして、少女さんは私たちに魂が壊れたと思い込ませているだけなんじゃないの?

実際、公園でテニスをしたとき、少女さんは私の姿が自分の姿に見えるように視覚を操作していた。
しかもそれだけではなくて、少女さんは身体や感覚器官を操ることが出来るし、頭で考えていることも読み取ることが出来る。
そんな少女さんと霊波動が共振して影響を受けやすくなっていたのなら、記憶や感情を操作することも簡単に出来てしまうかもしれない。

私たちの気持ちは、本当に私たちの心からの気持ちなのかな――。

986以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:57:25 ID:xJEh8Rbw
男「双妹、その……おはよう」


しばらくして、男が目を覚ました。
ちょっと気まずそうな表情で、何だかいつもよりよそよそしい。
私はそのことに不安を感じつつ、婦人体温計をくわえたまま「おはよう」と返す。


男「何て言えば良いんだろ。初めて一緒にああいうことをして、こうして顔を合わせるのって少し恥ずかしいって言うか、ちょっと照れくさいな//」

双妹「ぅん」

男「でも、双妹との距離がすごく近付いたと思う」


男は優しい声で言って、私の身体に触れた。
それがとても心地よくて、すごくほっとする。
やっぱり、私は男のことが好きなんだ。
だけど、それが少女さんに作られた感情だとしたら私は自分を信じることが出来なくなってしまう。

987以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:57:56 ID:xJEh8Rbw
男「それはそうと、何か悩んでる?」

双妹「……んっ」

男「兄妹でセックスをしたことで悩んでいるなら、俺はどんなことでも双妹と分かち合って支えていきたいと思ってるし、何の覚悟もせずに妹とセックスをしたりなんてしないから」


早く聞いて欲しい。
その言葉が作られたものではないことを信じたい。
私は検温が終わると同時、基礎体温を確認するよりも先に気持ちを吐き出した。

男と『ひとつ』になることが出来て、とても幸せなこと。
だけど、それが少女さんに作られた偽りの感情なのかもしれないこと。


双妹「ねえ、どっちなんだろ」

男「どっちって?」

双妹「少女さんは私たちの恋愛を応援してくれているのか、それとも、悪意を持って縛りつけようとしているのか」

988以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:59:03 ID:xJEh8Rbw
男「きっと、両方だろうな」

双妹「両方?」

男「自分の気持ちを大切にしたいと言っていた少女さんが、俺たちの感情を作り変えたりする訳がないだろ。でも、快く思っていないのも事実だと思う。だから、ソメイヨシノの話をしてきたんじゃないかな」

双妹「ああ、あの話――」

男「それに今日はエイプリル・フールなんだから、自分の気持ちに嘘を吐けばいいじゃないか」

双妹「ちょっと待ってよ。それって関係ある?!」

男「あるに決まってるだろ。不安だと思う気持ちは少女さんが作った嘘で、幸せな気持ちが双妹の本当の気持ちなんだよ」

双妹「その言葉が嘘だったりしない?」

男「どうなんだろ。今日はエイプリル・フールだからな」


……はあっ。
何だか、悩んでいた私が馬鹿みたいだ。

989以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 22:59:34 ID:xJEh8Rbw
男「でもさあ、少女さんも言っていたけど、兄妹でセックスをしたことは大変なことだと思う。きっと理解されないだろうし、これからつらいことがたくさんあると思う」

双妹「そうだよね」

男「それでも俺は双妹を大切にしたいし、双妹と一緒なら乗り越えていけると信じてる」

双妹「私も男を信じてる。好きだよ!」


私は心からの笑顔を向けて、男と唇を重ねた。
そして、棚の上に用意しておいた基礎体温表を手に取る。

これからどんなことが起きても、絶対に負けたりしない。
少女さんの幽体の気配が薄くなっていく中、私は改めて覚悟を決めた。

だから、本当のことを記入した。
日付が変わって深夜にしたこと。
基礎体温表の4月1日、私たちの記念日にハートのマークを――。

990以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:00:13 ID:xJEh8Rbw
(エピローグ)
〜自宅・女さん〜
9月1日、木曜日。
わたしは久しぶりに緊張する朝を迎えていた。
心臓移植が無事に終わって、今日から学校に通うことが出来るからだ。

不安がないといえば嘘になる。
同級生の友達はみんな卒業してしまったし、新しいクラスの人に受け入れてもらえるとは限らない。
わたしは年上だし、身体のこともあるし、たくさん迷惑を掛けるかもしれない。

それでも、この日が来ることをずっと楽しみにしていた。
ドナーさんのおかげで、わたしは新しい可能性を掴み取ることが出来る。
4月から復学して課題をちゃんと提出しているし、2年間のブランクなんてすぐに取り戻してみせるんだから!


女「わたしは絶対に立ち止まったりしない」


不思議と勇気が出てくる言葉。
それを声に出して、久しぶりに制服に着替えた。

991以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:00:44 ID:xJEh8Rbw
〜学校・女さん〜
外は日差しが強く、残暑がとても厳しい。
わたしはマスクをして、水分補給にも気をつけて、移植心に負担が掛かっていないか気をつけながら通学路を歩く。
そして、学校に着いたときには疲れてへとへとになっていた。

わたしは校舎に入って少し休み、予鈴が鳴ったので職員室に向かう。
そして、担任の先生に挨拶をした。
先生は頻繁に家庭訪問をしてくれたし、休学を決めたときの担任でもあるのですごく安心できる。


女「おはようございます!」

先生「女さん、おはよう。身体のほうは、もう大丈夫なのかな」

女「いろいろと気を付けなければならないことがあって大変ですけど、通学が出来るくらいまで良くなりました。きっとご迷惑をお掛けすると思いますが、またよろしくお願いします」

先生「ああ、簡単に言って良いことじゃないのかもしれないけど、こうして戻って来てくれて本当にうれしいよ。また、みんなと頑張ろう」

女「はいっ!」

992以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:01:14 ID:xJEh8Rbw
先生と話していると、HRのチャイムが鳴った。
この時間は先生と体育館に移動して、教員の列に並んで始業式に参加することになっている。
それが終われば、今度はクラスメイトに自己紹介をしなければならない。

ちゃんと受け入れてもらえるかな。
緊張と不安で胸がいっぱいで、校長先生の言葉が頭に入ってこない。
気がつくと始業式が終わっていて、声を掛けられた。


先生「もう戻る時間だけど、疲れたなら保健室に行こうか?」

女「いえ、自己紹介をどうするか考えていただけなので」

先生「ははは、そういうことか」


先生は軽く笑い、職員室へと歩き始めた。
わたしもそれについて歩く。
そして職員室で説明を受け、教室に移動するときが来た。

993以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:01:44 ID:xJEh8Rbw
廊下を歩き、わたしの教室に向かう。
そこは休学をする前に使っていた教室だった。
きっと、わたしの不安が軽くなるように校長先生が配慮してくれたのだと思う。

そう考えると、とても幸せだなと感じた。

もう大丈夫。
わたしは立ち止まったりしない。

その表情に気付いたのか、先生がわたしに目配せをして教室のドアを開けた。
まずは先生だけが入り、今日から戻ってくる生徒がいることを話す。
そして教室に入ってくるように促され、わたしは新しい世界に一歩を踏み出した。


女「ええっ!」


教室に入ってすぐ、知っている人がいたので思わず声が出てしまった。
彼もわたしの顔を見て、驚いた表情をしている。
まさか友くんが同じクラスだったなんて、これってもしかして運命の出会いだったりするの?!

994以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:02:15 ID:xJEh8Rbw
友くんは今年の3月に病室に現れた不審人物のひとり。
それから4月に退院して、夏休みに夏を感じたくて水着売り場に行ったときに偶然出会った人だ。

そのときに驚いたのは、わたしが心臓移植をしたことを知っていたことだ。
彼は霊感が強いらしくて、そういったものを感じることが出来るらしい。
そして彼には友香さんという看護師志望の彼女がいて、二人が水着を買ったあとにしばらく3人で話をすることになった。

その日は聞かなかったけど、いや、これからも聞くつもりはないんだけど……。
友香さんの雰囲気から察して、少女さんという人がわたしのドナーさんなのかもしれない。
そう考えると少し気まずいけれど、この二人との出会いはきっと偶然ではない何かがあるのだと思う。


先生「女さん、こっちに」

女「あっ、はい」


わたしは友くんに軽く手を振って、先生の隣に移動した。
みんなからの視線を感じる。
だけど、知っている人がいるのは心強い。

995以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:02:46 ID:xJEh8Rbw
先生「それじゃあ、自己紹介をしてくれるかな」

女「はい」

女「……あの、初めまして。わたしは女と言います」

女「わたしは心臓の病気でずっと休学をしていたのですが、難しい手術が成功して学校に通うことが出来るようになりました。だけど、今も薬を飲み続けなければならなくて、生活面でも気を付けなければならないことがたくさんあります」

女「そのことで迷惑を掛けてしまうことがあるかもしれませんけど、わたしはみんなと一緒に卒業できるように頑張りたいと思っています。2歳年上だけど先輩ではなくて同級生なので、気軽に話しかけてもらえたらうれしいです」

女「そんなわたしですが、これからよろしくお願いします」


自己紹介が終わり、教室を見渡した。
少し戸惑っている表情の人が多いけれど、伝えたいことは言ったので、わたしから歩み寄る努力をすれば大丈夫だ。


先生「女さん、ありがとう。あそこの空いている席に座ってください」

女「分かりました」

996以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:03:17 ID:xJEh8Rbw
わたしはこっそりとスマホを操作している友くんの脇を抜け、一番後ろにある自分の席に向かう。
もしかして、友香さんにメッセージを送っているのかなあ。
そんな事を考えつつ含み笑いをしていると、わたしの席のひとつ前に座っている女子生徒と目が合った。
しかも、その隣に座っている男子生徒も同じようにわたしを見ているようだ。

まだどんな人か知らないけれど、通りすがりに軽く会釈をして席に着く。
そして、教室の外に目を向けた。
どこまでも広がっている、夏の青空と住宅街から感じる人々の営み。
2年前と変わらない光景がそこにはあり、帰ってきたんだという実感が込み上げてきた。

わたしは今、たくさんの希望を感じて心が弾んでいる。
わたしの人生が今、ここから未来に向かって動き始めるんだ!


女「ふふっ、ただいま♪」


この気持ちを大切にしたくて、わたしはそっと声に出す。
するとそれを聞かれてしまったらしく、さっきの二人が困惑した表情を向けてきた。
そんな二人に、わたしは笑って誤魔化した。

997以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:03:54 ID:xJEh8Rbw
少女「私を忘れないで」
―おわり―

998以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/20(水) 23:13:05 ID:xJEh8Rbw
ここまで読んでくださってありがとうございました!
機会があれば、またよろしくお願いします

こちらは過去に書いたSSです
http://binchan03.blog.fc2.com/

999以下、名無しが深夜にお送りします:2019/02/21(木) 08:17:01 ID:pfchqdnA
おつです
エッチなアプリの人だったんですね
過去作もほとんど読んでました
次回作楽しみにしてます


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